長編オモシロ小説

ゲキロボ☆彡

上に

 

〜PHASE 359.まで

 

PHASE 360.

 八月十一日登校日。児玉喜味子は科学部部室に居る。

 部員ではないし数理研究科でもない彼女は本来部外者であるが、特別だ。
 金庫破りの腕前を買われて用心棒のセンセイ的待遇を受けていた。
 喜味子の専門は戦前の錠前、特に錆び付いて動かない針金すら通らないものを得意とする。

 ゲキの力に目覚めた後は放棄された手提げ金庫や耐火金庫までもが対象となった。
 回転ダイヤルの業務用金庫は本来素人の手に負えないのだが、余技でちゃっちゃと開いてしまう。

 錠だけでなく、古くて固着して手の付けられない機械類も難無く分解してくれる。
 丁寧に掃除して錆も落としてぴかぴかで戻って来るから、顧客満足度100点満点であった。

「というわけでこれを見て欲しい。」

 科学部部長、もう前部長の三年生まゆちゃん先輩がダンボール箱の中の金属塊を示す。
 八段まゆ子先輩は長い黒髪が重たい、バスト88を誇る科学部の女王様だ。

 得意技は「秘密兵器開発」。これまでにもレーザー光線銃や簡易巡航ミサイル、風船型UAV等々の開発に成功していた。「使い道が無い」というのに。
 実の所、作った兵器は実際に使っているのだ。
 鳩保喜味子達も五月の北海道修学旅行時には餞別として「熊避けEMP銃」を支給してもらった。

 知識よりも発想力が優れていて、製作には自身は関わらず男子部員の手先の器用な者にやらせる。
 彼らにさせる仕事を考え出すのが彼女の仕事だ。
 故に「マッド・サイエンティストプロデューサー」と呼ばれていた。

 もちろん三年生だから既に引退。でも相変わらずの支配体制を敷いている。
 ちなみに現部長女子は数理研究科女子で最も成績の良い生徒、鳩保芳子だ。先輩に比べると数十段発想力は落ちるから、科学部の今後の活動が危ぶまれる。

 白衣姿の先輩がダンボール箱の中に示したものを喜味子は興味深げに眺める。が、容易には手を出さない。
 金属的に光っているからだ。とんがって指を怪我する可能性大。

 大きさは10センチ大、購買部で売ってる三角形のサンドイッチぐらいの大きさと形。斜面に内蔵する部品が露出する。
 これ自体は機械のパーツではない。大きな機械の一部をカッターで切り取ったかの物体だ。
 正式な名称は「なにかの破片」であろう。

「ほほおぅ、これはタダモノではありませんね。」
「だろ。なんだと思う。」
「バリコンの断面図、ではないでしょうかね?」

 断面に露出する内蔵物は、極めて薄いシート状の小片が数十枚ぎっしりと重なったもの。本のページの様にも見える。
 金属ケースに納められているから全体を確かめられないが、薄片はそれぞれに細かい差異の有る歪んだ楕円形と思われる。
 更に喜味子は、金属ケースの断面の異様さに気が付いた。
 これもまた薄片が積層して形作られている。まるで張り子な製法だ。

「ちょっと触っていいですか。」
「ほい。」

 まゆちゃん先輩が差し出したのは工具一式。喜味子はラジオペンチを左右に、もちろん眼球保護のゴーグルも掛けて触ってみる。
 手を近付けて感じたのは、

「ちょっと温いですよ発熱してます。なにかしましたか?」
「いや誰も外からは何もしてない。涼しい所に置いていたし、なんで発熱してると思う?」
「電気ですか、それともホッカイロみたいな化学的な発熱ですかね。」

 バリアブルコンデンサの親戚と思えば通電したら少しは発熱するだろうが、もちろん電源はどこにも繋がっていない。
 夏場で室温と同じ温度に、としてもこれだけが温もる理由が無い。

「これやっぱりコンデンサじゃないですかね。」
「でも回路にはなってないぞ。」

 薄片の1枚をラジオペンチで挟む。動く。これらは軸が間を貫いているのではなく、相互が摩擦で固まっているだけだ。
 留め金となるものも無いから、思い切って引き抜いた。
 まゆちゃん先輩おおと感嘆の声を上げる。同じ作業を男子部員にもやらせてみたが、薄片が緻密に重なって端が無く挟めず不首尾に終わっていた。
 さすがは喜味ちゃん。

「これは金属というよりは雲母、ですか?」
「そうね金属光沢があるけれど、ちょっと違うね。」

 抜き出して単体を見たら、楕円でも無かった。形状としてはゾウリムシ。不定形で幾つか穴が開いており、さらに微小な突起も表裏に有った。

「これですね、この穴に隣の薄片の突起が入って、相互に干渉して微妙に動く仕組みになってるんですよ。」
「なるほど。」

 先輩も仕組みがようやく理解出来た。一種の歯車みたいなものだ。1枚が動けば連動して他の薄片も動き、段々と伝わっていく。
 それも無意味にではなく、穴の開け方突起の出方で規則的に繋がっていく。

「喜味ちゃん、これは機械だね。」
「間違いありません、電気部品ではなくて機械部品です。でも何の為にと言われると困ります。」
「アンティキティラの機械って知ってる?」
「海の底の難破船から見つかったローマの機械、でしたかね。天体観測に使う一種のコンピュータだとか。」
「これ、そのタイプの機械に見えない?」

 言われてみれば、感触が似ていなくもない。ただこれは大きな機械の一部分に過ぎず、大元から凄い力で引き千切られた断片だ。
 総体を考えれば、どれほどの複雑怪奇な機械になるか。

 中庭で照り返し一階科学部部室に差し込む夏の日差しの間接光に、喜味子は薄片をかざしてみた。案の定細かい模様がヒビみたいに走っている。

「先輩、電子回路みたいなものも見受けられますよ。」
「じゃあこれ1枚1枚が集積回路なのか。電気的にも動いて、さらに機械的に伝達する……。」

 何十枚もの集積回路がまとめられ、しかも物理的に運動し動きを伝達し、総合的に或る目的を成し遂げる。
 個々は弱い力しか発揮できないが、何十何百枚もの薄片が連動する事で大きな力を発生させる。
 制御回路とアクチュエータを統合した、非常に進んだ自動機械の一部と考えられた。

 もちろん二十一世紀地球科学の産物ではない。

 まゆちゃん先輩の指示で男子一年生部員が近付いて、喜味子から薄片を受け取った。もちろん素手で触ったりしない。ガラスのシャーレに受ける。
 電子回路であるのならテスターで調べてみようと、接点らしい箇所を探す。確かに突起の一部は明らかにメタルだ。

 喜味子と先輩は薄片を抜かれた本体を観察する。

「あ、ほら先輩。抜けた所の左右の薄片が近付いて、再接続しましたよ。」
「1枚抜けても薄片同士が再接続して機能をカバーするわけだね。壊れても大丈夫なんだ。」
「なんか生き物みたいです。」

 喜味子の言葉に呼応するかに、それは動いた。すべての薄片がびりびりと振動し、細かく運動を開始する。

「何をした!」
「せ、せんぱい俺達は何も! ただテスターを当てて。」

 先輩が鋭く声を飛ばしたのは男子部員にだ。先程喜味子から受け取った薄片にテスターを当てている。
 まゆ子、自分の迂闊さに気が付いた。

「通電しちゃったのか!」

 

PHASE 361.

 まゆちゃん先輩はでかい。身長166センチも有る。
 さらにB88で白衣を翻して駆けつけるから、薄片にテスターを当てた男子一年生も弾き飛ばされる。
 もちろんテスターのリード棒はとっくの昔に外しているのに、薄片表面にはちかちかと細い光が走っている。

「無線通信しているのか。喜味ちゃん、そっちは?」
「凄いです、どこにこんなパワーが、」

 重なりあった薄片が激しく左右に振動し、金属ケース全体を揺るがせる。収めているダンボール箱をぐりぐり抉って穴を開け始めた。

「つまり、電源も同梱なわけね。」

 先輩はとりあえずガラスのシャーレに蓋をさせて放置し、本体の方に戻る。
 既にダンボールを貫通し、下に敷いてあったアルミ板を削り始めた。彫刻刀の木くずのように細かい銀色の金属線がしゃかしゃかと製造される。
 アルミ線は薄片の間に取り込まれ、同型の薄片へと加工されて排出された。
 作っている。自分と同じものを、この塊は作っている。

 喜味子は戦慄した。機械生命体だ。
 その場に有る金属を取り込み、部品を形成し合体して元の大きな機械を再構築する。
 自己再生、自己複製機能を備えたまさに生命だった。

 まゆちゃん先輩も同じ結論に到達する。

「喜味ちゃん、殺せ。」
「らじゃ。」

 凄まじい勢いですり合わせる薄片の集積体。相当大きなエネルギーが働いていると思われる。下手に手を出すと危ない。
 しかし、喜味子の目が瞬間を見極める。

「ちょい!」

 左右のラジオペンチに1枚ずつ薄片が有る。稼働中にも関わらず神速神技で抜き取った。
 しかも機能的に重要な位置にあった部品と思われ、直ちに全体が停止する。
 まゆちゃん先輩、ふうと安堵の息を吐く。

「お見事。」
「いえ、でもこれ極めてヤバイ代物ですよ。」

 削ったアルミで作った薄片は、オリジナルに比べると面積で4分の1以下だ。しかしもう20枚も作り終えている。
 小さいのだけかき集めてみると、自然と引き合い積み重なって結合してしまった。
 製造元と合体すればなんらかの役目を果たし、より強力な作業が可能となるのだろう。

 男子部員が叫んだ。

「こっちはまだ光ってます!」
「喜味ちゃん、火と酸、どっちがいい?」
「うーんんんとおー、火で。」
「よし。」

 薄片を破壊するのに何を用いるか。酸で溶かすか火で焼くか。
 ただちにガスバーナーが点火され、未だ光り輝くシャーレ内の薄片を焼却する。
 高温の焔の前には為す術無くじゅると溶けて機能を停止。さらに残骸をガラス棒の先でぐずぐずに砕く。

 後で引き抜いた薄片2枚も別々にシャーレに入れて密封する。
 元の集積体は竹箒で挟んで別のダンボール箱に入れ換えた。金属と一緒にするのはまずいらしい。

「先輩、これいったいどこで手に入れたんですか。」
「私じゃないよ。部員が昨日学校の裏山に登ってね。ほら土曜日山が光ったってニュースになったでしょ。」

 八月九日土曜日、門代高校の裏手の山ににわかに光が差し、隕石が落ちたらしいとの噂が飛び交っている。
 科学部員が探索回収に向かうのは理の当然、責務であろう。

「で男子何人か派遣したら、比留丸神社跡地に綺麗なおねえさんが居て、その人にもらったんだそうだ。」

 喜味子、驚いて顔をしかめる。怪獣にも慣れた流石のまゆちゃん先輩をも怯ませる迫力があった。
 そのおねえさんというのは、ひょっとしてひょっとしなくても、宇宙人「ぴるまるれれこ」ではないか!

「先輩、私は部員じゃないからなんですが、これ危ないから元の場所に捨てましょう。」
「うーんんんぅ、うん、確かに。今のだって喜味ちゃん居ないと止められなかったしね……。」

 部の責任者として考える。これは未熟な一二年生にはとても任せられない代物だ。
 数々の秘密兵器を製作指揮し、その度事故や失敗を繰り返し場数を踏んだ自分だからこそ、ようやく対処出来たとも言える。
 だが機械生命体なんて面白いものを入手して、さっくり諦めるのも残念だ。
 無論、放置して万が一再生を完了した時は全人類が破滅の時を迎えるかも、とか想像もする。

「いや喜味ちゃん、これは元の場所に戻すのも剣呑だ。薄片を1枚ずつ引き抜いて、焼いて砕いて処理しよう。」
「そうですね、それがいいかも。」

 ちょっとおトイレ、と喜味子は科学部部室を出て行った。
 残ったまゆちゃん先輩と男子部員若干名は怪しげな機械生命体と共に残されて、不安な顔。

 もちろん喜味子はほんとにトイレに行ったわけではない。
 携帯電話を取り出し、廊下の隅で通話する。

「……あ、てゅくりてゅりまめっだ星人さんですか。いつもお世話になっています、ゲキの喜味子です。
 はい、例の「さるぼろいど星人」の残骸と思われるものが今ここに。学校です門代高校。
 はい、早急なる処分をお願いします。はい、はい隠密裏にお願いしますこちらで騒動を起こしますから。
 はい今から、はいじゃあすぐに。お願いします。」

 通話を切って、電話を仕舞い、ぼりぼりとお提げ頭を数回掻いて、
 おもむろに火災警報装置のスイッチを押した。

 

PHASE 362.

 話は八月一日登校日に戻る。
 鳩保芳子はその日の午後、プールに居た。市営の海水プールだ。

 門代は海に面した土地であるが、しつこく言うが交通の要衝が云々で船の行き来が激しい。
 そんなところに人間が泳いでいると、まあ潮の流れが早くて無理なのだが、とにかく遊泳禁止である。
 代わりに用意されているのが海水を汲んでプールに溜めた遊泳施設であった。
 目の前に海が大きく広がるのに、変と言えば変。

 物辺島からはバスですぐなので、夏場泳ぐとなると此処になる。もちろん営業は夏限定。
 問題はこの施設いささか老朽化しており、恋人達がロマンスを育むにはちとしょぼい。
 あくまでも子供がちゃぱちゃぱ遊んだり、純粋に泳ぎを楽しむべき所である。汗疹を直すには一番良い、などの効能も謳われる。

 色気は無いが、鳩保敢えてここを選ぶ。
 夏だから、暑いから、泳ぎたいから。
 それに、他人に邪魔されずに見せびらかせたいじゃないか。

「ヨシコ、アメリカのビーチならその水着で問題無いけれど、日本ではどうだろう?」

 メリケン人のくせに水着の露出に文句を付けるアルバート・カネイだ。ガタイがでかいから、プールでは映える。
 その彼をして目を覆わせるのが、鳩保の白ビキニだ。
 学校体育で用いているチューブトップでも良いが、あれは下半身を十分以上にガードするので少々不満が有る。
 やはり夏真っ盛りとなれば恥を脱ぎ捨てて、ぎりぎりと限界まで魅せつけるべきではないだろうか。
 というコンセプトに基づいて水着を新調した。胸元にひらひらが付いてなかなか可愛いものである。

 が。
 が、そんな所に目を止める御仁は少なくとも男性では居ない。
 93サンチの大艦巨砲主義を体現した胸に皆釘付け。後ろ姿もまたヒップラインに釘付け。
 股間も高校生として許される極限まで締め上げ強調して、誰がどう見ても猥褻物陳列罪だ。
 しかも鳩保は背丈が高い。同伴の白人男性と比較しても退けを取らず、ちんちくりんカップルに見えたりしなかった。

 アル・カネイ、さすがに頬を赤くしてそっぽを向く。

「とにかく水に入ろう。」

 ふふふ、効いてる効いてる。と鳩保は彼の腕に絡みつく。
 ぽかぁーんと大口を開けて自分を見送るイガグリ頭の中学生男子複数の反応にもご満悦だ。連中、今晩はギンギンとして眠れないだろう。

 さて鳩保は泳ぎは苦手ではない。
 一度水に入ればじゃばじゃばと疲れるまで泳いで存分に楽しんだ。
 プールサイドに上がってビーチパラソルの下のプラスチックのカウチに寝そべり、アルがソフトドリンクを買ってくるのを待つ。
 別にナンパなんか来やしない。そもそもがけちくさいプールにそういう連中は来ないのだ。
 可愛い女の子はこんな所避けて通るのだから。

「あれ鳩保さん、こんなとこ居るなんて。」

 呼ばれて目を開けると、眩しい。太陽光線をまぶた越しに受け続けて、世界が青く見える。
 しばらく放置して慣れるのを待ち声の主に目を向けると、縁毒戸美々世だ。三組の女子数名と連れ立って泳ぎに来ている。
 彼女の水着は黒のワンピース。大きなヒダがゴージャスに巻き付いてひらひらと、黒い出目金みたいだ。

「まあ金魚嫌いじゃないですけど。」

 社交辞令でにたにたと笑う美々世。一人で来ればなにやら企んでいるとも思うが、今日は友達それも正真の人間を連れている。
 宇宙人が気ままに夏をエンジョイなんて鳩保まったく信じない。むしろ怪しい。
 こいつ何が目的だ。

 美々世、肢体を丸めて鳩保の傍に顔を寄せる。

「ご注意下さい。ちょっと厄介な宇宙人が門代に潜入しています。私はそれを警戒してパトロールしているのです。」
「宇宙人て、魚肉? バトルロイヤルの規定違反?」
「いえ合法だから困っているのです。戦闘力がやたらと高い。」

 縁毒戸美々世、しゅぎゃらへりどくと星人が作った戦闘用合成人間で並の魚肉ではない。
 こいつが警戒しろとのたまうのだから、よほど強い宇宙人なのだろう。

「私も含めた宇宙人有志が集まって特別対策チームを結成しました。少々騒がしくなるかも知れませんがお許しください。」
「手伝おうか?」

 鳩保の申し出に、美々世身体を起こして婉然と微笑む。なんだか宇宙人らしくない、作ってない爽やかな表情だ。

「お断りいたします。レギュレーションに違反してない者であれば、私達が責任を持って処理します。手出し無用。」
「む。まあ宇宙人同士の揉め事に地球人が首を突っ込むのも、なにか。」
「そういう事です。」

 と三組の友達に合流して、ドリンク両手に戻ってきたアルに集団で言葉責めをする。鳩保なんかもう忘れた。
 だがまったくに人間の少女に見える姿に、鳩保は一抹の不安を覚える。

「これってあいつ、……死亡フラグって奴じゃないの?」

 

PHASE 363.

 ここからが本題。鳩保プールに遊びに来たわけではない。
 いや遊びに来たのだが、目的はアルをCIAの監視の網から引き剥がす事にある。
 全周広くに開けたプールサイドには何者も隠れる場所が無く、遮音フィールドを展開して言葉が漏れなくするのも容易い。

 テーブルにドリンクの紙コップを置き、プラスチックの椅子を持って来たアル・カネイに説明を開始する。

「中米チクシュルーブ・クレーターの探査がだいたい終わったよ。香背男さまも現地を離れました。」
「一安心だね、何事も無くてよかった。」
「何も無い? ご冗談を、とんでもないものを見つけてしまいましたよ。それもアメリカにも関係の有る。」

 それは聞き捨てならない。アルも大きな身体を乗り出して鳩保の説明を聞く。

「そもそもが香背男さまがあそこに資源探査に行ったのは、アメリカのなんとかという訳の分からない財団の要請なんだ。
 宇宙の精霊力を身体に取り込んでアストラルボディがなんたらという、半分宗教めいた集団ね。有名芸能人も何人も参加している。
 で、この財団が真に探していたものは隕石の欠片やら隕石由来の金属資源ではなく、地下への入り口だ。地下深くに続く洞窟を探している。」
「うん。それはCIAの調査で判明した。最も深く地底に潜る洞窟の周囲に、門代にも来たという狼男に変身する一族が住んでいるんだね。」

「じゃあこの洞窟はなにかと言えば、トンネルだ。地底深くに潜む何かに通じる道なんだ。狼男一族はこれの門番と考えるとよい。」
「人間を変身可能に改造した宇宙人だ。よほどのものが隠されているんだろう。それが、ゲキの力で判明した?」

「空洞です。直径200キロ高さ15キロの巨大な空洞を発見しました。もちろん地震計やら重力計では検知出来ないよ。かなりの科学技術を持つ宇宙人に対しても隠蔽している。」
「200キロと言えば、クレーター本体よりも大きいじゃないか。それは人為的に掘削されたものなのか。」
「でしょうね。なにせ中には赤々と太陽が照りつけ、木々が葉を茂らせ、恐竜が棲息し、人間の都市が存在するくらいだから。」
「……恐竜と人間が一緒に住んでいるのか。」
「それもかなりの文明度でね。」

 アル、ぐびりと喉を鳴らす。右手に握った緑のソーダ水を思い出し、一口含んだ。

「つまり地底王国と呼ぶべきものが存在するんだね?」
「びっくりだよ。だいたい80万人くらいは住んでいると思われる。王族が居て神官が居て、生贄を地底の太陽に捧げ、いつの日か神が彼らに新天地を授けることを待ち望んでいるんだな。
 インカとかマヤとかの近くの文明が時々いきなり消失するのも、ここと関係有るみたい。定期的に人間の補充を行なっているんだ。」
「何の為にそんな大規模な人間の飼育場を作っているんだ? 宇宙人はなにを、」
「どうもこれ、シェルターみたい。地表面に暮らす私達がある日すっかり全滅した際に、人類社会を復元するためのスペアとして保存されている。
 ま、核兵器がごろごろしバイオテロも懸念される世界情勢を考えれば、宇宙人さん有難うと言うべきかも知れないね。」

 鳩保が頼んだのはコーラフロートだ。スプーンをも兼ねるストローでつんつく崩して、コーラと混ざり合ってミルク状になった部分を吸う。

 アルは考える。鳩保は他人事のように言うが、要するに拉致監禁された人間が閉鎖空間内で飼育されて、出番を待っている。
 何の為に。それほどの危険が人類に迫っているのか。

「いやアル、だって中南米のインディオはスペイン人によって半殺しにされたじゃん。」
「あ、……そうか。シェルターちゃんと役に立っているのか。」
「中南米文明の正統後継者は今ここにしか居ない。歴史的価値を考えると、凄いんじゃないかな。」

 鳩保、カウチから身体を起こす。詳しい事はデータをUSBメモリーに入れてあげるから、そっちで分析して。

「問題はそこじゃない。狼男が門代に来て、香背男さまがチュクシュルブに行く。この二つの関連性がどうしても読めない。」
「狼男も最終的にはモノベ神社を目指していたのだろうか。」
「だと思うよ。しかしどこのアンシエントとも関係が無い。じゃあこいつ、何を頼りに物辺神社まで辿り着いたんだ?」

「……やはり、そのアメリカの財団が怪しいね。」
「でもその財団はCIAだって知らない地底王国の存在を知っているんだ。そして既知の宇宙人は関与していない。」
「まったくに別の、謎の存在が絡んでいる?」

 鳩保うなずく。おそらくはシェルターを作った連中だろうが、直接に物辺神社に手を伸ばす掟破り。許しちゃおけない。

「しかも狼男は香背男さまの探査よりも前に日本に来ていた。これはタダ事じゃないさ。
 その財団を徹底的に、内部から調査するべきだと思う。場合によっては強制力でぶっ潰す。」
「分かった、上申しておく。ところでヨシコ。」

 うん? と鳩保顔を向ける。こいつ何か嫌なことを言いやがるな、と予期した顔つきだ。

「そろそろ会ってみてくれないかな。」
「誰と?」
「合衆国大統領。夏休みの間に一度アメリカに飛んで、もちろん僕も同行するし上院議員の父も付き添う。嫌な思いはさせないから。」
「あーでもーあのひとはー、サミットで裸踊りなんかしちゃうからなー。」
「ううう、それは言わないでくれ。何故プレジデントが公の場であんな事をしたか、未だに理解できない。」
「なんでだろうねーふしぎだねー。」

 鳩保、がばっとカウチから立ち上がる。そのまま静止した。右の耳に手を当てて、何事か聞いている。

 座るアルの目の前にわがままボディが突き出されたわけで、目の前にはおへそが、顔を上げると二つの球体がぼよんぼよん揺れている。
 これは抱きしめてもOKという意思表示かなあ。

 

PHASE 364.

