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新げばると処女事典&APPENDIX1

2022/02/17更新

 

エピソード  ,4,5,6,7,APPENDIX
エピソードAppendix
蛇足外伝

 

Episode 1

【プロローグ】

 王都カプタニアの大商人ヒッポドス家の令嬢 ヒッポドス弓レアルは、花咲き乱れる中庭の丸机に頭を横にして眠っていた。
 家庭教師のハギット女史がそっと近づいて、頭の上から囁く。
 声に反応して桜色の長い髪が揺らめいた。

「お嬢様、おじょうさま。ネコが参っておりますよ」
「……ここに呼んで」

 呼ぶも何も、ネコ達はヒッポドスの庭に我が物顔に入り込む。
 普通の屋敷では不吉な客として下男が追っ払うが、ヒッポドス家は、弓レアルは例外的にネコに厚遇する。
 体長1メートル、全身真っ白で尻尾の無い無尾猫は、もちろん功利的に彼女に接近する。

「ヒッポドス弓レアル、起きろー」
「いいはなし持ってきた」

 ネコは人語を喋る。
 人界をくまなく探索しヒトの間の出来事噂話を収集して、人間に売って回るのが彼らの生業。
 弓レアルが支払うのはネコ専用ビスケット。
 これを大ネズミの血に浸して食べると得も言われぬ美味なのだ、そうだ。

 ふわり、と桜色の髪が起き上がる。
 結ってもいない髪は早春の風に吹かれて無秩序にはためく。
 ネコを見て、真白い顔をほころばせる。

「今日は楽しいお話?」
「そうとは言い難い」
「でも面白い」
「みんな待ってた話だ」

「なにかしら?」

「始まる」
「はじまるぞ、弓レアル」
「なにかしら。どこのお話?」
「始まるぞ弓レアル。トカゲの神様だ」

 驚いて弓レアルは立ち上がった。
 ハギット女史も息を呑む。

 千年に一度、星の天河に住まう神の御使いがこの世界、十二神方台系に舞い降りて人々を苦しみから救う。
 その四番目の救世主が降臨されたのだ。

 

 ヒッポドス弓レアル17歳。これから始まる激動の運命に翻弄される、本編主人公だ。

 

【十二神創世の物語】 

『十二神創世の物語

 天の星河の両岸に住む十二の神様は、今度はどこに新しい世界を創ろうかと相談していました。

「今度はあの海の真ん中に大きなゲーム盤を作ろう」

 しかし、海の中には何も無く、陸地を作る基いがありません。そこでタコの神様は、星河で自由に泳いでいた仲間達に言いました。

「お前達、あそこに行って陸地を支えてくれ」

 こうして夥しい数のタコが天から海に投げ落とされて、皆折り重なって大きな大きな島を作りました。
 神様達はタコ達の上に粘土を敷き詰めて四角い陸地を作りましたが、まだ地面は乾いておらず、誰も住めません。
 そこで、ゲジゲジが熱く焼けたコテを持って、地面を急いで乾かします。
 カブトムシは地面の土を丸く固めて転がして、穴を埋めたり山を作ります。トカゲは水晶の棒で地面を均して行きました。

 しかし、一生懸命に地面を乾かしていたゲジゲジは、カブトムシのお尻も焼いてしまいます。
 「熱い熱い」とカブトムシが泣き、トカゲは冷たい水晶で冷やしてやりました。
 火傷したカブトムシが埋めなかった大地の真ん中の穴ぼこは、のちにアユ・サユル湖になります。

 そこでお昼休みをとり、皆でご飯を食べました。

 午後は蝉蛾が大きな羽根を広げて地面を煽ぎ、細かい埃を吹き飛ばします。
 埃が目に入って神様達の目は真っ赤になりました。蝉蛾はすっかりきれいになったのに満足してぎるぎると良い声で鳴きました。

 地面があらかた出来たので水を張って森を作ります。水は北の氷をゲジゲジの焼きごてで溶かして作ります。
 しかし、あんまりコテが熱いので、手が滑ってアユ・サユル湖に落してしまいました。
 水が沸き立ってぼこぼことあぶくが何時までも浮いてくるので、皆で一生懸命氷を放り込んで、やっと冷たくなりましたが、今でも時々あぶくが出ます。

 次にミミズが地面を掘り、水の通り道を作ります。しかし、特に念入りにトカゲが均した真ん中の大地は、粘土が固くなって掘れません。
 ミミズはトカゲに文句を言いますが、「そういう事はもっと早くに言うものだ」と知らぬ顔。怒ったミミズは二度と口をきいてくれません。

 森を作るのはカタツムリの役目です。丁寧に丁寧に一本ずつ木を植えて行きます。
 あんまり丁寧過ぎて、このままでは夜が来るまでに出来上がらないと、皆で手分けして木を植えます。
 しかし、カタツムリのように上手には植えられないので森はまばらになりました。トカゲが固めた東の大地は、やっぱり木は植わりませんでした。

 やっとで出来た森の木を、一本一本蜘蛛が調べて、証拠に糸を巻いて行きます。「これをやらないと、カニがうるさいんだ」
 気に入らないとカニは木をばっさりと切ってしまいますから、注意して丹念に調べて行きます。おかげで結局出来上がりは夕方になりました。

 カニが大地の出来上がりを調べて周ります。地面を這ってどこか文句を付けるところは無いか、目を突き出して調べます。
 どんなに頑張って調べても、変な所は見つかりません。東のつるつるの地面は、カニはむしろ気に入りました。「ここに家を建てればよい」 皆、ほっと胸をなで下ろします。
 しかし、文句を付けられなかったカニは、ちょっと不満で、腹いせに西の海岸の端をがじがじと切り裂いてしまいます。そして、西の海の夕焼けの中に帰ってしまいました。

 後はみんなで大宴会です。夜に明々とかがり火を焚いて、神様達は昼間の苦労を労いました。
 カエルの女の子が皆にお酌をしてまわり、蝉蛾が歌ってたいそうな盛り上がりで、それにつられて、地面の下にいたタコが南の端からぼこっと抜け出てしまいました。
 タコは酔っぱらって真っ赤になり八本の脚を振って面白い踊りをしました。

