「ウエンディズ夏合宿二年目」

 

(第一話)

嶌子「なにこれ?」

 風呂上がりに麦茶を飲もうと台所に行った南嶌子は、妹の洋子が妙な道具を扱っているのを目にした。黒光りのするそれは一見すると機動隊が催涙弾を発射するグレネーダーに見えるが筒の先に横木があり、非常にややこしい構造をしたボウガンであると見受けられた。

洋子「あ、おねえちゃん。これはね、スーパーボールを発射するように作られた弾弓なのよ。ボウガン仕様になっているから長時間射撃体勢で待機出来るというすぐれもので、ここんところにある照準規を使えば70メートル先の直径30cmの的に当てることが出来るのよ。普通の弾弓では重い石を使うけど、スーパーボールは軽いから空気抵抗で弾道がすぐ逸れちゃうにも関らず凄まじい命中率なんだ。」

嶌子「いや、なんであんたがそんなものを持ってるのよ。」
洋子「だってあたし、中学校の時は弓道部だったから狙撃手に任命されちゃって、専用銃をもらったんだ。」

嶌子「もらったって、蒲生弥生さん? 生徒会の。」
洋子「違うよ、もう引退してるよ。これを作ったのは八段まゆ子先輩で、ホームセンターで材料を買ってきて自分でこしらえたんだって。スゴイよね、こんなもの普通の人は作ろうなんて思わないもの。見て、この工作精度。カシャともガキとも言わずにスムーズに作動するのよ。」

 嬉々として説明する妹に、嶌子はなんだか異様な不快感を覚える。

 嶌子自身は中学時代に続いて門代高校でも弓道部に所属するが、妹の洋子はどこを間違ったのか三年生の蒲生弥生先輩が主催する「ウエンディズ」という軟式野球部に入部してしまった。嶌子は同じ弓道部に妹が入らなかったことを少し残念に思うが、門代高校には弓道場が無く市営の施設までバスに乗っていかねばならないから、無理してまで入れようとは思わない。それにしても、なぜ野球にボウガンが必要なのか。

嶌子「洋子、あんた、へんなことさせられてるんじゃない?」
洋子「もちろん、ものすごく変だよ。ウエンディズは。」

嶌子「だったら早い内に止めた方がいいわよ。だってケガもしてるじゃない。」

 洋子は2週間程前に試合で受けたという頭の傷に大きな絆創膏を貼って通学するハメに陥った。ようやくにしてそれも取れた昨日今日で、このボウガンだ。またケガをするかも知れないと心配するのは姉として当然の義務だろう。その心を知ってか知らずか、妹は平気な顔をして絆創膏だらけの左腕を姉に見せる。

洋子「これはアタックバトンというので叩かれたところ。これはピッチャースプーンの柄にぶつけちゃったの。これはふぁ先輩の蹴りが当たっちゃったところ。これはこけてすりむいたところ。」

嶌子「なんなのよ、それは。」
洋子「にんげんて生物はよくできたもので、ケガをして痛い目を見ると身体が対応しちゃうのよね。それに、痛みも経験値の内で、春まではちょっと手を切ったくらいでぎゃーぎゃー言ってたけれど、今は血がドクドク出てても冷静に対処できるのよね。というか、普通の子よりもずっとケガしにくくなっちゃった。おねえちゃん、アスファルトで受け身出来る?」

 門代高校女子に柔道の正課の授業は無いから出来るわけがない。というよりも、柔道部員だってアスファルトで受け身をしようという酔狂な者は居ないだろう。

洋子「えへへえ、あたし出来るんだな。ネコ受け身というので、ころっと。ま、これもすり傷だらけになったんだけど。あ、練習するのはグラウンドとか芝生だよ。アスファルトは試しにやってみただけで、ちゃんと靴履いてたから。こうね、衝撃を靴で受け止めるてとこがミソなんだな。ブレーキを掛けるわけなんだけど・・・・。」

 得意げに語る妹を唖然と見ながら、これは早急になんとかせねばと嶌子は決意した。

 

 

 門代高校に夏休みは無い。お盆前後の2週間はさすがに諸事情から休まねばならないが、それも三年生は十日ほどに短縮される。なにせ県立とはいえ受験校であるから、夏は勉強をする季節なのだ。出たくなければ出なくても一向に構わないが、なんの為に難しい試験を突破して門代高校に来たのかと問われれば、やはり夏期講習は受けねばなるまい。

 それでも一二年生は午前中で講習は終わる。物好きな人はこれから塾や予備校にまで行くらしいが、ウエンディズにはそういう熱心な勉強好きは下級生には居ない。三年生の蒲生弥生ちゃんは、午後にもう一限ある講習をこなしてなお某大手予備校の、それも最高に難しいレベルの授業をおもしろがって遠くまで電車に乗って出張っているが、それは例外。普通の生徒は学校だけで手一杯だ。

 大体、教室にはクーラーも無いし相当に暑いのだから、普通に授業を受けていたら茹だってバテてしまうに決まっている。男子も女子も、なんだか緊張感ゼロの状態で、講義のある教室へゾンビのように校内を移動している。

 二年生の山中明美二号もその一人で、やっと苦手な数学から解放されたとへろへろで自分の教室に戻ってきたところ予期せぬ訪問者の出迎えを受けた。クラスメイトなのだから居るのが当たり前と言えばそれまでだが、あんまり縁が無い人であるから少しびっくりする。

 彼女は背丈は明美と同じ程度だが一回り細身で筋肉で締まった、典型的な弓道部っぽい体つき。髪は古典で言う尼削ぎで肩のラインで切り揃え日本人形みたいなのは妹とよく似ている。一重の目には、なんだかイヤーな敵意が見受けられる。

明美「なに、南さん。なにか御用。」
嶌子「こんにちは山中さん。いつもいつも妹がお世話になって大変に御迷惑をお掛けしてます。」
明美「わちゃ。」

 その言葉の調子から、なにやらマズイ事態だと察知して、思わず口から変な擬音が出てしまう。前から気にはなっていたのだ。南洋子はケガが多く、絆創膏やら包帯やらをして学校に出て来ることもしばしばで目立ってしまうのを、姉であるこの人が看過する訳がない。自分に対してなにやら敵意らしきものがあるらしいと薄々は感づいていたからこそ、あえて接触しないように注意していたのだが、どうやら年貢の納め時らしい。

明美「えーと、妹の洋子さんのことだね。えーと、ケガ?」
嶌子「だけじゃなくて、あんな武器まで与えて、あなたたちは一体何をしているのか、てことです。」
明美「だよね。」

 ウエンディズの練習は通常グラウンドを運動部の生徒が使い終わった後でやっている。故に早く帰宅する生徒やグラウンドに用の無い生徒には何をやっているか全然分からず、その実体を知らない人も多い。また、格闘練習は校舎の隅っこの人目につかない場所でやっているから、これも知らない人が多い。更には遁甲、つまり隠密に逃げたり隠れたりする技術も重要な要素だから、人に見つからない練習と称してちらちらと校内各所に不定期に出没して、余計に怪しく見えてしまう。

 つまりウエンディズは闇の軍団であり、存在こそ周知されているがその正しい姿を知る者は無きに等しいということになる。部外者である南嶌子が妹の身を案じるのもむべなるかな、というところだが、やってる本人達には危険なことを行っている自覚が無い。むしろ普通のスポーツよりも安全だと思っている。

明美「簡単に説明するとね、おしくらまんじゅうを極めて効率的にやる方法というのを日夜鍛錬しているのね。」
嶌子「おしくら饅頭にどうしてボウガンが必要なんですか。」

明美「それは、相手が殺到すると不利だから脚を止めるために先制を掛けるのはセオリーじゃない。」
嶌子「だから、なんのセオリーなんですか。」
明美「だからおしくらまんじゅうの。」
嶌子「だから、どうして。」

 埒が明かない。知らない者には説明するだけ無駄だと悟り、明美二号は論点を変えた。

明美「つまり洋子ちゃんのケガがどうにかすればいいわけね。」
嶌子「というよりも、洋子には辞めてもらいたいの。」

明美「でもそれは個人の自由じゃない? 第一ね、あたしなんか全然ケガしないよ。ケガしなくなるのよ。」
嶌子「洋子もそう言ってたけど、でも現にケガしてるわけよ。」
明美「洋子ちゃんは元気が良くて自分から突っ込むからね。背が小さいから勢いが無いと効果出ないから。でもね、三年生の蒲生弥生キャプテンは、洋子ちゃんと同じくらいの身長で、もっと強烈に突っ込んでいくけど、全然ケガなんかしたこと無いんだよ。」

嶌子「それだ。どうして優等生の模範みたいな蒲生さんがそんな変なことをやってるのよ。おかしいじゃない。」

明美「え? いやだって、キャプテンが自分から始めたんだけれど。てか、弥生キャプテンはあのヒトだからこそウエンディズやってるんだけど、・・・変?」
嶌子「すっごく変。優等生で学校の代表みたいな人なんだから、波風立てるようなことをするべきじゃないでしょ。ケガするようなことするなんて、全然立場と正反対だと思わないの。」

 

 正論であろう。しかし、あまりの認識のギャップに明美二号は如何とも出来なかった。相原志穂美先輩ならば、南嶌子も納得するのだろうが、弥生ちゃんが志穂美と同類でありより過激だ、という事実は永遠に理解できないに違いない。

明美「・・・・・わかった。言っても絶対あなたには分からない。たぶん、これは、蒲生キャプテンに直談判しても決して納得できないわ。」
嶌子「なによ。」

 明美二号の目の色が変わったことに気付いた南嶌子は、少しひるんだ。今まで自分の方が優位に立っていると思っていたのに、それが偽りで相手の方が実は強かった、という感触で気圧され始めたのだ。明美二号はそういう人じゃなかった筈、という思いこみの認識が崩壊していく音を聴く。

 

釈「やほおー、明美ちゃん。かきこーしゅー終わったから、合宿いこー。」

 間がいいのか悪いのか、シャクティが明美二号を誘いにやって来たので、二人は息を吐くことが出来た。隣のクラスのおもしろいインド人少女。そう言えば洋子の話の中にもたびたびこの人は出演しているな、と嶌子は思い出す。面白いインド人とケガをする洋子とが一緒に居るウエンディズとは何物か、想像図が描けない。

嶌子「しゃく、・・てぃさん。あなたもウエンディズよね。面白い?」

釈「へ? いや、面白いというよりも、これ人生の花道。日暮れて道猶遠し、されど吾幾万人が阻もうともこれあるのみ。行けば分かる、分かれば行くよ。て感じ。」
嶌子「わかんないよ・・・。」
明美「いや、そんな感じ。わたしには分かった。」
嶌子「わかったあ?!」

釈「でもそんな感じだということを、心の底から沸き上がる真正正直な気持ちを釈帝16歳の身を震わせて吐露いたしました。」

 これはだめだ。このインド人は、なんだか知らないけれど、日本語上手過ぎる。嶌子は、すでに奈落に一歩踏み出したかの如き転落感に目眩いを感じる。

 

明美「やはり、自分の目で確かめた方がいいんじゃないかな。ちょうどウエンディズの夏合宿をやってる所だから、一緒に来たらどうかな。そしたらあなたの心配もたぶん解消されると思うよ。」

釈「そういうものかな。やっぱり自分でやってみる方が、骨の髄までづづづいいと、」
明美「しゃくー、あんた、暑さが脳にまで染み渡ってるね。」
釈「ことしの夏は熱過ぎます。絶対インドより暑いわよ。」

明美「それは同感。
 というわけで、南嶌子さんをごあんないー。」

嶌子「え? え?」

 いつの間にかウエンディズの合宿を見学することになって、自分から言い出した手前退くことも出来ず、ふたりが誘うがままに南嶌子は下足置き場にまで鞄を抱えて連れて来られてしまった。そこにはもう一人ウエンディズの隊士である草壁美矩が待っていた。彼女はケガをするスポーツには縁が無いタイプの、どちらかというと軽目のサークルで男子と遊んでいる方が似合うちょっと奇麗な娘であり、洋子の話から知ってはいたが嶌子はその存在を奇異に思うのだった。

 南嶌子が夏合宿を見学する、と聞かされて、草壁美矩はこう言った。

美矩「あなたバカじゃないの。ウエンディズって見学に行ったらそのまま入隊させられちゃうのよ。」
釈「しぃー、しぃー。」

嶌子「え、いやわたしは、そんな。イヤ絶対私はそんなことは無いです。妹がどんな練習をしてどんな目に遭っているのかをこの目で確かめるだけですから、断固拒否します。」

明美「美矩ちゃん、あんまり脅かさないでよ。今、わたしたちは南洋子という貴重な部員を失おうかという瀬戸際に立っているのだよ。」
美矩「わるいことは言わない。来ちゃだめだよ。」

 

 

 門代高校から合宿所のある衣川邸まで徒歩30分、遠過ぎるというほど遠くは無いがこの夏の暑さの中で移動するにはべらぼうに遠かった。そこここの庇や木陰に待避しつつ熱射病にならないよう十分に注意しながら、たっぷり時間を掛けて到着する。一番大変だったのが衣川邸がもう見えている緩い坂道で何一つ遮蔽物が無く直射日光がひりひりと肌に突き刺してきてとても耐えられない。せめて日傘くらいは用意するべきだったと四人が皆思った。

明美「この坂はね、去年聖せんぱいが合宿中に死に掛けたんだよ。この左手に続く塀は、もう衣川のお屋敷なんだけど、どうしてここらへんに出入り口作ってくれないのかなあ。」

嶌子「! これ? このずーーーーーーーーっと長く続いてるこの塀が、一つのお屋敷?」
釈「まじで学校とおなじくらいの敷地面積があります。固定資産税どのくらいになるのか見当も付きません。」

美矩「だめだ、あたし、ここで干からびてしまう。」
明美「もうちょっと、もうちょっとだから、汗を舐めて頑張るのだ。」
釈「お小遣いケチってペットボトルのジュース買わなかったのはしっぱいだったあ。」

 明美の勧めに従って嶌子は自分の頬に伝う汗を舐めてみた。旱天の慈雨というか、ともかく乾ききった唇と身体にはその程度の滴ですら命をつなぐ価値があると思わせる、なんとも心強い潤いだった。嶌子自身は中高と弓道を続けてきた運動部の生徒であるから多少の試練は体験済みであるが、それにしても今年の夏は異常過ぎる。

 ようやく衣川邸の通用門に転がり込んだ四人は、息も絶え絶えで、インターホンから直接連絡してもらって、既に中で練習に励んでいた中学生ピンクペリカンズに迎えに来させる。明美二号キャプテンは前回の試合でその程度には威信ポイントが上昇しているのだ。

嶌子「にしても、なにこの家。一体なにをしたらこんなバカでっかい塀の中に森があるような屋敷を持てるのよ。」
明美「今んとこは不動産と資産運用だって。駅前の土地は皆衣川のものだよ。」
美矩「というか、ここ昔お寺だったんだもん。でかいのは当たり前。」
嶌子「寺?!、どうりで。」

 

 連絡を受けて5分、水筒と熱射病対策キット一式を抱えてやってきたのは、夏講習を終えて既に到着していたウエンディズの一年生だった。来たばっかりらしく二人ともまだ着替えておらず門代高校夏の白い制服のままだ。

洋子「あれ、おねえちゃん。なんでこんなとこ居るの。」
美鳥「この人、南さんのおねえさん?あ、どうも遠い所をようこそ。狭い所ですがおくつろぎ下さい。」
釈「美鳥ちゃん。それはギャグと言うよりも嫌味だよ。」

洋子「やー、でもてっきり聖せんぱいが死に掛けているんだと思って飛んで来たんですが、まさか二年生の先輩方だったなんて。」
明美「ここんところに、水タンク置いとこう。”ウエンディズ専用命の水”って貼り紙して。もちろん外よ。」

 衣川邸は純和風建築物であり元は寺でもあるが、その実体は近代装備が完備した一種の要塞なのである。二年生達も警備の認証にちょっと手間取って門外に立ちんぼにされている時に強烈な直射日光で大ダメージを受けたのだ。シャクティの進言でビーチパラソルも外に起きっぱなしにすることにした。洋子と美鳥はベースキャンプに飛んで行って準備をする。二時過ぎにはおっつけ三年生の先輩方が参るであろうから、その時愚痴の一つなりとも言われないようにするべきだ。

 

 元気を取り戻して奥に進んで行く二年生四人は、色々と面白いものを見つけることになる。ここが衣川の本宅になったのは廃藩置県後の明治のことだが、それでもまあ珍妙なものが備わっているのだ。

明美「ここはね、寺といえば寺なんだけどさあ、本来は偽装した衣川藩の隠し砦の一つなんだそうだよ。寺にしては塀が頑丈過ぎたでしょ。あれはね、軍勢が篭城しても持ちこたえられるように出来てるの。」
釈「梅の木が妙に多かったりするのも、非常食を作る為だそうです、まゆ子先輩の話では。篠竹植えてるのも弓矢を作る材料にする為なんです。」

嶌子「ちょっと待って、今そこんとこ、地面に扉があったけど、あれはお墓?」
美矩「あ、あれはーわたしも聞いたんだけど、太平洋戦争の時の武器庫の一つなのだそうよ。本土決戦に備えて戦車まで隠していたとか。」

 

 そして、中学生達が練習をしている所まで来る。十人ほどの少女達は、ほとんどの者が学校指定のスクール水着でうろついていた。

明美「なに? プールの使用許可でたの?」
「あ。二号きゃぷてん!」

 と中学生は全員一列に整列し、直立不動になる。ピンクペリカンズキャプテンの東桔花が一歩前に出て号令する。

桔花「二号きゃぷてんに敬礼。」

 全員例のカトチャン敬礼であいさつする。これに敬礼で答礼するのはさすがにばかばかしいので、明美は右手で抑え、中学生は全員直立不動の姿勢に戻る。

桔花「きゃぷてん。プールは使わせてもらえないのですが、ホースで水を撒いて浴びてました。」
明美「それはぐっどアイデア。芝生に水やらないと、この暑さじゃ死んじゃうものね。」
桔花「そうなんです。しづちゃんが植木用のスプリンクラーに水ひっかけられてこれ思いついたんです。」

 二号明美は、二号きゃぷてんに呼称も定着した。着実に次代のウエンディズの土台が固まっている。だがその大時代的なジョークを真に受けて、嶌子がびくつくのを中学生達は目ざとく発見する。

苗子「きゃぷてん。そちらの方はどなたです。」

 合田苗子が当然の質問をする。今日嶌子が来ることは突発的に決まったわけで、予定には完全に無い。皆興味深々という目付きで見ている。

明美「あー、この人は南嶌子さん。一年生の南洋子さんのおねえさんで、私たちと同級生です。」
「ほーーーーー。」

明美「南洋子さんがケガをしまくるので心配して合宿の様子を見に来たというわけです。皆さん歓迎して上げてください。」
「はいーーーーーー。」

 なんだか居心地が悪い。嶌子は隣のシャクティに聞いてみる。

嶌子「ね、結局どんな練習をするの。」
釈「いやー、どうもこの調子だと、皆で水着でわっしょいだね。」
美矩「私持って来てないよお。」

 早速高校生組が着替えて練習の準備をする。二号キャプテンの指示で持ち合わせていない美矩を除いて全員が水着スタイルになる。中でも元水泳部で背も高い江良美鳥のプロポーションの見事さが群を抜いて人目を惹いた。

「ほおーーーーーーーー。」
「素敵。」
「えろえろだあー。」

美矩「ちょっと美鳥ちゃん。あなたスリーサイズはどうなのよ。」
美鳥「はあ、856086です。」
洋子「足長っ! ていうか、股下長っ!」

釈「そんなにいい身体してるのに、どうしてあんないいかげんな下着つけてるのかな。まるでおばさんだよ。」

 女同士の気安さから着替えはそこらへんの樹の陰で行う。ひょっとしたら衣川の警備用カメラがどこからか覗いているかもしれないとか思うけれど、気にしない。一人美矩だけは体操服にホットパンツという通常装備で浮いている。水着の少女たちが横に整列し始めたので、南嶌子は脇にどいた。もちろん彼女は制服姿のままだ。

 

明美「えー、せっかくだからこのまま相撲をします。」
「えーーーーーーーーーー。」

明美「文句は言わない! 厭兵術の基本は相撲です。ちょっと違うがそうなのです。相撲で強ければ大抵の場面がクリア出来ます。当りが強いのは格闘の基本。ガチンコで全身のパワーを絞り出すのに相撲以上に優れた鍛錬の方法はありません。全員土俵下に集合。ぐ〜〜〜〜〜〜。」

 腹がなった。昼過ぎだというのに何も食べずに衣川邸まで来たのだから、それは腹が減る。聞くと中学生もまだ昼食はとっていない。

 

明美「前言撤回。まずは昼ご飯。」
鳴海「きゃぷてん。食ってすぐ運動したら、まずいんじゃないでしょうか。」
明美「当然です。昼休みもちゃんと取ります。練習再開は一時半!以上。」
桔花「解散!」

 合宿の楽しみは食事であるが、しるく先輩の申し入れにも関らず今年も自炊で頑張る。幸いなことに二年生三人はいずれも料理の腕にはかなり自信のある者ばかりだったので、去年の志穂美による化学調味料攻撃に襲われたような災厄は覚悟しなくてもよい。しかし、

釈「カレーうどんです。」
美矩「カレーはどちら風のカレー?」
釈「スリランカ風とタイ風を6:4で混ぜてみました。」
明美「聞いていい? 味見した?」
釈「失敬な。そんなもの、見たらわかりますよ。」
美矩「してないじゃない!」

 レシピと材料を渡してピンクペリカンズに任せていたから、昼食でウエンディズはなにもする必要は無いものの、船頭多くして船山に登るの諺のとおりにいい具合にハジケかけている。

 水着の少女達がばたばたと準備に取り掛かる中、南嶌子はひとりぽつんと取り残された形になってしまった。今回はお客で来たからには、昼食は遠慮しようとしたものの、それはやっぱり許してくれない。いや、逆に、

釈「嶌子さんは、自分が部外者であるのにお相伴に預かるのを心苦しく思ってるわけなんですが、二号きゃぷてん!提案があります。この人に毒見をお願いしましょう。」
明美「おー、さすがは釈ちゃん。それはナイスアイデア。」
美矩「なるほど、味見をすっぽかしたのはそういう裏工作を見込んでのことなんだ。」
嶌子「え、や、あの、その、わたしはお客さんでもかまいませんけれど。」

 そうこうしている内に木陰の下にしつらえられたテーブルに白いクロスが広げられ用意もすっかり整い、大鍋一杯のカレーが嶌子の前にでんと据えつけられる。ウエンディズピンクペリカンズ全員の視線が自分に注がれるのを、唖然としたまま許してしまい、もはや逃げられない。

 さすがに妹の南洋子が姉の左から寄って来て耳打ちする。

洋子「ウエンディズのいいところは、ダメなモノはダメだとはっきり言っても怒られないことですから、まずかったらおもいっきりマズイ!!って言って。」
嶌子「う、うん。」

 大鍋にスプーンを直接突っ込んで、口に運ぶ。じーっと見つめられる中、ままよと口の中に放り込んだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、別に、おいしいじゃない。」

