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罰市偵の為の『げばると処女』ダイジェスト版  
典型的女子高生巻き込まれ型救世主異世界ファンタジー大河浪漫小説

 

Episode 1「トカゲ神救世主蒲生弥生ちゃん、異世界に降臨する」

 

 【プロローグ】

 王都カプタニアの大商人ヒッポドス家の令嬢 ヒッポドス弓レアルは花咲き乱れる中庭の丸机に頭を横にして眠っていた。
 家庭教師のハギット女史がそっと近づいて、頭の上から囁く。声に反応して桜色の長い髪が揺らめいた。

「お嬢様、おじょうさま。ネコが参っておりますよ」
「……ここに呼んで」

 呼ぶも何も、ネコ達はヒッポドスの庭に我が物顔に入り込む。
 普通の屋敷では不吉な客として下男が追っ払うが、ヒッポドス家は、弓レアルは例外的にネコに厚遇する。
 体長1メートル、全身真っ白で尻尾の無い無尾猫は、もちろん功利的に彼女に接近する。

「ヒッポドス弓レアル、起きろー」
「いいはなし持ってきた」

 ネコは人語を喋る。人界をくまなく探索しヒトの間の出来事噂話を収集して、人間に売って回るのが彼らの生業。
 弓レアルが支払うのはネコ専用ビスケット。これを大ネズミの血に浸して食べると得も言われぬ美味なのだ、そうだ。

 ふわり、と桜色の髪が起き上がる。結ってもいない髪は早春の風に吹かれて無秩序にはためく。
 ネコを見て、真白い顔をほころばせる。

「今日は楽しいお話?」
「そうとは言い難い」
「でも面白い」
「みんな待ってた話だ」
「なにかしら?」

「始まる」
「はじまるぞ、弓レアル」
「なにかしら。どこのお話?」

「始まるぞ弓レアル。トカゲの神様だ」

 驚いて弓レアルは立ち上がった。ハギット女史も息を呑む。
 千年に一度、星の天河に住まう神の御使いがこの世界、十二神方台系に舞い降りて人々を苦しみから救う。

 その四番目の救世主が降臨されたのだ。 

 

 ヒッポドス弓レアル17歳。これから始まる激動の運命に翻弄される、本編主人公だ。

 

第一章 救世主弥生ちゃん降臨す

 此の世は方千里、正方形に似た世界「方台」が人間が生きるべき土地として天河の神より与えられた。
 人は離合集散互いに相睦み合いまた争い殺し合い、それぞれの思惑と感情に基づき歴史を紡いでゆく。
 だが天河の神は人をなすがままに放置したのではない。
 産み捨てたのでない証しに、千年に一度導き手を遣わす。
 これまでに3人の王、三神の救世主が立ち、それぞれの王国を築き上げ人類を繁栄へと導いた。

 そして今。
 約束の時を迎え、新たなる導き手を方台に住む人は期待する。希求する。
 第四の神、トカゲの神青晶蜥「テューク」の御使い、救世主、新しい王国の主を。
 また戦慄する。
 その人が地上に降り立つ時、千年の歴史が裁きに掛けられる。
 先の救世主が興した神の王国が、自らの民を真に救い得たか。神の手で審判が下されるのだ。

 

 新たなる救世主の名は蒲生弥生。
 名門受験校である県立門代高校三年生で成績はもちろんトップ。生徒会副会長をこの春まで務めていたかんぺき優等生美少女である。

 しかし門代高校の生徒はそんな肩書すっかり忘れている。
 本人の印象が強烈過ぎて、その他のレッテルはたとえ総理大臣の表彰でもプロフィールの一隅を汚しているだけに思えてしまう。

 身長は公称150cm。小柄ではあるが容姿は端麗でスポーツ万能。動きの鮮やかさ切れの良さは一流の武道家を思わせ、平時から人目を惹いて放さない。
 弁舌も爽やか論理も明解にして的確、聞く人を自ずから従わせる迫力は、しばしば学校の教職員すら屈伏させる。
 青味を感じさせるほどに透明なつやのある黒髪は先細りして腰まで伸びて、彼女のトレードマークとなっていた。

 だが霊感や超能力のたぐいは持ち合わせていない。夢の中で不思議な異世界を見ることもなく、日常で幻獣と出くわすこともない。
 天変地異で空中に持ち上げられたのでもなければ、UFOがスカウトに来たのでもない。トラックにだって撥ねられていない。
 事前になんの予告も無しに、いきなり、

