「恋する天竺人形-シャクティ、北海道修学旅行に行く」
近代化改修2015/5/17
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(第一回)
未だ夏の気配が濃厚な九月の第一週、県立門代高等学校の二年生は北海道への修学旅行に出発した。
例年ならばもう少し遅くに行くのだが、北海道は夏が短い為に早めにスケジュールを組んでいる。
真冬の北海道もそれはまたよろしいのだが、南の暖かい地方の生徒たちにはさすがにお勧め出来ない。
洋子「先輩たち、もう飛行機着いたかなあ。」
一年二組南洋子は、新校舎裏に有る園芸部の花壇の土をひっくり返して居た。
園芸部新部長の一年三組峯芙美子がいかにも頼りないというので、面倒見の良い弥生ちゃんがちゃきちゃきちぇくの洋子を部長代理として期限つきで送り込んだのだ。
もう一人、部長補佐として五組江良美鳥も園芸部に所属させられてしまう。洋子がお目付役で、実際の農作業はでかくて弥生ちゃん家で野良仕事に勤しむ美鳥の分担とした。
芙美子はただ単に花と戯れているだけなのだが、ふわふわと儚げで可憐なその美貌の威力はなかなかのもので既に男子部員四名の加入にこぎつけている。
美鳥「飛行機なんですよねー、わたし、飛行機乗ったことないなー。」
芙美子「飛行機はおもしろいですよ。プロペラが回ると座席もぶるぶる震えて。」
洋子「ちょっと待て。そんなに小さな飛行機なのか、それ。しかもプロペラなんて。」
芙美子「20人乗りくらいでしたよ。」
美鳥「わーこわい。」
洋子「先輩たちが乗るのはもっと大きいよ。130人くらいかな。北海道行きは結構大きいのが飛ぶんだ。でも三組に分かれて飛ぶんだよ。」
美鳥「それはまゆ子先輩が言ってたのではリスク分散ということですね。」
芙美子「なんのリスク。」
洋子「いや、ひこうきおっこちる。」
話していて洋子はなんだか馬鹿馬鹿しくなる。
美鳥と芙美子は波長が合うというか、どちらもおなじぼやっと系だから相性がいいのだろうが、洋子には遅過ぎていらいらする。
自分がなんで園芸部になんか入らなきゃいけないのかと思えば、蒲生弥生ちゃんキャプテンがちょっとの間、良いお目付役が見つかるまでのリリーフだというのを信じてしまったからに他ならない。
ひょっとして騙されたのかな、とかも思うが一度噛んでしまうと足抜けも出来ないので、やはりいらいらするしかないのだった。
美鳥「でもー、北海道というのは遠いとこですよねえ、お金掛かるんじゃないかな、修学旅行でも。」
芙美子「去年はどこに行ったのですか、(不破)直子さまとか弥生さまとかは修学旅行でどうされたのかしら。」
洋子「なんだ聞いてないんだ。去年とおととしは修学旅行無かったんだ。
校長が新任で来て、単なる修学旅行では勿体ないからと、おととしは受験する大学を東京やら大阪やらに見学に行って、現地で東京ディズニーランドとかUSJとかでお茶を濁して終わり。
企業にも見学に行ったのかな。
去年はさらに輪をかけて酷い話で、金払ってボランティア合宿とかさせられたのだよ。」
美鳥「宿泊費とか旅費を払って、ボランティア、ですか?」
芙美子「ひどい・・・!」
洋子「大体門代高校は二年生の時に修学旅行に行くことが受験のスケジュール上決まっているから、準備の為に入学する前に既に行き先は決まってるのね。
だから、行きたくない!と思っても既に手遅れなのよ。
そこで今年の分の修学旅行は、生徒会の蒲生弥生ちゃん書記(当時)が強烈な反対運動を繰り広げ強硬な交渉したんだよ。
卒業後に同窓会で集まった時などに共通体験として語り合える価値というのを前面に押し出して、従来通りの修学旅行の復活が決まったというわけ。
三年前は台湾、四年前は韓国、その前は東京だったらしいから、飛行機で北海道というのはさほど遠くは無いのだよ。
ちなみにあたしたちは、台湾か香港あたりというはなし。たぶん台湾。」