 ふーーーーーーっと全員の緊張が解け、尋常に配膳が始まる。ピンクペリカンズの下級生たちがうどんにカレーを掛けて行く。

 しかし嶌子は、シャクティがインド人であることを今の今まですっかり失念していた。口の中に広がる香辛料の風味は、食べた直後には効果はさほどでもなくても、やがて口全体に、喉全体に、いや消化器官全てに行き渡る辛さを越えた刺激に襲われて、テーブルを離れて炊事場に飛び込んだ。

 水道で食道周辺は水洗いして戻って来ると、案の定その場の全員が同じ症状でのたうち回っている。呆れた事にレシピを考えたはずのシャクティまでもが顔をむにむにとしかめて舌をコップの水で洗っている。

釈「鳴海ちゃん! ほんとにレシピ通りにつくったの?!」

鳴海「つくりました。ほんとうです、ほんとうにレシピどおりなんですよ。」

 相原鳴海と共に調理番をしていた灰崎ほのかも同様にレシピになんの間違いも無い事を証言するが、その中に聞き捨てならないものがあった。

ほのか「・・・最初作った時には、そんなに辛くなかったんですよ。インド料理なのにこれじゃあおかしいと思ってレシピを読み返してみたら、特記事項というのがあって、鳴海と苗子に確認したら、それはまちがいないだろうってことで、私味見もしましたけれど、すぐ水飲んじゃって、こんな風になるなんて・・・。」

 明美二号と美矩は、シャクティの黒い顔が見る見る青ざめて行くのを見逃さなかった。首筋をひっつかんで拷問に掛け白状させる。

釈「は、はは。アレ、蒲生キャプテン用のスペシャルメニューのレシピも一緒に添えてた、かな?」
美矩「かな、じゃないよ。どうしてそんなの付け加えてたの。」
明美「・・・・・弥生ちゃんせんぱいは、・・・・・辛いのめちゃ大好き・・・・。」

釈「ウチにお客で来た時も、まだ辛さが足りないって文句言ってたので、おとうさんが考えてくれた廃人仕様のレシピが、びっくりメニューて感じ? で夜のご飯で仕込んでた、わけなのよ。」

鳴海「どうしましょう。うどんつくり直しますか。でも材料が。」
苗子「でも、一度作ったものを捨てちゃうなんて、そんなのは許されないのでは、というか。」

桔花「弥生さまはぜったい許さないでしょう、やっぱ。」

 

 明美二号の指導者としての資質が試されていた。ここでうろたえ満足すべき解決策を提示出来ないようでは、今後の部隊運営がおぼつかない。だが明美二号は明らかに動揺している。さてどうするか、と氷水を舐めながら南嶌子が観察していると、

 

 明美二号は立ち上がり、皆の混乱を制して右手を上げて宣言する。

「状況! カレーうどん!!」

 

 驚愕がテーブルに走る。嶌子だけは理解出来なかったが明らかにその場の空気が凍りついたのを察する。これはヤバいな、と覚悟を決めた。

美矩「・・・・・じょうきょう、敵が、かれーうどん・・・・・。」
苗子「そんなばかな・・・・・。」

 ウエンディズに、いやゲリラ的美少女野球リーグに特有の訓練法として、その場に仮想的に状況を設定してそれに瞬時に対処する、というものがある。大抵は通常のシチュエーションを逸脱した常識外の設定が多く、思考の柔軟性を鍛え未経験の状況にも的確に対処し、パニックから速やかに冷静な状況分析を回復する訓練だ。これが宣言されたということは、この場の状況に決して逃げることなく立ち向かわざるを得ない、ということだ。嫌だろうが死にそうだろうがともかく食え、ということになる。

 テーブルにはヤカンに水がなみなみと入れられてどかと置かれる。鷺宮しづを始めとする小学生みたいな味覚の下級生たちの前にはジャムの瓶さえ置かれる。辛けりゃこれ塗って食べろ、という上級生様の有り難いご託宣だ。

 

 正気じゃない、と嶌子は思った。

 妹の洋子は果敢にカレーうどんに挑み、あえなく破れ椅子から転げ落ち芝生の上で悶絶している。その隣に座る大柄な少女、美鳥は修行僧のような無表情な顔をしてずるずると絶え間なくゆっくりとうどんを啜っていた。その場の人間は、観察するに二通りに分けられる。カレーうどんを前に立ち尽くす者と、おのれの責任をあくまで遂行しようと絶望的な努力を繰り広げる者と。明美二号は後者だった。隠してはいるが涙を浮かべて、それでも上級生としてきゃぷてんとして、この試練に必死で立ち向かう。

 哀れとも美しいとも思えるけなげさだが、しかし蒲生きゃぷてんが求めるのはこんな常識的な対応ではなかった。

 

 がた、と音を立てて鷺宮しづが立ち上がる。手にはカレーうどんの丼を抱えている。

 まさか、と皆は思った。責任を放棄して折角作った食事を捨ててしまうのか。しづは皆の予想の通りに流しに丼を持って行く。だがそれは許されない。

 鳴海と桔花が立ってしづを制止しようとするのを、明美二号は留めた。最後まで見届けようというのだ。捨ててしまえばそれまでだ。ウエンディズで、ゲリラ的美少女野球リーグで最も軽蔑される敵前逃亡にも等しいその行為は、彼女のお姉様である衣川うゐ・しるく様を嘆かせるであろう。それをわきまえて、敢えてカレーうどんを捨てるというのなら、そこまでと彼女に見切りをつける以外無い。

 じゃーとシンクで水を流す音がする。その音はしばらく続き、やがて止り、しづがテーブルに戻って来た。手にはしっかりと丼が握られ、中には水で清められ象牙色に輝くうどんの姿があった。

 

鳴海「・・・・・その手があったか。きゃぷてん!」

明美「うん!」

 皆が手に手に丼を奉げ持ち、行列を作って流しに向かう。要するに、うどんを洗ってしまえは良いわけだ。失敗したのはカレールーであって、うどんでは無い。過ちを改めるにしくものはない。たとえ勿体なくても食べられないモノを無理やり食べて身体を壊すのは愚の骨頂。しかし、うどんは違う。カレールーを絡めているだけで、その内部にまで染み込んでいるというものではない。憎むべきはシャクティのレシピで作ったカレーであり、うどんではなかった。気付いてしまえばなんということはないが、そこに到るまでの発想の転換こそが、この訓練の真骨頂と言える。

 

嶌子「ばかだ、こいつら。」

 そう、ばかばっかりだ。しかし、まずいからとカレーうどんを捨ててしまうことで、人は賢くなれるのか。それを考え出すと、自分の立っている場所が、おのれのアイデンティティの確固さが危うくなるのを自覚する嶌子だった。

 

 午後二時前に集結した三年生にも、明美二号たちは敢えて、あえてカレーうどんを提供した。三年生がどんな反応をするか見てみたかったからだが、あっという間に決着がついた。

 そう、三年生は食べる前に罠に気が付いたのだ。配膳されたカレーうどんをそのまま分離させて鍋に戻させうどんを湯で洗わせて、ちゃんと味見をしてカレー鍋から必要分だけ抜き出して別の鍋で味を調整して、おいしく頂いた。その鮮やかさには部外者である南嶌子もびっくりする。ウエンディズの三年生は、まるで毒殺の可能性も考慮しているかのように異常に警戒心が強く、勘も鋭いのだ。ただ、

弥生「これおひひい。」

 キャプテン蒲生弥生ちゃんだけは素のまま特製カレーうどんを食べた。シャクティのレシピはまさにどんぴしゃりの効果を上げたわけだが、当のシャクティは複雑な表情をしている。弥生ちゃん専用の調合とはいえ、幾分に試してみるという意味合いが込められ、ほんとうにそのまま食べるとは想定していなかったのだ。弥生ちゃんの辛味耐性はインド人以上と判定された。

 

 

 その後彼女たちは芝生の脇に設えてある立派な土俵の上で相撲の稽古を始めた。二葉亭四迷が地方巡業をした際にわざわざこしらえた屋根付きの土俵(釈;注 は、その後中々本来の目的で使われることはなく空しくその雄姿を曝していたので、女子とはいえウエンディズが相撲の練習に使うというのであればまったくもって本望だろう。

 しかし、嶌子の目にはその相撲はどこか変に映った。

 まず立会いが無い。練習だからだろうけれど、立ったままいきなり突いていく。相撲には詳しく無いのだが彼女にはそれはむしろ、普通の喧嘩の始め方の様に見えた。

 張り手突っ張りも何か違う。下からすくい上げるとか両手でととっとカベを伝うみたいに押すとか、あるいはいきなり肩や背中から体当たりを掛けるとか、地面に手を付くのを怖れてはいない不思議なやり方をする。それに滅多にしがみついたりしない。ベルトも帯もしていないから、組みついたらレスリングのようにねじ伏せるしかないのだが、水着の体は捕まえるのもなかなか難しく、下級生がしがみつこうとしても受け手の三年生が腰をくねっと振ると、おもしろいように相手は地面に転がっていく。

嶌子「・・・・・・・すごく変。」

美矩「そりゃあそうよ。他ではこれはなかなか見られないものね。」

 美矩はすでに土俵上でぼろぼろになって下がっている。一人だけ体操服姿だったが、水着の娘たちとは違って泥をそう簡単には落せないので真っ茶色になっていた。土俵脇で見学している南嶌子の傍で自然と解説の役をしている。

嶌子「でもどうしてあんなに簡単に転がるの? 手を使ってないのに。」
美矩「あれはー、痛いんだよ。組みついて行った所で腰で殴られてる。」

嶌子「え?」

美矩「つまり腰で体当たりされてるのよ。腰だけじゃなくて、肩だったりお尻だったり背中だったり、あらゆるところで打撃を出せるのよ。」

嶌子「そういうことを普通に出来るの?」
美矩「わたしたちは出来ないわよ。元々さ、ゲリラ的美少女野球の格闘は、相手が押し込んで来るのを押し返して防ぐだけ。押して押して、相手の体勢を崩すのが目的で組みつくのは嫌うのよ。通常は隊列を作って集団で戦うから、組みついて地面に落ちたら袋だたきにされる。だから捕まらないようどこからでも弾き返せるようになってるの。」

嶌子「ああ。それで、相手を飛び出させて誘い込んでるのね。」

 

志穂美「ふうん、なかなか筋のいい見方をする娘だね。」

 

 後ろから声を掛けて来た三年生の名前を嶌子は知っている。弥生ちゃん、衣川のお姫様、大東桐子に並ぶ校内の有名人だからだ。座っていた場所を志穂美に空ける為に立ち上がる。

嶌子「えーと、相原志穂美さんですね。」

 中学生を芝生上でなぎ倒していた志穂美がちょっと休憩でスポーツドリンクを飲みに来て、嶌子と美矩の後ろで話を聞いていた。中学二年生がことごとく芝生の上に転がって息を弾ませ、志穂美と交代したまゆ子が、今度は一年生を相手になぎ倒している。

 志穂美は嶌子を制して席に着かせ、自分は立ったまま土俵を見ている。じゅえるが受け手となって美鳥の相手をしているのだが、美鳥は鈍くさくて、突っ張りが空振ってばかりいる。何度も何度もじゅえるにお尻を突き飛ばされて、土俵から追い出される。

志穂美「そだよ。南洋子の姉なんだね、あなたは。」

 美人だけれどこれほどおっかない人も他にはない、という評価が鉄板の志穂美だ。下級生には、特に書道部を中心に伝説が広まっていて、ほとんどの者は災難を怖れて彼女に寄りつきもしない。だが改めて至近で観察してみると、まるで鋳物のような確とした奇麗なエッジを描く顎が印象的で、とても美しい人だった。他の者が学校指定の水着を着用しているのに、何故か一人だけ銀色の水着を着ていて、首からスポーツタオルをぶら下げている。身長は高く細身で筋肉が締まっていて、胸がそれほどないのも含めて、金属の棒のようだ、と嶌子は感じた。いやこれはカタナだろうか、彼女の周りだけ少し気温が低いような気がする。

嶌子「芝生の方はまた凄まじいですね。次から次に中学生をなぎ倒して。突き飛ばして張り倒して、蹴倒してますよね。」
志穂美「簡単だろ。他の武道よりもよほど簡単なんだ。習ったその日から使えるように技が組み立てられている。長くやればより上手になるけれど、原理は最初からまったく変わらないんだよ。あなたもやってみない?」

嶌子「えんりょします。えんりょ。」
志穂美「ふむ。」

 じゅえるの背中に美鳥が乗り上げて、そのまま土俵に叩き落とされた。乗ったはずなのに、下に居た筈のじゅえるがいつの間にか消えていて、落ちている。中々どうして、ウエイトの差も気にしないほど、じゅえるも格闘が上手くなっている。美鳥は土俵に地面に腹這いになってへーへー息を切らしていた。土俵中をぐるぐる駆け回らされて目も回っている。

じゅえる「しほみー、代ってよ。」

志穂美「あい。」

 と志穂美が土俵に上がって行くのを見送る二年生の二人は、どうにも違和感を覚えざるを得ない。志穂美といいじゅえるといい、共に細い体で相撲なんかには向いてないのに、土俵に登る姿が板に付いている。なにか最初から土俵でやるように定められた競技みたいに感じてしまう。

嶌子「不思議ね。あんなに細いのに。」
美矩「うん。じゃわたしは練習に戻るから。」

 と美矩はシャクティの後ろに並ぶ。土俵上で受け手の志穂美の前に立つのは、小柄な祐木聖だった。三年生同士だとどうなるか、と興味深く見ていると、やはり一二年生とは違い、聖は押されても引かれても動かない。まるで鏡に映ったかのように志穂美の動きを真似て跳ね返し続ける。たしかにこれならばいつまででも負けないだろう。

 だが志穂美の打ち込みが段々と早くなるに従って聖は徐々に動きが小さくなり背後に下がり始める。聖は微妙に吸い出す動きをしているようだが、志穂美がじわっと詰めて来て、とうとう土俵際にまで追い詰められる。どうするかな、と思っていると、聖はいきなり人形の糸が切れたように地面に崩れ落ち、志穂美が前に飛び出したところで跳ね返って頭突きで腹を攻撃する。が、ウエイトの違いで志穂美にぼんと跳ね返されて土俵から転がり落ちる。

 あ、と思ったがころころと転がって素直に起き上がる。受け身を取ったんだろうが、起きた後で右左をぐるぐると動き回って、やっとまた順番待ちの列に戻るので、嶌子は彼女が極端な近視であり眼鏡が無いから方向が掴めないのだ、と気が付いた。よく見えなくてもああいう器用な弾き返しができる、という事は闇の中でも大丈夫なのだろう。改めてこの武術の特性を見直した。

 

 次は、妹の洋子だった。

嶌子「・・・・・・・・・・・・・・・・・、あ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ううぅ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ばかじゃない。」

 何故洋子があれほどケガをするのか、今はよく分かる。突き飛ばすのではなくて、洋子はぶん殴りに行ってるのだ。腕のリーチが短くて相手の身体には届きはしないのに思いっきり突き飛ばすか、ほとんど平手で殴っている。もちろん洋子の体格と力では思いっきり行かなければ効果は無いのだろうが、先程の聖の攻撃に比べるといかにも稚拙。自分勝手で相手の動きも防御も見ずに、手の回る限りの早さで叩いている。

 受け手は馬鹿馬鹿しいから取り合わずにひょいと合わせると、自分が思いっきり突っ込んでる勢いで洋子は前のめりにふっ飛んで行き、後ろから蹴飛ばされて土俵に大の字に倒される。

 その無様さに、もうちょっと頭の良い子だと妹を買いかぶっていたのかと、嶌子は反省した。

 

「・・・・ま、元気がいいのは良いことだ。」

 背後から声を掛けられて、嶌子はびくっとした。この声の持ち主は知っている。いや、門代高校の生徒なら誰でも間違えはしない。

 背の低さに反して声は高過ぎもせず低くもなく遠くまで良く徹り、非常に美しい滑舌で気が緩んでいる人ならば誰でも一瞬の内に主導権を握られてしまう。それでいて押しつけがましいということはなく、と言うよりも、やって欲しいことはやってくれなくて突き放したような厳しい態度を取るけれど、いつの間にかなんでも解決していてくれるという評判の、不思議な生徒会副会長(引退したけれど)

 先程は遠くで見ただけで、どうしてあんな辛いものを食べてニコニコしているのかと思ったけれど、暴れている姿を見ればそれだけの刺激が必要なのが当たり前と納得させられてしまう、パワフルな三年生だ。

 首を右に回して恐る恐る覗いてみると、白い顔があった。水着の上に美矩と同様の白い体操服を着ておりまるでブルマを履いているよう。未だ土埃には汚れていない奇麗な姿だ。長い先細りのする髪をリボンで括ってまとめている。背は低いからほとんど中学生に見えるが、その笑みは。

弥生「南嶌子さんね、洋子ちゃんのお姉さんの。ウエンディズキャプテンの蒲生弥生です。今日は見学に来てくれたのね。」

 弥生ちゃんの表情は非常に複雑で、余所行きの顔はとても恐ろしい深みを持っている。優しいようで冷たい、何でも見透かす眼差しだが、子供のように好奇心に目を輝かせる。力と意志に満ち溢れているが、底知れない包容力も垣間見れる。並の大人の倍以上の成熟と智慧の存在を感じ取れるが、童女のような純粋さも透けてくるし、時にはむしろ少年のようだったりもする。どんなステロタイプにも当てはまらない、どこから見ても例外の人。

 

嶌子「こ、こんにちは。どうもお邪魔しています。」

 堪えようもなく、いきなり椅子から立ち上がり、嶌子は深く礼をした。そうせざるを得なかった。この人に嫌われるのは身の破滅だ、と潜在意識が強い警報を出したのだ。単なる偉い上級生やスゴイ優等生とかいう枠ではなく、現代の街中に恐竜が居る、のと同程度の場違いさと壮麗さに魂が打たれる。

 取り込まれちゃダメだ、と嶌子は心の内で何度も言い聞かす。この人の魅力に負けたらきっと逃げられない。妹の様子を観察して分かるのだ。洋子が高校入学以後、尊敬する人を姉である自分からすっぱりこの上級生に鞍替えしてしまったのをひしひしと感じている。接触する機会が無かったこの一年、感じずに済んだこの人の波動が、妹の言動の端々から自分の生活に絡みつき侵入してくるのを意識せずには居れなかった。気付いていなかったけれど、ひょっとしてわたしはこの人に会ってみたくてこの合宿に来たのだろうか。

 

弥生「いやお客様なんだからもっと肩の力抜いて。で、どう?」
嶌子「は。」

 どういえばいいのだろう。たぶんウエンディズの練習の感想か、洋子についてのことなのだろうが、どう答えたら怒られないだろうか。いや違う、どう答えたら自分が、バカに見られないか、そんなことは思うはずは無いのだけれど。

嶌子「た、たぶん、この格闘の技は、長い歴史があるはずですけど、見たことない。変です。」

弥生「やはりね。あなたはちょっとは格闘に関心があるみたいね。すぐ分かったわ。」
嶌子「い、いえ、柔道部とか見ててちょっとくらい分かるというだけで、弓道部ですから武道には縁が無いわけでもないというだけで、」

 

弥生「厭兵術撥法。」

 

 聞いた事が無い武道の名前で、はっとして顔を上げた。それを目論んで弥生ちゃんは効果的にその言葉を口に出して、嶌子はまんまと釣られて正面切ってご対面してしまう。弥生ちゃんの表情は軽い余所行きの笑顔から、瞬時にウエンディズで見せる素直な少女の微笑みになる。この人は笑顔を何種類も持っていて、意図的にそれを使い分けている。敏感にそう感じたが、それが嫌味や演技に見えないところが、才能なのだろう。嶌子はあっけに取られ心理的に武装解除されてしまった。

弥生「鎮西八郎為朝から続いているという触れ込みだけど、そんなには古くない。せいぜい戦国時代ね。身体が大きく力が強い者には有利な武術よ。」
嶌子「え、でも女の子が使っている。」

 目の前で一生懸命練習している彼女たちは、それでは一体なんなのだろう。むしろ力はほとんど使わずに、相手の攻撃を受け流し弾き返しているこの技法は、その説明とまったく異なる。

弥生「素手でやると分からない。これは武器を使うのが当たり前という状況で使う武術なのよ。相手の武器が自分に届くのを弾き返し相手の体勢を崩して死角に入り、至近からコンパクトな一撃で速やかに倒す殺法を、明治時代に相手を制圧するだけで殺さない活法にアレンジし直したの。

 多少の力が有っても、不意の方向から長物の武器で思いっきり打ち込んで来る攻撃は受けられないでしょ。そこで自分の力をもっとも有効に使う受け流し技と返し技を主体としているわけ。もちろん別途攻撃用の技が有るんだけど、現代社会で人殺しの技は使えないから、あまり得意じゃないんだな。」

 絶対知ってる。この人はその人殺しの技を絶対完全マスターしている、と思った。

弥生「まあ私たちがやっても或る程度のところまでしか上達しないと宗家の方では思ってる、限定版ではあるんだけどね。」

嶌子「のけもの扱いされてるんですか、これは。」
弥生「うーん、武道の世界ではよくある事なんだけど、正統とその分派の扱いは色々とうるさくてねえ。でも、活発なのはこっちの方だな。なにせ、野球に見せかけてホントに戦っているから。」

嶌子「でもよく師範とか見つかりましたね、そんな状態なのに。」
弥生「そうなんだ。しかし私たちには女の子だけのネットワークがあるから、なんとかなるんだよ。最初から異端承知で宗家には絶対迷惑を掛けないように色々と裏技を仕組んであってね、今度講習会があるけど、この野球に偽装して練習するという手法を考え出した張本人が来るんだ。」

嶌子「ああ。だから皆張り切っているんだ。」

 土俵の上では練習のやり方が変わっている。今度は攻め手二人が左右に分かれて、受け手を別々の方向から攻撃する練習をしている。これは確かに他では見られない。

嶌子「アレ、あれは、なんとか出来ちゃうんですか。」
弥生「基本よ、きほん。相手が強ければ、というか確実を期すには一対一よりも人数が多い方がいいでしょ。当然こういう風に卑劣に卑屈に攻めて来る。この程度で怯んでちゃあ、ものの役には立たないわよ。」

嶌子「はあーーーーー。」

 こんな事を毎日練習していれば、それは洋子は傷だらけになって帰って来るはずだ。だが、

嶌子「ケガはしないんですか。こんな無茶な事をして、ケガをする。そうだ、私はそのことで苦情を言いに来たんでした。どうして妹は毎日、」
弥生「ははあー、なるほど。そういう事だったのね。入隊希望にしては時期的に変だと思った。」

 

 にこにこして説明しようとした弥生ちゃんだが、後ろからしるくが来てなにか小声で打ち合わせるので、その場を少し離れた。ようやっと嶌子は息が吐ける。それを見はからったかのように、泥だらけの洋子が姉の側にやって来た。

洋子「おねえちゃん。なんかキャプテンにへんなこと言った?」
嶌子「これから言う。それにしても、あんた下手くそだねえ。」
洋子「春に始めたばっかりなんだから、当り前じゃない!」
嶌子「まあね。大体どういうことやってるか分かったから何も言わないけれど、でももうちょっと形にならないわけ? 頭使いなさいよ。」
洋子「うるさい!うるさい!」