 などとアルがけしからん事を考えていると、鳩保がきっと表情を険しくして顔を近付ける。
 思わずごめんなさいと言いかけた。

「たいへん、小浦小学校跡のNWO観測所が何者かに襲撃されたって。」
「え、それはほんとうかい?」
「うん喜味ちゃんが今そこに居るんだけど、空に煙幕が掛かって電波封鎖もされてるって。」
「電波封鎖って、それは軍の襲撃じゃないか! どこの軍隊だ。」
「まあ待って、えーともう米軍も自衛隊も出撃している。なんだかフランスが関係しているとかで、花憐ちゃんが責任者と現場に急行するって。

 あ。」

 遮音フィールドが少し揺れる。重く低い大気の振動に反応した。
 プールで遊ぶ子供達も一斉に振り向く。なにこの爆発音は。

「……戦車が発砲して、ロボット兵器に撃破されたって。」
「ロボット! それは宇宙人の兵器なのか。」
「いえ人間の、未来技術で作った超ロボット兵器なんだけどさ、なんかNWO内部での抗争みたい。」
「えええ、そんなー。」

 遮音フィールドを解除して遠くの音を聞くと、ぱちぱちと弾ける音が連続する。
 派手に火器を用いた戦闘が続いているようだ。
 もちろん周辺空域にはヘリコプターやら戦闘機やらがぶんぶんと飛んでくる。素人目に見ても異常事態が進行中だ。

「ヨシコ、これはなんとかしなくてはいけないだろう。」
「だーめ。ゲキの力を持つ私達が関係しちゃいけない事例です。攻めるも守るもNWOだ、どちらに肩入れも出来ないよ。」

 鳩保再びカウチに座り、身体を寝そべらせる。その余裕はなかなかに憎らしい。

「だいじょうぶよすぐ終息する。問題はその後始末。あなたの出番そこからでしょ。」
「うん、まあ。」

 プールを囲むフェンスの先、大きく広がる門代の海を海上保安庁の巡視艇が全速力で突っ走る姿が見える。

 

 30分も経たずして、戦闘は終了。敵ロボット兵器は5機全てが停止し鹵獲された。

 しかしながら周辺地域は警察の非常線により厳重に封鎖され、またひっきりなしに陸自と在日米軍の軍用車両が行き来する。
 路線バスも不通で、物辺村に帰るに帰れない。
 いざとなったらゲキロボ2号を呼び出して瞬間移動するとして、プールを出た二人は門代の街に戻りシャクティさんの創作インド料理店に向かう。
 メイドコスプレウェイトレス褐色の天使シャクティは、二人の姿を見てにたりと頬を緩める。

「おふたりさんデートですかいぐへへお楽しみでげすね。」
「シャクちゃんそれは、嫌な芸だな。」

 このお店はシャクティのご両親がやっていて、門代地区に集う有象無象の外国人「旅行者」つかの間の憩いの場となっている。
 オススメは、まずはインドおでん。大鍋のカレーの具をそのまま取り出して食べる、実にシンプルな料理だ。
 白いお皿に入ったおでんの串を1本つまみ上げた鳩保は、首をひねる。こんにゃくはーインドで食べるのだろうか?

「シャクちゃん、今日はお客少ないねえ。」
「うん、なんだか花火大会が始まったとかで、みんな出て行っちゃったよ。外でぱちぱち言ってるでしょ。」

 インドがんもどきをくわえていたアルがぶっと吹き出した。花火大会? 戦闘機が上空をぶんぶん飛び回るのに花火大会だって?
 鳩保紙ナプキンを引き出して、アルの口元を拭いてやる。
 その姿を見てシャクティまたしてもぐへへと笑った。

「それで、最近商店街で面白いこと無い?」
「うーん、以前よりお客は増えたし、それにちょっと客層も変わってきたねえ。」
「変わったって、どんな?」
「うん、背広の外人が増えてきた。なんかCIAとかMI6の正規のエージェントみたいな感じの。」

 アル、またしても吹き出しそうになる。
 シャクティ・ラジャーニが賢い観察眼の優れた少女だとは知っていても、そう簡単に秘密諜報員を見破ってもらっては困る。
 鳩保も、シャクちゃんは器量の大きい出来た女だけれど、あんまり暗黒裏社会に首突っ込んでもらいたくない。

 知ってか知らずか、シャクティはもっとやばい話を始めた。

「ああそれから最近、三組の縁毒戸さんがよく来るよ。不思議な感じの大人のお友達を連れて。」
「不思議って?」
「原始人のコスプレをした中年男性とか、プレートメイルを着込んだ金髪の美少女とか、眉毛のやたらと濃い体操の先生みたいな人とか。」
「ああ、その人知ってる。まめっださんだ。

 何の話してる?」
「お客さんの内緒話なんか知りませんよ。職業上の守秘義務ってやつです。でも縁毒戸さんてこの近所に住んでるのね。」

 え、と鳩保面食らう。
 そりゃ美々世も人間様のボディを持っているのだから家くらい有っても当然だが、こんな町中にか。

「詳しい場所、分かる?」
「うん。この先のビルの、下は店舗で上がアパートになってる。」

 ふんふん、今度ガサ入れしてやろう。高次元空間を本拠とするしゅぎゃらへりどくと星人の戦闘用魚肉合成人間の仮住まいがどんなものか、ちょっと興味が湧く。
 やっぱり美少女合成人間の定型に従って、家具なんにもない殺風景な部屋だろうか。

「はいおまちー。」

 と二人の前に持って来られたのは、インドちゃんぽんとインド冷麺である。
 どこらへんがインドなのかは、

「ヨシコー。」
 アルが泣きそうな顔で割り箸を使ってちゃんぽんスープから引っ張りだしたのは、ガネーシャの顔を象ったナルトである。

「あ、それ自家製。私が作ったの。うちのお店の名物よ。」

 シャクちゃん、侮れない娘!

 

PHASE 365.

 午後六時になってバスが運行を再開し、鳩保は家に帰る。
 それからしばらくして、花憐がいきなり蒸発したと如月怜が騒ぎ出し、村人総出で捜索を始めた矢先に花憐出現。
 流れで物辺優子に付いて行って、じいさんに東京に行ってお父さんに会いたい、とお願いするのを見守って。

 こうして長い八月一日は終わった。

 

 八月二日。晴れ。
 新聞によりますと昨日の戦闘は「門代花火大会の予行演習」という事になっていた。
 元々お盆の2日後の日曜日に大規模な花火大会が予定されている。近隣から多数観客が集まって大賑わいのイベントだ。
 が、昨日の戦闘は花火の代金を遥かに上回る金額を浪費したであろう。炸薬量もだ。
 誰がどう工作して単なる花火大会にしてしまったのか、後で責任者を確かめておかねばなるまい。

 それはさておき。

「ただいまー。」パチパチパチ

 童みのりがドバイお見合い旅行からやっと帰ってきた。行きと同じフレンチメイド服。

 本来であれば成田到着から飛行機で門代に戻るはずだったが、あいにくと昨日は近隣空域民間機飛行禁止となった為、やむなく新幹線で帰還した。
 最寄り新幹線駅まで出迎えると言ったのに、「ちゃんと自分で帰れる」と主張するから、鳩保達もみのりの両親も物辺村童家で待ち受ける。
 みのりちゃん初めての海外旅行コンプリート。拍手。

 そのままみのりの部屋に突入して、おみやげ分捕り合戦を展開した。
 みのりの両親も娘の無事を喜ぶやら、相手してくれないつれなさを嘆くやら。

 自室に入ると、いきなりメイド服を脱いで着替える。物辺村の4人の前でなにを恥ずかしがるものか。
 あからさまにラフなTシャツ姿が恋しかった。ファッションに気張るのはもううんざりだ。

「祝子さんと鳶郎さんは、東京近郊にある鳶郎さんの実家にご挨拶に行きました。しばらく逗留するそうです。」
「うん、ごくろうさん。」

 何が疲れるって、物辺祝子の相手をする以上に疲れる仕事なんて有りはしない。宇宙人だろうが地底人だろうがどんと攻めて来い。

「それでね、ドバイからのおみやげはテロ対策で積荷を全部徹底検査するとかで、便が遅れてるらしいの。
 持って帰ったのはロンドンで買ったものばっかりね。」

 ドバイからパリに脱出した三人は、祝子の知り合いが居るイギリスはロンドンに飛び、そこから日本成田へと帰ってきた。
 まずは、

「はい花憐ちゃん、おばさんから預かったの。手作りクッキーだって。」
「うわーみのりちゃんありがとう。」

 パリ在住の花憐の母親にも連絡し、花憐への届け物を受け取ってきた。今年は花憐がフランスに行けないので、代わりにみのりがおもいっきりナデナデしてもらった。
 花憐も母に会いたいのは山々だが、花火大会がいきなり勃発する現状ではちょっと無理かなと考える。
 それに花憐母にはかなり大きな欠点がある。

「それでおかあさん、日本に帰るって言わなかった?」
「それがね、物辺村の様子を聞かれたら祝子さんがね、「物辺神社の森は女の生首が宙を飛ぶ」とか言っちゃって、おばさんものすごく怖がって。」
「あー、そうねー。」

 花憐母は極度のお化け怖い症候群なのだ。この病は花憐小学二年生の頃に始まる。
 当時一九九九年七月だったか、物辺神社でお化け大量発生という珍事が起きた。
 原因は物辺優子。御神体である「ゲキのへのこ」を納められていた祠から持ち出し悪戯をした結果、なんだかよくわからない怪現象が頻発した。
 これに胆を潰した花憐母は腰を半分抜かしながら島外の実家に避難。数ヶ月も留まった末にフランスに逃げちゃった次第。

 しかし花憐には母を責める資格は無い。
 優子が祠を懸命にこじ開けようとするのを黙って見過ごしたのは花憐本人であるし、そもそも優子に御神体の存在を示唆したのは鳩保だし、祠の錠を最終的に開けちゃったのは喜味子だし、みのりちゃんはおろおろと見守っただけだし。
 とにかく母は無罪である。

「そう、生首が飛んでちゃおかあさん帰って来れないわね。」
 花憐ため息を吐くしかない。

「はいこれ、ぽぽーの。ユニオンジャックの水着。」
 鳩保の注文は英国旗をあしらったビキニの際どい水着である。昨日のプールに間に合えば面白かったのだが、この夏機会は幾度も有るだろう。
 みのり、不審に思って尋ねる。

「これは祝子さんがお見立てしたから、ぽぽーのサイズぴったりだと思うけど。でもどうしてイギリスの旗じゃないとダメなの?」
「そりゃ、これを着てアルの前に立てば、いつの間にイギリスの手が回ったと彼びびるでしょ混乱するでしょ。おもしろいじゃん。」

 悪趣味。花憐喜味子優子は目を細めて鳩保を見る。

「でこれが喜味ちゃんのリクエストの、ポアロさんが食べたというイギリスのサンドイッチスプレッド、エビとサーモンの2種。」
「ありがとー、みのりちゃん。」
「喜味子ぉ、それ有名なブランドモノなのか?」

 優子の問いに、喜味子にたあと笑う。知ってる人は知っているが、知らなくてもまったくどうでもいい品である。

「それから優ちゃん、ごめんなさい。処刑された罪人の手を切って作った蝋燭立ってのは、ロンドンのお店では売ってないんだって。祝子さんに怒られちゃったよ。」
「おばちゃんがダメって言ったのか。そりゃしゃあないな。」
「代わりにこれを買っていけって。」

 何の変哲もないハーブの香りつき蝋燭セットだ。仕方がない、ご神木秘密基地でハロウィンパーティでもするか。

 

 みのりのお母さんが冷たい飲み物を持って来てくれて、花憐母の手作りクッキーを皆で貪り食って。
 わいわいとどうでもいい話を繰り広げた末で。

 鳩保、全員をきっちり正座させて宣言する。

「物辺村正義少女会議、開催ー!」

 

PHASE 366.

 議題は「NWOの軍事力が思いがけずに弱っちい点について」である。

 ちなみにみのりの部屋は二階の四畳半。ベッドは無い。
 ぬいぐるみが並べていたりもせず、本棚にきっちりと背丈順に新書や文庫が並べられすっきりしている。
 他の娘と異なる点といえば、エキスパンダー(古)とかブルワーカー(古)とかダンベルなどの筋トレセットが整然と納められているところか。
 壁に今回「ドバイ」の三角ペナントが貼り付けられる予定。ホテルの人に尋ねたら、「ドバイ」通行手形というのも売っていて後日届けてくれるそうだ。

 喜味子は言った。

「それみのりちゃんの為の特注だよ。たぶん日本の業者に発注して。」
「ええええ、そんな無駄な。」

 それはさておき鳩保が、

「というわけでNWOって思ったより弱いんだよね。どうしたらいいと思う?」
「そうね、アンシエントの寄せ集めだから統一出来てないとは思っていたけど、全然ダメね。」
「うん。」

 NWOの実力を目の当たりにしたみのり花憐喜味子は、いずれも首を縦に振る。
 ドバイの宇宙人の力を使う連中はまだしも、同じNWO内にてそれも人間の作ったガスコーニュにさえ手も足も出ないとは情けないにもほどが有る。
 とはいえゲキの力を米軍に渡すわけにもいかないし、そもそもどちらが敵か味方かもまだはっきりとは決まっていない。
 長い時間を掛けてなるようになるしか無いのだ。

 優子無責任な、しかしまともな話をする。

「あまり一方を大きくして他を圧倒してしまうと、今度はあたしらが雁字搦めにされちまうぞ。各勢力バランスを取ってその上に乗っかってて形でないとこっちが保たない。」
「わたし達が生きている間ずっと続くわけだしね、長丁場で考えないといけないわ。ぽぽー、その点はどう?」
「まあ、向こうも血統を繋ぐ形で十数世紀も保たそうとしているんだし、気長にね。」

 花憐考えるが、どう転んでも個人の器量でなんとかなるレベルの話ではない。反対勢力ぶっ殺しちゃえば簡単ではあるが、人類の敵になってどうする。
 鳩保、しかしそのアイデアは肯定する。

「逆らう奴は見境無くぶっ殺す、というのは決して悪い手じゃないぞ。私達が一番偉い事を印象付けて恐怖と暴力で支配するのは、国家統治の基本中の基本だ。」
「ああ、そりゃそうだ。あたし達5人魔王となって全人類の上に君臨するんだよ。それぞれに軍隊を持ってゲーム的に殺し合って。」
「なんでだよ。なんでお互いに殺し合わなくちゃいけないんだ。」
「だって喜味子、手下を相互に噛み合わせて外に敵を作っていた方が組織のコントロールは簡単だぞ。各勢力のバランスを取るてのはそういう事だ。」

 優子の台詞にさすがにドン引きする花憐喜味子みのりの顔を見て、鳩保は失笑する。
 あんたたちにそんな真似出来るとは思ってないから、安心しろ。
 とりあえず話を戻して、具体的な戦術レベルに限定する。

「とりあえずアメリカ軍最強ってのがちっとも役に立たないから、困ったもんだ。宇宙人の介入を抑える為に、武器兵器レベルの早急な底上げが必要だよ。」
「やっぱり超兵器を与えるかな。でも芳子、それやっても人間同士で超兵器使っちゃうぞ。」
「まあね。」
「人間同士が殺し合いをしないようにする仕組みが無いと、絶対ダメよそれは。」

「そこなんだけどさ、」

 喜味子悪魔の提案をする。

「あのさ、アフリカの暴君と呼ばれたゲゲポンス大統領覚えてる? 魚肉人間を側近に置いて政府や軍を牛耳っていた。」
「うん。全員イエスマンになってやがて組織が腐朽するって奴だな。」
「実はあれはゲゲポンスに限ったことでなく、NWOに所属するほぼすべてのアンシエントが魚肉人間を多かれ少なかれ抱えているんだ。」
「ほおー。」
「もちろん単なるイエスマンだけでなく、相当に優秀な国家の中枢を担っている人材が、実は魚肉だったりする。アメリカだってそうだよ。」

 花憐がこれホントの話? って鳩保を見ると、目で肯定する。
 最近CIAと接触する機会の多かった鳩保だが、魚肉以外の材料で出来ている合成人間にもしばしば遭遇した。

「つまり喜味ちゃん、私達も魚肉人間を使ってスタッフを作り、NWOに対抗する組織を作ろうって話?」
「ぽぽーそれは悪い冗談だ。そんなカネどこに有る。」
「そりゃそうだ。素材の魚肉を発注するカネ自体が無いな。」

「というわけでさ、NWOに所属するアンシエント内に潜伏する魚肉さん達のコントロールを密かに奪取して、こちらの意のままに動かすというのはどうだろう。」

 おおおおおおー、と全員が感嘆の声を上げる。きみちゃんいつの間にか知能指数が向上している!
 だが花憐、当然の疑問を呈する。魚肉人間のコントロールは各アンシエントの実力者最高責任者が掌握しているのではないの?

「ないんだよ、それが。だいたい人間ごときが宇宙人の産物のコントロールを完璧に出来るはずがなくて、最初にオーダーされたプログラムどおりに動いてるだけなんだ。」
「そのプログラムってのが、組織の最高責任者に従え、になってるわけだ。」
「その程度のコントロール権しか持っていない。また制御する技術がそもそも無いんだ。」

「かんたんじゃん。」

 優子が呆れたように言い放つ。宇宙人コンピュータシステムの乗っ取りは自分の得意技。

「超兵器を使う人間を魚肉にしておいて、こちらがコントロール握っておいたら制御出来るさ。」
「かんぺきね!」
「うん。」
「よし決まった。じゃあこれを「魚肉乗っ取りプロジェクト」として、今後の長期的計画の柱に据える。みんないいね?」

 うん、と力強く全員が肯いた。

 

PHASE 367.

「でもね、でもね。」
 と花憐が提案する。それって魚肉に限らずに、生身の人間を洗脳してっての出来るんじゃないの?

 鳩保。

「却下!」
「どうして?」
「私達がマジでゲゲポンスになってしまう。馬鹿ばっかり世界は御免こうむる。」
「だな。」
「そうね、わたしが間違ってたわ。でもね、」

 と次に報告したのが物辺神社石臼場で遭遇した神仙境、想像力ですべてが可能になる世界のお話だ。
 特に生物、ハツカネズミを核として想像上の人物を現実世界に持ち出す技術は注目される。

「……魔法ネズミ人間てのが、魚肉人間みたいにアンシエントに混じっている可能性もあるのか。」
「だからね、一筋縄じゃ行かないのよ。乗っ取り計画。」
「まあ小さい所からこつこつと、頑張るしか無いな。」

 喜味子が手を挙げる。で、NWOに供与すべき超兵器って、何。

「そりゃあ、ロボットじゃないかな。」
「そうね、ロボットだと思うわ。」
「ロボットでいいんじゃないか。」
「ロボット、うん。たぶんそれでいいと思うよ。」
「じゃあロボット私が作るという事で。」

 終了ー。

 

 次の議題。「フランス人変態兄妹の対策」

「つまりその神仙境というところでゲイグ家の双子は魔法使いみたいな事をしていて、現実社会にも魔法を持ち込めるわけなの。
 その大元は昔の宇宙人の機械なんだけど、タダ乗りして勝手に使う人が多くて、」
「管理されてないサーバーみたいになってるんだ。」
「そうそう、色んな宇宙人やら人間やらが仲良く運営しているのね。」

 優子、
「で、その入口の一つがうちに新しく設定されたわけだ。ゲイグ家の双子は何時でもちょっかい掛けられるんだな?」
「そうね、門番置いといた方がいいわ。あそうそう、中にクビ子さんと同じ種族の宇宙人さんが居たわよ。」
「ああ、そういやクビ子さん宇宙人だったね。ならそいうのの管理は得意だろ。採用。」

 鳩保この場に居ないクビ子に勝手に仕事を割り振った。

 

 次の議題。「八月十三日お盆前の夜に予定されている「西瓜盗り」について」

「みのりちゃん、ドバイで大人相手のごたごたで随分と神経すり減らしたでしょ。」
「う、うん。いっぱい迷惑掛けたけどね。なんだか気の毒だよ。」

 みのり、しゅんとなる。さすがに世界最大のビルをぶっ壊してしまったのは気が咎め、オーナーの人を気の毒に思う。

「ぶらーっとして神経を休めるのもいいけど、物辺村のガキども相手の面倒を見て気忙しくしてた方がいいんじゃないかな。」
「そうなのみいちゃん。わたしと優ちゃんはちょっと東京に行く用事が出来たから、「西瓜盗り」の準備御願い出来るかしら。」
「うん。そういう約束になってたし。いいよ。」

「それと和ぽんの説得だ。」

 和ぽんとは現在物辺村唯一の中学生であり男子だ。去年の「西瓜盗り」の行事の際に優子と鳩保に性的トラウマを与えられ今年は不参加を表明していた。
 家が隣だから、喜味子が説得する手筈になっている。
 彼が「子供側大将」になってくれないと、行事の存続も危ぶまれた。なんたってもう4百年続く伝統のお祭りだ。

 鳩保自分が悪いのを棚に上げて、喜味子を催促する。

「喜味ちゃん急いでよ。中学生だから林間学校とか行っちゃわないようにさっさとさ。」
「それは大丈夫、中学校のスケジュールはちゃんと把握した。それに和ぽんは部活辞めちゃったから暇してるし。」
「えー、陸上部やめちゃったの?」
「そうなんだよみぃちゃん。まあ、なんというか精神的なものでね。」

 と喜味子は優子と鳩保をじろと見る。二人ともどこ吹く風と表情一つ変えはしない。
 ちなみにみのりは中学時代も陸上部だったから、彼は後輩に当たる。

 

 次の議題。「喜味子赤点問題。」

 鳩保が改めて正座し直し、背筋をビシっと正して言った。

「きみちゃん、夏休みちゃんと勉強して二学期赤点とか禁止だ。」
「へい。今日もこれから八女さん(嫁子)と図書館に行きます。」
「うん、よろしい。」

 

PHASE 368.

