まゆ子「次の話をしよう」

じゅえる「異議は無いが、企画ならいくらでも積んである。優先順位を明らかにしておこう」
釈「そうです。ここまで企画会議は何度も繰り返し、ネタも積み上がって今すぐにでも取り掛かれます。まず何をするべきか、そこを明らかにしましょう」
まゆ子「いやそれはいいんだ。それらの企画は色々あるが、次にやるべき物語はもう決定した。げばると処女よりももっと困難な、もっと面倒くさい、もっと忍耐の必要な、もっとも手強い奴だ」

じゅえる「うむ。で、それは?」
まゆ子「ウエンディズ」
釈「うわ」
じゅえる「うわ。ウエンディズか。なるほどそれは確かに困難だ。でも何故今頃になって?」
まゆ子「げばると処女が終ったからだよ。弥生ちゃんの出番は終ったが、弥生ちゃんというキャラが終ったわけではない。そこんとこを明らかにしておかねばならんでしょ」
釈「確かに。ですがウエンディズのネタは考えて居ませんよ」
まゆ子「ぬかりなし。今弥生ちゃんがやらなくちゃいけない、最も重要なことをやる」

じゅえる「ちなみにウエンディズは今私たちは三年生の10月だよ。設定上は。もうすぐ受験で、卒業だ」
まゆ子「だからこそ、弥生ちゃんはこれをやる。
 ぴるまるれれこ章の継承だ」
釈「あ!」
じゅえる「ああ、そうか。門代高校最強生徒に与えられるぴるまるれれこか。なるほど、時期だなあ」
まゆ子「げばると処女が終った今だからこそ、これは描かねばならない。理解していただけたかな?」

 

ウエンディズ the Baseball Bandits

「ぴるまるれれこの継承問題」

 

 十月。
 弥生ちゃんは或る日授業中ふらりと立ち上がるとくらくらしながら保健室に行き、ふらふらしながら帰って来る。
 少し危なかった。ついでに頭にゲジゲジが落ちてきて錯乱状態の相原志穂美に殺されかけたが、なんとかクリアした。

 三日ほどは足元もおぼつかない状態で皆に心配されたが、さすがに立て直す。「救世主」だの「カベチョロが」とか口走るが、目眩いが癒ると同時に戯言も消える。
 尋ねてみると、いきなり頭の中に大量のイメージが怒濤の如くに流れ込んで来て、なんだかパニックになったのだそうだ。

 普通に考えると神様仏様からのメッセージ超自然の呼び声とかであろうが、現実主義者の弥生ちゃんにはさして意味有るものではない。
 とはいうものの、その経験を経てなにやら悟った風情が見て取れる。
 相談がある、とのことで八段まゆ子と石橋じゅえるは弥生ちゃんの教室に出向いた。
 放課後であるから、他の生徒はもう消えた。三年生の十月と来れば、もはや受験の正念場。補講であったり予備校行ったりと忙しい。
 もちろん三人も同じだ。まあ酔狂だからいいんだが。

 弥生ちゃんは公称150センチの微少女であるが、呼び出された二人は大きい。
 八段まゆ子は身長167センチ、背も高いが胸が大きい。気を抜くと肥ってしまうタイプである。長い黒髪が重たくイメージがちと暗く見えてしまうのが欠点であろうか。
 理系少女でマッド・サイエンティストの気。独創性に溢れ、弥生ちゃんもなにかとお世話になっている。
 よくよく考えてみるとなんとなく最近かなり重要な場面で彼女の恩恵に与ったような気がするが、多分気のせいだ。

 一方の石橋じゅえるは161センチ。スリムな肢体に滑らかな髪がなびき、見る者に思わず息を呑ませる清楚な美女だ。
 昨年度のミス門代高校でもある。が、門代高校のミス選出は極めて特殊な方法を用い、女生徒のみの投票で決められる。
 彼女が選ばれたのは「古今に類を見ない腐れ外道」であるためだ。その外見に反して、腸は腐りきり悪臭がふんぷんと周囲に漂い出る。印象的に。

 まゆ子とじゅえるの二人がペアになれば、とんでもなく邪悪な企みを自販機のようにぼろぼろと生み出し学校を恐怖に陥れる。
 であるが、弥生ちゃんの知恵袋でもあった。

「つまり、門代高校副会長としての私の任務はすっかり終ったと思ってたら、一個大事な仕事が残ってたのさ」
「ふむふむ。でも私達を呼び出すからには、公的なものではないのだね」
「そのとおり」

と、弥生ちゃん自分の左胸に輝くワッペンを示す。
 ぴるまるれれこ章。門代高校最強生徒を表わす由緒正しい御印である。
 まゆ子もじゅえるも納得だ。

「なるほどお、それはすっかり忘れてたよ」
「弥生ちゃんとソレは切っても切れないて、わたしなんか思ってたな」
「どうしたものかな? 後継者の選定をしなければならないんだが、指名というわけにもいかないし」

 三人ともに考える。
 ぴるまるれれこ章は最強生徒の証であるから、実力を確かめねばならないのだ。
 弥生ちゃんが貰った時は宝探しの形で、およそ生身では届かない恐ろしい場所に隠されてあった。今にして思えば、そんなとこに貼り付ける前継承者も大したタマだ。
 今回も同等のイベントを組まねばならぬが、時期がちと遅い。
 蒲生弥生迂闊のそしりを免れぬ。

「夏休み明けくらいにやっとくべきだったよ」
「頭にいらん血が昇ってる時期がちょうどいいんだ。涼しくなって冷静になると、なんかヤだな」
「十一月の文化祭にはお披露目をしたい」
「でもね弥生ちゃん。文化祭でイベントやって選出てのは無理なの?」
「血が見たい?」
「いや」「いや、御免こうむる」
「であれば、二人には考えてもらわなくちゃ。なんか無い?」

 打てば響くのがまゆちゃん&じゅえるのコンビである。イベントくらい10や20はすぐに提示するのだが、しかし。

「まゆ子ー、この場合重要なのはイベントではなくて、選出される後継者の資質だよね?」
「うん。だが困ったなこれは。弥生ちゃんの後継者としてふさわしい人間となると、生半可な人材では務まらないぞ」
「弥生ちゃん、そもそも最強てのは何を以って最強とするわけ? そこんとこがはっきりしとかないと、どうにも選べない」

 そうは言われても困る。弥生ちゃんが最強であることに異論を持つ者など学校周辺直径10キロに居るはずも無く、為にこの条件を改めて考える必要が無かった。
 一応前任者から引き継ぎの時に条件を伝えられていたのだが、弥生ちゃん本人に当てはめるとあまり相応しくはない。

「別に戦闘力とか武術の達人という訳じゃないんだ。今だって強いだけならしるくの方が私より上だ」
「そうね。志穂美も弥生ちゃんよりは強いわよね。身体大きいし」
「もちろん成績でもないさ。前任者て私達が一年生の時三年生で、たしか…」
「…遅刻大王であったと聞いてるな。居眠り大将だとも」

 つまり弥生ちゃんの前任者は度胸だけは門代高校一であったのだ。ぴるまるれれこ章を引き継ぐ資格はその辺りに見出せよう。
 まゆ子は冬制服のネクタイを引っ張りながら考える。なんとなく見えて来たぞ。

「胆力、か」
「うん」
「胆力を測るべき、かな。なるほど、でもどうやって? 疲れるのはイヤよ、たとえ審判であっても」
「獅子は我が子を先陣の谷に突き落とし、這い上がって来たモノのみを育てたという」
「まゆちゃん、それはちとなんか違う」

 だがまゆ子はさらに深く考える。現在門代高校内にあって最も胆力を必要とされるミッションとは、なんだ?
 こいつだ!

 いきなり指差されて弥生ちゃんは自分を思わず指してしまう。わたし?

