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「前回までのあらすじ」

 

「それではご要望をお伺いします。お客様はどのような冒険の旅をお望みですか」

「うーんそうだなあ、やっぱりどーんと派手でドンパチをして敵をやっつける無敵のヒーローだなあ。
 それもハードボイルドのミステリーで、」
「刑事とか秘密諜報員、私立探偵、あるいはもっと弾けて自由海賊とか革命家なんかもお薦めですよ」
「うーんアウトローもいいが、やっぱり
 世間から賞賛されて表彰されて大々的に人気者の、国家の為に戦う正統派の英雄かなあ」

「承りました。ヒロインはどのようにいたしましょう」

「そりゃあ美人の、うん取っ替え引っ替えだな。
 一人を愛する時はとことん命がけで、どんどん異なるタイプの美女が順番に満載と」
「ハーレムではないのですね」
「ヒーローだからな、女の子にも優しくしなくちゃ。
 美女に目移りしたらヒロインにちょっとヤキモチ焼かれる色男だよ」

「それでは、あなたは誠実な男性で誰からも好かれる無敵の正義の味方で
 愛国心溢れ世間からは絶賛され美女に取っ替え引っ替えモテまくる、冒険の旅をお楽しみください」

 ??????

 

         ??????

「これでプログラムは終了です。冒険の旅はお楽しみいただけましたか?」

「ぅあああああ、やめてくれえええええ、カニ巫女棒で叩くのはやめてええええええ」
「え、そんなものはプログラムしておりませんが、」

 

この物語は完全な虚構であり、実在した私立刑事探偵ヱメコフ・マキアリイ氏の事績を参考に再構成されたものです。

実在の人物、国家・政府、企業組織機関、政治団体宗教団体、映画演劇作品、
また実際に起きた犯罪事件をそのままに描いたものではない事をご了承ください。

 

 『罰市偵』第四巻「総天然色二本立て」開演。ディテールなんか豚にくれてやれ。

 

 

『罰市偵 〜英雄探偵とカニ巫女

 (第十七話)

(この特別編は、カニ巫女事務員五代「ポラパァーラ」さんが著したヱメコフ・マキアリイ氏の言行録『英雄探奇夜話』を参考に創作したものです)

 

 「カミハル・サクアヴ」 23才男性。職業は、総統府秘密工作員である。

 工作員としての基礎訓練を終え最初の任務として与えられたのが、「ヱメコフ・マキアリイの尾行」だ。
 彼は、指導教官にあたる先任の工作員に当然の質問をした。

「ヱメコフ・マキアリイは国家英雄と讃えられる愛国者です。なのに、何故尾行の必要があるのでしょう」
「今回ヱメコフ・マキアリイは、故地とされるガンガランガに一時帰省するとの報告を得た。

 君の任務は彼を尾行し、彼が接触する人間を記録し関係を洗い出して血縁を明らかにする事にある。特に両親の情報が欲しい。
 彼はあれだけの有名人にも関わらず、出生に関する情報がほとんど無い。これは危険だ。
 場合によっては、後々政治問題化する可能性も有る」

「了解しました。ですが、これまで彼に関して調査を行った例は無いのですか」
「すべて失敗したと考えてくれ。彼以上に彼の故郷の防秘体制は強固であった。まったく調査を受け付けない」
「まるで忍者ですね」
「その可能性も高い。いやむしろ、そう考えた方が彼の活躍は理解し易いな」

 

 ガンガランガ県はスプリタ街道北半分の中点、ヌケミンドル市から終着点デュータム市に至るちょうど真ん中に位置する。
 西はカプタニア山脈が大きく広がり、東は毒地平原が広大に続き草食動物の天下だ。
 ガンガランガには古来より大きな町があり重要拠点と考えられてきたが、所詮は中継地。ほどほどの繁栄を遂げるに過ぎない。

 この状況が一変したのが、創始歴5500年代。
 去勢技術の導入により野生の荒猪を「和猪」に馴らし、牽引動力としての利用が始まる。
 繁殖牧場が多数設けられたガンガランガの平原はにわかにカネが湧き出し、多数の人が集まった。
 「和猪長者」が何人も出現する。

 現在は鉄道・電気・内燃機関の普及でそこまでの需要は無くなったが、代わって食肉としての利用が広まる。
 肉脂皮骨牙、ありとあらゆる部分が利用される。近年ではバシャラタン法国から伝わった「腸詰め」を大々的に製造して海外輸出をするまでになった。
 しかしながら、西側カプタニア山脈の森林地帯はその恩恵も受けずにのんびりとした貧しい田舎の風情が漂う。

 ヱメコフ・マキアリイの故郷はこの森林地帯だとされている。

 

 ノゲ・ベイスラ市の駐在連絡員からの情報で、ヱメコフ・マキアリイがスプリタ幹線鉄道北行特急列車に乗ると知った。
 「カミハル・サクアヴ」は、先回りしてガンガランガ県の幹線新駅で待ち受ける。

 ガンガランガ新駅は旧ガンガランガ市とは結構離れた平原内に有る。産業輸送の便宜上こちらを優先すべきとの判断だ。
 だが県内の既存交通機関の中軸は旧市であり、森林地帯に行くにはそこで乗り換えねばならない。

 初めて肉眼で見るヱメコフ・マキアリイの印象は、肉体だけは立派だが意外とぱっとしない
 同じ特急列車を降りた他の乗客に比べると、貧乏人であると如実に表れている。

 マキアリイは在来線の駅に入るや、いきなり停車場に設けられる簡易食堂に顔を出し、ラヲ麺を啜り出した。2杯も食った。
 たしかにこれから先は長丁場の移動になる。
 彼に習ってこちらも腹ごしらえをし、また不意に列車を降りるのを警戒して食料を持参しておくべきだろう。

 ガンガランガ在来線は電化していない。
 蒸気機関車が牽く列車でごとごとと移動する。乗客は結構多い。
 とにかく遅くて長いから、車内では普通に飲み食いしたり酒盛りを始める者も居る。
 マキアリイは彼らとすぐに打ち解けて、酒盛りに加わり笑い合っている。

「あくまで庶民派の英雄、ということか」

 旧ガンガランガ駅に1刻(2時間)弱で到着。
 森林地帯行きへの接続に、また1刻待たされる。
 マキアリイは駅前の網焼き屋に入って、焼きゲルタに舌鼓を打つ。
 ちなみにガンガランガの名物は、言わずとしれた和猪肉だ。焼き肉鍋味噌漬け燻製腸詰め調理法は幾種類も有る。

 買い物もした。食品ばかりであるが、土産物を選択する。
 故郷に帰るのに手ぶらではよくないと、ようやく気付いたらしい。

 

 ここから先の進路は確定したようだから、先任の工作員に電話連絡をした。長距離市外通話だ。
 ガンガランガ市を離れると、これも通じなくなる可能性が高い。

「やはり森林地帯です」
”おそらくは、”聖地”に行くだろう。そういう記述をどこかの雑誌で読んだことがある。マキアリイは聖地にて武術の奥義を得たという”
「”聖地”とは、あの”聖地”ですか。まだそんなものが有ったのですか」
”絶滅したはずだがな。それでも歴史の痕跡は消せない”

 

  ******

 ”聖地”とは、端的に言うと「コウモリ神人」信仰の聖地だ。
 かってタンガラムの人類は、北方の巨大な洞窟内で養われていたものが、「コウモリ神人」の手引きにより方台の各地に誘われ、野外で暮らすようになったと伝わる。
 創世神話の最終章に当たる。

「ヱメコフ・マキアリイは強く宗教と結びついているのか……」

 不思議はない。カニ巫女を常に従えて業務を行っているのだから、なんらかの繋がりがその生い立ちに有るはずだ。

 また彼は、古い血筋の高貴な人物に養育されたとも伝わっている。
 彼自身の出自は特別ではないが、孤児となり引き受けてくれたのがそのような家格の人だった。
 これは本人が雑誌の取材で語った事であり、広く知られている話だ。

「まさか王家の生まれとかじゃないだろうな。冗談が過ぎるぞ」

 ソグヴィタル・ヒィキタイタンはれっきとしたソグヴィタル王国・王家の末裔である。
 相方であるマキアリイまでもが実は。となると、もう笑うしか無い。

 

 明らかに百年近く動いている旧式の蒸気機関車が停車場に入ってくる。
 だが周囲の乗客はまるで気にしていない。列車とは古いのが当たり前と、常識に刻み込まれている。
 そしてやはり結構多く乗る。森林地帯行きは日に3本。これが最終列車だ。

「終着駅はゴーラミント。人口5千人ほどの町、宿屋とか有るのか?」

 既に夕刻。窓から見える景色はだんだんと寂しく、ただ木が生えているだけになっていく。
 原始林も多い。
 そもそもがカプタニア山脈はそれ自体が褐甲角神「クワァット」の依代と見做され、伐採は厳しく制限されてきた。

 多数乗った乗客も一人またひとりと暗がりの駅に降りて、車両が空になっていく。
 車内の照明は白熱電球で、本を読むほど明るくはない。人の顔も定かではない薄灯りの下で、ごとごとと揺れる。ひたすらに揺れ続ける。
 もはや真っ暗になった森の中を、列車はただ一筋の光となって進んでいく。

 ただ中の一両にだけ華やかに明るい言葉が飛び交っている。
 マキアリイが地元の人と楽しく話し、弁当などを互いに交換し、酒なども嗜んで鉄路の旅を楽しんでいた。

 その人達も降りて、終着駅までの最後の区間はマキアリイと自分だけになる。

 

 ゴーラミント駅に着いたのは、12時(午後10時)だ。
 既に駅員も居らず、機関車の整備士が集まっているだけ。この列車は明日の始発となる。

 停車場、と言っても線路に直接降りる。
 「カミハル」はついうっかり、マキアリイとほぼ同時に砂利の地面に降り立った。
 振り向くと、監視対象と真正面から顔を見合わせてしまう。

 宿屋は駅前に1軒有るだけ。他はないと聞く。
 行きがかり上一緒に行くしか無かった。

 マキアリイが尋ねる。

「俺の自己紹介は必要なさそうだな。君の名前は」
「「カミハル・サクアヴ」と申します。職業は巡回販売員で、」
「ああ。うん、……毎度芸がないな総統府は」

 

  ****** 

 人口5千人のゴーラミントは、この近辺ではとてつもなく大きな町、らしい。
 銀行も図書館も病院も有る。

 ここがヱメコフ・マキアリイの最終目的地ではない事は明らかだ。
 他に行くには徒歩ではとても無理で、和猪車を使うしか無いそうだ。
 和猪車を貸す業者を見張っていれば嫌でもマキアリイは現れる。

 一緒に泊まったはずの宿屋で、マキアリイは翌朝姿を消してしまう。
 彼の立場からすれば尾行を巻くのは当然で、逃げられないよう警戒していたのだが、
終日列車に揺られ続けた疲労であっけなく眠りに落ち、気がつくと夜が明けている。

 任務大失敗、と言いたいところだが、ここから先の移動手段が限られるとなれば、話は別。
 早々に宿屋を出て、貸し車店の前で堂々と待つ。

「まさか自動車を借りたりはしないだろうな……」

 粗末の木の腰掛けでじっと待つ都会の男は、近所の人の目を惹くようだ。
 子供がのこのことやって来た。陽に焼けた女の子だ。

「ねえおにいさん、誰を待ってるの」
「仕事だよ。君は学校に行かないのか」

 小学校高学年、ひょっとすると中学生だろうか。
 丈が膝上までの短い真っ赤な貫頭衣で腰を絞る。細い脚がにゅっと伸びている。
 いかにも子供な格好だが、妙に色気があった。
 髪は思春期前で漆黒、一房金色の束が額の前に垂れている。ここだけ着色だ。

 学校、と聞いてけけけと笑った。

「あんなとこバカが行くもんだよ」
「学校に行かない子をバカと言うんだ。君は不良か」

 女の子は腰掛けに無理やり尻を押し込んで、ぴったりと密着しながら座る。

「おにいさんどこから来たの。あたいこんなせこい田舎を出て街に行きたいんだよ。マキアリイ映画みたいな」

 田舎町にも「英雄探偵マキアリイ」の映画はやって来る。
 常設の映画館は無くても、祭りの度に野外に銀幕を張って上映する。
 大都会を闊歩する英雄探偵の勇姿は、田舎僻地の人間にこそ憧れを植え付けていた。

 ガラガラと和猪の荷車が道を通る。
 和猪車貸出し店は街道の辻に設けられている。ここで見張っていれば見逃すはずが、

「あ。」
「あ!」

 荷車にヱメコフ・マキアリイが乗っている。御者は若い男で車も自前か。
 そうか、迎えが来る可能性を見落としていた。

 マキアリイはバツの悪い顔をする。見つかってしまった以上、総統府の工作員を振り切るのは難しい。
 こうなればいっそ、と提案する。

「君も乗っていくかい?」
「いいんですか」
「嫌と言っても来るだろ。それなら乗せていくさ」

 監視対象にそんな甘え方をしてよい訳が無いが、もうやけくそだ。
 遠慮しつつも脚を掛けて荷車に乗り込む。座席は無いから、荷台にしゃがみ込む姿となる。
 なぜか、女の子も飛び乗った。

「おいお前なんだよ、どうして付いてくる」
「この人知ってる、有名人だ。えーとヱメコフ・マキアリイに似てるね。もうちょっと変な顔だけど」

 世間一般のマキアリイの認識はそんなものだ。
 映画に出てくるかっこいい俳優を本物として覚えている。

 

  ****** 

 彼女は「リァゥ」と名乗った。姓は教えない。
 親が分かると連れ戻されると考えているのだろう。

 マキアリイと「カミハル」が都会から来たと知るや、興奮する。「あたいもルルントへ連れて行って」と。
 どうしても荷車から降りず、力づくで試みるや「痴漢変態!」と騒ぐのでどうしようもない。
 振り向いて指示を仰ごうにも、国家英雄は知らぬ顔。責任はお前が取れよと目が言っている。

 

 和猪車は4人を乗せて森を抜けるゆるい坂道を登る。

 生き物が牽く車だから頻繁に休みを取らねばならない。半刻(1時間)行けば10分を、もう半刻行けば30分。
 ゆっくり行っても人間が歩く倍の速さだから、文句を言う筋合いではない。

 3度目の休みとなって、かなり高い崖の縁に居る。
 眺望は最高で、マキアリイは眼下に広がる故郷の風景にしばし想いを巡らせる。

 その姿を背後から見つめる若い御者は、運転台の下に置いていた両刃の直剣を握った。
 足音を立てずに近付いていく。

 何をするかと思うと、いきなりマキアリイに背後から斬り付けた。
 驚く英雄。かろうじて初撃をかわすが慌てふためいて、地面を四つん這いで逃げ回る。
 崖っぷちで足元も悪く、先手を取られてしまっては防戦一方だ。

 自分はどう対処すべきか。
 装備の護身拳銃を上着の裏から引き抜いて、御者を狙う。監視対象を殺されてしまっても困る。
 初めて見る拳銃に、リァゥは目を丸くした。この人本当は凄いひとじゃないのか。

 だが御者はマキアリイを剣で追い立て、遂には崖から突き落としてしまう。

「おい君、君はいったい!」

 叫んで説明を求めるが、振り向いた彼の胸元には。

「お見事です、ヱメコフ・マキアリイ様。いえ、”皇子”とお呼びしましょう」
「よしてくれよ、その呼び名は」

 マキアリイが崖に手を掛けて、いとも容易く登ってきた。衣服上下の埃をはたく。
 御者の胸には、心臓の位置にきっちりと靴跡が残っている。

「虚を衝かれ慌てふためき無様に逃げ回る姿を演じ、図に乗る敵を思うがままに誘導して逆転の一打を叩き込む。
 『狼狽拳』、お見事でございます」

「いや君もかなり強くなったよ、シンプリア君。ココを出る時はあんなに小さかったのになあ」
「もう10年でございます。よくぞお戻りになられました、皇子」
「だからそれはやめろと」

 

  ****** 

 和猪車は途中の村で借りたものだ。そこから先は歩きでまた登っていく。
 選抜徴兵時の新兵訓練を思い出す過酷さで、極秘で監視など最初から無理と反省した。

 荷物運びにイヌコマを数頭借りている。
 人を乗せる事は出来ないが、胴周りの紐に手を掛けると引っ張ってくれて実に助かる。
 リァゥのような軽い子供であれば、乗るのも可能だ。

 1刻登り続けて峠を越えて、下った所にそれが見えてきた。
 縦横200歩(140メートル)ほどの何も生えてない土の窪地。いや、人の手によって造成された四角い墳墓のような場所だ。
 中央に2本の高い白木の柱が立ち、横木を渡して門の形を作っている。
 だが門だけがあり、前後に何の施設も無い。

「これは……」
「聖地だよ」

 息も絶え絶えに辿り着いた「カミハル」に、涼しい顔のマキアリイが教えてくれる。

「”聖地”とは、あのコウモリ神人の遺跡の」
「その聖地さ。ここが俺の修行場所さ」

 

 創始歴5600年。「ヤヤチャ」信仰の再燃から、”聖地”はにわかの脚光を浴びる。
 幾人もの学者や冒険家、宗教家が方台各地に点在する”聖地”を探訪し、奇跡の痕跡を調査した。

 目にしたのはこの世の不幸矛盾。文明社会が切り捨ててきた弱者敗者がすがる最後の避難所であった。
 家族に見捨てられた老人病人、法的にはあり得ないはずの「奴隷」、社会から弾き出された犯罪者絶縁者。借金苦の逃亡者。

 圧政が存在したわけではない。
 増大する人口、発展する市場経済が生み出す負の側面。合理主義が導く進歩の排泄物を、”聖地”が引き受けていたのだ。

 当時は聖戴者による統治がまだ残っていたが、実態を知って為政者として大きく悲しみ、各国総力を挙げての救済作戦を遂行する。
 ”聖地”は清められ、集った者達は社会に一度は受け入れられたが人知れず姿を晦ます。
 やがて社会矛盾が大きく牙を剥いて民衆を駆り立て、神権国家に代わる民衆協和運動へと突き進んでいくのである。

 

 今は何も残っていない……。
 マキアリイに尋ねる。こんな場所に来て、貴方は何をするのか。

「そうだな。武術の師匠の墓参り、それだけだな」

 

 後はやる事が無い。
 「カミハル・サクアヴ」は遺跡を見渡す斜面に座って、ぼーっと眺めるばかりだ。

 赤い服の女の子が殺風景な景色の中、浮かれたように遊んでいる。
 日に焼けた細い脚を伸ばして跳び踊り、何が楽しいのか。

 「だってこれ、魔法の門じゃない!」

 こっち来いと誘われた。門の2本の柱を指し示す。
 突き固められた地面に砂が被り、足跡を幾つか留めている。

「何が有ると言うんだ」
「マキアリイともうひとりは、何処に行ったのでしょう?」

 え、と振り返るとどこにも二人の姿は無い。家も、隠れる場所も見当たらないのに、
 いやそもそも、この場所で武術の訓練を行ったと言うが、何処で寝起きしていたのか。

「答えはここ」

 と示すのが足跡だ。2本の柱の間に渦を巻くように残っている。
 ヱメコフ・マキアリイとシンプリアの足型だ。工作員としての教育で、足跡の解析は叩き込まれる。
 なんらかの手順に従って、二人は複雑な歩き方をしていた。

 もし魔法の門だとすれば、開ける魔法が有るはず。
 リァゥは自信満々。

「試してみればわかるよ」

 

  ******  

 眼の前がぱっと開けて極彩色に彩られる。
 花は咲き鳥は歌い、木造の瀟洒な建物が立ち並び五色の旗がたなびいて、妙なる音がどこからともなく流れてくる。
 何より、美しい男女が多数湧いて出る。

 木の門の柱をリァゥが言う通りに回って見ると、いきなり不思議な空間が現出した。
 これは夢だ、でなければ幻だ。
 こんな山奥に、道すら無い秘境にこれほどの町が、いや宮殿と表現した方がいいのか。
 聖地を囲む山全体に多数の館が立ち並び、王宮の格式を示している。

 振り向くとヱメコフ・マキアリイが迷惑そうな顔で立っていた。
 彼の衣服は、まさに王子が纏うかの伝統衣装。水色の布をたっぷりと用いた男らしい姿に変じている。

「ここは禁域と呼ばれている。君はたぶん、説明を必要とするな」
「説明、出来るんですか? 魔法以外の」

 マキアリイの周りには半裸の侍女達が畏まっている。いずれ劣らぬ美人揃いで、まるで芸能人だ。
 女達は彼をまさに王子として扱っている。

「マキアリイさん、貴方は本当に王子様なんですか」
「渾名だよ。厄介なお姫様が面白半分に呼ばせているんだ」

「見てみて、カミハル」

 振り向くとリァゥが、金糸銀糸で織り上げた細い帯の輪を腕や身体に巻き付けて微笑んでいる。
 頭には赤い花まで挿していた。
 侍女達が面白がって飾ってくれたらしい。

 マキアリイが、こいつの仕業かと大きくため息を吐いた。

「君一人なら絶対仕掛けは見破れなかったんだがな」
「はい。子供は妙なところに目が行くみたいです」
「違うさ。この子は魔法の才が有る」

 

 館の一つからシンプリアが歩んでくる。彼も藍色の衣に着替えて、額には銀色の帯を巻いている。

「マキアリイ様、フィミカ様がお会い下さるそうです」
「有り難い! 今度は門前払いを食わなくて済んだ」

 マキアリイはほっと安堵する。今この瞬間まで彼の帰還は許されていなかったと知った。

「なおフィミカ様は、カミハル殿とリァゥも一緒にお連れするようにと申されました」
「リァウは分かるが、彼もか」

 魔法の才を持つ少女に魔法の国の偉い人が会いたがるのは理解できる。
 では自分はどうか。やはり許されざる者として禁域から追い出されるのか。
 マキアリイに尋ねる。

「フィミカ様とはどのような御方ですか」
「この禁域には2人の女神が居る。”ヒュウコ”様と”フィミカ”様だ。
 気を強く持てよ、本物の女神は尋常の尺度では測れない」

 

   ******

 外観は立派な御殿であるのに、中に入るとまるで農家の納屋か仕事場だ。
 天窓から差し込む光の下に、さして上等でもない布地で作った作業服を着る女性が居る。

 「これがフィミカ様?」と訝しむが、マキアリイ、シンプリア、リァゥは神妙に頭を下げる。
 しかし民衆協和主義の今の世で、身分に拠る差別、人間の階級は存在しない。
 末端ながら国家の運営に携わる身としては、建国の思想に従うのが筋と考える。

 フィミカがこちらを向くのを、顔を上げて待つ。

「     。」

 内臓がひっくり返る気分に襲われる。明らかに自分は選択を間違った。
 女神? 確かに女性ではあるが、神とはこれか。これが真の神と呼ぶべきものか。

 容貌は魁偉。醜悪とさえ呼べるだろうが、批評を許さぬ圧倒的迫力に魂が凍りつく。
 異様なもの、隔絶したもの、いと高きもの、人間の想像力を超えるもの。
 問答無用説明不要でこの人が神域に在ると理解する。感動が瞳から自然と溢れ出す。
 千年万年揺るがぬ巌の確かさが、絶対の美を定義していた。

 声は深く柔らかで心地よい。普通の意味で美しい。

「やあ皇子、やっと帰ってきてくれたね」
「フィミカ様、帰還のお許しを頂き有難く存じます」
「映画見たよ、大活躍じゃないか。これなら許してやっていいかなって」

 語る言葉は庶人と同じくくだけている。高貴な人には思えない、まるでマキアリイの姉のような親しさだ。
 彼女は立ち上がり、ひれ伏す者の傍に寄る。
 まずは第一に、己の姿を直視して石化する無礼者を床に張り倒す。その衝撃にようやく正気を取り戻した。

「直接に姿を見なければ元に戻るでしょう」
「あ、ありがとう、ございます……」
「あなたは政府機関の人間ですね。皇子の出生の秘密を調べに来た」
「は、はい」

 思わず目的を喋ってしまう。一度彼女を神と認めてしまった以上、逆らう気は発生しない。

「わたしは皇子が4才の頃から面倒を見ています。だから母親代わりとも言えます。
 それより前の話は尋ねてはなりません。
 帰って上の人に伝えなさい。「ヱメコフ・マキアリイ」の秘密は、政権の一つくらい簡単に吹き飛ばしますよと」
「は、はい」

 

 その時、館を揺るがす低い振動が襲った。
 唸り声の、獣であれば信じられないほど巨大な喉であろう。世界全体に我欲を示すかに、悪意を剥き出した響きだ。

 マキアリイが尋ねる。

「この声は、もしや」
「そうですよ。皇子が何時までも帰って来ないから、仕留める者が居ないのです。帰る前になんとかしなさい」
「はい」

 

  ******

 フィミカの館を出た4人は、緊張から解きほぐされてほっと息を吐く。
 慣れているはずだが畏まってしまったシンプリアだ。
 弁解するかに外部の二人に説明する。

「フィミカ様はとてもお優しい御方だ。
 働き者で手先がとても器用で、様々な匠を自らこしらえる。人の病や苦難を和らげる。
 姿は神だが、心は人。禁域の者すべてに慕われている」

「それは理解しました。」
「だがやはり圧倒的強烈過ぎるので、普段は姿を隠しておいでだ。
 フィミカ様の御前で平然と過ごす事が出来る胆力の持ち主を、我らは”皇子”と呼ぶ」
「理解しました」

 リァゥは両手を伸ばしてのびをして、身体を横に傾ける。緊張して肩が凝った。
 正直に述べる。

「でもあの人、魔法使いじゃないね」
「それが分かるのか。さすがは門の謎を解いた者だな。
 確かにそうだ。魔法を司るのは、これからお会いするヒュウコ様だ」

 そして真剣に提案する。命が惜しければ、二人はここから先進まぬ方が良い。

「フィミカ様と違って、ヒュウコ様は恐ろしい御方だ。人の命を吹き消す事になんのためらいも持たぬ。
 今度は無礼はまったくに許されない」
「私は遠慮します」

 恥も外聞も無く、あっさりと降参する。
 先程自分は選択を外してしまった。危うく死ぬところであった。

 リァゥも拒否した。勘でヤバさが分かる。

「カミハルと一緒に待ってるよ。お腹も空いたし」
「それでいい。ヒュウコ様の御前で平然と振る舞って死を賜らぬ者を、”皇子”と呼ぶのだ」

 

 ヒュウコ様との対面を避けた二人は、またしても侍女達に囲まれる。
 饗応を受けるが、やはり興味の対象はリァゥの方で、自分にはまるで寄って来ない。

 独り観察するに、この禁域には外国人が多数居ると気付いた。
 タンガラム人よりも多いくらいで、しかもゥアムシンドラバシャラタンと思える者は少数。
 ほとんどは国籍不明の顔形服装をしている。

 侍女を一人引っ張って話してみるが、まったく聞いた事の無い言葉で対応された。
 工作員教育で外国語も多少はかじった身でも、まったく分からない。

「なんだここは」

 改めて振り返ると、異国の文字、物品、料理、植物と、おもちゃ箱をひっくり返したような世界だ。
 独自に外国と通じる手段を持っているに違いないが、表の山道を通ってこれほどの物、いや人を行き来させられないだろう。

 無尾猫が1頭、しゃなりと身体をくねらせながら歩いてくる。
 人の居る所ネコ有りで珍しくもないが、これだけは特別だ。
 漆黒の毛並みで、目が金色に光っている。
 無尾猫はタンガラムにおいてはすべて白。「クロい無尾猫」はこの世に存在しないものの代名詞でもある。

 御馳走の前にぴたりと止まり、端正に座り直す。
 しばらくそのまま。
 やがて、どこからともなく、子供の声を押しつぶしたような言葉が聞こえてくる。

「なんでも話してやるぞ」

 

   ******

 最初、ネコが喋っているとは気付かなかった。
 「無尾猫が人間に噂話を伝える」などはおとぎ話であって、実際はあり得ない。世間一般の常識ではそうなっている。
 だが、

「最近の都会人はネコがしゃべることも知らないか」
「本当に、ネコは人語を使えるのか?」
「しゃべってる」

 確かに。
 ただ顎の使い方が人間とまるで異なり、喉だけで発声しているようで、顔の表情が喋る言葉と食い違う。

「じゃあ教えてくれ。ここは一体なんだ」
「ここは”門の村”だ」
「門? ああ、外と行き来する白木のアレか」
「ちがう。トカゲの神さまの救世主が外の世界と行き来する道を作った。知らないのか」

「ヤヤチャが? あ、いや確かに聞いたことは有る。北方聖山の大洞窟に人が別の方台と行き来できる道を神様にお願いしたという、アレか?」
「アレだ」
「でもここは聖山ではないぞ」
「ここに移した。だから外から人がやってくる」

 黒ネコの顔を改めて確かめても、真偽はまったく読み取れない。
 しかし、他の方台世界と行き来する不思議な大洞窟は、わずか600年前の近代の神話だ。
 傍証も有り、和猪に用いる去勢技術の出処は本来あり得ないはずの外部世界だ、との学説も存在する。

「ではヒュウコという魔法使いは、」
「門の門番だ」

 突然雷が落ちた。
 空中を七つに引き裂き、人々は逃げ惑うがあまり怖そうな表情をしていない。
 よく有る現象であるかに思える。

 ネコは平然と説明する。

「ヒュウコが怒った」
「今ヒュウコという人は、マキアリイさんと話をしているはずだ。怒らせたのか」
「皇子か。うん、皇子ならしかたない」

「お前はヱメコフ・マキアリイの出生の秘密を知っているか」
「知りたいか? 教えてやらない」
「何故」
「ごほうびが高くつくぞ」

 無尾猫は本来、人間からご褒美をもらって対価として噂話を伝える。タダ働きはしない。

 

 黒ネコはきっと顔を尖らせる。警戒の表情だ。

 空間から、七つに裂けた空中から禍々しい、黄色いまだらの腕が伸びてくる。
 顔を覗かせるのは獣、ネコに近いがもっと獰猛な。黄色い輪郭が水彩画のようにぼやけてはっきりしない。
 口を大きく開いて薄桃色の舌を長く垂らす。

「魔法の結界がやぶれた。だからヒュウコは困る」
「アレはなんだ!」
「ヒトサライ。」

 その怪物は長いしっぽが有りながら、人間のように二足で立っている。
 身の丈は4杖(280センチ)。誰かを探す。
 運悪く見つかったのは、赤い貫頭衣を着た少女リァゥだ。

 抗う術も無く、怪物の顎に捕われる。

 ネコは言った。

「助けろ」
「言われるまでも!」

 護身拳銃を抜いてすかさず発砲する。少女に当たらぬ胴体を狙うのは当然だ。
 しかし怪物は怯まない。空間の裂け目に戻って身を隠そうとする。

「逃がすな」

 裂け目の向こうがどうなっているかは知らない。
 だが、リァゥを助けない選択肢は持っていない。
 自分でもバカだとは思うが、何も考えずに飛び込んだ。

 

  ******

 明らかに禁域とも門の外とも違う場所で、赤い岩肌が露出する荒涼とした風景だ。
 明るいが、ひょっとすると、巨大な洞窟の中ではないか。

 空の裂け目の向こうには、また別の世界が有った。
 全身に原色の顔料で幾何学模様をびっしりと描いた蛮族の集団に、あっさりと捕まってしまう。

 蛮族の長らしき全身に羽飾りを纏った老人が、髑髏の付いた木の杖を振り回して意味の分からぬ言葉を叫ぶ。
 周囲の者は戦士であろうか、石槍や棍棒を携え、「カミハル」達を八つ裂きにせんと奇声を発する。

 リァウはとりあえず怪我は無く、怪物の顎から解放されて自分の隣に縛られている。
 しかし、これでは状況はまったく変わらない。

 長の老人がタンガラム語で喋り始める。

「オマエ達はエサだ。冥界の皇子を釣る為のエサとする」
「皇子? ヱメコフ・マキアリイの事か。彼が何を、」

「アレは本来我等を統べるべきオカタである。闇の世界の魔王、深き長き広き大隧道の主にして数多の怪物の支配者。昏き民の救い主ぞ」
「救世主、マキアリイを救世主と呼ぶのか」
「ああ早く来い、はやく。我等は待ったのだ。今こそ血の生贄を捧げ、皇の帰還を祝おうぞ」

 続いて鋭く蛮族の言葉を発し、戦士達が再び気勢を上げる。
 でんでこでんでこと太鼓の低い音が轟く中、二人は赤い光に照らされる細い道を運ばれる。
 どこまでと思うと、すぐに祭壇が見えてきた。
 やはり全身に紋様を描いた女達が供物を捧げる準備を進める。
 深い地割れが有り、チロチロと赤い焔の舌が上がって来るのが見える。これは溶岩か、ここは地の底か。

 多くの民が両手を挙げて盛り上がる中、二人はまさしく生贄っぽく2本の柱に縛り付けられる。
 どうにも逃げようがない。
 護身拳銃を持っていても弾数より多い敵に襲われたから仕方ない。

「機関銃が要るなあ……」

 顔面まで紋様で覆い尽くしているが、目元が鋭い結構な美女が素焼きの盃に注いだ酒を無理矢理に飲ませようとする。
 毒酒か、と思って口を閉じ拒絶するが、女は自らの口に含み唇を押し付けて流し込んでくる。
 たちまち身体の芯が熱くなり、意識がふわふわと浮いて定かではなくなる。キラキラと周囲が輝き出した。

 リァウも同じ酒を飲まされて意識朦朧とする。
 獣の頭蓋骨を頭にかぶる呪い師らしき男が近付いた。握る黒曜石の刃がキラリと焔を照り返す。

 どんどこどんどこと太鼓は鳴り続け、時折合いの手を打つかに奇声が飛ぶ。男女で歌を交わしているのか。

 長老の指示で呪い師はリァウの服を首筋から引き裂いていく。
 冷たく光る黒曜石がなめらかに赤い布を切り分け、まだ乳房も膨らまぬ裸の胸を顕にする。
 腹を露出させ、更に下半身までも。一糸まとわぬ姿に剥くが、

 リァウの下半身に見慣れた突起物がある。

 呪い師も長老も、蛮族の戦士、民達も皆目が皿になって凍りついた。

「お、おまえ、男だったのか?」

 呪い師はしげしげと眺めるや、石の刃を天に振り上げる。

『こっちの方がいい!』

 うおおおおおお、と周囲の者皆これまでに倍して盛り上がる。
 生贄としてはただの少女よりも価値が高いのであろう。 

 リァウはわずかに首を傾げ、自分に最期の言葉を漏らす。

「たすけて、カミハル……」

 必死にもがくが、荒縄で縛られた手足はびくともしない。毒酒で身体の自由も効かない。
 黒曜石の尖った先端が、日に焼けた胸にすっと赤い線を描く。
 心臓の周囲にずぶりと突き刺さっていくが、痛みはあまり無いようだ。毒酒の効果か。
 リァウはただ小さな喘ぎ声を漏らし、何時までも止まらない。

 遂に呪い師はどくどくと動き続ける心臓を抉り出した。胸から引き千切り、迸る血液を獣骨の兜に受け真っ赤に染まる。
 戦士に民に心臓を示して、これまでに無い複雑な叫びを上げた。

 声に応えるかに、地割れの下の焔が大きく燃え上がる。
 若い生贄を欲するかに赤い舌が垂れ下がり、心臓を舐め回す。
 やがて先程禁域を襲った「ヒトサライ」の獣の姿が、しかも10倍の大きさとなって顕現する。
 これを呼び出す為の儀式なのか。

 では、これが直接に食い殺す生贄は、自分か?

 柱に縛り付けられるリァウの屍体が、びくんびくんと痙攣を続けている。

 

  ******

 天から、巨大洞窟の天井から、一筋の金色の矢が落ちてくる。
 それは、否。人だ。
 黄金の甲冑を纏った男が、巨大過ぎる剣を握って怪物の頭頂部目指して落ちていく。

 あれはヱメコフ・マキアリイ!

 大剣は見事怪物の脳天を貫いて、マキアリイは渾身の力を込めて抉り込む。
 悶える怪物、両手を振り回して暴れ、振り落とそうとする。

 足元で見上げる蛮族達は阿鼻叫喚、逃げ惑い、また熱狂を更に高める。
 長老は叫んだ。

「来たぞ! 我らが皇の帰還じゃ。皆のもの命の脈動を捧げよ」

 だが最後まで言葉を発する事は出来ない。

 銀色の甲冑に身を固めたシンプリアが、両手に剣を持ち、長老の首を刎ねてしまったからだ。
 禁域の戦士達が次々に躍りかかり、蛮族戦士との戦いが始まる。

 「カミハル」が縛られる柱にも女戦士が駆け寄って、一刀で縄を切り救出する。
 すぐにリァウを確かめるが、胸に大きな穴が穿たれ、手の施しようもない。

「済まない!」

 

 頭上では未だ怪物とマキアリイの決着はつかない。
 額の男を握り潰そうと手を振り回すが、マキアリイは巧みに逃げて留めを狙う。
 しかし敵が大き過ぎ、急所への一撃を与えるのに苦心していた。

 自分が出来る事はもはや無い。
 女戦士の手引きで脱出を図るが、リァウの心臓を抉り出した呪い師が立ちはだかる。
 このやろう、と黒曜石の刃物をかいくぐり、顔面に拳を叩き込む。
 鼻の骨が砕けて血が吹き出し、白目をくるりと剥くが、まだ死んではいない。
 女戦士が繊細な弯刀「トカゲ刀」で、真っ二つに切り捨てた。

 やがてマキアリイの戦いにも終わりが訪れる。
 目を抉られ足元がおぼつかない怪物が、自ら地割れに転げ落ちるのだ。

 マキアリイは難無く地面に飛び移り、溶岩に滅びる怪物の姿を見届ける。
 その横顔はまさに神兵、皇子と呼ばれるにふさわしい威厳に満ちている。
 「国家英雄」の称号が、なにか浅いものと感じられた。

 

 救出された「カミハル」は、フィミカの宮殿に運ばれた。
 畏怖すべき女神は、驚くほど繊細な指先で彼の全身を確かめるが、治療すべき傷は無かった。

 リァウの亡骸も回収されたが、さすがに死人を生き返らせる術は備えていない。

「可哀想な事をしました」

 マキアリイ自身は、あれだけの活躍をしたにも関わらずまったくの無傷。不死身の噂は伊達ではない。
 しかし怪物と戦ったからには禊の儀を行い、穢れた血を洗い流さねばならないそうだ。

 黄金の甲冑を脱いで、先程の水色の衣に着替えるマキアリイに、フィミカは尋ねる。

「ヒュウコは何と言っていましたか」
「お前はまだ何もしていない、と怒られてしまいました。

 英雄探偵としての業績は、事件が向こうから解決してくれといわんばかりに勝手に押し寄せただけだと。
 自ら事を成すとは、自らの欲する所に従って自ら定めた計画に基づいて行うものだと」
「それは痛いところを突かれたね。

 でもそんな事をしたら、滅びの予言が成就してしまう」
「定めですから、滅びと分かっていてもやらねばならぬ道が有る。
 まだ道に足も踏み入れていないんだそうです。俺は」

 

  ******

「滅びの予言とはなんですか」

 答えてくれそうにない質問だがあえて尋ねる。これだけ不思議が続けば、予言くらいおまけでいいだろう。
 果たして、マキアリイは少し考えたが教えてくれた。

「俺の寿命の話さ。ここを出て選抜徴兵でイローエントに行く前に、ヒュウコ様が授けてくれたんだ。
 俺は近い将来、何事を成す事も無く死ぬんだそうだ。それまでの手順の話さ」

「成す事が無い、ってあなたは国家英雄として多くの人に崇められる手柄を幾つも立てたではないですか。まだ足りないと」
「だからさ、それは俺が求めたものじゃない。俺が成すべきを求めたら、その先には死が待っている。
 そういう呪いでもあるのさ」
「そんな救いの無い……」

 無駄話はここまで、とフィミカが遮る。
 この禁域をヒュウコに代わって治める役の彼女には、やらねばならぬ仕事が有る。
 行き届いた事に、彼女は自らの姿が目に入らぬよう、背後から話し掛けてくる。

「カミハル君だっけか、君は少々ろくでもないモノを見過ぎてしまった。今日の記憶は消去させてもらうよ」
「何をするつもりです」
「なあに、脳をかき回してちょこっといじるだけだよ。痛くない痛くない」

 痛くないのは本当だろう。先程蛮族の呪い師が使った毒酒は、心臓を抉り出しても激痛を抑えていた。
 だが脳をいじって身体に悪くないのか。

 などと苦情を言う立場にはない。
 ただちにフィミカの指が頭の形を詳細に確かめ、ずぶりと深く沈めていく。
 人間の指がこんなに簡単に頭蓋骨を突破できるなど、

「うわあああああ。」
「あ、ここだね記憶域は。ちょっと気持ちいいかもしれないけど、我慢してね」
「ひああああああああ。」

 だが記憶を失う前に最後に一つだけ、ひとつだけ聞いておきたい。

「教えて下さい、マキアリイさんあなたは一体、何者なんです!」

 

 気がつくと、和猪が牽く荷車の上だった。
 がたごとと揺れる下り坂に目を覚ますと、マキアリイの顔が有る。
 彼の服装は、来た時と同じよれたいつもの上着。貧乏そうで、国家英雄としてはいささかみっともない。

 御者は、誰だったか。名前を聞いたはずなのだが思い出せない。

「ここは、どこです」
「ゴーラミントに帰る道だよ。君は俺達に続いて峠を登ろうとして、熱中症で倒れてしまったんだ」
「熱中症?」
「もう夏だからな、高地でも日差しは一緒だ。気をつけないと」
「はい。すいません」

「君を運んでくれたのは、シンプリア君だ。お礼を言っておくんだぞ」
「ありがとうございました」

 そうか、若い御者の名前はシンプリアだった。思い出した。
 でも、もうひとり。小さい誰かが居たような。

「3人だけ、でしたかね」
「おう」
「そうですか……」

 

 ゴーラミントの町に着くと、荷車はそのまま駅に向かう。
 マキアリイは直接に列車に乗って帰るという。

「君はまだ体調が良くないようだから、一晩ここに泊まっていきな。総統府にも連絡しないといかんだろ」
「あ、はい。電話ありますよね、ここは」
「じゃあそういう事で。

 シンプリア、達者でな」
「またのお戻りをお待ちしております」
「おう。今度は君を街に連れて行くさ」

 御者は高貴な人を見送るかに、深く頭を下げて礼をした。
 マキアリイが列車で去ってしまった後に、彼に尋ねてみる。

「マキアリイさんは、”聖地”に、行ったんですね」
「はい。我等の師匠が眠る墓所です」
「その他には人は」
「あそこには誰も居ません。人が住める場所ではないのです」

 帰る荷車を見送って、一人立つ。
 荷物や上着の裏の装備を確かめる。護身拳銃はちゃんと有るが、弾がすべて発砲済みの空薬莢になっていた。
 何を撃ったのだろう。

 宿屋に向かう前に、駅前の待合い椅子に座って考える。
 記憶がはっきりしない。
 熱中症で脳がいかれたのなら当然だが、何かキラキラしたものがおぼろげながらに思い浮かぶ。

「何だったかな……」

 何をするでもなく考え続ける都会の男は、田舎の人の目を惹くようだ。
 子供がのこのことやって来た。陽に焼けた女の子だ。

「ねえおにいさん、どこから来たの」

 丈が膝上までの短い真っ赤な貫頭衣で腰を絞る。細い脚がにゅっと伸びている。
 いかにも子供な格好だが、妙に色気のある……。

 

 

 (第十八話)

 毒地平原。
 ほぼ正方形に擬せられるタンガラム方台の中央部に大きく開けた草原である。
 かってギィール神族が戦略上の都合から毒を撒き、不毛の地となったから「毒地」と呼ばれた。
 今も地名に残っている。

 創始歴5000年代初頭に毒の封鎖が終了し浄化されると、植生も回復する。
 野生生物の楽園となり、大型草食獣が生き生きと暮らす姿が見られたという。
 現在でも一部は自然公園で、動植物の保護区である。

 だが5500年代後半に始まった、荒猪の去勢による「和猪」化で、平原は一変する。

 ガンガランガ付近に繁殖牧場が多数設けられ、大勢の人が働き始めた。
 和猪はタンガラムの産業構造・交通を一変させ、一気に近代化を加速する。
 「和猪長者」が続出し、己の城を構える者が多数見られた。

 

 ヱメコフ・マキアリイが今回訪れたのも、「和猪長者」の豪邸だ。
 依頼ではなく招待。単純に彼を招いて楽しく歓談したいと申し入れる。
 普通であれば絶対に応じないが、躊躇わせる理由があった。

『現在タンガラムにおける名探偵各氏をお招きしての推理談義に興じたい』

 自慢ではないがヱメコフ・マキアリイ、「英雄探偵」を名乗りはするが「名探偵」は自称はしない。
 もっぱら筋肉で解決している事に誇りすら感じている。

 さて、ではどのような面々が招かれているのか。

 

 迎えの自動車で到着した「レーゲン・スボノフミ」邸は、なるほどに立派な建物だ。
 豪勢ではあるが、要塞らしさもある頑丈な建築。
 実際「和猪長者」華やかなりし時期は武装強盗団も横行し、自力での防衛を求められたという。

 屋敷の主人は趣向により後ほどご挨拶、との話で、先客が集っている庭園に案内される。
 カネを掛け人手を入れた立派な庭で、芸術的に整えられていた。

 使用人に尋ねると、レーゲン氏は近隣の和猪牧場を買い占めて主に食肉用として設備を整え、加工・販売・輸出まで手掛ける有能な実業家だそうだ。

「昔ながらのやり方では、さすがに今の世では成り立っていきません」
「この業界も常に進歩しなければならないか」

 

 庭園の東屋は並の家より大きく立派で、普通に住めそうだ。
 馴染みの顔が茶を喫し寛いでいるのを発見。挨拶を試みるが、その前に。

 中学生らしき黒髪の女の子が、全力で駆けて突っ込んでくる。
 止まる事など忘れたかに、ひたすらにマキアリイを目指して一直線に。
 手前10歩ほどで盛大に転んだ。地面にべたりと大の字に貼り付く。

 だいじょうぶかと手を伸ばすが、がばと元気よく身を起こし、バネが弾けるかに立ち上がる。
 噛みつかんばかりにマキアリイに急接近。

「ヱ、・マキ、ヱメコフ・マキアリイさんでいらっしゃいますよね。そうですよね!」
「あ、ああ。本人だ」
「うわあああああ嬉しいいいい、本物に会えたああああ」

 遠慮容赦なく抱きついてくる少女。
 彼女が疾走した道に沿って、小学生の男の子がぽてぽてと走ってくる。
 マキアリイ、その子には見覚えがあった。

「お、あれはトマトくんではないか。じゃあ君は」

 美少女探偵セラファン・マアムと弟のトマトくんは、今売出し中の名探偵である。
 当然のことながら、職業探偵ではない。

 そもそもが彼女の父親が元捜査官で、武術の達人とのふれこみだ。
 彼によって英才教育を受けたマアムは、無制限格闘競技大会少年の部において並み居る男の子を蹴散らし、見事優勝。
 中学生からは男女混合の大会は無いが、女子の部では今も無敵である。

 父親は舞い上がり、芸能界への売り込みを画策する付き人になってしまう。
 様々な大会、また講演会や演武会に出場し、方台全土を駆け回る。
 その現場で何度も犯罪事件に遭遇してしまったのだ。

「そうです。あたしがセラファン・マアムです。うわああ、あたしの事ご存知でいらっしゃいましたか嬉しい涙出る」
「ああ、うん。会えて嬉しいよ」

 もちろん脚光を浴びるのは彼女である。だが、現場に居合わせた巡邏軍・警察局の関係者に話を聞くと、必ずこう返ってくるのだ。
「彼女の弟のトマトくんが、実にいい所に目を付けるんですよ……」

 というわけで、その筋ではトマトくんは注目の的。期待の新星であるのだ。

 

 ちなみに「トマト」とは、ゥアム語で「トマト」の事である。タンガラムでは「甘辛茄子」と呼ぶ。
 可愛らしい印象があるが、子供の名前としてはちょっと恥ずかしい。

 

       *** 

「やあマキアリイくん、モテモテだねえ」

 にやつきながら高みの見物を決め込む美女もまた、名探偵である。
 マキアリイ、少女にしがみつかれながら挨拶する。

「よお、ベベット久しぶり。ああ、トゥカノパ先生もご一緒でしたか」
「マキアリイ君、君もたまには長期休暇を取りたまえ。相次ぐ大事件で警察当局が処理に困っているではないか」
「事件が勝手に向こうから飛び込んでくるもんで、ハハ」

 ベベット・ミズィノハは26才、ルルント・カプタニア首都警察局特捜部の所属。
 首都を舞台に活躍する女刑事として、報道関係が注目する花形捜査官だ。
 女性であるから選抜徴兵無しで捜査官養成学校に入っており、年少でもヱメコフ・マキアリイと同期だ。

 マキアリイも最初の任地が首都警察局であったから、彼女と同じ現場で働いた事もある。

 トゥカノパ・アレノー氏は51才、「犯罪博士」として広範な知識と深い洞察力に定評がある。実際に、警察大学校の教授でもある。
 名探偵を認めるなら、彼を基準として判定すべきだろう。

 二人共に公務員であるから同伴してもおかしくはないが、何故この場に。

「あーそれなのよ、私ね、この度警察大学校で上級捜査官の勉強しなくちゃいけなくなった」
「捜査の中軸を担う上級捜査官は全国的に不足している状態だ。ベベット君ほどの才気溢れる人材を上層部が放っておくはずが無いよ」
「ギジジット市で新しい技術を使った鑑識法の評価講習会があって、先生も講演されたから一緒にね」

 

 話を大人二人に取られて、美少女探偵セラファン・マアムはちょっと面白くない。
 強引にマキアリイを自分に引き戻す。

「マキアリイさん、今日はカニ巫女の方はご一緒ではないのですか」
「うん、私用だからな。いつもいつもあんなのに貼り付かれてたら、神経が保たん」

「あたし、前から聞きたいと思っていたのですが、ヱメコフ・マキアリイ事務所の事務員てカニ巫女でないと成れないのですか?」
「そんなこと無いぞ。あいつら勝手に押し掛けて強引に居座っているだけだから、もっといい事務員が居たら喜んで取っ替えよう」
「キャー、やったー」

 マキアリイから手を放して、飛び跳ねて喜ぶ。涙まで零した。
 世の中物好きも居るものだ。

 一方トマトくんは、今更ながらではあるが極めて重要な質問をした。

「このお屋敷のレーゲンさんって、どんなヒトなの?」

 ベベットとトゥカノパ氏は顔を見合わせる。
 世間一般的には和猪の繁殖牧場経営者であり大富豪、で済むだろうが、トマトくんは名探偵を集める理由を尋ねている。そう理解した。
 トゥカノパが答える。

「彼レーゲン・スボノフミは犯罪蒐集家だ。推理小説探偵小説の愛好家としても知られる。
 それだけなら金持ちの道楽で終わるのだが、何やら画策しているようでね」
「かくさくって?」
「マキアリイ君の影響もあるのだろう、正義を実現する民間組織を立ち上げようと考えているらしいよ。「名探偵同盟」とか」
「わあ!」

 

「そいつは、俺も初耳だ」

 

        *** 

 使用人に案内されてまた一人、名探偵登場。
 上下共に白のゥアム風伊達男の衣装を身に着け、鮫皮の帯を巻く鍔広帽を被ったヤクザな強面。
 マキアリイが手を挙げて挨拶する。

「オォォフ、あんたも来たのかびっくりだ」
「お互い様だ。こんな酔狂な集まりにご立派な英雄がよく顔を出したな、マキアリイ」

 オォォフ・ウロフ、32才。イローエント市を活動拠点とする私立刑事探偵だ。
 外国人犯罪組織を相手に荒事を繰り広げ、付いた渾名が「拳銃探偵」。彼を原案とする活劇映画も作られている。
 名探偵と呼ぶには難があるかもしれないが、それはマキアリイも同じ。
 体力派だ。

「イローエントを出ないあんたがなんでガンガランガに」
「仕事さ。とある金持ちの身内がイローエントの滞留街で麻薬でおっ死んでな、遺体を幹線特急列車で運んできた」
「ほお、どんな金持ちだ。特急列車に柩を載せるなんて」
「特急列車は凄いな。製氷機まで積んであって遺体を冷やすこと出来るんだぜ」

 

 マキアリイは人数を数える。

「これで名探偵だか荒事探偵だかが5名、残るは、」
「3人ね」
「一人は、ボウダン街道を縄張りとするとっつあんか。まだ引退してないよな?」

「ズンバク・ヱヰヲットさんはまだ現役をお続けになっておられるよ。腰を痛めたようだから、この会には来ないだろう」

 トゥカノパ氏が解説する。

 ズンバク・ヱヰヲットは、巡邏軍特任捜査員として50年務めている最古参の名刑事だ。
 専門は、ボウダン街道を根城とする山賊の流れを汲む窃盗団。特に怪盗。
 数々の功績を上げているが薄給に甘んじる。尊敬と共にいささかの変人として知られていた。

 ベベットが次を挙げる。

「東岸の「神族探偵」 カンヅ嶺シキピオ氏は、出てこないわね」

 自宅を一歩も出ずに、状況の説明だけで犯人をぴたりと当て「神智」と讃えられる、本物の名探偵だ。
 しかし職業ではないので、興味をそそられる事件にしか手を出さない。
 彼の代理人として女流小説家が表に出るだけで、報道にも姿を見せない。

 実在すら疑われたが、トゥカノパ氏が生存を確認。今年36才のはずだ。

 

 そしてもう一人。

「彼は、来ているだろう」
「目立ちたがり屋ですからね」
「ああ、アレか。俺の所にも来た」

「誰ですか?」
「ねえちゃん、たぶんあのヒトだよ」

 

       *** 

 しばしご歓談を、という事で、名探偵4名はそれぞれに情報を交換する。

 その間、美少女探偵はマキアリイの傍で「かっこいー」と眺めるだけで、実に鬱陶しかった。
 トマトくんは呆れて一人で遊びに行く。

 小楽団が生演奏する優雅なお茶会は、無頼派のオォォフには馴染みが無い。
 ヱメコフ・マキアリイがこの方面においては随分と達者であると、認識を改める。「やはり国家英雄だな」と。
 一方、難しい単語が飛び交うので、美少女探偵は上の空になってしまう。
 肉体派で売っていても、やはりマキアリイさんは知的で教養もある御方だ素敵。などと思っている。

 トマトくんがぽてぽてと走ってくる。両手を合わせて、何かを運んでいた。

「ねえちゃん、これ」
「何?」

 見ると、ツバメの雛が掌でぱたぱたとあえいでいる。
 レーゲン邸の堅牢な石壁にイワツバメが巣を作っていて、今が生育の盛りである。
 高い所にある巣から転げ落ちたのだろう。

 マキアリイも覗き込む。

「怪我は無いかな。無ければそのまま巣に返してやった方がいい」
「はい。確かめます」

 セラファン・マアムは少女格闘王であり、怪我と応急措置に関してもそれなりに知識を持つ。
 手先も器用で、雛が骨折などしていないと確認した。

「じゃあ、巣に戻しに行くか」
「はい!」

 子供二人と共に立つマキアリイに、大人達は肩をすくめる。

「ああいう所は敵わないわね、マキアリイには」
「さすがは国民的英雄だ。自然と正義の味方になってしまうのは、生来の美徳というものだろう」
「俺の面じゃあ無理だな」

 

 トマトくんの案内でツバメを拾った場所に行ってみると、とても手の届かない高い場所に巣が有る。
 肩車どころか普通のはしごでも足りない。

「これは屋根修理か、高木の剪定用でないとダメだな」

 園丁に頼んで借りようと歩き出してすぐに、格好の木のはしごが立て掛けてあるのを発見する。
 不用心な、とは思うが有るのなら使うまで。
 上の壁からほんの少し張り出した石の出っ張りに引っ掛けて吊るしてある。

