ゲヴァルト処女、各種長設定事典

2004/05/08-2010/04/19

長文設定

天文のお話ゲルタのおいしいいただき方髪の毛のはなし闘猫ヒィキタイタン事件とはなにか十二神とぴるまるれれこの関係赤甲梢の説明

褐甲角軍の配置と部隊区分天地創造甲冑の概要甲冑の概要2至極いい加減な話「プラズマと天空の秘儀」EP7第七章姫一刀奥義斬

 

【天文のお話】

 十二神方台系と地球とでは暦が違うのは当たり前。

 私が地球から持ってきた腕時計(祖父から中学入学時にプレゼントされたもの。太陽電池で動くから電池切れは無い!)で計測したところ、一日は27時間もある。地球人は25時間周期で睡眠を取るという話だが、時差の狂いは、まあかなり早い段階で慣れた。
 だがこの世界の人間はきっちり12時間眠る。短い人でも8時間は絶対睡眠時間に当てる為、夜中に私一人が起きている、というはめによく陥った。一日が24時間以上あればもっと色々な事が出来るのに、という人がたまに居るが、増えた時間は寝るというのがどうやら答えらしい。

 一年は333日。地球時間に直すと374日になる。年齢の換算は地球時間とほぼ同じと見ていいだろう。333=9×37。一年を9で割れば実に便利なカレンダーが作れる。実際に「九季」という区分もあり、「春・夏・秋」×「初・中・旬」で「夏初月」という呼び方をする。冬は季節としては無く気象現象としてあり、秋旬月に30日ほど霜が降りて寒冷化する事を言う。無い年もある。
 冬至の日が1月1日だが、これは遠日点。わずかに楕円な軌道を描いて回っているから、一年で太陽の視直径がちょこっと大小する。

 衛星は二個、黄道面を素直に周回する「白の月」が28日、北極南極を周回する極周回衛星「青の月」が33日で回っている。「青の月」の方が遠く小さい。この二つの月の配置では長年月経つとややこしい軌道変化を起こすはずなのだが、三千年の観測記録を見るとほとんど関係が変わらないらしい。「白の月」と「青の月」は33ヶ月に一度「劫(合)」を起こし、この日はどこかで大災害が起きるとされる。実際、毒地で大地震があったしね。

 太陽は一つ、惑星は四つが知られている。彗星は100ほども確認されて皆名前が付いている。彗星は「テューク(タコ)」の仲間と思われていて、創世神話によると、天河を遊んでいた無数のテュークを神々が海に投げ落として十二神方台系の基礎を作ったとされる。タコリティの東の円湾ではその姿が本当に観察出来るのだが、実際はこれは何なのだろう。

 ギィール神族はちゃんと天動説を知っているけれど、それ以外の人は天体の方が動いていると信じている。
 当然世界は真っ平らで、海の端は天と接触してそのまま泳いで登っていける。死んだ人の魂は魚になって天に上り、天河の両脇の神様によって生前の罪を裁かれて、善い人は神様の庭で楽しく遊んでやがてまた地上に降りて生まれ変わるが、悪い人はカニ神に首をちょん切られてそのままいつまでも生き続け、机の上に長く晒し続けられる、そうだ。

 重力はおそらく0.92程。この世界では私はちょっとしたスーパーマンだ。でなければ、こんなに長く歩き続けられる訳が無い。

(蒲生弥生)

【ゲルタのおいしいいただき方】

・・・・そんなものはありません、というのが十二神方台系の住民大方の意見だろう。

 大陸の周囲どこででも取れる雑魚のゲルタは、網を入れれば季節には嫌でも大量に上がって来る有り難味の無い魚だ。これで美味ければ神の御恵みと称えられようが、あいにくと強烈な臭いがするのでそのままでは食べられず、色々と処理してかすかすの食べる事に徒労感すら感じる食品になってしまう。内臓もアンモニアを大量に含んでいて、海に撒いても悪食の清掃生物すら見向きもしない。

 とはいえ、海辺の漁師達はゲルタを食用にする方法を色々と試行錯誤した。保存食として考えた場合アンモニアを大量に含む性質は腐敗防止に効果があり、ちゃんと処理をすれば長時間ナマで放置しても食する事が可能である。また長期間置くことでアンモニア発酵が進み蛋白質が変性して、ある程度は美味といえる味に変化する。この特性を生かしてゲルタはしばらく吊るして食べるのが標準となった。

 十二神方台系は全般的に温暖湿潤な気候で晴れが何日も続く事が無く、魚を干すのには適していないが、ゲルタはほったらかしでも腐らず勝手に乾いてくれる。乾いている最中に発酵が進みアンモニアも抜けて、とまったく手が掛からない。

 更に漁師達は塩を付ける事を考えた。地球では木の葉や枝に海水を垂らし乾かして塩を得る所を、ゲルタに海水を掛けてみた。海岸線にずらとならんで悪臭を放つゲルタを見れば塩水くらい掛けたくなるのが人情で、発酵の進む2週間ほどの間海水を掛けては乾かして、遂には真っ白に塩を噴いたゲルタを得る。ここまでくれば後一歩、付いてる塩を掻き落として精製すれば立派な食塩が出来上がる。しかしなぜかこれはやらない。

 理由は流通上の問題にある。ゲルタ干しによる食塩の精製は紅曙蛸巫女王国時代に始まり交易の重要品目だったが、モノが良過ぎた。交易路が途絶して流通に困難を生じると、精製された塩はほとんど砂金と同様の稀少さを持って取り引きされた。各地に勝手な関所が作られ関銭を取るようになると、精製された塩はその貴重さが災いしてまっさきに取り上げられた。

 一方塩を噴いたゲルタはまったくのノーマークで、同じ塩を扱っているのに商品価値に大差がついて最低の扱いをされた。が皮肉にもつまらないからこそ、ゲルタはどこででも流通する標準的な商品となる。大陸上のどこででもゲルタは同じ程度の価値で取り引きされ、交換レートの目安となる。つまり通貨の代替物として機能するようになった。

 目先の利いた商人はゲルタの形で目的の大都市に塩を安全に安価に運び、都市内で精製作業をして高価な食塩として販売する。塩抜きされた大量のゲルタは廃棄するのも勿体ないから、安価で下げ渡され市場で一般庶民の蛋白源として売られている。これが狭義のゲルタであり、普通話題に上げる時はこれを焼いた料理の事を言う。出しガラを焼いているわけだから美味い道理がない。故に、「ゲルタのおいしいいただき方はありません」。

 出しガラのゲルタは焼いた”ゲルタパス”くらいしか調理法は無いが、塩ゲルタは色々と使い途がある。大鍋に水と塩ゲルタを放り込み炊くと、案外と良い出汁が取れる。塩気もあるからこれに穀物や野菜、その他の具を入れるとお粥やスープが出来上がる。冷水に一昼夜漬けておくと塩水が取れるからこれで漬け物を作る。また調味料として砕いた塩ゲルタを料理に入れても良い。ゲルタをぐつぐつと煮潰してペースト状にしたものを主食である焼き餅に塗って食べてもいる。(餅といってもとうもろこしで作るトルティーヤに似て粘りは無い)

 ともかく料理の大多数はゲルタになんらかの依存をしていて、十二神方台系に住む人は生まれてから死ぬまでゲルタを食べ続けるわけだ。これにはいいかげん人々もうんざりしていて、家人が不慮の死を遂げ嘆く人に対して「ゲルタからは解放されたのだから」と慰める言葉まであったりする。

 近年、ゲルタの製法の改良も試みられ、ゲルタを徹底的に発酵熟成させて味わい深いものにした商品が幾つか発売された。中でもゲルタの近縁種である大ゲルタ(親ゲルタともいうが別の魚)を使って熟成後燻製にしたものは特に良い出汁が取れると好評を博している。

(蒲生弥生)

【髪の毛のはなし】

 私(蒲生弥生)が十二神方台系に来た当初、「随分と髪の色がカラフルだなあ」と思った。
 黒、黒茶、栗、茶、赤茶、赤、桜色、亜麻色、黄土色、乳白色、白。だが騙されてはいけない。こいつらは食物で髪の色が変わるのだ。

 基本的に、生まれたばかりの子供は髪の色が漆黒だ。13歳くらいまでは皆そうで、思春期に入ると少しずつ色が薄くなる。無論個人差があり、また大病を患うと一気に髪の色が薄くなるので、若くして髪に色がある人は過去に健康を害したという目安になる。
 20歳頃には大体髪の色が完成するらしい。経済状態で決まる食生活によって大概の人は自らの出自を示すわけだ。肉を良く食べる者は赤っぽく、ゲルタばっかり食べていれば黄土色に、神職にあり菜食だけだと早くから髪が白っぽくなる。急激に環境が変わった者は妙な縞模様であったりもする。

 ただ元の黒髪に戻るという事は無いらしい。私(蒲生弥生)は普通に日本人で、自慢じゃないが青味を感じさせるつややか真っ黒なトカゲの尻尾ヘアだから、実年齢よりも遥かに若い12歳程度と誤解した人も多いだろう。

 青や紫、緑などの怪しげな色の人は無い。また毛染め剤も無い。一本ずつまばらに色が変わる現象は無く全ての髪が一斉に変わるから、白髪染めの必要は無い。金髪の人が居ないのは、髪が黄色くなる食べ物がまだ見つかっていないからだ。カレーでも持って来たらあっという間に皆黄色くなるのではないかな。

【闘猫】

 弥生ちゃんは或る日、世にも珍しい「闘猫」を見た。つまり、無尾猫同士の喧嘩だ。
 無尾猫は元来臆病でものぐさな生き物だから、同族同士で喧嘩するなどは普通無い。繁殖期で発情していても、これは弥生ちゃんも何度か見たが、凄まじく情けない獲得競争をする。雌に選択権があるのだが、雄同士が闘うのではなく、雌に泣きつき土下座して選んでもらう。どちらがプライドを捨てられるかという競争をしているようで、見ているこちらがいたたまれなくなる、それはぐだぐだなものだ。

 それでも闘猫はある。無尾猫は知的生命体であるから、闘争の目的も知的なものだ。
 ネコはネコ同士超音波で会話して、大量の噂話を獲得する。その通信プロトコルは非常に高度なもので、五感すべての体験を非常にリアルに交換して、あたかも自分が現場に居る臨場感を脳内に再現する。
 それほど高度な通信手段であっても、やはりエラーは発生する。事実誤認はどうしても起こるし欠落した情報を想像で補完する事は普通にやっているのだが、ここにネコの個性が入り込むのが喧嘩の原因だ。交換した体験に妥当性を欠くと思われる補完が入っていると、ネコはその体験を拒絶する。伝えたネコは自分の体験を否定されるのだから、それは怒る。温和なネコをして物理的衝突を決意させる程の大きな怒りだ。が、

 喧嘩の前哨戦では当然のように声による威嚇が行われる。しかし言葉を操る無尾猫のうなり声には意味があり、超音波で相当大量の情報伝達が行われる。罵詈雑言もそれほどバリエーションがあるわけでもなし、威嚇はついには口喧嘩へとエスカレートする。解説のネコによると、どちらがより大量のどうでもいい情報を事細かく知っているかを競っており、何故そんな事を知っているかにネコとしての姿勢の深さと哲学があるらしい。つまりは想像による補完の正当性を相手に認めさせようとするわけだ。
 無論普通のネコは平均的な能力しか持たず、それほど差がつくはずも無い。だからこそ泥沼の口喧嘩となり半日も続けるとさすがにネコもダウンする。しかし疲れて倒れるのは勝敗に関係無く、相手を引きずり起して水場に連れていき、回復した所からまた続行する。

 武力衝突はこのサイクルが破綻した時、つまりどちらかがうんざりして逃げようと思った時に発生する。相手が負けたと認めない内はネコは口喧嘩を止めようとしない。逃げる相手を連れ戻し叩いてでも討論を続行させ、それを振り払う為に戦闘する。終いには何が原因だったかも忘れて双方叩き合い、そこでようやく他のネコからの仲裁が入る。この段階になるともう勝敗は意味を持たず互いの闘争本能が暴走しているだけだから、水でもぶっかければちゃんと分かれる。
 その後三日ほどくたびれ果てて寝て過ごすが、起き上がるようになると喧嘩なんかきれいさっぱり水に流して互いに仲良くするものだ。

 弥生ちゃんはその過程の一部始終を観察した。・・・・・・すごく疲れた。

「ヒィキタイタン事件とはなにか?」八段まゆ子

「ヒィキタイタン事件は4年、いやもうすぐ5年前になります。つまり、ヒィキタイタンが身代わりのカタツムリ巫女ファンファネラを殺させてしまい、永久追放になった時点を以って「ヒィキタイタン事件」が確定したのです。つまり、そこに到る一連の政治的運動が全体像になります。

 さて、要するに東金雷蜒王国攻略作戦がそもそもの発端であるわけだ。ヒィキタイタンは21歳の時にソグヴィタル王位を継承しましたが、それまで近衛兵団とか赤甲梢とかに赴いて軍事について勉強していた先戦主義の若きリーダーなのです。ですから、王位を継ぐとたちまち独自の論陣を張ります。というか、それに到る前にすでに論はおおっぴらにしていたのですね。で、これが15年前。
 15年前といえば、赤甲梢総裁焔アウンサが世間の注目を浴びるようになった頃です。この人が兎竜部隊の運用に口を出して、兎竜による寇掠軍の直接攻撃という手法を考え出します。これによって行軍中のゲイル騎兵を直接撃破する目算が付きまして、にわかに反攻の気運が高まって来ました。というか、その時点において褐甲角軍は武徳王の先代時代の侵攻作戦の失敗に懲りて、大幅に侵攻作戦の計画が縮小されていたのです。つまり、黒甲枝達も手柄を立てる機会が無い、しかも寇掠軍にいいように振り回されて防備を固めて長い無駄な時間を過ごし、それでいて防衛費が拡大するといういいとこ無し時代だったのです。で、武徳王が代替わりして先王の時代の軍政局を刷新して先政主義派にとってはいいような感じの時代になりますが、黒甲枝の反感は強まっていたのですね。で、そこにさっそうと現われたのが先戦主義派の若きヒーローヒィキタイタンだったわけです。

 てなわけで、彼の下には若手黒甲枝の改革派がどっと詰め掛けました。彼らは侵攻作戦の立案と共に軍組織の改革も旗印としていました。現在の体制を変革しようというのですが、そこには青晶蜥神救世主の降臨が間近であるという焦りもありました。救世主が現われた時は、それまでの王国の達成した業績が審判を受け、善悪いずれかに裁きが下されると信じていたのですね、というか弥生ちゃんはそうしちゃいますが。で、褐甲角王国最大の悲願である、金雷蜒王国の打倒はまるっきり目処がついていない。これでは救世主さまに申し開きも出来はしないと、彼らは焦り侵攻作戦の立案に走ったのです。
 で、彼らの努力は、妙な方向で報われました。
 先政主義派が彼らの侵攻作戦を認める方向に動き出したのです。これには訳がありまして、先政主義派が政治の実権を握っているとはいえ、まるで防衛費の削減が進まない。旧態依然とした軍政局は確かに改革の必要があり、それもコスト削減が焦眉の急だったわけです。そこで、先政主義派は、侵攻作戦を認める代りに軍政局と軍全体の改革を黒甲枝に呑まそうと道具に使ったのですね。ここで、黒甲枝の旧勢力と若手改革派との抗争が起きて、なかなかに緊迫したものがありました。ま、旧勢力というのは先王時代に失敗した教訓を引きずっている人たちで、若手はそれを知らない世代なんですが、ともかくそういう事で抗争の場所が軍だけに反抗も出来ずに不満が鬱屈していくという最悪の状態になります。

 この状況を打破する為にハジパイ王は、赤甲梢に侵攻作戦の予備的研究を命じます。若手の目を侵攻作戦に振り向けて、黒甲枝旧勢力は政治的に懐柔しようとするわけです。そこで、兎竜部隊の増強と装甲神兵団の正式な運用研究、翼甲冑の採用、紋章旗団の赤甲梢編入と立て続けに若手懐柔策が繰り出されます。
 その間、ハジパイ王は黒甲枝旧体制派に、彼ら独自の改革案の提出を促します。期限付きで、それも何度もやり直しさせました。自殺者が出ようかという程に苛烈な圧力を掛け、それも元老院が直接改革に乗り出す事をちらつかせながらですから、凄いデスマーチになります、で出来たのが現在改変中の軍改革案です。これにより若手改革派の鬱憤は一応は鎮まりましたが、いまだコスト削減案に決定的な手段がありません。
 ハジパイ王らの先政主義派は、本来金雷蜒王国との外交的手段を通じて武力衝突を回避し、寇掠軍の侵攻を減少させて、その隙に国力を増強して敵を打倒する力を貯えよう、という考え方です。しかし、彼らの思惑とは逆に、国内経済を立て直し国民の生活を維持するのに精一杯になってしまっています。そこで、東金雷蜒王国との和平を推進して寇掠軍の到来を減少させる圧力として、ヒィキタイタンらの侵攻作戦がそのネタとして用いられました。と同時に、この侵攻作戦の存在により互いの王国で軍備拡張が起こり経済規模の拡大が起こるのですね。褐甲角王国から金雷蜒王国へ輸出する木材やら砂鉄やらの量が倍増し、逆に金雷蜒王国から兵器が到来して旧世代の兵器を更新して戦力は変わらないままで合理化を行い、結局褐甲角王国は兵数の減員に成功するのです。

 これは一種の詐術ですから、当然デメリットもあります。東金雷蜒王国でインフレが起きて神聖王宮の財政がピンチになります。そこで神聖王宮財務大臣ジッジルビト請ヴィドドによる人頭率の適用です。金雷蜒王国では王宮が神族に金属材料を貸出して、財物で返還させるという経済体制をとっていますが、その返還率を奴隷の所有する数で決定するという悪魔的制度です。基本的に古代的な産業制度では人間の数が生産力です。産業や環境によって生産額は違いますが、必要とする金属材料は生産額に比例するというわけで、たくさん借りた者も少なく借りた者もひとしく人頭率を適用すれば正当な変換率が決定される、というわけです。元々増税を目的とした策ですから、過酷なのは当たり前。で、当然のようにこれは奴隷のリストラを招きます。基本的にギィール神族というのは慈悲に篤く、奴隷の中に身障者や老人が居た場合でも、彼らに可能な労働を割り当てて平穏に暮らして行けるようにしています。が、人頭率の適用はこのシステムを破壊しました。老人や身障者は神族から追い出され路頭に迷い、それをしなかった有徳の神族は破産するという羽目に陥り、70万人強と言われる東金雷蜒王国の10万人がなんらかの影響を受けたといいます。褐甲角王国への難民がこの時一気に増えました。
 最終的に金雷蜒神聖王はジッジルビト請ヴィドドを更迭し人頭率の適用を解除しましたが、民衆の恨みは彼に集中し、エリクソーの無断服用という罪で彼は王国を脱出します。その後タコリティ方面を経て褐甲角王国に亡命します。

 さて、先政主義派の思惑は、思いがけない難民の増大という結果を招いて、国内政治を不穏な方向に向かわせました。王国に対する信頼が低下してなんとかして威信を取り戻さねばならない。そこで改めてヒィキタイタンは武徳王に「ギジェカプタギ点・ガムリ点同時攻略計画」を上奏します。この計画は極めて野心的かつここ100年においても最大規模の動員計画でありました。しかし先政主義派はこの計画を実行に移せば、必ず金雷蜒王国側からのリアクションがある。ヒィキタイタンの計画では留まらずに何年も戦争が続くと見込んで、計画発効の阻止に踏み切ります。
 最初は良いように持ち上げて居て、都合が悪くなると掌を反したように反対する、という事で元老院でも意見が真っ二つに割れて対立します。この対立は武徳王の仲裁で一応の沈静化を見ますが、再度火に油を注いだのがジッジルビト請ヴィドドの亡命騒ぎです。王国内に居る難民達は、彼が褐甲角王国に迎え入れられたと知ると大激怒、全土で大騒乱を引き起こします。これによって、王国は難民問題というものに真剣に取り組まねばならないとようやく理解すると同時に、一般社会と難民との間に有る格差問題にも気付かされました。
 先政主義派は難民問題を治安能力の拡充によって抑え込もうとするが、先戦主義派は金雷蜒王国へ侵攻して抜本的改善を主張する。しかしヒィキタイタンは侵攻計画の実現の為に敢えて膝を屈して、国内治安能力の拡充の議論に乗り出します。というのも、この時期は世情の混乱に乗じて督促派行徒の乱行が目に余るようになってきたからです。で、彼は新たに民生局の創設を唱え、黒甲枝を軍部と民生部門とに最初からすっぱり分けて、侵攻軍の捻出にも手続き上楽になるというシステムを考案します。
 先政主義派の賛同が得られるはず、いや元老院の事前の予想ではそうだったこの計画が、なぜか元老院で否決されるという事件が起きます。
        ヒィキタイタン事件はここから始まります。

 元老院の裏切りにあったヒィキタイタンはその訳を知ろうとしますが、誰も容易に口を割りません。それもそのはず、実は官僚システムの改変に繋がるヒィキタイタンの案は既得権益者特に官僚達の強い抵抗があって、元老員達に大いに働き掛けていたのです。ハジパイ王はこの改革案の実現にはかなり時間が掛かると見て、長期的視点からの議会工作と官僚集団の切り崩しを掛ける為に、今回は元老院達に退かせたのです。ヒィキタイタンが蚊帳の外に置かれたのは、これが侵攻作戦とのバーターの取り引きになっているからで、要するに改革案が潰れると自動的に侵攻作戦も否決される構図になっていたのです。
 それは納得がいかないから、元老院で大演説をぶちますが、大勢は動かずにヒィキタイタンは一時撤退を余儀なくされます。そして官僚システム自体が改革案を葬った事を知り大いに憤慨して、武徳王に官僚達の処罰と罷免を直訴します。元老院の秩序から言えば、法案成立に官僚の意志が交ざる事は許されないのだから当たり前ですが、さりとて官僚はひとかたまりで力を持っているので、武徳王といえどもいかんともし難く、またハジパイ王から長期的視野に基づく官僚制度の改革を示唆されていたからヒィキタイタンをなだめるしか無かったのです。

