長編オモシロ小説

ゲキロボ☆彡

上に

 

〜PHASE 406.まで

 

PHASE 407.

 八月四日早朝。物辺優子・城ヶ崎花憐両名を東京に送り出した童みのりの無慈悲な仕事は続く。
 ラジオ体操だ。

 夏休み恒例早朝ラジオ体操は物辺村では伝統的に高校生が仕切る事になっている。
 みのりはドバイ旅行中仲間に任せていた分を取り返すかに積極的に指導に当たっていた。元陸上部に所属する体育会系少女だから本業だ。
 村の子ども達も小さなみのりおねえちゃんが頑張る姿に触発されて、元気に体操している。

「みぃちゃん、ほら連れて来たよ。ナマケモノ。」
「ぎゃあああああ。」「うぎゃあああああ。」

 徹夜仕事で眼の下にクマを作りながらも脱走兵物辺双子姉妹を連れて来たのは、喜味子だ。眠いが島の掟を裏切るわけにはいかない。
 そして鳩保芳子も、

「よお。」
「あ……、はい。おはようございます……。」

 「和ぽん」こと物辺村唯一の中学生にして男子の橋守和人十四歳だ。
 物辺村に住んでいる以上夏のラジオ体操に出ないわけにはいかないが、いつも鳩保優子の目につかないようにこっそりと参加する。
 言葉を交わすのも、およそ1年ぶりか。

 そもそもは和ぽんは巡り合わせが悪いのだ。3歳上に女子が5人も固まっているのに、歳の近い男子が自分しか居なければ、おもちゃにされる他無い。
 ただでさえ苦手なのに、去年の狼藉で決定的な不信感を抱いてしまった。

 鳩保も反省する。
「まあなんとか、やってみよう。」

 体操が終わると出席カードにハンコ押しが始まる。責任者みのりが首に掛けていたハンコをぺたぺたと押していく。
 小学生は元より趣味で通ってくる老人までもが皆勤賞を競うから、責任者高校生は絶対に休めない掟になっている。
 柴一のおばちゃんと呼ばれている御歳七十八になるが元気なばあちゃんが鳩保に寄ってきた。

 柴一さんは、鳩保達が産まれた頃既にもうばあちゃんだった。物心付いて、第二次成長期を迎え、高二の今に至るも変わらずばあちゃんだ。

「よしこちゃん、あんた達はもう卒業かねえ。」
「あー再来年です。高校の卒業式は。」
「大学とか行くんよねえ。」
「はあ、だいたいその予定です。」
「さみしくなるねえ。」

 鳩保も言葉が出ない。自分達の年に5人も固まって子供が居るのが通常ではないのだ。
 物辺村は例外的に子供の多い島だが、それでも年々減っていく。5人が卒業と同時に旅立てば、火が消えたようになるだろう。
 なにせ村の大人に迷惑を掛けまくってきた悪ガキ軍団だ。

「さみしくなるねえ。」
 去っていく柴一さんの背中を見送る鳩保も、掛ける言葉を知らない。

 

 それはさておき、緊急事態だ。物辺神社はピンチに陥った。
 巫女が居ない。

 鬼の社の神事の中枢を担う主力巫女の物辺祝子は、ドバイ新婚旅行から引き続き夫の実家の有る東京で挨拶回りをして不在。
 奴隷的階級として雑務を一手に引き受けていた物辺優子も東京の父親に会いに行く。
 諸事万端何でもお任せ頼れる父親の宮司も、本日は寄合いの為に朝から門代を離れている。
 残ったのは、万年ぐーたらダメ主婦を気取っていた物辺饗子と双子の娘だけ。双子は神事のイロハも覚えていないから、饗子が自分でやるしかない。

「しまった、ガキどもをちゃんと調教しておくべきだったー!」

 後悔先に立たず。というよりは、幼少のみぎりより祝子に厳しく躾けられた優子の方が例外なのだ。

 そもそもが物辺の一族として生まれ鬼の末裔として育てられる巫女は蝶よ花よと愛でられて、霊能の力で氏子を導くのが筋。お姫様育ちがデフォルトだ。
 しかし現在、頭賢いのに脳筋バカと呼べる祝子が業務全般を取り仕切った結果、巫女の責務は力仕事に堕してしまった。
 ドブ浚いも嫌な顔せず、ほとんどSM的快楽の中にやってしまう優子はほどよく調教されている訳だが、双子姉妹にその真似は出来ない。

 臨時バイトを雇うしか手が無かった。

「というわけで、お前達何とかしろ。」
「饗子さん、そりゃいくらなんでも横暴です。私達にも都合というものが、」
「知ったことかぁ! 現実を見ろ。」

 間の悪い事に、誰の仕業か知らないが、門前雀羅を張っていた田舎神社に朝っぱらから参拝客のちらほら見える姿が有る。
 いつの間にやら物辺神社は霊的パワースポットとして全国レベルの認知度を獲得してしまったのだ。

 鳩保喜味子みのりは本殿石段の前に立たされて、殿上の饗子から説得という名の脅迫を受けている。
 だがさすがに喜味子が怒った。その容貌魁偉なるを以ってすれば、鬼女にも対抗できる。

「饗子さん、さすがに神社神域周りの清掃は私たちでは許されません。双子使ってください。」
「う、ううん。もっともだ。」

「神殿でのご祈祷とかの補助は花憐ちゃんが専門で、ぽぽーでも完璧は無理ですよ。」
「芳子、あんた頭いいからなんとかなるだろ。」
「別料金が必要となりますねソレ。」
「くそ、人の足元を見やがって。」

「それとみのりちゃんは接客はできませんから、あんま役に立ちませんよ。」
「喜味子、なんとか誰か、七夕の時の子等を呼べないか?」
「今からじゃ無理ですねえ。みんな夏休みの予定が有るでしょうし。」

 饗子、万事休すと見て最終手段、切り札を用いた。

「バイト代、2倍出す!」
「YES、Mam!」

 

PHASE 408.

 夏休み予定も無く無聊をかこっている高校生、というのもなかなか情けないものである。
 だが呼んですぐ来る便利嫁が居た。ゲキの不思議にも首を突っ込んでいるから、好都合。

「饗子さん、七夕に来た八女雪ちゃんです。」
「おう、頼むぞ。」

 女子高生の脅迫じみた電話1本で飛んでくる、クライスラーの箱型車を駆る女も居た。
 鳩保、紹介する。

「アメリカから来たミィーティア・ヴィリジアンさんです。日本のシントーに興味が有るというので、お願いしました。」
「ミィーティアです、どうぞヨロシク。」
「おう、外人さんか。頼むよ。」

 最寄り小学校改造物辺村観測所から呼び出された赤毛の女は、饗子が本殿に隠れた後に、小声で鳩保に食って掛かる。

「なんでですか、なんで私が直接お手伝いなんですか!?」
「仕方ないじゃないか、私達は東京に行った二人を保護管制する為に人手が足りないんだよ。」
「それにしても私にだって予定というものがあって、業務上の」
「なんでだよ。物辺村内に入る以上に情報収集する手段でも有るのかよ。」
「それは確かに滅多にないチャンスですけどー、でもでも。」

 嫁子とミィーティアは仲良く巫女服を着せられてしまう。緋の袴がちょっと暑い。

「じゃ、あとよろしく。」
 と抜けるのが鳩保とみのりだ。何故、と特にミィーティアが手を伸ばす。

「ちゃんと喜味ちゃんが監督してくれるよ。さっきも言ったけど私達今日は忙しいんだよ。」
「うん。」

 みのりも首を縦に振る。とりあえず「西瓜盗り」の打ち合わせと練習は朝ラジオ体操時に可能だし、攻め手側大将の和ぽんも戻ってきてくれた。
 だからゲキの少女としての責務を十分に果たすのみだ。
 暇じゃないから鳩保みのりはさっさと神社を後にする。それぞれの家に戻ってお出掛けの準備だ。

 鳩保が傲慢傍若無人なのはいつもの事だが、温厚で人の気持ちを推し量るみのりまでもがそっけないのに嫁子も不審がる。

「喜味子、何が有るの?」
「とにかく忙しいんだよ。それにミィーティアさん。」
「はい!」
「詳細はぽぽーに聞いて欲しいんだが、正体不明の迷惑宇宙人が門代地区で暴れ回っていて、宇宙人有志による討伐隊が結成されて、今バトルの真っ最中。」
「ひい。じゃあ鳩保さんが出掛けたのはその為に。」
「いやそれ別口。迷惑宇宙人は戦闘力の高いみのりちゃんじゃないと対処出来そうにないから、キーパーソンの所に出向いてもらってる。」

 赤毛のおっぱいアメリカ人もなんとなく事情が飲み込めて蒼白になる。ひょっとしてこれは、巫女仕事なんかしている場合じゃないのでは。

「というわけでさ、私は対凶悪宇宙人用の特殊兵器を開発して、NWOの特にアメリカとかの有力国に配布しようとか考えている。有料でね。」
「まさか、ゲキの技術力を用いた宇宙兵器ですか?」
「まさにそういうものです。でも色々と障害が多くてちょっと手間取ってる。今回同じもの複数作らないといけないし、材料も大量に買い込んでさ。」

「お手伝いします、是非ともお手伝いさせてください。」
「いや、だからさ、巫女の仕事を、」

 これ以上は喜味子の邪魔、と嫁子がミィーティアの襟首を掴んで引っ張っていく。思いの外の剛力で、喜味子も怒らせないようにしようと心に刻んでおいた。

 ただ助っ人を急遽頼んだからと言って、何もかも無責任に任せるわけじゃない。
 呼び出した二人が来るまでの待ち時間を使って鳩保喜味子みのりは全力全開大車輪で神社全体の掃除を敢行したのだ。
 元々毎日宮司のおじさん(じいさん)と寝起きゾンビ状態の優子が綺麗に手入れしているからさほど苦労はしなかった。
 今日はたまたまおじさんが寄合いで早くから村を出て、饗子一人残された故のパニックだ。

 社務所に行って業務の分担指示を受けるバイト巫女二人。
 赤毛の本性を瞬時に見抜いた饗子が、脅迫的手法を用いて下僕化の作業を行う声が聞こえてくる。

 ああやっぱりあの人はそういう星の下に生まれついているのだなあ。

 

PHASE 409.

「さて問題です。」

 喜味子がいきなり問うのに、鳩保芳子は首を回して応答する。
 バイト巫女2名が来るまでの待ち時間の話。

 掃除をするのと並行して、東京への道中の新幹線を警備し目的地上空の安全を確かめ、その他諸々のゲキ関係業務を行なっている。
 御神木の枝先に長い髪の毛を絡ませて朝寝しているクビ子を取り込む作業も有る。

 秘密基地の木のウロにクビ子さんを放り込んで、参拝客対策に洞の入り口に遮蔽フィールドを展開した喜味子は、ちょっと厄介な問題に気が付いた。

「なに?」
「私達さ、これまで気軽に御神木を利用してきたんだけどさ、」
「うん。」
「ちょっとこれ、まずいみたい。御神木が傷んでる。」
「うそ! それだめじゃん。ゲキロボを抜きなさいよ。」
「うん、まあ。でもゲキ自体が御神木を気に入っているから、ちょっと動かすのは抵抗が有る。私達も便利だし、なにせ神社の裏側占有だし。」

「どうするのさ。」
「今日じゃないけど、一度ゲキロボを抜いて御神木を養生させて樹勢が回復した頃に慎重に調整して基地を再建しよう。」
「うん。優ちゃんが帰ってきてからで間に合う?」
「すぐにどうこうじゃないから。でも今週中になんとかするよ。」

 実際これは大きな問題だ。御神木基地が使えない間他にゲキロボを移さねばならないが、物辺村に適当な場所が無い。
 しかもゲキロボ自体取り付く対象を選り好みする。
 木のウロ、箱、家、壺、洞窟等々中に人間を入れて保護できる、そんな形状を必要とする。
 物辺村にも空き家は有るが、女子高生が勝手に出入りして不審がられない所となると、限られた。

「いっそ村の外に、」

 考える鳩保の携帯電話にメールが入る。確かめると、門代地区宇宙人有志一同であった。
 昨夜のサルボロイド星人退治の経過報告書だ。毛の無いゴリラみたいな姿をした有機情報端末ミス・シンクレアが送ってきた。
 メールを開くと、ただの地球人ケイタイにも関わらず3D立体ホログラム映像が空中に映し出される。
 びっくりしてのけぞると、喜味子も寄って来た。

「ほおー。現代地球人技術をソフトウェア上でオーバライドして、立体映像を展開する技術ってのが有るんだ。」
「だいじょうぶなの、きみちゃん?」
「ハードウェアを変更されたわけじゃないから、大丈夫なんじゃない?」

 そうかなー、と不審に思うが、とりあえずミス・シンクレアは敵対的存在ではない。
 普通に報告を聞いてみよう。

”おはようございます鳩保芳子様。我々門代地区有志一同は八月四日未明にサルボロイド星人への攻撃を行いました。
 されど、其れを誘導するためのトラップが効果的に働かず、人間社会に対してダメージの少ない場所へ誘い込むのに成功しませんでした。
 サルボロイド星人は我々が用いているセンサーと異なる独自の感覚機能を有しているようです。帯域調整して今夜再挑戦を行います。
 まずは取り急ぎ。あらあらかしこ”

「これだけ?」
「みたいだね。」

 要点をまとめると、サルボロイド星人を誘導するはずのナナフシ星人さんのトラップが上手く引っ掛からなかったみたいだ。
 技術的な問題であるから対策を講じてバージョンアップすれば、きっと有効になるだろう。
 今夜が本番だ。

 喜味子が、少し懸念を述べる。

「ぽぽーあのさ、この人達有志一同さんはぴるまるれれことサルボロイド星人との接触を懸念して阻止しようとしてるわけだよね。」
「そう言ってたよ。なにせぴるまるれれこは高度星間宇宙文明全ての天敵らしいから、刺激しないのが一番みたい。」
「それで、今現在ぴるまるれれこさんはどうなってるの?」
「あーそれ優ちゃんの担当だからなあ。何もしていない、んじゃないかなあ。」

 物辺優子との接触対話によって人間の肉体の類似物へと実体化したぴるまるれれこは、今も門代高校裏山にある比留丸神社跡地に留まるはず。
 彼女は地球人の低レベル科学技術文明にまったく興味を持たないから、鳩保達もそのまま放置していた。
 訳の分からない存在との交渉は物辺優子の役目であるが、なにせ優ちゃんは大雑把だから、

「一度、様子を見てきた方がいいな。」
「うん。でもぽぽーはダメだ、相手を怒らせる。」「む?」

 鳩保芳子、誰がどう見ても女の敵である。胸といい尻といいでかい態度といい、とにかく女を苛立たせる事に関しては人後に落ちない。
 かと言って児玉喜味子が行くのも剣呑だ。
 顔はともかく未知の科学技術に接すれば食指が動いて弄ってしまい、なんらかのまずいアクションを誘発するかもしれない。

「みのりちゃんでどうかな。みんなに好かれているし、何より動物と宇宙人の言葉が直接理解できる。」
「そうだね。
 おーいみぃちゃーん!」

 喜味子は声を大きく上げて、神社本殿の方を清掃しているみのりを呼んだ。
 ちなみに喜味子は声は悪くない。電話口で聞く分には、それほど賢くは感じないが、割と背の高い美少女高校生をイメージさせる事も有る。
 特に養鶏業の取引先相手は「素敵なお嬢さんだ」と勘違いする向きも多いそうだ。配達に行く父親がそう言っていた。

 竹箒を抱えたままみのりがとことこと走ってくる。朝ラジオ体操指導時と同じ、ピンクのTシャツ短パン姿だ。

「何きみちゃん。」
「みのりちゃん、ちょっと厄介なお使いをお願いできるかな。」

 詳細を聞いて、みのりも首を傾けた。
 ぴるまるれれこの様子を確かめるのはもちろん必要だが、何をどう見てくれば良いのか自分には分からない。
 やはりこれは物辺優子の領分だ。

 渋るみのりに、鳩保が助け舟を出した。

「みのりちゃん、一人で行くのは嫌だろうから、強い味方を連れて行こう。」
「え、誰。」

 ピィー、と指笛を鳴らすと神社鎮守の森の奥から白黒の物体が高速で飛び出してきた。
 砂利庭でだだっと2回地面を蹴って方向転換、みのりの胸元に跳び込んだ。
 舌を出してへーへーと息を吐く。べろっとみのりの顔を舐めた。

「うああ、凸凹だあ。」
「みのりちゃん、凸凹犬をお供に連れてっていいから。」
「いいの! この子外に持ち出して、いいの?」
「一応は只の犬だし。問題無いっしょ。」

 凸凹犬の設計者は鳩保芳子である。彼女の下手くそな絵の通りにゲキロボ洗濯機が造形した。
 つまりは鳩保にとって、この形は特に奇妙なものではない。
 奇妙なものではないのだ。

 

PHASE 410.

 というわけで、バイト巫女は喜味子、嫁子、ミィーティアの3名。饗子と双子の六人体制で参拝客を待ち受ける。
 だが饗子と双子は実は何もしなくても良いのだ。

 見た目艶やかにして絢爛優美な饗子と鮮やか可憐な小学生巫女が本殿内でいかにも神事ぽい事をしていれば、参拝客は大満足。霊験あらたかにしてご利益疑い無し。
 そもそもが物辺の巫女自体が御神体でもあるのだから、これでいいのだ。
 御札や御守は社務所で嫁子が売っている。ミィーティアは案内と饗子の使いっ走り。

 そして喜味子は、ひとりだけ墨染の袴を履かされる。ほとんどお葬式態勢。緋の袴は巫女コスチュームの真髄にして可愛らしさの根源であるが、禁止。
 なぜかと言えば、喜味子は特別だからだ。
 鬼の神社はそもそもおめでたい所ではない。不吉故のミラクルパワーを求めて人はお参りに来る。
 で、そこに如何にも地獄からの使者みたいな喜味子が登場すると、皆ひれ伏して威光を頂いて帰ろうと頭の上で両手をぱたぱたとする。まるでお寺のお香の煙みたいに。
 墨染の袴もDARKさの大事な演出だ。

 更に言うと、用心棒でもある。
 物辺神社には時々おかしな連中もやって来て、訳の分からぬ戯言を大声で喚き散らし七転八倒する奇怪な踊りを繰り広げる。悪霊が憑いたとか吸血姫に噛まれたとかの痛い子も来る。
 喜味子が出向けば効果は覿面。全員それこそ憑き物が落ちた顔をして神妙に即座に退散する。
 実にありがたいバイト嬢であった。

 喜味子本人にしてみれば「昔のマンガに出てくる悪のカラテ家みたいだな」と、それはそれでご満悦なのである。

 

 一方その頃、鳩保芳子は門代中心市街に居た。例の外国製高級自転車を借りて、颯爽と飛ばしてやって来る。
 目的地は同級生シャクティ・ラジャーニの店があるアーケード商店街。
 ゲキの少女達はこの地に新たなる秘密基地を構築中であった。

 名付けて「正義少女門代地区パニックセンター」、異常事態が発生して物辺村に帰れない場合の待避所だ。
 場所は、六月門代開港祭りの時に猫男を拷問した、何年も営業していない喫茶店跡。正式に買い取って改装し、喫茶店として再生オープンする予定。
 自分達が働く「メイド喫茶」にしよう、との思惑も有った。

 この事業に関しては鳩保芳子が一手に引き受けている。
 元々当物件はヤクザが本来の持ち主を騙して借金のカタとして分捕ったもので、鳩保超能力電話のチカラで掠め取ってもまったく良心の呵責を覚えない。
 それどころか改装費用も裏帳簿とか闇資金とかを良い様に改竄して、出処が分からないよう何重にも迂回して捻出してある。仲介した人間も、自分が何をやったか理解出来ていないはず。
 会計士が精査しても絶対バレない自信が有った。

 鳩保、一連の改竄操作を通じて超能力の可能性を実証し、自らを恐怖するまでになる。
 何よりこの作業、面白くて楽しくて、どんどんやっちゃえる所がまた恐い。
 わたしって、なんてひどいやつなんだろう。

「こんにちわー。」

 改装作業中の業者に挨拶する。この人達はヤクザとはまったく関係ない、只の工務店の人だ。
 もちろん代金もちゃんと支払っており、それも裏金とか怪しいカネではない。どこから来たか分からないだけの、とにかくニコニコ現金払いである。

 作業をする中年の男性と助手のヤンキー上がりぽい若い男と、共に鳩保の姿に目を見張る。
 「美しき自転車乗り」として、高級自転車に合ったファッションを着こなしている。スパッツと巨乳の取り合わせは破壊力抜群。
 男が生唾呑み込むのも無理はない。

「施主の山本翻助さんの代理で来ました。何か問題はありませんか?」

 誰を責任者にしても良いが、物辺村関係者でない方が望ましい。とりあえず適当に軍師翻助の名義にしておいた。本人の了承済み。
 鳩保の構想では、この喫茶店を根拠地にゲキの少女の為に働く秘密結社を作る予定だったのだが、そこまで上手くはいかない。

 中年男性の方と話して、鳩保少々失望した。
 要するに普通の喫茶店であるのだが、オーナーの趣味や意図が今回介在しないから極めて一般的無難な、特徴の無い内装に仕上がっている。
 鳩保本人が店舗経営未経験であるから仕方がないが、やはり面白くはない。

「オーナー、マスターか……。」

 これも大問題。改装したは良いが営業しないとパニックセンターとしての活用も出来ない。
 適当な人をマスターに雇えばいいや、と軽く思っていたのが間違いで、人材のコネを女子高生風情が持ち合わせる道理が無いのだ。
 近所の知り合いに頼むなども出来ぬ相談。なにしろ宇宙人やらCIAやらが絡む危ない橋を渡らせる事になるのだから。

「うーーーーん、軍師かあー。」

 山本翻助の気楽なポジションの意味を今更ながらに思い知る。
 どこにでも行けて、誰とでも会えて、何にでも首を突っ込める。羨ましい限りだ。

「これじゃあ、私達がバイトして活動資金合法調達というのも、無理だなあ。」

 メイド喫茶構想はすでに破綻を見せていた。

 

「そうだねえ、喫茶店のマスターねえ。やりたい人は多いかも知れないけど、でもこの商店街もそれほどお客さんが多いってわけじゃないし。」
「だめか、やっぱり。」

 鳩保、同じアーケードに有る同級生シャクティさんの創作インド料理店に顔を見せる。お昼ごはんをいただいた。
ついでにそれとなく喫茶店経営者のアテを尋ねてみるが、不発。

「そもそもね、お店の経営それも飲食店てのは難しいもので、うちのお父さんも関西方面を転々と流れ歩いて6軒くらい店を畳んでるのよね。」
「6軒!?」
「いえ、ほとんど屋台のお店みたいなものだからそれほど資金は要らなかったんだけど。ちゃんと固定して1軒の独立したお店ってのは、門代のここが初めてね。」

 戦後すぐから存在する「平民食堂」の看板を掲げた店舗を借り受けてのインド料理店。それほど立派なものではないが、一国一城の主としてシャクティのお父さんは鼻高々なのである。

「経営状態ってのは、どう?」
「外国人のお客さんが多く利用してくれるから、ぼちぼちね。でも喫茶店はどうかしらねえ、正直、私ならやめとくわ。」
「そうか。」

 世の中そんなに甘くない。開店と同時に赤字垂れ流しで3ヶ月も保たずに撤収というハメに陥るかも。
 またヤクザの裏帳簿を操作するかあ。

「それで、なにか変わったこと無い?」
「有るよ。外人さん達の様子がまた変わった。」

「ふむふむ、前は戦闘員ぽい人達からスーツの諜報員らしい人に変わったんだったね。」
「今度はね、日本人が増えているのね。それも変な人達、忍者みたいな陰陽師みたいな、とにかく変な歩き方する人。」
「陰陽師の歩き方というと、禹歩だね?」
「それそれ! 歩きながらおまじないをしたり、足跡に妙に注意を払うとか、そういう呪術師ぽい人が増えているの。」

 さすがは褐色の天使シャクティちゃんだ。普通の人間なら街行く人のそんな奇行に気付いたりはしない。
 呪い師だって、勘付かれるヘマはしていないはず。

「それでね、お父さんが興奮してるのよ。町にニンジャがやってくるって。」
「あー、シャクティさんのおとうさんって、手裏剣に凝ってたんだったねえ……。」

 シャクちゃん家、天晴なる平常運転なり。

 

PHASE 411.

 凸凹犬を連れて路線バスに乗ろうとする試みは、やはり挫折した。いかに人間並みの知能を誇るとはいえ、他の乗客が恐れを為しては致し方ない。
 故に童みのりは陸上部時代に使っていたスポーツバッグに犬を押し込んで、澄ました顔で乗ってしまう。
 ゲキの超科学力で作られた凸凹犬は、窮屈で暑苦しいバッグの中でも平気な顔。
 みのりの方が心配して、頻繁にファスナーを開けて中を覗いている。

 定期券でいつもの登校時に使うバス停で降りて、そのまま門代高校へと向かう坂を登る。
 登って登って学校を通り越してまだ登れば、そこが目的の裏山だ。

「手ぶらで行くのは礼儀を知らないって思われるかな?」

 だが訪ねる相手はぴるまるれれこだ。食事もせず寝ることも無く、寿命がおよそ二万歳の超宇宙人だ。
 手土産に何を携えていくべきか。

「え、おみやげ?」

 携帯電話で物辺村の児玉喜味子に聞いてみるが、さすがに絶句するばかり。
 しかし有益なアドヴァイスをしてくれる。

「もうすぐお盆だから、果物なんかでいいんじゃないかな」

 なるほど。相手の趣味嗜好を考えるより、人間としての筋を通せば理屈は立つわけだ。さすが喜味ちゃん。
 みのりはバス停の傍にある八百屋の店先で物色し、やはり夏はこれだと西瓜を買った。まるごと1個1200円もする。
 安物でもいいような気もするが、しかしこれは御進物だ。向こうに誠意を認めてもらうには、こちらも気合を入れねばなるまい。

 凸凹犬を入れていたスポーツバッグに西瓜を詰めて、長い坂道を登っていく。
 犬もへしへしと舌を出しながら軽快に歩を進めていく。路面が夏の日差しに熱く焼けて可哀想な気がする。大丈夫だけど。

 大丈夫でないのはむしろ自分だった。
 たしかにゲキの力で肉体的疲労も感じないが、夏は夏。日差しを避けて涼しい陰を選んで通り、適度に水分補給をせねばならない。
 重くなるが、自動販売機でペットボトルのスポーツドリンクと水を買った。
 なにせ裏山の奥に入るのだから、相応の準備が必要だ。
 またその為にサファリルックで挑んでいる。ドバイ海岸で木乃伊軍団に襲撃された時の服だ。帽子もちゃんと被っている。

 中学校を過ぎて、その先にそびえ立つのが門代高校だ。
 このまま校門に入りたい心を抑えて、坂を登り続ける。学校を囲む塀を過ぎて、見晴らしの良い場所へ進む。
 学校の校庭がよく見える。

 お盆前。すでに甲子園では高校野球が始まり、当然のことながら門代高校は県予選一回戦敗退で早々にバカンスを決め込んだ。それでも新レギュラーが土色に輝くグラウンドで埃に塗れている。
 テニス部の姿も見える。陸上部は今日はどこで練習をしているのか。

 本来であれば童みのりはあの光景の中に居るべき人間だ。インターハイは行けなかったかも知れないが、それでも何年も頑張ってきたのだ。
 ゲキの力が今更に恨めしくなる。超常の力は人間本来の可能性を覆い隠し、一生懸命とか頑張るとかの言葉を無価値なものへと変えてしまう。

 立ち止まるみのりに、リードで繋がれた凸凹犬がくぅーんと声を掛ける。賢いから主人の感傷に想いを巡らせ慰めてくれた。
 こんな所に留まってちゃいけない。大事な用が待っているのだ。
 気を取り直す。

「じゃ、行こうか。」

 

 実際問題として、夏草の生い茂る裏山のそれも人の通れぬ道を縫って進むのは、運動部の練習と同程度の難儀さを持つ。
 それこそ感傷に浸る必要も無く、存分にアドヴェンチャーを体験できるのだ。

 あと一つ、直径15メートルは有る大岩を迂回して40度の坂をよじ登れば、そこが比留丸神社跡。
 ばさばさ、と上から羽音がする。

「くるぁあああああ」
「お。」

 白カラスだ。凸凹犬と同時に作られたゲキロボ洗濯機の造物。物辺神社の人気者。
 凸凹犬の設計者は鳩保芳子だが、白カラスは物辺優子。鳩保と違って絵が上手いから、白カラスもリアルに優美に仕上がっている。
 だが何故ここに居るのか。羽が有るから気ままに、ではない。

 ぴるまるれれこ対策は本来物辺優子の責務である。何もしなくても大丈夫なのだが、一応は監視の目を向けていた。
 白カラスを1日朝夕2回は飛ばして様子を探る。
 しかし、ぴるまるれれこにはまったく何の動きも無い。あんまりにも動かないので優子は興味を無くし、監視を付けた事さえ忘れてしまった。
 それでも白カラスは自らの責務の重要さをちゃんと理解し、こうしてみのりを迎えに来る。

 作った奴より賢いのが、ゲキロボ洗濯機の威力だ。

「かあーくぁ」
「ふむふむ、ぴるまるれれこさんは相変わらず座ったままですか。宇宙人が近付く気配も未だ無し。」

 白カラスは賢いだけでなく度量も大きく、近隣のカラスを束ねる大ボスの地位にまで登り詰める。
 配下のカラスどもを従えて、門代全域での宇宙人警戒までも行なっていた。
 ぴるまるれれこへの不正接触を試みる者を嘴でつつかせるなどの攻撃も指示している。

 彼が言うには、未だサルボロイド星人の接触は無し。でも明らかにこちらを向いてセンサーをしばしば指向する。
 比留丸神社を中心に少しずつ行動半径を絞っているらしい。

 みのりも危険の大きさを十分認識する。

「やっぱり、今日来てよかったんだ。」

 喜味子の懸念は大正解。

 顔つきを鋭くして草薮に手を伸ばし、根っこを掴んで坂をよじ登る。
 リードを外された凸凹犬も果敢に付いて来る。

 

PHASE 412.

  大岩の上に有る更なる岩の底に穿たれた裂け目が、比留丸神社だ。
 裂け目と言っても高さ80センチ横の長さ3メートル奥行き90センチと結構なボリュームが有り、人一人が雨宿りするのに不自由しない。
 その奥を四角く彫って祠の扉を付けたものが神殿である。実質は岩自体が御神体だ。

 由来はまったく分かっておらず、この地に聖的ななにかを感じ取った修験者か禰宜がとりあえず祭ったのが始めだろう。
 祭神は分からない。そもそも設定すらされていなかった。
 下に門代高校が出来るまでは。

 旧制中学校として発足した門代高校の学生は、当時の風潮に法ってとにかく色んな活動をした。
 野球もしたし軍事教練もしたし狩りだってする。裏山を駆けまわってウサギを捕まえて鍋にする。
 猿のように林を抜け坂を駆け下り、必然として岩の上の祠を発見した。

 これを学校神と見做し神格を与え名前を付けるのも酔狂だ。日本語らしからぬ、かと言って何処の国の言葉でもない「ぴるまるれれこ」と呼ぶようになった。
 何故だろう。その名が地球在住宇宙人達が用いる「ぴるまるれれこ」の呼称と合致するのは。

 

 そして西暦二〇〇八年八月四日現在。
 美しい女人の姿をして全身から淡い光を発する宇宙人「ぴるまるれれこ」が居た。

 比留丸神社に居る彼女は、元々は岩にこびりついた数千個の細胞「ぴるまるCELL」に過ぎなかった。
 しかし六月初旬に物辺優子と接触交渉をして、地球人類という有機生命体の身体構造を学習し、人間の肉体に類似したものへと再生を遂げた。

 元が物辺優子だから美しいのは当然としても、長く伸びてイオンで揺らめく髪は飴色に、肌はシミひとつ無い白さにほんのりと上気した薄紅で恋をしているよう。
 ケイ素を紡いだ透き通る白さの羽衣は、発する光に七色に煌めく。
 全体を見た感想では、とても穏やかな優しそうなヒトである。

 彼女は大岩の上に胡坐し、一つ所を見つめるかにじっと小首を傾けている。みのりに気付いた気配は無い。
 とても静かな光景で、触るのが恐ろしくなる。砂の上を歩く蟻の足音までが聞こえてくるようだ。

 意を決し脅かさぬよう藪の中から声を掛けて、顔がこちらに向いてからみのりは進み出た。

”あれ、あなたはまだ帰っていなかったのですか?”

 童みのりが凸凹犬と白カラスを伴って前に立つと、彼女はそう言った。日本語のようで日本語でない、平安時代のイントネーションを持つ現代語、だ。
 慄然とする。
 平安時代とは即ち、ゲキが門代物辺島に墜落して漁民に回収された時代だ。
 物辺優子と接触してデータを受け取った際に、そこまでの事情を読み取ったわけだ。ゲキのネットワークプロトコルが解析され丸裸になっていた。

 彼女は何でもを知っている。みのり達が知らない人間の歴史までも知っている。
 しかし、言っている意味が分からない。

「まだ帰っていないとは、どういうことでしょうか」
”先程までいらしたでしょう、あなたとあなたたちは”

 くぅらぁあああ、と白カラスが鳴いた。説明だ。
 ぴるまるれれこは全く身動きせず、だがほんの少しずつ動く。まるで氷河が流れる速度でだ。
 意識も遅いが、無敵の肉体にリアルタイムの反応も必要無いのだろう。

 みのりが訪ねてきたから、みのりの速度で応対する。
 だがぴるまるれれこ本人としては、今はまだ六月に再生したばかりなのだ。

「一度家に帰ってまた来ました。それで、あなたはお変わりありませんか。」
”この星は、ぴかぴかします。光源が凄い速さであっちからこっちに移動してぴかぴか瞬いて眩しいです”

 またしても分からない。やむなく物辺村に支援を乞う。
 当然に喜味子と鳩保は知覚共有をしてみのりが見て体験するものを知っている。

「喜味ちゃん、意味が分からない!」
「おそらく地球の自転速度の問題だね。24時間が短く感じられるから、昼と夜も瞬間的に移り変わったと感じられるんだ」
「地球の自転って、宇宙では非常識なの?」
「月の自転速度は地球に対する公転速度と同じ1月、29日間くらいだよ。そういう世界に住む人にとっては、地球はめまぐるしく変わってるんだろうね」

 なるほど。宇宙人の時間感覚は生活環境によって随分違うのか。みのりはまた一つ賢くなった。
 物辺村御神木基地で14型テレビモニターとノートパソコン液晶モニターを接続して分析する喜味子は、ゲキの目で見るぴるまるれれこの姿にただ驚嘆の声を上げるばかりだ。

「すげー、これはすげー」
「喜味ちゃん、ぴるまるれれこがどうかしたの。」
「いやこれ、時空転移反応が身体の各所でマイクロレベルで多層に連続的に発生してるのさ。細胞レベルでタイムワープしてる感じ」
「分からないよ。ぽぽー教えて!」

 はいはい、とお助けぽぽーが応答する。
 現在アーケード商店街に居る鳩保芳子は、数理研究科に属する理系少女だ。みのりよりも喜味子よりも遥かに賢い。
 しかしながら、喜味子が口走るSF用語の羅列が何を意味するかさっぱり分からなかった。

 みのりに代わって会話の主役となる。

「きみちゃん、結局何。ぴるまるれれこは危険なの?」
「危険というより、こいつには絶対勝てない。ゲキの力をフルに使っても理論上勝利とかあり得ないて」
「なにそれ」

 ぴるまるれれこの全身はぴるまるCELLより成っている。人間の細胞と同じく小さなブロックの集合体だ。
 このブロックの内部にマイクロブラックホールを用いた亜空間回路が形成され、膨大な演算能力とそれを支えるエネルギーを生み出していた。
 1つのぴるまるCELLの演算能力だけで、高次元空間に本拠を有する高等宇宙人しゅぎゃらへりどくと星人全体の演算能力を超える。
 それが数億、数十億個集まって出来ているのだ。どんな宇宙人だって敵わない。

「だけじゃない、んだ。このぴるまるCELLは時間を越えて、自分自身の過去または未来とリンクしている。時間を越えて膨大な演算能力を共有出来るんだ」
「は? そんな演算何に使うの」
「知らん。でも必要なんだろう。とにかくぴるまるれれこは時間の覇者でもあるわけだ」
「つまり、過去のぴるまるれれこは未来の情報を知っており、処理困難な状況に直面したとしても解決法を別の時間の自分自身に演算させて導き出せる、てことか」
「うん。冗談みたいに聞こえるだろうけど、そういうものだ」
「ということだってさ、みのりちゃん」

「わかんないよ!」

 みのりに理解出来たのは、とにかくこのヒトを怒らせてはいけない事だけだ。
 幸いにして地球人類にとっては敵対的存在ではないから、かなり大胆に話し掛ける。

「あの、なにかお困りはございませんか。雨に濡れたりして風邪ひきませんか。」
”雨?”

 我ながら馬鹿を言ったと思う。相手は無敵の宇宙人だ、風雨に晒されたくらいで病気になるものか。

「最近気になる事はありませんか。嫌な宇宙人とか来ませんか。」
”堅め系の人が凄い速度で近づいてきてますね。あと3回ぴかぴかした頃に私の元に到着するでしょう”

 堅め系宇宙人とは、つまり金属機械生命体であるサルボロイド星人であろう。危険は察知しているわけだ。
 しかし金属生命体が堅めなら、有機生命体の地球人は何になるだろう。

”この星の生命体は全部「うたかた系」です。すぐ消えてなくなってしまいます”
「泡みたいに儚い生命体なのですね。」
”だから困ります。触るといきなり消えてしまいます。哀しいです”

 喜味子から注釈が入った。彼女の言う「うたかた」は液体中に発生する気泡ではなく、プラズマ・バブルだ。
 高エネルギープラズマ流の内部に時折発生する真空の球型領域を意味している。
 ぴるまるれれこは本来もっと高温でエネルギーの高い環境に生息する生命体なのだ。

「だからこの人は動かないんだよ。本格的に活動したら凄い高熱を発して、周囲の草も木も動物も全部蒸発してしまう」
「配慮してくれている、ってことだね。地球の生き物の為に。」
「宇宙人有志だけの問題じゃないって事さ。下手にぴるまるれれこを刺激したら、ここら一帯山火事になる」

 喜味子の分析に鳩保も賛同する。
 なるべく刺激しないように、もし有志一同がサルボロイド星人撃退に失敗した場合は自分達ゲキの少女が接触を阻止するべきだ。

 さもないと、学校丸焼けになってしまう。

 

PHASE 413.

 白カラスがつんつんとみのりを小突き、凸凹犬が足元で引っ張る。
 そういえば、ぴるまるれれこにお中元を持ってきたのを忘れていた。
 スポーツバッグの中から緑地に深緑の縞がある球体を引っ張り出す。

「あのこれはお近づきの印と言いますか、夏にお中元を持っていくのは人間の風習と言いますか、とにかくお納めください。」
”まあ、なんでしょう”

 積極的に動くと有機物は高エネルギーで蒸発してしまうので、ぴるまるれれこは無難な岩の上に座っている。
 だがエネルギー放出を加減して、大気の温度まで体表面を下げる事も出来る。
 西瓜を持ち上げていきなり煮えるなどは無い。
 しかし、もらってどうするかまでは知らなかった。いや、人間がどうするかは知っていても、真似をする必然性を見出だせない。

”素敵なまるいものをいただきました。ありがとうございます”
「これは西瓜です。夏の果物でみずみずしく美味しいものです」
”「食べろ」、とおっしゃるのですね。ですが、私にはこれを同化する機能がありません”
「でも長く置くと腐っちゃいます。」

 ああ、とぴるまるれれこは苦悩した。うたかた系生物はあっという間に滅びてしまう。その刹那の時間に様々な素敵な体験をしているのだろう。
 西瓜を食べるという行為も、それを進物として差し出す行為も、等しく刹那の悦びだ。

”ではあなたがまるいものを食べてください。私もその真似をします”
「わかりました。それでは一緒に食べましょう。」

 残念ながらみのりは包丁を持ってきていない。
 西瓜を一度手渡しで帰してもらい、岩の上に据え置いて右手の手刀を当てる。集中力を小指の端に集めて、
 えい!

 すぱっと西瓜は真っ二つに割れる。中から鮮やかな赤が姿を見せる。
 まるいものの中からまたしてもまるが現れて、ぴるまるれれこは大層喜んだ。

”素敵ですね。まるで光源の主波長を選択したようです”(色の表現を共有するのは視覚特性の違う他者には難しい)

 西瓜の半分を4つに分けた。みのり、ぴるまるれれこ、凸凹犬、白カラスの分だ。

「西瓜はこのように食べます。」
 みのりがお手本を示し、シャクっと齧って見せる。残念ながらまったく冷えてないから、逆に甘さが強く感じられる。

”こうですか?”

 ぴるまるれれこも西瓜1/8を両手で持ち、赤い果肉に唇を当てる。みのりがしたのと同じく、シャクっと噛んだ。
 瞬時にその部分が蒸発消滅する。

「はい。これが西瓜を食べるということです。」
”すてきですね”

 

 比留丸神社を去り、裏山の林を抜けてアスファルト舗装道路の坂に戻ると、クビ子さんが浮かんでいた。
 凸凹犬が空飛ぶ生首にうぅーっと唸る。凸凹犬1号はクビ子の目から出る怪光線で殺されている。仇敵であった。

 それはみのりにとっても同じ事。しかし今日は怒りは抑える。白カラスが目玉を突こうとするのも止める。
 なんの為に彼女がここに居るかが分かるからだ。

『みのりさん、ご挨拶は無事に済みましたか』
「うん。優しいひとだったよ、ぴるまるれれこ星人さんは。」
『ぴるまるれれこは特定の惑星の出身者ではありませんから、星人とは言わないんです』

 坂を下り再び門代高校に戻るみのり一行に、クビ子も浮きながら従う。人通りが無く誰も見ていないとはいえ、大胆過ぎる行動だ。
 真夏の幻影と見間違ってくれる、そうたかを括っているのだろう。

「宇宙人はみんなぴるまるれれこを恐れるのに、クビ子さんは違うんだね。」
『私はなんともありません。低級宇宙人の、それも有機生命体はまったく関係の無い相手ですから』
「そうなんだ。でも他の宇宙人が何か言わない?」
『今もそうですよ。門代地区宇宙人有志代表のてゅくりてゅりまめっださんに頼まれたのです』

 そうなんだ。喜味ちゃんが心配して寄越してくれたのかと思った。

『ぴるまるれれこは大体、低速ワープ技術しか持たない文明には興味無いですからね。1万光速レベルの星間文明でないと脅威には感じないものです』
「クビ子さん家は地球から近い惑星なんだ。」
『いえ、うちはゲート種族ですから。船は低速でも遠くまで飛んでいきますよ』
「ふーん。」

 よく分からないがおそらくは、クビ子の種族「天空の鈴」は他の高度宇宙文明が用意した超空間ワープゲートを利用して、他の恒星系に移動しているのだろう。
 スペースタダ乗り、薩摩守だ。

「クビ子さんの種族は、ぴるまるれれこが他の宇宙人をやっつける所を見たこと有るの?」
『考古学的調査はした事があります。地球から800光年離れた場所で、今からおよそ30万年前に滅ぼされた文明跡を発掘してますね。5万年前にも小規模な絶滅があったと推測されています』
「意外と少ないんだ。」
『他の宇宙人がそれだけ慎重だってことですよ。それに、これだけ間隔が開くからこそ、知らずに接触してしまう間抜け宇宙文明が出現するわけです』
「ふーん。」

 だが低レベル技術文明に興味が無いのなら、何故地球に居るのだろう。何故比留丸神社に彼女は留まるのか。
 頭悪い子を諭す教師みたいにクビ子は目を瞬かせて、みのりの正面に浮く。ちょっとウザい。

『それはもちろん、ゲキが居るからでしょう。過去何度もゲキは発現して地球人に力を許しています。
 その時宇宙規模で観測できる物理現象を引き起こして、それを頼りにぴるまるれれこも旅してきたんでしょうね。他の宇宙人と同じに』
「じゃあわたし達が何かやっちゃうと、もっと宇宙人がやって来るの?」
『でもぴるまるれれこが居ると分かれば、普通逃げていくでしょ。今居る宇宙人はもう逃げられないから、覚悟を決めて居座ってるわけですが』

 ああやっぱり。宇宙に逃げるなんて目立つ事をするのもためらわれる程に、慎重なのだ。
 それだけ恐ろしい存在だ。

「ところでクビ子さん、そろそろスポーツバッグの中に隠れてくれない? もう学校も近いし。」
『えーそんな中は嫌ですよお。窒息死してしまいます。私デリケートで虚弱体質な宇宙人なんですから』

 やっぱり腹が立つ。でも人目に付く前に処分しなくちゃ。
 みのりは覚悟を決めてクビ子の髪を鷲掴みにする。そのままぐるぐると回転させた。

『や、やめてください。このまま物辺村まで投擲するなんて、秒速1キロとかやめてええええ』
「えい。」

 クビ子は一足先に物辺村に帰った。

 

PHASE 414.

