ゲバルト乙女


 


第1章「蒲生弥生ちゃん、トカゲ神の招きにより異世界に参る」

第1節「弥生ちゃん、異次元の世界に降臨」の巻



 びゅうううううぅううぅ、ううううぅぅぅぅぅぅ。

 風が泣いている。どこか遠く、地平線まで何も無い荒野を渡る寂しく乾いた風だ。日本にはそのような荒野は存在しないから、知らないはずなのだが、何故か懐かしい感触とともに脳裏に風景が浮かぶ。どこまでも静かな、生命の営みをみじんも感じさせない、孤独の大地。
 蒲生弥生は目を開いた。凛と眼から気合いが迸る。しかし、その視線の先は白く立ちこめる霧に妨げられ、何も捉えることが出来ない。
「ここは、・・・・・・いや。ここは、こまったな。」
 間違いなくここは日本では無い。足元しか見えないが、青白くくすんだ土というのは日本では、工場の原料置き場にならあるかもしれないが、すくなくとも学校の敷地内には無いだろう。ということは、先程まで自分が居た筈の、県立門代高校の教室ではない。ほんのわずか意識が飛んだ隙に、いつの間にか場所を移動したことになる。
「冷静に考えてみよう。つまり、ここは学校ではない。ではどこかと言えば、こんな霧がかかっていてはわかりようがない。しかしこの風の音を考えると、相当だだっぴろい所に立っていると思うな。下手に動くと、足元を踏み外してまっ逆さまに崖下に落ちるてことがあり得る。でも、ここどこ?」
 記憶を振り返ると、なんとなく自分が異常な状態に陥っていることは理解できる。
 事の発端は、志穂美だった。3年1組の相原志穂美。ウエンディズでセンターを守ってる彼女は、それはまあ平素でもおかしな女なのだが、今日はまたそれに輪を掛けて変だった。なにしろ頭にゲジゲジをのっけていたのだ。更に試合用の薙刀を抱えて、いきなり4組の弥生の教室に殴り込んできて、
「殴り込む?」
 それは変だ。志穂美は確かに狂暴な女で、というかこんな狂暴なのはゲリラ的美少女野球リーグ全部を見渡しても他に例が無いが、それでも真っ昼間に訳もなく暴虐を奮うことなどありえない。志穂美は何を怒っていたのだ。
「いや、怒っていない。なにか操られるような、せっぱ詰まってたような。そうね、志穂美は私を襲ったんじゃない、額のゲジゲジをとっぱらう為に暴れてたんだ。でも何故かわたしの所まで来なくちゃいけなかったんだ。」
 段々ここに来る前の状況が掴めてきた。志穂美が薙刀を大上段から打ち掛かったのを右に避けて、柄を抑え、「何をする」と怒鳴ったところで、志穂美の目の奥になにか、底知れぬ深い闇を感じ、全身を声が包み、そう、あれは志穂美の声じゃない。頭に直接語りかけてくる感じの、
「テレパシーだよな、あれって。確か、」
 声は言った、しわがれた老婆の生命を絞り上げる必死の声が、何者かに押しつぶされるのを全身全霊を上げて耐えながら自分に話し掛けてきたのだ。それは、・・呪い
「死ね、トカゲ神は死ね。トカゲ神の救世主は死ね。死んで天河の神座に戻り、運命の輪を逆に回せ。我らゲジゲジ神の世を再び返せ。と言ってた、確か。」
 自分で口に唱えてみても、なんだかさっぱり意味が分からない。ゲジゲジ神というならば、そりゃ志穂美の額のゲジゲジが・・・・・、
「あー、ああそうか。あのゲジゲジが喋っていたんだ。そりゃあ理に叶ってるな。」
 つまり志穂美の頭にゲジゲジが取り付き、志穂美を支配して、自分を襲わせた、と、まあ理不尽だがそう理解するしかない。では、この場所に自分を飛ばせたのは、あの。
「とは言うもののねえ、志穂美に取り憑くなんて無謀だよねえ。」
 志穂美は単に狂暴であるだけでなく不吉で凶悪で、呪術までも使う霊感少女だ。それも神懸かりで悪霊を呼び出すなんて甘っちょろいものではなく、自らの奥底の潜む強大なエネルギーを無意識に解放するだけで、年期の入った拝み屋でも弾き飛ばすという、歩く将門神社みたいな存在なのだ。身長は169cmの長身で細身、髪は長く容姿は端麗だが取り付く島も無いそっけなさ、毛ほども好感を持たせることがない男っ気の無さ、青白く輝く氷の刃を喉元に突きつけてくる迫力といい、彼女を従わせることなどウエンディズのキャプテンであるこの自分でさえも困難なのに、それを呪力で強制的に支配しようなんて、ちょっと考えが甘いというか間抜けというか、副作用は激烈だよな、とか思った。が、それはともかく。
「ここどこだ?」
 弥生は右手を前に突き出して掌を正面に向けて気を出した。自分自身は霊感とは縁の無い普通体質であるが、習い覚えた護身術「厭兵術」は合気柔術系であるので気を意識する方法は伝わっている。意識を集中し掌から気が出る様子をイメージすると、なんとなく暖かいとか日が照っているとか、人が居るとかは目を瞑っててもなんとなく分かるのだ。
 眼を半眼に伏せ正面に構えを取り、周囲を取り巻く霧のカーテンをぐるりとスキャンしてみると、果たして左後方に何者かの気配を感じる。慎重に足元に注意を払い近づいてみると、額にゲジゲジを乗せた人物が倒れている。もちろん志穂美ではない。見知らぬ、というよりも外人だ。肌が浅黒くなんとなく透明感があり若いようにも見えるが、皺や雰囲気から判断する高齢者にも見える、不思議な感触の女性だった。顔の近くに跪いてよく見ると、息をしていない。首筋に手を当てると、体温こそまだあるが脈動は無く、急速に生気を失っていくのが分かる。蘇生措置をしなくちゃと思うのだが、自分の脳の半分側が冷静に、もうダメだという判断を下している。死体を見ても取り乱すことも驚くことも無い自分に、少し驚いた。わたしは人の死にこんなに客観的に向き合えるのか、と呆れる。だが、確かにこの女性、ひょっとすると老婆かもしれない、は手当てする甲斐が無くそのまま死ぬと思われた。なにしろ表情が凄まじい。怪物に心臓を抉られた、あるいは地獄の縁に顔を突き込まれ光景をまざまざと見せられた、そういう恐怖と驚愕と悔恨を深く皺に刻み眼窩から飛び出そうかというほどに眼を剥いて、救われようの無い死に様を曝しているのだ。弥生ちゃんほどの胆力が無ければ、とても近くには寄れなかっただろう、死と生の狭間の断裂をみごとに表現した芸術的とも言える無常の情景を醸し出している。
「!」
 顔から眼を逸らし全身の観察を続ける弥生は、思ったとおりのモノを発見した。一見粗末に見える毛の外套をまとい頭巾を被った彼女は、裾が長いので一見ではよく分からなかったのだがかなりの長身、バレーボールの選手くらいの発達した体躯を持っていた。公称150cmの弥生と比較すれば十分に巨人と言える体格だ。骨格筋肉から見ればやはり40代くらいの見当なのだが手の皺は60歳以下では無いだろうことを物語る。腕や首に刺青を施していて、この色の褪せ方からしてもやはり老婆と呼ぶべきではないか。外套の下から覗く衣服には金糸銀糸の縫い取りがされ宝石らしきものも縫い込まれていたりと豪奢そのもので彼女の身分の高さを示している。、頭巾を剥がしてみると白髪がこぼれ、その額には。
「・・・ゲジゲジだね。」
 長さ20cmほどの大きさで金色に輝く多足の虫が鎌首をもたげて弥生を見た。ゲジゲジとは言ったが、日本で見るゲジゲジムカデとは違う生き物だろう。脚の数は10本程度、胴体に比べて心持ち太く関節も強度がありそうで虫のように簡単にはもげないと見えた。造り頑丈でカニとか海老に近い殻の厚さを感じる。尻尾は二本に分かれ長い刺を持ちさかんに振動させている。眼は一対の複眼でトンボの様。赤く輝き明らかに見知った生き物では無いことが分かった。あえて言うならばこれは、怪獣だ。何しろ光っている。身体の金色は本物の昆虫にはあり得ない金属光沢を放ち鏡面にすらなっていて周囲の光景をを映し込んでいる。輝く眼はあきらかに発光しておりただでさえ変なのだが、なにより異常なのは虫には考えられないことだが知性のきらめきというものをコレに感じてしまう。死んだ女性が身分ある人ならば、このゲジゲジ状生物の存在はそのステータスと密接していると思わせる、そんな高級感が漂っている。
「こいつを持って帰って解剖すれば、まゆちゃん喜ぶな。」
 ウエンディズで副長を勤める科学部部長の八段まゆ子は弥生の知恵袋で、マッドサイエンティストの気質の強い曲者だ。こういう怪しげな怪獣は大好物でばらんばらんにしてしまうだろう。それより志穂美本人にこれをやれば、なかなかに気に入ってペットとして飼うかもしれない。
「そうか、志穂美に付いていたゲジゲジは、この怪獣ゲジゲジとリンクしてたというわけだ。なるほど、ではこの女の人は魔導師というわけで、志穂美を操ってわたしを、・・・・・?」
 なぜ自分が襲われたのか、そこがまださっぱり分からない。だが一つだけ確実なことがある。
「怪獣がいて、魔導師がいて、得体の知れない場所に吹き飛ばされた、となると、これはファンタジーの世界に来ちまった、って結論を出さずばなるまいな。」
 蒲生弥生。県立門代高校生徒会副会長、ゲリラ的美少女野球団「ウエンディズ theBaseballBandits」隊長、三十年に一度の逸材として近隣にその名が知れ渡る超絶優等生、蒲生弥生ちゃんは、狭苦しい世間の枠に押し込められること17年にして、ついに現実を飛び越えて幽境に遊ぶこととなった。


