ゲリラ的美少女野球団「暗黒どぐめきら」は本来「ミルキーリップス」という可愛らしい名前の普通のチームであった。

 しかしメンバーの平均身長が低く、飛び抜けて戦闘力の高いメンバーが居ないという弱点を衝かれて、対戦した桜川エンジェルスにリーダーの宮節子が拉致されぼこぼこにされる屈辱的な負け方をし、それを伝え聞いたウエンディズにもまったく同じ戦法でやられてしまい、チーム全体が屈折してフォースの暗黒面に身を委ねたのだ。

 全員が黒覆面をし誰がリーダーか判別出来ないよう対策を取り、戦闘力の低さをカバーする為に闇討ちや背後からの襲撃といった手段に頼り、場合によっては毒物や生物兵器までも駆使する恐怖の暗殺集団

「暗黒とぐめきら」へと変貌を遂げた。

 最近は、どこの誰が考えたのか知らないけれど、弾弓というスーパーボールを弾とする特殊な弓を使った狙撃部隊まで用意して、ゲリラ的美少女リーグ全体を恐怖に陥れている。

 普通の野球、いや武道の集団でも、こんな真似をして存続を許される筈は無いが、ゲリラ的美少女野球リーグはその名の通りにゲリラ的であるので、こういった暗殺部隊への対策を訓練するという名目で荒ぶるままに任せている。

 それに汚い手段を弄している割には「暗黒どくめきら」の勝率は上がっていないのだから、まあいいのだ。

 

 

 ゲリラ的美少女野球「ウエンディズ対暗黒どぐめきら」第7回戦は早朝5時、まだ日の暗い内から開始された。当然、この日のグラウンド使用許可は出ていない。不正使用である。

 グラウンドは霧に包まれていて10メートルも離れては誰が誰やら見分けもつかない。どぐめきら絶対優位と言えるが、ウエンディズの中核メンバーはどくめきらの戦闘員に比して隔絶した戦闘力を誇っている。陽が上り、彼我の区別がつく頃までに勝利を収めなければウエンディズ得意の乱戦に持ちこまれ粉砕されるであろう。

 

 午前4時58分、ウエンディズは戦闘態勢に入った。

 メンバーは10名、最大動員兵力である。蒲生弥生以下ほとんど全員が前日から座敷牢に泊まり込み今日に備えている。戦闘装備は標準の野球道具一式のみと極めて軽装である。どぐめきらはどういう手段で攻撃に出るか分からないから、武器を揃えての集団戦は成立せず、むしろ当たるを幸い蹴散らして地道に人数を削いでいくのが最良の策なのだ。よって頼るべきは肉体のみ、である。

 だがまゆ子の発案でどぐめきら対策として秘密兵器が用意されている。

 午前5時01分、ウエンディズキャプテン蒲生弥生と暗黒どぐめきら総統 宮節子はホームベースにて挨拶をした。

 宮節子は弥生ちゃんの5メートル以内には近づかない。かって桜川エンジェルス桜川良子に試合開始直前の挨拶でいきなり攻撃を受け失神するという体験を持つからだ。すでに覆面をしており本当に宮節子かどうかも分からない。

 蒲生弥生は質問した。

「そちらの人数は?」「12人」

 宮節子が応えた人数はどぐめきら一軍の人数である。他に一年生がおり、計15人が最大動員兵力である。蒲生弥生はそれを今回のどぐめきらの兵力と読んだ。

 が、どぐめきらは時々OG、卒業生がメンバーに混じって戦っている事がある。それを防止する為に今回通常のウィークデイを試合日としたのだが、暇人が居るかもしれない。懸念材料だ。

 ウエンディズベンチは1塁側になった。というより、先に布陣していたどぐめきらが奥の方である三塁側を占拠していたためこちらを選ばざるを得なかったのだ。とはいえ、別に不利という訳ではない。道路に面した一塁ベンチは見晴らしもよく、後からの攻撃も受けにくい。難点をいえばどぐめきらが得意な暗殺攻撃はこちらからは仕掛けにくいのだが、ウエンディズの戦略にはそういった手段は入っていないので問題ではない。

