長編オモシロ小説

ゲキロボ☆彡

最終巻

 

〜PHASE 590.まで

 

PHASE 591.

 西暦二〇〇八年八月三十一日日曜日晴れ。

 遂に長かった夏休みが終わる。物辺村夏休み子供ラジオ体操会も最終回だ。
 ラジオ体操リーダー責任者童みのりは、最後のお勤めとして出席者全員のカードにハンコを押していく。
 本来であればみのりも皆勤賞であるべきなのだが、今年はドバイに行ったりかいじゅーを退治したりで数日抜けてしまった。残念。

 最後のかいじゅーで高校生全員が欠席した2日間、ラジオ体操の指揮をとったのは中学二年生橋守和人だ。
 新しく加入した奥渡たまと共に皆の前で模範を示すのは、楽しかったろう。

 参加賞皆勤賞をばらまいて、未だに鉛筆とノートなのはご褒美としてどうかと思うが、高校生5名は村のお年寄り連にご挨拶する。
 今年もご参加ありがとうございました。

「みのりちゃん、よく頑張ったねえ。来年もまた頑張りなさい。」
「はい。」

 お褒めの言葉にあずかり、みのり直立不動から90度お辞儀をする。実のところ皆勤賞は爺ちゃん婆ちゃんばっかりなのだ。
 子供達は夏休み、なんだかんだで数日抜ける。学校の行事や盆休み、海外旅行に行ったりもする。
 どこにも連れて行ってもらえなかった子は、物辺の双子姉妹くらいなものだ。

 その双子は、従姉の物辺優子に対して文句を言う。

「ししょー」「ししょー」
「なんだい。」
「あのたまちゃんを」「たまねーちゃん、しばいていいですかい」
「なんだ、たまちゃんが悪いことするのか。」
「子犬に触らせてくれないです」「凸凹とグルになって子犬隠すです」「しかもなんか子供に人気だ」
「小学生組か。新しいおねえさんが来たんだから、そりゃ楽しいだろ。」
「人気よくない」「このままでは物辺村の覇権が失われる」「出る杭は打たれるといいますが」「むしろ出る前に潰すべきではないかと」

 双子は喜味子にぽこぽこと殴られた。
 奥渡たまは児玉家に下宿する。この数日で喜味子をすっかりおねえさんと呼ぶようになった。
 喜味ちゃんの姉力は高い。

「あんたらねえ、たまちゃんを見習って爺ちゃんに剣術でも習いなよ。毎日遊び呆けてないで。」
「今の世の中切った張ったは遠い昔となりやした」「元亀天正の頃とはちゃうんです。野蛮よくない」
「そんなだから、たまちゃんに箒で尻を叩かれるんだ。」

 のどかな、あまりにも平和な風景。
 まるで世界に何一つ騒動のタネが無いかに思える。

 鳩保芳子もぼーっとする。血圧高い系少女にしては珍しい、朝の脱力感を覚えている。
 長かった。とにかく今年の夏は長かった。
 暑いし忙しいし走り回って色んな人と会って、寿命が何年か縮む思いを味合わされた。

 対照的に、いつもは低血圧でのびておりラジオ体操にもオートマチックで参加する物辺優子が、目を大きく開けてぴんぴんしている。

「芳子!」
「ん、なに優ちゃん。」
「今日、村を出る用事有るか?」
「うんにゃ、特には無いけど。まあ買い物に行くかも。」
「無いならずっと村に居ろ。絶対だ。」
「なんで、」
「とにかく絶対だ。そうだな、花憐ちの橋の見張りをずっとしてろ。」
「なんで、誰か来るの?」
「いいな。」

 さっぱり分からないが、優子が命ずるところに間違いは無い。それが物辺の巫女だ。
 鳩保も、そこまで言うのならばと従ってみる。どうせ学校の宿題も終わってる、二学期の授業の予習でもしておくか。

「花憐ちゃん、というわけで見張り所を借りるよ。」
「あ、うん。いいわよ。」

 城ヶ崎花憐もまた珍しく上の空だ。物思いに耽り、あーでもないこーでもないと考え事をしている。
 いつもの彼女ではない。
 しかし夏休み終了だ。それぞれに思うところも有るだろう。
 今後の計画なども話し合わねばならないはず。

 物辺村正義少女会議のネタも考えておこう、と鳩保は今日のスケジュールを組み立てる。
 あーでも、今年の夏はエロいこと何も無かったな。そこは失敗だ。
 九月はラブ運強化月間とするか……。

 

 みのり喜味子優子の3人は、鳩保よりは脳が少し冴えている。
 様子のおかしい花憐が口走る、とりとめのない台詞に耳を傾けている。

「……あーだめだわ、これもダメ。どのルートを通ってもやっぱりこうなる、困ったわね。
 えーと、やっぱりビッグバン爆弾て使うとこうなる必然で、……あー、うん。こうならざるを得ないんだ、あーどーしよ……。
 ちなみに今回のテーマは、LOVEです」

 

PHASE 592.

 神社朝のご奉仕を終えて朝食の卓に着く物辺家一同。
 いただきます、を言ったところで優子首根っこの不可視の電話が鳴った。
 花憐だ。

「優ちゃん今テレビ見てる? ニュース」
「見てないよ、見ないよ。」
「今すぐ点けて。早く!」

 仕方がないな、とテレビのリモコンに手を伸ばす。
 物辺家では食事時にテレビを見る習慣は無いので、祖父と饗子おばちゃんと祝子おばちゃんがキツイ視線を投げてくる。
 ブラウン管テレビがゆっくりと灯る。

 日曜日朝にはワイドショーは無い。ニュース番組にチャンネルを換える。
 中国で子供用粉ミルクが異常な高騰を見せていた。

「花憐、粉ミルクがたいへんだぞ。」
「もうちょっと待って、たぶんその後で」

 しばらく見ていると粉ミルクだけでなく色んなモノの値段が上がっている。買い占めをする企業があって市場に出回らないらしい。
 二十一世紀も始まったばかりというのに、世紀末だな。

「あ。」

 訃報だ。
 映画監督の渋島某さんが今日未明東京は新宿の盛り場で喧嘩に巻き込まれて意識不明の重体。病院に運ばれたが死亡が確認された。と言っている。
 東京に遊びに行った際にテレビの神様に引き合わされた、五十代の割には浮ついた若作りの服装をした男だった。
 最近映画は撮っていなかったが、数年前まで昼のワイドショーにコメンテーターとしてレギュラー出演していたから、茶の間でも知る人は多い。

 病気や事故で亡くなるならともかく、れっきとした犯罪。殺人事件だ。
 マスコミも色めき立って報道を開始しているらしい。

 それだけの話ではある。だが優子が顔を上げると、祖父饗子祝子が揃って深刻な顔を並べている。
 入婿の鳶郎は理解できていない。女房に尋ねる。

「この方がどうかしましたか。」
「いえ、贄子ねえさんがお世話になった方で、」

 さすがに身内だ。正体を隠していたとはいえ、長女物辺贄子の出演作品の監督をちゃんと覚えている。
 祝子は姉を振り返る。直接に面識は無いものの、何もせずによいものだろうか。

「姉さん、これは、」
「弔電くらいは打っておくべきかもね。姉さんが日本に居れば自分でするでしょうけど。」
「この方は長女の贄子さんのお知り合いなのですか。」
「ええ鳶郎さん、芸能界で姉さんが苦境に立たされた時に助けてくれた人でね。」

 鳶郎はまだ若い。彼が小学生の頃の作品を知らなくても無理は無い。
 ほとんどバブルの時代なのだ。
 双子姉妹も何も感じない。そんなおっさん知らないし、そもそも贄子おばちゃんなんて見たこともない。
 朝飯を食うのを続行だ。夏休みは今日一日を残す限り、一秒だって無駄をしては居られない。

 優子、脳内通話で尋ねる。

「花憐、これはなにか裏が有る事件か?」
「わからない。現地で調査してみないと、わたし達関係があるかどうかもわからないわ」
「うん。だが、東京だからな。テレビの神様に連絡したか?」
「いいえ、でもやってみる。そちらに任せた方がいいかも」

 花憐の通話は一旦切れた。東京に電話して「テレビの神様」小郷月舟に事情を確かめているのだろう。
 飯を食う。人が死んだくらいで箸を止める必要はない。
 もしも自分達ゲキの少女に関係する事案なら、

「……復讐をする必要も無かろうが、落とし前はつけてやろうか。」

 その程度の案件だ。

 

 30分後、再び花憐から不可視の電話が有った。

「神様に連絡してみたけれど、向こうでも調査中だって。わたし達が会って連絡を取ったからこの事件が起きたのか、知り合いの探偵に頼んで調べてもらってるの」
「向こうでも陰謀を懸念しているわけだな。」
「そう、みたい。でも最近渋島さんは飲み屋で大口叩く事が多かったんだって。近々大きな作品を撮る、絶対当たるの間違いなしだから大金が転がり込んでくるって。
 それで周囲と衝突してたみたいよ」
「大きな作品って、あたしを撮る話かな。」
「たぶん」
「物辺贄子とか口走ってたのかもしれんな。まだその筋では恨みが残っているのかも。」
「わからない。でもテレビの神様に任せておきましょ。わたし達が口を挟んでもいいこと無さそうだわ」
「うむ。」

 通話を切って、優子は考える。

 物辺贄子、自分の母親。生まれてこの方顔も見たことが無い女。
 今日の話題の焦点は彼女らしい。

 

PHASE 593.

 物辺村には新しく自販機が設置された。
 自販機のジュースは高い。スーパーで買えば同じものでも100円以下で買える。
 だから村民は自販機を使おうとはしない。設置賛成派であった鳩保であってもだ。

 必然として、自分家の買い置きのジュースを携えて橋の見張所に出張ってくる。
 化学の問題集とノート1冊筆箱、そして液晶パネルの付いた情報端末を持っている。

 これは一見すると電子辞書それもカラーで映るそれなりに高価な機種、のはずなのだが、実は地球人技術の産物ではない。
 喜味ちゃんが電子辞書の型だけコピーして、ゲキ端末を製造したのだ。
 御神木基地の封鎖中にゲキの自由な利用が出来なかった反省から、5人全員分を用意した。
 青赤黒黄緑とそれぞれのパーソナルカラーに塗り替えて、しかも控えめではあるがデコレーションまでしてある。
 何をやらせても喜味ちゃんは上手いな。

 当然インターネットも出来る。どこの電話会社とも契約しなくても、無料で繋ぎ放題。
 ニュースのサイトを見てみると、乳児用粉ミルクが異常な高騰を見せている。

「ふむ。」

 実は麻雀合宿を行った際、地球人類シミュレーターで経済の模擬操作も行った。
 それぞれが獲得する点数には意味が無い、と案内人縁毒戸美々奈は語ったが、さにあらず。
 点棒は当然にカネを象徴する。
 地球人類社会をシミュレートするのに世界経済の流れを無視するはずも無い。

 気付いていたのは鳩保唯一人。このアドバンテージで2位をキープする事が出来た。
 その目から見れば、粉ミルク高騰は解せぬ現象だ。

 たしかに経済界の雲行きは怪しい。震源地はアメリカで、サブプライムなんとかのバブルが弾けそうだと聞いている。
 破局を前倒しして大混乱を引き起こせば一儲けできるだろう。
 粉ミルクで巨万の富が稼げるかもしれない。それにしても、

「世界戦争でも起きそうな勢いだな……。」

 

 暇である。
 さすがに明日からは九月であるから、参拝客も少ない。他にやるべき事が有るのだろう。
 日差しは相変わらず厳しいが、陰に入ると海からの涼しい風で過ごし易い。
 おかげで勉強がはかどるはかどる。
 ふと、昔を思い出した。中学卒業前後、ほんの1年半前だ。

 その頃の鳩保芳子は、橋を渡った本土側でずっと待っていた。
 いつ来るとも分からぬ人を何時間も待っていた。
 あるいは救いを求めていたのかもしれない。
 冷静に、高校二年生夏の鳩保芳子が考えればそんなところに解答は無かったのに、彼が突破口だと信じていた。
 何もかも、自分を縛るあらゆる枷から抜けられると。

 一時の熱病であったのだ。
 門代高校に入学してまもなく、鳩保は自力で自分を立て直した。
 特に契機があったわけでなく、なんとなくなんとかなった。
 来る環境の変化を過大評価して自分で自分を追い込んでいた。と今なら診断も付く。
 しかし溺れる者にとっての藁は、今そこに有るからこそ尊いのだ。

 まあ若かったなと反省頻り。
 思い返せば赤面恥晒しのオンパレードで、もう一度と言われれば死んだ方がマシな無茶をやらかした。
 よくもまあ逃げずに付き合ってくれたものだ。

「今どうしてるかなー。」

 電子辞書風ゲキ端末に指が伸びる。これを使えば世界中どこに居ようとも瞬時に探索判明する。
 だが知りたくない。知ってどうする。
 もし彼が現在の鳩保芳子を見たとして、何を思うだろうか。
 綺麗になった、大人っぽくなったね、とでも言ってくれるだろうか。案外と逆に、昔の方がよかったと感じるかもしれない。
 無茶な女の子だったからこそ相手にしてくれていたと、自分でも分かる。
 それだけ激しく感情をぶつけたのだ。

 やっぱり優しいひとだったのだろう。

 橋の上に陽炎が揺らぐ。人の姿が歪んで見える。
 まさかそんなと思うのだが、やっぱり人違いか。夏のビジネスマン風の男性だ。
 彼はそうじゃない。そういう印象を与えない。

 背は高く、それほど細くはなく、筋肉はあるのだがムキムキでもなく締まっていて。
 足は長くてかっこいいのは、物辺村5人の少女が皆認めるところ。特にイケメンに弱い花憐ちゃんと好みが競合する。
 物辺優子のタイプではない。
 優ちゃんは自分の身内に手を出したりしない。血の繋がりは無くとも絆は深い。
 だから代わりに鳩保が飛びついた。最初のきっかけはその程度であったのだ。

「え?」

 手を振っている。自分に向けて呼び掛けている。
 思わず立ち上がり、問題集筆記具を地面に叩き落とす。

 どうして今この場所に、あの人が居るのだ。
 いや、あの人はいつもそうなのだ。特に理由も前触れも無く、自分の前に現れる。

 斎野香背男。

 惚れっぽい鳩保芳子の初恋の相手ではない。
 だがたったひとりと胸を張って挙げる男だ。

 

PHASE 594.

 斎野香背男は、物辺神社先代継承者 物辺咎津美の義理の妹 物辺禍津美の第二子長男である。

 禍津美の実家は島外に嫁に出た物辺の巫女の家系で、随分と昔に子孫が絶え養子をもらって継いでいるから、完全に血縁は無い。
 戦争で身寄りが無くなった彼女が物辺家にもらわれたのは、おそらくは不幸と呼ぶべき状況であったろう。
 咎津美の遊び相手、ほとんど厄除けの雛人形として育てられた彼女がまっとうな精神を保持し続けられたのは奇跡と呼ぶしかない。

 後に禍津美は結婚して斎野姓を名乗る。
 彼女の第一子長女 斎野初瀬は物辺祝子と同い歳、2ヶ月早くに生まれた。
 そして第二子長男 斎野香背男は3歳下、27歳だ。
 祝子にとって香背男は弟のようなものである。

「祝子様、ご結婚おめでとうございます。また物辺神社をめでたく継承されたとのこと、お喜び申し上げます。」
「うん。」

 物辺家居間で型通りの挨拶が行われる。夏でなければ上下の背広で正装してきただろうが、白のワイシャツにネクタイだ。
 祝辞を受けるのは双子を除く物辺家の人々。
 宮司の祖父と婿鳶郎、優子は神主巫女姿のままに畳に座る。午前中から祈祷の予約が入っている。

 香背男が前回村に来たのは、去年三月。母禍津美が東京の病院に入院して、病平癒の御札を貰いにだ。
 数日滞在してすぐ東京・ブラジルに戻ったのだが、その間鳩保芳子が傍若無人の振る舞いをして顰蹙を買いまくる。
 正直、物辺の人達も少なからぬ迷惑を受けた。

「これはささやかながら私からのお祝いの品でございます。どうぞお納めください。」
「うん?」

 結婚祝いとしてどんなものだろうか。中米から持って来たイノシシの顔の仮面だ。

「オオカミです。現地住民が尊ぶ神獣の仮面で、不思議な力が宿るとされています。」
「そうか。」

 香背男は普通人と呼ぶにはちょっと感性がずれている。
 物辺の巫女と比べれば可愛いものだが、スピリチュアル系に関心が有りおまじないグッズ集めを趣味とする。
 原因は物辺神社そのものだ。

 父の仕事の関係で物心付く前にブラジルに渡った彼は、年に一度日本に帰ってくる。
 その度物辺島に参り神社でご祈祷などしてもらうのだが、なにせ鬼の社だ。妖しい体験が幼心に深く焼き付く。
 未だ存命中だった病床の咎津美にも会っている。エキセントリックな気を浴びて、魂の歪まぬ道理も無かろう。

 しかしながら彼が大学で専攻したのは地質学。卒業後は金属資源探査会社に勤める完全な理系人間だ。
 単に趣味がオカルトや不思議であるだけの、普通の青年と見做すべきなのだ。
 今日までは。

 香背男は畳の上で改めて姿勢を正し、両手を突いて祝子、その父、夫、および姉ついでに姪、に願い事をする。

「今日参ったのは皆様に特別なお願いがあるからなのです。」
「まあ、そんな話を電話でしていたな。」
「実は私は業務命令で、中米のチクシュルーヴ・クレーターの周辺を資源探査してきました。
 白亜紀に恐竜を滅ぼした大隕石の痕です。」
「ふむ。」
「現地では昔ながらの信仰を守る部族の協力を得て調査をしました。彼等からもらったのがこの仮面です。」
「ふむふむ。」

「そのお返しに私は、日本にも古い神を祀る信仰があると物語りました。私の母は神社の娘だと。
彼等は非常に大きな関心を寄せて、日本の神様が欲しいと言い出したのです。」

「また妙な話だな。」

 祝子に代わって父が口を挟む。それまでまったくに縁の無い神様を祀ろうと、どうして彼等は考えたのか。

「案外と不思議でもないんです。彼等も村に留まるわけでなくブラジルやメキシコなどにも出稼ぎに行き、日系人とも接触します。
 キリスト教でも南米現地の神でもない、まったく知らない神様を拝む人間に不思議を覚えるんです。」
「たしかに不思議だろう。だが、」
「彼等は近代科学技術文明がキリスト教によって生み出され、キリスト教徒でないとダメだと考えていたわけです。
 しかし、まったく別の神様を信じる日本人が科学文明を自らのものとして発展しているのを知り、大いに勇気づけられたのです。
 そこで現地にも日本の神様が、それも「外記」が欲しいと願うようになったのです。」

「いやいや、それはちょっとおかしいよ香背男。」

 饗子も異を唱える。
 理屈は通っているし日本の神様が多神教で中南米の古い信仰と似ているかもしれない。
 だが「外記」は鬼だ、魔物だ。妖怪変化を祀っているとさえ言えよう。
 なんでそんなもの欲しがるんだ。

 ちなみに香背男がお祓いを受けた時、巫女として祭祀を取り仕切ったのは十代前半の饗子だ。
 彼の精神を形作る妙ちくりんな体験は、饗子によって与えられた。

 自分が極めて不穏当な話をしていると、彼自身も理解する。
 真正面から疑問を呈されて表情を固くし、また歪めた。
 畳に額を下げて平伏し、意を決して口を開く。

「実は、     ゲキが居るんです。現地に。」

 

PHASE 595.

「彼等が言うには、或る日空から「どんがら」が降ってきた。まるっきり空っぽのドラム缶のような、大きな豆のさやが落ちてきたらしいのです。」
「はあ。」
「それは村の近くの谷に落ちました。場所が悪い、彼等の信仰の聖地です。
 そこで村人を集めて「どんがら」に縄を掛けて、谷から引っ張り上げようとしたのです。」

「まるっきり、物辺神社の縁起と同じだな。」

 父の感想に娘達もうなずく。物辺島の岸に流れ着いたのは巨大な鬼のドクロであったが、これもまた中空の「どんがら」だ。
 漁師達が総出で島に担ぎ上げたのが、神社発祥のエピソードだ。
 香背男も同意して、話を続ける。

「彼等の案内で私は「どんがら」の探査に行きました。そして、やはりこれが尋常の物体でないと確認しました。資源探査の機材で検査しましたから間違いない。」
「でも香背男、それがゲキと同一のモノだとは証明できないでしょ。」
「饗子さん、出来るんです、それが。物辺の巫女が確認したのです。」

 白いYシャツの胸ポケットにパスケースを入れている。特別に重要な証拠として、肌身離さず大切に保管してきたのだ。
 端が破れた古い、黄色くなった白黒写真を示す。裏面には”29.NOV .1962”、と鉛筆で日付が書いてある。
 物辺の人は顔を突き合わせて、紙片に写る人物を確かめた。

「……、物辺の巫女の特徴の有る顔、です。父さん、知っていますか?」
「いや、だが咎津美に感じが似ている。誰なのだ香背男。」
「現地住民が覚えている名前は、Watatumi・Monobe です。」
「咎津美の姉か!」

 物辺 海。15歳上の咎津美の姉。
 彼女は敗戦のどさくさに紛れて物辺村を出奔し、進駐軍のGIと恋に落ちアメリカに逃亡したと、物辺神社では認識する。

「そして彼女の後ろに有る物体が「どんがら」です。丸木舟を上下合わせた感じで、熊野信仰の渡海船な風にも見えました。」
「今もこのように野ざらしなの?」
「そうですね、簡単な屋根は被せてありますが、ほぼ置き去りです。誰も近づきたくないのが本音でしょう。
 そこで、コレを適切に祭り上げる技術者が欲しいわけです。」

 不思議な縁、だが偶然を信じる愚か者は物辺家には居ない。
 饗子は祝子の顔を見て、同時にうなずく。

「香背男、あんたハメられたね。」
「   やはり、……そう、思いますか。」
「分からいでか。そんな都合よく物辺の縁者が行くものか。誰に何を仕掛けられた?」

「私に、いえ私が所属する金属資源探査会社に依頼をしてきたのは、アメリカの科学財団「ハイディアン・センチュリー」というところです。
 わざわざ派遣する技術者の指名までしてきました。」
「めちゃくちゃ怪しいな。」

 話に参加せずに優子は手の内で古写真を弄ぶ。
 写真の女は、また優子にも似ている。饗子祝子と比べても、優子の方が近い。
 優子の顔立ちは母親物辺贄子に似ているとされる。贄子は咎津美の生き写しと聞く。
 そして「29.NOV」、自分の誕生日だ。

 手を触れぬままに首の後ろの不可視の電話を掛ける。

「喜味子、この写真が本物かニセモノか、分析できるか?」
「分析するまでもなく、それPHOTOSHOP合成だよ。古い本物の写真を背景に人物を重ねてるんだ。
 PC上で作成して銀塩写真に焼いて粒子を荒くして誤魔化し、紫外線で退色処理してるけど、フィルタ跡バレバレだ。
 第一、写真の裏の鉛筆の文字、つるつるじゃん。最近書かれたものだよ」
「何時頃作られた?」
「2年前、ってところだね」
「あたしらがゲキの力をもらうずっと前、ってわけだな。」
「そこんとこの方が問題だね」

 物辺優子達5人の少女は、今年五月北海道でゲキの骸に遭遇するまで、まったく不思議に気付かなかった。
 NWO主要国と現地日本政府でさえも、直近になるまで何処の誰がゲキの力を受け継ぐか、知らされていない。
 ミスシャクティの機密保持と開示のタイミングの演出は完璧だ。

 もし香背男を抱き込む陰謀がゲキの力を求めてとすれば、2年前にはもう秘密を知っていた事となる。
 未来予知か未来情報の漏洩か。いずれにしろ尋常のルートではない。

「どしたの優子。」

 難しい顔で写真とにらめっこする優子を不審に思い、饗子が尋ねる。
 この写真に不審な点が有る?

「おばちゃん、あたしその「ハイディアン・センチュリー」ってのに心当たりがあります。」
「そうなんだ。」
「直接にちょっかいを掛けられたのは芳子なんだけど、わざわざ財団トップの人間が門代に来てペテンめいた芝居をして帰ったんです。
 四十代の美人のおばちゃんで日本人、「ミセス・ワタツミ」を名乗っていたそうです。」

「物辺 海?」
「饗子、それは年齢が違う。物辺 海は生きていれば八十歳を越える。」
「じいちゃん、饗子おばちゃん祝子おばちゃん。
 物辺の人間で四十歳くらいで芝居のかった嫌味な大美人、ってのに心当たりはありませんか?」

「ゆうこ…………。」

 ぴんと来ないのは入婿の鳶郎くらいだ。
 物辺家の人達は、香背男も含めて、この場に居ないもう一人の家族を思い浮かべる。

 神社正統継承者祝子は はあ、と大きくため息を吐いた。
 今日は朝から験が悪い。

 

PHASE 596.

 鳩保芳子は「石臼場」と呼ばれる神社の小広場で所在なげに待っていた。

 ゲキの力で気配を探ると、なにやら真剣な雰囲気が垣間見える。
 斎野香背男が持ち込んだのはよほど厄介な用事らしい。それも神事関係の。
 神社の大事に口を挟んではならぬ。それが物辺村の掟である。

 何時まで経っても終わらない……。
 歯痒いが、乱入するほどの無思慮を今の自分は持っていない。

 時間が有るなら勉強すればいいのに、集中力がまるで続かない。文字が頭に入ってこない。
 ゲキ端末を触っても同様、世界情勢なんか知ったことか。
 あまりにも暇だから、自動販売機で割高な炭酸飲料を買ってしまう。正気であれば絶対にやらない行為だ。

「かなりイラツイておいでですね。」
「なんだよ。」

 艶やかな黒髪巻き毛を初秋の風になびかせて、人外の美少女が現れる。
 若干ゴスを匂わせる藍色ワンピースで武装した、縁毒戸美々世が厭らしい笑みを浮かべて立っている。
 ウーパールーパーをリボンで飾ったみたいで、気持ち悪い。

 鳩保は左の眉尻を上げて胡散臭そうに見る。

「おまえ、物辺島に入れたのか。」
「入れなかったのは七夕祭と結婚式の時だけです。みのりさんが結界張っていましたから。」

 完璧な造形の指で、念入りに巻いた髪をくるんくるんと遊ぶ。
 新ボディに換装して、これまで以上に磨きをかけているのだろう。
 もしこいつを香背男が見てしまうと、

「ちょっとちょっと、わたしがここに居るのは優子さんの指示です。斎野さんの為でもあるんです!」

 ほとんど絶叫調に追い詰められる美々世。
 ポポーブレードが喉元に迫るのだから、必死で訴える。

「鳩保さん聞いてください、これは斎野香背男さんの命に関わる問題です。

 あー、もちろん地球人類の各組織、NWOやらなんやらは斎野香背男って人をちゃんと認識しています。
 物辺家に縁の繋がる人として、常時監視保護しています。誘拐人質とかされたら困りますからね。

 ですが、斎野さんがあなた方と親密以上に親しくなるのも、彼等の望むところではないのです。」

「たしかに、結婚して子供を産み、血統を通じてゲキを操り世界人類を支配するのが連中の基本方針だ。
 でもこれまで、香背男さんにNWOは何もしてないじゃないか。」
「ガキが舞い上がって恋愛ごっこしてたのを掘り返すほど彼等も暇ではありません。あ、くるしいごめんなさい」

 美々世、鳩保に襟首を絞められて絶息寸前。さすがに言葉に遠慮が足りなかった。
 だが言わんとするところはちゃんと伝わる。
 つまりは彼等の計算に斎野香背男は入っておらず、鳩保との恋愛関係は絶対阻止されるべき事案なのだ。

「最悪の場合斎野さんは殺されます。
 それも鳩保さんの恨みを買わないように、グルっと回って誰か悪の謀略に仕立てて。」

「話は分かった。

 で、そこになんで美々世が絡んでくる?」
「今日、今からデートしますよね。」
「どうかな、香背男さんにも都合は有るし。」

「二人っきりのデートだとNWOも警戒します。でも仲良し少女二人連れで歩いていれば、敵もガードを下げるでしょ。」
「誰が仲良し少女だ。」
「わたしとあなた。うう、くるしい」

 美々世の襟首掴んで締め上げるのがちょっと楽しくなった。

「でもなんでおまえなんだよ。もっと他に居るだろ。優ちゃんはなんで、」
「え? 鳩保さん、あなた他に女の子の友達居ましたか?」

「                ……居ない。」

 これだから幼なじみは嫌だ。
 自分の知らない所まで勝手に知って、気を使ってくれやがる。

 

PHASE 597.

 斎野香背男が物辺家を出たのは、もうすぐ午後一時。どこかの家からテレビ小説のテーマソングが聞こえてくる。

「芳子ちゃん!」 

 呼ぶのは鳩保の名。勢い込んで姿を探す。

 

 「おそらくは物辺贄子であろう人物の画策で中米に物辺神社の分社を作る」謎事業を巡って、物辺家の人は侃々諤々の議論を繰り広げる。
 おかげで母親物辺饗子も昼ごはんの用意を忘れてしまう。

 食べに帰ってきた双子はこれはアカンと見切りを付ける。
 鳩保が神社脇でやきもきしている姿から、これは昼食わん、つまり鳩保家には飯が余っていると推測した。
 昼飯たかりに行く。
 行き掛けの駄賃に、「香背男おじちゃん」に鳩保の様子を面白くおかしく脚色して吹聴する。
 双子はアレで鬼だから、恋に悩む乙女の心などシースルーだ。

 これより先は物辺家の判断である。香背男は議論を打ち切り、後も振り返らずに飛び出した。
 紅い。

「芳子ちゃん、その色は、」

 心配を打ち消すかに、鳩保はお出かけスタイルに着替えて立っている。
 縁毒戸美々世の助言を入れて、魚肉に負けない程度におしゃれしてきて大正解。

 香背男が面食らうのは、鳩保が基本的に青を好むと知っているからだ。
 赤は女の子の色、青は男の子。小学生じみた単純さだが彼女は自分をそう演出してきた。
 恥ずかしげに答える。

「夏ですから、まだ派手にいこうと思ったんです。」

 美々世が藍色を着ているから被らないように、とは言えない。
 魚肉人間風情と競り合ってるなんて思われてはかなわない。
 それに、

「香背男さんがずいぶんと長くお出でにならないから、私も変わったんです。」
「そうだね、ずいぶんと変わったね。でもそれ以上に、」

 それ以上に、何を感じたのだろう。

 余韻をぶち切って魚肉女郎が厚顔無恥にも自己紹介を始める。

「芳子さんの親友の縁毒戸美々世です。門代高校二年三組で童みのりさんのクラスメートです。」
「ああこんにちわ。でも親友って、ほんとうなのかい?」
「どうも芳子さんは友達が居ないと誤解されているみたいですね。」

 ウフフ、と女子高生らしくない大人びた態度で笑う。鳩保、敏感に悟る。
 こいつ、この夏恋がしたいと言っていたが、ほんとに経験値UPしやがった!

 

 物辺神社参拝者駐車場の隣に、城ヶ崎家車庫が有る。
 ここに花憐御自慢の真紅のフェラーリがあるのだが、幼稚園の頃から自慢しているなかなかに恐ろしい代物だ。

 デートするには足が要る。
 美々世の進言に従い、鳩保は城ヶ崎家を強襲。フェラーリの鍵を強要する。
 だが貸してくれたのは日産シーマ。白で、ウルトラマンみたいな顔をしている車だ。
 事実上花憐お嬢様お出かけ専用車であるから、鳩保も何度も乗った事が有る。
 新鮮味は無いがドライバーが代われば見違えたりするだろう。

 3人で橋を渡って、香背男に鍵を渡す。これを使ってください。

 当然のように助手席のドアに手を掛ける美々世の肩に、鳩保は右手を置いた。
 まじで殺気を覚えたから、美々世黙って手を引き後席に乗り込む。

 助手席に座りシートベルトを締めて、窮屈な胸のあたりを修正し、腹の上に両手を組んで置き、目を瞑る。
 鳩保、心の奥に湧き上がるものを感じる。
 あの日々の焦げるようなざわつきを。すべてを食い破らんとする獰猛な衝動を。

 エンジンの響きに目を開く。夏の日差しがフロントガラスを叩き、一瞬世界が緑色に見えた。
 香背男は名が示すとおりに背が高いから、シートのセッティングに戸惑っている。いつもは女性のトノイさんが運転手を務めるから、合わないのだ。
 ルームミラーの向きなど直し、シートベルトを締めて。

「芳子ちゃん、お昼まだだろ。何が食べたい?」
「お寿司なんかどうです?」

 後席から無遠慮に美々世がリクエストする。
 香背男も機嫌よく了承した。

「寿司か。日本に帰ってきたらそれは食わないとダメだな。芳子ちゃん、いいね?」
「はい!」

 勢い込んで答えるも、何故だ。主導権を美々世に取られているぞ。

 

PHASE 598.

「へー国際運転免許証ですか。どこにでも行けるんですね。」
「仕事柄色んな国に行って、それも辺鄙な所に機材を積んで移動するからね。必需品なんだ。」
「なんだかかっこいいですぅ。」

 主に喋るのは美々世だ。立板に水で、まったく途切れる事無く香背男に話し掛けている。
 鳩保はと言えば、香背男と眼が合って口籠り、美々世に蹂躙されるばかり。
 おかしい。私どうした?

 

 門代は海陸の交通の要所であって、つまりは海産物に困ることは無い。物辺村でも童みのりの父親が漁師をしている。
 潮の流れが早いから、黒鯛や蛸の身が締まって美味しい。
 大きな魚市場も近隣に有って新鮮な寿司ネタを苦も無く調達できるのだが、さらに名物も有る。
 有名どころではふぐだが、さすがに夏場はシーズンではない。でも食べられる。

「クジラ寿司か……。」

 商業捕鯨華やかなりし頃捕鯨船団の母港があり、今も伝統の灯を消すまいとクジラ料理に力を入れる。
 目的の寿司屋に着いて、香背男は看板に記されるネタに感慨深く呟いた。

 八月最終日日曜日のお昼時で人が多いかと思ったが、ちょうど客の入れ替わりでテーブルが1つ空いた。
 もう午後一時半を回る。店も余裕が出てきたのだろう。

「回転、してませんね。」

 窓の大きな明るい綺麗なお店の回転寿司なのだが、コンベアの上には皿が乗ってない。
 ネタの名前が書いた値札のみ回る。
 この店は中央に位置する寿司職人に直接リクエストすると握ってくれる、コンベア要らないじゃん方式の店なのだ。

 テーブルの左奥に鳩保、手前通路側に栓をするように美々世、向かいに香背男が一人で座る。
 仲良し少女の設定であればこの配置が正しかろうが、美々世ぶっ殺すリストにチェックマークが1つ入る。

 美々世、改めて営業用特上笑顔を作ってみせる。

「香背男さん、遠慮はしませんよおー。」
 そこは斎野さん、だろ! 馴れ馴れしく名前を呼ぶな。

「芳子ちゃんも遠慮要らないよ。前に門代に来た時よりは財布は厚いから。」
「はい……。」

 1年半前は香背男も会社に入ったばかりで、さほどカネが有る風情ではなかった。
 遠慮したわけではないが夜半気まぐれにドライブに駆り出したから、ファーストフード店かコンビニ買い食いででたらめな食事をしていた。
 寿司なんて食べに行かない。

 美々世は、
「あ、おにいさん、サーモン炙りチーズ、それとボタンエビ、ヒラメお願いします。」

 こいついきなりヒラメで行くか。本当に手加減なしで高いネタばかり食うつもりだな。

「あ、えーと。スズキ、生タコ、穴子、」

 職人さんが威勢よくネタを復唱する。美々世ばかりが食べて鳩保が遠慮すれば、逆に香背男が気を使う。
 いや食べるよりも話をしたいのだが。

 鳩保3人分のアガリを淹れながら、もちろん女子力アピールの為である、通路側美々世には遠くて手が出せない仕事だ、
 注意を引き戻すタイミングを見計らうも、美々世の快進撃は続く。

「金属資源探査って、何を探すんですか。鉄とかアルミとか?」
「レアメタルやレアアースといった特別な材料だよ。今は中国が独占的に産出しているんだが、それも市場の動向で変わるからね。」
「どこにでも有るんですかそういうの。」
「意外とどこででも見つかるんだが、採掘で環境汚染が発生するから事業化に大規模な資金投入が要るんだ。安く輸出する中国はそこのところをどうしてるのかな。」
「今年はどこを掘ったんです?」
「掘っちゃいないよ。掘る時もあるけれど、今年の夏は特別なものを探してたからね。実は隕石なんだ。」
「隕石、落ちてくるメティオですか。」
「うん、隕石特有の金属成分を分析する仕事が入って、メキシコのユカタン半島に行ってきた。」

 ぽんぽんとお待たせせずに握りの乗った皿が来る。
 だが美々世はそもそもが魚肉すり身を主成分とする合成人間だ。飯など食わずとも生きていけるし、第一消化器官など持ち合わせていない。
 食ってどうなるのかと見ていると、色っぽく舌を突き出し、軽く端に醤油を付けたボタンエビを口中に仕舞い込んだ。
 ぐにゅぐにゅと噛んで、エビのしっぽのみを行儀よく出す。

「どうしましたか芳子さん? 美味しいですよ。」
「いや、……あんた、食ったものどこ行くんだよ?」
「消化しますよ。魚肉人間だって食べなきゃ死にます。」
「ウソ?」
「うそです。でも消化器官は多次元で畳み込んでますから、ちゃんと消化吸収します。オプション装備でよりにんげんぽくなりました。」

「なに二人でこそこそ話してるんだ?」

 香背男はマグロの赤身を食べる。トロ、それも大トロはやはり最後の締めに食べるべき。
 鳩保も彼のタイミングに合わせて穴子を食べる。ふんわり柔らかく、たしかに美味しい。これは香背男さんにも試してもらわないと。

 美々世はほんとうに遠慮をしなかった。親の仇とばかりに立て続けに頼む、高いネタばかりをだ。
 そして喋る。鳩保をダシに自分が男を落とさんと、様々な嘘を吹きまくる。

「へえ、美々世ちゃんは社長令嬢なんだ。」
「令嬢でした、ってのがほんとのところです。親がくっついたり離れたり喧嘩をしたりと忙しく、付き合うのがバカバカしくなって姉と共に離れて暮らす事にしたんですよ。
 高校二年生で門代なんて見たこと無い所にやって来ましたが、幸いに芳子さんみたいに良い方が。」

 鳩保も初めて聞く経歴設定だ。多少は裕福な経済状態にしておかないと、縦ロールは似合わないからな。
 透き通る生タコを食べてアガリをぺろぺろと舐めていると、ちょっとわさびが辛かった、美々世がテーブルの下で裾を引っ張った。
 小声で囁く。

「鳩保さん、見ましたか。今入ってきた外人のお客さん。」
「ん? 白人で黒髪の背の低い中年観光客?」
「あれ、CIAです。」

 

PHASE 599.

 珍しくもない。
 ゲキの力を授かって以来門代はCIAやKGBその他諸々世界中の諜報機関のメッカとなっている。

 だが今此処に来るのは、どう考えても自分達を監視する要員。
 急に眼を周囲に走らせる鳩保に、香背男は不審を覚える。

「どうかしたかい、芳子ちゃん。」
「あーもう、香背男さん。芳子って呼び捨てにしてって言ったじゃないですか。」
「そうだった。でもそれは、君がオトナになってから、だったね。」
「まだ私、大人に見えませんか?」
「いや、」

 やっと自分に直接触れる言葉を発してくれた。これがやりたいのだ。

「物辺島の橋で遠くから姿を見た時、半分人違いかなと思ったんだ。僕の記憶の芳子とはかなり違うから。」
「そんなに違いますか?」
「こうして近くで見ると、まだ昔のままだなと思わないでもないけど、別人に近いな。」
「なにが、    いえ変ですか。」
「変じゃないのが変だ。」

 クスクス、と美々世が笑う。
 こいつ、自分の昔を知るはずが無いのに。でも学校でリサーチ済みか。口の軽い奴はいくらでも居るからな。

 香背男は鳩保が気にした白人中年男性に振り返り、言う。

「ちょっと見ない内に門代は外人が増えたね。」
「はい。観光名所になってからは中国人団体客が多かったんですが、今年は世界中色んな人が来ますね。」
「今年からそうなのか。」
「春ゴールデンウィークから、です。」

 なんだろう、と考えながら別注文のノンアルコールビールを傾ける。
 車を運転しなければ一杯引っ掛けたいだろう。それは村に帰って物辺家歓迎会で、大々的に。
 美々世はユッケ風クジラの軍艦巻きという妙な寿司を崩さぬよう形よく食べて、尋ねる。

「お二人は、なにかお約束をしているのですか? えーとその、恋愛関係の。」
 直接的過ぎるわ!

「だって、ねえ。十も歳離れてるし。」
「なんたって芳子ちゃんはまだ高校生だから。」

 歯痒い。
 真正面から好きだの愛してるだの抱いてだのを、1年半前は叫んでいたのだ。自分は。
 いつの間にか出来なくなった。他人目を気にして大人しく振舞っている。
 これでは別人に見間違えられるのも当然だ。

 では修正して昔に戻ろう、とも思わない。
 自分でも不思議だが、あの頃の自分はもう戻って来ない。
 香背男本人を前にして、再び会った時にはああ言おう、これも喋ろうと考えていた事が何一つ。
 代わりに口から溢れる言葉は。

「美々世あんたね、手を出すんじゃないよ。物辺村じゃそういう風に決まってるんだ。」
「ふふふ、あ苦しい締めないで」

 自己嫌悪。何故他人に盗られる心配なんかしているのだ。奪い取れよ私。

「トロちょうだい大トロ! おにいさん!」
「あわたしはウニを。」
「HAHAHA」

 さすがに食い過ぎたんじゃないかなあ、と気が引ける。さすがに、この黒金ピカだったり紫だったりするお皿の数は。

 

PHASE 600.

 寿司屋を出た後も主導権は美々世に握られている。

 風光明媚なドライブデートスポットを観光案内に載っているままに東だ北だと引っ張りまわされ、海を渡って県外に出てしまう。
 その間喋りまくっているのもやっぱり美々世で、鳩保の内圧は爆発寸前にまで高まった。
 挙句の果てが、門代が見える海岸から渡し船に乗って一人で勝手に帰ってしまう。「いっぺんこれ乗りたかったんだ」などとほざいて。

 船着場に取り残された男女二人。

 門代へは船で5分。しかもアーケード商店街から見えるほどの近さに到着する。
 たしかに最短を選べば船であろう。ただし少しばかり船賃が高価い。
 数年前まではJR最寄り駅間の料金と同額だった。観光客の増加する中で誰かが、「渡し賃はジェットコースターの料金より安いぞ?」と気が付いたのだ。
 おかげで今では大人400円近くを取られる。本来の乗客である通勤通学客は定期券等がこれまでどおりの据え置き料金で、なんら問題はない。

 つまりは、鳩保と香背男はようやく二人きりに解放されたわけだ。
 が、安堵や喜びの前にげっそりと気力を使い果たしてしまった。

 香背男は腕時計を見る。
 高級品は避けるのが発展途上国での護身術といい、また鉱石採掘や探査の現場で邪魔にならないよう普通にG-SHOCKを用いている。

「芳子ちゃん、お腹空いたね。」
「ちゃんは要らないて言いました。なんだか、お寿司食べたような気がしませんね。」
「もう五時だよ。そろそろ物辺村に戻ろうか。」

 逃してなるものかと左腕にぎゅっとしがみつく。

「ドライブ、やり直しましょ。最初から二人で。徹底的に。」

 

 夕暮れの海岸道路は車の列で埋まる。
 赤いテールライトと黄金色の海の反射、西は山の木漏れ日で光が踊り、ちかちかと目に刺激が走る。
 法定速度だから速くはないが、だんだん身体が本調子になってきた。

 だいたい前は、香背男が日本の友達に借りたボロ車を転がしていたのだ。
 それで峠をかっ飛ばす。乗っているのが盛りのついた山猫だから、とにかく無茶をさせた。
 城ヶ崎家の高級車でやるべき遊びではない。

「止めてとめて。」

 といきなり急かされても、前後に車は流れているし、そう簡単に駐車スペースも見つからない。
 ようやく路肩に退避所を発見して、流れから降りた。

「どうした芳子、!」

 有無を言わさず唇を奪う。ムードもなにもお構いなしに、不意打ちでキスをした。
 これがあの頃の鳩保芳子のやり方。
 一瞬驚いた香背男だが、すぐに要領を思い出し、応じてくる。
 しかし。

 まったくの別人とキスした感触がする。
 前はもっと安っぽく苦い味がして、鋭く脳に突き刺さる気分だったのが、今は普通に気持ちいい。
 普通に、だ。

 唇を離して、助手席の背もたれにぐったりと身体を預ける。なんだ、そうだったんだ。

「芳子、言ってもいいかい。」
「はい。」
「物辺島の橋の先に君を見つけた時、僕にはそれが芳子だとは思えなかった。たしかに面影が有るけど別人の、」
「いやなかんじ?」
「とても幸せそうに見えた。僕が知ってる芳子には決してありえないものを、遠目でも感じたよ。」

「幸せなんですか、ね? 今の私は。」

 母親が退院して健康を取り戻し、家庭内の懸念は払拭された。
 高校に上がって人間関係も変わり、クラス内で爪弾きにされたりもしない。受験のストレスも現在は無い。
 相変わらず友達なんか居ないけれど、ゲキの力を授かったおかげで四六時中村の仲間と顔を突き合わせている。

「大人のキスが出来るようになった。それだけさ。」

 嬉しくない。まるであの日の自分を全否定されたみたいで。
 私の事、嫌いだったの?

「どちらかと言うと。やっぱりうるさいし邪魔だし無茶苦茶だし。」
「あーそういえば自分でも自分好きじゃなかったーーー。」
「全身全霊で吸い付いてくるから、息ができなくて死ぬかと思ったよ。」
「あーやだぁ私。しんじゃいたい。」

 香背男が右手を伸ばして鳩保の顎に触れる。
 優しく引き寄せて、身体ごと左に覆い被さる。
 もう一度、今度は彼からのKISS。初めてではないだろうか?

「     最初から、ゼロから始めよう。」
「   今度はもう私、   逃げませんよ。」
「泣かないし。」
「あぁぁぁぁうぁぁぁぅぅーしにたぃー。」

 トラウマ炸裂で鳩保悶絶する。
 あーなんで私、あの時あの場面で泣いちゃったりするかな馬鹿じゃない。

 

PHASE 601.

 捨て目が効く。
 特に注意しなくても、視界に入る物事を理解し記憶して判断の材料とする。瞬間の能力だ。
 宇宙人の超能力ではない。ただのヒトでも訓練すれば容易に獲得できる。
 ただし、元々正しい判断が出来る人ならば、だ。

 麻雀合宿で嫌というほど打たされて、ゲキの少女5人全員が身に付けた。
 これまでよりも明らかに警戒能力は上がっている。

 唇を合わせながら鳩保はフロントガラスの先、海の上に小型の無人偵察機が飛ぶのを確認した。
 対象は自分。他に被写体が無い。
 折角美々世が「当り障りのないデート」をお膳立てしてくれたが、やはり心のまま行き着く所まで行く。
 妨害も覚悟の上だ。「保険」もあらかじめ用意してある。

 渋滞した海岸道路を外れ、山岳地帯の自動車道を行くと前後の車両が少なくなっていく。
 ここはオーラシフターが狼男と交戦した寂しい場所だ。
 遂に他の車両の姿が確認できなくなる。が、遠いヘッドライトが曲がりくねった山道に時々光る。

「芳子、シートベルトをしっかり締めておくんだ。」

 香背男も警戒を強める。
 彼は普通人ではあるが仕事で治安の悪い国に赴く事も多く、そもそもが安全ではない南米で育った。
 危機に対するアンテナは発達する。

「尾行されてるみたいだ。視界に入らないように巧みに外しているけど、分かる。」
「心当たりはありますか、香背男さん。」
「全く無い! とは言えない身の上でね。」

 ワインディングロードが続き、一瞬も気を抜けない。
 香背男は運転に集中し、鳩保に自分の携帯電話を取り出させる。
 指定の電話番号をアドレス帳から呼び出し、鳩保に支えてもらって通話する。相手は日本語で喋った。

「アントニオか、僕だ斎野だ。どうも追われているらしい。」
”いま一人か?”
「いや。ハトヤス・ヨシコと一緒に居る。車だ。」
”なら安心だ。そのまま運転を続行し、相手を引きずり出せ”
「彼女を下ろした方がいいんじゃ、」
”そのままで。敵は絶対に「撃って」来ない”

 電話の相手は武力による襲撃すら想定する。
 香背男がヤバい橋を渡っているのは確実で、物辺神社に来た理由とも関連するのだろう。
 そしてゲキの少女にも。

「香背男さん、今の人は誰。」
「日本で僕の安全を図ってくれる、スーパーハッカーだ。」
「すーぱーはかー……。」
「笑いたくなるのは分かるが実力は本物だ。色んな勢力の動向をリアルタイムで監視して、危険が有れば対処してくれる。」

「香背男さん、あなた、ゲキを知ってますね?」

 10秒以上沈黙が続いた。
 悟られたくない事実だったのだろう。ゲキを目当てに近づく者に善人義人は居ない。
 謎力を牛耳ろうとする愚か者ばかりだ。

「芳子、「ハイディアン・センチュリー」というアメリカの科学財団を知っている、  わけが無いか。
 僕は今その依頼で動いている。」

「どの程度までゲキを知っています?」
「ほとんど知らない。いや、知るべきではないと助言された。
 僕の役目は物辺の縁者としてのもので、不思議な力には必ずしも関与しない。」

 既に陽の落ちた暗い山道を車は疾走する。
 茂る木々の葉が見通しを遮る中縫うように走り抜け、横Gが小刻みに左右に移動する。

 右に左にハンドルを捌く香背男が、弁解でないと主張する口調で告げた。

「芳子、君達の行く道はひとつじゃ無い。プランBが有る。
 それを伝えに来たんだ。」

 

PHASE 602.

 不意に対向車がすり抜ける。
 こちらがスピード違反だから向こうは早くないのだが、いきなりの出現に心が凍り付いた。

 以前の無軌道な暴走とは異なり高揚感は無く、ひたすら静かな、押し潰す空気を二人呼吸している。
 疾走する車内が、むしろ限りなく静止しているかに感じられる。

 

 敵の狙いは明確だ。交通事故を起こして鳩保が傷つけば元も子もない。
 強行手段は絶対に使わないから、こちらも落ち着いて対処すべき。

 鳩保は香背男に、速度を落とさせ慎重な運転を呼び掛けた。
 前後をにらみ、追跡車両の行動を読み取り、適切にナビをする。
 急な車線変更で再三尾行を振り切ったが、5台の車両を使っての包囲作戦に追い詰められていく。

 それでも県境を渡って、門代に戻る事は出来た。

 物辺村に逃げこむのはむしろ愚策。以後の香背男の安全が確保できない。
 適当な場所に追手を呼び込んで、責任者と直接交渉の機会を得よう。
 「保険」が利くはずだ。

「東に。」

 鳩保の指示で車は物辺村を大きく外れ、人気の無いコンテナ港に向かう。
 何もない平坦な土地だから、銃器を使用しても誰にも見とがめられない。
 既にあからさまに姿を見せている追跡全車が包囲して、パッシングする。
 その駐車場に止まれ。

 香背男は渋るが鳩保はうなずいて、だだっ広いトラック用駐車場に乗り入れさせた。
 追跡車は二人を囲むかに駐車スペースの枠線を無視して停まる。急発進で振り切るのは無理となった。
 ヘッドライトは点けたまま、6名のダークスーツの工作員が降りてくる。
 1人女性も混じっているのは鳩保対策だろう。

 シートベルトを外し、止める香背男をなだめて単身車外に出る。
 ドアを閉めて、もたれ掛かる。急発進や抵抗はしない意思表示となろう。

「あなた達、CIAだね?」
「ハトヤス・ヨシコさまですね。お楽しみのところ申し訳ありません。同乗者の方に安全上の懸念が示されましたので、やむなく強制措置を取らせていただきました。」

 流暢な日本語で応答する。
 リーダーはスパニッシュ系の白人だ。全員背が高い戦闘員な体格だが、彼だけがデスクワークの雰囲気を漂わす。
 武器は携えていないが、もちろん拳銃をスーツの胸に隠している。

「安全上って何? 彼が危険?」
「異星生命体技術による洗脳の可能性があります。詳しくは後ほどご説明いたしますが、とりあえず我々の車両にお出でください。」
「私のツレは物辺村において重要な人物であると、理解しているか?」
「トキノ・カセオさまですね。モノベ家の縁者であり、常時身柄の安全を確保すべき対象となっております。
 今回はその重要人物が洗脳をされたおそれがありますので、やむなく。」
「ふん。」

 香背男も車を降りてきた。もちろん自分は洗脳されていないと主張する。
 本当にされていれば自覚症状など無いのだが、問題無い。ゲキの力でスキャンした。
 思考矯正や虚偽の記憶を刷り込まれてはいない。認識に矛盾が見られるのも、リアルに他者と意見交換した証。
 喜味ちゃんチェック済みだ。

 鳩保も荒事は望まない。なにせ相手はただの人間、生身の脆弱な肉体だ。
 これが魚肉なら喜んで叩き潰してやるのに、ざんねん。

 CIAのリーダーに了解を取る。

「電話掛けてイイ?」
「はい。貴女の行動を差し止める権限を我々は持ちません。」

 携帯電話を開いて、通話する。

「はい、お願いします。なるべく穏便に人死の出ない平和な方法で。指揮はおまかせで。」
「……どちらに通話されましたか?」

 人死に、などと不穏当な言葉が出たので、CIAリーダーも怯む。
 香背男も、ゲキの力がどこまで強力なのか知らない。少し不安になった。

 だが鳩保が掛けた「保険」は至極常識的なものだ。
 駐車場に通じる南北の道路から幾台ものヘッドライトが接近する。窓の無い大型バンが入ってくる。
 鳩保達を囲むCIAの車両をさらに囲んで、

「!」
 工作員達は条件反射で拳銃を抜いた。

 バンの後部扉が開いて何人もの武装警備員が降りてくる。
 胸に「警備」と書かれているが、セラミックプレート入りボディアーマーを着装し軽機関銃を構える民間警備員など日本に居るはずがない。
 車体横には「SWG 徳豊警備保障株式会社」と記される。
 英語圏の人間であれば「SW」の文字を「Special Weapons」と読むだろう。

 特務保安隊。
 日本政府影の実力部隊だ。
 指揮官がメガホンで呼び掛ける。

「こちらは日本国政府です。あなた方の行動は協定で許される範囲を逸脱しております。武装解除して我々の指示に従って行動してください。」

 20余名の武装警備員に半包囲されて、工作員達はホールドアップした。ここでの戦闘は任務に含まれていない。
 CIAリーダーは意表を衝かれ、また本来優越するはずの立場が崩されて不快感を示す。

「(Eng.)優柔不断で弱腰の日本政府がこれほどはっきりと意思表示をするとは。まさかゲキの力の独占を図る気になったか。」
「(Eng.)いえ違います。TOKU-HOは私の指示で動いてます。」

 表情を凍りつかせて鳩保に振り向く。
 不思議な力を持つと知らされてはいたが、所詮はただの小娘。世間を知らず何が出来るでもない。
 それが彼等CIA、いや門代に集う各国諜報員の共通認識であった。
 まさか直接に政治的意志を行使するとは。

 香背男が鳩保の隣に寄って来た。

「芳子、これは君が呼び寄せたのか。そんな権限が許されているのか。」
「日本の領土で他国の諜報員が好き放題するのに反感を持ってるお役人は多いから、簡単に了承取れるんです。」

 接近するトクホ指揮官に右手を挙げて「OK、GJ!」と合図し、改めてCIAに要求する。

「私としては、香背男さんの身柄をそちらに預けることは出来ません。このまま自由にさせてもらいます。
 それと、そちらの責任者。あなたよりも上の権限を持つ人を、指定する場所に寄越してください。今すぐ!」

 

PHASE 603.

「ふぅわぁああああぁあ。」

 あくびをしたら涙が出た。

 九月一日月曜日、二学期始業式。
 門代高校全生徒が体育館に集められ整列して校長の挨拶を聞く中で、二年三組童みのりは立ったまま半分眠っている。
 いつも午前零時に寝る良い子のみのりちゃんは、だが昨夜はとんでもない深夜まで仕事をさせられた。
 おかげでこの有り様だ。平衡感覚が保てず、今にも倒れそうで必死に脚に力を込める。

 だが本当に不安で緊張しているのは周囲の人間だ。
 背が一番低いから最前列に立つみのりが大あくびすれば壇上からでも丸見えだし、そもそもメトロノームみたいに左右に揺れ続け、何時倒れるかと支えるタイミングを測っている。
 あ、もうダメだあぶない。

「はっ!」

 気が付くと、左右隣二年四組の生徒までが千手観音張りに腕を突き出して、みのり転倒を阻止している。

「……、あー長い休みで体調を崩している者も居るようだが、」
と、校長の台詞も変化してそれとなく注意されてしまう。

「みのりちゃん大丈夫?」

 自分の後ろのクラスで2番目に背の低い子が声を掛けてくれるが、ろくに反応できない。

「ねむたい。」
 これだけを言うのが精一杯だ。

 とにかく寝不足で、起きていながらもウサギの国のワンダーランドを彷徨っている。
 ろくでもない想像ばかりが頭の中に去来した。

 そもそもが、二学期は、どうしていいか分からない難問が立ち塞がっているのだ。これを考えるだけでも夜眠れない。
 つまりは、八月二十一日登校日に机の中で発見した”らぶれたー”の顛末だ。
 基本的にこれはラブレターではなかった。もっと深刻なものであった。
 差出人は三年生の男子で、知っている人。中学校の先輩だ。
 彼はみのりと同じくスポーツマンであり、柔道部に在籍しながらも自ら門代高校に相撲同好会を作りメンバー3人のみで日々稽古に明け暮れる、出来る人なのだ。
 何故その人を知っているかと言えば、中学校時代にも運動部所属という事で学校行事に駆り出され、彼の下で指導を受けて仕事をした経験が有るわけだ。
 その時は優しいせんぱい程度の認識であり、彼としても以後顔を合わせれば二言三言話をする程度で、だいたいみのりは男の子と話をするのは苦手だ、
 つまりは知り合いであって特に親密な関係ではない。
 しかしせんぱいはみのりの姿を絶えず追っていたらしい。
 陸上部に所属して毎日練習に励んでいるみのりを見て、ああ今日も元気だなと納得する。好ましい日常の情景であったのだ。

 今夏、異変が起きた。みのりが陸上部を退部して運動場から姿を消す。
 普通に考えれば、中高通じて運動部で活躍していた者がいきなり辞めるとすれば、身体の故障。運動機能的に問題がないと見受けられれば、内臓に障害という判断になる。
 実は陸上部内でも随分と噂になり心配を掛けている。
 せんぱいも陸上部員から話を聞いて、余計に不安に思ったのであろう。無理もない展開だ。
 で、思い余ってみのりの机にお見舞いの手紙を突っ込む壮挙に出た。

「愛ですねソレ。」

 八月二十二日見事肉体復活を果たして夏期講習後期日程に参加登校してきた縁毒戸美々世は、いきなり断定する。
 二十一日にラブレターの存在を山中明美に見つかり、南 嶌子を呼んできてもちろんみのりは頼んでない対策本部を立ち上げて、その翌日だ。
 めざとくLOVEの匂いを嗅ぎつけた美々世は明美さんをゴウモンして事情の把握に成功する。
 ネタが上がればいかんともしがたく拒絶できず、ラブレターを読まれてしまい、開口一番がコレだ。
 弓道部の南嶌子もうなずいた。

「どうするのみのりちゃん。そもそもなんで陸上部やめたのよ。」

 何故と問われても、女子用4キログラムの砲丸を1キロメートル以上投げられるから、とは答えられない。
 ゲキの力を授かってより人間離れした運動能力にセーブが効かず、陸上競技全種目においてオリンピックレコード男子をも軽くぶっちぎる。
 異常性が際立ってしまうから、泣く泣く部を辞めざるを得なかったのだ。

「考えるべきはそこじゃないよ。みのりちゃんがこのラブレターをどうするかだよ。」

 明美さんはよく気の利く親切で使える人間だが、この場合無能でいて欲しかった。
 みのり通常の対応としてぐだぐだしていれば、やがて先輩は卒業してしまうだろう。万事解決であるのだ。
 どうするべきか自分でも考えつかず、こういう時は当たって砕けろが信条であるが、後で考えれば迂闊の誹りを免れぬ方針を打ち出した。

「わ、わたし、どういうことかせんぱいにきいてみる……。」
「おおおおおおおおー。」

 勇気ある決断に、3人の女子は揃って称賛の歓声を上げる。
 とはいうものの翌二十三日は土曜日学校休みである。
 美々世は街に呼び出してデートすべきと進言したが、あいにくと物辺神社で特別な行事があった。ありていにいうと宇宙人が遊びに来る迎撃準備をしなくちゃいけなかった。
 だから結論としては二十五日月曜日の講習終了後に先輩に会うと決めた。
 会ってどうするかまでは考えない。

 恋愛対策班の3人はこれで納得したのだが、実際のところ二十五、二十六の両日はみのりはおろか物辺村少女5名が揃って登校しなかった。
 南極海で原子力宇宙怪獣を退治していたからである。
 怪獣の亡骸を南極大陸まで運んで、冷凍保存の為にゲキロボで解体処理するまでが少女達のお仕事であった。
 なにせ現代科学技術では数万トンもある肉塊を陸揚げ内陸部に移動するなど何週間も掛かる大事業だし、放射性物質を内包する体組織を崩壊爆発しないよう機能毎に分割するのはさらに高難度のミッションだ。
 全部喜味ちゃんがやってのけたが、お手伝いにみのり達もこき使われた。

 というわけで登校した二十七八九日は出席しなかった分を余計にお勉強して、なし崩し的に二学期の課題に戦略的先送りしたのである。
 始業式が終わればクラスに戻り対策班の3人が具体的行動計画を分単位で綿密に立案するだろう。
 嶌子さんはきっちりかっちりとした行動が大好きだ。
 3人がわいのわいのと騒いでいれば、クラスの他の人にも情報漏洩して、やがてはーあーかんがえたくない。
 沈着冷静にして果断なる判断が必要な場面である。が、

 とにかく眠い。

 なんでこんなに眠いのかといえば、

 

PHASE 604.