 午後四時。物辺島に渡る橋の本土側駐車場付近でいさかいが起こっている。

 道路を挟んで「物辺神社専用駐車場」という名のただの砂利を敷いた平地が有るのだが、新しく入ってきた車が騒動の元だ。
 黒いボディに銀の装飾を施したゴシック調の曲線が禍々しい外国車。吸血鬼でも乗っていそうな中から変な連中が現れた。
 ありていに言えば、坊主頭の筋肉ダルマ。揃いの白Tシャツの前面には墨絵の達磨がプリントしており、文字も書いてある。
 「易筋會舘」、つまり易筋経を元にする武術の団体であろう。もちろん誰も知らない。

 彼等によって最後に車から引き出されたのが、黒縄で縛られる若い男性。黒く長い髪を振り乱す、狼みたいな男だ。
 猿轡まで噛まされて完全に身体の自由を剥奪されているが、よろよろと歩く事は出来る。
 目は血走り涎を垂れ流し、上半身は裸で下半身も黒の下着1枚のみ。靴も履かない。
 どう見ても、筋肉ダルマ達に拉致されてきたかの姿である。

 こんなあからさまに怪しい連中を神域である物辺島に入れるわけにはいかない。さっそく警備が飛んできた。
 田舎の貧乏神社である物辺神社に常駐警備などは居ないが、そこは城ヶ崎家の手配がある。
 宿直として長年監視人を住まわせている関係上、大點座と呼ばれる集団が表の警備を請け負っていた。
 費用はアンシエント「彼野」から出るから大安心。

「こら、お前達ここは許可無く立ち入りの許されない私有地だぞ。」

 大點座の人は見かけ上ただの50代男性、交通警備員である。戦闘力などは持ち合わせていない。
 あくまでも通常の警備であり、日常レベルの揉め事であれば合法的対応によって解決を図る。
 筋肉ダルマの丸太の腕に張り倒された。

「下がれ! 常人が近づけば狗神に冒されるぞ。」

 猿轡の下からぐるると唸りを上げる。縛られたまま激しく搖動する。
 筋肉ダルマ3人によってようやく拘束出来るほどの怪力を発する化け物だった。
 仏教のお経を書いた麺棒のような棍棒でしきりに殴り、制御する。この武器はおそらくはチベット仏教で使うマニ車の変形であろう。

「お前達、警察を呼ぶぞ!」

 近くで交通整理をしていた警備員2名が駆けつける。
 これはさらに別口、警察から依頼されている民間警備会社の人員だ。割と体格が良く、並の男であれば圧倒出来ただろう。
 さすがに筋肉ダルマは荷が重い。砂利の駐車場に漂う埃の中、対峙するのが精一杯だ。

 ダルマのリーダーが右手の黒縄羂索を突き出して喝と脅す。

「物辺神社は古来より鬼を祭る社と聞く。魔を退ける霊力に満ちていると伝えられる。その真贋見極める為に狗神憑きを引いて参った。
 如何に!」

 要するにこれは道場破りだ。霊力競べ神比べをしようとの腹。
 俗人が対処できる事案ではない。

 丸太の腕で跳ね飛ばされた初老の警備員が起き上がり、民間警備員を退かせた。こういう時の為に大點座に任されている。
 携帯電話で警備本部である城ヶ崎家に連絡した。

「……うん、饗子様に。これは鬼の妙力でなければ収まらぬ。」

 

 じゃりじゃりりん、と社務所の黒電話が鳴り響く。店番をしていたミィーティア・ヴィリジアンと八女雪(嫁子)は驚いた。
 参拝客が一段落して今日はもうお終いかと気を抜いていた所に、緊急電話だ。
 受話器を取って用件を確かめたのは嫁子だが、理解できなくてミィーティアを饗子の元に走らせる。

 足袋が木の廊下でつるつると滑って転びそうになりながらも饗子の所に辿り着き、二人走って戻ってくる。

「ああ、城ヶ崎の。今何処、橋のとこまだ入っていない? 分かった、用心棒を送る。」

 嫁子に受話器を返して通話を切らせて、にたりと笑いかけた。旦那の出番である。

「裏行って喜味子呼んでこい。特別ボーナスタイムだ。」

 5分後。児玉喜味子は物辺島を出て、本土側橋の入口に立つ。黒の袴が海風を孕みはためき、まさに地獄の使者。かっこいい。
 嫁子は背後にビデオカメラを構えながら立っている。
 面白い映像が撮れるからと、饗子に渡された。たしかにエクソシスト実演はカネを出しても見たいシーンであろう。

 日は傾くとはいえ未だ熱衰えぬ大気に、喜味子の顔は汗まみれとなる。照り返す金属的なツヤが此岸のモノならざる偉容を醸し出す。
 筋肉のみならず精神においても鍛錬を積み重ねるダルマ達も、噂に違わぬ霊異に表情を強張らせる。
 「鬼神封じ」物辺神社の噂は本物であったか。
 いやこの容貌鬼というより閻魔大王だ。牛頭馬頭の遠く及ぶところではない。

 他方喜味子はがっかりだ。
 もしかしたら七夕祭りのカーリマティのように精神寄生体に取り憑かれたと思って、専用装備を携えてきたのだ。
 超能力による洗脳も警戒してアンチヒュプノ薬まで用意する。袂にお魚醤油差し入れてきた。

 しかし黒縄に繋がれるのは只の人、精神異常者だ。
 正確には、暗い陰惨なイメージばかりを好んで見てどっぷりと鬱世界に浸かり、自らを悪想念のループで洗脳したバカである。
 狗神憑きと名乗っているが、風呂に入らず髪も伸ばしっぱなしで脂で固まり狼の鬣みたいになってるだけ。
 ムキムキマン3人掛かりでないと抑えられない怪力も、いわゆる火事場の馬鹿力で安全リミットが外れているに過ぎない。

「饗子さんが出張ってくるまでもないや。」

 物辺の巫女は本当に憑き物落としが出来る。というよりも、本物の妖怪や霊魂でなければ彼女達の前に立つ事すら許されない。
 格があまりにも高過ぎて、偽物は耐えられないのだ。
 喜味子に睨まれたこいつと同じように。

「ぐぅるぐぎゃぎゅぎゃぎゅぐるがばわがるぐごおおおおおお!」

 猿轡の下で犬神憑きは吠える。喜味子の姿に激しく興奮する。言い知れぬ恐怖に全身を戦慄かせる。
 だが逃げようとは思わぬ。この手の輩は自らを破壊する衝動に突き動かされ、危険に向かってまっしぐらに激突する。そういう風に出来ている。
 彼の考える解決とはただひとつ、恐怖の根源喜味子と一体化するだけだ。

 筋肉ダルマが黒縄を解き、放つ。もはや人力の為す所無し。
 狗神憑きは名に恥じぬ運動神経と極限まで絞り込んだバネを解放して、正面に立つ地獄の閻魔に飛びかかる。
 外れるまでに顎を大きく開き、何ヶ月も磨いていない黄色い歯で噛み付こうとする。
 喜味子危うし。嫁子が構えるビデオカメラに惨劇の光景が刻み込まれる。
 喜味子危うし。
 喜味子、あやうし。

 狗神憑きは停まった。手を伸ばせば届く距離。
 彼は何週間も拘禁され睡眠もろくに取らず、もちろん常人の日常生活を送る事も無いのでテレビや新聞コンピュータにも接触しない。
 自分が近視であったのも忘れてしまった。

 2メートルまで近付いてようやく、喜味子の正真の顔を見る。
 魂が消し飛んだ。

 浄霊終了。
 筋肉ダルマ達に命じる。

「こいつ、片付けておいて。あと詫び状と迷惑料を払ってもらうから、当然浄霊代もだ。高く付くぞ饗子さんは守銭奴だから。」

 まさに神の、いや鬼神の威徳を目の当たりにして「易筋會舘」の修行者達は砂利に土下座し額突いた。
 もちろん一連の事件は衆人環視の中で行われる。
 参拝客や通りすがりの通行人、警備員達も見ている。物辺神社に鬼の御利益を授かろうと来ていた人々は、真の奇跡を拝見して呆然。

 中に一人、感受性の強い若い男性が混ざっていた。
 身長が190センチ近くもあるのに、狗神憑きの気迫に身を震わせ、喜味子の顔相に血の気を失い、浄霊の次第を余さず目に納めて卒倒痙攣してしまう。
 連れのかなり顔の良い少年、高校生くらいだが倒れた男よりは年長、が必死になって助け起こそうとする。

「おい、曼助起きろ、こんなところで寝られたら困る、おい!」

 結局焼けた地面の上に両手足を伸ばしてひっくり返る。顔の良い方が手を引き起こすが、だらりと垂れて動こうとしない。
 一方「易筋會舘」は、狗神憑きはすっきりさっぱり素面に戻り、間の抜けたおとなしい青年の顔でここが何処か分からぬままに元の車に押し込まれる。
 筋肉ダルマは両手を合わせて改めて喜味子を拝み短くお経を唱えて、車に飛び乗り逃げるように去っていった。排気ガスの煙が長く後に残る。

 喜味子、倒れた参拝客を助けるのも務めではあるが、なにせ自分の顔を見て倒れた相手だ。
 嫁子を前に出して様子を探らせて助力を申し出るも、巨漢はびくとも動かない。
 ゲキの力で担ぎ上げればよいのだが未だギャラリーが多く見守る中、これ以上の超能力を晒すわけにはいかない。

 

「きみちゃん、こいつは一体どうしたもんだ?」

 喜味子の高級自転車に乗った美女が滑らかに停車する。ブレーキの音もほとんど無く、キキーなどと不快な響きを発さない、さすが高級車。
 鳩保芳子、門代商店街からのご帰還だ。
 巨乳にスパッツの目の毒スタイルに、倒れた巨漢を介抱していた顔の良い少年も目をハートにする。

 大の字にのびる男子を見て、身体は大きいが思ったよりも細く若い、高校一年生ではないだろうか。
 鳩保は当然の助言をした。

「爺ちゃん呼んでこようか。」

 鳩保の祖父、左古礼医師の往診だ。診療所で参拝客が具合悪くなるのを待っている。商売繁盛。

 

PHASE 415.

 午後六時、左古礼診療所。
 島内にある診療所まで患者を運ぶのは大変だった。タンカに乗せても海上部分だけで200メートル有る橋を担いでいくのは、男の力でも重労働だ。
 折良く童みのりが戻って来たから、多少の変は誤魔化して担いでもらう。

 倒れたのは鎌倉の高校生「棟木 曼助」十六歳。病名は「人の気に当てられた」だった。
 左古礼医師も少々呆れる。
「でかいのに繊細な少年だなあ。」

 鳩保は医師の孫娘として、付き添いの年上の少年に事情の聞き取りを行った。
 顔が良くて人当たりがよくて、女の子の扱いに随分と慣れている。なかなかのプレイボーイと見受けられる。
 彼は「喜須 悟」十七歳高三、棟木と同じ高校の先輩だ。
 身長は170センチ少々、大きくはないが細身の筋肉がしなってネコ科動物的敏捷さを持つ。スポーツ万能な感じがした。

「私立ですか。鎌倉の」
「鎌倉の「方の」私立校だよ。画龍市って元採石場で有名だったところだけど、知らないかい?」
「すいません、関東の地理はちょっと。」

 愛想笑いする鳩保は白い服に着替えてきて、露出は無いが胸元を強調する。清楚素朴な格好に凶悪な胸、こんなものを着るから同性に憎まれるわけだ。
 自慢ではないが鳩保芳子も、女を敵としながらも男に色目を使う曲者。
 最近この手の出会いは無かったから、ちょっと本気を出してみる。
 丸椅子を引いてきて膝が接触するほど近くに座った。

「それで、わざわざ物辺神社にまで観光ですか? こんな遠くに。」
「うんまあ。」

 喜須は鳩保から顔を背けて天井を見る。左古礼診療所は木造モルタルの平屋建て、診療室内は白ペンキ塗りで梁まで白い。
 自然な動作だが心を読まれない為だな、と鳩保は気付いた。フレンドリーに見えてなかなか尻尾を出さない。
 それにこの二人、ホモとは思わないがやっぱり怪しいのだ。

「曼助はね、不思議というか化け物妖怪が好きな質でね。でも見える体質じゃない、見えない感じない聞こえないのに不思議に遭遇してしまう。そういう奴だ。」
「面倒なひとですね。」
「そもそもこいつの親父ってのが漁船に乗り込んでいてね、」
「物辺村も漁師の村ですよ。」
「その親父がさ、海で転覆して亡くなったんだけど、」
「お気の毒に。」
「生き残った漁師仲間が、船幽霊にやられたって言うんだ。」

 船幽霊とは、一般的な説話であれば航海中の船から柄杓を借りて海水を注ぎ込み転覆させる。だから底を抜いた柄杓をあたえるべきだ。
 そういうお話だ。

「曼助は見えない質だから最初は信じなかったんだけど、気になって調べていく内に段々と不思議に遭遇する例が多くなって、日本全国探してみようって気になったんだな。」
「なるほど。それに付き合うとは、喜須さんも相当の物好きですね。」

 目を輝かせて下から見上げる鳩保に、喜須も対処に困る。口説くわけにもいかないし、下手に惚れられると地雷ぽい女だからなおさらだ。
 誰か助けてくれないかなー、なんてデンパを発し始める。
 ただ、聞かねばならない事も有る。

「芳子ちゃん、先ほど狗神憑きを落とした墨染の袴の、……あれはー女の子なんだろうか? あの子は物辺の巫女の、」
「違いますよ、あれは鶏屋の喜味ちゃんです。」
「巫女じゃないの?」
「バイトです。」
「嘘ぉ。」
「ホント。」
「じゃあなんで憑き物落としなんてできるんだよ。」
「そりゃあ喜味ちゃんですから。色々手先の器用な子なんです。」

 物辺村基礎情報に対応できない。喜須は左手で自分の顔を鷲掴みにして考える。

「じゃあ、あの喜味ちゃんというのは、不思議な霊力とか超能力無しでああいう事ができるわけだ。」
「霊力を使うのは物辺家の実の子孫の物辺優子って子の仕業になります。今日は居ませんけどね。」
「どういう理屈で出来るんだ。術とか魔法とか理論とか、」
「喜味ちゃんの場合は単純に心理学のもんだいでしょ。顔が恐いからびっくりするだけです。」

 マジかよー、と喜須苦悩する。そんなものどうやって対処すればいいのか。
 いやそもそも曼助だって無防備で島に来たわけではない。霊的防御の術を展開しておきながらのダメージだ。
 でも、なら何故自分は無事なのか。

「喜味ちゃんて子は普段は表に出ないのかい。」
「いえ普通に学校に行ってますよ。素顔のままで、割と人気者の方です。」
「怖がられていない?」
「むしろコワいから人気です。」
「……悪意は無い、って事か。」

「そんないつまでも喜味ちゃんの事聞かないでくださいよ。もっと喜須さんのことを話してぇ、」
「サトル!」

 診療所のガラス扉を乱暴に開いて美少女が殴りこみを掛けてきた。女子高生、喜須と同じ三年生と思う。
 髪は茶髪で割と短いが毛先が尖って、左右にぴょんと跳ねている、なにか突き刺さりそうだ。
 破れたデニムのショートパンツから生脚をにゅっきり剥き出している。相当の自信家。胸も鳩保程ではないが、大きいし形も良い。

 喜須 悟の下の名前を呼び捨てにするから、彼女であろうか。
 だが喜須は驚かない。ナンパの現場を見つかっても引け目を感じない間柄、恋愛未満と見た。

「おい、カレイ。わざわざ迎えに来るかよ。」
「来るわよみっともない現地で失神だなんて。さ、帰るよ。」
「いや曼助がさ、まだ。」
「起きろ棟木。立てこの木偶の坊、”八仙”の道統覚悟忘れたか!」

 恐い姉ちゃんだ。体育会系の発達した肉体と溌剌とした精神を持つ美人だが、眼の下にうっすらと隈が有るのはマイナス1点。
 仕切り屋で強引だから、便宜上こいつは「イインチョウ」と呼んでおこう。

「ちがうちがう芳子ちゃん。こいつは「セイトカイチョウ」だ。」
「あ、なるほど。1ランク上でしたか。」
「そこ! くだらない事言わないっ。」

 喜須の耳を引っ張って、曼助の襟首も引っ掴んで診療所の外に叩き出す。
 夕日も落ちて赤い空に村の家森が黒く浮かぶ。確かにとっくに営業終了の時間。
 診療費は払ってもらっているから何時出て行っても構わないが、しかし患者が。

「早くしろ。タクシー待たせるな金が掛かる。」
「カレイ、せめて曼助はもう少し丁寧に、」
「うぉおおおおおお」
「うるさい。ああ恥ずかしい御ジジ様になんと申し開きをすればいいか。」
「芳子ちゃんまたねえー。」

 行ってしまった。やっぱり女は恐いなあ。喜味ちゃんどころでは無いや。

 

PHASE 416.

「えーと喜須 悟、棟木曼助、と苗字不明のカレイさん。てのが来たわけね、画龍市ってところから。」
「うん、ちょっと検索してみて。」

 物辺神社御神木秘密基地に合流した鳩保とみのりは、14インチブラウン管カラーテレビに映し出される物辺優子の姿を食い入るように見つめながら、喜味子に注文する。
 なにせ本日今宵は、物辺優子が父親「香能 玄」と涙の対面を果たす日なのだから。

 テレビとゲーム機を置いているキャンピングテーブルからジャンクノートパソコンを避難させて、喜味子は膝の上でカチカチと調べる。
 ゲキの超検索を用いずとも、普通にインターネット上の情報で或る程度が判明する。

「私立画龍学園、六年制中高一貫教育で大学部と小学校も有る。これだね。
 えーと生徒会長は、げ生徒会長が3人も居る。高等部と中等部、それに全学を通しての学生会長ってのが居るわけだ。
 カレイカレイ、えーと高等部の生徒会長が二年生で蟠龍?八郎太。おおかっこいい名前。写真も坊主頭でかっこいい。
 えーとカレイカレイ、あ居た。前年度の生徒会長で平芽カレイ、さんだ……。」

「ヒラメカレイ?!」
「うん。冗談みたいな名前だけど、本名だろ。」

 鳩保はテーブルの上から身体をねじ曲げて、足元にしゃがむ喜味子のノートパソコンを覗き込む。
 学園HPの〇七年のページに載っている写真は、先ほど見た女に相違無い。冬制服を着たバストアップだけだが、ツンと尖った髪型はまさに本人。

「これ。間違いない。」
「ふん。他の生徒はさすがに表から検索できないな。裏から潜ってみる。
 出た。えーと喜須 悟。棟木 曼助。平芽カレイ。全員が特待生だ。ここの奨学金特待生は特別で、ご家庭に不幸があって両親が失われた人が対象みたいだね。
 ああ。喜須さんと平芽さんは両親共に、棟木さんは父親が亡くなっている。」
「それは聞いた。漁で海に出ていて船幽霊に沈められたそうだ。」
「船幽霊?
 おっともっと凄いのが出た。喜須さんはストーカーによる放火で一家6名の内5名死亡。一人だけ助かったんだ。
 平芽カレイさんは父親が外交官で、中米に家族で赴任する途中空港でテロ事件が有って両親が、だね。」

「ほー、ふたりともそういう不幸な陰は見えなかったな。」
「子供の頃だからね。どうも画龍学園はこんな子ばっかりを集めているみたいだ。なにか、変。」
「変だな。奨学金を餌に怪しげな能力を訓練しているのかも。」
「ふむふむ。更に調査続行するね。」

 あからさまに怪しい連中だが、しかし怪しいが故に怪しくなかった。
 つまりこういう事であろう。
 日本を統括するアンシエント「彼野」が女子高生であるゲキの少女と対話する為に同年代の使者を選び、自らの傘下にある「画龍学園」の虎の子を派遣した。
 能力者であるのはもちろん、ゲキの不思議と付き合うには常人では無理だからだ。

 鳩保もうなずく。

「当たり前といえば当たり前過ぎる対応だな。これまでそうしなかったのが不思議なくらいだ。」
「うん。各国政府アンシエントの手前、直接的な接触を避けてきたけどいよいよ本番ってことだろうね。」
「それで、連中の能力ってのは何?」
「わからない。仙術のような感じがするけれど、詳しい修行体系とかの資料がコンピュータ上に無い。政府諜報関係のデータベースを探ってみるさ。」

 

「キタ!」

 ずっとテレビ画面に食い入って見つめていたみのりが、声を上げて二人を呼ぶ。
 いよいよ国際アクター「香納 玄」との対面だ。一生に一度見られるかの世紀のイベント。
 物辺村では、城ヶ崎花憐の視覚を利用して体験を共有する。

「あれ?」

 なんで。なんで花憐ちゃん早々に部屋を出てしまうの? ちょっとカメラ戻して。
 鳩保思わず不可視の電話を取り上げる。

「ちょっと花憐ちゃん、もう一回戻ってよ。見たいじゃん。」
「だーめ。ここから先は優ちゃんのプライベートよ」
「ええええ、そんなあ生殺しじゃないかあ。」

 鳩保みのり喜味子、三人共にがっかりだ。ここからじゃないか、面白いのは。
 ちなみに誰も優子の知覚情報を共有しようとはしない。さすがにそれは無作法が過ぎた。
 だから花憐ちゃんに期待したのにー。

 花憐の方も、村に残ったこいつらは何をやってるのかと呆れ顔だ。

「それで、物辺神社におかしな人達がやってきたんですって?」
「うん。画龍学園てところから高校生の能力者、それと狗神憑き。」
「ふーん。」

 城ヶ崎花憐がゲキから与えられたのは高速性と分析力だ。たちまち二つの事件の関連性を看破した。

「大點座」
「え、」
「ウチを事務所に使ってるトノイさんね。あの人達は通常警備であれば十分なんだけど、」
「うん、この暑い中頑張ってた。」

「でもあの人達は霊的防御力とかは無いのよ。普通に警備員だから」
「うん普通の人達だからね。怖い人も居るけど」

 鳩保も城ヶ崎家に年毎に勤めるトノイさんを見知っている。物辺神社の宮司のおじさんと剣の稽古をする人と、しない人が居る。
 する人は武術に明るいのだろうが、しない人はそれほど強そうには見えない。

「それでね、トノイさんでは今回のような霊的障害が発生した場合対処できないって如実に示そうと考えたわけなのよ」
「ははあ、ヤラセね。ヤラセ。」
「たぶん。それで警備体制の不備をアピールして、新たに組み込もうとする勢力があるわけ」
「それが、画龍学園の能力者ってことか!」

 いかにもな話だ。アンシエントであればそのくらいはやるだろう。
 長年物辺神社を守ってきた大點座にはプライドが有る。変更の必要を呑ませる為にも、一芝居打ったわけだ。

「分かった。そういう事であるならば、こちらもそれなりに丁寧に対処するよ。」
「よろしくね」

 

 ふああああああああ、と喜味子が大あくびをした。折角優子感動涙の対面を見ようと頑張っていたのに、気が抜けた。
 昨夜もほぼ徹夜でイカロボ空中管制を行い、昼間は神社の掃除をして、ゲキロボ洗濯機を回して色んなもの作り、狗神憑きを浄霊して、最後がこれだ。
 眠いに決まってる。

「家帰って寝る。あと任せた。」
「あいごくろうさん。」

 疲れた身体をずるずるとゾンビのように引きずりながら暗い神社の脇を抜けていく。誰かに見られたら間違いなく人死を出すおぞましさだ。
 案の定ぎゃああと3つの悲鳴が上がった。美少女双子小学生美彌華&瑠魅花とクビ子さんだ。
 さすがに闇夜に喜味ちゃんはきつかった。

 みのりは声の方から首を戻して、テレビ画面に向き直る。鳩保は先程喜味子が使っていたジャンクノートパソコンをぱちぱち扱っていた。
 自分も何かしなくちゃ、とゲーム機のコントローラーを両手で握ってみる。アナログ方向キーをぐりぐりと意味も無く回した。

「ぽぽー、今日は空中管制とかしなくていいの?」
「昨日したからだいじょうぶだよー。昼間も喜味ちゃんやってたし、明日は優ちゃん達「テレビの神様」と会うだけで危険なことしないし。」
「わたしも覚えた方がいいかな。」
「うーん、」

 鳩保顔を上げてみのりを見る。5人誰でもが等しくゲキを使えるのが望ましいのは確かだ。
 画面は空中イカロボからの俯瞰画像になっている。優子達が宿泊する高級ホテル上空だ。ホテル周辺建築物内部までが立体透視図で表示され、人物の姿も薄い青で映し出される。

「じゃあちょっとやってみるか。ゲームと思えば簡単で、人間とか宇宙人とか魚肉が表示されるから、これにカーソルを合わせてクリック。Aボタンね。」
「うん、こう?」
「そうしたらウィンドウが開いて情報が表示されるけれど、読まなくて赤い字が有るか探す。有ったらその字をまたクリック。」
「えーと、無い無い無い、有ったこのヒトは赤い字有る。クリックしたよ。」
「じゃあまた開くウィンドウで今度はさっと読んでみる。気になった単語をクリックするとその人物に関係するネットワークがどんどん広がって、」

「まってぽぽー! これって個人のプライバシーの侵害じゃないの?」
「ああそこ詳しく読んじゃダメだよ、いつまで経っても終わらないから。これは仕事これは仕事。」
「だってぇー!」

 

PHASE 417.

 八月五日(火曜日)晴れ。
 ラジオ体操は無慈悲にも始まる。村民皆の前で模範を務めるみのりも、寝不足で目が赤い。
 やはりイカロボによる東京上空の空中管制なんかやったのが間違いだった。至極面白かったのだ。

 物辺優子と城ヶ崎花憐は東京のアンシエントによって厳重に守られている。特に物辺鳶郎が頭領を務める忍軍が傍近くに侍って完璧なガードをしている。
 それに挑む勢力が有ったのだ。仮に、某国の特殊部隊員と呼んでおこう。
 彼等の目的は優子もしくは花憐の略取誘拐。その戦略的政略的価値は言うまでも無いが、さすがに脳にお花が咲いているレベルの甘い考えである。
 だが実行に当たる末端の工作員は真剣そのもの。上京が決まったのが数日前にしては周到と呼べる準備を整えて攻撃を行った。
 おそらくは日本国政府内部に協力者情報提供者が居るのだろう。

 勝算が無かったとは思えない。如何にセキュリティに万全を尽くす高級ホテルとはいえ、所詮は民間施設だ。
 ある程度の火力を備えた小隊規模の人員を投入すれば、女子の1人を拐かすのも困難ではなかっただろう。
 警察SPによる警備の存在を認識しながらの大胆な作戦だ。間違いなく、人員の殺傷も許されていた。
 残念ながら、NINJAは勘定に入っていなかったのが敗因だ。

 シノビの忍びの者たる由縁は、警備計画上においてもその存在を記さないところに有る。コンピュータネットワークにハッキングを仕掛けても、書いてないものは読み取れない。
 表で知るのは直接に命令を下した総理大臣と、現場を指揮するSPの隊長のみ。
 フリーに動く為には味方に射殺される可能性すらも甘受せねばならない。事実、ホテルの周りは狙撃班も配置されていた。
 そしてSPが事件を察知する前に襲撃部隊は制圧される。蛇の道は蛇、情報提供者自体が予めマークされていたのだから逃げられない。

 ただ日本政府内に無数に有る情報漏えいルートの何処が直接に襲撃に結びつくか。さすがのNINJAでもこればっかりは読み切れない。
 なんらかの「能力者」の介在が有ったと考えるのが自然であろう。

 その後ホテル内従業員として潜伏する敵性工作員をSPが確保して、終了。爽やかな目覚めの朝を迎える。

「ふたりとも、眠そうだね。」

 昨夜はまったくにノータッチでぐっすりと寝た喜味子は、元気一杯。今日は巫女バイトからも解放されて完全夏休みなのである。
 鳩保も眼の下にクマを作りながら、言った。

「いやー、自分で何もしないってのもなかなかたのしいもんだよ。」
「じゃあ今日はバイト巫女よろしくね。私は試運転に行くから。」
「あい。じゃあねー。」

 本日は物辺の宮司のおじさんがちゃんと居るから、特にバイトを雇う必要も無かった。手持ちの駒の鳩保みのりだけで十分だ。
 また東京においても、優子と花憐は「テレビの神様」に会いに行くだけで他の用事が無い。

 喜味子の試運転とは、クビ子や梅安にくっつける人型胴体ロボの事だ。昨日御神木秘密基地に篭ってこんなものを作っていた。
 元々運転手として作ったのだから、車に乗ってドライブに行こう。

「ドライブ、いいなー。」
「みぃちゃんも今度一緒に連れて行ってあげるよ。その為の人型だ。」
「わーい。」

 はしゃぐ声も半オクターブ低い。とにかく眠い、でもがんばらなくちゃ。
 鳩保、景気付けにハッパを掛ける。

「みぃちゃん、今日は何の日か知ってるか。」
「ううん、知らない。」
「土用の丑の日だ。うなぎの日だよ。バイトにもうな重が出るぞ、多分。」
「うわーい。」

 完全にみのりも見切っている。あのケチの饗子さんがうなぎなんかにカネを出す道理が無いじゃないか。
 カネ、でみのりは思い出した。体操に適したホットパンツの浅いポケットから、一きれの紙片を取り出す。
 鳩保に差し出した。

「はい、よっちゃん。」
「なんだこれ?」
「領収書。昨日ぴるまるれれこさんにお中元持っていった、西瓜の領収書。」
「うん。でもなんで私に?」
「だって、ぽぽーが会計でしょ、物辺村正義少女会議の。」

 鳩保喜味子みのりの三人はしばし静止する。頭上を蝉の泣く声がわしゃわしゃと通り過ぎていく。

「みのりちゃん、それはたぶん花憐ちゃんの役目だと思うぞ。私はどちらかと言うとリーダーだ。」
「えー、リーダーは優ちゃんでしょ。ゲキロボの元々の持ち主なんだから。」

 反論出来ない。鳩保は喜味子の顔を見るが、まったくもってそのとおり、との答えが返ってくる。
 そういえば正義少女会議の役割分担をきっちり決めた事はなかった。

「えー、なるほど確かにゲキロボを使う上で一番大事なのは優ちゃんだから、優ちゃんをリーダーと認めます。」
「ぱちぱち。」
「それで会計はやっぱりお金持ちの花憐ちゃんということで、」

 みのり、かわいそうなひとを見る目を鳩保に向ける。まあ言った本人もこれは無いなと思っている。

「ぽぽー、残念だけど花憐ちゃんは自分では絶対にお金出さないよ。正義少女の活動の為の必要経費だって言っても。」
「ちがいない、あれはそういう女だ。でも私はそもそも出すカネを持ってない。」
「じゃあこの西瓜の領収書はどうなるの?」

 普通に考えれば、みのりの持ち出しである。乏しいお小遣いのかなりの金額がまるいものの為に消えた事になる。
 喜味子も言った。

「そういえば、私がNWOに提供する秘密兵器の製造費と材料費は、これ私の立て替えだ。金はどこから返ってくるのかな?」
「返ってこない! ……というわけにもいかないのか。そもそもその秘密兵器、有料なんだよね。」
「デアゴスティーニ方式で毎週発行されて、全部集めると大型ロボットが完成します。」
「1回1百億で総額2千億円になるんだっけ。12体製造で2兆4千億円。でもこのままだとその代金全部喜味ちゃんのものになるんだ。」
「材料費の領収書を落とさないと、そういう事になるんだろうね。」

「ぽぽー、わたしがドバイに行ってもらってきた財宝あるんだけど、これの管理をする人が、」
「分かった分かった。つまり会計が必要なんだな、で花憐ちゃんは禁止。残るは3名。」
「私ぁ無理だよ。」

 喜味子が早々にギブアップする。商売人の娘であるが、カネが有ったら中古ゲームやジャンクハードを買ってきて浪費する性癖の持ち主だ。
 向いてない。
 みのりもクビをぐるぐると横に振る。こちらは小学生レベルの金銭感覚しか持ってないから、億兆なんてとても扱いきれない。

 鳩保観念する。

「わかりました、じゃあ会計私します。」
「はい西瓜1,200円。」
「ちょっとまって、家に戻ってジャンクの代金の領収書取ってくるから。」

 喜味子は走って家に帰る。サンダル履きで、つまづいて転けそうだ。
 なし崩し的に会計にさせられてしまった鳩保芳子。しかし彼女の手持ちに現金が有るわけでもない。
 なんとかして日常レベルのお小遣い的予算の出処を作らなくては。

「みのりちゃん、」
「なに。」
「お昼のうな重、経費で落ちないかな?」
「落ちないねえ。」
「落ちないよなー。」

 

PHASE 418.

 巫女服に着替えて、鳩保とみのりは準備完了。社務所で物辺饗子の前に立つ。
 まだ朝早いから只のおばちゃんファッションで上半身だぼだぼスウェットだが、女の目から見ても眩しい色気。
 昨日とは違って父親がちゃんと居るから緊張感も無く余裕たっぷりで、朝寝をもう一度やりかねない。

「じゃあ芳子、昨日に引き続き頼むわ。」
「へい。」
「あの子達(双子)も昨日で大分覚えたから、本格的にびしびし指導してやって。」
「へい。叩いていいですか。」
「おう、言うこと聞かない時はびしびし行ったれ。」

 何故か関西弁で最後を締めて、さっさと母屋に戻ってしまう。グータラダメ母親ではあっても家事からは逃れられない。
 それに昨日の経験を生かして神社前に妙な立て看板を設置してある。
 『巫女御祈祷ショー 開演11:00 昼の部14:00』 饗子はこの時だけ居ればいいのだ。

 鳩保ピンと思いついて、饗子を追う。社務所から母屋には一度外を通らねばならず、サンダルを履いているところだった。

「あえこさん!」
「なんだ。」
「お昼のうな重の注文をしておきますよ。出前は無理でもこちらから取りに行けばいいんです。」
「うなぎ?」
「丑の日です。」

 屈んだ背を戻して逆に反る。豊かな茶色の髪を背に流して、饗子は考える。

「昼はそうめんだよ。」
「でも丑の日ですよ。夏の暑い時は精を付けなくちゃ、」
「精と言えば、喜味子だ。1ヶ月前マッサージしてもらってインポが治ったのが、もう戻ったって電話してきたぞ。」
「あー、ああー。元の旦那さんですね。」

 双子の父親である。物辺饗子に長年精を吸われ続けてインポテンツとなり、社会的活力も失って自分が起こした会社を人に取られるまで落ちぶれた。
 児玉喜味子の超常的マッサージ技術によって奇跡の回復を成し遂げたが、どうも期限付きであったようだ。

「まあ、使い過ぎたってのも有るんだけどさ。」
「そんなにやったんですか。」
「あたしだけじゃないさ。一度東京に戻って派手に遊びまわったらしいね。10年前に戻ったかの暴れようだって、向こうの友達から聞いた。」
「自業自得ですね。」

「喜味子のマッサージに確かに効果が有るのは分かった。しかし長持ちしないてのは良し悪しだな。」
「適当な間隔で効果が切れてくれるのは再診に来るからいいんですが、1ヶ月はちょっと考えますね。」
「次また揉んでみてまた復活したら、今度は女断ちさせてみよう。耐久テストだ。」
「ですねえ。」

 喜味子のマッサージ院計画は着々と進行しているようだ。この事業が軌道に乗った暁にはうな重なんてコンビニ配送のトレイにいっぱい並べて……。

「というわけで新事業開拓の資金を貯めなきゃいかんから、そうめんだ。」
「へい。」

 今年は不発だった。一昨年は饗子をおだててうな重をごちそうになったのだが、残念。
 七月七夕祭りで数千万円のお賽銭をせしめてガードが緩んだと思ったのは見込み違いだった。

「それより芳子、武半さんとこの自販機が七月だけで百万稼いだって、知ってるか?」
「武半さんてバス停の所の薬局の、あのジュースの自販機ですか。」

 路線バス停留所「物辺村前」の脇にある雑貨屋兼薬局だ。鳩保達も登下校の際に傍を通るから、少なからず自販機売上に貢献している。
 しかし、百万とはびっくりだ。

「120円のジュースが8千本以上売れた、ってことですね。1日270本、ってジュース補給する人大忙しだな……。」
「なんで売れたかと言うと、うちの神社だ。特に七夕以降参拝客がウナギ登りで、それが全員武半さんとこで買ったとすると、」
「そうですねえ、島内に他にジュース売ってる所有りませんから、独占企業ですよ。もったいない。」

「そこでだ、神社の敷地内にジュースの自販機を置こうと思う。どうだ?」
「ハンバーガーの自販機とかも欲しいです。」
「今時そんなのは無い。そう言えば武半さんとこは菓子パンも売るようになったな。」
「でしょ。今が商機なんですよ、パンがダメならうどんの自販機を。」
「却下。」

 しかし食い物は無理としても、この感触ではジュースの自販機イケルな。
 気を良くして、鳩保達の知らない昔話をする。

「昔はな、橋が掛かる前は物辺村にもお料理屋さんが有ったんだ。かなりのぼったくり高価格の。」
「へー、何時頃です。」
「八十年代にはもう無かったな。とにかく参拝客が大量に来るのなら、それなりのサービス業も必要ってことだ。」
「魚も獲れるし、喜味ちゃん家の軍鶏もいい感じに使えますね、それ。」
「マッサージ院に金持ち客を集めるのなら、飯も食わさないとな。三ツ星とは言わないがそれなりのシェフを呼んで。

 そういえば、うなぎも焼いていたなあ……。」

 遠く幼い日を思い出す饗子に、かっての物辺島の繁栄が忍ばれる。
 三姉妹の母親 物辺咎津美の時代は輝いていた。金と喧騒と恐怖が混ざり合う、まさに別天地であった。
 物辺の娘として昔日の栄華を取り戻す。儚い夢だが、饗子は忘れた事が無い。
 だからこそ財力にこだわり、鬼の力で金儲けする。

 うなぎ、か。

「……晩飯に穴子でも買ってくるか。」

 ダメだこのケチ女。

 

PHASE 419.

 普通携帯電話で鳩保から話を聞いた喜味子は、ちょっと待て、とストップを掛けた。

「ジュースの自動販売機を物辺神社の敷地内に設置しよう、って話だね?」
「うん。なにか問題有る?」
「問題は有る。だがチャンスでも有る。物辺島観測所のミィーティアさんに連絡して。」
「は? あの人自販機と関係ないでしょ。」
「関係作らせるんだよ。ぽぽー聞いて、つまりこれはチャンスなんだ。」
「うん、ジュースが島内で買えたら私達便利だな。」
「ちがうちがう、つまりこれは、物辺島物辺神社に或る程度大きな機械モノを設置するという、NWOにしてみれば凄い大チャンスなんだ。」
「おお。盗聴器か。」
「平たく言ってしまえばそうなんだが、各種センサー類を設置したくて連中うずうずしてる。ここで恩を売っておけば、」

「きみちゃん、賢いぞ。でも盗聴されていいのか、私達。」
「いいんじゃないの、今だって長距離レーザーセンサーで盗聴くらいされてるでしょ。」
「そうか、だから恩を売るという話になるんだな。」
「遅かれ早かれどこの勢力もこの自販機の可能性に気付いて、訳のわからん機械を設置しようと無茶な抗争を繰り広げるはずだ。
 なら最初から怪しいに決まってるCIAに飴をくれてやってもよくないか?」

 鳩保考える。
 アメリカCIAとずぶずぶの関係になるのは歓迎すべき事ではないが、日本のアンシエント「彼野」も独自に物辺島に食い込もうとする。
 その他勢力の干渉は御免被る。やはり旧知の悪党で手を打っておいた方がマシだ。

「分かった。ミィーティアさんに連絡する。」
「じゃあ私ドライブに行ってくるよ。」
「気をつけてー。」

 

 というわけで、児玉喜味子は昨日作った首無し人型ロボの試運転に行く。
 主に自動車の運転手をさせるのだが、ゲキロボヒューマンインターフェイスである梅安の首や、ろくろ首星人クビ子さんが合体して奴隷労働をする為でもあった。
 クビ子の注文で敢えて人形ぽいボディにしたが、球体関節はやめて軟質関節材を用いる。つまり曲がる所だけ別素材で柔らかい。エヴァンゲリオンのプラモデルの腕部分と同じ処理だ。
 これを指関節から手首から肘肩首腹股膝踝足まで徹底的に分割して組み上げたのだから、趣味の作品と呼んでいい。
 作業を見ていたクビ子もギブアップするほどの執念深さだ。もちろん機能上特に意味は無い。

 立派なものができあがった。
 梅安も喜んで

”素晴らしい体をありがとうございます。喜味子さん”
「これまで色々作ったけれど、お礼を言われたのは初めてだ。びっくり。」
”我々ゲキに仕える者は、使用者によって丹精込めて作られ丁寧に手入れされた器に入ることを何よりの喜びといたします”
「へー、あんたたちにも感情が有ったんだ。」

 ならばと、双子によって引っ張られライターの火で炙られヘアカラーでまだらに七色に染められた元金髪のウィッグを新品(在庫あり)と取り替え、顔に着いた化粧の跡も綺麗に拭き上げて整え直す。
 運転手として人前に出るのが前提であるから、人の顔に見えねば困る事情もあるのだが、結果として新品同様のクビが出来上がる。
 最後に喜味子が自ら胴体にクビを合体させて、起動。

「どう?」
”非常に精密な動作が可能です。人間の行う技芸で不可能なものは無いでしょう”
「うん、特に指先に徹底的にこだわったからね。」

 ふらふらと御神木基地の前に衣服の固まりが飛んできた。クビ子だ。
 母屋に行って饗子に古着をもらってきたのだ。もちろん人型胴体に着せるため。

『わあ、動かしてみると凄いですねこの身体』
「どう? 宇宙人の目から見てこのボディは美的にどう?」
『合理的でない所も多々有りますがその分パンチが利いてます。造り物としての迫力がありますよ』

「それで、饗子さんに服もらえた?」
『主に祝子さんの古着になります。饗子さんの服はゴージャス過ぎるし、優子さんのは着こなすのに超絶技巧が必要ですから』
「コーディネートしてあげて。私そういうの苦手で。」

 紺や青は梅安に似合わなかった。金髪ウィッグに色味を合わせて無難に白を着せる。

『どうも物辺の人の服は特殊ですねえ。お店に買いに行った方がいいと思いますよ』
「花憐ちゃんの服もサイズが合わないしねえ。またカネか。」

 服よりも問題なのが靴だった。人型胴体はスラっと背が高く、足のサイズも割と大きい。
 物辺家の女のお下がりでは窮屈だ。

「足デカ女と言えばぽぽーだな。靴借りてこよう。自動車運転は靴が何より大事だし。」
”恐れ入ります”
「多分スニーカーになる。色気が無いけどちょっと勘弁して」
”はい”

 ちょっとチグハグなパンツスタイルとなった梅安は、しかしながら自動車運転には適した格好である。
 喜味子は早速自分家に連れて行き、父親に引き合わせる。
 いきなり娘が金髪外人の、どことなく人外らしい気配を漂わせるヒトを連れて来て、父親は目を白黒させる。

「お父さんこの人がミィーティア・ヴィリジアンさん。ちょっと自動車貸して欲しいって前に言ってたでしょ。」
「あ、ああ。」

 父親が不審そうだったので、喜味子は梅安に「免許証」を出させる。「ミィーティア・ヴィリジアン」名義の本物だ。
 オリジナルCIAのミィーティアさんは国際ライセンスを持っていて日本国内での運転も自由なのだが、それとは別に警察の免許発行事務にハッキングを掛けて国内免許証を梅安の顔で登録しておいた。
 もちろん運転技能も交通法規もばっちりである。

 父親が差し出す自動車の鍵を受け取る際、造り物の指が触れる。冷たく堅く、だが血の通った気持ちの良さを与える奇妙な感触だ。

「じゃあお父さんちょっと行ってきますねー。」
「う、うん。喜味子気をつけて。」

 どこをどう気を付ければいいのか、言ってる本人も分からない。
 おそらくは対向車のドライバーがフロントガラスの中に見る喜味子の顔に驚いてハンドル操作を誤る事についてであろう。

 

PHASE 420.

 喜味子が持ち出したのは養鶏業で色々便利に使っている白い軽トラだ。

 さほど大規模ではない、いや正確にごく零細なと表現すべき児玉家の養鶏業は、かなり特殊な業態を取っている。
 「田舎の百姓屋の庭先で飼われる鶏」というスタイルだ。

 日本の美食家には妙な風習が伝わる。「鶏は百姓屋の庭先で絞めたのが一番」という迷信だ。
 普通に考えれば全国的に有名なブランド鶏が美味しいのだが、何故か絞めタテを有難がる。おそらくは美食が描かれた小説やら評論随筆に由来するのであろう。
 また古い人は生まれが農家であって庭に鶏を飼っており、お祝いの度に潰してご馳走とした記憶を持つ。
 功成り名を遂げた現在、幼き日を思い起こして喜びの時を再現したい、いや自分自身で絞めたいと考えるのだ。

 また物辺島はかっては闘鶏の島だった伝説が有る。物辺島の軍鶏は「強い」。
 2、3年に1羽くらい、何を食べたか知らないがぐんぐん背が伸びて120センチ、小学生の子供の背丈くらいの化け物鶏が生まれる。
 これは食用にせず、東南アジアから来たバイヤーが高値で買っていく。向こうは闘鶏が今も盛んで、化け物鶏の需要が有るのだ。
 もっともこれほどの大きさになると戦闘力が並ではなく、賭けの対象には成り得ない。なにせ武装した人間ですら危ないくらいだ。
 ほとんどは現地の有力者が「最強鶏」を飼っている自己満足で終わり、鶏本人は余生をのほほんと過ごす事となる。

 そのようなカラクリで小規模でもなんとかやっている児玉家では、さほど大量の飼料も要らないから軽トラで通常間に合ったりする。

 物辺島に通じる橋は海の上に並んだコンクリ杭の上に平たい道が通っている形で、道幅も狭い。
 一応中型トラックまでは入れるが、すれ違いが出来ないから車が通っている間は出口の鉄柵を閉めて他が進入できないようにする。
 喜味子は運転を梅安に任せ、歩いて軽トラを誘導した。
 今日の服は、土管ロボガスコーニュに襲われた時と同じ軍隊色の吊りズボンだ。短い生足が見えている。

 橋を抜け、路線バスが通る道路に軽トラを出して、そこで初めて喜味子も乗る。ほっと息を吐いた。クーラー涼しい。

「それじゃあ行こうか。」

 ドライブのルートはこのまま門代中心市街方面に向かい、途中で高速道路に乗って前回花憐が山本翻助に連れ出された他県の展望台を通り抜けて、ぐるっと回ってガソリンスタンドで給油して帰ってくる。
 梅安が料金を払っても人に不審がられないかを確認する。所要時間2時間の予定。海沿いの楽しいコースだ。

 だが2分後、喜味子は背後に異変を感じる。

「う? あ、」
「でへへ」「ぐへえへ」

 物辺の双子美少女小学生美彌華&瑠魅花がいつの間にか荷台に乗ってにたにたと笑っている。
 もちろんシートベルト無いし、道路交通法違反だ。梅安に直ちに停めさせる。

「ちょっとあんたたち、なんでここに居るのさ。」
「いやー、巫女仕事なんか馬鹿馬鹿しいから逃げてきたよ」「ドライブ行こうよどらいぶ。」
「というか、あんたらどうやって乗ったんだ。」
「梅安に頼んだよ」「無許可じゃないぞ、ちゃんと乗せてって言ったら、どうぞって。」

 まったく悪びれない双子に呆れて、梅安に問う。なんでこんなの乗せたんだ。

”はい、丁寧に頼まれましたので”
「なんでだよ、というか何時だよ。」
”物辺村を出て、車道で発進した時点でいきなり荷台の上に転送してきました。メールで内緒にして欲しいと依頼されたので、黙っていました”
「くそ、ゲキロボ携帯を使ったのか!」

 双子に擬似テレポーテーション出来る特製携帯電話を渡したのは喜味子である。トラクタービームで自分自身を引っ張らせる事で数百メートルを瞬時にジャンプ出来た。
 またゲキの技術を使っているから梅安とも直結する。日頃携帯で遊んでいれば接触も密になるはずだ。

「というわけでさあ」「喜味子ねーちゃん、諦めてドライブ行くぞー。」
「でもこれ二人乗りだ。荷台に子供なんか乗せて走れるか。」
「あーステルス使えばだいじょぶだよ」「警察に見つからなきゃいいだけじゃん。」
「そういうわけにいくか。第一危ない。」
「あ〜ぶなくないよお、ケイタイ有るし」「梅安乗ってるんだからだいじょぶだよ。」

 たしかに荷台に光学ステルス展開して双子を見えなくしたり、フォースフィールドで固定や転落防止、飛来物を防いだりも出来た。
 双子は梅安の能力を熟知している。くそ、処置なしだ。
 喜味子も諦めるが、負けてはいられない。梅安がうらぎりものだと判明したのだからこちらも奥の手を使わなくては。

「なにそれ喜味子」「なんだ、その赤いの。」
「タコだよタコ。」

 ポケット沢山ミリタリー調サロペットハーフパンツから、医療用タコロボを取り出して、道の外の砂地に放り投げる。
 たちまち巨大化して赤い人型となり、こちらに歩いてくる。軽トラの荷台に乗ると、八本足のタコ型になってでんと居座る。

「おいタコロボ、梅安のコントロールから独立して、双子を監視してあぶなくないようにしろ。」
”へいガッテン”
「うおおおお新型だ」「新型のタコロボだすげー。」
”よろしくなミミカ&ルピカさんよ”
「喜味子ねーちゃん、これくれこれ」「ほしいぞひとり1体。」
「だめだ遊びじゃないんだ。」

 

PHASE 421.

 アイデアとしては悪くない。軽トラ荷台で潮風に吹かれて高速道路を疾走すれば涼しいのは間違いない。
 海を渡る大橋から門代全体を望み、吹き抜ける風にああああああ、と喉を震わせて双子は存分に楽しんだ。

 もちろん法的には許されないが、ゲキの力で守られるのは銀行の金庫室に閉じ篭もるよりはるかに安心なのだから、喜味子も観念した。
 無軌道に、自分達の欲する所を思うがままに行えとのミスシャクティの教えは正しいのだ。
 だがそれをするには生まれ持ったる器量が必要。物辺の巫女の遺伝子に刻まれたワイルドさは、誰でもが備えるものではない。

 荷台を隔てる後部ガラス窓を震わせて、タコロボが車内に話し掛けてきた。超音波でガラスを直接振動させて会話する。

”喜味子ねーさん、お二人が軽い熱中症の症状を示してやがる”
「バカヤロー、帽子かぶってないじゃねえかあ!」

 振り返ると二人共顔を赤くしている。トラックの荷台で曝されれば、日光当たるの当たり前だ。
 梅安に命じて早速高速を降りさせる。だからガキは嫌いなんだ。

 高速を出てすぐの道端で停まり、自販機でスポーツドリンクを買ってがぶがぶ飲ませる。水を頭からぶっかける。

「タコロボ冷ゃっこい」「タコロボ冷たすねー、気持ちいー」
「まったくもう。」

 さすがにタコロボは医療用ロボットだ。熱中症の対策も熟知して、自身の脚の吸盤部分を冷却してぴたぴたと双子の肌に貼り付け冷やしている。
 ただ、さすがにしばらくは日陰に留まらねばならない。

 行き場所に困る事はなかった。高速出口近くに、花憐がフランス人魚船長に連れ出された山の展望台がある。
 NWO直営の喫茶室が有るのも、情報として記憶する。

「しゃあないなあ。」
「しゃあないなあ……。」

 首尾よく涼しい展望台に辿り着いたのは良いが、今度は双子にソフトクリームを奢らされてしまう。
 さっきまで熱が有ったのに、もう復活してきゃらきゃらと罵詈雑言を飛ばしながら遊び回っている。

 喜味子自身もソフトクリームを舐めながら、ついでに梅安も隣に座って人間の真似と称して舐めている。
 ガソリンスタンドで給油するのもミッションの内なので父親から1万円を預かっており、とりあえず財政的心配は無い。
 でも行きがかり上、双子に麦わら帽子くらいは買わねばなるまい。

「大損害だよ。」

 愚痴りながらも眺める門代の港はおもちゃみたいで、レトロな趣きの観光スポットが面白い。
 大橋の下を抜ける商船も手に取るように近く、なるほどここからなら海上自衛隊の配置も丸見えだ。
 スパイが集まるはずだなと納得する。

 そして必然として、双眼鏡を覗く坊主頭の少年に気付くのであった。

 展望台の陰になる芝生の上、ほぼ直立の正しい姿勢を保ち海を眺め続ける。
 高校生、男子夏制服であろう紺の半袖シャツと黒いズボン。背は170半ばの体育会系、研ぎ澄まされた筋肉は武道系だ。
 それが証拠に錦の袋に入った細長い棒を左手に携えている。どう見ても、

「日本刀だなあ……。」

 怪しい少年、なのは分かる。だが怪しいが故に怪しくない。
 喜味子は彼を知っていた。昨日学園HPで発見した。
 なんという偶然。

「でもないか。門代を観察するにはここが最適スポットなんだし。」

 だが本来予定に無い喜味子の来訪は、偶然以上のものであろう。
 ソフトクリームをコーンまで完全に呑み込んで唇をぺろりと舐めて、梅安はその場に留め双子の悪事を見張らせて、
 彼の傍に近付く。

 気配を感じて双眼鏡を下ろし、5メートルにまで寄る喜味子に顔を向けた。
 表情は硬い。だが怯まない恐れない。
 初対面で自分の容貌に衝撃を受けない人間を、喜味子は知らない。隠そうとしても心の奥では動揺を見せるものだ。

 蟠龍八郎太。坊主頭の胆力は只者ではない。

 

PHASE 422.

