ゲバルト乙女 第九夜

前の夜

 

まゆ子「というわけで
黒カブトムシ兵のデザインができましたー!」

じゅえる「まるっ!」
明美「まるぅー。」
まゆ子「丸いでしょ。えっへん。」

じゅえる「こんなに丸くてちゃんと動けるの?」
まゆ子「ロボット的な関節構造になってないからね、部品が見えない場所でスライドするようになってるから、不思議なくらい滑らかに動くんだ。というか、普通のプレートアーマーとはものが違う。ほとんどパワードスーツじゃないだろか、というくらいの代物だ。なにせ、燃え盛る炎の中でも行動できるように継ぎ目が無いからね。」


明美「これは、動きが鈍重になったりしないんですか。」

まゆ子「正直に言うと、カブトムシ兵以外の人がこれを着けたらぴくりとも動かない。着用する人間が極端な怪力を持っていることを前提として設計されているのであって、怪力無くしては動かない機構というのも装備されている。つまりなんなんだが、これは甲冑ではなくて、外骨格なんだ。中の人間を筋肉として動くように設計された、甲虫なのだ。甲虫と同じ構造だからこそ、こんな丸っこい装甲でもちゃんと動くようになっている。」

じゅえる「では、これを着けるとまともなスピードで格闘できるんだ。でも相当重いんでしょ、なんキロ?」
まゆ子「空で100キログラムをオーバーするね。それに付属品と、カブトムシ兵の怪力でも破損しない強固な武器を装備すると、人間込みで250キロにもなる。当然こんなもんは馬には乗れない。というか、犬駒より大きな馬はこの世界には存在しないし、赤カブトムシ兵が使っている兎龍はカブトムシの霊力で後ろから推されているから自由に動けるわけで、その機能が無いこの甲冑は、騎乗する動物が存在しない。巨体の牙獣は普通のろいからね。」


じゅえる「じゃあ、これは歩兵ってことになるんじゃない? それじゃあ展開にスピードがなくて役にたたないんじゃ。」
まゆ子「そういう時は、走る。」
明美「走る、って250キログラムで、ですか?」
まゆ子「250キロしかない、という風になるんだな、この甲冑の構造は。動かすには怪力が必要だけど、動き出してしまえば慣性によってスムーズに動けるんだ。甲冑が自力ですっとんでいく、という感じ。で、時速30キロで走る事が出来る。」

明美「30キロ・・・。」
じゅえる「100メートルだと、12秒? はや!。」
まゆ子「志穂美がベストタイムが12秒5くらいだったかな。ともかく並みの早さじゃない。しかも、このスピードでなん時間も走れる。犬駒でついてくる部隊も勘定に入れて、午前中に3時間、午後に3時間、夜に2時間走って、240キロ一日に走ることが出来るんだな。」

じゅえる「デタラメだよ、それ。」

まゆ子「いや、ねえ、ほら、8時間で30キロで240キロ、一日走りっぱなしだと仮定すると、時速10キロてことになる。嘘のようだが不可能な数字じゃなかったりするんだな。
 と言っても、秀吉の中国大返しと違ってその他の軍勢はついて来ない、黒カブトムシ兵と、お供が犬駒を乗り継いでの一部隊わずか数十名だけの移動能力なんだよ。それに、時速30キロは確かに早いが、犬駒や兎龍の最高速度よりは全然遅いんだな。戦闘速度としては別にびびるようなものじゃあない。だから、普通はこの重い甲冑を部分に分けて何頭もの犬駒に積んで軍勢と共に移動する。」

明美「怪力で脚は早くはならないんですか。」

まゆ子「不思議なもので、甲冑を脱ぐと、走るのが遅くなったりするんだ。100メートル12秒は、要するに脚の回転が可能な限界速度であって、それは甲冑を脱いでも変わらないから、怪力があろうとなかろうと脚は早くならない。甲冑を着けていると、止まろうとしても甲冑が慣性で動き続けようとするからそれに引きずられて走り続けなければならないから、結果的に全力で走って、甲冑の追随する限界速度の12秒というわけなんだ。その勢いが無いと、走る早さは自分の持っている速度に合わせて、通常12秒よりも下まわる。なぜならね、カブトムシの怪力というのは、負荷に対して発動するわけで、負荷が掛からない状態では怪力では無いんだよ。走るという行為は負荷が掛かるというのではないから、普通の力で普通の早さで動いてしまう。でも重い荷物を持っている時は怪力が働いて、普通の早さになるまで怪力がサポートしてくれるんだよ。
 だから、甲冑着けてトップスピードにのってしまったら、止まるまで100めーとるはゆうに掛かる。急ブレーキは掛けられないんだ。」