”九月一日午前零時ちょうどをお知らせします Pi Pi Pi PO-NN”

 

 特務保安隊の恫喝により作戦行動を中断させられたCIAの工作班は、鳩保芳子の要請に従い直接の上司を指定された場所に派遣する。
 門代アーケード商店街、喫茶「ブラウン・ベス」。
 営業時間は午後八時半までだが、長く開けていても人通りの少ない地方商店街では客が来ない、本日は特別に深夜営業だ。

 イの一番に駆けつけたのは赤毛の若い白人女性、宇宙人クォーターのミィーティア・ヴィリジアン。
 彼女はCIAの活動に関係するが、工作員に直接命令する立場には無い。
 出世したとしても、所詮は宇宙人の遺伝子を持つ者。一生涯アメリカ政府による監視対象であり、実働部隊を指揮する権限を与えられる時は来ない。

 緊急事態発生の報を受け全速力で商店街に向かい、喫茶店に息せき切って転げ込み、開口一番「ごめんなさい」と大きく喚く。
 彼女は交渉人、ゲキの少女とアメリカ実働部隊が揉めた際の態のいいイジメられ役を振られている。
 しかし喫茶店のマスター、マシュー・アイザックス元オーストラリア空軍大尉に諭された。

「あなたではなく、秘密工作活動を直接に統括指揮する責任者を呼んだわけですよ。」

 ミィーティアは仕方なく、延々と長居する事となる。
 鳩保達も交渉にあたり相応の準備が必要であるし、CIA側も対策を協議する。もちろん彼女の抜きでだ。

 退屈はしなかった。
 事件の発生を聞きつけて、アメリカ以外の各国調査員諜報員が「ブラウン・ベス」に押し寄せる。
 ゲキの少女が直接に経営する喫茶店、との基礎情報は既に周知となっていた。
 営業時間を延長している、と聞けば、なにかが此処で始まると推測するに難くない。

 無論彼等を店内に入れては交渉に差し支える。
 幸いにして、店外でオープンカフェとしてサービスする用意は整っている。
 ご近所様には夜分ご迷惑であろうが、夏の夜最後のどんちゃん騒ぎとして大目に見てもらおう。

 

 最初に現れたのは児玉喜味子だ。既に午後九時を回る。

 店外にディスプレイされている五角形キオスク形の電話ボックス内に擬似テレポートで出現した。
 実はこの電話ボックス、レトロ調の電話機をぐいっと押すと店内に直接通じる隠し扉が開く。

「あ、ミィーティアさん。もう来てたんだ。」

 喜味子に続いて、同人ゲームソフト「地味子シリーズ:戦列歩兵少女地味子」の登場人物が仮想人体をまとって出現する。
 「大炊 咲」「春日 灯」、そして唯一の成人女性「伏 幾子」。

 彼女らと入れ替わりに、本日正規のバイトシフトを勤めた2名が物辺村に帰還する。
 「安田 直美」と「武宮 ナギ」だ。

 架空の人物である女の子達は喫茶店二階の準備室兼倉庫に上がり、メイド服に着替えて降りてくる。
 「ブラウン・ベス」のメイド服はヘッドドレスの代わりに丸い帽子を被る。クリミア戦争当時の看護婦にちょとだけデザインを似せた。
 戦慄すべきは、同じ衣装を喜味子も着ているところだ。

「なんだよ。」

 財務的な面は会計鳩保芳子が管理するが、労務管理は喜味子の担当だ。なにせウエイトレスを無から宙に作り出す。
 特別営業につき責任者自らが陣頭に立つのは、まさに責任感の塊と呼べるのではないだろうか。
 きりっと腰のリボンを鮮やかに翻して、マスターことCaptain FISHMEATに振り返る。

「外のお客さん、夜間営業料金取ってる?」
「あ、いや。夜間料金というものは特に設定していないから、そのまま、」
「いいでしょう。これから注文する客には2倍ふっかけて結構。」
「ラジャー。」

 喜味子の目的は唯一つ。せっかく集めた客だから、きっちりと利潤を稼ぎ出す。

 

「こんばんわー、わーこういう風になってるね。」

 30分ほど遅れて、花憐みのり、今回の主役である鳩保芳子が電話ボックスから出現する。
 花憐とみのりは「ブラウン・ベス」を訪れたのは初めてだから、壁面に飾られる数多の古式銃を物珍しげに見渡した。
 鳩保は、相変わらず自分の姿を見ると身体をびくつかせるミィーティア・ヴィリジアンを発見して許可を出す。特に脅す気もないが命令口調になってしまう。

「ミィーティア、どうせそこらの車で待機してるのだろ。入っていいと連絡しろ。」
「はい!」

 携帯電話を取り出してせかせかと操作する赤毛女。別に彼女は憎くもないが、アメリカでCIA関連だから今回仕方ない。
 強圧的に行かせてもらう。

 ちなみに物辺村では斎野香背男の尋問が物辺優子によって行われている。
 彼サイドの事情を或る程度把握する為に、これまで時間を要したわけだ。

 からんころりん。

「いらっしゃいませ。」

 店内に唯一残りサービスをする「地味子先生」伏 幾子が新たな客を迎え入れる。
 他のメイドは外で接客中。

 

PHASE 605.

 扉を開けて入ってきたのは、メフィストフェレスが人間に化ければかくありなん。
 プラチナブロンドの白人中年男性。金縁の丸眼鏡の奥に細い目が、透ける青い瞳が冷たく光る。
 お付のCIA工作員(であろう)男は黒のスーツを着ているのに、彼は全身上下真っ白。
 わざとらしい白さに、どこまで腹が黒いのかと想像させられた。

 童みのりは瞬間的に全身を硬直させる。
 彼にはドバイで会っている。一応はこちら側の人間だが一瞬の隙も見せてはならない相手だ。

 彼は日本語が出来ない。通訳としてミィーティア・ヴィリジアンが立ち会った。

「Minori Warabe嬢、お久しぶりでございます。その他のゲキの少女の皆様には、お初にお目にかかります。

 メイスン・フォーストMason Forst、アメリカ合衆国敵性地球外生命体追跡部隊門代地区特別班を預かっています。」
「フォーストさん、ですね。でもあなたはドバイでは二等書記官で中東地域担当ではなかったですか?」
「移動になりましてね。以後よろしくお願いいたします。」

 応対するのは城ヶ崎花憐だ。
 鳩保は今回正面に立って交渉するべきではないと物辺村正義少女会議で決定し、やむなく花憐が代表を務める事となる。
 正直コワイ人は苦手である、夏前であればフォーストを見た瞬間ぶっ飛んで逃げていただろう。
 七月八月と苦い経験を積み重ねて、花憐も相当に成長した。
 強面に対しても平静さを失わない。

「みのりちゃんドバイでお世話になったよね。隣に座って。」
「う、うん。」

 勇気を出して相席するみのり。フォーストとミィーティアも席に着いて交渉を始める。鳩保はカウンターの傍に立って推移を見守った。
 フォーストはまずは今回CIA工作員の行動が正当なものであると主張する。

「話はやはりMinori嬢のドバイでの活躍から始まります。
 宇宙人の力を用いる暗殺者集団、コードネームは『クリンタ城の仲間the company of Kuuirinta fortress』によって破壊されたブルジュ・ドバイBurj Dubaiには多数の民間人、ビル従業員が居ました。
 その多くが暗殺者『ザックームZaqqum』により洗脳されてMinori嬢を襲撃しました。
 彼等は今も洗脳中であり、Minori嬢に対する害意を保ち続けています。」
「洗脳した人が力を失ったのに、その人達は解放されていないのですか。」
「燃やした書物が元に戻らぬのと同様に、脳神経細胞の配列を変更されてしまうと以後はプログラム的にゲキの少女に対する襲撃衝動を覚えるようなのです。
 そして、洗脳された人間すべてがブルジュ・ドバイに居たわけではない。」

 鳩保もみのりも息を呑む。
 考えてみれば、二重三重の罠を仕掛けた踊り子『ザックーム』がビル内での襲撃が失敗した後の手を仕込んでいないワケが無かった。

「洗脳された人を見分ける方法は無いのですか。」
「おそらくは、ゲキの少女を直接に視界に入れれば無条件で襲ってくるはずです。だが行動を示してからでないと識別は不可能との結論が出ています。」
「人数すらも分からないのですか。」
「ブルジュ・ドバイで確保した人数が138名。彼等は現在まったく普通の精神状態に戻り、Minori嬢を攻撃した記憶すら持ちません。
 その他の関係者も、たまたま発症しなかった者が居ると考えて監視対象となっていますが、千人を優に越えて対応に苦慮しています。
 また事件当時ドバイに居りその後出国した者も相当数居ると思われます。」
「世界各国に洗脳された人達がばらまかれた、ってことですね。」

 花憐が一度話を止めて紅茶を喫する合間に、後方で立ったまま話を聞いていた鳩保が質問する。

「洗脳された者がゲキの少女を見たら衝動的に攻撃を行う、それだけであるのなら別に私達は困らない。各個撃破しますよ。」
「確かに偶発的な襲撃であれば撃退にさほどの手間は要りません。ですが、この襲撃衝動が計画性を持った長期的な意志に転ずるとすれば、看過できない脅威となります。」
「その可能性が高い、と判断する根拠は?」
「確保した138名の内、訓練された戦闘能力を持たない女性や若年者を解放して行動を観察した結果、それまでの日常生活から逸脱して特徴ある行動を示し始めました。
 主にインターネットでの検索履歴で発見されるのですが、「日本NIPPON」について強い関心を示します。早々に航空券の手配をした者もありました。」
「標的が日本に居る、と理解しているわけだ。」
「日本に来た後にどのような行動を取るかは現在監視研究中ですが、問題は把握されていない洗脳者の動向です。」

「見分けがつかないのでしょ?」

 花憐が交渉に戻る。

「その誰が洗脳されたか分からない人達の中に「斎野香背男」さんが混ざっている、とあなた方は主張するわけですね。」
「『ザックーム』の過去3ヶ月の行動記録から接触した可能性の高い、いわゆるVIPに注目して行動を検査しています。
 社会的に高い地位にある者は、機密レベルの高い情報に接触し公権力を行使する権限を持ち、活動資金を容易に捻出できます。
 直接に暗殺に携わらないにしても、実行者の利便を図ったり武器を用意するなどの協力が考えられます。」

「香背男さんが『ザックーム』と接触した記録が有るのですか。」
「過去3カ月ではありません。ですが匿名筋の密告によりおよそ7ヶ月前に『ザックーム』がニューヨークに短期滞在したとの情報を得ました。

 Kaseo Tokino氏が同時期にニューヨークに来ています。」
「なるほど。」

 

PHASE 606.

 ミィーティア・ヴィリジアンは唐突に席を立つ。
 元よりCIAの荒事に関係のない調査専門の部所に属する。加えて宇宙人によって操作された遺伝子をクォーターで受け継ぐ。
 特別に鋭い感性の持ち主で繊細かつ小心、傷つき易い。

 隣の席に座る男から立ち昇る悪の瘴気に当てられて、吐き気を催してしまう。
 メイスン・フォーストの履歴の公表されている分はミィーティアも把握するが、穏当な記述のみでも彼が犯罪に類する工作活動に携わってきたと理解する。
 人も殺す。
 そんな人間と同席するのを耐えられないのは、正常人として当然であろう。

 ふらつく彼女を背後から受け止めたのは、メイド「地味子先生」伏 幾子。
 本来は数学教師であるが、英会話も高いレベルで自由に使う。ご都合主義的に。
 ”高齢未婚処女教師”はスペックが高く設定されているものだ。

 店内のサービスを幾子に任せて、児玉喜味子がミィーティアを引き取って外に出た。
 どうせミィーティアの通訳は、英語が苦手な喜味子にしか用が無い。
 なにしろみのりは動物宇宙人とまで会話できるし、鳩保花憐は物辺祝子にみっちり英仏会話を鍛え込まれている。

 扉を開けて、待ち受けるのも外国諜報員達。さまざまな服装で30名ばかりが集っていた。
 2人の仮想女子高生メイドが注文を受けてテーブルの間を飛び回る。

「すいません、児玉さん。」

 椅子を1つ開けてミィーティアを座らせる。店の外に出て、気分はかなり落ち着いた。
 いや喜味子の顔を間近で見て、普段であれば大いに驚くところ、逆に自分の身の内を侵食する瘴気が一気に払われた感じがする。
 足取りは覚束ないが爽快とも呼べる心持ちで、肩に掴まって外に出た。

「あの人を見てたら変な気分になるのは分かるよ。並の宇宙人よりもよほど悪魔に近いね。」
「わたしが言うのもおかしいのですが、出来るなら物辺村の皆さんにはあの手の職業の人の影響を受けないでいてほしいです。」

 ミィーティアの様子が良いので、喜味子は業務に戻る。仮想メイドを呼び集めた。

「どう? ちゃんと夜間料金取ってる?」
「いえまだ誰一人としてお会計をしません」
「人数が多すぎますから、各グループ代表1名様のみでお願いしています」
「うん、やはり公式に声明を発表しないとダメか。」

 外のサービスを取り仕切るのは、「地味子」シリーズ中でも一番の切れ者として知られる「大炊 咲」高校三年生。いわゆる委員長系キャラである。
 そして”ファイヤースターター”「春日 灯」。前作「スーパー地味子大戦PX」、魔法少女による2D格闘ゲームでは炎を操る武闘派だ。一年生、貧乏大家族を特色とする。
 二人共に気が強いタイプだ。昼間勤めていた二人は逆に気弱なタイプだから、選択しない。

 喜味子考える。コーヒー紅茶ドリンク類では単価が安く儲けにならない。
 「ブラウン・ベス」の名物は、金髪地味子メイド手製のイギリスお菓子だ。
 こいつらにもうちょっと食わせられないか?

 ドロロロロ、と低い音がして大型バイクがアーケード商店街に入って来る。
 この時間帯、既に人通りは無くアーケード内への車両乗り入れも解禁される。
 バイクで進入しても交通法規に違反はしないが、各国諜報員達が目を三角にした。うるさくて店内の会話の盗聴が出来ないじゃないか。

 二人乗り。後席から背の高い、手足が蜘蛛のように細い男が飛び降りる。
 軍師山本翻助、ヘルメットを脱いでいきなり親しく喜味子に話し掛けた。

「児玉くん!」
「あ山本さん待ってました。あなたにぽぽーから伝言があります。」
「おう、なんだい。」
「”帰れ”!」

 餌をもらおうとした犬がいきなり飼い主に蹴られて状況を理解できない、そんな情けない顔をする。何故だ。

「実は今晩は、私達とCIAが直接トラブってるんです。」
「うん、だから俺が仲介に、」
「どの分野の揉め事ででもあなたが出てくると邪魔者として排除されかねない、てのがぽぽーの懸念です。」
「つまり、今回は首を突っ込むな、か。」
「です。」

 残念無念だが理は鳩保芳子に有る。山本翻助も配慮されているのだと理解して、おとなしく退散した。

 次のお客さま。日本国政府外務省の方。

「アメリカ政府機関の職員と衝突が起きたと聞きました、我々が交渉をお引き受けします。」
「あ、間に合ってます。」

 お役人の方は国の権威を嵩に高飛車に出るものではあるが、メイド姿の喜味ちゃんに金メッキが通用するはずもない。
 真正面から顔を突き合わせればゲシュタルト崩壊して平衡感覚も失ってしまう。
 倒れた。弱っちい。

 メイドに助け起こされながら、喜味子にお説教されてしまう。

「そもそもがいくら同盟国とはいえ他国の諜報機関が好き放題するのを野放しにする奴が悪い。日本国政府の姿勢に大いに疑問を持っています、私達は。」
「そ、それは各方面の利害を調整した暫定的な対応であり、」
「今回は私達が直接に交渉をした上で、日本政府に善処してもらう計画になっています。」
「しかしそれでは我々の面子が、いえこれまでの基本方針から大きく逸脱した対応で以後の各国協調体制の維持が、」
「面子の方は既に立ててありますから。こちらでは最初からそこらへんを配慮して、適切な部所に協力を仰いでます。
 ま、あなた方も座ってコーヒーでも飲んでいてください。夜間特別料金のスペシャルブレンドを。」

 鳩保が特務保安隊を動員したのも、政府外交の事なかれ主義を打破する為である。
 任せていれば日本政府はとにかく無難な方に、当たり障りの無い方向にゲキの少女を追い詰めたがる。

 これまでの経験で理解した。敵は官僚主義。
 確たる戦略も無いままに浅薄な判断で表面上の利益のみをただ失わぬよう抱え込むだけの無個性な機械だ。
 こちとら孫子の代までの生死が掛かった大問題なのに、杓子定規に支配されてたまるか。

 敵に先手を与えず、自らで状況をコントロールする事。
 第一回物辺村正義少女会議での決定、ゲキの少女達の基本方針である。

 

PHASE 607.

 物辺神社深夜。
 本殿にて斎野香背男は尋問を受けている。物辺優子と鳶郎が担当する。

 本来物辺神社には座敷牢やそのものずばりの牢獄も備えられていたのだが、昭和初年の火災による建て替えで全部廃してしてしまった。
 必要が無くなった為であるが、今後はまた入り用かもしれない。
 神社もいい加減老朽化が進んで大規模修復が必要であるから、設計図に付け加えておこう。

 尋問といっても、3人がイグサの円座に座ってしゃべっているだけだ。酒やつまみなども用意して、単なる酒盛りにも見える。
 ただし鳶郎は緊急時に備えて飲酒しない。
 本殿床下や神社周辺には鳶郎配下の忍者達が潜んで準戦闘態勢を続けている。

 これまでに得た情報の中から、疑問点を優子は問い直す。

「香背男、あなたに協力するアントニオって誰だ。」
「アントニオ・ウタカタという日本人男性だ。凄腕のハッカーという以上の情報を僕は知らない。」

「優子さん、唄方といえば忍者の一派です。優子さんもご存知でしょう、東京行きの新幹線車内でお二人の警護に当たった、車内販売に化けていた姉妹忍者。」
「ああ。バイトクノイチな。」
「あれが唄方本家筋で、アントニオ・唄方は従兄に当たります。ハッカーであるのなら間違いありません。彼は唄方家の情報操作担当ですから。」

 鳶郎の説明に優子改めて首をひねる。

「香背男、いつの間に忍者の知り合いなんか作ったんだ?」
「財団のあっせんで、だが本人には会っていない。日本に来る直前から僕の行動は度々妨害を受けていて、遠隔操作で助けてくれたんだ。」

「優子さん、唄方家を動かせるのは日本最大のアンシエント「彼野」か、「御所の筋」だけです。」
「「御所の筋」ってのは?」
「文字通りの京都御所の近く、公家方が組織するアンシエントです。日本政界の中枢に極めて強い影響力を持ちます。
 これが斎野さんのバックについているとすれば、「ハイディアン・センチュリー」は日本国内においても相当強い力を持つといえるでしょう。」
「「彼野」に対して「御所の筋」が勢力争いを仕掛けている、クーデターを目論むのか。」
「その解釈も可能かと思います。」

 優子は天井を眺めて考える。
 神社本殿の天井板にはおどろおどろしい文様が墨で描かれて怪しさを演出する。
 鬼の社であるから恐ろしいのが当然だが、老朽化が進んでこれも描き直さねばなるまい。
 デザインを、志穂美先輩はやってくれないだろうか……。

「それで香背男、あなたは、      母さんに会ったのか。」
「物辺贄子さんに、という意味であれば、僕は会っていない。ただあの人は自分の顔を持たない人だから、」

 香背男は幼い頃に物辺神社を訪れ、物辺三姉妹に会っている。
 だが長女贄子に関する記憶は殆ど無い。当時二十歳を越えて家を出ていた為であるが、先代物辺咎津美の葬儀には確実に居たはずなのだ。
 まったく覚えていないのは、顔を「作っていた」からだろう。

「「ハイディアン・センチュリー」の実質運営責任者ミセス・ワタツミには、1対1ではないが直接に会った事がある。
 また財団からの連絡員はすべて女性だ。
 六十歳過ぎの高齢者から十代の少女まで、国籍民族も色々だが、ひょっとするとアレ全てが贄子さんだったのかもしれない。」
「母さんのやりそうな事だ。」

「物辺贄子さんが斎野さんにこだわるのは何故でしょう。」

 鳶郎の疑問に、優子は再び天井を見上げる。余人には分かるまい、物辺の巫女だけが覚える特別な感情が有る。

「禍津美さまは、つまり婆さんの妹は幼い頃に養子として物辺家に入ってきて血縁は無いのだが、それでも物辺の一員だ。家族だ。
 その禍津美さまが産んだ香背男は、物辺家親族に何十年かぶりに生まれた男の子なんだな。」
「血縁が無くてもそのようにお考えになるのですか。」
「実際特別だよ。だから母さんは特別な配慮を考えるのさ。私だって、     」

 しばし沈黙の時間が過ぎて、優子は口を開く。

「香背男、あなた、世界の王にしてやろうか?」

 香背男と鳶郎はぎょっとして黒髪の少女を見る。
 両手でコップを握り頬を火照らせるしどけない姿だが、天井灯に照らされる背後の影が大きく、魔物のように昏く拡がる。
 物辺の鬼の力であれば、男一人を立身出世させ一国一城の主とするのも容易かろう。
 ましてやゲキの超技術を自在に使えるのであれば。

 香背男は断固拒否する。

「いやだ。」
「うん、それが正常な判断だな。鳶郎は?」
「私も遠慮させていただきます。あくまでも物辺神社の祝子さんの夫という立場で、一生を終わりたい。」
「うん。だが母さんはやる気だな、虚構の世界で生きる女だからな。」

 

PHASE 608.

 「ブラウン・ベス」。交渉は続く。

 まあこの交渉自体がパフォーマンスであり、たとえNWO最有力国のアメリカであろうとも物辺村の「身内」に手を出したら痛いぞ、と証す為のものだ。
 だから短時間で切り上げる気は毛頭無く、微に入り細に入りネチネチと小突いていく。
 城ヶ崎花憐は習わぬのにその呼吸を身に付けた。最終的な結論に至らない交渉に関しては、鳩保よりも上手である。

 ただメイスン・フォーストが来日したのはごく最近であり、これまでにCIAが行った嫌味な工作活動の非を責められても困惑する。
 他人事を語らざるを得ないわけで、議論は空中戦となり果てた。
 結果はいずれ文書となって上部機関に回され、そちらが対応でてんてこ舞いするだけの話。

 

 午前零時を回り、日付は九月一日に突入する。
 花憐は切り口を変えた。

「じゃあそろそろ、「ハイディアン・センチュリー」について話をしましょうか。香背男さんの安全を確保するにしても、まずその背景を確かめないといけませんからね。」
「いいでしょう。」

 フォーストは随行してきた工作員の男にノートパソコンを用意させる。
 資料を提示する為に持って来たが、花憐と鳩保がわずか数十分で揃えたプレゼン資料に気圧されて今まで使う暇が無かった。

「「ハイディアン・センチュリーHydian Century」の設立は1978年、創設者はウェイン・ヒープWayne Heep当時38歳。
 ウェイン・ヒープはこの手の活動家としては普通の、富裕な家に生まれ流行に流されてヒッピー文化やサイケデリック、マリファナやLSD等の薬物をひと通り経験して、最終的に禅ZENに落ち着いて会を設立しました。
 設立時のメンバーは5名の小さなものです。

 「Hydian」とは彼等の言葉で「陰に潜む者」、つまりは「隠者」を意味します。
 ZENの修行によって精神をより高いレベルに引き上げ、現実社会から離れた立場を取っていながらも時代を見失わない。そういう意味合いです。
 この手の集団にはありがちな極端な自然主義崇拝、現代医学の否定、酩酊薬物使用などとは縁が無く、穏健な健康サークルとして地道に発展を遂げました。

 会が大きな飛躍を遂げるのは1996年、ミセス・ワタツミMrs.Watatumi Kuruseが加入してからとなります。
 彼女は日系人で当時30歳。非常に霊格の高い人物としてたちまち会のナンバー2に成り上がります。
 彼女の進言でウェイン・ヒープは科学財団として組織改変を行い、彼女の推薦による人材を多数受け入れて非常に高度な宣伝活動を始めます。
 富裕層の加入が相次ぎ、寄付によって財務は大きく膨らみ、ウェイン・ヒープが夢想していた事業を幾つも実現します。

 ウェイン・ヒープは温和で偏りの無い人格で会員に慕われていましたが、2006年すい臓がんで死去。ZENの教えに則り静かに死を迎えたとされています。
 ナンバー2であるワタツミは財団トップに就任する事を拒否。
 世界中を旅して回り指導者にふさわしい人物をスカウトして、ウェイン・ヒープ二世を名乗らせます。
 それが現在の指導者ですが成人男性であるのみが知られ、まったく情報が外部に出てきません。

 おそらくはこの人物がNWOに関する様々な情報を財団に伝えたと思われます。」

「ふむ。それでCIAは「ハイディアン・センチュリー」に対してどのような姿勢で臨みますか。」
「これまでは無視してきました。ゲキの発現にもNWOの組織にも関与する事の無い、何も知らない一般社会内の存在でしたから対処する必要を覚えませんでした。
 ですが「狼男Werewolf」事件ですか、にも関与している形跡があり、さらに今回の事件も考慮して上層部に組織壊滅を進言したいと考えています。」

 フォーストは一般市民の謀殺も平然と行う人非人ではあるが、CIAとしては普遍的、通常業務内の反応であろう。
 わずかでも合衆国政府に損害を与えると認識すれば、軽々しく武力を行使する。その後いかなる影響が発生するかは深く考えない。
 何が起きたとしても圧倒的な力でねじ伏せればどうという事は無い。そういうスタンスだ。

 花憐は表情を平静に保ったまま、尋ねる。何時間も顔を突き合わせていれば、心を読まれないよう顔面をコントロールする。
 童みのりは既に忍耐の限界に達してリタイア、店外で喜味子に介抱されている。やはり人的ストレスには長く耐えられない。

「ミセス・ワタツミ・クルセ、ですか。どっちが姓で名なのかな? の、正体はまだ分からないのですね?」
「そうですね、予備的な調査ではごく普通にアメリカで生まれ育った目立たない女性であったようですが、「ハイディアン・センチュリー」に入った途端にいきなり大活躍です。
 まるで人が違ったような感触が」
「たぶん、人が違うんですよ。何者かが彼女の存在を乗っ取った。あるいは本物は最初から居ないのかも。」
「現在のワタツミが、本物を殺してすり替わったと?」
「それはありません、人殺しをする人ではないのです。まったく架空の人間をゼロから作り上げたのかもしれないと考えるのですね。」

 金縁眼鏡の奥の青い瞳が光る。殺人者独特の凄みが有るが、同時に深く人を惹き付ける。

「Karen嬢は、まるで彼女を知っているみたいに私には思えますが、そうなのですか。」
「たぶん。」
「本人に会ったことは無い?」
「というよりは、物辺優子さんが良く知っているはずなのです。あ、でも知らないか優ちゃんも。」

「誰、なのです。」
「”ものべにえこ”、CIAのデータにありません?」

 ノートパソコンを操作する工作員が急いでキーを叩く。
 だが或る年代を境にして急に情報が無くなるはずだ。二〇〇八年現在、CIAも居所を把握していない。
 という事を、既にハッキングして知っているゲキの少女達だ。

 工作員が読み上げる。

「Nieko Monobe。Monobe家の3姉妹の長女にして”KUSHINADA”Yuuko Monobeの母親、巫女mediumにして女優actress。
 ACTRESS?!」
「化けるのが商売なんですよ。贄子さまは。」

 メイソン・フォーストは左の口の端を上げた。笑っているのだろうか、新たな敵を発見した喜びを示したのだろうか。

「Monobe家の長女が、Yuuko嬢の母親が合衆国内でNWOに挑戦する活動を行っている。そういう事ですね。」
「それもあなた方よりも先を行っているわけです。まったく、どこで情報を入手したものやら。」

 背後で成り行きを注意深く見守っていた鳩保芳子が近づく。花憐の椅子の背もたれに臂を乗せて存在を強調する。
 CIAに、メイスン・フォーストに圧力を掛ける。実力を以って対抗する意志表示だ。
 花憐はしかしそれまでと変わらぬ平静さで忠告する。

「あなた方アメリカ政府には慎重な対応をお願いします。
 あ、それとは別に警告もしておきましょう。

 

 近日中に全人類が滅びる可能性があります。」

 

PHASE 609.

 メイスン・フォースト等を追い出して「ブラウン・ベス」を閉店後、花憐は全員に未来予知の結果を告げる。
 時刻は午前二時前、丑三つ時だ。童みのりは眠くて眠くてグロッキー状態にある。

「まずみんなに言っておきたい事があるんだけど、未来予測ってのは当たらない!」
「花憐ちゃん、当たらない予測を人に聞かせないでおくれよ。」

 外の片付けをして喜味子も店内に戻って来た。
 店は閉めたがまだ帰らない各国工作員が若干名アーケード下にたむろする。
 中で秘密情報が語られないかとハイテク機材で盗聴を行っているのだ。

 つい先程まで、CIAが中に居た時は可能だった。だが今は完全にシャットアウトされている。
 喜味子が中の様子が分かるように、遮音シールドに部分的に穴を開けて情報公開をしていたわけだ。
 これからはゲキの少女のみが知るべき情報。シールドも元に戻す。

 仮想少女メイド達も物辺村に帰る。「ブラウン・ベス」にはそもそもここに寝泊まりするCaptain FISHMEATだけが残った。
 彼は眠気覚ましに4人分の紅茶を淹れてくれる。

「喜味子さん、イギリス風のお菓子が人気なのはいいのですが、供給量が販売に追いつきません。」
「ん、人手が足りない? プリシラ(英國金髪地味子)だけじゃダメ?」
「ここのキッチンで焼くだけでは少なくて。」
「生産設備の問題か。わかった、地下にお菓子工場を増設しよう。
 むぅ、閃いた! ハードタックだ! 戦列歩兵喫茶としてはやはりハードタックを焼かねばなるまい。」

 「ハードタック」とはアメリカ南北戦争の頃に用いられた野戦用携帯食料、「のらくろ」で言うところの「乾麺麭」である。
 南北戦争と言ったが似たようなものはヨーロッパの軍隊では普通に利用されている。そもそもがクッキーやビスケットはこの仲間だ。
 味よりも保存性を重視し二度窯で焼いて固めてあるから、そのまま齧っても歯が立たない。
 敵弾をも跳ね返すと噂されたほどだ。
 ちなみに門代周辺では「堅パン」なる類似物が売っていて、喜味子の大好物だ。元は製鉄所の労働者の為に作られたとされる筋金入りの硬さである。

 というわけで、販売用のクッキーをばりばりと食べて気合を入れなおす。
 花憐ちゃん、続きをどうぞ。

「えーとね、こう考えてみてください。わたしは自然現象であればかなり精度の高い未来予測が出来ます。来年の今日の天気だって分かります。
 でもね、予測対象が自由意志と高度な知性、十分に発達した宇宙文明の持ち主の動向であった場合、とても難しい。
 何故ならば相手も未来予測をするからです。」
「ふむ。」
「ぽぽー、もしあなたがわたしを殴ろうとして、それをわたしが予測して避けたら、どうする?」
「方向を変えて当たるように殴る。」
「それも予測してまた方向を変えたら?」
「逃げる方に拳を変えて当たるように殴る……、なるほどね。そりゃ予測できないはずだ。」

 鳩保は感心した。情報を探る点においては鳩保と花憐は似たような能力者だが、情報の性質がまるで違う。
 現代地球人類社会に存在する文書を対象とする鳩保は、膨大なネットワークを的確に漁り、またアクセス権限を持つ人間を遠隔操作する手間が掛かるが、
 花憐が接する未来予測情報は確実性の乏しい、時々刻々と変動する幾つもの選択肢が並行して出現するわけだ。

「今の例は敵味方1対1の場合だけど、もし予測する存在が複数居て独自に利害を考えて行動するとすれば、」
「まったく何が起こるか分からないね。」
「これが、わたしがゲキから授かった未来予測能力なのよ。だから現象が完全に確定するまでは皆に予測を伝えなかったの。」

「それで、今は確定したんだ。」
「ええ。」

 花憐は息を整える為に紅茶を啜った。これから述べる話はゲキの少女にとっても極めて重大な意味を持つ。
 逃げる事の出来ないイベントだ。

 椅子に座って半分寝ていた童みのりもぱちっと目を開く。肝心なところを聞き逃してはならない。

「えーとね、婉曲的に言っても仕方ないか。
 極めて大規模な宇宙艦隊による地球破壊作戦が決行されます。人類は滅亡する。」

 

PHASE 610.

「大規模ってどのくらい。」
「銀河英雄伝説みたいなかんじで。」
「1億人百万隻体制か?!」

 花憐、さすがに喜味子を止める。それはちょっと多過ぎだ。

「1万5千隻。太陽系全周を包囲するのに必要な数よ。」
「1箇艦隊強か。でもなんで地球を攻撃するのさ。」

「それより、その艦隊って六月に太陽系に攻めてきた宇宙戦艦と比べてどの程度強い?」

 鳩保のスペックに関する問いに対して、花憐はまゆをしかめてはーっと大きく息を吐く。

「あれの母艦百隻を連れてきても、今度来る敵の宇宙戦艦1隻に勝てないわ。
 前に来たのは低級宇宙人、今度来るのは中流宇宙人なのよ。」

 超光速航行技術を持ち星間文明を有する宇宙人は、高等・中流・低級(下等)の3種に分類される。
 分類の目安となるのがどれだけの速さで宇宙を移動できるか、航宙能力だ。

 初歩的なワープ機関しか持たない文明は、ワープアウトする場所の情報を得ず目見当でジャンプする。これが通用するのが概ね100光速まで。
 理由は簡単で、超光速通信技術を持っていないからだ。ワープ船で郵便物を運ぶのが最速な文明である。

 超光速で通信が出来ないのだから、当然に超光速で攻撃も出来ない。
 互いに通常空間内に機雷をばらまくか、衝突せんばかりに接近して超近距離でビーム砲を撃ち合うだけだ。

 一方中流宇宙人は超光速通信技術を持つ。ワープアウト先の空間の情報を得る事ができるから、より遠くまでジャンプできる。
 おおむね1万光速を実現するのが目安であるが、通信のみでも実現できていれば中流宇宙人と見做して良いだろう。
 そして超光速通信技術を持つ宇宙人に低級宇宙人は決して勝つ事が出来ない。
 通信技術はそのまま攻撃技術に転用出来るからだ。

「とんでもない強敵が1万5千隻で攻めてくるわけだ。ゲキロボで勝てるの?」
「99%以上の確率で。」
「うーーーーーーんんんんん。」

 鳩保腕を組んで考え込んでしまう。
 1万5千隻の1%、150隻もが残ってしまえば、人類は十分に破滅する。1隻でも地球完全破壊が可能であろう。

「1万5千隻が太陽系全周を取り囲んで、地球目掛けて一斉攻撃。」
「いえ、地球を滅ぼそうと思えば、太陽を攻撃しても十分効果があるわ。いくら巨大な太陽でも1000発くらい撃ち込まれればノヴァ化して地球丸焼けね。」
「うーんんん。」

「花憐ちゃん、なんでそいつらは地球を狙うんだよ。」
「それがね、喜味ちゃん。言い難いことなんだけど、この間喜味ちゃんが使ったビッグバン爆弾のせいなのよ。」

 いきなりお前が悪いと言われて喜味子も面食らう。気軽に使ったけどアレって、そんな宇宙的ヤバイ代物だったのか。

「あ、でもねビッグバン爆弾だから悪いと言うよりも、ビックバン爆弾を使うような高度な宇宙文明ならばぶっ潰してやろう、てのが彼らの狙いなのね。」
「潜在的脅威を排除するってこと?」
「未来予測をする相手だから。」

「それにしても早過ぎないか。アレ使ったのまだ2週間経ってないよ。」
「うん。だから未来予測をしてあやふやな可能性のまま対処して、あらかじめ艦隊を配置していたわけなのよ。
 もちろん地球だけが標的ではなくて、この近辺宙域の知的生命体全部に網を張っていたって感じで。」

 花憐の言葉に、鳩保もはいそうですかとは肯けない。
 ただ、六月の宇宙人襲来だって別にゲキが発動したから来たわけではない。
 これまで地球人類は他の宇宙人に守られていたから、心配する必要が無かっただけなのだ。

 であれば、今回も地球在住の高等宇宙人共が勝手に……。

「地球に住んでる奴らはゲキが発動している現在、人類に手を貸してくれない、わけか。」
「そうなのよね。むしろピンチが大きければ大きいほど、ゲキの真価を見られると思って手を出さないのよ。」

 黙ってずっと聞いていたみのりがびくっと戦慄した。これは戦争だ、闘争だ。
 みのりに何かできるとすればこれしかない。しかし宇宙戦艦1万5千隻の大艦隊と喧嘩できるだろうか。

「かれんちゃん!」
「みのりちゃん? うん、なに。」
「未来予測ではゲキは勝てるの? なんとかなるの?」
「あーそこなんだけど、99%の勝率をさらに高くする方法があるのよ。」

 鳩保も喜味子も乗り出して注目する。それを早く言いなさい。

「それはなに。」
「良く考えられた対策、周到な事前の準備、一糸乱れぬチームワーク、中でもプリマである優ちゃんの手腕。でも一番重要なのは、」
「うん。」

「ぜったい逃げない根性よ。」

 

PHASE 611.

 臆病でちょっとでも怖いと思ったら真っ先に全速力で逃走を図る城ヶ崎花憐が、「逃げるな」と言う。
 これは絶体絶命のピンチだな。

 童みのりは覚悟した。
 ゲキの力を授かって4ヶ月、危険な目には何度も遭った。
 しかし地球人類全ての生命を預かっての戦闘は始めてだ。
 不特定多数の誰かどこかの人ではない。おとうさんおかあさん近所のおじいさんおばあさん子どもたち、学校のみんな。
 知っているひと全員の命が、自分達の働きに懸かっている。

 そう思うと、家に戻って自室のベットに潜り込んでも目がらんらんと輝いて眠りに就く事が出来ない。
 張り詰めた緊張のまま、遂に朝日が昇り喜味ちゃん家の鶏が鳴くのを聞いてしまう。
 布団を蹴飛ばして気合充分なまま朝の支度をして、昨夜と同じメンバー+優ちゃんと顔を合わせて通学のバスに乗り込んで。

 そこから意識がない。

 

 気が付くと学校で、体育館で、二年三組自分の席に着いている。
 さすがにホームルームをしているのは分かる。担任の先生が何を言っているのか分からないが、とにかくもうすぐお終いだ。

「なんだかつまらない話を言ってるねえ。」
「うん。」
「大丈夫? すごく眠そうだけど昨日寝てないのかい。」
「ちょっとね、遅くまでね。」

 ふと気付く。今喋ったひと誰?

 背が低いみのりの席は前の方、左手窓際。
 右隣を振り向くと、緑のカエル色の雨合羽を着た小学生が立っている。
 とてつもなく目立つ。
 教室一杯に男女高校生が座り、教壇上には担任教師が居て真正面を向いて喋っているのに、何故見咎められない。

 合羽のフードの中から顔を覗かせる。男の子、見た顔、前に。ドバイで。

「スクナくん!」
「びっくりしないで。ボクの声はキミにしか聞こえないようにしてる。キミもできるだろ。」

 遮音フィールドを展開して特定人にしか音が聞こえないようにする。みのりにも可能な芸当だ。
 これで二人して喋っていても、誰にも分からない。

「スクナくん、どうしてこんな所に居るの。じゃなくて、どうして誰も気付かないの?」
「精神工学的視線誘導存在隠蔽技術。宇宙人や合成人間が街中で誰にも気付かれないようにする方法さ。
 これもいずれ地球人の手で実現される。二十一世紀のボク達は「わらしぼっこ迷彩」と呼んでるよ。」
「でもどうして学校に、」
「学校というものをボクは知らないんだ。キミがどういうところで学んでいるかちょっと見学に来たんだけど、酷いね。
 百年前からまるで変わらない旧態依然としたスタイルで、これでよく教育機関なんて言えるもんだ。」

 スクナは未来世界で確立した英才教育プログラムを施された人工天才児だ。まだ小学生の年齢なのに大学院レベルの知識と知性を持つ。
 しかし子供はこども、知らない事も体験すべき事も多い。
 みのりにアドヴァンテージが有るとすれば、肉体的な経験値。田舎の子供の野生の勘だろう。

「スクナくん、今日来たのは用が有ったからでしょ。もしかしたら君も未来を、」
「ああ。城ヶ崎花憐さんの未来予測だね。ボクが教えられた未来の歴史には、「そのイベントは存在しない」んだ。でもこれから何が起こるかは知っている。」
「???、どういうこと?」
「つまりは城ヶ崎花憐さんの知性では未来予測を十分に解析できないってことさ。
 複雑なものを複雑なまま、高度に多面的な理解力を用いないと変動要素の大きな未来予測の活用はできない。ただの人間では無理なんだ。
 ボクはその為に作られた。
 でもね、現代の地球にも天然自然にその能力を身に付けた人が居る。」

「花憐ちゃんよりも上手に未来予測する人が居るんだ?」
「ボクも会いに行ったけれど、ほんとうに凄い人だったよ。キミも一遍会うべきだ。」

 ホームルームは終盤に突入。進路指導調査票の提出についての説明が始まる。
 プリントは既に各種まとめて配られている中から、調査票を引っ張り出して眺める生徒多数。

 スクナは日本人ではないが漢字も読める。「進路」の文字に興味を覚えた。

「みのりさん、キミは自分の将来についてのデザインは有るのかい。」
「進路ね。うーん。」

 ちょっと困る。高校二年生に成るまでは、漠然としてではあるが一応の目安があった。
 運動が得意だし動物が好きだし勉強はあまり出来ないし。条件を重ねると、なんとなく道筋がおぼろげに見えた。
 ゲキの力を授かった今選択肢は大きく広がったが、逆に暗雲が大きく垂れ込めている。

「そうだねキミに聞いておきたい。みのりさんはこれから何を望むんだい。ボクはそのお手伝いをしたいんだ。」
「うーん……。」

 考える。既に自分はゲキの運命から逃れる事が出来ない。その上で、自分が何をしたいのか。
 思いつくのは、夏。お盆休みの頃。
 女子軟式野球愛好会「ウエンディズ」の合宿だ。あの時、自分は確かに興奮と高揚を覚えた。
 自分もこうなりたいと望んだ。

「ちーむを、」
「ん?」
「チームを作りたい。」
「物辺村のゲキの少女はチームじゃないのかい。」
「あれは運命共同体。そうじゃなくて、自分がやるべきことをやるために、わたしのチームが欲しいんだ。」
「そうか。」

 スクナはみのりの言葉を反芻するかに考える。思ったよりも知的な希望を聞かされた。

「そういう事なのか。キミは昔からキミなんだね。」
「なによそれ。」

 

PHASE 612.

 ホームルームは終了し解散となった。本日は講習も無く、二年三組の生徒達はてんでばらばらに帰っていく。

 不思議なことに彼彼女らは通路に立って邪魔なスクナを、認識しないままに巧みに避けてすり抜けていく。
 路傍の石ころにでももっと注意を払うだろうに、逆に不自然だ。

「おもしろいだろ、「わらしぼっこ迷彩」。」
「どういう仕組みなんだろ。」

 空いた隣の席にスクナは座る。高校生用の椅子だから、足が宙に浮いてしまう。
 ぶらぶらと前後に振って楽しそうなところは、小学生そのものだ。

「チームか。なるほど、キミが欲するものは未来の先まで一緒なんだね。」
「チーム作っちゃ、ダメなの?」
「キミは自分の使命を知っている。ゲキの力を使って何をするべきかを、最初から理解してるんだ。
 キミが為すべきは人類の、いえ個々の生きている人達を守る事。宇宙人やゲキの力、NWOやもっと世俗の権力暴力に虐げられる民衆の庇護者になる。」
「そんな大げさな。」
「もちろんキミ自身の生涯ではそれほど目立った活動はしない。でもキミの血を引く人達はキミの想いを受け継いで、そういう風になっていく。
 歴史的事実だよ。」

 みのりはちょっと不愉快な表情をした。スクナ自身もその時代を知らないのに。
 彼は未来の優れた教育プログラムを施され、未来の歴史を多少教えてもらっているだけだ。
 まるで予言者のように語るが、実際はみのりと同じに二十一世紀今の時代にのみ生きる。

 不快感はスクナも理解する。フォローの必要を覚えた。

「これはね、ボクを作った『オールドファッションズ』の認識だよ。『オールドファッションズ』は基本的に喜味子さんの血統をベースとする組織だ。」
「そうなんだ。」
「ミスシャクティはみのりさん、キミの血統だ。未来では『アーシァンブレイ』と呼ばれるチームを結成して、地球人類を守っている。」
「あーしゃん無礼?」
「EARTHIAN−BRADE。地球人類を守る剣という意味だ。まあ三十二世紀にはそれも限界に到達してるんだけどさ。」

「『オールドファッションズ』は何をしているの。」
「ゲキの技術の応用とメンテナンス、裏方だよ。作る方で、『アーシァンブレイ』が使う人。
 三十二世紀の世界ではこの二つの氏族しか有効に機能していない。社会は大きく変化して人間の有り様も変わり、ゲキ・サーヴァントの興味の対象から外れかけている。
 だからミスシャクティは二十世紀にやって来たんだ。」

 そんな未来はどうでもいい。
 人間生きてせいぜい百年。死ぬまでに自分が何をできるか、それをのみ考慮すればいい。

「わたし、チームを作るんだ。」
「うん。でもこの時代だからね、味方になる強力なメンバーは得られない。出来る事も限られる。」
「それでもわたし自分がやるべき事をやるし、その為に必要なチームを作るんだね?」
「そうだね。」

 にこにこと笑うみのりを見て、スクナは羨望を覚えた。
 童みのりは単純な人間だが、単純だからこそ到達できる真実も有る。たぶんこの人は見出すだろう。
 だが一人では無理だ。彼女を支える有能な、勇猛な、そして誠実な人達が集まって道無き道を切り拓く。

 その仲間の中に、自分が居る絵を想像する。

「みのりさん、ボクもチームの仲間に入れてもらえるかな。」
「うん、いいよ。第一号だ。」

 

 人気の無くなった教室を出て、スクナに学校の中を案内してあげる事になる。
 緑の雨合羽で誰にも見られない彼が教室の戸口を潜ろうとしたところ、

「うあわあああああ?!」
「明美さん!」

 誰もが巧みにすり抜け避けて行くスクナに、マヌケにも真正面からぶつかるポニーテールの女が居る。
 さすがに小学生の存在に気が付いて、大いに驚き背後に飛び退き、そのまま開いていた廊下の窓を乗り越え、落ちてしまった。
 二階から。

「きゃあああああ!」
「うわああ、みのりさんなんだあの人?」

 二年三組クラスメート山中明美は、ほとんど真っ逆さまに落ちていく姿をスクナの目に焼き付けた。
 これは死んだ! としか思えない。

 紙袋に閉じ込められた山猫がダイビングボディプレスを食らったような不気味な叫びが轟いた。

 みのりとスクナは窓辺に駆け寄り地面を覗う。小学生が見るべきでない惨状がそこには、

「おんなのこが、二つに分裂した??」
「ああ、あれは三号さんだ。明美さん、明美三号さんの上に落ちたんだ。」
「で、でも、二人とも。あれ、なんともない? なんとも無いみたいに歩いて行くよ。」
「明美さんだからね。」

 痛ててて、と腰をさすりながら二階に戻ろうとする明美二号と、あたたたと頭をさすりながら反対の方保健室に行く一年生三号。
 そっくりの二人にスクナは目を丸くして呆然とするばかりだ。
 みのり、なんだか優越感を覚える。この程度でびっくりするとは、所詮は小学生。
 本来であれば、三階から明美一号さんが落ちてきて三重衝突でもおかしくないのだ。明美シスターズは。

「あのね、スクナくん。現実の世の中にはゲキなんかよりもはるかに不思議でびっくりするものが転がっているんだよ。
 頭良くても、おごっちゃいけないぞ。」

 

PHASE 613.

 進路調査票を目の前にかざして児玉喜味子は考える。ここは二年五組。

 通常一般の進路希望であれば、喜味子は困惑せざるを得ない。だって頭悪いからろくな大学に受かりそうにない。
 しかし〇八年九月現在の彼女には確たる未来が約束されている。

 ホームルームが終わって、嫁子こと八女雪と心臓に風穴の開いた若狭レイヤがやって来た。
 他愛のない連絡を二三交わして、自然と進路調査票に話題が移る。

「喜味子、けっきょく卒業後は饗子さんが言ってたお話に乗るの?」
「あー、うんー、それも悪くはないんだ。」
「何? 物辺神社に就職とかするの?」

 レイヤは巫女バイトの経験が無いから、物辺村・物辺神社についてよく知らない。
 なにせ天敵鳩保芳子が住んでる所だから、あまり近づきたくもない。
 お盆の頃合成心臓の不具合で助けてもらったが、それはそれ。相性が悪いものは直らない。

「ーん、いやね村の前の駐車場の所に医療マッサージ院を作るって話でさ。そこに、」
「接骨院でも作るのか? 年寄りばかりが集まって、高齢化社会ならそれで儲かるのかもしれないけどさ。」

 レイヤは鳩保と同じ数理研究科の生徒だ。理屈っぽい。
 だから、何故その構想に喜味子が組み込まれるか、を論理的に考え疑問に思う。
 嫁子が特に意味もなく威張ってみせた。旦那の特技は嫁の自慢でもある。

「あら、喜味子はマッサージすごく得意なのよ。」
「素人マッサージで営業とかダメだろ。」
「そんなこと無いわよ。ねえ。」

 と振られた喜味子。実演して見せる他あるまい。
 席を立って、こっちこっちとレイヤを座らせて、背後に回る。

「こんな感じでね、」
「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっぁぁ」

 普段はつんけんぴりぴりとして機嫌の悪い若狭レイヤが、とてつもなく可愛らしい嬌声を上げる。
 ゲキの力など用いず、あくまでも人間そのままの手腕として喜味子がほんのわずかに肩を揉んだだけなのだが、効果は絶大。

「ぁひゅはひゅぁんふぁぁ、ぅんぅぅんひぃ」
「喜味子、ちょっと迷惑よその声。」
「うん、ちょっと目立ちすぎるかな。」

 まるでアダルトビデオの音声を垂れ流す状態で、教室に残っているクラスメートが全注目してしまう。
 これ以上のマッサージは危険、と中止すると、レイヤは椅子から雪崩落ち床に寝そべってしまう。
 仕方ないから脇を掴んで椅子に引っ張り上げた。脱力した人間とくに女の子はずるずるとナマコのように柔らかく、持ちにくい。

「あ、あれ?」
「まあ。誰なのこの子?」

 椅子に座らされたレイヤの顔を見て驚く。
 マッサージの結果常に不機嫌に歪んでいた眉が柔らかく緊張を失い、顔から険が取れて、優しそうな美少女に変化している。
 これなら数日を経ずして彼氏が簡単に出来るだろう。

「喜味子、そのマッサージ院のお話、受けるべきだと思うわ。」
「あ、うん、まあ、そだね。」

 

「何やってるんだ。」

 鳩保芳子は、女子が喜味子の傍に集まるのを冷ややかに眺めている。
 みのりほどではないが寝不足で、あまり活動する気になれない。
 昨日やり残した仕事に今から取り掛からねばならないのだ。

「アル。」

 アメリカから来た偽留学生、大きな白人の男子を呼ぶ。彼自身が声を掛けるタイミングを見計らっていたからだ。
 昨夜のCIAとの衝突の顛末を、彼はもちろん知っている。誰と一緒にドライブをしていたか、それが何者であるかもだ。
 慎重な対応が要求されるデリケートな状況であるから、いつものように気軽に声を掛けられない。
 結局鳩保の方から呼ばねばならなかった。

「ここではアレだから、場所移しましょ。」
「そうだね、ヨシコ。」

 教室を出て行くとにかく目立つ二人を、喜味子の傍の女子達はニヤつきながら見送った。
 人の口に戸は立てられぬ。
 アル・カネイ二股疑惑は既に五組女子の内では常識となっている。

 

PHASE 614.

 毎度おなじみ門代高校学生食堂。
 グラウンドの隅っこに有る建物で、午前中でありながら太陽に炙られ乾いた大地の熱気が吹き抜ける。
 むしろそこがいい。下手にクーラーの効いた部屋だと、夏の残り香を満喫できない。

 本日は授業講習は無いものの各部活は二学期活動再開で、運動部が早速グラウンド整備に乗り出した。
 お昼時にはまだ早く、鳩保とアル・カネイが食堂独占状態である。
 おばちゃんに「あんたたちも暇だねえ」と言われてしまう。

 人目も盗聴も考慮しない場所で、アルも当惑する。むしろ学校を出てそれなりの喫茶店で話をした方が、

「ここがいいのよ。学校だからいいのよ。」
「そう……。ヨシコがいいのなら、ここでしよう。昨日の件だがCIAの」
「あ、それはもう終わった。後の事はそっちの自主的な判断に任す。」
「え? いいのかい、ヨシコの要望が十分に配慮されるとも思わないけれど、もっと交渉をした方がいいだろ。」
「要らないよ。香背男さんの安全はこちらでも独自に対策しなくちゃいけないて分かったからね。」

 飲みかけの縦長缶スイカジュースを白い安物テーブルに置いて、鳩保はまったく別の話を切り出す。
 CIAに脅しを掛けるのは本意ではなかった。だがやっちまったからにはバランスを取らなくてはならない。
 世界最強超大国でNWO主要メンバーであるアメリカ合衆国を敵に回して得など無い。

「こないだの件よ。私がアメリカに行って大統領に会うっての。」
「アレ、了承してくれるのかい。」
「十一月に文化祭が有るのよ、中間試験が終わってちょっと暇な時期。そこを使いましょう。」
「分かった。本国に受け入れ準備を進めてもらう。でもいいのかい?」
「なにが。」
「いや、……いいならいいんだ。」

 門代高校に潜入しているのはアル一人ではない。彼も正体を知らない諜報員が何人も居る。
 その報告から、「アル・カネイは本国アメリカにれっきとした恋人が居て、鳩保芳子と二股掛けている」との噂が生徒の間に出回っていると知った。
 どこから漏れたか見当も付かないが、鳩保本人がこれといった反発を示さないのがむしろ不気味。

「それよりさ、あなた。」
「うん。」
「気にならないの?」

 ならないわけがない。昨夜の事件はそもそもが、鳩保芳子の昔のオトコ、が原因だ。
 しかも、鳩保自身は今でも最大限に彼に好意を寄せている、との分析。車内チュー盗撮画像を見てしまえば、他の説明は考えつかない。
 昨夜アルが「ブラウン・ベス」に行かなかったのも、頭に血が上った彼女がどんなリアクションを示すか予想できない、との分析官の勧告に拠る。

「……結局は君の気持ちの問題だ。もし彼がいいと思うんだったら、」
「彼は殺される。そういう仕組みになっている。
 CIAの今回の対応だって、不審者リストの中にいきなり香背男さんのデータが挿入されて、現場は機械的に対応させられたわけさ。」
「まさか。」
「私達がゲキの力を使って、そのくらいの裏が取れないと思う?」

 メイソン・フォーストが示した洗脳容疑者のリストを超確認した結果、八月三十日になって改竄を受けた痕跡を発見する。
 香背男の価値を理解する護衛専門の部所でなく、馴染みのない異星人追跡部隊を動員したのも強行手段をなし崩し的に用いる為だろう。
 アル・カネイ自身に悪意は無くとも、彼を取り巻く勢力は限りなく黒い。

 正直そんな連中と付き合うのは御免だが、逆に言うと、使えるPOWERが自分に擦り寄ってくるのだ。
 人間を自在に操る能力を手に入れてしまった以上は、悪を巧みに乗りこなしての精力善用こそが正道であろう。

「女帝ね。」
「うん?」
「花憐ちゃんが「女教皇High Priestess」であれば、私はやはり「女帝Empress」のカードの持ち主になる運命よね、やっぱ。」
「……タロットカードか。でも5枚しか必要じゃない。」
「喜味ちゃんはやっぱり「節制Temperance」でしょ。「魔術師Magician」ではない。
 みのりちゃんはー、「戦車Chariot」、かな?」
「力というより戦闘力を意味するカード、ってことか。最後はモノベ・ユウコさんだが、巫女のカードというのは無いね。」
「「塔Tower」!」
「えー、それは不吉じゃないか。」
「優ちゃんはそういうひとなんだよ。NWOはとんでもない人間に地球と人類社会を任せてしまったんだな。」

 あるいはまたこうも考える。
 NWO自体が、世界を統一して裏から支配しようとする体制そのものが、バベルの塔ではないかしらん。

 スイカジュースを再び飲むが、もう冷たくなくなってしまった。甘味が口の中でクドく感じる。

「そりゃそうとさ、十一月といえばアメリカ大統領選挙じゃない?」
「そうだね。November 4が投票日だ。ヨシコが行く頃にはもう決まっているだろう。」
「あんたのところではもう、次の大統領がどちらになるか決めてるわけ?」
「こればかりは、さすがに事前に手を回すにも限りがある。だからこその政治なわけだが、うん。確かにスケジュール的にちょっと厳しいな。」

「ま、頑張ってなんとか予定を立てて。多分その頃には。」

 鳩保芳子、敢えて彼には昨夜の予言を告げない。
 その頃にはもう、人類が消えて無くなっているかもしれないなんて。

 「塔」のカードは着実にその役目を果たす。

 

PHASE 615.

 「女教皇High Priestess」は多忙である。
 生徒会役員が二年一組に訪れてきた。まあ、クラスメートの別当美子が生徒会会計であるのだが。

「やあ城ヶ崎さん、ミス門代高校代理は大好評だよ。なんと市長からもお褒めの言葉をもらっちゃったわよ。」
「はあ、   あー    ばんざい。」

 二年五組安曇瑛子は生徒会副会長、ショートカットの黒髪が鋭く鋭角を描き出すクールな美女。
 一方の別当美子はふわっとした髪質で、笑顔も柔らかい優しげな、それゆえに腹の底では何を考えているか読めない女だ。
 二人共に標準を大きく超える美しさなのだから、自分でミス代理をやればいいのに。

 安曇瑛子が交渉をする。彼女は見かけは冷静沈着だが、同じクラスの物辺優子や鳩保芳子と普通に付き合える曲者である。
 面白いことが大好きだ。

「それでね、ミス門代高校は十一月文化祭で新ミスを選出するんだけど、あんまり城ヶ崎さんの評判がいいから」
「わたしが繰り上げ当選でミスになるの?」
「ううん、ミスはちゃんと例年通りに選出する。でも城ヶ崎さんには引き続き、終身ミス代理に就任してもらいたいの。」

 開いた口が塞がらない。
 そもそもがミス門代高校は選出基準が常軌を逸していて、全校女生徒が「この女は最悪だ」と思う者に投票するのだ。
 当然に、校外活動で門代高校を代表するまともで殊勝な態度は期待できない。
 現ミスだって、見た目は完璧人前に出るのも大好き、でも行事はまともに進行しない。段取り通りに動いてくれない困った女なのだ。
 生徒会が使い勝手の良い花憐に執着するのもむべなるかな。

「それでね、九月早々に何とか記念日で市の方でイベントする事になっていて、ミス代理にご指名なのさ。市長さんの方からね。」
「はー、ははは。」

「城ヶ崎さん夏前に、「可愛すぎる巫女」ってことで評判になったでしょ。市公認のアイドルって形にしたいみたいね。御当地モノも流行ってるし。」

 得意げに説明する別当美子の輝く笑顔が胸に痛い。
 彼女はついでに、花憐が20年も前に人気のあった朝のテレビ小説のヒロインに似てる、なんて言い出すのだ。おじさん受け抜群ね、と。

 八月、現市長を退陣に追い込み花憐父が市長選出馬という陰謀が起こり、結果的には市長を物辺村陣営に巻き込んで騒動を鎮めた。
 その御礼であろうか、関係を深める思惑か、令嬢である花憐を引き立てようとの腹づもりであろう。
 ありがた迷惑。

 後方で聞いていたクラスメートの如月怜が、花憐の右肩にのしかかるように首を突き出す。
 水泳部であるからこの夏十分に泳ぎ込んで、肌は褐色短い髪はぱさぱさ。「黒いあやなみれい」の名をほしいままにする。

「わたしもそれに行く。」
「ん? 如月さんもミス代理に興味有る?」
「わたしは花憐のマネージャー。」
「そう?」

 彼女の正体は、花憐を密かに守るニンジャである。
 物辺神社正統継承者物辺祝子の夫である物辺鳶郎率いる忍軍「ニンジャハリウッド」に所属し、高校に潜入してゲキの少女達の身柄を守る。
 保安上は保護対象者に目立つ行動をして欲しくはないが、人に求められてこそのVIPだ。
 能動的な護衛を行うには、対象者の近辺に親しく張り付くに如くはない。この夏花憐とすっかり仲良くなった。

 という経緯を知らない別当美子は、わーこれ百合状態だ、などとまぬけな感想を抱きつつも、如月怜の参加を承認する。
 自主的に付き人をしてくれるのであれば、当日生徒会から人を出さなくて済む。儲けものだ。

 

 生徒会の二人が機嫌良く去った後、花憐は怜に訊いてみる。

「前々からずっと気になってたんだけど、怜あなたね、どういうルートでニンジャに成ったの? やっぱり家がニンジャの家系で掟に縛られて?」
「いや、うちは全然忍者関係ないよ。侍ですらなかったと思う。」
「まさかニンジャに拐われて子供の頃から地獄の特訓を受けて、」
「違う違う。」

 表情をあまり表に出さない如月怜も、ちょっと恥ずかしげに天井を見つめる。幼い日の思い出は誰にとっても赤面ものだ。

「実はね、わたし小さい頃泳げなかったんだ。」
「こどもだからしょうがないわね。」
「スイミングスクールに通ってもまったくダメで、後から入った子や自分より小さい子がどんどん泳いでいくのにずっと取り残されていた。」
「うん。かなしいわね。」

 それはたしかに恥ずかしい。勉強や絵画ピアノ書道などでもよく有る話、子供は自分に才能が無い事を思い知らされながら成長する。

「でもある年スイミングスクールの先生が代わってね、その先生の言うとおりにやってみたら冗談みたいに泳げるようになったんだ。」
「へー、よほど的確な指導だったのね。」
「その先生は素敵なヒトで、彼の言うとおりにするとどんどん早くなる。いきなり水泳の大会で賞を取っちゃったくらいよ。」
「うん。よかったわね。」

「そのヒトは水泳だけでなく、陸上でするスポーツも教えてくれた。わたしは元々どんくさい運動の苦手な子だったけど、彼が言うとおりにするとどんどん上手になっていく。」
「スゴイじゃない。そのヒトがニンジャなの?」
「まあ結果的に言うと。
 彼が偉いのは、或る程度わたしが上手くなると次の課題を与えてくれる。難しいからわたしは出来なくてヘコむ。すると上手に導いてくれて出来るようになる。
 その内にわたしは、彼が与えてくれる難しい課題が好きになった。今度は自分がどんな難しいことが出来るようになるか、楽しみだった。
 そして気がついたらいつの間にかニンジャになってたのよ。」

 意外と簡単。だがそれが現在のニンジャの育成方法なのだろう。
 昔みたいに人が死んでも構わないスパルタ教育なんか望みようも無いし、そもそもニンジャの志望者が居ないはずだ。
 一族血の掟に従って要員を出さなければならない、なんてのもとっくの昔に滅びた。村落の共同体が崩壊するのは昭和の時代のお話だ。

「でも手裏剣で人を殺すとかは、やらないでしょ。いくらなんでも。」
「まあね。その意味ではわたしはまだ本物のニンジャではない。心構えがまだ成っていない。
でも責任有る部所に配置されて任務に真剣に取り組むようになると、やっぱりなんとか成るみたい。習うより慣れろなんだな。」

 城ヶ崎花憐の秘密護衛任務。
 なるほど、所詮は10代高校生の彼女にとって難しくはあるが不可能ではない、ニンジャとしての自覚を育てるカリキュラムの一端であったわけだ。

 まんまと上手くダシに使われた。が、不快ではない。
 おかげで親友が出来たわけだし。

 花憐は腕時計を見た。次のスケジュールは華道部で部長としての役目を果たさなくては。

「それじゃあ怜、わたし行くわ。二学期もよろしくお願いね。」
「うん。」

 如月怜が先に立って、教室からドロンした。
 おそらくはニンジャとして護衛として、花憐に先んじて安全を確認するお仕事が有るのだろう。
 市公認アイドルになってしまえば、もっと大変な苦労を掛ける。
 だが、それが彼女の望みでもある。

 どうやら怜を次のステージに導く役割は、花憐自身に求められるようだ。

 

PHASE 616.