 はしゃぎ過ぎて疲れて皆が寝てしまったので、宵っ張りのコウモリが皆に毛布を掛けてまわります。しかし、ごそごそとする音でネズミが目を覚ましてしまいました。
 ネズミは言いました。

「今度できた地面にはどんな生き物が住むんだい」 
「ニンゲンというこれまでに無い生き物なんだ」
「それはどんな形をしているんだい」
「形はカエルのようで尻尾は無く、色はミミズ色、ネズミと同じで身体が温かく、カニみたいに大きく手を上げて起き上がり、顔はコウモリに似てるかな」

 「よくわからないよ」とネズミが言うので、コウモリは粘土でニンゲンの人形を作ってみました。
 ふっと息を吹き込むと、カエルのように手足が二本ずつしかなく、ミミズ色でつるつるした、顔がコウモリに似た、でもニンゲンじゃない怪獣がカニのように起き上がり、大きな声で吠えました。

 ネズミはその声にびっくりして、百の姿に分裂し、出来たばかりの大地のあちこちに隠れて行ってしまいました。 

 そうして朝が来て、ニンゲンの世界が始まったのです』

 

 十二神神官巫女の制度は紅曙蛸巫女王国時代に、タコ女王の肝入りで民衆の生活全般に渡って便宜を図る為に作られたと知られる。
 だがその元となる創世神話は、似た物語がネズミ族時代の洞穴壁画にも残されており、よっぽど古い時代から十二神信仰の萌芽があったものと推察される。(蒲生弥生)

 

 

【巫女王五代テュラクラフ・ッタ・アクシの憂鬱】

 紅曙蛸(テューク)巫女王国は今より三千年前に興った方台史上最初の王国、最初の統一国家だ。

 それ以前の十二神方台系はネズミ神官時代と呼ばれている。
 洞窟に穴居する少人数の村に住み、狩猟採集で生きていく。他の村と領域を争う事など無い旧石器文明の時代だ。
 「国」という枠組み自体が未だ存在せず、紅曙蛸女王が初めて概念をもたらした。

 初代巫女王「タ・コップ」はタコ紅曙蛸神「テューク」の使徒にして救世主を自称し、いきなり世界全体を掌握する。
 何故と言われても困るが、万民が彼女を崇め従う事を予め定められていた。そのような存在だ。

 華やかで聡明、楽天的で人々の未来を信じ神秘的な予言を数為し正しく導く。
 後の時代においても手本規範とされる、まさに救世主の鑑とされる人物である。
 多分に誇張も混じっているのだろうが、彼女がそういう印象を努めて人に与えていた事は確かだ。

 ッタ・コップが何者であるか、は歴然と証される。彼女は紛れもない火の女神だ。

 それまでは限られたネズミ神官のみが火を熾せたものを、火打ち石で誰でも使えるようにした。
 草原を焼いて畑に穀草を植え、増え過ぎた人々を餓えから救う。
 土をこねて火で焼き土器を作り、木を焼いてくり貫いた舟で運び、交易して多くの財貨を蓄える。
 狼煙を上げて数百里の先の敵を知り、野火を放って一網打尽に打ち砕く。
 貨幣も文字の使用もここから始まり、まさに文明が人々の目の前で手品のように繰り広げられた。

 王国は女王の指導の下繁栄を続け、ッタ・コップは老いることなく美しいままに140年を生きた。

 紅曙蛸王国には後の時代の「神族」に当たるものは無く、聖蟲を戴くのは唯一人巫女王のみ。
 不老長寿でその治世は長いが、或る朝突然姿を消し、玉座には新しい女王が額にタコの聖蟲を戴き座っている。
 それが紅曙蛸巫女王の代替わりで、前の女王は蛸脚で地面を割って地の底に帰る、と人々は噂した。

 噂が実証されたのが、五代「テュラクラフ・ッタ・アクシ」の悲劇で、だった。

 

 建国より早500年を数え王国は繁栄の絶頂にある。
 だが副作用も深刻で各地に貧富の差が生まれ、本来平等であったはずの人々の間に階層が出来上がっていた。
 富める者は自ら武力を貯え村を支配し、交易に用いられる商品作物の栽培に人々を駆り立てて食糧生産を怠り、餓えを引き起こした。
 王宮に仕え交易を公正に管理するはずの役人「番頭階級」も私腹を肥やすことに走り、各地の有力者と結託して勢力争いを繰り広げる。
 人々はタダの人間による支配統治が決して幸福をもたらさないと見定め、紅曙蛸巫女王に絶対的支配体制の確立を要求するまでに追い込まれた。

 しかしテュラクラフは肯んぜなかった。多分に人々の善意を信じたかったのだろう、
 詔を発して私利私欲と暴力による村の統治を止めるよう諌めたが、聞く者はどこにも居らず、却って番頭階級と謀って偽の詔を連発し、勝手に街道に関所を設け関銭を取り立てるようになった。
 これに怒った交易警備隊は再三女王に直訴するも通らず、独断で目に余る関所を焼き討ちして往来を旧に復したものの、女王は悲しい目を伏せるだけだった。

 おそらくは初代ッタ・コップから、紅曙蛸神の天意として人の世に強制的に介入するべきではない、と伝えられて来たのだろう。

 交易警備隊長達はそう解釈し、それならばと最終的な手段を独断で講じた。
 宮廷において腐敗した番頭階級を一掃し各地の有力者を征伐して、全土を統一した一元的な支配体制を自分達の手で築き、その上に紅曙蛸巫女王を戴く王国に再編する。
 人の意志として成し遂げられた王国であれば、女王もこれを受入れるだろうと考え、行動に出た。

 番頭階級は女王の官僚である。当然殺戮は紅曙蛸王宮において最も激しく凄惨に行われた。

 番頭達は読み書き算盤の達人であり、弁舌においては人を完膚なきまでに叩きのめすのを常とする高慢な者だ。
 武を卑しめ交易警備隊を自らの配下と見做し、無理強いに汚れ仕事や私益の為の不法行為をさせる事も多かった。

 その鬱憤を晴らす復讐の意もあったのだろう。
 粛清は厳格を極め、番頭のみならずその家族や使用人にまで及ぶ。
 多くの者は城を逃げ出し街道に待ち構えていた兵に殺され、逃げ切れなかった者は最後の救いを求めて女王の内宮へと転がり込んだ。
 侍女達も番頭階級を深く恨んでおり交易警備隊に同情的で、番頭達を内宮から兵の待ち構える表に突き返し、あるいは城壁から投げ落して殺した。

