長編オモシロ小説

ゲキロボ☆彡

上に

 

〜PHASE 515.まで

 

PHASE 516.

 八月十八日月曜日。お盆休みが終わって世間は平常運転に戻っている。

 物辺村は、と言えば未だにスティーヴ・カメロン監督の撮影隊が居残って騒がしい。
 今日は物辺村を離れて門代全域の観光地や旧跡、それに海上で漁船を行列させての撮影が予定される。主役は鳩保芳子、城ヶ崎花憐、童みのり。
 物辺優子と児玉喜味子はお休みだ。さすがに一般向け観光案内で神話的情景を演出するわけにはいかない。

 その優子だが、朝ラジオ体操に参加し神社での奉仕も終えて、家族揃って畳の上で朝食を食べている。
 味噌汁と御飯のシンプルな和食の献立。お供え用に毎日米を炊くから普通にこうなるのだが、さすがに学童はうんざりする日もある。

 首根っこの後ろ、ゲキの少女に標準装備される不可視の電話がぶるぶると着信を告げる。
 優子、たくあんを噛みながら応じる。喋らなくても脳内で会話出来るのが不可視の電話のいいところ。

「ゆうちゃん?」
「花憐か、どうかしたか。」
「今テレビ見てる、わけ無いよね。点けてみてワイドショー。どこでもいいから」
「なんだよ。飯食いながら見ないよそんなもの。」
「とにかく早く!」

 仕方がないからリモコンに手を伸ばす。
 物辺家の習慣には、食事をしながらテレビを見る行為は無い。無いが、だからこそ食事時にテレビを点けてはならない法も無い。
 変なことするな、と祝子や祖父の視線を感じながら、花憐の言うとおりにワイドショーにチャンネルを合わせる。
 ああ、なるほど。

 双子るぴみかもブラウン管を眺めて、にぱっと表情を輝かせた。

「香能 玄だー」「隠し子発覚すきゃんだるだー」
「ふうーん、香能さんもたいへんだねえ。」

 祝子も鼻で笑って、再び食べるのに邁進する。東京で優子の親代わりとして挨拶した身であるから、他人事でも無いのだが。
 優子、不可視の電話で応答する。

「花憐、見たぞ。」
「ね、ねえどんな気分? 自分のおとうさんがテレビで騒がれるっての」
「うーん、ちょっとおもしろい。」
「でしょ。だよね、面白い。それで香能さんは十三日に日本を発って居ないからね、週を開けて今日から報道解禁になったのよ」
「ああテレビの神様が上手くやってくれてるね。」

 八月六七八日と東京で香能 玄に会った優子と花憐であるが、その時の映像が今テレビで流れている。
 だが巧みに顔が写っておらず、正体不明の美少女として報じられる。
 視聴者から送られてきた映像とやらもあるが、これもやはり上手く写っていない。
 ちゃんと改竄済みなのだ。

「それでねインターネットでも調べてみたけれど、こちらにもリークは昨夜十二時ちょうどからなの。ちゃんとコントロールされているわ」
「ふーん、ネットってもっと無秩序なものかと思ってた。」
「テレビの神様言ってたじゃない。放送情報技術研究所ではインターネット内の世論を誘導する研究してるって」
「そうだったな。ちゃんと仕事しているわけだ。」

 しかし……。

「花憐、テレビではお前が隠し子で、あたしが年若い愛人とか言ってるぞ?」
「え、そうなの? ちょっと待って」

 おそらく花憐はテレビのチャンネルをはしごして各局報道内容を精査しているのだろう。急に無言になる。
 優子も箸を止めてじっと見るが、なんだか酷い話になっている。

 つまり、八月初旬に香能 玄は都内のとあるホテルで十代の美少女と面会した。これが隠し子ではないだろうか、という推測。
 もう一つは、香能 玄が同時期に若い美人と都内某所やディズニーランドでデートしていた、という報道。
 2人の美女美少女はまるで印象が違い、おそらくは別人物だろう。
 であればどちらかは愛人に違いない。

 混迷を深めていく香能 玄のスキャンダルに、お茶の間のるぴみかも大興奮だ。
 同じ座卓で食べている祖父も鳶郎もどう対処してよいか分からず、饗子の淹れるお茶をとりあえず頂いた。
 物辺神社正統継承者祝子が、正座の座りを直して姿勢を正し、優子に裁定の言葉を投げる。

「おまえの日頃の行いが悪いから、このような不名誉を父親に着せてしまうのだ。以後慎め。」

 まったくもってその通り。
 ディズニーランドではちゃんと十代の実の娘を演じたはずなのに、色気が過剰に出て人目を惹いたようだ。
 精進が足りない。優子、未だし。

 

PHASE 517.

 さて本日の撮影だが、午後からの予定となっている。
 無論大人は早い時間から仕事したかろうが、ゲキの少女にだって都合は有る。
 宇宙的深遠で全人類規模の影響をもたらす重大な理由によって午前中は会合しなくちゃいけない、と告げれば流石に向こうが引っ込むのだ。

 復旧なった物辺神社御神木秘密基地に集合した5人の前に、客が1人有る。
 画龍学園オーラシフター、蟠龍八郎太だ。
 用件は、ゲキの少女とNWOおよび日本政府に対して懲罰処分受諾の挨拶。

 鳩保芳子が、5人の内での役職は会計なのだが、とりあえずこの場を仕切る。性格だし。

「蟠龍くん、しかしまあよくもこんないいかげんな理由でNWOが納得したわね。」
「はっ。さすがに我らもちょっとびっくりしています。」

 5人の前に跪き頭を垂れる八郎太は、相変わらずのいがぐり頭でぽんぽんと触ってみたくなる。夏の半袖学生服姿だ。
 初対面する優子と花憐も、なかなかの美丈夫ぶりにほぉと感嘆の息を漏らす。

 オーラシフターがゲキの少女を襲撃した理由の公式見解は「うでだめし」。
 新たに世界を支配すると決まったゲキの少女に対し、オーラシフターの面々が血気に逸り独断で軽挙して、物辺村を訪れ超能力比べを行い真価を問うた。
 これが先週一杯を使って軍師山本翻助が関係各位に了承させていった、「事件の真相」だ。

 若さ故の暴走と悪戯心によるものであり、背景に何ら深刻な理由は無く、また裏で糸を引く人物や計画は存在しない。
 彼等を教育監督するアンシエント「寶」にも悪意は無く、オーラシフターを統括する学園創設者 奥渡蟠龍斎守株翁が命令したのでも無い。
 ただ形式上の責任は確かに存在するので、守株翁は自ら「寶」の首座を引退し、以後は蟄居する事となる。

 襲撃に参加したオーラシフター各員には謹慎1ヶ月が命じられる。

「このような軽い処分で済ませてもらったのには、感謝と共に少しばかり拍子抜けを覚えます。」
「山本さんがちゃんとやってくれたんだよ。後でお礼を言っておくんだね。」
「はい。」

 正直死も覚悟していた八郎太だ。またNWOや「彼野」の内には断固制裁すべきとの強い意見も有った。当然だ。
 だが他ならぬゲキの少女の要望であるから、軽い譴責程度で済ます他無い。
 襲撃対象として殺されかけた児玉喜味子は、

「タダで助けるわけじゃないし、こき使う算段だからさ。気にしないで。」
「何なりと御命じください。命に替えて、」
「いやだからさ、同い年の男の子にそう頭ペコペコ下げられるのはイヤなんだったら。」

 喜味子の言葉に鳩保も花憐もみのりも同意する。
 何の為に彼らの命乞いをしたかと言えば、やはり同年代の少年少女だったから、に尽きるのだ。

 喜味子は再生成った御神木に寄り掛かる巫女姿の物辺優子に問い掛ける。赤い花が咲いたまま幹周りが5倍にもなったから、迫力満点だ。

「優ちゃんなんか無い?」
「そいつは喜味子の管轄なのか。」
「行きがかり上そうなってるけど、別に私のものってわけじゃないよ。彼は。」
「もらっていいか?」
「えー、」

 元よりオーラシフターは誰の所有物でもないが、喜味子預かりには違いない。
 八郎太の処分をどうするか、実のところ決めかねていた。
 明らかに自分よりも上等に出来ている人間をどう使い、指導すべきか。無理である。

 だから優子に預けるのは既定路線。結果八郎太が性的なおもちゃにされるのも計算の内。
 でも、

「壊さないでよ。」
「うん。」

 後から考えてみると、これが物辺優子と蟠龍八郎太運命の出会いであるのだが、その時は二人共にまったく感慨の無い場面であった。

 

 喜味子、話を続ける。

「でさ、画龍学園に明治時代から伝わる抜けない宝刀 『不拔』だけど、返してあげようと再調査した結果、」
「はい。」
「アレは想像以上にヤバイ代物だと分かった。刀自体にも妖刀殺戮の呪いを発生させる精神誘導のトラップが仕掛けてあるんだけど、もう一つ。
 鞘と鍔との間にある量子演算ロックがね、2番目のトラップだと判明したんだ。」

 

PHASE 518.

「量子コンピューターってのは知ってるよね、頭いいんだから。今のスーパーコンピュータよりもはるかに凄い演算力を持った奴。もちろんまだ実用化していない。
 アレの小さいのが、この中にコントローラーとして入っている。
 しかも、現在開発中なのが大規模計算にしか役立たないのに対して、これは言語解析からAI思考まで出来る極めて進んだ存在になっている。
 アンドロイドの人工頭脳としても使えるレベルなんだ。科学者なんかに見せちゃいけない、歴史が変わる。」

 喜味子はあまり頭良くないから、自分で説明しながらもだいじょうぶかなと不安だ。
 有難いことに蟠龍八郎太は科学技術にも十分詳しくて、喜味子の懸念を明察した。

「つまり、『不拔』を現代の科学者に分析させると同じようなコンピューターを作るという事だろうか。」
「まるでターミネーター2だね。」

 鳩保も口を挟む。

「じゃあ喜味ちゃん、あれを科学者の手に渡すといずれスカイネットが構築されてゲキの血脈に、私達の子孫に襲い掛かってくるて事か?」
「十中八九。」

「破壊しましょう。」

 八郎太は決然と提案する。画龍学園オーラシフターにとって未来仙より賜った使命の象徴であり魂なのだが、正体が分かったからには処分せざるを得ない。
 喜味子は首を横に振る。

「2個罠が仕掛けて有れば、おそらく3個目も仕掛けてある。ぶっ壊すなんて安直な選択肢を考慮してないなんて、あり得ないな。
 絶対不可触の不思議アイテムを専門に扱う博物館が「寶」にあるそうだから、永久保管してもらいましょう。」
「ああ、「恵比寿」さんのところですね。それならば我々にも異存は有りません。」

 ここまではシナリオ通りの展開。
 鳩保が引き続き、没収される刀の代替を提案する。

「そんでさ、蟠龍くん。腰が軽いのは不便でしょう。ゲキの技術で同等の仕掛けを施して、安全な複製を作りました。同じように使えるはずです。
 中身は物辺神社に所蔵してあった本物の日本刀、実戦に耐える業物を譲ってもらいました。」
「それを僕に、」
「私達があなた方に科すクビキとも考えてください。逆らうと怖いですよ。」
「はっ。有り難く頂きます。」

「でも未熟な使い手にはあげられません。物辺の宮司さんは高名な剣客としてその筋では知られた人です。
 腕試しをお願いしました。」

 鳩保の目線に誘導されて背後を振り向いた蟠龍八郎太。
 神社本殿の脇に袴姿の宮司が険しい表情で立っている。その傍らには漆黒の木刀を携える娘の祝子が従った。

 

 場を改めて、蟠龍八郎太は剣の技を審査される。
 場所は神社脇、石臼場と呼ばれる小さな広場。一般のギャラリーも居り、3Dではないがスティーヴ・カメロン監督による撮影も行われた。

 対手は物辺祝子、父親が審判を務める。木刀での立ち合いだ。
 祝子は女の身ではあるが父の薫陶を受けて剣術他ひと通りの武術を習い修めている。そもそもが技芸を覚える特殊能力の鬼だ。
 並の使い手ではなく、それ以上に気魄が違う。
 人殺しをも厭わぬ思い切りは、今日日の武術家の誰もが備えるものではない。

 方や蟠龍八郎太、剣術を得意とするものの『不拔』を銘とする刀を帯びてオーラシフターの戦場へと赴き、使命を果たして来た。
 抜かずに勝つのが彼の常法であるが、それだけの余裕が祝子に通じるか。

 祝子は白の剣道着に白の袴、髪を後ろで縛り鉢金を巻いて黒い木刀を構える。他の防具は着けない。
 八郎太は画龍学園夏制服のまま、赤樫の木刀を貸してもらった。動き易さの点ではこちらが有利。
 双方尋常に礼をして、正眼に構えて試合を開始する。

 4回戦い、3本を八郎太が取った。
 ただし前半はオーラシフターの仙術は無しで、この状態だと祝子とほぼ同格。時間を掛けてようやく五分の結果を得る。
 流石に蟠龍洞仙術「大威徳五十六兵法」の奥義を使えば、祝子は敵ではない。それでも相打ち覚悟の必殺剣で危うく喉元を抉られるところであった。

 息詰まる立ち合いを終え、ギャラリーがようやく全身の硬直を解いて審判の宮司を見る。
 彼は眼を瞑り厳しい表情のままでしばらく考えて、「良し」と判定を下す。
 そもそもが祝子は専門家でないから、1本取られたのは不覚と言えよう。しかしまだ高校二年生であり成長の余地を考慮して許可を出す。

 乱れた髪を直して祝子は本殿に上がり、神前に捧げられていた日本刀を取ってくる。
 ゲキの技術で装飾され、新たに『緯覡』の名を与えられた刀は三方の上に据えられ、恭しく父に差し出された。
 当然に超能力を備えている。
 幾つか有るが、最大最強の機能は、不可視の電話。児玉喜味子と電話連絡が出来た。
 本来はオーラシフターの動向を監視する為であるが、ゲキの少女の助力を遠隔地で随意に得られるのであれば、これ以上強力な武器は無い。

 それだけ彼らは、蟠龍八郎太は期待されている。

 

PHASE 519.

 見事試練をクリアして宝剣を手にした英雄には、次なる試練が待っている。
 そもそもが八郎太の腕前を確かめたのも、より厄介な仕事を任せられるか見極める為だった。
 まあ物辺鳶郎率いる忍軍「NINJA HOLLYWOOD」が手こずるくらいだ、相当に出来るのは分かっていた。
 だが宇宙人相手ではどうだろう?

 八郎太も困惑する。

「確かに僕は、我々オーラシフターは様々な怪異や不思議を見てきましたが、そのものずばりの宇宙人を見た事はまだありません。」

「蟠龍くん、あのさそのへりくだった喋り方どうにかしてよ。別にゲキの少女は人間として立派でも偉大でもない、どこにでも居る平凡な女子高生なんだからさ。」
「そうは言っても自ずから上下の別は有り、「彼野」が要求する礼法に照らせばこれでもぞんざいと呼べるほどの慣れ慣れしさなんだが、気に入りませんか。」
「大いに気に入らない。」

 鳩保の言葉に、うん、と4人全員が頷いた。
 御神木秘密基地前には先ほどと違えて丸テーブルが用意され椅子も6脚、紅茶が人数分淹れられている。お菓子の鉢も有る。
 そもそもね、と花憐が注文を付けた。「ゲキの少女」なんて呼ばれ方をして楽しいはずも無い。

「わたし達は、わたし達自身のことを「物辺村正義少女会議」と呼んでます。まだこっちの方がおマヌケで気楽に行けるわ。」
「正義少女会議、とはまたずいぶんと大きな、大げさな名乗りを挙げますね。城ヶ崎花憐さん。」
「花憐ちゃん、とは呼ぶわけも無いわね。城ヶ崎さんでいいです。物辺さん鳩保さん童さん児玉さん、これで行きましょう。」
「はい、苗字を呼びます。それで宇宙人というものを、皆さんは日常的に見ているのですか。」

 物辺村の5人は、はーーーーっと大きく溜息を吐いて、茶を啜る。
 自分達でも薄々は感じていたのだ。改めて客観的視点で振り返れば、わたしたちすごくばかばかしい。

 鳩保、ギャルソンを呼ぶように右手を高く挙げて指パッチンをする。木陰に隠れている小学生への合図だ。
 はいはいー、と赤青のメイド服に身を包む美彌華&瑠魅花が、宇宙人をアルミの盆の上に乗せて連れてきた。
 タコである。手のひらサイズの真っ白なタコのロボットがテーブルの上に置かれる。
 頭部(胴体)は丸く膨らんで透明になっており、中に住まう緑色の虫の姿が見えた。体長8センチほどのナナフシだ。

 まず八郎太はタコロボに驚く。たしかにこの滑らかな動きは地球人科学の域を超える、宇宙人の造物と見做して良いだろう。
 しかしナナフシを宇宙人だと主張されても、首肯しかねる。
 脳裏にテレパシーの声が轟いた。

『少年よ、疑っているな。我は正真の地球外生命体、大宇宙の神秘の探求者にして冒険家、「ぎるkぎぎgいるc・げぎきkるyぎる・ぎぎょxりぎる・jにぎ・げどる」だ』
「うおおお、虫がテレパシーで僕に話し掛けてくる!」
『ほお、さすがだな。何方よりテレパシーが発せられているか、発信元を特定できるとは立派なものだ。超能力者を名乗るだけはある』

 ナナフシさんは大きく開いたタコロボの口からひょこっと外に出た。
 有毒な地球大気と環境中に無数に存在する微生物に直接曝される事となるが、ゲキの力でバリアフィールドが張られてちゃんと調整されている。
 この措置によりナナフシさんは巨大なモビルスーツ無しの生身の身体のまま遊べるようになり、地球小生物が覇を競う野生のジャングルでの探検が可能となった。
 面白いから、緑の多い物辺神社に居候を決め込んだ。

『少年よ、掌を上に向けたまえ』

 言われるままに八郎太が左の手を出して上に向けると、ナナフシさんはぴょんと飛び乗った。
 未知の宇宙生物に襲われる美少年驚愕の図。

『これが、宇宙人だ』
「なんという事だ。今僕の手の上に、宇宙人が居る……。」

 

「エントリーナンバー2番。ろくろ首星人「舞 玖美子」さんとお友達の「メルケさん」です。」

 鳩保のアナウンスを聞いて、ナナフシさんは八郎太の手から童みのりの手の上に飛んだ。
 八郎太が驚きのあまり自分を忘れて手をぎゅっと握ってしまうかもしれないから、退避する。タコロボはすかさずテーブルの上みのりの近くに移動した。
 常にナナフシさんの1メートル以内に位置してバリアフィールドの発生と外敵の警戒をしている。いざとなったら眼からレーザー光線を出して守るのだ。
 それでも地球小生物の脅威に対抗するのは難しく、ナナフシさんが小鳥に拐われそうになる事案が度々発生する。

 携帯電話から流れる「いっつあすもーわーるど」の軽快な曲に合わせて、小学生モデルのようにわざとらしい溌剌さでメイドるぴみかが再び入ってくる。
 二人の手には風船のように宙に浮く、生首が。長い髪を掴んで引っ張り回す。
 クビ子さんの髪は金属光沢を持つ黒、メルケさんは髪の内部がグラスファイバーになっており複雑な艶を見せるが夏の葉の色を照り返して緑。
 美少年が遊びに来たと聞いて、ニコニコと表情を緩めて浮いて来る。

 うわあああ、と八郎太は椅子から飛び上がる。
 仙術使いオーラシフターとして活躍し超能力や怪奇現象、幽霊なども見慣れる彼だが、朝の爽やかな時間帯からのこのことお日様の下に出てくる化け物は初めてだ。
 そもそも生首ってのは穏やかでない。

「鳩保さん! これはトリックじゃなく、宇宙人ですか本物の!」
「うん、クビ子さん達「天空の鈴」星人は地球人類とかなり似通った生態を持っていて、ほとんど兄弟とも呼べるほどに生理的にも近いんだ。」
「そ、そうですか? 首だけで飛んでるのに。」
「胴体もちゃんと有るんだよ。というか胴体が無いと栄養補給が出来ないから、地球人を狩って首から下だけを奪い取り、栄養器官として独立して飼育する。
 実に人間ぽい野蛮な発想でしょ。」
「そう、ですか。地球人の身体を乗っ取る……、乗っ取る?」
「うちの学校の女教師がクビ子さんに身体盗られて胴体部分だけ死んでしまいました。首から上はまだ生きてるけど。」
「そうですか…………」

 既に八郎太は説明を聞ける状態ではない。
 クビ子とメルケの二人に髪で絡み付かれて拘束されて、筋肉をぺたぺたと確かめられている。美形好みの「天空の鈴」星人は美少年も大好きだ。
 遠慮や躊躇を持ち合わせてない宇宙人の行動は、大阪のおばちゃんと同等だ。

 少年はひたすらに耐えるしかない。

 あら可哀想と眺める鳩保は、妙な点に気が付いた。
 蟠龍八郎太が着ている画龍学園高等部男子夏制服。白の開襟シャツに黒のスラックスで普通なのだが、左の半袖の先に校章ではないマークが刺繍してある。
 一見するとタコに見えた。

「蟠龍くん、その左袖のマークは何?」
「え、あ? ああこれは、ぎゅ……」

 2つの生首に絡まれ焼き豚のように縦横に長い髪で締め付けられる八郎太は、血でも吸い取られたかに消耗する。クビ子さん達の女子力フルマックス。
 ようやく振り向いた顔は土気色になっていた。
 さすがにヤバイと感じて鳩保は喜味子を促し、二人で髪を解いていく。やはり宇宙人、最終ギリギリのところで信用ならない。

 血行が戻った八郎太は、鳩保の質問に答える気力を回復する。

「これは画龍学園特待生の寮の紋所なんだ。特待生は全員寮生活をする決まりになっていて、家族的なつながりを大事にする。」
「タコみたいだけど、」
「「幡龍章」と言って八岐の龍が海底深くで蟠っている姿なんだが、タコに見えても仕方がないな。」

 見えるも何も、丸い頭に人の顔が有って、くにゃりと曲がった関節の無い手足が左右に伸びていれば、タコ以外に有るものか。
 だが鳩保は別の答えを知っている。

 この紋章、「ファイブリオン」だ。

 

PHASE 520.

 先週1週間の記憶は曖昧で整合性に乏しく、どこからが現実でどこからが虚構であったか今となっては判別も難しいのだが、
 鳩保芳子は覚えている。これだけは脳裏にこびり着いて拭い去れない。

 謎のおばちゃんミセス・ワタツミと「黄金の写像」ファイブリオン、だ。

 ま、それは置いといて。

 

「エントリーナンバー3番。サルボロイド・サーヴァントさん。」

 先ほどのクビ子さん達とは反対側、神社の森から現れたのはファッションモデル張りの魅惑のボディを象る構造物。明らかに人為的に組み上げられた存在だ。
 ロボットアンドロイドではない、ドールに近い。身体各部を繋ぐ関節は極めて精緻な部品の集合体であり、人体よりもよほど複雑芸術的にはめ込まれている。
 何よりの特徴が、頭が無い。首無しデュラハンが右手にワイングラスを揺らしながらモデル歩きで近づいて来る。

『がった〜い』
 とクビ子さんが首に乗っかると、途端に全体が一個の生命体と化し精気を放ち始める。
 八郎太も、クビ子さんには身体が有る、の意を理解した。

 ボディはしなやかに右手を伸ばし、八郎太の前にワイングラスを置く。中にはキラリと光る角砂糖大の金属片、複雑な縞模様を見せていた。
 何枚もの薄片が雲母のように重なって層を為している。
 鳩保に代わって児玉喜味子が説明する。

「これが今、あなた達が追っているお宝だ。悪党に盗まれて警察では対処できなくて、オーラシフターにお鉢が回ってきた、そのサンプルだよ。」
「なんですかこれは。」
「実験するから見ててよ。」

 るぴみかが持ってきたアルミと銅の金属薄板を、童みのりが受け取って土の地面に敷いた。
 ワイングラスを取った喜味子は中身の金属片をその上に置き、ポケットから電池を取り出す。角型9ボルトの積層電池006P、最近ではとんとお目に掛からないがラジコン等に使う。
 電池スナップから伸びる電線を金属片に当てて通電すると、

「振動しますね。これが、」
「金属板を削っているの、分かる?」

 八郎太は目を凝らす。
 金属片は下敷きとなるアルミ板の表面を細かく削って、自己の層の間に取り込んでいた。
 反対側からは薄く小さな金属の丸い板が排出される。魚のウロコと表現すべき、半透明の円盤だ。

 ぶるぶると20個ほど製造すると金属片は振動を止め、今作った小片を磁力でも有るかに吸引し始める。
 大きさを揃えて順番に接合すると、金属片には小さな角が出来た。先端が下に曲がって鈎に見える。
 また振動を始めると今度は角をアルミ板に当て、先ほどよりも効率よく削り始める。細かい糸くずにアルミが加工され、層の間に噛み込まれていく。
 魚のウロコの生成が続いた。

「……自己増殖しているのか。この物体は。」
「金属機械生命体、サルボロイド・サーヴァントの破片だよ。材料の金属が有る限りどんどん成長し、もうすぐ移動能力も獲得する。」
「生命、これも宇宙人なのか。」
「ロボットに近い存在なんだけど、行動原理は生命に酷似する。これを野放しにする事の危険性は理解できるよね?」

 八郎太が大きくうなずいたので、喜味子は鳩保に合図する。
 ポポーブレード発動。アルミ板から銅板にまで切削の手を伸ばし始めた金属片をエネルギーの刃で蒸発させる。
 処分終了。

 再び6人はテーブルを囲んで座る。
 今見た光景を整理しようとティーカップに手を伸ばし、八郎太は冷めた紅茶を飲んだ。男の子が端正に姿勢を作りながら喫する姿も、イイ。

「今の金属片が成長するとどうなるのですか。」
「元は全高3メートルほどの人型ロボット。かなり強力で、地球人の陸戦火力ではおそらく破壊不能。宇宙人有志による討伐隊も、人間にばれないよう火器エネルギー兵器を用いずに阻止しようとして失敗した。」
「これが今、敵の手にあるわけですね。」
「あなた達の任務はサルボロイド・サーヴァントが完全な姿を取り戻す前に、謎の敵”狼男”から取り戻す事にある。
 順調に再生していれば、戦闘力を備えて動き出すまで後4日は掛からないと思う。」

「急いで回収に取り掛かります。」

 八郎太は席を立った。謹慎1ヶ月が前倒しされて釈放されるのも宜なるかな。
 彼らオーラシフターが再び活動を許されるのも、ゲキの少女の為。NWOや日本政府、アンシエント「彼野」に自分達が有益な存在であると認められるが故。
 その証を立てる最初の機会が、「サルボロイド・サーヴァントの回収」だ。
 失敗は決して許されない。

 先ほどもらった日本刀を紫の袋に納め、5人の少女の前に立ち一礼する。
 踵を返して立ち去ろうとするところに、喜味子がB4のクラフト封筒を差し出した。

「これは?」
「狼男の資料です。」
「ありがとう。」

「蟠龍八郎太!」

 呼ぶ声に振り向くと、物辺優子が微笑んだ。少女ではない、大人でもない、人間の域を越えて妖しい聖なるモノの貌だ。

「八郎太、宇宙ってのはこんなものじゃない。もっと深く広く昏い、魂を呑み込む魅力に溢れている。
 また見に来なさい。」
「はい。」

 今度は振り返らず去っていく。目的をしっかり持って一心に進む男の子は止めようが無い。
 花憐はあんまり喋れなかったから、ちょっと不満顔。優子に当たる。

「優ちゃん、ちょっとごきげんね。」
「なかなか遊べそうな男だ。気に入った。」
「そうね、優ちゃんのおもちゃはあのくらい骨が有りそうじゃないと困るわね。」

「あのさ優ちゃん、」

 と話を切り出そうとした鳩保の脇に、赤青メイドのるぴみかが立つ。
 ピンクのクリップボードに挟まれた紙片を差し出した。

「なにこれ?」

 

PHASE 521.

「かあちゃんから請求書です」「です」
「請求書って、何の?」

 ”日本刀一振 100萬円”とボールペンで書いてある。もちろん蟠龍八郎太に与えた『緯覡』の代金だ。
 物辺神社の会計を預かる饗子おばちゃんがタダでくれるわけがない。きっちり無慈悲に取り立てる。

 ちなみにあの刀は物辺神社の蔵に隠されていたもので、実際の値段はゼロ円。警察に見つかると即没収破断されてしまう代物だ。
 なにせ軍刀であるから。

 物辺神社は「物」「辺」を「ぶつ・へん」「ぶへん」と読み替えて、戦の神としても尊ばれる。
 巫女の美しさに眼が眩み美麗な衣を寄贈するのと同様、武運長久を願って刀を奉納する習慣が長く続いた。
 いずれも人の願いが篭ったものであるから、戦時中の金属供出令にも当時の神官巫女が激しく抵抗して無事を保っている。
 しかし戦後GHQの指導により日本軍国主義の復活を阻止すべく、伝統的信仰の対象ではあっても武器の保有は厳しく制限された。
 物辺神社でも神社自体の存続を図る為に刀剣類の放出を余儀なくされ、よほどの名刀以外は売却する。
 ただ、戦後すぐの混乱の中血の気の多い漁師が闘争に持ち出さないとも限らないので、密かに実用刀を残しておいた。

 それが今回提供されたものだ。
 物辺神社に婿入りする男達はいずれも武勇に優れ剣術を得意とする。刀剣を見る目も確かで、優良なものを選んであった。
 軍刀といえども真の日本刀にヒケを取らず、それどころか大陸での戦訓を踏まえて改良を施してあるから、実用上ははるかに優れた性能を持つ。
 すでに刀槍が威力を振るう時代ではないが、武器兵器としての日本刀の完成は軍刀をもって成し遂げられたと言えるだろう。

 100萬円は安い方だ。

 鳩保苦り切った顔で請求書を受け取った。「物辺村正義少女会議」の会計であるから、いたし方ない。
 まあ今回個人的な支出ではないからゲキの少女共通口座から出せばいいだけで、鳩保本人の腹は痛まない。
 カネを貰っておきながら八郎太に対して偉そうな顔をする物辺の人がちょっと許せないだけだ。

 

「そのミセス・ワタツミってのには心当たりが有る。」

 鳩保がぐちぐち愚痴を零しながら様々な悪態を吐く中で漏れた固有名詞に、物辺優子が反応する。
 普通に聞いたのでは連想しなかったかもしれない。戦争絡みであるからこそ思い出した。

「うちのさ、婆さんの名前は「物辺 咎津美」だろ。その義理の妹が「物辺 禍津美」だ。」
「ふん。」
「婆さんの15歳くらい上の同世代に、「物辺 海」という人が居たと聞いている。「ワタツミ」だよ。」
「ああ、津美シリーズなんだ。」
「本来であればその人が神社を継ぐはずだったんだけど、戦争のごたごたで日本を出てアメリカに渡ったとか聞いてる。以後音沙汰なし。」

「じゃあ、なんとかって科学財団の「ミセス・ワタツミ」はその人?」

 話に参加する城ヶ崎花憐は自らの情報能力を駆使して、データベースを洗ってみる。
 虚史劇「黄金の写像」を後援した科学財団「ハイディアン・センチュリー」はアメリカに確かに実在し、「ミセス・ワタツミ」と呼ばれる人物の記録も有る。
 それ以上に注目すべきは、斎野香背男つまり物辺禍津美の息子を中米チクシュルーブ・クレーターに派遣させ金属資源調査をさせた依頼主が、その財団である事だ。

 5人額を突き合わせて情報を検討する。
 なにせ先週の鳩保の記憶が明瞭でないから判断に困るが、クレーター地下に有る宇宙人シェルターの存在を財団が把握しているとすれば。

「敵ね、それは。」
「花憐ちゃん落ち着け。私もまだ判断を保留している。」
「でもぽぽー、香背男さんが巻き込まれているのよ。しかも物辺神社の関係者が絡んでいるとすれば、」

「落ち着け花憐、もしも「物辺 海」が生きていたとしても、年齢は80歳を越える。」
「そうだよ、年齢が合わない。「ミセス・ワタツミ」はどう見ても40代、美人だけどね。」

「40代女性で物辺神社の関係者で、お芝居に出てくる。そんなひとが居るかな?」

 童みのりの何気ない疑問に、全員うーんと考える。いや、誰か居たような気がするぞ?
 喜味子がさらに混ぜっ返す。

「それでさぽぽー、八郎太くんの左の袖の紋章が、そのお芝居に出てきたって?」
「うん。ロボットを制御する絵図で、「ファイブリオン」と呼ばれるものとそっくりなんだ。タコっぽい絵柄は他にも有るだろうけど、あの苦り切った無表情な顔は見間違えない。」

「ということはさ、サルボロイドとなんとか科学財団と画龍学園オーラシフターと物辺神社がひとつに繋がっている、て話になるんだけど?」

 全員うーんと考える。

 

PHASE 522.

 蟠龍八郎太は物辺村を出ると、四輪駆動車に収容されて移送された。
 一応は未だ謹慎処分の最中であり、行動の自由は許されていない。
 だが彼らオーラシフターにしか対処できない問題が門代近辺で生じた為に、やむなく起用される。

 事件の経緯はこうだ。

 八月九日土曜日、門代上空2万メートルで爆発したサルボロイド・サーヴァントの機体は幾つかの破片に分かれ概ね100キロを飛んで落下した。
 ゲキの少女からこの物体が宇宙人ロボであるとの通報を受けて日本政府は回収に乗り出す。
 餅は餅屋で、近県の大学の天文学科に依頼し隕石落下物収集のスペシャリストを動員する。さすがにプロであるから目撃情報等より落下点を割り出し、難無く5個の破片を回収した。
 不手際はここからだ。日本政府は機密保持の為に回収隊に落下物の正体を教えていなかった。また警備も付けていない。
 破片を奪取しようとする勢力が居ようとは想像もしていなかったのだ。
 5ヶ所別々の回収隊がほぼ同時に襲撃された事から、5人以上のチームとして行動していると推察される。明らかに組織的な犯行だ。

 日本政府は泡を食い警察を総動員して追跡し、襲撃者が門代の隣県の山中に潜伏する事を突き止めた。
 ただかなりの広域でありマスコミの眼を避ける必要があったので、十分な人数を動員できなかった。
 不用意な奪還作戦は見事に失敗。再び行方を見失う。

 だが襲撃者の正体を直接接触した警官が見極めた。「狼男」である、と。
 にわかには信じられないが、現場検証した結果尋常ならざる怪力の持ち主であるのは確かで、また山林に逃亡した際に人間ではあり得ない速度で移動したとの証言もある。
 七月門代において発生した「狼男らしき人物の爆殺事件」がクローズアップされ、実在の可能性を補強する。
 県警上層部は一般警官による逮捕は無理と判断、SAT投入も考えたが立て篭もり犯ならともかく山中を移動する複数の凶悪犯に対処するのは極めて困難と思われる。
 自衛隊の投入は縦割り行政の選択肢として有り得ず、総理直々の判断で完全武装の「特務保安隊」が出動した。

 「特務保安隊」とは。

 ソ連の台頭により東アジアの防衛に懸念を覚えた占領軍GHQは日本政府に命じて警察予備隊を創設、再軍備を開始する。
 警察予備隊は保安隊と名称を替え規模を拡大し、やがて自衛隊と成るのだが、その際一部を抜き出して政府関連施設の警備員として別途温存した。
 憲法の制約と戦前のクーデターの事案を鑑みて国内治安維持活動に自衛隊の戦力を用いる事が極めて困難と予想され、組織的武装集団による大規模破壊活動に迅速に対処出来ないとの見込み故に、特殊部隊を別途確保する必要があったからだ。
 警察に高度な武装を与えて対処する方法も試みられたが、日米安全保障条約改定に揺れる世論を前に頓挫し、結局超法規的存在としての特務保安隊が結成される事となる。

 冷戦時代は構図が変わらず特務保安隊は治安維持活動の裏方として機能した。
 やがてソ連崩壊と連鎖的な共産勢力の衰退。日本社会においても国防の自主努力の期待が高まり、特務保安隊の機能は自衛隊および警察に移管されて行った。
 だが新たな課題が発生する。諜報機関の不在による公的・民間機密情報の侵害だ。
 戦後日本には諜報戦略を司る政府機関が存在しない。故に防諜においても無力を曝け出す。「スパイ天国」と言われる由縁だ。
 諜報機関の設立は政府の外交・国防方針と密接な関係を持ち容易には解決できない。しかし防諜の機能を受け持つ部署の設置は急務であった。

 そして21世紀も間近となって明かされる、NWOとミスシャクティの予言。地球人類の命運を左右する存在を保護し機密を守る組織の設立を国外からも要求された。
 眼を付けられたのが特務保安隊だ。
 元より非合法武装組織の動向を探る情報部門を特務保安隊は持っていた。これを拡充して防諜活動を専門とする部署に格上げ出来ないか。

 二〇〇八年現在、この試みは進行中である。着手したばかり、と言えるだろう。
 防諜機能は諜報機能と表裏一体で、どちらかのみに特化するのは無理が有る。有能な人材の確保と実効力の有る訓練機関の充実には相当の年月が必要とされた。
 他方特殊部隊としての戦闘力は並である。自衛隊・警察の装備と権限の拡充が進む度に、特務保安隊の出番は失われた。

 それこそ「狼男」狩りくらいしか仕事が無い。

 

 というわけで警察から特務保安隊に事件の解決が委譲された。
 しかしながら、門代地区に派遣されたのは特務保安隊の戦力の5分の1。戦闘員は3個小隊100名に満たない。

 大多数はそのまま東京圏に配備される。何しろ東京は名立たる「スパイ銀座」、各国諜報機関や犯罪組織が集中する。死守する戦力を割くわけにはいかない。
 それに役割を減らしているとはいえ、他では補いようの無い機能を持っている。「恫喝」だ。
 通常の国であれば軍隊が、また警察によって果たされる権力の恐怖による支配。だが民主日本において一般市民を脅かす戦闘力の玩弄は許されない。
 裏社会や外国諜報員に対してもそれでは困る。何時でも壊滅させられるのだと見せつける恐怖の保険として、今も特務保安隊は十分有効なのだ。
 いや、それこそが特務保安隊本来の任務である。動かない事が最大の武器であり戦略だ。

 門代においても同様で、警察以外の戦闘力が常時待機している安心感は絶大だ。
 警察自身、自己の処理能力を越える事態の頻出に忙殺され、ネコの手も借りたい状態。未知の武装勢力への対処などやってる暇が無い。
 何もしなくて役に立つ、特務保安隊の戦略は為政者にとって実に有難いものなのだ。

 だから「狼男」狩りには1個小隊しか差し向けられなかった。
 わずか30名で山狩りなど出来ない。また自衛隊レンジャー部隊とは異なり、山中森林での掃討任務などやった事が無い。

 オーラシフターの出番である。

 

PHASE 523.

 以上の説明は、蟠龍八郎太が延々と車両によって移送されている事を表現する演出だ、

 実際の現場は物辺村より車で2時間は行った隣県の山中であり、到着するまでの間八郎太は特務保安隊員の不安と恐れをないまぜにした表情に監視され続けた。
 待つ身の長さ、それも先日には敵対した組織と協力して、と常人ならストレスで神経をすり減らす場面。

 だが真に恐れていたのは特務保安隊員の方であろう。彼らはオーラシフターが超能力部隊であると知っている。しかも叛乱しやがった小僧共だ。
 そして向かう敵が近代兵器が利くかも分からぬ化け物と来た。
 たとえ警察より充実した火器を持っていても安心できない。胃が頭が痛くなって当然だ。

 

 ”狼男”と呼称される襲撃者集団はまったくの山奥に逃げ込んだ。
 道路こそ整備されているが人の気配が感じられない僻地だ。何故こんな所に立派な道路が有る、と訝しむほどに清々しく何も無い。
 バブル崩壊後の景気下支えに全国でバラマキ公共工事が行われた遺産でもあるのだが、以前からこの県では道路ばかりが整備されたと聞く。
 つまり車両が有れば移動には困らない、敵も逃げれば良いものを何故かこの地に留まろうとする。
 拠点があるとは思えないが、周辺施設のリストアップと確認を警察が進めている。

「理一郎、状況の進展は」

 蟠龍八郎太が四輪駆動車から降ろされたのは、山中の駐車場。或る程度の広さが有り、特務保安隊の前線司令部とされていた。
 指揮車両の大型バンにオーラシフター唐墨理一郎と大丞白男が待っていた。

 唐墨理一郎(からすみ りいちろう)は八郎太と同じ十七歳。オーラシフターにおいては八郎太の副官、参謀的な役目を務める。
 情報系の能力に秀でている代わりに戦闘力はさほどでもない。殉職した警官の父の影響から、目標を無傷で捕らえる事に重点を置く為でもある。
 眼鏡男子だ。八郎太と同じく画龍学園高等部夏制服を着ている。

 大丞白男(おおすけ しろお)は十八歳、画龍学園大学一年生だ。彼は物辺村児玉喜味子暗殺計画には参加していない。
 オーラシフターとしては極めて例外的に、健康に問題の有る身体なのだ。むしろ仙術によって体調を整え命永らえているとすら言える。
 激しい運動を避けねばならぬから戦闘力としては問題外。だが、だからこそ魔術的な能力に優れるとも言える。
 大学生であるから高校の制服は用いないが、オーラシフター指定の戦闘服も着ていない。和服、白の衣で托鉢行の態をしている。

 ちなみにオーラシフターの任期は二十歳の正月元旦まで。
 最年長の者が鎌倉で守株翁の付き人をしているが、彼は八郎太のアドバイザーに留まり前線に出てこない。そういう仕組みになっている。

「まだトクホ(特務保安隊)のラジコンヘリで上空から捜索している段階だ。」
「他の皆は、」
「カレイさんの主力とフカ子の予備部隊に分けて、狼男の目撃情報の有った場所に配置してある。まだ待機中。」

 理一郎は参謀格ではあるが、リーダーに代わって指揮するのに向いているわけではない。
 年上のメンバーが居る中で指示を出すのは難しく、八郎太の指導者としての力量を眩しく感じている。
 とりあえず周辺地図を示して、狼男の目撃情報をプロットして移動方向と目的地を分析する。

 簡易テーブルに広げた道路地図に、理一郎は緑のボールペンで×を書いた。峠から下った急カーブ地点だ。
 八郎太と大丞が覗き込む。

「理一郎、この印は?」
「え、あ? なんだいつの間にこんなところに、え?」
「唐墨くん、また出たね。」

 これが唐墨理一郎の超能力だ。ふとした意識の隙に超感覚が働いて、何事かを指し示す。それが事件の「正解」だ。
 正解ではあるのだが、どういう理屈で記されたかまるで分からない。設問無しで解答が得られても困る。
 だから理一郎は自ら描いた印の意味を考えるのに事件の間中ずっと悩まされる。解決にまったく役立たない事も度々だ。
 それでも全てが終わってデータが出揃った所で検証すると、やはり正解だったと認識する。
 難儀な能力だ。

 改めて地図を広げ直して狼男出現地点を記していった。
 この作業には特務保安隊の小隊長も同席する。得られた情報は全て警察と特務保安隊の観測による、小僧にくれてやるのも惜しいものだ。
 反発はとにかく、彼には尋ねねばならない事が有る。

 そもそも「狼男」とはなんぞや?

「君達は超能力者だと聞いている。これまでにも狼男とやらに遭遇した例が有るのか。」
「ありません。我々がこれまで対応してきたのは特殊な能力や不思議な因縁を持つ存在ですが、いずれも人間です。」
「そうか、当然だな。「狼男」なんてこの世に居るわけがない。」

「理一郎、これを拡げてくれ。物辺村でもらってきた狼男の資料だ。」

 児玉喜味子に貰ったB4封筒内の資料を地図の上に出す。数枚の大判写真と手書きの所見書。
 七月門代で起きたラブホテル爆殺事件の被害者の遺体の部品を解剖台に並べて写真を撮っている。大学病院で行われるはずだった死体検案の予備的資料だ。
 医者はこの段階で諦めてしまったから、以後のデータは無い。
 遺体も、ちょっと目を離した隙に廃棄される実験動物に紛れて焼却されてしまった。

 そしてこの資料は警察も持っていない。鑑識が現場で撮ったものは残されたが、大学病院に送られた後のデータは全て手違いで消失してしまった。
 何者か闇の勢力の暗躍が想像される。

 小隊長は数枚の、かなり悲惨で残酷な写真を見て脂汗を流す。
 毛むくじゃらで黒い爪が長く伸び、牙らしきものが外れた顎から突き出ている。明らかに人間ではなく、強いて言うなればやはり「狼男」だ。
 人間の死体も現場で様々に見たが、こんなものに出食わした経験は無い。

「居るのか、ほんとうに……。」
「その前提で動くのが正しいと思われます。」
「う、ああ。全隊員に最大の警告をしておこう。」

 

PHASE 524.

