「新入部員を確保せよ。」の巻

 

    「え、特命ですか?」

 

 と、明美は尋いた。二号の方である。

 

 バレンタインデーも終わり、三年生もいよいよ受験が本格化、学校全体がなにやら浮き立っている二月の半ば、ウエンデイズ主宰蒲生弥生は自分の教室に一年生の明美二号を呼び出して指令を伝えた。

二号「あ、でもなんかやな予感がするんですけど。」

弥生「大丈夫。それにこれはあなたにしか出来ない事だよ。」

 二号は弥生ちゃんの前の席の椅子に前後逆に座っているまゆ子に視線を投げかけた。まゆ子は背もたれにしがみつき、新型ケイタイをピコピコいじっていたが、二号が自分を注視しているのに気づいて、ちらと見た。

まゆ子「なんてことはない。一年生を勧誘してくるんだよ。私たちもやってるけど、でもやっぱり同じ学年のあんたが一番適任でしょ。」

 だが明美二号の返事はまゆ子たちの予想とは少し異なったものだった。

二号「え、じゃあ、あたしは、ウエンディズ馘ですか?」

まゆ子「そんなことあるかい。」

 なんとはなしに二号の顔がぱっとほころんだのに、そんなにウエンディズが嫌なのかい、とちょっと機嫌を損ねてまゆ子はつっけんどんに答えた。

弥生「あけみちゃん、あなた、このままだとウエンディズのリーダーになってしまうよ。」

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 一瞬、明美二号の動きが止まる。目をぱちっと見開くと、すぅーーーーーっと細めて、また常の大きさに戻した。

 

二号「わかりました。全力を注いで新入部員を勧誘して参ります。」

 というが早いか、教室を飛び出していった。

 その気の速さに二人は苦笑する。

まゆ子「分かりが早いのはいい事だけど、ね。」

弥生「よっぽどリーダーになるのが嫌なんだね。って、普通の子はいやなものなのかな。」

まゆ子「あたしはそうでもないけど、そうだね、責任がおっかぶさるのはふつう嫌かな。」

弥生「とはいえ、このままでは私たちが卒業してしまったら、明美ちゃんは自然とリーダーになってしまうからね。頑張ってもらいましょう。」

まゆ子「でもねえ、明美二号といえば、普通の一般人の典型みたいな子だからねえ。ウエンディズに必要ないかれたキャラを釣れるかな。」

弥生「あれ、私はそんなのは考慮しないで行き当たりばったりであなたたちを集めたわよ。」

まゆ子「弥生ちゃんの目の前にいるような女の子は、どう転んでもただ者じゃあないよ。」

 

 そこに、じゅえるとしるく、聖がやって来た。

じゅえる「二号は来た?」

弥生「頭いい子だから、自分が置かれた立場を瞬時に理解したよ。」

じゅえる「うーん、やはりリーダーにさせられてしまうのは嫌なものだからね。」

 

 弥生ちゃんとまゆ子は顔を見あわせて笑った。

じゅえる「なによ。」

 

しるく「でも、新しいメンバーが見つかったとしても、明美ちゃんが一番リーダーに近いのは変わらないのでしょ。」

 しるくは、じゅえるが二人に笑われてしまった事には気づかず、そのまま話を続けた。じゅえるも、別に二人には悪意が無い事は分かっているから流してしまう。

まゆ子「誰か、ばーーーーんと凄い人材でも見つからない限りは、それが一番適当かな。」

弥生「器用だから覚えるよ、すぐ。」

じゅえる「とは言っても弥生ちゃんの代わりを出来る筈もなし。そこそこ器用くらいだと却って他のチームにやられる可能性があるよ。」

まゆ子「それが、そうネックなんだ。リーダーが印象強すぎると、次の代が大困りになるってのは、どこの部活でも組織でもある事だよね。」

しるく「対策は無いのじゃなくて、それは。」

じゅえる「無いね。でもそれ以上に定員割れの心配をした方がいいかも。最低9人は必要なのに、今はたった一人しか居ないからね。」

しるく「弥生さん、私も勧誘を手伝ってよろしいかしら。」

弥生「もちろん。でも、ね。」

まゆ子「まともな子は警戒著しいから、ちょっと頭おかしいっていうような、そんないかれポンチな人材はそうは居ないでしょ。」

しるく「まあ、それじゃあわたしもいかれポンチだったんですか。」

弥生「しるくはまとも。まとも過ぎて心苦しいくらいだよ、私。変な事ばっかさせちゃって。」

しるく「そんなに気を使わないで下さい、弥生さん。いつも楽しく参加させて頂いているのですから。」

じゅえる「いや、それはやっぱり、・・・ウエンディズにまともについて来れるってのは、どうもいかれポンチっぽいんじゃない?」

まゆ子「じゅえるー〜〜〜。」

 

 しるくはさすがに苦笑いをした。しるくのこんな表情はめったには見れない。

弥生「そう言えば、しるく。なんかバレンタインでは凄く忙しかったらしいね。」

しるく「はい。手作りチョコってのはなかなかに手間の掛かるものですから、一号明美さんに手伝って頂きまして、ようやっと完成しました。」

じゅえる「何個作ったの?」

しるく「いっぱいですわ。大きいのも小さいのも、人によって形も模様も飾りも変えましたから。十個は作りました。」

弥生「うわあー、でもどうしてそんなに。お世話になった人がいっぱいって事?」

しるく「わたしには、兄が三人に従兄弟が七人居るのですが、全員にお配りしたのです。」

弥生「全部男ばっかり!? それは大変だ。」

じゅえる「さすがに名家は違うね。従兄弟なんてそんなに家に来るもんじゃないよ、普通。」

しるく「わたくしの家にはほぼ毎月いらっしゃいます。月毎に法事がありますから、ちゃんと集まってくださるのですよ。」

 

 まゆ子は、じゅえるが或る事に触れないのを不審に思った。さりげなく訊いてみる。

まゆ子「じゅえるー、どうして、”おにいさまがたはかっこいいの”って訊かないの?」

 聖は、ちっともさりげなく訊いてない、と思ったが、音声百倍アンプは装着していなかったので、ツッコミは不発に終わった。

じゅえる「直接のおにいさまがたはわたしもう会った事あるもん。」

弥生「あ、嘘。」

まゆ子「抜け駆けだ。」

じゅえる「えへへへ。」

 しるくはにこにこと笑っている。

弥生「ねえ、その三人のおにい様って、歳はいくつなの、しるく。」

しるく「上のお兄様は32才でもう結婚されています。中のお兄様は27才で司法修習生をしていますが、ひょっとしたら弁護士にはなれないかもしれません。」

まゆ子「え、どうして。司法試験受かったんでしょ。だから修習生やってる訳だし。」

しるく「弁護士になる前に、県会議員に立候補させられてしまいそうな感じです。だから下のお兄様があれ程法学部はやめろと言ったのですが、読みが甘かったようです。チョコを持っていった時にぼやいていましたわ。」

じゅえる「下のお兄様は芳充さんと言って物理学の修士過程に在学中の25才。玉の輿狙うんだったら一番狙い目ね。」

まゆ子「しないしない。」

弥生「そんなへんなこと言わないでよ、しるくが誤解するじゃない。」

 

 だが、しるくは本当ににこにこと微笑んでいる。自分の兄たちが褒められるのは、なにより嬉しい喜びだ、という風情だ。

 そこにじゅえるは違和感を感じた。というよりも、三人の兄を見て、またしるくの家でアルバムも見せてもらって気づいた事があるのだ。兄達としるくはすこし感じが違う。似てないのだ。とはいえ全く違うとは言えない。似ているけど、系統が違う。でも、衣川のお殿様はこれはちゃんと両方に似ているし、奥方はしるくの母以外の何者ではないというくらい、娘に瓜二つだ。

 たぶん、腹違いの兄なのだろう、とじゅえるは思う。

 考えてみれば、しるくの母である人は、ずいぶんと若いのだ。たぶん40をちょっと出たくらいで、美人だからより若く見える。とてもじゃないが32の息子が居る風ではない。 しるくと同様、色が抜けるように白いし、髪もふわふわ感が同じなのだが、しるくの兄たちはどちらかというと固い感じの髪質だ。

 では、前の奥方はどうなったのだろう。と、当然のように考える。しるくのすぐ上の兄が、25才といえば、17才のしるくとの間に8年も差がある。何事かあるには十分過ぎる間隔だ。でも、しるくには翳は無い。それに三人の兄を慕う事、常の妹では無いくらいに純粋だ。兄妹といえば、いくら歳が離れていても、もう少し馴れ馴れしくあってもいいのではないか。じゅえるは一人っ子だからよくわからないが、明美二号が兄が居るのを見ると、しるくはちょっと違うかな、そんな疑念を拭いされない。