じゅえる「じゃあ、そんなに長く走るのは普通じゃなくて例外的なはなしなんだね。」
まゆ子「うん。黒カブトムシ兵はじっくり構えて、その無敵性を最大限に生かせる形で戦うのが普通。早く走る必要が無いように鉄弓を持ってるんだからね。」
明美「はあ、では、雑魚兵がもぐらたたきみたいに出て来た場合は、黒カブトムシ兵の出番は無い、という事ですか。」
まゆ子「雑魚に用は無い、てのが普通。第一、カブトムシ軍にも普通の兵隊ってのは居るわけで、雑魚兵はそいつらがもっぱら受け持っている。負けたって構わないわけなんだね、追撃する敵は黒カブトムシ兵の射程におびき出されてまとめて射られるだけだもん。絶対勝てないんだよ。」

じゅえる「で、武装は鉄弓と、背中のこれは剣なのかな? あんまりこんなのの近くに寄ってくる物好きは居ないと思うんだけど。」
まゆ子「主兵装は鉄弓。乱戦になったら武器は使わずに殴りまくる。カタナも槍も通らない無敵の鎧を着けてるわけだから、武器なんかどうでもいいんだ。250キロに殴られれば大抵の敵は血へどを吐いてぶっ倒れるからね。背中の剣は主にモノを斬る為に使う。障害物とかバリケードとか、巨大ゲジゲジ相手にも使うけど、その時は長柄の斧を使う方が効率はいい。」

じゅえる「グリシーヌが使ってる奴だね。あの長いのは巨大ゲジゲジみたいなの以外はでか過ぎて役に立たないんじゃないかと、前から思ってたんだけどね。」
明美「あれは長過ぎるし重過ぎますよね、普通。」
まゆ子「まあ、あのヒトは超能力者だし。


 で、鉄弓は強力ではあるけれど、矢数が限られるし、巨大ゲジゲジは直撃でも二三本くらいじゃあ、なかなかダメージにならない。一応外骨格だし。おまけに電撃やら毒液やらを吐くし、まあ難物だね。近接戦闘は極力やるべきではない。だから上のゲジゲジ神族の兵を狙い撃ちするのがセオリーなんだ。こちらは鉄矢でなくても普通の矢で効くしね。というわけで、黒カブトムシ兵は普通の弓もよく使う。というか、普通の弓の方が良く使う。鉄矢は高級品だから、ここぞという時くらいしか使わないものだ。」


じゅえる「じゃあ、基本的には戦闘指揮官、ってだけなんだ。まあそうだよね、戦争ってのは結局数なんだから、人数集めた方が強いんだから、兵隊使う立場の人間はそんなに戦う必要は無い、か。」

明美「じゃあ、いつもいつも黒カブトムシの甲冑を使うというわけじゃあ無いんですね。」

まゆ子「いいところに気付いたね。普通は軍服を着てるんだ。ほら、女兵士の話で出た、呪文が縫い込んでいるという服だ。普通の矢とかナイフくらいならこの服でも十分な防御力を持っているから、黒カブトムシ甲冑を使う必要が無いと思えば大抵この格好でいる。戦闘指揮にはむしろ向いてるしね。この格好でいる時は、当然普通の武器を使うことになる。幾ら怪力は変わらなくても強力な鉄弓とかを扱うと指が切れたりの怪我をしかねないからね。で、人によってはこの軍服に専用の防具を付け足して黒カブトムシ甲冑を使わないようにしてる、という人もいる。また、カブトムシを息子に譲って引退はしたけれど、まだ軍務に就いているという人も、そういう防具を使ってる。この呪文つきの軍服は当然普通の人間が着る事を許されないステータスシンボルだし、カブトムシの霊力は無くても生地はきわめて上等のしっかりした服だからね。」


じゅえる「そういう普通の格好の時は、やっぱり剣を帯びてるの。」
まゆ子「まね。」

明美「この世界には、江戸時代みたいに、町人がカタナを持ち歩いたらいけない、って法律とかはあるんですか。」

まゆ子「有るね。というか、刀剣類のはなしはちとややこしいんだ。


 まず、金属製の刀剣はゲジゲジ神が降臨するまで、この世界には無かった。ゲジゲジ神は青銅器時代をすっ飛ばしていきなり鉄器文明をこの世界にもたらしたんだ。で、当初はゲジゲジ神族しか金属精練の技術を持たなかった。当然刀鍛冶はゲジゲジ神族自身が当たった。だから、金属の刀剣を持っているのはゲジゲジ神族だけなんだ。それ以外の者は棍棒と棒、石斧、石の鏃の弓矢といったタコ神時代そのままの装備だけだったわけだ。しかし、それだけでは軍事力強化が出来ないから、青銅器の刀の装備、ついで鉄の刀の装備が下級の兵にも許されるようになったんだけど、両刃の剣ではなく片刃の刀だったんだね。実用にはそれで十分だから。最初に青銅の刀だったのは反乱防止の目的だったんだけど、でもやっぱりすぐ鉄の刀に置き換えられた。