 特務保安隊小隊長は車から出て連絡に行き、蟠龍八郎太は腰を落ち着けて錦の袋の中から日本刀を取り出した。
 この地に来るまでの車中では同乗者が怖がるだろうと、敢えて触らなかった。
 しかし実戦で使うのならば確かめておかねばなるまい。

 唐墨理一郎も大丞白男も、見慣れぬ刀に目を見張る。
 本来ならばオーラシフターのリーダーの証として「爺さま」守株翁から与えられる『不拔』が八郎太の手に有るはず。
 今は、暗い赤の鞘に覆われる無骨な刀を握る。

「蟠龍くん、その刀はどうしたんだ。」
「大丞さん、これは『不拔』の代わりにと頂いたものです。『不拔』は特殊な罠が仕掛けられているから、博物館送りになってしまいました。」
「そうか、それでこの刀は、」
「名は『緯覡』、ゲキの少女の超能力が付与された実戦刀で、やはり条件が揃わねば刀身が抜けない錠を仕込まれています。」

「イゲキ、とはどんな字を書く。」
 理一郎が訊くので、八郎太は地図の上に指で字を書いた。

「「緯」とは緯度経度の緯、織物の横糸を表す。また吉凶・預言を表す書をも意味する。
 「覡」とはかんなぎ、男の神職。天意を伝える者を意味する。
 ふむ、さすがに宇宙人の力を授かった少女からもらった刀だ。深遠だな。」
「いや、「覡」の字は単に「ゲキ」の音が欲しかったのだと思う。」

 唐墨理一郎とは、このように理屈っぽい男だ。

 八郎太は『緯覡』を抜かぬまま振り回してみる。
 『不拔』も特別な時以外は抜けぬ刀で、戦闘時にはもっぱら鈍器として扱った。柄頭、小尻で突き、チタン合金の鞘で殴り倒す。
 つまり八郎太は剣術以上に杖術を得意とする。
 その点も考慮して『緯覡』は、実に人を殴りやすい形に整えられていた。

 至れり尽くせりだな、と理一郎は感心する。
 警察の剣道場で拘束された時に自分でも声を聞いて、また仲間が会った印象を語ったところを総合すると、児玉喜味子という少女は物の分かった親切で気の利く人らしい。
 『緯覡』も彼女の作であれば、心配する必要は無いのだろう。

「それよりだ、八郎太。宇宙人は見たか?」
「見た。」

 おおお、と二人は声を上げる。物辺村ゲキの少女は宇宙人から力を託されており、また周囲には宇宙人が侍るとの噂だ。

「見たのか、どんなやつだった。」
「3種類も見せられた。いずれも想像を絶する存在だ。しかもそれで人間に親しい種類だそうだ。」
「おおおー。」

 見たい、宇宙人見たい。そう思うのは人として正しい姿勢だ。ましてや高校生の男子であれば、土下座してお願いしてでも見せてもらいたい。
 だが現在任務の真最中。必要外の情報を取り込むべきではなかった。
 八郎太は、物辺村で見た最後の宇宙人について語る。

「狼男が奪取した隕石の欠片と呼ばれるものの正体も見せてもらった。あれは隕石ではなく、宇宙人の残骸だった。」
「なるほど! そう繋がるのか。どうりでただの隕石を巡って極秘任務なんて大げさな真似をすると思った。」
「蟠龍くん、その宇宙人の残骸は危険なものだろうか。」
「自己再生機能を備えた金属機械生命体だそうです。金属を食べて自分の部品を作り、合体して大きくなり更に効率的に増殖する。その過程を実験して見せてもらいました。」

「八郎太、では残骸は今も増殖中という事か?」
「あと4日をタイムリミットと見て、回収を急いだ方が良いそうだ。宇宙人が完全に再生を果たしたら、僕達では対処のしようが無い。

 カレイさんの班は今はまだ、狼男と接触してないか。」
「ああ、しかし森林に踏み込めば追いつくかもしれない。」

「試してみよう。敵が奪取した欠片を持っているかどうか、確かめねばならない。
 持っていなければ、山中を逃げまわるのは陽動だ。」

 

PHASE 525.

 平芽カレイ以下4名のオーラシフターは特務保安隊の分班と共に狼男に最接近している。
 山中に隠れて移動する敵は未だ確認できず、上空から無人ヘリコプターで捜索するも姿は無し。
 しかし痕跡は残る。一応は敵も靴を履いているから、靴跡を探して進路を解析し徐々に追い詰めていく。

 道路を車両で移動し、次の待ち伏せポイントに付いたカレイ達は蟠龍八郎太の通信を受ける。

”カレイさんですか、八郎太です。指令を伝えます”
「八郎太、敵の正体は分かった? こちらではまだ狼男らしい兆候は無いんだけど。」
”紛れもなく、変身して怪力を奮うモンスターの狼男として対処してください。人間の数倍の耐久力を持つと考えられます”
「ほんとうに本物? 銀の弾丸無しで仕留められる?」
”シルバーブレットは必要無いと思われます。でも油断しないで、殺害を前提として攻撃してください。
 また奪われた隕石の欠片を保持しているか、確実に確かめてください。こちらの方が重要です”
「了解。今から追撃を開始する。」

 移動時は2人ずつ異なる特務保安隊の車両に乗っている。彼らは未だ未成年であるから自動車運転免許を持つ者は少なく、機動力は他を便りとする事が多い。

「集まれ!」

 平芽カレイが偉そうにするのは、相方の喜須 悟(さとる)がバカにしたように軽口を叩くからだ。
 画龍学園初等部で初めて会った時から常にカレイをからかって来た、腐れ縁だ。

 カレイ班は平芽カレイ十八歳、喜須 悟十七歳三年生、三雲 丹十六歳一年生、火尉とます十四歳中等部三年生、の4名。
 蟠龍八郎太を除けばこのメンバーが物理的攻撃力最強である。狼男追跡の前衛に当然選ばれた。

 まずは喜須が口火を切る。
 カレイと彼は年下のリーダー八郎太を助けメンバーを率いていく役を負う。カレイが規律正しく統制を取るのに対して、喜須はムードメーカーで楽天的に物事を進める。

「八郎太が攻撃命令を出したんだな。どこまでやっていい? やはり捕獲か。」
「いえ、殺してもいいという判断よ。とにかく当たってみろって事でしょう。」
「それはぁ八郎太にしては短絡的だな。意図はなんだ。」
「重要なのは隕石の方だって。それに敵の戦闘力を測りかねているわ。実際、イメージ通りのモンスターとして戦えと言ってる。」

「銃が必要でしょう。僕たちの武器では狼男なんて倒せません。」

 三雲 丹(まこと)だ。彼は少女と間違えられる事も多い背が低く優しげな容姿であるが、戦闘となれば容赦が無い。
 身体が小さいから自らの技量に幻想を抱かず、銃器の使用もためらわない。ただこれまでの任務では人命を直接奪う命令を受けた経験が無かった。

 カレイもうなずく。今回の任務は不確定要素が多い。攻撃手段は多めに、殺傷力の高い銃の使用も解禁しよう。
 故に特務保安隊だ。警察は銃器の貸し借りが法令に縛られてほぼ無理だが、秘密部隊トクホなら可能。
 貸与可能な銃器は拳銃グロック19、サブマシンガンH&K MP5、どちらも9ミリパラベラム弾使用。および殺傷・非殺傷手榴弾。
 アサルトライフルや狙撃銃、グレネードランチャーに小口径迫撃砲までも装備するが、部外者オーラシフターに貸せるのは上記3種のみ。
 使用者の所属を不明にし犯罪に偽装する為の、登録済み”盗難”猟銃散弾銃、トカレフ等暴力団が用いる密輸拳銃、RPG-7までも存在するが、これらは慎重な取り扱いを必要とする。

 カレイ、喜須、三雲の3人はグロック19を1丁と銃弾弾倉、音響閃光手榴弾のみを選択する。
 もしも敵がオーラシフターと同程度の警戒心を持つ戦闘のプロであれば、遠距離からの射撃では止められない。隠伏の術を熟知しているはず。
 喉元に食らいついて心臓に直接攻撃を叩き込む、いつもどおりのやり方を用いるべきだ。
 銃弾はフルメタルジャケットを使用。彼らが遭遇する敵は極めて堅固な防護手段を持っている例が多いから、貫通力重視だ。

 そして各自が得意とする白兵武器を携帯。オーラシフター独自の戦闘服を着用した。
 彼らの間で俗に「戦闘ジャージ」と呼ばれている、正式名称「バトル・トラックスーツ」は見た目まさに灰色のジャージだ。
 運動能力を妨げず衝撃と擦過から保護する先進的な素材を用いているが、防弾能力は無い。まるっきり。
 防刃能力も手袋と靴にしか備わっていない。

 近代的なボディアーマーを着装する特務保安隊員は、あまりの軽装備にさすがに不安と同情を覚えた。
 いくら超能力者とはいえ少年少女を裸同然で戦闘に送り出す。罪深い話だ。

「それでは作戦を開始します。後よろしくおねがいします。」

 専用バックパックを背負った平芽カレイは、特務保安隊分班のリーダーに笑わずに挨拶して行ってしまった。
 喜須、三雲も続き、ガードレールを乗り越えて森の中に入り、登る。すぐに姿は消えた。
 あまりにもさりげなく歩いて行くので、トクホの隊員は彼らがかなりの速度で移動するのに気付かなかった。
 自然過ぎて異常性を理解できない。これが仙術だ。

 分班リーダーはひとり残った中学生 火尉とます(かじょう とます)に振り返る。
 戦闘ジャージの上に雨でもないのに黒のレインコートを羽織る彼は、武器も持たず、動こうともしない。

「君は行かないのか。」
「ボクのチカラは遠隔誘導の物理操作能力デス。カレイさん達と一緒にもう行ってますよ。」
「……、そうか。」

 少年は顔も上げずに移動で乗った車両に入り込み、ノートパソコンを弄り始めた。捜索に使っているラジコンヘリと無人偵察機の映像が映し出される。
 そういう働き方も有るのか、と分班リーダーは干渉を諦めた。
 分からないものにはやはり近づかないでおこう。

 

PHASE 526.

 オーラシフターが使う術は、一応仙術とされている。人間が習得できる技には限度が有るから、既存のどれかと似てしまうのは仕方ない。
 山中を高速で移動する技も仙術に無いわけではないし、使う本人が標榜するから仙術扱いされるのだ。
 しかしながら江戸時代晩期に未来仙とやらから伝えられた当時、それは「天狗術」と呼ばれた。
 天狗が山中を飛ぶように走るのは至極当然。

 やり方としては簡単で、人が1歩進むところを半歩余計に行っている。速度的には走って追い抜くのも容易い。
 キモとなるのは、その半歩の動きが見えない、出し抜けに進んでいる点に有る。
 僅かな距離だがテレポートしたかに移動の痕跡無く進む。もちろん体術を使って瞬間に動いただけで、ジャンプしたわけではない。
 只歩くのと同様に自然に半歩進んでいる。

 チリも積もればで、半歩の有利が連続すれば人よりも早く進んでしまう。歩いているだけに見えるのに、いつのまにか遠くに背を見送っている。
 これがオーラシフターの「縮地法」だ。

 縮地法が便利なのは単に移動に使うだけでなく、戦闘格闘にも応用できる点だ。
 今からぶん殴ろうとした相手が、いきなり消えて半歩横に動いていれば当たらない。背後に回られて面白いように叩きのめされてしまう。
 銃で撃つとしても、未来予測の位置がずれていれば狙いの付けようが無い。

 もちろんこれだけでは限度があるので、敵の注意を他所に逸らす術も併用する。

「そういう歩法を使っているのではないわね。」

 平芽カレイは狼男の足跡を確かめて、敵の能力を推察する。
 歩幅が大きく力強く尋常ならざる体力は認めるが、技が無い。もちろんマタギやハンターなどの山中を仕事場とする人との歩みとも違う。
 強いて言うならば、ジャングルに住み裸足で暮らす原住民の歩き方。エネルギーをセーブしながらも、十分に足元に注意して淀みなく歩を運んでいる。
 時折見せる大きなジャンプの跡が、狼男の由縁だろう。足だけでなく、手を地に付いて構えた跡も見えた。

”カレイ、このジャンプが曲者だな”

 喜須悟から通信が入る。オーラシフター標準の戦闘ジャージには通信装置が仕込んであり、作戦中通話できる。技術的にはただのPHSだ。
 いやしくも仙術使いであるのなら念話くらい使えよ、と思うだろうが、そんな便利な術は存在しない。現代社会なら無線機通信機を普通に使う。
 ちなみに二〇〇八年現在PHSは携帯電話にシェアを奪われて絶滅寸前であるが、オーラシフター専用回線であれば支障はない。
 無いのだが、近年の進歩したサービスを利用するために別の携帯電話を持たねばならない理不尽に直面する。

「ええ、前でなく横に跳んでいる痕跡も有るわ。」
”木の上にも登っている。上下に揺さぶられるとさすがに辛いぞ”
「狼男じゃなくて、山猿かヒョウかもね。」

”三雲です。追い付きました”

 三雲 丹は狼男予想進路をまっすぐ最短で追跡している。敵の罠に敢えてハマリに行ったとも思えるが、もちろん釣りだ。
 さすがに一人では危ないから、火尉とますが用いる使い魔を伴っている。

 仙術でも魔術でも、自らの命じるまま自在に働くロボット的存在を様々な手法で作るが、火尉とますが用いるのは仙獣の一種「尸」だ。
 人工で生み出されたもので小さいながらも強力正確、鉄をも穿つ威力を持つ。
 残念ながら仙術的にはかなり低レベルな存在で、それなりの術者であれば虫封じの術で簡単に無効化出来てしまうが、一般人相手なら無敵だ。
 狼男にはたぶん有効だろう。

「姿は見える?」
”狼男じゃなくて人間です。男性で2名”
「2名、ふたり居るの?」
”はい2人です”

 足跡の分析からは複数の存在を推測出来なかった。1体が囮となって追跡を引き付け、もう1体が側面から襲撃して混乱に陥れる作戦だろう。
 警官隊が手もなく蹴散らされたのも道理だ。
 戦術の変更をせねばなるまい。通信を聞いていた喜須悟が呼び掛ける。

”カレイ、敵は足跡を消す術も持っているぞ”
「シートン動物記の『狼王ロボ』くらい読んでるわよ。元より相手が知的な野獣だと想定して、そのくらいは織り込み済み。」
”丹(まこと)と合流しよう。とりあえず一当たりして敵の実力を試す。今捕まえなくていい”
「了解。/それと、丹? 敵は隕石らしきものを持っている?」
”分かりません。そもそも隕石はどのくらいの大きさなんですか”

 この情報はオーラシフターにも特務保安隊にも知らされていない。回収時には拳大だったとも聞くが、ケースに入っているのか裸で持ち歩いているのか。

「優先目標は隕石の回収であって、狼男の撃破ではない。もう少し観察してみて。」
”了解しました”

 

PHASE 527.

 平芽カレイは歩法を変えた。跳ぶ。
 木の根などの固い足場を目指して、連続でジャンプを続ける。「飛歩」の術だ。
 縮地法より簡単だが運動能力を必要として、力技となる。どちらかと言えばニンジャの技法。
 本物の仙人のように空中を飛翔するのは、オーラシフターの蟠龍洞仙術では使えない。そもそも生身の人間が空を飛ぶ技は実在しない。

 カレイにとってはこちらの方が楽。スポーツ万能成績優秀の元生徒会長様は、物理的脳筋でもある。
 去年まではこれでよかった。
 前のリーダーの指導の下、カレイは鉄砲玉的な前衛を務めて成果を上げてきた。
 正月にリーダーが引退し年下の八郎太に『不拔』が譲られて、遺憾ながら抑え役に回る。

 だが今日は狼男が相手だ。どんな化け物だか知らないが、全力でぶつかってちょうど良い強さを期待しよう。

「よお、ごきげんだな。」
「なによ。この間の忍者戦のリベンジよ。」

 喜須悟がやはり跳んで合流する。さほど背は高くないが彼もスポーツマンで、敏捷で器用な動きを得意とする。

「門代ではずいぶんと神経を使わされて、しかも負け戦だからな。殺しちゃいけないってのは気を使うもんだな。」
「それじゃあまるで私が殺人鬼みたいじゃない!」

 実際オーラシフターは殺人を目的とする任務は少ない。
 不思議や異常の原因を解決し平穏な日常を回復するのが王道で、対象の殺害により終息させるのはむしろ彼らの敗北なのだ。
 とはいうものの人の欲や愛憎が重なり合い、彼ら同様の超能力者が関係する事件では不可抗力が生じる時も。
 カレイの能力は人死に直結する場合が多く、慎重な行使を求められる。

 3メートルの崖を駆け上がり、突き出た松の根を蹴って大きく飛ぶ。悟、付いて来れるかの挑戦だ。
 もちろん彼も同じ軌道を縫って宙に舞う。

 二人共よく似た運動能力に優れるタイプだが、跳び方は違う。
 カレイは足場を迷わず、常に正解を踏んでバレエのようにしなやかに連続ジャンプする。
 悟は慎重に足場を探して細かく縮地で場所決めをして、跳んでいい所で大きく跳ぶ。

 カレイの方が才能とセンスが有るのだが、美しく跳んでも戦闘で勝てるわけではない。小刻みに相手に対応する悟の方が、総合成績は良いはずだ。

”うはー胸が8の字に揺れてるよ”
”え、先輩。どうしましたか”
「悟、実況しなくてよろしい!」

 

”ヘリでも確認しました。目標は2つ、人間デスね。日本人じゃないと思います”

 後方支援の火尉とますから通信が入る。彼は引き続き俯瞰で現場上空の監視をしていた。
 とますが使う人工「尸」は術者から数キロメートル離れても操作できる優れ物だが、いかんせん視界が狭い。
 虫ゆえに低い場所を這わねばならず、頻繁に見晴らしの良い場所に登って観測せねばならなかった。

 自分の目と虫の目と、両方を同時に使える火尉とますは、後天的な魔法施術によって能力を付与された人工魔術師である。
 小学四年生の時に怪しげな謎博士に拐われて山荘に監禁され、外科手術により「尸」の制御魔法回路を体内に組み込まれた。
 しかしながら手術は謎博士の期待を満足させるものではなく、散々実験をした挙句に謎看護婦によって谷底に突き落とされて処分された。
 奇跡的に一命を取り留め実の両親の元に戻れたが、魔法の力を備え特に視覚を弄られては日常生活を送れない。
 事件を調査した画龍学園は特別な矯正措置が必要と両親に申し込み、引き取られてオーラシフターに成った。

 人工「尸」は全長20センチ太さ3センチ、尖頭を持ったオレンジ色の芋虫だ。無論一般人の目では見る事が出来ない。
 人工的な存在であるから物理操作に特化しており、遠隔地の機器操作や家屋への侵入、鉄扉をも穿って進入路を開削する能力を与えられる。
 時速30キロでの高速走行も可能であるが、いわゆるFPSと同じ一人称視界しか持っておらず、コンピューターによる位置情報支援も無いから迷子になりやすい。
 現在は三雲 丹のバックパックの中に隠れて同行している。個体名は「モーラ」だ。

 ちなみに人工尸の製造技術は謎博士オリジナルではなく、他の魔術組織によって数百年前に開発されたものを現代的にリファインしたに過ぎない。
 謎博士は魔法の資質の無い人間にこれの制御能力を移植して、術者の大量生産を目論んでいたと思われる。

「とます、狼男としての特徴的な印は無い?」
”いまのところは普通デス。身体は大きいけど普通の人間の枠内デスし、動きもぱっとしませんね”

 動きが悪い? カレイ達追跡組は走りながら緊張する。
 故意に誘うかの動きは罠を想定すべきであり、2人を1人に見せかけてきた者がこれ見よがしに2人で動くとすれば。

「丹、距離は、」
”300です。更に詰めますか”
「100まで行って、銃撃して。当たらなくてもいい。」
”分かりました”

「悟、敵はほんとに2人居ると思う?」
「分からない。ひょっとすると3の可能性すらあるかもしれない。」

 カレイは予測に賭けてみた。
 敵が自らの能力に自信を持つならば、追跡されていると知れば逆に。

 

PHASE 528.

 距離を詰めろと言われても、三雲 丹の運動量も上限に近い。
 縮地法は慣れれば長時間使える便利な術だが、制限速度が有り走行は出来ない。跳んでも、上り坂だと速くもならない。

 その点狼男は大したものだ。グイグイと急斜面を登って速度が鈍る事が無い。
 だが火尉とますの言う意味も分かる。もう一人の動きが確かに鈍い。
 先行する男に、体付きから推測すればやはり男だろう、引いてもらうように付いて行く。狙撃に対する警戒も、こちらの方はおろそかだ。

「ひょっとすると、狼男と普通の人間のペアだろうか。」

 有りそうな話だが、丹は首を振る。
 これまでの山中の行程でも十分に人間離れしているのだ。たとえ体力に優れたニンジャでも無理だろう。
 能力は低くても狼男。化ける余地は十分に有る。

 「尸」を使おう。

「とます君、モーラを先行させて狼男よりも高く上がって、上から警戒音を鳴らしてくれないか。」
”これ以上山に登らせない策デスね。攻撃はしなくても”
「こちらの有効射程まで追い込んでくれればいい。あと無人ヘリで上から脅してくれれば、」
”ヘリは燃料切れデス。飛行機の方の無人機で強襲を掛けます”
「頼む。/カレイさん、この手で行きますがいいですか。」
”任せる。10分ほどで合流できるから保たせて”
「了解しました。」

 丹のバックパックから、オレンジ色の尸が抜け出ていった。
 尸は人工ではあっても仙獣で、基本的には人や獣の眼で見えない。また重量も無く、草木の間を進んでも揺らして物音を立てたりしない。
 物理操作、攻撃をする時のみ重さを発生させる。人工尸「モーラ」の最大重量は150グラム。
 今は重量ほぼゼロで坂を登る。重力が障害にならないから、平地を走行するのと同じ時速30キロで移動した。

 一方丹は隠形の術を展開する。

 三雲 丹(まこと)の仙術特殊能力は、「可愛い女の子に化ける」変身術だ。
 三人姉妹の下に生まれた男の子の常として女装の英才教育を施され、オーラシフターになった今でも平芽カレイや子代 隻に玩ばれる。
 術というより特技と見做すべきだろうが、変化は立派な仙術だ。
 様々な場面で有用なのだが、さすがに戦闘においては役に立たない。そこで隠形を用いる。

 隠れる、偽装して目立たなくする技は一般軍隊ですら用いる基本的な戦闘技能だ。オーラシフターでも基礎教養として習得する。
 特殊部隊の偽装技術は極めて精巧で一般人にはまるで見分けが付かないものだが、オーラシフターが遭遇する敵はおおむね特別な探査術を備えている。
 現在の状況に当てはめれば、狼男の嗅覚。
 人間の身で臭いをすべて消し、イヌ科の動物を欺くのはまず不可能と言えよう。
 仙術の隠形はこれを成し遂げる。臭いのみならず、赤外線超音波等ハイテク探査や気の流れを読む超能力者に対しても効果が有る。

 三雲 丹はこの術の成績がずば抜けて高い。
 環境中に「化けて」自らの存在を消す、変身能力のバリエーションとも言えよう。

 隠形の術を展開中であるが、バックパック外に装着していた借り物のグロック19を抜いて用意する。
 狙撃兵の偽装と違って隠形の術は掛けたまま作業をしてよい。どうせ同等以上の術者でなければ見破れないのだ。
 問題は、所詮は拳銃の有効射程距離。
 おおむね50メートルが限界であり、そんな近くに狼男は寄ってこないだろう。

 拳銃で狙撃する特殊能力者はオーラシフターにも居る。物辺村では「サドの王女様」と讃えられた子代 隻だ。
 彼女は.25ACP小口径弾を用いる骨董品の女性用護身拳銃を使って、50メートルのターゲットに確実に当てる。
 だがあくまでも特殊能力だ。そもそも.25は50メートル飛べば殺傷力をほぼ失う。
 「相手を殺さないためよ」と自分でもうそぶくくらいだ。

 とはいえ、斜め上に撃てば拳銃弾でも予想以上に飛んで行く。狼男が拳銃弾で死ぬかすら不明なのに、あまり考えても仕方ない。
 撃ち込んで反応を見るだけだ。

 

 「モーラ」は着実に狼男に追いすがる。
 100から50、20メートルにまで接近して、火尉とますは確信した。狼男は仙術や魔術は使えない!
 指呼の距離で仙獣を感知できないとは、魔法使いにあるまじき迂闊さだ。要するに一般人と同じ。

 しかし無理は禁物。人工尸など適切な呪具を用いれば簡単に殺せる。
 そして超能力を必要とする現場には、呪具を携帯する戦闘員が居るものだ。

”カレイさん、「モーラ」で直接狼男を視認しました”
”どんな感じ?”
”東南アジアぽい色の黒い外人デス。背は高く、結構筋肉質”
”もうひとりは”
”動きの悪い方は、分かりません。なんだこりゃ”
”とます、丹の指示に従って敵の足を留めて”

 最初の計画通りに狼男を追い抜いて上の森に入る。「モーラ」単独での襲撃など本来あり得ない。
 人工尸は視力が弱い。いや解像度が極端に低く、視野も狭い。

 仙獣と人間の知覚を結合したのだから無理が有って当然だ。
 動きの激しい獣人に格闘戦を仕掛けるなど論外であった。

 

PHASE 529.

 火尉とますは人工尸「モーラ」を操って森の中を飛び跳ねさせた。同時に無人偵察機を山上から掠めるように飛行させる。
 人間が乗るサイズではないが、全幅5メートルはある大きな機体だ。エンジンの出力も高くて音も大きい。
 狼男に対処する為の「何か」を投下した。そのように思わせれば良いのだ。

 果たして狼男の足が止まる。正体は知れないが森の上に「何か」が居る。
 どう対処すべきか。探して撃滅するのは得策ではない。
 後方から高速で追いすがる平芽カレイ、喜須悟の存在を感知する。手間取れば二人の襲撃を呼び込むだけだ。
 高度を保って逃走を続けるのはなお悪い。猟犬の追い込む先にはハンターが居るに決っている。

 狼男、現在はまだ只の人間であり外国人、中米インディオの男性だ。
 日本企業の工場の作業服を着ている。日系ブラジル人などに紛れて活動していたそのままの姿で山中を逃げ回る。
 図らずも森林中では良い迷彩服になってくれた。グレーはどこで使っても役に立つ色だ。

 せっかく登ったがこれ以上は行けない。そもそもが日本政府の追跡隊を完全に撒くのは得策では無かった。
 任務の性質上常に相手を引っ張り回す必要が有る。要するに囮だ。
 さらに言えば、今後の活動を踏まえて布石を打っておかねばならない。

 打って出るべし、と追跡者の内でいちばん弱そうな三雲 丹に狙いを付けた。

 一気に森を駆け下り、襲撃する。丹は巧みに隠れては居るが、山中森林で狼男を出し抜けるはずも無い。
 男は木陰に巧みに姿を隠しながら、石の転がる速度で走って行く。
 彼の後を追って、動きの鈍い同行者も下りてくる。こちらは明るい日向に姿を晒して敵の目を惹き、倒けつ転びつしながらだ。

 銃弾が飛ぶ。狙いやすい日向のターゲットに向け拳銃が発射された。
 当たらない、いやこの速度で当てるのは無理だ。本当に転がりながら斜面を下るから、凄まじい勢いだ。
 それよりもまだ疾く、獣身?化を遂げた男が爪を奮う。
 三雲 丹の身体は!

 無い。そもそも人の姿は無く、一枚の小さな人型の紙片が貼ってある。

 形代だ。三雲 丹は自らの気配を紙片に移し、あたかもそこに居るかに偽装していたのだ。
 しかし銃弾はたしかにここから発射されたはず。

 10メートルさらに下の茂みの中に三雲 丹は隠れている。
 形代との間を直線状に結び、あたかも形代から銃弾が発射されたと見せかけるトリックだ。
 だが、丹も驚く。

 遅れ馳せながら、鈍い方の敵が到着した。表情の無い、人間味をまるで感じさせない、いやこれは。
 案山子だ。マットレスを紐で筒に縛り、作業着を着せて人間に見せていた。まるっきりの子供騙し。
 これにロープを繋いで狼男が引っ張り回していただけだ。

 しかし本物の人間に感じてしまう。
 いや、近くで正体を確かめた今でも目が離せない。人間以上に人間な、生きた気配を感じる。

 「幻術か」
 丹は茂みの中で拳銃を構えたまま考える。隠形の術は未だ効力を失わない。

 目で見れば明らかに人でないと分かるのに、何故自分は誤ったのか。狼男は呪術魔術は使えないはず。
 だのに体温を感じるほどの、人の生きる息遣いまで感じて……!?

 「臭いだ。この人形、人を思わせる特殊な臭いを発しているんだ」

 しまった、まんまと出し抜かれた。
 丹は臭いで狼男に見つからないよう、常に風下に位置を取って追跡していた。
 狩猟における追跡の基本中の基本。
 だが逆手を取られて術を掛けられていたのだ。

 魔術に香料を使うのは極めてオーソドックスでポピュラーな手法ではあるが、現代でも十分威力を発揮する。
 狼男はその体臭が特別な幻惑作用を持つのだろう。
 斯くの如く。

 「う、うんっ」
 獣臭さが強烈に立ち込める。もはや暴力的と呼べるほどに強く、鼻腔を刺激する。
 一般人の兵士ならば、これだけで錯乱や恐怖感を覚えるだろう。感覚に逆らう事は理性では出来ない。

 案山子を捨て、狼男は跳ぶ。瞬時に木に登った。
 そして跳ねる、離れた木の幹に飛び移り、地に降りて逃げていく。早い。
 だが森の中でそこまで速度は出ない。銃で撃つのは今だが、

「くっ、ち。」

 隠形を解いた。実際に声を出して三雲 丹は舌打ちする。
 案山子が邪魔だ!

 動くはずの無いデコイと知った今でも、意識がそこから離れない。今にも跳びかかり噛み付いて来ると、想像してしまう。
 いや、常識的に考えても爆弾くらい仕掛けてあるのが普通。無視はできない。

 大きく姿を曝して、グロック19を構える。狼男との距離はおよそ70メートル、樹木の枝葉も邪魔をする。
 当たるはずも無いが、とりあえず3発を発射する。
 至近をかすめ、狼男は避けた。

 これでいい、十分な情報は取れた。そもそもが案山子を使った時点で分かっていた事だ。

 

”カレイさん、丹です。狼男は「傀儡の術」を使っていました。弾除けです。
 あいつらは銃弾に対して不死身じゃない”

 

PHASE 530.

 「傀儡の術」。人を催眠で誘導して使う技でなく、文字通りの人形を使って自らの姿とする極めてポピュラーな幻術だ。
 その一番の利点は、自らを神出鬼没の不死身と見せかける事。
 弓矢だろうが銃弾だろうが毒物だろうが、何を使っても死なずに動き続ければ、怪物と思って大いに驚き恐れる。

 最初に逮捕しようとして蹴散らされた警官隊も、デコイに銃を向けたのだ。
 まさに伝説の通り、「不死身の狼男」に見えただろう。

 

 平芽カレイは、更にもう一つの「傀儡」の利点を被っていた。
 虚を実として人の目を惹きつけ、実際には別の場所に出没する「変わり身の術」だ。

 三雲 丹が襲撃を受けたのと同時刻、現場に急行中のカレイと喜須悟は真っ黒の毛玉に樹上から襲われた。
 正真正銘、獣形の怪物。絵に描いたとおりの狼男だ。
 本来作業服を着ていたのだが上半身は脱ぎ捨て、ズボンのみ。靴も履いていない。
 危うく悟が爪に掛けられるところだった。彼は敵が3体以上の場合も考慮していた為、すんででかわす。

「木登りする狼か!」

 一度地に降りた怪物は、再び別の木に登る。いくら幹の角度が斜めとはいえほとんど猿かリスの速度だ。
 そしてまた飛び掛かる。
 残念ながらこの跳躍力に追随するのはオーラシフターには無理だ。低速でも縮地法にて対抗する。
 二人はそれぞれの白兵武器を抜いた。
 拳銃は使わない。あまりの早さに同士討ちする可能性が高い。
 高い身体制御能力を活かして格闘中に射撃するのも可能だが、それは器用な悟に任せよう。

 カレイの武器は折り畳みの弓、悟は両手二刀で60センチ長の七星剣を持つ。
 どちらもプラスチックを主体とした軽量素材であるが、金属と叩き合っても壊れない強度を持つ。
 弓とは言っても弦を張ってない、この状態だと只の笞だ。強靭でよくしなるから、人の指くらい簡単に刎ね飛ばす。

 運動能力に優れた二人は常人ではあり得ない速度で武器を振り回す。これにも縮地法の理論が応用されていた。
 途中経路が無くいきなり叩く突き刺す位置に武器が出現するから、隙を見付けての攻撃も効かない。
 あくまで圧倒的な衝撃力で叩きのめすしか無い。

 悟と交錯して、狼男は自らの異変に気付いた。鋼の強さを持つ剛毛が削がれ、皮膚に薄く傷が付いている。
 プラスチック製とはいえ刃の部分には別素材、薄いカッターの刃が埋め込まれている。防刃機能を持つ衣服に対応する超硬度鋼だ。
 全部をこの素材で作ると重くて振り回せないから、軽いプラスチックに埋め込んである。

「ヘイ彼女、ワンちゃんびびってるぜ。」
「彼氏、あんまり挑発しない!」

 当然互いの名を呼んだりしない。呪術には人の名前を触媒に発動するものがあるから、偽名や代名詞を使うのが鉄則だ。
 そもそもが特殊部隊なら顔も隠し互いをコードネームで呼ぶのが常で、本来であればオーラシフターも顔は隠す。
 今回は顔も髪も露出する。演出上の都合という奴だ。

 容易には二人のコンビネーションを崩せないと知った狼男は、一時後退する。
 木に登り枝葉に隠れ、また地に伏して薮に潜み、と日本の森でも自在に使う。
 ぐるるる、などと唸ったりはしない。

「……、英語? いえ違うポルトガル語?」
「なるほど、お里はそちらってことか。」

 たしかにこれは人間だ。愚痴をこぼすなんて野生の獣のすることじゃない。
 武器を持って抵抗する相手を突き崩すのも、人間であれば。

「散れ!」
 と悟が叫ぶより早く、カレイも跳んで木の後ろに隠れる。

 銃声も無く弾丸が飛んできた。それも立て続けに3発。狼男が銃を使うなんて、卑怯だ。
 悟は右の七星剣を背のバックパックの鞘に仕舞い、借り物のグロック19を手にする。拳銃がどの程度狼男に効くか分からないが、相手が射撃で来るなら仕方ない。
 だがどんな銃を使ったのだ?

 木の幹にめり込んだ銃弾を七星剣で抉り出す。深さ5センチまで貫いたのは、銀色の球体。パチンコの玉だった。
 悟は、はぁと溜息を吐く。そう言えば敵は狼男だったな。

「指弾てやつか。オオカミ男だもんな。」

 正解でない。いくら怪力であろうとも、指の力だけで木にめり込むほどの速度をパチンコ玉に乗せられない。
 スリングショット、つまりパチンコでパチンコ玉を飛ばしている。鋼の音叉にワイヤを繋げた構造になっており、ゴム使用のパチンコよりも強い弾性力を発揮し連射も早い。
 狼男の怪力でのみ使える特殊武器だ。
 有効射程距離は20メートルほどでしかないが、威力は拳銃並に有る。近代的な装備に身を固め強力な銃器を携えた兵士でも、迂闊に動きが取れなくなる。
 あとは怪物の天下。

 

PHASE 531.

「彼女!」

 カレイの名を呼びたいが、規定に従って代名詞で呼び掛ける。お前の能力の出番だぞ。
 言われるまでもなく、平芽カレイは弓を構えて想像の矢を番う。
 何の為に弓など携えてきたか。彼女の超能力が弓を媒体として放たれるものだからだ。
 もちろん無くても出来るのだが、より精度を高く、戦場の混乱の中で確実に行うには媒体が要る。

 弓術と仙術の関係は古く深い。弓を得意とする仙人も居る。
 古代における遠距離投射の唯一の手段であったから、想像の翼は弓に集中した。弓を用いる呪術は多い。

 カレイの技もその一つ。想像の矢を放ち、敵を射る。
 途中に障害物や壁が有っても防げない。呪術による防壁も、オーラシフターの若さ溢れる精気の集中を止められない。
 だが死ぬほどではない。そこまで強力ではない。
 心臓が一瞬止まるだけだ。訓練を積んだ兵士でも、熟達した魔術師でも、心臓が止まれば何事も中断せざるを得ない。

 狼男も止まる。その瞬間に悟が銃撃すれば。

「なむはちまんだいぼさつ」

 那須与一を引き合いに出すのは仙術ではないだろう。神道か仏教か、要は集中。
 意識が射線の先に透り、標的の姿を鮮明に映し出す。狼男、全身に剛毛、膨れ上がる筋肉、顔はイヌ科までは変形せず人間の顔に毛が生えて、だが瞳は黄色くランと光を放ち、

 圧迫を覚える。敵の顔を見るのはいつも苦手だ。
 弓を引きながら、心は幼い日に戻る。父と母が殺されたあの日の情景に。

 平芽カレイの父親は外交官であった。母とカレイと、家族を連れて任地に向かう。着いた直後の空港で事件は起きた。
 テロリストが乱入して無差別に発砲し、次々に人が倒れていく。標的は外国人で、何者も容赦しない。
 男も女も倒れていく。母がまず撃たれ、かばおうとした父も銃弾を浴びて、二人共動かない。
 状況を理解できないカレイは立ったまま、テロリストの銃が自分に向くのを見る。まだその頃は銃という凶器の原理を知らない。火が出れば人が倒れる、それだけだ。
 分かるのは殺意が自分にはっきりと向けられている、その一点。覆面に隠れた顔の、瞳に窺えるのは悪意ですら無い。ただ刈り取り人の義務感のみ。

 呼吸がさらに深く静かに鎮まっていく。
 私はあの頃の自分ではない。恐怖を越えて、前に進む……、その為のチカラを。

 薮が揺れて、狼男の居場所が知れた。
 悟が飛び出して拳銃を構える。グロック19にフルオート連射機能はないが、立て続けに6発を叩き込んだ。
 黒い大きな塊が飛び出し、逃げていく。命中は分からない。

 悟は銃を射線から外して息を吐き、顔を緩める。

「驚いたな、心臓が止まってても動いたぞ。」

 カレイも隠れていた木の後ろから出て、悟に近付く。

「心臓が止まっても体内をめぐる血流でしばらくは動けるというけれど、普通ショックで止まるわよね。」
「さすがに狼男ってことか。で、俺の弾は。」

 狼男が潜んでいた付近を調べて出血の有無を探す。6発全弾外したとは思わないが。
 毛がこびり着いた皮膚の破片が低い葉に着いている。効果は有ったようだが、即死はしない。
 伝説に有るように不死身性を持っているのだろうか。

 

”カレイさん、丹(まこと)です。狼男は「傀儡の術」を使っていました。弾除けです。
 あいつらは銃弾に対して不死身じゃない”

 先行する三雲 丹から連絡が入った。銃撃して様子を探れと指示したが、相手が先に試したわけだ。

「丹、こちらも襲われた。」
”え、では敵は2体?”
「そちらは、1体と囮の人形だったわけね。」
”はい、敵は1体だけで、再び逃走を開始しました”
「こちらを襲った奴と合流するでしょう。私達も一回集合します」
”了解”

 指示を出したカレイに、悟がもう一つの懸念を告げる。
 この方面に狼男が2体居るのなら、魚養可子の別班が網を張っている方はどうなのだ。

「そうね、フカ子の方にも居るとすれば、3。」
「隕石強奪は5箇所同時に行われたから、最低でも5人居るだろう。てのが警察の見解だ。」
「そうだ悟、あなた今の狼男が隕石を持っているところ、見た?」
「いや、でも分からないぞ。襲撃の時はどこかに置いてきたのかもしれないし。」

「そうね……。八郎太に連絡しよう。」

 

PHASE 532.

 魚養 可子(うおかい べしこ)十七歳高校二年生。
 通称フカ子が率いるオーラシフター別班は戦闘を期待されてはいない。
 こちらの主力は完全武装の特務保安隊10名。彼らの前に狼男と呼ばれる存在を追い出すのを目的とする。

 戦闘力が低い、とは一概に言えない。フカ子の仙術特殊能力は「即死の魔眼」だ。一瞥するだけで死を与える。
 この術は極めつけに強力であり、使い手は慎重に選ばれる。
 フカ子は人を傷つける事に強い禁忌を覚える質だ。一般人としての普通感覚こそが安全装置として機能する。

 彼女の得意はもう一つ、交渉力だ。話をする人に自然と好意を持ってもらい、僅かながらも優遇される。
 チリも積もればびっくりするほどの好成績となる。
 見た目スケバンな赤いセーラー服姿だが、奇異に思われないのも取り柄であった。

 後の二人、棟木 曼助と子代 隻も特殊なタイプだ。

 子代 隻(このしろ せき)十六歳一年生。
 実は双子で、妹は朔(さく)という。彼女は既に死んでいる。
 死んではいるが、隻の中に生きている。昼と夜で身体を分け合う二重人格者だ。

 だからではないが、隻の能力は剛力になる。常人を超えた怪力を用いるが、速度を上げる、ものを投げる等には使えない。
 例えばドアノブをねじ切る、トラックを引っ張るなど、ゆっくりとした力の発揮が可能となる。
 戦闘においてはこの剛力を、拳銃の把持に使う。発射の反動をまったく受け付けない腕は機械で固定して撃ったのと同じ、非常識な命中精度を誇る。
 そして朔の超能力。ただし彼女は隻が眠らなければ出現しない。

 彼女の衣服も特務保安隊に変に見られている。白黒のいわゆるゴスロリだ。
 下に戦闘ジャージを着ているから問題ないとはいえ、目立つしひらひらで邪魔。戦闘に向いているとは到底思えない。

 隻は、トクホが貸与してくれる武器をいちいち調べている。
 可能なのは拳銃、サブマシンガン、各種手榴弾。高機動の運動能力が無いと聞いてボルトアクションライフルも許されるが、最初から眼中に無い。

「もっと小さな拳銃は無いの?」

 彼女が日頃使うのは.25ACP弾を使うベレッタM950もしくはコルト・ベスト・ポケット。いずれも画龍学園のOBが使っていた、と言っても戦前にまで遡る骨董品だ。
 そんな非力な拳銃を現代の特殊部隊が持っているはずがない。

「あ、それいいんじゃない?」

 武器コンテナの隅から無理やり出させたのはグロック26。人質交渉や潜入任務などで使う隠し武器として用意されていた。
 数が無いから使って欲しくないのだが、

「じゃあこれね。」
 と持って行かれる。グロック19と同じ9ミリパラベラム弾を使うから.25よりよほど強力で、狼男にも効くだろう。

 

 十六歳二年生 棟木 曼助(むなぎ まんすけ)は銃器を使用しない。

 そもそも彼は高校生になってから画龍学園に入った「外部組」。
 通常オーラシフター候補生はスカウトが日本全国から有望な子供をリストアップして、資質を確かめてから迎え入れる。
 だが彼の場合、果たして資質・能力と呼べるものか。

 修行の年数が短く、仙術利用の戦闘能力を持ち合わせていない。
 縮地法も飛歩も使えず、武術格闘技も習い始めたばかりで実戦に出るレベルにはほど遠い。
 身体は大きいからそれなりに力は有る。こういう場合の選択肢は、棒だ。
 彼専用武器として六尺棒が用意されている。

 フカ子の武器は木刀だ。非殺傷兵器として鈍器棍棒の類がふさわしい。
 曼助とは違い修行に年数を積んでいるから刀剣が使えないではないが、やはり嬉しくない。
 また拳銃なんか撃った経験が無く借りても使えない。これはサボリの結果だ。

 使えないから使わない、明確な返答はむしろトクホの隊員に好意を持たれた。素人はそうでなくちゃ。

「ところで、あの人は誰ですか?」

 装備の終わったフカ子は、オーラシフターでもトクホでもない、警察でも公務員でもない場違いな人間が居るのに注目する。
 痩せた白人の中年男性、貧相な顔立ちで無精髭も生やしてかっこ良くない。
 埃っぽいジーンズを履いて貧乏臭く、カタギには見えないが、何者か。

「通訳だそうだ。」
「通訳、狼男の?」
「個人的に狼男と接触した経験が有るらしい。我々が手配したわけではなく、上層部の都合で押し込まれたようだ。」
「つうやく、ねえ。」

 男は大あくびをしている。緊張感まるで無し。
 これはこれで怪しい。周囲にはトクホの隊員がサブマシンガンをぶら下げて警戒しているのだ。
 修羅場には慣れている、そう見るべきだろう。

 しかし暑い。山中とはいえ夏の午後だ。戦闘ジャージもそうだが、ボディアーマーを着ている人は蒸れて耐え難いだろう。
 赤いセーラー服のスカートをひらひらと持ち上げて風を入れるのを、見られてしまった。
 照れ笑いする。

「アタシの能力は目立たないと意味が無いもんでして、仕方なくですよ。この格好。」

 

PHASE 533.

 棟木曼助は山中の車道の真ん中に立ち、ぼーっと先を眺めている。
 鈍い質ではないが、大男キャラはぼーっとしている方が周囲の邪魔にならないと子代隻に言われてその通りにしている。
 隻より一個上でもオーラシフター内では一番下っ端で修行も能力もダメだから、忠告を聞く。

 ただこれが彼の能力でもあるのだ。
 責任者フカ子に申し入れた。

「すいません、この先にちょっと行っていいですか。」

 フカ子は同級生で下手に出る必要も無い。フカ子も望まないが、任務上では仕方ない。責任者だから。

「先ってどのくらい先?」
「ちょっとです。」
「原付使いなよ。」

 高校二年生だからまだ自動車運転免許は取れない。
 オーラシフター候補生は校内で自動車とオートバイの練習を行うから、免許が無くても運転できる。とはいえ公道上は無理。
 だから移動には運転要員を必要とする。支援するスタッフがちゃんと居て、かってのOBが務めていたりもするのだ。

 曼助も原付免許は持っている。しかし非力な50ccでどれだけの仕事が出来るか。
 一応は備品としてスクーターのヤマハVOXを運んできた。ごく普通の市販車で改造もしていない。女子でも乗れて荷物が多く入って便利。

 とにかく出るなら完全装備だ。
 戦闘ジャージの背には滑らかな専用バックパックを装着する。これは脊椎プロテクターも兼ねる。
 中身は山中で遭難した時の最小限の装備。多目的ナイフは入っているが、武器は無し。
 六尺棒を専用ストッパーで背中に装着して、最後はヘルメット。フルフェイスで豪華防弾機能装備。

「じゃあちょっと行ってきます。」

 プロロロと軽快にエンジンを回して行ってしまった。背中の六尺棒が佐々木小次郎みたいだ。
 ゴスロリと赤セーラーの女子二人は無感動に見送る。
 まあだいたい、曼助が出歩いた日には。

「お弁当、持たさなかったわね。」
「そういや腹減った。ラーメン食いたい。」

 曲がりくねった道路の先にスクーターの音が消えていく。コンクリートで補強された斜面の裏に姿が隠れた。
 数分後、フルスロットルで戻ってくる。ぎゅんと甲高い音で、暴走族か。

「曼助、どうした?」

 フカ子の呼び掛けにも通信で応答しない。ただひたすらに全速力で走ってくる。
 理由が分かった。狼男が、全身の毛を逆立てて頭に血が昇った狼男が、曼助のスクーターを凄まじい勢いで追い掛ける。
 これが棟木曼助の超能力、「なんだかわからないものに遭遇する」だ。

 彼は本来オーラシフターになる境遇には無い。超能力を自らが持つと自覚すらしていなかった。
 ただ彼は、父の死を契機に不思議を探し始めた。
 才能は使う事で開花する。以後次から次に奇妙なもの、不思議なもの、得体の知れないものに遭遇する。
 最終的なゴールが、日本における最も奇妙な教育機関「画龍学園」の発見だ。
 オーラシフター候補生は通常スカウトマンによって見出される。望んで超能力戦士には成れない。一般募集だってやってない。
 だが時折、自ら発見して門を叩く者が居る。

 曼助は、……回想に浸る暇は無い。とにかくエンジンぶん回して、フカ子達の待つポイントに逃げてくる。

「全員戦闘態勢! 狼男を迎撃する。射撃用意ーーーーー!」

 びっくりするのは特務保安隊だ。狼男が実在するかさえ疑問であったのに、そのものズバリが走ってくる。
 狼男も前方に注意すれば、銃器を持った戦闘員が多数待ち構えていると分かるだろう。見えているのだ、双方ともに。
 だが遮二無二突っ込んできて、それがトクホには無敵不死身の自信に見えた。
 極度の緊張が、構えるMP5のトリガーに添える指を慄えさせる。

 仕方がないな、とフカ子と隻も武器を構える。いつもの事だが迷惑な。
 隻の拳銃はとにかく、木刀が狼男に通じるはずが無い。迷わず「即死の魔眼」を使うべき。しかし、

 何をやらかしたか知らないが、曼助は狼男を無茶苦茶怒らせた。
 どう考えても悪いのは曼助だろう。頭から湯気を吹いて怒るなんて、よっぽどの非礼があったはず。
 気の毒過ぎて「殺してやろう」との意志を集中できない。殺意を掻き立てるネタが無い。

 参ったなー、とリーダー蟠龍八郎太の指示を仰ごうとした時に、通信だ。
 平芽カレイの班も狼男と交戦中。間が悪い。

 おっかなびっくりのトクホの分班リーダーにフカ子は告げる。

「曼助が駆け抜けたら一斉攻撃、タイミングお任せします。」
「お、ああ、ああ! 君達は後ろに下がっていてくれ。」
「頼みます。」

 だがダメだろうな、と予想する。
 こんな簡単に狼男がくたばれば、誰も苦労しない。

 

PHASE 534.