第2節「弥生ちゃん、荒野をさすらう」の巻

 弥生ちゃんは不謹慎ながら死体をひっくり返して身体検査をした。なにか役に立つアイテムを持っていないか、RPGの原則に従って他人の持ち物を分捕ろうというわけだ。別に悪意は無いし、どう考えてもここで死んでる女性は、自分になんらかの害を為そうとして妖術を使い、志穂美の霊力に返り討ちにあったんだろうから、遠慮しなきゃいけない理由は無い。だが、女性の衣服からはめぼしいものは発見出来なかった。考えてみれば当然で、こんな荒野の真ん中に、身分の高そうな人物が一人で居るのがまずおかしい。荒野をさすらったのでないとすれば、自分が飛ばされてここに来たのと同様に瞬時に飛ばされたのだ。一種のテレポートだろう、身一つで時空の狭間に吸い込まれ、吐き出されたと推測される。ひょっとすると自分がこの世界に来るジャンプの巻き添えを食ったのかもしれない。
「じゃあなんだ。つまり、トカゲ神の救世主というのは、わたしのことなんだろうな、やっぱ。」
 そうでなければこの女性が自ら死ぬほどのリスクを冒す訳がない。事情はよく掴めないのだが、トカゲ神救世主弥生ちゃんをぶち殺そうと次元を越えて呪いを発動させ、それがまた運悪く志穂美なんかとシンクロしてしまって、逆探知される様に逆撃を食らった、そういうところではないか。今日まで志穂美が襲ってくる直前までなんの異変も身辺に感じなかったのだから、もしその呪術を使わなければ弥生ちゃん本人はこの世界に来ることは無かった筈だ。
「やぶへびだな。」 
 トカゲは地方によってはカナヘビとも言うから、これは洒落なのだが、死人は笑ってくれない。日本語分からないだろうから生きていても笑ってはくれまい。
 結局、死体からはいくつかの宝石以外は手に入らなかった。これはどこかの街の武器屋とか道具屋で交換すれば何クレジットとかなるのだろうが、荒野で行き倒れようかという者にはまるで意味が無い。RPGというものはそういう風に出来ているのが常だから別に腹は立たないが、せめてナイフ(攻撃力+1)くらいは欲しかったなと思う。それよりも問題は、
「ねえ、あなた、どうしようか。やっぱ踏み殺しちゃった方が後々いいのかな。」
 死体の額にいまだ居座る怪獣ゲジゲジの始末に困っている。これをそのまま放置すれば、ひょっとしたら援軍なんか来るかもしれない。だが現状右も左も東も西も分からない中、それはリスクというよりもチャンスと呼ぶべきではないか。
「まあ、無益な殺生はしないから、どっか行きなさい。」
 怪獣ゲジゲジは、こくっと右に首をひねり、しばし何事か考えていたようだが、やがて後ろを向き女性の頭から地面に降り、50cmほど離れた。
 その途端、女性の死体からなにかが噴出した。いや、なにか出たような感じがしただけで実際はなにも無かったのだが、ともかくその感触にびっくりして弥生ちゃんは飛びのいた。「彼女はほんとに死んだ」、そういう認識が電撃のように脳髄を駆け上がり、今まで感じなかった生理的嫌悪感を不意に覚えることとなる。そうか、このゲジゲジが付いている限り、この女性は真の意味では死んだ事にならなかった、ひょっとしたら魔法かなにかで蘇生できたのかもしれない。もう後の祭だが、その考えは確信となり、この世界における怪獣ゲジゲジのポジションを弥生ちゃんは理解出来た。
「つまり、あなたが居ると、魔法が使えるし、生きてくことが出来るのね。」
 怪獣ゲジゲジが、心持ち首肯いたような気がする。多分このゲジゲジは人の言葉が理解できるのだ。魔法の生物ならそういうこともあるだろう。なにせここはファンタジーの世界だ。
「・・・・・漫画でもゲームでも、人は死ぬ、ってわけだ。参ったな。じゃあ、ここに居るとわたしも死ぬこともあり、ってわけだ。」
 たとえ夢の中とはいえ、自分が死んだ感触を得るのは愉快な気持ちではない。夢の中で死んだと思えば、本当に身体も心停止して死んでしまう、とかの話も聞く。ファンタジーで異世界に飛ばされたのが実の肉体なのか精神体のみなのか感覚だけが飛んだのか、定かではないが、ここで死ねば自分もタダでは済まないという直感が弥生ちゃんを包む。
 ゲジゲジが付いた人間は魔法を使う、それがこの世界のルールだ。
 ここに飛ばされて以来、なかば夢の中をさまよう不確かさで死体との遭遇というイベントに付き合ってきたが、この直感を得てようやくにして、ここは現実という実感を覚えた。この世界は、この世界なりの物理法則に従う、元居た地球と同じ、やはり絶対不可逆な現実なのだ。ここで死ぬことは、そのまま自分が死ぬことと同じ。ここで生きて行く為には、元の現実の世界で生きる以上の真剣さを要求される、わけだ。
「!?」
 弥生ちゃんを見つめていた怪獣ゲジゲジが感嘆したように鎌首をもたげる。分かってるな、という感じを弥生ちゃんは持った。
 このゲジゲジは知性がある。それもただの知性ではなく、人の心を読み取る超能力くらいは備えた高い知性だ。なんなら魔法的知性、神の一種としての知性と呼んでも過言ではなかろう。この世界の人が全てこれを持っているのだとすれば、それは驚異的な先進文明だろうが、先程死体を調べた際に衣服にミシンの糸目も化繊の使用も自動織機での布の製造の後も見受けられない手作業の産物だという見立てから推測して、それほどは進んではいない。社会的に高いステータスを持つと思われる女性の衣服ですらこの程度であるのだから、一般人は魔法は使えず、せいぜいヨーロッパの中世レベルの文明だろうと見切りを付けた。
「・・・・・・・・・。」
 ゲジゲジはまだ弥生ちゃんを見ている。なにかもの言いたげだ。これを頭に乗っければ、ひょっとしてテレパシーで会話出来たりするかもしれない、とも思ったがさすがにリスクが大き過ぎる。かといって捕獲して持ち歩くには尻尾の刺が心配だ。素直にお別れした方がいいだろう。
「・・・・・・・。」
 ゲジゲジがいきなり右を向いて頻りに尻尾を振り出した。まるでそちらの方向に行けと言ってるようだ。やはり、自分の思考を読んでたな、と弥生ちゃんは理解する。二三歩そちらの方に歩いてみる。ゲジゲジは向きを戻し弥生ちゃんの顔を見ていたが、また先程と同じ姿勢に戻り尻尾を振る。正しいようだ。更に歩き10数歩進む。やはりゲジゲジは弥生ちゃんを見ている。こっち?、と指で前方を指してみると、三度尻尾を振り出した。明らかにこの方角を指している。30歩まで進んで振り返ると、もうゲジゲジは居なかった。走って戻ってみると、死体こそまだ有るが、ゲジゲジはどこにも居ない。ゲジゲジが地面を歩いた足跡も、尻尾を振った場所から途切れている。突然空中に溶けて消えたような形跡を残さぬ隠れ方だ。ひょっとするとあれは飛べたのかもしれない。そうも思ったが、消えるところを見ていないのでなんとも分からない。
 だがともかく行くべき道は分かった。死体を一人残して行くことを不憫に思ったし、ひょっとしたら墓穴を掘って埋めるべきかとも考えたが、もし捜索隊とかが出てたらそれは面倒だろう、と放置していくことにした。まあ、RPGの定石を取れば、衣服を剥ぎ取って自分で着るとかもあるし、なんだったら死体を食べるとかもありなのかもしれないが、そこまでやらなくてもなんとかなるだろうと自分を騙してゲジゲジが指し示した方向へ霧の中歩みを進めた。

