アイドル侍 大東桐子

大東桐子の「曾呂利亭の惨劇」

『S.R.G 大東桐子』(サムライ・ロウニン・ガール)シリーズは現在『アイドル侍 大東桐子』シリーズに統合され再出発しました。
元々世界観の構築に納得できず執筆が進まなかったシリーズですが、数編の試作品が残されています。
その一編を掲載します。
あらすじ~ とある富豪の饅頭屋の娘が通う女子大学内での勢力争いへの加勢を持ちかけられた大東桐子は高額報酬に目が眩み柄にもなく学問の府に足を踏み込んだ。
最高学年四年生の有力者は「曽呂利亭」と呼ばれる自治組織を作り、その特権を握る為にそれぞれ護衛を雇い暗闘を繰り広げる。
果たして桐子は勝ち残り栄冠を勝ち取れるか。

 


第一章 誘い文


 流浪の侍 大東桐子は珍しい仕事の依頼を打診された。
 『カエル屋玄爺ぃ』を通すのが桐子に依頼する正式な筋で、頼まれて嫌と言った例はないのだが、
今回少し考えてしまう。

「れきとした大店のおぜうさまの護衛か、わたし向きじゃないよ」

 桐子の表看板は近接白兵戦闘で魂取る荒事だ。
 お嬢様とやらがよほどの凶事に見舞われているのなら、やぶさかではない。
 しかし平穏無事な毎日に更に輪を掛けて御安全にというのなら、適した女武者がいくらでも居る。
 お行儀のいい奴が。

「パスだよじいさん。他に回してくんな」
『いやむこうさん是非にと桐子ちゃんを名指しでね。どうも随分と調べてきたようだよ』
「わかんないなー、どうして和菓子屋がサムライ必要とするかな」

 鶴仁波○○堂といえば都にあっても一二を争う老舗の饅頭屋で、永久評議員にも納入する格の高い商売人だ。
 流浪の野武士風情と住む世界が違う。
 そのお嬢となればほとんどお姫様と呼んでもさしつかえないだろう。

 桐子は跨る空戦バイクの操縦ハンドルにもたれとんがった顎を突き出しながら、電話の向うの爺いに愚痴る。
 うららかな春の日差しに山桜の花びらも舞い散り、なんとも気が弛む。

「わたしはねえ、甘いもんは苦手だよ。
 温い仕事も眠くなるし、おとなしゅうにしとかにゃいかんのだろし。
 ”地潜りの涼子”にでも回しときなよ」
『会うだけでも会ってみなよ。込み入った話で生半な侍じゃ話にならんようだ。
 礼金だって目の玉飛び出るほど出すて』
「そういうのが舐めてるってのさ」
『へへ安い仕事に慣れちまうと、コワイよなあ』

 玄爺ぃも元は侍だ。
 そんなに強くはなかったが、なにしろ六十になるまで現役だった或る意味化け物だ。
 桐子を含め侍稼業の連中は爺ぃの言葉には一応耳を貸す。

『そりゃそうとカエルだがよ。温くなってきたからそろそろ本業を再開しようと思うんだが、いいか?』
「あー、オタマジャクシもそろそろ生まれるか。任すよ」
『一応は桐子ちゃんが経営者だからな。』

 カエル屋は文字どおり、カエルを焼いて食わせる店である。
 カエルがうじゃと湧いて出る沼の脇の掘立小屋で、しみったれた侍達のたまり場として細々と商っている。
 この沼を見付けたのが桐子だから、桐子の店だ。
 玄爺ぃはカエルが他の奴に奪われないよう番するついでに、侍の繋ぎ役を担う。

「もう切るよ。仕事が来た」
『頑張りな。あー、依頼人の名前は”新巻なんとか”ってひとだが、あれゃ』

 際限無いから首筋装甲の電話のスイッチをぶちと切る。
 さすがに引退した爺ぃはサムライ間通信を持っていない。
 アレがあると人によっては煩くてかなわない。

「饅頭屋のお嬢さんが侍の手が要るてのはどういう事情なんだろうねえ。かんけいないけど」



 大東桐子は十九歳と八ヶ月。
 生まれ持った因果なサムライ体質により十四の時からこの荒れ野戦場に出張っている。
 162センチと背は低いが大の男の侍と互角に渡り合う優れた腕前と残忍な手口でちょっとは世間様にも知られていた。
 テレビにも出た。

 髪は薄い飴色が肩までの長さでふわとウエーブが掛る。
 人形のように端正な顔立ちで見栄えはいいが、その目を覗けばむさい侍男も桑原と退散するのが常。
 銀色の瞳が「冬の雌狼」を思い起こさせる、と占い師に言われて気に入り、自分でもそう宣伝していた。
 恐がられてナンボの商売だ。

 耳は空気が遠く振動するのを検知する。
 侍と呼ばれるからには、常人と隔絶して鋭敏な感覚を備えている。超能力と見紛うほどに。
 下手なセンサーを使うよりは勘に頼った方がマシとくる。

 だが今回の獲物は気配を消す用心を怠っていた。いや、猟犬は自らが狩られるとは思わぬものだ。

 桐子が今回請け負った仕事は「筍狩り狩り狩り」
 春の竹林に出かけて柔らかい地面に顔を出す筍を掘り出す、アノ筍狩りだ。

 筍狩り茸狩りなどの野山の幸を採集するのも、侍の重要な仕事。
 いや、侍でなければ務まるものではない。

 筍茸が生えて来る森や竹林を傷付けないように、火器銃器レーザー銃ビーム砲ミサイル等々の飛び道具は一切禁止。
 熱を発するエネルギー兵器、爆発を伴う火薬も論外禁止。
 リモコン兵器に車両等の乗り入れ禁止。
 手元が狂えば当たってしまう長柄の槍薙刀に鞭や三節棍なども当然禁止。
 それどころか50センチ以上の刃渡りを持つメタルの刀すら使用が控えられる。
 加えて、それらマイナーな白刃兵器を投げる事すら禁止。バカ力で石投げるのも禁止。