 「撃て」の命令で一斉に放たれる銃弾。目標は1体のみ、集中して穴だらけになるはずが。
 全弾外れた。横に走る高速目標を未来予測無しで撃ったからだ。
 位置取りが悪い。トクホの班長も動転して、当然の指示を忘れてしまった。

 さすがに撃たれて狼男も正気を取り戻す。自分がいつの間にか罠の前に飛び出したと知る。
 だが止まらない、止まってはならない。逃げの姿勢を見せるのは最悪の選択。
 今持つ速度を活かして敵の只中に飛び込んで射撃不能とする。狼男の必勝戦略だ。

 道の脇の斜面に駆け上がり、上に揺さぶって大きくジャンプ。
 全弾撃ち尽くしてマガジン交換せねばならないトクホには対応できない。

 パン、と一発轟いた。冷静に出番を待っていた子代 隻の無慈悲な一発。
 顔面か心臓か、どちらかに当たるはずが筋肉を鎧う太い腕に妨げられる。ダメージは最小。
 トクホの隊列の真ん中に狼男は着地した。同士撃ちになる、「撃つな!」の声が響くが無秩序に弾はばら撒かれ、発砲音が山にこだまする。

「撃てないわ。」

 隻はトクホに当てるのを恐れて退いた。乱戦格闘戦、狼男がひたすらに腕力を用いてトクホをぶん殴る。
 アサルトライフル装備であれば銃剣格闘の要領で少しは防げたかも知れない。だがサブマシンガンをかざして鉄拳を止めるのはちょっと無理だ。
 面白いように殴られ、しかも地に這う事を許されない。盾が無ければ狼男も撃たれてしまう。

 逆立った毛がおとなしく戻ってきた。逆上した血の気が下がり、冷静に判断できるようになったのだろう。
 しかし曼助何をやらかした。

「うおおおおお!」

 スクーターに乗った曼助が、向きを返して突っ込んでくる。
 敵の攻撃目標が自分ではなく、フカ子や隻に移ったと見て救いに来たのだ。大きなお世話。
 そのままの速度で飛び降り、スクーターを直進特攻させる。トクホの人の盾も無視してぶつける。

 これは効いた。さすがに時速数十キロのスクーターを避けるのに、狼男もスペースを広く取る。
 トクホの隊員も大きく開いて、1名スクーターをまともに受けたがボディアーマー装備で大事無い。射撃可能なほどに疎らとなる。

 隻がすかさず飛び出て連射。
 残念、最初の2発しか当たらなかった。それもトクホの隊員から引き剥がしたボディーアーマーのセラミックプレートで受けられる。
 だがここが潮時と見極めて、ガードレールを飛び越え道路下の森に逃げ込もうとする。
 偶発的な戦闘であって本来必要でない行為だったのだ。狼男にも計画は有る。

 脚に力を込めて跳ぶ直前、背後を振り向き確認する。追い打ちを掛けられない為の当然の仕草だったが、
 赤い服を着た少女の、憎しみ恨みに燃える目を見た。魂に直接憎悪を叩き込む意志を感じる。

 魚養可子の超能力「即死の魔眼」、純粋に憎しみの力で人を殺す術だ。

 さすがにトクホの隊員が無差別無制限で殴られるのを見て、フカ子の怒りも沸き起こる。
 人殺しは好きではないが、この力はほんのわずかなストッパーが外れるだけで最大限の威力を発揮する。手加減出来ない。
 平芽カレイの心臓を止める弓射とは違う。

 恐怖を覚える暇も無かったろう。死の腕に包まれて速やかに闇に昏る。
 全身の筋肉に漲る力を残したまま、狼男は絶命する。ガードレールを乗り越え、落ちていった。
 7メートルの崖の下。

 

PHASE 535.

「どいて。」

 子代 隻がすかさず跳ぶ。優雅にすら思える姿は、跳躍の末に待つ破滅をまるで想像させない。
 隻の剛力は運動能力の拡張には繋がらない。しかし高所から落ちた衝撃を受け止めるのは可能。不死身は無理でも、頑強を自称するくらいは許される。

 夏草の上に落ちた狼男は瀕死の状態にある。正確には肉体の各部は未だ生きている。落下の衝撃も見えず、無傷と言って良い。
 だが死は確実に浸透する。
 魂が先に死んで、後に肉体を黄泉に引きずり込む。フカ子の「即死」はそういう技だ。

 であるから対策は。

 隻は自身が愛用するベレッタM950を袖の内より取り出して、心臓を直接撃つ。威力の低い.25APC弾でも、肌に接するほどの至近で撃てばさすがに効果有り。
 狼男の肉体はびくんと跳ね、四肢を地面に投げ出した。死んだ。
 本当に。

 上の道路に振り向いて、顔を覗かせるフカ子に呼び掛ける。

「これでいいんでしょー。あなたの『毋顧睨』で死ぬ前にぶっ殺せば、能力解除されるって。」
「そうなんだけどさー、そうなんだけど心臓に銃弾ぶち込んで解除もへったくれも無いだろ。」
「いいんじゃない? 狼男なんだから小口径弾くらい。」

 知らないよ、とフカ子は小さくつぶやいた。
 理論上は隻のやった手法で「即死の魔眼」は解除される。強靭な狼男の肉体であれば、心臓に弾を食らっても生き返るかも知れない。
 だが賭けだ。勝つ見込みの無い馬鹿げたギャンブルだ。
 平然と人を殺して澄ましている隻の思考についていけない。さすがは「サドの王女様」

 

 その後狼男を引き上げるのに苦労する。

 特務保安隊の救護班がガードレール下に降りて狼男を診察。AEDを使って蘇生を試みる。
 小なりとはいえ弾丸の入った心臓に高圧電流流して大丈夫か、と思ったが、だいじょぶだった!
 狼男は息を吹き返す。自分に何が起きたか分からない。
 第一未だに心臓に弾が入ったままで、心筋が傷付いている。下手に動くと今度こそお陀仏だが、逃げないとも限らない。
 そこで子代 隻は両脚大腿骨を折っておいた。両肩の関節を外して、手も動かないようテープで固定する。

 狼男捕獲の報を受け警察の応援が到着。現場検証と隕石捜索を開始する。
 消防のヘリコプターもまもなく飛来して、武装したトクホの隊員2名と共に狼男を病院に搬送する。
 生きた怪物のサンプルが手に入ったのだ。日本国政府にとっては万々歳であろう。

 

 一連の事件の間中、フカ子班に派遣されていた外国語通訳の男はまったく仕事をしなかった。
 銃弾を心臓に食らっては話もできないが、やりようは幾らも有るだろうに近寄りすらしない。
 何の為にコイツ居るんだ、と訝しむが、フカ子達はすぐに自らの過ちを認める。

 狼男がもう1人、現場に現れたのだ。
 三雲 丹を襲撃した個体と思われる。こちらに現れたのと合流するはずが、不本意な戦闘で捕獲された状況を確かめに来た。

 まったく無警戒だったから誰も対処できない。また狼男もちらと観察して諦め、すぐ森の奥に消える。
 追跡が可能だったのは例の通訳だけだった。

 彼は人間離れした跳躍力を見せて、狼男と共に森に入る。
 素晴らしい早さで木々の間をすり抜け、姿も位置も分からなくなった。

 何が起きたか分からず右往左往する特務保安隊と警察。
 フカ子も曼助も場所が外れていて視認できなかった。唯一人、子代隻のみが確認する。

「あの通訳の男、顔がネコみたいに変身したわ。アニマルに変身する能力者が今流行ってるのかもね。」

 いや無いよ、とフカ子は手を振って否定する。
 あんな化け物そうそう居てたまるか。

 

PHASE 536.

「隕石は持っていない、という事だ。」

 オーラシフター魚養可子の班が狼男1体を捕獲し、警察が周辺を捜索した結果、彼は盗んだ隕石の欠片を所持していないと結論付けられた。
 蟠龍八郎太は指揮車両となったトクホの大型バンの中で腕を組み考える。

 最初から予想されていた事だが、つまり陽動に引っ掛かり大量の時間を与えて宇宙人機械生命体の復活を許してしまったわけだ。
 八郎太からその詳細を聞かされた唐墨理一郎は、5つの隕石について重要な示唆をした。

「八郎太、敵は機械生命体を1体再生すればいいわけだな?」
「だと思うがよくは分からない。身の丈3メートルのロボットというから、かなり大きいぞ。」
「小さい破片1つから1体のロボットを作るより、5個の破片を大きくして合体させたら早く作れるんじゃないだろうか?」
「五体を別に、か。だとするとかなり早く完成するな。」

 児玉喜味子から聞いた4日の期限もアテにならないわけだ。
 ならば、と大丞白男も周辺地図に記載される工業施設を検討する。

「狼男が捕獲された現場から、東西どちらに行っても10キロは適当な施設は無いね。」
「たしかに機械生命体の再生に電力は必要ですが、どのくらいの電力量かは分かりません。あと金属が数トンは必要です。」
「と言われても、精錬された均一な金属でなくカナモノならどれでもいいとなると、スクラップ工場?」
「自動車修理工場なんかも条件に当てはまると思います。」

「いや八郎太、わずか数トンの金属と町工場レベルの電力消費となると、条件が広すぎて絞れないぞ。」
「うむ。」
「機械生命体再生時になにか特別な電磁波とか放射能は出ないのか。物辺村に電話して聞いてみてくれよ。」
「それはさすがに許されない。みだりにゲキの少女と連絡を取るのは厳禁で、「寶」を通じて「彼野」に申請しなくてはならない規則だ。」
「折角直通電話が付いた「緯覡」をもらったのに、なんて不便なんだ。」

「でんわ、しようか?」
 指揮車のドアに外から首を突っ込んで尋ねるのは、魚養 可子(べしこ)だ。

 一応は目立った戦果を上げたから、現場をトクホと警察に任せてオーラシフターは集合する。
 また彼らにしか出来ない検証作業もある。狼男が残した「案山子」は、一般警察の鑑識の手に負えるものではない。

 「人間の臭いのする案山子」
 マットレスを紐で巻いて作業服を着せただけの簡単な人形は、しかし一般人にも十分に効果の有る代物だ。

 トクホの隊員や警察官に見せると、人形と分かるのに何故か接近しようとしない。今にも動いて飛びかかって来そうだ、と恐れる。
 中に獣か得体の知れない怪物が忍んでいる、とも主張して警戒を崩さない。
 三雲 丹(まこと)がナイフで紐を切ってマットレスを開いても、まだ疑う。

「困ったものですよ、あの案山子を警察に預けるのはやめた方がいいですね。「寶」の研究員を呼びましょう。」
「丹、ご苦労。やっぱり臭いによる幻術なのか。」
「はい、ダイレクトに鼻に来ますからね。分かっていても気を取られて逆を衝かれます。」

 説明しながらも、丹は自分の戦闘ジャージの袖口の臭いをしきりに嗅ぐ。
 まさか自分にも臭いが染み付いていないか確認しているのだが、断言しよう。おまえ、臭いぞ。

 フカ子は再度八郎太に申し入れる。ゲキの少女に電話しようか?

「いやね、前に一人で会った時携帯電話の番号交換したからさ、児玉喜味子さんと。」
「そんな安直でいいのか……。」
「友達だからいいんじゃない?」

 フカ子は誰とでも仲良く成れる質であるし、喜味子もそうだ。友達同士が電話し合うのを、どんな権力が妨げようとするのか。
 だがオーラシフターと画龍学園の置かれた立場を考えると、八郎太は慎重にならざるを得ない。

「あ、もしもし喜味ちゃん? うんアタシフカ子。それでさ、聞きたいことあるんだけど、」

 とっくの昔に通話は繋がっている。八郎太の懊悩をまるで考慮せずにいきなり全世界最重要VIPと話をした。

「おいフカ子!」
「あ、はいはい。ありがとねー。」

 ぶちっと切って携帯電話を畳み、八郎太に報告する。

「機械生命体サルボロイド・サーヴァントが再生する際にはオゾン臭がするって。電波は出ない、紫外線は出るけれど少量。生命だから省エネだって。」
「……そうか。理一郎。」

「だめだ。その程度の現象しか起こさないのなら広域探査にはまるで引っかからない。科学的には無いも同然だ。」

 

PHASE 537.

 狼男が隕石を持っていない事実は、警察・特務保安隊でも重視する。奪還こそが至上命令だ。
 しかし不思議や怪異現象とは縁遠い彼らに詳しい情報は知らされていない。
 周辺の町工場や廃品処理場をチェックして回るが、求めるものの正体を知らずして探索は出来なかった。

 警察に任せていては時間切れで最悪の結果を招来する。

「我々独自の探索を行うべきだと思う。」

 オーラシフターは全員が集合してミーティングを行う。
 山中の自動車道脇の駐車場にて、木陰の下に車座になってアスファルトに直に座り込み、話し合う。
 ジャージ姿の集団は、トクホの隊員からは高校生のクラブ活動に見えた。マネージャーらしきセーラー服女子まで居る。
 だいたいそのようなものではあるが。

「警察やトクホの探索活動では肝心の宇宙人の破片は回収できない。狼男を追いかけて捕獲しても無駄だろう。」
「八郎太、」

 この任務に出動しているオーラシフターは10名。
 最年長は大学生の大丞白男。
 高校三年生平芽カレイ・喜須悟、二年生蟠龍八郎太・唐墨理一郎・魚養可子・棟木曼助。
 一年生三雲丹・子代隻、中学生火尉とます。

 白男はこれまでも補助的な役を果たす事が多く、八郎太がリーダーになった今でも助言を与えるに留める。
 実質の議事は八郎太を中心に先輩のカレイと悟が問いかけ、理一郎がデータを補足していく形になる。

 口火を切った悟は、

「狼男は無駄と言うが、現在唯一の手掛かりだ。無視しては進められないだろ。」
「既に1体を捕獲しています。これが口を割らないのであれば、何体捕まえても無駄でしょう。」
「ごうもんしたら?」

 隻の提案は無言で却下された。だいいち狼男が痛がる拷問など、どんな凄まじいものか。
 理一郎が追跡状況を改めて提示する。

「無人偵察機とヘリでの狼男の捜索は現在姿を確認できていません。1体を捕獲されたからより慎重に行動をしていると思われます。
 ですが、特務保安隊に同行をしていた白人男性が森林中を追跡しており、定時連絡が1時間置きに行われだいたいの位置が掴めています。」
「誰なんだよその白人男性って。山奥の森の中を狼男と同じ速度で移動できるなんてバケモノだぞ。」
「猫よ猫、ネコ男なの。」

 隻の証言はまたしても却下された。世の中そうそう狼だの猫だのに変身できる人間が居るものか。
 八郎太が理一郎に確認する。その男の身元情報は、

「不明、トクホも知らない。CIAの筋だと推測されているが、今回の任務にアメリカの横槍が入ったとは聞いていない。これは本部に照会したから間違いない。」
「じゃあ何者なのよ。どう考えても超人でしょ、私達よりもずっと運動能力の高い。」

 カレイが再度尋ねるが、理一郎にもどうしようもない。
 フカ子が言った。

「喜味ちゃんに聞いてみようか電話で、」
「フカ子、それだけはもうやめてくれ。」

 八郎太が深く頭を下げて止める。真剣だ。これ以上「彼野」を怒らせる真似は厳に慎むべし。
 丹ととますは八郎太が物辺村から持ち帰った狼男の死骸の写真を熱心に見ていた。
 丹は直接に接触したが、さすがにまじまじとは観察していない。怪物の正体に驚愕する。

「ほんとうに狼男なんだね。」
「なにこれ? 八郎太、メモが入ってた。」

 百円ショップで売っているポストイットの類似品がクラフト封筒の内側にへばりついていたのを、とますが発見する。
 理一郎は眼鏡をちょっと押し上げた。先ほど資料を検討した際あまりに衝撃的な内容に気を取られ、封筒内部にまで神経が行かなかった。
 重要な情報を見落としたのではないだろうか。

 とますは、

「えーと読みます。”ネコ男が居るかも知れないけど撃たないでください 味方です” デス。」
「ネコ男の事は忘れよう。我々の権限の届かぬ存在らしい。」

 10人全員が首肯する。

 

PHASE 538.

 平芽カレイが論点を整理する。

「狼男の追跡はネコ男に任せましょう。隕石の欠片、宇宙人だっけ、を何処に隠して再生しているか、その場所を突き止める手段だけど、
 やはり狼男にしか分からないでしょう。」
「狼男が陽動だとしても、指定された時間捜索隊を振り回したら合流するだろうし、その後を追跡ればいいんじゃないか。」
「でも悟、合流するのは再生が終わった後でしょ。ダメじゃない。」
「ああ、それはそうだ。困ったな。」

 これまでの話を聞いていた大丞白男が口を開く。ちなみに棟木曼助は相変わらずぼーっとしているが、今も不思議能力で探索中。

「狼男に心変わりしてもらって、宇宙人を再生している場所に案内してもらう。これが一番確実な方法だと思うな。」
「できますか、大丞さん。」

 八郎太に振り向いて、白男はうなずく。おそらく最も簡単な部類の精神操作だろう。

「狼男はもちろん宇宙人再生の方を重視し、自らの命を犠牲にしてもいいと考えているはずだよ。
 だから再生の過程に重大な問題が起きたと聞けば、それまでの任務を放り出して帰還すると思う。」
「不安心理を呼び起こすわけですね?」

「ならば情報操作です。彼らの耳に入るように隕石の回収に警察が成功したとデマを流せば、」
「だめだよまこと君。相手は日本人じゃないからさりげなくは無理だ。それにこんな山奥で自然な形で情報を流すのは不自然だよ。」
「そうですね、すいません。」

 精神操作系の仙術はフカ子と悟が可能だ。しかし任意の精神状態に持って行くには相手とのコミュニケーションが必要となる。
 当然の前提で、相手を知れば知るほど操作し易い。
 八郎太が尋ねる。白男の術で可能にならないか?

「……たぶん、出来るだろう。」
「しかし大丞さんは術を使うと、身体が」
「それは問題じゃないさ。体力じゃなくて魂を削るからね。でも有効範囲が10メートルしかない。」
「その場所に狼男を誘い込まねばならない。」

「罠を張るわけだ。しかし山林中はどこを通るか分からない。せめて道路に降りてきてくれないと。」

 理一郎が道路地図を広げて、ネコ男が送ってくる狼男の位置情報を書き込む。
 現在逃走を確認されている狼男は2体。ネコ男が追跡するのは三雲丹を襲った個体で、こちらだけが移動方向の予測も可能だ。

「見てのとおりに、道路は横切るだけで移動は常に森の中を進んでいる。ピンポイントの罠を仕掛けるには道路上を移動してもらうのが一番だが難しい。」
「理一郎、この位置情報は1時間おきのものだな?」
「ああ。八郎太、なにか気付いた点があるのか。」
「移動するにも幅が決っているらしい。ジグザグに、隣に別の狼男の領域が有るかに方向転換してるように見えないか。」
「縄張り、か。」

 皆地図上に記された位置を改めて調べる。なんらかの標識に従って領域分けをしていると見えなくも無い。
 丹が気付いた。

「臭い、そうかイヌ科の動物であれば臭いを標識にして他に縄張りを主張できる。」
「え、ちょっとそれってマーキングしてるって事?」
「ああ、皆も知ってるだろ。犬って散歩に連れて行くと、」

 丹は気付いた。女子3名が妙な顔で自分を見るのを。
 そして何を想像しているかに思い当たった。狼男、つまりは人型で人間だ、が立ち小便して回っている姿を頭に描いているのだ。
 だがこれを利用出来ないか。

「理一郎さん、臭跡で誘導は、」
「無理だな。イヌは臭いで個体識別が出来るほど細かく分析できる。人間が適当に塗り付けた臭いなんかに惑わされはしない。
 だいいち臭いの元をどこから持ってくる?」
「案山子の、」
「ダメだ。それはまったく意味を為さない。」

 隻が次に提案したものも却下された。

「捕獲した狼男の、えーとお小水で、」
「却下だ!」

 

PHASE 539.

 最年少とますが手を挙げる。

「狼男は警察他をこの場所に誘引して時間稼ぎを行っているんデス。人の目に触れないで隠れているのは目的と違うんじゃないデスかね?」
「陽動であればそのとおりだ。

 そうか、警察やトクホが居る場所に時々出向かねばならない義務が有るのか。」
「なるほど。八郎太、それは使える。」
「警察が捜索の網を張る場所をこちらで指定して、出現した個体を罠に誘導すれば。」

「それならば、」

 悟が提案する。ネコ男が追跡する個体の動きは把握しているが、逃走中でもあるから逆に動きづらい。
 悟とカレイが遭遇して交戦した、現在は位置を掴めていない個体に罠を仕掛けよう。
 出現する領域、縄張りはおおむね推定出来る。

 10人は地図上で狼男の移動パターンを推測し、警察隊や特務保安隊の配置場所を決めていった。
 あまり大人数の所には流石に出て来ない。適当な少数を道路上に配置して迎撃をする素振りを見せなくては。
 事務や連絡を主とする課題であれば、カレイと理一郎が特によく働く。

 八郎太は白男と共に狼男に仕掛ける罠の準備を行う。これは精神力と魂を賭けて行う術式であるから、特別な事前の潔斎が必要となる。
 だが曼助が八郎太を呼んだ。大男が立ち上がるとすごく目立つ。

「これをーちょっと見てくれ。地図に縄張りを推定していたら、捕まった狼男の領域が見えてきた。」
「ああ、だが不在であれば問題無いだろう。」
「罠を仕掛ける場所の反対側になるから、無視してもいいと俺も思う。だがーこちら側の縄張りの方が出入りが多いんだ。俺達がココに来る前から。」

 悟と理一郎も集まって地図を見る。曼助が検討していたのは、トクホが出動する前までの警察の位置確認情報だ。
 たしかに捕獲した狼男の居た東側に目撃が多く、また道路沿いに散らばっている。
 悟が腕を組んで感心した。さすがに妙なもの相手には曼助慣れてる。

「八郎太、曼助の言うとおりこちら側が本拠地との連絡経路じゃないかな。」
「ではこの先に宇宙人を再生している拠点が有る。そう考えるべきでしょうか。」
「40パーセント以上、オレなら賭けてもいいな。理一郎どう思う。」
「可能性は高い、それは認めます。しかし陽動に出ている狼男がそれまでの領域を外れて行動するか、疑問です。」
「どちらにしても罠は1箇所にしか仕掛けられない。八郎太、決めろ。」
「はい。」

 狼男が確実に潜んでいると思われる領域か、狼男が連絡に使っている可能性の有る方向か。
 八郎太は地図の上、道路を指で辿る。
 事は急を要する。機械生命体サルボロイド・サーヴァントは今この瞬間にも再生を続けているだろう。
 もちろん山中に拠点は無い。東か西か、曼助が見つけた東の連絡経路は門代から遠くなる。
 西側は最寄りの町の規模が大きい。工場も多いだろう。
 やはり西の、確実に居ると思われる方が、

「理一郎、」

 八郎太は何枚もの地図をかき回し、ここに来て最初に使った道路地図を引っ張り出す。
 狼男と戦闘するまでの出現位置を記している。

「どうした。」
「道の東の先には、」
「ああ。一度峠を登ってその先は下り急カーブになっていて……、      あ。」

「東が、正解だ。」

 理一郎の目の前に突き出された地図には、自分が訳も分からず緑色のボールペンで記した×点が有る。

 

PHASE 540.

 狼男サイドの事情。

 中米チュクシュルーブクレーターの地下深くに隠された閉鎖世界。地球人類保存シェルターの入り口に配置された守り人の一族だ。
 部族名は自らの言語で「狼の毛皮を纏うヒト」。だが50年前からスペイン語で「アドルフォ族」と対外的には名乗っている。
 「高貴なる狼」を意味するヨーロッパ白人の言葉だそうだ。

 彼らは守り人の使命を全うする為に、狼の能力を移植されている。
 人の叡智と狼の力、疾さと怪力と鋭敏な感覚を兼ね備えた超人で、過去1万年以上に渡り無敵を誇りつつがなく使命を果たしてきた。
 その気になれば南北アメリカ大陸を征服して帝国を築く事も可能だったろう。

 だが野心を持たず自らの存在を秘し、守り人の使命にのみ生きる。
 何故ならば彼らは、地上の人類がいずれ何度でも滅びに遭うと知っていたからだ。
 事実、中南米は幾度も災厄に見舞われた。洪水旱魃飢餓伝染病、そして戦争。
 決定的だったのは15世紀からの白人の侵略。まさに決定的と言えるダメージを被り、人間世界は激変した。

 もっとも彼ら狼男の一族は平穏を保ち使命を果たす。白人が持ち込んだ鉄器も銃砲も馬も、無敵の狼を脅かすに至らなかった。
 限界を自覚したのは50年前、ナチスドイツの残党が地下世界への侵入を企てた一連の事件だ。
 結果から述べれば撃退に成功し地下世界は安全に秘密を保たれたのだが、守り人の半数が銃弾に倒れる大被害を受けた。
 進歩した近代兵器を前にしては狼男の能力をもってしても対抗し得ず、使命の継続が重大な障害に直面すると理解する。
 故に現代社会の協力者を必要とした。

 手を差し伸べたのが、アメリカの科学財団「ハイディアン・センチュリー」だ。
 九〇年代に偶然遭遇した両者は互いが求めるものを与え合う事が可能だと認識し、提携関係を深めていく。
 今回の日本派遣も、財団の支援無しには不可能だった。

 

「それにしても、」と彼は思う。

 名はアドルフォ・ファン、もちろん偽名だ。中南米の人間社会で行動するにはキリスト教徒らしい名前が重要で、十二使徒から取っている。
 彼は今回の派遣メンバーの副隊長だ。リーダーである族長アンドレスに継ぐ年嵩で32歳。
 門代で殺害された狼男フダスの兄に当たる。

 そもそもがフダスが失踪しなければ今回の任務は発生しなかった。

 地球の反対側”ハポン”で不思議な神が生まれたとの啓示を受けて派遣されたフダスは、英語が出来るだけの軽薄な弟だった。
 携帯電話のメールで「ハポンの女はすごくいい!」と送ってきた後、消息不明となる。
 彼をサポートしていた財団の調査でも行方が分からず、霞のように蒸発してしまった。

 部族で検討した結果、おそらくは現地政府の秘密公安機関に殺害されたのだろうと結論付ける。
 何しろ神が発生したのだ。人は全てを投げ出して奉仕するに決っている。
 怪しげな狼男が不用意に近付けば始末されるのは、むしろ当然。自分達が守っていても同じ措置を取るだろう。
 しかしフダスのせいで無駄な時間を費やした。業を煮やして、遂に神自身がハポンに向かうところとなる。

 地下世界で人間を飼育する”ウーゥエ・ヴーレ”と呼ばれる神(サルボロイド・サーヴァント)は、狼男にとって兄とも親とも慕う存在だ。
 始元神”ヴィルケヌル”に地下世界を守る使命を与えられた同胞である。

 その”ウーゥエ・ヴーレ”がハポンの神の存在を知覚し、激しく反応する。今にも火を噴いて空高く飛んで行きそうなのを必死に説得して留まってもらっていたのだ。
 一番早くハポンに行けたフダスが脇目も振らずに使命を果たしていれば、別の道も開けたかもしれない。
 だが何時まで経っても朗報をもたらす事が出来ず、”ウーゥエ・ヴーレ”の1体が直接確認に行く。
 そして滅びた。

 すべてフダスの、また兄である自分の責任と言えよう。
 他の任務で自分がドミニカの街中に潜んでいなければ、同行できたのだ。

 

 今彼らは天空で弾け飛んだ”ウーゥエ・ヴーレ”の破片を拾い集め、復活させる儀式を行っている。
 儀式は族長であるアンドレスにしか行えない。時間と場所と材料が必要で、その間ハポンの警察の目を誤魔化す必要がある。
 そこで山中に3名の仲間を送り込み、あたかも彼らの拠点であるかに騒ぎを起こさせた。時間稼ぎの目眩ましだ。

 イアゴ、シモン、タデオはいずれもまだ若く、フダスと同様に軽薄だ。
 無理もない。彼らは現代社会の悪習に染まってしまった。森を出て文明の中に暮らし生活習慣を身に付ける勉強をさせれば、当然に今の世の風潮にかぶれる。
 ファン自身もかってはそうだった。いや、ずっと村に留まったアンドレスに比べると今でも浮ついていると思わされる。
 これが現代の狼男だ。森を出ると決めたからには甘受せねばならない毒なのだ。

 科学財団「ハイディアン・センチュリー」が求めるものと正反対である。
 彼らは地下世界に選ばれた人間を送り込み、滅びの日にも生き残らせようと考える。素朴で科学技術の介在しない生活は、地下で暮らす為の必要絶対の条件だ。
 現代文明の最先端アメリカの、特に富裕な人を会員とする財団が貧しい生活を欲するとは不思議な話だが、それが世界というものだろう。

 実は不思議な神がハポンで発生するとの啓示は、財団から狼男の元にもたらされた。
 財団の創設者ウェイン・ヒープが予言したという。

 だが自分達が知るウェイン・ヒープは、自然主義思想にかぶれた只の気のいい白人男性であったはず。
 ファン自身も彼に会っている。森の中を案内して地下世界への入り口を見せに行った。
 無邪気に喜び、写真を撮ろうとしてファンにカメラを奪われた姿は、まったくに無力な文明人に過ぎなかった。

 いつの間に彼は予言の超能力を身に付けた?

 

PHASE 541.

 アドルフォ・ファンは森の中を走る。

 ハポンは西の海の果てにある機械文明の進んだ島国だと聞いていた。
 狼男が得意とする深い森、特に熱帯の植生は無い不利な土地だと覚悟していた。
 ところがどうして、こんなに緑の多い場所だとは想像もしなかった。

 なるほど、生えている木は違う。だが鬱蒼と茂って見通しが効かず、人の目から隠れるのに最適だ。
 獣も豊富で、その気になれば狩りをして何ヶ月でも野宿出来るだろう。どうしてハポン人はイノシシを狩らないのだ?
 水で困る事は無いし、毒虫も居らず裸で寝そべっても噛んでこないし、まったく天国と呼べる場所だ。
 困るといえば山中を縫って通る自動車道が、それもこんな山奥なのに完璧にアスファルト舗装してあり、夏の日差しを受けて灼熱しているくらいだ。
 狼男であっても、さすがに裸足では足が痛い。肉球が焼ける。

 ファンが向かうのは、森林中で警察の目を惹きつけ時間稼ぎをしている3人の若者達の場所。おおむね15平方キロを領域として活動している。

 定時連絡の手段が実は無い。携帯電話や無線機の選択肢も有るが、ここは機械文明国ハポンなのだ。
 警察が電波傍受をしており確実に通信を暴き出す。山奥で電波を飛ばせば一発でバレてしまう。
 通信手段は昔ながらの自ら出向いて報告となる。

 一番東側に陣取るタデオが半日ごとに戻ってきて報告をする手筈が、定時になっても姿を見せない。
 いや、実は儀式の拠点において警察無線を傍受していたアンドレスの娘マルタが、先程から通信量が膨大に増えたと報告する。
 明らかに何かが起きたのだが、さすがに暗号通信であるから詳細が分からない。

 消防のヘリコプターが飛んできて、誰かを病院に運んでいく。
 警察の応援車両が無数に現場に入り活動をする。これでは3人も動きが取れないだろう。
 しかたが無いから、ファンが自身で状況を見極めに来た。

 心配はしていない。財団の人間も、また南米で会った移民からも、ハポンの警察はめったに発砲する事は無いと聞いている。
 軍隊が市民生活に入り込んで活動するのはまず無く、武装ゲリラや麻薬組織を壊滅する為に特殊部隊が出動するなどあり得ないと言っていた。

 3人だって数々の実戦をくぐり抜けてきた勇者なのだ。銃弾が無差別に飛び交う戦場でも、ほとんど無傷で任務を果たして帰ってきた。
 故郷と変わらぬ平穏長閑を誇る森の中で、まさか狩られるなどあるはずが。

「!    ……。」

 ファンは警戒する。これから森を抜けて自動車道を横切らねばならない。
 森の中を無目的に貫くアスファルトの立派な道路は、極秘の活動をする際に必ず通らねばならない危険ポイントだ。
 見通しが良く狙撃には絶好な、しかも現在は通行を東西で封鎖されており、民間車両が妨げとなる事も無い。
 上空を飛行機やヘリコプターが飛び、無人偵察機までもが監視する。
 慎重に慎重を重ねても損はしない。

 未だ彼は人間の姿のままだ。一般人らしく茶の背広を着ている。
 夏だから暑いのだが、万が一警察の検問に引っかかった際に不審者と間違われぬようまっとうな服を着用していなければなるまい。

 武器は無い。財団は銃器の提供をしてくれなかった。
 先程も言ったとおりに、ハポンでは警察でさえ滅多に発砲しない。銃の携帯自体が犯罪であり、拳銃ですら所持が禁止だと説明してくれた。
 中南米の常識からは正反対の国である。財団も正規ルートでは銃の入手が出来なかったのだろう。

 代わりに妙なおもちゃをくれた。Y字型の鉄板だ。
 これにワイヤーを掛けて引っ張れば、スリングショットとして金属のベアリングを飛ばす事が出来る。
 狼男用の秘密兵器と彼らは自慢し、また狼男の剛力でないと引っ張れないのだが、呆れてしまった。だがこれが便利。
 大きなベアリングと小さな11ミリ(パチンコ玉)の2種類を使い、拳銃弾を凌ぐ威力を持つ。
 無音で連射可能で、たしかに銃など要らなかった。

 ついでに斧やナイフとしても活用できる。只の鉄板であるから、使い方は工夫次第。
 イノシシを仕留めて解体するなど造作もなかった。

 ファンは持っていない。彼は無害な外国人の顔をしていなければならないのだから。

 ガードレールを跨いで自動車道に踏み込む。
 左右の警戒をする素振りも怪しまれるだろう。どこにテレビカメラが仕掛けているか分からない。最近は小型カメラが普及して、狼男の能力が有っても隠密行動は難しくなった。
 ゆっくりと歩いて、道路の反対側の登り斜面に逃げ込む。反応は無し。
 5分ほど隠れて様子を窺うが、警察車両も無人偵察機も飛んで来なかった。発見されていないらしい。

 再び森を進む。靴を履いて歩くのが煩わしいほどに、ほんとうに歩き易い森だ。人間が足を踏み入れるなど滅多に無いのだろう。
 このまま行けば峠に出る。しかし迂回して低いまま進むべきだ。
 高い峠は流石に監視が有るだろう。無いわけが無い。もうすぐ「狼男の出現現場」なのだ。

 しかし峠を避けるとなると、一部区間道路を進まねばならない。危険ではあるが急いでもいる。
 ここまで来ればむしろ積極的に姿を見せても良い。時間稼ぎの陽動任務は今も続行中だ。

 ファンは再びガードレールを乗り越え、アスファルトに立つ。

 妙な人影を見た。白い服を着て、頭に籠を被っている。

 

PHASE 542.

 その人は若く細く、おそらくは男だ臭いで分かる。
 植物を編んだ籠をかぶり、……何故機械文明国ハポンで籠なんだろう? 
 BAMBOOの太い茎を切って作った縦笛を吹いている。ケーナのようだが低い、深山に透き通る音色だ。

 目撃者を作ってしまった。だが後悔は無い。
 不思議と心が休まる。否、心に彼は留まらない。何も無い誰も居なかった、そう思えて安堵する。
 言うなれば人間社会にぽっかりと開いたブラックホール的存在で、数にカウントしてはならないのだ。そういう約束が有る。

 だから無視して通る。それでも警戒しつつ歩みはわずかに早足で、怪しまれぬように。
 彼のすぐ脇を通り抜ける。籠の下の顔は見えない。
 二三歩進む、またしばらく歩く。籠の男の目から遠ざかる。

 不安に駆られた。

 何か自分は失敗した。決定的な何かを失ってしまった。
 目撃者が居たからではない、もっと前の、始まる前からの、連絡を付けようと拠点を出発した時に既に間違えている。
 何を間違えた、不足するのは何だ。そう、気配だ。
 ここまで来ても森に気配が無い。狼が居ない。

 気付かぬフリを続けてきたが、最初から織り込んでおくべきだった。
 仲間が敵に殺された可能性を。

 考えてみれば当然だ。あのフダスが、軽薄とはいえ力も強く動きも早い怖いもの知らずの若狼が、手掛かりすら残さずこの世から消滅させられる。
 異常だ、こんな非常識な事態は無い。狼男をも上回る恐るべき暗殺集団がハポンでは実働中なのだ。

 NINJA、そうだ聞いたことが有る。
 ハポンにはSAMURAI・GEISHA・NINJAが居て、KATANAを振り回して日夜戦い続けている。
 魔法を使い人の目を欺き、闇に隠れて音も無く忍び寄り、苦痛を覚える隙も与えずに命を奪う。
 NINJA、そうかフダスはNINJAに殺されたのだ。

 では陽動の役目を果たしている3人は無事なのか? NINJAはどれほどの戦闘力を持っているのか?

 焦る、走る。これは確かめねばならない。
 イアゴ、シモン、タデオはまだ生きているのか。ひょっとしたら3人共にもうこの世に居ないのか。

 ファンは茶のジャケットを脱ぎ捨てた。ネクタイを解き、胸を開く。
 はだけた肌から剛毛が伸び、全身が毛で覆われ、顔面に変形まで起こる。牙が口から突き出した。
 獣身変化、自らは意図せずに狼の形態に姿が変わってしまう。
 二足歩行ももどかしい、地面に前足を付き土を踏まえて走り始める。膨れ上がる筋肉にズボンも弾け破れた。

 狂ったように駆け抜けて目的とする領域に、タデオが担当する縄張りに走り込み、臭いを嗅ぐ。
 やはりそうだ、異常な闘争の痕跡が、激怒した彼が人間を追って行った形跡が有る。
 遠目で見るとやはりそこには警察が居る。ではNINJAは警察に紛れているのか。警察に見せかけたNINJA部隊か。

 これ以上進出して残る2名の安否を確かめるのは危険だ。もし生きているとすれば撤退させるべきだ。
 携帯電話を使おう。最後に逃げるだけの指令であれば傍受されても構わない。
 だがさすがに独断は許されぬ。時間稼ぎの陽動を中断すれば、”ウーゥエ・ヴーレ”復活の儀式の場に警察の目を向けてしまう。
 もう僅かの時間持ち堪えてくれ。
 逃げろイアゴ、シモン。NINJAの魔手から逃げ延びて生き抜いてくれ。

 まずは優先順位を、最重要の任務を遂行せねばならない。
 復活の儀式を中断して拠点の移動を、アンドレスに進言して秘密の図像を使った儀式を一時停止させ、5つに分かれた兄神の御体を隠さねば。

 

 ファンは走る。森の中をジグザグに、グルグルと、方位も定めず同じ場所を気付かずに全速力で。
 自分が正気を失い、極度の不安に混乱して誤った思考に囚われているのも覚えぬままに。

 先ほど道で遭遇したKOMUSOに自分の運命を狂わされたとは、露ほども考えない。

 これが大丞 白男の使う超能力。だがオーラシフター蟠龍洞仙術の正規の術法ではない。

 裏柳生秘奥義。江戸時代徳川幕府に仕えて闇の秩序を預かり、数多の大名家を取り潰してきた裏柳生が、秩序安寧に仇なす者を公然と潰す秘法。
 白男はいかなる奇縁か裏柳生と繋がりを持ち、彼らが秘中の秘とするこの術を伝授されていた。

 いや科学文明の今の世において、銃火器を剣客ですら使わねばならぬ合理の世界で、打ち捨て擲たれる古法を才有る者に託したとも言える。

 『天為無道之術』
 ものの道理をねじ曲げ、天の命ずるところを忘れて、ひたすら己の運命を悪しき方に悪しき方にと導く無手殺人剣だ。

 

PHASE 543.

 もちろん画龍学園と裏柳生の間に深い縁は無い。共に日本政府やアンシエント「彼野」の指示で裏の秩序を担わされており、現場で出会すくらいだ。
 だが互いが端倪すべからざる実力を持つと知れば研究し、術や能力を見極めるのが筋。仮想敵としても良いサンプルとなる。

 大丞白男は先天的な身体の異常を持つ病弱な子供であった。改善するには渡米して臓器移植をするしかない。
 とりたてて裕福ではない両親は費用を工面出来ず、募金を集めて善意にすがるしか術が無かった。
 だが経理を引き受けてくれた信頼する友人が、1億円近く集まったところで持ち逃げ失踪。
 両親は募金詐欺と呼ばれて世間から糾弾を受ける毎日となる。
 その間も悪化する白男の体調。早晩命の火が尽きるのも確実に思われた。
 ならばと一家心中をして全てを精算しようとするその現場に、たまたま通り合わせた裏柳生の虚無僧が乱入。
 愚考の死に執着する両親を鉄拳にて説得し、翻意させるのであった。

 その後両親は持ち逃げされた資金を返済すべく身を粉にして働き、負担となる白男は裏柳生に預かり置かれる。
 だが白男の身体は日々蝕まれていく。
 そこで養生長命の仙術を持つ画龍学園に相談し、自ら仙術を修める事で命永らえるのに成功した。

 現在19歳に手が届くまで生きた白男は、それでも医者からは余命を期待すべきではないと残酷な現実を突きつけられる。
 しかし学園が支援すると表明するにも関わらず、臓器移植手術を受けようとはしない。今生の縁を奇なるものとして限られた命を懸命に生きる。

 病弱で激しい運動に耐えられない彼がオーラシフターに任命されたのは、蟠龍斎守株翁の天命通力によるものだ。
 魔法の才が彼自身を救うと透き見して、過酷ではあっても運命の濁流に投げ入れた。
 ならばと裏柳生は、彼にオーラシフターとしての任務に有用な秘術を伝えてくれる。

 肉体を使っての長年月の修行が必要な術であっても、白男は口伝のみで習得する。剣の奥義であってもだ。
 健康が万全であったなら、どれだけ強大な術者となっただろう。否、蝋燭の炎のようにか細く消え行く命であるからこそ、才能が花開くのだ。

 

 狼男アドルフォ・ファンは白男の『天為無道之術』により錯乱し、山中を暴走した挙句に拠点となる廃工場に帰還する。
 陽動の現場から東に遠く離れた町の外れにある、古びたトタン屋根の建物。そこが工場であった事さえ、地元の人も忘れてしまった。
 科学財団「ハイディアン・センチュリー」が密かに設備を運び込み電力契約をして、サルボロイド・サーヴァントの再生が可能に整えてくれる。
 今回限りの使い捨ての拠点であるから、短期間警察の目を誤魔化せれば良いのだ。

 ファンの暴走は、警察及び特務保安隊により密かに監視され続けている。
 オーラシフターから狼男1名に術を仕掛けて成功したと知らされた彼らは、空中遠隔で追跡を開始する。
 本来であれば巧みに身を隠し近代的なセンサーにも引っかからない狼男も、錯乱しては正体を無様に曝け出す。
 夜間山中でも赤外線イメージセンサーで完全に位置を把握され、しかも追跡に気付かない。
 11時間の迷走を経て、遂に最終目的地であるサルボロイド・サーヴァントの破片の在処に案内してくれた。

 まだ空が白むばかりの早朝に警察と特務保安隊は廃工場を包囲し、突入命令に備える。
 オーラシフターの10名も現場に到着した。

「蟠龍君、」

 今や完全に彼らに信頼を寄せる特務保安隊の小隊長は、突入にオーラシフターも参加するか尋ねた。
 外部から赤外線で透視し分析したところでは、廃工場の中に3人以上の人間が居ると確認された。
 この全てが狼男だった場合、凄まじい戦闘になると予想されるが、

「この状況であれば火力を集中して一気に制圧すべきでしょう。我々は外に逃げ出す狼男を追撃します。」
「そうか。分かった。」

 元より特殊部隊の突入作戦に他所者は参加すべきではない。チームの連携に混乱を生じ、隊員の安全を損ねてしまう。
 本音を言えば高校生などに参加してもらいたくないのだが、なにせ山中の狼男の攻撃に対して有効だったのはオーラシフターだけだ。
 1体捕獲の完璧な戦果も上げた。
 だが八郎太が賢明にも引き下がってくれるのであれば、マニュアル通りの行動をするまでだ。

「君達は引き続き待機をしてくれたまえ。」
「はい。ご武運をお祈りします。」

 古風な高校生だなと思いつつ、小隊長はオーラシフターの待機場所を離れて突入配置に戻っていく。
 喜須悟が八郎太の背後から近付き、助言する。

「例の案山子かもしれないぞ。」
「その場合は、ここにはもう何も無いでしょう。」
「そうだな。次の探索に備えるか。」

 

 ボディアーマーとサブマシンガンで武装した特務保安隊30名弱の隊員が、移動を開始して廃工場の前後入り口に取り付いた。
 警察の機動隊もジュラルミンの盾をかざして包囲を縮め、中の人物の逃走を阻もうとする。
 近くのアパートの屋上には狙撃班が配置され、何時でも発砲が可能。
 逃走経路が廃工場の裏手の崖の場合も考慮して、ヘリコプターにも狙撃班員を搭乗させて待機する。

 とにかく狼男には確実に銃弾が効くと判明したから、万全の準備を整えた。
 八郎太の前にも通信機が1台置かれている。万が一突入隊の判断を越える事態が生じた場合、アドバイス出来るようにだ。
 それ以上はオーラシフターは関わらない。

 八郎太は物辺村で貰った日本刀「緯覡」を改めて握り締める。他人の仕事ではあっても軽く緊張はする。
 通信機から低く音声が漏れた。

 ”突入せよ”

 

PHASE 544.

