ゲバルト乙女 第十一夜

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 弥生ちゃんがこの異世界セルシオーネに降臨して早百年、世界は新しい体制の下力強く進歩し始めた。
 カブトムシ兵は王国の支配を離れ、独立騎士としておのおのの領地を治めるようになったのだが、それぞれは小さな勢力しか持たない。いくら聖なるカブトムシを頂いていると言っても王国のバックアップが無ければやはり権力としては成り立たないのだ。故にカブトムシ騎士は数名から数十名の同盟を結ぶことを始めた。独立騎士団の誕生である。それぞれの領地の自主性を保ったまま相互に援護し合い、農作物の備蓄と軍勢の維持に財を持ちよって一体化した運用をする。またそれぞれの家同士の血縁関係を深め、他家に騎士修行に行って練度を高め武術の腕を上げる習わしも生まれた。つまり単独ではカブトムシ騎士も成り立たず所属する自分の王国を欲したのだが、さすがに王政は取らない。まだそこまで社会の進展が進んでいないということなのだろうが、ともかく長老制と基本に置く合議制で運用されている。それはまた、以前の王国の結びつきが未だに生き残っている証しでもある。それぞれの管軍はただ武力で領地を支配しているわけではなく、大義を以って民衆を守護するという名目で支配権を維持している。故にその中核となる権威が必要なのだが、現在の救世主である五世ガモウヤヨイチャンはその手の話には一切関らない。完全中立で民衆に直接結びつくトカゲ神体制は、俗世の権力から超越していなければならないという、初代蒲生弥生ちゃんの教えをかたくなに守っている。またトカゲ神殿の側には往時の10分の一にまで減っているがゲジゲジ神族が宮廷人として使えており、その知識の力は衰えてはいない。ゲジゲジ神族が俗世に関らないルールを守る為にも、トカゲ神救世主ガモウヤヨイチャンの神聖は保たれるべきだ、とカブトムシ騎士は共通に理解している。

 社会は四つの階層に分かたれる事となった。第一の階層であるトカゲ神救世主とトカゲ神殿。これは世界全体の要となり、またトカゲ神の超能力である治癒能力は絶大で一般庶民の信仰は絶大に篤い。この力が在る限り、タコ女王の轍を踏むことは無いと見られている。またトカゲ神殿には、初代蒲生弥生ちゃんが巷の陰に潜んでいたのを探し出した25世タコ女王も遷座しており、タコ巫女によるタコ宮廷も組織している。タコ女王は不老不死、正確には100年以上の寿命を老いることなく若く美しい姿のままで生き、聖なるタコの移譲により自ら亡ぶので事実上は常に一人しか存在せずまた、故に一人の命が延々と薪に継ぎ足されて続く炎のような不死として尊崇を集めている。この二大女王の並立によってトカゲ神殿の権威は嫌が応にも高まり、神殿のある神都カベチョロバレィは巡礼者が引きも切らずに訪れる100万都市となっている。そしてトカゲ神殿に属する12神の神官巫女は神殿の直接統治を受けるようになり、民衆に直接働きかけることとなる。これが第一階層であり、信仰と奉仕を受け持っている。