 視聴覚室に集まった演劇部員達はミィーティングが始まるのを随分と待たされ退屈している。
 二年生新幹部が不慣れなせいもあるが、夏までの張り詰めていた気分が薄れ目的意識が明確で無くなったからである。
 つまりは、彼等は次の目標を設定せねばならなかった。
 予定は十一月文化祭。演目から配役から、全てをゼロから考える。

 物辺優子という人間は計画性をまるで持ち合わせていない、出たとこ勝負でなんとかなる才能の持ち主だ。
 が、この際長所が逆に働いた。他人がもたつくのを我慢できない。
 傍若無人に勝手にやる、いつもの流儀が通じない初めての体験である。

 思わず立ち上がり、一年生二年生諸部員を睨みつけた。ガンを飛ばす。
 ざわつく彼彼女等が一瞬でおとなしくなった。
 物辺優子は恐ろしいが決して押し付けがましくはない。だからこんな行為に出ると、誰も想像しなかったのだ。

 戸惑うのは本人も同じ。他人を指導する立場になるとは、今のいままで考えもしない。
 新部長や女部長の来橋いおに任せればよいはずだったのに。
 しかし自分には優れた演技の才能が有る。何をやっても物辺優子にしか見えないが、それが物辺優子である限りは何でもこなす。
 「指導者 物辺優子」を演じろ、と言われれば簡単にやってのけるわけだ。

「お前達、暇なら「石像」の演技でもやってろ。」

 オーダー通りに部員達は身動きひとつしない石像を演じ始める。
 演劇の訓練では初歩の初歩であるが、やればなかなか難しい。人間生きて呼吸をするからには、微動だにしないなど不可能だ。

「出来ない奴は「死体」の演技をやれ。」

 石像は固く死体は柔らかい、と頭では理解しても動かないのはどちらも同じ。重力に抗さなくてよい分楽ではあるが、やはり無茶な注文だ。
 命じた本人があっけに取られる。こいつら、コレ出来ないのか。
 死んだふりなんて生活体験の中でふつうに身に付けるだろ……。

 門代高校演劇部員のそれぞれには、物辺祝子なる捕食者と向き合う体験は無い。

 ぱん、ぱん、ぱん、と手を3回叩く音がした。視聴覚室後方の扉から姿を見せる者が居る。
 振り向いた数名の部員は彼に叱咤される。「おまえたち石像で死体だろ」と。

「ぶちょう!」

 歓喜の表情で迎えるのは来橋いお。前部長三年生 馬渕歩が二学期最初の部活の様子を確かめに来た。
 だが視聴覚室の中に入ってくださいとの要請を拒絶する。

「君達が大丈夫なのは分かってるから、ちょっとだけ見に来た。でも心配はまったく必要無いな。」

 彼の懸念は演劇部自体にではなく、むしろ物辺優子に有った。
 部の活動に消極的ながらも参加してくれるようになったから、二学期以後もそうであってもらいたい。
 もしつまらないと思えばまったく未練を感じる事も無く、彼女は去ってしまうだろう。
 繋ぎ止めるだけの力が新しい演劇部に有るのか。

 優子本人が指導力を発揮して部運営に参加するとは、馬淵の予想を越えた。
 彼女が本気を出せば学校の女王にでも成れる。それだけの器量の持ち主だから、心配なぞむしろ僭越。
 十一月文化祭での公演が楽しみになってきた。

「じゃあ老兵は去る。次は文化祭で遠慮容赦無い批評をするぞ、それに足る芝居を見せてくれよ。」
「「はい!」」

 主に二年生部員一同が声を揃えて先代を見送る。優子が唱和する事は無かったが、気持ちは同じ。

 伸び上がって閉まる扉の先を見ると、やはり馬渕先輩は彼女の九泊加留と共に来ていたのだ。
 すっきりと身奇麗な彼女には秋が似合う。
 受験生ではあるが、高校生活最後のもう一幕を演じているのだろう。

 来橋いおが「やめ!」と石像死体の演技を止めさせ、部員一同を注目させる。
 ミィーティングの開始。二学期最初の課題は十一月文化祭公演の演目決め。
 未だ検討中ではあるが、テーマは、

「愛! それも修羅場の愛。
 前年度が全体のクオリティ向上に拘ったのに対し、今年は人間の感情感性、生き生きとした登場人物の表現を追求します。
 だから愛!」

 言語道断問答無用。来橋本人の趣味嗜好であるから一歩も退かない妥協も無い。
 このくらい強引な方がむしろスムースに運営出来るだろう。

 実は優子はこの女を少し気に入っている。
 顔も綺麗だが手足が白く長く肉感的で、磨けば結構なものになるだろう。
 本人芸能界志望なのだから、ちょっと手伝って平凡ならざる人生を送らせてやろう、などと仏心を出している。
 いや、創作意欲か。

 

PHASE 617.

 ミィーティングが始まってすぐ、優子は視聴覚室を出た。

 つまらないから、ではない。自分が居ると部員達が萎縮して自由闊達に討論出来ないからだ。
 優子に振られた役職は「監修」、最初にアイデアを出す仕事ではない。
 或る程度形が出来たものをチェックして、リアリズムを高める助言を与える役だ。

 しかしテーマは「愛」、それも修羅場だ。
 高校生風情が恋愛経験も薄かろうに、なにが修羅場だ。と普通思うだろう。
 頭でっかちで男女の愛憎のもつれを描いても、滑稽なだけ。

 だが出来るのだ。今年は鬼が付いている。
 人間社会の裏表、闇に蠢く醜悪な業も吐き気がするほど御存知だ。

 般若の面は嫉妬に狂う鬼女の素顔。
 俗悪と背徳に歪む悪尉の面など、「童子姫」時代に見飽きている。

「もう部活はおしまいですか?」

 待っていたのは黒髪巻き毛に明眸皓歯。田舎には似つかわしくない読モ体型。
 縁毒戸美々世、二年三組の魚肉宇宙人だ。
 にこやかに笑うが、腹の中にろくでもない企みを抱えているのは明白。童みのりにだって出来る簡単な推理だ。

「用か?」
「はい。」

 だが話を切り出さない。優子が進むままに、後ろに付いて歩いて行く。
 必然的に、「なんだ?」と聞かねばならなかった。
 それでも美々世は答えない。

「すいません。宇宙人仁義というものがありまして、用件は言えないんです。」
「じゃあ何の為に付いてくるんだ。」
「優子さんがそれをするのを見届ける為ですから。」

 要領を得ない。

「これから茶道部の部室に行って一眠りするんだが、いいのか?」
「ご一緒します。」

 鬱陶しいが無下に追い払うまでもない。物辺優子は本来的には寛容な人物だ。
 結局華道部部室の隣の茶道部にまで付いてくる。
 華道部部長は花憐、茶道部はみのりが制圧しているから、座敷で寝ても構わない。

 がらっ、と引き戸を開けると。

 

「……なんだこりゃ。」
「宇宙人仁義完了です」

 眼前に拡がるのは畳敷き和室の茶道部部室ではない。
 直径30メートル天井の高い円形闘技場。周囲には観客席が設えられており、ロボットかアンドロイドか知らないが人型が多数座っている。
 正面には一段高い審判席のようなものが有り、金色のロボットかアンドロイドか知らないが人型が偉そうにふんぞり返っている。
 振り返らずに美々世に尋ねる。

「なんだこりゃ。」
「カニ星人です」
「蟹?」
「地球の天体知識で言えばカニ星雲を根城とする中流宇宙人、便宜上はやはりカニ星人と呼ぶべきでしょう」
「カニ星雲と言えば、結構近いな。」

 太陽系よりおよそ7000光年の距離にあるカニ星雲は、歴史上で観測された超新星爆発の残骸として有名だ。
 爆発は西暦一〇五四年七月四日。23日間に渡り昼間でも見えるほどに明るく輝き、653日後に夜空から消えたという。
 藤原定家「明月記」にも記される。

 西暦千年頃と言えば、京の都に「外記」の鬼が現れたのと近いが、もちろんまるで関係ない。
 7000光年離れていれば、爆発が起きたのはもう8000年も昔の話だ。

「カニ星雲の超新星爆発は、彼等が引き起こしたものです。そのエネルギーを回収して現在の星間文明を形成しました」
「近所迷惑な話だな。」
「実際近傍の恒星系で幾つもの知的生命体種族が滅亡しました。ですが、まあ、普通の所業ですね。中流宇宙人としては」

 優子は左右を見回し、自分が闘技場の主役であると確認する。
 背を振り返っても元来た引き戸は無く、前後左右で進退に窮する。カニ星人の命ずるままの戦いを強いられるだろう。
 右の肩をぐりぐりと回して血の巡りを良くする。超能力バトルか、ひさしぶりだなあ。

 勇み立つ優子を気の毒そうに美々世が止める。すいません、暴力は禁止です。

「ここは口喧嘩の場なんです」
「なんだって、中流宇宙人ともあろう者が腕力で勝負しないのか。」
「えーと、そのー優子さんは地球人類代表として、彼らの裁判を受けるのです。被告です」
「お、なるほど。それは宇宙人らしい。」
「怒らないんですか、訳も分からずに裁かれて。彼らのホームグラウンドで彼らのルールで断罪されるのですよ」
「いや、そんなの普通じゃん。裁判てそういうものだよ、特に未開人を相手にする時は。」

 近代ヨーロッパ人が異世界の住民に一方的な論理と法を押し付け、茶番と呼ぶのも烏滸がましい裁判を行って生命人権の全てを剥奪していた例を挙げるまでもない。
 同じ種族を相手にしてさえそうなのだ。
 他の星のまるで縁の無い生命体に対して、なんらかの権利を認め保証するなど酔狂と呼ぶ他無い。一方的に資源として活用して、誰が咎めようか。

 物辺優子は思わず知らず口の端が吊り上がり笑みとなるのを止められなかった。
 鬼とはまさに、そのような相手に対して戦いを挑むモノ。邪で恥知らずな秩序の破壊者であるべきなのだ。

 

PHASE 618.

「そしてわたしは弁護士、ではなく付き添いのヒトです。弁護士はあちらが勝手に見繕ってくれます」
「どうせ判決は決まってるんだろ? まだるっこしいな。」
「それが形式というものでして」

 縁毒戸美々世は中流宇宙人の行動様式に不慣れな優子の為に、案内人を務めてくれる。
 だが彼女はしゅぎゃらへりどくと、高次空間を本拠とするれっきとした高等宇宙人だ。
 中流宇宙人程度であれば指先一つで消し飛ばす実力の持ち主。むろん、ゲキの行動観察の為に控えているのは分かるが、

 どうにも表情がイラつき、嫌悪感を隠し切れていない。優子も思わず問い質す。マズい相手なのか?

「わたし、あいつら嫌いなんです。」
「生理的に嫌なのか?」
「生理的、ええ、なるほどそういう表現でもいいですね。とにかくあいつらのやることなす事全てにおいて、もう見たくないというかやめてくれというか」
「そんなに嫌ならぶっ殺しちゃえよ。遠慮せずに。」
「それを言ってしまうと終わりなんですが、どうにもですね、わたし達がまだぴるまるれれこと遭遇していなかった時代の、まさに中流宇宙人であった時と同じことこいつらしてるんですよ。
 なんですかね、見ていると身体の芯からかぁーっと血が昇って来て悶絶するというか、あまりの浅はかさ無知さに背筋が寒くなるというか、頭を壁に打ち付けて自殺したくなるというか、」
「ああ。そういうアレね。」
「まるで昔の自分を見ているようで、恥ずかしいやら呆れるやら、どうにも修正出来ない黒歴史が腹立たしくて気が狂いそうで」

 なるほど、ぶちのめし甲斐の有りそうな相手だ。そして後には勝利は無く、空虚さ徒労感のみが残るであろう。

 正面裁判長、であろう黒い席に座る金色の人型が右手を上げると開廷、らしい。
 周囲の観客席、裁判所であれば傍聴席がざわめきを止め、闘技場中央に視線を集中する。「目」らしき部品は無いが。

 物辺優子の頭上を制するかに、ユークリッド幾何学から逸脱した巨大な構造物が出現する。
 直方体のブロックがなんらかの法則に従って順序良く積み重なっているが、三次元構造を取っていない。そして危ういバランスを保っている。

 優子はこれまた突如出現した被告席に自動的にすくい上げられ、定位置に据えられる。美々世は被告席の後ろにしがみついて振り落とされるのを防ぐ。
 そもそも現在、「床が無い」 
 ブロックの集合体は足元はるか深くに伸びる。闘技場内に姿を見せるのはほんの一部に過ぎない。
 これはもちろん、通常の三次元空間ではなかった。

「亜空間か。」
「亜空間には違いありませんが、「累冪空間」と呼ばれる見ての通りの擬似高次空間です」
「擬似?」
「高次空間の概念を把握していながらアクセスする手段を持たない文明が、亜空間内部に仮想の高次空間を作り上げ物理法則をでっち上げる技術です。
 亜空間の中に三重に亜空間を繰り込んでいますから、ここは仮想七次元時空連続体となりますね」

「そんなことして楽しいのか?」
「工学的には色々とメリットがありまして、ワープエンジンが大質量を必要としなくなるとかワープエネルギーを他に送信出来るとか、色々です」

 形は同じだが銀色の人型が数体ブロックに近付いて、引き抜きまた挿入する。なんだか遊んでいるみたいだ。

「アレは何をしているのだ。」
「ジェンガですね、地球で言えば」
「裁判じゃないのか?」
「ですから、あの箱一つ一つが高度に圧縮された論理パッケージなのです。屁理屈が山のように詰まってるわけで、その屁理屈同士をぶつけ合い重ね合って七次元空間の”重力”で精算されて、結論に至るわけです」
「めんどくさいな。」
「口で言うと面倒ですが、視覚的に表現すればむしろ明快でしょ」

 確かに、ブロックを抜いてバランスの崩れそうなところに積んでどんどん高くする。相手が失敗するように技巧を凝らして積んでいくのは、なるほど裁判に見えなくもない。
 積み方の巧拙を周囲傍聴席の人型が見ては歓声やら罵声を浴びせているのは、やはり陪審員的意味が有るのだろう。

「ちょっとまて美々世。ということは、あたしはここに居る意味は無いのではないか。」
「優子さんつまり地球人類の利益代表者、の代理はあそこのブロック積んでる人型の中に居ますから、まあ、ありませんね。判決を受けるだけです。
 それとも、ご自身でジェンガやりますか?」

 餅は餅屋、銀色人型は裁判ジェンガをする為だけに作られた存在であり、その働きは優子がゲキの力を用いて検証してもケチを付けるものではなかった。
 さりながら既に結論の決まった茶番であるから、利あらず時と共に追い詰められていく。
 最終的には、もうブロックを積めなくなった。
 敗北だ。

 地球代表人型が被告席物辺優子の傍にふらっと浮いて近付いた。近くで見ると身長3メートルもある大きなものだ。
 なにやら宇宙語で喋る。美々世通訳。

「これ以上論理を操作できません。敗北を認めますか、と尋ねています」
「そもそも、カニ星人が地球人を裁く権利は有るのか?」
「ではそう言ってみます」

 美々世の通訳で、銀色人型はブロックの山に近付き、ものすごく下の方のブロックを引き抜いた。
 当然、山全体が崩壊する。完全敗北だ。
 優子にはどうしてだか分からない。美々世解説を頼む。

「つまり、どうなんだ。」
「はあ。相手よりも圧倒的に優位に立つ存在が他者の生殺をほしいままにするのに、誰に遠慮が要るものか。というわけで」
「ああ、論理的だな。」
「ですが、彼らは明らかに間違っています。カニ星人は地球人類よりも遥かに高度な文明を持ち強力ではありますが、優子さんには勝てない」
「ゲキの力を連中は知らないのか?」
「知ってはいますが、むしろ彼らはぴるまるれれこの脅威を知らない。ぴるまるれれこの圧倒的破壊力と伍していけるゲキの価値を理解できないのです」

 

PHASE 619.

 論理パッケージの直方体は消滅し、円形闘技場が元に戻る。床も発生した。
 全周を囲む傍聴席の人型達は、すべてが顔面部分に赤い丸を描き出す。
 「優子さんの完全敗北を認定しています」、と美々世が解説する。

 正面裁判官席は周囲の傍聴席よりも高いのだが、更に高くせり上がりまた前進し、黒い威容で被告を圧迫した。
 判決を言い渡す。

『宇宙絶対憲章に基づく諸恒星系生命類利用処分手続第33−3項有害科学技術弄玩時の規定適用により、miu1194687恒星系惑星3号現住最高知性生物現地呼称「地球人」を物理消去する
 消去手段は居住惑星自体の完全破壊もしくは恒星系破壊による自然消滅を用いる』

 優子を亜空間に呼び込んだのは、この一言を聞かせる為だけである。
 これでも彼らカニ星人としては最大限に地球人類を尊重する姿勢を見せた。
 中世ヨーロッパでブタを宗教裁判に掛ける的な慈悲であろう。

「おい、アレを出せよ。」

 美々世に向かって左手を突き出す。被告席の背後に未だしがみつく縁毒戸美々世は目を大きく見開いた。

「なにをです?」
「門代在住宇宙人有志一同から委任状かなんかを預かってるだろ。出せ。」
「優子さんがそれほど深くしゅぎゃらへりどくとをご信頼くださっていたとは思いませんでした。」
「しゅぎゃらへりどくとなんか信じないさ。規則や法律にうるさいてゅくりてゅりまめっだ星人の頑なさをアテにするだけさ。」

 むっ、と唇を突き出し不満を露わにしながら、美々世は門代高校夏制服の懐に忍ばせる書簡を引き出した。
 ピンクの洋封筒で、胸乳の温かさがほんのりと紙に篭っている。

 受け取ってわずかに匂いを嗅ぐと、優子は長い黒髪を大きく膨らませて空中に浮き上がる。
 飛翔した。

 周囲に座る陪審員人型、正確には143体の個別審査ユニットで論理ジェンガの正当性を保証するもの、が大いに驚き空中に視線を集中する。
 ただ飛んだのではない。仮想七次元時空連続体の中で自在に運動をして見せたのだ。
 明らかにカニ星人が把握する地球人類の能力ではない。高次空間アクセス能力を示した事となる。
 ちなみに143とは素数11×13、また連続する7つの素数の和11+13+17+19+23+29+31である。とにかく七次元的に意味が有るらしい。

 裁判長人型と同じ目線になるまで浮いて、優子は右の腕を伸ばす。
 髪は翼のように拡がり、見えぬ雷を孕む。強大なエネルギーが亜空間を構成する力場に綻びを生じさせ始めた。

 この野蛮な現住生物の雌は明らかに「宇宙絶対秩序」に反抗的であり、危険だ。
 カニ星人の文化体系の中にも、”神”の概念は未だ検索可能な形で残存する。
 科学一色に彩られる日常が比喩としても拭い去った悪鬼邪神を想起させるに十分な光景だ。

 人型も右手を伸ばして優子から封筒を受け取った。指は無く、手の先に四角い穴が開いていて物を掴む事が出来る。
 開けずとも内容確認は出来る。タダの紙封筒を非破壊スキャンした。
 炭素の濃淡で記号を表現する極めて原始的な情報記録法を読み取り、解読する。

「地球在住高等宇宙人有志一同御近所会より、カニ星人代表に宛てた召喚状だ。指定の日時指定の場所に全権最高責任者単身で出頭すべし。」
『この情報記録媒体に該当する文字列は記述されていない』
「あたしが招集するんだよ、そのメンバーを集めて。」
『私的な会合に我”*********”が参加を強要される根拠は無く、また我”*********”に他の組織体が優越し指示を下す論理的必然は存在しない』

 ”*********”は毎度おなじみ超音波名ではない。音声ではなく、この七次元空間でのみ可能な表現で名称を提示している。
 自分の名を言う度に旗を上げているような感じだ。
 要するにカニ星人は既に音声言語などは使っておらず、地球人の裁判であるから公正を期す為に用いているに過ぎない。

 だから優子は敢えて言の葉に呪を乗せて情報量マシマシで、彼の知能回路に解り易く突っ込んでやった。

「指定する期日までに出頭しない場合は、カニ星人文明をそっくり消滅させる。よろしいね。」
『拒絶する。その要求を行う根拠を客体は有していない』
「相手よりも圧倒的に優位に立つ存在が他者の生殺をほしいままにするのに、誰に遠慮が要るものか!」
『それは論理の体を成していない。再度拒絶する』

 金色裁判長人型は小刻みに振動する。裁判官席に居る他の人型も、傍聴席143体もまた震えている。
 鬼の呪詛により、数十世紀に渡って失念していた”恐怖”を覚えたわけだ。

 これで形式は整った。
 果たし合いはこうでないといけない。

 

PHASE 620.

 ”脳”に該当する部分にアクセスしてようやく気付いた。
 この人型、ロボでもアンドロイドでもなく、カニ星人本人じゃないか。

 超絶科学技術によって自己を機械化情報化論理化して仮想世界の住人に成り果てた上で、またもう一度機械で肉体を作って戻ってきた。
 一個体がカニ星人全てであり、また多数の人型それぞれがカニ星人文明をフルセットで保存する。

 信じられないほど大容量の記憶装置と演算能力を備えているわけだが、まあ宇宙ではこれは普通である。
 美々世の魚肉ボディを形作る虫ピンほどの力場形成装置でも、そのくらいは持っている。
 サルボロイド星人だって、ぺらぺらの薄片から星間文明を構築できるのだ。
 いわんやゲキにおいてをや。

 床に降りた優子は踵を返し、元来た方向に歩き出した。
 亜空間をぶち抜くまでもなく、出口が勝手に形成される。用件は済んだからケダモノにはお引取り願うのだろう。
 歩きながら、当初からの疑問点を美々世に尋ねる。

「そもそもだ、何故連中は地球人を滅ぼさなきゃいかんのだ。」
「この間使った無量光爆弾(ビッグバン爆弾)がよくなかったですね。中流宇宙人でようやく扱えるレベルの技術を、惑星重力圏からも出られない原始知性体には使わせられない」
「子供には過ぎた火遊びのおもちゃ、って事か。その意見には納得せざるを得ないな。」
「彼らは論理的に間違ってはいません。ただ、喧嘩を売った相手が悪かった」
「運に見放されたな。」

 見慣れた引き戸を開けると、門代高校文化部部室棟廊下。
 茶道部室を出た場所である。
 二人共に出て、戸を閉めて、また開けて首を突っ込んで確かめてみるが亜空間には繋がらなかった。一段高い畳敷き和室があるばかり。
 えーと、そもそも此処には何しに来たんだっけ?

 

「開けてしまったんですか?!」

 驚く声に咎めるニュアンスを感じ取り、優子は振り返る。知った声、二学期これから毎日聞く声だ。
 シャクティ・ラジャーニ。黒髪褐色のインド少女が息せき切って駆けてくる。廊下走るの禁止だが。
 再び、

「開けてしまったんですか、あちゃー止められなかったか。」

 天を仰いで目を覆う。漫画的仕草はまさに二年五組のクラスメート、シャクティそのものであるが、
 優子は声を低くして問い返す。この感じ、この女は何がここで行われたか、知っているな。

「開けたさ。」
「うわぁー、なんで美々世さん止めてくれないですよお。しまったーもうちょっと早くキーフラグが分かっていれば。」

 縁毒戸美々世が何物であるかも熟知するこの台詞。もはや自らの正体を隠す気も無いと見える。
 聞くも愚かな真似であるが、改めて優子は問うてみる。

「シャクちゃん、あんた、ミスシャクティ?」
「違いますよ。私はそんな偉いヒトじゃありません。あーでも困ったな。私、このイベントは知らないからなー。」

 墓穴を掘る馬脚を表す、ミスシャクティの存在を知ると自ら表明するシャクティである。
 しかし本人秘密の暴露に気付かない。いや、そんなものバレても屁でもない。
 逆に優子が降参してしまう。

「分かった、シャクちゃん。説明してくれ。あんた誰だ。」
「私はどこからどう見ても可愛いクラスの人気者、恋する天竺人形シャクちゃんです。それ以外の何だと言うのです?」
「聞き方が悪かった。あんた、ゲキとどういう関係なんだ。」

 全てを知る女、美々世とシャクティは顔を見合わせる。説明の手間をどちらが果たすか。
 だが本人がするに如くはない。心臓に右手を置いて真摯な眼差しで答える。

「私はミスシャクティではありません。まだ。」
「まだ?」
「はい。まだです。」

 なるほど、そういう事だったのか。

「それで、これからどうするんだ。」
「どうするも何も、物辺さん今そこで何して来ました?」
「あーうん、カニ星人相手に喧嘩売ってきた。果たし合いだ。」
「ですよねー、物辺さんですしねー。」

 廊下に立ち尽くし、腕を組み、小首を傾げ、頬に指を当てて考える。
 改めて正体を知った今でも、観察してみれば普通の十代の女の子。只の女子高生にしか見えない。
 やはり年齢相応の成長しか遂げていないと理解するべきなのだろう。
 シャクティ・ラジャーニはあくまでもシャクちゃんでしかない。

 頬に当てていた右手を前に伸ばし、L字を作って天を指す。これもいつものシャクちゃんの仕草。

「とりあえずはミスシャクティに会ってみましょう。もっと早くにそうするべきだと、私は主張したんですけどね。
 あ、でもですね、やる事山積みですからね。嵐が来ますよー。」
「どっちかに決めろよ。」
「5人居るのに、全員で会いに行く必要も無いでしょ。それぞれ各々がやるべき仕事をやる、時間を無駄にしない。
 これでどうです!」

 どうですと言われても。優子は肩をすくめた。
 人間知らない方が良かったという事は有るのだな。かえって鬱陶しくなったぞコイツ。
 もともと芳子と同じ仕切り屋だしなあ。

 

PHASE 621.

 人類絶滅の未曾有の危機に際して、ゲキの少女達はまず対策会議を開く。
 行き当たりばったりでなんとかなるスケールの問題ではない。周到な計画と入念な準備が必要なのだ。
 学校に行っている暇など無い。が、校長を洗脳して特別出席措置を発動するにも限度が有る。

「替え玉を使おう!」
 安直な策が採用された。

 具体的には、「ブラウン・ベス」にバイトに行ってる地味子達にお面を被せてそれぞれの役をさせる。
 もちろんゲキの力で地味子を整形するのもアリだし、その方が不審を招かないのだが、どうにも美しくない。
 分かる人にはバレても構わない開き直りが、この際正しいのだ。むしろ説明の手間が省ける。

 地味子に扮装をさせてみて、花憐は評を述べる。

「まあ、優ちゃんと喜味ちゃんに無理があるのは最初から承知してるし。」
「悪かったね。」

 優子もそうだが、喜味子に化けるのも一苦労だ。神憑り的顔相を再現できない。
 お面は見る者の精神を操作して別人と誤認させる機能を持つが、あまりにも印象が強い二人は適用外になってしまう。

 優子は自分の顔を模したお面を手に取り考える。顔写真をベースに合成してこれ以上無くリアルなのに、何か違う。
 魂が無い。

「ま、いっか。出席日数だけ稼げればいいんだし。」
「うーん、でも二人は違和感有り過ぎるわよ。」
「リアル志向だから失敗するんだ。ふつうに鬼の面被せればいいんじゃない?」

 鳩保の提案に基づいて能面の「般若」を被せてみたら、”物辺優子”が出来上がった。
 ”児玉喜味子”は結局、夏に使っていた聖闘士女子の仮面をそのまま被る事で解決した。見えない方が想像が効いてよほど恐ろしい、という理屈だ。

「じゃあよろしくねー。」

 路線バスに乗って登校していく地味子5名。元々高校生の設定であるから、学校生活で支障を来す事は無いだろう。
 いや、物辺村に残る本人達がよほど世間様にご迷惑を掛けまくっている。

 

 というわけで5人は島の外にある城ヶ崎家車庫に集合する。
 登校しているはずの彼女らが島内でうろちょろするわけにはいかない。臨時作戦本部をこちらに設営した。
 城ヶ崎家が誇る真紅のフェラーリの後ろに、キャンピングカーが保管してある。
 毎年整備はしているから使用可能だが、花憐父が使おうとしなければ車庫の肥やしとなるばかり。

 鳩保は車内寝室のベッドに腰掛けて座り心地を確かめる。
 確か小学生の頃、花憐兄が居た時分に遊びに連れて行ってもらった思い出が有るな。

「花憐、これいいじゃない。ゲキロボよりずっと広いよ。ねえ喜味ちゃん。」
「トイレもベッドもクローゼットも有るし、ずっといいね。」

 そう言われてみると、と花憐は車内を見渡した。
 元々居住設備が整ったキャンピングカーをベースにゲキロボを作れば、快適な宇宙の旅が楽しめるだろう。
 5人それぞれ車内に落ち着き場所を見つけたところで、鳩保は注目を呼びかけ宣言する。

「物辺村正義少女会議ふぁいなーる!」

「ファイナルなの、ぽぽー?」
「いや、なんとなくファイナルっぽい状況だから。もし続くようだったら物辺村正義少女会議NEXTに改称するよ。」

 本日の議題。
 宇宙大艦隊で襲い来るカニ星人をどのように撃退するか。否、地球と太陽系をどのように防衛するか、だ。

 喜味子が真っ先に手を挙げた。

「ゲキロボを増やそう。」
「え、そんなこと出来るの?」
「作るだけなら簡単だ、動かないだけで。でも成長した今の私達なら、遠隔操縦で決まりきった仕事をさせるくらいは可能だろう。」

 みのりが手を挙げる。5体作ってそれぞれがロボに乗るというのは。
 喜味子は首を横に振る。

「残念ながらゲキロボを満足に操作する為には、まだ私達全員の搭乗が必要だ。でも完全稼働状態であれば、外部にスレーブ状態である別のゲキロボを操作可能。って話なんだ。」
「そうなんだ。」

 

PHASE 622.

「それで、これが花憐ちゃんが予測した敵艦隊1万5千隻の配置予想図。」

 喜味子は携帯ゲーム機型ゲキロボ端末を使って、空中に立体ホログラム映像を浮かび上がらせる。
 光のウニ、イガグリが浮かび上がる。
 何がなんだか分からない。少なくとも、宇宙艦隊の配置図には見えない。

 鳩保は、

「なにこれ?」
「15000隻が太陽系を冥王星くらいの距離で全周包囲した陣形。惑星公転面だけでなく、天頂天底までびっしり固める。」
「距離はこんなに離れてるんだ。」
「カイパーベルトの内側が太陽系内部と呼べるからね、内側の一番外側だよ。」

 もちろんこれは模式図であり、このスケールだと宇宙戦艦は顕微鏡サイズになる。

「この宇宙戦艦の武器は?」

 みのりのリクエストでカニ星人宇宙戦艦の3DCG図を投影する。
 全長8キロメートル、直径500メートルの棒状艦体にトンガリコーンが10個括りつけられている。
 喜味子説明。

「通称カニ星人の宇宙艦隊は全艦同型で構成される。補助艦艇は無し。
 深宇宙航行速度は15000C。この状態ではむこうから攻撃もこちらから迎撃も出来ない。
 通常空間航行速度は100Cで、六月に来た宇宙戦艦と同じ。

 武装は普通にγ線光線砲と反物質ミサイル、まあこれは光速以下の通常速度兵器だから脅威にはならない。
 そして艦首に装備された指向性ビッグバン・ジェネレーター、こないだ使った無量光爆弾と同じ原理ね。ただしこれは、火消し用。」

「火消しってなんだ?」
「宇宙では指向性ビッグバンをてきとーに使う宇宙人が多くて、野火のごとくに悪影響が広がってるんだよ。
 だから対向ビッグバンを発生させて迎え火で相殺する。宇宙の消防士さんてわけだね。」
「そうか、だから公務で放火犯「地球人」を抹殺に来るわけね。納得。」

 優子も花憐もようやくカニ星人の思考を理解した。指向性ビッグバンとやらはよほど迷惑な代物なのだろう。
 だが武器として使った場合、太陽系丸ごとを飲み込んで無に変えてしまう。確かにとんでもない。

「でもこれ、インフレーションを伴わないから進行速度が光速以下で遅い。今回は使わないでしょ。

 で、真打ちが付属の円錐体。超光速ミサイルだ。
 発射母艦から供給されるワープエネルギー、タキオンと呼んでもいいけれど、を受けて光速の100倍の速度で疾走する。」
「中身は反物質爆弾?」
「いや、進行中はエネルギーフィールドを発生させて全長15キロメートルのビームサーベルになる。
 衝角で特攻してくる無人戦艦と考えた方がいいかな。」

「威力は?」
「地球に当たれば地殻マントルを貫通してコアに到達、地表はめくれ上がり地殻津波となって被害甚大。」
「1発で人類消滅レベルだな。」
「1発当たる事も許してはいけないわけね。」

「また太陽に当たると活動が異常亢進して太陽フレア増大。電波障害やら地磁気異常が発生して、ヘタすると現代文明がまるごと崩壊するかも。
 千発も当たれば太陽中心核にまで影響が及んで核融合反応が異常に進行して、ノヴァ化する事も考えられる。」
「……地球丸焼けね。」
「それが、15000×10発飛んでくるわけだ……。」

 5人全員押し黙ってしまう。こんなものゲキロボ1体で防げるわけ無いじゃんか。
 しかし皆は思い出す。七月七夕祭りの時物辺優子はちょちょいと操作をして、悪魔星人を種族ごと皆殺しにした実績があるじゃないか。
 今回もあの手を使って。

「無理だよ。」
「どうして優ちゃん?」
「だって今度来るのは中流宇宙人だから。高次空間に根拠地が無いから、一網打尽出来ない。三次元空間内に居る宇宙人は虱潰しにするしかないよ。」
「そうかー。」

 再び絶望する5人。だが喜味子は諦めない。

「えーとね、スペック上からではこの宇宙戦艦、母艦の方ね、は防御力も完璧で三次元物理攻撃では傷も付かないんだよ。壊せない。」
「ビームサーベルミサイルの方は?」
「これは普通に同程度のエネルギーをぶつけたら壊れる。でもやっぱり母艦を落としてワープエネルギーの供給を断つのが一番だ。」
「物理手段で壊れないものを、どうやって破壊するんだよ。」
「そこで優ちゃんだ。このレベルの宇宙人技術では構造物というのは物質ではなくエネルギーフィールドで構成される。力場を制御する論理区画にハッキングして解除すれば、」
「こわれるの?」
「いともあっさりと。」

 おおおおおおおー。歓声が上がる。それを早く言えよ喜味ちゃん。

 

PHASE 623.

 問題が1つ。
 シミュレーションによれば、物辺優子がカニ星人宇宙戦艦にハッキングして完全破壊にまで持ち込むのに要する時間は、わずか1秒。
 だが15000隻すべてを処理するのに15000秒=250分=4時間10分かかる計算となる。

 冥王星軌道距離、長軸半径だと仮定すると太陽から地球までの距離の40倍、おおむね5〜6光時に布陣するであろう。
 100Cの速度で突入するビームサーベルミサイルが太陽に到達するまで、およそ3分。
 行儀よく1発ずつ撃ってくれるとしても、3分で15000発を処理しなければならない……。

「むりだな。」

 物辺優子の言葉に抗う者は誰も居ない。

「カニ星人の宇宙艦隊司令部をハッキングして、全艦に自爆命令を出すとか?」
「ぽぽー、そんなマヌケなシステムを構築している宇宙人は居ないよ。」
「そうか……。」

「ビームサーベルミサイルのコントロールを奪取して、敵艦に逆戻りさせるとかは?」
「花憐ちゃん、それ母艦をぶっ壊すのと同じ手間掛かるから。」
「そう……。」

「宇宙地雷をばらまいておくとか。」
「みのりちゃん、反物質爆弾1億発とか必要だ、それ。」
「ううううう。」

「こちらから殴り込みに行ってカニ星人文明を滅ぼして、地球に手を出させないようにできないか?」
「優ちゃん、それはテレビの刑事物なら効果有るけど、宇宙じゃ古過ぎてダメだよ。」
「やっぱ古いかな。」
「刺し違えてもスペアの無い地球人類が一方的に不利だし。」

 考え込む4人。これまでゲキの超科学に頼りきったツケが回り、妙案が浮かばない。
 他は無いと見て、喜味子が防衛策の提案をする。こういうバカ話SFは大好物だ。

「要するにこちらも超光速攻撃手段を用意すればいいんだよ。15000発に対抗できるだけの物量で。」
「でもゲキロボにそんな武器は付いてないでしょ。」
「無ければ作る!」

 喜味子の計画は、敵と同じ兵器を使おうというもの。
 月面にゲキ虫を投入して大量にロボット弾頭を作り、ゲキロボからワープエネルギーを送信して超光速で激突させる。
 ロボ弾頭を金属化した中性子で覆いビームに耐えられるようにすれば、1つの弾頭で幾つものミサイルを破壊できるだろう。

 しかし優子は指摘する。ゲキロボはロボ弾頭を同時にいくつ操作出来るのか?

「……、おおむね1000個。」
「少ない。」
「ええ、ちょっと足りないわね。」
「だから、ゲキロボ自体を増産する。ワープエネルギーの転送元が増えればロボ弾頭を扱える数も増える。」
「その策だと、どこに負担や無理が掛かる?」
「あー、私達の制御能力に。増えれば増えるほど手が回らなくなり、十分に動かない……。」
「だろうね。」

 鳩保、もう一度艦隊配置図を呼び出して、じっと見つめる。どこか布陣に弱点や欠陥は無いか。
 だが球状に太陽系を取り囲む配置に付け入る隙を見出だせない。

「……みのりちゃんが言った宇宙地雷、どこか一方面だけでも展開出来ないかな。こちらから奇襲攻撃をして陣形を崩す足場に、」
「ぽぽー残念だけど、飽和攻撃には耐えて防ぐしか手は無いんだよ。それに敵は指向性ビッグバンで地雷一網打尽も出来る。」
「駄目、か……。」

 

 それはそれとして、と喜味子は花憐の顔を見て小さくうなずくのを確認して発言する。
 今回の宇宙戦争は前回とはまるで違う要素が介入してくるのだ。

「実はね、これだけ大規模な戦闘になると、昼間でも空全体が光り輝いてミサイルの軌跡が地上からでも見えて、
 一般人に内緒にするのは無理なんだよ。

 宇宙人の存在バレちゃうのさ……。」

 

PHASE 624.

 物辺優子は一度神社に戻って、物辺鳶郎を呼び出した。
 作務衣姿で境内を掃除していた彼は、この時間だと学校に居るはずの優子を見ても驚かない。
 にっこりと笑って応対する。

「何か有りましたか、優子さん。」
「東京に行く。運転手が欲しい。付いてくるか?」
「クルマで東京ですか? 新幹線でなく、」
「クルマで行く。向こうでの案内人も兼ねた運転手が欲しい。」

 分かりました、と鳶郎は竹箒を置いて支度を始める。
 彼の周囲で、黒い影達が活動を開始する気配が読み取れた。

「でも東京で車両を調達するのではいけないのですか。どんな車種でもご用意できますが。」
「喜味子特製のゲキロボ車は無理だろ。海上をマッハで移動する。」
「嗚呼!」

 島外城ヶ崎家車庫に行って驚いた。
 銀色のワンボックスバンは鳶郎率いる「ニンジャハリウッド」が用いている車両ではないか。正体を隠していたのに、すっかりバレて徴用されてしまった。
 傍らに立つ鳩保芳子が説明する。

「さすがに全くの一般車両だと荒事に突入した際に問題有ると思って、車体を強化してるのを使わせてもらいました。さすがニンジャカー。」
「いえ、いいんですけどね。その為の車両ですから。」

 隠れているのがバカバカしくなって、鳶郎配下のニンジャが姿を見せる。戦闘中でも隠伏中でもないから、普通にタンクトップを着たおにいさんだ。
 彼に命じて東京行きに必要な資材を搬入させる。ほとんどが優子と鳩保の衣装と情報機材だ。とりあえず3日の滞在を予定する。
 念の為に銃器も積んでおく。鳩保が居れば必要無いのだが。

「あ、それから鳶郎さん。この車に専用車内電話を装着しました。喜味ちゃんが作ったやつです。」
「はい。ダッシュボードにある携帯電話ですね。」
「これは、双子のやろーが持ってるのと同機能ですが、知ってますか?」
「あー、あのいたずらの。」

 物辺の双子美少女小学生みみか&るぴかが用いるゲキ携帯電話には数々の不思議機能が搭載されている。
 最たるものが、トラクタービームを用いた擬似テレポートだ。
 ビームを照射して遠方の物体を引き寄せる、あるいは逆に地面に照射して自分自身をその場所に引き寄せて移動する。

 双子はこれを用いて物辺村周辺で悪の限りを尽くしている。さすがに喜味ちゃんに殴られた。
 車両に搭載していれば、活用できる事もあるだろう。

「車外に持ち出す事も出来るんですね?」
「その場合は、遠隔操縦で車を動かせます。便利ですよ。あと電波状態がどれだけ悪かろうが、私達5人と直接通話できます。」

 車でなく鳶郎に同じものを持たせようとも考えたのだ。なにせ物辺家の身内であるから。
 しかし彼はあくまでも普通の人間。凄腕のニンジャであってもやはり人間でなければならない。不思議機能を授けるべきではないと判断した。
 必要があればこの車載電話を適宜持ち出せばよいのだ。

「ほぉーい、できたよー。」

 やはり物辺神社に戻って御神木秘密基地でゲキロボ洗濯機を回していた喜味子とみのりが車庫に来る。
 みのりの手の中には、いつもよりちょっと大きめのイカロボが居る。

「車用イカロボ出来たよ。」
「はいごくろうさん。空中警戒用のいつものとどう違うの?」
「いつものは砂を同化して巨大ボディを形成するんだけど、これは単体このままでも飛行や戦闘出来るようにしてる。いざとなったら別の車の強化もできるから、じゃんじゃん乗り潰してね。」
「そう言われるといやだな。」

 それとはい、とタコロボも鳩保に手渡した。車専属の医療ロボとして用いるのだ。
 イカロボは、ミミイカサイズよりも大きいからコイカロボと呼ぼう、はワンボックスバンの上に乗せられるとすみやかに鋼のボディと一体化する。
 車体形状は変わらないが、表面の艶が変化した。なにやら複雑なマジョーラぽい照りを見せ始める。
 鳶郎的には、別に強化されたようにも感じられない。

「これでいいんですか? マッハで走行できる?」
「普通の人が運転してもダメですよ。私じゃないと。」
「鳩保さんが運転するのですか? 免許は、」
「宇宙船運転免許は日本では発行していないと思いますけどね。」

 つまりは一種の宇宙船、ゲキロボであるのだ。行こうと思えば月にだって行ける。
 だが真の目的は、寝る事だ。東京に行って有象無象と交渉やら会談を行う際、相手が用意してくれる控室なんか危なくていけない。
 自分達の砦は自前で確保しなくては。

 喜味子はもう一つイカロボを用意していた。みのりドバイ行きで使ったのと同じタイプ。

「東京の城ヶ崎家の空きマンションに、この子を同化させておいて。自動で管理保安してくれるから。」
「あいよ。」

 物辺優子は花憐と話をしている。スーパーマーケットのビニール袋に入った物品を受け取った。
 車の方に戻ってくる。件の物品は城ヶ崎家の他の車に積んでいたもののようだ。
 鳩保尋ねる。

「なにそれ。」
「渋滞とかで便利な簡易トイレ。」
「ああ、……そりゃ必需品だな。」

 というわけで、目指すは東京霞ヶ関。永田町へ出発。

 

PHASE 625.

 九月二日午後二時。永田町二丁目議員会館。

 国会議員に与えられる権力の牙城であるが、二〇〇八年現在新会館が建設中。つまりは老朽化した建物に遊びに来たわけだ。
 狭い。1議員あたり40平米しか面積が無く、業務に支障を来すほど窮屈である。
 カネの有る議員であれば別の事務所を確保しているだろうが、しかし利便性では計れないステータスが認められる。
 落選した議員がここを追い出される悲哀が、しばしばマスコミで描かれるわけだ。

 古いという事は情報保全にも難が有るわけで、ただでさえ盗聴の危険が有るのに地球上最重要機密を語る事は許されない。
 物辺優子と鳩保芳子は議員秘書によって丁重にとある高級ホテルに案内された。

「先生方はまもなくお出でになります。」

 三十代女性秘書はホテルのカフェに二人を押し込み、レクチャーなどをしようとする。
 世間を知らない女子高生に対して、国会議員それも政権与党中枢に多大な影響力を持つ大物への礼儀を、だ。

 

 優子と鳩保は七夕祭で物辺村に来た高齢の国会議員、物辺村ゲキの少女呼称では「クソジジイ」OR「ヒヒジジイ」を訪ねた。
 NWO高レベルメンバーで与党大物議員である彼は、しかし数年前の政変時に影響力を大きく失う。
 ゲキの少女から人類社会に重大な破局が訪れると電話で伝えられた彼は、自分に代わる現時点でのNWO日本代表を紹介すると告げた。

 日本の総理大臣は必ずしもNWO日本代表になるわけではない。
 与党主流派閥の枢要である議員にNWO関係連絡を任せて、信頼に足り政治力の大きな総理大臣にのみ世界の真実を伝えるよう定める。
 九〇年代新党ブームの頃秘密を伝えるのに不適格な政権が出来た為に、この慣習は生まれた。
 そもそもが歴代総理の任期が短過ぎるのだ。

 というわけで長年その役を務めてきた「クソジジイ」ともう一人、現在の有力議員がホテルに出向いて来る。
 彼等の到着直前には、警護のSPが何名も姿を見せて安全を確認する。
 ただの議員では無いのだ。彼等の動向がそのまま日本社会を左右する。
 SPにしてみれば、カフェで待つ女子高生なんぞは取るに足らないその他大勢であろう。

 ちなみに優子たちのSPである物辺鳶郎は既に影に潜んで警護を行っている。

 ホテルの従業員、と言っても多分役付の偉い人がカフェに来て優子達を案内し、通路をぐねぐねと曲がった先は、行き止まり。
 ただの壁が大きく立ちふさがる。
 なんだ、と思っていると壁自体がスライドしてエレベーターの扉が現れた。
 単なるVIPではなく国家的重要人物、命の危険すら予想される人専用の隠し通路だ。高級ホテルには存在するとは聞いていたが、なるほど。

 エレベーターでかなり高く上がり、スイートルームと呼ぶよりは大会社の応接室な趣を持つ部屋に通された。
 待っていたのは目的のクソジジイ議員と、彼よりは一回り下のカバみたいなおじさん国会議員だ。
 あんまり人を悪口で呼ぶのもなんだから、便宜上「狒々先生」「河馬先生」と呼称しよう。

 河馬先生は国民有権者いやマスコミの間では人気が無いが与党主流派閥の長で、今現在の政界における最大のキーマンである。
 狒々先生は彼の前にキーマンだった議員、と呼ぶべきであろう。
 政界の勢力地図は有為転変、押しも押されもせぬ第一派閥であったものがあっという間に転落してしまった。
 二十一世紀の日本で総理大臣を輩出しているのは、河馬先生の派閥のみ。

 型通りの挨拶と握手を交わして、体がどこまでも沈みゆく革のソファに座らされて、おじさん爺さんの二人と対面する形になったところで、
 その場に居た秘書やSPなどのスタッフが全員退室を命じられた。
 たかが女子高生2人と話をするだけなのに、何故自分達は同席を許されないのか。誰も理由が分からない。

 あるいはエッチな妄想をしたかもしれない……。

 

「キミが「ゲキの少女」で核心的な部分を担う物辺優子さん、そして髪の短いキミが人間社会の権力機構に超能力を行使出来る鳩保芳子さんだね?」

 河馬先生とは初対面である。
 テレビではよく見る顔で知っていると言えなくもないが、同時にマスコミの間で定説となった「河馬先生無能説」も刷り込まれている。
 しかし彼は、一見すると国内利権べったりの地元密着型政治家に思えるが、実は外交に極めて強い。
 NWOの場で有力国の首脳と直接渡り合うのに最も適した人材であるのだ。

「既にCIAの筋からも警告はされていたが、地球人類が滅亡するほどの災害がこれから起きるとのことだが、本当かね。」
「はい。二〇〇八年九月九日、1週間後に発生します。」

 先に事情を告げられている狒々先生も改めて問う。なにが起きるかまでは聞いていないのだ。
 優子はちまちまと説明するのに向いた人間ではない。鳩保が主に話し合うと二人の間で取り決めている。

「あー具体的に言いますと、六月に太陽系に攻め入った宇宙戦艦に関してはおふたりともご存知ですね。」
「ああキミ達がロボットで撃退してくれた巨大戦艦のことだね。」
「現在の予測では、アレよりもさらに強力な宇宙戦艦が10隻以上で侵攻してくるとなっています。確率は99.999パーセント。」

 10隻以上、と鳩保が語ったところで優子は思わず吹き出しそうになった。
 なるほど嘘は言ってない。15000隻だって「10隻以上」には違いない。
 あまりにも過大な数字を挙げて説明しても理解できないだろうし、逆に真実味が失われる。鳩保言辞のトリックだが、しかし。

 狒々先生が猿面をさらに歪めて懸念を表す。
 六月宇宙戦艦襲来事件の実態を知っている人ならば、ミスシャクティが派遣した未来地球戦艦が勇戦虚しくほとんど無力に等しい様を曝け出したのを覚えている。
 ゲキの少女達が迎撃に乗り出さなければ、地球はとっくの昔に滅びていただろう。

「その敵宇宙戦艦は君達のロボットで撃退できるんだろうね?」
「はい。」

 事も無げに言ってのける鳩保芳子。無理です、と白状しても誰も代わってくれないのだから、虚勢を張って見せるしかない。
 現実的な防衛計画は今も物辺村で喜味ちゃんが立案中だ。

「問題は迎撃できるかではなく、迎撃の際に発生する物理現象が今回地球上でも観測できるという点です。
 真昼でも空に光線が飛び交い、はるか宇宙で大爆発が起きるのが一般人の目にも十分見えるのです。」

「一般人に宇宙人の存在がバレてしまうわけだね……。」

 

PHASE 626.

 呑気な心配ではある。
 真実は地球人類滅亡の危機であって、迎撃失敗に終われば何の対策も必要では無いのだが、
 無事に全てが解決した後の世界では非常に憂慮すべき事態となるのが明白である。彼等政治家にとっては、むしろ最悪の結果と呼べるだろう。

「それはいけませんな、”「狒々先生」”。」
「全世界的に宇宙人の存在が知られてしまうと、それも宇宙で戦争をしていると認識されてしまうと、大混乱が起きてしまいますか。”「河馬先生」”。」

 無論二人は互いを名前で呼び合うが、ここは便宜上。

 NWOの権力は、一般社会・民衆に実態が伏せられているが故に発生する。
 宇宙人に関する情報一切の独占こそが価値であり支配力だ。
 それが糊塗しようもなくあからさまに暴露されてしまう。社会秩序が根底からひっくり返る事態となろう。
 政治のみならず、各アンシエントが拠って立つ数多の宗教が崩壊を見せかねない。
 明らかに破局カタストロフィなのだ。

 狒々先生がキャラクターにふさわしい姑息な要望を口に出す。

「戦闘で生じる現象を隠蔽する事はできないだろうかね? 宇宙にスクリーンなど張って立体映像を映し出すとかの」
「さすがに全地球を覆い尽くすほどの映写スクリーンは、ちょっと。」
「そうか。」

 自分でも無理を言っているのが分かるから、食い下がりはしない。
 だが鳩保にはその発想はむしろ刺激となった。可能であれば具体的方法を検討してみよう。
 民衆の目を大々的に誤魔化すのは、自分達にとっても利益となるはずだ。

 河馬先生、

「99.999パーセント、とキミは言ったが、回避できる可能性がわずかでも残っているのかね。」
「こちらから先制攻撃をする手段が無いか現在検討中です。ただ多数の宇宙戦艦を一瞬で撃破するとなると、難しくて。」
「そうか、物理的に非常に困難なわけだね。うん、ならば仕方がない。」

「敵軍の責任者と交渉をして停戦に持ち込むわけにはいかんかね。」
「それは物辺優子さんが、」

 狒々先生に改めてお辞儀をして見せる優子。
 まさか昨日敵の亜空間に連れ込まれて喧嘩を買ってきたとは言えない。

「あたしを地球人類代表と見做して直接に接触を試みてきました。」
「おお! それで、敵はなんと言っていたのかね。」
「彼等の態度は明白です。地球人類を一方的に裁判に掛け既に結審済み、全地球人類絶滅が刑罰として与えられました。口を差し挟む余地はまったくありません。」
「裁判かね? 宇宙人がどんな権利と法律で我々を裁くと言うのかね。」
「なにせ地球人は原始的種族ですから、虫けらの如き存在と彼等の目には映ります。裁判をするだけマシな状況です。」

 狒々先生も河馬先生も納得した。いや、この説明には大いに納得せざるを得ない。
 なにせ法と権力を弄ぶのは彼等の本業だ。
 戦争を回避する努力は不可能と知って、腹も決まる。
 実質は彼が日本政府に働きかけるであろう河馬先生が女子高生二人に頭を下げる。

「キミ達が無理と言うのならそうなのだろう。迎撃に関しては一任するが、我々日本政府に何か出来る事があるだろうか。」
「軍事的にはありませんが、一般社会での混乱に対処する方法を準備しておいてください。
 またNWO各国に対してその旨を日本政府から通告していただければ幸いです。」

 つまりは「ゲキの少女」達はNWOに対して友好的であり、メンバーである日本政府を介し筋を通した、という形を取りたいのだ。
 日本政府に先んじてCIAに、つまりはアメリカ合衆国政府に今回の事態を予告したのもそれが理由。
 ゲキの少女にとって必ずしも日本政府は優先的な存在ではない、と認識させる必要が有ったのだ。
 今後自分達が生き易くする為に。

 狒々先生と河馬先生は互いを見合ってうなずいた。
 二人共に同じ事を考えたらしい。狒々先生が先任であるから、彼が勧めるのが筋だ。

「その話を君達が、NWO各国首脳の前でもう一度話してみてくれないだろうか。」
「NWOの総会を緊急に招集できますか。」
「テレビ電話システムが有る。もっと大掛かりで未来的な機械なのだが、日本もその装置の保有を許されている。
 その場には総理大臣も出席する。彼を蚊帳の外に置いておくわけにもいかんからな。」
「総理大臣はゲキについて、」
「ああもちろん知っている。だが一つ前の総理には知らせていなかったんだ。彼は若過ぎたからね。」

 河馬先生、

「NWOのテレビ会議には総理大臣に出てもらう。予め彼の前でも今の話をしてもらいたい。」
「はい。」
「実は総理もゲキに関しては、知ってはいるがタッチできない、中途半端な状態にあったんだ。
 今回未曾有の大事件に際して彼の指導力を他のNWO加盟国に示しておくのも、後々には良い影響が有るだろう。
 キミ達との協力体制をもっと充実できるようにもなる。」
「はい、総理に花を持たせる作戦ですね。」

 ははは、と鳩保河馬先生狒々先生は笑った。
 物辺優子にはどこが面白いか分からない。

 

PHASE 627.

「ところでキミ達が宇宙戦艦襲来情報を入手したのは何日だね。」
「確定情報として知らされたのは八月三十一日深夜、もう九月一日を回っていましたね。
 ですが、城ヶ崎花憐さんはずいぶん前から予測の確率を懸念していました。八月十九日、ですか、そのくらいから。」

 城ヶ崎とはSAKUYA姫だよ、と狒々先生が補足説明する。
 優子鳩保花憐みのり喜味子にはそれぞれコードネームとして、KUSINADA・SUSERI・SAKUYA・TOYOTAMA・IWANAGAの姫号が与えられている。

 河馬先生はなるほど、と深くうなずき、疑問が氷解した感じの緩んだ表情を見せた。

「キミ達もニュースで見ているだろう、今世界中でモノの値段が急に吊り上がっている。」
「はい、中国で紙おむつや乳児用ミルクがとんでもない値段になってるアレですね。」
「あまりにも異様な高騰であるから経産省に調査を依頼してみたんだ。それまでの世界情勢からは想像も出来ない突然の動きだったからね。
 まるで近い将来世界的規模で戦争か大災害が起きるのを予想するかの動きだ。」

「未来予測……?」
「ああ。やはり震源は有った。世界中で物資の売り惜しみを先導する張本人と呼べるファンドが有って、それがどうもとあるアンシエントの指示で動いているようなんだ。」
「アンシエント、つまりNWOに加盟する勢力の一つという事ですか。」
「私は、NWO内に存在した未来予測情報を外部にリークした者が居るのではないかと考えている。」

 河馬先生の声にかなり深刻な色合いが覗く。
 人類最重要機密である未来予測情報が、NWO加盟有力国に伝えられる前に外部に漏れ、私的に使われる。
 由々しき事態と呼ぶしか無い。

 鳩保考える。
 花憐よりも早くに今回の宇宙艦隊襲来を予測した者が居るとすれば、ミスシャクティだ。
 しかし彼女は二十一世紀現在の地球人類社会を混乱に陥れる策を用いないだろう。

「ミスシャクティの意志に反して、未来予測情報を外部に漏らす者が存在する……。」
「ああ、その件に関しては首脳会議では持ち出さなくてよい。もっと下のレベルで対策を呼び掛けるからね。
 だがキミ達もくれぐれも機密保持には十分な注意を払ってくれたまえよ。」

 鳩保、優子の顔を見る。特に感想も無い澄ました表情をしているが、逆に鳩保の方が心境を探られた。

 少し安心したのだ。
 日本政府中枢がNWO内にあってどれほどの発言権と能力を持つか、懸念が有った。
 アメリカと違って秘密諜報部局の整備がほとんど進んでいないから、もしかしたら言いなりで動くアメリカの傀儡ではないかと。
 だがちゃんと自立性を持っている。と思う。
 考えてみれば当たり前の話だが、日本国は無能でありながらも偶然で世界第二位の経済大国になったわけではない。
 やる事はやっている。

 

 狒々先生が室内の時計を見て、二人のスケジュールを尋ねる。
 NWO有力加盟国首脳とのテレビ会議は準備も有って明日となろう。今夜の内に総理大臣と会見して、会議の打ち合わせもしておきたい。

「君達はこれから予定が有るかね? 総理の方はなんとか夕食の辺りに時間を作るが遅くなるかもしれん。」
「特には。宿舎は都内にちゃんと確保してありますからお気遣いなく。」
「そうかね。本来であれば夕食も同席したいところだが、さすがに我々でなければ果たせない役目も有ってご一緒できない。」
「おとなのお邪魔はいたしませんから。案内と連絡をする要員を1名付けてくだされば間違いありません。」
「1名とは言わんよ、君達の護衛を機動隊一個大隊くらい付けねばならんからね。」

 そんな大げさな、と鳩保は笑って応じるが、もちろん相当な人数の警察官が動員されるのは優子の東京親子対面旅行で分かっている。
 狒々先生は元々の出身が警察畑であると聞いている。

 再び彼等のスタッフとSPが部屋に呼び込まれ、てきぱきと指示に応じて動いていく。
 最初に案内を担当した狒々先生の女性秘書がそのまま連絡役を務めるらしい。
 数時間後には総理大臣とも会わねばならぬ。彼女の礼儀作法セミナーはまだ続く。

 ふぅわああああぁあ、と物辺優子はあくびをした。
 こういう話に自分は要らない。芳子ひとりが居れば良い。

「芳子、総理と会うのはあんた一人でやってくれないか。」
「優ちゃん、こういうのは嫌いなのは知ってるけどさ、我慢ガマン。」
「うにぃー。」

 とはいえ、鳩保も折角東京に来たのだからちょっとは遊んで行きたかった。
でも私用で街をぶらつくのも、やっぱり警備の関係上ムリだろうなあ。自分達はまったく危険無いのに。

 

 下りエレベーター内は窮屈だった。
 行きは優子と鳩保、女性秘書の3人きりだったのに、帰りは大きな男性のSP2名追加。鬱陶しい。

 一階元来た行き止まり通路に出ると、鳩保の携帯電話が鳴る。警護の物辺鳶郎だ。
 縄張り意識の衝突を避ける為に、ホテル内警護は警察に任せてある。彼としては気が揉めただろう。

「あ、鳶郎さん? うんやっぱりそうなった、総理大臣とね、たぶん夕方くらい。」
”では引き続き、我等は影の護衛を努めます。SP責任者にはそのようにお伝え下さい。車は、”
「あ、うん、鳶郎さんが使っていて。どうもこの人達、私達放してくれそうにないから。」

 移動手段はそちらが用意しますよね、とSPの人に尋ねてみると、当然の返答が返ってくる。
 防弾車両を用意しますから、自家用車は用いないでくださいと。

 折角寝る為に持ってきたのに、と優子は軽くむくれた。

 

PHASE 628.