(注;このお話は2005年くらいの相場で書かれている。ちなみに門代高校からは東京と韓国はだいたい同じ距離にあるから費用的には変わらない。台湾はさすがに遠いが。
その後韓国行ってもつまんないな、と理解して台湾行きに変更。海外なんか行かなくていいじゃないかと修学旅行廃止という流れに繋がっていくわけである。
台湾は遠すぎるから沖縄に変更してもよかったが、改稿前の記述を尊重してそのまま。
北海道は基本的にありえない距離であるが、2008年この年門代近くに新空港開港で特別料金が適用され費用的負担が軽減された、という設定になっている。もちろん裏の有る話 )[2015/05/17]
美鳥「うわあ、蒲生キャプテンというのはわたしたちにとっては救いの神みたいのものだったんですね。それで、二年生の人達は誰もキャプテンを悪く言わないんだ。」
芙美子「感謝しなくちゃ。」
それは確かにそうなのだ。弥生ちゃんはなんだかんだと毀誉褒貶の多い人だけど、生徒の為に良いことも一生懸命やってきた。
例えば、今年の新入生の女子のスカートは少しばっかり裾が短く明るいグレイの、可愛いものになっているのだが、それも弥生ちゃんの功績だったりする。
現二三年生女子の制服は、何故にこんなにガードが固いのかと周辺住民も不審に思う程の丈の長いもので、色も暗めのグレイと実に重たく暑苦しいものだ。
弥生ちゃんは一年入学時から先輩たちの服装変更運動に参加して継続的に学校側と交渉した結果、ようやくマイナーチェンジに成功した。
もっとも、小柄な自分が着ても映える服を無理やり採用させた、というのが真相らしいのだが。
芙美子「・・・・あ、仲山さあーん。」
と、芙美子は校舎の陰から何かを探しているような素振りをしている女子生徒に声を掛けた。
誰か、と二人が作業の手を止めて首を巡らすと、芙美子の同級生の娘だった。
「あ、・・・・・・・居た。」
とその子は花壇の方に近づいて来る。
洋子「だれ?」
芙美子「同じクラスの仲山朱美さんです。」
美鳥「私とおなじ中学の人ですよ。」
仲山朱美は三人の前に立ち、とうぜん花壇の中にまでは入らない、はなはだ不本意そうにこう言った。
朱美「よんどころない事情によって、なぜか今日から園芸部部長代理に私がなったということらしい。」
洋子「は? 部長代理は私だよ。」
朱美「えー、という事は、あなたは南洋子という人だな。えーと、わたしはあなたの代りになるらしい。三年生の蒲生弥生って人がそう言ってたから。」
洋子「きゃぷてんの? でもなんで。」
朱美「・・・まあ、そのへんはなんというか、その、色々とあって、御礼というかをなんかしようと思ったら、じゃあ園芸部に入る、ということになった。」
洋子「??」
いきなり美鳥がぽんと手を叩いた。心当たりがありそうだ。
美鳥「思い出しました。この人は中学校の時代からとても運が悪くて、人身に影響するような大事故をたびたび引き起こしかけた、札つきの要注意人物だったんです。」
洋子「・・・・鈍いの?」
朱美「じょうだん!」
美鳥「逆です。調子に乗ってやり過ぎて、」
洋子「・・・大体分かった。蒲生きゃぷてんはあなたを日頃から監視してたんだ。なんかやらかしかねないと。で、ほんとうにやらかして。」
朱美「だから私は園芸部の部長代理をしなければならないのだ。期限つきで二学期中だけだけど。」
朱美は度の非常に薄い眼鏡をひくと動かせて、敷居を跨いでおそるおそる花壇の土の上に、芙美子の隣にしゃがんだ。
朱美「峯さん。あなたが部長なんだって? で、あなた一人に任せていると、かなりやばいとかいう話だったんだけど。」
洋子「こいつは意思が弱いにんげんなのだ。というか、押しに弱いから男子の毒牙から守ってやるにんげんが必要なのだよ、というはなしだ。」
朱美「やな役回りになりそうだなあ。」
洋子がじろじろと朱美を見回していると、美鳥がつんつんと夏制服の半袖を引っ張る。
美鳥「南さんみなみさん。このひとをよーーーーーーーく観察して見てください。面白いことに気が付きますよ。」
洋子「なにそれ。」
