『罰市偵』ボツ原稿集

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第一巻三話「彼を巡る人々」その2210409

(注;マキアリイとカロアル軍監との会話から読み取れるのは以下のような事情であるが、
  所詮は小娘のクワンパさんにはさすがにここまでは分からず、
  「なんか大変だなあ」という程度の理解でしか無い。

 カロアル軍監は若くして昇進を遂げた有能な人材である。
 だがさらに上、巡邏軍の頂点に昇り詰めるには手駒が足りないらしい。
 つまりは政界の後ろ盾。
 巡邏軍という実力組織を権力の玩具として機能させるため、人事において相当なエコヒイキが横行している。
 彼はこれから漏れてしまった。

 だが政官界はここ数年大激震を起こしている。
 数々の汚職や権力の横暴、その隠蔽工作が次から次へと暴露され、政権与党は大打撃。
 野党や在野勢力、報道各社の激しい追求を受けふらついている。

 騒動の元凶はヱメコフ・マキアリイ。
 そして現在国家元首である総統ヴィヴァ=ワン・ラムダは政権与党において非主流派に属し、
 それら大混乱を引き起こした旧主流派と彼らに結びつく官僚達とは対立関係にある。

 ヱメコフ・マキアリイの立場を守る事はヴィヴァ=ワン総統の利益となり、
 それを託されているのが後ろ盾の少ないカロアル軍監、というわけだ。
 )

 

 第四巻十七話「マキアリイ故郷に帰る」 3章180612

  宿屋は2部屋空いていたが、もう遅くて飯が出ない。
 麭(パン)なら有るというので、貰う。麦だけでなく色々木の実を混ぜて焼いてある。田舎づくりで大きく、歯ごたえが荒い。
 これだけでは寂しいので、和猪肉の味噌漬けと野菜の漬物数種、チフ茶に塩昆布を浮かべた汁を用意してもらう。
 無いよりははるかにマシ。

 食堂の暗い電灯の下。国家英雄と二人、同じ卓で黙々と食べる。
 探られるのも癪だから、こちらから話し掛ける。

「ゲルタ、食べないんですか。頼めば焼いてくれるでしょう。」
「さすがにこの深夜に煙を出すのはな。」
「カニ巫女は連れていないんですね。」
「居たらお前さん、殴られてるよ。」

 問題は、寝ている間にマキアリイが逃げるのをどう防ぐか。
 寝台に座って対策を考えている内に昼間の疲れがどっと襲ってきて、
 気が付くと狭い窓の外がもう白んでいる。

 しまったと、すっ飛んでマキアリイの部屋を無理やり開けてみるが、やはり空。
 宿屋のあちらこちらを探すが姿は無く、荷物や靴も見当たらない。

 やられた逃げられた。初仕事は見事大失敗に終わった……。

 がっくりと落ち込んで覗く厨房では、年配の宿屋の夫婦が朝食の準備を行っている。
 宿泊客はマキアリイと二人のみであったから、さほど大掛かりではない。
 塩ゲルタが金網の上で火炙りにされている。マキアリイがこの場に居れば喜んだだろう……、?

「ちょっとおばさん、いいですか。」
「はいはいなんでしょうお客さん。」
「それ誰が食べるんです。」

 あ、しまった。という顔を、おばさんと調理を進めるおじさんがした。
 軍隊ではあるまいに、今時強烈な臭いを発する塩ゲルタを朝から焼く者は田舎でも居ない。
 そんな酔狂を注文する者が居るとすれば、

「おばさん、その焼いているゲルタは誰も食べないんでしょう。私が食べますよお願いします。」
「あ、いえあの、はい。はい、あの、」
「なにか?」
「いえ、どうぞ。」

 物陰から、こちらを恨めしそうに覗く視線が想像出来た。

 

 

【ワリカスタ食品『四カ国味巡り調味料』新発売!】 第四巻19回「ハリウッド殺人事件」5章180705

「この度社運を賭けて新発売するのは、『四カ国味巡り調味料』でございます。
 タンガラム・ゥアム・シンドラ・バシャラタン4カ国の味を象徴する調味料の小瓶で、ご家庭で簡単に多国籍料理が味わえる夢の商品でございます。」
「ほお、バシャラタンもですか。」