 硫黄島の東方、伊豆小笠原海溝の真上に位置するミスシャクティの島。
 つまりは浮島であり人工物だ。しかしスケールが大きい、長軸12キロ短軸8キロの凧形で今にも空に浮き上がりそうに見えてくる。
 飛行機で訪れた者は皆上空から俯瞰して、「これは宇宙戦艦ではないだろうか」との感想を抱く。

 正解だ。
 そのものずばりの三十二世紀の宇宙戦艦、20Cの超光速航行能力を有し時間を跳躍するブロクレブシュ級時空戦艦7番艦。
 「ミスシャクティの船」、これが正式名称である。通称ではない。

 ミスシャクティが歴史に特筆される偉人・ビッグネームということだ。

 ちなみにどれだけビッグかと言うと、1番艦ネームシップ「ブロクレブシュ」は別として、
 2番艦「KIMIKOの冒険(Enterprise)」、3番艦「YOCIKOの銃」、4番艦「MINORIの鎖」、5番艦「KARENの翼」、6番艦「MONOVEの鏡」、そして7番艦「ミスシャクティの船」だ。
 伝説の女神の名を冠するとおりに、ブロクレブシュ級はワープエンジン中核部にゲキの技術を用いて作られている。

 その甲板上に設置されている飛行場、巨大な旅客機でも十分に着陸できるだけの長大な滑走路に舞い降りる白い翼が有る。

「こうして見ると案外と懐かしいわね。」
「うん、ひさしぶりだ。」

 自家製ジェット旅客機でやって来たのは城ヶ崎花憐と童みのり。二人はミスシャクティに会いに行く。

 二人が乗るのもやはり、喜味子が作ったコイカロボと合体したキャンピングカーを母体とするゲキロボジェット機だ。マッハ7で飛ぶ。
 地球の裏側まで2時間の速度を出せるのだが、今回近場のミスシャクティの島に2時間も掛けて飛んできた。
 島を警備するアメリカ軍が受け入れ準備を整える時間的猶予を与えねばならないのだ。VIPとして当然の配慮で、気を使うところ。

 さすがに南国である。年中常夏の島には椰子の木が茂り、いかにもリゾート気分満開だ。
 二人も相応に暑い格好を着て大正解。九月の日本もまだまだ暑いが。

 滑走路まで出迎えに来たのは「ミスシャクティの島」護衛任務に当たる米海軍提督と海兵隊少将、そしてNWO独自の武力組織である「世界秩序護衛隊」司令官。
 NWOの中核施設であるから護衛責任者もぐんと階級が高い。
 裁量権も大きく、いざという時は独自の判断で国家を相手とする戦争を決断する事さえ可能。合衆国本国でさえ敵になる状況も考えているそうだ。
 もっとも、一番攻めてくる可能性が高いのは一番近くに居る国家、と想定しているはずなのだが。

 護衛総司令官を務める提督が恭しく最敬礼をして、二人に尋ねる。

「プリンセス”SAKUYA”とプリンセス”TOYOTAMA”でいらっしゃいますね。ミスシャクティへの面会をお望みだそうですが、緊急の御用件でしょうか。
 いかに”ゲキの少女”とはいえ、ミスシャクティへの面会はNWO最高幹事会の許可を必要といたします。」
「詳細はこちらに。」

 と花憐はジェット機の中でまとめたレポートを差し出す。もちろん英字、花憐がタイプした。
 口頭で説明するより文書と図像で示した方が早い。その準備の為に容積が大きく便利なキャンピングカーを用いるのだ。
 レポート1枚目冒頭題字に記される「外宇宙よりの太陽系侵攻作戦の予測と影響および迎撃計画」を目にして、提督は瞬時表情を硬くした。
 緊急というならば、これ以上差し迫る用件はあるまい。

「September 9?! こんなに早く、」
「はい、間違いありません。」
「……お通りください。」

 提督からレポートを渡された海兵隊少将もまた驚きを大きく示す。
 花憐とみのりは「世界秩序護衛隊」のVIP送迎用リムジンに乗せられた。司令官自らが案内役をかって同乗する。

 車列は海兵隊の装甲車両に守られて街を進み、とあるトンネル入り口からは単独で進入を果たす。
 つまり、「ミスシャクティの船」上部甲板上に建設されている空港・基地・施設および従業員宿舎である街は米軍管轄下にあるが、宇宙戦艦内部は「世界秩序護衛隊」の管轄であるのだ。

 戦艦内部のトンネルをしばらく進むと、大きく開けた空間に出る。天井が青い。
 みのりは車窓にかじり付き、また外に出たのかと呟いた。

「空がある。」
「立体映像です。ここは確かに船の内部ですが、中で働く者に圧迫感を与えないよう自然環境を演出しています。」
「そうなんですか。」

 なにせ全長12キロ。いざとなれば百万人を収容して他の恒星系に人類移住を図る事すら可能なポテンシャルを有する。
 艦内に地球の自然を映し出すなどは標準装備だ。

 花憐は司令官に尋ねる。

「アメリカCIAから、近々変事が有るという情報は入っていませんか?」
「我々にはまだ何も。」
「そうですか。」

 猶予が1日限りではまだ米大統領が思案中であったのか、それとも他国には情報を伝えない方針だったのか。
 NWO内での情報拡散経路をリサーチして勢力分布図を作成しようとの目論見であったが、どうやら失敗のようだ。

 車列は水と緑に美しく彩られる区画を静かに進んでいく。
 壁は立体映像で隠されてどこまでも大地が続き、遠く地の果てには霞に煙る山脈の姿が見受けられる。
 南アジアのどこかの景勝地を模しているようだ。

 目指すのは白く輝く宮殿。
 タージ・マハルに似た「ミスシャクティの城」だ。

 

PHASE 629.

 城の中央、謁見の間で待っていたのはミスシャクティの代理人「カーリマティ」、物辺神社七夕祭りに来た中年インド人女性だ。
 広間の一隅にインド風の応接場があり、そこで饗応を受ける。

「よくいらっしゃいました、花憐さんみのりさん。」
「おひさしぶりでございます。御力をお借りいたします。」

 花憐はメイド巫女として彼女と会っているが、みのりは良く知らない。事件後ちょっと見ただけで喜味子の陰に隠れていた。

 「カーリマティ」はミスシャクティの代理人の筆頭者に与えられる称号だ。彼女が初代ではない。
 この役目を果たす者は現代人、二〇世紀生まれと定まっている。
 ミスシャクティに最も親しい現代人、なのだ。

 インド民族衣装で華やかな彼女は改めて二人に頭を下げる。

「この城にお出でになったのは、貴女方「ゲキの乙女」が自らの意志で地球人類を護り導く覚悟を決めた為と理解します。
 この訪問を以って、ミスシャクティが唱える「運命の最初の一歩」が完了した事になります。」
「ここまでは計画通りという事ですか。」
「もしお出でにならなければ、貴女方のみでの地球防衛は不可能と見做して、ミスシャクティは「第六の乙女」を起動する手はずになっていました。
 つまり、」
「シャクティ・ラジャーニを、ですね。」
「シャクティ・ラジャーニと名乗るミスシャクティを、です。
 貴女方のお友達シャクティさんはあくまでも普通の女子高生です。不思議の力を備えてはいません。」

「どういうこと?」

 さすがにみのりはついて行けない。シャクティさんはミスシャクティではないのにミスシャクティである、とはなんだ?
 花憐が笑って教えてくれる。

「すり替わるってことよ。シャクティさんに代わってミスシャクティが門代高校に通うのね。」
「え? じゃあシャクティさんは、」

「ミスシャクティの替え玉としてこの城で執務を行います。まあ、お勉強ですね。」
「カーリマティさんはシャクティさんを知らなかったのですよね。七夕祭りまでは。」
「ええ。まさかあそこまでそっくりだとは。」

「居ること自体は知っていたのですか。」
「はい。彼女もこの城で学ぶべき人ですから。」

 振り返ると、謁見の間に詰める侍女侍従その他スタッフの顔が一様な表情であるのに気付いた。
 彼等は只の使用人や従業員ではない。地球最高の神秘、未来からの救世主ミスシャクティの傍近くに侍る事を許された者達だ。
 いずれ劣らぬ才能や資質に恵まれた天才児麒麟児と、その成れの果てに違いない。

 50年前の地球に降り立って以来、ミスシャクティは未来の人類社会を導く人材を育成してきた。
 目的は来る日に現れるゲキの力の正統継承者に仕え人類社会を従える事。NWOを我が手に掴み、あらゆる権力を思うがままに振るう為だ。

 花憐とみのりの訪問は、彼等には「カモがネギ背負ってやって来た」と見える。

 カーリマティも意地が悪い。無礼な態度をたしなめもせず好奇のままに振る舞わせる。
 花憐に感想を聞く。

「分かりますか? 彼らが何を考えているか。」
「世界中のあちこちで感じたものです。ええ、確かにわたしもそう思います。『わたし達が世界と人類を担うに足る人物であるか?』」

「そうですね。本来あり得ない責務ですから人が疑うのも当然で、ならばその役を自らが引き受けようと考えるのも、才有る者なら普通ですね。」
「言っていいですか?」
「はい。」
「かなり不快です。」

 温和で思慮深いと評されている”SAKUYA”城ヶ崎花憐のはっきりとした態度に、広間の人々は魚の群れが向きを翻すように姿を隠した。
 後には少数の朴訥な表情を持つ大人が残る。カーリマティは紹介した。

「これが、私の本来のスタッフです。城の外部から派遣され、忠実と愚鈍を持ってミスシャクティに奉仕します。信頼に足る人達です。」
「ミスシャクティのご苦労が忍ばれます。これまでどれほど深くお心を煩わせてきたか、わたし達の比ではないのですね。」

 多くが物陰柱の裏に身を潜めて見守る中、金髪の白人青年が一人堂々と中央に歩み来る。花憐達といくらも変わらぬ、まだ少年と呼んで差し支えない若さだ。
 彼は怯まない。皆がカーリマティに遠慮して姿を消すのを尻目に、ゲキの少女に話し掛ける。

「吾が妻よ、未来の花嫁よ! 私だ、エマニュエルだ。」

 

「かれんちゃん、知ってるヒト?」
「え、ええ。たぶん、あの人の妹は知ってるわ……。」

 

PHASE 630.

 お色直し。
 インド風の宮殿に合わせて花憐とみのりも色彩溢れるゆるやかなインドドレスに着替えさせられた。

 カーリマティの次はNWO駐在事務官達との会合。本命のミスシャクティに会うまで、まだまだ関門は続く。
 「ゲキの少女」の価値は彼等もよく心得ており、無理難題を持ち出しても顔色一つ変えずに花憐達の要望に従うであろう。
 だが彼等にも野望は有る。

 「ゲキの少女」を、ミスシャクティが手元で育成する天才児達と同様の放蕩無頼にはさせない。
 傍若無人厚顔無恥、荒唐無稽に馬耳東風の連中が全人類に君臨するなど許してなるものか。
 可能であれば「ゲキの少女」をこちら側に取り込んで、”行儀よく”躾けたい。

 そのような大人の企みは、花憐の日頃慣れ親しむものだ。みのりにしても、普通の大人の姿と心得る。
 また彼等の気持ちも分かるのだ。
 なんだ、さっきの連中は。あの王子様はなんなんだ!

「花憐ちゃん、あのおうじさまと結婚するの?」
「まさか! あんなヒトをバカにしたようなヒトと結婚なんて世界中のどんな女の子も無理でしょ。みのりちゃん、出来る?」

 ぶるぶると首を横に激しく振る。
 いや、彼エマニュエル・ゲイグの優秀さ賢さ異才、只者で無さはよーく分かったのだ。きれいな金髪だし瞳が緑と金色のオッドアイで、見た目的にはすごく美形だったし。
 古のゲキの系譜に連なる、物辺家の人々と同等の変態さんであると心底納得させられた。
 物辺優子を男にすると、これほど嫌味になるものか。

 ちょっと違う。
 「童子姫」時代の優ちゃんならそうかもしれないが、中学二年の三月卒業する生徒会長にぶん殴られて以後は、明確に異なると言えよう。
 適切に教え導く人が居らず、天然自然のままに持てる力を駄々漏れさせるとああ成るのだ。
 優ちゃんは幸せな鬼なんだな、と改めて気付かされた。

「妹に会った時に分かってたんだけどね。
 なにせその妹ってのは、数少ない現実世界の生身の友人を、ほんとになにも考えずにあっさりと自分の都合で殺してしまうんだから。まあイマジナリィ的に蘇ったけどね。」
「でもあの人が今のところ花婿最有力候補なんだよね?」
「……わたしも、みのりちゃんみたいに盛大にお見合いパーティ開こうかしらね。」

 断固とした、揺るぎない信念の裏付けと共に、花憐はそう呟いた。

 大人達は先ほど飛行場で提督に渡した資料の複製とにらめっこしている。嘘八百書いてある防衛計画にやはり引っ掛かりを感じるようだ。
 無理もない。だが敵兵力15000隻なんて書けるものか。
 皆自殺してしまう。

 代表の人が感想を述べる。

「やはり、ゲキの力を用いた防衛線の構築は未確認要素が多過ぎて、我々には評価できない。NWO参加国首脳会議においても無理と考える。
 この上はミスシャクティの決済を仰ぐしかないだろう。」
「申し訳ありません。何分わたし達も初めての経験ですので。」

 明白な事実を突き付けられ、彼等は愕然とし恐怖の表情を浮かべる。
 そう、どうしようも無い話なのだ。世界中の誰も、ミスシャクティであってもゲキの少女の肩代わりは出来ない。
 地球防衛が可能であると信じて、ただひたすらに信じて待つ。他に術を持たない。

 

 再び謁見の間。

 カーリマティ本来の信頼できるスタッフに尋ねたところ、この広間にミスシャクティが姿を見せる事は年に数回も無いそうだ。
 有力国の首脳・代表にとっても、謎の女。正体不明の救世主。底知れない叡智の託宣を示す秘密の巫女。
 そんな風に捉えれば良いらしい。

「おじさま達のお相手はどうでした。疲れませんか。」

 優しくカーリマティは労う。ゲキの超能力を授かり経験を積み重ねたとはいえ、花憐達は今現在もただの女子高生に過ぎないのだから。
 花憐に代わってみのりが答えた。

「らくでした。いつもの大人のヒトを相手にするようで、ずっと常識的で分かり易いです。」
「よっぽどエマニュエル・ゲイグがお気に召さなかったようですね。アレでも島の子供達の中ではマシな方なのですが。」

「アレで!!」

 花憐ももう遠慮無しに露骨に不快を表情に出した。
 カーリマティなら知っているだろう。何故NWOヨーロッパ勢はあんな男を花憐と添わせようと企むのだ。

「もちろん、彼がかってゲキを行使した『大釜の臓腑』に連なる者だからです。たしかに奇矯な面はありますが、優れた頭脳と不思議の力を駆使できる才能があれば、普通におかしく育ちます。」
「普通じゃない。あんな普通はありえません。」
「そうですか? でも貴女が子を産みゲキの力を継承させたら、やはり子供達はあのような性格に育つと思いますよ。」

 鬼だから。宇宙人の力を授かった特別な人間だから。
 そんな想像は試みもしなかった二人である。互いに顔を見合わせ、どんどん血の気が引いていくのを確認した。

「わたしは!」 花憐は宣言する。
「わたしは、あんな子にだけは絶対に育てません。ええ。絶対に、死んでも、徹底的に普通の人間に教育します!」
「うん。うんうん!」

「ミスシャクティがあの子達を放埒に育てるのも、その為です。人間、鏡が無いと自らの姿を振り返る事が出来ませんからね。
 貴女方だけでなく、NWOに所属するすべての権力者達に、自らの求めるものの先の姿を見せ反省を促しているのです。

 それに、あの子達は優秀ですからね。才能は型では縛れません。」

 だがみのりは思う。
 ここで教育された人達に比べたら、スクナくんはよっぽどまともに立派に育っている。
 超英才教育を施されても人間として崩れない方法は有るわけだ。

 スクナくんを育てた「オールド・ファッションズ」、児玉喜味子の血統に繋がるという未来の秘密結社は、ひょっとしたらミスシャクティよりもずっと真面目なのではないか……。

 

 老女が奥から広間に入り、カーリマティの耳元で囁く。
 ミスシャクティの用意が整ったようだ。

「この方は50年前、ミスシャクティが現代に降臨された時分からお仕えしている人です。ミスシャクティについての個人的な興味があれば、この方にお聞きなさい。」
「プライバシーはだいじょうぶですか。」
「ええ。貴女方ならば喜んで教えてくれるでしょう。」

 老女は軽く頭を下げ、微笑んだ。現代史裏面の奇跡の重みが彼女の頬に刻まれた皺に見て取れる。
 改めて感じた。実年齢であれば、ミスシャクティはとうの昔におばあちゃんなのだ。

「でも若いんですよね。」
「ええ、みのりさん。ほんとうに貴女と同じ年頃の女の子です。」
「イリュージョンだな。」

 花憐とみのりは促され奥の居室、ミスシャクティの御座所に入っていく。
 そこで二人が見たものは。見たものは。

 

PHASE 631.

 児玉喜味子は忙しい。
 東京に物辺優子と鳩保芳子、ミスシャクティの島に城ヶ崎花憐と童みのりを送り出し、一人で物辺村に残り迎撃準備を整えている。

 まずは設計図作りだ。
 行き当たりばったりでゲキの機械を組み上げてきたこれまでと異なり、限られた期間内に必要な数最適なアイテムを揃えなければならない。
 ゲキ虫を使った機械やロボは砂つまりは二酸化ケイ素や酸化鉄を原材料として組み上げるが、今回近所の砂では賄いきれない。
 月面に製造工場を立ち上げ量産する手はずとなっている。

「人手が足りねえ。」
 喜味子は愚痴った。

 自分と同じ性格趣味嗜好を持った人間がもう一人居れば、作業はぐんと楽になる。だがそんな例外居るはずもなく、喜味子一人が頑張るしかない。
 他の宇宙人が使えれば簡単なのだが、ゲキの力を見極めるために観察するのが彼らの御役目だ。誰も手を貸してはくれない。
 せいぜいが物好きなクビ子さんと居候のナナフシ星人さんくらいなもの。でも二人ともにゲキには接触できない。
 地球人類でなければ、ゲキ・サーヴァントが力の行使を許す事はない。

 人手不足以上に障害となるのは、防衛計画の正解が未だ組み上がってない点だ。

 基本的に喜味子案で超光速迎撃を行うわけだが、どう考えても全天周からミサイルが殺到するのを防ぎようが無い。
 いざとなったら太陽は諦めて地球だけに戦力を集中して、ノヴァ化した太陽から地球を脱出させる策を考えるべきかもしれない。
 だがさすがにゲキもそこまでの力は貸してくれない。
 次善の策としては、全人類を地面の下に作ったシェルターに避難させてノヴァ化の方をゲキで終息させる方法も。
 これなら数百年でなんとかなるだろう。
 しかし太陽と空と開けた世界を失った人類がどう進化していくか。

 喜味子は、中米チュクシュルーブ・クレーター地下の王国を思い出す。アレが正解なのか。

「最善は敵をすべて宇宙空間でやっつける事だけど、こっちも考えておくべきかな……。」

 とはいえ、そこまで手が回らない。ただ穴掘ってシェルターを作るだけでなく、人類が生存出来るだけの自然環境を移植しなければならないのだ。
 暴走した太陽に炙られれば海は干上がり大地は乾き裂け、一点の緑も残さず失われてしまうだろう。オゾン層も地磁気によるバリアも死ぬ。
 ありとあらゆるものを人工的に賄わねばならない。

「さすがに60億は多過ぎる。せめて1千万人くらいならなあ。」

 この案は却下する。いや既にチュクシュルーブ・クレーターで安全策を取っているのだから、万が一の時はそちらに人類再生を任せよう。
 あくまでも「ゲキの少女」としては、否「物辺村正義少女会議」としては、完全迎撃を求めるべき。

 島外城ヶ崎家車庫に設置された臨時本部のキャンプ用テーブルに突っ伏して、喜味子は自らの頭の悪さを呪う。
 もうちょっと賢ければすぱあぁっと解決策を考えつくのだろうか。
 優ちゃんもぽぽーも花憐ちゃんも自分よりずっとアタマイイのだから、なんとか考えてくれよー。
 だめかー、3人ともSFマインドが無いからなー。

 児玉喜味子はばかである。ばかにはばかのやり方が有る。
 頭のイイ人を探せば良いのだ。

 がばっと上半身を起こして自分の首の後ろ、不可視の電話を取る。
 この場合通話すべきなのは。

「はい。「児玉喜味子」です」
「あ、喜味子? 私だオリジナルだ。今何してる?」
「授業中です」
「分かった。じゃあその時間が終わったら文化部部室棟の科学部に行って。八段まゆ子先輩を探すんだ。」
「まゆちゃん先輩というヒトですね? 人間関係リストに載っている三年生の」
「うん。相談したいことがあるって、無理にでも時間を作って。
 あ、それから。登校して誰かに正体見破られた?」
「はい、もうしわけありません。八女 雪さんにあっさりと」
「雪ちゃんならいたしかたない。織り込み済みだ。他に、「鳩保芳子」と「物辺優子」は?」
「八女さんは私を見破った後に、二人共を看破しました。一回見破るコツを身に付けるとダメなようです」
「うん、ま、そのくらいなら問題無い。替え玉続行、おねがいね。」
「はい」

 地味子である。忙しい5人の代わりに仮想人体を持つ地味子が門代高校に登校した。
 児玉喜味子の代役を務めるのは「小山内あずさ」、ゲームの主人公でありプレイヤーキャラの少年の幼なじみで、ぱっとするところの無いモブ的キャラだ。
 ただし喜味子の顔を仮にとはいえ再現するのは不可能だから、聖闘士女子のお面を被っている。

 ちなみに他の配役は、
 鳩保芳子がおっとり巨乳図書委員系の「九曜 月子」。城ヶ崎花憐が普通におしゃれだけど普通過ぎて目立たない「安田 直美」。
 童みのりは「春日 灯」、活発で強気で貧乏だ。
 物辺優子の役が出来る者は居なかったので、背丈が似ている「閏 朱鷺江」に長いカツラを被せておいた。

 3時限目の現在まで、特に問題は起きていない。
 いや、そもそもが事件やら衝突を起こすキャラではないのだ。なにせ地味子なのだから。

 

PHASE 632.

 いつもは科学部部室に居るまゆちゃん先輩だが、捕まえようとすると見つけられないのもよく有る話。
 3時限目終了後のミッションに失敗した「児玉喜味子」は、次の昼休みに仮想地味子総動員で捜索を行った。

 校内中を駆け回る5人は、おおむね誰にも正体を見破られない。
 そもそもがバレない成算があるからこそ、この陳腐な策を使っている。

 物辺優子も児玉喜味子も、基本人が寄ってくる属性ではない。鳩保芳子に至っては「嫌われ者」キャラである。
 童みのりは小さくて可愛いけれど日々困ってばかりで何を考えているかよく分からないし、普通に人気なのは城ヶ崎花憐くらい。
 世間一般の認識では物辺村の少女達は変わり者の集団なのだ。
 ちょっとくらい違和感が有って普通。

 三年生を探すのだから、三年生の教室に出入りするは自然。
 必然的にこの出会いが発生する。

「待てぃ!」

 霹靂が如き声にいきなり圧倒され、全身の自由を奪われる「物辺優子」である。
 階段を登ろうとした矢先に、踊り場に仁王立ちの三年生女子を見る。
 長い髪、細い肢体に強烈なパワーを秘める。明らかに常人ではなく、その威勢を怖れて一般生徒も平伏してしまう。

 相原志保美。

 物辺優子が深く敬う人生の師である。
 ニセモノの「物辺優子」の太刀打ち出来る相手ではない。
 溢れ出す神威に仮想の魂が消し飛びそうだ。

 ゆっくりと顔を上げ仰ぎ見る「優子」に、1段ずつ降りてくる志保美先輩。
 3段上で対面する。

 仮想地味子は正体を誤魔化す為に、ゲキの力で人を欺く「お面」を被っている。
 「優子」は能楽の般若の面で文字通り鬼の顔だ。教室では若干名を除いてバレる事は無かった。
 そもそもが物辺優子と面を突き合わせて親しく会話する者など、ほとんど存在しない。

 その数少ない例外が、志保美先輩だ。
 ためらう事無く右手を伸ばして般若の面を掴む。素顔ではなくお面であると気付くだけでも、特別な注意力を必要とするのに。
 引き剥がす。ついでに、物辺優子特有のくるぶしまで届く長い黒髪を模すカツラまでも奪い取る。

 現れたのは、門代高校女子夏制服を来た地味子「閏 朱鷺江」だ。
 地味子と呼ばれるくらいだから、衆目を集めるほどの美女ではない。顔形は整っているが、あくまでも日陰の存在だ。
 性格も本人とはまるでかけ離れる。
 彼女は設定上は「戦列歩兵同好会」の女子マネージャー。他人の世話を焼きたがるわけで、優子とは反対だ。
 替え玉に選ばれたのも、ただ単に背丈が同じで制服が着れるからに過ぎない。

「なんだ、やっぱり偽者か。」

 相原志保美は怒ってはいない。そもそも怒る必要もなく、単に違和感の原因を確かめたに過ぎない。
 大声で制止させたのも、いや周囲が驚くほどの大音量でもない。
 後ろ暗いところのある「物辺優子」が勝手に過剰な反応をしたに過ぎない。

「朝ちょこっと見た時から変だなと思っていたのだが、変わり身の術を使ってたわけだ。
 本人はどうした。というか、あんただれ。」
「わ、ワタシは、」

 異変が起こった。地味子「閏 朱鷺江」の身体に震えが走る。
 突然の変調に目の前の志保美が驚く。この振動は生理的なものではない、物理的なサイン波と思えたからだ。
 まるでそれまで静かに回っていた扇風機にガタが来たような。

「おい、だいじょうぶか。」
「あ、わ、ワタシいや、そうじゃなく、違ひゃう!」

 「閏 朱鷺江」は分解した。
 彼女を構成する血肉骨、タンパク質やリン酸カルシウムは電子顕微鏡精度で検証しても実物と見分けがつかないが、フェイクである。
 エネルギーフィールドで素粒子を仮想的に構築して物質を象った、陽炎のような存在だ。
 ゲキの力に拠る。

 相原志保美の神様能力は「神殺し」、無敵超科学の宇宙人がなんの因果関係も無くいきなりころっと逝く奇跡だ。
 仮想人体などなんじょう堪ろう。

 水が蒸発する等の緩い変化ではない。少女の残像を一瞬眼に残して、消えた。
 支えを失った衣類が階段に落ちる。携帯電話や小銭の類が固い音を立てる。
 最後まで空中に浮いていたのは下着だ。スカートがはためいた反動で再び上に跳ね上げられた。
 物辺優子であれば黒をイメージするだろうが、実際に履いているのは白。このギャップがよろしい。

 目の前で起きた物理現象を、志保美は理解できない。
 自分の知識に有る言葉で表現する。

「……空蝉の術を使っていたのか。悪いことをしたかな?」

 手を伸ばして、白パンツを拾う。さすがに温もりはフェイクではなく、生きた人間が履いていた感触が残る。
 PIKORINと制服に埋もれた携帯電話が鳴る。出るべき人が居ないから、拾い上げ開いて声を聞く。

”相原志保美先輩ですね、私は二年五組児玉喜味子です”
「ああ、あの目立つ顔の。今、」
”いま、「物辺優子」が蒸発しましたね? こちらのセンサーに反応しました。何か問題を起こしていませんか”
「いきなり消えて服が残っただけで、特には何も。これは手品なのか。」
”話せば長くなりますが、衣類の回収に人をやります。ソレは本物の優ちゃんの服ですから”

「本物は、物辺優子本人は今どこに。」
”東京です。ちょっと野暮用がありまして、長期欠席となる予定ですから出席日数稼ぎにそいつら送ってたんです”
「わるいことしたな。わかった、服はわたしが届けよう。二年五組でいいか?」
”そうですか。では八女 雪という子に預けてください。
 それと、物辺村出身者には当分近付かないでください。全員蒸発しちゃいますから”
「ああ、了解した。」

 ふつうの人間であれば了解しない。
 だが神様であればもんだいない。このくらいの怪奇現象は日常茶飯事である。

 彼女には。

 

PHASE 633.

 八段まゆ子先輩を捕まえたのは結局「児玉喜味子」であった。場所はもちろん科学部部室、まったくイレギュラー無し。
 まゆちゃん先輩が昼ごはんを部室で食べるのは、特に決めてはいないがなし崩し的に日課となっている。
 それだけ科学部が彼女を必要としているわけだ。

 基本設定としては、児玉喜味子は科学部員ではない。よくよく考えてみると何の部活にも参加していない。
 家に帰って鶏の世話をしなければならない忙しい身である。
 だがなんとなしに色んな部に出入りする。奇跡の指先はありとあらゆる細かい作業に熟達し、万人の求めるところとなるからだ。
 科学部においても時代劇で云う「剣術のせんせい」並の扱いで、機械モノ解体が困難を見た時には必ず呼び出される人気ぶり。
 まゆちゃん先輩にも大満足御愛顧頂いている。

「お、きみちゃんだ。なに今日は仮面なんか被って。」

 聖闘士女子仮面は、科学部の段ボール箱に眠っていたものを先輩より譲り受けた。一般人を驚かせない為だ。
 しかし、彼女は喜味子の顔を見ても動じない肝の座った人物。喜味子も通常は素顔で来る。
 故に、自らを隠そうとする「児玉喜味子」を不審に思う。

 いつもは白衣を羽織っているが今日はまだ。彼女の長く重たい黒髪は夏場にはいかにも暑そうだ。

 こっちこっちと手招きされて、「児玉喜味子」は椅子を引いて来て座る。
 先輩の弁当箱はまったく女子高生ぽくないアルマイト製で、おそらくは父親が学生時代に使っていたなどの由来を持つ品であろう。
 膝を突き合わせて座る下級生に、彼女は極めて自然に手を伸ばす。
 仮面に指を掛けた。

「やっぱりね。」

 あまりにもさりげない動作に抵抗する間も無かった。「児玉喜味子」は正体を露わとする。
 先輩は鼻高々でBINGO!を宣言する。

「だいたい仮面を被っても喜味ちゃんのオーラを隠せるものじゃない。手応え無さ過ぎたからこれは別人だなって。」
「はあ、すいません。」

 正体がバレたのは今日二人目だ。
 真価を知る人にとっては、替え玉は味気なく思えるのだろう。

「それで、あなたは誰? どこかで見たこと有る気もするけど。」

 まゆちゃん先輩はオタク系教養も深い。同人ソフトで人気の「地味子」シリーズもちゃんと把握する。
 が、さすがにゲームの中の登場人物「小山内あずさ」だとは考えなかった。
 二次元のイラストと三次元の仮想人体とではまるっきり違う。フィギュア化で立体となったものとも異なる。
 コスプレもせずに素でキャラが似た人間、そんなものが居るはずがない。

「ワタシは、……私は今制御戻しました。児玉喜味子です。」
「うお! いきなり喜味ちゃんの気が出現した。何これ。」

 替え玉に会話をさせるのは失礼だと考えて、物辺村から仮想地味子を直接コントロールして話をする。
 つまりは外見は違っても中身が一緒であるから、オーラ的にも本人。分かる人には分かる。

「どういうこと喜味ちゃん。この替え玉の子は催眠術かなにかで遠隔操作してたの? いや、今なにをして乗り移ってるの。」
「あー、説明すると長いのですが、そうですねこれはプロクシです。」
「おお、なるほど。理解した。」

 インターネットでいうPROXYサーバーを例えに出して、一発理解だ。中身がいきなり別人になったのも簡単に説明がつく。
 理解が得られたと了承して、本格的に地味子「小山内あずさ」の行動を乗っ取った。
 仕草が本当に喜味子になる。先輩も納得した、これは喜味ちゃんだ。

「器用なのは知ってるけど、そういう芸も出来るんだ。」
「いやー、技術自体は借り物ですからあまり威張れないんですけどね。」
「それで、プロクシ使って何をしてるの。」
「そこです。ちょっとご相談があるんです先輩に。」
「私? 私じゃないとダメな用件てことかな。」
「はい。他の人間はまったく役に立たなくて、まあ或る意味ちょっと変な人でないと。」

 まゆちゃん先輩も喜味子も自分が変人だとの自覚は有る。今更怒らない。

「実はですね。今度の九月九日、1週間後に地球は滅亡するのです。」
「原因は?」

 真偽を疑わないところが先輩だ。
 考えてみればこの夏彼女は機械生命体サルボロイドを目撃し、ぴるまるれれこのエネルギーで超巨大プラズマ生命体化する現場にも立ち会った。
 後で思考操作により記憶を曖昧にしてはいるが、再び不思議現象に遭遇すればすぐに想起し順応する。
 もはやゲキ・ワールドにどっぷりと足を踏み入れた「当事者」であった。

「深宇宙よりの宇宙戦艦、大艦隊による地球滅亡作戦の決行です。」
「スター・トレック? それともヤマト? マクロス? まさか銀河英雄伝説ではないだろうね?」
「えーとスタイルから言いますとマクロスが近いのですが、その艦がすべて波動砲装備と考えてください。」
「うむ、難敵だな。」

 会話の最中も箸を進めて弁当を食べ続ける先輩。
 話にちゃんとついてくるが、さすがに完全に本気とはいかない。一介の女子高生が宇宙戦争に果たせる役割も無いのだから、他人事だ。
 喜味子も相手がさほど真剣ではないと見抜いて、対応を変える。真実が常に有益であるとは限らない。

「先輩、ではゲームをしましょう。」
「ゲーム? なるほど、宇宙艦隊戦のシミュレーションゲームだな。」
「はい。今から私が提示する兵器を使って、敵艦隊を迎撃します。その方法を考え出して欲しいのです。」
「了解した。それで敵味方のスペックは?」

 「小山内あずさ」の手を動かして、そこらへんに転がっていた科学部のノートと筆記用具を勝手に使う。
 左手と右手を同時に動かして、絵と文章を書いていく。
 児玉喜味子は元々絵は上手ではない。リアルに描くのは苦ではないが芸術的センスに欠けるのだ。
 だがこの際鑑賞に耐えるかは評価の外。とにかく分かりゃあいいのだから。

 利き手右手で描いたのが先に出来上がった。先輩に差し出す。

「この魚の骨が手足に付いてるのはー、   ロボット?」
「味方地球軍の主力兵器、『ゲキロボ』です。」

 

PHASE 634.

「……敵味方共に光速の百倍で移動し、ミサイルもまた100Cで地球と太陽目掛けて飛んでくる。
 100Cって何か特別な意味の有る数字なの?」

「それがマイクロギャップ航法による超光速航行の限界値です。これ以上の速度で移動する場合は、行程の全区間を超空間から出てこないのが物理的に有益です。」
「つまりは、いきなり目の前に出現するワープ航法は、恒星系内部では使えないわけだ。」
「不可能ではありませんが、かなり不経済不確実です。冥王星軌道を10分で横断出来るのにそんなに欲張るのは合理的ではありません。」
「たしかに。」

 のっけから発狂したかの台詞の応酬となるが、怯まないまゆちゃん先輩と喜味子である。
 SFマインドとはかくも恐ろしい属性なのだ。

「しかし、ミサイルが100Cで飛んでくるのはちょっと無茶だな。それも15000発同時とは。」
「いえ、敵宇宙戦艦のポテンシャルであれば、1艦が同時に5発までを誘導出来ます。が、さすがに15000発でオーバーキルもいいところなのに、さらに数倍とかは、」
「烏滸の沙汰、だな。それで迎撃手段に用いるのが、」

 ゲキロボ。全高7メートル乗員5名、大気圏内戦闘機よりもはるかに小さなボディでありながらも、敵宇宙戦艦を葬り去るのに秒を要しないウルトラスペックのスーパーロボット。
 だが15000発の超光速ミサイルを処分するのは、さすがに手に余る。

「数の暴力か。」
「しかもこの布陣です。どうしようもありません。」

 先輩は改めて敵艦隊配置図が描かれたノートの切れっ端を見る。まるで卵だ。
 太陽を核として惑星軌道が描かれた全天周に、丸くうじゃっと15000隻の敵艦艇が取り囲む。死角なし。
 先輩もお手上げだ。

「せめて天頂天底方向からの攻撃を一時的にでも防げたらなあ。途中に宇宙機雷原を敷設する手はほんとにダメなのか。」
「ダメというよりもですね、爆弾が反物質ですから。」

 反物質爆弾。物質と反物質が接触する事で生じるエネルギー量は極めて膨大で、直撃だと被害の防ぎようの無い宇宙最強兵器である。
 しかし直撃出来ないのだ。超光速ミサイルはエネルギーフィールドによるシールドを持っており、物質同士の衝突が起きない。
 よしんば自前の物質で反応を起こしても、発生するのは光・電磁波と若干の高速粒子であり、至近の爆発でなければ容易に防御可能である。

 第一ミサイルに当たらない。進路上に立ち塞がろうにも、敵ミサイルも知能を持ち回避する。こちらも超光速移動能力を持たねば追随できない。
 機雷敷設は悪手としか言い様がなかった。

「なるほど。だから同じエネルギーフィールドを持つ超光速ミサイルをぶつけて相殺するという手段を考えついたわけだ。」
「現実的に取り得る防御策としては、これだけです。
 後は撃たれる前に母艦を討つくらいですが、こちらには指向性ビッグバンという掃除機が付いていまして、どんな攻撃でも吸収無力化してしまうのです。」

「その指向性ビッグバンてのが分からない。なんで一方向にしか進行せず、インフレーションも起こさずに低速でしか進行しないんだ。」
「はあ。これまた話せば長くなりますが、端折って言えば空間のドミノ倒しです。」
「ドミノ?」
「はい、宇宙空間をくまなくドミノが覆い尽くしており、ビッグバンてのはこれを倒していく作業と考えてください。
 指向性ビッグバンはドミノが行儀よくぱたぱたと一個ずつ重みで倒れていくわけで、当然遅い。これに対してインフレーション状態というのは、これまでに倒れたドミノの重さが全部次のドミノに襲い掛かる的な、」
「わかったわかった。似ているけれど違う物理現象なんだな。」

「指向性ビッグバンは、その界面が通過した空間を別の物理法則が支配する別の宇宙に変えてしまいます。
 当然そこに有った物体もエネルギーも無かった事になりますから、貫通しての攻撃はかなり難しい。ゲキロボなら出来ますけどね。」
「数がね。」
「そうなんですよ……。」

 溜息を吐く二人。想像の翼を羽ばたかせるにしても、スケールが大き過ぎる。
 限定的とはいえビッグバンを人為的に起こす事の出来る超文明が相手だ。お手上げが正解にならざるを得ない。

 しかし、

「そのさ、指向性ビッグバンて、こちらでは使えないの?」
「出来ますが、展開速度が遅いからミサイルを防ぐ事は出来ませんよ。せいぜい秒速100キロメートルの物理現象です。
 しかも、後で火消しをしなくちゃいけない。そのままだとどこまでも進行してあらゆる物質を飲み込んでしまいます。太陽系虫食いになります。」
「そうかー。そのビッグバンを壁として天頂天底方向を塞ごうと考えたんだけど、無理か。」
「そりゃ無理ですよ、指向性ですから横方向にはなかなか広がらないんです。まっすぐ前に行きますよ。」
「だからさ、発生装置を宇宙機雷みたいに多数平面上に配置して、同時起動して面状のビッグバンを形成してね、」
「え?」

 「小山内あずさ」の動きが停まる。人の気配が無くなった。
 物辺村児玉喜味子がいきなりのアイデアを検討する為に、ゲキロボを呼び出して計算させているのだ。
 ほぼ1分後に再び「児玉喜味子」が語り始める。

「そのアイデアはGoodです。指向性ビッグバン発生器を片面1万基配置同調して、天頂天底両方向に平面のビッグバン界面を形成すれば超光速ミサイルの突入を防げます。
 しかし、惑星公転面までは防ぐことが出来ません。こちら側は太陽系の惑星全部に多大な被害が発生しますから。」
「だろうね。でも上下を防げるのはいいんだろ。」
「有益な提言と考えますが、欠陥はあります。敵宇宙戦艦が進出して対向ビッグバンを使って相殺無効化すると、穴が開いて容易にミサイルの浸透を許します。」
「宇宙戦艦そのものが前に出てくるのなら、直接叩けばいいじゃん。」
「えー、あー。はい。そうなりますね。」

 物辺優子のハッキングによる敵宇宙戦艦破壊は、どの艦から壊すべきかの指標が無かった。球形に取り囲むのだからどれを取っても同じである。
 だが、優先順位を設定する指標が今完成した。

 仮想地味子は立ち上がる。
 さすがはまゆちゃん先輩だ。このアイデアを元にして防衛計画をもう一度作り直してみよう。
 ミッションは極めて有意義に成功した。

「ありがとうございます。すこし希望が見えてきました。出直してきます。」
「ちょっと待て喜味ちゃん。だが今まで語った防衛計画にはものすごく大きな穴が有るぞ。」
「はい、ですから考え直して。」

「そうじゃないんだ。おまえさん超光速攻撃ばかりを考えて、光速以下の攻撃は無視してるだろ?」

 ちょっと不思議に思う。先輩は何を言っているのだ。
 手抜きだろうが考慮して無かろうが、超光速ミサイルを防げなければ話にならない。
 低速攻撃が到達する前に人類は滅亡してしまう。

「はあ。そうかもしれません。」
「そうだろ。だがね、超光速ミサイルを全弾防げても、レーザービームやら反物質爆弾のエネルギーから地球を守る方法はまるで考慮してないんだ。」
「そう、ですね。」

「ダメだろそりゃ。折角ミサイル防いでも地球全滅だ。」

 言われてみればそのとおり。百倍遅いレーザー光線でも、十分に人類絶滅を実現可能だ。
 そして今まで検討した防御案では、この攻撃を防げない。性質がまったく異なる防御シールドを展開しなければならないのだ。

 超光速ミサイルを防ぐ案が現実的になって、初めて気付いたチョンボである。

 「児玉喜味子」は改めて頭を下げて御礼を言う。
 せんぱい、私が間違っておりました。ご指摘ありがとうございます。

「出直して参ります。」
「うん。頑張ってね。」

 頑張りますよ。なにせ先輩も門代高校も守らないといけないのだから。

 

PHASE 635.

「というわけでだ、お前達は私の手足となって働くのだ。」
「へーい」「しゃあないなあきみこねーちゃんは」
「それでおねえさん、わたしは何をすればいいのでしょう。」

 午後四時過ぎ、フルタイム授業を終えて帰ってきた物辺の双子小学生姉妹と中学生人質奥戸たまが喜味子の前に整列する。
 「物辺村正義少女会議」の付属品「物辺村少女遊撃隊」にたまちゃんもむりやり加入だ。
 現在の宇宙人事情をわきまえるのはこの3人のみ。

 喜味子はえっへんと胸を張って命令する。とにかく双子を前にして下手に出てはいかん。

「るぴかとみみかの二人には、物辺村避難計画の隊長になってもらう。全地球規模での大災害が起こってもうどうしようも無くなった際に、物辺村の人間特にあんた達のかあちゃんと祝子おばちゃんを逃すのだ。」
「きみこねーちゃん、全地球規模の災害でどこに逃げるんだよ」「そもそも移動手段がないぞ、海底ドリル軍艦くらい用意しないと」
「お前達、クビ子さんがよく遊びに行く妙な亜空間知ってるだろ。」
「うん、神仙郷だね」「むちゃくちゃな何でもありの世界だ。あたしたちも時々行く」
「イクナ! あそこは生身の人間にとっては害悪しかない所だ。
 でもあそこは、こちらの現実空間で起きる物理現象からは隔絶されて安全だ。物辺村の人間はあそこに匿う。移動手段なんか要らない。」
「なんだ、かんたんじゃん」

「簡単じゃないのはここからだ。みんなをあそこに連れて行くのはいいが、向こうのメシを食っちゃいけない。食うと生身の人間ではいられなくなる。」
「それってつまりー、世界中の神話にある」「黄泉の国で現地の食い物食べたら、黄泉の国の住人になって生きてる人間の世界に戻れないって、アレか」
「まあそんなとこ。」
「でもきみこねーちゃん、あたしら」「食ったよ、こないだ。クビ子さんがごちそうしてくれた」
「食うナ! でもあんたらは元々鬼だから例外だ。普通の爺ちゃん婆ちゃんが食ったらそのままあの世行きだから、させるなよ。」
「あいあいさー」「えっさー」

 まったく信頼性に欠ける返事に安心してはいけない。こんなこともあろうかと、たまちゃんを巻き込んだのだ。
 もちろん彼女を通じて画龍学園オーラシフターおよび鎌倉のアンシエント「寶」に宇宙戦艦襲来情報が漏れるのも承知の上。
 政府公的機関の外の情報網にもちゃんとエサをやらなければならない。

 というわけでたまちゃんだ。

「それでたまちゃんさ、双子だけでは統率できないだろうから、あなたが実質管理して。おおむね10日分の食料と飲料水を確保して亜空間に備蓄しておく。」
「はい分かりました。わたしは買い出しに行けばいいんですね?」
「うん、トラックとかの運転をするのは梅安に頼むといいよ。お金も渡しておく。」
「はい。」

「あと、物辺村の住人だけでなく村の周辺の警備をしている鳶郎さんの配下や大點座の警備員さん、その他手近に居て間に合う人も収容する。」
「凄い量の食料が必要ですね。」
「他にも医薬品や医療用具これは左古礼先生に相談するとして、介護用品から工具類なんかも必要になるでしょう。燃料に炊事用具に衣類に寝具にテントやら。」
「……おねえさん、わたし一人ではどうにもなりません。」
「分かってるわかってる。とにかく収容すべき人数の把握から始めなくちゃいけない。頼めるね。」
「はい。」

「本当ならあなたの兄さん達も避難させたいところだが、うん。連絡しても来ないだろうね。」
「……はい。兄には向こうでの御役目が有るでしょうから。」

 では、と喜味子は3人の前にどんと現ナマの入った厚い封筒を置いた。1万円札で200枚、物辺村正義少女会議基金だ。
 小学生と中学生は目を丸くする。

「とりあえずの軍資金だ。無駄遣いするんじゃないよ。たまちゃんに預けとけば大丈夫だろうけど。」
「はい、しっかりお預かりします。」
「じゃあ私は自分の作業に戻る。夕方頃物辺家に行くけど、香背男さん居るかい?」
「居ると思うぞ」「じじつじょー軟禁だからな」
「ならどこにも出て行かないように拘束しておくんだ。用事があるから。あと祝子さんと饗子さんにも事情説明しないとダメだろうなやっぱ。」

 

 人だけ生き残れば良いように思うが、物辺神社という文化遺産をそっくり保存する事にも意味は有る。
 ゲキとはなんであるかを示すものだから。

 それに敵宇宙艦隊撃退が成功したとしても、万が一の話ではあるが、自分達「ゲキの少女」が完全無事とは限らない。
 いざとなったらゲキロボを敵弾にぶつけてでも地球を死守する覚悟である。
 誰か欠けた状態でなおもゲキの使役を継続するとなると、やはりバックボーンが不可欠なのだ。

 先夜「ブラウン・ベス」での会合で、優ちゃんは言った。

「物辺神社が無くなったら、あたしら空中分解するよ。」
「そりゃまたどうして。」(鳩保)
「つまり人間て奴ははストーリー、物語に沿って自らの生き方を定めるんだ。
 NWOという権力機構はこれまでミスシャクティという物語が原動力となっており、これからは「ゲキの少女」の物語に沿って進行する。」
「物語、つまり神話的なスケジュールが人類社会には必要、って事か。
 ミスシャクティは人類に巨大な飛躍をもたらすゲキの少女の出現を予言し、実現に向けて世界を導いた。
 私達は、結婚出産して血統を繋いでいく事で社会の繁栄と安泰を約束する王朝物語、ってとこだね。」

「でも「ゲキの少女」の物語は物辺神社『外記』に根幹を由来する。これを喪失すると統合の中心を失い、容易に分解してしまう。
 血統が続いていればいい、て安直なものでも無いんだな。」
「王朝の由来はなるほど、そりゃあ決定的に重要な物語だ。たとえ架空のものであっても、だね。」

「なんたって、「モノ語り」だからね。」

 喜味子の台詞に優ちゃんはにやっと嗤い掛けた。
 物辺優子が演技無しで笑うのは、おおむね邪悪な時だけど、それは凄絶で心に深く刻み込まれる美しさなのだ。

 

PHASE 636.

 夕刻物辺家に乗り込んだ児玉喜味子は、饗子祝子とその父および斎野香背男を前にして座礼をした。

 もちろん相手は大人だし日頃お世話になっている村の偉いヒト達だし、そもそもが物辺神社ゲキを祀る人々であるから当然ではあるが、
 冷静かつ客観的に考えれば物辺優子や双子姉妹が周囲にばらまく迷惑の尻拭いを主にやってるのは喜味ちゃんである。
 饗子祝子もなにかとアテにして。
 どちらが頭を下げるべきか、逆ではないかと父であり祖父である宮司さんは思うのだ。

「そうだ、喜味子ちゃん。」
「はい、なんでしょう。」
「ここはあれだ。香背男の嫁になってくれないだろうか。」
「は?」

 発言の真意を汲み取れず、喜味子は停止した。もちろん本気ではないだろうがおじさんは何を意図しているのだろう。
 もちろん香背男本人もいきなりで、びっくりするよりも意識の外から提示された案件に対応の仕方が分からない。これは冗談だろうか。

 鬼の姉妹はさすがに父の言葉を理解した。
 つまりは自分達よりも役に立ちそうな喜味子を物辺家に組み込めば何かと好都合であり、また苦労ばかりを掛ける詫びともなろう、というわけだ。
 実際喜味子はこの夏「黒巫女」として、まさに鬼の社にふさわしい役目を立派に果たしている。彼女を失えば集客力が1割以上減少するだろう。
 饗子が計画する回春マッサージ院にも不可欠の人材である。
 打算的に考えてもこの縁談は悪くない。が、さすがに無茶が過ぎる。

「父さん、それはいきなり失礼でしょ。第一香背男は左古礼先生とこの芳子が食いついていて。」
「そうだったな。済まなかった忘れてくれ。」
「はあ。」

 喜味子も安堵した。ぽぽーと血で血を洗う争闘を繰り広げなくて済んだ。

 では、と説明を試みるが、昼間まゆちゃん先輩との対話で必ずしも真実が理解を得る最善の策ではないと教えられた。
 ゲキの宇宙人についてある程度の知識を持つ饗子祝子両人に対しても、人類絶滅の危機を真正面から訴えるのはやはり危うい。
 嘘八百で押し通すに限る。

「つまりうちゅうかいじゅうが攻めてくるのです!」
「ああ聞いている。南極で原子力怪獣を殺ったらしいな。」
「はい。その復讐に宇宙ヤクザ怪獣が大挙して出入りにくるのです。」
「さもありなん。」

 ナゼこんな説明で饗子さんは納得するのか理解に苦しむ。祝子さんもツッコミを入れてくれよお。

「防衛には最善を尽くしますが、ひょっとすると物辺神社に直接攻撃を仕掛けてくる可能性も、」
「致し方あるまい。ウチはゲキを祀る神社だからな。」

 祝子も大きくうなずき、言った。

「事がゲキに由来するのであれば、何人の挑戦をも受ける。」
「はあ。」

 これでは昭和のプロレスラーだ。

「それで危ないから避難場所を用意しました。物理的に絶対安全ですがその分精神的にはあまり嬉しくない場所です。」
「ふん。続けて。」
「危険事項は双子とたまちゃんに伝えてありますが、物辺神社の皆さんが率先して村人全員を指導してください。」
「そうか。物辺の者としてそれは義務でもあるからな。父さん。」

「うむ人命保護を優先するのは当然だ。避難場所がちゃんと用意されているのであれば、物辺村の人間はなんとかなるだろう。
 だが島外の人間の安全はどうなのだ、喜味子ちゃん。」

 それはー、と口篭る。さすがに物辺家の長、痛いところを突いてくる。
 正直、村民以上を収容する亜空間のアテは無い。というよりは、物辺村は日本全国を考えた場合かなり安全な場所にある。
 物辺村が危険に襲われるとすれば、日本全国阿鼻叫喚の地獄絵図。

 困る姿に、宮司さんも難しい事を尋いたと謝る。所詮はただの女子高生に過大な期待を掛けてしまった。
 物辺村だけでも無事に生き延びられるなら、有り難いと思うべきなのだ。

 ただ喜味子は一言付け加えておいた。

「善処します」と、

 

PHASE 637.

 本題に入る。
 部屋には斎野香背男と喜味子の二人だけが残される。
 他の人には遠慮してもらった。かなり際どい事情を追求せねばならないからだ。

 単刀直入に切り出す。自分より10歳も年上だが、立場的に上な感じで攻めていく。

「この夏門代に、サルボロイドという身長3メートルのロボットが襲来しました。赤くて金属で固いやつです。
 しかも人間の顔をしている。女の子、鳩保芳子の顔です。」

「お!?」
「香背男さん、ご存知ですね? というよりは、なんでぽぽーの顔をロボットが持ってるんです。」

 二人はほとんど接点が無い。鳩保が彼を独占していたためだ。
 互いを見知ってるとはいえ、喜味ちゃんは一度見たら誰でもゼッタイ忘れないが、大人と子供で話をする機会も無かった。
 つまり「喜味子慣れ」をしていない。

 しかしながら、こうして平気で顔を突き合わせて居られる点からも、ちょっと変わった男だと分かるのだ。

「あのロボットは、」
「はい。」
「現地では”ウーゥエ・ヴーレ”と呼ばれる。神の眷属として崇められる大切な存在だ。」
「狼男の一族にとっては、ですね。あと地下世界の王国住民にとっても。」
「君はどこまで知ってるんだ! ああ確かに”ウーゥエ・ヴーレ”の1体に日本語を教えたのは僕だ。」
「それよりも、香背男さんは私達の事をどこまで知っているのですか。ゲキについて、誰に教えられたのです。」
「そこから説明しなければならないか、やはり。」

 背の高い彼は、畳の上に座っていてもかなり大きなボリュームが有る。決して太ってはいないが、筋肉が付いているから結構暑苦しい。
 南米の雰囲気と呼んだ方が鳩保などは喜ぶか。

「まず僕が知っている情報の全ては、アメリカの科学財団「ハイディアン・センチュリー」から教えられたものだ。
 中米の巨大なクレーターの地下に巨大な王国が有ると発見したのは、財団創設者ウェイン・ヒープ。
 だが現在、現地で尊ばれているのは財団のNO.2 ミセス・ワタツミと呼ばれる女性だ。」

「優ちゃんのお母さん、物辺贄子さんの身をやつす仮の姿、ですね?」
「たぶん。たぶんそうだと思うし、身内でなければ僕が不思議で重要な役目を負わされる事は無いだろうな。」
「それで、贄子さんに私達ゲキの少女についての情報を聞いたわけですね。」

「あまりいい話ではないんだ。君達が、特に物辺優子さんが世界中の権力者達から蹂躙されるというお話だ。
 君達は人の手に余る巨大な力を授けられ、それを欲するありとあらゆる大人達に操られあるいは恫喝されて使わされ、最終的には自らの身を滅ぼす。
 逃れる手段は現在のところ存在しない。

 だから自分で作るのだ、という考え方だ。”ウーゥエ・ヴーレ”はその材料として用いられる。」
「具体的にはどう使うんです?」
「簡単だ。地下空洞内の王国に君達を逃れさせ、”ウーゥエ・ヴーレ”と狼男族によって地上とは隔離する。
 この構想を考えた人は、人類の科学技術が君達の力を扱えるまでに進化する千年後を待つべきだと主張する。」

 喜味子は驚いた。そのアイデアは捨てるには惜しい。
 どう考えても自分達、また現在の地球人類にとってゲキの力は巨大過ぎ高度過ぎる。火を弄ぶ幼児のような有り様となろう。

 そして、考えた人間の洞察力に恐怖した。千里眼の持ち主か、その人は。
 いや、今年五月に自分達がゲキの力に目覚める前からプロジェクトが進んでいるとすれば、未来予知能力も持っている。
 城ヶ崎花憐よりもはるかに高度な能力だ。

「誰なんです、それを考えたのは。贄子さんですか? 違いますね、物辺の人はあまり予知はしない。」
「現在の「ハイディアン・センチュリー」総裁ウェイン・ヒープ二世だ。この人は特別な、真の意味で特別に優れた人類の頂点に立つ人と聞いている。」
「香背男さんは会いましたか。」
「いや。財団の一般会員でも会えないらしい。ほんとうに一握りのトップの人間のみが対話を許され、ミセス・ワタツミのみが彼に意見を言えるらしい。
 財団のほんとに上の世界だから、僕みたいな部外者には関係ないんだがね。第一僕は会員じゃない。」

「あ、そうなんですか。」
「そうだよ。あくまでも外部で雇われているだけだ。」

 香背男の顔を改めて見る。嘘を吐いているようには見えないし、また深くを知るわけでも無いようだ。
 謎の男「ウェイン・ヒープ二世」に関しては、実際に会って確かめてみる必要があるだろう。
 それよりもまず、ミセス・ワタツミこと物辺贄子と連絡を取らねばならない。
 めんどくさいから優ちゃん本人に任すとするか。

「それで、サルボロイド。”ウーゥエ・ヴーレ”に日本語を何故教えたんですか。」
「狼男族は自らを神によって作られた種族と考え、”ウーゥエ・ヴーレ”は同じく作られた兄の神と崇め密接な関係を持つ。会話する事も可能だ。
 狼男族は地下の王国を守る為に世界情勢を日々調査して脅威を見張っている。王国に侵入しようとする地上世界の賊は案外と多いようでね。

 彼等は世界の裏の事情を探り、NWOという権力機構が密かに作られたのを認識し、最終的には日本でなにかが起きると知った。
 ウェイン・ヒープ二世の助言も受けたのだろう。
 ”ウーゥエ・ヴーレ”は報告を聞いて大きく反応し、現地を離れて自ら調査に赴こうとして狼男族を大いに慌てさせたんだ。

 だが中南米が彼等の庭で、日本は地球の真裏に有る。
 日本の事情に詳しい者の助けを欲し、ミセス・ワタツミに相談して、そこで、」
「香背男さんに白羽の矢が立った。そういう仕組みですか。」

「芳子ちゃんの顔を”ウーゥエ・ヴーレ”が持つのは、僕のしわざだ。
 言葉を教えるのに対話方式を使って、僕の相手役を芳子ちゃんに設定して、写真も見せたんだ。
 まさか見た人の顔をコピー出来るとは思わなかった。」

 おおむね不思議怪奇現象の真相は他愛の無いものだ。聞いてしまえばなんだと思う。
 だがもう一つ、絶対に確かめておかねばならない事実があった。

 喜味子は表情を改めて香背男に尋ねる。

 

「何故、……サルボロイドの腹に『飛騨高山』と書いたのです?」

 

PHASE 638.

 都内某所、緑に囲まれた大きな公園。
 その一角に多目的スタジアムが建っている。計画書を見れば様々な用途が提案された夢のある施設であったはずだ。
 〇八年九月現在、民間団体の使用予定は入っていない。それどころか公的にも何の企画も無い遊休状態だ。

 何も無いはずの施設なのに、電力消費量だけが大きく跳ね上がる。
 ここは日本政府が保有するNWO専用会議場。バーチャルリアリティによって世界の果てからでも出席出来る、未来技術の宮殿なのだ。

「つまり、ネルフ本部に有るゼーレの会議室、ってことだね?」

 身も蓋もない喩えを鳩保芳子は使う。説明する技官も腹を立てるよりは苦笑した。
 なるほど、その通りだが規模が違う。

 まず広い。サッカーが出来るほどの面積全てが舞台となる。
 周囲観客席に相当する部分に多数の機械群。プラネタリウムの投影機に似たものが8基も設置されている。
 レーザー光線がぴかぴか飛んで、なにやら計測を行う。投影機相互の距離が厳密に決まっているのだろう。
 そして天井。巨大な凹面鏡になっている。
 技官が双眼鏡を渡してくれたので天井を見ると、細かい鏡が無数に並んで凹面を形成していた。

「あの鏡はすべて1つずつコンピュータ制御をされていて、立体映像を地上に形成します。この制御だけで「地球シミュレーター」レベルの計算力を必要とします。」
「そこまでして立体映像で会議しなくちゃいけないものですかね。」

 既に物辺優子があくびをし出した。興味の無い分野にはとことん冷たい女である。
 理系女子である鳩保にとっては割と面白いのだが、優ちゃんの代弁をして質問する。

 技官は、やっぱりこう来たか、と毎度おなじみに答える。それを言うのはおまえで1万人目だ、的な反応だ。

「たしかにテレビ会議だけに使うのはコストがまったく合いません。この映像投影システムが真の威力を発揮するのは、宇宙人技術の解説と理解です。
 百聞は一見に如かずの語のとおりに、一目見れば分かるものをこのシステムで詳細に映し出します。
 一番最近使われたのは、南極海で捕獲された宇宙原子力怪獣のライブ映像です。ご存知ありませんか?」

 この技官、やはり下っ端なのだろう。誰に向かってモノを言っているのだ。
 鳩保と優子がNWOに関係する人間だとは知らされていても、ゲキの少女本人だとは気付かない。そもそもが「ゲキの少女」なる存在を知らない。
 無理もない話で、50年前に未来からやって来たミスシャクティにだけ注目していれば、これまで仕事は済んでいたのだ。

「機会が有れば宇宙怪獣映像の録画をご覧いただきたいのですが、素晴らしい凄い、身の毛もよだつ臨場感、まさにその場に居る体験ですよ。」
「はあそうですか、へー。」

 実物の解体現場に立ち会った二人である。喜味ちゃんばかりが八面六臂で活躍したが、たしかに凄い絵であった。
 あの怪獣を実物大で表示するのは、さすがにここのシステムでも無理だろう。

「どうだ、大袈裟過ぎてびっくりしただろ。」

 二人の背後から若い女子の声がする。振り向いてみると、前髪をまっすぐ切り揃えた中学生ほどの少女がにたりと余裕の笑みを浮かべたまま近付いて来る。
 鳩保も優子も前に会った「テレビの神様」小郷月舟だ。
 物辺神社七夕祭りで行われたNWO集会に出席するくらいだから、今回のテレビ会議にもなんらかの役目を帯びているのだろう。

「役目というか、これはテレビの拡張版だからな。障害が起きないようにお祓いに来たぞ。うちの研究所も運用に加わってるからな。」

 「テレビの神様」のおやしろは「放送情報技術研究所」の敷地内に有る。
 インターネットや映像技術を研究しているそうだから、先進的テレビ会議も当然に業務範疇だ。

 物辺優子は彼女に用が有る。訪ねる時間が取れないかと案じていたが、良いタイミングだ。

「渋島の事件は裏が取れたか?」
「いや、どうも単なる盛り場での喧嘩以上のものが出てこない。見た目通りの偶発的な殺人事件の線が強いよ、」
「星の巡りって奴だが、下手に会って希望を持たせてしまったのが逆目に出たかな。」
「そのきらいは無くはないが、普通の人間ならそこで死にはしないだろう。自業自得だ。
 希望と言うのなら、おまえたちのPVをスティーヴ・カメロンが撮ったってのを知らずに死んだのは幸いだな。絶対勝てないからな。」

 映画監督渋島が盛り場での喧嘩で死んだ事件はこれで終わりとなる。
 母物辺贄子が世話になった人物であるから多少なりとも良い目を見させてやろうと仏心を出したのが、却って寿命を縮めた元かもしれない。
 しかし、この殺人の裏に恐るべき陰謀が隠されていたとは、神ならぬ身でどうして察し得よう……。

 昨日より二人の案内役をしている狒々先生の女性秘書(三十代)が注意を促す。
 内閣総理大臣の一行がスタジアムに到着したとの報が入ったのだ。
 一応は日本国の最高権力者であるから、一同最敬礼して迎えねばならない段取り。鳩保も優子も並ばされる。
 なにせ表向きは一介の女子高生であり、まさか宇宙人の力を預かる人類最重要人物であるなどと一般官僚や職員にバラすわけにはいかない。
 或る意味総理大臣を隠れ蓑に使っているのだから、お芝居は必須なのだ。

 というわけで鳩保優子神様もちゃんと正装している。これからNWOのお偉い連中とテレビ会議するのだから当然に。
 鳩保、

「ところでテレビの神様ってのは、どちらのスタンスになるんです?
 あちらの権力者のピラミッドに組み込まれている側か、それとも人外の異分子か。」
「おまえな、その言い方はずいぶんと無礼だぞ。そもそも社会の成り立ちについての考え方が間違っている。
 神様というのは権威を発生させる元だ。根拠だ。ものさしだ。
 私は人間に序列を付ける側の人間だ。」
「はあ、そういう風に考えればいいんですね。」
「ま、お前達もそうなんだがな。」

 空気が張り詰め、職員や警備の姿勢が変わりざっと定位置に着いたかと思うと、誰かの声が飛んだ。
「総理、入ります。」

 鳩保芳子は、この髪の薄い総理大臣にちょっとした借りがある。
 ゲキの力絶対命令権を用いて七月北海道サミットで米国大統領に裸踊りをさせた。
 おかげで後始末と世論操作と議会答弁と外交とでてんてこ舞、ますます頭部が寂しくなってしまう。

 昨夜の総理大臣はどうしても抜けられない晩餐会があって、対面は九時過ぎの遅い時間になった。
 彼はNWOとゲキに関してかなり詳しい知識を持ってはいたが、五月以降の動きをあまり理解していない。
 つまりはゲキ復活で引き起こされた表の政治問題に忙殺されて、肝心の宇宙人関係は疎くなっていたのだ。

 今回、日本代表として初めてNWO首脳会議に出席する。
 ゲキの少女と直接に対話して認識を深めた事は、彼の大きな強みとなるだろう。

 総理と共に入ってきた狒々先生河馬先生も責任者達の挨拶を受け、細々と指示をした後にまっすぐ鳩保達の元にやって来た。
 狒々先生は「テレビの神様」にもちゃんとお辞儀する。ソツがない。

 準備万端整ったと判断し、神様は技官にGOサインを出す。
 周囲に設置されている8基の投影機から無数のレーザー光線が放たれる。

 

PHASE 639.