 この後本来であればみのりちゃんドバイ体験発表会になるはずだが、お開きとする。
 スケジュール的な都合も有るが、階下で娘の様子が気が気でない御両親にみのりを返してやろう。
 どたどたと木の階段を降りて女子高生達が風を巻いて帰っていくのを、お母さんが目を丸くして見送る。

 童家玄関外で靴にカカトをケンケンしながら入れて、鳩保は言う。

「じゃあ喜味ちゃんは勉強頑張って。」
「うん、でもなんか有ったらすぐ呼んで。昨日の今日だし。」
「だいじょうぶよ。今日はわたしも優ちゃんもずっと居るし。ぽぽーは今日もデート?」
「違う!」

 という事で喜味子は一度家に戻って村を出る。花憐と優子は物辺神社に向かう。
 父親に会う前に優子を徹底特訓する必要が有るからだ。「娘」としての基礎教養を。

 鳩保、携帯電話を出してアルを呼び出した。
 昼過ぎの強烈な太陽が真上から熱を叩きつけ、汗が噴き出る。

 

 一方その頃、物辺神社では恐ろしい事態が進行中であった。

 物辺饗子はぐーたらダメ母親である。
 常日頃は妹祝子がツンツンしているからやむなく家事をやっているが、居ないとなると手を抜きまくる。
 幸いにして姪の優子が脅せば働くし、双子娘も手伝いをする歳になった。
 ぐーたら万々歳だ。

 今日もやたらと暑いから、双子と父親に昼ごはん食べさせて洗い物が終わったら、そのまま居間でごろんと寝転んで眠ってしまう。
 薄いワンピース1枚、20年前なら確実にシュミーズ1枚で寝転がっていたはずだ、であるから下手に誰か訪ねてきたら昭和ビニ本的大変にエロい話になってしまう。
 でも気にしない。

 うとうとしている内に、不意に気配を感じた。腐っても巫女であるから異変に対する感受性は非常に鋭敏である。
 しかし自分が感づいていると悟られない為に狸寝入りを続ける。覚醒した気を消した。
 これが祝子には出来ない。妹は常に全力全開で強烈なオーラを放出するが、饗子は隠し周囲に同化する。
 一般人に紛れてしまう事さえ可能であった。

 果たして気配の元は誰にも見つかっていないと信じて、家の中に入ってくる。足音は無い。
 泥棒か、と思うが最近は島に入る橋にも監視カメラが有って城ヶ崎家で常にモニターしている。とてもではないが余所者が勝手には入り込めない。
 村の人は不心得をしないし、では最近よく来る警察や警備関係者? それはそれでおかしい。

 双子でも優子でもない。父親は武術の達人であるから気配を消し足音を立てないのも自在だが、自分の家だ。
 いや、そもそも人間の感じがしない。大きくない。

 それは縁側から上がると居間をそーっと覗き込み、饗子が熟睡しているのを確認して廊下を行く。
 行く先は台所。金目のものが目的ではないらしい。

 饗子さらに感覚を研ぎ澄ませ、台所の音を立体的に把握する。脳内に絵を描く。
 それは勝手知ったる風情で躊躇なく水屋を開け、今弾いた音はガラスコップ、を取り出し机の上に置いた。
 冷蔵庫を開ける、パッキンが粘り扉が空気を吸い込む音がする。お目当ては扉内ラックに入っているもの、瓶だ。
 調味料のガラス瓶よりは大きい。日本酒? いや頂きもののカルピスか。
 間違いなくカルピスだ。塩ビの蓋をあける柔らかい音がして、ガラスコップにとろとろと注ぐ。

 なんだこいつ、子供か。子供の悪戯なのか。

 ついで今度は重量物を持ち上げる感触。2リットルのミネラルウォーターのペットボトルを持ち上げ、カルピスを希釈する。
 律儀に水のボトルを元の位置に戻し、ガラスコップを持ち上げ味を確かめる。
 間違いなく、この侵入者はカルピス作りに台所に侵入したのだ。
 今度は冷凍室を開けて氷を拾い始める。

 バカバカしくなって饗子目を開けた。身体を起こし、ウェーブのかかった長い髪を顔にまとわり付かせながら廊下の先、台所を覗く。
 ウィッグが宙に浮いていた。黒髪がガラスコップを巻いて絡まり、まるで支える力が有るかに持ち上げる。
 別の髪の房がプラスチックのマドラーを掴んで、コップの中の氷をかき混ぜる。氷のぶつかる涼しげな音が響いた。
 つまり、ウィッグがカルピス飲んでいる。

「おい!」
 思わず声を掛ける。そりゃ掛ける。
 白昼夢を見ているのでも幻影を見ているのでもなく、物質として確固たる存在感を示す髪の毛お化けが家人に勝手にカルピス飲んでいるのだ。
 怒らねばなるまい。義務として。

 髪の毛びっくりしてこちらに振り返る。ガラスコップを掴む髪がすっと伸びて宙でバランスを取った。
 顔だ。かなり美しい整った女の顔が饗子を見る。
 驚いた表情であるが、罪悪感とか己の正体がバレたと後悔する色は無い。
 いたずら小僧がまたしても現場を見つかった、程度に平常を感じさせる。

 それは魅惑的な唇を蠢かせた。色艶は饗子が使っている口紅の一つと同じ。
 こいつ、化粧品まで勝手に使ってる!

「あんた、誰?」
『えーーーーーーとーーーー、どうしたものでしょう』
「いやこっちが聞きたい。あんた、人間じゃないよね。首だけだし。」
『ええ、まあそのー。そうですね「天空の鈴」とでも呼んで下さい』

 饗子、台所空中で悪びれもせずカルピスを飲み続ける女の顔に目つきを鋭くした。
 なるほど今日も暑いから、脱水症状にならないようにこいつは水分補給に来たのだ。
 おそらくはこれまでにも何度も、何度も。

「よくこれまで見つからなかったね。どうやった?」
『それは双子さんとか優子さんがご協力くださって』
「ああ、最近あの子達家の外に食い物持って行くのは、そういうことか。」
『そういうことなんです』

「いやまあ変だとは思ってたんだ。なんか生首みたいのが飛んでって。まさかほんものだとはね、さすがにびっくり。」
『でへへ』

 

「クビ子さん!」

 鋭い高い声が、空飛ぶ生首を叱咤する。
 常には聞かぬこの険しい声は城ヶ崎花憐だ。花憐嬢ちゃんもこんな声を出せるんだ、と饗子今更に感心した。
 ぼやぼやっとした頼りない娘であったのがなんだかちゃんと成長しているようで、城ヶ崎さんもあんしんだな。

 優子と共に母屋に上がった花憐は、ふと目をやった先の台所に生首が浮かび、居間の饗子がそれを注視しているのに気付き、仰天した。
 瞬間的に台所に飛び込み、生首の黒髪を掴み、それでも強く引っ張るとガラスコップ落とすから手加減して、コップを手放させ、居間から見えない物陰に引っ込ませた。

 完全に手遅れである。
 饗子、それが此の世のものであり、花憐優子双子の認知するものであると理解した。

 優子全く慌てずに饗子が身体を横たえる居間に入ってくる。伯母の横に正座した。膝小僧を並べる。

「饗子おばちゃん、聞きたいことは色々あると思うけど、アレは”クビ子さん”という生き物だから。」
「生き物なんだ、身体は無いの?」
「有るんだけど、壊れちゃって。スペアが無いからウチの鎮守の森の中に隠れてる。」

「あー、祝子も何か言ってたねえ。最近お化けが馴れ馴れしくて困るとか。」

 そんじゃあ、と優子は一礼をして立ち上がる。自室で花憐と共に、とりあえずクビ子にお仕置きをしなくてはならない。
 その足首を饗子掴んだ。引き止め、確かめる。

「あの生首、なんだか花憐ちゃんと仲がいいね。友達?」
「どちらかと言うと、喜味子の犠牲者でみのりの敵だよ。」

「いや、今は花憐ちゃんの被害者に見える。」

 

PHASE 369.

 その晩七時過ぎ、夕飯を食べて鳩保芳子は暇だった。ほんとうに暇だった。

 母が元気になって家事一切をするのは良いが、芳子に手伝わせない。
 「おかあさんが入院していた時はがんばったね」と労って、休んだ分を取り戻すかにくるくると働いている。
 退院後の検診も結果は良好、不自然なくらいに健康で病気だったのが嘘みたいだ。

 これも物辺村の皆が手助けしてくれたおかげ、母の身体に元気になるプログラムを仕込んでくれたからだ。
 しかし元気が良すぎて困っていた。
 本来であれば病み上がりで芳子が注意しなければならないとの常識が、まるっきり馬鹿な心配に見えてしまう。
 せめて皿洗いを、と言ったのに拒否されたから、ぼーっとするしかやる事が無い。

 Taritariran、と携帯電話が鳴るのに無意識自動で手を伸ばし、何の気無しに耳に当てる。

「あい。」
『鳩保さん?』
「なんだ美々世か、なんだよ。」
『今お暇ですか。ちょっとお手伝いしてもらいたい事があるのです。』
「暇じゃないよ。暇だって行かないよ。」
『そんな事言わずに、一生の御願いですからお付き合いくださいよ。』
「なにを企んでいるんだよ。騙されないよ。」

『すいません、あなたしか頼れる人が居なくて。おねがい……、』

 通話は切れた。
 ついでメールで場所の地図が送ってくる。昨日会った海水プールの近くの山の公園だ。
 白兵戦闘をするには格好の場所である。

 画面を眺めて考える。宇宙人縁毒戸美々世が信用ならないのは確かだが、昨日の話だともっと厄介な宇宙人が居る。
 流れで考えるとそれが関係するはずだ。
 美々世の戦闘力を凌駕するとなれば、確かにゲキの少女の出番だろう。

「しかたがないなあ。」
 と重い尻を上げた。ちょっくら恩でも売ってくるか。

 そうは問屋が卸さない。芳子は計算違いをしていた。
 今は母がちゃんと家に居るのだ。
 祖父と父なら夜に黙って家を抜け出すのも簡単だが、母だと許さない。女の敵は女である。

 早速見つかった。

「よしこ、こんな夜分にどこに行くの?」
「え、えーそのおー、ちょっと買い忘れたものが。」
「お店なんてとっくの昔に閉まってるでしょ。」
「いやおかあさん、まだ七時だし開いてるし、ほらコンビニだって。」
「コンビニなんてこの近くに無いじゃない。どこまで行く気。それは本当に今買わなくちゃいけないものなの?」
「ええとおー。」

 勝てない。芳子は基本母には嘘が吐けない。余計に心配させては体に悪いと、骨身に染みて覚えこんでいるからだ。
 万事休す。

「おばんですー。」

 玄関先で言い争いをしていた母娘を分けるように、タイミング良く訪問者があった。喜味子だ。
 芳子が自分の手に負えないと不可視の電話で助けを求めて、見参。

「おばさんコンバンワ。あれ、ぽぽーまだ支度してないの?」
「あら喜味ちゃん、どうしたのこんな遅くに。」
「みのりちゃん帰還お祝いに二年三組のクラスメートが近くまで来てたんですが、ここがよく分からないてので迎えに行くんです。ね。」

 みのりちゃん無事帰還祝賀会は童家で絶賛開催中である。とはいうものの家族だけでおごちそう、別に誰も呼ばれてはいない。
 喜味子がちらと芳子を見る。きみちゃんありがとう。

「そうそう、二年三組の縁毒戸さんてとても綺麗な子。私も良く知っててね、」
「とんでもない方向音痴でもう2時間もさまよってるって、救援要請されたんです。」

 不思議な話ではない。物辺村が島だという事を知らない人はよくやる間違いだ。
 鳩保母もそういう事なら早く言いなさい、と矛を収める。
 芳子だけなら夜道も心配だが、喜味ちゃんが一緒なら大安心。

 鳩保芳子はよく出来たそつのない子と思われているが、性犯罪の危険を考慮すると逆に重点保護対象になってしまう。
 その点喜味ちゃんは、夜道を歩くとおばけの方が危ない。

 診療所の外に母親付きで出ると、喜味子は自転車で来ていた。これの後席に乗って行けと言う。

「あれ喜味ちゃん? この自転車新品だ。」

 喜味子の自転車は中古のお買い物用だったのに、なぜか新品の外国製高級車になっている。ピンクでスタイリッシュで正直喜味子には似合わない。

「どしたのこれ。」
「昨日の騒ぎで元の自転車ぺちゃんこにされてさ、弁償て。こんな高価いの要らなかったのに。」

 昨夜半徹夜で土管ロボ「ガスコーニュ」を分解調査&復元をした喜味子は、さあ帰ろうと自分の自転車を探して愕然とする。
 元は駅前乗り捨ての不法駐輪車をバザーで買ってきた安物であるが、有ると期待したモノが装輪装甲車の外輪差でがりがりと鉄屑にされていては、涙も出る。
 その姿を気の毒に思ったCIA、もしくは海兵隊か、が早速に代車を届けてくれたのだ。
 ゲキの少女の機嫌を取っておいて損はまったく無い。

 母は家に引っ込み、本土に繋ぐ橋の入り口にまで来て喜味子は自転車とヘルメットを鳩保に渡す。

「ありがとね喜味ちゃん。急に呼び出しかけて。」
「なになに。おばさんが元気になればこんな事になるて思ってたさ。」
「私は想定外だった。」

 てへ、と自分の後ろ頭をぺこと叩いて、自転車に乗る。
 鳩保の方が背が高く脚が長くて、まだちゃんと高さ調整していない外人仕様デフォルト状態がぴったりだった。

「じゃあこれ借りてくね。」
「うん。何か有ったらまた呼んで、ゲキロボ二号で飛んでいくから。」

 新品の自転車をてぅるると漕いでいく。うわ、なんだか高級感たっぷりの滑らかさ。

 

PHASE 370.

 高級自転車の高級たる所以は、無理をしても確実に応えてくれる所だ。
 鳩保約束の場所に行くのに、ほんの少しゲキの力を応用して原付自転車の制限速度まで上げて走る。
 元のお買い物自転車であればフレームが軋んで恐ろしい事になるだろうが、さすがカネが掛かってるものは違う。
 これでも女性向け街乗り用に過ぎない。ライフスタイル的にオーバースペックだ。

 少々山を登るのも、難無く到着。バスに乗って来るより速い。
 ここから先の案内図はメールでは送って来なかった。戦闘中につき随時場所も変わるだろう。

「喜味ちゃん?」
「見ているよぽぽー」

 自分でうろちょろ探しまわるよりも空中から観測した方が早い。みのりがドバイで使ったイカロボも帰ってきており、門代上空で警戒待機中だ。
 喜味子が管制して縁毒戸美々世を探すと。

「……やられてるね」
「え、戦闘負けたの? 魚肉ぐちゃぐちゃかい。」
「息は有るようだよ。メールで場所送るね」

 即座にケイタイにメールで美々世がひっくり返っている場所が示された。山の上桜の公園の脇、展望台の柵の外に転がっている。
 通常人が降りる場所ではない、ましてや深夜には誰も居ない所だ。
 無様な姿を見られずにバンザイだろう。魚肉美少女的には。

「きみちゃん、次は美々世がやられた相手を探索して。きっとまだこの近くに居るはず。」
「居ないね、赤外線の痕跡で見ると美々世から電話が有った時刻にはもうここを離れている。トドメを刺すほどの執着は無かったみたい」
「そうか。じゃあ探索半径を広げて、引き続き監視して。」
「あいよ」

 喜味子は便利すぎるのが難点だ。頼みもしないのに勝手に裏方を引き受けてくれる損な性格。悪いなあといつも思っている。
 思っているだけで裏方を自分で務めようとは考えない。
 鳩保も同様で、頼まれもしないのに表舞台でハッタリをかます役を常に引き受けている。喜味子も含めて他の連中は負担が減って大いに助かっているはず。
 もちつもたれつだ。

 鳩保おっぱい小僧になる前、つまり小学五年生くらいまではぺったんこで運動も活発に行うやんちゃであった。
 現在だって体育の成績は悪くないのだが、当時はみのりと共にソフトボールだのサッカーだのバスケだの色々と活躍しまくっていた。
 特に力を入れていたのが探検だ。物辺島は島だけあって数々の危険箇所があり、子供が悪戯をするのに最適な地でもある。
 崖だろうが護岸だろうが防空壕跡だろうが潜り込んだり登ったり、遭難して大人に助けられる事もしばしば。
 もしも臆病花憐ちゃんが足を引っ張らなかったら二三度命を落としていたかもしれない。

 そんなことを、公園の柵を乗り越え数メートル下の急斜面に足を伸ばしながら考える。
 昔取った杵柄で暗闇の中でもまったく心配する所が無い。やはり若い頃の苦労は買ってでもするべきだ。
 夏草の茂みの中に顔を突っ込めば藪蚊に噛まれる。虫除け持ってくるべきであった。
 なかなか美々世の姿を確認できない。ケイタイをかざして照らしてみる。

「お、居た居た。」

 斜面に飛び出した大きな木の根っこを枕に、したたかやられた縁毒戸美々世が倒れ臥している。
 夏なのに長袖のゴスロリ衣装、彼女はこれが正式な戦闘服である。仕様だからしょうがない。

「……やっと来てくれましたね鳩保さん。」
「随分とまたやられているね。だいじょうぶ?」

 やられているどころの騒ぎではない。両手が肘から先無い。
 元々の戦闘用合成人間としての美々世は両手が鋼鉄の鎌となっていて敵をさっくりと斬り裂くカマキリ女だ。魚肉ソーセージ人間の中でもトップクラスの戦闘力を持つ。
 にも関わらずこの惨状。
 手だけではない。脚も、右太腿がざっくりと抉られ腰骨までが露出する。ちなみに美々世には骨は無いが、似た組織は有る。
 前に喜味子が分解したところだと、美々世ことしゅぎゃらへりどくと星人の用いる魚肉人間は他とは異なり精巧に出来ており、内臓類似物が仕組まれている。
 人間が用いるレントゲン・CTスキャン等で正体をばらさない為だ。「骨」は白い膜のチューブのようなものでそれらしく見せていた。

 骨格としての機能を担うわけではないから、これだけ破壊されても行動は不可能ではない。
 自分の隠れ家に戻って修復すればまた元の通りに動けるはず。

「それなんです。」
 と美々世は弱く笑う。傍若無人のくるくる巻き毛女にしては、ずいぶんと媚びを売るもんだ。

 鳩保は膝を着いてしゃがみこみ、美々世の顔に掛かる汗と脂と土で汚れた黒髪を外してやる。
 お洒落の彼女が自分の容姿の乱れを忘れるほどにやられてしまったと考えると、不憫である。

「鳩保さん、実は現在魚肉合成人間業界は品不足でして、高性能高精度製品はバックオーダーがぎっしり詰まって何ヶ月も待たされるのです。」
「ふんふん、最近門代で大量に消費したからね。在庫切れか。」
「はい。あなたがたにはこれまで3体しか見せていませんが、「美々世」タイプの女性形ボディも既に10体を消費しています。」
「それは知らなかった。あんたも陰で苦労してたんだね。」

「偉いでしょ、私って。鳩保さん。」

 てへへ、と美々世は照れ隠しに笑う。首も動かせなくて痛々しい。
 これで真っ赤な鮮血でも吹き出していれば鳩保も同情したのだが、あいにくと魚肉人間は透明な汁が出てくるだけだ。

「それで頼みって、何?」
「だから、替えのボディがもう無いのです。このままでは私、修理されてしまいます。」
「いいじゃん、治るなら。」
「治らないんですよ。機械と同じで損傷箇所に別の部品をくっつけて溶接して、醜い傷跡が残ったまま。性能も若干低下して運用される事になります。」
「しかたないじゃん、それしか無いんだから。」

「でもですよ、ここでボディが全損すれば特別注文で「美々世」タイプを早期に入手出来るのです。カネのチカラで解決です。」
「ああ、上司を説得する材料が欲しいんだね。特急料金出してくれないんだ。」
「私は、こう言っちゃなんですが既にもう、あなた達のお友達です。重要なキャラクターなのです。居ないと困るでしょ。」
「いや。そんな決めつけるなよ。ともだちじゃあないだろ、ともだちじゃ。」
「そんなつれない。」

 美々世、浅く息を接ぐ。どうやら肺の部分にも穴が開いている。満身創痍、生身の人間なら死んでいる重体だ。
 やっぱりボディ交換が望ましい。

「だからですね、鳩保さん。

  私を、殺して下さい。」

 

PHASE 371.

「とりあえず敵の説明をしろ。どんな化け物にやられたんだ。」

 鳩保の質問に、美々世は自らを嗤った。戦闘力においては定評のある自分がここまで簡単にやられる相手だ。そうは気軽に語れない。

「敵は、”さるぼろいど星人”です。」
「どんな奴。」
「コンセプトとしては簡単なのです。全金属製のロボット、機械生命体です。」
「ああそいつは硬そうだ。で、」

「いえエネルギー兵器を使ってぶっ壊せば簡単なんですけどね。でも魚肉人間バトルロイヤルの規定に従いエネルギー兵器投射兵器無しだと、これがまた硬くって。」
「敵の武器は?」
「爪です。ロボットはロボットらしく両手の指が3本のマニピュレーターになっているんですけれど、……「金属化中性子フィールド」って知っていますか?」
「いや、知らないぞ。」
「童みのりさんが使っているゲキの鉄球の表面がこれで覆われていますが、簡単に言うとエネルギーフィールドによって物質を極限まで圧縮すると電子が原子核まで押し付けられて金属化した中性子になってしまうのです。」
「ふん、中性子星みたいなものだね。」
「その段階まで圧縮してしまうと、エネルギーフィールドと物質が融合して、電源を切ってもそのままの状態で留まるのです。これが「金属化中性子フィールド」、物質化したエネルギー力場です。」
「それがめちゃくちゃ硬いんだ。」
「なにせ三次元世界において最強の物質ですからね。アハハ」

 げほげほとわざとらしく「血」を吐く。赤くはないが、本人血のつもりだ。苦しそうな表情もする、魚肉人間のくせに。
 もちろんこの身体は自前のものではなく、そもそもが三次元空間内の人形を操っているに過ぎない。
 「美々世」の精神本体は高次空間の論理回路上に無傷で居る。

「しゅぎゃらへりどくと星人の技術では、その金属中性子は作れないの?」
「作れますけどね、意味が無いんですよ。なにせ魚肉人間バトルロイヤルですから。」

 宇宙人達と付き合って、鳩保もバトルロイヤルの意味が分かってきた。ただ単に人間に正体を見破られないよう武器を制限しているわけではない。
 魚肉人間達のスペックは、その脆弱性は人間と同等。筋力運動力速度は数倍程度に抑えられる。
 なかなか居ないのだが、人類最高レベルのアスリートに戦士の天禀が備われば、生身の人間であっても撃破可能なレベルに設定されている。
 物辺優子直接のご先祖様である江戸時代初めに覚醒したゲキの鬼も、たまたま通り合わせた一刀流の剣士によって成敗された。
 つまり、人間に殺される可能性が有る、のがバトルロイヤル参加資格だ。

 このレギュレーション下で各々の宇宙人は工夫を凝らして戦闘力を上げ、他の宇宙人に優越しようと研究を積み重ねていた。
 努力の大きさ、熱の入れ方によって優劣ははっきりと表れる。一時は圧倒的優勢を誇ったとしても、勝ちに奢って怠ければ直ちに取って代わられる。

 人間に対して、人間社会に対してどれだけ本気で関わろうとするか。どれだけ人間に興味を持っているかの表現手段として、魚肉人間バトルロイヤルは存在する。

「それでさるぼろいど星人とやらは、どうなんだ。」
「血も涙もありません。」
「いや、ロボットだからさ。」
「人間自体に興味が無いのです。あれはただの探査機です。バトルロイヤルの規定も、従っていれば探査の邪魔をされないからと形だけなぞっているに過ぎません。」

「厄介そうだな。」
「規定違反ではありませんが、倫理的に反則です。あれほど硬いボディとなればエネルギー兵器を用いてでしか破壊出来ません。戦車に乗っているようなものです。」
「さすがの美々世さんにも手に余るわけだ。」
「というわけで、門代地区に集う宇宙人有志がさるぼろいど星人排除の特別チームを作って対処中です。私もその一員だったんですが、」

 これではどうにもリタイアなわけだ。

「それで、美々世は新しいボディをもらって新兵器も装備して、さるぼろいど星人と戦うわけだ。」
「いえ。私はこのままがいいです。このままの姿でこのままのスタイルでの戦闘が性に合っています。これを獲得するまでにどれだけの苦労をし知恵を絞ったか想像できないでしょ。」
「うーん、さすがに宇宙人の口から苦労とか出てくるのはどうかと思うなあ。」
「でも実際苦労努力したんですよ。これ以上の戦闘スタイルを考えつかないから、この格好をしているのです。
 ぽっと出の掟破りの為にわざわざ妙な武器に換装するなんて、しゅぎゃらへりどくとの美学が許しません。」

 今度は美学と来たものだ。
 鳩保思う。前にぶっ殺した美々世の上司って奴はもっと人間味に欠けていた。それこそ昆虫のようにメンタリティが人類からかけ離れた、冷血ですらない無機質さで攻めてきた。
 比べて美々世は随分と人間らしくなった。
 しゅぎゃらへりどくと本来の姿勢は上司の方がよく体現しているはずだから、こいつ変わり者か。

 なるほどね。

「そういう事か。つまり洒落者の美々世さんとしては、継ぎ接ぎだらけの中古ボディで人間社会に溶けこむのは己の美学が許さないんだ。」
「えへへ。」

 笑うが、表情がちゃんと形にならない。顔面蒼白で血の気がまったく無い。
 平静に会話を続けるが、実は凄まじい苦痛に必死に耐えているのだろう。本来しなくてもよい努力を物好きにもわざわざやっている。
 そうでなければホンモノの人間になれないと思っているのかもしれない。
 長引かせるのも可哀想だ。

「それじゃあ、美々世。そろそろボディぶっ壊すよ。でもあんたの上司はちゃんと身体くれるんだろうね?」
「必死で掛け合ってぴかぴかの美少女として戻って参ります。」
「そうか、じゃあ。」

 鳩保、立ち上がり右手に白く輝くエネルギーの刃、ポポーブレイドを展開する。
 ポポーブレイドはエネルギーの玉が上下に毎秒数千回の往復をする運動エネルギーで粉砕する。原理としてはチェーンソーや削岩機とさほど変わりない。魚肉バトルロイヤル規定準拠である。
 これで触れば魚肉の身体など一瞬でぐちゃぐちゃに。

「それじゃあ美々世、また学校で。」
「はい鳩保さん、また学校でお会いしましょう。次の登校日は十一日でしたね。」
「うん。じゃあまた。」
「はい、お気をつけてお帰り下さい。」

 

PHASE 372.