釈「ようこちゃ〜ん、水掛けるよー。」
洋子「あ、はーい。」

 とシャクティに呼ばれて洋子は水道のホースの所に行った。汚れたら水をぶっかけて水着ごと奇麗にして、ついでに涼を取り一休みするという寸法だ。ウエンディズの練習は適当に手を抜いて無理はしない。もっとも今年の夏の暑さでは無理なんかしたらたちどころに寝込んでしまうだろう。木陰があって風が吹き抜けて、衣川邸のお庭は練習するのに非常に好都合な場所だった。

 ここに比べると市営の弓道場や門代高校の合宿所なんかは、涙が出るほどみすぼらしく暑苦しい。部活の練習を今日はさぼって来ている関係上、こんなに快適に見学させていただいて弓道部の仲間に済まないとまで思ってしまう。

 

弥生「南嶌子さん。」

 弥生ちゃんが呼ぶので、嶌子は椅子から離れて土俵の脇にある建物の陰に行った。弥生ちゃんの隣にはしるく、衣川のお姫様が剣道部の白袴姿で立っている。二人立つ凛々しい姿を見て、「あーどうしてウチの学校にはこんなスゴイ人達が居るのだろう」とため息を吐きたくなる。

弥生「しるくだよ。」
しるく「衣川うゐです。南洋子さんのお姉様ね。初めまして。」

嶌子「あ、二年四組の南嶌子です。弓道部に所属してます。どうも。」

 しるくは初めて会った彼女を気に入ったのかにこにこしていて、却って表情が掴めない。

弥生「あのね、今しるくと掛け合って、衣川邸の施設が使えることになったから。」

嶌子「え、いえ。わたしはそんな長居をする積もりは無くて、すぐお邪魔しますからそんな、お構いなく。」
弥生「なになに。実はね。」

 と弥生ちゃんが耳元に口を寄せて来るので自然右側に身体が傾いてしまう。弥生ちゃんの背丈は嶌子の鼻先よりも下になる。こう並んで比べてみると、この人はこんなに小さかったのだなあ、と印象の修正を強いられる。どう見ても中学生位しか身長が無いのに、弥生ちゃんが自分より大きいと勘違いしている生徒は男子でも少なくないだろう。

弥生「世にも恐ろしい座敷牢というのがあるわけなのさ。昔拷問とかしていたと伝わる。」
嶌子「え? え?!」

弥生「このお屋敷はその昔から色々と曰く因縁に満ち溢れていてね、座敷牢はその中でも出色の怪奇スポットなのさ。なにしろ中で衣川のお殿様が悪の家老に騙されて、鉄仮面を被されて押し籠められていたという伝説まである。」
嶌子「まさか。」

弥生「その伝説の牢屋敷を、わたしたちでもあまり近づけないんだけれどね、を南嶌子さんに特別に大公開してくれると言うんだよ。」
嶌子「いや、別にそんなすごいものを。・・・そんなにスゴイですか。」
弥生「私は入ったことあるけどね。でも、あれはタダの座敷牢じゃないんだよ。まず材木からして違うの。杉の良材でものすごく太いのを、・・・・・・」

 

 弥生ちゃんに肩を抱かれしるくに挟まれて、嶌子は土俵の脇から倉の方へと連れて行かれた。さすがに衣川のお殿様の本宅だと、並ぶ倉にびっくりする。単に日本的な白壁の建物だけではなく、洋風レトロなレンガ造り、あるいはコンクリートで固められた防火倉庫まで色々と取りそろえている。その合間に様々な木々が植わっており、植物公園っぽい感触もある。無秩序に思いつきで建物がレイアウトされているようで実は防火や避難も巧みに考えられていて、それでいて周囲に調和する美的センスの高さも窺われた。

 その中で一棟、普通っぽい日本建築の平屋の建物がある。ここだけ少し感じが違う。周囲が寂しいのだ。裏に小山を控えどんづまりにあるから、最も人目に触れにくい場所なのだろう。建築様式も江戸後期と見受けられ、ここだけ未だ幕末と言っても信じてしまいそうだ。

嶌子「さすがに座敷牢は人気の無い所にありますね。」
弥生「残念ながらあれはお殿様を幽閉したのじゃあないんだ。本物は母屋の脇にあって、これは家老級の人を閉じ込めておく牢屋敷なんだな。」
嶌子「うぇ、一個だけじゃないんですか。なんか裏暗いものを感じますよ。あ、すいません。」

 しるくがにこにこして先祖への侮辱にもあたる軽口を聞いていたのに気付いて、嶌子は思わず口を押さえた。多分自分は興奮しているのだろう。失礼の無いように言動を謹まねば。

弥生「で、見せたかったものは、これよ。」

 木の引き戸を開いて見せたのは、土間だった。六畳ほどの広さがあり、古ぼけた机と椅子が置いてある。昼間だから照明は点いていないが、天井には裸電球がぶら下がっていていかにも殺風景だ。そして、その向かいに有るのが、

嶌子「座敷牢ですねえ。ほんものだあ。」

 三寸もある太い格子の向こうに、しっとりした人気の無さを湛える畳の間がある。御丁寧にも骨董品として高く売れそうな大きな鉄の南京錠が掛かっている。

嶌子「この錠は、スゴイですね。彫金も施してある。」
しるく「ウフフ。閉じ込められた人って、扉に掛かった錠を恨めしげに何度も見るものでしょ。その時安っぽい実用一点張りのものでは心が潤わないじゃない。だから特注で作らせたと聞いているわ。今作らせたら百万円は軽く掛かるそうだけれど、まゆ子さんが二分で開けちゃいました。」

弥生「それは、昔の錠だから、今のピッキングに掛かると保たないわよ。でも、こういうのって時間稼ぎなんだってね。開かないものではなくて、開けるのに時間が掛かっている内に見張りが回って来る、そういう意味合いのものなのよ。」

しるく「ウフフ。弥生さんも錠を恨めしげに見た口よね。」

 嶌子はぎょっとした。それはどういう意味があるのか。

弥生「いや、そのなんだ。私がヘマしちゃったことがあってね。罰として自らここに閉じ込められたってことも以前あったのよ。懐かしいわね。」
しるく「皆、出てもいいと言うのに、弥生さん意地を張っちゃって、あの時は困りましたわ。」

嶌子「あの、それって、どのくらいの期間閉じ込められたのですか。」
弥生「春休み中2週間。」
嶌子「うわ。」

 しるくが懐から鍵を出した。手が込んだ錠にふさわしい、ずっしりとした鋳物の鍵で文鎮くらいの大きさがある。単に鉤形になっているのではなく、細かい段差が幾重にも積み重なった、随分と複雑な形状をしている。

しるく「合鍵を作れないのよ。今ではこのタイプの鍵を作る職人さんが居なくて、これ一本しか無いわ。でもまゆ子さんなら鋳型を勝手に作ったかもしれないわね。随分と熱心に調べていましたから。」
弥生「まゆ子はあれで意外と手先が不器用だから、差し込むと折れる鍵になるかもしれないよ。あんまり当てにしちゃあダメだ。」
しるく「そう?」

 しるくは重い錠を持ち上げて鍵を差し込む。鍵は回すのではなく、二三回左右に動かしてパズルを填めるように鍵を押し込んで行く。すると、突然ガチャという音とともに太い金の閂が左に外れて抜けた。まるで小型のコンピュータを操作しているみたいに複雑だ、と嶌子は思った。先程言っていたややこしさが時間稼ぎになる、という意味がやっと分かった気がする。

 弥生ちゃんが牢の扉を開ける。太い木の格子の中にある一回り小さい格子が扉だった。古い牢屋だからいかにもな音がギーとするかと期待していたのだが、ほとんど何も聞こえないスムーズな開き方をした。錠が特注の美術品であるのと同様に、蝶番も安物とは程遠い職人自身の作なのだ。

 扉を開いて左右にしるくと弥生ちゃんがにこやかに立つと、嶌子には選択肢は一つしかなかった。それでは、と二人に遠慮しつつ、格子の戸口に首を突っ込む。なるほど、材木からして時代劇とは格が違い、家族旅行で行った温泉旅館の床の間を思わせる美しい光り方をしている。

嶌子「うわー、これってほんとうに実用目的で使ったんですか。ちょっとした美術品みたいじゃないですか。」
弥生「まあ、押し込められた人もそのまま最終処分てわけでもなくて、後で復権してリベンジという結果もあり得るからね。こんなつまらないところで恨みを買うこともなかろうという配慮があったのだよ。」
しるく「確かに当主がここに押し込められたことはありませんが、お血筋の方の何人かはこちらで何日か過ごされたと聞いてますよ。」
嶌子「なるほど。」

 戸口からお尻だけ出して左右させて、後ろからの視線が気になってしまう。土間と座敷が直接繋がっているために、戸口はかなり高い位置に来るのだ。ちょうど茶室のにじり口のようで、入る者は腰を屈めなければならない。

嶌子「あの、入るんですよ、ね。」
弥生「嫌ならいいけれど。」
嶌子「あ、入りますはいります。」

 しるくが少し悲しそうな目をした為に致し方なく牢の中に入ってしまう。畳も古いが縁は金糸で彩られ、そこいらへんの和室で使われている安物とは比べようも無い。

弥生「そろそろ表替えをしなければいけないかな。」
しるく「ああ、そうですね。でもこれまではほとんど使う機会がありませんでしたから。弥生さんが十年ぶりくらいですか、押し込められたのは。実はその前は兄なんです。伝来の甲冑に落書きしてお仕置きされたのですよ。」
弥生「何番目のおにいさん?」

嶌子「あ、・・・・テレビがある。」

 座敷牢の中は12畳もあり奥の上座は一段と高くなっている。漆塗りの文机や透かし彫りを施した手文庫もあり、ここが書斎だと言っても無知な一般庶民にはばれないかもしれない。その隅に14型の古いブラウン管のテレビがちょこんと鎮座し、長い電源の延長コードと真っ白い真四角のゲーム機らしきものが重ねて置いてあった。

嶌子「これはなんですか。」
しるく「弥生さんが押し込められて居た時に使ったものよ。まゆ子さんが一人では寂しいでしょうと持ち込んだの。電源のコンセントは中には無いから随分と長くコードを引っ張ったわね。」
弥生「まゆ子ったら、ゲーム機は持ち込んでもテレビにアンテナ線は繋がないんだ。虜囚というものは外界の情勢に疎くなるのが当然だとか言って。ね、今ゲーム機の中何が入ってるか、ちょっと見て?」

嶌子「あ、はい。」

 座敷の奥まで畳の上を歩いて行く。中は広いように見えるが天井はそれほど高くはない。低くはないが昔の人の体格に合わせているみたいで余裕が無い。天井の板が普通よりも厚く圧迫感があるし、明かり採りの窓が上の方にわずかにあるだけで閉塞感を生み出すように出来ている。やはりこれは牢屋以外の何物でもないのだなあ、と感慨を抱く。いくら造りが上質でもここに閉じ込められて心躍る人などは居ないだろう。

弥生「畳の縁は踏むもんじゃない。なんか飛び出して来るかもしれないよ。」
嶌子「あ、すいません。」

 そういえばそうだった。弓道部でも合宿の時にはそんなことを言われたなあ、と恥ずかしくなって注意して畳のつなぎ目にまっすぐに沿って歩き直した。テレビの傍まで言ってそのままつま先を立てて両膝を突いて座り、ゲーム機を調べる。真っ白いボディに小さな朱い渦巻きが書いてある。スイッチが箱の手前両脇にあり、”OPEN”と書いてある右のスイッチを押すと、ふわーっとした感じで蓋が開いて、中にセットされたCDが見えた。

嶌子「えーーー、なんだこれ。ガンダムですね。えー、”コロニーの落ちた地で”?」

 がちゃん。

 

 妙な金属音を聞いて嶌子は首を後ろに巡らせた。しるくが戸口を締めて錠に再び閂を通して、鍵を掛け直している。何故かなあ、と不思議に思って見ていると、弥生ちゃんが言った。

弥生「それ、意外と面白いよ。というか、ガンダム系のゲームは当たり外れがあるんだけれど、それは当りの方ね。アニメの主役とかは出て来ないけれど。」
嶌子「え、ここでするんですか。わたし?」
弥生「だって捕虜だもん。」
嶌子「え、え?」

しるく「まあ、ほんとうにかんたんにひっかかりましたわ。さすがです。」
弥生「ウフフ。」

嶌子「え、えええええええええええーーーーーーーー。」

 今度は畳の縁も何も関係なく走って、嶌子は格子にすがりついた。靴下が滑って半ば激突する形になるが、さすがの頑強さで女一人がぶつかったくらいではきしみもしない。

嶌子「なんの真似です。これはなんなんですか。」

 だが、戸口の外の方にウエンディズの隊員達がぞろぞろとやって来てかわりばんこに中を覗き込むのに気が付く。ひょっとしてこれは、最初からの計画だったのではないか。

弥生「洋子ちゃん。家に電話して。お姉さんは今晩はウエンディズの合宿に参加して衣川のお屋敷にお泊まりするって。」

洋子「はーい。ピピッ、あ、おかあさん?私、洋子。あのね、・・うん、合宿。今晩泊まるから。そう。うん。でね、お姉ちゃん。そうおねえちゃんがね、わたしたちの合宿に参加することに。そう、ちがうんだけど、体験入隊ってのかな、え、めいわく? あ、ちょっと待って。
 あの、きゃぷてん。いきなりで迷惑じゃないかと、母が言ってるんですけど。」

弥生「衣川邸だからまったく問題なし!」
洋子「あ、うん。それがね、スゴイお屋敷なんだ。一人くらい増えてもなんにも変わりない。宿泊費もタダだから。え、食事代? あーそれは後で清算って感じかな。うん、たぶん今日だけと思うけど。はい、はい。じゃ。

 おねえちゃん。くれぐれも粗相の無いように、っておかあさん言ってたよ。」
嶌子「洋子!あんたって子はーーーーーーーー!!!」

弥生「ということだから。夕食は六時半。消灯は十時、ただしお勉強しなきゃならない人は別室で、てあなたには関係ないか。」
嶌子「ちょっと、ちょっと、ちょっとおおお。」

 皆ぞろぞろと土間から退室していくのを嶌子はひとり格子の中から見送った。まだ何が起きたのか理解出来ていない。いやそもそも自分を捕まえてなにをする気なんだろう。ひょっとして悪質な冗談? いや、でもこの周到さは、というかいつまで待っても「なーんちゃってー」とか言って来ない。もしかすると本当に捕虜にされちゃった?!

嶌子「なんで、なんでよ、なんでなのよおーーーー。」

 

洋子「せんぱい。あの座敷牢は皆で寝るんですよね。」
まゆ子「一二年生と、ピンクペリカンズの鳴海ちゃんと苗子ちゃんとほのかちゃん。明美一号と聖ちゃん、ふぁも泊まる予定ね、部屋割りは。そうでしょ。」
美矩「はい。部屋割りはそうなってますけど、一人増えるから、三年生の方は誰か母屋の方に移っていただくかもしれません。」

ふぁ「あー、だったら、折角だからお庭の端にテントなんか張ってみるのもおもしろいかな。ダメかな、しるく?」
しるく「テントですか、そうですねえ、でも折角部屋が空いてるんですから、無理して窮屈な思いをしなくてもよいのではないでしょうか。」

ふぁ「ばかね、キャンプってのは窮屈だからおもしろいんじゃない。」
しるく「ではわたくしがテントで寝ます。それならば多分お許しが出るでしょう。でも、テントでキャンプってそんなにおもしろいのですか?」
明美一号「おもしろいというか、小学校の林間学校のキャンプでは一晩中蚊に刺されて一睡も出来なかったような気がするんだけど。」

しづ「うゐさまがお泊りになるのでしたら、わたしもご一緒したいです。」
しるく「まあ。そういうことになるのね。そうね、それは面白いかも知れないわね。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 ぺちゃくちゃと喋りながら歩くメンバーを後ろから見送って、弥生ちゃんと志穂美がこっそりと話している。

志穂美「ということで、いいわけだな。」
弥生「衣川邸で泊まるのは、今日明日だけになるし、明後日は早くに移動するから、今晩しか無いでしょ。」
志穂美「では、午前一時に全員を叩き起こして、闇稽古と。衣川の警備にも話は通しているから大丈夫。朝ご飯も手配してもらった。」

弥生「済まないね。雑用ばかりさせて。」
志穂美「勉強しなくて済むのはたのしい。」
弥生「いや、それは良くない了見だよ。合宿終わったらあなた達は受験勉強の特訓だ。とっくん。」
志穂美「とほほ。」

 弥生ちゃんは今晩メンバー全員を不意に起しての深夜間戦闘の訓練をする。武道関係ではよくある稽古で珍しくもないが、ウエンディズでは初めての経験になる。もちろん普通のスケジュールではなくて、深夜一時から始まって、終わるのは朝八時。延々7時間も連続で頑張るのだ。弥生ちゃんは夏場に弱いから気温が低い夜間に激しい練習をしたい、という身勝手極まりない不純な動機も混じっている。

志穂美「しかし、運の悪い奴だな、洋子の姉さんは。」
弥生「今日でなければ、ねえ。素直に帰れたのに。」

 

 その頃座敷牢に繋がれた南嶌子は一人取り残され誰からも見捨てられ、それにもめげずに今自分が出来る精一杯のことに集中し、ささやかな抵抗を続けていた。

嶌子「あのー、あの、誰かすいません。居ませんか? この電源コード、どこにつなげばいいんでしょう。テレビ動かないんですけどお。」

05/01/20

 

(第二話)

 

 ゲリラ的美少女リーグ門代地区は現在、戦処女を筆頭に6つのチームを擁している。

 「疾風流星 戦処女(ばるきりあ)」、「桜川エンジェルス」、「暗黒どぐめきら」、「桂林棒手振社中」、「でんじゃー紫」、「ウエンディズ the BASEBALL BANDITS & ピンクペリカンズ」。

 もう一つ「トゥーランディア」という休眠中のチームがある。門代西高校に去年出来たと同時に壊滅したが、チームとしてではなく各チームに助っ人もしくは推参する形で参加している。人数が九人に満たないので単独での試合は出来ないが、かわりに「傭兵」になったというわけだ。戦闘に特化した、どこのチームでも遊軍として利用出来る戦力で、これの参加の具合によって戦力バランスが微妙に変り、結構おもしろい展開を見せる。「トゥーランディア」はこのまま経験値を積んで、メンバーが揃った暁には即戦力として他に伍して行こうという算段だ。

 

 今夏、彼女たちはゲリラ的美少女野球の創始者であり流祖と呼ばれる橘家弓を迎えての講習会をおこなう事になった。

 橘家弓は十代の頃、厭兵術の形骸化を憂いて集団での戦闘訓練を野球に偽装することを発明した人で、最初のチーム「フォクシーズ」の発起人でもある。彼女が偉かったのは、厭兵術の技術のみに頼らず、野球をうまく融合させておもしろい競技として試合を構築することに成功したことであり、その後も他の武術の要素も附加して発展させることに努力してきた。リーグ数8、チーム数65にまで拡大した現在もなお、講習会という形で普及に務め、同時に正統の厭兵術の精神と教えを正しく伝える事にも腐心している。彼女は宗家に無断で技術を公開してしまった事に、或る種の罪悪感を覚えているのだ。

 そこで彼女は、少女達に大して厭兵術宗家の神格化を少々行った。武術の普及において神話的な逸話は不可欠なものであり、事実明治時代に厭兵術を創始した初代宗家は英雄の名に恥じないが、一般民衆の集団的護身という地味な目的に特化した為、流派自体の神格化が果たせなかった。つまり、この道を突き詰めて行けば超人になれる、といった洗脳手法が取れないのだ。明治時代の合理主義に基づいているからとはいえそれに満足出来ない者も多く、修行者を繋ぎ止めることがなかなかに難しい。

 ゲリラ的美少女野球リーグでは、ここを「橘家弓さんの講習会」という方法で解決している。つまり、普段の野球と格闘の練習からでは決して到達できない境地を、流祖家弓さんが自ら模範を見せてくれることで、オリジナルの厭兵術自体をより神秘的に見せるのだ。橘家弓自身は現在はその他の武術もマスターしており、それを応用して、つまり厭兵術では無い技までも使ってステイタスをでっち上げている訳だが、なかなかに好評である為に引っ込みが着かずペテンを止める事ができなかったりする。

 というわけで、「橘家弓さんの講習会」はゲリラ的美少女リーグに属する少女達にはメッカ巡礼にも似た憧れの対象であり、その場で演武をして家弓さんに見ていただく、というのは最高の名誉なのだ。

 ウエンディズもその栄誉に預かろうと考えるのも無理からぬことだが、如何せんチーム創設以来まだ2年しか経っていない関係上、見せる程の技が無い、という現実にぶち当たる。他のチームでも基本的には卒業生OGが演武を行い、在校生は幹部級がその補佐に当たる程度にしか役を振られていない。現役メンバーも見せたいのは山々だが、技術の普及と向上を図るためには現役メンバーの指導に当たる者の水準向上を重視するのが当然でありそのチェックを流祖橘家弓さんにお願いするというのが、限られたスケジュールにおいては現実的な方策であり、残念なところだ。

 しかし、衣川うゐしるくだけは別だった。

 彼女の剣技の確かさはウエンディズ加盟後瞬く間に知れ渡り、別のリーグからもわざわざ試合を偵察に来るほどの評判になった。基本的には武器術の専門家を有さないゲリラ的美少女リーグで、本物と呼べる者が入って来るのは願ってもない好機である。今回の講習会においても対日本刀の護身術の演武を彼女を受けに使ってやりたいという者が殺到し、厳正なる審査と私闘の末にそれを勝ち取ったのは戦処女の去年の副キャプテン、鴟尾みちるだった。

 

 

 夏合宿が始まる一週間前から鴟尾さんは衣川邸に来るようになり、最初は木刀から練習を始めた。

 とはいえ、カタナを相手に素手で、それもかなりの使い手を防ぐことなどは出来はしない。厭兵術ではそういう時は躊躇せずに飛び道具を使うことを推奨する。鴟尾さんも、それは十分に心得ていて手足至る所に目つぶしなどを忍ばしている。もちろんしるくは木刀でぶっ叩くなどしないし寸止めの技も十分に訓練しているが、それでも万一を忘れないのがゲリラ的美少女リーグ。たとえ達人と言えども手元が狂うことは有るし、つい熱が入って思わぬ技を使ってしまうこともある。目つぶしはそういう時の安全装置みたいなものだが、結果しるくは彼女との稽古の最中常に真剣勝負に等しい緊張感を味わう事となった。

 しるくはしるくで、厭兵術における「真剣を使って人を傷つけずに取り押さえる」技を練習しなければならない。現代社会のはなしなのだから、真剣で人を斬ってよいわけがなく、刃が付いていて殺傷力が十分にある武器を使いながらも、相手を無傷で取り押さえるというアクロバット的な技術の披露を求められるわけだ。相手を傷つけないように、さりとて相手は本気で挑んで来るという二律背反する条件下での厳しい稽古はさすがのしるくにも堪え、合宿が始まるとげっそりと3キロも痩せてしまった。

 

しづ「うゐさま、1日くらいはお休みをして元気を取り戻した方がいいと思います。けど・・・。」
しるく「大丈夫よ。これくらいなんという事はないわ。それに私も、別に無理をしているわけではなく、むしろ楽しいのだから、しんぱいしないで。」
しづ「は、はい・・・・。」