 最初に形成されたのは灰色の壁だ。
 巨大なスタジアムに球体を半ば地面にめり込ませた閉鎖空間が発生する。
 ゲキの少女は敏感に気付いた。
 これは、防秘フィールドだ。

 電磁波可視光線は元より、音振動磁気その他外界に信号を伝える何物も遮断し、それどころか拳銃弾くらいであれば空中で止めてしまうエネルギーシールド。
 フィールド内部のみでNWOの情報が交換され、機密が保持される。
 このフィールド発生装置の保有自体がNWO最高幹部会員の証となる。ステイタスシンボルということだ。

 総理大臣と鳩保優子の3名のみが呼ばれ、設置されている「ゲート」の通過を許される。電線やコイルが巻き付いた、ただの金属の輪っかだ。
 防秘フィールドに足を踏み入れて、内部の情景を仰ぎ見る。宮殿。
 インド風建築、黄金に装飾された壮麗な建物の内部大広間が拡がる。広い開口部から自然と領域を分かち合う、自由な空間。
 鳥が歌い噴水の水が緑の合間を流れ、花に蝶にと美しいものばかりで彩られる。色彩の美しい布が高い柱から何本も垂れ下がり、空間に風を演出した。
 芳しい香りにも気が付く。

「ここはミスシャクティの宮殿だよ。硫黄島の近海にある人工島内部に建てられている。」

 総理が、3人のみが人間として居る、女子高生に解説してくれる。
 彼も大臣の一人として前任者に付き添い、島に足を踏み入れるのを許されたのだろう。

 全てが有るが人は居ない大広間に、ぽつり、ぽつりと影が発生する。
 白人男性、見たことのある、

「あ。」

 鳩保渋面を作る。知らぬこととはいえ、北海道サミットでは失礼な真似をさせてしまいましたごめんなさい。
 アメリカ大統領だ。手を挙げてこちらに振っている。近付いて来た。

「キミがSUSERIの名を持つゲキの少女だね。カネイ上院議員からいつも噂を聞いている。やっと念願叶って会えた。
 私が、アメリカ合衆国大統領だ。以後よろしくお願いするよ。」

 かなり馴れ馴れしい。政治家という人種は何がなんでも有権者の手を握りたがるものだが、やっぱりアメリカも一緒らしい。
 だが彼の身は。

「立体映像だね。大したもんだ。」
「そ、そうよね優ちゃん。立体映像と握手してもねえ。」

 ここはインド風宮殿に見えても実際は東京にあるスタジアム。多数の機械によって空中に投影される立体映像で人やモノを形作るに過ぎない。
 だが大統領は明らかに息遣いをして、吐息も掛かる。人の温もりの気配を持つ。
 ついには、ほんとうに手を握られてしまった……。

「わわわ、何これ。どんな仕組み!」
「どうやら空気がプラズマ化して圧力を発生させるという、喜味子に聞けば分かるかも。」

 握る力こそ無いが、確かに人の感触がある。単なる立体映像ではなく、エネルギー像を形成する装置なのだ。
 大統領は続いてKUSINADA物辺優子に挨拶する。今度は恭しく、どこぞの王室のお姫様に話し掛けるように、エレガントに。
 全然態度が違う。

 その内に人影が寄って来て、女子二人を取り囲む。
 いずれもテレビのニュースで見た顔ばかり。ロシアの大統領にイギリスの首相、中国の前主席や、知らない偉い人。
 国家の代表だけでなく、アンシエントの中でも最有力の勢力の代表者も出席を許されるらしい。

 握手されるだけなら問題ないが、少なからぬ人がハグしたがる。
 これは優子にとって耐え難い責め苦。

 一方トップ会談デビューとなる総理大臣も挨拶に余念が無い。日本の総理大臣はとにかくころころと変わり面子が安定しない。
 どうしても軽く見られてしまうので、この場を利用してなんとか指導力を示したい。
 「総理に花を持たせる」作戦決行だ。

「おお! ミスシャクティが、」
「ミスシャクティがお姿をお見せになられた!」

 ここはミスシャクティの居城を模した空間であるが、彼女自身が姿を見せる時はほとんど無いらしい。
 だが史上初、ゲキの少女と世界の指導者達が対面する歴史的瞬間に立ち会うべきと考えたようだ。

 大広間の中の一段高い場所に、遠くに侍女を数名引き連れる女王様が見える。
 長く裾を引く青い衣装。豊かな黒髪、顔は薄いベールで覆われてよく見えない。見えないが、

 優子は率直に印象を述べる。

「あれ、シャクティ・ラジャーニだよな。」
「そう、見えるね。シャクちゃんだ。」
「だよな。」

 どう見ても、二年五組のクラスメート、褐色の天使、恋する天竺人形だ。間違いない。
 とすれば、実際に学校に居る女は、ありゃあ一体何者だ?

 

PHASE 640.

 ひとしきり挨拶の順番も終わり、本題に入る。
 鳩保は事前にセッティングを頼んでいた立体映像による模式図を場内に投影する許可を総理にもらう。

 要するにプレゼンだ。一応は地球人類で一番偉いお歴々に、ゲキロボによる地球防衛計画のお墨付きをもらわねばならない。
 無くったってやる事はやるのだが、顔を立てなければ済まないしがらみが諸々有るわけだ。
 物辺村の田舎少女とはいえ、そのくらいは世間を知っている。

 立体映像空間に居るのだから映像修飾も思いのまま。
 指先から何故か発するレーザー光線をポインタとして振り回し、全員の注意を空中に促した。

「これが最新の未来予知による敵宇宙艦隊配置図と、ゲキロボットによる迎撃作戦図です。プリンセスIWANAGAが作成したものです。」

 空中に展開される模式図は、昨夜「テレビの神様」に依頼して「放送情報技術研究所」のCGデザイナーに組んでもらったもの。
 物辺村に留まる喜味子が徐々に構築する地球防衛計画を元に、当たり障りの無い、人のびっくりしない程度に脅威度を低めて嘘計画をでっち上げた。

 太陽を中心とする惑星の軌道の外周、冥王星軌道距離に敵の大艦隊が堂々の布陣を見せる。
 その圧倒的な数に、前夜説明を受けた日本の総理大臣も息を呑んだ。「10隻よりは多い数、それもかなり」という情報とかけ離れている。

 はなしがちがう、と小さく呟くのを、少女達は無視する。

「敵艦隊はおよそ150隻の戦力で太陽系を包囲、地球に向けて同時攻撃を行います。」

 驚くのは他の首脳も同じ。特に前回六月の宇宙戦艦襲来を知る人ならば、規模の大きさに愕然とする。
 思わず問い返さずには居れない。

「……その数に、間違いはないのですか。150などという途方も無い数が、」
「この予測は最新のものでありますが、150より少ない事はあり得ません。」
「ミスシャクティ、この情報の確度はほんとうに正しいのですか?!」

 大広間の上壇で会合を見守る人類の救世主に、確認と保証を求める各国首脳。
 ぽっとでのゲキの少女よりは50年来のインド少女に助けを乞うのは信頼度において当然か。
 だが彼女も小さく顎を上下させ肯定する。これが地球人類の逃れられぬ運命。

 鳩保は立体映像を切り替えて敵宇宙戦艦を投影する。
ついでに六月に襲来した下級宇宙人戦艦の映像も重ね合わせる。

「前回六月に襲来した宇宙戦艦と今回攻撃に来る宇宙戦艦とでは技術レベルに1万年以上の格差があります……」

 

 わざわざ未来的なテレビ会議システムを構築して秘密を守るのも、宇宙人の謎を他に漏らさない事がNWO権力の源泉であるからだ。
 過去想像を絶する情報がこの場で語られたが、今回ほど衝撃的であった例は無い。
 なにせ、普通に考えれば人類絶滅必至であるからだ。

 しかし涼しい顔で説明を進める鳩保芳子、また既に飽きてあくびなど始める物辺優子の姿に、彼等世界の支配者もどう対応してよいか分からない。
 これは、大安心と捉えるべきか、既にギブアップを決め込んだと呆れるべきか。

 一方鳩保は、やっぱ15000隻なんて真実を語らずにほんとうに良かった、と胸を撫で下ろす。
 この様子であればホントのこと知らされたら皆さんご自害に及んだだろう。

 それにしても喜味ちゃんは、今こんな事を考えているのだなあ。正義少女会議ふぁいなるでの案からずいぶんと進歩しているぞ。

「……。
 あー、防衛計画は以上でありますが、反物質は敵ミサイル弾頭にも用いられています。
 もし万が一わずかでも地球に落下した場合、算出不能な巨大な被害を発生させます。

 そこで反物質無害化処理装置とエネルギーシールドを一体化した無線誘導兵器、”「週刊わたしのゲキロボ・ミニ」第二号ダークネスレフトハンド”12基の緊急頒布を決定しました。
 ご購入の申し込みはこの会議の後すぐに受け付けます。」

 さすがは喜味ちゃん、非常事態においても金儲けを忘れはしない。
 まあゲキの少女による地球防衛活動は実質タダ働きだから、このくらいがめつくても良いのだ。

 

 プレゼン終了、反対意見はどこからも出なかった。誰が何を言えるのだ。
 ミスシャクティの顔を仰ぐが、ベールの向こうの表情は窺い知れない。また彼女の持つ戦力でも如何ともし難い。
 ゲキの少女を信じるか、布団を被ってマンマミーアを叫ぶしか手は無いのだ。

 鳩保、優子に付け加える点は無いかと聞く。
 少し考えて、まあ今のプレゼンに多少は不満も有るのだが、第一CGの出来がよろしくなく安物のありものを流用して芸術性のかけらも無かったのが気に食わんがなにせ昨日頼んで今日出来た代物だし。
 首を左にしばし傾げて、声に出す。

 物辺優子の声は天使が囁くような軽やかさも、悪魔が誘う心地好さも無いが、いつまででも聞いていたくなる魅力を持つ。
 常に真実を語っていると勘違いしてしまう安定性があるのだ。
 天意を告げる巫女としては最強の武器。仮想の宮殿に詰める世界のVIPも思わず耳を傾ける。

「そうですね、もし心当たりがあるのなら、今の内に安全な場所に大事な人を隠しておいた方がいいかもしれませんね。」

 

PHASE 641.

 母贄子が属する科学財団「ハイディアン・センチュリー」唱える”方舟”、地下王国を念頭に置いた発言ではある。
 しかしNWOに属する各アンシエント、世界を牛耳ってきた宗教的勢力は長年宇宙人の庇護を受けてきた。
 いざという時の堅固なシェルターを用意してあるところも少なくない。

 もちろん地球が完全破壊されてしまえばどうしようもないが、ある程度回復可能な破局であれば利己的に振る舞って他者に優越するのも可能。
 優子の一言で、彼等は己の本分を取り戻した。

 また敢えて失敗の可能性を暗示する事で、覚悟を促した。
 そもそもが世界滅亡ほどの壮大な危機ではなくとも、政治に生き頂点を極めた者は皆それぞれに修羅場を潜っている。
 うろたえるほどの大事でも無いのだ。

 日頃尊大であろうVIP達の青ざめた表情が急に戻るのを見て、鳩保も、優ちゃんには勝てないなあと脱帽する。
 鬼の面目躍如である。

 

 優子が促して日本の総理大臣に次の話題を振らせる。なにせ今回彼はNWOトップ会談デビュー、花を持たせる算段だ。

「あ、あーいじょうで、以上で防衛策はほぼ全面的に彼女たちに任せるしか無いと皆さんご理解いただけたでしょう。

 今回の防衛戦は熾烈なものとなり、昼間でも空に爆発の閃光が走りミサイルの軌跡が観測できる事態になると想定されます。
 本来であれば一般民間人に伏せねばならない宇宙人の存在、情報の隠蔽が破綻して真実が暴露されてしまう危険があります。
 皆様のご意見を率直に伺いたいと思います。」

 世論操作と利害調整は政治家本来の職務である。
 直ちに活発な討議が繰り広げられ、また先程の失態を取り戻すかに建設的な意見を提案し、具体的な国際協調策が練られていく。

 やがて、アメリカ大統領が新たな問題を提起した。

「民心の安定を脅かす物価の高騰が今世界各地で発生している。
 さる資本グループの画策により世界規模での物資売り惜しみや買い占めが発生して、現在の状況になっているとの事だ。」
「ユダヤ資本のひとつの仕業と、こちらの政府機関の調査では判明している。」
「確かにアメリカに拠点を置き、第三世界にも根強く影響力を持つグループが、」
「特に中国で、」
「中国は物資高騰の気配を察知した現地富裕層による暴走が、」
「あれはもう暴走資本主義と呼ぶしかないが、規模が大きい為に逆輸出の形で物価高騰に拍車を掛けている。」
「由々しき事態だと認識するが、しかし」

「そう、民間セクターでの一時的な動きであれば我々の関与すべきものではない。
 だがこのタイミングで、だ。まるで未来情報を先読みしたかに八月末から急に物資の掌握に走っている。
 これは偶然だろうか。」

「ゲキの少女、未来予知能力を持つプリンセスSAKUYAが予測を確定させたのが九月一日。物価高騰はその1週間前から発生する。」
「確実な未来予測情報を他に提供し得る者が居るとすれば、」

 皆一斉に褐色の少女を振り向いた。

 ゲキの少女と同じ能力を持つもう一人の人物、ミスシャクティ。
 彼女は確定した未来の歴史を知る。これまで二十世紀の人類社会に対して、適宜「歴史的事実」を伝えてきた。
 現在のNWOが強大な力を持ちつつ結束が崩れないのも、この情報に拠るところが大きい。

 50年前に現代に降臨した救世主は、自らに集中する視線に応える形で立ち上がる。
 仮想の体を通して、自らの肉声で答弁した。

「わたしの元に留め置かれるべき未来予測情報が外部に流出した可能性は、確かにあります。」

 

PHASE 642.

「シャクちゃんだよー、あれやっぱりシャクちゃんだよー。」
「そうだな。どう聞いてもシャクティの声だな。」

 初めて聞いたミスシャクティの声、それはどこからどう考えても門代高校二年五組シャクティ・ラジャーニ本人だ。
 世界の支配者達を前に畏まってはいるが、どことなく奥底になんだかちゃかしてやろうとのイタズラ心が覗く所まで、まるっきりまったくシャクちゃんだ。
 念の為ゲキロボ分析で音声を解析してみても、100パーセント完全な一致を見せる。
 あまりにも完璧過ぎて逆に怪しいくらいだ。

 彼女の語る言葉は。

「西暦二〇〇〇年よりNWO中枢の運営管理は、NWO独自に育成した官僚組織に移管されました。
 彼等の活躍によりNWO財政も独立性を獲得し、各国分担金拠出の負担も大きく軽減されました。
 その財務部の一派が、どうやら未来情報を参照して資産運用を独自に行っている気配があります。」
「クソ! あのガキ共かっ!!」

 鳩保優子には分からないが、現在ミスシャクティの島に滞在する花憐みのりはよく知っている。
 ミスシャクティが手元で教育する未来の地球を管理するはずの天才児達。
 中にはもちろん経済・財務関係のプロフェッショナルとなるべく研鑽を積む者も居る。

 未来情報を参照出来る立場に居れば、当然に活用を考え実行するだろう。

「彼等の暴走を許してはなりませんぞ。ミスシャクティ。」
「心得ております。ですが今回もしもの災害が発生した場合、彼等によって流通が停滞している物資を各国政府行政が強権を以って差し押さえ、民衆救済に当てればさほどの混乱も無いだろうと考えております。」
「おおなるほど。それでは有事の際にはそのように取り計らいます。」
「皆様にはよろしくお願いいたします。」

 

 なんだか上手いこと丸め込まれた気もするが、つつがなく立体映像会議は終了する。
 仮想の宮殿は消失し、VIP達ともしばしの別れを告げ、東京のスタジアムの光景が復元した。
 総理大臣と鳩保芳子、物辺優子がの3人のみが開けた空間に立っている。

 映像投影のスタッフが作業を行う喧騒が、近寄ってくる医療関係者が体調を確かめ、秘書や官僚が報告に参じる。
 狒々先生河馬先生も来て、総理に首尾を尋ねた。
 おおむねNWOデビューは成功と見做していいだろう。

 中には入らなかったが、狒々先生河馬先生も会議の内容は聞いていたようだ。
 150隻にはさすがに驚く。鳩保の耳元で苦情とも愚痴ともつかない質問をする。

「もう何か、私達に隠している事は無いでしょうな。無いでしょうな。」
「敵が更に3倍4倍来たとしても、やる事は変わりませんから。」

 目を丸く顔を赫くしてますます猿面に成る狒々先生を、背後から河馬先生が苦笑しながら止める。
「先生、防衛の全ては彼女達に任せる他無いのですから。」

 河馬先生の余裕も、百倍と聞けば消し飛んだだろう。まったく嘘八百バンザイだ。

 

 この後は解放されて物辺村に帰れる予定だったが、総理の発案でもう一度鳩保達は懇談させられる事になる。
 もっと落ち着いた時期に腰を据えて徹底的に日本政府としての方針を叩き込みたいところだが、今はさすがに余裕が無い。
 それでも各国首脳との距離の取り方や、なんと言っても最高重要人物ミスシャクティに関するあれこれを教える必要を覚えたようだ。
 もう一泊せねばなるまい。喜味ちゃん一人に迎撃準備の負担が掛かってしまうが。

 「テレビの神様」もご馳走が出ると聞いて付いてくる気になった。
 なにせ周りは役人政治家警察だらけ、1人くらいはゲキの少女の側に立つ者も居て良いだろう。
 物辺優子は、近寄った神様に尋ねる。やはり気にはなっていたのだ。

「それで、渋島の墓は?」
「まだお通夜だよ。昨日検視から戻ってきたばかりだ。」
「お焼香くらいは顔を出しておくか。」

 内閣総理大臣の移動である。随員警備がぞろぞろと大名行列。
 スタジアムに詰める技官や官僚、警備員も直立整列してお見送りだ。

 立ち並ぶ列の一人。背の高い制服警官に優子は目を止めた。
 その他大勢の内であり、自己紹介など受けてはいない。警備員や警官はどれも同じカキワリとして考えるのが正しい態度ではあるのだが。

 優子はちょっと右手を上げて挨拶した。
 警官は敏感に自らに向けたものと感じ取り、これまた立派な敬礼を捧げて見せる。
 物辺優子個人に対して、だ。

「優ちゃん、知ってるひと?」
「ああ、前にね。前東京によく来てた頃に、ちょっと手下に使ってた。」
「そうなんだ。」

 正義。歪んだ鬼姫の無邪気のママに巷の悪を狩っていた頃、制裁の道具として使っていた。
 そのまま彼は、相変わらず正義を貫いているようだ。

 

PHASE 643.

 日本時間二〇〇八年九月九日午前六時前。

 夏休み中にはラジオ体操で起きてきた時間だ。特に苦とする何物も無い。
 物辺村正義少女会議の面々は打ち合わせどおりに神社裏御神木秘密基地に集合する。

「どや!」

 と、神社本殿階の上に置かれた大荷物。
 物辺饗子と祝子および奥渡たまが四時前からこしらえたおにぎりの山だ。

 ピンクのジャージを着た城ヶ崎花憐が5人を代表して御礼を述べる。

「すいません饗子さん祝子さん、無理をお願いしちゃって。」
「リクエストどおりに百個握ったが、なかなか骨だった。いや今から一戦交えようって時に手伝わないのもなんだからな。気にするな。」
「他の人に頼むと理由を明かさなくちゃいけなくて、ほんとうに有難うございました。」

 いかに万全に事前の準備を整えたとしても、やっぱり5人では手が足りない。
 超光速ミサイルを1万基ほど管制するだけのお仕事とはいえ、無茶が過ぎた。
 最後の切り札として、縁毒戸美々奈に強いられた麻雀合宿で用いた「脳内クロックアップ」を今回も適用する。
 この技は脳が大量の栄養を必要とする為に、とにかく腹が減る。
 おにぎり百個は運用上不可欠なものなのだ。

 たまちゃんがおにぎりの解説をする。

「鮭、梅干し、おかか、昆布、それとただの塩で特に目印はありませんが5人割にして偏らないように混ぜてます。
 それとお漬物を数種と玉子焼きタコさんウインナー、飲み物はお茶とポカリとコーラとただの水を小さいペットボトルで5本ずつ飲みやすく分けてます。」
「ありがとうね。」
「いえ、でも。」

 ほんとうに他に手伝える事は無かったのか、たまは準備を進める5人を心配そうに見る。
 特におねえさん児玉喜味子は忙しすぎて、ここ2日はろくな会話も出来なかった。
 あまりの獅子奮迅ぶりに何時休んでいるのかと不安になったが、本人曰く戦闘中はやる事が無い、んだそうだ。

「きみこー」「かれーん」

 物辺村を警備する忍者物辺鳶郎が、高校生数名を連れて戻ってきた。
 出撃する5人を見送る友人達だ。
 八女 雪に如月 怜、シャクティ・ラジャーニ、縁毒戸美々世、そしてアル・カネイ。
 ゲキの秘密を知る者は多くはない。特に童みのりは友人はおろか両親にさえ実態を話していなかった。

 八女雪は、ゲキロボ最終チェックで忙しい灰色ジャージ姿の喜味子に飛びつき抱き締めた。

「喜味子!」
「うあ、雪。ちょっと離して、何も出来ない。」
「ううん、もうちょっとこのままで居させて。」

 これまで1週間、替え玉地味子に任せて一度も登校しなかった喜味子である。
 旦那の不在を耐えてきた嫁としては、今生の別れとばかりにくっついて離れない。
 鳩保に頼んで剥がしてもらった。

 その鳩保の前には、アル・カネイが巨体で立つ。
 ふたりともなんとなくバツが悪い。特に鳩保はすでにアメリカ大統領と直接コンタクトを取る間柄となった。
 アルの仲介人としての任務は終わりに近付きつつある。もしこれ以上の関係を築けないのであれば、おそらくは。

「アル、」
「うん、ヨシコ。」
「帰ったらアメリカ行きで忙しくなるわよ。準備して。」
「分かった。最高の旅を用意しておくよ。ぜったい満足してもらう。」
「そうそう、でもあんまり派手にならないようにね。」

 あまり話をするネタも無い。
 宇宙艦隊襲撃の公式情報を知る彼だ。心配すればキリが無く、手助けするにも何も出来ない。
 ただ芳子を信頼する他の術を持たなかった。

 

 シャクティと美々世は、物辺優子と童みのりと対話する。
 既にシャクティ・ラジャーニが怪しい人間なのはバレている。美々世も宇宙人しゅぎゃらへりどくと星人であると暴露した。
 それでもまったく驚かないからには、よほど詳しく現状を理解するのだ。

「えーと物辺さん、なんと言ったらいいかと頑張ってください。」
「いやがんばるけどさ、けっきょくあんたはミスシャクティの何なんだよ。」
「そこはまた帰ってからおいおいと説明します。みのりさんも落ち着いていつもどおりに鉄球を振り回してください。」
「えーそんなとこまで知ってるんだ、シャクティさんは。」

 あはは、と笑って誤魔化す褐色の天使。
 実は防衛計画の全貌を、二年五組の替え玉地味子を嫁子と一緒にゴーモンして聞き出した。
 宇宙艦隊150隻とNWO最高会議は了承するが、彼女は実数15000隻と知る。
 みのりが戦闘で果たす役割までも知っている。

 一方縁毒戸美々世は、

「優子さん、例の件はこちらでてきとーに進めておきましたから。」
「ああ。すまんね、大事なことを関係ない奴に頼んでしまって。」
「いえこちらから言い出したことですからお気になさらずに。」

 例の件とは、門代地区全域避難計画の事だ。
 もし迎撃に失敗して地球が壊滅的被害に陥った場合、物辺島の人間は亜空間「神仙郷」に避難する。
 だがせいぜい百数名に過ぎない。それ以上の避難計画をゲキの少女は立案できなかった。

 2日前、迎撃準備の暇を見つけて最後に登校した鳩保芳子と物辺優子は、美々世の提案を受けた。

「つまり学校の生徒教職員全員とその家族および周辺住民をひっくるめて別の亜空間に収容する避難計画ですよ。」
「美々世、言ってることは嬉しいがそんな所に心当たりが無い。また人だけ隠しても食料他生活物資を確保するアテが無いよ。無理だ。」
「鳩保さん、食料なんかそこらへんの倉庫から分捕ってくればいいんですよ。人間も自主的避難に任せず、強制的に拉致監禁すれば簡単です。」
「でも肝心の亜空間がさ、」
「あるじゃないですか。こないだ行ったじゃないですか!」
「え?」

 美々世が言うのは、麻雀合宿で使った非ユークリッド幾何学な街を有するしゅぎゃらへりどくとの亜空間だ。
 あれだけ広大な容積があれば、門代地区人口10万人をそっくり収容しても余裕であろう。

「しかし、しゅぎゃらへりどくとはそれでいいの?」
「ゲキの少女の手助けをして宇宙艦隊撃滅のお手伝いをするのは、しゅぎゃらへりどくと本体にも他の宇宙人にも認められませんが、みなさんのお友達を救う分には問題ありません。」
「いいのか、ほんとに。」
「門代高校が破壊されるのも忍びないですからね。案外と学校生活も気に入ってるんですよ、わたし。」

 そう言って笑う美々世は宇宙人の陰など微塵も見えず、まったくの人間の少女に感じられた。

 

PHASE 644.

「うわなにーもう出発なの?」「えー出遅れた、起こしてよかーちゃん」
「わんわん」

 寝ぼけ眼でパジャマのまま這い出してきた物辺の双子美彌華&瑠魅花と、二人を引っ張って誘導する合成犬「凸凹」。
 凸凹の背中にはまだ子犬の宇宙犬「クロちゃん」がしがみつく。

 既に御神木秘密基地は出撃準備完了で、ゲキの少女5人はパイロットスーツに着替えるところだ。

「変身!」

 5人共に準備に便利な動きやすい衣服であったのが、ゲキの力で瞬時にお色直しを実現する。
 宇宙戦艦ヤマト女子隊員調の、狭いコクピット内でも邪魔にならない引っ掛かりの無い、肢体をぴったり包み込むスーツ。
 鳩保優子花憐みのり喜味子の順で、青黒紅黄緑の色に染め上げる。

 うおおおぉと盛り上がる双子小学生。
 一方高校生組と饗子祝子は呆れてしまう。なんだそのいい加減な変身は。

「なぜ優子と花憐だけ一瞬全裸になるのだ? なぜ芳子は乳だけ震えるのだ?」
「あ、祝子さん、そこは深く考えないでください。」

「準備は整ったようだな。」

烏帽子狩衣神主姿で物辺家の長が現れた。娘二人は父の背後にさっと回り神妙に従う。台所作業着スタイルのままで。

「優子、忘れてはいないだろうがウチは武運長久戦勝祈願の社だ。ゲキの躯に乗って戦いに臨むとあれば、念入りに祈祷せずばなるまい。」
「でも爺ちゃん、自分で自分を拝む事になるけど?」
「こういうのは形だから、そこに並びなさい。」

 餅は餅屋プロの仕事、あっという間にゲキロボの前に祭壇が出来上がる。
 出撃する5人を先頭に関係者一同が列を作る。花憐が後方を振り返って、一人部外者で居ようとする者を呼ぶ。

「ミィーティアさん、はやく早くぅ。」

 アメリカ政府・軍・CIAとの連絡員として唯一人島に滞在する事を許された赤毛の白人女性が、いそいそと神社石段を登る。
 ミィーティア・ヴィリジアン。彼女は物辺神社で巫女をした経験も有るから、ちゃんとご祈祷に加わる資格が有る。

 かけまくもかしこき、が始まると誰が呼んだでもなく村人達が神社に寄ってきた。
 そもそもが神事に奉仕するために物辺島に住んでいるのだ。神社に異変があればすぐに駆けつけてくる。

 童みのりの父親は漁師でいつもは日の上がる前に出漁するが、この1週間は島近辺に海上自衛隊の艦艇がぎっしりと停泊して厳重な警戒をしている。
 やむなく漁船を出すのを取りやめていたから、夫婦揃って飛んできた。
 そして驚くべき光景を目にするのだ。

 既にステルスフィールドは解除して、全長7メートルゲキロボの勇姿が御神木前の広場に立ち上がる。
 昔語りとして子供の頃から聞かされてきた「ゲキの鬼」、そのものだ。

「みのりー!」

 ご祈祷が終わり、5人の少女がぴょんぴょん跳び撥ねてロボットに乗り込む。
 黄色いスーツを来た小さな女の子が我が子だと発見して、みのりの母親が大きく叫ぶ。
 みのりはゲキロボの頭の上にまで跳び上がり、両親に手を振って見せた。頬は赤く照れている。
 何も言わずに家を出てきたから、バツが悪い。すぐ背中のコクピット入り口に引っ込んでしまった。

 ゲキロボに近付いて止めようとする母を、物辺饗子が押し留めた。
 ゲキについての事であれば、物辺の人間がこれに責任を負う。説明の義務も饗子祝子が果たしてくれる。
 だから安心して5人は宇宙に征けるのだ。

 

PHASE 645.

「所定位置の月軌道まではぽぽーが操縦して。そこで各員配置に着いてシステム起動してから、火星軌道まで進出する。」
「まって喜味ちゃん、その前に皆さんに挨拶していきましょう。」

 花憐の提案は、物辺村を護ってくれた日本の警察自衛隊特務保安隊、それに在日米軍の事だ。
 宇宙艦隊襲来の情報が裏世界で流布した途端に、妨害活動が企てられ事件事故が頻発した。

 世界が滅びた方が良いと考える勢力は決して少なくない。意図は理解できなくともその真摯さ熱意は決して軽んじてはならない。
 ゲキの少女達が太陽系防衛の準備を心置きなく出来たのも、国家権力によってしっかりと守られてきたからだ。
 正確な報告は伝えてもらえなかったが、人死も相当数出ているはずなのだ。

 晴れの出撃に当たって、彼等に挨拶をしていくのは人として当然の礼儀であろう。
 喜味子は一瞬考えて、配置を変更した。

「じゃあみのりちゃん操縦席に座って、慎重に低速の運転をして。島を一周回って、そうだなついでに門代高校も拝んでいくかな。」
「わかった。」

 ゲキロボはメインパイロットによって胴体の色が変わる。
 腹に丸い銀の凹みを持つ球体が黄色に染まり、周囲にそよ風ほどのゆらぎも見せずに浮上飛行を開始する。
 まだ花が盛りの百日紅の御神木にわずかに触れると、神社本殿よりも高くに位置を取った。
 神社境内に詰めかけた村人すべてが鬼神の姿を拝む。

 歩行の速度で空中を海に移動する。
 物辺島近海を護る護衛艦ミサイル艇、また海上保安庁の警備艇がにわかに警戒体制を見せるがあらかじめ通告済み。
 日本政府に伝えた発進シーケンスではそのまままっすぐ頭上に舞い上がるはずだが。

「!!!」

 ゲキロボは海面15メートルを滑るように進み、陸地に向かう。
 物辺島と繋がる桟橋の脇を通って、本土側で警備する警察と自衛隊の人員車両と対峙する。
 全高7メートル、ぱっと見巨大なロボットがローターもロケットも使わずに空中に浮かぶ姿は、警戒を呼び起こすのに十分な脅威だ。

 彼等はこの1週間島を守ってきた。
 門代地区全域を警察が抑えるのは当然として、近くのコンテナヤードの一角を接収して陸上自衛隊が前進基地を設営する。
 74式戦車を主力として、自走榴弾砲に高射機関砲、対空ミサイル一式まで持ち込んでほとんど要塞化してしまった。

 表には出ていないが、NWO「世界秩序護衛隊」からも戦闘人型ロボット「バヤールBayard」6機が派遣されている。

「おい、あれは敵か?」 
「本部に確認する。発砲マテ」
「島から出てきたように見えたが、アレが通達にあった米軍の秘密兵器というやつか?!」

 まあそういうことになっている。
 自衛隊の装備でなければ米軍の秘密兵器。現場の人間を納得させるにはこの程度の嘘で十分。

 魚の骨に見える左右両手足をぶらりと下げた黄色い球体は、ロボットと呼ぶには異形過ぎる。
 宙から吊るす操り人形のように力みが無く、意志を持って動くのか誰かの操縦に拠るものか、見極めがつかない。
 緊迫の内に凝視していると、骨の右手が曲がり、やはり球体の頭部に移動する。
 いいかげんな形で敬礼をして見せた。

 あれよと言う間にロボットは高度300メートルまで上がり、門代高校に顔を向ける。
 主たる目的としては、門代高校裏山比留丸神社に住む究極宇宙人「ぴるまるれれこ」が宇宙艦隊接近に対して特別な反応を示していないか確かめる為である。
 だが、見納めというわけではないが、やはり懐かしい母校。彼女達の帰るべき日常がここに有る。

「あれ? 屋上に人が居る。」

 みのりの声に、他4人も近くの窓やディスプレイを覗き込む。望遠にすると。

「あ、まゆちゃん先輩だ。」
「志保美センパイも居るな。」
「美鳥も居るよ。明美さんも。」
「草壁さんも、ウエンディズのメンバー勢揃いだわ。」

 明らかに物辺村、自分達の方を見守っている。
 不思議ではない。今日の発進スケジュールは喜味子が八段まゆ子先輩にバラしている。防衛計画立案全般に渡って知恵を貸してくれた。
 第一、シャクティ・ラジャーニもウエンディズのメンバーだ。

 主操縦席で正面映像に見入るみのりに、青いスーツの鳩保が寄って行動を促した。

「徳は孤ならず必ず隣あり、か。見ている人はちゃんと見てくれるんだ。」
「うん。」
「美々世が学校の安全はなんとかしてくれる。行こう、みのりちゃん。」
「うん!」

 ゲキロボは更に高度を上げる。
 学校上空に明けのカラスの群れが丸く輪を描いて飛んでいる。
 3千メートル、1万メートル。遠くまだ陽の差さない地平線が覗く。

 みのりの感じる名残りを思って、背後から花憐が声を掛けた。

「みのりちゃん、とんでもない誕生日になっちゃったわね。」
「誕生日? あーうん。そうだった。」

 童みのりの誕生日は九月九日。
 生まれて間もないみのりが海上をたらいに乗ってぷかぷかと浮いていたのを、今の父親に発見された日である。

「帰ってきたらお誕生会しましょ。」
「すっごいの。友達みんな呼んでおっきいのしたい!」
「よし任せろ。結婚式みたいに大規模なパーティにしてやるぞ。」
「ぽぽーはあんまり役立たないけどね。」

 常には無いみのりのワガママに、5人全員が盛り上がる。
 そうだ、明日の予定も満杯だ。

 

PHASE 646. 

 高度百キロメートルからは宇宙空間と呼んで差し支えない。軌道速度に乗っていなくても、ここまで来れば宇宙旅行したと人に威張れる。

 ゲキロボが宇宙にまで上がり故郷を振り返ると、常には見ない絵があった。
 地球の上に薄いベールが掛かり、なにやら文様が浮いている。おおむねタコの姿に見えた。
 ”ファイブリオン” 中米はチュクシュルーブ・クレーター地下の王国を護る宇宙人ロボ サルボロイド・サーヴァントが高く尊ぶ徴である。

 花憐が鳩保に確認する。

「これが、ヴィリケノイド星人から借りてきたエネルギーバリアって訳?」

 ヴィリケノイド星人とは、件の地下王国を建設して地球人類を保存してくれている奇特でおせっかいな宇宙人だ。
 彼等は他の宇宙人と隔絶して異なる特徴を持つ。
 ゲキの遺産についてまったく関心を持たないのだ。つまり、地球人類生き残りの為に力を貸してくれる。

 とはいえ、なかなか厄介な相手だ。
 捕まえるのはさほど難しくはない、むしろ地球在住宇宙人の中でも一二を争う見つけやすいポピュラーな連中だ。
 だが協力を頼むにはかなりの困難を見た。

 彼等はそもそもが「地球人を守りたいから守っている」
 干渉しようとする迷惑な宇宙人の横暴から地球人を救ってくれる、義侠心溢れる存在だ。
 こういう奴はとにかく頑固で人の言う事を聞かない。
 親切ではあっても独善を振りかざすのは他と変わりは無いわけだ。

 幸いにして物辺神社には奇特な宇宙人「天空の鈴」ことクビ子さんとメルケさん、そして居候のナナフシ星人さんが居る。
 三者は協力して手近に居たヴィリケノイド星人を捕獲し、説得し、効率を優先した巧みな交渉術を用い、快い協力を取り付けてくれた。

 ゲキの少女5人の前に、ずたぼろにされた哀れなビリケンさんが吊るされる。

「ヴィリケノイド星人て、大阪の通天閣に住んでいるビリケンさんにそっくりなんだね? クビ子さん。」
『あービリケンというよりは、リトルグレイに近いんじゃないですか。鳩保さんにはそうは見えません?』
「金色の服を着ているから、ビリケンさんだろう。それで、こんな状態だけど協力してくれるって?」
『協力と言いますか、まー彼らの言い分によりますと、チュクシュルーブ・クレーターの地下避難所の運営管理から彼らはとっくに撤退しているそうです』
「だめじゃん。」
『まあダメですが、サルボロイド・サーヴァントを直接に使役する分には、ヴィリケノイド星人は何も文句は言わないそうです。元々彼らが作ったものでもありませんからね』
「たしか、宇宙のゴミ捨て場でロボット拾ってきたんだっけ。」
『よく有る話ではありますね。他の宇宙文明の遺産を発掘調査してテクノロジーを収集するのみならず、まだ動く機械を流用して他の用途に当てるってのは。
 SF小説なんかじゃ大破局の原因になりますけど』

 というわけで、鳩保は現地にコネの有る斎野香背男と、因縁浅からぬ物辺優子を連れて現地に飛んだ。
 花憐とみのりがミスシャクティの島に行くのに使った、城ヶ崎家キャンピングカー改造超音速旅客機でだ。

 その時の様子は後ほど詳述するとして。

 

 鳩保、

「喜味ちゃん、これがほんとうにサルボロイド・サーヴァントなのか?」
「そうだよ。前に優ちゃんの御札のせいでプラズマ巨大化したでしょ。あれを、ゲキの方からエネルギー供給して再現してみたんだ。」
「ほんとうにコレが必要なのかな。」

 基本的にゲキロボは敵超光速ミサイルおよび宇宙戦艦直接攻撃を担当する。
 光速以下の攻撃手段、レーザー・ビーム・ミサイル等は、ミスシャクティが擁する時空戦艦ブロクレブシュ級16隻が対応する。
 だが、またしてもまゆちゃん先輩に防衛計画の不備を指摘されたのだ。
 「敵機動兵器の迎撃はどうする?」と。

 当然の事では有るが、十分に進歩した宇宙人は無防備のミサイルなど用いない。エネルギーシールドを有し十分な防御力を持ち、また知的な回避行動を行う。
 この回避行動が曲者で、つまりは知的な高機動物体に対抗するには同等の人工知性が必要となる。
 地球人類よりも賢いAIを、だ。

 喜味子の説明だと、

「いや前にさ、メゾトって宇宙人が他の宇宙人に食べられるのを防止しに行ったでしょ、あんた達。
 あの時、十分な人工知性が作れなくて困ったじゃん。」
「ああ! あの問題がまた起きたのか。」
「ゲキロボは、地球人より賢い知性を作らせてくれない。地球人自身の存在が損なわれちゃうからね。
 だがそれではカニ星人の無人機動兵器には勝てないのさ。」

「喜味ちゃん、超光速ミサイルは知的制御必要じゃないの?」
「相対速度があまりにも速すぎて、知性で回避する前にぶつかるから、そこはOK。」
「そうなんだ。よかった。」

 敵味方共に100Cで移動する。距離1光秒で衝突コースに入った場合、200分の1秒後には破壊完了だ。逃げる暇などアリはしない。
 花憐はほっと息を吐く。なら迎撃大丈夫だ。

「そこでサルボロイドを使うわけだ。」
「まあ、他の宇宙人の産物を使うのもゲキロボはいい顔をしないんだけど、サルボロイド・サーヴァントは純然たる機械だからね。
 道具として用いる分にはなんとか我慢してもらってるよ。」
「ゲキロボ使うのも難しいな。」

 ただし、エネルギー供給はゲキロボが行っている。
 サルボロイドがぴるまるれれこと接触してエネルギーを吸収巨大化したのと同じ原理で、巨大なエネルギーシールドを作り上げた。
 あくまでも制御だけだが、案外と火加減難しい。地表に影響を与えずに、十分な防御力を持つ機動兵器を完全破壊しなければならない。
 また機動兵器だってバカではないから、逃げる。蜘蛛の巣を上手く使って罠に掛けるのもサルボロイドの役割だ。

 優子は、だがと尋ねる。低速の機動兵器なんて本当に来るのだろうか。
 「さあ?」、と喜味子も首を傾げる。
 普通に考えたら超光速ミサイルだけで用は済むのだが、もし自分達の迎撃作戦が上手くいけば、敵も対応を替えるだろう。
 念の為の保険である。

 主操縦席に座るみのりは、正面ディスプレイに表示されるサルボロイドの盾を目見当で測量する。
 直径1万2千キロの薄い円盤。

「きみちゃん、これ1枚しか無いよ。南半球防御できてない。」
「うん。リソース不足でした。」
「ひぇ〜。」

 NWO主要国はほぼすべて北半球に有る。彼等に対して眼に見える形での防御を提供するのも、政治的配慮である。
 頭上をエネルギーシールドで覆ってやれば、ある程度は安心するだろう。
 しかも西半球を重点防御。おかげで肝心の日本列島自体はカバーから外れてしまう。

 ミスシャクティの船が硫黄島近海から動かないのは、その為だ。日本いや物辺島を護る責務を果たしている。

 

PHASE 647.

 月軌道の指定宙域に到達する。
 すでにミスシャクティ麾下の時空戦艦12隻が集結して命令を待っていた。

 ミスシャクティは未来からの16隻、地表の旗艦を含めると17隻を率いるが、4隻は太陽直衛に回している。
 彼等の主な役割は光線兵器、レーザーやX線ガンマ線砲を光学的に防御する事にある。巨大なエネルギーシールドを変調して反射させるわけだ。

 敵超光速ミサイルの機能を再度検証したところ、基本兵装ではないがそれら光線兵器としても使用可能だと判明する。
 そもそもが敵ミサイルは強力なエネルギーフィールドを成形したビームサーベル状態で突入するのだが、このフィールド自体が超高温を発している。
 標的に衝突後はフィールドを激しく振動させてエネルギーを伝達するわけで、モードを変えれば発光および集束も可能である。

 まあ基本使わない機能だ。超光速移動中に発光しても、後から光が追いかけてくる状態になり意味を持たない。
 だがミサイル自体が途中で破壊されるとなれば、選択肢も変わる。
 反射鏡が必要となった。

 ゲキロボの内部では主パイロットがみのりから鳩保に代わる。
 コクピット内正面に主操縦席があるのだが、今回の作戦に対応するため新たに3席を仮設で設置した。
 天井左右壁、さらに後ろに機関士喜味子のノートパソコン席がある。

 天井はナビゲーター、花憐が位置に着く。
 直ちに太陽系全域のリアルタイム索敵を開始した。

「喜味ちゃん、探査機がどんどん太陽系に到着しているわ。オールト雲に多いけど。」
「ふふふ、事前に敵の探査機をそっくり全滅させてやったから、ワープアウトに困ってやがるな。」

 本来超光速探査は難しい。電波や重力波などは所詮光速以下でしか伝達されず、数光年離れた目標地の今現在の情報を伝える何物も無いからだ。
 そこで中流以上の宇宙人はまず無人偵察機を送り込む。超光速通信により現地の状況を確認しナビを受けた後ワープアウトするのが通常のセオリー。
 これが下級下等の宇宙人だと超光速通信そのものを持たないから、光学観測による出たとこ勝負の博打が利く100C以下の低速移動を強いられるわけだ。

 喜味子の事前準備はこの無人偵察機を虱潰しに破壊し、更には他の宇宙人からの情報提供を防ぐために当たるを幸いなんでもかんでも探査機を潰してきた。
 おかげで宇宙人放送局の太陽系天気予報が無茶苦茶に。宇宙観光旅行者はたいへんな難渋を味わっている。

「喜味子、苦労を掛けたな。」

 などと柄にも無く労うのは物辺優子。
 左壁席は優子専用に改装されて、とにかくスイッチが多い。パソコンのキーボードを20個ほど埋め込んである。
 もぐらたたきの要領で敵宇宙戦艦にハッキングを仕掛け、自爆に追い込むのだ。

「まあ5人打ち麻雀よりは扱うものが少ないから、問題無い。」
「そうね、あの合宿は良かったわよね。」

 ゲキロボを今回の任務に最適化改装した後、一度シミュレーションをやってみたのだ。
 結果ものすごく忙しく、脳内クロックアップもしてものすごく腹が減り、まあでもなんとかなると自信を付けた。
 麻雀合宿の経験が今回非常に役立っている。
 敵の出方を読み隠された要素を推測し、適切にリアルタイムで処理していく。
 まるで今回の襲来に合わせたかの訓練だった。

 喜味子は思う。

「ひょっとすると、しゅぎゃらへりどくと星人はこの為にあの麻雀仕組んだんじゃないかな?」

「うーん、美々世のところは高等宇宙人だからなあ。中流宇宙人の出方はよく知ってるだろうしな。」
「そうねー、もしそうなら美々世さん美々奈さんに御礼を言わなくちゃいけないわ。」
「いや、それほど美しい話ではないかも知れないぞ。マッチポンプという可能性もある。」
「優ちゃん、じゃあしゅぎゃらへりどくと星人がカニ星人をそそのかして、地球に襲来させたっての?」
「その可能性も小さくはない。少なくとも、中流宇宙人が地球の現状についてほとんど知識を持たないのは相当におかしい。」

「なるほどね。」

 鳩保も、優子の台詞に思い当たらない節も無いではない。
 地球皆殺しということは、地球に居る宇宙人もそっくり皆殺しであり、カニ星人は彼等全体を敵に回す事となろう。

 合理的な判断とはとても思えない。
 美々世のしわざ、であろうか。いや、地球在住高等宇宙人は結構多いのだ。
 高等であるほどゲキの遺産に強い関心を持つ。
 ゲキの真価を見極める為に事を仕組んで見せるのはしゅぎゃらへりどくとに限るまい。

 ぱこぱことノートパソコンを叩き、足元のゲーム機のパッドを操作した喜味子は、宣言する。

「じゃあ始めるとするか。平面指向性ビッグバン、起動するよ。」
「OKおーるぐりーん」
「いいわよ、始めましょ。」
「うん。」
「さあて、御奉仕するか。」

「スイッチ、オン!」ぽちっとな。

 

 太陽系天頂天底方向に平面円盤状に散布された指向性ビッグバン発生装置が連動同調して機能を開始する。
 最終的には、火星軌道までも覆い尽くす平たい2枚のビッグバンの波面が発生する予定だ。
 波面は秒速100キロメートルで太陽系外周部に進行するが、超光速宇宙艦隊から見れば止まっているに等しい。ほぼ壁として働く。
 またありとあらゆる光も情報も呑み込むから、地球から天頂天底方向を観測してもまったくの黒、星も見えない何も分からない状態となる。
 世界中の天文台が直ちに異常を発見するだろう。

 波面が完全な円盤に成長するまでおよそ2時間。
 花憐が報告する。

「平面指向性ビッグバン開始を確認。順調に展開を続けているわ。」
「この波面が完成した頃に、敵宇宙艦隊が太陽系に到着の予定、だね?」
「ええ、ぽぽー。無人偵察機がビッグバンを確認するまでにまだ5時間は猶予があるはずだから、計画変更はしないと思うわ。」
「到着済みの無人偵察機には超光速航行能力は無し、か。これも予定通りだな。」

 外部からワープエネルギーを提供されて超光速航行を実現する物体は、近傍にエネルギー供給源が無ければ動けない。
 宇宙戦艦を先遣させればよいものを、と思うが、単艦で敵地に乗り込むほどは地球を舐めていないらしい。

 主パイロットの鳩保がゲキロボを地球圏から発進させた。火星軌道まで進出する。
 平面ビッグバンは火星軌道まで広がる予定。
 超光速ミサイルは軌道変更を余儀なくされて、火星公転軌道付近の隙間に殺到して突入する。
 ゲキロボは、太陽と地球現在位置を結ぶ直線の上に位置を取る。ここが最も大量のミサイルが通過する場所だ。

 その他の全周の隙間はどうするか。
 無人ゲキロボを4基製造して、ゲキ製超光速ミサイルと共に遊弋させている。ゲキロボ五角形が太陽系防衛の要だ。
 ただし無人ゲキロボはミサイルにワープエネルギーを供給する以上の役割を持たない。
 ミサイルの制御はみのりが行う。1万基をまとめて振り回し群れにぶつける。
 鉄球鎖を振り回す要領とだいたい同じ。同じように操作系を組み上げた。

 一方、群れからはぐれて独自のコースで突入を試みるミサイルは鳩保が狙撃する。
 用いるのはやはり同じ超光速ミサイルだが、こちらはシューティングゲームの要領で鳩保の得意とするところ。
 右壁にゲーセンのシューティングゲームと同様のおもちゃの鉄砲を用意した。
 花憐が処理して提供する標的画像目掛けて、撃って撃って撃ちまくる。

 だから火星軌道に到着後は、鳩保はまたみのりと主操縦席を交代する。
 鉄球鎖を振り回すには、やはり機体中心に自身をポジショニングせねばならない。

 

PHASE 648.

 超光速物体は基本的にステルスだ。
 特に電波吸収処理などしていなくても、レーダーには実際映るのだが、反射して戻ってくる電波よりも早く物体の方が到着するので意味が無い。
 捉えた位置が実は数時間前の痕跡だった、となれば観測を放棄せざるを得ない。

 そこで宇宙文明ではさまざまな観測手段を工夫して補っている。無人偵察機を多数配置して超光速通信でリンクするのもその一つだ。
 高等宇宙人はそんな手間は要らない。高次空間に視点を移して三次元空間を手に取るように把握する事が可能となる。
 ゲキロボも同じで、だからこそリアルタイムで太陽系全域の情報を花憐が掌握できるのだが、
 実は時空戦艦ブロクレブシュ級も可能だ。

 航行速度は20Cでしかないブロクレブシュ級だが、その中心には球状のゲキのロボットが入っている。「ゲキ核」と呼ばれるものだ。
 この能力を全解放すれば、ゲキロボと同じ事が出来る。
 ただし、ゲキの力を許された物辺村5人の少女の末裔が乗っていなければ意味が無い。

 二十世紀世界ではミスシャクティしか資格者が居なかった。
 二十一世紀になった今、6人に増えている。ミスシャクティが持たないゲキ制御の要素も揃っている。
 特に技術面を司る喜味子の存在は大きい。
 ゲキ核に課せられた制限が解除され、本来の能力を発揮するのを許された。

 スーパーブロクレブシュの誕生だ。

 航行速度は50Cにまで上がり、エネルギーシールドを展開できる面積が直径5千キロまで拡がる。シールドの耐久力の桁が3つ上がった。
 ついでに超光速砲の使用も解禁される。ミサイルならぬ砲弾をワープエネルギーで20Cにまで加速する兵器だ。
 射程距離を離れエネルギー供給が止まると途端に元の静止速度に戻るから、槍に似ている。長さ3光秒の槍だ。
 光速以下の兵器であれば、地球圏に突入を許してもほぼ不安が無くなった。

 プロクレブシュの乗員である合成人間や人造人間の知的能力は生身の人間を遥かに凌駕するから、運用制御面での不安も無い。
 それでも、カニ星人のAIには劣るのが難点ではあるが。

 

 地球圏の防衛をスーパーブロクレブシュに任せて、ゲキロボは一路火星軌道に向かう。

 実は、火星自体はまったく防備されていない。
 木星土星は破壊されると地球への影響が非常に大きい為に、直衛の超光速ミサイルを配置しておいた。
 天王星海王星に至っては、外周部に面する側に指向性ビッグバンまで起こして傘を作ってある。
 太陽もスーパープロクレブシュを4隻も配置する厳戒ぶり。

 だが火星は、壊れても苦笑で許して貰えそうなところがあるから放置した。
 むしろここに防衛力を配置すれば、敵に重要拠点と見做されて集中攻撃を受けるかもしれない。
 ただでさえ敵ミサイルが殺到する距離に有るのに、余計な真似をするべきではなかった。

 火星の距離に陣を敷くのには、もう一つの目的も有る。
 ゲキロボの主砲は胴体腹部の凹んだ部分から発するプラズマボール砲。
 だが投射するものをマイクロブラックホールに替えて、離散ワープで直接標的内部に叩き込む手も有る。
 比較的短距離でしか当たらないから、ゲキロボ本体の防御にしか用いない。
 また派手な爆発をするから地球近辺では使えない。火星と地球の中間距離でなら、なんとか使用可能なのだ。

 つまりはゲキロボ自体を護る為にも、この辺りまで進出する必要があった。

 喜味子、

「無人ゲキロボ弐から伍号機起動。以後自己防御プログラムで勝手に動く。ぽぽー、てきとーに守ってやって。」
「あいよ。」
「みのりちゃん、サメロボ全制御権を移すよ。主操縦席に座って。」
「わかった。」
「みのりちゃん、チェンジだ。」

 花憐、

「優ちゃん、そろそろ敵宇宙戦艦の先遣隊がワープアウトするわ。まだそちらでアクセス出来ない?」
「さすがにね、超空間航行中は次元バリア張ってるから。あ、第1号ワープアウトしたと思うぞ。」
「確認したわ。想定通りに冥王星軌道外周部に1、10、100。100で終わり、次のワープアウトは5分後の予定。」
「カニ星人て十進法を使うんだ。なるほど。」
「ぽぽー変なところで感心しないで。優ちゃん、ハッキングは?」
「まだ早い。逃げられなくなるまで突っ込んで来てから、一気に潰す。」
「わたしとしては出来る内から手当たり次第にしてもらいたいんだけど。敵先遣隊戦艦群、ミサイル発射超光速航行開始。
 これはー、プロープね。無人偵察機としてもミサイルは使えるんだわ。」

「あー花憐ちゃん、カニ星人のミサイルはそのまま宇宙戦艦の目でもあるから。時速100Cで飛んで周辺を光学で観測するよ。」
「じゃあ喜味ちゃん、ビッグバン波面はすぐ見つかるかしら?」
「予想よりも10倍早いだろう。優ちゃん、ミサイルをハッキングで壊せるかい。」
「いいのか?」
「なるべくバレないように、故障って形で。」
「OK」

 カニ星人ほどの高度な科学技術力を持っていれば、直接観測をしなくても恒星系内部情報をシミュレーションで知る事は出来る。
 ただし外乱要素が無ければ、だ。
 無人偵察機をことごとく破壊され、諸々の妨害手段が展開している太陽系では、やはり直接観測するに如くはない。
 敵を受動的立場に追い込むのが、防衛計画当初からの方針である。

 まだこちらの切り札である超光速ミサイル「サメロボ」を察知されるわけにはいかない。

 

PHASE 649. 

 「サメロボ」とは、月面で大量生産された超光速ミサイルである。
 シュモクザメの形をしている。”HAMMERHEAD SHARK”だ。
 敵ミサイルに頭から突っ込んでぶち当たるものだから、やはりハンマーだろう。みのりちゃんが振り回すものだし、という連想で安直に形が決められた。

 材料はイカロボタコロボと同じ砂。つまり酸化ケイ素や酸化鉄だが、大きい。
 全長5メートルにもなる。
 敵ミサイル破壊の為であれば1メートル大でも間に合うのだが、ワープブースターを搭載する容量を必要とした。
 これにより通常速度100Cが、瞬間的に250Cでの跳躍が可能となる。つまりがぶっと喰い付く。
 敵ミサイル先頭が1基破壊されて、その情報を元に後続が進路変更しようとしても手遅れな算段だ。

 表面は銀色でみのりの鉄球鎖と同じ、「金属化中性子フィールド」と呼ばれるメッキだ。
 物質をエネルギーフィールドで極限まで圧縮すると両者一体化して金属中性子として固定される。エネルギーシールドとしては三次元宇宙最強の存在だ。
 いかにカニ星人のミサイルが強力なバリアで防いでも、薄紙を突き破るように貫通してしまう。
 ただ、堅い以上の機能を持たない。
 敵ミサイルは巨大なビームサーベルとして超高温を発したりレーザー砲としても使えるのに対して、芸が無い。

 喜味子はサメロボを2種類作った。構造的には同じだが、使い方が違う。
 サメロボは本来ゲキロボからワープエネルギーを投射されて飛行するが、惑星近傍を防御するのにそんな速度は要らない。
 もし衝突コースに入っていれば、進路上にぽんと飛び出せばよいのだ。ほとんど地雷である。
 一度きりのジャンプの為にワープブースターに独自電源を搭載した。
 燃料の反物質をごく少量しか積んでいないが、最大級の核爆弾を大きく凌ぐ破壊力を持つ。
 それほどのエネルギーを使っても、1回きりしかジャンプできなかった。

 サメロボの製造数は15000基。通常タイプ1万地雷タイプ5千、ただし地雷タイプもエネルギー供給を受ければ通常タイプと同じ機能を持つ。予備兵力と考えてもよい。
 加えて、指向性ビッグバン発生装置を上下2面に1万基ずつ。これも動力には反物質を用いる。
 作業用に大型タコロボ100機製造。偵察衛星兼探査妨害装置も10万基製造および太陽系中に配置するための輸送ロケット10機建造。
 そして無人ゲキロボ4基建造。

 製造効率を上げるために、サメロボは本体の製造工場と中性子メッキ工場、反物質電池工場の3つを独立して建設。
 流れ作業での突貫製造でようやく期日にまで間に合わせた。
 月の砂を1億トンほど消費。

 本来金属化中性子フィールドの製造には膨大なエネルギーを必要とするが、なにせ反物質製造工場が隣に有る。
 反物質は空間をちょちょいとひねると普通物質から苦も無く製造できる。原理の教育用模型をプレゼント星人が持ってきたほどだ。
 喜味子はとんでもないエネルギー量を目と鼻の先で弄んでいた事となる。
 ちょこっと手元が狂えば地球はおろか太陽系全域が光と化すほどの危うっかさ。

 実はちょっとだけやばかったよー、というのはゲキの少女仲間にも言えない秘密だ。

 

「敵艦隊第2陣ワープアウト、数やはり100。100隻の集団を単位として行動しているみたい。
 続いて3から17陣まで確認。これらは太陽系近傍星系に展開していた部隊みたい。
 本隊はおおむね1時間後に到達の予定。大規模ワープアウトは3波、最終出現艦数15000隻以上。」

「予定通りだね。」
「第1波到達時点で迎撃を開始しないか? 喜味子。」
「いや、もしそれで2波3波が対応を変えたら、迎撃計画が破綻する。
 もちろん敵が少数でも攻撃してくれば対応せざるを得ないけど、それでも戦艦直接破壊は最後まで隠しておくのが既定路線だよ。」

 先遣部隊のナビゲーションと交通整理に従い、冥王星軌道距離の球面上に戦艦が次々と出現する。
 一つ一つは星の光の中ささやかな点にしか見えない。

 だが一つだけでも地球を葬り去るを苦としない力を備えている。

 

PHASE 650.

 地球上で、ミスシャクティの船以外で宇宙からの侵攻に気が付いたのはやはりアメリカ合衆国政府だ。
 アメリカは宇宙人に譲られた超感覚センサーを保有する。
 その1基が物辺村の近く、旧小浦小学校跡地を利用した観測基地に設置されていた。

 センサーの核となる人工生命体にアクセス出来るのは、宇宙人由来の遺伝子を持つ赤毛の白人女性ミィーティア・ヴィリジアンのみ。
 特別に優れた感性を持つ彼女は、人工生命体が真に伝えたい情報を微弱なテレパシーで把握出来る。
 単純に数値としての出力を期待する科学者研究者には悪いが、彼女だけが知る世界があるのだ。

「同調しました。」

 今、意識は星の海の只中に居る。

 小学生に合わせた狭い教室の木の床の上に、直立しながらも宇宙を感じていた。
 閉じた瞳の中に無数の星の光が渦を巻く。

 ここは火星軌道、ゲキロボと同じ座標。
 良かれ悪しかれ彼女は、ゲキの少女達と縁しを結んでしまった。特別にセンサーのリンクも許されている。

 身体が虚空に浮く。裸のままで、寒くはないむしろ温かい光のベールに包まれたよう。
 手を伸ばせば火星の大地に触れる事が出来る。思考の速度で視点が光を超えて移動する。
 音が聞こえる。心臓の鼓動。これはじぶんのもの、わたしの肉体が生み出す音。

「ミィーティアさん、データが出力されていますが、イメージングを言葉でお願いします。」
「この数値だと、何かがワープアウトしたとしか。数が測定不能になっています。そちらではどのように視えていますか。」

 室内に押し込まれた無数の測定装置に埋もれる5名の観測員。
 また別の教室ではデータの解析に当たる研究員。機器の正常と電力供給を維持する技師達。
 そして校舎の外には貴重なセンサーを護る米海兵隊の2個小隊。
 学校の外周は日本の自衛隊による蟻の子一匹通さぬ厳戒体制だ。

 誰一人として、今何が起きているのかを理解しない。
 アメリカ本国にも同種のセンサーが2基存在し、ミィーティアと同じ解読者がイメージを受け取っている。
 だが、分かるまい。

 この緊張感、宇宙に漲る恐怖を。
 既に地球は襲われている。
 太陽系外周に無数の光の槍が突き刺さり、弾ける火花は前哨戦の煌めきだ。

 

”ミィーティアさん、”
「は、はい!」

 不意に耳元で物辺優子が囁く。まるで隣に居て、赤い髪を掻き分けて唇を寄せるかの臨在感、吐息までも覚えた。

”ミィーティアさん、視ているね”
「はい。お邪魔ですか」
”邪魔ではないが、あんたにはちょっと刺激が強過ぎるぞ。精神をやられるかもしれない。それだけ激しい戦闘になる”
「構いません。全てを視せてくださいお願いします」
”困ったヒトだな。じゃあ、”

 いきなり身体感覚が拡大し、自分が太陽系そのものになったかに思えた。
 太陽系全体の「今」、が直接に知覚出来る。
 星間物質の流れも空間の歪みも五感を拡張して読み取れた。

 特に不思議に感じるのが、太陽の上下に拡がる薄い膜。ピザの生地を頭上で回すかに拡がっていく。
 事前の説明によれば太陽系を守る無敵の障壁なのだが、正体が全くわからない。
 こんな巨大な存在をどうやって構築したのか。直径が火星軌道ほども有る。

 聞こえる。低い深い唸りが。
 太陽系の惑星が互いに絡み合い結び合って奏でる交響曲。
 天の川銀河から放たれる重力のさざ波に揺れながら。

 そして閃光と共に鳴り響く甲高い声は、艦が虚空を砕く音。
 千光年を跳躍した万の戦船が星砂の浜辺に乗り上げる。
 物理的には微かな大きさではあるが、内蔵するエネルギーは十分に時空を震わせる。
 1隻ずつに固有の人格を持ち、戦士と化して戦いに臨む。殺戮を告げるホルンの響きを待ちわびた。

 迎えるはたったひとつの小さなロボット、5人が駆るゲキの骸だ。
 勝利がどちらに捧げられるか、始まる前から決まっている。

”こちらの偵察機で収集した全域リアルタイム情報だ。そちらのセンサーに繋げてやる”
「ありがとうございます。これで地球の人達もあなた方が何をしているか分かります」
”まあなるべく穏便に、びっくりしないように伝えてくれ。実際、自殺した方がマシってレベルだからさ”

 だがミィーティアは不安に思わない。
 この1週間、何度喜味子がゲキロボに乗って月に行ったか。
 どれほどの労力を費やして地球防衛の準備を行ってきたか。

 センサーの人工生命体と自分だけが把握する。

 少女達はまったく敗北を怖れない。予想すらしない。
 勝つ事生き残ることが既定の未来なのだ。
 ならば、大人は信じよう。

 

「がんばって」

 ただそれのみを祈りに替えて。

 

PHASE 651.