 ふと横を見ると、聖が自分の顔を覗きこんでいた。分厚いガラスの眼鏡の奥に、きらりと怜悧な光が走る。

 聖の唇がすこし揺らめいた。じゅえるは何事かと耳を欹てる。

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

じゅえる「え、?」

 

 全身の毛がぞっと逆立った。じゅえるは、余計な詮索は身の為にならない、と早々に思考を打ち切る。今言った事が本当であるならば、・・・・・、そんな事が現代社会で有るはずが、。

 怪訝な目でしるくまゆ子弥生がじゅえるを見ていた。いつの間にか注目を集めていたようだ。

 じゅえるはこほんと小さくせき払いをして、居住いを正して言った。

 

じゅえる「次いってみよー。(いかりや長介)」

(2002/02/21)

・・・・・・・・・・・・・・。

 

 三日後、明美二号は一人の候補者を連れて来た。160センチくらいのすっきりとした色白の美人だ。

明美「4組の草壁美矩さんです。」

弥生「聞いた名だね。どこかで会った、って、どっかの委員会かな。」

 弥生ちゃんは生徒会の要職にあるから、校内のありとあらゆる公的な会議委員会に出席している。どうも、こういった損な役回りを引き受けるのは特定の資質性格の人間に偏るらしく、おんなじような会議にはおんなじような顔が並んでいる。覚えるには好都合だが、

美矩「いえ、そういうのには出てません。でも私は蒲生先輩はよく知ってますよ。」

 当たり前だ。門代高校で弥生ちゃんの顔と名前を知らないのはもぐりか長期欠席者だけだ。校長の顔と名前は知らなくても、弥生ちゃんだけは「偉い人」分類の筆頭として、どの生徒の記憶にもしっかと刻み込まれている。

 彼女の受け答えを見たじゅえるは、あまり芸の無い娘だな、との印象を受けた。

明美「例の、らむちゃん女です。」

弥生「ああ!」

 草壁美矩は、去年ウエンディズ会議で、明美一号が好きなサッカー部の奥村君を篭絡した悪の一年女子、として名前が出た事がある。あの後、明美二号は奥村君を再度奪取して、一号に返還するというミッションを課せられたはずだが。

美矩「ああ、あの人ですか。付き合ってみたらあんまり面白くなかったので、早々に辞めました。」

明美「ということで、現在も明美先輩はがんばってアタックしてるんです。で、その事を打ち明けて、私たち友達になったんですよ。」

まゆ子「ふーーん、なるほどね。明美の狼狽がすぐに治まったのはそういう理由だったんだ。」

 弥生まゆ子じゅえるは、改めて草壁美矩を観察する。

 彼女は、掃除の時間に黒板拭き掃除機を濡れ雑巾で拭いてしまい感電した経験があるので、同学年の少女達からは”らむちゃん”と呼ばれている。実際の容姿もなんとなくそう思わせるところがあるが、どちらかというと、らむちゃんを上下に引っ張って伸ばした、という印象があり実物よりも面長ですっとしている。抜けるような、というのは大げさな表現だが肌は白いし、髪もちゃんと日本女性的に正しい烏の濡れ羽色という感じでぬめっている。「一重瞼のらむちゃん」といったところだ。髪型がホントにらむちゃんに似てるのは、これはサービスで、意識的にやってるのだろう。

 動きも特に鈍いという事もなく、メンバーにしたらちゃんと働くんじゃないか、と思わないでもないが、でも、芸が無いというのは致命的な欠陥だろう。なにせ明美二号も、芸といえば一号に似ているというだけであり、「よく出来た明美」という事でかろうじて面白みがあるのだから、この上芸の無い少女が一人増えたって、ウエンディズの次代を託すのには役不足だろう。背に腹は換えられないが。

弥生「あなたは、ウエンディズが何をするところかは知ってるよね。」

美矩「なんとなくは。かなり危ない橋を渡ってるというのが、もっぱらの評判ですが、でもホントにそんな危険な事するんですか?」

 じゅえるは、はーーーっとため息をついた。そりゃあそうだろう、普通の女の子の想像にウエンディズの、ゲリラ的美少女格闘の真の姿が想い浮かぼう筈が無い。自分だって、なんでこんな無茶苦茶でござりますわ、な状況に参加しているのか合理的な説明が出来ないのだから。だが、弥生ちゃんは別な事を懸念しているようだ。

弥生「ウエンディズってのは、一応隊規があってね、もしあなたが入隊したらそれに従ってもらうんだけど、構わないね?」

美矩「それは当然なことですね。入ったからにはちゃんと順守します。わたしは割とかっちりした性格で、赤信号で車が無くてもちゃんと立ち止まるんですよ。」

 彼女は屈託なく笑う。

 じゅえるは、弥生ちゃんが、この娘が覚悟を決めてこの場に来ていない、と見ている、と踏んだ。確かにこの子はすこし世の中を甘く見過ぎている。ウエンディズのメンバーとしては不向きかもしれない。ちと脅しを掛けて、弥生ちゃんの懸念の解消に手助けをしてやるか。

 

じゅえる「ウエンディズの隊規って、あれ弥生ちゃんが決めたんじゃないよね。まゆ子だったかな。」

まゆ子「あ、一応私。弥生ちゃんが色々とシチュエーションを言ってその対応を規定して、それを簡潔にまとめて、で後はみんなの要望をちょっとずつ取り入れて作ったよ。じゅえるは、”隊費は決められた期日に三日と遅れずに支払う事”ってのだったね。」

じゅえる「一条はだれが考えたのよ? あれはまずいでしょ。」

まゆ子「まずいって言っても、あれは、・・・・・弥生ちゃんの強い要望で、・・・・・私が調子にのって罰則をエスカレートさせたら、ホントにそうなって。」

弥生「いや、あれは独創的ですばらしいと思うよ。だって、簡単明瞭で、ウエンディズの進むべき道をばーーんと一発で見事に表現してるじゃない。」

じゅえる「だってさ、あれ、まだ、適用した事ないんだもん。」

まゆ子「それは当たり前。だってあんなの本当に実行する訳にはいかない、んだけど、・・・・・やる、よね。弥生ちゃんは。」

弥生「誰も一条に違反しないのは残念だね。」

 

 草壁美矩はすこし不安を覚えたようだ。隣の明美二号に尋ねる。

明美「それは、ぼそぼそぼそ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

美矩「 ! 」

 小声で明美二号が教えた隊規第一条に、美矩は目を丸くした。でもそれだけだ。本当にそんな事を実行する馬鹿がいる訳がない、常識的な判断をすれば普通、人はそう考えるだろう。なぜなら

 

   ウエンディズ局中法度第一条

                 敵前逃亡は死刑。

 

 こんな馬鹿げた規則が、高校生の部活程度にある訳がない。第一死刑て、どうやる気だ。

 

 目の前に、それを本当にやってしまう華麗なる馬鹿が三人も居る。そのことにまだ彼女は気づいていない。

 傍らの明美二号は違う。彼女は「死刑」の意味するものを知っている。

 この規則は戦闘部隊としては絶対不可欠の条件だ。当然、日々実戦を積み重ねているゲリラ的美少女野球リーグにおいては、どこのチームにも普遍的にこの条項は存在する。罰則はそれぞれのチームで違うだろうが、それでも最大級の処罰を受けるに決まっている。それに加えて弥生ちゃんは、弥生キャプテンは、冗談を窮める事を義務として己に課しているような人物だ。そういう状況になってしまったら、この条文の補足事項として記載されている方法を確実に、本気でやってしまうだろう。というか、弥生ちゃんは、その性として、やらざるを得ない。

 長くウエンディズの活動に従事して、明美自身、かっては自分も一笑に付したこの”死刑”というものを、今はなんの迷いも無く信じている。お日さまが東から昇るのと同様に確実な事なのだ。

 

 無邪気に草壁美矩は問い返す。

美矩「死刑ってなんですか?」

弥生「後ろ手に両手を縛って正座させ、頭を地面に平行にまっすぐ垂れて、その上にリンゴを乗せ、目隠しをしたしるくが、真剣で真っ二つに切るのよ。」

美矩「しるくって、衣川のお姫様の事ですか? 剣道部の、居合をしている。」

弥生「そうそう。しるくは剣の達人だから、髪の毛一本も間違えて斬ったりしないよ。」

 

 草壁美矩はあははと笑った。

 弥生まゆ子じゅえるの三人も笑った。

    ただ一人、明美二号だけは笑えなかった・・・・・。

 