 制圧を終え、交易警備隊総頭役ギダルマーが女王の下に参じたのは事が始まって三日後だった。
 もはや王宮を蝕む者は無く、新しい穢れの無い真に人々の幸福を考える、強力な指導力を持った王国を作る好機が訪れた、と申し述べる。
 それに対しテュラクラフは、「お前達の望むモノはッタ・コップより千年後に与えられるであろう」と最後の予言をして、地面を割り巨大な蛸の脚を召喚して自ら地の底に姿を消したのだった。

 

 その後やむを得ずギダルマーを主席とする統一王国を建てたものの、紅曙蛸巫女王を失っては求心力があるはずも無く、ほどなく瓦解。
 各地の有力者は生き延びた番頭階級を配下に迎え制度を整えて「小王」を名乗り、それぞれ勝手に国を建て互いに争う乱世となる。
 だがそれ故に人々の暮らしは逆に楽なものへと落ち着いた。

 交易路が寸断され関銭を取られて自由な商売が不可能になると、交易商品の栽培や生産が停止して本来の食糧生産に労働力を戻した。
 方台世界全体の動きに一喜一憂する必要も無く、他から流れて来る者も激減した為に、血縁のみが住むあらかじめ秩序が確立した村社会が復活する。
 自らの領地を防衛する為に小王達は村人の機嫌を取らねばならず、以前ほどに横暴を働く事も出来なくなった。

 文明の停滞により本来世界が在るべき姿を取り戻したとも言え、魔法が解けたように人は紅曙蛸巫女王国の治世を忘れ、ただ栄華の記憶のみが語り継がれる事となる……。

 

【長さの設定】
 1杖=1歩=地球約70センチメートル  古代の紅曙蛸女王「ッタ・コップ」の身長は2杖だったとされる。
 1里=1000√2歩=約1キロメートル  1辺千歩(700メートル)の正方形の対角線の長さが「里」で道程の単位である。

 

【ゲルタのおいしいいただき方】

 ……そんなものはありません、というのが十二神方台系の住民大方の意見だろう。

 方台を取り巻く海のどこででも取れる雑魚の「ゲルタ」は、有り難みの無い魚だ。
 季節になれば嫌でも網に掛かって大量に上がって来る。

 これで美味ければ神の御恵みと称えられようが、あいにくと強烈な臭いがする。大量のアンモニアを含むのだ。
 脱臭の処理を施したら、かすかすになって食べるのに徒労感すら感じる食品になってしまう。

 とはいえ、海辺の漁師達はゲルタを食用にする方法を色々と試行錯誤した。
 海が時化れば食べるものが無い。だがアンモニアを含むゲルタはなかなか腐敗せず、長期保存が利いた。
 とりあえずは飢えをしのげるのだ。

 また長期間まとめて置く内にアンモニア発酵が進み、蛋白質が変性してある程度は美味といえる味に変化する。
 ただし保管方法が問題だ。壺漬けにすれば良いのだが、近くに有るのは嬉しくない。
 特に気温の高い南海岸方面では、発酵するに従って殺人的な臭気を発生させ、実際死んだ。

 そこで南海の漁師達は、ゲルタを捌いて吊るし干しにする。放っておいても腐らず強い日差しの下で勝手に干物になってくれた。
 しかもゆっくりとであるが、内部で発酵が進行する。

 更に漁師達は塩を付ける事を考えた。

 海岸線にずらとならんで悪臭を放つゲルタを見れば潮水くらい掛けたくなるのが人情。乾いた塩がまとわりつけば、臭気も或る程度封じ込められる。
 2週間ほど毎日潮水をじゃばじゃばと掛けてやれば、真っ白な塩に包まれる「塩ゲルタ」が完成する。
 この塩を掻き落とせば製塩完了なのだが、それはやらない。このまま出荷される。

 理由は流通上の問題だ。

 塩は古代の交易においても最重要の価値を持つ優れた商品である。
 食塩の精製は紅曙蛸王国時代に始まるが、モノが良過ぎた。
 各地に勝手な関所が作られ関税を取るようになると、精製された塩はまっさきに取り上げられる。
 消費地まで届かない。

 一方塩を纏ったゲルタは、同じ塩を扱っているのにノーマーク。価値に大差がついて最低の扱いをされた。
 皮肉にも、つまらないからこそ、どこででも流通する標準的な商品となる。
 方台上のどこででも同じ価値で取り引きされ、交換レートの目安となる。

 つまり通貨の代替物として機能するようになった。

 

 目先の利いた商人はゲルタの形で塩を安全に安価に運び、都市内で精製作業をして高価な食塩として販売する。

 塩抜きされた大量のゲルタは廃棄するのも勿体ないから、安価で下げ渡され市場で一般庶民の蛋白源として売られている。
 これが狭義の「ゲルタ」である。価格としては、「塩ゲルタ」の10分の1。
 主な調理法は、焼くくらいで特に無い。調理しようという意欲も起きない。
 出しガラを焼いているわけだから美味い道理も無かった。

 故に、「ゲルタのおいしいいただき方はありません」

 出しガラになる前の塩ゲルタなら、色々と使い途がある。

 大鍋に水と塩ゲルタを放り込み炊くと、案外と良い出汁が取れる。塩気もあるから穀物や野菜、その他の具を入れるとお粥やスープが出来上がる。
 冷水に一夜漬けておくと塩水が取れるからこれで漬け物を作る。
 また細かく砕いて、調味料として料理に入れても良い。
 ぐつぐつと煮潰してペースト状にしたものを、焼き餅に塗って食べてもいる。(餅といってもとうもろこしで作るトルティーヤに似て粘りは無い)

 とにかく庶民の料理の大半はゲルタになんらかの依存をする。
 十二神方台系に住む人は生まれてから死ぬまでゲルタを食べ続けるわけだ。いいかげんウンザリもする。
 不慮の死を遂げた人の家族に対して、「ゲルタからは解放されたのだから」と慰める言葉まであった。