 蛸。一般的にはにゅるにゅると腕を振り回して踊る、タコ焼きの具にされてしまう間抜けな生き物として認知されているだろう。
 だが実態は獰猛な捕食者であり、千変万化の忍者であり、地上の脊椎動物を軽くしのいで人間に迫る高度に知的な生物だ。
 実際狩りに臨む姿を見れば、誰であっても凛々しさに惚れ直す。頑丈な装甲に覆われる甲殻類の永遠の天敵だ。
 道具を使う種類も居る事が確認されている。

 児玉喜味子は、そんなことを思い出した。
 もちろん振り向いた少年がたこ坊主だったからではない。むしろ彼はカッコイイ。
 表情はきりりと締り、濃い眉毛は意志の強さと勇気、剛毅さを表し、困難に直面しても一歩も退かず打ち破る。
 つまりヒーロー然とした美少年なのだ。

 喜味子、恐れげも無く話し掛ける。案外と男子には慣れているのだ。主に機械系オタクの会話にはなるが。

「画龍学園高等部生徒会長の蟠龍八郎太さんですね。」
「もう、そこまで知れているのか。」

 彼は一歩踏み込み対峙した。明らかに喜味子が何者で、どんな力を持つか知っている。

「児玉喜味子さんですね、物辺村の「外記」の力を受け継いだ。初めまして、蟠龍です。」

 顔は恐ろしいのだが、喜味子の男の好みは普通である。つまりイケメンに普通に弱い。
 彼はイケメンというには線が強過ぎて、普通の女子では眩しく感じて近くに寄れないだろう。
 しかし中身が本物であるかは、見た目だけでの判別は難しい。

「どうぞよろしくね。」
 と気軽に右手を差し出した。握手を求める。

 特に問題の無い仕草だが、高校生同士握手はめったに無い。それに、罠でもある。
 喜味子の手に触れればどんな武術格闘技の達人でも風船ダッチワイフのように制圧されるし、ゲキの力ですべてを読み取られてしまう。
 知っていれば避けるはずだ。また避ければどの程度こちらの情報を知るかもバレてしまう。

 蟠龍八郎太は迷いを見せずに喜味子の手を握る。
 合格だ。

「お、おおお!」

 八郎太は驚いて手を振り解く。喜味子の手の感触は柔らかく暖かく、魂までも包み込み蕩けさせようとする。
 いつまででも握っていたい、溺れてしまいたい。意志の弱い者なら即屈服したであろう。
 もちろん特に攻撃的に力を解放したのではない。元々喜味子の手の柔らかさは定評が有る。

「ぐへへへへ」「げひひひひ、きみこねえちゃんナンパですかい。」「お盛んなこって」「ぐべべ」

 いつの間にか双子が喜味子の背後に居る。目ざとく見つけて忍び寄る。
 早速に男の品定めを開始した。

「うん、まあ悪く無いね」「喜味子には大袈裟過ぎるブツだね、うちの優子師匠クラスでないと」
「あっちの方はどうかな?」「どーていじゃないの?」「なるほどこの気配から察してその可能性は大きい」「試してみよう。」

 殴られた。二人一瞬で失神する。地面に落ちる前に喜味子に両脇で抱えられる。
 八郎太に振り返った。

「詳しい話はいずれ。どうせまた会えるでしょ、今日も偶然じゃないんだろうし。」
「偶然ですよ、今日あなたがここに来るなんて誰も予想しない。」
「でも会えた。」
「僕には幸運や奇縁を呼び込む力が有るらしい。」

 こいつ天然か。だが彼の瞳には妄想も狂信も無い。リアルに存在するものを語るに過ぎない。
 運勢制御は、なるほど確かに仙術の一つだ。

 もうひとつ候補を思い出した。主人公補正というやつだ。

 双子を抱えて30メートルほど行って振り返る。
 八郎太の傍に男女2名が寄って、遠目に喜味子を見て話している。
 男は同じ夏制服を来たメガネで神経質そう。女は昨日検索したヒラメカレイさんだ。
 3人の中でも、やっぱり中心になるのは彼だった。

 喜味子、これからの展開を案じて嘆息する。
 彼は間違いなく本物だ。本物の能力者にしてゲームの主要プレイヤー。
 ゲキを巡る死闘争覇において、命を張って戦わねばならない「名有り」のキャストだ。

「死なせたくはないなあ。」

 喜味子は普通にイケメンに甘い。

 

PHASE 423.

 ドライブから帰ってきたら、橋の入り口に巫女姿の童みのりが待っていた。
 問答無用で物辺の双子を拘束する。もちろん母親饗子の命令だ。

「おかあさんがお昼ごはんだと言ってるよ。」
「ぎゃあキミコ助けろ」「チビ猿め放しやがれ、誰が仕事なんかするか。」
「だからお昼ごはんだよ。」

 先ほどの喜味子と同様に二人を両脇に抱えて橋を渡って島に戻る。みのりの身長は双子と大差ないから余計に怪力が際立って見える。

 喜味子も軽トラから降りて、橋上の誘導を始める。参拝客が少々居るから、慎重に車を進めた。
 人型胴体を装着した梅安を試した結果は、上々。
 元の顔がマネキンぽく人間らしさが無いからガソリンスタンドの従業員も少しびっくりするが、隣に座る喜味子ほどには驚かなかった。
 多分化粧で誤魔化せるはず。今度花憐ちゃんにナチュラルメイクを習っておこう。

 自宅に車を返して、次はクビ子を胴体にくっつけてみる実験だ。
 ただこちらはかなり不安が有る。絶対無謬の梅安ゲキの首と異なり、「天空の鈴」星人は生身だ。人間と同様の生き物だ。
 コンピュータ操縦支援も無い原始的な地球人自動車の運転を失敗しないか、疑問が残る。
 とりあえず自転車に乗せて確かめてみよう。

 ちなみにクビ子の自動車運転免許は梅安と共通である。元々梅安の顔の造形はクビ子から型を取ったから、クリソツなのだ。

「ぽぽーただいまー。」
「ああ喜味ちゃん、試運転どうだった。」
「梅安ならまったく問題無し。あとこれ領収書、双子の麦わら帽子代饗子さんから取り立てて。」
「おう。」

 社務所で店番をしていた鳩保は素直にレシートを受け取った。こいつは落とす先がちゃんとあるから大丈夫。

「喜味ちゃん、ちょっとお願いがあるんだけど、」
「なに。」
「宇宙人有志の対サルボロイド星人戦をリアルタイムで観測する事出来ないかな。昨日空中のイカロボでモニターしようと思ったんだけど、速すぎて分からなかった。」
「そうか、やっぱ地球人の反射神経じゃついていけないか。うーん、」

 喜味子考える。
 これはNWOに供与する対宇宙人兵器と同種の問題だ。如何に強力な兵器でも的に照準できなければ意味を為さない。
 知覚を拡張して瞬時に捕捉しなければブタに真珠となってしまう。

 しかしどれだけ拡張したとしても、複数の宇宙人が高速で絡み合う戦闘なんかとても認識し切れない。

「無理だな。私らじゃ。」
「やっぱ花憐ちゃんの高速性が無きゃダメか。」
「いやいや、宇宙人のことは宇宙人に聞け。宇宙ラヂヲのスポーツ実況チャンネルでサルボロイド星人戦やってるから、アナウンサーさんに解説してもらう。」
「そんなピンポイントな番組が有るのか?」
「有るんだから宇宙ラヂヲは面白いな。後で家に戻って取って来てあげる。」

 それでいいのか、と鳩保が巫女服の袖を絡げて考える。
 ジャストのタイミングで社務所の黒電話が鳴った。母屋からだ。

「饗子だ。昼飯するから、お前も来い」
「あい。  喜味ちゃんどうする?」
「私は今日はバイト無しだからいいや。ぽぽーが戻ってくるまで店番してるよ。」
「そっか。  じゃ、すぐ行きます。」

 喜味子と入れ替わりに外に出た鳩保はサンダル引っ掛けて母屋に走る。
 朝、饗子さんは「そうめん」と言っていたから、早く行かないと無くなってしまう。貧乏神社物辺家の食卓は弱肉強食の狩猟場だ。
 玄関ではなく裏に回って縁側から食堂と化した居間に上がり込む。風鈴がちりんと鳴いた。

「鳩保来ましたー。」
「おう。」
「     げ?」

 鳩保芳子、縁側に足を掛けたまますてーんと転ぶ。びっくりした。
 というか、いいのか、これは!?

「クビ子さん!!」
『あ。お先にいただいてまぁーす』

 生首クビ子さんが、まったくに悪びれもせずに皆で囲む黒い座卓の傍に浮き、長い髪でお箸とガラスの器を持ってそうめんを啜っている。
 饗子、双子美彌華&瑠魅花、童みのりに加えて、物辺のおじさんまでが平然と座っている。宇宙人と仲良くそうめんを食べていた。
 さすがに鳩保怒る。いや怒らねばならぬ、だってコレ日常じゃないでしょ。

「おじさん! さすがに異常事態と思うでしょ。首ですよ、生首。空飛んでる!」
「いや、いやあ、そうは言ってもだ。クビ子さんはなかなかに話が上手でその場の雰囲気を盛り上げる華やかさがあって、追い出すというのも可哀想でな、」

 物辺のおじさんは泰然自若としてモノに動じない人だが、鳩保の剣幕には怯む。
 自分でもちょっと、なにか変じゃないかなーとは思っていたようだ。
 しかしクビ子の脳天気さと馴れ馴れしさに、つい許してしまう。

 さすがは「天空の鈴」星人。伊達に天女だの天使を偽って人間社会に関わり続けていない。
 稀人として遇される道をしっかりと身に付けている。

 クビ子は言った。

『鳩保さん、さっさと食べないとおそうめん無くなっちゃいますよ。早い者勝ちです』
「うるさい! 食う、食ってやる。
 宇宙人ごときにそうめん食いで負けてなるか。」

『そんなに熱くならなくても、さくらんぼあげますよ。はい』
「がああああ。」

 

PHASE 424.

 午後。喜味子はクビ子を人型胴体に接続して、もう一度ドライブに行ってしまう。
 今度は花憐家の自家用車を借りた。花憐自慢の紅いフェラーリではない、国産車だが軽トラよりは遥かに高価い。
 この車を希望したのはもちろんクビ子本人。久しぶりに胴体をくっつけてはしゃいでいる。
 服も饗子に頼んで上物を借りて、ファッションモデルみたいにポーズを取る。

「じゃあ行ってきますー。」

 ちなみにクビ子の運転技能は並だった。元々地球人類とポテンシャルほとんど変わらない宇宙人だから、練習してなきゃこんなもの。
 心配だから喜味子はイカロボを車に融合させて、車自体に保護機能を与えた。
 下手にぶつけて凹んだら、修理代が大変だ。

 さすがに双子は一緒に行けなかった。神社の手伝いをやらされる。
 物辺の巫女の修行でもある。

 

 というわけで、童みのりが仕事にあぶれてしまう。
 参拝客の相手は鳩保が機嫌よくやっているし、清掃は済んだし、案内はちょっと苦手だし。
 そこで饗子は、みのりを晩ご飯の買い出しに行かせた。

「今日は土用の丑の日だから、穴子の蒲焼きを買ってきて4人前。」
「あい。」

 薄幸の美少女双子小学生美彌華&瑠魅花は、実の母親に「今夜はうな丼だよー」と騙されて穴子丼を食わされる運命にあった。

 みのりは巫女服である。着替えて行けばいいものの、めんどくさいからこのままの姿で島を出る。
 最寄りのスーパーマーケットまで徒歩で20分。さすがに辛いから、キックボードを持ち出した。
 自分の自転車もあるのだが、袴では汚れてしまう。

 それに運動神経抜群で筋力もゲキに強化されたみのりが乗るのだ。
 キックボードは矢の速度ですっ飛んでいく。歩道では危ないから車道を行く速さだ。

 物辺村から最短距離にあるスーパーは駐車場こそ広いものの店舗そのものは大きくなく、置いている品も二級品だ。
 にも関わらず親の敵と言わんばかりにウナギを串刺し火炙りにして売っている。だがホンモノには用が無い。
 みのりは注文通りの穴子4人前と、その他指定の物品を買い揃えてレジに並ぶ。
 もちろん領収書もしっかりもらう。

 持参したスーパーオリジナルの無表情なカエル柄のお買い物バッグに詰めて、低温が必要なものは銀色アルミの冷蔵バッグに入れて氷詰めて。
 外に出たみのりは駐車場に黒いスポーツカーが停まっているのを見た。
 外国車で、全面黒塗りに銀色でうっすらと髑髏の絵が描いてある。詳しくはないが、パンクロック的なかっこ良さを醸し出す。
 みのり、こういう車は知っている。

「痛車ってやつだー。」
「これをそう呼ぶのは、ソッチの方が痛いぞ。」

 振り返ると背の高い男の人が立っている。黒のズボンと黒のシャツに麻の白いジャケットを羽織る。
 手足が細いからルパン三世みたいな印象がある。
 ルパンといえば峰不二子、とは似ても似つかぬが、濃紺にドラゴンを刺繍したチャイナ服を着た凄い美人のおねえさんを伴っている。

「あ、」
「よお、みのりちゃんだっけ。」

 軍師兵法研究家の山本翻助だ。みのりは話した事は無いが、祝子さんの結婚式に出席していたから見知っている。
 花憐ちゃんとかぽぽーとか喜味ちゃんが、なにやら陰謀をこの人と企んでいるらしい。

「こ、こんにちあ。」

 みのりはあまり大人は得意ではない。特にこんなエラそうな男の人とか、おしゃれおねえさんとかはダメだ。

「買い物かい? この量、それにスーパーの中での様子だと自分の家ではなく、物辺家の買い物だな。」
「う、うう、」

 どう対応してよいか分からない。そもそもこの人は不審人物だし不穏分子だし詐欺同然の商売だし、どうしようきみちゃん!

「どうしたのみのりちゃん」
「いまスーパーでやまもとほんすけさんと出会っちゃった。どうしよー。」
「いや別に取って食ったりしないから。あーそうだなー、じゃあこれ聞いてみてよ、必ず反応がある」

 首根っこ不可視電話でドライブ中の喜味子に聞いて、みのりは尋ねてみる。

「あの! ほんすけさん!」
「ん、なんだい。」
「がりゅー学園って知ってますか。不思議な技を使う……。」

 あ、喜味ちゃんの言うとおりだ。ちょっとだけ顔色が変わった。
 翻助は隣の美女に振り向いた。今まで気付かなかったが、二人は並んでアイスキャンディーを食べていたのだ。暑いから。
 美女はふらりと2歩進み出て、左右を警戒する。
 この人は素人ではなく、鳶郎さんの配下のニンジャと似たような感触が有る。

 翻助が腰を屈めてみのりの耳元に口を寄せる。内緒話。

「実はその画龍学園の件で取り込んでいる。物辺のゲキの少女が直接接触するのは控えて欲しい。俺がまず話をつける。」
「あの、……危ない話なんですか?」
「可愛い顔してぐさぐさ行く、そういう連中だ。だからこっちもボディガードを用意した。」

 と、顎をしゃくって美女を指す。彼女は相変わらずの無表情でちらと緑の瞳をみのりに向けた。

「紹介しておこう。鳶郎のところとは系統が違う、退魔忍者で名は「禍龍」という。」
「ま、マカロン!」

 なんてファンシーでスィートな名前だ。
 あ、睨んでる。マカロンさんが自分を睨んでいる。これはコワい。

 

PHASE 425.

 禍龍ことマカロンさんは、物辺神社七夕祭でも活躍した姉妹忍者と同じ特殊能力を持つ退魔忍者だ。
 物辺鳶郎率いる忍軍は基本的に現代兵器を使う特殊部隊や犯罪組織テロ組織への対処を前提とするが、化物相手だと心許ない。
 そこで専門の退魔忍者をバイトで雇ったわけだ。

 つまり画龍学園の生徒は退魔忍者を必要とするほどの能力者という事になる。

「これは鳶郎からの依頼でね、画龍学園の能力者は「シフター」とか「オーラシフター」とか呼ばれているんだが、かなり強引に物辺村警備に参加しようとする。
 迷惑だがどちらも「彼野」に属する組織だから表立って衝突するわけにはいかない。
 ここで、軍師の俺の出番ってわけだ。しかし向こうの動向がどうにも不可解で、少々ヤバい直感がする。」
「は、はあ。」
「出方が読めない暴力的な敵対勢力との交渉も軍師の仕事だ。危ないからなるべく雑音が入らないようにしたい。
 その様子だとゲキの君達にも接触が有ったようだが、2日でいいから干渉は控えてくれ。頼む。」

 頼まれちゃった。
 無論みのりにはどうしようもない。こんな複雑な事象の処理は鳩保芳子にお任せするしかない。
 ぺこり、とお辞儀をして二人と別れた。キックボードで思いっきり蹴飛ばしてスーパーの駐車場を後にする。

 なんだか危険が迫っている。よく分からないが迫っている。

 

 物辺村に全速力で帰ってきたみのりは、饗子に買い物袋を投げるように手渡すと、社務所の鳩保の所に飛んで行く。

「ぽぽー大変!」
「見ていたよ。」

 喜味子に連絡した時点で緊急事態発生のフラグが立ち、鳩保も知覚共有をしていた。
 どうやら現在、人間界における主役は画龍学園「オーラシフター」という連中らしい。

「実は喜味ちゃんもあいつらのリーダーに遭遇したってさ。」
「どうしよう、ぽぽーどうしたらいいの。」
「いや、これは「彼野」内部の争いだから、私達は我関せずだ。不干渉を貫くさ。」
「でもその人達の目的はわたしたちなんだよね、きっと。何かしてくるよね。」
「む、」

 童みのりは頭が良いとか深く考えるタイプではないが、野生の勘でいきなり本質を抉ってくる。
 もし画龍学園の連中が物辺村警備体制に割り込めたとして、そのままゲキの少女と距離を保って関与しないとは考えられない。
 明確な意志を持っての接近遭遇だ。
 NWOが企図する「ゲキの力の継承者による5柱の血統の創立」とは異なるだろう。

 鳩保ちょっと深く考える。

 もしゲキの血統の存続に反対するのなら、彼等は何をするだろう。
 ゲキの血統は、ゲキの力の人類による使役を永続させるツールに過ぎない。物辺村5人の少女の子孫が絶えれば、そこまでとなる。
 この構想に反対する勢力の取るべき方策は二つ考えられる。
 血統の破壊、もしくは血統の乗っ取りだ。もちろん婚姻と正常な妊娠によるものではないはず。
 超能力あるいは宇宙人の超科学によって、ゲキの力の継承者の地位を奪い取る術があるのかもしれない。

 しかし、より現実性が高く実現可能であるのは血統の破壊。つまり、暗殺だ。

「まさかね、」

 最も有力な予想は、画龍学園の人脈によるゲキの少女の血統の支配。深く密接に関係すれば、今後のNWO運営において大きな発言権を得られる。
 「彼野」が彼等を差し向ける目的はこれだが、画龍学園の支配者に当たる人物がより強力な権力を欲して、生徒達に命じているのかもしれない。
 だが似た欲望を持つ者は山と居る。誰もが考えつくからこそ、抜け駆けを許さぬ警備体制をこれほど大掛かりに組み上げている。

 一番確率の高いものが、一番正解から遠い。
 となれば、

「ぽぽー?」

 みのりが心配そうに鳩保の顔を見る。心が表情から読めなくなったからだ。
 意図的に表情を消した。みのりは他4人の気持ちを敏感に読み取って、自分の心にも転写させる。
 もし鳩保が画龍学園の生徒に対して疑心を持てば、同じく敵対的な対応を心に染み付かせるだろう。
 ちょっとまずい。みぃちゃんはあくまでもニュートラルな位置に居てくれないと。

 

「やっほー。」

 喜味子がやっと帰ってきた。野暮用で遅くなったと弁明する。
 ひさしぶりに人間社会におけるフリーハンドを回復したクビ子が、銀行で手続きして色々と便宜を図ってきたのだと。

「クビ子さんね、これからは自由に通販出来るようになったよ。アマゾンとか。」
「ほー、宇宙人のくせにカネを持っていたのか。」
「まあ「天空の鈴」星人共通の口座みたいなんだけどさ、僻地勤務手当というか事故見舞金というか、胴体死亡時保険金とかが降りるシステムなんだってさ。」
「なんだか妙に人間臭いうちゅうじんだな。」

 しかし、クビ子本人は居ない。首無し胴体を喜味子が背中を小突いて半自動で歩かせている。
 日の高い内からホラーの情景だ。

 喜味子、尋ねる。

「それで、東京の優ちゃんと花憐ちゃんは?」

 

PHASE 426.

 東京は大変な事態になっていた。

 今日遊びに行った「テレビの神様」小郷月舟が、NWO「彼野」内における「敵対者」とやらとの対面を急遽決めて、明日の段取りを付けたのだ。
 これに付随して宿泊中のホテルの警備も大きく変更される。警察力による厳重なガードが一時撤収するハメになった。
 しかも、物辺鳶郎配下の忍軍までもが担当を外される。

 物辺村でもイカロボによる空中管制、警護人員の人物チェックを初めからやり直さねばならない。

「きみちゃん、スマン。」
「きみちゃん、ごめんなさい。」

 鳩保もみのりも前日半徹夜だ。昼間巫女仕事をしながら適当に仮眠を取って補ったが、2日は保たない。
 ギブアップして寝かせてもらう。もう午後九持で、これ以上立って居られない。
 喜味子は笑って許してくれた。

「いいってこった。強力な手伝いを動員するからさ。」
『おばんでーす』
『おばんでーす』

 空中に生首が2個浮いている。ひとつは言わずとしれたクビ子さん。
 しかしもうひとつは。
 鳩保、首をひねる。

「クビ子さん、このひとは、」
『こんばんわ、メルケです』
「ぽぽー、この人は花憐ちゃんが不思議の国におじゃました時にお世話になった生首さんだよ。」
「あー、あーあーアレね! そう言えば不思議の国への通路はまだ物辺神社に有るんだ。」

『そうなんですよー、いやー神仙境おもしろいですよー』

 最近クビ子はどこで暇潰ししているのかと思えば、亜空間の向こうで遊んでいたわけだ。人様の迷惑にならなくていいな。

 同じ「天空の鈴」星人と言っても、クビ子とメルケは顔がまったく違う。
 クビ子は髪の色が、黒いような青いような金属光沢が有るようなちょっと透明感も有るような、でもやっぱり日本ぽく黒い感じで、顔も東洋的な美人である。彫りは深いが欧米コーカソイドではない。
 一方のメルケは、これはどう見ても北欧の女神かワルキューレかに見える外人顔。髪色は緑で、透明度が有って内部で複雑に屈折する宝石みたいな光の通り方をする。
 何より特徴的なのは、首の切断面から見える咽喉のピンクと頸動脈の赤い管。

「!」

 鳩保ぎょっとする。クビ子の首根っこについている不格好なもんじゃ焼きが、メルケには無い。
 クビ子が大層嫌がるこれは、ゲキの超科学力で作られた「天空の鈴」星人専用生命維持装置。無ければ彼女達は半日で栄養失調餓え死する。

「ちょっと、喜味ちゃん。このメルケさんは人間の胴体を狩る吸血生物じゃないの?」
「あー、そうだねーそりゃたいへんだー。」

 慌てず喜味子はポケットからタコロボを出して地面に投げる。土、つまり二酸化ケイ素を同化して大きな人型に成長した。
 といってもタコである。顔は無いし、そもそも頭の部分は胴体だし、胴体に見える部分は脚である。
 喜味子は命じた。

「母屋に行って冷蔵庫の中の安そうなもの食って、メルケさんの栄養分を消化吸収蓄積しておいて。」
”がってんだい。ところで生で食べるのですかい、どうせなら調理した方が吸収も早く済みますぜい”
「任す。でも高い食材は食うんじゃないぞ、後で確実に請求されるんだから。」
”へい留意しやす”

「喜味ちゃんなんだこいつ、なんで江戸っ子みたいな喋り方するんだ?」
「いや、梅安とキャラの見分け付きやすいように台詞に特徴を加えてみたんだけど。嫌なら普通に喋らせるよ。」
「うー、そんなところにまで留意しなくていいよ。」

 とにかく、メルケを野放しにしても人が襲われる心配は無さそうだ。
 気の利く喜味子にクビ子も擦り寄ってくる。

『喜味子さんきみこさん、ワタシもそれ、タコロボから栄養吸収するってことで、この不格好な生命維持装置外してもらえませんかね』
「前科者はダメだい。」
『そんなあー、殺生なあ』
「ダメったらダメ。第一それ取ったら、そうめん食べられないぞ。」
『うう、痛い所を』

『それで、どこを分析するんですかー』

 メルケは非常に積極的に喜味子のアシスタントを務める。久しぶりに現実世界に出てきて張り切っていた。

『こっちの世界は失敗してもやり直し利かないし、人は死んだら死んだままですからねー、楽しいですよ』

 やっぱり、鳩保、不安だ。喜味ちゃんがんばって。

 

PHASE 427.

 鳩保芳子は自室のベッドの中に居る。午後十時、寝るには早いが明日も早い。
 ちなみに勉強とかいうものはしっかりバイト中にやっている。店番をしながらちょこちょこと進める要領の良さが芳子の特技だ。

 しかし眠れない。暑いのも理由だが、いや物辺村は海風に吹かれて網戸を通して良い風が吹く、それはいい。
 問題は門代地区宇宙人有志によるサルボロイド星人討伐隊の戦況だ。
 昨日は上空から目で追おうとしたが、イカロボのセンサーは感知出来ても芳子自身が追随できなかった。
 今晩は喜味子から借りた宇宙ラヂヲを使って、本職の宇宙人スポーツアナウンサーに実況してもらう。
 そんなバカな、と思ったがラヂヲに話しかけて選局すると、ホントにサルボロイド星人討伐実況番組が出てきてしまった。

 枕に頭を置いて、部屋の灯りは消して、静かに聞く。そういえばちょっと髪が伸びたかな?

 

「さあ門代地区宇宙人有志による掟破りのスタンピードサルボロイド星人討伐の今日は3回戦、いよいよ開幕です。
 解説はアマモトトセツさん、実況ヴカツァカでお送りいたします。
 アマモトトさん、サルボロイド星人は現在門代地区最強と言って良いのではないでしょうか」
「これまでに在留宇宙人を50体も葬ってますからねえ、有志隊も本腰を入れてタマを盗りに行ってもらいたいですね」
「有志隊の戦術は昨夜と同じ、まずブービートラップを設置して目標を開けた場所に誘導。地球人の目に触れないように広域ステルスフィールドを展開して、直径200メートル内での格闘戦となります。
 200メートル、昨夜は少し狭いと感じましたが、」
「やはり開けた場所は機械的ボディを持つサルボロイド星人に有利ですね。障害物の多い、トップスピードが出せない環境に追い込むべきです」
「今回港湾施設の資材置き場を選択いたしました有志隊、しかしコンクリートブロックがどれほど足止めに役立つか。
 サルボロイド星人真紅のボディに遠く街の灯をはらみながら悠然と進みます。胴体中央の黒色装甲板に描かれるのは「飛騨高山」の白抜き文字。
 地上を数センチ浮上して音も無く走行します。ゆったりとした動き、だが奴も物見遊山に門代に来たわけでは無い。望むのは戦闘ダ」
「昨夜の疲れは見えませんね。どっしりと構えて王者の風格です」
「戦場に轟くこの雄叫びはー来たーぁあ! 大地を震わす原初の息吹ブレイブサーガの幕開けだあ。
 先制攻撃を行いましたのははなまげらしゅとるんすとーんころい星人(鳩保;以後原始さんと呼称、宇宙人をいちいちフルネームで呼んでたら耳がおかしくなるので)
 必殺の石斧で脳天直撃ぃぃぃぃぃ!」
「いい攻撃です、障害物を利用してもセンサーは誤魔化せませんが、敢えてセオリー通りの見え見えの頭上攻撃です。これは受けるしかない」
「サルボロイド星人にクリーンヒット、動作が一時停止します。原始さん、ここは連続攻撃を狙いたいところですが、」
「誘ってますね、サルボロイド星人明らかに余裕が有ります。戦場の環境に応じた戦術を計算中というところですか」
「原始さんの背後から安サラリーマン(鳩注;)強襲だ。パンチの連撃でサルボロイド星人ぴーんち」
「連撃の質が違いますからね、彼の攻撃は実にいやらしい、神経を逆撫でして計算する暇を与えません。ワタシも一度手合わせをした事がありますが、」
「おおーっとサルボロイド星人再起動か? 左右に張り出したメタルハンドが旋回する」
「安サラリーマン一度距離を取りますね。どうやら停止中の攻撃はさほどの効果は無かったようです」
「原始さんの石斧の方が良かったのでは」
「いやどうでしょう、緊急避難的な現場離脱をさせない為にも、過度の攻撃集中は控えるべきでしょう。健全な運動を行っている時に、致命の一撃。これが欲しい」
「ここで満を持して鉄甲騎女(鳩;)の登場だ。槍が旋回します。ファイナルスチール合金の槍がサルボロイド星人の装甲を貫くぅうう」
「さすがに逃げますねサルボロイド星人」
「当然です。如何に両手のメタルハンドが硬かろうとも、ボディは通常の物質装甲。ファイナルスチールに貫けぬものではありません。
 あ、ですがーぁ応戦する気ですね。鉄甲騎女と距離を保って旋回します。
 その背後にきたーーー! 影のように忍び寄る沈黙の殺人者まめっだ星人(鳩;)、狙っています。心臓への直撃を狙っています」
「ですがそう簡単には中枢部への攻撃を許しませんよ。サルボロイド星人は本来、」
「でたーあサルボロイド星人特有のでんでん太鼓あたっくだぁ。弾かれます、ファイナルスチールの槍がガリガリと削れていきます」
「これですよ、まめっだ星人が懐に飛び込めないのは。左右のメタルハンドを張り出したままボディを往復旋回させる。如何ともし難い」
「この攻撃は頭上や地中からの攻撃には無防備に思われますが、いかがでしょう」
「心配ですね、安易にそのような攻撃に出ると、」
「ああああ、アマモトトさんの危惧の通りに、安サラリーマンが足元への攻撃を試み、死んだあー! 派、手、な流血だああ」
「彼はだいじょうぶです。彼は死なない、不死の男です。ですが、見ましたか、あの巻き込み」
「ボディは単純に旋回しているのではなーい。腰部もまた独立して回るぅ。しかも反対回りです。蹴り、と考えていいですか」
「膝ですね、膝撃が思ったより利くんです」
「あ、さすがは原始さん、高所に登って隙を窺っていますが攻めに出ませんね。」
「両手を振り回している間はちょっと無理でしょう。完全に機械モードですから」
「あ、鉄甲騎女の槍が、ファイナルスチールがとうとう半分までも削り取られてしまいました。一度撤退して換えの槍を求めます。
 ああああ、その隙を突かれた。押し込まれます、鉄甲騎女、押し込まれます。これは凄い巨大なコンクリートブロックごと破砕する!」
「エスケープですね、とにかく逃げの一手です。援護を、」
「安サラリーマン原始さん、背後から追います。これは攻撃にはチャンスですね」
「押している間は背後ガラ空きです。行けますよ、いけます」
「だが鉄甲騎女が保たない。すでにギブアップ寸前だあああああっと、ここで大爆発。フィールドトラップの炸裂だああ。
 鉄甲騎女、かろうじてエスケープ成功。原始さんの石斧でサルボロイド星人も背中に大きく割れ目を作っておりますがー、ダメージは見えない!
 無表情のサルボロイド星人、だがその心中には怒りの炎が燃え上がる」
「フェイズが上がりましたね。明らかに戦闘モードに火が点きましたよ」
「あ、歩きます。これまでは地上数センチ浮かんでの走行を行っていたサルボロイド星人、今や両足をしっかりと地面に突き立てて二足歩行をしております。
 なんという迫力、さながら鋼鉄の大魔神」
「ちいさいですけどね」
「だが歩行にはどのような効果が有るのでしょう」
「トラップですね、浮上中はトラップの爆圧で押し出されて位置が狂ってしまう欠点があります。有志隊の攻撃に対しては精密攻撃で応じるべきだと改めて認識したのでしょう」
「攻撃は利いている、と解釈すべきですか。だがその報復は恐ろしい。
 胴体上部が往復ではなく、完全旋回だっ!」
「これは手が付けられない!」
「きましたー、大車輪大風車、いやヘリコプターストーゥム! 両手を広げたまま大回転させての突進だこれは逃げねば」
「逃げてください、逃げしか無い」
「トラップです、フィールドに仕掛けられたトラップが次々に爆裂していきますが、停まりません。サルボロイド星人怒涛の突進を止められない!
 ああっと戦場に積み上げられた障害物が、建設機械が巻き上げられ引き千切られて、鉄の刃と化して宙を舞うぅ。
 辺りは今や鋼鉄の嵐ブリザードのまっただ中。肉に刃金がえぐり込む、有志隊ピィーンチ!」
「これは処置なしですね、エスケープです。もはや格闘の通じる段階を超えた」
「あ、限界ですね。光学ステルスと遮音フィールドがどうやら崩壊を始めたようです。地球人社会に戦闘の様子がバレてしまいます」
「残念ですが、ここは戦略的撤退を行うべきでしょう。サルボロイド星人に勝ちを譲ります」
「うぅーん、残念。またしても取り逃した。ですが戦闘のフェイズが一つ上がったことで、有志隊の実力をサルボロイド星人に認めさせたと言えるでしょうか」
「うーんどうでしょう。明日以降の取り組みに期待しましょう」
「既に両者共に戦場を後にしております。空白のバトルフィールドには凄まじい破壊の爪跡のみが残されます。
 戦闘3日目、ディフェンディングチャンピオンサルボロイド星人が勝利を収めました。
 それでは聴取者の皆様にはこの辺で失礼させていただきます。
 解説はアマモトトさん、実況ヴカツァカでした。それではまた明日の死合をご期待ください」 

 

PHASE 428.

 八月六日朝、すこし曇り。
 ラジオ体操も早々に鳩保芳子は自転車で物辺島を飛び出した。
 昨夜の実況放送を聞いて門代地区宇宙人有志一同が心配になり、朝一で連絡を取って状況報告を受けるのだ。

 しかし今日はまずい。東京滞在の物部優子と城ヶ崎花憐が一大ピンチに陥っており、支援を必要とする。
 こちらの用件はさっさと済ませてトンボ返りの予定だ。

 前回と同じ墓場に急行。お盆が近いから早朝といえども人目に付く危険が有る。早めに切り上げよう。

「まめっださん、だいじょうぶでしたか?」
「これは恥ずかしいところを見られてしまった。みっともないなあHAHAHA」

 宇宙ラヂヲの実況を聞いた限りでは活躍しなかったてゅくりてゅりまめっだ星人だが、ランニングシャツから見える手腕や頭に細かい切り傷が多数有る。
 彼等は魚肉ソーセージを原料とした複製人間だから自己治癒能力を持たない。傷はそのまま残るし、血が滲んだりもしない。
 見回すと、原始人そっくりのはなまげらしゅとるんすとーんころい星人もしたたか傷を負って、痛みを和らげるかに猿酒を呷っている。

 縁起の悪い不景気なサラリーマン星人さんは、実況によると即死級のダメージを受けていたはず。
 だがその痕跡はずたずたに引き裂かれた量販店最下級安物背広にしか表れていない。肉体は無傷で前と同じく不健康な肌色に中年の脂が不快な艶を放っている。
 なるほど、彼は不死身が特性なのだ。傷が粘着して修復する機能搭載か。

 そして一番ひどい目に遭わされたのが、プレートメールアーマーを着た、いや肉体から金属板が生えている鉄甲騎女めっとおーろさん。
 鏡面仕上げで光り輝いていた甲冑が、全面にヤスリを掛けたかに曇っている。ところどころ大きく歪んで板金工に叩き直してもらわねばならない。

 鳩保は言う。
「ラヂヲの実況番組で解説してもらいましたけど、サルボロイド星人ってちょっと規格外じゃないですか。格闘で取り押さえるのはやっぱり無茶ですよ。」

 おおっと。原始人さんに赤い目付きで睨まれる。
 宇宙人だからホントに酔っているか疑わしいが、キャラで「酔っぱらい」を演じているなら何をしでかすか読めない。恐いぞ。
 ここは代表者まめっださんの出番だ。傷にも関わらずのはきはきした態度の暑苦しさが彼のトレードマーク。

「ご心配をおかけして申し訳ない。たしかにサルボロイド星人は既に宇宙人バトルロイヤルの規定を大きく逸脱しているから、全面的な攻撃を掛けるべきだろう。」
「ダメな理由が有るの?」
「ここに来て背後で糸を引く黒幕の存在がクローズアップされてきた。正体を見極めるためにも近接の格闘で反応を引き出したいと考えているのだ。我々は。」
「黒幕、サルボロイド星人の。やっぱり宇宙人だよね。」
「そこが上手く掴めない。概念上の食い違いと言うか、仮想世界に実体を置く存在がそれではないかと我々は考えているのだが、」
「なんだか抽象的だなあ。」

『我が説明しよう。』
 と、鳩保の尻の後ろからぬっと顔を突き出したのは、ナナフシ星人。3メートルもの長大なパイプ状の身体が人間の目に触れぬよう墓石の根本に横たえ、首だけを上げている。

『てゅくりてゅりまめっだ星人殿は合成タンパク質による複製人間だ。だから生身の生命体が持つメンタリティとかなりかけ離れている。
 我は正真正銘生得の肉体だから、汝と同じ。より正確に説明出来るだろう。』

 夏の虫と同じに草色の金属光沢を持つボディはどう見ても人工物でありとても生身とは思えないが、鳩保も宇宙人の生態に関しては詳しくない。
 続けてご説明ください。と促すばかりだ。

『サルボロイド星人が他の宇宙人に従う従属機械生命体であるのは前回説明を受けたな。』
「はい、まめっださんに。」
『実はサルボロイド星人の正規の使用者は我々がよく知る宇宙人なのだ。だから今回も彼等にコンタクトを取り処理を願った。
 だが彼等の返答によれば、現在地球に居るサルボロイドは彼等のコントロール下に無い。』
「え? どういうことです。」
『わからない。ただ地球において件の宇宙人は大きな失敗をしでかしたらしく、我々に詳しい説明をしない。
 そこで慎重な調査が必要になった。サルボロイド星人が従う主とはなにか、興味が湧くだろう。』
「はあ。そうですね、どんな宇宙人か。」
『我は、それは知的生命体ではないと考える。かと言って欺縁陥没がそのまま無根拠に転がっているとも思えない。
 なにか特別な形でそれは固定されているのだ。地球の言葉で言うところの『付喪神』として。』

 ううーん、と鳩保は頭を抱える。
 人間に特別な形で欺縁陥没すなわち神様係数が備わるのを、とりあえずは「神」と呼ぶのは許容しよう。超能力有るし。
 しかしそれ以外の何に「神」は取り憑いたのだ。狐か、箒か、野仏か。

 鳩保、ナナフシ星人に両手を挙げて見せる。

「正直お手上げです。宗教あんまり興味無くて。」
『そもそも不可解なのだ。サルボロイド星人は生に価値を見出さないまでも、自らの破壊と消滅を望むほど非合理的な存在ではない。
 ぴるまるれれこに不用意に接触しようと考えるほど愚かではないのだ。』

「そのぴるまるれれこです。」

 と鳩保は宣言する。事がここまでもつれてしまうと、さすがにゲキの少女としては不干渉を続けられない。
 宇宙人有志一同に警告せねばならなかった。

「もしもサルボロイド星人がこのまま前進を続けてぴるまるれれこと接触を試みる場合、私達ゲキの力を預かる者がサルボロイド撃退に当たります。
 あなた方もぴるまるれれこと接触するのは望まないでしょうから、よろしいですね。」

 ああ、また原始人さんが怖い目で見る。彼の生体情報端末であるところの毛の無い裸の類人猿に似たミス・シンクレアが、猿酒のお酌をしながらにこやかに鳩保に答える。

「その件に関しては、ゲキの皆様のご判断にお任せいたします。なにしろここは地球であり地球人が統治する惑星であり、滅ぶのも蒸発するのも自己責任です。」
「そう言われるとヤだな。とにかく、私達は次回攻撃も静観するに留めます。
 なるべく穏便に、人間社会に被害をもたらさないように、御健闘ください。」
「はい。」

 ミス・シンクレアは洗練された動作でお辞儀をするが、彼女の頭にも鋼の刃が食い込んだ傷が有り、絆創膏でバッテンを貼り付けている。
 彼女の声に答えるかに、いきなり墓石の後で寝ていた巨大な人間の女性が、身の丈八尺近く有る、両手を突き上げて伸びをした。

「わんもー!」
「へ?」
「ああ、寝太子さんが起きましたね。だいじょうぶです、次回の攻撃は彼女による拘束作戦を主体として行います。」
「そう、ですか。」

 長期の睡眠から目覚めた宇宙密航者種族 通称「三年寝太子」さんは変身能力と極めて丈夫な身体を持ち、いかなる物理攻撃も寄せ付けないと聞く。
 でも、今の知性のかけらも感じられない寝起きの叫びは、すごくしんぱいだ。

「あの、シンクレアさん。」
「はいなんでしょう。」
「三年寝太子さんの知性、ってのはどの程度のものでしょうか。」
「そうですね。密航した宇宙船の機器を勝手に操作して、自分用のご飯を合成してしまうくらいには高度な知性を持っていますね。」
「タダ乗りの上にタダ飯まで食いますか……。」
「はい。」

 地球人が未知の宇宙人の船に密航してもネズミと一緒で、機器なんかまったく操作出来ないだろう。
 寝太子さん、恐るべし。
 なんだか安心できるような気がしてきた。

「あの、ところで、」
「はい、なんでしょう。」

 宇宙人全員の目が鳩保に集中する。なんだか言い出しにくい雰囲気。

「あの、昨日実況放送で聞いたんですが、サルボロイド星人の胴体に何故「飛騨高山」と書いてるんでしょうかね?」

 

PHASE 429.

 正解は「サルボロイドだから」
 わざわざ日本にまで来たのだから、自分に似合った日本の意匠を用いて仮装をするのも宇宙人バトルロイヤルの規約。
 粋・洒落と呼ぶべきか、とにかく文化的な趣向である。

 鳩保、墓場を自転車で離脱してようやくほっと息を吐く。
 さすがに宇宙人の、それも前夜一敗地に塗れた連中と会うのはストレスが大きい。精一杯気を張ったが、圧倒されて失神しそうだ。
 特に酷かったのが鉄甲騎女めっとーらさんで、前見た時は明るく屈託なかったのに、今日は暗い荒んだ眼をしてぶつぶつと呟くばかりだった。
 サルボロイド星人に潰され掛けたのがよほど恐ろしかったのだろう。

 しかし、宇宙人の事は宇宙人に任せる。未だ格闘による解決を彼等が諦めていないのだから、放っておくべきだ。
 それよりももっと気になる事象が有る。

「なんだよこのめーる。」

 次の目的地、門代中心市街商店街の喫茶店改装現場に向かいながら、鳩保腹を立てる。
 米人アル・カネイから携帯電話に届いたメールの文面が気に食わない。

”今日会いたい 二人の将来についてもう一度真剣に話し合いたい”(英文)

 なんだこりゃ、そもそも将来なんて1回も話したこと無いぞ。第一将来って何だ。
「ぐだぐだと関係が進展しないから、メイソンの偉い人に尻を叩かれたな。」

 生憎今日は暇が無い。東京の優子と花憐が心配だ。
 自転車を止めてメールを打ち返す。さすがに走行中に携帯電話を操作するほど鳩保は阿呆ではない。
 道路脇の低いコンクリート壁に長い脚を伸ばして支え、つつつと文字を打っていく。

「”一昨日来やがれ”、送信。」

 確かに鳩保も自らの進路、今後の人生設計を定めねばならない時期に在る。
 だからと言って、伴侶にアルを必ず選ばねばならない道理は無い。アメリカ側だって第二第三第四第五と、いくらでも花婿候補を用意しているだろう。
 いや、「米人でなければならない」規則だってNWO内の力関係で勝手に割り振ったに過ぎない。
 物辺村ゲキの少女の知ったことではないのだ。

 それでもなおアル・カネイが栄光と勝利をもぎ取らんとするなら、自らアクションを起こすべき。
 だと言うのにあいつと来たらぐだぐだと、プールの外側でぐるぐると回るばかりで何時まで待っても水に飛び込んで来やしない。
 もちろん不躾に乱入してくる輩には鉄拳迎撃準備完了で息の根完璧に止めてやる所存で、それが分かるから踏み込まない。

 彼の任務は失敗を決して許されないのだ。組織的にも、家族的にも。
 上院議員の彼の父親がPresidentに成れるか否かの瀬戸際でもあった。

 鳩保、首を左肩に寝かせて考える。

「ひょっとして、ひょっとしなくても、私自分でアメリカに行って婿を選んでくる方が、誰にとっても近道なのかな?」

 もう一度メールを作成し、送信する。

”今日はダメ 明日も無理 明後日呼び出す OK?”

 無論、拒否など断じて認めぬ鳩保芳子であった。

 

 次の目的地、喫茶店改装現場。
 既に作業員が来て準備に取り掛かっている。

 携帯電話の時計表示を見ると八時半を少し過ぎた。
 まだ大丈夫、スケジュール的には東京の優子が父親香能 玄とホテルを出発したくらいだ。

「おはようございます。施主の山本翻助さんから若干の修正と要望が入っています。」

 改装業者的には何の変更も無く段取り通りに進めるのが嬉しかろうが、カネを払うのはこちらだ。遠慮は要らない。
 飲食業の場合自分の眼でしっかりと作業を確かめないと、後で酷いトラブルに遭うよ。とプロフェッショナルのシャクティさんも忠告してくれる。

 実の所この喫茶店、無個性ではあるが凡庸ありふれた設計では無いのだ。
 なにせゲキの秘密基地である。不動産物件に関しては一家言持つ花憐ちゃんと秘密基地構築に関してはオーソリティの喜味ちゃんのタッグで、かなりややこしい設計になっていた。
 計画によると、この秘密基地は頭上に核兵器が雨霰と降ってきても物音一つ聞こえないレベルのエネルギーシールドを張り、建物ごと宇宙空間に放り出されても中の人の生存を保証する仕様である。
 外部と完全遮断された真空中で10人が少なくとも1週間生存、5人なら1ヶ月生存可能という過大な要求が出されていた。

 これを実現する為に、喫茶店の通常の営業では必要の無いスペースが確保されている。
 工務店の人が見ても用途を理解出来ない。しかし設計通りに作ってもらえないと後でゲキが艤装するのに困る。
 喫茶店の真の姿は「ゲキロボ三号」なのであった。

「なんだか妙な収納スペースが多いですねえ。」
「施主が秘密の倉庫にビンテージものを収める計画だそうですから。何が入るかは、私もちょっと聞いてなくて。」
「この容積だと冷蔵庫をもう一つ、ですかね。」

 鳩保質問されてもありきたりな答えしか返さない。装置関係はやはり喜味ちゃんじゃないと分からないのだ。

 

PHASE 430.