美矩「・・・・して、例のものは?」

 彼女はひとしき笑うと、弥生ちゃんの耳元に唇を寄せて小声で尋ねた。弥生ちゃんはしばし目を瞬かせる。彼女の言っている意味がよく分からなかったので、明美に尋ね直した。

明美「あれですよ、例のアレ。」

弥生「?・・・・・・・・、ああ、」

 実は、じゅえるは明美二号に新入部員勧誘の秘策を授けていた。弥生ちゃんには不要なものであったので、それと聞かされても何の感慨も抱かず忘れてしまったが、一般生徒には効く非常に強力な誘因物質を用意していた。

 それは、過去3年間全教科を網羅し、教員別に分類され傾向と対策を分析して、完全模範解答までもを付与された、門代高校定期試験の問題集である。じゅえるが音頭をとってプロジェクトを立ち上げ、まゆ子と弥生ちゃんの協力を得て2ヶ月の時間と多大な尽力の末に完成された虎の巻だ。

 もちろんじゅえるは、自分の為にこれを作り上げたのだが、今回特別に、明美二号に新規隊員勧誘の秘密兵器として提供している。草壁美矩はまんまと引っかかった第一号というわけだ。

 

弥生「あるにはあるけど、あんなものに頼ってちゃ人間ダメになっちゃうよ。」

じゅえる「弥生ちゃんにはそりゃあ必要無かったけどさあ、普通の生徒には大変ありがたいものなんだな。」

明美「いやあ〜〜〜、わたしもそういう善いものが存在するなんて、今回の勧誘を始めるまで知りませんでした。」

美矩「で、あるんでしょ、間違いなく。完全解答付きで。」

じゅえる「ふふふ、なにを隠そう、その解答ってのは、この弥生様がこしらえなさったんだ。」

美矩明美「おおおおおおおおお。」

 

 椅子に座ってる自分の頭の上で、勝手に盛り上がる三人に、弥生ちゃんはなんだか照れてしまう。

 確かに、その解答は弥生ちゃんが第一稿を作った。というか、自分で解いてみたのだ。

 二年生になって、5月の連休を利用して集中的に全科目をぶっ続けで一年分、本気で時間まで計ってチャレンジし、結果平均70点という驚異の点数を得た。一年分といえば、一年生から三年生まで、つまりまだ弥生ちゃんが授業で習っていない所までも含む問題で、しかも三年生の三学期ともなると受験問題クラスの難度があるから、正しくこれは驚天動地の成績である。

 これもみな日ごろの心掛けの賜物で、学年の初めに教科書をもらうと弥生ちゃんは最初の一週間の内に全教科全編全部読み切ってしまうのだ。というか暗記してしまうので、以降の授業では習うというより復習をしているみたいなものになる。どの教科の教師が嫌がらせに難しい質問をしてみても、教師の手口を先読みして理解しているからまったくうろたえる事は無い。加えて、暗記しても理解できない箇所があると、二三学年上の教科書を探して来て読んでしまう。自分の学年では分からない箇所も、学年が上がると当たり前のように引用していたりするから、テキストを参照してその件の重要度と使い方を覚えてしまう、という理屈だ。

 こうして弥生ちゃんは学校生活の全期間において、決して教師に隙を見せない事に成功してきている。

 のち夏休みに聖ちゃんも同じ問題に挑戦してこちらは平均80点という成績を出したが、彼女は数学の一部と物理化学を除外している。じゅえるとまゆ子が一時期弥生ちゃんを化け物扱いしていたのも、無理からぬ事だろう。世が世なら2、3年は楽々飛び級している才能だ。

 

弥生「まあ、完全解答があるって言っても、じぶんでその内容を理解しなけりゃ役には立たないんだから、まあ、いいか。」

美矩「そうですそうです。意欲があるからこそ、そういうものが必要になるんです。」

明美「うんうん、すばらしいです。ウエンディズに入って良かったって思ったのはこれが初めてですよ。」

 つまらない事を言って明美二号は二年生たちに睨まれてしまう。

 

 それまで黙って聞いていたまゆ子が立ち上がり、にこやかに言った。

まゆ子「じゃあ、それは一応練習に参加してみて適性を見た後で、って事でいいかな。」

美矩「はい!」

 まだ何も知らないるんるんの草壁美矩をつれて、全員教室を出て行った。今日の練習メニューは、単純な三角ベースボール、野球の実践的訓練だ。紅白戦をするには人数が少なく、また練習にフルメンバーが集まることが滅多に無いウエンディズでは、最低三人いれば出来るこのルールはもっとも好まれる定番の練習である。格闘はおろか野球に関してもど素人である彼女のためにはちょうどいい負荷であろう。と、まゆ子は考えた。

 そして確かに、今日の練習は楽であったのだが、 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、

 

          二時間後、草壁美矩は逃亡した。

志穂美「デッドボールは、公式なまともな野球でも発生する不可抗力な事態だが、わたしが悪いというのか?」

明美一号「球拾いくらいで泣かなくてもいいと思うのよ、たったの二十球拾っただけで。全部フェンスオーバーにしちゃったふぁの所為だけど、私なんかいつもだよ。」

しるく「困りましたね。キャッチボールで手が痛いって方は初めて見ましたわ。これ以上ゆるく投げたら相手に届きません。」

ふぁ「やはりポジションフリーの三角ベースってのは、さすがに初心者には無理があったかな?外野に固定しとけばよかったね。」

まゆ子「うーーん、女の子だから野球知らないのは不思議じゃないけど、3アウトポジション交代ルールまで知らなかったとは。いきなりピッチャーさせられて怒ったかな?」

弥生「いや、その球を打順二回りも打ちまくったのは、やっぱまずかったよ。3アウト取らなきゃいつまでも交代出来ないってのは、素人にはきつ過ぎた。反省しよう。」

じゅえる「まゆこーー、この簡易式めじゃーりーがー養成ギプスってのはさすがに問題あるんじゃない? 普通の人間は手と脚をゴムひもで結んだらこけるだろうし。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 明美二号は憮然として先輩たちに抗議をした。

二号「いくらなんでも初日なんだから手加減してくださいよ。だまくらかして入れさせて、入隊してからビシビシしごくって知恵は無いんですか! わたしの苦労もしらないで、ほんとーに見つからないんですからね、新入部員。やっと連れて来たのに。」

 

 だがその主張は案に反して誰の賛意も得られなかった。弥生ちゃんは冷静に答える。

弥生「明美ちゃん、初日だけラクチンさせて後でいじめるような、そんな卑怯なやり口は、あたしの目の黒い内はさせないよ。」

明美「いやでも、とにかく人数を増やさなくちゃ話にならないじゃないですか。このままじゃ先輩たちが卒業しちゃったらウエンディズ絶滅ですよ。」

志穂美「使えない者を何百人入れても無意味だ。」

ふぁ「正論だね。初日からしごくってのは、これは親切というものだよ。後でぎゃーぎゃー喚かれるよりはよほどいい。」

まゆ子「それに大体さあ、私たち入隊初日の練習って、ちっとも楽じゃなかったよ。じゅえる、どう?」

じゅえる「ウエンディズ結成初日の練習っていえば、吐いたね、あたし。弥生ちゃん自分を基準にして負荷を計算するんだもん。自分が特別頑丈だって自覚が無いんだよ。」

しるく「でもそうじゃなかったら私、たぶん入っていませんでしたわ。弥生さんが一生懸命だから、お手伝いする気になったんですもの。」

明美一号「しるくとかふぁは特別なんだよ。わたしは、死ぬかと思ったわよ。まったく手加減なんてなかったんだもん。第一私、ウエンディズに参加するって同意も無しに練習に放り込まれたんだから。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。(同意)

 まゆ子は再び明美二号に話を振った。

まゆ子「あなたは初日の練習ってどうだったの?」

明美「わたしは、・・・・・・・・・・。」

 明美二号もウエンディズに自らの意思で参加したわけではなかった。更衣室で、ウエンディズが体操服に着替えている隣でたまたま着替えていたのを、明美一号と誤認されて、そのまま他チームとの実戦に投入されてしまったという、いわば落とし穴にはまったような災難だった。試合が終わった後、一号本人がやって来るまで誰にもその正体を見破られなかった、というオチまでついている。考えてみれば、本日の草壁美矩の数倍はひどい状態だったろう。

 

明美「・・・・・・・・、今日は、・・・・・・・らく、でしたね・・・・・・。」

弥生「でしょ。それについて来れないというのなら、致し方無い。」

明美「・・・、他の運動部はもっと賢くやってますけど、ね。」

志穂美「賢いにんげんがウエンディズなんかに居る訳がないだろう。」

しるく「揃いも揃って皆さん、”いかれポンチ”な方ばっかりなのですわ。」

明美「・・・・・・・いかれポンチな女の子、って、一年生には居ないです・・・・・。」

ふぁ「二年生にも居ないぞ、ここに居るだけだ。」

弥生「あとは、桐子くらいかな。」

 

