【第1話 宇宙戦艦もらったよ】
「突然ですがわたし、宇宙戦艦もらいました」
二年生 樺湖ミレイの言葉に反応した者は居なかった。
プロキオン女子学院大学人形劇部にとって、あまりにも突飛な台詞だったからだ。
それに、さすがに宇宙戦艦は無いが宇宙船そのものは珍しくもない。宇宙スクーターで隣の小惑星から通学している子も居る。
しかしながら、人形劇部次代のホープで性格もしっかりしたミレイが言うのだ。
前にも似たような感じで、リヤカー一杯の白菜をもらってきた例も有る。
あの時は学内で臨時即売会をやって処分し、部費不足を解消した。
三年生幹部は同じ二年生部員3名を睨んで対応を任せ、二年生は新入部員5人に視線を投げる。
やむを得ず、日頃お調子者をかって出る文化生活科一年 多田野香矢が応じた。
「宇宙戦艦て大きいやつですかー」
「元々は宇宙魚雷艇って言ってたから、そんなに大きくないわね。30メートルくらい?」
「へー、30メートルですか小さいですねハハハー」
香矢は以後どう続ければいいのか分からない。へらへらと顔面を崩したまま、どうしましょうと先輩の指示を仰ぐ。
どうやらほんとにもらったようだと判断し、三年生副部長カイラグ・マミアーナが尋ねる。
「ミレイ、誰にどうやってもらったんだ。ちょっと説明してみ」
「公園で行き倒れていたおじいさんを助けて病院送りにしたら、その御礼に、」
「いやいや、御礼はいいけど宇宙戦艦とか大げさすぎるだろ。何も疑問に思わなかったのか」
「もちろん最初はお断りしましたけど、おじいさんももう歳で引退しようと思っていたけれど後継者が居なくて困っていたとやらで、わたしに」
「つまり、もらったんじゃなくて押し付けられたんだな? 処分しようも無い船を」
ミレイ、なるほどそういう考え方もあったのかと改めて感心する。
美人で頭も良く人当たりが柔らかく誰にでも親切で誰からも好かれる女だが、少し変人で他人の悪意にまったく気付かないから、周囲の者は困ってしまう。
ふんわりとした茶色の髪を左右に揺らして、皆の判断を乞うた。
「みなさんもそういう風に考えますか?」
「うん」「うん」「あんた騙されたんだよ」
「でもーおっきいんですよお。エンジンもちゃんと付いてるし」
エンジン、つまりは核融合ロケットエンジンは人類の科学技術のレベルを越えるオーパーツで中古だろうが廃品だろうが目の玉の飛び出る値段で取り引きされる。
船体ごと売り飛ばせば老人一人が余生を裕福に過ごすのにまったく不自由は無いだろう。
第一、
「ミレイ、あんた船舶免許持ってないよね」
「推簡(推進機付き簡易航宙機・宇宙スクーター免許)ならありますが」
「船動かすの無理じゃん」
「そう言われればそうですね」
「売り飛ばそう。そのお金をおじいさんに受け取ってもらえばどちら様も八方丸く収まる」
「なるほど、そういう考え方もあります」
人を疑う事を知らぬミレイだ。マミアーナが売買手数料として相当分を部費に収めようと企んでいるとは考えない。
だが、まずは本当に宇宙戦艦とやらが有るのかを確かめねばならない。
売るのならちゃんとした業者に、金持ちで国家行政にも顔の利く有力者の下に持ち込まねば。
幸いにして人形劇部四年生前部長は財閥令嬢だ。
さっそくに連絡を取ろう。
「おい香矢、ミレイに付き合って宇宙戦艦とかいうのの現物を確かめて、写真も撮ってくるんだ。全体が分かるのとエンジンの状態が分かるのをな」
「えーわたしですかあー」
「そうだよ」
「でも午後の講義がー」
「いやお前、もう講義始まってる時間なのに、なんでここに居る?」
「それはー」
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宇宙船溜まりに出向いた樺湖ミレイと多田野香矢は、いきなり警官隊に包囲された。
プロキオン地球人行政区の首都惑星の正面玄関に宇宙戦艦などを係留すれば、斯くの如くなるのは理の当然。
偉そうなスーツの女が警官達を押しのけて前に出る。この人が責任者らしいが警察関係ではないだろう。
「あなたが樺湖ミレイさんですね、えーと髪の茶色い方」
「はい、わたしです」
「わたしは違います」
「違う方は喋らなくてよろしい。中央病院に収容されたユークレド・アマール氏から恒星間交易船を受領したのは、あなたですね?」
「宇宙戦艦もらいました」
「よろしい。では身分確認を行います。証明書を提出してください、そちらの違う方も念の為に」
女はプロキオン行政府宇宙航路管制局書庫資料課のカーリャ・須藤と名乗った。
ただの書類整理係にしては偉そうなのは、実は別に重要な任務があって隠れ蓑に無難な部署名を使っているだけだ、と推測する。