 修羅の群れが満ちる竹林に身一つで乗り込み、自然を傷付ける事無く速やかに筍を掘り出し守り抜き、無事戦場を離脱する。
 これが「筍狩り」だ。
 一般人はおろか侍でも弱い”スカB”には務まらない。
 例外として忍者が参入を許されるが、掘り出した筍を迅速に運び出すお手伝いが精々だ。

 言わば、侍のトーナメントにも擬せられるこの仕事、
かなりの剛の者でも神経を磨り減らすが、敵は外にも待っている。
 一歩竹林を出れば武器使用の制限はすべて解除、フル装備の甲冑武者が空戦バイクで突っ込んで折角の獲物を奪い取る。
 これが「筍狩り狩り」だ。

 無論十分な対処を考える。
 腕利き信頼のできる侍に任せて市場まで送り届けるのだが、このところ不首尾が続いていた。
 敵もさるもの、空戦バイクでの強襲のみに頼らず、地の下水の中に潜んで待ち伏せを試みる。
 更には超張力繊維の霞み網まで用意して、輸送隊を捕獲する。

 ほとほと参った参加者は季節も終る最後の狩りに、遂に最終手段「筍狩り狩り狩り」を用意した。
 襲撃者を襲撃してこれまで掠め取られた分まで一挙に回収する。
 仲間内でも最強の者を当てた。

 レベル”A(シングル)”を誇る大東桐子。男であっても避けて通る乱暴者だ。


  今回20人の侍から1百圓でこの困難な任務を請け負った。
 二十一世紀初頭の日本¥に換算すれば10万円ほどになる。
 ただこの世界、天然自然食品の値段はべらぼうに高い。筍100本も市場に持ち込めば1千圓にはなる。
 盗られた分まで取り返せば、代金は十分戻って来る算法だ。

 というわけで、大東桐子は勝たねばならない。

 

     ***** 

「100圓分働けばいいてもんじゃないからなあー」

 あくびを噛み殺しつつも耳は5キロ先を行く3機の空戦バイクの疾走音を捉えている。
 他に車両は無いから間違えようも無い。

 音から考えて「破剣1300」と「烈風2000」だ。
 中古・破損状況でも一台あたり1千圓以上で転売出来る。
 普段まっとうのサムライ仕事なら無闇と金銭的ダメージは与えないが、今回他人の上前をはねる外道だ遠慮は要らない。

 桐子のバイクは「芝草70改」
 お買い物スクーター形状の廉価品に結構金を注ぎ込んで改造している。
 男の侍は高速戦闘での騎乗斬り合いに適したものを選ぶが、桐子は現場への移動以外では使わない。
 あくまでも近接徒歩格闘戦、バイクを降りてからが勝負である。
 武装を積まないわけではないが。

 春の光ののどかな道に、もちろんアスファルト舗装なんて気の利いたものはない。
 いや飛走車両の噴射ガスに度々焼かれて土が露出しただけの、道ですらない道だった。

 奴らもプロの侍だ、筍狩り狩り狩りの可能性は十分に留意する。
 最高速で飛ばせばよいのだが、時速500キロを出すには最低でも5メートルは浮上しなければならない。
 高く飛べば狙撃されるのがこの業界のセオリー。
 生っ粋の侍は飛んでるものならとりあえず撃ち落としてみる習性がある。
 鳥を撃ち落とさないよう自制するのも、なかなかの忍耐が必要だ。

 桐子は動かない。
 それどころ計器盤に肘を着き頬杖して半分眠りながら待っている。
 ここで標的が来るまで二日費やした。
 真面目に目ん玉開いておける道理が無い。

 距離は2キロ。姿はもうばっちり見えている。
 当然レーザー銃等遠隔射撃兵器の射程内であるが、動かない。

 既に敵も桐子の姿を捉えている。
 何の為にこんな高い場所で隠れもせず陣取り、チタンホワイトに輝く派手なボディスーツの戦闘服姿を見せているというのだ。

「はらへったー、さっさと終らせてめしにするかあー」

 全然気合いが入らない。蝶々がふらふらと飛んで来て髪に止まるほど緊張感が無い。
 距離は1キロ。980、70。

「烈風2000の方が高価いよなあー」

 ひゅん、と右手が動きバイクの荷物かごに突っ込んだブラスターを引き抜く。
 抜いたと同時に発砲、烈光の弾丸が空戦バイクの横腹に突き刺さる。

「しまっ!」
「よし!」

 丘の上、何処から見てもバレバレな位置に堂々と居座り、抜けた姿を晒していたのは桐子の策略である。
 侍たるもの、殺気溢れる気配があれば遠くでも敏感に反応する。
 まして敵も味方も油断のならぬ筍狩りであれば、敵対者を選別するのに細心の注意を払う。
 のべつ幕なしに喧嘩を売っては、まっすぐには飛べない。

 というわけで、まったくむかんけいですよー、とだらりとしていた桐子である。
 いかに偏光シールドで姿を透明に隠しても、馬鹿正直に殺気を発していればバレてしまう。
 無心になるのも芸の内。

「どうした!?」
「やられた、またうまいところに、くそ!」

 桐子が使ったのは金属・セラミック装甲兵器を対象とした対物光線銃ブラスターだ。
 装甲を貫通するだけでなく、内部で放電爆発を引き起こし電子回路を破壊する。
 しかも狙ったのはエンジン心臓部ではなく、制御部だ。
 部品を取り替えれば100圓以下の修理費で済む。が、確実に飛べなくなる。
 売り飛ばすのにも格好のポイントを一瞬で見抜き、回避の余裕も与えずぶち抜いた。

 「烈風2000」は男の侍のステータスと呼ぶべき高速戦闘の主役。売れ筋商品だ。
 推力10トンを絞り出すプラズマエアジェットエンジンだけを抜き出しても、筍狩り狩りの損失を取り返せるだろう。

 空戦バイクは推力を失い、墜落する所を飛び降りた男に引き上げられ激突を免れる。
 そのくらいの怪力を持つのが侍というやつだ。
 残る2機の「破剣1300」も円を描いて停止する。二人共に抜刀する。

