大東桐子の死亡の塔

 

桐子「なあーいいだろー、予算くれよー。予算。ちょっとでいいんだからさあ。」

 ある寒い日の放課後、生徒会室での会話。

 流浪の女子高生大東桐子は生徒会副会長兼影の支配者闇将軍・ウエンディズ主宰「こんからー」蒲生弥生に無理なお願いをしている。

 弥生ちゃんは生徒会長席で年度末決算の準備をしている。門代高校では卒業する3年生に承認を得るため二月に一度仮決算をする。そのため部活動の予算は10月に申請、11月に裁定が下りて成立する事になっている。2月に言ってなんとかなるものではない。

 それに大体彼女が所属する「武器術格闘競技振興会」は県立門代高校の部活では無い。純然とした外部のクラブだ。そもそもが出来る相談ではない。だが非常識に厚かましい人間はどこの世界にもいるものだ。

 弥生ちゃんの目の前、机に置いている大事な書類の上に無礼にも尻をのっけて桐子は喋っている。

 

弥生「バカは休み休み言いなさいよ。だいたいねー、あなた、自分ひとりしか居ないのに何をどう認めろっていうのよ。」

桐子「だからさー、予算がついたら部員の勧誘もできるだろ。この競技はなにかと金が掛かるんだよ。武器と防具がいるんだから。それも剣道とかと違って全部特注なんだよ。既製品ってのが無いんだよ。」

弥生「だったらまず部員を勧誘して、それなりの実績を上げてからしかるべき手続きを取って体育会に愛好会設立趣意書を提出して、それが体育会で可決されて、で同好会に格上げしてそんでもって正式な部に昇格してから、予算を要求しなさい。生徒会ってのはそういう風に出来てるんだから。」

桐子「おまえんとこのウエンディズだってさー、そんなめんどくさい手続き踏んでないんだろ、頼むよー。」

弥生「む、失敬な。私達は別に生徒会から鐚一文だってもらってないわよ。ただ外教を無断で借りてるだけだ。それにウエンディズは私の私兵であってスポーツクラブなんかじゃない。そりゃこないだ校長が超法規的措置でウエンディズを一時的に部に昇格させたけど、あれは姉妹校から親睦をどーのこーのでいきなりソフト部を送り込んで来たから仕方なしに応戦したってだけの話で、現在はまた何の裏づけも無い、管理もされないゲリラ的野球団に戻ってるわよ。」

桐子「そりゃあ野球はいいよ。道具なんてそこらへんに転がってるんだから。あたしらはそうはいかないんだよ。本気でぶっ叩いたら死ぬかもしれないってのでドつき合うんだから、いい加減な装備じゃやってけないんだよ。」

弥生「1キロもあるソードで殴り合うからだ。あんなの防具付けてても衝撃が浸透して骨とか脳とかにイッちゃうでしょ。」

桐子「お、さすがに知ってるな。あれはウレタン製だから見かけ上は安全性をクリアしてるんだけど、殴り方によっては腕の骨くらい簡単にへし折ってしまうんだ。だからさー、薬代ってのも掛かるんだよ。病院代も。私だけならいいよ。金はあるんだから。ああありますよ、成金の娘だ。でもそれじゃあ他の人間連れ込んで入れさせるって訳にはいかんだろうよ。だからさあ。」

弥生「しるくの話によると、あんた、実験台が欲しいんだってね。剣道部に道場破りにいって一年生ケガさせたってじゃない。」

桐子「あれは勝手にこけただけだ。剣道の防具ってのは存外いい加減なものなんだよな。竹刀しか防げやしない。」

弥生「ともかく! 生徒会としてはあんたなんかに一円だって出しはしません。それよりも、それ! その手の動きはなんだ。」

桐子「え、これ?」

 桐子は話の最中しきりと右手を滑らすよう仕草をしていた。弥生ちゃんの言葉が終わるか否かと言うタイミングで右手を左手の袖に差し込むと鞭ののように右手をしならせた。

 40年は昔から生徒会室にある木製の書類棚にトン、と手裏剣が魔法のように姿を見せた。桐子はにやりと笑う。

桐子「なかなか実戦で使えないものなんだ、手裏剣って。特に武器持ってる奴って手裏剣位の動きならちゃんと対応出来たりしやがる。ま、こけおどしだな。昔から手裏剣ってのはその程度の位置づけだったらしいよ。」

弥生「そのこけおどしで学校中あなだらけにしてるのは誰だ。それの修繕費ってのも取ってやろうか。」

桐子「まさか、あんなちょこっと筋が出来たくらいで。けちな事言うなよ、な。」

弥生「数百ヶ所だ。まったくもー、私がどれだかあんたをかばってるか、あんた全然自覚ないだろ。」

桐子「ぜんぜん。」

弥生「ともかく予算なんてものは去年の内にもうかっきり出来上がってるの。今さら言ったってどうにかなるなんてもんじゃないのよ。あきらめなさい。」

桐子「はいそうですか、と諦めるようなやつがこんなとこでこんな事言ってると思う?」

弥生「思わないね。」

桐子「じゃあどうする。」

弥生「実力行使。」

桐子「それも悪くないねえ。常日ごろから実戦を積み重ねている蒲生弥生さまをぶっ倒したとなると、いい宣伝になる。」

弥生「うーん、悪くないアイデアだ。でもそんなに都合良くはいかないなー。私が二三週間病院で寝てればあんた退学だもん。」

桐子「それはちと困る。きょうび中卒では就職のしようも無いからね。大検なんて寝言に過剰に期待する程おつむは軽くないつもりだよ。」

弥生「出席日数は足りてるそうだね。授業はろくすっぽ出ないのに感心だ。」

桐子「停学の分以外は無遅刻無欠席だ。我ながらあっぱれだよ。」

弥生「世の中には、傍迷惑に律義な人間もいるんだって事だね。で、どうする。」

桐子「いや、押してだめなら引いてみなって言うじゃない。実力行使がダメなら、こっちの方かな。」

 と桐子は身体をぎゅっとひねると弥生ちゃんの耳元に唇を寄せた。

桐子「志穂美から教えてもらった事がある。弥生ちゃんは耳たぶが弱いって。」

 桐子はふうっと熱い吐息を吹き掛けた。

弥生「にょわあっ。なにをする。」

桐子「なにって、ナニだよ。学校に密告されてもちっとも困らない方法。たまにはこういう方面を試してみるのも実戦的だな。」

弥生「それよりなんで志穂美がそんな事知ってるんだ。」

桐子「あいつ結構へんな事を知ってるぞ。というか志穂美は他人の弱点を見つけ出す才能があるらしいな。一目見たらその人物の本質を見抜く事が出来るみたいだ。借りたノートの欄外にウエンディズの人物評ってのが書いてたぞ。」