 はしごを外すと、なにやらカチャリと嵌まる感触がした。目覚まし時計の留め金のように。
 特には何も起こらない。

「あたし、登ります!」

 マキアリイがはしごを立て掛けると、体重の軽いマアムが志願する。
 さすがは少女格闘王、とんとんと危なげなく登っていき、巣に雛を戻してきた。

「後は自然の為すがままさ。運があったら二度は落ちないだろ」
「ありがとうおじさん」

 トマトくんがお礼を言う。もちろんヱメコフ・マキアリイは立派におじさんである。

 その後マキアリイは元有った場所にはしごを戻しに行った。最初の通りに、壁の上の出っ張りに引っ掛ける。
 やはりカチャリと音がした。

 

「お客様、用意が整いました。どうぞ食堂にお出で下さい」

 

       ***  

 明るい庭園と異なり、館の中はおどろおどろしく猟奇的に飾り付けられている。
 まるで怪奇探偵映画の撮影所だ。
 もちろん死体も転がっている。

「にんぎょうだね」

 トマトくん、一瞥。「犯罪博士」が補足する。

「6198年、アグ・アグァ市で起きた「カリギィヌ邸殺人事件」の第2死体の配置・姿勢だな。あれは今も迷宮入りだ」
「名探偵でもとけなかったの?」
「君も挑戦してみるといい」

 改めてトマトくん、実況見分を開始する。
 その姿に微笑みながら、ベベットは「博士」に告げる。

「この事件を引き合いに出すのは、雰囲気作りだけでは無いでしょう」
「なんらかの示唆が含まれているか。あるいは事件の解決に結びつく新情報が有るのかな」
「名探偵に挑戦、ですか」

「いけすかねえ」

 オォォフは帽子を脱いで使用人に渡すが、不快感を顕にする。
 素人が刑事事件に首を突っ込むのを歓迎する本職は居ないが、それにしても。

「この屋敷の主人じゃねえよ。その脇に、知恵袋となる奴が居るだろ」
「え、ご存知なのですか。アルドゥーヌを」

 使用人はいきなりの指摘に仰天する。
 彼ら名探偵はレーゲン邸の内部事情についてまったくの無知のはず。
 ましてやその個々人の役割について、どう知ったのか。

「趣味人の金持ちに、ちょっと詳しい奴が知識をひけらかしてすり寄ってくる。よく有る話だ」
「オォォフ君の意見に賛成だな。素人にしては凝り過ぎている。指南した者が居るのは明白だ」

「驚きました。さすがは名探偵の皆様です」
「話してくれるかい、アルドゥーヌって奴のことを」

 ヱメコフ・マキアリイの笑顔に、使用人はほっと肩の力を抜く。
 今回集まった名探偵はいずれも実績十分だが、一般人からは遠い世界の人間だ。冷徹な論理機械の印象がある。
 「一般庶民の味方」と全幅の信頼を置ける人物は、マキアリイのみだろう。

「アルドゥーヌは1年ほど前に雇われた新しい使用人です。年齢は30才で独身。
 職務は執事補佐とされていますが、旦那様の趣味を助ける事を専門とします。
 雇用は、旦那様の趣味の連絡網を通じて紹介されています。その前は大学の助手だったと聞いています」
「大学は何処の」
「そこまでは存じませんが、社会科学だと」

 かなり多量の情報が含まれる証言だ。
 直接社会に貢献できる分野以外の文系学部への進学は、よほどの財力が無ければ望めない。
 相当に裕福な家系の出身。人に雇われる必要の無い身分だろう。
 であれば、レーゲン邸には目的があって入り込んだ。

 「名探偵」を館に呼び集めたのも、実質の主催者は彼なのかもしれない。

 

       ***  

 非常に長い机が有り、出席者は向かい合って並んで座り歓談しながら食事を楽しむ。
 ゥアム帝国の上流階級の「食堂」の形式だ。百年ほど前に流行して、今やタンガラムにも定着した。

 20人が同時に座れる机だが、今回名探偵5+1名とかなり寂しい。

「8名だな」

 上座の主人の席は当然として、左右4名の席が用意されている。
 左側が、年長のトゥカノパ・アレノー氏、ベベット・ミズィノハ嬢、オォォフ・ウロフ氏。そして空席。
 右側は、空席。ヱメコフ・マキアリイ、セラファン・マアム嬢、トマトくん。

 マキアリイの隣は、トゥカノパ氏に匹敵する年配の人だと推測する。
 ならばオォォフの隣は、謎の人物だ。 

 

 着席する前から、電灯の照明がちらちらと不規則に点滅している。
 どこからともなく嵐の雨音が、遠く雷の声も聞こえてくる。外は晴天にも関わらず。
 まさしく怪奇探偵映画の一コマ。

 照明が落ち着いて明るくなった、と思った矢先に、割れんばかりの轟音と共に暗転。落雷か。
 ほぼ瞬間に再び照明が戻ると、立派な正装の中年男性が出現している。
 なるで手品だ。

「ようこそ我が館に。私がレーゲン・スボノフミです」

 40代前半で、思ったよりも若い。それだけやり手という事か。
 オォォフ。

「演出過剰だな」
「申し訳ありません。名探偵諸氏をお招きするのに平常のおもてなしでは失礼に当たるかと」

「お招き有難うございます。レーゲンさん」

 ベベットが淑女らしく挨拶する。が、目は冷たい。
 有能な人間の常で、無駄な手間や遠回りは良しとしない。

 それはレーゲンも承知する。名探偵を呼び集めたのだ、無為に終わらせるはずもない。

「私が考えているのは、タンガラム方台において活躍する名探偵諸氏を結びつけ情報を交換し、有機的な結合で事件解決を手助けする民間組織の設立です。
 これは一昨年、ヱメコフ・マキアリイ氏が「闇御前」配下の刺客に追われて方台中を逃走していた時に、何の手助けをも出来なかったもどかしさを晴らそうとの意図があります」
「あ、俺か」

「それは、わたしも思いました。マキアリイさんを助けて悪と戦いたいって」

 マアムの言葉にうなずく者も多い。
 ヱメコフ・マキアリイが「闇御前」逮捕にこぎつけ、その報復として放たれた刺客の集団と戦いながらの逃避行は、映画『英雄暗殺!』となりつとに有名だ。

 トゥカノパ氏も、このような状況では公権力もまるで無力をさらけ出すのに理不尽を覚える。

「あの時君を助けられたのは、ソグヴィタル・ヒィキタイタン君だけだったね」
「あれは大きいわね。全国展開で広告を出して、「マキアリイにカネを貸してあげて下さい」と呼び掛けるのは」
「ヒィキタイタンには感謝しています。カドゥボクス社の製品を扱う店で逃走資金を借りて、その補填をしてくれて」

 レーゲン氏も大きくうなずく。

「あのような事態が二度と起きてはならないのです。
 聞く所によれば、「潜水艦事件」十周年記念式典においても、闇の勢力の存在が確認されたとか。
 「ミラーゲン」を代表とする種々の陰謀組織が暗躍するのは、もはや一般常識です」
「それで、「名探偵同盟」かよ」

 オォォフは勝手に食前酒を頂いている。さすがに金持ちはいいものを飲んでやがる。

 マキアリイは、この申し入れの対象がおおむね自分に集中すると理解して、考える。
 確かに、

「そう言えば、記念式典では「ネガラニカ」なんてのが出てきたなあ」
「すまんなマキアリイ、アレはまだ調査の途中で何も出てきてない」

 

「『ネガラニカ』! その単語に私は大きな憤りを感じます」

 食堂上座、主人レーゲンの座る席の裏から、極めて特徴的な、滑舌は良いが鼻にくぐもった声がする。

 

       *** 

 現れたのは肌の黒い、多少腹部が膨らんだ中年男性。頭には布を巻いて宝石をあしらい、シンドラ連合王国の正装で固めている。
 誰もが一度見たら忘れない独創的な口髭。

 名探偵一同、立ち上がる。

「やっぱり来ていましたね。ポラポワさん」
「このポラポワ・エクターパッカル、名探偵の集まりと聞いては馳せ参ぜずにはいられません」
「ポラポワさんよお、あんた最近何してた? 事件解決はあまり聞かないな」
「ポラポワが相手にするのは高度な知的犯罪のみです。最近活躍しないのは、タンガラムにおいて知的犯罪が無かったのでしょう」

 まあこのように、自らを高く評価する事崇拝の如し。非常にアクの強い人物である。

 47才。シンドラ在住の折にも犯罪捜査に非凡な才能を示し、どこやらの太守の専属顧問探偵を務めていた。
 しかし彼の本職は美術商。また美食家として、タンガラムにおけるシンドラ料理のご意見番と認められている。
 恋多き男性としても知られる。そもそもがシンドラ人は色事に非常に熱心だ。

 レーゲン氏も立ち上がり、紹介する。

「この度の会合において、おもてなしの料理をポラポワ氏にお願いしました」
「タンガラムの料理、美味しいですね。味の深さを追求する姿勢にはこのポラポワも感服いたします。
 ですが! 麺料理はいけません。どこに行っても細長く切るばかりだ。
 シンドラにおいては、麦粉を練った料理は多種多彩。百花繚乱の一端を皆様にご堪能いただきたいのです」

 

 それぞれの席に、シンドラ陶芸の金彩を施した皿が給仕によって差し出される。
 皆一様に驚き、女の子はわあと声を上げた。

 小麦粉を練った薄い板がまるで花のように美しく広がり、五色の食材に彩られなめらかで透明なタレに浸かっている。
 また別の皿には、同じく小麦の皮に包まれる肉餡の料理。また揚げ物、焼き物が立体的に孔雀の形で飾られる。
 もちろん味もシンドラの香辛料により重層的な味わいで、しかもタンガラム人の味覚に合わせた見事な調和を見せている。

 そして肉。レーゲン氏の牧場でも最高品質の和猪肉を蕩けるように柔らかく煮込む。
 予想に反してシンドラの辛味ではない、むしろタンガラム的に熟成した味わいに仕上がっている。
 付け合せの野菜がシンドラのもので、食感が珍しく飽きが来ない。

 シンドラ風の麺麭(パン)。表面はパリパリと固く、中は気泡だらけで軽やかな、タンガラムではまったくに見ないものだ。
 これが肉の煮込み汁と抜群に相性が良い。

 口の悪いオォォフも賛辞を述べるしか無い。

「イローエントにはシンドラ料理の店は幾つも有るが、まったく次元が違うなこれは」
「イローエントですか、あそこにあるのはだいたいが庶民料理ですね。ポラポワは太守の御膳料理を習い覚えていますから、なるほど毎日食すべきものではないかもしれません」

 そしてお菓子も供される。
 トマトくんは桃色のお餅を手に持ってぱくっと食いついた。中から甘い黄色い餡が出て来る。果物の味だ。

 ただ、トゥカノパ氏は最後にひとつ文句を言った。

「シンドラ料理の奥義を堪能させていただいた。だが惜しむらくは、シンドラの酒が無いことかな」
「Oh、お酒は申し訳ありません。長の船旅で品質を保つ事は銘酒には難しい。
 ポラポワの野望の一つは、このタンガラムにおいてシンドラ酒の酒蔵を開く事にあります。ぶどう畑から育てる」

 

       ***  

 トマトくんは、食後のおもちゃに「カリギィヌ邸殺人事件」の捜査資料をもらった。
 小学生でも読めるように難しい専門用語は使っていない。レーゲン氏が彼の為にわざわざ作ってくれたものだ。

「このしりょうだと、事件げんばはもえちゃったんだ」
「そうだ。当初の見込みよりもはるかに複雑な事件だとして再捜査を始めようとした矢先に、「カリギィヌ邸」は燃え落ちてしまった」
「はんにんが証拠いんめつをしたんじゃないの?」
「それが、立ち入り禁止にしていた屋敷に、推理小説愛好者が勝手に入り込んで失火を起こしたようなのだ」
「それでめいきゅう入りかあ」

 トマトくん、再び死体人形の所に行って検証する。
 女二人が付いて行った。

 次の趣向を、とレーゲン氏は使用人を呼んで確かめるが、はかばかしくないようだ。
 マキアリイが尋ねる。

「そう言えばこの館には、犯罪事件について非常に詳しい使用人が居ると聞きましたが、彼は」
「申し訳ございません。今回の趣向は彼が様々に企画を立ててくれましたが、何故か先程から姿を見せません」
「ほお」

 トゥカノパ氏も聞き咎める。
 それだけの趣味人であれば、名探偵を6名も揃えて姿を見せぬはずが無い。
 廊下の「カリギィヌ邸殺人事件」の人形も、彼が自信を持って設置した「趣向」のはず。

「つまり、これから何か起きるはず、でしたか」
「そのようですが、」

 

 やむを得ず、レーゲン氏は順番を繰り上げて次を披露する。

 旧家の展示室はおおむねその家の歴史を示す遺物や、勲章表彰状等名誉を表すものを飾るのだが、
ここレーゲン邸では主人の趣味の、貴重な犯罪関係資料が納められている。

「これです!」

 自信満々に紹介するのは、ガラスの箱に納められる古びた紙の束。

「古書、ですか。だが絵が描いてある」
「タンガラム方台初の”漫画”です」
「まさか、『ヤヤチャ文書』ですか!」

 驚いたのはトゥカノパ氏だ。
 レーゲン氏は最もびっくりして欲しい人に期待通りの反応をされて、大満足。

「そうです。『衛視ポルムスと医師ワツスン』、タンガラム初の漫画にして推理小説。科学捜査手法の手引書です」

 今から1200年前に降臨したトカゲ神救世主「ヤヤチャ」が残した文書を、『ヤヤチャ文書』と呼ぶ。
 もちろんその多くは彼女の言動を当時の人間が書き記したものだが、自身が書いた文書も存在する。

 褐甲角王国で刑事事件捜査と裁判を担当した「衛視局」に与えた、近代的な科学捜査手法の手引書もその一つ。
 物語形式で描かれた『衛視ポルムスと医師ワツスン』だ。

 原始的な指紋の採集法や医学的な死亡時刻の推定、拡大鏡を用いた証拠の識別なども載っている。
 自白に頼らぬ物証の重要さと記録・分類の威力を示していた。そして「推理」
 あまりにも高度な内容により存在は極秘とされ、限られた人間のみが閲覧を許されたという。

「もちろん原典は葉片に記されたもので、「ヤヤチャ」直筆は残っていません。
 これは紙の生産と使用が一般化した5300年頃に、印刷という形で複製された最初の版なのです」
「素晴らしい!」

 トマトくんも使用人に胴を掴んで上に持ち上げてもらう。ガラス箱の中を見て、一言。

「ぼうにんげんだ」
「ヤヤチャという方はあらゆる才能を持っていたと聞きますが、絵は上手ではなかったようです」
「うむ。これこそが本物の証」

 

(注;紙の発明の前は、特別な木の葉の表面を傷つけて文字を書いていた。数十年ごとに写本で置き換えねばならない)

       *** 

 やはり銘酒を味わいながらの雑談以上の大人の楽しみはない。
 談話室で、レーゲン氏自慢の逸品を振る舞われて、名探偵はそれぞれの関心事を語っていく。

 ポラポワも、「ヤヤチャ文書」には興奮する。
 シンドラ人にとっても「ヤヤチャ」は偉大なる救世主であり、タンガラムとの交流を勧めた偉人であるのだ。

「シンドラでは「ヤチャ」「ヤヨチャ」、ゥアム帝国では「ヤスチャハーリー」、バシャラタン法国では「キルマルリリコ尊」と呼びます。
 現在交流を持つ4方台いずれも「ヤチャ」が訪れた歴史を持ち、ひっくるめて「ヤチャ漂流圏」と名付けられました。
 偉大なる改革者、戦士軍神、また裁定者。文化英雄神とも見做されます」

「学術的な研究によると、「ヤヤチャ」が訪れた方台は、各国の神話伝説を読み比べるとおよそ11有るらしい」
「未発見方台がそんなにも?」
「4つ見つかったのだ、まだ有ると考えるのが妥当だろう」

 外国人が多数在住するイローエント市を縄張りとするオォォフも、うなずいた。

「滞留者街には、何処の国から来たのか分からない、言葉もまったく違う奴がごろごろ居るからな。
 未発見方台が無いと考える方がおかしいぜ」
「その滞留者、海外航路の船員の間に「ネガラニカ」ってのがはびこっているらしいな」

 

 マキアリイの言葉を再び耳にしたポラポワが表情に苦悶を浮かべるのを、ベベットは見逃さなかった。

「そう言えば、先程ポラポワさんは「ネガラニカ」に憤っているとおっしゃいましたね」
「Ah、「NEGARANIKA」! それは青春の蹉跌。ポラポワがタンガラムへの旅を志した原因の一つとも言えます」

 黒い肌だから表情がよく分からない。ひょっとしたら赤面しているのではないか。

「後学の為に詳しくお教え願えないだろうか。タンガラムにおいてはまったくに未知の存在らしい」

 わずかでも犯罪に関連する事象であれば、「犯罪博士」として見逃せない。
 ましてや「英雄探偵」マキアリイが遭遇したとなれば、今後大きく展開を見せるかも。

 ポラポワは天井を見上げて、語るべきかしばし迷う。これは恥だ。

「若きポラポワは、無謀にも「ネガラニカ」の痕跡を追ったのです……」

 

 「カリギィヌ邸殺人事件」の再捜査をするトマトくんが帰ってきた。首をひねりながら。
 マキアリイが相手をする。だが答えるのは美少女マアムだ。

「何か進展は有ったかい」
「トマトは言うんです。殺人は2件で目撃者も2組。でも見たのは殺人1件だけではないかって」
「うん? 同じ事件を2組が同時に見たのか」
「そうではなく、同じ人が殺されたのを、2回見せたって。どう考えても変ですよね」

 そうでもない、と「犯罪博士」トゥカノパ氏が遠くから注釈する。

「2件目の殺人を誰も見ていない。つまり、そちらに事件の真相が現れているのを誰も気付いていない。そう仕向けたんだ」
「時間差で騙した、そういう手口ですか」
「最初の殺人が演技だったか、死体が生きて殺されるのを演じていた、となるね」
「操り人形か……」

 ちなみにマアムはよく分かっていない。マキアリイが受け答えするのを、素敵と眺めているだけだ。
 トマトくんはじたばたと暴れる。

「事件げんばの家のずめんがみたい〜」
「うーん、でも燃えてしまったからなあ」

 

       *** 

 結局、何事も起きなかった。
 レーゲン氏自慢の犯罪研究家アルドゥーヌは姿を見せず、彼が用意したはずの「趣向」は発生せず、館に設けられた数々の仕掛けの発動も無かった。
 事件を画策するのなら盗難被害間違いなしの『衛視ポルムスと医師ワツスン』も、姿を隠す事は無い。

 折角だからと、レーゲン氏は本を入れてあるガラス箱に施される仕掛けを作動させてくれた。
 鏡仕掛けで一瞬に中身が消える手品が実現される。

 ただ名探偵達が楽しい夕べを過ごしただけだ。
 いい骨休めが出来たと言えばそれまでだが、拍子抜けしたには違いない。

 

 翌朝、館を離れる名探偵諸氏を見送るレーゲン氏は、トマトくんに「カリギィヌ邸殺人事件・解決篇」をくれた。
 もちろんアルドゥーヌが解いた謎だ。

 トマトくん、しばし読んで憤慨。

「ボクわかっちゃった! このひとが「カリギィヌ邸」を火事にしたんだ!」
「おいおい、なんて事を言うんだ」
「だって、燃えおちる家を見なくちゃこうぞうわからないじゃない。知ってるからこれ書けるんだ!」

 またしても暴れるトマトくんを、迎えに来た父親が平身低頭して連れて行った。
 もちろん、かの有名な「英雄探偵」ヱメコフ・マキアリイと、娘セラファン・マアムとの写真をしっかりと撮った後にだ。
 芸能界の売り込みに使う宣伝材料として活用されるであろう。

 父親が運転する中古車で去っていく子供達を見て、ベベットはマキアリイに言った。

「あの家族、母親は犯罪に巻き込まれて命を落としたそうよ。だから捜査官を辞めたって」
「そんな苦労人には見えなかったな」

 

 ポラポワ氏は自らが所有する美術品輸送車で去っていく。

「せっかくです。私はこれから東岸に向かって「神族探偵」カンヅ嶺シキピオ氏に会って、タンガラムに迫る脅威について語り合って参ります」
「はあ。では何か分かったら、私にもお教え下さい」
「もちろんです。英雄探偵マキアリイ、貴方こそが今最も輝き、最も危うい人物ですからね」

 

 女捜査官ベベットとトゥカノパ氏は、レーゲン氏の所有する高級車で送られる。

「じゃあマキアリイくん、次はどこかの事件で。あんまり忙しくさせないでね」
「マキアリイ君、オォォフ君。荒事も良いが、真の名探偵は自らの安全にも気を使うものだ。自重し給えよ」

 

 マキアリイとオォォフは、二人同じ車で送られる。

「オォォフさんよ、このまま素直に幹線鉄道で帰るかい」
「いや、どこぞで安酒が飲みたい。お上品なものを腹に入れ過ぎて、なんだか魂が腐っちまいそうだ」
「そうだな、俺もゲルタを食ってないな。
 それじゃあ在来線駅前繁華街までお願いしますよ」

 運転手も、「国家英雄」として名高いマキアリイを乗せられて嬉しそうだ。まあ男二人の凶悪な面は我慢するとして。
 オォォフは忠告する。

「運転手さん、あんた気を引き締めて行きなよ。この男、いつ何時悪党どもに襲撃されるか分からないからな」
「そりゃあお互い様だ」

「ご安心ください。そんな事もあろうかと、軍用防護仕様車でお送りします」

 おっと、オォォフも目を剥いた。レーゲン氏、やるじゃないか。

 

 

 それから10日後の事である。
 ガンガランガの新聞に1件の死亡事故の記事が載った。

 和猪牧場経営者として著名な「レーゲン・スボノフミ」氏の自宅豪邸で、男が1名変死していたのが発見された。
 執事補佐の「ゼパン・アルドゥーヌ」30才。
 館の主人も知らない隠し部屋の中で、機械に挟まれて亡くなっていた。

 巡邏軍が調査したところ、館内部には驚くべき仕掛けが多数施され、まるで殺人工場のような有様であった。
 死んだアルドゥーヌが勝手に大改装して、館を舞台とした大量殺人を計画していたと見られている。

 だがその仕掛けの調整中に、殺人機械が不意に動作して彼を巻き込み、そのまま誰に知られる事も無く息絶えた。
 隠し部屋から死臭が漂い、家人が異変に気付くまで放置されたものと思われる。

 

 

 

 (第十九話)

「クワンパ、試写会行くか?」
「はい」

 二つ返事であったので、マキアリイはクワンパを連れてヌケミンドル市に行く。
 「エンゲイラ光画芸術社」制作の映画『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』が、遂に完成した。

 完成披露試写会を行うわけだが、併せて「自由映像王国社」「サクレイ映画芸術社」との三社合同で、
『「英雄探偵マキアリイ」映画競作漢祭り』と銘打っての新映画制作発表会を大々的に行なう予定である。

 

 ヌケミンドル市は、アユ・サユル湖の北東部に位置する工業都市である。
 交通の要衝にあり、古来より重要な拠点として大きく発展してきた。
 人口からして首都ルルント・タンガラムを超えるのであるから、ノゲ・ベイスラ市が太刀打ち出来るはずも無い。

 西に広大なアユ・サユル湖、東に広大な毒地平原、北はミンドレア県カプタニア山脈の森林地帯に近い。
 古都でもあり歴史的建造物が多く、また近代工業都市として科学技術の粋を集めた工場施設が林立する。
 撮影の舞台としてこれほど恵まれた土地も無く、映画産業が発展した。

 だが映画はすべてヌケミンドル、というわけでもない。
 おしゃれで軽い、現代日常を舞台とした作品は首都で撮影する事も多い。
 アユ・サユル湖北岸、旧褐甲角王国王都カプタニアには時代劇村が築かれている。歴史物はこちらで撮った方が良い。

 ノゲ・ベイスラ市は。

「私は少し問題だと思うんですよ。『英雄探偵マキアリイ』が、なぜノゲ・ベイスラ市で撮影されないのか」
「紛らわしいだろ。俺も嫌だぜ、市内で撮影が行われている中で仕事するのは」
「あくまでも本当の事件とは異なる映画用に脚色された作品、ですからね。具体的に本物が出てくると差し障りも多いと」

 暗い湖面を丸い船窓から眺めながら、クワンパは言う。
 今回、一般事務員服で移動中。カニ巫女見習い服は鞄に入っている。

 ノゲ・ベイスラ市からヌケミンドル市には、スプリタ街道幹線鉄道の高速列車で行くのが最速で快適だ。
 しかし高価い。
 仕事なら所要時間を優先するが、これはほとんど遊びである。
 もちろん映画会社は交通費込みの謝礼を出してくれるのだが、なんとなく嬉しくないから安い手段で移動中。
 アユ・サユル湖の旅客船だ。夜乗って、次の朝早くには着いている。

 マキアリイは一つ不審に思う点がある。事務員に尋ねた。

「おまえさあ、発表会なんて派手な式典に出るのをよく承知したな。次の映画は「クワンパ」役大活躍で注目高いぞ」
「そうですね、でも私考え方をちょっと変えたんです。
 所長が動けば悪も動く。派手な式典や催し物に参加すれば、確実に魔の手が伸びてくるのでは。
 わくわくしますね」
「いやなこと言うな」

 

 日付が変わる頃には船内の照明も落とされて、限られた部屋だけに灯される。
 クワンパは早々に寝てしまい、マキアリイは酒盛りの声に釣られてふらふらと出ていった。

 3時過ぎ(午前4時)にはもう着いた。しかしあまりにも早過ぎてまだ公共交通機関が動いていない。
 大多数の乗客はもう半刻(1時間ほど)を船着き場の待合室でうつらうつら過ごす事となる。

 マキアリイは飲み明かすのもいつものならいだが、クワンパは中途半場な睡眠で意識が定かではない。
 手にするカニ巫女棒がふらふらと揺れ、関係ない人をぶん殴りそうだ。

「で、どうします」
「宿は映画会社の人が手配してくれるが、日が昇らなくちゃ始まらん。
 電車が動いたら街に出て飯を食おう」
「ここ、まだヌケミンドル市じゃないですよね」
「おう。途中で『大拱橋』を見ていくぞ」

 『大拱橋』とは古代金雷蜒王国時代に建設された巨大な石造りの橋だ。(アーチ橋)
 アユ・サユル湖から毒地平原に流れる人工河を跨いでいる。
 当時タンガラム全土を支配していた金雷蜒神族が工学の粋を集めて建造し、その壮麗さは奇跡と謳われた。

 クワンパは今にも落ちてきそうなまぶたを、必死で半分だけ押し上げる。

「いえ、修学旅行で見ましたから」
「そう言うな。名物は何度見ても良いから名物なんだ」

 

         *** 

 アユ・サユル湖旅客船の発着場で小船に乗って、運河を通り「大拱橋」の下を潜ってヌケミンドル市に行く。
 そういう方法も有る。別に電車に乗らなくてもよい。

 まばゆい朝日の中、東に向かう小船は結構な数の旅客を乗せて進んでいく。

 クワンパは、所長が「大拱橋」に少なからぬ関心を持っていると初めて知った。
 ガンガランガから選抜徴兵で出てきた際に、音に聞く天下の奇観名物を拝んでいたく感銘を受けたようだ。
 田舎者は迷惑だなあ。

 ノゲ・ベイスラ市と同じく、ヌケミンドル市も水運に大きく頼っていた。
 重量物の運搬はやはり船に限る。
 そして船着き場の一つがヌケミンドル鉄道中央駅近くにもあるわけだ。

 連絡を受けた映画会社は、高級自動車を迎えに差し向けている。

 

 黒塗りの車両で撮影所前に乗り付けたマキアリイとクワンパは、多くの映画関係者に盛大な拍手で迎えられた。

 『英雄探偵マキアリイ』立て続けの大成功で、撮影所は全力運転。目が回る忙しさで映像を量産している。
 映画産業は今最も儲かる商売であり、多くの人間が様々な職種で関わっていた。
 彼らを潤す「マキアリイ」は、まさに福の神。諸手を挙げての大歓迎だ。

 先日ノゲ・ベイスラの事務所に訪ねてきた「エンゲイラ」社の社長、背の高い顔も長い50代男性が中心となって笑顔で出迎える。
 その隣に更に高い、陽に焼けた活動的な男性が右手を挙げた。
 所長も彼に対して手を挙げて応える。

「よお、”マキアリイ” 大繁盛だな」
「よお、”本物” 迷惑だぞ、おまえさん活躍し過ぎだ」

 映画『英雄探偵マキアリイ』連作の主人公「ヱメコフ・マキアリイ」を演じる俳優カゥリパー・メイフォル・グェヌ氏、27才だ。

 彼は「潜水艦事件」最初の映画、「エンゲイラ」社制作の『南海の英雄若人 潜水艦大謀略を断つ』で「ヱメコフ・マキアリイ」役を務めた。
 それから数年、マキアリイが刑事探偵として華々しく世間に復活した際に、再び演じる機会を得た。

 マキアリイ本人が「極力一人の俳優で統一して欲しい」と要求したので、「エンゲイラ社」と「自由映像王国社」は協定を結び、彼を主役として固定する。
 以後はトントン拍子に人気が爆発し、今では「マキアリイ」と言えば大半の人が彼の顔を思い起こすまでになる。
 もちろん楽な道ではなかった。

 ヱメコフ・マキアリイという人物は天下無双の武術の達人、数多の暴漢や殺人鬼に襲われても無傷で退ける不死身の勇者である。
 その行動は冒険と活劇に満ち、映像化を試みる際には演じる俳優にも同等の活躍を要求した。
 応えるには、役者本人に不断の肉体訓練を必要とする。
 そもそもが運動能力に優れた肉体派光星(アイドル)として芸能界入りした彼にとっても、厳しい試練であった。

 幸いにして監修を務めるヱメコフ・マキアリイ本人の協力を得て、本物に見える武術擬闘の手解きを受ける。
 おかげで他の追随を許さぬ再現度となり、不動の人気を獲得したわけだ。

 

 二人の「マキアリイ」ががっしりと手を握り合う。
 当代随一の人気者ここにありの図だ。
 詰めかけた芸能記者達が、写真撮影のまばゆい閃光を幾重にも花束を捧げるかに瞬かせ続ける。
 ついで、「エンゲイラ」社長を中心に据えての撮影。社長満面の笑み。

 「こいつはすげえや」と他人事な感想を抱くクワンパだが、
たちまちに記者に囲まれ連れ出され、二人のマキアリイの間に挟まれて撮影されてしまう。
 仏頂面で写るのも空気読んでない感じだから、頬の端に少しだけ笑みの形を浮かべておく。

 「どうだ」と所長に尋ねられたから、正直な感想を述べる。

「やっぱり、”本物のマキアリイ”はかっこいいですねえ」
「ちょっとまて、その本物はどっちだ」

 

         *** 

 「聖柊林撮影所」、これが撮影所の正式名称である。
 昼夜を問わず常時千人が働く映像工場で、年間百本近くを量産していた。
 大半が半時刻(1時間ほど)の短編映画である。

 2本立て、あるいは3本立てを毎月上映すれば年間軽く30本。
 これが数社で競合しているのだから、幾ら作っても追いつかない。
 故に早撮りだ。

 また続き物が多い。おおむね半年6本で構成される物語で、毎月新作が上映される。
 ただし全国一斉公開される作品は少ない。人口の多い大都市で封切りされて、翌月はその周辺都市、また翌月には田舎の方にと順繰りに上映されていく。
 地方部に飢餓感を与える宣伝効果を期待して、こういう上映形態になる。
 一回見逃しても、夜汽車に乗って現在公開中の県に行く手が使えて好評だ。

 だが『英雄探偵マキアリイ』は格が違う。
 建前上、現実に起きた事件をそのままに映像化する「報道映画」であるから、時事性が高く期待も集まる。
 全国一斉公開でも映画館に殺到して、一気に資金回収が出来た。ボロ儲けだ。
 それだけに質に対する要求水準は高く、大作映画へと指向せざるを得ない。

 

 「エンゲイラ」社長が自ら撮影所を案内した。

「ここが、「私立刑事探偵ヱメコフ・マキアリイ鉄道橋下事務所」になります」
「うわぁあああ」

 クワンパが驚くも道理。
 毎日自分が通っている事務所そっくりの情景が、1階靴皮革問屋も、事務所前の通り左右の店までひっくるめて再現されている。
 事務所の中身も、多少は細部の小物が異なるがそのままに有る。

「現在は事務所の中は、ザイリナさんが在籍時のものとなっています。「闇御前事件」用に整えています」
「ふむふむ」
「ですが、その日の内に内部は取り替えられます。3社の作品でこの舞台は繰り返し使われますから」

 「聖柊林撮影所」は一社が所有するものではない。
 映画会社は栄枯盛衰、潰れたりまた出来たりと入れ替わりが早い。だがやっている業務はどこも同じ。
 撮影所は別資本が経営する事で、どこの会社の制作でも映像の質を落とさずにやっていける。

「あちらの舞台には「「ソル火屋」網焼き店」が作られていますが、見ますか」
「是非に」

 

 見所はいくらでも有るが、クワンパを遊ばせる為に呼んだのではない。
 『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』に出演した俳優女優が待機する。
 本物と並んでの広報写真の撮影と取材を、記者達が手ぐすね引いて待っている。

 まずは所長が自分でご紹介。

「クワンパ、”ヱメコフ・マキアリイ”だ」
「マキアリイです。よろしくクワンパさん」

 カゥリパー・メイフォル・グェヌ。あまりにも役が染み付きすぎて、現在は”マキアリイ”・グェンヌと渾名で呼ばれる事が多い。
 近くで見てみると、まあ芸能人だからやはり顔貌が本物に比べて整っている。
 これでも主役級俳優の中ではちょっと崩れた三枚目枠なのだから、本物そのものだと人気出ないよなあ。

「筋肉ですね!」
「ありがとうございます」

 クワンパの褒め言葉に、グェンヌはニッコリと喜んだ。
 「マキアリイ」役を演じるには、日頃の鍛錬が不可欠だ。いわゆる見せ筋であるから、本物よりも盛り上がっていた。
 実際に格闘する為の筋肉は別の発達の仕方をするから、所長が劣るわけではない。

「所長と仲がおよろしいのですね」
「師匠ですから。事件の中でどのように感じたのか、その時々の格闘で何を重視して動いたのかなど、相談に乗ってもらいます」
「やはりお飲みになりますか」
「そちらは負けない自信が有る」
「おう。」

 他の俳優はグェンヌが紹介してくれる。だが、映画出演者の前に。

「それでクワンパさん。これが「エンゲイラ」社の”クワンパ”です」

 わおと悲鳴を上げたくなった。
 「マキアリイ」役はグェンヌに固定されるが、その他の配役は映画会社ごとに自由に設定できる。
 「エンゲイラ」社にも「自由王国」社にも「サクレイ」社にも、それぞれの「カニ巫女事務員」「ヒィキタイタン」役が用意されている。

 覚悟はしていたが、今回の発表会で3社それぞれの「クワンパ」役と対面せねばならない。

「クワンパさんですね! わたし、この度役をいただいたシュユルク・ラクソーと申します。うわああ感激です本物だ」
「あはは 。」

 物語設定上、「クワンパ」役は前任者「シャヤユート」に比べてずいぶんと美人度が落ちる。事実であるからしょうがない。
 ではあるが、そもそもが女優さんというものは美人であって、化粧によって容貌を良くも悪くも加減出来る。
 純粋客観的に観察すれば、シュユルクは実物クワンパの3倍くらいは美人であろう。
 これはつらい。

「おいくつですか」
「18才です」
「私が9月には18才だから、タメですね」

 さらなる美人が登場。

「クワンパさん、お目に掛かれて光栄です。「シャヤユート」役のユパ・ェイメルマです。
 うわあ嬉しいです。本物のシャヤユートさんとは遂にお会いする事が出来なかったから、感激です」
「ああ、なるほど。そうですか」

 さすがは師姉。娯楽映画の俗な世界にはまったく興味が無かったか。

 クワンパにやりと頬が緩む。師姉の方が確実に美人、しかも迫力がまったく違う。
 シャヤユートの美しさはその志から発生する。演技で補えるものではあるまい。

 

          *** 

 「エンゲイラ光画芸術社」は光星(アイドル)を多数起用しての青春映画を得意とする。
 シュユルクもユパもれっきとした光星で、歌って踊って映画にも出る。

 これが「自由映像王国社」であれば、重鎮俳優を揃えての大作路線を貫いており、新人女優も演技力に重点を置いて選抜される。
 後には大女優として花開く逸材が多いのだが、さすがに人材発掘には苦労する。
 他社で活躍した光星を金銭で釣り上げてくる例をよく聞く。

 対して「サクレイ映画芸術社」は、伝視館放送での生放送演劇にも出演させられるから、即興に耐える舞台系俳優を用いていた。
 地方を巡業する小劇団出身者も少なくなく、十代新人であっても芸歴10年以上はザラらしい。

 

 そして今所長の前で挨拶をしているのが、大女優の階段を歩みつつある美女だ。

「ヱメコフ・マキアリイさま、ようやくお会い出来ました。嬉しいです感激です」
「いやあ照れるなあ」

 カルマカタラ・カラッラ 24才。女優にして歌手、知的で喋りも上手く、伝視館番組視聴率も抜群。
 今最も注目される女性芸能人の一人だ。真紅の髪が高級感を醸し出す。
 彼女もまた、マキアリイ映画で表舞台に登場した。
 第三の「潜水艦事件」映画、「サクレイ」社『ふたりの英雄 潜水艦事件秘録恋歌』で「ユミネイト」を演じて好評を得る。
 「自由王国」「エンゲイラ」社の作品にも抜擢されて、演技力を開花させていく。

 注目株だけあって恋の浮名を流す事も多かったが、青年実業家との婚約を発表し今秋挙式の予定。
 益々の発展が期待される。

「おーいクワンパ、ちょっと来い」

 と呼ばれて行くと、彼女にガッチリ両手で握られた。熱く力強く、意思が女優の意地が伝わってくる。

「カニ巫女のクワンパさんですね、カラッラと呼んでください。マキアリイさまは「潜水艦事件」の活躍で終わるはずの無い人だと信じていましたので、再び映画で関われた事に私興奮しているのです」
「ああ、はあ。」
「今回の発表会にマキアリイさまを連れて来てくださったのは、貴女だと聞いています。心より感謝いたします」
「あ、どうも」

 この人もマキアリイ信者か。
 ちなみに彼女が映画初主演となった『ふたりの英雄』は、これまで守られるばかりに描かれていた悲劇の令嬢「ユミネイト・トゥガ=レイ=セト」を主人公として、二人の若き英雄の間で揺れ動く恋心に焦点を当てた。
 前2作までは冒険活劇として男性層に人気が強かったものを、若い女性向けに脚色し直してさらなる爆発的人気を呼ぶ。

 クワンパは尋ねた事がある。
 「「潜水艦事件」の時、ユミネイトさんは所長のことどう思っていたのですか」
 答えて曰「ヒィキタイタンしか見てなかったんじゃないかな」

 今回の映画でのカラッラの役は、旧家の当主の義理の妹。
 この当主が連続殺人事件の犯人であり、カラッラが演じた妹も殺されかけるところをマキアリイに救われる。

 

 カラッラばかりがマキアリイを独占する事は許されない。
 グェンヌの紹介で、映画主要配役を演じた俳優が行列する。錚々たる面々。
 何しろ『シャヤユート最後の事件』と銘打つからには、感動の結末を迎えねばならぬ。名優を選りすぐって万全の布陣だ。

 であるが、今回の映画とは関係無い女優が乱入してきた。

「ま、まああヱメコフ先生お久しぶりでございます。ようこそヌケミンドルにおいでくださりました。
 ワタカシ・キューコーでございます。その節は先生に大変お世話になりました。家族ともども毎朝先生の御恩徳アレばこそ今日の日が有ると感謝を捧げております」
「あーどうもワタカシさん。お元気そうで」
「マ(以下略  とにかく喋りまくる)」

 ワタカシ・キューコーは45才。中堅どころの映画女優で、タンガラムで知らぬ者はない知名度を持つ。
 その演技は、ひとことで言えばクドいのだが、感情的で華やかでべっとりと粘りつく、どろどろとした嫉妬や恨みあるいは高慢など、とにかく印象が強烈だ。
 映画の登場人物としては使い勝手が良い。
 ただ日常生活においても百分の一くらいはその性格で、次から次へと騒動を巻き起こしている。

 マキアリイ情報には詳しいクワンパだが、彼女との接点が有るとは認識していなかった。
 どうも彼女は、熱狂に輪を掛けたマキアリイ狂信者のようだが、どうしてこうなった。

 グェンヌが解説する。

「ワタカシさんはボクがマキアリイに紹介したのです。ちょっと事情があって……、いいですか」
「カニ巫女ですから秘密は守ります」
「ワタカシさんのご子息がですね、その出生とか父親がまためんどくさいのですが、誘拐されたんです。
 とにかく事情が複雑で女優人生にも関わってくるので警察局に届けも出来ず、やむなく私立の刑事探偵を頼もうと」
「なるほどそれで」

 

「先生、聞いてください。
 『闇御前事件』映画化の一報を聞いてわたくし監督の元に馳せ参じ、なにとぞ役を下さいと平身低頭お頼みしたのです。
 あの、あれですか、悪の女性会長ですか。兇悪な巨漢にねじり殺されたという。
 あの役を是非にとお願いしたのでございますが、どうしてもダメだと泣く泣く諦めざるを得ませんでした」
「はあ。そうですか」

 マキアリイがクワンパグェンヌを見る。たすけてくれ。

「ですがせめてと、拐われた女子中学生の母親役をいただく事が出来ました。先生のご栄光を汚さぬようにこのワタカシ全力をもって挑みたいと誓っております」
「タスケテー」

 

         ***

 ワタカシさんから解放されたマキアリイとクワンパは、グェンヌに案内されて現在撮影中の現場に顔を出す。
 いきなり黄色い声の大合唱で迎えられた。半裸でキラキラ光る衣装を着けた踊り子がいっぱいだ。

「「ワリカスタ食品」の新製品の宣伝広告に俺が起用されたんだ。
 もちろん「マキアリイ」役では無理なんだが、カゥリパー・メイフォル・グェヌなら可能という理屈だな」
「そりゃあ儲かるな」
「まあそこそこに。それで、」

 はいっ、と大きな声で割り込んでくるのが食品会社の宣伝担当。
 すかさず突き出される名刺を受け取り、クワンパに手渡す。

「この度社運を賭けて新発売するのは、『4カ国味巡り調味料』でございます。
 タンガラム・ゥアム・シンドラ・バシャラタン4カ国の味を象徴する調味料の小瓶で、ご家庭で簡単に多国籍料理が味わえる夢の商品でございます」
「ほお、バシャラタンもですか」

 バシャラタン法国の味覚の特徴は「苦味」である。冬季保存食に使われる各種香草類が基本となっていた。
 タンガラム消費者にはなかなか馴染めない味だが、今回意欲的に売り込んでいく。

「実はタンガラム人が苦味が嫌いという話は無いのです。
 塩ゲルタは苦いからこそ、何千年も愛され食されてまいりました」
「なるほど、なるほど!」

 マキアリイ興味津々。
 クワンパは新製品の試供品4種揃いの小箱をもらってしまう。
 巫女寮で自炊しているから大助かりだ。

 

 グェンヌが、これから撮る宣伝映像の段取りを教えてくれた。

「今回それぞれの国の味を取り上げた広告映像を4種類作るわけだ。

 あそこ、舞台の真ん中にハリボテが作られているだろ、原始の火山みたいな」
「うんうん」
「あの山のてっぺんから俺が出てくるんだ。4色の煙がどかんと爆発する真ん中からな。
 そしてかっこよく両手を開いて見せて、山を降りてくるとぱぱんと小さい花火が炸裂して紙吹雪が舞い散り、踊り子が左右から現れる。
 4ヶ国それぞれの扮装をした女の子を片手に抱いて、彼女が製品を手で持って、俺はにっこり笑って商品名を叫ぶんだな」
「なるほど、面白い」

 クワンパ、あまりの安直さに呆れてしまう。まあ10秒しか映らない宣伝なら、仕方がないか。
 続く、所長の言葉は予想もしなかった。

「……俺もばーんと派手に登場したいもんだよ」

 グェンヌと宣伝担当は顔を見合わせる。

 もちろん本物のマキアリイを使った映像など宣伝広告で使えない。
 しかし撮影現場で遊んでみた事実は話題となって、商品の売れ行きにも益するだろう。

「やってみますか、ばばーんと」
「え? や、いやー困るなあー」

 言葉とは裏腹に、目はやりたそう。
 事務員に、止めてくれるものだとばかりに笑顔で尋ねる。

「ダメだよなあ、やっぱり。宣伝なんかなあ」
「一回どばーんと爆発して痛い目をみればいいんですよ、あなたは」

 もちろんやめておけの意味だが、バカは逆に取った。 
 そうか、俺が宣伝やら芸能には向いてないと映像関係者に知ってもらういい機会だ。

 

 ワリカスタ食品の宣伝担当者の肩に、怖ろしいばかりの力で食い込む掌が有る。
 振り向くと、「エンゲイラ光画芸術社」の社長が。背が高く、上から圧迫してくる。
 常日頃は温厚そうに見える長い顔が、どす黒いばかりの欲望で染まっていた。

「な、なんでしょう……」
「その帯(フィルム)、買った! 言い値で、いやこの宣伝撮影全費用、ウチが持とう!!」
「あ、あーそおゆーのは本社の、宣伝担当重役の決済がー、」
「買おう!」

 

         ***

 撮影風景自体を撮る為の撮影機が2台も導入されて、「遊び」は始まった。
 監督が演出を伝える。

「それでは宣伝映像の30秒版で行きましょう。
 最後、女の子4人とかっこよく決めます。
 扁晶(レンズ)を指さして「4カ国味巡り新発売!」と叫ぶのですが、ちょっとまずいな。

 えーと、どうでしょう。視聴者に対して「ごきげんよう、ヱメコフ・マキアリイです」と挨拶するのは」
「よしわかった」

 話を聞きつけて、先程挨拶を交わした映画出演者達もやって来た。
 ワタカシがまたしても賛辞を贈ろうとして、「エンゲイラ」社長に止められる。
 マキアリイの気を逸してはならない。

 だが「シャヤユート」役のユパ・ェイメルマは心配して、グェンヌの袖を引っ張る。

「いいんですか。マキアリイさんは撮影の火薬に慣れていないんじゃ、」
「大丈夫だよ、銃弾が飛び交う犯罪現場で生き残ってきた人だから」

 クワンパに確認を取っても、

「ああ。こないだは海軍の大砲に撃たれましたからね。私も」
「そう、ですか……」

 それでも不安な顔を隠さないユパだ。

「では通しで練習やってみま〜す」

 監督の声で、それぞれの位置に付いて開始の合図を待つ。

 

「全体練習! よお〜い、(始)じめっ!
 はい! ばくはつ!」

 業界風の合図で演技が始まる。
 本番であれば、ハリボテ火山の上から4色の煙が吹き出すはず。

 黒の礼服に身を包むマキアリイ登場。どんと両手を開いて見得を切る。
 かっこ悪い。グェンヌが手本を見せた姿には遠く及ばない。

「もっと胸を張って!」

 火山の上からゆっくりと降りてくる。「はいぃ、ここで爆発どかんどかん!」
 道筋の両脇で紙吹雪を撒き散らす花火が炸裂する予定。左右4個ずつ。

 伴奏が入って、「踊り子」集団左右から登場。
 定位置まで降りたマキアリイの右から、真紅の衣装で胸を誇張するゥアム風美女が、誘惑するかに躍動的にしがみつく。
 左腕には、顔を半分紗で隠すシンドラ風美女が、へその周りを金粉でキラキラ輝かせながら、しなやかに優雅に絡みつく。
 顔面に不思議な化粧のバシャラタン風美女が、緑の薄布を長く振って3人の前をくるくると回り、腰の辺りに。
 タンガラム現代衣装を着た青髪の美少女光星(アイドル)がさっそうと歩み出て、マキアリイの膝に身を寄せて。
 全員、決めの形。

「はい、マキアリイさん!」
『ごごきげんよう、ヱメコフマキアリイですっ!』

「        (それ)まーでいっ! はいごくろうさまです」

 

 やっぱり噛んでしまった。素人だから致し方ない。
 練習終了で、「エンゲイラ」社長は自社が持ち込んだ撮影機に寄る。技師に尋ねる。

「どうだ」
「いいですね、マキアリイさん楽しそうです」
「よしよし、よし」

 一方、マキアリイは撮影監督とグェンヌと相談する。

「マキアリイ、火薬を使った練習もしてみるかい」
「うーん、やればやるほど、無茶苦茶になっていく気もする」
「素人の場合、一発勝負で撮った方がいい例もありますよ。ねえカゥリパーさん」
「そうだなあ」

 結局、ぶっつけ本番でさくっと片付ける事にした。
 監督としてはこの仕事、とにかく面白い絵が撮れればいいだけだ。
 皆も自然のマキアリイの姿を望んでいる。

 

         *** 

「特別撮影「ヱメコフ・マキアリイ登場」情景01番、一発勝負本番!
 よぉ〜い、    じめっ!」

 ぼん、と火山のハリボテから赤黄緑青の煙が吹き出す。
 案外大きな音でクワンパはびっくりした。

 煙の中からヱメコフ・マキアリイ登場! 両手を開いて見得を切る。

「あ、ちょっと演技が違う」

 寄席の舞台のお笑い演芸のような身振り。
 映画には縁が無くとも、芸人の仕草なら身体に染み付いて自然と出るわけだ。

 火山の上から降りてくる。ここで左右の花火が次々に爆発して、紙吹雪が舞い散るはず。
 仕掛け花火の操作員が電極に金属棒を走らせる。発破!

