第二十五話その6『華麗なるテロリスト』

 

 主任捜査官ゲルタガは夜、マキアリイの旅宿館の部屋を訪ねて頭を下げた。

「申し訳ない。ヱメコフ君の助力をお借りしたい。」
「どうしました先輩。」
「うむ、ソグヴィタル議員が特別な警護を受け入れてくれんのだ。」

 ああー、とマキアリイもクワンパも納得した。

 予告状で狙われるのがヒィキタイタンと推定され、警察局が警護するのは当たり前。
 だが今や与党ウェゲ会の命運はヒィキタイタンの肩に掛かっている。
 有権者に訴え、勝利とはならずとも敗北を食い止めねばならない。

 また破壊集団「ミラーゲン」に何度も煮え湯を飲ませた「英雄探偵マキアリイ」の親友にして同盟者だ。
 安全な場所でぬくぬくと傍観など受け入れる道理が無い。

「所長、」
「分かってる。ゲルタガさん、やはりそれは無理です。 
 ヒィキタイタンも男ですからね。」
「そこが、治安を預かる当局としては看過できぬところであって、困ったな君の説得でもダメか。」
「ダメですねえ。」

 考え込む二人にクワンパは助け舟を出す。いや、もうこれしかないと提案する。

「ヒィキタイタンさまに爆弾魔ボンビーの逮捕に協力してもらいましょう。」
「積極的に事件に巻き込むと言うんだな。」
「巻き込むも何も、まるっきり当事者じゃないですか。
 安全な所に逃げたってボンビーとやらは追っかけてくるんじゃないですか。
 予告状出したくらいだし。」

「うむ、ボンビーという奴はそういう傾向がある。
 なるほどクワンパ君の言う通りだ、むしろ積極策をこそ用いるべきか。」
「それならばヒィキタイタンも安請け合いしますよ。
 動いて追う方が安全を確保するのに適しているかもしれません。」

 頼むと言われて、ヒィキタイタンに電話を掛ける。
 まずはソグヴィタル本邸の妹キーハラゥルから、第一政治秘書のシグニ・マーマキアムに連絡を入れてもらい、
直接通話可能な回線を確保する。
 ゲルタガの警察局の筋から掛けてもよかったのだが、
私的な伝手を用いた方が受け入れやすいだろう。

 果たして、

「マキアリイ、言いたいことは分かるけれど、僕は、」
「分かってないなあ。爆弾魔ボンビー、捕まえるぞ俺達で。」
「そうか。よし乗った!」

 

 次の問題はボンビーをどうやって捕まえるか。
 全市内に放送で、さらに有力新聞に1面広告を堂々と載せた大胆過ぎる予告状にどう対処するか。

 無論逆用して罠に掛けるべきだが、群衆を排除しては成り立たない。
 観客が居るからこそボンビーは真正面から仕掛けてくるのだ。
 下手に排除すれば腹いせに無差別の攻撃を誘引するかも。

 そうは言っても市民を危険には曝せない。
 取材の記者がヒィキタイタンマキアリイを取り囲むのも、なんとかせねば。

 電話の向こうのヒィキタイタンも懸念した。
 ゲルタガ、

「もちろん現場には十分な数の巡邏兵と捜査官捜査員を配置するが、万全とは言い難い。
 なにか妙案は無いだろうか。」
「クワンパ妙案は無いか?」

 これはもう甘えと呼ぶものだ。英雄なら自分の頭で考えろよ。

「そりゃもう、人が大勢見ている場所でないとボンビー釣れないでしょう。」
「だよな。」

「奴は人的被害を出す事に喜びを覚える性だ。
 公会堂や広場など人を多く収容できる施設を好んで爆破する。」
「でもヒィキタイタンさまを巻き添えに爆弾を仕掛けなくては意味が無いでしょ。」
「うむ。あくまでも襲撃の対象はソグヴィタル議員だ。」
「だったら、大勢の群衆が遠くから見守る中心に、ヒィキタイタンさまを配置してはいかがです。」
「む?」

 マキアリイが例を挙げる。

「塔の上、またはシュユパンの球場、競技場。とにかく観客席と中心の演者が遠く離れてかつ注目される。
 そのような場所だな。」
「なるほど、観客だけを大量に殺すのは可能だが、それではソグヴィタル議員は殺せない。
 ボンビーの気質からは失敗と言わざるを得ない状況だ。」

「だがクワンパ、成功できないと判断したら奴は自暴自棄にならないか。」
「実はボンビーの対象はもう一つあります。
 英雄探偵マキアリイ、所長です。
 ソグヴィタル・ヒィキタイタンとヱメコフ・マキアリイがある瞬間に同じ場所に居る、
 と最初から分かっていればどうでしょう。」

 ゲルタガはうむとうなずいた。
 衆人環視の只中で国家英雄二人をまとめて始末できる機会があれば、
我が身の危険も顧みずに最も派手で最も華々しい攻撃を自ら行うだろう。
 それが奴だ。

「ヒィキタイタン、聞いていたか?」
「博打だな。」
「いやか。」
「でもある程度の時間、観客をその場に留める必要があるだろう。
 僕達だけでは難しいぞ。」

 

     ***** 

「国民の皆様おはようございます。朝の時事解説の時間です。

 本日の話題は、まさに今首都ルルント・タンガラムで進行中の連続襲撃事件。
 国家総統ヴィヴァ=ワン・ラムダ閣下暗殺未遂、
 そして破壊集団『ミラーゲン』による首都一円同時爆発、
 さらには「ボンビー」を名乗る怪人物による大胆不敵な襲撃予告の一連の事件についてです。

 解説は首都警察局主任捜査官ゲルタガさん、
 そして再びの御登場を国家英雄ヱメコフ・マキアリイさんとクワンパさんにお願いしました。」
「「どうぞ、よろしくおねがいします。」」

 男二人は声に出して聴取者に挨拶するが、カニ巫女は座ったままぺこりと頭を下げた。
 3日前にも出た朝の解説番組だが、まさに今こそ必要だ。
 司会の放送弁士がまずはゲルタガに質問する。

「ゲルタガさんは「ボンビー」を名乗る爆弾魔の専従捜査官でもいらっしゃるそうですね。」
「さようです。
 奴はタンガラム近代犯罪史上でも特筆すべき破壊工作者であり、一刻も早い逮捕が必要です。
 警察局巡邏軍は最大の努力をしておりますが、国民の皆様のご協力も必要とします。」

「ボンビーについては後程またおうかがいしますが、マキアリイさん。
 ヴィヴァ=ワン総統の襲撃現場にもいらっしゃったのですね。」

「はい。私とソグヴィタル議員は総統閣下が演説をなさる街宣車の前に立っておりました。
 ですから襲撃は正面からではなかったと断言できます。」
「つまりは背後の、それも政界関係者や護衛の中に刺客が居たというのですか。」
「そこは現在捜査中であり、民間刑事探偵が口を差し挟むところではありません。
 公式の発表をお待ちください。」