弥生「あんたらそういう仲だったのか。」

桐子「いや、授業のノート貸してくれるのあいつしかいないんだ。字が汚いから借り手が誰もいないんで、いつも空いてて重宝してるよ。いっつも凄い目つきで睨むけど。」

弥生「あんた、無理やりぶんどってるんだろ。」

桐子「で、その欄外の落書きにあったのじゃあ、弥生ちゃんは体側が弱いって。」

弥生「なんだそれ。」

桐子「こういう事。」

 机から降りた桐子は後ずさりする弥生ちゃんにがばっと覆い被さり脇腹にあごをこすりつけた。

「あ、あっ、やめ、いや。」

「ふふん。大当たりだ。弥生ちゃんはレズに弱いと。」

「あ、ああっ、そんな、やめて、いや、いやん。」

「はは、よいではないか、よいでは。それこんなのはどうだ。」

「あ、ああああっ、きゃ、あ、あふ。んんう。」

「ふふふ、口では嫌がっても身体は正直だな。それそれ。」

「ちょっといいかげんにして、あ、それはイヤ、いや・・・。」

「はあはあはあ。」

「あ、あああああん、きゃあ。」

 

 生徒会室入り口に夕日の赤い逆光を遮り一人の男子が立っていた。門代高校現生徒会長「傀儡」の小柳原くんだ。

弥生「こ、小柳原くん、・・・・み、て、たわね。」

小柳原「知らなかった、知らなかった、蒲生君があの大東とそういう風になってたなんて。」

桐子「知られてしまっては致し方ない。なあ、弥生。」

弥生「バカな事言わないでくれる。・・・、あーーー、小柳原クン。何言ってもあなた信じてくれないだろうけど、」

桐子「言いふらしてもいいぞ。弥生ちゃんと大東はデキてるって。大スクープだ。」

小柳原「あああ・・・・。」

弥生「ふー、仕方がないわね。小柳原クン、こいつ、このバカたれが私の手で首討たれたらさっきのは誤解だって分かってくれるわね。」

桐子「なんだよ、その首ってのは。」

弥生「大東さん。今夜九時にここ、学校にいらっしゃい。わたし、も含めたウエンディズがお相手してあげるわ。」

小柳原「蒲生君?」

桐子「なにそれ。」

弥生「八人抜き出来たらあなたの言う予算ってのを認めてあげてもいいわ。ただし、100円ね。」

桐子「なんじゃそれ。」

弥生「100円でも予算が通れば、あなたの言う武器術格闘競技振興会ってのは正式に門代高校生徒会に認定された事になる。ま、体育会の方じゃなくて文化部の方に手続き上所属する事になるけど。武器術技研究会ってとこにしましょう。正式の部活になったら新入生のオリエンテーションで勧誘発表出来るし、文化祭でも教室の使用許可申請を認められる。対外的にも門代高校の名前で出場も出来るわ。どう、これで。」

桐子「なるほど、ね。なあんだ、やっぱり裏技があるじゃないか。」

弥生「その代わり。」

桐子「首、ってのはなんだ。」

弥生「そうね、二三日は病院か保健室か自宅でか、寝ててもらう事になるでしょうね。どう、受ける。」

 というと弥生ちゃんはにっこりと微笑んだ。

 その凄然な笑顔に桐子も小柳原クンも痺れた。世間一般的には「蒲生弥生」という人はこの笑顔でのみ記憶されている。絶対の権威を絵に描いたような、と呼ばれる権力主義者の貌だ。「こんからー」の異名は彼女自身が付けたものでは無い。

桐子「お、おう。」

弥生「小柳原クンもいらっしゃい。生徒会長なんだから見届ける義務があるわ。」

小柳原「蒲生君・・・・・。」

 桐子も、小柳原クンもその場に立ちすくんだ。弥生ちゃんはその場を取り繕う風もなく、桐子の落とした書類を拾い上げると席に着き整理を始めた。

弥生「・・・・・・・・・・・・・・、開けっ放しは寒いわ。行きなさい。」

 桐子と小柳原クンは弾かれるように生徒会室を出た。扉をぴしゃっと閉めてもなお弥生ちゃんが発散する気配は治まらなかった。

桐子「・・・小柳原、あんたもまたえらいヒトに惚れちまったね。」

 だが小柳原クンは桐子の揶揄に反応も出来なかった。桐子はひとり嘆息した。

桐子「・・・・・ま、いいさ。あっちも本気を出してくれるってのならそれは望む所ってもんだ。でも。」

 と桐子は再度生徒会室の扉に振り返った。

桐子「あの顔は、久しぶりに見た。なあ、どうして男相手だとああなっちゃうかな、弥生ちゃんは、なあ。」

小柳原「あ、いや、それは」

 なぜだか知らないが小柳原クンは突然鼻血を出した。顔をそむけてティッシュを当てる彼を見て桐子はこう思った。

「不運ってものに上下があるとしたら、自分には手の届かない女に出会ってしまうほどタチの悪いものはないだろうね。」

 

 

 8時45分、大東桐子は第二校舎の入り口に立った。武器術格闘の完全装備である。ただしヘルメットを持ってこなかった。

 武器術格闘とはその名の通りに武器を使って格闘する競技で、現代の新素材で作ったよりリアルで安全な武器で実戦に近い格闘をシミュレートし、これまで人類が獲得した偉大なる文化遺産である戦闘術を保存研究発展させてよう、という意義深いものだ。剣道やフェンシングよりも実物に近いフィーリングを備えた武器の模造品で戦う。

 だがいくら新素材で安全に作ってあると言ってもやはり武器は武器、形状がもたらすそれなりの破壊力は発生する。そこで防具の方もより強力でしかも身体の運動を妨げない、進化したものを用意する。

 現在大東桐子が着用しているのがそれで、衝撃吸収力の優れたフェルト状のパッドの表面を防刃能力を持つ特殊繊維の布で覆った、銀色の皮革を身体に張りつけた態のSFっぽいよろいといったものである。ひじや膝、胸郭と腹部にはFRPのフレームも付いていて打撃にも耐えられる。25口径の拳銃弾くらいなら防ぐ事が出来るほどの防御力を備えた、実用も可能なものだ。ただし全て特注品であり、着装者ひとりひとりの体形に合わせて作られている為かなりの値段がする。

 これを装備した競技者が、プラスチックやカーボン繊維といった硬い素材で作られた武器の模造品で互いに殴り合う訳で、安全とは言ってもかなりの痛みを伴うなかなかにハードなスポーツである。

 しかし防具が十分に進化したのと歩調を合わせて、武器の方もこの防具に適応したものが開発されている。

 武器は鋭利であるだけではなく、その重さ自体が破壊力を生む。重量が産み出す衝撃は直接的な身体の破壊だけでなく身体全体に対するダメージを発生させ、戦場ではむしろそちらの方が主目的といった使い方もされる。模造武器は形状は模しても安全の為に軽量化をしているから、実戦に近い運動を再現する為にも武器術格闘ではこの種の武器が好んで使われている。