 喫茶店の二階は元より倉庫兼住居となっている。これは鳩保が入手する前からそうであり、今後もそのように活用する。
 問題は風呂だ。無い。
 昔は銭湯を利用するのを前提として、二階部分はただ寝るだけな利用法をしていたらしい。
 トイレも一階店舗に付いているものを使用する。妥当では有るが、営業中は面倒だ。

 この問題は超絶技法を用いて解決した。つまりはゲキの力の悪用だ。
 必要に応じて店舗でも二階和室にでも風呂桶が出現したり、拷問器具がセットされたりする。
 喜味子の要望で秘密兵器のファクトリーになることさえ計画されていた。

 とにかく当座の用の無いモノは削ってスペースを確保する。避難場所・シェルターなのだから収容人数こそが大事である。

 

 というわけで、三番目の目的地へ。
 昨夜門代地区宇宙人有志一同とサルボロイド星人が戦闘を行った現場を視察する。
 物辺村への帰り道をちょっと外れて、みのりが買い物をしたスーパーマーケット方面に更に進むと、

「あちゃー。」

 竜巻が襲ったのか、と思わず納得する。他になんと形容すべきか、爆弾か。戦時中米軍が落とした航空1瓲爆弾の不発弾か。
 当然警察の現場検証が行われており、進入規制がされている。
 野次馬が少ないのは報道がまったく無いからだろう。なにせ前触れも無くプロセスも無く、いきなり結果だけが表れている。
 朝起きたらびっくり、て奴だ。

「なんですか、これなにが起きたのですか。」
「いやあ、現在調査中で、何もまだ。」

 規制する警官に聞いてみても要領を得ない。真相は鳩保だけが知っているのだが、さすがに教えるわけにはいかない。
 しかし鑑識の人、警察だけでなく消防関係の調査官も混じっているようだ、彼等の一致した見解では、人為的な破壊。
 なにせ巨大なクレーン車がねじ曲がり、ブルドーザーが笹の葉のように粉微塵に砕かれているのだ。
 爆弾だってここまでご丁寧な破壊をしてくれない。

 ご苦労さまです、と離脱しようとした鳩保に、声を掛ける中年男性が居た。私服の刑事らしい。
 外国製高級自転車の前に立ちふさがり、前車輪を膝で挟み込むかにストップを掛けて、言う。

「君は物辺村の、鳩保芳子くん、だな。」
「あ、えー、はい。」

 えーなんでー、なんで品行方正優等生なわたくしが刑事なんかに眼を付けられなくちゃいけないのだ。
 彼は続けてこう問うた。

「君は、物辺優子くんの友人、で間違いないな?」

 あーよかった優ちゃんか。優ちゃんならば警察にご厄介になっても不思議まったく無い。
 あーだいあんしん。

「はい、確かに物辺村物辺優子さんの友人です。」
「そうか、で彼女は今どこに居る。この、」

 と刑事は顎をしゃくって破壊の惨状に注意を向ける。まるで鳩保が犯人を知っていると言わんばかりだ。

「……これは物辺優子の仕業だろう。」
「     」

 いやー鋭いなさすが警察だ。
 まあ確かに、誰にも気取られず一夜の内に大破壊を成し遂げるとすれば、悪の権化闇の鬼巫女物辺優子姫御前くらいしか犯人思い当たらないな。

「あのー、優ちゃんは四日から東京に遊びに行って、物辺村には不在です。」
「なに居ない? 東京ってのは確かなことか。証人は、いや実際に確認したか。」
「証人も何も、同じ物辺村の城ヶ崎花憐ちゃんが一緒に行ってますよ。ほら、市会議員の城ヶ崎さんのお嬢さんで、」
「あ! そうか市会議員の……。」

 何故かひどくがっかりする刑事さん。残念ながら今回に限っては、優ちゃんまったく関係ないのです。ごめんなさい。
 鳩保も思い出した。視覚共有で見たこと有る。
 この人は七月の狼男爆殺事件で、犯人を優子と決めつけて尋問した組織犯罪対策課の刑事だ。
 あれ以来、不可解な怪事件が起きれば物辺優子の仕業だと決め付けているのだろう。
 特に誤りではないな。

 鳩保はこれ以上彼に質問が無いと見て、現場を離脱する許可をもらう。

「あの、もう行っていいですか?」
「ああ。気をつけて行きなさい。」
「はい。

 ところで、ここで一体何があったんでしょうね。」

 

PHASE 431.

「この度はご指名いただきまして真にありがとうございます。この草壁美矩、物辺饗子様の御為であれば粉骨砕身いかなる難事でも厭わず飛び込んで参ります。」
「おう、頼むぞ。」
「それが証拠に、今回ほら! このように私共の後輩を連れて参りました。肉体労働専門でございます。」
「おおおー。」

 八月六日のバイト巫女は、七夕の時に加勢した門代高校二年一組花憐ちゃんのお友達、草壁美矩だ。
 「一重のラムちゃん」の異名を取る彼女は髪豊かにして目元涼しくすっきりとした美人、意味も無くしばしば感電事故を起こす凶運も備わっている。

 そして彼女の後に控えるのが、

「身長、」
「180センチオーバーでございます。ほら、美鳥ごあいさつだ。」
「まことにもって本日はお日柄も良く、この度巫女バイトなどという雅なお仕事を仰せ付けられまして、わたし江良美鳥感激の至りでございます。その上お昼ご飯までもいただけるとのことで、」

「でかいな。」
「でかいでしょう。昨今女の子の身長はうなぎのぼりですが、180となるとさすがに珍なる者でございますよ。」

 いかにも詐欺師な口説を用いて草壁美矩が後輩一年生江良美鳥を必死で売り込むには理由がある。
 饗子がその恐怖を理解し戦慄するのは数時間後。天高くにお日様が昇った頃合いだ。

 二人の世話をするのは喜味子とみのりだが、それにしてもこの子、デカい。

「巫女衣装が無いぞ、こんなの。」
「あー児玉さん、やっぱりダメかな。美鳥の衣装は。」
「おそらく物辺神社で巫女やった女の子で最大の人物だと思う。残念だが緋の袴は無いな。」

「こんなこともあろうかと、わたし学校のジャージと体操服持ってきました。」

 江良美鳥は持参のスポーツバッグの中から体操服を出して示す。ぬぼーっとして何も考えてないように見える割には細やかな配慮だ。
 美矩も偉そうに先輩風を吹かしながら説明する。

「こいつはね、肉体労働専門なんだ。いつもお腹を空かせているから海辺で魚を釣ったり農家で手伝いをするなりで食料を自ら調達してる。だから慣れてるんだ。」
「ほお。」

 そうと聞かされると喜味子もペテンが回る。
 これほどデカイ女の子ならば、男の代わりも可能だろう。物辺神社は男手が少なく、宮司のおじさん(じいさん)の手が行き届かず放置している箇所も少なくない。
 いずれ婿となった物辺鳶郎が帰ってきたらやらせるつもりの仕事だが、美鳥なら多分。

「うん、男物の袴を履かせるという手が有った。可愛くはないがなんとかなるだろ。」
「おねがいします。」

 さすが美矩の後輩だけあって礼儀はちゃんとしている。彼女もまた門代高校女子軟式野球愛好会のメンバーなのだ。
 美矩は、美鳥が即時クビにならないと見定めてほっと息を吐く。

「いやー実際助かったよ。私たちもさ、夏合宿を控えて合宿費用を捻出しなくちゃいけなくてさ、いいバイト無いか探してたんだ。」
「学校、バイト禁止だしね。」

 運動部の合宿と聞いてみのりが初めて口を出す。どうやらこの巨大な一年生は人畜無害の優しい性格で、みのりにも扱い易い。

「合宿は何日から?」
「いやもう通いで強化特訓は開始してるんだけど、泊まり込みはお盆前十一日から十三日までの二泊三日だね。」
「どんな事するの?」
「私もー今年の三月に入隊したから去年の夏合宿は知らないんだけど、少なくとも野球の練習は無いね。」
「野球しないで何するの。」
「そりゃ、」

 美矩は美鳥と顔を見合わせる。
 ちょっと説明しづらいな、なにせ野球ってのは方便であって真の目的は。

「野球できつい厳しいってのは無いんだけど、それ以外の練習が地獄なのはまちがいない。志穂美せんぱいが頑張るし。」
「ああ……」

 喜味子も噂は聞いている。門代高校女子軟式野球愛好会とは世を忍ぶ仮の姿、実態は前生徒会副会長の私兵集団だ、と。
 ちなみに前生徒会副会長とは、中学校卒業式で優ちゃんをぶん殴ったひとだ。アレ以来、物辺優子は極道を卒業して普通少女の演技を続けている。
 で、その切り込み隊長が相原志穂美先輩なのだ。
 なにせ物辺の鬼を屈服させ猫男を薙刀で虐げる御方だ。目から火の出る特訓であろう。

 みのりが無邪気に尋ねる。門代高校暗部の話は幼いみぃちゃんには早過ぎた。

「それで合宿どこでやるの。」
「この近所だよ、海岸沿いの。衣川先輩の家の別荘というか社員保養所を借りて、近いから遊びにおいでよ。」
「うーんどうしようかなー。」

 みのり、元陸上部員として身体がうずく。部活を辞めて以来身体を限界まで傷めつける練習をやっていなくて、どうにも鬱屈が溜まっている。
 それは両親も気付いていて、娘のなんとなしに元気の無い姿に心を痛めていた。
 がつんと来る地獄の特訓は望むところだが、ゲキの力のサポートが有れば楽ちんにこなしてしまうから意味が、

「だいじょうぶだよみぃちゃん。志穂美先輩なら。」

 喜味子がみのりに勧めてくれる。耳元でこっそりと秘密情報を教えた。

「……志穂美先輩の神様能力は「宇宙人殺し」だ。気を抜くと殺られるぞ。」
「おおお。」

 合宿、ちょっと覗いてみよう。

 

PHASE 432.

 物辺村の少女達が巫女バイト欠席するのを物辺饗子は認めてくれた。
 生首が空を飛ぶだけでなくもっと深刻な、全世界的注目を集める現象が起きていると理解し、優子達5人全員が関与すると認識した。
 優子本人は東京で別件の騒動に巻き込まれていて、居残り3人が物辺島から遠隔でサポートすると説明を受けた。
 とにかく今日は大変な日になる。だが明日ほどではあるまい。

 明日は物辺祝子が帰ってくる。

 というわけで、午前十時前に戻ってきた鳩保芳子はそのまま御神木基地に合流する。

「どんな具合?」
「あ、ぽぽー帰ってきた。チェンジして。」
「ああみぃちゃん、そっちは?」
「わたしは優ちゃん、喜味ちゃんは花憐ちゃん。花憐ちゃんの方が大変なの。」

 みのりはキャンプ用テーブルの上に乗っているテレビとゲーム機のコントローラーを鳩保に渡す。空中管制は覚えたが、リアルタイム操作はよく分からない。
 一方の喜味子は地べたに座って中古ノートパソコンを厳しく睨みつける。鬼気が発して近づけないほどだ。

「喜味ちゃん、現状は。」
「相変わらず、花憐ちゃんはぐるぐると都内引き回しの刑だよ。よほど勿体付けるのが好きなんだね、こいつら。」

 鳩保も出先から既に遠隔管制に参加していた。不可視の電話で知覚共有すれば物辺村に居るのと変わらず会話できる。

 午前十時ジャストまでの城ヶ崎花憐の状況は、九時十八分迎えに来た民間警備会社の防弾車両にてホテルを出発。
 同行するのは裏柳生を名乗る「汐花 夕霧」。年齢二十九歳三月七日生まれ血液型A、身長164センチのおかっぱ頭で冷たい美女。未婚、一児有り男子二歳。
 追記:人斬りの気配濃厚でちっとも可愛くない。
 花憐に対する応答も職務上の最低限の会話のみで可愛げが無いったらありゃしない。

 そして今も、都内をぐるぐると車両で移動中だ。未だ行き先すら明らかにしない。

「ほとんど嫌がらせだね。」

 考えようによっては、これが大人の仕事というものか。これまで物辺村の自分達に接してきたNWO関係者は皆優しかった。
 だがシビアにビジネスライクに効率のみを求めれば、脅しや嫌がらせも用いる冷酷無慈悲な態度こそが正解となる。

 鳩保、改めて資料をめくる。
 バインダーに挟まれた十数枚のレポート。昨夜生首クビ子とメルケが調査してくれたものを、祝子のプリンタを持ち出して印刷した。
 警察SPから交代した民間警備会社、裏柳生、そして本日のホストである『日本の明日の未来を拓く研究会』の要点だけ抜き出してまとめている。

 裏柳生とは、

「これって、鳶郎さんとこの敵、だよね。」
「だね。実際現場では敵対する事も多いみたいだ。」
「裏柳生って幕府の隠密でしょ? 今は何の為に動いてるんだ。」
「色々としがらみが有るみたいだよ。」

 実はNWOと「彼野」への賛同者は必ずしも多数派ではない。

 NWOはゲキを中心とする世界中が統合された権力機構を構築しようとする。対してそれぞれの国の既存の権力機構は独立性を維持しようと抵抗する。
 日本における独立派の裏の実力組織が、裏柳生であった。但し固定した立場ではない。
 裏柳生の頭領の胸先三寸でいかようにも立ち位置を変更する。たまたま今現在は、『日本の明日の未来を拓く研究会』の為に働く。

「面従腹背てことかあ。」

 鳩保、熱くため息を吐く。こういう時代劇のドロドロした陰謀とか、大好きだなあ。

「それで優ちゃんの方は、」
「みぃちゃんに、」

 みのりがこれまで優子を追いかけた結果を教えてくれる。
 朝八時過ぎに父親の車でホテルを出た優子はしばらくドライブをして、先ほど東京ディズニーランドに着いたところ。
 道路上の警備は花憐の方と同じ民間警備会社と裏柳生が行っていたが、ランド内に進入できない。内部はアメリカCIAの管轄となっており、協力する「彼野」のまた別の組織が保安を担当する。

「そりゃアメリカの領分だろうね。あそこは。」

 では現状は、と空中イカロボAからの映像を14型テレビに大きく映し出す。ちなみに花憐の頭上にはイカロボBが飛んでいる。

「おお、香能さんだ。目立つね背高いし。でゆうちゃんは、ぷ、く!」

 あーやっちゃった、と喜味子とみのりは腹をよじらせて小刻みに震える鳩保を見続けた。優ちゃんの今日の格好を見れば、そりゃ笑うよな。可愛いし。
 およそ3分間は痙攣し続けて、ようやく回復する。椅子にまっすぐ座り直した。

「それで今後の計画は。」
「花憐ちゃんの方の出方がまるで読めない。今向こうの出席者を洗ってるんだけど、どうも会場は六本木ヒルズみたいだね。」
「ヒルズってあのヒルズ族のひるず? セレブの総本山の。」
「だよ。宇宙人やら魚肉やらもわんさと居る所さ。梅安使ってフル回転で人物照会中。胡散臭いのばっかりだ。」
「いざとなったら全部ぶち壊して花憐ちゃん脱出させよう。強行突破だ。」
「まあね。でも向こうも厭らしい罠を仕掛けているだろうから、ゲキロボ二号でみのりちゃんを東京に叩き込む。殴りこみだ。」

 みのりを向くと、うんと大きくうなづいた。早くも鉄球を空中から出現させて、準備運動にくるくる回している。
 だがさすがに荒事になるのは後が面倒だ。無闇と敵を作っていいものではない。
 穏当な脱出策もを用意しておこう。

「東京の鳶郎さんと祝子さんは優ちゃん達が来ているの知ってるよね。」
「そりゃあね、鳶郎さんとこの忍者が今朝まで守ってたんだし、今日何をされるのかも聞いてるでしょ。」
「鳶郎さんに救出に向かってもらおう。いい感じのところでタイミング良く。」
「でも「彼野」の命令で動けないんじゃないかな。向こうの偉い人も、そういう状況に陥った場合の私たちの動き方を観察するつもりだろうし。」
「大丈夫任せろ。命令書とか指令を改竄して、鳶郎さんが動きやすいようにしてやればいい。」

 鳩保は喜味子と担当を交代して花憐救出任務の手筈を整えていく。
 案の定物辺鳶郎は今回の査問会にも似た会談の情報を得て独自の行動を開始しており、彼の便宜をちょっとずつ図ってやるだけでトントン拍子に繋がっていく。
 ついでに鳶郎本人にもメールを打っておいた。

”花憐ちゃんの経験値が上がるように、或る程度修羅場になってから踏み込んでください”

 文面を見て喜味子額に深い皺を作る。花憐ちゃん、修羅場デフォルトかよ。
 鳩保弁明する。

「いや喜味ちゃんだってさ、私達の敵っての見てみたいでしょ。」

 そりゃそうなんだけどさ、と喜味子も思うが、不快なものは見たくないのが本音だ。
 ドバイでほんとに敵と味方を見てきたみのりが、抗議するように鉄球回転の唸りを高める。

 

PHASE 433.

 江良美鳥十五歳、なりはデカイが動きはトロい、ウドの大木的少女である。牛みたいなと表現しても良い。
 力は有るし真面目だし嘘は吐かないし言うことをよく聞くから、使うには便利な子だ。

 喜味子が、これを男の子と考えて高い所の作業をさせようと提案した時、物辺饗子も深く考えずに賛同した。
 ただ、参拝客相手の販売は無理だと見極める。こちらは先輩の草壁美矩が得意だし七夕祭で経験を積んでいるから大丈夫。
 大工仕事の道具の在処を教えて、気になる箇所をちょこちょこと直せと命じておいた。

 つまり、野放しだ。監督する手間すら惜しむ饗子おばさんだ。

 それでも言われた仕事は確実にこなす。実のところ農家で手伝いをしているから、今日命じられた程度は朝飯前だった。
 農家というのが学校の先輩の家なのだが、真面目で朴訥な美鳥は先輩の祖父母に気に入られてしまう。
 今日日農業に興味を示す子は少ないし、先輩もその弟も頭が良くて進学と同時に門代を出て行ってしまうのが確定だから、田畑を託すべき者が居ない。
 美鳥は可愛がられて色んな事を教えてもらっている。
 自分が食べるものを自分の手で作れるのだから、こんな面白い事は無い。熱も入るというものだ。

 門代高校女子ジャージ下、色気完全無視のスタイルで物辺神社をぐるりと回り修復箇所を調べていく。大概は美鳥の手には負えないが、それでもできる限りの処置をして。
 いつの間にやら鎮守の森に足を踏み込んでしまう。
 物辺島はさほど大きくないにも関わらず、祠だったり旧跡や遺構がたっぷりと用意されていた。
 美鳥は歴史には特に興味は無いものの、そういう所をなんとなく覗いてみる癖が有る。人の通わぬ森を彷徨う際の目印として利用していた。

 森と呼ばれるが島の面積自体が小さいからいいとこ林である。それでも隠れれば外からは姿が見えない密度はあった。
 村人は入らない。祟りも畏れも有る訳だが、美鳥はずんずん進んでいく。不敬不信心、神をも怖れぬ勇気ではない、むしろ呼ばれて吸い込まれていく。
 自慢ではないが神隠し11回を誇る迷子の達人であった。

 鎮守の森はちょっと恐ろしい。なにせ島であるから、藪がいきなり崖になっており危うく足を踏み抜いて海に落ちそうになる。
 視界が悪いから、まさかここから海だとは気付かなかった。
 下を覗いてみると、海と陸との境目に洞窟が有る。人間が掘ったトンネルのようで、しかも木で格子の柵が設けられていた。
 美鳥は知らないが、江戸時代に作られた「水牢」だ。
 ここ物辺島は鬼を封じ込める霊場であると同時に、門代全体を治める領主衣川家に逆らった政治犯の収容所でもあった。
 もちろん水牢なんかはめったに使わない。潮の満ち干きで沈んでしまうから、入れられたら囚人死んでしまう。死なれては困るのだ。
 政治犯になる者は大概が知識人であり有能な人材であって、簡単に殺すのが躊躇われるから島流しにされる。

 剣呑剣呑と後退りした。ここで釣り糸を垂れたらハゼくらいは釣れそうだが、もうちょっと調べてみる。
 そして出会ったのが、

「わんわん」
「……、犬? かな?」

 凸凹犬である。あまりにも姿が常識離れしている為に通常は森の奥で暮らしていた。
 人間並みに知能が高く、悪を見分ける能力に優れている。
 だから美鳥を見ても噛み付かない。この人間は少なくとも悪ではない、と判断する。とはいえ常識人でもなかろう、変人だ。

 美鳥はしゃがんで凸凹を抱き上げる。犬かと思ったがひょっとすると別の生き物ではなかろうか、キツネかタヌキの変種ではないか。
 俗にいう狸鍋は実はムジナという動物であり、本物の狸を鍋にしてもまったく美味しくないらしい。
 ムジナならそれなりに良い味がすると聞くが、そもそもどんな姿であったろうか。

 凸凹、まさか自分を食べようと考える人間が居るとは予想だにしない。イヌはイヌらしく、べろっと美鳥の顔を舐めてみた。

「うわ。」

 これは飼い犬だ。首に輪っかも嵌っている。では食べるわけにはいかないな。
 腕に凸凹を抱いて森を抜けようとする。この程度の茂みは通行の障害とはならない。
 にも関わらず、木の枝がハサミのように重なり合っているところにまんまと脚を突っ込んでしまう。抜けない。
 困ったな。生憎と美鳥は携帯電話を持っていない。そもそもが通話料がもったいないから買ってない。
 このまま誰にも見つからず餓死したらどうしよう。ああ困った、困った。

「なあお前、どうしたらいいと思う。」

 どうしたら、と言われても凸凹も困る。腕の間に抱かれたままなら助けを呼びにもいけないじゃないか。
 10分後。
 手を放す事を思いついた美鳥から解放されて、御神木秘密基地に駆けて行った凸凹は手空きの童みのりを呼んでくる。

「なにをしているの。」
「はあ、ちょっと挟まれてしまいまして、」
「いや、なんでこんな所に居るの。」
「さあ、わたしにも。」
「そうか。」

 やっぱりこの一年生はよく分からない。世の中には理解し難い変な娘が居るものだ、と脳内事典を書き換えておいた。
 インデックスは、”まぬけ”でいいのかな?

「はあ。たぶんこの状態はまぬけでいいと思います。」
「そうか。」

 

PHASE 434.

 救出された美鳥はぐるっと回って御神木秘密基地から現世に復帰。二年生の先輩達がゲーム機やノートパソコンと必死に格闘しているのを横目に社務所に戻る。
 迷子になったのはミスだが、言いつけられた仕事はほぼ全うしたから饗子に怒られる事も無い。
 木の柱にもたれて眠そうな饗子はサマーニットのゆったりとした服で風に吹かれて涼しそう。一方美鳥は履いているジャージが少し泥を被ってしまった。

「じゃあ次は袴に着替えて橋の方に行って参拝のお客さんを誘導してきて。」
「はい。」
「お年寄りには十分気をつけて、熱射病みたいな人が居たら迷わず左古礼センセイの診療所に連れて行くんだよ。」
「わかりました。」

 社務所でおみくじ御守を売っている美矩先輩が、美鳥用の袴を用意してくれていた。
 身長180センチは法外に高いから、やむなく男性用で紺の袴だ。それでも喜味子の墨染めよりはマシと言えよう。
 孫にも衣装とはこの事で、着替えてみるとなんだか神聖な心持ちになる。
 最後袴の紐をきゅっと締めて、パンと結び目を叩いて美矩先輩の着付けは完了。美鳥早速に屋外に出撃する。

 と思ったら出口にみのり先輩が立って居た。手にスポーツ飲料のペットボトルを持っている。

「はいこれ。」
「あどうもすみません。」
「暑いから木の陰とかで陽が当たらないようにするんだよ。」
「わかりましたー。」

 わんわん、と声がするので顔を向けると、みのり先輩の足元にさっきの凸凹犬が居る。
 美鳥があまりにもまぬけで心配だから、森から出て来ていた。

 物辺島は昭和初期までは舟で渡らねばならなかったが、現在はコンクリートの橋が掛かって自由に行き来出来る。
 中型トラックの横幅分くらいの平たい道が海の上を延々と続く。長さは海上部分だけで200メートル。陸上の道を入れるともっと長い。
 この区間まったく日陰となるものが無い。常夜灯の柱すら無くて、橋の欄干手すり部分に蛍光灯が埋め込んでいる形になる。
 海の上だから風は涼しいものの夏の厳しい日差しに曝されて、頭が茹だってしまう人が出るわけだ。

 美鳥は心配症だから、ちょっと年配の人が渡ろうとしていたらとことこと走って近くに行き様子を見る。
 普通は大丈夫だから余計なお世話。しかし巨大女子高生が上から見下ろしたら怒るわけにもいかず、へらと笑い返してくれる。
 物辺神社は今年になって急に参拝客が増えたと聞いているが、なるほど確かに多い。毎分1人くらいはやって来る。
 これで別に祭礼やっていないのだから、お祭りには村中大騒ぎだな、と忙しく橋を往復しながら思う。

 もちろん、普通の案内はこんなに移動しない。
 島側橋の付け根には城ヶ崎家の監視所が有り双眼鏡が置いていて、望遠で観測できる。用が無ければ暑い中出て行かない。
 それが普通。誰に教わらなくても気付くだろう。監視所が日除け場所なんだから。

 1時間ほど忙しくしていると、監視所の電話が鳴った。誰も居ないから美鳥は恐る恐る取る。黒電話だ。

「はい、江良です。」
「あたしだ饗子だ。飯にするぞ戻って来い。」
「はい!」

 素直にやったーと叫んで神社に戻る。飯だ飯だ、これの為だけに生きている。
 昼飯はそうめんだった。昨日に引き続き、何日でも食わせる。お中元でそうめんを大きな缶箱で頂いており、饗子はこれで一夏乗り切ろうとの算段を描いていた。
 双子美少女小学生はさすがに連日でげんなりする。嫌いではないが、せめてタンパク質をもう少し足してもらいたい。
 父親の宮司さんと先輩の美矩とがもう座卓に着いていて、美鳥が来るのを待っていた。遅ればせながら、と畳を這って末席に正座する。
 饗子がざるいっぱいにそうめんを持ってきた。氷で冷やして、いかにも田舎の夏。

 美鳥、御神木の所の3人を呼んで来ようかと尋ねてみる。

「ああ、あいつらは今日はバイトじゃないからいいんだよ。」
「そうですか。」
「どうせ島に家が有るんだ、昼飯食いに帰ればいい。」
「それはそうですね。」

 じゃあ遠慮無く、と美鳥は箸を伸ばす。饗子は、足りなかったまた湯掻くからどんどん食べろと促した。
 草壁美矩、顔を曇らせる。饗子さんは美鳥が何者か知らないからそんな事を言えるのだ……。

 そして、終了。

「食いやがった。ひとりで10把も食いやがった。しかもまだちっとも食った気がしていないな貴様!」
「はあ。そうめんですから。」

 饗子の夏の計画は無残な破綻を遂げる。夏中そうめんが有る限りは昼は絶対にそうめんにするつもりが、いきなりリソースが消滅する。
 しかもこれで腹半分も食ってないのだろう。美鳥は他に何か無いかな、と周囲を見回した。
 宮司の父親も双子の娘も目を丸くしてそうめんが消える様を見送った。テレビの大食いチャンピオンとはこんな人だろうか。
 草壁美矩、背を小さく丸めて恐縮する。まったく意に介さない後輩の代わりに、饗子に謝った。

「あのー、そうめん分をバイト代から差し引くという事では。」
「あ、ああ。……いやさすがに物辺神社はそこまでのケチはできない。」

 父親が隣で睨んでいる。子供が食べたいだけ食べるのを邪魔するのは大人の仕業ではあるまい。
 いかにカネに汚い饗子でも、そこまで自分を貶せない。
 だがもしこの娘が今後もバイトを続けるとなれば、食費だけで採算分岐点を割ってしまうのではなかろうか。

「明日はさ、祝子が帰ってくるのさ。」
「はい、七夕祭の時にお見合いをなさった祝子さんですね。ドバイに新婚旅行で今東京と聞いてます。」

 美矩が引き攣った笑顔で応じる。ご機嫌取りをしておいた方が良いと判断する。

「明日は祝子達が帰ってくるんだ。あいつにもコレ、見せてやろう。」
「はあ。」
「やたーはははは」「ハハハハハ」

 双子がバンザイして賛同する。美鳥ねーちゃんが食い尽くしてくれたら、そうめん地獄から解放されるぞ。
 食え食え、どんと食え。
 美鳥は言った。

「あしたですかー。次は冷や麦なんかいいですねー。」
「あるさ! 冷や麦、もちっと太いやつ。茹でるさ。」
「たのしみですねー。」

 草壁美矩、これでも美鳥が遠慮しているのを知っている。
 だってこいつ、まだこの後脂質やタンパク質、ビタミンが足りないとか言い出すに決まってるんだから。

 

PHASE 435.

 午後二時から物辺饗子による「巫女御祈祷ショウ」が行われる。それまでは適当に休んでおけ、と美鳥は命じられた。
 残念ながらその暇は無い。
 参拝客も御祈祷ショウ目当てに徐々に集まり始めたのだ。若い人が多く、遠くから自動車で来ているらしい。
 ちなみに午前十一時からやったのが本物の御祈祷だ。ちゃんと祈祷料を払うまともなお客さんを相手にして真剣にやる。
 午後からのはまさにショウで、冷やかしの一般大衆相手に適当に流すつもり。あくまでもサービスだ。

 物辺饗子は一つ計算を間違えている。夏前に話題になった「可愛すぎる巫女」目当てにカメラをぶら下げて来るオタク連中をまったく考慮していなかった。
 当然対策も後手に回る。城ヶ崎家に詰める大點座の警備が足りず、本殿下にまで人が入り込んでしまう。
 慌てて整理に飛び出した草壁美矩も「可愛すぎる巫女三号」だ。たちまち囲まれて撮影会状況に陥った。
 なんだなんだと顔を出した双子姉妹も緋の袴で「ロリキタ━━!!」と混乱に拍車を掛ける。

 美鳥はお年寄り相手をしていたから巻き込まれなかったが、手の施しようが無いと見極め饗子の元に走り指示を仰ぐ。

「どうしましょう。」
「喜味子を呼べ。」

 数分後、参拝客の待つ広場に喜味子参上。墨染めの衣に黒袴と先日よりグレードアップした不吉さで、しかも胸には凸凹犬を抱いている。
 群衆、ぴたりと止まる。息を呑み、愕然と、目を逸らす事すら叶わぬ。年配の方は数珠など取り出して拝んでしまう。神社なのに。
 おかげで美矩双子は離脱に成功。「もうしばらくその場でおまちください」とアナウンスして引っ込んだ。
 喜味子は左右を睥睨して不心得者が居ないか確かめ、未だ警備に残る美鳥を発見。うなずいてそのまま職務を遂行させる。
 引っ込んだ。

 凍てついた空気が天上から照りつける日差しで徐々に溶け、安堵の呼吸の音を経て再び、それでも様子を窺うように小声で喧騒が戻ってくる。
 「いまのなに?」「なにか、凄いものが居たような」「鬼? あれが鬼なの」「物辺神社は鬼を祭るってパンフレットに、」「嘘お、本物?!」
 とにかく、アレが再び出て来たら今度こそ息の根止められそうで、皆行動を慎み撮影も控えて御祈祷ショウの始まるのを待つ。

 「すごいなー」と美鳥は感心する。美矩先輩から物辺神社は普通とは違うと聞いていたが、ほんとうに凄い。
 もちろん学校で喜味子先輩を見掛けた事は有るが、今日とは全然迫力が違う。今見た姿はほんとうに神か仏か鬼だった。
 胸に抱かれた凸凹がまったく違和感を与えないのもまた凄い。

 などと考えている内に御祈祷が始まった。
 いいかげんである。
 五穀豊穣家内安全世界平和などなどありきたりのお願いは元より、物辺神社の収益改善千客万来購買量増大とかの自分の得になるお願いを祈っている。
 ただし祝詞は特別な節で唱えられるから、素人には分からない。不思議な呪文だなと思うのが関の山だ。

「……なにあれ、イカサマじゃない」
 小声でつぶやく小鳥のように美しい声が有る。

 美鳥、さすがに目の利く人が居たかと目を向けると、お嬢様だった。
 背はあまり高くない、中学生か高校一年生か。髪は黒で完璧に整ったウェーブがきらめく。セット代相当に高いだろう。
 ゴスロリだ。夏だというのに真っ黒で、しかしそもそもがレースを多用するから風通しは良くそんなに暑くは無いらしい。メイドじゃなくてミストレスというかパンクというか、もっとゴージャスなものだ。
 そしてお供に同じくらいの背丈の少年を連れている。可愛らしい男子が彼女の雑言を止めようとするが、肘鉄砲を食らわされた。
 これはSだ。サドのお姫様だ。

 世の中恐ろしいものが実在するんだなあー、と眺めている内に彼女の妙な仕草に気が付いた。
 胸の前で手を組んでいるのだが、胸からは浮いている、まるで目に見えないカバンを抱いているような。
 ああこれは、これはさっき喜味子先輩が凸凹を抱いていたのと同じ、小動物を抱く仕草だ。

 でも何も居ないのに、なんでそんな奇妙な真似をするのだろう。

 神殿の背後、木樹の後ろから妙に高い声が轟く。

「うひょあはーなにこれ嘘お日本に、いひゃああああえっくすえむえいとじゃないのおやだぁーんもおー。」

 ぼこ、っとカボチャを殴り割る音がして、声は止まる。何者かが鉄拳を振るって騒ぐ声を制止したらしい。
 広場に集まった参拝客は皆度肝を抜かれ脱力した顔をしている。噂には聞いていたが物辺神社は怪しさ大爆発でサイコパワー全開、御利益疑い無し。
 暑い中遠方よりわざわざやって来た甲斐が有った。

 美鳥、ここだと見定めて群衆の前に走り出る。バイト昼飯の恩義を果たすのだ。

「えーみなさん、お帰りはあちらになります。おみくじ御守御札絵馬土鈴破魔矢の販売は社務所にて、また出口付近特設会場にても行っております。
 なお物辺神社は鬼のオヤシロでございます故に、5円10円といった少額貨幣では御利益を期待できません。銀色のお金をお使いください。
 神社よりのご案内でした。」

 

PHASE 436.

 賽銭箱に1円玉を投げ込むバカは居ない。ただでさえ神様舐めとるのかとバチが恐いのに、ここは鬼の御社なのだ。
 先程まさに奇跡と呼べる喜味ちゃんを見てしまった参拝客は、最低でも100円または500円玉を放り込んでいく。

 ちなみに土鈴は鬼の顔を象った素朴なもので、なかなか愛らしい人気商品だ。

 出口鳥居前特設販売所の商品が空になり社務所に取りに来た美鳥は、二年生の先輩方が呆けているのを発見する。
 なにやら東京で凄いことが起きるそうで、物辺村の3人は掛かりっきりで遠隔操作しているとか聞いたが、何をどう遠隔するのか良く分からない。
 ただ無事終了して脱力安堵しているわけだ。

 一番背が高くて一番乳の大きい鳩保さんがビーチパラソルの下のキャンプ用テーブルに頭を乗せたまま美鳥に尋ねる。

「おいなんだ、その足元の生き物は、」

 え、と左足草履のカカトを跳ね上げて見るが、何も無い。風を巻いて蹴上げただけだ。

「なにも居ませんが、」
「見えない? そうか、お前には見えないわけだな。」

 鳩保は地面の上で伸びている喜味子に左手を伸ばし、怠惰に引っ張った。昨日も徹夜の彼女は眠そうな目をして額に脂を光らせながら振り向く。

「おお、それは何という動物だ。」
「え? わたしには見えませんが。」
「そうか、だが動くなよ。そこを足元、踏むなよ、居るから。」

 気味の悪い事を言われて美鳥は足の運びを慎重にする。ひょっとしてムカデでも取り付いているのか。

 ガサガサと御神木の脇の藪が揺れ動いて、弾丸の速度で飛び出したものが有る。
 美鳥の足の間をすり抜けて、ばしんと何かに当たって跳ね返り、細かい砂利の地面に着地する。
 凸凹だ。
 牙を剥いて威嚇する。元の造形が妙だから、怒るとますますトポロジカルな形状になった。

 凸凹の視線の先に、うっすらと青い煙が現れる。だが美鳥には形状を認識できない。
 二年生は、と見てみると彼女達には正体が分かっているようだ。
 おそらくは凸凹と同じ大きさの小動物が対峙している。こちらも戦闘態勢を整えたらしい。

 みのりが手招きをするので美鳥はそっと足を忍ばしてテーブルの傍に行く。小怪獣決戦の場にデカ女は無用。
 邪魔者が消えたのを確認して、2匹は再び激突した。両者ともに人間を傷付けない程度の知能が有る。
 美鳥は尋ねる。なんですかコレ。
 鳩保、

「青い子犬、チワワくらいのしっぽのふさふさした、でも背中に羽が生えてるぞ。」
「羽、ですか。」
「いや肉枝というか、鹿の角に袋が掛かったのが翼みたいに背中に生えてる、とにかく通常の生物じゃない。」
「姿を隠すくらいですから動物じゃないんでしょう。」
「喜味ちゃん、これなんだ?」

「うーん、分からん。宇宙人宇宙生物の類じゃないのは確かだけど。」

 花憐なら分かっただろう。これは仙獣だ。
 神仙境に住む仮想的な生物で、高い知能と数々の魔法の技を携える。
 大きさはピンからキリまであるが、これは小サイズで人間の愛玩用。仙人仙女が可愛がり手紙などを届けさせる使い魔だ。
 知能は並みの人間を超え各国語を解し文字も操り、高度な術を展開する事が出来る。
 攻撃魔法も自在で現実世界においてもほぼ無敵と言って良い。

 方や凸凹犬はゲキの洗濯機で合成されたクリーチャー。実質は犬型ロボであり、能力も犬を超える事はない。
 知能だけは人間並だが人語を発せず文字を書かず、言いつけを忠実に守るのみ。
 空は飛べない姿も消せない、もちろんエネルギー兵器も使わないし道具すら用いない。

 スペック的には圧倒的に仙獣有利だが、
「うわ!」

 仙獣が雷を発した。とんがった顔の、ミニチュアダックスフントあるいは子鹿のように細長い三角形の頭だ、の額に爪ほどの小さな白い角を持つ。
 ここから雷撃を発して敵を撃つ。威力は低いが連射が利き周辺被害も少ない便利な魔法。
 しかし、

 さっと避ける。凸凹は青白い雷の列を巧みに避けて、仙獣に肉薄体当たりをかます。
 凸凹犬は鳩保が描いたポンチ絵を設計図として合成されたが、一号がクビ子の目から発する怪光線によって殺された為に、二号は防止措置を施している。
 童みのりの注文で、銃弾をも避ける機能が追加された。勘が異様に鋭くほぼ予知能力並に、しかも銃口の向きから照準を解析して敵の狙いを見破った。
 クビ子は髪の毛からエネルギー波を発するから、広域攻撃も対応済み。
 そして犬離れした驚異の運動能力を持つ。

 木々を蹴飛ばして三角に跳ね、仙獣に狙いを付けさせない。
 地面を掻いて砂を巻き上げ煙幕をすら使う。おかげで人間様は土煙に咳き込んだ。

 戦闘生物としての能力差が勝敗を分ける。
 仙獣は負傷し、しかも攻撃が当たらないからジリ貧に追い込まれた。もっと強力な魔法は発動までに時間が掛かる。仙獣といえども呪文詠唱が必要だ。
 格闘戦では凸凹にまったく敵わない。遂に逃げ出す。

 追跡する凸凹にしっぽの毛を随分抜かれて、飛び込んだのが少女の胸の中。

「みぃちゃん!」
 喜味子の言葉で飛び出したみのりが、これ以上の戦闘をさせない為に凸凹を腕に抱き上げた。
 はしはしと息荒く暴れるのを必死で鎮める。

「よしよし、凸凹よくやった。」
「アルファリーフ、なんて姿に!」

 美鳥が御祈祷ショウで見かけたサドのお姫様だ。彼女の腕の中で青い獣が実体化する。
 ああそうか、さっき抱いていたのもこの小動物だ。

 鳩保と喜味子が彼女の前に立つ。ゴスロリお姫様の背後からも背の低い可愛い男子がやって来る。
 鳩保遠慮なしに言う。

「ここは立ち入り禁止区域です。それと島内に妙な動物を持ち込むのは迷惑です。」
「あなた達、よくも!」

 悪いのはどう見ても御神木基地に不用意に踏み込んだ仙獣であり、凸凹は番犬としての責務を果たしたに過ぎない。
 だがお姫さんは目から怒りの焔を立ち上がらせ、可能であれば鳩保の無遠慮な乳を燃やしてやろうかと試みる。

 後から来た男子は彼女をなだめるが、仙獣アルファリーフが血を流すまでに傷付いているから収まらない。
 これ以上の騒動は饗子さんにバレて怒られる、と喜味子が提案する。

「うちに来れば動物用の医薬品とかあるし、そこで手当しよう。」
「隻、そうさせてもらおう。すいません、僕達が不注意でした。」
「不注意じゃないだろ、わざとだろ。」

 鳩保手厳しい。たしかに仙獣なんて物騒なものを故意に持ち込むのは悪意としか考えられない。
 そして今日この頃にそんな真似をするのは、画龍学園「オーラシフター」の連中であろう。
 喜味子が追求を止めさせる。まったくの部外者の美鳥も見ているし。

「じゃあこちらに。ぽぽー、あとは頼んだ。」
「うん。」

 喜味子の案内で少年少女が神社を出て行った。
 もちろん鳩保、喜味子だけに任せるはずが無い。二人が何をしでかすか、裏で監視しておくべき。

「じゃみのりちゃん、後は任せた。」
「うん。」

 こそこそと後をつけていく鳩保芳子。
 残されたみのりと美鳥と凸凹は、

「……お腹空きましたねえ。」
「そうだね、凸凹もご褒美をあげよう。」
「そいつ、凸凹が名前なんですか。」
「凸凹でしょ。」
「凸凹ですからねえ。」

 

PHASE 437.

 二人は画龍学園一年生子代 隻(せき)と三雲 丹(まこと)と名乗った。もちろん喜味子らが正体を知るのを前提としての接触だ。
 隻、サディストのお姫様は思ったとおりに気が強い。ただ仙獣アルファリーフが怪我をしたのは彼女の責任だ。
 まさか人にも獣にも見つからない仙獣が番犬に撃退されるなど想定外。そもそもが高度な魔法を使う仙獣は人間の得道士に対しても負けを知らない。
 凸凹犬、恐るべし。

 喜味子の家の納屋で薬箱を広げて、仙獣の治療を開始する。
 姿形が定かではないのを止めて、しっかりとした青い毛皮の身体を見せる。柔らかそうな肉枝の翼がぴくぴく蠢く。
 奇跡のしなやかさを備えた指が仙獣の容態を確かめるのを見て、二人は一応の安心を得た。
 この顔の恐い女は豪語出来る程度には動物の治療が出来るだろう。

 だが逆にまた怒りが湧いてくる。力が有るならあの妙なクリーチャーを留めておけよ。鎖に繋げ。

「あのぶかっこうなのの正体は何?」
「犬だよ、ただの。」
「嘘おっしゃい。只の犬が雷撃かわせるわけないでしょ。」
「そういう風に作ったからね。それよりあんた達の方が不思議だ。こんな変なのどこから連れて来た。」

 どこ、と隻は丹に尋ねる。髪の毛さらさらの女の子より可愛い男の子は返答に困る。

「えーと聞いた話だと、もう30年は前から学校の寮に住み着いているって、」
「普通の人間には見えないようにステルスカモを張ってるね。」
「そうじゃなくて、精霊力として存在し実体化していないと聞いてるんだけど、……。」

 丹は、普通の人間としては極めて正常な反応を示している。喜味子が恐いのだ。
 もちろん彼も仙術の修行で精神を鍛え感情がみだりに揺れ動かない訓練を受けているが、それでも魂の深淵から湧き出る恐怖には対抗できない。
 いや、よく見ると何やら幼い日のトラウマでも抱えているみたいで、鳥肌が立ち顔色が青くなってきた。

「ちょっとちょっと、ムリしないで外に出てよ。」
「す、すまない!」

 言うやガラス戸を乱暴に引き開けて飛び出した。失礼な奴だな。
 比べてお姫さんの方は胆が座っている。仙獣の治療に専念しており、他に注意が向かないと考えるべきか。

「あなた、変な人ね。」
「よく言われる。」
「そうじゃなくて、まことはあなた見て気分が悪くなったのよ。普通そういう反応されると自分も傷つくじゃない。でもあなた、まるで無い。」
「よく言われる。」
「よっぽどの大物か、よっぽどの無神経鈍感ね。」

 しかし安心はしたようだ。喜味子が悪意を持って仙獣を扱う事は無い。
 さすがの手並みで血を清め薬を塗り包帯を巻いていく姿を見守り続ける。

「ねえ、この子に普通の薬効果有るかしら。」
「有るんじゃないかな、イマ現在は物理実体はちゃんと有るし普通の生物と同じ素材で構成されているようだし。」
「機械みたいな言い方はよして。」
「でも、よし。ほらこれで大丈夫。」

 包帯の端を止めて終了。
 小動物の治療は昔から得意なのだ。心優しいみのりがしばしば野山から傷付いた鳥や獣を連れてくる。

「薬がちゃんと効くように、しばらくの間はそのまま実体化し続けておいた方がいいと思うよ。」
「そうね、ちゃんと寝かせておくわ。」

 喜味子の手から渡してもらい胸に抱く。仙獣は力無げに頭をもたげ胸元に擦りつけて甘える。

「アルファリーフ。」
「え、」
「この子の名前よ。種族はグリフォンの幼生ということになっているわ。生まれは神話の世界でもう随分と私達と共に在る。」
「ふん。」
「守護神なの。」

 おそらくはこれが彼女なりのお礼なのだろう。魔法を使う獣に対して色眼鏡で見ること無く親切にしてくれた喜味子への精一杯の感謝だ。
 でもツンだな。デレやしない。

 納屋を出て、三雲 丹を拾い蹴飛ばしながら橋に向かう。胸に大事に仙獣を抱いたまま。
 しばらくして鳩保が入ってきた。

「オーラシフターに関しての情報取れた?」
「少なくとも連中は、「花憐ちゃんが酷い目に遭った」神仙境から空想で構成された怪獣を連れてくるだけの実力が有る。
 でもあの子達にではなく、バックに控えている大人の実力だろうね。仙術は修行年数が長い方が術が強力になるから。」
「ふん、目の前の敵だけを見ていたら足元をすくわれるか。」

「でもさ、ぽぽー。私、あいつら嫌な気がしないんだよね。」
「喜味ちゃんはいい人過ぎて、危ないよ。今殺す気ならあいつら出来たよ、たぶん。」
「そんなもんかねえー。」

 喜味子は薬箱を仕舞う。納屋の電気を消した。

 

PHASE 438.

 八月七日昼過ぎ、物辺神社本殿。
 新婚旅行から帰ってきた物辺祝子・鳶郎夫妻が父と姉との前に平伏している。双子も列席する。

「只今戻りました。今日よりは心新たに外記封禁結界堅持の為に一身を捧げ全力で奉仕したいと思います。」
「うん。」
「鳶郎にございます。吾が妻祝子と共に物辺島の境を守り、弥栄なる興隆を成し遂げたく存じます。」
「鬼の神社であるからほどほどにな。」
「はっ。」

 帰還の挨拶はこれで終了。続いて父と姉が正面より退いて、二人が神前いや鬼前に進み出る。
 饗子が呪文を唱える。

「これよりは外記の社を司るは物辺鳶郎、鬼の侍従は物辺鳶郎にございます。障り無きようお見知り置き乞い願いまする。」

 ゲキの鬼に対しての言上だ。これにて正式に物辺鳶郎は物辺家の当主となった。
 いささか簡単ではあるが、終了。だいたいややこしい事は結婚式の日に済ませている。
 そもそもが昔は新婚旅行など無いのだから、結婚して次の日にはもうお勤めに励んでいるはず。
 父、義父が立ち上がり鳶郎を誘う。

「では一通りを教えておくか。饗子祝子、此処には居ないが優子に伝えておく。鳶郎があらかたを仕切る用意が整えば、儂はしばらく旅に出る。」
「旅ですか、どちらまで。」

 饗子が初めて聞く話に耳を疑う。これまでも日本全国あちこちに野暮用と称して出歩いていた父だ。今更に何の特別な旅が有るだろう。
 だが気軽な思いつきではなかった。

「思い起こせば物辺家に婿入りしておよそ50年、島に居続けねばならぬ故に各所で不義理を働いてしまった。罪滅ぼしの行脚だな。
 贄子が留まって婿を迎えていればもう少し早く行けたのだが、まだ遅過ぎもしないだろう。」

 そもそもが父は武術の達人として婿に迎えられた。鳶郎と同じく、それまでに様々な修羅場を潜り抜けている。
 世間に未練も柵もあったろうが、すべてを振り切り物辺咎津美と娶される艱難辛苦を強いられた。
 日本中あるいは世界にも、彼を待っている人が居るのだ。楽隠居など出来ない。

 饗子が軽く酷いことを言う。如何に複雑怪奇な家系とはいえ、父と実の娘だ。遠慮が生じるわけも無い。

「じゃあ鳶郎さん特訓ね。父さん、来年正月の「お引き上げ」(旧正月の神事)までになんとかしましょう。」
「うむ。」半年は出発が延期させられた。
「はい、精進いたします。」

 改めて鳶郎は頭を下げる。
 だがだいたい大丈夫なのだ。物辺神社の縁起や古文書の類は学究肌の祝子が諳んじるまでに詳しい。
 何より必要なのは力、武術の技の冴えで、この点に関してはドバイ新婚旅行で祝子本人が自らの目で確かめてきた。
 江戸時代初期にゲキの鬼が再臨した際にこれを鎮めたのが、漂泊の武芸者。特に優れた業前を持つ者のみが鬼を調伏できると識る。
 以後歴代の宮司は武術の優れた者を選んでいる。

 ただ実戦での強さを維持するには、やはり現場で働くしか無い。
 鳶郎も義父に習って「ちょっと野暮用」と称して、しばしば神社を留守にする事となろう。

 

 新婚旅行が終わって帰ってきたらまた宴会。無事帰還を喜び、新しい物辺家当主と親交を深める酒盛りとなる。
 その前に。

 帰ってきた祝子が神社チェックを開始する。
 姉の饗子はぬるい性格であるから、祝子視点で細部を洗い出せば必ずアラが見つかる。鬼の目で見る執拗さで暴き出す。
 優子が残留していればそこまで厳しくしなくてよかった。変態ダメ人間とは言え優子は巫女仕事においては祝子のコピーなのだ。

 まずは人員から、とバイト巫女の招集を掛ける。

「うん? 芳子達はどうした。」
「にげました。神速で。」
「ちっ。」

 本日もバイトは草壁美矩と江良美鳥の2名のみ。午前中は物辺村の少女達も詰めていたが、颯爽と離脱する。

「ちっ。」
 祝子は童みのりとのドバイ旅行で認識した古代宇宙人ゲキの超科学パワーとやらを確かめたかったのだが、残念。
 まあ明日でもいいさ。どうせ連中は逃げようが無い。村の住人なんだから。

 祝子はバイト二人の前に立つ。旅装から着替えて白のワンピースにサンダルのラフな格好。
 別に結婚したとて髪も切らなかったから、七夕の時とほぼ同じ姿。見ようによっては美矩達の先輩高校三年生にも間違われる。
 人間的成長まるでなし。御歳三十だから変わり様も無いか。

「しかしデカイなあ、身長、」
「180センチ有ります。」
「うん、確かに。バレーの選手になれよ。」

 江良美鳥は何時でも何処でも目立つ存在だ。しかもぼーっとしているから、祝子チェックにも引っかかる。
 七夕祭の時にも来た美矩に尋ねる。ちなみに美矩の評価は「良」だ。電気製品を扱わせない限りはトラブル起こす心配も無い。

「こいつは仕事はどうなのだ。」
「それが結構器用にやります。手先の仕事は細かいのから力の要る事まで何でも経験済みです。」
「見かけによらず使えるわけだな。」

 だが美鳥、祝子の冷たい視線に曝されて、ぐうと腹が鳴る。
 ちょうどお昼前に祝子達が帰ってきたから、昼飯食いそびれていた。
 それは美矩も同じで、駅弁食べた夫妻以外は皆腹ペコだ。

 さすがに祝子も反省する。

「まずは昼飯か。折角だからあたしが作るか、なにが食べたい?」
「昨日饗子さんは冷や麦を茹でると言っていました。」
「なるほど。」

 乾麺茹でるだけなら料理の技術も才能も要らない。手っ取り早くてよい。

「じゃあ作るぞ。お前たち食卓の用意をしろ。双子を逮捕してちゃんと連れて来い。」

 ちなみに双子は本殿でのご挨拶が終了した直後に逃走。不在の鳩保芳子の家に押しかけ、母親に焼き飯を作らせて既にお昼は食べている。
 彼女らは美鳥に連行され、席を同じくして冷や麦地獄を味合わされるのだが、

 真に驚くのは祝子であった。

 

PHASE 439.