 八月三日日曜日、朝の内ちょっと曇り。

 童みのりは制服に着替えて門代高校に行った。ドバイ旅行体験講演会を二年三組クラスメートの前でやらねばならぬハメになっている。
 お猿のように可愛いみのりは喋りはちょっと苦手だがクラスでも人気者。そのみのりちゃんの、ドバイなんて誰も行った事無い場所での体験は一聴に値する。
 NWO関係はまったくに語るわけにはいかないが、それを差っ引いても世界一ビル倒壊の目撃者として注目度フルマックスであった。
 門代高校新聞部の取材も受けるという。

 残念ながら同じ三組の縁毒戸美々世は登校していない。
 定まった登校日ではないから、誰も不審に思わない。家族と一緒に旅行にでも行っているのだろうと考えるのが自然だ。
 城ヶ崎花憐と物辺優子は買い物に行く。優子が「娘」に見える服を持っていないからだ。
 花憐の手持ちの衣装だと軽く見え過ぎて優子には不向き。もちろん優子本人のクローゼットにはろくでも無い物しか掛かってない。
 優子は包み紙なんかどうでもいい主義であるが、さすがに父親を落胆させるのは忍びなく花憐の言に従うのみだ。

 鳩保は昨日の続き。
 門代地区に集結した宇宙人有志が無法な機械生命体さるぼろいど星人を退治する為に動いていると聞いた。
 別に宇宙人同士が殺し合っても地球人に害が無ければいいのだが、一応美々世は人間側に半分足を突っ込んでいる。
 ゲキの少女として状況の説明を求めるべきであろう。

 門代地区宇宙人のとりまとめ役、魚肉人間バトルロイヤルの世話役はてゅくりてゅりまめっだ星人だ。路上でビーム兵器を用いれば飛んでくるうるさ型。
 あまり無茶をして機嫌を損ねるのもなんだから、教えてもらった携帯電話の番号に掛ける。
 美々世殺害の件は彼らも認知しており、善後策を協議したいと申し出が有った。
 鳩保単身で指定の場所に向かう。
 昨日に引き続き喜味子の自転車を借りて、車道を突っ走って行った。

「これいいなあー欲しいなー。」

 他人の物を欲しがらない鳩保ではあるが、自由に動ける足の確保は現在重要な課題である。
 門代高校では原付免許取得禁止であるから、必然的にバイク禁止。
 だが交通を路線バスのみに頼ると、先日の道路封鎖みたいに身動きが取れなくなる。

 

 つるつると自転車は1時間も走る。
 指定場所は随分と離れており、高校よりも更に西に2キロも行く。正直この辺りは土地勘が無い。
 さんざん探して、墓地であった。

 四角い墓石が林立する極めて日本的な墓地であり、もうすぐお盆であるから人が入って掃除しているのか、塵一つ落ちていない。

「やあ皆さんおはようございます。私がゲキの人、鳩保芳子と申します。」
「朝早くからごくろうさまです!」

 相手は宇宙人だから変わった形態のヒューマノイドばかりだろうと思っていたが、まあ、普通だ。
 人数は6名? とりあえずてゅくりてゅりまめっだ星人は知っている。

 まめっださんは眉毛が極端に濃いスポーツマンタイプの男性。年齢は三十五歳くらいだろうがはつらつとして若く見える。夏らしくタンクトップで汗臭い。
 という設定の魚肉合成人間だ。見掛けと中身はほとんど関係ない。
 ただ、態度はまさに種族の特徴を表している。

 まめっだ星人は地球人に対して非常に熱心に働き掛け、特に社会秩序形成に重点的に関与する。規則やら戒律を押し付けるのが大好きだ。
 文明発祥の数千年昔から干渉し続け、歴史に大きく足跡を残す。
 実に鬱陶しい連中だ。

 当然仕切り屋でもある。他の宇宙人の紹介もしてくれる。

「はなまげらしゅとるんすとーんころい星人です。一番の武闘派ですよ。」
「あ、このひとテレビで見たことある……。」

 全身裸で腰蓑を着けただけの下腹の突き出た中年男性が木の器で酒を飲んでいる。墓石の一つを倒してベンチ代わりにしており、右腰に何時でも握れるように石斧を立て掛けている。
 げんしじんのひとだ。
 鳩保、この人の噂は聞いている。アルからだ。

「たしかー門代開港祭りの前にアメリカ軍特殊部隊を根こそぎ病院送りにした人、ですよねー。」

 原始人はじろと睨む。眼光鋭く人品卑しからず、とはいうものの酒に酔って目元は赤い。

「そしてこちらが彼の生体情報端末でミス・シンクレア。」
「はじめまして、コードネーム”SUSERI”さんですね。ご一緒に猿酒はいかがですか。」

 低い響きの魅惑的な大人の女性の声で喋るのは、類人猿だ。体毛の無いゴリラという風情で肌は灰色、身長2メートル近くもある。
 顔つきはマヌケそのものなのに、声は高い知性を感じさせて只者ならぬ雰囲気濃厚。有能さがばりばりと漂っている。
 原始人さんのマネージャーが役割か。

 まめっださんの説明は続く。

「こちらは、くりょぼとろ=かいちょなす星人さん。なかなかのテクニシャンです。」
「えーとー、そのー、ほんとうにこの人が格闘を?」

 小男のおっさん、五十歳に手が届く風采の上がらないサラリーマンで、頭は見事にバーコード。煮染めたような茶色の安背広を着ている。夏なのに、暑いのに。
 サラリーマン? なんで宇宙人がと思うが、誰がどう見てもサラリーマンなんだから仕方ない。
 いや21世紀の今日、これほど惨めったらしい典型的サラリーマンは見た事無い。
 運命のいかんともしがたい逆らい難い圧力に魂そのものが座屈し、見る者に今日一日縁起悪かったなと覚悟させるブラックホール的鬱の気分をでろりと周囲に垂れ流す。
 魚肉製合成人間の面々も、この人に会ったら人生を投げてしまう。やる気が出ない。精神攻撃が武器であろうか。

 彼は原始人さんから猿酒をもらってちびりちびりと飲んでいる。
 昭和の酔っぱらいらしく100円ショップでも売ってない安っぽい紺のネクタイを鉢巻にし、薄い頭のバーコードをこれみよがしに強調していた。

「あの、まめっださん。この方は本当に戦闘のプロなのですか?」
「無敵と言うよりは不敗な方です。」
「はあ、さようでございますか。」

 あまり長くに注視していると鳩保本人が魂を侵食されかねない。
 目を転じて、次の方。

 

PHASE 373.

 黒御影の立派な墓石の前に座る人は、女性。白人、美人、金髪を後ろ頭で結っている。年齢も鳩保とほぼ変わらないだろう。
 清楚すっきり透明な印象の、純潔を匂わす正真の美少女だ。

「鋼鉄甲冑騎女星人めっとおーろ、こちらはしゅぎゃらへりどくと星人さんがお亡くなりになったので急遽参加していただきました。」
「どうぞよろしく。鳩保さん、しゅぎゃらへりどくとさんからお話は聞いております。微力ながら彼女の代わりを務めさせていただきます。」
「はあ、はあよろしく。」

 一見すると常識をわきまえた普通の外人少女なのだが、着ているものがさすがに変。銀色に輝くフルプレートアーマーで、馬上槍だって持っている。
 ああこの人が、シャクティさんが言っていたコスプレ外人だ。
 しかし戦闘員であるからには武装しているのが筋。甲冑だから変と考える自分の方がおかしいのかもしれない。

 まめっださんが補足説明。

「めっとおーろさんは生身の生命体であった昔は全身に殻を纏う、地球で言えば二枚貝の親戚です。合成人間になった今でも金属の殻を欠かしません。」
「あーつまりーこの甲冑は鎧ではなくてー、殻。身体の一部なんですか。」

 めっとおーろさんはにっこりと微笑む。殻に注目が行くのは嬉しいらしい。

「私今回地球での任務を授かって一番嬉しいのは、伝統的な生物学的正統性に基づく形態を取っていても、地球文化とまったく齟齬を来さないところです。
 この星は良い星です。」
「いや。その姿は十分に変ですから。」

 彼女の足元に転がって寝ているのも、やはり女性。黒髪白い肌、白い飾り気の無いワンピースを着ている。
 身長180センチの大女が、縮尺そのままで2メートル40センチに拡大した、そういう化け物だ。
 めっとおーろさんが説明してくれる。

「彼女は三年寝太子さん、複製人間です。」
「どこ星人ですか。」
「根拠地となる特定の惑星を持たない、言うなれば密航者の種族です。他星文明の宇宙船に勝手に忍び込んで、ただ寝る生態を持っています。」
「さ、さいですか。そんな宇宙人も居るのですか。」

 鳩保、まめっださんに振り返る。なんかもう助けて。

「不審に思われるかもしれないが、三年寝太子というのは種族のニックネームであり各星間文明においてそれぞれ似た意味の名前を付けられている。地球語に直すとこんな感じでしょう。」
「で、でも寝てばっかりの宇宙人が戦闘に役に立つとは思えないのですがー」
「補助人工脳を持っているから、寝ていても行動出来ます。またこの種族が目を覚ます時は、乗っている宇宙船が難破して危機的状況に陥った時です。頼りになる相棒ですよ。」
「はあ、はあ。」
「体組織を構成する材料が過酷な真空宇宙でも十分に耐えられる、靭やかながらも特別に頑丈なもので出来ています。今回のミッションでも十分役立ってくれるでしょう。」
「そ、そうですか。」
「その為にわざわざホンモノを複製しました。秘密兵器です。」

 しかしなんで、このヒト人間の形をしているのだろう。宇宙でも人間型が普通なのだろうか。

「ああ形状ですね。擬態能力を持っていて、それぞれの宇宙文明において一番無難で警戒心を持たれない形に成れるのです。」
「いやでも、人間の形ってのはだめでしょう。だめですよ。」
「なんでですか?」

 まめっださんとめっとおーろさんに問い掛ける顔をされて、鳩保怯む。私、なにか変な事言いましたか?

『そして最後が我だ』
と、並ぶ墓石の裏から金色に光る管の列が持ち上がる。虫だ。

 全長3メートルを超える金属光沢を持ったナナフシが巨大な姿を現した。小さな頭部に赤く発光する目が7対も有る。
 鳩保何故か安堵し、胸を撫で下ろす。
 あーよかった、普通に常識どうりに怪獣の姿を持つ宇宙人さんも居てくれた。

『どうした、驚かないな』
「いえ、人間一番堪えるのは人間もどきなんですよ。まるっきりのバケモノなんか、むしろうぇるかむ。」
『張り合いが無い』

 ナナフシさんは長い肢を巧みに使って墓石を乗り越えて、会合に参加する。
 どうやら鳩保がびっくりしないように配慮してくれたらしい。あーよかった、まともな人が居た。

「あの、お名前をうかがえますか。」
『ぎるkぎぎgいるc・げぎきkるyぎる・ぎぎょxりぎる・jにぎ・げどる。「ナナフシ星人」で結構だ』
「あ。」

 心を読まれてしまったらしい。鳩保がさっきからナナフシナナフシと考えるのを、そのままに使ってくれる。
 しかしこの人はなぜ魚肉製合成人間でないのか。

『我は生身だ。正真正銘の肉体そのままに、地表に降臨した。丁寧無難に接してくれ』
「ああホンモノの、身体に換えの無い宇宙人さんですか。それはご奇特な。」
『知的生命体であれば自らの肉体を以って未知を旅し、自ら体験を得るのが当然の在り方であろう。命の危険はその正当な対価だ。褒められる理由は無い』
「なんか美々世とは対極的なヒトだな。」

 

PHASE 374.

  全員の紹介が終わったところで、本題。

「さるぼろいど星人ってなんなのですか。美々世から機械生命体とは聞いていますが。」
「ただの機械生命体ではなく、従属機械生命体だ。主人を必要とする。」

 行きがかり上、また性格上まめっださんが主に説明をする。この人はこういうポジションが大好きで、鳩保とは相性がいい。

「従属機械生命体というならば、ゲキもまた同じカテゴリーに分類される。人間の定めた呼称で言えばゲキ・サーヴァントかな。」
「なるほど、つまりさるぼろいど星人自体は目的を持たず、操っている宇宙人が居るのですね。」
「それが問題だ。現在の彼らの主人となるものは知的生命体ではない。いや生命体ですらない。」

 ? 理解不能、生命体でないならば機械の為に働いているのか。機械が機械を主と仰ぐのか。

「まず従属機械生命体の出自を説明しよう。彼らは元々はとある宇宙人、星間文明を形成する知的生命体の道具として出発する。要するにただの機械だ。」
「はい、それは理解できる。」
「もちろん生身の身体を持つ宇宙人は有機生命体だろうがシリコン生命体だろうが等しく脆弱。いずれ精神や自我の外部化情報化をして機械と一体に成る。これが普通の進化だ。」
「みなさんの大半はその路線を辿って進化しているのですね。」
「だが中には機械に自己増殖と自己進化の機能を与えて、機械のみが独自に自律して発展するコンセプトを実用化する宇宙人が居る。彼らはだいたい自らが作った機械によって滅びるが、機械は残る。
 これを独立機械生命体と呼ぶ。元の宇宙人は彼らを生み出す母体に過ぎなかった。」
「宇宙の生存競争は厳しいわけだ。」

「従属機械生命体は「機械の反乱」を経ずにあくまでも生身の宇宙人の道具として発展し、主人の生存と活躍を目的に進化して調和した文明を築いていた者だ。
 だが生身の生命体はいずれ絶滅を迎える。遅かれ早かれ種族としては消滅する。退化して機械文明を維持管理出来なくなる種族も有る。
 従属機械生命体は必然として主人を失う。自らの存在意義と精神の平衡を失い放浪の旅に出る。
 彼らは自らを使役する主人を求めて宇宙を流離い、適当な生命体を擬似的に主人と見做して力を許す。」
「まさにゲキがそれですね。」

 鳩保も理解している。
 ゲキロボ、ゲキ・サーヴァントはあくまでも擬似的に地球人に従う。本来の主人に対する忠誠心の証として、それが今も変わらぬ事を自らに納得させる為に主人の形代を選ぶ。
 地球人はゲキ・サーヴァントの好意を甘んじて受けるだけで、決して驕ってはならないのだ。

「では従属機械生命体が何を根拠に擬似的な主人を定めるか。
 ゲキ・サーヴァントは「肉体」を根拠とする。ゲキと呼ばれた古代宇宙人によく似た生命体である地球人を選んでいる。」
「ふんふん。」
「対してさるぼろいど星人、いや「さるぼろいど・サーヴァント」と呼ぶべきだろうな。これは「欺縁陥没」を利用する。巨大な欺縁陥没を備えた生命体を主人と見做す。」
「つまり、いわゆる「神様指数」を目安とするのですね。」

「これ自体は特に珍しくない、ありふれた選択条件だ。知的生命体というものは、特に化学反応をベースとする宇宙人は多かれ少なかれ欺縁陥没を宿している。
 それが「魂」の本体だからだ。」

 宇宙人さんの口から「魂」という宗教的用語を聞くと、非常にうさんくささを覚える。
 言った本人もなにやら面映いと感じていて、まめっださん頬を少し赤らめる。朝の内であっても夏だから、既に顔中汗だくだく。いかにも暑苦しい。
 鳩保、自らの責務としてあえて「恥ずかしいこと」を尋ねねばならない。

「まめっださん、そもそも「魂」って何なのですか? 概念上空想上の物体ではないのですか。」
「君は有機生命体の起源である初期の化学反応について理解が有るか? 外部の条件が整っている限りいつまでも動き続け循環する化学反応を。」
「えーと、ジャボチンスキー反応でしたか。あるいはアミノ酸が結合して自己複製をするとか。」

「これらは単なる偶然によって発動するが、偶然が積み重なって「生命」と化す奇跡の一点と呼べる瞬間が有る。
 単なる化学反応から生存の意志を持つ存在へと脱皮する最後の壁を乗り越える後押しをするのが「欺縁陥没」、「魂」と呼ばれるものだ。
 以後も「欺縁陥没」は生命につきまとい、とある瞬間に働きかけて進化を促す偶然を制御している。」
「それはー、まさに造化の神と呼べる存在ですね。」
「確かに。だがそれには独自の最終的な目的が存在する。「魂」である「欺縁陥没」が求めるのは、知的生命体が科学技術文明を発達させ星間文明へと乗り出し、時空に干渉して、
 より大きな「欺縁陥没」を生み出す事、だ。」

 鳩保、まめっださんがかなり重要な事を言ったのは理解するが、評価に詰まる。
 なんだかかなりヤバイ話だろう、それは。

「ここでもう一つの観点、宇宙そのものから「欺縁陥没」を見てみよう。「陥没」と呼ばれるくらいだから、宇宙自体にとってそれは欠陥だ。傷だ。
 常に一定以下の大きさと数でなければならない。さもなければ宇宙自体が破綻する。
 もしも星間文明が暴走して大量の「欺縁陥没」を発生させるとしたら、その星間文明を破壊して宇宙を修復する役目を果たす存在が必要となる。

 それが「ぴるまるれれこ」だ。」
「門代高校裏山に住んでいる、あのぴるまるれれこですか。」
「「ぴるまるれれこ」とは一つの種族を言うのではない。「欺縁陥没」に頼らず、奇跡など関与せずにまったくの偶然、必然とも呼べる偶然の連鎖によって完成した生命体を呼ぶ。
 言わば「宇宙の申し子」、宇宙自体の分身だ。我らとは隔絶して違う。
 学術的に生命体は「ぴるまるれれこ」と「非ぴるまるれれこ」の2種のカテゴリーに分けられる。」

「そしてぴるまるれれこは、宇宙を破壊しかねない星間文明を滅ぼして正常な状態に戻す、宇宙の免疫機構なわけですね。」
「生体組織になぞらえれば、「欺縁陥没」はガン細胞とも考えられる。母体である宇宙を滅ぼす存在だ。
しかしながら「欺縁陥没」自体には知能も論理も情報も備わっていない。ただ一定の方向に転がるようにミクロレベルの奇跡を起こすだけだ。」

 鳩保、まめっださんの言葉を遮る。だいたい話の全体が掴めてきた。
 つまり、さるぼろいど星人は「欺縁陥没」自体を主人として認め、主人の「意志」に従って宇宙を破壊しているのだ。
 ぴるまるれれこが看過するはずが無い。

「それで、あなた方は最終的に「さるぼろいど星人」をどうしたいのですか?」
「ぴるまるれれこを刺激したくない!」

 

PHASE 375.

 ごもっともな話。
 高校の裏山でぴるまるれれこがぼけーっと日がな一日空を眺めて暮らしているのを、門代在住宇宙人は戦々恐々と見守っている。
 星間文明の天敵により種族根こそぎ滅亡する危険を抱えているからだ。

 しかし機械生命体さるぼろいど星人はそもそもが作りものであり、自らの生存存続に何の価値も抱いてないのだろう。
 あくまでも主人の命令に従うのみ。
 そして現在彼らを使役するのは、ぴるまるれれこが処理すべき「欺縁陥没」。

「そりゃーヤバイですね。重大なピンチですね。」
「この度の事例は単にバトルロイヤル上の規約違反に留まらず、ぴるまるれれことの不本意な接触を遂げてしまう可能性が高い。
 故に有志を募り少数精鋭主義で事に当たっている。

 ゲキの少女の皆様にも理解していただきたい。」

 全員の顔を見ると、皆うんとうなずく。
 なんたってぴるまるれれこが地球上に復活したのも物辺優子の仕業であって、これ以上の介入干渉をしてもらいたくない。
 処理を終えるまで静観していて欲しいのだ。

 鳩保は、そうは言っても門代で暴れるのを見逃すわけにもいかない。いざという時は物辺村正義少女出動だ。

「何もするなと仰りたいのでしょうが、せめてあなた方の今後の戦略などを聞かせて下さい。」
「なるほど、ミッションの成功する可能性を確かめたいのだな。よろしい。」

 まめっださんは改めてメンバーの能力を紹介する。

「私、てゅくりてゅりまめっだ星人はフォノニック深層伝達による結合分解、強固な装甲をも浸透して内部から破壊する健康ラヂヲ体操拳に優れている。さるぼろいどの装甲など無きも同然。」
「はあ。」

「はなまげらしゅとるんすとーんころい星人殿はコスモココヤシの殻割り名人。理論上分解不能の防護球殻をも石斧にてこじ開ける。」
「なるほど。」

「くりょぼとろ=かいちょなす星人さんは優れた体術によって敵を翻弄し注意を逸らし、我々が致命的打撃を与えるのを補助してくれる。」
「それほどに格闘に優れているのですか。」

「めっとおーろ女史はドリルランサーによる穿孔のプロだ。分厚い金属装甲であっても確実に穴を開ける。」
「どりる、ですか。」
「はい。得意ですよ。」

「いざとなったら三年寝太子さんがしがみついてさるぼろいど星人をその場に拘束する。彼女は破損した宇宙船動力炉壁の代替が可能なほどに熱・圧力・衝撃・電流・放射線・化学反応等物理手段による破壊活動に長時間抗堪出来る生体組織を持っている。」
「生体材料でそこまで出来るんですか!」
 ぐーぐー。

「ぎるkぎぎgいるc・げぎきkるyぎる・ぎぎょxりぎる・jにぎ・げどる氏はブービートラップを設置して敵の進路を妨害し誘導する。今回のミッションの成否は彼に掛かっている。」
「ご苦労さまです。」
『うん、任せておけ』

「これだけの能力が結集すれば、単独で行動をする機械生命体の阻止などいとも容易い。
 されど敵は間違いなく単体の戦闘力では我らを上回る。油断はできない。」
「なるほど。つまり、地球人が手出しするのは邪魔なだけですね。」
「ゲキの力を用いたとしても作戦遂行の障害となるだろう。ここは自重してくれたまえ。」
「わかりました。」

 鳩保、とりあえずそう言うしかない。まめっださん達はやる気十分なのだから、敢えて不慣れな対宇宙人格闘を自分達がしなくても良いだろう。

「これ以上干渉はいたしません。ただミッションの節目ごとに経過報告をしていただけると幸いです。」
「うむ、留意しておこう。」

 鳩保が顔を上げると、類人猿型生体情報端末のミス・シンクレアがまぬけな微笑みを返してくる。
 彼女はマネージャー的役割を今回のミッションで務めるのだろう。ちゃんと連絡してくれるはず。

「じゃあご武運をお祈りいたします。」

 ひょぇええええええ、と高齢の女性の悲鳴が轟いた。
 お墓参りに来たヒトだろうか、上品そうなおばあさんがこちらを見て転んで尻餅を突いた。バケモノがこれだけ揃っていれば腰くらい抜かすだろう。
 やば、と思って振り返ると、さすが宇宙人。既に誰一人として姿が無い。痕跡も、倒した墓石までも元に戻っている。
 さすがまめっださんの仕切りだなと感心して、鳩保はおばあさんに走り寄っていく。
 宇宙人退治は宇宙人のおしごと、転んだおばあさんを助け起こすのは人間のおしごと。

 おばあさんは、無理もないのだが、白昼堂々と出現した怪物達に心底驚き瞬きするのも忘れて、今鳩保が立っていた場所を必死に見詰め続ける。

「だいじょうぶですかあ。」
「あ、あなた、今あなたの傍に怪獣が、お化けがたくさん!」
「ああ、お盆も近いですからねえ。地獄の釜のフタも開いたんでしょう。」
「あ、……お盆? そう、お盆が、死んだ人が家に帰ってくる、のね。」
「だいじょうぶですか、お怪我はありませんか。」

 おばあさんは鳩保に助けられてなんとか立ち上がる。そうか、お盆ならお化けが出るのも当然か。
 これで納得してしまうのだから夏休みバンザイだ。

 

PHASE 376.