「ここどこ?」

 気が付くと、ミルクのように濃い霧に閉じ込められていたわけだ。

 濃霧の中ひたすらに西を目指してまっすぐに歩き続けていたところ、折よく真っ白なヒョウが通りかかってこれを捕獲。
 ヒョウは若干小さめで尻尾が無い。
 にゃおにゃおまるで喋るかに声を出すが、そしてなんだか意味が有る言葉に聞こえるが、まったく分からない。

 道案内をさせると、数十匹の白ヒョウと共に西欧中世時代劇の修道士みたいな簡素な服を来た中年男性に出くわした。
 男の言葉もヒョウと同系列で、日本語どころか自分が以前に耳にした地球上のどの言語とも違うように感じる。

 彼は、しかしただ一つ、自分の名前だけは覚えてくれた。

「ワ、ゥワモオィヤヒョィチャァン?」
「そうそう。それが私の名前」

 言葉は通じずとも案内は出来る。彼に付いて行くと、地面に大きく裂け目が走り谷となる。ここに入れと促した。
 危害を加える気は無さそうだから、とりあえず彼の示す通りに従ってみる。
 男は谷底にまでは来なかった。ネコ、たぶんヒョウではなくネコの種であろう、が数匹慎重に足元を確かめ付き従う。

 そして彼女は、それを見た!

 

 谷底から戻ってきた弥生ちゃんは、手を挙げて男を呼ぶ。

「私の言葉、分かる?」
「はい。声は先程と変わりませぬが、意味が頭に染み通り理解できます」
「貴方の言葉も分かる。こいつの超能力ってことか」

 と、艶のある長い髪の上、額と呼ぶよりは頭頂部辺りに鎮座する1匹の小さなトカゲを小突いた。
 青光りして鱗がテラテラと、まったくもってただのトカゲであるが、意思を持つかに決して頭から離れない。

 男はトカゲの姿を確かめようとはするが、真正面から見ようとはしない。巧みに目を逸し視界の端にかろうじて映るように避けている。
 これは「聖蟲」と呼ばれる救世主の証。神の力を人に授ける為に地上に賜われた化現である。

「まことにもって有難く目出度い事でございます。貴女様はこの『十二神方台系』の人間社会を善き秩序に導く救世主に選ばれました。
  天河の星々が指し示す大いなる計画に基づき、世の淀みを吹き払い庶人を蝕む悪を斥け、速やかに新王国を立てられます事を御願い奉ります」
「神様、って、さっきのでっかいトカゲ?」
「ははっ。下賤の身である我にては立ち会う事叶わず、ネコのみが見届けました。まさに青晶蜥神「チューラウ」が地上の化身にあらせられます」
「おう」

 まあ家よりも大きな二本足で立ち上がるトカゲが普通の生物とは思わないし、それが頭の中にテレパシーで話し掛けてくるのだ。
 神でなければ悪魔とかであろうと認識せざるを得ない。つまりはこの世界、ファンタジーワールドである。
 そして大トカゲからその使い魔として、頭に乗って超能力を発揮するカベチョロをもらったわけだ。

 弥生ちゃんに付き添った白い大きなネコ、「無尾猫」というらしい、は目撃談をネコ語で直ちに共有する。
 数十匹のネコがそろって顔色を変えるのを見た。
 毛だらけの顔で顔色もおかしいが、とにかく青ざめるという表情になる。

 それはまあ、神様トカゲをびっくりさせてよろめかせたから、仕方がないか。
 魔法のハリセンなんかを要求すれば、吃驚するわな。
 目の前の男、頭にガラスで作ったトンボの飾りを載せる隠者がネコの話で次第を聞けば、やはり青ざめショックを受けるだろう。

 しかし、であればこそ彼の任務を果たさせてやるべきだ。最初の案内人として神様に選ばれた男の。

 

「で、私は一体なにをするべきなのかな?」

 

 

第二章 弥生ちゃん、タコ巫女の手引きで人界に下る

「神の名はあ〜、テューク・ギィール・クワァット・チューラウ、ゼビ・ミストゥアゥル・ワグルクー・セパム、シャムシャウラ・アア・バンボ・ピクリン、これぞ創世十二神。
 天の夜空に流れる星の、大河に架ける十二の神磐」