 が、ヒィキタイタンはもはや敵は獅子身中の虫という事で、官僚に狙いを絞った電撃的な改革を企図します。黒甲枝若手改革派と呼ばれる者達も、日頃より官僚組織の腐敗やら怠惰やらは目に余ると思っていたのでこれに同調しますが、元老院の支持が無い事には官僚の一掃もできませんし、官僚を排除した後どうするかについて有効な対策をヒィキタイタンは持っていなかったので時期尚早という事でひそかに会議を持つものの、実行に移る事は当分無いと思われていました。
 ただ、その動きはハジパイ王により察知されていて、これ以上若手改革派とヒィキタイタンの接触が続くのは動乱の元だと、軍改革のスケジュールを前倒しして人事により彼らの分散を図ります。この措置で若手改革派はイローエントやらカプタンギジェ関やらに左遷される事になります。孤立無援となったヒィキタイタンに対しては彼の動きを抑える為に、ちょうど1000年期にあたる年を記念して聖山神聖神殿都市に褐甲角神の神像を寄進するという大事な役を武徳王に働き掛けて、一時カプタニアから追放に近い形を取りました。

 しかしヒィキタイタンは動きを止めず、遂には左遷された若手改革派を集めての失地回復作戦を話し合う事になりました。つまり、こちらから攻められないのだから、金雷蜒王国側に攻めさせて侵攻作戦を復活させようという、極めて危ない方法です。これにウラタンギジェの神族が絡んでいる、という根も葉も無い噂が命取りとなります。
 ヒィキタイタンらは未だどのようにして東金雷蜒王国を大規模な出征促すか具体的な方法を持っていませんでしたが、かなり大規模な侵攻がその年に起きたのです。これは彼らの思惑とはまったく関係無く、先年来の人頭率による困窮から奴隷達を救う為にこの時期ギィール神族の寇掠軍出征がブームと言えるほどに大きく盛り上がったのです。彼らが思って居た通りの事が、まさに実現したのをヒィキタイタンは大いに喜び、元老院にとって返して再度侵攻作戦の必要性を訴えたのです。

 ハジパイ王はこれを面白くなく聞き、なんとかしてその気運を潰そうと画策します。が、侵攻軍の度重なる襲来に王国内部の難民も呼応するとかの民衆の不安が広がり、なんとか手を打たねばならなくなりました。そこで、ハジパイ王はこれまで無制限に受入れて来た東金雷蜒王国からの難民の受入れ拒否・送還という王国の国是をも否定するような思い切った策を提唱します。元老院と黒甲枝ははなはだ驚きますが、民衆はこの策に対して極めて好意的です。別に民主主義でも無いのですが、褐甲角王国は常に民衆の側に立つべき存在として、民衆の意見には常から耳を傾けていますから、この動きの食い違いに当惑します。ハジパイ王は更に、軍事力を使っての強制的な難民排除までも提唱します。これはヒィキタイタンに対して、この状況下での侵攻作戦の発動は難民への対策を伴わねばならないものだ、というアピールですが、ヒィキタイタンの受け止め方は違いました。

 原理主義的に初代救世主武徳王の誓約を守らんとする一般黒甲枝の声に動かされて、ヒィキタイタンはハジパイ王の難民対策を激しく批難、官僚に対しても先年潰された改革案があれば難民対策にここまで苦しめられなかったと逆襲に出ます。それに対しての官僚の抵抗は元老院の予想をはるかに越えたもので、ハジパイ王の制御すら効かないほどでした。ハジパイ王も、まずは官僚を切り崩す為にと、一芝居を打つ事を決意、彼らが王国の為にならない存在である事を天下国民武徳王に示す為に、ヒィキタイタンを生贄とする方法を考えます。
 つまりは、ヒィキタイタンには政治的に一度失脚してもらい、その代償として官僚側にヒィキタイタンを陥れたという罪を背負わせ、官僚制度に巣食う既得権益にばっさりと斬り込む事を王国全体に納得させる。ついで、軍制度を改革して民生局を新設して軍部と行政とを隔絶するヒィキタイタンの提唱した制度へと作り替える。その間10年ほど、まだ若いヒィキタイタンはその後復権が叶うだろうし、ハジパイ王自身歳だから、自分に出来る内に官僚制度の腐敗はなんとかケリを付けておこうと急いでいた。

 というわけで、先年の寇掠軍の大量襲来がヒィキタイタンによる外患誘致ではないか、という噂が元老院を飛び交い、その噂の出所が各部局の官僚であると王宮内外で口の端に上るようになったのです。官僚が聖蟲を持つ王族や黒甲枝に対抗して独自の力を持つ権益集団である、という認識が急速に民衆の間に広まる中で、ヒィキタイタンは元老院での弁明を余儀なくされる。しかし、この弁明はあらかじめ筋書きが決まっているわけで、どうあってもヒィキタイタンは勝てる道理が無い。さらには神聖王宮で武徳王の前での喚問も受け、ついには謹慎処分が下される。だが、官僚達に決定的なダメージを与えるにはこれでは弱い、という事で、再度の元老院への召喚が行われる。
 この一連の喚問によって民衆のヒィキタイタンへの同情は高まるばかりだが、黒甲枝達もハジパイ王の思惑を知らされているわけではないので、ハジパイ王への反感がこちらも高まり、半ばクーデターのような形でヒィキタイタンの形勢を逆転させる方法を密かに討議するようになる。これには二通りの方法が考えられ、元老院に対する強力なアピールか、官僚自体への直接攻撃か、に分けられるが後者はハジパイ王の思惑から外れる為に王の息の掛かった黒甲枝が元老院へのアピールの側に持って行った。

 一方ハジパイ王は、官僚の二分化を密かに進めており、既得権益に首まで浸かっている者と、改革に賛同する者との選別をほぼ整えて、官僚側からのヒィキタイタン擁護発言やら運動やらを引き起こし、既得権益側の者に彼らを処分させるという方法で敵の的を絞らせる事に成功する。しかしながら、ここで最後の一抉としてのヒィキタイタン追放が必要であり、彼には必ず落ちてもらわねばならない。ということで、黒甲枝有志の元老院殴り込みアピールという強烈な手段をそそのかして実行に移させると共に、それを神聖王宮に通報、未然に防がせる事でヒィキタイタンを決定的な敗北に追い込んだ。ハジパイ王はここで武徳王に進言して聖山へヒィキタイタンを一時左遷しておく、という方法で穏便に済ませる策を献じて彼の身柄を確保するつもりだった。
 だがハジパイ王にも誤算はあり、元老院が自らに対する黒甲枝の反抗という一大スキャンダルに対して徹底的な調査を要求、ヒィキタイタンの再度の喚問と処分を要求する。主に先政主義派の運動であるからにはハジパイ王も止めようが無く、やむなく身代わりの人質として頭侍女カタツムリ巫女ファンファネラを置いて、あっという間にヒィキタイタンを聖山に追いやった。
 その後情報操作により、市中には「黒甲枝の有志が悪い官僚をやっつける為に決起しようとしたのがヒィキタイタンにより未然に防がれたが彼はその責めを負って追放された」という事になり、ヒィキタイタンの喚問は手続き上のトリックで絶対間に合わないタイミングで召喚状が送られて、期限切れでファンファネラが刑死する事になる。

 その後ハジパイ王はこの事件を道具として官僚制度と軍組織の改革に次々と成功、しかしヒィキタイタンを悪者にするという作戦はそのまま継続して王国に第二極がある事を常に演出し続けてきた。不在の先戦主義派の頭目は、実際に居る者よりも扱いやすい、という事だ。ハジパイ王の次のターゲットは青晶蜥神救世主となり、先戦主義派を対ガモウヤヨイチャンに振り向けるつもりだったが、先手を打たれて大審判戦争に突入して、もはやハジパイ王のコントロールから王国は外れて漂流し出している。
 最終的なつじつま合せは、高齢のハジパイ王の死によって清算されヒィキタイタンの復権が叶うはずだったが、ヒィキタイタンはタコ王国を復活させてしまい、なにがなんだか分からなくなっている。」

【十二神とぴるまるれれこの関係】

弥生「というか、十二神てなに?」

まゆ子「基本的には、昔この星にやってきた超知的生命体。情報生命体ではなくて、ちゃんと身体がある。アメーバみたいなもの、と考えるといいかな。複数の惑星上に身体が分裂していても、精神というか情報統合体は一つに機能して、一部が破壊されても復元されてしまう。無論形状は自由自在で複数でも単数でも存在出来る。素材も自在。ようするにどんな条件下でも棲息出来る超生命体なんだ。そして、他の生命体の内部に浸透してその形状をコピーしてしまい、永遠に記憶する。知識と形状の区別が無く、或る形状が実現する機能もまた形状の一部と考える生物だよ。」
弥生「対立、という概念はあるわけ?」
まゆ子「勿論有る。そしてそれもトレース出来る。崩壊や死、異常も再現出来る。しかし、彼らにも寿命があり、つまり情報のエントロピーの限界に達して、自らの形状を維持する意義を失ってしまったんだよ。たとえて言うならば、情報というものに対する重要性を認識せず、消失にも価値を認めるようになった。」

じゅえる「そりゃ迷惑だよ。」

まゆ子「というわけで、この生物は自己崩壊の過程にあるのだが、それも1億年は掛かる過程であって、その間にこれまで取り込んだ異種の生命体の情報を、また元の形で再現というか出力しようという事になる。この生命体の宇宙史的意義とは、異種の生命体を異なる惑星、異なる恒星系に伝搬する機能を持つ、ということだね。それも現地惑星の環境に適合した新生命体として。だから、これは神ではないがそれに近いものではある。」
弥生「要するに、喰っちゃあ吐きしてる生命体か。ではこの十二神方台系のある惑星は、元の世界とは違う惑星なんだ。で、・・・元の惑星の生命体をそっくり移植するわけにはいかないの?」
まゆ子「それをして失敗したんだ。つまり、この生命体が崩壊する過程において、再現される生命体世界における統合原理、神の意志というものに近い、をまでも再現するんだ。この再現世界の神とは、十二神のようなものであるから十二神をやっている。そのー、なんだ。このアメーバ状生命体は一種類ではなく、何種類もが存在してそれぞれの型に応じた吸収と再現を行っていると考えて下さい。当然、或るアメーバ状生命体に吸収再現された生命系を他のアメーバ状生命体が呑み込み再再現する事もある。その時に、神の意志に近いものが発生するのね。それをも再現する能力を持つのが今回弥生ちゃんが出くわした奴。つまりは再現の痕跡までもを復元する機能をもったアメーバ生命体なんだ。」

じゅえる「ところがそれがうまく機能しない、ってことね。」
まゆ子「彼らは別に、超光速通信機能を持っていないからね。光速通信機能ONLYだよ。とある惑星上において、一時極端な収縮が起ってしまうと、本体に通信して機能復元するのに支障を来すことがある。彼らの言葉ではそれは「遊ぶ」になるんだが、要するに崩壊過程は楽しいんだよ、で遊び過ぎて、うまくいかなかったからやり直しをしている。彼らが吸収した時点での文明レベルまでも再現しようとして、でうまくいかないので段階的再現をしている。そこにカベチョロンという外挿された概念が影響を与えて、弥生ちゃんというモノの存在を発見したんだ。」

じゅえる「そこんとこ飛躍があるな。超高速通信機能をいつのまにか獲得してる。というか、時間移動までもしてるだろ。」

まゆ子「えへえへ。彼らに言わせるとそれは「穴に落っこちる」という感覚だ。彼らのスペックでは運用出来ない技術情報があって、再現された生命体のみそれを実現できたりする。彼らはたまに自分よりも優位な存在を呑み込む事もあり、それが先に再現されてしまうと彼ら自身が操作されてしまう時もある。超光速移動技術を持つ生命体を文明度最高潮レベルで再現してしまい、大失敗生命系崩壊という現象も少なくない。だからこその再再現機能だ。超科学技術を運用するに必要なメンタリティを持った限定的存在に自らを落とし込んで、慎重に再再現を行う。これが十二神の正体だ。その時、モデルとして同じ発達段階にある地球を観測して弥生ちゃんを発見したのだね。そして弥生ちゃんを吸収して再現する。元の弥生ちゃんはそんなこととは露知らずに地球でちゃんと暮らして居ます。」

じゅえる「じゃあ、地球は彼らに吸収されてしまったの?」
まゆ子「崩壊過程にある彼らは、一時的暫定的にのみ吸収してすぐ吐き出してしまいました。その痕跡が「ぴるまるれれこ」です。本来地球には無かったぴるまるれれこの概念が、吸収から解放された地球には残されています。過去何度もそういう痕跡が地球にはあります。それが地球の神です奇跡です。つまり、地球における神とは、彼らアメーバ生命体が他の惑星上の生命系を再現するためにちょくちょく覗き見した姿を、地球人が観測して理解したもの、という事になります。ですから地球には神は無い!」
弥生「なるほど。合理的だ。」

じゅえる「カベチョロン、とは何?」
まゆ子「彼らが未来の世界において発見した地球の遺物です。現在から1億年くらい未来に、宇宙空間に漂って居たカベチョロンの漂流船を発見、そこから遡って地球に行ってみると、既に何も無い。だから時間をも遡ってみました。ちなみにこの時の姿がぴるまるれれこの宇宙人です。つまりこうだ。彼らは分割してもひとつの存在である。限定的な存在に身を落したものもまた同じ自分だ。彼らは異なるレベルの自分を自在に操って、宇宙におけるありとあらゆるモノを探索し、吸収し、再現する。ぴるまるれれこ形態の彼らが発見したカベチョロンを、時間移動可能な十二神形態の彼らが情報を共有して、似た生命体だなあこれをモデルに再現してみるか、と時間を遡って覗き見したんだ。またぴるまるれれこ形態の彼らはそれを必要とすると知って居たからこそ、十二神形態の彼らの所にカベチョロンを持って来た。」

じゅえる「なにか、アメーバというよりも、宇宙連邦みたいなものだな。」
弥生「うん。なんか、異なる種族が共同して働いているみたい。」
まゆ子「考え方としてはそれもまた正しいが、宇宙連邦といえばなんやら高度なレベルの精神機能による価値観の共有で共同体を作るのに対して、これは原初の欲求に従って共棲している、てところだ。彼らは自らを元のアメーバ状形態に戻す為に、一度自らを滅ぼしてしまう。それを惜しいとは思わないんだな。そして、吸収したものを再現して、「他者」にしたところで再現は終了して、「存在の価値」が再生される。」

弥生「ちなみに「ぴるまるれれこ形態」とはどんなものなの。」
まゆ子「対消滅反応を生体レベルで行う、高エネルギー利用生命体だ。しりこにい、珪素系コンピュータ生命体で地球よりもよほど熱くてエネルギーのレベルの高い環境で進化した生命体。自らが出力するエネルギーを利用して、亜光速で宇宙を旅するのだが、呑気な連中だよ。めちゃくちゃ強力な演算機能をもっており多種生命体の演算機能をハッキングして自らと同じフォーマットの演算器を他者に外挿する事で増殖する。ま、地球のカーボナイトには縁の無い存在だけどね。彼らの「目」から見ると、地球人はものすごくエネルギーレベルの低い、触ると燃えちゃう陽炎のようなものだ。一万年の寿命を持ち亜光速でも苦にならない時間概念を持ってるのだよ。人間なんか目の前でぽっと開いては消えて行く朝顔みたいなもんだ。」

じゅえる「アメーバ生命体は、そんなものまで呑み込んだんだ。」
まゆ子「まあ、共棲しているというのが正しいのかな。アメーバ生命体は恒星間を移動する時はこの形態をよく用いる。強力だから。個体としての頑強さは宇宙でも有数なんだね。さらに言うと、しりこにいにとってアメーバ生命体は単なる巨大な記憶装置にしか見えない。処理される事のないデータがごろんと転がっているようにしか見えないから普通にハッキングして乗っ取ってしまうと、というかこれが彼らのお食事だが、いつのまにか取り込まれているのだ。演算器とデータベースは相性がいいからね。一度自らの身体を解体しても再現できる機能はしりこにいにとっても有益なものだ。だから吸収されてもどっちがどっちを吸収したのか分からない。」

 

【赤甲梢の説明】

まゆ子「(赤甲梢の説明はこれまで)無いのです。ホントに。てなわけで今からやります。

 えー、赤甲梢は結構歴史のある部隊でして設立されてから200年弱になります。設立のきっかけは赤い羽を持ったカブトムシの聖蟲の出現です。従来のものよりも飛翔能力が強いと見込まれた聖蟲が品種として確立して、それを使って飛翔実験をする隊が出来たのです。これが最初の赤甲梢。無論失敗しますが、この時に作られたタコ樹脂で作られた背中の4枚の翅を持った飛行甲冑というアイデアは、その後進化して今の翼甲冑になります。
 で、最初にこのカブトムシの聖蟲を聖戴したのは、黒甲枝の次男三男で家督相続が出来ない者、というのは同じなんだけど、武勇に優れたというのは少し違う。最初は武徳王の側にあって飛行能力の復元を目的とした宗教的な意味合いの強い実験隊だったのです。しかしそれが無理だと判明すると、折角出来たこの部隊をどうにかして活躍させようとして、今度は甲冑改善の実験部隊になりました。つまり、タコ樹脂の翅という新アイテムを甲冑に装備しての運用実験、それも激烈な格闘戦時においての実用性の検証という、極めて実用的で激しい性格になるのですね。現在の重甲冑や翼甲冑、丸甲冑に装備されている翅はここから生まれました。

 で、新装備の実験隊という性格はそのままに、兎竜部隊の実用実験が開始されたのが50年前。そして、本格的に兎竜隊の構想がなったのが20年くらい前です。兎竜の前は牙獣の使役実験をしていて、これは一応の成果を上げて現在は牙獣運用隊というのができていますが、数は少なくて10頭程度しか飼っていない。兎竜は背中に乗るのに必要な装備の開発に10年以上掛かり、やっと飼い方が確立して隊列を組んで乗る事が出来るようになって、最初の兎竜部隊が出来たのが焔アウンサが総裁に就任する10年くらい前。しかしその時はただ単に高速で移動して背中の神兵が飛び降りて戦場に展開する、という方法のみが考えられていました。この戦法は今も踏襲されてはいます。

 が、焔アウンサは総裁になると同時に嘘みたいな指導力を発揮して、兎竜運用研究を乗っ取ってしまいます。というか、早くてかっこいいから自分でも乗ってみたくなったんですね。そして総裁自らが兎竜に乗る事で部隊の自由度が大きく高まり、寇掠軍に対して直接攻撃をする戦術研究が始まったのです。

 一方装甲神兵隊の結成は後年でかなり新しい。翼甲冑が採用されてからです。
 ソグヴィタル王 範ヒィキタイタンが黒甲枝の若手改革派からの意見をまとめて、これから青晶蜥神救世主を迎えるにあたって、褐甲角王国も存在意義を示さねば存続が危ういということで、東金雷蜒王国への直接侵略計画が発動したのです。これにはもう一つ、長大な国境線の警備に軍事費が掛かり過ぎてなんとかして合理化をしなければならない、という切実な動機もありました。要するに、守ってばかりでは敵にいいように動き回られて守るべき箇所がうなぎ登りになって費用が嵩むのに対して、こちらからも攻めれば相手にも防衛費増額という負担を押し付けられて、攻撃側への資金投入が少なくなり、こちらの防衛費を削減出来る、という見込みがあったのです。というわけで、新規に投入が可能になった兎竜部隊で長大な国境線を広域にカバーして省力化を図るのと同時に、それで浮いた黒甲枝を東金雷蜒領への侵攻部隊に用いる、という案が出来上がったのですね。
 そこで、赤甲梢の場を借りて、拠点攻略特殊攻撃隊、なぐり込み部隊として、装甲神兵隊が出来たのです。

 さらにもう一つ。装甲神兵隊には別の組織がありまして、紋章旗団という神兵隊がありました。これは、黒甲枝の正規の継承者のみで構成される部隊です。黒甲枝の家は代々聖蟲を受継ぎ軍務に励みますが、その当主がなんらかの事情で軍務を続けられずしかもその子が幼い場合に、親類やら兄弟やらが代わって聖蟲を受継ぐ事になり、その者が引退しない限りは正規の継承者である子供がいつまでも聖戴を受けられないという事態に陥ります。家の都合だけで聖蟲の継承をやっていいものではなく、軍から必要とされる人材はみだりに聖蟲を手放していいものではありませんから、あぶれた子供たちをなんとして救済する必要があります。それが紋章旗団で、一時的に仮の聖蟲を与えて軍務に就かせ、正当な継承が行われるまでの期間を無駄に過ごさせない、というのですね。彼らは要するに筋目のいい赤甲梢でありまして、故に近衛兵団へも多数輩出しているわけですが、黒甲枝の秩序上この部隊はひとかたまりでなければならなかったのです。そして、或る程度は軍務の、それも最前線で手柄を上げさせなければならない。
 そんな時に、ヒィキタイタンの侵攻作戦が発案されて、殴り込み部隊の必要性が高まるわけです。紋章旗団はこれ幸いにと赤甲梢に押しかけて、共に訓練を開始する。ついでに兎竜による寇掠軍狩りに随行して、手柄も立てさせてもらう、というわけです。で、結局焔アウンサの気質に当てられて今ではすっかり赤甲梢に馴染んでしまったのですね。」

弥生「でも、ちょっと兵力の集中が多過ぎやしない?」
じゅえる「平時にそんなに兵力を集めて、負担にならなかったの?」

まゆ子「いや、そりゃ当然そうなりますよ。だから兎竜は100頭しか持ってない。これ以上の増強は認められませんでした。また、当面侵攻作戦は延期という事になっちゃいましたから、赤甲梢も分割されて広域防衛隊に改変され、また元のこじんまりとした実験部隊に戻るところでした。カプタニアが劫アランサに求めるのは、それです。ハジパイ王の考えでは、赤甲梢が少し増え過ぎたからリストラしようという話になってまして、代りに黒甲枝への縁戚関係を進めて吸収しよう、という手段に出るつもりでした。要するに、侵攻作戦を潰して、赤甲梢を官僚にしてしまおうというのですね。それはまた、青晶蜥神救世主の出現を待ちわび踊らされている民衆を鎮める為に、治安機能を拡充しようというものです。ヒィキタイタンは逆に、侵攻作戦を始める事で王国の権威を高めて沈静化させようと考えて居たんだけどね。

 しかしながら、まあ。ヒィキタイタンがその案をまとめて発案していた時期、というのは実は軍の遠征が相当縮小されていた時期なんだ。ハジパイ王の力も強かったし、なかなか成果が上がらないので当時の兵師統監が首になるし、で黒甲枝の間でも働き場所が無い不満が燻っていた。だから、でかい戦をおこしてやろうというヒィキタイタンについてくる者も多かった。それに、赤甲梢も出番が無いままに任命され聖戴を受ける者が段々在庫として増えて行っちゃったんだね。だから最初から増やそうと思ってはいたけれど、予想外に増えちゃったてところもある。」