 明美は今後の勧誘活動に多大な困難を予想した。やはり人数だけ揃えればよいという安直な方法はだめだったか、志穂美先輩の言うような、街道に網を張って、通る人間に片っ端から喧嘩をふっかけていく「七人の侍」方式を取れば良かった、でもそれじゃあ百年掛かっても誰も捕まらないな、と頭の中で愚痴るのだった。

 

明美「あ、でも、そうだ、試験問題は、あの、草壁さんは。」

 せっかく来てくれた草壁美矩も、これだけの目に遭ってなんの見返りも無しでは悲し過ぎるだろう。ダメでもともとで弥生キャプテンに尋ねてみる。

弥生「そうだね、せっかくご足労を掛けたんだから、見せてあげましょう。コピーは一部だけ、他の人には見せないって事で、いい?」

明美「ありがとうございます。草壁さんほんとうに喜びます。」

 明美二号は、本当に、心の底から感謝したのだった。

(2002/03/14)

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 5日後、明美二号は肌の浅黒い少女を弥生ちゃんの教室に連れて来た。てんでばらばらの恰好で座っている先輩たちに彼女を紹介する。

 

明美「1年6組のシャクティ ラジャーニさんです。キャプテンはご存じでしょ。」

弥生「知ってるも何も、その子、一月に神戸から転校してきた子でしょ。留学生でなく外国籍の生徒ってのは、門代高校でもかなり珍しいていうので、校長先生によろしく頼むって、引き会わされて校内を案内してあげたよ。」

明美「インド人なんですよ。ほら、額に赤い丸が描いてあるじゃないですか。」

 あらためて観察してみると、これが絵に描いたようにインド人の美少女だった。色が本当に黒い。目がくるっとしていて瞳も異様といえるほどに大きい。黒髪を長く背まで垂れ市松人形ぽく切り揃えているところは日本風であろうか。が、最も印象的なのは、

 

SHAK「ドーーモ、その節はたいへんお世話になりました。蒲生キャプテン様、お久しぶりです。シャクティです。覚えていてくれましたか。いやあ、あの時は校長先生が、本校で一番偉いヒトを紹介してくれるとか仰しゃってワタシ緊張しちゃってろくにご挨拶も出来ませんでしたが、今回なにやら人数がお入用とかで遅ればせながらも御礼にまかり越しました次第であったりなかったりして。」

じゅえる「なんだこりゃ。」

 あまりにいいかげんな挨拶に、その場に居たじゅえるまゆ子しるく明美1号は目を丸くした。明美二号がそっと弥生ちゃんの耳元に唇を寄せる。

明美「・・・・・・・ご注文どおりのいかれポンチです。今度は間違い無いです、というか、一年生の誰に聞いても彼女よりいかれポンチなヒトは居ないと言うでしょう。逸材です。」

弥生「・・・・別にいかれポンチでなきゃいけないって訳じゃないんだよ。」

 

まゆ子「インド国籍ってことなのよね、あなたは。お生まれもインドなの。」

 まゆ子が当たり障りの無い質問をぶつけてみる。いくらウエンディズがイカれていても本物は許容出来ない。とりあえず基本的なデータ収集を行うべきである。

SHAK「それがどういう訳だかインド国籍には違いないんですが、もちろん両親はれっきとしたまがい物でない純度200パーセントのインド人ですし、ワタシもインドで仕込まれたには違いないんですが、オカーサン飛行機が大嫌いってんで産月なのに日本までちんたら船なんかでやってきて、間の悪い事に公海上で生まれてしまったんですよね。だから法律上はまったく問題なくインド人なんですが、なんとこの歳になるまでインドの地を踏んだことが無いまるっきり日本人の女の子してるんです。だから御気遣いなく。」

じゅえる「じゃあ、ひょっとして、インドの言葉喋れないとか。」

SHAK「両親がちゃんと喋りますからそんな事はないですけど、でもインドから来た人には受けが悪いですね。冗談に品が無いって。」

 

 弥生ちゃん以下ウエンディズ二年生は一斉に振り返り椅子の背にしがみつき机にかじりついて額を寄せ、車座になって相談した。

まゆ子「なんかヤバい感触がする。」

じゅえる「この感触はたぶんインドのもんじゃない。関西のものだ。」

弥生「言葉は標準語だけど、間違い無い。」

明美1「え、じゃあこの子はひょっとして関西の文化に影響されているってこと?」

じゅえる「影響ってのは控えめな表現だな。侵食されている、と言った方がいい。」

しるく「まあ。じゃあ関西って害があるんですか。」

じゅえる「関西に害があるんじゃなくて、関西に毒された人間が害を引き起こすんだ。それが証拠に、ほら。」

 

 と、全員でシャクティの顔を見る。なんだか知らないけれどいきなり見つめられて、シャクティはにたにたと微笑んだ。

 再び車座になって相談する。

しるく「見ました? あの笑顔。」

弥生「なんか人工的な感触がある。あれはひょっとして吉本新喜劇によく出て来るような笑い方ではないだろうか。」

まゆ子「我々は根本的なところで過ちを犯すところだったんだわ。あれはインド人じゃない、関西人だ。」

弥生「でも、生まれてからずっと関西に居たってわけじゃあ、」

 

 弥生ちゃんは振り返って尋ねる。

弥生「あなた、日本に来てからずっと神戸に住んでたの?」

SHAK「オトーサンがお店を出すたびにみんなそこに引っ越してました。」

弥生「お父様のお仕事は何なの。」

SHAK「料理人です。インド料理のお店のチェーン店をやってるんです。ただのインド料理じゃないですよ。日本の風土と伝統に根ざした新しい、インド創作料理店なんです。」

じゅえる「じゃあお父様はシェフで経営者で、あちこちにお店がいっぱいあるんだ。」

SHAK「いっぱいと言うほどでは。神戸のお店は7号店で、今度門代に8号店を出すことになったんです。だから、家族揃って引っ越して来たんですよ。」

 じゅえるは怪訝な顔をした。人差し指でシャクティを指して言った。

じゅえる「つまり、オーナーであるあなたのご家族は、新しくお店を開くたびに引っ越して、お店を切り盛りしているわけね。」

SHAK「はい。なにか変ですか。」

じゅえる「ちょーーーーっとね。ちなみにそのインド創作料理のチェーン店ってのは、どこにあるの?」

SHAK「難波、丹波、北近江、岐阜、富山、須磨、神戸、と今度できる門代です。あ、でもですね、規模は小さいんですよ。お店はどこも小さくて、家族全員でお手伝いしてやってるんです。」

じゅえる「あなた、で、その、前にやっていたお店ってのに再び行った事有る?」

SHAK「そうですねえ、前のお店にはいかないですねー。オトーサンが、古いお店は新しいオーナーに全て任せて料理のメニューのロイヤリティを取るんだって言ってました。けんたっきみたいなものですかね。」

 

 明美二号も含めてウエンディズ全員が車座になりひそひそ声で相談する。

明美1「ひょっとして、お店は常に一軒だけなんじゃないの?」

しるく「チェーン店の経営者と言えば、自分ではなかなか実際に料理を作ったりは出来ないものだと思います。たとえロイヤリティを取るだけのチェーン店だとしても、新しいお店が出るたびに自分で全部をやってしまうなんて、非常識なのではないでしょうか?」

弥生「わたしが今聞いた分だけで判断するに、・・・・なんか流浪の旅を送っているさすらいの料理人って気がするんだけど。」

まゆ子「古いお店って、もしかして、・・・・・・・潰れてるんじゃないかしら。というか、他人の手に売り渡して流れ流れていくみたいな。」

二号「しかし、ご両親が何をされていようと、ウエンディズの活動にはなんの支障も無いのでは。」

弥生「無い。完璧に関係ない。だが、途中でまたどっかに行ってしまうのでは困る。」

 

 弥生ちゃんはまた振り返り、シャクティに尋ねる。

弥生「今度のお店は何年する予定なの?」

SHAK「そおーーーーですねえーーー。ワタシの予想では二年ですね。今から勘定すると、3年生の2月くらいでまた転校です。」

弥生「ばかもの、最後まで留まってちゃんと卒業しなさい。」

 ウエンディズ全員がうんと頷いた。

SHAK「でも、でも、家族というものは常に一緒にいるべきものではないでしょうか。というか、家族と別れたらワタシ寂しいです。」

まゆ子「そうは言っても、あなたも進学したり就職したりしなくちゃいけないでしょう。そんなどこに行くかわかんないようだと、腰を入れて勉強できないわよ。」

SHAK「はあー、浮き世はままならないものですねえ。仲良し家族をむりやり引き裂かなければならないなんて。」

 ためいきをつくシャクティは、勉強という言葉で何かを思い出した。

SHAK「それはそうと、お代官さま、例のものはどちらに。」

弥生「だれがお代官さまだ。わたしは生徒会副会長だ。」

SHAK「またまたご謙遜を。しってますよお、門代高校の真の支配者はあなた様だというじゃあーりませんか。」

 

