「いっそ鍋にしようか。」 と志穂美が言った。

 20世紀最後の年、クリスマスイブの事である。

 ウエンディズは当然のように忘年会をやる。クリスマス会は、しるくが衣川家の関係で24、25日と「ご奉仕」と呼ばれる慈善関係のクリスマス会を計5個も掛け持ちすると言うので無しにして、その分忘年会に注力する決定をした。

 期日は12月26日。それ以降はお正月に向けて各人忙しくなる為この日にした。場所は衣川邸座敷牢。

 弥生ちゃんとまゆ子はこの会議に出席していない。何の用だか二人して職員室に呼び出されている。忘年会ごときに二人のリーダーシップは必要無いので今回幹事のじゅえるが仕切っている。

 じゅえるはウエンディズの会計担当だ。彼女はせこいのが取り柄で、こういう仕事をやらせたら右に出る者がいない。じゅえるは明美と志穂美を糧食担当、つまり料理番に指名した。へたな料理人は無駄金を使う。どういう忘年会にするか、ちゃんと考えて用意すると予算が少なくても結構ゴージャスな料理になるのだ。

じゅえる「なべ?」

志穂美「酒はダメなんだろう。盛り上がらんぞ。」

 女子高生であるウエンディズメンバーは未成年だから、酒や煙草は当然禁止である。誰が許さないと言ってリーダーの弥生ちゃんが許さないんだから絶対禁止なのは致し方ない。

ふぁ「鍋かあ、悪くないなあ。」

じゅえる「いいかもしれない。座敷牢は寒いもん。」

明美「お鍋なら料理も手間が省けて楽だわよ。色々入れられて面白いし。それでいこうか。」

しるく「まあ、すてき。私そんなパーティは出た事が無いわ。」

じゅえる「じゃあ、鍋に決定。持ってくるもの、土鍋二個、と。」

ふぁ「鍋パーティだったら隠し芸だ。カラオケも用意しなくちゃいけないぞ。」

じゅえる「いや、カラオケは無理して用意しなくても。だれか持ってる?」

 

 すううっと、後の方で手が上がった。皆はびっくりして振り返る。

「ひ、」「聖」「ひじりっちゃん?」

 まったく無表情な聖がすうと右手を上げている。

じゅえる「カラオケ、持ってるの。」

 聖はこくっとうなづいた。

明美「カラオケってこういうの?」

と、明美はカセットテープレコーダ付きマイクで歌うようなふりをした。

聖「・・・・・・・・・・・」

じゅえる「・・違うって。本格的なDVDカラオケだって。」

しるく「おうちの方の?」

聖「・・・・・・・・」

じゅえる「・・・わたしの、だって。」

 全員、「うそおー」と叫んだ。聖はみるみる真っ赤になって机の向こうに沈んでいく。皆は、当然のように次の言葉を口に出す。

「歌って!」「聞きたい、聞きたい。」

「そうかあ、カラオケが趣味なのか、これは歌ってもらわないと。」

「まあ、すてき。聞きたいわ。」

 皆に両手を掴まれて、ろずえるの宇宙人のように教壇に引きずり出された聖は、キラキラ光る十個の目に刺殺された。

 聖は口を開け、しばらくそのままで、また閉じた。

聖「・・・・・・・・・・・・・。」

明美「・・音が無いと声が出ないって。」

ふぁ「そりゃそうだ。」

じゅえる「アカペラじゃだめなのか。音楽室のライブラリに無いかしら。」

聖「・・・・・・・・・・・・。」

明美「・・・外国の歌だから、絶対に無いって。」

 皆一斉に肩を落とした。が、一人諦めない者がいた。

しるく「それは残念ね。でも聖さんのおうちに行けばあるのでしょ。聞きたいわ。」

志穂美「明美。聖の家は学校から近いんだろ。」

明美「あ、うん。そうだね、みんなで聖ちゃんのうちに行ってみようか。」

 いきなり「聖ちゃんのおうちに押しかけて歌を聞こう」ツアーが発生したのに聖はびびりまくっていた。この集団は、弥生ちゃんが居なくてもやっぱり同じ事をするのか。弥生ちゃんの人格的影響力の強烈さを再認識させられた。