 

「それで、新聞等で報道されているのが、
 マキアリイさんの手元に何通も犯行の予告状が届いていたとの事ですが、
 これは真実ですか。」
「現在までに5通封書で届けられました。
 さらに今回街頭放送を不正に使用しまた新聞紙面で大きく掲載されているのが6通目となりますね。」

「それはすべてヴィヴァ=ワン総統暗殺についてであったのですか。」
「違います。
 3通目こそが総統閣下を直接に示すものでしたが、他は議員・候補者への直接の襲撃を暗示していました。」
「暗示ですか。暗号による示唆ですか。」

 ゲルタガ
「すぐには意味を理解できない判じ物によってヱメコフ・マキアリイに挑戦しておったのです。
 襲撃の対象者、場所、襲撃方法を示すものですが、まったくに理解のできないものでした。
 この判読法を解明したのはカニ巫女のクワンパさんです。」

「おお! クワンパさん。お手柄でしたね。」
「そんな、偶然によるものですから。」

「それで次の予告状、これは国民の皆さんも新聞紙面にてご覧になっておられると思いますが、」

 マキアリイは放送弁士に尋ねる。段取り通りに。

「この新聞広告は首都圏内だけですか?」
「どうも、全国すべてで大々的に掲載されたと、放送支社から報告が上がっていますね。」
「なるほど。ではこれまでの経緯とは関係なしに、次の襲撃は予定されていたということですね。」

「ずばりお聞きしますが、次に襲撃されるのはどの議員でしょう。ゲルタガさん。」
「これまでの予告状は与野党問わず国会議員を対象としました。議員経験者もいらっしゃいましたが。」
「それで、掲載された予告状の意味するところは何でしょう。」

 マキアリイ
「予告状では『キラカルタ』より美男子色男と町娘の二人の札が掲載されました。
 今の国家総議会議員で色男と言えば。」
「やはり、ソグヴィタル・ヒィキタイタン議員?」
「他には考えられないと思います。」

「なるほど、クワンパさんも同じご意見のようですね。」
「そもそもが予告状は所長ヱメコフ・マキアリイに対して送られてきたものです。
 首都で選挙を舞台に事件を画策するのに、その親友でいらっしゃるヒィキタイタンさまを無視して進むわけがありません。
 狙われるべくして狙われたと考えます。」

「ゲルタガさんも同じご意見ですか。」
「特別捜査本部内にあっても同様の分析結果を得ております。」

 

「ですが、ボンビーという犯罪者はどのような人物なのでしょう。
 逮捕できる見込みがございますか。」

「ボンビーなる破壊工作者は神出鬼没、変装の達人とも言われ、
 これまで捜査当局は奴の顔写真も入手に成功しておりません。
 それゆえ不特定多数を標的に破壊工作を行う事件では、警戒も捜査も極めて困難でありました。」
「なんの手掛かりも無いのですか。」
「女である可能性すらあります。」

「なるほど。では今回どのように警戒するのでしょう。」
「ソグヴィタル議員が標的とされると判明した時点で、議員には安全な場所への避難をお願いしましたが、拒絶されました。
 自身のみが安寧を得て国民有権者を危険にさらすわけにはいかないと。

 実際ボンビーは子供のような気質もありまして、
 うまくいかないとなれば無差別に当たり散らす犯行を行ったりもします。」
「極めて危険な人物ですね。」

 マキアリイ
「そこで、狙われる我々から逆に挑戦をします。
 今夕9時(午後4時)野外音楽堂において行われる歌唱会に、
 我々ソグヴィタル・ヒィキタイタンとヱメコフ・マキアリイが出演します。
 本日は他の場所で私達二人が一緒になる機会はありません。」

「なんと!
 では9時にのみお二人が揃っている場所でしか、同時に暗殺する機会は得られないということですか。
 罠ですか、なんと大胆な。」

 クワンパ
「もちろん歌唱会でありますので、歌手の方もお見えになります。
 自由映像王国社10月公開の大作映画『英雄探偵マキアリイ 古都甲冑乱殺事件』の宣伝会で、
 主題歌を歌われる光星組「デラ・ルント」のお二人です。
 男女お一人ずつの組ですから、掲載された予告状のままの状況と言えますね。」

 ゲルタガ
「もちろん警備は厳重に水も漏らさぬ鉄壁で行いますが、
 取材の記者、放送関係者も入れての大々的なものとなります。
 本来は事件とは関係なく予定されていた歌唱会でありますが、特別にご協力を願っております。」

「観客は入れないのですね。」
「さすがにそこまでの危険を冒せません。ですが、くれぐれも聴取者の方に訴えたい。
 これは大変危険な作戦であります。現場には決して近付かないでください。
 もちろん子供や老人、緊急の避難に困難を覚える方に対処する事も不可能です。
 決してお出でにならないようにお願いします。」

「報道関係者のみを対象としての公開なのですね。」
「奴は大変危険な人物です。
 それゆえ我々特別捜査本部は犠牲を承知で今回確実に身柄を確保したいと思います。

 ソグヴィタル議員とヱメコフ氏、
 このお二人の協力がある今回だからこそ、ボンビー逮捕は叶うと確信しております。」
「逮捕が首尾よく行われ、首都の治安が回復する事を切に願います。

 それでは今朝の時事解説の時間は終わりといたします。
 出演は首都警察局主任捜査官ゲルタガさん、
 国家英雄のヱメコフ・マキアリイさん、そしてカニ巫女のクワンパさん。
 聞き手は私スニトモがお送りしました。」

 

     ***** →3

 来るな、と言われれば行きたくなるのが人情。
 命知らずの野次馬達は、どこの野外音楽堂でボンビー逮捕の罠が仕掛けられるのか、
必死になって推理している頃合いだろう。

「なにやらボンビーの奴が周到に仕掛けた罠に乗っていく気がする……。」

 主任捜査官ゲルタガの懸念はもっともだが、クワンパは何を今更と思う。

 派手な予告状を出せば捜査当局は大規模な罠を仕掛けるのは当然。
 男女の組を大きく掲載すれば、逆手に取ろうと策を巡らすのも当然。
 折よく映画宣伝の歌唱会が行われるのも前提条件で、
それが「人の出入りを制限できて安全を確保できる野外音楽堂」の傍の商業施設で行われていたのも、偶然ではない。

 すべてボンビーの計画通り。
 だからこそうまく乗って奴をおびき出せるというものだ。

 放送局の玄関でマキアリイは言った。

「ゲルタガさん、警察局の準備に俺は別に要らないですよね。」
「ああ、民間人の君達になにか要求する事は無いが、連絡が付く環境に居てもらいたい。」
「それはクワンパに通じるようにしておきます。」