なにしろ警官に対してあーでもないこーでもないと命令をしまくって、いかにも権力を弄ぶからだ。
つまりはこの人は難しい国家試験をちゃんとクリアしたキャリア官僚なのだ。
学生証による身分確認および大学当局への照会も済んで二人の身元が確定したが、香矢はカメラを返してもらえない。
人形劇部備品のフィルムカメラは貴重品であり、このまま没収などされた日には先輩にどのような苛烈なお仕置きを食らうやら。
「それでは樺湖ミレイさん、船を見分してもらいます」
「じゃあ多田野香矢さんも一緒に」
「それは困ります。これは極めて特別な宇宙船で、関係者以外が立ち入るべきではありません」
「でも所有権はわたしに移譲されたんですよね。わたしが許せばいいはずです」
法的にはその通りで、そもそもが恒星間交易船は治外法権であり地元行政府の権限が適用されないものだが、
「ちっ!」とカーリャは舌打ちする。
ミレイをただの女子大生でこちらの言うがママに操り易いと思っていたのが、大誤算。
こいつは案外と強情な奴だ。
「でかっ!」
船溜まりは空中に有る。
惑星重力が1Gであるのは高度100メートルまで。それ以上は空気は有れども重力は無く、船を留める杭が120メートルの高さで何本も突っ立っている。
人の往来専用の港で大型輸送船や作業船は別の港を用いるから、混雑はしても圧迫感は無い。
上に登るにはエレベーターだ。100メートルきっちり上がった所で身体が重力を感じない。
ふわりと浮き上がり、手すりを掴む指に力を入れて留める。プロキオン生まれなら誰でもが覚える日常の仕草。
何十隻もが係留される中、ひときわ大きな船がミレイのものだ。
全長30メートルでしかないのだが、他が貧弱すぎる。
近距離路線用の客船貨客船で速度も遅い。路線バスが空を飛んでいる程度のものだ。
そして多数の自家用宇宙船、4から10人乗りがせいぜいで比べるまでもない。
「鉄板厚っ!」
先程から多田野香矢が叫ぶのも無理は無い。まさにこれは宇宙戦艦だ。
日常乗る宇宙船とは外板の厚さがまるで違う。
装甲だから当たり前だが、金属の塊と呼ぶべきものが船を覆い尽くしている。
ミレイも改めて外観を確かめて、うなずいた。
「すごいでしょ、宇宙戦艦」
「うんうん、先輩凄いです」
「何を呑気な、あなた達。これは戦艦ではありません、恒星間交易船ですよ。どれだけの重さの責任があなたに掛かって来るか分かりますか、樺湖さん」
「いえぜんぜん」
しれっと言ってのけるミレイに、カーリャは神経質そうに額に皺を作る。
そもそもが、一般人が恒星間交易船について知るはずが無い。
知らなければ責任なんか感じるはずが無い。
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「あの、カメラ返してもらえますか?」
「ダメです帰る時までこちらで預かります。フィルムは没収です」
「とほほ、まだ1枚も撮って無いのに。あの、損害賠償請求は」
「却下します」
宇宙戦艦の上部構造物。家が1軒くっついたような突起物はブリッジだ。
側面のハッチは厳重に閉ざされて、港湾の作業員が開けようと四苦八苦していたがまったく手が付けられない。
だがミレイが右手をかざすと簡単に開く。厚さ1メートルの鉄扉が滑らかにせり出てきた。
カーリャもこれにはびっくりする。
「……生体認証技術ってものか。初めて見たわ」
「中に入りますか?」
もちろん、と真っ先に入ったカーリャはたちまち異臭に鼻を押さえる。
ミレイ、続いて香矢も同様に。この臭いの元はなんだ。
「先輩、これは前の持ち主がお掃除をしなかったのではないですか」
「そうね、公園で行き倒れるくらいだから、船の掃除をする力も無かったのでしょう」
「元々不精な性格だったのかも」
最初に入った部屋は操縦室だった。正面にこれまた1メートルの厚さのガラスが入っており、有視界で操縦できる。
香矢は操縦パネルを覗いてみたが、百個以上も姿勢制御ロケットの操作スイッチが並んでいた。
さすがに宇宙スクーターとはレベルが違い過ぎる。
何故か設計図を持っているカーリャがブリッジ内部を確かめて、機器の点検を行う。
船自体は特別に設計されたものではなく、軍用の1隻が恒星間交易船に転用されたものである。資料はあるわけだ。
しきりにうなずいて納得している。
「ここは入港時の操作用の簡易ブリッジで、本来の操縦と機関制御は船体中心部で行うみたいね。防御地場の外に出る惑星間航行船なら当然の設計か」
「エンジン、動かしましょうか?」
ミレイの提案に、ぎょっと目を剥いて振り返る。
あなたには船舶免許も機関免許も無いでしょ。不許可です!