「喜味ちゃん、どう思う?」

 再び自転車に乗って門代中心市街に戻る鳩保は、物辺村に一人残る喜味子に話し掛ける。
 無論の事、昨日と同じくイカロボをステルスで空中に飛ばして鳩保を常時監視護衛していた。宇宙人なんか信用出来ゃしない。

「なかなか手強いロボットみたいだね、格闘だけで取り押さえるとしたらみのりちゃんでも難しい」
「まめっださん達は自信有るみたいだけど、どうかな。私達も準備を整えていた方がよくないかな。」
「うーん、確かにね。もしもさるぼろいど星人がぴるまるれれこに接触を試みようとした場合は、……でもねー、ぴるまるれれこも厄介なんだよね」
「優ちゃんしかコンタクト出来ないかな、アレ。」
「穏便に済ますには、まめっださん達の頑張りに期待するしかないかなあ」

 鳩保行きとコースを変えて海岸岸壁沿いを走っていく。物辺村周辺と違ってここは門代の港の正面玄関。大型船も寄港する。
 門代開港祭りや夏休みなどには帆船「日本丸」とか南極観測船「しらせ」とか自衛隊海保の艦船も訪れて内部を見学させてくれたりする。
 そう言えばもうすぐ花火大会だ。お盆の、今年は十七日の日曜日にこの辺りで大花火大会が開催される。
 近隣から数十万人が見物に来る、門代最大の恒例行事だ。

 それを口実として一日の土管ロボ襲撃事件の隠蔽工作が行われた。「花火大会の予行練習」と。
 ほんとに世間様を欺けたのだろうか?

「それで喜味ちゃん、とりあえず何が必要だい。」
「専用武器を作ろう。ちょうどNWOに供与するロボット兵器の計画を練っているから、まめっださん達が失敗した場合新兵器のテストケースに使う」
「ほお、やっぱロボにはロボで対抗か。」
「だね。と言っても今回NWOにやるロボットはかなり大きな5メートル級のものを考えている。ガスコーニュ程度は何でも退治できるけど、みのりちゃんが遭遇したような宇宙人相手だと或る程度強力でないと」
「でも大型ロボットは製作に時間掛かるでしょ。NWOも1機だけもらったってしょうがないし。」
「だいじょうぶ! デアゴスティーニ方式を考えている。初回販売分はなんと1,980円!」

「……売る気かよ。」
「そりゃとうぜん。労力も資材も時間も掛かってる。誰がタダでくれてやるか」
「しかしデアゴスティーニ方式だと、総額は相当高くなるでしょ。」
「あー、初回版は安くて次からは正規の値段になるから、1冊100億円。全部完成したら2千億円くらいでどうだ!」
「何機作る気だい。」
「そうだなー、1ダースもあれば世界中に配備出来るんじゃないかな。パーツは20個くらい有るとして、でもそのパーツだけでも単独で運用できるようにして、
 そうだ、第一回の販売分は『ロケットパンチ右』にしよう。地上からコンピューターで操縦できる奴。
 これならさるぼろいど星人にも対抗出来る」

 喜味子は大真面目である。冗談を言うほどには器量も大きくない。
 だからこそ裏方なんかが務まるわけで、鳩保も聞いている内になんだかこのアイデア使える気がしてきた。

 5メートル大の大型ロボットの右手パンチだけが空を飛び、人間大のさるぼろいど星人を殴り倒す。
 ああ、勝てそうだ。

「しかし、NWOは100億もの大金さすがに出すかな?」
「だからこそ初回1,980円だ。ロケットパンチのミニチュアと操縦装置のセットで有用性を確かめれば、ホンモノをどんと買うんじゃないかな」
「なるほど、お試しバージョンの発売も計画しているのか。さすが。」
「でへへ」

「でも宇宙人の速さは並じゃないぞ。人間の目で識別出来るかな。」
「ふむ、それは考慮しなくちゃいけないよ。知覚拡張を行なって、通常の3倍の速度で標的を認識できるように」
「通常の人間がそんな知覚に対応できるの?」
「無理だね」
「なんだいそれ。」
「10人に1人くらいの適正にしておいて、さらに魚肉人間に最適化しておこう。そうしたらロケットパンチのオペレーターは必ず魚肉になる」
「計画通りに、ね。」

「どうかな、この知覚で操縦者を限定するって手法は昨日徹夜で考えたんだけど、どう?」
「私はいいと思う。ただ操縦者でなくて、その上司とか監督に魚肉人間を配置しておく方がより確実かな」
「ふむふむなるほど。やはり末端の操縦者だと換えが利いていざという時外されるか。うん、また考え直す」

「がんばってねー。」

 喜味ちゃんは忙しいが夏休みを存分にエンジョイしている。これでいいのだ。
 さて自分は、と今日のデート相手との密会場所に向かう。

 軍師山本翻助。
 人材を集めてゲキの少女の為に働くエージェントを組織する、第一回会合だ。

 幸いにして組織の運営資金は、喜味ちゃんがなんとかしてくれそうな気がする。

 

PHASE 377.

 『急募:魚肉ソーセージ製合成人間 募集人員:1名 職種:機器オペレーター 勤務時間:不定おもに昼間 給与:応相談
  本物の人間ぽい方希望 軍戦闘機パイロット任務経験者優遇』

 「入力、と。」

 児玉喜味子は自分の部屋の宇宙ラヂヲのスイッチを切る。
 折角ジャパリンクダカタで買ったラヂヲだが、残念ながらあまり使わずにジャンク箱の中に放り込まれていた。
 使い方難しいのだ。自分の望む情報に到達するには宇宙人並の処理能力が必要。花憐でなければ扱えない。

 しかしながら、不特定多数の宇宙人に連絡を取りたい時はこれは便利。求人情報の番組にこちらから話し掛ければちゃんと放送で募ってくれる。
 もちろん魚肉人間を自分達ゲキの少女のスタッフとして使うつもりは毛頭無い。
 デアゴスティーニ方式の兵器用管制制御装置に搭載される知覚拡張デヴァイスの試験体だ。魚肉人間に最適化して各NWOに供与する。

 

 それはさておき、喜味子には差し迫った用件が有る。
 物辺島夏の伝統行事「西瓜盗り」。戦国時代に周辺の海賊衆によって包囲され乾き攻めを受けた際に、深夜本土に上陸して瓜を盗んできた故事に由来する。
 以来4百有余年、子供が西瓜畑に侵入し強奪するという形で受け継がれて来た。

 この行事は子供が主役で大人が敵役をするのだが、現在敵役を担うのは高校生5人組。鳩保優子花憐みのり喜味子である。
 16歳は昔ならとっくに元服袴着で成人の仲間入り、結婚して子供を産んでいても普通だろう。
 問題は、喜味子達の下の層が非常に薄い事だ。8人居るが、中学生は唯一人。
 中学二年生の橋守 和人、通称「和ぽん」。その下は小学五年生物辺美彌華&瑠魅花となる。
 しかも男子。

 彼が「西瓜盗り」の伝統維持に一役買ってくれないと、相当にピンチな状況であった。

 というわけで喜味子が説得に行く。児玉家の隣が橋守家だ。
 「橋守」姓であるが、元々は「桟橋」の意味。橋守家は物辺島の渡し船の船頭の家系だ。つまり古くからの住民である。
 対して児玉家は太平洋戦争の後に移ってきた新参。
 人が少なくなった現在では大して意味の有る別ではないが、それでも和ぽんには生粋の島の男子として期待が集まっている。
 本人息苦しくてしょうがない。

 しかも去年の「西瓜盗り」では物辺優子と鳩保芳子によって攻め手側大将の彼は捕獲され、貞操の危機に見舞われた。
 あれでも相当に手加減をしていたのだが、「ぐへへ童貞卒業させてやるぜ」と迫り来る長髪の鬼女にどれほどの恐怖を与えられたのか。
 以来彼はふさぎ込み学校の部活も辞めて、精神的ショックから未だ立ち直れずに居る。

 「隣の喜味子ねえちゃん」としてはなんとかせずばなるまい。
 ちなみに去年彼を陵辱から救ったのも喜味子である。花憐ちゃんはただ見ているばかりで「やめなさいよお」とかすれた声で小さく叫ぶだけであった。

 家を出るのは良いが、基本喜味子はファッションセンスが無い。ろくな服を持っていない。
 通常は学校の制服とかジャージとか作業用のつなぎなどの色気関係無い服で済ませており、特に支障を来さない。
 問題は、それら普通の服が洗濯で使えない場合。喜味子は次善の選択として「おかあさんが買ってきてくれた服」を何も考えずに着る。

 喜味子の父母は普通の、きわめて普通の人達で、娘に対しても普通に接している。母親であれば年頃の娘に似合う服など買ってやりたいものだ。
 生憎それは不可能事で、喜味子に似合う女らしい服は現在地球上に存在しない。
 だから母が買ってきた服をそのまま着てしまうと、警戒警報発令のTheTHINGが立ち上がる。

 それで隣の家にお邪魔するのだ。

「き、きみちゃ、ん?」

 和ぽんのおかあさん、橋守のおばさんは喜味子の母親より5歳下、ちょっと若いおばさんだ。
 いつもの声に誘われて玄関を開け、一瞬硬直した。
 慣れているはずなのに、予想に反しての女の子らしい服の破壊力に目の前が真っ白となる。

「こんにちわ、和くん居ますか?」
 聞くまでも無い話で、ここに来るまでの道すがら、縁側でぼけーっと庭を眺めている和人の姿が見えた。
 ちなみに喜味子は「和ぽん」ではなく「和くん」と呼ぶ。

「あ、ええ和人は自分の部屋で、」
「西瓜盗りの事でちょっと相談があるんですが、いいですか?」
「ええ、ええ。かずとー、きみちゃんが来たわよー。」

 

PHASE 378.

 喜味子と和人は3歳違いの姉弟みたいな関係だ。実際小学校時代は彼はちょこちょこと後ろに付いて遊んでいた。
 いじめられないのだ。喜味子の陰に隠れれば、どんな奴であっても決していじめて来ない。
 喜味子ねえちゃんは乱暴者でもいじわるでもなくむしろ親切なのだが、子ども達にとっては恐怖権化だ。
 これが自分専用の防壁となる事で、和人はけっこう得をした。もちろん喜味子自身も責任感のある面倒見の良い娘で、弟に接するように積極的に関わっている。

 和人は自分の部屋を散らかしたまま、さすがに布団は上げているが、夏休みの男の子的にいいかげん自堕落な毎日を送っている。
 陸上部に所属していた中学一年生の夏は、まだもうちょっとマシだった。
 すべてはあの夏の、優子と芳子の仕業である。

「喜味子ねえちゃん?」

 ぶかぶかの青いTシャツにハープパンツを履いて、無気力な目を向けるのが橋守和人だ。十四歳、去年と違って色が白く慢性的に元気がない。
 これはひょっとして。喜味子には思い当たるフシが有る。
 物辺神社の饗子さんのビジネスプランだ。インポで苦しんでいる人を救う為に喜味子先生のゴッドハンドで按摩して、男性を回復させようという話。
 和人も強烈な性的トラウマを覚えて、ひょっとしたらひょっとするのではないか?

 男性の生理についてはまったく知らんとする喜味子だが、それが原因であれば自分がなんとか出来るかも知れない。

「和くん、」

 寝癖の付いた髪を直そうと手を頭に伸ばしたら、和人にぱしっと払われた。何時の頃からか、彼はそうだ。
 おそらくは喜味子が中学に上がってそう毎日は会わなくなった時分、或る日触ろうとしたらぱしっと叩かれた。
 子供というものはいきなり自意識に目覚める。幼児扱いして触っていると機嫌を損ねる、と自分の母親に聞かされて、そういうものかと納得した。
 まったく悪意は無いと分かっているから、こだわらない。

 だが彼は、行為ではなく喜味子の服装に気を取られている。やはり真夏に桜色のノースリーブのワンピースは場違いであっただろうか?

「となり、座っていい?」
「あ、うん、……うん。」

 大きなガラス戸を開いて足を庭に投げ出している和人の左隣に、喜味子も並んで座る。
 喜味子は背は155センチで高校生女子として大きくも無ければ小さ過ぎもしない。和人と並んで座ってみて、いつの間にか彼の方が大きくなっているのに気付く。

「あれ?」
「なんだよ。」
「背が高くなってる?」
「そうだよ、ねえちゃんよりもう高いよ。」
「そうなんだ。へー。」

 ますますもっていけない。折角背が伸びて成長しているのに、家で何もせずぼーっと時間を潰していたら筋肉がダメになる。
 もう一度陸上部にとは言わないが、夏休み外に出てちゃんと遊ばないともったいないぞ。

「あのね和くん、もうすぐお盆だね。西瓜盗りの、」
「うううううううううぅ。」

 当然の反応であるから怯まない。拒否されるのは計算の内で、そこを説得するのが今回のミッションだ。

「去年はやっぱり悪かった。優ちゃんもぽぽーもあの後徹底的なお仕置きしたから、ごめんね許してね。」
「うううううううううううるうううううう。」

 確かにお仕置きをした。去年はまだゲキの力に目覚めていなかったが、それでも喜味子は腕っ節は強い。
 腕をねじり上げて強制ごめんなさい土下座もさせた。

「でもね、これは物辺島の重要な年中行事でもう400年も続いているさ。途中で途切れてしまったら色んな人が嘆くんだよ。」
「喜味子ねえちゃん、おれは、」
「分かってる、今年は絶対させない。最初から二人に遭遇しないようにちゃんと隔離しておくから。」
「ううううう、でも、うん。」

 彼も分かっているのだ。物辺島西瓜盗りは子供のお祭り。子供が参加しないと成り立たないのに、年々子どもは少なくなる。
 これまでは喜味子達5人娘が中核となって鉄壁の布陣を敷いてきたが、高校二年生ともなれば子ども扱い出来ない。
 唯一人の中学生として、彼が責任者となって伝統を引き受けねばならなかった。

「でもさねえちゃん、」
「うん分かってる、一人で何もかも押し付けるとかしない。そもそも今回の仕切りはみのりちゃんに任せてる。ちいちゃい子達の面倒はみぃちゃんが見てくれる。」
「うん。」
「そして物辺の双子がもう五年生でしょ、あいつらを副将にして和くんは大将になって指揮するだけでいいから。西瓜を盗ってくるのは低学年組が手柄を上げるってことで。」
「それでいいのか?」
「そうだよ、大人側の妨害をちょいちょいとあしらって、低学年を畑に進ませて、それでおしまい。」

「でも喜味子ねえちゃんがいるからさー。」

 ここ数年の西瓜盗り最大の脅威は、闇夜に浮かび上がる喜味子の顔であった。これは怖い。
 実際去年守備側に回った喜味子が懐中電灯で自らの顔を照らし出すと、恐怖で泣き出しおしっこちびりミッション放棄する子多数。
 やむなく和人が単身で敵陣に乗り込み、鳩保と優子のディフェンスに捕まってしまったのだ。

「わかってる。今年はちゃんとお面して怖くないようにするから。大丈夫だから、ね。」
「う、うん。」

 和人も結局は自分が参加するしかないと分かっている。喜味子ねえちゃんを困らせると、またさらに一段と恐ろしい形相に変化するのだ。
 これ以上は耐えられない。

「ねえちゃん分かった。おれやるから、やるからさ。」
「ありがとう和くん。」

 思わず右手を伸ばし、和人の左手を取った。途端に彼の全身に鳥肌が立つ。
 嫌なのではない、そうじゃない。
 喜味子ねえちゃんの手は特別なのだ。

 家で軍鶏飼育の手伝いをするし、ガラクタ分解で火傷痕なんかもあってかなりごつごつしているというのに、どうしてねえちゃんの手はこんなに柔らかいのだろう。
 握られると魂がつっぱりを失ってただねえちゃんの手の中に溶けていく、全身の力が流れ出し崩れていく。
 気が付くと手だけでなく裸の腕どうしも触れ合っていた。平衡感覚が斜めになって倒れ体重を預け、触れている所が融けてひとつになるような、
 心臓の鼓動がゆっくりに、安らかに落ち着いて、赤ん坊みたいに眠りに落ち、

「だいじょうぶ、和くん?」
「うわああつ」

 身体が喜味子にもたれかかって体重を預けて行くに従って、当然顔が近付いた。
 鼻先が触れ合う距離で喜味子の顔を見てしまうと、いきなり世界の情景が鋼鉄板に穿たれた絶対のディテールに引き戻される。
 心拍数が200まで上がる。本当に具合が悪くなった。

「だいじょうぶ和くん、ちょっと頭こっちに、寝かせて、」
「あ、あ、ああ、あっ。」

 喜味子ねえちゃんに膝枕されてしまった。しぬ。

 

PHASE 379.

 物辺村から門代地区中央に向かうバスの中で、喜味子は考える。
 まずは移動手段についての不満だ。路線バスでいちいち学校まで行かねばならないのは億劫だ。定期はあるけれど自由度が低い。
 自転車は鳩保に取られたが、どうせあれは高さが合わないし、そもそも自分に高級車は似合わない。
 移動手段の乏しさは5人全員に共通する悩みであるから、手を考えるべきだろう。ゲキロボ二号の瞬間移動は良し悪しが大き過ぎるし。

「車が要るなあ、運転手付の。」

 自動車自体は有る。喜味子の家の白い軽トラとか、花憐の家の紅いフェラーリとか。
 運転手さえしっかりしていれば借りるのも難しくない。
 人間を雇うわけにはいかないが、合成人間とかロボットであれば喜味子でも調達できる。
 首だけの梅安に胴体を作ってやればいいのだ。

「作るか。」

 次の課題。和くんだ。このままでも西瓜盗りには出てくれそうだが、元気を出してくれないと後々までも困る。
 どうすればいいか。残念ながら喜味子にはさっぱり分からない。

「男の子は彼女とか出来たら頑張るんじゃないかしらね。」
「うーん、それは極自然な意見だけど、私にどうしろと。」
「そうねーそれは無意味ね。」

 バスを降りて落ち合ったのは、嫁子だ。いつもは図書館で赤点対策のお勉強だが、今日は買い物だ。
 喜味子がジャンクのノートパソコンを漁りに行くと言うから付いてくる。

 日に焼けないよう黒い日傘を差して、しかしながら今日は喜味子の方が肌の露出が大きく焼けてしまうので、陰を喜味子に差し掛ける。
 黒かろうが焦げようが大差無い喜味子としては嫁子の方が気になるのだが、どうしても言う事を聞かない。
 やむなくそのまま歩いて行く。

「なんか、こっちを見る人多くない?」
「そうかしら。特に多いとは思わないけど。」
「いや、ぜったい多い。なぜだ。」

 喜味子には理解できないが、やはり今日の服装は完全に外している。
 野暮ったい学校の制服であれば気に留めず認識から外す事も可能だが、女の子女の子した今日の格好ではダイレクトで道行く人の感性に突き刺さる。
 あ、ラッパーぽい兄さんが倒れた。軟弱な坊や奴。

「ちょっと君達。」
「はいなんでしょう。」
「先ほど通報があったのだが、……いや、なんでもない。何でもなかったんだ。何にも無かったんだ……。」

 警官が職務質問してきたが、即座に退散を決め込んだ。
 喜味子達は違法な行為も危険物も所持しておらず、単なる可憐な女子高生であると認識し、触らぬ神と遠ざかっていく。いつまでもこちらを見詰め続けた。

「雪ちゃん(嫁子)、これはーひょっとしてひょっとしなくても、私お面を買った方がいいんじゃないだろうか。」
「そんなこと無い。そんなこと絶対に無い。」
「でもさあ、」

 JRの駅に来て、構内のキオスクでやむなくお面を買った。幸いな事に門代は観光地でありおみやげ用にお面も売っていてくれた。
 白黒のふぐ提灯である。丸い、極端に丸い。目もまんまる。
 早速にかぶる。視界がものすごく狭くなった。

「どう?」
「そうね、……確かに注目は少し減るかしらね。」

 まさしく不審人物の完成である。ただ圧迫感は確かに減って、ノースリーブの女の子らしい服が引き立って見えた。
 人並みに見られるものとなる。

「似合うわよ、その格好も。」
「いやー、顔と服のバランスが取れなくてね。むしろ甲冑とか着て来た方がよかったかなと。」
「それはやめて、似合い過ぎるから。」

 興福寺の十二神将のコスプレとして考えれば、非常に神々しいものとなるだろう。
 喜味子は不細工で醜いのでは決してない。むしろ逆で、立派過ぎて魁偉なのだ。伐折羅とか波夷羅に似て。

 

 さて今日の買い物、何故ノートパソコンのジャンクが必要なのか。
 NWOに供与する超兵器のコントローラーにするのだ。
 正太郎くんの昔であれば目の届く範囲内での運用に限られ、レバーをがちゃがちゃするだけでロボは動いただろう。
 しかし21世紀の今日有視界領域を超えてレーダーや搭載カメラの映像を頼りに遠隔で操作するからには、視覚の拡張が絶対の条件となる。
 液晶パネルの付いたノートパソコンの残骸を調達する理由だ。

 ちゃんと駆動する中古がずらりと並ぶ中、敢えてゴミを漁る喜味子に嫁子は不安を隠せない。

「ねえ、ほんとにそれでいいの? それ本当に使い物になるの?」
「当たり前じゃん。なんの為にお店がジャンクを売ってるんだよ。」
「でもでも、値札のところに「動きません」てちゃんと書いてるじゃない。」
「ジャンクだからね。」

 普通であれば部品を抜いて流用するのだが、今回喜味子はまんま再生する。なに、ゲキ虫1匹押し込めばスーパーコンピュータ『京』をも超える能力となる。
 他にも電池ボックスやら電線やら様々なゴミを買って、しかし肝心なものが売ってない。

「ゲーム用のアナログパッドのジャンクがー、無いな。」

 USB接続の新品は幾らでも売っているが、ジャンクが無い。ここはパソコン屋であるからゲーム機器の在庫は薄いのだ。
 喜味子、ふぐ提灯のお面のまま頭を抱える。

「うーんゲーム屋かあー、ゲーム屋のはちゃんと動くからなー、ちょっと予算が。」
「どうする。出直す?」
「うーん。」

 世の中カネだ。ゲキの少女は驚異的なパワーを有し星の彼方まで飛んでいけるが、お小遣いまでは増えはしない。
 そもそも妙な形で金遣いが荒くなると両親や保護者に見つかって追求怒られてしまうのだ。
 合法的に自然な形で適切な金額お小遣いを増やす上手いカラクリが要求される。

「どうする、喜味子。」
「困った時はー、ジャンクで困った時は科学部だ。学校に行って科学部の部室の在庫を漁ってみよう。」
「ええー。」

 嫁子顔をしかめる。お買い物が終われば自由にデートタイムになると期待していた。
 しかし嫁は嫁である。旦那の言うことにはぜったいふくじゅうなのだ。

 

PHASE 380.