「弥生ちゃんの前に出れば、生徒の内十中八九はびびり上がる」
「…そうね。弥生ちゃんの前で普通に振る舞える子が居れば、それはかなりの胆力を認められるわね」
「ちょっと待て。それじゃあ私がなにか怖い人みたいじゃないか」
「いやまあ、にこやかにしていても噂とか伝説は自然と耳に入って来るからね。そんな人に直々に呼び出されれば、そりゃあ、ね」

 決定!
 まゆ子ぱちんと指を鳴らす。数瞬遅れてじゅえるもだ。
 二人シンクロしてぴるまるれれこ章を指差した。

「ぴるまるオーディションだ!」

 

 ぴるまるれれこ章とは、頭に金色のツノが二本生えた青いヘルメット髪の女の子の顔、を描いたワッペンである。
 伝承は古い。戦前旧制中学時代の産物で、当時の生徒が書いた小説が元になる。空想科学小説だ。
 空飛ぶ円盤に乗って来た女性型宇宙人が古代の地球に降り立ち、邪悪な勢力を打ち払い文明の帝国を築くというお話。救世主であるが、最後には爆死する。

 元はさらに古く、門代高校裏山にある比留丸神社の祭神がモデルという。天空から丸い鍋に乗って舞い降りた神、あるいは天女の祠だ。
 誰からも忘れられ放置されていたのを、中学校が出来て裏山を整備するようになって発見され、生徒の手で祭られ始めた。
 だから鍋の話もどこまで確かか分からない。分からないから、小説を書いた。縁起をでっち上げたというべきか。

 しかし力の有る神様だとは認識される。
 門代地区は古来より交通の要所であり、近代になった後は外国貿易港と鉄道が敷かれたいそうな繁栄を遂げた。
 当然のことながら太平洋戦争においては米軍爆撃の最優先地区に指定される。空から爆弾がごろごろ降って来る。
 にも関わらず、中学校は被災を免れる。校庭に描いたぴるまるれれこの顔のおかげと崇められる。
 卒業生がふんどし腹巻にぴるまるれれこを描いて兵役に出て見事生還したという例も見受けられる。

 つまり学校神だ。中学校から高校へと学制が代わっても変わらず生徒に崇められて来た。
 故にこれを扱う者は最優秀な生徒と定められる。当初は生徒会長が預かっていたが、いつの間にか門代高校最強生徒へと定義が変わる。
 最強とは何か?

「そこでオーディションだ」

と生徒会室で現執行部に説明する。弥生ちゃん子飼いの手下である彼彼女らはもう諸手を上げて賛成し、部屋を貸してくれた。
 ちなみに彼らにもぴるまるれれこ章を受継ぐ資格は有る。卒業する三年生以外であればいいわけだ。
 だが生徒会長は辞退。
 そりゃそうだ、弥生ちゃんに面と向かってアピールしないといけない。虎の尾を踏むとはまさにこれか。
 近しいからこそ彼我の実力を心得る。君子危うきに近寄らず。
 他の役員も逃げ出して、去年使ってた女子二名がお手伝いという形で残る。副会長と会計だ。

「安曇ちゃん別当ちゃんは、やらない?」
「やりません、お断りします断固!」「いやーせんぱい、それは無理ですよははは、ははははははは」

 とりあえず最強というからには男子生徒から始めるべきだろう。
 生徒会のデータからリストアップしためぼしい生徒に、ウエンディズ三年生メンバーが一人ずつ事前調査で訪ねていった。

 

 ウエンディズとは弥生ちゃんが二年生時に結成した女子軟式野球愛好会である。会員は三年生八名、二年生三名、一年生三名+マネージャー一名。結構大所帯だ。
 しかしながら一般生徒からは「弥生ちゃんの私兵軍団」と見られている。
 軟式野球とは世を忍ぶ仮の姿、実体は「ゲリラ的美少女野球」と呼ばれる野球に偽装して集団戦闘訓練を行う組織なのだ。

 元は「厭兵術」と呼ばれる護身格闘術だ。この武術の特徴は、同じ技能を備えた者同士が組になってシステマティックに集団で闘う所にある。
 だがなにせ戦後平和国家日本では、集団戦闘の訓練はたとえ武術であっても許されるものではない。ましてや武器を用いては。
 そこでとある偉い御方が「野球に化けてやればいいじゃないか!」と看破し、自らチームを作って乱闘を組織化し日本全国に拡げて回る。80年代の話だ。
 何の因果か弥生ちゃんはそのチームの一つと接触し、感銘を受け、自らもチームを作る事となる。近隣に同好のチームがありリーグ戦を繰り広げていた。

 「WENDYS the Baseball Bandits」、これがチームの正式名称だ。
 結成一年も経ずして、ウエンディズはリーグで注目を浴びる事となる。弥生ちゃんの指導力と戦術能力もさることながら、八段まゆ子の奇才が炸裂してリーグ全体に革命を起こす。
 チームメイトが、つまりは弥生ちゃんの親友であり手駒なのだ。

 八段まゆ子、石橋じゅえる、不破直子、衣川うゐ、祐木聖、山中明美、ぷらす相原志穂美は校内を飛び回り候補者の男子生徒に接触した。

 人によっては、とんでもない美女に説得される僥倖を得た者もあろう。だが全員拒絶したという。
 代表で「ふぁ」こと不破直子が報告する。身長176センチの恵まれた身体、割と大きい子が多いウエンディズでも最長。伸びる脚が特に美しい。
 男子にも人気があるし日頃気さくに付き合って仲が良いから、口から出る辛辣な言葉に少々びっくりだ。

「男子にはしつぼうした!」
「どいうこと?」

 弥生ちゃん腕を組んで首を傾げる。うちの生徒にそんな軟弱者は居ないはず。というか生徒会在任中に私自身が相当に喝を入れた、入れまくったぞ。
 だがふぁは首を縦に振らない。

「簡単に言うとだね、屁理屈を言うんだ。でも真意は分かってる。ぴるまるれれこのワッペンがかっこ悪いとね」
「うーむー、そうかー、これかっこ悪いか」

 ちっちゃくて可愛い弥生ちゃんが着けてるから絵になるのだ。普通の人間それも男子であれば、間抜けそのもの。
 まゆ子が提案する。

「男子向けにはもうちょっとドスの利いたデザインのワッペンこしらえようか? メデューサの首みたいな」
「いや! 私はあくまでこの可愛いので行きたい。私自身が託されたのはまさにこれだから」
「なら男子は諦めないと」

 「しるく」衣川うゐは困った顔で指摘する。
 まゆ子よりは小さいが、163センチのお姫様。かってこの地を領有した衣川家の正統なる嫡流の生まれ。世が世ならほんとにお姫様だ。
 ふわふわとした髪と柔和な表情で誰からも愛されるが、抜刀術の達人。最も物騒な娘だ。

 弥生ちゃんは決断する。まゆ子に振り返る。

「やはり女子で行こう」
「うん、男子に任せるにはおそらく一年掛かりの仕掛けが必要だった。失策だ」
「まゆちゃん、次の次の後継者の為にそれを今から準備しておいて。生徒会にやらせる」
「了解」

 

 ウエンディズにも一二年生は居る。生徒会の人間は逃げるから、まずは手近なところから。
 二年生は山中明美二号、草壁美矩、シャクティ・ラジャーニ。お笑い系インド美少女シャクティちゃんは、かなり有望な候補だ。
 一年生は江良美鳥、南洋子、仲山朱美、およびマネージャー扱いの峯芙美子。

 生徒会室を借りての面接に、二年生組がまとめて呼び込まれた。
 美矩とシャクティの目は、中央に立つ明美二号に向かう。
 山中明美、三年生にもまったく同じ姓名のメンバーが居るが、もちろん赤の他人である。他人ではあるが生き写し、寸分違う所が無い。
 身長159センチのポニーテール。容姿は十人並よりはちょっと上。これは三年生の明美も同等だが、二号の方がちょっとだけゴージャスな感じがする。
 成績も二号の方がちょっとだけ良い。家の経済状況もちょっと上。表面上はまったく同じなのだが、すべての面においてちょっとだけ二号が優る。
 だが決定的に違う点が存在する。山中明美一号は、驚くほど運が悪い。死にそうな目に日常茶飯事に遭っている。にも関わらず、死なない。ぴんぴんしてる。
 二号もなかなかハードな人生を送っているが、カリスマすら感じる一号の不死身性には遠く及ばない。