言われるままにじろじろと見る。背丈は洋子よりは高く155cm程度、どちらかというと胸は控えめ。
色は白いが洋子ほどでもなく、ちょっと頬にそばかすが有り。
文科系の娘ほどには貧弱ではないが運動部系ほどには筋肉も発達していない普通のスリムな体つきで運動神経はまあ普通かなと見る。
髪は肩に掛かる程度には伸ばしているが取り立てて奇麗とも艶があるとも言えずむしろ痛んでるかなと気になる。
眼鏡は銀縁でちょっとえらそうな感じもするが、度が本当に薄く、こんなもの無くてもいいんじゃん。
朱美「なによ。」
洋子「その眼鏡、伊達?」
朱美「これは防護マスクだ。目に虫が入るのを防ぐんだよ。」
変人だ。
洋子はまた美鳥に袖を引っ張られる。
美鳥「分かりませんか。」
洋子「なにか、あまりにも普通な感じがするんだけど、どこらへんを注意してみればいいのかな?」
美鳥「名前です。」
洋子「仲山朱美だろ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、?! あっ!!」
と洋子はとっさに右手の軍手を外してそのまま朱美の後ろ髪をまとめて掴んで親指と人差し指の輪で根元まで絞ってみる。ちょうどポニーテールにする形だ。
洋子「あけみ先輩だあ。」
朱美「なにをするぅ。」
洋子「明美先輩だ、明美一号二号せんぱいとそっくりだよ、この子。」
美鳥「三号さんです。」
洋子「そうかあ、きゃぷてんが気にかけていたのはそういう裏があったんだ。そりゃそうだよ、眼鏡取ったらそっくりになるんじゃないの。」
朱美はばっと洋子の手を叩いて振りほどき、立ち上がる。
朱美「蒲生さんには義理があるけど、あんまり馴れ馴れしく触らないでよ。」
洋子「・・・ちょっと性格違うね?」
美鳥「ケガが多いから、ひねくれたというのが、シャクティ先輩のプロフィール分析です。」
洋子「おお。釈先輩も要注目してたんだ。じゃあやっぱり、この子は、」
勝手に話を展開する洋子に、朱美は切れた。一号二号と違ってかなり短気なのだ。
朱美「なんか知らないけど人を勝手に二号だの三号だの呼ばないでよ。」
だが洋子の一人盛り上がりは止らず、こちらも立ち上がって対決姿勢になる。
洋子「いや、あなた。ウエンディズに入りなさい。というか、それが宿命というものです。」
芙美子「わー、私もはいりたーい。」
緊迫した状況にぬるま湯を差す相槌を芙美子が入れたので、洋子は前につんのめった。
芙美子「私も、直子様とおなじようにかっこよくなりたいですー。」
洋子「ちょっと待って、芙美子、あんたはウエンディズがどんなものか知ってるの?」
芙美子「かっこいいんですよ。強いんですよ。」
朱美「なんだそれ。というか、ウエンディズって、なに?」
美鳥と芙美子はこの台詞にはまるで反応しなかったが、洋子は一人凍りついた。
あんなに派手なのに、知らない? いや、門代高校の女子生徒なら誰でも一度は耳にした事があるだろうに、知らない?!
朱美の様子を改めて確かめてみると、ほんとうにウエンディズが何者であるのかを、毛ほども知らないようだった。
洋子「うえんでぃず、見たこと、無い?」
朱美「というか、今初めて聞いた。」
洋子「うそお。」
美鳥が思い出したように補足説明をする。
美鳥「ああ。仲山さんて、あんまり人の噂とか仲間内の流行とかには縁が無くて、浮いちゃうタイプなんですよ。」
洋子「・・あ、そう・・・。」
おまえもそうだろう、と美鳥に向かって愚痴る洋子だが、しかし考えてみると何故先輩たちはこの時期までこの娘を野放しにして置いたのか、不思議に思う。
三年生はともかく、二年生は人数不足の弊害を良く知っているのだから、さっさと声を掛ければ良かったのに。
芙美子「ウエンディズはとても強くてかっこよくて頭がいい人が居て、女の子の憧れなんですよ。」
朱美「そういうものなのか。あの蒲生さんがきゃぷてん?なら、そういうエリート集団なのかね。どっちにしろあたしには関係の無いはなしだ。」
美鳥と洋子は、自分達の鼻を指差す。
わたしたち、わたしたちを見てエリート集団に見える?