 じゅえるがびっと指差した。

じゅえる「いま! 関西ローカルのギャグを言った!!」

明美1「言った! 確かに言ったよ!」

SHAK「なんの事です? 別にチャーリー浜の口調をまねしたからと言って、ワタシのインド人的あいでんてひてひが否定されるってものでもないではあーーーりませんか。」

じゅえる「くそー、おちょくってるみたいだ。」

SHAK「”あーりませんかアーリア人”、っていうギャグを神戸の学校で使ったら、至極評判がわるかったですね。」

 

 弥生ちゃんは非常に難しい顔をした。こんな複雑な表情は誰も見たことがなかったので、皆心配して口をつぐんでしまう。誰ともなく顔を見つめ合って、自然とまゆ子に視線が集まったが、まゆ子はびびってしるくに助けを求める目線を飛ばした。しかたなく、穏やかにしるくが弥生ちゃんに話し掛けた。

しるく「弥生さん、これ以上はグラウンドで適性検査をしてという事で。」

弥生「ちょっと待って!」

 弥生ちゃんは厳しくしるくを制した。頬に指を当て、しきりに何かを考えている。あまりに真剣な様子にすこし怯えたシャクティは明美二号になんとかしてくれ、というサインを送った。仕方なしに二号が話を継ぐ。

二号「あの、きゃぷてん。シャクティさんは例のテストの過去問に興味があるんですけど、見せてあげてもいいですか。」

弥生「だめだ!!」

 弥生ちゃんはがたっと椅子の音を立てて勢いよく立ち上がる。全身鋼鉄の決意が燃えていた。

弥生「他人の目はたぶらかせても、私の目は誤魔化せない。来なさい。今からあなたの本性を暴いてあげる。」

 

 と言うが早いかつばめの様に身を翻すと、弥生ちゃんはシャクティの右手首をひっつかんで教室を出ていった。

 ウエンディズのメンバーも慌てて二人を追いかけて、グラウンドに飛び出した。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 二時間後、シャクティは気絶している。

弥生「どう、彼女の本性が分かった?」

ふぁ「なかなかいい線してるね。運動神経も反射神経もいいようだけど、訓練が足りない。」

しるく「なにより精神の修行がなっていませんね。からだとこころのバランスが低いレベルで安定している、という感じです。彼女の平生のふざけたような態度は、本来の自分の姿をさらけ出さない為の防御反応と見ました。」

まゆ子「つまり、・・・・・この子は凄くイイ子なんだ。たぶんお父さんとお母さんに迷惑を掛けないように、じっと我慢して度重なる転校にも耐えて来た、そのストレスをご両親にも見せないようにしてきた、というところかしらね。」

ふぁ「さすがは弥生ちゃん。よくぞ彼女の本性を見抜いたね。で、これからどうするつもり? ひょっとして、今から卒業までの間、彼女を鍛え直してひとかどの人間に仕立て上げる、なんて言うんじゃないでしょうね。」

志穂美「僭越、であるね、普通の人間であれば。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 聖の言に弥生ちゃんは笑った。

弥生「確かに。一度私の目に止まった以上、この娘はタダでは済まさないわ。彼女をウエンディズのメンバーに迎えます。彼女が嫌と言おうが逃げ出そうが、門代高校に在学している間は、私が責任を持ってなんとかします。で、いい?」

 誰ひとりとして異を唱えるものは居なかった。明美二号などは、ちょっとうらやましいと感じたくらいだ。

 

 明美一号二号としるく、じゅえるが、ようやく気を取り戻したシャクティを抱えて保健室に運んだ。さすがに無理をさせ過ぎて、へろへろで自分では歩けない。

 一部始終を校舎の陰で覗いている人物が居た。それに気付いた明美二号は、シャクティを一号としるくに託して、彼女の元に走っていった。

明美「草壁さん! 練習を見てたの? 大丈夫よ、もうあなたを無理やり練習にひっぱり込んだりしないから。大丈夫、弥生キャプテンは人物が出来てるから、嫌がるヒトに無理強いしたりはしないし、しつこく付きまとったりしないから、完全にフリーよ。過去問の件もなんの義理も感じなくていいって。」

 草壁美矩は、自分がウエンディズに加わらなかったのに過去問を提供してもらった事に負い目を感じ、弥生ちゃんに義理を感じてどうしたらいいか、明美二号にしきりに相談していたのだ。弥生ちゃんをよく知っている二号は、それが無用の心配だと知っていたけれど、世間一般の生徒と同様に輝かしい業績と生徒総会等の凛々しい姿しか知らない彼女は、イメージとしての弥生ちゃんに圧迫を感じて息苦しささえ感じていた。

美矩「・・その子、関西印度人のシャクティさんだよね、ウエンディズのメンバーに決まったの?」

明美「うん。なんか凄く弥生キャプテンに気に入られちゃったみたい。」

美矩「気絶、してるよね、それって、ウエンディズの練習ではよくある事なの?」

明美「明美先輩はよくなるけど、それは例外で、試合でなきゃ気絶まではいかないよ。戦闘不能にはたびたびなるけど。」

美矩「戦闘不能って、ケガするの?」

明美「ケガというよりはショックだね。ものすごい力でぶん殴られたりぶつかったりしてショックで口も効けなくなるの。10分もすると回復するけど、精神状態が不安定で30分以上はまともに動けなくてその時間帯は大けがする事が多いから、一応練習も試合にも出さずに休ませるの。それを戦闘不能状態っていうんだけど。」

美矩「・・・・・・・すごいんだ。ウエンディズって。」

明美「口で言うとすごいんだけどね。実際やってみるとものすごく単純で、他にやりようが無い事をやってるってだけかな。当たり前の事を当たり前のように、でも本気でやったらこうなるんだ、ってそんなものね。何も考える余裕が無いわよ。」

美矩「わたしはできないよ、そんなの・・・・・。」

明美「イイってイイって。もう気にやまなくて。じゃね。」

 保健室に去っていく明美二号を見送った草壁美矩は、グラウンドに残った弥生ちゃん達が練習を再開するのを悄然と見つめていた。ウエンディズは、極めて特殊なノックをやっている。全速力で突っ込んで来るメンバーに向かって真っ正面から弥生ちゃんが打球をぶつけるのだ。体でボールを止めた隊士はそのまま土のグラウンドに転げて起き上がり、弥生ちゃんにボールを投げ返す。それをローテーションでぐるぐると続けていた。どう見てもまともな野球の練習ではなくて、捕球にかこつけた特攻の練習のようだった。

 こんな世界は絶対自分には向いていない、そうは思ってもどうしてもその場を立ち去れない美矩だった。

 

 

 二日後、草壁美矩は再び感電した。

 科学資料室の掃除当番だった彼女は、AV機器のコンセントにたまった埃を取ろうとして雑巾で拭いていたのだ。前に黒板拭き掃除機を水拭きした際の経験から学校の電気機器には滅多にちかづかない彼女だったが、前の日にテレビ番組でコンセントのプラグの間にたまった綿埃が発火して火事になるというのを見せられて、さっそく家中のコンセントの掃除をして、ついで学校の教室の電気製品もきれいにしていたのだ。

 一度始めてしまったら生来のきれい好きの為徹底的にしなければ気が済まない。埃を取るだけならまだしもプラグにこびりついた汚れまでもが気になって、ついつい水で濡れた雑巾でこすってしまう。もちろん大抵の機器はプラグを抜いて通電していない状況で拭いたのだが、科学資料室のビデオデッキは引っこ抜くと時計も止まってしまうため、仕方がないから刺さったまんまで拭いたのだ。

 指先から脳天まで電気が走り、硬直し、声にならない悲鳴を上げる美矩を救ったのは、たまたま通りかかった弥生ちゃんだった。

 草壁美矩が気に病んでいるという話を明美二号から聞かされた弥生ちゃんは、掃除時間の見回りの最中に美矩を発見し、ちょっと話して心配を解消してやろうと思って近づいたが、その直後、異変を感知した。

 弾丸のように教室に飛び込んだ弥生ちゃんは日頃の練習の成果から0.3秒で状況を認識し、ドロップキックで美矩をコンセントから引き離して救出したのだった。

 同じ掃除当番のクラスメートが、何事が起きたのかも理解出来ないままおずおずと近づいて来る中、美矩は弥生ちゃんに助け起こされた。

弥生「でんきは気を付けなさい。」

美矩「あ、は、はい、あの、やよいさん、わたし、電気。」

 弥生ちゃんは美矩のクラスメートにてきぱきと指図して保健室に連れて行かせた。両脇を女生徒に支えられて廊下を歩く美矩は、振り返り、科学資料室で男子生徒に機器の復旧を指示している弥生ちゃんのすがたを見た。美矩を支えている友人たちもそれを見て言った。