2004/04/22

 

第三節「弥生ちゃん、ネコに遭遇する」の巻

 現在視界は30メートル、濃く垂れ込める白い霧はふとした油断で今自分がどこに居るかを分からなくする。弥生ちゃんは大事をとって10メートル置きに地面に大きく印を付けた。つまり、前の印とそのまた前の印を一直線に結ぶ位置に印をすると、次に10メートル進んだ時に、やはり一直線に印が連なって見えて方向を見失わないということだ。手間がかかってめんどくさいし遅くなるが、こんなところで迷う訳にはいかない。もう二度と案内を得られないという可能性すらあるのだ。現実のファンタジー世界はゲームのように親切ではない。プレイヤーが一人である可能性も薄い。トカゲ神の救世主と呼ばれる人間が何人も何十人もこの荒野で方向を見失って野ざらしの白骨になってるかも知れないのだ。実の所、弥生ちゃんはこういうせこせこしたのは嫌いでぱぱーっとちゃちゃっと片づけてしまう性格なのだが、今はこれが一番の近道で絶対確実なのだから仕方がない。嫌いや苦手も着実に地道にそれでも人間の望み得る限りの正確さと速度でこなして行くからこそ、現在の弥生ちゃんの評判は有る。足元がしっかりしていないと、強い翼を持っていたとして地面を蹴って飛び上がれず、宙を舞うことあたわず、というわけだ。
 地道に正確にミルクを流したような霧の中を行く。風が泣く音、自分の呼吸と足音しか聞こえない、孤独な旅だ。強い信念としっかりした自我を持たない弱い人間ならば、この無音のプレッシャーに負けて走り出し方向を見失ってしまうだろう。地味だが強烈な試練だ。正確さも大切だ。100メートルも進んだら少し後戻りして、印の直線性を確かめたりもする。果たして行った時には正確だと思った印も、後ろから見つめ直すと微妙に曲がって方向を逸らせていたりする。自分自身のやることも信じられない、となると進んで行く心のハリが無くなるものだが、弥生ちゃんは挫けない。
 幸いにして時計は普通に動いている。あいにくと手元に携帯電話を持っていなかったのは痛恨事であるが、しかし電波が異世界に届くわけも無し。趣味でアナログ腕時計を持っていたのは正解で、時計の目盛りを利用して方向の直線性を測ることも出来る。時速が分かるから自分がどこまで進んだかも知る事が出来る。死体のあった場所から12.5キロ歩いて5時間、時速は2キロ半になる。遅いながらも着実に進んでいる。時刻は既に6時42分。日本ではもう日が落ちて晩になっているであろうが、ここではまだ明るい。考えてみれば、そもそも日が暮れる上るといった現象が存在するかも不明なのだ。この世界はすべてが霧の中、誰にも全貌は分からないが道なりに行くと街があったり村があったり、そういう構造になっているのかもしれない。というか、ゲームのRPGも見通しが効かないという点では弥生ちゃんの現状と全く同じ。とりあえず最初の街、レベル1の勇者の出発点を探すべきなのだ。しかし、
「このゲーム、おもしろくねー。」
 面白くない、というのはゲームにとって致命的だが、この退屈さ無意味さ空しさこそが現実の証。リアルに生存の努力を行えば、なんの達成感も無い無駄で重複する作業と多大な時間を費やし悔恨のみが残る、という点においては現実もファンタジー世界も等価である。しかもリアルで腹も空けば喉も渇く、脚も疲れて倒れそうになる。最小限の補給物資すら無いデフォルト状態から始まった弥生ちゃんのクエストは、ともかくなにかに突き当たらない限りのたれ死に以外のエンディングは無い。救いがあるとすれば、
「あー、そろそろ休むか。水を確保しなきゃいけない。霧があるというのは水が空中には十分あるということだから、えーとなんだ、ティッシュのビニールがあるね。これを使えば露を集めることも出来るから、ともかく夜が来てくれればなんとかなる。あー火を起こす方法も考えなきゃね、マッチもライターも持っちゃいないんだけど、スカート破って紐作ってでもなんとかするか。まあ、燃やすものもなんにもないんだけどさ、砂でも被って寝るってか。」
 ゲリラ的美少女野球の訓練を積んだおかげで、ともかくサバイバルと救急、格闘の知識は十分にある。野球とは名ばかりの隠れ蓑、野球に偽装して乱闘を故意に引き起こし集団での各当選の練習するのが厭兵術と呼ばれる武術の稽古法なのだ。他の武術武道とは異なり厭兵術は兵法をベースとした総合軍学である。なにしろ逃げ方隠れ方をまず第一に教える武術なんて、他には無い。弥生ちゃんは特に格闘と集団の指揮に優れていて、パーティを組めば戦闘集団の中核となり二倍にも三倍にも全員の戦闘力を引き出すことが出来るのだが、
「来たね。」
 霧の向こうになにやら走る影を感じる。掌をかざして風を読んでみると、それを感じ取ったかのようにそれも動きを止める。来た。弥生ちゃんはそう思った。
 モンスターの襲来である。RPGと仮にこの状況を定めた場合、そりゃあモンスターとか盗賊とかとエンカウンターするのが定石だ。ただし現在の装備、丸腰でやれるようなレベル修正をしたよわっちいスライムなんかは出てきてはくれないだろうけど、何も起こらないよりはそれはずっとマシだ。動物なら肉を食らうことも出来るだろう。血を飲めと言われれば飲んでやる。骨があれば当座の武器に使うことも可能だ。少なくともなんらかの物資が手に入るのは有り難い。
 弥生ちゃんは影に気付かない振りをしながら進行の作業を続ける。何度か印を付けては進み、また戻って直線を確かめつつ、相手の様子を確かめる。影はこの濃霧の中でも自由に歩き回っているようだ。この荒野の地面は浮き石も無く滑らかに平坦で、眼をつぶってても走るには問題無い場所のようだ。