 ここで蒲生弥生は最初の決断をしなければならなかった。

「鳴海ちゃん、補欠。ベンチ防御。」

 これにはまゆ子、じゅえる、ふぁが異を唱えた。戦闘力という点では鳴海を先発メンバーに加えた方が有利である。聖を抱えている限り、乱闘になった場合の攻撃力は二割方落ちるというのが定説だ。だが、

弥生「聖をベンチに下げた場合、みすみす戦力を一人無条件で取られるでしょう。鳴海ちゃんならベンチをかなりの確率で防御出来るし、最低でも一人は相打ちに出来る。」

 蒲生弥生はすでにメンバーの何人かがこの戦闘で犠牲になる事を見込んで計画を立てている。ウエンディズのメンバーは従った。

 

 先攻はどぐめきら。ウエンディズは守備に散った。今回のポジションは変則的なものであり、ショート鳴海の代わりに明美二号、ライト聖がセンターになるが実際はセカンドに、セカンドじゅえるが一塁側のショートという位置に来て両翼の戦闘力を高めている。レフト明美がライトに、センター志穂美がセンターとレフトの広範囲を守備する事になる。

 展開するウエンディズ。残る鳴海に志穂美は言った。

「気を付けろ。敵は後から来るとは限らない。」

 

 蒲生弥生はマウンドに立った。だがキャッチャーであるふぁは座らない。どぐめきら戦に限ってゲリラ的美少女野球リーグはキャッチャーの代わりに「網」を置く事が許されている。キャッチャーは横に立って網に当たったボールを拾って返すのだ。これは背後からの攻撃にキャッチャーが全くの無防備であり最も危険という共通認識があるからだ。どぐめきら側にとっても、バッターがいきなりキャッチャーに後から攻撃されないという利点がある。

 どぐめきら第一打者は右利きだった。覆面で顔を隠すどぐめきら戦闘員はどれも皆背丈が同じ位で体つきも似ていて、誰が誰だか分からない。同一の人間が何度もバッターボックスに入ったり、違う人間が順番を違えて入ったりする可能性があるのだ。ふぁの今回第一の役目は戦闘員の弁別と総統宮節子の発見である。

 第一球ストライク、振らない。第二球ストライク、打者はふぁに注意を取られているようだ。第三球ボール、網に掛かったボールを取ったふぁは弥生ちゃんに返すボールを、いきなり打者にぶつけた。打者全速力で後退、ボールを拾ったふぁは再度ぶつけたが、ベンチに逃げられた。

ふぁ「ち!」

 

 この攻撃は敵の武装、特に弾弓の数とありかを知るためのものであったが、さすがにここでは手の内を見せない。また後退する戦闘員の行動から敵の指揮系統を発見する目的もあったのだが、どぐめきらベンチは自制して動かなかった。

 ふぁは一塁のまゆ子に目くばせをした。まゆ子は作戦の変更を弥生ちゃんに伝える。

 ふぁは下がり、どぐめきら第一打者が戻って来た。弥生ちゃん4球目、いかにも打って下さいというボール。打者打って内野安打。ウエンディズ、これをそのまま一塁に進塁させる。

 まゆ子はサインを出した。この打者は「おとり」「探り」の戦闘員だと認定したのだ。つまり「下っ端」だ。一年生か、もしくは二年生の戦闘力の低いメンバーだ。これを潰して中枢部を焙り出すか、温存して動きを注視するか。まゆ子のサインは「二塁進塁」だった。温存して敵主力を塁上に引きずり出す。この戦闘員なら二塁に置いてもじゅえると聖、明美2号で対処が出来る、という訳だ。

 どぐめきら第2打者。ふぁはその体つきを見て弥生ちゃんに合図を送った。第一球デッドボール、打者は避けた。ふぁ、再び合図、第二球もデッドボール、打者はソードアウトした。

 まゆ子、弥生ちゃんにサイン。この打者はまともな野球能力を有する「野球屋」だ。これらを潰せば「戦闘屋」と呼ばれる戦闘技能の人間が塁上に出てくるので、背後からの攻撃といったどぐめきらの十八番を封じる事ができる。

 弥生ちゃん、高めのストレート、打ち返して三遊間。だがショート明美二号が取って、ドジって二塁にいた聖にボールを渡してしまう。一塁ランナー突進、聖ピンチ。だが聖慌てずボールを明美二号に返却。びっくりした二号、二塁に突っ込んでランナーと激突。見事にアウトにするも、本命だった二番打者は一塁セーフ。二塁走者は無傷でベンチに下がった。