 あまりの手並みにこれはよほどの手練れだと気付いた3人の侍は、丘を見上げた。

 桐子もブラスターはもう使わない。
 いかに光線銃だとはいえ、この距離で当たるようでは侍稼業は務まらぬ。
 斬らねばならない。

 ネコがネズミに舌なめずりする笑みを浮かべ、桐子もバイクから下りた。
 丘から跳び、頭から地面に落下するように、姿を消す。
 地表30センチ草の中を浮上し自在に滑りぬけるのが、彼女の戦闘スタイルだ。
 透明化しなければ、白く輝くしなやかなボディがうねり、鮎が河を遊ぶ姿に遜色のない美しさが拝めただろう。

 「烈風2000」の侍がリーダーなのだろう。指示をする。
 「破剣1300」の二人は再び発進して大きく周回し警戒を始めた。

 一撃で空戦バイクを足止めしたのは、まさにバイクの捕獲が狙い。
 定石ならば別の空戦バイク隊が突っ込んでくるはずだから、高速戦闘で応じようとするのも無理はない。
 しかし戦闘は本意ではない。
 要するに無傷のバイクはそのまま逃がす策。これ以上の損失を被らない堅実な選択だ。

 リーダー格の侍は擱座したバイクの傍に立ち、左右に刀を握って腕を開き軽く警戒する。

 だがバイクは応急修理して浮上しないと曳いていく事も出来ない。
 消えた桐子に対応するか、一人では襲わないと見切って修理を始めるか。
 急がねば直に応援が来て放棄せざるを得なくなる。

 

「! りゃああ」

 男は勘で双刀を振り回す。 

 透明金属と薄膜ダイヤモンドを積層しやはり透明な電子回路を組み込んである。
 見えないほどには透明ではないが、高速で振ればまず軌跡がわからない不可視の日本刀。
 刃の部分にのみ最小限のエネルギーが集中して切断し、センサーにも引っかからない。
 全ての侍の標準装備だ。
 桐子だって、腰に短刀を差している。

 狙いは過たず、虚空に何かを捉え斬る。

ぎゅうんん。

「くっ、この感触! カタナじゃないのか!?」

 ここだ、と見当をつけて打ち込んだ男の刀は、だが桐子の右手の武器に払われた。

 グラバトンと呼ばれる震動兵器。
 装甲の上からでも衝撃波を浸透させ内部の人体を破壊する残虐兇器だ。
 威力を調節して拷問にも使える、というよりも元は拷問に使われていたものに殺傷力与えている。
 細かく震動しているから刀に当たれば弾く。
 超近接で無造作に敵の斬撃を払う桐子にはぴったりだ。

 左腕手甲には簡易シールドとニードルガンを装備するが、こちらは硬目標用で対人兵器ではない。
 使うけど。

 使った。

「ぐっ」

 男は巧みにニードルの一連射を避けるが、甲冑のあちこち穴だらけにされる。
 が、さすが肉体へのダメージは最低限に抑えた。
 侍レベルBBB(トリプル)の手練だ。

 仲間のバイクがリーダーがやられたと見て取って返し、辺りかまわずレーザーで射撃するがいつまでも居るはずも無い。、

「くそどこだ、出て来い!」
「班長! ブラスターでここら中全部焼き払いますか」
「ばかやろう、そんなもんで手におえるか」

 班長と呼ばれるのが、桐子にずたぼろにやられている男。
 筍狩り狩りの企画立案実行責任者であろう。

 まあお互い商売でやってるのだから、桐子も100圓以上の残虐行為を必要とはしない。
 ひゅっと肢体を現わして、目の前に立つ。

 男の甲冑とは違い、裸同然と評される薄いボディースーツのみの装甲だ。
 よほど格闘戦に自信が無ければ、こんなもの着ていられない。
 陽光に輝く純白が格上の戦闘力を誇示する。

「あー、なんだ。もう2分で私の仲間が来るよ」

「う、ううううむ、撤退だ!」
「しかし班長、バイクは」
「くれてやる!」

 逃げ方が上手いのは良い侍。戦闘技能の高い巧いは仕事の質に関係無い。
 もらったカネの分働いて、もらった以上の損害は出さない。
 退け時の分かる相手だと見極めたから、桐子も姿を見せて撤退を促す。

 立場は自分も変わらない。
 今日は狩る側に回ったが、盗りつ盗られつを繰り返すのが侍の商売だ。

「おぼえてろー!」

 いかにも悪党らしい捨て台詞を残し、2台のバイクに分乗して去っていく。
 彼らの次の仕事は、盗られた「烈風2000」の奪還となろう。

 桐子も、もう彼らの存在を忘れてしまった。

 

「はらへったー」

 100圓は後払いである。
 桐子にはこれから依頼主の値切り交渉に立ち向かう、もっと辛い戦が待っている。

 

      ***** 

「失礼とは思いましたが、大東様のお働きを拝見させていただきました」
「ああ。タクシーに乗って見てたのあんたね」

 3時間後、桐子は呼び出されて町まで行き、洋食店の外席で依頼の主に会った。
 年齢は桐子よりも三つばかり上の女性で、仕立ての良いスーツを着ている。
 スーツと言えば統合管制局の行政局員と相場は決まっているが、ネズミ色の連中と違ってなんとなしに華がある、

「申し遅れました。私、鶴仁波○○堂の新巻圭子と申します。これ名刺です」

 手漉きの和紙に木版で印刷された草色の名刺。
 名刺などという古風な習慣も今時無いのだが、
あえて出すからにはなるほど老舗にふさわしい手の込んだ、金の掛っていそうなものだ。

「『鶴仁波○○堂 お嬢様係 新巻圭子』?」
「はい」
「警護の女武者なら手配師に頼めば来るだろ?
 大店で信用が第一というのなら、地付きの連中に頼めばいいし」

 地付きとは、桐子達野武士と違ってちゃんと拠点を定め安定した収入源を確保している侍の集団だ。
 所によっては百人もの侍を抱える一大勢力となり、相互に大規模合戦も行う。
 桐子達もたまに加勢に押し掛けた。