 とそこへ、明美二号が現れて奇妙な事を言った。

明美「あの、なにかあったんですか。まゆ子さん泣いてますよ。」

 驚いて教室を飛び出したメンバ−は廊下にへたり込むまゆ子とそれを引っ張り上げようとする弥生ちゃんを目撃した。

 弥生ちゃんはみんなに向けてなんだか複雑な笑顔を向けた。

弥生「なんでもないよ。大丈夫だから。」

まゆ子「波動砲が、波動砲が・・・。」

 教室に入ってきたまゆ子はそのまま机につっぷして泣き続けた。

ふぁ「何があったんだ。」

弥生「いやあ、それがね。」と、照れたように弥生ちゃんは笑う。

まゆ子「波動砲を没収されちゃったの。」

と、まゆ子は声を上げて泣いた。

 波動砲、とは前回の投撃兵装評価選定試験で発表されたエンジン式軟球投射装置の事である。

弥生「いくらなんでも危な過ぎるって、学校に没収されちゃった訳なんだ。」

志穂美「当たり前だ。あんなの。」

じゅえる「あれは仕方ないわよ。だってあれ人死にが出るもの。」

ふぁ「というか、あれは兵器だったんだろ。」

明美「爆発するんだもん。コワイわよ。」

明美「あれはコワイですよねー。」

 無神経な言葉にさらされてますますまゆ子は泣き続けた。まゆ子の背中をさすりながら弥生ちゃんが尋ねた。

弥生「で、忘年会はどうなったの。」

しるく「聖さんのおうちにお邪魔する事になったわ。」

 予想もしない答に弥生ちゃんは、へ?となった。

志穂美「聖の私生活における隠された事実が明らかになったためだ。」

ふぁ「そうそう。」

しるく「聖さんがね、お歌を歌うんですって。」

明美「という事で、聖ちゃんのうちに歌を聞きに行くところなんだ。」

明美「へー、そういう趣味があったんですか。」

じゅえる「私等これから行ってくるんだけど、弥生ちゃんも来る?」

 とじゅえるは尋いたが、まゆ子がびーと泣いて弥生ちゃんは苦笑いした。

弥生「ごめん、ちょっとパスね。」

 結局弥生ちゃんとまゆ子と、明美二号も「聖ちゃんの家に押しかけて歌を聞こう」ツアーには参加しなかった。明美二号にはこの機会を利用して弥生ちゃんが特別講習を行なうという。ウエンディズには一年生は彼女しかいないので、当然彼女はウエンディズ次期主将候補になる。二号にとってはえらい迷惑な話だ。

 祐木聖の家は学校に近いと言っても裏山をぐるりと回る事になるので結局随分と歩かされた。30年くらい前の建て売り住宅で周囲もひっそりとしてなんとなく陰気な気配が漂っている。明美の説明によると聖の家は父親は海外に出ていてめったに帰ってくる事はなく、母親と祖母の女三人で暮らしているのだそうだ。

 ウエンディズが祐木家の扉を開けて聖の母親に対面すると、母親はぶわっと涙を流した。びっくりする面々に明美が得意そうに補足説明する。なんでも、聖ちゃんはこれまで家に友達を連れてきた事が無く、友達と遊んでいる姿も見た事が無かったそうだ。いつも一人で本を読んでいるか、草むらに立って妙なお経を唱えていたのが、ウエンディズに入って以来急に忙しく外出しがちになり、いつのまにか以前より健康になって、お友達まで連れてきたというので、明美が初めて訪れた時にも大泣きされたのだという。

 家に入るとおばあさんも居た。こっちはメンバーを見ると数珠を取り出して念仏を唱え出した。こういう家に育ったら無口な娘にもなろうかと皆は納得する。志穂美は妙におばあさんに気に入られて念入りに拝まれてしまった。

 こんな静かな家にいきなり5人も押しかけて良かったのか、と皆反省したが、同時にこうも思った。 「弥生ちゃんも絶対連れてきてやる」。

 聖の部屋は、8畳もあった。机と本棚、箱箱箱。箱の中身はかび臭い古い本がいっぱいで、題名も怪しいオカルト関係や宗教哲学書、絃学趣味のものばかりでとても女子高生が読む類いのものではない。このまま古本屋を開けるくらいに数が揃っている。明美の補足説明によると、聖は独自のルートでこの手の本を入手していて、一般の書店には並んだ事も無い同人的なものも多いという。ひょっとすると目の玉の飛び出る程高価な古書も混ざっている可能性が高いのだが、なぜか聖はただ同然でこれらを入手できているらしい。

 本に光を遮られて陰影が矩形に食い違う部屋の隅に、例のカラオケがあった。25インチの古いテレビにこれだけが新しいという妙な取り合わせ。金色で派手派手なカラオケマイクに外光が鈍く反射して、結構部屋にマッチしている。

 聖のおかあさんが人数分のお茶とお菓子をもってきて、またさめざめと泣いて出ていった。その間聖は、客を迎えた場合どう対処すればいいのか分からずにひきつっていたが、ウエンディズはてきとーにお茶を回してカラオケの前に陣取った。

 じゅえるが言った。

「というわけで聖っちゃんワンマンショーを始めます。」

 皆ぱちぱちと手を叩く。

 聖は、彼女は思ったより度胸がある。普段はウエンディズの突発的な事態に対処できずに立ちすくむが、ここは自分の家で自分のカラオケで歌を歌うだけである。他人が見ているから、と臆する事はない。

 金色マイクを両手で握ると、胸の前に構えた。テレビがぱらぱらときらめき、画面が出る。

 

 いきなり、音が出た。

 というか、それは聖の声だったのだがとても声には聞こえない。音、純音が出たのだ。普段の喋りとはまったく違う、空間を切り裂き支配する声量と力があった。木造の聖の部屋に重ねて不可視の宮殿が出現した、そんな感覚だった。伴奏が、実は聖の口から出ているのではないか、そう思わせる人間技とは思えない声だった。