だがもちろん朱美は彼女たちがウエンディズの関係者であることすら気付かない。
朱美「まんがでそういうの読んだこと有るよ。学園を牛耳る生徒会長が居て、エリートだけの集団で学園内で恐怖政治するんだよ。
風紀委員とか指導委員とかがさあ、でそいつらがナチスみたいに変な制服着てて妙に統制が取れてて、先生も手が出せないての。
生徒会長が通りかかるとさ、右手を上げて「ハイルヒトラー」みたいに敬礼するんだよね。ウエンディズってそんなもんかね。」
半分当り半分はまったくの逆。敬礼もするけれど、カトチャンの「どうもすんづれいしました」だ。
弥生ちゃんキャプテンはそういうのは生徒会で別口で作っていて、ウエンディズはカウンターパートみたいにいいかげんなのだが、
ひょっとしたらそんな風に思っている生徒は仲山朱美だけでは無いのかもしれない。
美鳥「あー、たしかそういうのは「ソロリティ」とか言うんじゃないかなあ。」
芙美子「わーかっこいいー。でもそういうのだったら、私みたいな頼りない子は入れないかしら。」
朱美「あたしみたいな、ドジで死に掛けるまぬけな子もお呼びじゃないだろ。」
洋子は人知れず首をぶるんぶるんと横に振る。
明美せんぱいは一号も二号もそんなリッパナヒトじゃない、というか、ドジでまぬけが超弩級の人たちだよお、と世界の真ん中で叫びたくなる。
洋子「会おう、せんぱいに。一号先輩二号先輩に会ったら、あなたもウエンディズが如何なるモノか、世界の広さ高さというものを思い知るでしょ。」
朱美「いいよ、そんなもの。」
洋子「いいから来る。来るのよ。」
仲山朱美の襟首を後ろから引っ掴んで二年生校舎に行こうとする洋子に、美鳥はやはりこう言った。
美鳥「南さん、でも二号先輩は今、空の上。」
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にょおおおおおおおおおおおーーーーーーーんんんんんんん。
門代地区より電車で一時間。
沖合埋立地に建設された新空港は、21世紀の新時代に発展を遂げる鍵として期待が大きく膨らんでいる。
……のは関係者だけだろうが、とにかく東京北海道への直行便はもとより国際線までもが出ていて、修学旅行には便利な空港だ。
日頃飛行機には縁の無い門代地区の生徒たちは、飛行場を初めて見る者も少なくなく、皆物珍しそうに新空港内を見学して回っている。
21世紀の空港だけあって、単なる発着のみならず観光スポットとしての設備施設も整っているから、半日くらいは退屈せずに潰せるのだ。
「まいったね、これ。」
門代高校の二年生は普通科および数理研究科合わせて7組230名も居る。
全部乗せるほど大きな旅客機は北海道路線には出ていないので、三組に分かれて飛んで行く。第一陣出発から第三陣まで4時間も空きが出るのだ。
第三陣つまり男子だけのクラス、6組と数理研究科7組の北海道到着は午後4時になってしまう。
9月の二年生には生徒会現執行部、生徒会長副会長以下役職そっくり含まれるわけで、無様をするわけにはいかない。
中でも頭を抱えていたのが、前執行部での書記から副会長に昇格した2年5組安曇瑛子だった。
彼女のクラスには、どう考えても事件を起してしまいそうなヤバい面子が揃った班が自然発生的に出来てしまっていた。
「やあ、安曇さん、おはようございまする。わくわくしますね。私も現代文明の現世に生まれたからには一度は飛行機なるものに乗ってみたかったのですよ。