 近年製法の改良も試みられ、徹底的に発酵熟成させた後塩で包む、味わい深い商品も発売された。
 近縁種である大ゲルタ(親ゲルタともいうが別の魚)を燻製にしたものは特に良い出汁が取れると好評を博している。

(蒲生弥生)

 

【ミミズ神殿】

 ミミズ水悉蚓神「ミストゥアゥル」は河川や地下水、雨乞い、植物の芽吹きの神である。また血液や津液も司る。
 ただ一般庶民には馴染みの無い神だ。
 神官巫女は歳をとった者が多く、性格もよろしくない。何か重要な事をやっているのは分かるが、理解してもらおうとの努力もしない。

 むしろ恐怖を感じると言った方が良いだろう。ミミズ神官巫女の機嫌を損ねると必ずや罰が当たる。
 特に水関係での災難に見舞われると信じられている。
 ただ、呪いに関しては絶大な信頼を獲得していた。これほどに怪しいのであれば、おまじないも格別に効くだろう。

 ミミズ巫女は特に女性の家庭問題、夫や恋人の浮気に効く呪いを持っているとされ、神殿はひっきりなしの参拝者を受入れている。

 その意味では、この不機嫌路線でのイメージ作りは大成功と呼べよう。
 なお呪いであって占いではない。占いは蜘蛛神殿の担当だ。

 毒地が弥生ちゃんによって浄化され、その全貌が明らかにされた後、ミミズ神官が主に毒地の地下水道の管理補修を行っていた事が明らかになった。
 実際は、水道建設の技術者であったわけだ。

 

【十二神信仰の主要聖地】

 天河十二神信仰の聖地として崇められるのは、以下の8つの都市。

 「神聖神殿都市」:北方聖山山脈の奥地にある。十二神殿の総本山。
 「テュクルタンバ」:北方東西を繋ぐボウダン街道脇にある。旧紅曙蛸女王国の王都であり、十二神殿発祥の地。
 「タコリティ」:方台南岸の港町。無法都市と呼ばれる海賊の巣窟。近くにタコ神の遺跡もある。

 「ギジジット」:方台中央北部、毒地平原内にある。旧神聖金雷蜒王国の王都であり、金雷蜒神の地上の化身が棲むという。「神都」
 「ギジシップ島」:方台東岸の離れ島。島全体が東金雷蜒王国の王都である。外周は切り立った断崖のテーブル状の島。

 「カプタニア」:方台中心部カプタニア山脈西端、アユ・サユル湖の畔。褐甲角王国王都でもあり、褐甲角神の地上の化身が森に棲むという。

 「ウラタンギジト」:北方聖山街道東側に位置する。金雷蜒王国によって建設された金雷蜒神の神殿都市である。
 「エイタンカプト」:北方聖山街道西側に位置する。褐甲角王国によって建設された神殿都市で、「ウラタンギジト」に対抗する。

   物語中において、これらの都市は全部出ます。覚えてね。

 

 

Episode 2

 

【褐甲角王国における青晶蜥神救世主の法的位置づけ】

 褐甲角王国第23代武徳王カンヴィタル洋カムパシアラン・ソヴァクは、青晶蜥救世主を公式にはいかに位置付けるべきか問うた。
 政務を司る副王 ハジパイ嘉イョバイアンが答えて曰く

「悪と。
 褐甲角救世主初代武徳王の神聖なる誓いに基づいて正義と公正を旨とし、
 民を寧んずるを目的とする王国の有り様に疑義をもたらす者は、悪と見做すほかありませぬ」

 武徳王は眉をひそめ否と応じ、次の如くに各所に通達した。

「青晶蜥救世主は一身をもって領土とする国と見做し、その饗応の格式は金雷蜒神聖王、褐甲角武徳王と同列とする。
 その行動の制限は国法をもってする事能わず、必ず褐甲角王宮の判断を仰ぐものと定める」

 

【トゥマル商会沿革】

 「トゥマル商会」を一代で立ち上げたトゥマル・ッゲルは、西岸百島湾の出身だ。

 彼の家は代々続く漁師一族で、船も持って家族で操業していた。結構裕福であると言えるだろう。
 トゥマル家は季節ごとに様々な魚を扱っているが、注目すべきは「大ゲルタ」だ。

 ゲルタ、といえば塩を全身に纏った干物が全方台に運ばれて食の根幹となっているが、大ゲルタは形こそ似ているもののまったくの別種である。
 ゲルタと違って身にアンモニアを含まず、そのまま食べられる美味しい魚だ。
 肉は柔らかく味も良いが、さすがに日持ちはせず上がった漁村周辺でないと楽しめない。

 漁師達は大ゲルタを加工して保存を考えたが、干し魚にしてもさほど長持ちはしなかった。
 しかしトゥマル家では、ッゲルの祖父が特別な製法を考えて実現した。
 三枚にさばいて身だけにしたものを数日日干しにして、特別な液に漬けて燻煙する。
 こうして出来た燻製は、どこに出荷されるでも無く、トゥマル家でのみ消費されていた。

 トゥマル・ッゲルは5人男兄弟の3男。もちろん漁師である。
 家族全員体格が大きく、立派な体でよく働いた。

 ある日彼は、たまたま漁村を訪れた料理人にトゥマル家秘伝の「大ゲルタの燻製」を食べさせる機会を持つ。
 料理人は生の魚を調理したよりもはるかに美味しいと激賞する。
 これに気を良くしたッゲルは、近隣の町に燻製を売りに行き、有名料理店への売り込みに成功。
 独占供給をする事となる。

 トゥマル家では大ゲルタを専門に漁をする事となり、家族総出で燻製作りに励む。
 やがて料理店から人伝に美味さが広まり、他の店からも注文が舞い込む。
 ッゲルも船に乗って漁をしようとして、親兄弟に止められた。
 「お前は売る方に専念しろ。漁るのは俺達がする。」

 ッゲルは生来の商才があったようで、どんどんと販路を拡大していく。
 その儲けで兄弟一人ひとりが船を持つまでになり、人を雇っての大ゲルタ漁を行い、やがて村全体を巻き込む主要産業となる。

 しかし、儲かると知ると真似をする者が現れるのは必定。
 ッゲルは他の村にも買い付けに行き、漁師に有利な形で契約を結び信頼を得る。
 大量に確保した商品の販路を拡大する為に、遂に王都カプタニアにまで遠征した。