 異世界『十二神方台系』に降臨した蒲生弥生ちゃんは、トンボの隠者の案内で人界に出た。
 ここで彼の役目は終わりである。そのまま街道を北に進んで、十二神信仰の聖地「神聖神殿都市」に報告に行く。

 代わって案内を引き継いだのは、彼の妻だと自称するタコ神の巫女。
 名を「ティンブット」といい20代半ば、のほほんとしたお気楽美女である。
 タコ紅曙蛸神「テューク」の神官巫女は祭礼で舞い踊り、楽を奏でるのが使命だという。

 彼女が歌うのは、天河十二神の数え歌。天の川の近くに有る星座の名前だ。

「タコ、ゲジゲジ、カブトムシ、トカゲ。蛾にミミズにカタツムリに蜘蛛。蟹にカエルにコウモリとネズミ。なんだか気持ち悪いものばかり神様に揃っているね」
「言われてみれば確かに小さくて変な形の生物ばかりではありますが、皆この世を治めるに相応しい役割を仰せつかっている大切な生物です」

 

 彼女の説明に拠れば、今現在南に向かう街道は「スプリタ大街道」。真四角な大地のど真ん中を南北にまっすぐ貫く最大の大動脈だそうだ。

「ここはまだ褐甲角王国の領地になります。スプリタ街道南端の海まで行って、東のタコリティ市に参ります。
 タコリティは古えの紅曙蛸神女王を深く崇める土地であり、また褐甲角・金雷蜒両王国の支配から離れた中立の無法都市です。
 ガモウヤヨイチャン様におかれましても安心してお身体を休められますよ」

「褐甲角「クワァット」はカブトムシ、金雷蜒「ギィール」はゲジゲジ、ね。
 二つの王国の貴族階級は、私と同じように頭にそれぞれカブトムシとゲジゲジを乗っけているわけか。
 なんか凄い能力を持っているんだね。

 で、どっちが悪い国?」
「夫は何も教えませんでしたか?」

 ティンブットは首を傾げる。神から命じられた最初の案内人として、彼は弥生ちゃんにこの世界の成り立ちと現在の状況を語っているはず。

「それがさ、あなたの旦那さんが言うのは理解しづらい大風呂敷で話がよく見えないのよ。
  なに、世界を変革し既存の秩序を再構築し、悪を斥け大いなる裁きを成して光が支配する不滅の王国を築くのだ。て、どうすればいいのよ」
「それはー、……アハハ、わたしにも分かりません」

 と、改めて彼女が語る世界情勢も夫のそれと大差ない。

「ひゃくまんにん、ね」
「はい。百万の大民が救世主様の到来を待ちわびているのです」

「私の居た国は、1億2千万人が人口だ」
「へ?」
「世界全体では60億。もうすぐ百億になろうという。私ってば、どうにもちんけな救世主さまだね」
「ひゃくおく……」

「百億人の国から来た救世主。ネコには数の大きさがよくわからない」

 荒地から付いて来た無尾猫の1匹が素朴な感想を述べる。
 密着レポーターとも呼ぶべきネコの集団が付き従って、弥生ちゃんの動静を取材していた。
 彼らは次々に入れ代わり野を走って、見聞きした情報を世界全体にネコ同士の口コミで配信している。

 ティンブットはまたしても首を傾げる。

「あの、もうし、百億の人が住める土地というのは、どのような大きな世界なのでしょう」
「丸い」
「は?」

「丸くて天空に浮いてるのだよ。球だね。差し渡し1万3千里(キロ)の巨大なタマの上に皆で住んでいる」
「端に住んでいる人は下に落ちませんか」
「ああ、万有引力の説明からしなきゃいけないんだ……」

 

 

 街道を南にひたすら進む。この世界には牛馬が無く、車を牽くに適した動物も無い。
 時折川を渡るのに舟に乗る程度で、とにかく歩くしか無かった。

 やがて、同じく南に向かう薄汚い行列に出くわした。
 男も女も子供も居る。
 周囲にはいかにも人相の悪い武装した兵隊が監視して、彼らをこづき回し道を急がせる。強く引っ張られて転んだ女の子が泣き喚く。