弥生「つまり惰性で増員してしまったわけだ。何年かに一度は消費するはずの人材が、全然用いられなかった。」
じゅえる「というか、小手先のつじつま合せに赤甲梢を使ってみましたてとこでしょう。」
まゆ子「クワアット兵に対する褒美としての赤甲梢、という意味はあります。社会の安定化の為に、上にのし上がれる回路を作っておくのは常道です。しかし、それには適正規模がありました。250、いや紋章旗団を抜いた200の赤甲梢は少し多過ぎましたが、それも侵攻作戦の存在によって許されて来たのです。というか、侵攻作戦が生きている限りは赤甲梢は便利に使えたのです。」

じゅえる「あー、組織図に行きましょう。」
まゆ子「総裁の焔アウンサが兵師監待遇で一軍の将ですが、基本的にはお飾りです。カプタニアではそう理解しています。
 故に赤甲梢を運用するのは、その下の人材で大剣令がそれになりますが、これが結構多い。赤甲梢は大剣令の墓場みたいにもなってます。要するに、大剣令になった後に昇進の位が無いから赤甲梢にする、というような感じね。
 兎竜部隊、装甲神兵団、紋章旗団、クワアット兵団の四つに分かれます。クワアット兵団は補助の為の部隊ですが、装甲神兵団に随伴する事を考えられていますからかなりの精鋭揃いです。というか、クワアット兵が寇掠軍と集団で遭遇する場面というのは、事実上寇掠軍狩りをする赤甲梢しかなかったので、最近は実戦経験のスキルを上げる為に各部隊のエリートをここに何ヶ月か派遣する、という習慣が出来ていました。
 兵数は

兎竜部隊 8旗団12騎ずつで96名+予備の兎竜16頭
装甲神兵団 2幟隊 50名ずつ100名→4幟隊25名ずつ100名
紋章旗団 1隊50名
クワアット兵団 10隊100名ずつ1000名、兎竜部隊・装甲神兵団・紋章旗団に分かれて付属

 役職は

兎竜部隊 頭領1 副頭1 旗団長8(前二人を含む) (旗団長は青旗団と青緑旗団のみ中剣令だが階級よりも兎竜への適正が優先されている。
装甲神兵団 頭領1 紫・赤紫幟隊長2(紫幟隊長が頭領) 副長4ここまで大剣令(兎竜部隊よりも年功序列が優先される
        →現在 頭領1(空席) 紫・赤紫・菫・黒(濃色)幟隊長4 副長4
紋章旗団 団長1 副長2 (現在は赤甲梢から外れて団長の上に司令官がある。
クワアット兵団 団長1(大剣令・凌士大監 副長1(大剣令・凌士監 各隊長10(中剣令 副隊長20(小剣令

ちなみに褐甲角軍では、同じ階級の場合神兵が優先、赤甲梢と黒甲枝は黒甲枝が優先、他は昇進年次によって命令系統が成り立つ。そこで役職によって命令系統を分けるという事になる。」

弥生「めんどくさいね。」
まゆ子「普通の中世の命令系統よりは楽だよ。爵位が関係無いもん。」
じゅえる「爵位は無いの?」
まゆ子「黒甲枝はひとかたまりの爵位だからね。黒甲枝>赤甲梢 という順序はある。しかし黒甲枝内では、主要家系以外は皆同じという事になっている。有力家系は通常元老院入りするから、別なんだ。」
じゅえる「あ、棚上げされちゃうのね。」
まゆ子「うん。軍務に元老院は関れないから、爵位は命令系統に意味を持たない。領地をもらうわけでもないから、分ける道理も無い。

 あ、それから、団と隊の区分ね。
 簡単に言うと、旗団というのは、特別に命令されて独自の行動を許される集団を言う。兎竜部隊は移動距離が長くて直接指揮官の命令が出来ないから、独自の判断で行動するように旗団を名乗っている。つまり、紋章旗団もそうなんだ。近衛兵団の一分隊なんだけど、独自に行動する事が出来る。
 で兎竜部隊は、つまり隊だ。赤甲梢実験団に属するひとつの隊。装甲神兵団は既に独立した兵団なのだが、赤甲梢に管轄される。早い話がXナンバーが取れて、ちゃんとした部所に引き渡される直前の姿なんだ。このまま、『侵攻軍』に所属して装甲神兵団を名乗る。兎竜部隊ももうすぐ兎竜騎兵団となり、『ボウダン/スプリタ街道 広域防衛軍』の所属になる。
 ただし身分としては赤甲梢には違いない。頭に赤いカブトムシが乗ってるからね。」

弥生「なんかくるしいな。」
まゆ子「苦しいです。語呂がいいように名前つけてきたツケが回りました。」

じゅえる「赤甲梢は、普通の部所に配置されないの?」
まゆ子「そいう考え方は取りません。彼らは最前線に居る事を求められ、また求めます。そういう意味合いで聖戴を許されているのです。王国の安定と民の生活の安寧を守る黒甲枝とは全然違います。戦闘屋であることに誇りを持っています。だから引退も早いし、引退すると聖蟲も返上する。聖蟲が無くなってしまえば、黒甲枝も赤甲梢も関係無いただの聖戴経験者で区別はほとんどありません。」
弥生「じゃあ、赤甲梢は前線にあることを義務づけられているから、強い繋がりを持つのだね。」
まゆ子「ま、そうです。聖蟲の色により団結力をもっているのではありません。皆で闘う事が決まっているからです。」

じゅえる「じゃあ、紋章旗団は赤甲梢であるからには、やはり他の赤甲梢と同じ団結力がある?」
まゆ子「あります。ですから、ギジシップ島攻略に参加すると聖蟲継承権を失うかもしれなくても、やはり部隊丸ごと参加してしまいます。焔アウンサも、「司令官ぶった切ってでもついてこい」と言ってくれました。」

弥生「なるほど、そこんとこはドラマがあるね。」

補足:

赤甲梢は「ギジェカプタギ点・ガムリ点同時攻略作戦」の準備研究に入る前までは、こんな具合に分かれていました。

戦術研究隊  武器・装備研究隊  神兵による集団戦闘研究隊

戦術研究隊は主にクワアット兵を用いて新たなる戦術を研究すると同時に、彼らが剣匠としての訓練を行い特殊部隊員としての能力を身につける場所でもあります。
だから戦術研究隊に入って首尾良く訓練が終ると「剣匠令」という位がもらえます。
赤甲梢の総裁がなぜ王族かと言えば、その理由はココにある。つまり、王族から直々に「剣匠令」をもらう事でステータスを上げて誇りとする。だから、剣匠令をもらえるのは赤甲梢と王都の近衛兵団だけです。

武器・装備研究隊はもちろん翼甲冑や兎竜を研究する所で、兎竜部隊は元はここの所属から、実用研究として戦術研究隊に所属を換え、更には独自研究隊へとステータスを上げて来ました。

神兵による集団戦闘研究隊は、聖蟲を持つ神兵を対象にした剣匠としての訓練施設です。黒甲枝は聖蟲が憑いているから戦闘力は抜群なのだけれど、武術の訓練はそれまでの軍務と訓練によって規定される。つまりは、兵士としての訓練だけで武術家としての訓練は受けていない。更には聖蟲によって与えられる怪力を利用し重甲冑を着用しての武術は特別な訓練が必要で、これまでの身体の動きから相当修正される。よって再訓練が必要で、これは通常聖戴式が行われる王都カプタニアの近衛兵団で行われるが、その中でも更に武術を極めようと思う者が志願して、近衛兵団に居残るか、赤甲梢の研究隊に配置替えされて訓練されるわけです。

剣匠令の位の重みはクワアット兵と神兵では少し違い、神兵は神兵を含む剣匠隊(特殊部隊)の指揮が許されるが、クワアット兵は一般人だけで構成される剣匠隊だけに限定される。ま、これは当たり前です。

赤甲梢と紋章旗団の関係は少し複雑で、本来近衛兵団に属する紋章旗団ですが、近衛兵団はその名の通りに武徳王の傍を守るものでおいそれとは出陣しない部隊です。一方赤甲梢は古来より寇掠軍の多いボウダン街道にあり、戦術研究と称して寇掠軍に掛け試しを行って来た武闘派。或る時には部隊単独でギジェカプタギ点に乗り込んで壊滅状態にされた事もあるという、まあ荒っぽい所。だから同じ剣匠令を持っていても、近衛でとったのと赤甲梢でとったのでは、周囲の見る目がちょっと違う。そこで近衛兵団の側の対応策が、筋目のいい赤甲梢である紋章旗団を共にボウダン街道に置いて、やはり同じように寇掠軍と戦って来い、という黒甲枝の名誉を掛けた部隊なのです。ま、同じ赤いカブトムシを載っけている同士だし、二つの部隊は結構仲良しでした。

 

じゅえる「あ、そうだ。赤甲梢装甲神兵隊、ってさあ、神兵って全部甲冑着けてるんじゃないの?」
まゆ子「ああ、あれは本当は神兵装甲歩兵隊なんだ。装甲歩兵という兵種があって、それと同じ運用を神兵がやってる。つまりクワアット兵と同じ運用をしている神兵だって話。」
じゅえる「なんだ、つまんない話だな。」

 

【褐甲角軍の配置と部隊区分】

【褐甲角軍】(戦争前)

王国基幹軍(5000)
 近衛兵団(1500)
 ヌケミンドル特別防衛軍団(2500)
 カプタニア神衛士団(神官戦士含む)
 金翅幹王師団(従僕含む)
 カプタニア内国兵団(1000)
   アユ・サユル湖水警備隊(100)

北方軍(15000)
 カプタンギジェ関特別防衛軍団(10000)
   ボウダン街道防衛兵団(2000)
 デュータム内国兵団(2000)
   神聖街道守護士団
 メグリアル神域防衛軍(2000)
     メグリアル神衛士団
     エイタンカプト防衛隊
   ウラタンギジト結界兵団
     聖山結界防衛士団

 赤甲梢実験戦闘士団(1000)

中央軍(9000)
 スプリタ街道毒地防衛軍団(9000)
  ガンガランガ兵団(2500)
  ミンドレア兵団(2000)
  ヌケミンドル内国兵団(1500軍団本部)
  ベイスラ兵団(2000)
  エイベント兵団(1000)

南方軍(7500)
 イローエント特別区防衛軍団(4800/1800)
    イロ・エイベント兵団(2000)
    グテ広域防衛兵団(1000)
      クワァンタン駐屯隊(300)
 サユール兵団(1500)
    トロシャンテ警備士団(400)

 イローエント南海軍団(1200)
    南海舟戦兵団(500)

西方軍(10000)
 ミアカプティ中央防衛軍団(8000/3200)
  ティカ兵団(2000)
  エイタン・ボオ兵団(1000)
  グルン兵団(800)
  シオ内国兵団(1000)

 百島湾海軍団(2000)
   西海舟戦兵団(1000)

【戦争中にできたもの】

 輸送軍(?邑兵主体)
 毒地侵攻軍(?)
   穿攻隊・兎竜掃討隊、赤甲梢兎竜部隊・神兵装甲歩兵集団
 難民移送団(?)

 

**軍団、兵団、士団、隊の区別について **

軍団は兵師大監が直接に指揮する軍の大きな区分であり、中央軍制局と密接な繋がりを持つ。大体1万人規模の兵員を有する。
   海軍団は特殊技能を必要とし装備の金額が大きいので、兵数は少なくとも兵師大監に率いられ軍団と呼ばれる。
      舟戦兵団は海上の行政権を持つ。
兵団は兵師監が直接に指揮し、同時に軍政によって一般行政についても権限を持つ。大体3000人規模の兵員を有するが、邑兵も入れてとなる事が多い。
   神兵50人以下が通常。ただし、衛視として日常は軍務を行わない神兵も数に入っている。
       内国兵団というのは、商品市場に対しての行政権が特に大きい兵団で、早い話が算盤を使う官僚を多く抱えているという事。兵糧装備輜重の拠点となる。
士団は兵師監によって指揮されるけれど、行政については権限を持たない戦闘を主任務とする集団。クワアット兵1000人を目安として組織される。
   神兵25人以下が標準で、それを超えると行政能力を持たなくとも兵団扱いされる事が多い。
     神兵が異常に多い赤甲梢は特別にこの区分に留まるが、クワアット兵の数で決まっていると考えると良い。下の「戦闘団」が寄り合い所帯になっている。
集団(戦闘団)は、神兵のみ、もしくは剣令や剣匠といった定められた身分の者だけを集めて作った団で、特別な任務を与えられている事が多い。
   ここらへんは成立の経緯から適当に定められているので、あまりあてにはならない。兎竜部隊の旗団は、これに相当する。
   旗団は長期に渡って上層部の指揮を受けられない戦闘団が独自の判断で行動する事を定められ許された印として、四角の旗を持つ。普通は幟幡なので違いが目立つ。
     日本で言うと、母衣衆みたいに目立つ存在。

部隊は大剣令によって指揮されるかなり自由度の高い戦闘集団であり、特命を受けて一定の行政権警察権を持つ。神兵10名程度1000人以下。
   主席となる大剣令の下、部所ごとに大剣令があるというのが普通。合議制で運営され、黒甲枝の序列から指揮官が決まるのが褐甲角王国のやり方。
   ”部隊”という語は便利なので、直接には使わないようにしている。「○×防衛隊」とかになる。
   兎竜部隊は、街道上で自由に臨検できる権限を持っている。というよりも、臨検するという名目で金雷蜒王国の隊列を攻撃する許可を持っている。
戦隊は専ら戦闘にあたる戦闘小隊の集団で中隊規模で独立して行動している。行政権は無い。神兵は10名以下だが大剣令は一人なのが普通。兵数は300人から500人。
支隊はクワアット兵のみで構成される隊で、主に神兵の支援を行う。戦闘団には支隊が付き物であるが、神兵においてけぼりにされる事が多く、独自の指揮官を持っている。
凌士隊はクワアット兵のみで構成され、クワアット兵の剣令によって指揮される戦闘隊。小隊規模でしか組織されないのが普通だが、たまに1000人規模の大兵力の部隊が存在する。

難民移送団は兵師監によって指揮されるが、本来は部隊格。所属は王国基幹軍。
  戦闘目的ではないが、行政権と共に街道沿いの治安維持も命じられた、特殊な士団、という事になっている。
  輸送軍内部にも非戦闘目的士団が幾つもある。地方の区分を横断する役目を負うので、地方の兵団に拘束されないようになった。

この措置に伴い、兵団の指揮権は兵師大監(後列)が務める事に変更になり、士団との区別がはっきりと分けられた。
新しい士団の定義は、
   兵師監によって指揮され、軍団に直接属し地方区分に拘束されない特別な目的を持った集団で、神兵20名程度を標準としクワアット兵1000人を目安として組織される。

金翅幹王師団は臨時に編成される集団で、武徳王の直接指揮を受ける事になっている。金翅幹家元老員が自前の甲冑装備で結成し、神兵100名余にそれぞれの家の従僕がついて来るので、500から800名にもなるはず。理論上の部隊で今だかって実戦に出た例が無い。

 

歴史概要

【天地創造】

『十二神創世の物語

 天の星河の両岸に住む十二の神様は、今度はどこに新しい世界を創ろうかと相談していました。

「今度はあの海の真ん中に大きなゲーム盤を作ろう。」

 しかし、海の中には何も無く、陸地を作る基いがありません。そこでタコの神様は、星河で自由に泳いでいた仲間達に言いました。

「お前達、あそこに行って陸地を支えてくれ」

 こうして夥しい数のタコが天から海に投げ落とされて、皆折り重なって大きな大きな島を作りました。

 神様達はタコ達の上に粘土を敷き詰めて四角い陸地を作りましたが、まだ地面は乾いておらず、誰も住めません。

 そこで、ゲジゲジが熱く焼けたコテを持って、地面を急いで乾かします。

 カブトムシは地面の土を丸く固めて転がして、穴を埋めたり山を作ります。トカゲは水晶の棒で地面を均して行きました。

 しかし、一生懸命に地面を乾かしていたゲジゲジは、カブトムシのお尻も焼いてしまいます。

「熱い熱い」とカブトムシが泣き、トカゲは冷たい水晶で冷やしてやりました。火傷したカブトムシが埋めなかった大地の真ん中の穴ぼこは、のちにアユ・サユル湖になります。

 そこでお昼休みをとり、皆でご飯を食べました。

 午後は蝉蛾が大きな羽根を広げて地面を煽ぎ、細かい埃を吹き飛ばします。埃が目に入って神様達の目は真っ赤になりました。蝉蛾はすっかりきれいになったのに満足してぎるぎると良い声で鳴きました。

 地面があらかた出来たので水を張って森を作ります。水は北の氷をゲジゲジの焼きごてで溶かして作ります。しかし、あんまりコテが熱いので、手が滑ってアユ・サユル湖に落してしまいました。水が沸き立ってぼこぼことあぶくが何時までも浮いてくるので、皆で一生懸命氷を放り込んで、やっと冷たくなりましたが、今でも時々あぶくが出ます。

 次にミミズが地面を掘り、水の通り道を作ります。しかし、特に念入りにトカゲが均した東の大地は、粘土が固くなって掘れません。ミミズはトカゲに文句を言いますが、「そういう事はもっと早くに言うものだ」と知らぬ顔。怒ったミミズは二度と口をきいてくれません。

 森を作るのはカタツムリの役目です。丁寧に丁寧に一本ずつ木を植えて行きます。あんまり丁寧過ぎて、このままでは夜が来るまでに出来上がらないと、皆で手分けして木を植えます。しかし、カタツムリのように上手には植えられないので森はまばらになりました。トカゲが固めた東の大地は、やっぱり木は植わりませんでした。

 やっとで出来た森の木を、一本一本蜘蛛が調べて、証拠に糸を巻いて行きます。「これをやらないと、カニがうるさいんだ」。気に入らないとカニは木をばっさりと切ってしまいますから、注意して丹念に調べて行きます。おかげで結局出来上がりは夕方になりました。

 カニが大地の出来上がりを調べて周ります。地面を這ってどこか文句を付けるところは無いか、目を突き出して調べます。しかし、どんなに頑張って調べても、変な所は見つかりません。東のつるつるの地面は、カニはむしろ気に入りました。「ここに家を建てればよい。」皆、ほっと胸をなで下ろします。しかし、文句を付けられなかったカニは、ちょっと不満で、腹いせに西の海岸の端をがじがじと切り裂いてしまいます。そして、西の海の夕焼けの中に帰ってしまいました。

 後はみんなで大宴会です。夜に明々とかがり火を焚いて、神様達は昼間の苦労を労いました。カエルの女の子が皆にお酌をしてまわり、蝉蛾が歌ってたいそうな盛り上がりで、それにつられて、地面の下にいたタコが南の端からぼこっと抜け出てしまいました。タコは酔っぱらって八本の脚を振って面白い踊りをしました。

 はしゃぎ過ぎて疲れて皆が寝てしまったので、宵っ張りのコウモリが皆に毛布を掛けてまわります。しかし、ごそごそとする音でネズミが目を覚ましてしまいました。

 ネズミは言いました、「今度できた地面にはどんな生き物が住むんだい。」 

「ニンゲンというこれまでに無い生き物なんだ。」

「それはどんな形をしているんだい。」

「形はカエルのようで尻尾は無く、色はミミズ色、ネズミと同じで身体が温かく、カニみたいに大きく手を上げて起き上がり、顔はコウモリに似てるかな。」

 「よくわからないよ。」とネズミが言うので、コウモリはニンゲンの人形を作ってみました。ふっと息を吹き込むと、カエルのように手足が二本ずつしかなく、ミミズ色でつるつるした、顔がコウモリに似た、でもニンゲンじゃない怪獣がカニのように起き上がり、大きな声で吠えました。

 ネズミはその声にびっくりして、百の姿に分裂し、出来たばかりの大地のあちこちに隠れて行ってしまいました。

 

 そうして朝が来て、ニンゲンの世界が始まったのです。』

 十二神神官巫女の制度は紅曙蛸巫女王国時代に、タコ女王の肝入りで民衆の生活全般に渡って便宜を図る為に作られたと知られる。が、その元となる創世神話は、似た物語がネズミ族時代の洞穴壁画にも残されており、よっぽど古い時代から十二神信仰の萌芽があったものと推察される。(蒲生弥生)

 

タコ女王国時代:歴史 タコ女王の君臨した十二神創始暦2000年から3054年までの期間を言う。ただし、タコ女王の治世は2561年まで。タコ女王国時代は言うなれば十二神方台系に文明が発祥した時代であり、旧石器時代を髣髴とさせるネズミ神時代から一気に農業を基盤とした高度な文明に突入した。各種の品種改良された植物をいずこともなく入手し栽培を指導して食糧生産力を飛躍的に向上させ、ネズミ神時代末期の人口の急増による飢餓を一気に解決し、同時に商品作物の栽培を奨め交易を行い商品経済を開始する。実用本意だったネズミ神時代の土器を高温で薄く固く焼き釉薬までも施した完成し尽くした美術品にまで高めガラスや宝玉の加工技術を育成し、金の細工までも産業化した。衣服も蝉蛾による養蚕の開始と絹織物の実現、彩色までをも産業として確立させる。それら完成した商品を大地のすみずみまで送り届ける交易団を組織し、道中を安全とするための警備団を武装させ、初めて公的な武装集団を組織する。ネズミ神時代にはほとんど見られなかった巨大建築物を各地に建設したが、これはほとんどが木造であったため現在までは伝わっていない。多数の人間を宮殿で召し使い、文字を使って交易の管理を行い経済の発展を目指し、通貨の発行までも成し遂げた。更にあり余る富を背景に民衆に奉仕する十二神の神官巫女団を組織してその養成施設としての聖山神聖都市を建設し、十二神信仰を体系づけ宗教組織の基盤を育成した。
 しかしあまりの急激な進歩についていけない者も多く、各地に出現した村長制度が有効に機能せず村人を搾取して自らのみ肥え太る者が続出する。それゆえ貧富の差が拡大し、社会全体に鬱屈した不満が渦巻き、不正を解消する強力で統一的な権力の出現を待ち望む声が国中に高まるが、タコ女王自身はこれに応えることはせず、遂に交易警備隊の主導するクーデターへと発展するが、タコ女王は強権的な支配を良しとせずタコ宮殿を道連れに地面の下に隠れ、タコ女王体制を終焉に導く。以後一時期は宮殿衛兵団による統一的支配が実現するが、タコ女王を失った交易警備隊に求心力は無く、各地の有力者の造反が相次ぎ統一的な国家体制は崩壊して群雄割拠の状態になる。皮肉な事に世の中が乱れた為に社会の進歩が止まり、交易体制が崩壊したことで地元で自給自足の生産体制が確立し、生産する交易商品の絞り込みが起こり各有力者の囲い込みの下、各地に特産品が生まれ、単純労働に依存する安定した生活が実現して民衆の暮しはタコ女王体制下よりも楽になった。ただし、小規模な戦争と掠奪が頻発し虐殺や労働力不足を背景とした奴隷交易も発生して、社会に身分制度が確立して行く中で、ゲジゲジ神救世主を迎えることになる。