 ここで問題なのは、青銅器は鋳物で刃物が作れるけれど、鉄は鍛造しなきゃ刃物にならないってことだ。大量生産の為には普通の人間にも技術を公開しなければならない。だから、最初は青銅の刀の技術が公開されたわけで、鉄の刀はかなり後の時代までゲジゲジ神族が直接作っていたんだね。だから、鉄の刀を帯びるのはゲジゲジ神族直接の賜り物として、社会的ステータスシンボルだったんだ。

 さらに両刃の剣を帯びる、というのはつまりゲジゲジ神族と同等の地位である、という意味を持ち、ゲジゲジ王国普通民でもトップクラスの宮廷官僚、軍人階級だけが許されていたんだ。この区分はカブトムシ王国でも継承されていて、両刃の剣はカブトムシを頂く家系の人間にしか許されていない。それ以外の官僚とかゲジゲジ王国からの帰順者とかは両刃の剣は許されていない。でも、実はさすがに鍛造の技術が一般にも公開されてきて1000年も経つから、片刃の刀でも非常に優秀なものが生産されるようになったんだ。それに剣より刀の方が丈夫で、カブトムシ兵の怪力にも耐えるということが認識されてきて、黒カブトムシ兵の中にも、また高速で戦う赤カブトムシ兵には特に好まれていてこの階級的区分は今やほとんど意味がなくなってきている。」


じゅえる「結局カブトムシ兵は剣を持ってるの持ってないの、どっち?」
まゆ子「あー、まあ、実は剣は儀式の時の必携品なんだけど、護身にはむしろ鉄の棍棒の方が好まれてるんだな。刃が飛ばないから思う存分怪力を発揮できる。剣だろうが刀だろうがへし折るだけの力と技術が有るんだからね。だから棍棒と儀礼的にナイフ、と二つをぶら下げてる、というのが正解。」


明美「一般人はどうなんですか。」
まゆ子「一般人は、当然剣も鉄の棍棒も禁止。刃の付いた長柄の槍とかも禁止。刀は戦闘力の強い長刀は軍関係者以外は禁止。民間の警備兵とかは刃渡り40センチ以下の刀を主武器として許可をとって携帯している。それと間違えないように刃渡り30センチ以下の刀が民間用として携帯が許されているけれど、実はこの長さならば両刃ナイフでも特に禁止はされていない。」

じゅえる「ヤクザとかは居るでしょ。それもこの規則は適用されるの。」
まゆ子「当然脱法者はこの区分は無視するんだけど、まあ普通は入手しやすい警備兵と同じ刀を持っている。軍人崩れはより長い長刀を下げてる事もある。特に問題なのは、ゲジゲジ王国の人間で剣客という身分の人で、佐々木小次郎みたいな大刀を持ってる人も流れて来てるんだな。全部違法だが、覆いを掛けてすぐには抜けないようにしていると、大抵のところでは目こぼしされる。槍はダメ。見つかるとすぐ没収されるから、三節棍みたいな構造の槍というのも密かに作られていたりする。」

じゅえる「わりときびしいのだね。軍事国家のくせに警戒が厳し過ぎる。」
まゆ子「いや、ゲジゲジ王国時代はこんなもんじゃなかったんだよ。農民が鉄の刃物を持ってたら死刑だ。一般兵にも区分があって、木の武器青銅の武器鉄の武器で位が決まってたんだ。」
明美「はあ。じゃあ、これでも自由化されてる、ってわけですか。まあ、一般人が護身用のナイフを持ってても違法じゃないってのは、良くなったと言えるんでしょうけど。」

じゅえる「弓矢はつまりこの世界では主武器でしょう。これは民間は禁止なんだ。」
まゆ子「猟師が居るからまったくの違法では無いし、警備兵でも許可証があれば許される。しかし鉄弓と弩は完全に軍用で所持も売買も禁止。これを冒したら死刑にされる。弓も街中ではカバーを掛けてないと、捕まってしまうし、カバーを掛けてても不審者と看做されると即拘禁されてしまうこともある。」
明美「まあ、それは当然ですかね。」
まゆ子「問題は、投石器は別なんだ。投石器に関しては規制は無いに等しい。それと木の棍棒。だから犯罪者とか盗賊とかはこれで武装してることも多い。」

 

じゅえる「そういえば、馬が引く戦車ってのはこの世界には無いの? ゲジゲジ神族なんか使ってそうだけど。」
明美「でも犬駒しかいないから、カッコつかないのでは。」
じゅえる「あ、そうか。」