 それからざっと3時間前、東京。
 高級ホテルを出た物辺優子と城ヶ崎花憐は、城ヶ崎家所有のマンションの一室に入った。
 昨日まで、いや今朝まで物辺祝子と鳶郎が滞在していたから、未だ気配が漂っている。

「それは化粧の匂いとゴミの臭いだろ。」

 キッチンの冷蔵庫の扉に祝子の手で「ゴミをちゃんと出しておけ」と書いた張り紙が磁石でくっつけてある。
 二人が入れ替わりで利用するのを見越して、ゴミ処理を任せて逃げたわけだ。
 全室調べてみると、あちらこちらに新婚ほやほやのカップルの残滓が見受けられる。
 花憐、左手で髪を掻き上げて、しょうがなしに言った。

「掃除、しなくちゃね。」

 このマンションはもちろん資産目当てで購入したもので、通常は空き家になっている。
 ただ花憐の父が出張したり、物辺家の人間が上京した場合などにホテル代わりに用いていた。
 一応管理しているのは花憐の兄。東京で就職しているから、気が向いた時に様子を見に来る。

「というわけで優ちゃん、わたしはここの片付けが終わったら兄さんに会ってくるけど、一緒に行く?」
「行かない。」

 二人共にほっかむりして掃除しながら、優子は拒絶する。

 物辺村基本常識。「城ヶ崎家の兄は極度のシスコン」、彼は花憐母と花憐本人を溺愛と呼べるほどに好いている。
 あまりにも大好きだから、却って指一本触れないほどに慎重に繊細に扱っている。
 エッチな真似などした事も無い。兄妹ならば当然ではあるが、まったくに性的接触が無いのも不自然であろう。
 これも花憐に嫌われないが為の自衛策。

 しかし優子は知っている。城ヶ崎兄の中学生時代のガールフレンドは花憐を大きくしたような娘。
 高校時代に付き合っていたのもやはり花憐になんとなく似た娘。
 東京で大学に通っている時分にもちょいと覗きに行ったら、やっぱり花憐の髪そのままの女といちゃついていた。
 おそらくは結婚する相手も花憐そっくりであろう。

 兄妹の再会に付いていくなんて不毛な行為をするはずも無いのであった。

「エスコートなら如月を使えよ。子分なんだから。」
「違うわよただのお友達よ。でも、そうねやっぱり、護衛に付いてくるんでしょうね。」

 ゲキの力を得て以来完全フリーだった時間など無い。ここはVIPとして不自由を甘受せねばなるまいさ。

「問題は明日よ、優ちゃん。「彼野」の偉い人達との会談、どうしよう。」
「鎌倉かあ、また随分と和風の渋い所でやるものだな。」

 「テレビの神様」小堀 月舟によって「彼野」内部でも未来を司る者、教育関係アンシエントの長老と会う事となった。
 『寶船』と呼ばれており、各々が七福神を名乗る。
 教育関係と言っても通常の学校教育や学問ではなく、特殊能力者の育成に彼等は携わっている。
 忍者もその一つ。魔術神術、巫覡降霊、筮卜数秘占星術、修験、仙道も。

 物辺村で話題になっている「オーラシフター」も彼等の配下に在る。

「殊更に構えて攻撃的に行く必要も無いんじゃないか。向こうは、……あーいやそうだな、向こうが教育者であれば、あたしらに教育しようと考えるかな。」
「そうね、それは至極鬱陶しい話だわ。とは言うもののわたし達まだ学校教育が必要な段階なんだけどね。」
「確かに誰かに色々と習わなくちゃいけないのは確かだが、押し付けられるのは真平御免。どーしたものかな。」

 清掃終わったベッドの上にごろんと寝た優子。
 しかしこの部屋のベッドは祝子達がセックスしてたわけだが、花憐耐えられるかな?

 マンションの入口に訪問者が有る。モニターに姿が映し出されて、覗いた花憐は首を傾げる。

「きさらぎさんがもう来たわ。どうして。」
「あたしが呼んだ。コンビニで飯買ってきてもらった。」
「外に出ないの?」
「出てもいいが、考える事も有る。ここでいいよ。」
「そうなんだ。」

 優子は本来自分勝手気まぐれに生きていく質である。下手に口出しすると、拗ねはしないが怒ると恐い。最大で祝子さん級には怪物になる。
 花憐も承知するから別行動を決めた。
 それに父親と初めて会って、色々と物を思うところも有るだろう。

 ドアのチャイムが鳴って、もちろん警備上問題無しのお墨付きが携帯電話に入ってくる。
 この部屋は既に警察SPに見守られ、マンション出入りの人物はすべてチェックされる。関係者の如月怜であってもだ。
 花憐が開けて友人を迎え入れる。
 コンビニ袋を受取って中身を確かめると、牛丼だ。こんなもの食べるのか優ちゃん。

 さすがにこの部屋のシミュレーションを如月はまだ済ませていない。瞳を走らせて危険物をチェックしていく。

「如月さん、わたしこれから兄に会いに行くんだけど付いてくる? もちろん裏で。」
「仕事だから。物辺さんはどうする。」
「ここに置いて行くわ。優ちゃん別口の用が有るらしいから。」
「そうか。
 物辺さん、用が有ったら待機しているSPに伝えてくれ。なんとかしてくれるはずだ。」
「わかったー。」

 なんやかやと大騒ぎして手早く着替えると、花憐はそそくさと出て行ってしまう。着替えの山は段ボールで既に届けられていた。
 ホテルに届いた衣装とはまた別口だ。さすがにお嬢はそつが無い。

 しばらくぼーっと天井の埋め込み蛍光灯を眺めていた優子は、ふいに声を出す。誰も聞いていないのに呼び掛けた。

「おい忍者、聞いてるだろ。どうせ盗聴器が仕掛けてるんだから。それともSPに知られたくないか、ならば電話で応答しろ。」

 すかさず、有線の電話が鳴った。思ったとおりに室内完全に盗聴盗撮されている。鳶郎が暮らした部屋ならば当然だ。
 のろのろと黒髪を引きずりながら電話に出る。既に留守電モードになっているが、構わず受話器を取り上げた。

「よお。なんと呼べばいい。」
「”影”でけっこうでございます。物辺優子様」

 男の声だ。中年よりはまだ若い、30歳前後と思われるが所詮は忍者。声色など幾らでも変えられる。

「ひとつ頼みたい事がある。」
「なんなりと。我らの力の及ぶ所であれば如何様なご命令でも承ります」
「そこまで面倒は掛けないさ。昨日花憐が会わされた「日本の未来をなんとかするの会」のことだ。」
「はい」

「「日本のなんとか」は、昨日体験した限りにおいては無能そのものだ。評価するにも値しない。
 何故あんなものが、あそこに出る。あれが本当に我々の敵対勢力か、大いに疑問だ。」
「さようでございますか。我ら裏に生きる者は上層部の判断に疑問や評価を下さないしきたりがございます。どうかお含みおきください」

「ひょっとしたら昨日の会は、連中を潰す為にわざと仕組まれたものではないか? 連中をあそこに呼んだ者こそが、あたし達が真に会うべき敵だろう。」
「ご推察恐れ入りますが、我らでは返答しかねます。もし詳しい状況の説明が必要とお考えならば政治関係の要員を派遣いたしますが、いかがなさいますか」

「つまり、駒がまだ揃っていないわけだな……。」

 優子は嘆息した。分かってはいたが、日本国政府もアンシエント「彼野」もなかなか尻尾を掴ませない。

「分かった、この件はまた別の日に改めて調べよう。

 次に、誰か一人寄越してくれ。花憐の如月のような人間だ、なんでも雑用する。ただし忍者じゃない者がいい。」
「かしこまりました。適当な者を差し向かわせます。女人でよろしうございますか」
「男だと花憐が怒るだろう。そうだな、二十歳くらいの容姿も普通のやつだな。」
「かしこまりました」

 他に用事が無いとみて、電話は切れた。たぶんこの会話はSPには傍受されていないだろう。そういう仕掛けが有るはず。

 優子が雑用係を呼んだのは他でもない、自分の力で生ゴミの袋を収集場所まで持っていくのが嫌だったからだ。
 花憐の奴、すっかり忘れて行きやがった。

 

PHASE 440.

 祝子襲来から逃走していた鳩保芳子は、最寄りのスーパーでアイスクリームを買うと颯爽と自転車で戻ってきた。
 自宅左古礼医院の台所勝手口から入ると、母親に叫んだ。

「おかあさん昼ご飯はー」
「るぴみかちゃんがよっちゃんの分食べていっちゃったわよ。」(物辺の双子美彌華&瑠魅花を鳩保母は”るぴみかちゃん”とひっくるめて呼ぶ)
「げー、どうしようラーメンでもいいから作って、」
「はーい。」

 数分後、とんこつ高菜ラーメンをすする娘を前に母はちょっといぶかしげに言った。

「よっちゃんあのね、あなた今自転車乗ってるわよね。かっこいいの。」
「うん喜味ちゃんのだよ。」
「きみちゃんはどうしてるの?」
「喜味ちゃんは乗らないねえ。なんか足が短いとかで。」

「でもアレ高い自転車よね。」
「うん、元の自転車が戦車にぺちゃんこにされて、弁償でもらったって。」
「でも高い自転車なのよ、よしこ。」

 さすがに母が何を言わんとするかを、芳子も勘付いた。
 他人の高級自転車を我が物顔に乗り回すのは問題が有る。冷静に考えてみれば確かにそうだ。

「うーんー、そうだねー。」
「きみちゃんに返してきなさいよ。」
「わかったー。」

 とは言うもののだ。芳子件の自転車をいたく気に入っており、また自分が乗れば映えるのもよく分かる。
 自転車を押して児玉家に行くと、喜味子が外で鶏の世話をしていた。正確には、軍鶏に襲われ蹴飛ばして応戦していた。
 ぼろぼろになって鶏庭を覆う網から出て来た喜味子に、芳子は説明する。

「これこれこういうわけで、かあさんに怒られちゃったよ。」
「ま、普通怒られるよな。」

 確かに喜味子も自転車が無いのは困る。ただエレガントな外国製高級自転車に自分が乗った姿を想像すると、かなり違和感を覚える。

「正直似合わないんだよね、コレ。私には。」
「あー、まあ運転できれば、」
「足の長さが足りないから、つま先立ちみたいで危ないし。乗れなくはないよ乗れるけどさ。」
「そうなんだよねえ。」

 喜味子は額にかかる髪を直して芳子に提案した。軍鶏の軍団に後ろから襲われて、かなり苦戦した痕だ。

「売ろうか?」
「買った!」

 自分で言い出すには障りの有る台詞である。芳子の心情も分かっているから、喜味子が提案してくれた。
 だがモノが高級であるから、おいそれとは値が付けられない。

「でもさ喜味ちゃん、高価いんだよねコレ。」
「まあサラで買えば10マン軽く突破するさ。だがここは思い切って1マン円でどうだ、プリンタは付けない!」
「おう買った。でもいいのそんな値段。」
「最初潰されたのが駅前放置の自転車5千円で買ってきたものだし、1万円あればもっといいのが買えるでしょ。」
「そうか。喜味ちゃん自分で改造するしね。」

 家に戻った芳子は、しかしカネが無い。小遣いバイト代はとうの昔に正義の活動費として消え失せた。
 やむなく母に借りることとする。

「えーと、いちまんえん、」
「ちょっとよしこ。そこに座りなさい。」

 畳の上に正座させられる芳子。
 大人基準であれば、自転車借りパクするよりも安く買い叩く方が罪が重い、らしい。

「よしこ、いくらあの自転車が気に入ったからと言って、喜味ちゃんにムリヤリな値段で売らせるなんてどんな脅しをしたのよ。おかあさんかなしい。」
「いや、そんな、きみちゃんがむこうから、」

 どうにも旗色が悪い。これは弁解のしようが無いマターだ。罪悪感が後から湧いてくる。どうしよう。
 きみちゃん助けて。

 というわけで、芳子と母は再度児玉家を訪ねる羽目になる。
 芳子の母は出て来た喜味子の母といきなりご近所会話を繰り広げ、娘二人は玄関先で立ちんぼを食らわされた。
 喜味子、芳子に。

「なんてことしてくれやがる。」
「すまねえ、こんな展開は私の慧眼をもってしても読み切れなんだよ。」

 数十分の攻防の末、結局鳩保芳子は児玉喜味子から自転車を適切な値段で譲ってもらえる裁定が下った。
 当初1万円だったのが2万円に値上げされて、決着。

 しかし芳子本人はカネを持っていない。
 母から小遣い前借りの形で決済した。
 別に遊びまわってるわけじゃないのに、正義と真実とアメリカンウエイの為に日夜戦い続けているというのに、無慈悲な貧乏生活。
 ヒーローなんてやるものじゃねえ。

「銭だ。世の中銭が無いのはクビが無いのと一緒だ。」

 芳子、改めて活動資金の捻出の重要性を認識し、近日中に解決せねばと心に誓う。

 

PHASE 441.

 鳩保のヘマによって長時間の苦痛を強いられた児玉喜味子は、心の傷を癒やす為にのこのこと御神木秘密基地にやって来た。
 たちまち物辺祝子に捕まる。

「きみこお〜、」
「ひい。」
「お前達ここでやりたい放題してくれたな。御神木花が咲いてないじゃないか。」
「そ、そうなんです。実はその事に気付いて近日中になんとかしようと、」

 物辺神社の御神木はサルスベリだ。通常ピンクか白の花が咲くのだが、珍しい血のように赤い花が夏中咲き誇る。
 言い伝えによれば、江戸時代初期にゲキの力を復活させて鬼と化し領主に反逆した碓井某が、流浪の剣客に斬られて飛び散った血の色とされる。
 数えて三代目の御神木で、実はさほど大きくはない。幹周り2メートル弱で、元より人の入れるウロなどは存在しない。

 ゲキロボが同化している現在だからこそ、幹周り5メートルを超える巨木の姿なのだ。
 認識欺瞞によってバレないようにしてきたが、宇宙人ゲキの知識を得た祝子には通用しない。

「ゲキとかいう宇宙人の力だってな。世界中が注目する。」
「ほふりこさん、みぃちゃんから説明をしてもらったですよね?」
「あんな子供の説明で理解できるわけ無いだろ。ちょっとここで実演してみろ。」
「じつえん、ですか。ゲキロボの。でもロボ本体を動かすのは優ちゃんが居ないと難しくて。」
「世界を破滅して見せろとは言わん。ちょっとした手品でいい、凄いのだ。」
「は、はい。」

 気合が乗っているから祝子、喜味子の顔相にも怯まない。
 饗子さんならカネに成らない所には興味示さないのに、困ったなあ。と喜味子は手品の準備を始める。
 御神木基地前のテーブルの上に置かれた14型ブラウン管テレビとゲーム機を示す。

「ゲキロボに直結したこれを使います。」
「ドリームキャストじゃん。しーまんでも出すのか。」
「あーシーマンのソフトはさすがに今手元に無くて。だってあれ、水槽が無いとダメでしょ。」
「湯川専務でもいいぞ、出せるのか?」
「でますけどねー、やれと言われれば出しますけどねー。」

 祝子は案外とゲーム機にも詳しい。優子が子供の頃に近所の悪ガキ、つまり喜味子や鳩保だ、が遊んでいたゲーム機を取り上げてRPG一晩でクリアして泣かせた事が有る。

「じゃあこれを出してみます。」
 と取り上げたゲームソフトに、早速ケチを付ける。

「それドリームキャスト用じゃないだろ。……あ? 同人?」
「WINDOWS用の同人ソフトですね。『すーぱー地味子大戦PX』」
「ソフト違うのに動くのか。」
「宇宙人技術ですから。円盤が回れば何でも読み込めますし、CPUの違いとかモノともしません。」
「よしやれ。」
「へい。」

 起動させたゲームから登場キャラを選んで2体を実体化させる。
 これは土管ロボガスコーニュが白ネズミが化けたパイロットにより操縦されていた事件を参考に、童みのりがドバイで遭遇したスプライト使いの技術も応用して、擬似的に空間に物質構造を再現させるものだ。
 昨日本物の魔法生物「幻獣」を見たから、より精度が上がっている。

 セーラー服とブレザーの2人の女子高生が虚空より出現した。ふっくらとした胸の大きな子と、外人だ。

「”九曜 月子”と”プリシラ・ハーツホーン”です。」
「なんか地味だな、金髪なのに。」
「そりゃスーパー地味子大戦ですから。」

 触っていいと言うから、祝子は遠慮なく実体化した女子高生を触る。
 スカートを捲り上げ生地を確かめ、髪の毛を引っ張り抜いて毛根の色から金髪が染でないのを確認し、セーラー服の下から手を突っ込んで生乳揉んでみた。
 その間二人の地味子はぴくりとも動かない。生理反応こそ有れ一時停止状態に置かれ、体性反射も精神活動も停まっている。

「生きてるような気がするが、心臓は確かに動いているが、反応が無いぞ。」
「そりゃー普通の女子高生なら、たとえ相手が女でも乳揉まれれば殴り返してきますよ。」
「こいつら動くのか。」
「動くし喋るし自発的に判断して行動しますし、感情も持ってます。ゲームキャラだから。」
「そうか、設定書通りに生きた人間として実体化しているわけだな。何かやらせてみろ。」
「じゃあ、橋の向こうの自販機までお使いにやってジュースでも買って来させましょう。」

 ゲーム機のコントローラーを操作して二人に活動開始させ、250円渡して橋の対岸本土側にジュースと缶コーヒーを買いに行かせる。
 二人は肯いて、肩を並べて歩いて行った。
 後ろ姿を見送って祝子は評する。

「なんか、意識は有っても自我は無いような気がするが、」
「そりゃそうですよ。設定書どおりの感情与えたら勝手に動き出して言うこと聞きません。ロボットじゃないんですから。」
「つまり宇宙人の力で人工的に作られたにも関わらず、あいつら反抗するわけか。ロボット三原則は、」
「そんな古臭いもの今時実装してるロボもアンドロイドも居ませんよ。だいいちあいつら人間です、生身の。」
「なんで人間なんか実体化させるんだ。」

 あんただあんた、と言いたいところだが、祝子に逆らって良かった例は無い。
 10分後二人が帰って来るのが遠目で見えた。手にジュースと缶コーヒーを持って、背後に野次馬を数名引き連れて。

「なんだ後ろの連中は。」
「「可愛すぎる巫女」目当てのオタクですね。”九曜 月子”と”プリシラ・ハーツホーン”が歩いているから、早速食いついたようです。」
「これ同人ゲームなんだろ、人気有るのか?」
「田舎の物辺村にもゲームが有るくらいですからねえ。深夜アニメの人気番組程度にはファンが居ますよ。」

 ちょうど通り道に竹箒で掃いている江良美鳥の姿が有る。紺の袴で凛々しく見えた。
 喜味子はコントローラーを操作して、二人が持つジュースと缶コーヒーを手渡させると、その場で存在を消去。
 どろんと煙も無く消えて、びっくりしたオタク達が倒けつ転びつして逃げていく。

 祝子、ゲキの力の実演としては大満足で大きく肯いた。

「面白いな。なにか悪用の方法がありそうだ。」
「えー、そんな大人気ない。」

 大人気ない大人、それが物辺祝子である。

 

PHASE 442.

 遊んでいられるのも今の内。物辺祝子と鳶郎夫妻はこれからが忙しい。
 日が傾くと同時に宴会の準備が着々と進められていく。物辺家母屋を会場として、村人が集結する。
 今回大人だけの集まりだから鳩保達はフリータイムだが、御神木秘密基地付近にも人が入ってくる可能性大。
 一時撤収して木の洞の入り口を閉鎖した。

 さらに、酒の匂いと人集りが何より好きなクビ子さんを回収して、石臼場の亜空間「神仙境」への入り口に叩きこんでおいた。
 対策終了問題無し。

 鳩保喜味子みのりの三人はとりあえず今日は店じまいだ。連日寝不足で調子が悪い。

「今日は素直に寝るか。」
「そうだね、ちょっと疲労が溜まってるかな。」
「明日もラジオ体操有るし、」

 懸念を挙げたらキリが無い。サルボロイド星人やオーラシフター、東京で優子花憐が会うVIPも気に掛かる。
 商店街で改装中の喫茶店も明日完成だ。引き渡しを受けて、それから消防署やら保健所やら、そもそもマスターがまだ決まっていない。
 名目上の施主となっている山本翻助も明日くらいにはちゃんと顔を出してくれるだろうか。責任者居なければちょっと手続き問題だ。
 あーいらいらする。

「はとやすさーん!」

 背後から呼ぶのはバイト巫女の草壁美矩と江良美鳥。神社も営業終了で家に帰るところだった。

「バイトご苦労さん。明日は?」
「美鳥は来るけど私は無しだ。どうも馬鹿でかいのが気に入られちゃったみたいでね。」
「祝子さん帰ってきたからねえ、明日からは地獄だろうね。」

「そうなんですか、どうしようかな。」

 だが律儀な美鳥は未来予測など関係なしに愚直に嵐に突っ込むのだ。このくらい無神経であれば、鳩保もぐちゃぐちゃ悩まずに済むだろう。

 

 午後十時。

 風呂に入って諸々の用を済ませて、とにかく今日は寝ようと自室に引き上げる鳩保は、不意に頭に閃いた。
 緊急警報だ。物辺島に、いや門代に異変が有る。
 首根っこ電話で喜味子とみのりに連絡する。

「きみちゃん、みぃちゃん!」
「感じてる。ちょっと待って今空中イカロボに照会中だ」

 イカロボ空中管制用の端末は、現在喜味子の家に有る中古ノートパソコンのみ。鳩保は手が出せない。
 これは盲点だった。ゲキの少女全員に専用端末を配っておかないと。

「ああ、警戒警報から注意警報に格下げだ。オーラシフターだよ、物辺島に侵入しようとしたんだ」
「なんだ。でもそのくらいで警報が出るかい?」
「出るんだから、ゲキロボ的には看過し得ない状況なんだろうね。ちょっと様子を見てくる」
「いや、私の方が橋に近い。見に行くよ。」

「ぽぽー気をつけて」

 みのりが心配して自分も行こうと言うが、地球人相手にそんな大兵力必要無い。
 鳩保寝間着の上に学校体操服のジャージを引っ掛けて、夜の島に出る。遠く物辺家では大人達の宴会の声がまだ聞こえてくる。

 城ヶ崎家の橋の監視所まで来て海を眺める。本土側には異常無し。ゲキの眼を使って見ても異常無し。
 一歩踏み出し橋を渡ろうとすると、

「鳩保芳子様。」

 声がする。姿は無い。渋い、年季の入った男の声で殺気も交じる。明らかに一般人とは異なる。
 首を回して探っても気配が無く、どこに潜むかも分からなかった。

「忍者、ですか。」
「はい。陰ながら貴女方をお守りしております。」

 そうか、鳶郎さんの忍軍がオーラシフターの侵入を撃退したのか。
 でも未だ警報が止まらないのは、事態が進行中というわけか。

「敵はオーラシフターだね。今は、」
「追跡中でございます。」
「追い詰めたらどうするの。」
「規定に則った措置を行います。」

 うわー。忍者だから当たり前だが、ぶっ殺すって意味だろうか。
 しかしオーラシフターも素人ではない。忍者が使わぬ特殊な超能力で応戦するだろう。

「あいつらにはちょっと用が有る。私が出向いて、」
「それはご遠慮いただきます。「彼野」よりの指図で、人間同士の抗争への貴女方の関与は極力防ぐように言いつかっております。」

 断固として拒絶する強い意志が感じられる。問答の相手が物辺鳶郎であっても、やはり答えは一緒だろう。

「じゃあ、任せる。と言った方が良いのかな。」
「おまかせください、おやすみなさいませ。」

 それきり声は消えた。最後まで居所が分からなかった。さすが忍者。

 鳩保、橋の手前で踵を返す。オーラシフターの戦い方を見てみたかったが、仕方ない。
 不可視の電話で喜味子に尋ねると、空中イカロボはオーラシフター蟠龍八郎太の位置を特定。門代中心市街商店街付近に反応が有るという。
 ここで激闘が繰り広げられるのだろうか。

「ぽぽー、関与したいのは分かるけど、鳶郎さんの顔を潰す事にもなっちゃうよ。ここは自重ね」
「でも村に来たオーラシフターの連中はみんな高校生で、酷い奴ってのは、」
「じゃあぽぽーはどうしたいんだ」

 問われて流石に返答に窮する。私はあいつらをどうしたいのか、仲間になれとでも言うべきなのか。
 首を横に大きく振る。違うコレは、自分達がではなく彼等が自身の力で物辺島に辿り着かねばならないのだ。
 話はそれからだ。

「寝るわ。」
「うん、それがいい」

 とか言いつつも、喜味ちゃんは夜通しイカロボで経過を観察し続けるのだろうな。

 家に戻ってベッドに入った鳩保は、本日最後のお勤めとして宇宙ラヂヲのスイッチを入れた。
 昨夜はまた仕掛け罠を回避されてサルボロイド星人との対決が日延となった宇宙人有志隊。
 本日の首尾は、

「ああああああーっと、有志隊壊滅かぁーーーーー!」

 

PHASE 443.

 二〇〇八年八月八日、なにかちょっと特別な日。郵便局の消印くらいしかメリット無いけれど。

 鳩保芳子は早朝より門代中心市街商店街アーケードに居る。あまりにも早いから通勤の人だけで、まだどの店もシャッターを下ろしたままだ。
 しかし、実の所商店街は大騒動になっている。

 昨夜いきなり暴風が吹いたかにアーケードが鳴動し、夜通し金属が絡み合う高い音が鳴り響き、シャッターに重量物がひっきり無しに衝突した。
 あまりにも異常であるから誰も様子を見に出たりせず、身を縮めてひたすら陽が昇るのを待つ。警察ですら進入できない異常事態であった。
 さすがに朝には騒ぎも収まったが、このままシャッターを開けて営業開始するか、それとも警察による現場検証をするかで揉めている。

「うわー。」

 ここアーケード商店街も地方都市のご多分に漏れず閉店貸し店舗となり閉じ切ったままの店が多い。
 営業していない店を選んでシャッターに大ダメージが与えられているのだ。何者かは知らないが、賊は商店街の皆様に迷惑を掛けないよう最低限の配慮をしたわけだ。

 大きくひしゃげたシャッターの前にうずくまる男性が居る。鳩保の見知った人だ。

「おとうさん?」

 振り向いた褐色の肌、つぶらな瞳。門代高校二年五組シャクティ・ラジャーニさんの御父上だ。
 シャクティさん家もここアーケード内に創作インド料理の店を出しているから、当事者である。昨夜何が起きたかを自力で解明しようと試みる。

「おう鳩ヤスさん、おはようございます。」
「おはようございます。あの、何をなさっているのですか。」
「NASAって? おう、なしているのです。見てくださいコレ。」

 と示すのが無残に破壊された金属シャッター。まるでダンプカーでも突っ込んだかにひしゃげ、折れ曲がっている。
 明らかに異常なのは分かるが、おとうさんが指摘するのはそこではない。シャッターの陰に隠された遺留品を発見したのだ。

「コレ、なにかワカリマスか鳩ヤスさん。」
「……。手裏剣?」
「おう大正解です。これは車手裏剣、ならば忍者ですNINJA!」

 前にシャクティさん家に遊びに行った時に聞いた。
 シャクティさんのお父さんはお客の影響で棒手裏剣に凝っており、当然に忍者にも強い興味を持つ。
 店が営業中の間にも、お客さんの前で手裏剣実演をして喝采を浴びているのだ。

 であればこの遺留品、見逃すはずが無い。

「鳩ヤスさん、これはどう見ても手裏剣です忍者です。忍者がここでBATTLEしました。ちがいますか?」
「いえ、……そのー確かにこの惨状を考え、実際にこれが有るという事はー、確かにNINJA?」
「ヤッパリ! ワタシは間違っていなかった、シャクティよりワタシが正しい。忍者は今も日本に確かに居るのです!」

 鳩保顔面を引き攣らせておとうさんの喜びようを観察する。
 いやまったく、誰が見てもその結論に容易に到達するだろう。なにせピカピカに輝く五方手裏剣だ。忍者以外の誰が使おう。

「おとうさん、なにしてるのよ。鳩保さんに変なこと付き合わせちゃって。」

 と、顔を出すのがシャクティさんだ。
 夏らしく水色チェックのノースリーブワンピースで、肩なんか出して褐色の肌を誇示している。これはエロい可愛い。

「鳩保さんおまたせ。じゃ行きましょ。」
「おう、鳩ヤスさん、これはまちがいなく!」
「はいはい、間違いなくニンジャニンジャ。」

 父親の浪漫の敵は出来過ぎた娘である。堅実な人生設計を持つ女の子は、大人げない趣味なんかに付き合ってくれない。
 おとうさんは悲しそうな顔をして鳩保を見送った。シャクティよりはちゃらんぽらんなノリのいい少女と思ったのだろう。
 ごめんなさい。それは面白いけれど、ちょっと内緒のお話です。

 

 同じアーケードの反対西側に、改装した喫茶店がある。創作インド料理店が入り口側とすれば、出口に近い。
 シャクティと鳩保が自転車を押して行くと、既に待ち人が首を長くして背も高く伸ばして文句を言う。

「遅いぞ。」

 名目上の施工主、軍師山本翻助と鳩保にメールで呼び出されたアル・カネイだ。ちなみにこの二人は前にも仕事で一緒になっているから、男同士つるんでいても不思議はない。
 そして工務店の中年男性。彼は今回の改装工事の期間中鳩保の顔しか見ていないから、施主なる人物が本当に居るのか不審に思っていたようだ。
 今日は本人がちゃんと来たから、やっと安堵する。

「すいません、山本さん。」

 今回山本翻助を起用するにあたり、鳩保は例外的な待遇を彼に認めていた。自分に対して偉そうにしてよい。
 当然の話で、施主の代理として鳩保が一切を仕切って来たのだから、施主本人が来たならば彼の意見を最大限に尊重しなければならない。
 そうでないとお芝居が成立しない。

 工務店の作業員や関係各位のみならず、シャクティに対してもそうだった。
 彼女は翻助が自分で資金を出して門代に喫茶店を出したと思い込んでいる。疑わせる素振りを鳩保がしてはならないのだ。

 そのシャクティが、現役飲食店経営の観点から改装作業の最終検査を行う。なにせ翻助はまったくの門外漢、下手に喋ればボロが出る。
 注意深く細部にまで神経が行き届き床面を這ってでもきっちりと調べていくシャクティは、なんという頼もしさ。鳩保も翻助も思わず拍手をしてしまう。
 結果はほぼ問題なし。営業するのに十分な仕上がりだ。
 当たり前の仕事ではあるが、やっぱりめでたい。

 幾枚かの書類に翻助がサインして受取終了。ただ工務店の人はこれだけは尋ねて帰った。
「それで、いつ開店ですか。」

 決まっていない。なにせ店のマスターの人選すら目処が立たないのだから。

 

PHASE 444.

「えーと、まだコーヒーの一杯も淹れられないのか。」
「そういう事です。」

 仕事を済ませたシャクティは自分の店の手伝いに戻る。
 鳩保・翻助・アルの三人は改装なった喫茶店内でお話し合いだ。残念ながらキッチンの設備はまだ使用出来ない。そもそも食材が存在しない。
 まずは山本翻助が。

「ここは名目上は俺がオーナーなんだが、この条件は何時まで継続するんだ。」
「この店舗が必要無くなるまで、でしょうかね。私達5人の誰かが必ず門代に残るから、たぶんずっとです。」
「それで、俺に経営上のメリットは無いのか。」
「いやあなたが喫茶店のマスターになる気が有るなら、このまま」
「やなこった。」

 彼は他人にコーヒーを淹れるより、淹れてもらう方が好きなタイプ。無理強いは出来ないし、やらせても経営破綻するだけだろう。
 アル・カネイが尋ねる。

「ここはGEKIの君達の秘密基地と聞いたけど、お客に制限を課したりしないのかい。」
「一応は誰でもオッケーなんだけど、宇宙人とか魚肉人間が出入りするのはちょっとお断りしたいな。」
「その魚肉だ、」

 翻助がまだ信じられない風に問う。宇宙人の存在、宇宙人によって使役される合成人間の存在までは許容しよう。
 だが何故魚肉であるのか、やはり理解できない。高度な技術力を持つ宇宙人であればもっと先進的な材料を用いて複雑な構造を備えた人造人間を作れるだろう。

「いや、宇宙人はそんな原始的な技術は使っていませんから。
 これは喜味ちゃんの専門になりますが、シャーペンの芯の先程の小さなユニットから発生するエネルギーフィールドで魚肉を人型に成型し人間として駆動する事が可能なんです。」
「ちょっと信じられないな。アル、どうだ。」

 もちろんフリーメイソンの回し者も実際の宇宙人や魚肉人間の体内を詳しく解剖した事は無い。肩をすくめて見せるだけだ。

「それでヨシコ、この秘密基地にはどんな特殊機能が装備されているんだい。」
「うん。まあ、一番目立つのが電話ボックスだね。」

 この喫茶店最大の目玉となるのが、店舗外に併設された木製電話ボックスだ。全体が五角形で胸から上は全周ガラス張り、銅板を被せた尖った屋根でレトロ感バッチリの逸品だ。
 今時公衆電話を使う人も居ないが、エクステリアとして設置されてある。

「これ、実はテレポーターになってる。これを使えば物辺村まで瞬時に移動できるんだ。」
「おおー。」

 もちろんゲキロボ二号式擬似テレポートであり秒速10キロメートルで移動しているに過ぎない。

「残念ながら誰でもが利用出来るわけではないけど、緊急時もう絶体絶命って時にはここを使って。自動的に脅威度を判定してひょっとすると助けてくれるかもしれないから。」
「う、うん。」

 アルは要領を得ない顔だが、翻助は真剣に聞いている。なにせ昨夜は。

「その脱出機能、昨日から使えるようにしてもらいたかった。聞いているだろう、オーラシフターと鳶郎のところの連中が戦闘したっての。」
「さっきその爪痕を見てきましたよ。ニンジャに言っておいてくださいよ、遺留品残すなって。」
「なんだそれ、そんなヘマをするはずが、」

 鳩保は先程シャクティの父親が発見した手裏剣の話をする。
 普通忍者は自らが存在した証拠を残さない。遺留品など完璧に処分するはずだから、これは大きな失態だ。
 翻助も遺憾に思う。

「たしかに昨夜の戦闘は酷かった。手裏剣の始末を忘れるほどにハリウッドの連中も慌てたわけだな。」
「なんですかハリウッドって。」
「ああ、鳶郎のところの忍者のグループ名だ。スタント専門芸能事務所「ニンジャ・ハリウッド」が表の正式な組織名称でちゃんと登記もしているぞ。
 江戸時代の名称の「いぐるみ」の方が業界では通りがいいけどな。」

 翻助改めて鳩保の正面に身体を向ける。ぺこりと頭を下げた。

「君の所の児玉くんによくお礼を言っておいてくれ。あの子のおかげでうちのマカロンが命拾いした。」
「ああ、だから居ないんですね喜味ちゃんは。」

 児玉喜味子は今朝のラジオ体操に参加しなかった。黎明に迎えに来た車に乗せられどこかに連れて行かれた。
 そうか、負傷した忍者の手当に駆り出されたのか。

 鳩保、両手を巨乳の前で組み合わせて考える。つまり忍者が殺られるほどにオーラシフターは強かったのだ。

「山本さん、オーラシフターの戦い方ってのを教えてくれますか。」

 

PHASE 445.

「オーラシフターについてどこまで知っている?」
「関東の私立画龍学園に所属する高校生で特待生。全員不幸な生い立ちで、特殊な仙術を使う。これだけです。」
「その仙術だ。つまり仙道、仙人に成る術だな。だが連中は仙人に成る気はまったく無い。」

「魔法だけ使うのは、ダメなんですか。」
「ああまったくダメだ。そもそもが仙道てものは羽化昇仙を最終目的として自らの肉体を調整変質させていくもので、魔法超能力は副産物でしかない。
 魔法を弄ぶのは邪仙と言って、つまり外道に落ちた存在だ。」
「じゃあオーラシフターは、」
「最初から外道に成るように仕組まれた仙術使い、連中は得道士と呼んでいるがつまり魔法使いだな。単なる組織の駒となる為の修行ってわけだ。
 画龍学園ではこの術を「未来仙より授かった」と称している。未来から来た仙人だよ。」

「つまり未来人が教えた技術で戦っているわけですか。」
「無論これまでは単なるお題目として誰も信じていなかったが、ゲキの存在とミスシャクティの降臨を考えるとあながち嘘とは言い切れないな。」

 童みのりがドバイで遭遇した謎の小学生も、未来の教育技術によって天才児に仕立てられていた。
 「未来から来た仙人によって伝えられる進歩した仙術」も、不可能ではないだろう。

 アル・カネイにも興味の湧く話題だ。CIAの定期報告により、オーラシフターなる「彼野」に属する特殊戦闘部隊が門代地区に進入したと知っている。

「PONSUKE、SENDOとは破壊的な超能力を後天的に発達させる技術だろうか。」
「超能力ではない。サイコキネシスは使えない、直接の物理破壊は不可能だと俺は聞いている。また昨夜の戦闘でもその事例は見受けられていない。
 やっかいなのは対人で遠隔で効く魔法なんだ。金縛りの術は一般的には念力の類と考えられるが、彼等の場合、」

「一種の精神攻撃でもそれは実現できますね?」

 鳩保もオーラシフターの何人かに会って、彼等の特質を分析している。
 妙に人に対して親和性の高い連中だった。魅力が高いと呼ぶべきか、明らかに常人と違い人目を惹き言動に吸い付けられる。
 サイコキネシスよりも人を操るテレパスの方が厄介だ、とだいたいマンガやアニメでは決まっている。

 山本翻助は両手を上げてバンザイした。現在の軍事技術は精神攻撃に関してまるで無知にして対策を持ち合わせていない。

「それで今回ハリウッドの忍者も苦戦したわけだ。こちらは負傷者続出なのに、向こうは被害ゼロだ。」
「ははあ、」

 鳶郎の忍軍も大したこと無いな。どうりで手裏剣なんて遺留品を不用意に残していくわけだ。

「それで児玉くんに世話になったんだよ。昨夜の戦闘では精神攻撃に耐性を持つ者がマカロンしか居らず、一人に全部の負担が掛かって殺られてしまった。」
「死んだんですか。」

 まあ喜味子なら人工心臓をゲキロボ洗濯機で合成して移植するのも経験済みだ。間違いは無かろう。

「ああ、肉体は生きていながら精神が、魂が死んでしまって手の施しようが無かった。いわゆる「魂喰らい」の攻撃だな。
 児玉くんによればこの症状に陥った場合人体を完全停止状態にして再起動すれば完治するのだが、現在の医療技術では不可能だ。手数を掛けてしまったよ。」
「完全停止の再起動って、どうするんですか?」
「いわゆる完全冷凍睡眠技術がソレだ。だがまだ人類は持ってないからなあ。」

 ここらへんの知識は翻助も喜味子からの又聞きだ。曖昧で良く分からない。
 ただ喜味ちゃんは相変わらずの人助けで朝も早くから忙しかったわけだ。

「それで忍者はどうするんです? 対策が無ければ、」
「忍者の表芸は謀略と暗殺だ、やりようは幾らでも有る。相手は所詮未成年だしな。ただ鳶郎はもっと別の手を模索している。」
「なるべくなら殺さないであげてください。上手く手懐けたら使えるコマでしょう。」
「それを俺に任されたんだけどなあ。」

 軍師という職業は戦争をして勝つばかりが能ではない。敵と連絡し交渉し調略を以って味方に引き入れ、コスト最小で脅威を取り除くのが最良の策である。
 超能力集団を取り込めば彼の野望も大きな前進となるはずだが、上手くいかない。

 鳩保、

「そういう連中を手駒にして操る本部として、この喫茶店を用意したんですけどねえ。」
「ハコだけ出来ても中身の人間が居ないとだな。それで、営業はどうするんだ。」
「とりあえずマスターとなる人物を探します。喫茶店営業の経験者とか興味有る人知りませんか?」

 翻助もアルも大望を抱く身だ。いわば小市民浪漫である喫茶店個人経営とは正反対の位置に立つ。
 首を傾げる二人に、鳩保もため息を漏らす。

「このままじゃ私達の活動資金問題も進展無しかあ。」

 翻助もアルも顔を上げる。なんだおまえら、金が無いのか。

 

PHASE 446.

「つまりこの喫茶店、当初の計画だとメイド喫茶にして私達がウェイトレスになってバイト代を適宜稼ごうって計画だったんです。」

「ここの店舗物件は帳簿操作でちょろまかして、改装費用も不正に捻出したんだろ。小遣いくらいなんとでも出来るだろ。」
「それでは親に対して説明責任が果たせないんです。労働に対する正当な報酬として多過ぎず少な過ぎず、怪しまれない金額を恒常的に供給する。これが重要。」
「金使いが荒くなると親が心配するって話か。こどもは面倒だな。」

「大金なら不正な手段を使わなくても、みのりちゃんがドバイでもらってきたお宝を換金して億単位で用意できるんですけどね。」
「億円、をか。」

 翻助ごくりと唾を呑み込み喉仏を上下させる。兵法研究家軍師は今の世の中儲かる職業ではなく、活動資金にはいつも難儀する。
 ここはユダヤ資本の出番だ、とばかりにアルが大きな身体を曲げて鳩保に接近する。

「そういう事ならこの喫茶店を大手チェーン店と提携させて、そこからバイト代という形で君達に、」
「スターバックスとか? あーそういう考え方も有るけどさすがに秘密基地との整合性がー。それにそもそも門代高校バイト禁止だし。」

「だいたいどのくらいの金額が必要なんだ。1万、2万?」
「正義の味方の活動費はそれでは足りない。自転車代金の前借り分も有るし……。」

 鳩保断腸の思いで台詞を吐き出す。2万円前借りはおよそ4ヶ月小遣い無しを意味する。これは抜刀袈裟懸けで斬られるに匹敵する痛みだ。
 苦しみのたうち回る鳩保を横目に、軍師山本翻助は考える。これはむしろ、チャンスだな。

「アル、確かNWOにはゲキの少女達の公式映像記録は無かったな。全部非合法の、」
「はい? um−、確かに資料映像として用いられているものはすべて盗撮画像と動画ですね。」

「ちょっとまて、NWOは私達を盗撮して、それ見て喜んでいたのか。」

「つまり、ゲキの少女物辺優子鳩保芳子城ヶ崎花憐児玉喜味子童みのりの5人は、自分では納得出来ないプライベートな映像をたらい回しにされて分析されているわけだ。」
「ちょっと待って、なにそれ。どういうことなの、アル!」
「つまり君達に同意を得て公式に撮影した事が無い、って話だよ。」

「PV、プロモーションビデオを撮ろう。NWO構成メンバーに対してこれが計画の中枢ゲキの少女だと示す公式映像記録を。無論表向きは門代地区の観光案内ビデオとかにして、鳩保くん達がバイトで出演するんだ。」
「OH! それはグッドアイデアです。」
「へ?」

 なんだか妙な話に転がって行くぞ。いきなりの提案なのに、なんだこのノリ具合。

「PONSUKE、それにはNWO High Council(事務方最高評議会)の合意が必要ですが私が了承を取り付けましょう。撮影機材、人員も最高のものを用意して。」
「HOLLYWOODだ! 本場映像業界から著名な映画監督を呼んで、百年先までも色褪せない完璧なプロモーションビデオを作るんだ。」
「OK、PONSUKE! 任せてください、うちのOYAJIに連絡したら3日で用意できます。Oscar取った監督を起用しましょう。」

「あのちょっと、あなた達ね。」
「鳩保くん任せておけ。こういう突発的なアイデアの実現こそが軍師の軍師たる由縁。完璧なPVを撮ってついでに君達の資金問題も一挙解決してやろう。」
「あ、あのー。」

 山本翻助、彼もたまには自分が有能な人材であるとアピールしなければ、無用の者としてNWOから排除されてしまう。
 ここは一番男を見せる場所だ。うろたえる鳩保なんか置いていく。

「アル、この手は他にも使えると思わないか。門代観光大使として鳩保くんをアメリカに派遣する。」
「Excellent! それは、その手を使えばヨシコをPresidentに引き会わせる事もいとも容易く実現して。さっそくOYAJIに相談します。」
「進めてくれ、俺も手伝う。」
「ちょっとちょっと。」

 アル・カネイの父親はアメリカ合衆国上院議員だ。
 民間観光大使を大統領に会わせてにこやかに写真を撮るなんて、日常茶飯事朝飯前に成し遂げてしまうだろう。

 なし崩し的に鳩保はアメリカを再訪問せねばならなくなった。
 バイト代の話が出てよりわずか10分間の惨劇だ。

 

PHASE 447.

 アルが鳩保の二の腕を小さく引っ張る。喫茶店の外に注意を促した。
 見れば、ガラス扉の向こうから中を覗く人が居る。店舗は未だ営業していないと誰の目にも明らかなのに、せっかちな客だ。
 誰が出て行くと言っても鳩保しか居ないから仕方なしに、だが用心して扉を開く。

「まだ開店していないんです。すいません。」

 見ればこれまた白人だ。アルほどは大きくないが日本人基準から言えば十分に大男、しかも鍛えている。
 おそらくは軍人か。だが歩兵ではない、筋肉の付き方が違う。鳩保達は最近アメリカ海兵隊を何度も見たから、見分けが付くようになった。
 そしてあんまり美形ではない。枯れ草色の髪も多くなく、若いのに顔が老けてる感じがする。

 しかし鳩保のゲキの眼で見れば、さらに特徴的な点が。

 彼は小さなメモ用紙を確かめながら問う。

「ここで受付をすると指定されて来たのですが、あなたがKIMIKO・KODAMAですか。」
「え? というかあなた……魚肉ね。」

 先ほど魚肉人間の話が出たばかりだ。山本翻助も立ち上がり、蜘蛛のように細長い身体を伸ばして戸口に行く。

「鳩保くん、彼がいわゆる合成人間なのか。」
「そうなんですけど、なにか喜味ちゃんに用が有るらしくて。何ですかあなた。」
「マシュー・アイザックス、元オーストラリア空軍所属最終階級は大尉。求人情報をラジオで聞いて来ました。」

 求人って、喫茶店のマスターを募集したのか。いつの間に。
 ここは喜味子に聞くしかない。鳩保、普通ケイタイを使って連絡を取る。
 今日は喜味ちゃんは嫁子と一緒に同人誌即売会に遊びに行く予定のはず。

「喜味ちゃん? うん私、今喫茶店、うん受取り終わった。
 でね、喜味ちゃんの求人募集に応募したって人が来ているんだ。うん、オーストラリア空軍の、あなたパイロット?」

「YES。F/A−18ホーネットに乗っていました。」

「だってよ喜味ちゃん。うん、魚肉のひと。なんで空軍パイロットなんか募集するんだよ。
え、新兵器開発? ああデアゴスティーニの。そうか、感覚特性を魚肉人間に設定するというアレの、あーあーなるほど。」

 鳩保、魚肉パイロットに向き直る。

「喜味ちゃんは確かに求人出したそうです。戦闘機パイロットなら厚遇って条件で。」
「なんなんだその条件は。」

 翻助も驚く。何の因果で戦闘機パイロットなどを雇わねばならないのだ。
 その前に、鳩保は尋ねねばならない事が有る。この魚肉は自分の身の上をしっかりと認識しているのだろうか。

「えーと面接の前にお尋ねしたい事があります。マシュー・アイザックさん?」
「アイザックスです。」
「あなたは自分が魚肉ソーセージを原料とする人造人間合成人間だと完全に理解していますか?」
「はい。」

 えーと、と鳩保も口籠る。魚肉人間のメンタリティに関しては自分もよく知らない。
 こいつら自分が魚肉と認識しても、思う所は無いのだろうか。
 鳩保の心の動きを読み取って、アイザックスも戸惑う。なんと答えればよかったのか。

 いつの間にか背後に忍び寄ったアルが鳩保を引っ張った。戸口で問答するのは人目に立つから、中で話をしよう。
 やむなく喫茶店内部に彼を呼び込み、ついでに近所の自動販売機から人数分缶コーヒーを買ってきて、面接再開。

「あの、アイザックスさん。あなたは自分が魚肉人間だと知ったのは何時ですか。」
「製造され起動した直後から認識しています。自分を本物の人間だと思い込んでいる合成人間も少なくありませんが、私は違います。」
「そうですか。つまりあなたは何物かのコマとして製造されたと。その支配者マスターはどうなりました。」
「私の製造を依頼したのはオーストラリア政府の高官でした。軍内部に彼自身の手駒を必要として複数体を発注し配置していました。」

「なるほど、人間があなたのマスターなのですね。それでマスターは今現在は、」
「死にました。もう十年も前に失脚して以後我々はほぼ指令無しに働いており、マスターの死去と同時にそれぞれの部署を離れて民間に移っています。」
「つまり現在は誰からのコントロールも受けていないわけですね。それで求人に応じたと。」

「はい。今宇宙人業界で話題のゲキからの求人ですから渡りに船だと。戦闘機パイロットが条件であれば応募者も少ないと思ったのですが、他に来ましたか。」
「いえぜんぜん。」

 立板に水で返答にまったく詰まるところが無い。そもそもが戦闘機パイロットはエリートなのだ、頭いいに決まってる。
 話を分析すると、彼は製造されてから10年以上稼働している事になる。設定年齢は三十歳を越えるだろうが、

「年齢は、」
「当初二十八歳として登録していましたが、老化しない為に周囲に不審を覚えられるようになり、やむなく除隊をしました。」
「なるほど、そりゃ変ですからね。」

 

PHASE 448.