 第二の階層がカブトムシ騎士であり、民衆の統治と法の支配、軍事を受け持つ。この役割はカブトムシ王国時代から変わらないが、依拠するものが以前と換わり明文化された法律に基づき権力を担うこととなる。この法律はトカゲ神殿と救世主ガモウヤヨイチャンが承認を与えなければ発効せず、また勝手な運用も固く禁じられる。法の執行は原則としてカブトムシ騎兵の誇りと名誉に基づいて行われるのだが、黄金カブトムシを頂くカブトムシ王宮軍が監察として各地のカブトムシ騎兵を取り締まっている。カブトムシ王宮も実質はトカゲ神殿に従属するとされるが、以前の王都カブトニアにそのままにあり、経済の中心を離れて静かなたたずまいを見せるが軍の編制と教練も行う軍都として栄えている。
 意外なことだが、カブトムシ王宮とトカゲ神殿の中は非常に良い。というよりもカブトムシ王宮は従来神聖視されるのをかなり重荷に感じていて、本来ゲジゲジ神族からの民衆の解放という名目だけがカブトムシ兵の存在理由であり、また非常に即物的で現実的、或る意味面白みに欠けるメンタリティを持っていたが故にファナティックなゲジゲジ神族との戦いを有利に進めることができなかったという経緯もある。民衆が期待する神聖なる権威という重しからトカゲ神殿が解放してくれたことで、カブトムシ兵は本来あるべき姿としてのカブトムシ騎士へと脱皮することができたとも言える。故に彼らは行政官として軍人としての本分を存分に尽くすことが出来る現在の体制を歓迎し
 ただし末端の神官巫女は違う。もともと民衆の日常にどっぷりと漬かって奉仕する神官巫女団は、その業務の性格上行政を補填するものである。それは同時に、行政の行き届かない所、見捨て切り捨てた所に入り込み救済を与えることになる。当然その行為は行政、つまりカブトムシ騎士に対する批判としても受け止められるし、また蜘蛛巫女に顕著であるメディア上での行政批判がトカゲ神殿の権威をかさに、これまでとは比較にならない辛辣さで表現されるようになったわけで、当然ふたつの集団は衝突を繰り返すこととなる。以前ならそういう事態は一方的にカブトムシ兵の方が強力で弾圧も出来たのだが、現在は二つが異なる原理での権威として一歩も引かないので民衆はその衝突のはざまで右往左往している。

 そこに更に一石を投じるのが第三階層、ゲジゲジ神族を頂点に置く技術者科学者集団だ。ゲジゲジ神族はその象徴であり力そのものである聖なるゲジゲジの繁殖数が著しく減少し、よってゲジゲジ神族の数も激減し、カブトムシ王国時代末期には2000家あったものが、現在ではわずかに100数十家にまで落ち込んでいる。元々はゲジゲジ神族では十分な数のゲジゲジが供給されていた為にゲジゲジ神族であれば誰でも戴くことが出来たのだが、現在はカブトムシ騎士の家に倣って家の当主となるべき小児にのみに与えられることとなった。だが、さすがにゲジゲジ神族は2000年の永きに渡りこの地に君臨してきただけあって、独自の対応により階層の勢力の維持に当たっている。つまり、聖なるゲジゲジを無限のライブラリとしてその解析をゲジゲジを持たないゲジゲジ神族が独占することになったのだ。超能力が無ければ常能力としての知性を極限まで高め、神聖なる知識を現実世界の科学へと置き換える作業にいそしんでいる、というわけで、神の居ない世界から到来した初代蒲生弥生ちゃんの、聖なるゲジゲジはトカゲ神タコ神と同様にいずれ最後の一匹だけになる、という予言に基づいてゲジゲジ神族が自ら選択したものだ。
 一方で、ゲジゲジ神族は身体を強化するこれまでの習慣を改めてはいない。特殊な調合をされた薬物や食事によって体格体力知力病気に対する抵抗力等を増強する試みはこの2000年で洗練の極みに達している。だが、現在の、支配・権力を必要としない状況では長期間に渡って高額の負担を必要とするこの生活は永続が困難であり、また閉鎖された知識の殿堂内での研究に適合しない者も多々存在し、外の世界にドロップアウトすることが頻発している。ゲジゲジ神族に対して世間は必ずしも好意的ではないが、現在まで欠落していたゲジゲジ神官巫女の代りとして、またその容貌体格の異質性からも現状を脱却するトリックスターとして、或る種のスター性をも獲得していたりする。
 ゲジゲジ神族の神聖首都は、その使用を禁じられ、新たに作られたゲジゲジの都ゲジウォールにこの世界では珍しい城壁を巡らせた秘密都市として、外部からの食糧供給が途切れると皆餓死してしまうのを安全装置として、独立して存在することをトカゲ神殿から許されている。この都市は工房都市でもあるのだが、カブトムシ騎士の支配は受けないゲジゲジ神族の自治都市であり、独自の税制により他より負担が少ないということで、外部からの労働者の流入が多い。この都市を支配するのは一応ゲジゲジ神族の神聖皇帝であるのだが、彼は通常人質としてトカゲ神殿に居住する。彼の頭上にある聖なるゲジゲジは特別で、ゲジゲジの繁殖に大きな影響を持つ、つまりこの一匹のみがオスであり、他のゲジゲジはすべてメスというわけで、これを押さえている限り、ゲジゲジ神族は反乱などできないわけだ。もっともゲジゲジの繁殖数の激減はこの措置が原因ではなく、不胎化したメスの増加によるもので、天命が終わったゆえ地上から姿を消す準備をしているものと理解されている。
 更に第三階層として、タコシティも含まれる。自由都市無法都市として知られたタコシティは現在はタコ女王の直轄地として貿易の中継地として繁栄している。ここは大陸で唯一の無関税都市であり、関所による荷物のチェックすら無い。この自由さは初代蒲生弥生ちゃんが困窮した折りこの地で世話になった御礼で現状維持されているわけなのだが、それだけではなくここには周辺に水を供給する川も湖も無い為、放っておくと無人と化してしまう危険性もあるからだ。乏しい天水と水運搬船によって命脈を繋ぐここは、地底のタコ化石の採掘場としても有望であり、なんとかして人口を保つ努力をしているのだ。その自由さに引かれて脱出したゲジゲジ神族も集まってきている。元々犯罪者逃亡者や流民が流れ着いてできた街であるので、歓迎はされないまでも彼らそれぞれの能力に応じてそれなりの待遇を得ている。また、タコ神殿の最大の支部がタコシティにはあるのだが、そこに身を寄せて文化的事業に携わる者も居て、これからの発展も期待されている。