 今回桐子はその系統の武器を携えて来た。

 キャノンブレードと呼ばれるもので、カーボンファイバーの芯に重いウレタン樹脂で刀身を作り表面を防刃布で覆ったもので、刀身長40cm、全長55cm、重量は1キロもある。一見するとただの棍棒であるが、柔らかいウレタンで打撃力をすべて相手の身体に吸収させ、同時に接触時に滑らす事で相手の骨にダメージを与えるようになっている。当たり所が悪いと骨が折れたり関節が外れたり、頭部に当たるとヘルメット越しにでも衝撃波が吸収されて失神する、結構物騒な武器だ。先端と柄尻、護拳の部分にはゴムパッドがあり直接打撃攻撃も出来るようにもなっている。扱いは難しいが、練達すると本物の刀にさえ対抗出来ると言われている。

 第二校舎の入り口には、明美二号が待っていた。彼女は言った。

明美「あ、ども。こんばんは。えー私がコンパニオンです。ウエンディズの先輩方は第二校舎四階のそれぞれに分散して待機しています。大東さんはそれを一階すつクリアして上って下さい。最上階の屋上にキャプテンがいます。これが大ボスでやっつけるとゲームクリアです。」

桐子「一階ずつ全滅させなきゃ上れないって訳だな。逃げ回ったりはしないだろうな。」

明美「第二校舎の東側だけです。そこから先は行かないように指示されていますので大丈夫かと。ホントに逃げてしまいますと私からキャプテンに報告しますから、たぶん大丈夫でしょう。」

桐子「まあそれならいいか。で、お前は戦わないのか。」

 二号はにこっと笑って手に提げた救急箱を見せた。

明美「私は看護婦さんです。」

桐子「至れり尽くせりだな。」

 桐子はびゅっとブレードを振るうと上がり口に入った。下足ではいけないのだが、桐子は構わず踏み込んだ。防具に専用で付いている靴で本来は屋内用であり、自宅から校舎の入り口までは自転車で来たからあんまり汚れてない、という事らしい。

 第二校舎の一階は古い理科室がある。現在では特殊教育棟にその手の教室は集中して配置されているのだが、普通教室の真下にあって便利なのでまだ現役で使われている。

 廊下には青白い蛍光燈の光に照らされて二つの影が動いていた。

 その正体に桐子は目を見張った。

 一階の守備者は不破直子と相原志穂美だったのだ。この二人はウエンディズのフロントで主戦力を形成する、しるくを除いては最強と言える存在だ。二人が最初にくるという事は弥生ちゃんの本気を示すものだ。

 桐子は後ろの二号に聞いた。

桐子「小柳原は。」

明美「生徒会長は、来ないそうです。キャプテンの考える事にはついていけないんだそうです。」

桐子「じゃあ勝手にやらせてもらうよ。」

 桐子はさっと飛び込むとブレードを前に突き出し2m進んで構えた。桐子は二人の装備を確認する。

 ふぁは金属バットを抱えていた。これはとんでもない武器だ、と桐子は思う。ウエンディズはゲリラ的美少女野球団だから当然バットは使う。だがバットで攻撃するのは非常に特殊な技術を要するのだ。なんとなれば、まともに叩いたら死んでしまうという本物の凶器であるから、相手を傷つけないように使うという、武器としては二律背反する要求が課せられる。それだけにゲリラ的美少女野球ではバットさばぎには特別な努力が費やされ独自の武術と言える程の発展を遂げている。

 桐子が前にふぁのバットさばきを見たところでは、これは捕り物での使い方だ。金属バットの硬さで相手の攻撃を防ぎ、長さで相手の自由を奪って地面になぎ倒す。遠心力で叩くといった素人クサイ事は一切せず、先端とグリップで相手の脇に小さく突きを入れ、必要以上のダメージは与えない。あくまで相手の戦闘力を奪う為に使われるのだ。キャノンブレードの衝撃力も金属バットには完全に防がれる。まさに最凶の敵だ。

 一方の志穂美は薙刀をもっていた。昔ながらの競技で使うものでたぶんしるくから借りたものだろう。これは脅威ではない。武器術格闘の防具なら直撃を受けても完全に防ぐ事が出来る。第一この狭い廊下では振る事さえできないだろう。もっともふぁに押さえられたところで叩かれたらこれはどうしようもない。つかみ合ってグラウンドになってしまったら2対1では絶対に勝てないだろう。

 ふぁが言った。

ふぁ「あー、なんだかしらないけど、ここはとおさないぞー。」

 やる気が無いことおびただしい。だが、ふぁは巻き込まれ型の性格をしており、突っかかられるとちゃんと実力を出してくる。戦うのには厄介な相手だ。だが、

志穂美「弥生ちゃんは手加減しなくてよいと言ってたぞ。とりあえず全治3週間以上のダメージを与えるのがノルマだからな。」

と、いきなり志穂美が踏み込んで来た。

 薙刀を縦に構えて志穂美は間合いに踏み込んだ。だが打ってこない。そのまま桐子に薙刀の柄で体当たりををかましてくる。何か違う。だが隙だらけと言えば隙だらけなので桐子は迎撃にブレードを突き出した。

 逆に下から払われた。志穂美の薙刀は柄の方が跳ね上がりブレードを払うとそのまま下腹を突いて来た。

 桐子は飛び下がった。思わず入り口の扉にぶつかるが、その反動で志穂美と体を入れ換える。志穂美は姿勢を落として石突きで槍のように突いてくる。思わずふぁの方に背中を向けてしまったが、ふぁは下がって間合いを開けた。それだけ志穂美の突っ込んでくる速度が速かったのだ。

 だが志穂美はふたたび構えを直して穂先の方で桐子と対峙する。その足裁きは絶妙で間合いを変えずに勢いだけ殺して、その場で体勢を整える。しゅーっと志穂美は息を吐いた。

 桐子はふぁと志穂美に挟撃される形となった。それでも桐子は志穂美を狙わざるを得ない。ふぁと戦うと桐子の最大の武器であるスピードが殺されてしまう。そうなると志穂美に打ち放題にされる。先に志穂美を倒さないとふぁには勝てないのだ。

 左右に分かれた二人に背を向けないよう廊下の脇に下がった桐子は、じりじりと詰めてくるふぁに焦りながら志穂美に打ち込む機会を狙う。それを見越したかのように志穂美は構えを下げて薙刀を開いた。同時にふぁがバットの先端を構えて突いた。

 桐子は志穂美の方に飛んだ。壁も蹴ったから尋常でない勢いで志穂美の攻撃も封じるつもりだったのだが、志穂美は薙刀に頼らず肩からぶちかましを掛けた。

 だがFRPの防具の固さに跳ね返され倒れてしまう。桐子も後ろからのふぁの蹴りに入り口付近まで押し戻されてしまった。

 髪を振り乱した志穂美は起き上がらずにそのまま水平に薙いで桐子の脛に穂を当てた。が、なぎ倒されず、桐子は耐えた。ふぁが前に出て志穂美が立ち直る間を作る。

 ふぁと一騎討ちになった桐子はしゃにむに打っていったが、全てバットに払われてしまう。突いても流され柄の方で殴ろうとしても今度はふぁの方がグリップで打ち込んでくる。桐子は、金属バットの方が優れた武器であると認めざるを得なかった。もちろん使う人間の腕によりそうなっているのだが。