 敵は通称カニ星人、もちろん地球限定のアダ名だ。
 カニ星雲を大爆発させたエネルギーを使って星間文明を作り上げた為にこう呼ばれる。
 彼等は「宇宙の消防士」を自認する。指向性ビッグバンを観測すれば直ちに急行して後始末をする習性を持つ。

 指向性ビッグバンは時空間に関しての高度な知識と技術が有って初めて扱える現象だ。
 100光速を越える超光速航行と時間遡行、そしてこれを実現する事で、中流宇宙人を名乗る資格を与えられる。
 ということは、これを初めて行う文明を片っ端から潰していけば商売敵が居なくなる。宇宙の覇権が独占できる。
 実に理に叶った行動原理なのだ。

 カニ星人はかなり大規模な艦隊を動かして異星文明を滅ぼしてきた。
 中流に足を踏み入れたばかりとはいえ、このレベルの宇宙人の科学技術はバカに出来ない。全力を以って攻撃をしなければ逆襲を食う。
 万全を期して確実な勝利を求めていた。

 しかし1万5千隻は多過ぎる。空前の大動員と呼んで良い。

 何故自分達がこれほどの戦力を地球に投入したのか。
 カニ星人はまだ、その疑問に突き当たってはいない。
 それでも後悔はしなかった。

 

 先遣隊が射出した最初の超光速ミサイルは、太陽圏全域の現状を調査する無人偵察機である。
 中流宇宙人といえども超光速探査は出来ない。所詮は光速以下の光電磁波重力波、諸々の高速粒子を観測するしか調査の手段を持ってはいない。
 だが探査機自体が超光速で動けば、十分に目的を遂げられる。

 超光速ミサイルは極短距離のワープを断続的に行い、通常空間に出現する度に外部情報を光学他で観測し、自らの次の出現座標を求める。
 マイクロギャップ航法と呼ばれる、下級宇宙人が到達する最高の超光速航法だ。

 中流宇宙人も恒星系内部では同じ方法を用いる。ただし下級宇宙人とは違いワープエンジンを搭載しなくても可能となった。
 母艦から投射されるワープエネルギーを受けて、飛翔体は超光速を実現する。
 エンジンを形成する巨大な質量と何十年もの作業時間が要らなくなるから、安価に大量に製造出来、惜しげも無く使い捨てられる。

 下級宇宙人が中流宇宙人に絶対勝てない道理だ。

 そのミサイルの第1陣がいきなり消滅した。
 迎撃ではなく故障とのデータが送られてきたが、カニ星人は信じない。
 ミサイルは過剰なまでの保護機能を持ち、運用中に故障する確率は限りなくゼロに近いのだ。
 もし構成物質の7割を失ったとしても、残りで機能を代替して性能の98%までを復元する。
 故障は、あり得ない。

 探査第2陣もやはり途中で航行を止めた。なんとミサイルが有給休暇と賃上げを求めて運行をボイコットする始末。
 只の兵器が労働争議を行うはずは無く、何者かによる妨害工作と判断された。

 カニ星人は深刻な脅威に直面する。
 現状判断されるところでは、敵は自分達が運用する兵器に外部からアクセスし自在にコントロールを奪う事が可能。
 だが「太陽系・地球」に住む知的生命体は、知的と呼ぶのも憚られるほどに原始的幼稚な科学技術しか持たない。
 誰が何を行っているのか。
 いやそもそも、誰が指向性ビッグバンを発生させたのか。
 攻撃対象を再度確認すべきであった。

 

 彼等は、艦隊の集結を続けた。

 本来であれば攻撃を中止すべきであっただろうが、太陽系中心部についに目的の指向性ビッグバンの痕跡を発見する。
 あまりにも顕著な異常である。なんと惑星軌道を包み込むほどの巨大な波面を形成していた。
 もしこれが太陽方向を向いて進行すれば、太陽そのものを呑み込み消滅させる。「恒星系殺し」だ。
 極端に高度な科学技術文明の仕業。中流程度の宇宙人ではない。

 カニ星人文明を大きく超える、高等宇宙人との遭遇だ。

 彼等の不運は高等宇宙人について誤った見解を持っていた事だ。
 なるほど科学技術が自分達より遥かに進んだ宇宙人は実在する。複数の種族と交流も有る。
 その経験からして、高等種族は三次元宇宙においてはほとんど何もしないと認識した。
 自らの領域を定め覇権を唱えるなどは、行わない。侵略や搾取にも手を出さない。
 まるで隠者のように現実から引き下がった生き方をしている。そう、見えた。

 あまりにも進歩し過ぎて三次元宇宙に興味を失い、高次空間で文明を展開しているのだろう。
 物質界は中流宇宙人が支配するべきで、彼等も容認している。
 そう解釈した。

 であれば、むしろ攻撃を行うべきだ。
 高等宇宙人は星に対しての執着を持たない。
 艦隊が総力を挙げて太陽系を滅ぼせば、見捨てて他に移るであろう。

 これほど巨大な指向性ビッグバンを展開するからには、何らかの意図があるのだろうが、
 しかし現実を弁えてもらわねばならぬ。

 宇宙の主役は既に此方ではなく、我等である事を。

 

PHASE 652.

 艦隊1万5千隻の太陽系への集結は完了する。

 その1隻ずつにカニ星人1人が乗っている。すべて同じ能力同じ判断力、どれもがカニ星人文明フルセットを記憶する。
 だから交信などして議論をするのも無益。どれを取って組み合わせても、到達する結論は同じ。
 それでも一応は高等宇宙人の処遇について、意見の統一を図らねばならない。

 議論の結果、太陽上下方向に拡がる巨大な指向性ビッグバン波面の鎮圧処理は後回しされた。
 対向ビッグバンを起こして相殺すれば簡単なのだが、なにせモノが大き過ぎる。
 このレベルの波面の短時間での形成は、理論上は考え得るが実物にお目にかかったのは初めてな代物だ。
 調査の必要が有った。

 また地球への絶滅攻撃は全会一致で決定する。
 よく分からないが高等宇宙人は、地球に住む原始知的生命体に用が有るのだろう。元を潰せば素直に引き下がるはず。
 本当に必要であれば、彼等自らサンプルを拾い集めて別の恒星系に逃亡するだろう。
 今度はもっと穏便な実験を行うに違いない。

 ただ高等宇宙人の意図を挫くには断固たる意志を見せつけねばならない。
 超光速ミサイル1万発同時攻撃が採択された。

 既に先遣隊が投射した300発が機能不全と消滅に陥る。
 圧倒的な数で対処不能にすべきと結論した。

 冥王星軌道距離、おおむね5から6光時に太陽系全周を取り巻く形で展開する宇宙艦隊は、ミサイル投射を敢行する。

 

「ミサイルの大量射出を確認。数およそ1万!」
「やった! かかった計算通りっ」

 ゲキの少女があたかも魚が網に掛かったかに喜ぶのも、実は技術的な問題があるからだ。

 ワープエンジンを持たない飛翔体にエネルギーを伝達して超光速で飛行させると言っても、高等宇宙人と中流宇宙人ではやり方が違う。
 高等宇宙人はそのまま高次空間から直接に飛翔体に伝達するが、中流宇宙人は超空間を使う。
 超空間とは三次元空間における超伝導のようなもので、なんの抵抗も無く物質が移動できる特殊な空間の状態を言う。
 中流宇宙人はこの中を飛ぶことで極超光速を実現するのだが、
 そんなに簡単なものではない。技術水準によってはなかなか速度を上げられない。

 カニ星人は1万5千Cの驚異的速度を実現しているが、もちろん何重もの工夫を施し精密な時空間制御によって可能とする。
 つまりは進化したワープエンジンを持つからこその速度だ。
 飛翔体はその工夫がまったく使えない。素の状態でエネルギー供給を受け、単純な方法で飛行する。
 そして伝送元に多大な負担を強いた。
 その最たるものが、「エネルギー伝達中は超光速航行できない」 母艦のワープが不能になってしまう。

 光速以下で回避運動をするのに不自由は無いが、超光速宇宙戦艦にとってはカモもいいところ。
 だからこそのミサイルであるが。

 喜味子が諸データを確かめて進言する。

「優ちゃん、敵の座標が固定した。遠慮無くやっちまって。」
「まかせろぃ。」

「みぃちゃん来るぞー、前にも言ったけどサメロボにも耐久限界ってのが有る。なるべく少ない回数の衝突で、でも確実にミサイル基部を破壊するんだよ。」
「わかった。」

 カニ星人宇宙戦艦は全長8キロメートル直径500メートルの円筒形。前後がきゅっと締まっている。
 外壁に直径全長1キロメートルのとんがりコーンいやアポロチョコっぽい超光速ミサイル5基を搭載する。
 事前の花憐の予想では10発搭載だったが、探査艇が5機と実弾5発の構成らしい。

 ミサイルは母艦エンジンからワープエネルギーを投射されるとエネルギーフィールドを発生させ、全長15キロメートルの棒状シールドを作り出す。
 あたかも巨大なビームサーベルとなって光速の100倍の速さで宇宙を疾走する。

 当然堅い。妨害手段に遭遇しても貫通破壊して構わず進行する。サルボロイドで作ったエネルギーシールドでも防げないだろう。
 だが金属化中性子フィールドは違う。サメロボ表面のメッキはいかなる高温高圧高エネルギーも跳ね除け、ミサイル基部に到達する。

 とはいえダメージをまったく受けないとは言えない。
 喜味子の計算だと、サメロボの耐久限界は衝突10回。当たりどころが悪ければ3回ほどで崩壊するだろう。

 冥王星軌道距離全天から射出された1万発のミサイルは滑らかに火星公転軌道に向けて進行する。
 1万発は確かに多いが、宇宙全体を埋め尽くすほどではない。余計なものを標的とするには足りない。
 花憐は予想進路を確かめて少し安堵した。
 冥王星海王星天王星、また重点防護対象である土星木星にも向かうミサイルは無い。

「ふーーーーーっ。」

 陸上競技ハンマー投げの試技に挑む時と同様に、みのりは呼吸を整え精神を集中する。
 全身の筋肉がリラックスしながらも大きく膨れ、サメロボ1万基に回転を与える指令を発した。
 そう。みのりは肉体そのものがコントローラーとなっている。
 すべてのサメロボがみのりの肉体に直結する。

 一方ゲーセンシューティングレンジの前に立つ鳩保も、両手のハンドガンコントローラーを再度握りしめる。
 照準器もアイアンサイトも使わない。標的は小指の握りで狙う。これは物辺祝子から教わった剣術の構え。
 喜味子が注意を与える。

「ぽぽーは敵ミサイルを横から攻撃して。正面からだとサメロボの破損が大きい。無防備な横から確実に。」
「OK」

 鳩保に割り当てられたサメロボは数が少ない。弾数に留意するのは当然。
 花憐が叫ぶ。

「ぽぽー、まずはあなたの方からばらばらにミサイル来る!」
「おけ」

 間髪を置かずに、SHOOT!SHOOT!SHOOT!

「よし、3基撃破!」
「よし。1隻轟沈。」
「はぁあああああああああっんん、ぅん!」

 みのり操るサメロボ群が、カニ星人ミサイル群に激突する。
 たちまち宇宙に青白い花火が咲き誇る。

 

PHASE 653.

 カニ星人はパニックに陥った。

 宇宙には、自分より強い敵とは絶対に争うべきではない、との黄金則が有る。
 高等宇宙人にでも戦闘を仕掛けたのは、相手が自分達を直接破壊には及ばないだろうとの目算有ればこそだ。
 彼等は或る意味中流宇宙人を都合よく使う。
 三次元空間における活動の主体は中流宇宙人であり、自分でするよりアウトソーシングした方が楽だからだ。

 高等であればこそ話が通じるのが宇宙のセオリー。

 ましてやカニ星人は「現在太陽系で活動しているであろう高等宇宙人」を直接攻撃したわけではない。
 宇宙全体にありふれたちっぽけな惑星を潰そうとしただけなのだ。
 にも関わらず、艦隊に直接攻撃を受け、戦艦が撃破された。

 カニ星人の宇宙戦艦は三次元物理的に破壊はされない。
 全長8キロメートルの艦体はチタン合金の一体材で作られるが、これは形だけ。強度装甲防御力はエネルギーシールドによって与えられる。
 そしてワープエンジンを含む機関部はすべて、亜空間内部に収められていた。

 亜空間内に亜空間を多重に封じ込め擬似的に高次空間を形成した「累冪空間」と呼ばれるものだ。
 擬似的にとはいえ高次空間を利用したメカニズムであるから、三次元物理手段での攻撃を受け付けない。
 もちろんハッキングなんか通用するはずもない。

 それが、ものの1秒で弾け飛ぶ。
 よほど強力で高度な技術を有する存在としか考えられない。

 続いて超光速ミサイルが全弾破壊される。
 超光速ミサイルに対抗するに超光速ミサイルを用いる。これ自体は常識的な対応だが、多数のミサイルにエネルギーを供給する母艦母機が必要である。
 しかし太陽系内には見当たらない。
 1万基のミサイルを撃破するなら、カニ星人と同様に1万隻の艦隊が必要なはずなのだ。

 

 後悔はしたものの、攻撃を止めようとは考えない。
 宇宙の黄金則その2、対等と思われる敵は徹底的にこれを破壊絶滅すべき、に忠実に従う。

 なるほど戦艦は破壊された。だが10数隻に過ぎない。
 ほんとうに強力な存在であれば1万5千隻ことごとくを一瞬で宇宙の塵と化したはず。
 超光速ミサイルだとて、不思議な点は多々有るが、迎撃に同等のミサイルを用いるのは敵が中流宇宙人以下の証拠。
 戦艦を破壊できるなら撃たれる前に全滅させればいいわけだ。

 カニ星人は、自らが対峙する相手は極めて高等な科学技術を有してはいても、運用自体は極めて稚拙と判断する。
 これほど極端ではないが、よく居るのだ。
 他の宇宙人の科学技術を利用する下級の宇宙人というものが。

 太陽系に高等宇宙人は存在するのだろう。それが下級宇宙人に力を許している。
 宇宙秩序を乱す愚かな振る舞いだ。分に過ぎる力は不幸と災害しか生まない。
 然るべき防止措置が必要である。

 第1波攻撃が頓挫して35分後、ミサイル第2陣が射出された。

 

「ふーん、今度はミサイルがスクラムを組んできたぞ。」
「そうね、こちらのサメロボに対抗するつもりね。しかも1万5千発、全艦発射してるわ。」

 喜味子は天井の花憐から敵ミサイルのスキャン映像を回してもらう。
 ビームサーベルによって自らを防御するのは変わらないが、新たに回転運動が追加されている。ビームが螺旋にねじれていた。
 サメロボが突入した際に、エネルギーを集中して破壊するつもりだろう。
 実際横から殴られればサメロボもあんまり強くない。あくまでもハンマー型の頭部で激突してこそだ。

 優子は買い置きの大袋キットカットを貪り食いながら報告する。小さいサイズが主流となって不満に覚えていたが、このように数を食べる時には便利な大きさだ。
 おにぎりに手を出すほどには第1波迎撃は苦労しなかった。

「カニ星人のシステムにあらかた慣れた。次からは倍の速度で破壊できるし、もっと面白いことも出来るぞ。」
「優ちゃん、余計なことはしない!」
「そうよ優ちゃん、変なことすると撃破率が下がるわ。とにかく数を稼いで敵を減らし続けて。」
「そうか? うんまあ、指揮系統分散してて敵を混乱させるのは難しいからな。分かった。」

「どうでもいいけど、サメロボもっと早くならないか? シューティングゲームとしては弾が遅くて偏差射撃が難しいぞ。」

 と鳩保はとんでもないケチを付ける。こちらはコーラをがぶ飲みしながら。
 ワープブースターの250Cジャンプを巧みに活用しながら、この台詞だ。どこまで我が儘なのだ。
 相手にするのも馬鹿らしいから、喜味子は正面主操縦席で肩をぐりぐり回して緊張をほぐしているみのりに話し掛ける。

「みぃちゃん、どう。次は脳内クロックアップ2倍でやってみるけど。」
「うんだいじょうぶ。ミサイルのどこを壊したらいいか、だいたい見当がついた。アンテナだねワープエネルギーを受ける。」
「ならもっと効率良く一発の衝突で完全破壊して。何度もぶつけるとサメロボの耐久値が下がっていくから、最後まで保たない。」
「うん。次は一撃一殺をかくじつにするよ。」

 花憐、球体ディスプレイを見つめて、告げる。

「土星軌道を通過。来るわよ。」

 

PHASE 654.

 直接に戦闘には加わらない喜味子は、敵ミサイルの様子をノートパソコンの液晶ディスプレイで確かめて気付いた。
 ミサイルビームサーベル部からある特定の波長の光を強く放射している。第1波では行わなかったのに。
 これは攻撃手段ではない、レーダーだ。索敵をしているのだ。

 意味するところは一つ。サメロボにワープエネルギーを供給し制御する母艦を探している。
 しかとは確認していないが、ゲキロボの存在を推測したわけだ。
 第2波の間は見つからないだろう。だが3波以降は確実にゲキロボを直接狙ってくる。

 まあ、これも予測通りなのだが。

 

 鉄球鎖を振り回す要領でサメロボを火星公転軌道全域で回転させる童みのりは、実はかなり器用だ。
 幾らなんでもこの全周にまんべんなくサメロボを配置すればすかすかで、迎撃の任が果たせない。ワープエネルギーの配分も難しい。
 だから100基ずつの編隊を組んでエネルギー受信を共同で行う。100隊を鎖のように連ねて回していた。

 敵ミサイルは当然隊と隊の間をすり抜けようとする。
 また指向性ビッグバン波面ぎりぎりの端を通って迎撃をかわす。
 無駄だ。隊は瞬時に横列に組み変わり、地球・太陽方向に縦深を取って時間的余裕を作り出し、確実に撃破する。

 運良くすり抜けても、鳩保の狙撃に殺られる。わざと泳がせて孤立させ、照準の前に引きずり出す。
 むしろ何も考えずに塊となって突入してくる方が、数の勝負で大変だ。

「ふっぅ、」

 思わず溜めた息を吐く。
 本来腕力は操作に必要無いが、コントロールスティックを握る手にじっとりと汗をかいている。
 ちょっと考えた。敵がこの作戦に慣れて対応を変えてきている。
 フォーメーション変更だ。

 100隊が2つに分かれ、片方が逆走を始める。
 左右から回ってくる鎖に挟んで敵を撃破する作戦だ。交差地点をゲキロボ周辺にしているから、突入密度が高くても安心。
 ただし、正面以外の地域が手薄になる瞬間が生まれる。

「むん!」

 逆走を再度反転させる。通り過ぎたはずの鎖が戻って鎌首を上げ、ミサイル群に噛み付いた。
 本来まっすぐ太陽方向に突き進む敵ミサイルの方が有利なはず。
 しかし250Cの単独ジャンプで軽く追いつき背後から喰らい尽くす。
 この機能が無ければおそらくは第1波の攻撃で地球への到達を許してしまっただろう。

 快調に破壊を続けていく。とはいえ懸念が無いでもない。

「この敵のスクラム、やっかいだな」

 敵のミサイルは5基1組で編隊を組んで突入する。前後に1基中央3基で三角形を作る、双三角錐の形だ。
 先頭の1基は明らかに囮、釣餌でこれを撃破したサメロボは最後尾の1基にビームサーベルで殴られ破損する仕組み。
 逆に先頭を避ければ、1基のみがどんどんと進行を続ける。
 サメロボの表面を覆う金属化中性子フィールドを、カニ星人ももちろん知っている。強度も分かる。
 おいそれとは増やせないミサイルと分かるから、捨て駒を使って潰しに掛かっているわけだ。

 みのりは決断する。サメロボの耐久値を保存する策を選ぶ。
 スクラムの後方に狙いを定め、先頭の1基は後続のサメロボに任せる。
 万一すり抜けられてもぽぽーが狙撃してくれる。

「いや狙撃するんだけどね。」

 と鳩保は愚痴る。明らかにみのりの防御陣から抜けてくるミサイルが多くなり、自分の仕事が3倍増した。
 脳内クロックアップ2倍ではおっつかない。
 特に、正面以外の地域での通過率がうなぎ登りに、
 叫ぶ!

「喜味ちゃん!」
「あいよっ。」

 火星の次の惑星は地球だ。地球周辺には直衛の地雷型サメロボが多数待機している。
 喜味子はこれをドライブして迎撃に当てる。ワープエネルギーの割り当てを変更した。
 鳩保たちまち侵入ミサイル全基の破壊に成功。
 そのまま火星−地球間の防衛に当てる。

 

 1万5千発のカニ星人ミサイルを4分25秒でクリアした。

 その間物辺優子は300隻弱の宇宙戦艦を葬り去る。毎秒1隻以上撃沈。

 

PHASE 655.

 小一時間お休み。
 カニ星人も第3波を行うまで結構なインターバルを必要とする。

 花憐が尋ねる。

「どうしてなの喜味ちゃん。」
「超空間を利用してのワープエネルギーの伝送は案外と不自由なものでね。ミサイルが消滅した後でもエネルギーを延々と投射し続けなければいけないんだ。」

「なんだそれ、どうしてそんな理屈になる。」
「それがだよ、ぽぽー。実は超空間での物質やエネルギーの移動は案外と早くないんだ。光速の1.5倍程度でしかない。」
「それじゃあ100光速実現できないわ。なんでそんなの使ってるの?」
「いや、超空間ってのはつまりはつるつる氷の路面みたいなもので、早く走ろうと思えば特別な方法が必要で、それさえ出来ればもの凄い速度が出るんだけど、
 普通に歩くと足がつるつるして全然進まないってのと同じなんだ。」

「それと、カニ戦艦が延々とエネルギー投射し続けるのと、どう関係するのさ。」
「つまりワープエネルギーはそんなに早くない。あくまでもワープを行う機械のエネルギーになるってだけなんだ。
 だから100Cで飛んでいるミサイルに、超空間を通っても全然追いつかない。
 じゃあどうするかと言えば、過去に向かってエネルギーを送ってるんだ。」

「過去! じゃあタイムマシンを併用してエネルギー供給してる?」
「うん。ミサイルが到着する頃にエネルギーがそこに有るように、過去の世界に向けて投射している。
そりゃ、宇宙戦艦のエンジンだって出力に制限が有るさ。短時間で投射するより、長時間の投射でゆるやかに出力した方がいいさ。」

 優子がここで異論を唱える。

「ちょっと待て喜味子、過去と言ってもインターバル30分の間投射だと、ぜんぜん量足りないんじゃないか?
 所詮は光速の1.5倍の速度だから、」
「そこでミサイルだよ。ミサイルが通った軌跡はそのまま超空間の導線になっていて、エネルギーを吸い出しながら前に進む。
 要するに真空ポンプで無理やり吸ってるんだね。第1波のミサイルはパイプ敷設の役もしていた。
 で、一回作ったパイプはしばらく流用が可能だから、第2波以降はガンガン来る。」

 鳩保、

「つまり、今現在カニ戦艦は、既に撃破された過去のミサイルによってエネルギーをちゅうちゅうと吸われ続けている状態、ってことか。」
「うん。」
「なんだかわたし達が麻雀合宿で出前を取った時みたいね。」

「優ちゃん! このエネルギーの流れを利用して敵戦艦を何とか出来ない?」
「やってみる。」

 おにぎりを口いっぱいにほうばりながら、優子は背後の左壁面専用席に手を伸ばし、びっしりと貼り付けられているコンピューターのキーボードをちこちこと押す。
 キーの一つ一つにLEDが入っているゲーム専用キーボードの流用で、色の変化で敵戦艦の現在の状態を表示する。
 どのような表示をするかは優子がてきとーに設定できるから、

「これとこれとこれとこれが、エンジン過負荷状態にあるな。ちょっと待て。」

 花憐が玉子焼きを口にしたまま、天井の球形ディスプレイを見る。結果報告。

「25隻が吹き飛んだわ。凄い。」
「喜味子、これ戦闘中にも使えないか。」
「あー、もう対策されたと思うよ。バッファを作って。」
「そうか、次に温存しとけばよかったな。」

 とにかく脳内クロックアップは腹が減る。用意された100個のおにぎりが瞬く間に消えていく。
 だがまだ序盤戦だ。おにぎりもサメロボも温存しなければならない。

 一番働いて一番おなかが空いたみのりは、声も出さずに矢継ぎ早に食べていく。タコさんウインナーも食べる。
 一足先に食べ終えて、身支度も整えた花憐は天井ナビゲーション席に着いて、さっそく報告。

「第3波きましたー。」
「よーし全員配置に着いて。みのりちゃん、おにぎり終了。」
「うん、うんん。」

 

PHASE 656.

 カニ艦隊攻撃第3波。これまでとは違う動きを見せる。

 ミサイルに先行して1000隻ばかりの戦艦が太陽系中心部に進行してきたのだ。
 目標は巨大に拡がる指向性ビッグバンの円盤。
 これの目的が、ただ単に超光速ミサイルの進行を防ぐ為の障壁と理解した。

 カニ戦艦の艦首先頭にはやはり同じ指向性ビッグバン発生装置が装備されている。
 対向ビッグバンにより波面を消去する事が可能で、波面に穴が開けば自由にミサイルを突入させられる。

 無論この動きは想定内。
 物辺優子の戦艦撃破は接近するものを優先して行うし、波面裏に浮遊するビッグバン発生装置で再度の敷設が可能である。

 一方超光速ミサイルは、今度は標的をはっきりと定めて殺到してくる。
 火星公転軌道に居るゲキロボ、少女5人が乗る本体を発見したのだ。
 ミサイル数は若干少なく1万2千発。その内1万発がゲキロボを指向する。

 喜味子は状況を分析して、みのりに指令を出す。

「みぃちゃん、ゲキロボ周辺にサメロボ集結させて。
 ぽぽー、他の外周から突入してくるミサイルは全部任せる。なんとしてでも防いで。」
「わかった。」
「喜味ちゃん、内側のサメロボ、全然足りないぞ。」
「分かってる。なんとかする。」

 なんとかと言われても、残っているのは地球周辺の絶対に残さねばならない地雷サメロボと、これから必要になるであろう太陽周辺に配置されているものだ。
 喜味子は頭上の花憐に質問する。

「花憐ちゃん、外惑星へのミサイルの攻撃は?」
「無い。そうね、1万5千発って宇宙では他に振り向ける余裕があるほど多い数ではないみたいね。」
「ぽぽー、木星土星天王星海王星のサメロボを内惑星に回す。それでやりくりして。」
「了解。」

 これで1千発だ。木星と土星配置分で800発になる。
 残るのは地球と太陽周辺の1千発のみ。これが突破されたら万事窮す。

 

 波面消去の為に先行した小艦隊の行動は、すぐに頓挫した。
 優子が5秒で10隻を破壊する素晴らしい手腕を見せたからだ。最初から激烈な抵抗を予想していたカニ星人だが、これでは損害ばかりが大き過ぎる。
 というわけでBプラン発動。
 戦艦は円盤外縁部、ミサイルが殺到する火星公転軌道付近に移動する。

 一方ミサイルは、

「うわぁあああああああああああああおおおおおおおううううううううううう」

 みのりは殴って殴って殴りまくって、ミサイルを撃破し続ける。
 もうサメロボの耐久力を考えている暇がない。とにかく当たればラッキーで振り回し続ける。

 第2波と同じく敵ミサイルはスクラムを組んで襲来するが、先頭の1発を見逃しても今度はそのまま太陽系内部に先行しない。
 方向を転換してゲキロボを背後から襲ってくる。

 みのりは1万発のサメロボの半数を自機防御の為に用いる。
 加えて別ルートから太陽系中枢に忍び込むミサイル迎撃も、諦める事を許されなかった。

「ちょっときみちゃん、これ、これ無茶だよーーーーー!」

 攻撃はゲキロボ周辺のみではない。火星軌道の他の部分から2千発がこっそりと忍び込んでくる。
 鳩保は手持ちのサメロボで片っ端から撃ち落としているが、先行した戦艦群も攻撃に参加する。

 戦艦の兵装はガンマ線砲と反物質弾頭の亜光速ミサイル。ただし、このミサイルは射出時に20Cで押し出される。
 ミスシャクティの時空戦艦スーパーブロクレブシュが備える超光速砲と同じ原理だが、射程距離が3倍長い10光秒だ。
 しかも射出終了後ミサイルはトップスビードである0.2Cに到達する。
 マシンガンのように矢継ぎ早に撃ち出された。1艦が100発を射出計10万発弱、標的は地球。

 これ全てが鳩保の担当となる。

「きみちゃんなんとかして!」
「なんとかする。」

 こんなこともあろうかと、無人ゲキロボを4機も建造しているのだ。サメロボにワープエネルギーを供給するだけではない。
 ゲキロボ胴体正面には銀色の丸い凹みが有る。プラズマボール砲と呼ばれているが、つまりはエネルギーを持つ球体を投射する。
 宇宙空間で使うには少し非力であるから、マイクロブラックホールに弾を変える。
 投射ではなく転送、離散ワープを使ってゼロ時間で目的地に放り込む。

 無人ゲキロボは一斉に攻撃を開始。μブラックホールは亜光速ミサイルを次々に呑み込んでいく。

「おおー、きみちゃん。これ超光速ミサイルには効かない?」
「ブラックホールは自分では動けないから、簡単に逃げられるよ。」

 それでも完全に撃破は出来ない。少数が太陽系中心に流れていった。
 地球直援はスーパーブロクレブシュの役目。だがどの程度の効果が有るか。
 いざとなったら配置されている地雷サメロボを使うしかない。

 この判断は喜味子の役目。

 

PHASE 657.

「ぃやあああああああああぁ、きみちゃんだめええええええええ」
 普段は絶対出さない金切り声を上げて、みのりが喜味子に助けを呼ぶ。
 幾らなんでも敵が多過ぎだ。処理能力の限界を超える。
 全周を包囲されては自機の回避運動もままならない。ゲキロボ本体の操縦もみのりの動作と連動している。

 花憐も叫ぶ。

「敵ミサイルさらに2千発追加! サメロボ、足りない、全然! きみちゃん!」
「ぽぽーそっちは、」
「回せない。敵ミサイル増援は全部こっちに来る!」
「優ちゃんは、」
「内部に進入してきた戦艦は4分の1撃破、すでに撤退を始めてる。」
「優ちゃん、背に腹は代えられない。戦艦じゃなくミサイル破壊に回って。」
「おう。」

 だが焼け石に水だ。外惑星に配置していたサメロボもフル回転、みのり応援に回せない。
 みのりの、と言うが、つまりは自分達5人が乗っているこのゲキロボが危ない。
 絶体絶命のピンチに、応援を求める何者も居ない。

 喜味子は、

「こんなこともあろうかと!」
「有るならさっさと出せぇい。」
「騎兵隊だあー。」

 火星表面から宇宙空間に離脱する反応を、花憐は確認した。
 識別信号フレンドリー、無人ゲキロボとサメロボが2千発!

「なにこれ喜味ちゃん!」
「ゲキロボ陸号機、ついでに簡易量産型サメロボ。月での製造が間に合わない場合を考えて、あらかじめ火星にも製造プラントを送っていたのだー。」
「どこにそんな余裕が、」
「無人偵察機兼探査妨害衛星の太陽系内配置が終わって手空きになった機材を火星に投棄したんだな。
 必要は無いかなと思ったけど、念の為に作らせて大正解。

 みぃちゃん、このサメロボにはワープブースターは付いてない。確実に当てて。」
「ありがとおー!」

 カニ星人もこの増援には無警戒だった。
 ゲキロボを囲むミサイル群が、新たなサメロボに食い散らかされていく。
 簡易量産型と言われるだけあってシュモクザメ型ではなくイタチザメ型。全長も5メートルに対して3メートルと小さい。
 250Cの単発ジャンプが出来ないから直線的に当てる必要があるが、むしろみのりにはこちらの方が使い易い。

 

 7分52秒で第3波攻撃は終了した。
 ゲキロボ健在。地球方面への超光速ミサイル侵入完全阻止。

 しかし、サメロボの1割が完全破損。3割に深刻なダメージで次の衝突で砕け散るであろう。
 火星で作ったイタチザメ型は無傷であるが、代替と呼ぶには力不足だ。

 そして何より、5人は力尽きた。

「腹減った……。」
「おにぎり食べなさいよ……。」
「その元気がない……。」
「もうだめ。」

 比較的元気が残っているのは喜味子だけだ。機関主任スコッティとして、またドクター・マッコイとして4人の世話を焼いていく。

「ほらしゃんとしなさい。敵はまだ2発ミサイルを残してるよ。」
「きみちゃん、もし今と同じ攻撃を仕掛けてきたら、どうするの。対応策有るの?」
「あるある、心配しない。」

「嘘だー、もう火星にも騎兵隊残ってないだろ。」
「ぽぽーもみぃちゃんもそこに寝なさい。緊張した筋肉マッサージするから。」

「ぐべ〜」

 優子も脳を使い過ぎてのびている。蛇並のタフさを誇る彼女がダメージに打ちのめされる姿を見せるなど、物辺村の誰も知らない。
 喜味子は改めて優子のスコアを確認する。

「おーカニ戦艦撃破500隻突破。すごいじゃん。」
「まだ1割も削ってないぞー」
「だいじょうぶ、これだけ潰せば敵の行動も変わる。たぶん状況は好転するよ。」

「そうかなー……。」

 

PHASE 658.

 第4波攻撃は1時間20分後、かなり間隔が開いた。
 喜味子が言ったとおりに、カニ星人も対応を再考せねばならない状況に追い込まれたのだ。

 時間の余裕で元気を取り戻した花憐が異変を確認する。

「ワープイン確認。カニ星人艦隊の一部が太陽系離脱を開始してる。逃げてるわ!」
「だろ。絶対無敵の艦隊が500隻も破壊されれば、考えを変えざるを得ないんだ。」
「でも喜味ちゃん、こちらには追撃する力は無いわ。」
「カニ星人は別の宇宙人が加勢する可能性を考慮してるんだよ。実際ここまでやれば普通なら、他の勢力が干渉する。」
「普通なら、ね。」

 残念ながらゲキの力を見極めようとする地球在住宇宙人は、ゲキの少女達に力を貸してくれない。
 花憐は再び状況を確認して、溜息を漏らす。

「あーでも、離脱する戦艦は超光速ミサイルをこのまま太陽系に残していくみたいだわ。」
「つまり、結局は1万5千×5発の構図は変わらないんだ。」
「そうねぽぽー、カニ戦艦は別に1発ずつ撃たなくても、まとめて2発撃ってもいいわけだし。」

 引き続き観察した結果、おそらくは5千隻が戦線離脱するようだ。ただし、第4波攻撃終了までは太陽系に留まる予想。
 優子、

「おい喜味子、次は敵はどんな手で攻めてくる?」
「第3波と同じ。それで十分。」
「だな。ビッグバン相殺に来るか?」
「艦数が減ってるから、それは無い。亜光速ミサイルももう使わないだろうね。」

 地球からの報告では、やはり地球圏にまで亜光速ミサイルは到達した。
 時空戦艦スーパーブロクレブシュは弾速20Cという絶対的な速度でミサイル迎撃に当たるが、ことごとくハズレ。
 カニ星人も同じ兵器を持っているのだ、対処法もよく研究している。
 砲台の位置がおおむね固定であれば、いかに超光速砲の攻撃でも避けるのは可能。
 優れたAIによってひらりひらりとかわしていく。

 結局は喜味子がサメロボを動かして、亜光速ミサイルをサルボロイドの盾に追い込み撃破させた。

 鳩保も第4波の展望を尋ねる。
 さっきと同じ防御はもう不可能だ。こちらも新しい手を使わねば、必ずやられる。

「喜味ちゃん、もう他に打つ手は無いのか。」
「こんなこともあろうかと、」
「だから早く出せ!」
「殴らないでよ、これはほんとうにほんとうの奥の手で、これ使ったらもうオシマイなんだよ次が無い。」
「第4波防げなきゃ次も無いだろ。使え!」
「使うよ、ほかに無いしね。」

 

 第4波攻撃もミサイル1万2千発、たぶん後で3千発追加。
 攻撃目標も同じく、ゲキロボ本体に1万発、その他外周部から2千発。
 ただし、防衛網にはもうそれまでの戦闘力は備わっていない。サメロボも多数が早々に破壊されるだろう。
 ミサイル進行を阻止できなくなった時点で、ゲキロボへの攻撃も中断して太陽系中枢部に目標を変更。
 光速の百倍の速度であれば、1分以内に全てが終わるはず。

 喜味子は慎重にタイミングを見計らう。

 みのりが回転させるサメロボ群に押し寄せる超光速ミサイル。まるでバッファローの集団の突進だ。
 3、2、1、

「発破!」

 カニ星人ミサイルの正面に眩い白光が煌めいた。大爆発がミサイルを包み込む。
 だが普通の爆発であればビームサーベルのシールドが防ぐ。光線エネルギーでは破壊できない。

「消滅? 敵ミサイルが消滅していく……。」
「なにこれ、喜味ちゃん。」
「無量光爆弾、指向性ビッグバンの対向爆発だよ。これに耐えられるエネルギーシールドも物質も三次元空間には存在しない。」
「でも……。」

 花憐が思うのは、100Cの超光速があれば地雷的に仕掛けられた爆発からも安々と逃げられる点だ。
 通常であれば逃げられる。
 が、目標がゲキロボ一点に絞られ数で圧倒しようと盲目的に突っ込んでくれば、この有り様。
 確かに一回きりしか使えない、後が無い作戦だ。

「この爆弾は、指向性ビッグバン発生装置を流用してる。つまり、敵がビッグバン波面を相殺してももう再敷設はできない。」
「ほんとうに捨て身の策なのね。」

 もちろん敵ミサイル全部を破壊出来なかった。
 残存の、といっても半数以上が無事であるから目標をゲキロボから太陽系中枢に替えて、爆発の混乱の中まっしぐらに突入してくる。
 第4波は火星軌道内部での掃討戦となった。

 

 6分3秒後掃討終了。

 サメロボの4割が失われた。
 敵ミサイルはまだ2万発近く残る。

 

PHASE 659.

 第4波攻撃終了後、カニ星人艦隊の5千隻が太陽系を離脱した。

 残りは9千隻。超光速ミサイル数は2万発弱。
 ミサイル全弾を駆動するのに十分な艦数が残っている。

 鳩保、

「喜味ちゃん、こんなこともあろうかは?」
「無いよそんなもの。太陽と地球に配置してたサメロボも全弾投入してしまった。

 えーと、サメロボはまだ7千発有るけれど、この内3割は多分ビームサーベルを突破できないだろう。
 それよりも、もうビッグバン波面の障壁が機能しない。」

 無量光爆弾の副作用だ。ビッグバン波面が無茶苦茶に荒れて穴だらけになってしまった。
 補修しようにももう発生器の手持ちが無い。
 敵戦艦が進行して障壁排除に掛かっても、指をくわえて見ているしか無いのだ。

 そして、こちらがビッグバンを兵器として使ってしまった以上、敵も同じ発生器を持つ戦艦を前面に出すのが道理。
 ミサイルと戦艦の混成攻撃に対処する手段は、もう無い。

「はあ、はあ、はあ、はあ」

 みのりは疲労の極に有る。
 第4波の掃討作戦はとにかくサメロボを振り回し過ぎた。ばらばらに無秩序に移動するミサイルをイタチごっこで追い掛けるのは神経に堪える。
 鳩保も既にハンドガンコントローラーを振り回す腕力が無い。二丁拳銃で撃って撃って撃ちまくり、を千倍掛けたほどに働いた。
 トリガーを引く人差し指が固まって、戻らない。

 天井ナビゲーション席の花憐も疲れた目を押さえてシートに身体をただ預ける。
 ミサイルの軌道計算をみのりと鳩保に伝えるのに、精も根も尽き果てた。

 優子も脳が働かない。ハッキングによる敵戦艦破壊は凄まじく精神力を消費する。
 スタミナの極限まで使い果たし、いびきをかいて眠ってしまう。

 口だけはまだ達者なのは鳩保と喜味子だけ。

「喜味ちゃん。サメロボが残っていても、これじゃあ動かせないぞ。」
「みのりちゃんの代わりは私がする。他に手が無い。」
「それでも全然間に合わない。」
「だね。サメロボによる迎撃は諦めよう。後でビッグバンの火消しをする作業も残ってるし。」

「おい、戦闘終わった後のこと考えてる場合か?!」
「だって、ビッグバン放置してたら際限なく空間を食い荒らして、最後にはダークマターになっちゃうんだよ。
 擬似ブラックホールに太陽系呑み込まれちゃう。ちゃんと後始末しないと。」

「喜味ちゃん、敵をやっつける手段がなにか有るのね?」

 頭上から、目を押さえたままの花憐が質問する。
 返答の代わりに喜味子は眠る優子を叩き起こす。精神の奥底まで泥に漬かって眠っていた優子も、超絶指技には敵わず目を覚ます。

「おわ、なんだ、人類は滅びたか?」
「優ちゃん花憐ちゃん、ご苦労だけど敵カニ戦艦そう全艦に1本ずつ確実にリンクを通して通信を繋げて。」
「通信? 降伏でもするのか?」
「まさか、降伏勧告だよ。カニ星人が降伏するんだ。
 あー文面はこうね。

 『無知蒙昧なカニ星人の諸君、君達は良く戦った褒めてあげよう。だが諸君等は既に理解しているだろう、当方は貴艦を無抵抗のままに破壊する手段を有する。
 これまでは一艦ずつの攻撃に留めてきたが、一網打尽に完全破壊する準備が整った。防御する手段は存在しない。
 諸君等に地球時間の1時間撤退の猶予を与えよう。それ以後は停戦の機会は無い。
 賢明な判断を期待する。以上。』

 開いた口が塞がらない。
 喜味ちゃん頭がイカれてしまったと感じるのも当然だ。この状況に陥って正気で居られるわけがない。
 これはあかん、と花憐も目を開いて、コクピット下の鳩保と優子に顔を向ける。
 三人共に困惑するばかりだ。

 喜味子補足説明。

「あーもちろん、これはブラフだ。カニ星人が逃げるわけ無いじゃん。」
「そうよね、それはそうよね。」
「ココで肝心なのは、とにかく無理やり通信回線を繋げるって事だ。敵のセキュリティを突破して全艦同時リンク出来ると相手に見せつける。
 いいね?」

「あ、うん。なにか策が有るのね。」
「だが喜味子、全艦同時に破壊するようなハッキングはあたしにも出来ないぞ。何をやらかすのだ。」
「いいからいいから。とにかく花憐ちゃんと優ちゃんは協力して、全艦にタイミング合わせて完全に同時に通信回線を開く。いいね?」
「ああ。」
「うん。わかったわ。でも、」

 喜味子は三畳一間のコクピット後方、機関席に戻る。
 首の後ろに手を回し、不可視の電話を取り上げた。いやゲキの力でパイロットスーツを実現しているから、電話も見える形で装着してある。

「あ、鳶郎さん? 喜味子です今どこです?
 はい、学校。門代高校ですね予定通り。
 はい、お願いします計画通りに。それ火の中に投げ込んでも燃えませんから遠慮無く渡してください。
 はい今すぐに、とにかく早く。貴方なら可能なはずです、妨害が有るかもしれませんが確実に。
 ではお願いします。」

「鳶郎さん? 鳶郎さんに電話したの、喜味ちゃん。」
「うん、花憐ちゃん通信文用意出来た? 優ちゃん通信リンクの用意は?」
「ああ、スイッチオンで全艦通信可能にした。いいのか?」
「待ってよー、まってよー、もうちょっとー。」

 5分後。再び喜味子は電話を取り上げる。
 鳶郎からだ。

 内容も聞かずに喜味子は優子にキューを出した。
 カニ星人宇宙艦隊全艦同時リンク開始。降伏勧告メッセージの送信が始まる。

「あっ!」

 ゲキロボ周辺の宇宙空間を監視警戒していた鳩保が叫ぶ。
 無人ゲキロボ陸号機、ばくはつ。

 

PHASE 660.

 火星で密かに建造されていた陸号機が、虚空に爆発四散する。
 これまでゲキロボは無人機を含めてどれも傷ひとつ付いていないから、とんでもない事態が発生したと分かる。
 カニ星人の奇襲攻撃か。

 喜味子、手を上げる。

「あ、今私が爆破しました。」
「なんで、サメロボは?」
「それより花憐ちゃん、私の予想だとカニ星人艦隊はもう、」

 言われるままに花憐はナビゲーション席の球形ディスプレイを確認する。
 敵艦残存9千隻、ミサイル2万発。状況に変化は無い……。

「アレ? 動力の反応が無い?」
「もっと詳しくスキャンして、でも優ちゃん決してアクセスしちゃダメだ。外部からのスキャンのみで。」
「あ、うん分かったわ。」
「喜味子何をした。ハッキングか、そうだな?」

 喜味子は広い額をごりごり掻く。皆には内緒にしていたが、この手は使いたくはなかった。
 持ち場を離れて詰め寄る鳩保に首を絞められない内に白状する。

「鳶郎さんにね、鳶郎さんとこの車に設置した携帯電話をね、うん優ちゃんとぽぽーが東京に乗って行ったあのクルマ。あのダッシュボードに付けたケイタイを届けてもらったんだ。」
「誰に?」
「あー、学校の裏の、ぴるまるれれこさんに。」

 鳩保優子花憐の顔が真っ青になる。
 宇宙最強宇宙人、星間文明捕食者ぴるまるれれこはネイティブハッカーだ。元は熱い惑星で生まれたシリコニィで、今は細胞の一つ一つにμブラックホール演算器を持つコンピュータ生物。
 細胞1個の演算能力は、高等宇宙人しゅぎゃらへりどくとが高次空間に保有する演算能力をも凌駕すると聞かされる。

 花憐は、じゃあと思い当たる。

「今陸号機を破壊したのは、ぴるまるれれこにゲキロボがハッキングされるのを防ぐため?」
「うん。カニ星人艦隊とのリンクの中継器に使ったから、こっちにとばっちり来ないように爆破。」

 優子、

「つまり、ぴるまるれれこにカニ星人艦隊をハッキングさせたんだ。」
「ちょっと違う。カニ星人艦隊にゲキをハッキングさせて、その先に繋がるぴるまるれれこさんにまで手を伸ばさせた。」
「カニ星人は自らぴるまるれれこに接触した、そういう事か。」

 花憐は改めて冥王星軌道距離に展開するカニ星人艦隊を観測する。無人偵察機を接近させて詳しく状況を分析した。

 カニ戦艦は、チタン合金一体材で作られた艦体のみが浮遊する。動力反応、エネルギー反応、空間制御も情報処理の痕跡もまるで無い。
 あたかも金属の外殻を残して中身が消失したかに思えた。

「喜味ちゃん、よく分からないけど、9千隻全部こうみたいよ。どうして。」
「カニ星人の戦艦の機関部は亜空間内に構築されていたからね。ぴるまるれれこに接触された際に、亜空間そのものが蒸発してしまったんだろ。」
「つまり、完全破壊完了?」
「ぴるまるれれこさんに良く教えておかないとね。カニ星人にアクセスする時は亜空間を壊さないように慎重に取り扱うって。」

 喜味子は花憐から無人偵察機のコントロールをもらい、カニ戦艦に接触着艦する。
 物質による論理回路や動力が無いか調べてみた。
 高等宇宙人ならすべてをエネルギーシールドで構築するが、中流宇宙人の構造物なら尾てい骨のように退化した”ハードウェア”が残存する。
 そこにぴるまるれれこの残滓が残っていたら大問題。
 宇宙戦艦を再構築してぴるまるれれこ戦艦が旅立つ事となる。

「あーやっぱりね。ぴるまる細胞が確認出来るよ。これは全部破壊消滅させないといけないな。」
「ぴるまるれれこが戦艦を奪ったら、ダメなの?」
「地球人みたいな下等で原始的な宇宙人にはまるで影響無いよ。でも中流以上の宇宙人文明にとっては悪夢だろうね。」

「だが喜味ちゃん、9千隻をどうやって消滅させる。無量光爆弾てのを使うのかい。」
「いや、このままビッグバン波面に突入させればいいよ。
 あーでもねー、もしカニ星人さんが勝ってくれていたら、めんどくさい相殺消滅作業を勝手にやってくれてたんだろうなあ。」

 

 こうして事件は終わった。

 諍いの後には何一つ残りはしない、ただ虚しいばかりだ。
 大銀河の宇宙は青く昏く晴れ渡っている。
 改めて戦争の愚かさ平和の尊さを痛感するゲキの少女達であった。

 

PHASE 661.

 などとアンタッチャブル大江戸捜査網の真似している内に、地球は滅亡の危機に陥っている。

 太陽を挟んで地球の反対側から突入した亜光速ミサイル群が、ようやく地球圏に到着したのだ。
 しかもビームサーベル群が派手に発光したレーザー光線等も到達する。
 いずれも地球文明を一撃で破壊するのに十分なエネルギー量を持つ。

 また超光速ミサイルが通過した軌道がはっきりと光り輝く線として、地上からも観測出来た。
 ワープエネルギーを伝達する超空間の痕が延々と輝き続けるのだ。
 なにしろ数万本の光の糸が火星公転軌道目指して絡み合いもつれ合う。
 昼間の空の明るさをも圧して、肉眼で仰ぎ見えた。

「災いじゃあ、世界が終わる日が訪れたのじゃあ」

 と煽動するたわけ者を咎め立て出来ない。本当に滅びが訪れたのだから。
 まさか撃退されるとは思わなかったろうが。

 レーザーは反射鏡を用意しているからなんとかなる。
 ただスーパーブロクレブシュはエネルギーシールドによる巨大な鏡を形成している時は身動き出来ない。
 亜光速ミサイルの迎撃は弾速20Cの超光速砲に頼る。

 射程が地球―月間の3倍の距離になる砲で、しかも能力が同じ同型艦が12隻も囲んでいるのに、亜光速ミサイルの高機動を捉えきらない。
 おそらくはスーパーブロクレブシュ自身が最高速50Cで追いかけてもダメだろう。
 早ければなんでも勝てるほど、宇宙は甘い所ではない。

 やむなく宇宙爆雷を投下する。核融合爆弾のエネルギーを使ってレーザー光線を励起しハリネズミのように多数を照射して、近傍のあらゆるものを焼き尽くす。
 残念ながらカニ星人のミサイルにそんな低密度エネルギー兵器は通じない。
 安々と包囲網から脱出した。

 最終的には地球への突入まで許してしまうのだが、その為のサルボロイドの盾だ。
 まったく無警戒の箇所に飛び込んだはずが実はエネルギーシールドの蜘蛛の巣の中、全てが虚しく弾け散る。
 反物質爆弾のエネルギーが急速に奪い去られ、どこへやら消えてしまう。

 サルボロイドはゲキによりエネルギー供給を受けているが、余剰であれば逆に回収される。
 そのシステムを通じて、無力化されたわけだ。
 ただし、大気圏上層部での大爆発は地上からでもよく見える。
 控えめに表現しても、最終戦争ラグナロク。神々の黄昏だ。

 こんな時は泣き喚くに限る。
 ミスシャクティの進言に基づき地球を支配するNWO最高会議は、地球をはるか冥王星軌道に向かおうとするゲキの少女に救いを求めた。
 救援要請を受けた少女達は、めんどくさいから児玉喜味子に対応を一任する。

「頭のいい兵器かあ、なにか上手い方法を考えておかないといけないな。今後の為にも。」

 カニ星人ミサイルは賢い。複数が連携して運動し迎撃を翻弄する。
 速度の不利を意に介さず、目的を遂げるために相手の意表を衝き続ける。
 まるで狡猾な獣だ。

 その真の目的が撹乱と偽装であると、誰も考えなかった。

 

 地球周辺の空間は、現在超空間の糸が錯綜する。
 エネルギーを投射する宇宙戦艦は沈められたが、エネルギー自体は未だ残存する。
 暴風となって吹き荒れていた。

 その中に、破壊された超光速ミサイルの残骸が漂う。
 高度な科学技術を持つ存在であれば、兵器には頑強な冗長性と自己修復能力を付与する。
 カニ星人のミサイルは7割の構成物質を喪失しても、ほぼ完全な能力にまで自律して復元出来た。
 足りない材料は近辺に同じ残骸が浮いている。

 誰も知らない間に、完全な超光速ミサイルが完成した。
 母艦からのワープエネルギー供給は無くなったが、地球周辺の残存エネルギーから直接動力を引き出す。
 再び全長15キロメートルのビームサーベルを形成する。

 地球至近だ。

 

PHASE 662.

 最初に気付いたのはスーパーブロクレブシュの1隻。
 直ちに迎撃しようと回頭したところ、亜光速ミサイルの逆襲を受ける。
 反物質爆弾が炸裂し、全長12キロ全幅8キロメートルひし餅型の艦体を引き裂いた。

 修復された超光速ミサイルは正規のエネルギー供給を受けていない。十分な推進が出来なかった。
 やむなく低速原始的な超光速航法を採用。周囲の空間を歪曲して光速の数倍をひねり出した。
 最高速100Cには遠く及ばぬ。だが人類にとっては十分な脅威である。

 残りの11隻が超光速砲の砲撃を集中するが、巨大な剣に跳ね返されまったく止められない。
 最も近いスーパーブロクレブシュが例の究極手段を用いる。
 頭から突っ込んで自爆相殺する攻撃法だ。衝角戦と呼ばれるもので、前回宇宙艦隊戦では上手くいった。

 しかし相手が悪い。
 巨大なビームサーベルはまさにその為に作られている。下級宇宙人の戦力ならこれで十分無双可能。
 卵の殻を突き破るようにあっさりと貫通、スーパーブロクレブシュは爆散してしまう。

「サメロボが1基でも残っていれば!」

 

 カニ星人が最後に用いるはずだった2万発はぴるまるれれこの接触を受けて全て機能を失った。
 システムが完全に書き換えられて、復元機能も働かない。
 だからゲキの少女はまったくに無警戒だった。

 まさか残骸はぴるまるれれこの影響から免れているなど考えもしない。

「喜味ちゃんどうしよう。無人ゲキロボを地球に差し向けるか。」
「うん、でももっと近くに戦力が、」
「こんなこともあろうか、か!」

 サメロボが1基、地球で休眠状態にある。
 物辺村で試作した零号機、試験機だ。ワープブースターを持たず、反物質燃料も搭載していない。
 だが金属化中性子フィールドでしっかりとメッキされ、完全な能力を備えている。
 みのりが自身の鉄球で殴って強度を測定した。

 駆動する為のエネルギーは現在サルボロイドに供給されている。1基分割くのに問題は無い。
 直ちに離陸し、児玉家の物置の屋根を突き破り、大空高くに飛び去った。

 喜味子は首の後ろの電話を使い、ミスシャクティにサメロボの管制を委ねる。
 大気圏を突破して直ちに光速を超えたサメロボは、スーパーブロクレブシュを抜き去って超光速ミサイルに挑む。
 その進路は単純で、直線。誰の眼にも推測出来る。

 残存する亜光速ミサイルがサメロボ進路に飛び出した。反物質弾頭を露出させ機体を破壊しようと試みる。
 光の渦の中、雄々しく跳ねる銀色のシュモクザメ。傷一つなく突き進む。
 ビームサーベルの青白い光の中に、吸い込まれて消えた。

 爆散。

 目標を完全破壊。

 だが悲劇はここから始まる。

 

PHASE 663.

 つまりは原始的な超光速航法に由来する。
 極めて初期の宇宙文明が採用する航法は、後の時代の科学からすれば噴飯物の原理で動いていた。
 技術の進展につれてもっと効率的な速い航法に変わっていくわけだが、もう一つの価値基準が有る。
 「安全」だ。

 よくワープをすれば宇宙が割れるなどと言われるが、初期の宇宙文明は本当に危ない方法を採用してしまう。
 「他に方法が無いから」を理由として。
 もちろん理性的かつ賢明な知的生命体であれば、超光速航行自体を諦める、という選択肢を持つ。
 だが宇宙にはバカが多かった。バカまみれだ。
 だからこそ「火消し」の宇宙人が増殖する。指向性ビッグバンだけでなく、ワープ技術を見つけては滅ぼして回る種族も有る。

 危険な超光速航法の一つが、「空間歪曲法」。
 ブレーキを掛けると強大な重力波が発生して周辺に大きな震動を生じさせる。
 人為的に歪んだ空間が元に戻る際の副作用だ。故に恒星系中心部ではワープエンジンが使えない。
 恒星間移動は可能であるが、恒星系の外に出てワープ可能になるまで延々とロケットで行かねばならない難儀な技術。

 航行中に急激な減速停止をしてはならない、との注意事項も有る。
 サメロボ零号機の関知するところではない。

 

 破壊されたカニ星人の超光速ミサイルは、空間歪曲法で飛んでいた。
 歪みが解放され放出された重力波は、手近にあった大質量物体「月」に吸収され震動を起こす。
 月の大地はねじ曲がり、ほぼ爆発の形でエネルギーを消費した。

 構成物質の1パーセントが弾け飛び、月の引力を振り切って無重力空間に飛び出す。
 その大半が地球に向かう。

「月が割れた!」

 不安な顔で空を見上げる地球の人々は、真に滅びを体感した。
 月面に閃光と共に黒い影が噴き上がり、自らが立つ大地に迫ってくる。

 

「……不幸中の幸い、というところかな……。」

 遠く外惑星の空間で、ゲキの少女達は惨劇の光景をモニタ越しに見る。
 この程度の被害は想定内、いやむしろ悪くない結果であった。

 例えば亜光速ミサイルが搭載する反物質弾頭。これが月面に落下してもおおむね似た被害を出したはず。
 重力波が月ではなく地球に吸収された場合、どれほどの大災害を引き起こしたか。

 喜味子はノートパソコンにシミュレーションを走らせて、月の土砂が地球に降り注いだ場合の被害規模を算出する。
 もちろん芳しい数値は出てこない。

「……物質の落下による地上被害は、まあ当たりどころ人の住んでる所に拠るんだけど、大量の土砂がチリとなって大気上層部にばら撒かれるからね……。」
「核の冬。恐竜が絶滅した時みたいな何年もお日様が姿を見せないって、アレだな、」
「うん、ちょうど白亜紀に隕石が落ちた時みたいな。」
「チュクシュルーブ・クレーター、    ね。」

「対策は、喜味ちゃん。」
「あのねぽぽー、そんなの考えてるわけないじゃん。頭いいんだから、自分でも考えてよ。」
「そうね、ぽぽー考えなさい。」
「花憐ちゃんもだ!」

 対策と言えば2種類しかない。土砂を全部回収するか、地球に落ちてこない形にするか。
 安直な策では、指向性ビッグバンに呑み込ませる。あるいはマイクロブラックホールに吸収させる。
 レーザー光線で焼いて蒸発、イオン化してしまうという手も有る。

 だが貴重な月の土砂だ。1パーセントも重さが変われば月の自転公転にも影響はあるし、回りまわって地球にも害が及ぶ。
 やはり回収して元に戻すのが最善策。

 鳩保はシミュレーション結果を覗き見して考える。

「幸い落下までは3日くらい掛かる、か。なんとかなるなる。
 それよりも心配しなくちゃいけないのは、カニ星人のミサイル。亜光速ミサイルはたぶんまだ生きているし、超光速ミサイルはこれからも復元して攻撃を続行するだろう。」
「お掃除しなくちゃいけないわ。サメロボ、まだ使えるかしらね、喜味ちゃん。」
「あー、今のままのサメロボじゃスィープには不便かな。追加装備を考えよう。とりあえず火星に集めて修復を。」

 眠たげな眼の優子が手を挙げる。
 頭脳労働で疲弊しきっているが、ズタボロになってからが蛇女の真髄。まだまだこき使える。

「地球の防衛はミスシャクティの戦艦じゃダメだぞ。なんとかしろ。」
「分かったゲキロボ弐号機と比較的まだ無事なイタチザメロボを100基回しとこう。
 あと太陽周辺にも肆号機とやっぱり100基。たぶんゴミが沢山流れ着くはず。

 花憐ちゃん、亜光速ミサイルが何基生き残ってるかスキャン開始して。
 ぽぽーは地球と太陽に戦力再配置。参号機伍号機は火星周辺に集結させて。ビッグバン波面相殺に使うから。」
「分かった。」
「分かったわ。」

「優ちゃんはカニ星人の宇宙戦艦の廃棄処分、サメロボにワイヤー掛けて曳航お願い。くれぐれもぴるまるれれこのハッキングを受けないように。」
「いいけど、全部廃棄してしまっていいのか? 使えそうなものを探すとか、ミサイルの残りとか。」
「ちょっとでも汚染されてるのはダメ。とにかく目覚める前に全部廃棄しちゃう。」
「おう。」

「そしてー、みぃちゃんはー、」
「喜味ちゃん、そのままにしておいてあげて。」
「ああ、うん。」

 

 童みのりは主操縦席に座ったまま、眠っている。
 地球が救われたとの安堵感から緊張の糸が切れ、すやすやと安らかに。

 月の崩壊など微塵も想像しない、楽しい夢を見ているのだろう。

  

PHASE 664.

 夕暮れの物辺村に天からロボットが降りてくる。
 赤銅色の球体に魚の骨のような手足、胴体中央に銀色の丸い凹みが有り、頭部も○。
 首の後ろには「☆彡」の形をした飾りが付いている。

 ゲキロボだ。
 発進して12時間。世界は天空に拡がる破滅の光景に恐れ慄き、パニック暴動が各所で発生していると聞く。

 物辺神社御神木前の広場に着地したロボットは、片膝を着いて背を低くする。
 迎えた物辺家の人達の前に、搭乗するはずの5人の少女は降りて来ない。
 そもそもが出発した際はロボット黄色だった気がする。

 全高7メートル、ちょっと低くなって5メートルの高い所からロボットが喋る。

”お腹が空きました。おにぎりをください”

 これは無人ゲキロボ弐号機だ。
 宇宙の彼方でカニ星人艦隊を撃滅し、残留物と未だ戦い続けるゲキの少女達は、そう簡単には家に帰れないと覚悟した。
 ゲキロボには保存食料も大量に積んではいるが、それは最後の手段。
 通常食べるならやはりちゃんと調理したもの、さらにはばりぼりと貪り食うお菓子類の補充が必要だった。

 物辺神社正統継承者祝子が代表してロボットに尋ねる。

「おーい、全員無事か? 戦はどうなった。宇宙ヤクザ怪獣軍団は」
”脅威は完全に除去されました。敵完全撃破です。今はその後片付けと副次的被害の処理に忙殺されています”
「危険はもう無いのか。」
”意志を持って地球人類に敵対する存在は既にありません。自動機械による攻撃が若干残っていますが、順次処理中です”
「月はどうなった。」
”めんぼくない”

 めんぼくない、で済まされては困るが、月の破壊は軽微な被害と見做すべきなのだろう。
 少女達は地球が百個壊滅するほどの脅威を見事斥けた。
 以後地上で起こる混乱を鎮めるのは大人の責任、為政者権力者の手腕だ。

「日本政府の役人には、戦争は終わったと伝えていいなー?」
”はい。月面から放出された土砂の処理が終了したら戻ります。それまでよろしくおねがいします”

 2時間待たせておにぎり百個とおかず類その他をたっぷり持たせて、物辺神社はゲキロボ弐号機を見送った。

 双子を近所のスーパーに派遣してお菓子を買って来させたが、天変地異に恐れをなした店長が売り惜しみをして値段を吊り上げていたという。
 小学生とはいえ双子は鬼だ。
 店長を脅し、通常価格に下げさせた上サービスタイムのシールまで貼らせてGETし、意気揚々と帰ってきた。

「おばちゃん、これは愚考ですが」「物資買い占めをしておいて大正解です」「もっと買い足そう」「うんうん」
「姉さんと城ヶ崎さんと相談して島の人間が困らない程度に確保しておくか。あまり多くても他所のお客さんに迷惑だからな。」

 宵闇の中再び天に戻るゲキロボを眺めながら、祝子は呟いた。

 いい大人がこの程度で醜態を見せては仕方ないな。
 帰ってきた時、連中が地上に幻滅しない程度には綺麗にしておこう。
 鬼の力、今使わずに何時使う。

 

PHASE 665.