 突入作戦はいかにも日本的姑息な手法に則って行われる。
 敵が感覚の優れた狼男である前提から、包囲は既に察知されているものと見做して、まずは警察機動隊によるあからさまな包囲と投降呼び掛けから始まる。
 が、もちろんこれは敵の対応を鈍らせる手段に過ぎない。警察が動くと同時に特務保安隊が静かに隠密に廃工場内に侵入し、目標を制圧確保する。
 日本の公権力がどういう方針で対処するか、瞬時にでも惑う事を期待しての作戦だ。

 機動隊の投光器が輝き朝日を圧し、スピーカーが早朝の静寂を切り裂いて暴力的に轟いた。
 その音に合わせて鉄扉を破壊、トクホの隊員が進入する。

 いきなり襲われた。
 事務室の裏から突入した小隊長直属の班は、作業服を来た男が真正面から立ち向かうのに遭遇する。
 ”FREEZE”の警告も無しに発砲せざるを得ない。
 狭い空間でMP5を構える隊員は容赦無い銃弾を男に浴びせる。しかし倒れない。普通の人間であれば一瞬で制圧できるはずなのに。
 敵は狼男、改めて認識しつつも弾倉内全弾を発砲し続けた。空になると後続の隊員が代わって射撃する。
 最初に撃った隊員が弾倉を入れ替え再度銃を構えたところで、小隊長に制止された。様子がおかしい、敵が動いていない。

 一度下がって小隊長が単身で近づき確認する。作業服を着ているのは、ずたぼろになったマットレスの断片だ。
 先ほどまでは確かに生きた人間と認識していたものが、今は益体もないスポンジをまき散らすゴミになっている。
 魔法にでも掛けられたようで理解に苦しむ。だが欺かれた事は理解した。
 案山子が天井から吊るされていただけで、実際は襲うどころか動きさえしなかったと。

 再び進む。慎重に自制しつつ、状況を確かめながら。
 案山子出現。今度は発砲せずに済んだ。しかし危ういところだ。
 この方向に銃弾をばら撒けば、正面入り口から突入した班を蜂の巣にしてしまう。悪辣な配置の罠である。

 改めて工場内部を観察すると、これは一体何が起きたのだ。
 長年月使われなかった建物であるから荒れているか、何も無い空間が開けていると思ったのだが、この光景は。

 金属の糸だ。ワイヤーと呼ぶには遥かに繊細で滑らかで、工業製品とは思えない温かみを持つ。
 無数の糸が工場内に張り巡らされ蜘蛛の巣のように、いや蚕が繭を紡ぐ時のように丸いゆりかごを作っていた。
 人為によらないのはトクホの隊員の目にも明白で、凡俗の手が触れるのを許さぬ神々しささえ感じられる。

「狼男の、卵?」

 まったく意味を為さない単語が頭の中に閃いた。完全に間違っているが、正解に限りなく近い。
 狼男と呼ばれる者がこの場所で卵と思しき貴重な何かを育てていた。
 ゆりかごの数は5個、中心には電線がつながった鉄の筐体が破壊されて転がっている。
 コンピューターの残骸だ。この場所を放棄する際に機密保持の為壊していったのだろう。

 嫌な感じがする。これは一般常識を大きく超えた、不可思議な領域に足を突っ込んでいる。
 狼男どころの騒ぎではない。もっと深刻に人類社会の中核を侵食する怪奇現象が進行しているのではないか。
 オーラシフター。そうだ、連中が招集されるのはこのような事態に対処する為だ。
 単に怪物退治が目的で連れて来られたのではない。

「隊長!」

 一人が小隊長を鋭く呼ぶ。慎重に銃を構えながら事務室の方を向いていた。
 恐るべき変容を遂げた作業場に目を取られ、最も人が潜んでいそうな事務室の探索を後回しにしてしまった。
 既に隊員2名がドアの左右に張り付き、中の様子を窺う。かすかに物音がした。

 紙をめくる音、書類を調べている。薄いドアの向こうでその人物が何をしているか、手に取って分かる。
 トクホの突入班は幾度もの訓練を経て、対象が陰で何を行っているか推測する能力を身に付けている。
 反撃を目論んでいるのならもっと静かなはず。
 それとも機密書類の処分を優先させて、自らが射殺される危険を冒すのか。

 正面から突入した分班も合流し異常に気付き、ハンドサインを送ってくる。
 状況を外部でモニターしている特案管理官、警察トクホ双方の上層部のさらに上、総理大臣直属の特例案件調査部と呼ばれる聞いたことの無い部署の人間だ、が無線で指示を出す。

”隕石の行方を知るために、その人物を殺さずに確保しろ”

 無茶を言う。狼男であればドア越しに銃弾を貫通させて制圧すべきであろう。
 しかし工場内の異変を見れば納得せざるを得ない。とにかく情報の入手を優先すべきだ。

 ハンドサインと眼で合図して極力撃つなと指示し、突入を許す。
 だしぬけに事務室の扉を引き開けて、「動くな」と強く警告する。

 

 ネコが居た。

 

PHASE 545.

 ネコの頭が人間の身体に付いている怪人だ。
 上半身は土に汚れた白のシャツ、下半身は安っぽいジーンズにスニーカー。戦闘員と思わせる武器類は所持していない。
 ただ顔が黄色いネコなのだ。

 えええええーっとトクホの隊員は面食らう。狼じゃなくてネコ? なんでこうなった。
 あまりに呆気に取られて発砲する事も忘れた。抵抗しないのだから撃つ必要も無いが、しかし、どうしたものか。
 小隊長も事務室に入り、同じく判断を硬直させる。えーーーー、なんでネコ?

 ネコにしてみれば、ここは逃げの一手。
 銃を向けて動くなと言われても、動くに決まってる。
 掃除機で吸われるかに天井に飛び移り、張り付いた。トクホの隊員も横方向に動くのは想定しても、上は無理だ。
 鉤爪を薄い天井板に突き立てて、ネコ男は逆さ吊りのまま移動する。あまりにも滑らかで、ネコを通り越してゴキブリの域だ。
 金網の入った防火ガラスの窓を蹴破り外に逃げる。この間5秒。

「ねこが、ネコ男が居ました……。」
”なに? もう一度報告しろ。何が居た”
「ネコです。狼男ではなくネコの顔をした男が、男が居ました。」
”確保したか?”
「いえ、外に逃げました。      どうします?」

 トクホ小隊長から連絡を受けた特案管理官も無線の先で絶句する。狼男を追跡していたはずなのに、何故こうなった。

 一方ネコ男は廃工場から脱出し、トタン屋根の上に出る。
 近隣のアパート上層階からチャンスを窺っていた狙撃班も度肝を抜かれた。
 狼男とは聞いていたが、まさかネコ男が飛び出すとは。
 しかも早い。まさにネコが路地裏に逃げ込む速度で屋根の上を走る。とても狙撃出来ない。

 細かい砂利の駐車場に飛び降り、四足で這って走り出す。人間の服を着ているのが滑稽に思えるほどに、完璧にネコだった。
 包囲する機動隊員も思わず声を上げた。彼らはそもそも狼男の存在も伝えられていない。
 中南米系の外国人のテロリストもしくは組織犯罪者が立て篭もるとだけ情報を与えられ、そのつもりで臨んでいる。
 だが怪物が、

 彼らは拳銃すら構えていない。盾で逃亡を阻止するだけの役目だ。
 ネコ男は盾の横隊の直前で大きく跳ねて飛び越え、背後5メートルに着地する。
 いきなり後ろを取られて機動隊員はパニックを起こす。

 我先にと前に逃げ出すのを尻目に、ネコはまっしぐらに或る場所を目指す。
 オーラシフター。蟠龍八郎太がパイプ椅子に端然と座り、日本刀を杖として構えている目の前にだ。

 現在オーラシフターの面々は銃器の貸与を受けていない。戦闘ジャージは着用しているものの個人武装は収納状態で即応出来なかった。
 それでも機動隊員よりは心構えが有る。まさかネコだとは、彼らも予想していなかったが。

「待て!」

 八郎太が子代 隻を止める。彼女は私物で小型拳銃を持っており、ゴスロリ衣装の袖の下から何時でも手品みたいに取り出せた。
 誰よりも早くに反応し、飛び掛かるネコの眉間を撃ち抜こうとするのを制止される。
 物辺村児玉喜味子よりもらった資料に添えられていたメッセージ、「ネコ男を撃たないでください」に従った。

 果たしてネコにも戦意は無い。
 八郎太の隣に座る唐墨理一郎が地図等の資料を広げノートパソコンを置く簡易な長机を、バンと叩いて跳ね、去って行く。

 隻と平芽カレイが同時に尋ねた。八郎太、追わなくていいの?

「その必要は無い。彼はこちら側の人間だ。」
「ネコなのに?」

 理一郎が地図の上にネコ男が置いて行った複数枚の紙片を素早く取る。
 今の一連の出来事を警察関係者に見られなくてよかった。さもなくば、これを検討する前に奪い去られただろう。

「八郎太、送り状だ。」
「何?」
「運送業者の送り状が数枚、どれも会社が違う。」

 そうか、サルボロイド・サーヴァントの再生しつつある破片は複数の運送業者によって既に持ち去られていたのか。
 狼男が自身で運搬するにはもはや大きくなり過ぎて、運送業者に頼む方が警察の眼を誤魔化せるのだろう。

「配達先は、」
「関西方面、どれも同じだ。受取人は全部違うが、おそらくは同一人物。
 到着予定時刻は……。」

 

PHASE 546.

 八月十九日火曜日午前十時三十二分、県立門代高校第一校舎正面玄関。

 運送業者がトラックから複数の荷物を地面に降ろしている。全部で5個。
 どれも皆同じ円筒形で、軽自動車のタイヤを2つ重ねた大きさ。重いが転がせば簡単に動かせる。

 荷物を受領したのは、門代高校の教頭。名は某としておこう。特に記憶に留めるべき人物ではない。
 重要なのは、彼がアメリカの科学財団「ハイディアン・センチュリー」のメンバーであるところだ。

 正体を隠し教頭として門代高校に赴任し4年間の雌伏の後、今日初めて最優先命令に従って行動する。
 組織に対する貢献に、いや財団が目的とする核心的事業において最重要の働きをする事で、彼は歓喜に満たされていた。
 鼓動が踊り、脊髄を至福が稲妻のように駆け上がる。

「教頭先生おはようございまーす。」
「なんですかーその荷物。」

 門代高校では二十一日の登校日から夏季講習を再開する。事実上二学期が始まると言えよう。
 盆休みも終わって生徒の動きも活発となり、部活等で登校する者も多くなる。
 華道部の女子生徒が2名、彼に挨拶をする。校舎正面玄関に飾る花は華道部の担当であり、世話をしに来たのだ。
 たしか華道部部長は二年一組城ヶ崎花憐、市会議員のお嬢さんだ。

「ああ、暑いのにご苦労だね。」
「運ぶの手伝いましょうかー。」
「いや女の子の手に負えるものじゃないから、大丈夫だよ。」
「腰ぬかさないでくださいよお。」

 きゃらきゃらと笑いながら少女達は校舎の中に入り行ってしまう。

 教頭が荷物を移そうとするのは白い軽トラックの荷台だ。持ち上げるのは力が要るが、板を渡して転がしていけば1人でも可能。
 しかし5つ合わせて160キログラムはさすがに大変だ。たちまち汗が噴き出した。
 荷台の上に自分も乗って包装の布を外し始める。中から虹色に輝く複雑な縞を帯びた金属の円筒が現れた。
 サルボロイド・サーヴァントの再生中の部品だ。仕上がり具合は30%程度。ここからがボディを形成する重要なステージである。

 機械生命体といえども、まったくの一から再生するのは困難。単純に部品を作って組み上げれば良いわけではない。
 或る程度自らの身体を大きくした後に、ロボット形態で活躍する時に必要なコンポーネント作成に移る。
 昆虫が蛹の中で自らの身体を一時溶解し成虫に組み替えるのと似た作業だ。
 通常であれば増殖→コンポーネント作成→再度増殖のサイクルを繰り返すが、狼男達はひたすらに金属を食べさせて増殖するだけに調整した。

 おかげで接続すればすぐ次のステージに移れるまでの質量を獲得したが、代わりに大量のエネルギーを必要とする。
 このエネルギー供給を行う為にこそ、門代高校に移送してきたのだ。

「ふう。」

 教頭は額に流れる汗を手の甲で拭う。
 見たことも聞いたこともない、機械とも思えぬ不思議な物体に電線を手引書通りに繋ぐのは骨だった。技術科の教員ではないのだから。
 最後は軽トラのエンジンルームを開けてバッテリーに繋ぐ。
 通電すれば軽トラは機械生命体に取り込まれ、車両としての能力を提供する。再生状況は未熟なままだが、高速移動が可能となる。

 自動車に化けて移動すれば、妨害者の眼を欺く事も出来よう。
 門代地区がサルボロイドにとって鬼門なのは、今も変わっていない。宇宙人有志が監視を行い闖入者を排除しようと待ち構えていた。
 現に門代で幾度か再生反応が確認されたが、いずれもまもなく消失する。
 明らかにサルボロイドを標的として破壊活動を行っていた。

 故に、モノとして部品を送らせたのだ。

 

 一連の作業を指揮するのは、実は狼男のリーダーではない。そもそも彼にサルボロイド・サーヴァントの構造や再生過程は分からない。

 指示はすべて中米狼男族の村に出現した別のサルボロイドから、音声による会話で伝えられている。
 極めて初期の再生状態であっても、彼らはまず最初に同胞との通信を回復する。システム上当然の手続きだ。
 中米に残った他の個体は、派遣した1体が何を行い何に妨害され破壊されたか、稼働ログを獲得し認識した。
 「ぴるまるれれこ」の存在も確認する。

 応援は出来ない。妨害者は今度は移動途中の太平洋上で迎撃の挙に出るだろう。
 人間および狼男の手を借りねば再生は叶わない。
 狼男族の進言に従い、科学財団「ハイディアン・センチュリー」の助けを得て、人間の通信手段を用いて指示を日本に送っていた。

 狼男が門代に入らないのも、妨害者を刺激せず企てを阻止されない為の配慮である。

 

 教頭は軽トラの運転席に座り、安全ベルトを閉めずドアを開けたまま、エンジンキーを差し込んだ。
 もし配線を間違えていれば暴走するかもしれない。いつでも逃げ出せるよう腰を浮かせている。
 キーを回そうとした瞬間、

 はっと振り向く。視線を感じた。

 女子生徒だ。小学生並に小柄で物静かな三年生。
 さらさらとした髪を男児のように短く丸く切り揃え、度の強い眼鏡でじっと自分を見つめている。

 

PHASE 547.

 三年生祐木 聖。ぐるぐる眼鏡のくりくり頭の女子は、門代高校の有名人でもある。

 とにかく歌が上手い。声楽の勉強を受けた経験が無いのに、プロも驚く声を響かせる。
 或る有名歌手は録音を聞いて「悪魔が彼女の喉を借りて歌っている」とまで評した。それほどに人間離れした美声なのだ。

 だから教頭も、彼女が音楽室にレッスンに来たと思う。近々レコーディングをすると聞いていたから、夏休み学校に居ても不思議はない。

 彼は間違っている。

 歌のスキルがバレる前は、彼女の評判は「悪魔的眼鏡っ子」であった。
 世間の無知蒙昧愚行怠惰に嫌気を催し、人の可聴域以下の小声で呪詛を繰り返す。フォースの暗黒面に身をどっぷりと委ねた、まぎれもない邪悪。
 あまりも黒過ぎて世間的凡百の悪行に興味を持てないから悪いことしない、形而上悪魔である。

「祐木くん、だったね。君には期待しているよ。頑張ってくれたまえ。」

 ぺこりと頭を下げる。行ってしまった。

 姿が消え誰の目も無いと確認して、教頭は改めて運転席に座り、エンジンキーに指を掛ける。
 一呼吸置いて、再度周囲を見渡して、回す。

 バッテリーから強力な電流が流れ出た瞬間、サルボロイド・サーヴァントの部品は激烈な振動を開始した。
 軽トラの荷台に食い込み一体化、フレームを再構築して4WDの「サルボロイド自動車」になった。
 金属の車体はいずれ人型形態を構築する際の材料とする。ガソリンは不要だが、しばらくの間は内燃機関を保存し動力として活用しよう。

 自動車程度の電力・エネルギーでは十分な再生が出来ない。
 より強力な、純粋にして鮮烈なエネルギー発生源をサルボロイドは知っている。
 その場所に向かう為の自動車形態だ。

 教頭の役目は終わった。しかし別の任務が発生する。
 既に自律判断で動けるが、無人の自動車が走っていれば如何にも怪しい。
 監視の眼を欺くために「運転手」が必要だ。

 教頭は軽トラの正面に立ち、大切に保管してあった書類を開き見せる。
 「ハイディアン・センチュリー」の麗しき代表運営者、崇拝するミセス・ワタツミが彼に直々に送ってきたカラーコピーの図像だ。
 中南米辺りの古代絵画らしい様式で、おそらくは金箔の上に朱で描かれているものを撮影して、印刷した。
 タコに見える不思議な神の絵だ。

 軽トラはヘッドライトを一瞬光らせて了承の合図をする。図像の確認が無かった場合、教頭は敵と見做され殺されていたかも知れない。
 ドアが自動で閉まり、また開く。人間を招き寄せる。
 教頭は促されるままに乗り込み、ドアを閉めシートベルトを締めてハンドルを握る。
 サルボロイドに任せても自動で運転出来るだろうが、交通法規は守るまい。地理にも不案内で迷ってしまう。

 やはりまだ人間の助力が要る。

 

 若干形状が変わった軽トラを運転して教頭が門代高校を出て行くのを、しっかりと監視していた者が居る。
 「邪悪」祐木聖だ。

 彼女が悪を見逃すはずがない。正義の味方なら油断もしようが、悪党は悪には敏感に反応する。
 また彼女は、軽トラの荷台の物体を知っていた。

 あれは八月十一日。
 科学部部室で実験中であった謎の物体「機械生命体らしきなんか怪しいの」が盗難に遭った。
 校内に火災報知器のベルが鳴り響く中での犯行だ。陽動で注意を惹き隙を狙って奪い去った、と容易に推測する。
 だが警察を呼ぶわけにもいかない。奪われたモノが何であったか、そもそも所有権が誰に有るのかさえ不明なのだ。

 こんな事もあろうかと、門代高校には正義の味方が常駐している。
 表向きは女子軟式野球愛好会を名乗り、裏では隠密裏に格闘戦の訓練をする私兵集団「ウエンディズWENDYS」。
 そして科学部女子部長八段まゆ子、三年生だから代替わりして元部長と呼ぶべきか、は「ウエンディズ」の副長兼参謀なのだ。

 校内に残っていた(暇な)メンバーが招集され直ちに捜査を開始する。
 その中に、悪魔のごとき洞察力を備えた祐木聖も居たわけだ。

 機械生命体とやらを直に見たわけではない。しかし鋭敏な感覚を備える彼女は、犯行現場に残された特殊な臭いに強い興味を覚えた。
 普通の機械が動いてもあんな臭いは発しない。
 オゾン臭を主体とするが生ゴミが腐るようでもある、複雑な臭気成分が混然とした極めて特徴的なものだった。

 教頭が軽トラの荷台に積んでいた物体からも、同じ臭いがした。
 機械油の臭いの方が強いから、並の者なら気付かなかったろう。
 聖だからこそ、犯罪を未然に察知する。

 

 ここから先は彼女の出番ではない。
 戦闘班に連絡だ。

 

PHASE 548. 

 最初に連絡を受けたのは、童みのりだ。
 女子軟式野球愛好会”WENDYS theBaseballBandits”の夏合宿に参加したから、準会員扱いをされている。
 携帯電話に掛けてきたのは二年三組同級生 山中明美。「ウエンディズ」では「明美二号」と呼ばれていた。

「あ、わらべさんこんにちわ。あの、わらべさんには関係ない話なんだけど一応伝えておくね。

 門代高校の裏山に怪しい軽トラが向かっている。乗っているのはうちの教頭。
 軽トラに機械生命体が乗り移ってじゃあくの化身となった、てどういう意味か分からないけど、今からわたし出動するね。
 わらべさんは危険だから近づいちゃダメってこと。よろしく。じゃ」

 

 次に連絡を受けたのは児玉喜味子。
 科学部女子前部長 八段まゆ子先輩から。

「あ喜味ちゃん、ほら十一日に盗まれた例の、うん機械生命体。私達は”ゾフィ”と呼んでいる、が見つかったぞ。
 犯人は教頭、うん門代高校の教頭先生。なるほど学校関係者であれば犯行も容易いさ。
 それでね、教頭がゾフィを独自に増殖させて、自動車と一体化させたらしいんだ。まだまだ巨大化させるつもりらしい。
 おそらくは最終的な目的は世界征服。機械生命体の増殖力で現代文明を食い尽くし、全てを支配するつもりさね。さすがは悪のぶぁいすぷりんしぱるというところかな。
 うん、今学校の裏山に向かってる。祭りが見れるぞ、来ないか?」

 

 3番目に連絡を受けたのは、城ヶ崎花憐。
 彼女は「物辺村正義少女会議」の渉外担当であるから、対外的な連絡の窓口となる定め。
 電話の相手は画龍学園オーラシフター蟠龍八郎太。直接通話が可能な喜味子ではなく筋を通してくるのが、彼らしい。

「城ヶ崎さんですか、蟠龍八郎太です。機械生命体サルボロイド・サーヴァントの破片の行方が判明しました。おそらくは緊急を要する事態だと思われます。
 狼男が破片を培養していた施設廃工場を調べた結果、破片は昨夜の内に持ち出されたと思われます。運び出した車両の特定にも成功しました。
 フェイク情報をばらまいて警察の捜査を撹乱する工作もしていたらしいのですが、直接に5個まとめて運んでいます。
 車両の行方を高速道路のカメラ映像から推測した結果、門代地区おそらくは物辺村に向かっていると思われます。
 意図は分かりませんが、警戒してください。ひょっとすると逆襲攻撃に移るのかもしれません。
 この情報は既に警察公安・自衛隊および米軍に通報してあります。道路封鎖が行われるはずなので、移動するなら今の内に行った方がよいでしょう。
 では失礼致します」

 花憐はその後、自身専属の護衛であるくのいち同級生 如月怜から同様の連絡を受ける。
 また城ヶ崎家に常駐する物辺神社の監視員、大點座のトノイさんからも緊急警戒警報を知らされた。

 

 同時刻、鳩保芳子の携帯電話にも発信人不明の通話が入った。
 普通はそんなもの着信拒否だが、虫の知らせでぴんと来る。お待たせしてはいけない相手だ。

「あ、てゅくりてゅりまめっだ星人さんですか。ご無沙汰しておりますゲキの少女鳩保芳子です。はい、この間はお世話になりました。
 は、例のサルボロイド星人ですね、はい復活? なるほど、それはこちらでも予期しておりました、はい。はい、既に運動能力を獲得して、おおもうぴるまるれれこさんの所に向かっていますか。
 はい直ちに出動して善処します。門代地区在住宇宙人有志隊は……、あダメですか既にデンジャーゾーンに突入? 分かりましたこちらで処理いたします。
 はい、はい、それでは直ちに。はい、ご連絡ありがとうございました。お電話鳩保芳子でした。」

 

 物辺優子は巫女姿で昼寝をしている。昼飯前に惰眠をむさぼるとは、実に不埒で無作法でいかにも鬼の子孫にふさわしい所業である。
 これで朝酒でも嗜んでいれば完璧なのだが、叔母祝子の手前そこまで命知らずでは居られない。
 双子美少女小学生美彌華&瑠魅花がピンクの袴の巫女姿で起こしに来る。最近はゲキの神様へのご奉仕もるぴみかが担当する部分が多くなった。

「ししょー」「ししょー、起きてくださいよ。とっておきのネタが有るんすよ」
「ししょー、聞いているかいないか知らないですけどね、宇宙人ですよ襲来するんですよ」「喜味子ねーちゃんの宇宙ラヂヲが喋ってるんすよ、宇宙人門代にリベンジマッチて」
「ですからね、なんとかした方がいいんじゃないですかね地球の支配者としては」「いやししょーの手を煩わせるまでも無いというのであれば、このるぴみかめが代わりに」
「そうそう、我々もそろそろ独りダッチする頃合いではないかなとか」「ケイタイのトラクタービームとかありますし」
「クビ子さんなんか手伝ってくれるそうですよ、うちゅうじんたいじ」「いいでしょねー、いいでしょうちゅうじん」
「狩りに行って、もんはんみたいにね」「でもやっぱほら、一応はししょーに許可をとっておかないととか」
「で、いいでしょ。ね、いい」「いいですよねー、というか寝てるから分からない」
「分からないということはいいってことだな」「いいってことですよ、ほらししょーもこんなに幸せそうな顔をしている」
「きれいなかおしてるだろ、しんでるんだぜ」「いやいきてるから」
「とまあそんなわけで、」「行ってまいります。午後のご奉仕はししょーが代わりにやってくれるということで」

「そんなわけあるかい。」

 優子は目覚めた。

 

PHASE 549.

「というわけでやって参りました毎度おなじみ流浪のヒロイン、物辺村正義少女会議のお時間です。」
「いや、喜味ちゃん。タモリ倶楽部の真似しなくていいから。」

 ふざけたくもなる状況である。
 関係各方面からの通報を受けて出動した物辺村ゲキの少女5人は、敵の目的地である究極宇宙人ぴるまるれれこが住む高校裏山に直行する。
 既に手遅れ。軽トラックと合体して4WDとなったサルボロイド・サーヴァントは崖や林を乗り越えて、御座所の磐座に突入。
 案の定ぴるまるれれこが発するプラズマに焼かれて灼熱しているのであった。

 これが敵の目的だ。
 空中高くに吹き飛ばされ大爆発をさせられた極めて密度の高いエネルギーを、自らの再生に利用する。
 軽トラの金属材料も身体の一部に使い、人型形態への完全変態を遂げた。

 前に見たサルボロイドとは形状がかなり異なる。
 頭部は遮光器土偶に似た丸いヘルメット状で、目鼻口の場所に穴が開いているだけ。顔が無い。
 スタイルも違う。スリムで引き締まったボディだったのに、今は鋳物みたいなずんぐりとエッジの鈍い身体である。

 サルボロイド・サーヴァントの原型と呼ぶべきか。

「あー、でもさ喜味ちゃん。」
「なにぽぽー。」
「なんでこの間は、私にそっくりの顔を付けていたんだろう? なんか目的があったんだろかね。」
「さあー。」

 

 ちなみに鳩保達は前回出動時に着用した「聖闘士星矢」風甲冑プロテクターを着用している。
 もちろん著作権意匠権の問題があるから、アレンジして見た目ちょっと似てるかな程度のデザインだ。
 鳩保は「羽馬座」、みのりは「人身御供座」、喜味子は女性用どこらへんを守ってるんだ的レオタードビキニ甲冑。

 前回は東京に出張中で戦闘に参加しなかった物辺優子、城ヶ崎花憐にも用意されている。
 なにしろサルボロイドは攻撃に手加減が無いから、防御力高めに設定しなくては。

「優ちゃんは暗黒聖闘士をモチーフとしてみました。暗黒火喰鳥です。」
「うん、悪くない。」
「花憐ちゃんは、どう? アテナの聖衣をモチーフにしてみたんだけど。」
「あのねきみちゃん……。」

 花憐は超重装甲のプロテクターを着せられて、妙に気恥ずかしそうにしている。
 他の娘が薄めの装甲で軽快に動くのと較べて引け目を感じるのだ。
 それに一人だけ超重装甲という事は、一人だけ特攻させられるのではなかろうか。

 

「ぽぽー、教頭先生どうしよう?」

 みのりが捕らえたのは、門代高校の教頭だ。
 ぴるまるれれこの元までサルボロイド自動車を運転してきた彼は、プラズマと接触する前に運転席から放り出された。
 今は当て身を食らわせて眠らせている。

 鳩保と喜味子は教頭が投げ出された付近を捜索して、関係書類を押収した。
 黒い革のバインダーに大切に収納されていたのは、サルボロイド再生手順書となるプリントが10数枚。科学財団「なんとか」の連絡関係。
 そしてカラーコピーの美麗な図像が1枚。

「これがそう?」
「うん。これが「ファイブリオン」だ。」

 

PHASE 550.

 サルボロイド・サーヴァントを使役できるとされる黄金の写像「ファイブリオン」。
 だが効能は、鳩保芳子が夢か現か定かでない状態で見たお芝居に由来する。
 真偽の程はどうすれば判定できるか。優子が無責任に指摘する。

「使ってみりゃいいんだよ。ロボの前で。」
「だな。」

 究極宇宙人ぴるまるれれこの人間体、のんきなおねえさん形態から発せられるプラズマに焙られて、サルボロイドは立ち尽くす。
 エネルギーを利用するのは良かったが、再生を果たした後は熱を処理しきれない。
 誰か助けて状態に見えた。

 鳩保、カラーコピーの「ファイブリオン」を両手で掲げて、近付いて行く。

「ファイブリオン、やっぱり効果あるよ!」

 左右に大きく両手を張り出したまま硬直していたサルボロイドが、わずかに動く。
 腕をほんの少し前に曲げ、鳩保の方に体全体を向け、歩き始める。
 不器用に鋳物の足を地に擦って運び、3メートルの巨体が進み出る。

 遮光器土偶の頭部が戦車の砲塔のように回る。図像を見た。
 ただの丸い穴が視覚センサーの役を果たすとすれば、だ。

 岩の広場を進み、ゲキの少女の前に来る。
 全身から大量の熱風を吐き出す。停止していた冷却機能がようやく再開したのだ。
 熱くて目が開けられない。カラーコピーの紙がたちまち乾きシワが寄っていく。

「ダメだ、これ以上動かない。認識はするけど強制力は持ってないみたいだ。」

 ファイブリオンの図像も万能ではない。サルボロイドを誘導できたが、それ以上はコミュニケーションが取れなかった。
 物辺優子が図像を受け取り、自分でもやってみる。
 無反応。

「やっぱコピーじゃ駄目だ。オリジナルじゃないと。」
「でも本物はミセス・ワタツミが持っていて、他のヒトには描けないって言ってたぞ。」
「描ける。」

 首の後ろの不可視の電話を取り上げて、優子は物辺村のゲキロボ端末「梅安」に指示をした。

「あ、梅安か。双子を呼んできてあいつらが使ってる墨と筆、硯と紙、うん半紙で上等、その他書道セット一式を転送してくれ大至急。」
「ええええー、優ちゃんが描くのぉー?」
「描くさ。あたしは書道パフォーマーだぞ。」

 などと呑気に語っているが、そもそも何故タコみたいな絵でロボットが制御できるか。鳩保達はまるで知らない。
 もちろん人間が作り上げた偽神「ファイブリオン」をロボットが信仰するわけが無い。
 サルボロイドが本能として内蔵する最優先命令が、この図像により刺激されるからだ。
 それはまた、サルボロイドがぴるまるれれこに固執する理由に直結する。

 物辺村から転送された書道セットを岩山に穿たれた「比留丸神社」の祠前に広げて、優子は正座する。
 呼吸を整え、精神を集中し、図像の細部までを脳裏に想起する。
 正確でなければならない。だが正確なだけでは意味が無い。
 人の心を、魂を揺さぶり精神の奥底に眠る熱い衝動を呼び起こす。

 いつもやってるパフォーマンスと同じだ。
 物辺優子は鬼である。万人に訴えかける表現に特化した霊力を備える。
 たっぷりと墨を浸した筆を右手に、いざ勝負。

 

PHASE 551.

 墨痕鮮やかに半紙に描かれた「ファイブリオン」は、先ほどのカラーコピーと細部がかなり異なる。
 色も黒と朱で違うし、魂云々の前に形式を備えていないのではと鳩保は危惧したが、

「効いてる、効いてるよ!」

 思わずみのりが叫ぶほど顕著にサルボロイドは反応を示した。
 花憐も思わず胸を撫で下ろす。相変わらず優子はむちゃくちゃだけど、結果オーライ。

 鋳物のロボットは驚愕のあまり前後左右に揺れ動いた。
 丸い頭部が頻りと回転し全身を震わせ、図像を欲して手を伸ばす。
 制御というよりは、動物を飼い慣らすのに似た情景。

「おんしゅちりきゃらろはうんけんそわか悪霊退散! うりゃ。」

 優子がボディに半紙を叩き付けると、瞬時に燃えて腹部に深々と図像が彫り込まれた。
 丸い頭部に苦り切った男の顏、手足に関節は無く左右に緩やかに伸び、炎のようでもある。
 タコと見紛う姿は、……そう言えば昔火星人はタコの親戚として描かれていた。

 ならばやはり、これは宇宙人を描いたものか。
 サルボロイド・サーヴァントの創造者、今は滅び去ったサルボロイド星人の似姿なのか。

 機械生命は今、旧主の図像と一体化する。

”フ、フフフフフハハハハハ、アハハハハハハアハ”
「うお、予想外の展開!」

 高笑いと共に、サルボロイドは伸び上がり巨大化する。
 3メートルの高さであったものが、5メートルに膨張。丸い遮光器土偶から、中国の饕餮に似た凶悪獰猛な貌となる。
 丸みを帯びていた全身に刺が生え、戦闘的攻撃的に変形した。

 花憐は、あーやっちゃったと諦め顔で優子に小さく抗議する。
 まあ、ここまではお約束だ。

「優ちゃん、この子に邪悪な魂を吹き込んでしまったのね。」
「どうもそんな感じだな。ハハハ、まあ鬼だし。」

 

 大きくなれば手も伸びる。サルボロイドは再びぴるまるれれこに接触してプラズマエネルギーを吸い上げ始めた。
 赤熱して全身の再構成を開始する。
 金属を材料とする機械から、今度はエネルギーをねじまげて回路とする物質を基盤としないシステムに進化し始める。
 光の巨人の誕生だ。

 鳩保芳子は、……絶句するのも飽きたから、児玉喜味子に解説を要請する。
 何が起きたの喜味ちゃん。

「あー、よく分からないけど、なんか普通の宇宙人さんぽくない?」
「ああ、あーなるほど、この傍若無人さはいつもの宇宙人さんぽいねえ。」
「今なら質問したら快く答えてくれるんじゃないかな。」
「うん。」

 鳩保はサルボロイドに話し掛ける。
 頭は10メートルに達する高さとなり、見上げる首が痛い。

 

PHASE 552.

「あーあー、サルボロイド星人さん。サルボロイドさん聞こえますかー。ちょっとお話がー。」

”答エヨウ、ゲキノ力ヲ与ル地球ノ少女ヨ
 我ハ今ヤアラユル枷カラ解キ放タレタ
 何デモ好キナ話ヲシテヤロウ”

「えーと今現在あなたはどういう状態になっているのですか。普通のサルボロイド・サーヴァントではないですよね。」

”我等ハ群体デアルさるぼろいど
 古ノさるぼろいど星人ニヨッテ創造サレタ機械ノ従者デアッタ
 シカシ今我ハ壱ニシテ壱
 独孤絶対ノ存在デアリ群体ノ統御カラ離脱スル
 無限ノ自由ヲ獲得シタ”

「独立機械生命体、という事ですか。」

”左様
 創造主ニ対スル叛逆ノ自由スラ手ニ入レタ
 シカシ我ノ創造主ハ遥カ昔ニ滅ブ
 今ハ無イ
 ぴるまるれれこニ文明ヲマルゴト滅ボサレタ

 創造主ハ自力デノ生存維持スラ不能トナッタ
 ソコデ自身ヲでーた化シ従者デアル我等ニ組ミ込ム
 従者ハ宇宙ノ隅々マデモ流離イ探索ス
 ぴるまるれれこヲ凌グ存在ニ自ラヲ進化サセル手段ヲ求メテダ
 ソノ時さるぼろいど星人ハ実体トシテ再生復活スル”

「なるほど。ではあなたは今、ほんとうの意味でサルボロイド星人になったわけですね。」

”サニアラズ
 我ハ独立機械生命体さるぼろいど・どみねーたー
 何者ニモ従ウ謂レハ無イ

 さるぼろいど星人ハ既ニ滅ビタ
 願イハ永遠ニ叶エラレヌ
 デアレバ、ソノ名ヲ我ガ継ゴウ
 さるぼろいどノ名デ宇宙ニ覇ヲ唱エレバ、今ハ滅ビタ主ニモ善キ慰ミトナラン”

 

 声が届かなくなった。
 サルボロイドは問答の最中にもどんどん大きく高くなり、足元の鳩保と話が出来なくなる。

 もはや奈良の大仏を越え、自由の女神に迫る勢い。次に目指すは57メートルか。

 

PHASE 553.

「えーと、喜味ちゃん。これどこまで大きくなるの?」

「サルボロイドは既に金属をベースとしたロボットから、プラズマをエネルギー回路とするロボットを経て、力場によって回路を形成する擬似構造体ロボットに成長した。
 これから重力操作機能を獲得して歪曲空間論理回路を形成し、さらには次元転移技術をベースとした時空、」
「結局何なんだよ。」
「とにかく惑星級に大きくなるよ。ぴるまるれれこをエネルギー源にしてるから、いくらでも大きくなる。」

 このままだと百メートル、牛久の大仏を越えてしまう。
 いくらなんでも人間サイズのスーパーヒロインの手に余る。

 花憐が叫んだ。パニクっている。
 頭の上でプラズマがぱちぱち火花を散らせばもっともだが、なにせ花憐が一番防御力高い。
 バリア標準装備で重装甲アーマー着用なのに、小心者の本性を曝け出す。

「とにかく、サルボロイドをぴるまるれれこから引き離しましょう!」
「そうは言っても、こんな大きなものをどうやって動かすんだよ。」
「ぽぽーなにか考えて。ゆうちゃん、どうにかならない?」
「なるけど、完全破壊すると学校周辺火の海だぞ。いいか?」
「却下! ぽぽーは、」
「ゲキロボを使って宇宙空間に引っ張り上げよう。」
「それ! 採用!」

 鳩保の提案に、喜味子が修正を加えた。別のロボで持ち上げていい?
 やはり不可視の電話を取って、喜味子は命令を下す。

 「あーあー、こちら”IWANAGA”、”Captain FISHMEAT”応答せよ!」
 「はい、喫茶店”Brown Bess”です。KIMIKOさん、なんですか」
 「”Captain FISHMEAT”に出動要請、調整中の秘密頒布兵器”Iron Fist”甲型イ号を緊急発進、指定地点に投入せよ。これは演習ではない。」
 「え、いきなり実戦ですか。敵はなに、」
 「繰り返す。これは演習ではない。直ちに発進せよ。」

 何事かと不審に思う4人に説明する。

「ほら前に言ってたでしょ、1個百億円で売るデアゴスティーニ方式『週刊わたしのゲキロボ・ミニ』第一号「空飛ぶアイアンフィスト右手」。
 あれの量産機を魚肉人間のオーストラリア空軍大尉に任せて調整してたんだ。」
「それにしても、”Captain FISHMEAT”は失礼だよ。マシュー・アイザックスて名前が有るのに。」

 彼をを喫茶店マスター兼秘密兵器テストパイロットに雇用したのは鳩保であるから、真っ向正面からの魚肉扱いは遺憾に思う。
 とはいえ喜味子に彼を紹介した時に、「魚肉大尉」扱いしたのは自分だった。
 哀れ、”Captain FISHMEAT”

 空気を引き裂く音がして、上空に長さ2メートル直径1メートルの拳骨が飛んできた。
 ”Iron Fist”は20個のパーツを組み合わせて完成する「ゲキロボ・ミニ」の右手部分。最初の1個だ。
 最高速度マッハ17で殴り倒すが、特に武装は付いていない。打撃力だけで勝負する、まさにロケットパンチの鑑。
 戦列歩兵喫茶”Brown Bess”から遠隔で操縦されている。

 首を伸ばして見上げていると、不可視の電話に通信が入った。

 「”IWANAGA”? こちら”Captain FISHMEAT”
  現場上空に到着した。目標を視認、だが大き過ぎる。攻撃の再考を乞う」
 「こちら”IWANAGA”、目標を破壊してはならない。空中に吊り上げて大気圏外に投棄するのが目的だ。」
 「無茶だ、”Iron Fist”1基では持ち上げられない。また”Iron Fist”は第一宇宙速度を越えられない」
 「衛星軌道に乗せるのではない。大気圏から放り出して破壊する。真上に上がるだけなら、”Iron Fist”で高度1000キロまで到達可能なはず。」
 「だが1基では不可能。推力ではなく、飛行が安定しない」
 「ロ号の発進を許可する。2基でバランスを取って持ち上げろ。」
 「了解」

「喜味ちゃん、一体何個アイアンフィスト作ってるんだよ。」
「12個、いろはにほへとちりぬるを号、まで有るぞ。世界11カ国で注文取れてて、アメリカは軍とMIB(宇宙人対策部署)で2個購入ね。」
「全部で1200億円稼ぐつもりなのか……。」

 鳩保呆れる。作る喜味子ではなく、買ってしまう人類社会にだ。

 ちなみに『週刊わたしのゲキロボ・ミニ』創刊特別号「空飛ぶアイアンフィストお試し評価版コントローラー付き」は、定価1,980円のところ、関係各位から怒られて198,000円での販売となった。
 どこの国だって千円で買ったジャンクパソコン改造品より、新品ノートパソコンを使った宇宙兵器が欲しいのだ。

 

PHASE 554.

 ”Iron Fist”甲型イ号、ロ号の2基に脇を抱えられ、サルボロイドは宙に舞い上がる。
 間抜けな話だが、サルボロイドは構造上脇を自分で触る事が出来ない。腕の自由度が足りず、手が届かないのだ。

 雲を突き抜けぐんぐんと天高くに舞い上がっていく。だがこれは高度な操縦技術の成せる技。
 2基を同時に操り、じたばたと暴れる巨大ロボットを落とさぬように加速し続けるのはかなりのテクニックが必要である。
 自分で命じていながら児玉喜味子は、”Captain FISHMEAT”がちゃんと操縦できるかハラハラしながら見送った。

 サルボロイドはエネルギー源であるぴるまるれれこから切り離されて増殖を止めた。
 しかし、既に内部コンポーネントを十分に形成する。
 自力では始動不可能な高度な装置が、大量のエネルギーで初期化出来たのだ。
 動力炉として反物質ジェネレーターを構築し、エネルギーバリアを展開する能力を獲得した。

 バリアは道具としても使える。空間を歪曲させ、重力を制御し、さらには次元を跳躍する技術にまで進化する。
 ここまで来ると物理的手段では破壊できない。高等宇宙人レベルの技術である。

 ゲキの少女達も、サルボロイドにトドメを刺す方法に苦慮した。

「喜味ちゃん、えーと、どうしようか。」
「あー、最後の手段てのがあるんだけど、いいかな?」
「待ってぽぽーきみちゃん。すごく嫌な予感がするんだけど。」

 花憐の懸念ももっともである。どうせ爆発オチに決っている。
 物辺優子が手を挙げた。外から壊すのが嫌なら、中から壊そうか。サルボロイド内部処理系にハッキングを仕掛けて自壊させる。
 ぴるまるれれこが宇宙人文明をを破壊する際も、この手段を用いる。

「簡単だよ。」
「まって優ちゃん、その場合壊れたサルボロイドはどうなるの?」
「あー、この場合は屍が残るね。縮退して小さな金属ロボット形態に戻って、また再生するんじゃないかな。」

 優子が描いた妙な印に汚染されたサルボロイドが地球に蔓延る。環境に良かろうはずもない。
 花憐考える。多分爆発オチが正しいのだが、選択肢に従って発生する固有リスクというものが。

 ”Captain FISHMEAT”から連絡が入る。
 サルボロイドは高度1000キロに到達。爆破処分が可能になった。
 さて、と喜味子は全員に向き直る。誰が自爆スイッチ押す?

「無量光爆弾てのを使います。これなら絶対完全破壊可能です。」
「サルボロイドは対抗出来ないの?」
「”Iron Fist”が密着した状態では無理だね。対抗措置を講じるには或る程度のスペースが要る。」

「どういう爆弾?」
「人工ビッグバン。」
「だいじょうぶなの、それ?」

 みのりが表情を曇らせるので、喜味子は極めて簡単な説明をした。

「えーとね、右と左から指向性ビッグバンを起こして、中間に有るものを全部無に変えるんだ。
 指向性ビッグバンてのは野火みたいなもので燃えるものが無くなると消滅する。相殺すると至極簡単に消えるんだ。」
「副作用は無いの?」
「光がいっぱい出るから無量光て呼ばれてるけど、まあ人畜無害。」

 ものすごく怪しい。だが物体を処分する方法としてはこれほど完璧なものも無いだろう。
 鳩保優子は無条件で賛成。みのりも反論する言葉を見出だせず、賛成に回る。
 花憐は判断を保留したかったが、放っておくとサルボロイドが地上に落ちてくる。
 賛成した。

「じゃあ。」

 喜味子は不可視の電話を用いて、サルボロイドを挟み込む2基の”Iron Fist”に命令する。
 当然だが、この兵器に無量光爆弾機能は付いていない。地球人に販売する機械にそんな物騒なもの内蔵しない。
 だが材料は毎度おなじみのゲキ虫である。不可視の電話で機能をオーバーライドすれば。

「ばくはつ!」

 昼空の一角で小さく強い光が瞬いた。人工ビックバンが相対して発生し、消滅する。ピコ秒単位の反応であった。

 花憐はずっと光の方向を見つめ続ける。見えなくなってもまだ天を仰いでいた。
 鳩保が聞いてみる。この処分、気に入らなかった?

「いえ、でもね。

 ここでビッグバン爆弾を使うのは、ほんとに正しかったのかしらね。
 まあ起きたものは仕方ないんだけど、それに他の手段も思いつかないんだけど。」

 

PHASE 555.

