弥生ちゃんの部屋

 

 弥生ちゃんは今日はお休みです。

  

明美「こんにちは。今日は弥生ちゃんは座敷牢にはいません。なんでかと言うと、弥生ちゃんは本来はとっても忙しい人なんです。あの人はほんとは県立門白高校生徒会副会長で実質生徒会長を傀儡として生徒会を牛耳る悪の総裁なんです。もうすぐ卒業式ですし色々と学校行事もある事ですからこんな牢屋の中にのほほんと居る暇なんか無いって、生徒会の人がやって来て弥生ちゃんを拉致して行きました。ですから今回は私たちが代役を務めます。」

聖「・・・・・・・・」

明美「え、なに、いつもじゅえるからあんたのしゃべりは要点がはっきりしないでだらだらと長ったらしくて聞いてる方が疲れて来るって言われているというけど私もそう思う? あ、ごめん。えーと、・・・なんだっけ。」

聖「・・・・・」

明美「え、自己紹介してない?! わお。そうだったわ。

 あ、みなさん初めまして、じゃないや、こないだも出たんだ。山中明美です。ウエンディズでレフトで8番守ってます。あ、8番て打順のことだから守ってるってのはへんだ。えーでも、まあ、そういう位置づけの人です、私。こっちにいるのが聖ちゃん。祐木聖です。はいごあいさつ。」

聖「・・・・・・」

明美「聖ちゃんは普通なんにも喋ってないように見えるけどほんとはものすごくおしゃべりなんですよ。ただ声が小さくてよく聞こえないだけで。で、聖ちゃんは9番でライトです。打率は聖ちゃんの方がいいです。というか、わたしバット当たらないもの。で、聖ちゃんは本当は弥生ちゃんより頭がいいんです。校内の席次でも弥生ちゃんが女子で一番で、で無かったら聖ちゃんが学校で一番って事が多いんです。弥生ちゃんはそつがないからいつもコンスタントに成績がいいけれど聖ちゃんは設問が馬鹿みたいな事聞いてる時はやる気がまったくしなくなるからムラがあったりするんです。」

聖「・・・・・・・」

明美「え、そんな話は照れるからしないで、って言っても世の中は受験シーズン真っ只中じゃない。受験生の人は大変よね、って私たちも来年あたりそうなる・・・、え、シリーズ延長だと年齢上がらない?何の事?? あ、そうだ、私たちの学校は門白高等学校というとある地方の県立普通科高校で一応受験校です。といっても二年に一回現役か卒業生かが東大にひとり入るってレベルの、まあ受験校といってもありふれた学校ですけどでもわたしにはちょっと難しかった、入るの。わたしってウエンディズの他の隊士と、あウエンディズってメンバーの事は『隊士』って呼ぶんです。新撰組にならってそういう風になってるんです。なんたって野球は二の次で戦闘訓練する戦闘部隊ですから、ってなんか帝国華撃団みたいでちょっとかっこいいー。おっとまた聖ちゃんに注意されちゃった、話が逸れたって。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・」

明美「あはは、話す前に考えろって言われちゃった。聖ちゃんはホントは毒舌家なんですよ。わたしにはそんな事あんまり言わないけれど弥生ちゃんとかまゆちゃんは聖ちゃんの話を聞いたらいっつもなにかあれ、「苦虫を噛みつぶした」みたいなっていうの、そんな変な顔をしてるんです。どうも聖ちゃんの話にはかなり高等なレトリックとか高尚な教養を必要とするのとかが混ざってるみたいでわたしなんか単純だからそういうのって良くわかんないんだよねー。まあいいけど。」

聖「・・・」

明美「そうでした! 私たち弥生ちゃんの代理でした。そうです、ここ衣川家の座敷牢のレポートをするんでした。

 えー、なんかウララちゃんみたい、テヘ。えー衣川家っていうのは、しるくの実家なんだけど、元々はここいら辺を治めた衣川十六万石のお殿様でしるくはその直系の子孫に当たる訳でいうなれば世が世ならお姫様なんです。我々下々の者が口をきけるような身分ではないんですけど今は民主主義の世の中ですから仲良くウエンディズで頑張ってます。