 桐子は武器術格闘のマニュアルを思い返していた。これは半棒の使い方と同じなのだ。ただ振り回してこないだけで、大振りして隙を作らない分守りは堅い。攻撃力の低さは体術でカバーするという訳で、これに対抗するには武器を捨てて取っ組み合いに持ち込む他無い。

 が、その決断をする前に志穂美が復帰した。髪を振り乱し幽鬼のような姿で薙刀を立てて起き上がってくる。起きた志穂美は真っ向上段から斬りかかるという暴挙に出た。柄の長さを最大限に使って、しかし同時に膝を屈めて天井に触らないようにしたのは流石だが、それでも頭に血が上っての行為には違いない。

 桐子は右手を上げてこれを防いだ。竹製の薙刀の刀身は武器術格闘の防具で防げるのだ。しかし全身の力を込めての志穂美の一撃は、いくら防具越しとはいえとんでもなく痛い。痛みをこらえたその隙に桐子はふぁのバットで理科室のガラス窓側に押さえつけられてしまった。そこに、

ふぁ「うわ、ばか、志穂美。」

桐子「うわああっ。」

 志穂美が窓ガラスに一撃を加えたのだ。跳ね上がるガラスの破片に驚いてふぁと桐子は飛び下がった。

 一瞬三人の動きが止まった。

 桐子とふぁは、理科室の窓ガラスに薙刀を突っ込んでしまった志穂美を唖然と見つめている。桐子は言った。

桐子「あーーーーーーーーーー、やっちまったあーーー。」

 だが志穂美はそのまま薙刀を横に薙ぐと残ったガラスまでばりばりと砕いた。振り向いたその顔には鬼気が宿り、双眸には青い炎が揺らめいている。

ふぁ「志穂美、おい志穂美。」

 志穂美はふぁの制止も聞かず薙刀を振りかぶった。もはや桐子を殺さずには鎮まらない厄神といった風情だ。

 ガラスのかけらをはらんだ薙刀でぶん殴られると、たぶん無傷ではいられない。桐子は決断した。

 またしても上段から電光のように振り下ろされた薙刀をかいくぐって、桐子は志穂美に体当たりを食らわした。同時にブレードのグリップにあるゴムパッドで志穂美のみぞおちを強打した。志穂美もさすがに堪え切れず失神して桐子の腕の中に崩れ落ちる。

 桐子は志穂美を廊下に寝かせると、ふぁの方を見た。

ふぁ「あーー、もういいよ。もういい。」

とふぁは手を振った。

 桐子は第一階の試練をクリアした。

 

 桐子は明美二号を連れて二階に上っていく。桐子は言った。

桐子「コワイなあ、志穂美はやっぱこわいなあ。」

明美「志穂美先輩はいつも一生懸命ですから。でも良く逃げ出しませんでしたね。」

桐子「逃げたかったさ。ほんとに切れたヤツは逃げるしかないもん。」

 桐子は水道で水を飲んだ。2月の水は突き刺すほど冷たく、カルキの臭いが喉を下って心臓を締めつける感じがした。

桐子「二階はだれだ。」

 

 闇の向こうで声がした。

まゆ子「二階はあたしだ。」

 自動的に明美二号は下がっていく。桐子は言った。

桐子「電気は。」

 二階の廊下には電灯が灯っていない。真っ暗で月の光だけが照らしている。

 桐子は廊下の電灯のスイッチを押したが配電盤で元が切られていて、やはり点かなかった。

桐子「まゆちゃんのする事だから、こんなもんか。」

 桐子はそのまま進んでいく。まゆ子の声がした。

まゆ子「とーこさん、よくもまあ一階を突破できたね。志穂美はどうなったの。」

桐子「おねんねしてるよ。」

まゆ子「なるほど、目を開けている限り志穂美は諦めないからね。」

桐子「それよりさっさと出て来てくれないか。逃げ回るのはなしだろ。」

まゆ子「逃げ回るのはあなたよ。」

と言うと、まゆ子は暗い廊下に躍り出た。

 桐子はいきなり攻撃を受けた。10m以上離れているのに痛撃が何度も走る。

桐子「貴様、飛び道具か。」

 まゆ子はM16エアガンで攻撃している。しかもノクトビジョン装備で顔の方には弾が当たらないように手加減している。BB弾をマンガ誌に食い込むさせる程の威力だ。桐子はたまらず傍らの教室に飛び込んだ。

桐子「おい、そんなのありか。」

まゆ子「そういうあんただって防具着けてるじゃない。これでイーブンよ。」

桐子「そりゃそうか。」

 素直に桐子は納得した。妙なところで素直なのが桐子の長所と言えるかもしれない。

 桐子は考えた。武器術格闘では銃こそ使わないが飛び道具が禁止という訳ではない。現に桐子自身も手裏剣をサブウエポンとしている。だが今回それは使えない。まゆ子が言ったとおり、相手は防具を着けていないのだ。ケガをさせてしまったらそれこそアウト、四度めの停学を食らってしまう。第一この暗さでは相手の姿も分からない。

 防具を生かしての強行突破、これが正解だ。

 桐子はゴミバケツの丸いふたをかざして廊下に出た。が、ほんの数秒でまた教室に飛び込んだ。

 プラスチック製のゴミバケツのふたはBB弾を防げなかったのだ。貫通はしなかったがふたに食い込んでいる。まゆ子が使っている銃は普通の威力ではないらしい。

桐子「おい、おい! その銃はなんだ。改造してんのか。」

まゆ子「・・・これが、本来の実力よ。バッテリーでなく、家庭用100ボルト電源から無尽蔵に供給されるエネルギーによって駆動される時、この銃は最大のパワーを発揮するの。」

桐子「つまり電線付きか。じゃあ機動力は無いな。」

まゆ子「でも私はあなたを待ってればいいもの。」

 そのとおりだった。桐子は再び出て行かねばならない。

 廊下に出た桐子を見てまゆ子は驚いた。生徒用の机を楯にかざして進んでくるのだ。ゆっくりだがこれなら完全にBB弾をストップ出来る。だが足元ががら空きだ。

まゆ子「甘い!」

 まゆ子は撃ち続けながら左手で腰に下げていたスリングを取った。これは紐の両端に錘が付いていてウサギや鹿の足に巻きつかせて捕獲するものだ。

 桐子はいきなり崩れ落ちた。脚が絡んでその場に膝をついてしまう。机で必死に弾を防ぎながら足元を探ってスリングを振りほどく。が、まゆ子はここぞと前進して留めを差しに来た。