 で、第四階層が一般庶民である。一般庶民は基本的に農業人口が全体の八割に上り、彼らはカブトムシ騎士の統治下にある。残りの二割は都市住民であり工業従事者と、流浪する商業民であり、トカゲ神殿の発効するフリーパスを所持し、便宜上トカゲ神殿に属することになっている。ただし工業従事者はゲジゲジシティを頂点とするギルド制が取られていて、そこに属していない者は都市農村内での営業を許可されない。唯一タコシティ所属の工業者のみがギルドから独立していられるが、事実上タコシティだけでしか活動できない。商業者はタコ女王の裏書きのあるパスを持っているがこれは形式上であり、基本的にはトカゲ神殿へ営業税を払えば誰でもがパスを得られる。商業民は独自のネットワークを持ち2000年前から既にタコ女王の支配から離れているが、現在そのネットワークをタコ女王を中心に組み直そうという動きもある。やはり社会的にはまず農民が上位に位置し、次に工業、その下に商業民が置かれることが慣習化しているため、権威づけにタコ女王をかつぎ出そうという運動なのだが、未だ現実化していない。それにはタコシティを無視することが出来ず、タコシティは一般商業民にとっては忌避される土地でもあり、いわば商売仇であるから、それを巻き込んでの一体化は極めて困難なのである。
 漁業林業牧畜狩猟民は、これは農民が片手間にやっているからすべて農民の分類に入る。しかし彼らもまた独自のネットワークを持ち、完全にカブトムシ騎士の支配体制に入っているとも言いがたい。特に奥地の狩猟民には未だネズミ神信仰を持つ未開人、あえて以降の文明に浴せず旧石器時代の習俗で押し通す民が居て、ほとんど独立して過ごしている。この民は初代蒲生弥生ちゃんがその文明形態を分析しその独立性を確認したため、文書による布告で誰も彼らに強制的な改習をさせないよう取り決められている。つまり無形文化財扱いされているわけだ。初代蒲生弥生ちゃんは更に奥地を巡り北の聖山の大洞窟において、コウモリ神に服す民というものを発見したと伝えられるが現在までに確認はされていない。
 漁業と林業は別で、漁業は東西に押しやられたゲジゲジ王国において蛋白源として開発が進んだ為、干物等に加工して商品として流通する経路が整備されており莫大な富をもたらす。また林業はカブトムシ王国において主要産業の一つであったわけで、カブトムシ騎士の或る勢力がこれらを一手に握って農業をベースとするカブトムシ騎士団と性格を異にし、なかば対立も引き起こしている。特に西ゲジゲジ王国のあった場所は島嶼部であり舟に武装した兵士を乗せる海賊的兵団が主流であり、西ゲジゲジ王国に起源を持つ兵士とカブトムシ騎士団が結びついて独自の勢力を構えることになっている。いずれ決定的な分裂を招くとも危惧されているが、現在はトカゲ神殿のとりなしもあり一応は協調体制を見せている。東ゲジゲジ王国の首都があったゲジシップ島は、現在は求心力を失い没落しているが、元来温暖で農耕に適している土地であるため、ゆるやかに開発が進んでいる。トカゲ神殿の大規模な支部も作られており学園都市として再設計されるという計画もある。初代蒲生弥生ちゃんの残した計画によると、宗教と学問の分離を勧めるためにゲジゲジ神族が進めている科学技術の殿堂とは別の人文科学系統の学問の中心地を作る必要がある、というわけでこの計画は進んでいる。いずれは議会というものを作る計画もあり議事堂もここに設立される予定で、現在は世襲のカブトムシ騎士が慣習によって行っている司法行政を、正統な法教育を受けた者に置き換えるという。実際、法に関してはゲジゲジ王国時代にはほとんど発達せず、対照的にカブトムシ王国時代に相当の蓄積があるのだが、カブトムシ騎士はあくまで軍事を手放さない為、当のカブトムシ騎士からも批判が出ているほどで、力による支配とは別の道を模索するとしてカブトムシを持たないカブトムシ騎士この計画に広く参画している。