 及ばない事を自分で知るから、弥生ちゃんに正直に申し述べる。

「私じゃ無理です」
「う、む。なかなかね。一号明美を見ちゃうとどうしても見劣りするね」
「謹んで、ぴるまるれれこ章をお断りいたします」

 しかしながら彼女はウエンディズ二年生では最強なのだ。一年生の時から加入しているのは彼女のみ。結成メンバーとほぼ同じ期間訓練を積み重ねている。
 であるから、美矩シャクティ両人にも資格は無いとなろう。

 

 草壁美矩は身長163センチ、「一重のラムちゃん」と呼ばれるほどのすっきりとした美少女。ただし空は飛ばない。たびたび感電して死に掛けている。ウエンディズに加入したのも、感電を弥生ちゃんに救ってもらったから。
 インド少女シャクティさんは一年生冬の転校生。大阪からやって来た。明るく誰からも好かれる優等生美少女である。本場大阪で修行積んだお笑い大好き少女で古典漢文大得意だが、英語は苦手というインド人にあるまじき資質。身長155センチとウエンディズでは小柄な方だ。
 出来た女子であるから、本人がぴるまるれれこ章を希望したとしても誰も反対はすまい。
 シャクちゃんは言う。

「明美さんが辞退するものを、わたしが引き受けるのもどうかと思いますよ」
「いや、それは関係無いのだが、」
「でも最強の基準に戦闘力は入るのでしょ? それならばやはり、わたしではないと考えます」
「そうか」

 美矩もぶるぶると首を振る。彼女とシャクちゃんはウエンディズ加入が今年3月であるから、たしかに戦闘力の点では見劣りがする。
 とはいえ一年生はもっと劣るのだから、あまりマイナス点にはならない。考えるべきは将来性だ。今二年生に渡しても、一年弱の保有となる。
 じゅえるがまゆ子に耳打ちし、弥生ちゃんにも伝える。

「二年生はよほどの逸材でないかぎりは、避けた方がいいかもしれないよ」
「そうだ、ねえ」

 一応シャクちゃんは候補に入れておく。本人も了承した。名誉有るぴるまるれれこ章を預けるに足る信頼性は、彼女は二重丸であった。

 

 続いて一年生を呼び入れる。マネージャー峯芙美子は正規の隊士ではないから、後方に控える。
 右から大きい順に江良美鳥、仲山朱美、南洋子。

 大きいと言っても、美鳥の場合は「べらぼうに」が修飾される。
 身長なんと180センチ。新入生の時は173でふぁより小さかったのだが、気がつくと抜かれてしまっている。もりもり食べてすくすく育つとはこの事か。
 彼女は弥生ちゃんの家に寄宿していたりする。弥生ちゃん家は農家であるが爺ちゃん婆ちゃんのみが働いて、息子と嫁は中学校の先生をしている。
 弥生ちゃんも弟も優秀で忙しいから、なかなかお手伝い出来ない。
 そこに! お腹を空かせた新入生が転がり込んで来たのだ。バイトというわけでもないが、自ら食物を作るのが面白くてそのまま居着いてしまう。

 弥生ちゃん、なんとなくこいつは気に食わない。弟は中学三年生であるのだが、ひとつ上の美鳥となんとなくいい雰囲気なのだ。なんとなく危険を感じる。
 まあ性格は悪くない。ぼーっとしているというかおっとりとしているというか。野良仕事や海で食糧採集を趣味とするだけあって、力仕事は得意。愚痴一つ零さない。
 たしかに最強の名に値する一人であった。
 弥生ちゃんに代ってじゅえるが質問する。

「おい美鳥。わっぺん欲しいかい?」
「はい」
「うん。よし採用」
「ちょっと待て」

 さすがに弥生ちゃん止める。そんな簡単な決め方されては、歴代の継承者に申し訳が立たない。
 しかしじゅえるは澄ました顔だ。

「まゆちゃんと一緒に継承者についての記録を調べてみたんだ。また何人かに電話して聞いてみた。
 ぴるまるれれこ章てのは門代高校最強生徒に任されるものだけど、その選出は投票だったみたい。女子の「ミス」と対になる企画なんだ」
「そうなんだ、生徒会には伝わってないぞそれ」
「まゆちゃんの調査で分かったんだけど、反生徒会運動てのがあって、要するに番長が居たわけさ。ぴるまるれれこ章が最強生徒に、てのはつまり番長に引き継がれて来たってわけ」
「あーそれはありそうな話。でもこんなに可愛いよ」
「それだ。番長がこんな可愛いのを預かる訳にはいかないから、ミスに代って持ってもらっていた。そういう仕組みなんだ。だからミスの方も度胸の座った人間じゃないといけない」
「それが、外道投票の由来だったのか。べんきょうになるなあ」

 まゆ子が引き継いで美鳥に言った。

「というわけで、由緒正しいワッペンを死ぬ気で守り通す覚悟が有るかい?」
「はい」

 安請け合いだ! 美鳥のお目付け役である南洋子の方が反応する。おまえ、それじゃあ無責任だろ。

「せんぱい、こいつにそんな大層なモノを任せるのは間違いです。もっとちゃんとした人材を選ばないと伝統が途切れてしまいます」
「うん、一理ある」

 南洋子はお河童頭の小さい子で、身長150センチ無いという。しかしながら公称150センチの弥生ちゃんとほぼ同じ。どちらが真実を述べているのだろう。
 明美二号と同じ二年三組に姉が居り、弓道部で活躍している。南嶌子といい、髪が肩で切り揃えている日本人形みたいな美人だ。
 洋子も中学時代は弓道部であったが、運動神経は良く動き回るスポーツでもほぼ万能にこなす。運動部としてウエンディズを見れば、まともな人材が入ったと看做せよう。
 ちいさくて尖がった性格できっちりしているし頑張り屋さんだ。練習も真面目で先輩の指示もよく聞きよく考えて日々鍛錬を怠らない。
 が、しょせんは高校一年生というところか。凡人が頑張ってもなかなかキラリと輝くまでには磨かれない。
 最強生徒に与えられるぴるまるれれこ章には不足。しかし、江良美鳥を監視管理するには最適な人物だ。

 弥生ちゃんまゆ子じゅえるは話し合う。美鳥+洋子であれば、なんとかなるのではないか?
「保留ね、美鳥は」

 

 行き掛かり上中央に立っているのが、仲山朱美。眼鏡っ子である。だが伊達眼鏡だ。彼女の場合これは虫避け、眼球保護の為に掛けている。
 それだけ用心深いのも、生まれてこの方ずいぶんと酷い目に遭って来た証だ。細かいアクシデントに見舞われて全身細かい傷だらけ。これほどの不幸であれば性格も歪んで当然である。
 しかしながら、彼女の不幸も三年生中山明美に比べれば児戯に等しい。何故あの人はあれほどの目に遇っても死なないのか、という驚嘆からウエンディズに加入する。
 故に彼女は明美三号を名乗る。眼鏡を外してポニテにすれば、一号二号とそっくりになるのだ。

 朱美はじゅえるに言った。

「私は弱いですよ」
「今はね。頑張ればもうちょっと強くなれるよ」
「でも、一号先輩のようなカリスマ性は私にはありません。ですから最強生徒にはなれません。ごめんなさい」
「まあまあ」