 8発どころではない、機関銃を撃ちまくるかの連続大音響。
 辺り一面火の粉が舞い散り、マキアリイの姿がかき消される。
 ハリボテ火山の張り子の地面まで千切れ飛ぶ大威力。

 出番を待つ踊り子達が悲鳴を上げ身を縮める。どう見ても想定外の爆発だ。
 監督も中止を叫ぶ。

「まーでいっ!!」
「マキアリイさん!」「ぎゃあああ先生いいいいい!」

 監督が止めるまで誰も声を上げなかったのは、職業意識の為せる技。
 女優ワタカシが壮絶な悲鳴を轟かせ、グェンヌが真っ先に動いて助けに行こうとするが、「エンゲイラ」社長に止められる。
 彼は主役の大事な身体。危険な真似はさせられない。

 撮影助手が消火器を持ってハリボテ火山に向かう。ついに火までが燃え上がる。

 だが一番乗りを果たしたのはクワンパだ。
 カニ巫女棒を突っ込んで、マキアリイに被さるハリボテの破片を吹き飛ばす。
 棒を掴まれた。どうせ死にはしないと思ったが、その通りなのは面白くない。

「ご無事ですか」
「……、6分の一だ」

 訳のわからぬ言葉を発するが、そこに居ては消火の邪魔。
 棒を引っ張って所長を撮影舞台から引きずり下ろす。
 ずたぼろになった黒の礼服にも火は燃え移り、消火器の粉で全身真っ白にされた。

「おい医者だ、医務室に連絡しろ!」「マキアリイさんが!」
「いやその前に、消防だ。巡邏軍に連絡を、」「事故か、事故扱いか? 監督ぅー!」
「先生、先生いいいいあああああああああ」「ワタカシさん、落ち着いて」
「踊り子を下がらせろ、邪魔だ」

 クワンパは所長の安否を確かめるのは他に任せて、周囲を睥睨する。
 まず考えたのは、英雄暗殺。イローエントの襲撃のように、破壊主義者が命を狙ったのではないか。
 舞台周辺を観察して、不審者を探す。

 そして一つ気がついた。
 「シャヤユート」役のユパさんが、尋常でなく動揺している事を。顔面蒼白は普通としても、全身まで震わせるのはただごとでは無い。
 隣に居る「クワンパ」役のシュユルク・ラクソーと比べると瞭然だ。

 医務室から医師が飛んできた。
 撮影所では毎日のように怪我人が発生する。重大な人身事故も珍しくはなく、医師が交代で一日中詰めている。

 マキアリイは自分で歩けると言うのに担架に乗せられ、ワタカシさんが泣き叫ぶ。

「うわああああ先生いいいい、このようなお姿にいいいいい」
「ちょっと、どいて下さい。運べません」
「申し訳ありません先生いいいいいいい」
「タスケテー」

 

         ***  

 「ヱメコフ・マキアリイ爆殺未遂事件」

 聖茨林撮影所に取材で訪れていた芸能記者達は、第一報を本社に急ぎ連絡する。
 伝視館放送でも音声放送でも緊急速報として全国に伝えられ、巡邏軍警察局が状況を把握する前に一般民衆が知る事となる。
 いまだ事件事故の判別もしていないというのに、一気に政治問題化した。

 おっとり刀で駆け付けたのは、ヌケミンドル中央警察局の特別捜査班だ。
 本来の手順で言えば、事件発生後4日目早朝までは巡邏軍の担当で、その後警察局に捜査が移管される。
 例外的対応を取るのも道理。

「あなたはイローエント市においても破壊集団「ミラーゲン」により爆殺を仕掛けられていますね。
 今回もやはり「ミラーゲン」の仕業と判断すべきです」

 

 撮影所の医務室で火傷の治療を受けながら事情聴取に応じるマキアリイだ。
 捜査を指揮するにヨコイラハバン法衛視は、直接には捜査活動に参加しない上級公務員のはずなのに、外見は強面の古強者。
 口の周りの髭まで尖って威圧感たっぷりだ。

 法衛視の推測はまったくもって妥当なものであり、第一に考慮すべき可能性である。
 が、

「6分の1だ」
「なんなんですか、その数字は」
「俺はこれまでに何度も何度も何度も爆殺されかけた。そこでの経験則だが、
 俺をぶっ殺そうと企む奴はまとまった量の爆薬火薬を使う。最低でも対戦車手榴弾だな」
「撮影現場で爆発した火薬の量が少なすぎた、という話ですか」

 法衛視自らの事情聴取に付き添うのは、クワンパ、グェンヌ、撮影所の医師。
 マキアリイ一人を単独で締め上げたい、被害者ではあっても容赦しない、ところなのだが、怪我人の付き添いと言われれば致し方ない。

 自分の推理や分析を聞いてくれそうに無いから、クワンパ相手に無駄話をしている形で法衛視の耳に突っ込んでいる。

「でも所長、だとしたら敵は素人ですか?」
「そこだ。   」
「あーヱメコフさん。あなたは被害者なのですから憶測を持って話すのではなく、自らが体験したそのままを誇張も加工も無く率直に語ってもらいたい。
 それが善良なる市民としての義務でもありますぞ」

 やっぱり怒られてしまった。
 そもそもが刑事事件の初動捜査段階において民間刑事探偵の干渉は許されていない。自らが殺されかけてもだ。

「いやもちろん捜査を妨害するつもりはなく協力したいんだが、これだけは言わせてくれ。
 あの爆薬は俺を対象として仕掛けられたものではない。本来そこに居るはずなのは、俺じゃなかったんだ」
「俺か?!」

 グェンヌが驚いた。
 法衛視は改めて尋ねる。

「あの撮影は最初の計画ではあなたが行うはずのものだったのですか」
「はい。マキアリイが代わりをするのは本当に偶然にいきなり決まった話で、もしそれが無かったとしたら俺が」

 厄介な展開だ。
 グェンヌが対象であれば、まだ事故の可能性も残る。
 故意としても動機は怨恨や嫉妬、商売上の利害関係が考えられた。
 芸能記者が喜ぶ醜聞に発展する可能性が高い。

 マキアリイは法衛視に頼む。
 もし無傷であれば自分でやるところだが、あいにくと全身火傷で包帯ぐるぐる巻きの木乃伊男にされてしまっている。

「グェンヌの身辺警護を付けてやってくれ」
「わかった。そういう事情であればこちらで適切に対処する。
 カゥリパー(グェンヌ)さん、あなたからも事情聴取を行わねばならないようです。別室でお願いします」

 

         ***

 木乃伊男となって寝台に横たわるヱメコフ・マキアリイ。
 この程度で動けなくなるやわな鍛え方はしていないが、医師が怒るから事務員に頼む。

「クワンパ、探偵業務だ。やってくれるか」

 やらないわけが無い。考えてみれば、正式に探偵の助手として仕事を命じられるのは初めてだ。

「爆発現場、撮影時に映画関係者やら記者やら見物人が沢山居ただろ」
「不審者ですか。誰を探ります?」
「「シャヤユート」役のユパ・ェイメルマ嬢だ。

 舞台の上から見ておかしいなと思っていたが、爆発後の反応も妙だった」
「あ、それは私も気付きました。一人だけものすごく、怯える? 感じでした」
「俺は”悔恨””こんなはずじゃ無かった”と見て取った。事前に何かを知っていたんじゃないか」

 だとすれば、彼女が犯人だろうか。
 しかし女優が火薬を仕掛けたとは考え難く、共犯者いや主犯が別に居るはずだ。

「わかりました、尾行ですね。幸い事務員服ですから、目立たないでしょう」
「気をつけろよ、一歩間違うと彼女の女優人生が終わってしまいかねない」
「慎重に、繊細に、深追いせず気付かれず、また他人に悟られず、ですね」
「芸能記者も見張っているはずだ。無理だと思えば早めに手を引け」
「了解しました」

 改めてカニ巫女棒に凛と気合を込めて、クワンパは医務室をさっそうと出ていった。

 シャヤユートなら、ザイリナならこんな繊細な仕事は任せない。
 クワンパならではが生きる場面もちゃんと有る。

 マキアリイは医師に改めてお願いした。
 30代、中年と呼ばれるにはまだ少し若い男性だ。

「先生すいません、今聞いた事は誰にも喋らないでもらえますか」
「撮影所で飯を食ってれば、嫌でも聞きたくない話を知ってしまいますよ。
 ご安心ください。口が軽ければ医者は務まりませんや」

 

 何時までも撮影所の医務室にマキアリイを閉じ込めておくわけにもいかない。
 「エンゲイラ」社長は撮影所の近くにある小さな旅館を手配して、自動車で送り届けた。

 この旅館は看板俳優千金役者が撮影で長逗留する際に用いる定宿だ。
 外観はさりげないが内部はわびていながらも豪勢な作りとなる。
 従業員も教育が行き届いて、宿泊客の個人的な情報を決して外部にもらさない。
 逢い引きをしても、誰にも見破られない隠し通路まで用意していた。

 尾行である程度の結果を得て撮影所に戻ったクワンパは、案内されてこの旅館に辿り着く。
 周辺には芸能記者が何名か張っている
 だがさすがに鉄壁で手も足も出ない風情。クワンパの姿を写真で撮るに留まった。

 女性従業員に案内されて廊下をぐねと曲がって着いた部屋は、

「よおクワンパ、首尾はどうだ」

 包帯木乃伊の所長、とグェンヌさんは良しとしよう。女優のカラッラさんはお見舞いだ。
 その他3名、こいつが曲者だ。

 大きいのと小さいののチンピラ男2名を引き連れた、気合の入った礼服の美女。
 その派手目な趣味はスジモノか。しかし化粧は薄く、髪色も茶。
 なにより怪しいのが、クワンパを見る目つきだ。親の仇を探すかの険しさで、思わずこちらも身構える。 

 彼女は所長に尋ねる。声は意外と若い、20才くらいか。

「こちらが新しいカニ巫女の方でいらっしゃいますね、旦那様。たしか「クワンパ」と仰る」
「おう。クワンパ、こちらはだ、」

「予想はしてました、ヌケミンドルに来るんですから」

 

 いわゆる自称「ヱメコフ・マキアリイの嫁」だ。

 

         ***

 首都警察局の捜査官を依願退職させられたマキアリイは、食い詰めてヌケミンドル市で事業を始める。
 「ハマヴイ映画興業社」だ。
 業務内容は、「潜水艦事件」映画関連商品の販売。自らの虚名にすがって小銭を稼ぐ毎日だ。

 この時知己を得たのが地元伝統の弱小ヤクザ。「任侠」の看板を掲げるが、組員わずか2名という情けなさ。
 親分はマキアリイを大層気に入り、一人娘の婿となって組を盛り上げてくれないか、などと酒の席でてきとーにぶち上げた。

 やがて総合遊戯施設建設を名目に大手ヤクザが地上げを開始する。
 ヌケミンドル市長とも結託し、問答無用に古い住民を立ち退かせていく。
 昔気質の親分が身体を張って町を守ろうとするが、にわかの発病で再起不能に。
 組を守るのは、未だ女子学生の一人娘16才。

 友誼に応えてマキアリイは立ち上がり、捜査官としての技能を生かしてたちまち不正を看破する。
 市長共々に大手ヤクザに痛撃を与え、報復の刺客を片っ端から斥けた。
 結局は騒ぎが大きくなり過ぎて巡邏軍が摘発に至り、市長も辞職を余儀なくされる。

 一件落着。マキアリイは正式に免許を取得して、民間私立の刑事探偵となる。
 だが娘は親分に代わって組を率いていくに当たり、マキアリイと正式に婚儀を挙げると宣言。
 鉄矢銃を持ち出しても強行せんとの覚悟に、やむなく逃亡した。

 そしてノゲ・ベイスラ市に拠点を移し、「ソル火屋」網焼き店の屋根裏に事務所を開設。
 カニ巫女「ケバルナヤ」と巡り合って英雄探偵の道を歩き始めるのだ。

 この物語は映画化こそされていないが、伝視館放送演劇で上演され、各地の劇団でも演じられ好評を博している。
 題して、『任侠恋絡げ 英雄探偵暁に立つ』
 一人娘の名は、

 

「自己紹介が遅れました。わたくし、ヱメコフ・タモハミ・ツゥルガでございます。
 いつも主人がお世話になっております」

「所長、これは法的に成立した婚姻関係なんですか?」
「いや、そこは、なんだ、あの」

「結婚証明書に署名捺印は頂いております。法的に一点の疑いもなく、婚姻は成立していると法論士の先生もおっしゃって下さいました」
「ああ、鉄矢銃の威力は絶大ですね」
「そうでもしなければ逃げられなかったんだよおお」

 グェンヌとカラッラは目を細めて情景を眺めている。干渉はしない。
 他人の恋路というものは、傍から見るとやっぱり情けないものだなあ。

 タモハミは、だが目の険を和らげる。

「でも、昨年末にお会いした「シャヤユート」さんに比べると、ずいぶんと可愛らしいお方ですねクワンパさんは」

 美人じゃないという意味か。絶世の美女たる師姉に比べるとあしらい易い楽勝だ、と言いたいわけか。
 それはそうなのだが、そもそも自分はマキアリイの妻でも恋人でもないのであるが。
 しかしながら、頬がわずかに緩み、なんだかすべてが許せそうな気がしてくる。

 クワンパは賢い娘である。タモハミが前回シャヤユート姉に負けてしまったのだ、と閃いた。
 ざまあかんかん。

 

         ***

 木乃伊男が、そんなことよりとクワンパに調査結果を促す。
 「シャヤユート」役の女優ユパ・ェイメルマの行動に不審な点は無かったか。

「結構苦労しました。なにせ人気の「マキアリイ映画」の女主人公ですからね。何処に行っても記者の目が光ってて」
「それで、」
「不審な点と言えないかもしれませんが、コンタクラ・リゥテンダとこっそり会っていました」
「誰だそれ?」

 クワンパ、グェンヌ、カラッラ、それにタモハミに呆れた目で睨まれる。
 芸能界に疎いのにも程が有る。

 グェンヌが、軽く悲痛と呼べる表情で説明した。

「マキアリイ。コンタクラ・リゥテンダは俺の相棒だ。『南海の英雄若人 潜水艦大謀略を断つ』で「ヒィキタイタン」役をやった光星だ」
「あっ! あいつか。随分と稼がせていただきました」

 「ハマヴイ映画興業社」で「潜水艦事件」映画関連商品を売っていた頃に、一番売れたのが「ヒィキタイタン」コンタクラ・リゥテンダの生写真だ。
 ようやくに思い出す。

「でも不思議ではないだろ。あれほどの売れっ子が現在売出し中の女優と会うのは」
「いやそれがだ……」

「あんな奴、もう芸能界には居ませんよ」

 トゲの有る言葉を吐き捨てるかに、カラッラが現況を教える。

「あいつは「ヒィキタイタン」役で大人気になって増長して、一時期は芸能界を占領するかの勢いでしたが、素人の女の子何人も手を出したのがバレて追放になっています」
「ほお。クワンパ、知ってたか?」

 事務員は冷たい目で睨み返す。私を誰と思ってるのか。
 カラッラはクワンパの調査結果を読み解いてみる。

「野郎は素人だけでなく、芸能界に入ったばかりの女優光星踊り子見境なく手を出していましたから、ひょっとするとユパちゃんも毒牙に掛けられたのかもしれない」
「そんなに素行が悪かったのか」

「ああ、売上に響かないように芸能報道を締め付けていたからあまり大きくは知られていないが、ひどいもんだった」
「グェンヌ、お前さんは大人気にはならなかったのか」
「おかげさまで、「マキアリイ」役は男受けしかしない登場人物なものでね。さっぱりだ」

 それにしても、カラッラが見せる嫌悪感は尋常ではない。個人的な因縁でもあるのだろうか。
 そんな男と今売り出し中の女優が接近しているのは、確かに怪しい。犯罪に関与している可能性も小さくはなかろう。

 

 マキアリイは「妻」に振り向く。

「というわけだ。コンタクラ・リゥテンダをちょいと調べてくれ」
「かしこまりました、それでは早速に旦那様のお役に立てるよう努力いたします。
 シャケ、タラ、行くよ!」

 チンピラ二人をせっついて、タモハミは部屋を出ていった。
 彼女がこの旅館に来た事は、外の芸能記者には知られない。秘密の通路からこっそりと抜ける。

 クワンパは説明を求めた。

「所長、あの人は今何をやっているんですか」
「「ヱメコフ・マキアリイの妻がヤクザなんかやってはいかん」と、組を畳んで民事探偵を始めたんだ。
 元がヤクザだから裏の事情には詳しいからな。それに女子学校卒業生だ、頭いいぞ」

(注;「民事探偵」とは、普通の意味の探偵である)

 

       ***(ハリウッド後編) 

 翌早朝。
 旅館の小さな美しい庭に朝靄が立っているのは、運河が近いからだろうか。

 「エンゲイラ光画芸術社」の社員が飛び込んできて、凶報を伝える。
 マキアリイとクワンパは優雅な朝食を摂っていた。

「撮影所で、爆発事故の有った工房で首吊りです!」

 木乃伊男出動、と行きたいところだが、旅館前に警備で立っていた巡邏兵に止められる。
 破壊工作で狙われる可能性が高いとの判断で、禁足にされてしまった。
 やむなくクワンパを代理で派遣する。

 

 撮影所の出入りも禁止となっていた。捜査中であるから当然の措置だ。
 仕方なしに、映画関係者それも撮影所付きの職工がたむろする近所の茶店で情報収集する。
 「エンゲイラ」社員が付いているから、割と快く喋ってくれる。

「さあそれさ。首を括ったのは13工房で爆発事故が有ったのとは違うとこだな。今現在は空きになっている」
「撮影の予定が無い工房ですか」
「飛び込みでねじ込んでくる撮影もあって、空けているんだよ。爆発の有った11工房は全体が警察局に封鎖されているから、これから使おうとしてたんだがな」
「ああ、そういう代わりをする為にですね。

 で、死んだ人は、」
「ショムハって奴だ。技術関係で、火工品を主に扱ってると聞いた。発破屋さ」
「マキアリイ所長の爆発に関与した?」
「らしいね。まだ調査中で詳しい事は知らないが、あの現場で火薬使ってた奴さ」
「犯人という事ですか」
「うん……、だがな、俺達は撮影を止めるような真似はしないんだよ。撮影所自体がこんな風に全面封鎖になってしまったら、おまんま食い上げだからな」
「犯罪は撮影所では起こらないってこと?」

 ハハハ、と笑われた。
 物品が紛失する、カネが盗まれる、注文したものが届かない、偽の発注は日常茶飯事。傷害や婦女暴行も稀ではないと、平気で言う。

「だがなあ、火薬はまずいよ。巡邏軍の目が光っていて、ほら破壊工作「ミラーゲン」とか騒いでるだろ。火薬爆薬の取扱は特に厳しいんだ」
「火薬の紛失は撮影所が止まる案件ですか」
「止まるね、バレればね。バレなきゃだが、ヌケミンドルで爆発犯罪が有ったら真っ先に調べに来るしな」

 ショムハと呼ばれる発破屋の情報を知る人を探すが、ここには居ない。
 何軒か回ってようやく見つけた。賭け札の遊戯屋でだ。

「悪いやつじゃないよ、気の小さい奴だな。細心の注意で火薬扱うんだから事故なんか起こさない」
「慎重な人だった、て事ですか」
「若い頃、撮影所に入りたての頃失敗して大やけどして、それ以後は慎重になったな。身体で覚えたんだ」
「なるほど、では火薬の量を間違えるなんて事は、」
「ないない、絶対。そもそも火薬は撮影計画書で請求した分しか支給されない。
 撮影所の専門部署が一括して保管していて、必要量しか絶対に出さない」
「じゃあ爆発事故で使われた火薬は、余分を請求したものですか」
「違うって聞いたな。帳簿を調べても在庫も問題なく、どこから出た火薬か分からない」
「外部から持ち込み?」
「無いとは言わないな。ショムハなら出来たとは思うが、意味がわからない。英雄探偵爆殺なんてな」

「ショムハさんがカネで困っていた、あるいは交友関係で異常があったとかは」
「知らないなあ、聞かないなあ」

 他の人に尋ねてみても、大して情報は集まらない。
 逆に、クワンパは警察局の捜査員に捕まってしまった。
 刑事探偵が捜査中の事件に首突っ込んでくるな、と。

 カニ巫女であれば、別に法的に規制されていないのだが。

(注;警察局の捜査官は国家公務員。捜査員は地元で雇用した公務員で、捜査官の指導を受けて行動する。
 警察局はつまりはFBIに相当する)

 

           *** 

 昼天時(正午)、ヨコイラハバン法衛視は記者会見を行う。

 撮影所で首吊り自殺をしたショムハと呼ばれる職工の索状痕の下から、指の痕が発見された。
 つまりは絞殺した死体を縄で吊るして自殺に見せかけたものだ。
 純然たる殺人事件である。

 前日に発生したヱメコフ・マキアリイ爆殺未遂事件との関連は不明だが、間違いなく連動したものだろう。
 鋭意捜査を進めており、近日中に真相を解明すると自信満々に表明する。

 なお報道記者の質問に答えて、破壊集団「ミラーゲン」の関与も十分考えられると語る。
 であれば組織的犯行であろう。実行犯であるショムハを処分したのも当然の処置と理解できる。

 

「ミラーゲンがグェンヌを殺そうとするのは、理解できないな。あの火薬の量じゃ死なないんだが」

 旅館に戻ってきたクワンパは、マキアリイと共に音声放送で記者会見を聞いた。
 部屋には「エンゲイラ」社長が来て、今後の対応を協議している。

「こんな状況では、いやもちろん世間の注目は集まっているのですが、映画競作発表会にはまったくもって不都合で、」
「中止ですか」
「『シャヤユート最後の事件』の試写会もありますので中止にするわけにも。いやはや弱ります」

 クワンパは少し考えた。映画会社の社長であれば、また別の見解も得られるだろう。

「お尋ねしますが、もしグェンヌさんが大怪我を負って撮影不能になったとすれば、どうなります?」
「カゥリパーがですか、それは困ります。とんでもなく困ります」
「映画制作は中止になりますか」
「カゥリパー君が犯罪組織に狙われたとなれば、或る意味宣伝にもなります。マキアリイ映画は撮らねばなりません」

 マキアリイも尋ねる。

「では代役で?」
「そうなります。「自由映像王国社」と協議して、おそらくはクルタカ君になるのでは」
「クルタカて誰だ、クワンパ?」

「(「自由映像王国社」の)『国際謀略 潜水艦事件英雄凱歌』で「マキアリイ」役を演じた、クルタカレーハン・ムザさんです。
 グェンヌさんに劣らぬ肉体派で演技力にも定評があります」 
「ああ、思い出した。「顔がいい方のマキアリイ」だ」

 生写真販売で顔は知っているのだが、役名しか覚えていない。
 社長はしかし、懸念を述べる。

「カゥリパー君は今や「マキアリイ」役で国民的人気となっております。ここで代役は、いかに実力派の俳優を持ってきても痛い」
「興行収益に影響しますか」
「来ますね。どの程度かは計り知れませんが、かなり痛い」

「ひょっとすると、標的は所長でもグェンヌさんでもなく、「マキアリイ映画」そのものなのかもしれませんね……」

 クワンパが零した言葉に、社長は血相を変えた。
 まったくに想定外だが、予感は有る。
 「マキアリイ映画」大流行によって今世情は大きなうねりを見せていた。
 野放しにされる組織犯罪やヤクザの横暴に、対処を求める市民の声が高まっているのだ。

 裏社会の反発はこれまでマキアリイ本人に対する攻撃の形で表面化しているが、映画に向いてもまったくおかしくない。

 社長は思わず立ち上がる。
 事件の成り行きを見守っている場合ではない、社に戻って警備計画を立て足元を固めねば。

「それでは先生お大事に。クワンパさん、よろしくおねがいします」
「クワンパ、素人さんをあんまり脅かすもんじゃない」

 二人きりになって、マキアリイは少し文句を言った。

 

           *** 

 夕方。マキアリイの部屋にはグェンヌとカラッラがまた訪れていた。
 二人共に取材攻勢に曝されお疲れのところであるが、騒がれるのは人気者の証。

 マキアリイの勧めで、共に夕食を食べていく。
 旅館の料理人が腕を奮った山海の珍味が幾枚もの大皿に載って登場する。
 さすがは一流芸能人御用達。

 

 まずはグェンヌから、自らの調査結果を披露する。

「リゥ(コンタクラ・リゥテンダ)の現状について知り合いに尋ねてみたが、芸能界追放後も諦めきれずに関係の界隈に入り浸っているみたいだ。
 水商売の女達には今でも好かれていて、カネに困る事は無いらしいね」
「ヒモでもやってるのか」
「かもしれない。ヌケミンドルは後援者気取りのヒトも多いからな」

 クワンパ尋ねる。

「芸能界復帰の目はありませんか」
「厳しいな。ましてや今はヱメコフ・マキアリイの正義の時代だ。
 印象の悪い俳優をわざわざ起用する会社は無いよ。強いていうならば、田舎芝居くらいか。気位が高い本人は絶対やらないがな」

「田舎芝居でもそんなヒトは雇いませんよ。と言いたいところですが、まあアリですね」

 カラッラが冷たく評する。
 彼女の銀幕登場は「潜水艦事件」の映画であるが、少女の頃から端役として様々に苦労したと聞く。
 地方演劇についても知識があるのだろう。

 彼女の方ではユパ・ェイメルマについて調べてきた。

「彼女と同期の子に聞きました。
 芸能界に入ったばかりの頃、15才くらいですが、やはりコンタクラの取り巻きの一人になっていたようです。
 取り巻きの女の子は始終入れ替わって誰がどうなったかはさっぱりなんですが、結構深くのめり込んでいたみたいですね」
「男女関係までは分からないのかい」
「グェンヌさん、それがバレるようではさすがに芸能記者が黙っていませんよ。上手く目を避けたか、よほど誤魔化しが上手いのか」

 マキアリイが、

「今でも付き合いはあるのだろうか」
「無いはずです。少なくとも事務所にバレるようにはやっていませんね。
 でなければ「シャヤユート」役なんてやらせてもらえません」

「言っただろマキアリイ、「マキアリイ映画」は倫理的にも厳しいんだ。怪しい素行の役者は最初から使わない」
「営業上の戦略ってやつか」

 

 旅館の従業員が部屋の戸を少し開けて、呼び掛ける。

「昨夕にお出でになられた女の方が、ヱメコフ様に面会をお望みです」
「ああ、通してくれ」

 ヱメコフ・タモハミ・ツゥルガが今日は単身で訪れる。
 挨拶も早々に調査結果を発表する。

「コンタクラ・リゥテンダの最近の状況について、或る程度の情報が得られましたのでご報告いたします。

 彼が女優ユパ・ェイメルマと逢い引きをしていたかに関しては、ほとんど無いが答えです。
 ほんの数分だけ接触する機会が目撃されていますが、恋人としてではなくそっけないものです。
 目撃した店員の証言では、男の言葉は荒く脅迫的で、主人と下僕の感じがした。そのような関係のようです」

「あの野郎、まだ人気者のつもりか」

 カラッラはどうしてもコンタクラを許せないようだ。
 不審だからグェンヌが尋ねる。

「カラッラ、君はリゥと因縁があるのか」
「私にも言い寄ってきましたよ。人気者であるのをカサに着て、「女にしてやろうか」なんて人をバカにして。
 あいつ自分がヒィキタイタン様よりも偉いと勘違いしてるんです」
「ああ、それは許せないな」
「まったく許せませんね」

 クワンパも納得。ヒィキタイタン様は至高にして侵すべからざる存在だ。

 そもそもがコンタクラが大人気だった頃は、ヒィキタイタンも大学生として青春を謳歌し、芸能誌でも大きく取り上げられる存在だった。
 流行の源はヒィキタイタンが作り出し、それをコンタクラが真似をする有り様。
 どちらが金で鍍金かは、コドモでも理解する。

 

 タモハミの報告は続く。

 

           ***

「コンタクラが様々な酒房酒楼で広言していたのは、近々彼が芸能界に復帰するという話です。
 強力なツテを手に入れたような口ぶりで「マキアリイ」、カゥリパー様のことですが、を追い落として「マキアリイ映画」を分捕ると言っていました」
「どういう事だ」

 彼が映画に復帰するとしても「ヒィキタイタン」役だろう。「マキアリイ」役はあり得ない。

「そのツテの人物ですが、50代くらいでほぼ白髪の紳士。コンタクラは”P”と呼んでいたようです」
「”P”、ゥアム文字のか」
「発音記号の文字ですね。推察するに、これはゥアム語で「プロデューサー」の意味ではないでしょうか。「映画制作者」です」

 俳優二人は納得したが、マキアリイクワンパには今ひとつ理解できない。
 グェンヌが説明する。

「制作者とは、監督の上にあって映画全体の企画を推進する人物だ。資金繰りなんかもその役目に入る。
 実際に撮影する「監督」の才能は言うまでもないが、「制作者」の能力で8割方は違ってくるものだよ」
「つまり、コンタクラはどこかの映画会社の制作者と知り合った、という事か」

「ではなさそうです。”P”を目撃した人によれば、映画関係者ではなく交渉人代理人の感じがした。むしろ堅い商売の印象でした」

「それも有るな。映画会社主導ではなく、外部の資本が動いて映画制作をする際には代理人の出番だ」
「つまりコンタクラは芸能界復帰をする前に、映画制作の資金をまず確保した。そう理解するべきか」
「うん……、あまり信じられないがそうなのかも」

「詐欺だわそんなの。よく有る映画詐欺よ」

 カラッラの言葉にタモハミもうなずく。
 元がヤクザであるから、イカサマ商売に関しての知識は豊富。詐欺師も何人も知っている。
 映画制作を名目に資金を募ってドロンする。ヌケミンドル市はまた、映画詐欺の楽園でもあった。

「それで、”P”の正体は、」
「手下を使って調査中です。今しばらくお待ち下さい」

 

 タモハミの報告は終わった。つまりは下がって再び調査に戻るべき。

 ではあるのだが、クワンパが提案する。

「グェンヌさんカラッラさん。少し相談があります、別のお部屋でよろしいですか」
「おいちょっと待てクワンパ」
「では所長。後の事はおよろしく」
「ちょっと待て、タスケテー」

 「嫁」と二人きりにされてしまうマキアリイだ。
 どのような事態が展開するか、想像するだに身の毛がよだつ。
 カラッラがクワンパに懸念を述べる。

「いいんですか、マキアリイさん怯えていましたよ」
「いいんですよ。いい気になってふらふらと正義を振りまいた報いなんですから、たまにはツケを全部払っても」
「ツケかあ。怖ろしいな」
「そうですよグェンヌさん。カニ巫女というものは本来夫に虐げられる妻の味方なんです」

 

 俳優二人は帰り、半刻半(1時間半)ほどを談話室で新聞雑誌などを読み調べていたクワンパだ。

 顔を上げると、タモハミがこっそりと出ていくところだった。
 頬が上気している。クワンパを見ると丁寧にお辞儀をして、そそくさと去っていく。

 部屋に戻って木乃伊男の具合を確かめる。
 包帯が解けてぐちゃぐちゃになっていた。

「クワンパ! 俺はお前を一生許さない、絶対だ!」
「ざまあ。カニ神殿夫婦円満和合之教、思い知ったか」
「今のいままでカニ神殿がそういう所だと忘れていたさ。ザイリナもシャヤユートも、ケバルナヤでさえも言わなかったからなー!」

 

           ***

 深夜、旅館に電話が掛かってきた。深夜番がクワンパの寝室まで来て呼び起こす。
 マキアリイは一応怪我人であるから、事務員が連絡を受ける事に決めておいた。

「ヱメコフ様に、ヱメコフ様からです」

 受話器を手にすると、タモハミだ。若干声に敵対心が抜けている。

「クワンパさんですね。旦那様にお伝え下さい。ユパ・ェイメルマが自殺を試みましたが、未然に食い止めました。
 旦那様の読み通りです」
「待って下さいタモハミさん。所長がユパさんの自殺を予測して、あなたを警護に付けておいたのですか?」
「そのとおりです。やはりヱメコフ・マキアリイは完璧です。

 あとお伝えください。ユパがショムハと接触して金銭を渡していたと供述しています。
 コンタクラとショムハの連絡役を務めていたようです」
「待って下さい。所長に電話を回します」

 この旅館は各部屋に直接の電話が引かれていない。
 静寂を楽しむのに遠慮の無い接触は無粋だと、設置していないのだ。
 代わりに廊下に電話置き場があり、近くから長々と電線を引っ張って持っていく。

 マキアリイはクワンパが廊下を歩く音で既に目を覚ましていた。
 部屋の戸を開けると闇の中、目だけが光っている。

「動いたか」
「タモハミさんです。ユパさんが自殺未遂を起こしましたが無事だそうです」
「そうか」

 受話器を受け取り、妻に指示を与える。

「うん、ショムハの役割だ。彼はグェンヌを殺すために爆薬を仕掛けたんじゃない。
 仕掛けられた爆薬の異常を見逃せと指示されただけだ。犯人ではないから、ユパさんも気に病むなと慰めてくれ」

 その他2、3の指示を与えて電話を切る。まるで事件の全貌が判っているかに見受けられた。

「所長、犯人が分かったんですか」
「分かるもんか。ユパさん、コンタクラ、ショムハの線の役割が見えたんだ」
「役割?」
「この事件、やはりマキアリイ映画が目障りな奴の仕業だろう。醜聞で潰す計画だ。
 だが目立つカカシを燃やすにしても、度胸の無い者ばかりを集めている。
 実行犯は別に用意して、汚名だけをなすり付けるやり口さ」

「手が込んだ仕掛けですね」
「そうか? 諜報工作活動では普通の手法だぞ。
 本当の実行犯は信頼の置ける有能な者に任せて、カカシを盾にそいつらを逃がす算段だ」

 

 問題はここから先だ。
 ユパを警察局に引き渡して取り調べさせるべきか。
 そうなれば間違いなく彼女は芸能界追放で、せっかく完成した『シャヤユート最後の事件』もお蔵入りになる。
 「マキアリイ映画」3本競作も沙汰止みになるかもしれない。

 マキアリイはカニ巫女の顔を見る。
 本来カニ神殿は正義を守るのではなく、虐げられた民衆の利益を守るものだ。

「ユパさんを救うには、本物の犯人を捕まえるしかないな……」

 

           *** 

 翌朝。ユパ・ェイメルマが付き人と共にマキアリイの部屋に来た。
 グェンヌが仲介する。
 『シャヤユート最後の事件』撮影では共に長く仕事をして、信頼も篤い。

「ユパくん、マキアリイは民間の刑事探偵であって警察局にすべてを通報するわけではない。
 依頼人の利益を最大限に尊重し、場合によっては秘密の内に解決してくれる」

「はい、すべてをおはなしします……」

 一晩中泣き明かした為だろう。目の下が腫れて美人が台無しだ。
 付き人の女性も昨夜からつきっきりで、こちらも憔悴している。

 「シャヤユート」役ではあるが、素顔のユパは気の弱い普通の若い女性だ。

「何から話したものでしょう。どこから話せばいいか、」
「以前にコンタクラ・リゥテンダとお付き合いがあった事は知っています。
 今回接触した辺りから、お願いします」

 マキアリイの言葉に、目を瞑り意を決して語り始める。
 爆発に国家英雄を巻き込んだ責任を強く感じている。嘘を吐くつもりは毛頭ない。

「わたしは、まだ芸能界に入ったばかりの頃、コンタクラさんの近くに侍る女の子の一人でした。
 その頃はあまりにも多くの女の子が纏わり付いていて、彼はわたしに対してさほど関心も無かったでしょう。
 それでも、たった一夜でしたが、天にも昇る気持ちでした。

 その後あんな事になって彼は芸能界を追放され、以後はまったく連絡はありませんでした。
 わたしも仕事が忙しくなって、「シャヤユート」役にも選ばれて、」

「電話が来たのはつい最近です。「潜水艦事件」の式典があった頃ですか、急に会いたいと。
 わたしも今の立場がありますから、迂闊には彼に会えません。なんとかやりくりをして、変装をして秘密で会ったのです。

 彼は、生き生きとしていました。好機到来と、芸能界に復帰する目が回ってきたと言うのです。
 「マキアリイ映画」が立て続けに制作される事となって、グェンヌさんひとりではとても回しきれない数の撮影が行われる。
 だから新しい「マキアリイ」役を立てて映画撮影が行われるんだと言っていました」

「でも、グェンヌさん以外の人が演じても人気が出ないから、そこで自分の出番だと言うんです。
 昔映画で大人気になった自分が再び「ヒィキタイタン」を演じたら、他が誰であってもしっかり「マキアリイ映画」になる、と」

 

 ようやくにコンタクラの動機が判明した。
 確かに目の付け所はいい。三社競作の映画制作発表が行われるのだ。上手く乗ればと考えても不思議ではない。

 だが素行不良でどこの映画会社からも見捨てられた彼が復活するには。

「グェンヌさんが急病でしばらく撮影をお休みにすれば、新しいマキアリイ役に代わる。でも印象が薄くなるから、人気のある「ヒィキタイタン」役が必要だ。
 そういう理屈らしいのです。
 また、新しくマキアリイ映画制作に関わりたい興行主が居て、斬新な作品にしたいと注文を出したそうなのです。
 「ヒィキタイタン」を正面に押し出して活躍させ、さらなる女性人気を高めたいと」

 クワンパ、さすがにこれは映画詐欺だと呆れてしまう。
 如何にも食いつきそうなエサを並べる興行主とやらは、つまりは”P”という奴だろうが、本当にバカを操るのがお得意だ。

 そして、バカの話に従ってしまうユパの浅はかさ悲しさが。

 コンタクラの指示で撮影所の職工に何度か連絡を付けて、また金の入った封筒を届けたりもした。
 食品会社の宣伝広告にグェンヌが起用されて、その撮影現場で実行する事となったが、まさかヱメコフ・マキアリイ本人が出てきて、しかもあんな大爆発が起きるなんて。
 自分が連絡を付けた職工のショムハが殺されてしまうなんて。

 涙を流して語り続けるユパに、付き人も彼女を抱いて一緒に泣く。

 マキアリイは、

「たぶんショムハの所にも、個別に働きかけがあったのでしょう。
 あなたが連絡をしたから悪事に加担したのではなく、最初からそう追い込まれていたんです」
「そうでしょうか……」
「ええ、あなた方を巻き込むための工作活動だったんですよ」

 

 ユパと付き人に、問題が起きないように善処すると約束して送り出す。
 決して軽挙妄動せず、悲観せず自分を傷つけるなど考えず、ただヱメコフ・マキアリイを信じろと。 

 部屋を出ようとして、戸の外の廊下に四角い包みが置いてあるのに気が付いた。
 おそらくはマキアリイへのお見舞いの品だろう。
 クワンパが持ち上げてみると、残り香に心当たりがある。

「所長、カラッラさんがお出でになられていたようです」
「……、しまった! 話を聞かれてしまったな」

 コンタクラに個人的な確執を抱く彼女だ。義憤に駆られて飛び出していったのか。

 

           ***

 カルマカタラ・カラッラは、今回の事件にコンタクラが関与していると聞いて以来、人に頼んで独自に彼を監視していた。
 私怨から、とは言えない。
 今回のマキアリイ映画『シャヤユート最後の事件』は彼女にとっても重要な作品だ。
 その公開を妨害する輩を許してはおけない。

 コンタクラを捕まえたのは、撮影所からさほど遠くはない運河沿いの裏通りだ。
 彼は取り巻きを、喧嘩に強そうな若い男を3人も連れていた。
 それでも突っかかっていくのは、さすがに盲目的な怒りに駆られていたと言わざるを得ない。

「コンタクラ! あんたってやつは」
「おう久しぶりだな、カラッラ。なんだよ髪振り乱して」

 彼は人気絶頂の頃と変わらぬ、へらへらとした軽薄な笑いを浮かべて人気女優を見る。
 今でも自分の方が芸能界的に格上な幻想を持っているのだろう。

「あんた、ユパちゃんをそそのかせてあんなバカな真似しでかして、どうなるか分かってんの」
「あー、ちょっと計算が狂ったよな。まさか本物のマキアリイが引っ掛かるなんて想像もしなかったな。
 でもいいんじゃないか、宣伝にはなっただろ新しい映画のさ」
「人が死んでるのよ!」
「それは俺は知らないな、関係ない」

 余裕を見せてはいるが、内心は動揺しているとカラッラは読んだ。
 そもそもがこいつは小心者だ。自分では手を汚す真似はしない。
 今回の件だって、映画詐欺にいいように操られているに過ぎないのだ。

「それよりだ、カラッラ。おまえ結構な出世ぶりじゃないか。使ってやってもいいんだぞ俺の映画で」
「あんたなんか、二度と誰が使うもんか。まだ自分の立場分かってないの」
「分かってないなあ、世の中にはさ、見る目が有る人も居るんだぜ。俺のことを高く買ってくれる人がな。
 資本の力ってやつさ。今の映画業界の枠組みだって、簡単にひっくり返せる。
 その波に最初に乗るのが、俺ってわけさ」

「ふざけんな」

 3人の男達がカラッラを囲む。さすがに怒りだけでは突っ張りきれず、怯えが外に漏れてしまう。
 この通りは人の行き来も少なく、運河があるから多少の声では届かない。
 喧嘩をふっかけるには場所を間違えたと悔み始める。

「まあ、俺の波に乗らないってのなら仕方ないな。
 そう言えばおまえ、今度結婚するんだったな。ちょうどいいや。
 引き出物にガキの一人も仕込んでやりな」

「へへ、さすが一流女優だぜ。そこらのぽっと出とはモノが違うな」
「すげえ上玉だ。ぞくぞくする」

 コンタクラは人気の有った頃からこのような連中を連れ回していた。群がる女達を適当にあてがってやれば、何でもする。
 彼は最後に残酷な笑みを浮かべる。

「カラッラ、お前が悪いんだぜ。俺の愛を受け入れていれば、ふたりとも頂点に居続けられたんだ」
「バカにするな、誰がお前なんかと、……」

 男達に両腕を掴まれる。とてもではないが振り払えない。
 遠くに人の姿は見えたが、ヌケミンドルでは芸能に絡んでヤクザやチンピラも跋扈する。誰も関わろうとはしない。
 誰も、

 

「な、なんだお前は!」

 カラッラを掴んでいた手をむりやり引き剥がされて、男は喚く。
 振り向くと、背の高い木乃伊男が手をねじ上げている。

 付き従うカニ巫女棒を持つ女が、尋ねた。

「所長、こいつらぶん殴っていいですよね。ぶちのめしていいですよね」
「おう。本物のカニ巫女てものを見せてやんな!」

 カニ巫女の強さとは、狂犬だ。
 いかに武装した屈強の男でも、荒れ狂う1匹の犬をあしらいかねる。
 棒を振り回すカニ巫女は、常人の想像を越えた激しさで、常識を遥かに上回る苛烈さで叩き付けてくる。
 打算も計算も有ったものではない。

 一方木乃伊男が手を少しひねると、ねじ上げられていた男が吹っ飛んだ。
 コンタクラは正体を知って、後ずさる。天下無双の武術の達人だ。

「ゑ、ヱメコフ、まきありい……」

「あんたにちょっとお話が有る。付き合ってくんな」

 

           *** 

「えへえへえ、いやしたぜマキアリイの兄貴ぃ」
「こいつが”ぴぃ”て奴ですさ。探すの苦労掛けやがって」

「お前達! 兄貴ぃじゃないだろ、旦那様だっ」
「へええい」

 タモハミの手下のチンピラ シャケとタラは、今現在は民事探偵「ツゥルガ萬調査事務所」の所員である。
 マキアリイの依頼に従って、コンタクラと陰謀を巡らせていた通称”P”を探していた。

 結局はマキアリイがコンタクラを締め上げて連絡方法を聞き出し、ようやく接触に成功する。
 ”P”は、思ったよりも普通の中年男性。裏街道には縁が無さそうなカタギの顔をしている。

「君達はなんだ。私をどうするつもりだ」
「俺の自己紹介は要らないだろう。コンタクラを使った工作活動の内容も知っている。
 聞きたいのはもう一枚の方だ。爆薬を仕掛けて、ショムハを絞殺した筋の方だ」
「知らない、私は何もしらない」

「兄貴ぃ、こいつはちょっと喋らせるのに手こずりそうですぜ」
「場所を変えやしょうや。ぎったんぎったにしてやれば、なめらかぁに口開きやすぜ」

 チンピラはこういう脅しを掛けるには最適だ。だがもちろん拷問なんかするつもりは無い。
 ”P”も観念して喋り始める。

「私は本当に代理人、ただの連絡係だ。犯罪に関与したのかもしれないが、私の指示ではない」
「誰が実行犯かも知らないのか」
「そうだ。私も内容を知らない指令を、定められた方法で伝えるだけだ」
「その方法を教えてもらおうか。まだ撮影所内に潜んでいるんだろ」

 撮影所は現在、警察局によって封鎖されている。職員の移動も禁止される。
 誰か一人が抜けたとすれば、それが犯人に繋がる者と見做してよいだろう。
 今はまだ逃げられないはず。

 ”P”は観念するが、自分の身の安全について懸念する。

「私をどうするのか。警察局に引き渡すのか」
「それはちょっと困るんだ、こちらとしても。公には発表しないが、紐付きで居てもらおうか」
「やれやれ。君達は誤解をしているのかもしれないが、私はこれまでの人生堅い生き方をしてきたんだ。
 今度の依頼の筋だって、れっきとした大手代理店を経由してのものだよ。やり方はあざといが映画業界では普通のことさ」

「その点はおいおいと聞いていくさ」

 

 内部に潜む実行犯への連絡方法は、普通に郵便だ。
 撮影所への郵便物は部署ごとに仕分けされるが、誤記や不明者は別の箱に入れられる。
 心当たりの有る者がそれぞれ漁って持っていく。
 やましい物品を受け取る手段としても、日常茶飯事で使われていた。

 マキアリイが用意した指令書の内容は、そのものズバリの「撮影所からの脱出方法」だ。
 ショムハを殺した犯人は一刻も早く逃げ出したいはず。
 多少通信文に不審な点が有っても食いつくに違いない。

「来ましたぞ」

 捜査班を指揮するヨコイラハバン法衛視も、マキアリイの横で隠れて見張る。
 なぜマキアリイがそんな連絡方法を知っているか。
 問い質したいところだが、「政府工作員の筋に任せました」と言われたから仕方ない。

 国家英雄ヱメコフ・マキアリイの身辺を密かに警護する総統府付きの秘密工作員の存在は、彼も理解する。
 政治的に重大な意味を持つからこそ、ヨコイラハバン自身が乗り出しているのだ。

「取り調べはすべて警察局で行いますぞ。よろしいな」
「殺人犯の逮捕後の措置は、すべて通常でお願いします。何が出てきてもこちらは文句を言いません」
「本来聞き届ける必要も無い事だが、了承した」

 

 果たして中年の目の鋭い職工が、捜査員が待ち構える真ん中にのこのことやって来る。
 脱出指令書に示された通りの、運河に繋ぐ小舟に乗り込んだところで逮捕だ。

 

           ***

 厳しい取り調べの結果、彼は自白する。

「……御前様の裁判に影響する「マキアリイ映画」の制作を許しておくわけにはいかないんだ……」

 総統府が解禁した「闇御前事件」の映画化によって、「闇御前」バハンモン・ジゥタロウが国家叛逆罪に問われる特別裁判が不利になる。
 これを阻止する為の行動であった。
 犯人は以前にも「闇御前組織」から利益供与を受け、幾度か撮影所内部での工作活動を行ったという。

 ただし、ショムハの絞殺は指令には無かった行為だ。
 爆発の責任をショムハに詰め寄られて、発作的に殺してしまい下手な偽装工作をした。
 その点では、組織としても不本意であっただろう。

 ヨコイラハバン法衛視の当初の推測では、破壊集団「ミラーゲン」による爆殺計画であったが、
実際は「ミラーゲン」に匹敵する「闇御前組織」による周到な犯行だ。
 主体は違うが、組織的謀略との想定に誤りは無く、満足すべき結果に終わる。

 

 事件は落着。一点の曇りも無く正義は此の世に示された。
 晴れて新作映画『シャヤユート最後の事件』の特別試写会が開かれる。

 それに先立ち、映画大手三社による『「英雄探偵マキアリイ」映画競作漢祭り』が発表された。

 つい先日、イローエントで行われた「潜水艦事件」十周年記念式典での連続襲撃事件が明らかになったばかりだ。
 しかも、「闇御前事件」の映画化を妨害する爆殺未遂発生と来れば、
詰めかけた熱狂的観衆も盛り上がらざるを得ない。

 映画を見るだけで、正義と悪がせめぎ合う時代の闘争に参加できるのだ。

 マキアリイは包帯から解放されて、木乃伊男も卒業だ。
 クワンパは今回の式典には普通に事務員服にカニ巫女棒の姿で参加する。
 三社の「クワンパ」役に囲まれて複雑な笑みを浮かべる。彼女達は皆カニ巫女見習いの衣装だ。

 中でも閉口したのが、「エンゲイラ」社の「クワンパ」シュユルク・ラクソー。
 彼女は、マキアリイ爆殺未遂現場の一部始終を見届けた。

「爆発で舞台に火が着いて、誰もがびっくりしてその場を動けない中、たった一人だけクワンパさんがマキアリイさんを救おうと敢然と飛び込んでいったんです。
 これが本当のカニ巫女だと、ココロが慄えて、わたしもこの人に成りたいと本当に思ったのです……」

 振り向くと、今回の映画の主役である「シャヤユート」役ユパ・ェイメルマが満面の笑顔で手を振っている。
 内心ではどのように思っているのか知れないが、さすがに芸能人だ。
 何があろうとも、舞台は華やかに進行しなければならない。

 

 そして抽選で選ばれた紳士淑女が集っての特別試写会。
 マキアリイとクワンパは特等席に満場の拍手で迎えられる。

 クワンパは大粒の涙を流しながら映画館から出て来る。

「子役の子が可愛くて、けなげで可哀想で、」

 後はお決まりの祝宴だが、クワンパは一人抜けると言う。

「ヌケミンドル市のカニ神殿にもご挨拶に行かねばなりませんから」
「ちょっとまて、お前、俺はどうなるんだ」
「これだけお綺麗な女優さんが沢山居るのに、何が困るんですか。

 それに夜も、お待ちになっておられる方が居るんじゃないですか」
「クワンパ、貴様ああ」

 

 それから数週間後、暑い夏の日の話である。
 一人の男が、ヌケミンドル市内の運河に浮いていた。
 引き揚げてみると、かって「ヒィキタイタン」役を演じて大人気を博した光星コンタクラ・リゥテンダ 28才だった。

 「闇御前事件」映画化が「闇御前組織」に不都合なように、
「マキアリイ映画」の人気を妨害する行為は、バハンモン・ジゥタロウと対峙する総統府の看過するところではない。
 潜在的な脅威と見做されたコンタクラは、政府工作員によって密かに始末される。

 誰も、顧みる者は居ない。

 

 

(第二十話)

 想定された通り、と言うべきだろう。
 「エンゲイラ光画芸術社」制作の映画『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』は、封切りと同時に観客が殺到する大人気となった。

 もちろん「エンゲイラ社」は可能な限りの宣伝活動を行ったが、とっくに観客に火が点いている。
 「サユールの森の怪物退治」「「潜水艦事件」十周年記念式典襲撃事件」「マキアリイ爆殺未遂事件」と、大事件が3本立て続けだ。
 炎上の止めようがない。

 「シャヤユート最後の事件」、正式には「ユージェン村連続怪奇殺人事件」と呼称する。

 昨年十二月に発生し、正月準備に忙しい世間を揺さぶった。
 事件自体も非常に残酷で、衝撃的で、社会の秩序を覆す凄まじい犯罪である。
 だが最も議論を呼んだのは、カニ巫女見習い「シャヤユート」の行動だ。

 正義、また慈愛と呼ぶべきであろう、カニ巫女として当然の振る舞いが、現代社会の法規に照らして許されるものではない。
 正しいのは間違いなく彼女であるのに、何故罪に問われねばならないのか。
 その全容が、映画に余すところなく描かれている。

 自らを道徳的と信じる者であれば、見ないという選択肢は存在しない。
 単純に人が何人も惨殺されるのがお好きな方にもオススメである。

 なお小さなお子様には刺激が強すぎる為に鑑賞をお断りする事がございます。

 

 というわけでやって来ましたカニ巫女事務員「クワンパ」さん。
 さすがに封切り初日に劇場には行けない。見つかれば大混乱となる。
 既に彼女も立派な有名人。カニ巫女界の光星と呼んでよいだろう。

 1週間後の公休日に、変装して観に行った。

「カリュー!」

 「クワンパ」ことメイミタ・カリュオートの愛称「カリュ」が、今回呼び名と定めてある。
 クワンパくわんぱ言って回ると、目立ってしょうがない。

 「みんなー!」と手を振るクワンパは、今回それなりに裕福なお嬢さん風の夏服。カニ巫女には絶対に見えない。
 念の為、髪も布で覆って隠しておいた。夏の日差し避けにもなって、不審には見られない。

 他の4人もそれぞれ余所行き夏服で揃えている。
 なにせ今回鑑賞する映画館は格が一段上。富裕層がゆったりと観られる高級劇場だ。
 マキアリイが「エンゲイラ社」からもらった特別鑑賞券の威力である。

 カニ巫女見習い同期で現在は世間修行中の5人の仲間。名前は当然に「巫女名」だ。

「クシィタンカ」
「ペミレ」
「ランパエス」
「ガトーラム」、そして「クワンパ」

 彼女達には特筆すべき共通の属性が有る。
 ヱメコフ・マキアリイがカニ巫女見習い「ケバルナヤ」と共に刑事探偵として活躍を始めた”後に”神殿に入った、その一期生だ。

 カニ巫女であれば英雄と共に戦える。のかもしれない。
 目的であるかは別として、そう認識しての進路の選択だろう。

 また実際、「ケバルナヤ」は人目を惹いてカッコ良かった。
 荒れ狂うヤクザの乱戦の只中に突入する「侠百人殴り事件」
 マキアリイの背をしっかりと守りチンピラをカニ巫女棒で叩き伏せる彼女は、その時肋骨を痛めていたとも伝わる。

 実録映像にしっかりと彼女の姿は記される。
 本物よりも雄弁に物語るものは無い。

 この映像を伝視館放送で、また映画館で見た少女達は激烈な予感を背筋に走らせる。
 時代は、女性が英雄となる事を許すものとなった。
 男性の背後に隠れているばかりではない、自らも矢面に立つべき時が巡ってきた。そう直感する。

 さすがに全員が行動には移らなかったが、少数が冒険に踏み出した。
 目指すは憧れの「ケバルナヤ」。彼女が「聖女」と讃えられるのは、しばらく後の事である。

 

           *** 

 まだ初回上映朝の部ではあるが、既に劇場前には紳士淑女が並んでいる。
 彼等とて「英雄探偵マキアリイ」に強く関心を持ち、惹きつけられる。庶民と同等の熱意で応援していた。

 気恥ずかしく列に並ぶ5人は、声を潜めながらも興奮して語り合う。

「いよいよ来たね シャヤユート姉さまの」
「うん。『美装店美女失踪事件』からようやく2本目の映画だ」
「9月には『古都甲冑乱殺事件』の封切りね。長かったわ」
「去年の今頃だったわね。あれも凄い事件だった」

 カニ巫女事務員「シャヤユート」は、「ヱメコフ・マキアリイ刑事探偵事務所」に9ヶ月しか在籍しなかった。
 前任のザイリナは1年半の満期を勤め上げたから、十分に多くの犯罪事件に遭遇した。
 シャヤユートはそこまで多くはない。しかし、世間に与える衝撃度や犯罪の規模はなかなかである。
 なにせ街まるごと1個大爆破だ。

 

 高級劇場であるから、一般庶民向け映画館とは異なり派手派手しい宣伝看板や幟が立ち並んではいない。
 あくまでも品良く、劇場入り口付近のはめ殺しの窓に4色刷り写真入りの広告紙が飾られている程度だ。
 ちょっと寂しい感じがするが仕方ない。
 この劇場は映画のみならず古典演劇や音楽の演奏会、政治運動の弁論会や実業界の会合にも用いられる。

 豪勢な石造りの玄関をくぐって待合広間に入ると、お目当てのもの発見。
 「マキアリイ」映画恒例の等身大立て看板だ。
 「マキアリイ」役を務めるカゥリパー・メイフォル・グェヌ氏全身の写真を印刷した、愛好家垂涎の品である。

 映画でも一番かっこいい場面を、最も絵になる姿を立て看板とするのだが、
今回のものは、見た女性が皆微笑んだ。
 子役の小学生の男の子をグェヌ氏が肩車する楽しげな姿。
 「英雄マキアリイ」の強さ優しさ、人に対する思いやりの深さ。そしてこれから始まる物語にはしっかりと救いが用意されていると、如実に示している。

 クワンパが腕を組んで真正面から鑑賞するのに、ガトーラムも好意で評した。

「素敵ね」
「カニ巫女のクワンパ様でいらっしいますか。お待ちしておりました」

 振り向くと、劇場の支配人が深々と頭を下げる。
 年配の上品な紳士にこれほど丁寧に挨拶されるのは、さすがに面食らう。カニ巫女見習い5人揃って頭を下げる。

 マキアリイが予め劇場に電話して、クワンパ達が観に行く事を伝えておいたのだ。
 特別に桟敷に案内される。

 階段を昇る5人の若い女性に、「やはりあの方がクワンパさんか」「そうだと思っていましたわ」などと、囁く声が聞こえてくる。
 変装まったく効果無し。

 

 ここでクワンパの同期4人について紹介しておこう。

 「クシィタンカ」は下町の生まれ。背が高く、性格は鷹揚で包容力がある。地元「金物屋」勤務。
 「ペミレ」は老舗の商店の出で、金勘定がしっかりしている。クワンパと同室で縁が一番深い。「児童福祉施設」で手伝いをする。
 「ランパエス」は孤児で神殿育ち。カタツムリ神殿に居た頃もあり化粧が得意。熱心で一生懸命だが、直情径行でカニ巫女を勧められた。
   「ペミレ」の両親の伝手で「古着屋」勤務。これは本来「ペミレ」を預かってもらうつもりだったが、本人が拒否。
   「ランパエス」に決まっていた「児童福祉施設」と取り替えてもらった。
 「ガトーラム」は結構な富豪令嬢でそれなりに美人。もちろん両親の反対を押し切ってカニ神殿に入った。「百貨店」勤務。

 そして「クワンパ」は、元が不良少女で「英雄マキアリイ」の事務所にまで押し掛け事務員になってしまう頭のおかしな奴である。

 現在世間修行中であり、それぞれが就職して社会人として暮らしている。
 カニ神殿では巫女見習いの修行が終わった後、1年半の期間「社会人」として自活させ、自ら善悪を見極める力を身に付けさせる。
 特に人々がどのような場面で幸せを感じ喜びを得るか、これをこそ知れと命じていた。

 喜びを知らぬ者が人を救おうなど、笑止千万。
 正義とやらを振りかざし、教条主義の虜となってカニ巫女棒を振り回すなど烏滸の沙汰。破廉恥極まりない。

 まあそれでも、大半の者は親が斡旋する職場を修行の場とする。
 1年半の短期間でご迷惑を掛けるのだから、受け入れ先に理解が無いと難しい。
 富豪令嬢の「ガトーラム」は、女の子の憧れ「百貨店の売り子」を親の力でねじ込んでいる。
 しかし、上得意様たっての願いと受け入れさせられた売り場責任者も、彼女を見て考えを変える。

 なにせカニ巫女だからビシッと一本筋が通り、礼儀作法も完璧だ。

 

           *** 

 二階桟敷の一番映画がよく見える席に案内された5人。
 ここまで来れば気持ちはひとつ、早く映画始まれ。

 あいにく、タンガラムの映画上映では本編が始まる前に報道映画が10分ほど付いてくる。
 見る人は見るが、興味の無い人はこの間に売店や便所になど行ってくる。

 だが今回、この前座をこそ見るべきなのだ。

 客席が暗くなり、正面銀幕に映写の光が放たれる。
 いきなり始まるのが「特報!」の文字。

 

 「潜水艦事件」十周年記念式典で海軍偵察機の編隊が飛んでいく。
 そして、真紅と薄緑の2機の水上飛行機が並んで飛ぶ空撮映像が流れた。

 書き文字『英雄 凱旋』が、映像に被さる。

『あの二人の英雄が、10年の時を経て空に蘇る』
『国民すべてが待ち望んでいた夢の共演。再び南海に光差す』
『だが襲い来る悪の魔手。危うし両英雄! 生き残れるか』
『心配は無用。彼等はめざましい飛躍を果たしていた』
『英雄探偵マキアリイと総議会議員ヒィキタイタン。国家総統ヴィヴァ=ワン・ラムダを守って大きく羽撃く』

 ターンと銃撃の音が1発響いたと思うと、画面で高速艇が海面上を転げ回る。
 ヱメコフ・マキアリイ神業の一撃。その記録映像だ。
 改めて見直してみると、本当に信じられるものではない。現場に居てさえも現実感を失う情景だ。

『「潜水艦事件」十周年記念式典映画化決定! 陰謀の全容が今明かされる』

『総統府・イローエント海軍全面協力。最新兵器続々登場』
『自由映像王国社制作。倍幅撮影・総天然色”ゥアムカラー”技術』

『主演 カゥリパー・メイフォル・グェヌ』
『ソグヴィタル・ヒィキタイタン役 ウパァルナー・コゥジン』
   (潜水艦事件映画第二作 自由映像王国社『国際謀略 潜水艦事件英雄凱歌』の「ヒィキタイタン」役)

『綺羅星のごとき名優陣が伝説を彩る』

『監督 ”巨匠”エヴァルト・ヘイラ』(『国際謀略 潜水艦事件英雄凱歌』監督)

『来夏公開予定。乞う御期待』

 蒼空を貫く二人の飛行機が白煙をなびかせ真っ直ぐに飛んでいく。その勇姿を地上で見送るのが、

 クワンパは思わず顔を覆う。なんで、最後の場面に自分の顔の大写しがどんと出るんだよ。
 イローエントではにわかの有名人になってしまったから、仕方ないけれど。

 ちなみに俳優の「ウパァルナー・コゥジン」氏は、かっこいいだけでなく知的な「ヒィキタイタン」である。
 それが災いして軽佻浮薄な女子達には当時今ひとつ人気が出なかったが、今では立派な看板役者。
 クワンパにしてみても、「文句の付けようが無い」