天竺に里帰りする時には左様な仕儀にもなるかとか内心期待してましたけど豈図らんや、まさかの内国旅行で蝦夷地に落ちのびるのが先になるなんて、お釈迦様でもわけわかめですね。」
シャクティ・ラジャーニは、まあいいのだ。
構内で唯一の外国人でインド人の、だが他に比べればはるかにマシな唯一の常識人で。
……かなり躊躇するところがあるけれど、たぶん常識的だろう。
空港待合室で延々と待機状態。第一陣出発から1時間を過ぎた。待ちくたびれて退屈して、あちらこちらに逃げ出す生徒多数。
残っているのは行儀がいいのではなく、むしろ退屈しのぎを持ってるいる者だ。
「シャクティさんシャクティさん、ちょっと見てこれ。」
と細い首をぬめらせて突き出すのが物辺優子。長い黒髪に絡みついたロザリオを首から外すのに往生している。
シャクティが班長を務める5組女子3班は、シャクティ、物辺優子、若狭レイヤ、環佳乃、児玉喜味子、鳩保芳子の6名からなる。
他の班は仲が良い者同士が自然と集合したのに対し、この班はそこからあぶれた者で構成される。
というよりは、物辺優子と鳩保芳子を隔離するための。
シャクティは他の班にも誘われたのだが、お笑いネタが豊富に取れそうとの不純な動機で3班リーダーになる。安曇瑛子の推薦だ。
物辺優子があまりにも不器用なので、シャクティは彼女の髪をロザリオの鎖から外すのを手伝ってやった。
彼女の髪は踝まで届く超迷惑な代物でしかも留めたり縛ったりしない野放しだから、歩くだけでも全身に絡まり動けなくなる。
シャクティは髪と格闘する事5分、レイプするかの怪しげな体位にまでなってようやく目的を完遂した。
「よっしゃあ、やあっと取れた。」
「ふふふ、見て。一見するとただのゴシック調のロザリオよ。青銅製で形はでこぼこしているけれど、おかしなところは無いでしょ。」
「うん。」
「ここのところをこうすると。」
ロザリオの仕掛けを解放するのにまた時間が掛かった。
別に知恵の輪になってるわけでは無いのだが、突起に爪が掛からず力が入らないので展開できない。優子の爪が柔らかすぎるのだ。
仕方なしにシャクティが受け取って、瞬く間に開く。すらーりと左右に分離して、鋭角部を顕にする。
「ふふふ、ここの角度がエッジになって、人をも切り裂く刃となるのよ。これを飛行機に持ち込んだらうふ、うふ、うふふふふふふふ。」
鋏になる青銅製ロザリオは確かに珍しいとは思うが、刃渡り3cmでハイジャックをするのはかなりの困難を有するだろう。
シャクティは折角開いた鋏をぱちっと納めて、また優子の首に掛けてやる。
髪を掻き上げて様子を整えると、また鎖に絡んでいてどうにも分離不能になる。
物辺「ちなみに私の家は神道です。このろざりおは、世を欺く仮の姿ひっひっひっ。」
彼女は演劇部に所属するが、ひとり暗黒舞踏に傾倒して部でも持て余しているらしい。
「……若狭さん、あなた、修学旅行なのに、参考書持って来てるの?」
髪の毛と格闘するシャクティの隣で、若狭レイヤは一心不乱に参考書に目を食い込ませていた。
さらさらとしたショートカットにセルフレームの眼鏡。一重瞼で頬が薄い、大理石の冷たさを思わせる女だ。
いわゆるガリ勉で友人も少なく、誰からも誘われなかったので3班以外に行き先が無かった。
それにしても、修学旅行それも飛行機への搭乗待ちにおいてまで勉強し続けるとは、ほとんどマンガだ。
「ほっといて。わたしはこんなイベントは元々反対だったんだから。どうして一週間も授業潰して金使って遊びに行かなくちゃいけないのよ。」