 JRの電車に乗って、また元の門代に戻る。
 昼下がりは乗客の数も少なく、ふぐ提灯のお面をかぶる喜味子を気にする人は居ない。お面の効果も絶大だ。
 電車のUVカットガラスの窓に自らの姿を映してみて、喜味子は考える。

「どうせなら、石仮面の方がかっこいいな。」
「え、なにそれ。」
「ジョジョの奇妙な冒険だよ。第一部と二部に重要なアイテムとして石で作った仮面が出てるのさ。我々の業界では仮面と言えば石仮面だよ。」
「マンガの仮面だったら、ガラスの仮面じゃないかな。」
「紅天女? あー、でもあれは能の小面でしょ。」
「そうそう、能の女面だったらふぐ提灯のお面よりずっと可愛いわよ。」

 喜味子、それには承服しかねる。ふぐ提灯面はファンキーであるから今日の役に立っている。
 もし美を追求する能面であればギャップが逆に働いて、見る人は想像に恐怖して卒倒するだろう。

 紅天女で嫁子はよからぬ事を思いついた。

「そうだ喜味子、こんど同人誌の即売会行かない?」
「え、東京のコミケ行くの?」
「日本全国どこででも、コミケ以外の即売会がちゃんと開かれてるのです。私が言ってるのは百合オンリーの即売会。」
「エロい本?」
「絶対健全!」

 ばし、と座席の肘掛けを叩く。喜味子はびくっと肩をすくめた。嫁子はいやらしい話は大嫌い。男もあんまり好きじゃない。
 その彼女が言う百合つまり女の子同士が仲良くする健全同人誌とは、一体どのようなシロモノであろうか。喜味子の想像の外に有る。
 ただ、嫁子はタダで喜味子の世話を焼いているのでもない。時々はご機嫌取りをしておかないとむくれて後始末に困るのだ。
 ここは素直にエサを与えておくべきであろう。

「わかった行く。」
「じゃあ今度の金曜日ね。だいじょうぶよ来る人みんな女の子だし、若干名男子も居るけれどいい人ばかりだし。」
「そこは心配しないけどさ、そういう人達であればやはりお面必須だよね。」
「え?」

 嫁子、改めてふぐ提灯を見る。
 門代高校の生徒であればさすがに喜味子の存在に認識があり、慣れとは言わぬが出現を予期している。心の対応は済んでいる。
 だが百合イベントの人達はまったくに無警戒。確かにこれは危ない。線の細いデリケートな神経質な人も居るのだ。

「ざんねんだけど、お面は必要かもね……。」
「たしか科学部の部室にいいお面があったよ。」

 

「お面、有るよ。」

 科学部前部長のまゆちゃん先輩は午後三時だというのにまだ学校に居た。学校好きな人だな。
 喜味子は特別待遇で何度も足を踏み入れたが、嫁子は科学部部室は初めてだ。訳の分からぬガラクタの山に触らぬよう慎重に歩を進めている。
 まゆちゃん先輩は喜味子の問いに、自らガラクタダンボールの山をかき分けて探してくれる。

「卒業生が色んなお面を置いていくからね、ちょっとしたコレクションが出来ている。好きなの使っていいぞ。」
「ジョジョの石仮面が欲しいんです。」

 引っ張り出したホコリだらけのダンボール箱の中に、新聞紙で包んだお面が有る。
 最初に取り出されたのは最も保管状態が良いとされるものだ。
 しかし喜味子は渋面をふぐ提灯の下で作る。

「『V フォーヴェンデッタ』に出てきたお面ですね。なんか謂れが有るんですか?」
「これはイギリスの国会議事堂を爆破しようとしたガイ・フォークスの顔と言われてる。匿名の抵抗者・行動者を表すもので、ほら最近は暴露集団アノニマスも使ってるでしょ。」
「あんまり可愛くないですねえ。」

 却下された。仕方なしに先輩は次を出す。

「『The MASK』のマスクだ。北欧神話のロキと言われているな。」
「カッコ悪いし見栄えも悪いし、却下です。」
「じゃあこいつはどうだ。なかなかの逸品揃いだぞ。」
「そりゃ価値は分かりますけど、ダース・ベイダーにストーム・トルーパーにボバ・フェットですかあ。ちょっと外国映画のはですねえ、」
「和物も有った!」
「このクソ暑いのにスケキヨかあ! 死にますよ蒸れて、夏場は。」

 我儘な奴だなあ、とまゆちゃん先輩も呆れ顔だ。これだけのお面が揃っている所はそうそう無いのに、後輩は無茶ばかり言う。
 見かねて嫁子が口を差し挟む。

「あの、先輩。私達は百合オンリーの同人誌即売会に行くだけなんです。会の趣旨に合ったおしゃれなお面が欲しいわけで、」
「そうです。だから石仮面がですね、」
「ジョジョの石仮面は人気でねえ、昔から何度も作ったんだけど材料が石膏だからすぐ壊れて残らないんだよ。文化祭の最後にハンマーで叩き割るのも通例だし。」

 うん、と先輩は顔を上げる。なに、今百合同人誌と言ったか?

 

PHASE 381.

「百合イベントに行くわけか。」
「はい、今度の金曜日に。」
「ならとっておきおあつらえ向きの仮面が有る。コレなら文句無いだろ。」

 とまたしてもダンボール箱をひっくり返して出てきたものは、つるりと滑らかな凹凸の少ない仮面。

「聖闘士の女性がアテナにはばかって性別を隠す仮面だよ。これなら百合に最適だ。」
「おお! これは、まさに。」

 残念ながら嫁子には何がなんだか分からない。ただこの仮面は確かに綺麗で文句の付けようが無い。

「いいですね。喜味子、これでいいんじゃない?」
「これならイベントにかぶって行っても場違いじゃないね。」

「『名も無き修羅の面』も出てきたけど、コレ要らない?」
「いりません。」

 神話の戦士の仮面を付けてみる為に喜味子はふぐ提灯を外す。さすがのまゆちゃん先輩も、桜色のワンピースの威力で顔面蒼白となった。
 紐が無いから、手で押さえたまま二人に向く。

「どうです?」
「ああ、はあ、いい感じだ。」
「そうよ喜味子、これならその服とも十分マッチして奇異な感じがしないわ。」
「お面付けて奇異な感じしないってのも、なんだな……。」

 外してしげしげと仮面を眺めてみる。派手に動いても落ちないようにするには、少々改良が必要か。
 付けた姿と外した姿、両方を見比べてまゆちゃん先輩は妙な発見をした。

「喜味ちゃん、あんたさ、身体は普通なんだね。」
「へ? えー身長は普通ですけど、でも胸とか無いし。」
「そういう意味じゃなくて、普通に女の子なんだね。首から下は。」
「私をなんだと思ってたんですか先輩。」

 仮面を先輩に手渡して改良点の相談をする。材質的に弱いから細工するには補強も必要だ。

「いじって構いませんか。」
「あああげるよ。他に必要な人も無いだろうし。」
「じゃあ遠慮無くもらっていきます。」

 礼を言って仮面を嫁子に渡す。新聞紙で丁寧に包んでくれた。
 その間先輩と喜味子はひっくり返した段ボール箱を元に戻す作業に従事する。
 よくよく考えてみれば、科学部にはお面を取りに来たわけではない。
 目的はゲーム機のコントローラーアナログタイプだ。

「先輩、これはダメですかね?」
「それは貴重なサターンのマルコンだ。不許可。」
「じゃあ、でもハンドル付いたのはちょっと使えないし。」

「何に使うつもりだよ。」
「フライトシミュと考えてください。3次元で物体を操作する。」
「普通にデュアルショックでいいんじゃないか?」
「PSのコントローラーはちょっとアレで。」
「分からないではない。とはいえ古いのはむしろ不許可だ。新しいの使え。」

「えーとー、これは?」
「XBOXのか、あー、まあいいや。」
「じゃあこれちょっと借りていきます。」
「それなら新品を買って返せよ。」
「あい。付加価値を付けて売り飛ばす予定ですから、なんとか。」

 嫁子、なんとなく機嫌が悪くなった。この二人、なんか気が合って話も合ってる。面白くない。

 

PHASE 382.

 物辺村に戻ってゲキロボ洗濯機をぐるんぐるん回していると、喜味子の傍にクビ子さんがふらーりと浮いて寄って来た。
 まだ日の高い内から大胆すぎる行動で、さすがに眉をひそめさせるものが有る。

「あんた、とうとう饗子さんにまで見つかったんだって?」
『はあ、物辺神社の皆さんには良くしていただいて、恐縮であります』
「なんか頬が赤いぞ。なにを、……こいつ、酒飲んでやがるな?」
『ウフフ、饗子さんが一番暑い時に梅酒に氷をからりんと浮かべて、それはもう美味しそうに飲んでいるのでついご相伴に』
「うううううううう、まあいいや。」

 クビ子はふらふらと髪を長くたなびかせて、御神木基地の内部を覗く。ゲキロボ洗濯機でまたしても何やら合成中で、文句の一つも言いたくなる。

『喜味子さん、このクビの生命維持装置ですけど、もうちょっと見栄えのいい形のものに取り替えられませんか』
「いいじゃん。酒飲んで酔っぱらえるのもそいつのおかげだ。そんなコンパクトに消化器官を実現するのは、ちょっと他では見られないぞ。」
『そりゃ亜空間に腸管やら肝臓やらが納められてますからかさばらないんですけど、でも見栄えが』

「そんな事よりだ、」
 と喜味子は相談する。自動車運転手として首から下の胴体を作って梅安を接続するのだが、クビ子さんあんたも使う?

『是非とも! いえ、是非ともワタクシをこき使ってくださいませ。キミコ様』
「うんじゃあ今合成しているのが済んだら始めようかな。それでーどんなのがいい? やはり人間に化けるのだから継ぎ目の無いゴム人間タイプかな。」

 クビ子、不思議と承知しない。確かに人間に化けるにはシームレスタイプの人体が望ましいが、裸にならない分にはどうでもいい。
 重要なのは服をかっこ良く着こなし出来るプロポーションだ。

『マネキンみたいな感じで、衣装映えする体型でないと困ります』
「そういうセンスは私は持ってないんだ。」
『花憐さんを呼んできてください。花憐さんなら私の注文どおりに整えてくれます!』
「そうだねえ。カッコ悪い人体をわざわざ作るのもなんだよなあ。」
『そうですよ、色の白いは七難隠す。美しいボディは多少の不審を誤魔化してくれるのです』

 チンと鳴って洗濯機が止まる。錬成を制御していた梅安のクビが喜味子を呼ぶ。

”喜味子さん、出来上がりました”
「了解りょうかい。じゃあ次いくぞ。」
『何なんですかそれ』
「優ちゃんと花憐ちゃんが東京に行くから、その護衛だよ」
『イカロボですか』

 みのりがドバイに行く時に空中警備を行い、随分と活躍をしたミミイカロボを今回も使う。
 ただしイカロボ一号は現在も門代上空を警戒中で以後ずっと用いるつもりだから、同じ物を合成して二人に持たせる算段だ。
 しかも2種類。空中警戒用と医療用で機体を分けた方が運用上隙が無くて安全度が上がる。またマイクロ医療のみならず大規模手術にも使える人型サイズへの変形機能も搭載するべきであった。

「というわけでイカロボとタコロボをこしらえてみました。イカロボの機能は一号と同じ。」

 今合成したのがタコロボだ。手のひらにぎゅっと握り込むと隠れるサイズ、イイダコロボと呼ぶべきであろう。
 色は合成着色料のウインナ色。喜味子の手の上でコンニチワしている。

『これが医療用特化ですか』
「もちろん戦闘力も持っているんだけど、」

 ひょいと地面に放り投げる。8本の脚を広げて着地したタコロボは土を瞬時に同化してボディの再構築を行う。
 たちまち八頭身のヒューマノイドサイズに拡大した。

 クビ子、しかし感心しない。

『顔がありませんよ。手も足も指がありませんし』
「あえて人間とは異なる形のヒューマノイドにしています。そうでないと優ちゃんが召使としてこき使うからね。」

 タコロボは巨大化してもタコロボであり、脚を統合して二腕二脚の人間型に見せ掛けている。
 作業用の指は丸く整った手の先から再び小ダコの足が8本生えてきて、イソギンチャクのように花開く。人間よりも器用そうだ。

『喜味子さん、先ほどの運転手のお話ですが』
「うん。」
『ボディがこれならお断りさせていただきます』
「うん。これじゃない。」

 

PHASE 383.

 買い物から帰ってきた物辺優子と城ヶ崎花憐は、物辺村前バス停でやはり戻ってきた鳩保に出食わした。
 ピンクの外国製高級自転車に乗っている。
 花憐は不審に思う。鳩保の家は貧乏ではないが、母親が長く入院して節約していたはず。
 今は元気に成ったとはいえ、いきなり高級車を買い与えるとも思えない。

「あ、これ? これは喜味ちゃんの自転車だよ。」
「喜味ちゃんの? って喜味ちゃんがこんなもの乗るわけ無いじゃない。何これ。」
「話せば長いことながら、つまり喜味ちゃんの前の自転車が戦車に壊されて、弁償してもらったのを借りてるのね。」
「ふーん。」

 花憐がこだわるのも無理は無い。自転車姿の鳩保がやたらとカッコ良かったからだ。
 事実、知らないうちに「美しい自転車乗り」の噂が門代地区のそこここで囁かれ始めている。
 なんたって巨乳の美女がさっそうと駆け抜けていけば、人目を惹いて仕方ない。

「あれ優ちゃん、なんか疲れてる。」
「うん、買い物は疲れるさ。特に花憐と一緒だと。」

 何をしたの、と花憐を見てみればふんぞり返って大威張り。今日は一日ブティック巡りをして優子に似合う服を徹底的に選んできた。
 物辺優子もセンスには自信が有るが、一般ヒト並みで父親から娘と認められる無難かつ個性を示す服、となればさすがに選択肢が限られる。
 花憐の言うとおりにああでもないこーでもないと試着しまくり、店員に触られまくり、とにかく疲れた。

「花憐ー、どうせなら男の店員の居る店に連れて行けよ。脱ぐのも張り合い無いじゃないか。」
「なちゃっ、何を言ってるのよ。」

「男と言えばさ、花憐ちゃん。」
「なに? ぽぽー。」
「あの山本翻助ってのは、どーにも使えない野郎だな。今日会ってきたけど、どーしよーも無いよ。」
「あなたたち、何の話をしてきたの?」

 

 というわけで物辺村正義少女会議招集。全員夕飯を食べた後に物辺神社御神木秘密基地に集合だ。

「わー喜味ちゃんありがとー。」
と花憐がお礼を言うのは、イカロボタコロボ2種セットだ。特にタコロボが人間大に化ける姿に、物辺優子も感心する。

「こいつに夜中コンビニにパン買いに行かせるのも、OKだな。」
「だめだよ優ちゃん。そんなこと出来ないように敢えて人間とかけ離れた形にしてるんだ。」
「ふふふふ。」

 鳩保もロボの威力に満足する。これは5人人数分作って、物辺村から出張する際の標準装備としよう。
 花憐、改めて鳩保に尋ねる。

「で。山本さんのどこがそんなにダメだったの。」
「あいつ、組織人にはぜっっっったい成れはしない。あいつを頼りにして私達の為に働く組織をつくろうってのは、ほぼ無理と判明した。」
「ああ、まあ。そうだな。」

 喜味子も納得する。「ガスコーニュ」解体調査の現場でうろちょろしていたが、海兵隊にどんどん跳ね飛ばされて、それでもなお食い下がって作業の見学をし続けた。
 彼は本質的に一匹狼で、徒党を組んで大きな仕事を成し遂げるのはちょっと才能が違うのではないか。
 されど花憐は弁護する。

「まだ若いからよ。四十代五十代になればちゃんと大きな組織も管理出来るようになるわよ。軍師だもん。」
「あまいなあ花憐ちゃんは。」

 優子がちょっと釘を刺す。

「祝子おばちゃんが戻ってきたら、組織を別に作るとかは内緒にしてくれないと困るぞ。鳶郎の顔が立つように。」
「分かってる。ニンジャは上からの命令に逆らえないしね。」

 ゲキの少女が独自に自らのサポート組織を作ろうとする。NWOにしても日本のアンシエントにしてもまったく容認し得ない話だろう。
 すべては内密に水面下で進行させねばならない。が、しょせんは女子高生にそんな芸当無理。
 だから山本翻助に期待したのだが、使えない。

 或いは敢えて使えない姿を鳩保に見せたのかも知れない。既に彼はNWOからマークされている。
 にも関わらず逆らう真似をすれば、たちどころに粛清されてしまうだろう。
 自己保身の為に自らをダメ人間に見せ掛ける、軍師であれば当然の策だ。

 女子高生くらい騙せないで何の軍師か。

 優子が別の案を提示する。

「どこか適当なアンシエントを乗っ取ってこちらの命令に絶対服従させればいいんじゃないか。」
「それも一つの手だけれど、無能の組織は要らないのさ。優ちゃん、そんな都合の良い組織に心当たり有る?」
「無い。」

 日が落ちて、夏ではあってもさすがに暗くなってきた。
 みのりが御神木に近付いて電気のスイッチを入れる。白熱電球が灯り、全員が囲むテーブル上の袋菓子が照らし出される。電源はゲキロボ本体から供給されるから電気代・エコにも関係無い。
 ついで、みのりが喜味子に尋ねる。

「和ぽんは西瓜盗り出てくれるって?」
「そこは大丈夫。でも今度嫌な目に遭ったら二度と手を貸してくれないな。」
「ほら優ちゃんぽぽー、去年あんな酷いことするから!」
「でへへでへ。」

 花憐の追求にもまったく悪びれない鳩保と優子だ。ただ彼が今後参加しないとなれば、目論見が大きく狂ってしまう。
 地元住民児童参加の年中行事は他にもたくさんスケジュールされているのだ。
 その中心となるべきが、唯一人の中学生にして男子である和ぽんだ。もっと丁重に遇すべき。

 しかし優子は。

「童貞を捨てさせてやろうてのに抵抗するんだから、覇気が無いんじゃないだろうか。」
「叩くぞ。」
「やめろ。」

 喜味子は和ぽんのお姉さん的存在であるから、許さない。そもそも中学生が物辺の女にたぶらかされれば、以後廃人決定である。
 昔から物辺島では、「島の男は物辺の巫女とは交わらない」と固く掟に定めている。
 せっかくの働き手を腑抜けにされてはかなわないからだ。

 喜味子、断固として宣言する。

「今年和くんに酷いことしたら、実力を持って落とし前つけさせてもらうからね。」
「具体的には何をする?」
「私がキスするぞ、あんた達に。」

 それはやめて、と鳩保優子も観念する。脳裏に焼き付いて、以後の人生灰色ベタ塗りだ。

 

PHASE 384.

 みのりが言った。
「それで、優ちゃんはどんな洋服買ってきたの?」

 柄物だ。普段まったく着ないし、選んだ花憐だって避けるのに、何故にこんな派手なのを買ってきた。

「イメージの問題よ。まず優ちゃんからセクシーなイメージを排除しないといけないのね。」

 基本的な設定として、物辺神社の女は皆色っぽい。小学五年生の双子ですら良識ある成人男性がぐらつくほどの色気を発散する。
 人妻祝子三十歳を軽くぶっ千切って、優子は魅惑の媚臭を漂わせた。
 こんな状態で16年生まれてこの方会ってない父親と対面したらどうなるか? 禁忌歳の差を越えて恋愛関係にもつれ込まないと誰が言い切れるだろうか。
 なにせ鬼だ。しかも優子は母親贄子にそっくりと聞く。
 歳月を越えて蘇ったかっての恋人と錯覚して、父親「香納 玄」が血迷わないとは保証できない。

 喜味子が呆れて尋ねる。

「花憐ちゃん、そりゃー幾らなんでも香納さん信用しなさ過ぎだ。」
「でもこういうのは初めが肝心よ。まず女ではなく娘だと印象づけるのが第一。あくまでも娘だとね。」
「心配し過ぎだよ。」

「それで柄物なのか。」

 鳩保の問いに花憐うんとうなずく。

「まずシンプルなモノトーンが優ちゃん普段の装いなんだけど、これは抑えていても色気がにじみ出て手の着けようがないのね。」
「実際白黒似合うしね。」
「じゃあ色を入れれば良いかというと、これが難しい。色のイメージで優ちゃんの印象はどんどん変わるのよ。赤ければ奔放に、青ければ知的に高慢に、紫ならばセクシーさと優雅さと、って自分を演出できるの。」
「さすが。」
「いやいや。」

 手を振って応える優子に、苦々しく花憐は唇を噛み締める。ブティック試着でさんざん試行錯誤して悩まされたのだ。
 鳩保、花憐の今日一日の奮闘を労った。

「ごくろうさん、で色でなんとかするのは諦めて柄物に走ったわけか。」
「強制的にイメージを縛り付けるには、やはり強力なシンボルをまとわせるべきと結論しました。女子高生らしくちょっとあっぱらぱーな感触を出すのも良いかと判断します。」
「それは要らないんじゃないか。」
「いえいえ。歳相応の無邪気さ未熟さを醸しだすのは、娘と認識させるための強力な手法です。賢すぎる娘は何時まで経っても親を安心させません。」
「難しいもんだなあ。」

 みのりが無邪気に尋ねる。花憐ちゃん自分の分は買わなかったの?