まゆ子「車輪の発明も、ゲジゲジ神族だ。だから戦車も一応あるけれど、奴隷が引く。」

明美「げ。人力車ですか。」
まゆ子「10人くらいで前後から押したり引いたりする、お神輿みたいなものだね。ゲジゲジ王国の都市ではポピュラーな乗り物で石畳が敷いてあるから乗り心地も上々だ、上流階級はよく使う。犬駒車という一頭立てのきゃしゃな可愛い車もあるけれど、これは少し高速が出る。軍でも伝令が使ってる。ちなみにゲジゲジ王国では犬駒といえども下級民が乗ったりしたら死刑だ。」
じゅえる「ゲジゲジ王国は厳しいんだね。ほんとに神族との差が大き過ぎる。」
明美「犬駒が一番大きな乗り物だから仕方ないですよ。
 兎龍とか牙獣はゲジゲジ王国では使えないんですよね。」

まゆ子「両方とも猛獣だもん、草食獣だけど。カブトムシ兵の怪力で初めて使役できる獣なんだよ。牙獣はともかくでか過ぎるし、兎龍は背が高過ぎて、尻尾や首で殴り倒される。山羊は跳ねるし、大犬は肉食の強獣だもん。犬駒と人間が一番便利なんだ。」
明美「ネコは?」
まゆ子「ネコは働かない。」
明美「もっともです。」

まゆ子「もっともねー、ゲジゲジ王国は巨大ゲジゲジが最強の騎獣だからあんまり困ってはいないんだけどね。カブトムシ王国も牙獣や兎龍が使えるし。困ってるのは民間の物流なんだ。それと耕作に獣力が使えない。牛に鋤を引っ張らせるてのができないんだ。人間力だけでやってる。」
明美「牛が居ないってのは結構なマイナスなんですね。ちょっとびっくりです。」
じゅえる「犬駒では足りないんだな。うーん、ロバが軍用に使われないはずね。」

まゆ子「なもんで、実は技術王国でありながら、ゲジゲジ王国には機械モノの攻城武器とかはほとんど無いんだ。運搬が出来ないから。まあ、巨大ゲジゲジとロケット火矢がありゃたいてい間に合うけどね。あ、築城技術ってのもゲジゲジ王国の発明だ。それ以前にはせいぜい木造の砦くらいしか作った事がない。なにしろ滑車がゲジゲジ王国の発明だから、それ以前には石を積む技術ってのが全然発達してないんだよね。」

 

 

じゅえる「そういや、ゲジゲジ王国以前はタコ神さまだよね。タコ王国ってのはあったわけ? 戦争とかしてたの?」
明美「あ、そうですね。ゲジゲジ神以前はどんな生活をしてたんですか。全然設定聞いてないんですけど。」


まゆ子「タコ神さまの時代は今から3000年前からゲジゲジ神救世主降臨までの1000年間。かなり大きく変わったスゴイ変革の時代ではあったんだよ。なにしろ、いきなり農業が始まった。陶器の製造も始まった。これによって人口が爆発的に増える事になり、世界中に小さな国がぽこぽこと出来るようになったんだ。犬駒とかの家畜の利用も始まったし船も作るようになった。織物もそうだし、家もちゃんと板張りで作れるようになった。それ以前は穴居生活だったんだよ。木造建築で2階建の王宮も作るんだ。」

じゅえる「おお、いきなり新石器時代の到来ですか。じゃあ、それ以前は旧石器時代なんだ。」

まゆ子「あ、タコ神時代で最も大きな進歩は火の利用だ。火を自分でおこすことが可能になったんだ。それ以前は、つまりタコ神以前のネズミ神時代になるんだけど、その頃は火は頭にネズミが付いた神官が魔法によって起こしていたんだよ。それが自分で火打ち石とかで簡単に使えるようになった。で、焼き畑農業を始めるようになったんだ。それがタコ神時代の特徴。

 つまり、火を道具を使って自在に操る事が可能になった。それで焼き畑農業を行うようになる。かなりの広範囲の農地が得られるので、人が集まって村を作るようになり、家を作る技術が発達する。当然村長というのが出て、人を組織的に動かす事が出来る。また食糧の確保が楽になったから、陶器を焼いたりする職人というのが農業以外に存在を許されるようになる。中には武器を作る人も出て、それを余所の村に売りに行くという人も出る。商行為というのが発生したんだ。余剰食糧を備蓄したり財物を蓄積するようになったもんだから、これを掠め取ろうとする別の村というのが出てきて、戦争も起こるわけだ。

 しかし、タコ神が取り付いたタコ王族というのは居ないんだな。タコ女王という神聖巫女が神殿を作って、貢ぎ物で王宮を作っていたけれど、でも民衆を直接支配はしていない。むしろ、商取り引きの為に移動するキャラバンの守護者警備兵の女王様だったんだ。物流を支配する女王様だったわけ。どこで何が取れ、どこに持って行けば高く売れるか、何と組み合わせてどこで加工すれば付加価値が付くか、その情報を一手に握って他には秘密にしていた。だから、タコ女王の所にだけ何も生産していないのに不思議と財産が溜まって行くという、奇跡の王国だったんだよ。その財宝を裏づけに通貨も発行していた。タコ石という不思議な赤い宝石で、土の下のタコ化石から取れる真珠のようなものだ。ビー玉くらいの大きさで、穀物一蔵分、犬駒百匹の荷の代金だ。」