「あれはなに?」
「円湾の鉱石採掘場に売られて行く坑夫ですねー。褐甲角王国から来たんですよ」

 ティンブットは事もなげに答える。特に珍しいものではないらしい。

「褐甲角王国は金雷蜒王国の奴隷を解放しているんじゃないの?」
「そうですよ。あれは解放された民衆です。王国はあんなことはしません」
「じゃあ誰がやっているの」
「だから、解放された民衆が、後からやってきた余分な難民を売っているんです。一緒に居ても食べる物がありませんから、売られた方がマシなのですよ」

 なるほど。救世主というのは、よほどややこしいパズルを解かねばならない因果な役目のようだ。

 弥生ちゃんは腰の後ろに差す水色の扇を手に取った。この世界には折り畳み可能な「扇」は無い。
 不思議な道具から青い光が発しているように感じて、ティンブットは目をこすった。

「あのさあ、今この人達を解放して、でどうなる?」
「なにも。なにせ食べる物が無いから売られるわけですから、街に戻ってまた売られるか、自分で鉱山に参るでしょう」
「だろうね」

 右手の扇をかっと開いて青い光をそこら中に撒き散らす。
 光に吸い寄せられるように、兵達がゆっくりと集まって来る。

「あれはハリセンだ。救世主の世界の武器だそうだ。トカゲ神はガモウヤヨイチャンにこれを所望されて、驚いた」

 ネコの解説にもティンブットは振り返らない。救世主様は、一体何をなさるのだろう……。

 

 

第三章 弥生ちゃん、市にて剣を贖う

「もう強いとかなんとか言う段階の問題ではなくて、ぜんぜん相手にならないのよ。

  ハリセンを右に左に仰ぐと凄い風が巻き起こり、その度兵が転がって立っていることさえできなくて。
 救世主様が風に乗って鳥よりも早く駆け抜けて、ハリセンで叩くと鉄の剣でも鎧でも枯れ枝みたいに千切れ飛ぶ有り様なのね」

 

 無法都市タコリティは南岸不毛の地に有って、わずかながらも繁栄を遂げる街である。
 ここより東に行くと「円湾」と呼ばれる巨大な円形の湾が穿たれている。絶壁が全周を取り囲む天下の奇観。
 しかも巨大な丸い岩が無数に頭を覗かせる。
 一つ一つが、かって世界を築く土台として天から投げ落とされた「テューク」の亡骸とされ、人々の信仰を集めていた。

 タコリティはまさにタコ紅曙蛸神「テューク」を祀る祝祭都市として成立し、その後海賊の拠点となり、また円湾における鉱物採掘の中継地となる。

 当然にタコ巫女にとって居心地が良い。
 弥生ちゃんに従ってタコリティに入ったティンブットは、その足で酒場に繰り出した。

 狭い酒場に百人ほども詰めかけてティンブットの話を食い入るように聞いている。
 ただの酔客ばかりではない。
 この地を牛耳る親分衆が密偵を派遣し、常に互いを監視し出し抜こうとする。。

 つまりは業務であるから、こいつらに奢らせるに何の遠慮も必要なし。
 最高級九真の酒を注文する。ついでに肉も、お菓子も、果物も。皆に大盤振る舞いだ。

「いやそもそもね、ハリセンてのは星の世界でも武器ではないのよ。
 青晶蜥神「チューラウ」の神威が宿ってるから、すごい力を発揮するのね。
 でもそんなもの実際に使って見なければ信用できないって、手近に居た人相の悪そうな奴らで威力を試したわけ」

「た、試し斬りをなされたのか……」
「それだけじゃないんだな。

 チューラウは冬の冷気と癒しと安息、薬の神なわけよ。
 ハリセンにも癒しの力があるけど、これも使ってみなければ分からない。
 ということで、手近に居た人相の悪そうな奴をわざと痛めつけて癒しを試してみた。

 頭良いのよねー、今度の救世主様って。
 神様のする事だって一応は疑ってみるんだから。さすがだわ」

 周囲の男達は絶句する。ティンブットはしてやったりと舌をちょろっと出した。
 酔っ払ってけらけら笑う。

 

 一方その頃弥生ちゃんは、ネコだらけになっていた。
 数十匹のまっ白な無尾猫に囲まれて、街を歩く。

 街に着いたらまず武器屋道具屋を訪れてみるのは、RPGの鉄則。
 途中で買った編笠で額のカベチョロを隠して、店を訪ねる。
 無論リアルな武器屋は未成年お断りなのだが、門番の兵士に編笠の中身を見せたら、腰を抜かして扉を開けた。