 正直な話、ゥアムシンドラの調味料はありふれている。
 もう百年の交流で互いの文物も行き交って、食の世界の融合も進んでいる。簡易調味料も各社から販売されていた。
 だがバシャラタンは珍しい。

 ゥアム帝国であれば火を吐くような辛茄子の味、シンドラ連合王国は香辛料の宝庫で幾種類をも混ぜ合わせた芳醇な味が特徴。
 これに加えて、タンガラムのショウ油とゲルタを元にした旨味調味料で、3カ国の商品が成り立つ。

 ではバシャラタン法国の味覚の特徴とは何か。苦味だ。
 冬の寒さを乗り切るために保存料防腐剤として用いられる香草類の苦味が、バシャラタンの祖国の味。
 強烈で、タンガラム人にはなかなか受け入れられない。
 茶葉は盛んに輸入され一定の人気を得ているが、その他の食品はまだまだだ。

「実は、タンガラム人が苦味が嫌い、という事は無いのです。
 そもそもが塩ゲルタは苦いからこそ多くの人に愛され、数千年も食されてきました。母なる味、活力の源です。」
「なるほど。なるほど!」

 マキアリイ妙に食いつく。ゲルタを引き合いに出されては無視できない。
 食品会社の人が首から下げる広い箱の中には赤青黄緑の4色の小箱が入っている。緑の箱を手に取って、マキアリイに握らせる。

「これがバシャラタン味『孤高の挑戦』、タンガラムの消費者に苦味の素晴らしさを挑戦していただく意欲的商品でございます。
 ですが苦いばかりではありません。

 バシャラタンにはもう一つ、長期保存によって熟成した肉の味という奥の手がございます。
 まあ腐りかけの肉とも言えますが、冬季保存食として数ヶ月を経た獣肉が独特の深い味わいを醸し出すのです。
 これは寒冷地ゆえに可能な奇跡であり、熱帯のゥアム帝国シンドラ連合王国では到底真似できないものです。」
「その肉の味が、これにも。」

 さらに残り3つの味の小箱を、今度はクワンパに次から次に手渡した。

「ゥアム味『戦士の勇気』、シンドラ味『栄光の芳醇』、そしてタンガラム味『王道の勝利』です。
 この4つの謳い文句をすべて兼ね備えた御方は、方台広しといえどもヱメコフ・マキアリイ様唯お一人でしょう。
 今回カゥリパーさんに広告出演をお願いいたしましたのも、ヱメコフ様の御威光に僅かながらでもお縋りしたいと思ったからです。」

 赤箱はゥアム味、辛茄子の粉末の色で見るからに辛そう。黄箱はシンドラで香辛料がたっぷりと入ったカリを表す。
 ではタンガラム味は何故青いのか。
 味の基本となっているショウ油製造が、トカゲ神救世主「ヤヤチャ」によって始められたものだからだ。
 ショウ油のみならず毅豆加工食品全般を開発して、タンガラムの食の世界は大きく飛躍した。
 トカゲ神「チューラウ」を象徴するのは”青”

 また箱にはそれぞれゥアム「戦士」、シンドラ「王様」、バシャラタン「僧侶」、タンガラム「男」の絵が描いてある。
 クワンパは質問した。

「このタンガラム味の箱に描いてある男性の、全身は塗りつぶしてあるけれど、右手に掲げる白い球は」
「お分かりになりますか?」

 宣伝の人はニコニコと嬉しそうだ。

「所長ですね。ヱメコフ・マキアリイ本人ですね。」
「表立っては宣伝できないものですから、苦肉の策としてこのような象徴的な絵となりました。お許しください。」

 

 ちなみにワリカスタ食品株式会社の本社はノゲ・ベイスラ市にある。
 同じ工業都市とはいえヌケミンドル市は機械・自動車・電機産業が中心で、ベイスラは軽工業、繊維衣料・食品・木工およびそれら関連機械工業が主となる。
 食品会社の多くがベイスラに拠点を構えていた。

 

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