「所長、何をしますか。」
「ボンビーは忍者の技を使うんじゃないかと思う。
 ならばそちらの視点から探ってみれば出方も分かるんじゃないか。」
「そうですか、消えるんですね。」
「クワンパ、任せるぞ。」
「はいお気をつけて。」

 不穏な言葉にゲルタガが止めようとするが、クワンパが引き取った。

「敵に所長の動きを知られないのも策の内です。
 何時ヱメコフ・マキアリイが出てくるか分からないのは、相手にとっても誤算となるでしょう。」
「困るなあ、警察局の計画通りに動いてくれる前提なのだが、」
「それに収まらないから警察局クビになったんですよ、所長は。」

 

 

 百貨店「ィップトゥス萬客城」、
首都ルルント・タンガラムにおいても特に賑わう商業施設だ。
 中所得層を主な対象とし催し物も毎週行い、買い物客以外も多数足を運ぶ。
 週末は家族でお出かけの定番だ。

 この百貨店の総合演出には「ィプドゥス商会」、
ノゲ・ベイスラ市にてクワンパもよく知る猫のお嬢様の実家が絡んでいる。
 おしゃれな雰囲気づくり、店舗の選定、催し物の企画などかなり大きな役割を果たしていた。

 そして資本を提供するのが、ソグヴィタル・ヒィキタイタンの元の婚約者の実家だ。
 カドゥボクス財閥よりも古く財務状況もしっかりとした大財閥で、
この百貨店も系列企業であった。

 今回爆弾魔「ボンビー」逮捕の罠を仕掛けるのに、
「萬客城」で行われていた催し物、
10月公開の映画『英雄探偵マキアリイ 古都甲冑乱殺事件』の
主題歌挿入歌の発表歌唱会を利用する。

 交渉を百貨店社長と行ったのは、ヒィキタイタン本人だ。
 親会社の財閥総帥に自ら掛け合い、快く了承をもらう。

 ちなみに映画会社「自由映像王国社」にはマキアリイが連絡し、
これは快諾というよりは是非にともの態度で協力してくれた。
 急遽映画撮影の人員資材を投入して、罠の舞台となる野外音楽堂に設置を始めている。

 問題は、

「あ、本物のクワンパさんだ。」
「おお、すごい。本物のカニ巫女ヒロインに会えるなんて、感激です!」

 光星組「デラ・ルント」のアリシャン・メイヲールとカジツ・スコルオのお二人だ。

 アリシャンはクワンパとほぼ背丈の変わらない女性で21才。
 歌唱力に定評があるが特にその声量が注目で、電気的に拡声しなくても音楽堂すべてを震わせるという。
 カジツは活劇映画にも出演した事のある光星で、運動能力も高く見栄えのする男性だ。20才。

 二人組になった初めての仕事が、この映画主題歌挿入歌。
 絶対大入り満員間違いなしのマキアリイ映画に抜擢されるのだから、よほどの期待が掛かっている。
 カジツは俳優としても、後にマキアリイ映画への出演があるかもしれない。

 二人は百貨店の催事部長と共に、今回の作戦における自分達の役割の説明を受けている。

 

 どうも、と挨拶をするクワンパの隣に座る捜査官が説明する。
 ベベット・ミズィノハ上級捜査官26才。女性捜査官だ。

「もちろんお二人に危険な場所に行ってもらう事はありません。
 替玉を使います。すでに巡邏兵の男女2名を選抜し踊りの特訓を行っています。」

 アリシャン、それは無茶なと声を出す。
 素人の巡邏兵がいきなり光星の舞台上の演技を真似できるはずがない。
 いくら自分達を指導する振付師が教えるとしても、無理だ。
 カジツも同意する。そう簡単に真似られてたまるものか。

 ベベット、微笑む。

「女性兵士の方は全国女子学校舞踊競技会団体3位、男の方は中学校競技会個人準優勝です。
 ご心配なく。」
「なんでそんなひとが巡邏軍に勤めているんです……。」

 

     ***** 

 クワンパもさすがにびっくり。巡邏軍も人材豊富だなあ。

「野外音楽堂では客席を空けて、観客は遠巻きに観る事になります。
 遠いので顔かたちははっきりせずバレないでしょう。
 歌はさすがに真似られませんから、
 離れた場所でお二人に歌ってもらったものを電気的に繋いで拡声器で流します。
 伴奏も録音盤からのものになります。」

 そういう事であれば、と二人も付き人も、百貨店催事部長も安堵する。
 いくら警察局が警備に万全を期すとはいえヱメコフ・マキアリイが絡んだ事件だ。
 派手な結果に終わるのでは、と危惧していた。

 催事部長、それでも別に気にかかる点がある。

「あの、こちらの軍人の方はどのような役割で、」

 捜査に関係ないのに、近衛兵団剣匠隊のソゥヱモン・ジューソー小剣令が立っている。
 刑事事件の現場に陸軍軍人が居るのはいかにも場違いだ。
 べベットもさすがに説明に窮する。

「ヱメコフ・マキアリイも忙しい身体ですから、代わりに腕の立つ武術家を配置しているのです。
 もちろん警察局でも護衛を行いますが、
 なにせ犯罪集団『ミラーゲン』ですからどのような手で来るか分かりません。
 突発的事態に対処する要員とお考え下さい。」
「なるほど。剣令殿よろしくお願いいたします。」

「うむ。捜査に支障のない範囲で警戒を行うので心配なく。」

 

 打ち合わせを終えて、クワンパ、べベット、ソゥヱモン小剣令は催事部事務所を出た。
 クワンパも実は納得いかない。

「なんで小剣令が単身で居るのです。アンクルガイザー氏の警護はしなくてよいのですか。」
「私もそうは思うのだが、
 首都の治安を守るのに近衛兵団が手をこまねいているのも癪だから、手伝って来いと命じられてしまった。
 もちろんボンビーなる爆弾魔は確かに斬らねばならぬ。」

「斬ってもらっては困ります。
 逮捕してミラーゲン本体の情報を尋問しなければ。」

 ベベット・ミズィノハ上級捜査官は、マキアリイと捜査官養成学校の同期である。
 卒業後は二人揃って首都警察局に配属された。
 「国家英雄」でありヴィヴァ=ワン閣下の引きもあるマキアリイが首都に留め置かれるのは当然だが、
彼女は本当に実力を認められ選抜された。
 まだ若いのに上級捜査官に昇進しているところからも実力をうかがい知れる。

 彼女は特捜部の所属だが、
現在首都警察局は、ヴィヴァ=ワン総統暗殺未遂事件に爆弾魔「ボンビー」予告事件と、
上を下への大騒ぎ。
 特捜部も応援に駆り出されて、ゲルタガ主任捜査官の下に配置された。