 このように、初代蒲生弥生ちゃんはわずか数年の存在にも関らずこの世界の有り様を決定的に組み替えてしまったのだが、その中でも未だ手が付けられていない分野が残されている。海への進出である。初代蒲生弥生ちゃんは、救世主としてやるべき仕事をわずかの年数で十分に果たしてしまい、この地を去ったのだがその帰還のための道として、未知の航路を突き進むという無謀な方法をとった。確かに十二神の説話によれば海の向こうには神々の世界が存在するとされていたが、誰一人として行ったことがなく本当はどうなっているかの情報がまるで無かったのだから、皆弥生ちゃんを止めたのだが、聖なるトカゲ神のハリセンが吹き起こす風の力で進む快速帆船の速度に誰も追いつけなかったわけで、結局は初代蒲生弥生ちゃんは海の向こうから星の世界に去ったということで納得せざるを得なかった。その後、弥生ちゃんと乗せた帆船はふたたび舞い戻り、この地の者ではない不思議な人種の少女を乗せて帰ったわけで、聖なるトカゲ神ウオールストーカーを奉じて戻りトカゲ神殿に納まった彼女が第三代ガモウヤヨイチャンとなる。彼女の話により海の向こう、暴風の障壁の向こうには、この地とそっくりの方形の世界が存在し、やはり十二神の加護により人が繁栄しているというのだが、聖なるハリセンは初代のようには後のガモウヤヨイチャンには使いこなせず、帆船を駆ることができないので未だに交流を果たすことが出来ない。この航路の確立が、初代蒲生弥生ちゃんの最後の計画になる、と皆理解したのだが、技術的検討を行ったゲジゲジ神族の科学者は、初代蒲生弥生ちゃんが彼女の世界の話としてかって口にした「鉄で造り自ら動くことのできる螺旋船」というものでないと不可能だと結論づけ、現在の技術、生産力ではとても無理だという了解を得て、この計画は凍結されている。しかし、その話は巷間に行き渡り、海の向こうの世界に対する欲求が現在の世界を動かす原動力となっている。
 初代蒲生弥生ちゃんから聖なるトカゲ神スペキュラーペインを頂いた二代ガモウヤヨイチャン、もとはカブトムシ神の巫女で赤カブトムシ兵団の総統であったメグリアル劫アランサであるが、彼女は10年余り後に引退し、上皇として神殿巫女団を率いて統率された奉仕活動を確立した。トカゲ神救世主の体制は今までに無い特別なもので、上皇、教皇、皇主の三人で成り立っている。つまり、トカゲ神救世主とその見習い、引退した後見役の三人になる。ウオールストーカーを戴くのが教皇として君臨し、メグリアルが蒲生弥生ちゃんから頂いたスペキュラーペインを戴くのが引退した上皇、三代ガモウヤヨイチャンこと禾コミンテイタム、海の向こうからやってきた少女が額に戴いていたムービンテイルが見習いの皇主に与えられる。皇主の選定は基本的には占い、実質は出たとこ勝負で上皇教皇が世界中に行幸した際に、巡り合わせによりなんとなく見つかることになっている。というよりも、頭上のトカゲ神が勝手に見つけてくれるからまったく苦労することはない。
 トカゲ神殿には当然トカゲ巫女が勤めているのだが、トカゲ巫女の職務は本来が医療・看護・衛生であり、神殿内に居てはその役目が勤まらない。よって最高幹部以外の神官巫女以外はほとんど神殿内に居ない。この宮廷内務の仕事は本来カタツムリ巫女が勤めるべきものであり、またそれが一番効率が良いのでトカゲ神官巫女は外宮にあるトカゲ神寮殿に多く在り、上皇の指示に従っている。つまり、教皇は救世主としての公務政務的な役割を果たし、トカゲ神の最高司祭としての役目を上皇が担っているわけだ。皇主はその二人の名代として国中を駆け巡ることになる。実際皇主の役目は世界中の人間と顔をつないで、それぞれの思うところを聞くことにあり、それがまた教皇になる教育でもあるわけだ。
 トカゲ神殿には護衛として赤カブトムシ兵団が常駐している。彼らはまた皇主の行幸にも付き従い、また使者として相当の権限を任されて各地の紛争の解決にも赴く。本来彼らは二代ガモウヤヨイチャン・メグリアルに率いられていたがカブトムシ王国末期に政争に巻き込まれ壊滅の危機に瀕した。主立った幹部も処刑され、メグリアル本人も火刑に処されるところを、天空より聖なる巨大カブトムシに乗った蒲生弥生ちゃんに救われ、二代目の救世主に指名されるのだが、その以来赤カブトムシ兵団はトカゲ神の守護者として絶対の忠誠を誓っている。処刑された7人の幹部は弥生ちゃんの力でも蘇らなかったが、その魂が7本の剣に封じられてトカゲ神救世主の守護を永遠に務めている。7本の剣はそれぞれに弥生ちゃんの聖なるハリセンの力を部分的に受け継いでいて、赤カブトムシ兵団はそれを奉じて戦いに赴く時、トカゲ神殿の全権を委譲される事となり、争いを鎮める力となる。
 処刑の時に幹部で唯一人生き残った者はその後トカゲ神殿の衛視長を勤め、陰となり日なたとなって尽くし、メグリアルの死まで独身を貫いたと言われる。
 衛視長はトカゲ神殿警護の最高責任者であり、その下に警護長、巡視長、兵師長がある。警護長は主として各地を巡幸する皇主を守護し、巡視長は各地の神官巫女を守護し、兵師長は実動部隊としての赤カブトムシ兵団を指揮する。トカゲ神殿と教皇、上皇は衛視長自らが警護の指揮を取るが、実質は教皇の側近として働く為、衛視統監と呼ばれる衛視の取り締まり役が実務を受け持っている。上皇はその職務上トカゲ神殿を離れる事も多いため、巡視長が付き従うことも多い。