 

 特報映画はなおも続く。

『三大映画会社競作』
『「英雄探偵マキアリイ」、3作同時制作開始』
『刮目せよ。漢祭りだ!』

 どろどろんと腹に轟く太鼓の響き。
 いきなり画面に飛び出す白髪異形の老人の姿。5月にノゲ・ベイスラ市での裁判所に入る際の映像だ。

『闇御前!』
『天地を震撼させたあの事件が遂に、遂に映画化決定。総統府解禁!』
『ヱメコフ・マキアリイが成し遂げた歴史に残る大偉業が、劇場に登場』

『殺戮の巨人との手に汗握る死闘。飛び散る黄金、乱れ飛ぶ札束』
『宝箱の中身は、なんと美女の死体』
『謎また謎、複雑に入り組んだ陰謀の迷宮を、英雄探偵が駆け抜ける』
『巨獣の腹から救い出される美少女の運命は』
『カニ巫女「ザイリナ」が疾走る。神罰棒が悪を砕く』

『「闇御前」事件、満を持して制作開始』
『豪華俳優勢揃い。エンゲイラ社全員突撃総力体制』
『続報を待て!』

 

           *** 

 いきなり画面が真っ赤に染まる。急に警報が鳴り出した。
 またしても自分の顔の大写しが。死にたい。

『緊急』『緊急』

『サユールの森に潜む恐怖が動き出す』
『それは獣か、原初の怪異か』
『旧き墓所を破り、禁断の密林から現代社会に忍び寄る』
『勝てるか人類? 影なき敵に誰が立ち向かう』

『この男だ!』

 どんと「ヱメコフ・マキアリイ」。ただし「サクレイ映画芸術社」が起用する「マキアリイ」俳優だ。
 そしてこの間会った「クワンパ」役の女優さん。

 イローエント市で行われた記者会見の映像。本物マキアリイとクワンパが喋る。
 歯は映すな、やめろー。

『未知との決闘。古今無双達人の秘奥義が炸裂する』
『世界四カ国注目の一戦』
『彼は、自然をも超克するのか!』

 サユールの怪獣の牙を剥いた顔が。野獣の屍体を撮影したそのものだ。
 劇場全体から小さく悲鳴が上がる。御婦人方には刺激が強過ぎた。
 クワンパの隣の仲間達も思わず息を呑む。

『制作絶好調! 最速年内公開』
『同時上映』

 白黒映像で7人の俳優女優が横に並ぶ。和やかな、懐かしい映像。
 色が着いて、老けた7人が並んでいる。子役も立派な大人に。
 既に老人の男性は、何故だか遺影の黒枠を自ら両手で持って、変な顔。

『『細腕頑固立志伝』が、20年の時を越えて蘇る』
『今度は惨劇だ』
『「サマアカちゃん誘拐事件」の全貌を描く、サクレイ社にのみ可能な作品』
『いたいけな幼児を悪の牢獄から救い出すのは誰だ?』

『この男だ!』

 どーんと「ヱメコフ・マキアリイ」。

『往年の人気作の出演者が再結集して、新たな物語を紡ぎ出す』
『20年の歳月は、彼女達をどう変えたのか』
『なにが悲劇を呼んだのか。愛憎渦巻く裏切りの嵐』
『妬み!』
『妬みと言えばこの人、”叔父貴” 出番なし!』

 黒枠を持った老優、かくんと肩を落とす。
 彼はとっくの昔に死んだ人物の役なのだ。大人気憎まれ役だったのに、残念。

『年内公開突貫撮影突入開始。おまかせな〜』

 

           *** 

『「英雄探偵マキアリイ」三社競作漢祭り』
『全社、総力を結集して撮影快調!』

『なお、刑事探偵「ヱメコフ・マキアリイ」氏本人のご活躍によっては、映画がまたしても増えるかもしれません』
『殺す気かあ』

 「殺す気だあ」と思わず「クシィタンカ」が小さく口走る。
 これから丸1年間、ヱメコフ・マキアリイが平穏無事安楽に過ごせるわけが無い。
 大事件勃発必至。何件片付けるかという数の問題だ。

 

 特報はまだ続く。
 先程行われた「エンゲイラ社」制作『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』の完成披露試写会の映像が、
「「英雄探偵マキアリイ」三社競作漢祭り」の発表会が、総天然色で上映される。

 ヱメコフ・マキアリイ本人が、グェンヌさんともう一人「サクレイ」社の「マキアリイ」と共に、記者に撮影される。
 3社の「クワンパ」役と共に記念撮影に応じる、変な顔の事務員服の「クワンパ」が。
 恥ずかしげもなく臆面もなく、もう死んでしまいたい。

 そして本邦初公開。
 マキアリイが宣伝映画撮影現場にて大爆発に見舞われる貴重な映像が、観客の眼の前に。
 本物の犯罪現場の、しかも事件が起きる瞬間を捉えた映像はそうそう撮れるものではない。
 作り物とは異なり、圧倒的な衝撃をもって人々を釘付けにする。
 クワンパが単独で燃えるハリボテ山に突っ込んで所長を助ける姿が映る。

 誰からともなく、劇場観客席全体から拍手が沸き起こった。
 今回鑑賞に訪れた観客の全員が、クワンパが同席するのを知っている。
 やむを得ず、桟敷席から立ち上がり、四方にぺこぺこと頭を下げて鎮まってもらう。

 私何回死ななくちゃいかんのだろう。

 

「疲れた……。」
「いや、クワンパ。まだ本編始まってないから」

 聞く所によれば今回の映画『シャヤユート最後の事件』は、内容もさる事ながらこの特報を見たいが為に何度でも映画館を訪れる者が続出しているそうだ。
 確かに大質量の打撃を食らったかの疲労感。
 思わず甘酢清涼飲料を全部飲んで瓶を空にしてしまった。これから映画始まるのに。

「あ、始まるよ」

 本格的に客席が暗くなる。避難路を示す表示灯のみがぼんやりと浮かび上がる。

 

   〜 映画英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件

   黒

   白字幕
『エンゲイラ光画芸術社作品』

   カラー映像だが、ほぼ色が無い灰色の色調

 田舎の冬枯れの野を駆ける一人の狂女。
 人間離れした跳躍力で草むらを飛び越え、ひたすらに走り抜ける。
 今や誰も顧みぬ墳墓にすがり付き、天にも届けとばかりに嘆きの叫びを上げる。

 近隣の村人は、遠く聞こえる慟哭に魂を冷やし、急いで田舎家の窓の戸を閉める。

   タイトル入る
『英雄探偵マキアリイ犯罪録』

   主題歌『ヱメコフ・マキアリイを讃える歌』が流れ始める 男声コーラス力強く

♪ここに一人の男あり
 鹹魚(かんぎょ)の煙(けむ)に燻されて、まどろむ屋根裏階段(きざはし)の
 呼び来る声に目を覚まし
 正義の朝日今ぞ差す 

 憂いの人も科人(とがびと)も
 縋るを袖に出来ぬ質(たち) 証を求め東西へ
 旅の道連れ人殺し
 爆弾毒殺なんでもこい

(ぺぺんペンポン)

 疾(はし)る白球弱きを救え
 値千金誉れの拳(こぶし) 苦き盃(さかずき)奢るぜ今日は
 俺の名前を覚えておけよ
 英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ

(ヤサエンヤラドッコイショ)♪

 

   白字幕
『主演:カゥリパー・メイフォル・グェヌ』
『ユパ・ェイメルマ』

『カルマカタラ・カラッラ』
   その他出演者、撮影制作関係者名、協力協賛各位が流れる

   背景は基本的に黒バックだが、時折荒れ野の風景が流れる 白黒フィルム映像粒子荒い

 作業服を着た男達が今では古びて見える道具を用いて、発掘作業をしている現場。
 携帯する魚油ランプの灯りだけに橙色がある。
 墳墓をこじ開け、財宝を手にして喜びに沸く4名。
 だが背後からスコップを振り上げて襲いかかる者が……。
 被葬者を象った男女1組の柩が並び、影が灯火に揺れる。

   黒

『監督 カプリダ・ケロヲン』

   改めてタイトル 書き文字
『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』

   タンガラム政府文化教育庁検閲印あり
   注意書き

『この物語は刑事探偵として著名なヱメコフ・マキアリイ氏が遭遇した事件を元に脚色を加えて構成した虚構の創作物です』
『映画に登場する人物・場所・企業団体組織その他は、同名ではあっても実在するものと実態は異なる事を予めご了承ください』

 

   本編開始 カラー映像

 冬の高い青空!(色彩鮮やか)
 天から地上にカメラ戻して
 ノゲ・ベイスラ市鉄道橋町の「ヱメコフ・マキアリイ刑事探偵事務所」前の通り。
   カメラ空中を移動して、通りから窓を通って、2階事務所内に横スライド

 主人公ヱメコフ・マキアリイ、カニ巫女シャヤユート、臨時事務員ネイミィの3名。
 マキアリイ窓辺の席、シャヤユート安物の革椅子、ネイミィ事務机の定位置に。

 事務所の電話鳴る。鳴り続ける。
 本来の事務員であるシャヤユートが取るべき仕事であるが、一向に動かない。

   ネイミィ ×3
「電話出なさいよ、事務員」
「出なさいよ」
「出ろって言ってるでしょ給料分働け!」

 てこでも動かぬシャヤユート。
 ネイミィ切れて、やむなく自分で取る。
 マキアリイ、迷惑そうな顔。

 ネイミィ、しばらく応対してマキアリイを呼ぶ。

「所長、ヌケミンドル市からです」

 マキアリイ立ち上がり電話を代わると、受話器から若い女の声。

”お久しぶりでございます旦那様。もうお見限りになったのでございましょうか……”

 マキアリイ、みるみる顔色が青くなっていく。
 あまりのうろたえぶりに、シャヤユートもネイミィも見守る。

   マキアリイ
「近日中に必ず参上いたします、はい」

 脅迫を受けたかにうろたえつつ約束して、電話を切る。
 そのまま窓辺の席の自分の定位置に戻り、机代わりの窓枠に突っ伏す。

「ぽんぽんいたい、ヌケミンドル行きたくない」
「なんですか大人のくせに。ヌケミンドルに出張ですね、準備いたします。急ぎですか、それとも夜の船で行きますか」

 ネイミィ叱咤する。
 シャヤユートも立ち上がり、カニ巫女棒の手入れを始める。
   マキアリイ、顔を横たえたままクローズアップ

「まさか、こんな日が来るなんて……」

 

       ***2 

   ミンドレア・パート

 山奥の鄙びた農村。
 季節は12月だから草は枯れ、畑はすでに刈り取られ、常緑樹の山林も全体が褪せている。

   全体的に無彩色な印象
   ミンドレア・パートは前半中はずっと彩度を落とした画面になる

   白字幕
『ミンドレア県ユージェン村』

   ナレーション
「ミンドレア県は東西南北の街道の結節点であるヌケミンドル市と軍都カプタニアの近くにあり、鄙びてはいるが華やかさを持つ土地だ。
 古代より数多の伝説に彩られるが、中には目を覆わんばかりの凄惨なものもある」

 

 駐在の背の低い老巡邏兵と中年医者、村の若者衆が集まって騒がしい。殺人現場の検証中。
   カメラ下から仰ぐ。つまり死体の視点

「こいつぁーひどい。まるで」
「人間の仕業では無いですのお。何に襲われたもんか」

 死体の顔がザクロのように潰れている。真っ赤な血の海であるが血の色は黒(検閲対象で修正済み)
 若者衆のリーダー、憤慨して怒りのやり場が無い様子。老巡邏兵に文句を言う。

「これでもう3件目だ。今はまだ流れ者放浪者だが、いつ村のモンに被害が及ぶか分かんね」
「だが村長さんは騒ぐなと」
「あん人ぁ余所者の出だあ」

   医師
「駐在さんさあ、これはもう探偵を呼ぶしか無いんじゃないですか」
「おうそうだ、街には映画に出てくるような名探偵がほんとに居るんだろよ」

   老巡邏兵
「なにを言うか無礼者め。こんなのは巡邏軍だけで解決してみせる」
「でもよお、何の手がかりも見つからないままじゃあ、出来んのかよ」

「手がかりなら有ります」

 余所者登場。
 「砂糖戦争」時代の「国士」風衣装を着た貧しい身なりの若い男、髪は茶色で長くぼさぼさ。
 あからさまな不審者に、若者衆は色めき立つ。こいつが犯人か。
 男、自己紹介。

「村長のシゲナッハさんに雇われた”名探偵”「キンタ・コンクロア」と申します。あ、これ名刺」
「探偵、て、あんた刑事探偵か!
 刑事探偵は捜査継続中は手を出してはいかんのだぞ」

 私立の刑事探偵は、巡邏軍または警察局の事件捜査中は干渉できない事が法律で決まっている。
 老巡邏兵、職分に燃え排除しようとする。

「ごしんぱいなく。私は資格としては「民事探偵」です。
 あくまでも村長の依頼に基づき、事件が村の不利益にならないよう早期解決を図るのを目的とします」
「やっぱり捜査妨害じゃないか。断固抗議するぞ」

 バシャっと、老巡邏兵が写真に写される。スチルカメラを持った男が自己紹介。

「私は「ヌケミンドル新報」のトヅコホン記者です。連続殺人と聞いて取材に来たのですが、まさか3人目かよ」
「とにかく部外者は立ち入り禁止だ。おい、この二人を拘束シロ!」

 キンタとトヅコホン、押し寄せる若者衆に捕まる。

 

       ***3 

  場面転換
 広い芝生の庭に立つシゲナッハ邸。

 屋敷は古いが大きく、昔流行った華やかさを持つ様式。3階建て。
 屋根は黒、壁と柱は白く塗られて瀟洒に見える。正面玄関張り出し上にバルコニー有り。
 窓等開口部の大きな建物だが、3階は黒い鎧戸で厳重に封じてある。冬だから不自然ではないが、異様。

 屋内、応接室。窓から明るい光が入ってくる。
 調度も重厚だが華やかさのある繊細な装飾。この家系がかって繁栄した印。

 探偵キンタと新聞記者トヅコホンは村長に会う。
 村長シゲナッハ・ミィド・ゾバーハヌは30代後半で痩身、割と背は高い。
 田舎の富豪の鷹揚さや傲慢さは無く、むしろ都会の勤め人的風貌。
 だが少し山師ぽい、完全には信用し難い感触も漂う。

「あなたがお手紙を頂いた「名探偵」ですか。そちらが同行する記者さん?」
「ヌケミンドル新報です」
   キンタ
「不躾な手紙を差し上げて申し訳ありません。ですが、今回に似た事例がかってこの近辺で起きたのは事実です。」
「百年前、ですか。私は土地の生まれではないので、そんな古い話は知りませんな」
「土地の古老も今では記憶も無いでしょう。ですが、外の世界では割と有名なのです。
 『黒柩病』による連続殺人事象、と呼ばれています」

 ゾバーハヌ、首をひねる。やはり記憶に無い。
 中年の家政婦が高級なヤムナム茶を淹れてくるが、キンタの埃っぽい古めかしい姿に辟易する。

   ゾバーハヌ
「かってこのユージェン村で連続殺人事件が起きた、というのですね」
「正確には「事象」です。犯人は見つからず、それどころか人間の仕業とも思えない、しかし確実に事故ではない」
「なるほど不可思議だ。新聞記者さんも、それを取材に」

「我が社は130年の歴史を誇ります。当時の記事にたしかに事件の記述がありました」
「新聞に載っているのか、間違いないな」

 探偵キンタ、身を乗り出して申し入れる。

「シゲナッハさん、お宅の書庫を拝見させていただけませんか。当時の記録や文献が残っているかもしれない」
「そういうい事であれば協力せざるを得ない。ただ蔵書については私もあまり詳しくないものでね」

 老年の執事を呼んで二人を案内させる。ゾバーハヌは付いて来ない。

 

 屋内も白基調で明るい印象。
 書庫へ向かう廊下で、キンタは執事に尋ねる。

「ご主人は蔵書に詳しくないと仰っていましたが、この家の生まれではない?」
「はい、入婿でございます。奥様がシゲナッハ家の正統なる継承者で、旦那様は配偶者という形です」
「奥様ならひょっとして昔の事件をご存知では」
「さあ。ですが今は、」

 繊細な手すりの木の階段を上がった2階。明るい窓辺で、女性に出会す。
 色彩あふれる艶やかな衣装を着て、髪も赤い20代前半の美女。
   彼女だけ色彩鮮やかに

 慇懃に礼をするが、言葉は交わさない。去っていく。
 キンタ、執事に尋ねる。

「あの方が奥様ですか」
「いえ、奥様の妹のレイメイロウナ様です。
 シゲナッハの血族と呼べるのは現在、奥様と妹様、そして旦那様との間に生まれた御子の3名となります」

 キンタとトヅコホン、首を伸ばして美女を振り返る。
   カメラ背後から振り返る二人を

 

       ***4 

 書庫に案内されたキンタとトヅコホン。結構な広さに古い革表紙の本が並ぶ。
 キンタ、出版物ではなく写本を探して、1冊抜き出し机に広げる。
 複雑な象形文字がびっしりと並んでいる。
 顔を両手で覆って諦めた。

「ギィ聖符だ……、よめない」
「こりゃまいりましたね、もっと新しいのを探しますか」
「いやこれで正解だ。シゲナッハ家がギィール神族の墳墓を発掘したという噂は本当らしい」
「では、『黒柩病』が古代の神族の呪いというのも、」

 ふと視線を感じて振り向く。トヅコホン、少年を発見する。
 身なりは良く、小学一年生くらい。こちらを興味深げに眺めている。
 書庫は彼の遊び場でもあるらしい。

 突然屋敷全体が揺れる。書庫に埃が舞う。地震と思うがそうではない。
 続いて女の凄まじい叫びが轟く。悲鳴ではなく、獣が吠えるかの音。
 少年、女の叫びに耳を塞ぐ。

 キンタ立ち上がって、少年の傍に寄る。叫びは途切れた。

「この子はもしや、村長のお子さんの」
「……そうです。姉とあの男の間に生まれた、当家の跡継ぎロクホーラです」

 先ほどの美女シゲナッハ・レイメイロウナ登場。
   彩度は抑えて、ミンドレア・パート他の人物と同様

 少年ロクホーラは彼女の方に走り膝にしがみつく。
 キンタ、自己紹介もほどほどに、尋ねる。

「あの声は、ひょっとしたら奥様の、」
「姉のハップロアナですわ。この子の母親です」
「ですがこの声は一体」
「病なのです。医者でも理解できない奇病で、凄まじい痛みであのように血を吐くまで吠えるのです。
 わたしはこの子の、」

 少年の艶やかな黒い髪を優しく撫でる。

「姉の病にロクホーラが怯えていると聞いて、街から世話をしに帰ってきたのです」
「『黒柩病』……」

 トヅコホン、不用意に口に出してレイメイロウナに睨まれた。彼女はこの言葉を知っている。
 キンタ見抜いて尋ねる。

「知っているんですね、『黒柩病』のことを」
「それを尋ねるということは、あの噂を貴方も知っているのですね。『シゲナッハ家の盗掘』について」

 

   回想シーン
   オープニングで背景に映っていた発掘の光景。今度はカラー映像であるが色調を歪めている

 百年前。シゲナッハ家の男性が、4人の男達と古代の墳墓を盗掘する。
 1人は魔術師ぽい格好。残り3人は作業員に見える。
 おびただしい金銀財宝。そして男女対になった人型の柩。
 重い石で出来た男型の柩の蓋を、懸命にこじ開ける。中を魚油ランプの灯りで確かめるが、
 闇。

   レイメイロウナ
「もはや一族の者しか覚えていないと思っていました。
 百年前の惨劇は、柩の蓋を開いた為に現世に災いが甦ったものと」
「真相は伝わっていますか?」
「毒、というくらいしか。柩の木乃伊に毒が含まれていて、これが発掘者の身体に入って凄まじい痛みを」

 再びのハップロアナの吠える声。少年はまた叔母の膝にしがみつく。
 レイメイロウナ、キンタの顔をきっと睨みつける。

「毒に侵され頭がおかしくなった姉が、人を殺して回っている。あなた方はそう考えているのですね」

 

       ***5 

   ヌケミンドル・パート 色彩は通常

 現代の大都会の街中の風景。道路を渡るおびただしい人。
 けばけばしい原色の広告看板。またネオンサインがジジっと音を立てる。

 少しおとなしい下町の家並み。
 古い家の前に立つマキアリイとシャヤユート。
 マキアリイ冬外出着、シャヤユートはいつものカニ巫女見習い姿(中には着ている)にカニ巫女棒。

 家の門は不釣り合いに豪勢であるが、それもかっての栄華。今はくすんで往時の面影はない。
 踏み込むマキアリイの足元に、男が2人。転がるようにすがってくる。

「兄貴ぃ〜!」
「マキアリイの兄貴、おかえりなさいやし!」
「おう、シャケにタラか。元気、そうだな」
「寂しかったです〜」
「怖かったです姉御があ〜」

「こらお前たち、庭掃除サボるな。なにを、」

 はっと息を呑み、木の箒を取り落とす若い女性。伝統的衣装でキリッと身を律している。
 目元は涼しく知性が見て取れるが、さすがにシャヤユートには美人度で及ばない。
 だが彼女は余分の女など眼中に無い。
 マキアリイの胸に飛び込んでいく。逃げようにも、足元のシャケとタラが放さない。

「旦那様、マキアリイさま。お帰りお待ちしておりました」
「お、おう。親分の具合はどうだ」
「寂しかった、心細かったですぅ〜」

 すすり泣く女。
 シャヤユート、直立ほぼ無表情で三文芝居を見続ける。
 マキアリイ、釈明する。

「あー、シャヤユート。こちらはだ、こちらの方は、」
「妻です。ヱメコフ・マキアリイの妻ヱメコフ・タモハミ・ツゥルガです。お初にお目にかかります」

 シャヤユート、特に反応なし。だが妻タモハミ勝ち誇った顔。
 マキアリイ、どう対処するべきか分からない。とにかく現状を確認する。

「ツゥルガ組は解散したと聞いたが、シャケとタラはまだ居るんだな?」
「ヱメコフ・マキアリイの妻ともあろう者が、極道など出来ません。組は畳んで、新たに「ツゥルガ萬調査事務所」を旗揚げしました」
「たんてい?」
「民事探偵です」

 シャヤユート後退りして門の外を確かめる。
 表札の隣に確かに「ツゥルガ萬調査事務所」の看板あり。
 マキアリイ、仕方なしに話を続ける。ここには仕事でやって来たのだ、「妻」を喜ばす為ではない。

「それで、依頼人というのは、」
「お出で!」

 妻=姉御の鋭い言葉に、庭掃除を手伝っていた私服の少女が寄ってくる。
 黒髪、中学生くらい。田舎の雰囲気を漂わす垢抜けない、だが磨けば光りそうな美少女。
 妻に絡みつかれるマキアリイに、ひょこんと頭を下げる。

 

       ***6 

   ミンドレア・パート
 ユージェン村目抜き通り。と言っても数件の店が有るのみ。
 街道の左右に宿屋兼食堂、酒屋、金物農具屋、雑貨屋、仕立て屋、散髪屋、薬屋が建ち並び、それなりに人が来る。

 探偵キンタと記者トヅコホンは、この宿屋兼食堂を拠点とする。
 古い造りの田舎屋だが、店先には大衆消費社会の細々とした商品が置いてある。色刷りポスターなども貼ってある。
 二人は現在食事中。田舎料理だが、キンタ久しぶりに懐が暖かく喜んで食べていた。
 食べ終わったトヅコホン、カメラをいじっている。

   キンタのモノローグでシゲナッハ家の家族構成を再確認
   一族は動かない顔写真、使用人は動く映像で紹介

『シゲナッハ家は先代を一昨年に亡くし、今は孫娘のハップロアナ28才 が当主代理だ。
 その夫ゾバーハヌ37才 はシゲナッハ家の威光で村長を務めている。
 息子ロクホーラ7才 小学生。村に小学校は1つしか無く、富豪ではあっても村人の子と席を同じくして学んでいる。
 ハップロアナの妹レイメイロウナ23才 は未婚。大学を出てミンドレア市で働いているが、姉を案じて一時戻っている。』

『使用人は、先代に重用された60代老齢の執事。
 同年輩の庭番。庭番小屋で一人で暮らしている。
 50代初めの執事が実務を取り仕切り、ハップロアナを助けてシゲナッハ家の事業を経営している。
 40代の家政婦頭と料理番は夫婦である。屋敷の離れに2人の子が暮らす。

 若い家政婦が3名、これは村の娘で非常勤ではあるが、今はハップロアナが病気でほぼ毎日詰めている。
 同様に、男手が要る時は村から若い者を臨時雇いする。

 そして自動車運転手のスパスセン。彼はゾバーハヌが街で雇った。
 村長としての職務を行う際は、彼が付き人となる。
 ひとり都会者ということで、村の若い娘には人気が有るらしい。大した顔でもないのに実に腹が立つ』

 トヅコホン、気付いた点を問う。

「シゲナッハ家の旦那が村長というのは、なんか変だよな」
「入婿だからなあ。村人の人望とか有るのかな」
「それにあの美人、レイメイロウナさんだっけか。いい女だな」
「う〜ん、彼女も義兄に対していい感情を持っていない。訳ありかな」

 宿屋兼食堂の女将は50才くらいのおばちゃん。お節介に口を挟む。

「そりゃ訳ありですよ。ゾバーハヌさんはいきなりふらっと村に来て、そのまま村一番の金持ちの婿になっちゃうんだから」
「奥さんと熱烈な恋に落ちたとかですか」
「先代様がね、いやもうずいぶんな歳でハップロアナさまレイメイロウナさまのお祖父様に当たられるんですが、御命令で仕方なしに結婚したみたいな?」
「嫌々ながらも結婚、ですか。どこその有力者の子息とかですか」
「違うねえ、なんだろうねアレは。でもハップロアナさまは嫌がる風でも無く、夫婦仲が悪いわけでもないのよね」

 トヅコホン尋ねる。

「先代が祖父と言うなら、両親はどうなったんですか」
「お二人のお母様は他所からお嫁に来た方で、お美しい人だったけど3人目を身籠った時に死んじゃってね。
 それが堪えたのか父親は、お金持ちの跡継ぎとして申し分ない人だったけど、ふいに村を出て消えちまったんですよ。
 もう20年になるかねえ。聞いた話だと、船に乗ってシンドラに行っちゃったとか」
「まさかあ」
「シライさまって言うんだけど、ちょっと似ている気もするねえ、ゾバーハヌさんと」

 キンタ尋ねる。おばさん、顔を寄せてひそひそ声で答える。

「レイメイロウナさんが嫌うのは理由が有るのですか」
「聞いた話だけど、ゾバーハヌさん他所の町に、女が別に居るって。奥様は知らないんだけどね」
「ははあ、なるほどなるほど」

 食堂の前の通りは、田舎村ながらも人通りが多い。
 しかし今は、村の若者衆が殺気立って棒を持って巡回する。
 不安な顔で見つめる村人。

   おばさん
「あら駐在さん」
「異常は無いかな」

 食堂に、老巡邏兵が顔を出す。敬礼して余所者二人に警告した。
 彼は背が低いから、背筋をぴっと伸ばし少しでも大きく見せようとして滑稽だ。

「事態は深刻の度合いを深めておる。そこでミンドレア警察局に専門捜査官の派遣を要請した。
 お前達も妙な動きをすると容赦なくしょっぴくからな。注意しろ。では!」

 

   場面転換
 村の外れ、百年前に盗掘されたと聞く墳墓の跡。
 普段は誰も訪れない寂しい場所。
 キンタとトヅコホン、『黒棺病』の原点を確かめに来た。

 土が盛り上がっているだけで、入り口の穴がぽっかりと開いていなければ墳墓とは分からないだろう。
 内部を覗くと、結構深い。

 トヅコホン、フラッシュを焚いて中を撮影するも、不安な顔。
   (注;ストロボライトはまだ発明されていない。フラッシュバルブ使用(ではあるが地球のものとはちょっと違う形))

「キンタさん、これ奥になんか居たらどうしよう」
「なんかって、連続殺人鬼かい?」
「うんうん」
「えー私は頭脳労働専門で、格闘なんてヱメコフ・マキアリイじゃないのに無理ですよお」

 と言いつつも、キンタ奥に潜ってみる。外でおっかなびっくりのトヅコホンに呼び掛ける。

「居ました」
「居ました、て何? 殺人鬼?!」
「第四の犠牲者、みたいです」

 

 直ちに駐在の老巡邏兵と若者衆を呼んでくる。
 二人は当然に激しく怒られ、若い衆が墳墓の中から死体を引っ張り出す。
 死後5日ほどだが、冬の気候でまだそこまで臭くはない。

 連続殺人とは死体の様子が異なり、残虐な殺し方ではない。顔も綺麗で傷も無い。
 くたびれた老人で、放浪者のようなみすぼらしい古着古靴を履いている。

 老巡邏兵は彼の素性に心当たりがあった。

「……! し、シライさん? え、そんなこれは」
「本当だ、これ村長の所のシライさんだ! 帰ってきてたのか」

 

       ***7 

 シゲナッハ邸。父親無言の帰還。
 遺骸は白い布に包まれて、屋敷に担架で運ばれる。
 玄関先に屋敷の使用人計9名が並び、ゾバーハヌ、継嗣ロクホーラ。実の娘レイメイロウナが出迎える。
 老巡邏兵、若者衆と共にキンタとトヅコホンも行列に加わっている。

   レイメイロウナ
「おとうさま……」

 遺骸、玄関ロビーに並べた机の上に横たえられる。
 ゾバーハヌ、キンタ達の手を握り、

「君達が父上を見つけてくれたのか。ありがとう、この御礼は必ず」
「いえ私達は捜査の過程で偶然に見つけただけで、ですが本当にお父上であるかご確認ください」

 老執事に促され、レイメイロウナが進み出る。
 遺骸を覆う白布の顔の部分に手を掛ける。
 だが、高い所から女性の声がした。

 正面階段の上から、目の覚める白さの美麗な衣服を纏った貴婦人が下りてくる。歩く姿に病人の衰弱は無い。
 ゾバーハヌが咎めるかに声を上げる。

「ハップロアナ! 起きてきてはいけない。戻るんだ」
「お父様がお帰りになられたのですって。まあ今頃ぬけぬけとどの面を下げてでしょうか」

 あくまで高慢な地方の富豪令嬢の趣き。
 息子ロクホーラも久しぶりに会った母に、怯える。
 ハップロアナは妹に代わって遺骸の傍に立ち、白布を繊細な指先で剥いでいく。
 土気色に代わった父の顔を見て、微笑する。どのような感情が渦巻いているのか。

 ロクホーラは父ゾバーハヌが両肩を抑えて動かないようにしている。
 ハップロアナ、父親の頬を両手で挟んで、台詞。

「お母様を喪って、貴方までもが屋敷を捨てて、お祖父様の下で私達姉妹がどれほど苦しんだかおわかりですか。
 悲しいのは貴方だけではないと、後ろを振り向いたりはしなかったのですか。
 ええあなたは、そういう方でしたわね。結局は自分のことだけで」

 ハップロアナ、形相が人間離れしていくが、未だ美しい。
 レイメイロウナ。驚き姉を止めようとするが、手が出せない。

「お姉さま、やめて下さい。やめて」
「もう許しませんわよ。屋敷に帰って来ても入れてやるものですか。お墓だって、お母様の隣になんか埋めてやらない。
 ああでも、よくぞお戻り下さいました。私は、私達は、」

 ゾバーハヌ、屋敷の使用人で最も力の強い運転手に命じる。

「スパスセン! ロアナを止めるんだ」

 凄まじい力で押し潰される父親シライの顔。
 ついにスイカが弾けるように爆発して吹き飛んでしまう。(特撮・検閲あり)
 遺体に付き添ってきた老巡邏兵、若者衆、医師、屋敷の使用人達も驚愕。女は悲鳴を上げる。
 少年ロクホーラは父親によって目を覆われ、惨劇は見ていない。

 最も近くに居たレイメイロウナは、父の頭が弾けて飛び散る体液に汚される。(顔面にもわずかに!)

「あら。お父様が消えて無くなりましたわ。困ったこと、またどこかへお出かけですわね」

 ホホホと品良く笑うハップロアナ。
 続いて病の痛みに襲われたのか、獣のように吠える。あるいは慟哭?
 老巡邏兵、驚愕しつつもつぶやく。

「この怪力、やはり連続殺人の犯人は、」

 レイメイロウナは顔の無い遺体の傍に呆然と立ち尽くす。

 

       ***8 

   ヌケミンドル・パート

 大学研究室、電子工学科。
 室内にはこれみよがしに電気実験機器が並び、無意味に蒼く放電している。
 如何にも未来的。
 若き副教授の男性が1人。

 訪問者はマキアリイ、クワンパ、「ツゥルガ萬調査事務所」で紹介された依頼人の女子中学生。
 彼女の兄を探している。
 副教授、複雑な模様に切り抜かれた銅箔の細長い帯を手に取って確かめる。

「行方不明のお兄さんを探していると。
 そして、これを実家に送ってきたのですね」
「はい。自分は今このお仕事をしていると。手掛かりが他に無いのです」

   マキアリイ
「電気部品に関係するものだとは分かるのですが、知っていますか何か?」
「これは集積回路の基板でしょう。いやあ、タンガラムでこんなものを作れる時代になったんですねえ」

 シャヤユート怪訝な顔をする。言語自体まったく理解できない。

「ちゅーせきかいろ?」
「Integral Circuit。ゥアム帝国で開発された最新電子素子です。半導体素子はご存知ですよね」
   マキアリイ
「はい。真空管に比べてとても小さく消費電力も少ないという、新時代の電気回路素子ですね」
「その半導体素子です。ゥアムでは非常に小さなものを作れるようになりました。だが更に小さくと素子を複数組み合わせた小回路を一つの部品にまとめてしまうんですよ」
「それが、集積回路?」

 副教授、感慨深げに銅箔を見る。

「半導体素子に関してはタンガラムは随分遅れていまして、何しろ最重要軍事機密です。
 技術情報の共有という、科学の共通基盤が無いんですよ。
 模倣は困難を極めて。
 未だ我が国では女工さんが石ころに電極をはんだ付けしている有様ですからね」

 マキアリイ以下3名、ちんぷんかんぷん。
 だが副教授、銅箔の異常に気がつく。

「まてよ……、大きすぎるなコレ。集積回路じゃなくて、ひょっとして、……ああ! これ再生素子か」

 

 

   ミンドレア・パート
 宿屋兼食堂。キンタとトヅコホンが飯を食っているところに、余所行きの服を着たレイメイロウナが通りかかる。
 キンタに気付いて、改めて父親を発見してくれた礼を言う。

「今から役場に行って、父の正式な死亡届をしてまいります」
「そうですか。でも失踪人として長期間経つと、」
「いえこれまで失踪人届けは出していません。ですから父は現在に至るまで、シゲナッハ家の相続人でした」
「では、ゾバーハヌさんは仮の当主ですか」
「ゾバーハヌは姉ハップロアナの配偶者に過ぎません。
 ですが、それでも上手く村の議会に根回しして、村長の座を手に入れていますね」

 レイメイロウナ、眉をひそめる。わずかに不快を見せる。
 キンタ、追い打ちを掛けるように。

「お父様が正式な死亡を認められると、どうなりますか」
「ロクホーラを相続人当主として正式に申請します。
 姉が引き続き相続代理人ですが、……最終的には、ゾバーハヌが親権によって財産を自由にするでしょう。
 彼を単なる配偶者にとどめたお祖父様の配慮は無となります」

「あなたは、お祖父様をお好きだったのですか?」

 レイメイロウナ、目を大きく開いて表情で驚く。これまで想像もしなかった質問だ。

「私と姉は、父が失踪した後はお祖父様に厳しく育てられました。父のような身勝手をせぬ大人になれと。
 姉はかなり反発しましたが、私は。ええ、そうですね。
 ですからお祖父様があの男と姉の結婚を決めた時、裏切られた気がしました。あんなことをされる人ではないと……」

 レイメイロウナ、一礼して去る。
 キンタ、話を立ち聞きしていた食堂のおばさんに尋ねる。

「シゲナッハ家の、レイメイロウナさんのお祖父様って、どんな人だったのです」
「立派な方でしたよ。村の為に尽くしてくれて、大恩人ですよ。
 ただー、墳墓の盗掘ですかね。アレの話を村人がしていたらものすごく怒ったとか」
「誰か、詳しい人は居ませんかね?」

 

       ***9 

 農家の納屋で作業する、白髪白髭が床まで伸びる爺さん。
 トヅコホン、ほとんど仙人の風情を見て、良い被写体だと写真を撮っている。
   (注;タンガラムでは「仟人」と呼ぶ。千歳の齢を神から賜った者の意)

 爺さん、キンタの質問に答える。

「ああ、シゲナッハのゾグゾーさんかね。あれは大人物だったね。先々代とは大違いさ」
「先々代は、そんなにだめな人だったんですか」
「放蕩しすぎて、いっぺん潰れかけたからね。カネをばらまくから村人としてはありがたい話だったがね」

 トヅコホン、カメラを構えながら尋ねる。

「シゲナッハ家って潰れかけて、持ち直したんですか。何の商売で」
「そうさなあ……、うん。あんたらこれは言わんでくれよ。
 実はさ、その先々代が古い遺物を色々と売り飛ばしたさ。儂らも運ぶのを手伝わされた」

   キンタ
「墳墓の発掘品!」
「だろうねえ。 だからゾグゾーさん、その話をすると火が着いたように怒ったさ」

   キンタ
「シライさんはどんな人でしたか」
「普通のお子だよお。電気とか好きでね。街の学校に行ったから、田舎はあんまり好きじゃなかったかもね」

 

 再び宿屋兼食堂。
 キンタ、声を潜めてトヅコホンと話す。

「ゾバーハヌさんは盗掘の関係者だ」
「えぇっ。でも百年も前の話ですよ」
「その子孫じゃないかな。だがユージェン村を出たシライさんと何処かで会って、昔話を思い出した」

「ああ、金づるになると。じゃあ脅迫で婿になった?」
「先代に対してはね。ハップロアナさんにとっては、父親の消息を知る人間として拒む理由も無かったのかもしれない」
「納得いきますね、その展開。さすがは名探偵」
「ふふふ、”キンタ一番”と呼んでくれたまえ」
「じゃあ、村に来る前のゾバーハヌさんを調べてみるべきですよ。ちょっと本社に電話してきます」

 老巡邏兵登場。キンタとトヅコホンを捕まえる。

「警察局から捜査官殿がお見えになった。お前達、死体第一発見者としてちょっと来い」
「そんな、俺達犯人じゃないですよ。分かってるでしょ」
「分かっとるわ。シライさんを殺したのが普通の人間だって事はな。きりきり歩け」

 

 村の公民館が捜査本部となっている。警察局の車両が何台も駐車している。
 捜査官1名と捜査員2名、鑑識官5名。巡邏兵も10名着任。
 キンタとトヅコホン、捜査官の前に引き出される。
 かなり偉そうなヒトだ。服も都会の仕立ての上等を着ている。

「儂が今回の事件捜査を行うミンドレア本局ワコタ上級捜査官だ。
 お前達、民事探偵と新聞記者だそうだな」
「はい。探偵免許ならちゃんと所持携帯して」
「民間団体発行の探偵免許なんか、なんの証明にもなるか。ちょっと牢屋に入れておけ、じっくり締め上げてやる」
「そんな横暴な」

 トヅコホン、腰縄を握る馴染みの老巡邏兵に尋ねる。

「この人、状況をちゃんと知っているんですか」
「警察局の偉いさんだからな」

 ワコタ捜査官、宣言する。

「今後シゲナッハ邸および関係事件現場への民間人探偵・新聞記者の立入禁止を徹底せよ。
 既に街にまで連続猟奇殺人事件の噂は広まっている。野次馬どもが押し寄せてくるぞ、厳正に対処せよ」

 公権力関係者総員敬礼。
 老巡邏兵、「さすがは街のエリートさんだ」という顔で見つめている。

 

       ***10 

 シゲナッハ邸。昼下がり。
 ゾバーハヌとワコタ上級捜査官が応接室で話す。
 屋敷全体に轟くハップロアナ夫人の声。
 さすがにワコタも冷や汗をかく。

「これが『黒柩病』というものですか」
「お医者様の話だと、『黒柩病』なるものは医学的には無いそうです」

「たしかご子息がいらっしゃると伺っていますが、この」
「ええ。教育上また家族としての感情からも、幼子にコレは耐え難いでしょう。
 ロクホーラの乳母をしてくれた人の家に一時お預かりいただいています」

 家がしばらく揺れるが、やがて静かになる。

「病室の窓はすべて鎧戸で塞いで釘付けしています。
 痛みに耐えかねて窓から飛び出そうとするのです」
「おお……」

 ワコタ、捜査の話に戻る。
 夫人の父親シライが、何故この時期にユージェン村に戻ってきたのか。

「いえ、妻もその妹も、村の者誰一人として彼との連絡を取っていなかったと思います。
 村で連続殺人事件が起きたと報道されたからではないですか」
「なるほど。あのキンタという探偵と同じに、故事に気が付いたわけですか。
 ですが、そんなにも特別な事件なのですか。あなた方にとって」
「私は村で生まれた人間ではないので、わかりかねます。
 ユージェン村、いやシゲナッハ家に代々絡みつく呪いみたいなものかもしれません」

 ワコタ、古く色もあせた3枚の紙片を示す。古文書の切れ端のようだ。

「これをご覧になった事は?」
「なんでしょうこれは」
「亡くなられたシライ氏が肌身離さず持っていたもののようです。おそらくは墳墓発掘に関係すると思われますが」
「読めませんね。古代文字についての知識は無いのです」

 再び屋敷が揺れ始め、夫人の吠える声が、
 だが今度はバリバリと木が砕けていく音がする。
 若い家政婦が上の階から駆け下りて、応接室に飛び込んだ。

「奥様が、窓を破ってお庭に飛び降りられました!」
「なんだって!」

 ワコタ、急いで庭に出る。連れてきた巡邏兵1名も続く。
 驚いておっとり刀で飛び出した老人の庭番以外に姿は無い。
 屋敷を振り返る。
 3階の窓すべてが鎧戸で堅く閉ざされているが、一つが内側から破壊されている。
 とても人間の力で壊せるものではない。

「あれを女の力で、しかもこの高さを飛び降りたのか?
 直ちに村全域に警報を出せ。夫人を確保するのだ」

 

 ハップロアナが『黒柩病』に罹り、獣のような怪力を得た話は村人全員が既に知っている。
 家々の戸を閉ざし、若者達・男達は棒や武器を手に、道を警戒する。

 

 村から少し外れた乳母の家。寂しい所にはあるが小奇麗な造り。
 少年ロクホーラが同年代の少年と共にボールで遊んでいる。
 ふと木立の方を振り向くと、母親の美しい姿が。
 寝間着のままで、裸足で森を駆け抜けてきた。服はかしこで引き裂け、足は泥だらけ。
 しかし顔は優しく美しい。手を開いてロクホーラを迎える。

「お母様!」

 ロクホーラは恐れ気も無く母の腕の中に飛び込む。
 預けられていた家の大人は驚き止めようとするが、ハップロアナは跪き優しく愛児を抱いた。

 巡邏兵や若者衆が武器を手に追いかけてきて、ここまで追い詰めたが
 母と子の美しい姿に誰も手出しが出来ない。

 

       ***11 

   ヌケミンドル・パート
 とある工場の敷地内で、マキアリイとシャヤユートは格闘に及ぶ。
 敵は黒眼鏡の男達で、銃器は使わないが警棒を用いる。警備員というよりは秘密工作員な感じ。

 だがマキアリイ、物ともせず次々にやっつけていく。
 シャヤユートもカニ巫女棒を振り回して、男3人を手玉に取る。

   回想
 大学副教授の説明。

『この銅箔は再生素子回路に使われるものでしょう。
 ゥアム製の集積回路はタンガラムでは作れず、1個が1金もする高価なものです。
 しかし不良品も少なくない。
 高価な部品が壊れたのを惜しんで、中を削って無事な素子を抜き出し修理する電子機器の猛者達が居ます。
 これはたぶん、そのための専用基板ですね』

   マキアリイ
『でも、これだと大量に再生品を作るのでは』
『不良品の集積回路を大量に入手するめどが付いた、そういう話だと思います。もちろんゥアム帝国では絶対外に出さないはずですから』
『横流しの密輸品か!』

 

   マキアリイ
「タモハミの調査を妨害したのも、こいつらってわけだ。
 よっぽどやばい秘密工場なんだな」
   シャヤユート
「所長、コイツラは殺してもいい連中ですか」
「まてまて、殺していい人間など此の世には居ないぞ。カニ神だってお許しにはならない」
「ちっ」

 シャヤユート不満そう。

 二人は敵を蹴散らして、中庭に至る。
 多勢に丸く囲まれるが、まったく不利な状況ではない。
 黒眼鏡達は脂汗を流して慎重に対峙するが、白衣の研究者らしい男性が割って入る。

「お前達、やめろ。私が対応する。
 貴方はもしや、英雄探偵として名高いヱメコフ・マキアリイさんではありませんか」

   マキアリイ
「俺達は、この工場で働いていた青年の行方を探している。摘発に来たわけではない」
「それでは私がご案内いたします。ですが、ひょっとすると家族に音信不通になった人が居て、その依頼で探しに来たのでしょうか」
「分かるのか」
「であれば、こちらです」

 白衣の男について歩いていく。黒眼鏡は引き下がる。
 案内された場所は工場敷地の隅で、なにもない地面に数字を書いた短い木の棒がいくつも立っている。

「産業事故で亡くなった労働者です。
 この工場は極秘裏に運営されていますので、死者が出ても行政当局に届けをせず、こうやって埋葬して隠している」
「家族にも内緒でか」
「その点に関しては私も憤っています。せめて家族に補償をと思いますが、弔慰金どころか給金の残りすら支給せず無かったことに」

 マキアリイ、怒りで全身の筋肉が膨れ上がる。
 この怒り、何処にぶちまけるとよいか。
 シャヤユート、背後を警戒する。まだ悪が歯向かってくる臭いがする。

   白衣の男
「責任を取るべき者はちゃんと居ます。ご案内いたしましょう……」

 

       ***12 

   ミンドレア・パート
 シゲナッハ邸、正面階段下玄関ロビー。
 ゾバーハヌに食って掛かるレイメイロウナ。

「何故母と子を引き離すような真似をしたのです! 今の姉にとって心の支えはロクホーラがあるだけでしょう」
「そのロクホーラの為にわざわざ引き離したのだよ。まだ小学校に上がったばかりの子供に、こんな過酷な状況を体験させるべきではない」
「それは理屈です。何時万が一の事があるかわからないのに、我が子が手元に居ないなんて」
「君の息子ではない、私のものだ。私に彼の教育方針を考える責任と義務がある。黙っていてくれ」
「なんですって!」

 どうあっても取り合ってくれないので、レイメイロウナは憤慨して自室に行く。
 老執事が尋ねる。

「坊ちゃまはやはり、乳母の家に預けたままでよろしいでしょうか」
「ああそれが一番だ。ましてや母親が連続殺人の容疑者と看做される状況ではな」
「はい……」

 一人残るゾバーハヌ。
 懐から小さな薬瓶を出して蓋を開け、中の薬液から立ち上る気体を鼻で吸う。
 表情一変。悪の形相。

「そろそろあの女にも退場してもらうか。
 姉を気遣う妹が、その姉によって殺される。殺人鬼の正体が疑いようもなく証明される。
 新聞が好きそうな悲劇じゃないか」

 いきなりの霹靂。逆光になったゾバーハヌの顔に悪魔の表情が宿る。

 

 警察局ワコタ捜査官に捕まっていたキンタとトヅコホン。釈放されよれよれで宿屋兼食堂に戻ってくる。
 道すがら、釈放時に聞いたハップロアナの脱走話を語る。

「キンタさん、やはり『黒柩病』で怪力になった夫人が犯人でいいんじゃないですかね」
「それでもシライ氏を殺した犯人は別口だ。私はこう考えるんですよ、夫人もまた犠牲者の一人ではないかと」
「どういうことです? 『黒柩病』を誰かに感染されたってわけですか」
「それはやはり、墳墓盗掘の事情を詳しく知る者ですね。
 ああ、古文書が読めればなあ」

 食堂のおばさん、キンタ達が戻ってきて顔をほころばせて伝える。

「キンタさん、電報が届いてますよ。誰か来るって」
「ほんとですか?」

 電文を確かめて、キンタ拳を握る。空を見上げ晴れやかな顔。

「やった! 援軍の到着だ」

   クレーンカメラ、上からキンタの顔を覗く
   カメラ引いて、宿屋のキンタを中心に店が立ち並ぶ通りを俯瞰で
   さらにシゲナッハ邸にカメラを向け、ユージェン村全体を描き、カプタニア山脈の森林遠景に溶け込んでいく

   いきなりの列車連結音(大きく驚かす)
     ミンドレアの事件とヱメコフ・マキアリイの運命が接続される瞬間

 

   ヌケミンドル・パート
 駅で列車(電車)に乗り込む女子中学生。胸から遺骨の入った箱を白い布で下げている。
 停車場で見送るマキアリイとシャヤユート。

   回想 
 秘密工場、工場長室。
 マキアリイに尻を蹴飛ばされる、ハゲで小太りの中年脂ぎった工場長。
 シャヤユート、書類戸棚などを引っ掻き回して勝手に探す。

「ぶひー、こ、この工場はタンガラム国家百年の未来を見据えて、「御前」様がお定めになった産業計画の!」
「いいからさっさと横領した預金通帳を出せよ。死人のカネを奪おうなんてふてえ奴だ」

 

 再び駅停車場。女子中学生は列車乗降口に立っている。

   マキアリイ
「あの工場は近い内に閉鎖になるさ。ゥアム外交部に存在が知られてしまったからな。
 でも、ほんとうに弔慰金は要らないのか。必要経費にしても多すぎるぞ」
「いいんです。あたし達家族は、お兄ちゃんが働いて稼いでくれたこのお金だけで」

 少女、胸に仕舞った兄の形見の預金通帳をぎゅっと押さえる。

「そうは言っても親御さんは別の考えがなあ」

 マキアリイはやはり親に渡すべきと考えるが、手段に困る。
 シャヤユート、なぜか列車に乗る。

「おい、なんでお前まで付いていくんだ」
「わたしの叔母がミンドレアに住んでるんですよ。ちょうどいいから会いに行こうかと」
「おい勝手をするなよ、おい」

 動き出す列車の手すりを握るマキアリイ。
 結局マキアリイまで乗ってしまって、次なる戦いの地「ユージェン村」に向かう。

 

【前半終了】

 

 【英雄探偵マキアリイ事典】   

【タンガラム映画】
 タンガラムの劇場娯楽作品は長編映画であっても半刻(1時間7分半)で一度休憩をする。
 大半の上映作品が半刻長の二本立て三本立てであるから、観客に癖が付いていた。
 長編作品も、前後編二本立ての構成となる。

 故に、前半終了間際に大事件が起きたり悪党が正体を表したりと、後半に観客を惹きつける演出が為されている。
 これがタンガラム映画の面白さの元だ。

 休憩の合間に場内販売の売り子が巡って、飲料やお菓子を売り歩く。
 後半開始数分前になると、観客を呼び集める為の「幕間音楽」が鳴り始める。
 つまりタンガラム長編娯楽映画においては、オープニング主題曲、エンディング曲、幕間曲の3つがセットだ。(例外はある)

 今回『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』において、エンディングは「シャヤユート」役のユパ・ェイメルマ、
 幕間曲はカルマカタラ・カラッラが歌う。

 

【「ヱメコフ・マキアリイを讃える歌」】

   映画『英雄探偵マキアリイ』シリーズ 主題歌『ヱメコフ・マキアリイを讃える歌』

♪ここに一人の男あり
 鹹魚(かんぎょ)の煙(けむ)に燻されて まどろむ屋根裏階段(きざはし)の
 呼び来る声に目を覚まし
 正義の朝日今ぞ差す 

 憂いの人も科人(とがびと)も
 縋るを袖に出来ぬ質(たち) 証を求め東西へ
 旅の道連れ人殺し
 爆弾毒殺なんでもこい

(ぺぺんペンポン)

 疾(はし)る白球弱きを救え
 値千金誉れの拳(こぶし) 苦き盃(さかずき)奢るぜ今日は
 俺の名前を覚えておけよ
 英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ

(ヤサエンヤラドッコイショ)♪

 

♪大道往くに独り無し
 侠(おとこ)百人争う原に 殴り込んだる偉丈夫の
 背中を守る凛々しさよ
 映画撮る手も熱くなる

 闇にほころぶ悪の華
 摘んで回るが艶姿 慈悲の心で打つ棒は
 古よりの戒めか
 痛くない嗚呼痛くない

(ぺぺんペンポン)

 剣(つるぎ)鉄砲なにするものぞ
 唸れ鉄拳我らの怒り 惚れた女を泣かせちゃおかぬ
 俺の名前を忘れるな
 英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ

(ヤサエンヤラドッコイショ)♪

 

♪若人二人進み出て
 眺む夏海黒鉄(くろがね)の 怪鯨戦(いくさ)の船なれば
 日頃鍛えし兵(つわもの)が
 国をも救う大手柄

 それより数えて五六年
 いや増す誉(ほまれ)なお高く 何を思うか野(や)に下り
 庶人(ひと)の中にて輝ける
 立身出世は任せたぜ

「ヒィキタイタン!」

 金は無くとも真(まこと)があるさ
 巷に生きる我らが味方 固き友情四海に響く
 俺とお前で明日を拓け
 英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ

(ヤサエンヤラドッコイショ)♪

 

【国士】
 あるいは「愛国士」という。
 創始歴6072年に勃発した「砂糖戦争」の後に流行した風俗で、若い男性が汚い格好も構わずに天下国家を論じておおっぴらに飲酒し暴れ回っていたものである。
 当時は「砂糖戦争」直後で国民の興奮冷めやらず、全土に国防の必要を説く者が多くあったが、そのひとつの類型である。

 愛国的な行動を特徴とするが、しかし体制側の存在ではない。
 そもそもが「砂糖戦争」は混乱するタンガラム政界、「第五政体」での政党政治の腐敗にゥアム帝国がつけ込んで侵攻した。
 タンガラムは足元を見られた、ということを当時の人は皆理解する。

 現在(創始歴6215年)、「国士」風ファッションはコスプレである。時代劇の衣装だ。
 さすがに当時のように汚くはない。

 

【政体】
 早い話が、憲法が変わると「政体」も変わった事になる。
 無論大小の修正は幾度も繰り返されるのだが、大枠となる部分を全部取り替えた時に「政体」が変わったと看做される。

 

【右ハンドル】
 これまで記述には無いと思うが、タンガラムの自動車は右ハンドルという事にする。
 右、もしくは中央運転台。

 

  

    『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』後半

 

   幕間曲流れ始める  『冷たい風に抱かれて』歌:カルマカタラ・カラッラ
      ちなみに音源はレコード盤

   観客、席に戻る 照明暗くなる

 

 

【後半開始】

       ***13 

   ミンドレア・ユージェン村

 5、6名の子供達が野原で遊ぶ。何も考えずに無邪気に。
   声は無し 伴奏のみ。
   美しい音楽が流れる中、農村の冬景色を美しく色彩は少なめに映していく
   子供の頃の未来を思い煩うなど考えた事も無い幸せな時間 しかしその夢はもうすぐ覚めてしまう。そんな予感を漂わせて

   少年ロクホーラにクローズアップ
   これから始まる悲劇の主人公であるが、今はまだ屈託の無い笑顔で友達とあぜ道を歩いていく

 

   場面転換 彩度通常に戻る 以後そのまま

 山道の林の中を無理に登っていく男女。マキアリイとシャヤユート。
 シャヤユートは迷いなく進んでいくが、客観的な判断だと彼女は道を迷っているかに思える。

「おいシャヤユート、ほんとうにこの道でいいのか?」
「前に来た時はここを通りました。間違いありません、乗合自動車を使わずにブリンガ村に行くには、」
「乗れよ自動車!」

 しばし足を止めて。
 マキアリイ、人里に近いことを察知する。子供の歌声が聞こえる。

 

 林の道を歩く2人の小学生。ロクホーラと乳母の子の男の子、同い歳。
 唱歌を歌いながら林を抜け家に戻る途中、小川が流れる。細長い石を並べただけで欄干などは無い橋が掛かる。
 二人がこの石を踏んだところ、ぐらと揺れて足元が斜めになる。
 あ、と悲鳴を上げる暇も無く、12月の凍てつく流れに飲み込まれる。

 子供の歌声がいきなり途絶え、マキアリイとシャヤユート異変に気付く。
 声の方向に凄まじい速さで走り出す。

 乳母の家の近辺には、ロクホーラの母親ハップロアナが来た騒動の流れで、警備の若者衆が居た。
 彼らも子供が小川に流された事を知り、走り始める。

「子供が落ちた!」

 マキアリイとシャヤユート、走る若者の声を聞き、さらに増速。
 流れに呑まれ、急流に運ばれていく2人の子供を視認する。
 泳いでいては追いつけない。川縁を舗装道路のような速度で抜けていくマキアリイ。
 それに追随できるシャヤユート。

 先に流れていくのは乳母の子、マキアリイはこちらに先回りして掴まえる算段。
 シャヤユート、意図を察知して対岸に飛び移る。後ろのロクホーラが目当て。
 女の服では泳げないから、カニ巫女棒で岸から引っ掛けるつもり。

 マキアリイついに先回りに成功。上着を脱ぎ捨て川に飛び込み、乳母の子を掴まえる。
 一方シャヤユートも追いついたが、かなり川の中程をロクホーラが流されている。
 川岸から突き出る木の枝を頼りに、こちらも腰まで川に飛び込みカニ巫女棒を突き出す。
 だが、ほんの少し足りずに取り逃がす。

 マキアリイ、助けた少年を後から駆け付けた若者に託し、自身は抜き手を切って泳いでいく。
 寒さに負けぬ凄まじい速度、たちまちロクホーラに追いつくが、そこは滝である。
 マキアリイ、少年をかばいながら10数メートルの滝壺に落ちる。
   スタント、少年は人形

 

 人が滝に落ちた、と殺人犯を警戒していた若者衆と巡邏兵も気付き、救出に来る。
 しかし、夏でも滝壺に呑まれると浮いてこない危険な場所。救うにも手が出せない。
 マキアリイと少年は無事か?