 まだ、弥生ちゃんを襲おうという気は無さそうである。見つからないように50メートルは離れ、風上に回らないよう注意深くこちらの動向を窺っている。これは捕食生物だ。弥生ちゃんはそう結論づけた。さほど大きくない生物という感じがするが、敏捷で、多分四本足。獣であろうが、犬くらいのものだろうか。一匹二匹ならまだしも十数匹が集団で一度に襲ってきた場合、さすがにダメかもしれない。だがただでは済まさない。使える武器と言えば着ている制服のジャケットと、胸ポケットに付いていたボールペン。財布の小銭と先程死体から奪った宝石は投げてもあまり効かないだろうが、牽制には使える。
 ここまで進んできたことで分かったのだが、この荒野には木の一本も生えていない。枯れ木も無ければ草すらも生えてない。大石も滅多に見れないし、たまに有ってもひっくり返してそのウラを調べてみたのだが、昆虫も居なかった。念の為に石を食べるような不思議生物が居ないかも調べたが、何も居ない。ここには生物と呼べるようなものは何も住んでいない。当然捕食生物も生きられない。にも関らずこんな所にまで出張ってくるとすれば、なにかここに来る必要のある事情を持った、たとえば異世界から来たトカゲ神救世主を迎え撃つモンスターなどか。となれば、アレが襲ってくれば殺すのを前提として対処せずばなるまい。
 出現から一時間、弥生ちゃんの行動にだいぶ慣れてきたのか、影は距離を40メートルにまで縮めてきた。弥生ちゃんも相手の様子を見る機会が増え、おおよその検討が付くようになった。体長は1メートル程度。低い姿勢で相当な速度で走る。土の盛り上がりでこちらからは見えないような場所を縫うように走りぬけ、その音がまるでしない。これは天性のハンター生物だ。しかし体重はかなり軽い。40キロ無いような弥生ちゃんよりもさらに軽いだろう。生物の闘争においては体重が決定的な意味を持つ。たとえ肉食の捕食生物だとしても獲物となる草食動物よりも軽量だと、1対1の正面きっての戦いでは完全勝利は難しい。月の輪熊を柔道で投げた老人とか、チータを絞め殺したアフリカのおじさんの話とかいうのもある。だから、弥生ちゃんもこれが一匹だけならば怖れはしない。
 とは言うものの、いずれ自分も休まねばならないし徹夜で歩き続けるわけにもいかない。身体の疲労はそろそろピークに達し、体力温存のためにも寝なければいけないだろう。十分に訓練したとはいえ、古の剣豪のように完全睡眠の状態でも敵を迎え撃つなんてのは無理だ。ケリを付けるなら今が望ましい。しかし敵もまたそれを察し、こちらが疲労で動けなくなるまで攻撃をしないかもしれない。不眠不休でこの追跡を2、3日続けられたら、さすがに保たない。まして水も食糧も無いこの状況が続くとすれば、明日まで生き残るのは困難かも知れない。
 不安に思う弥生ちゃんだが、しかしやがて状況が変わった。
 敵が二体になったのだ。霧の影の後ろにもう一体の気配を感じた。掌をかざして読んでみると、どうやらもう一体とコミュニケーションを取っているらしい。弥生ちゃんは歩みを止めた。2対1なら敵も攻撃してくるかもしれない。そして、そのくらいのハンデなら、自分の格闘技術ならなんとかなるかもしれない。肉食獣だろうがなんだろうが、殺ってしまえばそれは資源で、肉を食ったり血を飲んだり、まあもちろん健康上よろしくは無いのだがなんとか生き延びる事が出来るだろう。ともかく水が欲しいのだ。日は未だ落ちる気配を見せない。夜露を集めるより早くに飲料を得るには、血でも飲むしかないだろう。ここで迎撃する。そう決めて、弥生ちゃんは地面に胡坐をかいて座わり込んだ。
 本格的に迎え撃とうと決めたからにはここを一歩も動く気はない。あえて座ったまま寝るという暴挙までした。もちろんこれは誘いなのだが、弥生ちゃんほどに修行の進んだ人間ならば半分仮眠している状態からでも瞬時に飛び起きて逆撃を加えることが出来る。リーチの短いボールペンを武器とするならば、敵を徹底的に近距離におびき寄せなければならないのだから、隙を見せて相手に近づかせるのはセオリーでもあり方法論として正しい。一見すると背を丸めて座ったまま寝ている無防備な姿を曝しているようだが、スカートの下に隠されたつま先はちゃんと立っており、背を丸めて背筋に適度なテンションを掛けており、前後左右どちらからの攻撃に対しても跳ね飛ぶ事が出来る。
 果たして二体の獣は弥生ちゃんの周囲を回ることを止め、どちらからともなく前に周り合流して、静かに正面から近づいてくる。距離は15メートル。まだかなりあるが、姿は見える。チラと眼を開けると、二体はぱっと飛びのき、また50メートルラインに消えた。
「ネコだ。」
 体長1メートル、無尾で、体毛は白。霧の白さに溶け込む淡い色調の、夢に出てくるような生物だった。ネコは別に嫌いではない、本当は犬の方が好きなのだが。これは豹か山猫ということだろうか、強敵である。ネコなら跳躍力が優れているだろうから、上からの攻撃というオプションも考えねばならない。元より走って逃げる気は無いが、もっと不器用な動物ならばステップで有利なポジションを取ることも出来るのだが、ネコの柔軟性では人間の足裁きは意味を為さないだろう。やはり最初の計画通りにぎりぎりまで引きつけて一撃という手段しか効かない、と見切り、また寝るフリをする。