 弥生ちゃんが逃げようとする彼女を留める。まだ9月に入ったばかりであるから、ウエンディズの流儀に朱美は慣れていない。

「最強生徒というのは最強になろうとする意志だ。尖がった三号さんはなかなか見所が有る」
「それはありがとうございます。でもおだてても無理ですよ」

「まあまあ。弥生ちゃんじゅえる、ちょっと根性試しをしてみましょう」

 え? と朱美は面食らう。自分だけ特別かい。
 まゆ子は後方に振り返り、控えて居た三年生メンバーに声を掛ける。一号明美と聖ちゃんがやって来た。
 山中明美一号の紹介は、もういいだろう。とにかく化物級に不運な娘であり、にも関わらずぴんぴんしてる不死身人間である。なんとなくしょぼくれた、花の女子高生としては残念な感じであるが、容姿に関しては可も無く不可も無い普通であろう。
 一号に比べれば三号はまだ若い分跳ね返るような若さがある。弾けている。容姿レベルは変わらないものの、そして常に不機嫌ではあれど、魅力がある。きらきらしている。
 明美一号二号三号は順に、みすぼらしい、なんとなく気品がある、きらきらと眩しい、というイメージの向上があるのだ。しかしながら実力は逆。
 人間としてのバランスから言えば二号がちょうどいいのだろう。だが同時に凡人の名を冠せられる。ウエンディズで格闘戦技にも慣れ親しんだが、プロになる器ではない。

 一号明美と聖ちゃんの前に一人座らされる朱美は緊張した。考えてみれば面と向かって一号先輩と話をしたことが無い。勝手に三号にされてはみたが、そもそも伝説の明美がいかなるものか自分は知らない。
 二言三言話す内に、朱美は堰を切ったように言葉を吐き出し始める。なんでこんなことまで話すのか自分でも信じられないが、次から次に喉から舌から沸いて出る。

「……愚痴だな」
 後ろで聞いていたふぁが評する。朱美という女の子を形成するのは、愚痴だった。
 意外に感じる。明美は一号も二号も友達に愚痴なんか言うタイプではない。それはじゅえるの資質だ。
 明美というスタイルは実際大したものなのだ。他人が考えればそれは人間には受け止められるものではないだろうレベルの不幸に晒されても、なにも色を残さない。
 客観的事象としてはみすぼらしくみじめではあっても、本人のむしろ涼しげな姿は人に安堵を与えている。

 朱美はそうではない。毒を身体に溜め込んでいる。細かい怪我をいやというほど被って来た生い立ちが、そういう人格に作り上げたのだ。
 もちろん愚痴を聞かされて嬉しい人間など居るはずも無い。一号もさすがに退いた。
 だが一号が経験していない事を語るわけでもないらしい。応じる言葉にだんだんと朱美は怯んで行く。落込んで行く。
 愚痴を勝手にぶつける自分がなんとも哀れなちっぽけな存在に過ぎないと思い知らされてしまう。
 そう、一号が語るそれは朱美の愚痴と似たような自分の体験だ。怪我こそしなかったが危なかった、酷い目に遭ってしまった現実だ。
 ただレベルが違う。規模も恐怖も2桁ほどは上。なんでこの人生きてるのと思わざるを得ない。

 一号の隣に座り二人の会話にもならない言葉の行き違いを黙って聞くのは祐木聖。男の子みたいな短髪のくりくり頭のぐるぐる眼鏡、ほとんど言葉を発さない物静かな少女だ。
 しかし百倍アンプで増幅して呟きを聞いてみれば、とんでもない毒舌家。煉獄の焔をその身に宿す冥界の住人だ。
 不思議少女でもある。
 会話は人間の可聴域以下の音量しか持たないが、歌声はプロを凌いで人の心を直撃する。カラオケ以外に正式な声楽の訓練を受けていないにも関わらずだ。
 悪魔が取り憑いて唄っていると評されるほどに鮮烈で、音楽に詳しい人ほど驚愕し執着する。洗脳効果すら持つほどに。
 実は此の度しるくの勧めでレコーディングも行った。
 身長は146センチ、ウエンディズで弥生ちゃんより小さいのは彼女だけだ。

「あなたエスパーですかあー!」

 とうとう朱美が切れた。椅子を尻でふっ飛ばして憤然と立ち上がる。
 そりゃそうだ。今まで不幸自慢で自分に勝てる者など居るはずが無かったのに、軽々と上を飛んでって行かれたのだから。
 がたんごろんと椅子が転がる。
 後ろで腕を組んで聞いていた弥生ちゃんも、そういえば超能力者をエスパーて呼ぶのは今時エスパー伊東くらいだったなーと妙な感想を抱いた。
 はあはあと全力で息をする朱美に、明美一号と聖ちゃんが振り向いて肩をすくめる。どうにも最強とは程遠い。
 弥生ちゃんが言う。

「三号ちゃん、あんたはちょっと修行が足りない。後で特訓だよ」
「は、はい……」

 

「次の方」
と呼び込まれたのが、峯芙美子。ウエンディズはマネージャーは本来取らないが、正規の隊士とするにはあまりにも柔弱過ぎた為に試験的に採用している。
 いや、むしろこれはウエンディズ自体のチャレンジと言えよう。現在最弱のメンバーは一番背の低い聖っちゃんであったが、それよりもなお弱い。特に性格がだ。
 これをなんとか出来たならば、健康に問題の無い者であればどんな奴でも強く出来るだろう。
 とはいうものの、既に10月である。この課題は次期隊長に任すべきだ。

 峯芙美子は身長152センチのふわふわとろんとした、砂糖細工のように繊細な美少女。おっとりとした性格と、さらにおっとりとした動作で体育の時間は単なる邪魔者となる。
 お花が好きで、事実上消滅していた園芸部の唯一の部員部長としてとろとろとやっていたのを、見かねた弥生ちゃんが土いじりが大好きな江良美鳥を派遣。事務処理はちゃきちゃきした南洋子に任せる。ついでに一年生の中でも浮いていた仲山朱美を手伝いにやって、そのままウエンディズ加入の運びになったわけだ。

 美少女である。男子にも人気。あまりにとろくて悪い奴に引っ掛けられる可能性もあるから、お目付け役として南洋子を押し込んだ。弥生ちゃんは実に道徳的なにんげんである。
 しかしながら芙美子本人はふあのファンだ。
 大きくてスタイルが良くて美人で強くてかっこいい、おまけにさばさばしている。男役に適任で確かに女の子の人気となろう。

 というわけで面接役はふぁに交代する。左右はやはりふんわりとした柔らかな性格のしるくと、その正反対でありながら割と仲の良い志穂美が入る。
 某所で大活躍の志穂美さんを説明する必要はあるだろうか? 弥生ちゃんと同じで飛ばしても良いような気がするがとりあえず。

 身長169センチで美鳥・ふぁに次いで大きなメンバー。ウエンディズでは最強の戦闘力を誇り、ふぁとしるくと3人で最前列フロントを担当する。
 美女である。誰もそれは疑わない。髪は長くさらさらと、肌も白い磁器のように整った顔立ち。スタイルが良く何を着せても似合うが、和服を着せるときりっとして女でも惚れるほど。
 最近はしるくが着せ替え人形にするのを趣味として、家から高価な呉服を次から次に持って来て試している。
 得意とするのは薙刀。長モノ使いであるが、素手でも滅法強い。自分が強いのは当たり前と思っているから、別に威張ったりはしない。
 いやそもそも彼女に喧嘩を売るような馬鹿が居る道理が無い。
 一目見れば分かるのだ、この人は尋常の、現世のヒトではない。神の化身か、神そのものか。どちらにしてもこりゃ荒神祟り神の類いだと。
 部活は書道部に属する。趣味でもあるが、独自の魔術でもある。
 半紙にびっしりと細かく書いた墨文字を見れば、半端な悪霊ならその場で尻まくって退散。呪いはたちまち術者に還り、致命の逆撃を食らう。
 文化祭の時に書道部で発表された作品を、たまたま訪れた宗教関係者がなんと200万円で買って行った。その後政治家に億で転売されたというが、そんなことは知らん。
 代金200万円をぽんと生徒会の運営費にあげちゃったから、現在全校挙げての福の神扱いだ。

 妹が居る。中学生で相原鳴海といい、中学校でも独自にゲリラ的美少女野球チーム「ピンクペリカンズ」を結成する。
 メンバーの幾人かは来春門代高校に入って、ウエンディズに加入する予定だ。