 いくら心配でもしるくにそう言われてしまっては、鷺宮しづは引き下がらざるを得なかった。元よりしるくは普通の人ではなく、剣の道にひたすら邁進しようというのを邪魔する積もりも無いのだが、それにしてもここまで絞られている姿を見ると、しづは胸が潰れる想いを抑えきれない。思い余って、蒲生弥生きゃぷてんに相談する。

しづ「もちろんうゐさまのお邪魔をする気は無いのです。でもあまりにもお可哀想で、見ていられなくて、キャプテンの方から鴟尾さまになんとかお願い出来ないでしょうか。」
弥生「・・・・・難しいね、言わんとすることは分かるけど、でもケガしてるのは鴟尾さんの方だから、それを押してでも稽古を続けようという熱意の前に私も何も言えないし、しるくもだからこそとことんまで付き合おうというのだから、・・・・困ったな、そんな目で見ないでよ。」

 鴟尾さんは素手で木刀に向かって行ってるのだから、当然のように失敗する。突き指当て身は当たり前、額に当たって流血までするのにまだ止めようとしない。あまりの激しさに八段まゆ子が驚いて、鉄板で作った防具を着用させている。

まゆ子「・・新撰組やら赤穂浪士やらも、無用のケガを避けるためにちゃんと防備を怠らなかったものです。手甲脚絆、鉄の入った鉢巻くらいは着けるのが筋というものです。そうでないとこれ以上はしるくをお貸しすることは出来ませんよ。」
しるく「まゆ子さん、それは、」

鴟尾「いや、彼女の言うとおりだ。確かに私が悪かった。何も防具を着けないのでは、却ってあなたがやりづらいでしょ。うん、着けるから。」

 だが防具を着けたことで更に鴟尾さんの攻めは間合いが厳しくなり木刀が当たってしまう回数も増え、しるくの神経を更に磨り減らした。二人の稽古が始まると、他はあまりの迫力に注意を奪われ自分達の練習がおろそかになるので、ついには隔離されて衣川家の道場の中で二人きりで行うことになった。しづも切り離され、ますます心配の度合を強め、あまりの心痛で彼女自身が倒れてしまったほどだ。

志穂美「諦めなさい。あんなひとをお姉さんだなんて思ってしまったあんたが悪い。こんなことはこの先何度でもあるんだから。それとも、おねえさまを止めるかい。」
しづ「それはぜったい嫌です。でも、」
志穂美「なら耐えるしかないな。しるくがぶっ倒れた時にはあんたが起こしにいかなければならないんだから。」
しづ「・・・はい。」

 こういう時志穂美は優しい。普段冷たく厳しい人ほど、耐える事の辛さを分かってくれる。だが、それでもしづの心が治まることは無く、衣川邸でしるくの隣で寝ているというのに寝つけない夜が続いていた。

 

弥生「心配なのは私たち皆が同じなのですが、しかし、」
鴟尾「しかし?」
弥生「しかし、・・・・意外とさまになってきましたね。」
鴟尾「そうなんだ。殺す気の無い剣ならば、なんとか止められる気がして来た。」

 一週間練習を続けた結果、しるくの太刀筋も漸く見極めがつくまでになり、型通りとはいえ太刀取りの技も5割くらいは成功するようになった。練習を終え風呂に入った後、弥生ちゃんと鴟尾さんは別室で会話を楽しんでいた。もちろん二人ともに猛練習の結果至る所傷だらけなのだが、しるくの木刀が当たってしまったところは青く腫れ上がりところによってはぱっくりと肉が割れ痛んでいる。一人では風呂に入るのも難題なので、一緒に弥生ちゃんが入ってお世話をしているのだ。

鴟尾「まだ腹を叩かれないだけ甘いって感じかな。生理中だったら、絶対に避けられない。」
弥生「いつだったんです。」
鴟尾「いや、最初来た頃。泊まらないで帰ってたから分かんなかったろうけど。」
弥生「それであんな無茶してたんですか。呆れますよ。」

 合宿が始まる前の稽古は、ウエンディズで有志何人かが二人の稽古に付いて見守っていた。鴟尾さんも、太刀取りの技は型だけは覚えているが実際に使うのはありえない、程度の練度でしるくも動きを掴みきれず何度も何度も木刀を当てていて、本当に演武に間に合うのかと皆はらはらしたのだ。それが生理中で動きが鈍かったなんて、知ってたら絶対に止めさせていたところだ。

鴟尾「明日から次のステージに移ろうと思う。」
弥生「なんですか。」
鴟尾「木刀でなくて、模造刀でやってみようと思うんだ。そろそろいい感じだろう。」

弥生「ちょっと待ってください。成功率がようやっと5割を越えたところでしょ、まだ早い。ぜったいダメです。」
鴟尾「そうは言っても急がないと講習会に間に合わないよ。あんたたちも準備とかあるだろうし。」
弥生「でも演武は木刀のままでも問題は無いのでしょ。」
鴟尾「うん。」
弥生「だったら。」

鴟尾「そりゃあわたしの問題だからさ。模造刀、いや真剣でやってみたいのさ。」
弥生「う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。」

 激しく首を振った弥生ちゃんは正坐の状態からばっとその場に立ち上がる。

弥生「しるくを呼んで来ます。たぶんダメだと言うでしょう。それ以前に模造刀で寸土めが出来るかの方が問題です。」
鴟尾「できるだろ、しるくなら。でも、たしかにちょっと感触は違うだろうなあ。」
弥生「模造刀でも人は死ぬんです。手指くらいならかんたんに飛びますよ。しるくにそんなことさせられません。」
鴟尾「むうー、一理あるね。たしかに本人が了承しない可能性もあった。」

 弥生ちゃんは一礼して襖を開けて廊下に出た。衣川邸の客間に弥生ちゃん達は泊っている。一二年生は座敷牢でなかよく過ごしているのだが、幹部はやむなくこちらに移されてしまった。もちろんこちらにはクーラーも完備されていて吹きさらし蚊も入って来る座敷牢よりはるかに快適ではある。

 弥生ちゃんは廊下を抜けてしるくの居室に向かった。しるくは、自分の家で合宿をしているわけだから、自室を寝室に使っている。衣川邸はほぼ全室が和室だが、しるくの部屋だけは畳の上にベッドが置いてある。

 

しづ「うゐさまはもうお休みになりました。いくら蒲生きゃぷてんでも起しちゃだめです。」

 早々に眠るしるくをかばい立ち塞がるしづに、弥生ちゃんも苦笑する。もう一人、灰崎ほのかが、こちらはしづを心配して部屋に居た。彼女も笑いながらも首を横に振るので、弥生ちゃんもしるくを起すのは諦めた。今度は別室に居るまゆ子を尋ねる。じゅえるとまゆ子、志穂美も別の客間で寝ることになっている。 なんやかやで座敷牢に泊る三年生はふぁだけになってしまった。

まゆ子「え、模造刀? 無茶だよそれ。ホントに斬れるよ。」
弥生「そうなんだけど、ほんとうにダメかな?たとえば、ジュラルミンの映画で使う小道具とか。」
まゆ子「ジュラルミンでも額くらいぱかっといきます。というか、重さが全然軽いから、しるくには逆に使いづらいでしょ。」
弥生「そうか。そうだよね、鴟尾さんには諦めてもらおう。」
じゅえる「事故が起こってからじゃ遅いからね。」

まゆ子「じゃじゃーん。こんなこともあろうかと!」

 ぱあーんと、まゆ子はじゅえるに後頭部を叩かれた。その様子を後ろから見守っていた志穂美はのんびりと緑茶を啜っている。皆の取り決めで三年生もクーラーは使っておらず部屋は暑いのだが、そういう時だからこそ熱いお茶がおいしかったりする。大体衣川邸は木々に囲まれた見事な庭があるので、夜も涼しい方なのだ。

弥生「何? 作ったの。」
まゆ子「てへへ、竹光よ。ただしタダのじゃない。言うなれば、薄べったい竹刀ね。刃先方向にだけショック吸収機構のある。重量も手元に鉛入れてるから握る分には本物っぽいよ。」
じゅえる「しるくがそんなもの使うわけないじゃない。」
弥生「ちょっと見せて。」

 まゆ子は携帯電話で座敷牢を呼び出し、用意の装備の中から母屋にまで持って来させた。来たのはピンクペリカンズきゃぷてん東桔花だった。中学生は幹部5人のみが衣川邸に泊っている。

桔花「あの、これですよね。なんですかこれ。」
まゆ子「これこれ。ありがとう。」
弥生「うわあー、なんだこりゃ。」

 一見するに、ゴムを竹でサンドイッチしたもので、刃の部分にはゴムが嵌まっており叩いてもケガをしないようになっている。それでいて竹の板で左右を挟んでいるので叩き合っても壊れることはなく、しなりもしない。竹刀と異なり、柄は別パーツで鍔は鉄製だった。

志穂美「これは、でも木刀?」
じゅえる「形としては、本物の刀よりも木刀に近いんじゃないの。」

まゆ子「ちっち、厚さが全然薄いでしょ。真剣の二倍よ、せいぜい。重量も700gくらいで、竹刀よりは重いけれど真剣よりは軽い、鉛の錘で重量の調節をすればばっちり。」
志穂美「まゆ子の言うスペックが正しかった例は無い。」
じゅえる「そうそう。試してみてよ。」

 ということで弥生ちゃんが振ってみる。二回三回と振り回してみても、さすがに分解するような感触は無いが、なにか固いモノを叩いてみなければ実用可能か判断出来ない。

弥生「桔花ちゃん、座敷牢に行って本物の木刀を一本持って来て。表で打ち合わせてみよう。志穂美!」
志穂美「うん?」

 志穂美は受け太刀をするつもりで立ち上がったが、弥生ちゃんの指示は違った。

弥生「鴟尾さんのところに行って、今模造刀の件を検討中だからしばらく待ってもらって、話し相手をしておいてよ。」
志穂美「あ、ああ。そうか、ひとりにしてちゃマズイか。」
弥生「それと、例の件もこっそりと。」
志穂美「まだ知らないの? そうか、分かった。ちゃんと話しておく。」

 待たしてはいけない、と志穂美は鴟尾さんが居る部屋へと向かう。自分のお茶を律義に持って行くところが志穂美らしい。

じゅえる「なんのこと。」
弥生「じゅえるには内緒のはなし。」
じゅえる「えーーーーーー。」
まゆ子「私は?」
弥生「あなたはこれで忙しいでしょ。」

 と右手の不思議刀を振り回して、弥生ちゃんはいきなりはしっとじゅえるを打った。が、さすがにかわす。ちょいと体を入れ換えて死角に進み、刀を持つ弥生ちゃんの右手を抑える。

じゅえる「なにをするぅ。」
弥生「なかなかに、皆出来るようになったね。」
じゅえる「それはどうもありがとう。」

 とじゅえるが刀をもぎ取ろうとして弥生ちゃんともみ合いになる。二人が引っ張り合いをしてねじ曲げるが、耐えた。

弥生「ふー、案外と丈夫だな。」
じゅえる「どうやって作ったの。丈夫過ぎるんじゃない、金属使ってるの。」

まゆ子「ふふふ、秘密は弓の剥ぎ方と同じことにある。それは一枚の竹の板を組み合わせてるのじゃなくて、何枚も薄いのを接着してソリを打ち消した合板なのだ。」
じゅえる「竹の合板なの。初めて見た。」

弥生「普通の竹じゃダメなの?」
まゆ子「しなるじゃない。だから張り合わせて曲がらないようにしたんだ。ゴムを刃先に入れなきゃいけないしね。それにカタナで使ったのは聞いたことないけど、野球のバットでは昔からあるんだよ。ゴルフクラブのヘッドにも使われてるし、硬さと丈夫さは折り紙つきだ。で、これはまだ試作品だけど、ゆくゆくは量産などを考えている。」
じゅえる「スゴイけいかくだな、それ。」

 改めて弥生ちゃんはそのカタナをまじと眺めた。模造刀というよりは、今の説明の後ならば竹刀、いや竹剣とよぶべきだろう。よく見れば相当に凝った構造になっていて、鍔も柄も本格的で、目釘まである。

弥生「めくぎ? なんで?」
まゆ子「あ、それ刀身外れるんだ。鉛を入れるからね。それに刃先に沿って挟んでいるゴムのダンパーは消耗品だから。」
じゅえる「つまり、これは木刀の代用品ではなくて、鉄の刀の代用品なんだね。」

桔花「持って来ましたー!」

 桔花が普通の木刀を持って来たので、全員廊下をぐるっと回って縁側に出る。しるくの家の母屋は和風建築ではあるが全室吹き通しというわけはなく、芝生に面した部屋にしか縁側は無い。そこからサンダルを突っ掛けて夜の庭に下りた。

弥生「夜中に音が出たらめいわくかな。」
まゆ子「仕方がない。それにわたしたちが変な事をして迷惑を掛けるのは今に始まった事じゃないでしょ。」
じゅえる「開き直るのはよくない。」

 まゆ子が木刀を正眼に構えて、それに対して弥生ちゃんが竹剣で打ち込む。ゴムの刃先が当たれば音は出ないが、鎬の部分が衝突すると、甲高い音が静かな庭中に轟く。何事かと座敷牢から顔を覗かせる者も居たが、じゅえるが手を振って合図したのでおとなしく引っ込んだ。

弥生「意外と悪くはないけれど、このゴムはそう長持ちはしないね。」
まゆ子「そうなんだ。別の素材を今探してる。それに、音がしないのがほんとうに良いか、という問題もあって、構造を考え直してる最中なんだね。」
じゅえる「竹刀みたいに叩いた時音がする方が、なんかかっこいいもんね。でも安全性を考えると、ねえ。」

弥生「でも切っ先は、ゴム全然効いてないよ。マジで竹の部分が突き刺さる。」
まゆ子「だから構造の見直し中なのよ。でも木刀の代わりとして使うのなら、」
弥生「形としては、ね。形としてはこのままの方がかっこいいよ。難しいとこだね。安全性を取るか見栄えを取るか。」

 カンカンと打ち合う音が屋内深くにまで漏れたのか、とうとう鴟尾さんまでが表に出て来た。志穂美も従っている。

鴟尾「なにそれ。木刀?」
まゆ子「試作の模造刀、いえ竹剣です。」
鴟尾「竹光?」
まゆ子「竹の合板で作った、普通よりも固くて細身の木刀です。」
鴟尾「なるほど。」

 と弥生ちゃんの手から借りて鴟尾さんは振ってみた。五、六回振って、四方に斬り払ってみて、まゆ子の手の木刀に打ち当ててみる。ちゃんと当たると音がしないというのはかなり不満らしいが、安全上はむしろそれが良いというまゆ子の主張には首をタテに振らざるを得なかった。

鴟尾「柄の中のバネね、これは取ってしっかりと詰めてくれない? 揺るぐと危険だから。」
まゆ子「はい、そうしておきます。これは突きをした時の安全装置ですから、演武には無くてもいいですね。」

鴟尾「それにしても、よくもまあそんなもの作るわね。噂には聞いてたけど呆れるわ。」
弥生「で、どうです。」
鴟尾「明日はそれで試してみよう。しるくさんが良ければそれでね。」

 と早々に引き上げる。妙にあっさりしてるなと弥生ちゃんは不審に思い志穂美の顔を見ると、つんと澄まして知らん顔をする。鴟尾さんに闇稽古のことをちゃんと伝えたと分かったのだが、まゆ子とじゅえる桔花は、鴟尾さんも疲れているのだろうと不思議とも思わない。が、じゅえるはさすがに妙な気配を察知した。弥生ちゃんと志穂美の表情からなにか企んでいると見て、言った。

じゅえる「わたし、もう寝る。」
弥生「そう? じゃね。」

 あっさりとOKが出たのでますます確信を深めて、じゅえるはいそいそと引き上げる。まゆ子は桔花に竹剣の使い方を伝授し始めて、まったく異常に気付かない。

志穂美「さすがだな。」
弥生「防御本能は逸品だからね。ただし、その分の代償は払ってもらうよ。」

 と二人して顔を見合わせた。

 

 

 10時消灯。ただし、本当に全員が寝たのは11時になって後だった。昼間の稽古の疲れが出て、起きてる間は元気でも眠気に襲われれば一直線に泥の深さにまで落ち込んで行く。多少いびきをかく娘も居たのだが、その程度では誰も起きて来ない。

「そろそろか。」

 むくと志穂美は起き上がった。時計は12時35分。まゆ子とじゅえるを起さないように、静かに部屋を出る。トイレに行って多少の準備をして、弥生ちゃんと鴟尾さんが眠る部屋に行く。

 

志穂美「やよいちゃん、やよいちゃん。」
弥生「いえ、ゲルタパスはもう結構。・・・・・・・しほみ?」

 さすがに弥生ちゃんは瞬時に寝惚け眼を切り替えて、起き上がる。時計を見て納得して、布団から抜け出て鴟尾さんの枕元に正坐する。

弥生「鴟尾さん、しびさん。」

 ぱっと弥生ちゃんは避けた。びゅん、と振り回された鴟尾さんの右手にはハエたたきがあった。ゲリラ的美少女リーグでは、寝起きの悪い娘はよくこういう習慣を身につける。就寝中に闇討ちされても身体が自動的に反撃に出るよう、プログラム動作を叩き込んでいるのだ。が、その程度でびびっていては酔狂は出来はしない。鴟尾さんは、むくっと布団から上半身を起した。眠たい様子の彼女は短い髪がくりんとハネて意外と可愛かったりする。

鴟尾「何時?」
弥生「もうすぐ1時になります。」
鴟尾「丑三つ時は2時じゃなかったかな。」
弥生「1時で悪い道理がありますまい。」
鴟尾「もっともだ。」

 と、本格的に目を覚まして、布団の上に立ち上がる。すでに戦闘モードに突入済みの気合いが入っていた。

鴟尾「で、メニューは。」
弥生「鴟尾さんには特別な稽古をお願いします。他の隊士は、志穂美が指揮を取ります。」
志穂美「それでは、お静かに御支度願います。」

 うなずく鴟尾さんを後に、ふたりは分かれてメンバーを起して回った。弥生ちゃんは母屋に寝る三年生を、志穂美は座敷牢へと向かう。

 じゅえるとまゆ子は、まあ良かった。なかなかまゆ子が起きないのを、覚悟済みのじゅえるがこづき回してようやくに起こし、ぼけたまま人形のように着替えさせる。座敷牢から母屋に回されていた明美一号と聖ちゃんも、ちゃんと起きた。問題は、

 

弥生「そんなに怒らなくても、稽古なんだからしかたないでしょ。第一、みんなが稽古してるのに一人だけ起さなかったと知ったら、しるく二度と口をきいてくれないよ。」

 昼間の疲れでなかなか目を覚まさないしるくを守ろうと、一人頑張る鷺宮しづをなだめるのがかなり大仕事だった。彼女が怒るのを初めて見たが、なかなかに迫力がある。ゲリラ的美少女リーグの毒がちゃんと回って来ているのだ。以前ならばちょっと強く言えばシャボン玉が弾けるようにしおれてしまっていたのに、けなげにもおねえさまを守ろうと必死の形相だった。

 だがそのもみ合いで、さすがにしるくは目を覚ます。

しるく「弥生さん、なんですか。」
弥生「稽古だよ。」
しるく「今何時です。」
弥生「午前1時。」

しづ「うゐさまは疲れているのです。せめて夜くらいは身体を休めないと、病気になってしまいます。」
しるく「大丈夫よ、そんなに柔に鍛えてはないわ。それに、」

と、額に皺を寄せ眉を吊り上げているしづの頬にそっと手を添える。

しるく「闇稽古はそんなに珍しいものではないのよ。もしこの合宿で無いのでしたら、私から弥生さんに進言しようと思っていたくらいですもの。」

 さすがにしづは折れた。弥生ちゃんが手を引っ張ってしづを助け起こし、座敷牢の下級生の方へ急きたてた。

弥生「とは言うものの、大丈夫だろうね。」
しるく「ご心配なく。たまにはこのくらい厳しくやらないと、私の身体はそう簡単には効果が表われません。」
弥生「そりゃ鍛え過ぎだよ。じゃ。」

 と弥生ちゃんはしるくを後にして、自分の準備を始めた。正直言ってこれから地獄を見るのは他でもない、自分なのだから。

 

 阿鼻叫喚の地獄絵図。それが座敷牢の有り様になった。志穂美は弥生ちゃんと違って起こすのにまったく優しさというものを交えなかった。寝ている枕を蹴飛ばすは、布団を剥ぎ取って畳の上に転がすわ、脚は踏んづけるわ怒鳴りまくるわ、と狼藉の限りを尽す。おかげで全員が「状況、志穂美」の練習かと思ったくらいで、とちくるった鳴海が迎撃に姉に立ち向かったほどだ。

鳴海「おねえちゃん、血迷ったか。」

 しかし、状況がまったく掴めていない鳴海は志穂美の敵ではなく、重ねた布団の上に蹴倒される。

志穂美「勘違いするな。稽古だ、練習だ。全員着替えて外に集合。急げ!」

 一番奥の一段高い間に寝ていたふぁは、さすがに動じなかったが、やはり不満そうに抗議する。

ふぁ「せめて私にくらい言っとくべきだろうに。」
志穂美「それでは面白くない。」
ふぁ「確かにおもしろかったよ。腸が煮えるくらいにね。」

 志穂美がふぁの横を見ると、部外者南嶌子が怯えた表情で毛布を掴んで顔を隠そうとしている。ひょっとして鬼が出たくらいは思ったのだろうか。志穂美も少しやり過ぎたかと反省する。

志穂美「・・ちょっと、乱暴だったかな。」
ふぁ「いや、まだ寝てる奴が居るよ。」

 この騒ぎにも関らず、隅のテレビの横で幸せそうに一人、江良美鳥が安らかな寝息を立てていた。

 

 寝床から叩き出されたウエンディズ・ピンクペリカンズの全員は、かなりが放心状態で座敷牢前の芝生に整列する。昼間は焦げるほどに暑いが幸いなことに衣川邸は庭木が多いために夜はかなり涼しくなり、ぐっすり眠ることが出来たのが災いした。覚悟の有った者はほとんどなく、不意討ちの闇稽古に怒りを覚えるよりも状況の認識に戸惑っている。

志穂美「では、作業開始!」

 闇稽古の指揮は志穂美が執る。全員を動員して新聞紙を丸めてビニールテープで止めて棍棒を作らせた。まるでゴキブリを退治する為のそれに、皆不審を覚える。ほとんどハリセン程度の打撃力しか無い棍棒では、ろくな格闘はできないからだ。他ではともかくゲリラ的美少女リーグでは用の無いものだった。

苗子「先輩、これ一体なにに使うんですか。」
明美一号「しほみー、これじゃああんまり痛くないよ。」
志穂美「当たり前だ。この闇の中で人を叩くのに、殺傷力のある武器を使うわけにはいかんだろ。」
ふぁ「これで全員が叩き合うのか。」

 

 

 一方、明美二号と鳴海は、弥生ちゃんに連れられて別の場所で特別な練習をさせられる。

弥生「鴟尾さん。では、お願いします。」

鴟尾「お願いって、今から凄い事するんでしょ。わたしもやるよ。」
弥生「鴟尾さんには、タダ飯タダ風呂の分を支払ってもらわないといけません。」
鴟尾「む。身体で払えってことだね。」
弥生「ええ。鴟尾さんにしか出来ないことをやってもらいます。」