「蒲生さんて、なんかすごいよね。」

「わたしたち、なにがおきたかまるでわからなかったものね。」

「テレパシーかなんかでわかったんじゃない? でも、もの凄く早かったよね。」

「いきなりキックするんだもん。びっくりしちゃった。通り魔かと思ったもん。」

「でも、いきなりヒトを蹴飛ばすなんて出来る? 出来ないよね。やっちゃうんだもん。いくら蹴飛ばした方がいいって思っても、普通出来ないよね。」

「だから普通じゃないんだったら。」

 

 保健室で一応の手当てを受けた美矩は、しばらくベッドで休んでいく事を奨められた。もう大丈夫だと自分では思ったのだが、先客を見て考えを変えた。

 カーテンに隠れて、隣のベッドで寝ている女生徒に小声で話し掛ける。

美矩「シャクティさん。」

SHAK「え、え、あ、ああ、えーと誰だっけ。隣のクラスのヒトですね。名前は、・・・しらない。」

美矩「くさかべみく。知らないのも無理はないけど。あなたどこが悪いの?」

SHAK「いや、悪いってほどじゃなくて、ちょっと熱っぽくて。なんかいきなり体を動かして運動すると全身は痛いわ、熱まで出るわ、あたまくらくらするわ、や、どーもいけませんわ。」

美矩「それは、ウエンディズの練習のせい?」

SHAK「え、なんで知ってるの。」

美矩「わたしも勧誘されたの。でも、最初の練習の時、あんまりつらいんで逃げ出しちゃった。」

SHAK「あ、そうなんだ。もうー、あれは地獄ジゴク。ボールをぶつけられるわ、グローブで殴りつけられるわ、ひたすらグラウンドを走らされるわ、あの人たちサドマゾですね。」

美矩「逃げないの?」

SHAK「え、にげていいの?」

美矩「ふつうにげるわよ。」

SHAK「やっぱり逃げるかな。でも逃げるのもこわいよ。」

美矩「にげると怒られる? 弥生さんに。」

SHAK「そうじゃなくて、正しい事をやってるのに逃げるのはなんか自分が変な感じがする。」

美矩「正しい?」

SHAK「弥生キャプテン様はすっごく正しいヒトです。正しいヒトのする事から逃げるのは、自分が正しく無いからですね。日本のコトワザで言うなら、”ジンセイラクアリャクモアルサクジケリャダレカガサキニイク”てとこですかあ。」

美矩「わかんないよ。」

SHAK「親切にしてくれたヒトはどこの学校でもいっぱい居たけど、厳しくしてくれたヒトは初めてなんです。ワタシいんどじんだから、どこか日本の女の子と違う、特別扱いされてたかもしれません。転校ばっかりしていたし、どこでもお客様でした。いきなりぶん殴るヒトはいません。」

美矩「ぶん殴るヒトが、いいわけ?」

SHAK「理不尽にぶん殴られるわけじゃないです。それに、痛いのも慣れればあんまり痛くないんじゃありません?」

美矩「強くなりたいんだ。ただのおんなのこじゃ、いやなんだ。」

SHAK「ほんとに。おもしろいだけのいんどじんのおんなのこは、もうやめます。大和魂ですか、それを感じました。今まで日本の誰からも感じた事の無い、ふしぎな感触を弥生さんには感じるんです。」

美矩「私は感じない。立派過ぎて近づきがたいのよ。あのひとは。」

SHAK「なら近づかなくてもいいんじゃない。縁があれば嫌でも近づけさせられますよ。運命ってものに。」

美矩「わたしは痛いのは嫌。電気でびりびりするのもいや。運命に勝手に自分を変えられてしまうのも嫌。」

 

 そういうと美矩は毛布をかぶって寝てしまった。

 

 翌日、美矩は二年生の教室に、弥生ちゃんに御礼をしに行った。

 弥生ちゃんは教室には居らず、階下の渡り廊下でしるくとなにやら話をしているのが見れた。窓からそれを見た美矩は外の非常階段を使って二人の所へ降りていった。途中、去年の文化祭でどこかのクラスが使った巨大なアニメの女の子の立て看板が斜めに倒れていて通れなかったので、押して元の位置に戻したら上から何か落ちて来る。あ、わ、蜘蛛だ、と頭をぱたぱたとはたいてみたが、何物も出てこなかった。

 弥生ちゃん達に近づいた美矩は、努めて明るく振る舞った。さっさとやるべき事をやって、義理を果たして、何も無かった事にしてしまおう。そしてウエンディズとは縁の無い、平穏無事な普通な生活に戻ろう、そう決意を固めていた。

美矩「蒲生さん、昨日はどうもありがとうごさいました!」

弥生「ああ、だいじょうぶ? なにも無かった?」

美矩「はい! おかげさまで身体にはなにも無くて、これも蒲生さんにすぐ引き離してもらったおかげです。」

弥生「それはよかった。でさ、明美二号に聞いたんだけど、あなた、こないだの過去問の事。気にしてるんだって? もう、あんなのどうでもいいのよ。どうせテストの点なんてのは自分の努力だけがモノをいうんだから。そうね、無理やり練習に付き合わされた慰謝料とでも思ってなさいな。」

美矩「はい、どうもお役に立てなくて済みません。」

 す、っとしるくが後ろに下がって、美矩の背中を狙う位置取りした。いつもの白い剣道着に愛用の木刀を携えている。その木刀を美矩に向けて中段に構えた。

弥生「しるく?」

しるく「うごかないで。」

美矩「え?」

 びっくりする美矩をそのまま立たせて、しるくはゆっくりと木刀を突き出した。美矩の背中にそっと這わせる。そしてしゅっと水平に引いた。

弥生「ムカデが。噛まれると痛いんだよね。」

しるく「うちにも結構いるんですよ。庭が広いといい事ばっかりじゃないですわ。」

 美矩の背中に長さ12センチほどのちいさなムカデが這っていたのだ。さっき立て看板のところで上から落ちて来たのに相違なかった。美矩は突然ぞーーっと背筋に怖気を感じてばたばたと脚踏みをした。

美矩「む、むかで、むかで。」

しるく「どうしましょうか、これ。」

弥生「ま、命のあるものの事だから、そっと帰してあげましょ。」

しるく「そうですね。じゃあお元気で。」

 傍らの立ち木の幹に木刀を副えて、ムカデがじわじわと這っていくのを二人は見送った。そんな二人の悠長な態度に、美矩はまたばたばたと脚踏みをする。

美矩「むかで、むかで。」

弥生「ほら、帰ってったよ。」

しるく「気付かなかったのだから、噛まれなかったでしょ。大丈夫ですよ。」

美矩「いや、でも、むかでですよ。」

弥生「ムカデはムカデ。別に人を敵視して襲ってるわけじゃないんだから、そんなびっくりしなくてもいいわよ。」

 と、弥生ちゃんは笑った。

美矩「失礼します!!」

 

 なんだか居たたまれなくなって美矩はその場から逃走した。一年生の教室に帰って自分の席に座り込むと、なんとなく自分の中に、負けたー、という感触が沸き起こって来た。ムカデが恐くないくらい別に勇気でもなんでもないのだが、二人の鷹揚な態度に普通の女子高生には無い余裕というものを感じざるを得なかった。

 シャクティは大和魂といっていたが、これは大和撫子っていうものだ。厳しいだけじゃなくて、静かで挫けない自然な姿。そういう人がホントにこの世に居るなんて、・・・・美矩はウエンディズに関ってしまった事を心底後悔した。あの姿は、普通は単に普通でしかない、普通の人のあり方は単に普通以上の価値を持たない、そういう厳然とした事実を目の前に突きつけるものだ。普通でない、立派である事を心掛け、努力しなければ、いつまで経ってもああいう風にはなれない。他人に強く鮮やかに印象付ける、自分の生き方あり方に揺るぎない自信を持っている。

 シャクティの言う正しさとはそういうものなんだ、と美矩は得心いった。シャクティは自分もそう成りたいと願ったが、私はそうは成りたくない。いや、そういうのがこの世に居るなんて知りたくもなかった。

        ドウ頑張ッタッテ成レル訳ナイモノ

 

 ふと目をやると、教室に明美二号が入って来る。何人かの友達と明るく談笑している。

 明美に見つからないよう、机の上に突っ伏して寝ている振りをする。なんとなく胃のあたりが重くなった。

 