 顔を上げた桐子は、ノクトビジョンで素顔を覆い隠したまゆ子が至近から自分の顔面を狙うのを見る。

まゆ子「チェックメイトよ。」

 桐子は思わず顔を腕でかばった。まゆ子は更に歩を進めた。

 

 ぶちん。

 

まゆ子「あ、」

 事態がいきなり逆転したのをまゆ子は知った。十分注意してはいたのだが、電源コードが絡まってコンセントからプラグが抜けたのだ。抜けたコードがからからと廊下を蛇のようにのたうち回る。引き金が空しい音を立てた。

まゆ子「やば、」

 桐子は跳ね起きてブレードでM16を打ち落とす。退がって右腰のホルスターに手を伸ばすまゆ子だが、一挙動遅れた。グルックを抜いて前に突き出した時、大きくブレードを振りかぶる桐子の鬼のような顔を見た。

 

明美「あのーーーーーー。」

桐子「なんだ。」

明美「まゆ子さん、動いてないんですけど。」

桐子「あ、ホントだ。ちとやりすぎたかな。」

 廊下に俯せになったまゆ子をブレードで叩いていた桐子は、明美二号の指摘で攻撃をやめた。二号は膝まづいてまゆ子の状態をチェックする。死体のようにぐったりとして何の反応も示さない。

明美「失神してます。でもケガはしてないですね。不破さんに任せて次に行きましょう。」

 

 桐子は第二の試練に打ち勝った。

 

 三階、廊下に防火シャッターが下りている。暗い。入れない。

桐子「これは、・・どうしたもんかな。」

明美「構わず入っちゃってください。じゅえる先輩と聖先輩と明美さんです。たぶんまゆ子さんの指図で閉めたんでしょう。」

桐子「ぶっ倒さないと上には進めないんだな。」

明美「そういう事です。」

 桐子は無造作に防火シャッターに手を懸けた。同時に目の前に火花が散る。

桐子「!・・・・・・・・・・・・!!」

 桐子の全身に電撃が走った。シャッター越しにじゅえるがスタンガンで高電圧攻撃を仕掛けたのだ。

 シャッターの向こうではじゅえると明美が待ち構えていた。

 二人、いや聖を含めた三人はウエンディズ最弱のトリオだ。であるから参謀のまゆ子は三人に桐子を阻止する役割を与えなかった。ただ桐子の戦闘力を削ぐ為に色々と怪しげな策を授けている。

 スタンガンはその一つで、じゅえるが担当している。まゆ子の読みではスタンガンによる攻撃はこのシャッター越しの奇襲でしか通用しない。なぜなら。

明美「くるよ、くるよーーーー。」

じゅえる「分かってるわよ。」

 防火シャッターがぎりぎりと上がっていく。じゅえるが再度、三度と電撃を放ったが段々と階段側の闇が見えてくるのを止められない。そして、

 桐子が獲物を追いつめた猫のような凄まじい笑みを覗かせた。

 ブレードに付いているゴムパッドで電撃は阻止されている。パッドを引っかけてシャッターを持ち上げる桐子をじゅえるは留められなかった。

じゅえる「あ、あけみ。後は任せた。」

明美「任せたって、そんなああああ。」

 防火シャッターは今や完全にこじ開けられた。廊下にぺたりと座り込んだ明美の前に桐子は仁王立ちになる。

桐子「よお。ご苦労さん。」

明美「ひ、ひやあああああああああ。」

 明美は手にした武器を突き出した。桐子は余裕を持って受け止めようとする。逆光でよく見えなかったのだが、どうせ明美だとたかを括っていた。が、

桐子「うわ、うわ、うがががががが。」

明美「ひひひひひひ、ひいーーーーーー。いやあああ。」

 まゆ子が明美に預けたものは水鉄砲だった。88円ショップで買って来た透明な緑色のおもちゃだ。しかし中に詰められていたのはただの水ではなく、胡椒と唐辛子とマスタードを溶かし込んだものだった。

 桐子は迂闊にも顔面に直撃を受けた。たちまち激痛が目に走り視界を失う。

明美「・・・・・・・・あ、やった。やったあ。じゅえる、成功したよ。」

じゅえる「ほんとーーーー。

 遠くの方からじゅえるが返答した。ぱたぱたと走ってくる上履きの音に桐子は逆上した。と言っても主に自分の未熟さと恥ずかしさから来るもので、まゆ子と弥生ちゃんにうまくしてやられた事への無念の思いからだ。

 この状態でじゅえるの電撃を食らうのはさすがにまずい。桐子はこういう場合に取り得る最後の手段を選択した。

桐子「うおおおおおおおおおおおお。」

明美「うぎゃ、うぎゃ、うぎゃ。」

 めちゃくちゃにブレードを振り回し、当たればそこにデタラメに何度も打ち込み、手を伸ばして捕まえて掴んでぼこぼこに殴りつける。その間野獣のように桐子は吠え続けた。単純な威嚇だが素人相手には結構効果がある。

 はたしてじゅえるはいきなり戦意を喪失し明美を捨てて撤退した。

 友達甲斐のないじゅえるに見捨てられても明美はなかなか沈黙しなかった。打たれ強さが明美の長所だが、この際それは不幸を長引かせるばかりだった。

 ようやくに活動停止した明美を捨てて桐子は男子トイレに飛び込んだ。目さえ洗えれば便器にだって顔を突っ込んだだろう。男子トイレだろうと関係ない。

 いつまで経っても出てこない桐子に、じゅえるはそっと近付いて中の様子をうかがった。

 闇の中でぎら、っと目が光る。

 跳ね退がるじゅえる。続いてブレードをぶら下げた桐子が現れた。頭から水をかぶって落ち武者然としている。

 じゅえるは全速ダッシュで廊下の先に逃走した。

桐子「まてい。」

 桐子の叫びが木霊する。じゅえるの逃げた方向に一歩ずつ進んでいく。

  三階の廊下は互い違いに教室に電灯を点けて明暗を交互に作っている。これもまゆ子の指示によるもので、光と影の食い違いが視覚による索敵に意識を集中させ、注意力を低下させるのだ。この陰影の中に聖は陰惨な罠を用意していた。

 廊下の傘立てと教室の間に一本のロープを張っている。当然光と影の境目で識別しづらい。廊下の先に逃げたじゅえるが桐子を挑発して誘き寄せ、聖の目の前を通った時、このロープを引いて足元を掬うトラップだ。廊下には水も撒いていて滑り易くなっている。じゅえるはさっき水の無い場所を走って通り抜けたから、桐子もその事に気付かないだろう。滑って転んで濡れた桐子に、じゅえるがスタンガンで電撃攻撃をする。水で濡れた肌は電気抵抗が低下して心臓に直接電流が流れる。心臓麻痺も起しかねない非常に危険な攻撃だ。ひょっとしたら桐子の命日は今日になるかもしれない。

 恐ろしい想像に聖はぐびっと唾を飲み込んだ。

 桐子は一歩ずつ廊下を歩いてくる。水鉄砲で目がかすみ前がよく見えない。明暗のコントラストがやけにまぶしく感じられる。じゅえるが遠く届かぬ逃げ水のように思われた。

 あと5メートル、4メートル、3、2、

 聖は緊張し、息を呑む。桐子が最後の一歩を踏み出すのを確認した。

    今だ!