「勉強ばかりしていては広い世間に目を向ける事が無くて狭量になるから、社会勉強の一環として、」
「何年前の発想なのよ、今時テレビでインターネットくりっくしても世界中ありとあらゆる所の情報が飛び込んで来るというのに、百年前の役人の思いつきをのんべんだらりと繰り返さなきゃいけないのよ。」
「じゃあ、若狭さんは去年みたいなボランティア合宿が良かったの?」
「ばかじゃない。私は、下らないイベントで授業時間を潰すのが嫌だ、と言ってるのよ。」
「でも最早手遅れ、教科書読んで現実逃避しても、今から起る地獄の饗宴に巻き込まれるのよおお。」
いきなり割り込む物辺優子の台詞に、レイヤは顔面真っ赤に、全身を震わせる。
「だから、邪魔するなと言ってるでしょお。」
「あ、現実逃避図星なんだ。」
シャクティ、まあ若狭レイヤがてんぱってるのは理解する。第一学校で事前の打ち合わせでもことごとく非協力的だった。
修学旅行が嫌い、集団生活大嫌い、ではない。そうではなくて、
「若狭さん、まだ時間あるから新空港のプレリュードエントランスて観光施設を見ていかない? ベンチで二時間座るのもばかばかしいでしょ。」
「どうぞ。」
「飛行機が離陸するところも見れるんだよ。かっこいいよ。」
「どうぞ。」
「いや、だからさ。」
レイヤが顔を伏せている参考書をさくっと手の中から引っこ抜いた。予想外の行動に彼女パニックに陥る。
「か、かえして、返してよ、わたしの本返して!!」
「だから折角の修学旅行なんだから皆で楽しく思い出作りを。」
「返して、返して! じゃないとわたし、返して。」
「ホホホホホッホホホホ。」
シャクティが右手の参考書を取られないように宙に振り回すのを、レイヤは必死に追い回す。血走った目をオドオドと左右に揺らせて食らいつくのを、物辺優子が煽り立てる。
狂気を孕む高笑いと切羽詰まった絶叫と、迷惑千万。致し方なく安曇瑛子が介入した。
「シャクティさん、なにやってるの! リーダーでしょ。」
「でも、修学旅行で勉強するなんて非常識この上ない。貴重な旅費をドブに投げ棄てるようで勿体ないおばけの化身として私は許セナイ。」
「かえせ、さっさと私の本返せ!」
「ひぃほほほほほほ、ヒュハアハハハッハハハハハハアハ」
「物辺さん、馬鹿笑いしない! 若狭さん、あなたもこんなとこで勉強しても頭に入らないでしょ。」
安曇も、若狭レイヤの表情の異常さに気付いた。
目は充血し、涙さえ浮かべて参考書を取り返そうと両手の爪を振り回す。
日頃の冷淡さ他人への無関心さを微塵も感じさせない狂乱の醜態。羞恥心さえもかなぐり捨てて必死に暴れている。
「若狭さん、冷静に、理性を取り戻して。他のひとも見てる。先生も来るわよ。」
「わ、わたし私は冷静よ。理性が無いのはあなたたちでしょ! どうしてよ、どうして誰も不思議に思わないのよ、なんであんな鉄の塊が空を飛ぶ!!」
「くぁははははははあは」
安曇は彼女の台詞に驚き、シャクティに振り返る。
シャクティは非常に明敏で察しのいい娘なので、若狭レイヤの狂乱の原因を理解した。
物辺さん、知ってたの?
「わかささん、ひょっとしてあなた、・・・・ひこうきがコワイ?」
「あんなもの飛ぶわけが無いじゃない。あんたたちみんなバカよお。空気より重たい物が空飛んでくわけないじゃない!」
「でも、若狭さん。船だって鉄の塊だけど海に浮くのよ。」
「馬鹿にしないで!」
きっと鋭い視線を飛ばす。
「わたしがそこらのアイドルとかケイタイにしか興味の無い馬鹿おんなに見えて!