 七本の剣の名は「疾風」「烈風」「旋風」「剣風」「氷風」「炎風」「清風」で、おのおのの名に合った効果をもたらす。
 「清風」は人を癒し勇気を与え魔を退け毒を払う、もっとも初代蒲生弥生ちゃんを表すのにふさわしい力であるので、各地を巡幸する皇主の御物となっており、望まれるままにその光を諸人に分け与えている。本来人を斬る剣ではないが、敵に触れず離れたままで傷を与えずに命を奪うことも出来る。またバリア能力も持つ。
 「疾風」はどこまでも風が渡り進路を妨げる者を総て倒し敵の将を直接貫く、掟破りとも言える力を持つのでトカゲ神殿衛視長が持つ。
 「剣風」は一振りで見渡すかぎりの甲冑武者を薙ぎ払い切り裂くという恐ろしい力を持ち、初代蒲生弥生ちゃんですら使わなかった禁断の力、ということで上皇が手元において封じている。鉄鎖で厳重に封印され上皇の側近の女性の剣匠が常に背負っているが、ひとたび上皇がそれを必要とすれば「烈風」は鎖を自ら斬り裂いて鞘を抜け宙を飛んで手元に参るという。
 「烈風」と「旋風」は七剣の内で世間によく知られる露出の多い剣で、「烈風」が激しい風を巻き起こし総てを吹き飛ばし、場合によっては地面をめくりあげてすべてを覆い隠す。「旋風」は竜巻を巻き起こしすべてを天に巻き上げる、という無敵の力を持つ。しかしこの二剣は威力のコントロールが割と楽なので戦場に持ち出される事が多い兄弟剣とされている。「旋風」は巡幸する皇主の護衛をする警護長が携えており、「烈風」はトカゲ神殿の剣匠令と呼ばれる「烈風」専属の剣士によって守られる。「烈風」の剣匠令は通常ゲジゲジ神王の護衛に当たる。
 「氷風」は元来のトカゲ神が象徴する氷雪を呼ぶ剣で、寒風を巻き起こしすべてを凍らせ、また雪や霰を降らせつららで地から突き立てる。氷壁によるバリア能力も持つ。大きな山火事が起きた時などによく使われるが通常はトカゲ神の化身として神殿中央に安置されている。「氷風」の剣士は巡視長であるが、神殿を動かない「氷風」は役目上神殿外への出役も多い巡視長には不適で、専属の巡視令によって守られる。「氷風」の巡視令は万一の事があればタコ女王の護衛に当たることが定められている。
 「炎風」は乾燥した風を吹き起こし敵を行動不能にする能力を持ち、その風の中で火を起こせば何者も消すことが出来ない。もちろん火を消すことも出来るのだが、「氷風」と違い燃えるものを瞬時に焼き尽くして消える。軍勢を率いての戦いで非常に有利に戦えるので赤カブトムシ兵団そのものに貸し与えられていて、隊旗の役割も果たす。赤カブトムシ兵団を表す紋章もこの「炎風」をあしらったものとなっていて、この紋章を持つ者はどこに言っても一等の扱いを受けることができる。「炎風」の剣士は通例では兵師長ではなく、その配下の剣匠令である。これは「炎風」が戦術兵器であり、兵師長は部隊を指揮する必要があり「炎風」を守るのに専念できないからだ。
 これら七本の剣を合わせたよりもなお強い力を持つのが初代蒲生弥生ちゃんが使った聖なるハリセンである。この力はトカゲ神ウオールストーカーの力そのものであるとされ、教皇の御物として手元に置かれ大切に扱われている。が、ほとんど使われることがない。というよりも、使う必要が無い。ゆえに教皇の聖座に安置してある。教皇が外に出ることはほとんど無いのでハリセンが動くことも無い。どうせ誰が持っても使えるというわけではないし、行方不明になっても勝手に教皇の、つまり額のウオールストーカーの元に飛んで戻ってくるのだから、安心である。
七本の剣を預かる者は皆なにがしかの聖蟲を額に戴いているが、そうでなかった者の例が無いわけでもない。また「烈風」を預かる女剣匠は聖蟲は戴いていない。過去に一度、ゲジゲジ神族の一人が「烈風」を振るったこともあるが、この者は聖なるゲジゲジは持っていなかった。