二号「きゃぷてん。一体なにをするんです。さっぱりわからないんですけど。」
弥生「厭兵術が基本的に防御の為のものだ、というのは知っているね。でも鴟尾さんは攻撃の為の技法を、家弓さんに伝授されてるんだ。」
鳴海「え、じゃあ、それを私たちに。」

 鴟尾さんはショートカットの頭をぽりぽりと掻いた。まいったな、という風情だ。

鴟尾「・・それはー、基本的にはめったに人に教えちゃあいけない技なんだけどな。」
弥生「だから、私たち三人だけです。」

 鴟尾さんが渋る姿に明美二号も鳴海もこれはすごくヤバい稽古になる、と背筋の毛を逆立てて身構える。だが弥生ちゃんは余裕の表情だ。たぶん、弥生きゃぷてんは既にそれを知っているのだろうが、自分達に教えるために鴟尾さんにお願いしてるのだと察しを付けた。つまり、素人が教えてはいけない危険な技法なのだ。

 鴟尾さんはかなり考えて、決断した。

鴟尾「いいでしょう。でもしるくさんには教えなくていいのかな。」
弥生「却って知らない方がいいでしょう。」
鴟尾「違いない。技がごっちゃになったらダメになるからね。えー、山中二号明美さん、と・・・」

鳴海「相原鳴海です。」
鴟尾「なるみちゃん。うん。えー二人にはこの技は他の連中に教えちゃあダメだ、というのを必ず守ってくれるだろうね。」
二号鳴海「はい。絶対秘密は守ります。」

鴟尾「秘剣なんだ。」

鳴海「ひけん・・・・・・・、剣術、ですか。」
鴟尾「厭兵術突兵抜刀法。もちろん真剣を使う為の技法だから、見せるのもダメだし、使うのはもっとダメ。子供が真似しないように絶対に人に見られてはいけない。」
二号「こどもが、って、そんなに簡単なんですか、その秘剣は。」

 弥生ちゃんと鴟尾さんが互いに顔を見合わせる。弥生ちゃんが注意の説明を引き継いだ。

弥生「非常に複雑な技法だけれど、形だけならめちゃくちゃ簡単でしかも形を真似するだけでも凄く効果が有る。ややこしいのは相手も刀を持っている時の対処法で、単に使うだけならすぐにでも使える、実用性の非常に高い技なんだ。」

鴟尾「なにしろ車夫やら百姓といった明治時代の一般労働者に教える為の技だからね、難しいことは抜きにして極めて効率的に刀を使う方法を開発したんだ。それを覚えたら、命のやりとりが仕事の博徒程度は簡単に討ち取れるという代物。本職の剣術使いだって容易には手が出せないほどに強力だ。」

二号「いまでもそれは有効なんですね。」
鴟尾「今だからこそめちゃくちゃ効果がある、といってもいいね。じゃあ、場所を変えよう。もっと人気の無い所へ。」

 

 

 

 全員新聞紙の棍棒を手に集合する。志穂美の合図でまゆ子が庭園灯のスイッチを切った。これは防犯の目的もあって常に点けているものだが、今回特別に許可をもらって真の闇にすることが出来た。その間衣川邸の警備は赤外線カメラでパッシブに行うことになる。

志穂美「闇稽古だ。つまり闇の中で戦う練習をする。集団戦ではなく、各個に隠伏しての迎撃戦だ。向こうの墓地の手前にある石碑の所に旗を立てる。各員森の中に散開して潜み、迎撃防御して旗を守ること。敵はわたしとふぁだ。まゆ子は審判と救護班としてノクトビジョンで全体を監視する。」

しるく「志穂美さん。各個に戦わなければならないの、3、4人の組を作ってはいけませんか。」
志穂美「行きがかり上集団になるのは一向に構わない。ただし、旗が倒れたら負けだ。筋トレ100回ずつ(腹筋腕立てスクワット)がペナルティとして課せられて再度挑戦ということを、朝まで繰り返すことになる。」

じゅえる「あんたたちを叩きのめしたら?」
志穂美「寝ていいよ。」

 

 誰も喜ばなかった。志穂美とふぁのフロント最強の二人を、新聞紙を丸めただけの棍棒で沈黙させられる訳がない。この闇の中では集団で押し包んでタコ殴りにするというのも難しい。一度取り逃がしてしまえば、その分本陣の護りが手薄になって逆に強襲を食うに決まっている。もっとも、守備陣は12人でしるくまで居るのだから、客観的に見れば圧倒的に有利でむしろ志穂美とふぁにとっての試練だ、とも言えるだろう。

志穂美「攻撃手段は新聞紙棍棒のみ、素手も禁止、あくまで棍棒で叩くこと。無くした奴は死亡判定で戦闘参加不可。これは私たちも同様だ。では十分後に開始。しるく、任せた。」

 と、志穂美とふぁは闇の中に消える。まゆ子は額にノクトビジョンを乗せたまましるくに助言する。

まゆ子「全員で円陣を組んで防御すれば、それは旗は護れるよ。でも、これは隠伏戦闘の練習だから消極的な戦闘をすると後で弥生ちゃんに怒られちゃう。」
しるく「わかってます。わたしはあくまでも、この人達を戦わせねばならない役目なのですね。旗の防御はわたし一人で十分です。じゅえるさん、隊士を連れて配置と迎撃してください。」

じゅえる「くそー、そういうことか。そりゃそうか。しるくが向こうに付いてないだけマシとするしかないわけだ。みんな、以降しるくと旗の事は忘れて、迎撃戦を展開する。」
「はい!」

じゅえる「明美、ピンクペリカンズを任せた。私は一二年生を指揮して防御線引く。聖ちゃんは明美と。」
明美「じゃ、西側の林の中に。」
じゅえる「東側建築物の脇と、中央の道に。」

 しるくとまゆ子を残して、他の者も闇に消える。まゆ子は言った。

まゆ子「1回目は、失敗だね。」

 衣川邸の庭は広い。旗の立つ石碑は360度方向すべてから進入が可能な位置に有る。二手では不足で、側面から衝かれるとしるく一人の本陣を直撃されてしまう。かといって三つに分けると、志穂美ふぁにはとうてい叶わず各個撃破されるだろう。

しるく「しかし、裏は墓地です。わざわざそちらから回って来るとも思いませんよ。」
まゆ子「志穂美なんだから、そんなの気にしない。幽霊が出ると言っても平気で身を隠すでしょ。」
しるく「ところで、旗はどれですか。」

 まゆ子が差し出したのは明々とライトが灯る旗指物だった。長さは1メートル半、ピルマルレレコ紋が描いている。まゆ子は、今日闇稽古をするとは聞いていなかったが、やる事は知っていたから、準備万端を誰にも気付かれないように整えていた。ノクトビジョンのみならず、デジタルビデオやフラッシュライト、救急箱も装備して部外者南嶌子に持たせている。

まゆ子「言うまでもないけれど、旗隠しちゃダメだよ。」
しるく「わかってます。でも、・・・・。」
まゆ子「なに?」
しるく「あれは石碑ではなくて、首塚なんですが、志穂美さんはご存じなのでしょうか?」

 

 ゲリラ的美少女リーグにおいて隠伏戦の達者はもちろん暗黒どぐめきらに多いのだが、他のチームもなかなかにこの技を鍛えている。本来厭兵術にはこの技法は無いのだが、流祖橘家弓は、二三年武術をかじったくらいの少女達の戦闘力に大して期待はしなかった為にそれをカバーする技術として独自に天狗術の一手法である遁甲隠伏の技術を導入した。かなり積極的に推奨している為に、各チームでも練習に時間を割いており、有事の際にはこの手法こそが実用の役に立つと高く評価もされている。表立っての争闘の場合は厭兵術、各自の護身には隠伏術、と使い分けがされているということだ。

 だが、隠伏術は厭兵術よりも難しい。最低でも一年はやらないと使い物にならないとされ、習ったその日から使えるように組み立てられている厭兵術とは難度が違う。ウエンディズでもこれを十分意味があるレベルで使えるのは三年生と明美二号、相原鳴海のオリジナルメンバーだけで、一二年生、ピンクペリカンズは形にすらなっていない。隠伏術の恐ろしい所は、十分に訓練された者の動きは同じ程度の術を使える者にしか見破れない、という点に有る。例えるならばこれは潜水艦の戦闘に似ており、互いに隠伏し合い追尾しあって至近まで近づかなければ戦うことさえできないのだ。通常の警戒をしていても、背後を容易に取られて不意討ちに襲われる。だがその恐ろしさを、新入部員達はまだ知らない。

じゅえる「だめだこりゃ。」

 隠伏戦はむしろ昼間の方が難しい。自動車や通行人が頻繁に行きかい騒音に溢れている昼間の戦闘においては隠伏の恐ろしさは頂点に達する。見えているからこそ見えないものが脅威になるわけだが、夜間は逆に見えなくても耳が隠伏を見分けるのに役に立つ。ほんのわずかな気配さえも、静かな夜の静寂においては間近に居るかの如くに知ることが可能なのだが、素人同然の一二年生はそこら中に騒音を撒き散らして動き回っていた。

じゅえる「隠伏は取れないか・・・・。」
釈帝「せんぱい、見当たりません。」

 ただでさえ夜の闇が怖いので、四人は自然じゅえるの所に固まって来る。これでは警戒も何もあったものではない。せめて広がって人柱となって時間稼ぎをしてくれればよいものを、

「あっ!」

 いきなり南洋子の姿が消えた。後方を警戒していたはずの位置に、叫び声を残して新聞紙棍棒だけが転がっている。美矩が、声をかすれさせながらじゅえるに聞いた。

美矩「先輩、新聞紙で人を気絶させることができるんでしょうか・・・・。」
釈「うわーーあっ!?」

 いきなり白い影にシャクティがぼこぼこに叩きのめされてその場に倒れた。ついでに棍棒も持って行かれて、死亡判定になる。

美鳥「いまのは、ふぁせんぱい?」
釈「ふぁせんぱいだ。足元からいきなり沸いて出た。」

 じゅえるは南洋子の棍棒をシャクティに渡して、シャクティ復活。

じゅえる「参ったな。旗だけでなく棍棒も護らないと、どんどんじり貧になっていくという寸法なのか。しかたない、石碑の位置に戻るよ。」
美矩「でもしるく先輩が前に出ろと、」
じゅえる「出るのはわたしだけでいい。あんたらは足手まといだ。石碑前の囲い付近で三角防御してなさい。」
釈「は、はい。・・あ。」

 シャクティは茂みの蔭に死んだ南洋子を発見した。猿轡されて両手両足を縛られている。その鮮やかさは志穂美の仕業と思われる。

洋子「・・ちょっと目眩いがしたような気がするんですけど、気がついたらこのざまです。すいません。」
じゅえる「いつの間にかどぐめきら風の誘拐術までマスターしてる。志穂美も研究ねっしんだな。ま、いい。あなたまゆ子のとこで死んでなさい。」
洋子「はい、・・・・。」

 じゅえる隊が石碑の近辺に後退してくると、明美隊のしづと桔花のみがそこに居た。二人は無傷だが、不安そうに周囲をきょろきょろと見回している。

じゅえる「他の者はどうしたの。」
桔花「明美先輩は二人をつれて隠伏しました。私たちは、ここで罠を仕掛けています。」
じゅえる「罠って、あ。」

 じゅえるの目にやっと、聖ちゃんが隠伏しているのが見えた。ウエンディズの一二年生には見えていないが、庭石の隅に、猫のように潜んでいる。囮のふたりを襲って来た際には後ろから攻撃するつもりなのだ。

桔花「明美せんぱいは、待ちではダメだから、一応使える二人を連れて積極的攻勢に出たんです。万一破れても、ここで網を張っていればふぁ先輩くらいはなんとかなる、と。」

 苗子は格闘戦には強いが隠伏はまだ使い物にならない。逆に灰崎ほのかは隠伏の方に才能がある。特に相手に組みついて拘束する通称”ルーズトラップ”という時間稼ぎの寝技はウエンディズの三年生でもなかなかあしらいづらい程に上達を見せていた。明美の計画では、苗子を走り回らせて敵をおびき出し、隠伏した明美が迎撃し、ほのかに捕まえさせる、というものだろう。なかなかに考えている。じゅえるもそれを見習って、美矩シャクティ美鳥の三人を石碑の裏に回らせた。

じゅえる「あなた達、三人三角形に対面して相互の後ろを見張ってなさい。私も明美と合流してくる。」
美矩「お気をつけて。」

 三人の目の前で、じゅえるが急に姿を消した。単に姿勢を下げただけなのだが、前に進みつつ急角度で後ろに下がると、こういう風に視界から一瞬で姿を消すことができるのだ。ざっと、右の方で茂みが揺らいだと思ったが、そこには誰も居ない。陽動で木の枝でも投げたのだろう。瞬く間に三人共にじゅえるを見失った。

釈「・・・こんなのの相手をするなんて、災難だよなー。」

 

 

 半ば這うような形でじゅえるは木陰を進む。目が慣れれば夜の闇とはいえ様々光が至る所から差していて、微妙に陰影を作っていて人影を隠してくれることを知っている。茂みを揺らさないのは当然だが、故意に揺らす事でどこに居るか分からない敵にプレッシャーを掛ける事も出来る。敵に不要な警戒をさせて注意を引きつけるのも隠伏の技だ。

 湿った土の上に足跡を発見した。これは、苗子のものだろう。不用意にぬかるみに踏み込んだ事からも推測出来る。明美や志穂美ならば、この程度であれば痕跡を残さずに移動することが可能だ。足跡を分析した結果、ここでは苗子は敵に遭遇していないらしい。もう少し先にまで進出したようだ。

 じゅえるは下ばかり見ているわけではなく、樹上も適宜観察している。暗黒どぐめきらならば木の上で待ち構えている事が多い。志穂美ではなく明美ならやっているかもしれない。

じゅえる「!」

 闇の向こうで、何者かが争闘する気配を感じる。明美隊が交戦に入ったのか、と姿勢を少し上げて観察する。全身の神経を集中して闇の中のすべての気配を探り出す。おかしなもので、光のある時には覚えなかった庭木の配置、建物の位置、地面の様子などが手に取るように分かってくる。

じゅえる「二対一じゃん。」

 争闘の気配は、大型2中型1と見た。明美が一人で志穂美とふぁに戦いを挑んでいるのか。では、二人の中学生は既にやられてしまったか。じゅえるは速度を上げ、トカゲの様に闇を縫った。

 だがじゅえるが追いつく前に気配は分散した。戦闘を停止してまた隠伏の状態に戻ったのだろう。二人居る方が石碑の方向に向かって移動するのを察知する。この方向からでは、聖が罠を張っている方向に出る。じゅえるもまた、二つの気配の後ろから追尾する。聖トラップに引っ掛かっている時に後ろから襲えば、確かにふぁくらいはなんとかなるだろう。

 

「うわあああああああああ。」

 と喚きながら苗子が突進してじゅえるの脇を抜けた。じゅえるには気付かなかったようで、そのまままっすぐ二つの気配の方に行く。明美の指示で自爆覚悟の特攻を命じられたのだろう。じゅえるが苗子の勢いの影に隠れて一気に距離を詰めると、果たしていきなり苗子が転び何者かに留めを刺されている。

 しゅっ。

 と、じゅえるは右の方の影に攻撃を仕掛けた。不意を突いたのだが、かわされた。影はそのまま後ずさりして茂みに入る。もう一つの方は既に姿を消していた。じゅえるもそのまま止らずに立木の後ろにへばりつき、瞬時に足元に流れるように沈みこみ植え込みに姿を消して、安全な位置取りをして間合いを計る。呼吸音を数えた。銃を使えるわけではなく相当に近接した位置を保たねば戦闘ができないから、静かに耳を清ませば息づかいも聞こえて来る。苗子の荒い息の音で妨害されたものの、一つ隠伏する気配があった。

じゅえる「ふぅぃ、ふぃい。」

 と口笛のような警戒音を出して、どこかに居るかもしれない明美を呼んでみる。この音は、腹話術と同じで位置を知られないように出すことが出来る。コンクリート等の固い壁に反射させることで、位置を誤認させるといった高度な使い方も可能だ。

 果たして闇の中から同じ「ふぅぃ」音が聞こえて来た。明美がちゃんと居る。自分と同じで苗子を隠れ蓑にして位置を詰めていたのだろう。一つの影を中心にふたりで前後を挟み、明美が距離を詰めるのを待つ。

 きゃあわあたすけてぇ、と遠くの方で悲鳴が上がる。声からしてしづと桔花が襲われたようだ。聖トラップが何分保つか分からないが、応援無しではいずれ全滅するだろう。まるで虎が出たかのような中学生の騒ぎ方からして、襲ったのは志穂美に違いない。ふぁならばもっと速やかに注意深く、静かにあっさりと始末するはずだ。では。

「!」

 じゅえるはその場にばっと姿を見せて聖トラップの方に駆け出した。正面切って姿を見せ救援に駆けつける事で、相手の行動を規定するのだ。明美も姿を見せて同じ方向に走り出す。遅れて影も、やはりふぁだったが、も姿を見せて全力で二人を追う。志穂美といえどもさすがに全員で掛かれば動きを止められる。その先にはしるくが居るのだ。後が無い。ふぁも追わねばならなかった。

 現場ではすでにしづと桔花は沈黙していたが聖が志穂美にしがみつき、裏を守っていたウエンディズ三人が合流して必死の防御線を構築していた。聖トラップは大成功だが、二人が駆けつけたその瞬間、聖は振りほどかれた。

明美「行け!」

 と命ずると、明美の後ろから隠伏していた影が志穂美に飛びついた。灰崎ほのかが明美の裏に秘密兵器として隠れて付いていたのだ。じゅえるもそこまではさすがに読めなかった。トラップを仕掛けるやり方は明美の方が上らしい。

 ほのかに抱きつかれた志穂美は、さすがに地面に落ちた。ウエンディズ三人が棍棒でどちらとも区別無く叩き回る。

明美「よし。」

 ここまでくればさすがに志穂美も手の打ち様が無い。棍棒をとってしまえば死亡判定で終わるのだ、が。

じゅえる「!しまった。」

 当然救援に来るはずのふぁが姿を見せない。防御陣がここに全員結集しているとなると、裏にまわってしるくを直撃しているに違いなかった。

「きゃあああああああああーーーーーーーっ」
「いえーぃ」

 と石碑の方で声がする。

 志穂美を放って、明美とじゅえるが急いで駆けつけてみると、苔むした石碑の前の旗は倒れてライトを点滅させており、しるくが敷き石の上に両膝を突いていうなだれていた。

しるく「まさか、棍棒投げるなんて。」

 ふぁはシャクティか苗子から分捕った棍棒を投げつけることで、しるくと直接戦わずに旗を倒すことに成功した。一対一で棍棒での殴り合いならば、しるくがふぁに負けることは無かっただろうが、飛び道具を使うなどとは思ってもみなかったから無念のほぞを噛む事となった。相手の武器を奪って使うことが許される、と思わなかったしるくの失態だ。

志穂美「・・・じゃあ。しるく、筋トレよろしく。それが終わったら今度は、しるくとふぁが攻撃で、わたしが防御ね。」
明美「・・こんどはしるくが相手なの?」
志穂美「その次はわたしとしるく。その次は三人でやろう。」
美矩「死んでしまう・・・・・・。」

 

 ペナルティの筋トレの後は、しるくがトップでもう一度同じ攻防を行った。しるくは志穂美と違い、防御側を一人またひとりと枝葉を削ぎ落として行く戦術に出て、ピンクペリカンズ、ウエンディズの全員に不断の緊張を与え続けた。最後まで抵抗した明美を除いて全員をKOしたしるくとふぁは、最終防御線を引く志穂美を挟撃し、延々10分を掛けてついにこれを撃破。旗を引っこ抜いて勝利の凱歌を上げる。

 再度の筋トレで、ほぼ全員手も脚も動きが鈍って後のしるく志穂美の攻撃は、これまでとは異なる正面からの堂々の攻撃で全員参加の集団戦になる。旗を無視して陣地裏から出現する志穂美の攻撃で疲労昏倍する中学生たちはしこたま打撃を食らい早々にダウンし、ウエンディズだけになったところで隠伏戦に方針変更。三年生から拉致して始末するという凶悪さで、さすがに見兼ねたふぁが旗防御を放棄して志穂美を相打ちで潰すものの、一二年生のみに討ち減らされた人数ではしるくを留めることは出来ず、今度こそ完全撃滅された。

 三度目の筋トレの後は皆でおやつとお茶をしてしばし休憩。後にふぁしるく志穂美の三人組との対戦になる。今度は志穂美側も旗を立てて対等に対決。これまでさんざんな目に会わされたじゅえるがさすがに怒って旗奪取に動くものの、じっくりと構えて守るしるくの前には手も足も出ない。だが今回さすがに皆が隠伏戦に慣れて来た為にツーマンセルで互いを防御する方法を構築、なかなか人数が討ち減らされなくなった。志穂美はさすがに考え方を変えて、旗の強襲作戦に焦点を移し、防御陣を強行突破して何度も何度も旗を襲う。その度必至の防戦を繰り広げるも全身の疲労から注意力が散漫になったのか、ケガ人が続出。早々に壊滅してしまう。

 

釈「か、堪忍してつかあさい・・・・・・。」

 この時点で午前4時。まだ日の出までは二時間もある。四度目の筋トレはメニューをこなせたのは美鳥唯一人のみになり、その他全員が途中で潰れてしまう。電池が切れた為にまゆ子も監視任務を終了して合流する。

洋子「まさか、先輩。全部撮影してたんですか。」
まゆ子「そうなんだ。なかなか面白いものが撮れたよ。」

 最近のデジタルビデオは少々の闇の中でも灯無しでちゃんと撮れたりするわけで、皆の活躍する姿がばっちり記録されており、後に隠伏戦の教材に使うのだと言う。

志穂美「ちょいと見せてよ。」
まゆ子「こうして見てみるとね、やられる側というのは全然見当外れの方向を監視しているんだ。」
ふぁ「なるほど。どこ見てるんだい、てほどに間抜けっぽいね。」

 ビデオではしるくにシャクティがやられている姿が写っている。前から襲っているにも関らず、全然反応が無い。叩かれて初めて気付いて棍棒を振り回すのだが、その時は既に後ろに回られている。隣で同じく監視している美矩は、それでもまだ敵の接近に気付かずのほほんと闇の向こうを見張っている。

美矩「あのおー、まゆ子先輩はどこらへんで撮ってたんですか。ぜんぜん姿見なかったんですけど。」

 間抜けな自分がビデオの中でもろくも生け捕りにされる姿を頬を赤くして見ている美矩は、まゆ子に尋ねてみた。実際、ほんとうに戦闘の最中まゆ子の姿は無かったのだ。

まゆ子「私はひとり黒装束でマスクもしてたからね。ほら、ここんとこスゴイ。」

 ふぁの後ろ頭が写っている。つまり、隠伏している背後を取っていたわけだ。これにはふぁもびっくりする。

ふぁ「嘘お。そんな筈は無い。そんなはずが。」
まゆ子「でもそうなんだ。しるくも志穂美もこのとおり。気付いたのは明美と聖ちゃんだけだよ。あ、ほのかちゃんも気付いてたみたい。」