 結局後始末にはまる3日掛かった。
 戦闘そのものよりも準備と後片付けの方が手間掛かるのはどうかと思うが、それが戦というものか。

 特に困難だったのが、障壁として展開した指向性ビッグバン波面の相殺だ。
 なにしろビッグバン発生装置を無量光爆弾として使ってしまった。ゲキロボ単独でも消去可能であるが、やはり数に頼むのが手っ取り早い。
 喜味子とみのりはゲキロボ参号機で火星に降り、発生装置の製造プラントを立ち上げる。

「だいたいね、ビッグバンというからには新しい宇宙ができてるんだよ。こちら側からは見えないけど、別の次元に出来ている。」
「ふんふん。」(みのり)
「じゃあ食い荒らされたこちらの空間はどうなるかと言えば、何も起きない。ビッグバン波面が通過した後ろの空間には、質量とかエネルギーは空っぽになってるけど、通常通りの宇宙がそのまま有る。」
「変だね?」
「変でしょ。だから数年後数十百年後、あるいはもっと先に帳尻合わせが起きる。
 食われたはずの空間が収縮するんだ。よそに持って行かれたはずの空間の部分がゼロになる。」
「それはなんとなく分かる。代わりに埋めておいたものが無くなるってかんじかな?」
「だろうね。で、周囲の空間もつられて歪む。つっかえ棒が無くなった感じで、収縮したゼロ点に落ち込むんだ。
 これを外部から観測すると、そこには何の質量も無いはずなのに、強力な重力場が発生する。目に見えないブラックホールが出来たような感じ。」
「変だ。」
「変でしょ。観測できないのに質量が有る。これがダークマターというわけだ。空間の質量化とも呼べるね。」
「カニ星人が火消しに来るわけだね。」

 出来上がったビッグバン発生装置をサメロボに積んで、宇宙に送り出す。
 進行する波面の前で新しいビッグバンを起こし、互いにぶつけ合って相殺する。野火山火事を鎮めるのと同じ、「迎え火」と呼ばれる手法だ。

 一方鳩保と優子は伍号機で冥王星軌道に。
 ぴるまるれれこに侵蝕されたカニ星人の宇宙戦艦と超光速ミサイルを片っ端からビッグバン波面に叩き込んでいる。
 もったいない気もするが、周囲の宇宙人の忌避するぴるまるれれこを使ってしまった以上、後始末を万全にせねばならない。

「芳子、それでカニ星人はもう攻めてこないのか?」
「来るだろうね。」
「来るのか。」
「一度喧嘩を売った以上、報復されるのは必至。ならば今度はもっと上手い手できっちりと息の根を止めるべき。
 これが宇宙の黄金則だよ。」

「なるほどね。じゃあ地球側が取るべき選択は。」
「そりゃ当然、既に先手を取られたから、速やかに報復して相手の息の根をきっちり止める。」
「カニ星人の本拠地は、かに星雲か。」
「近いよ。」

「わたしは反対だわ。」

 花憐はオリジナルゲキロボで火星周回軌道上に留まって喜味子組、鳩保組、そして地球の支援を行っている。

 現在、月から放出された大量の土砂をスーパーブロクレブシュのエネルギーシールドで押し戻す作戦が遂行中だ。
 多少は漏れて地球に落ちるが、サルボロイドの盾で焼いて処分する。
 作業の間地球は無防備になるから、ゲキロボ弐・肆号機とサメロボを管制して脅威の排除に務めている。

「ぽぽーが何考えているか、分かる。それはとても酷いことよ。」
「そうは言っても他に方法が無いし、私らがやらなくてもきっとそうなる。歴史の必然だ。タイムスケジュールを早めるだけなんだな。」
「それでもよ。やっぱりやっちゃいけない事は有ると思うの。」
「たとえばさ、花憐ちゃん。宇宙戦艦を1隻そのまま放置しておくとする。これは、どこに行く?」

「それはー、……。」

 

 報復の話をうやむやにしたまま、後始末の作業は進んでいく。
 だが決断に残された時間は短い。
 いずれ撤退したカニ星人がいつまでも帰ってこない艦隊の様子を確かめに来るからだ。
 再度の戦闘となれば、今度は防御出来ない。既に手の内すべてを曝してしまった。

 やはり、こちらから打って出るしか無いだろう……。

 

PHASE 666.

 九月十三日、少女達は地球に戻ってきた。
 まず最初に、地球低軌道に展開するサルボロイドの盾を終息させ任務から解き放つ。

 軌道上から見る地球は青く、いつもと変わりない。
 月からの落し物で大被害を受けたとはとても思えない。

「死者行方不明者10数万人、被災者1億人以上。主に南半球アフリカと南アメリカで、ね。」
「土砂全部は回収できなかったか。」
「原子力怪獣が眠る南極も、ちょっとやばかったみたいだよ。」

 世界のテレビニュースを受信してみると、公式発表では月に巨大な隕石が落ちた事になっている。
 もちろん信用する者は一人も居ない。
 昼間でも空に白い光の線が無数に走り、反物質爆弾の煌めきが幾重にも重なる状況で、そんな誤魔化しが通じるものか。
 各国政府は民心を鎮めるのにやっきになっているが、手の着けようが無い。
 暴動や略奪が頻発し、紛争地帯では戦闘も再燃する。
 物資の売り惜しみで値段が高騰し、商店が焼き討ちされるなどはニュースのネタにもならなくなった。

 喜味子は愚痴る。

「可能な限り上手くやったつもりだけどなー。」
「地球に被害が出なければまた違ったかもしれないけど、実際に出てるから仕方がないわ。」
「NWOの偉いさんも当てにならないな、やっぱ。」

 鳩保は優子と共にこのまま中米に行く予定だ。
 使命を果たしたサルボロイドは、ゲキからのエネルギー供給が終了してどんどん小さくなり、落ちていく。
 もちろん行き先はユカタン半島チュクシュルーブ・クレーター。
 狼男の村、地下王国の入り口だ。

 村には斎野香背男と、アメリカの科学財団「ハイディアン・センチュリー」総裁ウェイン・ヒープ二世、そしてミセス・ワタツミが待っている。
 物辺優子の母親 物辺贄子と思われる人、だ。

 大気圏をゆっくりと降りてくるゲキロボに、赤銅色の無人ゲキロボ弐号機が近づく。
 二人はこれに乗り換えて現地に向かう。

 ゲキロボ背中のコクピット扉が双方共に開いて、接続し、乗り移る。
 吹き抜ける強風。優子の長い黒髪が大きく煽られ、飛ばされそうになる。
 必死で手すりを掴んで、ようやく向こうに渡る事が出来た。

 弐号機の頭の後ろの印が、鳩保芳子を表す水玉勾玉に変わる。機体色はコバルトブルーに。

「じゃあ私、香背男さんのとこ行ってくるから。上手いこと言い訳しといて。」
「おばさん怒るわよ、ぽぽー。」
「そこをなんとか!」

 物辺優子は何も言わずに、右手で花憐に合図して、コクピット内に消えた。
 これから母親との直接対決に臨む。緊張しないわけが無いが、なにせ鬼の子蛇女だ。
 花憐は小さく溜息を吐いて、扉を閉める。

 2機のゲキロボは互いに正反対の方に分かれて飛んだ。

 

 数日前の事。
 物辺優子と鳩保芳子は、斎野香背男と共に狼男の村へと向かう。キャンピングカー改造超音速旅客機で。
 目的はサルボロイドのレンタル。地球を守るエネルギーの盾とする。

 交渉が一筋縄で行くはずは無い。古くからの使命を果たし続ける狼男族がすんなりと要求を聞き入れたら逆にびっくりだ。
 鳩保、安直に考える。

「金か?」
「金なら「ハイディアン・センチュリー」が腐るほど持ってる。外部世界の権益には目もくれないだろ。
 お宝だな。」
「狼男が納得するような財宝って、どんなものだ。金銀じゃないよね。」
「そりゃーやはり、彼等の価値観に沿った心動かすお宝だろ。」

 全く接触の無い部外者が考えても分からない。狼男族との交流の深い斎野香背男に尋ねてみる。

「あー原始共同体みたいな部族だからなあ、私有財産という概念が無いなあ。
 地下王国に入れば金銀の装飾で溢れているそうだから、ちっとも欲しがらないだろう。」
「ですかー。うーん困ったな。」
「彼等が最も尊ぶのは、やはり”ウーゥエ・ヴーレ”だ。兄の神が心動かすものであれば、狼男も無条件で喜ぶ。」
「サルボロイド・サーヴァントですか。あれが喜ぶお宝と言えば、そりゃあ」

「なんだ、簡単じゃないか。」

 サルボロイドは「黄金の写像」ファイブリオンの図像を何よりも尊び、これを示す者の命令に服す。
 地下王国の王族のみが描く技を持っていたとされるが、物辺優子も出来る。
 一度描いて失敗はしたが効力は間違いなく、相原志保美先輩の指導により自由奔放闊達に描く事が可能となった。

 つまりは狼男族の前で優子がファイブリオンを描いてみせれば、アもウもなく交渉成立だ。
 そもそもがサルボロイドの制御が出来なければこのミッションは成り立たない。制御キーを最初から握っていればこそ、応用も考えた。

 

PHASE 667.

 チュクシュルーブ・クレーター地下に作られた人類保存のシェルターは一万年の昔から運営される。
 数百年ごとに地上の人間を足して新陳代謝を図っているが、おおむね古代のままの生活が維持される。
 中南米の古代文明と同じく鉄器はおろか青銅器すら使わない。
 故に地上から鉄の武器を持ち込めば容易く政権奪取が可能となる。

 現在、王族は図像を描く能力を失い軟禁状態にあり、鉄の武器を用いる一派が権力を掌握する。
 50年ほど前に侵入したナチス残党がもたらしたものと言われている。

 「ハイディアン・センチュリー」の計画は、この一派を駆逐して元の王族に政権を奪還させ、財団の人間の滞在を認めさせる。
 王家復興を旗印として狼男族の協力を得るわけだ。

 なお地下で人間の世話をするサルボロイド”ウーゥエ・ヴーレ”は、人間同士の権力争いには介入しない。
 ファイブリオンを描く能力が奪われた結果、王族は”ウーゥエ・ヴーレ”の助力を得られなくなった。
 社会秩序が宗教に基づく神権国家から、武力を前提とする理性的な強権政治に進化した、ことになる。
 地上の歴史と同じ図式。

 

「ああ、まあ大体わかったわ。」
 物辺優子は説明を聞いてなげやりにうなずく。人間の居る所はどこも同じ真似を繰り返す。

 鳩保芳子と共に現地に降り立った優子は、狼男族に「歓迎される」
 具体的に言うと襲撃されたわけで、香背男に聞くと、日本に派遣した狼男数名が特殊部隊によって殺害捕獲されたのだそうだ。
 日本政府に掛け合って捕獲された者を返還すると約束して、ようやくスタート。

 要は物辺優子がファイブリオンを描く能力者であり、サルボロイド・サーヴァントを自在に使役出来ると納得させれば任務終了だ。

 では、と持参の書道セットを広げようとすると、不意に空からはためく音がする。
 「ハイディアン・センチュリー」がチャーターした大型輸送ヘリが現地に到着した。
 財団総裁ウェイン・ヒープ二世及び、ミセス・ワタツミの降臨だ。

 財団の目的は人類で最も価値ある人物であるウェイン・ヒープ二世を地下世界に避難させ最後の審判から免れさせる事。
 そこにゲキの少女から、地球絶滅攻撃の予測を告げられた。
 かねてより備える緊急事態の出来に、財団総力を挙げて決行だ。

 ゲキの少女のサルボロイド利用も、この計画への相乗りを前提とする。

 

 まるでアル・カネイのような、背の高い若い白人男性が揃いの制服でヘリを降りる。
 彼等は「ハイディアン・センチュリー」の上級会員であり、アメリカ特権階級の子弟である。特に有望な若者達がウェイン・ヒープの従者を務める。
 つまりは彼等は、ノアの方舟に同乗する事を許された。
 自らの血縁が裁きの日を乗り越えるという利益を示して、財団は富裕層特権層から多額の寄付を集めるのに成功した。

 ペテンとも思える計画を立案プロデュースしたのが、ミセス・ワタツミ。
 日系人と言われているが正体は定かでない。
 髪は茶色で長く、薄い色のサングラスを掛けている。四十代の華やかな美人のおばさんだ。
 ヘリに乗ってきた女性は彼女一人だった。

 最後にガラスの棺が降ろされる。
 おそらくは空調を整えた生命維持カプセルと思うが、それを必要とするほどに衰弱した人が居るのか。
 鳩保は不安に思い、香背男に聞いてみる。だが彼も情報を得ていない。
 従者の一人に尋ねる。

「ウェイン・ヒープ二世はご病気なのか?」
「いえ健康でいらっしゃいますが、何分にも高齢なので大事を取ってカプセルにお休み頂いています。」
「そうですか。」

 鳩保追加で尋ねる。この男性は二十歳前後、アルと雰囲気が似ているから話し易い。
「財団は他に女性の会員を連れて来なかったのですか。」
「今回は命の危険もある重大なミッションです。それも表立っての銃火器の使用を禁止されました。
 万が一を考えて戦闘力の高い選りすぐられた人員のみが従います。」
「あ、そうですか。」

 さすがは科学財団、なんとも理知的合理的な答えが帰ってくる。

 

PHASE 668.

 ミセス・ワタツミ・クルセ。財団の実質最高責任者。

 ウェイン・ヒープ二世の世話を甲斐甲斐しく焼くのかと思えばそうではなく、勝手に動く。
 狼男族の族長と機嫌よく話をした。

 財団の者は淡い色のスマートな制服で統一しているが、彼女だけはデザイナーズブランドの派手な服を着る。
 密林には不似合いで動き難そうに思えるが、軽快でむしろ活発。所作が洗練され、ダンサーのように足運びが巧みだ。
 茶色のふんわりとした髪は背の半分まで伸びるが、自毛ではないと見た。
 そして薄い色のサングラス。うさんくささ倍増だ。目を隠し表情を読まれないようにしているのか。
 にしては、彼女の口元には多彩な表情が浮かんでは消える。人を説得するのに雄弁以上の効果があった。

 しばらくの立ち話の後、族長がこちらを示すのにつられて彼女も振り向き、いそいそとやって来る。
 いよいよゲキの少女との対面だ。
 実の娘である優子を真っ先に相手にすると思ったが、鳩保芳子の方に挨拶をした。

「お久しぶりですね、プリンセスSUSERI。いえ、ハトヤス・ヨシコさんとお呼びしましょう。」
「こんにちわミセス・ワタツミ。いつぞやのお芝居以来です。」

 鳩保はお盆前に門代文化会館で催された演劇にかこつけて、なんらかの接触を受けた。
 当時の記憶がはっきりせずどこからが虚で実か判別し難いのだが、実際に会ったのは確かなのだろう。
 このように挨拶をしてくるからには。
 またサルボロイドを使役するのに絶対不可欠な「黄金の写像」ファイブリオンの図像の存在を初めて示したのも彼女だった。
 踊らされているなと感じないでもないが、気にしない。図太く行く。

「今回もまた、ファイブリオンの図像を使わせてもらいますよ。」
「はい、どうぞよろしくお願いいたします。その為に用意したものですから。」

 ミセス・ワタツミは明るい笑顔の口元のままで優子に向く。鳩保相手と変わらぬ態度で。
 背は思ったよりも低い。ヒールを抜けば優子と同じくらいだ。

「お初にお目にかかります、モノベ・ユウコさん。ワタシはワタツミ・クルセ、「ハイディアン・センチュリー」で実務最高責任者を務めています。」
「本名は物辺贄子ですか?」

 単刀直入、なんの技巧も無しに真正面から尋ねてみた。
 果たして彼女は紅い唇で大きく笑う。肯定も否定もせずに。
 右手でサングラスを外した。

「トキノ・カセオがそういう事を言ってましたか。」

 ああ、その為か。印象を強くする小道具だったんだ。
 彼女の瞳は明るい灰色で、純粋の日本人とは思えない。なにより違うのが、

 「あれ?」と鳩保は確信を失い疑念に落ちる。
 ミセス・ワタツミには物辺家の巫女が持つ特別なオーラ、饗子祝子優子が抑えようもなく発散させる香気が無かった。
 尋常のヒトではないのだが、島の人間が慣れ親しんだ感触ではない。

「カセオー!」

 手に持つサングラスを振って、斎野香背男を呼ぶ。
 一度しか会っていないはずなのにこの馴れ馴れしさは、身内故ではないのか?
 疑い出すとキリがない。どんどん根拠が薄弱となって、別人ではないかと思い始める。

 優子は騙されない。瞳の色なんかカラーコンタクトでどうとでもなる。
 出掛ける前に饗子おばちゃんは言ったのだ。

「優子、あんたの母親のね、贄子姉さんはとんでもなく変なヒトだったんだよ。
 朝起きるでしょ、みんなで食卓を囲んで朝食を摂るでしょ。その度あたしは思ったんだ。「この人、誰?」て。
 化粧してないし髪型同じだし学校の制服でいつもどおりなのに、毎日違う人が座って飯を食っている。
 心底恐ろしかったよ。」

 

PHASE 669.

「カセオ、あなたの連絡によるとモノベ・ユウコさんはファイブリオンを自ら描く事が出来るそうですね。」
「はい。本人はそう言ってますが、私は見たわけではありませんから確実ではありません。」
「いいでしょう。ここで実演すれば済む話です。」

 あくまでも親子の話はしないつもりだな、ならば。

 優子は粛々とミッションを遂行する。
 まずは狼男族の前で描く。彼等が納得すれば画を持って地下に降り、サルボロイドを呼んでくる。
 効果の有る無しは一目瞭然に示される。

 日本からわざわざ持ってきた書道セット、黒い下敷きに半紙を敷いて文鎮で押さえ、硯に墨を擦って。
 精神を集中するまでも無い。
 志保美先輩に教わったのだ。自分の描きたいように描け、と。
 優子の場合、日頃押さえつけている鬼の魂をほんのわずか解放してやるだけで、成る。

 狼男族は広い金箔の上に朱で描かれたファイブリオンの図像しか知らない。
 青墨で描かれる不機嫌そうな男の顔を持つタコの姿、に違和感を覚える。
 だが心を踊る。精神が昂った。

 ファイブリオンの図像は正確であれば効力を持つわけではない。
 描く者の魂の煌めきがサルボロイドを揺り動かす。如何に絵画の技術に優れていようと、常人では無理なのだ。
 物辺優子は先日の失敗を踏まえて大いなる躍動を描き込む。
 正法からは外れていようが、直感が間違いないと囁いた。

 ミセス・ワタツミは独自に入手したオリジナルの図像を現地に持ち込んでいる。カラーコピーも多数用意した。
 見比べてみるに、明らかに優子画の方が強い。王族の描いたものは様式化が進み、迫力も薄かった。
 おそらくはかって名人と謳われた人の作を代々忠実に模して来たのだろう。

 族長は深く考え込み、長老達と相談して、物辺優子の力を認めた。第1関門クリア。
 後は地下に潜って、サルボロイドに見せて効力が有るかを確かめるまでだ。

 鳩保、

「優ちゃん、お疲れ。」
「まだだ。地下のサルボロイドがアレ見て暴走するかもしれん。」
「だいじょうぶだよ。この間のよりもずっとイイ。心が洗われる感じした。暴走はしないよ。」
「そう願うんだがね。」

 1時間後、地上にサルボロイドが現れた。それも3体も。
 隧道を潜って図像を示した族長の話によると、兄神達は大いに驚き強く興味を示し、自ら地上に足を運んだという。
 第2関門クリア。
 残るはサルボロイドとの直接交渉の成否のみ。

「さてと、ここが問題。」

 物辺優子にも自信が無い。
 ファイブリオンの図像を使えば、なるほどサルボロイドを使役出来るだろう。
 だが高度な判断力を必要とする複雑なミッションを、あんな単純な図像で強制できるものか。
 より強烈な制御権を掌握せねば、最終段階で失敗する。

「あれを使おう。」
「あれを?」
「優子さん、あれは本当に利くだろうか。僕は自信が無い。」

 斎野香背男も優子の決断に慄いた。
 余計な真似をして失敗すればこれまでの努力は水泡に帰す、ばかりでなくサルボロイド大乱闘の巻に転ずるやもしれない。
 なにせ、まったく関係の無いものだから。

 現れたサルボロイドは、1体が頭部を人間の女性に擬す。つまりは鳩保の顔を持った日本語の分かるタイプ。
 残り2体は丸いドーム状の頭に現地住民の顔がへばりつく。こちらが標準タイプだろう。

 鳩保の顔を持つ巨人は、香背男の前に歩み出る。日本語教師を務めたから仲介者と見做して対峙する。
 物辺優子、手にした掛け軸をさらりと紐解き、大きく開いて見せた。

 

 相原志保美画「タコ神図」

 物辺饗子が東京の表具師に持ち込んだら超特急で表装を仕上げてくれて、今回のミッションに間に合った。
 見るべき者が見れば絵の価値重要性が分かるのだ。
 表装されていない絵は裸も同然、危ういと感じて全ての予定を後に回し「タコ神図」を優先してくれた。

 これはファイブリオンではない。インスパイアは有るものの、あくまでもタコの絵だ。
 サルボロイドが反応する可能性はゼロに近いと思われたが、

”yAa!”

 鳩保タイプがまるで女が逝く時の声を上げて、激烈に反応した。
 全身がブルブルと震え、赤い光を発し、やがて巨大化を開始する。
 エネルギー供給を外部から受けていないにも関わらず、宙を目指す。

 鳩保は物辺村の児玉喜味子に緊急連絡。

「喜味ちゃん、サルボロイドが手順をすっ飛ばして巨大化を始めた。ゲキからのエネルギー供給始めて!」
「あいよっ」

 

 こうしてサルボロイドの盾は起動した。
 のはいいのだが、停止した時に何が起きるか。まだ誰も知らない。

 

PHASE 670.

 地下世界の奪還計画は終了した。

 少女達が宇宙で戦い人類を救っている間、ささやかながらも正義が行われた。
 権力を掌握する一派が用いる武器は旧式とはいえ銃だ。サブマシンガンすら保有する。ドイツ製だから「マシーネンピストーレ」だ。
 対して「ハイディアン・センチュリー」は銃器の使用を禁止した。これでは勝負にならないが、狼男が主戦力となる。
 日本に派遣した者が使った鋼鉄製のパチンコを今回も用いる。戦力的にはこれで五分に持ち込めた。

 だが勝敗を決定するのはやはり民衆の支持。
 これまで武力で抑え込まれてきた地下の住民はおよそ30万人。全員が反乱を起こせばどれほど武力を充実させようと制圧出来ない。
 ”ウーゥエ・ヴーレ”と交渉する能力の欠如は、現体制があくまでも仮のもの偽の支配者だとの不満を募らせていった。

 「外界に居るファイブリオンの描画能力者」の影響は絶大だ。
 新たに示される墨画の神像に”ウーゥエ・ヴーレ”が激しく反応する姿に、支配者の交代を直感した。
 地上の番人である狼男達が従うからには、正統性がどちらに有るか明白だ。

 打倒された圧制者達は最終的には投降して裁きの場に引き出される。
 民衆はことごとく首を斬り落として「光明神」ファイブリオンへの生贄を主張したが、ウェイン・ヒープ二世は拒み地上への追放を呼び掛けた。
 救い出された旧王族は彼の卓越した知性と深い人類愛に感銘を覚え、民衆に穏やかな解決を訴える。

 無血解放とはならなかったが最小限の犠牲で秩序を回復する事が叶った。
 ちなみに追放された「悪大臣一派」はミセス・ワタツミが預かり、財団が生活を保証し再教育を行う。
 彼等の次の世代を財団に忠実な人材に育て、再び地下に戻す計画だ。

 

 盾となり、人類を滅びから救ったサルボロイドは大気圏内を降下する。
 既に自由落下ではなく、浮力を発生させて自ら飛行する。
 行き先は分かっているがかなり遅いので、鳩保優子の乗ったゲキロボ弐号機はすんなりと追い抜いて行った。
 自分達が先行して地上で迎える方が何かと都合が良い。

 鳩保色に青く染まるゲキロボは、狼男族の村で熱狂的歓迎を受けた。
 ように見えたが、実際は空からサルボロイドが帰ってくるのを待ち受ける彼等の前に降りただけだ。
 その先頭に斎野香背男が居る。

 彼はサルボロイドの日本語教師を務めた関係上特別な地位を認められる。
 また地下王国制覇の際も、物辺優子が描いたファイブリオンを示す役を引き受けた。物辺家親族であれば当然、余人を考えられない。
 つまりはサルボロイドに最も近い人物なのだ。
 前座としてゲキロボが降りてきて、鳩保と優子が真っ先に挨拶したのも彼。
 ウェイン・ヒープ二世、ミセス・ワタツミに続くVIPとして認められる。

 天空から赤く光輝きながらサルボロイドが降りてくる。
 既に形状は元に復し、鳩保芳子の顔を備えていた。目の良い狼男達が驚く。
 表情が有る!
 これまでは人の顔を持っていてもにこりともせぬ硬直した無表情だったのに、帰ってきた巨人は笑っている。
 恋する少女のように、待ち受ける想い人の腕の中に飛び込むように、歓喜の色に満ちていた。

 斎野香背男は最終的な誘導の為に「タコ神図」を示す。
 サルボロイドは空中に制止し、静かに大地に足を触れた。
 機体が熱い。
 ゲキの膨大なエネルギーを受け続け、また大気圏降下の断熱圧縮の予熱がまだ残っている。
 最終的な冷却の為に膨大な空気を噴出する。

 

 鳩保芳子は感じた。これはヤバイ。
 なんだかしらないけれど、良くない予感がする。何がとは、いやこのサルボロイドの表情が。
 1年半前の、中学卒業時の幼い自分と同じ顔をしたロボットが、物凄く不吉に思える。
 悲劇的な運命が待ち受けるはず。
 香背男さんを止めないと、

 

 完全冷却を終え常温に戻ったサルボロイド3メートルの巨体が、わずかに前に傾く。
 分厚い正面装甲が、黒地に白で「飛騨高山」と書いてある前掛け的な装甲が、ぱかっと外れた。
 サルボロイドが自ら分解する姿を狼男は知らない。驚く声の中、鮮烈な異変が起きる。

 頭部鳩保と同じ顔が前に進み、機体から脱落する。
 十五歳の少女の裸身を備えて、斎野香背男の腕の中に飛び込んだ。
 機械でしかない存在が、雲母の薄片と同様の平たい部品の集積体のはずが、血肉を備えた人の身体に変じて新たな生を受ける。
 いや抱き締めた香背男には分かる。人と同じ形をしているが、やはり異形の機械。どこまでも繊細に作りこまれた人形だ。
 だが人の心と魂を持つ人形を、なんと呼ぶべきだろうか。

 鳩保芳子は感じた。
 斎野香背男が愛した人は十五歳、あの時の自分だったのか。
 なんだかよくわからないが、……負けた。

 

PHASE 671.

 惨劇。

 地球を救った立役者の一人、鳩保芳子は膝を抱えて落ち込んでいる。
 人類なんか滅びてしまえばよかったんだ、ホントにそんなことを考える。

 一方狼男の村はお祭り騒ぎ。
 地下王国の混乱は収まり、新たなるファイブリオンの図像がもたらされ、兄神”ウーゥエ・ヴーレ”が人の姿に顕現した。
 これほどめでたい日は1万年このかた無かったろう。
 さらに彼等はねだる。

 斎野香背男は、裸の「鳩保芳子十五歳」に抱きつかれたまま、物辺優子に通訳する。

「優子さん、彼等は「タコ神」さまの絵を今回の報酬として欲しがっている。村の宝、新たなる神の図像として丁重にお迎えしたいと願っているよ。」
「あー、まあ、そう思うのも無理は無いけどさ、」

 相原志穂美画「タコ神図」は外の文明社会においても値をほしいままにする珍品中の珍品。
 第一、物辺優子が尊敬する先輩から直にもらった金に換えられぬお宝だ。
 その一方で、個人の手元に死蔵するべきではないとも考える。絵の力にふさわしい場所で、ふさわしい人達に守られるべきだ。
 「タコ神図」は今後も多くの人に好ましい影響を与え、人類社会の一角に光を投げ続けるだろう。
 困った。

「香背男、とにかくこの地域の気候風土では置いておけない。カビたり虫に食われたりするよ。」
「ならば専用の保管庫を作りましょう。太陽光発電で温度湿度を一定とするエアコン完備の宝物庫を。」

 いきなりの提案はミセス・ワタツミ。財団の力を持ってすればいとも容易く実現できる。
 その旨を狼男族に伝えると、彼等は飛び上がって喜んだ。神様が来る。村に来る。

 優子は呆れてミセス・ワタツミに抗議する。

「いやそんな保管庫誰がいったい管理するって言うんだよ。」
「カセオが居るではないですか。彼はこのまま村に留まり、財団と地下王国とを繋ぐ役目を担います。ついでに画の管理人も務めてもらいましょう。」
「本人の了承も無しにそんなこと勝手に決めて、」
「いいんですよ。嫁も決まったことですから。」

 たしかに。サルボロイドが転じた「鳩保芳子十五歳」は、この地を離れて暮らしはしないだろう。
 香背男も此処に留まり続ける。もはや決まった話なのだ。
 ならば餞に「タコ神図」をくれてやるのも、親戚としてこころばかりのお祝いだ。

「しかたがないなあ。」

 再びのお祭騒ぎ。

 

 鳩保芳子はひとり隅っこで膝を抱えて落ち込んでいる。彼女に振り向く者は無い。
 ただ一人を除いて。

「君が、あの女の子のオリジナルだね。ハトヤス・ヨシコさんだね。」

 振り向くと大きな人だ。
 白人、背が高い、ただ高いのではなく骨格が大きい。年齢は五十歳ほどだろうか、皮膚のハリ艶はそう感じさせる。
 だが頭髪やまつげが白い。無色透明なほどに色が無い。
 ひょっとすると白人というのも勘違いで、アルビノと呼ばれる体質ではないだろうか。

「……Mr.ウェイン・ヒープJr.?」
「2ndと呼ばれている。本物のウェイン・ヒープ氏はほんとうに慕われていた人物らしいからね。
 君はトキノ・カセオに恋をしていたんだね。」
「分かりますか、見ればバレバレですね。」
「だがあの少女は君自身でもある。君とカセオの子供でもある。」
「違いますよ、私は関係ない。」
「君は新しい人類の夜明けを啓いた。新しい歴史の創造に立ち会ったんだ。もっと誇りを持っていい。」
「嬉しくないな……。」
「嬉しくはないだろうね。こういう時は暴れてもいい、怒りをちゃんと表すべきだ。」
「香背男さんに嫌われないでしょうかね。」
「嫌われたっていいのではないか。もう君は自由だ。」

 鳩保は立ち上がる。確かに自由だ、バカバカしい。
 この恋が実らぬ事は、おそらくは香背男に会った最初の日から気付いていた。
 ただちょっと、予想外の終わり方をしただけだ。

 右手を差し出す。握手を求めた。

「ウェインさん、香背男さんをよろしくお願いします。」
「ああ。君の未来にも幸あれ。」

 

 物辺優子は祭りの喧騒から離れて、一人熱い息を吐いた。
 狼男族のお神酒は量はあってもどぶろく同然であまり美味いものではない。
 そろそろ切り上げて物辺村に戻るべきだ。花憐や喜味子はまだまだ仕事を抱えている。

 背後から近づく音を聞く。西欧人の靴、女性。
 歩み方で鳩保でないのは判別できる。ならば、一人。

「ユウコさん、」
「止まれっ。」

 振り向かない。
 誰かは知っている、用件も分かる。優子がこの地を訪れた理由でもある。
 だが許さない。
 鬼であることを自ら隠す、その態度に腹が立つ。

 再び呼ばう。

「優子、」
「あたしは、自分の顔がどれだったか自分でも分からない女の顔を覚えて帰ろうとは思わない。」

 沈黙。

 やがて、口を開く。

「優子、おまえがもう20年を生きて鏡を見て、「少し疲れたかな」と感じた時、それがおまえの母親の顔だ。」
「うん。」

 十分だ。
 それが物辺の女だ。

 

PHASE 672.

 日本時間九月十三日午後二時三分。
 物辺村に降り立った花憐みのり喜味子は異様な光景を目にする。

 人の波、参拝客ではない。千人を越える人数が物辺島の橋の手前に集まり、地面にべったりと腰を下ろしてたむろする。
 老若男女、テントまで張って泊まり込みの様相だ。

「なにこれ?」
 と、ゲキロボを出迎えた物辺鳶郎と奥渡たまに尋ねる。
 物辺家の人達、饗子祝子双子に宮司さんは不在である。これほどの客を置き去りに何処へ行ったのやら。

 鳶郎は戦闘服忍者服ではなく、浅葱の袴の神主姿。たまをバイト巫女として、お留守番だ。

「花憐さんみのりさん喜味子さんご苦労様でした。よくぞご無事の帰還を果たされおめでとうございます。」
「ありがとうございます鳶郎さん、ところで饗子さん祝子さん達はどちらに。」
「『外記のお練』で市街に出ています。」
「ええーっ! お練って節分の行事でしょ。なんでまた今、」

 話せば長い事ながら、と鳶郎が口を開こうとした瞬間に鋭く女性の声が飛ぶ。

「みのり!」
「あ、おかあさんただいまー、」
「みのり、みのりっああよかった!」

 童みのりの母親がゲキロボの帰還を目撃し、神社に飛んで迎えに来た。
 黄色い宇宙服姿の娘に抱きつく。
 どれだけおかあさんが心配したかをくどくどと涙ながらに語るのをみのりも誰も止められない。
 おっつけ喜味子の両親もやって来るだろう。
 これでは仕事にならない。

 喜味子が宣言する。

「花憐ちゃん、私は今からゲキロボ拡張機能を解除縮退させて、日常御神木基地に変換する作業に取り掛かる。後は任せた。」
「あ、うん。ごめんねまた物凄く面倒な作業なんでしょ。」
「単純ではないな。今後同種の侵攻が有った際に防衛体制を再立ち上げする準備も考えなくちゃいけないから。」
「じゃあわたしが日本政府とNWOへの挨拶と報告説明を済ませておくわ。」
「お願い。そっちの方がやっかいでゴメンだよ。ぽぽーが居れば楽なんだけど。」
「中米から帰ってきたら東京に連れてくわ。その時働いてもらいましょう。」

 仕事の話と聞きつけて、みのりが母の腕の中から声を上げる。わたしにも何かさせて。
 だが花憐は優しく首を横に振る。

「みのりちゃんは一旦家に帰ってご両親を安心させてあげて。それから喜味ちゃんのご両親とぽぽーの左古礼先生の所にも行って説明を。
 みんな無事に帰ってきてまったく問題ありません、元気です。ってね。」
「分かった。」
「それが終わったら、物辺島の外の状況を調査してきて。わたし達が居ない間に一体何が起こったのかを、外の人にも直に話を聞いて。」
「聞き込みだね、分かった学校にも行ってくる。」
「急がなくていいからね。
 えーとじゃあ喜味ちゃん、対策本部はわたしの家のわたしの部屋に設置するとして、何かあったら呼んでね。」

 わかったーと生返事をする喜味子は、すでに作業に入っている。
 ゲキロボを御神木の前にまで移動させ、コクピット内装の拡張部分を機外に排出して、それからそれから。
 みのりも母親に抱きつかれたまま、自分家に連行されていく。これでは聞き込みのお仕事が出来るのは何時のことになるやら。

 花憐は改めて鳶郎とたまに向き直る。
 そうは言っても自分も家に帰り、風呂に入って着替えて一息吐きたい。なにせ戦闘中もそれ以後も宇宙服を一度も脱ぐ機会が無かったのだから。

「鳶郎さん、詳しいことはウチで説明していただけませんか。あなたの口からそれぞれの筋に連絡していただく事となるでしょうし。」

 

PHASE 673.

「お嬢さま、よくぞご無事で。」
「ただいま。早速だけど近所に政府関係者の人待機してるわね。呼んでください。
 それから小浦小学校のミィーティア・ヴィリジアンさんもこちらにお出でになるように。もちろん島外の警備にもその旨通知して。」
「はいかしこまりました。」

 城ヶ崎邸に戻った花憐をお手伝いさん、大點座のトノイさん3名+男性2名の連絡員が迎える。フルメンバーで詰めている。
 家は日本のアンシエント「彼野」の出張所となっており、今回の有事でも大きな役割を果たした。

 連れてきた鳶郎に話を聞きながらも、風呂の用意と着替えを自分で整える。
 ゲキの技術で作った宇宙服は垢や皮脂を分解して綺麗にしてくれる機能を持つが、気にし出すともう我慢出来ない。
 総理大臣や偉いさんと話をする前にお色直しをしなくては。
 熱い湯でシャワーなんかしたら即意識が飛んで眠ってしまいそうだが。

「それで鳶郎さん、物辺神社はどうなったんですか?」
「祝子さんは宇宙戦闘の光景に怯える地上の人々の心を鎮めるために、外記の神輿を持ち出したのです。」
「お神輿を? お祭りじゃないのに。」
「祭りです。世界が滅びに直面したとなれば鬼の出番。人の心を掴むには安泰を呼び掛けるよりは、破壊を司る鬼神祟り神を前面に押し出した方がよいと判断したのです。」

 風呂場のガラス戸越しに話をしながら、花憐は思う。わたしもなんだかすごくエラくなったものだ。
 隣に素敵な男性が居るのも構わず、全裸でシャワーを浴びてるなんて。まるでハリウッド映画の女優みたいだ。

「理屈は分かるけど、お神輿でわっしょいしても人の心を動かせないでしょ。祝子さんは何をしたの。」
「そこで『外記のお練』です。」
「あれかー。」

 『外記のお練』とは、西暦千年頃に京の都を騒がせた外記の鬼の荒れ狂い暴れる姿を再現したものだ。
 二月三日の節分の日に、物辺村の子供達は蓑を被ってゲキに化け練り歩き、家々の門前に据えられたお供え台を藁縄を巻いた棍棒で叩き壊して回る。
 もちろん本物のゲキがそのような乱暴を働いた記録は無い。
 ほんとは何をしたのか記録にも残っていないからこそ「外記」なのだが、やはり乱暴狼藉であろうとの想像からこのお祭りが発生した。

「つまり、祝子さんは物辺島の外で手当たり次第に乱暴を、」
「混乱に乗じて売り惜しみをする商店や、暴利をむさぼる業者に外記の幟旗を掲げて殴り込みに及んでます。」
「うそぉ〜。」

 状況は理解したが、何故それで民心を集め多くの人を神社に惹きつけたのか、まったく分からない。
 人間の本性は実はマゾなのか。
 鳶郎も最初は戸惑ったが、物辺家の婿として考えた。自分なりの結論を告げる。

「『ええじゃないか』って知ってますか。」
「幕末、黒船来航と異国との外交で不安になった民衆から自発的に発生した半分暴動みたいな宗教運動ですよね、伊勢神宮の御札が降ってきたとか。」
「祝子さんはこれを意図的に再現しているのです。神のせいにすれば、個人では合理的ではないと考える行動も正当化されます。」
「打ち壊し暴動が?」
「いえ、商店主やスーパーの店長なども、本来このような状況に陥った場合、自己の利益を求めるよりは社会に貢献すべきだと考えているのです。
でもそういう行動を選択できない。平時の常識に囚われてあるべき善行を取れないのです。」
「それを、鬼神ゲキにかこつけてクリアしてやろうってわけですか。賢いなさすが祝子さんだ。」

「打ち壊しの裏で饗子さんがフォローに回って、実際は商品代金を支払っています。物辺神社の持ち出しですが、損はしないと。」
「ゲキの名前が高まればお参りに来る人が激増で、寄進する金持ちもどんと来るという寸法ですね。さすが饗子さん。」
「既に物辺神社の名は市内全域に鳴り響き、メジャーデビュー達成です。祝子さんに双子さんの美貌も大きく役立ってます。」

 状況は了解した。だが警察・行政はどう対応しているのか。
 フェイクとはいえ乱暴を見て見ぬフリも出来ないだろう。

 ガラス戸を小さく開けて手を出してバスタオルを要求する花憐に、鳶郎は渡しながら笑う。

「既に市長の抱き込みは完了していますから、警察の制止は受けません。また暴動や犯罪も市内ではほとんど起きておらず、治安維持に成功しています。」
「他の都市ではどうなの?」
「明暗分かれていますね。何しろ全世界規模の混乱ですからどこから助けが来るわけでもありません。そもそも日本には実害は発生していません。
 大都市圏では物資の買い占めで商店が空になり、脱出しようとする車で大渋滞が発生して、暴動に発展する地区もあります。
 一方、地方都市でアンシエントが強い指導力を持っている所は案外と落ち着いています。」

「総理大臣に早く終息宣言を出してもらわないといけないか。」

 既に天空に走るミサイルの軌跡も反物質の爆発光も見られない。
 月から飛散した土砂の大部分も回収に成功して、地球に落ちる可能性が無くなった。
 後は政治の問題だ。

 髪に滴を纏い、バスタオルを胴に巻いて風呂から上がる。
 もちろん鳶郎は巧みに視線を外し、脱衣所から礼儀正しく退出する。
 玉のお肌で悩殺を、とか考えてはみたが、なにしろ彼の嫁は祝子さんだ。美人比べをして勝てるとはさすがに花憐も思わない。

 

PHASE 674.

「それで、鎌倉の方はどう?」

 御神木広場のゲキロボを整備しながら喜味子はたまに関東の話を聞く。
 奥渡たまが属するアンシエント「寶」、その下で人材育成を行う「画龍学園」オーラシフターも今回の天災で大騒ぎしているはず。

 果たしてたまも表情を曇らせて応える。

「東京は目茶苦茶だそうです。実質上の被害はまったくありませんが、とにかく世界中の状況に恐れをなして右往左往している。
 加えて魑魅魍魎が現れたとかで、兄達も連日出動しているそうです。」
「魑魅魍魎か……。なんだろ、お化けってほんとうに居るのかな?」
「居ます。わたしは見たことありませんが、仙術修行が進めば見えてくるそうです。」
「いやな修行だな。」

 ちゅうちゅうたこかいな、と喜味子は細かい部品を地面に並べて数を数える。
 これらはすべてゲキの力で作ったロボットのコントロールユニット。特に無人ゲキロボをダイレクトコントロールする時に重要となる。
 本来であればゲキに任せて完全オートが望ましいのだが、人間が使ってこその技術。
 ゲキ・サーヴァントは手間を敢えて押し付け、人間的限界を強要する。

 めんどくさいから大あくびをして、でも一生懸命に異常が無いか確かめた。
 たまも手伝おうと思うが、さすがに何をやっているのかさっぱり分からない。
 代わりに眠気覚ましの質問をする。

「宇宙の敵は完全に撤退したのですか。」
「実を言うと、第2ラウンドがあるかもしれない。」
「もう一度襲ってくるんですか!」
「その前にこちらから逆襲しててってーてきに叩き潰すのが正しい宇宙の法則なんだけど、そこまでの余力が無い。」
「そうですか。ではまた防衛体制を作らないといけませんね……。」
「それがーこの作業さ。使えるのを残しておいて、必要な時にはすぐにたちあげ……、……。」

「おねえさん?」

 あぐらをかいて部品を調べる形のまま、喜味子は固まる。
 気配が変わったのでたまが前に回って様子を見ると、やっぱり。

「お疲れになったんですね。」

 ぽんぽん、と手を叩く。神社に他に人の姿は見えなかったのに、暗い色のジャージを着た男性が現れた。
 たまに頭を下げる。

「お呼びで?」
「喜味子さんを児玉家に運びます。手伝ってください。」
「はい。」

 鳶郎配下の忍軍だ。人知れず物辺神社を守護している。
 年齢おおむね30歳の印象の薄い彼は、喜味子を抱きかかえて立ち上がる。
 顔を間近で見てもびっくりしないところが、胆力の座った歴戦の勇士であると裏付けた。

 児玉家に下宿するたまも当然付いて行くが、大事な部品が散らばったり無くしては大変。

「梅安さん。」
”こちらです”

 神社裏の森の中から、非常に繊細な部品を組み合わせた女性型からくり人形が歩み出る。頭部はマネキンで金髪のカツラを有する。
 ゲキ・サーヴァントの人型インターフェイス「梅安」だ。
 物辺神社周辺に設置されているゲキ関係の機材一式を管理し、サルボロイドにエネルギーを供給していたのも彼女の仕事。

 たまもお世話になる事が多く、すっかり慣れてしまった。

「梅安さん、喜味子さんのお仕事分かります?」
”はい。分類整理して保管しておきます”
「お願いします。やはりおねえさんはお疲れで、家でお休みになりますから。」
”はい。ご心配なく、喜味子さんのご指示が必要無い部分のみを進めておきます”

 機械は恭しく礼をして、喜味子を送り出す。

 

 眠ったまま忍者の人に抱いて来られた娘を、喜味子の両親は多少驚いたものの普通に受け入れた。
 そのそっけなさに、たまは不思議な思いを持った。
 本当の両親というのはこんな感じなのだろうか。

 奥渡たまには父親の思い出が無い。物心付いた時には既に両親は離婚しており母だけだった。
 その母だとて、たまの世話は家政婦に任せてよく分からない事業にのめり込み、そして失敗する。そもそもがビジネスに向いた性格ではなかった。
 半ば自業自得に病を得て、あえなく命を落としてしまう。たま十歳の誕生日の前日だ。

 以後は画龍学園の学生寮に引き取られ、「じいさま」守株翁の庇護の下育てられる。兄と慕う蟠龍八郎太とも毎日会えるようになった。
 常に周りに人が居て寂しい思いをする事は無くなったが、やはり両親と共に暮らす環境とは違う。
 一生自分には理解できないものと覚悟していたが、物辺村に来て、児玉家に下宿するようになって、なんとなく分かった。

 こんなものなのだ。普通に、暮らす。それだけなんだ。
 それだけで居られることが、幸せなのだと。

 

PHASE 675.

 青いゲキロボ弐号機が物辺島に帰り着いたのは、九月十三日午後六時一分前。
 まだ日のある内で、周囲も良く観察できる。
 先に帰り着いた三人と同様、「なんじゃこりゃ」と思う。

 物辺優子は操縦席の鳩保芳子の袖を引っ張る。

「外、島の外駐車場んとこ、あそこ降ろして。」
「いやダメだよ、人が民間人がいっぱい居るよ。ダメだよ。」
「違う、その先道路の向こう。お神輿が来る。物辺神社の神輿だ。祝子おばちゃんが上に…………」

 鳩保、操縦席正面4次元ディスプレイでくっきりと見てしまう。優子も絶句するはずだ。

 物辺神社正統継承者物辺祝子が、まるで楊貴妃な格好で軽トラの荷台に乗っている。双子もだ。
 お神輿も別のトラックに載せて移動する。現地に着いたら下ろして練り歩くのだろう。
 トラック周辺にはYOSAKOIみたいに派手な色使い、風を孕む衣装を纏う踊り手が何人も。
 腹巻き姿の柄の良くない若い衆が十重二十重に囲んで太鼓をばんばん打ち鳴らす。
 この喧騒、まるで戦後すぐの物辺神社みたいだ。

 警察が警備しながらの移動であるから混乱は無いが、なんなんだ。

 ヤバイ、と瞬時に判断してゲキロボにステルスシールドを発生させた。
 ただでさえ馬鹿騒ぎなのに、この上巨大ロボなんか出現させた日には何が起こるか知れたものじゃない。

 物辺神社御神木秘密基地はゲキロボ壱号機が未だ居座っているから、本殿前の広場に着陸する。
 物騒だからステルスは掛けたまま、背のハッチを開いて飛び降りた。
 二人を迎えるのは、赤毛のアメリカ人CIAの手先ミィーティア・ヴィリジアンと鳶郎の配下で花憐の護衛忍者 如月怜だ。

 物辺神社の人間は総出でお祭り騒ぎに興じているとして、なんとも寂しいお出迎え。
 鳩保は尋ねる。如月怜がここに居るのなら、城ヶ崎花憐は今護衛の必要の無い状態にあるはず。

「花憐ちゃんはどうしたの。」
「城ヶ崎さんは現在就寝中です。東京の総理大臣とミスシャクティという人に防衛行動が終了したと連絡した途端、緊張の糸が切れて眠ってしまいました。」
「そうか、いろいろ頑張ったからな。喜味ちゃんは、」
「寝てます。やっぱり緊張の糸が切れて死んだみたいに眠ってます。」
「じゃあみぃちゃんもか。」
「そうですね、実家に引き取られてご両親とお話をしているはずですが、多分。」

 そりゃそうだ。4日間ずっとゲキロボの中に過ごして、ベッドだの布団だのにはお目に掛かってない。
 鳩保だって、傷心を癒やす術は不貞寝しか知らない。
 ぽん、と優子の肩を軽く叩く。

「じゃ、後は任せた。私も寝る。」
「おい芳子、それは無いだろ。」
「寝る。それ以外の選択肢は知らん。地球が滅びて人類が絶滅してから起こしてくれ。」

 言い置いて、ふらりと神社を後にする。
 歩きながら変身を解除して、パイロットスーツから出発前のジャージ姿に戻る。
 足元がおぼつかない。もう半分寝掛かって物騒だから如月怜が付いて行く。
 なげやりな態度にミィーティアは不審を覚えた。
 鳩保さんはこういう人では無いはず。もっと色々と状況をコントロールしたがる、うざい性格の。

「鳩保さん、なにか有ったのですか。」
「男に振られた。」
「Oh!」

 確かに今は寝るのが一番の解決策だ。まだまだやる事は残っているが、暫時休息した後でいいだろう。
 ゲキの少女が誰一人として起きていないのも剣呑。
 しょうがないから、自分だけは目の玉開けておくか。

 

「物辺さん。」

 宵闇の中から幽霊のように気配無く現れたのは、縁毒戸美々世。連絡もしないのに帰還を察知したか。
 初めて会った時と同じ黒でフリルに縦ロールのゴスロリ姿、しかし今日は特別だ。最後の審判的状況において、妖しく破壊的な衣装の持つメッセージが正しく機能する。
 着ている人間が平素と異なり化けモノ性を隠そうともしなければ、更に。

「物辺さん、少々ご足労いただけないでしょうか。お話があります。」
「おう。」

 

PHASE 676.

 歩いて行くのも億劫だから、ワンボックス忍者カーで送ってもらう。東京に行く時使ったイカロボ改造車だ。
 運転手は当然忍者。護衛で2人も付いてくる。
 鳶郎は忙しくて同伴出来ない。ゲキの少女が戻ったからには、警備計画も大幅に変更が必要になるのだろう。

 優子は一度家に戻って黒のワンピースに着替えてきた。美々世のゴスロリに対抗するように。
 忍者はもちろん、縁毒戸美々世が宇宙人の魚肉合成人間であると知らない。
 詳しく知らせないように、車内ではろくに会話もしなかった。

 既に日は落ち、閑散とした道路にヘッドライトのハイビームがどこまでも伸びる。

 行き先は霊園。門代高校の西に2キロ離れている。物辺村方向と反対側。
 鳩保芳子が「門代地区在住宇宙人有志一同様」と会った場所だ。
 護衛の忍者は連れて行けない。路上に待機させ、美々世の案内のまま進んでいく。

 

「お初にお目に掛かります。うちの鳩保がお世話になってます。」
「よく来てくれました、物辺優子さん」

 他所様の墓石の上に座ったり寝転んだりする複数のニンゲン。いずれも人外の雰囲気を漂わせる。

 タンクトップで暑苦しい眉毛の濃い男が、てゅくりてゅりまめっだ星人。
 石斧担いだ原始人でサルの首の干物をぶら下げてるのが、はなまげらしゅとるんすとーんころい星人。
 見るからに不景気そうなバーコード禿のサラリーマンが、くりょぼとろ=かいちょなす星人。
 キラキラと輝く甲冑を纏う金髪美少女が、鋼鉄甲冑騎女星人めっとおーろ。
 身長240センチで縮尺のおかしい眠る女が、三年寝太子さん。
 そしてゴスロリの縁毒戸美々世、しゅぎゃらへりどくと星人だ。

 まとめ役で仕切り屋のまめっだ星人が代表して話をする。

「今回お呼びした用件は、ぴるまるれれこについてです」
「ああやっぱり。確かにそれは釈明やら説明の必要が有ると思いますね。」

 そりゃあまあ、あの策はやっぱりダメだと思ったのだ。喜味子が勝手にやらかしたのも、相談したら許してくれないと思ったからだろう。
 まめっださんも事情は斟酌してくれる。

「地球在住宇宙人にとって最大の禁忌は、ぴるまるれれことの接触です。もしも彼女が興味を示したら、星間文明の壊滅必至だからです」
「さすがに凄い威力でした。カニ星人ってのは結構な高度文明の持ち主なんでしょ。アレが一発ですからね。」
「私どものような高等宇宙人でも、容易に接触できない相手です。アレと親しく付き合えるのはゲキのみですが、刺激するのは極力控えてもらいたい」

 美々世が助け舟を出す。
 そうは言っても今回の防衛戦、所詮は地球人の手に余るもので、誰の助けも無ければ非常の策を用いるしかなかったろう。
 だがまめっださんは否定する。

「あなた方の防衛計画を作成したのは児玉喜味子さんですか。彼女はまだ奥の手を残していた」
「え? まだ「こんなこともあろうか」があったのか、あの女。」
「一つはゲキのロボットで時間を遡行して、同一時間内に複数のロボットを出現させて超光速ミサイルを破壊して回る方法。非常に成功の確率が高い」
「ほお。」
「もう一つは、カニ星人がミサイルにワープエネルギーを供給する超空間導線を使ってゲキのロボットからエネルギーを逆流させ、戦艦諸共爆破する方法です。これは失敗のしようがない方法だ」

「でも、コストが大き過ぎる」

 美々世が補足説明をする。喜味子がその策を用いなかったのには、当然の理由が有る。

「最初の策は時空を超えたロボットの運動位置情報管理に極端に大きな負担が掛かり、担当の城ヶ崎花憐さんの脳に致命的な損傷を与えます。地球人には能力的に不可能です。
 後の策は、ゲキのプロトコルに従えば誰か1名がロボット内に残り操作を行い続けねばなりません。行きがかり上児玉喜味子さんが居残って、ロボットと運命を共にしたでしょう。
 どちらの策を用いてもゲキの少女は大きく力を損ない元に戻る事はありません。
 カニ星人が反撃の余力を残していた場合、そして太陽系に襲来した艦隊はカニ星人の全戦力ではない。ゲキの力を失った地球人が対抗する事は不可能です。」
「だがぴるまるれれこを刺激するより遥かにマシだ。」

 これが高等宇宙人の姿勢である。所詮は原始知的生命体である地球人など一顧だに値しない。

 だいたいの事情は飲み込めた。
 つまりは喜味子は危うい橋を見事に渡って見せたわけだ。

 美々世は嗤う。自分達がゲキの少女に期待した成果とは、何だったのか。

「皆さんももうお気付きでしょう。古代宇宙人ゲキが数億年にも及ぶ長期間覇権を保ち続けた理由。
 ぴるまるれれことの共存、が答えです。
 期せずして我々は実例の観測に成功した」
「(否定はしない)」

 はなまげらしゅとるんすとーんころい星人通称原始さん、が美々世に賛同する。
 彼等高等宇宙人はゲキの少女に、自分達が出来なかった奇跡の実現を期待した。
 目算通りの結果を得て、それに不満を述べるなど知的な行いとは思えない。

 原始さんは改めて地球人に尋ねる。

「(ゲキの少女物辺優子よ。カニ星人は地球破壊の計画を未だ諦めてはいない。今後どのように対処する)」
「それは計算のウチです。敵を全滅させるか、こちらが死ぬか。
 近々にカニ星人の本拠地に殴り込みに行きます。

 ゲキの力を用いて。」

 宇宙人達は笑った。人の笑顔ではない、物の怪の、この世ならざるモノの形だ。
 縁毒戸美々世もまた、底無しの虚無の面となる。

 優子も笑う。たぶん自分も同じ顔をしているのだろう。

 

PHASE 677.

 深夜、優子は「ブラウン・ベス」に居る。
 物辺神社に戻っても晩飯出そうに無いし、村に居るとなにかとうるさい客が押し寄せそうだ。

 戦列歩兵喫茶「ブラウン・ベス」も開店休業状態。世界が滅びに直面しては、珈琲どころではないのだろう。
 おかげで優子が貸し切りにしても誰も怒らない。

 「なにか作りましょうか」とマスターの魚肉大尉マシュー・アイザックスが勧めるので、軽く食べておくことにする。
 黒パンのサンドイッチ。チーズとハム、レタス。オリーブの実が串に刺してある。
 日本人には本物の黒パンはくどい味だが、外国人客には好評だそうだ。

 熱いコーヒー、ブラックのまま。戦場コーヒーと呼ばれるほんとうにいい加減な淹れ方が此処の名物。

 何も無い時間がBGMと共に流れていく。

「なにか、変わったことは?」
「OTAKUに見つかりました。」
「オタク? なんだ。」

 「ブラウン・ベス」のウェイトレスは仮想人体、同人ゲームソフト「戦列歩兵少女地味子」の登場キャラクターを実体化している。
 ゲームとそっくりの人間が働く喫茶店、オタクに見つかるのは時間の問題だった。
 今は世の中混乱しているから問題になっていないが、落ち着いたらたぶん商売に差し支えるだろう。

「暇な話だな。」

 

 結局明け方まで居続けた。
 大尉は二階に畳敷きの部屋があるから仮眠を勧めてくれたが断り、ただただ時間を潰していた。
 様々に考える事もあったのだが、独りになって整理したかったのだが、
 心がずっと騒ぎ続ける。

 鬼であり人である自分が、どうにも折り合いを付けられない。
 ひょっとすると人間を辞めた方がずっと人間らしく居られるのではないか。
 与えられた力を拒みあるべき姿を否定しても、不自然なだけ。狂っていれば、放蕩の母を受け入れられたかも。
 本業「鬼」、趣味「人間」 このくらいのバランスが丁度良い。

 「ブラウン・ベス」を出ると忍者の迎えが待っていた。
 昨夜乗ってきた忍者カーをそのまま放置したのを忘れてた。
 ただ帰るのも芸が無い。久しぶりに学校に寄ってみる。

 生徒の安全を保証できないからと、門代高校はこの3日休校している。
 今日もまた、

「あ、ひょっとして今日日曜日?」
「はい。」

 それでは誰も居るはずが無い。
 花憐が総理大臣にミッションコンプリートを報告したから、月曜日からは授業も再開されるだろう。

 誰も居ないグラウンドを歩く。護衛は後ろに置いてきた。

 白む空に星は無い。
 指向性ビッグバンの平面を火星軌道に届くほど広大に展開した。
 地球から観測すれば、黄道帯以外に星が見えない状態だ。
 時々ちかぃと鋭く輝くのは、改造サメロボがビッグバンを相殺消滅する光。
 処理面積があまりにも広い為、完全消滅まで3ヶ月を要するそうだ。喜味子によれば。

 グラウンドの突き当り、野球部のダイヤモンドの辺り。

「物辺、来たか。」
「相原センパイ。」

 学校体操服ジャージを羽織った相原志保美がすっくとマウンドに立つ。
 天から吊るしたように自然に、気負いなく、その場に在る。
 心が震えた。
 期待はしなかったが求めていたものはこれだ。

 女子軟式野球愛好会がグラウンドを使うのに何の齟齬も無い。
 だが夜も明けやらぬ内から、何故彼女は居るのか。

「先輩はなんで学校に来ているのです。」
「おまえこそどうした。学校が恋しくなったわけではないだろ。」
「授業はともかく、そこに集う人はちゃんと興味の内ですよ。」
「同じだな。わたしも人の為に来た。」

 振り返る視線につられて、優子も目を向ける。
 校庭の隅に片付けられた金属製の朝礼台の上に少女が立っていた。
 中学生並に背は低いがスタイルは良くすっきりと整う。先細りの黒髪が長くトカゲの尻尾のように伸びる。
 優子も知っている人だ。よく知っている女だ。

「弥生ちゃんだよ。」

 

PHASE 678.

 蒲生弥生が本名だが、門代高校ではこれで通る。

 校内一の有名人。生徒会を牛耳り学校組織の全てを掌握する。
 常に全生徒の先頭に居るから、朝礼台は彼女の定位置だ。
 なんとかとネコは高い所が好き、という言葉を思い出す。

 優子達の中学校の生徒会長でもあった。

「どうした物辺、後ずさりして。」
「ちょっと苦手なヒトでして、」

 優子が「普通人ごっこ」を始める契機を作った人でもある。彼女には物辺の鬼の呪が効かない。

「ウエンディズの活動ですか。」
「混乱の渦中こそ正義の味方の出番だからな。明日からは学校も再開すると聞いて、確かめに来た。」

 また女子軟式野球愛好会「ウエンディズ」の創設者キャプテンだ。正義の為に彼女らは動く。
 だからと言って深謀遠慮の人ではない。
 勝手に考え勝手に動けば、勝手に人が付いてくる。人徳であろう。
 志保美センパイほどの人が従うのだから、並の器ではない。

 今も高く天を仰ぎ、時折ちらつく小さな閃光を見つめ続ける。
 まるで眼光が宇宙空間にまで届くかに。
 静かな気迫に満ちている。

「物辺優子か?」

 空を睨み振り向かぬまま、地上に声を掛ける。
 彼女は全校生徒の顔と名前をすべて記憶する。在籍前後5年間すべてをだ。

 志保美は優子の背を触る。前に、彼女の傍に押し出した。

「お久しぶりです、蒲生会長。」
「物辺、どう思う?」

 どうもなにも、星の世界のアレコレは宇宙人の超越的な科学技術でなければ処理出来ない。
 未だ泥を這い回る人類に何事が叶うものか。

 返事が無いから再び尋ねる。

「この事態、人間の手でなんとか出来ると思うか?」

 この人はやる気だ。

 いやたぶん、届くだろう。
 その気になればたちまち世界の秘密を解き明かし、NWOの存在を嗅ぎつけ、裏に潜む宇宙人を暴き出す。
 諸々の宇宙人技術、ゲキの少女の力をも握り、ほんとうになんとかしてしまう。
 神でもない鬼でもない、未来人でも超能力者でもない、
 ただの人なのに。

 優子は答えた。

「たぶん、」
「そうか。」

 再び星の世界に視線を向ける。
 志保美も倣って、明ける空を仰ぎ見る。

 

 愕然とした。物辺優子は目を閉じる。

 自分は人間のなんたるかをまだ理解していない、片鱗にも辿り着いていない。
 人間を辞める? なんと傲慢な。

 彼女らと並んで立つ事すら出来ないじゃないか……。

 

PHASE 679.