「いえ、でも、電気系統にエネルギー入れないと下の階には行けませんよ」
「樺湖さん、あなたこの船に入ったこと有るの」
「はい。おじいさんの着替えを取りに。さっきみたいに手をかざしたら扉が開いたと言ったら、おじいさんは「ならば次の船長はおまえだ」って」
「登録しなくても船が認証した、わけですね」
「はい。そういう風なことをおじいさんも」
何事かしばらく考えるカーリャに、ミレイと香矢は特に取り合わずブリッジ内を見回った。
さして広くは無い。基本的に1名でも操作できるコンピュータ支援操縦機能があり、機関制御と通信にそれぞれ1名居れば十分だ。
宇宙服を着たまま操作が出来るように、操作パネルのスイッチ類は大雑把な配置になっている。
ただエアロック機能は無く、ブリッジ自体の空気を抜いて船外作業を行うらしい。
カーリャはハッチから顔を出し、澄んだ空気に大きく深呼吸して、外で待機していた作業員2名を呼んだ。
「とにかく航行日誌の確保が優先です。電源系統を立ち上げて船内への進入を可能にしてください」
さすがに専門家であるから、操縦席の機器を点検して速やかに解答を出した。
ミレイが言うとおりにエンジンを稼働しなければ船体全部にエネルギーが回らない構造になっている。
つまりセキュリティで適格者が生体認証しなければ、船の全機能が使えない。
「外部から電力供給できないのですか」
「それも、船内の機関部で電力切り替えをしなければ無理です」
「エンジン動かさないとダメってことですか」
何をそんなに恐れているのか。
女子大生二人も作業員も、カーリャの懸念の元が分からない。
だが結局は、ミレイ無しではこの船はどうにもならないのだ。
決断した。
「樺湖さん。分かりました、エンジンを始動して内部への進入が出来るようにしてください。下の機関部に入ったら外部電源供給に切り替えて、エンジン停止。いいですね」
「はい。最初からそのつもりですが」
「ならばお願いします」
ブリッジ操縦席に右手の痕の付いたパネルが有る。この手垢は何十年も拭いていないのではないか。
前の船長が確かに船を駆っていた証だ。
ミレイが手を当てて生体認証。赤い豆電球が点灯して承認される。
分厚い鉄扉が再び閉まる。
驚くカーリャと整備員にミレイは笑って注意する。だいじょうぶですよ、一度閉まる仕組みらしいです。
軽い振動と共に、ブリッジ内の照明が点灯した。操縦パネル類が息を吹き返す。
扉上の表示板に「与圧OK」の文字が光る。
「樺湖さん、下への扉はもう開きますか」
「はい、ロックは開いたはずですが。あれ?」
「なに、何か異常が」
「窓の外が暗いです。まるで宇宙に出たみたいに」
一番手近に居た香矢が正面窓の分厚いガラスに顔を当てて覗いてみる。
プロキオン首都星の船溜まりの明るい風景が見えるはずが、
「星ですね、これ完全に宇宙空間ですよ」
「そんなばかな!」
「いえほんとに」
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宇宙戦艦に閉じ込められて32時間経過。
ようやくに外部からの通信が入った。
正気を取り戻したカーリャがマイクを握って叫ぶ。
「こちらはプロキオン行政府航路管制局職員カーリャ・須藤。現在漂流中救援を乞う!」
”こちらアークトゥルス宇宙軍哨戒艇1038、貴艦の所属と航行目的を述べよ”
「助けてたすけてー」
”現在攻撃照準中、不用意な兵器の起動を行わず推進機を停止せよ”
「たすけてくださいおねがい!」
ここに至るまで長い苦労があった。
窓の外に拡がる星空はプロキオンから見た星座とまるで違う。
つまりここが何処の星系であるか、さっぱり見当がつかない。
この段階で既にカーリャは錯乱状態に陥った。エリートは突発的事態に弱い。
作業員2名も上司が指示能力を失って戸惑い、為すべき事が分からない。
やむなく船の所有者である樺湖ミレイが全権を掌握。
とりあえず現在地の確認より、生存に必要な船の機能を確保すべきと大目標を設定する。
作業員は役立たずの上司を放置し、船を点検して機能の理解に奔走した。