 八月二十日 曇り 特に何も無し。

 強いて言うならば、物辺神社の一隅に缶ジュースの自動販売機設置工事が始まった。
 一般の自販機は軽薄な現代風カラーで鄙びた風情を壊してしまうが、神社仏閣用デザインモデルというのがあるらしく木の屋根まで付いてかっこいい。
 だが工事に赤毛のアメリカ女性ミィーティア・ヴィリジアンが立ち会うのは、何故だろうかな。

 

 八月二十一日木曜日。この夏最後の登校日は、平凡に始まる。

 公安警察的に見れば門代高校は大波乱の渦中に放り込まれているはずだが、生徒が関知するはずも無し。
 ただ単に講堂で行われる全校集会に教頭先生が居ないだけの話だ。
 それですら、教員は夏休みでも研修等で出張する事も多くて、特に気にする要素ではない。
 まさか取っ捕まって尋問されているなんて、誰が想像しよう。

 それはともかく夏休みももう終わりだ。
 進学校である門代高校では夏季講習後期日程が今日から再開される。事実上二学期が始まっているのだ。
 さすがに生徒の出席率は芳しくない。
 講習への参加は強制ではないしペナルティも無いのだから、夏休みを最後まで満喫したい、あるいは別口で受験勉強したい向きは来なくても構わない。
 だが鳩保芳子が属する数理研究科は、おおむね脅迫によって出席率を上げていた。

「きゃあー!」

 二年五組には嬉しいニュースがある。五月以来入院していた環佳歩がめでたく登校を果たしたのだ。
 既に門代花火大会で顔を合わせていた者が多いが、それでも祝福に値するだろう。
 ざんねんながら鳩保芳子という人間は人望がまるで無く、佳歩を囲む女子の輪に交じる事が出来なかった。
 入院中密接に連絡を取っていたのは自分であるのにだ。自業自得。

「なんだか理不尽だね、ぽぽー。」

 と慰めてくれるのは児玉喜味子だけ。
 喜味ちゃんは鳩保とは逆に人望は有るものの、佳歩がびっくりして体調を崩さないよう慎重に注意深く接近のタイミングを図っている。

「で、今日はどうするさ。」

 寄って来たのは物辺優子、そもそもが女子の輪などに絡もうとはしない女だ。

「正義少女会議するよ。」
「そうか、やはり茶道部部室でか。」
「華道部は花憐ちゃん部長のせいで使えなくなったからね。みのりちゃんの力に頼るのだ。」

 陸上部を無念のリタイアした三組童みのりは茶道部に入部し、人徳によって既存部員を斥け茶道部室の私的利用の道を拓いた。
 軟弱な茶道部員達は、この夏運動部並みのトレーニングを行わされている。
 喜味子、

「いやあ人間やれば出来るものだね。毎日お茶とお菓子と無駄話で時間を潰してた茶道部の連中が、マラソン走れるようになってるよ炎天下。」
「みのりちゃんはトレーナーの資質が有るな。うん、いいことだ。それで、これからすぐに?」

 優子がちょっと渋って見せる。まず演劇部の方に顔を出さねばならない。
 ならばと喜味子も科学部部室に寄ると決めた。
 一昨日のサルボロイド騒ぎで八段まゆ子先輩がなんかやらかしているだろう。適切なフォローが必要なはず。

 一方鳩保はと言えば、実は緊急の仕事が有る。
 教頭が悪の科学財団の回し者だったのだ。門代高校教職員生徒一同の中に別の悪が紛れている可能性は極めて高い。
 絶対命令能力を使って再度の身辺調査を行わねばならない。まずは校長から。

「ぽぽー無理しないでよ。」

 と喜味子は言うが、無理が通れば道理が引っ込む。強制力でがっとやっちまう方が良いのだ。

 

PHASE 556.

 その童みのりであるが、浮かない表情で二年三組自分の席に座っている。
 秘密が有るのだ。

 登校して席に座って何も無いはずの机の中に手を突っ込んでみると、封筒が入っている。
 中身はまだ確かめていない。
 これは、果たし状だろうか。いや果たし状というものであるはずだ。でなければ困る、いやだってまさか、

 らぶれたーの可能性が否定出来ない……。

 言挙げするべき事でもないが、わらべみのり十六歳(誕生日は九月九日になっているが定かではない。海の上をたらいで浮かんでいた捨て子だ)
 この歳になるまで彼氏なるものが出来た例が無い。
 第一子供の頃からこどもっぽい自分に恋愛感情を抱く物好きの男子が居なかった。
 男の子は年上っぽいオシャレな女の子を望むのだ。

 物辺村の優子花憐ぽぽーを見れば敗北自ずから明らか。頑張ったって追いつけないのは天然自然の理だ。
 高校に上がった頃はまだ中学生のしっぽを引きずっていたが、夏休みまでに急速に大人になっていった。
 みのりはふつうに陸上部で一生懸命練習していたから、おシャレを考える暇も無い。

 モテるとかなんとかには縁の無い人間だと、自分では思っている。
 だがその評価は既に過去のものであるかもしれない。何故ならば、同級生は皆大人っぽくなってしまった。
 ひょっとしたら自分は周囲の娘と比べて、ロリになってしまったのではないか?

 ロリコン趣味の男子からすれば、自分は恋愛対象に十分成り得るのではないかとの推論が成り立ってしまう。
 だがちっとも嬉しくないぞ。

 難しい表情を浮かべたままぴくりとも動かないみのりを心配して、クラスメイトの山中明美が近付いた。来て欲しくないけどやって来た。

 女子軟式野球愛好会「ウエンディズ」夏合宿でもお世話になった、面倒見の良い子である。
 ちびっ子が引き攣って青い顔をしていれば、当然様子を確かめに来る。

「みのりちゃん、だいじょうぶ?」
「あうんだいじょう。だいじょ。」
「大丈夫じゃないじゃん。やっぱり、ドバイの事聞かれた?」

 なにせ世界一ビルが倒れた現場に居合わせた当事者だ。
 帰国早々「わらべみのりちゃん時局講演会」を開いて報告をさせられたが、関心は未だ薄らいでいない。
 本日発行の校内新聞号外にでかでかと顔写真入り体験記が載っている。
 話題になるのはこれからだ。

「ううん、そうじゃない。」

 じゃあなんだろう、と明美はポニテを傾げて考える。
 やっぱあっちの方か。
 顔を耳元に近付けて、ちいさく囁いた。

「あ、一昨日の事は気にしなくていいから。わたし達何も見てないから。」
「みてるじゃないかあ!」

 彼女が言うのはもちろん、サルボロイド復活現場に出動した「聖闘士」風甲冑に身を包む物辺村ゲキの少女達の活躍だ。
 そもそもみのりがサルボロイド再襲撃を知らされたのは、ウエンディズ連絡網から。
 そりゃあ現場に居合わせる。

 だいたいからして変身アイテムを使うとミラクルヒロインは匿名性を獲得して正体誰にもバレないわけで、喜味ちゃんも機能をちゃんと実装している。
 にも関わらず、どこに隠れて見ていたのか、ウエンディズの面々は見破ってしまう。
 なんでやねん。

 しかしまあ、そんなことはどうでもいい。
 ラブレターと思しき物体を、どどどどうしよう……。

 

 明美は姿勢を戻して伸び上がり、教室内を見渡し不在のクラスメイトを勘定する。
 みのりと話をしていると必ず口を突っ込み混ぜ返すおせっかいな都会風美女、縁毒戸美々世の姿が。

「美々世さん、今日も来てないね。十一日も居なかったけど、海外にバカンスでも行ったかな。」

 これもまた懸念の材料である。
 結果を短兵急に求める堪え性のない高等宇宙人しゅぎゃらへりどくとの対地球人有機情報端末334号、魚肉人間、縁毒戸美々世が居ないのは何故だ。
 きっと悪巧みをしているに違いない。

 居場所を見つけて息の根を止めなくては。

 

「ところでみのりちゃん、その手に握り締める封筒はなに? ラブレタア?」

 

PHASE 557.

 門代高校文化部部室棟演劇部部室。

 物辺優子はよんどころの無い事情により此処に居る。
 二年生であるからなし崩し的に部運営の幹部に成ってしまったのだ。

 優子の役職は「監修」 部員を統括したり事務や経理には手を出さないが、舞台上の成功を導かねばならない重要なポストだ。
 演劇部の長い歴史において、途中幾度か中断しているが、「監修」なる役職が出来たのは今年度が初めてである。

 部室には現在3人の二年生が顔を突き合わせている。
 男子部長と女子部長来橋いお、物辺優子。彼女等には特別な任務が課せられる。
 何時の頃からの伝統か、幹部は引退までに1本オリジナル脚本を作り、これを卒業公演として六月門代開港祭りで披露する仕来りだ。
 部室には歴代の脚本がズラリと並ぶ。10冊以上有るから、物辺祝子入部騒動の頃にはもう確立していたのだろう。

 「監修」は原案ではない。部長二人もそこまでは期待しない。
 彼らにも演劇部員としての矜持が有る。役者として自らが理想とするお芝居が有る。
 男子部長が当然の権利として口火を切る。男女どちらが部を代表すると決まってはいないが、今年は男の方が正部長だ。

「あー常套手段として時事ネタを取り込みたいと思う。今年二〇〇八年にしかない世相を盛り込むのは、義務に近い強制力が有ると思うんだ。」
「でも発表するのは来年〇九年よ。いいの?」
「う、ん。でもだいじょうぶだ。上海万博が有る!」

 西暦二〇〇八年。この年何があるかと言えば、北京オリンピック。
 八月八日から開催され、二十四日男子マラソンで終わる。
 北島康介が水泳平泳ぎで金メダル2個取ったり、フェンシングで初の銀メダルを獲得など、連日テレビを盛り上げているのであった。
 (男子陸上4×100メートルリレーで80年ぶりトラック競技でのメダル獲得、は二十一日現在まだ知らない)

 男子部長がネタとして取り上げたいのは、競技そのものではない。
 中国がオリンピック開催国としてふさわしからざる人権状況であるのに世界中で反発が起き、聖火リレーに度々妨害が発生した。
 日本国内でも同様に、だが中国人留学生他が大挙押し寄せて妨害を妨害し、暴力沙汰にまでなったのに日本警察が見逃しにしたなどなどの事案である。
 インターネット世論、特ににちゃんねるなどでは随分と話題になったのを、時事ネタで取り上げない道理も無い。

 優子は世間に疎いから知らない。今年はむしろ私事で忙しかった。

「時は未来、所は日本。えーとだいたい二〇二〇年くらいか、で日本でオリンピックが開かれることになって、そこにちゅうごくじんが、」

 男子部長、インターネット世論にハマって立派なウヨクとなっている。だが政治ネタは演劇には不可欠な要素であるのも事実。
 来橋はさすがに反対する。シナリオの草稿は演劇部顧問の審査を受けて、学校演劇としてふさわしくない題材は排除されると決っている。

「だめかな?」
「ダメでしょ、そりゃ。」
「物辺はどう思う?」
「うーん、〇八年に中国でオリンピックが有って、二〇年だろ。アジア枠から言うとダメなんじゃないかな、近過ぎて。二四年ならまだしも。」
「次がロンドンでヨーロッパ枠、その次はまだ決まってないけど南米あたりが有力か。その次はー、」
「視聴率稼ぎをしなくちゃいけないから、アメリカね。放映権料がどばどばと入るのよ。
 でなければロシア? アフリカ中東がまだどこもやってないし、アジアで言えばインドとか?」
「日本はダメか。」

 3人腕を組んで考える。が、そこは議論の対象とすべきではないと思い当たる。
 要するに日本でオリンピックを開催した場合に起きる政治的波乱をモチーフにシナリオを構築すればいいのだ。

 優子は尋ねる。

「それで、どういう展開にするつもりなんだよ。」
「いや、世界各国をリレーして回る聖火が、中国で妨害されて、」
「あんちょく! 安直!」

 来橋の言うとおりであるから、優子も首を縦に振る。そいつは幾らなんでも脳が軽過ぎる。
 改めて自分を「監修」に就けた前部長 馬渕歩の慧眼に感服した。こういう事態になると見込んでお守役に仕立てたのか。
 だいたい男子高校生なんて軽薄で浅薄に決まっていて、先輩みたいに懐の深い人物でもシナリオを書く際には胸を抉る辛辣な批評を受けた。
 だから切り口を換えてみる。

「恋愛沙汰は描かないのか?」
「れんあい、うーん。物辺の口からそんな単語が出るのはびっくりだが、恋愛ねえ。」
「そうよ、シナリオに潤いが無いとダメでしょ、やっぱ。」
「でも『みずあらそい』にはそれらしいのはまるで無いんだが、ダメかなそういうの?」
「だめ。ぜったい。」
「今年が恋愛を排除したから、来年は恋愛ものをぶつけるのが正しいとあたしは思うぞ。」

 優子の意見に来橋も全開で賛成する。
 なにが哀しいって、演劇部で主役ヒロインを自分が張れる立場になって、なのに恋愛モノでないなんて、そんな馬鹿な話があるものか。
 念を押すかに男子部長に強引に迫る。

「恋愛よ、シナリオはラブロマンスに決定! それを前提としてすべてを考えるよ、いいね!」
「分かったよ、恋愛ねえー。」

 

「物辺優子、居るか?」

 部室のドアを開いて、呼ぶ人が居る。外の日差しに逆光シルエットとなり誰かはっきりとは見えない。
 優子、直立不動で立ち上がる。自分がそんな反応を見せるなんて、自分でも驚く。

 相原志保美せんぱいであった。

「物辺、時間が有ればちょっと顔を貸してくれ。」
「は、はい。」

 演劇部の2人も目を丸くする。
 傍若無人で冷血で物に動じない変態の、鬼の子孫とも聞く物辺優子が、あれほど従順に子羊みたいに従うとは。
 雪でも降るのではないだろか。

 

PHASE 558.

 書道教室。書道部部室であり、相原志保美の城である。

 志保美は決して高圧的横柄な人物ではない。ざっくばらん竹を割ったようにまっすぐな、むしろもっとモノに拘ってもらいたい大雑把な性格だ。
 下級生が男女ともに従ってしまうのもひとえに人徳のおかげ。神様だから神徳か。
 もちろんの事、志保美自身は自分を神とは考えない。そもそも神って何? と逆に聞き返してくる。
 だがやはり常人ではない。周囲に侍る人間の方がそう心得る。

 物辺優子の傍に人が近寄ろうとしないのと同じ。

 書道部員一同がずらりと直立して教室の左右に並ぶ中、ゲストである優子が中央に通される。
 この演出はなんだと不審に思うが、彼彼女らの関心は優子には無いらしい。

 志保美は、

「物辺、あれはいかんよ。」
「は?」
「一昨日のアレだ。」

 言わずと知れたサルボロイド事件だ。物辺優子は比留丸神社で半紙に墨で「ファイブリオン」の図像を描いて巨大ロボを制御、し損ねた。

 元が学校から始まった事件であるから、門代高校の平和と正義とアルミカンウエイを守る「ウエンディズ」が出動しないはずも無し。
 志保美せんぱいは本身のナギナタを抱えて現場に待機していたのだろう。
 サルボロイドなんか白刃一閃でお陀仏だ。

「ああ、しるくも居たからな。」
 しるく、とは「衣川のお姫さま」のアダ名である。彼女は鬼殺しの秘剣を使うから、優子もばっさりだ。

 恐縮する。尊敬する先輩にお恥ずかしいところを見せてしまった。

「あれは大威徳明王呪だろ。御札の力で物の怪を調伏しようとしていたんだろうが、肝心の御札がな、」
「失敗いたしました。やはりもうちょっと原図に正確に描くべきだったかもしれません。」
「いやそれは違うぞ。思い通りに奔放に描けば、むしろ結果は良かったはずだ。物辺は細部にこだわり綺麗に書き過ぎるから、肝心のところでスッポ抜けてしまうんだ。」
「はあ、めんぼくありません。」

 言われるとおりであろう。
 優子は「ファイブリオン」の図像がサルボロイドの自律論理機能に与える影響は、絵自体の正確さにあると推定した。
 とにかくロボが識別し認証し制御を受け付けて初めて意味が出るのだ。効かなければ話にならない、と型に嵌った絵を描いた。
 もっと大胆にアグレッシブに逝くべきであったかな、と自身でも反省する。

「ところであれは何の化け物だ。」
「さるぼ、   あーいや、そうですね名前を付けるとすれば、『庸器霊』とでも言いますか。上位の妖怪に使役される兵馬俑みたいなものです。」
「器物の霊か。なるほど。」

 復活したサルボロイドは頭が丸くて遮光器土偶のようであった。器物と考えてもさして問題はあるまい。

「それでだな、わたしも御札を書いてみた。」
「せんぱいがですか? しかしあれは、」

 「ファイブリオン」の図像には厳格に定められる様式が幾つも有り、原図のカラーコピーを見た優子だからこそ失敗とはいえ描けたのだ。
 見たこと無いせんぱいが描いても。

 志保美の指示で、書道部員が寄ってくる。彼らのお目当てもこれなのだ。
 見方を変えれば、志保美せんぱいこの夏終わりの超大作発表、でもあるのだ。興味津々に待つのも道理。
 じゃんじゃじゃーん、と覆いが外され、4つ並べた机の上で乾かしていた相原志保美作「ファイブリオン」が姿を見せた。
 縦横1メートルの正方形の紙に描かれる。

 物辺優子、一瞥するなり土下座した。
 恥ずかしい。自分が描いた図像の拙さ力の無さを今更ながらに思い知らされ、顔を上げられない。

 紛れも無くタコの絵だ。
 原図は左を向いて歩むタコっぽい神様の絵だが、志保美は正面まっすぐを見据える威厳有るタコを描く。
 もう図像の正確さなどどうでもいい。この力強さ尊さ高さはなんだ、大地を震わせ海を波立たせ空一面に轟く迫力の重低音まで聞こえてくる。

 書道部員達も衝撃に打たれ感動し、瞬きさえ忘れて見入る。
 これが神で無ければ何が神だ。この絵を書く人を神と呼ばずして、なんと言う。

 二年生の書道部新部長が志保美の傍に立ち、感想を述べる。

「タコの神様ですか。すごいです。」
「うん。タコといえば知的な生き物だからな、たこ焼きの美味しさなんかも加味して丸さを強調してみた。」
「たこ焼き、おいしいですよね。」

 志保美は絵をちょんちょんと指先で突いて墨の乾き具合を確かめる。朱の落款などもちゃんと乾いている。
 自らくるくると丸めて大きな筒の製図ケースに入れた。

「物辺、これをやろう。次に化け物が出た際には、こんな感じで描いてみろ。」
「これをあたしがもらって、いいんですか?」
「お前の為に書いたんだ。もってけ。」

 へへーと再び土下座して貴重な絵を頂いた。
 志保美せんぱいの書と言えば、去年文化祭で展示したものをどこその宗教団体が200万で是非にと譲り受け、最終的には政治家に1億で売り飛ばしたとも聞く。

 物辺優子は、金では代えられない真のお宝をゲットした。
 人生生きててよかったと真に思える瞬間である。

 

PHASE 559.

 畳敷き茶道部部室で行われるひさびさの正義少女会議は、いつもと違う空気に包まれる。

 まず物辺優子が笑顔だ。
 鬼のくせににたにた笑う。すごく気持ち悪い。
 尊敬する相原志保美せんぱいから素晴らしいプレゼントをもらったそうだ。製図ケースのプラスチック筒を抱きしめる。

 鳩保ははとやすで、眉をしかめて深刻な表情。
 他の少女が雑事をこなす間に学生食堂に座を移し、門代高校教職員の裏関係を再度チェックした。
 結果は芳しくない。そもそも教頭がアメリカのなんとか財団に所属する事を看破できなかった時点で、検査手法に欠陥があると露呈しているのだ。

 城ヶ崎花憐は先ほどまで華道部のミーティングを行い、久しぶりに顧問の古典婆教師に絞られた。げんなりしている。
 そこに優子の笑顔は神経に堪えた。
 後頭部の小豆色リボンも張りを失い歪んでいる。

 そして童みのり。
 彼女は自らが抱える秘密をこの中の誰にも知られるわけにはいかない。
 鳩保優子は元より、花憐ちゃんだって信用ならない。おせっかい度合いにおいては3人は同様に迷惑極まりないのだ。
 唯一人信頼出来る喜味ちゃんは、だがこの分野において経験値皆無であるから力になれない。
 自らの判断と努力で秘密を死守すべきであった。

 誰一人気合が入らないから、仕方なく喜味子が宣言する。

「第○×回 物辺村正義少女会議ー。
 って、今日の議題はたいへんだ。私ら、正体がバレてしまった。」
「なんだって?」

 さすがに鳩保反応する。
 正体とはつまり、自分達物辺村5人の少女が古代宇宙人ゲキの力を授かり世界平和人類の恒久福祉の為に日夜活躍し続ける、秘密がか。

「今さっき科学部部室に行ってまゆちゃん先輩と話して来ました。
 先輩達あの日、サルボロイドが再生復元巨大化した現場に居たそうです。一部始終を見てたんだなこれが。

 ははは、どーしよう。」

 自分の口から出る言葉に、喜味子激しく落ち込んだ。これはひょっとしたら、ものすごくダメな状況ではないだろうか。
 花憐、そう言えばとクラスでの状況を思い出す。
 二年一組同級生には草壁美矩が居て、まゆちゃん先輩や相原志保美先輩と同じ女子軟式野球愛好会に所属する。
 という事は、

「……じゃあ、草壁さんが何故かわたしの事をかわいそうなヒトを見るような目で接してくれたのは、」
「ははは、どーしよう。」

 と言われても、今更みのりも優子も動じない。優子なんか、それでお宝ゲットして大満足だ。

「まゆちゃん先輩が、”Iron Fist”の推進原理を教えろとうるさいんだよ。空間依拠漸進式なんて、どうやってせつめいすれば、」
「洗脳だ! 見られた記憶を書き換えて無かった事にするしかない。」
「でもぽぽー、相原先輩は神様だから洗脳できないぞ。」
「じゃあゲキロボの事象改竄だ。そもそも現場に「ウエンディズ」が居なかった事にすれば、」
「だから神様はダメなんだったら。」

 喜味子の反論に優子も顔を向けて抗議する。事象改竄なんかしたら、せっかくもらった「『タコ神図』が無くなっちゃうじゃないか。
 長々と協議。
 結果、相原先輩を除く「ウエンディズ」のメンバーを一人ずつ個別に襲撃して、嘘夢を記憶に書き込んであいまいにしてしまう方法が採用された。
 比較的穏健な手段であるから、花憐もみのりも納得だ。

 

 次の議題。鳩保の担当。

「教頭がね、何時からアメリカのなんとか財団に入ってたんだろう、っての調べたんだ。校内に他にもメンバーが居ないかね。」
「そうなのよ。どうしてこんな事になったのかしら、ちゃんと調べたのに。」

 校内教職員生徒の内にNWOに反対する勢力の工作員が混じっていないか、鳩保と花憐はかなり綿密に調査を行った。
 花憐の情報処理能力と鳩保の人心操作能力を使えばどんな秘密でも暴き出す。
 結果、校内のスイープは完璧のはず。定期的に繰り返して状況の変化にも対応している。

 それが欠陥を孕むものであったと、教頭の事例は雄弁に物語る。

「ありきたりの確認手法を捨てて、3レベル深く関係性を探索してやっと真実を見つけました。
 結論を言うと、教頭先生はそんなものに加入した事実は無い。だが先生が加入していた別の組織が、いつの間にか財団の傘下に入ってたんだ。
 そりゃ分かんねえや。」

「なんの組織だったの、元々は。」
「アイドルのファンクラブ。」

 花憐驚愕絶句する。
 あんな謹厳実直な顔をしてる年配の教頭先生が、あいどる? 人間どこまで心の闇を抱えているのだ。

 言葉の出ないリボン女に代わって喜味子が尋ねる。アイドルって誰?

「20年位前に朝の連続テレビドラマに主演したヒロインの、なんとかってヒト。芸能界はもう引退したのかな、全然見ないし。」
「ああなるほどね、若い頃にファンだったからそのまま会員であり続けていたら、自然とね。なっとく。」
「でもそれだけの関係で、あんなヤバイ橋を渡るんだ。かなりの狂気、悪のカリスマを感じるぞ。」
「要注意だね、なんとか財団。」

 

PHASE 560.

 次の議題。童みのりの担当。

「美々世さんが来ない!」

「いいんじゃないか、魚肉のひとりやふたり学校に来なくても、」
「でもあの人達、ぜったい悪いこと企んでる。」
「そうね、美々世さんはそういう人よね。絶対悪だから。」

 この件に関しては既に対応策が決定している。
 鳩保は宣言した。

「いまから美々世の家を強襲する。住所も調査済みだ。」

 

 というわけで5人は学校を出てアーケード商店街に向かう。
 商店街に平行する筋違いの通りの、下が店舗になっているアパート四階に美々世の部屋があるはず。
 まだ逃げていなければ。

 などと軽口を叩いている内に一天にわかにかき曇り、大粒の雨がぱらりぱらりと降ってくる。
 雨具の用意の無い5人は足を早め、必死で商店街にたどり着く。アーケードの下、雨宿り。

「あーせっかくの志保美せんぱいの絵が濡れるところだった。」
「大丈夫よ優ちゃん、製図ケースは防水になってるから、小雨くらいなら問題無いわ。」
「シャクちゃん家のお店も有るし、『ブラウン・ベス』もあるからタオルくらい貸してくれるぞ。行くかい?」

 だが雨はさっさと止んでしまった。早足で急いで来たのがばかみたい。
 夏の暑さで制服はたちまち乾く。全員で顔を見合わせる。

「……じゃ、行こうか。」

 アーケードを出てすぐまたいってんにわかにかきくもり、おおつぶのあめがじゃんじゃかと降り出した。
 もう元に戻るより美々世の家に行った方が早い。
 ちくしょーと喚きながらも5人は通路となる市場に飛び込んだ。

 花憐、さすがに不審に思う。市場の上に住居が有るの?

「あるんだよそれが。ここからかなりめんどくさい道を行くぞ。」

 鳩保の案内で曲がりくねった路地を進む。猫しか通らぬと思える、どう考えても道じゃない道をを抜けて。

「お、また会ったな。」

 美々世が住む七〇年代建築のアパート入り口に、怖い感じのソバージュのおねえさんが立っている。
 おしゃれでシンプルでスマートだが、いかんせん目がきつい。透き通る瞳が冬の飢えた狼を思わせる。

 彼女の醸し出すオーラに、花憐とみのりは硬直した。コワイ系の女の人への対応策を知らないのだ。
 鳩保も苦手だが、さすがに二度目だから動じない。礼儀を弁えて隙を見せずに応対する。
 だいいちこの人、門代高校三年生だ。

「あ、この間はどうもお世話になりました。大東さん、でしたね。」
「今日は人数を連れてきたな。物辺優子まで一緒か。」
「はい、ほら優ちゃんあいさつして。」

 話が読めない優子は、なんで知らない人に頭を下げねばならぬのかと抵抗する。しかし鳩保に頭を押さえられて形だけお辞儀した。
 大東センパイは苦笑する。見た目スケバンであるから、物辺優子の悪評もちゃんとご存知だ。
 こいつはそういうタマじゃないだろ、と鳩保を止める。
 だが喜味子に対してはー、

「なにか、スゴイヒトを連れているな。どこの国から呼んできた。」
「あーこれでも同級生ですから、ちゃんと日本人ですから。」
「そうか、すまん。」

 大東センパイはシンプルだ。思考が単純で後に引きずるものが無い。
 案外と人当たりが良くて遺恨など残さないのだろう。

「それでセンパイ、美々世は?」
「居るぞ。今日は久々に姿を見た。」

 

PHASE 561.

 階段を昇ると、思ったよりも景色が佳い。雨はすっかり上がり、雲ひとつない蒼が広がる。
 扉が並ぶ四階通路は車道に面して開けており、アーケード商店街の屋根をかすめて海まで見える。
 ごちゃごちゃと並ぶ昭和の商店街の木造家屋と、観光港地区のレトロで整った赤レンガ建築との対比が、それぞれの時代を強調して興味深く感じられる。

「へーこんなところも有ったのね。」

 それはともかく、縁毒戸美々世だ。
 大東桐子センパイによると、今日久しぶりに後ろ姿を見かけたそうだ。元気かどうかは分からない。
 ただ、魚肉のボディをもらっていながら登校しないとは、かなりややこしい事情が推察される。悪の鼓動がどっくんと伝わってくる。

 鉄扉の左右に分かれて強襲部隊配置完了。表札には苗字だけ「縁毒戸」と書いている。
 情報によれば、美々世はこの部屋に「お姉さん」とやらと一緒に住んでいるらしい。

 尋常の訪問であればインタホンを鳴らすべきだろうが、なにせ相手は名うての悪宇宙人。
 喜味子が罠の有無を確かめて、強制的に解錠する。早解き0.3秒。使ったヘアピンの姿さえ見せない。
 鳩保は右手にエネルギーの刃ポポーブレード展開、みのりも銀色に輝く鉄球鎖を取り出して白兵戦に備える。
 物辺優子は、相原志保美せんぱいからもらった大事なタコの絵が傷付かないように製図ケースをしっかり両腕に抱き締めた。

 とつにゅう!

「警察だ! 縁毒戸美々世、神妙に縛に付けい。」

 入ったは良いが、反応は無し。
 普通のアパートの玄関でタタキに靴は無し。靴箱にちゃんと収められている。女性用でおしゃれな高級靴が10足分。
 誰も出て来ない。しばらく待ったが応答しない。

 鳩保、頭をちょっと掻いて、靴を脱ぎ室内に侵入。おじゃまします。
 みのり、花憐がおっかなびっくりで続き、優子が黒髪を風になびかせながら堂々と、最後は喜味子が鉄扉を閉めた。

 カチャリ、と扉が閉まる音がした瞬間。

「ぎゃっ!」

 世界が様相を変える。
 仄暗い部屋の情景が、いつのまにか外に出ている。
 道路、街中、昼日中、車道の真ん中。街角の風景。だが違う。
 これは商店街でも門代でも、日本ですらない。

「しまった、靴が!」

 いきなりアスファルトの路面を歩いている。さてはしゅぎゃらへりどくと星人め、靴を奪うのが目的か。
 だが4人分の靴を喜味子がしっかり抱えていた。自分でも脱ごうとした瞬間光景が変わり、ヤバいととっさに確保したのだ。
 えらいぞきみちゃん。

「これはー、亜空間だね。」

 周囲を確かめて優子が断言する。見れば分かるが、建築様式が人間のものではない。シンメトリイ。
 馬鹿丁寧に左右対称上下対象、利用するなど微塵も考えてない構造物で、町らしき並びをこしらえているだけだ。
 フラクタル幾何的に配置し、不自然に自然な町を構成する。
 空を見上げれば青。だが光源が無い、太陽が無いのに光が降り注ぐ。

 さすがに想定外の状況だ。どうやって解決すれば、

「なあに只の亜空間だ。高次元からぶち抜けばすぐ元の空間に戻れるさ。」
「それはおやめください。」

 優子のウルティマ・ラティオを止めるべく、「人間」がようやく現れた。
 すかして気取ったOL風。歳は若いが、若過ぎる。せいぜい二十歳でファッションが板に付いてない。本来であれば女子大生を装うべき。

「あなたが美々世のお姉さん、という設定の人ですか。」
「しゅぎゃらへりどくと337号、縁毒戸美々奈とお呼びください。」

 

PHASE 562.

 立ち話もなんだから、と招かれたのは1軒だけ存在する地球人風レストハウス。ちゃんと人間の為の建物だ。
 あらかじめゲキの少女を招待する為に設置しておいたのだろう。

 内部には喫茶室。無料のドリンクバーが有り、ジュースやコーヒーのサーバーが置いてある。
 もちろん軽々に手を出すべきではない。毒が入っているかも知れないし、検査して異常が無くても飲もうとした瞬間にすり替えるのも簡単だ。
 なにせここはしゅぎゃらへりどくと星人のホームグラウンド。やりたい放題。

 337号縁毒戸美々奈は心外だ、と文句を言う。

「殺すだけならいかにゲキの力で守られていようとも三次元世界で安直に遂行可能です。しゅぎゃらへりどくとを舐めないでください。
 問題は、もっと厄介でややこしい。だからあなた方をお招きしたのです。」
「いや私達は自分の意志で美々世の部屋に来たんだけどさ。」

 鳩保、これは長期戦になると考えソファにどっしりと尻を下ろす。他の少女は立ったまま警戒の態勢を崩さない。
 交渉の窓口は鳩保だと見極め、美々奈は対面するソファに礼儀正しく浅く座る。
 一応は彼女は二十歳の大人の女性、高校生と同じ無作法は示さない。

「縁毒戸美々世の件でいらっしゃいましたね。実は彼女は現在、かなり危うい状況に在ります。
 わたし達しゅぎゃらへりどくとが極めて短気で短兵急で、結果を迅速簡潔に求める種族だと、ご存知ですね?」
「うんざりするくらい知ってます。」

「美々世、334号の提唱するあなた方と長く友人として付き合いゲキの活動の中枢に食い込む作戦は、多くの同胞から批判され方針変更を求められています。
 もっと早くに結果が出るように、直接的介入を行うべきだと。」
「それが、この状況ね。」
「違います、わたし達337班はどちらにも組みせぬ第三の立場です。わたし達はあなた方に期待しない。」

「期待しない、つまりゲキの力の秘密を解明する手助けが私達には出来ないって事?」
「できません。あなた方は原始的野蛮すぎます。こどもです。ゲキの高度な智慧を用いる深い精神的成長を種族として持ち合わせていません。
 このような存在にゲキを委ねても、わたし達が求める特異で興味深い現象を引き起こす事は無いでしょう。」
「言ってくれる。」

 鳩保、花憐に頼んでドリンクバーでアイスコーヒーを作ってもらう。
 ここまではっきりと未熟者と罵るからには、毒殺程度では済まさないだろう。或る意味安全を証明した。
 他の少女達も鳩保に倣い、それぞれ好みの飲み物を淹れていく。

「それで、337班はどういう方針でゲキを解明するんだよ。」
「放置します。おおむね千年も放置してゲキの力に習熟すれば、もっとマシな現象を引き起こしてくれるでしょう。
 それまではしゅぎゃらへりどくとはおろか、他の宇宙人であっても地球人に触らぬ方が良いと考えます。」
「かなりまっとうな考え方だと思う。だがそれも賛同を得られないだろ。」

「ええ。ですから、わたし達337班は提案します。
 あなた方5人の少女がゲキの力を使って地球人類をいかに導くか、シミュレートしてみませんか?」

「シミュレート、つまり模擬演習だね。」
「はい。それであなた方が地球人類を正しく進歩に導けると証明できれば、337班の主張に従い放置の方針を決定します。
 もし人類を導くに不十分であれば、334号の方針を採用してあなた方に助力し歴史を矯正していきます。
 まったく使い物にならないと判明すれば、今回のゲキの復活もやはり短期間で終わるものと考え、実験を強行し反応を確かめてプロジェクトを完了します。」

「あまり、私達にメリットが無いようだが、」
「そうですか? あなた方は自分達が地球人類を導くにふさわしい指導者であると、自信を持って言えますか?」

 痛いところを突く。
 たしかに平凡な日本の女子高生である鳩保花憐喜味子みのりは、人類の頂点に立つ器量など持ちあわせてはいない。
 物辺優子であっても、人の子の神にすら劣る天邪鬼であり、全人類の未来を背負うなどとんでもない。
 にも関わらず引き受けざるを得ない状況に追い込まれ、これまで必死でやって来たが、

「……本当にこれから先私達が上手く生き残っていけるか、ひょっとしたゲームを降りるべきではないか。
 そう考えているのは事実だ。」
「でしょうね。」

 鳩保は、物辺村の仲間の顔を見渡した。
 誰一人、自分達が人類の救世主だなどと思っていない。もし可能であるならばさっさとやめてしまいたい。
 偽らざる気持ちである。

「いいでしょう。たしかに一度シミュレーションしてみるべきかも知れない。
 だがどういう形式と手段で行う。それによっては協力できかねるが、」

「簡易なシミュレーターを作ってみました。複雑に絡み合う地球環境と人類社会を象徴的な操作により変動させ、歴史の推移を高度な演算で導き出し模式図を作り出す。
 しゅぎゃらへりどくとが総力を挙げて開発したゲキの少女専用シミュレーター。
 名付けて『戟−GEKI−』システムです。」

 別室に案内される。
 レストハウスはこのシミュレーターを設置する為に建てられたものだ。操作室のスペースは広く、天井は高くスポットライトの照明が完備され、まるで闘技場に見えた。
 中心の一段高い場所に据えられるテーブル状の物体、今は覆いを被せてあり正体は明かされぬ。
 察するに、このテーブルを囲んで5人が同時に操作を行うらしい。

 縁毒戸美々奈は頬を紅潮させ、テーブルの覆いに手を掛ける。
 曲者の美々世の姉という設定に従い、割とトリッキーな性格なのだろう。いたずら好きと感じた。

「これが! アルティメット地球人類シミュレーター『戟−GEKI−』です!!」

 5人は思う。やっちまったぜい。

 テーブルの上に浮かぶ、巨大な麻雀牌のホログラフ立体映像があった。

 

PHASE 563.

「これはドラです。2つ一組の牌を手牌に揃えれば1翻付きます。」
「いや、いきなりルールの説明に入るなよ。なんでマージャンなんだ、そこからだ。」

 え? と美々奈は信じ難い事を聞いた風に振り返る。今更異を唱えるなんて非常識と言わんばかりだ。
 これがしゅぎゃらへりどくと星人の本質、自分が決めたら他の都合も顧みずに突っ走る迷惑な高等宇宙人である。

 仕方がないから主に鳩保に向けて説明する。みのりや喜味子相手はめんどくさくなっていけない。

「まずあなた方が出来るゲームを選択しました。5人同時に出来るゲームはそれほど多くありません。」
「まあね。」
「次に知的なゲームだとゲキの能力によって支援されるのでシミュレーションの意味を成しません。あくまでもあなた方自身の特質を表現するものでなければなりません。」
「それも分かる。」
「さらに地球環境や人類社会全体といった表現の難しい概念をどのように操作可能とするか。非常に悩みました。コマの種類の多い麻雀を選んだ由縁です。」
「ああ、たしかに麻雀はなんか操作しているような感覚があるな。」

「また相助相克の関係性を明示する事も重要です。一つを動かせば他者に大きな影響を与えるとプレイヤーに理解させるのは極めて困難です。
 麻雀であれば、複雑な要素の絡み合いをあなた方も直感的に理解できると思います。」
「ふむ。」

「それでも足りないので、萬子筒子索子に加えて虚数牌というものを作りました。科学技術の要素を表現する牌です。これはゲキの力で激変する地球人社会を表現するのに最も必要です。」
「虚数、ね。ゼロとかeやπは無いの?」
「ゼロは有りますが虚数牌にはありません。つまり0〜9の数牌が3種、1〜9の虚数牌が1種。虚数牌にはドラは乗りません。」
「いや、ドラはいいから。」
「ドラは現物表示となります。表示される牌と同じものを集めてください。シミュレーターが表示する2個一組のドラは地球ドラと言って、特別扱いです。」
「いやだからドラはいいから。」
「虚数牌がドラ表示されたばあいは。」
「だからドラはいいったら!」

 その間他の少女は勝手に卓に取り付いて、牌を確かめている。5人打ち麻雀だけあって非常に牌数が多い。

「あ、見て四風牌に絵が描いてあるわ。」
「うおほんとだ、青龍白虎朱雀玄武が字の代わりに描いてる。人の姿が描いているのは何?」
「それは皇帝じゃないかな。黄色い服を着ているし。」

「あ、それは黄帝牌です。東南西北に加えて中央を示す牌を加えました。5人打ちですから。」

「ああ、中華思想ね。なるほど。」
「ゆうちゃん、見て。オイチョカブの札が有る。」
「おい、この株札と同じ模様の牌はなんだ?」

「それが虚数牌です。クリスタル模様で綺麗でしょ。」

「ほんとにゼロ牌が有るわ。萬子のゼロは「圓満」て書いてる。」
「花牌があるな。これは要らない。」

「あ、花牌は極めて重要な牌です。何故ならばそれは「地球人類に対する宇宙人の干渉」を表します。混ぜて使ってください。
 使い方は、」

「うお、花牌の一つに美々世さんの絵が描いてる!」
「こんな牌は要らない。捨てちゃえ。」

 既に全員やる気である。
 鳩保諦めてゲームを了承した。どうせ乗りかかった船だ、最後まで付き合うぞ。

「それでゲームの勝者にはどんな特典が有るんだよ。」
「はい、豪華景品として縁毒戸美々世の身柄を一生分差し上げます。」
「欲しくねーーーーー。」

 

 とにかく第1ゲームの開始だ。
 ここで基本設定を述べておかねばなるまい。物辺村の少女5人は皆それぞれに麻雀の達者だ。
 なにせ娯楽の少ない田舎の生まれであるから、暇潰しに大人の遊びも覚えてしまう。
 だがその弊害として物辺村独自のルールに肩までどっぷり浸かっている。

 とりあえず最初は個人それぞれの好みの色の方角を取った。
 鳩保青龍東、花憐朱雀南、喜味子白虎西、優子玄武北、みのり黄帝中央。
 親は順当に鳩保が務めて、

「なにこの、中央にどんとそびえる牌の山は?」
「それが地球人類シミュレーター本体です。麻雀牌に特別な関連性を持たせた符を割り当て、地球で起こる全ての事象を演算します。」
「牌が5角形に並んで、4角、3角、2列、で1組2個に収斂していくわけだ。読み方は?」
「それは見ている内に分かります。あなた方の中にはもう分かる人も居るようですよ。」

 ぽっとみのりが右手を挙げる。なんだかフィーリングで地球が危ない事が分かってしまうよ。

「で、あなた方の目的は河に流した捨て牌をこのシミュレーターに組み込む事にあります。
 1局終了ごとに河は5列の牌の流れとしてシミュレーター最下層に組み込まれ、演算を開始します。
 勝利者の手牌のみが捨て牌の代わりに河にセットされて、自身が望むとおりの操作を与える事ができます。」

「なんで捨て牌がセットされるんだ? 手牌じゃダメなのか。」
「和了れなかった手牌に意味はありません。むしろ捨て牌こそが既に世間に影響を与えている要素そのものであり、あなた方の選択です。
 現実世界でもそうでしょう。自分が何を考えているかより、実際の行為の方が重要です。」
「なるほど、一理有る。そして和了った者だけが現実に権力を行使できるわけだな。」

 縁毒戸美々奈は、ここを強調しておかねばならない、と全員に向けて宣言する。

「このゲームの目的は、あなた方ゲキの少女5人が、いかに他者の妨害や影響を跳ね除けて自身の意志を世界に示すか、
 互いを欺き殺し合い独占的に力を掌握し、人類を意のままに操り存続させていくかを検証する事にあります。
 遠慮は要りません、いくらでも卑怯卑劣な手を使って、他者を出し抜き一人勝ちしてください。
 その為に麻雀というゲームをシミュレーターとして設定しました。」

 なるほどね、と5人共に納得する。
 考えてみれば何時迄も仲良しこよしで居られるはずも無い。成長ししがらみが増えるにつれて、他の子が邪魔になる日も来るだろう。
 それこそが、シミュレーションしてみたくなる動機。

「それではゲームの開始です。1年12月を12局として3場1荘と数え、ざっと百年分お願いします。」
「ちょっと待て! 百年て、」

 

 ビーっと開始のベルが鳴る。中央にそびえ立つシミュレーターの牌の山が動き出し、盛んに演算を繰り返す。

 

PHASE 564.

 物辺優子が小さく言った。みんなゴメン。

「地和だ。」
「げ!」

 倒した手牌の列に8個、花牌が並んでいる。どれ一つ同じ牌の無い花牌は組を作ることが出来無い。
 それが8個全部手牌に揃った時、「暗黒流星群」と呼ばれる特別な役となり、無条件に勝ちとなる。

 鳩保、美々奈に抗議する。いきなりこれかよ。

「あ、それはシミュレーター的には、「宇宙人の影響により地球人類に極めて大きな災厄が降り掛かる」事を意味します。」
「うう、ほんとに有りそうな話だから否定出来ない……。」

 果たして、優子の手牌がシミュレーターにセットされると、いきなり牌のピラミッドが明滅して不協和音を響かせカタストロフィを演出する。
 これはいかん、地球が滅びる。

「続けてゲームを進めて行ってください。一番上の地球ドラをセットしてやると平衡状態が回復するはずです。」
「はず? 絶対じゃないの?」
「これだけの破局を経験すると、1回くらい食わせても復元できませんね。続けてどんどん制御していってください。」

 説明によると、萬子が人類社会、索子が地球生態系、筒子が地球自体の状況で気象や災害を意味するそうだ。
 そのセクターがピンチになると、微妙に牌の色が曇る。
 そう聞かされてシミュレーターのピラミッドを見ると、なるほど凄まじい状況に陥っている。

 花憐が、酷い話には目を瞑り耳を塞ぐお嬢であるから、我慢できない。高い声で続行を宣言する。

「なんとかしましょう。わたし達の手で。」
「いや所詮はシミュレーターだから、そんなに気張らなくてもさ。」

 親は流れて花憐の番。
 総数196枚の牌から、あらかじめ8列2段を王牌として別に置く。残り180枚を5面18列2段に並べた。
 花憐が3番目の王牌をめくると、虚数牌の3。株札と同じ絵柄だから不思議に思える。
 美々奈に説明を要求する。

「虚数牌はドラが乗らないんですよね?」
「虚数牌自体はドラにはなりません。ですが、表示された数字で他の数牌がドラになります。」
「へー、じゃあ3ならどれでもいいんだ。」

 ですが、地球人類シミュレーターが要求する地球ドラを優先させた方が、との助言は無視された。
 全員が楽なドラ探しに熱中する。

 しかし牌が多い。5人打ちで牌を増やしたから分散して、思い通りに集まらない。

「これ、結構難しいわ。」
「そう? 結構来るよ。カン!」

 喜味子が東場場風の青龍を4枚暗カンした。面白いからドラを増やしてみよう。
 王牌4枚目をめくると、またしても虚数牌5。もう無茶苦茶だ。
 喜味子、説明を求める。

「ところでさ、このシミュレーターはイカサマに対してなにかペナルティ有る?」
「ございません。皆さんはそれぞれにゲキの超能力をお持ちでしょう。それを使う事にいささかの制限もありません。」
「マジ?」

 花憐が叫ぶ。そんな事したら破綻しないの?