 さて、衣川家は明治維新の頃廃藩置県で藩を解散してお城も明け渡してこのお屋敷に移って来ました。もともとはここは衣川家の別邸というか隠居処というような存在だった訳ですけどでもそれなりに大きいんです。ぐるっと一周するだけで10分は掛かってしまいます。って言っても門白高校を周囲をぐるっと回ってもそのくらいは掛かるからつまり学校と同じくらいの敷地面積があるという事です。

 さて、こういう広いお屋敷ですから、そもそもお殿様とかが居た訳ですからたくさんの人が勤めていた訳ですがそうなるとなんらかの不祥事を起こす人ってのが必ず出て来ます。そういう人を閉じ込める為の施設もちゃんと用意されているって事ですね。しるくのはなしだと戦前までは拷問部屋もあったとか無かったとかいうんですけど、でも弥生ちゃんが閉じ込められている離れはそのなかでも結構身分の高い人、たとえば衣川の身内の人じゃないけれど家老クラスの人を閉じ込める為に用意された部屋なんです。

 さて、このお部屋ですが、広いんです。12畳もあります。はっきり言ってウチよりでかいです。わたしん家は公団住宅で6畳二間にDKですから、弥生ちゃんひとりでこんな広い所使ってていいなー。わたしなんか自分の部屋さえ持ってないのに。あ、ちなみに弥生ちゃんの本当のおうちも結構大きいです。旧い農家ですから家の大きさだけは自慢できるんですけど弥生ちゃん家はヤモリとかイモリとかコウモリとかネズミとかイタチとかヘビとかともかく気持ち悪い生物がいっぱいやって来るからイヤなんです。

 えー、では早速この未知の空間を探険してみましょう。

 いまわたくしはこの座敷牢を普通に市民が生活する日常より隔絶する格子をくぐっています。これは木で作られている訳ですがともかく太い。そして固い。松でしょうか杉でしょうかよくしらないけどともかくこの格子は頑丈です。素手ではどうこうなるというようなものではありません。なんというかこの格子一本一本がわたしの住んでいる公団住宅の安普請の木の柱より太かったりする訳ですから弥生ちゃんは極めてぜいたくな空間に住まいしているという事です。実にうらやましい。そしてこの扉、見て下さい。周囲より更に頑丈な精密な作りで木の合わせ目にはかみそりの刃さえ刺さりません。実にいい仕事をしています、昔の大工さん。そして注目すべきがこの錠です。特注品の南京錠です。南京錠といってもポストの錠とかに使っているちゃちなものとはものの出来が違います。ステンレス製です。たしかこの素材は金庫で使っているものと同じ鉄です。まゆちゃんが教えてくれたんですがこの鉄はやすりでギコギコこすっても切れるようなそんなやわなものではないそうです。切るにはバーナーで焼き切るしかないという難物ですが、それだったら木で作られた格子を切った方が早い! なんかまぬけです。こんな所に使っているなんてまったく勿体ないような立派な錠です。これにはメーカーの保証書が付いているというのも聞いたような気がします。素人が針金でごちゃごちゃやったくらいでピンと開いたりするようなそんないい加減なものではないのです。

 さて今わたくしは人跡未踏の地に足を踏み入れました。一面に広がる畳の海。まるでお寺か柔道場のようです。まだ青々としています。それほど古いものではないようです。確か弥生ちゃんがここに入れられると決まった直後、しるくがおこづかいで弥生ちゃんの為に職人さんを呼んで畳の表替えをしたとも聞いております。なんという友情の篤さでありましょうか、このしるくの優しさに弥生ちゃんはいかなる行為でお返ししようというのでしょう。

 内部をざっと見渡しましたが、何もありません。畳だけです。通常ここには弥生ちゃんのお布団が隅っこに畳んであるのですが現在弥生ちゃんは生徒会のお仕事でここ数日帰っておりませんので衣川家のお手伝いさんがお布団を干してなおしてくれています。その為広い座敷牢がますます広く感じます。

 この12畳の縦長の部屋のつきあたり、ここには床の間があります。左隅のみ一段高く畳が積み重ねられおります。言い伝えによりますとここは貴人が座る場と決められていたようです。察しますにここに閉じ込められたのは単に家老だけというのではなかったという事でしょうか、ひょっとして衣川家に連なる方々もこの部屋で過ごした事があるのでしょうか。

