花憐「前回までのあらすじ。
 鳩保芳子は物辺村で診療所をやってる祖父の家に、祖父母、公務員の父、本人の4人で住んでいます。
 母はといえば長期療養中で、物辺村からかなり離れた病院に入院しているのです。」

「芳子、無理をしてお医者さんになろうとしなくてもいいんだからね。あなたはあなたが一番好きなことをすればいいの。」

 鳩保芳子の母はもう5年も入院しており、一向に回復の気配が無い。
 長く患う肉親を見続けると人は自然と医療に関心を見せるもので、芳子の第一志望は医学部となっている。

 しかしそこは母親、医者の娘。性格的に医者には向かないと、娘を説得した。

「やだな。わたしは別におかあさんを癒す為とかじゃなくて、うーんそうね、頭いいからにはそれに見合った場所に落ち着くべきだと考えてる、そんだけだよ。」

 本心は分からない。母を救いたいという気持ちは偽り無く有るのだが、もう一人の自分がもっと遠くを見ていると、芳子は思う。

「芳子、あなた留学とかしたいんじゃない? またアメリカ行きたいでしょう。」
「う、ん。そうね、中学の時みたいな短期のじゃなくて、何年間かそれこそ博士課程とか? そういうレベルので留学したいとは思ってる。うん。」

 とはいえ、母がこの状態で長く家を離れるのも無理がある。芳子はそこはわがままを言わない。情は厚い方だ。

 他人には誤解されているが、彼女は感受性も強く、人の気持ちや場の雰囲気も的確に読み取れる。自然とリーダーになってしまう素質と器量がある。
 精神的には実年齢よりも成熟していると、心理カウンセラーに太鼓判押された。

 あつれきが生じるのは、ことなかれの空気に流されず自分を貫くからだ。弱い魚の中に一匹だけ強いのが混ざっていると、どうしても目立つのは仕方ない。

「それはそうと、」
 母は最近の芳子の変化に注意する。最近学校からの帰りが不規則な時間になり妙に疲れて帰って来ると、夫から告げられていた。

 元々色気たっぷりな子だから恋人でも出来たのかと心配したが、そういうのではなさそうだ。
 むしろ、男っ気マイナス2ポイントというところで、サバサバしている。

「学校でなにをやってるの?」
「あ、あー、そのなんですか、ハハ、クラブ活動、かな?」
「へえ、芳子がそういうの入るの珍しいわね。みのりちゃんは陸上部だったかしら。」
「わたしもー、責任のある立場ですか、そういうしがらみが学校でも出来てしまって、たいへんよお。」

 へらへらと笑う芳子は健全過ぎて、逆に気味が悪い。
 ベッドの脇に座る娘の頭を抱いて、諭す。

「あなたはおかあさん居なくてもちゃんとやっていける、出来のいい子だけど、困った事があったら正直に言ってね。」
「うん…。」
「おかあさんこんなだけど、あなたの為ならどこにでも何でもやってあげるから。だから、無理はしないで。」
「うん。しない、やくそくする。」

 一度離した手が名残惜しく、芳子は今度は自分から母の肩を抱きしめた。
 背丈はとっくの昔に自分の方が大きくなっている。でも、やっぱりおかあさんは昔のまんまのおかあさんだ。

「よしこ。」
 咎めるような、少し冷たい声を母は出す。少し強く抱きしめ過ぎたのかもしれない。
 
 手を緩めて母の顔を見ると、なにやら険しい目でにらんでいる。豊満な芳子の乳房に眼を向けると、また顔をにらみ返す。

 

「芳子、この乳はなに? おかあさんこんな遺伝子知らない。」

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