鉄の船はアルキメデスの原理でしょ。排水量よ、容積に比して鉄の函の方が水より軽いんだから浮くに決まってるじゃない。
それともなに、あなた達は飛行機の比重が空気よりも軽いとでも言うの!!」
「いや、そんな。」
若狭レイヤは数理研究科、つまり理系の生徒である。
下手に勉強が出来る子が血迷うと手に負えないという典型だった。
そう言われてみると自分だって何故飛行機が空を飛ぶのかはよくわからない。
もちろん比重が空気より軽いわけがないのだから、それは確かにおかしいのだが、じゃあ現に飛んでるこの機械は一体なんだというのだ。
航空力学って高校では習わないし。
シャクティは、ここまで来たら実力行使。
あまり痛くないように若狭レイヤをぶっ叩いて黙らせようと考えた。
幸いにしてウエンディズで鍛えた厭兵術はその手の打撃が得意中の得意で、練習半年の成果としてシャクティも実用レベルにまで技を鍛えている。
その時、背後から大きく叫ぶ声がある。
「馬鹿じゃないの!? 飛行機が空を飛ぶのはジェットエンジンが凄い力で持ち上げてるからに決まってるじゃない。これだから田舎者は!」
安曇、最悪の状況を想定しげんなりして声の主を見る。
巨乳、茶髪の前髪ぱっつん、長いが太いセクシーな脚とボンと張った尻。
肉感的なボリュームを誇るその女は、5組におけるトラブルメーカー最右翼と目され、どの班からも放逐された筋金入りのバカだった。
右手には空港内売店で売っている玄米ソフトクリームを高々と掲げ、左手には出発前だというのに誰に持ってくのか門代名産「福フク饅頭」の包みをぶら下げている。
呆れ返るしかない。
「鳩保さん、……あなたなにを持ってるの?」
彼女の名は鳩保芳子、中学生の時にカンザス州に2週間留学して来たのが自慢のアメリカかぶれだ。
何を食ったか胸が92cmもあり、隠そうともせず誇らしげに見せびらかせて女子の顰蹙買いまくる。
それで男子に人気があるかと問えば、さすがに色物際物に手を出す根性の座った者は少なく、未だフリーなのを自身不審に思っている。
やはり自分の魅力はアメリカサイズかしらん、とかぬけぬけと言うのが嫌われる要因なのだろう。
通称ぽぽー、鳩「保芳」子だ。
「ぽぽー! 飛ばしてるね、もうお土産買ったんだ。」
「うん!」
シャクティはこの娘が大好きだ。なにせ見ていて全然飽きが来ない。
良く観察すると、彼女の言動にはまったく毒が無く非常に純真で親切で、男子に対しても子供みたいにはしゃいでいるだけで色目なんか使わないと分かるのだ。
皆にもそう言って認識を改めるように勧めるが、あまりにも騒々し過ぎて近づく者が居ないのが残念。
修学旅行で彼女のいいところを知ってもらいたいとか、評価を上げる活躍をさせてみようと心中密かに図っている。
「でも持ってくのは嵩張るから、皆でそれ食べよう。」
「えー? あ、飛行機は飲食物持ち込み禁止なのか。だから機内食って出るんだ。それは困った。」
北海道くらいで機内食出ないが、飛行機は食事が出るものと思い込んでいる。さすが田舎者。
シャクティが鳩保に気を取られている隙に、若狭レイヤは参考書を取り返した。またシートに座ってぶつぶつと数学の公式を呟いている。
「あ、しまった。」
「もう。飛行機がコワイならコワイと素直に言えばいいのに。」
「頭の固いニンゲンはこういうとこがダメなのさ。勉強ばっかしてちゃダメだという好例ね。」
信じられないことだが、鳩保芳子は学業成績は相当に良い。学年10位には入らないが20位に落ちたこともない安定した実力を誇っている。
それに比べて若狭レイヤは、自分の成績を公表しないから詳しく分からないが50位より上がった事はないだろうというのが、その筋の分析だ。
ガリ勉のレイヤがその拠って立つ価値観に従うと、逆立ちしても鳩保に勝てない自然の摂理があった。
「ぽぽー、ちょっと先行かないでよ。ほらたまきさんもしゃきっと歩くんだ。」
鳩保芳子の後ろから、児玉喜味子が呼び掛ける。もうひとり女の子を連れていた。