 それを思わせる設備もそなわっています。床の間の右側には書棚が据えられています。かってはここになんだか難しい本が並んでいたのでしょうか。いまはここには弥生ちゃんの私物が置かれております。えー、弥生ちゃんの愛読書でしょうか。なになに、「天狗浅言集」「拝金教徒ユリアの啓示」「ここがあぶないインターネット」分かりません、弥生ちゃんは一体この牢獄で何を企んでいるのでしょうか。どんな恐ろしい計画がこの場所で練られているのでしょう。その全貌が明らかになる時我々はただ恐怖するしかないのでしょうか。解説の聖さん、弥生ちゃんはいかなる犯罪を計画しているのか、現場に残された遺留品から判断出来るでしょうか。」

聖「・・・・・・・・・・」

明美「ありがとうございました。

 あ、発見しました。発見です。弥生ちゃんの秘密を遂に発見いたしました。

 ドリームキャストです。これこそ弥生ちゃんが莎木の為に購入したと言われるドリームキャストです。そういった割には莎木を買ったという報告はいまだ為されていないようですが。ではこのCDのふたを開けてみたいと思います。果たして弥生ちゃんは公約どおりに莎木を入手したのでしょうか。

 ・・・・・ざんねんです。弥生ちゃんが現在プレイしているのは莎木ではありませんでした。魔剣Xでもありません。Segaラリー2です。弥生ちゃんはなんと車のゲームで遊んでいたのでした。そういえば弥生ちゃんはRPGは嫌いでした。ちまちまと仕組まれたシナリオの上をなぞっていくのは時間の無駄だ、などという暴言を耳にした事があります。

 いまドリームキャストに電気が入りました。ぐるぐると赤い渦巻が巻いております。なおこの画面が表示されているのはまゆちゃんが持ち込んだ古いモニターだと言う事です。本来はNECのコンピュータ用のモニターテレビでちゃんとテレビも見られる優れものだったという話ですがこの座敷牢にはテレビのアンテナ線は引き込まれておりません。弥生ちゃんは日常どのような番組をたのしんでいるのでしょう。もしかすると一日中砂の嵐を見ているのでしょうか。

 車です。やはり車が出ました。当たり前ですが感動です。ちゃんと車が走っています。では私もプレイしてみる事といたしましょう。

 

 終了しました。一面クリアならず。どうして車なのにバックギアが無いのでしょう。ギャラリーに突っ込んで復帰する間にゲームオーバーになってしまいました。解説の聖さんはどうでしょう。」

聖「・・・・・・・・・・」

明美「ありがとうございました。聖さんの結果も一面クリアならずでした。時速40キロではとても目標タイムをクリアできません。これは抜本的な改善が必要と認められます。弥生ちゃんはこの超難度のゲームをいとも簡単にクリアしたと豪語致しておりましたが果たしてこれは真実なのでしょうか、とてもわたくしには信じられません。しかし弥生ちゃんはこの閉ざされた牢獄においてひとりこのゲームに立ち向かっているのです。わたくしも錠を掛けて弥生ちゃんと同じ環境に置かれればこのゲームがクリア出来るようになるのでしょうか。

 あ、解説の聖さん、どちらに行かれるのです。え、弥生ちゃんと同じ環境を再現する? 果たして聖さんはいかなる手段を用いて弥生ちゃんの記録に迫ろうというのでしょう。

 あ、これはとんだ盲点でした。錠はちゃんと掛かっていたのでした。なるほどこのまま扉を閉めて錠を下ろせばまったく弥生ちゃんと同じ状態になれるのでした。あ、聖さんがじたばたしております。どうやら内側から錠を下ろすには聖さんの腕では短すぎるようです。ではわたくしが錠を下ろして参りましょう。」

 

がちゃ

 

明美「え、そうじゃない? 格子の外からまゆちゃんが別のコントローラを使ってやるの? そうかいんちきだ。走り方を教えてもらってたんだ。

 て、えーと、錠下ろしちゃったんだけど、私たちこれから・・・・・・・。」

聖「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 

 

end

 

 

 

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