 弥生ちゃん、思惑は外れたものの明美二号の働きには満足する。まゆ子にサイン。まゆ子、早速秘密兵器を使用する。

 一塁走者がリードをとって塁を離れたその刹那、まゆ子は腰の後に隠し持った拳銃を抜いた。黒いプラスチックの単装の空気銃で口径が大きく2センチもある。これは弾体に丸いペイント弾を使用する特殊な銃で対象にマーキングを施す為のものだ。ペイント弾の中身には洗っても容易には落ちない蛍光塗料が詰められていて、また変な芳香臭も放つ。まゆ子は今回、「野球屋」をこれでマーキングしていくつもりだ。

 どぐめきら一塁走者、後頭部を狙撃され転倒。振り向くがすでにまゆ子はホルスターに銃を納めていた。素晴らしい抜き撃ち。走者そのまま塁に戻って来るがしっかりと印を付けられてしまった。臭いがするからマスクを交換して他の人間に化ける事も出来ない。どぐめきらベンチはまだ事の重大さに気付いていない。

 三番打者。ふぁはこれの見極めを付けられなかった。弥生ちゃんに「勝負」のサイン。ストレートでストライク。二球目外に外してみるがそのまま見送った。じゅえる少し後に下がって長打に備える。はたして三球目、打ってきて一二塁間ヒット。聖に当たってじゅえる捕球。だがじゅえる、二塁をカバーする明美二号にパスしない。一塁走者二塁を越えて三塁に、打者は一塁を回って、そして守りの甘い二塁にまで突っ込んでくる。「戦闘屋」だ。

 じゅえる、戦闘屋とまともにぶつかるような馬鹿なまねはしない。明美二号にパス。二号はそのままブロックするふりをして、すんでで弥生ちゃんにパス。電光のように弥生ちゃんが背後から戦闘屋を攻撃、戦闘屋転倒するも一回転して起き上がりなおも二塁に向かおうとするが明美二号の正面からのグラブアタックでアウト。かなりのダメージを受けて撤退。弥生ちゃんの感触では、この敵は三年生のようだが宮節子ではない。走者三塁。

 四番。まっすぐに勝負。三振してチェンジ。三塁残塁。どぐめきらと言えどもちゃんと点を取りに来る事が判明。四番を「野球屋」と認定。宮節子は「戦闘屋」だからこの回は出なかったらしい。

 

 一回裏ウエンディズの攻撃。

 一番しるく。ベンチの指示で一球見送り。いい加減な球だった。どうやらしるくに対してはやられてもいいような雑魚を当てるらしい。遠慮なくしるくピッチャー返し、みぞおちにヒット。転倒。ベンチより二名現れそのまま回収。予定の行動だったらしい。しるく一塁。しるくを塁上に出すという事はなにか卑怯な真似をするだろうとまゆ子進言。弥生ちゃん、二番打者明美二号に特別命令。

 二番明美二号。敵ピッチャーはデッドボールを投げてきた。二号、大げさに驚いてこけるが当たらなかった。球威コントロールともに判断して、このピッチャーは「野球屋」だ。明美二号はまんまと明美一号に化ける事に成功。二球目もデッドボール。これは外してボール。三球目、ストライクを取りにきたが二号目の前にボールをたたき落とす。意外さにどぐめきら驚くが、明美二号は地面に跳ね返って目の前に落ちてきたボールを場外に打ち込んだ。
 ゲリラ的美少女ルールには打球を二回叩いてはいけないという法は無い。出来るもんならやってみなというもので、ボールの生死は最初の打撃によって判断される。これと類似する行為で、走者が打球を拾って場外に投げて時間稼ぎをするという戦法がある。しるく生還、一点先取。だが外に出たボールが取れないところまで行ってしまった為、ウエンディズは「ボール一個弁償」というペナルティを課せられた。自動的に明美二号アウト。

 三番弥生ちゃん。ピッチャーまた交代。今度はピッチャースプーンを持ってきた。ピッチャースプーンとは要するに単なる「おたま」であり、まゆ子が考案した投球補助器具である。球速が二割増しになる。弥生ちゃん瞬時にこのピッチャーが宮節子だと悟る。