 志穂美はコワイ人ではあるが、関係の無い娘まで恫喝するほど趣味は悪くない。澄ましてふぁの左隣に座る。
 ふぁが質問する。峯芙美子が自分のファンだとは聞かされているが、直接まともに話すのは今日が初めてであろう。

「よお」
「は、はいよろしくおねがいします。直子さま」
「なおこさま…って、ちょいと南、一年生では私のことそう言ってるの?」
「はあ、そうみたいですね。一部のファンクラブだけですが」
「ファンクラブあるのかい」

 南洋子がしれっと答えるのに、ふぁは頭をひねる。なんかやり難いな。

「1ヶ月ちょいか、ウエンディズを見た感じ、どう?」
「はい。みなさんくるくると動き回られて、何をやっているのか分かりません。時々凄い音がするから振り返って見ても、もう終ってまして、」
「そうか」

 動体視力などという話ではない。速く動くものを認識できないのだ。
 まゆ子の分析によると日常生活の中でも夢空間を漂っていて、要するに常人の倍の情報量の中に曝される状態になり、脳の処理速度が追いつかないという。
 もう少し簡単に説明すると、赤毛のアンの親戚だ。

「今回ぴるまるれれこ章を受継ぐのは最強生徒なんだけど、……最強じゃない、よね?」
「最弱には自信がありますけど、たぶんわたしには関係の無いお話ではないかと考えます」

 しるくが話に割り込んだ。

「でも夏休みは毎日学校に来て、お花にお水をあげたのよね?」
「はい。部長ですから」
「大変ね暑いのに。今年も猛暑だったでしょ」
「そうですね。でも麦わら帽子かぶっていましたからだいじょうぶですよ」

 一学期の間は弱っちく見える芙美子を見かねてクラスメートが手伝っていたが、さすがに夏休みにまで付き合う親切は居ない。門代高校は一年生の時から夏休みでも講習があり生徒はちゃんと来るのだが、暑いとさすがに億劫になる。
 一人でとろとろやっているのを見かねた弥生ちゃんが美鳥に声を掛け、園芸部の実態を調査して、という仕組み。
 しるくは左手のふぁに説明する。水がたくさん入ったジョウロをちゃんと一人で持てるのだ。炎天下毎日やっても潰れないこの子は、別に弱くはない。

「体力的には問題無しか。反応速度と運動神経の問題ね。志穂美、なんかある?」
「無い。強いて言うならば、聖ちゃんにどうやれば強くなるか聞いてみた方がいいんじゃないか」

 目の前の芙美子にまったく感心を払わない風情ではあるが、志穂美はちゃんと見ている。
 そりゃそうだ、今面接をしているウエンディズフロントは肉体強者であり、戦闘力皆無の子のアドヴァイスをするのに最も適していない。
 ウエンディズにはじゅえる・明美・聖といった弱メンバー組もちゃんとあり、彼女達もちゃんと戦力化に成功したのだ。任せるべきはそちらであろう。
 ふぁも納得して椅子の背もたれに身体を持たれかける。豊かな胸が天を衝く。

「芙美子ちゃん。強いも弱いもこれからだ。当分はマネージャーということでばたばたして、じっくり覚えて行こう」
「はい」

 さすがにふぁのファンである。聞き分けは良い。

 

 ウエンディズメンバーへの面接は終了。日頃強さを追求する自分達でさえこの程度だ、最強生徒というのはなかなか難しいと改めて理解する。
 じゅえるとまゆ子は候補者の書類を再度吟味する。次は一般生徒の、それも志願者からやりますか。

 立候補した馬鹿者が居るのだ。二年生だから、明美二号美矩シャクティが教室に呼びに行く。
 実は生徒会からの推薦候補もあった。行き掛かり上同席している安曇瑛子副会長が説明する。

「石橋先輩に代って現在ミス門代高校代行をしている一組の城ヶ崎花憐さんと、次のミス候補最有力の根矢ミチルさんです」
「ふむ、悪いね」
「わるいですよ」

 まったく悪びれる様子も無いミスじゅえるに、安曇も苦情を言う。
 とはいえ悪行三昧で選ばれるミス門代高校になりたくてなったわけでもない。まゆ子が勝手に推薦エントリーしたのだ。芸能人オーディション番組では定番の流れ。

「ちわ〜す」
 入って来たのは、生徒会室に近い二年五組の志願者2名だ。同じ組のシャクティが案内して、一人目が生徒会室に入る。

「蒲生先輩、こんちまたまたお久しゅうございます」
「なんだ鳩保か」

 二年五組 鳩保芳子。弥生ちゃんの中学校の後輩である。
 生徒会室に入ってきた第一印象は、「デカい」だ。バスト93センチは他を圧倒して余りある。背も165センチと高く、見た目のセクシーさでは確かに門代高校一かもしれない。
 彼女は物辺島という門代高校からかなり離れた場所に住んでいる。弥生ちゃん家もその近くにあるから、中学は同じになっていた。

 後輩ではあるが、部活や生徒会で縁があったわけではない。弥生ちゃんは中学校でも生徒会に入り横暴の限りを尽くしたから全校生徒知らない者が無い。
 対して一個下の学年で一番態度のでかい女子生徒が鳩保であり、生徒会から目を付けられていたわけだ。
 鳩保ら同じ時期に中学校に居た者からすれば、高校に上がった弥生ちゃんはほとんど別人。「この人丸くなったなあー」と感嘆する。

 ふぁに代わった弥生ちゃんは右にしるく左に志穂美を従える。

「鳩保、修学旅行ではずいぶんと大騒ぎしてくれたようだね」
「はい、門代高校の名を北海道の地に深く深く刻み込んで参りました」
「うむ、よろしい」

 前年度つまり弥生ちゃんの学年は修学旅行が無く、旅行費を払ってわけの分からないボランティアをさせられてしまった。二年前に新任の校長の専横ここに極まれり。
 旧に復して修学旅行が実現したのは、弥生ちゃんの尽力のお蔭である。二年生で感謝しない者は居ない。
 鳩保らは旅行先の北海道で目に余る悪行を働いて、帰還後二年生徒全員を体育館に集めての大反省会を催すまでになるが、その程度では弥生ちゃんは怒らない。

「最強生徒の名を冠するのに、あんたなら特に反対も無いだろう」
「私自身もそう思いますので、立候補いたしました」
「うん」

 鳩保、態度もデカいが成績も優秀。そつが無い。要領がいいのだ。
 逆にそこが欠点でもある。大外れが無い代りに大当たりも無い。花が開いた華麗さはあるが、周囲にも恩恵を施すまでは無い。

「保留だね」
「そうだな」
「鳩保さん保留、と。シャクティさんとどちらが上かしら?」
「シャクちゃんの方が人徳有るぞ」
「インド人というアドヴァンテージは大きいな」

「あの先輩、アピールタイムをください!」

 弥生しるく志穂美が勝手に結論を出してしまうのを、慌てて鳩保止める。実際蒲生先輩はやりにくいのだ。人を一瞥で見抜いてしまう。
 椅子から立ち上がり、鳩保は右手を首の後ろに回し、なにか取るような仕草をした。耳に当てるのは電話の受話器のつもりなのだろうか?

『蒲生せんぱい、私をぴるまるれれこ章の継承者にしなさいiiiiiiiii』
「やなこった」

 良くわからないが上から命令されて、弥生ちゃんは即座に拒否した。態度がデカいのも善し悪しだ。TPOを弁えてない。
 一方鳩保はがっくりと肩を落す。なんで先輩効かないの、と妙な感想を誰に聞かせるでもなく呟いて、部屋を出て行く。
 あれはなんだったのだろう?