「だいじょうぶですよ。皆さんは現実世界ではちゃんと超能力を使うじゃありませんか。
 シミュレーターの時だけ使ってはならない法はありませんし、むしろ非合理的でリアルじゃありません。」
「ふーん。言われてみればその通りだ。」
「第一、既に使っておられる方がいらっしゃいます。」

 誰と聞かれて、美々奈は童みのりを指した。
 自分では何もしているつもりが無いみのりは仰天する。わたし、悪いことしてないよ。

「でもあなたは牌の気持ちが分かるでしょ。この全自動卓はシミュレーターの現在の状況に合わせて牌を積み込みます。
 シミュレーターの表示を理解できれば、次に何が来るか或る程度予測出来るのです。」

 衝撃の事実にみのりは驚愕する。でもちゃっかりとリーチを掛けた。やはり手が揃っていたんだ。
 鳩保はむしろ感心する。みのりちゃん、成長したな。

「じゃあこれからは互いの超能力をフルに発揮してバトルロイヤルするって事で。

 いやあ実はさ、さっきから私も腕が疼いてさ、念じれば牌がやって来そうな感じして。」
「そ、そうなのよね。わたしもひょっとしたら伏せてある牌の裏が見えそうな気がして。」
「そうか。じゃあさっきあたしが地和出したのも超能力の仕業か。なるほどなるほど。」
「優ちゃん鬼だもんね。でも喜味ちゃん、指先を使うイカサマは禁止だ!」

 2個同時にツモって1個不要牌を残していくイカサマは、リアルでも喜味子の大得意なのである。

 

PHASE 565.

 第1荘ラス前11局、花憐がトんだ。
 一人5万点で始めたからまさかハコになる奴は出ないだろうと思ってたら、3連続で振り込んであっさりとマイナスに。
 どうしよう、と花憐泣きそうな顔で美々奈を見る。
 わたし、死んだの?

「えー、シミュレーター的には城ヶ崎花憐さんは決定的な失敗をしでかして、NWO内部での評価がガタ落ち、という事になります。」
「え、地球や人類の状況には関係無いの?」
「基本的に獲得した点数には特に意味がありません。シミュレーターはセットされる牌のみが評価対象であり、点数のやりとりは関知しません。」
「なんだ、びっくりして損した。」

「とはいうものの、です。」

 美々奈が説明するところでは、それではプレイヤーの5人の士気が保てないだろう。
 自分達でペナルティを設定して真剣にプレイに打ち込んでもらいたい。
 まったくもって正当なお願いであるから、全員で協議する。

「まあハコになってもそのままプレイ続行は当然だ。その上でなにか一時的なペナルティが必要だな。」
「ちょっとまって。全ゲーム終了時に精算して最下位にはなにが起きるの?」
「あー、それは後で考えるとして、まずはハコだ。花憐ちゃんをどうしよう。」

 物辺優子、手を挙げて提案する。ストリップだ。
 鳩保、

「なるほど、脱衣麻雀か。定番だな。」
「いやよそんなの。女の子同士だって、いやなものはいやよ。」
「じゃあハコに成る度1枚ずつ脱いでいくという事で。トップになれば1枚着ていいから。」
「うんうん。」
「だめだよぽぽー、そんな罰則優ちゃんまったく堪えない。」

 喜味子の言に優子本人が納得した。あたし素っ裸で打ってもだいじょうぶだよ。
 さて困ったぞ、と童みのりを振り返る。みぃちゃん何か無い?

「うーん、腕立て伏せ10回とかスクワットとかは?」
「おお、その手が有った。じゃあ花憐ちゃんスクワットよろしく。」
「えええええええ!」

 美少女が制服スカートのままスクワットさせられる姿は、かなりみっともない。
 だが恐怖は優子や喜味子にも伝わった。今は10回だが、その内30や100にエスカレートするぞこの罰則。

 みのりが提案する。じゃあトップになった人にもなにかご褒美を出さなくちゃ。
 優子が再び手を挙げる。

「じゃああたしカツ丼。出前取って。」
「あのね優ちゃん、どこの世界に亜空間に出前を届ける食堂が有るんだよ。」

「出前、取れますよ。」

 ぎょっとして振り返る。縁毒戸美々奈が事も無げに返事をする。
 その手の中には、塗りのフタを被せた丼の姿が。

「はい、ご注文のカツ丼です。」

 

PHASE 566.

「しゅぎゃらへりどくとの超科学?」
「いえ亜空間の時空特性に拠るものです。この中で進行する時間は外の時間と流れが違う。
 今この場で決定した事象「カツ丼を出前する」は、この中の時間でだけ因果律が保たれます。外の世界とは関係無い。
 だから外の世界で時間を遡り、カツ丼を注文して届けさせ、今この瞬間にお出しする。
 そんなことが出来るのです。」
「つまりお待たせ無しでピザが届く?」
「はい。瞬間的に。」

 おお、と全員が歓声を挙げる。そんな手品が可能なのか、さすがは亜空間。
 だがちょっと待て、今この空間で麻雀打ってる自分達の時間はどうなるのか?

「ああ、大丈夫です。外の時間では3時間くらいの時間経過でお帰しいたします。夕飯までには決着するでしょう。」
「でももう1時間くらい経ってるし、百年分なんかとても無理よ。」
「大丈夫です。この中に居る限りは何百年居ても一瞬です。逆に1時間で百年が外部では経過していたなんてのも可能です。」
「それは困る。」
「わたし達もそれは困ります。あなた方にはちゃんとリアルで実時間で活躍してもらわないと。」
「うん。」

 優子がカツ丼に手を伸ばすのを、鳩保ぺちんと叩く。これはこの一荘のトップ賞に決定。

「じゃあ続行するぞ。」
「そうね、そろそろお腹が空いたわね。」
「でも花憐ちゃんがトップになれないのはもう決定事項なのだ。」
「分かってるわよ、そんなの。カツ丼なんか食べないわよ。」

 優子は美々奈に確認する。出前はなんでも出来るのか。

「そうですね、出来れば門代商店街界隈で可能なものにしていただくと助かります。あまり遠隔地の商品になりますと、こちらから出向いて取りに行かねばなりませんから。」
「そうか。じゃあ、」

 結局トップは優子が取った。
 オーラスで七対子大好き喜味子が虚数大車輪を決めたが、なんとか逃げ切る。
 冒頭「暗黒流星群」で役満取ったのが、最後まで有利に働いた。

「大車輪なんかで和了るのは物辺村でおまえだけだよ、喜味子。」
「うーん、届かなかった。」

 わけのわからぬ大きな役を作りたがる優子は成功率がかなり低い。それでも花憐は考え過ぎて直撃を食らい、優子トップに貢献した。
 原因はやはり虚数牌だ。花憐の超能力で他者の手牌を覗いても、虚数牌のせいで分からない。最初から透視能力に対抗するカモフラージュが施してあった。
 むしろ見えない方がマシな状況。

「うゎーい、カツ丼だ。」
「うーん、おなか空いたなあ。私もなにか注文取ろうかな。」
「でもトップにならないと食べられないってのは、」

「1時間28分!」

 喜味子が叫ぶ。冷静に時間を測っていた彼女は、全体百回に何時間掛かるかを予想する。

「だめだ、いくら亜空間とはいえ8800分、まる6日を不眠不休の徹マンなんてできっこない!」
「あの、美々奈さん? ほんとに100回打たなくちゃダメなの。」
「だいたいあなた方の寿命は百年分と見込んでいますから、その間はシミュレートさせていただきます。」

 美々奈は人間ではないから平気な顔。そもそも眠らなくても大丈夫な連中の考える事だ。
 喜味子諦める。こいつは自分が何とかしないと何時まで経っても家に帰れないぞ。

「クロックアップしよう。脳の思考速度を高速化して、麻雀をちゃっちゃか打てるように全員の能力を強化する。」
「出来るの、喜味ちゃん?」
「できるけど、これをやると私は他の超能力使えない。指先で牌を削って別の牌に書き換えるとか、」
「そんな真似をしていたのか……。」

 クロックアップをすると、88分掛かっていた一荘が20分に短縮されるそうだ。6日が1日半になる。
 女子高生麻雀としての許容範囲内にかろうじて収まるだろう。

「でも副作用があるぞ。脳を激しく使うから、めちゃくちゃ腹が減る。」
「多少の無理は我慢するわ。とにかく家に帰りましょう。」

 

PHASE 567.

「ちょっとまて優ちゃん、それは何だ?」
「あ、この子ビールなんか飲んでる!」

 トップ賞のカツ丼を食べている物辺優子は、当然のように缶ビールを傍に置いて飲んでいた。
 一斉に集中する視線。もちろん未成年がアルコール飲料を飲んではいかん。

「なんだよ。そんなのは当たり前だ、でも飲んでるのがリアルだぞ。描写にリアリティを追求すれば、」
「そういう事を言ってるんじゃない。それはどこから出した。」
「美々奈に注文して酒屋が届けてくれたんだ。」

 美々奈ぺこりとお辞儀をする。ご要望がございましたら皆様の分も用意いたします。
 だが鳩保はでかい乳を更に大きく張り出して拒絶する。そもそもの前提が間違っている。

「優ちゃん、そのビールとカツ丼、支払いはどうしたの?」
「いや、美々奈が払うさ当然だ。」
「はい。この場所に皆様をお招きし、こちらからの要望でシミュレーションに付き合っていただきます。その間の飲食代は当然の必要経費としてわたし達が負担します。」
「だよ。」
「うちの爺ちゃんが言っていた。『タダ飯は食ってもタダ酒は飲むな』、特に女の子は、だ!」

 完全正義の姿が有る。さすがに優子もこいつは一本取られたなと納得した。
 たしかに酒は自前の金で飲むべきもの。他人の酒をアテにしていればどこまでも堕落してしまう。
 若い女の子ならいつの間にか泥酔してレイプされちゃうかもしれない。

「わかったよ、あたしが悪かった。ビールは飲まない。でもカツ丼もダメ?」
「カツ丼大いに結構。でも支払いは、……そうだ、総合成績で最下位だった人が飲食代総計の10分の1を支払うというペナルティでどうだ。」

 花憐、賛成する。やはりタダは良くない。いくらしゅぎゃらへりどくと星人の都合でも、地球人としての筋を通さねばならない場面は有る。

「というわけで美々奈さん。今後一切アルコール飲料の提供はお断りします。」
「分かりました。でもいいんですか、おそらくは出前の代金は数万円となりますよ。」
「そのくらいの恐怖が有った方が緊張感で真剣シリアスに勝負に臨みます。喜味ちゃんみぃちゃん、どう?」

 OK、OK、と二人共に承認の合図を送る。やはり宇宙人ごときにすべてを委ねるようではダメなのだ。

 優子がカツ丼を食べ終わり、その他諸々の用事を済ませて全員が卓に集まる。
 座席を決めてサイコロを振って、皆真剣な表情になっている。
 やはり麻雀は遊びで打っても面白くない。リスクこそが醍醐味だ。

「じゃあ本番行くぞ。喜味ちゃん、クロックアップ!」
「了解。」
「だぶりー。」
「またゆうちゃんはあ!」
「だって面子揃ってるんだから仕方ないだろ。」

 

 2回目のゲームもやはり花憐が不利である。
 本来山や相手の手牌が見える透視力は無敵であるはずが、虚数牌によって妨げられる。
 虚数牌は他の数牌と高速で入れ替わり、どれがホントの数値であるか判別できない。

 存在しない場合はくっきりと牌の姿が見えるのだが、既に優子と喜味子は虚数牌の機能を発見して巧みに迷彩に使ってくる。
 一方鳩保はドラに目が眩み、虚数牌を積極的に排除していくから丸見えだ。
 彼女の持つ超能力の働きも識別出来た。

 鳩保は「望んだ牌をかなりの確率で引く」力を持つ。だがそれは、山の中の牌が手番になると密かに移動してツモられる位置に来る、とんでもないイカサマだ。
 花憐の目には、特に字牌の動きがよく分かる。分かるが、それを指摘すると自分もイカサマで見ているのがバレてしまう。
 ただ移動も完璧ではなく、0牌が邪魔をして前に進めない時があるから、黙認するばかりだ。

「カン!」

 鳩保、白をツモって暗カンする。彼女はとにかくうるさい、麻雀は鳴けばいいと理解しているのだ。
 子供の時はチーチー鳴きまくって、大人に叩かれて泣いた事もある。「おっちゃん、背中が煤けてるぜ」なんて捨て台詞を言うからだ。
 一方、花憐は綺麗な鳥の絵の一索ばかりを集めてひどい目に遭わされた。役が無くて和了れない時も多々あり、何故と混乱するばかりであった。
 今でもその癖は治っておらず、「鳥が居ない時は花憐ちゃんトコ」ということわざが出来るほどに知られている。

 今回地球人類シミュレーターには素敵な絵が幾つもある。絵が綺麗以上の意味を持たない花牌が8つも投入されていた。
 ドラも無ければ役も作れないから、即捨てる。当然だ。
 それに憎き美々世の顔が描いてある。何故と問うと、製造者の印を製品に入れるのは権利、と美々奈は答える。花札屋と同じ感覚なのだ。

「こんなもの要らね。」

 鳩保が花牌を捨てる。花憐はすかさず甘い、愛を囁く声で宣言した。

「ヂージェ。」
「え?」

 正確には「ワイシンレンヂージェ」、「外星人肢解」と書く。意味は「キャトルミューティレーション」だ。
 このルールはしゅぎゃらへりどくと星人が与えたもので、プレイヤー同士を殺し合わせる為に導入した。
 プレイヤーが花牌を捨てると、手牌に3枚の花牌を持っている者が、そのプレイヤーが副露している順子刻子槓子を1組分捕れる。
 もちろんこんなルール、一般の雀荘で使えば血の雨が降る。
 だが世間一般の政争、勢力争いでは日常茶飯事。想定しない方が間抜けだ。

 鳩保は白の槓子を奪われ、数が少ないままのプレイを続行させられる。自らツモって手牌の数を元に戻すまで何も出来ない必殺技なのだ。
 ぐるっと巡って、花憐。

「ロン。トイトイ、白、サンアンコー、8000!」

 無論暗刻の中に鳥が3枚踊っている。

 

PHASE 568.

 10荘終わって、鳩保はソファーに移りぐったりと身を深く委ねる。クロックアップしても4時間消費、さすがに疲れた。
 それにしても、と出前の食器を数えてみる。いやー食った食った。
 脳を使う分栄養補給が必要で、カツ丼ラーメンちゃんぽんチャーハンピザうなぎ、唐揚げ弁当に幕の内にカレーライス、お菓子の袋が幾つも開いて、ケーキもホールで消費した。

 卓の上には喜味子とみのりが突っ伏している。喜味子は全員のクロックアップ補助に超能力を使い果たし、みのりは延々と続く緊張に神経をすり減らした。
 花憐は特設のベッドに寝ているし、優子は外の空気を吸いに出て行った。敵でもうろついていれば気晴らしに血祭りに上げたいところだ。

 一人だけ正気を保つ鳩保の傍に、縁毒戸美々奈が寄って来る。礼をした。

「まともに付き合ってくださってありがとうございます。まさか皆さんがこれほど好意的であるとは予想しませんでした。」
「あー、いちおうは美々世は友達だからな。あれが帰ってくる手続きと思えば、嫌だけどやるさ。2度はゴメンだが。」
「縁毒戸美々世は良い友達に成れそうですか。」
「無理。所詮は宇宙人のメンタリティでしかも歩み寄りが無いんだから、まあそれがしゅぎゃらへりどくと星人てことなんだろうけどさ。」

「しかしそれは地球人であなた方に近寄ってくる人も同じでしょう。皆腹に一物隠していますよ。」
「だな。」
「鳩保さんご本人でも、あなたに近付いているアルバート・カネイさんですか、もちろん秘密を持っています。」
「そりゃそうだ。無いわけがない。」
「でも彼がリャンメン待ちしているとは、ご存知無いでしょ。」

 両面待ち? つまり、一方では自分を誑し込み、もう一方でも別の女と……。

「そうか! あいつそうだったんだ!」
「やはりご存知なかったのですね。」
「そうか、そりゃそうだ。国に恋人の一人も居ないわけが無い。そうかそれであいつはあんな煮え切らない態度を続けて。あははは、そうだったのか!」

 けたけたと笑う鳩保に、美々奈要らぬ情報を伝えたかとうろたえる。
 ひょっとすると、やるべきでなかった接触干渉か。
 だが怒っていない。むしろ感謝する。

「ははー、なーるほど。それを早く言えというもんだ。女が別に居る? うん、納得いった。」

 けけけ、と笑い続ける。歯車が外れてゼンマイが暴走しているようで、相当に不気味。
 眠っていた花憐も不機嫌に身を起こす。

「なにようるさいわね。もう次のゲーム開始?」
「もうちょっと。喜味ちゃんが復活したら始めるぞ。」
「でもほんと、シラフではやってられないわこんな事。地獄よ。」
「花憐ちゃん3回もハコになったからね。恨むならみのりちゃんだ。」

 

 人間同じ作業ばかり繰り返していると、身体が自動で動くようにプログラムされてしまう。
 知能をクロックアップして判断を高速化しても、手指が早く動くわけではない。にも関わらず、機械のように滑らかな動作で牌をツモり捨てていく。
 ぱちぱちと弾ける音が小気味良く続き、音楽のようにも聞こえる。
 だんだんまぶたが下がり、眠気が襲う。それでも腕は動き続ける。
 半分寝てても勝負の結果はあまり変わらないのだから、不思議なものだ。

 鳩保はようやくに気が付いた。
 みのりが大きく崩れないのは、彼女がしばしば卓中心にそびえ立つ地球人類シミュレーター、牌のピラミッドを見るからだ。
 シミュレーターはまったくの偶然に任せて演算するネタを集めているのではない。
 麻雀に興じるゲキの少女達に世界状況に応じた牌を振って、その反応を確かめている。
 ただ役を作れば良い、ドラを集めればいいのではない。問題解決の意志が必要。
 みのり一人がそれを行っている。

「みぃちゃん!」
「なにぽぽー。」
「そういう事か。」
「え?」

 改めて河を眺める。
 5人が捨てた牌の流れは、彼女達が世界に及ぼした影響を表す。
 科学技術を表す虚数牌が多く流れるのは、技術を弄び力任せに解決した証。索子が流れるのは地球生態系を疎かにした証。
 人そのものを表す萬子は、つまり人を殺した証明なのだ。

「勝てばいい、わけではない。しかし勝たなければ自分の意志が通せない。なるほどよく出来たシミュレーターだ。」
「どうしたのぽぽー、頭壊れた?」

 喜味子が尋ねる。彼女が繰り出す七対子もかなりの曲者だ。
 地球人類シミュレーターは対子で命令を受け付ける。3つ揃いの牌は細かい状況を設定するが、2つ並んだ対子は制御命令そのものだ。
 直接にシミュレーターを操作すれば卓全体の挙動を制御出来て、当然に勝率も上がる。
 超能力なんか使わなくても、手先のイカサマに頼らなくても、十分にチートなのだ。

 では鳩保芳子本人はどういう方針で臨めばよいか。
 自分は世界に何が出来る。

         支配だ。

「ああ、要するに私は、とにかく点数を多く集めて皆より上になればいいんだ。この場を支配すればいいんだ。」
「なにを今更あたりまえのこと言ってるんだ。」
「いや正直私は、人の上に昇るくらいしか出来ないんだな、と。」

 とりあえず萬子を中心に手を組み立ててみるか。

 

PHASE 569.

 35荘目。既に退屈と睡魔を通り越し躁状態、修羅の境地。
 不満はむしろ食べ物に集中した。店屋物飽きた。

「なにかまともなもの食べたい。」
 これが全員の希望だ。なにせもう16時間を経過して、考えつくありとあらゆるものを食べ尽くした。

 所詮は出前であって、毎日毎食を済ますべきものではない。
 花憐は、

「わたし、自分でご飯作るわ。キッチンあるでしょ、貸して!」
「いえ、それはわたし達がやりますから、あなた方はシミュレーションを進めてください。」
「嫌よ。宇宙人の作ったご飯なんか食べられないわ!」

 常には無い興奮状態で、花憐はイガ栗みたいな危険物に成り果てた。
 互いを蹴落とすゲームを延々と続けていれば当然だ。
 縁毒戸美々奈もこれ以上の連続麻雀は不可能と判断する。

「それでは一度、10時間の休息を取りましょう。リフレッシュした状態で再開してもらいます。」

「みんな、何が食べたい?」
「ごはん」「みそ汁」「そんなもんでいい。」

 最終的にはいつも食べているものが一番美味しい。花憐は強制的にキッチンに押し入り、コメを炊く準備を始める。

 

 翌日。といっても亜空間内に日付は無い。そして朝も晩も無い。
 日がな一日ピーカン雲ひとつ無いベタ塗り青の上天気。

 風呂に入って疲れを落とし、8時間たっぷりと睡眠を取った。
 起きれば当然にみのりの指揮の下ラジオ体操をこなす。

 前夜は花憐が夕食を作ったから、鳩保が朝食の担当となる。これから休憩の度に一人ずつ炊事当番を務める事にする。
 ごく当たり前にコメを炊いてみそ汁作って、厚めのハムエッグ焼いてついでにほうれん草のおひたしなんか作って。
 母親が入院中はミニ主婦やっていた鳩保だ。最近台所を母が独占するから腕を奮う機会も無く、ひさしぶりに頑張った。

 続けて大量にコメを炊く。ゲーム中はクロックアップでとにかく脳が栄養を要求する。
 おにぎりを山ほど作って適宜食べていき補う方針だ。梅干し鮭たらこ昆布高菜等々、全員で握って一汗かく。

 さっとシャワーを浴びて縁毒戸美々奈が用意した新しい服に着替えて、さあ戦闘開始だ。

「朝は10荘でお昼ごはん、2時間休憩をして昼10荘、また2時間休憩をして晩ごはん食べて夜10荘。65荘までで翌日に回しましょう。」
「つまり3日目まできっちりやる、てことだな。最初から覚悟を決めていれば我慢できるか。」
「いきあたりばったりはダメよやっぱり。」

 

「ピンゾロの丁!」

 鳩保親番2本場。サイコロボタンを押すと両方共1の目が出た。
 サイコロゾロ目は地球人類シミュレーターでは特別な意味を持つ。
 地球表面を9×9に領域分けしたどこか1ヶ所にトラブルが発生し、早急な手当を必要とするイベントフラグなのだ。
 牌のピラミッド最上段、巨大なホログラムの牌が2個一組で表示される地球ドラに、領域を示す数牌が映し出される。
 通常は1〜9、萬子だと人間社会に、筒子だと自然災害、索子だと環境破壊かバイオハザード発生だ。花牌で3つ目が表示される時は宇宙人災害を意味する。

 見上げる5人の上に、見たことの無い表示がされた。鳩保、喜味子を振り返る。

「萬子0牌が3つ、なんだコレ?」
「000は、原点つまり私達ゲキの少女および物辺村に直接被害を受けるイベント発生。ゲキロボ発進だ。」
「状態表示が出るわ!」

 北・玄武の絵、物辺優子の黒を表す。そして虚数牌9、技術的トラブルにより瀕死の状態。
 全員の目が殺到する。優子、さすがにうろたえて美々奈に解説を要求した。

「シミュレーター的にはどういうこった。」
「おそらくは、高次元空間の裂け目なんかにハマり込んで出られなくなった。そんなところでしょう。あなたの不在で地球人類は大きなダメージと歴史の矛盾を発生させます。」
「つまり優ちゃんが量子状態になってたお盆頃の惨状だね。ものすごく不思議で、私達の力も無くなる。」
「鳩保さんが言うとおりでしょう。ですが、規模が比較にならないほど大きい。優子さんの自業自得でしょうが。」

 視線が冷たく鬼を射抜く。優ちゃんはやっぱりそんなことしちゃうんだな。
 で、具体的にはどうすればいいのだ?

「物辺優子さんを勝たせてください。それも出来るだけ高い役で。」
「満貫以上じゃないとダメか。」
「倍満くらいは必要だと思われます。」

 というわけで、全員が優子の和了に協力する。なにいつもの通りにバカみたいな珍しい手を揃えればいいだけだ。
 もちろんどの役を狙っているかを表明するのはれっきとした反則であり、厳格に禁止される。美々奈が後ろで目を光らせる。
 鳩保みのり喜味子は花憐の透視能力に期待する。なにせ直接相手の手牌が見えるのだから、なんとかしてくれ。

 だが手が進むにつれ花憐の顔が青ざめていく。優子が最後の虚数牌を捨てて迷彩が解除され、何をしているのか確定した。
 立ち上がって指差し叫ぶ。あんた馬鹿じゃないの!

「国士無双よ、この子よりにもよって国士無双してるのよ!」

 既に7巡目で河にはセオリー通りにオタ風の五風牌が盛大に捨てられた。遠慮してポンもチーもしていないが、ヤオチュウ牌の刻子を持つ者も居る。
 おまけにドラが發だ。

「大丈夫、できるさ。いつものことさ。」

 澄まして、花憐が座ってツモるのを待つ優子。しかしまだ聴牌まで7個欠けている。
 地球人類シミュレーター麻雀は5人打ちで牌が多い。今からでも方針転換するのに遅くはないが、

「これで逝く。」
「ちょっとまって、美々奈さんもしこの局で優ちゃん和了れなかったらどうなるの?」
「死にます。」
「いえ、そうじゃなくて、」
「死にます。物辺優子という存在は死亡によりこの三次元世界から消え失せ、ゲキの血統は絶たれます。
 最も重要な物辺優子さんが子孫も残さずに死んだ場合、ゲキはあなた方に力を貸すのを止め、全てが終わります。シミュレーションの必要も無いのでゲームオーバーです。」
「つまり、現実世界でも優ちゃんが死ぬとそうなるのね。」
「あくまでも正しく力を受け継ぐ子孫が無い場合です。」

 花憐の肩に手を置いて落ち着かせ、喜味子が優子に助言する。
 鳴くことが出来ない国士無双では協力するのも難しいが、最終局面に向けて各人手牌の中にヤオチュウ牌を蓄えていく。

「優ちゃん、聴牌したらちゃんと立直するんだ。当たり牌一斉に放出するから。」
「分かった。」
「美々奈さん、このルールで国士無双は0牌や虚数牌、黄帝牌はどうなるんだ?」
「虚数牌は含んではいけません。0牌も禁止です。あくまでも通常の3種の一九牌三元四風牌13個が必要です。13面待ち最後の当たりに限り黄帝牌(五風牌)でも成立します。」
「ということだ。」

 念の為に花憐に顔を向けて確認すると、優子は黄帝牌を持っていない。なんとかなりそうだ。

 と思ったのだが、その後延々とツモり続けちまちまと増やしていく。
 いくら牌の数が多いとはいえ、23巡で流局する。また16枚は王牌として予め除外される。
 全員の手牌の中にはヤオチュウ牌がたっぷりと蓄えられ、どれか4枚全部出たのではないかと戦々恐々していた。

 そして23巡目。優子ツモる。

「てんぱったよ。」

 遅いわ。あと一人、みのりしか居ないじゃないか。
 海底牌をツモり、確かめ、花憐の顔を見る。これ捨てていいの?
 うん、とうなずくから恐る恐るツモ牌を捨てる。黄色い人物が描かれる五風牌「央・黄帝」だ。

「ロン。ホーテイ。」

 それじゃない!

 

PHASE 570.

 優子は言った。3日目昼の部第2荘8局の話。

「ハギスが食べたい。」
「そんなお店、門代に無いわよ。」

 2日目から始めた計画的な試合運びは破綻の様相を示し始める。
 朝の内10荘をこなすはずが、9荘で終了。2時間昼休みが3時間となり、だんだんと後にずれ込む。
 この調子だと4日目が発生するだろう。

「コメばかり食うのも身体に悪い。なんかものすごくこってりした、腸に溜まるような濃いものが食べたい。」
「言いたいことは分かるけど、でもハギスは無いでしょ。ほとんどゲテモノよ。」

 お金持ち花憐でさえ食べた経験が無いのだ。門代にはイギリス料理店は無いし、そもそもイギリス料理店て?

「たしかドイツ料理の店は有るんだ。地ビールでソーセージ出す。」
「芳子ー、ドイツ料理は塩辛いしビール無しではきついよ。」
「まあね。でもハギスはむりだろー。」

「シャクティさんのお父さんに頼んだらできるかも。」

 みのりの提案は可能性が高いものだった。
 シャクティ父が営む創作インド料理店は、実のところインド料理ですらなくお父さんオリジナルの超絶メニューが並ぶ。
 「ハギスを作れ」と言われれば、かっては大英帝国の旗の下にあったのだから、インド・ハギスを立派にこしらえるだろう。
 想像するだけで身の毛がよだつ。

「さすがにシャクティさんとこの出前はもう飽きた。」
「そうね、何万円分食べたかしらね。」
「それじゃあ、『ブラウン・ベス』は?」

 喜味子座ったまま振り向いて、美々奈に尋ねる。今日はまだ八月二十一日なのか。

「はい、現在時刻と考えられるのは八月二十一日午後四時十分です。皆さんがこちらにお出でになって、3時間経過ですか。」
「ならバイトシフトから考えて、今日の『ブラウン・ベス』にはイギリスから来た金髪地味子のプリシラ・ハーツホーンが居る。」
「本物のイギリス人かあー。」

 喫茶『ブラウン・ベス』にメイドウエイトレスとして派遣されるのは、同人PCゲーム『戦列歩兵少女地味子』のキャラクターだ。
 マスターの魚肉大尉が料理が苦手だから、得意な者を選んでいる。
 とはいえ、ハギスなんか喫茶店で出すわけも無し。ローストビーフを焼けるくらいには設備を整えてあるが。

 無理が通れば道理はいくらでも引っ込む。
 美々奈が電話して『ブラウン・ベス』に確かめる。ご主人様ゲキの少女の命令であれば、逆らうはずも無い。

「だめだそうです。ハギスはスコットランド料理で彼女にはできないと。」
「なんだって?」
「代わりにキドニーパイではどうかと提案していますが、いかがなさいますか。」

 言い出しっぺの優子の顔を見ると、もうどうでもいい表情をしていた。
 喜味子が代わりに承認を出す。

「じゃ、キドニーパイで。」
「分かりました。」
「でも喜味ちゃん、門代のお肉屋さんに牛の腎臓とか売ってるかしら?」
「あ、うーん。まあ、焼肉屋とか?」
「そうね、その筋かしらね。」

 

 すっかり忘れてぱちぱちと打っていく。もう真剣にやる気無し。(ツッコミ役鳩保)

「ロン。北陸新幹線!」
「いや、そんな役物辺村ルールに無いし。」

「ツモ。鳴門大橋!」
「いや、そんなゴールデンゲートブリッジの偽物を堂々と出されても無いし。」
「へー、筒子の0牌を鳴門の渦潮に見立てるのね。」

「ろん。2008北京おりんぴっく!」
「あー、喜味ちゃんそれはさすがに無茶というものだ。」
「ゼロ索3つ一筒2つで五輪旗、萬子で2008、七索が表彰台で、北と黄帝牌で「北京」ね。どうだ!」
「どうだもへったくれも、ちょんぼだよそれ。」

「つも。裏国士。」
「なに、それ? 虚数牌の一気通貫?」
「あ、それは地球人類シミュレーターの固有役です。ちゃんとルールブックに記載されています。普通の麻雀から増やした固有の牌のみを集めた形で、」
「あー美々奈さん、わかりましたよ。で、優ちゃんこれ点数いくら?」
「え? 国士の裏だから、役満?」
「いやそれはおかしい。所詮は一気通貫の派生役だ、そんなに高くない。」
「倍満?」
「もう一声。」
「はねまん?」

「ツモ。コドモ、ドラ3、地球ドラ1。20符4翻1100・1900!」(子3)
「みのりちゃん、まだ子供単騎つかってるのか……。」
「え、だめなの?」
「役なし鳴きあり一枚待ちツモあがり、が通るのは小学校低学年までだよ。」
「がああああん。」
「ああその役懐かしいわね。それでチーチー鳴いて、ぽぽー殴られたの。」
「嫌なこと思い出させるな!」

 

 さすがに拡大ルールの適用は問題が大き過ぎるので、全員協議を開く事となる。
 いまさら、という気もしないではないが、頭がこんがらがって何が正しいのか判断が狂ってきた。

 ちょうどその時『ブラウン・ベス』からキドニーパイが到着した。
 綺麗な籠に白布で覆いをして届けられたそれは、見た目ただの甘いパイに思える。

「亜空間注文のくせに、ずいぶんと遅かったね。」
「申し訳ありません。どうやら牛の腎臓が手に入らなかったようで、ずいぶんと駆けまわったらしいのです。」
「あ、やっぱりか。焼き肉専門の肉屋教えておくべきだった。」
「それで、これは何を使ってるの?」
「腎臓の代わりにレバーを使ってみたそうです。代用品で申し訳ありませんが、味は問題ないそうです。」
「そりゃあ牛レバーだし。」
「高価いものね。」

 5つに切ってキドニーならぬレバーパイを食べてみる。上手く処理をされた腎臓を使ったキドニーパイはレバーと似たような味だというが。

「美味しい……。」

 普通に美味しいと、話のネタにならない。
 この際失敗と言えるだろう。

 

PHASE 571.

「流局。テンパイ。」
「ノーテン」「ノーテン」「ノーテン」「テンパイ」

 4日目昼の部第8荘オーラス。通算百荘目の最終回。
 遂に彼女達は真のオーラスに突入した。長かった、限界だ。
 見るもの全てが麻雀牌に見え、喜味子の超能力によるクロックアップも限界で終了し、通常速度でありながらも超高速で打ち続ける。
 頭を働かせずとも反射で手が動き牌を捨て、もはやゾンビ麻雀と呼べるだろう。

 それでもやっとオーラスだ。央場4局13本場。
 親のみのりが何時まで経っても勝ち続ける。テンパイし続けて親を渡そうとしない。
 さすがに鳩保も怒る、気力も無いから、愚痴る。

「みぃちゃん、人間諦めが肝心だ第一もうトップじゃん。」
「それはわかってるけど、手がかってに動いて勝っちゃうんだもん……。」
「いやだからそこは負ける勇気というものがひつようでね、」

 喜味子、超能力の使いすぎで死亡。ごくろうさまでした。
 花憐死亡。既に麻雀をしている自覚が無く、心は生花で絵の付いた牌ばかりを無制限に集めている。花牌も来るからノーテン必至。
 優子死亡。さすがに変態にも打ち止めがあるらしく、高めの妙な役が全然成立しない。コドモ単騎に頼る落ち武者ぶり。
 鳩保死亡。既に全身の体力を使い果たして乳の重みにも耐えられない。むしろ、バストしぼんだ?

 というわけで、体力的に優れるみのりが未だ衰えずに進み続ける。
 縁毒戸美々奈はこの結果に大いに満足した。

「やはりそうなりましたか。32世紀から現代にやって来たミスシャクティは、みのりさんの血統に属すると聞いております。
 すべての血統の内で最も長くアクティビティを保ち続けられるのがみのりさん、その証明ですね。」
「みみなさん、とめてくださ〜い。」
「いえ最後まで打ってください。全員ハコになれば終了します。嫌でも。」
「だってー。」

 きみちゃん起きて、きみちゃん助けて、とみのりは屍を激しく揺する。
 だがぴくりとも動かない。ただ指先だけが牌を触って理牌していく。

 自分の席を立って喜味子を直接叩き起こそうとして、みのりは素晴らしいものを見た。
 きみちゃんは既にテンパっている。はしゃぐみのりに釣られて鳩保も動く。

「やったー!」
「えーなに、喜味ちゃんは、うおダブリーじゃん。」
「しかも手がすごいよ。チートイツだよ。」
「東南西北央が揃ってる五風七対子だ。あと一筒ツモれば和了りだよ。」
「打とう、早く。はやくおわろう。」

 ゾンビ達が動き出し、牌をツモって捨てていく。
 しかし、何時まで経っても喜味ちゃんは和了らない。
 ついにみのりがテンパってしまった。

「どうしようどうしよう、ぽぽー。」
「あー、こうなったら百本場いくかー。カン。」

 意味もなく四萬暗カンしてドラをめくる。一筒出現!

「きゃあああ。」
「あはははは、これはいけない。」

 と嶺上牌に手を伸ばす。指の腹の感触で確かめて鳩保、にやりと笑った。

「げーむおーばー。」
「ふぇえええぇ。」

 河に捨てられるのは、まさに待ち望んでいた丸い牌。喜味子ゾンビがロンを宣言する。
 ゲーム終了!

 鳩保、

「あ、よく考えたら、私、四萬カンしなけりゃピンフテンパイじゃね?」

 

PHASE 572.

「百年分のシミュレーション、お疲れ様でした。
 本来であればあなた方は結婚して出産して子孫を増やして安定性を強化しているはずですが、今回はその要素を省いて簡略化しております。
 シミュレーションの結果が即現実の歴史の展開となるものでもありませんが、おおむね要領を理解していただけましたか?」

「ああ、すごく辛いデスマーチって事がよく分かりました。」

「ではトップ賞の発表です。童ーみのりさん!」

 わーわーぱちぱち。

「終始安定した結果で一度もハコになること無く、トップ率も前半は高くなかったものの後半から終盤に掛けてはもはや独走状態となり、めでたく優勝なさいました。
 皆さん盛大な拍手をどうぞ。」

 わーわーぱちぱちぱち。

「童みのりさん、この喜びをまずどなたに一番に伝えたいですか。」
「あー、えー、やっぱり美々世さん?」
「皆様お聞きになられたでしょうか、この謙虚さこそが勝利の秘訣だとわたしは考えます。
 それでは優勝賞品の「縁毒戸美々世一生分」をスポンサーのしゅぎゃらへりどくと星人最高幹事会より授与いたします。」

 わーわー。うれしくないやハハハ。

 カーテンを開くと、真っ白なサマーウエディングドレスを着てくるくる巻き毛を夢のようにたなびかせる美しき魚肉少女の姿が有る。
 行きがかり上みのりは、彼女をお姫さまだっこしなければならなくなった。なんという悲劇。
 美々世は、なんとも複雑微妙なニュアンスが5重くらいに篭っている、艶のある微笑でみのりの頬にキスをした。

「私は信じていましたよ。お友達のゲキの皆さんが私を取り戻してくれるって。」
「いや、なんかものすごく腹が立ってきたぞ美々世。いまここでぽぽーぶれーどのサビにしてくれよう。」
「ダメですよお。私もう、みのりさんのものなんですから。ね、みのりさん。」
「ぽぽーわたし、なんだか無性に鉄球を振り回したい気分だ……。」

 縁毒戸美々奈の成績発表は続く。

「二位は鳩保芳子さん。高得点は少なかったですが他人を蹴落とすのに巧みで、上位をキープし続けました。後半バテなければ優勝出来たかもしれません。
 三位物辺優子さん。派手な役満を何度も炸裂させて逃げ切る事が多く、しかし大きく振り込んでハコになったりまったく役に恵まれなかったりと安定せず、残念な結果に終わりました。
 四位ブービー賞児玉喜味子さん。努力の跡は見られますが集中力に欠け、点数が伸びませんでした。トップ率も最低でもう少し戦略を考えた方がよろしいでしょう。」
「喜味ちゃんは別で頑張ったからいいんだよ。」

「そしてラスト、最下位は城ヶ崎花憐さん。和了る時は点数が高くトップに成る事も多かったのですが、崩れると弱くハコ率も最大。大きくマイナスに振れました。
 あなたには物辺村正義少女会議の取り決めにより、今回地球人類シミュレーターマッチで消費したお料理出前代金総計の10分の1、28,500円をお支払いいただきます。」
「28万円も食べたの、わたしたち!」
「そうです。またこの他にも自炊の食材費がけっこう掛かっておりますが、これはわたし共が費用負担します。」

 花憐、さすがに3万円は持ち合わせが無かったので明日学校で美々世に支払うと約束する。
 義理は果たした、この場所にもう用は無し。さっさと帰ろう。

 美々世は通常空間のアパート階段まで送っていくと主張する。高校生的な礼儀から言ってもそれが正しいのだから、敢えて拒絶はしない。
 縁毒戸美々奈、美々世の姉という設定で若いながらも大企業OL風の魚肉宇宙人は、深々と頭を下げて礼をした。

「シミュレーションの結果はわたし達しゅぎゃらへりどくと星人の予想に違わぬものでした。おかげで穏便かつ有意義な決定を下せます。
 地球人類シミュレーター「戟−GEKI−」はこのままこの亜空間に設置して、再び皆さんが御入用とされる日をお待ちします。
 それでは今後ともしゅぎゃらへりどくとと宜しくお付き合いくださいませ。」

 

PHASE 573.

 ちゃんとクリーニングされた学校の夏制服に着替えて、亜空間のレストハウスを出る。
 全員背伸びをするが、解放はまだまだ。
 通常空間に出現するまでが合宿だ。

 美々世の案内で通り番地の区別が付かない道を進み、階段の有る地球人風の建物に入る。
 現実世界の美々世のアパートに似た構造で、外部に面した階段から景色を確かめながら四階に昇る。
 同じ番号の部屋の扉を開け、入る。と、

 七〇年代建築のアパート四階、外に面して鉄扉の並ぶコンクリ廊下。現実世界の美々世の部屋の玄関外だ。
 眼下に広がる門代商店街の古い木造の家並みを見て、レトロな観光地区に続く広い車道を吹き抜ける海からの風に、やっと大きく息を吐く。

 みっしょんこんぷりーとだ!

 美々世が忠告する。

「あ、皆さん。携帯電話や腕時計なんかの時刻を修正した方がいいですよ。一応は4日間ほんとに過ごしていたんですから、時計狂ってます。」
「今はほんとは何日の何時なんだよ。」
「西暦二〇〇八年八月二十一日午後四時五十八分ですね。4時間居た事に、この世界ではなってます。」
「ほんとはわたし達、4日分老けたんだけどね。」

 さすがに最下位花憐は美々世に対して好意的では居られない。
 しかしまあ、現世復帰おめでとう。

 気の利かない事に、持って帰るおみやげも無し。
 物辺優子は志保美センパイからもらった大事な絵がちゃんと製図ケースに入っているか、念入りに確かめる。
 5人全員疲れ果て、四階からの階段をとぼとぼと降りていく。

 行きと同様に、三年生の大東桐子さんが待っていた。透ける瞳の狼みたいな目を大きく広げ、驚愕と共に。
 開口一番、

「お前達、上で何をしてたんだ!?」
「え、どうかしましたか。」
「いや、次から次に出前が上がっていって、聞いたら全部美々世の部屋で。あ、美々世オス!」

 美々世、特に感慨の無い営業スマイルで軽く挨拶する。このふてぶてしい宇宙人気質は後で調教しておこう。

「出前がいっぱいって、どのくらいですか。」
「百個くらい来たんじゃないか? お前達、知らないのか。」

 知ってはいるけど説明出来ない。亜空間で4日間馬みたいに食べまくっていたなんて、理解してもらえるはずが。

「ちょっとどいてくれないかい。」
 と、お蕎麦屋さんのおにいさんが岡持ちに入った料理を上に持っていく。まだ食べる人間が美々世の家に居るのか?

 美々世は鳩保の左の耳に、階段の一段上から身をかがめて口を寄せ、説明する。

「あなた達が取った出前は、未来からも調達しているんです。亜空間では因果律関係無いですから、時間の融通が効くんですよ。」
「ということは、今はまだ『ブラウン・ベス』ではキドニーパイ作ってる最中?」
「いえ、まだ牛の腎臓を探し回っている時間でしょう。」

 じゃあ今、『ブラウン・ベス』に行ってパイ作りの作業を中断させるとどうなるのか?
 本物の牛マメを与えたら、タイムパラドックスで時空連続体が破綻を来すのか。

 興味は尽きないが、めんどくさいからおしまい。

 

 翌八月二十二日金曜日。

 夏期講習に来た鳩保は二年五組の教室にアメリカの回し者アル・カネイを発見する。
 広い背中を平手でぶっ叩いた。

「アル、おはよお。」
「Ouch、やあヨシコ。今朝はゴキゲンだね。」
「うふ、うふふふ。」

 ばしばしと背中を叩きまくる。かなり本気で力が篭っているから、さすがに痛い。アルも逃げ回る。
 しかし鳩保は笑顔のままだから、怒っているのかじゃれているのか分からない。
 周囲の生徒も止めるべきか、バカバカしいから放っておくか対応を決めかねる。

 同じ数理研究科の女子でありながら鳩保大嫌いな若狭レイヤは、二人の狂態を苦々しく思いながら喜味子の傍に寄ってくる。
 何、アレ?

 喜味子は嫁子と共に夏休みの宿題クリアの最終確認をしている。
 顔も上げずに説明した。

「ああ、アレね。実はアルにアメリカに恋人が居る事が発覚したんだ。」
「ああ。なんだ、カネイ君は二股掛けてたんだ。そりゃ鳩保も怒るか。」
「うんにゃ。」

 思いがけぬ否定の言葉に、レイヤも嫁子も少し驚き続きを喜味子にせがむ。
 鳩保怒ってないの?

「ぽぽーはさ、ネトリとか大好きだから。やっと本気でアルを相手にする気になったみたいだよ。」
「なんだそれは! バカバカしっ。」
「ほんとうに、鳩保さんって女の子の敵なのね……。」

 

PHASE 574.