 全身の力を込めて聖はロープを引いた。

 次の瞬間、世界が逆転し、自分が廊下に放り出されているのを聖は知った。

 桐子は、確かに聖の引っ張ったロープに足を取られた。が、ウエイトの差で、桐子が倒れるはずが、引っかけた聖自身が転がり出たのだ。

 表情を隠す分厚い眼鏡を、パンさせて、聖は桐子の顔を仰ぎ、見る。スローモーションのようにゆっくりと、・・・桐子がこちらに向き直り、充血した目が瞳孔を、小さく絞る、・・・のを、見た・・・・ような、気がした・・・・・・・・・・。

 

 じゅえるは言った。

じゅえる「降参降参。」

桐子「じゃあ一発だけ。」

 三階の廊下は再び静寂を取り戻した。

 

 

 四階に上る前、桐子は廊下の水道でもう一度念入りに目を洗った。二号が後ろで心配そうに見ている。

桐子「ううー、やられてしまった。まさかあんな手で来るとは全然考えなかった。不覚ーー。」

明美「大丈夫ですか。薬箱ありますから目薬でも注しときますか。」

 振り返った桐子はじっと二号を見た。その顔には何の邪気も無い。だがこの薬箱を用意したのはたぶんまゆ子だろう。ひょっとしてしびれ薬くらい入っていても不思議は無い。念の為に聞いてみる。

桐子「その薬箱、ふだん誰が管理している。」

明美「あたしです。あ、でも大体まゆ子先輩が薬は買ってくるかな。」

桐子「やっぱり。」

 桐子は手を振って二号を退けた。まだ目は痛むが戦闘に支障を来すほどではない。もっとも次は、

桐子「しるくか。」

明美「はい。」

 しるくは難物だった。

 

 衣川うゐ、通称しるく。衣川16万石のお姫さまは剣の達人として知られている。剣道部に所属するが竹刀で打ち合うのは希でいつも木刀で型を練っている。何故竹刀を使わないかと言うと、しるくが習い覚えている剣術が介者剣法の要素を持っているからだ。

 衣川藩御止流である衣川一刀流、一刀流の流れを組むも甲冑を身に着けての戦闘も十分に考慮してしかも風格があり、衣川藩でも上士しか習う事を許されなかったという秘剣だ。

 甲冑を着用しての剣術だから、竹刀での稽古でも防具の無い箇所を積極的に攻めていく事になる。あんまり危ないので剣道部の顧問から通常の竹刀ではなく小太刀での立ち会いしかしるくは許されなかったという。

 つまり、桐子にとって天敵に等しいのだ。

 四階に上る階段で、桐子は少し逡巡した。未だしるくと立ち会う覚悟が出来ていなかった。

 ブレードを振ってみる。キャノンブレードは1キロもあるが重心が手元にあるので小さな動きもちゃんと出来る。竹刀が相手でもスピードで遅れを取る事は無い。通常の相手であればだが。しるくの動きは尋常ではない。中が抜ける、加速過程が無く上から下、右から左に剣が跳ねるように移動する。目にも止まらぬ、という言葉があるが、目に止まらない事を、つまり剣の軌跡を相手に読まれないよう遠心力を使わない工夫がされている。腕でなく腰で斬るから小刻みな運動を大きくのびのびと、しかも確実に相手を両断出来るのだ。宙に浮いた木の葉を何度でも切断するという伝説的な技もしるくはマスターしている、とまゆ子から解説を受けた事を桐子は思い出した。

桐子「格闘だな。」

 しるくに勝つためには剣を捨てて格闘戦に持ち込む以外無い、と見定めた。寝技になれば桐子の方が絶対的に強い、筈だ。しるくが密かに柔術を修めていないとは言い切れないが、それでも剣術で相手をするよりはるかに分がいいだろう。問題はどのようにして剣を手放させるか。

桐子「行こう。」

 二号にではなく自分自身に言い聞かせて桐子は階段を上った。

 

 四階の廊下も真っ暗だった。一つの教室にだけ灯が点いている。何の妨害も無く、桐子は教室に入った。

 生徒用の机が教室の後ろに並べて片づけられている。しるくがひとり、積み重ねられた机に軽く腰を掛けていた。入って来る桐子に微笑みかける。

しるく「弥生ちゃんは屋上で待っているわ。」

 桐子はしるくの武装をチェックする。白い道着に白袴、いつもの稽古着だ。膝の上に木刀を横たえている。竹刀ではなく木刀というところに桐子はしるくの覚悟を見た。武器術格闘の防具といえども木刀を防げる部分は限られている。胴回りと首筋はいいとして、チタン板が入った脛と手甲はどのくらい保つか分からない。他は皮膚がやぶれないように守る程度で骨まではカバーしていない。竹刀であれば当たるを幸い思う存分に打ち捲り、痛みで降伏させるという手が使えるが、木刀だとなりふり構わず勝ちにいく訳にはいかない。

 最小限の打撃、最小限のダメージで仕留める気だ。桐子はそう読んだ。それは自分が意図する格闘戦地上戦へのアプローチがほとんど無い展開をも示唆する。まずいな、と改めて思わざるを得なかった。

 しるくは机から降りた。木刀を無造作に右手に取って桐子の方に開く。両の腕を開いて突き出すように戸口の桐子に進む。桐子は構わず教室中央に踊り出る。ブレードを正眼に構える。しるくは木刀を戻して左半身に桐子に向かい、下段左に八双に構える。誘いの構えであるが桐子は得物が短い為に慎重で、こちらも中段に下ろして足幅分間合いを詰める。

 しるくは改めて中段に構え直し半身を右に直す。桐子も下がって上段を取る。更に下がって教室の空き領域をしるくと分け合う形になる。しるく滑るように前に出る。切っ先がわずかにピクンと上下する。桐子それに反応して右に回り込む。しるく再び左足を前に木刀を水平に構えて下げると、釣られて吸い込まれて来た桐子に中段突きを加える。

 手元に差し込まれた桐子はグリップで防いで更に右に飛ぶ。外側の窓際を蹴って追撃に出てくるしるくの正面から打ち込んで行く。しるくは受けずに体をかわして入り身して、180度の転換で桐子の裏を取る。が、桐子は振り返る事なく直進、そのまま前転して床に飛び込み片膝を突いて向き直る。が、しるく、木刀を繰り込んで守るブレードの側面を這わせ、桐子の鼻先に切っ先を止める。桐子は負けた。