 今回ゲルタガ捜査官は「ボンビー」逮捕作戦の総責任者となり全体を指揮しているが、
その最重要の要となる光星2人と、マキアリイクワンパをべベットに任せてくれている。
 彼女への信頼のほどが見て取れた。

 小剣令が尋ねる。

「ところで、ヱメコフ・マキアリイは何故居ないのですか。」
「所長はすでに捜査を行っています。
 巡邏軍でも警察局でもできない捜査が、英雄探偵なら可能ですからね。」

「困るなあマキアリイくんは。民間刑事探偵は事件の進行中はおとなしくしてくれないと。」

 少し甘えた口調になるのは、ベベット捜査官が彼をよく知る人だからだ。

 警察局捜査官養成学校への入学は、男性はおおむね選抜徴兵を終えてからになる。
 彼女は女子学校卒業即入学だから、年上の同期男性から妹のように扱われた。
 それだけでなく、養成学校時代もマキアリイは命を狙われ、同期生も度々危地に陥れられる。
 共に死線を乗り越えた同志としての紐帯があった。

 

 3人は百貨店の事務所の一室を借りた対策指令所に入る。
 ミラーゲンの周到さを考えると、
数日前から歌唱会の準備に工作員を潜入させていた可能性も考えられる。

 何故この歌唱会が選ばれ、近くの野外音楽堂が罠の舞台となるのが予想できたのか。
 元々がこの歌唱会に特別に飛び込みで、
ソグヴィタル・ヒィキタイタン議員が出演して選挙応援を呼び掛ける段取りになっていたからだ。

 もし予告状の法則性に気付かず解読出来ていなければ、まったくの無警戒でヒィキタイタンは襲われただろう。

 入って来たベベットに書類を確かめていた捜査官が報告する。

「本日百貨店に勤務する職員に臨時雇いや代替の派遣職員などは居ません。
 職員相互に顔を確かめて、不審者も混じっていないと確認出来ました。」
「それは上々。ただし客として入って後に化ける手口もあるわ。警戒は続けて。」
「はい。」

 小剣令、

「爆弾が設置されていないか確認は済んだのですか。」
「その点は。」

「巡邏軍爆発物処理班による捜索が行われ、全館全階異常なし。
 地下も外部の広場も異常なしです。
 ですが客の荷物は検査しておりませんので、万全とは言い難い状況です。」
「下で起きなければよいけどね……。」

 対策指令所には百貨店全館の見取り図が貼られ、検査済みの個所には赤く丸印が付けられている。
 捜査官捜査員がひっきりなしに出入りし電話が何台も鳴り響き、本当に戦場のようだ。

 

     ***** →2

 映画『英雄探偵マキアリイ 古都甲冑乱殺事件』について説明しよう。

 この事件は先代カニ巫女事務員シャヤユート在籍中に起こったもので、北方「テキュ」の街が舞台だ。

 「テキュ」は1200年前に降臨した救世主「ヤヤチャ」が築いた「青晶蜥王国」の王都である。
 隣のデュータム市が経済流通の中心地として拡大を遂げるのに任せ、
テキュには王城・政庁しか作らなかった。
 一種の神殿都市だ。

 近代の工業化に伴う大規模な開発とは無縁であったので、華麗な城塞建築がそのままに残る。
 現在は観光都市となり、救世主を慕って毎年百万人が訪れるという。
 夏の初めには「ヤヤチャ」降臨を記念しての大祭が行われる。

 この祭りの最中に起きた奇妙な殺人事件。
 全身に甲冑を纏い顔を仮面で隠した戦士が、剣を振るって祭りの群衆の中に斬り込んでいく。
 何か所もで同時多発して賑わうテキュの街を血祭りに上げた。

 この怪事件を誰に頼まれもしないのに解決したのが、「英雄探偵マキアリイ」とカニ巫女シャヤユートだ。

 マキアリイの活躍はいつものことだが、
半裸の祭り衣装の肉感的な女刺客と恋愛物の様相を呈す。今回の目玉。
 シャヤユートも刺客軍団と剣戟を繰り広げ全員叩きのめして大満足。
 黒幕は古代より続く暗黒邪神教で、救世主の遺産を巡っての内紛が背景となる。

 という筋書きすべてが実際にあった話という。毎度の事ながら驚きだ。

 制作は自由映像王国社。監督は時代劇を専門として映像の美しさには定評がある。
 画作りを妥協せず実際の大祭の情景を撮影した為に、今年の初夏まで撮影が終わらず、
エンゲイラ光画芸術社『シャヤユート最後の事件』よりも公開が遅れた。

 主演はもちろんカゥリパー・メイフォル・グェヌ。
 シャヤユート役は自由映像王国社の「シャヤユート」である。

 

 映画主題歌挿入歌の発表は今週頭に行われた。
 方台全土で大々的に流れている。

 光星組「デラ・ルント」の発表歌唱会は、百貨店「ィップトゥス萬客城」の屋上広場で行われた。
 1日3回、6時半(午前11時)、8時(午後2時)、9時(午後4時)の予定だが、
最終9時の回を近くの野外音楽堂に移って行う。

 当初の予定だと、8時の回に主演「マキアリイ」グエンヌが飛び入りで出演して客を驚かすものだった。
 が、 選挙運動の一環として親会社財閥のねじ込みで、
ソグヴィタル・ヒィキタイタン議員が登場する。

 もちろん予定は中止されて、ヒィキタイタンは9時からの野外音楽堂の出演になったはずなのだが、

 

「え?」

 8時の部の公演が始まった。
 屋上広場に大勢の買い物客や「デラ・ルント」の贔屓筋が集まり盛り上がっている。
 巡邏軍警察局の密かな監視の下で安全は確保され、何事も起きてはいない。

 のだが、
対策指令所で待機していたクワンパの前に、ソグヴィタル・ヒィキタイタンが立っている。

「え? なんで、ヒィキタイタンさま、なんで今いらっしゃるんですか?」
「何って、ゲルタガ主任捜査官から指示があって、予定通りにこの時間に来るという……。
 だよね?」

 ヒィキタイタンは振り返り、第三秘書のデディヲ・ヅダに確かめる。
 風采の上がらぬ中年男性、それでいて抜け目なさを感じさせるデディヲも、
慌てて革表紙の予定手帳を開いて調べる。

「間違いありません。
 5時半(午前9時)にゲルタガさんからの直接の通話で指示されています。」
「符丁で通話の真贋を確かめる手順にしておいたんだけど。」
「もちろんです。
 ニセ電話ニセ通達は選挙運動において常套手段ですので、確認は完璧に行います。」