ほのか「あれ、やっぱり八段先輩だったんですね。不思議と攻撃して来ない影があって、どうしようかと迷ったんですけど。」
明美「まゆ子の後ろに隠れたから、私の姿が分からなくなった時ってあったでしょう。えへへ。」
聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
明美「志穂美としるくは隠伏下手だ、って。」

 下級生中学生はもう唖然とするばかりだった。”死体”監視役をやっていた南嶌子は、まったくなにも分からずに、顔を左右にきょろきょろさせている。途中彼女は眠ってしまった時もあるのだが、闇と沈黙の中、時折がさがさと薮が動いてはびくついて目覚め、押し殺した悲鳴が上がる度に全身総毛立たせていたのが馬鹿みたいに思えてくる。この人達はおばけとか幽霊は怖くないのだろうか。

 

「なに?、隠伏の稽古やってたんだ。私も交ぜてよ。」

 と、闇の向こうから人影がやって来た。鴟尾さんだ。後ろには弥生ちゃんと明美二号、鳴海も続いているが、どうも様子がおかしい。目があらぬ方向を向いている。特別な奥義を習うと三年生は聞いていたものの、弥生ちゃんまでもがおかしくなるというのは想定外で、びっくりする。

まゆ子「弥生ちゃん。大丈夫?」
弥生「あまり大丈夫じゃない。」
二号「・・・・・・こわかった・・・・・・。」
鳴海「・・・・・・あんなのやっちゃダメです・・・・・・。」

しるく「あの、鴟尾さん。一体なにをなさったのです。」
鴟尾「それは秘密。あなたでもね。」

 それ以上教えてくれない、と知ってはいたものの、皆真相を知りたがるのは同じだ。だが、結局二号と鳴海はそのまま座敷牢に入って勝手に寝てしまう。

鴟尾「神経が参るんだよね、これ。そこが効くんだけど。でさあ、稽古はもう終わり?」

 

 全員が顔を見合わせる中、ひとり志穂美が前に出て言った。

志穂美「日の出までまだありますから、もう一番、隠伏の紅白戦をやりましょう。弥生ちゃんもまゆ子も入れて、二手に分かれて。」
まゆ子「同数同士ね。よしきた。隠伏戦のなんたるか、見せてやろう。弥生ちゃん。」

 だが珍しく弥生ちゃんは拒否した。相当に参っているらしい。

弥生「今はダメ。たぶん、人殺しちゃう。」
まゆ子「え?」
鴟尾「だから、神経をやられるんだよ。手加減できなくなるから、今は放っておきなさい。じゃ、行こう。」

 ぶーぶーと文句を言う下級生達を両手で鶏を追うように急きたてて、鴟尾さんは全員を闇の森へと連れて消えた。後には南嶌子と弥生ちゃんだけになる。

 

嶌子「あ、あのおー、あたし、ここに居ていいんでしょうか。」
弥生「ここに居て。」
嶌子「は。」
弥生「お願いだからここにいて。」

 と弥生ちゃんは体育座りで小さく丸くなり黒髪を投げ出して顔を伏せた。掛ける言葉も見当たらず焦燥感に満ちた所在なさの中、南嶌子はひとり立ち尽くす。夜明けはまだ来ない。

05/02/18

 

(第三話)

 ウエンディズの合宿は今回、衣川邸の法事の関係で本家から離れて別荘に移動する事になった。追い出されたと言っても別荘はゲストハウスとして使われる立派なもので、プライベートビーチまでもあり合宿には好都合の家だった。

じゅえる「プライベートビーチ、とは名ばかりね。文句はあまりつけたくないけれど。」
弥生「こら。人が極力好意的に説明している時になにを言う。」

 確かにビーチはあるのだが、狭かった。砂浜は幅が30メートルくらいしかなく急速に深くなるために、泳ぐのに適しているとは言い難い。海水浴場に最適な浜というのはそんなに都合よく転がってはおらず衣川家であってもこの程度で我慢せざるを得ないのだ。無論、中学高校生の合宿としては上等すぎるぜいたくさだ。

 

弥生「あーあー、皆さん。今日は特別ゲストがお出でになります。ウエンディズ顧問の河野かほり先生がカントクをする為にようやっと腰を上げたのです。」

 ウエンディズ合宿最終日、弥生ちゃんは皆に告げた。河野先生はそれなりに忙しかったわけだし、保護者の人も衣川邸はもとよりこの別荘においても、別荘番を勤めていたしるくの兄弟子が付いていてくれたのだ。感謝感激するところであり、河野先生の無責任さをより強調する事になる。とはいうものの、先生に付いていられたらやりたい練習も出来なかったろう事は論を待たない。なんせこの人は、武術にはまるで縁が無く、というよりもあからさまにウエンディズに反対しようというのだから、これはこれで良かったのだ。

じゅえる「今更、とはいえとりあえず来てくれるのはいいけれど、でも今日はもう。」
弥生「言いたいことは分かるけれど、我慢してください。」

 なにせ今日は最終日。この七日間休みも無しに猛練習を重ね、この別荘に移ってからはなぜか芝刈り草むしり薪割りまでもが練習に加わったのだ。皆筋肉痛とすり傷切り傷で包帯絆創膏だらけ、あんまりの姿で目の前に海があるのに傷口にしみて泳げないという有り様だ。ピンクペリカンズも幹部の三年生がついてきて、よくぞというか奇跡と言うか、ともかく誰も病院送りになる事なく耐え抜いたが、ほぼ抜け殻状態に成り果てた。

志穂美「でも弥生ちゃん。今日はなにもしない日だろ。掃除と片づけと、撤収準備と、昼過ぎにはここを引き払うんだから。」
しるく「迎えのバスが午後2時に来ることになっています。河野先生はどうしますか。」
弥生「車で来るから、どうでもいいよ。スケジュールに変更は無し。練習もしないから文句を言われる事も無い。じゃ、解散。」

 正直に言って、弥生ちゃんは鬼であり人非人である。全身ずたぼろのウエンディズをまだいじめ抜こうとし、朝の4時から起き出して皆を稽古に引っ張り出した。日中は暑さの為に自分の活動レベルが低下するので、と言っても隊士標準レベルなのだが、弥生ちゃんは自分がやりやすい気温の低い朝方を好んで稽古をする。昨日で練習全スケジュールを終えたつもりだった全員が、この不意打ちには涙した。

 

まゆ子「わたしは思うんだけどね、毎食事のたびに、外に有るかまどで薪を炊いて火を起こすってのを言い出したバカはどいつだ。」

 衣川別荘の庭には、バーベキュー用のかまどがあり、色々と楽しく調理出来るようになっている。だから面白がって食事の準備は外でやろうと皆が大賛成したのだが、それを後悔するのに二日は必要で無かった。もちろん一度定めたルールをキツいからという理由で弥生ちゃんが止めるわけが無い。隊士は自嘲気 味に、えいどりあーんとか言いながら、半分泣いて薪を斧で割るところから調理を始めるのだ。

洋子「あたしのちぇっくが確かなら、しるくせんぱいです。」
しるく「申し訳ありません。一度やってみたかっただけですが、そんな面白いことを弥生さんが見逃す道理がありませんでした・・・・。」
しづ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はあ。」
鳴海「しづは、しるくせんぱいは悪くないと言いたいようです。」
しるく「うう、ごめんなさい。」
明美一号「雨、一回くらい降れば良かったのに。」

 泣いても笑っても、飯を炊かねばならなかった。20人分で一回2升炊く。凄まじい出費だが、加えてみそ汁他も作らねばならない。お金が無いからろくなおかずは付かないが、ふぁが持ち込んだ漬け物がかろうじて皆の舌に救いを与える。

ふぁ「おい美鳥、弥生ちゃん家の畑には何かなかったのかよ。」
美鳥「スイカがありますけど。スイカの皮を糠につけますか。」
じゅえる「今更遅いわ。」
一号「来年は、合宿用の食材を栽培することから考えた方がよくない?」
二号「検討します。というか、来年はどうしましょう。衣川邸は使える?というか、お願いできますでしょうか。」
しるく「それは、たぶん大丈夫。わたしも夏には家に戻っているでしょう。しづさんも居ることですし。」
しづ「はい。それだけが唯一の夏の楽しみになると思います。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一号「あ、ふぁ。聖ちゃんが、海に仕掛けた罠になにか掛かってないか、って言ってるよ。」
ふぁ「うお、忘れてた。ハゼでも掛かっていたら恩の字だ。美鳥見ておいで。」
美鳥「はあい。南さん行ってみよう。」
釈「どうも、洋子ちゃんはまた足が痛いらしくて転んでるから、誰か中学生をつれて行って来なさい。」
桔花「わたし、行きます。」
ふぁ「掛かってたら、絶対逃がすんじゃないよ。」

 

 美鳥と桔花はかまどの有るテラスの裏から回って、ビーチに出て行った。別荘に付いていると言っても浜辺すぐに家を建てるわけにもいかず、10メートル程坂を下らねばならない。

美鳥「桔花ちゃん、この浜辺はよくないよね。」
桔花「わたし、一生この浜の事を忘れません。」

 浜辺で走れば足腰が強くなるというのはよく知られた事実で、当然ウエンディズでも試みたのだが、いかんせん30メートルしか幅が無い為にダッシュ練習すら出来なかった。普通ならばそこで諦めるだろうが、

まゆ子「こんなこともあろうかと。」

鉄下駄を用意していたわけだ。これを履いて浜辺をうろつくと、それは地獄の苦しみを効果的に隊士に与えることができるわけで、一二年生中学生はガニ股になるまでこれで守備練習をさせられてしまう。涙と汗と潮とがごっちゃになって何がなんだか分からなくなるまで浜辺でノックさせられる、というのはどう考えても試合に役に立つ訳が無いのだが、ほとんど根性試しということでやってしまう弥生きゃぷてんと面白がって頑張るしるく先輩に引っ張られて全員まんべんなく痛めつけられた。

桔花「言いたくありませんが、私、まゆ子先輩の科学理論てのはちょっと信用できなくなりました。」
美鳥「時々理論を超越しても、まいっかと済ませてしまうもんね。」

 砂浜が切れるとすぐ岩場になる。正直、ここで泳ぐと尖った岩に足をぶつけてしまい傷つくので、砂浜の中心わずか五メートルくらいしか安全に遊べる空間が無い。舟やジェットスキーでも無いとまったくおもしろくないビーチだ。

 その岩場に網が仕掛けてある。美鳥の発案であり、自分で仕掛けたごくまっとうな網で、潮の満ち引きで取り残された魚が捕まるという何の工夫も無いプリミティブなもので、誰も戦果を期待しない。その隣にはまゆ子が作った自動魚釣り機があるが、そこらへんに転がっていた古い釣り竿にバネと警報機をつけただけの他愛のない仕掛けである為に、これも未だ結果を出していない。美鳥はお許しが頂ければ1日掛かりでお魚と格闘する気でいたのだが、あんまり効率が悪いので先輩達に止められてしまい、少し残念な気がする。

桔花「あ、一匹居ますよ。」

 本当に可愛らしい、5cmほどの小魚が網の中をゆうゆうと泳ぎ回っている。本当ならば30cmくらいの焼き魚に適当な大物を多数漁るつもりであったから、岩場の窪みに仕掛けたスペースは相当に大きい。がらんとした海水の中の縫い針みたいな魚に二人はがっくりと肩を落す。

桔花「どうします。これ食べますか。」

 美鳥がいくら欠食児童だとしても、こんなものまで食べるほどには餓えてはいない。可哀想だと逃がしてやる事にした。桔花が両手を合わせてさほど苦労もせず魚を掬い、網の外に放り出す。

桔花「ちゃんと食べられるくらいに大きくなるんだよ。」

 と言う舌の根が乾くまもなく、小さい魚は岩の影からぬっと現われた黒い影にぱくっと食べられてしまう。

桔花「美鳥さん、なんかいます!」

 美鳥もびっくりして手にした釣り竿の柄の方でぼこぼこと黒い影を突き回す。数十回突いたところで、美鳥はゆっくりと竿を上げた。

美鳥「食いついちゃった・・・・。」

 長さが50センチ以上もある大きなウツボが釣り竿に巻きつくように噛みついていた。逃がさぬように慎重に引き上げた美鳥が岩の上に放り投げて、待ち構える桔花が自動魚釣り機の残骸の棒で叩いてとどめを刺す。

桔花「はあはあはあ、やりました、朝ご飯ゲットです。」
美鳥「・・・・・・・でも、ウツボは何人が食べるでしょうか。」

 さすがに見た目が恐ろしいウツボを、しづやじゅえる先輩などは食べないだろう。しるく先輩が食べる姿は見たくないような気がする。

桔花「でも無いよりははるかにマシです。そりゃあ人数分にバラしたら一人あたりは一口サイズになってしまいますけど。」

 だが、折角捕まえた獲物を食べないで済ます道理が無い。一抹の不安はあるもののウツボの尾を掴んでぶら下げて、皆が朝ご飯の準備に励むテラスに上がって行った。

美鳥「濱口さんがね、」
桔花「誰です?」
美鳥「テレビに出て来る濱口さんですけど、テレビではウツボを煮えたぎるアブラの中に叩き込んでフライにしてしまうんですよ。で、まるまる一匹包丁も入れずに丼飯の上にのっけておいしそうに食べるんです。」

桔花「それはー、・・でもウツボってどんな味がするんでしょう。」
美鳥「ウナギと一緒だと言ってますよ。長細いから同じ味がするんじゃないですか。ウツボは肉食魚ですけど、ウナギもたしか同じだったような気がします。ああ、そういえばヤツメウナギというのはどういう味がするんでしょうね。」
桔花「ヤツメウナギってのはほんとに目が八つあるんですかね。」
美鳥「どうもそうじゃないようです。食いついた口がそんな感じするからじゃないですか。」
桔花「ヤツメウナギって、なに食べてるんです?」
美鳥「魚です。死体も食べるんでしたか、怪談で聞いたような気がしますね。」
桔花「げ。死体ですか。」
美鳥「つまり、生きてようが死んでようが肉ならなんでも食べるんですよ。清掃人ですね。こういう死体食いの生き物が居ないと、世界中は汚れてしまうってことで、生態環境においては無くてはならない重要な役目なんですよ。」
桔花「えー、でもそんなのを食べようなんて、思わないですよね、普通。」
美鳥「いえ。シャコがいるでしょ、お寿司屋さんで出て来る。シャコもおんなじ清掃生物なんですよ。」
桔花「げげ。」
美 鳥「生餌しか食べないなんてのは偏った食生活だと思うんです。人間だって自分で動物を殺すわけじゃなくて、死んだ生き物の肉を食べてるわけですよ。この間 弥生きゃぷてんのお家で葉月さんと一緒に見たテレビでは、アフリカに住んでる人はヒョウとかが殺した獲物の食べ残しを林の隅に隠してあるのを探して、それ を分捕って食べちゃうんです。」
桔花「えーーーー。じゃあ、人間が動物のゴミを食べてるんですか。」
美鳥「ゴミじゃないですよ。まだ食べられるのを隠してあるんです。肉食動物もですね、お野菜を食べないと身体悪くするんです。でも肉食動物ですからそこらの草を食べるわけにはいかないでしょう。ライオンがニンジン食べてる姿なんて想像もできない。」
桔花「それは間抜けな姿でしょう。」
美 鳥「じゃあどうするかと言えば、草食動物の、草をちゃんと食べてる内蔵を食べるんです。人間は喜んで牛さんや豚さんの肉を食べるでしょ、筋肉です。でもほ とんどの肉食動物は内蔵をまず食べるんです。内蔵はいいですよおー、ビタミンの宝庫です。ライオンとかにしてみれば、筋肉なんか食べる人間てのはバカみた いとか感じるんじゃないでしょうか。」
桔花「じゃあ、内蔵を食べた、アラを人間が漁ってるということですか。そのアフリカの人というのは。」
美鳥「でもこれによって古い人間、猿人とかはどんどん頭良くなって行ったんですよ。なにしろお肉ですから栄養満点なんです。脳味噌にちゃんと血が回ってどんどん脳が発達していったんです。動物さまさまです。」
桔花「うあー、でも昔の人ってのは石斧もってマンモス追いかけて行ったんじゃないですか。」
美 鳥「これも葉月さんと一緒にテレビ見たんですけどお、マンモスって人間の手で絶滅させられたんですって研究者のヒトが言ってましたよ。わずか0.1パーセ ントのマンモスを年間に狩っているだけで、数百年で絶滅しちゃうんです。一回一頭しか産まないマンモスは、人間の狩りの圧力に耐えられないんです。」

桔花「・・・・美鳥さんって、あんがい頭いいんですね。」
美鳥「案外はあんまりな言い方ですよお。私は門代高校受けるのに、先生も誰も反対しなかったんですよ。」
桔花「あ、済いません。」
美鳥「合宿が終わったら、受験勉強ですね。あなた達も、先輩たちも。たいへんだなあ。」
桔花「あのー、私も一応門代高校受けるんですけど、受かりそうならば、ですけど。」
美鳥「大丈夫です。私もお手伝いしますよ。」
桔花「それはどうも。」
美鳥「皆受かるといいですねー。ピンクペリカンズの人達がみんな一緒に一年生になったら、それはにぎやかになりますよ。楽しみですねぇ。」

桔花「あ! おおおおおおおい、あさめしゲットしたぞおおおおおおおお。」

 と、桔花は朝ご飯の準備に大童の皆に向かって、美鳥の左手にぶら下げられている大きなウツボをかざしてみせた。皆、一瞬喜んだ顔を向けるものの、怪しい色合いのウツボを認識すると一様に複雑な表情に変わる。

桔花「・・・どうもウツボは歓迎されていないようです。」
美鳥「そうですか?私には、一匹じゃ足りない、という風に見えますが。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

美矩「しゃくぅ〜、あんた寝てないでしょうねえ。」

 シャクティと美矩は、二年生部屋と呼んでいた一室の掃除をしている。撤収にあたって、ここに来た時よりも奇麗にして返すのが筋というわけで、朝食後はそれぞれ分担した持ち場を回っているのだが、

釈「おわったとおもったら眠くなりました・・・・・。」
美矩「ダメだよ、まだ終わってないんだから。掃除が終わったら今度は昼ご飯の準備だよ。」
釈「朝食べたと思ったらもう昼のしんぱいですか。美矩さんも心配性ですねえ。一緒にこのままちょこっとお昼寝したいとか思いません?」
美矩「だからそういう誘惑に負けちゃいけないって、言ってるんだけど、」

 片づけの最中にベッドの上でごろごろしていたら、それは誰でも眠たくなるだろう。合宿の最中ならば、朝のランニングと筋トレで疲れ切ったところで 朝食の準備、朝食、後片づけの後、午前中の稽古に移る準備をするスケジュールのちょうど合間に当たる時間帯で、一二年生中学生はほんのわずかでも、と体力 温存の為に寝る癖をつけていたのだった。

釈「美矩ー、寝ちゃダメだよお。」
美矩「でもさあー、なんだかこの一週間が嘘みたいだったね。私、この一週間で十年分くらい生きたような気がする。」
釈「わたしは不思議なことに、この別荘に来た三日間だけで百年くらい生きたような気がしますよ。ひょっとすると、一回死んで生き返るくらいの感じ。」
美矩「どうせ言うのなら、56億7千万年くらい生きた、とか言うべきじゃないかな。インド人らしく。」
釈「私はそれほど大げさな比喩は使わないですよお。考えてみれば、・・・・・・。」

美矩「寝ちゃだめだ。」

釈「考えてみれば、私こんなに長いこと家を留守にしたことない。」
美矩「ああ。中学校の時の林間学校くらいかしらね、わたしも。修学旅行は三泊四日だったし。」
釈「そういえば私たち、9月になったら修学旅行で北海道に行くんでした。ほっかいどおって行ったことある?」
美矩「小学校の時に行ったかな、スキーをしに行ったんだ。お正月休みだったのかな、ただただ寒いばっかりで顔が痛くて泣いたことしか覚えてないな。でもね、お父さんは大学生の頃、バイクに乗って夏休みぐるっと一周したとか言ってたよ。」
釈「ほっかいどーってバイクで旅行するのの定番ですよね。うちのおとうさんは免許無いから車もバイクも乗らないなあ。ね、熊が出るんでしょ。」
美矩「スキー場には熊は居ない。たぶん。でも、そうね、9月といえばもう秋よね、冬が早いんだから。どうせなら夏休みに修学旅行すればよかったのにね、あ、釈。あんた、ちゃんと来るんでしょうね、修学旅行」
釈「どうしてですか。」
美矩「だって、あんた去年転校してきたじゃない。修学旅行の積立金とかちゃんとしてるんでしょうね。」
釈「ふふふ、こんなこともあろうかと。」
美矩「それはまゆ子先輩の口癖だよ。」
釈「実はアルバイトを小まめにして、なんとかひねり出していたのです。」
美矩「うちのがっこはアルバイト禁止だよ。」
釈「そりゃそうですけど、でも日本に来たインドの人を案内してまわる、というのは別にいいんじゃないですか。」
美矩「え、いつの間に。」
釈「いやこっちに来る前の話で関西に居た時ですよ。なにしろ向うの学校はハワイに行こうとか言ってましたから、ダメで元々で頑張ってみたのですよ。」
美矩「そうかあ。ハワイに比べれば北海道は近いよねえ。でも、待てよ。確か日本国内を旅行する方が高くつくとかなかったかな。」
釈「え。あ、いや、そうそうそうでした。それは大丈夫です。私ちゃんともう入金したんでした。だからちゃんと皆さんとほっかいどー行けます。」
美矩「よし。」

釈「ところでもっと心配なのは飛行機なのです。」
美矩「インド帰る時飛行機乗らないの?」
釈「何を隠そう、わたし、インドに行った事が無い。」
美矩「うそお。」
釈 「嘘ではなくホントの話です。一度は行ってみなければとは思っているんですけど、お金が無くて。お父さんお母さんは帰るんですよ。なんか色々と手続きとか あって。でもどういう按配だかわたしは帰らなくても大丈夫。というか、帰る所がインドにあるわけじゃあないんですよね。」
美矩「うううむ。なんか日本的なヤローだと思ってたけれど、まさか偽インド人だったとは。」

釈「やっぱり一回くらいはインドに行ってみなければならないですよね。またお金溜めないといけない。」
美矩「というか、あんた例えばだよ、インドの大学に留学してみるとかいう風な考えは無いわけ。」
釈「留学。そんな鬼が出るか蛇が出るか分からないようなところに行けますか。ほんとにキングコブラが出るんですよ。」
美矩「おまえなんかヒマラヤに行ってダイバダッタの魂でも宿して来やがれ。」
釈「すいません。そのギャグはちょっとデータバンクにありません。なんですそれ。」
美矩「お父さんに聞いたから私にもわからない。インド人がびっくり、というのもなにか昔のテレビのCMらしいんだけれど。チャダとかも言ってたな。昔から日本ではインド人というのはなんだか面白いキャラクターらしいんだな。」
釈「それはそれは。わたしも頑張ってテレビに出ることを考えましょう。ローカルテレビのレポーターとかは、なれないでしょうかね。」
美矩「あんた、芸能人になりたいの? いや、そうね。案外と悪くないような気がしないでもないような、頭いいもん。でもそうなると、歌って踊れるくらいは勉強しなくっちゃね。」
釈「うあ〜〜〜〜〜〜〜。」