 王都において彼は、大成功を収める。
 内陸部の都人にとって、雄大な百島湾の情景を感情たっぷりに訴えるッゲルの言葉は実に魅力的であった。
 大ゲルタの燻製は様々な料理に応用が利き、上品な出汁が取れると富裕層お抱えの料理人も注目する。
 やがては金翅幹家の献立に採用され、王宮にまで納入される事となった。

 他の業者に圧倒的な差をつけたッゲルであるが、心は今も海の上である。
 漁師達の暮らしを一番に考え、漁村の生活を助ける様々な寄付を行った。
 「トゥマル商会」の評判はますます高くなり、信用を生み出す元となる。
 道徳的態度に褐甲角王国も信頼を置き、「王室御用達」の金看板を手に入れた。

 

 トントン拍子の出世を果たした「トゥマル商会」だが、挫折が無いわけでもない。

 トゥマル・ッゲルの妻は、同じ漁村の出身の田舎者だ。
 田舎で燻製を家族で作るのには喜んで参加したが、王都に行って大商人の妻達との社交を行うのは無理だった。
 王都に店を構えてわずか1年で、彼女は元の漁村に帰ってしまう。

 残されたッゲルだが、一人娘のアルエルシィは幸いにして王都の金持ち生活にちゃんと適応した。
 大商人としては欠かせない家族ぐるみの付き合いを、娘を中心に据えて行う事でなんとか乗り切る。
 やがて、娘を立派な家に嫁入りさせて、王都に確固たる基盤を築こうとの野望を抱く。
 さらには、可能であれば黒甲枝家に、とまで願うところとなった。

 ッゲル本人も少し舞い上がり過ぎではないかと思うが、娘は拒む気配も無い。
 金持ちで居るのも才能なのだ、と改めて父は思う。
 自分には無い「高貴さ」というものを、娘の中に見出す事となる。

 

【神官戦士】
 神官戦士とは、十二神殿を守護する警備員である。
 特定の神殿に所属するのではなく十二神殿全体を守る者だが、「武・契約」を司るカブトムシ神殿と「監査」を司るカニ神殿の指導を受ける。
 信仰の守護も行っており、十二神信仰を損なおうとする破壊分子などを追討する事もある。
 またニセ救世主を捕縛する権限も持つ。

 集団での戦闘を前提とする正規の軍隊には敵わないが、個人の武技に重きを置く伝統を持つ。
 思わぬ武術の達人が所属している事もあり、武術教師をしている者も少なくない。
 褐甲角神救世主初代武徳王「クヮァンヴィタル・イムレイル」は神官戦士の家系の出身である。

 学識も高い者も多いのだが、神官と違ってギィ聖符で書かれた経典を読む事が出来ない。
 その為、正規の神官に対して一歩引く形となる。

 なお、各神殿は業務に合わせてそれぞれ職能集団を抱えている。
 トカゲ神殿の薬草取りや、コウモリ神殿の墓掘り人などだ。
 彼らも自らの権益を守る為に集団で暴力を振るう事がある。
 広義の神殿警備員と呼べるだろう。

     ***

 神都ギジジットにおいては、神聖宮自体がゲジゲジ神殿の総本山であるから、特別な警戒体制を取っている。
 金雷蜒王国正規の兵、王姉妹が召し使う暗殺者集団、およびゲジゲジ神殿直属の神官戦士だ。
 それとは別に、王都全体の十二神殿を守護する神官戦士団も組織される。

 「神殿総守護」とは、外部の神官戦士団の実働部隊の総指揮官だ。
 人員の規模から言うと、軍隊の大剣令に相当する。
 神聖宮の神官戦士団の長「宮内守護」の方が格が上となるが、直接の指揮命令系統には無い。

 ギジジット全体の防衛は東金雷蜒王国正規軍の管轄で、ちゃんと将軍職も存在する。
 神官戦士団は警察業務を通常行っている。

 

【科学的なお話】

 旧毒地を抜けてボウダン街道に近付くと植生が変わり緑が増え、野生生物の姿も見られるようになった。

 ゲジゲジ神官戦士達は鳥を捕って食事に添えたが、
毎回のように私(蒲生弥生)に許可を求めに来る。

 何故かな、と聞いてみると、なんと「鳥はチューラウ(青晶蜥)神の眷属だ」と言う。
 トカゲ神の仲間を食べるのだから、トカゲ神の許可が必要だと思う。
 宗教的には正しいのだろうが、何故鳥がトカゲの仲間だと思うのか。

 それはもちろん、鱗があって卵を産むからだ。羽根が生えているのはどうでもいいらしい。
 十二神方台系には始祖鳥のような、トカゲに羽根が生えた風の生き物がちゃんと居るので、
トカゲ→飛びトカゲ→鳥、という進化が一般常識として根付いている。

 しかもあろうことか、魚もチューラウの仲間ではないか、とさえ思っている。
 無論これには異議もある。
 魚はア・ア(カエル)神の眷属だ、と唱える一派もあり互いに論争を交わしていた。

 ア・ア神はカエル、両生類の神である。
 オタマジャクシという水中生活の時期があり卵も魚類と似ているので、
それを根拠に主張されるとチューラウ派は不利だが、なんといっても鱗の存在は大きい。

 魚はサカナで分類すればいいじゃないかという意見もあり、
死者の魂が西の海の涯てから天に帰る過渡的な姿とも唱えられる。
 事は神学論争であるから簡単には割り切れない。

 実の所、十二神方台系はトカゲよりもカエルの方が生息数も種類も桁違いに多い。
 東金雷蜒王国にある大三角州はまさにカエルのパラダイス。
 学者が確認しているだけで300種の形状色彩の異なるカエルが、うんざりするほど繁栄している。

 カエルだけでなくサンショウウオも隆盛を極めており、
巨大なサンショウウオがまるでワニのように河を泳ぎ、水中最強の捕食獣として君臨する。
 また、トドにも似た巨大両生類「歐媽」。
 河に溺れたイヌコマなどを丸呑みするとんでもない化け物だ。

