花憐「前回までのあらすじ。
 児玉喜味子は2年5組。鳩保と物辺と同じクラスだが、鳩保は数理研究科という別コースに所属する。
 だが派手な二人と違って、喜味子はものすごーく地味でクラスでも目立たない。目立たないが、友達は居る。ちょっと怪しい子がね。」

「ゆでたまご、呑み込むの?」
 風間 由芽は5組のクラスメート。美人と言えなくもない容姿だが、性格的に目立つ事が嫌いで地味にしている。眼鏡におかっぱという、40年前の女子生徒にも馬鹿にされる垢抜け無さも喜味子と同じだ。
 いや、彼女は服装のせんすの悪い喜味子のレベルに合わせている。

 昼ご飯のおまけに持って来たゆで卵を恐るべき早業でくるりと剥き、ぱくっと一呑みした喜味子は、当たり前のことを今更聞かれたという感で、目の前に座る由芽の顔を見た。

「気持ち悪い?」
「いえ、でも蛇みたいかなって。」
「それは初めて言われた。普通、カエルみたいって言うんだけど。」

 喜味子が卵呑み込んでも蛇女扱いされないのは、正真正銘の蛇女物辺優子が傍に居るからだ。黒髪が長くうねり肌が抜けるように白い優子は、見る人にこの世の者ならざる印象を常に与え、人間扱いする事を許さない。
 というわけで、児玉喜味子はヘビに対比してカエル呼ばわりされる。カエルだって虫を丸呑みするのだからさほど離れた存在ではない。が、ヘビよりはカエルの方が醜いというのが、世間一般常識の美意識だろう。

「でも、丸のまま卵呑み込んでだいじょうぶなの?」
「だいじょうぶなんじゃないかな。」

 と喋りながらも、喜味子の指は2個目の卵に移る。しゅるりと滑る白い指はこれだけが別の生き物のようで、人間の付属物とはとても思えない。児玉喜味子という少女は、両の手指とそれ以外で出来ている。
 由芽の目の前で手品が繰り広げられる。
 喜味子は卵を割らない。こつんとぶつけて殻に傷を付けない。指が絡みついて引き裂くのだ。白い殻にわずかに青く走る筋に、人差し指がぬめりながら侵食する。隙間など無いはずなのに、指が押し入っていく。中指も潜り込んで薄皮をめくり上げ空気を内部の白味の肌に触れさせる。その瞬間、一糸纏わぬ卵が手の中にある。

 レイプされた、と由芽は感じる。ゆで卵は本来有るべき壊され方を回避され、自らの予期せぬ形で世界に露にされた。そして何も分からない内に彼女の唇の間に、

「はいあーん。」

 え?とも思わぬ内に、由芽は自分の唇を割って卵が口に入っているのを知る。あんまり真剣に卵を見ていたので、喜味子は由芽も欲しいのかと勘違いして剥いた卵をくれたのだ。
 噛むのは忌避された。由芽はこのまま自分の口腔が卵に犯されていくのを許す。だが少女の口に丸のままの卵はやはり大き過ぎ、息が出来ない。

「うぬふうむう。」
「やっぱ丸呑みは無理か。」

 ぬぽっと引き抜かれる。由芽の唾液に濡れる卵は教室に差し込む陽の光を薄く浴びて、きらめいた。
 由芽は、喜味子がそのまま自分の口に呑み込むと思った。いや、期待したのかもしれない。だが、

「はい。」
と、卵は手渡される。当たり前の行為だが、何故だがすごく失望する。

「きみこお〜。」
 後ろから声がするので喜味子は振り返る。物部優子が小さなガラス瓶を手に振っている。

「なに〜。」
「金粉の瓶、開かなくなっちゃった、開けて。」
「しょうがないなあ。」

 放課後の怪しい変身に使う金粉を、物辺優子は振りかざす。ネジの間に粉が挟まってきつく閉じてしまったのだろう。
 昔から物辺村の少女達の間では、モノが開かなくなった時は喜味子に頼む習慣がある。瓶のフタ、自転車の鍵、締め出された家の扉、ふすまの立てつけが悪い時、ゲキのへのこを納めた祠の南京錠。

「ふにゃ、はい。」
「ありがと。」

 苦も無く小瓶はこじ開けられ、そのまま優子の手に戻る。

「?、食べないの。」
「あ。」

 由芽はそのまま両手に持ち続けていたゆで卵に、頭を下げて小さく噛みついた。とんがった先が齧られて、中の乾いた黄身が見える。

back

inserted by FC2 system