 ちなみに剣匠令とは剣匠10数名を率いる指揮官という意味で、剣匠とは剣技に優れた個人戦闘のプロフェッショナル、特殊部隊員と看做してよい。この世界では未だ個人の戦闘技術によって勝敗の大局が決することがあり、剣匠は尊敬に価する存在である。それに対して一般の兵士を指揮するのが剣令、弓令、戈令、僕令、輌令でありそれぞれ歩兵・弓兵・槍戈兵・工兵・輜重兵の小隊指揮官である。通常、小剣令、並剣令、大剣令という風に階級が上がり、独立した継戦能力を持つ諸隊が完備した一部隊3000人以上を指揮するのが兵師監、一万人以上が兵師大監、兵師統監あるいは将軍監と呼ぶ。剣匠令は並剣令と同格で、兵士100人の指揮官と同等という扱いである。剣令以下は凌士と呼ばれるが、通常は兵卒を凌士と呼び、凌士、凌士率、凌士長と三段階に分かれる。また終身で軍に仕える者は凌士長以上の階級として、凌士監、凌士大監、凌士統監というものがあるが作戦指揮には当たらず、もっぱら調練や厚生、人事関係の管理職待遇である。これらの階級に上がると匠官と呼ばれることもあり、また特殊技能を持つ者も多く、外部から特殊技能のプロフェッショナルを迎える時にこのポストに就く事が多い。つまり剣匠もそういう特殊技能者という意味だ。看護や医療で付き従う神官巫女の階級もこれであり医療統監は大剣令と同格である。カブトムシを額に戴くカブトムシ騎士、赤カブトムシ兵は無条件で剣匠令以上の階級となり降格は無い。