 それに対して、爬虫類は本当に数が少ない。
 大チューラウ、中チューラウ、小チューラウ、飛びチューラウ、の四種だ。
 大チューラウの中には水中で魚を取る水チューラウというものもあるが、外見上はほとんど違いが無い為に、四種とされる。
 これに、最近発見された”足の無いトカゲ”「フェビ」(命名、蒲生弥生)を加えてもわずか五種。
 バランスを取る為に鳥をチューラウに加えるのも当然であろうか。

 似た論争は、バンボ(コウモリ)神、ピクリン(ネズミ)神との間にもある。
 ピクリンは哺乳類の神というのは衆目の一致するところだが、バンボはこの仲間に入れない。
 十二神方台系のコウモリはなんと単孔類で、卵を産む。
 毛が生えて暖かいにも関らず、空を飛ぶし卵を産むので、ピクリンとチューラウの中間の生き物だろうというが神官達の結論だ。

 私(蒲生弥生)が異を挟むのは容易いが、
この矛盾についての考察がやがて博物学となり科学となるのだから、あえて口出ししないと決めた。

 もちろん、鳥を晩ご飯に加えてもよろしい。
 考えてみればタコリティでもギジジットでも、鳥を食べるのに私に許可を求めていた気がする。
 その時は「鳥、お好きですか?」の意にとって軽く流してしまった。
 これだからファンタジー世界は油断ならない。

 ちなみに、十二神方台系には鶏は居ない。
 食用の卵は水鳥のもので、卵取り専門の猟師が居て、頭に水草を付けて擬装し水中を泳いで巣から卵泥棒をしているらしい。

       (蒲生弥生)

 

未来の話】

 第三代青晶蜥神救世主星浄王「来ハヤハヤ・禾コミンテイタム」は、彼女の国に弥生ちゃんが来た時の話をした。

「ガモウヤヨチャさまはこう仰しゃいました。
 十六神星方臺の人間は、十二神方台系の人間に比べて怠け者だ。
 気候が良く何もしなくても食べて行けるのをいいことに、遊び惚け過ぎている、と。」

 彼女は弥生ちゃんが西の海に小船で去った3年後、同じ船に乗ってやって来た。
 トカゲの聖蟲を授けられ、弥生ちゃんが使ったハリセンを持ち、
 弥生ちゃんの額に居た青晶蜥神の化身ウォールストーカーを伴う。
 十二神方台系を治める為に遣わされたと申し述べ、海岸を警備していた黒甲枝を驚かせた。

 褐色の肌に青い瞳、長く豊かな黒髪という特異な風貌を持つ彼女は上陸時わずかに13歳。
 無邪気な性格ではあったが極めて聡明。
 方台を治めるのに苦労していた第二代星浄王を助けて、青晶蜥王国を磐石にするのに尽力した。

 青晶蜥神のトカゲの聖蟲は初代二代三代の3匹のみで留まる。
 中でも弥生ちゃんが額に頂いたウォールストーカーをもって大聖と定む。

 ハヤハヤはまた、十六神星方臺を救った後の弥生ちゃんの消息も伝えた。
 トカゲの聖蟲を手放した弥生ちゃんはカタナ一本のみを手にさらに西の海の先へと旅立つ。
 やはり救世を待ち望む人達の居る世界へと。

 再び十二神方台系に戻ると信じていた人達は大いに嘆き悲しみ、弥生ちゃんの墓を築いて神霊と崇めた。

 彼女が乗ってきた小船には、弥生ちゃん本人の手によって選ばれた十六神星方臺の有用植物の種や苗木を積んでいた。
 南国の気候に育つ植物の半数は根付かなかったが、それでも世に益となるものが多数有り、
特に香辛料は食卓を劇的に変え人々に喜ばれた。

「ヤヨチャさまは私達を見てよく「ヒンド人もびっくり」と仰っしゃいました。
 どういう意味でしょうね。」

 

【髪の毛のはなし】

 私(蒲生弥生)が十二神方台系に来た当初、「随分と髪の色がカラフルだなあ」と思った。
 黒、黒茶、栗、茶、赤茶、赤、桜色、亜麻色、黄土色、乳白色、白。
 だが騙されてはいけない。こいつらは食物で髪の色が変わるのだ。

 基本的に、生まれたばかりの子供は髪の色が漆黒だ。
 13歳くらいまでは皆そうで、思春期に入ると少しずつ色が薄くなる。
 無論個人差があり、また大病を患うと一気に髪の色が薄くなる。
 若くして髪に色がある人は過去に健康を害した目安になる。

 20歳頃には大体髪の色が完成するらしい。
 食生活によって大概の人は自らの出自を示すわけだ。
 肉を良く食べる裕福な者は赤っぽく、ゲルタばっかり食べていれば黄土色に。
 神職にあり菜食だけだと早くから髪が白っぽくなる。

 急激に経済環境が変わった者は妙な縞模様であったりもする。

 ただ元の黒髪に戻る事は無いらしい。
 私(蒲生弥生)は普通に日本人で、自慢じゃないが青味を感じさせるつややか真っ黒なトカゲの尻尾ヘアだ。
 だから実年齢よりも遥かに若い12歳程度と誤解した人も多かった。

 青や紫、緑などの怪しげな色の人は無い。
 また毛染め剤も無い。
 一本ずつまばらには色は変わらず、全ての髪が徐々に脱色するから、白髪染めの必要は無い。

 金髪の人が居ないのは、髪が黄色くなる食べ物がまだ見つからないからだろう。
 カレーでも食べさせたら、あっという間に皆黄色くなるのではないかな。

 

【エピローグ 〜幾何〜】

「ガモウヤヨイチャンさま、もう御休みですか。」
「フィミルティ? いや、まだ。ちょっと仕事が残っていてね。」

「書き物ですか、なにを記していらっしゃるのです。」
「数学。幾何の教科書を思い出して、書いている。」
「キカ? なんですか、それは。」

「この世界には、幾何学が無い。
 ギィール神族は知っているけれど、一般人には教えてない。」
「ああ。天界の秘蹟に属する知識ですね。
 それは神族以外には開示されていませんよ。当たり前です。」