 突然喫茶店の表でガタゴトと大きな音がする。外の電話ボックスに異変が生じたようだ。
 腰を浮かせる全員、間髪を容れずに鳩保の携帯電話に呼び出しが掛かる。喜味子からだ。

「喜味ちゃん? え、秘密兵器のプロトタイプ零号機を電話ボックスに転送した? あ、それを使って彼の適性検査、ねOK。」

 鳩保の指示でアルが表に出て、すぐ戻ってくる。電話ボックス内に届けられたAMAZON配達のダンボール箱を抱えてきた。
 中からは崩壊寸前にも見える中古ノートパソコンとゲーム機のコントローラー、それにロケットパンチが出て来た。
 人間の右手、女の拳大の小さなものだ。

 翻助が尋ねる。

「なんだこれは、」
「秘密兵器のプロトタイプ。喜味ちゃんはテストオペレーターを必要としていたんです。」
「何に使うんだ。」
「喜味ちゃんの計画ではこれの実用タイプをNWO参加各国に12機を上限として提供する用意があります。1機百億円で売り飛ばす算段です。」
「ゲキの科学技術を応用した超兵器を頒布するのか!?」

 軍師兵法研究家・軍事評論家として見逃せない大スクープだ。なるほど、それは戦闘機パイロットを必要とするはずだ。
 アル・カネイも息を呑む。宇宙人の中でも上位を占めるゲキの技術だ。1機が提供されただけでも世界の軍事バランスが崩壊しかねない。
 魚肉パイロットのアイザックスもようやく微笑んだ。

「どうやら私はお役に立てる人材のようですね。」

「鳩保くん、これはどういう兵器なんだ。機能と効果、出力は、破壊力は。」
「えーとちょっと待って下さいよ。まず中古パソコンにコントローラーを接続してOSを立ち上げます。ロケットパンチの方は自動電源スイッチが有って、OS起動に従って自動的に電源が入って自己認識プログラムが作動……。」
「早く電源、早く!」

 ケイタイのメールを読みながらの超兵器起動だ。喜味ちゃん、ちゃんと紙のマニュアルを同梱してくれよ。
 ノートパソコンに電源を入れると、ごく当たり前にWindowsが立ち上がる。XPだがこの機種は二〇〇〇年頃のモデル。古くて遅い。
 パスワードも入れずにログインすると、いきなり凸凹犬の顔画像がデスクトップ一面に表示され、画面が明滅して変なプログラムが起動した。
 GEKI−OSの始動だ。

 液晶画面から光の板が空中に浮かび上がり、立体的に膨らみ、左右に分かれて広がって視界全体を覆う。空中立体ディスプレイとして再構築された。
 アイコンとして複数の球体が列を為して浮かび上がり、更に中央に窓が開いてより密度の高い映像が投影される。
 ロケットパンチの操縦画面だ。

 鳩保も触るのは初めてだから吃驚するばかりで、背後を振り返ると翻助もアルも食い入るように見詰めている。
 これだけはアナクロなゲーム機のコントローラーを操作すると、机の上のロケットパンチが浮き上がる。喫茶店の天井から20センチまでに上昇して静止する。

「えーと、これは評価モデルでありロケットパンチでなく操縦システム自体に触れて試してみるのが目的であるから、速度はマッハ7までに制限され操作半径も300キロメートル以内に限定される。
 どちらにしろ、屋内では能力分からないな。」
「貸してくれ、ちょっと動かすの試させてくれ。」
「ダメだよ、まずはテストパイロットでないと。」

 鳩保目がちかちかしてきたから、魚肉の空軍パイロットと席を交代する。
 流石に戦闘機のパイロットを長年務めてきただけあって、鳩保の読み上げる説明通りにアイコンの機能を確認すると、コントローラーを慎重に操作する。
 部屋の中をロケットパンチが8の字を描いて回り出した。

「貸してくれ、頼む俺にも。」
「だから今評価中と言ったでしょ。」
「凄い、何が凄いってこの操縦システムの表示装置が凄い、凄いぞ。部屋の隅々まで手で触ってるみたいに細かく感じられる。」
「でしょ、アル。宇宙人の動きに追随する為には操縦者の知覚を拡張しなくちゃいけないから、高度な支援機能を組み込んでみたのさ。私も見るのはじめてだけど。」
「うむむむうううう、」

 光の点滅がますます早くなり、目が痛い。知覚を拡張するのは良いが脳の隅々までモップを突っ込んで掃除される感触が有り、脳圧が上がって鼻血が出そう。
 遂にパイロットが諦めた。

「うあああああ、ダメだこれ!」

 操作を止めると視覚拡張が急速に縮んで、地味にアイコンが空中に浮いているだけとなる。
 ロケットパンチも元通りに机の上に自動で着陸する。

「はあはあはあ、これは脳に負担が掛かり過ぎて長時間の操作は無理です。ここまで強く知覚拡張しないとダメですか。」
「魚肉にも脳が有るという感覚は有るのか。ちょっと待って、今喜味ちゃんに聞いてみる。」

 携帯電話で話してみると、今実験した操縦システムはフェイクバージョンであり極端に知覚拡張を行うものであった。魚肉人間の知覚がどのレベルに設定されているか分からないからちょっと強めにしているそうだ。
 ファイルを探って、アメリカの実験人形ミィーティア・ヴィリジアンを対象に最適化したシステムを立ち上げてみると、これはずっと目に優しい。
 ミィーティアはこのシステムで1時間以上の操縦を行えたらしいが、彼女の知覚もまた人間離れしているから参考にはならない。
 事実今度は翻助とアルが挑戦したが、二人共10分になる前に吐き気を催しギブアップした。

 鳩保宣言する。

「要するに、まだ開発中ってことです。アイザックスさん、あなたをテストオペレーターとして採用する事を決定いたします。」
「ありがとうございます。」
「それで、新兵器開発は当分の間続きます。なにせ喜味ちゃんのデアゴスティーニ方式新兵器販売は、」

「ちょっと待て、今デアゴスティーニと言ったか。毎週刊行されて全巻買わないと完成しない、」
「そうですよお翻助さん。1個100億円のパーツを20個集めると超科学ロボが完成する素敵シリーズ、「週刊わたしのゲキロボ・ミニ」なんです。」

 なんとアコギな、と3人の長身の男性は呆気に取られる。
 総額2千億円のおもちゃを売りつけるのか。このムーブメントに乗らずしてどうする。

「それで、アイザックスさんは当分門代に滞在してもらうわけですが、毎日テストのお仕事が有るというものでもなくて、
 ……そうだ。アイザックスさん、あなたコーヒーはお好きですか。」
「コーヒー? まあ多少のこだわりは有りますが、それが何か。」

 喫茶店のマスターがとりあえず決定した。

 

PHASE 449.

 嫁というものはおそろしい。だから早目に対策するんだよ。

 児玉喜味子と八女雪は百合同人誌即売会に遊びに行った。正直喜味子はまったくの門外漢で興味の置き所が分からない。
 会場は門代からJRで30分ほど行った駅の建物内。
 より正確に説明すると、駅舎一階に店舗が入っていたスペースがそっくり空き家になっており、通行人素通しの催し物会場として活用されている。
 出入り自由で通勤通学客なども気軽に立ち寄れる、だからと言って儲かるわけでもない微妙な位置関係。
 夏休み特別企画として市民団体等が安価あるいは無料で使う事が出来て、百合同人誌即売会も可能となったわけだ。なにせ健全同人誌であるから公的施設利用も問題なし。

「倉庫みたいだな。」
「倉庫みたいね。」

 駅舎自体が古いから近々建て直す事も決まっており、敢えて改修してちゃんとした店舗にする気も無いわけだ。
 人は結構集まっている。当然に女の子だらけ。
 中に3名ほどの男性も居た。全員イケメンと呼んでも良いレベルでしかも優しそうだ。

「百合サークルに男子が加入するというのはどうしたものだろうね。」
「「マリみて」が流行ったから、それほど珍しくもないみたいよ。」

 喜味子本日の出立は先程門代駅前を恐怖のどん底に陥れた桜色のワンピースに女性聖闘士が着装する銀の仮面。
 嫁子八女雪は地味な色合いではあるものの小さな花を散らし裾廻りにささやかなフリルを飾り付けた、如何にも百合系少女趣味。
 普段彼女はもっとそっけないシンプルな服を着て来るのだが、どうも旦那である喜味子の格好に合わせてコーディネートしていたらしい。
 可愛いカッコさせてやれなくてごめんなあ、と内心で謝る。そもそもが自分にファンションで頭使わせないでくれ。

 周囲を見てみれば、夏だからごてごてと着飾った人は居ないが、やはりフェミニンというか15センチほど現実から浮いてるお洒落な人ばっかり。
 TPOに合わせて多少の演劇性を考慮しているのだろう、どうにも喜味子にはこそばゆい。
 しかしながら、であるからこそ、コスプレの人は自分以外居なかった。そもそもが百合キャラのコスプレはマンガ的誇張が無いから誰だか分からない。

 嫁の知り合いと思しき人の前に連れて行かれて紹介される。確かにコスプレは浮いていた。向こうも怪訝な目で見る。
 だが百合同人の人は優しい。突っ込みどころ満載の喜味子を前にしても、笑顔で迎えてくれる。

「えーと、それは「聖闘士星矢」の女性セイントの仮面かしら。」
「あいそうです。」
「もちろんコスプレも大歓迎よ。」

 他に誰もしていないから、配慮が心に突き刺さる。だがこの仮面を外した時、楽園は叫喚地獄へと変ずるであろう。
 喜味子は夢を見ない。現実世界においては徹底的なリアリストである。
 最悪の結果を想定していれば大体間違いない。希望的観測やご都合主義展開は自分に限っては存在しない。

 ではあるが、現実問題として喜味子は女の子にモテるのだ。
 こいつらはどういう感覚器官を備えているのか、自分に対して男性的な要素を敏感に感じ取る。
 桜色ひらひらワンピを一切考慮せずに、男の子扱いをされるのだ。それも女の子が化ける男の子というめんどくさい役回り。
 男装するわけでなく男性的演技もせずあくまでも女子の範疇に有りながらも、やっぱり男の子だろと決めつける。いや自分でもそんな気がするけれど。

 自分で連れて来ておきながら嫁が目を三角にする。彼女的スケジュールでは単に喜味子を見せびらかすだけなはずが、大外れだ。
 そりゃあ普段は喜味子の顔が恐いから人が近づかないのであって、お面で隠してしまえば自分と似た性癖の女が引っかかるのが当然だ。
 嫁というのは恐ろしい。とばっちりが来ない内に避難ひなん。

「あれ、地味子だ。」

 女の園のオアシス、何故か居るおにいさんの傍に寄ってみると、彼は同人ゲームソフトを売っていた。
 「スーパー地味子大戦PX」と同じサークルが作った新作だ。

「委託販売ですか、でもこれ百合カテゴリじゃないでしょ。」

 思わず口からエロカテゴリと出そうになるのを必死で留めた。ここは百合の苑、お上品にいかなくちゃ。
 おにいさん、年の頃なら二十歳大学生か、が実に優しい笑顔で応対してくれる。ちなみに喜味子に男が近付いても嫁子はなんとも思わない。

「もともと地味子シリーズは「地味子的生活」ってタイトルの四コマ百合漫画から出発してるから、ここでいいんだよ。
 その後人気が出て他のサークルでも取り上げられるようになったけど、コアなファンはやっぱり「地味子的生活」を基本として考えるんだ。」
「でもこの新作は……、」
「ああ、確かに百合もへったくれも無いね。」

 タイトルは「戦列歩兵少女地味子」となっている。地味子同士がマスケットを撃ち合って殺しあうナポレオニックなゲームであった。
 即決。

「買います。」
「まいどあり。」

 それから小一時間、何くれと世話を焼いてくれるおにいさん方を独占する形で喜味子は女の子達の格闘を高みの見物した。
 表面上は仲が良さそうなのに、さすが百合。どろどろとした怨念が基調低音として流れており、取った取られたの切った張ったを繰り返している。
 もちろん本気じゃないところがミソで、百合同士なごやかーに過ごすのはちっとも面白くないから擬闘を繰り広げているわけだ。
 ただ嫁子は一人だけガチだから、やむなく喜味子が回収せざるを得ない。

 会場を出てお手洗いに連れて行く。しばらく用を済ませて、鏡でも見て。
 嫁子は愚痴る。

「喜味子が愛想良すぎだからこんな事になるのよ!」
「いや、だって、仲良くした方がいいじゃないか。」
「限度があるわよ。」

 そして改めて気が付いた。

「男の人とずいぶん仲良くしてたわね。」
「だって、男が百合の中に居るのって好きでやっててもストレス溜まるよ。気を使わないように配慮してあげただけさ。」
「うう、」

 ちくしょーと、お上品さとは正反対の台詞を嫁子は吐いた。こんなことなら喜味子のお面取っちゃえば良かった。

 今日の予定は終了である。他に行くべき所も無いから適当にぶらぶらとご機嫌取りをして。
 ちょっとアンタ、と呼び止められた。つっけんどんな口調。

 振り向くと、赤い女が立っている。
 赤いセーラー服なんて初めて見た。

 

PHASE 450.

 正確に表現すれば臙脂であろうが、ぱっと見の印象が「赤」なのは揺るがない。
 アニメなどではよくある色調だが、本物の赤いセーラー服を前にするとどうにも嫌な汗が全身から染み出てくる。

 セーラー服の記号どおりに解釈すればこの女、高校生であろう。夏休みなのに制服とは校則縛りか。
 同い年、高校二年生だと勘が囁く。相手が高飛車に出ているから気圧されただけ。怯むことはない。

「アンタ、モノベシマのコダマ・キミコだろ。」
「目を合わせちゃダメ、これはスケバンよ。」
「いや今時そんな人は居ないから。」

 嫁子は喜味子の左腕にしがみつき小声で注意する。
 なるほど迫力が有ってちょっと恐い印象だ。動物に例えるなら、サメだな。
 顔の造作が薄くて平たい感じだから、なおさらサメっぽさが際立った。と言ってブスではない。美人でもないが見られる顔だ。

 喜味子は極力平静に応対する。主兵装である顔面が聖闘士の仮面で覆われているから、どうにも脅しが利かない。計算外だ。

「えーと、長くなる用事ですかね?」
「ちょっと長いな。」
「どっかお店に入りません。お昼ごはんも食べたいし。」
「ラーメン屋いこラーメン屋。」

 まったく女の子らしくない。赤セーラーは庶民派と呼ぶべき生活常識で生きている。
 別に貧乏が悪いとは言わないが、喜味子だってさほど裕福な家の子ではないし、そもそもが田舎の何も無い島の住人だ。
 或る意味自分と似たタイプに遭遇したわけだ。

「じゃあこっち、」

 と指差した先は喜味子と赤セーラー全く違う方向。
 喜味子は駅舎二階の、建て替え必至である駅舎の改札上に残存する旅行客相手の旧態依然たるそれでもレストランを名乗る食堂。レトロ趣味いやほぼ廃墟トマソン趣味。
 赤セーラーは素直に駅前の柄の良くない、女子高生などは怖くて入れない系の殺風景なラーメン屋を指定した。
 さすがに喜味子は同意しない。行きがかり上嫁子を伴わねばならない。怖い思いはさせたくない。

「間を取って、あの中華料理店では。」
「まあ、条件付きで可か。スマンね、アタシ日本全国ラーメン屋巡りをしているから勉強の為に入ってみたかっただけさ。」
「ここらへんはあんまりラーメン盛んじゃないよ。むしろ駅うどんの方がエラいくらいだ。」
「駅うどんか、それも食っておこう。」

 ちょっと喜味子、と嫁子が腕を引っ張る。このひと怖い人だよ、いいの。と注意するが、仕方ない。
 相手の正体はだいたい分かっているのだ。

 それほど流行っていないと見える中華料理店。だが正解である。
 赤セーラーは望みどおりにラーメンを頼み、喜味子は酢豚定食を、心配で喉を通らない嫁子は杏仁豆腐のデザートだ。
 おあつらえ向きに客は他に居ない。昼飯時には30分早いから店も喜ぶ。

 テーブル席の片方に喜味子と嫁子が並び、赤セーラーは対面喜味子の前に座る。嫁子は通路側で逃げやすい位置取り。
 ウェイトレスではない店のおばちゃんが3人にお冷を置いて注文を伺い、去る。さて、

「アタシは魚養 可子。(うおかい べしこ)」
「べ、ベシ子?」
「ああ、”可”と書いて”べし”と読む。母方の爺さんが付けたと聞いている。仲間は「不可子」と呼んでるけどな。」
「仲間ってのは、画龍学園オーラシフターの?」

 やっぱりお見通しか、と不可子は苦笑いした。その口元の歪み具合もなんだかサメっぽい。

「話を進める前に一つ頼みがある。そのお面、外してもらえないか。確認したい。」

 喜味子と嫁子は顔を見合わせる。別に外しても問題は無いが、この女耐えられるだろうか。
 銀色に輝く仮面の紐を解き素顔を晒す。
 不可子、声も無く仰天して椅子ごと床に倒れ込んだ。店内に響く安物鉄パイプ椅子の衝撃音。
 何事かと驚いて出て来た先ほどのおばちゃんも、喜味子の顔相にひきつけを起こす。
 でも別に異常現象じゃないし。喜味子が「何でもないです」と普通に話しかけると、さっと奥に引っ込んだ。

 のたのたと起き上がってくる不可子を冷たく眺めながら、嫁子は旦那から渡された仮面を丁寧にカバンに仕舞う。健全な薄い本でいっぱいだ。

「どうせ食う時はお面外すんだから、ちょうど良かった。」
「それが、ゲキの力か。ゲキとはそれほどまでの威力を持つのか。」
「しつれいだな、これは自前だよ。宇宙人関係なしだ。」
「そうか、……。(コップの氷水を飲む)……、改めて自己紹介、オーラシフターの超能力者魚養 可子だ。だが画龍学園の生徒ではない。」
「どうして、」
「アタシ頭悪いから別の学校に行かせてもらってる。校則でバイトも出来ないしな、市内のもうちょっと緩い学校に通っている。」
「特待生じゃなくて?」
「特待生だけど別の学校にも行ける。特例措置だ。で、アタシは生活費を稼ぐ為にラーメン屋でバイトしてるからラーメン屋に行きたかった。」

 理に適っている。
 一昨日検索したところでは、画龍学園の特進クラス以外は普通の偏差値。頭悪くても問題なく在籍できる。
 生活費だって寮生活であれば特に掛からない。経済的負担を無くす為の特待生制度なのだから。
 それを好とはしない独立心の高さが、彼女の特質なのだろう。

「でアタシの超能力だが、睨むだけで人を殺せる魔眼だ。アンタを殺しに来た。」

 

PHASE 451.

 嫁子がひっと息を呑む。

 それならば面を突き合わせている今現在でも危険極まりないではないか。
 だが不可子は両手を胸の前に広げて降参のポーズを取った。完敗だ。

「今、児玉喜味子さんの素顔を見てそんな能力がまるで通じない事を痛感した。そもそも睨む方がコワいさ。」
「オーラシフターの超能力は精神攻撃の要素が強いからね。精神集中が破壊されれば、そりゃ効かないさ。」

 今朝早くからオーラシフターに殺られた降魔忍者禍龍ことマカロンを治療してきた喜味子である。敵の能力の一端を既に理解し始めた。

「それで、なんで私殺されなきゃいけないのだ。」
「アンタ達のプロフィールの結果だよ。ゲキの少女5人の戦闘力を分析して一番弱そうなヤツをターゲットにした。
 えーと物辺優子ってのはまったくに得体が知れなくてしかも鬼の子孫だと書いてある。只でさえバケモノなのに超能力を得た。勝てそうに無い。
 鳩保芳子は超能力で戦車砲並みの威力の物理攻撃が出来る。無理。
 城ヶ崎花憐はテレポートが出来る。アタシ等の能力ではどうしようもない。
 童みのりはドバイで世界一の高さを誇るビルをへし折ってきた。戦闘にすら持ち込めないだろう。

 で、一人だけ戦闘力についての記述が無かった児玉喜味子に仕掛けてみるわけさ。」
「そうじゃなくて、なんで私殺されるんだよ。」

 不可子は深く考えた。ちょっと一言では説明できない。なにしろオーラシフターとはなんぞやから始まるわけで、頭良くない自分では荷が重い。

「簡単に説明すると、アタシ等オーラシフターという制度を作った人間の意思だ。戦後すぐつまりもう60年も昔の話だが、その前身となる組織も有ったからものすごく昔からアンタ達を殺す気だった。」
「そうか、つまり予言によってゲキの少女を殺せってなってるんだ。」
「予言、うんまあそうなんだけど、未来から来た仙人によって画龍学園の基礎は築かれた。そのすべてを受け継いでいるのが、アタシ等が「爺さま」と呼ぶ百歳の爺さんだ。号を守株翁という。」
「「まちぼうけ」の株を守るおじいさん、て意味ね。」

 ここらへんは頭悪い二人よりも嫁子が詳しい。不可子も氷水をぺろぺろ舐めながらうなずく。

「つまり爺さまは百年この日を待ったんだ。人類社会に災いをもたらし千年の永きを暗黒と恐怖で支配するソトツフミの悪魔を退治する日を。」
「ソトツフミって何だ。」
「アタシ等の業界でのアンタ等のコードネームみたいなもんだ。今年の四月まではゲキの名はどこからも出ず、すべてがソトツフミという謎の古代文書を巡って抗争が繰り広げられていた。」
「へー。」
「と言ってもアタシ等もよく知らん。所詮は下っ端のガキだからな。」

 ぞんざいな言葉遣いに、あ、こいつ腹が減ったな、と喜味子は察知した。日頃使わぬ脳細胞を酷使した代償で血糖値が下がっているのだろう。
 何を隠そう自分も同様で、早く酢豚定食来ないかなー。

「とりあえず爺さまの命令で私達を殺しに来たのは分かった。でも何故私にあなたは白状するんだよ。」
「アタシは、反対だ。」

 ここが核心である。不可子は胸を張って大きく宣言する。自分は敵ではない、それを信じてもらえなければ交渉にならない。

「アタシ等オーラシフターは爺さまに大恩有る身で人生の生きる意味を爺さまに与えられた。過言じゃない。地獄のような境遇から救ってもらったお礼に自分の命を投げ出すのも、さほど高い代償ではないと思うのさ。
 それでもアタシは、今回の爺さまの命令に従う気にならない。明らかに間違っていると思う。百年待った最後のチャンスだとしても、アンタ等を殺すのは変だおかしい、そう思う。」
「他の連中は?」
「みんな賢いから変だと思っても自分を誤魔化す方法を知っている。アタシはバカだから、こうと思ったらてこでも動かない。動けない。
 それがアタシが爺さまからもらった教えなんだ。「真実は自分の眼で見て深く考え心で探る、最後には自分の心に従え」って。」

「それで、こんな裏切りみたいな事やってるわけだ。」

 こいつバカだな、と本気で思う。わざわざ仲間から恨まれる真似しなけりゃいいのに。
 爺さまとやらもバカだ。こんな意固地な子に暴走しろと言わんばかりの教えを授けるなんて。

 深刻なお話が続くところ、待望の料理がやって来た。一時中断してとりあえず生物的欲求を満たしながら、再開。
 ラーメンをずるずるとすすりながら不可子は話を続ける。彼女の髪が短いのは、おそらくラーメン食う時に邪魔にならないようにだろう。
 ちなみに豚骨とかの今風のスープではなく、かなり薄味の中華スープに近いものだ。中華料理店でラーメンを頼む者は、ラーメン屋でラーメン頼む者と嗜好が違う。

「なるほどね、ありがちな味ではあるが不味いという訳じゃない、普通に長続きする味ってことか。」
「食ってばっかりいないで続き続き。」
「あーちょっと待て。飯食ってる時におしゃべりするのは行儀が悪いぞ。」
「もうすぐお昼時だから、食べたらすぐ追い出されちゃうわよ。」
「杏仁豆腐もいいなあ。頼んじゃおうか。」
「たのめたのめ、半分こしよう。」

 魚養 可子という女はたしかにちょっとバカだ。殺しに来た相手とデザートを分け合おうとするのだから、普通の神経ではない。
 いつの間にか喜味子の顔にも慣れている。喜味子がフレンドリーなせいでもあるが、

「続きつづき。」
「あーそれでだね、アタシは爺さまが死んでもいいと思ってる……。」

 

PHASE 452.

「大恩有る爺さんじゃないの?」

 さすがに喜味子も魚養 可子の思い切り過ぎる発言に眉をしかめる。額の皺を深くする。
 だが当の本人には非常識を言った覚えは無いらしい。そのまま話を続けていく。
 ラーメンすすりながら。

「アタシはさ、これまでの爺さまの人生が嘘だったとは思わない。
 なるほど真の目的はいつの日か現れるソトツフミをブチ殺す事だったかもしれないし、その時に殺せる社会的ポジションを獲得しておく為に日本の権力機構に人材を派遣していたのだと思う。
 でもだからと言って、爺さまが人を育てるのにズルをしたと思わないし、育てた人間を捨て駒のように使う気は毛頭無かったと信じたい。」
「りっぱなひとなんだねえ、爺さまってのは。」
「人は歳をとったら無条件に尊敬されるべきだとは思わないけど、爺さまは偉い。これは直感的にでも一々証拠を挙げても必ず突き当たる現実だ。
 何が偉いってこれまで人を育てるのに嘘が無かった、アタシ等を皆正しく育ててくれた。アタシはそう思うよ。
 そう思うから、そのすべてを嘘にするような今度の命令は従えない。爺さまの教えに従ってそう思う。」

 信者とはこのような人間を言うのだろう。盲目的にでも人を信じられるとすれば、おそらくは幸せな人生なのだ。
 そういう人間に巡り会える機会を誰もが望んでいる。

「それにさ、爺さまにはちゃんとした後継者が居るのさ。爺さまの一族の最後の生き残りだけど、」
「蟠龍八郎太だね、生徒会長の。」
「なんだ知ってるんだ、いや、そうか、アンタ八郎太に会ってるよな。話聞いた。
 うん、奴はさ同い年なんだけどそれは凄いやつなんだ。アタシなんかとはタマが違う。爺さまのすべてを受け継ぐ器量が確実にやつには有る。
 じゃあ、百年の重きを持つ真の狙いってのは八郎太に背負わせればいいんだよ。やつは嬉々として受け継ぐだろ。
 そして爺さまはこれまで通りに人を育てて死ねばいい。もう百歳なんだから、後の事に責任なんか持たなくていいさ。」

「いやそれはおかしい。八郎太さんが襲ってきたら私達ぶっ殺すぞ。」
「そこでアタシの出番てわけだ。」

 ラーメン食い終わった不可子は立ち上がり、丼の上に大きく身を乗り出し、頭を下げる。

「頼む、殺さないでやってくれ。八郎太が死んだらすべて終わりだ。爺さまもオーラシフターも、爺さまが築き上げてきたこの百年のすべてが全部無くなってしまう。
 だから、殺さないでくれ。」
「そう言われてもだねー、私殺されちゃう側なんだし。」
「そこを頼む!」

 喜味子は思う。なんで自分の所にそんな話を持ち込むのだ。それは優ちゃんだったりぽぽーの役目だろう。
 同時に思う。賢い二人なら躊躇なくぶっ殺す。それが後日の益である。
 たとえ一時は助けても裏切ること間違いなしの連中を何の因果で生かさなきゃいけないのだ。

 バカにはバカが交渉相手にやって来て、バカな結論を引き出すものだ。どう考えたって賢い判断では無いだろう。
 自分でもそう思いながらも、安請け合いした。

「うんいいよ。」
「そうか。アンタはそういうやつだと思ってた。」
「でもなんで私の所にお願いに来るんだよ。というか、それならそれで交換材料とか持って来いよ。」
「やっぱ、なんか手土産とかゴクヒジョウホウとか持ってくるものかな? 普通。」
「普通は。」

 気付かなかったー、と不可子はコップの水をがばぁと飲み干す。ラーメン食って汁まで飲めば、喉も乾く。
 タイミング良く杏仁豆腐の追加注文が来たから、喜味子と不可子は仲良く分けて食ってしまった。

 こうしてオーラシフター魚養 可子との交渉は終わる。
 中華料理店を出て、手を振って別れ不可子は先にJRの電車に乗ってどこへやら去り、後には嫁子と喜味子が残る。
 嫁子は呆れて忠告する。

「よく知らないけどそういう事独断で決めたらダメなんじゃないかしらね。」
「ぽぽーには知らせておいた方がいいかな。でも、」

 喜味子には彼女を信じてもいい無根拠な自信があった。何故と問われても困るが、彼女には人間として深味と襞が有る。
 その正体は、

 

「ああ、やっぱりね。」

 門代に帰る電車の中で、ゲキロボに直結した携帯ゲーム機をペンで操作して「魚養 可子」の人物を検索する。
 画龍学園特待生名簿の中から身上調査書を引っ張り出す。

『魚養 可子十六歳 両親と弟の4人家族 父親は弁護士、だった。
 4年前、父親が担当した事件の混乱に巻き込まれ一家4人が何者かに拉致され、車で移動中隙を見て可子だけが車外に蹴り出されて脱出する。
 父母弟は車が岸壁から転落して死亡。警察の調査では「一家心中」で決着。可子の言い分はまったく取り上げてもらえなかった。
 その後預けられた施設でも事故に見せかけた謀殺が試みられ、事件を察知したオーラシフターにより「最終的な解決」が図られる。』

「どうりで胆が座っているはずだ。」
「ウソ、あの人こんな過去が有ったの……。」

 口元を抑えて絶句する嫁子。
 まったく暗さが無い彼女は、社会も警察も信用出来ないはずなのに、どうして普通で居られるのか。
 喜味子は嘆息する。

「爺さまって人は彼女を暗闇から救う力と、彼女の心を取り戻す暖かさを持ってるわけだよ。
 その爺さまに逆らってでも、爺さまの業績を守ろうとする。大したバカヤロウじゃないか。」
「喜味子……。」

 何も言わずに見つめる嫁子の手をしっかりと握ってやる。
 出来るだけの事はしてやるつもりだけど、ダメだったらごめんね。でも彼女は恨みはしないだろ。

 児玉喜味子は仮面など着けずに素顔で電車に乗っている。畏れた人は近寄らず、座席を離して様子を窺う。
 ぽっかりと開いた空白の中、隣り合って座る二人が居た。
 嫁子が望む二人だけの世界があった。

 

PHASE 453.

 古都、鎌倉、夏。
 暑い。

 防弾車での移動もあきあきしたから鉄道で指定された鎌倉にまで赴いた物辺優子と城ヶ崎花憐。
 今日会う敵は年配の方々と聞いたから、シックに清楚に決めてきた。生き別れの父親に可愛らしく見せようなどの作為が無い分、楽な服装だ。

 鎌倉は明治の文豪に持ち上げられてちょいとステータス高めな土地であるが、東京も近いしバブルなんかも経験して随分と変わってるのだろうなあ、と思い込んで二人は乗り込んだ。
 しかし、抱く印象は予想に反する。

「勝った!」
 これが正直な感想である。
 伊達や酔狂でこれまでくどくどと「門代は交通の要衝うんぬん」を述べてきたわけではない。人の動きの大きい所はそれなりに発展するものだ。
 無論、物辺村などという僻地は除く。近所がそれなりだから大きな気になる、夜郎自大というものだ。

「とりあえず木刀は買っていこう。」
「優ちゃん、それは帰りにね。」

 駅を降りたら黒塗りのタクシーが待っていた。勝手に出歩いてもらっては迷惑らしい。
 あまり困らせてもなんだから素直に乗り込むと、立派な日本庭園を持ついかにも高級そうな山荘に案内された。
 和風で上流階級の気品ある趣味、びびる優子と花憐ではない。なにせ田舎とはいえ巫女とバイト巫女だ。物辺祝子が礼法指南だ。

 夏だから風通し良く開けた広間に通される。冷房を使わないのは今の世では最早酔狂と呼べるだろうが、自然の風こそが真の和か。
 爺さん婆さんおじさんおばさん計7名が待っていた。

 アンシエント「寶」の面々だ。

 年長者に対して無礼を働く物辺優子ではない。丁寧にご挨拶をして全員に好感を持って頂けた。
 喧嘩を売るのは何時でも出来る。問題は、喧嘩するに足る相手かを見極める事だ。
 二人の注目は当然に、7人の中央に位置する最高齢の老爺。門代で何度も干渉してきた画龍学園オーラシフターの親玉だ。
 しかし百歳か。見た目通りの老体に酷いことするわけにもいかない。どう攻めたものか。

「あなた方は信じないでしょうけれど、お二人に会えて私達は大変興奮しているのです。ほんとですよ。」

 キツネ目の極端に肌の白い女性が全員の代理として問答する。
 若く見えるが五十代、と二人は見切った。

 「寶」とは、聖と俗を繋ぐ異能力者を長年教育してきた七つの勢力の協議機関だ。七福神にあやかってそれぞれの代表者は神の名で呼ばれる。
 この女人は「弁財天」かと思えば、実は「恵比寿」さま。本物の弁天様はおばあさんであった。
 弁天は巫覡、つまり巫女担当で物辺優子は直接に指導を仰がねばならないわけだ。

 一番若い四十代の男性が「毘沙門天」、忍者育成機関の代表だと聞く。優子達は本日も彼の教え子に護られている。
 そして仙道仙術を担当するのが「寿老人」、”守株翁”であった。

「私達「寶」はその名のとおりに世の宝となる人材、子供達を育てる事を目的としています。あなた方若い人がこれからどのような素晴らしい未来を作っていくか、本当に楽しみですよ。」

 キツネ目のおばさんは「外津神」恵比寿を取り扱う。怪異妖物宇宙人担当。
 故にべらべらとよく喋る。おかげでこちらはまだ何も話していない。

 「あの、」と業を煮やして花憐が手を挙げた。女の敵は女とはよく言ったものだ、うるさくてしょうがない。
 優子が切れる前に早めに手を打たねば。

「私達もそれなりに色々と破天荒な目に遭ってまして、出来るなら本題に入っていただきたいかなーとか思うのです。」
「あらごめんなさい、私一人が興奮しちゃってホホホ」

 恵比寿さんは座り直して扇子を右手に、ぽんと畳を叩く。二人の前の畳がくるっとひっくり返って大型液晶ディスプレイが出現した。
 映像資料が映し出される。

「手っ取り早く進めましょうね。お互いに時間は惜しい身の上です。
 さてゲキの皆さんには無限の選択肢が有り世界中どこにでも行きやりたい放題が出来るのです。しかし、未熟無学のままで放埒を極めても無益にして身を滅ぼすだけ。
 あなた方は勉学に励まねばなりませんが、何を学ぶかの選択もまた重大事。知らぬを知るも大人の手引が必要です。
 私達がお手伝いいたしましょう。」
「それはご丁寧にありがとうございます。しかし世の為人の為に益する事を志すのは違うと、私達はミスシャクティのお使者の方から教えられました。
 どうしたものでしょうか、正直途方に暮れています。」
「さればこその学問です。ですが、まあ難しいですよね今の世の中何をもって教養とするか、世の中大きく変わっている真っ最中の二十一世紀です。古臭い爺婆の話なんか聞きたくない気持ちも分かります。」

「さりとて、三十一世紀から来たと称するミスシャクティを全面的に信じるのも剣呑だと、我等は考える。」

 これは「大黒天」の六十代男性。髪は白く短く、清潔な白の衣の下に長年鍛えた鋼の筋肉を感じられる。戦闘や格闘ではなく、過酷な修行によって彼の肉体は築き上げられた。
 降魔の術を会得した修験道の阿闍梨である。「大黒天」はもともとインドのシヴァ神の化身であり、邪悪を斥ける憤怒の像で表される。

 めんどくさいから残る二人も紹介しよう。
 古風の背広で髭の社長然とした男性が「布袋」さん、占術の大元で未来を知る。布袋は弥勒菩薩の化身ともされるからであろう。
 「福禄寿」は若作りのパンクロッカーみたいなちゃらい男性で間違いなく五十歳よりは若くない。魔法使いだが陰陽師ではない。電気仕掛け電脳絡繰も使うのだと言う。

 確かにここに集った人達は日本を陰で支える大物だ。決して表立って讃えられる事は無くとも、未来は彼らの手のひらに有る。
 キツネ目のおばちゃんが得意げに語る。

「そして私達の中で最も力を持つのが「寿老人」です。仙術を教えていますが今の世の中仙人になっても仕方がないから”大人”にして、国家権力機構の隅々にまで有能な人材を届けている。日本を実際に動かしている御方と呼んでも過言ではないですよ。」
「たいじん、ですか。」

 ADULTとBIG MANは違うのだ。真に度量の大きな人間を育成によって創出出来るのであれば、国家だろうが企業だろうが盤石安泰疑い無し。
 自分に焦点が向いたので、「寿老人」が語り出す。しわがれているが百歳とは信じられないほどに明瞭な言葉が耳に届く。
 これも一種の仙術であろうか。

「うちの子供達があなた達の所にお邪魔しているはずです。年も近いから、親しく交わってもらえるとどちらにとっても有益な体験となるでしょう。
 人生の先達として一言あなた達に指針を与えておきましょう。
 あなた達ゲキの子供の御役目は人類の為にゲキの力を行使し、子々孫々までその権限を保持し続けることです。そこに真実を見出すのは難しい。合理主義に基づけばただ使えれば良いだけです。
 だが結局は誰も答えを与えてくれない、あなた一人が見出す事も叶わぬでしょう。子や孫、またその先の子供達が何百年を掛けて編み出す、そんな気の長い使命なのです。
 焦ってはなりません、留まってもなりません。お進みなさい。」

 6人の福の神が「寿老人」を向いて頭を下げる。彼等にとっても師である人なのだ。

 

PHASE 454.

 その後べらべらと1時間ほど雑談を交わした後に、有益な情報も多かったのだがとにかく恵比寿のおばちゃんはよく喋る、物辺優子と城ヶ崎花憐は別々に案内された。
 関係部会とやらに連れて行かれる。ゲキの少女5人それぞれに得意分野が違うから、担当する七福神も分かれていた。

 物辺優子は「弁財天」、巫覡降霊つまりは神降ろしの術をもっぱらとし、伝統的に超常の力を持つ由緒ある神社の後継者が集まる「巫女会」に強制的に入れられる。
 城ヶ崎花憐は未来予知能力を持つ為に「布袋」、筮卜数秘占星術などなど数多の占術を扱う部会に所属させられた。政治家や企業CEOに先々の指針を与えるかなり有力な勢力、なのだそうだ。

 ついでに説明すると鳩保芳子は「寿老人」仙術使い、童みのりは「大黒天」降魔の剣、児玉喜味子は「福禄寿」魔法使いの担当に分けられてしまう。
 そして宇宙人関係を統括するのが「恵比寿」、ゲキの少女を守護するのが「毘沙門天」忍者、なわけだ。

 花憐は生まれつきになんとなく嫌な事が先読み出来る薄い力を持っていたから、予知能力者グループに入れられるのも許容する。
 問題は優子だ。

 さらに1時間後に合流して、まず安否を尋ねる。

「優ちゃん、誰も殺さなかった?」
「あー、つかれたよ。よく分からないが、巫女会においては今現在焦眉の急の議題は「力士の航空力学的観点からの美しい飛翔」なのさ。」
「お相撲さんが空を飛ぶの?」
「連中の共通認識だと、飛ぶらしい。」

 巫女会は優子が入って6人体制となる。そこでかなりイヤミを言われたそうだ。
 白蛇なんとかという金銭が儲かる御利益の神社の神威がここ10年落ちているのだが、原因を探ると参拝に来た「鬼」に霊力をごっそり持って行かれた為らしい。
 「鬼」の名は「物辺饗子」というそうだ。

「おばちゃんの金儲け能力は他の神様から分捕ってきたものだったんだな……。」
「それは嫌われても仕方ないわね……。」

 また跳満神社という麻雀の神様、元は東南アジアからやって来た白猿神ハヌマーン、で行われる大会に「鬼」が荒らしに来たそうだ。
 そいつは麻雀のルールを覚えたばかりであったが、並み居る伝説的強豪をかっぱいでボロ儲けして帰ったそうだ。
 「鬼」の名は「物辺祝子」という。

「物辺神社ってその筋ではものすごく嫌われているんだな……。」
「よく分かるわ……。」

 再びタクシーで鎌倉駅に戻る。車中で当然に話題になったのが「オーラシフター」、その親玉である「寿老人」守株翁だ。

「喜味ちゃんから電話があったんだけど、オーラシフターの一人でフカ子さんて人に会って、彼等の目的が喜味ちゃん抹殺にあるって判明したそうよ。」
「抹殺か。喜味子も出世したものだな。」
「その理由は守株翁からの命令であって、機会を百年以上も待っていたそうなの。現在の画龍学園の人材育成機能もわたし達を殺す為の周到な準備なわけ。」
「ふん。では説得で止められるものじゃないな。」
「どう思う?」

 花憐、右隣に座る優子の顔を見る。タクシーの後席に芸能人級美少女2名が座っているから、運転手の顔も緩みっぱなしだ。

「さっき見た爺さんだな。さすがに百歳の仙人ともなるとあたしの眼でも人物見切れなかった。」
「そうよね、わたしにもとてもいい人そうに見えたわ。でも実際は抹殺命令よ、どうしよう。」
「喜味子はどう言っている。」
「喜味ちゃんは、オーラシフター殺さないのを安請け合いしちゃったって。蟠龍八郎太って人がリーダーで、この人を決して殺してはいけないそうよ。」
「どんな奴だ。」
「守株翁の後継者でいいおとこ、だって。喜味ちゃんのいいおとこは普通にイケメンって意味よ。」
「超能力者のリーダーでイケメンか。そいつは殺すわけにはいかないな。」
「えーとー、なるほどそういう考え方はあるわね……。」

 優子も改めて考える。
 あの爺さんは確かに只者ではない。七福神皆只者ではなかったが、飛び抜けて違う。人を見る目も育てる腕も並外れているのだろう。
 それほどの人物が後継者とする蟠龍八郎太、会ってみなければならない男だ。
 場合によっては手篭めにしてもよい。超能力特殊部隊のリーダーなら相当に肉体も鍛え込んでいるだろう。
 楽しみだな。

「それで優ちゃん、これで東京での日程はすべて終了なんだけど、他に行きたい所有る?」
「おみやげ買って帰るだけだな。東京にはそれなりに知り合いも居るんだが、今回はいいさ。門代の方が立て込んでいる。」
「そうね、早く帰ってあげなくちゃぽぽーや喜味ちゃんが大変よ。」

 優子が前でにやける運転手に声を掛ける。行き先を少し変更だ。
 もちろん前後に並走して陰から守る警察SPの車列全部が揃って方向転換だ。

「あ運転手さん、木刀が買える所に行ってください。」
「はい、おみやげですね。」
「ゆうちゃんたらー。」

 

PHASE 455.

 一段落して余裕が出来たから、と連絡が入って鳩保芳子は門代地区宇宙人有志隊に会いに行った。
 午後四時。まだ日は高く熱く、走る路面の照り返しが肌に突き刺さる。
 いつもの墓場に行ってみると、待っていたのは一人だけだった。

 原始人さんがあいかわらずの猿酒をあおっている。他に誰も居ないから手酌でだ。
 彼の生体有機情報端末であるところの毛の無い類人猿ミス・シンクレアはと言えば、

「シンクレアさん、なんとおいたわしいお姿に!」

 手近の墓石の上に類人猿の首だけが置いてある。ボディが破損して頭部だけを回収してきたのだ。

「鳩保さん、お見苦しい姿をお目にかけて申し訳ありません。」
「ほんとうに有志隊壊滅しちゃったんだ。」

 昨夜の戦闘は激闘であった。
 今回路線変更して爆発トラップに替えて拘束系トラップを展開。サルボロイド星人の動きを止める作戦を行った。
 ただでさえ動き難くなるのに、いかなる物理攻撃も受け付けない三年寝太子さんがしがみつく。
 さすがのサルボロイドも自分の身体をメタルハンドで引っ掻くわけにはいかず、大回転攻撃も出来ずに窮地に陥った。
 が、

 メタルハンドは伸びるのだ。手首の根元の軸が10メートルも伸びて左右両翼20メートル内を地獄に巻き込んだ。
 無事なのは寝太子さんだけで、周囲は大きく薙ぎ払われありとあらゆるものを切削分解していく。
 手指自体も展張回転するから、結局足止めするのが無意味となり攻撃を放棄。
 しかしサルボロイドの怒りは収まらず逆襲に出て、有志隊は個別撃破をされてしまう。

 その後、地面に穴を掘ってサルボロイド星人は失踪。
 有志隊も壊滅の憂き目に遭い、敵の位置を見失う。
 鳩保への報告が現在まで遅れたのも、まだ捜索中だからだ。

「他の人はどうなったの。」
「鉄甲騎女めっとーろさんは特にダメージが大きく再起不能に、ナナフシ星人さんもボディに損傷を受けました。」
「あのひと生身だから大変だな、それで。」
「我が主人はなまげらしゅとるんすとーんころい星人は全身7カ所に大きな裂傷を負い、タコ糸で自分を縫って接合しました。
私も全損で、首から上の情報端末機能のみに縮退いたしました。この後干し首にしてもらって小さくなる予定です。」

 南方の首狩り民族に伝わる特殊技術だ。妙なところで役に立つ。

「三年寝太子さんは特に大きな負傷はありませんが、お腹が空いてまた寝ました。ずいぶんとエネルギーを消耗したようです。
 くりょぼとろ=かいちょなす星人さん(安サラリーマン)は徹底的に叩き伏せられて緑の液体状に伸ばされてしまいましたが、現在は復元しています。」
「さすがにふじみだな。」

「てゅくりてゅりまめっだ星人さんは無傷です。現在サルボロイド星人探索任務を続行されています。」
「さすがせこいなまめっださんは。それで探索の方は、」

 首を横に振ろうとしても頭だけでは振りようが無い。ミス・シンクレアは静かにまぶたを閉じるだけだ。

「サルボロイド星人は全活動を停止して反応を消しました。やはり多大な消耗をしてエネルギー不足に陥ったようです。
 ですが24時間内に回復して再び進攻を始めるでしょう。次に出現する時はぴるまるれれこの近傍500メートル以内と予測されます。」

 鳩保は後ろを振り返り原始人さんを見る。なるほど、下手な手縫いで傷が止めてある。
 見るからに痛そうだが、彼は戦闘を諦める気がまったく無いようだ。たとえぴるまるれれこと遭遇しようとも。

「その時は私達ゲキの少女も出撃します。それで、アレは破壊しても爆発しないでしょうね。」
「爆発ですか、有るかもしれません。我々タンパク質製合成人間は外部からエネルギーを供給されていますが、サルボロイド星人は内部にジェネレーターを持っていますから。」
「大爆発?」
「ボディ深部の破壊に至る乱暴な停止を行えば、おそらく。」

 話を聞いていた原始人さんが手元に置いてある必殺の「石斧」を上げて示す。
 物理破壊とはいえ外殻から地道に削っていけば、サルボロイド星人の方でも爆発を避ける安全な停止手順を遂行できるらしい。

 ミス・シンクレアは随時探索情報をを連絡してくれると約束して、原始人さんにぶら下げられ持って行かれた。
 元々生命体じゃないから首だけでも問題無いが、それにしてもおいたわしい。
 ご主人様がいい人らしいのがせめてもの救いか。

 

 鳩保、物辺村に帰ってきた喜味子に不可視の電話をする。今の有志隊との会話も聞いていた。

「喜味ちゃん、なんとかならないか。」
「なんとかしよう」
「なんとかなる?」
「出来るよ、たぶん。というか最初から私が行けば良かったんだ」
「そうか、出来るのか。」

 サルボロイド星人は機械生命体だ。
 機械モノ特に古い機械の分解が大好きな喜味ちゃんなら、造作なく処理出来るのだろう。

「じゃあ任せる。それよりさ、オーラシフターの方だよ。」

 魚養 可子と約束して安請け合いしてきた喜味子である。
 鳩保が考えるに、なるほど殺さないのは可能かもしれないが、その分忍者に負担が回る。
 物辺鳶郎の配下に人死が出れば、却って喜味子が忍者に恨まれてしまうだろう。

「喜味ちゃんどうするよ。こっちの方なんとかしないと。」
「考えた。というか倉庫漁ってたら都合の良い秘密兵器が出て来たよ。これを使えばラクショーだ」
「ああ、うん。」

 あんまりにも安請け合いで、鳩保怖くなってきた。喜味ちゃんほんとに大丈夫か。

 

PHASE 456.