「でもそんなはずがありません。
 今ヒィキタイタンさまに来られては困ります。」

 ヒィキタイタンの代わりに特別出演するのはクワンパなのだ。

 現役の国会議員で国家英雄をなるべく危険にさらさず、
それでいて百貨店側に損失とならないよう配慮する。
 実際に英雄探偵と共に戦うクワンパの登場で、十分それが果たせるはずだった。

 指令所に居た捜査官も驚いてベベット上級捜査官を呼びに行く。

 

「やられたわ。ミラーゲンの組織力を甘く見過ぎた。」

 舞台袖で監視していたベベットが、同じく剣を引っ提げたソゥヱモン小剣令と共に駆け込んでくる。

 ゲルタガの通話を捏造されたのであれば、
おそらくは首都警察局内部に、あるいは電話局本体に盗聴回線が仕込まれている。

 「ミラーゲン」は施設建設当初から基礎や柱、設備に爆弾等をあらかじめ仕込み、
何年も後に発動させる。
 手口から考えると、首都警察局の建物にも盗聴器くらい当然と考えねばならなかった。

 捜査官が進言する。

「ただちにソグヴィタル議員を避難させます。」
「もう遅い!  百貨店全体が、「萬客城」そのものが舞台と化してしまった。
 下層階で爆発を起こせば客は上に昇るしかなく、
 屋上広場は大混乱となってかっこうの餌食よ。」
「ではどうすると?」

 ベベットはヒィキタイタンに向き直る。
 この提案は他の国会議員であれば拒絶されるかもしれない。
 マキアリイと共に何度も死線を潜り抜けたヒィキタイタンだからこそ可能な策。

「ソグヴィタル議員には歌唱会に出演してもらいます。
 事態が滞りなく進行していると「ボンビー」に思わせて、
 その間に下層階より整然と静かに買い物客を退避させます。」

「分かった。警察局の良いようにしてください。」
「ありがとうございます。」

 ベベットは命じて、百貨店の警備部長を呼び出させた。
 ついでに社長にも連絡する。
 これよりは警察局も先の読めない綱渡り、ボンビーの一人舞台となる。

 ソゥヱモン小剣令は左の腰に吊るトカゲ刀をぐっと握る。

「ヱメコフ・マキアリイは来ないのか。」
「所長は来ますよ。英雄探偵はここぞという見せ場には必ず姿を現すものです。」
「なるほど、正念場というわけだな。よかろう、私も助力しよう。」

 

    ***** 

 司会のお姉さんが摂音器(マイク)で観衆に呼び掛ける。
 ちなみに彼女も巡邏軍の女性兵士が代わっている。

「さあみんな! 今日は特別なお客様がいらっしゃっていますよおー。誰かなー。
 「英雄探偵マキアリイ」の映画ですからねー、さあお呼びしましょう。
 だーれかなー!」

 

 「萬客城」の屋上は他の百貨店とは異なり、子供向け遊園地にはなっていない。
 家族連れだけでなく、恋人達の逢瀬を支援するとして庭園となっていた。
 装飾も華麗に東岸金雷蜒王国風の建築を模す。

 出店もあるが一般的な飲食物でなく、おしゃれな外国の軽食を提供する。
 東側には3階建ての塔があり展望食堂が営業中。結婚式も出来る。
 さらにその上に箱型の大看板が設けられていた。

 この塔の下に常設の舞台がある。百人が踊れる広さだ。
 音響・照明設備が完備して、夜間に演劇を催す事も可能だ。

 光星組「デラ・ルント」の二人が舞台の中央に立つ。
 彼彼女を囲む観客は、親子家族連れ、恋人たち、
また「デラ・ルント」応援する人、マキアリイ映画の愛好者と様々で、
およそ1千人もが集まっていた。

 黄色い子供の声で、司会のお姉さんに答えるのは、

「まきありいー!」
「残念ーん、マキアリイさんはお出でになりません。ですがあ、
 マキアリイさんのお供のカニ巫女クワンパさんが、
 本物のクワンパさんが「萬客城」に遊びに来てくれましたあ」

 3杖の長さ、緋白の組紐でカニ神「シャムシャウラ」を表す棒をぐるんと回して、
カニ巫女見習い衣装のクワンパが登場する。
 わあ、と湧き上がる歓声。
 すでにクワンパ単体でも十分に人気者となっている。

 しかし、その隣を歩む背の高い男性に、主に女性客が息を呑む。
 司会のお姉さんも、これは予定に無い人物だ。

「な、なんとお! ソグヴィタル・ヒィキタイタンさまです。
 えーなんで、なんでヒィキタイタンさまがいらっしゃるのでしょうか!」

 二人の後にはトカゲ刀を腰に提げる若い軍人が続くのだが、これには説明は無い。

 「デラ・ルント」の二人も驚き、思わず立ち位置を空けた。
 自然と招かれるように中央に歩むのはさすがのヒィキタイタンだ。
 クワンパは多数の観客にちょっと面映ゆい。

 遠く観客の背後に目をやると、
密かに指示を受けた制服私服の巡邏兵と捜査員が出店を回り、
従業員や歌唱会に関心を見せない客を誘導して屋上を退去させていた。
 観客が一斉に避難する道を開ける。

 司会が手渡す摂音器を受け取って、ヒィキタイタンが第一声を放つ。

「みなさんこんにちは。
 ルルント・タンガラム特別区で国家総議会議員に立候補したソグヴィタル・ヒィキタイタンです。
 映画の歌音楽を楽しみにおいでになった皆さんには、
 少々ご迷惑でしょうがお話したい事がございます。」

 と、右隣のクワンパに摂音器を渡す。
 クワンパ恐れげも怯みも無く、会場の全員に届くように話し始める。

「本物クワンパです。
 初めてお目にかかる方も多いでしょうが、所長ヱメコフ・マキアリイの代理として参りました。
 皆さんにお願いがあります。

 近くに居る警備の人の指示に従って整然と、慌てずに静かに、ゆっくりと屋上を退去していただきます。
 今からこの舞台は、」

 この舞台は戦場となる。

 

 観客達は左右を見回し、どうするべきか考える。
 もちろん全員が昨日の爆発予告騒ぎを知っている。
 朝の放送で百貨店近くの野外音楽堂で捕り物が行われると聞いている。

 でもいきなり此処で、こんな場所で異変が起きるのか。

 何か起きるのなら見届けたいとの欲求もある。
 だが女子供に年寄りと逃がさねばならない人も居る。
 この際は指示誘導に従って退去するのが順当であろう。

 残ろうとする者も居る。
 マキアリイ映画の愛好者はこれこそが状況、後には映画化される一場面と心得る。
 英雄探偵と共にその場面に居たと自慢も出来るだろう。

 少数ではあるが取材記者も居た。
 職務の上からも事件が起きる瞬間を見届け、写真に収めねばなるまい。特ダネだ。

 二つの勢力がゆらと動いてそれぞれの道を決めようとする、その瞬間。

 