 しるくは構えを戻し剣を納めてまっすぐに立つ。教壇の前に位置取って桐子を待った。桐子はその場で立ち上がる。ブレードをびゅんと左右に振ってしるくを睨み付けた。二本目が始まった。

 今度は桐子は遮二無二打っていった。打つというよりグリップで殴っていったと言う方が正しい。しるくは今度は下がらずに全て受けた。攻撃に回らずに全部受け切ったがブレードの重さに結構構えを崩される。桐子は、しるくが真剣の重さというものをそこに見出している、つまり試していると見て取った。ならば、と左手を突き出して木刀を抑えると右手を大きく振りかぶり、折れよとばかりに木刀に重い一撃を食らわした。さすがにしるくもこれはイヤだったらしく、腰を切って桐子を弾き返した。桐子こける。地に落ちると同時に脛切りを図るがしるくはちゃんと見切っており足を下げてブレードを空振りさせた。桐子、カポエラの水平蹴りを見せるもしるくは教室中央に戻り、構えを直していた。

 桐子は、しるくにはやはり正攻法でしか通じないと悟り、ブレードを水平に突き出した。そのまま足を運んでまっすぐに突く。しるく受けるが、桐子今度はそれを払わないでまた突いた。つまりフェンシングの要領で攻撃をした。このやり方を取っている限り、桐子はそう簡単に負けない。だが、剣の長さの違いから決して勝つ事は出来ないのだ。最初は小太刀の要領で攻撃をしていたが、正統の剣術使いであるしるくに勝てる筈が無いと知って、勝負を通常の試合の形として成立させるのに賭けた。まともな立ち会いの中でなら奇策によって勝機が掴めるだろう。

 だが、さすがにきちんとした勝負となるとしるくは強い。桐子もよく受けたが切っ先の速さが違う。突きを使われれば桐子は手も足も出なかったろうが、しるくが斬る事にこだわったので一応は保っている。必死の防御の中、桐子はようやく攻略の手がかりを見つけ出した。

「足を止めればいいのだ」

 桐子はしるくの足を止める方法を一つ持っている。あるにはあるが、しかしこの勝負では反則であろう。桐子は、だが禁忌もあえて犯すのがこの女の最大の強みだ。

 桐子は大きく下がって振りかぶった。しるくも合わせて大きく下がり鏡に映したように上段に振りかぶる。そのまま二人は激突する、と思われた瞬間、桐子の左手が走った。

「あ」

 教室の外から見ていた明美二号は思わず叫んだ。

 しるくの袴が床に縫いつけられていたのだ。ぎらりと手裏剣が銀色の光を反射する。ついで桐子はブレードを投げてしるくの脚に打ち当てる。1キロもあるブレードの重さにはさすがにしるくも耐えられず床に膝を突いた。

 桐子は構えの崩れたしるくから木刀をもぎ取るように内懐に飛び込むと肩口に手刀を打ち当てた。しるくはその場に崩れる。が、再び頭をもたげたところ、桐子はしるくの顔を膝で蹴り上げた。口元から血を流したしるくは袴を引きちぎるようにして起き上がると桐子に絡みつきこちらも顔面を殴っていく。桐子はしるくの長い髪を引っ張り、しるくは激しく頭を振って頭突きを桐子の顔面に食らわせようとする。まったくもって単なる喧嘩になってしまった。

 驚いた二号が飛び込んで二人を引き離す。が、その際二号は桐子としるくからかなりの数の殴打を浴びる事となる。むしろ二号こそが最大の被害者といえる程であったが、明美一号の1.5倍の能力を誇る彼女は打たれ強さにおいても本家を凌駕する。努力の甲斐あって二人を引き離す事に成功した。

 二号に羽交い絞めにされ引き離された桐子は言った。

桐子「この勝負、引き分けにするか。それとももう一回立ち会うか。」

 髪が乱れ袴は裂け胸元が大きく開いたしるくは、殴られて真っ赤になった頬を押さえながら桐子を睨み付ける。

しるく「もう一度やるんだったら今度は骨折くらいでは済ましません。行っていいわ。」

 

 両者傷み分けで四階の試練を桐子は通過した。

 

明美「卑怯です。大東さん。しるく先輩は手加減してたじゃないですか。本物の手裏剣使うなんて。」

桐子「ああ卑怯だよ。私は。今ごろ気付いたのか。」

明美「信じらんない。もう、こんなのだったら看護婦さんやめてわたしも迎撃側に回れば良かった。」

桐子「しかし、しるくもお姫さんのくせによくやるなあ。」

明美「しるく先輩にあんな事するなんて、酷過ぎます。あんな先輩はじめて見ましたよ。」

桐子「まあ、いい経験だったって事じゃないか。しるくにとっては。」

 

 最上階、階段の突き当たりは屋上への出口の待ち合いみたいになっている。古い卓球台が置いてあるが試合が出来るほどには広くない。この向こうに弥生ちゃんはいる。

明美「行きますか。」

桐子「ああ。」

 桐子は屋上への扉を開いた。重い鉄扉はぎいーと不快な音を立てて45度だけ開いた。少し錆びている為、ここまでしか開かないのだ。高さが30cmあるコンクリートの敷居を跨いで外に出た。

 誰もいなかった。二月の月に殺風景なコンクリートの床面が照らされている。結構広かった。周囲には2mの高さのフェンスが張っているが鉄条網や返しは無い。バリトゥードのリングを少し思わせた。

 桐子は弥生ちゃんを探した。どこにもいない。給水塔の所まで行ってみたがやはりいなかった。しかし、

弥生「・・・・・・しるくをよくも酷い目に遇わせてくれたね。」

桐子「弥生、どこにいる。」

弥生「私は考えていたんだ。あんたを懲らしめるにはナニが一番効果的かって。」

桐子「それ程考えなくてもいつものやり方でいいじゃないか。」

弥生「その結果一番いいのは・・・・。まあ、その前にちょっとお相手してあげよう。」

 桐子はようやく弥生ちゃんの姿を見つけた。出入り口、さっき桐子が出て来たキオスクの上だ。ここには科学部の小さな天文観測所がある。

 3mの高さから弥生ちゃんは飛び降りた。下り方はちょっとクリティカルだったがすっくと立ち上がる。弥生ちゃんは言った。

弥生「困った事があったらこの観測所を覗いてみるといい。」

桐子「何の事だ。」

 返事の代わりに弥生ちゃんは手に持った短い棒を振った。その正体に桐子はまゆをひそめた。

 長さが40cmほどの孫の手だ。孫の手の打撃は極めて速い。ヒットアンドアウェイを決められてしまう。正面から打っていってもふわふわと逃げるばかりだし四階のように組み付いていくのも困難だ。それでいて孫の手の一撃は肌に痛みが残るし骨にも響く。いや頭だって顔だって叩けるのだ。致命傷は与えられないから気楽にばしばしと打ってくるだろう。桐子の装備をよく勘案しての武装だ。