 初球ストライク、なるほどかなりの早さだ。宮節子は「戦闘屋」だが野球技術もなかなかの腕を持つ。というより、戦闘屋といっても暗殺が専門で得意はむしろ野球という変わり種だ。
 二球目弥生ちゃんピッチャー返しを図るも空振り2ストライク。三球目デッドボールをソードアウト、ファール。4、5球目地面に跳ね返ってのボール。6球目、センターオーバーのオフサイド。7球目一塁線ファール。8球目キャッチャーネットの後にファール、キャッチャー取り損なう。9球目デッドボールを正面斬りピッチャー返し、投手ピッチャースプーンではね返してファールグラウンドへ。ルール上一応これはヒットになるのだが、弥生ちゃんとマウンド上のピッチャーどちらも退く気は無いようなので、なんとなくファールになった。10球目ボール、弥生ちゃん辛うじてバットを振らなかった。11球目内角低め、見逃し三振。弥生ちゃん物凄く悔しがる。

 4番ふぁ。どぐめきらベンチから一年生とおぼしき戦闘員がピッチャースティックを持ってきた。ラクロスのラケットを改造したこれは全長160センチ、素人が使っても球速140キロを叩き出すゲリラ的美少女野球リーグ最強の武器だ。

 ふぁはひるまない。軟球ごときでは死にはしないからだ。しかし、ピッチャーがスティックを振りかぶって投げようとするまさにその瞬間、ふぁの右膝がかくっと折れた。体勢を崩した所にオーバースローで豪速球がデッドボールで叩き込まれる。ふぁ被弾。しかし左の背で受けた為それほどのダメージでは無かった。(ふぁ:勝手に人のダメージを決定するな。痛いんだぞ。終)、アウトチェンジ

 

 これはどぐめきら得意の弾弓による狙撃でスーパーボールをふくらはぎに当てられた為だ。このタイミングで当てられると防ぎようが無い。さすがに使い所がうまい。どこから狙ったのかも分からなかった。まゆ子の指示で鳴海、秘密兵器を取り出す。スーパーボールを弾にする改造ボウガンだ。スコープを持つスナイパー仕様になっていて射程は100メートルを超える。弾弓とは違って発射体勢のままで長時間の待機が可能。どぐめきらの狙撃を寸前で抑える事が出来るはずなのだが、どこから撃ってくるか分からなければ対処のしようが無い。

 

 弥生ちゃんはまゆ子の勧めにも耳を貸さず素手で投げる事とした。弥生ちゃんは七色の変化球を自在に操り相手を翻弄するタイプだから、速球のストレートしか出せない器具はあまり好きではない。とはいえ、何を使わせても弥生ちゃんはうまい。

 5、6番、快調にアウトに切って取った。弥生ちゃんの得意はビーンボールで相手がデッドボールと思って引いた球がそのままストライクになったりする。だが当たらないとたかをくくっていると本気でぶつけてくるので始末に悪い。

 7番「野球屋」だ。弥生ちゃん、まゆ子の指示でうまく打たせる。全力で一塁に突っ込んでくるランナーにボールが聖から返ってきてグラブアタック、に見せ掛けて真正面から空気銃で抜き撃ちした。マスクは外して胸元に当て、更に左からグラブでどつくという離れ業を見せる。やり過ぎてのびてしまった。打撃に対する抵抗力の無さを見ると、どうも一年生だったらしい。

 だがさすがにこれはバレた。いきなりまゆ子に向かって弾弓の玉が飛んでくる。まゆ子逃げる。鳴海、一塁側ベンチ後方グラウンド脇の芝生の土手に陣取ってボウガンで応戦する。ウエンディズ、ベンチに集結。どぐめきら、のびた一塁ランナーを戦闘屋3名のスクラムに隠れて回収。だが乱闘にはならなかった。どぐめきら、そのまま素直に退く。不気味だ。

 

 二回裏、なぜどぐめきらが退いたのかが分かる。次の打席はまゆ子だったのだ。ピッチャーは宮節子ではない人間に戻っていたが引き続きピッチャースティックでデッドボールの連撃。まゆ子かろうじて逃れるも、すべてボール判定で一塁進塁になってしまう。