じゅえる「それは賢い神様だね。でもじゃあ、どうしてそれが滅びてしまったわけなのよ。」
明美「そうですね、民衆を搾取していじめてって風にも見えませんが、やっぱりお金持ちに成り過ぎたんですか。」

まゆ子「あ、うん。クーデターなんだな。タコ女王の繁栄の秘密を警備兵の隊長が、別に超能力が無くても金儲けは出来る事を見抜いて、タコ王国を簒奪してしまったんだ。しかし、タコ王国自体は民衆も領土も持たない空中楼閣みたいな王国だ。タコ女王の神聖な権威が無くなったタコ王国にわざわざ従う訳がない。物流のコントロールが崩れて各地の村々が各個に交易を始めて独自の警備隊を作るようになって、で戦争が激しくなって全土で戦国時代みたいになっちゃったんだ。

 そこで出てくるのがゲジゲジ王国の救世主。すべての武器を凌駕する金属製の武器を携えてまたたく間に全世界を征服してしまった、というのがゲジゲジ王国誕生秘話なんだね。」


明美「じゃあ、タコ女王は民衆に恨まれていない?」
まゆ子「というか、伝説の女王様だね。大量の財宝と共に地底の割れ目に姿を消した幻の女王様が今も地底のどこか神様の国に生きている、という。」

じゅえる「タコ王国が滅びた際には、そこに居た人はどうなったの。皆殺しとかにされたわけ?」

まゆ子「或る者は兵隊として村を制圧して「王」と名乗ったりしたけど、大部分は脱出して、世界中にタコ王国に伝えられた様々な技術を伝えた。織物染色とか酒造りとか陶器とか宝玉の加工の仕方とか、進んだ石器の道具とかの作り方とか。あるいは神官とか巫女として尊敬された、とかもある。
 12神の巫女神官の制度はこの時代に発生したんだよ。タコ女王が溜まった財宝をどう使うか考えて、民衆の為に還元する機関として、それぞれの神様に応じた役割を振って、世界中に散らして活動拠点を作らせたんだ。そのネットワークがそのままタコ女王の情報源にもなるわけだね。だから、特権階級としてのタコ族とかいうのは残ってない。というか、タコ巫女はすべてそうだ、と言ってもいいわけだ。タコ巫女の衣装は首のところにタコ石で作られたタコの像をぶら下げてるんだな。」


じゅえる「巨大ゲジゲジとかカブトムシの怪力とか、そういうのはタコ女王には無かったってことなの。」
明美「そうですね、巨大タコというのが居てもいいような気もしますが、そういう戦闘力は無かったんですか?」

まゆ子「タコ女王の魔力は”命令”。「ここからここまで何時何をしなさい」という命令を、いきなり下すんだよ。誰もその真意が分からない。何をしているのかも見当つかない。でもそのとおりにしたら、絶対いい事が起こる。それがタコ女王の超能力なんだよ。それに従わないと、まあ悪い事が必ず起きる。でもタコ女王本人にも、それをすれば何が起こるというのは分からないんだな。漠然としたイメージが降ってくる、それを民衆に伝える。それがタコ女王の役割。どちらかというとほんまものの巫女の予言に近い能力だ。それと、裁判もそう。どちらが嘘をついているか、漠然とではあるけれどすぐ分かる。カンの赴くままに調べてみれば、その証拠も見つかったりする。これも古代は神職がやっていた機能だね。つまり、タコ女王は巫女の中の巫女なんだ。

 戦闘力と言えば、タコ軟体という技を持ってた。突いても切っても叩いてもダメージにならない不死身の一種で、縛ることも閉じ込める事も出来ない。穴や石蔵に閉じ込めても地割れが起きて出てきてしまう。また悪いことをする人を、地割れで呑み込んでしまう、それも地割れの中から巨大なタコの足が出て来て巻きついて地底に引きずり込んでしまう、という天罰の能力があり、戦闘力としても絶大ではある。でも、タコ女王の真の能力からしたらあんまり大したことではない、と理解されてた。」