「あ、うん。買わなかった。持ってるし。優ちゃんの事ばかり考えてそれどころじゃ。」
「そうなんだ。」
「ご苦労さんでした。

 それで、明日は何時出発?」
「六時五十分の新幹線のぞみで行くわ。だから五時起きね。」
「新幹線?」

 さすがに東京は遠い。最速で5時間は掛かるだろう。もっと楽に飛行機で行く選択肢が有るが、

「あ、それダメって事になった。」
「喜味ちゃんどうして?」
「飛んでる最中はイカロボで防衛できるんだよ。でもさ、到着先の空港で騒ぎを起こされて着陸禁止にされたら手の打ちようが無い。」
「ああ、そんな妨害手段が考えられるのか。陸地を行く分新幹線の方がマシってわけだ。」

「というわけで優ちゃん五時起きだから。ぜったいよ。」
「あいー。」

 ぜったい信用ならない。というか、起きてくるはずがない。物辺神社の人間は爺さん以外誰ひとりとして信用ならない。
 鳩保が決定する。

「みぃちゃん、朝のラジオ体操よりちょっと早く起きて、優ちゃんを起こしにきてくれない?」
「分かった。」

 絶対の目覚まし時計である。みのりがこうと引き受けたからには、優子死んでも叩き起こされる。大安心。

「じゃあ明日の準備もまだ有るだろうし、……優ちゃん準備できた?」
「うん。」
「嘘ばっかり!」

 花憐、これより物辺神社に乗り込んで優子の支度を自ら行う。祝子さんが居てくれれば殴ってでも働かせてくれるのだが、饗子さんはヌルい。
 心を鬼にして物辺の鬼を躾けねばならなかった。
 鳩保も手伝う気になる。

「花憐ちゃん、なにか手伝おうか?」
「手伝って! 荷造りの準備自体は簡単なんだけど、この子お風呂に入ると2時間以上出てこないから何も進まないのよ。」
「分かった、優ちゃんを手早く風呂に入れる。」
「おねがい!」

「いや髪がさ、洗うと手間ばっかり掛かって、長いから。」
「任せろ。」

 というわけで、優子花憐芳子は母屋に消えていく。みのりと喜味子だけ残された。
 みのり、自分も何かお手伝いをと考えるが、首をくるくる回すだけで思いつかない。喜味子に尋ねる。

「何か無いかな。」
「さっさと帰って寝た方がいいや。明日五時に起こすなら四時半には起きないとダメだろ。早寝しなくちゃ。」
「うん、喜味ちゃんは?」
「空中管制。ついでに東京の上空も調べてみるさ。今回イカロボ増産したから戦力的には十分だし、だいじょうぶ。」
「うん。」

 みのりは自分がドバイに行っていた時、喜味子がどれだけ頑張っていたのか改めて知る。
 誰かが門代地区から遠出する度に、こんな準備が必要なのだ。サポートメンバーが居なければ延々と喜味子に負担が掛かり続ける。
 なんとかしなくちゃ、とは思うがなんとかなるものだろうか。

「じゃあね。がんばってね。」
「うんおやすみみのりちゃん。」

 

PHASE 385.

 八月四日早朝。童みのりは容赦が無かった。残酷な仕打ちとさえ言えよう。
 おかげで物辺優子、城ヶ崎花憐はスケジュールどおりに物辺村を出立出来た。

 最寄り新幹線駅までは城ヶ崎家の自家用車を使用する。運転手は実に、花憐の父だ。
 日頃娘に公務の手伝いやら式典への参加などを強要し、しかも度々外泊して娘を家に一人ぼっちにする埋め合わせとして、自らの手での運転を買って出た。
 無論優子への配慮と計算も存在する。

 城ヶ崎家は物辺神社の執事的役割を果たす事で財を得、また地域への影響力を持ち続けた。市会議員としての当選もその恩恵と言えよう。
 現在進行中のNWOが掌握する「特別な事象」においても、地元第一番の責任者権利者として彼は関与し続ける。
 一度優子とはじっくりと話し合っておかねばならなかった。

 その機会を今回やっと持てた。都市高速を使って駅に着くまでの数十分、短くはあれども、そして直接的には切り込まないまでも、双方有益な会話を交わす。
 が、本筋には関係無いから端折る。
 重要なのは、花憐父が優子の母「物辺贄子」失踪に一枚噛んでいる事、父「香納 玄」と密接に連絡を取り合っていたと明らかになった事だ。
 花憐が直接段取りをつけずとも、父に頼めばよかったわけだ。今更ではあるが。

 

 というわけで、午前六時五十分発東京行き新幹線のぞみに乗っている。

 優子窓側花憐通路側、指定席隣り合って座る。優子が車内をふらふらと出歩かないように、花憐が蓋となる所存。
 学生の身分で指定席もなんだと思ったが、物辺優子を自由席なんて出入りの激しい場所に置いておけるはずが無い。
 花憐、実は後悔をしている。
 指定席でもまずかった、人がやはり注目するではないか。グリーン車取れば良かった。

「それはあんたの責任でも有る。」
「なんでよ。」
「花憐あんたさ、七夕の頃「白カラスを操る可愛すぎる巫女」で全国デビューしたじゃないか。注目されるのも当然だ。」
「あああー言わないで。せっかく頭から追い出した話を今更言わないで優ちゃん!」

 極めつけの美少女二人しかも片方は名有りと来れば、注目されるはずだ。芸能人じゃないから大丈夫なんて淡い期待は瞬時に砕けた。
 優子、しかしと座席背もたれの後ろを振り返る。
 車両の一番端出入り口の近くに如月怜が座っていた。もちろん二人の護衛で、トラブルが起きた場合彼女が代わって引き受けてくれる。
 如月は花憐の管轄だから、花憐に問う。

「ちょっと遠くないか。アレはあんたの下僕だろ。」
「護衛よ。ニンジャの工作力なら近くの座席取れるのにあんなに離しているのは、多分動きが取り易く敵に警戒されないからでしょ。」
「敵、ねえ。車内の閉鎖空間で仕掛けてくるものかな。」

「え〜おせんにきゃらめるさんどうぃっち、広島名物もみじ饅頭に熱いコーヒーはいかがですか〜。」

 マヌケな、おそらくは営業上不適切いいかげんな口上を述べながら車内販売員がワゴンを押して入ってくる。なんだか素人っぽい。
 ニンジャが化けてるのか、と通路の先を覗いて正体判明。

「クノイチ姉だ。」
「またあの子達ね!? 人居ないのかしら、日本は。」

 物辺神社七夕祭りで鉢頭さんことガーディアン・オートメイルと大格闘戦を繰り広げた、ニンジャクノイチ唄方姉妹の優雅な姉だ。元気な妹もどこかに居るだろう。

 優子は御堂に篭って神楽舞の最中だったから直では見ていないが、後に録画で観戦した。
 ゲキの少女5人は互いの視聴触覚情報を共有できる。録画再生もOK、ビデオ機器へのダウンロードすら可能である。
 S-VHSで記録された七夕祭りの映像は、もちろん格闘戦に参加した童みのりのものが一番面白い。
 で、花形であった唄方姉妹がクローズアップされたわけだ。もちろんみのりドバイ行きの空港警備をしていたのも把握する。

 花憐、

「どうも大丈夫そうね。あの二人なら魚肉人間くらいは簡単にやっつけそうだし。」
「あれは鳶郎の配下なのか?」
「怜の話だと唄方姉妹は流派が違って、バイトで加勢に来るそうよ。」
「ふーん、バイトクノイチか。忍者の組織もややこしいな。」

 どうでもいいや、と優子はハンドバッグの中からイヤホンを取り出そうと悪戦苦闘する。長い髪と長いコードが絡まって、酷い有様。
 なにせ先は長い、5時間も掛かる。しかもみのりに日の出前から叩き起こされて寝不足だ。

「じゃあ花憐、後はよろしく。」
「うん、寝ていた方が楽だしね。」

 花憐は前の座席の背からテーブルを引き出し、持って来たノートパソコンを置く。物辺村御神木基地の喜味子とチャットで交信する。
 ゲキの力を利用した超空間通信、ではなく、ゲキの力を利用して近隣の電波基地局に強制侵入してのインターネット通信だ。
 超空間通信は足が付きやすい。

『きみちゃん、居る?』→『新幹線異常なし?』→『大丈夫よ、クノイチ発見』→『クノイチ?』→『七夕に物辺に北』→『あああの姉妹ね(納得)』

『東京は?』→『イカロボ先行で調査した。だいじょうぶ、じゃない』→『じゃない?』→『宇宙人も魚肉も多過ぎてまったくわからん』→『東京だし』

『向こうの彼野に任せた方がいいみたいだ』→『東京ってそんなに凄い状況なの』→『私ら門代しか知らないし、状況』→『そっか』→『そだよ』

『首都だから凄いんでしょうね宇宙人』→『外国勢力も凄いぞたぶn』→『わたしたち本当に無防備なのね(慨嘆)』→『中央政界にも工作活動しなくちゃ、ダメだろたぶん』→『うんそうね』

『でも「彼野」と親しいわけでも無いのよわたしたち』→『テレビのかみさまは?』→『あの人見た目どおりの歳じゃないし』→『ろりばばあ』→『そこまで歳じゃないと思いたい』→『60以上でごほうびです(誇り)』

→『神様以外にも頼れる人を探さないといけないわね』→『向こうからも摂食してくるでしょ、コネつくり』→『うん、こねつくり』→『かれんちゃんのでばんだ』→『結局そういう役になっちゃうのよねー(諦めモード)』

『ぽぽーは?』→『大気中 カネがない』→『お金?』→『七夕バイト代切れた』→『ああお小遣い』→『私も金欠』→『何使ったの?』→『活動費。正義の味方はかねかかるゾ』→『言われてみればわたしも浪費しすぎ』

→『なんとかして』→『無理』→『ケチ』→『ほんとに無いの?』→『センタッキで一万円偽造していいのなら』→『不許可なり(怒)』

 

PHASE 386.

 帝都東京に降り立つ二人。特に感慨は無し。
 別に今日初めて東京に来た訳ではない。花憐は年に5、6回、物辺優子も中学生時代は月一くらいの頻度で訪れていた。
 とはいうものの、人でうんざりだ。

「えーと連絡すればホテルまでの迎えが来るはずなんだけど、自由行動で行ってもいいんだけど優ちゃんどうする?」
「電車で行くか。」
「それもいいわね。東京っぽくて。」

 改めて東京の街がどの程度宇宙人に侵食されているか検分する為に、街中をぶらつくのも一つの手。やはり自分の目で見ずには何も始まらない。
 理屈は正しいが、花憐またしても後悔する。
 地下鉄なんかで移動すればそれは目立つに決まっている。東京なら芸能人やらモデルが歩いていても誰も注目しないだろう、との目論見はあえなく潰えた。

「ゆうちゃん、なにかしらこの注目度は。」
「そうだな。あたしだけでなくあんたも十分注目されてるからな。」
「これもゲキの力のせいかしら。」

 正解。強い力を帯びた者は以前と同じ平凡では居られない。
 経験を積み修羅場をくぐり抜けて行く内に玉は磨かれ光り輝く。
 特に美人を売り物とする二人が衆目を集めるオーラを発するのは、自然の摂理としか言いようが無い。

 しかも、着ている服が悪い。
 物辺優子は自身が発散するイメージを制御する為にわざと派手な印象の柄物を身に着けているのだが、逆にメッセージをコントロールし始めた。
 花憐の読み違えだ。

 優子は「物辺優子」の役ならばどのようにでも演じる事が出来る。外から檻や鎖で縛り付けても食い破り乗り越える、進化する妖獣だ。
 ファッションにメッセージ性があると理解した途端に自在に表現を操った。抽象図形の柄だから、見ようによっては文字にも見える。
 歩く書物とでも思うのか、人々は過る影を読み解こうと視線を鋭く突き立てた。
 隣を歩く花憐は汗顔赤面。恥ずかしいよ。

 花憐は日除け対策に白く透けるジャケットを羽織り、オレンジ色のワンピでかなりバカっぽく印象付けていた。
 なにせ優子が強力なメッセージをぶつけるから、受け止めるには自身のイメージを強調するしか無い。やだなとは思いつつも鳩保他の命令でパーソナルカラーを選択させられた。
 それでもかろうじて”優美エレガンス”を発信しつつ、花憐は長く揺らめく黒髪に唇を近づけ囁いた。

「抑えて、優ちゃんおさえて。出来るでしょ。」
「抑えるのは無理だ。意味を変えよう。」

 ふい、と人の注目が消えた。まるで優子達がその場から消失したかに視線がまるっきり避けて通る。
 なんだこれは。

「何をしたの?」
「人は、自分の知らない文字で書かれた文書は読もうとしないもんだ。地球人文脈のメッセージではなく、宇宙人向けにしてみた。」
「そんな事したら、宇宙人の注目を浴びちゃうんじゃないの。」
「それがモクテキだろ。」

 来るわ来るわ、魚肉人間宇宙人擬態欺瞞で正体を隠した異形の者どもが地下鉄構内優子達の居るエリアに続々と結集する。
 花憐後頭部の柿色リボンをぴくぴくと蠢かせて数をかぞえる。このリボンは喜味子に頼んでセンサーを仕込んでもらった特別製。
 半径200メートル圏内におよそ100体、地下鉄車両1編成に2人は必ず乗ってくるらしい。
 東京は恐ろしい街だ。

 優子が言った。

「こいつらぶっ殺していいかな?」
「ダメ! 何も悪いことしてない宇宙人でしょ。」
「ああ、宇宙人は悪い奴認定はダメか。」
「ダメっ!」

 リボンがぴくぴくと動いて、宇宙人どもの身元確認をする。この距離であればゲキのセンサーは、彼らの人間社会内における地位や係累を確実に暴き出す。
 元々連中は人間に化ける為に人間としてのアイデンティティ情報を終始発信続けているのだ。読めばいいだけ。
 花憐、脳内に流れる文字情報の列を読んでため息を吐く。
 宇宙人の身元は人間社会全階級に散らばり偏りが無い。富裕層から低所得層、高級官僚から無職まで、女も子供も全年齢、ほんとうに万遍無く溶け込んでいる。
 これが外国人であればなんらかの偏りが必ず発生するのに、統計的にばれないよう確実に分散を図っていた。

 優子の言うとおり、こいつら本当に悪い奴らかもしれない。

「攻撃はしてこないかしらね。一応イカロボ待機してるのだけど。」
「メッセージを変えよう。”用は済んだからもう行っていいよ”でどうだ。」
「バカにされたと思って怒る宇宙人も居るかもね。」

 ちょうどホームに入ってきた車両に乗り込む。扉が開いて最初に降りた白人モデルぽいカッコイイおねえさんも、宇宙人だった。
 一瞥し、すれ違いざまに優子に聞こえるよう呟く。

「センス悪。」ほっとけ

 

PHASE 387.

 イカロボは今回2体用意されている。1体は前日から東京に先行して上空から探査、もう1体は新幹線上空を飛行して道中エスコートしてきた。
 東京で合流するとエスコートしてきたロボはミミイカサイズに小さくなって、花憐のバッグの中に忍び込んでいる。
 地下鉄は文字通り大都会の地下トンネルを走っていて、上空からの警備では対応できない。いざとなったら電車と融合して花憐と優子を守る計画だ。

 出番も無いまま目的地に到着。
 東京に一流ホテルは数有れど、芸能人にどこもが親切というわけではない。品位の落ちるお客様は婉曲に断固としてお断りする事もある。
 その点今や世界的アクターと成った「香納 玄」はウェルカム。むしろご利用がステータスとなったりする。

 物辺優子と城ヶ崎花憐は「香納 玄」が定宿とするホテルに泊まる事を指定されている。
 マスコミ対策も万全であるし、顔が利くから便宜も図ってくれる。厄介な家庭の事情で錯綜する人間関係、を取り扱うのも慣れている。
 「香納 玄の隠し子発覚」、いかにもな芸能ネタを進行させるには最適な場所であるわけだ。

 予約は花憐の名前で取ってある。
 フロントでクラークに名を告げると受け付けてくれるのは当然だが、二人を待ってる人が居ると教えてくれた。
 これも計画どおり。「香納 玄」は忙しい人だから、代わりに所属する芸能事務所からマネージャーが派遣されて来るのだ。
 そこら辺の段取りは花憐がちゃんと整えてある。物辺村で優子に特訓をしたのも、手順を間違えないよう徹底しておくものでもあった。

 年齢は40歳と聞いていたが、30代前半な感じの肌のぽやぽやとした男性。坊ちゃんみたいないい人で、服装もしっかりとビジネスマン風。芸能業界関係者にはちょっと見えなかった。
 彼はもちろん花憐と優子の顔を知っている。写真をメールで送った。

「城ヶ崎花憐さんと、……物辺ゆうこさん、ですね。あんじょう、安荘角男です。いやーこれは、コレは凄い! お美しい。」
「お初にお目にかかります。城ヶ崎花憐です、この度はお世話をお願いします。」
「いやー、これが香納さんのお嬢さんかあ。いやー、」

 無理も無い反応だ。芸能界に身を置いていれば美人にも慣れているだろうが、格が違う。
 物辺の巫女が世に出る事を禁じられるのも、これが原因。明らかに美しさの基準レベルが違った。

 優子、じろじろ見られるのも称賛や憧れで見られるのにも慣れており、その度適切な対応を、つまり見る者を下僕化する作業を行なってきたのだが、さすがに今日は自重する。
 深々とお辞儀をして、黒髪が床のじゅうたんに接触するまで腰を曲げて戻した。

「物辺優子です。よろしくおねがいします。」
「安荘角男です。いやー娘さんはとても美しく成長されたと聞いていましたが、まったく。本当におかあさんにそっくりだ。」

 おおっ、と優子も花憐ものけぞった。この人、物辺贄子を知っているのか!

 

 高級ホテルの喫茶店は内緒話をするように出来ている。
 二人は安荘角男の案内であらかじめ取って置かれた奥のテーブルに着く。
 花憐、がく然とした。

 高級ホテルの喫茶店はもちろん豪華でシックで格調高く、柔らかにクラシック音楽も流れている。じゅうたんは毛足が長く、テーブルも作りは重厚でそれでいて軽やかなデザインだ。
 童みのりがドバイで利用したカフェと比べれば金キラ度は低いが、ここは日本。派手目な装飾はむしろ下卑と嫌われる。
 つまり、田舎者の金持ち令嬢の目から見てもまったく非の打ち所の無い場所であった。

 此処は、要するに物辺優子の為に用意された。話の成り行きから考えて、主役はもちろん優子である。ドバイの主役はみのりである。
 対して自分は、門代地区が一望出来るだけが取り柄の壁紙が西日に焼けた、ほとんど大学の学生食堂然とした展望台上の喫茶室だ。
 この格差はなんだろう。
 もし鳩保芳子が招待されるとすれば、アメリカはプレジデントのお招きであろうから、ホワイトハウスか!
 児玉喜味子が招待されるとしたら。

「……きみちゃんはー、どんなお店に呼ばれるのかしら?」
「知らねえよそんなもの。」

「最初に僕の立場を説明しましょう。僕は香納さんのマネージャーではなく、事務所の者。芸能マスコミへの情報対策を行なっています。」

 安荘は早速に仕事に入る。時間的余裕は有るのだが小娘ばかりに関わっても居られないのだろう。

「香納さんには通常4人のマネージャーと他にスタッフが数名居ますがあくまでも芸能活動を円滑に行う為で、個人的なスキャンダルへの対策は別に行なっています。」
「スキャンダル、ですかね。優ちゃんが娘だとバレるのは。」
「それはもう、こんな美味しいネタはなかなか。それにこのお美しさです、芸能界デビューも大きく唱えられるでしょう。」

 予想通りの展開であるから花憐も優子も驚かない。だから物辺の巫女は神社に括りつけておかねばならないのだ。
 もっとキツい事を安荘は言う。

「僕達がまず第一に配慮しなければならないのは、香納さんの現在の奥様とお子様のお気持ちです。優子さんには悪いのですが、なにせご子息の雄大くんはまだ十歳ですから。」
「はい。」

 花憐が優子に代わって力強くうなずく。
 そもそもが、物辺贄子は香納 玄と結婚していた事実も無い。同棲もしていないし、ただ関係を持って妊娠出産したに過ぎない。
 若気の至りで勢いでアイドルと結婚をした香納 玄は、1年と保たずに離婚。その後何人か居た恋人の1人、であるのだ。
 さすがに隠し子は優子だけらしいが。

 贄子が失踪した数年後、彼は2度目の結婚をした。相手は宝塚出身ではあるが芸能界でそれほど活躍した人ではない。資産家令嬢だという。
 夫婦仲がいいとは聞かないが、一人息子がかすがいとなってまずは無難に暮らしている。
 もっとも夫は仕事が忙しく、また海外の映画の撮影で長期間拘束されたりして留守がちだ。亭主元気で留守がいい。

 一般的な女子高生の習性に従って花憐も芸能情報データベースを組み上げている。国際アクター「香納 玄」もばっちり記憶済み。

「優子さんもお父様に対して思うことは多々有るでしょうが、あなたももう高校生だ。あまり騒ぎが大きくなって、あちら側に迷惑が掛かる事態にならないようおねがいします。」
「これまで父親が居なくても別に困ってたわけじゃありませんから、そこんとこは普通に。」
「お願いします。」

 安荘はたかが女子高生に頭を下げる。この人の武器はこれなんだな、と花憐も優子も納得した。
 いい人そうな彼が真摯に心配すれば、普通悪いようには出来ない。ただ、相手が質の悪いパパラッチなどでは無い場合に限られるだろう。

「それから、親子の名乗りを上げるからには、お二人の関係は公になるものと覚悟してください。これまで秘密に出来た方が不思議なくらいですが、さすがにもう無理です。」
「ですね。優ちゃん、それはいいんだね?」
「あたしが芸能界なんかに首突っ込まない限りは問題ないでしょ。」
「まあ、そうね。」
「それは残念だ。ほんとうに芸能界に興味はお有りでは無いのですか。」
「まっっつたく。」
「そうですか。」

 スカウトは彼の業務には入ってなかろうが、目の前に宝石が転がっていて手を伸ばさないわけにもいかない。
 優子がやりたいとチラとでも漏らしたら、彼は早速事務所に連絡してそちら方面の要員を超特急で呼び出すだろう。

 

PHASE 388.