洋子「あ!せんぱい!! なんでこんなとこで寝てるんです。ちぇくしますよ!」

 包帯グルグル巻きになった南洋子がサボリを見つけて騒ぎ出し、慌てて二人は飛び起きた。洋子は案の定手足まんべんなくケガをしまくり、ぐるぐるとミイラ状になっている。脚はくじくは熱射病になるは、溺れかけるはとさんざんな合宿生活であったにも関らず依然としてその闘志は変わらず、最終日の掃除にも気合いが入っている。

美矩「洋子ぉ、あんたはどうしてそんなに元気なのよ。ケガだらけなのに。」
洋子「ケガだらけだから元気なんです。こんなケガさえなかったら、もっとハードな練習出来たのに、これじゃあ鍛え方も半減です、カネ返せです。フラストレーション溜ってます。」
美矩「そ、そう? 人それぞれ悩みはあるものね、ハハ。」

 

 河野かほり先生が来たのは午前9時半だった。約束した時間ぴったりに来たのだが、普通運動部の合宿と言えば朝7時にはもう遅いというのが常識だろうと、呆れてしまう。せんせいは覚悟がなってないな、と皆思う。

かほり「おはよう、蒲生さん。皆何も無い? 元気? 大丈夫?」

 そういう台詞は合宿が始まる前に言うものだが、臆面もなく言い放つ先生に弥生ちゃんも眉をひくつかせる。

弥生「えー、合宿中の隊士の健康状態については、一番ケガが多かった南洋子さんの事例を参考にして下さい。それよりも、先生には顧問としてご挨拶願いたいのです。ここの別荘番の方は、通常は常駐なんかしないんですけれど、今回特別にお泊り頂きましたので、先生からも特に念入りにご挨拶をしてください。周防春作さんと言います。それと、後日衣川のお殿様にも御礼にうかがわねばなりません。」

かほり「わかってる、わかってる。で、その周防さんて人は。」
弥生「ご案内します。それと、ウエンディズの隊士も後で集めますからミーティングで一席ぶってください。顧問らしく、皆の努力をねぎらって欲しいのです。」
かほり「それは当然よね。分かってる。わたしだって先生だもん、生徒の前でいい話の一つや二つ出来るわよ、うん。」

 皆を放って弥生ちゃんに案内されて行く。ウエンディズ自体に大反対の河野せんせいだから当たり前の態度なのだが、さすがにアタマに来る子も居る。

洋子「なにあれ、一体なにしに来たの。」
じゅえる「洋子ちゃんや、そんな当たり前のことで腹を立ててはいけない。ほらスマイルスマイル。」
洋子「でも、先輩腹立ちません? あの人一応でもウエンディズの顧問なんですよね、自分では何もしないとしても、ちょっとくらい慮る振りくらいするべきじゃないですか。ねえ、二号きゃぷてん。」
二号「え、えーーーー、そうね。それはそうなんだけど、でもどっちかというと非常識なのはあたしたちの方なんだから。」
まゆ子「洋子ちゃんよ、おまえさんの言い分は尤もなんだけどさあ、なんかあったらかほりせんせいは責任とって首を飛ばされてしまうと思えば、これは不憫というものではないかいな。」
洋子「で、でもなにもしないでしょ。」
じゅえる「洋子ちゃんや、世の中寛容の精神が大切だよ。」
美矩「・・・・やってるのね・・・・。」
釈「と言いますか、昨晩やった花火大会は、あれはまゆ子先輩自作の火薬でござりまする・・・・。」
美鳥「それであんなに奇麗だったんだ。さすがまゆ子先輩はなんでもできるんですねえ。」

 

 河野せんせいは別荘の中を色々と値踏みして回っている。悪意は無いのだろうが噂に効く衣川家の別荘というのだから後学の為にも見れるものは見ておこうという腹らしい。さすがに失礼じゃないかな、と弥生ちゃんは思うのだが、

弥生「あ、しるく。」
しるく「河野先生ようこそお出下さりました。」

 しるくはいつもの稽古着ではなくTシャツにホットパンツに長いふわふわの髪を後ろでポニーテールにまとめた姿で先生を出迎えた。掃除の最中だったから仕方ないのだが、先生はしばし見分けが付かずにぎょっとする。

かほり「わ。・・・・・・ああ、衣川さんか。見たことない格好ね。珍しい。」

 しるくはどういう反応をするべきか途方に暮れた。河野せんせいは天井をぐるぐる見回す。

しるく「どうなさいました。」
かほり「吹き抜けで高いのね。窓があんな高い所にまである。」
しるく「はい。」
かほり「こんなに高いと、・・・・・八段まゆ子さんがなにか飛ばしたのじゃなくて。」

 図星。まゆ子は紙飛行機をまず飛ばし、ついでゴム動力飛行機を飛ばし、ラジコンヘリを飛ばし、新兵器ロータージャイロを飛ばして天井にぶつけた。

弥生「よく分かりましたね。まゆ子の行動が。」
かほり「せんせいもね、あなた達を見てない訳じゃないのよ。段々誰がなにをし出かすかが分かって来たの。衣川さん、貴方は、・・・・随分やつれているわね。」
しるく「え?」

 連日の鴟尾さんとの稽古でげっそりと痩せたしるくだが、この別荘に移ってからは鴟尾さんは都合で来られないので猛練習にも関らず体調を回復しつつある。

かほり「衣川さんは蒲生さんに付き合って正義をするのよ。それと無理をして自分でケガする事も多いし、剣道部の稽古で主に男の子を木刀で殴っちゃうのよね。」
しるく「え?」
かほり「蒲生さんは、よくわからない。尻尾を掴ませないわね。」
弥生「あはは、先生も人が悪いですね。」

かほり「せんせいもあなた達に振り回されるのもいい加減飽きました。もっと能動的に対処しようと思って、ゲリラ的なんとかリーグを調べてみました。あ なた達、せんせいをばかにしてたでしょ。全然まったく知らないって。それはせんせい何も知らないですけど、教師というのは生徒を毎年何人も送り出してるん ですよ。わたしは知らなくても知っているせんせいというのはちゃんと居るんです。その人に聞きました。」
弥生「ほう、でどんな情報が分かりました。」
かほり「意外と歴史が浅いんですね、これ。80年代の半ばから始まったそうじゃないですか。一番最初に始めた人、というのを発見しましたよ。」
しるく「橘家弓さんですか。」
かほり「その人のお友達で一緒にやっていたという人です。今では更正して立派な高校の教諭になってましたよ。」
弥生「げ。」
しるく「高校の先生なんですか。それではちゃんと教えてくれたでしょう。ご理解いただけましたか。」
かほり「一言ではとても。なんですか、昔は鶏の首を刀で刎ねていた、とか、七星壇というのを作って天候を自由に変更していたとか、地面に穴を掘って壷を埋めて牛の革を張って太鼓みたいにしていると、地面の下から潜って来る音が聞こえるんですってね。」
弥生「・・・・・・は?」
かほり「はしごを上って塀を乗り越えて来る所に、煮えたぎる油を掛けて撃退したり、名古屋城の天守閣に真っ黒な大凧で乗りつけてシャチホコを奪おうとしたというじゃありませんか。」
しるく「先生、それはなにかの誤解です。」
弥生「というか、それはなんとか忍風帳ではありませんか。どこからそんな話を仕入れて来たんですか。」
かほり「あ、いや。ともかくそういう事は本当にしないにしても、必要があればやるという話でしたよ、その人が言うには。」

しるく「(やよいさん、これはどういう事でしょう。)」
弥生「(まるでまゆ子の差し金みたいだけれど、ひょっとして昔から同じような人材が居たんじゃないかな。)」
かほり「にわかには信じられないお話でしたけれど、元々戦国時代の武芸が元だというのです。楠正成ですね、その時代から色んな技があって、それを現代にめいわくにも復古したというのがあなた達のやってる事でしょう。」
弥生「あーーーーー、まいいか。はあ、多少の誤解はあるようですけれど、おおむねそんな感じです。」
かほり「まったく。そんなことは自衛隊の人に任せておけばいいのです。どうして一介の女子高生が戦闘訓練なんかしなくちゃいけないんです。それも野球なんかに偽装して。」
しるく「先生、でも野球もちゃんとやってるのです。先生が顧問になられたのも台湾からソフトボールのチームと対戦して、」
かほり「あ〜あ〜きこえないきこえない。ともかく正体がバレたからには覚悟してくださいね。もう好き勝手はやらせませんから。」

 と裏付けの無い宣言をして、管理人が使っている和室の前に立った河野せんせいは襖に掛けようとした手をぴたっと止め、後ろの二人に振り返る。

かほり「こわいひと?」
弥生「いえ全然。春作さんはやさしいですよ。」
しるく「稽古の時は妥協を許さず厳しいのですが、普段は穏やかでちょっと頼りないかなあと思うほどです。もっともそれは印象だけで、実際はちゃんとしてますが。」
かほり「そうね、大人だもんね。」
弥生「おとなですから。」

ぜんぜん大人っぽくない河野せんせいは再び襖に手を伸ばして、また止めた。

かほり「警備会社の社員の人なのよね。衣川さんとこの。」
しるく「はい。しかし、関連会社ではありますが私の家がオーナーをやっているわけではありません。株式を公開してますし、持ち株比率は30パーセント以下ですから。」
かほり「大人は子供に向ける顔と大人に向ける顔とではちがうのよ。ほんとにこわくない?」
弥生「そんなとこで躊躇してると、ほんとに機嫌悪くしますよ。襖越しで会話聞こえてるんですから。」

 河野せんせいは慌てて、廊下に跪いて襖に手を掛けて、丁寧に開けて中を覗き込む。座敷には作務衣を来て胡坐をかいていた30歳ほどのちょっとかっこいい男性が苦笑して待って居た。やはり聞こえていたようだ。

 せんせいは頬を赤らめて、しこしこと膝で進んで座敷に上がりぺこりとお辞儀をする。弥生ちゃんもしるくも続いてせんせいの後ろに正坐した。

 

鳴海「おねえさまあ、合宿が終わった後でねえ、私たちどっか遊びに行こうと思うんだけど、」
志穂美「おねえさまではなくて姉者と呼べとなんどもなんども言っているんだが、御前という妹は。」
鳴海「いいじゃない。中学生の一二年生は皆言ってくれるんだから、わたしくらい。」
志穂美「で。」
鳴海「ピンクペリカンズの打ち上げなのね。もちろん今すぐじゃなくて明日になるけど。」
志穂美「そうか。下級生も呼んで来ないといけないからな。」
鳴海「でさあ、明日は一日家には居ないんじゃないかと思うのよね。準備とか買い物とかあるし。で、明日ずっとぴかーどの世話しててくれない?」

 ピカードとは某航宙艦艦長の名を戴いた鳴海の愛犬である。去年は合宿中衣川邸にも連れて来ていたのだが、今年は泊まり込みの人数が多いので彼を連れて来るのは諦めた。

志穂美「ぴかーどは母者が面倒をみていてくれたはずだが、・・・・ちゃんと散歩してないかもしれないな。そうか、では十キロ行軍をするか。」
鳴海「おねえちゃん、夏場のアスファルトは火傷する、だめ。」
志穂美「心配するな。こんなこともあろうかと、」

まゆ子「うん?!」
 と、条件反射のようにまゆ子が振り向いた。が、志穂美はしらんぷりして続ける。

志穂美「今の世の中、犬用のスニーカーというものすら売っているのだ。いくらぴかーどがバカ犬だからといって、この炎天下を素足で歩き回らせるような酷い目に遭わせるようなことをこの私がするわけがない。草鞋を履かそう。」
鳴海「わらじ?」
志穂美「ぴかーど風情が何千円もするスニーカーを、それも前後四足も履くなんてのは己の分際を弁えない思い上がった行為だから、おみやげ用の小型わらじを買って来て脚に縛りつけよう。」
鳴海「ちょ、ちょっと待って。まゆ子さん!」

まゆ子「うん?」
鳴海「まゆ子さん、犬が真夏の炎天下に歩くと足火傷するでしょ。おねえちゃんが、ぴかーどにわらじを履かせようとか言ってるんだけど、大丈夫ですか?」

 まゆ子は志穂美の顔を見る。志穂美はなにか自分が悪い事でも言ったとでも、と澄ましている。

まゆ子「別にわらじでなくても熱を遮断する機能さえあれば、消しゴムでもかまわないんだけど、問題は足にちゃんとくっつき続けるか、という点ね。わらじはその点紐が付いてるから大体大丈夫だけれど、たぶんぴかーど君は嫌がって自分で脱いでしまうでしょう。」
鳴海「そうなんですよ。ぴかーどがおとなしくそんなものを履くわけがないんです。」
志穂美「だめなのか?」
まゆ子「そういうときは、瞬間接着剤でぴとっと。」
鳴海「うあああああああ。」
志穂美「瞬接で大丈夫なのか。」
まゆ子「瞬間接着剤は、シアノアクリレート系接着剤は外科手術の際にも使われるほどに、身体への悪影響の無い安全なものだよ。第一、風呂に入れば取れるもの。」
志穂美「そうだな。ちょっとくっつけた程度ではどうという事もないからな、あれ。」
まゆ子「だから、ぴかーど君の足につけたわらじも、適当に接着しちゃえば後はわらじが壊れるまでは絶対外れない完璧な装着状態を保持し続けられるのだ。」
志穂美「これはいいことを聞いた。鳴海安心しろ。明日はぴかーどが足腰立たなくなるまで思う存分に散歩に連れて行ってやろう。」
まゆ子「あ、でもね。爪に接着剤が着いちゃったら、これはちょっと大事なのよね。爪は新陳代謝をもうしてない組織だから、くっついたらずっとそのままになってしまう。そうね、私がぴかーど君専用わらじというのを持ってってあげましょう。明日?」
志穂美「うん。」

鳴海「あ、あのおー、まゆ子さん? お申し入れは大変に有り難いのですが、その遠慮したいかなあ、って、ホホ。」
まゆ子「いや心配無い。瞬間接着剤は私も使ってる。たとえばだね、」

と、まゆ子はスニーカーを脱いで靴下脱いで、足を見せた。まゆ子は少しふっくらしてしまう体質だから、太股ふくらはぎなんかは、思わず食べたくなる感じに柔らかそうだ。もっとも体脂肪率が高いだけで、しっかり隠れた筋肉がついているのだが。

「このね、足の靴ずれの部分にもね、瞬間接着剤塗ってるさ。これが一種のバリアというかコーティングとして靴から足を守ってるの。あるいは手の指にもコーティングしてよくこすれる部分を守ってる。桔花ちゃんとか苗子ちゃんもこれやってるからあんまりケガが無いんだよ。」
志穂美「そうなんだ。」
鳴海「そうなんだ。そういういいものを使ってたんだ。それすり傷とかに効くんですよね。」
まゆ子「ひじなんかに塗ってもいいよ。つるつるするから、擦る時は最高に効くね。」
鳴海「これ、下級生にも教えとこう。」
まゆ子「元々はね、これはケガした時の包帯絆創膏の消費量が馬鹿にならなくて金銭的負担が大きくなるのを防止する為に開発したのだよ。だからくっつかないよう注意してどんどん使っちゃってください。」

ふぁ「おーーい、洗濯物今日はどうするんだ。」
まゆ子「あ、今日は洗濯もうしないよ。みんな自分家に持って帰って。」
ふぁ「あ、そうか。午後には引き上げるんだったな。」
志穂美「なんというか、洗濯も洗濯機でなく洗濯板でやれ、とか弥生ちゃん言い出さなくてよかったな。」
まゆ子「まったく。洗濯板なんかそりゃあ無いもんね。」
鳴海「あははは。さすがにそんなものが有るわけが。」

ほのか「・・・せんぱい。洗濯板なら納屋の隅にありますが。」
「!!」

 

「では後は若い人たちでごゆっくり。」

 とかを口で呟きながら弥生ちゃんとしるくは春作さんの部屋を出た。なぜだか河野せんせいが彼を思いのほか気に入ってぺちゃぺちゃとお喋りし始めたのだ。これは放っておいても大丈夫かなと二人は部屋を後にした。どうせ、大人同士になるとかなりの本音が出て自分達の悪口も言うだろうけど、そのはけ口も作ってあげないとせんせいの神経も休まらないだろう。

弥生「春作さんには悪いんだけど、ちょっと愚痴を引き受けてもらいましょ。」
しるく「わたくしたちの事をせんせいがどう思っているか、ちょっと聞いてみたいところですが、仕方ありませんね。」
弥生「まゆちゃんに頼めば盗聴器のひとつくらいドラえもんみたいに取り出すよ。」
しるく「やよいさんったらあ。」

 吹き抜けの広間に来ると、じゅえるが呑気にテレビなど見ている。片づけはどうしたのかなと思えば、すでにあらかた片づいて居て、後は外に出している備品や炊事具の整理くらいしかやる事が残っていないのだと言う。じゅえると明美一号が片づけを段取り良く終わらせるよう、家の使い方に文句をつけ制限し回っていた成果がばっちり現われたわけだ。特に汚れるテラスの炊事場や風呂場洗濯場といった水回りを現在手分けして清掃中だ。

弥生「じゅえる。あなたは。」
じゅえる「カネ勘定。」

 じゅえるはウエンディズの会計で手元には出納帳がありテレビを見ながら電卓を叩いていた。

しるく「でも今回は草壁さんが会計をするのではありませんか。」
じゅえる「そうだよ。だから検算してるんだ。ち。正直言ってね、もう二割ほど出費を削減できたはずだよ。後できょういくしておこう。で、せんせいは。」
弥生「大盛り上がり。春作さんがいたくお気に召したようだよ。」
じゅえる「ふーーーん。これをきっかけに結婚しちゃったりしたらおもしろいね。」

 となんの感慨も込めずに言うじゅえるの言葉に、しるくが敏感に反応した。

しるく「まあ。まあ。そういうことがあるでしょうか。」
じゅえる「いや、わたしは見てないから分かんないけど、でもせんせいも独り身だし恋人も居ないし不器用で学校の外で男捕まえるなんて難しそうだし、いいんじゃない。春作さんの好みがどうかは知らないけれど。」
しるく「春作さんよりも御師匠が女の人にうるさいのですよ。なにしろ衣川家伝一刀流を伝えていく才能のある嗣子が必要ですから、今風の女のひとはなかなか眼鏡に叶いませんの。」
弥生「うー、それはそうだ。でも春作さんは三男でしょ。」
しるく「ええ。ですが門代に居着いているのはあの方だけですし、御師匠もそろそろ次代の継承者を作らねば間に合わないと零していらしてましたから、いつまでも悠長に独身のままではいられないと思います。」

 衣川家伝一刀流は衣川藩の御留流で、代々の剣術指南役が上士にのみ伝えて来た秘伝の剣術である。その指南役を引き継ぐ周防家は嫁取りにもなかなかに難しい決まり事があるらしい。

じゅえる「春作さんは、その気は無いの?」
しるく「さあ。道場以外では滅多に会えませんから私生活がどうかは分かりかねますが、優しいですからもてない道理は無いと、おもいますけど。」
じゅえる「優しいからもてるというもんでもないけれど、かっこいいのにね。まさか男が好きとかは無いよね。」
しるく「ございません。」

 としるくは苦笑する。じゅえるの変な小説はしるくも毎回楽しく読ませてもらっていた。

弥生「くっつけちゃおうか。」
じゅえる「えーーー。そこまでめんどうみなくていいじゃん。」
しるく「第一、春作兄様のお好みと違うかもしれませんよ。」

 しるくは兄弟子を「兄様」と呼ぶが、実の兄に従兄に兄弟子と、兄と呼ぶ人が10人以上に膨らんで収拾のつかない状態にある。バレンタインデーも彼らの人数分チョコをこしらえて凄く大変だった。

弥生「いや、河野せんせいてばさあ、結婚したい人でしょう。30歳と27歳なら釣り合いもいいし、高校の教諭なんだから身元も固いし、手もつないだ事の無い相手に振られたとか大騒ぎするくらいだから身持ちも固いだろうし。」
じゅえる「それはそれで問題があるけど、・・ちょっと偵察してみようか。」

 とじゅえるは、その場に入って来た鷺宮しづを呼び止めた。彼女たち中学生は現在テラスのかまどを掃除中で煤で真っ黒になっている。中学校の体操服にほっかむりの泥棒スタイルと怪しい姿で、おねえさまであるしるくの頭を抱えさせる。

しづ「はい。なんでしょう。うゐさま。」
しるく「えーと。」
じゅえる「誰か煤で汚れてない子に、春作さんの所にお茶持ってって欲しいの。二人分、まだ羊羹残ってたからアレもお茶受けに付けて。屋内のキッチン使ってよし。」
しづ「はい。」

 としづは深々とお辞儀をして180度回って去って行った。

弥生「中学生に?」
じゅえる「中学生だからいいんだよ。門代高校の生徒ならせんせいも警戒するでしょお。中学生なら気安くウエンディズの事とか聞けるじゃない。その分その場に居る時間も長くなるのよ。」
しるく「しかし、しづさんでは偵察の役には立たないと思います。もっとそちらの方面に気の利いた、・・・・中学生はどなたがそういう事に明るいでしょう。」
じゅえる「二年生の若竹手妻だな。来てないけど。えーさんねんせいならあ、誰かな。」

 いそいそと走って来たのは苗子だった。苗子はふぁと一緒に薪の片づけをしていた為に煤を浴びておらず比較的きれいだった。

苗子「えーお茶を持って行くのですね。二人分。」
じゅえる「ついでに中の様子も偵察してくるのだ。」
苗子「なにか、不穏な空気でも?」
しるく「いえ、そういうことでは。あの、お二人のご様子をね。」
じゅえる「いや、見たまんま教えてくれればいいから。なるべく柔らかく対応してね。」
苗子「はあ。」

 キッチンに行きお茶を沸かして、羊羹も切って苗子はお盆を持って行く。10分くらいして帰って来た。

苗子「はあ。はあ。いやー参りました。」
弥生「どう?」
苗子「らぶらぶです。河野先生は。」
「おーーーーーー。」
苗子「いやーまいったな。あたしもちょっと春作さんのこと好きだったんだけどなあ。どうしよう。」
じゅえる「どうしようたって、あの人ロリコンじゃないんだもん。16歳も歳の離れた子はお呼びじゃないでしょ。」
苗子「そうなんですけどねえ。桔花なんかもちょっとかっこいいなあとか言ってたもんで。」
しるく「もてもてですね。」
弥生「そりゃあ稽古してる時はそれはかっこいいもん。普段作務衣なんか着て街に出るなんてしなきゃもっと普通にもてるでしょ。」
じゅえる「おもしろいね。ちと余計なお世話をしてみますか、きゃぷてん。」
弥生「退屈の虫がうずくねえ。」

 

 明美一号と二号はキッチンでおにぎりを作っていた。女の子だけの合宿は朝ご飯を食べたと思ったらもう昼ご飯の準備をしなければならず、練習するからお腹 が空くのか食べる合間に練習しているのか分からなくなる。外の炊事場はもう片づけてしまったから屋内の普通のキッチンで米を焚いた。一回二升も焚くのだが、美鳥が一人で五人分食べるからこれでも足りない。