 シャヤユートが濡れた身体で滝壺の傍の河原に到着する。マキアリイは?

 ざば、と頭から水を割って、ヱメコフ・マキアリイ生還。もちろん腕には少年を抱えている。
 この水温で体はすっかり冷え切り、少年を巡邏兵に託したところで力尽き、河原に倒れ込む。

 救急医療の心得を持つ巡邏兵は少年の身体を確かめるが、凍るように冷たく息をしていない。
 ただちに人工呼吸に移る。また手足を擦り、必死で温める。
   本職の巡邏軍緊急救命隊員、特別出演で

 懸命の蘇生作業。しかし子供は此の世に帰ってこない。
 灰色の空はあくまでも冷たく、陽の光すら望めない。

   見守る若者衆
「生きろ、いきろ!」

 必死で心臓マッサージを行うが、幼い命は帰らない。
 神よ、あなたはこの子を見捨てたもうのか。シャヤユート、天に祈る。いや睨む。

 冬の空が割れて、一条の光が差し込んでくる。
 温かい陽が奇跡のように少年を救わんとする人の元に届けられ、温もりを与える。
 少年がけほけほ、と水を吐き出し、自力で呼吸を再開する。

 思わずバンザイする周囲の人達。
 だが、ヱメコフ・マキアリイは河原でほったらかしである。

 

       ***14 

 河原の焚き火の前に毛布を被って並ぶマキアリイとシャヤユート。服は火で乾かしている。
 ワコタ上級捜査官が現場検証に来て、二人に言う。

「まずは礼を言いたい、よくぞ子供を救ってくれた。流石は英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ殿だ。
 だがここから先の干渉は無用に願いたい。」
   マキアリイ
「進行中の事件ですか」
「そうだ。ユージェン村で起きた一連の異常殺人事件を捜査中だ。
 未だ容疑者も不明で、アテは有るが非常に繊細な状況だ。溺れた子供も関係者の一人だ」
「なるほど。ですが、依頼が無ければ刑事探偵は動きません」
「そうだ、それでいい。
 溺れた子供の父親であるシゲナッハ氏から謝礼が出るだろう。それで引き下がってくれ」

 

 おっとり刀で、髪がボサボサで古い時代の「国士風」の扮装をした若い男がやってくる。
 カメラを持った新聞記者らしき男と共に。キンタとトヅコホン記者だ。

   キンタ
「ワコタ捜査官! ロクホーラ君が滝に落ちたとは本当ですか」
「ああ、だが無事救出に成功した。こちらのおかげだ」
「?! ヴぇえええ、ヱメコフ・マキアリイ?」

   マキアリイ
「ども。捜査官こちらは、」
「村長のシゲナッハ氏が雇った民事探偵だ。民間探偵は間に合っている」
「なるほど」

 キンタ、滝を見上げる。子供が近付ける場所ではない。
 ワコタに尋ねる。

「ロクホーラ君は、ここにいきなり落ちたのですか」
「違う。上の小川を流されて滝に落ちてしまったのだな。足を踏み外したらしい」
「足を、……事故ですか」
「もちろんそうだ。事故以外であってたまるか」

 キンタ、首をひねる。だがマキアリイが自分を見ているのに気付いて、警戒する。

「わ、私は名探偵キンタ・コンクロア、民事探偵です」
「自分で名探偵と名乗るのか……」
「この事件は私が村長から任されたものです。
 数々の実績を有する国家英雄の貴方とは比べ物になりませんが、推理力においてはいささかの自信があります」
「おう」
「この事件、私が解決します。私の事件です! では、そういうことで」

 トヅコホン記者、マキアリイを許可もなしにバシャバシャと撮る。
 「英雄、少年を救出する」 この大ネタを取材せぬわけにはいかない。
 だがキンタが、不器用に滝の脇の道を登って小川を現場検証とするのに気を取られる。

 マキアリイ、尋ねる。

「君は?」
「「ヌケミンドル新報」のトヅコホンです」
「あのロクホーラという少年は、命を狙われる立場なのかい?」
「あ、いやーそれはなんというか、今は誰が死んでもおかしくない状況ですが、シゲナッハ家の人は特に」

「ヤバい鉄火場に飛び込んでしまったみたいだな……」

 

   場面転換 白字幕
『隣村ブリンガ村』

 マキアリイとシャヤユートは、シャヤユートの叔母の家に到着する。
 ワコタ捜査官の命令で、巡邏兵が自動車で送り届けてくれた。邪魔者は早急に排除したい。

 美人で名高いシャヤユートの叔母だけあって、これまた目の覚めるような美人。年齢も30代初めで実に佳い女。
 玄関を開けてシャヤユートを見た途端に爆笑する。

「あはははは、この子、ホントにカニ巫女になっちゃったよ。あはははは」

 シャヤユート、マキアリイに対して「笑うなよ」という顔を向ける。

   居間で
 火壺(火鉢のちょっと大きいの)の傍に座るマキアリイとシャヤユート。シフ茶をすする。
 叔母さんとマキアリイの会話。

「この子はですね、小学校に上がる前からもうこんな性格で人を殴って、両親も学校の先生も「将来はカニ巫女にするしかない」と諦めてたんですよ」
「殴るんですか」
「間違った事をする子をですけどね。男の子のしかも上級生を殴ってましたね。
 自分も殴られたけど絶対泣かない。相手を泣かすまで絶対やめない」
「ははは、そりゃ災難だ」

 シャヤユート、自分の話はさすがに不快である。
 話題を変える意味でもユージェン村での事件を尋ねる。

「おばさん、連続殺人が起きてるって?」
「そこ新聞が置いてるでしょお。勝手に見て」

 数日分の新聞、およびしばらく叔母に話を聞いた後、マキアリイ。

「『黒柩病』ってのはこの近辺では有名なものですか」
「怪談ですからねえ。古代の木乃伊が蘇って、凄まじい力で人を叩き潰すって」
「病気じゃないんですか?」
「病気になったら木乃伊になる、じゃなかったですかねえ?」

 

       ***15 

   翌日早朝ブリンガ村

 シャヤユートの叔母の家にレイメイロウナが正装で訪ねてくる。
 玄関先で端正に、深々と頭を下げる。

 居間に通され、再びマキアリイに頭を下げる。

「甥のロクホーラをよくぞ助けて下さりました。姉に代わって心より御礼申し上げます」
「頭を上げて下さい。お姉様はお病気だと伺っておりますが、」
「はい、……どうやら『黒柩病』と呼ばれる病だと思われます。原因不明でどうなるかも分からず、おそらくは不治で死も近いと」

 シャヤユートと叔母、離れて見守っている。
 レイメイロウナ、意を決してマキアリイに懇願する。

「ヱメコフ・マキアリイ様、どうか我が家にお力をお貸しください。甥のロクホーラを守ってあげて下さい」
「それは、私を刑事探偵として雇いたいというお申し入れですか。」
「ロクホーラの父、現在シゲナッハの家を支配するミィド・ゾバーハヌは既に民事探偵を雇っています。
 これとは別に、私がヱメコフ様をお雇いしたいのです。」

「貴女と、ゾバーハヌ氏は反目し合っているのですか」
「あの男は所詮は外から来た人間に過ぎません。ユージェン村にもシゲナッハの家にも何の思い入れも無く、自由気ままに操りたいだけです。
 もし姉が身罷りましたら、シゲナッハの血を引く者は私とロクホーラだけになってしまいます」
「家を乗っ取られると危惧しているわけですね。
 ですが刑事探偵は、巡邏軍警察局の捜査が行われている段階では関与できないと、法律で定められているのです」

「甥の護衛をお願いしたいのです。
 ご迷惑だとは存じますが、他に頼れる方がいらっしゃいません。
 本当の事を言うと、想像を越えた事態が次から次に起こって、私ももう、どうしたらいいか分からず」

 強気の顔から涙が零れる。
 マキアリイ、美女の涙には弱い。立ち上がる。
 シャヤユートも、マキアリイが振り向くのに頷き応じる。

 

   場面転換
   シゲナッハ邸 玄関内階段前広間

 メガネの怪老人が立っている。
   顔大クローズアップ

 レイメイロウナに招かれたマキアリイとシャヤユートを見て、両手をくねくねと蠢かせ、演劇的に元気に驚いて見せる。
 さすがにシャヤユートもちょっとだけびっくりする。
 というか老人、シャヤユートに怯える。

   マキアリイ
「呪先生! どうしてこんな所に?」
   キンタ
「ハハハ驚いたか。これこそが名探偵キンタ一番とっておきの秘密兵器、古文書解読の権威碩学の知り合いだ。恐れ入ったか」

 勝ち誇り、あくまでも挑戦的な名探偵キンタ。とにかくマキアリイをライバル視している。
   当然にトヅコホン記者も居る。
 さすがに気の毒に思ったマキアリイ、キンタに説明した。

「呪先生は、俺の事務所の天井裏に住んでるんだよ」
「え? えええええ、そんなあ」

   呪先生
「いやマキアリイさんこれは奇遇なんという偶然。まさか怪奇譚の中心現場に貴方のような現代合理的英雄が姿を見せるとは」
「成り行き、なんですがね」

 

 レイメイロウナ、中年の家政婦長にゾバーハヌが何処に居るか尋ねる。
 彼は村長として、村での対策会議に出向いていったという。
 たぶん、自らの妻をどう処すべきか話し合うのだろう。

 マキアリイ、キンタに向き直る。

「キンタさん、ですかい。あなたは昨日、子供二人が足を滑らせた現場を捜査しましたね? 結果は」
「さすがはヱメコフ・マキアリイ、気が付きましたな。
 左様、私はこれは事故ではなく何者かが仕組んだ犯罪ではないかと検証しました」
「で、」

   回想
   現場の橋を捜査するキンタの映像
   子供二人が仲良く歩いて、足を踏み外し小川に転落する映像

「自然石を並べた簡易な橋です。一見するとグラグラしそうですが、しっかりと石が嵌まって動きません。
 ですが、留石の一つが動かされた形跡があります。
 これを抜いていれば、踏み石に足を乗せるとひっくり返るように仕込めます」
「さすが名探偵だな」

 

       ***16 

   シゲナッハ邸書庫
 大きな机に古文書を広げて解読する呪先生。
 彼を囲む、マキアリイ・レイメイロウナ・キンタ・トヅコホンが覗き込む。
 シャヤユートは勝手にしている。壁に飾った変な仮面とにらめっこ。

   マキアリイ
「読めますか、先生」
「いや〜、この写本を書いたヒトはギィ聖符を読めないですね字の形だけを必死に書き写したらしく誤字だらけです」
「ダメですか」
「ですが大雑把にでも読めるところがギィ聖符の良いところです詳細は無理でも大意はなんとか掴みましょう」

   レイメイロウナ
「『黒柩病』の治療法については、書いていませんか」
「これはギィール神族カロマとその妻フィロウメの夫婦が如何に生まれ成長し巡り会い互いに愛し合って死ぬまでを描いた物語です
 そのような技術的な記述は見られませんこの写本においては」

   マキアリイ
「つまり、ただの墓碑ですか」
「そうとも言えますが、ああ最後の方にそれらしき記述がありました。
 フィロウメが亡くなり悲しむカロマが持てる知恵をすべて使って死人を現世に留める秘術を完成させるとあります。これが『黒柩病』の元ではありませんか」

   キンタ
「不老不死の秘術?」
「ギィール神族はそのような非合理不自然極まる発想はしないものです。
 ここに書いてありますぞ。
 『人の魂は畢竟人格と記憶に他ならず他者に自らの記憶を移し替え人格を同じとすれば新たなる自分として社会的に存続し得る』
 ああ合理的でございますねえ」

   レイメイロウナ
「他人に自分の記憶を移し替える秘法、ですか。」
「墓碑に事細かく生涯の事跡が記してある事もこれで説明が出来ます。
 秘術を施された者が墳墓に入って壁面に記される文字を読みそれを自らの生涯として記憶するのです墳墓自体が転生の装置と見做せますね」

 

   トヅコホン
「でもとっくの昔に死んでるのに、どうやって他人に施術するんですか? おかしく無いですか」

   呪先生
「レイメイロウナさん、墳墓の柩の中に木乃伊はありましたか?」
「私は詳しくは知らないのですが、木乃伊については聞いたことがありません。申し訳ありません」
「いえよろしいのです私の推測が正しければ柩は元々空だった可能性が高い。
 墳墓を装置と見做せば柩は生きた人間を入れて施術を行う器具とも考えられます」

   マキアリイ
「つまり『黒柩病』とは、自動的に秘術を行う仕掛けが発動して、そうなったと」
「さてーこれ以上は実地に検証してみなければなりませんが、文献を読むのが専門の私には少々筋違いのお話で」

 

 

 ゾバーハヌ、書庫に登場。
 部外者が多数居る事に激しく憤る。

「あなた達はなんですか。誰の許しを得て私の屋敷に立ち入っている」

   レイメイロウナ
「この方々は私が招いたのです。ゾバーハヌ、この家はあなたのものでは無い!」
「写本を勝手に? ……う、ううぬ、ヱメコフ・マキアリイ?」
「そうです。あなたの息子を救ってくださったヱメコフ・マキアリイ様です。私が個人で雇ってロクホーラの護衛を務めてもらいます」
「ぐぬぬ」

 ゾバーハヌ如何ともし難く、自分が雇った探偵キンタに当たる。

「キンタ探偵、あなたは彼らと一緒に何をしているのですか。私があなたに頼んだのは事件の捜査ではない」
「え、ですが『黒柩病』の解明は、」
「もういい、あんたはクビだ! 出てってくれ」

 キンタ愕然。いきなり仕事が無くなった。

   ゾバーハヌ
「出てってくれ、みんな出て行け!」

 

       ***17 

   場面転換 宿屋兼食堂に場所を移して

 マキアリイ・シャヤユート・キンタ・トヅコホン・呪先生
 皆で昼飯を食べる。シャヤユートも男性と同じ量をたいらげる。
 キンタ仕事が無くなったから貧しい料理になっていた。不満そうだがとにかくかき込む。

   マキアリイ
「あんたが悪いわけじゃないさキンタさん。ゾバーハヌ氏は最初から事件の解明なんか期待しちゃいなかった」
「分かってますよ。
 私は、この村で起きた事件のすべてが『黒柩病』によるものだと騒いで回る役だったんですね」
   呪先生
「すべてが怪奇現象の結果でうやむやに解決してしまう腹でありましたか悪党の考えそうな筋書きです」

   マキアリイ
「呪先生、そもそもの『黒柩病』の事件てのはどんなものなんですか。百年前に未解決と聞きましたが」
「あーマキアリイさんはご存じ無いでしょう好事家の間でのみ語られる墳墓発掘譚ですからね。
 では一席」

 

   発掘作業のおどろおどろしい再現映像となる 色調補正なし
   呪先生の説明

「そもそもがこのミンドレアの地は今から2500年ほど前にギィール神族の間で「墓地」として流行った場所なのです。
 霊的に最適な聖地として」

「百年前ユージェン村において長く隠されてきた墳墓が発見されます。
 村の者は祟りを恐れて誰一人近付きませんが余所者が盗掘に乗り出した」

   マキアリイ
「シゲナッハ家の人間ではない?」

「余所者4人がシゲナッハ家の人間を巻き込んで、5人ですね。
 1人魔法使いが混ざっています彼の興味は秘術に有って財宝ではない。
 彼が地元有力者のシゲナッハ家に発掘計画を持ち込んで作業員3名を加えて秘密裏に行われた。
 そういう事です」

「墳墓は二重底で下の墓が本物です中からおびただしい古代の遺物が発見されます。
 そして男女一対の人型の柩。
 男型の棺をこじ開けますが中身についての記述はありません真っ黒だったとのみ伝わっており故に「黒柩」です」

「柩を探った作業員の男がにわかに乱心し円匙を振り回して暴れ返り討ちに遭って死にます。
 死体の処理に困った4人はそのまま柩の中に入れて隠します。
 ところが翌日行ってみると死人が蘇り怪力を備えた化物へと変じていた。
 あとはもう村人を巻き込んだ虐殺です凄まじい力で頭を砕き何人もが犠牲となりました」

「しかし結局は理由も無いままに騒ぎは終息します。
 発掘者の内シゲナッハと魔術師が生き残りました。
 魔術師は街に帰って事件を業界の連絡筋に報告して、これが我々の知る事件の詳細なのですね」

   マキアリイ
「ほんとうに死人が蘇ったのですか?」
「さあてホントか嘘かあるいは最初から死んでいなかったのか。
 とにかく魔法使いは魔法の呪物を幾つか持ち逃げし、シゲナッハ家では墳墓を閉ざして財宝はそのままに放置したはずです」

 

 キンタ、ここで追加説明を加える。

「だがシゲナッハ家では村人を使ってこっそりと財宝を屋敷に移して隠していたそうです。それを先々代がカネに困って売り飛ばした」

   マキアリイ
「キンタさん、あんたこれからどうする。引っ込んで帰るかい」
「とんでもない。犯罪が現に進行中だというのに、ここで引き下がっては名探偵の名折れ。それに私には心当たりがあります!」
「なんの」
「そりゃ当然事件のですよ。言いませんよ、商売仇には」

 キンタ、独自の調査を行うとして、食堂を出ていく。
 トヅコホン記者はついて行かない。

   マキアリイ
「あんたは行かないのか」
「いやーやっぱり本物の英雄探偵は被写体としてさすが違うなと。かっこいいなと」
「うーん」

 飯を食べた後、仏頂面のまま怪奇譚を聞いていたシャヤユート。
 マキアリイ、彼女に命じる。

「おい、シャヤユート」
「なんでしょう」
「俺は今晩は、ロクホーラ坊やの所に泊まって護衛をする。
 おまえはシゲナッハ邸でレイメイロウナさんを守れ。
 相続人というのなら、彼女も危ないからな」
「わかりました」

 

 

   雑木林
 キンタ、人を待つ風情。独り言。

「せっかく起きた大事件で、私の得意分野の怪奇現象だ。
 これで手柄をヱメコフ・マキアリイに持っていかれたら、立つ瀬が無いじゃないですか」

 林の陰に人の姿が見えて、待ち人が来たとキンタ振り返る。
 話し始める。

「やっぱり来てくれましたね。だろうと思いましたよ、そりゃあね橋の仕掛けを……」

 

       ***18 

   翌朝 宿屋兼食堂

 マキアリイはロクホーラの護衛を村の若者衆に任せて、戻ってきた。
 おばさんに頼んでゲルタ定食を食べる。
 同じく朝飯を食う呪先生とトヅコホン記者。
 呪先生は宿屋に泊まって、シゲナッハ邸から持ち出した写本を夜通し解読していた。今も写本と格闘しながら飯を食う。

 マキアリイ、トヅコホンに尋ねる。

「名探偵はどうしたい」
「キンタさん、昨夜は帰ってこなかったんですよ。どうしたんですかねえ」
「探偵を名乗るくらいだから、自分の身くらいは守れるんじゃないか」
「いやーキンタさんは頭脳労働専門だから」

 食堂の前の通りを土煙を上げて駆け回る若者衆数名。
 互いに呼び合って、どこか地名を叫ぶ。

「あぶく沼だ。人数を集めてこい」
「またか!」

 マキアリイ丼を抱え焼きゲルタをくわえて外に出る。
 殺気立った若者衆に尋ねた。

「なにごとだい!」
「人がまた死んだ! 街から来た探偵だ!!」

 トヅコホンも通りに飛び出し、若者衆の行く手を眺め、マキアリイに振り返る。悲痛な表情

 

   場面転換 あぶく沼 沼というよりも溜め池
 右半身裸の脚と腕を水面から突き出して、死体がある。顔は水面下で見えない。

 小舟で近付いた若い巡邏兵が引き上げようとして、びっくりして死体を水面に落としてしまう。
 陸から監督するワコタ捜査官、メガホンで叱責する。

「何をしている、ちゃんと上げんか」

   舟上の巡邏兵、陸に叫ぶ。

「申し訳ありません。ですがー、身体が真っ二つに裂けていて、半分ありません!」
「なんだとお?」

 青ざめるワコタ捜査官。
 傍らにマキアリイとトヅコホン記者が立っているのに気が付いた。

「き、君達は」
   マキアリイ
「尋常ならざる怪事件。これが『黒柩病』というものですか」
「かいき、いや猟奇事件ではあるが犯罪には違いない。絶対に犯人は見つけ出す」

 ワコタ、背後の捜査員に厳しく尋ねる。

「おい、シゲナッハの夫人は昨夜は屋敷を出ていないな?」
「はい。昨夜は吠える声以外の異常は無いとのことです」

   マキアリイ
「うちのカニ巫女もシゲナッハ邸で見張ってます」
「では、夫人の仕業ではない。
 よおし、わかった。少なくとも怪力の持ち主は2人居る」

「大きな進展ですね」

 

       ***19 

   シゲナッハ邸レイメイロウナの私室
   明るい白色を基調としたすっきりとした趣味の良い部屋

 シャヤユートは前夜シゲナッハ邸に泊まって、レイメイロウナの護衛をしている。
 二人座って茶を喫しながら話をする。
 ハップロアナの吠え声も今は無く、静か。

「シャヤユートさん、有難うございます。貴女が屋敷に居てくれるので心強く思えます」
「あの叫び声は、麻酔では止められない痛みによるものですか」
「麻酔はまったく効かないそうです。そもそも暴れてお医者様の診察も受けようとはしません」
「何時からです」
「1月以上前からです。最初の殺人事件が起きる数日前ですか」

 若い家政婦が部屋に入って来る。一礼して報告。

「奥様が、レイメイロウナ様をお呼びでございます」
「ああ、今は意識が戻っているのですわ。それでは私行ってきます」
「はい」

 シャヤユート鉄壁の無表情は変わらず、ぴくりとも腰を上げない。
 それが逆に不動の信頼感を抱かせる。

 レイメイロウナ、屋敷内を移動する。
   カメラ、レイメイロウナを追跡して移動
   一人称でレイメイロウナの背後から、廊下、階段を上る
   病室の前の分厚い木の扉を開き、部屋の中に
   ベッドの上に身を起こすハップロアナの姿までワンカット

 病室は窓をすべて頑丈な鎧戸で閉ざしている為、昼でも蛍光灯で照明する。
 ハップロアナ、妹を微笑で迎える。

   レイメイロウナ
「お姉さま、お加減はいかがです」
「ロウナ、ロクホーラはまだ乳母の家に泊まっているのですか」
「申し訳ありません。屋敷に連れ戻すには環境が整わなくて」
「いいのです。あの子にも随分と心配をかけています。あんなに幼いのに」

 姉の言葉には狂ったところは無く、落ち着いて知性が見出だせる。
 レイメイロウナ、安心して椅子に座る。
 ハップロアナ、閉ざされた鎧戸の窓の向こうを透かして見るかに。
 語り出す。

「ロウナ、あなたはゾバーハヌの事を嫌っていますね」
「申し訳ありません。あの人の事はどうしても好きになれなくて」
「いいのです。ですが、あの人は朗報を届けてくれた人なのです。お父様が今も生きて、母を慕い続けていると」
「お姉さま、お父様はもう、」

「死にましたね。これで良かったのかもしれません。
 お父様が求めて得られなかったものがようやくに手に入るのですから。
 ゾバーハヌはあなたには言いませんでしたか、墳墓に隠された秘術について」
「え? はい、私はそのような話は聞きませんから」
「あの人は、お父様が転生の秘術を求めて方台中をさまよい歩いていると教えてくれたのです。この世界に再びお母様を蘇らせる為の。
 その秘術が『黒柩病』です」
「おねえさま?」

 ハップロアナ、だんだんと鬼気を帯びてくる。
 ベッドから抜け出て、妹の前に座る。

「お父様は古代の秘術を用いて、お母様の魂を生きている人に乗り移らせて再び蘇らせようとしていたのです。
 ああでも、お父様は純粋な御方ですからね。他人を犠牲にして死人を蘇らせるなど出来ません」
「そんな怖ろしい魔法があるのですか」

 レイメイロウナ、呪先生から秘術について聞かされている。
 だが敢えて、知らない風を装って姉に付き合う。

「バカですね、お父様は。私が居るじゃないですか。
 娘の私にお母様の魂を乗り移らせれば、これまでどおりに何も変わらない日常を送れたのに」
「ゾバーハヌは、お姉さまにそんな怪しげな話を吹き込んだのですか」

「いいんですよ。それに、私はもっと良い方法を考えつきました。
 お亡くなりになったお父様を、ゾバーハヌの身体を使って蘇らせればよいではありませんか。
 夫婦揃って父母の魂を地上に留めれば、これ以上望ましいことなどありません。ロクホーラの為にも、何一つ悪いことなんか無い。

 ええそうですわ。あの人が、あの人が、あのひとが心を入れ替えて私を見てくれるようになるのであれば、人格なんか入れ替えてしまえ」

「おねえさま?」
「ええそうです。これでいいんです。あの人も私と同じこの病になれば、なれる、なるのですあの人はその方法を私で試したのですから。
 死ねばいいのに。いえ、身体だけは生かしてあげましょう。罪を償うのは穢れた魂だけで十分です。
 お父様の魂を宿して親子水入らずで、何一つ欠けることの無い幸せな時間を」

 レイメイロウナ、椅子を倒して立ち上がる。これは危ない、姉が暴走する兆候だ。

「だから、ロウナ。あなたは邪魔なのです。あの人の邪魔、邪魔やめて、お願いやめて」
「おねえさま、くるしい、」

 レイメイロウナの襟首を掴み、凄まじい力で締め上げるハップロアナ。
 しかし顔はあくまでも優しく、火照っている。

「たすけ、」

 

 ばんと重い扉を力いっぱい開いて、シャヤユート登場。もちろんカニ巫女棒握る。
 後ろには若い家政婦が従って、恐ろしげに眺めている。

 ハップロアナ、無作法な乱入者に静かに顔を向けるが、優しい顔が次第に強張ってくる。
 シャヤユートが本気で戦おうとしている事を察知したからだ。本能的に敵だと認識する。片手間に相手に出来る存在ではない。

 妹を放して、ベッドに飛び退く姿は既に獣。
 レイメイロウナ、床に崩れ落ち家政婦に助け起こされる。
 シャヤユートが厳しい顔でハップロアナと対峙する背後から、病室を脱出した。

 改めてカニ巫女棒を構えて戦闘態勢。怪獣大決戦が始まる。

 

       ***20 

   捜査本部となった公民館
 ワコタ捜査官が持つ、シライ氏が肌身離さず持っていた古文書数枚を呪先生に鑑定してもらう。
 マキアリイ、トヅコホン記者も居る。

   呪先生
「これは『黒柩病』、柩に仕組まれていた転生の秘法の最重要の部分を示した文書です」
   マキアリイ
「なにが書いてあるんです」

「ハチですね。「ニクホゾハチ」と呼ばれる動物の肉に穴を掘って卵を産み付けるハチの一種を人間の脳に寄生させる方法です。
 植え付けられた人間は自分の人格や記憶を失い外から与えられる情報をそっくり自分のものと認識します瞬間に覚えてしまうのですね。
 『黒柩病』の怪力はその副作用ですか。
 苦痛をハチが出す薬液で麻痺させるから自分の肉体を損傷する怪力を奮っても痛みを感じないのです」

   ワコタ
「治す方法は書いてあるのですか?」
「煙で燻せば脳内のハチは鼻から出て来るそうです。
 ハチが苦痛を和らげる為に分泌していた薬液が途切れるので寄生された人は大暴れして最期は自らの頭を叩き割ると書かれています怖ろしい」

   トヅコホン
「それか! 放浪者の頭が潰れていたのは、ハチを追い出したせいか」

 マキアリイ、ワコタ捜査官に助言する。

「放浪者を使って『黒柩病』の実験を行ったのでしょう」
「間違いない!」

   呪先生、しかし反論する。

「ですがこの文書を知らないと実験は出来ないはずです。シゲナッハ家には写本の最重要部が残っていなかったのですから」

 トヅコホン、故人キンタ探偵の推理を披露した。

「キンタさんは言ってました。ゾバーハヌさんは街でシライさんと会った事があるはずだって。
 ゾバーハヌさんも、墳墓盗掘に参加した関係者の子孫ではないかとも」
「魔法使いの孫ですか!
 なるほど筋が通る。シライさんが持っていた写本を見て秘術の奥義を理解したのでしょう」

 ワコタ、自信を持って宣言する。

「つまり、すべての事件の犯人は、シゲナッハ・ミィド・ゾバーハヌだ!」

 

    ちょうどその時
 駐在の老巡邏兵、部屋に飛び込んで来る。

「シゲナッハ邸で、夫人がカニ巫女と大立ち回りをしているそうです!」
   ワコタ
「なんだって?」

   マキアリイ
「屋敷には俺が向かいます。あなたはゾバーハヌの身柄を確保して下さい」
「わかった。頼むぞ」

 

   シゲナッハ邸外部
   屋敷全体を使った格闘シーン

 3階の黒い鎧戸が内部から爆発したかに吹き飛び垂れ下がる。その上の屋根まで一部崩れている。
 2階の瀟洒な白いガラス窓の窓枠が大きく砕ける。外から内部が素透しで見える。

 シャヤユートとハップロアナ夫人は、玄関車寄せの上の2階バルコニーに居る。
 互いに必殺の気迫を突きつけ合いながら、相手の隙をうかがって対峙する。
 電光のように激突し、バルコニーの手すりが一部吹き飛んだ。

 獣の怪力を持ち跳び回る夫人もさることながら、シャヤユートの運動能力もずば抜けている。
 まさに美しき狂犬。

 使用人達は怯えて芝生の庭に逃げ出し、屋敷が崩壊する様をただ眺めるのみ。
 若い家政婦に付き添われる、疲弊したレイメイロウナ。

 マキアリイが若者衆を引き連れて、老巡邏兵の先導で駆けつけるのに安堵する。

   マキアリイ
「大丈夫ですか」
「姉を、止めて下さい。ゾバーハヌが姉に魔法を使って、本人が自白を」
「分かっています。お姉さんもゾバーハヌの実験に使われたんだ」

 しかし、どうやって格闘を鎮めるか。
 老巡邏兵狼狽して、腰に吊るす執行拳銃を手に握る。

「もう撃ち殺すしか無いではないですかぁ」
「ころさ、ないで。お姉さまを、」

 あえぎながらも制止するレイメイロウナ。
 マキアリイ、若者衆が持っている警固棒(全長180センチほど)を借りて、一人屋敷に進み出る。

「説得してきます!」
   老巡邏兵
「そんなむちゃな!」

 

       ***21 

   ユージェン村の役場
 村長として事件の対応を協議していたゾバーハヌ。役場の職員や村議会幹部も多数居る。

 ワコタが捜査員達を引き連れて入ってきた。
 役場の外では巡邏兵が固めている様子に、職員も少しざわつく。

「シゲナッハさん、事情聴取を行いたいのです。ご足労願えますか」
「私がですか? 確かに妻が犯罪に関与した可能性は高いと思いますが、探偵のキンタという人は」
「いえ、ハップロアナ夫人に対する傷害、および放浪者を使った人体実験についてです。
 あなたは『黒柩病』にお詳しいそうですね」

「ほお。まさか私が容疑者ですか」
「まずは場所を替えてお話を伺いたい」

 職員・幹部達が驚く中、ゾバーハヌはゆっくりと立ち上がる。
 捜査員の人数に、どうにも逃げ道が無いと理解する。

「こいつは参ったな。ちょっと逃げるのが遅かったか。   スパスセン!」

 廊下と隔てる窓ガラスを割る音と共に、部屋に飛び込んでくる若い男。運転手のスパスセン。
 捜査員数名が彼を取り押さえようとして、怪力に弾き飛ばされて壁にぶつかる。

 他の者も飛び散る椅子や資料の束に逃げ惑い、ひっくり返った机に押し潰されたりと大混乱。

   ワコタ
「こ、これは『黒柩病』か」
「ハハ、そんな病気にならなくても超人になれる薬が抽出出来たんですよ。人体実験の成果だ。
 では皆さん、ごきげんよう。村長ごっこも楽しかったよ」

 怪力スパスセンの先導で、ゾバーハヌは悠然と去っていく。
 役場の表でも人の悲鳴が上がり、自動車が発進する音がする。

 

   かなり高級な自家用車の中
 スパスセンは薬物の効果で運転は出来ない。ゾバーハヌが自力で運転する。

「少し寄るぞ。ロクホーラを連れて行く」
「申し訳ありません、ガキは殺し損ねてしまいました」

 スパスセン、薬物の影響で目がびりびりと振動する。

「いや良い。生きているのなら使い道もまだ有る。母親にも十分に役立ってもらおう」

 

   シゲナッハ邸2階バルコニー

 マキアリイ参戦。
 シャヤユートに代わってハップロアナと対決する。武器は180センチの警固棒。
 しかしシャヤユートと違って殴ったりはしない。

 夫人の攻撃を巧みにかわし、挑発し空振りさせ、気勢を削いでひたすらに体力の浪費をさせる。
 薬物により引き出された獣の力だが、持久力には限りがある
 たちまち疲労し動きが緩慢になる。

 庭で見守る老巡邏兵と若者衆。
 さすがは英雄探偵マキアリイだと盛り上がる。

「あれが本物の英雄、天下無双の達人の戦い方か。さすがだあっぱれだぁ」
「頑張れ、マキアリイさんがんばれー!」

 ついに警固棒で抑え込まれるハップロアナ。呼吸は極限まで荒く、全身が水をかぶったかに汗が流れる。

 そこに出現するゾバーハヌの自動車。かなり離れた位置で止まる。
 ハップロアナが取り押さえられたのを見て、我が子ロクホーラを車から引き出した。

「ハップロアナ! 見ろロクホーラだ。返して欲しければこの場の人間を皆殺しにしろ!」

 棒で抑えられるハップロアナ、完全に理性が戻った目で我が子を見る。
 だが疲弊しきって動けない。
 計算が少し違って、ゾバーハヌはロクホーラの胴を掴んで高く持ち上げる。
 ハップロアナの目が真っ赤に染まり、再びの興奮に支配された。

 だが老巡邏兵、既に善悪の見極めが付いている。執行拳銃を抜いてゾバーハヌを狙う。

「シゲナッハさん、いやゾバーハヌ。その子を放してこちらに寄越しなさい。これ以上罪を重ねるんじゃない」
「うーん、なかなか計算どおりにはいかないな」

 運転席にはスパスセンが座っている。主人に尋ねる。

「殺しますかゾバーハヌさん」
「薬は必要ない。自動車で撥ねていけ」
「ああ、簡単でいいですね」

 多勢の若者衆、棒を振り上げロクホーラを取り戻そうと襲い掛かる。
 だが二人を乗せて再び動き出した自動車は、シゲナッハ邸の庭を縦横に走り回る。人を避けようともしない。
 明らかに殺意を込めて車を運転する。

 動きの鈍い老巡邏兵、果敢に拳銃を発砲する。
 だが薬液の効果で興奮しているスパスセンは構わず、真正面からひき殺そうとする。
 危うし老巡邏兵。

 

       ***22 

 自動車の扉ガラスを突き破り、運転席のスパスセンに直撃するシュユパンの白球!
 正義の一撃に歪む男の頬。
 ハンドルが急に回って自動車はあらぬ方向に曲がり、老巡邏兵はからくも命拾いする。

 自動車は屋敷に衝突して、ゾバーハヌ・ロクホーラ・スパスセンが降りたところで爆発炎上する。
 炎は屋敷に燃え移り、黒煙が立ち上がる。

 顔を起こしたスパスセン、目の前にヱメコフ・マキアリイが立ちはだかるのを見る。
 まさに英雄が怒りと共に悪を討つ。

 だが薬液の効果を信じるスパスセンは余裕の、魂のねじれた笑みを見せる。
 懐から薬瓶を取り出し、立ち上る蒸気を鼻から思いっきり吸う。
 たちまち筋肉が盛り上がり、怪物の気配を濃厚に発散させた。

 ロクホーラを左手で掴むゾバーハヌが勝ち誇る。こちらも完全に悪の表情。

「ふはは、『黒柩病』を研究し死人の脳から抽出した、無敵の怪力を発生させる薬液だ。
 しかも人間社会の道徳規範を軽々と踏み越える自由の翼も与えてくれる。まさに神の領域だ。
 これさえあればいくらでもカネは儲けられる。
 陰気な田舎の村にもう用は無い」

   マキアリイ
「ふうん、薬液で怪力になって無敵の戦士ねえ」

 先手必勝。マキアリイ、神速でスパスセンに近付く、
 スパスセン怪力で腕を風車のように振り回すが、当たらない。
 逆にマキアリイに手首を取られて、動けない。
 関節技で極められた右肘が弓のように大きく曲がる。

   マキアリイ
「いくら筋肉が過剰に働いても、力を出せない位置って有るんだよ。それに」

 右肩、簡単に脱臼する。だが痛みは覚えない。
 スパスセンは反撃しようともう片方の腕を振り回すが、簡単に取られてまた肩脱臼。
 地面に頭から倒れ込み、立ち上がる事さえ出来ない。

   スパスセン
「何だあ、これはあ。まるで話が違うじゃねえかあ」

 と喚くも、ろれつがうまく回らず人間の言葉に聞こえない。
 何も出来ぬ自分に絶望し、号泣する。

 ゾバーハヌ、マキアリイの素晴らしい技のキレに呆然。
 自分が絶体絶命の危機に陥っている事を理解する。
 だが、気を取り直し、

「……な、なるほど。せっかくの怪力も使い方を間違えると意味が無いということか。勉強になった」

 懐から薬瓶を出して、自分に使おうとする。

「私は素直に、この場を脱出する脚力に怪力を使おう。それが賢明な判断だ」

 

 薬瓶を握る手を、細い女の手が掴む。
 振り向くと、妻であるハップロアナだ。
 白く美しい顔に、鼻から赤い血が一筋垂れる。
 ゾバーハヌ、握られる手首の痛みに薬瓶を芝生に取り落とす。

 ハップロアナ、
 よく見ると、鼻からアシナガバチのようなハチが這い出て、空を飛んでいく。
 彼女の背後には、燃えるシゲナッハ邸と立ち上る黒煙。この煙に反応してハチが逃げ出したのだ。

 妻は夫に優しく微笑む。

「あなた、一緒に参りましょ」

 腕を引いて向かう先は、燃え盛る炎。
 ゾバーハヌは抵抗するが、怪力に逆らえない。

「や、やめろロアナ。私が悪かった、謝る。だから、間違いだこれはロクホーラの為に、やめろやめてくれやめろお!」

 だが彼女の前にシャヤユートが立ち塞がる。
 対面する二人。
 シャヤユートに燃える気合は有るが、敵意は見せない。
 彼女が目で示す先を見るハップロアナ。

 ロクホーラがレイメイロウナに肩を抱かれて、父母の修羅の現場を無言で見続ける。

   ハップロアナ
「ああ。こんな父親でも今死ぬべきではないのですね。有難う」

 ゾバーハヌの手を放す。
 そして、ロクホーラに振り向く。
 少年、母に近付こうとするが、

「来てはなりません。ここでお別れです。」
「おかあさま!」
「ロウナ、後の事は頼みます」
「ねえさん、  」

 レイメイロウナ、ロクホーラの肩を強く握る。涙を流して姉を見送る。
 ハップロアナ、静かに、生まれ育った家が燃える炎の中に歩んでいく。
 ハチが居なくなって凄まじい痛みと恐怖に襲われているはずだが、たじろぎもせず、恐れも苦しみも見せず、炎の腕に抱かれて。

   燃え盛る炎の音大きく

 

       ***23 

 遅れ馳せながら、ワコタ捜査官の一行が車列を連ねてシゲナッハ邸に到着する。
 ワコタ自ら、ゾバーハヌに手錠を掛けた。

「シゲナッハ・ミィド・ゾバーハヌ、あなたを逮捕します。
 だが一つ聞かせてもらいたい。あなたはそんなにも、シゲナッハ家に恨みがあったのか?」

 ゾバーハヌ、考えもしなかったかの怪訝な顔。

「恨み? ああ、あなた方はそういう風に私を見ているのか。
 いえ、恨みなど持つはずも無いでしょう」
「では何故」

 少し考える。よどんだ冬の空を見上げる。

「強いて言うならば、バカバカしくなったから、でしょうか。
 ウチの店にシゲナッハ・シライが訪れた時です。たまたま私が相手をしたのですよ」

   過去の映像
 骨董品が並ぶ古物店の扉を押し開けて、みすぼらしい姿のシライ氏が入ってくる。
 まだ若いゾバーハヌが店番をしており、応対する。
   ゾバーハヌのモノローグ

「彼は魔法の品を探していました。
 「死んだ女房を此の世に生き返らせる秘術」とやらに必要なもの、です。
 彼が持っていた古文書を専門家に分析してもらって数日の滞在が有ったのですが、話を聞いてバカバカしくなりましてね。

 どうして女なんかにそこまで執着するのか。ましてやこの秘術は、他人を生贄にして死人のフリをさせるものです。
 それを愛だと言うのですよ。呆れてしまうじゃないですか。

 幸いにして私は『黒柩病』についてよく知っていました。これを利用して一儲けしてやるかと企んだのです。
 ユージェン村に来て、「失踪したシライが街で『黒柩病』を引き起こして死んだ妻を蘇らせる」と伝えたのです。
 先代の爺いは顔面蒼白でしたよ。彼は墳墓盗掘の恐怖症でしたからね。

 ただハップロアナは、失踪した父親を少しでも知りたいと私に近付いてきて、まあこんな具合になりました。
 せっかく金持ちの婿になったからちょっと遊んでみたわけで、夫婦の愛情がどこまで深いものか、確かめてみたくもありましたね」

   過去映像終わり 現在の情景に戻る

   ワコタ
「だが、それでどうして殺す気になったんだ」
「10年も居れば十分でしょう。もう飽きました。子供が出来たからと言って、なんで田舎に縛られないといけないんです。
 私の結論はこうです。「愛など、特に執着するほどのものではない」」
「子供が居ても、か」
「子供は母親のおもちゃに過ぎない。ちょうどいい暇潰しですね。夫への愛情が満たされなくても代替行為として機能する」

 周囲の者、レイメイロウナが、シゲナッハ家の使用人達が、老巡邏兵と若者衆、捜査員巡邏兵が
 ヱメコフ・マキアリイが彼の証言を怒りと共に聞いている。
 シャヤユート、一人無表情。

 思わず老巡邏兵が批難の声を上げる。

「あんたはそれでも人間か。人の親か」
「街の女にも子供を産ませて、だいたい分かりましたよ。幾らでも取替の利く」

 

       ***24 

   ロクホーラ顔正面から
 父の話を聞いて愕然とした表情。小学一年生でも内容を理解できた。

 全身を固くしてただ父親を見つめ続けるのに、ゾバーハヌ気がつく。
 手錠を嵌められたまま、身体を斜めに傾け横を向き、我が子に微笑んで見せる。
 悪魔がほくそ笑む顔。

 ロクホーラの顔が歪む。
 泣き出しそうな、何を拠り所とするべきか見失う。
 自分が見捨てられた事を知る。いや最初から父親に愛情など無かったと。

 

 シャヤユートがふいに進み出る。
 ゾバーハヌの傍にさも当然の態度で近付き、カニ巫女棒を振り上げる。

 ワコタ捜査官、彼女が何をするのか理解出来ない。
 その場の捜査員も巡邏兵も、
 誰も。

 渾身の力を込めて、シャヤユートはゾバーハヌを打つ。
 まったくに手加減の無い、骨まで砕けよとばかりに、肉を打つ音が恐ろしく響き渡る。

 ゾバーハヌ、何故自分が叩かれるのか分からない驚愕の表情。

 法律に則れば、逮捕された被疑者が拷問を受けるなど許されるはずも無い。
 カニ神官巫女が正義の為に笞を振るうのは聞くが、それとて法執行機関の前でやるはずがない。真っ先に暴行傷害罪で逮捕される。

 しかし、誰も彼女を止めようとはしない。止められない、
 彼女の怒りが正当なものであると理解するから。
 彼女を止めるほどに自らの正義を信じる者が、その場には居ない。

 何度も、何度も叩きつけられるカニ巫女棒。
 ゾバーハヌは血反吐を吐き、芝生の庭に膝を付く。まだ止まらない。

 ふいに棒が動きを止め、シャヤユートは自分が制止されているのに気付く。
 右肩を振り向くとヱメコフ・マキアリイが片手でしっかりと棒を握り締めている。びくとも動かない。
 そして、足元に注意を促す。
 シャヤユートが左から背後を振り返ると、ロクホーラが巫女見習い服の裾を掴んで、必死に止めようとしている。
 顔からは大粒の涙がこぼれ、頬を真っ赤にして

「おとうさんを、ゆるしてあげてください……」

 何故カニ巫女が父を殴るのか、殴らねばならないのか、幼心にも理解する。
 父親がそれだけの悪事を為したのだ、罰を受けるのは当然の報い。
 それが分かっていてもなお、心が動いて父を救わねばならないと進み出た。

 シャヤユート、再び打擲しようとするも、さすがに諦める。
 マキアリイは手を放し、カニ巫女棒は地に降りた。

 

   暗転

   場面転換 牢屋が閉じる金属の大きな音

 シャヤユート、牢内の腰掛けに一人座る。
 前には鉄格子。カニ巫女棒は当然に持っていない。
 彼女の牢だけが明るく照らされている。

   カメラずっと後ろに引き、通路の左右に牢が幾つも並ぶ留置所の中だと分かる
   通路の一番奥で正面を向いているのがシャヤユートの独房
   他の牢は暗く、シャヤユートの所だけが明るく照らされている

 鉄格子の外にマキアリイ立つ。
 ユージェン村に居た時とは服装が違い、ぱりっとした綺麗な服を着ている。

   数日が経過した事を表す
   ユージェン村ではない。ミンドレア市の警察局だ。

   マキアリイ
「だからな、あの時お前が殴る必要は無かったんだよ。
 もう逮捕されて手錠まで掛けられているんだから、警察局に任せれば」

   シャヤユート
「わたしは、自分が誤った判断をしたとは思いません」
「俺もそうさ。あの場に居た誰もがそう思ったさ。
 分かっているよ、お前があの子の魂を救うために棒を振るったのはな。
 あの場で殴るからこそ意味があった。
 だからレイメイロウナさんもお礼を言っていたよ。「よくぞロクホーラの為に殴ってくださいました」とな」

「すべて夕呑螯神「シャムシャウラ」の御意志です」

「だが法の正義て奴は、お前を許しはしない。カニ巫女だからと大目に見られる範疇を大きく逸脱している」
「わたしは間違った事をしたつもりはありません」
「分かってるさ。でもやっぱりお前は裁かれるべきだ。
 だから素直に牢屋に入ってるんだろ」

 シャヤユート答えない。
 マキアリイ、帰ろうと背を向ける。別れ際に手を振った。

「ま、暴行傷害事件の容疑者としておとなしくしてな。
 刑事探偵は本来、悪党共の味方なんだからな」

 

   ナレーションと字幕
   背景にはノゲ・ベイスラ市のカニ神殿巫女見習い訓練所の情景が映っている

『カニ巫女見習い「シャヤユート」は、ユージェン村での暴行傷害で逮捕されるも不起訴処分となる。
 カニ神殿において厳しい罰と謹慎を科せられる事と引き換えに、刑事罰は問われない。

 しかし、長期の謹慎によって『ヱメコフ・マキアリイ刑事探偵事務所』の職務を続けるのは困難と、カニ神殿は判断。
 1年半の任期のはずが、わずか9ヶ月での退職を余儀なくされる。

 なお後任の事務員の席は、この苛烈な事件を見て志願する者が居らず、なかなか埋まらない』

 カニ巫女寮の就職案内掲示板に、1枚だけ風に吹かれる求人票。

 見習い達が素通りする中、一人の少女だけが首を高く伸ばして見つめている。
 第四の巫女となる「クワンパ」である。

 

(終劇)

 エンディング曲 『心名残り』歌:ユパ・ェイメルマ

 

 

 【幕間】

 映画『英雄探偵マキアリイ犯罪録 シャヤユート最後の事件』の上映が終わった。
 観客が劇場の外に続々と出て来る。

 クワンパは試写会で体験済みだが、仲間のカニ巫女見習い達は全員が鼻を涙でぐずらせて夏の陽の下に現れた。

「シャヤユート姉様〜」
「こどもが、子役の子が可愛くて、可哀想で」

 反応はクワンパとさほど変わりない。女性客は皆同様の反応を示している。

 男性客は逆に、人として許せぬ父親の犯人に怒りを見せた。
 自身をマキアリイになぞらえようと、無意識的に振る舞っているのだろう。
 おおむね女性連れだからかっこいいところを見せられる、歓迎すべき状況であった。

 5人は鑑賞後、街に遊びに行く。どこやらの喫茶館で女同士延々と喋るのだろう。
 彼女たちの姿を背後から見詰める者が居る。

「ふん。今日クワンパが見に来るとは聞いていたが、案の定面白いものが見れたな」

 年齢は14才。髪は艷やかな漆黒、美麗な衣裳の富豪令嬢の趣きだが、なぜか怪しげな仮面で目の辺りを隠している。
 ニセ病院関係者ならば一目で正体を見抜いただろう。

 みかん男爵見参。
 当然のように白髪の老執事が付き添っている。
 劇場を出て通りに仁王立ちするお嬢様に尋ねた。

「今日はどちらを鑑賞いたしましょう」
「うむ。さすがに『シャヤユート最後の事件』は今日はもう無理だ」
「では、『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ』でございますね」
「それで行こう」

 

 みかん男爵は公開初日封切りから一番乗りで『英雄探偵マキアリイ』映画を観る。
 『シャヤユート最後の事件』も当然に、中学校ズル休みして観に行った。今日で7回目だ。

 しかしながら、「マキアリイ」映画は万人が望むもの。
 映画館の前に列を為して、皆楽しみにしている。

 金持ちであれば人を雇って順番待ちをさせ、ちゃっかりと入り込む手もあるだろう。
 だがヱメコフ・マキアリイ永遠の従者としては、自らを許せるものではない。
 そこで、他の映画館でやっている前の「マキアリイ」映画を観に行く。

 なにせ大事件の連続でマキアリイ熱に火が着いて、映画館は大盛況。
 「潜水艦事件」映画4作品の再上映も急遽組まれている。
 こちらも、数年前の封切りながら大入り満員。笑いの止まらない状況だ。

 人気の順番で言えば、

第一位 エンゲイラ社『「南海の英雄若人 潜水艦大謀略を断つ』
第二位 サクレイ社『ふたりの英雄 潜水艦事件秘録恋歌』
第三位 エンゲイラ社『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ 潜水艦事件完全録』
第四位 自由映像王国社『国際謀略 潜水艦事件英雄凱歌』

となるのだが、映画的な完成度はちょうどこの反対となる。
 自由映像王国社は玄人好みの謀略劇に熱を入れ過ぎた。

 みかん男爵本人としては、『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ』が一番の評価。

 なにせ10年前、事件が起きた当時は幼すぎた。世間で話題の両英雄がどう偉いのか、よく理解できなかった。
 その後、祖父母の田舎で台風の川に流され、マキアリイに濁流の中を救い出されて生涯の伴侶と見定めた後に意識的に観たのが、
『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ』である。
 9才のみぎりのお話。

 ちなみに、7才の時に公開された『ふたりの英雄』は、女主人公「ユミネイト」の視点で展開するのが邪魔だ! と思ってしまった。

 

 訪れたのは、最新でも高級でも無い庶民的な映画館。
 最新映画は掛からない、いわゆる名画座だ。

 タンガラムにおいては都会で上映した映画を1ヶ月で地方都市に、さらに次の月は田舎へと順繰りに流していく方法を用いている。
 だから数年経つと、また都会に前の映画が戻ってくる。そういう小屋だ。

 今日は公休日ながら、若干客席に空きが多い。
 気合の入ったお客さんは弁当持参で、新作映画『シャヤユート』の列に並んでいるのだろう。

 老執事は、お嬢様から2列離れた後ろの席に座る。
 隣に居ると鑑賞のお邪魔となるし、スリ等を監視するにも離れて見た方が適している為だ。

 観客席は暗くなり、上映が始まる。

 残念ながら『マキアリイ映画三社競作漢祭り』の予告映像は、この映画館では流さない。
 地味な報道映画政府広報映画が10分ほど流れる無為を耐えねばならなかった。

 そして、

 

 

   〜映画南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ 潜水艦事件完全録

           ***1 

   黒 字幕白文字

『エンゲイラ光画芸術社作品』
『公共表現監督署 許可番号』

   タイトル
『潜水艦事件完全録』

   映像フルカラー天然色
 イローエント港 民間港の船の賑わい
 大型船に小舟で物資を補給する沖仲仕の姿
 外国人の船員の話す姿、積み荷の檻に見慣れぬ異国の動物
 タンガラム人と外国人がごった返して入国審査の風景。海軍係官が人を整理する
 鉄道駅、また路面電車停留所。多くの人がイローエント市に移動する。
 長く連ねた鉄道貨車が線路をゆっくりと進んでいく

『イローエント国際交流市』

   ナレーション
「南岸中央部に位置するイローエント市は、国際交流の拠点都市だ」
「何万人もの外国人が居留するが、中には国籍不明どこから来たのか分からない者も居る」
「滞留者と呼ばれ、独自の町に彼等だけの秩序を作っていた」