 「萬客城」の上空、大看板とほぼ同じ高さの空中で爆発した。
 五色の煙を噴いて花火が舞う。

 

     ***** 

 舞台から20杖(14メートル)の上空。地表からは15柱(53メートル)となる。
 赤桃色黄色の広告気球が風になびく中、煙を噴いて弾が飛ぶ。
 噴進弾(ロケット)だが、炸薬は積んでいない。

 誰もがあっけに取られる中、一人冷静な声で放送で呼び掛ける。
 この場の責任者ベベット上級捜査官だ。

「屋上警備全員に告げる。警戒は不要、観客の誘導避難に専念せよ。」

 直ちに行動が開始される。
 何が起きたか認識できず戸惑う男女の観客を、定められた近くの避難口まで誘導する。
 私服の捜査員も、犯人逮捕は放棄しての避難作戦だ。

 その場に留まるのは舞台上の人間のみ。
 一人武器を携帯するソゥヱモン小剣令がクワンパ達の前に進み出る。
 刀の柄に手を掛け警戒する。

 「デラ・ルント」の二人は首を左右に振るばかり。
 ここでは捕り物は行わないのではなかったか。

 司会のおねえさん正体は女性巡邏兵が空を指差す。

「あれは!」

 蝙蝠の翼、黒く広がる布を張った細い骨組みが展開して地上に降りてくる。
 大看板の頂上から飛び、空気を孕みながらもかなりの速度で着地する。

 ソゥヱモンが着地点に駆け寄ろうとしたが、舞台に投げられた爆弾の爆風に顔を覆う。
 炸薬のみで鉄の破片を出さない爆風弾だ。
 翼で受けて速度を殺し、華麗に二本の脚で降り立った。

 一瞬目に飛び込んでくるのが黒光りする革の靴。
 自動二輪の競技者などが使う強固な靴底のものだが、最高級品だ。
 蝙蝠の翼の下も黒の礼服。絹の高級服地を有名店で仕立てた伊達姿。
 胸元には紅の薔薇(注;)まで飾っている。

 頭に被るのも黒革の防護兜。
 飛行士などが使う風防眼鏡に黒ガラスで眼は見えないが、口元はにやりと捩れている。
 人を馬鹿にする表情。

 これが爆弾魔ボンビーか、とソゥヱモントカゲ刀を抜き放ち、流麗鏡の如くに光る鋼の刃を突き付ける。
 その動作の滑らかなこと。
 相当の達人だとクワンパも見る。
 カニ巫女は棒術を鍛え巷の悪を殴りまくっているから、相手の力量戦闘力を見抜く目も持つ。

「おおっと、短慮はダメだな。
 俺は爆弾魔なんだから、首が飛んだらどかーんと行っちゃうぞ。」

 爆弾魔ボンビー、背丈はさほど高くはない。2杖半(175センチ)ほどか。
 細身の身体に纏う礼服と、蝙蝠の翼との間になにやら筒のようなものを垣間見える。

 もう刺さる間近で、手首を返して刀を左脇、鞘の横に戻す。
 さっと2歩3歩と退き、ちらとクワンパを見る。
 やはり安全を優先せねばならないか。しかたがない、まだ屋上には避難する客が残っている。

 ヒィキタイタンが左手を伸ばして「デラ・ルント」の二人に退くよう仕草で伝える。
 マキアリイが居ない今、交渉役は自分となるだろう。
 また予告状の対象は自分だ。

 にやにやと笑いを浮かべる爆弾魔に、クワンパは冷たい目線で応じる。
 正義の側の男達に伝える。

「どうせこいつは爆発させません。やっちゃってください。」

 なに? とボンビー目を剥いた。風防眼鏡の下でもよく分かる。
 だがさすがに軍人としてその判断はいかがなものかと、ソゥヱモン尋ね返す。

「斬ってよいのか。」
「構いません。
 どうせこいつはヱメコフ・マキアリイがこの場に来るまで切り札を切れません。
 人命を盾に警備を嬲るのは、
 庶民の味方人情派の英雄探偵マキアリイにしか通じないと、こいつも知ってます。」
「なるほど! マキアリイ待ちか。」

 改めてトカゲ刀を両手で握り直し、次は一刀の下に叩っ切ろうと黒衣の男を狙う。
 だがボンビー、そんなに簡単に殺られるわけにはいかない。

「まてまてまて、まて。落ち着いて考えろ。
 あんたらは軍人だろカニ巫女だろ、警察局と巡邏軍の警備だろ。
 人命を最大限に尊重する義務があるだろ。

 おい、英雄のヒィキタイタンさんよ、なんとか止めてくれ。」
「クワンパさん、さすがにもう少し慎重な態度で臨まないと。」

「いいんですよ。だってこいつ毛頭死ぬ気無いんですから。」

 

     ***** →2

 爆弾魔ボンビーが左に小さく首を傾げて尋ねる。
 その根拠は。

「だってあなた、もともと姿を見せない正体を隠したまま、
 爆弾で人死に犠牲者をたくさん出すのが手口でしょ。
 それが、バカみたいな派手な格好をして景気良く花火と共に現れるなんて。

 どう見たってマキアリイ映画に出演したいって言ってるじゃないですか!」

 おおなるほど。とその場、舞台に居る全員が納得した。
 ボンビーも残念ながら認めざるを得ない。

「クソ、頭のいい女は嫌いだ。」

 クワンパダメ押しに舞台正面、観客席背後の2階建て東屋を指差した。

「だから、報道映画撮影中よ!」

 こちらに合図を送って来たと、撮影技師が手を振って応える。
 同じ場所から大砲みたいな望遠鏡で撮影する写真家クニコが顔を上げて片目を瞑った。
 なんだその美人ぶりは。

 ボンビーも納得した。

「なるほどなあ。
 じゃあさしずめここは、マキアリイの前座の軍人さんとチャンバラということかい」
「前座で終わる舞台もいいぞ!」

 電光の疾さで繰り出される白刃を、
さらりと躱したボンビーは蝙蝠の翼を翻しふわりと宙に浮き上がる。

 右手に握るは、いつの間に取り出したのか六連回転拳銃。
 それもタンガラムの野暮ったい実用本位ではなく、
シンドラ連合王国の太守階層が用いる優美な逸品。
 精度も高いがこの距離で当てるのに苦労も無い。

「そして左の手の中には、爆弾の遠隔起爆装置があるというわけさ。
 どうするよ軍人さん。」

 

 犯罪者が拳銃を取り出したと見て、屋上で客の避難に当たっていた巡邏兵が反応する。
 それぞれが携帯する執行拳銃を抜いて構えるが、
拡声器を手に楽屋裏から舞台に出てきたベベット上級捜査官が止める。