 

第4節「弥生ちゃん、二匹のネコの強襲を受ける」

 ネコは弥生ちゃんが再び眠ったと思い、そろりと近づいてくる。二匹左右に並んで、いちおう攻撃体制ではなく偵察の態だ。実際、攻撃する気は無く、また強い動物ですら無いのだ。体長1メートルといえども捕食行動はネズミ程度の小動物でそれも血を吸うのみ、それ以外の栄養素は雑食で補う、地球には無い特異な進化を遂げたデリケートな生物だ。体形はネコであるのだが頭蓋骨は薄く強度は低く、代わりに脳の発達を促したいわゆる人間外知的生命体である。
 彼らはここで特殊な任務を受け持っていた。それを確かめる為に弥生ちゃんに近づいてくる。これまでの観察の結果、この少女が目的の人物であることはほぼ間違い無いのだが、他の人間とはまったく異なる気配がぎんぎんと伝わってくるので、気軽には近づけない。ネコ達はこれまでにも何人もの人間と触れ合っているが、そのどれとも隔絶して違う。ネコは感情の揺らぎがほとんどない静かな生物なのだが、弥生ちゃんには畏怖心、正直冥界からの悪鬼に遭遇するかのような恐怖を感じている。故に非常の策を用いることも考えた。こんなに恐ろしいモノと直接交渉を持つのは剣呑で、最後まで接触しないまま誘導する為に、少し脅かそうというのだ。この方法は彼らの意図から少し外れるやり方なのだが、しかしうまくコミュニケート出来なくて別の方向に進んでしまっては、この濃霧の中姿を見失ってしまうかもしれない。濃霧に隠されて弥生ちゃんは気が付かなかったのだが、日は刻々と陰り全体の照度は下がっている。夜になれば温度が下がり、この季節は雨も降る。ネコは雨が大嫌いで、日のある内に使命を果たしてしまおうと急いだ。
 そこに弥生ちゃんのこの休憩である。弥生ちゃんが進んでいる方向はおおむね正しいが、それでもやはり最終目的点に最接近する場所でも3キロは外れることになる。弥生ちゃんが付けている印を少しずらして書き直そうとも思ったのだが、弥生ちゃんが非常に慎重なのでこれは諦めた。現時点で自分達がそれほどの知恵を持つことを知られることは得策ではない、と考えたのだ。知恵の有る者は裏切りもする。あらかじめ不信感を持たれては、たとえ首尾よく目的の場所にまで弥生ちゃんを誘導出来たとしても、後の展開がかなりややこしいことになる。これが非常に重大な任務である事をネコは十分に理解していたから、自分達が嫌われるのを怖れたのだ。
 ここで弥生ちゃんが止まるのは困る。仕方なしに二匹は相談して起こしに行った。おっかなびっくりで及び腰で、すぐにでも逃げられるように、である。ネコ達の不安は投げナイフである。人間の中には弓矢やナイフを飛ばして攻撃する者も居て、ネコは時々狩られることもある。大多数の人間はネコに好意的であるが、時折難しい理屈からネコを根絶やしにする事を図る者が居る。飛び道具で殺されたネコの噂は、ネコ達のネットワークを伝わり十分に警戒するよう忠告されている。弥生ちゃんは見たところその手の武器は持っていないのだが、服の下に隠していないとも限らない。実際その危惧は正しかった。弥生ちゃんは手裏剣もよく使う。友人に手裏剣術の達人が居るし、ゲリラ的美少女野球は当然にボールを投げる。これも単なるボール投げではなく古来よりの武術の一つである「礫術」の応用となり、十二分に破壊力を持つのだ。周囲にちょうどよい小石が無かったし、RPGのようなファンタジー世界ではもっと装甲の厚い生物が襲ってくると考えたから”投げる”というオプションを捨てたのだが、もし人間が相手だったら財布の小銭や奪った宝石を眼に当てて攻撃を有利にすることが出来たのだ。敏捷なネコには当たらない、と見切って超接近戦に的を絞ったのは正解だったのかどうか。
 ネコは5メートルまで近づいた。そこで止まり、二匹とも互いに譲り合って結局弥生ちゃんから見て左手のネコが接触を試みた。その間無音無言であり、眼を瞑っている弥生ちゃんにはまるで様子が分からない。先程とは異なり気配も消しているようで、額に気を集中してスキャンしてみても、ネコがそこまで来ていることが分からない。
 すーー、と長く息を吐いた。ネコはびくっとして動きを完全に止め様子を窺う。弥生ちゃんは息を吐ききるとまた長く息を吸い、またすーーと吐く。寝息である。本当に寝ていると思ってもう一匹のネコも寄ってきた。再び顔を見合わせて、最初のネコがまた動き、顔を寄せる。30センチ、20センチ、そこで止まり臭いを嗅ぐ。弥生ちゃんもネコが目の前に居る感触を得ておかしく思った。ネコはやっぱりネコくさい。歯磨きしないから、それはまあ口元は普通に臭うわけだ。