「お出入りを許されている衣川様に御相談しましたところ、うゐ姫様より大東様のご推薦を受けました」
「あの姫(ひい)さんか。あーその筋じゃあ断りづらいな」

 衣川うゐ という由緒正しい侍姫とはちょっとした縁で知り合い少なからぬ迷惑を掛けていた。だが、

「待てよ、衣川の姫さまに聞いたのなら、わたしが警護に向かないと言われただろ。得意は襲撃とか喧嘩とか、」
「今回入用なのは、その喧嘩をしてくださる御方です」

 新巻圭子が真顔で答えるので、桐子は目をぱちくりとさせる。

「女子大の、女ばっかりの一般人の中で一月くらいの期間居ろ、て話だ。なのに喧嘩?」
「話せば長くなりますが、よろしいですか?」

 見かけによらず義理堅いのが桐子の欠点でもある。
 深入りすれば面倒に巻き込まれるとは分かっていても、ついつい首を突っ込んでしまう。



 桐子が潜入するのは鞠経女子大学、
3年制の大学の下に中等部高等部と揃っている私立の全寮制お嬢様学校だ。

 鶴仁波○○堂のお嬢さん、名は清子はこの春めでたく大学を卒業して、更なる研究の為に”四年生”になった。
 この学校の四年生は単なる学生ではない。
 全校生徒を教導する模範となり生徒自治会を組織し、権限は教員をも上回る。

 彼女らにはとある特権が与えられるが、主導権を握る為に有力学生が派閥徒党を組んで暗闘を繰り広げる。
 大体が非暴力な手段を用いるが、悪くすると人命に係る例も過去にはある。
 有能な護衛を必要とした。

 問題は、『通常は非暴力の手段を用いる』という点だ。

 この勝負、最終的な判定は物理的なものでは決しない。
 三年生以下の学生が納得して初めて意味を持つ。
 単に粗暴な者を雇うだけの人間に、名誉ある役職を任せられない。

「ちょっと待て。わたしは、その粗暴な者のひとりに勘定されるぞ絶対。わたし自身がそう思う」
「それはそれでよいのです。
 お嬢様が貴女を見事に使いこなして見せれば、指導力を示す事ができます」
「難しい話だな」

 新巻圭子はここで背筋を伸ばし、正面真っ直ぐに女武者に向き直る。

「はっきり申します。この勝負、お嬢様がお勝ちになる可能性は非常に低いのです。
 最有力と目される御方は、すでに学内に15年留まって見事な御業績を示しておいでです」
「……四年生を15年もやってるのか」
「順当であればその御方が務められる所を、お嬢様があえて異を唱えて今回の争奪戦になりました。
 ですが、」
「まっとうな手段では埒が明かないから、賭けに出るんだ?」

「強いのみならず、学生達に鮮やかな印象を与え膠着する状況をひっくり返し、さらには人に好かれる。
 このような人物を私共は探しておりました。
 うゐ姫様のお話では、大東様はまさにうってつけの御方だと」

「絶対! はなしがどこかで食い違ってる。でもおもしろそうだ、乗ってやらないでもない」
「ありがとうございます。では早速、」

「待て。話を決める前に大将の顔を拝ませてもらおうか」

 



第二章 騙し文


 善は急げとその足で二人は鶴仁波○○堂の別邸に行った。
 大学の近くに在るこの屋敷はお嬢様が宿下がりする時に使うとやらで、新年度を控えて準備の真っ最中だ。

「と言っても、前年度までの支度がそのまま使えますから、ほとんど変りませんけどね。
 お嬢様はあまり華美なのを好みません」

 桐子に応対したのは、やはり『お嬢様係』越前香里。
 歳は桐子と変らず、学生として鞠経女子大に通っているそうだ。
 新巻圭子は責任者ではあるが学内には入れず、身の回りの世話は越前ら3人の学生身分を持つ者が行うらしい。

「なんとも大仰な話だな」
「いえ裏を返せば、私達が学ぶ場所を鶴仁波○○堂の旦那様が作って下さっているのです。
 お嬢様は実のところ身の回りは一人でなんでもこなしてしまわれます」

「お嬢様の方が窮屈しているんだな」
「そうかも知れませんが、一切仰しゃりません。そういう方です」
「ふん。で?」

「大東様にも聴講生という形で大学に入ってもらいます。
 全寮制ですので夜間外出は禁止です。
 ただ四年生の部屋は離れた場所にありますから、あなたには、」
「野宿だな、庭先で警戒しておくよ」

「さらに問題があります。学内は安全管理の観点から一切の武器の持ち込みを禁止しています。
 可能なのは、精々金属製の短刀一本くらいかと。防具も無理です」
「なあに、大した制限じゃないさ。見せといてやる」

 渡り廊下の材木の継ぎ目をちろと見た桐子は、いきなり蹴飛ばして手すりを破壊。
 使われていた釘を瞬時に抜き取ると手首をひらりと返して10メートル先の柱に3本続けざまにぶっ刺した。
 侍の手腕を初めて見た越前は、開いた口も塞がらない。

「……なるべく、学内施設の破壊はお控え下さい。すべて父兄の寄付で成り立っているものですから」

 お嬢様の用意が整って桐子を迎えに来た新巻は、狼藉の痕に眉をひくつかせたが動ぜず、涼しい口調で注意する。
 越前は青ざめたまま右往左往するだけだ。

「あんた、百姓衆(一般人)のくせに度胸が据わってるな」
「その手の暴力は去年さんざん見せられましたから、慣れました」
「ん?」

 けげんな顔をする桐子に、背後から越前が補足説明をする。

「新巻さんはお嬢様の同級生としてお守りして居たのですが、本年卒業されてしまったのです」
「そうか、あんたの代りが私てわけだ」
「私は四年生には成れずにやむなく卒業してしまいました。
 四年生に選ばれるのは単に頭が良いとか成績が優れているではなく、芸術的ひらめきが無いとダメなのです」