ブリッジ下の船内居住区に降りて、メインコンピューターを発見。核融合エンジンや船内環境維持の正常化を実現する。
星図も発見。だが、なんと「光磁気ディスク」という超ハイテク記録媒体に保存されている。
プロキオンの艦船ではこんな高度な大容量記録装置は使われていない。
データを読み出すメインコンピューターも常識を越える高機能であるから、不用意に触って破壊してしまうのを危惧。
とりあえずプロキオンでも使われているアナログ通信機を立ち上げて、周囲に救難信号を送り反応を待つしか手が無かった。
その間ミレイと香矢は船内を捜索して食料を探す。
一応は環境維持装置に付属している飲料水・基本食料供給装置が完全稼働しているのを確認。とりあえず餓死はしない。
また貨物倉庫内に乾燥食料を確認。プロキオン製ではなく、なんかもそもそして不味そうだがとにかく人間用であろう。
船長室を漁ってカーリャが言う最重要機密の航行日誌も発見。千冊も有った。
この船、『彷徨えるプロキオン人』号が恒星間ジャンプ能力を獲得しておよそ70年。
銀河に点在する108の地球人類居住地を経巡った記録である。
ミレイは一瞥して日誌の重要性を看破する。
「つまり恒星間交易船は各星系行政府に他所の星の現在の状況、政治や社会や戦争、経済や物価などの情報を提供して、見返りに船の利便をはかってもらってるのね」
「一番価値が有るものを作って、恒星間交易船に運んでもらって向こうの品と交換してもらうわけですか」
「たしかに最重要機密だわ。この情報があればゴミみたいな値段のものを高価いお金で買わなくて済むのだから」
そして通信が回復して、アークトゥルス星系に居ることが判明。
哨戒艇1038はミレイ達の乗る『彷徨えるプロキオン人』の半分の大きさであるが、真空中ドッキング能力を持っている。
ブリッジ後ろのドッキング専用ハッチに蛇腹状のチューブを繋げて与圧し、乗り込んできた。
一時の混乱から回復し役人としての挟持を取り戻したカーリャは、自ら先頭に立って出迎える。
万が一を考えて宇宙服に身を包み、エアロックとしても使えるブリッジ内で待っていた。
整備員2名も彼女の後ろに控えている。
やはり宇宙服を着てサブマシンガンで武装したアークトゥルス軍の兵士がドッキングハッチから乗り込む。
カーリャを責任者と認め、哨戒艇の方に連れて行った。
船本来の持ち主であるミレイ達は下の居住区内に待機。交渉に立ち会わせてもらえない。
香矢は、せっかく他所の恒星系に来たのに会わせてもらえないのが癪に障って、バカを言った。
「このまま船がプロキオンに戻っちゃえば、面白いんですけどね」
「カーリャさん置き去り? それはひどい」
「あははー、あたしあの人ちょっと嫌いです。うるさいし威張るし」
「そうかもしれないけど、縁起でもないこと言わないの。
あ、カーリャさんから通信だわ。わたし出るね」
「ミレイ先輩へんなとこ触らないでくださいよお」
だが変な所に触ってしまうのだ。期待のとおりに。
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【設定】
200X年、地球人類は悪の宇宙人によって拉致され、宇宙のホームセンターで園芸作物として売られる事となった。
ペットではない。地球人を適切な環境に移植しいくつかの資源や地球生物を与えると、文明を作り環境を美しく彩ってくれるから商品価値が有った訳だ。
地球人を買った宇宙人は、地球人が生息するのにふさわしい環境を持つ小惑星を用意する。
おおむね直径10キロメートルの球体、1Gの重力を持ち呼吸可能な大気を保持する機能を持つ。もちろん人工的にこれらの環境は維持される。
宇宙における庭園であるから、これを作ったものを地球人は「ガーデンマスター」と呼ぶ。
実質は神にも等しい力を備えた存在であるが、決して「神」だなどと呼びたくはないのだ。
本来限られた環境にしか住めない脆弱な地球人類は、そのままではすぐ死んでしまう。