神聖ゲジゲジ王国時代:歴史 十二神創始暦3054年から3998年までとされるゲジゲジ神族による統一王国時代。新石器時代に相当するタコ女王国時代から一気に青銅・鉄器時代に突入し、金属器の利用がさかんになり科学技術の進展が一気に進んで、国土の大開発が行われて生産力が三倍にも拡大した時期。ゲジゲジ神族は額の聖蟲により科学技術情報と理解を供給されるために、試行錯誤無しにその応用が可能となり社会の長足の進歩を遂げる。しかしゲジゲジ神族と一般民衆との能力差が極限までに大きく、彼ら支配層に盲目的に従う階級制度も確立し、政治的実権をゲジゲジ神族が一手に握り対抗勢力というものが完全に消失する。神聖王国初期にはこの体制が非常にうまく機能し、一般民衆を大量に動員しての開墾や治水、鉱山開発事業で年々生産力が増大し、人口も脹れ上がるがそれにもまして経済成長率が高くすべての人間が裕福に暮すことができるようになる。その中で、一般民衆の権益を護り熟練した高度な労働力の安定供給を果たすためにバンドと呼ばれる職業階層制度も整備され、一種の社会主義体制が確立する。ゲジゲジ神族は好奇心も旺盛で十二神方台系を越える冒険も広く行われ、車両や帆走船も発明された。
 しかし王国500年を越える辺りから退廃的な傾向が社会全体にまん延し、ゲジゲジ神族同士での小規模な戦争が起るようになる。科学技術を動員するゲジゲジ神族の戦争は致死率が高く破壊力も大きく、それに動員される一般民衆は大きく疲弊し貧富の差が生まれ大きくなり、ゲジゲジ神族に対する怨嗟の声が聞こえるようになるが反乱など思いも付かぬことで、代償行為として一般民衆同士が争いバンド同士が対立するようになる。更にゲジゲジ神族は、禁断とされた聖蟲の品種改良にも手を出すようになり、ついに巨大ゲジゲジであるゲイルをも生み出して十二神に基づく秩序までも崩壊させる事となり、狂騒に駆られた民衆は新秩序を求めて次のカブトムシ救世主を待つようになる。
 なお、神聖ゲジゲジ王国は4082年に東西に分裂するまで存続するが、毒地により神聖首都ギジジットを封鎖した4066年をもって滅亡とする歴史学者が多い。

カブトムシ王国時代:歴史 十二神創始暦3998年から始まるカブトムシ救世主が統治する時代。神聖ゲジゲジ王国成立時とは異なり、それ以前の政治体制である神聖ゲジゲジ王国は未だ健在であった為に、カブトムシ救世主は支配体制の確立に大きな苦難を味わった。
 カブトムシ救世主は最初、聖蟲を頂く騎士としてゲジゲジ神族の闘争の現場に現われ、民衆に無敵の救世主としての姿を見せつける。以降ゲジゲジ神族の下より脱出してきた奴隷を集めて独立した共同体をつくり、民主的な運営を行う。しかし神聖ゲジゲジ王国軍に追われてタコシティに逃げ込み、ここで交易警備隊や脱走した戦士階級の者を吸収して軍隊を作り、その中でも傑出した者に黒いカブトムシの聖蟲を与えて強力な戦闘力でゲジゲジ神族に対抗する。タコシティに立てこもるカブトムシ共同体に各地から脱走した奴隷が次々に加わることで短時日の内に膨張し、また包囲する神聖ゲジゲジ王国軍内部でも一般兵の動揺を抑えられず、外に討って出たカブトムシ軍に大敗し、時代の流れが逆転する。その後、これまでの体制を善しとしないゲジゲジ神族の加入もあり、科学技術を利用しての戦闘力の強化も行われ、南部を完全に支配下に置きカブトムシ王国を宣言。しかし神聖ゲジゲジ王国は依然強大で、総攻撃を行う為に荒地に大軍勢を集めるがそこでも反乱が起り、遂には神聖首都ゲジジットが寇掠されるという事態に陥った。ここに到り、神聖ゲジゲジ王国は首都ゲジジット周辺の開墾農地を毒で封鎖して反乱軍の侵入を阻止しようとし、ついでカブトムシ王国の食糧を立とうと南部穀倉地帯の農地も毒で汚染させる。だがこれが決定的な間違いとして神聖ゲジゲジ王国の民衆の支持は失われ、ついには全土での反乱が起るようになった。これを収拾するためには民衆の懐柔策を取るしかなく、不満を持つ者をカブトムシ王国に流出させて、従順な者のみを囲い込む政策に変更する。果たして、脱走した奴隷はカブトムシ王国に大量に流入するも、それだけの人口を養う程の生産力は無く慢性的な飢餓状態に陥り、それが却って大陸内部への大進行を誘うこととなる。餓えた脱出奴隷を主体とするカブトムシ王国軍は一気にヌケミンドル周辺の穀倉地帯を占拠、アユ・サユル湖周辺を完全に制圧し、神聖首都ギジジットまでも冒す程になる。これを防ぐ手段はすでに神聖ゲジゲジ王国には無く、非常の策として神聖首都自体を毒で封鎖して毒地による領域分けを敢行し、大陸中央を完全にカブトムシ王国に明け渡す。その後カブトムシ王国は西部森林地帯を制圧し、さらに西部の海岸部まで進出。しかし、すでに体制を整えていた神聖ゲジゲジ王国は頑強に抵抗してこれまでとはことなる強さを見せカブトムシ王国軍の侵攻は停止する。そこで、スプリタ街道を北進し神聖ゲジゲジ王国を東西に分断する事に成功する。これにより神聖ゲジゲジ王国は東西ゲジゲジ王国へと分裂して独自にカブトムシ王国と対立するようになり、事実上神聖ゲジゲジ王国時代は終焉する。以後、首都をアユ・サユル湖周辺のカプトニアに置きゲジゲジ王国の滅亡に尽力するも、1000年に渡ってこの悲願は果たせずにいる。
 カブトムシ王国は神聖ゲジゲジ王国時代からの、聖蟲を頂く超越した支配層に民衆が従う形態を取っているが、王国成立の原点が民衆の解放というものであるために、高圧的な支配は行われず、逆に民衆自体の自治を護民官であるカブトムシ兵が保護する、という形態を取っている。もちろん、国家の運営がそのような体制で成り立つわけがなく、高度なレベルの政治的判断はカブトムシ王宮にある元老院の議決によって為され、形式的な地方自治程度しか民衆には任されていない。しかし、ゲジゲジ神族とは異なりカブトムシ兵は知的な超能力の附加は行われない為に、神聖ゲジゲジ王国の政治体制経済体制の再現は困難であり、東西ゲジゲジ王国からそのノウハウを持つ高級官僚や学者の脱出者を受け入れてその任に当たらせており、それらが第三の階級として一般民衆の上に位置することとなる。また、科学、生産技術を移転する為に難解なゲジ聖符で書かれた文書の解読を国家プロジェクトとして行っており、その為に逆に文理系の学問が発展する。また、一般民衆をこれまでのように支配層の恣意によって裁く事を善しとはせずに、法理論に基づく法体系を初めて整備してカブトムシ兵が一般民衆の上に超越した形でこれを運用する、という形態を取る。
 このように政治的体制は近代化が進んだが、産業経済、科学技術においてはむしろ退化した点も多く、さらに一般農村において合議制という経済的合理性の観点からは必ずしも適していない運用を行うので、生産力の向上は長く停滞したままになっている。その上に東西ゲジゲジ王国との対決の為の軍事支出が多く、脱出奴隷の吸収によって難民と失業者を抱えこむ事となり、一般庶民レベルでは常に困窮しているのが現状。むしろ、経済的には東西ゲジゲジ王国の奴隷の方が恵まれている点も少なくない。
 このように取り立てて開けたわけでもないカブトムシ王国だが、さりとて王国の屋台骨が揺るいだという事も無く、不満はあれど体制を打倒しようという積極的理由も代替案も無く、未だゲジゲジ王国も存在する状況下では目標を変える事も無く新しい未来のビジョンも無いわけで、ただひたすらにこの閉塞状況をなんとかしてもらいたいという夢想にも似た新救世主願望のみが広がり、督促派行徒による無政府テロが頻発して社会不安が広がっている。

神聖トカゲ皇国時代:歴史 十二神創始暦5006年、初代蒲生弥生ちゃんが降臨した時から始まり5998年に終わるトカゲ神救世主の治世。「神聖」の名はあるものの、その本質は宗教勢力、十二神聖蟲依存を封じ込めるのに終始して、民衆の自助努力による発展を促したのが特徴。教皇はすべて”ガモウヤヨイチャン”の名を頂き、世俗に超然として宗教権威としてのみ機能することを旨として、自制した支配を行った。初代蒲生弥生ちゃんがわずか数年でこの地を去った為に、実質は第二代メグリアル劫アランサによって王国は建てられたが、その形態は初代蒲生弥生ちゃんの指導書に基づくものであると確認されている。もとより異世界からの来訪者である初代蒲生弥生ちゃんはこの世界に対してなんの責任も負っておらず、外部よりの視点から客観的に世界秩序の正しい有り様を見極め十二神の意図に基づく世界発展の計画を修正して、この時代にはこういう社会があるべきだ、という道筋を自分の世界の歴史を参照にして示唆している。それが、トカゲ神救世主は、政治的支配に積極的に関るべきではないが混乱ある時には果敢にこれを鎮静すべし、という最少レベルの実力の行使という政治思想として結実する。また、医療健康面における神威の発動で民衆を救うが、それも公共の衛生指導で格段に民衆の健康状況の改善と医療技術の合理的科学的な累積研究による発展の上での超能力の使用で、十二神への依存心を民衆から取り除く努力も為された。
 神聖トカゲ皇国時代の政治的基盤は、それ以前のカブトムシ・ゲジゲジ王国を統合したに過ぎず、自力で王国を打ち建てたわけではない。またその為の軍事力の整備も行っていない。初代蒲生弥生ちゃんはまさに超然とした神の立場から世界を再編してみせたのであり、新しいものを作ったのではない。しかし、これまでの三千年で蓄積され進歩した人間社会が持つ発展の可能性を見出し、阻害する要因を排除して、十二神の庇護の下から自ら立ち上がる事をすべての人に示唆することで、文字どおりに世界を変革させ閉塞した社会状況を打破してみせた。その為、既存の神聖権威をトカゲ皇国首都であるトカゲ神殿に結集させ、世俗の権力に食指を伸ばしていた神聖神殿都市の宗教権威を宗教的経済的に打倒して、一元的に宗教権威を独占する体制とした。更にゲジゲジ神聖王をなかば人質としてトカゲ神殿に留めゲジゲジ神族を特殊な知識階級にへと限定し、同時にカブトムシ兵の存在理由を稀薄にさせた。これにより一般民衆は自らの勢力を伸ばし自ら発展進歩しようという、これまでは夢想だに出来なかった欲求を持つ事が許され、神秘的権威に依存しない独自のネットワークを築く事になる。また、分裂した大陸が統合され商業活動に制限が無くなった為交流が活発となり、各地で独自の産業が勃興する事となる。これにより一般民衆の間で貧富の差が発生拡大したが、それが社会階層の分化と階級社会の成立につながらないようにトカゲ神殿と神官巫女ネットワークが活動して常に流動的で開放的な社会を維持し続けた。さらにゲジゲジ王国で独占されてきた科学技術も公開され体系的に教授されるようになり、社会全体が進歩の気風で満たされることとなる。
 この状況は250年ほど続き、タコ女王国時代の発展を彷彿とさせる黄金時代として人々に記憶されるが、以降再び停滞を見せる。それは拡大しようとする人間にとって、この十二神方台系が狭くなり、外部に進出しようとするも見えないバリアで妨害されていることが一般民衆にも理解されるようになった為だ。このバリアをクリアする技術は提供されず、再び社会に閉塞された空気が漂い始める。この不安は社会の構成を蝕み、巧みに避けられていた貧富の拡大と階層分化を進展させ富裕階層、地主階層という独自勢力の発生を許してしまう。聖蟲を頂くゲジゲジ・カブトムシの両神族が徐々に減少し始めたこともこの状況の進展を加速する。つまりストッパーが外れた状態となり分化した階層がそのまま固定して再度の貴族社会、古代体制への回帰が懸念された。この時トカゲ神殿は貧困層や低所得層の期待を一身に集め、再度の社会の変革を望む声が高くなる。また新しい富裕層の間でもこの状況は憂慮され、打開するためにバリアを突破する技術なり神威なりをトカゲ神殿に期待した。何しろ歴史上これを突破し得たのは初代蒲生弥生ちゃんただ一人であるので、トカゲ神殿をも越えるガモウヤヨイチャン信仰、星から来たと蒲生弥生ちゃんが教えたピルマルレレコ伝説が十二神信仰を越えて語られるようになる。
 だがこの外部への進出の欲求は皮肉な形で社会に跳ね返ってきた。ピルマルレレコ伝説は空を飛ぶという新たな夢に人間を駆り立て、ついには気球と火薬の発明へと繋がった。火薬の発明は直接戦争と破壊に繋がる為にゲジゲジ神族によって厳重に封じられてきた秘密であるが、その枠が外れたことで人間社会が独自に開発するのを止められなくなり、やがて危惧したとおりに戦争にロケット弾、爆弾として利用されるようになる。またイヌコマの品種改良によって大型のウマが開発され大型で高速移動可能な車両が可能になったために、戦争の形態が極端に変化する。ロケット弾を撃ち合い気球で爆撃し、装甲馬車で連弩を撃ち合うという、銃砲が無いのが不思議な高度な戦争を実現した。ここに至ってトカゲ神殿は実力行使の制限を断念し、神威七剣による直接の討伐を開始、瞬く間に戦争を終結させて戦争責任者を裁判に掛け処罰し、世情の平穏を見る。高度な戦争にはこの十二神方台系が狭過ぎて、民衆が戦争に怯えた為に富裕層の動員に従わなくなったという点も寄与する。だが、根本的な状況が改善されたわけではなく、一度手にした火薬という強力な力の前には人間の自制心は無力に等しく、各地での小競り合いが常態化し、民心を不安に落とし入れた。トカゲ神殿トカゲ神教皇にこの状況を打開する力は無く、また神聖神殿都市に封じられていた旧宗教勢力が復興し社会に独自の勢力を築き始め、新たにピルマルレレコ伝説と結びついて都市型の新興宗教として大発展した。
 十二神創始暦5555年、第十三代トカゲ神教皇であり上皇となっていたカマランティ清ドーシャはトカゲ神への捨身祈祷を実行。初代蒲生弥生ちゃんの再降臨に成功する。初代蒲生弥生ちゃんは半年を掛けて全土を視察して回り、既にこの大地が人間の活動には狭過ぎる事を確認すると、十二神への直接交渉をするとして神聖神殿都市にある大洞窟内へと消えて行った。三日後、いきなりトカゲ神殿に帰還した蒲生弥生ちゃんは皆に限定的なバリアのクリアを十二神から取りつけたと報告、大洞窟内部に他の世界に通じるトンネルが用意された事を知らせた。このトンネルは異世界を経由して十二神方台系がある惑星上の他の領域に直接通じているもので、ここと同じように人間が暮しておりそれぞれ独自の発展段階にあるが、発展を阻害する大量の人間の移動は許可出来ず年間100人程度の往来にのみ留まるとされた。
 とにもかくにも、閉塞状況は物理的に解放されたことで社会は平静を取り戻し、この世界を去る初代蒲生弥生ちゃんの、次の蝉蛾神の救世主の時代にはこのバリアが完全に撤廃されるという予言を信じて千年紀を待つことになる。だが、トンネルを潜って往来を繰り返し他の領域の見聞の情報が蓄積されるのにつれて、十二神方台系の中では不遜な考えが次第に支配的になっていった。他の世界と比べてこの世界は相当に進んでいる事が判明し、往来が自由になると他の世界を武力的に侵略可能であるとの結論を得た。また火薬を利用した武器も進歩しておりついには銃砲類も登場して完全な近代戦力を獲得する。ただ鉄の資源が不足しているために大規模な産業化は不可能であると結論を得て、他の世界に資源確保の夢をつなぎ、時が到れば大量に外界進出をして他の世界の人間を従えて最高の発展を遂げるという夢想がすべての階層の人間に共有されるようになり、その日に備えた統一権力がトカゲ神殿のコントロールを離れて全国を支配していった。いわば、夢に駆られたファシズムという高度な社会体制の中で興奮と期待の高まりの中、十二神方台系は新たなる千年紀に突入した。
 十二神創始暦5998年、第24代トカゲ神教皇、上皇、皇主は既にその役割を終えたとして大洞窟のトンネルを越えてこの地を去り、神聖トカゲ王国は終了する。この時ゲジゲジ神族は神聖王以下10名、カブトムシ神族58名とほとんど消滅する寸前にあり、彼らもまたトンネルを潜って他世界へと向かった。ただ一人、タコ女王のみがタコシティに遷座してこの地に留まる。既に十二神の権威と神威を必要としなくなった統一政府は十二神創始暦を廃止して、新たに正劫歴を唱え十二神創始暦6000年を元年とした。

蝉蛾神巫女王時代:歴史 十二神創始暦6178年から始まる。十二神創始暦6001年、正劫歴2年、突如天空にこれまで見たことの無い天体が観測される。各所が点滅して光輝く月のように大きな衛星で、月よりももっと近くにあると思われた。統一政府はこれを十二神と呼ばれる知的生命体の居住する施設であるとの推測を発表し、これまで施されていたカモフラージュが解除されて観測可能になったと発表した。同時に十二神方台系を閉ざしていたバリアが遂に解除されたとし、外界への本格的な進出と武力侵攻を決定する。最初はこれまでに開発された侵攻船による偵察が行われ、十二神方台系の近辺に海図には無かった島を発見、無人ではあったが資源に豊富であった為にこれを領有、大規模な開発を進め大侵攻部隊の整備を可能とした。同時に国内に大々的に鉄道網が敷かれ、大動員体制が発令されて全土が挙げて生産力の増強と兵力の整備訓練が行われた。またそれまでに開発されていた動力船の大規模な実用が始まり蒸気装甲軍艦として結実する。開発と同時に全世界への調査船が派遣されたが、中にはバリアで未だ閉鎖された領域もあるが到達可能な地域はやはり侵攻可能なほど社会の進歩が遅れていると報告される。正劫歴12年、待ちに待った第一次侵攻部隊が出動、近隣の二つの方台系を征服、多数の戦利品を上げて戻って来る。全土はこの成功に沸き返り、更なる征服と全球の制覇を叫ぶ。新しい領土を支配し調査した結果、この世界は未だタコ女王時代相当であると結論が出され、その地理的特性を十二神方台系と比較した結果、この世界が直径2万キロの球体であり、ほぼ等間隔で計36の方台系が設置されていると想定された。その内の3つまでもを手中にした統一政府は、新しい領土を完全に制圧した正劫歴20年、第二次遠征隊を派遣、一つを征服しもう一つで、自身と同等の戦力と遭遇した。
 これは想定外の事態であり科学技術において人間界最高を謳っていた統一政府の自信を根底から打ち砕くものであった。遭遇したのは鉄製軍艦二隻に過ぎなかったのだが、速力が遠征軍のものよりも倍以上早く装甲が非常に強固でこちらの砲弾を受け付けず、相手にいいように10隻も沈められた。ほうほうのていで逃げ帰った遠征軍だが、この事実は民衆には公表されずまた統一政府の求心力であり社会進歩の原動力である征服を止めることはもはや不可能で、進出する領域の方向を替えて侵攻することが決まり、25年第三次遠征隊が出発した。遠征隊は南に進みまもなく方台系を発見し上陸したが、そこは未だカブトムシ兵とゲジゲジ神族が支配する土地であった。しかし、彼らはゲジゲジ神族の知識が自らのものを遥かに凌駕しカブトムシ兵が銃弾をも受けつけない無敵性を備えている事を理解していなかった。つまり、十二神により遣わされた聖蟲の救世主が十二神方台系の科学技術を遥かに越えた存在であることを失念していたのだ。旧世代の軍隊と思ったカブトムシ・ゲジゲジの連合軍に、近代兵器を装備した遠征軍はてこずり、諸所で敗退を繰り広げる。また、ゲジゲジ神族がその知識の利用に制限を無くせば、近代兵器よりも遥かに強力な兵器を作り得る事実に愕然とする。第三次遠征隊は派遣した艦艇の7割を失い壊滅状態で帰国する。この知らせはさすがに国民の目を欺くことが出来ず、外界に自らよりも強い勢力が居るという現実に皆報復を考えて恐怖する。果たして正劫歴35年には第二次遠征隊が遭遇した近代軍艦が数十隻で来航し、西側沿岸部をさんざんに砲撃し市外を焼き払う。さらには空を飛ぶ機械までもが来襲して、飛行船艦隊をなんなく全滅に追い込むと内陸の隅々までも爆撃していった。この攻撃はわずか3週間の出来事であったが、統一政府の傲慢を打ち砕くのに十分以上の効果をあげて政府は転覆、新政府は外界遠征を完全放棄、取得した新領土を放棄して本土のみを死守する絶対防衛体制を宣言する。しかし、次の攻撃は神聖神殿都市の大洞窟からだった。
 42年、完全武装のゲジゲジ・カブトムシ神兵が1万人以上現われ、神聖神殿都市を焼き払い北から南に掛けてを蹂躙する。ゲジゲジ神族の超兵器に新開発の蒸気動力戦車でさえも無力で、スプリタ街道周辺と首都ギジジットまでもが完全制圧されてしまう。この侵攻は一年間続き、最後には5万人以上の民衆を捕虜として伴い完全に撤退する。51年、再度ゲジゲジ・カブトムシ神兵団侵攻。トンネル周辺に大要塞を作って防衛していたにも関らず、トンネル内部に古来より存在する無数の脇トンネルで全土のあらゆる場所に出現するのを許し、またしても大損害を受け2万人以上を連れ去られた。53年、三度来襲、敵の兵力が少なかった為に辛くも撃退を成功させるも大要塞事自体が崩壊、兵力も疲弊して継戦能力が失われるほどのダメージを受ける。ここに至って新政府のちに防衛政府は大洞窟の破壊を決断。大量の爆薬を使用してトンネル入り口付近を完全に破壊し埋めてしまう。60年、カブトムシ兵のみで構成される、これまでとは違う兵団が各所に出没、威力偵察を試みるも、これを撃退、だが翌年大規模な侵攻を受け、大被害を被る。この戦いで特に痛手と言えるのが、敵に火薬と銃砲類の製造方法を知られてしまったことで、当初槍や鉄弓で武装していたカブトムシ兵が後期には銃で武装するようになって一般歩兵では対抗し得なくなっていた。69年、最初に来た方のゲジゲジ・カブトムシ神兵団が来襲、こちらも銃砲類で武装しておりしかもカブトムシ兵といえども高速で移動する能力を持つ赤カブトムシ兵に相当する兵団であった為に、完膚なきまでの敗北を被り、10万人以上が連れ去られる。なお、この侵攻で敵の目的が判明する。いわく、”悪の王国に囚われている奴隷を解放する為に来た”と。
 既にトカゲ神救世主は無くゲジゲジ神族カブトムシ兵は無く、兵難に苦しむ民衆は自然とタコシティに残るタコ女王にすがり十二神に神助を頼んで欲しいと懇願するが、タコ女王にはその力は無く、ただトカゲ神救世主教皇から友情の印として託された神威七剣の一つ”清風”があるだけだった。72年、ゲジゲジ・カブトムシ兵団が来襲した時にタコ女王が出座、清風をかざして神威を示し、その功により和平会談の実現に成功する。1ヶ月の会談の末に、侵攻を停止しこれまでに掠った民衆の返還が実現し、以後この世界の来襲は無くなった。85年、カブトムシ兵のみの軍団が来襲、首脳部がどこに居るのか分からなかった為に交渉を始めるのに苦労したが、これもタコ女王自らが捕虜になるという最終手段によって会談を実現、和平条約を結ぶ事に成功した。だが、この交渉が成立した三ヶ月後、タコ女王が次の後継者を定めぬままに薨去、以降聖蟲を戴く者はこの世界には居なくなった。