 桐子にはさっぱり分からない。
 とにかく四年生というのが極めて特殊な人種である事を理解する。

「本人に会ってみればわかるってもんだ」
「こちらへ」

 新巻の案内で庭に下りる。
 八橋を渡した日本庭園なのだが、中央にぽこんと真っ白な鳥篭状のドームがある。
 その中心に薄桃色の長いスカートを風に翻す人が居た。

 桐子は新巻に続いて橋を渡って行く。近付いて行くにつれ、その人が普通の人でない事を知る。

「どこ見てるの?」
「お嬢様は、宙をぼんやりと見つめる事の多い御方です」
「阿呆、じゃないよね」
「今年の卒業生の主席ですから、その点は保証します」
「なんか、いやな予感がしてきた」

 目の前に立っても、反応が無い。
 背はかなり高く、桐子より首一つ分上だ。髪は腰まで届く栗色で少しぱさついている。
 風にそよいで、つまりぐじゃぐじゃになっているのも気にしないで、ぼーっと何も無い空間を見つめ続けている。

「ひょっとして幽霊とか見える人?」
「いえ……、ひょっとしたら見えるのかもしれませんが聞いた事はありませんね。

 お嬢様、大東桐子様をお連れしました」

 ゆっくりと首が動いて桐子を見る。
 瞳はとても薄い灰色で半ば潤んでいるのは、目を見開き続けたせいだろうか。

「清子様です。」
「こ、こんにちは。お初にお目にかかります。おおひがしとうこと申します」

「よろしく」

 沈黙。何も質問が来ないし、桐子が質問するには情報が少な過ぎて話を切り出せない。
 つん、と新巻の脇腹を突くと、彼女が問いかける。

「お嬢様、大東様はお嬢様がお勝ちになれる見込みがあるのなら引き受け下さると仰しゃられています。
 どのように御示しいたしましょうか」
「うん。負けない」

  そのままぼーっとした時間が続く。さすがに桐子は我慢しきれずに、口を開く。

「こちとらは斬れと言われれば斬りますがね、 さ誰を斬るか言ってくれ」
「斬ってはだめです。半殺しで止めて下さい」
「お? なるほど、考えてはいるんだ」

「いちばんの強敵の御方の護衛には勝って下さい。
 二番目の方にはあなたの力を存分に見せつけて下さい。
 三番目の方にはなるべく鮮やかにお手並みの御披露をお願いします。
 四番目の方にはあっという間に勝って下さい。
 五番目の方には、」

「待った! 戦う順番は既に決まっているのか?」

 この問いには新巻が答える。

「お嬢様が仰しゃられる順番は、現在の四年生の実力者の順です。
 下の人から倒して行かなければ、上の方は取り合ってくださいません」
「なるほど。その順で相手を納得させられる戦いをしなければいけないんだ。
 そこまで定めているのなら何も言わない。受けよう」

「五番目の方には、暴力を使わずに勝って下さい」

 ! 桐子は硬直する。新巻の顔を見た。

「それは、むり」
「無理を通していただかねば、話は前に進みません。
 実際この条件はかなり重要で核心を衝いています。
 三年生以下の学生から信望を集める形での勝利をお願いしているわけですから」

 尻込みする桐子に、ここで初めてお嬢様「清子」がまともに顔を向ける。

「わたしがついています」
「そう言われてもなあ」
「あらまき」

 呼ばれて新巻圭子は頭を下げて指示を受ける。

「大東様に、学園に入る用意を」
「はい、承知しております。
 大東様、貴女には鞠経女子大の聴講生として入ってもらいます」
「うん、聞いた」
「ですから、授業にも出ていただく事になります。その為の最低限の教養と学力を、」

「ちょっとまて。
 自慢じゃないがあたしは中学校を十四の時に飛び出したにんげんだ。
 今更がっこのべんきょうをしろと言われても、そりゃ無理だ」
「ご安心を。こんな事もあろうかと、永久評議員「祐木」家より23世紀頃に用いられていた強制洗脳学習器なるものをお借りしています。
 これさえ使えばあっという間に」
「ちょっと、ちょっとまて」

「あらまき、えちぜん。よろしくたのむ」
「はい」「はい、お任せ下さい」
「こらちょっとまてえー」



 三日後、春卯月。
 鶴仁波 清子は傍仕えの3名の学生と桐子と共に、新学期最初の登校をする。
 桜並木の下を行く車輪式オープンカーを2両も連ね、道の左右を行く下級生の注目の中進む。

「おい、お嬢さんは結構人気が有るな」
「当たり前です。今年四年生に上がられるのはたった一人、清子様だけですからね。
 全校生徒の憧れの的です」

 ハンドルを握る新巻の助手席に、鞠経女子大桜色の制服に身を包む桐子が居る。
 当然アーマースーツなどの着用は無く、車にこそ銃とグラバトンは積んでいるが、
校内にはまるっきりムクの金属製短刀しか持ち込みを許されていない。
 柄の部分にレーザー銃や弾丸発射機構を仕込むのも不可だ。

「大東様、飛び道具無しで大丈夫ですか」
「持ってるから大丈夫」
「え?」
「女の侍というものは、子宮に色々仕込んでいるもんだ。もちろんセンサには引っ掛からない工夫がしてある」
「そう、 ですか」

 後席からお嬢様が桐子に話し掛ける。
 舗装の無い土道で左右の下級生に泥をはねないよう気を使う。
 車は時速30キロ以下と非常に遅く、お嬢様でも目は回らない。

「強制学習器は効果が無かったようですね」
「大東様には38時間連続して用いていただきましたが、まさかサムライ体質には脳神経洗脳プロテクトも含まれるとは、想定外でした」

「わるかったね、ばかなまんまで」
「わたしがみずから教えてさしあげましょう。桐子さんは筋がおよろしいとわたしは見ております」
「なんだかそっちの方がヤバそうだな」