「当り前じゃあ、ダメなんだ。
 これが無いととんでもない欠陥王宮に住まわされる事になるんだよ。
 ギィール神族が設計施行すれば問題無いけどね。」

「はあ。でも褐甲角王国にも学匠がちゃんといらっしゃいますよ。」
「いやー、こっちに来てから建築物の構造ががくっと単純になってる。
 幾何学をちゃんと知ってれば絶対やらない設計がいっぱいあるんだ。

 まあね、高校数学全般と物理と化学の教科書は作るつもりだよ。
 なにせ私も来年は大学受験だし、ちっとは勉強もしておかないと錆付いてしまうさ。」

「よく解りませんが、あまり御無理はなさらないで下さい。灯木もタダではないのですから。」
「あ。うん、ほどほどにね。」

「はい。では御休みなさいませ。」

 

→おそらくは褐甲角王国の学匠は建築などの応用を実現しようとばかり考えて、
  純粋な数学としてのアプローチが欠けるのが原因と思われる

 

 

Episode 3

 

【天文のお話】

 十二神方台系と地球とでは暦が違うのは当たり前。

 私が地球から持ってきた腕時計(祖父から中学入学時にプレゼントされたもの。太陽電池で動くから電池切れは無い!)
で計測したところ、一日は27時間もある。

 地球人は25時間周期で睡眠を取るという話だが、時差の狂いは、まあかなり早い段階で慣れた。
 だがこの世界の人間はきっちり12時間眠る。
 短い人でも8時間は絶対睡眠時間に当てる為、夜中に私一人が起きている、というはめによく陥った。

 一日が24時間以上あればもっと色々な事が出来るのに、という人がたまに居るが、
増えた時間は寝るというのがどうやら答えらしい。

 一年は333日。地球時間に直すと374日になる。
 年齢の換算は地球時間とほぼ同じと見ていいだろう。
 333=9×37。一年を9で割れば実に便利なカレンダーが作れる。
 実際に「九季」という区分もあり、「春・夏・秋」×「初・中・旬」で「夏初月」という呼び方をする。

 冬は季節としては無く気象現象だ。年末に霜が降りて寒冷化する事を言う。
 無い年もあるが翌年は病虫害に悩まされる不作の年になるらしい。
 冬至の日が1月1日。これは遠日点。
 わずかに楕円な軌道を描いて回っているから、一年で太陽の視直径がちょこっと大小する。

 衛星は二個。
 黄道面を素直に周回する「白の月」が28日、北極南極を周回する極周回衛星「青の月」が33日で回っている。
 「青の月」の方が遠く小さい。
 「白の月」を基準とした太陰暦も採用されている。28×12ヶ月=336日。
 閏月がめんどくさい。

 「白の月」と「青の月」は33ヶ月に一度「劫(合)」を起こす。
 この日はどこかで大災害が起きるとされる。
 実際、毒地で大地震があったしね。
 二つの月の軌道では長年月経つとややこしい軌道変化を起こすはずなのだが、
三千年の観測記録を見るとほとんど関係が変わらないらしい。

 太陽は一つ、惑星は四つが知られている。
 彗星は100ほども確認されて皆名前が付いている。

 彗星は「テューク(タコ)」の仲間と思われており、創世神話によると、
天河を遊んでいた無数のテュークを神々が海に投げ落として十二神方台系の土台を作ったとされる。
 南岸タコリティの隣の円湾ではその姿が本当に観察出来るのだが、
実際はこれは何なのだろう。

 ギィール神族はちゃんと天動説を知っているけれど、それ以外の人は天体の方が動いていると信じている。
 当然世界は真っ平らで、海の端は天と接触してそのまま泳いで登っていける。
 死んだ人の魂は魚になって天に上り、天河の神様によって生前の罪を裁かれ、
善い人は神様の庭で楽しく遊んでやがてまた地上に生まれ変わるが、
悪い人はカニ神に首をちょん切られ河原の机に長く晒し続けられる。
 干からびて粉になるまで生きているそうだ。

 重力はおそらく0.92程。この世界では私はちょっとしたスーパーマンだ。
 でなければ、こんなに長く歩き続けられる訳が無い。

(蒲生弥生)

 

 

Episode 4

Episode 5

Episode 6

Episode 7

APPENDIX

 

 

蛇足外伝

 

【褐甲角軍】
 褐甲角王国の軍隊は「褐甲角軍」だ。
 「クワアット兵」とはその中でも、戦闘部隊を意味する。

 つまり「褐甲角軍」は「神兵」「クワアット兵」を中核に、
補助や工兵・輜重を担当とする「壮丁」や、村の治安を維持する「邑兵」
各都市に雇用される「守備兵」、税や郵便・要人を守る「護衛兵」
また敵の情勢を探る「隠密」や「軍偵」、海軍においては水夫である「水丁」
さらには事務方などを含めて構成されていた。

 なお都市における下級警察官「邏卒」は、行政に属するから兵ではない。

 褐甲角神は「クワアット」であるから、
クワアット兵と褐甲角軍は同じではないかと思うのも無理はない。
 これは日本語表記上の問題で、
「褐甲角」と書いた時は「ギィ聖符」をそのままに読む「ギィ聖音」の発音となる。
 「かっごうかく」と呼んでもらうと幸いだ。

 英語に翻訳する場合はー、
Brown Beetle Hornであろうか。BBHだな。

 

【英語】
 であれば、金雷蜒はGold Thunder Centipedeに、
青晶蜥はBlue Crystal Lizard 、紅曙蛸はDawn Aurora Octopusということになる。
 GTC BCL DAO だな。

 ゲジゲジとムカデの区別がつかないが、仕方ない。

 

【神官戦士と学識】
 神官戦士とは、特定の神殿に属するのではなく十二神殿全てを守る警備員だ。
 兵とは異なり集団戦闘を本分とせず、個々人の武勇にて事を収める。
 また神殿の使いを務め、庶人の間の揉め事の仲裁なども行う。

 

 神官と神官戦士の最大の違いは、ギィ聖符が読めるか否かだ。

 そもそも十二神信仰は教典を必要としなかった。
 十二神殿組織は初代紅曙蛸女王「ッタ・コップ」によって定められた。
 民衆への奉仕を目的とし、信仰の教化などは必要無い。
 ひたすら紅曙蛸女王の命に従うのみだ。