 正劫歴102年、今度は海上に大艦隊を発見する。これまでに見たことの無い艦隊で、技術レベルはちょうど同じ程度と思われる武装をしており、飛行機も持っていなかった。防衛政府は正劫歴を廃止、十二神創始暦に戻る。つまりこの年6101年。和平の成立後もトンネルからの侵攻が無いとは限らないと陸戦能力に焦点を絞って兵力の増強を図っていた防衛政府は、敵に比較して艦隊戦力の不利を悟り、上陸戦で敵を内陸深くに誘い込み殲滅する作戦を行った。果たして西側海岸部、南部海岸部が艦砲射撃で大被害を被るも人的被害は少なく、西のミアカプティに上陸した敵軍に陸上戦力で攻撃を仕掛けて大損害を与えて撃退に成功する。しかし、敵が自分達と同等の技術レベルの兵力であったことに不審を抱いた防衛政府は、撤退する敵艦隊の追尾を艦隊に命じ偵察行を行った。その結果、かって自分達が征服した三つの方台系がいつの間にか知らない勢力に征服され、そこから敵が出撃していた事を確認した。つまり、ここを抑えられている限り何度でも攻撃されることを認識する。防衛政府および国民は深刻なジレンマに立たされた。最初は外界への征服に怒った十二神の天罰で攻撃が行われていたと単純に思っており、反省から恒久的に外征を放棄するつもりだったのだが、おなじような勢力におなじように攻撃されれば、やはり同じように抵抗し攻撃しなければならない。資源豊富な方台系を相手に取られればこちらがじり貧になるのが必定で、最終的には征服されてしまうに違いなかった。防衛政府の議論は百出し混沌を極め、何度も総選挙を繰り返した結果、”緩衝地帯を確保して敵の寇掠を未然に防ぐ”との名目での外征が決定する。
 6105年、満を持して遠征軍が派遣され、敵に奪われた方台系の一つを攻略する。これは当初敵に備えが無く不思議な程にスムーズに制圧出来たのだが、後期になると敵の防衛陣が厚く強固になり、三ヶ月を費やす内に敵艦隊の来援が来て、結局撤収後退する。以降ここを巡って10年間の戦争が繰り広げられ、最終的には勝利し方台形の奪取に成功する。しかし、敵は4っつ、こちらは2つと領域の差は明らかで領土の拡大が必要と思われたが、戦場になっている方台系以外に手を出すことは十二神の干渉を受けるのではないかと忌避され、この6つの方台系のみで戦争が繰り広げられる。6118年、敵軍を偵察していた分艦隊から驚くべき報告が為された。敵本土方台系に巨大怪獣が上陸して多大な損害を与えた末にまた海へと戻った、という。これを十二神の神助であるか天罰であるか、議論は紛糾し、結論としてこれに乗じての襲撃は控え、こちらの水際防御を固めるに留めるとした。果たして、6120年、その怪獣とおぼしき生物が近海を通過したことを確認、漁船が一隻煽られて転覆する事件が起きた。この情報は当局の厳重な報道封鎖を突き破って民衆の間に広まり、とうとう十二神の天罰が来る、という噂が蔓延して社会不安を増大させた。しかし巨大生物は近海で何度も目撃されたが結局は上陸せず、逆に敵側に7度の上陸を果たし、継戦能力を著しく減退させ、ついに方台系の1ヶ所を放棄してこちら側が無傷で獲得するという状況となる。これはやはり天罰に相当するものだろう、との見解が各方面から出され、敵軍に和平を持ちかけ6128年遂に和平条約を結ぶ事に成功する。しかし、敵の情勢が詳しく伝えられるとそれがかっての統一政府と同様の好戦的で高圧的なファシズム的体制であることが分かり、改めて皆が十二神の配慮に納得した。その後、敵側で政府が転覆し新たに平和的な政権が樹立され、これと協議した結果これまでに獲得した4個の方台系を漸次開放して独自の政府を樹立させて独立させ、それぞれ連邦国家とすることで十二神の怒りを鎮める事に同意した。6145年、双方の領海内にかって遭遇した高度な技術で武装した軍艦が単艦で来航、それぞれが独自に発達し平和というものを理解したとして、連合条約を結ぶことを提案する。これにより、18の方台系を結ぶ世界連合が成立し、その他の方台系には決して侵攻しない事を決定する。しかし、この中にはトンネルを通って侵攻してきたゲジゲジ・カブトムシ神兵団やカブトムシ兵団を擁する方台系は含まれておらず、方台系には独自の科学技術で進歩して聖蟲を必要としないものと、聖蟲の使い方が非常にうまく十二神の計画に従って調和的に進歩する方台系と二種類あることを認識した。

 6178年、いきなり天空が真っ黒くなり、太陽の光が失われた。と同時に各方台系のバリアが回復し、外から入るのは許されるが外に出る事が出来なくなった。バリア内部は通常の気候と天候で特に問題は無かったが、海外との貿易が出来なくなった為に経済に混乱が生じる。天空の異常とバリアとの因果関係が不明で、各方面からの意見を集約した結果、バリアは単に人の行き来を妨げるだけのものではなく、方台系を保護する役割があるのではないか、との推測がされた。この推測に従うと、惑星の状況が好転しない限りバリアが開放される事はない。政府は国内の平静を呼びかけると共に治安の安定を画策して経済の統制を行い民衆の生活を保証した。と同時にこの状況が相当の長期間続く可能性を民衆に伝え、政府の指示に従い通常の生活を続ける事を呼びかけた。果たして、その年の年末には首都ギジジットの上空に光り輝く円盤が到来し、頭に蝉蛾の聖蟲の付いた一人の女性を地上に降ろした。彼女は蝉蛾神の救世主を自称し、この状況が次の1000年期まで続くことを伝え、十二神の計画の下で生態系の保存と人間社会の存続が続く事を宣言、自らを十二神の代理人として新たなる政治体系を築く事を推奨する。また大洞窟のトンネルを復旧する事を呼びかけ、連合した18個の方台系間の無制限の行き来が可能になると保証した。防衛政府は国民投票を行い、蝉蛾神救世主を国家元首とする新体制へ以降、首都をゲジジットからデュータムポイントへと遷都し、大洞窟を修復して異なる方台系への通行を確立する。されど完全な安心は出来ないとして洞窟出口に大要塞と神聖神殿都市跡に絶対防衛都市を建設する。蝉蛾神の救世主巫女はここには居住せず気候が穏やかで風光明媚なマナカカプシプ島の古いカブトムシ王国時代の宮殿を改装して居城とした。

 

【甲冑の概要】

06/09/30

じゅえる「お。丸甲冑と翼甲冑の絵が出来てる。」

釈「おや、ほんとですね。暇だったんでしょうか?。」
まゆ子「あのね、暇を見つけて一生懸命描いたんだよ。というか、かなりいい加減だけどね。マスク切らなきゃ手っ取り早い。」

じゅえる「で、甲冑の説明をばして頂きましょう。」
まゆ子「あー、これまで翼甲冑の絵が無かったのは、関節の構造をどうするかで悩んでたからなんだね。今回、タコ樹脂の網という新素材の導入で、そこんとこを何も考えずに解決出来ました。」

釈「鎖かたびらじゃないんですか。」

まゆ子「タコ樹脂の網です。だが、本来タコ樹脂では網は作れないんだ。線材にする事がかなり難しかったんだよ。で、薄いタコ樹脂を塗り込めていくという重甲冑の手法を利用して線を作る手法が開発されたけど、直径1ミリのかなり太いものになるんだね。これを使っているのが丸甲冑。肩と股の部分の垂れはこれで織っている。が、見てのとおりに細かいものは作れない。ごわごわするからね。タコ樹脂はPET樹脂に似たようなものだけど、一度成形してしまえばほとんど切断は不能なんだ。というか、刃物では切れない。薬品で切る。とても細かい細工は出来ないのね。」

じゅえる「ふむふむ。ではどうやって網を作ったんだ。」
まゆ子「織るのを諦めました。鉄板の上に細い釘を整然と並べて、その上に薄いタコ樹脂の液を流します。すると、穴が開いた薄いシートが出来るのです。」

釈「はあ、なるほど。それで自由に折り曲げ出来る素材が出来たんですね。で、これはどの程度の強度があるんです。」
まゆ子「タコ樹脂の盾は、強弩の矢でさえも防ぐが、変形して内部にとんがります。貫通はしないけれど、ちとやばい。だから裏に鉄板が必要だったのですが、今回の網を何枚も重ねると、内部への進入を効果的に防ぐ事が可能です。」

じゅえる「厚い盾、というのは作れないの?」
まゆ子「高い!」
じゅえる「そうか、経済性の問題か。」

まゆ子「タコ樹脂を如何に節約するかがもんだいなのだね。で、重甲冑では針金の網と鉄箔を貼る接着剤として使っている。翼甲冑でもこれは使っているけれど、網が作れるようになったから、重量を大幅に軽減して、接着剤の量も少なくなりました。その分、翅と翅の盾が作れます。」

じゅえる「という事は、基本的に費用は変わらない?」
まゆ子「値段は一緒。新装備を多数投入して居ます。ま、只の盾として見た場合は重甲冑が一番だよ。機動性運動性が大幅に向上しているから、使いやすくなっている。メンテナンス性も向上して、ここでは費用の削減が可能だね。なんせ網だから。」

釈「重甲冑はロボットみたいなんですが、翼甲冑と丸甲冑は構造的に違うんですか。」
まゆ子「ここんとこはちょっと難しくてね。重甲冑はなにも好きこのんでロボットになっているんじゃない。
 丸甲冑と、重甲冑翼甲冑の根本的な違いは、ゲイルだ。丸甲冑は基本的にゲイルと戦う事を考慮されていない。だから、ゲイルにふっ飛ばされるという状況を考慮されていない。」

じゅえる「ふっとばされる、ってのは肢で?」
まゆ子「パワーショベルくらいの力はあります。」
釈「うわー、それは死にますね。」

まゆ子「死にます。いかに聖蟲を持つ神兵だとはいえ、これはダメです。甲冑を着けていても衝撃は中に通ります。が、重甲冑はそこを解決した画期的な甲冑なんですね。翼甲冑はその工夫を新世代に継承する新型なのです。」
じゅえる「それが、ロボット構造?」

まゆ子「甲冑の全てのパーツがバネで繋がってるんだよ。で、衝撃を甲冑全体で吸収するようになっている。甲冑が肉体の周りで衝撃を受け止めて、肉体にダメージが届かないようにしているんだね。早い話が、甲冑全体がボールになっていると考えて下さい。サッカーボールのように、側が衝撃を吸収し、反発する。中身はフリーだ。」

釈「ほお。では丸甲冑はそうなっていないんですね。」
まゆ子「丸甲冑はただの甲冑だ。常人では使えないような重量の甲冑だ、というだけだね。あとは背中に翅が8枚生えていて、聖蟲の振動を使って泳ぐ事が出来る。だから、丸甲冑は手足のパーツが別なんだよ。
 翼甲冑はそうじゃない。手足は胴体のパーツと繋がっている。ただ、重甲冑ほど効果的にバネを使ってはおらず、外部から衝撃が加わった際に人体を保護する機能がある、てだけだ。重甲冑ほど重たくないから、機械的な運動支援が必要無い。ま、つま先とアキレス腱のところにバネが入って走りやすくなってるけど。」

じゅえる「重量は100kgほどは違うんだ。」
まゆ子「うん。重甲冑が200キロ、翼甲冑は100キロと倍違う。丸甲冑は海で使うから50キロから80キロで手足のパーツを外して使う事が可能。丸甲冑は単に弓、弩の攻撃を防ぐだけでいいから、脚は要らないといえばそうなんだ。というか、船の甲板に穴が開いちゃうから、翼甲冑や重甲冑のスパイクが生えてるのは禁止だ。」

釈「水中を泳ぐ事が可能なんですよね。ルパンのカリオストロの城みたいに。」
じゅえる「あれはー、こんなボリューム無いよ。」

まゆ子「あー、それはですね。可能です。海戦用というのはダテじゃない。ただイルカのように泳ぐというわけにはいかない。この丸甲冑、頭が丸いけど、兜に空気を溜める事で数分の水中活動が可能なんだ。空気抜きの穴も上に空いてる。」
じゅえる「あ、ホントだ。」

まゆ子「で、甲冑は重いが、頭は上に浮く。つまり立ったまま沈むんだね。だから、背中の翅が振動して推進力を生み出すと、立ち泳ぎするような感じで進むんだ。まあ、普通に泳ぐ事も出来ん事も無い。頭の聖蟲は海で泳ぐのは嫌がるけど。」

釈「ゲンゴロウが憑いて居る人は居ないんですか?」
まゆ子「うっ! それは思考の外だった。」
じゅえる「そりゃあ良い考えだね。なんとかしなさい。」
まゆ子「うう、考えておくよ。

 で、ともかくだ、丸甲冑は泳ぐ事が出来るし、潜るのも出来る。潜水で敵が来るのを待ち伏せする事もできる。まあ海で使う分には困らないように出来てるよ。ただ、手足は甲冑を着けてると溺れそうだから、そういう時は普通外します。・・・? あ、そうか。潜水専用丸甲冑を作ればいいんだ。水密兜と背中の翅だけが付いている甲冑を。」

釈「タコ樹脂の殻が無くても、聖蟲の振動を利用できるんですか。」
まゆ子「あ、それは特に問題じゃない。タコ樹脂を使うと簡単だというだけで、人体に翅みたいなものが付いていれば普通に振動します。刀を持ってたらそれが振動してる、というのもある。聖蟲が喜んで振動させます。」
じゅえる「そういう性格なんだ。」
まゆ子「問題は、振動した翅をどうやって目的通りに使うか、だよ。ま、憑いてる人間の器量によるんだけどね。」

釈「しかし丸甲冑で神兵が潜水、てのはあまり尋常な事態ではありませんね。そういうのはクワアット兵の水兵の仕事では。」
まゆ子「うん。神兵はまあ普通潜らないさ。聖蟲があるからね。逆にいうと、弥生ちゃんのカベチョロは泳ぐよ。」
じゅえる「ほう。そうか、海イグアナの力も持ってるんだ。」
まゆ子「カメとかワニの力だね。」

釈「前の回で、丸甲冑の背中に翼甲冑の大きな翅を付ける、という改造がありましたが、これは簡単にできるんですか。」
まゆ子「できません。丸甲冑の背中の八枚の翅は、製造段階でびちっとくっついていて、外す時は壊す時です。つまり、丸甲冑の製造ラインに大きな翼を付ける工程を加えるのです。」

じゅえる「じゃあ、新製品だ。」
まゆ子「新製品には違いないが、実戦テストしてない間に合わせだからね。製造途中だったのと、使い古して解体修復中の丸甲冑にくっつけてみました。ベイスラ穿攻隊で呪ユーリエが着ているのがコレ。ゲイルと遭遇しなければ十分な防御力があるはずです。手足は丸甲冑の陸戦モード装備ですから、決して弱くはない。むしろ、ごてごてと何も着いていない分、便利だとも言える。」

じゅえる「丸甲冑は陸地で他に使っている所は無いの?」
まゆ子「丸甲冑は原始的な聖蟲用甲冑でもあるんだけど、聖蟲の力を利用する甲冑は毒地成立時に重甲冑として防御力を利用して進攻するという使われ方をしたから、あまり主力としては使われていないんだ。礼装甲冑に賜軍衣を重ねて使うというのが普通でね。あるとしたら、カプタニア山を守る神衛士だね。」
釈「カプタニア山にゲイルは来るんですか。」
まゆ子「来ない。だから、海軍の陸戦隊以外は丸甲冑は使う所が無い。」

じゅえる「ちょっともったいないな。」
釈「なにかないんですか。考えましょう。」

まゆ子「あー、ベイスラならアユ・サユル湖に近いから、湖水軍が使ってるな。マナカシップ島の警備は皆これだ。」
じゅえる「ふむ。水のある所でゲイルが居ないのが使いどころか。」
釈「それは、まあ、ちゃんと使われてるんですか、ちっ。」

じゅえる「礼装甲冑に特別バージョンは無いの? 丸甲冑に似たコンセプトを持った軽装の聖蟲用甲冑は無い?」
まゆ子「考えてみてもいいけれど、元老院が使う甲冑は礼装甲冑とはいえ特別製だよ。タコ樹脂も使ってるし。」
じゅえる「性能は?」
まゆ子「立派!」

釈「それはスタイルが良くて、見た目に派手で、いかにも高級そうというのですか。」
まゆ子「元老院はそれが一番必要なのだ。でも、武徳王の盾になるという使命もあるから、大きくて立派というのは必要な性能なんだよ。しかもかちゃかちゃと音がしない。」

じゅえる「うー、それはなんか違う。」

まゆ子「元老員の礼装甲冑はそれなりによく考えられてるんだ。この甲冑の用途はギィール神族だ。会談の場などでいきなりギィール神族が襲って来る、あるいは刺客がうじゃっと出て来る時の為に防御力よりも運動性が考えられている。あまり強力な矢はそういう場面ではないだろうと防御力は低めだが、火に強いように外回りは鉄板張りになっている。また、礼儀上内装武器が無い事を示す為のチェックのしやすさというのも性能の内で、なかなか手が込んでいるんだよ。」
釈「結構めんどくさいものなんですねえ。」

まゆ子「実は、この礼装甲冑はそれだけで使うのもいいんだけどね、増加装甲というのがある。手足のパーツも変更出来る。丸甲冑の手足はこれに組み合わせて使う事も出来るんだ。バネで繋がっていないからこそ、出来るんだよ。」

じゅえる「じゃあ、元老院は丸甲冑のパーツを持っている?」
まゆ子「穿攻隊で使っている丸甲冑の手足部分はそれだ。供出してもらってる。まあ、海軍からそっくり回してもらってるのが多いけど。ちなみに、穿攻隊の黒甲枝が用いていた重甲冑は軍政局が回収してヌケミンドルに回してます。」

釈「じゃあ、丸甲冑は手足パーツだけは数がある、重装甲のスタンダードなんですね。」
まゆ子「破損中の重甲冑、翼甲冑が壊れた手足をそれで補う事もある。つまり手足は数があり胴体部だけを作ればいいから、今量産してるんだ。翼甲冑の翅と、丸甲冑の胴体と、元老院からの手足を組み合わせてね。
 妙なものができつつあるよ。丸甲冑の肩と腰のパーツはより製造の簡単な網に変更されて、後に翼甲冑に改造する事を見込んで共通パーツとし、ありあわせの部品と組み上げてる。」

じゅえる「兜はどちらのを使ってるの。」
まゆ子「製造が簡単なのは翼甲冑の兜。丸甲冑重甲冑の兜は呼吸装置が組み込まれているから、ちと難しい。ただ翼甲冑の兜は首の部分でバネで繋がる構造になっていて衝撃を胴体で支えるようになっている。ここを外すと翼甲冑には使えないから、えーと・・・・・、どれでもないただの兜を作ってる。」

じゅえる「そういうやり方か。まあ、そんなもんだね。ゲイルには出くわさないように、てわけだ。」
釈「神兵が使うのにもったいないですねえ。」

まゆ子「この急造甲冑、のちに弥生ちゃんが分捕る手筈になってる。神兵と神族を集めて傭兵隊を作るのに、神兵専用甲冑として使うんだよ。鱗甲冑と呼ばれることになる。」

じゅえる「安物だから目を付けたんだ。」
釈「さすが。」

 

【甲冑の概要 その2】

2007/04/07

まゆ子「げばおとEP5第五章を4度目の見直ししなきゃいかんのだけど、まあそういうめんどくさい事はほっといて、むだばなしをします。

 甲冑です。」
じゅえる「こう言っちゃあなんだけどさあ、凄い甲冑、ていうだけでいいんじゃないかな、物語的には。」
釈「自作するわけではありませんし、アニメみたいに設定画が絶対必要というわけでもありませんから、そうですねえ。」
まゆ子「いやまあ、書きたいから書く。

 甲冑て物が十二神方台系に登場したのは、当然のことながら紅曙蛸女王の時代。それ以前のネズミ神官時代は防具といえば皮衣を頭から被っている、て程度でした。それと笠ね。盾じゃなくて笠。」
釈「板切れの盾の方が強いんじゃないんですか? 作るのも便利だし。」