そこで宇宙小学生でも簡単に飼育できるように、地球人簡易飼育セットが付属で付いてくる。
地球人が「宇宙キノコ」と呼ぶもので、強烈な宇宙放射線を遮蔽し同時に発電して空気の浄化と熱と光の発生、一定の環境の維持をしてくれる。
この物語の主要舞台であるプロキオン星系は、実は「たぶんこれプロキオンだろう」という推測で名前が付いている。
太陽系から自力で移動したわけではなく、天体に関する詳細なデータを携えていない地球人類は単純な星座の知識しか持っていない。
そこで乏しい知識の中から近い天体を選んで名前を付けた。
だから他所の恒星系では名前がダブっているところも有る。互いに協議をしたくとも、恒星間交易船による連絡を通じてでなければ出来ない。
プロキオン星系の地球人居留地は有人小惑星7個と資源採掘小惑星15個から成る。
首都星は直径15キロメートルの完全な球形。6個が円形に並んで回転する中心に位置する。
小惑星群全体を覆う防御磁場が存在し、恒星風や高エネルギーの宇宙線を防いでいる。またX線紫外線他の光線量の調整も行っている。
有人星には1Gの重力場が高度100メートルまであり、1気圧の大気が高度1キロメートルまで存在する。重力の強さは高度に関係なく一様。
大規模な森林や海が存在しなくとも生態系維持が出来ているから、環境を保全するなんらかの機構が存在すると考えられている。
星中心部まで穴を掘って確かめてみたが、「ガーデンマスター」が設置した環境維持・人工重力装置などは発見されていない。
資源採掘小惑星には人口重力も呼吸可能な大気も無い。地下に穴を掘って宇宙キノコを栽培して居住区を作っている。
プロキオンへの入植はおよそ400年前。5万人から始まった。
現在の人口は30万人。これはかなり多いと考えるべきであり、それだけ豊富な食料生産が成されているわけだ。
すべてをゼロから始めて農業を確立させたのだから、多大な努力と犠牲があったと推察される。
主要農産物は米、大豆。
プロキオンには日系人が多く移植されたために、「ガーデンマスター」が日本的な環境を整える生物種を与えてくれたのであろう。
プロキオンには大学は全部で3つしか無い。人口30万人ではこれでも多いくらいだが、必要に応じて3つに分ける
プロキオン大学、プロキオン理学大学、プロキオン女子大学。すべて首都星にある。
プロキオン大学は法律政治経済等社会制度の維持を図る官僚養成学校の意味合いが強い。警察や軍隊の高級幹部の養成学校でもある。
法学部教授は裁判官を努め、経済学部教授は政府の経済運営に直接間接に関与する。
つまりは行政機構の補助機関であり、権力の牙城そのものでもある。
プロキオン理学大学は理系学部、医学理学工学農学軍事学宇宙学より成り立つ。
宇宙学とは小惑星間の交通に関する学問で宇宙船パイロットの養成所である。
ただし工学部は有人惑星上では大規模な活動を行えない。資源採掘星の工業施設を用いて実験や実習を行う。
地球文化の復活と保存がプロキオン女子大学の設立目的。初等中等教育の教員育成もここの担当となる。
教員免許の取得が卒業に義務付けられているために、ここの卒業生はおおむね教員となる。
だが民間経済分野への人材供給源としても重視される。
花嫁学校としての側面は否定しない。
エリート階層の配偶者は文化面における理解が無いと、次代を担う人材が合理主義一辺倒になって逆に社会を損なう事が危惧されるからだ。
しかしながら、伝統的に「変な女」が育成されていくのだ。樺湖ミレイのような。
ちなみにプロキオン大学理学大学は無料どころか奨学金さえ出るが、女子大学は授業料を取る。
金持ちしか行かないと批判される事も度々だ。また実際お嬢様だらけだったりする。
実は女子大なのに「男子学部」というのが存在する。文字通りに男子学生が勉学する学部だ。
哲学や宗教、文学歴史言語学、芸術、報道などの非生産的分野を教育する場は他に無いから、仕方がない。
なにしろ 農業人口6割工業人口2割という社会で、未だに「人力」が生産設備として主要な存在であるのだから。