 店主はさすがに胆が座っている。ここ無法都市においては、金持ちほど度胸が有り場数を踏んでいる。
 流石に脂汗を流しながらも、断った。

「あんたのような背が低い非力な女が扱える剣は置いてない。包丁でも買うんだな」
「いいよ、良心的だ。でもわたしがただの女じゃないってことは、知ってるでしょお」

 弥生ちゃんは剣を所望する。
 ハリセンの絶大な威力は分かったが、こればっかり使っているとハリセンが偉いのか自分が偉いのか、見ている人も分からなくなる。
 そこで普段使いの「カタナ」が欲しかった。

 店主、観念して奥の倉庫に案内する。ただしネコ禁止。何十匹も入られてはかなわない。

「うぉおおおこれだよ、これが武器屋だ!」

 倉庫には百人を完全武装するに足る武具一式がずらりと並ぶ。金さえ払えば即軍勢が出来上がる程の在庫があった。
 しかし店主は、仮にも青晶蜥神救世主に一般雑兵の刀剣を売りつけるわけにもいかず、二の庫を開ける。

「この庫に有る武器は、外の在庫全部を合わせたよりも高価なものとなります。ギィール神族や黒甲枝(褐甲角王国の武人階級)が使う物もある」 

 一つ一つに絹布を被せて宝物のように丁寧に収められる中から勧めるのは、金雷蜒「ギィール」神族の子供が用いる剣。
 装飾過多に見えて実用も考慮したなかなかの逸品だ。良質の鋼が青いぬめりを見せる。 

「うん、悪くない」

 後ろから声が掛かる。これは剣にではなく、試しに振ってみる弥生ちゃんへの褒め言葉だ。

 振り向き、声の主を仰ぎ見る。身長180cmを越える偉丈夫で、腰には見事な拵えの直剣を吊るす。
 よほどの貴人であろう。金銀で飾られる仮面で素顔を覆う。
 額から頭頂部にかけて雌鶏のトサカのようなカバーが連なっていた。

「それは、聖蟲を隠すための兜だね」
「わかりますか。さすがは救世主ガモウヤヨイチャン様」

 男はまるで西欧の騎士のように優雅に膝を折り、新しい時代の救世主の到来を言祝いだ。
 王者の風格を備えており、どこから見ても倉庫の隅で燻る人ではない。
 いずれ訳ありであろう。

 彼にも意見を聞いて、庫の宝剣を選んでゆく。
 弥生ちゃんとしては日本刀に似た長さの弯刀が欲しいのだが、さすがにまったく同じ形とはいかない。
 だが店主には心当たりが一つ有った。

「元は救世主様がおっしゃるモノの倍の長さなのですが、折れて半分になっているのです」
「狗番が背に負う長刀だな。ギィール神族自身が鍛えた業物だが、この切り口。戦場で黒甲枝に斬られたな。主人の盾となったか」
「おそらくはそのような由来かと思われます」

 確かに悪くない。青眼に構えて振り、左右を斬ってみる。

 弥生ちゃんは友達に本格的に剣術の修行をする娘が居て、彼女から手解きも受けた。
 額のカベチョロがその時の光景をありありと思い起こさせ、まるで彼女が乗り移ったかに自在に振るう事が出来る。
 だが弥生ちゃんの観察力が完璧に技の要点を抑えており、追随出来る運動神経があればこそ可能な芸当だ。

 店主も仮面の男も感嘆の声を漏らす。

「それが、星の世界の剣術なのですか」
「私も剣術の専門家では無いから一応振れますというレベルかな」

「いや、これは良いものを見せて頂いた。救世主様の前に何代もの達人の練磨の跡が見える、深い歴史のある剣ですな」
「うむ。黒甲枝でもここまで洗練された剣の使い手は居ないだろう」
「そんなに褒められると照れちゃうな」

 さてここでひとつ問題が有る。お支払いは分割で、

 それには及ばない、と男は言った。
 彼が指差すのは、先程試した子供用の剣。ぼんやりと青い燐光を放って存在を主張していた。
 男が剣を抜くと、青く透き通った光で庫が満たされた。

 金床に押し当ててみる。鉄の塊に、まるでバターにナイフを刺したかの切れ目が入る。
 ますます青く強く輝いた。

 男は店主に申し渡す。

「ドワアッダ、礼金も出すのだぞ」

 

         *****

 

 

 

 

 

 

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