「善良な人も少なくないが、密輸や薬物取引に関わる犯罪者も潜んでいる」
「また外国の諜報員が身を隠し、密かに謀略を巡らせているとも囁かれる」

「潜水艦事件、
 二人の英雄が明らかにした国際謀略は、この混沌を背景に繰り広げられた」
「その全貌を、今改めて描こう」

 

   赤文字正式タイトル
『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ  潜水艦事件完全録』

   タンガラム政府文化教育庁検閲印あり
   主題歌流れ始める 『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ』歌「トゥナ=タナ」

『総統府・イローエント海軍全面協力』

   映像
 イローエント軍港区における選抜徴兵訓練生の練兵風景
 砂浜を全力で走り、小艇を漕ぎ、歩兵銃射撃訓練
 重い歩兵装備で倒れるも立ち上がり、汗だくで行軍を続ける
 格技訓練で倒されるまだ少年の面持ちを残す兵士

   映像を背景に字幕流れる

『主演
 ソグヴィタル・ヒィキタイタン少兵: コトゥナ・サグラクペリ(新人)』
『ヱメコフ・マキアリイ少兵: ロータナ・ハアキ(新人)』  (二人合わせて、男性光星組「トゥナ=タナ」でデビュー)

  その他主要配役紹介

『ユミネイト・トゥガ=レイ=セト: アキン・メラシィタ(新人)』

   映像
 正規の海軍訓練風景
 イローエント海軍正兵の目の覚める手際の作業風景
 最新海軍艦艇が黒煙を吐きながら海上を高速で疾走し、動力機関が力強く作動する
 15爪(105ミリ)舷側砲に迅速に砲弾が装填され、士官が双眼鏡を覗きながら指示を出すと、遠くの標的を目掛けて発射。着弾の水飛沫

   映像を背景に、撮影制作関係者紹介字幕
   協力協賛企業名がずらりと並ぶ

 水上偵察機の操縦士が機上から手を挙げ合図して、発着場から水を蹴立てて発進する
 高く舞い上がる偵察機、雲ひとつ無い青い空を割って一直線に進む
 その姿を地上から見上げる若き徴兵訓練生

   余韻に一呼吸置いて
『監督 ガンデイアナ・シモウラサ』

 監督の姿 スタッフと撮影風景

 

   暗転
   説明文

『この物語は実際に起きた事件を参考に脚色を行った虚構の創作物です』
『映画に出て来る人物・団体組織・企業・国家その他は、氏名名称こそ同一であっても実際の存在とは異なる事を予めお断りいたします』

   本編開始

 

           ***2 

 紅のイローエント海軍旗、またタンガラム民衆協和国旗が強烈な日差しの下、海風に翻る。

 タンガラム軍選抜徴兵訓練生が日々励む兵営。
 広い埋立地で岸壁から海がよく見える。遠く沖合にはイローエント港を出入りする船が行き交う。

 選抜徴兵訓練初年生40名 二年生39名 計2個小隊。兵舎の外の運動場に集合整列。
   夏用訓練服姿。当然に軍服には軍帽が有る
   カメラ横に動いて、整列した若者達を一人ひとり顔を映していく
   ただし本編主役であるマキアリイ、ヒィキタイタンの姿は映さない

     (注;タンガラム軍においては選抜徴兵は「訓練生」、一般志願入隊は「訓練兵」と呼び明確に区別する。
       軍本体にしてみれば、長年勤務するであろう志願兵の方が重要だ)

 正面、訓練教官が訓示。

「本日は1ヶ月ぶりの外出日である。お前達徴兵訓練生はイローエント市内に限っての外出が許される。
 だが海軍全体が休日なわけではない。各所にて本日も通常業務を行っている。
 お前達も軍人であるからには心構えを忘れず、見苦しい振る舞いなどせぬよう十分に注意せよ。
 なお門限は9時半(午後5時)である。(以下略)」

 

 営門を飛び出してくる訓練生。
 彼等の大半はすぐに手近の店に飛び込んでいく。兵営の近くには兵隊を相手とする商店も多数並ぶ。
 最初に来たのは初年生。入隊以来2度目の外出日。
 皆訓練で疲れ切っているが、開放感からはしゃいでいる。
   外出時でも軍服軍帽あり

 店の看板『軽食・郵便取次 ”橋わたし”』
 飲食店に転がり込んだ彼等は、口々に注文を吐き出す。

「おばちゃんお願いだ。とにかくゲルタが入ってない飯をくれ」
「ゲルタはイヤだ、舌が麻痺する」
「ラヲ麺! ゲルタ出汁じゃないやつ!」

 店のおばちゃん苦笑い。
 新兵はゲルタに慣れて自ら求めるほどになるまでは、ひよっこ扱いされる。

   徴兵訓練生は、兵営にあっては私信は禁止。金銭の所持も最低限の「支度金」と呼ばれる小遣い銭程度しか許されない
   そこで手紙を受け取り、仕送り金を預かるサービスを行う店が兵営の近くにある

 おばちゃん、料理の注文を景気よく受け付けながら、預かった手紙の受け取り人を呼んでいく。

「えーとアレヒミル君、エレファガトラ君、ィッダ=フォウ君、オクレ君、……」

 訓練生ヱメコフ・マキアリイ登場。
 ふらっと店に入って、端の簡素な丸椅子に腰掛ける。
 軍服のポケットから取り出した燻製ゲルタを齧って、同期の仲間が手紙をもらう姿を眺めていた。だが、

   訓練生A「アレヒミル」君
「おいマキアリイ、兵舎の外に出てまでゲルタ食うなよ。せっかく臭いから解放されたのに」
「すまん、なんかこれが無いと気が抜けたみたいで」
「調教されるの早すぎるぞ」

 おばちゃん、話が出たからマキアリイの手紙を探してみるが、無い。

「ヱメコフ君はご家族からのお手紙は来てないわよ。ざんねんね」
「いいんですよ、ド田舎から逃げ出す為に選抜徴兵に応募したんですから」
「ああそういう子もたまには居るわね。ご家族は故郷から出て欲しくなかったの」

 アレヒミル、マキアリイの肩に手を掛けてぐいっと引き寄せる。

「なにせこいつ、体力だけは今年の主席ですから。農作業する手が逃げたって話でしょ」
「体力だけとはなんだよ。学科も上位だぞ」

 朴訥な感じの訓練生B、農作業と聞いてネギ卵丼飯を食う手を休める。

「そう言えば、田の草取りをしなくちゃいかんな」
「おまえも田舎の出かよ」
「残してきた弟妹の苦労を考えると気軽に飯を食っては居られん。働かねば」

 と言いつつ飯をかきこむ。

「クソ元気な奴だな。都会育ちの俺なんか、訓練でへろへろだぜ」

 おどけて周囲の笑いを取るアレヒミル。

 

           ***3 

 二年生の一団登場。”橋わたし”に入ってくる。
 初年生、飯を食う手も停めて立ち上がり敬礼。ただしどちらも同じ「少兵」である。
 二年生、マキアリイを発見する。

「ヱメコフ初年生、貴様この間のシュユパンの試合、あれは凄いぞ。選手だったのか?」

   回想シーン
 初・二年生対抗の歓迎シュユパン試合。
 投手を務めたマキアリイが三振の山を築いていく。

   マキアリイ
「はっ。自分はシュユパンの競技を正式に訓練した事はありません」
「そうか、だがアノ球が投げられる奴を逃しはしないぞ。部隊対抗戦にも出場してもらう。覚悟しておけ」
「ありがとうございます」

 二年生、別の店に去っていく。この”橋わたし”は慣習上初年生を専門とする。

   アレヒミル
「俺も試合出たいなー」

 店の外でエンジンを吹かす野太い音。軍用自動二輪車の大出力発動機のものだ。
 初年生、外に首を出して確かめる。

「おお、ソグヴィタル先輩だ!」

 二年生ソグヴィタル・ヒィキタイタン登場。
 側車付きの軍用自動二輪車「偵察二輪」に乗っている。
 軍用鉄兜ではない運転用防護兜を被り、風防眼鏡を額に載せて、初年生に微笑んで見せる。

「ヱメコフ・マキアリイ、居るかい?」
「おいマキアリイ、ソグヴィタル先輩がお呼びだ」

 マキアリイ、ふらっと店の外に出て来る。

「先輩、その偵察二輪どうしたんですか」
「市内交通路調査習熟訓練をする、と言ったら貸してくれた。さすがに無理かなと思ったんだが」
「そりゃ、そいつの輪帯(タイヤ)納入してるの先輩の実家だからでしょ」
「ちょっと飛ばそう。ついて来いよ」

 マキアリイ、へいへいと涼しい顔をして左側に装着された側車に乗り込む。
 同期の仲間に右手であいさつした。

 再び太いエンジン音を残して、偵察二輪は行ってしまう。排気ガスが周囲に漂う。
 アレヒミル、マキアリイを見送って、

「きしょー、さすがソグヴィタル先輩、かっこいいぜ」
「やっぱり財閥御曹司ともなると、軍隊の扱いも違うってことか」
「金持ちが選抜徴兵なんて普通来ないさ。変わり者だよ」

 

 

 兵営の有るイローエント市東郊外から、市中心部を走り抜けていく偵察二輪。
 交通法規ぎりぎりの曲芸に近い運転をするヒィキタイタン。路面電車をかすめる。
 マキアリイは呆れて軍帽を右手で抑える。

「なんで俺なんですか、ソグヴィタル先輩」
「ヒィキタイタンでいいさ。君だけだろ、自動車同乗訓練で反吐吐かなかったのは」
「あれは先輩の運転が悪いんですよ。誰も、自動車なんか乗り慣れていないのに」

   回想シーン コミカルに

   タンガラムにおいては自動車は未だ一般的な交通手段ではない
   田舎に住んでいれば乗ったことすら無く、軍隊に来て初めての者も少なくない
   そこで、初年兵を自動車に乗せて慣らす訓練がある

   ソグヴィタル・ヒィキタイタンは入隊前から自動車運転免許を持ち、初年生を何名か受け持ってドライブした
   マキアリイもその一人
   同乗した他3名、車から転がり出てげーげー吐くのを、マキアリイ介抱する

 再び二輪の映像に戻る。

   ヒィキタイタン
「今日は燃料自分持ちならどこまで行ってもいいと許可をもらってる。門限ぎりぎりまで付き合ってもらうぞ」
「うわー、ぜったい間に合わねえ」

 偵察二輪、市内中心部の華麗な近代建築の大通りを風のように駆け抜けていく。

 

           ***4 

   場面転換
 イローエント市西部。山岳地帯、森林がわずかに存在する。
 港と市街が一望できる峠で、偵察二輪を停めてヒィキタイタンとマキアリイが休憩する。

 防護兜を脱いだヒィキタイタン、側車の物入れから清涼飲料水のガラス瓶を取り出す。
 叩いて王冠を開け、中身が泡立ち吹き出すまま、マキアリイに渡す。
    商標商品名しっかりと映る
 マキアリイ、うろたえる。

「うわなんですかこの泡泡」
「炭酸飲料さ、飲んだこと無いかい」
「めちゃ高価い奴なんでしょ、こんなもの買えませんよ」
「酒より高価くはないさ」

 しゅわしゅわして、飲んだマキアリイは変なしかめ面になる。
 自分も炭酸飲料を飲むヒィキタイタンに、真顔で尋ねる。

「先輩は他の先輩みたいに、大学進学の受験勉強しないんですか」
「勉強はしなくちゃいけないが、必要ない。実は入隊する前にもう大学受かってる」
「ええっ?」
「だから、大学入学の手続きと同時に休学願いを出して、選抜徴兵に来たってわけさ」
「そんな手が有るのか」

 空になったガラス瓶2本を再び物入れに突っ込んで、ヒィキタイタンは車体の点検を始める。
 マキアリイ不安な顔。

「マキアリイ、なんでわざわざ山の上まで登ったか、分かるよな」
「下りる、んですね。上からすっ飛ばして」
「見てきたとおりに道は土路面だ。実戦的だろ、さあ!」

 絶望的な顔をして側車に乗り込むマキアリイ。これは命がいくつ有っても足りない。

 

 山道の曲がりくねる坂を飛鳥の速度で走り下りていく偵察二輪。
 突風が当たり顔が変形するマキアリイ。軍帽は飛ばされぬよう懐に突っ込んでいる。
 いかにヒィキタイタンの運転が巧みだとはいえ、対向車があれば大事故間違いなし。あまりに無謀。
 それでも防護兜・風防眼鏡に隠される顔には笑みが浮かんでいる。

 道の脇に山荘があり、その庭に自動車が2両並んでいる。
 あまりにも早すぎてその光景も一瞬で目の端を過ぎて、何が有ったか見えはしない。
 だがマキアリイの瞳は、異変を見逃さなかった。

 側車のマキアリイの様子が変わったのに気付いたヒィキタイタンは、二輪を停める。
   山荘が有った場所からたっぷり1千歩(700メートル)は離れた場所
   土路面の下り坂を最高速度で駆け下りる二輪を停めるには、それだけの距離が必要だ

 ヒィキタイタン、風防眼鏡を外して。

「どうした、マキアリイ」
「さっきの山荘、大きな男が数名と女の子、女学生だな、が居た。それと家政婦かな?」
「なんだと思う?」
「ひとさらい、かな?」

 考えるマキアリイにヒィキタイタンは態度を決める。
 彼の眼が鋭いのは、シュユパンの試合の時に見た。間違いはないだろう。

「マキアリイ、君は執行拳銃を持っているか」
「そんなわけ無いでしょう。拳銃携帯許可なんか出るわけが無い」
「僕だってそうさ。となると武器と呼べるものは」

 偵察二輪には整備の工具以外積んでいない。
 マキアリイ、折りたたみスコップが装備に有るのを発見。
 ヒィキタイタン、肩をすくめる。

 

 偵察二輪、坂を大馬力で登っていく。
 側車のマキアリイ、意を決した凛々しい表情。ヒィキタイタンは口元しか見えないが、余裕を感じさせる。

 

           ***5 

 本編ヒロイン ユミネイト・トゥガ=レイ=セト登場。
   桜色の夏向きの服で簡素ながらも高級感、いかにもお嬢様な印象を与える。
   ゥアム帝国のドレスのデザインを部分的に取り入れて、一般タンガラム女性とは異なる身分だと明示する

   (注;本物はゥアムとタンガラム人のハーフだが、今作では考慮していない。女優はまったくにタンガラム美少女)

 ユミネイトと家政婦の老女は、むくつけき男5名に取り囲まれる
 まさに拉致され、山荘の外に停める2両の自動車に押し込まれようとする。

 男はいずれも服装だけはパリッとかっこよくカネを費やしている。
 だが、顔はまさしく海賊面。
 海上の陽に灼けた黒さで、精悍獰猛。流血人殺しも日常な気配を濃厚に漂わせる。

 このような連中に女2人が抗う術も無く、山荘に押し入られ外に引き出される。
 男達も簡単なシゴトに警戒心も無し。このような山奥に誰が来るというのか。

 だが遠くにエンジンの太い排気音が聞こえる。
 と思うと、いきなり庭先に側車付き軍用自動二輪車が飛び込んでくる。
 男達、驚くが慌てない。
 入ってきたのが巡邏軍ではなく、海軍のそれも新兵に見える若者であるからだ。

 側車に乗ったマキアリイが穏やかに普通に話しかける。
 今まさに腕を掴まれ自動車に押し込まれようとするユミネイトに、

「お助けにまいりました」
「たすけて!」

 間髪を入れずに叫び返すユミネイト。
 ヒィキタイタンとマキアリイ、見てのとおりに犯罪が進行中であると確認した。

 ユミネイトと老女を掴んでいる男はそのままに作業を続ける。
 この男が頭目のようだ。
 もう一人、割と地味めな服装の男が彼を助けて、老女をユミネイトから引き剥がす。
 だが抵抗するユミネイトと老女。なかなか自動車に乗らない。

 他3名、手下の海賊。
 2名が懐から拳銃を取り出し警告もナシに発砲する。兇悪なハゲ巨漢と、剛毛のヒゲ。
 もう一人は若干背が低い。

 ヒィキタイタンに弾がかすめる。
 偵察二輪をざっと進ませ、円を描いて態勢を立て直す。

 拳銃弾が何発も地面に撃ち込まれる。
 武器の無い二人が不利なのは歴然。
 しかし、2丁拳銃となったハゲ海賊の顔面に、ガラスの瓶が激突する。
 先程飲んだ炭酸飲料の瓶を、マキアリイが投げつけたのだ。
    商標しっかりと映る

 ゆっくりと崩れ落ちるハゲ海賊。
 びっくりして背の低い海賊も拳銃を抜いて応戦する。

 マキアリイ、側車から飛び降り肉弾戦に突入。
 ヒィキタイタンはヘッドライトで目眩ましをして援護する。

 巧みに拳銃弾をかいくぐり、剛毛ヒゲの顎に強烈な右パンチ。
 だが海賊、驚くべき頑丈さを見せ、笑って堪えて見せる。
 再び構える拳銃に、マキアリイ横に飛び身を隠す。

 人質はユミネイトだけで十分、と老女を抱えていた地味男も手を放し突き飛ばす。
 抵抗するユミネイトを海賊の頭目と共に強引に押し込んで、自分は運転席に入る。
 すかさず発進。
 残りの海賊、ガラス瓶を食らって失神したハゲをもう1両に押し込んで、こちらも発進。逃げ出した。

 乱暴に突き放された老女の家政婦、地面に倒れる。
 マキアリイ、彼女を助け起こす。
 ヒィキタイタンの二輪、その脇に停車し逃げる海賊を睨む。

   マキアリイ
「お怪我はありませんか」
「お嬢様が、ユミネイト様が拐われて、お願いします助けてください」
   ヒィキタイタン
「あの少女はどういう人なんです」
「ゥアム帝国の公使様の御息女です。お母様がタンガラムの方で、   お願いします」

   ヒィキタイタン
「なるほど、単なる営利誘拐ではないってことだね。マキアリイ!」

 マキアリイ、老女に、

「巡邏軍に電話連絡出来ますか」
「は、はい。電話は無事で」
「それではお願いします。我々はお嬢様を」

 と言うが早いが側車に飛び乗る。
 いきなり急発進で、太いエンジン音と共に速度を増して去っていく。

 

           ***6 

    走る背景飛ぶように流れていく

 ヒィキタイタン、運転しながら

「しかし武器が無い。相手が連発拳銃装備となると」
「あるよ、拳銃」

 マキアリイ、洒落た型の回転拳銃を示す。シンドラ製。

「ガラス瓶ぶつけた男から分捕ってきた。でも弾が3発しかない」

 偵察二輪、目覚ましい速度で山道を進む。たちまち海賊車両を発見。
 向こうも二輪を確認して、後続の自動車が減速し妨害に出る。

   ヒィキタイタン
「こちらにはお嬢さんは乗っていない」
「じゃあ派手にやっていいな」

 急速に接近する二輪。
 海賊ヒゲ剛毛、は後部座席の車窓を開けて拳銃を撃ってくる。
 ヒィキタイタン華麗にかわすも、銃弾は車体を傷つける。

 側車のマキアリイ、手に拳銃を持つが、この距離では有効打は難しい。
 ためらって発砲は止める。

 海賊ハゲ巨漢、反対側の窓からも拳銃を突き出し後方に撃ってくる。
 ヒィキタイタン、ジグザグに避けるも対抗策無し。
 それでもヒゲ剛毛、弾が当たらないのに業を煮やして、丸い物体を窓から落とす。

 路面に跳ねるそれの正体を、ヒィキタイタン敏感に察知する。
 車体を無理に傾けて、大きく避けた。
 大爆発。手榴弾だ。
 マキアリイ、側車から振り落とされそうになる。さすがに肝を冷やす。

 座り直すマキアリイに、ヒィキタイタン告げる。

「決めるぞ!」
「おう」

 下り勾配となってグンと増速する二輪。
 たちまち海賊車両に近付き、横に並ぶ。

 海賊、のこのこと出てきやがって、と余裕を持って窓から拳銃を突き出すが、側車のマキアリイも持っていた。
 マキアリイ1発発砲。
 車内の海賊驚いて身を隠す。

 その隙に自動車の前に出て、マキアリイ今度は狙いを定めて前輪を撃つ。
 たちまち走行不能。道の脇の法面にぶつけて停止する。
 海賊、自動車から転がり出てくる。

 マキアリイ、勝ち誇る。 (注;ガッツポーズはしません 習慣もありません)

「やったー!」

 ヒィキタイタンも笑顔。しかし、

「だが次はどうする。お嬢さんが乗っているから、危ない手は使えないぞ」
「先輩、ヒィキタイタン!」

   ここでマキアリイ、ヒィキタイタンを初めて呼び捨てにする

 手に2本目の炭酸飲料の空き瓶と、事故を知らせる発煙筒を持っていた。
 にたと笑う。
 ヒィキタイタン、それを見てうなずく。

「よし、その手で行こう!」

 

           ***7 

 ユミネイトが乗せられている車両に、偵察二輪ようやく追いつく。
 こちらは海賊が2人と少なく、窓から突き出す拳銃も1丁だけだ。
 すでにあしらい方を心得たヒィキタイタンは、危なげなく付いて行く。
 車両の真後ろに接近。

 背面窓のガラスから覗く車内後席。
 兇悪な顔の海賊頭目と、不安に青ざめるユミネイトの顔。美少女!
 ヒィキタイタン、片手を上げて彼女に心配するなと挨拶する。
 スピードを落として距離を取った。

   ヒィキタイタン
「マキアリイ、見たな。彼女に当てるなよ」
「任せろお」

 再度接近する二輪。自動車からは後方の死角となって射撃できない。
 マキアリイ、再び炭酸飲料のガラス瓶を握る。
 雄叫びと共に、背面窓に叩きつけて窓ガラスを割った。
 飛び散るガラスに、ユミネイトも身を屈める。

   海賊頭目
「あいつらどこのもんだ! 無茶苦茶しやがって」

 ガラスが割れたから、海賊頭目は遠慮なしに背面窓越しに拳銃を撃ってくる。
 しかし10発も撃てば弾切れで、再装填しなければならない。
 その隙に再び二輪が近付く。
 マキアリイは側車に立ち上がり、右手に火が点いた発煙筒を握る。
 にやりと笑う。

 海賊頭目、拳銃に弾を込め直して背後に向けるが、既にマキアリイが大きく振りかぶるところだ。
 発煙筒を車内に放り込まれて煙で大混乱。
 二輪は自動車を追い越して、次の状況を待つ。

 さすがに耐えきれず、自動車はその場に停止。
 海賊頭目が車外に飛び出してくる。拳銃を前に向けるが、
 二輪から降りたマキアリイは自動車の上に駆け上がり、屋根の上から蹴り倒す。
 運転席から降りた地味男も、ヒィキタイタンの鉄拳で殴られる。
 海賊は2人ともに拳銃を地面に取り落とす。

   マキアリイ
「おおい、動くなよ。拳銃だぞ」
   海賊頭目
「このガキどもが。なめたマネしくさって」
「ガキでもちゃんと当たるから安心しろ。射撃「特優」だ」

 マキアリイ、弾が1発しか入ってない回転拳銃を構えて海賊どもを制止する。
 海賊の拳銃は蹴って、どこかに飛ばした。

   ヒィキタイタン
「お嬢さん、ユミネイトさんですね。こちらへ」

 ヒィキタイタンがユミネイトを確保して、偵察二輪の方に連れて行く。
 煙に咳き込みながらもユミネイト気丈に付いていく。
 ユミネイトを側車に乗せ、二輪を始動させマキアリイの傍に寄る。

「マキアリイ!」

 マキアリイ拳銃を発射して、自動車の前輪を撃ち抜き、走行不能にした。
 そのままヒィキタイタンの後ろにまたがって、発進。

 地味男、懐からナイフを出して投げるが、届くものではない。
 自動車の前輪を確かめて、くそっと悪態を吐くばかりだ。

 

 

 偵察二輪は市内に向かう。

 側車に乗せられ放心状態のユミネイト。憔悴しているが、赤い髪がなびいて美しい。
 ヒィキタイタン、風防眼鏡は乱闘の中いつの間にか無くなっている。
 一般道で他の車両も行き交い、法定速度に落としており余裕がある。
 ユミネイトに話しかける。

   ヒィキタイタン
「君、名前は。ユミネイトって聞いたけれど」
「ユミネイト・トゥガ=レイ=セトです」
「僕はソグヴィタル・ヒィキタイタン、選抜徴兵訓練生だよ」
「ソグヴィタル? あの王家の?」
「じゃあ無いんだ。偉そうなのは名前だけさ」

   マキアリイ
「俺、おれマキアリイ。よろしくなお嬢さん」
「は。はい。こんにちは」

 なんだかまったく場違いの返事である。
 ヒィキタイタンはこれからの手順を説明する。

「とにかく巡邏軍に出頭して、誘拐事件について報告して保護してもらう。
 それまで僕達に任せて欲しい」
「は、い。よろしくおねがいします……」

   偵察二輪が疾走する姿、背後から

 

           ***8 

 偵察二輪にヒィキタイタン、側車にマキアリイを乗せて元の山荘に到着する。
 巡邏軍の車両が5両も続く。
 1刻(2時間)後の状況。

 巡邏軍の警戒自動車から責任者である小剣令と共に降りるユミネイト。 (注;「小剣令」は中・少尉に相当)
 さすがに顔色は戻って元気になっている。

 現場に先行していた巡邏兵が敬礼して、家政婦の老女が手を伸ばしてユミネイトに歩み寄る。
 ユミネイト、彼女を思わず抱き締める。

「ラプレァ、無事だったのね」
「お嬢様、ようございました。」

 小剣令、先行した班長の巡邏兵曹に状況を尋ねる。
 既に鑑識班が入って現場検証を始めていた。

   巡邏小剣令
「5人の大男、海賊か」
「侵入した靴跡、また発砲の弾痕を確認しています。ほぼ間違いないかと」

 小剣令、ヒィキタイタンとマキアリイに振り返る。
 彼等の証言を完全に信用していたわけではないのだ。
 特別警護対象に指定されるユミネイト・トゥガ=レイ=セト嬢がいきなり署に現れ、誘拐未遂と聞き、山荘の家政婦ラプレァからの緊急通報を確認して、ようやく動く。

   巡邏小剣令
「当然に、ゥアム公使の令嬢であると知っての犯行だな。
 君達はその現場に行き合わせたわけだ」
   ヒィキタイタン
「正確には、この道路を山上から通り過ぎた時に目撃した、となります」

 上級生のヒィキタイタンが代表して答える。
 既にイローエント海軍に照会して、ヒィキタイタンマキアリイ両人の身元も確認する。
 ヒィキタイタンが財閥御曹司であり、王族の末裔であることも理解する。

「勇気ある行動ではあるが、愚かだ。相手は拳銃を持った海賊だぞ、しかも複数人の」
「確かに思慮が足りなかったと反省していますが、なにせ山中の他に支援を求められない場所ですので」
「それでも、まずは巡邏軍に連絡するべきだ」

 怒られて直立不動となる二人。
 巡邏軍とはいえ相手は少剣令、将校だ。軍人として、階級に絶対服従の習性が身に付いている。

 

 黒塗りの高級乗用車が2両、巡邏兵の規制を押し切って山荘の庭に入ってくる。
 黒服黒眼鏡の、いかにも政府の工作員な風体の男達が降りてくる。
 横柄に、また冷たく事務的に呼びかける。

   ワハトツィ
「現場の責任者と話がしたい。総統府の者だ」
「責任者は私になる。君はどこの所属だ、身分証明を提示してもらいたい」

 小剣令、来るものが来たなと覚悟する。
 特別警護対象でゥアム帝国絡み。高度な政治的案件に発展するのは予想の内。

 黒服の男は懐から革手帳を取り出す。開いて身分証明書を見せる。

「総統府外事特別工作班のワハトツィだ。小剣令、君は事件の状況をどこまで把握している」
「現在捜査中であり、答える事は出来ない。だが犯人は、」
「犯人などどうでもいい。重要なのはユミネイト嬢の安全だ。何故このような場所に連れてきた!」

 いきなり叱責されて小剣令も鼻白む。
 ユミネイト本人が家政婦のラプレァを案じて自ら道案内をしたのだ。

 ワハトツィ、ここで小剣令に耳打ちする。極秘情報の提示だ。

「本日、ゥアム神族公使のトゥガ=レイ=セト氏がシンデロゲン港に到着された。彼はゥアムでも最高の地位にあり、非常に大きな政治力を持つ。
 この犯行も、氏のタンガラム来航に合わせて企てられたものだ」 
「なるほど。やはり大きな陰謀の前段階と考えるべきか」
   (注;シンデロゲン港は東岸にあり、ゥアム帝国との正式な窓口)

 ワハトツィ、大きな声で周囲の者に宣言する。

「ユミネイト・トゥガ=レイ=セト嬢の身柄は総統府において保護する。以後の現場処理は巡邏軍にお願いしたい。
 ユミネイト様、ご同道願います」

 彼はゥアム風の礼儀作法で、高貴な者に仕えるかに右手を胸の前に当て、頭を下げた。
 ユミネイト、このような状況には慣れている。総統府の申し入れならば断る事は出来ない。
 ただ注文は付けた。

「ラプレァも一緒に」
「もちろんでございます」

 黒服に連れて行かれるユミネイトと老家政婦。
 ユミネイトはちらっとヒィキタイタンに目をやった。
 助けて欲しい、と言ってるようにヒィキタイタンは感じる。

 

 ユミネイトを乗せて、総統府の高級乗用車は去っていく。
 小剣令、後に残った徴兵訓練生の相手をするしかない。

「さて君達は、この場を含めて3ヶ所で大立ち回りをやってのけたんだな?」
「はい、そうであります」
「どうやったか、詳しく説明してもらおうか。緊急事態とはいえ所持許可の無い拳銃の発砲は立派な法律違反だ」

 ヒィキタイタンとマキアリイ、互いに顔を見合わせて、絶望的な表情。

   二人
「門限が、」

 

           ***9 

   場面転換
 夜、選抜徴兵訓練生兵舎。
 室内の灯りが外に漏れ、暗くて広い運動場に浮かび上がる。

 食堂、木造の建物。ちらつく蛍光灯に室内は照らされるがあまり明るくはない。
 初・二年全訓練生が集められ、ヒィキタイタンとマキアリイが前に立たされる。
 訓練教官の訓示。

「この両名は私的な立場で犯罪行為を未然に防ぎ、海賊に囚われた令嬢の奪還を行ったと巡邏軍から連絡が来ている。
 確かに英雄的な行為である。人として、またタンガラム軍人として模範的態度と言えるだろう。
 称賛に値する。

 だが! 軍人たるもの独善的な判断に基づき勝手な行動を取るのは明確な過ちだ。
 彼等は犯罪行為を確認した時、まずは巡邏軍に通報し、次に部隊に連絡して上官の指示を仰ぐべきであった。

 また彼我の戦闘力の差を考慮せず、無謀にも無手で挑むなど言語道断。
 たとえ善行であろうとも、個人の判断による勝手な行動が部隊全体を危険に陥れる事も多々有る。
 訓練生諸君は英雄的行為に目を奪われず、正しい軍人としての行動を常に心がけるべし。

 以上だ! 解散」

 つまりは二人は怒られてしまった。
 しかし訓練生は彼等を讃え、話を聞かせてくれと殺到する。

 訓練生初年アレヒミル、マキアリイに抱きつきながら、

「なあマキアリイ、助けた令嬢ってのは美人か。美人だよな」
「ゥアムの偉い人のお姫様で、混血だからな。見た目からして特別な感じがするな」
「おおそうかー、やっぱり美人かあー」

 周囲の者皆納得する。囚われの令嬢はやはり美少女でなければならない。

 ヒィキタイタンも二年生同期に囲まれる。

「無茶しやがって、死んだらどうする気だ」
「いやあでも、マキアリイがずいぶんと頼れる奴でね。強いんだこいつ」

 もつれ合いながら、訓練生達は食堂から退出する。

    照明、一部を残して消灯し、無人の食堂暗くなる

 

   場面転換
 巡邏軍中央司令署。近代的かつ雑多な大部屋事務室。蛍光灯の光がまぶしい。

 先ほど現場山荘を調査した小剣令が戻っている。
 既に深夜だが、重大事件で徹夜覚悟の処理となる。多数の署員がそれぞれの業務を遂行する。

 小剣令の元に黒服の男2名が現れた。

「君がゥアム公使令嬢誘拐未遂事件の担当責任者か」
「ああ、自分がこの件を担当する」

 男達、革手帳の身分証明を見せる。

「我らは総統府外事特別工作班の者だ。
 ゥアム帝国イローエント公使館からユミネイト嬢の身柄を引き取りたいのと要請があり、巡邏軍にも了承されたが未だに到着しないと苦情があった。
 ユミネイト嬢は現在どこで保護されている?」

 青ざめ立ち上がる小剣令。

 

           ***10 

   場面転換

 イローエント市郊外によく有る、見晴らしの良い避暑用別荘。
 海に臨む崖上に孤立して建っており、夜の静寂に潮騒の音が聞こえてくる。
 別荘2階の窓、カーテンの隙間から灯りが漏れる。

 屋内。2階の部屋の内側から。
 カーテンを少し寄せて、ユミネイトがすっかり暗い外を覗く。
 別荘の庭がヘッドライトの灯りが照らされ、自動車が1両入ってくる。
 降り立った人は良く見えない。

   自動車の側の映像
   高級車から降りたのは海軍軍服の高官。位は「軍監」
     (注;「軍監」は中佐クラスに相当する。軍服も「剣令」とは違う)

   周囲には銃を持った警備の者。軍服は着ていないがあきらかに軍人上がり。軍用犬も居る。

 元の室内。
 ユミネイト、顔をカーテンから戻して部屋の中を見る。

 窓はきっちりと閉ざされ錠が掛かっている。風も通さない。
 空調の冷房が動いている。まるで外部との接触を許さぬようだ。
 ベッドがツインで化粧机が有る。
 反対側の壁には書棚が有り、革表紙の読みたくもない本が並ぶ。

 ここは政府が安全確保の為に用意した隠れ家、と聞かされている。
 ユミネイトを保護する為に連れてきた。

 ユミネイトは、老家政婦のラプレァと一緒の部屋で所在なく過ごす。
 夕食を食べた後は何もする事が無い。
 服装は二人とも昼間のまま。

 ラプレァ、クローゼットを開けて、寝間着が用意されているのを確認する。

   ラプレァ
「お嬢様、今日はもうおやすみ下さい。お疲れでございましょう」
「あなたこそ。酷い目には遭わされなかったの」
「あの若者たちが来てくれたから、無事で済みました。お礼を言わないといけませんね」
「ソグヴィタルさんとマキアリイさん。あれ、なにか違う?」

 ユミネイト、マキアリイの姓を間違えている。
 部屋を見回して、なにか腑に落ちない。壁を触ったり調度や本棚を押して考える。

「どうしましたお嬢様」

 ユミネイト、ベッドからシーツを抜いて頭からかぶる。ラプレァの頭も巻き込んだ。

「聞いて。この部屋、監視されている」
「え? お嬢様を監視しているのですか」
「部屋の寸法と、廊下を歩いてきた長さと、色々な部分で食い違うわ。
 壁の裏に隠し部屋が有ると思うの」

 頭を出して、寝床を整える。空々しく声を大きく出す。

「もう寝ましょう。明日は色々と忙しいと思うわ」
「は、はいお嬢様。ではおやすみなさいませ」

 消灯して、ユミネイトもラプレァもさっさと寝てしまう。
 しかし目をつぶっていながら、ユミネイトは耳をしっかりとそばだてている。

 暗い部屋で寝息を立てるふりをしていると、10数分後にかちゃりと扉を開け閉めする音が聞こえた。
 監視部屋から人が出ていったのだろう。

 闇の中ユミネイトは起き出して、部屋を探り始める。

   ラプレァ
「お嬢様?」
「見つけた。隠し部屋への扉と、開ける取手。ちょっと調べてくるわ」
「お嬢様、危のうございますよ」
「お父様のお教えのとおりに、物事の本質を見極め構造を理解し、その意図を知ればこんなものですわ」

 ユミネイト巧みに操作して、本棚を手前に引き出した。
 踏み入った監視部屋は1畳ほどの狭さで横に長い。外に出る扉が有る。
 開いて顔を覗かせると、入る時には通らなかった通路だ。蛍光灯は点いているが、暗い。

「表とは別に秘密の通路を作っているのですね。まるでカラクリ屋敷だわ」

 秘密通路には誰も居ない。
 人の声がする。
 先ほど自動車で来た人の声だろう。話し方が偉そうで察しがついた。
 声が漏れる部屋に近付くと、ここにもやはり監視部屋がある。
 こっそりと忍び込んだ。

 

           ***11 

 応接室の壁に掛けられた肖像画の目の部分が、監視穴だ。
 ユミネイトの目が見える。

 応接室内部、ゥアム製のシャンデリアが明るく輝く。
 豪華で柔らかな革椅子に身を沈める海軍軍監の姿。40才代で恰幅が良い。
 手にはワイングラスでシンドラの赤いぶどう酒。

   軍監
「まったく計算違いにも程がある。
 人気の無い山荘に苦労して標的を送り込んだのに、海賊5人掛かりでの拉致が失敗するとは何事だ」
「申し訳ありません、計算外の要素が介入してきた為にこのような次第に」

 答えるのは、ユミネイト達をこの別荘に連れてきた政府工作員ワハトツィ。
 彼の背後に立つのは、昼間自分を拐おうとした海賊の頭目だ。
 兇悪な姿に、ユミネイトはっと息を呑む。

 海賊の頭目、面目なさそうに答える。

「あんな若造が飛び込んで来るなんて、想像もせんかったです」
   軍監
「若造も若造、選抜徴兵の訓練生しかもたった2人で銃も持たずにだ。獰猛残忍命知らずの海賊の名が泣くな」
「めんぼくも」

 海賊の頭目、さすがに落ち込む。
 彼の名誉を救うかに、ワハトツィが話を進める。

「手順は異なりますが、標的はこちらの手に入りました。計画通りに進めていただきたいのですが」
「無理だ筋書きが変わった。ユミネイト嬢を海賊に奪われる「まぬけ」役をでっち上げねばならなくなったぞ」

 やはり自分の事だったか。では政府工作員も海軍軍監も、海賊の仲間?!
 覗き穴の前を誰かが横切った。
 ユミネイト、これまでと諦めて隠し部屋を出る。

「この別荘に居てはダメ。陰謀はまだ続いているんだわ。
 でも、ラプレァを連れて逃げるには自動車が無いと」

 

 ユミネイト、隠し通路の階段が下に続いているのを発見する。

「この先に、秘密の脱出路が有るのかしら?」

 照明がまばらで暗い通路を進んでいくと、妙な圧迫感と臭気が漂ってくる。
 人のうめき声が複数聞こえてきた。

 異臭漂う穴蔵のような部屋がある。声はここからのようだ。
 顔を覗かせると、鉄格子がいくつも並ぶ。牢獄だ。
 中の人が苦しげなうめきを上げて、それが上にまで漏れ伝わった。

 ユミネイトが不用意に顔を覗かせたのに、一番手前の牢の者が気付いた。
 汚い老婆で、いきなり反応して鉄格子にすがりつく。

「お助けください。わたしたちはわるくないひとです何も罪はしてないですどうかいじめないで」
「あなた外国人ね、お国はどこなの」

 老婆、いや思ったよりも歳ではないらしい。拷問を受け傷ついて、ボロボロになっていた。
    シンドラ人であるから、インド人並に色は黒い

   (注;本作では本物の外国人は「ユミネイト」の父親「トゥガ=レイ=セト公使」だけで、後は全員タンガラム人俳優
     シンドラ人役は丸っこい顔付きの役者がドーラン塗って演じている)

「シンドラでござます。なにもわるくない」
「あなた達はなんで捕まってこんな目に遭わされているの」

 別の牢から男の声がする。やはり傷ついて、声がかすれる。

「我等は深き海の神を崇める者です。タンガラムの役人が神の宝を独り占めしようと、我々に秘密を吐けと様々な折檻を行って、死人も出ています」
「海の神の宝? そんなおとぎ話の為に人を痛めつけているの?」

 ユミネイト、ここに至って結論を出した。

「あのワハトツィって政府工作員は、たぶんニセモノだわ。
 イローエント海軍の高官と結びついた、私利私欲で犯罪を起こす悪党なのね」

 牢に向かってユミネイトは尋ねる。

「何をしたらいい? 私になにか出来るかしら」
   男の声
「牢の入り口に、部屋の出口に、鍵があります。それをくだされば我等が自力で脱出いたします」

 ユミネイト、鍵束を見つけて手に取るが、しばし迷う。

「もしこの牢屋に閉じ込められる人達が兇悪な犯罪者だったら……。
 ううん、海賊の仲間が正しいわけないじゃない」

 一番手前の老婆に、鍵束を渡す。

「逃げなさい。でも見つからないように」
「ありがとございます。おじょうさまありがとう」

 ユミネイト、秘密の通路に人が居ないか確かめて、身を小さく屈めて元の部屋に戻っていく。
 薄暗い蛍光灯の下、歩いていく。

 

           ***

 (映画「南海の英雄」その2) 

            ***12

 翌払暁。
 朝靄が立ち込める中、草木が茂って見通しが悪い場所に隠れて。
 巡邏軍の強攻制圧隊が静々と沈黙の内に突入準備を整えている。

 指揮するのは昨日の巡邏小剣令。
 そして、昨夜訪れた総統府外事特別工作班の黒服が立ち会う。黒服は4名。
 狙うのは、ユミネイトが保護されている別荘。

 巡邏小剣令、黒服責任者に尋ねる。

「本当にこの場所にユミネイト嬢が匿されているのか」
「お恥ずかしながら、昨日身柄を預かった者というのは、元同僚の裏切り者で売国奴に成り下がった奴です」
「何故そんな者をのさばらせている。分かっているなら捕まえれば」
「説明が難しいが、今は」

 強攻制圧隊の隊長、小剣令に準備完了の合図をする。
 小剣令、最終確認を黒服に行う。

「巡邏軍強攻制圧隊50名。機関銃2丁、万が一を考え十分砲(70ミリ砲)も用意した。海からは海軍警備艇2隻。
 他に不足は」
「いえ、お願いします」

 小剣令、突入開始の合図。「ユミネイト嬢救出作戦」開始だ。

 

   場面転換
 突然響き渡る起床ラッパの音。
 まだ日も明けやらぬ選抜徴兵訓練生兵舎は、起床と同時に走り回る若者達で大混乱。
 先を争って外の運動場に整列する。
 服装は、下は訓練用ズボン、上は肌着のみとなる。帽子は無い。

 訓練生初年二年が別々の隊列に分かれ、それぞれ点呼。
 訓練生が自主的に行う(事になっている)早朝訓練が開始される。リーダーは二年生主席代表。

「二年隊、総員39名欠員無し!」
「初年隊、総員40名欠員無し!」
   リーダー
「只今より自主訓練を開始する! 二列縦隊、駆け足ー」

 二年生から順番に走り始め、隊列を形成する。歩調を合わせて結構な速度で運動場を回る。
 先頭を走るリーダー、号令。

「選抜徴兵訓練隊歌ー!」

 若者達が走りながら歌う。勇壮に
    訓練生隊歌イローエント海軍版 2番と3番


 鋼の函車(くるま)浜を踏み 乱れ放つは機関銃
 敵は百年先んじて 備えは兵戈のみならず
 託すは我等若人ぞ
 昔を思え 今を知れ

 紅旗掲げて集いしは 選ばれし身の我等也
 熱い血潮を燃え立たせ 試練に挑む兵の庭
 堅き絆の輩(ともがら)よ
 明日を思え 今走れ    』

    (注;百年前の「砂糖戦争」時を歌ったものである。
     「鋼の函車」とは、ゥアム軍が使った蒸気揚陸戦闘車のこと。ガトリング砲に類似する手動機関銃を搭載。
     当時のタンガラム人の度肝を抜いた新兵器だ。
     紅旗、はイローエント海軍旗の色で、他の部隊での訓練生は別の色を歌う)

 

 歌が終わると号令が飛ぶ。

   リーダー
「全隊、増速ー」

 ますます速度を上げて走り出す。歩調を乱してはならないから、付いていくのも必死だ。

 だが突然の爆発音。音は遠いがかなりの爆発だと思われる。
 何名かが振り返ると、訓練所から離れた崖の上で煙が上がっている。
 事故かと思うと、続いて連続した発砲音。これは明らかに銃撃戦の様相だ。

 訓練生走るのを止めて、現場を眺める。崖の上に1軒だけ見える避暑用の別荘だ。
 閃光も見えて、発砲が繰り返されていると思われる。

 兵舎から訓練教官達も出てきて、双眼鏡で覗く。

   訓練教官A「カネフ兵曹」
「やや、これはまさしく戦闘行動が行われている。海軍ではないな、巡邏軍か」
「教官どの!」

 訓練生が指差す方に双眼鏡を向けてみると、海面に浮かぶ人影が10数名も。崖から落ちたか、下の浜から泳いで出たのか。

   教官カネフ
「要救助者発見! 救出の必要を認む。動力小艇よおーい!」

 新兵訓練所といえども正規兵や整備兵もちゃんと居る。
 たちまち動力小艇(モーターボート)が格納庫から引き出され、エンジンが唸りを上げる。

 訓練生リーダー、別の訓練教官に要請する。

「教官どの、我々にも救助任務をお命じ下さい」
「馬鹿者、1年早いわ。お前達は別命あるまで待機。服装を整えて運動場に整列せよ」
「はっ!」

 準備が整った動力小艇、順次発進する。乗るのは海軍上兵。

   カネフ
「気をつけろよ。根城を襲われた海賊共が逃亡を図ったのかもしれん」
「はっ!」

 未熟な訓練生を出すわけにはいかないのだ。

 

           ***13  

 動力小艇はただちに漂流現場に到着し、海に浮かぶ者を確かめる。
 海賊ではないが外国人、おそらくはシンドラ人ばかり。
 皆ひどく痛めつけられている。拷問の痕と推察された。

 救助の兵は危険性なしと判断して、海中から引き揚げていく。
 中に一人年配の女性が居た。シンドラ語でなにか叫ぶが、よく分からない。

「”おじょうさまが、おじょうさまが捕まって連れて行かれる”」

 5艘出ている小艇を跳ね除けるように、民間の小型動力船がすさまじい高速で突っ込み通過する。
 波が左右に大きくかぶる。
 レジャー船で船体は緋色に塗ってむしろおしゃれな感じ。しかし速度は明らかに異常で動力が桁違いに強力。
 続いて海軍の警備艇が2隻、後を追って行く。

 

 運動場から救助の様子を眺めていた訓練生達にはよく見えた。
 明らかに法規を無視して逃げていく民間船。違法改造しているせいか、警備艇をも振り切っていく。

 マキアリイ、素晴らしい視力で民間船の上の様子を見て取った。叫ぶ。

「ヒィキタイタン! 昨日の海賊だ」
「なんだって?」

 マキアリイの言葉に訓練教官も反応する。手にした双眼鏡で確かめると、

   教官カネフ
「なんと、海賊どもが少女を拐かして逃げていく」
   ヒィキタイタン
「ユミネイトだ!」

 ヒィキタイタン思わず身体が動いて、遅れて用意された動力小艇に飛び乗った。マキアリイも続く。
 カネフ、驚く。

「まてお前達、何をする」
   ヒィキタイタン
「教官どの、自分は動力船の操縦免許を持っております!」
   マキアリイ
「ここで逃がすと、ユミネイトは取り戻せません!」

 カネフ、瞬時惑うが、自分も艇に飛び乗った。岸壁に残る正兵に命じる。

「ええいひよっこに任せられるか。
 おい、警備隊本部に連絡しろ。「昨日の令嬢誘拐事件が再発、選抜徴兵訓練隊が追尾中、応援乞う」だ!」

 いきなり発進する動力小艇。操縦はヒィキタイタン。

 

 海面を疾走する動力小艇。
    艇正面から3人の姿を映す。背後に航跡の波が連なって広がっていく

   カネフ
「ヱメコフ訓練生、間違いなく昨日の海賊か」
   マキアリイ
「あの兇悪な面、一度見たら忘れません」
「ならば、保護施設を連中が襲撃して令嬢を奪還したわけか。計画的組織的犯行であるな」

 ヒィキタイタン操縦しながら

「ユミネイト嬢はゥアム帝国の公使令嬢だと聞いております。政治的策謀として、それなりの組織が企んだ犯行と思われます」
「ううむ、ならばここで逃がすと厄介だ。行け!」
「はい!」

 

           ***14 

 素晴らしい速度で突進する動力小艇。警備艇をも抜き去って、海賊艇に迫る。
 教官カネフ、艇に付属の救命胴衣を引き出し、すばやく装着する。

 海賊艇は港湾付近の障害物を熟知し、巧みにすり抜けていく。
 目指す先は、

    カネフ
「いかん、漁船の群れだ」
    マキアリイ
「あの中に逃げ込む気だ」
「海賊どもが警備艇から逃れる常套手段だ。なるほど、海賊に相違ない」

 前方の海域に帆走漁船が数十艘、浮いて漁業を行っている。
 その隙間を巧みに抜けていく海賊艇。

    カネフ
「ソグヴィタル訓練生、操縦を代われ。貴様の腕ではここは無理だ」
「ですが」
「上官の命令である」

 さすがに速度を落として、ヒィキタイタン操縦席を教官に譲る。
 カネフ再びアクセルを踏み込み、速度を上げる。

    カネフ
「お前達も今の内に救命胴衣を着用せよ」
    マキアリイ
「ですが、格闘戦では動きにくくて、」
「軍人たるもの、準備に万全を尽くした上で、己の命を惜しまず任務を遂行するのだ。
 お前らを養成するにも国費が掛かっておる。勝手に死ぬのは許さん」
「はっ!」

 

 海賊艇、動力小艇が追尾してくるのに気が付いた。
 ますます高度な技術を弄して、漁船をかわし追手を巻こうとする。
 だが流石に教官、ものともせずに食いついていく。

   ヒィキタイタン
「教官どの、もう少し近付かねば奪還できません」
「馬鹿者、我らはただ追尾し逃さねばよいのだ。
 まもなく司令本部がこの海域に警備艇を多数配置する。
 そうなれば海賊どもは袋のネズミ。令嬢も無事奪還出来る。
 戦う必要はまったく無い」
「ですが」

 海賊艇、ついに発砲してきた。
 カネフはあわてて距離を取る。200メートル程度。

「いくらなんでもこの距離で高速航行中の船からは当てられぬ。だが念の為だ、鉄兜もよこせ」

 艇内にある戦闘用鉄兜までかぶるカネフ。
 マキアリイあまりにも用心し過ぎではないかと思い、呆れ顔だが

 カキーン、とカネフの頭に敵弾命中。まさに今被った兜に直撃した。
 衝撃で伸び上がり、カネフ海に落ちる。

   マキアリイ
「きょうかんどのー!!!」

 ヒィキタイタン、慌てて操縦席に飛び込み、艇を減速。教官を救いに丸く輪を描いて回頭する。
 カネフは波の上に漂う。救命胴衣のおかげで沈まない。
 マキアリイ、手を伸ばす。

「教官どのー」
 だがカネフ、周囲に目をやって、漁船が近くに浮いているのを確認する。
 訓練生二人に命令する。

「ええい儂にかまうな。追え、海賊を逃がすな!」

   ヒィキタイタンとマキアリイ、敬礼

「……、はっ! ご命令遂行します!」

 ヒィキタイタン、改めて小艇を発進させ、波を蹴立てて再び追う。
 残されたカネフの傍に、漁船がぎこぎこと手漕ぎで寄せる。

 カネフ、浮きながら愚痴る。

「ばかやろう、ほんとに行く奴が居るか……」

 

           ***15 

 ヒィキタイタンとマキアリイ、二人だけで追跡を続行する。
 マキアリイ、教官カネフの置き土産の双眼鏡で海面を探す。

   マキアリイ
「教官どのの教えはいちいち正しいな。やばいぞやっぱ」
「だが追い続けるだけではダメじゃないかな」

 海賊艇、再度発見。だが遠く見える姿に近付かない。
 ヒィキタイタン、小艇を操縦して前を向いたまま喋る。

「見つからないように離れて追跡しよう」
「武器なら有るぞ、ヒィキタイタン」

 マキアリイ、動力小艇に積んでいた臨検用の最新「機動歩兵銃」1丁を発見。
 箱型弾倉に10発装填。予備弾アリ。海軍銃剣付属。
 さらに信号拳銃と信号弾各種。発光弾も。

 ヒィキタイタン、作戦を思案するが問題があった。

「マキアリイ、君は人を撃ったこと無いだろ」
「御曹司がー、有るわけ無いか」
「教練でも動かない的撃つだけだしなあ」

 マキアリイ、信号拳銃を手に取る。

「こっちでやるかあ」

 

 緋色の海賊艇、追手を振り切ったと見て速度を落とす。

 海賊艇の船室。民間のレジャー艇に偽装しているから内装は明るくシンプル。
 左右を海賊に挟まれて座るユミネイト、後ろ手に縛られており身動き出来ない。ひたすら恐怖に耐える。
 乗り組んでいるのは昨日と同じ5人で、地味運転手が今回も艇を操縦する。

 海賊頭目、無線で通信。応援を呼ぶ。
 手下達に振り向く。

   海賊頭目
「よし。今連絡を取った。替えの船が来る」
   剛毛ヒゲ
「やれやれ、小賢しいボートも振り切ったし、ようやくか」
   兇悪禿
「小娘一人に手間掛けさせやがる。儲けなんか出ないぞこれじゃあ」

 頭を低くして海賊に顔を見られたくないユミネイト。
    心の声
「船を替えて海軍の追手をごまかす気だわ。そうなればもう助けは来ない……」

 だが縛られてどうしようもない。
 状況は何も動かないまま、時間だけが過ぎていく。
 動力が止まり、海賊艇停止する。

 海賊頭目、ユミネイトの顎を乱暴に引き上げ、恐ろしい面を向けてにたりと笑う。

「お嬢様、次の船にお乗り換えいただこう」

 兇悪禿の大男が、ユミネイトを引っ張って外に連れ出す。
 甲板に出たユミネイトは、海賊艇よりも大きな漁船が止まっているのを見る。
 もちろん動力付きでちゃんと早く走れる。
 これに移し替えられたら、海軍の警備艇でも分からないだろう。

 恐ろしくて動こうとしないユミネイトを、禿男乱暴に押す。

「ほら、ちんたらするんじゃねえ」

 漁船から漁師の格好をした海賊が乗り出して、ユミネイトを引き揚げようとする。
 その時、漁船の見張員から声が飛ぶ。

「舟が、海軍の早い舟がこちらに突っ込んでくるぞ!」
    海賊頭目
「野郎、まだ諦めてなかったか!」

 

 ヒィキタイタンとマキアリイ、動力小艇で遠距離から最高速度で突入。
   決意した二人の横顔、かっこいい

 ざあっと波しぶきを立てて、海賊艇・漁船の周囲で横滑りのターン。
 マキアリイ、海賊艇に向けて信号拳銃発射!
 船に当たった途端にまばゆい光が海賊達の目を奪う。

「ぐわあああ」

 この機を逃してはもう後が無い。
 ユミネイト、後ろ手に縛られたままでも身をよじり、海に飛び込む。
 その姿を見たヒィキタイタンとマキアリイは互いに叫ぶ。

「ヒィキタイタン!」
「マキアリイ!」

 

           ***16 

 ユミネイトを救うために動力小艇を寄せるヒィキタイタン。
 もちろん目が眩みつつも海賊は拳銃を抜いて発砲し、追い払おうとする。

   マキアリイ
「おおりゃあああ」

 救命胴衣を装着したマキアリイ、機動歩兵銃を手に船べりから跳び、海賊艇に殴り込んだ。
 そのまま台尻で禿男の顔面を殴り、昏倒させる。

   ヒィキタイタン
「ユミネイトさん!」

 マキアリイが注意を惹きつけている隙に、ヒィキタイタンが海中のユミネイトをすくい上げる。
 漁船上の海賊も気付いて拳銃の発砲を始めるが、ユミネイトの重要性を知る上役に止められる。

「やめろ、人質に当たる!」

 ヒィキタイタン、ユミネイトを回収して小艇を操縦し発進させるが、マキアリイがまだ敵の艇上だ。
 マキアリイ、銃を棍棒として大格闘。発砲する暇など無く、ただ振り回す。
    銃剣は無し。飛び移る際に引っ掛かって危ないと思った。腰のベルトに挿している

 海賊達も同士討ちを避けて、拳銃を手にしながらも片手にはナイフを抜いて斬りかかる。
 禿男早々にダウンしているから、4人の海賊との大立ち回り。
 マキアリイ多勢に無勢だがよく耐える。銃剣格闘の教練の成果!