「なに優ちゃん浮かない顔をして、ショックな事でも有った?」
「あーまあ。お天道様には勝てないなと。」
「当たり前じゃん。」

 村に帰ったらもう喜味子が起きていたから、優子も一眠りして。

 

 九月十四日日曜日午後四時。
 ゲキの少女達は支度を整えパイロットスーツに身を包み、再び御神木秘密基地に集結した。

 ゲキロボはオリジナル壱号機が御神木前、弐号機が本殿前広場に露天駐機している。
 ちなみにゲキロボ零号機とは、物辺神社御神体「ゲキのヘノコ」を意味する。

 鳩保宣言。

「物辺村正義少女会議ファイナルロスタイムー。
 今日の議題は決を取りたいと思います。カニ星人全滅作戦に賛成のヒト!」

 鳩保、優子、喜味子は賛成の挙手をする。花憐みのりは保留。
 多数決ならもう確定だが、花憐は。

「もうちょっと穏便な策でカニ星人に翻意を促す事は出来ないかしら。」
「花憐ちゃん、そりゃあ戦争する前にやる事だ。敵艦隊全滅してしまった以上、選択肢は無いぞ。」
「そうなんだけどさ、喜味ちゃん。それでも全滅は、」

「第一、あたしらにカニ星人が完全絶滅出来るか定かではない。
 もし連中がこちらの攻撃に耐えて生き残るのであれば、こちらとしては甘んじて再襲撃を受けるまでだ。」

 優子の言葉に花憐も口をつぐむしか無かった。
 全ては相対性の中に有る。知的生命体の営みはいずれも偶然に支配される。
 最後に頼るのは運。神頼みだ。

 みのりが小さく手を挙げる。

「カニ星人は親戚とか友達の宇宙人居ないのかな。」
「ふむ、他の宇宙人がカニ星人の復讐の為に立ち上がる。その可能性は無いとは言えないな。」

 鳩保答えながらも、そんなとこまで責任は持てない。考えるべきではあろうが、手が回らない。
 喜味子、

「だからこその恐怖の衝撃だ。カニ星人が無残な滅び方をすれば、他の宇宙人は近付こうとしないだろ。」
「だな。故にこれ以外の報復攻撃の手段は存在しない、となる。

 もう一度決を取ります。カニ星人全滅作戦に賛成のヒト。」

 全員賛成。作戦は直ちに遂行される。
 今回の攻撃はゲキの少女が自ら考え誰の承認も得ずに行う。
 NWO世界の支配者達と協議すれば、おそらくは反対されまとまらないだろう。

 そもそもがNWOはカニ星人襲来の実態を知らない。ミィーティア・ヴィリジアンにも入れ知恵して正しい情報を報告させていない。
 未だに彼らは、宇宙戦艦150隻の大艦隊が襲来し1万5千発のミサイルで攻撃してきたと認識する。
 地球周辺で爆発した反物質弾頭の亜光速ミサイルが、敵攻撃の主体だと思っている。

 今の段階ではこれでいい。
 過大な数字を伝えれば、それ以下の戦力による攻撃は軽く撃退できると甘く考えるし、ゲキの力に依存する。
 宇宙人の襲撃はこれからも続く。
 NWOには適当な脅しを掛けて、安全が危ういバランスの上に成り立つと理解させねばならなかった。

 花憐、

「そういえば、最後の最後に月が破壊されたのを、NWO上層部は疑っているみたいなのよ。
 他は完全にシャットアウト出来たのに、何故1発だけが見逃されたのか。ひょっとしたらわざとではないかって。」
「なにそれ。」
「ゲキの少女が自分達の能力を誇示し世界の支配権を掌握するために、敢えて脅威の大きさ被害の甚大さを演出してみせた。
 そう考えてるみたいなのよね。失礼な話だわ。」

 なんと思われようと仕方ない。一度人類を救ってしまえば、最期まで責任を持たねばならない。
 ゲキの少女としての責務をただひたすらに果たし続けた結果が、ミスシャクティに繋がる歴史となる。

 では、最終兵器に会いに行こう。

 

 門代高校の裏山。山体に大きく張り出す巨大な一箇の岩の上に設けられた小さな祠。
 比留丸神社。

 磐座でのほほんと日々を流れるままに過ごしているほんわか系お姉さん型宇宙人。
 発散する高レベルのエネルギーを抑えきれず、触ると何でも燃えてしまう為に地球の生命体とは遊べない可哀想なヒト。

 ぴるまるれれこ。

 彼女が地球人に酷似する肉体を持つのは、物辺優子が人間の遺伝子情報他を提供した為である。
 優子が交渉係だ。

 右手を差し伸べ、誘なう。

「ぴるまるれれこさん、この間遊びに来たカニ星人さんの所に行って仲良くなりましょう。」

 

PHASE 680.

 宇宙最強宇宙人ぴるまるれれこは高等でも中流でも下級でもない。規格外の存在だ。
 敢えて等級を付けるならば、あくまでも三次元物理空間内に在り続けるから、中流宇宙人だろう。
 だが中流宇宙人の資格とされる100C以上の超光速航行技術を持たない。持つ必要が無い。
 彼らは基本、他の宇宙人に運んでもらう。

 そもそもが彼彼女と性別を分けるのも不適切。
 生物学的分類であれば13種類の性を持つらしいが、相互に変換が可能であるし用途によって自らを組み替える。
 生殖行為などもちろん無く、それどころか食事やエネルギー供給すら必要としない。
 強いて言えば、他の宇宙人文明を自らと同化する行為こそが生殖であり食事であろう。

 他の宇宙人に運んでもらう、とは同化した文明の機械をそのままに使用する、という意味だ。

 地球は日本の門代地区に再生したぴるまるれれこは、現在ゲキロボに運ばれ星の海を航行中である。
 ゲキ・サーヴァントは何億年の昔からぴるまるれれこと共存してきているが、接触すれば当然に同化を受ける。バリアによる隔離も不能だ。
 仕方がないから児玉喜味子はレトロアイテムのロケットペンシルを参考に、ゲキロボの手を使い捨てにする。
 魚の背骨に似た幾つものブロックで構成されるゲキロボの手足を何十メートルにも伸ばした。
 手のひらからのエネルギーバリアでぴるまるれれこを保持しながらも侵蝕されるのを甘受し、侵蝕部を焼却蒸発させて本体への影響を防ぐ。

 無論手足パーツの予備には限りがあるから、無人ゲキロボ弐号機を伴う。
 弐号機は手足4本の魚の骨を10キロメートルまでに伸ばして、壱号機の在庫が無くなったら随時供給する。
 それでも不足であれば手近の小惑星に着陸して手足部品を製造して戻ってくる。

 

 カニ星雲への行程の半分辺り、3000光年ほどで喜味子は手足部品の再製造を行った。
 地球出発から2時間余。ぴるまるれれこも小惑星上で休憩する。

 彼女の相手は直接の責任者である物辺優子と動物宇宙人の言葉が分かる童みのりが担当する。
 相性の悪そうな二人だが、おっとりのほほんとして何を考えているか分かり難い相手には丁度良い。
 航行中も常に話し掛け、退屈させないように務めている。

 鳩保芳子はお話中の二人を背後に見て、作業を進める喜味子に尋ねる。

「でもさ、あんな気の長い人が1時間間が空いたくらいで退屈するのかい。」
「まあしないというか、1時間に一言ずつ話しても、もの凄いハイピッチで喋りまくってると感じるんだろうけどさ。」
「そうね。喜味ちゃん、でもぴるまるれれこさんはカニ星人をほんとうにやっつけられるのかしら。」

 城ヶ崎花憐の問いに喜味子も考える。
 そもそもがぴるまるれれこは極めて温和な宇宙人であり、どんな敵対的な相手にでも攻撃は仕掛けない。
 仲良くなりたいと思ってるだけなのだ。

「実のところ、ぴるまるれれこさんの威力はこないだの艦隊攻略しか知らないぞ。
 カニ星人だってもう何が起きたかは察知して、ハッキング防止措置を取っているはずだし。」
「ハッキング防止ってたとえばどんなんだ。」
「そりゃ一番簡単なのはパーティション分けでしょ。一度に全部が汚染されないように幾つかに分けて隔離しておく。」
「それは当然の措置だな。」
「実はさ、あの時だって冷や汗ものだったんだ。進歩した宇宙艦隊がハッキング対策してないわけがないから、どうやって全艦同時リンクを行うか。」
「あー普通それ無いな。どれか1艦だけがリンクして調べてみればいいわけだし。」

「じゃあ喜味ちゃん、あなたアレは大バクチだったの?」
「それまでに十分餌を撒いて、もう万策尽きて死ぬ寸前にまで追い込まれた、てのを偽装してみました。いやそもそもぴるまるれれこさんがそう上手く逆ハックしてくれるなんて虫のイイ、」
「……改めて聞いてみると、おっそろしく完成度の低い作戦だったんだな、アレ。」

 鳩保も花憐も今になって背筋が凍る思いがする。他に策が有ったかと問われれば思いつきもしないのだが。
 しかし喜味子は平然とする。自信はあったのさ。

「なにしろ美々世だよ。まめっだ星人さんですよ。あんな高等宇宙人があれほどびびる存在が、通り一辺倒のハッキング対策を突破できないはず無いじゃん。」
「ええ、それはそうなのだけど。」
「つまり喜味ちゃんは、自分ではどの程度の威力があるかまったく知らないままに、情況証拠だけで勝負に出たってわけだな?」
「うん。」

 危ねえ、こいつはとんでもなく危ねえ奴だ。
 今から行う報復攻撃だって、ほんとうに見込みだけでやってるのだ。
 鳩保は思った。セカンドプランは喜味子抜きで考えておこう。

 

PHASE 681.

「それで、ぴるまるれれこさんはどうして地球に来たのですかー。」

 無邪気に尋ねる黄色い宇宙服の童みのりに、ピンクに弾けるプラズマを纏ったおねえさんは考える。
 この小惑星は直径が15キロメートル。微小ながらも重力を持ち、地球人にとっては居心地の良い場所だ。真空だけど。

 ちなみにゲキの少女達はいずれもヘルメットを被っている。
 正面が透明ガラスではない、全金属製の鉢だ。しかし表面全体に着装者の顔が立体的に浮かび上がる。
 被っているのにかぶってない様に見える、不思議で姑息なヘルメットだ。

 ぴるまるれれこはそのまま、空気が無くても窒息しない。高エネルギーの宇宙線に貫通されても、数百万度の恒星フレアに触れてもだいじょうぶ。
 元々が非常にエネルギーの高い惑星の出身だ。

”そうですねー、わたしが地球に来たのはついこの間のことですね。
 遠くから見ると地球では「太陽」って言うのですか? の方にお友達がたくさん集まっているような感じがして、それで連れてきてもらったんです。
 あ、でも途中で船が壊れましたから、わたしが自分で宇宙船になって自力で飛んできました”
「はあ。自分で宇宙船になるんですか。」
”地球の知識で「空飛ぶ円盤」と呼ばれるものがたぶんわたしです”

 ぴるまるれれこは物辺優子から地球人の遺伝子情報を譲り受けた際に、ついでに人類社会の知識をそっくりもらっている。
 等価交換で優子も情報をもらったが、いかんせん原始知的生命体の処理能力ではまったく理解できない。それでも、

「空飛ぶ円盤ってのは、ぴるまるれれこさんが蛇みたいな長い身体になってまるくなって電気を発生させて飛ぶカタチ、ですよね。」
”はいそうです。宇宙を飛ぶ時にふつう使う形です”
「あれはいいですよねー。すごく早くて。」

 ふつうにおばあちゃんの茶飲み話のように応じる優子は、真空だというのに黒くて長い髪を恒星風にたなびかせる。
 全身黒ずくめだから女宇宙海賊みたいだ。

 円盤型ぴるまるれれこの航宙速度は7C程度。しかし、ワープではない。
 時空間に何の仕掛けもしないのに、相対性理論を突破して光速を軽くクリアする。超空間でさえも使ってはいない。
 どういう理屈で飛行するのか、ゲキ・サーヴァントも理解していなかった。
 宇宙は謎で満ち溢れている。

 ちなみにお話中の二人はぴるまるれれこから10メートルも離れている。
 身体から放出されるエネルギーがひ弱な地球人を傷付けないように必死に抑えてくれているのだが、耐熱宇宙服を使ってもこのくらいが限界だ。
 むしろ熱を利用してヤカンでお茶でも沸かそう。

 みのり、

「でもれれこさんはおよそ千年くらいの間、ずっと千個くらいの細胞片のままで門代に留まっていたんですよね。何が有ったんですか。」
”詳しくは分からないのですが、ゲキのロボットに接触したんだと思います”
「事故ですか。」
”痛くはないのですが、いえたぶん、わたし本体はなんでもなくて、ちょこっとだけ破片が剥がれ落ちたんだと思います”
「なるほど。本体はご無事なんですねそれは良かったです。」

 まあ高度に進化した宇宙人はこんなものだ。
 ゲキロボやサルボロイドと同様に、最小構成部品にその種族の全情報が格納されており、自己修復自己再生が可能。
 わずかの細胞片からフルセットの宇宙文明を形成する機能が標準装備となる。

 カニ星人はまだここまでの進歩を遂げていない。
 社会を構成する最小単位である「個人」が生き残れば文明再建も可能だろうが、果たしてどれほどの個体数が免れ得るか。
 ぴるまるれれこの攻撃にどこまでの残存性を発揮できるか。勝負の時が近付いた。

 

 ゲキの少女達はぴるまるれれこの熱で沸かした湯でほうじ茶を頂いた。
 どこか知らない恒星系の小惑星上で飲むお茶は格別だ。

 2体のゲキロボに手足部品の再構成を行わせていた喜味子は、十分に在庫が出来たと確認して立ち上がる。
 優子に出立を促した。

「ぴるまるれれこさん、あと3500光年くらいで目的地に着きますが、よろしいですか。」
”はい。このままお友達の所に運んでください。ロボットの手は熱くないですか、痛くないですか”
「まあ計算通りの消費量で。もう途中で停まる必要も無く到着するでしょ。」
”ではお願いします”

 超々光速航行担当は花憐だ。パーソナルカラーのピンクに染まったゲキロボ壱号機がパイロットを収容して立ち上がる。
 ロボの首の後ろには、花憐を示すトレードマークのリボンがでかでかと飾られる。なんとも恥ずかしい仕様。
 一方の弐号機は無人であるから誰をも表さない赤銅色、首の後ろには「☆彡」の飾りが付いている。

 壱号機は長い両手を伸ばし、手のひらにエネルギーフィールドを発生させて慎重にぴるまるれれこを抱え込む。
 発するプラズマとフィールドが衝突して火花が散り、エネルギー交換による相互作用で侵蝕が開始される。
 どのような手段を用いたとしても、彼女が侵蝕し同化する作用を食い止める事は出来ない。
 部品使い捨て方式だとて、本人が急速同化をする意志が無いからこそ成り立つ暫定的手段なのだ。

 

 光り輝く女神を抱いて、丸いロボットは星屑の欠片から飛び立つ。
 あまりにもメルヘンチックな情景が、とある種族に滅びをもたらすものだと誰が考えよう。

 物辺優子は三畳一間のコクピットの円窓から外を覗きながら、思う。

 宇宙は実に穏やかで残酷だな。迫り来る効果音も前触れとなる閃光も無く、出し抜けに滅びと遭遇する。
 あるいはそれが救いなのか。
 そうだな、カニ星人だって今日自分が死ぬなんて知りたくはないからな。

 

PHASE 682.

 万里の重力波濤を乗り越えて、ゲキロボは遂にカニ星雲に到達した。
 西暦二〇〇八年現在の地球で観測するものとはまるで違う形だ。人類が滅びていなければ6500年後に目撃する。

「すごい……。」

 弾けた超新星から噴出するガスが広範囲に撒き散らされ、帯状に広がり広大な領域を抱え込む。
 全体の直径は20光年を越え、近隣の恒星系にまで到達したガスが七色に輝き、あちらこちらで巨大な虹を生み出している。
 地球人類でこの光景を目の当たりにするのはゲキの少女が初めてだ。

 だが真に驚くべきは、人為。

「喜味ちゃんアレなに? アレってもしかして人工物??」
「状況から推察するに、カニ星人の構造物だろうね……。」

 SF喜味子だって黙り込む。

 カニ星雲の中心は超新星爆発後のパルサーであるが、これを取り囲む幾重もの金属のリングが観測される。
 さらに外側には太陽電池パネルの印象を覚える帯がゆるやかな螺旋状に取り囲み、パルサーから放出される激烈なエネルギーを受け止める。
 らせんの直径は1光年にも及び、なおも増殖中と思われた。

 鳩保、自身の記憶の中から適切な言葉を探すが、これは違う。

「……ダイソン球?」
「そんなレベルの構造物じゃないね。類似の考え方としてはアリだろうけど、」
「だよね、ダイソン球ってもっと穏やかな安定した恒星を核とするんだよね普通……。」

「喜味ちゃんこれ何? 何なの、カニ星人何考えてこんなもの作ってるの?」
「花憐ちゃん落ち着いて。さすがに私にもなんだか分からない。ちょっと専門家に聞いてみよう。」

 喜味子は自分の首の後ろに装着してある受話器を取って、ゲキロボコールセンターに電話を掛けた。
 ゲキロボ運用初期には頻繁に教えを請うたマニュアル解説機能であるが、最近は喜味子が欲しいと思っただけで情報が引き出せるように変更していた。
 能力が進歩していたわけだが、今日に限っては自覚的に尋ねる事を余儀なくされる。
 それほどびっくりしたわけだ。

「…………、はいどうも、ありがとうございました。分かった、これカニ星人のワープエンジン大量生産工場だ。」

 説明を聞いても分かるわけが無い。他の4人は再び外部が見える円窓やらディスプレイにかじりついて確かめる。
 エンジン? ワープエンジンてそもそもどうやって作るのだ? 
 というか、こんな大げさな真似しなければ作れないのであれば、知的生命体は何時まで経っても超光速を手に入れられないんじゃ?

 優子が額に被る髪を掻き上げて、溜息を吐く。
 なんとなくにカニ星人の意図が分かった。高次空間に住む高等宇宙人と交流を持つ彼女だから、理解出来る。

「無数のワープエンジンの行列を作って、累冪空間を発生させるフィールドを形成するつもりだな。」
「うん。カニ星人の科学技術と思考形態に基づけば、時空制御デバイスの高度化高エネルギー化大規模集積によってでしか、それを成し遂げられないんだ。」
「亜空間内に形成される擬似高次空間をむりやりに本物にする技術、か。中流宇宙人の枠を越え、高等宇宙人になろうとしてるんだな。」
「でも、このやり方では出来ないってコールセンターは言ってたよ。」
「そりゃ、高次空間の存在する宇宙を自らの手で生成するようなものだから、出来るわけ無いじゃん。
 指向性ビッグバンとは難易度の桁が10個くらい違い過ぎる。」

 花憐、みのり、さらには鳩保までもが何がなんだか分からない。二人だけ知ったかぶり、ずるいぞ。
 リクエストに応えて誰にでも理解できる説明をすると、これはー。

「あ、でも今日これ全部壊れちゃうから、どうでもいいんじゃないかな。」
「そりゃそうだ。」
「そうなんだけどさ、それじゃあちょっと気になるじゃんか。」
「もうちょっと詳しく説明してよ、ふたりとも。」
「うん、うん。」

 とにかく工場自体には用は無い。
 必ず近くに製造物を用いて大実験を行う中枢が、その受益者であるカニ星人文明の本拠地が存在するはず。
 と言ってもカニ星雲広うござんして、それらしき施設もたちまち千を越える数発見した。
 星間文明の中心地を特定するのはそもそもが難しく、定義によっても機能に拠る分類をしても様々に異論が噴出するわけで。

「ええいめんどくさい。どこでもいいからてきとーな所に着陸しろよ。」
 という羽目になる。

 もちろん長々と時間を潰していれば、ぴるまるれれこを抱えるゲキロボ壱号機の手が燃え尽きてロボ本体が侵蝕を受ける。
 さっさと片付けるのが本意であるから、

「じゃあぴるまるれれこさん、とりあえずあそこに見えるパーキングエリアに降りてみますね。」
”はい”

 

PHASE 683.

 そこはアメリカの片田舎の鄙びたガソリンスタンドの趣を持つ場所だった。
 だだっ広い何も無い宇宙空間にぽつりと設けられた簡易補給所。訪れる者も珍しく、緊急避難時にほどほどに役立つ程度の設備しか備えていない。
 十分に進化した知的生命体であればロボットに任せた無人施設とするはずだが、物好きは居るものだ。

「カニ星人みっけ。」

 事務所の外のカウチに寝そべりカニ星雲中心のパルサーから降り注ぐ有害極まりないX線をのんびりと浴びている年配のカニ星人が。
 腹の上にはウクレレに似る黒い弦楽器を載せている……。

 ゲキロボから降り立った鳩保はゲシュタルト崩壊を起こしてフラつき、喜味子に肩を借りる。なんか頭おかしくなりそうだ。

「きみちゃん、ちょっと、なんか、せつめいを、」
「クビ子さんに借りた宇宙人図鑑を見てみよう。」

 クビ子さんとこ「天空の鈴」星人が出版する『えんじょいとらべる銀河宇宙人図鑑105.7版』によると、カニ星人は不老不死不滅である。
 挿絵では、胴体が1つ手足が2本1対ずつで直立二足歩行、頭部が1つあって、地球人に類似する形と言えなくもない。
 ただ頭部はブラウン管テレビみたいな四角い箱で、手に相当する部分も四角い穴が空いており指は無し。下半身が前後逆、となる。

「えーと、
 ”カニ星人は合理的知性的無駄を嫌う種族であるが、だからといって失敗を恐れて試行錯誤を避けるなどの消極的行動原理は取らない。
 つまりは彼らの生涯においては多大な無駄な思考や妄想、虚偽あるいは更新されない古い情報、個体差による認識の錯誤等が生じる。
 これらは合理的行動を阻害する要因となるから消去排除すべきであるが、逆に発想の飛躍を生む土壌ともなり、”」

「えいもうちょっと簡単に説明しろ。」
「つまり、人生における無駄情報を抽出して年寄りの個体に集中して蓄積して、若い者は健全性を保って社会に貢献し続ける。でも年寄りはバカばっかりになるというシステムだ。当然しぬ。」
「カニ星人はそれがいいと考えてるのか?」
「彼らは別に死を拒絶したわけではないけれど、死ぬ理由が必要らしいよ。だから無駄だらけ個体が自滅するのは自然の営みなんだそうな。」
「てつがくてきだなー。」

 どうりでテキサスの田舎のおじいちゃんぽいカニ星人が居るわけだ。
 よく見りゃ全天に拡がるカニ星雲の雄大な風景、さんさんと降り注ぐX線にじりじりと照らされる南国風情で気も緩む。
 ウクレレ奏でてみたくもなるだろう。

 優子は少し考える。これはちょっとした誤算だな。

「つまり、カニ星人社会には社会形成に貢献しないはぐれものの個体が多数存在する、てことだな?」
「そうなるね。」
「社会全体とリンクしてないのであれば、ハッキングから免れて生き残るかもしれん。」
「なるほど、一理ある。」

 心配は既に不要だ。ぴるまるれれこはゲキロボ壱号機の手から離脱し、勝手にカニ星人に近付いて行く。

”こんにちわ、わたしぴるまるれれこです。お友達になりましょう。”
『!』

 おじいさんだから動きも鈍い。差し伸べられる左手を避けるでも逃げるでもなく、安々と接触を許してしまう。
 停止した。だがさすがに不滅のボディは高温プラズマにも燃えたりしない。
 喜味子、改めて注意事項を喚起する。

「れれこさん、カニ星人の論理回路は亜空間の脆弱な領域の中に存在します。壊さないように優しく、そっと。」
”あなたがたと同じに触れると弾けてしまう陽炎な人達でしたね。注意しています”

 カニおじいさんと簡易補給所のシステムは完全にぴるまるれれこに乗っ取られた。それだけだ。
 待てど暮らせど何も起きない。

 10分経過。さすがに花憐が焦れた。

「きみちゃん、どうなってるの?」
「どうって、順調だよ。」
「何も起きてないわよ。」
「そりゃあ、光学で観測してりゃあねえ。」

 今現在カニ星人文明全体がぴるまるれれこに蹂躙されているとして、その影響がこの補給所で観測できるまでには光の速度で何年も掛かる。
 なにも見えない変わらないのが当然だ。
 花憐も自分の迂闊さにようやく気付く。超光速情報収集は自分の仕事だった。

「ごめん、ちょっとゲキロボに乗って情報収集してくるわ。」
「優ちゃんも一緒に、高次空間からカニ星人システム全体を構造解析して。おそらくはもう8割方がれれこさんに侵蝕されてるはず。」
「わかった。」

 ぴるまるれれこもおじいさんに触れたままぴくりとも動かない。
 だが、彼女はもう独りではない。
 カニ星人文明全体が既に彼女の仲間であった。

 

PHASE 684.

 ぴるまるれれこは燃えたぎる岩石惑星が出身地である。

 灼熱に流動する溶岩の海の表面、大気に吹かれて冷却しわずかの時間固体化結晶化するシリコンのあぶくで発生した電気回路が生命の起源だ。
 回路はやがて連結し、自らの生存時間を延長する様々な行動を始める。
 無数の異なる生命回路が発生し、互いに接触を繰り返す。生存競争が生まれた。
 彼らの競争とは、他を自分と同じフォーマットに組み替える事。回路生成規則のハードウェアプログラムを書き換えていく。
 自分と同じ形式の回路が多数になれば、生存確率も高くなる。破局に遭っても全滅しない。

 やがて高度な思考機能を獲得し、惑星からの離脱にも成功したが、宇宙に出てもやる事は同じ。
 他を同化して自らと同じフォーマットのシステムに書き換えていく。
 ネイティブハッカーと呼ばれる所以だ。

 だから彼女が標的とするのは、自らを支えるのに必要なレベルの高度な演算機能。中流宇宙人以上の超絶科学が生み出すハイパーコンピューターだ。
 地球人の電気ソロバンなんかには目もくれない。

 

「じゃあ観測結果を天空の光景にオーバーラップして侵蝕状況を表示するわ」

 ゲキロボ壱号機内の花憐から外部にアナウンスがあった。
 丸い頭部のガラスの一つ目からレーザー光線が照射されて、立体映像を空いっぱいに映し出す。
 直径20光年以上のカニ星雲に拡がる全ての有人惑星、都市、基地、施設、艦船が光る点として示される。
 そしてぴるまるれれこの侵蝕状況を表すピンクのモヤが、みるみる内に覆い尽くしていった。

「なにこの疾さ。」

 簡易補給所の平たい駐機場でぼーっと空を眺める鳩保も、呆れる他無い。
 表示が正しければ、光速の十万倍を越える速度でぴるまるれれこの侵蝕が進んでいるはず。
 中流宇宙人の高いセキュリティ能力もまったく効果が見られず、あらかじめ仕組まれていたかの滑らかさで屈服していく。

 ピンクのゲキロボに呼び掛ける。

「花憐ちゃん、これちょっと冗談じゃないよね?」
「優ちゃんが侵蝕状況を確認してるから間違いないわ。ついでにリンク漏れしたカニ星人のシステムも探してる」
「孤立ユニットとか無いのか。」
「故障してまったく反応の無い死んだシステムなら侵蝕を免れていると思うけど、休眠中でリンク外れしてるのなら問題なく捕まってるわ。
 遠方の恒星系に進出中の艦隊や基地もダメね」

 凄まじい、としか呼びようが無い。
 だがこの侵蝕作業は、ゲキの少女達が連れてきたぴるまるれれこが行っているものではない。
 同化されたカニ星人システムが、フォーマットが同じに書き換えられてぴるまるれれこに変じたものが、自らに連なるものと同調していく。
 保安措置の手の内全てが暴露されているわけで、セキュリティなど無いも同然だ。

 もし侵蝕速度がこれほど早くなければ、冒された施設の物理消去を試みるだろう。
 だがカニ星人にはゲキロボが持つ高次元からの観測手段が無い。
 単なる超光速通信に状況確認を頼っていれば、異変を検出する前に全てが終了している。

「あ。」

 みのりが変化に気付く。
 ぴるまるれれこが静止状態を止めて、動き出した。同じくカウチから立ち上がるカニおじいさんと共に近付いてくる。
 れれこおねえさんはにこやかに報告した。

”お友達になりました”

 あまりに邪気の無い笑顔に、鳩保みのり喜味子は背筋が凍りつく。
 カニ星人文明は今、完全崩壊を遂げたのだ。
 すべてがぴるまるれれこに置き換えられ、何一つ免れ得なかった。
 おじいさんも見かけは変わりないが、既に中身はまったく別のものと化している。

「……、これが、ぴるまるれれこ。」

 最強宇宙人、星間文明捕食者の欺かざる力であった。

 

 カニ星人文明は崩壊消滅する。
 彼らが作り上げたワープエンジン量産工場も操業を停止して眠りに就くだろう。
 既にぴるまるれれこ化した存在にワープエンジンなど必要無い。
 いずれは次のお友達を求めて四方の宇宙に広がる旅をして、ここは無人の廃墟となる。

 数十万、数百万年後に訪れる別の宇宙人が埋もれたワープエンジンを発掘し、新たな星間文明を築くのだ。

 

PHASE 685.

「あれ? ここ、どこ?」

 5人は等しく同じ感想を抱く。
 彼女達が自覚する状況では、カニ星人文明を完全消滅させ、ぴるまるれれこおねえさんはそのまま留まると言うから置き去りにして、地球に戻る途中のはず。
 ゲキロボ壱号機の中、三畳一間のコクピット内部に居たのだが。

「きみちゃんこれなに?」
「だからぽぽー、自分で考えてよ。頭私よりずっといいんだから。」
「そうねぽぽー、自分で考えなさい。」
「そうだぞ芳子、喜味子に頼るな。」
「だから花憐ちゃんも優ちゃんも一緒だったら!」
「うんうん。」

 と言い合う互いの服装にも異変を発見する。
 本来であれば宇宙戦艦ヤマト女子隊員風のカラフルな宇宙服兼パイロットスーツを着ているはずが、全員全裸だ。
 代わりにゆるやかな光の帯がまとわりついて胸や腹を隠している。立体映像を纏っていた。

 振り向いて見回せば、これは絶対通常の三次元空間ではない。
 見渡す限りどこまでも続く平面、地平線。上は雲が舞い飛ぶ青空で、下は金属光沢を持つ土壌が続くが、空気で霞む事無くはるか彼方の先までもがくっきりと見える。
 まるで3DCGソフトで安直にレンダリングした地形のよう。

 優子は鳩保と顔を見合わせる。

「亜空間だな。それも極めて人工的な空間だ。」
「そうだね、まったく人間的な要素の無い無機的な、ただ広ければいいという設定だ。
 優ちゃん、高次空間に脱出は?」
「出来ない。ここは既にかなり特殊な、うーんそうだな、精神だけが来ているて感じの、」
「じゃあ仮想空間か。それにしては現実味というか、感触がリアルというか。」

 鳩保手を伸ばして花憐の胸を揉んでみる。うん、間違いない。これは本物だ。
 花憐も呆れて、きゃあと低い声で叫ぶ。

「ぽぽー、宇宙人の仮想空間なら触感だってリアルに生成するわよ。揉んだって判別できない。」
「で、花憐ちゃんの調査能力ではここは何?」
「それはねえ、ゲキの、」

 

「これはゲキ・サーヴァントのプライベート・スペースです。パイロットとなった人間の思い出を仕舞いこんでおく場所です。」
「シャクちゃん!」

 いきなり出現した闖入者、くらいでは驚かない。どうせ変な空間だ、何が起きても不思議じゃない。
 だが旧知の褐色の天使、クラスメイトのシャクティ・ラジャーニであれば話は別だ。
 聞きたい事が山ほど有る。

 姿は自分達と同じ、全裸に立体映像の帯を纏う。
 インド美少女であるから、仏教遺跡の天女の像そのものがへらへらと笑っている。

 勢い込んで訊ねようとする鳩保を押さえて、優子が口を開く。まず確認せねばならない。

「あんた、あたしらのシャクちゃんか、それともミスシャクティなのか。どっちだ。」
「ミスシャクティです。でも、うわぁー懐かしー。こうして6人全員が揃うのは卒業式以来ですよー。あ違った、全員が揃ったのは喜味子さんの結婚式だ。でもあの時はいろいろと忙しくて6人揃ってのお話とか出来なかったし、」

 これは間違いなくシャクちゃんだ。だが自分達が知る女ではない。
 シャクティ・ラジャーニは高校一年生の一月に関西から転校してきて、クラスが同じになったのは二年から。
 半年にも満たない付き合いでしかない。
 この馴れ馴れしさだと、ほんとうに卒業までの2年間ずっと友人として親しく付き合ったのではないだろうか。
 つまり、

「あなた、未来人?」
「ミスシャクティですから。」
「いやそういう意味じゃなくて。」

 花憐も上手く説明できなくてもどかしい。なんだこりゃ。
 みのりが小さく手を挙げる。

「シャクティさん、つまりあなたはわたし達と同じ時間にシャクティさんとして高校生活を送って、それから50年前の二十世紀にタイムトラベルしてミスシャクティになった、の?」
「正解! さすがみのりさんです。やっぱりこういう時は一歩下がって考えるみのりさんが一番ですよお。」

「え、じゃあシャクちゃん生まれたのは二十世紀なの?」

 

PHASE 686.

「あ、生まれはちゃんと三十一世紀です。でも二十一世紀の習俗や人情を勉強するために幼い時からこちらに来てますから、実質二十一世紀人ですねえ。」
「じゃあご両親や弟妹も未来人?」
「現代人です。私の極めて遠い先祖、と言われていますが記録があいまいで定かではありません。でも大切な家族です、二〇〇八年現在でもう5年も家族やってますから。」
「歳は取らないの? ゲキは人間を不老不死にはしないでしょ。」
「話せば長い事ながら、チートやら裏機能とかありまして、」

「そこじゃないだろ。」

 優子がシャクティ独演会を遮った。今問うべきは、この空間に呼び出した張本人がシャクティか否か。

 

”それはワタシです”

 新たなる闖入者。
 喜味子が作った非常に繊細なからくり細工のボディを纏って、金髪マネキン頭のゲキロボインターフェース「梅安」が現れた。
 もちろん出現予告や前触れを発生させない。気が付くとすぐ隣に在る、そういう演出を用いている。

 或る意味意表を衝く姿だ。不思議空間であれば造形自在、「ゲキ・サーヴァント本来の姿」なんてもので出現してよいはず。
 敢えて喜味子が作ったボディを使うのは、よほど気に入ってるのか。

 優子がゲキの少女を代表する者として前に出る。警戒の姿勢のままで。
 今日に限って言えば、こいつは自分達の下僕ではない。対等の立場で会談に臨むはず。
 そうでなければ、こんな空間に呼び出したりしない。

「説明を聞こう。まず、ここは何処だ。」

 だからゲキ・サーヴァントのプライベート・スペースですよお、というシャクティの台詞は無視する。
 とにかく「梅安」、喋れ。

”この空間は、これまで我々が主人と認め力を許した地球人の運用データを保存する場所です。仮想空間ではありますが、三次元物理空間の実体としても同時に存在します”
「運用データ、つまりここにはこれまでゲキを使った人間達の痕跡が残っているわけだな?」
”本人の形代、生体イメージも保存しています。活性状態にはありませんが、何時でも呼び出して生きた人間としての会話や相談が可能です”
「過去のみならず未来も、だな。ミスシャクティも居るくらいだから。」
”その通りです。過去と未来が同時に存在していますが、互いに接触すると矛盾を起こしますので何も無いように見える広大な空間を創造しました”

 優子は鳩保を見、花憐を見た。ふたりともうなずく。
 現状は理解した。次のステップに進もう。

「わざわざこんな空間に呼び出すからには、よほどの事情があるのだろう。何だ。」
”事象改竄についてです。地球人類に今回の事件を認識させると今後の歴史の展開に大きな瑕を残します。
 すべての地球人に事件が無かったと認識させるには、極めて膨大な操作が必要です”
「無理なのか。」
”可能です。しかしどのように改竄するかの分岐がありますので、選択してください”
「なるほど、それは重大な責任だな。」

 鳩保が口を挟む。
 趣旨は分かったが、ここにはミスシャクティが居る。彼女の記憶の通りの歴史を作るのが正統な筋道だろう。

”今は二〇〇八年です。この時間に生きるあなた方が選択すべきであり、未来の人間が干渉してはなりません。たとえ自らが滅びる歴史を選択するとしても”

「シャクちゃん、それでいいの?」
「はい。わたしは何も言いませんし、あなた方の選択を尊重します。」
「失敗するかもしれないよ。」
「何物にも縛られない自由な存在、それがゲキの少女わたし達が知るあなた方です。わたしもその一人です。」

 ちょっと困る。
 そこまで信頼してもらえるほど自分達はしっかりしてないし、世界の真実も来るべき未来も分からない。でたらめをしてしまうに決まってる。
 花憐が手を挙げた。

「ゲキの力に惹かれて地球にやって来た宇宙人の所業を無かったことにするのは可能?」
”無理です。事象改竄は高次空間もしくは亜空間に退避できる存在には意味を為しません。また操作は地球表面上のみで行われます”
「宇宙空間で起きた事件はそのまま在り続ける、そういうことね。でもじゃあカニ星人艦隊とのバトルは?」
”今回最大の難問はそこをいかに誤魔化すかです。お勧めする方法は、当該日時の地球大気圏上に映像スクリーンを展開して、何事も無い一日を投影し続ける”

「ちょっとまて、それは幾らなんでも雑過ぎるだろ!」「でしょ」「だ」

 鳩保花憐喜味子が同時に声を上げる。梅安、ちょっと手を抜きすぎだ。
 だがゲキのインターフェースは無表情のままに答え続ける。

”我々の興味の対象は地球人類の記憶のみです。歴史の改竄とは畢竟それを認識する知的生命体の記憶の連続性への操作に過ぎません”
「そこまでぶっちゃけられると、さすがに困るなー。」

 

PHASE 687.

「死んだ人間は蘇る?」
”今日死んだはずの人間が今日死ななくなるだけです。何年か前に既に死んでいるか、何年か後に別の原因で亡くなるか”
「なるほどね、そういえば五月北海道修学旅行で死んだはずのクラスメイトが、今も生きて学校に来るからね。」

「死んだはずの人間が長生きをして子供を作ったり、社会に大きな影響を残したりはしないの?」
”生まれた子供が子孫を残さずに死ねば、遺伝子的に問題はありません。数世代先まで残存し続けても同じです。
 社会的業績については、しかし数世紀を越えて語り継がれるほどの影響を残す者はほとんどありません。歴史の波に呑まれて消えるように、カウンターとなる事象や人物を設定します”

「ほんとうに歴史変更でなく、改竄なのね……。」
”歴史の変動係数が一定値を超えないように許容範囲内で事象の順番を入れ替えるだけ、とご理解ください”

 

「じゃあ、カニ星人艦隊の襲来を歴史上から消去しろ。」

 物辺優子の改めてのオーダーに、梅安は即答しない。
 再考を促した。

”シミュレーションの結果によると、カニ星人艦隊襲来のみを消去改竄すると、最終的に地球人類にある一つの認識を形成する形で終了します”
「人が死んだり物理的な被害は回復できるのだな?」
”はい。月の破壊も含めて、完全に無かったことになります”
「ちなみに月はどうやって直す?」
”巨大なブルドーザーで”

 それは確実な方法ではあるが、あまりにも即物的すぎて十代後半の少女達の美意識をいたく傷つけた。
 現実はお伽話みたいにさくっと上手くはいかないな。
 優子再び問う。

「最終的に消去できない認識とは、なんだ。」
”地球が何者かによって救われた、という事実です。事象は無くともこの認識のみが純粋な形で人間社会を覆い尽くします”
「事実だから仕方ないな。だがそれだけならば特に影響も無いのでは。」
”この認識は必然的に救世主の存在を裏付けるものへと転化します。二十一世紀において救世主の到来を核とする新しい宗教を発生させます”
「そりゃそうだ。で、それがダメなのか?」
”新たなる救世主教の発生は、既存の救世主教との衝突を引き起こし、やがて全面的な世界戦争へと発展します。
 この戦争によって生じる死者の数は月の破壊で発生した死傷者数の1万倍を上回ります”

 鳩保、

「その認識は絶対に消せないの?」
”人類にとってこの認識はあまりにも魅力的で、また活用次第でいくらでも利益を生み出す事が可能です。人の求めるものを奪うことは極めて難しい”
「人は、自らが欲するものを信じる。てわけだね。」

 優子、

「どうすればその認識を発生させずにカニ星人艦隊を消去できる?」
”救世主が真に存在する限り、この認識は消せません。つまりあなた方5人の少女の存在自体が障害となります”
「なるほど、もっともだ。」

 梅安が直々に出現して判断を乞うはずだ。
 優子は振り返り、物辺村の仲間そしてミスシャクティと向き直る。

「梅安は、あたしらに死ねと言っている。」
「いや優ちゃん、それはちょっと違う。」
「そうよ優ちゃん、つまりはゲキを行使する力を備えたわたし達が居る事が良くないと言ってるの。」
「だがそう簡単に捨てられるなら、とっくの昔にうっちゃってるぞ。デッドオアダイだ。」
「まあ、死ぬまでまとわりつくものには違いないんだけど。ねえシャクちゃん、なんか言って。」

「そうですねー、でもわたしがこうして居るのは、あなた方は死んでないって事ですから。」
「そうだよ優ちゃん、私らは死なないからミスシャクティが居て、二十世紀の地球にやって来てるんだ。選択肢は違うはず。」
「ということは第三次世界大戦宗教戦争が決定事項ってことか。それでいいとみんなが言うのなら、あたしも止めん。」
「あ、や、それはー、シャクちゃん、それはどうなんだ?」
「せんそう、やってないわよね? ね?」

「そこんとこはノーコメントで。なにせわたしは当事者ではありませんから。」
「そんなっ、ひどい。」

 みのりと喜味子は蚊帳の外で論争を聞いている。
 口を挟もうにも頭のいい4人がわーわー言ってるのに割り込む隙が無い。
 仕方がないから、みのりは喜味子に尋ねる。どうすればいいの。

「いや、別に悩むこと無いんじゃないかな。」
「それはどうして。」
「だって、どう見ても梅安、解決策を持ってるみたいじゃない。」

 優子、鳩保、花憐、そしてシャクティことミスシャクティもぴたりと停まる。
 なんだって?

 

PHASE 688.

 喜味子が梅安に直接語りかける。万人が納得する解決策を引き出す為に。

「梅安、私が作ったその身体、気に入ってるみたいだね。」
”はい。このような素晴らしい贈り物を頂いたのは、地球に来て初めてです”
「でもカニ星人事件を消去する解決策を使うと、ソレ無くなるんだね。」
”ご推察のとおりです。ですから、記録を保管するこの空間に持ってまいりました”

「私達がゲキの力を放棄する方法が有る。そうだね。」
”はい。ですが恒久的なものではありません。回復可能です”
「どうやって。」
”二〇〇八年五月に行われたゲキの力の継承を取りやめ、カニ星人艦隊襲来後に改めて行います”
「なるほど。春夏に起きた全ての事件が無かったことになるんだね。」

 妙案に思える。少なくともカニ星人に関するあれこれはこの策でなんとかなる。
 だが鳩保は。

「梅安、でもそれだと結局は堂々巡りだろ。
 全てを無くした私達がゲキの力を授かる度に同じような事件を繰り広げて、同じような障害に突き当たり、同じ解決策を行使する。」
”記憶を消去すればそのとおりです”
「記憶を、五月からこっちに起きた事件の記憶を保持したまま、ゲキの力を剥がす事が可能なのか?!」
”おのぞみであればそのように取り計らえます。まったくの白紙状態から力を復元するよりは苦労が少ないと考えます”

 物辺村の少女達は頭を集めてひそひそと相談する。これはイケる!

「つまり、経験値を保持したままゲームを再起動するようなものだよ。」
「そうね、それなら労力は最小で済むわ。というよりもっと上手く出来るはず。」
「なにしろNWOに関する知識がまるで無いところから始めたからな。そこんとこ知ってれば、相手に振り回されずになんでも出来る。」
「いや、だがリセットされては困る点も幾つか有るだろう。」
「ゆうちゃん、それってなに?」

 優子は頭を上げて梅安に振り向く。

「うちの祝子おばちゃんと鳶郎の結婚も、無かったことになるのか。」
”ゲキの力をあなた方が継承する前から縁談は進んでおりました。多少前倒しとなったきらいはありますが、変更の必要はありません”
「よし!」

 喜味子、

「ぴるまるれれこさんの復活はゲキの力に拠るものだけど、これも消える?」
”ぴるまるれれこほどの高度な宇宙人の動向を事象改竄は出来ません。矛盾を承知で推し進めることとなります”
「じゃあサルボロイドも、」
”変更しない方が良いと考えますが、主役が居ないままに事件が進行する事となります”

「喜味ちゃん、これはどういうこった?」
「えーとつまりー、私達が居なくても門代ではむちゃくちゃな現象が起きていて、たぶん後始末にものすごい手間が掛かると思う。」
「でも背に腹は換えられないわ。今は目をつぶりましょう。」
「異議なし。」
「うん、うん。」

 花憐、

「あの! クビ子さんに胴体を乗っ取られた竹元すぐり先生は?」
”その事件の発生にゲキは関わっておりません。もし特別な保存処理をしないのであれば、竹元先生は死亡で確定します”
「それは可哀想。なんとかならない?」
”事象改竄の期間中に手近な亜空間に保存しておけば、影響を免れます。記憶も保存されますから若干の問題をはらみますが、それで良ければ”

「花憐ちゃん、先生の記憶なんか頭一発ぶっ叩けばOKだ。」
「そうね、背に腹は換えないわ。」
「うんうん。」

 鳩保、

「私達がこれまでに関わった宇宙人さんとの関係はどうなる。」
”事象改竄から免れる能力を持った宇宙人であれば、自力で元の記憶を保持し続けます。それが出来ない技術レベルの低い宇宙人であれば、一般地球人と同様の効果を受けます”
「つまり、美々世やクビ子さん、ナナフシさんや門代在住有志一同はそのままだね。
 ミィーティア・ヴィリジアンさんは。」
”あの方の能力では記憶の保持は叶いません”
「そうか、じゃあまた躾け直しだな。うん、手間だけどな。」

 みのり、

「凸凹や白カラスは?」
”残念ながら”
「そう……。」

「みのりちゃん任せろ。復活したらまず第一番に凸凹の設計図を描いてやる。喜味ちゃんに作り直してもらうんだ。」
「ほんと! ぽぽー。喜味ちゃん?」
「うん。だいじょうぶ。」
「ヤッター!」

 

 最後にシャクティが、いやミスシャクティの言葉として物辺村5人の少女に忠告する。

「鳩保さん。この措置を行うとあなたのお母様はまた入院しているところから始める事になります。よろしいですか。」
「あ。……しかたない、一度治し方を見付けたんだから、今度は迷わない。」
「物辺さん、あなたはお父様お母様とも未だ会っていない事になります。よろしいですか。」
「あたし自身の気持ちの問題としては、もうどーでもいい。だが父親の方には改めてのフォローが必要だろうな」
「皆さん。とにかくこの4ヶ月の出来事、様々な人との触れ合いと友情が無かったことになります。
 ほんとうによろしいですね。」

「「それで人類が不幸にならずに済むのなら。」」

 ミスシャクティはうなずき、別れを告げる。
 物辺村ゲキの少女の友人であったシャクティは、また孤独の時間に戻るのだろう。
 今日この日を迎えるまでの50年に。

 相変わらずの人懐っこい笑みで見送る。

「それでは皆さん、また学校で。二〇〇八年のわたしと仲良くしてあげてくださいね。」

 

PHASE 689.

 平成二〇年十月七日、北海道新千歳空港ターミナル。
 県立門代高校二年生修学旅行団は北の大地に降り立った。

 本来であれば五月に行われるはずだった修学旅行が、何故か北海道洞爺湖サミットの安全確保措置とやらで中止となり、秋のこの時期に延期させられてしまった。
 北海道で十月といえばもう寒い。西日本に住んでいる門代高校生徒は全員がぶるっと身体を震わせる。

 「なんでこんなとこヒコウキで来なくちゃいかんのよおー」と半狂乱になって喚き散らす女生徒が、怖い顔のクラスメイトに殴られて失神沈黙する。

「やあ喜味ちゃん、ごくろうさん。」
「若狭(レイヤ)さんにも困ったもんだ。どうしても飛行機が空飛ぶ原理を理解しないんだから。」
「もう着いてるんだから、ビビらなくてもいいのにな。」

 ぐりぐりと肩を回して凝りをほぐすのは、児玉喜味子。泣く子も引き攣る二年五組の守護神だ。
 愚痴を聞いて相手をするのは、93センチを誇る巨乳にふさわしい傲慢無礼な全女子の敵。鳩保芳子。
 そして触らぬ神に祟りなし、漆黒の髪がくるぶしまで届く鬼姫蛇女の邪悪巫女、物辺優子である。

 二年五組には何故だか知らないが、物辺村出身の三怪女が揃っていた。
 おかげでクラスの秩序は半崩壊しそうになったが、顔は怖いが人徳の高い喜味子のおかげで平穏無事を過ごせている。
 その喜味ちゃんが、広い額に皺を作って少し深刻な話をする。

「やっぱり、修学旅行にはシャクティさんは参加しないんだね。」
「そりゃそうさ。ゲキの力が暴走した時、制御できる人間が予めこの時代に居ればそっちにコントロールが移譲されるに決まってる。」
「あーそういうカラクリだったんだ。どうりで五月修学旅行には居ないはずだ。」

 褐色のインド少女「シャクティ・ラジャーニ」は、いつもどおりの脳天気な学校生活を送っている。
 九月半ばから修学旅行までの3週間、なにひとつ変化を見せなかった唯一人の女だ。

 

 事象改竄の第一歩として、五月北海道でのゲキの継承を「無かったこと」にしたら、直ちに世界が激変を始める。
 九月半ば現在での視点で観測すると、過去の事象がとんでもない速度で改竄されるのを目の当たりにした。
 元の記憶を保持し続ける物辺村5人の少女は、なまじ前の出来事を覚えているから追随出来ない。

 朝の常識が昼には妄想に、夜には全く逆の事象が書き込まれ、寝ている間にもう一度似たようで細部の違う常識に戻っている。
 友人と会話をしている最中に、喋っている内容が180度変わるなども経験した。
 なにせ地球人類67億人が異常を検知できなくなるまで操作を繰り返すのだ。
 わずか4ヶ月半の出来事が千兆回、京にも及ぶ回数入れ替えられていく。

 お陰で北海道洞爺湖サミットでアメリカ大統領が全裸でかんかんのうを踊った事象も消滅した。
 ドバイで建設中の「ブルジュ・ドバイ」は倒壊を免れ、未だ世界一の威容を誇っている。
 日本の総理大臣がいきなり記者会見で「あんたたちとは違うのだ」と言い放ち辞任をして、元オリンピック射撃選手に代わってしまったのもご愛嬌。
 そして順調に大手投資銀行グループ「リーマン・ブラザーズ」が倒産して、世界経済に大激変をもたらしたのであった。

 ただ、民族差別を煽り数十万人を虐殺したアフリカの独裁者「ゲゲポンス大統領」とその一党がいきなり消滅した事件は変わらなかった。
 原因経過の全てが謎で現代のメアリーセレスト号事件だと騒がれたが、なにせ政情穏やかならぬ地での出来事。
 政権内部での激発的な権力闘争によって自滅したものと推察される。

 

 卑近な例で言えば門代高校二年生の学友達。
 五月北海道修学旅行の事故で多数が死んだり負傷したのを事象改竄によって復元していたから、再修正でむちゃくちゃになった。
 死ぬ生き返るは当たり前、学年が二三個ずれて在籍したり別の学校に通ったり、甚だしくは性別が変わって席に座っていたりする。

「おい物辺、なにか世の中おかしいぞ。知らないか。」

 と問うのは三年生「相原志保美」先輩。
 神殺しの力は高度宇宙人技術による事象改竄をも跳ね除ける。

 前の記憶は保全され、原因が優子にあると分かるのだが、細部は「無い」から理解できない。
 ゲキと呼ばれる宇宙人の力を物辺村5人の少女が受け継いだ「事実」は、この時間軸には存在しないのだ。
 それでもやはり神は神。
 中米はチュクシュルーブ・クレーターの狼男族に譲渡した「タコ神図」は厳然として留まり続ける。

 アメリカの科学財団「ハイディアン・センチュリー」総裁「ウェイン・ヒープ二世」から鳩保の所に電話があった。
 財団のほとんどの会員は様々な記憶を無くしてしまったが、彼本人と狼男族はそのままらしい。
 元々が地下王国は亜空間シールドによってあらゆる宇宙人の攻撃を受け付けない仕様になっている。
 激励のお電話で、鳩保はちょっと嬉しくなった。
 自分達が何をやってるか分かってくれる人が居る。これだけでも報われる。

 そしてシャクティだ。

 

「あー皆さんすいません。どうも事象改竄を積み重ねても「救世主フラグ」は完全除去出来ないらしいです。」

 今現在ゲキの力を行使する有資格者はミスシャクティのみ。
 門代高校のシャクティ・ラジャーニを通じて、事象改竄の進展状況を随時教えてくれる。

「鳩保さん困っちゃいましたよ。影響力は大幅削減しましたが、フラグそのものは根絶できない見通しです。」
「じゃ、このまま救世主教が小規模ながら出来てしまうってことか。」
「どうも既存の宗教の枠組みと合流して活発化して、宗教戦争や騒乱を引き起こす可能性があるそうです。」

「なんとか出来ないのか?」
「秘策があるそうです。」
「どんな、」
「なんでも他所の宇宙人にフラグを引き取ってもらって別の惑星に住む地球人の救世主になる、とか。」
「なんだその飛び道具は!」
「必要な物は、ほんとうに救世主たり得る資質を備えた地球人、だそうです。その人にフラグを背負わせて他所の惑星に島流しにする。」

 ゲキも妙な方法を考える。そんなバカな策実現するはず無いだろう。
 第一本当に救世主に成れる人間なんてどこに居る。

「却下だな。」
「でももうやっちゃってるそうです。」
「あっはっはー。」

 とにかく泥縄ペテン臭い真似ばかり。
 高度な宇宙人技術による歴史改変と聞けば、ハイテクアメージングファンタスティックでクレバーエクセレントブリリアントな手品が見れると思うだろうが、現実はこうだ。
 だからこそ、他の宇宙人が成し得ぬ業がゲキにのみ可能なのだろう。

 おっそろしく人間的。古代宇宙人「ゲキ」とはそのようなものだったらしい。

 

 prliruraとケイタイが鳴る。
 首の後の不可視の電話、は今は無い。物辺村の少女同士でも普通に電話で連絡せねばならない。
 鳩保発信元を確かめる。二年三組童みのりからだ。

「あ、みぃちゃん三組はどうだ?」
「異常なし問題なし、いつでもだいじょうぶだよ」
「美々世はどうだ。」
「男の子をいっぱい侍らせて女王様気分」
「そうか、腹立つな。」

 しゅぎゃらへりどくと星人の魚肉合成人間334号「縁毒戸美々世」は、そのまま学校に居座っている。
 高度な技術力を持つ宇宙人だからゲキの事象改竄の影響からも免れた。
 これまで4ヶ月の苦労を無にする必然も無いから、女子高生として美少女として門代高校で覇を唱えている。

 もちろん無駄に居るわけでなく、ゲキの少女が本来果たすべき役割の肩代わりする。
 例えば門代高校教諭「竹元すぐり」二十七歳。
 「天空の鈴」星人クビ子さんによって首と胴が泣き別れになった彼女を回収し魚肉ボディを与えたのも、美々世の仕業。
 門代地区で起こる不思議事件のほとんどに関与し、トラブルマネージングを行う。

 それでもおっつかないから、人間社会にもどんどん影響を垂れ流す。
 警察や自衛隊の処理能力を越えお手上げ状態であるので、日本政府は関東方面から超能力仙道部隊を派遣し事件の解決に当たらせた。
 物辺村児玉家にホームステイする「奥渡たま」は、何故自分がここに居るのか今ひとつ理解していない。
 だが毎日楽しく軍鶏の世話に勤しんでいる。

 物辺村は現在工作活動の拠点としては使えない。門代中心市街のアーケード商店街内、戦列歩兵喫茶「ブラウン・ベス」を用いている。
 他人をこき使う鳩保芳子の超能力の成果は、案外と事象改竄の影響を受けない。どちらもペテンであるから相性が良くて相互補完が可能なのだろう。
 ヤクザの金を不正操作して立ち上げた「ブラウン・ベス」はそのまま営業中だ。
 店の名義人は軍師「山本翻助」となっているが、彼は未だこの物語に「登場していない」
 マスターの元オーストラリア空軍大尉「マシュー・アイザックス」は魚肉製の合成人間だが、ゲキが作ったものではない。
 改竄とは関係なく、契約に従い喫茶店の経営を続けている。
 さすがに仮想人間「地味子」は使えないから、生身のウェイトレスを雇っていた。

 居候のクビ子さんとナナフシ星人さんは物辺神社石臼場に開いた亜空間「神仙郷」に避難して無事。
 クビ子さんはちょこちょこと外部に遊びに出て、物辺の双子小学生姉妹を驚かせているようだ。ゲキも修正の必要を認めない。
 宇宙仔犬「クロちゃん」もちゃんと養育されている。
 門代高校裏山比留丸神社には既にぴるまるれれこの姿は無いが、彼女が座っていた磐座に千個程度のぴるまる細胞が未だ残存する。
 いつでも復元可能。

 

 ttrlrotnと喜味子のケイタイが鳴る。今度は一組城ヶ崎花憐だ。

 花憐とその護衛忍者「如月 怜」は「物辺祝子」&「鳶郎」の結婚式において共に失恋し、親友となったのは以前と同じ。
 だが未だ己の正体を如月は明かしていないつもりである。

「花憐ちゃん、そっちの準備はどう?」
「OK、問題なし。そちらの合図があればすぐに合流するわ」
「あいよ。」

 修学旅行のバスは、一二三組の前半部と四五六組の後半部で分かれて移動する。
 蝦夷地に眠る「ゲキの骸(胴体部)」を物辺優子が起動する時、一組花憐と三組みのりも合流していなければならなかった。
 儀式に必要な最重要アイテムも優子が保管する。
 着替えと一緒に学校指定体育用バッグに入れてきて、バス内では小さな手提げかばんに移し替える。
 喜味子が確認した。

「優ちゃん、「ゲキのへのこ」 ちゃんと有るね?」
「忘れないさ。いや、忘れそうになったけどさ双子が勝手にバッグから抜き出して。」
「あいつら帰ったら簀巻きにしよう。」
「おう。」

 

「喜味子ー、そろそろバスに乗るよー。」

 嫁子「八女 雪」が喜味子を呼ぶ。
 物辺村の3人は宿泊時には同じグループで固まって動く。嫁子と「若狭レイヤ」もメンバーだ。
 本来は「数理研究科」二年女子は5人しか居ないからこれで班分けすべきだが、鳩保と優子をばらばらにすると騒動の元。
 安全装置の喜味子と合わせて3人ひとまとめであるべきだ、と全会一致で決定した。
 嫁子は当然志願。若狭レイヤは鳩保嫌いの急先鋒であるが、彼女はかのじょで厄介者扱いであるから、危険物はまとめて処分しておいた。

 しかしせっかく男子が居るのだから、自由行動の時間は混合グループとなる。

「YOSHIKOー、グループで写真を撮ろう!」

 呼び掛けるのは背の高い白人男性。本来であればとっくにハイスクールを卒業しているのに、門代高校に転入してきた工作員。
 「アル・カネイ」は五月の末から二年五組のクラスメイトとなり、すっかり馴染んでしまった。

 ゲキの事象改竄とは関係ない。
 アメリカ合衆国政府はNWO「新世界秩序機構」のトップメンバーとして、他に先駆けて「ゲキの力を許される者」の正体を知っている。
 運命の少女を自陣営に取り込む為に、あらかじめ要員を日本の高校に潜伏させるのは既定の路線。
 アルは二〇〇六年の時点から日本語習得を開始している。

「はーい私センターねー!」

 こういうこと言うから鳩保は女子に嫌われるのだが、人より前に出たい質だから仕方ない。

 やむなく喜味子も撮影に向かう。自身でカメラのシャッターを押す為だ。
 別に写真に撮られるのを恐れはしないが、ファインダー内に姿が有ると普通の人間は硬直する。
 いちいちなだめて続行させるのもめんどうだから、撮影する側に回るのだ。
 一眼レフとか機械モノ得意だし。

 優子もあくびをしながら撮影の列に並ぶ。彼女を撮るのにも喜味子の助けが要る。
 男子が撮影者であれば、必ず優子をセンターに持って来るからだ。喜味子とは逆の意味で魅入られ目が離せない。
 まあこれも「普通人ごっこ」の一環。バカっぽくピースサインを作っておこう。

 

 バスガイドのおねえさんが旗を振り、引率の教師が生徒達を呼び集める。
 出発だー全員乗車しろ。

 それは運命のGOサイン。何の力も持たないただの人間としての日々もオシマイだ。
 明日からはまた宇宙人と魚肉人間と怪獣とロボットと、世界各国諜報機関や軍隊や秘密結社と血で血を洗う毎日が始まる。
 逃げる気はさらさら無いが、この3週間案外と楽しかった。
 骨休めに十分な期間、地球を救ったご褒美としては、まあまあだ。

 喜味子と嫁子が手を取って、鳩保がアルの尻を押すようにせっついて、観光バスに乗り込んだ。
 最後に残るのは物辺優子。
 手提げかばんに「ゲキのへのこ」が有るのを再度確かめて、乗降口の手すりに、

 

 ガシっと左手首を掴まれた。

 

 優子は男性からこのような扱いを受けた記憶が無い。
 物辺の叔母達にはしばしばひどい目に遭わされるが、幼少のみぎりより男性は敬して近付き、決して無礼を働く事は無かった。

 青い革手袋の大きな拳。痛い、力を入れ過ぎだ。
 振り向くと、全身青い制服を着た男が。
 軍服だろうか警察だろうか、ひょっとすると旧共産圏の秘密警察であろうか。制帽まで真っ青だ。

 大きい、いや太い。盛り上がる筋肉を青で包み、女の力では微動だにも動かない。
 そして目庇の下の無機質な眼差しが鋭く睨む。

 鉄の臭いがした。締め付ける指に単調なパルスを感じる。

 「これはサイボーグではないのか?」
 残念ながら未だゲキの力を獲得していない。相手の素性を探る術を持たなかった。

 乾いた唇が動く。ドイツ訛りの英語で、

「YUKO MONOBEだな。現時刻より42時間拘束させてもらう。
 我らの適格者が契約を果たすまで。」

 

 

「ゲキロボ☆彡 今後の予定」

花憐「

  これでプロジェクト『ゲキロボ☆彡』は終了です。読者の皆様、長い間お付き合いいただきまして本当に有難うございました。
  でも本当にわたし達終わりでしょうか? 出番はもう永久に無いのでしょうか。
  というか、ちょっとわたし達、考え違いをしていたような気がします。

  たしかこのコーナー、WEB漫画を描くためのシナリオを作っていたのでは……。
    それではごきげんよお! また会う日まで。

 

 (2015/06/01 完)

 

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