まゆ子「いや実は、ネズミ神官時代は木の板というのはけっこうな宝物だったんだ。なにしろ石斧で木を切って綺麗に割って表面を滑らかにしなきゃいけない。加工賃がけっこう掛るから、あんまり使いたくない材料だったんだな。それに比べて笠は籐のツルを編めばどんどん大きくなる。何枚も重ねれば矢だって受け止める。しかも軽いときたもんだ。板盾より籐笠の方がポピュラーな防具になるのは必然だったんだよ。」

じゅえる「タコ女王時代は板切れ生産技術は向上したんだ?」
まゆ子「ネズミ神官時代は旧石器時代、タコ女王時代は新石器時代。石器の技術レベルが格段に違うから、板切れは普通に生産出来るようになりました。」
釈「かなり意外な話ですね。そうか、原始時代にも技術格差ってのがあるんだ。」

じゅえる「ということは、タコ女王時代になると、甲冑の需要が高まったってわけだ。」
まゆ子「まず、弓矢という道具が出たのが、ネズミ神官時代の後期から晩期です。タコ女王時代に完全に武器として用いられるようになりました。丸木の弓だと射程距離もそんなに伸びないけど、だから至近距離から射るので当たるんだよね。で甲冑が必要になる。ネズミ神官時代の主武器は投石と投槍、それに弓が加わったのね。」

釈「投石は籐笠で十分防げるとして、投槍は無理でしょう。」
じゅえる「いや、鉄の穂先が付いてる訳じゃなし、貫くのは難しいだろ。」
まゆ子「ハイ正解。刺さりません。もう根性入れて至近からぶっさすしかありません。だからそう簡単には死なない戦争でした。

 が、弓が出来ると一変。50から70メートルの距離からでも当たれば死にます。皮衣をぐさっと貫いて死にます。籐笠も貫通されてしまうのでもうびっくり。」
釈「それでもっと固い板盾と甲冑ができたわけですね。」

まゆ子「板盾と籐笠はその後もずいぶんと併用されるんですが、最終的に板盾に籐甲という姿がスタンダードです。籐甲というのは便利な防具で、これをフレームとして更に板を貼ったり皮を貼ったりと、防御力を向上させる試みが随分と行われ、また成功もしたんです。十二神方台系は夏はかなり蒸すから、着用しても風通し抜群で暑苦しくないのは良い特徴だったのね。

 で、籐甲はタコ女王時代には主兵装として大流行します。だが同時に皮衣の防御力を向上させる形で、革鎧も生まれます。レザーアーマーだね。籐甲よりもコンパクトに納まるので、格闘戦を行うプロの兵士、交易警備隊で利用されました。値段がかなり高いので隊長やら将軍やら、あるいは小王達が用いたわけですが、これが甲冑に進化します。」

じゅえる「革鎧と籐甲とでは、優劣は無いの?」
まゆ子「見た目以外、ほんとは無いんだけどね。しょせん金属器の無い時代の戦争だ、籐甲をぶった切るほどの武器が無い。むしろ当時の白兵戦標準武器である長棍棒には籐甲の方がずっと防御力が高い。ま、かっこつけのステータスシンボルだね。革鎧の方が装飾に適して居たし、工芸の技術が高度なものが必要だった。値段もずっと高いんだ。」

釈「今の革鎧とくらべて強度はどうなんですか?」
まゆ子「弥生ちゃん降臨の時期の革鎧は、全身に鉄の鋲が打ってるから強度は格段に進歩しているけど、まあ鉄の鏃を防げないて点ではあんま変わりないな。
 ともかくタコ女王時代は弓矢も石鏃だし板盾で十分防げたから、じゅうぶんな防御力があったんだ。」

じゅえる「で、ゲジゲジ王国時代だ。金属器の登場だね。」

まゆ子「まあ当時の人が驚いたのなんの、完全な防御力を持っているはずの甲冑も板盾も、鉄の剣でばさあーっとやられるんだもん。これは神罰だあーってすっとんで逃げました。矢を射掛けても鉄の鎧がかきんかきん弾くんだから、不死身に見えました。
 んでもって、弓も複合材料の弾力を強化した合成弓だし、最初期の弩も同時に出て来たから板盾をずばっと貫かれる、100メートル越えでずばっと革鎧に突き刺さる、ってんで雪崩れを打ったように方台は征服されていきました。一人で100人を射殺して3000の兵を撃退した神族も居ます。」

釈「あはは、そりゃー宇宙人に遭遇したようなものですね。」

じゅえる「初代ゲジゲジ神救世主は鍛冶屋だったっけ?」
まゆ子「ガラス職人です。火を使うのには慣れていたから、金属の扱いもすぐ覚えました。で、自分の身内の男達を鋼鉄で武装させて或る程度の人数と装備が揃ったところで、一気です。」

じゅえる「で、他は金属の使用は全然出来なかった?」
まゆ子「その暇はありません。というか、鉄を鋼にするのはかなり難しい技術がありまして、一朝一夕でできるもんじゃない。真似をしようと手を出しても、どだい無理です。」
釈「鉄ですよね、青銅器時代はすっとばして。」
まゆ子「だから、他はとても追随出来ずに、金属の使用はギィール神族に独占されたのです。で、一般庶民は金属に触る事すら許されない。金属の道具、それも武器を使用可能なのは特別に神族に許された高位の人間だけで、ステータスシンボルだから、金属器の普及なんて誰も考えない。

 この枠組みが崩れたのは神聖金雷蜒王国末期の大動乱で、兵数を増やす為に一般兵用の金属の武器が供給されて以降ですね。この時期には金属精錬や鍛造鋳造の技術で単純な作業を奴隷に任せるようになっていたから、量産が可能になりました。つまりこの時期に金属器の生産が一般人にも可能になったからこそ、褐甲角王国がその後存立する基盤が出来たてワケだよ。」

じゅえる「甲冑に戻ろう。で、ギィール神族の甲冑は最初は鉄、後にタコ樹脂?」
まゆ子「鉄は重いからね。軽量化の工夫が随分と考えられたし、身体を大きくして武装が重くても大丈夫なようにした。身体を大きくする試みがエリクソーで2メートルの巨人になる、というのにつながるし、エリクソー無しでも栄養状態によってかなり神族の背丈は大きくなりましたよ。だがそれでも重いのはイヤだてので、タコ樹脂の利用が始まり、鋼鉄の板とタコ樹脂との複合装甲へと進化します。また全身をくまなく覆うネヴュラという鎧が完成します。

 この時期の鎧の特徴としては、主要部だけを覆えば良い、という設計思想をどうやって追放するか、です。タコ女王時代の甲冑は、今もクワアット兵が使う鎧のように、首から盾をぶら下げて主要部だけを重点的に守る、という発想で作られて居ました。が神族の場合、鉄の鎧は固いから急所を狙おうという攻撃法に変り、死角を無くそうと全身くまなく覆う事が考えられるようになったのね。で、全身を覆うと重いから、軽量化を考える。」

釈「一般人の兵用の鎧に進展は無かったんですか? 末期以前は。」
まゆ子「強度の進展はほとんど無かったんだけど、製造法が格段の進歩を遂げてコストダウンに成功します。籐甲はほぼ姿を消して、革鎧が普及します。金属の穂先を持った槍に対処するには運動性を上げなきゃいけないから、籐甲は廃れます。また特別に許された鉄鏃を使う部隊も現われたので、盾も進化して表面に鉄を貼るようにもなります。

 だが鉄の利用は装備の重量の増加を必然的に招く。その解消にさまざまな工夫、荷車の発明とかがなされますが、最終的に残ったのがゲイルの使用です。」
釈「重たい鎧でもゲイルに乗っていれば大丈夫、てことです。でもゲイル以前には騎乗生物は居なかったんですか?」
まゆ子「獣人の輿というのがあった。つまりうすのろ兵の元祖だね。また人間が曳く戦車もあったけど、これを使うには平坦な路面でないといけないから、毒地つまり青晶蜥神の滑平原が度々戦場に選ばれた。でも自分の足で走る方が早かったりしたんだけどね。」

じゅえる「で、褐甲角神救世主が現われた。」
まゆ子「彼は、元々は一般兵士の一人です。というか、戦闘バンドの出身ですね。で金属の武器の使用も許されていたんだけれど神族に比べて著しく劣る装備から出発した。だから褐甲角王国の歴史はいかにして鉄の生産能力を確保するか、でもある。新時代になって、神聖金雷蜒王国時代と比べて鉄鋼生産量は3倍にもなりました。

 幸いにして彼には物好きなギィール神族の友人とかも出来て、鉄の鎧を装備するようになるんだけど、ここで重甲冑は最初から登場したんだね。なにしろカブトムシの聖蟲をのっけてる人間は怪力を持っている。常人ではありえない重量の鎧を普通に着こなせた。しかも速度が落ちない。よって、神兵の甲冑は最初から常人の倍の厚さを持っています。ま、50キログラムから70キロだね。これで十分な防御力がある。逆に、ほとんど無防備で剣一本を引っさげて運動量で圧倒するというのもよくあった。」

じゅえる「軽量化の必要が無かったわけで、これで400年ほどはまっすぐ行ったんだ。」
まゆ子「色々考えてみたけどね、神兵は普通に装甲した方が強かったんだよ。で神兵の数がどんどん増えて強力になり、金雷蜒王国が分裂し、ギジジットも危ないと感じられて毒地が形成されるようになった頃、画期的な甲冑が開発された。それが、重甲冑ヴェイラームね。ゲイルに撥ね飛ばされても大丈夫な全身バネ構造の鎧が完成した。

 しかしバネを単に人体の保護に使うのは神族の矜持が許さずに、すぐに運動機能の補助にまで発展する。で、「着る自転車」みたいな構造になるんだが、この時部分的に鋼の強度では足りない所にタコ樹脂製の部品を用いるようになり、更には軽量化というよりも鉄量の節約という意味合いからタコ樹脂による強化が行われ、乾漆による自由な成形が行われて現在に続くのです。」

釈「じゃあ、重甲冑は今よりも重かった時代があるんですか。」
まゆ子「いや、300キロよりも随分軽かったんだけど、徐々に強度を増して行くに従って結局は重くなったね。翅も付いたし火中での活動も出来るようになった。軽量化は機能の増加の為に使われた、ってわけだ。」

釈「で、今回出て来た武徳王の鎧のはなしです。」
じゅえる「でも300年前となると、400年からずいぶんと遠いね。」
まゆ子「あー、その前にも何体か武徳王の鎧はあるんだけどね、全数ちゃんとカンヴィタル王宮に残っている。現在の武徳王の甲冑は、脹れ上がる一方の重甲冑をなんとかしなければならない、という危機意識からは出発している。資源量の節約という観点からも財政的にも、軽い鎧は必要とされ、標準理想としてこの甲冑は作られた。

 まあ、話は簡単なんだよ。重甲冑には三種類の装備がある。タコ樹脂を利用した複合装甲、ゲイルにはね飛ばされても大丈夫なバネ構造、運動を補助する自立運動機構。この三つをそれぞれに発展させようという話に普通なる。で、武徳王の鎧は軽量化によって三番目の自立運動機構の必要を無くした。

 一方、海戦用の丸甲冑は複合装甲だけで普通の甲冑を作ってみた。海の上ではゲイルの心配は無いからね。
 現代の重甲冑は三番目の機構が強化されたものになっている。

 で、翼甲冑だ。武徳王の甲冑の直接の後継はこれなんだけど、運動補助にタコ樹脂の翅を用いるという新企画によって、これまでより格段に高い運動能力を獲得した。この機能は後には重甲冑丸甲冑にも部分的に採用された。で運動補助機構は省いた、軽くて小さな重甲冑として翼甲冑は作られたんだな。ゲイルにはね飛ばされても大丈夫なバネ構造も持っている。」

じゅえる「つまり、武徳王の甲冑には翅が無いんだ。」
まゆ子「無い。」

釈「製造に関してはどうなんです?」
まゆ子「タコ樹脂の翅の製造は、重甲冑製造よりもはるかに技術的には楽なんだ。というか、人力パワードスーツとなれば、そりゃあ製造は大変だ。褐甲角王国は技術的に遅れていてどうしても追いつけないから、簡単な方に進んでいく事を考えたんだね。また戦場にうすのろ兵と弩車が出現して、重甲冑の効力が疑問視されるようになり、さらに大審判戦争ではタコ樹脂装甲が燃えるという予想外の現象が出現した為に、火矢が当たらない運動能力の高い翼甲冑が主役の座を獲得しました。」

じゅえる「別の系統の神兵用甲冑てのは、無いの?」
まゆ子「カプタニア神衛士が使っている鎧は特別な革鎧、つまりは革とタコ樹脂製のかちゃかちゃ言わない奴だ。防御力は普通の甲冑以上だけど、強弩は防げないしゲイルにはね飛ばされると死んじゃう。これに翅を着けたものも考えられているけれど、そりゃ今後出そう。劫アランサ専用甲冑だ。」

釈「ギィール神族の甲冑には変化は?」
まゆ子「あれは一人一人違うからねえ。流行もあるし、新企画は随時勝手に導入されてるし、隠し武器はいっぱい付いてるし。まあ、人間が着ている限りは所詮知れてるてとこもあり、仕方ないところもある。

 それよりも、実は神祭王から贈られた「弥生ちゃん甲冑」はかなり新機軸が投入されているんだよね。あれはタコ樹脂製のチェーンメイルなんだ。目が非常に細かい鎖を銀タコ石の糸で繋いでいる。軽くて頑強な素晴らしい甲冑だよ。」

じゅえる「ギジシップ島で遭遇した重甲冑は、黒甲枝が作るのと一緒?」
まゆ子「ほぼ同じ。装甲材が新型になってるけど、耐火で表面層が鉄張りになってるてだけだね。これは冷却には不利なんだが、内部に排熱機構を独立して設けている。ま、重甲冑を神兵用以外で作るのは初めてだから、あまり冒険はしていない。」

釈「これから新型甲冑は出ますか?」
まゆ子「西金雷蜒王国の海戦用甲冑が出て来るし、翼甲冑の廉価バージョンである草甲冑も出て来る。だが要望があれば受け付けるよ。」

じゅえる「そうだねえ、神人が着る甲冑とか、人食い教徒が着る甲冑とかはどうかな。」
釈「それは随時なんとかなりますから、ここはもっと厄介なものを。たとえば生体甲冑とか。」
まゆ子「残念ながら、弥生ちゃんが北に飛ばされた時に最初に遭遇するのがそれだ。聖蟲の試作バージョンとして、人体をそっくり覆う甲冑というかパワードスーツがある。」
じゅえる「その程度じゃあダメなんだよ、甘いなあしゃくちゃんも。」
釈「しょぼおん。」

じゅえる「十二神方台系には魔法は無いんだよねえ。てことは、むしろ魔法の甲冑てのを出してみろ、と挑戦的に言うのが正しい。」

釈「焔アウンサさんとか彩ルダムさんとかは礼装甲冑てのを着てますよね。あれはどの程度の装備なんです?」

まゆ子「あれは常人が着る事を前提として作られた甲冑で、グレードが色々有る。

 一番高いのが元老員金翅幹家の人間が使うもので、鋼とタコ樹脂の複合材料が用いられているギィール神族のネヴュラと同等の品で、黄金や銀の飾りが施されている。これは高い。
防御能力的には丸甲冑に継ぐ強度を持っているね。丸甲冑は神兵が用いる事を前提としての重装甲があるから、かなり重い。ネヴュラとの違いは隠し武器が無いってとこだ。褐甲角王国では卑怯だと嫌われる。
ただ元老員には聖蟲を持たない人間というのも居て、その人達はギィール神族みたいに体格が大きくもないから、後で言う常人用礼装甲冑を用いている。

 2番めに高いのが黒甲枝が用いるもので、聖蟲を返上した者、あるいは軍務にあっても正面での戦闘を行わない者が用いる事を前提に作られている。
黒甲枝の家の出身者で聖蟲をもらわない者もこれを用いる事がある。ま、そういう人は普通クワアット兵になってるけどね。
色は特に定められていないけれど普通錆防止に塗料を塗っていて、銀の装飾が施されている。黒甲枝は黄金を使うことは普通許されていない。黒甲枝主要家のチュダルムやらレメコフ家くらいだね。
強度の点では常人用普通甲冑の最高レベルの防御力を持つけれど、やはり重い。だから聖蟲を譲ったという人はもうちょっと簡易な軽い甲冑を使っている事が多い。これは実戦用では無く、クワアット兵の甲冑に防御力では劣る。逆に、聖蟲がある者は増加装甲を付けて防御力を強化しているのが普通だ。

 3番めはクワアット兵の上位の者、大剣令クラスが用いるのだ。まあこれは王宮に上がる為に用いるものだから実用性は必要無い。上で言った聖蟲を譲った人が使う実用性の薄いものである事が多い。というのも、クワアット兵は大剣令クラスでも裕福とは言い難く、金が無い。クワアット兵は基本が一代限りだから、個人で甲冑を買えない。そういうレベルの人は黒甲枝との繋がりが深く、礼装甲冑を借りているのだよ。

 で、クワアット兵の鎧だ。一応これも礼装甲冑に分類される。というのも、クワアット兵はこれを着て武徳王の前に出る事が許されるから、便宜上そうなっている。
実用本意ではあるが、クワアット兵は王国の華であるから、見栄えがいいようにデザインもされている。
特に目立つのが胸盾で、首からぶら下げた盾というタコ王国時代からの甲冑の様式を模した姿になっている。これは実際外す事も出来て、盾として用いるのも可能。完全プレートメールではなく、レザーアーマーの上に装甲をぶら下げているという形だね。手足は金属製だけど。
 実用品としてのクワアット兵の鎧は、常人が用いる甲冑としては最も完成度の高い、防御力も文句が無い非常にレベルの高いものだ。ただコストの問題があるから、金雷蜒王国の狗番の鎧ほどには硬くない。けど、狗番でも徒歩の場合は例の蛤様の甲冑はあんまり用いないからね、やっぱ重過ぎる。

 ついでに言うと、狗番の蛤様の鎧も礼装甲冑と看做される。ステータスの高い鎧ってわけだ。
ギィール神族の盾として矢を防ぐ為に用いられるから、費用はそれぞれの主人持ち。鋼鉄板を叩いて成形したもので、肩に蝶番があり上から被る。肩の部分が拡がっているのは、主人がゲイルの背に登る際に踏み台として使う為ね。
まあ重いから、ゲイルの背に無い時はこれは着用しないで半分裸同然の姿で戦場でも従うよ。
実は同じ形状でタコ樹脂の複合装甲を用いた、軽い鎧も存在する。これは軽い。もちろん費用が随分掛るんだが、金持ちの神族は今次大戦においては狗番にこれを着用させている。

ちなみに、キルストル姫アィイーガの狗番ファイガルとガシュムは甲冑の前板だけこれになっている。イルドラ家の狗番は全鉄製の旧いのを持って来ている。だからイルドラ家の狗番は通常は軽装で動いているよ。緊急時は首から盾を掛けて甲冑に換える。便利なもんだ。
弥生ちゃんについてきたサガジ伯メドルイの狗番ミィガンはこれを用いていない。

***** *******

まゆ子「ものはついで。235記法についての説明をしておこう。十二神方台系においては、数を表記するのに1・2・3・5の数字しか用いない。これを235記法という。」

じゅえる「不便じゃないの?」
まゆ子「とんでもない! これは物凄く合理的な表記法です。

 ま、話はかんたん。これは十二神方台系の算盤に表される数字と同じものなんです。方台の算盤は石盤、もしくは木の板に溝が彫っているだけなんですが、10〜15本直列に溝があるのね。で、この列が上下二列ある。上が答えの列で下が仮の数字の列。下の列をいじって上の列に答えを置く、という形で使う。
 で、この列に置く石が、1・2・3・5の4種類しか無いんだ。」

釈「つまり、4種類の石を列の数だけ揃えればいいんですね。で、メリットは?」
まゆ子「実際にやってみるといいんだけど、1から11までの数が、この4個の石で完全に表現出来る。つまり足し算だ。

  1-1,2-2,3-3,4-13,5-5,6-15,7-25,8-35,9-135,10-235,11-1235

ね。12で繰り上がるから、この4つの石で上等。」
じゅえる「…ほんとだ、嘘みたい。」
釈「書けるもんなのですねえ。」
まゆ子「で、これを南アメリカ文明みたいにキープで表現すると、かなり便利だね。12進法が綺麗に表現出来る。列に数字が無い、0の場合は紐をまるく結わえておく。」

じゅえる「なかなかべんりなもんだねえ。でもこれで近代的な計算は難しいでしょ。」
まゆ子「むずかしい。だから弥生ちゃんは10進法を導入して、5つ珠の算盤をつくらせた。これで猛烈な勢いで救世主神殿の経理をばちばちとやっちゃうんだ。弥生ちゃんは小学5年生で段取ったから、すごいよ。」
釈「では方台の職人に算盤を発注していたんですね。ふーむ、ではこれを使えばものすごい勢いで計算力が高まるという話ですよ。」

まゆ子「でもね、235記法はそれなりに合理的なんだけど、実は完全な12進法を使って居たわけじゃない。10進法も併用していた。11の記法を見て分かる通りに、1と235なんだね。これを1余りの法と呼び、10人の隊に隊長が一人、という風に数えている。だから10人隊は11人居るし、20人隊も21人居る。税金とか手数料もそうで、10余り1の1を納めるようになっている。」

じゅえる「いやな慣習だね。」
釈「でも9パーセントてことでしょ、税率。・・・あ、これを関税と考えると、関所を通る度に9パーセント抜かれていく・・・。」

まゆ子「そうなんだ。タコ王国時代末期はこれで凄い事になった。借金の利率も9パーセントだ。貸した金の9パーセントを最初に天引きして、期日までに全額返す、という形になっている。複利計算は無い。ま、複利計算を発明したバカが居ますけどね。」
じゅえる「まさかトイチじゃないよね。」
まゆ子「借金の最低期限は一ヶ月28日だ。普通は3ヶ月で借りるけど、年率36パーセントだな、まあ酷いといえばそうなんだけど、複利じゃないから許されているよ。」

じゅえる「しかし10進法に換えるには数字を新しく作るしかないね。」
まゆ子「そのとおり。弥生ちゃんは幾何の本を書いたけど、これの説明にはどうしてもアラビア数字が必要だった。つまり、自分の都合で強引に押し付けるのだが、まあいいじゃあないですか。」
釈「きゃぷてんのする事ですからね。」

 

 

【至極いいかげんな話】

「ガモウヤヨイチャンさま、人の祈りが天に届く仕組みをお聞かせ下さい。」

「プラズマです! プラズマが天に人の願いを通じさせるのです。その秘密は電波にあります。」
「デンパとは、一体なんでしょうか。」
「電波はプラズマ同士の呼び声です。プラズマが発し、また受け取るものです。その速度は光と同等に、この世で最も早い。」