 もっともこっちが先に一発当てれば済むのだが。

桐子「いいだろう。掛かってこい。」

弥生「二分だね。二分間だけ相手をしてやろう。」

 弥生ちゃんはふわっと間合いを詰めた。桐子も額までブレードを振りかぶって打ち込んでいく。弥生ちゃんは、無造作に孫の手を振った。

 桐子は予想を裏切る妙な感触を覚えた。弥生ちゃんは桐子を打ってこないのだ。代わりに桐子のブレードに触ってくる。

 桐子はブレードを振り回せなくなった。ちょんちょんと触っていく孫の手に攻撃の機先を制される。自分が企図する攻撃を未然に潰され次第に疲れを覚えて来た。爆発しようとする度に動きを挫かれるのだ。気合いが分散する。間合いがぐちゃぐちゃになった。これまでの戦いの疲労が思い出したように浮き上がってくる。前に出ようとする度に抑えられて、呼吸が合わない。息も上がってくる。

 弥生ちゃんは軽やかに妖精のように桐子の周りを飛び交っていた。

 たまらず桐子は弥生ちゃんから離れた。呼吸を整えなければ戦えない。空気が冷たく肺に突き刺さり、胃袋が収縮して吐き気がする。ブレードの重さを改めて知る事になった。

 

桐子「弥生ちゃんにこんな技があったなんて。」

弥生「月一で厭兵術の講習会に通っているからね。もういいかしら。」

 弥生ちゃんは今度は猛然とラッシュに掛かった。いきなり右腕に痛撃を食らった。振り払おうとするが今度は左の肩に、頭に、腰に尻に、打ち込みをもらってしまう。それでいてこっちから攻めようとするとまた機先を制される。ほとんどでくの坊状態になってしまった。

 桐子は怒った。こんなザマを認めなければならないのは屈辱だった。桐子は動きを止めて顔を守った。当然弥生ちゃんの攻撃を面白いように受ける。痛い、指先まで痺れてくる。だが痛みを怒りで覆すと分散していた集中力が戻って来た。

 桐子は吠えた。学校の敷地内全てに響き渡る獣の声だった。さすがに弥生ちゃんもこれには怯む。桐子は全身を一弾と変えて弥生ちゃんに打ち込んだ。

 弥生ちゃんは、ばっと避ける。間合いを大きく開け二人は離れた。桐子は呼吸を整え完全に復活した。同時に思考も回復する。いくら速くてもこんなに簡単に打たれる筈が無い。攻撃の意図をそんなにも簡単に読まれるなんて非常識すぎる。裏が、あるのだ。

 

桐子「なにをした。貴様、なんのトリックを使った。」

弥生「うふふふふふ。」

 弥生ちゃんは右手の孫の手を桐子に示した。それは、一見すると長さ40cmだが、実は柄の半分を黒く塗って長さをごまかした70cmの特製だったのだ。桐子は40cmの間合いをとる積もりで必要以上に前進して70cmのリーチにやられていたのだ。思いこみを利用した心理的トリックだ。こんな事を考えるのは、

 

桐子「それもまゆ子のアイデアか・・・・。」

弥生「まゆちゃんは困った子でね、こういうのはいくらでも考えつくんだ。」

 弥生ちゃんはにやっと笑った。

桐子「ネタがバレたからにはもう通用しないぞ。」

 桐子はブレードを振った。弥生ちゃんは一歩下がる。

弥生「でも本当はこんなもの必要じゃなかったんだ。なぜかというと、」

 弥生ちゃんは上を見上げた。弥生ちゃんの背後には校舎への出入り口がある。そのまた上は弥生ちゃんが潜んでいた天文観測台だ。

 

弥生「桐子さん、もし寒くなったらあの上に毛布とホカロンがあるから自由に使ってね。」

桐子「なに? 何の事だ。」

弥生「明美二号は最初に注意したわよね。あなたは、私を倒さなければならないって。」

桐子「ああ。」

弥生「でも私の目的は、あなたに2、3日寝ていてもらう事なのよ。」

桐子「生徒会室でそれは聞いた。」

弥生「別にケガでなくても、風邪で寝ててもらってもいいんだ。私としては。」

 

 弥生ちゃんはまた一歩下がった。桐子はなんとなく弥生ちゃんの考えが分かるような気が

した。

桐子「逃げないんだったよな。」

弥生「さあ。」

 弥生ちゃんの後ろには桐子が入って来た扉がある。その向こうには明美二号が顔を覗かせている。

弥生「ホントならあなたは、ゴキブリ取りにくっつけられて身動き出来なくなって屋上に放置される、ってシナリオだったんだ。この扉の下にネズミ用の粘着トラップを仕掛けてて一歩踏み込んだ時点でおしまい、ってね。」

弥生「でもそれじゃああんまりにも可哀想過ぎるからより穏便な手段に変更したのよ。」

桐子「ひきょーだぞ。」

弥生「桐子さんにはふさわしい言葉だね。」

 

 桐子は猛然とダッシュした。弥生ちゃんは左手にもっていた花火を地面に叩きつける。まばゆい閃光が桐子の視界を奪う。怯まず突っ込んだが、再び目に見えるようになった時には弥生ちゃんはもういなかった。

 桐子は鉄扉をがんがんと打ち鳴らす。屋上はここ以外は出口が無いのだ。桐子はまんまと締め出しを食らってしまった。

 扉の向こうで明美二号と弥生ちゃんの声がした。

 

明美「先輩、やっぱこれってヒキョーですよ。肺炎になったらどうするんですか。」

弥生「桐子なんだからどーって事ないんだけどね。死んだって構わんって日ごろから本人が言ってるんだから。」

明美「でもこんなやり方で勝っても先輩の格が落ちますよ。」

弥生「そうかな。それはちとまずいな。」

明美「そうですよ。」

弥生「そりゃあ、ちょっとイけてないな。」

 鉄扉の錠ががちゃっと音を立てた。恐る恐る引っ張ってみると扉はちゃんと開く。

桐子「弥生、てめー、ちゃんと決着をつけろよ。」

 そう言うと桐子は敷居を跨いで校舎内部に踏み込んだ。

 

 

明美「なーるほど、ほんとに面白いように引っ掛かりますね。」

弥生「言ったとおりだろ。ちゃんと忠告してやったのに。」

 大東桐子は、戦闘不能に陥った。扉の下に仕掛けてあった粘着ネズミ取りを踏んづけたのだ。足を取られたはずみで転んで手にも身体にもトラップをくっつけてしまった。身動き一つ出来ない。

 階段の下から桐子にやられたウエンディズのメンバーが次々と上がってくる声がする。ふぁとじゅえるが「ふくろだふくろだ」と叫んでいる。

 

 桐子は言った。

桐子「あのやよいちゃん。まさか朝までこのままって、無いよね。ね、ね。」

 

 

FIN

 

2001/02/11

2001/02/27

2001/03/13

 

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