 しかし、小男海賊のナイフが腹部にぐっさりと。
 うまい具合に救命胴衣の浮力材に阻まれて負傷無し。
 小男海賊を蹴り飛ばして海に落とす。

 ヒィキタイタン動力小艇を巧みに操って、再び接近。
 ずぶ濡れ未だ縛られたままのユミネイトが小艇の後席で不安げに見つめる。

   ヒィキタイタン
「マキアリイ、来い!」

 の声を聞いて、マキアリイ大きく跳ぶ。ユミネイトの隣に見事着地。
 その衝撃で小艇揺れる。ユミネイトバランスを崩す。

 最初にマキアリイに殴られ失神した禿男、復活。
 むああーと叫びを上げて起き上がり、敵を探す。
 動力小艇に逃げたと知るや、頭に血が上ったままで昨日も使った球形の手榴弾の安全栓を噛み千切る。

 他の海賊達、これはやばいと後ろに下がる。
 小男海賊、艇にやっと這い上がったところ。

    禿男
「しねやクソガキが!」

 既に動き出し少し離れた動力小艇に投擲される手榴弾。
 だがマキアリイは機動歩兵銃を逆さに握り、銃床で手榴弾をクリーンヒット。
 かこんと海賊艇に打ち返して、船室に転がり込んだ。
 驚く海賊達、慌てて海に飛び込む。

 海賊艇、内部で爆発。飛び散る木片。艇の上部構造物が吹っ飛んだが沈まない。
 隣の漁船でも大慌て。海に落ちた海賊達を回収しようとする。

 振り向きもせず、動力小艇はさっさと逃げていく。
 マキアリイ、機動歩兵銃を両手で上に掲げて「やったーざまーみろ」と勝ち誇る。
 ヒィキタイタン、操縦から手が離せない。

「マキアリイ、頼む。ユミネイトさんの縄を切ってくれ」
「お、まだだったか。お嬢さんちょっと待ってくれよお」

 マキアリイ、腰の海軍銃剣を抜いて、濡れたままのユミネイトを縛る縄を切る。
 細くて白い手首には痛々しく縄目が付いている。

 ユミネイト、再びの救出劇にほっとして、涙を浮かべる。

「ふたりとも、ありがとう。マキアリイさん、ソグヴィタルさん」
「ソグヴィタル・ヒィキタイタンです。ヒィキタイタンと呼んで下さい。」
「俺、実はヱメコフさんだけど、マキアリイでいいや」
「うふ、うふふ、うふふ」
「あははは」
「ははは」

 互いに顔を見合わせて笑う3人の若者。
 しかし。

 

           ***17 

 ヒィキタイタン、マキアリイ、ユミネイト、突然空中に放り出される。
 動力小艇が海中の「なにか」に衝突して、上に居た3人をすっ飛ばしたのだ。
 動力小艇、粉砕。

 救命胴衣を着ているヒィキタイタンとマキアリイは沈まない。
 だがユミネイトが海中に没して、浮いてこない。
   海中下から沈むユミネイトを水中撮影

 慌てるヒィキタイタンとマキアリイ。

   ヒィキタイタン
「ユミネイトさん! くそ、これじゃあ潜れない」

 ヒィキタイタン、救命胴衣を脱いで潜ろうとするが、その前に海中からざばぁと赤い髪に水をはらんで、ユミネイト浮上。
 二人に微笑んで見せる。

「これでもわたし、イローエント生まれですよ」

 安堵するヒィキタイタン、しかし救命胴衣を脱いでユミネイトに着せた。
 マキアリイ、周囲を見回して、海面から突き出す岩を発見。

「あそこの岩が一番近いか。浜には少し離れているけど、とりあえず行こう」

 

 岸から500メートル付近に一つだけ突き出す岩が、一番手近な陸地だ。
 とにかく浮きっぱなしでは身体が保たない。ユミネイトを延々と泳がすわけにはいかない。
 ヒィキタイタンとマキアリイ、ユミネイトを引っ張って泳いでいく。

 岩は直径10メートルほど、高さも同じくらい。細い標識塔が建っている。
 上陸する3人。ヒィキタイタンにユミネイトは引き揚げられる。
 救命胴衣を着たままのマキアリイ、岩の天辺に登って周囲を観測する。
 下に戻ってきた。

   マキアリイ
「この岩は目立ちすぎる。海賊が探してたらやばいぞ」
「やはり早く陸に行った方がいいか」
「だが対岸は岩場で危ないぞ。怪我するし、どうも潮の流れが早いみたいだ」

 ヒィキタイタン考える。

「ユミネイトさんを泳がせるわけにはいかない。どちらか先に行って海軍に連絡するか」

 ユミネイト、不安な目で二人を交互に見つめる。
 マキアリイ、岩の上から笑いかける。

「心配するなって。ヒィキタイタンが一緒に居てくれるよ」
「マキアリイ、いいのか。君はガンガランガの山育ちじゃないのか」
「いやーでも俺、訓練初年生で一番遠泳早いから」

 じゃあ、と挨拶して再び海に入るマキアリイ。
 岩に残った二人、マキアリイの泳ぎを見守っている。
 岸までの距離はわずかと思えたが、近付くと強い流れが有るらしくマキアリイがどんどん流されていく。
 西の方へと小さくなっていく。

   ユミネイト
「だいじょうぶなのですか、マキアリイさんは」
「救命胴衣着ているから大丈夫とは思うけど、だいじょうぶかな?」
「そんな」

 すっかりマキアリイの姿は見えなくなってしまった。
 心配する二人だが、流れの強さから自力で岸に泳ぎ着く選択肢は捨てた。

 照りつける夏の陽を避けて、岩の陰に移動する。
 だが四方からの照り返しは暑く、ずぶ濡れになった二人の服がたちまち乾いて塩を吹く。
 ユミネイトの救命胴衣を脱がして、浮力材を日よけ代わりにする。

 ユミネイト、暇になったので尋ねる。
 命を2度も救ってくれた二人を、まったく知らないのだ。

「ソグヴィタル・ヒィキタイタンさま、」
「ヒィキタイタンでいいよ」
「あなたは、ソグヴィタル王家にゆかりの方ではないのですか。とてもただの人には見えない気品がありますが」
「それはだねー、僕がそれなりの金持ちのボンボンだからだね」
「そうですか。わたしも母はイローエントの銀行家の娘です。お取引があるかもしれませんね」
「たぶんあるだろうね」

「マキアリイさんはそういう感じではないですね」
「あいつも変わり者だけど、選抜徴兵に応募するのはああいう奴の方が正しいんだ。僕のはほとんど物見遊山だからね」
「選抜徴兵は、大学に進学するのに必要なんですよね」
「うん、だけど金持ちには用の無い話だからね。僕は国防の現場ってのがどういうものか、自分の目で見たくなっただけ」
「ああー、ボンボンですねえ」
「ハハハ」

 ユミネイト、自らの身の上を語り始める。

 

           ***18 

    ユミネイトの台詞に従って、再現映像

「わたしの母は銀行家の娘として何の不自由も無く育ち、そして親の言うがままに結婚する運命でした。
 でもある日、母が17才の時商工会主催の園遊会に出席して、そこに父が現れたのです。

 ゥアム帝国の神族公使。神族って何か分かります?
 一般人よりも遥かに偉い身分の、国家を代表する権力者階級なんです。
 ですから本来、タンガラム人との間に婚姻関係など結ぶはずが無いのです。

 父はその頃30才を過ぎ、もちろん本国に妻があります。
 そんなことは関係ないのが恋の炎というもので、たちまち二人は愛し合い、わたしを身籠る事となるのです」

  母に抱かれる生まれたばかりのユミネイト。穏やかで幸せな光景。

「周囲に反対された、というのは無かったみたいです。
 なにしろゥアムの最高権力者ですから、王様みたいなものです。
 商売上絶対的に有利にもなります。
 実家は別荘の一つを父と母の住処に用立てて、わたしはそこで暮らしました」

 子役のユミネイト、美しい海辺の別荘の庭で遊ぶ。見守る母の姿と家政婦のラプレァ(すこし若い)
 そこに背の高いゥアム人の紳士が入ってくる。父親トゥガ=レイ=セト。
 ユミネイト、数ヶ月ぶりの父親に全身喜びに溢れて、飛びついていく。

「父は何度かゥアムに帰り、2年くらいでまた戻ってきます。
 わたしにとって父とは、そういう存在です。」

 成長し14才となったユミネイト。
   俳優は現在のユミネイト役

 父親が再びゥアム帝国に帰国するのを、母が手伝って世話をする。
 和やかな愛の溢れる光景であるが、父の言葉に対して母は首を横に振る。

「夫婦仲は悪くなかったです。いえ、娘の目から見ても愛し合っているのがよく分かりました。
 ただ母は、決してゥアム帝国に行こうとはしなかった。
 分かっていたんです。
 身分の高い本妻が居る所に、異国人の女を連れて行く事がどういうものであるか。

 そして恐れました。父がわたしをゥアムに連れて行くのを。
 父も無理強いはしません。
 でも母はそれでも安心出来ずに、わたしにも幼い頃から許嫁を作ってしまいました。
 ゥアムに連れて行かれないように重石を付けたのですね」

 

 ヒィキタイタンとユミネイトが二人並んで岩場に座り、救命胴衣で陰を作る現在の光景。

   ヒィキタイタン
「じゃあ君は許嫁が居るんだ」
「居ると言えば居ます。

 でも母が先年亡くなりました。悲しかったですが、同時にわたしはこう思いました。
 「ああ、やっと自由に自分で決められる」って。
 許嫁の件も、おそらく自分の意思で変える事が出来るでしょう」

「君の父上、トゥガ=レイ=セトさんか、君をゥアム帝国に連れて行く気なのかな」
「わかりません。いえ、それはわたし次第でしょう。
 惹かれていないわけではありません。異国を見てみたい気はあります。
 ですが観光気分では行けませんし、一生を向こうで送る事になるかもしれません。覚悟が要ります

 あなたはどうですか。
 外国に行ってみたいと思いますか」
「いずれ。選抜徴兵が終了したら、それは考えるかな」
「ああ男の人は、やっぱり自由ですね」

 

 何時間もマキアリイは帰ってこない。
 照りつける日差しは殺人的な圧力を持ち、暑さに身体が疲弊していく。
 体温を下げるのは海に飛び込めばいいが、喉の乾きは癒せない。

 ヒィキタイタンさすがに限界を感じる。
   心の中で独り言

「マキアリイが流されたあの海流を横切って、ユミネイトを連れて泳ぐのは無理だな。
 船が通りかかるのを待って救助を求めるしか無い。
 でも海賊だったら、僕は殺されるなあハハ」

 遠く、船の姿が小さく見える。アレに救助を。
 それは明確にこちらに向けて近付いてくる。
 間違いなく、海軍の警備艇だ。

 目を凝らすと舳先にマキアリイと訓練教官カネフ兵曹の姿がある。
 二人共に救出に来た。

 憔悴し眠りかけるユミネイトを揺り起こす。

「助けにきたよ。ほら、マキアリイは頼れる奴なんだ」
「はいほんとうに」

 

           ***19 

 警備艇に救出された二人に、マキアリイはこれまでの経緯を語る。
    再現映像は早送り、コメディタッチ

「いやあ流された流された。もうすごい流れで5里(キロ)くらいずーっと流れていって、ようやく浜に辿り着いたんだ。
 そこからが問題さ。人家というものが無いんだよ、道も無い。
 さんざん探し回って自動車の轍を発見して、そこから延々走る。走らないとふたりとも海賊に見つかって危ないと思ったさ。
 それがまた干上がった荒れ地で、木の陰一つ無くて、飲水も無くて、死ぬかと思ったね。
 で、これはダメだと少しでも陰になってる所に転がり込んだら、やっと人家を発見。水が飲めた。
 でも電話なんか通じてないから、また走るよ。半刻(1時間)走って漁村に辿り着いて、そこで部隊に連絡さ」

   ヒィキタイタン
「すまなかったな。そんな苦労をさせて」
「ありがとうございます、マキアリイさん」

 救出され飲料水をもらったヒィキタイタンとユミネイトは元気を取り戻した。
 そうするとお腹がぐうと鳴り始める。ユミネイト、顔を赤らめる。

「朝から何も食べていませんので……」
   ヒィキタイタン
「僕達も朝食前に事件発生して、そのままだったなあ」
   マキアリイ
「すまん。俺食った」

 警備艇は軍港ではなく、途中の漁港に接岸する。
 教官カネフが説明する。

「巡邏軍にも連絡をして、陸路で自動車を回してもらっている。そのままゥアム公使館に直行する手筈となっております」
   ユミネイト
「ありがとうございます」
「いや、これも海軍の果たすべき責務ですからな。うちの訓練生がお役に立てて光栄です」
「本当にありがとうございます」

 警備艇が小さな漁港の船着き場に着いて、綱でもやわれる。
 海軍の正兵によってユミネイトは手を引かれて桟橋に降り、迎えの巡邏兵に引き渡される。
 漁港の道には巡邏軍の警戒自動車が2両停まっており、確かに問題は無さそうだ。

 ユミネイトは自動車に乗り込む。開いた車窓越しに二人に話しかける。

「ゥアム公使館に着いたら改めてお礼をいたします。本当に命がけで助けていただいて、感謝しております」
「うん、そう言ってもらえるなら」
「ま、満足かな」

 発進し、乾いた道路に土煙を上げて小さくなっていく巡邏軍車両。これで安心。
 それでもヒィキタイタンは、カネフに懸念を述べる。

「自動車2両は、海賊相手に少なくありませんか」
「総統府の工作員の車両が公使館まで先導するそうだ」
     マキアリイ
「それなら安心だ」

 だがヒィキタイタン、血相を変える。

「総統府の、外事特別工作班ですか?!」
「あ、ああ。そう言っていたな」
「先ほどユミネイトに聞きました。
 昨夜は偽の工作員に騙されて海賊の根城に連れて行かれ、奪還しようとした巡邏軍の攻撃を受けて、自分は海賊に任せて脱出させられたのだと」

「なんだって、」

 驚くマキアリイと訓練教官。
 その時、警備艇をかすめるかの低い高度で、正体不明の飛行機が飛んでいく。
 浮舟が無いから陸上機。タンガラムの海軍でも陸軍の所有機でもない。

 飛行機はユミネイトを乗せた自動車が去って行った先に飛んでいく。

 

           ***20 

 林の中。
 警戒自動車から降りた5名の巡邏兵、為す術も無く簡単に叩きのめされる。

 自動車から降りているユミネイト、口を抑えてわずかに後ずさる。
 彼女の前には、昨夜の黒服黒眼鏡の政府工作員ワハトツィが、数名の黒服と共に姿を見せる。

「ユミネイト様、ようやくお戻りになりましたね」
「あなた、何者! 政府の人じゃないわね。ラプレァは無事なの?」

 ワハトツィ、口の端を歪めて笑う。

「地下牢のシンドラ人を解放したのは、あなたの仕業と聞きました。困ったことをしてくれましたね」
「あなた誰なの、なにが目的なの」
「それはもちろん、あなたのお父様に御用がございます。
 ですからご安心ください、あなた本人にはいささかの興味も有りませんので」

 ワハトツィの指図で、黒服がユミネイトを拘束する。
 黒い乗用車に連れていき、押し込もうとする。

   ワハトツィ
「車を乗り換えていただきます。
 虜囚の身ではあっても快適に過ごしていただきますよ。あなたにはその権利がある」
「たすけて!」
「はは、誰がこんな所に。あなたの希望の兵士達は、何も知らずにあなたを救った良いい気分のままでしょうね」

 ユミネイトを押し込もうとする黒服の男、彼女の頭を押す。

「さっさと乗れ。うっ……、」

 突然男は倒れた。
 何事、と振り返った別の黒服もまた倒れる。
 黒服達、ワハトツィを中心に固まる。

 

 姿を表したのは、長い髪の毛をポニーテールに結ったゥアム人の若い男性剣士。
 陽に焼けた褐色の肌、とうもろこしのひげのような黄色い髪。青い長袖の服を着ている。
 手にする長い直剣の柄には青紫の房が下がっている。

   中華風剣士、に似ているがインディアン色が濃い。剽悍な少数氏族の出身である
   現代的な洋服がベースの衣裳で、端々にゥアム的生贄紋の刺繍

 彼に続いて、ゥアムの警備兵がやはり刀剣を携えて続々と現れる。
 また上空を飛行機が爆音を発してすり抜け、旋回して戻ってくる。

 黒服達は拳銃を抜いて威嚇するが、ワハトツィに制止される。

「ゥアム公使館は、まだ条約上の武器使用制限を遵守している。口実を与えるな」

 黒服達、その場に拳銃を捨てて降伏する。

 最後に、やはり黒服を着たタンガラム人が2人現れる。
 巡邏軍司令署に現れた総統府外事特別工作班員だ。
 ワハトツィを睨む。

「よくもやってくれたな。この後始末、どれだけ難儀するか」
   ワハトツィ
「おいおい、同僚に対してそんな言い方は無いだろう」
「「機関」に魂を撃った奸賊めが、よくもそんな口を」

 

 ゥアムの護衛兵がユミネイトを取り戻し、最初に現れた剣士の前に連れていく。
 剣士はユミネイトの前にひざまずく。直剣を無礼の無いように自らの背に回す。

 彼の名はカン=クト・ハ’ィル、ユミネイト専属の護衛である。
 ただし、この事件の前日に謀略によって遠ざけられていた。

   カン=クト・ハ’ィル
「ユミネイト様、ご無事でありましょうや。
 度々危険な目に遭わせてしまいました。この罪、いかようにでも償いたいと思います」

   ユミネイト
「カン=クト・ハ’ィル!、よく来てくれました」
「御父君(ごふくん)にお嬢様の安全を託されていながらこの失態。
 ですが、まずは公使館へお迎えいたします」

 ゥアム帝国で製造された豪華流麗銀色の高級乗用車が姿を見せる。装飾有り。
 カン=クト・ハ’ィル、味方側の総統府工作員に断りを入れる。

「ユミネイト様の身柄は当方で引き受ける。後の処理はお任せしよう」
「不手際申し訳ございません。いずれ事務的な処理でまた」

 工作員二人もワハトツィに手錠を掛けて拘束する。

 

 またしても上空を飛行機が轟音と共に通り抜けていった。

 

           *** 

 (映画「南海の英雄」その3)

    インターミッション

 

 呼び込み曲 『どちらかしら』歌:アキン・メラシィタ

 

           ***21 

    翌日
 ヒィキタイタン、マキアリイ、訓練教官カネフ兵曹の3名はゥアム公使から招待されて、ユミネイトの自宅に向かう。

    豪華なゥアム様式の調度で飾られる明るい応接室
    建物外観は描写せずに、直接室内から始まる

 海軍夏季正装の3人は応接室に通され、入り口付近に直立している。

 彼等に対面するのは、ゥアム帝国公使。
 神族ではないが極めて有能とされ、イローエント市にも長く滞在する。
 椅子から立ち上がって3人に勧める。

「そのように固くならず、椅子にかけてください」

 公使は錦糸で刺繍された豪華な椅子に座るように勧める。
 だが、公使の右横の席に座っているのはイローエント海軍高官。
 巡察警備隊副司令のサマアラズ軍監である。
     もちろん彼こそが、ユミネイトが囚われた館を訪れた海軍軍監だ。ヒィキタイタントとマキアリイは当然知らない

 訓練教官であっても階級は海軍兵曹に過ぎず、軍監ともなれば天上の神様だ。
 3人は蛇に睨まれたカエルのように硬直せざるを得ない。

 サマアラズ軍監は彼等の心情を理解して、そのまま直立不動を許す。

「そのままでよい」
   カネフ
「はっ! ありがとうございます」
「一昨日昨日と、君達はよく国家の名誉を守ってくれた。イローエント港湾警備の責任者としても、特に礼を言う」
「はっ! 身に余るお言葉光栄であります」

 カネフ、代表して上ずった声を上げる。
 ヒィキタイタンマキアリイ、自分たちだけでなくて良かったと、内心胸をなでおろす。

 公使、特にヒィキタイタントに尋ねる。

「君は、かのカドゥボクス財閥の後継者と聞いたが間違いないかね」
「はい。そのように定まっております」
「今日会うことが叶ったのも、天の思し召しであろう。いずれBusinessの現場で再会するのを楽しみにしているよ」
「お見知りおきくださりありがとうございます」

 マキアリイ、僭越ながら質問する。

「質問いたします!
 ここはゥアム公使館ではなくユミネイトさんの自宅でありますが、海賊対策は万全でありましょうや」

 軍監、公使と顔を見合わせて答える。
   映像は、邸宅の外観を空中から撮影したものに
   また屋敷の各所にゥアム警備兵が厳しく見張っている
   屋敷近くの海辺には船着き場があり、沖合を海軍の警備艇が行き過ぎる

   公使
「再度の襲撃を心配するのだろうが、問題ない。
 この屋敷にはゥアム神族トゥガ=レイ=セト様も長期滞在されるので、万全の準備が整っている」

   サマアラズ軍監
「御母君がゥアム人による常時警備を厭われて、イローエント海軍にお任せになられたのだ。
 御逝去されユミネイト殿がお一人になられて、状況が変わった事に留意すべきであった。
 その点は我々の落ち度であったと言えるだろう」

 再び応接室。公使とサマアラズ軍監が座る姿。
 随員が公使の背後から耳打ちする。
 公使、腕時計を確かめてサマアラズに会釈する。
 ヒィキタイタンマキアリイに告げた。

「君達にユミネイト様への面会を許可しよう。
 タンガラムにおいて会うのは最後となるだろうから、よろしくお頼みする。
 故国の思い出が良きものとなる事を」

    (注; 巡察警備隊とは、軍艦構造ではなく商船構造の巡視船を用いての海上警備活動を行う部署である。
      つまり海上保安庁であるがタンガラムにおいては海軍の正規の任務)

 

           ***22 

 ユミネイトの部屋。先ほどの応接室と変わらぬほど広く大きい。
 異なるのは内装の雰囲気。豪奢ではあるがタンガラム調ですっきりとしている。
 また女性の部屋らしい柔らかさがある。

 ユミネイトと老家政婦のラプレァが二人を立って出迎えた。
 ラプレァは二人を見て安堵した顔。

 部屋の周囲の壁には若い女性の使用人と、ゥアムの護衛兵が何人も立っている。
 昨日ユミネイトを救出した剣士カン=クト・ハ’ィルも居る。軍服でないから目立つ。
    彼はヒィキタイタンと同じ20才
    神族トゥガ=レイ=セト直々に指名されて、ユミネイトの護衛を指揮する権限を持つ

 室内の様子を見てすこし驚く二人を見て、ユミネイト笑う。
    衣裳は水色で夏らしさ涼やかさを表現。裾が大きく膨らむお姫様系のゥアムのドレスで殊更に身分を強調

   ユミネイト
「ね、大げさでしょ」
    マキアリイ
「まったくお姫様だな」
「普段はまったく人が居ないの。お父様がいらっしゃる間だけ、こんなに人数が入ってくるのよ」

 二人をユミネイトが自ら案内して応接の椅子に座る。
 若いゥアム女性の使用人が二人にゥアム産のお茶を淹れる。
   (注; ゥアムでは茶葉は取れない。コカの葉のようなもので、ゥアムでも上流階級のみが喫する高級品)

 マキアリイ、見るからに高級な茶器に注意しながら行儀よく茶を飲むが、舌がしびれて悶絶する。

「なんだこりゃあ〜」
  ユミネイト
「うふふ、やっぱりー。ゥアムの食べ物はタンガラムの人には刺激が強すぎるのよ」
   ヒィキタイタン
「僕は知ってるけど、初めて飲んだ時はそうだったな」

 

 しばらく歓談して、マキアリイ不躾に質問する。

「ユミネイト、これは最初からの疑問なんだけどさ、君の父親はどれだけ偉いんだ?
 海賊が君を誘拐して交渉をするって、なにが儲かるんだ」
   ヒィキタイタン
「それは僕も思った。国家機密とかに絡んでいるのだろうか」

 ユミネイト指を頬に軽く当て、少し考える。

「お父様は外交官では無いのですよ。ゥアムの神族が外国に行けば自動的に「公使」の身分を得るだけで。
 お父様の本業は物理学者です。
 原子核物理というもので、よく分からないのですが宇宙の成り立ちについての研究だそうです」

    ヒィキタイタン
「そういう方だったのですか」
「たぶん、わたしを誘拐したのはお父様が発明された『怪光線発射装置』のせいではないかしら」
   マキアリイ
「か、怪光線?」
「太陽が熱を発生させる原理を地上で実現する事の出来る、画期的な発射装置、らしいのです。
 わたしには何がなんだか」

 3人、強い視線を感じる。振り返ると、カン=クト・ハ’ィルがじっと睨んでいる。
 ユミネイト彼に尋ねる。

「怪光線、ダメ?」
   ハ’ィル
「妄りに口に出して良いものでは」

 と、今度はマキアリイに対して睨んでくる。なんだかこそばゆく、マキアリイ身をよじる。
 ハ’ィルは流暢なタンガラム語で話す。

「君は、只者ではないな。武術の心得が有るだろう」
   マキアリイ
「はあ、故郷では多少は死にかける程度に叩き込まれましたが」
「さもあらん。なるほど、お嬢様をお救いできたのもうなずける」

 ついでだからヒィキタイタンは、ユミネイトの今後の警備態勢を聞いてみる。

「公使がおっしゃっていましたが、ユミネイトさんは安全の為イローエントを離れるのですか」

 ユミネイトそれは聞いてほしくないな、と目を下に落とす。まつげが長い。
 家政婦のラプレァもそれまでの笑顔を少し曇らせる。

 ハ’ィル、ユミネイトの不快を承知しているが、ここは従ってもらう為にも強く宣言する。

「まずは御父君が御滞在なさるシンデロゲン市にお移りいただく。
 雑多なイローエントよりはよほど強く帝国の意向が反映される土地だ」
   ヒィキタイタン
「なるほど、東岸ですか。神族同士の誼というやつですね。そして、ゥアム行きに」

   (注;東海岸はかっての金雷蜒王国の領地であり、ギィール神族が治めていた。ゥアム神族とは同文を使う同族と思われている)

 

           ***23 

「そんな事は許さない!」

 部屋の扉を押し開けて、一人の若者が入ってきた。
   ヒィキタイタンと同じくらいの年齢(注;21才)

 タンガラムの首都で最新流行する高級服を着ているが、やはり垢抜けない田舎紳士である。
 ヒィキタイタンに比べたらどんな男もそう見えるだろうが。

 部屋の壁で守っていた護衛兵が3名、押し止め追い出そうとするが、
 ユミネイト立ち上がり、咎める声を上げる。

「その方はわたしの許嫁です。離して下さい」
   ラズレー
「ユミネイト、君をどこにも行かせはしない」
「ラズレー、これはお父様がお定めになられた事だから。聞いて」

 護衛兵を押しのけてラズレーはユミネイトの元に大股で進む。
 ユミネイトの足元に跪き、必死で翻意を促す。

 マキアリイ、状況がよく分からないのでヒィキタイタンに尋ねる。

「いいなずけ?」
「彼女も色々としがらみがあるのさ」

 ラズレー、いきなり立ち上がりヒィキタイタンの両手を取る。顔が暑苦しい。

「君達がユミネイトの命を救ってくれた選抜徴兵訓練生だねありがとう。婚約者の自分からも礼を言うよ」
「どうも」

 ラズレーそのままユミネイトに振り返り

「ユミネイト、君はタンガラムの大地に愛されているんだ。
 イローエントを離れてはいけない。僕と一緒にここで暮らしていくんだ!」
   ユミネイト
「ラズレー……」

 

 さすがにハ’ィルもこれ以上は迷惑と、護衛兵に命じてラズレーを退出させる。
 かなりの抵抗をしたが、兵士の腕力には敵わず連れ出され、扉が閉まる。

 ユミネイト、改めて二人に振り返る。

「残念ながら、これまでのようです。
 いずれ父がお礼をするでしょうが、わたしからもお手紙を差し上げたいと思います。
 訓練隊に送ればいいのですか」

    ヒィキタイタン
「徴兵訓練期間は私信は禁止になっています。
 でも兵営の外に手紙を受け付けてくれる店が有るので、そこにお願いします」
「そうですか」

 ヒィキタイタン、ポケットから手帳を出して宛先の住所・電話番号を書く。
 マキアリイも見てうなずいた。
 ページを切り取って、まずは護衛のハ’ィルに渡す。彼も内容を確かめて了承する。
 ユミネイトに手渡され、

「”橋わたし”? お店の名前ですか」
   ヒィキタイタン
「はい、親切なおばさんが訓練生の面倒を見てくれるんです。電話もありますが、外出日でないとさすがに出られませんね」
「そうですか……」

 ユミネイト、残念そうな顔をする。

 

           ***24 

   場面転換
   暗い営倉(軍隊の牢屋)、隙間から漏れる夏の日は強く熱く

 訓練所に戻ったヒィキタイタンとマキアリイは、正装からいつもの訓練服に着替えた。
 そのまま、訓練教官カネフにいきなり営倉に放り込まれる。
 それぞれ別の房に入れられ、鉄格子の扉が閉ざされる。

 マキアリイ、格子にしがみついて質問する。ヒィキタイタントも続く。

「教官どの、この仕打ちは一体何事でございましょうか」
「我らは軍規違反を犯したとは思えないのですが」

   カネフ
「お前達は確かに連日の大活躍をやってのけた、これは称賛に値する。
 だが! そもそも一兵士としては英雄になどならずとも良いのだ。
 このままではいずれ命も落としかねんから、一度反省しておけ」

 カネフ、ガチャンと扉を閉めて去っていく。

   マキアリイ
「いやまあ、やり過ぎたとは思うけどさ」
   ヒィキタイタン
「やり過ぎって事は無いだろう。ユミネイトの安全が最優先だ」
「いややり過ぎだろ。動力小艇全損だ」
「ああ。それは、……営倉入りかあ」

 二人諦めて、おとなしくなる。が、すぐ反応した。

   マキアリイ
「この房、陰なのにちっとも涼しくないぞ!」
「吹き抜ける空気が熱い。これじゃあ干物になる」
「うわああゲルタ干しかよお」

 

   場面転換
   イローエント港 国内航路客船用岸壁 すぐ脇に待合所の建物がある

 旅客が乗り込んでいく客船は5千トン級で、国内航路では大きなものだ。

 ユミネイト、外出着にお色直しして客船のタラップを登る。
 家政婦のラプレァを伴う。他メイド2名。
 随行するゥアム護衛兵10名、自動拳銃携行。剣士ハ’ィルが責任者である。

 ユミネイト、甲板上でイローエント港を振り返る。
 ハ’ィルが客船の説明する。

「ゥアム船籍の『キト’ィエレ=ハグ・パパレ』号です。
 緊急時のゥアム人国外脱出用に配置しているもので、タンガラム船とは頑丈さが違います。
 これで御父君のお待ちになるシンデロゲン市に向かいます」

 保護者代わりでもあるラプレァが懸念を示す。

「でも軍艦ではありませんね。海賊は大丈夫なのですか」
「ご安心ください。イローエント海軍より巡察船が1隻随伴護衛いたします」

 甲板より海を見ると、沖合に浮いている白い巡察船2千トン級『コーミネ(人名)』がある。

 ユミネイト、イローエント市と港全体を見る。
 彼女の故郷であり、これで見納めになるかと思えば感慨も一入。

「さようなら、お母さま」

 

    巡察船「コーミネ」 船橋
 正規の運行要員、船長に加えて、サマアラズ軍監までもが居る。
 船長中水令(中剣令)、さすがに鬱陶しくて質問する。

   船長
「警備副司令自らが護衛なさるほどの御方ですか。ユミネイト様というのは」
   サマアラズ
「剣令程度では分からぬ話だがな。
 ゥアム神族は国家元首に相当する格式を要求するのだ。それが帝国には300名も居るという」
「国家元首が300人?」
「左様。だからその令嬢はまさに姫君であって、父親に引き渡す際にも十分に格式高い階級を必要とする」

 船橋の窓から客船『キト’ィエレ=ハグ・パパレ』号を見る。
 出港の準備が整い、動き出す兆候が見える。

   船長
「それで軍監自らが指揮なさるのですか」
「これは高度に政治的な判断である。
 なにしろ既に、令嬢誘拐未遂という大失態をやらかしているわけだからな」

 船長も納得する。海軍が失態の責任を糊塗する為なのか。

 サマアラズは船長の隣の席にふんぞり返る。
 誰も自分を見ていないのを確認し、腹黒い笑みをこっそりと浮かべる。

 

           ***25 

 出港する『キト’ィエレ=ハグ・パパレ』号。
 国内便であるが、それなりに出港は賑わう。

 ユミネイトとラプレァ、船内の特別室に居る。神族専用の豪華な部屋だ。
 かなり広いが、所詮は船室であるから護衛兵が1人のみ控えている。 

 ハ’ィルが扉を開けて入ってくる。報告した。

「出港しました。これより無寄港直行でシンデロゲン市に参ります」
   ユミネイト
「お父様はそこにお留まりになってるの」
「東岸において様々に御活動されていると伺っています。詳しくは私にもわかりかねます」
「そう」

 ユミネイト、ラプレァに話しかける。

「あなたは、ゥアムには来てくれないのね」
「お嬢様、どこまでもお供したいとは思いますが、この歳では長旅は」
「無理は言わないわ。あなたがこれまでしてくれた事に十分に報いたいと思います」
「ありがとうございますお嬢様。
 あの、ラズレー様はおよろしいのですか」
「アノ人はゥアムにまでは付いて来ないでしょう。

 これでよくて?」

 ハ’ィルに話を振ると、彼は深々と頭を下げる。
 ユミネイトの婚約者の問題はこれで終了したということだ。

 

 客船が出港したのを見て、巡察船「コーミネ」も動き始める。
    その様子を海面スレスレから見る映像
    潜望鏡によるものであるが、外観は映さない。海面付近からの一人称視点

 「コーミネ」の船橋内部。

   サマアラズ軍監
「動いたか」
   船長
「出港いたしました。さすがゥアム船、定刻どおりだ」
「ふん。見習うべきだな」

 だが、船橋で通信監視をしていた要員が船長に報告する。

「船長、無線通信に妨害らしき兆候があります」
「電波妨害だと、何処からだ」
「不明ですが、いや、これは近い?」

 サマアラズ、なぜか大きくうなずく。

 

 突然、「コーミネ」はつんのめるような衝撃を受ける。

    サマアラズ
「何事か!」
   船長
「報告せよ」

 船橋要員、船内各所からの報告を船内電話で受ける。
 口々に船長に報告する。

「原因は不明ですが、船底に衝撃が有ったように思われます」
「全船内、浸水はありません。引き続き点検いたします」
   船長
「甲板観測員に目視で海面を確かめよと連絡しろ」

   サマアラズ
「まさかこんな場所で座礁はあるまいな」
   船長
「ありえません。ですが、」

 再び、船底から突き上げる感触。上に向けて加速度が。
 サマアラズ、この感覚に思い当たる。

「ひょっとして、衝角攻撃ではないのか。船長?」
「まさか! そんな。周囲に艦影はありません」

   船橋要員
「観測員より連絡。海中に大きな黒い影が、うわああああああ」

 「コーミネ」、転覆する。凄まじい破壊。衝撃。

 サマアラズ、椅子からひっくり返りながら
    カメラ自体視界が転倒し、揺れる

「やり過ぎだ! 馬鹿があああああ」

 

           ***26 

 客船から見る「コーミネ」。
 船が真ん中から裂けて、二つに折れて急速に海に没する。
 甲板上の乗客は船縁に掴まって、驚くべき光景を眺める。

 港から見た「コーミネ」。
 多くの旅客や関連職員、物売り、港湾労働者がそれぞれの場所で叫んで、沈む船を指差す。
 海軍の巡視艇がサイレンを上げて発進する。

 

   ユミネイトの船室
 備え付けの電話が鳴る。
 同時に、船室の外で大きな破壊音と、人の叫ぶ声がする。他の乗客の声。

 ハ’ィル、電話を取って聞く。

「船長か。なに、巡察船が?」

 部屋の船窓から外を覗くが、向きが違うから見えない。

   ハ’ィル
「詳しく状況を、そうだイローエント海軍に連絡して説明を求めよ」
「どうしました、外でなにか起きましたか?」

 ユミネイトの問いに、ハ’ィルは答えない。
 まず護衛兵に警戒を厳重にするよう命じる。
 そして振り向いた。 

「ここでは状況がよく掴めません。お許しあればブリッジに行って確かめて参ります」
「許します」

 直ちに出ていくハ’ィル。扉の外の護衛兵にも警戒を命じる。
 ユミネイト、ラプレァの手を取る。

「よくない感じがします。また海賊が来たのかも」
「そんな。お嬢様、この船は安全ではないのですか」
「ええ、大丈夫。あなたは守ります」

 

   『キト’ィエレ=ハグ・パパレ』号ブリッジ 民間船ながら「コーミネ」より広い
 ハ’ィル、長剣を手にさっそうと入ってきて船長に状況を尋ねる。

「如何に?」
「「コーミネ」が二つに折れて転覆しました。原因はわかりません」
「触雷したのではないか」
「爆発音は聞いていません。いきなり折れたとしか」

 ブリッジの中は上級船員が情報収集にやっきになっている。
 一方、甲板上に監視員を多数出して海面の状況を見張る。何があっても見逃さない。
 乗客は船員に制止され、船縁から船内へと強制的に誘導される。

    ハ’ィル
「ユミネイト様の脱出の手配は」
「脱出艇を下ろすには最低でも10分は必要です」
「そうか。岸壁に船を戻した方が早いか」
「ご命令があればそうしますが、高速でこの場を離脱するという手もあります」
「そうだな、   む」

 『パパ=レ』号、衝撃を感じる。蹴つまづいたかに動きが鈍る。
 機関長、計器を確かめて叫ぶように報告する。

「機関が、動力が推進器に伝達されていません。なんだこれは」
    船長
「直ちに機関停止! なにがあった」
「わかりません。機関室で直接操作がされたものと、」

 再びの衝撃。『パパ=レ』号完全に停止する。
 対応に追われる船長。
 だがハ’ィル、船長に命じる。

「脱出艇の準備を。ユミネイト様をお連れする」
「!? はい直ちに用意いたします」

 

           ***27 

 ユミネイトの部屋の扉を開けて、外の護衛兵が中の者に耳打ちする。
 彼はすぐに理解し、ユミネイトに向き直り頭を垂れる。

    ユミネイト
「さっきの衝撃?」
「ユミネイト様は本船を脱出していただきます。こちらへどうぞ」
「ラプレァ!」

 ラプレァはユミネイトの荷物の中でも、最も貴重なものを詰めた小さなカバンを持つ。
 これ以外は万が一失われても取り返しは利く。

 護衛兵2名の案内で脱出艇の場所に行く。
 わずかに傾いた船に驚き、乗客が騒いでいる。中には身分の高い者も居るが、ユミネイトが優先だ。
 案内された先に、ハ’ィルと護衛兵全員が待っていた。

   ユミネイト
「なにが起きたのです」
「まずは本船を脱出して陸にお戻りいただきます」

 ハ’ィルの表情は平素と変わらないが、これまでで最大の緊急事態だと察する。
 ユミネイト命じる。

「ラプレァに一人付けて。彼女は自由には動けない」
「それは船員を当てましょう。我々はあなたを優先します」
「最善をお願いします」

 船員達がクレーンを操作して、脱出艇を海に下ろす作業を行う。
 船員が先に1名乗って、中の装備を整える。
 その間、10名の護衛兵は周囲を警戒していたが、

 護衛兵の隊長が声を漏らす。

「静かだ……。静か過ぎる。」

 先ほどまで響いていた乗客の騒ぐ声、悲鳴。また船員が走り回る音が聞こえない。
 機械が動作する音と振動のみが、そして潮騒が空間を満たす。

    ハ’ィル
「警戒せよ。何事か有る」

「ユミネイト・トゥガ=レイ=セト様でございますね。お迎えにあがりました」

 不意に声を掛けられ振り向くと、いつの間にか怪しい集団が傍に居る。
 ゥアムの服である白い背広上下、さらに白い帽子を被った男達。黒い革手袋をしている。
 13名、まるで手品のように出現した。

 護衛兵、ここは緊急事態であると腰の自動拳銃を抜く。ハ’ィルも直剣を抜いた。

 先頭の1名、怪しい男達のリーダーが顔を上げる。
 無機質な仮面、目と口のみに切れ込みを入れた真っ青な仮面を付けている。
   シンプルながら悪魔を思わせる「嘲笑」の表情の仮面

 彼は、「なにごとか」をした。
   特撮効果。青い丸い渦巻きが画面にオーバーラップされて、まるで光線を発したような表現

 護衛兵は次々に気を失って倒れていく。

「ラプレァ!」

 ユミネイトの隣にいたラプレァも渦巻き光線で失神し、ユミネイトに身体を支えられながら床に崩れ落ちる。
 ただ一人、ハ’ィルのみが打ちひしがれながらも気丈に剣を向ける。

「なんの、魔術か。くっ」
   仮面リーダー
「ほおよく耐える。だが抵抗は無駄だ」

 さらに紫が加わった渦巻きにより、ハ’ィルは遂に前のめりに倒れてしまう。
 残るのはユミネイトだけ。おびえながら、

「……何者なの、あなたたち」
   仮面リーダー
「この術に耐えるとは、やはりあなたは素晴らしい資質を備えておいでだ。是非ともお迎えせねばなりませぬ」
「何者、海賊なの。わたしをどうするの」
「お話は後ほど」

 手下もやはり青い仮面を被っている。
 リーダーの指示でユミネイトに近付き拘束し、口元に薬液を含ませた布を当てる。
 ユミネイト急速に意識を失い、男達の手の中に崩れ落ちる。

 暗黒

 

           ***28 

   場面転換
 目が覚めると、ユミネイトの自宅。自分の部屋。
 応接の椅子、自分の席に座っている。

 目の前の椅子に座るのは婚約者のラズレーだ。相変わらずの田舎紳士。
   愛しい人を見る微笑み

 彼の背後には、ユミネイトを拐った白装束の男達がずらりと並ぶ。
 全員青い仮面が不気味。

 ユミネイト、きつい声で婚約者を詰問する。

「ラズレー! これは何なの」
「ユミネイト、僕の花嫁。君は素晴らしい。
 君の行いが深き海の支配者の御心を動かして、常世の城へのお招きを受けたんだ」
「なにを言っているの。ちゃんと話してちょうだい。こいつらは海賊なの?」

 ラズレー立ち上がる。腕を開いて芝居がかった説明を始める。
 陶酔するような表情。

「ああ、君は知らないだろう。海でに生きる民には古くから受け継がれてきた教えがあるんだ。
 僕の家は代々の網元で、旧き神を崇める信仰を持つ」

 ユミネイト、「信仰」と聞いてはっと思い当たる。

「信仰? あの捕まっていたシンドラの人達の」
「まさにそれだよ。君は徳の高い行いをしたから、竜宮城への招きを受けたんだ。
 彼等は神の使い。君を迎えに来た。
 僕は付添いとして同じく招かれたんだ」

 白服青仮面のリーダー、仮面の下から若干くぐもった声を発する。

「我が眷属をお救いいただき、礼を申し上げる。
 真理には目覚めぬ愚かな者共といえども、無闇と迫害されるを不快と感じていたのだ。
 我々は通例は地上の世界、陸の民とは接触を持たない。海に出ていく者と交流するのみだ。
 だが時折現れる徳の高い御方を客人としてお招きする。

 その時我々も、深淵の旧主との邂逅を果たすのだ」

 何のことだか分からない。だがユミネイトが気に掛けるのは

「ラプレァはどうしたの。船に置いてきたの?」

 仮面の一人が部屋に備え付けの豪華有線ラジオを操作する。徐々にボリュームが大きくなる。
    青い仮面を画面正面に向けて、大きく傾ける。かなり滑稽なポーズ

    青仮面はあざ笑うかの戯画的造型で、悪魔のようであるがまた滑稽な印象もある
    人外が人に化けているかの趣き

 イローエント港で起きた海難事故のニュースが流れてくる。

”……座礁した『キト’ィエレ=ハグ・パパレ』号は損傷も軽微で、海軍救助部隊により直ちに乗員乗客の救出が行われています。今のところ全員無事と……”

    ユミネイト怒りの視線を向ける。

「船を沈めたのはあなた達のしわざなのね」

 仮面リーダー、大きく手を差し伸べる。
 ラズレーは満足そうにうなずく。

   仮面リーダー
「さあ参りましょう。深き海の底、我らが美しき蒼き世界へ」

 

           ***29 

   場面転換
   選抜徴兵訓練所営倉

 いきなり扉が開けられる。
 ヒィキタイタンとマキアリイ、いい加減熱風でバテている。
 営倉管理の上兵が二人に宣告する。

「ソグヴィタル・ヒィキタイタン少兵、ヱメコフ・マキアリイ少兵。両名は現時刻をもって謹慎を終了する。
 直ちに部署に復帰して命令を待て」

    ヒィキタイタン
「待って下さい。妙に早くありませんか」
「港で巡察船「コーミネ」が大破沈底、民間の大型客船も座礁した。
 現在イローエント海軍は総力を挙げて救助活動を行っている。
 訓練生も早く持ち場に着け」

    マキアリイ
「こりゃあ一大事だ!」

 二人揃って駆け足で訓練隊に戻っていく。

 

 明るい強烈な太陽光線。
 まばゆい運動場に、訓練生初年二年隊整列する。
 ヒィキタイタンとマキアリイも急いで並ぶ。

 訓練教官ではなく、訓練隊隊長の小水令(海軍の小剣令)が正面で訓示する。

「……幸いに客船は乗員乗客に被害は見られていないが、「コーミネ」の乗員は現在も捜索中である。
 状況の説明は以上。
 訓練生にも今回、救助を補佐する任務を与える。
 初めて実働の者も多いだろうが、教官の命令に従い軍人としての本分を果たせ」

 代わって副長・教練主任

「諸君らの任務は警備補助である。
 押し寄せる群衆や現場に侵入しようとする新聞記者を排除する巡邏軍の活動を、海軍の側から支援する」

 その他諸々の指示があって、解散。ただちに出動準備に入る。

   初年生アルヒミル
「やれやれ、やっぱ俺達は半人前扱いかよ」
   初年生
「仕方がないだろ。その通りなんだからな」

   マキアリイ
「座礁した客船はなんて名前だ」
   アルヒミル
「ややこしい名前の、ゥアム船籍だそうだぞ」
「ゥアムだって?!」

 マキアリイ驚く。

 

   その頃、遭難現場上空
 巡察警備隊の小型複葉水上偵察機が上空から捜索している。2人乗り。

   偵察機後席観測手
「おい、アレはなんだ?」

 海面下に極めて巨大な黒い影が潜んでいる。

   操縦士
「なんだ、暗礁か」
   観測手
「ばかな、沈船いや、潜水艇か」
「こんなバカでかい潜水艇があるもんか。これじゃあまるで巡洋艦……」
「本部に連絡する」
「あ、ああ」

 

   巡察警備隊司令本部
 大事件によりごった返し、引っ切り無しに電話が掛かってくる中、無線室に連絡が入る。

   偵察機観測手
”こちら水偵24、遭難現場より西方5里(キロ)の海中に巨大な艦船と思われる影を確認”
「こちら本部、今一度問う。何を見たと」
”潜水艇だ。信じられない大きさの、まるで巡洋艦が沈んで。あ、浮上を開始した”
「海軍の潜水艇は出動していない。確認されたし」
”巨大な潜水艇、潜水艦だ! 発砲炎を確認ザサザッ、ザッ……”

 

 海中に潜んでいた潜水艦は上部司令塔のみを浮上させ、直上に対空噴進弾を発射した。

   対空噴進弾とは、ロケット推進によって飛翔するもので、空中に子弾をばらまいて航空機の上空への進入を阻止する。
   子弾には落下傘が付いていてしばらく滞空し、接触または時限式で爆発する。
   直接の撃破ではなく、爆撃進路への進入を忌避させる為の地雷のようなもの

 水上偵察機は子弾の嵐に直接巻き込まれた。
 周囲で連続して小さな爆発が起きる。鋼鉄の破片が飛び散った。

「ぐああ」
「墜、落、する」

 水上偵察機に乗る操縦士、観測手どちらも破片を浴びて負傷。
 複葉の翼にも無数の穴が開いて、落下していく。ただし飛行能力そのものには影響無し。

 

           ***30 

 出動準備を進める選抜徴兵訓練生。
 だが運動場から、煙を噴いて斜めに降りてくる水上偵察機が見える。
 飛行機操縦免許を持つヒィキタイタンから見て、明らかに異常な降下速度だ。

「落ちるぞ、アレ!」

 だが操縦士必死の操作を行い、訓練所の沖合に無事着水する。
 降りたはいいが動かなくなった。

 運動場で見守る訓練隊長および教官と訓練生達。
 隊長小水令、偵察機を双眼鏡で見て、

「乗員が負傷しているのではないか? 誰か飛行機を扱える者は居るか?」

 さすがに訓練課程には無い水上飛行機の操縦や整備の技能を持った者は、訓練所には居ない。
 ヒィキタイタン、手を挙げる。

「二年生ソグヴィタル少兵であります。
 隊長どの、自分は飛行機操縦免許を所持しております」
   カネフ
「ソグヴィタル訓練生、おまえは何でも持ってるな」
   小水令
「よし、救出に参加して偵察機を回収せよ」
「はっ!」

 海軍上兵が操縦する動力小艇に乗って、ヒィキタイタンは水上偵察機の回収に向かう。

 

 海上で、破損した水上偵察機から担ぎ出される操縦士、観測手。
 合板で作られた機体に無数に弾片が貫通した穴が開き、ささくれている。
 救出された二人は、動力小艇の上に寝かされて応急手当を受ける。

    観測手
「海中に、きょだいな、巡洋艦よりも巨大な潜水艦が、」
    上兵
「なんだって、何が居るって」
「敵だ。巨大なフネが、敵襲……」

 そこで意識不明となる。

 一方偵察機では、操縦席を覗き込むヒィキタイタンに整備士が尋ねる。

「どうだ、爆発はしないか」
   ヒィキタイタン
「発動機には被弾していないようです。予備油槽の一つが空になっていますから、ここでしょう」
「そうか、曳いて行けるか」
「大丈夫です」

 負傷者とは別の動力小艇に曳かれて移動する水上偵察機。

 訓練所の動力小艇用桟橋に横付けされる水上偵察機。
 訓練生達はは自分も見たいと押し寄せるが、教官に怒られる。

 

           ***31 

 一方その頃、軽食屋『橋わたし』
   夏だから、戸口は開けっ放しで風を通している
   扇風機は回っている (注;クーラーなんて贅沢品は無い)

 近所の民間人の客が何人か入っていた。
 店の有線ラジオで、「巡察船沈没、客船座礁」の臨時ニュースを聞いている。

   客
「昨日は海賊が女の子を拐っていったと聞いたが、海軍は何をやってるんだ」
「やっぱりこれも海賊の仕業かな」
「こんなのが続くと、商売やってられんぞ」

   「橋渡し」のおばちゃん
「でも拐われた女の子を救い出したのは、この訓練所のソグヴィタルくんとヱメコフくんだって聞いたわよ」
   老人客
「ああ頑張っとるなあ。若いもんは頑張らななあ」

 店の戸口から新しい客が入ってくる。席に座らぬままに喋り出す。

「今も、上から飛行機が降りてきて訓練所の前に着水したぞ」
   店のおばちゃん
「ほんとー?」
「騒がしいのお」

 「橋渡し」の外の岸壁から見る風景。運動場の外周には金網フェンスを張ってある。
 訓練生達が多数出て、水上偵察機の救出をわいわいと見守っている姿。

 店のおばちゃん、今入った客の注文を聞く。
 調理場に大きなよく通る声で注文を伝える。
 その時、店の電話のベルが鳴った。

    店のおばちゃん
「はい、軽食の『橋わたし』ー」
   若い女の声(ユミネイト)
「ソグヴィタル・ヒィキタイタンさんに連絡が付きますか。徴兵訓練生の」
「ああ、ソグヴィタル君ね。今日は訓練しているから直接には無理よ。伝言をうかがいますよ」

「わたしはユミネイト、二人に助けてもらった者です。今自宅ですが、助けて、ヒィキタイタンとマキアリイに、」
「もしもし、お嬢さん。あの何を言っているのか」
「助けて、見つかっちゃう、きゃああ       」

 電話の向こうではがたごとと争う音がして、少女の悲鳴が遠く聞こえる。

 おばちゃん、びっくりして受話器を握りしめる。
 店の客は誰も彼女の異変に気付かない。

 しばらく通話は続いているが、誰も応答しない。
 そして切れた。

 

    ユミネイトの自宅の映像 ユミネイト自室

 ユミネイトの部屋には緊急用に電話機が隠されている。
 青仮面の男達の目を盗んで、緊急電話をこっそりと使う。

 直通のはずの巡邏軍、またゥアム公使館には通じない。
 船が沈没した事故により回線がパンク状態にある。
   それぞれの事務所の様子。職員が引っ切り無しに電話に応答して大混乱

 やむなく思いついたのが、ヒィキタイタンが渡した連絡先の『橋わたし』だ。
 ユミネイト、服の中に隠し持っていた連絡先の手帳の1ページを取り出し、ダイヤルを回す。

 仮面の男達に見つからないように、心臓をドキドキさせながら繋がるのを待つ。
   緊張感
 電話の向こうに出てきたのは、親切そうなおばさんの明るい声。

”はい、軽食の『橋わたし』ー”

 声を潜めて伝言を頼むが、さすがに見つかってしまう。
 受話器をもぎ取られ、手から落とし、強制的に別室に連れて行かれる。
   床から見上げる映像。受話器の視線

 最後に一人、青仮面の男が戻ってくる。
   画面を覗き込むようにまっすぐに仮面が大写し 無機質な表情

 男は受話器を拾い上げ、本体に戻して通話を切る。

 

 『橋わたし』のおばちゃん、通話が切れるのを確認して、受話器を戻す。
 意を決して店の外に飛び出し、岸壁に走る。

   訓練所は運動場の部分からは海に突き出した埋立地であり、外の町との間に10数メートル幅で海があって離れている

 おばちゃん、運動場が見える岸壁に行く。訓練生が多数居るのが見えた。
 金網に向かって大きな声で叫ぶ。

「ソグヴィタルくーん、ヱメコフくーん!」

 だが通じない。しかし、初年生のアルヒミルが近くに居るのに気が付いた。

「アルヒミルくーん、こっち、こっちに来てー!」

 アルヒミル自分を呼ぶ声に気付く。
 金網の近くに寄っておばちゃんを確認。今現在は困るんだ的な仕草をする。
 だが、おばちゃんは必死に呼び掛ける。

「ソグヴィタルくんとヱメコフくんに伝えてー。昨日の女の子が、助けてーって」

 アルヒミル、訓練教官に見つからないように、手振りで大きく合図する。
 おばちゃんもう一度、叫ぶ。

「ユミネイトさんが、自宅で、助けてーって」

 アルヒミル、頭の上で大きく○を作って、背後の訓練生の中に走っていく。
 おばちゃん、ホッと息を吐く。

 

           ***32 

 訓練初年生が出動準備で集まる中。
 遅れて割り込んで来たアルヒミルは、マキアリイに伝言を伝える。

「マキアリイ、『橋わたし』のおばちゃんから伝言だ。
 ”ユミネイトが、自宅で、助けてくれ”」
「なんだって?」

「ユミネイトって、昨日一昨日お前達がが助けた令嬢だよな。また襲われたんじゃないか?」
「もう一度。ユミネイトは自宅に居るんだな?」
「”自宅で、助けてくれ” だ」