「具体的にはどの程度の速度でしょうか。」
「あ、という間に月まで届きます。」
「それは凄まじい早さですが、どうやって止まるのですか。」
「いや、止らないから。受信者は通り抜ける電波の力をただ確かめるだけです。つまり、それが何を意味するかを知るのですね。」
「情報をやりとりするだけの存在ですか。」
「それ以上を望むと、かなり恐ろしいことが起きます。なんとなれば、電波はプラズマから発しますが、プラズマはまた電波によって生まれます。」

「二つは同じものでしょうか。」
「物質に強力な力が働いて、通常の固体液体気体の状態を超越したものが、プラズマです。つまり電波が物質に衝突して強力に作用すると、分解してプラズマになります。だが通常、地上ではそれほど強力な電波は飛び交っていない。」
「天上界では強いデンパが飛んでいるのですか。」
「だから、天上界にはプラズマ以外の物質はほとんど存在しない。神もまたプラズマを肉体として持っている。」

「おお! なるほど、神自体がプラズマなのですね。」
「いや違う。プラズマはあくまで物質の在り方の一つであり、意識や能動性を備えていない。方台哲学で言えば、”劫”を持たない。
 プラズマにとっての”劫”は雷だ。」

「雷とプラズマはどのような関係にあるのでしょう。」
「人が生きるのに呼吸をするのと同じく、プラズマが活動するには雷が欠かせず、また雷によってプラズマが発生する。

 簡単にいいかげんに説明すると、プラズマに電波が当たれば雷が発生する。雷が流れると、プラズマは運動を始め個別の形状を形作る、光を発する。またプラズマの状態が変化して疎密の偏在が発生すると、雷が生じ電波が発せられる。」
「おお! まさに肉体と生命、思考・霊魂の関係の相似でありますね。」

 

「まあそのようなわけで神・聖霊とは、プラズマの中に雷が走り電波を持って会話する存在であり、単純な物質ではないわけだ。人間が肉の塊でないのと同様に。」

「しかしそれほど強力な天上界のプラズマに対し、地上の存在はあまりにも小さく、祈りも掻き消えてしまるのではありませんか。」
「うむ、まさにそこが核心なわけです。電波はそれぞれ波を持ちます、波自体が電波の力であり、波の違いによってそれぞれ受け手を選ぶことが出来ます。微弱な電波であって、それを受け取ろうとする意志があり適切な状態を持っていれば、確実にそれは届くのです。」

「どれほど小さな声であっても、天上の神々は見落とさないということですね。」
「いや残念ながら、同じ波を持つ電波が錯綜すると、それは混ざって意味不明になってしまう。つまり波の純化と妨害の排除が必要となります。」
「なるほど。悪がそこに存在し、祈りが届くのを妨げるわけです。納得できるお言葉です。」

「ま、ぶっちゃけ波の力が大きければ、それに乗ってる意志も容易く届くわけですよ。ただそんな力業は人間には難しい。そこでさまざまな方策を用いる必要に迫られます。

 最も簡単な方法は、聖蟲に頼ることです。聖蟲には直接天上と繋がる専用電波があり妨害を排除する仕組みも持っている。確実です。」
「それは至極当たり前の方法ですが、聖蟲に頼らずには出来ませんか。」
「うーん難しいな。方台の今の文明の段階では無理なのだよ。つまり科学技術でプラズマを自ら生み出し波動を与えれば、自ずと電波も発振する。人の意志をそこに乗せることも出来る。」

「プラズマは焔と聞きました。焔を揺らすことでデンパは出ませんか。」
「もっと良いプラズマの作り方があります。というか、人間はすでにプラズマを日常手にしているのです。」
「焔以外に、ですか。それは如何なる形でしょう。」
「金属です。」
「金属? つまり鉄や銅や金銀ですか。」

「ギィール神族がゲジゲジの聖蟲より与えられた知識により、方台に金属はもたらされた。その神学的意味は、プラズマを内包する物質の使用が人間に許可された、ということです。
 ネズミ神官により焔が地上にもたらされ、紅曙蛸女王により人に焔の利用が許された。そして焔を以って石を溶かし金属を導き出す。すべてプラズマに関連する事件です。」

「わかります、大いに分かります。ではただの物質も内部にプラズマを宿せば金属になる。」
「いや、ただの物質から金属に精錬することで、プラズマと同等の振る舞いをする存在になるのです。これに雷を流せば、電波が発生します。また金属を電波を受け易い形状に加工すれば、誰の目にも電波が見ることができるようになります。」

「おお! その方法を是非とも御伝授くださいませ。」
「いや簡単なんだ。金属で丸いワッカを作って、一ヶ所だけ欠いておく。これに電波をぶつけると、その間隙に極めて小さな雷が走る。これが電波を受け取った証明だ。雷がゴロゴロ鳴る日には簡単に起きる。」
「なんということか。そのような簡単なもので、天上の秘密を覗くことが出来るとは。」

「とはいえ、それだけでは単に電波があるのを知るだけの話。そこからどのように電波を操る術を手に入れるか、ざっと500年の長きに渡る学者の知的格闘を要するのだな。」
「もちろんです。我ら誰一人天上の秘密の解明に努力を惜しみません。何世代に渡ろうとも、必ずデンパを手に入れて御覧にいれます。」
「うんうんその意気だ。」

 

「ガモウヤヨイチャンさま。白穰鼡(ネズミ)紅曙蛸(タコ)金雷蜒(ゲジゲジ)の三神がプラズマを地上に人間にもたらした、それは理解いたします。それでは褐甲角(カブトムシ)神はどのように関わるのでしょうか。」

「うん。まずは私、青晶蜥(トカゲ)神は人間についにプラズマの奥義を明らかにした、というとこを理解しなければならない。人間の知恵がプラズマを扱う段階に到達したと看做して御許しになられた、天河十二神の恩寵なのだよ。」
「有り難く、勿体ないことでございます。」

「さて褐甲角神だ。カブトムシの聖蟲は人間に無敵の力と感覚の強化を授ける。一見するとプラズマはどこにも関与していないと思える。褐甲角神の使徒は別に金属や土器陶器などもたらさない。物質的にはなんの贈り物も無いと思えるね。」
「はい。これは特別な意味のあることでしょうか。」

「だが我々は既に、プラズマと人間存在の類似について知識と理解を得た。であれば、カブトムシの聖蟲が人間に力を授ける仕組みも、自ずと理解できるだろう。」
「? …、おおなるほど、なんということだ。プラズマが、人間の体内にも宿る、ということですか。」
「うむ。」
「では人間の体内に宿るプラズマを用いれば、天に直接祈りが届くのですね。」

「それは甘い。だが、まあそういうことだ。つまり地上に住まう人間が天と直接交信せんと欲すれば、聖蟲を手に入れねばならぬ。体内に宿るプラズマと電波で感応する聖蟲がね。

 だが天上より与えられた贈り物ではなく、自らの知恵で作り出した人造の聖蟲でなければならない。それは蟲の形をしていないかもしれない、複雑な機械であるだろう。だが人間が完全にプラズマの奥義を見出し、自在に操る術を手に入れれば、必ず作り出すことが叶うのだね。」

「われらにそれが可能でしょうか。」
「私の次、天鳴蝉神ゼビの救世主の時代には、それが当たり前になっている。天空を自在に渡る蝉蛾の神の救世主は、まさに天河に通じる人の代表なのだよ。」

「ならば、人は必ず、」
「邪道に踏み出さず、天の指し示す道を真摯に歩み、研究と工夫を怠らなければ、ね。」
「はい。」

 

EP7第七章姫一刀奥義斬

【6日前】

 ベギィルゲイル村に、かねて要請していたメグリアル劫アランサ王女に代わって赤甲梢を指揮する兵師監がやって来た。
 これでようやくアランサは伯母 焔アウンサ王女の暗殺現場に赴く事が出来る。
 カプタニア中央軍制局の事情聴取も控えているのだが、望むところだ。

「どうしました?」
「いえ、少し。」

 赤甲梢神兵頭領シガハン・ルペが実に複雑な顔をする。交代する兵師監の人物に彼は覚えが有った。

 アスマサール幣ガンゾヮール。
 前紋章旗団司令にして、赤甲梢にとっては恩人にも当たる。

 紋章旗団は焔アウンサ王女の檄文に応じて任地を離れ東金雷蜒王国領に突入し、赤甲梢と共に電撃戦に参加した。
 これを、幾多の葛藤はあったものの、最後には快く送り出してくれたのがアスマサールだ。
 紋章旗団は帰還後は英雄として扱われ大歓迎を受けたが、許した彼は中央軍制局や金翅幹元老院から厳しく指弾される。

 まずいな、と焔アウンサ王女も様々に手を尽して弁護を試みていたのだが、暗殺事件後はどうなったか。

「私は良い人をお迎え出来たと思いますが、」
「ええ、多分、最高とは言えないまでも好意的な人事なのでしょう…。」

 アスマサールは40代半ば、近衛兵団に長く属し今次大戦で兵師監の位を授かった。儀典や練兵には明るいが正面戦闘の指揮には経験が薄い。
 金雷蜒神聖王を守護する役目であれば、彼の能力はまさにふさわしい。有職故実にも精通する。
 そもそもが紋章旗団を引き受けたのも弥生ちゃん、青晶蜥神救世主を守護する為であったのだ。

 戦闘に関しては赤甲梢自身に任せれば問題無い。まったくもって無難な人選であろう。
 ただ、

「煮え切りませんね、シガハン・ルペともあろう人が。」
「もうしわけありません。彼の御仁は、私はちょっと苦手で。」

 赤甲梢は近衛兵団と定期的に技術交流を行う。20名ほどの殴り込み遠征団を毎年送り込んだ。
 神兵頭領、赤甲梢で最強の神兵と来れば、あちらでも放っては置かない。
 ルペは次から次へと群がり来る腕自慢の猛者達を薙ぎ倒して来た。

 それは良い。だがおまけに査閲という耐え難い苦行も付いて来る。
 実戦部隊であればこそ、規律も厳正に守られるべきだ。武術兵法のみならず神兵として礼典の理解や徳目の実践、神聖秩序への帰依を形で示さねばならない。
 赤甲梢には一般人クワアット兵からの昇格組が多数居る。彼等が特に念入りに調べられる。

 査閲を取り仕切ってきたのが、アスマサールだ。
 まあ口うるさい人だった……。

 

「足がお悪いのですか。」

 杖を片手に左足を引きずる兵師監にアランサは思わず声を掛けた。重甲冑着装のまま紋章旗団に随走して、膝を痛めたと言う。
 いざとなれば自身も金雷蜒領に突入して、紋章旗団を造反の罪から救うつもりだったのだ。
 残念ながら重甲冑は機構上長距離を走る能力を持たず、やむなく脱落を余儀なくされた。

「これはこれで満足はしておるのです。夏に実戦をする機会が無かったので、せめてこのくらいに傷を負っていないと王都で肩身が狭くなります。」

 そうは言っても膝の故障は神兵でも簡単には癒らない。いや、通常の医術では元に戻らない。
 アランサは青晶蜥(チューラウ)神の神剣の力による治療を勧めたが、彼は笑って拒絶する。
 神族神兵は他神の助けを軽々には乞わない。それが信仰というものだ。

 

 問題は、ゲバチューラウがアスマサールを認めるか、であった。
 面映いばかりであるが、アランサ個人が神聖王に気に入られて護衛の任を務めている。公式には褐甲角王国が守る義理は無い。

 戸外の日当たりの良い場所で、狗番や神官巫女が多数控える中、ゲバチューラウはキルストル姫アィイーガと盤上の遊戯を楽しんで居た。
 白黒金色の人形の駒が、9×9の正方形の升に並ぶ。

「王女はこの遊戯を御存知か。」
「チェスでございますね。ガモウヤヨイチャンさまがお伝えになられた、星の世界の遊戯です。戦を模したものと聞いています。」
「なかなかに楽しいぞ。」

 アィイーガはこの遊戯の達人である。なにせウラタンギジトではやる事が無かったから、遊んでばかり居た。
 だが9×9であるからチェスではない、将棋だ。

 最初弥生ちゃんは日本の将棋を教えたが、木切れで作った駒が貧相で評判悪かった。そこで職人に頼んでチェスの駒のようなものを作ってもらう。
 またルールを多少変更する。「持ち駒を打つ」行為が裏切りを思わせて、すこぶる反発をされたのだ。
 とはいえ将棋からそれを抜くと、一気に面白みが減る。妥協案として「歩=雑兵」だけは打つことを承認させた。
 両軍は黒(褐甲角)と金色(金雷蜒)に分かれ、最前線に列を為す「雑兵」は双方ともに白い。三色の駒が並ぶ事となる。

 ついでに「リサイクル」という特殊ルールを追加した。
 敵の駒を打つわけにはいかないが、自分の駒なら話は別。
 敵陣に入った「香車」と「桂馬」は、持ち駒に「歩」があればそれと交換して「成る」、つまりは「金」になる。
 で、手元に戻った「香車」と「桂馬」をどこでも好きな所に置ける寸法だ。弥生ちゃんはどうしても駒を打ちたかった。

 ちなみに駒名は、「歩=雑兵」、「香車=槍兵」「桂馬=イヌコマ」「銀将=剣令」「金将=近衛」「王・玉」、「飛車=神兵/神族」「角行=兎竜/ゲイル」。

 

 控えるアスマサールに、駒に伸ばした繊手を止めてアィイーガが尋ねた。もちろん彼の経歴の調査はとっくの昔に完璧になされている。

「兵師監、そなたは王族の結婚式にも詳しいか。」
「は。褐甲角王国の礼典に従うものであれば、幾度か警備を務めております。」
「遠からずその経験を活かすこととなろう。」

 引き継ぎは終了した。ゲバチューラウとアィイーガは再び遊戯に興じ、アスマサールは御前を退いた。
 残るアランサに、今度はもっと身の有る話が始まる。ゲバチューラウが盤から顔を上げ、王女に振り向いた。

「王女は毒地を兎竜で突き切り、直接にミンドレアに向かうおつもりだな。」
「はい、その経路を予定しております。」
「途中、我が軍の傭兵市の近傍を抜ける。その地に集う神族は通行を看過しないだろう。勅状を授ける故に補給と支援を受けるが良い。」

「お言葉ではありますが、」
「いや、王女には彼等に別の書状を届けてもらいたいのだ。」

 アィイーガの手からゲジゲジ巫女に渡り、アランサの元に差し出される。山蛾の絹布に記された公式の命令文だ。
 皮肉な微笑みに唇を歪めて、アィイーガが内容を説明する。

「傭兵市『ラグノーブ・モン・ファンネム』に集うギィール神族に、ゲイルを押し出してヌケミンドル国境線に集結せよ、との命令書だ。」
「! そのようなものを、敵国の王女に託すのですか。」
「よいではないか。神族達も喜ぶぞ。」

 夏の大攻勢のようにゲイル騎兵を集結させて、軍事的緊張を高める。和平を目指すはずのゲバチューラウが、この時期に何故?
 神聖王本人が口を開く。

「カプタニアの者共に、赤甲梢の有り難味を今一度思い起させねばならぬ。」

 案じているのだ。アランサは王都で事情聴取という名の弾劾を受ける、それを知っているからこその処置だ。
 だがさすがに脅しがきつ過ぎる。断ろうとする言葉を先読みされて、留められた。

「理由はもう一つ有る。ガモウヤヨイチャンがまもなく方台に帰還する。出現する場所は、カプタニア。」
「カプタニアに。そのように正確に分かりますか?」
「青晶蜥神救世主が召し使う密偵は、元はギジジットの王姉妹に仕える『ジー・ッカ』だ。彼等より方台の現況を聞かされ、最も効果的な場所に現れる。
 次に歴史が動く場所は、」

「カプタニア。ソグヴィタル王の裁判でございますね。」
「ゲイルの姿を間近に見せ脅威が未だ存在すると教えれば、裁判の行方もまた変わってこよう。」

 しかもその場に赤甲梢の総裁、いや次の青晶蜥神救世主とも目される空中飛翔者も存在するのだ。
 これ以上無い舞台であろう。弥生ちゃんは必ず来る。
 アランサは弥生ちゃんの性格を知っている。アィイーガもよく弁える。

「それはもう、歴史に特筆されるほど派手に現れるでしょうね。」
「まったく。飾り気は無いくせに演出は能く心得るからな、アレは。」

 

 翌早朝、木立の中でアランサは神刀を振るう。衣川家伝一刀流の型稽古、一振りごとに青い光の雫が舞う。
 凛々しく麗しい姿に、輔衛視チュダルム彩ルダムは目を細めて見つめる。
 
「そろそろではないか。」

 振り返ると、筋骨隆とした優美な男性が立っている。カブトムシの聖蟲は人一倍の感覚を聖戴者に与えるのに、彼は気配すら感じさせずに動く。
 神剣匠ゥエデレク峻キマアオイ。東金雷蜒王国で最高の戦士だ。

「なにがでございますか。」
「技量は既に神域に達するが、王女はこれで人を斬ったことが無いだろう。」
「それは、王女ですから。王女にそのような真似をさせるのは我等黒甲枝の恥です。」
「不自由なものだな。」

 心配は無用。実のところアランサも自らを護る為に剣を振るった経験が有る。
 カンヴィタル武徳王に代り王国の隅々にまで威徳を伝えるメグリアル王族は暗殺の危難に遭うことが多く、何人もが公務で斃れている。
 最近の事例であれば、キスァブル・メグリアル焔アウンサ。

 型を一通りこなして静かに納刀したアランサは、神剣匠の傍に寄ってちょっと物騒な説明をする。

「この剣術は怪物を屠るのを目的に改良されたものです。試し斬りであればゲイルでも用いないと不足です。」
「それは可哀想だ。勘弁してもらいたい。」

 ベギィルゲイル村での稽古も最後となる。木立の間で熱心に見学していた両軍の剣匠や剣令、また特に許された武術家は下がる王女に次々に頭を垂れる。
 彼等の内の何人かは見たままを覚えて一流を起こし、後の剣術大流行の基となった。
 聖戴者の数が徐々に減り無敵の神兵やゲイルの脅威が減じ、 只の人間同士が争うようになった世の話である。

 アランサは宿舎に戻ると侍女に命じ、自らの化粧を整え出立の準備をする。
 兎竜での旅に一般人の侍女女官を伴えない。肩高4メートルから落ちて無事なのは褐甲角の聖蟲を持つ者に限られる。
 よって電撃戦時の伯母と同じく、チュダルム彩ルダムを伴う。

「アランサさま、これでおかしくはありませんか?」
「…やはり大したものですね。流れるようで少しも甲冑らしくありません。」

 アランサと彩ルダムはゲバチューラウから武具を拝領した。
 女性が着ても装いが崩れず美を損なわない、鎖帷子の領巾を重ねたものだ。極めて細かい目の鋼の輪をタコ樹脂の糸で連ねてあり、普通の鎖帷子では防ぐのが困難な矢も柔軟性で受け止める。
 この鎧が特に優れているのは、兎竜に乗るのに特別な工夫を必要としない点にある。王女の旅立ちに合わせて組み上げられた。

 敵国の王からもらったものを、と思う人は方台には居ない。
 王族や金翅幹元老員が下げる黄金造りの剣、軍が主兵装として用いる弩車、神兵が纏う重甲冑翼甲冑の主要部品も金雷蜒王国の製品だ。
 ギィール神族は建国当初から、物心両面で敵となる褐甲角王国を援助している。
 退屈をまぎらわす為、でもあろう。天河の計画が褐甲角(クワアット)神の使徒を必要とするから、でもあろう。
 今も時折神族が亡命して来て、様々な技術を提供してくれる。

 変な関係だとはアランサも昔から思って来た。ひょっとすると、ゲジゲジの神とカブトムシの神は争う必要が無いのではないか。

「どうです?」
 完全装備に兇悪なチュダルム槍を構える彩ルダムの姿は雄々しく美しく、侍女達も褒めそやした。

「なにしろ敵の宿営地をかすめるのですから、一戦ありますよ。アランサさまも御自身の剣のみならず神刀もちゃんとお持ちください。」
「わかってます。」

 

 用意をすっかり整えて、村を出て草原に向かう。女官侍女や官人兵士、それに村の民も大勢が見送りに付いて来る。
 防風林を抜け青く広がる草原を望むと、既に赤甲梢の神兵が勢揃いして待っている。
 総裁代理アスマサール、神兵頭領シガハン・ルペを筆頭に神兵150名、兎竜30騎、クワアット兵500名が並ぶ。

 これが伯母が鍛えた褐甲角最強の部隊、電撃戦を潜り抜け和平の大役を成し遂げた精鋭だ。

「皆さん。」
 壇に立ち見守る人の多さに少し戸惑いながらも、アランサは別れの挨拶をする。

「私はこの地を離れカプタニアに参ります。これは赤甲梢改編の交渉を行う為でもあり、より皆さんの立場が良くなるように条件を整えて参ります。
 ですが、兎竜隊の分離は大戦前からの規定路線であり、装甲神兵団も各地に分散されるでしょう。一堂に揃う機会は残り僅かとなります。
 200年の歴史を誇る部隊の最後と思えば残念ではありますが、しかし皆さんは他の神兵黒甲枝が羨む褐甲角神使徒の本道を極めた、栄光ある武者です。
 誇りを胸に、前総裁の志と共に最後まで任務を全うして下さい。

 また、この旅で私は伯母 焔アウンサ王女が斃れた現場に慰霊に参ります。赤甲梢全員の願いでありますが代表となり可能な限りの調査を行い、復仇が叶えば手立てを企てましょう。
 その際は必ず赤甲梢より要員を選び専従の任としますので、どうか吉報を待って下さい。
 更には、伯母と共に金雷蜒王国領侵攻を企画立案なされたソグヴィタル王が南海にて捕縛され、王都にて再度の審判を受ける運びとなっています。
 微力ではありますが私も発言の機会を頂けるように務め、王の功績にふさわしい処遇を勝ち取れるよう尽力したいと存じます。

 為すべき事の多い旅ですが、ええ、私は休むことを望みません。武器は必要無くとも戦わねばならぬ時です。
 勝利と、新時代においても力強く働き死ねる戦場の巡り来るを欲し祈願します。