 6番は志穂美だ。志穂美はスティックの豪速球にも怯まず身体からぶち当てていく打撃でピッチャー返し、ヒット。だが一塁ランナーのまゆ子、一塁手に脚を掛けられてこけてしまう。ピッチャー負傷しつつもボールを拾って一塁に、一塁手まゆ子を上から叩くと志穂美を迎撃。しかし最高速の志穂美が膝からジャンピングニーアタックで突っ込んでいくと逃げるしか無かった。志穂美一塁セーフ。しかし一塁手にとどめを刺そう飛び出した所をボールをパス回しされ、後からぶつけられてアウトになってしまう。

 7番じゅえる。出たくは無かったが軽いボールを放られてソードアウト、ヒット判定。そのままどぐめきらがボールを保持した為、じゅえるは一塁に。

 8番聖。敬遠で一塁。じゅえる二塁。ついで9番明美も敬遠で満塁に。当然これは策で、いきなり三人を亡き者にする腹だ。救いは次の打者がしるくというだけだ。

 

 しるくはかなり難しい立場に追い込まれた。下手に打ってしまうと塁上の三人が血祭りに上げられる。特に三塁ベンチに近いじゅえる、内外野が集まるセカンドの聖は援けられない。誰かを犠牲にしなければならないが最も打たれ強い明美は一塁の安全な所に居る。しるくはピッチャーと同方向に居る二塁手は狙撃出来る。しかし動きの鈍い聖はたとえうまく二塁手を潰しても逃げきれないだろう。

 しるくは弥生ちゃんを振り返ったが、うまい思案は無いらしい。展開するスペースが広過ぎて全員は救えないのだ。まゆ子は未だダメージにある。志穂美の顔は闘志で輝いている。彼女なら単身突入して聖を救うだろう。だが、それでは敵陣に近いじゅえるが犠牲になる。ふぁが居て、鳴海が居る。明美二号が居る。二号の先程のダブルヒッティングが思い出された。

 バッターボックスにしるくが入った。どぐめきらはピッチャーを「戦闘屋」に替えてきた。しるくのピッチャー返しに耐久力のある者に当てるのだ。道具は使わない。打たせて決める気だ。

 ピッチャー振りかぶって第一球、ボール。高かった。「戦闘屋」はコントロールが悪くピッチャー返しを狙いにくい。しるく素振りをする。どぐめきらベンチも突入の気配が漂っている。三塁のじゅえるが不安そうな顔をする。しるくはサインを送った。「迷わず突っ込め」。弥生ちゃんもそれを見た。鳴海に攻撃準備をさせる。三塁側ベンチを飛び出してくるその出端を撃ってわずかでも足止めするのだ。

 第二球。しるくの視線はピッチャーを射すくめる。だが戦闘屋だ。勇気を奮って投げ込んできた。また高い、がストライクだ。ちっ、と弾いて後に反れた。足元の土を蹴って三度臨む。三球目、内角高め、胸元に喰い込んでくるピッチャー返しには絶好の球だ。

 

 瞬間バットは光った。飛び込んで来たのと全く同じ軌跡を逆に、ボールは帰っていく。ピッチャーの顎先にヒット、キャッチャー、フィールドに飛び込んで捕球体勢、だがしるくはバッターボックスを飛び出して跳ね返ってくるボールを再度振り抜いた。前進し掛けた三塁手の顔面に軟球は真っ直ぐ飛んでいく。完全に虚を衝かれて防御体勢が取れない。直撃、ゴキブリのようにあおむけに飛び上がって、落ちた。

 じゅえる最大戦速でバックホーム。しるくはバットを捨てて二塁の聖を援けに行く。両軍ベンチから全員が飛び出してくる。互いに弾弓とボウガンを撃ち合い、弾が飛びかう中乱闘になった。じゅえるホームを踏んで叫ぶ。「二点目ゲット!」 そのまま走り抜けて一塁側ウエンディズベンチに飛び込む。弥生以下ウエンディズ一塁からダイヤモンドの白線に沿って集団で突進、一塁明美、二塁聖しるくを回収、内外野ベンチと三方向から攻めてくるどぐめきらを叩き伏せて戦闘フォーメーション”デルタ=突撃”から”クシィ=全周防御”、”パイ=後方確保”で聖明美を後方に下げて”タウ=横列戦闘”でベンチに撤退した。