じゅえる「神、だね。」
明美「実に神様らしい神様ですね。でも、それなのに、クーデターでやられてしまったんですよね。」


まゆ子「欠点が一つ。タコ神族ってのは無かったんだよ。常にタコが頭に付いているヒトはひとりだけ、一子相伝のタコなのだよ。それが命取りになった。どんなに優れた巫女でもサポートする人間が居ないと実力を発揮出来ない。それまで子飼いだった警備兵が全員寝返ったりするのは、手の打ちようがない。
 でもね、そのクーデター起こした人達も、別にタコ女王を殺そうとかは思ってなかったんだよ。神殿内の派閥抗争に乗じて一気に全権を掌握して、タコ女王の神殿都市をちゃんと軍事力と国民とを備えた普通の国にして、全土を征服する大帝国にしよう、という野心的な構想があったんだ。後のゲジゲジ王国の雛形だね。でもそれをタコ女王に拒絶され、もはや地上に神の姿は不必要だ、と地割れの中に隠れて去ってしまった。」

じゅえる「ちなみにその頃の武器は、って言うと、
 そうねえ、
    石斧、石槌、石刀、石を埋めこんだ棍棒、石槍、石鏃をつかった丸木の弓、投石器、木の盾、こんなところかな。」
明美「うわー、博物館に出てくるようなものばっかりですね。でも、そういうのって本当に切れたんでしょうかね。」
まゆ子「それがバカみたいに切れる。というか、人間の皮膚って弱過ぎだ。それにチャートとか黒曜石とかは金属の道具に引けを取らないくらいに切れ味がいい。研ぐ必要も無いしね。でも、本当に使える石器というのは、これは相当の技術がひつようなんだよ。」

じゅえる「アーマーとか鎧ってのは、無かったのかな、この時代は。日本の縄文時代の想像図にはそういうのは出て来ないし。」
まゆ子「いや、木を並べた鎧ってのはあったはずだよ。革ひもでつないで。漆塗りしたら防水能力もあるし、普通に鎧として使える。だから、この世界では、革鎧はタコ神時代にもあったわけだね。まどっちにしろ、金属器をいきなり実用化したゲジゲジ神族に勝てる道理が無い。」

 

 

明美「では、旧石器時代というのは、ネズミ神の時代になるわけですね。この時代はー、国ってものが無かったと。」
まゆ子「この時代よりも、この時代より前の方が問題。コウモリ神の時代だけど。それ以前には地上には人間は居なかった。」

じゅえる「居ない?」

まゆ子「北の方の、現在は神殿都市がある暗闇の森の中から、頭にコウモリが付いた人間が先導する3〜5人ずつでグループを作って世界に旅をして行くんだよ。で、森の中や草原を歩いて行って、どこか好都合のところに住み着く。コウモリ人は人間達に食べられる草や木の実を教え、野外での生活の面倒を見る。取るのが簡単な蛙とか虫とかが主食で、文明どころか生きて行くのが精一杯って感じの生活だった。地上には他の野獣もうろついていてニンゲンを取って食べたりもしたし、得体のしれない病気にかかったりもする。それらから人間を救うのが、コウモリ人。人間のお守り、ベビーシッターなんだよ。

 で、そんな中でも人間は増えるわけで、その数が100人になったらコウモリ人はどこへともなく消えてしまう。もう役目は終わったというかんじでね。しかしやっぱり、そうなるとそのグループの人口は激減してしまう。100がいきなり10になったりする。
 で、コウモリ人はまた別のグループを森から連れて行く、という繰り返しなんだけど、その人達は一体北の森のどこに住んでいたのか、誰も知らないのだ。まあそうやって何世代にも渡って人間がちょっとずつちょっとずつ増えて行き、淘汰された人間たちは自ら食糧を得る事を始めて狩りもするようになる。そこらの木の棒や石を投げて、でも火は使えないからあんまり食べ易くはない。冬は寒いし食べるものも無い、でも毛皮はコウモリ人が獣を殺してくれて、それを纏うことになる。」

明美「何も教えてくれないんですね、コウモリ人てのは。何故です、他の時代は色々教えてくれるのに。」
じゅえる「いや、それは、自分で獲得しなきゃいけないスキルってわけだったんでしょ。コウモリ人の真似をして、教わらなくても見て盗んで行く、って。

 ねえ、コウモリ人ってどうやって獣を殺してたの?」
まゆ子「格闘。」
じゅえる「かくとー?」
まゆ子「獣にしがみついて、のど笛をがぶっとする。」
明美「まねできませんよー。」
じゅえる「いや、まあ、それは、ともかく、獣を殺すというコンセプトが大事なわけで、・・・学習出来たの?」

まゆ子「出来ました。小さいネズミやらタヌキやら犬駒やらを集団で狩る事が出来るようになって、コウモリ人の助けは本当にいらなくなった段階で、ネズミ神による第一の技術革新「旧石器時代」が始まるわけです。