 巡視、衛視、刑視といった特殊な行政職もこの軍の階級に倣っている。
 巡視は一般警察と同様の職務を預かり、下から巡司、巡司率、巡司長、巡司令(三種)=巡視、巡視監、巡視大監、巡視統監、巡視長(巡視長官)となる。
 衛視はトカゲ神殿と皇三妃、タコ女王、ゲジゲジ神王およびそのゆかりの施設・侍員を守るのが役目で、下が衛士、衛士率・・。但し秘密諜報機関としても活躍している。特に上級の幹部に昇進するには諜報活動の経歴が重視される。また秘密特殊部隊も存在するが、これは極秘中の極秘、教皇ですら知らないほどで上皇にのみその活動は報告される。
 刑視は法律裁判関係と公的建築物公共施設設備の維持管理警護を担い、刑司、刑司率・・となる。
 この他の官僚は宰吏と呼ばれ、軍の階級とは若干異なり、吏官、吏官次、吏官司、吏官司長、宰官、宰監補、宰監、宰大監、宰相補、宰相となる。
整理すると上級職が視・宰官で、司・士・吏官が下級職となる。下級職にも凌士と同様の監、大監、統監制度があるが、大体が俸給の問題で、上級職に上がる資格を得ていないが功績を上げて昇格をする時に便宜上使われる。司・士・吏の違いは、司が強制捜査権と逮捕権・武力行使権を持ち、士は強制捜査権を持たず、現行犯以外の逮捕権を持たず、武力行使権を持つ。吏は強制捜査権も逮捕権も武力行使権も持たない、というところだ。
 ちなみに刑事事件の裁判は行われず、巡視が捕縛した犯罪者を取り調べて調書を作り、刑視に送付すれば自動的に刑罰は確定する。問題はその後で、賠償裁判というのが通常発生するわけで、犯罪者の所属する団体が被害者に相応の賠償をすることが定められており、その団体の代表者つまり地方都市であればカブトムシ騎士が名目上の被告になるわけで、この裁判が過酷を極めるものとなる。ゆえに刑視に送付する前に完璧な調書を作成しなければならないわけで、万が一にも裁判で冤罪が暴露されたり因果関係が立証できなかったりしたら、一大事になる。この裁判形式はゲジゲジ王国時代の奴隷の犯罪に対するものの名残であるが、通常の刑事裁判よりも有効有益だとされ、いまに採用されている。死刑あるいは身体毀損刑の執行は、この賠償裁判が終了するまでは行われない。
 この他に神官巫女階級、侍員と呼ばれる宮廷官僚、とくにカタツムリ巫女の階級もあるが、割愛。