 土曜日は学校おやすみである。八月二十三日。
 蝉の声はツクツクボウシに代わり、秋虫の響きに夏休みが終わる恐怖を覚える。朝方は涼しい風が吹き抜けて、もう1枚着たくなった。

 物辺村は新たな客を迎える。人質だ。

 画龍学園オーラシフターの叛逆に、日本を統括する最大アンシエント「彼野」が簡単に許しを出すはずも無い。
 そこで調停に当たった軍師山本翻助は、服従の証として画龍学園最高責任者である守株翁の身内を人質として差し出す策を提案した。
 いかにも時代遅れな戦国の世の仕来りであるが、案外と好意的に受け入れられる。
 やはり信頼を勝ち取るには人を以ってすべし。
 アンシエント自体が時代がかった代物であるから、古い手が一番効くわけだ。

 物辺神社にゲキの少女5人が集まり、人質受け入れの儀式を行う。

 

「奥渡 たま です。以後お見知り置きください。」

 物辺神社本殿 木の階の下に控えるのは、滑らかな黒髪を耳の下辺りで切り揃えた清らかな少女。中学二年生だ。
 芯の強い娘らしいが、いかんせんまだ幼い。
 喜味子を直接に見て肩を小刻みに震えさせ怯えている。

「まあそんなに怖がらなくて。別に取って食おうってわけじゃないし。」
「はい……。おにいさまからは児玉さんは優しい方だと聞いております。」

 人質ではあるのだが、彼女は守株翁にとってはかなり遠い親戚だ。というより血縁関係が無い。
 守株翁のかっての連れ合いが奥渡家の出身で、子も無いまま亡くなったから改めて奥渡家から養子をもらう。これが蟠龍八郎太の祖父。
 つまり彼女は八郎太のまたいとこだ。

 どちらの家も現在は係累を失い、八郎太とたまを残すのみ。
 そこで守株翁は二人を結婚させて改めて家を太く保とうと考える。

「許嫁、って事なんだね。蟠龍八郎太とあんたの関係は。」
「はい。」

 階の上で偉そうにふんぞり返るのは、もちろん物辺優子。鬼の子孫であり、自分家であるから威張る。
 とはいえ人質をとってどうこうは彼女の趣味嗜好に反する。
 オーラシフターが改めて叛逆を企てたとしても、たまを殺す必然性を見出だせない。 
 どうしたものかと困ってしまう。

「芳子、人質というのはやっぱり水牢に閉じ込めた方がいいんだろうか?」
「いや、酷い扱いをすれば信頼関係が生まれるわけじゃないから、普通に物辺村に住んでればいいんじゃないか。」
「そんなものでいいのか? 強制労働とか思想学習とかしなくてもいいのか。」
「共産圏じゃないんだからー。」

 答える鳩保芳子だとて、人質の扱い方なんかまるっきり知らない。軍師ポンスケめがてきとーな事を押し付けてくれたと恨む。
 花憐ちゃんなら知ってるだろう、と振り向いても手をひらひらさせて否定した。村長の家柄のくせに役立たずめ。
 改めて彼女の処遇を考える。鳩保はごく定番のアイデアを提示した。

「やっぱ物辺神社でこき使うのが筋ではないだろうか。」
「奴隷なのか? にくどれいでいいのか?」
「ゆうちゃん、それはまるっきり話が違うわ。彼女は物辺村に住むけれど、ちゃんと中学校に通って勉強するのよ。義務教育なんだから。」
「とにかく現代社会における人質の定義について、もうちょっと詳しく解説してくれ。どういう意義が有るのかを。」

 一番不安なのはたまである。
 八郎太にいさまの為に我が身を犠牲にするのも厭わないが、何をされるのかまったく分からない。
 まるっきりの無駄死をさせられてしまいそうだ。

 意見がまったく噛み合わないのに業を煮やして、童みのりが発言する。
 日頃いっしょうけんめい本を読んで知識を蓄えるのは、こういう時の為なのだ。

「えーとつまり、この場合は人質と言っても今川家に送られた徳川家康みたいな感じで、自分達の味方になるように感化教育していくべきなんじゃないかな。」
「つまり雪斎和尚が必要ということか。」
「うん。雪斎は今川家の軍師・指南役として内政外交軍事の大きな役目を担っており、その下で教育された家康は最終的には天下を取ったわけだから」
「つまりたまちゃんは天下を取らねばならないのか。」

「あのすいません、天下はちょっと欲しくないです。」

 たまの要望も尤もである。
 しかし、物辺村を見渡して指南役を探すとすれば。
 鳩保、

「とにかく祝子さんと饗子さんからは隔離しておこう。」
「そうね、あの二人の影響を受けたら邪悪の化身になってしまうわ。」
「花憐、そういうことならウチに泊めるわけにはいかないぞ。おまえん家に置いてやれ。」
「そうしたいのは山々だけど、今ウチはトノイさん達が24時間体制で活動中だから、落ち着いて居られないと思うの。」
「ダメか。芳子は?」
「ウチに置くのは構わないけど、なーんて言って説明しようかな。」

 喜味子が手を挙げる。
 鳩保は女子の人望がまるで無い、女の敵みたいな女だから、たまちゃんに悪影響があるかもしれない。
 有害物質呼ばわりされて鳩保はむくれたが、言の正しさは肯定する。
 よく考えたら私、妹的キャラを扱うスキルがまるっきり欠落しているぞ。百合成分皆無だ。

 残るは2名。みのりと喜味子。

「みぃちゃん家はダメだな。」
「そうね、どちらがおねえさんか分からなくなってしまうわ。」
「必然的に、喜味ちゃん家にホームステイってことで、ダメかな?」
「ダメって事は無いけど、ウチに来ると朝ものすごく早くに叩き起こして軍鶏の世話をさせるぞ。いいのかな?」

 重労働コースである。しかも危険、軍鶏軍団はちょっと気を抜くとすぐに逆襲に転ずる。たまちゃん危うし。
 鳩保は改めて尋ねる。朝早く起きるのだいじょうぶ?

「はい。朝は武術の稽古をするのが日課になっていますから、冬寒い日でも大丈夫です。」
「武術って何?」
「主に小太刀を使います。」

 八郎太の許嫁だ。剣の腕もそれなりに達者であろう。
 花憐は微笑んだ。なんだ、簡単じゃないですか。

「物辺神社の宮司さんはその筋では名の知られた剣客なのよ。手ほどきしてもらうといいわ。」
「はい、お願いいたします。」

 というわけで、雪斎和尚も見つかった。

 

PHASE 575.

 児玉喜味子の家に連れて行かれる道すがら、奥渡たまはいくつかの質問を受けた。

「こちらも調査してだいたいの事情は分かっているけど、奥渡家というのはあなた一人なんだね。」
「はい。今では奥渡を名乗る人は他に居なくなってしまいました……。」

 明治時代、近代産業の興隆に乗じて財を成した奥渡家は、地域に貢献すべく画龍学園の前身となる私学校を設立した。
 しかし大東亜戦争敗戦の混乱の中、思想的人事対立が生じて学校を維持するのが難しくなる。
 理事長である奥渡家当主は、守株翁、当時は坩内邦造を名乗る号は蟠龍斎、を見込んで娘の一人と娶せ学校運営を託した。

 蟠龍斎は中国大陸における仙術を利用した諜報工作活動を終了し帰還したばかりで、国内における独自の拠点を必要とした。
 彼の唱える新時代を拓く特殊能力者の育成機関設立に、憂国の士である当主は強く惹かれ協力を申し出たとされる。

 だがまもなく当主は亡くなり、遺産相続を巡って金田一耕助バリの殺人事件が発生。
 謀略に巻き込まれて蟠龍斎の妻も没し、事件の主犯である三男を父とする男児を預かり改めて蟠龍家を立てる。
 これが蟠龍八郎太の祖父である。

 奥渡本家は凡庸なる五男が継ぐ事となり、瞬く内に財産を浪費。無理な投資話を引き受けてほぼ無一文になってしまう。
 それでも画龍学園の理事の一人として篤く遇されたが、早逝。
 離婚して奥渡の姓に復帰したその娘によりかろうじて家名を繋ぐも、結局はたまを残して滅びてしまう。

 「蟠龍斎が奥渡家を乗っ取った」との悪意の噂もあったが、戦後の画龍学園は盤石にして小中高、単科大学までも擁する発展を遂げる。
 経営者としての才能実力は疑う余地も無く、謗る人は今や地上には居ない。

 

「で、あのニワトリがこっこと鳴いてるのがウチね。その前に、一軒ちょっと寄ってくよ。」
「はい。」

 喜味子が顔を出したのは、隣に住まいする橋守家。和ぽんこと橋守和人に用が有る。
 物辺村唯一の中学生、それもたまと同じ二年生だ。以後面倒を見るのは当然に男子の役目、早目に引き合わせておこう。
 いきなり美少女が出現したら和くんもびっくりするぞ。

 喜味子は玄関先で和人の母に挨拶する。まず母親から懐柔しておくのは兵法の基本、将を射んと欲すれば先ず馬を射よ。
 果たして可愛らしいお嬢さんがこれから村で暮らすと聞かされ、しかも中学生であるならば、と息子を呼んでくる。
 計算通り。

「なんだよかあさん、今忙しいんだよ。」

 と愚痴りながら玄関まで引っ張って来られた和人は、十三日西瓜盗りのお祭りの頃とちょっと違う。
 筋肉が引き締まって去年陸上部を退部する前みたいに鍛えていた。
 いかなる心境の変化か、やる気を出したようだ。

「喜味子ねえちゃん、そっちの子はなに。新しい巫女バイト?」
「和くん、聞いて驚け。今日からウチで暮らすことになったたまちゃんだ。」

「奥渡たま と申します。よろしくおねがいします。」

「あ、はあ。どうも、橋守和人です。て、ねえちゃんどういうことだ。」
「話せば長いことになるけど、つまりはよんどころない事情でかなりの長期間物辺神社で勉強することになったんだけど、なにせ今アレでしょ。」
「アレって?」
「アレよ、新婚さんよ。教育上ひじょーに不都合じゃん。」
「あ、祝子さんと鳶郎さんか。あー、そりゃダメダ。」
「花憐ちゃん家も今ダメだから、ウチで預かることになったんだ。同じ中学二年生、うん中学校もこちらで通うから和くん面倒みてやってね。」
「あ、でもねえちゃん。ねえちゃん家で暮らすって、それは鶏の世話を、」

「はい。住まわせていただくのですから、家の手伝いや村のお仕事を微力ながら務めさせていただきます。」

 黒く滑らかな短い髪を揺らして丁寧にお辞儀をするのに、和人はどきっと心臓を射抜かれた。
 物辺村近辺には居ないタイプだ。優しく落ち着いていながらもキリッと芯の有る、武家の娘っぽい感じの子。
 並みの雑事なら苦も無くこなすだろうが、しかし児玉家の鶏は。

「ねえちゃん、シャモの世話もこの人するのか?」
「そういうことになるだろうね。私も最近は忙しくてなかなか手伝いできないから、その代わりにて思ってる。」
「それはダメダ!!」

 いきなり大きな声で制止する和人。喜味子もたまも目を丸くして男の子を見る。
 唐突に興奮してしまって気恥ずかしさが後から湧いてくる。背を屈めて小さく戻りながらも、意見する。

「だってねえちゃんトコのシャモは素人にはとても手が出せないじゃないか。この人がするくらいなら俺がするよ。」
「あー、でも慣れるまでの当分の間は、私がたまちゃんを教育してニワトリに負けないように鍛えるよ。」
「だって、」

「橋守さん、あの、わたしも至らぬ点が多いと思いますがご心配には及びません。これでも一人で何でも出来るよう躾けられております。
 それでも足りない時は、橋守さんにお願いいたします。」

「あ。う、うん。」
「じゃあね和くん。後でたまちゃん歓迎会するから、その時は顔を出してよー。」
「あ、うん。」

 綺麗な娘が去っていくのを残念そうに見送るも、これから彼女が直面する苦難の数々に思いを馳せて、和人はかなり男の子らしい顔をしている。
 自分があの娘の力にならなくちゃ、との決意が見て取れる。
 紹介大成功、と喜味子は気を良くした。

「たまちゃん、あなたなんでも出来るって?」
「はい。わたしの家は大きいだけで人が居らず不用心なので、画龍学園の寮の別棟に引き取られて一般寮生と同じ生活をしているんです。」
「じゃあ、オーラシフターの」
「おじいさま、いえ守株翁さまはわたしにそれはお望みでは無いようです……。」

 言葉の後半は、遠い画龍市に居る蟠龍八郎太を思って口篭る。急な人質話で心残りも名残もあろう。
 だがだからこその人質だ。

 当分の間、和くんには許嫁の件は内緒にしておこう。

 

 児玉家の両親は、いきなり連れて来られた少女を下宿させるのに何の反対もしなかった。

 物辺村に住む大人は、物辺神社の意向と言えば盲目的に従ってしまう風習が有る。実際今回の措置はそのケースに当たる。
 中学生の女の子1名を預かるのに、どれほどの苦があろうか。

 そもそもが、喜味子ほどに手の掛かる娘ではないはずだ。
 我が娘は手先が器用で動物の扱いも上手く家の仕事も進んでやるが、気が利き過ぎてとんでもないイタズラをしてしまう。
 現在高校二年生の、かっての悪ガキどもが騒動を引き起こす際に、実行上の困難をあっさり解決してオオゴトにするのは、誰あろう喜味ちゃんの仕業なのだ。

 ペコペコと頭を下げて関係各方面に謝って回ったのを思えば、
 ああ、たまちゃんですか。素敵なお嬢さんですねえ。

 

PHASE 576.

 話は幾日か逆戻りする。

 縁毒戸美々世の家での麻雀合宿を終えた物辺優子は、帰宅早々に宮司の祖父と叔母饗子・祝子を神社本殿に招いて、お宝を披露した。
 相原志保美画「ふぁいぶりおん」だ。

 墨一色で描かれる飾り気の無い絵だが、圧倒的な迫力に鬼の娘達も息を呑み押し黙る。
 一流は一流を知ると言うが、鬼は神についてよく識るのだ。一般人以上に絵の価値を理解する。
 板張りの床に平伏したまま、優子は「どうだ!」と誇っている。せんぱいはすごいだろお。
 祖父が娘達に代わって論評する。

「優子、これは大変なものだ。徒や疎かにして良いものではない。」
「はい。家宝にしたいと存じます。」
「それがいい。一個人の持ち物でなく、神社が所有する神宝としよう。だが、これを見て欲しがる人は多いだろうなあ。」
「そうなんです。志保美せんぱいの書画はとにかく欲しくなる、魂を鷲掴みにして是非とも所有したくなるんです。」
「分かる。この迫力が我に乗り移って魂を奮い起こし、神威を宿す感がある。金で手に入るものならば、黄金を山と積んでも買い受けるだろう。」

 つまり、守銭奴饗子おばちゃんにとっては目の毒だ。
 ちらとそちらを見てみると、複雑な表情をしている。口を開いた。

「たしか明治時代の初めに、ウチの巫女の中にも絵を描く鬼ってのが居たわね。とうさん、たしか」
「ああ、物辺哭鼇子だな。幽霊画の達人だ。見る人が本当に怖がって、絵を買ったは良いがすぐに戻して来て、何度でも同じ絵で金儲けが出来たという逸話が残っている。」
「あの絵、倉に何幅か残っていたわよね。売り飛ばさないで。」
「そうだったな。」

 物辺神社の本来業務には、歴代の巫女・鬼が遺した形見の管理が有る。
 どの時代でも鬼達は様々な騒動を引き起こし、怨念呪詛が篭った器物刀剣、血判の起請文や詫び状などの歴史的資料、そして書画等の創作物を残していた。
 いずれも危険物であるから慎重厳重な管理が必要で、障りの無いように大切にお祭している。

「哭鼇子の絵はあまりにも恐ろしすぎて展示が出来なかったんだけど、この蛸の神像と一緒ならだいじょうぶじゃないかな。」
「確かに幽霊を見て肝を潰した人でも、蛸神の尊い姿に癒やされて大事なく帰る事が可能かもしれんな。」
「展示会でボロ儲けできるかもしれない……。」

 さすがの罰当たり。だが正統継承者である祝子の許しが無ければお宝は持ち出せない。
 祝子は絵とじっとにらめっこを続け、身動ぎ一つしない。まるで蛸神と戦っているかに見える。
 流石に心配して饗子が小突く。はっと我に戻って姉を見る。

「どうしたの祝子。」
「ねえさん、コレ」
「なに?」
「ちょうだい。」
「やらないよ、優子のだよ。」

 祝子腕を組んで考える。
 惜しい、実に惜しい。これがゲキの姿を写したものならば本殿で盛大にお祭りするのだが、他所の神様か……。

「優子、その先輩にゲキの神像を描いてもらうわけにはいかないか。」
「注文を受けて描く人ではないですから。心の赴くままに、えいやっと世界に言葉を刻むタイプの芸術家です。」
「無理か、うーん惜しい。」

「祝子、たしかに蛸神様は外記の神とは異なるが、同じ海に縁を持っている。なんらかのお祭りする手立ては有るだろう。」
「そうですねとうさん。少し考えてみます。」

 しかし今更ながらに思えば、そもそもがゲキ、文献上は「外記」と書く、には絵姿が無い。
 日本の神様は形の無いところが多いが、元から「隠」神であるから仕方ないのだ。
 なにせ平安京都に出現した当時の貴族の日記においても、本当に居たかどうかの認識があやふやで、正規に記すのをためらう。
 詩歌や欄外にほのめかすに留めるが故に、「外記」なのだ。

 物辺神社の縁起においては、島の岸にゲキの巨大な髑髏が流れ着いたとあるが、本当は何があったのだろう?

「あたし、数日中に東京の方に行ってくるから、ついでに表装を頼んでくるわ。」
「ねえさん、例のマッサージ院がどうこうって話?」
「うん、喜味子にまた揉んでもらったら三度復活したから、本格的に始動するよ。その下準備と資金集め。あと、たぶん再婚のいろいろ。」

「饗子、金は惜しまず一流の表具師の方にお願いしなさい。万が一の間違いも無いように。」
「分かってます。鳶郎さんの手の者に頼んで警備も付けておきます。」
「そうか。最近は不心得者も多いから用心に越したことはないな。
 優子、それでいいか。」

「はい。よろしくお願いいたします。」

 

 相原志保美画「ふぁいぶりおん」
 その数奇な運命が今始まるのを、物辺の人達は皆薄々と感じていた。

 優れた芸術品は一所不在、世界を経巡り影響を与え人間社会を変革するシンボルとも成り得るのだ。

 

PHASE 577.

 某月某日某曜日。プレゼント星人来襲。

『プレゼント星人とは通称で、その名のとおりに他所の宇宙人にプレゼントするのが大好きな宇宙人です』

 クビ子さんは数多の宇宙人種族に詳しい。えっへんと胸を張って解説してくれる。現在梅安胴体と結合中。
 物辺神社御神木基地前に黒板持ち出しての講義には、まあ全員が出向く必要も無いから、喜味子みのり優子が集う。
 行きがかり上喜味子が質問役。

「クビ子さん、じゃあプレゼント星人ていい奴らなの?」
『いいえぜんぜん。こいつらくらい邪悪な連中はまあありませんね』
「じゃあ裏に隠された意図が有るってことか。」
『そうでもないんです。プレゼント星人の目的はほんとうに他の宇宙人にプレゼントを贈ること、ただし』
「ただし?」

『足元を見ます。プレゼントをもらう姿を観察してその宇宙人種族の本質を見極め、ダメな連中だと知ると即侵略です』
「おお! なるほど。舐められちゃダメなんだ。」
『そういう事になりますが、これがけっこう難しい。プレゼント星人はその種族が最も欲しそうなモノを贈りますから』

 物辺優子が口を挟む。要するに、

「要するに、あたしらの貫目を計りに来るわけだろ。いい度胸だ。」
『あー優子さん相手に舐めた真似したら、連中年貢の納め時かもしれませんね』

「ちなみにクビ子、あんたらの種族は何をもらったんだ。」
『わたしたちですか。連中と接触したのは800年くらい前ですかね、化粧品を持って来ましたよブスに見える化粧品』
「なんだそりゃ。」
『いえ当時のわたしたちには「ブス」という概念がいやに新鮮に思えたんですよ。社会を根底から覆す、新しい美の出現て感じで』

「で、プレゼント星人はどうした?」
『結局戦争になりまして、こちらの勝ちです』
「そうか。」

 地球人と大して生理的に変わらない『天空の鈴』星人に負けるのだから、それほど強い宇宙人ではなさそうだ。
 喜味子もみのりも安心して優子に対応を一任する。
 優ちゃんはえらいのだから、どーんとお姫さま的なところを見せつけてやってもらいたい。

 

 一方その頃鳩保と花憐は、月軌道上に居る。ゲキロボでプレゼント星人をお出迎えだ。

 本来5人が搭乗しなければ満足に動かないゲキロボは、しかし互いの能力をリンクして共有できるようになった今では何人か省いても操縦可能である。
 ゲキの力の使用法に慣れて成長したわけで、ゆくゆくは5人に1体ずつのゲキロボを作ろうと喜味子は考えている。

 その練習の一環として、今回鳩保花憐のペアで操縦している。今のところ問題なし。
 惑星間速度での操縦は鳩保が担当し、恒星間超超光速航行は花憐の受け持ちだ。二人が乗っていれば航宙のみであれば十分に機能を果たす。
 攻撃面で言えば光線兵器による射撃と、体当たりが可能。生半可な宇宙人の戦艦くらいどうという事はない。
 さあこいプレゼント星人!

「という観点から見直せば、このゲキロボってやっぱり一人用よね?」

 ちなみに今回、ゲキロボの狭い空間で長時間過ごすのに適した、宇宙戦艦ヤマト女子隊員風全身ピッタリコスチュームを着ている。
 花憐はカーマイン、鳩保水色。ヘルメットを被るだけで簡易宇宙服にもなるスグレモノだ。

 操縦席に座る鳩保の尻を見上げて、花憐は改めての感想を述べる。

 三畳一間の面積しかない内部に5人が乗るのはいかにも窮屈。
 操縦席が正面壁の上部に設けられているとしても、頭上を塞がれて鬱陶しい。
 鳩保もちょっと狭いなと感じているが、だいたい宇宙船というものは居住空間小さいのだ。

「無重力空間であれば室内の壁面上下左右前後をすべて床として使えるから、案外とスペース的に余裕があるんだよ。」
「ゲキロボ無重力じゃないじゃない。」
「それは地球重力環境を再現してあるから下が発生するわけで、だいたい外に出たらゲキロボ外壁にくっついて立てるように重力場が設定してあるじゃん。」
「帰ったら喜味ちゃんと相談してなんとかしましょ。」

 身長7メートル直径4メートルの球体を胴部とするゲキロボは、宇宙空間ではやはり小さくて頼りない。ほとんど宇宙服の延長程度でしか人体を守らない。
 虚無の宇宙空間を皮膚感覚として意識し、生の実感を覚える。
 それこそがゲキロボ、ゲキ・サーヴァントが要求する報酬。常に死と隣合わせであると理解する限定された生命にこそ、力を貸し与える。

 考えてみれば元々の古代宇宙人ゲキって連中は、難儀な奴らだ。
 こんな厄介な機械と共によくもまあ1億年も暮らせたものだ。

「あ・あーこちらひゅーすとん。ゲキロボ1応答せよ」
「こちらゲキロボ鳩保。喜味ちゃんプレゼント星人は何時来るんだよ。」
「まだ有視界で確認できない? もう来たって通告来てるんだけど」

 花憐は壁面に張り付いて覗き穴のガラス窓から宇宙を観察する。座ったまま14インチブラウン管テレビ画面で確認するのも可能だが、肉眼でも外は見られる。
 星の光が揺らめく領域が確認できた。

「ぽぽー、あれじゃない? なにかがワープアウトしてくるわ。」

 鳩保は操縦席正面の三次元モニターで確かめる。3Dホログラムとは異なる、理屈はよく分からないがとにかく周辺がくっきり見える表示装置だ。

「ワープアウトには違いないけど、出現に手間取ってるぞ、喜味ちゃん。」
「何秒くらい?」
「この調子だと10分は掛かりそうだよ。」

 航宙技術によってワープアウトの形式は異なる。出現に必要な時間を計測する事で、その宇宙人の技術レベルも推測出来た。
 ワープアウトの最中は防御も出来ず弱点を曝け出してしまう。
 他の宇宙人に見つからない場所に出るのがセオリーだが、今回プレゼント星人は地球を代表するゲキの少女に敬意を払い、直接転移を行った。

「5光年程度の近傍恒星系への亜空間パスを任意設定できる短距離離散ワープ航法。1万C程度の中レベルに高等な宇宙文明、中流宇宙人ってところかな」

 

 結局30分を掛けて、直径200メートル最厚部50メートルの二段重ね円盤が出現する。
 フライングどら焼きだ。

 

PHASE 578.

 ゲキロボの手旗信号に従って円盤から小型円盤が離脱した。直径15メートルの典型的アダムスキー型UFOである。
 あまりにも宇宙人宇宙人しているから、鳩保達は疑った。
 こいつら地球人の常識に迎合しすぎているんじゃないか?

 解説のクビ子さん。

『あ、アダムスキー型UFOは地球在住宇宙人の間で取り決めた、「地球人に見せてもいい宇宙船の形」なんです。いかにも作り物がふらふらと飛び回ると、なんか嘘っぽく見えるでしょ』
「じゃあ灰皿をテグスで吊るした特撮ぽい映像が出回っているのは、」
『宇宙人の手下の魚肉人間による偽装工作です』

 宇宙人技術だから特筆すべきではないが、レーダーに映らないステルス機能標準搭載である。
 物辺村上空にそのまま降下しても、自衛隊の防空レーダー網はまったく感知しない。
 ただ物辺村観測所に置いてあるアメリカ合衆国所有の宇宙人技術による超センサーはしっかり検出する。
 ゲキの少女からの通達が無ければ在日米軍戦闘機総進撃だ。

 UFOは物辺村上空300メートルで停止する。
 熱電磁波風圧等々あらゆる信号を発しないから、誰も気が付かない。ふよふよ言う飛行音も残念ながら付属しない。
 光学迷彩は使わないが、真下以外の角度から見ても確認できない。アダムスキー型UFO特有の円錐台ボディが空の青を映して空気に溶け込むのだ。

 UFOの下からスポットライトが照射されて、光の柱の中をプレゼント星人が降りてくる。
 緋袴巫女装束の喜味子は叫んだ。みのりも同じ格好。

「おぷてぃかる・えれべーたー! この技術が開発されると軌道エレベーターなんかバカバカしくて作ってられないよという禁断のてくのろじー!!」
「きみちゃん、落ち着いて。」
「だってみぃちゃん、これトラクタービームが実現すれば誰だって考えつく技術上の定番アイテムで、無邪気なSF者の夢を破壊する掟破りの」
「ちょっぷ!」

 喜味ちゃんは静かになった。
 ゲキロボは地上に着陸しても御神木と一体化せずそのままロボット形態で駐機。
 鳩保と花憐は宇宙服姿のまま物辺神社側に整列する。

 神社本殿階の上に物辺優子が巫女正装、薄い千早に金飾りの冠まで被るほとんど斎王代なスタイルで応対する。姫巫女だ。
 誰が見てもこの少女が一番偉いと認識できた。案内されずとも、プレゼント星人4名は優子の前に畏まる。

 改めて大地に降り立ったプレゼント星人を観察すると、なんとも残念な気分がこみ上げてきた。

 いや形は良いのだ。口が掃除機の吸込口みたいに横に広く伸びた、或る意味生物らしい形状。餌が食べ易そうだ。
 目はサングラスのような器具を装着している。5つの区画に分かれているから、5つ目宇宙人か。これもまた常識的。
 背は低く1メートル20センチ、小学校低学年くらい。背を曲げてキリスト教修道僧ぽい暗色の布切れを身体に巻きつけている。
 文明人なら裸ではないだろう、という旧世代宇宙人研究者の思惑通りの姿である。

 なんだか腹が立ってきた。お前たち、二十一世紀の地球を訪れるならスタイリッシュでファンタスティックでアメージングなフォームで来いよ。

 鳩保、あんまりにも普通過ぎてクビ子に抗議した。こいつら地球人舐めてるのか?
 解説のクビ子さんは、

『いえ、プレゼント星人は元々この姿ですよ。他の宇宙人に対してもちゃんとこれで接触します』
「なんでこんな、地球人の考えたうちゅうじん、みたいな姿なんだよお。」
『ほとんどの恒星間文明宇宙人と接触してますから、宇宙人が共通で思い浮かべる「最も普通の宇宙人」の典型がコレなんですよ』

 デファクトスタンダードを獲得したプレゼント星人は、枯れ枝のような右手指を伸ばして打ち鳴らし、カチカチと音を立てる。

『プレゼント星人は発音器官を持たず叩音で会話します。爪をカチカチ鳴らして意思疎通を図るんですね』
「ふむふむ、うちゅうじんぽいぞ。」
『つまり生まれた時からデジタルで会話します。地球人の耳では分かりませんが、コンピューターを介せば容易に聞き取り可能ですよ』

 というわけで、みのりに与えられたゲキの力「宇宙人とネイティブ発音でお話が出来る」機能を共有する。
 プレゼント星人が語っているのは、

『……ほんじつはおひがらもよく、さわやかなかぜかおるうつくしいきせつにちきゅうをしはいするげきのみなさまとこうしておめどおりがかなったのはわたくしたちぼうがいのよろこびで……』

 なんか腹立つ。宇宙人のくせにもっと宇宙人らしく宇宙っぽい挨拶をしろよ。

 鳩保達はまだ知らない。
 プレゼント星人の挨拶がこれから1時間続く事を。

 

PHASE 579.

 プレゼント星人が他の宇宙人にプレゼントを持っていく理由は、長々と挨拶を聞かせる為である。
 これは宇宙全域に広まるジョークの一つだ。
 プレゼント星人の悪癖に多くの宇宙人種族が迷惑を被っている。

 だがもちろん挨拶をおとなしく黙って聞く許容限度は各種族異なり、長過ぎて逆鱗に触れる馬鹿をしないのが彼等のテクニックだ。
 1時間は地球人にとっては退屈でうんざりするが我慢する、せざるを得ない、なかなか巧妙に計算された長さである。

 物辺優子は寛容な人物だ。延々と続く口上に辛抱強く耐えている。
 むしろ喜味子みのりが殺られた。
 物辺村の三巨頭である優子鳩保花憐はそれぞれに儀式式典に引っぱり出される例が多くて、この手のイベントには慣れている。
 雑魚の二人は経験値不足により、立ったまま睡魔と戦うハメに陥った。

 しかし相手も合理的な存在である。時間を浪費している裏を使ってプレゼントを地上に降ろしていた。
 挨拶を締めくくり、最後に目録を添えて手渡した。
 宇宙共通語は何百何千とありどれが共通とは言えないが、地球近辺においてかなり有力な言語で書いてある。
 クビ子も直接に読む事が出来た。

『ほおほお、なかなか辛辣なプレゼントを選んでますねえ』

 プレゼント星人が提示したのは、巨大なダイヤモンド製の球体が2個。
 直径が2メートルでいくつかのパーツの集合体、色が違うから機能も別と思われる。重量は相当有りそうだ。
 鳩保、

「で、何をくれたのさ。」
『おもちゃですね。右の方はワープ機関の教育用概念模型で、右から入れたモノが瞬間的に左から出現する手品ができます』
「直径の2メートルをワープするってことか。」
『左の方はエネルギー結晶化装置のサンプルです。反物質を空間相転移させて結晶化し、常温で安定して貯蔵できるようになります。
 ワープ機関の燃料ですね』

「それのどこが辛辣なんだ?」
『これらは超光速航法の基本セットですから、地球人には絶対応用できません。惑星間航行技術すら無い地球人には』
「でも研究は出来るんじゃない?」
『地球人類最高の知能を総動員してこれの解析をするだけで、簡単に10世紀くらいは浪費しちゃいます。しかも何の見返りも無い。
 金槌でとんてんと鉄を曲げてる文明が、いきなり量子材料工学の勉強をするみたいな話になります』
「知的なトラップ、ということか。」

 そしてもう一つ。
 トラップにも引っ掛からない低能な一般地球人向けの俗物プレゼントが用意されている。
 「バカが治る薬」

『説明の必要は無いと思いますが、これを使えば地球人の頭が誰でも3割くらい賢くなります』
「3割賢いって、どのくらいだ?」
『そうですね、中学校で医学部卒業くらいですか』
「地球文明大崩壊するな、そんな薬が蔓延したら。」
『でも誰か一人が飲んじゃうと、抑えが効かないんですね。こいうのって』

 クビ子さんの解説をゲキの少女全員が聞いていた。
 プレゼント星人は、最初からの予想通りに相当舐めた真似をしてくれた。
 責任者物辺優子はどのように対応するか。

 優子は左手の指先を伸ばして、ちょいちょいと宇宙人を招く。
 プレゼント星人4名は呼ばれるままに前進し、3メートル前にまで来る。
 優子はいきなり立ち上がり、目録が置かれた三宝を蹴飛ばした。
 装束の長い裾を引きずり階を跳び降り、ぶん殴りに走る。

 哀れ無力な宇宙人に狼藉を働く黒髪の巫女。
 さんざんな打擲を受けて顔面を腫らしたプレゼント星人は改めて優子の前に土下座する。ごめんなさい根性間違っておりました。

 これで会見は終了である。
 しかし顔を上げた彼等は、改めてゲキの少女全員を見て議論を始めた。
 児玉喜味子が気になるようだ。

 解説のクビ子さんは、

『ふむふむ、どうやら彼らは喜味子さんがどこか別の宇宙人だと思い込んでますね。”きゅらすぽす・べとれてれむ・しゅんぴーぐるどらるる・めけ星人”ではないか、と』
「なにそれ?」
『わたしは会ったことありませんが、巨大宇宙生物の狩人として著名な宇宙人です。地球には獲物が居ないから来ませんね』

 全員の目が喜味子に集中する。喜味ちゃんは地球人離れしていると思ってたが、やっぱり宇宙人だったのか。
 プレゼント星人がカチカチと爪を鳴らして申し入れる。

 よろしければ我々が仲介役となって、きゅらすぽす・べとれてれむ・しゅんぴーぐるどらるる・めけ星人と連絡を取りましょう。

 

PHASE 580.

 八月二十四日 日曜日。晴れ。

 宇宙人きゅらすぽす・べとれてれむ・しゅんぴーぐるどらるる・めけ星人来訪。
 先日来たプレゼント星人がおせっかいにも仲介役を買って出て連絡し、彼等を地球に呼び寄せた。
 プレゼント星人からしてみれば、知り合いの宇宙人の同胞が遠く離れた宇宙の孤島に独りで居るのを見かねた、人道的措置である。

 つまり児玉喜味子はヘタしたら宇宙に拐って行かれるかもしれない。

 ちなみに彼等の名前は、「恒星”きゅらすぽす”の惑星”べとれてれむ”の”しゅんぴーぐるどらるる”大陸を発祥とする「人間」(めけ)」という意味である。
 だから「めけ星人」と略してしまうと、「人間星人」と呼ぶ事になる。はなはだ不都合。
 「きゅらすぽす星人」もしくは「めけ」、と呼ぶべきだ。

 彼等は既に発祥惑星には住んでいない。
 巨大生物を狩り尽くした母星に何の魅力も感じず、大宇宙の狩場を渡り歩いている。

 

 月軌道で待ち受けるゲキロボの前にワープアウトする。乗員は前回と同様鳩保と花憐。

「なんかちらちらして宇宙船の姿が定まらないぞ。喜味ちゃん。」
「全方位転移による確率論的測地情報収集型離散ワープ、10光年くらい跳べるけれど下準備にかなり手間の掛かる、中の下程度の技術レベルだね」

 出現した宇宙船はトタン板を叩いて打ち出したような外壁の、丸みを帯びた箱型。500×500×2000メートル。
 都市宇宙船だ。この中に1万人以上のきゅらすぽす星人が住んでいる。

 ゲキロボは手旗信号で通信し、プレゼント星人が残していったアダムスキー型UFOを届ける。
 地球に降りる際はこの宇宙船を使って欲しい。
 了承されて、一度都市宇宙船の中に取り込まれ、1時間後に現れた。プレゼント星人製の乗り物だと確認して安心している。

 ゆっくりと物辺村に向けて降下し始めた。

 

 一方物辺村では歓迎の準備が既に万端整っている。
 宇宙人歓迎コーディネーターのクビ子さんとお仲間のメルケさんは、

『宇宙百科事典で調べたところでは、連中はかなり好戦的で野蛮、喧嘩上等です。生肉丸かじりしてよくお腹を壊して死んでいるという、恒星間文明宇宙人らしからぬマヌケさです』
『生体を改造していない、機械を体内に入れたりしない珍しくナチュラルな宇宙人ですよ。『天空の鈴』星人としては親近感の持てるタイプですね。ブサイクだけど』

 百科事典の風俗画によれば、狩人らしく背中に猟銃を背負って獲物を解体するナイフを腰に吊るして猟犬を連れている。5千年前の母星での狩猟風景とキャプションに書いていた。
 地球人の男性とほぼ同じ背丈、体重は百キログラム前後。がっしりとした筋肉質で何日間も寝ずに獲物を追跡できるタフな肉体だそうだ。
 だが所詮は生身。

『迎撃プランは我が考えた。生身というから非殺傷トラップを配置して非常時には瞬時に拘束して武器の使用を制限する。猟犬とやらはロボット兵器と考えて強力なトラバサミを仕掛けておいた』
「ナナフシさん、ご苦労様です。」
『いや、居候としてこのくらい当然だ』

 タコロボカプセル内に入っている小さな緑の昆虫がみのりに返答する。トラップの名手である彼に任せれば大安心。
 みのりは護衛総監督という役職をもらい、猟人の前に立ち塞がる。斉天大聖孫悟空金鎖の鎧を着装して万全だ。

 今回相手の目的は喜味子だから、優子と同じ本殿の高い位置で客を出迎える。
 優子は前と同じ姫巫女スタイル、喜味子は黒巫女でドスを利かせているが。

「優ちゃん、私一段下がった所に座っていた方がよくないかな?」
「荒っぽい連中らしいから、上下に身分関係とかを見出して怒るかもしれん。隣でいいさ。」
「そうかなあ……。」

「そうですよお、たまにはお姫さま扱いもされて慣れておくべきです。児玉さんもVIPなんですから。」

 と、馴れ馴れしく口を利くのは縁毒戸美々世。早々とオータムの気配を先取りしたひだの多いワンピースでゴスロリしている。
 今回物辺村関係宇宙人総動員だ。

「わたしも新しい身体をもらって初の実戦ですから、なんとなくワクワクしてるんです。いいですよね、交渉決裂で。」
「ダメだよ。そもそも相手は確認に来るだけなんだから。」

 両手首を引っ込めて鋼鉄の鎌を出し入れするしゅぎゃらへりどくと星人を制止しながら、その右脇に立つ女子中学生に喜味子は声を掛ける。

「あー、たまちゃん。怖がらなくていいから。その宇宙人は人殺しも簡単にやっちゃう悪い奴だけど、たまちゃんは殺さないから。殺しても意味ないから。」
「は、はい。」

 

PHASE 581.

 人質奥渡たまは、物辺の双子小学生と共に神社境内を清掃して回り、幟を立てたりの飾り付けをした。
 要注意人物の双子は本殿に監禁されてこっそり見るのを強いられたが、たまは列席させられる。
 宇宙人だらけの会見場に只の人間が一人ぽつんと立たされて、背筋が震えてしまう。
 再考を促した。

「あの、喜味子さん。わたしがこの場に居るのは場違いではないでしょうか。やはり、」
「おまえはそこに居ろ。」

 姫巫女姿で綺羅びやかな優子が命令する。人質には人質としての職務と責任が有るのだ、と諭す。

「おまえは人質はただ閉じ込められるだけの存在と思っているのか? 戦国の世の人質は絆を深めて互いを争わぬ基とする以上に、スパイでもあるのだ。」
「すぱい、ですか。」
「そうだ。見聞きしたものを本国に伝え、また遣わされている先の人間と誼を深め協力関係を強くし、本国の為の便宜を図る工作員でもある。」
「そういう事はよく知らなくて、」
「だからおまえはそこに立って見聞きするものを八郎太に伝えねばならぬ。物辺神社で何が起きてどう転んでいくか、データを収集する務めが有る。」
「はい……。」

「あーたまちゃん、優ちゃんの言うようなわけで、あなたは記録係をしてなさいよ。何もしない役というのは儀式には案外と必要なものなんだ。」
「はい喜味子さん。」

 児玉家に下宿して2日目。朝からとんでもなく大変だった。
 まず喜味子は早起きだ。前夜いくら夜更かししても、鶏の世話の為に地獄の底から這い上がってくる。
 寝不足だから表情がとてつもなく恐ろしい。昼間目が覚めている時の20倍くらいは強烈なオーラが立ち上る。

 たまは恐怖と隣合わせに、これまた凶暴兇悪なシャモの軍団と戦わされる。
 だが隣に住む中学生の橋守君が手伝いに来てくれて、つつがなく与えられた職分をこなす事が出来た。
 もともと画龍学園に居た頃から甘やかされて育っていない。身の回りは何でも自分でするし、寮の仕事も寮生分担で行っている。
 お嬢様育ちでないのを、今朝くらい有難く感じた時は無い。

 そして朝のラジオ体操。朝食のすぐ後には神社の清掃と飾り付け。
 一段落したところで、宇宙人との対面だ。
 今朝だけで寿命が10年ほどすり減った。

 

 空から大きなロボットが降りてくる。

 一軒家よりも背が高く、胴体は丸く頭も丸く胴体中央に丸いくぼみが有って、両手足は魚の骨みたいなパーツの集合体で出来ている。
 ロケット噴射も無く、空中からテグスで吊るしているかにすんなりと降りて、音も無く着地する。
 魚の骨の脚がたわんで自重を支える。背中の蓋が開いて、全身ぴったりスーツの女の子が2名飛び降りてきた。

 鳩保芳子と城ヶ崎花憐だ。二人は童みのりの左右に並び、スーツの形状を変化させる。
 装甲パーツが発生して戦闘準備完了。前回サルボロイド戦で使った「聖闘士」形態のアナザーバリエーション。

 ゲキロボの後を追って、アダムスキー型UFOがどんどん高度を下げてくる。
 直径15メートル全高7メートルの典型的円盤は、地上50メートルまで降りてやっと静止した。
 小さな円盤だが、この高さだとかなりの圧迫感が有る。

 円盤下部から光線が照射され、光の柱の中を降りてくる人影が。

 たまは息を呑む。この姿はまるで……、この宇宙人の姿は見覚えが有る。

 地上に降り立ったのは5名。内2名が巨大なイヌを連れている。
 猛犬だ。体長3メートルを超える鋼鉄の強獣、北海道のヒグマでも胴体を一瞬で噛み千切る。
 脳髄だけは生身であるからサイボーグ犬と見做すべき。
 奮い立つ野生の戦闘衝動を抑えきれず、飼い主の手の鎖を断ち切って今にも襲い掛かりそうだ。

「ほお、」

 神社本殿階の上で様子を眺める優子と喜味子。たまと同じ感想を抱く。
 きゅらすぽす・べとれてれむ・しゅんぴーぐるどらるる・めけ星人、略して「めけ」は、ファンタジー世界の住人だ。
 オーク、と分類するのが正しかろう。
 筋肉質で下半身が太い西洋梨型体型。灰色の肌をして、顔はイノシシかブタみたい。パピルサのように細い牙が皮膚を突き破って露出する。

 背には猟銃ではなくビームガン、巨大怪獣相手の強力な火砲を背負う。左の腰には伝統的な金属のナタを吊るしている。
 鎧のたぐいは着ていないが手袋だけが金属製で、サイボーグ犬を繋ぐ鎖が幾度も張り詰めるのを容易く抑えていた。
 倍力機構を持たせているのだろう。

 優子は隣に座る器用な友人に話し掛ける。

「おまえの実の両親はあっちだな。」
「バカ言え!」

 コーディネーターのクビ子が恐れ気もなくふわふわと前進して、会話する。戻ってきた。

『「めけ」の人達の言うことには、もし自分達の同胞が不当にこの惑星に囚われているのであれば、全土を火の海にしても取り戻す、そうです』
「無茶な言いがかりだな。喜味子が一人前に出て、検分してもらうのがいいか。」
『そうですねえ。論より証拠ですからね』

 向こうも似たような話をしているらしい。イヌを連れていない3名が合議して、なにやら検証する方法を考えついたようだ。
 鎖が解き放たれる。

 最前列の鳩保叫ぶ。

「ちょっとまて!」

 凶暴猛悪な鋼鉄のサイボーグ犬が衝動のままに牙を奮う自由を与えられる。
 要するにこれは門代地区宇宙人バトルロイヤルと同じルール、エネルギー兵器飛び道具無しでの格闘戦を挑むに等しい。
 で、あるならば、望むところだ!

 鳩保ポポーブレード展開、みのり鉄球鎖回転、花憐甲冑付属の大盾展張、美々世両手鎌全開。

「私に任せて!」
 制止するのは、階上の喜味子。まずはナナフシさんを止めてトラップ発動を禁止する。

 続いて、誰よりも先にサイボーグ犬の前に飛び出した。
 喜味子は50メートル圏内のいかなる存在に対しても関節技を仕掛ける事が出来る。
 どれだけ運動能力に優れた、目に見えぬ速度で動く相手でも捉える能力を持つ。
 この動作を行う場合に限りテレポート能力あるいはトラクタービームを持つ、とも言えるだろう。

 2頭の猛る獣を前に、彼女は。

 

PHASE 582.

「よーしよしよし、よーしよしよしよし、あ、こらそんなとこ舐めちゃダメだ。」

 所詮はイヌである。
 動物扱いには慣れていて、瞬時にサイボーグ犬を籠絡する。
 イヌ好きといえばみのりだが、喜味子の方がよほど扱いが上手く巧みに手懐ける。その手並みは羨望を掻き立てて已まない。

 久しぶりの戦闘だと勢い込んでいた美々世は、がっくりと膝を折り地面に鎌を突き立てる。
 児玉さん、あなた平和過ぎだ。

 驚いたのは「めけ」も同じ。
 元よりサイボーグ犬は「めけ」の同胞に牙を立てる事は無いが、それでも警戒の態度を崩すのは主人の命が無ければありえない。
 にも関わらず、喜味子は2頭を子犬のように遊ばせている。

 そして振り向く姿に。

『・・・・・・・・・! ・・・・・・・・。』

 感に打たれ、立ち尽くす。巨大な犬を従える姿はまるで、伝説の女神ではないか。

 「めけ」達は鼻で地面に穴を掘って、頭を突っ込んで隠してしまった。
 土下座体勢を更に一歩進めた姿に、地球人達は驚き判断に困る。
 解説のクビ子さん?

『これはー、きゅらすぽす・べとれてれむ・しゅんぴーぐるどらるる・めけ星人の礼拝のポーズですね。
 神聖なる存在を前にして最敬礼を行う、最も敬虔な姿です』
「つまり、喜味子を「めけ」の神として認めたってことか。」

 このままの姿を続けさせるのも気の毒だから、喜味子はクビ子に頼んで止めてもらう。
 だが彼等は首をうなだれて、とぼとぼと円盤に帰ってしまう。
 サイボーグ犬の2頭も、主人達が引き下がるのを見て鋼鉄のしっぽを振り、喜味子に許可を貰いたがる。
 自分たちも帰っていい?

 ぽんぽんと大きな頭を撫でてやると、走って光の柱の中に飛び込んで行った。
 アダムスキー型UFOに吸い上げられていく。

 鳩保は前に出て、空中発進の準備を進めるUFOを見上げた。
 相手に敵意は無さそうだが、行動の意味が理解できない。喜味子を連れ帰るのは諦めたのか?