 マキアリイいきなり走り出し、桟橋で水上偵察機を世話するヒィキタイタンに駆け寄った。
 岸壁から呼び掛ける。

「ヒィキタイタン、ユミネイトがまた拐われた!」
「じゃないかと思ったさ! あの客船は彼女が乗るはずのやつだろ」

 ヒィキタイタンの表情は、既に覚悟を決めている。
 水上偵察機のもやいを解き、操縦席に飛び込んで発動機を始動し始める。

 マキアリイも岸壁から跳んで、桟橋に繋がれる動力小艇に降り、そこから水上偵察機に走り上がる。
 後席に乗り込もうとするが、

 ヒィキタイタン厳しい表情、口調で制止する。

「マキアリイやめろ。今度は本当に軍規違反だ」

 マキアリイ、呆れた表情で首を後ろに反らし、操縦席の先輩を見る。
 本人はどう見ても、軍規違反を敢然と犯して水上偵察機を奪い、てユミネイト救出に行く気満々じゃないか。

   マキアリイ
「やっぱり御曹司だなあ」 

 と、止めるヒィキタイタンに取り合わず、勝手に後席に乗り込んだ。

   マキアリイ
「男ってのは、そんな事気にしないもんだ」

 

 水上偵察機はプロペラが回り始め、止める上兵や整備兵を振り切って静々と海に出ていく。
 訓練教官カネフ、偵察機の発進に気付いて岸壁に走る。

「ソグヴィタル! ヱメコフ! またお前らかあ。
 まて、待て。勝手をするなああ」

 水上偵察機、操縦席後席共に風を受けて広い海へと滑り出し、滑水を開始する。
 訓練隊の全員が見つめる中、イローエントの群青の夏空に舞い上がる。

 

    ユミネイト自宅外。広壮で美麗な白亜の邸宅を背景に

 青仮面の男達にユミネイトは丁重に、だが強引に連れて行かれる。
 屋敷に付属の船着き場に泊まる連絡艇に乗り込もうとする。
 婚約者ラズレーも当然の顔で付いていくが、乗ろうとして咎められた。

   ラズレー
「何故だ。私もユミネイトに同行する資格があるはずだ」
   青仮面
「お前には深淵の主にまみえる資格はない。案内はここまで十分だ」
「そんな馬鹿な話があるか。私は、
 そうだ、私にも資格があるはずだ。判定してくれないか」

 仮面リーダー、応対する。

「審判を望むのか?」
「そうだ。ユミネイトの夫として、彼女と共に行く資格を見せよう」
「ならば試そう」

 仮面リーダー、無造作にラズレーを海に突き落とす。
 さすがに網元の息子だからすぐに浮いて泳いでくるが、
 青仮面の一人が拳銃で彼を撃ち殺す。あまりにも無造作に。

 ユミネイト、悲鳴を上げる前にまず状況を理解できない。
 ラズレーが殺される理由が分からない。

    ユミネイト
「何をするの!」
「これは選ばれし者の試練だ。彼が望んだ」

 しばらく海に浮かぶ死体。顔は海面に伏せている。
 青仮面の一人が近くから長い棒を取ってくる。
 棒で突いて死体を表にひっくり返す。

 ラズレーの死に顔。驚愕したまま固まっている。だが他に変化は無い。

   仮面リーダー
「蒼くならない。彼は旧主から招きを受けなかった」

 青仮面一同納得して、連絡艇に全員が乗り込む。
 ユミネイトも連れて行かれる。

   ユミネイト
「ラズレー、ラズレー!」

 

           ***33 

   空の上、二人が乗った水上偵察機

 マキアリイ、後席から操縦席のヒィキタイタンを覗く。
 ヒィキタイタンは危なげなく操縦中。

「ほんとうに何でも操縦できるんだな」
「それだけカネを使ったからね。せっかくだから有効活用しよう」

 たちまちユミネイト自宅上空。
 旋回するが下には特に異常なし。

   マキアリイ
「何も無いな。でも警備も居ないぞ」
「海賊に全員殺られたとも思えないが、」
「そもそも、海賊に巡察船を沈没とか出来るのか?」

 調べるには下に降りてみるしかない。
 ヒィキタイタンは着水のアプローチを始めようとするが、マキアリイが止めた。

「ヒィキタイタン、連絡艇が近くに居る。
 この船着き場から出たんじゃないか」
「航跡から考えると、確かにその可能性が高いな」
「じゃあユミネイトはアレに?」

 確認の為に頭上を通過するが、やはり上からでは何も分からない。
 しかしマキアリイは、連絡艇が向かう先の海中に巨大な黒い影を見つけた。

   マキアリイ
「なんだありゃ」
「潜水艇? いやとんでもなく大きいな。これはもう「潜水艦」だ。
 そうか、負傷した観測手が言っていたのは、これか!」

   マキアリイ
「潜水艇って小さいものだろ」
「タンガラムのはな。だがこれは、たぶん外国の」

 

 影は浮上して、司令塔を海上に突き出した。海面ギリギリに甲板も見せる。
 まさに巨大潜水艦だ。

 連絡艇は潜水艦に横付けし、司令塔からも船員が姿を見せる。
 白い服の人影が次々に潜水艦に乗り移っていく。
 その中に一人、小さな姿がある。

    ヒィキタイタン
「ユミネイトだ!」

 少女の姿を発見して、急速に水上偵察機を下降させる。
 ほとんど無理やり着水させた。
 そのまま進んで潜水艦に近付いていく。

 しかし人影は既に司令塔の中に消え、甲板上は無人。
 潜水艦は再びの潜航を開始するように思われた。

 ヒィキタイタン、大胆にも潜り始めた潜水艦に機体を横付けし、飛び降りる。
 後に残されたのは、飛行機の事を何もしらないマキアリイ。

 既に甲板は水に浸り、足元の海水をかき分けてヒィキタイタンは司令塔に向かう。
 当然出入り口は既に閉ざされている。
 だが司令塔最上部の円形ハッチが未だ開いていた。

 ヒィキタイタン、司令塔外壁の鉄はしご(タラップ)に手を掛ける。
 必死で登るが、潜水艦は加速度的に潜行していく。

 沈む潜水艦の波に翻弄され海面をくるくると回転する水上偵察機。
 マキアリイは操縦席に移って必死に操作するが、知らないものは動かせない。

 司令塔最上部に登り着いたヒィキタイタン。悪戦苦闘中のマキアリイに呼びかける。
   (注:冷静に考証すれば、声なんか届かない轟音なのだが気にしない)

   ヒィキタイタン
「後は任せた!」
「任せるって、一人で中に入る気かよ。死ぬぞ!」
「そうかもしれない。じゃあよろしく。
 あと、発動機動かさないと何もできないぞソレ」

 右手を挙げて軽く挨拶し、円形ハッチに潜り込んでいくヒィキタイタン。ハッチ閉まる。
 マキアリイは必死に計器盤にあるスイッチをかたっぱしから弄り始める。

「どうやればいいんだよ。自動車免許も持ってないんだぞ俺」

 潜水艦は完全に海面に没し、水上偵察機は木の葉のようにくるくる回る。

 

           ***34 

 潜水艦艦内のヒィキタイタン。
 通路は狭く鉄パイプが縦横に走り、複雑極まりない。
 照明は赤い電灯で、色がよく分からない。

「見学した大型砲艦と通路の寸法は同じだな。とんでもない大船ってことか」

 白い水兵服を着た船員が通り過ぎる。
 ヒィキタイタン慌てて身を隠す。木箱にへばりついてようやく逃れた。
 船員の肌は真っ黒で、白目のみが光って見える。

「これはどう見ても海賊じゃないな。色が黒いからシンドラ人か。
 だがシンドラにこんな潜水艦を作る技術力が有るのか?」

 ヒィキタイタン、自分の腰周りを確かめる。
 武器として持ってきたのは、発煙筒1本のみ。
 我ながら呆れる。

「さすがに無謀すぎた……」

 潜水艦内で武器を調達するつもりであったが、照明のせいでよく見えない。大失敗だ。
 気を取り直す。

「ユミネイトはどこに拘束されている?
 たぶん重要人物として丁重に扱われるはずだから、艦長室を」

 

 海上、イローエント港軍港区。
 5000トン級の大型砲艦「ィト・ハヰム(墨江)」が堂々と出港する。
 続いて、小型砲艦数隻と魚雷艇が次々に発進。

 砲艦「ィト・ハヰム」の艦長の階級は大水令。
 艦橋にて指揮を執るが、その脇に居るのは、サマアラズ軍監!
 巡察警備隊に戦闘任務はないのに、艦橋に無理やり乗っている。

   「ィト・ハヰム」艦長
「九死に一生を得たところです。自ら戦闘艦に乗り込んで仇を討たなくもいいでしょう」
   サマアラズ
「なんの! 我が隊所属の艦船が撃沈されて、黙って見ていられるか」

 サマアラズ軍監は巡察船「コーミネ」撃沈後、一人流されて沖合で救助され、巡察警備隊司令部に戻ってきたところ。
 水上偵察機より「巨大潜水艦発見」の通報を受け、防衛司令部に噛み付いて、戦闘艦への同乗を許可された。

   艦長
「しかし、巡洋艦並の巨大な潜水艦とは、信用に値する情報ですか」
「既に別の偵察機も艦影を確認している。
 「コーミネ」を衝角攻撃により一撃で葬ったのだ。それなりの巨体、それなりの重装甲と見做すべきであろう」
「確かに」

   砲艦「ィト・ハヰム」の主砲は210ミリ単装砲塔前後2基 副砲に140ミリ単装砲塔左右2基 さらに105ミリ速射砲を両舷に計8門
   乾舷は低いが装甲防御帯を全周に施して、十分な砲戦防御力を持つとされる

   サマアラズ
「魚雷は積んでないのか、魚雷は」
   館長
「砲艦には魚雷は積みません。魚雷艇に任せます」
「魚雷艇ではいかん。海面下の目標を補足する能力を持たん」
「確かにそれは難しい。ですが対潜部隊もすぐには発進は」

「うう〜む〜、腹が立つ。儂自らが撃沈したい!」

 艦長、副長と顔を見合わせる。これは難儀なことになりそうだ。

 

 ヒィキタイタン、船長室を発見。
 出入り口付近に潜んで内部を探る機会を窺っている。

 現在は作戦行動中であるから船長が居るはずも無いが、ユミネイトが捕らえられている可能性は高い。
 だが当然に見張りも居るだろう。

 ヒィキタイタン、スパナを手にしている。工具箱を見つけて盗み取った。

「扉を叩いて、中の者が確認に開ける時に」

 通路に船員が通るのに気をつけて、船長室の扉に取り付く。
 いざ、という時に、船全体にコンと石をぶつけるような音がした。

「タンガラム海軍の水中探査だ。戦闘艦が出撃してきたんだ」

 であればユミネイト救出は少し容易くなる。
 船内で騒動を起こせば音が外に漏れて、海軍の捕捉も簡単になるだろう。

「いくぞ」

 とスパナを振り上げる。その時
 プシュッと圧縮空気が抜けるような音がした。
 ついで、横に滑る感触がして体勢を崩した。船が進路を変えたのだろう。

「? ……、魚雷を発射したのか!」

 ヒィキタイタン、躊躇を止めて強硬策に移る。
 船長室の扉を割らんばかりにスパナを叩きつける。

 

    「ィト・ハヰム」艦橋
 探査室から連絡が入る。士官が艦長に報告する。

「海中に潜水艇を確認。距離は5里(キロ)、深度20杖(14メートル)です」

    サマアラズ軍監
「やっぱり居おったな。艦長!」
「砲撃戦用意。主砲塔・副砲塔に連絡、水中弾装填」
「水中弾?」

 サマアラズ、怪訝な顔をする。
 水中弾は潜水艇を攻撃する定番の武器で、海面に当たっても弾かれずそのまま直進し水中で爆発する。
 だが深度14メートルではほとんど効果は望めない。

 艦長も、その懸念は理解して説明する。

「既に敵艦とは砲戦距離、魚雷射程距離内に入っています。
 とにかく榴弾を叩き込んで撹乱し、相手が逃走するのを促します。」
「逃がすのか?」
「後は航空隊に任せましょう。敵が何を意図しているのか不明ですが、飛行機よりは早くはない」
「なるほど。港湾近傍では戦闘しづらいということだな」

 だがその動きは遅すぎた。探査室から再度の報告。

「魚雷発射音を確認!」
   艦長
「操舵手、回避せよ!
 舷側砲、対雷撃戦闘! 各個の判断で撃て」

 だが港から出たばかりで速度も上がっていない砲艦は、涙が出るほどにゆっくりとしか動かない。
 海中を魚雷が走る姿が、上空の偵察機からも確認された。
 魚雷に面する右舷4門の105ミリ砲が次々に火を噴き、砲弾が海面に突入し爆発する。
 しかし、撃破できない。

「着弾します! 10秒、    3、2、1」

 「ィト・ハヰム」、被弾。
 とんでもない大きさの爆発が右舷前部で起こる。水柱が20メートルも立ち上がる。 
 艦橋内も凄まじい衝撃で、士官も艦長も軍監も吹き飛ばされる。

 

 「ィト・ハヰム」は右側に急速に傾き、乗員が脱出する暇も無く転覆した。
 ついで、動力の蒸気機関に海水が流入して、先ほどの魚雷よりも大きな水蒸気爆発を起こす。

   上空からの映像
   転覆して腹を見せる「ィト・ハヰム」の周囲に、大小の艦艇が右往左往する

 

            ***35 

 一方潜水艦内のヒィキタイタン。
 見事ユミネイトを発見して、船長室から奪還。
 通路に飛び出し、船員に見つかり格闘戦に及んでいる。

 スパナ大活躍。狭い船内通路ではこれ以上長いと振り回せない。
 船内では銃器も使えず、船員も手近の道具で叩き合う。

 ヒィキタイタンとユミネイト、司令塔下の垂直通路に到達する。
 上に伸びる鉄はしごを示して

「ユミネイト、先に登って下さい」
「でも上は行き止まりでは、」
「策があります。早く」

 ユミネイト、他に選択肢も無く登り始める。ヒィキタイタンは格闘中。
 ユミネイト、とにかく登る。上がっていく。
 途中顔を覗かせる船員も居るが、爪で引っ掻いて応戦する。もうネコみたい。

 ヒィキタイタン、格闘に次ぐ格闘で十分船員を惹きつけたと見て、発煙筒を取り出す。
 火を点けて、煙が吹き出したところで船員たちの間に投げ込んだ。
 ユミネイトの後を追って、鉄はしごを急いで登る。

   ユミネイト
「ヒィキタイタン!」
「もうすぐ、船長室も火が大きくなります。きっと浮上するでしょう」

 船長室。やられてのびている見張りの船員の姿。
 可燃物の多い部屋で、長く伸ばしたコヨリの小さな炎が燃え進み、遂に大きく燃え移った。

 船内非常警報の代わりに、赤い照明が点滅する。
 船が浮き上がる気配がした。

 潜水艦、浮上。
 司令塔が水を割って海面に出現し。甲板までもが陽の下に顕になる。

   見上げると、空中を飛び交う数機の偵察機
   ついで、上空から下を見下ろす映像 巨大な潜水艦

 司令塔出入り口が開いて、煙と共にヒィキタイタンとユミネイトは艦外甲板に脱出する。
 続いて、白い水兵服の船員が多数外に出る。
 彼等の顔は、肌は真っ青である。船内の照明が赤だった為に、青色は黒く見えたのだ。
    白目は黄色がかっている
 いずれの船員も半分死人のようにゆったりと動き、近付いてくる。

 見渡す限りの海原で、味方イローエント海軍艦艇は転覆した「ィト・ハヰム」の周辺で救助活動を行っている。
 何もない甲板上を追い詰められる二人。

   ユミネイト
「海軍の応援は、」
   ヒィキタイタン
「残念ながら、ほとんど単独行動で軍規違反の」
「そんな!」
「でも、きっと彼が」

 

 いきなりエンジンの爆音。
 複葉の水上偵察機が海面を疾走して潜水艦に突っ込んでくる。
 そのまま跳び上がって、潜水艦の甲板を飛び越える。
 大量の水飛沫。

 もちろん操縦は、ヱメコフ・マキアリイ!
 マキアリイ、飛び越えながら叫ぶ。

「だいたい分かった!」

 自動車運転も出来ないのに、飛行機の操縦を奇跡的に把握した。
 離水は出来ず飛べないが、とにかく滑水するのは覚えた。

 派手に着水する偵察機。

 飛び越える飛沫に煽られて、青い船員達は海に投げ出される。
 突風に耐えたヒィキタイタンとユミネイトの前に、華麗に海面に円を描いて偵察機が寄せた。

 操縦席から顔を覗かせるマキアリイ。操縦が上手く行って興奮している。

「飛ばない分には、なんとかなった!」
「マキアリイ、よくやった」
「マキアリイさん!」

 ヒィキタイタンはユミネイトを抱え上げ、偵察機後席に押し込んだ。
 だが青い船員達は海から這い上がって、二人に掴み掛かってくる。
 ヒィキタイタン、船員を蹴飛ばしながらマキアリイに叫ぶ。自分は偵察機のフロートの脚にしがみつく。

「マキアリイ、行け!」
「任せろ」

 再び高鳴るエンジン音。
 水上偵察機は全速力で逃げ出した。でも空には舞い上がらない。
 とにかく海の上を走って逃げていく。時々波の上をぴょんと跳ねる。

 ヒィキタイタン振り向くと、潜水艦の司令塔も遠く小さくなり、また海中に没して行方は知れなくなった。

 

    上空から撮影した「ィト・ハヰム」転覆現場
    多数の艦艇が救助活動に当たる
    徐々に上空に上がり、情景は小さくなっていく

 

    ワンカット挿入
    ユミネイトが父親のゥアム神族トゥガ=レイ=セトと再会するシーン
    動きは無く一枚絵のような映像
    背の高い父親の腕の中に飛び込んでいく少女の図

 

           ***36 

   事件から1ヶ月後 イローエント市中心市街

 沿道に大勢の人が詰めかけたパレード。
 五色の紙吹雪が舞い、紙テープが投げられる。
 軍楽隊の行進と、その後ろにはオープンカーが何台も続く。
 中でも最も注目を浴びる真紅の自動車。

 後部座席には、海軍正装のソグヴィタル・ヒィキタイタン少兵とヱメコフ・マキアリイ少兵の姿が。
 ふたりともにこやかに、むしろやけくそ気味で観衆に手を振る。

 やはり海軍下士官正装のカネフ兵曹が、前の助手席に座っている。
 マキアリイ、顔は笑顔のまま引きつらせて手を振りながら、教官に質問する。

「教官どの、自分たちはやはり重営倉10日くらいの処分を下されるべきではないでしょうか。こんな人前で媚を売るような」
「うるさい! 貴様らのような馬鹿は「晒し者」の刑でじゅうぶんだ」

    ヒィキタイタン
「ずいぶんと古典的な刑罰ですねえ」

 

 そして市庁舎前広場に特設された舞台の上での表彰式。
 鮮やかに彩られた壇上正面には、なんと国家総統「アテルゲ・エンドラゴ」が待っている。
 さらにその横には海軍将官や外務大臣などお歴々がずらりと。

 加えてユミネイトが、背の高い父親のゥアム神族公使「トゥガ=レイ=セト」と共に、美しく着飾っている。
 ユミネイト、二人に茶目っ気たっぷりにウィンクする。

 ヒィキタイタンとマキアリイ、国家総統の前に並んで直立不動。緊張で硬直する。
 総統アテルゲ、手にした表彰状を読み上げる。

「ソグヴィタル・ヒィキタイタン少兵、ヱメコフ・マキアリイ少兵。

 両名はその若き力と溢れる勇気によってゥアム帝国公使令嬢ユミネイト・トゥガ=レイ=セトを幾度となく危難から救い出し、
 また国家を陥れる重大な陰謀を挫いた事を高く評価し、
 ここに民衆協和国功労者章を与えるものとする。

 創始歴6205年8月20日 タンガラム民衆協和国国家総議会頭領アテルゲ・エンドラゴ」

 そして総統閣下は自ら勲章を、まずヒィキタイタンに、次にマキアリイの胸に付けて彼等の両手を強く握った。

「ありがとう。君達は国家の名誉を救ってくれた」

 そして、総統閣下は彼等の真ん中に立ち、二人の手を両手で高く上げる。
 満場の観衆、大歓声を上げて二人の若き英雄を祝福する。

 ヒィキタイタンとマキアリイ、ふたりとも「なんでこんな目に遭うのだ」と内心では思いながらも、道化を演じる。

    映像そのまま静止、固定。色がいきなり褪せる。

 

    ナレーション
「この事件は後に『潜水艦事件』と呼ばれるようになる。

 あまりにも重大な結果を見て政府・総統府は狼狽錯乱し、長年の功績があったイローエント海軍統監「クリペン・サワハーァド」を即日罷免。
 だが事件を捜査していく内に、「機関」と呼ばれる秘密組織の関与が浮上。
 「機関」はまた国家総統とも密接な関係があった事が、週刊誌上で暴露される。

 疑惑騒動の性急な解決を図る総統「アテルゲ・エンドラゴ」は、クリペン統監一人にすべての責任を押し付けようと、これを訴追。
 だが反発した三海軍上層部が揃って異議を唱え、かねてより「機関」の不正規活動に不満を持っていた海軍士官が一斉に抗議活動を展開。
 第八政体始まって以来の大混乱を引き起こす事となる」

 

    映像は元に戻り、動き始める

 ヒィキタイタンとマキアリイ、舞台の上で観衆に向けて手を振る姿。
   ついで、背後から二人を撮影。見渡す限りがすべて熱狂する観衆
   周囲の観衆を映すように、二人を中心にカメラが左から右にパンしていく

    ナレーション
「事態収拾に当たる政府と軍当局は失墜した威信を取り戻すべく、ことさらに二人の若者の功績を褒め称えた。
 一種の人気取りと言えるだろう。バカ騒ぎとも揶揄される。

 だが自らの力と勇気、そして的確な判断によって謀略を打ち破った二人は、英雄と呼ばれるにふさわしい」

 

           ***37 

    場面転換
    さらに1ヶ月後 東岸シンデロゲン港

 近代的な港湾設備。明らかにイローエント港の雑多さとは違う。

 ゥアム船籍の大型客船。非常に大きく立派で、『キト’ィエレ=ハグ・パパレ』号より豪華。
 その出港がまもなく迫っている。

 岸壁の旅客専用ターミナルには、見送りの人が多数詰めかけている。
 また女の子も多く、「ユミネイトさんお元気で」と書かれた垂れ幕まで準備されていた。

 今日はユミネイトが父親のトゥガ=レイ=セトと共にタンガラムを離れる日。
 タンガラム政府も盛大に送別会を行い、今話題の二人の英雄を見送りに差し向けた。
 当然に、二人を目当てにファンが全国から多数押し寄せる。

 ユミネイトは相変わらずの素敵な旅装で苦笑する。

「まさか、わたしまでもが人気になってしまうなんて思わなかったわ」

 ヒィキタイタンとマキアリイ、当然に海軍礼装姿。

   ヒィキタイタン
「結局、ゥアム行きを決断したんだね」
「ええそうよ。自分の意思で決めたの。あれだけ危ない目に遭わされたから、これからはもう勝手に生きるわ」

    マキアリイ
「あんまり自分勝手すると嫁の貰い手が無いぞ」
「ゥアム帝国にもいい男は居るわよ」

 マキアリイに対しては、ユミネイトは年齢相応のおちゃめな反応を見せる。
 ヒィキタイタンの時には、照れたようなときめくような、明らかに様子は違う。

    ヒィキタイタン
「もうタンガラムには帰って来ないのかい」
「分からないわ。でも多分、帰りたくなるのはあなた達を思い出した時なのでしょうね」

 ヒィキタイタンとマキアリイ、照れる。マキアリイ鼻をこする。

 

 出発のドラの音が盛んに鳴る。
 娘の背後で友情の光景を優しく見守っていた父親のトゥガ=レイ=セトが、前に出る。
 恩人二人に話しかける。
   若干片言のタンガラム語

「重ね重ね、娘の力になってくれて本当にありがとう。これからも海を越えた良き友人であってくれる事を望みます」
「もう、パパったら。」 

 照れるユミネイト。
 二人と共に見送りの列に並ぶ老家政婦のラプレァに、改めて抱きついて感謝を示す。
 ラプレァ、涙を流す。

   ユミネイト
「本当に、別れるのがこんなにつらいと感じるのは、お母さんが亡くなった時以来よ」
「お嬢様、どうぞお元気で。わたくしがまだ生きている間にお戻りください」
「うん、うん」

 ゥアム帝国の護衛がトゥガ=レイ=セトに乗船を促す。
 イローエントでユミネイトを守ったカン=クト・ハ’ィルだ。彼もゥアムに帰る。
 ユミネイト、タラップを上り始める。

 巨船に乗り込むユミネイトを見上げる二人。
 乗船したユミネイト、乗務員が誘導しようとするのに反して裾をさっと翻し、船縁に身を乗り出す。
 岸壁の二人に叫んだ。

「手紙を書くわ。返事をちょうだい」

 マキアリイ、ヒィキタイタンを見る。それは自分の仕事じゃないな。
 ヒィキタイタン、高く右手を上げて応える。
 ユミネイト、満足げな笑みを浮かべて船室に入っていった。

 軍楽隊が惜別の曲を奏でる中、ゥアム客船は岸壁を離れ、港を出ていく。
 沖合には護衛で随伴するゥアムの軍艦が待っている。

 

 ヒィキタイタンとマキアリイ、小さくなっていく客船を見送った。

    マキアリイ
「行っちまったな」
「ああ。だがまた会えるさ」
「こっちからゥアムに行けばいいからな」
「その通りだ!」

 二人呼ばれて振り返る。
 軍広報部の芸能マネージャー的業務をする士官が、二人に対して指示を出す。
   彼は私服でビジネスマンのような服装

「君達の今日これからの予定は、伝視館放送での会見だ。
 もちろんユミネイト嬢がゥアム帝国に旅立たれた件を語ってもらう。
 発言の原稿は用意してある。

 夕刻、シンデロゲン市の市長が主催する宴会に出席し、ゥアム帝国からの留学生や新聞記者との交流を持ってもらう。
 明日は東海軍の式典に参加して、海の英雄として「潜水艦事件」における……」

 とにかくぐだぐだとうるさくてしょうがない。
 これも軍務と心得るから二人ともに従っているが、正直うんざりだ。
 もっと自由に羽を伸ばして、思うがままに。

 「英雄」関係スタッフと共にぞろぞろと移動中の二人。
 その目の前に軍の自動二輪が走り込んできて停止する。
 イローエントで最初にユミネイトを救うのに活躍した、側車付きの「偵察二輪」だ。

 ヒィキタイタンとマキアリイ、二人顔を見合わせ、ぱっと輝かせる。
 走り出し、二輪から降りた兵士からヒィキタイタンは防護兜を受け取り、マキアリイは側車に飛び乗った。

 軍広報局のマネージャーは、二人に二輪を渡してしまった兵士に火が着いたみたいに抗議する。
 偵察二輪は風を巻き起こして、シンデロゲン市の華麗で芸術的な街に走り出る。

 二人が飛び出していく姿を見送るのは、黒服黒眼鏡の男性。秘密工作員のワハトツィだ。
 彼は自由の身となっており、にやりと笑って背を翻し人混みに消える。

 

 偵察二輪で走るヒィキタイタントマキアリイの、どこまでも自由な姿。

 

   エンディング
   エンディングテーマ曲『嗚呼、海を越えて想いはとどく』 唄:トゥナ=タナ&メラシィタ

 (終劇)

 

 

 【みかん男爵解説】


  エンゲイラ社は光星(アイドル)映画を得意とし、前作『南海の英雄若人 潜水艦大謀略を断つ』で大成功しました。
  本作においても光星映画としての成功を狙って、主題歌を「ヒィキタイタン」と「マキアリイ」役が二人で歌う趣向になっています。
  二人の苗字コトゥナとロータナからグループ名を取って、『トゥナ=タナ』です。

  私ことみかん男爵の私的な意見ですが、
  この「潜水艦事件」第四作、最大の欠点は英雄二人の配役だと思われます。
  主演の光星2人組『トゥナ=タナ』は、どちらもそれなりにかっこいい。演技力も運動能力も十分に合格点です。
  ですが。

  前作『南海の英雄若人』は「ヒィキタイタン」役こそ大人気でしたが、「マキアリイ」役に難アリ。
  小学生男子に絶大な人気を獲得したものの、エンゲイラ社の映画関連商品の売り上げが振るわなかった。
  やはり女性人気が儲かる。
  他社が発表した「潜水艦事件」映画では、マキアリイ役にもそれなりの美形を用いています。
  エンゲイラ社は後追いの形となり、再びの映画化に際してマキアリイ役にも女子に人気の出る美形光星を起用しました。
  ここがカチンと来る。

 

  本作公開当時エンゲイラ社は「潜水艦事件」人気から脱落し掛かっていました。
  同業二社が相次いで別の切り口の映画を発表してますます盛り上がる中、第二弾が無かったのです。
  続編が作れないのが「潜水艦事件」の欠点。

  また第一作で人気となった「ヒィキタイタン」役コンタクラ・リゥテンダの素行の悪さが問題視されるようになりました。
  改めて別の光星に替える必要が出てきます。

  さらには、小学生に大人気の「マキアリイ」役カゥリパー・メイフォル・グェヌ氏。
  彼の顔の絵が付いた駄菓子やおもちゃは当時飛ぶように売れました。
  だがエンゲイラ社は「ヱメコフ・マキアリイ」での商標は取れなかった。当然です。
  似顔絵も「本物の本人に似せた」と言われると利用は野放し状態。グェヌ氏が本物マキアリイと似ていたのが大失敗。
  これもまた仕切り直しを必要とします。

  そこでエンゲイラ社はわずか4年でまったく同じ映画を撮る羽目に陥ったのです。

 

  余談ながら
  私(みかん男爵)の実家は大手駄菓子製造会社です。当時べらぼうに儲けた。今も『英雄探偵マキアリイ』シリーズで儲けています。
  我が家ではヱメコフ・マキアリイを福の神としてお祀りしています。


  「食堂”橋わたし”のおばちゃん」は、10年間青春映画でヒロインを張り通してきた女優のキエハサ・シンミューミャさんです。
  全国民の恋人と呼ばれた彼女も、この時38才。「おばちゃん」と呼ばれる役をするまでになりました。
  でもさすがに美人すぎる! これではマキアリイが恋してしまうではないですか。

  ちなみにいま現在は平気な顔をしている訓練初年生ですが、入隊最初の1ヶ月でしごかれまくってヘロヘロになり、その後身体が出来て楽に動けるようになった時期。
  軍隊生活に自信を持ったところで夏季地獄特訓に突入する、その前日のお休みです。

 

  「燻製ゲルタ」とは、通常の発酵した塩ゲルタをさらに燻製にしたもので、めちゃくちゃに堅い。
  口の中で噛み砕くまで10分以上要するので、チューインガムのように用いられている。軍隊向け嗜好品。


  この頃のタンガラム映画界には、外国人俳優がほとんど居ません。
  外国人タレントは若干名居ますが、本格的な演技力を持つ者はほんとうに居ません。
  というよりは、映画界芸能界の国際交流がほとんどありませんでした。
  これを打ち破ったのが、後に世界的ブームとなる『英雄探偵マキアリイ』映画です。

  「潜水艦事件」映画には外国人が多数登場するので、各社キャスティングに苦労します。
  エンゲイラ社サクレイ社はごく少数のどうしても外せない役にだけ外国人を起用し、他はすべてタンガラム人俳優が扮しています。

  だが資本力に優れた自由映像王国社は、ゥアム帝国から一線級の俳優を招聘して出演させました。
  さらにはヒロイン「ユミネイト」役に本当にハーフの少女を用いています。ただこれはやり過ぎた。
  「ユミネイト」は画面に映えるりっぱな美少女ですが、演技力が追いつかない。そこでシナリオをいじってほとんど喋らない不思議な「お姫様」に仕立てます。
  おかげで、「ユミネイト」としての人気は最下位。ただ、異国少女を好む特殊なおじさま映画ファンには受けました。


  このエンゲイラ社『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ』の売りは、アクションです。
  他の二社が「本格謀略劇」と「ラブロマンス」に思い切って振ってきたので、エンゲイラ社としてもより目立つ特色を打ち出さねばならなかった。
  そこでカーチェイスを本格的に撮影する。海上でのボートチェイスも敢行します。
  業界初とは言いませんが、これまでのアクション映画を凌駕する贅沢な資金の使い方でした。

  主演の光星2人組『トゥナ=タナ』は撮影前に水陸の運転操縦を叩き込まれて、本当に自分で動かしていたシーンも少なくないそうです。
  エンゲイラ社前作『南海の英雄若人』とは大違い。あちらのヒィキタイタンは運転まったくダメで、撮影でごまかした。


  エンゲイラ社が制作した第一作『南海の英雄若人』は、単純な冒険活劇ものです。
  シナリオ執筆当時、「潜水艦事件」は政局化して国家総統辞任にまで発展し、捜査も混沌を極めており詳細が判明していませんでした。
  そこであえて簡単な構図で光星映画とすることで映画一番乗りを果たしたのです。

  しかし、国家総統がヴィヴァ=ワン・ラムダ氏に代わり捜査が進展するにつれて、この事件が極めて複雑な構図を持っていると分かります。
  第二作となった自由映像王国社の『国際謀略』は、捜査の最新情報を元に極めて精密に構築されています。
  特に、事件前までは大手マスコミでさえ触れることを恐れた「闇御前組織」の関与についても、際どいところまで切り込んでいいます。

  以後の作品も実際の捜査情報を参考に、複雑なものとして描かねばならなくなります。真実を描かねば観客が承知しません。
  本作においては、その複雑な部分を謎の工作員「ワハトツィ」の存在に集約して簡略化しています。

10
  ヒロイン「ユミネイト・トゥガ=レイ=セト」は、映画4作でまるで別人のように描かれています。
  第一作ではヒーローに救い出される無力な女の子として、第二作では神秘的なお姫様として。

  第三作『ふたりの英雄』において、彼女は一個の人格として主体的に動く現代的で活発な少女として描かれています。
  救い出されるのを待つばかりでなく、自ら解決を模索し、英雄二人を助け、決断するもうひとりの主人公です。
  この人物像は極めて現代的な訴求力を持ち、閉鎖的とも呼べる映画界においても新風を吹き込みます。
  彼女を演じたカルマカタラ・カラッラさんの功績です。
  この映画以降、「潜水艦事件」の主役は3人、と看做されるようになりました。

  本作『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ』においても、「ユミネイト」は第三の主人公として主体的に動きます。
  でも、第一作における「ただ救いを待つだけのふつうの少女」像は、受けに受けました。
  特に「ヒィキタイタン」の魅力を引き立てる最高の存在です。女性の観客が自身を投影する足場として、ほぼ無個性なのが生きました。
  この要素も盛り込んだ第四作の「ユミネイト」は、なかなかに難しい役どころです。

 

  なお、「ユミネイト」を演じるアキン・メラシィタさんは大変にお綺麗な女優さんで、本作でデビュー以後も映画で活躍します。
  『英雄探偵マキアリイ』シリーズにおいても、「シャヤユート」役にという声が多くありました。
  知名度が高すぎて没になりましたが。

 

 12
  十分砲は1杖=70センチの10分の1、70ミリ砲でタンガラム軍の歩兵砲としてよく知られている。
  だが巡邏軍が用いるのは新型5指(75ミリ)歩兵砲。
  十分砲の後継として開発されたが重量が増えてこれまでと運用が異なり陸軍に忌避され、改めて巡邏軍に配備換えされた。
  慣習としてこれも「十分砲」と呼んでいる。
  新型と言ってももう50年も昔の開発だが、そもそも砲をめったに使用しない巡邏軍においては十分に新しく現役である。
  なお陸軍の十分砲は口径と重量が同じままに能力向上した新型が開発されている。

  「強攻制圧隊50名」というのは、突入班員のことで2個小隊にあたる。
  陸軍では一個小隊50名だが、巡邏軍では30名が基本。

 

  「選抜徴兵訓練生の歌」

   並べし砲門火を噴きて、外つ国戦の船来り
   東の辺(へ)より西の果て 国人怒りて火銃(ほづづ)取る
   続くが我等若人ぞ
   昨日を捨てよ 今は立て

   鋼の函車(くるま)浜を踏み 乱れ放つは機関銃
   敵は百年先んじて 備えは兵戈のみならず
   託すは我等若人ぞ
   昔を思え 今を知れ

   紅き旗振り集いしは 選ばれし身の我等也
   熱き血潮を燃え立たせ 試練に挑む兵の庭
   堅き絆の輩(ともがら)よ
   明日を思え 今走れ

 選抜徴兵訓練隊の隊歌は、彼らが社会的エリートである事を強調するものとなっています。
 なんとなれば、彼らは除隊後大学等に進学して社会の根幹を担うべき優れた人材であるからです。
 故に、百年前に勃発した「砂糖戦争」において、ゥアム帝国海軍の進歩した兵器により蹂躙された話を歌います。
 単に兵器の優劣でなく、社会体制そのものが遅れ、また退廃していると敵に付け込まれるのだ。との教訓です。

 なお「紅き旗」は配属された部隊によって隊旗の色が違いますから、それぞれ換えて歌います。

14
  この映画は総統府・イローエント海軍全面協力で撮影制作されています。
  だから、海軍の広報宣伝映画としての側面も強い。特に軍人としての規律に関しては厳しく描写を要求します。
  故に若干押し付けがましく説教する場面も多い。
  海軍としては、新兵募集の宣伝映画でもあります。

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 「機動歩兵銃」は数年前(創始歴6200年)に導入が開始された最新式の歩兵銃。
 これまで使用されてきた歩兵銃と比べて、全長銃身長が短く持ち易くなっている。
 列車や輸送車両、船舶等で兵士が移動する際に邪魔にならないよう考慮した設計。乗り物を使う歩兵をタンガラムでは「機動歩兵」と呼ぶ。

 従来の歩兵銃より小さい1爪杖幅(7ミリ)の銃弾を使用し、着脱可能な金属製の箱型弾倉に10発を装填する。
 ボルトアクションライフルではあるがポンプアクションと同じ操作で次弾装填して、引き金に指を掛けたまま迅速に連射出来る。
 タンガラムにおいては未だ国産自動小銃の性能を疑問視する声が大きく、今回の導入は見送られた。

 なお「潜水艦事件」当時(創始歴6205年)、イローエント海軍選抜徴兵訓練生には「機動歩兵銃」は配備されていない。
 従来の歩兵銃の全長を短くしたカービン銃「海軍小銃」を用いている。
 半指幅(7.5ミリ)5発ボルトアクションライフルで減装弾を用いる。

 

 銃剣は陸海軍で違うものを用いている。
 陸軍用は刺突に適した細長い杭のような直剣タイプ。刃は付いていない。
 海軍および海外派遣軍用はサバイバルナイフを兼ねて、普通の片刃のナイフ型。やや短い。
 どちらも平時の外出時に護身用としての携帯を考慮して、剣としての体裁を整えている。単独で携帯する時は「護剣」と呼ぶ。

16
 小銃を使って格闘する銃剣術は、ヱメコフ・マキアリイの大得意です。
 「潜水艦事件」後に全国の式典に引っ張り回されて、必ず銃剣術の披露をさせられました。
 陸海軍格闘の猛者達と試合をさせられことごとく勝利。
 あまりに勝ちが続くのでやらせと思われてしまい、東岸に来た際に元神族が後援する高名な武術家と立ち会わされて、この時は引き分け。
 武術の腕前が本物であると証明されたのです。

 「潜水艦事件」の映画でも全作で銃剣格闘を披露します。
 これは撮影に協力するイローエント海軍の要請で織り込まれたと聞きます。
 「英雄探偵マキアリイ」の「シュユパンの白球」みたいな決め技です。

20
 ゥアム帝国はアステカ風近代アメリカ的国家です。肌も陽に焼けて褐色の人が多い。
 で、つまりはインディアン・インディオの人ですから、北米インディアン的な人もいるわけで、
 今回出て来るユミネイト専属護衛の「カン=クト・ハ’ィル」君も、その部族の出身なわけです。
 主流地域から外れた蛮族と見做される地方の出身。それだけに武勇に秀で剽悍な部族なので、神族の護衛に雇われる事も多いのです。

 ゥアム人は総じて背の高い人が多いけど、彼はそんなに高くない。
 もう4年くらいタンガラムに居ますから、連れてこられた時は少年従者でした。ユミネイトさんに合わせたわけですね。

 ちなみに「カン=クト・ハ’ィル」の” ’ ”はなんと読むべきか。
 発音記号ですから、短く断続するように息を入れます。「ハ」「ィル」てな感じですね。

 

 ゥアム帝国シンドラ連合王国バシャラタン法国の各タンガラム駐在公館の衛兵・護衛は、当然のことながら自らの身を守るための武装が許されています。
 しかし公館敷地外のタンガラム領土においての武器使用は条約で制限されている。
 まさに現在襲撃されている瞬間、でないと銃火器の使用は原則禁止。刀剣類のみが通告無しで使用可能です。

 今回ニセ工作員のワハトツィの手下が拳銃を抜いた時点で、銃火器使用許可が出るところですが、さすがにワハトツィも利有らずと見て降参です。

 

 「機関」とは、言わずと知れた「闇御前組織」です。
 この時期はまだ「闇御前」を直接名指しで報道する事が控えられていた為に、「機関」とあいまいな語を用いています。

 しかしながら、国外での工作活動・謀略を司る「闇御前組織」は、外国人関連で治安を守るイローエント海軍とは対立的関係にありません。
 むしろ法的には手が出せない勢力をコントロールする為に、あえて手を結ぶなど盛んに行われていました。
 海軍の高級将校には「闇御前組織」の利害を中心に働く者も居て、その一人が別荘でユミネイトが目撃した「軍監」です。

 

27
 とうぜんのことながら、この時代のタンガラムの映像作品にコンピュータグラフィックやデジタルエフェクトはありません。
 特殊効果を表すためには手書きアニメーションを実写映像に撮影でオーバーラップさせます。
 とはいうものの、結構手間がかかり費用も高いので普通使いません。毎月量産される半刻長映画ならなおさらです。

 全編アニメーション作品、マンガ映画も極めて膨大な費用がかかる為にタンガラムではほとんどやってません。
 芸術作品として採算度外視というのはありますが、ゥアム帝国が主でそれも少数です。
 では子供用テレビ番組はなにしてるかと言えば、人形劇! それもビデオ録画なんかしないぶっつけ本番生放送です。

 余談ですが、わたくしこと「みかん男爵」の実家である某大手駄菓子会社では、伝視館放送用SFロボット人形劇にスポンサードしています。
 『咽ぶ赤方台』という戦争ハードボイルド作品です。

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 当然のことながら、タンガラムが所有しない巨大な潜水艦の実物での撮影はできません。
 イローエント海軍では特別に現役で運用している潜水艇内部の撮影を許可しましたが、狭すぎてお芝居出来ない。いやカメラが入らないのが分かっただけでした。
 そこで海上艦の大型砲艦の機関部付近のそれっぽい所を使って撮影します。

 潜水艦外観も存在しないわけですから、はしけの上に潜水艦甲板と司令塔のハリボテを作りました。実物大です。
 マキアリイが操縦する水上偵察機が浮上した潜水艦を飛び越えるシーンはこれです。もちろん本職のパイロットが操縦。

 水上偵察機も、実物をイローエント海軍巡察警備隊から借りられたのですが、役者が取り付いての撮影は無理です。
 もちろん「トゥナ=タナ」のどちらも飛行機操縦出来ないから、飛んでるシーンはスタントで、操縦席の映像は動かない陸上での別撮りです。

 しかし、「マキアリイ」が取り付いて海面をくるくる回るシーンは、ハリボテ水上機を使います。
 民間でもエンジンの載っていない中古機は割と簡単安価に手に入ります。中古飛行機はエンジンの値段が8割というくらい。
 そこで似たような機体の抜け殻を買って、池に浮かべて撮影に用います。
 エンジンが無いから軽くて、上からクレーンで吊るしての撮影も可能です。
 なおプロペラがくるくる回るのは、軽自動二輪(一盃口))のエンジンを入れてます。もちろん絶対飛べない。

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 ヒィキタイタンとマキアリイの表彰式は、本当にイローエント市役所前で撮りました。
 パレードと表彰式での観衆役をエキストラ募集しました。
 千人以上欲しかったのですが、やってきたのは1万人を越えて大混乱。なにせ方台全土からファンが詰め掛けました。
 おかげで凄い迫力で本物の式典そのものです。

 

 国家総統「アテルゲ・エンドラゴ」役は、総統のそっくりさん芸人として当時人気でした。
 アテルゲ総統は在職10年で、癖も強く横柄であったから、芸能界で揶揄される事も多かった人です。
 映画に出て来る「悪役の政治家」のモデルみたいな人物でした。
 でも、タンガラムの民衆は案外とこの手の政治家が好き。なんか強そうで。

 「潜水艦事件」直後の8月に5年に1度の国会選挙が予定されていたのですが、戦時特別法が適用されて2ヶ月先送りにされます。
 その2ヶ月で彼は「闇御前組織」との癒着が暴露され、「海軍休日事件」が勃発して、結局引責辞任。
 新総統ヴィヴァ=ワン・ラムダ氏が臨時総統として選挙に挑む事となります。

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 ヒィキタイタンマキアリイとユミネイトの別れは、映画第一作『英雄若人』では描かれていません。
 ユミネイトがゥアム帝国に旅立ったのは、事件終了2ヶ月後のことです。
 だから「潜水艦事件」終了で終わる『英雄若人』では存在し得ない。

 しかし、「潜水艦事件」後の政界大混乱を描いた第二作『国際謀略』においては、ユミネイトとの別れを感動的に描いています。
 これで定番シーンが確定しました。以後の2作ではしっかり描きます。

 

 「潜水艦事件」第四作『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ 潜水艦事件完全録』を封切り当時見た人の感想は、
 特に事件発生当時から、ソグヴィタル・ヒィキタイタンとヱメコフ・マキアリイ少兵の英雄騒動、映画123作を見た熱心なファンの感想は、
   「はしょりやがった!」てなものです。

 そもそも「青仮面の男達」は何者か? 「闇御前」組織の関与はどうなった? 政府がどこに絡んでくるのか? ゥアム神族トゥガ=レイ=セトの「怪光線発射機」てなんだ?
 全部無いから仕方ありません。
 「潜水艦事件」の責任をイローエント海軍統監にすべて押し付けて罷免して、結果三海軍すべてがサボタージュに突入した「海軍休日事件」とか、まるで無い。

 しかしながら、アクション映画としては第一作を大きく上回る超大作映画であり、タンガラム映画史においても特筆されるスケールで完成している。単純に面白いし。
 というわけで、濃いファンには評価は低いが、普通のお客さんには大好評。

 ただし、第一作ヒィキタイタンの狂信的ファンには怒られちゃった。
 本編を見れば分かりますが、ヒィキタイタンはユミネイトにぞっこんじゃないですかあ。そりゃー怒る。

 

 

【ぷれりゅーど】

 ネコが押し潰したような子供の声で愚痴った。

「あつい〜、熱気があたまにからみつくー」
「気温はゥアムの方がずっと高いわよ。タンガラムは湿度が高いのね」
「ずっとこんなのかー」
「その様子じゃ、タンガラムの冬なんかとても耐えられないわね、あなた」

 

 タンガラム東岸区シンデロゲン港国際航路岸壁。
 ゥアム帝国から到着した豪華客船から降り立った貴婦人が、多数の旅行鞄と共に迎えを待っている。

 年齢は20代半ば。燃えるように赤い髪をゆったりと潮風になびかせる。
 ゥアム上流階級の最新モードを着た、どこから見ても只者ではない美女だ。
 夏の日差しを防ぐ為に白い鍔広帽を被っている。

 彼女に従うのは、ゥアム人の若いメイドが一人、港湾の荷物運びが2名。そしてゥアム無尾猫。
 ゥアムのネコは毛が短く、赤茶色と白のヒョウ柄模様だ。

 ただ、ネコが人語を喋るのは、ゥアムでもタンガラムでも普通ではない。
 タンガラムではかって迫害され、ゥアムでも神族とのみ話し一般庶民とは距離を保つ。
 好奇心と窃視症とおしゃべりを兼ね備える動物が人間に歓迎されるはずも……。

 

 メイドは何時まで経っても現れない迎えに憤慨した。
 主人の代わりに怒ってみせるのも忠誠心の表現。ゥアム語で話しかける。

「まさか、『銀骨のカバネ』の御方をこれほど待たせるなんて、タンガラムは礼儀を知らない国なのですか」
「タンガラム民衆協和国は、こういう国よ。
 国会議員でもなければ、たとえ上流階級の名士であろうとも役所がすっ飛んで最敬礼で迎えに来たりはしない」
「ですが、」

 メイドは貴婦人にタンガラム行きの客船内で雇用された。たちまちに心酔し崇拝するまでになる。
 貴婦人は神族に準じる、ゥアム帝国でも最高の階級に位置づけられる存在だ。
 庶民の少女が傍近くに仕えるなど、本来ありえない。

 それを許すのも、彼女がゥアム神族とタンガラム女性とのハーフとして生まれたからだろう。

 荷物運びは、タンガラム人の男性だ。
 カネをもらっているから何時まで待っても構わないが、真夏炎天下に立ち続けるのは嬉しくない。
 貴婦人に提案する。タンガラム語が通じるのは幸いだ。

「あのー、奥様。どこか涼しい場所でお待ちになられてはいかかでしょう」
「未婚よ。そうね、「姐御」とでも呼んでちょうだい」
「え、あねご?」

 男達は顔を見合わせる。
 国際航路でゥアム上流階級を何人も見てきたが、こんなふざけた女性は初めてだ。
 ただ提案は素直に受け入れられた。

「そうね、ひょっとしたら長期戦になるかもしれないわね。
 適当な場所に案内していただける?」
「ではこちらにどうぞ」

 

 結局は港湾に設置された待合施設の、一等船客用特別室を使う事になる。
 最初からまっすぐ行けばよかったのに、迎えはすぐ来ると手間を惜しんだのが失敗だ。

 メイドは貴婦人の左隣半歩後ろに続きながら、尋ねる。

「どなたがご主人様をお出迎えにいらっしゃるのですか。お知り合いだとお聞きしましたが」
「そうね、たぶんソグヴィタル・ヒィキタイタンね」

 荷物運びの男達は、「ヒィキタイタン」の名に反応した。
 ただそれが、彼女の知り合いだとは思わなかった。
 「潜水艦事件」映画はゥアム帝国シンドラ連合王国でも人気で、その主人公「ヒィキタイタンとマキアリイ」も広く知られている。
 特に、『英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ』の評判は天下に轟く。

 映画の舞台となった場所を見るために、わざわざ海を越えて観光に来る人も少なくはなかった。

 メイドは目を輝かせる。
 彼女がタンガラム行きの客船に乗った理由も、16分の1くらいは映画の影響も有る。

「本物の”ヒィキタイタン”様は、やっぱり映画のように凛々しく美しい素敵な御方なのですか」
「本物はもっとかっこいいわよ。相棒の方は、映画ほどではないわね」
「そう、なんですか」
「そうなのよ。映画の10倍くらい強いけどね」

 ……。

 

【四巻之終】

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(テレビドラマ『罰市偵〜英雄とカニ巫女』 出演者インタビュー)

※第四回 マキアリイ事務所の臨時事務員「ネイミィ」役の”カドゥンマ”さんと、カニ巫女事務員前任「シャヤユート」兼「映画のシャヤユート」役のコタンクパラヤ・サザラギーファさんをお迎えしました。

「まずご説明が必要ですね。なぜ「シャヤユート」が二役なのかをコタンクパラヤさんお願いします」
「えーと、パラヤとお呼びください。言いにくいから」
「パラヤさんはシンドラとのハーフなんですね。お父さんですか」
「正確には4分の1がシンドラです。父がハーフですから。
 えーと「シャヤユート」が二役なのは、この作品においてシャヤユートが二人居るからなんですね。本物と映画の中でシャヤユートを演じる女優の役です」
「なんでパラヤさんが両方をやることになったのですか」
「監督のパチヤーさんが、「女優なら演じ分けてみろ」と要求したもので。まあ、そのくらいは頑張らないといけないかと思いました」
「でも性格がぜんぜん違うんですよね」
「鉄の獣のような本物と、普通の気の弱い女性が役柄として強気の女性を演じねばならないのと。困りました」
「パラヤさんはどちらの方が似ていますか」
「本物は無理無理、むりです。やはり普通の女性でしかないなと、自分でも思いました。とにかく「シャヤユート」は特別なんです」

「カドゥンマさんは「ネイミィ」という普通女性の役ですが、特に注意して演じた点はなんでしょう」
「あの方はまだお元気でしかも厳しく内容をチェックしていますから、無様にならないように気をつけてちゃんとしてます」
「ネイミィ、本当の名前は少し違うんですね。あの方がヱメコフ・マキアリイ関連の著作許可権を持っていると聞きます」
「だからうるさいんですよ。直接のお電話をいただきまして、「私は絶対にマキアリイになんか惚れてない」と力説されていました」
「ネイミィはマキアリイの事が好きではないのですか?」
「パチヤー監督の解釈では、そりゃ惚れないわけがないだろと」
「惚れますよねー」
「惚れますよねー」
「ただ英雄探偵と一緒に居るためには、そういう素振りを見せるわけにはいかなかった。そういうのが有るのではないですか。一歩退いてみる愛というのが」

「今回ドラマの中で映画を撮影して上映するという極めて変則的なスタイルになったわけですが、困った点などはありませんか」
「ネイミィはちょこっとしか出ませんから」
「シャヤユートは実は三役なんですよ。劇中映画の中の「シャヤユート」は、これがまた本物とは違うけれど本物に見えるキャラなんです」
「パチヤー監督は鬼ですか」
「とにかく虚構性の表現には凝りまくってますね。視聴者がどこまで付いてこれるか試してやれ的な」
「「”マキアリイ”グェンヌ」役を演じたワヴターヌさんもおっしゃっていましたが、これめんどくさいんですよ。演じたキャラがさらに演じる必要があって。
 どうせ劇中劇のキャラだからと自分の地の上に演じる役を重ねると、確実に見抜いてダメ出しです」
「分かるのですかそれ」
「手を抜いたのが分かるんですね、特に時代性というものが。50年前の人間が同時代を演じるのと、現代人が50年前を演じるのは、それは違います」

「カドゥンマさんは、劇中で演じられた『南海の英雄ヒィキタイタンとマキアリイ 潜水艦事件完全録』の呼込み曲とエンディングを歌っているんですね」
「往年のヒット曲ですから、「これは違う」という人も少なくなかったです」
「公開時は劇中ヒロイン「ユミネイト」役のソブリナ(旧姓アキン)・メラシィタさんが歌って大ヒットしましたが、メラシィタさんとはお会いしましたか」
「はい。「ネイミィ」役が歌うというので少し首をひねってらっしゃいましたが。二人でデュエットした歌もネットで公開するとかの話です」
「しかしパチヤー監督は困ったひとですね。昔の映画を現代の俳優でリメイクして放映するなんて」
「古いのをそのまま流せよとふつう思います」
「まあ総上映時間10分程度で名場面だけを切り抜いたものですから、作りたいとは思いますね。趣味的に」
「監督の趣味ですか」

「それでは最後に視聴者の皆様に一言おねがいします」
「はい。ネイミィもシャヤユートもこれから本番です。クワンパがクローズアップされれば必然的にこの二人が画面に映ります」
「あと、「みかん男爵」ですね。大活躍です」
「クワンパとマキアリイと住む世界が異なっているのが段々分かってくる。クワンパがそれを認識していく中で、二人は大きな役割を果たします。
 シャヤユートが実はマキアリイを愛していた、なんて展開になることも」
「ないない」
「本日はありがとうございました」

 

 

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