 カブトムシ騎士の支配地ではまた階級の区分が変わる。つまりカブトムシ騎士および騎士団は独自の官僚と兵士を徴用することが出来るのだが、ひとつひとつの領域と人口が小さいので自然と高級官僚は必要なくなる。というよりもカブトムシ騎士自身の裁量が大きい為に高級官僚や幕僚が必要ないわけで、そこらへんを考慮して下級官吏・兵士の人事権のみを法律で許されるのみとなっている。つまり、凌士階級、司士吏階級のみを召し使う。
 カブトムシ騎士団の階級は互選の盟主を頂点として統監、騎士の三階級しかない。合議制だからそれぞれに位階の差は無いのが建前であり、また構成員の間で相互に利害が食い違うこともあり、盟主の役割はもっぱらその調整に当たることとなり、最年長の騎士が選ばれる事が多い。ゆえに実質のリーダーは統監である。カブトムシ騎士団の特徴はこの単純明快な指揮命令系統であり、故に小回りが効き対応が早い。財政的にはおのおののカブトムシ騎士および騎士団が独自の農地経営や商工業を営んでいる独立採算方式であるので、この決断の早さは強味となっているが、逆に失敗することも少なくはない。騎士団の上に君臨するカブトムシ王宮の役割はこれを補完する一種の銀行ともなっており、騎士団に対する資金の貸しつけや年金の積み立てを請け負っている。カブトムシ王宮は聖なるカブトムシの繁殖を第一の任務とするので、各騎士団の忠誠は疑いようがない。また、黄金カブトムシの通信機能の有効性は、ビジネスにおいても通用するので、他の商業勢力に対するアドバンテージにもなっているが、これを管理するのも王宮だ。
 誤解をしないように記しておくと、カブトムシ騎士・王宮とトカゲ神殿の赤カブトムシ兵団との戦力差は、12万:1万3千である。巡視衛視も含め、トカゲ神殿が一般兵を募集すれば3万5万は軽く集まるはずだが、所詮カブトムシ騎士に敵するものではない。ただ、赤カブトムシ兵団は統一された一団の軍隊として高度な仕組みを維持しているのに対し、カブトムシ騎士団は郷士であり農民兵を主力とする。七本の剣の存在もあるので、どちらが強力ということはないが数の力の優位が長期戦の継戦能力で効いていて、全体的にはカブトムシ騎士優位となる。

一方、ゲジゲジ神族はゲジウォールになかば幽閉されているようなものなのだが、彼らを慕う奴隷が未だバカに出来ない数居る。大多数は工業技術のギルドの前身としてのカーストの残滓なのだが、二千年もの間神として君臨し続けてきた影響は二三世代ではとても抜け切らないもので、奴隷として奉仕することに無上の喜びを見出している。なにせ、ゲジゲジ神族に殺されれば極楽往生間違い無し、という信仰もあるわけで、また実際現在でもトカゲ神カブトムシ神タコ神の救世主がこの世に居て世界を支配し、目の前にまさしくゲジゲジ神の化身が居るのだから、敬うなという方が間違いだ。この点に関しては初代蒲生弥生ちゃんは三日で啓蒙を諦めた。この世界と地球では、やはり神の有り様が根本的に違う、この世界では神は現実にまさに存在し人間世界に明確な影響力を与え続け繁栄を導き続けている、という事実から目を背けて安易な唯物主義を押しつけるべきではない、という節度を持ったのだ。もし蒲生弥生ちゃんがもう20年前の人だったら、こうも鮮やかに啓蒙を諦めたか疑問である。
 ゲジシティは武力を貯えることを許されてはいないが、ゲジウォール城壁外に、かなりの数の民が独自に街を作って暮らしており、彼らはそれなりの武装をしており、カブトムシ騎士、巡視隊も容易に手を出せない。彼らはかってはゲジゲジ王国の奴隷でありまた戦闘カーストでもあった民で、実質ゲジウォールの兵と看做すことが出来る。また、かっての主従関係も生きており、主家の後継者からの命令があれば、命をも惜しまずに戦いに望むのだ。またゲジゲジ技術による特殊兵器の生産も密かに進んでいて、決して武力的に弱いということは無い。問題はやはり聖なるゲジゲジの数の減少にある。
 ゲジウォールの官僚制は掌隷と呼ばれる奴隷管理の体制に基づいている。しかし聖なるゲジゲジの数が減った結果、ゲジゲジを持たないゲジゲジ神族が直接掌隷を務めるという例も増えており昔とはかなり違っている。かっては行われなかった下層階級の者との婚姻も増えており、それとは逆にゲジゲジ神族同士の血統の純化が意図的に行われてもいる。ともかく聖なるゲジゲジの数の減少という事象に必死で立ち向かおうとあらゆる努力がなされている。更に、現在ゲジゲジ神族の技術上の興味は、エンチャント、武器道具に魔力を与える技術の解明である。これまではゲジゲジ科学の外の問題として無視同然だったのだが、蒲生弥生ちゃんが行った奇跡のかなりの部分にこのエンチャントの能力が見られ、トカゲ神特有の能力であろうとされ、これを解明することにより神の世界の論理を直接利用することが出来、現在の状況を逆転出来る可能性も見出せるだろう、と思われている。

04/04/15

 

 

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