3人はお手洗いに行っていたようだが、鳩保のみが勝手に土産物売り場をうろついていたらしい。
安曇瑛子、ようやくほっと息を吐いた。安全装置キタ。
物辺優子と鳩保芳子、児玉喜味子は同じ物辺村の出身である。
門代地区の中心市街の裏側、高校からずいぶんと離れた僻地に有る「島」だ。
今は橋が出来て本土と接続したが、かっては特別な行政区として独立し「村」と呼称していた。今は地名だけが残る。
ここの出身で在校生は二年生女子5人のみ、その3人までが同じクラスの同じ班に居るのは腐れ縁と見做すか厄介払いと考えるか。
児玉喜味子はデコで三つ編み、非常に野暮ったい40年前の女子高生みたいな娘だ。
というと40年前の生徒が気を悪くするだろう、とにかくセンスが悪い。
女子だから鏡を見ないわけはないし薄汚れてたり不潔だったりはしないが、自己イメージが非常に貧弱で飾り気が無く男子の目も気にしない。
他人に見られている自覚に欠けたおばさんみたいな少女なのだ。
成績は悪いが常識人で鳩保ほどにはキレは無い、平凡極まりない人材である。
だが手先はも器用。首を〆て失神させる柔道技も得意で、なにかと重宝をしていた。
喜味子は左の脇に、今にも倒れそうによろよろと歩く小柄で細い少女を抱えている。
名を環佳乃という。体育の時間は常に見学の、病弱で儚げな娘だ。
他の班で引き取ろうとの申し出もあったが、安曇瑛子とシャクティが協議して無理やり3班に入れた。
器用な喜味子と鳩保の存在も一助となる。
鳩保芳子はいちおう医者の孫娘だ。病人には慣れている。
環は常に遠慮しがちで、よその班では足手まといになるかと気ばかり使うだろう。
だが3班はバカばっかり。彼女以上に足手まといが居るからと説得し、なるほどそうねと納得し快く移って来た。
修学旅行に行かなきゃいいのにと心無い陰口をする人も居るが、バカ3班は気にしない。
苦しい息の下から這ってでも化けてでも行くと亡霊の様に呟く姿を見ると、誰も何も言えない。
もっとも彼女にも修学旅行を成功に導く秘策が有るようだが。
「ごめんなさい児玉さん、でもお手洗いには一人で行けるように頑張る。」
「一人でおトイレで倒れていそうだから、それはやめて。」
これが、シャクティ修学旅行の仲間である。
あらかじめネタ大漁を約束されている面子であり、わくわくどきどきして胸が鳴り止まない。
ここで一生分のネタを収穫出来るかもと思えばバイトで稼いだ旅費も安いものだし、リーダーとしての気苦労もどんと来い!
(注:「ゲキロボ☆彡」においては門代高校が有るのは門代地区、としか設定せず、市や県、所在地を意図的にあいまいにしている。
これは「ウエンディズ」においても同様であったのだが、この「恋する天竺人形シャクティ北海道旅行に行く」を書くに当たって、てきとーに市名や空港名をでっち上げた。
改稿に当たって「ゲキロボ☆彡」本編に習い、無かったこととする。
また門代高校二年生が7組230人、と設定してあるが、「ゲキロボ☆彡」では6組に減員している。これは少子化に合わせて。
2年6組は数理研究科男子のみで構成される。数理研究科女子は5名しか居ないので、5組に全員組み込んであるのは当初よりの設定通り
鳩保、この段階では普通の生徒だったらしい。成績は医者を目指すほどには良くはない。「ゲキロボ☆彡」本編では数理研究科女子ではトップと出世するが、数理研究科男子にまだ賢いのが居るという設定。
若狭レイヤが美少女だった、という設定は改稿作業を行っている現在、再発見した! びっくり。
学校の成績順位はその属するコースで別となるから、若狭は数理研究科でドベに近くなってしまう。この設定は没だが、鳩保には及ばないのは固定。
改稿前の記述「鳩保ら物辺村出身者が通った物辺中学校」というものは無い。「ゲキロボ☆彡」本編では名前が設定されていないが、「物辺中学校」の名ではないのは確定。)
[2015/05/17]