「発砲は許しません。
 屋上で水平発射をすれば、流れ弾が地表の通行人に当たります。
 ソゥヱモン小剣令に任せなさい。」

「へへっ、あんた相当買われてるな。」
「期待には応えないとな。」

 拳銃と刀と、しばしば交錯させながら二人の男は命を削り合う。
 ボンビー折角の拳銃だがめったに発砲しない。
 6発しか入ってないから確実に効く場面を狙っている。
 その代わり、

ぽん! と舞台の混凝石(コンクリート)の床が弾ける。
 爆弾と呼ぶには小さすぎる金属の釦のようなものを投げてきた。
 拳銃弾の空薬莢だ。
 ただし普通より鋭敏な雷管を装着し、火薬ではなく爆薬を詰めている。
 当たれば手指くらいは軽く吹き飛ぶ爆発力。

 さすがにソゥヱモンも怯んで間合いを開けるが、今度は拳銃で狙われる。

「卑怯な、」
「バカ言うな。刀で拳銃と渡り合うバケモノなんかとまともに戦えるか。」

 

 高度な格闘戦が続く中、クワンパはこの勝負ソゥヱモンが不利だと見る。
 腕が悪いのではない。
 相手がふわふわと逃げて正面から相手をしていない。
 正々堂々の斬り合いで互いが命を削り合うのを本分とする小剣令には、相性が悪かった。

「……こういう敵なら私が相手をした方がよかったかも。」
「クワンパさん!」

 ヒィキタイタンに不意に肩を引っ張られ後ろに下げられた。
 あらぬ方から飛んできた薬莢が足元で弾ける。

「ありがとうございますヒィキタイタンさま。」
「どうしよう、このまま長引くと敵の仲間が加勢に来るのでは、」
「ええ。そろそろだと思うのですが。」

 

     ***** 

「ええい、飽きた!」

 ボンビー、剣戟勝負に決着がつかないのでイライラする。
 やはり爆弾魔は爆弾で戦わねば、と左手に握る遠隔起爆装置の釦を押した。

 ぽこん、と舞台外に仕掛けられていた花火が動き、五色の紙吹雪をまき散らす。
 舞台演出用の装置だが、なんで今動いたのか。
 ボンビーも驚く。

「……、点火装置を繋ぎ替えたな?」
「32個だ。」

 ヒィキタイタンの隣で聞き慣れた声がする。
 振り返ると、ヱメコフ・マキアリイ。

 爆弾魔もようやく本命主役が登場か、と戦うソゥヱモンから離れて、
にやっと歯を剥き出し笑う。

「来たな英雄探偵。」
「36個だ。一式6個の1石(3.43キログラム)爆弾が6組。
 4個はたぶん、お前が飛んできた「萬客城」大看板の裏だろう。
 だが下に仕掛けた20個、屋上庭園に仕掛けた9個、舞台の3個はもう解除した。」

 なに、とボンビーの表情が固まる。ソゥヱモンも話を聞きたい。
 英雄探偵マキアリイ、今まで爆弾解除をしていたのか。

 だが英雄の口から出るのは愚痴だ。

「ボンビーよお、此処を襲撃の舞台として選定するのは上出来だ。
 爆弾を1ヵ月も前に商品在庫に紛れ込ませるのもいいんだ。
 巡邏軍の探索を避けて外壁にくっつけるのもいいだろう。
 建物倒壊を目的としないんだから。

 でもなあ、設置は自分一人でするなよな。

 扱いやすいように移動防止も解体防止機能も無いじゃないか。
 電波信号で起爆するのも、空中線(アンテナ)曲げただけで受信しない。
 無線中継器もずぶの素人巡邏兵に見つけられたぞ。」

 ベベットが叫ぶ。

「マキアリイくん、爆弾は全部処理したの?」
「最後の4個、無線装置を無力化して巡邏軍の爆弾処理班が片付けてます。
 さて、」

 ぐりぐりと肩を回し筋肉のコリをほぐしながら、マキアリイは前に進み出る。
 選手交代だ。
 ソゥヱモン小剣令も刀を引き、鞘に納めて爆弾魔に声を掛ける。

「それでもまだ奥の手はあるんだろうな。期待しているぞ。」
「まあ、有るといえばあるんだけどさあ。」

 

 雄大な体格の英雄に比べて、いかに高価な衣服で飾っても爆弾魔が見劣りするのは避けられない。
 既に己の武器は解体され、最後に何を用いるか。

 マキアリイは詫びた。

「すまん、今朝から放送でぶち上げたお前を捕まえる罠な、あれ全部嘘だ。
 昨日おまえがど派手な犯行予告をした時に、これは陽動だと気付いたぞ。」
「む、」

「ゲルタガ主任捜査官は、派手な予告で首都に目を向けさせて、
 実は方台全土で同時多発に破壊工作を行うと見抜いている。
 ミラーゲン本隊とおまえは別の、囮だとな。」

「ばれちまっては仕方ないな。でもなあ英雄さん、俺は、」
「分かってる。囮が大成功して悪い道理は無いからな。
 芸術的爆弾魔としては手を抜くつもりはさらさら無い。

 これまで秘密にしてきた正体を今曝け出すのも、その覚悟だ。」
「わかってるねえ。」

 ボンビー、舞台の上から屋上全体を見渡す。

 既に一般客は退去を終え、巡邏兵捜査員が集まってくる。
 だが爆弾を警戒して密集しようとはしない。
 それにボンビーの拳銃にはまだ弾が残っている。
 ヱメコフ・マキアリイがどのように取り押さえるか、見物する事となるだろう。

 風防眼鏡の下の顔で、彼は苦笑いする。

「やっぱ電波信号で起爆は、信頼性に欠けるな。」
「有線爆弾が安心だな。」
「俺の趣味じゃないんだよな、ずらずら長く線を引いて、あんなのすぐ見つけられちまうじゃないか。
 だがな、最後に頼るのはやっぱり信頼性の高い奴さ。」

「なに?」

 

     ***** 

 ボンビーすっと右手を伸ばし、拳銃の照準を高くに向ける。
 舞台の背後、展望食堂の塔の下に麗々しく左官で盛り上げられた「萬客城」の商標。
 その中央に艶が輝く七宝焼きの印を撃ち抜いた。

 マキアリイも、まさかそれは想定しない。
 ボンビーも気の毒な、むしろ敗北を認めるかに口を歪める。

「俺だってなあ、10年前に仕掛けられた爆弾なんか使いたくないんだ。
 お前が悪いんだぞ。
 ミラーゲンが建設時からあらかじめ爆弾仕掛けるの、忘れてたんだからな。」

 

 そして身体から煙を噴いた。
 煙幕に隠れて逃げる気か、と手を伸ばそうとして、マキアリイばっと後ろに跳び下がる。
 勘で、だが大正解。
 大きく爆発して爆風が煙を吹き飛ばす。