 いや、実際これは人間の声では無い。聖自身、自分で歌っているという自覚が無い。喉や腹から声を出しているのではなく、開いた口の前でいきなり音が発生している。何者かが自分に取り憑いて歌っている、聖はそう考えている。だから音が無いと歌えない。自分が何を歌うのか、自分自身では選べない。流れてくる音に合わせてソレが勝手に歌を紡ぎ出す。だから聖は一度聞いただけの歌でも自在に歌う事が出来た。

 声は突然やんだ。

 歌が終わったのだ。だれもが皆、目を丸くしている。

 聖はちょっと後悔した。いままで歌を他人に披露した事はない。自分の歌が異常だという事は自分が一番よく知っている。あまりに違うものを人は受け入れようとしない、自分の想像とかけ離れたものは排除しようとする習性が人間にはあるのだ。

 ウエンディズのメンバーは全員変わり者だ。ひょっしたら受け入れてくれるかもしれない、そんな気がして今回秘密を明かしたが、やはりダメで、これまでのすべてが御仕舞いになるかもしれない。でもそれでもいいと聖は思う。この人達でダメならばこの世界には多分、自分の受け皿は無い。それを知っていれば別のものを探すだけだ。「普通の人間」としての自分、というものが幻想に過ぎないと分かるだけ収穫と言える。寂しさも一抹はあるのだが。

 沈黙を破って一人、聖の目を見る者がいた。志穂美は言った。

「負けるものか。」

 立ち上がり聖からマイクを奪い取るといきなり次郎長三国志の一節をうなり出す。

 聖は心底びっくりした。どこの世界にカラオケと聞いて浪曲をうなる女子高生がいるだろうか。ふと見ると自分の隣に祖母がいて、志穂美を拝んでいた。異常だ。

しるく「すばらしいわ。聖さん、こんな隠れた才能があったのね。」

 見ると涙まで浮かべている。しるくは言葉を尽くして聖の歌を褒め称えた。志穂美の浪曲は完全に無視している。じゅえるとふぁはこれはもうびっくりしているばかりだった。この二人はただの人だから仕方がない。明美はしるくの言葉を自分の事のように喜んでいる。聖はちょっと心が暖かくなった。

 しるくは言った。

「聖さん、賛美歌とか歌えません? 今日これから私、孤児院と母子家庭の集まりのとクリスマス会を掛け持ちするんですが、皆さんにも聖さんの歌をお聞かせしたいですわ。もうほんとに素晴らしいクリスマスプレゼントになります。」

明美「うん、うん。そうしよう。勿体無いよ。こんな凄い特技があったなんて、聖ちゃん凄いよ。こんな才能埋もれさせておいたら世界の損だよ。」

しるく「まったくです。」

 自分が歌っている自覚が無いから、才能と言われても聖はピンと来ない。ただ、自分が考えていたのとは違う方向に事態が流れ出していくのを感じて、これは逆の意味で失敗したな、と感じていた。弥生ちゃんが居なくてもこの人達のお節介が留まる事は無いと、ウエンディズの行動原理に対する認識を修正したが、最早手遅れだった。

 しるくは衣川家が後援する孤児院に電話を掛けて打ち合わせを初め、聖の特別参加を強引に認めさせた。一人だと心細いだろうからと、明美も連れていく事にして、祐木家の前に黒い立派なハイヤーを呼び出すと、聖と明美を強引に押し込んだ。

しるく「おかあさま、おばあさま。折角のクリスマスですが聖さんをお借りします。是非とも皆さんに聖さんの歌をお聞かせしたいのです。」

 そう言い残し、ハイヤーでいずこへか去っていった。

 後に残されたじゅえるとふぁは言った。

じゅえる「・・・弥生ちゃんがこの場に居たら、きっとうまく仕切ってくれただろうね。」

ふぁ「みんなでしるくのクリスマス会の応援に駆り出されたよ。それはそれでいいんだけどね。」

 二人はそのまま祐木家を辞した。

 祐木家ではその晩、聖の代わりに、志穂美が浪曲をうなる声がいつまでも聞こえたという。

 

 クリスマス会の結果、西暦2001年、新世紀の初めは聖にとってとんでもない年明けになった。

 聖の歌声に驚嘆した人々は、しるくの威光もあって異常と言わず偉才だと認識した。なんたって衣川家のお墨付きだから逆に聖の才能を伸ばす助力を次々と申し込んでくる。衣川のお殿様の前で歌わされてしまうし、年始回りに東京京都と飛んで回ったしるくに付き合わされ、有名な音楽関係者とやらに引き合わされ歌う、というのを十回以上も繰り返し、結果のびてしまったりした。

 正月三が日をホテルで過ごすという初めての体験に、ひょっとしたら自分は大変お馬鹿なコトをしでかしたのではないか、という後悔ともつかぬ違和感を聖は感じていた。

 なんの用も無いのに東京までもついてきて、心配も緊張感も無く隣のベッドで眠っている明美の姿に、言いようもない羨ましさを覚えた。

 

 

END

 

2001/1/16

 

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