 折角のチャンスを潰されたどぐめきらは、しかし最初にやられたピッチャーとサードが思いの外重傷であったらしく、深追いせずにベンチに籠城したウエンディズを見逃した。まゆ子は、どぐめきらの覆面で隠された表情になにやら余裕のようなものを感じた。

「損害は?」

弥生ちゃんの問いに全員が大事無しと応えた。だが、

「・・・・鳴海がいない・・・。」

 

 志穂美の言葉に全員がベンチ裏の土手を振り返る。改造ボウガンだけが転がっていた。弦が外れているのは、これは鳴海がわざと壊してどぐめきらが使えないようにした為であろう。誰も、鳴海が襲われた所を見ていなかった。

じゅえる「気付かなかった・・・。」

 最初にベンチに飛び込んだじゅえるは鳴海のすぐ側にいたのだが、敵は完全に鳴海に狙いを定めていたらしい。物音一つ立てずに拉致するとは見事な手なみだ。

ふぁ「でも損害はあっちの方が大きいはずだよ。」

 

 確かにどぐめきらの損害は三人に及んでいる。しかし人数が多いのでまだ余裕があるはずだ。鳴海を襲ったのは多分試合には出ない暗殺専門部隊だ。女子一人を沈黙させ拉致するには最低でも三人は必要だろう。

 

 どぐめきらから一人、手を上げて近づいてくる。弥生ちゃんが出ていって協議に及んだ。結果、ウエンディズが3アウトでチェンジ、じゅえるの一点は認められた。2対0。ウエンディズは守備に散った。

 

 三回表、どぐめきらの攻撃。8番らしい。黒覆面のどぐめきらは本当は誰がどこの打順に入っているのか定かでは無い。こいつは「野球屋」だった。

 野球屋はやたらと長打を狙う。4本もオフサイドを出してその度ボール拾いに明美と志穂美は走り回った。結局打ち上げてしまいアウトになる。

 9番も野球屋だ。これもまたやたらオフサイドを出す。外野とショートの明美二号がやたらと走り回った。そしてあろう事か、9番は「ホームラン」まで出してしまったのだ。一応は外野の前に落ちた打球は大きく跳ねながらフェンスの裂けめから転げて出てしまった。志穂美が追っかけて場外に出る。これは危険な任務だから明美には任す事が出来ない。しかし志穂美は帰って来なかった。9番は一周してホームに戻り、一点ゲット。不吉なものを感じた弥生ちゃんが両明美に探索を命じた時、ようやくにして志穂美がフェンスから顔を覗かせた。髪が乱れ顔に泥が付いている。

 

 一瞬どぐめきらベンチの動きが止まった。そして志穂美が高く掲げた右手の、三本の指を示しているのが見えるとパニックとも言える慌ただしい出入りを始めた。

 どぐめきらはボールを場外に出して拾いに出て来たウエンディズ選手を血祭りに上げる作戦を取っていたのだ。勿論ウエンディズはその事を充分に予期し、最強の志穂美を送った訳だが、どぐめきらも先程鳴海を襲った暗殺部隊を三人も伏せて置いたのだった。それが志穂美一人にやられるとは、想定外の出来事だろう。

 まゆ子がタイムを取ってマウンドの弥生ちゃんの元に駆けつけて来た。しるくふぁも呼んだ。

 

まゆ子「三人戦闘不能。どぐめきらは回収に人をやった。一人につき一人ずつは必要でしょう。」

ふぁ「さっきやっつけたのもまだ回復してないかもしれない。」

弥生「よし!」

 

 全員をマウンドに集合させ、フォーメーション”シータ=巡航戦闘隊型”で手薄になったどぐめきらベンチに突っ込んだ。しかしどぐめきら側は慌てなかった。元々は弱小のチームであり奇襲攻撃に曝されるのは慣れている。ベンチに残ったのもすべて「戦闘屋」で、弱い一年生や「野球屋」を回収に向かわせていた。

 どぐめきらはおもちゃの煙幕を張った。ベンチ内には野球の道具が揃っている。長柄物で進行方向を制してウエンディズの隊型を分断にかかった。それでも弥生ちゃんは一人すっ転ばせ踏ん付けて隊を後退させた。

弥生「損害報告!」

じゅえる「聖が居ない! 明美が足りない。」

弥生「どっちだ!」

明美二号「二号、います!」

 