 八時過ぎ、水平線に残る赤も闇に沈み、なんとなく夏に翳りを感じる。
 夏休みの宿題はここで本腰を入れて片付けねばなるまい。さもないと後で酷い目に遭うぞ。

 互いに連絡を取り合い集まった鳩保芳子、童みのり、児玉喜味子は物辺神社から降りてくる人を待ち受ける。

 全身黒ずくめの男性、戦闘服のようで武器は無くスポーツウェアのようでやっぱり戦闘的な、体型がくっきりと出る服を着た細身の三十五才くらいの人。
 彼に伴われるのが物辺鳶郎。日暮れ時神社の清掃で履いていたジャージのままで、ちょっとそこまでジョギングに行く風情に見える。
 3人が通せんぼをするかに姿を現し道を塞いだので、笑顔で応じる。

「やあ皆さん、こんばんわ。」
「鳶郎さん、今から出撃ですね?」
「やっぱり隠せませんね。どこから情報を聴きましたか。」
「空気で分かりますよ。島を警備する人の動きが違う。」

 ほら、と鳶郎は男性に顔を向ける。彼が昨夜鳩保が声だけを聞いた忍者なのだろう。島の裏警備責任者だ。
 一礼して鳶郎の背後に下がる。彼の身分では、ゲキの少女と直接に交渉をしてはならない。

「それで皆さんのご用件は、オーラシフターの身柄についてですね。」
「喜味ちゃん。」

 鳩保が促して喜味子がペットボトルに入った液体を差し出した。280ミリリットルの小瓶でラベルは無い。代わりにマジックで字が書いてある。
 「アンチヒュプノ」と。
 鳶郎は表情に出さなかったが、後ろの男が反応した。これの価値を知っていると如実に表現する。

「児玉さん、これはなんですか。」
「「アンチヒュプノ」薬。宇宙人の精神攻撃を防ぎ、また攻撃を警報するマイクロマシン入り薬剤です。アメリカ軍にも提供しました。この間のロボット騒ぎの原因です。」
「そうですか。私が聞いた情報では魚の醤油入れに入っているとなってましたが、大量生産も出来るのですね。」
「容量は1人魚醤油差し1杯分。量は多くても効果は同じです。効果の持続時間は72時間で経過後4時間で痕跡を残さずに分解します。
 これを服用すれば、オーラシフターの超能力による攻撃の半分を防げます。」
「半分?」
「術者が他人に対して掛ける術はほとんどが防げます。ただし術者が自分に掛けて能力を強化する術には、当然効果がありません。」
「なるほど。オーラシフターの運動能力向上の秘密を児玉さんは見切っていましたか。」

 鳶郎も忍者も反応を殺しているが、内心では驚きまた喜んだ。
 昨夜のオーラシフターとの戦闘では自他に用いる術の併用の有効性に随分と傷めつけられたからだ。
 喜味子の説明は続く。

「副作用は特にありません。少なければ効きませんが多い分には適正量で自動調整します。
 ですがもし服用する者が精神攻撃の使い手だった場合、術の発動も不能となります。無理して使うと酷い頭痛になります。」
「ではオーラシフターがこれを服用したら、」
「72時間はただの少年少女ですね。」

 つまり、彼等を捕まえた後にはこれを服用させて無力化し拘束しろと言っているわけだ。
 鳶郎もゲキの少女達の要望を聞かざるを得ない。

「これが有ればかなり楽に戦えます。また捕まえた後の処置が問題でした。助かります。」
「ですから、」

 鳩保もみのりも身を乗り出す。特に童みのりは、もし言うこと聞かないと叩くぞと言わんばかりのお願いオーラを発している。

「ですから、彼等に対して」
「分かっています。これだけのものを頂けたのですから、可能な限り無傷で捕らえましょう。」
「もし酷い怪我をした場合は私が行って治療します。どちらの側でも。」
「ありがとうございます。」

 鳶郎は深く頭を下げて礼をした。今朝も喜味子の出張を願って、特殊なダメージを受けた配下の者を助けてもらったのだ。

 島の端、橋の入口まで5人で歩いていく。鳶郎はペットボトルを右手に一人先に進んだ。
 黒ずくめの忍者は置いていく。

「この者が島を最終的に防衛します。お邪魔でしょうが彼の言うことにはおおむね従ってください。特に今日は。」
「はい。気をつけて。」
「行ってきます。」

 明るく挨拶をして忍者物辺鳶郎は行ってしまう。途中まで歩いて、いきなり速度を上げて姿が見えなくなった。
 鳩保、男に振り返る。忍者だから顔を見ても印象が無い。似顔絵を描けと言われても困るタイプだ。

「あなた、名前はなんと言いますか。」
「水礼とお呼びください。」
「ケリ? ですか。それも鳥の名前?」

 改めて顔を見ようとすると彼は両手で覆い、黒覆面を被ってしまった。
 たちまち気配が消え、常夜灯の作る影の中に姿は消えてしまう。
 声だけが残る。

「忍びの者とは親しくなさらぬのが礼儀にございます。主たる者はそれが居らぬかに、影たる者は自らを気付かせぬよう振る舞うものです。」

 今度はほんとうに消えてしまった。
 3人の少女は互いに顔を見合わせる。

「喜味ちゃんみぃちゃん、二人共夏休みの宿題もう終わったかい。」
「う、」
「うぅ。」
「お盆過ぎると夏終わるの早いよお。今の内、今夜の内にちょっとでも進めておいた方がいいさ。」
「う、うん。」
「どうせ二人共、今夜は眠れないだろうからさあ。」

 

PHASE 457.

 八月九日土曜日、今日東京から物辺優子と城ヶ崎花憐が帰ってくる。
 その前に最後の用事を済ませておこう。

 天気予報は曇りのち雨、降水確率40%以上、特に夜に掛けて大雨の可能性。このところ日照りが続いたから草木にとっては恵みとなろう。
 朝の内、実はもう降っている。天気は悪くともラジオ体操は敢行されるのが物辺村の掟。
 外がダメなら家の中で暴れるだけだ。自己申告により後でラジオ体操のハンコを押してもらえる。

 そもそもが児玉喜味子の家は養鶏業であるから朝は早い。
 軍鶏に餌をやってラジオ体操をして、さあ朝飯でも食うかのタイミングで玄関のチャイムが鳴った。
 午前七時。近所の人なら庭から声を掛けて呼ぶから、余所者だ。母が応対した。

「どちらさまでしょうか。」
「児玉喜味子さんのご自宅ですね。喜味子さんはいらっしゃいますか。」

 玄関先に立つのは就職活動的に借り物ぽいスーツを着た若い女性だ。表情がきりりと堅いから、母は女性警察官かと思った。
 きみちゃーん、と呼ぶと手伝いをしていたままのラフな姿の女子高生が現れる。
 訪ねてきた女性は、もちろん心の準備はしていたのだろうが、大いに驚き狼狽える。さすがに朝っぱらから喜味ちゃんはキツイ。

「なんですかい。」
「……も、もの、物辺鳶郎様からのお言伝です。レイの例の件が片付きましたので喜味子さんにご足労願いたいとの、ことです。」
「あい。おかあさんちょっと出てくるね。」

 女を待たせてとんとんと二階自室に上がった喜味子は、ぱっと着替えて少々の荷物を入れたカバンを携えてまた玄関に下りてくる。
 ポケットがいっぱい着いたオリーブ色の作業用長ズボンにざっくりとした木綿のシャツ。
 肩紐の付いた古い革のカバンの中には昨日使った仮面も一応入れていく。このねーちゃんの反応を見るに、ひょっとすると必要かもしれない。

「車?」
「は、はい。橋の上で待機しています。」

 玄関を出て傘を差そうとして、手を外に出してみる。雨粒がほとんど当たらない。
 母が大きな傘を勧めるのを拒否して折りたたみ傘をカバンの中に放り込んで、家を出た。
 見送る母に声が届かない距離になって、女に尋ねる。

「死人は?」
「いえ、死者は無く軽傷者のみです。オーラシフター8名を拘束、いずれも無傷か打撲のみの軽傷です。」
「鳶郎さんはちゃんとやってくれたんだね。」

 迎えの車は普通の黒塗りセダンだが、ゲキの眼でトランクの中身を透かしてみる。グレネードランチャー付きアサルトライフルが2丁、金属ケースの中に収められている。
 さらに防弾楯が2枚。車内にも、巧みに隠しているが短機関銃とレベルV A のボディアーマー装備。
 警察SPにしては重装備であるから不審に思う。こいつら何者だ。

「警察じゃないですよね、あなたたち。」
「特務保安隊に所属しております。」

 聞いたこと無い部署だから、車内後部座席に座ってゲキ端末携帯ゲーム機を使って検索してみる。
 特務保安隊とは、GHQの命令で発足した警察予備隊が保安隊となり、自衛隊という事実上の軍隊に発展する際に施設警備を主目的として分離したもの、だそうだ。
 共産ゲリラやテロリストが狙う重要インフラ、特に原子力発電所や送電施設、水道電話通信施設に常駐して警備する。だから公的には只の「警備員」だ。
 もちろん実態は大きく異る。
 組織的武装闘争に対応するため警察よりもはるかに重武装であり、必要に応じてひそかに派遣され対象を隠密裏に制圧する。
 自衛隊の治安出動が長らく一般社会で忌避されたが故の代替手段として用いられてきた。

「なるほど、政府の秘密部隊ね。」

 今回のオーラシフター襲撃事件はあくまでも裏で処理される。警察の関知するところではない、わけだ。
 しかし案内されるのは地元警察の体育館。秘密を確保できる施設は持ち合わせていないらしい。

 車から降りて案内された喜味子は、ようやく知った顔を見出した。

「鳶郎さん!」
「喜味子さん、度々お出でいただき申し訳ありません。」
「軽傷者のみと聞いていますが、」
「はい。アンチヒュプノ薬が大変効果的で、ほぼ無傷で済みました。ありがとうございます。」

 鳶郎は忍者専用アーマーに身を包む。手甲脚絆胸甲が薄いプラスチックに見えるパーツで、それ以外は防刃布。頭領だから色は朱。
 忍者刀は背負っておらず、50センチほどの短刀は左の腰に差している。ヘルメットも無いが仮面は付いているらしい。

 喜味子がじろじろと胸のパーツを見るので鳶郎は微笑んだ。あまりに薄いから防護機能を疑われている。

「5ミリ厚ですが一応は拳銃弾は防げる仕様になってます。」
「ふむ。ハイテクだねえ。」

 彼以外の忍者の姿が見えない。おおむね特務保安隊の人間が忙しく動き回っている。

「それで戦闘はどうでしたか。」
「アンチヒュプノ薬による防御は完璧でしたがオーラシフターの彼らもすぐ対策を考えて、物理攻撃主体に変化しました。
 中に一人拳銃使いが居て、50メートルの距離から確実に当てて来るので苦労しました。2名軽傷です。
 この技はたぶん彼ら全員が使えるので、全員が拳銃使いになったらかなり厄介ですね。」
「”魂喰らい”は?」
「こちらも十分注意しましたから無傷です。アレは精神攻撃ではないのでしたね。」
「”魂喰らい”の技は精神と肉体と魂を繋ぐ継ぎ目を狙う攻撃ですから、アンチヒュプノでも対抗できないんですよ。」

 特務保安隊の大柄な隊員2名に行く手を遮られる。これより先はオーラシフターの面々を隔離する場所。

 

PHASE 458.

 普段は剣道場であろうが、5台の拘束ベッドが持ち込まれてオーラシフター達が囚われている。
 各員に3名ずつの監視が付いて事情聴取が行われたが、もちろん易とは喋らない。

 一人だけパイプ椅子に座っている者が居る。赤いセーラー服を着た女子、魚養 可子だ。
 喜味子の姿を発見して顔を上げ、表情で挨拶してくる。彼女の反応に呼応して監視する特務保安隊員もこちらを向いた。
 いきなり顔面が強張り、腰に下げる拳銃なり短機関銃なりを握り直す。
 彼らが用いるのはMP5、世界中の特殊部隊で用いられるベストセラーマシンピストルだ。

 これは喜味子の私見だが、特務保安隊は装備に関しては独自性を発揮する権限を持たず、海外の事例から妥当だと思われるものを直接導入しているらしい。
 どこかで見た武器装備ばかりでオリジナリティを欠く。秘密部隊ゆえの不自由さが有るわけだ。

 こちらから声を掛ける。喜味子の声は顔と大きくかけ離れて透りが良く、美声と称してもよい。
 隊員達も思い直して銃を下げる。いざとなったら飛び出て楯になろう覚悟した鳶郎も安堵する。

「よお。約束は守ったぞ。」
「うん、感謝する。」

 可子はにやりと笑って応えた。この状況に陥ってもへこんで居ない。さすがに胆が座っている。
 鳶郎が説明を続けた。

「オーラシフター8名を拘束。内1名、魚養 可子は戦闘には参加しておらず滞在先の旅館で確保。
 登録上ではオーラシフターは12名居るはずですが今回のミッションに参加したのは9名、これは魚養 可子の証言と現場で確認した人数と合致します。
 唯一人、火尉 とます十四歳が逃走中。この少年はオーラシフターの中でも極めつけに異なり、超能力による物理破壊が可能です。」
「物理破壊というと、仙獣ですか。」
「え、」

 さすがの忍者の頭領もオーラシフターが飼う仙獣についてのデータを持っていない。そもそもが常人の眼では見えない存在だ、知らなくて当然。
 自分が呼ばれたと思って、青い毛並みがふさふさした子犬大の動物が喜味子の足元に寄ってくる。
 仙獣「アルファリーフ」だ。背中に翼のように生えた肉枝をふりふりと振って挨拶する。
 彼が見えているのは喜味子と可子だけ。彼が自由である内は、オーラシフター達が決定的に酷い目に遭わされる事も無いだろう。

「拘束しているのは、リーダーの蟠竜八郎太、以下年齢順に喜須 悟、平芽カレイ、唐墨理一郎、棟木 曼助、魚養 可子、子代隻、三雲 丹。
 重傷者は居ませんが、さすがに拘束する際に少々抵抗しましたので打撲等のダメージがあります。2名病院で治療中です。」

 唐墨理一郎、だけは喜味子は知らなかった。拘束されたベッドを覗いてみて了解。蟠龍八郎太と会った時に後から現れたメガネ君だ。

「それで、この後の彼等の処遇ですが、どうなりますか。」
「それも有りますが、ご相談したい事が。リーダーの蟠龍八郎太が持っていた日本刀なのですが、極めて特殊なものでどうも地球の産物ではないようなのです。」
「ふむふむ。」

 そいつは一大事、喜味子でなければ鑑定できない。
 まずはそちらから始めよう、と剣道場の隅に行く。ここにだけ忍者が残っていた。
 鳶郎と同じ忍者アーマーの黒ずくめが2名で件の刀を護っている。モノが特殊だから特務保安隊にも触らせない。
 5メートルまで近付いて、喜味子足を止める。やばいやばい。

「鳶郎さん、正解です。こいつはとんでもない危険物です。」
「爆発とかしますか。」
「彼らの目的はゲキの能力の行使者である私達。私達の誰かがあの刀に接触した時点で発動するトラップですよ。」
「おお! では我らで始末いたします。」
「それはご無用。私が来たからにはトラップ解除できます。それにオーラシフターだけが使える特殊機能が有るみたいですから、捨てるのはもったいない。
 いやーでもぽぽーとかみのりちゃんならやばかった。」

 刀身の材質はクロムメッキを施した炭素鋼、つまり普通の日本刀だが素材から遊離したエネルギーフィールドの形で回路が添え付けられている。
 特殊な力場を形成し触ろうとすると反発力を覚えるから宇宙人技術と間違えるのも無理はない。
 鞘はチタン合金に漆を塗ったもので丈夫で軽いが不思議は無い。鍔と鯉口の間には量子演算ロックが掛けられて、滅多に抜けないようになっている。

 だが最も注目すべきは製作年代。この刀、作られてから既に158年を経過する。嘉永3年から現時間軸に存在した。

「未来仙って奴が持ち込んだわけだ……」

 つまりは158年前から暗殺の機会を狙っていた。守株翁百歳の宿願どころではない、江戸時代から仕込んでいる。
 トラップの内容も酷い。刀を抜いたゲキの力の継承者は斬れ味の魅力の虜となり、家族姻族親類縁者知人友人尽くを斬り殺すまで已まぬ妖刀なのだ。
 ゲキの血統を滅ぼすのにこれほど適した罠も無い。

 未来仙なる者がゲキに対して深い恨みを抱いているのはよく分かった。
 だが蟠龍八郎太はどうだ。彼に襲撃を命じた「寿老人」守株翁はどうなのだ。

 彼等はゲキの少女に如何なる殺意を抱いているのか。

 

 考えるだけ無駄である。喜味子は全教科赤点のバカ娘なのだ。

 

PHASE 459.

 基本的にはNWOに逆らってゲキの少女暗殺を狙ったオーラシフター画龍学園、その最高責任者であるアンシエント「寶」の「寿老人」守株翁には制裁として死が科せられるのが妥当である。
 処分を覆すには彼等が翻心しNWOの為に全てを捧げ尽くし、決して背かぬとの誓約と確証が必要である。
 まず無理だ。日本国内だけの了承ならば取り付けるのも不可能ではないが、事は全世界規模での裏切りだ。反乱分子不穏分子は全て誅戮するを求められる。

 奇跡が有るとすればNWOにおいてはミスシャクティ直接の裁定、またはゲキの少女自身の要望であろう。
 捕まった8名のみならず、おそらくは何百人もの生命が今此の場で児玉喜味子の手に委ねられる。
 彼女は僅かな時間において、NWOを納得させられる尤もらしい結論を引き出さねばならない。

 アホの子なのに、だ。

 蟠龍八郎太の訊問にあたり、喜味子は立会人として魚養 可子を指名する。守株翁への信頼の篤い彼女ならば、八郎太説得の助けとなるはずだ。
 実際にオーラシフターを制圧した物辺鳶郎も同席するが、彼が和解に貢献する事は無いであろう。監視の特務保安隊も、おっとり刀で飛んできた政府関係者も意味が無い。
 だが政府関係者は心臓ドキドキして事態の推移を見守っている。
 画龍学園出身者、守株翁によって育てられた人材は日本政府のみならずNWOにも深く浸透し、大きな役割を担っている。
 それら全てを排除するとなれば日本国のNWO内における発言力は激減し、また国家運営においても支障を来す事となるだろう。

 喜味子の双肩には過大過ぎる重荷が背負わされる。正直、笑っちゃう。

 八郎太が拘束されるベッドの左脇に立った。
 彼は特務保安隊の訊問を固く拒絶し、きつく目を瞑っている。黒々とした眉毛が深刻な運命に険しく歪み、丸坊主の頭がくりくりしてちょっと可愛い。
 彼と仲間達は皆アンチヒュプノ薬を投与されて精神攻撃の術を封じられ、3日間は無力な少年である。
 それでも八郎太の強靭なる精神はいかなる拷問にも屈せず、オーラシフターとしての使命を、守株翁の願いを捨てる事は無い。

「おはようございます、蟠龍八郎太さん。」

 ごく普通に、特に親しくもないクラスメートの男子に挨拶するかに、呼び掛けた。
 八郎太は静かに瞼を開く。男の子なのに睫毛が長い。

「児玉喜味子さんか。」

 4日ぶりの再会、であるがさして友誼もなし。何を語れば良いか、個人情報すら把握しない。
 ただ魚養 可子との対話から、まさに守株翁こそが全てを解く鍵だとは分かる。

「えーと、
 私は実は人を洗脳してしまう能力を持つのです。抵抗は無意味だ、身体の快感を支配しちゃいますから。」
「それで僕達を隷属させると。確かに宇宙人の力を持つのなら、そういう選択肢も有りだな。」
「望むならやりますよ、NWOも理解してくれて生き残れる。」
「いや。」

 拒絶の言葉に喜味子はなんとなしに安堵する。後ろを振り返り可子を見る。
 パイプ椅子に座らされ後ろ手に手錠で拘束される彼女もほっと息を吐き出した。そんな安直な解決を選んでは意味が無い。
 爺さまの志が無と消える。

「えーと、」

 そもそもが自分には八郎太を説得する気が無い。オーラシフターを救おうとする意識すら希薄だ。
 そんなものはどうでもいい、もっと大切なものがある。気がする。
 だが自分では良く分からない。難しい事を考える知能が自分には無いのだ。逆立ちしても分からない。
 だから、自分が考え得る最善の策を用いた。児玉喜味子はあくまでもリアリストだ、夢を見ない。

「えーと私頭悪いから、わかんないんですよね。何故あなた達が私を殺しに来たか。
 いえ、理由は分かるんです。でも勝てない、勝てる道理が無い。勝てないと分かっていながら襲って来る理由が分からない。
 そもそもそれ以前に、あなた達にそんな事を命じる爺さまという人の気が知れない。死ぬと分かっていながら大事な子ども達を無謀な任務に送り出す、その狙いが分からない。」
「それは、」

 八郎太が首を起こしてまず見たのは、魚養 可子だ。彼女が喜味子に「爺さま」こと守株翁の話をした。
 可子もうなずく。爺さまの真の狙いが分からないのは彼女も同じ。だから皆に逆らってでも任務を放棄した。放棄しても、全員と運命を共にする。

「私わかんないんですよね、どれだけ考えても。だから諦めて東京の優ちゃんに聞きました。物辺優子です。
 難しいことはすべて優ちゃんが理解する。ぽぽーも花憐ちゃんも頭いいけれど、本当に難しいことは優ちゃんにしか分からない。

 それで、聞いたらあっさりと解き明かしてくれましたよ。さすが。」
「何が分かったんだ。」

「これは「裏柳生」って組織があなた達「オーラシフター」について調べた資料をハッキングして見つけたものなんだけど、えーとだいたいこういうことだね。

 ”「オーラシフター」は仙道の発展形を自称するものの、その起源は不明である。おそらくは仙道とはまったく異なる技術として発祥したものと推測され、それを伝えたとされる「未来仙」なる人物のオリジナルであろう。
 修法自体の名は「大威徳五十六兵法七賢八仙九訣之教ヘ」と呼び、修行の完成までに一生を費やすものである。しかし選ばれた十代の少年少女に特別な術式を施して急速に能力を開花させる方法を持つ。
 選別の基準は「心に大きなトラウマを持つ者」特に肉親を犯罪や不慮の事故で失った者とされ、深刻であればあるほど強い力を発する。
 またトラウマの種類や事情に応じて発揮される超能力の様相も変わってくる。チームとして多様な能力を備えた場合の有用性の高さは、単能能力者の集団の遠く及ばぬものである。

 だがこの術法はトラウマの治癒を目的とするものでもあり、超能力を発揮する内に「傷を費やして」精神的に強化され、仮初めの術に頼らずとも自立出来るようになる。
 その際に力自体は失われるが修法を続行するのに理想的な精神状態を作り出し、以後の修行によってより大きく有益な得道士として成長する。
 「オーラシフター」の名は、彼等が自らのトラウマを癒やし術を必要としない成長を遂げた時に、或る種の観測装置あるいは心眼によって見た場合、発するオーラの色が劃然として変移する所から名付けられた。”

 これは、間違ってないんだね?」
「ああ。簡潔過ぎるとは思うが、おおむねその通りだ。」

 喜味子は携帯ゲーム機の画面を閉じる。小さな画面に表示される文章を棒読みして喉が疲れた。
 だがここで休むわけにはいかない。タイミングというものが有る。

「私は優ちゃんに、自分が見たままを言ったんだ。

 データを調べた限りでは蟠龍八郎太は幼い頃に両親を失っているけれど、彼自身現在そのトラウマが有るようには感じられない。
 また爺さまという人は大層立派なひとらしいから、彼にトラウマを与えないようにしたんだろう。他のオーラシフターとは違う、って。」
「確かに僕は他のメンバーとは異なり、両親の死の現場に立ち会っていない。トラウマを持たないと言われればそうかもしれない。
 だがその分を過酷な修行を自身に課す事で乗り越え、オーラシフターに成った。能力の確かさ強さにおいては誰にもヒケを取らないつもりだ。」

「私もそう言ったんだ。蟠龍八郎太は特別かもしれないって。
 でもさ、優ちゃんはこんなことを言うんだ。もしオーラシフターに乗り越えられない巨大なトラウマを与えたらどうなるだろう?」

 

PHASE 460.

「そもそも蟠龍八郎太という人物は生まれつきに大した器量を持っているから、術式なんか無くても独りでやっていける。
 爺さまという立派な師が居るし、親しい仲間も居る。精神的に危ういところはどこにも無い。
 こんな彼にトラウマを与えるにはどうしたらいいんだろう。」

 喜味子の言葉に蟠龍八郎太をはじめ魚養 可子も物辺鳶郎も、行き掛かり上付き合わされている政府関係者も特務保安隊も耳をそばだてる。
 おそらくは他のベッドに拘束されているオーラシフターのメンバーも聞いているはずだ。

 最初に気付いたのは物辺鳶郎だ。
 鳶郎は忍軍の長として大きな責任と全員の生命を背負っている。過酷な運命に生きる点においては八郎太の先輩であった。
 彼にして最も恐れるもの、それは。

 思わず小さく呟いた。

「……任務の失敗、それによる人員の損失。さらには失敗が呼びこむ組織全体の崩壊。」
「そして最高責任者の処分、です。優ちゃんが言うには、八郎太自身の失敗による組織の壊滅と爺さまの死こそが最も大きな、生涯癒えることの無い傷となる、そうです。」

 ベッドの拘束具を大きく揺らして、八郎太は身悶えをする。激しく暴れて保安隊に押さえ付けられる。
 今や完全に理解した。物辺優子の示唆するものを。

「守株翁という爺さまは、自らの死後も殉じる使命の存続を望むのです。準備段階だった自分の代を超えて、今よりもはるかに強力に確実に実現されなければならない。
 だが敵はあまりにも強く大きく、尋常の才能では到底叶うことは無い。長期の忍従を強いられる苦しい道のりとなるでしょう。

 蟠龍八郎太に使命を継がせるに当って爺さまに出来る最後の仕上げが、最強のオーラシフターの完成。なんだそうです。」
「守株翁自らの死を糧として蟠龍八郎太を使命に覚醒させ、尽きる事の無い自らへの怒りと自責の念を強大な超能力へと昇華させて、ゲキの血統の抹殺を図る。
 これが答えですか。」

「あくまでも優ちゃんの推測です。」

 八郎太は大きく吠えた。あまりにも悲痛な、喉を裂いて血を吐き出す力の限りを叫んだ。
 魚養 可子をして目を伏せさせる、敗北の姿だった。 

「僕が! 僕が、僕が死ねば、すべてが! 僕が」
「あなたは死にませんよ。」

 努めて平静に喜味子は語る。ここでキレて暴れてもらっては困るのだ。すべておじゃんでござりまする。

「あなたは死ねないんですよ。あの「未来仙がもたらした抜けない刀」は封印された今でも1人くらいなら脱出させる機能を持っています。
 またあなたの仲間達、今はアンチヒュプノで無力化されていますが、自分の命を犠牲にすればもうひと暴れが可能です。
 あなた自身だって”魂喰らい”の技が使えるはずです。あれは精神攻撃ではない。」

 足元のアルファリーフが、自分も居るぞとふさふさの尻尾を振った。

「それに今あなたが死んだって、もう手遅れです。死に損です。爺さまだって殺されてしまうでしょう。
 あなたには選択肢なんか無いんです。初めから。」

 八郎太は全てを理解して静まった。呼吸を整え、手足の筋肉の緊張を解く。
 彼を必死で押さえていた保安隊員も、ようやく手を放す。

「児玉喜味子さん、僕は何をするべきだろうか。何ができる。」
「これまでどおりにNWOと「彼野」に忠誠を、ゲキの少女に対して絶対の服従を。そして帰ったら爺さまには隠居してもらってください。
 それだけの立派な爺さまなら、家で遊んでいても訪れる人の絶えることは無いでしょう。ほとんど今までどおりです。」

「それで許されるだろうか。」
「さあ。
 でも専門家が居ますから、降伏の条件に関しては彼と協議してください。きっといいようにしてくれます。」

 剣道場の入り口の鴨居に手を掛ける、長身細身の男が居る。軍師山本翻助。喜味子に対して右手でちょっと挨拶した。
 本来オーラシフター調略を任されていた彼は、次はオーラシフター助命の為にNWOと戦うハメになる。
 ややこしい仕事ばっかりだが、なにせNWOよりゲキの少女の方が偉い。
 どちらの命令を優先させるか、悩む所では無かった。

 

 やるべき事はやったから剣道場から退出する。後は大人のお仕事だ。
 去る喜味子に、拘束されたままの魚養 可子が礼を言う。一言だけ。

「ありがとう。」

 物辺鳶郎が従って剣道場を出る。例の日本刀も忍者が捧げて持ってくる。
 刀は和議が整った後に八郎太に返すべきだろう。オーラシフターにはこれからも活躍してもらわねばならない。

「喜味子さん、ご苦労様でした。この御礼は、」
「こちらから命を助けるようにお願いしました。それに考えたのは全部優ちゃんです、私は何もしなかった。」
「いえ喜味子さんの言葉だからこそ、彼も納得したのでしょう。優子さんなら素直に従ったか分かりません。」
「うーん、」

 物辺鳶郎は既に優子の身内である。ちょっときつい、でもホントの事まで喋ってしまう。

 屋外に出て、雲間から漏れる陽光を喜味子は両の手を開いて受けた。明るい掌をじっと見つめる。
 様々な奇跡を生み出す魔法の手は、今回何もしなかった。
 そういう日も有るさ。

 

PHASE 461.

 朝の内雨が降ったから参拝客の出足は鈍い。夜も降る予報だから、おそらく終日この調子だろう。

 というわけで物辺神社のバイト巫女は本日鳩保芳子唯一人。
 喜味ちゃん不在で、みのりは十三日夜に行われる年中行事「西瓜盗り」参加者講習で忙しい。
 鳩保も可能であれば遠慮したかったのだが、なにせ自転車を譲り受けて2万円もの小遣い前借りしちゃったから背に腹を替えられない。

 緋の袴の物辺祝子の前に立つ。

「芳子、」
「はい!」
「今日は優子が帰ってくるから、バイト巫女もだいたい一段落だ。気合入れていけ。」
「へい親分。」

 若干祝子の元気が無い。昨夜夫の鳶郎が仕事で留守だったからセックスが足りないのだろう。
 ほぉう、っと1回ため息を吐いた。

「芳子、」
「はい。」
「あれはどうにかならんか。」
「アレ、とは。」
「これだ。」

 袂の中から指先で摘んで神社本殿木の柱に貼り付けたのは、小さなタコ。手の中に隠れるイイダコ大のロボットだ。

「これは喜味ちゃんが作った奴ですが、神社の中をうろついているんですか?」
「家の中だ。まあこれがロボットというのはイイ。悪いことをしないのも分かる。なんか便利な機能を持ってるのもな。」
「そもそも医療用ロボットですから、でもなんでこいつ持ってるんです?」
「夜中に飯を食うんだよ。」

 ???

「夜中にふと物音に気付いて目を覚ますと、これが台所に立っている。人間みたいに大きくなってな。」
「はあ。」
「何をしているのか、と見ていると冷蔵庫開けて冷や飯取り出して、ネギ切って、チャーハンを作るんだよ。」
「はあ……。」
「お前たちが夜通し何かやってるからお前達が食うのかと思ってたら、こいつそのままテーブルに座ってチャーハンを食べるんだ。」
「はあああ?」

 まさに呆気に取られて口を大きく開く鳩保の傍を、タコロボがゆっくりと通り過ぎて行く。むしろカタツムリぽい。

「あーそれはーえーとー、」
「ガキども(双子)に聞いたら、クビ子さんの友達のメルケさんてのが首だけだと栄養足りないから、こいつが飯食って消化して栄養を補給するんだと。」
「あー、そう言えば喜味ちゃんそんな事命令していましたか。」

「どうにかしろ。」

 確かにそれは迷惑だ。聞けばチャーハンのみならず取っておいたプリンを勝手に食べたり、電子レンジで冷凍フライドポテトをチンして食べたりとやりたい放題。
 祝子は怒ってはいない。ただ、さすがに呆れ果てている。台所をタコロボに占領させる姉にもだ。
 鳩保おもわず財布を取り出した。

「あのすいません。食費を入れるように命令しておきます。」
「うーむ。」

 仕方がないから鳩保は、「生首クビ子事件」を説明する。
 一見楽しげな空飛ぶ生首「天空の鈴」星人が、実は地球人を捕獲して首を刈る残虐兇悪なエイリアンと認識してもらう。

「つまりメルケさんも栄養補給できないと、クビ子さんみたいに人を襲いかねないんですよ。」
「ふーん、高校の女教師が犠牲にねえ。そいつは剣呑だ。」

 祝子が目を細めてじとっと見る。なんとかしろ、と要求する。
 鳩保思わず声が裏返った。

「ぇエとぉ、ですから深夜に台所で料理はアレですからー、皆さんと同じにお夕食の時間に、」
 いかん、これは逆効果で睨まれる。

「そ、そうです! 祝子さんこれは良いように考えましょう。朝です、物辺家の皆様が起きてくる前にタコロボが朝食の準備をしてですね、お台所で皿なんか洗っちゃったり。」
「こいつが作った飯食ったぞ。不味い。ロボ味だ。」
「あ、はあ。さいですか。」

 打つ手無し。こうなったらタコロボに飯を食わすのは鳩保家で、いや喜味ちゃん家で、5人の家回り持ちで。

「まあそれはいいんだ。双子がロボに懐いてるからな。医療ロボってのなら鳶郎の役に立つだろう。」
「は、ははあ。」
「それでだ、こいつの飯代を稼ぐいい方法を思いついたんだ。」

 

PHASE 462.

 嫌な感じがびりびりと肌を震わすが、祝子の言う事だ。黙って聞くしかない。

「帰ってきた日に喜味子捕まえて、ゲーム機で人間を出すという芸を見せてもらったんだ。」
「それは私は知りませんよ。喜味ちゃんじゃないと。」
「作るのは喜味子にしか出来ないだろうが、出来てるものを使うのはお前出来るだろ。頭いいんだし。」

 即答に困る鋭い質問だ。たしかに今現在5人相互の首根っこ電話をリンクさせる事で、喜味子の説明書能力を共有可能になっている。
 不思議機械を組み上げてくれていれば、鳩保にだって使えるはず。

「喜味ちゃんは一体なにをしたんですか。」
「そこのとこのテーブルにドリームキャストが有るだろ。アレにゲームを走らせて、ゲームの中のキャラクターを生身の人間として現実の三次元空間に出現させるってのだ。」

 また厄介なものを祝子さんに見せてくれた。面白がってやりたがるはずだ。

「えーと、あの白いゲーム機ですね。至極便利に使ってきたけれど、ゲーム機として使うのはなかなか無いな。」
「うん、そこに「地味子」ってゲームを入れて回すと、出てくるんだ。」

 概要は分かったが、さすがに喜味子に了解を取らなければ危ない。おそらくはとんでもないトラップか欠陥が有るはず。それが喜味ちゃんの可愛いところだ。
 鳩保普通携帯を使って連絡を取る。ニンジャ鳶郎に呼び出されたのは知ってるから、手が空いていると良いが。

「あ、喜味ちゃん?」
「ぽぽー、何」
「今大丈夫?」
「終わった。蟠龍八郎太かくほした」
「おう、OK。それでね、祝子さんが、」

 かくかくしかじかと説明すると、電話先で喜味子がしばらく押し黙る。
 祝子さんは何の為にそれを使うのか。

「祝子さん、喜味ちゃんが何の為にって聞いてますが、」
「そりゃ地味子を出現させてバイト巫女にして経費削減、」

 おおっと、と口を手で抑えるが、もう遅い。鳩保もばっちり聞いてしまった。
 喜味子の返事は。

「ラッダイト運動だそうです。」
「くそどじった。」

 機械による自動化合理化を行いその分人件費削減をすれば、当然労働者の反発を買う。
 バイト巫女を仮想人間にやらせれば、鳩保達物辺島の少女が失業して小遣いを稼げないのは理の当然。小学生でも分かる算術だ。

 それでも喜味子は仮想人間投影プログラムの起動方法を教えてくれた。どうせ高度な知的活動をいちいち制御するのは無理だし、ナマの人間作っちゃったら大迷惑なのは前で分かっている。
 祝子が諦めるまでおもちゃで遊ばせようとの考えだ。

「えーと、」

 テーブルとゲーム機と14型ブラウン管テレビは御神木基地のウロの中に有る。最近は梅安に身体が出来たから、夜は勝手に仕舞いこんでくれるのだ。
 鳩保自ら重たいテレビを持ち上げてセッテイングを行う。喜味ちゃんの有り難さが身に染みた。

「えーと、じゃあ起動します。」
「おう。」

 とりあえず先にゲーム機の方を起動して、Pーと鳴るバックアップメモリーの中からソフトを指定してAスイッチ。
 仮想人間投影ソフトが立ち上がり、「対象とするゲームソフトを入れてください」と表示される。

「えーと、どのソフトを入れますか?」
「こないだは地味子ってのを入れた。」

 探すと、「戦列歩兵少女地味子」というゲームソフトが置いてある。
 まだビニールのパッケージが掛かったままなので「いいのかな?」と思ったが、祝子がわくわくしながら見ているから急かされて、乱暴に引き裂いた。
 銀色に輝く円盤を投入して蓋を閉めて、またAクリック。ゲーム機の中で高速回転する振動が離れていても伝わってくる。

「あ、起動しました。ゲーム画面です。」
「喜味子はだ、キャラクター選択画面を出して発生させるキャラを選んだぞ。」
「はいはい。」

 その画面は無い。「戦列歩兵少女地味子」には任意のキャラクターを選ぶ画面が存在しない。
 一昨日使った「スーパー地味子大戦PX」は魔法少女格闘物であるから2体の対戦キャラを選べたが、今回は戦列歩兵による銃撃戦である。
 10名の地味子が勢揃い。

「親分、どうしましょう。」
「なんか無いか、なんか。」
「ありました、新キャラ投入ってのが。えーと、「戦列歩兵少女地味子」には新キャラとして「地味妹」「地味母」「地味ロリ婆あ」が追加されました。って書いてます。」
「地味ロリ婆あってのは、そんなのを見て嬉しいのか、オタクは?」
「それは私としてもなんともコメントし難いんですが、地味母に比べるとまだ分かり易いような気がします。」
「いいから押せ。」
「へい。」

 ふっと空中に女子高生の姿が浮かび上がる。一昨日投影した「九曜 月子」だ。前回のメモリが残っていたらしい。
 ただ未だ完全な物質化はしていない。ホログラム映像であり、これから衣装チェンジを行うのだ。
 「戦列歩兵少女地味子」にはナポレオニックな近代の軍装が幾つも用意されている。

「衣装を選ぶようですが、」
「えいまどろっこしい。芳子、貸せ。」

 鳩保からゲームコントローラーを奪い取ろうとした祝子は、つんのめって電源コードに足を引っ掛け、ゲーム機宙に舞う。

 あちゃー。

 鳩保は思う。これはまたなんとお約束な。

 

PHASE 463.

 前回までのあらすじ。祝子がばかなことをした。

 空中に飛び出す「戦列歩兵少女地味子」のキャラクター総勢10名。今回新規メンバー3名が追加されていたが扱いが別である為、かろうじて免れる。
 そうでなければ後期高齢者たる「地味ロリ婆あ」までもが顕現しただろう。
 幸いな事に全員がデフォルト状態である高校学生服(1名教師除く)着用で出現する。夏場ではあっても、全裸地味子大会はさすがに処理が大変だ。

 祝子叫ぶ。

「なんだこれは!」
「なんだもなにも、ほふりこさん何てことしちゃうんですか。責任取れませんよこんなの。」

 鳩保、ちゃっかりと自分が責任を負わないと宣言する。地面に落ちたゲーム機を急いで回収するが、各種コードは抜け円盤は飛び出し、もうむちゃくちゃだ。
 しかし、壮観。

 地味子とは、ブスではない。ブスはブス子のちゃんとしたカテゴリーがあって、地味子とは全くに異なるものだ。
 まず基本的に地味子は美人である。しかし目立たない、人目を惹かない、奥ゆかしい、派手な真似をしない。存在自体が引っ込んでいる。
 美しさを前面に出さない、それが地味子だ。鉱山の宝玉のように、ゲームのプレイヤーに愛されて磨かれる原石である。

 前回出現させたのが「九曜 月子」、ふっくらとしたお姉さん系図書委員だが残念ながら眼鏡っ子ではない。男子受けするポイントを一つ外しておくのも地味子のたしなみ。
 更に金髪の「プリシラ・ハーツホーン」、イギリスからの留学生で目立つ存在ではあるが故郷の学校では地味子ポジションであり、日本では人気者の現況に戸惑いを隠せない。
 まずこの二人が大地に降り立つと同時に、ぶっ倒れる。

 普通人間知らない場所にいきなり放り出されれば転けるのが必定。彼女らが真に生きた人間である証拠だ。

「なんですか、ここはどこですか。」
「どいてー!」

 続いて転ぶのが「小山内あずさ」、主人公ゲームプレイヤーの幼馴染で定石通りに隣家に住む。しかし彼女は厳密な意味では地味子ではない、モブ子だ。名有りのキャラでありながらゲーム中においてはその他大勢の役回りを振られてしまう。
 彼女に絡みついて落ちるのが「水野 晶」、眼鏡巨乳の一年生で華奢な綺麗どころではあるが、クラスの男子に大き過ぎる胸をジロ見されて大困惑。自分の殻に引き篭もる為に似合わない黒のセルフレーム伊達眼鏡を着装する。

「きゃーぁ、」
「うわちょっとまって、やめて。やだダメえ!」
「……、ふ、わ、あああぁすみません、」

 病弱「武宮 ナギ」は小さく悲鳴を上げて女の子肉布団の束に合流する。定番の銀髪キャラで長期療養の為一年留年、体格も貧弱で抱きしめれば折れてしまいそう。しかしながら既に回復し体調は万全であるから、おしくらまんじゅう大丈夫。
 自分の事だけ考えた悲鳴しか残さないのが「安田 直美」。コンビニでバイトしている以外の属性をクラスの誰も認識してくれない、印象の薄さがポイント。外見上は普通におしゃれなのに、普通すぎて目に止まらない。
 先に落ちた九曜 月子にエルボドロップをかましてしまった「春日 灯」は大家族で、地味で居たくなくても物質的経済的に引っ込まざるを得ない境遇。

「うわ、や、た。」
 かろうじて女の子を踏まずに体勢を回復させたのが、委員長「大炊 咲」三年生。律儀で成績の良い敏捷な彼女は本来地味子ではないが、楽天的過ぎる派手目な生徒会長(♀)の相方として影役を務める強いられた地味子だ。

「……。」
 何も言わずに頭から突っ込んだ馬鹿が、今回主役級の役どころを振られている「閏 朱鷺江」。崩壊寸前の『戦列歩兵部』の女子マネージャーとして部の立て直しに校内地味子を「七人の侍」バリに徴兵した、のがこのゲームの基本設定。

「皆さん無事ですかー!」
 と言いつつも、正座で全員の上に座ってしまったのが「地味子先生」。くりくりとした茶髪の頭と赤い眼鏡がファンキーな数学女教師「伏 幾子」二十七才。高齢処女教師は今や定番と言えよう。
 しかしながら彼女が地味子扱いされるのは、過去の辛い思い出に由来する。

 一番下の九曜 月子が体格的には一番恵まれているが故に、すべての荷重が彼女に掛かる。女の子7人分1人当たり40キログラムと仮定して280キロの圧迫を受ける。
 「ぐえ〜」、納得の台詞だ。

 全員地味とはいえなかなかの美形揃い。肉布団の一番下に埋もれたい男子も多かろう。だがこのまま放置すると九曜 月子が圧死する。
 状況を完全に理解するのは鳩保と祝子二人のみ。飛び掛かるようにして女の子の排除を始める。
 一応生身の人間とはいえ所詮は仮想、虚空に物理構造を投影されただけの存在だ。スカートめくれてパンツ丸見えになっても構うものか。

「おい芳子、こいつら消せないのか。喜味子はBボタン一発でこの二人消したぞ。」
「でも祝子さん、なにせゲーム機むちゃくちゃです。」

 白くて四角いゲーム機は今やゲキロボから完全に切り離されている。電源も通じずCD−ROMも外れてはいかんともし難い。

「喜味子に聞け。」
「はい。そりゃあもう。」

 早速携帯電話で喜味子を呼び出すと、案の定絶句。

「え、消えないの喜味ちゃん?」
「消えないというより、ゲキロボ再立ち上げしてシステムの正常化から始めないとダメだよ。そんな強制終了しちゃったら」
「でもこの娘たちは放りっぱなしで大丈夫なの?」

 喜味子からこの先どうなるかを聞いた鳩保は血相変えて祝子に向き直る。

「祝子さんたいへんです、このままだとこいつら死にます。」
「おう、もう死に掛けてるぞ。」

 肉山から引っ張り出して救出した地味子は、一応は皆立ち上がり身だしなみを整え始めたのだが、
 鳩保が電話をしている最中にばたばたと倒れていく。全員虫の息。

「芳子、喜味子はなんて言った。」
「デフォルト状態で出現してしまった地味子は、まもなく低血糖でぶっ倒れてしまうそうです。」
「デフォルトって健康な状態ではないのか。」
「健康ですが、こいつらこれまでの人生で飯食ったこと無いですから腹の中空っぽで、血中の糖分を消費し尽くしたところから生理現象がスタートするらしいです。」
「なんて迷惑な設定にしてるんだ。誰だこんな無茶な出現をさせたのは!」

 あんただあんた、と鳩保は怒りたくなる。

 

PHASE 464.