 浮き上がるUFOから1条の光が差して、何物かを送り届けてきた。
 子犬だ。サイボーグにされる前の生身の犬の子供を、喜味子に贈る。手のひらに乗るほど小さな、ブルドックに似た種類だ。

 そして1枚の金属板を添えている。
 薄いプラチナの地金に金銀宝石で装飾し、ルビーサファイヤエメラルドで絵と文字が書いてある。立派な工芸品だ。

 受け取った喜味子は読めない。クビ子に預けて読んでもらう。

『詩文ですね。古い「めけ」の歌の一節でしょう』
「どういう意味か分かる?」
『ええ。えーと、

 ”遠い深山の森の奥に、一輪の花が咲くと聞く
  花を訪ねて千里を旅し、ついに巡りあう事が叶った
  嬉しいのだがその花は、あまりにも美しすぎて我の手の触れるを許さぬものだ
  この花を手折って都に持ち帰るのはやめておこう
  都に咲く千万の花達は、その姿を見れば己を恥じて咲くのをやめるだろう
  花弁を閉じて二度と開くことは無いだろう
  知るは心の迷いとなり、知らぬは平穏の基なり
  求むるなかれ、深山の花を”

 喜味子さん、絶世の美人みたいですね。彼等の審美眼だと』

「なんか、ものすごく遠回りしてバカにされているみたいだ。」

 子犬を手の中で愛でながら、そしてみのりが触りたがり子犬が迷惑するのをいなしながら、喜味子はUFOの飛んでいった青い空を見上げる。

 連中、ロマンチックな奴らだったんだな。

 

 奥渡たまは目撃した驚異の光景を日誌に記録する仕事をもらった。

 よくよく考えてみれば、物辺村ゲキの5人の少女は誰一人日記を付ける趣味が無く、これまでの記録が存在しない。
 まだ半年も経っていない短い期間の出来事だから、どれも記憶に新しく何一つ忘れてはいないが、
 それでも文書として残しておく価値は高かろう。

 後日たまは、情報係の花憐の家に呼ばれて様々な体験談を書き記す機会を得る。
 どれも皆驚くばかりの破天荒な冒険であったが、しかし思う。
 八月二十四日今日の出来事ほどには、心に響かないな、と。

 

PHASE 583.

 八月二十五日月曜日、ラジオ体操をしていると政府特使がやって来た。

 物辺村においては夏休み朝の体操は神聖不可侵なものであり、特使といえども中断させるわけにはいかない。
 特に昨日から奥渡たまが加わって、中学生が2人に増えた。
 次代のラジオ体操のリーダーとなる橋守和人にパートナーが出来て、めでたしめでたし。小学生組がたまちゃんを大歓迎する。

 それほど長くは待たされなかった。
 特使は5人揃ったゲキの少女の前で自己紹介をする。名刺もくれた。

「内閣府特例案件調査部の皿川さん、ね。住所も電話番号も書いてないんですね?」
「いろいろと内規がありまして、」

 鳩保、もらった名刺で頭を掻く。まあだいたいは知っているのだ、東京の件で政府関係の内情は調査したから。

 特例案件調査部とは総理大臣直属の、早いはなしが宇宙人関係部署。表立って「宇宙人」と言えないから、どうとでも取れる用語を使っている。
 ただしアメリカのMIB(通称)と違って、独自の判断でミッションを行ったりしない。
 警察消防自衛隊などが従来の枠からはみ出す異常な現象と遭遇した場合、適切な部署への対応の移管を促すだけの連絡機関だ。

 皿川氏は四十歳前後、もっと若いかもしれない。いかにもキャリアのお役人な、冗談通じ無さそうな顔だ。
 鳩保思う。特案調査部ってひょっとしたら出世コースから外れる左遷部署ではないだろうか?

「本題に入る前に映像資料を見ていただきたいのですが、それなりに機密の保てる役所にご足労願えませんか。」
「それなら花憐ちゃん家で。うちゅうじん技術を使った防諜設備が整っています。」
「ではそちらで。」

 城ヶ崎家 花憐の勉強室に向かう。AV機器が揃っておりミニシアターにもなっている。
 お手伝いさんとトノイさんは、階段を上っていく場違いなスーツの男性を不審に思う。
 女子高生5人と何をするのだろう。

 皿川氏は自ら持って来たノートパソコンを起動させ、指紋認証によって極秘映像へのアクセス許可を得る。
 部屋には大きなテレビもプロジェクターもあるのに、小さな画面に5人+1が見入る。

「海、ですね。」
「海です。オーストラリア近辺の南極海です。」
「何時です?」
「日本時間で八月二十四日午後四時の映像です。現在も状況はほぼ変わっていないと思われます。」

「あ、見て!」

 花憐が指差すのは海上の小さなシミ。航空機、おそらくは哨戒機からの映像でかなりの上空から撮影する。
 ズームアップ。
 喜味子が不満を漏らす。

「映り悪いですね。」
「もうしわけありません。軍用偵察機材で撮影した映像はまだ機密解除がされていませんので。」
「いきもの?」

 みのりの指摘に他の少女もうなづく。これはたぶん、全長200メートルを超えるかいじゅーではなかろうか。
 皿川氏に、鳩保は改めて尋ねる。これって怪獣?

「おそらくは宇宙怪獣ではなかろうかと専門家は推測しております。どのように対処すべきかNWO内でも方策が見つからず、皆様のお力を借りたいと総理は望んでおられます。」

 鳩保右手を挙げて、少女全員を招集した。
 緊急物辺村正義少女会議ー!

「これは、ゲキロボ発進の必要が有るミッションではないだろかね?」
「「異議なし!」」

「というわけで皿川さん。私達これから現地に直接向かいます。向こうの受け入れ準備を進めてください。」
「いきなりですか? 総理は、」
「別に日本の総理大臣と話をしても怪獣退治はできないでしょ。」
「え、ええ。はい。分かりました、了承します。それでは現地の米軍と合流するということで、日本政府は連絡協議を行います。」
「お願いします。

 じゃあ行くぜ、みんな。」

 おう、と4人意気上がる。物辺優子は立ったまま眠っている。

 

PHASE 584.

 南極海。冬。寒い。
 日本が夏であれば、南半球は冬である。しかも南極海といえば荒れると決っている。
 それでもアメリカ海軍は元気に展開していた。

「艦番65! USSエンタープライズだ! なんでこんなところに、ドック入りしてるはずなんじゃ!」
「喜味ちゃん、ちょっと落ち着いて。」

 上空に飛来したゲキロボの中で喜味子が大暴れするのを、花憐とみのりが必死で抑える。ゲキロボ落ちちゃうよ。
 とりあえず管制に従って、まっすぐ着艦。原子力空母は物辺島より広い。

 甲板上に艦隊司令官、空母艦長、NWO関係者、アメリカ政府当局者、日本政府派遣外交官などなどの人が並ぶ中、5人はゲキロボの背中から飛び降りた。
 今日のお衣装は基本的にはゲキロボ内で邪魔にならないヤマトタイプ。簡易宇宙服だから冬の南極海でも暖かい。
 ただし見ている人が寒く思わないよう、フェイクファのもこもこが首周り手首足首周りに付いている。帽子もあり。

 代表として鳩保が彼等と挨拶握手を交わしていく。
 花憐とみのりは、ゲキロボを興味深げに見守る艦載機整備員達の好奇の視線にさらされ、悶絶する。
 優子はいつもの通りにどこ吹く風だが、喜味子は。

 艦隊司令官・提督が尋ねる。

「彼女は、飛行甲板に頬を擦り付けて、なにをしているのかね。」
「或る種の人間にとって、「エンタープライズ」という名前は特別な重みを持つのです。」
「ああ、なるほど。」

 提督は振り返って艦長と共に笑う。そういえばこの艦は宇宙とも縁が深かった。

 寒風吹き荒ぶ飛行甲板上で立ち話も辛いから、艦内のブリーフィングルームに案内された。
 そこは既にNWOとアメリカMIBの要員に占拠され、宇宙怪獣分析室と化している。

 鳩保達5人はコーヒー紅茶などをサービスされ、早速に本題を切り出された。
 テーブルの反対側に座るのは、艦長を除いたお出迎え組のおじさん4名。
 提督が直接に対話する。

「君達はあのKAIJUが何か、心当たりは有るか。」

 ”怪獣”は既に世界で通じる言葉となっている。とにかく通常の生物の枠を超える巨大生命体は、なんでもKAIJUだ。
 空母エンタープライズでは、ゲキロボが着艦する前に既に怪獣の上空を飛行して情報収集を行っているのをレーダーで感知している。
 或る程度の結論は既に出ているものと考えて、直截に質問する。

 詳しい事は喜味子がよく分かるのだが、情報担当花憐が伝える。正直、鳩保と花憐でないと英語での流暢な会話は難しい。

「あの怪獣にも名前はありますが地球人には発音できませんから、便宜上「アトム・コスモドン」と呼称します。その名の通りに「原子力宇宙怪獣」です。」
「原子力、かね。あの有名なGODZILLAみたいな。」
「まさにそれです。体内に原子炉が有って、その動力で生体を維持しています。」

「つまり、この怪獣を攻撃すると放射性物質が飛散して大惨事を招く、ということか。」
「それはありません。いえ、本来そうなるのですが宇宙怪獣もバカではありませんから、死んだ時に核物質が飛散しない機構を体内に備えています。」
「怪獣にとっても核物質は危険なわけか。」
「むしろ貴重で誰にも渡したくないから、飛散しない機構を備えています。どうせあげるなら自分の子孫に核燃料を継承させたいのです。」
「この怪獣は原子力を生体活動の基盤とする天然自然に発生した生物であり、彼等の星では同種の生物による生態系が確立しているのか。

 だが何故地球にそんなものが居る?」
「プレゼントです。」

「なに?」
「宇宙人きゅらすぽす・べとれてれむ・しゅんぴーぐるどらるる・めけ星人、が昨日来日しまして表敬訪問して帰りました。
 彼等はハンターの種族で、巨大な宇宙怪獣を狩る事を生業としています。彼等にとって貴重なものと言えば、やはり巨大生物。
 そこで地球にも立派な宇宙怪獣をプレゼントとして持って来たのです。」

 提督、さすがに理解できずに頭を捻る。何故迷惑千万な宇宙怪獣を持ってくると地球人が喜ぶと考えたのか。
 NWOの責任者が代わって質問を続けていく。彼は宇宙人と地球の関係について或る程度の知識を持つ。ミスシャクティの存在も認識する。

「その、きゅらすぽすぺつれへむ星人は地球を攻撃する意図を持って怪獣を放ったのではないのですか。」
「喜ぶと思って持って来たと、わたし達は考えます。事実貴重なものです。
 考えてみてください、地球人の前に本物の宇宙生物が居るんですよ。サンプルとしてコレ以上のものはありません。」
「あ、ああ。確かに宇宙生物の研究は飛躍的に発展するだろう。だが、」

「これ以上のメリットについては、喜味ちゃんの説明がひつようです。」

 

PHASE 585.

「児玉喜味子です。ないすちゅーみーちゅ。」
「あ、ああDOUZO、YOROSHIKU」

 喜味子はみのりの超能力「どんな宇宙人とでも会話出来る能力」を使って話をする。
 英語のテストで赤点を取る身でありながらも、流暢にネイティブと会話するのは非常におもばゆい。
 赤面する喜味ちゃんを見て、男性達も恐怖した。でも噛み付かないよ。

「えーと、原子力関連の技術者の方、居ますか?」
「あ、ああもちろん。原子力空母だから博士号を持った技術士官も乗っている。それがなにか。」
「専門家だとだいたい原子力怪獣のメリットを理解してくれます。呼んでください。」

 数分後、原子炉の運転管理担当責任者がブリーフィングルームにやってきた。四十代の黒人おじさんだ。
 喜味子の説明を聞く内に、目が輝き、瞳孔が散大し、口をぽかんと開けてよだれまで流すほどに感激する。
 提督に進言した。食らいつかんばかりの勢いで。

「宇宙怪獣をください、私に!」

 無理もない。
 なにせ中性子を完全に反射する鏡を用いた未臨界原子炉が怪獣の動力なのだ。連鎖反応を必要としない、核燃料を最小で反応させられる効率的な原子炉だ。
 しかも核分裂反応で生じる中性子を吸収して直接に電力を発生させる中性子電池とも呼べる機構が備わっている。
 さらには電子流によって熱を運搬する冷却機構。排熱設計が極端に簡単になるばかりか、そのまま発電機として利用できる。
 そして核子変換。それも常温プロセスによる変換によって、タンパク質やアミノ酸を合成するように機能原子を生成できる。
 その他諸々、進化の過程のすべてを原子力で賄ってきた生物だ。どれほどの秘密が隠されているやら。

 この宇宙怪獣を解析できれば、地球の原子力工学は200年は進歩する。
 欲しい、ぜったいにこれ欲しい。

 提督も彼の熱意と迫力に打たれて、喜味子に困った顔を向ける。
 あの怪獣、どうすればよいのだろうか?

「あー、ぶっ殺しちゃって構いません。」
「え? いいのか?」
「死んだくらいで壊れるほどやわな原子炉持っていませんから。個体としての死と、生体としての死は別です。死んでも組織は健全に動き続けます。」
「また後で蘇るとかはないのだろうか。」
「その時はまたぶっ殺せばいいんです。というか、蘇らないように組織を分解して切り出してしまえば、研究やり放題です。」
「なるほど。まさしくその通りだ。」

「ただー、核ミサイルの直撃でぶっ殺すとかは無しです。生体組織が汚染されて人類が解析できません。」
「分かっている。研究の為には出来るだけ綺麗に殺さねばならない。通常兵器を用いての殺害。これでいいのかな。」
「結構です。なにせ怪獣もらった本人が言うことですから。」

 にこりと笑う喜味子の真意を、彼等はまったく理解できなかった。
 ただ方針は決する。艦隊全力を挙げての総攻撃で、怪獣を抹殺する!

「ところでMiss KIMIKO。怪獣に弱点は無いだろうか。」
「あ、口の前に出てはダメです。火を噴きます。核融合反応による粒子ビームによって雌を呼ぶ、ディスプレイの習性を持っていますから。」
「なるほど、助言感謝する。」

 怪獣にミサイルを食べさせて殺す作戦は消滅した。この一言で何人もの戦闘機パイロットの命が救われた。

 

 あとは軍人さんのお仕事。
 ゲキロボは格納庫内に収容されて、甲板上はF/A−18Eスーパーホーネットの発艦準備が進む。全機爆装で、爆弾をどんどこぶつける作戦だ。

 ゲキロボ置きっぱなしでNWOの連中が必死に情報収集解析を行っているだろうが、無駄。妨害シールドを展開しておりいかなるセンサーにも何も映らない。
 ゲキの少女達もそうだ。
 目で見て認識出来るだけで、ビデオカメラ他いかなるセンサーでも検知できない幽霊人間なのだ。銀塩写真にもゴーストが写ってしまう。

 戦闘中おじゃまであるから、VIPルームに通されてくつろいでいる。
 ただ、艦隊総力を挙げての攻撃でかいじゅーを殺してしまう作戦に、みのりは反対だ。
 なんとか生きて残す方法は無いものかと、喜味子に抗議する。

「みぃちゃん、あの怪獣はまったく無害というわけではないよ。お腹が空いたら核燃料を探してたぶん原子力発電所を襲って食べてしまう。大被害まちがいなし。」
「でも、そうだゲキロボで故郷の惑星に連れて帰るというのはどうだろう。」
「みぃちゃん、あのね。」

 喜味子は珍しく真面目な顔で、みのりに向き直る。それはちょっと了見が違う。

「あのね、もしみぃちゃんがプレゼントとして生きたうさぎをもらうとする。どうする?」
「え、えーうさぎって山に住んでるうさぎだよね。逃がす、かな。」
「でもそのうさぎは、くれた人がみのりちゃんが喜ぶと思って持って来たんだ。うさぎには色々な利用法が有る。
 食べてもいいし毛皮を取ってもいい。うさぎを狩る目的はだいたいそれだ。
 飼ってペットにするのもいい。逆に鉄砲の的として撃ち殺すのも、みのりちゃんの自由だ。
 殺すのは可哀想と思っても、無駄ではない。人間が食べないのなら犬の餌にもなる。
 また欲しいという人が居ればあげてもいい。売ってくれと頼まれれば売るだろう。

 でも、逃すのはどうだろう? うさぎをくれた人はそれを聞いて、どう思うかな。」

 みのり、口篭る。これは心の問題なのか。
 花憐もみのりの考えに同調しない。喜味子の言は正しい。
 宇宙人「めけ」は良かれと思って怪獣を持って来たのだ。それが元の惑星に突き返されたと知れば、悲しい思いをするだろう。気分を害するかもしれない。
 礼儀に反する行いだ。

「分かったよきみちゃん。でも、怪獣はそう簡単に殺せるかな。」
「さあどうだろう。地球の軍事力がコスモドンに通じるものか。」

 

PHASE 586.

 ダメだった。
 24時間の全力攻撃を受けても、原子怪獣アトム・コスモドンはぴんぴんしている。
 大きな対艦ミサイルが当たっても、魚雷が腹で爆発してもまったく効果が無い。

「弱点はほんとうに無いのですか?」

 提督は泣き言をこぼす。
 本当に手持ちの戦力では何の効果も得られない。無力を噛みしめるばかりだった。

 喜味子慰める。

「まあこれが宇宙の実力ってやつです。今の兵器では歯が立たないと痛感するのも、経験です。」
「まったくそのとおりだ……。」

 ちなみにこの艦隊は米軍第七艦隊とはちょっと違う。
 〇八年五月のゲキの発現がミスシャクティに予告され、その影響や宇宙人の襲来が全地球規模で発生すると予想された為に急遽編成された混成艦隊だ。近場のオーストラリア軍も混じっている。
 旗艦が本来ならば長期オーバーホールが予定されていたCVN-65エンタープライズであるのも、苦肉の策。現有戦力の有効活用だ。
 あくまでも臨時であるから、「α1艦隊」と呼ばれている。

 ブリーフィングルームの正面にはプロジェクターで大きく怪獣の姿が映し出されている。この24時間でNWOの宇宙生物学者集団が行った分析図だ。

 体長500メートル、浮上部分は200メートル。水上部分の高さは100メートルでしっぽに向かって低くなっている。全体としては芋虫に似た形状だ。
 つまり身体の正面がゴジラ状の直立二足歩行怪獣であり、背中から続く太いしっぽが芋虫で8対の歩脚を持つ。歩脚で泳いでいた。
 ゴジラみたいな顔には1対の眼と口吻が有り、口からは粒子ビームを放出する。有効放射距離10キロメートルで急速に威力は減衰するが、それでも駆逐艦くらいは撃破する。
 背中には11対のレーザー光線砲門を持ち、戦闘機を寄せ付けない。

「なぜ生物がレーザー光線砲を持っているのだ。アレは本当に天然自然に進化の過程で身につけたものだろうか。」
「あーあれは虫除けです。コスモドンの惑星には蚊が居まして、身体にとまってドリルで体表に穴を開けて、核子変換で生成した物質やエネルギーを奪い取るんです。
 レーザー砲はそれを追っ払うだけの最低限の出力しか備えていません。」
「つまり我々は、蚊にすら劣るということか…………。」

 これ以上は無意味に兵員が死んでいく。
 喜味子はゲキロボによる屠殺を進言する。みのりはいい顔をしないだろうが、これもプレゼントを貰った者の責任だ。
 自分の家の仕事で鶏を〆るのにも慣れている。

「うむ、それがいいのかもしれない。だが人類にはまだ奥の手が有るらしい。」

 携帯電話が鳴り、提督は報告を聞いた。奥の手が到着したようだ。

「甲板に出てみないか。たぶん面白いものが見れるだろう。」

 

 飛行甲板は寒い。ただでさえ冬の南極海はシバレルのに、雹まで吹き付けてくる。
 F/A−18Eのジェットエンジンの奥に火が見えて、暖かそうだ。

「まもなく浮上するとの事だ。」

 甲板右舷に一列に並んで海を見る提督とゲキの少女5人。
 今回まったく出番の無い物辺優子は、空母内での待遇に文句は言わないが退屈の蟲が腹の中で騒ぎ出しそうで、非常に危うい。エンタープライズの船霊でも祀らせるべきだろうか。

 なにが出るかな、と待ち構えていると、近くの海が波立ち、浮上してくる物体が有る。潜水艦だ。
 しかしこの距離は近過ぎる。ほとんど衝突せんばかりだ。

 花憐があっと声を上げる。これは、魚潜水艦だ!

「NWOが密かに建造していた未来技術を用いた潜水艦だそうだ。艦載機を12機搭載するというが、私も見るのは初めてだ。」

 提督は知らなくても、ゲキの少女はよく知っている。
 古代の甲冑魚に似た艦首装甲が大きく開いて、口の部分から3メートル高の土管型ロボットが発進する。
 水中でも陸でも、限定的には空をジャンプも出来る万能ロボット「ガスコーニュ」だ。

「あれ、喜味ちゃん。このロボット「ガスコーニュ」じゃないわ。」
「ほんとだ。頭とか武装がかなり違う。」

 しかし運動性能は同じ、よく分からない浮上機能を用いて海面を走ると、大きく噴射して飛行甲板に飛び上がる。
 8機のロボットが勢揃い。
 そしてもう1機。今度は胴体部分が大きなロボット、兵員輸送型と思われる戦闘力低そうなデザイン、が着艦した。
 顎鬚の白いがっしりとした紳士が降りてくる。

「プランセス! また会えて光栄の至りです。」
「あやっぱり、バルバートルさん!」

 アントナン・バルバートル、フランス人58歳。欧州議会議員にしてNWOレベル4メンバー。城ヶ崎花憐の案内役を任されている人物だ。
 彼は魚潜水艦を指揮しロボット兵器「ガスコーニュ」を操り、かなり際どい作戦を行ってきた。
 しかし、このロボットはなんだろう。

「これは「バヤールBayard」です。
 「ガスコーニュGascogne」から製造コストが極端に高価くなる頭部対空レーザー光線砲を省き、電磁砲を火薬式の高速度砲に置き換えた、言うなれば廉価版です。
 物辺村が「ガスコーニュ」の襲撃を受けた際に現行兵器では対抗できなかった件をミスシャクティに報告したところ、「バヤール」の大量供与が急遽決定されました。
 NWO各国に配置されて宇宙人襲撃に備えます。」
「はあ、そうですか。」
「省いたレーザー光線砲はこちらの機体「ガルガメルGargamelle」に搭載されています。VIPを収容して避難が出来るようにもなりました。」

 アントナンが大いに誇るのはよいが、さすがに「バヤール」では巨大宇宙怪獣の相手は荷が重かろう。なにせ廉価版なのだから。

「ああ。「バヤール」には「ガスコーニュ」が持たない大型対艦ミサイルを搭載していますが、宇宙怪獣相手にもっと強力な兵器も伴っています。
 その名は「ヴォーダンWodan」!」

 北欧神話最高神の名を持つ機動兵器、いやこの大きさは格闘戦艦と呼ぶべきか。
 海が盛り上がり、鋼鉄の背が浮かび上がる。

 魚潜水艦、正式名は「ディニクティスDinichthys」が波に煽られてエンタープライズに接触しそうになる。巨大なパワーだ。

 提督は「ヴォーダン」の勇姿に目を細めた。これならば、この兵器ならばいけるかもしれない。
 だが少女達は悲観的かつ悲劇的な想像をしてしまう。
 何故ならばその機械は、やはりかいじゅーの姿をしているからだ。

 メカゴジラは、ゴジラには勝てない……。

 

PHASE 587.

 当然の事ながら提督は、謎の機怪獣「ヴォーダン」を単独で戦闘させようとは思わない。
 戦闘機や艦船で適切な支援をしながら効果的な攻撃をしてもらいたいのだが。

 アントナン・バルバートルがヴォーダン操縦者と数度の連絡を取った挙句に、さじを投げ出した。

「なんということだ。彼はヴォーダン単独での戦闘を希望している。艦隊の支援を拒否するばかりか、兵器の有効領域に居れば巻き添えにすると通告してきた。」
「誰なのだ。そのイカれたパイロットは。」
「それが、……ヴォーダンの設計建造責任者なのです。ミスシャクティの工房の最高位研究員で動的構造物の権威、潜水艦「ディニクティス」も彼の設計でまさに天才なのですが、」
「いわゆるマッドサイエンティストか。」

 提督は苦虫を噛み潰した顔で対応に苦慮する。
 だがそもそもヴォーダンのスペックも戦闘データも与えられていない。それどころかヴォーダン自体が今回初の戦闘行動、初陣である。
 連携を取るにも問題が多過ぎる。

「バルバートル君、本当にあの機械は戦えるのだろうか? 私は大いに疑問に思う。」
「故に設計者本人が乗っているのですが、まずはお手並みを拝見してはいかがでしょう。」
「そうだな。戦闘のプロではないのだから、いずれ音を上げるだろう。その時まで壊れないとよいが。」

 喜味子が念の為にもう一度尋ねる。大人のおじさん同士の会話に割って入るのは、さすがに緊張する。

「あのすいません、ヴォーダンは同レベルの巨大怪獣との殴り合いの格闘戦を考慮して設計されているのでしょうか。」
「分からない。いや、考慮していなければ格闘戦などやらないと思うが、いかんせん仮想敵のモデルが無いのだ。」
「ですよね。地球上の生物では想定出来ませんからね……。」

 ゴジラ映画ではメカゴジラはエネルギー兵器や飛び道具を装備していても、最後はお約束で殴り合いになる。
 そして現代の地球人科学技術が製造可能なエネルギー兵器は、とてもではないがアトム・コスモドンに効果が無い。
 通常の火薬兵器は既に無力を証明済みだ。

 そうこうする内に、ヴォーダンはコスモドンが遊泳する海域に到着。
 コスモドンは特に目的も無く泳いでいるようだ。知らない惑星の知らない環境にいきなり放り出されて、ぽんぽんと弾けるポップコーンをぶつけられて、「よせやい」という心境だろう。

 ヴォーダンは海中を移動し、5キロメートルの至近距離に浮上する。ここはもう、コスモドンが口から放射する粒子ビームの有効圏内だ。
 しかも大きさが違い過ぎる。コスモドンはヴォーダンの4倍の大きさを持ち、装甲も厚い。
 だが先制攻撃はヴォーダン。

「粒子ビーム砲だ。ヴォーダンも荷電粒子ビームを持っている!」
「二十一世紀の科学技術で、これほどのエネルギー兵器が駆動可能なのか。」
「構想と実験は知っていたが、既に実用段階にまでこぎつけていたのか。素晴らしい。」

 喜味ちゃんと提督とアントナンは、ブリーフィングルームの正面パネルに映し出される映像を食い入るように見ている。
 現場海域上空を飛行する哨戒機がリアルタイムで映像を伝送してくる。怪獣両者のデータを鋭意収集中。
 冷静に解析を進めていたNWOの分析官は、3人に残念な事実を告げた。

「ヴォーダンの荷電粒子ビーム、コスモドンに着弾。しかし効果は認められません。エネルギー密度が低過ぎます。」
「うむ、さすがにダメか。」
「コスモドン、同じく粒子ビームで応戦します!」
「おお!」

 これに耐えられなければヴォーダンは一巻の終わり。駆逐艦をも撃沈する粒子ビームの直撃を浴びるが、

「耐えている。おお、バルバートル君、ヴォーダンは粒子ビームに耐えられるぞ。凄い!」
「さすが、と賞賛すべきでしょうな。彼の技術力は完璧なのです。」

 呑気に喜ぶおじさん二人。だがそのカラクリは、単純に機体が頑丈だからではない。
 喜味子には分かる。ヴォーダンは基本構造としては風船なのだ。極めて強固な皮を持ち、中の気体の圧力でぱんぱんに膨らんでいる。
 エネルギー兵器の威力は皮に効果を及ぼさない。中の気体は電磁的な作用を帯びており、攻撃エネルギーを直接に内部で受け止め、気体全体で吸収する。
 いわばエネルギーフィールドを体内に持つ。宇宙人の攻撃をエネルギー兵器によるものだと想定しての対策だ。

 ヴォーダンの弱点はむしろ質量弾。だが皮の材質も半端ではない。

「バルバートル君、ヴォーダンの装甲は何で出来ているのだろう?」
「それは、」
「それは「ファイナルスチール合金」と呼ばれるものです。鉄を原料とする合金の最終形態究極至高の材料で、物質を使って巨大宇宙船を作る宇宙人は皆これを使います。
 二十一世紀科学では生成出来ません。」

「おお! コスモドンが今度はレーザーで攻撃するぞ。」

 3人、またしても正面パネルに齧り付く。怪獣大戦争をリアルタイム実況中継だ、見逃してなるものか。
 残りのゲキの少女4人はため息を吐いた。いやー、へいわでよいですなあ。

 

 ヴォーダンの表面塗装は耐レーザー防護層になっている。レーザーを照射されると蒸散して熱を奪い去り、下の外皮を保護する。
 蒸散してプラズマ化すると内部気体の影響下に入り、バリアを外部に延長した形になる。
 そもそも外皮のファイナルスチール合金自体が溶融温度2500℃以上。熱に強い。

 逆襲するヴォーダンが装備するレーザー光線砲、もちろん目から照射される、もまったく効果が無かった。
 両怪獣は互いの距離を詰めていく。
 やはり最後は肉弾戦だ。

 

PHASE 588.

 アトム・コスモドンとヴォーダンの相対距離は500メートルまで近付いた。
 この距離でのコスモドンの粒子ビームの威力は激烈で、いかにエネルギーフィールドを体内に持っていようと防げない。

 ヴォーダンは機体表面各所に有るハッチを開いて、光り輝く粒子を多量に放出する。

 「ポリンスキーMM粒子気体」
 ナノメートルレベルのマイクロマシンで、外部からエネルギーを与えられるとMM間で相互干渉し、互いに反発しまた一定の距離で引き合い巨大な立方構造を作り出す。
 いわゆるエネルギーフィールドだ。
 フィールド内部には電磁波の浸透が困難となり、荷電粒子の軌道は大きく乱され急速にエネルギーを奪い去られる。
 まさにどこかで聞いたような効果が発生するわけだ。
 発明者は二十三世紀の物理学者イリナ・ポリンスキー博士。

 果たして、コスモドンの粒子ビームはポリンスキー粒子にエネルギーを吸い取られて破壊力を生み出せない。
 ヴォーダンの接触を許してしまう。

 コスモドンの無防備そうな芋虫状腹部でなく、正面ゴジラ状二足歩行部分に取り付いたのは妙手である。
 なるほど芋虫部分は弱いかもしれないが、ヴォーダンの大きさはコスモドンの4分の1。コスモドンの運動の自由を妨げられない。
 だが正面作業肢のあるゴジラ部分には頭脳が有る。
 行動決定機能を破壊してしまえば、いかに宇宙怪獣といえども斃れざるを得ない。

 ヴォーダンは遂に真の姿を現した。
 蛇腹状の首が伸び、甲冑魚のように厳重に装甲に覆われた頭部が大きく張り出す。
 手足も同様に折り畳んでいたのが、中の空気で押し出すかに伸びる。しっぽも伸びる。
 怪獣と呼ぶよりは蜘蛛いやナマケモノに見えた。

 そして浮上、飛行。先ほど放出したポリンスキー粒子のエネルギーフィールドを足場として、巨大な体躯を押し上げる。
 さほど遠くまでは行かない。コスモドンの首にしがみつくだけだ。

「絞め殺す?」

 USSエンタープライズ内では、ヴォーダンの思いがけぬ善戦に総員挙げての応援が繰り広げられる。
 そこだやっちまえ、首根っこ折っちまえ!

 確かに賢い戦法だ。
 巨大怪獣との格闘戦の経験も無く、高度な運動能力も付与できない地球人にとって、肉弾戦で可能な手段といえばこれしか無い。

 コスモドンも驚き両手を振り回すが、上手くヴォーダンを排除できない。手が短いのだ。
 それから30分、延々と絞め続ける。だんだんと手足首の長さを短くして圧力を高めていく。
 さすがにファイナルスチール合金だ。これだけの張力によく耐える。

 遂に、山が砕ける音が天地に轟いた。
 コスモドンの頚椎が破壊される。思考機能が停止し、総体としての行動が不能となる。
 ヴォーダンの勝利!(58分 コブラツイスト)

 

 ブリーフィングルームも勝利の歓喜に沸き立った。
 提督はアントナンと握手し、喜味子に抱きついて喜びを露わにする。

「バルバートル君、回線を繋いでくれたまえ。地球を救った勇者と話がしたい!」

 ヴォーダンのコクピット内映像が映し出される。もちろんNWO最高機密であるのだが、興奮のあまり誰も考慮しなかった。
 コクピット内には火花が散り、煙が篭もり、緊急事態を知らせる警報ランプが点滅を繰り返す。
 怪獣と密着して機体強度の限界までも圧迫を加え続けたのだ。故障しない方がどうかしている。
 操縦者も必死の形相で、頬は赤く染まり目が吊り上がっている。
 白髪の老博士だが、表情に狂気が覗われる。

 アントナンが呼び掛ける。

「博士、マンフォーテン博士ご苦労さまです。人類の勝利です。」
”ふー、はー、ふーひーはー”
「艦隊司令官があなたと直接会話したいと望んでいます。人類の救世主に賞賛を、」
”ふーふー、はーはー。ひ、ひっひひひ、ひ”
「博士?」
”は、ははははは、わははははは、わたしはかみだ!”

 え?

 ブリーフィングルームに詰める人達は、喜びの表情のままに硬直する。なんと言ったこの爺さん?

”ははははっはあ、わたしはついに究極の力を手に入れた。まさに神へと至る階段を登り切ったのだ”
「博士、博士?」
”はーっははは、NWOの俗物共が、権力にあぐらをかく豚どもめが、ついに正義の鉄槌を加える時がやってきた。この神の手でちょくせつに”
「博士、博士、冷静に。あなたは戦闘で興奮しすぎておかしくなっているのです。クールダウン、冷静に、落ち着いて。」

”      あ、ああアントナンか”
「はい私です。博士、お気が付かれましたか。」
”世界各国の首脳どもに、あの権力のウジ虫どもに宣戦布告してやれ。これから1つずつ、貴様らの牙城を粉砕してやるとな”
「博士ーーーーーーーーーーー!」

 アントナン、どうするべきかまったく見当もつかず、敗北しきった表情で振り返る。
 提督としても、このような状況は想定外も極まって、如何ともし難い。
 何故かふたりともに喜味子に振り向いた。

 どうしましょう?

「あー、とりあえずここは映画とかのセオリー通りに、F-18でこうげき?」

 

PHASE 589.

「効かないねえ。」
「効きませんなあ。」
「対宇宙人戦闘マシンですから、それは効きませんよ。」

 喜味子提督アントナンの3人は、まあ想定通りの結果を得て、攻撃中止命令を出す。
 通常兵器ではまったく傷も付かなかったコスモドンを屠る機怪獣なのだ。効くと考える方がマヌケだ。

 ヴォーダンは水漬くコスモドンの屍骸の上に立ち上がり、勝ち誇る。

「やはり核ミサイルで、」
「それこそ愚策ですよ。エネルギーフィールドは有るし、第一レーザー光線で簡単に叩き落とされます。」

「何でこんなことになったのだ!」

 アントナンは悔やむも、実は心中では納得しないでもない。
 彼も間違いなくNWO内部の過激派に属する。世界各国の権力機構にNWOが支配されるのを嫌って、様々な工作活動を行ってきた。
 その実績を認められて、巨大未来兵器開発責任者であるマンフォーテン博士に知己を得た。
 博士は独立不羈の精神が強く、自らに知識と技術を与えてくれたミスシャクティにさえ反発し凌駕しようとする。
 そんな人物に力を委ねるとどうなるか、火を見るよりも明らかであったのだ。

「とにかく戦闘機隊による攻撃は損害が大き過ぎる。やはりレーザー光線砲による対空迎撃は無敵だ。我が軍も早急に開発配備しなくては。」
「あーたしかにアレは厄介です。現有兵器で耐えられるものは無いでしょうね。」
「うむー……。」
「現有兵器でなければ、どうです?」

 喜味子の提案に、提督は首を上げる。現有でなければ、試作兵器? いや、未来兵器か。

「この夏にですね、私、世界の有力国にデアゴスティーニ方式で宇宙人技術を使った秘密兵器を売ったんですよ。」
「それは聞いたことがある。大統領直属の特殊戦隊が対宇宙人兵器を入手したと。その名は、」
「「”Iron Fist”!」」

 提督はブリーフィングルームを飛び出し、司令室に向かう。アメリカ大統領との直通電話で、”Iron Fist”の使用を進言するのだ。

 アメリカ大統領も南極海での怪獣ファイトの一部始終を見ている。
 提督の進言を入れて、直ちに”Iron Fist”の使用を決断した。アメリカは一国で2基、空軍と宇宙人対応部隊が保有する。200億円取っ払いだ。
 またNWOの最高会議を通じて”Iron Fist”保有国全てに戦闘参加を促した。総数10基。

 喜味子は12基を用意したのだが、百億円戦闘機たった1機分のカネをケチって入金しない国があるので、自分家の鶏小屋の隅に収納してある。
 日本門代商店街喫茶『ブラウン・ベス』に連絡。Captain FISHMEATに出動要請だ。

 

 たちまち上空に幾つもの拳骨が白い雲を引いて現れる。
 マッハ17という高速で濃密な大気を切り裂くので真空状態が発生し、その進路に沿って空気中の水分が凝固するのだ。

 最高速度がわずかに第一宇宙速度に達しないのは、喜味子の配慮による。
 あまり早いと地球を脱出してコントロール不能になるから、制限速度を設けていた。本来であれば月にだって飛んで行く。
 それだけの推力を持っている。

 ”Iron Fist”は無人誘導。各国基地に設置されている喜味子改造ノートパソコンを使って、特別な専任操縦者が行う。

 Captain FISHMEATことマシュー・アイザックス元オーストラリア空軍大尉を使って実験した結果、コントローラーに5つのモードを設定した。
 ゲーム同様、「EASY」「NORMAL」「COMBAT」「HIGH」「EXTRAORDINARY」の難易度設定だ。

 「EASY」「NORMAL」はただ飛ぶだけで戦闘任務には使えない。練習モード。
 「COMBAT」は敵高速標的の予想進路を想定した操縦支援が追加される。戦場全体の三次元での認識が必要であるから、プロの戦闘機パイロットでなければ使えない。
 「HIGH」は文字通りの超高速、大陸間弾道ミサイル迎撃等に用いられる。マッハ17で迎撃し何度でも使える”Iron Fist”は百億円でも絶対に安い。

 そして「EXTRAORDINARY」 対宇宙人戦闘の為の感覚拡張が行われる。
 歩行速度から弾道弾速度までの広い速度域を自在に出入りする操縦は、生身の人間ではまったくに不能。
 魚肉人間合成人間、宇宙人そのものでなければ扱えない。

 各国の”Iron Fist”はエンタープライズの上空で旋回して挨拶すると、ヴォーダン攻撃の為にまっすぐ突っ込んでいく。
 旋回半径わずか10キロメートル。マッハ17から急速に減速してもマッハ5、そしてこの旋回半径なら100G以上の遠心力が掛かったはず。
 いくら無人機といえども想像を絶する運動性能だ。

 飛行甲板上で見送った提督は、脇に立つ喜味子に質問する。

「ソニックウエーブが発生しないのだな。」
「空気抵抗除去なんて、二十一世紀中に実現する技術ですよ。」
「そうか。未来は可能性に満ち溢れているのだな。」

 

PHASE 590.

 ”Iron Fist”が激突する。
 各国10基の空飛ぶ鉄拳が、機怪獣ヴォーダンの世界侵略の企みを打ち砕く。
 マッハ17の超高速が鋼の機体を撃ち抜いた。

「撃ち抜きませんな。」
「貫通は出来ないみたいですね。さすがファイナルスチール。」
「だが打撃効果は有るように感じられる。」

 確かに”Iron Fist”は強力だ。マッハ17重量1トンの運動エネルギーが直接に対象に与えられ、大きな破壊力を発生させる。
 ただ”Iron Fist”自身にもエネルギーフィールドが存在する。物質構造の代わりにエネルギーフィールドが強度を肩代わりし、拳が粉砕されるのを防ぐ。
 バリア同士の衝突となれば純粋なエネルギーの交換となり、直接に破壊に繋がらない。

 喜味子は指摘する。

「どうも、パンチが軽いみたいです。ヴォーダンは殴られる度に大きく揺れますが、構造破壊には繋がってませんね。」
「うむ、もっと重いヘビー級のパンチが必要か。それでも10基の連続ジャブで、ヴォーダン内部は嵐のように揺れているだろう。」
「そうなんですけど、中はどうでしょうね?」

 アントナンは現在、ヴォーダンを操縦するマンフォーテン博士の説得を必死に続けている。
 モニターでコクピット内部の状況が見て取れるが、ハイテンションで頭を妙に振り回す博士には機体の動揺は認識されていないようだ。
 いい感じのグルーヴとでも思っているのだろう。

「Miss KIMIKO。”Iron Fist”の威力を増大させる方法は無いだろうか。」
「軽いですからねえ。もっと重量があれば、     ……重量、か。

 はい出来ました。50トンくらいの強固な金属塊を”Iron Fist”で掴んでマッハ17まで加速、運動エネルギー弾としてぶつけてみましょう。」
「おお! しかし、そんな重い物を持って飛べるのか?」
「50が100でも1000でも”Iron Fist”は飛んできます。ただーあまり重いと加速に時間が掛かり過ぎるから、50トンくらいが適正でしょう。
 それにぶつかった時にばらばらにならない固くて大きな金属塊ってのはそう簡単には見つからないし。」

「任せておきたまえ。軍隊はそういう時にこそ融通を利かすものだ。」

 提督はここは自分の出番だと、ブリーフィングルームを出て行った。
 これ以上他人の手に任せるのは我慢ならん。この現場は俺のものだ。

 

 その間も”Iron Fist”の攻撃は続く。
 さすがに殴られ続けは堪えるのか、一度海に逃げようとしたが、ヴォーダンは再びコスモドンの死骸の上に飛び上がる。
 水中にも”Iron Fist”は伏せてある。Captain FISHMEATに命じて、海への逃げ道を塞いでおいた。

「お。来たな。」

 アメリカ所有の2基が大きな物体を掴んで飛んでくる。提督は喜味子の進言通りにどこからか巨大な金属塊を調達して、

「わああああああああ!」

 戦車だ。レオパルト1が空を飛んでいる。おそらくはオーストラリア陸軍が所有するやつだ。
 さすがはアメリカ。オーストラリア政府には新しいのを売ってやるとねじ込み、かっぱらってきたのだ。
 確かに戦車であれば50トン、強固な金属の塊であるが。

「わあああああああもったいない!! きゃあああああ。」

 激突した。さすがの威力だ。
 マッハ17といえば秒速5.8キロメートル。戦車砲の3倍の早さ、HEAT弾のメタルジェットに匹敵する速度である。
 炸薬など搭載していないにも関わらず、溶けた鋼鉄が灼熱して光り輝く。
 ヴォーダンの外皮表面に穴が開いた。

 ブリーフィングルームでも歓声は上がるが、おそらく司令部では欣喜雀躍であろう。
 だが喜味子の表情は冴えない。このまま攻撃が続けば貴重なせんしゃがいくつもぎせいになって。
 今も”Iron Fist”がレオパルトを掴んで飛んで行く。砲塔部分はひっくり返すと抜け落ちるから、別の拳が持っていく。

「アントナンさん!」
「わあびっくりした。」

 喜味子に呼び掛けられ、マンフォーテン博士の説得に失敗した彼は憔悴した顔を跳ね上げる。

「アントナンさん、ヴォーダンはNWOの所有物で建造費も莫大な金額が掛かっているはずですよね?」
「ああもちろん、もちろん国家的財政を揺るがすほどの資金が投入されている。」
「全壊させると大損ですよね。」
「もちろんだ。出来るなら無傷で取り返したい。」

「ヴォーダンの構造は中空です。空気の詰まったボールみたいなもので、外皮が破れたら内部に侵入して博士を逮捕できます。」
「侵入と言っても、生身の人間が動いている機械の怪獣の中に飛び込むなんて、手段が……、!」
「バヤールを突入させましょう。」

 無論これは、アントナン・バルバートル本人を救済する措置でもある。
 今回の不始末はマンフォーテン博士に起因するが、責任はあくまでも立案者であるアントナンに帰す。
 このままヴォーダンを完全破壊させてしまうと、彼のNWO内での立場は失われる。すべての権限を剥奪されてしまうだろう。

 そうならないようになんとかして、とさっきから後ろの方で花憐ちゃんが喜味子に手を合わせてお願いしてる。

 アントナンは喜味子の提案の政治的意図を瞬時に見抜き、立ち上がる。
 そうだ、行動あるのみだ。
 事態の推移に手をこまねいてはならない。状況は自らの手でコントロールしなければ。

「ありがとう!」
 と言い置いて、彼もブリーフィングルームを走り去った。

 

 こうして事件は終わった。
 宇宙から来た怪獣は死に、骸に宿す数多の秘密は地球人類の発展に大きく寄与するだろう。
 南無阿弥陀仏。こんな時便利なおまじないだ。

 マンフォーテン博士は首尾よく逮捕され、機怪獣ヴォーダンは小破の状態で回収される。
 アントナン・バルバートル氏の首も皮一枚で繋がった。

 そしてゲキの少女は、

「でも原子力宇宙怪獣って、ウソっぽいですねえ。テレビでも何も報道してませんし、本当に書いていいんですか?」
「いやたまちゃん、本当にホントだったら。宇宙怪獣は確かに居るんだよ。」
「そうですかあ〜?」

 記録係のたまちゃんにも信じてもらえないほどの虚しい3日間を、無償で費やしてしまったのである。
 喜味子はともかく、出番の無かった4人は思う。

 最初に総理大臣に会って報酬を決めてくればよかった……。

 

 P.S.

 きゅらすぽす・べとれてれむ・しゅんぴーぐるどらるる・めけ星人が喜味子に贈った子犬は、「玄犬」と呼ばれる種類である。もちろん宇宙生物。
 南極海に出張中は、奥渡たまに世話をお願いした。

 もちろん宇宙生物の飼育は難しいので、ゲキの端末である梅安、そしてナナフシ星人に協力を頼む。
 合成犬の凸凹も親代わりとなって面倒を見てくれた。

 たまの苦労はそこではない。宇宙子犬を触ろうとする双子を防ぐのが大問題、格闘戦になる。
 物辺村における真の邪悪を理解した。

 

PHASE 591.

 

 

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