 

「次の方〜」
「御免」
「なんだ、物辺か」

 またしても弥生ちゃんの後輩だ。鳩保と同じく五組の物辺優子は物辺島の出身である。学区が同じなら学校も同じ。弥生ちゃんが知るのも道理。
 身長は160センチ。だが長過ぎる髪の印象もあって、もっと大きく見える娘だ。
 彼女は、痴女である。
 中学生の頃からその名をほしいままにする。要注意犯罪予備軍であるから、生徒会の弥生ちゃんも厳重に監視を行っていた。忘れるはずも無い。
 モデル張りの美形で黒髪がワカメのように貼り付いて腰から膝まで零れ落ちる。安珍清姫の蛇体で釣り鐘を巻くタイプといえば、…分からないだろうな。
 美しさに関してはまったくに疑問を挟む隙が無い。東京に出て芸能界入りすれば確実にAVスターだと思われるが、田舎でのたくっている。

 弥生ちゃんへの挨拶もそこそこに、優子は左の志穂美先輩に最敬礼する。
 彼女の家は神社である。物辺島に唯一ある歴史の古い神社で、祭神はなんと鬼。優子は巫女であると同時に鬼の子孫をも名乗る。
 しかし鬼だ。神には負ける。
 相原志穂美が無頓着に放出する神オーラに全校一敏感に反応するのが彼女であった。志穂美のファンは数あれど、崇拝者と呼べるのは優子だけだろう。
 二言三言言葉を交わして、恐縮しながら正面の椅子に座る。

 そこで気付いた。弥生ちゃんの右隣にはしるくが座っている。
 急に脂汗をたらりと流し始めた。なんとなれば、物辺神社はしるくの家と因縁が深いからだ。

 400年ほど前、関ヶ原直後に門代の地を領有する事となった衣川家。物辺神社も管轄に入る。
 この時、古くに土地を治め物辺神社の管理も行っていた碓井という家の当主が新領主に反発し、ついに反乱を起こした。
 一説に拠れば、物辺神社の宮司の娘が他に類を見ない美女であり、新領主に献上して御機嫌取りをしようとする土地の有力者連中の企みに以前より懸想していた碓井某が激昂。
 物辺神社に納められて居た御神体「鬼のへのこ」を行使し、自らも鬼に変貌した。怪力を以って討伐の軍勢を悉く退ける。
 変化の鬼に犯された美女の産んだ子が、物辺神社をその後代々司る事になる。物辺優子が鬼の子孫というのは歴史的事実なのだ。

 さて鬼の力を得て無敵となった碓井某。対する衣川家中にこれを退治出来る剛の者は居なかった。
 折りよく当地に滞在中だった一刀流の剣豪に依頼して、立て篭る社殿に乱入。ちゃんちゃんばらばらの末に見事首をへし斬って平らげたのであった。
 衣川家はその腕前を高く評価して剣術指南役に登用。また彼も鬼と闘う希なる体験を経て、また再度の復活に対処する為に、化物退治の独自の剣を編み出した。
 これが御留流、衣川家伝一刀流剣術であり、しるくが日々修行するものだ。

 要するに鬼退治のエキスパートが目の前に座っている。心安らかなはずも無い。
 なんでこの人は、学校だというのに真剣を抱えているのだ。何故に今抜く。なんで光る刃をこれ見よがしに振って銀の光を零すのか。
 がたがた震える優子に、さすがに弥生ちゃんも不審に思う。

「寒い?」
「いえ。ですが、面接はこのくらいで、最強生徒の座は辞退しようかと思います」
「そうか残念だな。鳩保よりは近いと思うんだがね」

 本人やる気が無いのなら仕方ない。志願者なのだが、不思議だな。

 

「キャプテン、次の人呼んで来ました」
「はいはいどうぞー」

 二年一組の草壁美矩が級友を連れて来る。入って来た少女に弥生ちゃん眉をひそめる。

「また物辺村か!」
「あ、いやその、申し訳ありません辞退します!」

 逃げ出そうとするのは、ミス門代高校代行 城ヶ崎花憐。長い髪に後頭部の、ちょっと馬鹿っぽい大きなカーマインのリボンが揺れる。
 これも物辺島出身者、というか元村長で今は市会議員の娘だ。弥生ちゃんはよく知っている。
 地元で一番の進学校の伝説的生徒会(副)会長として公的行事に引っ張り出されることが多く、彼女の父親には何度も出くわしていた。

 162センチ。脚のすんなりと長い典型的なお嬢様風美少女で、中学時代は陸上部でちょこっと活躍していたのを弥生ちゃんは知る。正規の部員ではないのにやたらと足が早いのだ。

「城ヶ崎さんこんにちは、ひさしぶりだね」
「は、はいいつぞやは失礼をいたしました」

 市会議員のお嬢さんであるから彼女もまた公的行事に引っ張り出され、弥生ちゃんと遭遇する。一番最近のは7月になぜか外国のVIPが何名も物辺村周辺にやってきた時か。
 今考えてみても合点がいかない。何がおもしろくて外国の上院議員とか王女様(中年のおばちゃんだった)が神社の夏祭りにやってくるのだ?

 更に花憐は弥生ちゃんの右隣のしるくに丁寧に挨拶する。お姫様も二人と似たような境遇にあり、なにかと忙しい。
 では仕切り直して。

「城ヶ崎さん、今回最強生徒に代々譲られる「ぴるまるれれこ章」の継承候補となったわけですが、」
「いえ滅相もない。あたしにはそんな大それた名誉はまったく全然ふさわしくありません。辞退させて頂きます」
「ほら」

 弥生ちゃん、後方の安曇副会長に振り返る。推薦は現生徒会執行部なのだから、なんとかしろ。
 安曇に代って会計の別当美子が答える。彼女も二年一組であり、花憐がミス代行になった時の立役者いや黒幕だ。ごにょごにょと弥生ちゃんの耳元で囁く。

「別当ちゃんは、城ヶ崎さんは実際に最強生徒だと言うぞ」
「めめめ滅相もない。あたしごときがそのような暴力的エレメントなんか持ち合わせる道理がありません。先輩も知ってるでしょお」
「いや、うん。足が早いだけだったね」

 ごにょごにょと別当が囁き、弥生ちゃんうなずく。

「逃げ足最強だって?」
「逃げ足、ですか…。それは確かに自信が無いではないです」
「逃げ足、いいね。実戦的だよ」

 左右のしるく志穂美もうなずく。日頃実戦演習を積み重ねるウエンディズにおいても、逃げ足の速さとタイミングの取り方は極めて重要な能力であると理解される。

「しかも絶対傷付かないと聞いている。足が早いだけではそうはいかない。危険を察知し事前に回避する能力が高くないと、逃げ足とは呼べない」
「は、はあ。たしかにあたしは生まれつきカンが鋭いというか、先が読めるというか、予知能力の真似事ぽいのができますから」

「それは日頃から腰が退けてるてことだな」
 志穂美が冷静に突っ込む。逃げ腰花憐が逃げ足早いのは理の当然というべきか。それでも傷付かないというのは強い。しかし、

「弥生ちゃん、さすがに逃げ足最強の奴にぴるまるれれこ章はやれないぞ」
「そうだねえ、無理があるなあ」

 花憐ほっと胸を撫で下ろす。そうなんです、逃げるだけじゃダメです。人生勝ちにいかないと。

「うん、ごくろうさまでした」
「はい。失礼いたします」

 立ち上がりぺこりと礼をして逃げて行く。なるほど早いや。しるくも言った。

「あの逃げ足、ちょっと惜しいですね」
「うん」
「次の方どうぞ」

 

「二年一組根矢ミチルです。よろしくおねがいします」

 新体操部の新部長だ。
 159センチ。ショートカットで天然パーマの髪は黒々とつややかで、瞳も大きく真っ黒。身体のラインもメリハリが利いてセクシー。
 ラテン系のイメージのある純然たる美女だ。もはや美少女ではない。
 新体操の方でもずいぶんと活躍しており、門代高校の名を高めるのに貢献している。
 しかしながら男子の間に人気は無い。その理由は、

「視線、いいね。凄味があるよ」
「自分ではあまり気に入ってないんですが」

 目がきついのだ。大きな瞳で睨まれると恐ろしいほどの迫力があり、並の男子なら逃げてしまう。被写体としては申し分無いが、身近に来られると大変に困る。
 性格もフレンドリーとは言い難い。ムラ気があって行動が読みにくいし、自分の興味がある事にしか関心を向けない。
 ついでに言うと乱暴者だ。軽口言われるとすぐ手が出る。手で足りなければ刃物を持ち出すタイプ。