 自成形珊瑚材の繊細な柱で構成される門の前で車は止まる。
 ここより先は新巻は入らない。去年は彼女も席を並べて学んだが、外で連絡を待つしか無い。

「お嬢様、私は別邸に詰めて居ります。お困りの事がございましたらなんなりとお申しつけください」
「あらまき、去年も何もなかったでしょう。今年もありません」
「はい……」

 名残惜しそうに後席を見つめる新巻。
 自分は必要無いとするに等しいお嬢様の言葉にほぞを噛んでるなと、桐子は感じる。
 清子嬢は確かに賢い人なのだが、鈍い。

「大東様、お嬢様をよろしくお願いいたします」
「ま、なるようにするから」

 

     ***** 

 鞠経女子大学は文学部4学科のみで構成される。
 文学科、史学科、宗教科、文芸表現科。
 すべて文学の観賞に必要な教養を身に着けさせる為であり、日本文化を完全に理解する人材を送り出すのが本校の目的だ。
 中でも重要なのが文学科で、清子嬢もここに所属する。

 何故それほど文学科が重要か?
 それは、学外では文学なるものが存在しないからだ。
 日本国を管理する統合管制局は、文学観賞資格を持たない者には過去の文学作品を公開していない。

 ここでいう文学とは単に小説を意味するのではなく、評論随筆日記詩集経典はおろか、
絵本マンガ紙芝居、浪曲民謡歌謡曲歌劇、演劇戯曲演芸記録、
ラジオテレビドラマ・映画アニメ・バラエティ等放送ソフト、ビデオゲームに掲示板ログ、
立体体感ソフトに脳幻影ソフト、人工人格までも含まれる。

 早い話が、物語をベースとするありとあらゆる娯楽作品がすべて禁止されている。
 だが誰もそれを不思議とは思わず解禁も要求しない。何故か。

 必要無いものだからだ。

 統合管制局が管理するのは日本産のものだけでも500億作品。
 人類が文字を発明してより破局『大一新』の発動した23世紀まで、
歴史の荒波に耐えて生き残ったそれらは、あまりにも数が多過ぎた。

 生身の人間では全貌の掌握は不可能であり、無制限な閲覧利用は社会に悪影響を及ぼした。
 現世を生きる市民の創作活動を阻害し諦め断念させてしまう。

 鞠経女子大の卒業生は文学観賞資格1級を授与され、22世紀までの文学作品から2千点を限定して閲覧が可能となる。
 ただし、慣習として20世紀までの範囲で留められていた。
 21世紀以降はそれまでの社会と前提条件が大きく異なり、また人工知能によって生成されたコンテンツが爆発的に増大する。
 専門家つまり史学科の出身者以外は扱うべきではない。

 また宗教が関係する文学作品は非常に多いが、現在は宗教自体が存在せずなにがなんだかさっぱり分からない。
 これも宗教科出身者のみが閲覧可能となる。

 そして。

 

「わたしはー、この落語というのがいいな。
 小道具使わないし相棒は要らないし台本も読まなきゃ伴奏も要らない。座ったままできるとなれば、もうらくちんだ」

 大東桐子は文芸表現科に身を寄せる。
 護衛として雇われた侍は大体ここの所属になると決まっていた。
 教養も学力も無ければここにしか居場所が無い。

「いや、落語という芸術はおよそ40年は修行が必要で、七十歳になるくらいでようやく名人と認められる、恐ろしく手間の掛るものですよ」
「そんなに掛るんじゃあ、何時カネを稼ぐんだよ」
「あーそれはよくは伝わっていないんですが、どうやって食べていたんだろう?」

 案内してくれる二年生が頭をひねる。

 明るい茶色のさらさらとした髪が丸く切り揃えられる。尖った毛先が目に刺さりそうだ。
 細い黒縁の丸眼鏡で愛らしいが、視力矯正は5分で完了する御時世だ。変な女。
 名は「安芸もみじ」といい、文芸表現科演歌師専攻らしい。
 桐子には”えんかし”なるものがどういう職業かまるきり分からない。

「侍の人はですねえ、大体がチャンバラという劇をするんですよ。
 18世紀江戸幕府時代の風俗を20世紀に再現したもので、映画やテレビの放送番組となったんです」
「それは俳優ではないのかい」
「いえ、演芸の分類ですね。最後にはハリセンで顔面を叩くのです」
「うーむ、過激な芸だな」

 文芸表現科はその性格上、体育館に似た板張りの大教室で授業が行われている。
 1学年20人程度で3学年合同。
 10数種の芸能に分れ練習するので、室内てんでにばらばらだ。

 正面には小さな舞台が壇となって設置される。
 ”神楽”と呼ばれるお面を被って行う神話劇を練習していた。

「なんだ、刀持ってる奴いるじゃん」

 舞台の上で赤鬼の面を被る学生がくるくる回る。
 手にするのは、銀色に光る日本刀だ。
 銀紙巻いて偽装しているが中は本身。すぐ分かる。
 その程度も分からないでは”スカB”の侍も務まらない。

 間近に仰ぐ視線を感じたのか、赤鬼はもっぱら桐子の方を向き演じる。
 おかめの面を被った相方を半ば無視。

 脚がすんなりと伸びて見える桜色の制服に、大きな鬼の面と振り乱した黒髪のカツラ。
 バランス悪いが妙に色気を感じさせる。
 振り回す太刀筋もしっかりして、人を斬る腕を推察させた。