 紅曙蛸女王五代テュラクラフが地に隠れ王国が崩壊した後、
「小王」と生き残りの「番頭階級」が方台を割拠する。
 支配の基盤となったのが、「火焔教」を始めとする新興宗教の勃興だ。
 新宗教は紅曙蛸女王という絶対者を欠く。
 自らの神聖をどこに求めるか苦慮し、文字のチカラを以て存在を飾ろうとした。

 これらは現在「偽典」と呼ばれる。
 表音文字「テュクラ符」で記されるのだが、他者が読めない暗号や符丁を用いて、
より神秘性を高め支配力の強化を行う。

 十二神殿組織も対抗上教典を作らざるを得なくなった。
 歴代紅曙蛸女王の言行や命令を編集したもので、こちらは平易なテュクラ符で書かれる。
 これが十二神信仰「初期教典」だ。

 

 創始歴3000年代に突入してますます盛んとなる新宗教。
 だが金雷蜒神救世主ビョンガ翁とその息子達により、各地の小王は次々に討滅され、
新たなる聖戴者「ギィール神族」による統一王国が成立する。

 新宗教も尽くが滅ぼされ、「神聖」の名は神族の長である「神聖王」のみが冠した。
 この時唯一「十二神殿」のみが民衆に奉仕する宗教として許される。

 神族は、自らが用いる科学技術を厳密に錯誤なく記述する新たな文字体系「ギィ聖符」を発明した。
 十二神殿初期経典も「ギィ聖符」に書き改められる。

 十二神殿組織は本拠地を旧紅曙蛸王国の王都「テュクルタンバ」に設けていたが、
支配の都合上追放され、北方山脈の高地に移す。
 外界から隔離される僻地で、十二神殿の神官達は改めての理念の追求を始めた。
 神秘思想も発達してギィール神族をも惹きつけるものとなる。

 やがて神聖王も一定の権威を認めざるを得なくなり、「神聖」の名を冠する許可を与えた。
「神聖神殿都市」と称される事となり、北方山脈も「聖山山脈」と呼ばれた。

 

 こうして生まれる「ギィ聖符」の経典は、一般人の理解出来る平易なものではない。
 一方原始的な初期経典はテュクラ符で記されており、内容も単純。
 単純ゆえに分かりやすく、強く訴えかけるものとなった。

 神官戦士は武芸を主とするが、テュクラ符の経典を念入りに読み理解する。
 神官に比べて学識には劣るかもしれないが、
紅曙蛸王国時代の信仰はむしろ自分達により実現されていると自負する。

 書を読む神官戦士は実用にも重きを置き、民衆の役に立つ知識を積極的に学習する。
 地域指導者として手腕を発揮する者も少なからず輩出した。
 その最たる者が、褐甲角神救世主初代武徳王「クワァンヴィタル・イムレイル」だ。

 

 なおギィール神族により滅ぼされた新宗教は地下への潜伏を余儀なくされた。
 小王時代に最も栄えた『火焔教』を中心に再編され、
支配力の源泉であった文字・知識を核として命脈を保つ。
 「偽典」も多くが焚書されたが、彼らによって隠匿される。
 宗教のみならず科学技術や哲学などの多様な知識も蓄えられ、巨大な図書館を形成するまでになった。

 ギィール神族は一般人に対しては、天界より示される知識の開示を行わない。
 禁じられた叡智を求める賢人や学者は自然と地下図書館に興味を示し、
教団に帰依する事で閲覧の許可を得た。
 秘密を守る為に信徒は残虐な儀式への参加を強制され、やがて「人喰い教徒」と世間では噂されるものとなる。

 

【大監総代と主席大監はどっちが偉いの?】
 圧倒的に大監総代の方が偉い。
 主席大監とは、複数の大監が配置される部署においての主席を意味するのに対し、
大監総代はそのものずばりに全ての大監の代表だからだ。

 主席大監の例を挙げれば、ヌケミンドル大要塞。
 王国防衛の最重要拠点であり最前線であるこの大要塞は、当然に要塞防御指揮官が大監である。
 しかしながら平原に打って出てゲイル騎兵を駆逐しなければ戦争が終わらないから、神兵攻撃軍が別に配置される。もちろん指揮官は大監。
 さらには要塞を支援する補給兵站連絡、破損した兵器や城塞の修理補修、新たな防塁の構築も司る大監も居る。
 それら全てを率いての作戦行動に全権を委ねられたのがクルワンパル主席大監であった。
 そのクルワンパルも、大域司令官であるレメコフに従う者だ。

 また主席大監は軍の階級ではなく役職だ。任を離れれば普通の大監に戻る。
 そして大監総代は任命されるものではなく、全ての大監・監が互選で定める言わば「組合委員長」的なものであった。
 褐甲角王国においては階級制度はあまり細かくない。
 カブトムシの聖蟲を戴く者は等しく神に選ばれた救世主であり、その先頭に立つ者こそが武徳王という位置づけになる。

     *****

 なお武徳王は尊称として「陛下」と呼ばれるが、これは日本語中国語とはニュアンスが異なる。
 金雷蜒神聖王はこの世で唯一の神聖なる存在として君臨する故に「聖上」と呼ばれるが、
武徳王もまた同等の位を民衆により求められる。
 だが民衆の擁護の為に兵達の先頭に立つ武徳王は、いと高き至尊の座より下りて地を駆ける存在だ。
 つまりは宮殿の高い所から降りてきた者としての「陛下」であるのだ。

 しかしながら金雷蜒神聖王としては、
民衆を救済する聖なる役目を天河の神より委ねられた自身もまた「陛下」であると公言している。
 褐甲角王国の外交使は神聖王を公式には「聖上」と呼ぶのを憚り「神聖王陛下」と呼ぶが、
特に無礼には当たらない事になっている。


 歴史を振り返れば、褐甲角神救世主にして初代武徳王クワァンヴィタル・イムレイルの称号は
「兄貴」であった。

 

 

エピソードAppendix

  ここでは、正式な章に数えられないけれど物語の進行上欠かせないエピソードを連記しておきます。

EP1:

【プロローグ】
【巫女王五代テュラクラフ・ッタ・アクシの憂鬱】

EP2:

【褐甲角王国における青晶蜥神救世主の法的位置づけ】
【未来の話】

EP3:

 

 

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