 今度の襲撃は大失敗だった。いきなり二人も隊員を失って定数を割ってしまう。これ以上野球の試合は続行出来ない。だが、それは向こうも同じようだった。どぐめきらベンチはフェンス裏から帰って来た人数でいっぱいになったが、一様に雰囲気が暗い。どうやら司令部に重大な損害を与えたようだ。

弥生「宮節子、やったかな?」

まゆ子「違うね。野球屋の方の親分をやっつけたんじゃない。」

 

 どぐめきらは暗殺部隊に力を入れている関係上、野球技術はかなり弱い。自然「野球屋」に試合進行は頼り切りになる。人数が多い反面一年生も多いのだが、自分で判断出来ない一年生を使役するには専門の指揮官も必要だろう。ほぼ全員が二年生のウエンディズとは違い、命令系統の損傷がそのまま部隊の行動に致命的な損失を与える。

弥生「宮節子、フォースの暗黒面に意識を取られて、フラクタル的な隊列編成である厭兵術の基本を忘れたな。」

 

 どぐめきらから一人やって来た。また試合続行に関する協議だ。結果、志穂美が帰って来た時点でのスコアのまま、どぐめきらの攻撃を続行する事になる。

 2対1、三回表一死、打順1番。守るウエンディズはセカンドとライトが居ない。

 そして、バッターが立った。

 ふぁがマウンドにやって来る。

 

ふぁ「宮節子だ。」

 

 気配を読めば分かる。総統である宮節子がじきじきに弥生ちゃんを叩き潰しに来たのだ。だがピッチャー返しはウエンディズの十八番で、しかも確実に相手にダメージを与えられるのはしるくだけと云う難しい技だ。どぐめきらが得意な暗殺ではない。にも関わらずそれに挑まねばならないという事は、それほどまでに追い詰められているからだろう。

 しかし。

 

 まゆ子は一度マウンドまで行ったが、何も言わずに一塁に戻って来た。どぐめきらの弾弓はまだ死んでない。投球中の弥生ちゃんを狙われる可能性はこの状況では非常に高い。それでもここは弥生ちゃんの頑張りに賭けるしかなかった。余計な注意をして弥生ちゃんの集中力を殺いだら却って逆効果だ。

 負けもあるかもしれない。まゆ子は覚悟した。

 

 ここでウエンディズに思わぬ援軍が現れた。陽が上って来たのだ。時刻はもう6時15分。徐々に明るさが増し、物のディテールがはっきりしてくる。弥生ちゃんは朝日を背に受けて絶対優位である。

 行ける、ふぁはそう思った。しかし、どぐめきらはこれも計算に入れていた。バッターは朝日を浴びて前がよく見えない。にもかかわらず悠然と素振りを繰り返す。そしてイチローのように自分の目の前にバットをかざした。

 弥生ちゃんの目に、小さな光が飛び込んでくる。どぐめきらベンチから朝日が何枚もの鏡に反射して弥生ちゃんの顔に集中しているのだ。最初からこれが狙いで三塁側、西側のベンチに陣取っていたという訳だ。これは反則では無い。兵法においてはこれもまた常道とされる。

 

 バッターは構えをとった。一対一の真っ向勝負を挑んでくる。こういう状況はゲリラ的美少女野球リーグにおいては長く記憶される。野球に厭兵術が擬装されるのは、集団戦闘に都合良いからだけではない。個人がサシで対決する局面が度々発生し、伝説として語り継がれていく事がままあるからだ。つまり、かっこいいのだ。彼女達が何の為に戦うかといえば、ただひたすらに勝つ為に、と答えるだろう。ここで逃げるような少女が格闘などやっている道理が無い。

 とはいえ、宮節子には一撃で弥生ちゃんを戦闘不能にする手が残っているのだろうか。まゆ子は思う。ベンチからの投射兵器による攻撃、これ以外はありえない。バッターボックスに立つ宮節子自身には戦闘力は無い。

 

 弥生ちゃんは大きく振りかぶった。反射光でよく見えない。細かいコントロールが取れないから、的確なダメージを与える繊細なデッドボールは投げられない。仕方がないから素直にストレートをストライクゾーンに投げこんだ。そして、

 弥生ちゃんは目を疑った。

 