 

 次の日は雨、憂鬱な想いのまま美矩は登校した。

 今日は朝講習の無い日であるから、登校時間は8時過ぎ、何十何百という生徒が門代高校への坂を上っている。

 傘の間から、美矩は明美二号を発見した。友達であるからには素通りするのもなんだから、少し歩調を早めて追いついた。

美矩「明美、おはよう。」

明美「あ、おはよう。って、あれ?」

美矩「あれ? え、あれ? あれ?」

明美「あれれれ?」

 立ち止まってしまった二人は、上って来る生徒たちの波に押されて道の端に追いやられてしまう。どうも話が噛み合わない。ひょっとしてこれは、明美二号ではなくて、・・・・・・・・・・・。

明美「きゃあ!」

 ばしゃっと、側溝に明美が足を突っ込んだ。周囲の生徒が一斉に振り返る。このドジさ加減は、この運の悪さは、一年生の明美ではなく、

明美「ひいーー、なんで、なんでこうなっちゃうのよ。」

 流れの早い増水した側溝にスカートの半分までもズッポリと突っ込んだ明美を、さかのぼる生徒達は遠巻きに避けて歩んでいく。一人、美矩だけが立ち尽くし、必死で上がってこようとする明美を呆然と見ていた。

 

    ヒョットシテ、ワタシガワルイッテ、コトナノカナ

 

 いきなり胃が痛くなった。

 

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 

「胃炎?」

 次の日、明美二号の要請で開かれたウエンディズ会議で、二号は草壁美矩が胃炎で入院した事を報告した。

 全二年生にシャクティも加えて、フルメンバーが外教に集まっている。全員が全員、クビをひねった。

ふぁ「もう10日も前でしょ、あの子テストしたの。それで、でも胃炎でしょ。あたしらのせい?」

二号「というか、あの子ずいぶんと気に病む質でして、なんか色々あったみたいなんですよね。覚えありません?」

一号「溝におっこちた。でもあの子のせいってわけじゃないんだけど。」

志穂美「食堂で会ったぞ。なんかこっちの方をじーっと見てたからにらみ返してやったら、ラーメン喉に詰まらせて悶絶してた。」

まゆ子「しほみー、それがげんいんじゃないのー?」

ふぁ「そういえば、裏の庭園のところで、葉っぱをちぎってたのは、あの子だったかなあ。悩みがあるような感じではあったね。ま、あそこで葉っぱ千切るのは一人二人じゃないんだけど。」

 

 弥生ちゃんはちと頭を傾げた。天井を見つめて考えている。外教の天井は今にも抜けて落ちてきそうな感じだが、白っぽい校庭の反射光のおかげでずいぶんと明るく、健全な思考をめぐらすには都合がよいのだ。

弥生「お見舞いに行った方がいいと思うんだけど、逆効果かなあ。」

しるく「そうですねえ。でも、誰も行かないのもなにか、問題先送りみたいな感じですから、いつまで経っても解決にはならないでしょう。困りましたね。」

二号「あのー、あたしとシャクティの二人で行ってこようと思うんですが、ダメですか?」

じゅえる「ダメというより、あんたたちでは解決にならないね。ウエンディズってのは別に、入ったら抜けられないショッカーみたいな組織じゃないんだけどね。」

 黙って聞いていたまゆ子は、びっと人差し指を立てて言った。

まゆ子「解決策はただ一つ。あの子がウエンディズに入る事だ。そうすれば、胃炎の原因は無くなる。だから、一応入れといて、すぐお前なんか使えねえ、ってクビにすればいいんだ。」

じゅえる「なーーーんかねえ、ちょっと技巧をこらし過ぎじゃない?」

 弥生ちゃんは顔の前で両手を組んで、まゆ子の提案を検討した。

弥生「まゆ子の言ってるのは基本的には正しい。自分で解決しなければ、胃炎は直らないでしょう。そしてウエンディズに入らなければ問題は解決しない。」

まゆ子「でしょうね。」

じゅえる「参ったね、入らなくていい、ってちゃんと言ってるのに勝手に気に病んで胃を痛くして、で、やっぱり入らないってんだから。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

弥生「なるほどね。身体が拒否してるって事か。でも、ウエンディズを拒否しているわけでは無いって?」

じゅえる「どういう事?」

まゆ子「つまりこういう事よ。あの子は、本質的にはウエンディズに惹かれてる、でも表層的な意識ではこんなのに入ったらダメだって思ってる。

でも一方で、惹かれてる自分の方が正しいと思っていて、表層的な意識を否定しようと、身体的な症状を自ら作り出してる、って訳ね。」

ふぁ「という事は、草壁美矩も、シャクティと同様に無理やり加入させていた方がよかったって事?」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

まゆ子「なる。物理的な強制力では却ってダメ、か。だから最初のはあれはあれでよかったんだ。」

 

 ぼかりん、と重たい木の椅子に音を立てさせて聖が立ち上がり、傍らの明美一号に話し掛けた。

明美「聖ちゃんが行ってくれるって言ってるよ。」

じゅえる「行って、なにすんの?」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

明美「お見舞い、だって。」

 

 全員、弥生ちゃんに視線を向けた。じゅえるが、心細そうに懸念を伝える。

じゅえる「ヤバいよ。聖ちゃんは悪党だもん。」

ふぁ「やめた方がいい。ひょっとして回復不能なトラウマを与えるかもしれない。なんたって聖ちゃんは、黒魔術の。」

しるく「そんな無茶な事は、・・・・・聖さんもやらないと思うのですが・・・・・・。」

 まゆ子はちらっと聖を見て、弥生ちゃんを見た。聖はいつものとおりにぼーっと立っている。ひょっとしてなにか目算があるんじゃないかとも推察できたが定かではない。一方の弥生ちゃんは一人の人物に視線を送っている。

弥生「・・・・・・志穂美、どう思う。」

 志穂美は長い睫をそっと伏せた。美しい。

 

志穂美「悪魔払いは得意中の得意なんだ。」

 こころもち、聖がにやと笑った。まゆ子はそう感じた。

 

 

 結局弥生ちゃんの許可を得て、聖は一年生二人を連れて草壁美矩が入院している病院に見舞いに行った。

 病室に居た美矩の母親に尋ねると、病状はそんなおおげさなものではなく、今日中にはちゃんと家に帰れると教えてくれた。

 シャクティと明美二号が月並みなお見舞いの会話をしたのち、聖の指示で二人は出て行き、病室は聖と美矩だけになる。

美矩「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、なんなんだろう。」

 沈黙のまま、無駄に費やされていく時間。ベッドの上で美矩はずっと考えていた。まったく喋らない聖に、あせりともいらだちともつかない、形容しがたい不快感を感じて来た。

 そっと見てみると、口がもぞもぞと動いて何かを言っているようだが、どう考えても自分に向けて喋っていない。恐ろしくなって枕を返し聖が見えない窓側に顔を向けて、目を瞑った。

 ふと気がつくと、美矩は自分が眠っているのに気がついた。正確に言うと、意識が飛んで、戻って来て、自分がいつの間にか眠っていたのだろうという事に気が付いたわけで、目を瞑っていながらも視界は明るい光に包まれている。

 そして認識した。異国の言葉が空間を支配している事を。全身360度パノラマで、どこから流れて来るのか分からない、不思議な、甘美な音楽が、歌が、自分を包んでいる事を。音楽というものの常識を超越したその感覚に、美矩は驚き怖れ、飛び起きた。

 飛び起きたはずだったが、実際は美矩は目を開いただけだった。自分が覚醒したと、という事自体が夢だったようだ。人の吐息を感じて目をやると、聖が自分の上に覆い被さっているのに気付いた。肌が、唇が、自分の耳元で蠢いている。こんなに近くで見て、初めて、この人が実は美人であった事を美矩は発見した。

美矩「なにを・・・・・・・・・・・・・・。」

 聖の唇では歌が続いている。このままではいけない、そうは分かっていたが、手足が動かない。全身が鉛のように重く、自分の意思に逆らってベッドに沈みこんでいく。身体の奥では炭火のように穏やかに温い球体が振動しているのを発見する。それは胃の周りをぐるっと回ると、喉に、心臓に、みぞおちに、下がって下半身の方に移っていく。腰がしびれて尾てい骨に淡い疼痛が走った。

 なんだか気持ちいい、そう思った瞬間、全身が火に包まれた。体中が熱いガスに被われ宙に誘われる感触で、再び意識が飛んだ。

 飛んだはずの意識が、聖の歌だけを追っていく。火に代わり、今度は言葉が自分を包んでいく。

       そして音となり、     振動が

                             支配する。

 