 そう。彼女の第一印象は、黒光りのする刃物なのだ。ジャックナイフが出て来たよ、と生徒会室に詰めるウエンディズメンバーは皆思う。
 他の生徒も同様で、将来人をぶっ刺して警察に捕まる人予想ランキング第一位。それも浮気をした恋人か旦那を刺し殺すに違いない、と具体的に囁かれる。
 この印象から、11月文化祭で開催される「ミス門代高校コンテスト」の最有力候補だ。

 左右のしるく志穂美のみならず、後方からまゆ子じゅえるふぁまで寄って来て、面接官席で討議する。
「将来警察沙汰になる人に、本校最強生徒の証を任せるのはさすがにアレでしょう」
「とはいえ、現在は前科だって無いんだから、それはちょっと可哀想」

 目の前で自分が犯罪者扱いされるのを黒い瞳でじーっと見つめる。
 付き添いのクラスメイト美矩もアハハと笑うしかない。
 討議を終えて、弥生ちゃんが正面に向き直る。

「結論が出ました。私達は貴女が「ミス門代高校」になることに疑念を持ちません」
「有難うございます」
「本日はご足労をお掛けしました。結果は後程お伝えします」
「はい、失礼します」

「こう言ってはなんですが、ミスコンの方が先にあればぴるまるれれこ章も確定でした」
「そうですか。では結果が出るのを楽しみに待っています」

 と運動部らしく礼儀正しく去って行く。
 立ったままふぁが言った。

「弥生ちゃんが着けているからだろうかねえ、あたしはぴるまるれれこ章ってのは強いけれどちょっと可愛い感じのする人が持つべきだと感じてる」
「う〜ん、継承した時にそんな条件は付かなかったけど、前任者も割と可愛い感じの三年生だったからねえ」

 

 明美二号が二年生最後の候補者を呼び入れた。
「二年三組の縁毒戸美々世さんです」

 これは、と目を大きく開き見惚れる。縦ロールの美少女が入って来た。
 都会的に洗練された身のこなし、同じ学校の制服とは思えないファッショナブルな印象。どこぞの読者モデルが裸足で逃げ出す、いっそ人間ばなれした美人だ。
 黒髪のフランス人形といったところか。

 部屋に入り一礼して、にこやかに正面を向く。

「ぴぃいいいいいいいいいいい」

 志穂美を見て悲鳴を上げ、床にべったんと這いつくばる。土下座だ。

「御許じぐだざいまぜ!」と叫ぶや、土下座姿勢のまま後方に下がる。匍匐後退と呼ぶべきか。
 そのまま戸を出て、廊下も後進。ゴキブリの速度で退散した。
 なにが起きたのか誰にもさっぱり分からない。

 じゅえるが、どうにも志穂美を見て逃げたようだと指摘する。

「しほみぃ、あんたあの子になんかしたんじゃない?」
「いや。初めて見るぞあれ」
「縁毒戸さんは5月の転校生ですから、知らないのも普通ですが」

 連れて来た明美二号も、どうやって説明すればいいのか困惑する。縁毒戸さんはあんな奇行をするキャラじゃないんですが、と言訳した。
 志穂美はエントリー表に×印を付けながら、あの後退技はかなり惜しいな、と評した。

 

「よお」
 生徒会室に髪の毛脱色したソバージュの女が顔を見せる。弥生ちゃんに向けて手を振った。

「なんだ、桐子か」
「最強生徒を決めてるんだって?」

 弥生ちゃんの友達の大東桐子だ。三年生で戦闘力最強と言えば、たぶん彼女が相当するだろう。
 161センチほっそりとした身体。しかし全身バネのような筋肉で運動神経の塊、身のこなしが速く小器用で正確だ。生まれ付いての戦闘屋だが、既存のスポーツ競技の枠に納まらない縛れないので現在はどこにも属していない。
 ウエンディズでは彼女を仮想敵として重宝している。
 日々戦闘訓練をしているゲリラ的美少女野球リーグにおいて、もっとも忌避すべきは競技化だ。一定のルール、一定の枠に基づく定型的な展開に慣れて発想の自由を失い、敵の出方を経験の内に固定して考えてしまうのは正に命取り。
 その点リーグに属さない別系統の戦闘技術を備える桐子の存在は、練習に持って来いなのだ。
 得意技は手裏剣。手製の棒手裏剣をぽんぽん投げる。我流ではあるがちゃんと当ってちゃんと刺さるのだから、誰にも文句は言わせない。

 弥生ちゃんはにゅっと顔をしかめる。

「三年生は対象外だよ」
「いや! 実は一年生にかなり有望な奴を見付けたから、推薦だ。ちょっと見てくれないか」

 と左手で生徒会室に引っ張り込まれたのは、かなり小さな女子だ。153センチといったところ。迷惑そうな顔をしている。
 桐子に付き合わされる者は、そりゃあ迷惑だ。

「此奴は凄いぞ。わたしが投げた手裏剣を宙で手で取った」
「おお!」

 手裏剣なんか手で取ってはいけない。十字手裏剣は全体が刃であるが、棒手裏剣だって刃が付いている。触れば斬れる。
 目で追うような速さではないし、至近距離から投げられる。せいぜい急所を庇って受けてしまうのが関の山だ。この少女只者ではない。

 がたがたと椅子を引いて面接官席に座り直す。やはりしるく弥生志穂美の順だ。

「お名前は」
「唄方すふれです」
「すふれ、さんですか。お菓子みたいな名前ですね」
「よく言われます」

「あなた、お姉さんがいらっしゃるわね。桂林女学院の唄方さん」
「あ、はい。それお姉ちゃんです」

 しるくがいきなり言い出してびっくりする。桂林はお嬢様学校であるから、友達が結構居るのだそうだ。
 しかし何故彼女の姉を知っているのか。
 不審に思う弥生ちゃんに、しるくはにっこり笑って説明する。

「唄方さんのお姉さんは唄方めれんげ、というのよ」
「すふれにめれんげですかい! そりゃ忘れられないな」

 おそらく祖母はババロアばあさんだろう。お菓子一家だ。
 妄想を働かせる間も、場違いな生徒会室に連れて来られたすふれはきょろきょろと挙動不審な態度を見せる。
 しかし彼女は桐子の手裏剣を素手で取るほどの達者だ。何奴?

「あ、あのわたし、死ぬんです」
「ほお」「ほお」「ほお」
「わたしの家は代々忍者を務めていまして、十八代目宗家を襲名したのです」
「へー」「へー」「まあ」

 この子、電波か?
 いきなり桐子がすふれの後頭部にチョップを繰り出す。なんの前触れも見せず事前に気配を消しているから、如何にウエンディズの達者といえどもこれは防げない。
 が、避けた。上体を前に倒してなにげなく攻撃を空振らせた。此奴本物だ!
 弥生ちゃんもホントの忍者と名乗る人間は初めて見た。尋問を続ける。

「すふれさんが忍者であるのは認めましょう。でも死ぬというのはいただけないな。不治の病になったとかですか?」
「いえぴんぴんしています。死ぬのは掟のせいなのです」
「よろしければ詳しく話してもらえませんか。もしかしたら力になれるかも知れません」
「無理だと思いますが、別に秘密でもなんでもないから、じゃあお話しましょう」

 ……結論を言うと、理解不能である。

 蓬松流忍法宗家十八代目である唄方すふれは、幼少時禁断の壷を開けて中に封じ込まれていた「虚魔」なるものに取憑かれた。
 別にこれが命取りではないのだが、すふれ十六才のお誕生日に虚魔が人界に復活して「巨魔」となり、世を滅びに導くという。
 両親親戚は挙って虚魔退治の方法を探るが、万策尽き果てる。残された手段は蓬松流最終奥義「禁爆炎冥鎖」のみ。
 この奥義は宗家代表のみに許される大技で、その身に邪悪の化身を取り込み、大量の爆薬にて自らの肉体ごと悪をこの世から消滅させるというもの。当然術者は死ぬ。
 唄方すふれは計らずしてその身に邪悪を取り込み、「禁爆炎冥鎖」の準備を整えてしまったのだ。
 十六歳のお誕生日に術式を行うと定められる。およそ50tの爆薬で焼き尽くすのだ。そりゃあ、死ぬ。