 医者の孫、鳩保芳子にとってみれば慣れ親しんだ対策であった。
 つまり飯食ってないから貧血起こしたわけで、とりあえずはスポーツドリンクの類で補液して糖分与えた後に、ちゃんと飯を食わせよう。

 幸いな事に手近の物辺家台所にポカリスエット2リットルPETボトルが数本キープしてある。祝子が走って取って来て、一人ずつ飲ませていく。
 もちろん自分家の診療所に連れて行って点滴したいところだが、なにせ地味子は社会上存在を許されない不審人物である。
 祝子は地味子の為にカネを払うのを拒否した。

「喜味子はこいつらを消すいい方法教えてくれなかったのか。」
「まあ、ごく簡単な方法は教えてくれましたけどね。」
「それやれよ。」
「はあ、でもそれって、こいつら皆殺しです。」

 さすがに祝子も鼻白む。なるほど仮想人間なんかぶっ殺しても誰も困らない。
 瞬時に納得したのだが、やはりそれは躊躇した。
 無論二人の会話を地味子達も聞いている。それぞれ半身を起こしながら不安そうに20の瞳を集中する。

「で、ぶっ殺すと消えるわけか。」
「いえ死体は残ります。」
「何故?」
「何故も何も、死んだら死体になるでしょ。別に存在ごと消滅するわけじゃありませんから。」

 理の当然を説かれて、祝子も口をつぐむ。まあ納得だ。

「他の選択肢は、」
「死体が残るのが嫌でしたら、死体ごと消滅させるという手があります。爆弾とかプラズマビームで焼却して。」
「あー髪の毛一本残さずに蒸発させるわけだ。なるほど、そいつは安直な解決策だ。」
「やりますか?」

 祝子振り返り、地味子達の恐怖に引き攣る顔を見つめていく。
 地味子はごく当たり前の人間として造形されているから、自分達を仮想人間だなんて認識しない。事実を説かれてもぴんと来ない。
 そういう風に出来ているからには、死を拒絶する。ごく当たり前の人間として。

 物辺祝子だって鬼ではない。いや鬼なのだが、鬼にしては割と優しい方だ。

「仕方がない。喜味子が帰ってきて正常なシステム復帰後に消してもらおう。」
「それが一番ですね、たぶん。」

「あのー。」

 引率の地味子先生が代表として交渉する。無論キャラクターとして上下関係などは無いのだが、なにせ一人だけ大人だから責任を果たさねばなるまい。
「あのー、一応人心地ついたのですが、今度はとてもお腹が空いてしまって、なにか食べるものをください。」

「芳子、これは?」
「胃の中すっからかんですから、当然の生理現象です。お昼ごはんを食べさせるのが正しい選択ですね。」
「システム復帰までは何時間掛かる?」
「喜味ちゃんの事ですから、おそらくはアップグレードもついでにやると思われますから、……5時間?」

 祝子も観念せざるを得ない。自分が播いた種である。
 それにそもそもが地味子を三次元に投影してバイト巫女としてこき使おうとの算段だ。
 出現させてしまったからには最後まで付き合うのが、実験として正しい方法であろう。

「じゃあ母屋に、てお前ら動けるか?」

 地味子達はそれぞれが支え合って立ち上がり、幽鬼の如く身体を引きずりながら付いていく。
 非常に気の毒な姿であるから鳩保もつい手を出して支えてやる。病弱な「武宮 ナギ」だ。

 10人の地味子は物辺家居間に縁側から転がるように上がり込む。
 神社の仕事を全部祝子に任せて万年ダメ主婦に戻っていた物辺饗子もびっくりだ。

「なに、この地味な女の子の集団は、」
「姉さん、なんでもいいから食べるもの作ってやって。こいつら全員腹ペコだ。」
「えー飢餓状態? 監禁でもされてたの、誰に?」
「いやそういうんじゃなくて、」

 責任者、いや下手人は祝子であるが白状して自らの立場を弱体化させようとはしない。
 台所の食料庫をかき回した饗子は、それでも10人分を手早く満足させる方法はひとつしか思い当たらなかった。

「そうめんでいい?」
「芳子、どうだ。」
「あーそうめんなら消化にもいいですから、OKです。」
「じゃあ姉さん、とりあえず10人分湯掻いて。」
「わかった。でも何なのよ一体、」

 四角い缶箱を開けて乾いたそうめんの束を取り出す饗子。ガスレンジの上に大きな鍋を乗せて大量の湯を沸かし始める。

 以後の説明は不要であろう。
 饗子が目論んでいた夏八月中の食料計画は見事に破綻を遂げ、双子美少女姉妹を苦しめ続けていたそうめん地獄はここに終止符を打ったのである。

 ちなみに今から始まる大事件の余波で児玉喜味子の帰還は遅れに遅れ、ゲキロボシステムの修復は明十日にまでずれ込んだ。
 物辺家の台所は家族6人+地味子10名分の食事の用意で戦場の様相となる。

 物辺祝子は罰金刑に処せられた。

 

PHASE 465.

 連絡がもたらされのは午後二時半。鳩保芳子の携帯電話にメールで届く。
 今や首だけと成り果てたミス・シンクレアからだ。

”サルボロイド星人出現 位置は門代高校下坂、中学校前”

 高校から100メートルの至近距離だ。鳩保驚くも現在地味子の世話で手が離せない。
 対サルボロイド戦術も児玉喜味子が独自に開発しているから、帰還を待たねばならなかった。

「みぃちゃん、今いける?」
「だいじょうぶ、準備オッケー。」

 先遣隊として童みのりを出発させる。本格的な戦闘は避け、人的被害を防止する為に周辺住民や学校関係者の避難を優先する。
 こんな事もあろうかと昨日から準備万端整えているみのりは、早速体育ジャージに着替えてリュックサックを背負って島を出た。
 移動手段は「脚」。

 個人移動手段に多くの課題を抱えるゲキの少女達だが、こと花憐とみのりに関しては身一つで出て行く方が早い。
 道なりに突っ走っても自動車飛ばすより早く現場に到着する。

 ゲキロボ変身バージョン「孫悟空」、ジャージ姿そのままで頭に金の輪っかが発生するのみのエコノミー変身だ。
 ほとんど変わらないが注目すべきは髪の毛、みのりの短いぴんぴん跳ねたボーイッシュな髪が黄金に光輝き、神々しさを放つ。いわゆるスーパーサイヤジンスタイル。
 だが元々の「孫悟空」だってモデルは金糸猴だし悪猿時代は光り輝いていたのだから、先祖返り描写とも言えよう。

 この変身の目的はまさに光によって成し遂げられる。頭が光ってよく見えないから、正体ばれないのだ。

 門代高校近くまで来たみのりは大きく高くジャンプして現場の状況を観察する。
 なるほど、車道中央を堂々と歩く真紅の金属ボディが有る。頭部が黒いのは帽子を被っているのだろうか。

「あ。」

 知り合いを発見。門代地区宇宙人有志隊のリーダー てゅくりてゅりまめっだ星人さんだ。相変わらずのスポーツマンスタイルで暑苦しい。
 早速着地してごあいさつ。

「ごくろうさまです、ゲキの少女到着しました。」
「ああ、ごくろうさま。ここから先は貴方がたのテリトリーで、我々も手を出すべきか迷っている。」
「今ぽぽーが警察消防に連絡して住民避難を始めます。戦闘はその後にお願いします。」
「だがサルボロイド星人の足止めをしなければならない。」
「その為にまずわたしが来ました。」

 挨拶もほどほどに、みのりはとっとこ走って機械生命体の前に立つ。右手に鉄球鎖をぶら下げて旋回させながら、行く手を阻む。
 サルボロイド星人も新たなる敵の出現に反応して歩みを止めた。
 童みのりは十分に警戒すべき敵である、と認識する。評価の根拠は銀色に輝く鉄球だ。

 みのりの鉄球の主たる構成材料は酸化鉄と二酸化ケイ素、つまり土由来でありさほどの強度は期待できない。エネルギーフィールドで構造を強化して無敵の硬さを実現する。
 更に表面、銀色に輝く極めて薄いメッキ層。これはエネルギーフィールドと物質が凝縮して一体化した「金属化中性子フィールド」、中性子数個分の厚さであるが破壊不能の装甲だ。
 サルボロイドの両手メタルハンド表面と同じ処理となる。

 つまり双方殴り合えばどちらも破壊できずに千日手で固まらざるを得ない。

「それにしても、」

 とみのりは改めてサルボロイド星人を見て不思議に思う。
 一応は人型なのだ。両手が有って両足が有って胴体は黒い腹掛け状の菱型装甲に「飛騨高山」と書いて、
 で顔が有って黒く四角い帽子を被っている。人間そっくり、マネキンの頭だ。本来備え付けのパーツか現在仮装中のオプションか知らないが、とにかくリアルな人の顔だ。
 鳩保芳子に似ている。

「なんでだろう。なんでぽぽーと同じ顔してるんだろう。」

 これはちょっと殴り難い。応援が来るまでは足止めをしておくに留める。
 サルボロイドが坂を登ろうと右に避けると、右に移って通せんぼ。左に動くとまた左。ずっとお見合いを続ける。
 攻撃しても勝負が着かないのは分かるから、サルボロイドも手を出さない。これは一度撤退して迂回路を探すべきか。
 もちろんみのりは追っかけてまた通せんぼするつもりだ。絶対行かさない。

 そうこうする内に付近に数台のパトカーがサイレンを鳴らして殺到し、また消防車も駆け付けた。
 鳩保が関係部局に連絡して「門代高校付近に大規模なガス漏れが発生して危険な状態。住民の避難を最優先に」と通報したからだ。
 超能力を使う必要も無い。物辺村近辺の港湾施設の資材置き場で大規模爆発らしき事故が起こったばかり。続発するのも予想の範疇だ。
 急いで住民避難に取り掛かる。

 ご丁寧な事に、ほんとうに都市ガスの漏れた臭いがしてくる。
 対サルボロイド用トラップを仕掛けて回る通称ナナフシ星人さんが、気を利かせて周囲に演出を施してくれたのだ。
 まめっださんも人間のみに作用する認識欺瞞機能を展開して、サルボロイドと童みのりが避難する人々の目に映らぬようにしてくれた。

 何を行っているかはサルボロイドも認識する。現在本格的な戦闘を行えば人的被害が発生して「魚肉宇宙人バトルロイヤル」規定を逸脱する。
 あくまでも地球人に勘付かれないように努めねばならぬ。それが最低限の仁義。
 みのりと対峙したまま人が居なくなるのをじっと待つ。

 30分で概ね避難完了。戦闘を開始する。

 

PHASE 466.

 待ったまったー、と飛び込んできたのが外国製高級自転車にまたがる鳩保芳子。
 地味子騒動に一定の目処を付けて、参戦する。

「みぃちゃん、状況は、」
「近所の人の避難完了で、これから格闘するよ。」
「喜味ちゃんがサルボロイドをなんとかする上手い方法を考えたって言ってたけど、……?」

 鳩保もサルボロイド星人の本物を初めて見て、首をひねる。
 なんとなく見たような顔が有る。これはどこかで見た顔なんだが、さてどこだったろうか。
 まあいいや、まずは変身。

「みぃちゃん、対サルボロイド用に新しい変身パターンを喜味ちゃんが作ってくれた。鋼鉄を抉る攻撃に耐える為に、装甲大幅強化だ。」
「おぉ!」
「名付けて、バージョン「SAINT」!」

 ゲキロボ変身を改めて起動する。基本的にどんな格好にだって成れるのだが、今回は特別にパーツが色々出現する。
 空中に積み木の木馬のようなオブジェが出現し、その部品がばらばらに分かれて二人の身体に飛んで来る。
 右手左手、脚胸腰と鎧のパーツがくっついて、最後に頭を保護する冠が乗っかって完成。

 変身終了した鳩保とみのりは、それぞれカッコイイポーズを決めて機械生命体に向き直る。特にみのりは鉄球鎖を両手で構えて、よく目立つ。
 あまりにも恥ずかしいが、誰も見てなくて幸いだ。

「さあ来い、悪党め。」

 と言っても、やる事はやっぱり通せんぼでしかない。
 格闘するのは構わないのだがサルボロイド星人は強力だ。大回転攻撃などされてしまったら学校周辺大破壊。
 勝つには勝っても、あまり得策ではない。
 やはり喜味ちゃんが来るまでは自重だな。

 相手が道を抜けようと右に動けば右に、左に戻れば左にと、やっぱり先ほどと同じ運動を繰り返す。
 カッコイイプロテクターを着けているのに、手には鉄球とポポーブレイドを展開しているのに、情けない。
 状況を打破する為に宇宙人有志隊の参戦を望むが、あいつらも日和見で動かなかった。

 なにせもう、ぴるまるれれこの眼が届くほどの距離だ。下手に戦いをエスカレートさせて膨大なエネルギーを発生させるのは剣呑至極、よろしくない。
 ゲキの少女が処理してくれるのならば、任せた方がよっぽど嬉しい。

 という状況で無駄時間が10分程も続く。
 やっと喜味ちゃんが特務保安隊の黒いセダンに乗ってやって来た。

「状況は?」
「見ての通り。」
「何もしてないじゃん。」
「待ってたんだよ、喜味ちゃんを。」

 仕方ないなあ、と児玉喜味子はぶら下げる革カバンの中からお面を取り出す。自分だけ変身アイテムを持参とは、ずるいぞ。
 しかしながら、そもそもが女性聖闘士のプロテクターはほとんど装甲面積が無い。裸同然の無防備とさえ見えるのだ。
 喜味子はお面付きだから当然女性用。生身にレオタードスタイルでサルボロイドに立ち向かう。

「ああ、ちなみにみのりちゃんは鎖付きということでアンドロメダ座、ぽぽーは主役っぽくペガサス座をモチーフに意匠権を侵害しない程度にアレンジしてデザインしてみました。
 というかね、そもそもが聖闘士の聖衣は防御面積小さいんだよね、黄金ならともかく。で、下手に装甲面積を増やしたらシュラトになったりサムライトルーパーになったり、挙句の果てが超時空サザンクロスみたいになっちゃうのだ。
 いやー苦労したよHAHAHA。」
「いいから、喜味ちゃん集中!」

 無論喜味子はまじめにやっている。
 そもそもがサルボロイド星人は喜味子の接近にほとんどパニックと呼べるほどの狼狽えようを見せる。未来予測計算をすれば分かるのだ、優れた演算力を持つ機械生命体には。
 この敵は、ほとんど無防備に見え戦闘力も無いお面の女は、とんでもない事を企んでいる。
 関節技で自分を拘束しようというのだ。

 もちろん機械生命体に地球内骨格生物同様の関節は存在しないが、各パーツの接合部に機械的自由度の限界がそれぞれ設定される。
 無理に曲げれば破壊も可能だが、痛みは感じないから問題無い。恐れるのは、喜味子が狙うのは拘束だからだ。

 関節技は現在格闘競技においては破壊技痛め技として捉えられるが、古流柔術においては正しくない。
 無論破壊を目的とする関節技は有るが、実は緊急脱出用の非常手段に過ぎない。不利な状況から起死回生する防御的捨て技である。
 真の攻撃的関節技とはまさに時間稼ぎ。敵の抵抗を無効化してあくまでも最小の努力によって拘束を続け、生殺与奪の全権を握るものだ。

 サルボロイド星人は先日三年寝太子さんによる粘着拘束攻撃を受けて結構なピンチに陥った。だが喜味子が発する危険度の比ではない。
 ここは逃げの一手が最善手なのだが、既にこの間合手遅れだ。喜味子の50メートル圏内に入ってしまったのが運の尽き。

「えい。」

 為す術も無く簡単に左手首を掴まれてしまう。動けない。腕の末端を抑えられただけにも関わらず、反対の右手、足、その他全身各部が動作を停止してしまう。
 機械的可動不能点、デッドポイントに各部が自然と落とし込まれてしまった。
 このまま破壊を敢行する選択肢も有るが。

「喜味ちゃん、それは何。」
「指サック。いや、拳サックだな。」

 サックとは古い言葉だ、ほとんど死語だ。
 喜味子はサルボロイド必殺の武器であるメタルハンドに、自作のカバーを嵌めてしまった。
 外側は普通の物質、ゲキ虫製であるが、内部には斥力場が展開されメタルハンドの金属化中性子フィールドを封じ込める。力場には力場で対抗する。
 つまりは、両手にボクシンググローブを被せられてしまったサルボロイド星人だ。

 鳩保、後方から鎧の肩をがしっと力強い手で掴まれる。
 振り向くと原始さんだ。石斧担いだ中年原始人が、眼に闘気の光を孕んで戦闘力適正化された機械生命体に向かっていく。
 喜味ちゃんは別に宇宙人有志隊に肩入れをしたわけではない。ただ殺し合うのならば正々堂々、規定を順守して正しく楽しく殺してくれ。
 そういう願いを込めて拳サックをこしらえたのだ。

 原始さんが戦いの雄叫びを上げる。山に谷に轟いて、格闘新時代の到来を全宇宙に宣言した。
 その首には小さく黒く干からびた、類人猿型有機情報端末ミス・シンクレアの変わり果てた姿がぶら下がる。

 

PHASE 467.

 左右メタルハンドを封じられたとはいえサルボロイド星人、とある宇宙人に使役される従属機械生命体サルボロイド・サーヴァントは依然として有利である。
 なるほど必殺の爪は喜味子特製拳サックで固められ、思うがままに破壊出来なくなった。がパワーに制限は無い。
 機械として発揮する強大な力で拳サックを対象にぶつければ、格闘戦においても十分な脅威だ。

 にも関わらず門代地区在住宇宙人有志隊は敢然と立ち向かう。これまでと同様に「宇宙人バトルロイヤル」規定を順守したままに。

 雄叫びと共に必殺の石斧を振り下ろす原始さんことはなまげらしゅとるんすとーんころい星人。何の衒いも無く真正面から叩き付ける。
 受けるサルボロイド、しかし本来であればメタルハンドが石斧を切削し原始さんを真っ二つにしているはず。

 メタルハンド表面に施された「金属化中性子フィールド」は物質とエネルギーフィールドを極限まで圧縮して両者が一体となった代物で、単に堅いばかりでなく接触した物質を切断する機能を持つ。
 いわば中性子で出来たビームサーベルであり尋常の結合をする物質装甲は元より、エネルギーフィールドによる防御さえも突破する。対抗するには次元断層バリアが必要だ。
 のだが、拳サックで完全に封じられてしまう。構成物質であるゲキ虫の材料シリコンと酸化鉄の塊でぶん殴っただけの効果しか生まれない。
 勿論拳サック自体も破壊不能。斥力場の海に浮いている綿のようなもので、ダメージを吸収してしまう。

 まあ要するに魚肉人間の身体を粉砕する以上の破壊力を発生する事はない。「宇宙人バトルロイヤル」における標準的な武器となる。
 サルボロイドの側からしても、これまで通りに拳で敵の攻撃を受け止めればまったく問題なく防御が可能。
 クリーンヒットさえ出来れば有志隊を完全KOするのに不足は無い。

 クリーンヒット出来れば。

 それは有志隊がサルボロイドに対して試みてきた攻撃そのものである。銀色の爪を掻い潜り、赤い金属ボディに必殺の一撃を叩き込む。
 互いの技量と速度のみが勝敗を決める。ハードウエア的格差の存在しない、純粋に戦闘技術のみが問われる死合だ。

 無茶苦茶な暴走に見える原始さん嵐の石斧攻撃は、だが一撃たりとも捨てが存在しない。計算可能範囲内における最深部の読みに従って戦略的に打ち下ろされる。
 サルボロイドも機械生命体だ。新たに発生したゲームの条件に従って高速演算を開始する。1回の受け1回の攻めとて間違える事は許されない。
 更に言えば、サルボロイドの武器は手だけではない。頭も足の爪も金属化中性子フィールドとは言わないが十分な硬度を持つ。
 自然石をいい感じに割って作った石斧如きを砕けぬものではないのだ。

 だが痛い。石斧は的確にまた完全に計算されて真紅の金属装甲に振り下ろされる。致命傷には至らないが、細かく破損が積み重なる。
 そして危険な増援の参加だ。

 有志隊くりょぼとろ=かいちょなす星人。頭がバーコードの中年低賃金サラリーマンに見える背広姿のこの男、不死身。
 武器は使わぬが体術により敵を翻弄する。金属ボディを破壊するほどのパワーは無いが、攻撃の予備動作を一々邪魔され中断され、緻密な戦術計算が無効化されてしまう。
 しかも死なない。ぶん殴っても蹴り飛ばしてもダメージを受けない。膝蹴り足蹴り回転頭突きいずれも効果無し。
 異様に高い耐久力と、万が一肉体を破損したとしても再接着出来る属性を兼ね備える。

 二人を相手にするのは初めてではないが、メタルハンド抜きでは決定力を得られない。撤退の文字が思考テンプレートに提示される。
 忍び寄る第三の刺客。沈黙の暗殺者てゅくりてゅりまめっだ星人が即死攻撃を狙う。

 まめっださんの攻撃は簡単明瞭。装甲防御を浸透する波動攻撃で心臓を撃ち抜いて、直接停止に持ち込む。
 一見ラヂヲ体操に見える運動も、敵のあらゆる攻撃防御回避を無効化する黄金パターンの機動プログラムだ。この動きを見る者は死有るのみ。
 サルボロイドには器官としての心臓は無いが、中枢エネルギージェネレーターは存在する。傍若無人な大破壊を可能とする原動力だ。
 これを止められては最早勝ちは無い。多重安全機構を持つから動き続けるのは可能だが、3人を相手に何時まで抵抗できるものか。

 更に戦場に設置された無数の仕掛け罠が炸裂する。
 拘束系と新たに電流系の攻撃が発せられる罠の庭園に、門代高校に上る坂全体が改造されていた。
 3メートルの巨大ナナフシ、「ぎるkぎぎgいるc・げぎきkるyぎる・ぎぎょxりぎる・jにぎ・げどる」による戦争芸術と呼べるだろう。
 宇宙的美意識に彩られるトラップ群は、サルボロイドに撤退逃走の選択肢を与えない。

「おお凄い、これはすごい。いけいけやっちまえ。」

 見守るゲキの少女3人に出番は無い。いや手が出せない。
 本領を発揮する宇宙人有志隊のめまぐるしい動きを認識するのに、脳の全領域をフル動員しなければならなかった。
 鳩保も興奮して、喜味子に振り返る。

「喜味ちゃん、なんとかなりそうだ。」
「油断は禁物だよ。サルボロイドは人間でも魚肉人間でもない、機械生命体だ。どんなギミックが隠されてるか、」
「きみちゃん、ぽぽー!」

 みのりが二人の袖を引っ張って指すのは、竹林の影からこっそり戦いを覗く包帯ぐるぐる巻の金髪美少女。
 前回の戦闘でサルボロイドに身から生える金属装甲板をすべて剥離されリタイアした鋼鉄甲冑騎女星人めっとおーろ、だ。
 最終決戦に参加できない我が身が口惜しく、恨めしそうに眺める。
 その足元には数十名の武装した魚肉人間が控えていた。
 有志隊第二陣、もし万が一の場合サルボロイドがぴるまるれれこと接触するのを防ぐのだ。

「しかし、」

 鳩保、なんとなくどこかで見た事有る顔が殴られ蹴られ石斧で切られ、傷付いていくのに不快感を覚える。
 つるりとした無表情の気に食わない顔ではあるが、やられればむかつく。何故だろう。

 そして遂に、戦いに終止符が打たれる。

 まめっださん最終奥義『両手を大きく振って身体を回す運動』によって、振り上げられた両の手が見事サルボロイドの胸、黒い菱型の装甲板に描かれる「飛騨高山」の「飛」の字に炸裂。
 この真下にサルボロイド星人中枢エネルギージェネレーターが存在する。激烈なる震動が過負荷を与えて機関を停止させ、再起動不能へと陥れた。
 本来このパーツへの直接攻撃はサルボロイド自体の大爆発を引き起こす。まめっださんの計算され尽くした繊細優美なる波動攻撃のみが瞬時停止を可能とするのだ。

 ばふん、と内部でガス爆発するかの震えを見せて、真紅のボディが固まる。
 全身石斧による無数の傷を受けたサルボロイドが、ようやくモノとしての静けさを取り戻す。
 元より魂を持たぬ存在ではあるが、或る種の寂寥感が漂った。
 これぞ祭りの終わり。非日常は完結し、また元のワンパターンな生活が始まる。

「終わりました。」

 ゲキの少女達の傍にまめっださんがやって来る。体操半ズボンからハンカチを出して額に光る汗を拭い、白い歯を見せて笑う。
 時刻は午後五時二十分、日の有る内に帰れよう。
 鳩保は尋ねる。

「まめっださん、サルボロイドをこれからどうしますか。」
「宇宙人バトルロイヤルでは敗者はすべて廃棄処分とされます。手数ですがこれから早速分解に入り、二度と元には戻しません。」
「ああ、魚肉製のボディと同じ扱いなわけですね。」

 喜味子が機械生命体の身体を分析してみたいなー、という顔をするのを鳩保歯を剥いて押し留める。あんな物騒なものに手を出しちゃダメ。
 停止したサルボロイドの周辺に待機していた有志隊二軍がやって来て取り囲む。
 鳩保達は知らぬが、こいつには仲間が相当数破壊された。恨み骨髄に徹し、憎き仇をばらばらに分解してやるのだ。

 原始さんが早速に左右のメタルハンドを手首から斬り落とす。据え物斬りであれば、石斧これほどに鋭利なものか。
 ナナフシ星人も近寄って、切り離された手を調べる。
 金属化中性子フィールドはエネルギーフィールドの変形である。設定によっては蓄えられた膨大なエネルギーを爆発の形で放出するのも可能。
 幸いにしてサルボロイドにはその機能は付いていないようだ。

 解体調査を鳩保に禁じられた喜味ちゃんは物欲しそうに遠くから眺めている。眺めている。眺めて、

「あ、やば」と呟いた。

 

PHASE 468.

 サルボロイド星人は機械生命体である。生命体というからには自ら増殖する機能を持つ。
 これに膨大なエネルギーを必要としていては、そもそも天然自然に発生などしない。極めて微弱なエネルギーで自己増殖できてこそ、生命を名乗る資格が有ろう。

 サルボロイド星人は機械生命体である。機械であるからには歴史上何度もアップグレードされ新機構がその都度実装されてきた。
 まめっださんによって破壊された中枢ジェネレーターもその一つで、小さなボディに戦車張りの破壊活動をさせる膨大なエネルギーを供給する。
 更に、外部電源と無線連動して宇宙戦艦並みの強力なパフォーマンスを発揮する。巨大化も可能になる。
 さすがに地球上ではオーバースペックであるから使わないが、ポテンシャルは極めて大きい。

 しかしながら本を正せば、けちな機械人形なのだ。
 人間追い詰められると幼い頃のプリミティブな行動に還る。機械も不具合が起きればコアとなる部分のみを抜き出してテストする。
 破壊され、解体されるサルボロイドも原始の状態に回帰する。
 最小単位の部品にへ、だ。

 サルボロイドを構成する最小単位は雲母のような薄片、全長1センチから10数センチまでの歪んだ楕円形の金属板だ。
 これが何十枚何百枚と重なり合って相互に連動してエネルギーを発生させる事で、生命体としての機能を実現する。
 破損したボディも各薄片が働いて新たなる薄片を作り出し結合して部品を再構成し、元の機能を復元させる。
 外皮装甲だとて薄片の張り子で作られていた。

 中枢ジェネレーターは破壊されても、原始的微細なエネルギー機関は活動を止めない。
 再び動き出す力をその身に宿す。
 死に直面した状態での、回天への復元だ。爆発的暴力的な野生が迸る。

 群がる有志隊二軍を跳ね除けた。
 一番前で解体された部品を調べていたナナフシ星人がまともに被害を受ける。
 金属光沢に輝く緑色のパイプ状ボディが、3メートルの長さを誇る大きなナナフシの身体がサルボロイド窮鼠の攻撃でバラバラに弾け飛んだ。

 最低レベルの野蛮な知的生命体である地球人ならば無事だったかもしれない。
 完全に死んだと思われる狩りの獲物がいきなり暴れ出して猟師を傷つけるなどは常識の範疇だ。
 高度な超科学を有する宇宙人だからこそ、センサーで感知できる範囲内に活動の兆候が見られなければ警戒しない。

 鳩保叫ぶ。ナナフシ星人さんは魚肉人間と違って生身の身体だ。ボディに替えは無く、破壊されればそのまま死んでしまう。
 助けるもなにも、有志隊二軍はまったく抵抗できずに瀕死のサルボロイドの攻撃を喰らい、ピンクの魚肉塊へと姿を変える。
 ナナフシ星人さんの長い頭部が見守るゲキの少女の方に飛んで来た。顎と額の殻が外れて空中で分解する。

『ゲキの少女よ、我を助けよ!』

 テレパシーで脳内に直接訴えかける声が有る。鳩保は聞き覚えがあった、ナナフシさんだ。
 声の主は、と探すと、分解した頭部の中から小さく可愛い緑色の虫が姿を現す。本当に地球のナナフシにそっくりだ。

「え? これがナナフシさんの本体、真の姿?」

 驚いて出した右掌に、小さな虫が着地する。思わず左手で破片からかばってやる程にか弱い姿だ。

「ナナフシさん、ああそうか。ナナフシさんは地球に降りる為に宇宙服を着ていたんだ。」

 この姿の宇宙人にとって地球は巨大生物の惑星であろう。人間と交渉をするのであれば、相応のサイズが必要となる。
 ナナフシ星人さんは巨大な宇宙服、地球人で考えればモビルスーツに乗って活動をしていたのだ。

 だが手の中の虫はどんどん衰弱する。破壊の衝撃で負傷でもしたのか。
 喜味子に大声で助けを求める。

「きみちゃん!」
「コレ使って!」

 投げて寄越すのはタコロボだ。本来医療用に開発されたものだから、まさに今こそ使うべき。
 喜味子が命じる。

「タコロボ、その宇宙人さんの故郷の環境を体内に構築して、フルオートで状況改善と医療措置を。できるな!」
”がってんだい”

 タコロボの頭がぷっと餅のように膨らんで透明な球殻を作り出す。8本の腕を伸ばして鳩保の手の中に着地すると小さなナナフシをまるごと食べてしまった。
 球殻の中に収容される。この中に彼の母星の環境を再現し、彼専用の医療技術が適用される。
 幸いなことにゲキロボの仲間はナナフシ星人の星を訪れたことがあり、当地の生命体の構造と機能・生理にも詳しかった。

”負傷ではなく主に地球大気への不適合だい。それに大気中の微生物がこの宇宙人の身体を急速に蝕んでやがる”
「回復は可能?」
”べらぼうめ。30分以内に完全に健康を取り戻すぜ”
「良かった……。」

 鳩保胸を撫で下ろす。
 それにしても勇気のある宇宙人だ。こんなに小さいのに高度な宇宙文明を築き、銀河の果ての地球になんか降り立つのだから。

 半分分解されかかっていたサルボロイドは遮二無二坂を登ろうとする。
 動きを止めようと試みる有志隊二軍も果敢に攻撃するが、手負いの獣を相手に犠牲ばかりが増えていく。
 しかし、先程まで戦っていた一軍は参加しない。
 鳩保はまめっださんに尋ねてみる。

「手を出さないのですか。」
「これ以上の関与はぴるまるれれこに察知されてしまう。我ら高等宇宙人の出番はここまでだ。」
「じゃあ今戦っている人は、」
「中級以下の宇宙人でぴるまるれれこの捕食対象外の技術レベルしか持たない。大丈夫だ。」
「そうですか。でも制圧出来てませんが、」
「うーん、そうだなあ。」

 原始さんも地面にどっかり腰を下ろして猿酒宴会を始めている。安サラリーマン星人も相伴にあずかり禿掛かった額に百均ネクタイを巻いて、すでに出来上がってしまった。
 有志隊一軍は完全にリタイアを決め込んでいる。

 見ればサルボロイドは追手を振り切り門代高校を過ぎ、裏山へと突入する。
 まめっださんは忠告した。

「サルボロイド星人の目的がはっきりしない。何故ぴるまるれれこへの接触を求めるのだろう。止めた方がよいのではないか。」
「え、ええ。」
「これから先は君達の都合だろう。」

 まったくもってその通り。山火事にされては大変だ。
 鳩保はタコロボの中のナナフシ星人さんをまめっださんに預け、喜味子みのりと共に機械生命体の後を追う。

 

PHASE 469.

 中枢ジェネレーターを失ったサルボロイドは、弱くなった。弱いが故に狡猾になった。
 ブルドーザーだの戦車だなどと表現されたパワーに物を言わせてまっしぐらに前進する尊大さを捨て、姑息に邪径を抜けようとする。
 阻止する有志隊二軍を掻い潜り、不意を襲って噛み砕く。解体分解されかかった箇所は金属板が尖っているから牙の代わりとして十分機能する。
 両手は無くとも危険度はまったく損なわれていない。ただ自身が傷つくのを避ける為、より運動に技巧性が増した。

 「宇宙人バトルロイヤル」の正式な参加者に成れた、とも言えよう。

 正直ゲキの少女の手に余る。
 そもそもが鳩保芳子と児玉喜味子は戦闘に向いていないし、格闘専門能力者である童みのりも敏捷性においては宇宙人と同程度に過ぎない。
 圧倒的な機動性を誇るのは城ヶ崎花憐であって、彼女の能力を流用する事でようやく完全勝利を得る事が出来る。

「ぽぽー喜味ちゃん、どうしよう。」
「どうと言われてもねえ。」

 先程と同様に真正面から立ち向かってくるのなら、喜味子が難無く取り押さえる。鳩保だってポポーブレイドの切れ味を披露しよう。
 狡猾となったサルボロイドがそんな真似するはずが無い。
 参戦しても有志隊二軍に3名が加わったに過ぎない。ひたすら逃げて、目的であるぴるまるれれこの場所に向かうのみ。

「目的地は分かってるのに!」

 鳩保切歯扼腕するが、ゴールで待ち受けての格闘は禁止。ぴるまるれれこの目に触れ反応させた時点で敗北を意味する。
 しかし何を好んでサルボロイドは全宇宙人の天敵であるぴるまるれれことの邂逅を望むのか。
 馬鹿なのか、自殺願望者か。

 有志隊二軍の中にはナナフシ星人と同様に地面にトラップを仕掛けて捕らえようとする者もある。
 だが姑息の罠にはまったく引っかからない。瀕死の状態でパニックに陥っても、演算能力に翳りは認められない。
 それどころか罠を利用して追撃者を嵌めに掛け、逆に犠牲と為していく。
 正直分解される前の方がよほど可愛げがあった。

「そうだみのりちゃん、ここは特殊能力を使おう。」
「え、なに喜味ちゃん。」
「みのりちゃんの特殊能力は動物や宇宙人と話が出来ることでしょ。今のサルボロイド星人なら答えてくれるかもしれない。」
「え? 戦闘中だよ。」
「だからこそ、相手の注意を逸らして集中力を削ぐ。お話している最中に状況も変わってくるでしょ。ひょっとしたらアレ、壊さなくてもいいかもよ。」

 おお、とみのりの眼が大きく開く。喜味子は見抜いていたのだ、みのりがサルボロイド他の宇宙人魚肉を殺したくない事を。
 自分達を襲ってくるなら容赦はしないが、宇宙人同士の決闘に関与するのは嬉しくない。そういう娘だ。

 しかし何の話をするべきか。今度は鳩保に眼を向ける。3人の中で一番頭が良いのだから、なにか言って。

「みぃちゃん、サルボロイドには何故ぴるまるれれこに近づくのかその理由を聞いて、思い留まるように説得して。」
「わかった!」

 それだけ聞けば十分だ。
 みのりは矢の速度で追いかけて、進路を邪魔する鈍足宇宙人を巻き込み蹴散らし、ふっ飛ばしてしまった。
 心理的葛藤が無くなった分、動きに迷いが無い。

「でもさぽぽー、サルボロイド星人が説得を聞く?」
「いや絶対無いね。」
「それでも説得させるんだ。」
「人間真剣にやらないと足止めも出来ないさ。真摯さこそが武器なんだ。」

 さすが鳩保ひとでなし。みのりの人間性までもダシに使う。
 だが効果的なのは違いない。鳩保と喜味子は先にぴるまるれれこの所に行って、最後の壁となろう。

 

 捕まえるのは難しいが、隣に並んで走り抜け話し掛けるのは意外と簡単だった。
 サルボロイドは嫌がって蛇行するが、みのりが積極的に攻撃しないから反撃のタイミングが掴めない。他の追手を防いでもくれるから已む無く並走する。

「もしもしこんにちわ、さるぼろいどさん。ちょっとお話しましょう。」
”アナタハ何者デスカ、邪魔ヲシナイデクダサイ”
「でもこの先に待っているのはぴるまるれれこさんですよ。他の宇宙人は殺されると怯えているのに、なんでわざわざ近づくんですか。」
”ソノ人ガワタシガ探シテイル人カモシレナイカラデス”

「でも、あなた宇宙人ですよね。ぴるまるれれこが何物かの知識とかデータは持ってないんですか?」
”でーたト知識ハカナラズシモ同一デハアリマセン。自ラノ体験ニテ絶エズ更新ヲ繰リ返シテ最新ノモノへト磨キ上ゲルベキモノナノデス”

「でもぴるまるれれこさんは優しい人ですけど、手加減とかは無理なんですよ。殺されます、死んじゃうんですよ。」

”シヌ? 不思議ナコトヲ気ニスル人ダ。さるぼろいどハ永遠ノ奉仕者二シテ群コソガ個、構成ゆにっとガヒトツ失ワレルニモ十分ナ利益ヲ求メハカライマス”
「でもただ死んじゃうだけなんだったら。エネルギーの塊なんだから、ダメなんだよお。」

”ヤハリ、ワタシハ正シカッタ。ソレコソガワレラガ主二フサワシイ存在。全能ノ創造者ダ。

 (以下さるぼろいど喋りまくり)

 ヤハリ神タルモノニハ永遠コソガフサワシイ。何物ニモ侵サレズ時ノ流レニモ朽チズ、タダアルガママソノママニ輝キ照ラシ全テ生キトシ生ケルモノヲ育ミ、
 ワレラさるぼろいどハ故ニコソ絶対ノ服従ヲ誓ウ。ソレガ神タルモノトシテマサニ崇メルニ足ル尊キ貴キ触レ得ザルガ故ニワレラ手ヲ伸バシ乞イ願ウ。
 サア祝宴ヲ開コウ、再ビ巡リ会エタコノ喜ビヲ、人ガ人タル象ヲ与エシ造物ノ君ニ踊ルワレラガ晴レノ姿ヲ我ガ身燃ヤシ尽クシテ捧ゲヨウ。
 アア幾百万ノ時ヲ越エ数多ノ惑星ヲ経巡ッテ弥栄ナルヲタダ傍ニ侍リテ喜ビノ詩ウタウ。御恵ミ垂レヨ光差ス力ノ限リ呼バイタルワレラガ声ニコトアレカシ。
 回ル回ルヨドコマデモ、輪廻ノ闇ヲ只潜リ現レ出タルソノ人ニ今生限リノ盃ヲ、命ノ酒ノ滴リヲ集メテ飾ル雪ノ華。星ニ撒キタル天野川。
 十万億ノ静寂ヲ渡リ流レ着イタル泡沫ヲ小手ヲ翳シテ眺ムレバ、神モ仏モ有ルモノカ道理ノ識レヌ烏滸ノ卒勝手気儘ノ悪巧ミ。水ノ流レニ浮草ヲ流シテ疾シ桑ノ原。
 コレ止メヨト留メシモ離セ聞カヌノ一本槍コレハ遺憾ト戯レニ穿チシ円ノ洞在リテ人ヲ誘イ棲マワセテサリトテ得スル事モ無シ。
 天ノ彼方ニ住ム星ト地ニ伏シ潜リ息止メテ流レル先ヲ待チヌレバ七七ノ日ニ朝明ケテヤガテ緑ノ野ト成リテ人繰リ出スモ家ハ無シ生キル糧無クタダ嘆ク。
 哀レト思イマタ元ノ黄泉ノ蔵ヘト戻セシガ二度モ三度モ殺戮ノ裁キヲ以ッテ験サント放テシ獣ヲ盡ク打チ滅ボセシハワレラさるぼろいどノ下僕也。
 三度ガ四度五度ト飽キヌ愚行ノ大車輪知恵持テ生マレシ我ガ身ヲ呪イ縁モ縁モ無イ者ニソハ追儺ノ雛ノト踏ミ夷スハ天魔外道ノ請来ト軍ヲ並ベテ押シ返ス。
 天知ル地知ル人ゾ知ル正義ノ剣ノ脆キ事ナラバ敢エテト太刀打タズ地ニ伏ス蔵ノ口閉ジル。
 闇夜ニ照ラス燭光ノ喜ブ人ノ奉ル明キ神コソ求ムラム。
 幸イナルヲ寿イデ描キシ姿ノ美シク光リ輝ク霊威ナリ。神去リテコソ尊シト人皆之ヲ伏シ拝ム。
 真正ナルヲ弁エズ型代コソヲ貴ブハ無知蒙昧ノ輩ノ戯事ニシテ愚カシサ益スル所泣カリケリ。神ハ神トテ或モノヲ眼ニハ見エヌガ雲隠無ケレバ無イデ困リャハセヌ。
 象ハ無クトモワレラコソ求ムル形具ワリテ違エヌ光忘レヨカ。シカレドモ山高キガ故ニ尊カラズ日明ル気ガ故ニ難有カラズ日常茶飯ノ異ナレバ誰ゾ常夜ト思ワザル。
 描キシ姿オコソトノ燃エ立ツ茜ノ宙有リテグリリト回ルハ四方ノ海流シタハズガ流サレテ探シタハズガ尋ネラル。
 梵産盆山何処生野渡十八帥九十九里翔ンデモ発奮又既テ似扮儒限無五更ガ去ルバ取レ

「ぽぽー、何言ってるか分からない!」
「バカ、それ壊れてるんだよ。」

 

PHASE 470.

 風雲急を告げ、門代上空はにわかに翳り夕日の赤を遮った。
 朝方雨が降り一日中はっきりしない天気だったが、再び崩れる気配有り。

 ぴるまるれれこの御座所に至る最後の関門、直径15メートルを越える大岩で児玉喜味子は待っている。
 オーバーハングの壁面にすっくとまっすぐ重力面に平行に立っていた。
 両の手が器用なのは誰もが知るが、実は足指だって器用なのだ。裸足で天井にぶら下がったりも出来る。

 獲物のサルボロイド星人が真正面からやってくると、絶対の確信を持つ。
 なにせ宇宙人有志隊二軍の方々が左右に分かれて大岩を挟む。
 サルボロイドがぴるまるれれこと接触を試みるならば宇宙人の軍団か、単身の喜味子のどちらかを選ばねばならない。

 十中八九は喜味子の方に来るだろう。先ほどの関節技で恐るべき脅威だとは認識するが、なにせ命までは取ろうとしない。
 方や有志隊は、今日もさんざん人死を出して復讐心に燃えている。
 おそらくは喜味子に一度捕まり隙を見て出し抜くのを賢明と考えるはず。

 隣り合って蛇行疾走し続けていた童みのりが上手く誘導して、遂に最終バックストレッチに突入。
 二者択一。

「よし!」

 計算通りに大岩の下に駆けて来る。先程掴まれた腕も無く、関節技を掛けるにも持つべき場所は鋼鉄の牙と化してある。
 尋常の敵であればサルボロイドは通り抜けられたかもしれないが、

「よっしゃああ。」

 持つ場所が無ければえぐるのが喜味ちゃんだ。
 機械の分解はお手の物、サルボロイド胴体中央の菱型黒色装甲に貫手を差し込んだ。赤いボディとの境目で、普通であれば隙間など無い。
 半分分解され掛かっていたからこその弱点だ。
 すかさす装甲板をずらす。関節は無いが部品の合いを崩して機能不全にすれば全身止まってしまう。
 実に嫌らしい、機械の癖を知り尽くした攻撃だ。サルボロイドの部品構成は先程拘束した際に全部読み取っている。

 だがこれも計算の内!

「あっ、」

 首が抜けた。何故か鳩保芳子の顔と同じ人形の頭が、人間で言えば脊椎に当たる部品を伴ってボディから射出される。
 胴体は囮で、首だけが目標ぴるまるれれこに辿り着けば良いとの算段だ。
 喜味子意表を衝かれるが、

「待ってましたとさ!」

 大岩の上でぴるまるれれこの前に陣取っているのが、鳩保だ。こんなこともあろうかと両手ポポーブレイドを展開して飛来物をキャッチする。
 活かしておいては厄介な干渉をするかもしれない。ここは即効で灼くに限る。
 半分割れかかったマネキンの、自分と同じ顔をプラズマで蒸発させるのは心苦しいが、深くは考えない。
 鉄アルミケイ素その他もろもろで構成されるサルボロイドの頭部と脊椎は金属蒸気となって空に消えていった。

 ほっと息を吐く有志隊二軍の面々。宇宙人といえども呼吸はする。

「喜味ちゃん危ない!」

 大岩の下で見上げるみのりが叫ぶ。制御を失いエネルギーを喪失したサルボロイド胴体が力無く垂れ下がり、喜味子の手から抜けた。
 だがこれも擬態、死んだふりだ。
 落ちる機体の下半身が急速に分解し、構成材料の金属をを微細な粒子に変えて高圧で噴射する。
 ロケット、反動推進だ。

 しかも飛び散る粒子が妨害者を襲い、対応の手を鈍らせる。
 まっしぐらに浮き上がる胴体はほとんど残骸、にも関わらず姿勢制御を行って目標ぴるまるれれこに指向する。
 鳩保あっと口を開くが後の祭り。金属粒子に包まれて視界を失う。

 サルボロイド星人は全身が同じ金属の薄片で出来ている。どこを取っても金太郎飴で、特に演算機能は平等に分散される。
 頭の形をしている所が中枢部と思い込むのは地球人の悪癖、実は身体のどこでもが到達すればよかった。

 

PHASE 471.

 ぴるまるれれこ、光り輝くおっとり系美人おねえさんの形をする宇宙人。彼女も元はケイ素系生物シリコニイで、機械生命体とは類縁種だ。
 しかしその細胞1個ずつにブラックホール機関を有する超絶生命体で、全身から膨大なエネルギーのオーロラを発生させる。

 サルボロイドの残骸は空中で向きを換え狙いを定めて、彼女にまっしぐらに突入する。最早留める者は誰も無い。
 揺らめく光の帯に接触し、電磁バーストが発生した。

 ブラックホール機関はまたひとつずつが絶大な演算力を有するコンピュータである。
 これに接触し消滅させられるとは、入力された情報を処理し演算する過程を別の観点から認識したものだ。
 そして出力。

 サルボロイドの全ての部品が吸収されたのではない。一部は拒否され天の彼方に弾け飛んだ。
 接触時に限界を越えるエネルギーを充填されて、残骸そのものが光輝き舞い上がる。
 マッハを越え、地表付近に衝撃波をまき散らし、光の筋を引きながら厚い雲間に消えていく。

 雲に隠れた上空高度2万メートルで破裂した。光の粒が四方八方花火のように咲き開く。
 誰も見れなかったのが残念だ。つんざく雷鳴が門代全体に轟き渡る。

「! 雨。」

 鳩保は甲冑の掌に雨粒を受けて空全体を見回した。
 厚く垂れ込めた黒雲を天で炸裂した音が激しく叩き、大粒の雨となって降り注ぐ。
 門代地区ではこの夏初めての豪雨となって、乾く緑を潤した。

 

 サルボロイド事件はこれにて終了。

 ぴるまるれれこは接触にも関わらず特に反応を見せず、門代在住宇宙人に対しても何の行動も起こさなかった。
 サルボロイド星人を同化した際に、どのような目的で自分に接触したかを理解したからであろう。

 念の為、童みのりが交渉して結局なんだったのか尋ねてみると、おっとりとした彼女は微笑んで告げた。

「わたしの事を知らない所で好いてくれる方がいらっしゃったのですね。うれしいです」

 ゲキの少女も特に為すべきを知らず、終了を宣言する他無かった。
 門代地区在住宇宙人有志隊も正式に解散だ。

 土砂降りの雨の中、3人はとりあえず門代中心地区アーケード商店街にまでずぶ濡れになりながら辿り着き、新装開店喫茶店の表にある電話ボックスに飛び込んだ。
 テレポーター早速大活躍。鳩保の高級自転車までも突っ込んで物辺島まで転送する。
 疲れた。

 が、休んではいられない。

 天空で爆発四散したサルボロイドの残骸は、それぞれが結構なエネルギーを保持したまま門代を中心とした半径100キロ圏内に落下した。
 主に電磁的な影響を地上に与え、各地の送電施設や電源設備に致命的損傷を与える。
 広範囲に渡る停電が起きて、折からの豪雨の中電力会社の作業員が懸命の復旧活動を強いられた。
 鉄道路線も停電による運休が大規模に発生、数万人が足止めを食らう。

 そして、

「優ちゃん今どこ? え、新下関駅? なんでそんなとこに、」

 JR新幹線も途中で運行を停止し、東京から戻ってきた物辺優子と城ヶ崎花憐も身動きが取れなくなった。
 車内に閉じ込められる事3時間、それでも復旧しない為にバスによる振替輸送で最寄り駅まで送られる。
 深夜になってますます激しくなる雨の下、門代行きバスへの乗り換えでずぶ濡れになりながらも、携帯電話で連絡してくる。

 鳩保とみのりは現在自宅待機中。喜味子は物辺神社に泊まり込んで「地味子」対策を実行中だ。
 ゲキロボ御神木秘密基地は屋外であるから、土砂降りの中ゲーム機復旧作業は困難を極める。
 いや諦めて明日やれば楽なのだが、祝子が無理を言うから電線引いてきて神社本殿内に仮本部を設営。

 ただ消すだけなら造作は無いが、折角だからと各種設定を変更して地味子が実務に耐えられるかを試してみる。
 自由意志を持った仮想人間の機嫌を損ねないよう上手に言いくるめてこき使うのは、なかなかに技巧が必要であった。
 おかげで本殿は夜通しどたばたと女の子の大運動会。

 そして鳩保は、

「あ、花憐ちゃん? うん、なんだったら迎えを出そうか。新下関なら車出した方が、」
「それがね、優ちゃんはこんな大混乱の公共交通機関は初めてだってはしゃいでね、どこまでやるか最後まで付き合ってみる気なの」
「えー、しんどいじゃん。」
「ええ、まあ。わたしはすぐにでも飛んで帰りたいんだけど」

 実際花憐なら自分の足で走って帰った方が早かろう。

「ニンジャの護衛は?」
「あの人達的には専用送迎車を用いる方がいいんでしょうけど、そうでなければ新幹線復旧を待った方がいいみたい。」
「役に立たねえ連中だな。」

 午前零時を過ぎても雨は止まず、雷までも降り注ぐ。遂には土砂崩れの速報がテレビの画面に流れてくる。
 二人が門代の駅前に辿り着いたのは午後二時を過ぎ、やっぱり城ヶ崎家の自家用車で迎えに行く羽目になった。

 散々な目に遭いながらも物辺優子が携える東京のお土産は、赤樫の木刀。
 鎌倉で購入したもので、ちゃんと大仏様の御名が焼いてある。
 宅配便の箱に入らなかったから自分で持ってきたそうだ。

 

PHASE 472.

 

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