 両腕を組み傲慢に見上げる桐子の姿に、周囲の学生もそれぞれの稽古を止めて注目する。
 桐子が侍なのは一目瞭然であるから、誰も5メートル以内に近づかない。

 鬼の踊りはスピーカーから流れる頓狂な音楽の拍子から外れてどんどん加速する。
 互いの距離は4メートル。
 上から跳べば十分桐子に斬撃を与えられる。

 ぎら、っと桐子の銀色の瞳が光る。組んだ腕の右の手の指がくくっと蠢く。
 瞬時に鬼は背後に飛びすさる。
 片膝着いて刀を正面に突き出し、型を作る。

 その姿がはらむ緊張感はむしろ優美を湛え、どうしたものかと立ち尽くすおかめの間抜けさを浮き上がらせた。

「……鶴仁波さまの護衛ですか」
「御同業のようだな」

 刀を納めぬままに面を外す女は、侍特有の強い瞳でこちらを睨む。
 髪は烏の濡れ羽色、首筋にかかる程度の短かさ。桐子とほぼ同じ二十歳と見受けられる。

「大東桐子だ」
「また大袈裟な奴をつれてきたもんだな、”シングル(A)”じゃないか」

 おかめに面とカツラを渡して舞台を降りる彼女は、だが右手の刀を放そうとしない。抜き身のままだ。
 桐子は腰の後ろに差した短刀一本だけで明らかに不利。
 だがにやにやと笑い警戒の姿勢を見せない。

 女侍は問う。

「幾らで雇われた」
「鶴仁波さんは大金持ちだな、日に100圓だよ。一戦闘でまた100圓、いま稼がせてくれるかい?」
「わたしは、嵯峨みやび。闘技場の女だよ」

 侍には大体三種類の身分がある。

 桐子は野武士、フリーでどんな仕事でも請け負う。カネ次第だ。
 対して特定の場所あるいは産業を基盤として徒党を組んでいるのが地付きの侍。
 そして、主に街に住み揉め事を決闘で片付けるのを専門とするのが、彼女らだ。
 「決闘屋」「始末屋」「闘技者」等々名前は色々あるが、近接格闘を専門とし非エネルギー武器を主な得物とする。

「悪いな、決闘屋とはあんまり知己が無い」
「こっちはあんたをよく知っている。女でシングルの野武士なんてそう居るもんじゃない。
 ところで、あんたは自分がなにをする為に雇われたか、ちゃんと知ってるか?」
「いや、実のところよく分からないんだ。
 こんな平和なお嬢ちゃん達の居場所に、侍の用も無かろうにさ」

 お嬢ちゃんと呼ばれて、桐子を案内してきた安芸もみじはいやな顔をした。
 少し空気がなごんだと見て、桐子を囲む学生の一人が声を掛けた。

「あ、あの。おおひがし、とうこさんですよね。大東伽紗燐桐子さん」
「……、その名は言ってくれるな」

 侍には姓名に付随して独自の名が与えられる。
 どこで修行した、出自は何かを示すもので、桐子の場合十四歳まで一緒に暮らして術を教わった師匠が付けたものだ。

 男の侍なら「悪源太」とか「三太夫」なんかのかっこいい名がもらえるが、
女の場合「伽紗燐」「滋恵尼」「麻雅烈兎」などの、どこから来たか分からない怪しげなのを与えられる。
 公的な場では桐子、絶対に使わない。

 学生は制服の上に引っ掛けていた浴衣を脱ぎ、翻して、桐子の前に恐れ気も無く突き出す。

「わ、私ファンなんです。あのこの浴衣のここんところにサインお願いします」
「なんで百姓衆がわたし知ってるんだ」

「テレビになんか出るからだ、バカ」

 3ヶ月ほど前に侍情報番組『合戦アワー』の取材を桐子は受けた。
 これが一般市民百姓衆の間ではけっこうな人気とは知らなかったのだ。
 むさ苦しい男武者に混じって紅一点、シングルの強さでありながら流浪の生活を続ける美貌の女侍は、スターになる要素十分。
 注目株にのし上がっていたのだ。

 それが故に、清子お嬢もうゐ姫から桐子を紹介されて納得した経緯もある。





(以下続かない!)

     ***** 

 

【サムライ設定】
 侍とは、遺伝子に導入された戦闘因子が完全な形で発現した者のみが許される職業である。
 千人あたり2、3人が発現し、小学校であれば一人は居ることになる。
 ただし肉体強靭化因子の発動がなければ完全とは見做されない。
 どてっ腹に風穴が開いても平気で飯を食って穴から食べたものが漏れて初めてびっくりして医者に行く、程度のタフさだ。
 この両方を兼ね備えるのは5千人に一人程度のレアな人材となる。

 侍はその強さによってA級とB級のランク分けがある。さらに内部で3段階に分けられる。
  B(スカB);ノービス、最低レベルの戦闘力で基本的に補助任務しかさせられない
  BB(ダブB);普通の侍はこのレベル。その他大勢の雑兵
  BBB(トリプル);B級侍のグループリーダー。個人的にもかなり強い
   世間一般ではトリプルから「強くてかっこいいお侍」と見ている

  A(シングル);本当に強いとBBBレベル侍から認められる者。つまり客観基準は存在しない
   ダブB侍10人掛かりでも手も無く蹴散らす
  AA(エース);シングルの間からも格上と見做される真の侍、剣豪
   地付きの侍集団の取りまとめ役をしていて社会的信用も高い
   無所属のソロでの野外活動をする者はほぼ居らず、居たら変わり者のシングルとして扱われる
  AAA(レジェンド);大戦闘で大手柄を立てて侍集団を勝利に導いた功労者、将である
   やはり戦争は数であり、多くの侍を御するだけの貫録を持つには強さも尋常では足りない

  S(ショーグン);もはやどこが凄いのかすら分からないほどに強い伝説的侍
   実在するかさえ不明

  R(殿様);地付きの侍集団のトップ。弱くはないが単独での戦闘にはほぼ出現しないので強さがよく分からない
   腕試しに身分を隠してソロで活動する事もあり、シングル程度の強さを見せるだろう
   侍の子が確実に侍因子の発現に成功するわけではないので、世襲は難しい

  C(クルナ);侍i因子の発現が十分でない者。ただし戦闘因子のみが発達して純粋な格闘の技術は持つ
   侍の真価はそのタフさにあるので、このレベルの者は使えないのだが
   行政局の戦闘員や警察官としては需要がある。忍者などにも
   空戦バイクの操縦には常人からかけ離れた反射・運動神経が必要であるが、彼らには可能
   しかしめったには死ねない肉体があればこその無茶な戦闘機動を行うので、やはり無理なのだ
   「戦場には来るな」の意味でクルナと呼ぶ