 しかしネコは及び腰ですぐに逃げられるような体勢である。この状態でネコパンチをされたらいくら弥生ちゃんでもかなりヤバいのだが、じっと我慢して完全に射程距離に入るのを待つ。弥生ちゃんの完全防空圏はなんと10cm。普通の打撃系格闘技であればこの距離はもはや勝負が着いてしまった後の距離だし、なんの防備もしなかった場合グラウンド系の格闘技でも必敗だろうが、厭兵術はちょっと違う。つまり、厭兵術の基本は関節技の居合なのだ。無防備な自分に不用意に攻撃してくる敵を接触する一瞬で制圧する。これが基本戦略で、そのバリエーションとして瞬時に体をかわしたり当て身を入れたり暗器武器で止めを入れたり、色々と揃っている。関節技もそれ専用のもので、逆関節ではなく順関節、普通に曲がる方向に曲げて動きを止める合気柔術系のものを採用している。
 基本的に逆関節の関節技は防御的なもので、自分が著しい不利な状況の時に一発逆転を狙って逃走する隙を作る為のものだ。逆関節技の代表とも言うべき腕ひしぎ十字固めが、相手が二人居た場合はまったく使えないことは素人が見ても明らかだ。また、この体勢ではサブウエポンである短刀を抜いて相手を仕留めることが出来ないのも分かるだろう。つまりこの技は、「時間稼ぎ」。自分に味方が居て、甲冑武者を地面に行動不能にして、仲間に止めを刺してもらうことを前提とした技であるわけだ。故に相手の関節を破壊してしまうのは技の効力を無にする愚行であり、実際柔道黎明期に海外で覇を唱えた前田光世も、自分の肩を外してもなお闘おうとする猛者にへき易としている。
 弥生ちゃんが使うのはそれと異なり攻撃的な関節技である。実際ネコ二匹を相手にするという状況下でギブアップを取る技など使えるわけも無し、流れるような動作で一体を行動不能にし戦闘力を奪い、あわよくば殺害し、その間もう一匹の介入を防ぎ続ける。あるいは連続して処理する、という離れ技を要求されているのだ。
 その為の条件が9cm。但し、相手が近づいてくるのを待つ必要はない。こちらから距離を潰すという手もある。
 ネコは弥生ちゃんの臭いを嗅ぐと少し考えた。本当に寝ている感触を得られなかったからだ。しかし、これまでの距離に自分が接近しても反応しないというのも判断を曇らせる材料であり、本当に寝ているのと寝たふりをしているのと、警戒しつつも寝てしまったのと、3種類の可能性の間で逡巡してしまう。だがここで弥生ちゃんを本気で寝させてしまうわけにはいかない。やはり叩き起こすべきだ、と後ろのネコも顔で言っている。
 意を決して濡れた鼻面で弥生ちゃんの頬を優しく突いてみた。心臓どきどきで、前足は突っ張っており、もし弥生ちゃんが予想外の反応をすれば噛みついてでも逃げるという必死の形相である。
 つん。
 弥生ちゃんは濡れた鼻先がこそばゆくて寝たまま顔を振った。ネコはびゃっと3メートル飛びのき、それでも物音一つ立てなかったのは大したものなのだが、様子を窺う。だが結局弥生ちゃんは起きなかった。乱れた髪を無意識に直してふたたび肩を丸めて寝入ってしまう。ネコは二匹ともその場でじっと状況が展開するのを身を縮めて待っていたが、やがて弥生ちゃんが再びすーーーーっと寝息を立てたたのに安心してまた距離を詰めてきた。今度は後ろのネコも一緒だ。二匹とも3メートルの位置に合わせて座ると、先のネコがもう一度弥生ちゃんの頬に鼻先を持って行った。今度はもう少し強く押すつもりで、しかしやはりただちに飛び逃げられるように慎重に、顔を近づけようとする。
 その刹那、ネコが顔を突き出す瞬間に弥生ちゃんがぱっと眼を開く。同時にぐんと膝が伸び顔から突っ込んで間合いを詰める。ネコが前に出る時に意識せず息を吸い込もうとしたまさにその瞬間、弥生ちゃんが飛び込んできたわけだ。
 逃げるもかわすも出来ず硬直するばかりのネコの首に左手を巻いて地面に引き倒し、右ひざでネコの肩を制す。前足は順関節に畳み込み力を入れて起き上がるためのポジションに骨格がセット出来ないようにする。肩甲骨を手元に引き自分の腹に押し当てて固定すると、胸ポケットのボールペンを耳元に当てた。このボールペンもただの市販品ではなく、ウエンディズで武器開発をつづけるまゆ子が旋盤を回して自ら作ったという一品。形状こそ芯を取り替えられる高級ボールペンだがステンレス製で100グラムもある。軸の中ほどに指輪状のリングがあり、ここに中指を通して握りこむ。いわゆる「寸鉄」と呼ばれる護身具の形状となっており、掌の軸で敵を打つ、拳の端から覗く先で相手のわき腹を突く、中指のリングをメリケンサックのようにして殴る、芯を出して突き刺す、関節技に応用して手足の筋を痛めつける、点穴を押さえて痛みを与える、手裏剣のように投げる等々応用は色々で、刃物の斬撃を叩き落とし受け止めることさえ出来る優れ物だ。リングに紐を通すと振り回して鈍器にもなり、相手を拘束するのにも使えるわけで、現在はタイの裏に隠していた特殊繊維の紐を通して右手に巻いて持っている。
 ここまでの体勢に持ち込んでしまえば、幾ら柔軟で捕らえ所の無い骨格を持つネコといえども逃げる術が無い。電光の早業で一気に耳穴、もしくは眼窩から脳にボールペンを突き刺して致命傷を与える事が残るだけなのだが、その最後の一手で弥生ちゃんは躊躇した。