二号「・・・・・・はあ!なんだか普通の単純作業って楽しい。こんなに何も考えないで忙しいのってひさしぶり。」
一号「たいへんだったね。次のキャプテンなんかになっちゃって、気苦労が多かったでしょう。ご苦労様ね。」
二号「そうなんですよ、こんなに神経を使うなんて、高校入った時には考えもしなかったです。今考えても、どうしてこうなっちゃったのか、分からないですねえ。」
一号「うーん、基本的に弥生ちゃんのきまぐれのせいだから、何を間違ったとかは無いという気がするね。不可抗力みたいな感じ?」

二号「・・せんぱい。ちょっと弱音吐いてもいいですか。」
一号「うん? いいよ。聞いて上げる。」
二号「わたしって実際こんな事する子じゃないと思うんですよ。向上心とかも無いし統率力も有るなんて考えた事ないし、正義とかも社会貢献とかも無縁だし。」
一号「弥生ちゃんを基準にして考えちゃダメよ。弥生ちゃんはそういうの普通の空気のように呼吸してる人だから。」
二号「今でも私でいいのかな、て考えるんですよ。他に人が居ないから仕方ないんですけど、もっと他の手段とかあったような気がします。」
一号「そうねえ。そうかもしれない。ほんとだったら、弥生ちゃん卒業と同時にウエンディズ無くなっても良かったのかもしれない。」
二号「え? え、いや、それは、・・・どうなんだろう。それでも良かったんですか。」
一号「弥生ちゃんは元々ウエンディズを何年も続くように考えていなかった、と思うよ。弥生ちゃんが自分の為に、自分がやりたいからやっていたというだけで、私たちはそれに巻き込まれただけなんだけれどね、でもいつの間にか。」
二号「いつの間にかウエンディズは皆が長続きを望む体制になってしまいました。どこで変わって来たんでしょう。」
一号「鳴海ちゃんがピンクペリカンズを作ってから、じゃないかな。下からウエンディズと弥生ちゃんを憧れて見る、そういう形が出来てからじゃない?」
二号「鳴海ちゃんは、なるみちゃんはそもそもどういう気持ちでウエンディズやっていたんでしょう。」
一号「鳴海ちゃんは志穂美の妹だから、志穂美が心配で付き合っていたようなものかな。あの子は少し弥生ちゃんに似ている所あるよ。運動神経いいし面倒見がいいしお節介だし、最近背が伸びたけど、ちびの時はホントに小さい弥生ちゃんみたいだったね。」
二号「そうでした。鳴海ちゃんはそういう子でしたね。でもじゃあ、わたしはどういう隊士だったんでしょう。」
一号「私のすぺあ、だったんだけどね。」
二号「あはは、あたし最初は先輩に間違えられたんでした。そうそう、なにか分からない内に試合に引き出されて、ボールぶつけられて、それでなしくずし的にメンバーになったんでした。」
一号「そういやあ昔はあなた、陰が薄い方じゃなかったかな。」
二号「そうです。先輩の方がずっと目立ってたんですよ。・・・・ドジばっかりで。」
一号「あははあっはっは。そうです。」
二号「先輩がどじらないようになったら、急にわたしが次のキャプテンになっていた、そんな感じがします。」
一号「でもあたしはなにも自分を改善したとか心構えを変えたとかは無いわよ。成績も良くなってないし。」

二号「え、そうなんですか? それはヤバいのでは。」
一号「うう、考えてみればこんなことしてる場合じゃなかった。受験勉強をしなきゃいけない。」
二号「ああ、そうなんです。これから大変ですよ。勉強合宿もするんですよね。」
一号「そうなの。それと進路どうするかも考えなくちゃ。でも成績このままじゃあどこにもいけなくなっちゃう。」
二号「うわあ、そういやあ来年はわたしもっと大変だった。先輩達がいなくなったら、練習もそうだけど勉強もなんとかしなくちゃいけなかった。」
一号「うわあ、そうだわ。そっちの方が大事じゃない。なにか考えよう。というか、弥生ちゃんにそこんとこ相談しなくちゃ。」
二号「どうしましょう、来年の事を言うのはなんか間違ってるみたいですけど、なんか心配になってきちゃった。」
一号「こういう時はね、こういう時は、えい!」

 と明美は二号の口に梅干しを放り込んだ。

二号「うにゅううううううううううううう、なんですか、いきなり。」
一号「いや、そういう時は何も考えない方がいいでしょ。考えても仕方ないんだから。」

 あんまり酸っぱ過ぎたので二号は手元にあったコップの水を飲む。しかしおにぎりを作っている側に用意されている水と言えば

二号「げげげ、塩水だ。」
一号「ばかね、あなた。どうして自分が手を突っ込んだ水を飲むの。」
二号「すいませーーん。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一号「うわあっ! 聖ちゃんいつのまにそこに居たの?」
二号「うわああっ! 聖先輩いつからそこに居たんですか。」
聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一号「なになに? ”いつもの明美と明美ちゃんだ”って。」
二号「いや、あの、わたしも夏合宿を成功させて、かなり進歩したと思うんですけど、・・・あの、ダメですか、やっぱ。」
聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一号「ふむふむ。”どじらない明美は明美じゃない。二号明美は一号よりもドジが少ないのが欠点”、なんだって。」
二号「いや、あの、えーーーーー、それはどういう風に解釈したらいいのでしょう。」
聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
一号「”もっと皆に心配掛ける、迷惑な存在にならないと、ウエンディズはウエンディズじゃなくなるよ”、だそうです。」
二号「へ? それは、・・・・弥生きゃぷてんは迷惑なヒト、ということですか?」
一号「いや、弥生ちゃんはそりゃあ迷惑なヒトでしょう。迷惑だけど、不快じゃない。迷惑だけど、間違ってない。めいわくだけど、」
二号「迷惑だけど、素晴らしい。」
聖「・・。」
一号「だそうです。」
二号「はあ。」

 

 納屋の隅で薪やら斧やらを片づけていたふぁと美鳥だが自分達だけが力仕事をするのはどうも馬鹿馬鹿しい話だとようやっと気付いて、美鳥に誰か手隙の者を探しに行かせた。先程までは苗子も手伝っていたのだが、弥生ちゃんに呼ばれてから帰って来ない。

ふぁ「なんだかなあ。今日も暑いなあ。」

 時刻は11時を回った所で完全に最高温に達している。この状態で野外活動を続ければ、ばててしまう。海に入りたいところだが、すでに風呂場の掃除も終えているので後始末が出来ないから今日は海水浴は無し。昼飯食べたらバスが来るまでぼーっとしているしかない。

ふぁ「でもさあ、やっと終わったという感じだよな。ウエンディズも夏以降はたぶん活動の質が変わって来るだろうし、受験もあるだろうしね。」

 ふぁ本人は未だ志望を決めていないので、受験と言っても切迫感が無い。やりたい事が無いわけではないが今はもっと別の可能性も試してもみたかった。

ふぁ「二年生は修学旅行北海道に行くんだよなあ。いいなあ。北海道に住んでみたいなあ。美鳥じゃないけれど食い物うまいだろうし。」
苗子「先輩、北海道行くんですか。」

 いつのまにか合田苗子が戻って来ている。この中学生はピンクペリカンズにおいてふぁと同じ役回りを担わされているから、自然とふぁの側に寄ってきて行動を共にする事が多い。

ふぁ「なんだった。」
苗子「春作さんと河野かほり先生にお茶を持って行きました。」
ふぁ「なんか聞かれた。」
苗子「ええ、ウエンディズの稽古の具合とか、ピンクペリカンズのチームの状況とか、夏合宿の時のケガの具合やら安全やら。」
ふぁ「あたりきの事だね。」
苗子「でもじゅえる先輩とかは、どうも河野先生が春作さんのこと好きなんじゃないかと思って、くっつけようとしてるみたいですよ。」
ふぁ「なんだって?」
苗子「いや、お茶持って行った時の二人の様子を見て来いと言われまして、じっくりと観察してきました。」
ふぁ「ふむ。」

苗子「河野先生って男のヒト相手ならいつもあんな感じなんですか? いやに熱心に春作さんのこと聞いてましたし、なんだか熱っぽくて、かなりイッてるみたいです。」
ふぁ「河野せんせいは結婚したいヒトだからね。でも春作さんの方が問題だよ、そっちはどう、好感触だった?」
苗子「拒否するという風でもないし、河野先生はお喋りがうるさかったんですけれど嫌がる風も無いし、どうなんでしょう。」
ふぁ「二年生の若竹が来た時しきりに春作さんにちょっかい掛けてただろ、でも適当にあしらってたじゃない。あんな感じ?」
苗子「あれとはちょっと。そうですねえ、やっとまともな大人が来たので安堵した、て感じですか。女子高生中学生18人を預かる、というのはそれは気苦労が多かったでしょうから。」
ふぁ「河野せんせいがちゃんと面倒見に来てたら、できたかもしれなかったかな。」
苗子「ええ。その可能性は十分ありましたよ。惜しい事しましたね。」
ふぁ「あの女はそういうとこタイミング外してしまうんだよね。だから男運が悪い。ま他人のことは言えないけれど。」
苗子「ふぁ先輩も、男運悪いんですか。」
ふぁ「ないしょだぞ。確かに男運は悪い。へんなというよりも、ふらっとどっかいってしまうようなのに引っ掛かるんだな。」
苗子「はあ。それはそれは。それはなにか、今ん所現在進行形なんですか。」
ふぁ「だから内緒だったら。これでおしまい。」
苗子「わかりました。で、その人は北海道に居るんですか。」
ふぁ「なんでそうなるんだよ。いや、もっと遠いとこに居る。外国だよ。」
苗子「留学ですか、お仕事ですか。」
ふぁ「船乗って行っちゃった。おっとここまでだ。内緒だぞ。」
苗子「絶対、やくそくします。」
ふぁ「だからね、進路を決めると言っても前提条件がかなり難しくなるわけなんだ。こっちはどっかふらーっと行けないんだな。」
苗子「待つ身はつらいですね。」
ふぁ「別に待つ必要もないんだが、ま、ね。」
苗子「ひょっとして結婚の約束とかなさってたりします?」
ふぁ「まさか。考えたことも無い。いや、こんど帰ってきたら、ちょっとくらい話してみるか。」
苗子「うわぁお!」
ふぁ「実際ね、そんなこと言い出したら、ひょっとしたらこれまでの関係が崩れてしまうかもしれない、とかも思っちゃうんだよね。高校生だからということで 口にはしなかった事も、卒業すれば自然とターゲットに上がって来るだろうし。あるいはそれでおしまいになってしまう、というのもあるかもしれない。悩むと ころよ。」

苗子「でも、じゃあ進学するとしたら、どうされるつもりですか、先輩は。」
ふぁ「うーん、福祉とかかなあ。整体とかもいいかもしれない。理学療法士ての、あんな人の身体をぐねぐね曲げるような仕事がいいんじゃないかなあと、ウエンディズで人ぶっ飛ばし続けて思うようになってきたね。」
苗子「なるほど。それはかなり堅実な考え方ですね。それは、迷いますね。どっちもプラスのメリットが大きくて、どちらにも傾けないんじゃないですか。」
ふぁ「迷うところだろ。でも実際は、・・・やっぱ待ってる間がいい感じ、なのかな。」
苗子「あ、向こうから言って欲しいんだ。」
ふぁ「はは。そしたら、苗子ならどうする。」
苗子「わたしはー、飛んで行っちゃうかな?」
ふぁ「簡単でいいねえ。」
苗子「わたしはそんなぜいたくな悩みは抱えて居ませんから、ざんねん。」

 と、美鳥が母屋から顔を出してこっちの方に手を振る。

苗子「あ、ひょっとして、昼ご飯が出来たんじゃないですか。」
ふぁ「やば、まだここ片づいてないよ。」
苗子「後で手伝います。凄くいい話を聞かせてもらいましたから。御礼です。」
ふぁ「くれぐれも誰にも言うんじゃないよ。」
苗子「えへへへへ。」

 

 河野せんせいも春作さんも呼んで、全員で明美ツインの作ったおにぎりを頂く。はなはだ簡単な昼食ではあるが、これで皆で食べるのはおしまいと思うとなんだかしみじみと味わってしまう。

かほり「やだ、なに。結構おいしいじゃない。」
弥生「明美はふたりとも、お料理上手なんですよ。」
かほり「いや、ご飯がね、タダのおにぎりなのにこんなにおいしく出来るなんて、不思議。ご飯焚く時に炭でも入れたの?」
一号「いや、炭は味にはあんまり関係ないとおもうんですが、焚き方ですね。米の磨ぎ方から注意してますから。」
かほり「ふーーーーーん、なるほどねー。人には得意なものがそれぞれあるのねえ。」
しるく「河野先生はお料理の腕前はいかがです。」
かほり「え、私? えーどうかなあー、どうです。」
春作「どうと言われましても、わたしは食べた事ありませんから、」
かほり「あすいません。そうでしたわ。やだ私ったら。」

 コロコロと笑顔を振り撒く河野せんせいに、皆あきれ顔になる。じゅえるは隣のまゆ子に言った。

じゅえる「なんだか、なにも手を出さない方が良くないかな。」
まゆ子「じゅえるともあろうものが、あんな盛り上がり方だったらすってんころりと大転びするに決まってるじゃない。試練よ。トライアルを与えるべきなのよ。思い上がり過ぎに水ぶっかけて冷静かつ現実的にゴールに持って行かせるようにするべきなのだ。」
しるく「あの、無理してくっつける必要はありませんし、春作兄様は困ってらっしゃるのではありませんか。」
まゆ子「いや、案外脈はある。」
じゅえる「というか、春作さんは、女で適齢期で条件が整ってれば、誰でも構わない、てかんじがする。」
しるく「そういうところはあるかもしれません。剣の修行のお邪魔にならない、支えてくれるタイプの女性であれば、さほど選り好みしないのかも。」
ふぁ「おそろしくハードル低いな。」

かほり「ところで蒲生さん、合宿が終わった後の事だけど、ウエンディズは夏休み中はどうなるの。」
弥生「夏期講習が始まる20日まではなにもありません。しかし、」

 つんつんとまゆ子が弥生ちゃんの肘を突く。言うな、との意味だろうが知らせないでよい道理は無いのだ。

弥生「22、23日の土日に厭兵術の講習会がありますので、そこに参加します。これは先生の監督は必要のない、全ゲリラ的美少女リーグの行事ですし、試合も練習もしませんので危険も無く、ウエンディズは見るだけです。」
かほり「そ。なら大丈夫ね。」
弥生「衣川うゐさんだけは演武で出場します。その稽古を衣川の本邸で毎日やっていますので、御礼を申し上げに行く時に見学なさってはいかがです。」
かほり「衣川さんの? まあどうしましょう。周防さん、それは危ない事ではなくて。」
しるく「河野先生。これは演武ですのでほんとうの戦いとは違いまして安全を第一に日々精進稽古しています。一度ご覧になれば、厭兵術というものがいかに道理に叶っているかご理解頂けると思いますので、どうぞお願いします。」

じゅえる「(まゆこ、どうしよう。こんなこと言うよ、ふたりとも。)」
まゆ子「(しかたないじゃない。弥生ちゃんてば、一番あぶないとこ見せつける気だよ。確信犯だ。)」
ふぁ「(せんせいには刺激強過ぎるぞ。禁止になるかもしれない。それでもいいのか。)」
じゅえる「(だって鴟尾さんだよ、手抜かないよ。またあの人ケガするよ。)」
まゆ子「(・・・よしわかった。鴟尾さんにお願いして、比較的安全っぽいのをやってもらうとして、さくっと短時間で引き上げさせよう。ちょっと見れば安心するだろうから、却っていいかもしれない。)」
じゅえる「(やよいちゃん、そこまで計算したの?)」
まゆ子「(いや、勘だな。せんせいに見せておいた方がいいという、皮膚感覚があったんだ。)」
ふぁ「(確かに生半可に見た方が、知った気になれるかもしれない。じっくり見てたらものを考えるだろうけれど、印象強くばしっと短時間で決めれば、そういうものかと刷り込みが効くんじゃない?)」
じゅえる「(さすがだよ、やよいちゃん。)」
弥生「(いえい)」

かほり「そこ、ご飯の時こそこそ話しない! ねえ、そうですよね。」

 春作さんは河野先生の一々自分に相槌を求めて来る態度にどう対処していいのかわからず愛想笑いを続けるしかない。だが、河野せんせいはそれを自分に対する好意としてしっかり記憶してるようだ。しるくはその姿を見て、ああなるほど、男女の仲というものは案外といい加減にやっててもうまくいきそうなのだな、と一人合点した。

 

 昼食後、河野せんせいはしるくと春作さんに連れられて木陰で衣川一刀流の型を披露している。他の者も片づけは全て終えて後はバスが来て帰るだけ、の待機時間となる。

 ピンクペリカンズの東桔花以下は弥生ちゃんと今後のスケジュール調整をする。

桔花「そこであれですけど、わたしたちの受験勉強の件なんです。ウエンディズ主催の勉強会というのをどこにねじ込みましょうか、というのですね。」
弥生「うーむ、わるいけれど夏休み中はかなり無理があるよ。たぶん9月だね。私たちも自分達のをどうにかしなきゃいけないし、正直そっちの方が難易度高いのだよ。」
桔花「そうです、ね。いえご無理は承知してますから、大学受験の方がそれは大切に決まってますし、きゃぷてんは東大を受験なさるんですよね。」
弥生「ぶっちゃけそう。」
「おーーーーーーー。」
ほのか「東大受けるような人、はじめて見ました。」
苗子「模試とか判定出てるんですよね。」
弥生「まね。かなり固い。」
鳴海「うわ、きっとA判定だ。」
桔花「ひょっとして、もう今すぐ受けても大丈夫とかいうのではありませんか。」
弥生「他の受験生も今この時期に、というのだったら、かなーり分のイイ勝負をする自信はある。ま、これから徹底的に練り上げて行く必要もあるけれどね。穴が無いとは言えないのだよ、やっぱ。」
鳴海「でもでも、それじゃあ夏休みは本当に無いんじゃないですか。」
弥生「生徒会がもう無いからね、楽なもんだよ。受験勉強て特別なのは私には向いてない。日頃にこつこつやる積み重ねという奴かな。まゆ子が言うには、弥生ちゃんは余計なものまでやってるから受験という観点からは効率悪いよ、という話なんだけど。」

鳴海「・・・おねえちゃんはどうなるでしょう・・・・。」
弥生「それだ! みんなゴメン。忙しいののトップは志穂美と明美とふぁをどうするかなんだ。ざんねんながらそっちまで私は手が回らない。で、君達は二年生に任せようと思う。」
桔花「明美二号きゃぷてんですか。」
弥生「いや、二号もなかなかやるものだけど、シャクティが結構頭いいんだ。文系だけど。美矩は英語得意だし、それに高校入試となったら一番近いのは一年生だよ。美鳥と洋子ちゃんも役に立つと思うよ。というか、おーいみとりいー、あんた数学とか得意だよね。」

美鳥「えーなんですか、きゃぷてん。おなかすきましたかー?」

苗子「・・・・・・だいじょうぶかな。」
弥生「あー、というわけだ。明美二号は忙しいしそんなに集中して負担を掛けるのも可哀想だから、シャクティか美矩をピンクペリカンズ昇級担当にしよう。それでゆるしてね。」

苗子「あの! そこで一人問題が。しづです。」
しづ「え?」
苗子「しづは、しるくせんぱいの居ない門代高校に用は無い、とかぬかしやがるのです。」
しづ「え。え。」
弥生「・・・・なるほど、それは一理あるけれど、ではどうする気なの?」
桔花「なんだったら私立に、この場合桂林になるわけですが、行かせてあげようとか親御さんも仰しゃっているようなんです。今までは遠くに通学するのはなんだかヤバいくらいほやっとしてたのが、練習の甲斐あって相当しっかりしてきましたから、バス通学でも転んで轢かれないと、安心感が出たようなのですね。」
鳴海「でも皆一緒の方がいいよ。しるくさんだって、しばしば顔を見せてくれる、と言ってくれてるじゃない。」
しづ「あの、・・・・・・どっちらかというと、わたくし、、・・・・うゐさまのお供をして、神戸に行きたいとか、言ってみただけです・・・。」
桔花「あーーーーーーーーー、・・こんな具合です。」
弥生「しるくはどう言ってるの?」
しづ「・・・言えません!」
苗子「そりゃあ言えないだろう。」
弥生「まあ無理強いして良い問題じゃないけれど、とりあえず受験はクリア出来るように勉強会には出ていなさい。土壇場で志望校を変える、というのでもいいわよ。神戸の大学にしるくは行くんだったわね。もうすぐ推薦入試があるらしいけれどほぼ間違い無いらしいから。そっちの付属? は私立だからちょっと無理でしょう。いくらなんでも金銭的負担も大きいし、寮とか寄宿舎に入ることになるわけだからかなり大事になるわよ。」
しづ「・・・はい。言ってみただけです。でも・・・・。」
鳴海「だからあ、しるくさんはしづのお茶のお稽古の為にちゃんと帰って来てくれる、て言ってくれてるんだから、そんなに落ち込まない!」
弥生「なかなかに、色々あるもんだね。」
     ほのか「(陰うすいけれど、わたしちゃんといますよ)」

 

洋子「せんぱーい、きゃぷてーん、バスきましたー!」

 しるくが手配をして、衣川不動産のマイクロバスを撤収の為に借りてもらっていた。なにからなにまで衣川家のお世話になりっぱなしで、大層心苦しく思うが、まあ好意は素直に受けておくべきものだろうし、その内なんとか恩返しをしようと弥生ちゃんは思っている。しるくが後になにか困った事が有る時は友達として最大限力を尽す気だし、自分には相当な事が可能な筈だ。弥生ちゃんが自分の為に頑張ってくれるという予想がしるくとの契約みたいなものだろう。あるいは人はそれを友情と呼ぶかもしれないが。

 全員玄関先に集合する。三年生オリジナルメンバーを先頭に二年生一年生ピンクペリカンズ。弥生ちゃんの隣には明美二号が居て、かほり先生と春作さんが居て。

 皆の顔はいい感じに日焼けしてしまっているし、至る所傷だらけ絆創膏だらけ。一応は制服着用で移動するので学校に居る時と格好は変わらないが、ここ三日の泊まりでなんとなく制服の型がズレてるような気もする。なにより連日の練習稽古の繰り返しと筋トレが特に響いて全員動きもぎこちなくなってしまっているのだが、それが弥生ちゃんの大好きな皆の頑張った姿だった。

じゅえる「? やよいちゃん?」
弥生「え?」
ふぁ「いや、ほら。」

と、ふぁがハンカチを差し出すので、手にとって不思議に思う。これで自分に何をしろというのだろう。隣に立つ明美二号がそっと耳打ちする。

二号「せんぱい、せんぱい。涙出てます。」
弥生「え?わたし?!」
二号「はい。」
弥生「やだな、えへ。」

 ふぁから受け取ったハンカチで両の目を拭いて、きりっとした表情で向き直る。全員ばしっと姿勢を直して気合いを漲らした。

弥生「みなさん。色々とありましたし、私のわがままでかなりの無理もさせました。でもみんな精一杯頑張ってくれました。大きなケガも無く無事に済んだのはこれは皆のおかげです。・・・・ありがとう。ウエンディズピンクペリカンズ合同夏合宿、これで終わります!」

2005/03/30

 

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