 火の利用、石器の製造、弓矢や釣り針、網の作り方、編み物で布みたいなものも作るようになり、いきなり地上の覇者になるわけです。この時代の特徴は、食糧の調達が比較的安定して冬場も十分に乗り切る事ができるようになった。単なる洞窟から、自分で穴掘って住処を作るようになったり、木で囲いを作ったりして食用の小動物を飼ったり実のなる植物を住処の近くに植えるようにもなった。食糧加工技術も格段に進歩して、保存食やら干物薫製発酵技術、火で調理する事もおぼえたわけだね。」


明美「でも土器はまだ無いんですよね。煮炊きは出来たんですか。」
まゆ子「簡単簡単。岩場に水を貯めて、焼け石を放り込んだら簡単に湯が湧く。木工技術も進歩して水汲み用の容器なんかも作れるのだよ。」

じゅえる「でも、火は起こせないわけだ。ネズミ神の神官が火を起こすのを持って帰って大事に消えないようにつないで行くんだ。」
明美「ああ、囲炉裏の火を絶やさないって旧家が、どこか日本にもありましたね。ああいう感じですか。」
まゆ子「ああいう感じ。ほら京都でおけら参りとかで火の付いた縄をくるくる回しながら持って帰ったりするじゃない。あれよ。

 で、特筆すべきなのは、文字はこの時代の発明だ。」
じゅえる「え、いきなり旧石器時代に? 
 ま、まあ、そうだね。教えてくれるんだから、別にそれは時代なんか関係ないわけだから。」
まゆ子「絵、とかも描くようになった、というかいきなり完成した形で地上に発生した。この遺跡は相当残っていて、昔ヒトが住んでいた洞窟とかはこの時代の絵とか文字とかが大量に残っているけれど、誰も注目しない。」

 

じゅえる「で、ネズミ神時代からどうしてタコ神に置き換えられたの。またなんか社会の危機があったわけ。」

まゆ子「簡単に言うと、人間が増え過ぎて飢え死にするヒトが出て来たんだよ。ちょうど気候の寒冷期にあたって寒くなって野山の草木も不作になり、動物も少なくなってしまって飢饉が起きて全土で酷い有り様になったんだ。人々はネズミ神官にお祈りしたけれど、何も救ってはくれない。そこに登場したのが、タコ神の救世主だったわけ。」

じゅえる「ふむ。綺麗な交代劇ね。」
明美「なるほど、綺麗に、原始時代、旧石器、新石器、古代、中世、と順繰りの進歩をしてるわけですね。でも、ここまで5000年というのはわりと手間が掛かってるんじゃないですか。」
じゅえる「あのねー、明美ちゃん。地球ではその過程は50万年掛かってるよ。」
明美「げ、」

まゆ子「そうなんだ。時間がかかってるように見えるけど、実はぶっ飛んだ進歩なんだな。というか、

この世界は1000×1000kmという、広いようで狭い、外の世界が存在しない孤立した、閉鎖した歴史しかもたない。外部との交渉で急速に発展する、という事があり得ないんだ。放っておいたらそのまま何百万年でも原始時代を続けるような事も起きかねない。だから、1000年という短期間で歴史時代をなぞってる訳だ。1000年というのは、昔の事を忘れてしまうには長過ぎはしないが短くもない、ちょうどいいくらいの間隔だ。地球の歴史でも、これが数百年前となるとまだ復興運動とかはありえるんだけど、500年を越えるともうずっぷりと時代になじみきってしまって、これがスタンダードだと思ってしまう。で、1000年にもなるとそのスタイルの時代のデメリット部分がずるずると出て来て発酵して、もう早く新しい時代に変わりたいという欲求が世間一般の民衆にも大きく芽生えてくるんだね。しかし、外部から変革の為の火種は供給されないのが、この世界の限界。だから、弥生ちゃんのように異世界から人や知識が持ち込まれるのだよ。」

明美「宇宙人だ。」
じゅえる「スターシードだ。モノリスだ。」
まゆ子「まあまあ。

 で、弥生ちゃんは自分が何を為すべきか、救世主としていかなる世界をつくるよう神に求められているのか、を探して世界を旅するんだよ。
 弥生ちゃんは北の森近くに残っていた”ネズミ族”というかたくなに旧石器時代の生き方を護ってくらす人々に遭遇して、この世界の成り立ちと十二神のシステムを解析しようとする。つまり、誰かがコネチカットヤンキーをやってる、って事に気付いて、自分が何のためにこの地に呼ばれたかを知ろうとするんだね。」
明美「はあ、で、キャプテンは成功するんですか。」
まゆ子「まあ、それは見てのお楽しみ。つまりこれが物語の縦糸になるんだよ。弓レアルと婚約者の一家の物語が横糸とすれば、弥生ちゃんが辿る救世主の道筋が縦糸になる。」

 