 というわけですふれは生きる望みもへったくれも無い。しかしながら心穏やかに過ごす事も出来ない。
 姉は可哀想な妹の為に残りわずかの時間を楽しい思い出作りに費やそうとやっきになっており、目が血走り、それはもう夜叉のごとき恐ろしい姿だという。
 姉の愛が重くて辛くて、こうして姉の居ない学校に来るのが唯一の憩いの時間である。

 弥生ちゃんは言った。

「良くわからないが人生諦めないで」
「いえもうどうでもいいのです。来年の四月一日は私の命日となりますので、可哀想とお思いでしたら線香の一本でも手向けてください」
「うーん〜」

 理解不能であるが、とりあえず不幸な少女がここに居る。してあげられる事は少ない。しるくが弥生ちゃんに進言する。

「聖さんが御歌を歌ってあげたらよいのではないかしら」
「…」

 くりくり頭ぐるぐる眼鏡の聖ちゃんが言われるままに進み出て、元気が出る歌をすふれに捧げる。
 「悪魔が喉を借りている」とさえ形容される歌声だ。眼前で発せられる聖なる響きを全身に浴びて、すふれは涙をぼろぼろと零す。

「これほど感激したことは生まれてこの方ありません。これで思い残すことなく死んで行けます」
「いや、その、なんだ。まあ頑張って」
「はい」

 そのままぼろぼろ涙を流しながら生徒会室を出て行った。
 後に残るのは推薦人 大東桐子のみ。

「とうこー、あれどうするんだよ」
「いや、アレほどの事情があるなんて聞いてなかった。というか、あんまよく知らない子だし」
「うーむ。まあ、死んじゃうという子にぴるまるれれこ章は預けられないな」

 

 これにてオーディションは終了である。ウエンディズも生徒会二人も虚しい時を過ごしてしまった。
 結論は弥生ちゃんに一任される。なんたって現在の継承者だ、思うままにするがいい。
 三日考えた。が、結論は出ない。

 その間も弥生ちゃんは目が回る忙しさであった。生徒会からはとっくの昔に引退しているのだが、校外的には今も門代高校NO.1。
 他校からあるいは公的機関から報道各社まで、何かと弥生ちゃんのところに連絡が廻って来る。
 どういうわけだか知らないが、門代地区にVIPがぞろぞろとやって来るのだ。夏のお祭りの続きらしい。
 さすがに現執行部は弥生ちゃん仕込みであるから、このような異常事態にも的確に対処している。安曇別当両名の貢献大である。
 が、要はやはり弥生ちゃんだ。もちろん現生徒会長と前生徒会長もちゃんと居るのだが、彼らを差配するラスボス的存在として君臨する。

 とにかく忙しい。生徒会は11月の文化祭に向けて人員を大幅に割かれている。行事に駆り出されるブラスバンド部だって毎週末を潰されては練習に差し支える。
 もちろんミス門代高校代理さんも、お姫様もフル回転だ。この騒ぎは面子の問題らしく、たびたび地元の有力者とその関係者が引っ張り出され歓迎式典が催される。
 いいかげん皆疲れた。明らかに門代地区の能力の限界を越えている。区長さんが過労で倒れたとかも耳にする。
 手を抜くのに一番効率的なのが、地元最強高校生弥生ちゃんが一席ぶっての単独撃破。見事なスピーチでお歴々を黙らせる。英語で討論だって受け付ける。

 これは陰謀だ、とまゆちゃんは言った。何者かが訳のわからぬ事をしでかして、ここら近辺に矛盾が集中していると分析する。
 実際、航空自衛隊の戦闘機がぶんぶん頭上を飛んでいる。米軍基地のF-16も、空母までもが100キロ圏内に入港してる。
 飛行機はまあ許そう、これまでも定期的に頭上を飛んで居た。
 だがまったく姿を見なかった陸上自衛隊の装甲車や兵員輸送車までが連日ひっそりと公園脇に待機しているのだ。誰の目にもおかしいと見える。

 

 とまあそんなわけで、メシを食う暇も無い。
 ばたばたと走り回ってやっとのことで隙を作り教室に戻り、クラスメイトに頼んで買って来てもらった焼きそばパンを午後からの式典のスピーチ原稿を確かめながら齧り付こうとしたところ。

 くらっとした。

 ふと気がつくと、…………焼きそばパンは床に落ちている。手から転げて、膝のスカートを汚し、なんということでしょう。
 言い知れぬ怒りが湧いて来た。なんだか無性に腹が立つ。烈火のごとくに燃え上がるが、さりとて焼きそばパンの仇は落とした自分以外に存在しない。

「おのれ清ドーシャめ」
とわけの分からぬ戯言を口走る。
 目眩いが復活したから保健室に行かねばならぬ。落とした焼きそばパンの始末を人に頼んで、ふらふらくらくら教室を出て行った。

 目眩いは立て続けに七度も起こる。その度記憶が飛んで、気付くと校内の知らない所を歩いている。
 いや、ここは一階一年生の教室か。保健室とは反対だ。
 逆戻りしようとしても足がいうことを聞かず、廊下から外の運動場に出てしまう。必死で軌道修正して元の廊下に戻ると、

「あ! 上履きで外に出たり入ったりしないでください!」
 怒られた。

 振り向くと、一年生の女の子だ。弥生ちゃん、自分の姿を確かめてみると、なるほど上履きが汚れたままで廊下に足跡を着けている。
 これはいけない、と足に手を伸ばした時、八度目が来た。姿勢が悪い、さすがに今度は転倒する。

 気を失った……。

 

 弥生ちゃんが倒れたの報は即座に全校を駆け巡る。校長も教頭も担任も、さすがに無理をさせ過ぎたと青くなる。
 ただでさえ忙しく不安定な三年生なのだ、本来なら受験勉強に専念させてしかるべき。
 ほっといても東大合格間違い無しの超優等生だからと、頼り切りにしたのは間違いだった。

 当の弥生ちゃんは、その日保健室で寝ている所を父親が車で迎えに来て、一日休んで戻って来るとぴんぴんしてる。皆勤賞無くなったーと嘆くこと頻りだが、教師達は全員胸を撫で下ろす。
 疲労では無いのだ。頭に大量のイメージが雪崩れ込んで来る。どいつもこいつも早々にギブアップしやがって、手間掛けさせるんじゃねえ。

 しかしながらその後は何事もなく、これまでどおりの無茶なスケジュールも難無くこなしばりばりと片付けていく。
 一日休んだ事で厄落としをしたような感じで、至極好調である。
 ちなみに倒れた当日の式典で弥生ちゃんに代りスピーチしたのは、前生徒会長の小柳原くんだ。原稿は弥生ちゃんが作ったそのままだから、まったく問題無かった。

 

 さてぴるまるれれこ章のオーディションだが、外に出て廊下を汚した弥生ちゃんに躊躇無く注意をした一年生女子に決定する。
 後で生徒会室に呼び出して確かめてみたが、彼女は整美委員であり注意したのは当然の責務。
 また注意した相手が天下無双の暴れ者、”こんからー”の異名を持つ伝説的生徒会副会長だとちゃんと知っての行為だと証言した。

 「弥生ちゃんを怒鳴りつけた女」というのは、文句無しに最強生徒の名に値するだろう。
 十一月の文化祭で正式に発表されるが、生徒会役員の目の前で暫定的な認定式が行われる。

 一年四組 桑原仁香さんだ。色は白いが面の皮が薄くそばかすのある、飾り気の無い少女である。

 

(2011/01/22)

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