「聖さん、かえりましょ。」

「あ、なんだ。くさかべ寝ちゃったんだ。」

「お見舞いに来てもらって、ケーキの一つも出さないとは、気の効かない病人ですね。」

「逆だよ、それ。」

 

 次の日の放課後、草壁美矩は明美二号に案内を乞うて、弥生ちゃんの教室に尋ねていった。

弥生「つまり、ウエンディズに入隊してくれるっていうのね。」

 隊士達の困惑した視線が集まる中、美矩は入隊の意思をあきらかにした。

美矩「ハイ、ワタシハミナサント一緒二戦イタイト思ヒマス。ドウカワタシノ願ヒヲカナエテクダサイ。」

弥生「でも、やっぱり練習はきついよ。痛いし、生半の覚悟じゃ出来ないし、お断りだ。」

美矩「ソンナコトハ、問題ジャナイデス。今コノ時、ニンゲントシテナニヲナスベキカ、ソレガ大問題ナノデス。」

弥生「でも、ちゃんとあなた、考えてみた? 向いてないと思ったら、やめといた方がいいよ。」

美矩「ソンナコト言ワナイデクダサイ。ワタシハ粉骨砕身ノ努力ヲシテ、ゼンセカイニ輝ク、アカルイ正シイ、日本ヲツクルタメニウマレタノデス。」

 

じゅえる「ちょっと、ちょっと変だよ、この子。なんかに取り憑かれているみたい。」

しるく「目が変です。どこかうつろなモノを見ているようですわ。」

ふぁ「聖、なにをした! 明美! 昨日病院でなにやったんだ。」

明美「わたしは知らないわよ。」

ふぁ「お前じゃない、二号の方だ!」

明美「なにって、別に何も、ひじりさんがお歌を歌っただけで、お見舞いの、私たちは外で聞いてただけですけど。ね、」

SHAK「なにもないです。ない。でも今日は一日、草壁さん変でしたよ。妙にはきはきしているし、上ばきでゴキブリ追い回してたし、デンキデンキって騒いでたし。」

明美「そうですけど。ちょっとねじが外れたかなーーー、なんて思ったりもしましたけど、でも、ウエンディズの先輩たちの奇行に比べるとどーって事ない、普通な女子高生の感じでしたよ。」

じゅえる「や、それを言われると弱いな。」

 

 周囲の困惑をよそに、弥生ちゃんと美矩の会話は続いている。

弥生「じゃあ、一応仮入隊って事で、でも適性を感じられなかったらその場でクビにするって事でいい?」

美矩「ウワア、ソレジャアワタシガデクノ棒デ、マルデ役二立タナイデキソコナイガ、無理言ッテ場違イナ社交界ニ入会シタガッテルミタイジャナイデスカ。ワタシハシンケンデス。イノチカケテマス。物干シ竿ニアカイマアルイオヒサマミタイナワタシノ大事ナイノチノ炎ガ、ヤヨイサマニハゴランイタダケナイノデショウカ。」

弥生「わかった、わかった、じゃあ正式にウエンディズの隊士として、あなたを、1年3組草壁美矩を承認します。歓迎します。おめでとう。」

美矩「ウワーイ、明日ハホームランダ。」

 

 成り行きを冷静に眺めていた志穂美が、口をさしはさんだ。

志穂美「弥生ちゃん、それじゃダメだよ。」

弥生「え、なんで。」

志穂美「いや、形で残さなきゃ。契約書とか宣誓書とかで。」

 と言うや、弥生ちゃんの机の上のノートから一枚無造作に引き抜くと、ボールペンでさらさらとウエンディズ入隊契約書なるものを、稀に見る悪筆で書き上げた。

志穂美「これにサインと印鑑押して。」

美矩「ハイ。ゴ親切ニオワリガトウ御座イマス。」

 美矩は、これは達筆で自分の名前を清書すると、ポケットからピンクの透明なおもちゃっぽい判子を取り出して押印し、ついでに自分の右手の全部の指で拇印していった。

美矩「コレニテ任務カンリョウデス。」

 

 志穂美は契約書を受け取るとしばし眺め、弥生ちゃんとまゆ子に手渡した。二人はクビを引っつけてそれを読む。

まゆ子「”私こと草壁美矩は自分が正常な判断能力を有する事を保証された状態においてこの契約書に同意する。”??」

まゆ子「”本日より県立門代高等学校に在籍中、ゲリラ的美少女野球団”ウエンディズ the BASEBALL BANDITS”司令部のあらゆる命令に服従し、隊規の定める所を順守し、隊士としてふさわしい行動をとる事をここに誓約します。”」

まゆ子「”本契約に違反した場合、隊規で定められる罰則を執行される事を許容します。”」

まゆ子「”ゲリラ的美少女野球団”ウエンディズ the BASEBALL BANDITS”を脱隊する場合、違約金として400万ドルを乙に支払います。”」

まゆ子「”なお、この契約は”ウエンディズ the BASBALL BANDITS”およびその後継団体が存在する限り有効である。”

     なんじゃこれ。」

弥生「なぜ、400万ドルなんだ?」

まゆ子「あ、これはたぶん、傭兵の違約金の事だろうから、エリア88からの引用だろうね。」

 

志穂美「というわけだけど、異論は無いね。」

まゆ子「異論って、なんでこんなもんが必要なのよ。」

志穂美「それはこれから分かる。」

 と言うが早いか、志穂美は美矩に振り返り、電撃のような平手打ちを左の頬にたたき込んだ。

「!」

 全員が紫色に凍りつく。草壁美矩は宙に浮いて、糸の切れた人形のように倒れ込んだ。聖の眼鏡が白く光った。

じゅえる「な、し、」

弥生「志穂美!」

 

志穂美「ゾンビーイング、生きた人間をゾンビのようにこき使うブードゥ教の秘術だ。初めて見たよ。」

 

 床に落ちた美矩は、ふらっと上体を起こし、左右をきょろきょろと見渡した。

美矩「ここはどこです? 今日は何日ですか?」

明美2「え、ええっ、覚えてないの?」

美矩「あ、明美、おはよう。って、学校? 学校に来てるの?」

SHAK「なになになになに、記憶喪失?」

 弥生ちゃんは椅子から立ち上がり、美矩の側にしゃがみ込んだ。

弥生「どこまで覚えてる?」

美矩「あ、蒲生さん。あ、そうか、病院だ。胃炎で入院して、点滴受けて、お見舞いに明美達が来て、ウエンディズの人の、あ、」

 そこまで言うと美矩は両手で唇を抑えて黙り込んだ。目の前がぐるぐるして、宙を浮いてるような感じがして、ものすごくいっぱい夢を見て、男の人に抱きかかえられるような感じがして、そして、

まゆ子「昨日で記憶は途絶えてるんだ。つまり聖が見舞いに行ってから、家に帰って寝て起きて、学校に来て、いままでの事、全部覚えてないんだ。」

 美矩はクビを左右に回して何かを探した。

美矩「今、大砲がなりましたよね。なんかすごい音しましたよね。ね。」

 全員が志穂美に振り返る。志穂美は、たった今美矩をぶん殴った右掌をひらひらとさせた。

志穂美「気合いの入った打擲以上に効果のある悪魔払いはこの世には存在しない。」

と、聖の方に得意げに掌を見せる。

 聖は身体をちょっと反らせて、もごもごと言った。

明美「・・・今日の所は、まあそういう事にしておこう、って。」

 

 事の仔細の分からない美矩は、きょろきょろとあたりを見回している。

美矩「あの、明美。蒲生さん。私はここで何をやってるんでしょうか。」

明美1「あ、やっぱわからないんだ。」

明美2「なにって、いまあなた、ウエンディズに入隊したいって、必死なって訴えてたんだけど、」

美矩「え。ええ? えええええ?! えーーーーーーー?」

 状況の掴めないまま懸命に拒絶しようと努力する、そんな美矩の姿を見て、まゆ子は自分の手の中に残された契約書を、思い出したように見返した。契約書にはちゃーーんと、正気の状態でサインした、と書いてある。志穂美を見るとピースサインを送って来た。

 

 まゆ子は、立ち上がり、しゃがんでる弥生ちゃんの背をつついた。

 

 

 こうして草壁美矩はウエンディズの隊士になった。入った後もなんだかんだと文句を言っていたが、さりとて自分で書いた契約書を破り捨てる勇気はなく、そして、一旦あきらめると、それはそれで彼女は順当な適応力を示した。

「なにか、色々あったけど、別に間違った事しているわけではないみたい。」

 自宅に戻り勉強をしようと思っても、ウエンディズの練習で筋肉がばりばり痛くて起きていられない。学習机の上に頭を横たえていながらもなぜか心は安らいでいた。

 胃炎もいつのまにか直ったらしい。

 

END

2002/04/29

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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