第5節「弥生ちゃん、ネコの導きで荒野の隠者と遇う」


「hがおふいおえrthjかdfじょpghしおへrどp@0ーぢお^い^0あp!!!」
 ネコが叫んだ為だ。それもいかにもネコらしい鳴き声ではなく、非常に複雑な音声の並びを上げた。それはまるで、言葉のように弥生ちゃんには聞こえた。もう一匹のネコも同様に複雑怪奇な声で必死に自分に鳴きかける。
「・・・ひょっとして、こいつら、人語を解する化け猫なのか、・・・・。」
 小さなゲジゲジでさえ人の心を読む能力を持つのだ。大きなネコがヒトの言葉を喋ってなんの不思議があろう。ここはまぎれもないファンタジーの大地なのだ。
「おい、おまえたち。私の言ってること、わかる?」
「ほsgひおえrbんspg^dふぁr:!」
「45ウsjhsNNH@xtrNN???!!!」
「わからない。ちょっと、もうすこし落ち着いて言ってみてよ。」
「たえよzdfjklhどいshd!」
「うーーーーーんんん、ダメか、やっぱ。」
 ゲジゲジでさえ自分の言うことを理解したというのに、このネコたちとのコミュニケーションはまるで取れない。しかし、捕らえた方のネコは涙を流して必死で叫ぶし、離れた方のネコは頭を上下に振りながらなんとかして弥生ちゃんに言うことを聞いてもらいたい、というような態を取っている。なんとなく、頭をぺこぺこと下げてるようで、弥生ちゃんに鎮まってもらおうと努力してる、そんな感じがしないでもない。だがここでこのネコを放してしまっては二度目のチャンスは無いだろう。決断の時。
「はあ。」
 一つため息をついて、弥生ちゃんは制服のタイの裏に仕込んでいたワイヤーをするっと抜いた。これも特殊繊維製でなまじっかの鋏ではなかなか切れないという代物だ。寸鉄のリングに通して刃物に対処する時に使うのだが、もう一つの用途がある。
  捕らえたネコの首周りから膝で押さえた右前足に紐を絡めて拘束すると、寸鉄のリングに通して地面に突き立てた。地面に固定されたネコは、もがいてもしばらく動けないだろう。弥生ちゃんは立ち上がり、もう一匹のネコに向き直る。左足で寸鉄を踏みぐっと地中深くに押し込む。捕らえたネコは動けないままだが弥生ちゃんも完全に無手になってしまった。足元のネコがごにゃごにゃ言ってるのに対し、もう一匹が答えている。それを聞いて足元のは黙った。間違い無く、このネコ達は複雑な会話、言語能力を持つ知的生物だと弥生ちゃんは理解した。知性があれば、話してわからないでもないだろうと、思わないでもないが、異世界のネコというメンタリティのまったく違う生物と仲良くやっていけるなどというメルヘンな妄想に惑わされる女ではない。
「下がれ!」
 大声で命令する。その声に5メートルは離れた位置に居るネコが総毛立ち、雷に撃たれたように硬直した。弥生ちゃんは背こそ小さいが「日本三代バカ声コンテスト」に入賞したこともある。単に声が大きいだけではなく、人を打ち、瞬時に従わせる気合いを伴っているのだ。ネコはおそるおそる、後ろ足を下げて、10cmほど後退する。言葉の意味は分からなくても、弥生ちゃんの威厳は分かる。身長150cmに満たない、この世界の人間としても大きくはない彼女の姿が、まるで山がそびえ立つように今は感じられる。その気迫に押されて知らずに下がってしまう。
「止まれ。」
 ネコはぴくっと停止する。やはり言葉は分からないのだが、意味は分かった。ネコはようやくに理解した。この人間はたしかに只者ではない。自分達がなにか画策して都合のいいように持って行くよりも、彼女がやりたいようにさせて自分達も従うのが全体として正しい結果を得られるだろう。そう考える内に弥生ちゃんは言った。
「なんかしゃべれ。言い分けを聞いてやる。」
 やはり言葉は分からないが、口調が先程よりも柔らかくなっている。なんらかのコミュニケーションをとろうとしてくれている、そう感じた。しかしネコが喋る言葉は彼女には通じない。どうするべきか。
「にゃ。sイオhzjkdfgjpディoaHとあh。しおぐあsdhr0たhdfp^tytrkldfんhlsdfh。sgほsぢえおgしひょおぱえrt09qw3う0ーあ。」
 弥生ちゃんは黙って聞いていてくれる。ネコは誠意を込めて早くなりすぎないように、丁寧に喋った。ともかく悪い印象を与えないことだ、少なくとも未だ自分達が彼女に「敵だ」と確定した認識を持たれてはいないことは分かる。それを崩さないように拘束された仲間を放してもらい、自分達について来てもらわなければ。
「sぎおあせhろfdpdg。sんとぺいたpgsd@ーは@h@あsdおぺr@ちぃあ「「ーh。gsjぢp・・・・・・。」
「もういい。」
 と言うと腰を屈めて足元の寸鉄を地面から引き抜き、捕われたネコの首から紐を外してやる。自由を回復するや、このネコはぱぱっと弥生ちゃんの背後の方向に数十メートル逃げ去ると大きく弧を描いてもう一匹の隣に戻ってきた。
「行きなさい。」
 と、弥生ちゃんは手で二匹を追い払ったが、ネコ達はこの、腕を前に突き出し手を下に向けてひらひらさせるジェスチャーの意味が分からない。と言うよりもこの世界でこのしぐさは、「ご飯あげるよ」なのだ。人の近くに住んでいるネコは人間から餌をもらう事も多い。大半は野山で小動物の血を吸うのだが、なにせ人間の作るご飯はおいしいからついつい寄りついてしまう。そんな時、田舎の農家のおばさんとかがネコを呼ぶのがこの動作だ。意味不明の動作に混乱して目を宙に泳がせていた二匹は、しかしこの場で出来るたった一つの事をした。
 そのまま弥生ちゃんを置いて立ち去ったのだ。それでも数十メートル離れて、弥生ちゃんの顔を見ていたがついて来ないのでまた離れる。弥生ちゃんの姿が霧に隠れて見えなくなるまで繰り返したが、結局そのままだった。完全に弥生ちゃんを見失うと、二匹は顔を見合わせ意を決して濃霧の中ぱぱっと走り出した。
 この人間は自分達の手に余る。やはり、この人をどうにか出来るのは。
 霧の色が白色から、徐々に藍色に染まって行く。だんだんと明度が落ちていくのを弥生ちゃんは夜が来たと解釈した。もちろん、この世界が球形の天体であると仮定して、の話である。腕時計を見ると、この世界に出現してから約14時間経っていた。つまりこの世界では現在昼間の時間は最低でも14時間はあることになる。地球で言うならば、朝5時に陽が上り夜7時に沈む夏場、ということになるのだがそれにしては気温が高くない。長袖の制服でちょうど良いくらいだから、夜になるとこの荒野がずんと冷えてくると考えるべきだった。
「まずいな。」
 ここには身を潜める岩陰も無い。地面も固くて掘ることも容易ではない。今更にして最初に会った婦人の衣服を剥いどけば良かった、などと思うのだが最早取り戻しもならない。仕方なしにそこらへんの土を集めて薄く風よけを作った。湿気っていないからいざとなったら砂でも被って寒さ避けにしようと思うのだが、目に見えない変な虫は居ないだろうなと心配する。ホントになにか無いか、と体中をぱたぱたと叩いてみると、なぜかコンビニのビニール袋を小さく畳んだモノが制服の内ポケットから出てきた。知恵者のまゆ子がサバイバルの時にはなにかとビニール袋が役に立つ、と小さく畳んで仕込んでくれていたのだ。これは今までも蕗やら銀杏やらカエルを取るのに使った事がある確かに便利なもので、身体の小さな弥生ちゃんでも着るほどの大きさは無いのだが、二つに開いて背中にでも入れたら防寒の役に立つだろう。弥生ちゃんはまゆ子に深く感謝した。
 しかしそれ以上に問題なのは、水だ。もはや喉が渇いていくらも持ちそうに無い。先程ネコを捕まえるのに無理をしたから余計に身体を使って渇きが増してしまった。気温が下がってくるにも関らず、どこにも水気の気配が無いのも気がかりだ。ひょっとすると朝露というものもこの世界には無いかもしれない。完全に乾いた寒冷の地、という最悪の気候の中に落ち込んだとしたら、一晩保つのがやっとだろう。絶望的な観測しか思いつかない。
「やっぱあのネコ、殺っとけばよかったかなあ。」
 ここに至ってようやく疲れが出て、弥生ちゃんは眠気に襲われる。完全に寝てしまう前に準備を調えなければならない。左右に風よけを作りビニール袋を広げて制服の肩に入れ着込み、小さく丸く座って、そこで力尽きた。
 眠りに落ちた弥生ちゃんには分からない。彼女から1キロの所に、数十匹のネコに囲まれて歩み来る人影が一つ有る事を。

 