むしろ文化面の保護育成の為の大学が設立された事の先進性を評価したい。
プロキオンにおいてはモラル上あくまでも「男性は働いて人の口を養い、家は女が守る」という前時代的な法則が支配する。
だがぎりぎりの生産体制を維持するにはこれでなくては成り立たない合理性もある。
本来であればまだまだ生産力の向上に人的資源を投入すべきなのが、プロキオンの実情である。
体育学部は無い。代わりに軍隊に競技錬成団というものがあり、主に武道を中心に技術の保護育成が成されている。
実戦の機会の無いプロキオン軍では存在感の維持と予算の獲得の為に、スポーツが推奨されていると言ってもよい。
実際軍隊の出動の大半が災害派遣と救助である。無重力空間での事故は非常に厳しい状況となる。
軍事は、恒星間交流が極めて限定的である現在は優先度は低いが、かってプロキオンにおいても社会が分裂して抗争を繰り広げた経験が有るために、疎かにはされていない。
また恒星間戦争が将来発生すると極めて高い確率で見込まれている。そうでなければ「ガーデンマスター」が戦闘用宇宙船・宇宙戦艦などを配給したりはしないだろう。
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女子大生ミレイ嬢は所属する人形劇クラブで宣言した。
「わたし、宇宙戦艦もらいました」
「バカを言え。誰がそんなものくれるか」
「でも本当なんです。行き倒れのおじいさんを病院に連れて行ってあげたら、御礼にと」
人形劇クラブの部長は一年生新入部員のT嬢に命じてミレイ嬢と共に確認に行かせた。
港に着くと、なるほど黒くて流線型の大きな船がある。鉄板も厚くていかにも戦闘用。
だが二人はいきなり警察に捕まった。
プロキオン行政府の役人と称するスーツ姿の高慢な女が取り調べる。Kと名乗った。
「これは恒星間交易船です。極めて特別な船で特定の船長が操船する事で他の恒星系にジャンプ出来ます」
「じゃあお船をくれたおじいさんが、その」
「あなたは前任者から操船方法を習いましたか?」
ミレイ嬢は特に機器の操作方法を習っていないと正直に述べた。
K女史は船内にミレイを連れ込んで確かめさせる。行きがかり上T嬢も巻き添えに。
「どうですか、わかりますか」
「おじいさんが言ったのは、手をかざして生体認証すれば勝手に動くと」
操縦席のパネルに手垢でくっきりと人の手形が写っている。たぶんこれだとミレイ嬢が手をかざすと。
いきなり船内の重力が消えて、身体が浮き上がる。
「なんですかこれ、なんですか」
「どうも宇宙に出ちゃったようです」
パニックになり日頃の有能さが消し飛んでしまったK女史。
ミレイ嬢はT嬢と共に操船しようと試みるが、船舶免許は持っていないからまったく分からない。
かろうじて通信機が使えそうと思えたのでスイッチを入れてみる。
たちまち鋭い声が聞こえてきた。
”こちらはアークトゥルス宇宙軍。貴艦の所属と航行目的を述べよ。通信に応じない場合は即座に撃沈する”
「ヤッター!」
いかにも杓子定規な軍隊の警告に、むしろ公務員の本能が騒ぐ。
平静を取り戻したK女史は、ミレイ嬢からマイクを奪い応答する。
「コチラはプロキオン行政府、現在当艦は漂流中救援を乞う。責任者と話がしたい」
”動力を停止し、武装を固定状態のまま待機せよ。ドッキングを試みる”
ドッキングすると、K女史はさっさとアークトゥルスの軍艦に移っていってしまった。
もちろんなんで動いているか分からない船よりは、ちゃんとした軍人が操船する方が安心には違いない。
置いてけぼりにされた二人。
T嬢はその無責任さに少し腹を立てた。
「このまま船がプロキオンに戻っちゃえば面白いのに」
「そんな、あの人島流しになっちゃうじゃないですか」
ハハハと笑う二人。ミレイ嬢は身体のバランスを取るために右手を壁のパネルに当てる。
特に意識した動作ではなかったが、
だがやっぱりそうなるのだ。
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