 爆風弾の圧力を利用して、ボンビーは再び宙に舞い上がる。
 蝙蝠の翼を広げて屋上庭園から空中に離脱する。

「無理だ!」

 この大きさの翼では人一人の重量を支えられない。
 多少の速度の低下、方向の制御は出来ても、最終的に地面に叩きつけられる。

 だがボンビーは屋上から高く上る広告気球の一つを掴み、縄を切って解き放つ。
 気球の浮力でさらに速度を殺すのか。

 屋上の高さからみるみる高度を下げていく。
 百貨店の外に避難してきた買い物客が心配そうに見上げていたが、その頭上に落ちていく。
 人の悲鳴が上がる。

「おっといけねえ。」

 地上では通報を受けてゲルタガ主任捜査官が、
巡邏軍3個小隊百人と捜査官捜査員を引き連れて、応援に駆け付けたところだ。
 宙から落ちる蝙蝠の翼を正しく悪と認識した。

「あれがボンビーか、続け! 必ず逮捕するぞ。」

 そいつは願い下げ、と爆風弾を投下して地上に浮力を作り出す。
 人が吹き飛ぶのもお構いなしだ。

 本来これで着陸するはずだったが、最後の1個を使ってしまった。
 広告気球を手放して、人の頭のすぐ上をすり抜ける。
 自動車で疾走するほどの高速だ。

 車道に出て、路面電車の架線の下を潜り、公園の植え込みに突っ込んだ。
 着陸というより衝突だ。

 ゲルタガ率いる巡邏兵が車道の往来を強制的に停止させ、一目散に突っ込んでくる。
 だが植え込みの中から飛び出したのは、自動二輪車だ。

 巡邏兵を蹴散らし、車線を逆走して逃げていく。
 さすがにこれには追い付けない。
 ゲルタガは手にする無線で周辺封鎖の指示を捜査本部へと伝達する。

「ちくしょお、ボンビーの奴。だが顔は見たぞ次は逃がさん。」

 

 「萬客城」屋上。
 ずず、と舞台が斜めに傾ぐ。

 鉄筋の柱の内部に仕掛けられていたミラーゲンの爆弾が作動し、致命的な破壊を実現する。
 大看板が乗り展望食堂が設けられた塔が根こそぎ切り取られ、ゆっくりと倒れていく。

 下から仰ぐ人は阿鼻叫喚、建物東側の広場から走って逃げていく。

 塔の根元に設置してある舞台も引きずられて跳ね起き、ただ逃げるのがやっとだった。
 壁は割れ、備品什器がこぼれて落ち、もはや留める術が無い。
 だが人は、

 まずは箱型の大看板が拉げて外れ、地面に落ちていく。
 爆弾解除に当たっていた巡邏軍処理班が逃げ遅れ、留まる事などもう無理だ、そのまま落ちていく。
 そして、

 舞台の裏、楽屋に避難した光星組「デラ・ルント」の二人が、割れた壁から顔を覗かせる。
 避難させられたのはよいが、ボンビーが現れたどさくさで案内する者が居らず、
そのまま留まっていたのだ。
 銃弾・小爆弾の脅威は無かったが、 まさか建物自体が崩れるとは。

 ベベット主任捜査官は顔を青ざめる。
 既に傾き落ちようとする塔に飛び込み2人を救うなど、人間に叶う技ではない。
 人間に、

「ヱメコフ・マキアリイ!」

 

     ***** 

 何の迷いも見せずに跳躍し、見事壁の割れ目に飛び込む英雄探偵。
 まずは女性の光星アリシャンを抱え上げ、丸太を投げるかに乱暴に放り出す。

 いかに女性で軽いとはいえ、人間これほど飛ぶものか。
 背の高いヒィキタイタンがしっかと受け止める。

「マキアリイ、来い!」

 塔と建物本体との間が開き、鉄骨鉄筋が姿を覗かせる。
 着地位置を間違えると串刺しだ。

 男性光星カジツを問答無用で肩に担ぎ、マキアリイは跳んだ。
 大きく、
その背後で遂に支えを失い落ちていく塔が、展望食堂が。

 足場が悪かった。
 マキアリイの跳力なら十分可能な距離ではあるが、力が逃げて届かない。
 崩れ落ちる塔と共に、二人も。

「所長ーっ」

 伸びるカニ巫女棒に手が掛かる。左手一本で掴み手繰り寄せると、足がわずかに外壁に触れた。
 これで留まれる。
 だが男二人の重量をクワンパ一人で支えられない。

 ソゥヱモン小剣令が、ついでヒィキタイタンが、また捜査官が飛び付いてクワンパを引き戻す。
 それでもカニ巫女棒を握るのはクワンパのみだ。
 手が抜ける、腕が折れる。強固な棒がたわみ異音を発する。

 かろうじて外壁に留まるマキアリイとカジツを、身を乗り出した巡邏兵が掴まえた。
 二人三人と手を伸ばし、ようやく確保。
 その途端、さしものカニ巫女棒も高い音を立てて割れてしまう。

 急に引っ張る重さが消えて、クワンパと支える男達は後ろにひっくり返った。
 それでも呼ばう。

「所長、無事ですか!」
「ああ、クワンパ。助かったぞ。二人ともだ。」
「よかった……、」

 腕が折れるかと思った。痺れて動かず立ち上がれない。
 青い夏空を見上げて、思う。

「これってやっぱり、破壊工作阻止、しっぱいなのかな……。」

 

 

 昨夕ゲルタガ主任捜査官は、首都の予告状が囮であり、
全土で「ミラーゲン」が破壊工作を行う恐れがあると、秘密裏に上層部に警告した。

 各地の警察局は隠密で探索し、8市において犯行の阻止に成功。
 だが5市で決行され、3カ所で大規模破壊に成功されてしまう。

 その一つがノゲ・ベイスラ市。
 役所や裁判所、また選挙で賑わう市の中心部が狙われたなら阻止できただろう。
 だが襲われたのは刑務所だ。

 凶悪犯罪者が百人近くも脱走し全市を、ベイスラ県全体を脅かす。

 結局爆弾魔ボンビーを取り逃がし、百貨店を大破壊させてしまったマキアリイとクワンパは、
ほうほうの体で旅宿館に辿り着く。
 部屋で寝っ転がろうとした瞬間、電話が鳴り響いた。

 通話先はノゲ・ベイスラ市のマキアリイ事務所。
 臨時事務員のネイミィだ。

「所長今すぐ帰ってきてください。
 刑務所から逃げ出した犯罪者が、ヱメコフ・マキアリイに復讐するって事務所にまで!」

 電話向こうで悲鳴が上がる。
 あの気丈なネイミィが、これは本当の一大事だ。

 

     ***** END 11→2 

     ***** END 10

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