 バッターは弥生ちゃんが投げた次の瞬間、バットを捨ててホームベース上に立った。球はそのまま手の中に、捕球し、そして勢いを殺さないように手を後ろから振り上げてオーバースローで弥生ちゃんの顔面に投げつけた。逆デッドボール、さすがのまゆ子もこれは読めなかった。というか、これはもう野球では無い。格闘でも戦闘でも無い。単なる、・・・・・・意地の勝負か。

 軟球を、弥生ちゃんは避けられなかった。右目の上に直撃した。踊るように両の腕を天にしならせて弥生ちゃんはのけ反った。そして、・・・・そのまま硬直した。

 その場の全員の目が弥生ちゃんの次に注目した。倒れるか、崩れるか、泣き出すか。

 両腕が落ちた。そのまま弥生ちゃんは立ち続けた。しばらく経って、先細りに長く伸びる黒髪を振り回して反った身体を復帰させた。なんとなく人間としての気配がしない。妖精の人形のようなぎこちない動きをする。右手が上り、人差し指を突き出した。

 

弥生「今のは、ノーカウントだ。正規のプレイじゃ無いから、スコアに記録出来ない。」

 

 弥生ちゃんの右目の周りがみるみる紫色に変わっていく。にも関わらず弥生ちゃんは試合を続行しようとする。マウンドに駆け寄ろうとするまゆ子ふぁしるくじゅえるを制止した。

 

弥生「バットで打たなければ、ヒットは成立しない。」

 

 どぐめきら宮節子はバットを拾い上げた。仕方ない。この手段で沈まないのであればまともな野球を続けるだけだ。蒲生弥生はすでに充分なダメージを受けた。これ以上試合をしてももはや満足な投球は出来ないだろう。とことん付き合うまでだ。

 

 再びどぐめきらベンチから弥生ちゃんの顔に反射光が集中する。構わず弥生ちゃんはゆっくりと振りかぶって、不自然な程背を反らせた。ウエンディズ全員がはっと気付く。このポーズは。

 弥生ちゃんの顔はどぐめきらベンチを指向した。じわじわと身体の向きが変わっていき、身体のバネがずるずると解放されていく。投げ釣りの竿の錘のように、長い腕が振り回され指の中の白球がどぐめきらベンチに放たれた。

 ボールは、しかし前に飛んだ。真横を向いて投げた球が、まっすぐホームベースに飛んだのだ。とんでもない暴投である。が、これはストライクコースにある。宮節子は打つのになんのためらいも無い。真正面の絶好球と見た。これを再び蒲生弥生にぶつけてやろう。

 打った。バットの真っ芯に当たった。飛ぶ筈だった。奇麗に真っ直ぐ、弥生ちゃんに向かって。

 

 弾けた。横に、直角に。バットに接触すると打球は打者である宮節子の顔面目がけて飛んだ。鼻にヒットする。覆面がねじれた。

 放心したかのようにまゆ子が口を開いた。

まゆ子「・・・ド、リーーーーーーーール、」

 縦に回る球を横に投げる。これがまゆ子の解答だった。まっすぐ投げれば縦回転するボールを真横にスライドしてリリースする事により、進行方向と回転軸を平行にする。21世紀的究極魔球「DORIL」である。
 この球は理論上打ち返しても前に飛ばない。回転によって横に弾けるのだ。

 

 糸の切れたあやつり人形のように宮節子の身体から重さが消えた。ホームベースの上にかくんと倒れ込む。誰もその場を動かなかった。なんの物音も聞こえない。じりじりと朝日が照りつけてくる。暑い、と誰もが思った。季節遅れの蝉がじぃーーーーーと鳴き始める。

 黒い影が疾った。どぐめきらの戦闘員が音も無く駆け寄り、宮節子の両腕を取ると地面をそのまま引きずっていく。さく、さくと数人ずつどぐめきらベンチから人が消えていき、・・・・・風だけが残った。

 

 

 じゅえるが言った。

じゅえる「試合放棄だ。」

 

 その後ウエンディズがどぐめきらベンチのあった三塁側の裏山を捜索すると、行方不明になった鳴海と聖がぐるぐる巻きにされた姿で発見された。しかし、明美一号の亡骸は懸命の捜索にもかかわらずついに見つける事は出来なかった。

 

 

END

2001/09/29

 

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