明美「でも、じゃあ、ごく普通に考えれば中世の次は近世ですよ。でも近世ってのは3、400年くらいしか年月ないんじゃなかったですか、地球の世界史上は。」
じゅえる「うーん、近代を1800年代に開始するとみなすと、近世の始まりは13世紀くらいじゃないかな。モンゴル帝国とかルネッサンスとかが始まる時代。期間としては600年くらい、・・・・ああ、そうだね、1000年続いたとしても長過ぎはしないや。地球では中世期も5、600年くらいだし、自力で獲得しなかった文明を使いこなして消化するには1000年続いたくらいの方がいいのかな。」
まゆ子「というか、古代期はエジプト文明を例に取れば5000年続いてるんだよ。急ぎ過ぎだ。」

明美「はあ。そういうものですか。じゃあ、未開の部族に近代文明を教えればいい、とかの安直な方法はダメなんですよね。て、言うか、一足飛びに文明人を仕立て上げればいい、ってものじゃないわけですよね、この世界を作った宇宙人の価値観は。」
じゅえる「そんなに爆速で進歩させてもいい事はないんじゃない。文明が進んでも即パラダイスになるってわけでもないし。」
まゆ子「そりゃそうだ。」

明美「あ、・・でもおー、

そう言えばカブトムシ神の時代は、どこらへんが進歩したんでしょうね。科学技術を伝えたってわけでも無いのに、一応進歩したんでしょ。」

まゆ子「それは、カブトムシ兵自体の存在なんだな。つまり科学技術だけが進歩じゃない。社会制度上の進歩というのが伴わなければならないんだけど、ゲジゲジ神の時代はそれがまるっきり抜け落ちていた。だから、カブトムシ兵の時代はカブトムシ軍団を社会構成上のコアとする民衆の組織化が進んだ時代だったんだよ。」

じゅえる「そういや人文科学系の文明はどうなってるんだ。哲学とか宗教とか美術とか倫理とか歴史とか、そういうのは。」

まゆ子「そういうのが全部カブトムシ時代の産物だよ。でもまだ世間一般を支配する思想とはなっていない。下層階級では教育機関も無いからね。だから、カブトムシ階級とそれに続く官僚や学者技術者階級、豪商とかいった民間でも上流にある階級がカブトムシ時代を通じてだんだんと教養的に熟成していったのが、これから壁チョロ神の時代に花開く、という段取りになっているらしい。」

じゅえる「そか、そういう意味合いでの進歩なら、1000年では全然足りないね。」
明美「それはー、アリストテレスとかプラトンとか、お釈迦様とか孔子様とかは、いまから2500年くらい前にぽこんと出て来たって奴ですね。そうか、そういうのは社会がきちんと段取りを踏んで熟成しなければ、自然に出てくるってものじゃないんだ。」
じゅえる「そのレベルの思想家は出現までには1000年なんかじゃ全然足りないわよね。

 で、この世界にはそういう偉人は既出なわけ?」
まゆ子「まったくいません。それに代るのが、12神の救世主です。つまりこれまでに出て来た、コウモリ神ネズミ神タコ神ゲジゲジ神カブトムシ神というのがこの世界の思想的柱なのだよ。それぞれの人は、とりあえずこの5柱の救世主の影響下にある思考形態で社会を運営している、といったところで、超人崇拝であるわけなんだね。だから理性というものをこの世界の人はあまり信じていない。そこまで物事を突き詰めて考える伝統が無いんだ。言うなれば、思想のシーリングが張ってある、という感じ。人は、12神の救世主が設定する時代の枠組みを超えては存在できないんだ。」

じゅえる「弥生ちゃんがそれをぶち破り、壁チョロ神の時代にそれらの哲人がぼろぼろと輩出する、という寸法なんだ。百家争鳴ってやつだね。」
まゆ子「そのためにはひとつ重大な障害がある。それは、文明進歩の原動力である、12神そのものなんだな。これからの時代は、神様の手助け無しに社会の進歩を進めるだけの人間の自立ってものが必要なんだけど、その為に人間から神様を取り上げる、ゲジゲジ神カブトムシ神を共に回収してしまうのが弥生ちゃんの使命なんだ。」

明美「はあ。でも、コウモリ神以前はどうなってるんですか? 人間は居なかったんですよね。超古代文明伝説ってのがあるんですか。」

まゆ子「それは今明美一号が書いてるメルヘン世界創世神話に出てくるところなんだけど、まずタコが海を隆起させて大地を作って、ゲジゲジカブトムシ壁チョロが宅地造成して、蛾ミミズカタツムリが人が住めるように自然を整えて、蜘蛛がチェックしてカニが認可して、蛙がお祝いをする。ということになってるのだ。で、夜の内にコウモリが人間を連れて来て、ネズミが人間に食事を与える、という風になる。だから人間の時代がコウモリ神から始まるのはOKなんだ。」

じゅえる「ひょっとして、テラフォーミングの過程なんじゃないかな、それ。」

まゆ子「そういう風に考えても別に悪くはない。」

 

03/10/9

 

 

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