 なお侍同士の結婚で生まれた子は発現率が常人の10倍は高いので、女の侍はモテモテである。
 そこでしばしばお見合いパーティが開かれ、タダ酒に惹かれて集まった女侍がよく騙し討ちに遭う

 戦闘ドローンは機械であるから所詮は人間の侍よりは確実に勝利可能であるが、
 これもまた強さのランクがあり、シングルで破壊できないレベルのドローンは通常業務では投入されていない

 桐子が習得した武術は14才の頃まで一緒に過ごした元侍の老人に習ったもので、
 流派名は知らなかったが独立して物知りの侍に聞いたところでは「巗流(がんりゅう巖流)」と呼ばれるものだった
 鉄拳で岩をも砕く超近接戦闘に特化した流派で、だから桐子はグラバトンを使っている

 忍者とは主に野外戦闘において補助業務を担当する特殊戦闘職。通常Cレベルの非侍が務めている
  真向からの戦闘では侍には決して勝てないので、主に隠伏しての偵察や罠の設置、獲得した獲物の運搬等を行う
  大東桐子と同等の裸同然に薄いボディアーマーを着用しているのだが、透明化迷彩は用いない。
  透明化は確実に光学的な検知は不可能になるのだが、
  それでも侍が装備するセンサー範囲内に2秒以上居たら発見されてしまう(桐子のは高級品で3秒)
  そこで忍者は赤外線遮蔽と単なる色彩カモフラージュおよびテクニックによって巧みに姿を隠してセンサーを欺瞞する
  忍者の名人ともなれば”ダブB”レベルの侍では何時まででも気付かないほどに身を隠すことができた

 

*おことわり~以上のサムライ設定は『アイドル侍 大東桐子』シリーズでは全廃されました。
  世界観の違いによるものです。

 『アイドル侍』シリーズにおいては、地付きの侍集団というものが存在しません。
 またそもそも日本を舞台としてませんので日本全土を統括する行政組織もありません。
 舞台は百万人規模の人口が住む「City」が点在する大地で、それぞれが独立した外国のようで没交渉です。
 つまりはそれぞれのCityに属するサムライが緩い集団となり、他のCityのサムライと荒れ野で渡り合う事になります。

 荒れ野には不死身の合成生物が「人類の敵」として存在するので、サムライ同士が戦う必要は基本的にありません。
 各Cityは防備を固めて外部との交流を行わず、野外で活動するサムライ同士の交流のみが伝達手段となります。

 なお『アイドル侍』シリーズにおいては、
 Cityの人間すべてに荒れ野で生活できるように身体を変態させる強化遺伝子が導入されており、
 危険の無いCityドーム内部では休眠化しているが、危機に瀕した場合、
 また殺人等を犯して強烈な精神的ショックを受ける事でスイッチが入り、怪物化する設定が追加されています。
 怪物化した人間はCityドームから荒れ野に逃走する事になりますが、
 これを追って処断または保護するのが侍の職務となります。

 人を殺してもさして精神的葛藤を覚えず、怪物化しても人の形を失わない特殊な異常者として「吸血鬼」なる存在が追加されました。
 吸血鬼は、行政罰としてCityドーム外での農業に従事して生活していますが、
 持ち前のカリスマを生かして芸能界に進出し歌に踊りにと大活躍でカネを稼ぎまくっています。
 これは卑怯だ、とむさい侍達も真似してアイドルユニットを結成して小遣い稼ぎをする。
 故に『アイドル侍』なのです。

 主人公大東桐子は別に目立とうという気はありませんが、周囲の侍の流行に乗ってアイドル登録をしてしまい、
 その持ち前の美貌と情け容赦のの無い戦闘スタイルからうっかり人気者になってしまった、
 はぐれアイドル侍です。
 

 

 なお『曽呂利亭の惨劇』の筋書き自体は『アイドル侍』シリーズにおいても可能であるので、リメイクするかもしれません。
 (「一一殺し」(のぶながころし、と読む)というシナリオは、地付き侍集団設定が消えたので不可能になりました)

 






鞠経女子大学 文学部(1学部のみ)4学科 ・文学科 ・史学科 ・宗教科 ・文芸表現科
 ・文学科 日本国において国文学を観賞出来、子孫にまでその素養を広める母を育成する為の学科。卒業時、国文学観賞資格1級授与。
 ・史学科 大一新以前の旧世界の歴史を正しく表現する能力を育成し、価値判断の基準となる人材を育成する学科。
 ・宗教科 すでに滅びさってしまった宗教文化の解読と表現について研究し、旧世界の文化の諸相を理解する為の学科。
 ・文芸表現科 旧世界で滅び去った芸能演劇を実際に習得し再現する学科。

 桐子は頭悪かった為に自然と文芸表現科の所属となり、当然のように剣舞詩吟に惹き付けられ、最初の敵と遭遇する。
 桐子はここで本物の日本刀を発見するが、実用には程遠いレベルの代物だと思ってしまう。まあ、折れるからね。
 文芸表現科の中では、桐子は落語がいいんじゃないかとか最初思う。
  小道具が要らないし相方も要らないし伴奏も無くて済むし、第一座ったままぺらぺらと喋ればいいだけだからね。でも後にその思いこみを修正される。

 現在一般人向けに電卓で提供されている物語数は300篇のみ。これが国文学観賞1級資格を取ると、2000篇に一挙に拡大する。
 だが統合管制局が抱えているのは実に5000億篇もの膨大な数の作品だと言われている。その中には映画・テレビドラマ・アニメ・ゲーム・体感プログラム・観賞用擬似人格を含む。

 四年生の寮は一軒家となっており、4人ずつくらいで暮らしている。
 新しく入った鶴仁波○○堂のお嬢さんのルームメイトは誰?

 恋愛小説家『カリギュラ』は、その作風からして絶大な人気を女生徒に博す。
 これに対し時代劇ものを専門とする『ボナパルト』はヒーロー”祝斬志郎”シリーズを擁し、熱烈な親衛隊を獲得する。

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