第6節「荒野の隠者、弥生ちゃんを迎えに往く」

 荒野の隠者は名を持たない。この地に流れて来る前に身分とそれにまつわる様々なしがらみと共に名も捨てた。世を捨て、さまよって、霧の荒野に迷いこみ死の淵に落ちたまさにその瞬間、彼は神に会った。
 今となっては記憶も複雑に交差してどこまでが真実でどこからが想像あるいは幻想であったか定かではなくなったのだが、核心となる体験だけは間違えようがない。ただ光、真白い光に全身が包まれて何もかも、自分の姿さえも見えなくなり、実はもはや自分は死んでしまったのではないかと思ったその時、五感を越えて神が自らの姿を示したのだ。ただひたすらに巨大な感触、色もなく臭いもなく固さも無く、それでいて温かさはありまた熱く氷の様に透徹した涼やかさを持つ、なにか。間違えようもなく偉大な存在、隠者が得たのはその実在に関する確信だ。
 それは言った。いや、言葉で言ったのではないのかもしれない。もう何度も反芻して意味を再確認したので、言葉が頭にこびりついてほんとうはどうだったか、自分でも最早分からない。しかし意味だけは、何を示唆されたのか、それだけは誤りようもなく理解した。
 選ばれたのだ。青晶蜥の救世主がこの世界に現われるのを最初に迎える人間として彼は選ばれた。考えてみれば皮肉なものだ。彼がかくのごとき姿となり世を追われたのも、一向に姿を見せぬ新しい救世主を世界中に求め、また救世主に代って世界の変革を志した末のものなのだ。
 彼は選ばれた、しかしその先を啓示されたわけではない。彼の役割は来るべき救世主にこの世を最初に案内する、ただそれだけだ。救世主が為すであろう様々な奇跡、業績、偉大なる世界の創造に彼がその一端を担う事を許されたのではない。ただ待つこと、だが路傍の道標はただそこに在るだけで旅人の役に立つ。無為である事をこれほどに意義深く思えるなど、若かりし自分には想像も出来なかっただろう。
 なにもかもを捨てた。名も無く、ただひたすらきりの荒野に在り続けた。もう十年以上になる。ひたすらに待った。そして思いがけずネコ達とまみえる事が出来た。
 ネコは元々抜群の機械的記憶を持ち、一度聞いた話は忘れない。聞く事見る事を簡潔に記憶し、それを仲間のネコと交換し合って自分の知らない事を知るのを生きて行く喜びとする。結果として世界中のすべての出来事をネコ達のネットワークが迅速に伝え保存し共有し、人間にも分け与えるコミュニケーション網を形成する。賢人は、世界のどこかにネコの神というのが居て、すべての知識を天界に吸い上げているのだと言う。あるいはそれは蜘蛛の神、世界の全てを記録すると言われる天輪蛛がネコ達の主かもしれないと。
 だが隠者は思う。ネコ達の知識は第一にネコ達のものであり、また地上で生きる人間の為のものだ。彼にはその価値が痛いほどによく分かる。
 俗世に有った時は万巻の書に耽り知識を貪り賢者を訪ね聖山に篭り、ひたすらに知識を求め学人と議論を繰り返し、その結果世人の無恥頑迷を蔑み、何時までも変わらぬ世を憂いいつまでも神聖なる誓いを果たさぬ金雷蜒、褐甲角の支配者達に絶望し、社会の堕落と停滞に嘆き焦り狼狽えて、それでも無力の民人を救うべく東西に奔走し、為に故郷を追われ職を失い、師や友からも見捨てられ聖山からも放逐され、残るは死を得るのみと見定めた自分の知恵と知識の浅はかさにただただ恥じ入らせるほどの、生き生きとした知識の塊であるのだ。
 庶民の息づかいがそのままに感じられる。黒甲枝の兵者の家の勇と哀、金雷蜒の神族の館に隠される退廃と爛熟の裏に潜む熱情、聖山深くの法僧の庵を蝕む虚無と怠惰に捨て切らない現世への未練を見る。それぞれにただ人の哀歓に満ちている。ネコ達の知識の広さに比べると、自分がこれまでに読んだ事考えた事があまりにも狭く偏り空しいものであったのか、我が事ながら笑えてしまう。
 10年の歳月の内に、隠者は百匹のネコと知己を得た。いつしか彼はこの世界に幾つかあるネコネットワークの中心の一つとなった。世界中のすべてを居ながらにして知る立場となったが、それゆえに迷いも生じる。世界は、不健全ながらも、安定していた。この世界は新しい変革を必要としていない。人は1000年の刻みに焦り世を憂い様々な試みを繰り返すが、誰も変革を望んでいない以上成功するはずがない。放っておけばこの世界はもう1000年でもこのままのバランスで推移するだろう。それが悪いとも思えなくなった。悪と不正と偏在はあれども人が生きて行くのに特に不都合というわけでは無い。むしろその乱れこそが活力であり人間という生き物の本質だと認めざるを得ない。にも関らず、神は救世主の到来を告げた。何のためにそれは来るのか。
 卵の殻を割る為に。長年の思索の末にその結論を得て彼は戦慄した。救世主は人間を救いに訪れるとは限らない。次の世に人を導く為に、今の世を破壊するのもまたその役目であろう。凄まじい乱世が訪れる。だがそれは、褐甲角の救世主が約した希望が1000年の努力を積んでも成し遂げられなかったことを鑑みるに、当たり前だと思われる。俗な言い方ではあるが、ツケを取り立てにやってくるのだ。
 今、彼は神の啓示の最終章をめくろうとしている。一匹のネコが、誰も在る筈の無い霧の荒野に歩む者を確認したと告げに来た。それは彼が待っていた者だろう。確信はあるが、自ら迎えに行こうとしても、足が動かない。怖れ怯えている、自分は救世主と今から始まるであろう伝説に踏み込むことを躊躇っている、そう感じた。神が彼に、単なる道標の役を与えたのは、まさに彼がそれ以上の事を成し得ないと分かっていたためだ。救世主と共に歩み時代を切り拓くのは、自分のような哀れな敗残者では無い。人には分相応の天の配分があり、彼には彼の器量が成し得る最大のモノとして聖なる道標の役をお与えになった。若い頃は自分も、千年に一度の機会に同時代人として生きる者として、救世主の伝説の端に名を残そうと考えたものだ。だがいざその時が訪れたのに、自分は・・・・・・。
 ネコの二報は驚くべきものだった。救世主はオソロシイ方だ。ネコはそう告げた。ネコを殺すのに躊躇はしない、この世界で生きるのに全力を尽くし全霊で当たる、それだけの覚悟を持っている、そう言った。彼が知る過去三人の救世主は、それぞれに運命に立ち向かうのに逡巡したと伝えられるが、今度の救世主はどうも最初から全力疾走するらしい。
 瞑目した。自分の役目の重要さを改めて認識する。自分はただの道標に過ぎないが、疾走する救世主の進路を決める、最も重要な道標なのだ。自分がこの世界の実情を伝え損なうと救世主と世界と両方が破滅へ突き進む事となろう。
 行かねばならぬ、一刻も早く救世主と対面しその役目の重大さを説き、なるべくなら慈悲を施さんことを請わねばならない。巨大な運命の原動力となる救世主は路傍に咲く花をひしいで一顧だにしないだろう。それではいけない。この世界に住み暮しささやかに幸せを願う人々の為に、自分もこの運命に立ち向かわねばならない。
 彼の足元には10数匹のネコが居る。皆不安な顔をして、彼の次の動きを待っている。ネコには関係のない話だ、ネコはヒトの世とは別の論理で生きている。彼らは自分がこの先どうなるかを親切にも心配してくれている。
 ふと額に手をやった。そこには瑠璃で作った蜻蛉の飾りがある。ネコの一匹が、救世主に会う為には額に聖蟲の飾りが必要だろう、と人間の村からわざわざ届けてくれたものだ。蜻蛉の神などは天上の星座には無い。だが、今の自分にはその架空の神こそがふさわしく思われる。何の神の加護も無く、運命に立ち向かう。それが世を捨てて死の荒野に逃げ込んだ彼が、これから先神と運命と歴史とに弄ばれる定めの救世主と、対等な人間として向き合うのに許されるたった一つの足がかりであろう。
「救世主さまを、迎えにいこう。」
 傍らに控える最も心配性なネコの頭を撫でて、彼、荒野の隠者、蜻蛉神の使徒は霧の中を歩み出した。白乳色の霧に溶ける毛色のネコ達が彼の後ろに続く。

 



第7節「弥生ちゃん、荒野の隠者に道を示される」

 

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