 赤甲梢の神兵よ、クワアット兵よ。再び見える日の来る事を、叶わぬ者とは天河の神の膝元にて伯母と共に会えるのを後の楽しみにいたします。」

 神兵頭領が一人大剣をかざし、翻る赤甲梢の軍旗に陽の光を照り返す。「赤翅葉冠紋」が描かれた旗を、アランサも掲げて草原を走る。
 随行するのは、チュダルム彩ルダム。兎竜隊青旗団長メル・レト・ゾゥオム中剣令以下4名の若手兎竜騎兵。
 王女と彩ルダムは同じ兎竜に乗る。

 兎竜への騎乗の足場となる栄誉には、カムリアム・サイ中剣令が選ばれた。翼甲冑の肩に王女の足を乗せ、一気に獣の背に投げ上げる。

「シガハン・ルペ。後は頼みます。」
「万事お任せ下さい。ですが、もしガモウヤヨイチャン様の再臨がございましたなら、我等にも出番が有る場所での戦いをお勧めください。」
「ええ、それは間違いなく。あの御方は人の喜ぶ事をこそお選びになられます。」

 ルペ以外の神兵はといえば、誰もがアランサの身を心配する。
 いかに兎竜騎兵、神兵の護衛が有るとはいえ、敵地を横切るのだ。案ずるなという方が間違っている。
 だが王女はくすくすと笑う。

「私を誰だと思っていますか? 方台で唯一の空中飛翔者ですよ。」
「…あ。」

 笑いながら兎竜をゆったりと進ませる。長く白い獣の首を南西カプタニアの方向に揃えて、笞を入れた。
 春の日を浴びて輝く緑の海を、兎竜は風の早さで進む。
 左右に並ぶ護衛を見やり、背でしがみ付く彩ルダムの腕の温もりを感じた。

 たちまち村は遠くなる。村の外に作られ急速に整備されつつある市の、見送る大勢の人が蟻のように蠢く。

 アランサは小さく呟いた。
「次は、私の番だ。」

 

 この草原の向うにいかなる苦難が待ち構えているか。
 焔アウンサ王女を暗殺し武徳王陛下にまで刃を向けるのは、何者か。
 陰謀の裏に居るのは誰か、ハジパイ王か。

 

【二日前】

 東金雷蜒王国神聖王ゲバチューラウが半年にも渡って褐甲角王国に居座り続けたのには、和平以外の目的が有る。
 毒地の領有化の確立だ。

 弥生ちゃんのハリセンによる浄化で緑が戻ったとはいえ、未だ経済的利用には難が有る。毒地は安全な水の確保が難しい。
 水場の所在を示す詳細な地図が無ければ自由な往来が出来ないのは、防衛的観点からは好都合だ。しかし、発展を考えるとかなりの投資をしての改良が必要となる。

 ゲバチューラウの懸念は、この投資だ。
 商業利用が可能となれば、当然に褐甲角王国の侵入を招く。そうでなければギィール神族の寇掠軍の前線基地が恒常化するのを見過ごすばかりだ。
 大規模な投資と共に防衛の負担が増えるのは、いかに裕福な東金雷蜒王国であっても許容できない。
 特に神族を貼り付けるのは難しい。面白くない仕事を契約や規則で押し付けられて、はいそうですかと素直に従う神族は地上には居ない。

 そこで持ち上がるのが、青晶蜥王国だ。
 緩衝地帯として、毒地の真ん中に青晶蜥王国領を設ける。褐甲角王国としても、直接にゲイルの脅威を招かないのであれば、他国の存在を認めるであろう。
 投資も損なわれず、また双方から招き入れる事も叶う。
 資金や技術は金雷蜒側から、人間や資材は褐甲角側から。ただし利益が上がるのは最低でも百年後となる。

 この間を平和のままに留めるにはどのような策を巡らすべきか。
 ゲバチューラウは思案する。
 青晶蜥王国が固有の武力で安定をもたらす、わけにはいかない。そこまでの力を与える気は無い。
 しかし弱過ぎて緩衝地帯としての機能を喪失させては元も子も無い。

 婚姻を了承し正妃となる予定の、キルストル姫アィイーガが妙案を授けてくれた。弥生ちゃんがかって漏らした構想を伝えたのだ。

「褐甲角神兵とギィール神族の混成部隊? 合同軍か。」
「面白い発想でしょう。」

 青晶蜥神救世主の呼び掛けに応じて参加した神兵と神族、その他有志の兵で軍隊を作り、どこの国の利益からも中立な立場で紛争の解決を図る。
 『神聖傭兵』との言葉も教わった。
 介入すべき正当な理由と納得のいく対価の提示によって、部隊は発動する。

 対価が必要という点が面白い。この規則によって独善が排される。所詮は金の為に戦うのだ。
 ただし聖戴者を金で釣るなどは有り得ない話で、やはり各々の信念や信仰、正義によって参加する。
 それを正面に押し出す事を禁じるわけだ。

「酔狂だな。」

 酔狂こそがギィール神族の行動原理。この構想は必ず上手くいく。
 だが神兵を抱き込むにはどうするべきか。

「赤甲梢を奪い取ればよいのです。劫アランサ姫を傭兵団の長にいたしましょう。」
「だが聖蟲を授けるのは武徳王の権限だ。我が意のままにならぬと分かっている者に与えるのは、良しとせぬだろう。」
「褐甲角神の使徒は、必ずしも武徳王に忠実というわけではないようです。デュータム点ウラタンギジトでよく観察をしましたが、彼等はカプタニアの意向よりも初代カンヴィタル・イムレイルの誓いを優先するのです。」
「ほお。つまりはこちらに正義が有ると思えば、武徳王にも逆らうと。」
「ありますね。」

 であれば、褐甲角王国を堕落させればよい。ほんの少し、心有る者が眉を顰める程度で収まる程度に、だ。

「その策も、ガモウヤヨイチャンは考えております。武徳王を政治に直接関与させるのです。」
「確かに直接地上の統治に手を染めれば、理想を謳い上げるだけでは済まぬ。我等は下民の評判など気にも止めぬが、民衆の擁護者であればさぞや気を揉むであろうな。」
「しかしながら褐甲角王国にはソグヴィタル、ハジパイ、メグリアルと王の分家があり、これが実質の政治を任されています。
 故に、王国を分割しそれぞれの属王に領地を与え、武徳王にも直接民に恵みを垂れよと地上に足を下ろさせます。」

「褐甲角王国分裂か。」
「金雷蜒王国もです。」

 方台分割統治の構想に、ゲバチューラウは深く感心した。
 星の世界の人は大地の統一にそれほどの価値を認めぬのか。人がばらばらに住んでいる方が良いとでも考えるのか。
 神はそれを許すのか。

 金雷蜒王国も分割されねばならぬ。と、改めて版図を眺めてみる。
 毒地を半ばも領有するとして、脹れ上がるのは神聖首都ギジジットの周辺。ゲバチューラウが滞在するベギィルゲイル村から旧街道を通って、真南だ。
 分割するのであれば、その一つはギジジットを中核とせねばなるまい。
 褐甲角、青晶蜥王国領と隣接するのであれば、より中立な勢力に統治を任せるべきだ。
 おそらくは神聖秩序の担い手に。

「アィイーガ殿、そなたがギジジットを預かってくれぬか。」
「王姉妹に任せればよろしいのではありませんか。」
「そなたは今や王姉妹と同格の存在だ。ギジジットの主となるに、何の不足も無い。」

 面倒を押し付けられた、と自らの浅墓さに後悔するアィイーガであった。

 

 かくして、毒地では金雷蜒軍が活発に移動し物資や人員を増強している。
 ただしボウダン街道から80里(キロ)の幅を境として避けた。この領域は赤甲梢兎竜隊の警備範囲であり、停戦中とはいえ衝突が懸念される。
 またゲバチューラウの構想ではここは褐甲角王国にくれてやる。
 南は緩衝地帯として青晶蜥王国領に、旧街道より東はギジジットの管轄に予定する。

 どちらにしろギジジットの復興と整備が急務となり、ゲバチューラウはお忍びで抜け出して王国の旧首都に足を運ぶ。
 ベギィルゲイル村には替え玉のみが居る、時もあった。
 ゲバチューラウを守護する神剣匠ゥエデレク峻キマアオイ、彼が在れば誰もがそこに神聖王が居ると思う。便利な男だ。

 

 領域境界線の西の端に傭兵市『ラグノーブ・モン・ファンネム』が有る。
 元々寇掠軍の恒久的な補給基地であり、それなりに設備の整った砦だ。夏以来の多数の神族の逗留を受けて更なる拡充と防衛施設の強化が進んでいる。
 今後極めて重要な役目を担わされ、青晶蜥王国が成立した後も金雷蜒王国の直轄地となる予定だ。

 メグリアル王女 劫アランサの一行は、ここを通る。

 真西にまっすぐ進めば、ガンガランガの武徳王大本営に達する。歩いて3日だから、兎竜やゲイルなら目と鼻と言えるほどに近い。
 褐甲角軍としては所在が知れた時点で潰さねばならない最優先目標ではあるのだ。
 だがすぐ傍にかなり大きな地割れが有る。掘の代りとなって防御の役を果たすので、傭兵市は存続し得た。

 毒地にはこのような地割れが無数に存在する。滑らか平坦な草原と思うと大間違いで、草に隠れて落とし穴がぱっくりと開く。地形を知らねば自在に進めない。
 逆に地割れを利用して進むからこそ、寇掠軍は神出鬼没に褐甲角王国を襲う事が可能となった。

 王女の一行も割れ目を避けて進む。のみならず、兎竜に与える餌や水も考えると、自由な進路は取れない。
 安全な水場は限られており、多くは金雷蜒軍の駐留地となっている。
 極力接触しないように配慮すれば、どうしても詳細な地図が必要となる。ゲバチューラウから提供されたが、これに従うと必ず。

 

「大した出迎えですね。」

 およそ70騎ほどのゲイルが蝟集して、アランサを出迎える。すべてが戦闘仕様ではないが、わずか5騎の兎竜を相手に十分過ぎる戦力だ。
 兎竜は快速だが、ゲイルと違い装甲が無い。囲まれれば為す術無く討たれる。
 ゲイルに有効な鉄弓鉄箭は兎竜が耳元で弓鳴りするのに怯えるから用いず、普通の長弓だ。

 どうしようもないのだが、アランサは平然とする。
 無論ゲバチューラウのお墨付きを持つのであるから、和平の使者と思えば澄ましていられよう。それにしてもこの落ち着きは異常ではないか。
 彩ルダムは、王女に尋ねてみた。

「なにか策がございますか?」
「ええ。ひょっとするとキヌガワ家伝一刀流の奥義、今こそ使えるかと思えばわくわくします。」

 向こうから狗番が1名、使者として走って来る。彼に向かって彩ルダムは叫ぶ。

「我等は褐甲角王国メグリアル王女、劫アランサ様の一行だ。
 国祖にして救世主カンヴィタル・イムレイルが顕せし古の奇蹟「空中飛翔」の再現者。青晶蜥神救世主ガモウヤヨイチャンが友人にして、先ほどガンガランガにてコウモリ神人を完膚無きまでに打ち破りし星の世界の無敵の剣技を手ずから教わり、青き光を放つ断鋼の神刀を授かる。
 ゲイルの上が高きと思うは間違いぞ、王女は上から襲い来る。阻む気、勝つ目算があれば覚悟して参れ。」

 ハッタリだ。だがさすがに狗番は怖れる。
 十二神方台系は神の力が普く世界を治める土地である。住民は皆頭を低くして神の威光にひれ伏すのみ。
 べらべらと神様の効能を立て板に水で垂れ流されては、いかに不思議に慣れた狗番とて対処のしようが無い。
 たちまち取って返し、ゲイルに乗った神族と交代する。

 ゲイルも神族も完全戦闘装備の2騎がやって来る。掲げる旗は三荊閣が一つミルト家の派生紋、この傭兵市を管理する分家筋と思われる。
 出立前の解説で聞かされたのだが、寇掠軍を支援をする傭兵市の半ばはミルト家の所有であり、ギィール神族に対して出征の便宜を様々に図ってくれるらしい。
 ミルト家は褐甲角王国に対しても武器兵器輸出を盛んに行い、「金雷蜒王国の裏切り者」とまで呼ばれる。
 つまり双方の緊張が高まり軍事的衝突が増えれば、ミルト家大繁盛の仕組みだ。それは便宜を図るだろう。

「我等は『ラグノーブ・モン・ファンネム』の神族を代表する者。メグリアル王女の到来は事前に報告を受けて居る。まずはゲバチューラウ聖下の御印状を示されよ。」

 ゲバチューラウが王女に便宜を図れと命じた情報は、とっくの昔にこの地に届いている。弥生ちゃんが作った光通信網を、既に神族も模倣する。
 彩ルダムはうなずき、後方に控えた兎竜の神兵に書状を渡す。
 山蛾の絹布に記されたゲバチューラウ直筆の命令書を、受け取った神族は確かめ、後方ゲイルの大集団に示す。

 がらがらがらとゲイルが進み始め、たちまちに王女の一行を取り囲む。
 こうなってしまえば、如何に神兵といえども死は免れぬ。とはいえ命知らずの赤甲梢だ、何人神族を道連れに出来るかと思えば肝も座る。
 微動だにせぬ王女と赤甲梢とに、神族は皆感歎する。元より戦う気は無い。

 無いのだが、

「なにか異変が。」

 アランサは気付いた。兎竜の傍に寄って来た神族が一様に目を見開き、自分を見る。化物か珍獣を目にしたが如き驚愕を。
 いや、この視線は彼等が瞬時に魅了された証。
 …しまった!

「……彩ルダム。」
「王女さま、これはひょっとして、…わたくしでございますね。」

 チュダルム彩ルダムはギィール神族に対してマタタビ級の誘引力を持つ。
 ベギィルゲイル村では神剣匠ゥエデレク峻キマアオイが抑えてくれたから、最近はすっかり気にせず済んでいた。だが彼の威光も、この傭兵市にまでは届いていなかったか。

 周囲を埋めるゲイルが押し合いへし合い順番に兎竜の傍に寄って来る。男も女も性別判別不能も、ギィール神族は皆同じ表情に塗り替えられる。
 メグリアル王女 劫アランサの一行は、もはや「チュダルム彩ルダム様とその他若干名」になってしまう。

 

 事情が分からぬ兵や奴隷達が目を白黒させる中、傭兵市の内部に初めて兎竜が入る。
 大歓迎されるのは彩ルダムのみで、主人であるアランサや赤甲梢はほったらかしに、一般人剣令の出迎えになってしまう。
 無論一般人は金雷蜒褐甲角王国どちらの所属であっても、聖戴者に対しては最敬礼を捧げる。居心地は悪くない。
 とはいえ、ゲバチューラウの親書や命令を持って来た王女に対して、この仕打ちは無いだろう。

「御待たせした。いや向うの騒ぎで動きが取れずに困ったものだ。」

 先程のミルト分家の神族2人だ。武装を解いて通常平素の甲冑姿となる。出征中のギィール神族の死因の最大は謀殺であるから、就寝時も甲冑を手放さない。
 もう1人、画板を持って入って来た神族が居る。

「この方はイルドラ殿と申されて、毒地遠征の記録画集を出版される予定だ。王女の到来も無論描かれ公にされるはず。そのおつもりで言動を考えられよ。」
 或る意味アランサにとっても好都合。敵地中心に赴いても裏切りなど行っていないと、神族側が証明してくれるのだ。

 傭兵市に集いし神族に対して、ヌケミンドル国境線に集結し示威行動を行えとの命令に、ミルトの神族は首をひねった。
 彼等はあくまでも傭兵市の管理を任されたに過ぎず、神族に対して命令する立場には無い。軍事行動はこの地の神族全体の会議で決定される。
 中心となる将が居ないのが、金雷蜒軍特に神族の集団の特徴だ。
 全員が特別に有能で、聖蟲の力で情報的に常人に優越するのであれば、指揮権が並列の方が合理的なのだ。

「合議により決定されるが、この指定日時の根拠はどこより発生するのか、御存知あるまいか。」
「それは、私が中央軍制局により確保されるであろう日時です。ソグヴィタル王の裁判に伴って、共犯者と看做される赤甲梢の総裁も収監されるでしょう。」
「ああなるほど。されど王女は直接には我が領土への突入指揮を執ってはいないだろうに、それでも拘束されるのか。」
「伯母が暗殺に倒れましたから代りとして。実質の事情聴取は赤甲梢司令部に居た者に対して行われるでしょう。」

「チュダルム殿に対しても?」
「彼女は、…私は彼女が電撃戦にどの程度関与していたか知りません。ですがおそらく。」

 ミルト家神族の片方が立って部屋を出て行く。風を巻いて、決然とと呼ぶべき勢いだ。
 まずいこと言ってしまったなあ、とアランサ反省する。傭兵市の神族連は勇んでヌケミンドルに押し寄せるだろう。
 彩ルダムの為に。

「もう一つ、陛下より赦免状を預かっております。これはカプタニア中央軍制局に直接届けますが、そちらにも関り合いがあるでしょう。」
「赦免、何の罪に対してですかな。」
「褐甲角王国に亡命した神族に対してのものです。」

 少し込み入った事情が有る。
 金雷蜒王国と褐甲角王国は千年の長きに渡り対立して、互いに亡命者を受入れて来た。
 だが金雷蜒王国の側からすれば方台全土は王国の領地であり、褐甲角王国領なるものは存在しない。つまり亡命は成立しない。
 これが聖蟲を持たぬ一般人であれば、叛徒共に荷担した大罪人として処断するのも容易い。
 しかしギィール神族が、額にゲジゲジの聖蟲を戴く者がカブトムシいやフンコロガシ共の仲間になる道理が無い。

 第一そもそもが、ギィール神族は褐甲角王国成立に深く関与する。初代救世主カンヴィタル・イムレイルにも神族の友があり、戦さにも建国にも大きな助けとなった。
 その後の軍整備や武器開発にもギィール神族が大きく関わっている。神兵専用の重甲冑翼甲冑も神族の手になり、今も主要部品を金雷蜒王国に依存する。
 ギィール神族は自らの敵の育成に心血を注いで来たとさえ言えよう。
 直接に指導が必要とあれば、神族有志が亡命して褐甲角王国に身を寄せる。その為の居留地がアユ・サユル湖の中央マナカシップ島に設けられた。

 ゲバチューラウの赦免状は、この居留地に住む神族に対してのものだ。
 『三神救世主会合』において金雷蜒神聖王ゲバチューラウは、武徳王カンヴィタルに対して身分の対等であること、褐甲角王国が金雷蜒王国に属さぬ異国であると認めた。
 故に亡命罪が新たに発生する。
 形式的なものではあるが、法的に正しておくべき問題だ。

「なるほど。だが褐甲角王国の下民に対して、アユ・サユル湖の亡命神族は極秘扱いではなかったか。」
「公然の秘密です。この度の赦免状で天下に明かされる事となりましょう。」
「ソグヴィタル王の裁判にも影響を与えるであろうな。なるほど、赦免状の件は我等もヌケミンドルに押し寄せた際には十分に使わせてもらおう。」
「それでよろしいと存じます。」

 外が騒がしい。彩ルダムの周りに詰め掛けている神族に異変が起きたようだ。
 剣令が1名、部屋に入ってきて神族に伝える。とはいうものの、額にゲジゲジを戴く人には離れた場所の出来事も手に取るように知る。
 黄金のカブトムシを戴くアランサにも、大体の事情は察せられた。

「チュダルム彩ルダム殿が、神族3名を槍にて斬ったそうだ。」
「はあ。」
「なに心配は要らぬ。座興で求婚した末の決闘だ。いや、あの方はなかなかにお強い。聖蟲を頂く前から武名が鳴り響いておられたからな。」
「神剣匠ゥエデレク殿とも互角に渡り合うほどですから。」

「この市で敵う者は居ないだろう。とはいえ、全員が斬られてはヌケミンドルに遊びに行けなくなるな。王女に止めて頂こう。」
「ええ、急いだ方がよろしいですね。」

 

 最終的に彩ルダムは8人を斬った。人死には出なかったからよしとすべきであろう。
 特筆すべきなのは彼女が額のカブトムシの助けを借りずに挑戦者を平らげた点だ。
 弓を使っての勝負なら神族に利が有るが、近接格闘戦で神兵に敵うはずもない。負け惜しみとも嫉みとも取れる評を、彩ルダムは与えなかった。

 チュダルム槍、「首刈り」とも称される大身の槍を常人としての力と技量のみで振るい、勝利する。だから死人が出なかったわけだ。
 聖戴したばかりの若い神兵は、この加減が出来ない。
 常人の時の感覚でうっかり人を押しのけて大怪我をさせてしまうのが、ほとんど通過儀礼になっている。

 見事な戦いぶりで、『ラグノーブ・モン・ファンネム』の神族のみならず狗番剣令剣匠までも魅了した。
 ここまでの人気者となるのは、彩ルダム生涯でも初めての事だ。

 割りを食わされたのが、護衛の赤甲梢神兵だ。
 メル・レト・ゾゥオム中剣令は一般クワアット兵から若くして聖戴の栄誉を受けた、優れた戦士である。こう言ってはなんだが、彩ルダムとチュダルム槍で対戦して負けない自信も有る。
 しかしながら、誰も注目してくれない。
 折角ギィール神族ゲイルの軍勢の直中に居るのに、カエル巫女が捧げる杯を傾けるしか仕事が無い。

 一方アランサは、草原の風に吹かれて痛んだ髪をゲジゲジ巫女に手当てしてもらった。
 彼女達は新発売「シャンプー&リンス」も巧みに使いこなし、香油も塗って完全な状態に整える。
 元々ゲジゲジ神官巫女は「頭」に関するもので奉仕する。髪結いが表芸でも有るのだ。

 褐甲角王国に再度入った際に、美麗な姿で現れる効果の大切さをアランサは十分に心得る。彼女達の助けはたいへん有り難かった。

「アランサさま。」
「彩ルダム、貴女も髪を手当てしてもらいなさい。……、随分とご活躍でしたね。」
「ええ、ついでですからゲイル騎兵とも戦ってきました。この鎧は軽くて跳ねるのにも不自由が無く、とても素晴らしいですね。」
「相手はどうしました?」
「ゲイルの上から叩き落としたら、脚を折ってしまいました。命には別状ありません。」
「そうですか。」

 羨ましい、とても羨ましい。
 アランサは部屋の隅に立て掛ける神刀を恨めしげに見やった。

【紅曙蛸女王三代四代】
 ふんわり柔らかぽっちゃりとした、でも超美人の紅曙蛸女王三代はイポクサ・ッタ・ナンピン。お菓子の王だ。彼女の治世には飢えた者が一人も居ないと伝わる。
 では対面に座るのが四代ッタ・パッチャ。まっすぐな髪切れ長の眼、生きた算盤として怖れられた計算の神。

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