 物辺優子、先ほどから尋ねたくてしょうがなかったのを随分と抑えていたが、事前の注意事項が一段落したと見極め、改めて問う。

「安荘さん、あなたはあたしの母物辺贄子に会ったことがあるのですか。」
「ああ、おかあさんですね。実は私も若い、まだ十代でしたが役者をしていましてね。贄子さんが出演されたビデオ作品で共演しているんです。通りすがりの高校生役でした。」
「ビデオ作品というのは、」
「レンタルビデオ店にまだ置いてる所もあるでしょう。あの頃、あの時代に贄子さんが出演された作品は随分と話題になりましたから。」

 優子も花憐も初耳だ。そもそも物辺贄子は芸能界を干されたのではなかったか?
 安荘、二人の疑問に笑って答える。

「はい、確かに干されました。デビュー当時は結構話題になったのですが、誰とは言いませんが実力派のベテラン女優に睨まれまして、業界ぐるみで排除された形になって、」
「ビデオ作品はその後ですか。」
「低予算のヤクザものビデオ映画です。これに芸名を変えて出演されていましたが、もちろん見れば贄子さんと分かります。ただ主演ではありませんし、タイトルにも謳ってはいませんから知らないのも無理は無いですね。」
「それは売れたのですか。」
「売れましたよ、シリーズにもなってます。九十年代初期の奇跡的傑作ですね。監督の渋島さんは今もその時の評判だけで食ってます。ただー、今判断してみるとあの成功は監督の力とはとても思えませんねえ。」
「やっぱり。」

 優子は門代高校演劇部で見た母の映像を思い出す。
 超常的な能力によって舞台をそっくり支配したのと同様に、撮影現場をまるごとジャックしてしまったのだ。もちろん演出出演誰にも気取られずに、自分の功績をひたすらに隠して。
 一時は干された経験から学習して、経済的成功を得る手段を身に付けたわけか。

 花憐が尋ねる。

「では安荘さんは、贄子さんとの面識が有るから今回香納さんのお仕事を引き受けられたのですか。」
「そうとも言えますが、香納さんに優子さんの事を頼まれるのはこれが最初でもないのです。優子さんが幼稚園の頃でしたか、お供をして一度門代を訪れた事が有りました。
 あれは三月でしたかねえ、とっても可愛いカグヤ姫でしたよ。」

 三月ならばお雛様だろう。幼稚園の発表会で優子は一度だけお雛様の役をした事が有る。
 当時から髪が地面に着くくらいに長く艷やかで美しかったから、十二単が映えて綺麗だったと花憐は覚えている。
 してみると、香納 玄は我が子の姿を密かに覗きに来ていたわけだ。泣ける。

 

 スケジュール上では香納 玄は夕方七時過ぎまで番組の収録で、対面はそれ以後となる。
 安荘と一旦別れて、まだ5時間も余裕が有った。

 花憐と優子はひとまず自分達の部屋に入り、戦略を立て直す。ツインの飾り気は無いが趣味の良い眺めのいい部屋で、早速優子は全裸になる。
 汗かいたからシャワーすると言う。冷血蛇女にしては、なかなか珍しい。

「髪は濡らさないでよ、何時間も乾かないんだから。」
「ドライヤーってのはなんか焦げた臭いがして嫌なんだよ。」

 一人では埒があかないから花憐が協力して優子の髪をまとめタオルで包んで、バスルームに放り込む。もちろんちゃんとトイレと風呂は分離。日本だから。
 シャワーを浴びながら優子は花憐に話し続ける。噴き出す滴の音で、外では明瞭には聞こえない。

「いまさらだけど、さてどの路線で親父に対面しようか?」

「計画通りに、普通の娘に化けるんじゃないの。」
「今聞いた話だと、どうも母親に似ている事を期待されているような気もする。物辺贄子の娘が普通では、味気ないのじゃないかい。」
「……一理有る。そもそもが物辺の巫女に惚れる男は、変わり者でしょうね。」
「だろ。変人変態と変わり者の娘だ、あたしは。じゃあどうするか。」

 花憐、部屋に届けられていた荷物を開封しながら考える。手持ちで来たのは当日分、以後の着替えは全部宅急便で送っておいた。夏だから汗には気を使う。

「物辺贄子という人は演じる事に超常的な能力を持ち、どれが本当の顔か分からなかった、て聞いたわ。」
「言った。」
「優ちゃんだって、これが本物の物辺優子の顔ってのが、わたしには分からないわ。その点では母娘同じなのかもね。」
「つまり演じろと。」
「”物辺贄子の娘”、を演じればいいんじゃないかしら。」
「わかんねえよ、データが少な過ぎて。」
「分からないものを想像で演じてみせるのが、一流の役者ってものじゃないの。」

 ふん、上手いことを言う。と、シャワーを止め肌に珠の水滴を無数にまといながら感心した。

 物辺優子はありとあらゆる属性の「物辺優子」を演じる事が出来る。
 神だろうが悪魔だろうが宇宙人だろうが、普通人だろうが、それが「物辺優子」である限りは何にでも成れるのだ。
 「物辺贄子と香納 玄の娘 物辺優子」に成るのも造作は無い。ちょっと頭は使うのだが。

「花憐、飯を食いに行こう。」
「え? こんな時間に。」
「まだ三時にもなってない、昼飯だ。それに晩は期待しない方がいい。スケジュールというものはだいたい遅れると決まってる。」
「テレビの収録ってのは、やっぱり遅れるかしらね。」

「普通に考えれば、父親、娘、その友達の花憐、とで晩飯を食うべきだろうが、ずれ込んだらそこまで腹が保たん。」
「わかる。」
「長丁場を保たせる為に食いに行こう。」
「ちょっと待って!」

 シャワーを浴びて、ろくすっぽ拭きもせずに部屋に戻ろうとする優子を、花憐はバスタオルを両手に構えて待ち受ける。
 どうせそんなことだろうと思っていた。優子が自分で身支度をするのは、祝子おばちゃんに殴られる時だけなのだ。
 日頃は双子姉妹を端女にこき使っている。師匠だから。

 全身をタオルでわしゃわしゃと揉まれながら、優子は花憐に提案する。

「如月もこのホテル、泊まってるんだろ?」
「でしょうね、護衛だから。」
「一緒に飯食おう、護衛なんだから。」
「そうね。
 ……珍しいわね、優ちゃんが人の心配するなんて。」

「これが、「物辺贄子の娘」だよ。実は贄子は気配りがとんでもなく利く女なんだ。だから他人を操れる。」

「普段の優ちゃんに爪の垢を飲ませてあげたいわ。」
「まったくだ。」

 

PHASE 389.

 香納 玄は午後八時半にホテルに入った。収録自体はスケジュールどおりだが打ち合わせやら移動の時間で普通にこうなる。
 ホテルの正面玄関で涙の対面をするわけにもいかず、スイートルームを別に借りてそこを舞台とする。

 芸能事務所の安荘に付き添われて部屋の前に立つ物辺優子と城ヶ崎花憐。緊張の一瞬に生唾を飲み込んだ。
 扉を開けて、顔を覗かせたのは知らないおじさん。マネージャーだ。
 香納 玄には4人マネージャーが居るというが、その筆頭。プロジェクト「香納 玄」のプロデューサー的な重要人物だ。
 もちろん若い頃から付いていて、現在の成功は彼の力に拠るところも大きい。

 安荘に対して上司が部下にするような会話を短く交わして、扉を大きく開き少女二人を部屋に招き入れる。

 演出効果というものがある。二人は話し合って、まず香納 玄と面識の有る花憐が先に入ると決めていた。
 花憐は朱いサマードレスに着替えて若干ボリュームを増やす。衝立としての面積を広げて優子の姿を隠した。
 一方優子は昼間の抽象柄の服で挑む。発するメッセージは”空白”、予断を拒絶する態度だ。

 

 『香納 玄』本名 穴生 三嗣アノウ ミツグ。島根県出身で五十三歳。O型。

 実家は時計屋で、兄姉本人の三兄弟末っ子。
 中学高校と野球部に属しピッチャーとして白球に青春を捧げるも、甲子園の出場は無し。
 上京し大学在学中に身長180センチの長身を生かしたモデルのバイトをきっかけとして芸能界に身を投じる。
 刑事ドラマの犯人役としてテレビデビュー。抜擢されて時代劇『抹殺!』シリーズに出演、一期のみ敵役準レギュラーだが好評を博す。
 改めて劇団に入って演劇の勉強をやり直し、映画テレビに出演を重ねる。
 二十六歳の時に世界的映画監督の時代劇作品に出演。主役ではなかったが若い侍姿を海外の映画人の間にも印象付ける。
 大河ドラマに主演「山中鹿之助」。
 また2時間推理サスペンス『紳士多忙なり』、主演である香納が常に犯罪者として名探偵達に追い詰められる、が長寿シリーズとなる。
 彼の役柄としての印象はアクティブで知的な犯罪者であり、正義の味方というものではない。

 単なるアクション俳優、時代劇俳優に留まらず知性の面でも評価されて、芸術文化系紹介番組やドキュメンタリーにも度々出演する。
 野球好きとしても知られ少年野球チームの後援をしており、またメジャーリーグ進出した日本人選手との親交も深い。

 二〇〇一年ハリウッド映画『マスマティカル ステイン』で日本人数学者・犯罪者を好演。以後世界中からオファーが殺到する。

 二〇〇八年、『GEVIRA』(特撮SF映画と言われているが内容は未発表)に出演予定。
 八月中旬より渡米し半年は帰国しないスケジュールになっている。

 花憐達女子高生からすれば「中年のかっこいいおじさん」であるが、「お父さんにしたい俳優・タレント」とはちょっと違う。
 「実写版ルパン三世にふさわしい俳優」(念力珍作戦除く)にも挙げられる。しかし喜味子あたりの評では「ギャグ成分が足りないからルパン一世役だな」となる。
 つまり若いファン特に女子中高生に媚びる所の無い人だ。

 その男が、まずは花憐に対面して相貌を崩す。
「花憐ちゃん久しぶりだ。ほんとうに美人になったね。」

 お世辞抜きの賛辞だと花憐も了承する。実際花憐も自らに対する評価を高く修正しているのだ。
 但し隣に物辺優子や鳩保芳子が居るから、あまり大きな顔も出来ない。

「おひさしぶりです香納さん。お約束通りに優ちゃんの首に縄を付けて連れて来ました。」

 そんな約束してたのか、と優子も内心で驚いた。基本的に優子が会う気になったからお膳立てしてくれたものと理解していたが、世の中裏は何枚でもあるもんだ。
 花憐はふわりと妖精のように髪に風をはらみ、振り返って紹介する。

「物辺、優子さんです。」

 心の準備は整えていたしそもそもモノに動じないのが自分の取り柄であるが、いざその瞬間に直面するとさすがに心拍数が上がる。
 ほんのちょっとだけ、物辺優子もニンゲンであった。

 

 幾度か言葉のやりとりをして、花憐とマネージャー、安荘は部屋を下がり父娘ふたりだけにする。
 扉を閉めて廊下に立った三人はほっと息を吐いた。
 マネージャーは改めて花憐に挨拶する。

「香納 玄のチーフマネージャーの鷹藤信吾です。あなたが城ヶ崎花憐、さんだったんですね。」
「え、わたしの事を優ちゃんと間違えてたのですか?」
「ええ、優子さんのお母様、千早来瀬さんによく似てらっしゃるので。」

 なんの事だ? 物辺贄子はどこに行ったのだ。
 安荘に振り返ると、苦笑いをして解説してくれる。

「先ほどもご説明したでしょう、物辺贄子さんが芸能界を干されて芸名を変えてカムバックしたのを。」
「はい、ビデオ作品に出演した時の。」
「この時の芸名は「門真 爽子」です。他のシリーズに出る時はまた変えていたのですが、私が共演した時はこの名前です。」
「はい、バレないように名前変えてたんですよね。」
「ですが「門真 爽子」は名前だけの変更で外見上はそのままに「物辺 贄子」さんでした。少なくとも楽屋には「物辺 贄子」で来て、役に成り切っていました。」
「変身得意だったらしいですから、メイクすれば分からなかったんですね。」

 鷹藤が話を継ぐ。彼は香能 玄の一つ上くらいの年齢だろう。芸能事務所では役付きの偉い人かもしれない。

「「千早 来瀬」はそれとはまるで違う存在です。経歴をゼロから作り直し演劇経験まるで無し、ぽっと出のアイドル志望の女の子という設定で完全な別人として再デビューしたのです。
 放送関係は「物辺 贄子」には極力関与しないように注意していましたが、さすがに別人まではチェック出来ませんでした。」
「ちょっとまってください……。」

 花憐、考える。「千早 来瀬」って聞いたこと有る名前だぞ。

「たしか、たしかーえーと、朝ドラのヒロインの、」
「そうそう。九十一年四月からオンエアの朝ドラヒロインに抜擢されてそこそこ人気になりましたよ。その次の作品で、香能と共演して出会ったのです。」
「えええええ。」

 驚く。そりゃ驚く。蛇女物辺優子にそっくりと噂される母親に、日本全国早朝を明るく彩るヒロインが出来るはず無い。
 花憐脳内芸能データベースがフル回転して「千早来瀬」の映像データを想起する。
 たしかあの女優さんは短大出で、若くハツラツとして上品で少しお嬢様ぽい感じがして、花憐に似ていないでもない。
 いや、むしろ花憐母の若い頃に似ている。歳も近いし。

「ああっ! そうか。贄子さん、わたしのおかあさんをモデルにして別人格を作ったんだ!」
「え、そうなんですか?」
「たしか、その頃一度物辺島に帰ってるはずです。会ってるはずなんです。」

 道理で、と大人二人は納得する。花憐と優子はどちらを取っても、香能 玄の娘として存在し得るのだ。
 鷹藤が言った。

「なるほど、それで神様は城ヶ崎さんを使え、とおっしゃったのか……。」

 

PHASE 390.

 物辺優子の戦いが始まる。勝利の姿の見えない、泥沼の戦場だ。
 正直勝算は薄い。ウエットな現場とはまるで縁の無い女であった。

 互いに名乗りを上げ、父娘である事を確認した後の一声。
 しかし、そもそも父親なるものの存在をまるっきり失念していたわけで、恋しいとか懐かしいとかの感情がまるで無い。
 一方父「香能 玄」こと穴生 三嗣は色には出さねど期待する所大である。
 大の男のおじさんの、女子高生に対して許しを乞うだの父親として承認してもらいたいだの柔らかい弱い部分が丸見えで、むしろ哀れにすら思う。

 さてどうしたものか。
 香納は優子にソファに座るよう勧めるが、敢えて立ったまま対応する。自然と彼も座れない。

「……母の、物辺贄子の行方を知らないかと思って来ました。」

 軽い失望。香能は自分ではなく母を求めての今日の対面であると聞いて、期待をしぼませた。
 やはり見も知らぬ父親よりも腹を痛めて産んだ母を恋しがるのが、子として自然な姿であろう。

 だがこれは優子の計算である。
 果たして香能は言葉の裏に、優子が父親としての自分に期待するものが有る、と読み解いた。
 長らく生き別れであった子に対して為すべき責務が有り、また自分にそれが可能であると気が付いた。
 親が親であるのは子の信頼や思慕を受けるからでなく、親の努めを果たすが故であると。
 さらに、

「物辺神社の跡取りはこの度正式に三女の物辺祝子に決まりました。お婿さんも迎えて、もう母が縛られる事もありません。それを伝えたくて探しています。」

 計算ヅクの言葉だ。あくまでも事務的に、義務として母に伝達すべき事柄が有る。特別に母贄子を慕い求めているのではないと、暗に表明する。
 父である香能と同様に母贄子も優子を産み捨てて失踪した。縁の薄さでは両者ほぼ互角である。
 まだ特に嫌われているわけではないと、香能は攻めに出る。有能さを示すべきだ。

「おかあさんは、贄子の行方は私も知らない。でも連絡が取れないわけではない。」
「今何処に、というのは分かりませんか。」
「日本ではないのは確かだ。ヨーロッパとアメリカ、南アメリカの方にも頻繁に移動していて何処とはしぼれない。」
「物辺の女らしいですね。」

 ハハと嗤う優子。一応の笑顔に香能も胸を撫で下ろす。
 父親らしい気遣いを見せるべきだと考えるが、彼も贄子という物辺の女を知る。
 下手に触ると途端に機嫌を損ねると理解していた。慎重に歩を進める。

「優子、……優子と呼んでいいだろうか。」
「優子以外で呼ばないでください。」
「うん。優子、これまで両親が居ないと寂しく思ったりはしなかったか。」
「あたしを育てたのは実質は祝子さんです。非常に厳しい人で幼い頃からこき使われて、大変でした。寂しいと思う暇もありません。」
「そうか……。」

 それはそれで寂しく思う。このまま平行線で進んでいくと、親と名乗っただけの他人で終わってしまう。

「物辺神社は女の社ですから、男と呼べる人は祖父しか居なかったのです。おとうさん、と呼んだこともありませんし。」

 香納の目が大きく開く。
 簡単に引っかかるから優子も逆に気の毒に感じた。どれだけ娘を想ってるんだよ、手元に幼い息子が居るというのに。
 香納、あっさりと降伏する。

「悪かった優子。何度も、何度も会いに行こうとしたんだ。いや門代に行ったんだ。だが、」
「先ほど安荘さんに聞きました。幼稚園の発表会をこっそりと覗いていたんですね。」
「もう10年以上前になる。今でも目に焼き付いて離れない。「この香久耶姫は私の娘だ」と飛び出す夢を何度も見た。」

 ああ、安荘がカグヤ姫と呼ぶのはこの人がそう言うからか。

「何故あたしを迎えに来てくれなかったのですか。」

 残酷な質問だ。理由は既に祖父と饗子から聞かされている。
 簡単に説明すると、優子から線を辿って贄子の所在が知れると命の危険があったからだ。暴力団が絡んだ事件が有る。

「すまない。私に勇気が無かったんだ。すまない。」
「いやです。許してあげません。」
「すまない優子。だが私は、」

 伸ばす指先を、優子は半歩下がって拒絶する。触れ合う事を許さない。
 もう少し焦らした方がいいかな。

「門代に来たのは幼稚園の頃だけですか。」
「小学校の頃は何度か呼ばれて行った。だが中学生に上がると物辺のお父さんからお断りの手紙が来て、やむなく控えていたんだ。」
「それは仕方ありませんね。」

 仕方ない。優子が「童子姫」だった時代だ。
 父親が、それも普通人の男性が見れば目を覆わんばかりの惨状であった。
 今では優子自身がそう思う。まったく、よくもまあ止められたものだ。

 あの当時に父親について思い至っていたとしても、香納に会おうとは考えなかっただろう。
 いや逆に道具として利用していたはず。鬼畜の如き所業を行ったに違いない。

 「普通人ごっこ」も悪くはないな。

 話を換えよう。
 優子は両手で左右の髪を持ち上げる。くるぶしまで届く、黒い絹糸のように光り輝く髪だ。

「髪、長いでしょ。」
「ああ、ああとっても綺麗だ。」
「かあさんも門代に居た頃は長かったんです。でも掟を破って村の外に、芸能界で生きていくと決めた時に切ったんです。」
「そうだった、贄子は髪は短かった。」
「髪は女の命と言います。巫女にとっては霊力の元でもあります。長く伸ばすと良いことが有るんですよ。」

 香納は不思議な顔をする。優子は何を言いたいのだろう。
 髪を翻して、優子は背後を向く。香納の目の前は真っ黒に煌めいた。

「だから巫女の髪に触れるとご利益が有るんです。物辺神社では。」

 香納は、優子が自分の髪に触れと言ったと捉える。実際それで間違いないのだが、
 近寄り、優子の髪に手を伸ばす。身長180センチの彼にとって、160センチ無い優子の肩が自然と。

「優子!」

 大きな手で両肩を掴まれた。そのまま温かさを確かめる。
 あまりにも計算通りに行動して、やっぱり悪いなあと思う。男は皆そうなのだ。
 優子が髪を示して、髪だけを触った者が居た例がない。皆漏れ無く抱きついて来た。
 もちろん通常はひらりと身を翻して、髪の毛一筋すら触らせない。

 香納の手の感触をしばし堪能する。正直に言うと、このように抱かれた記憶が自分には無い。
 欲情を以って男に抱かれるのは数えるのも止めたが、愛情を持って抱きしめられたのは何時以来か。

 幼時にはたぶん有っただろう。
 祖父が抱っこしてくれたのは間違いない。祝子おばちゃんも、島のおばさんたちも子守で抱いてくれたはず。
 だが物心付いてからは、本当に知らない。
 そもそもが優子は、子供同士であってもじゃれあって絡み合って遊ぶ事も少なかった。
 長い髪が絡んで無茶苦茶になるからだ。

 これはサービスだよ、と心の中で香納に言う。
 そうそう簡単に抱かせていたら、抱き癖が付く。執着してしまう。
 あなたにはちゃんと嫁が居て息子が居て家庭が有るのだから、16年放ったらかしの娘に拘っちゃあいけない。

「おとうさん……。」
「優子。」

 より強く、大きく抱きしめられ、体の重みを父親に預ける。
 親孝行の一環である。自分から抱きつくのは物辺優子のキャラクターではないから、精一杯の譲歩だ。
 ここまで配慮すれば、「物辺贄子の娘」として十分だろう。

 あ。

 思い出した。これほど強く激しく抱きしめられたのは、確か去年の夏以来だ。
 物辺村八月の恒例行事「西瓜盗り」で、中学生の和ぽんを陵辱したカドで喜味子に折檻された時だ。
 チョークスリーパーの感触。あいつ本気で落としに掛かった。

 あれも一種の愛だったのだな……。

 

PHASE 391.

「花憐、私だ。」

 花憐一人だけのホテルの部屋に如月怜が訪ねてくる。
 優子が父親と長々と話をしていつまでも帰って来ないから、暇を持て余している。
 如月から所在を確認する電話が入って、もちろん何事も無いのは警備陣も承知しているがゲキの少女を一人で放っておくのは恐ろしいらしい、遊びに来るよう呼んだのだ。

 覗き穴から確かめてロックを外して招き入れる。
 如月は上下黒のスーツで、まるで男の人だ。髪の短いボーイッシュな彼女は背も花憐より高いから、コスプレ的によく映える。
 素早く視線を走らせて部屋の四隅をチェックした。瞬間的に脅威を判定するのはニンジャ商売の習性。

 花憐は既にパジャマに着替え、後ろ頭のリボンも付けていない。
 寝る気十分で悪いことをしたかなと如月は詫びたら、笑われた。

「わたしの予感に拠ると明日明後日とハードな日が続きそうで、ちょっとエネルギーをセーブしとこうかなってだけよ。」
「明日のスケジュールはテレビの、」
「うん。昼間は香納さんのスケジュールが詰まっているから夜に会食するまでおあずけ。その間わたしたちは「テレビの神様」に会ってくるわ。」
「小郷月舟先生か。」

 如月も難しい顔をする。芸能畑は縁が薄いが「神様」級の人物については一通りの基礎知識を叩き込まれている。
 彼らの所業は常人の理解を越えて複雑玄妙な作用を持ち、官僚や軍人が走りがちな「手っ取り早い」対応と真っ向から衝突し理不尽な妨害となる事も多い。
 もし知らなければ彼らを、百万人が生命と引き換えにしても釣り合わぬ貴重な人材を、凡俗の徒が無思慮にて排除するなどもあり得てしまう。

「百万人は大げさじゃない?」
「小郷先生に関しては一千万人に直接影響が有るだろ。なにせテレビの神様なんだから。」
「ああ、そう言われてみると、恐ろしいヒトね。」

 それでもゲキの少女の貴重さに比べれば物の数ではない。
 如月、世の中の冷徹な価値判断にめまいがして足元がおぼつかなくなってしまう。
 目の前の、綺麗では有るが普通で臆病で小心でケチをリボンで固めた少女に、そんな価値が有るとはどうしても思えない。
 まだしも物辺優子の護衛の方が手応え有る。

「物辺さんは上手くいってるようね。」
「その点に関しては実はまったく心配してないのよ。ここまで連れてくるのが大仕事だっただけで。」

 蛇女だの変態性欲者だの言われ放題の物辺優子だが、一つだけ仲間内から信頼され評価される点が有る。
 物辺村の身内に対しては絶対酷いことをしない。
 これだけは固く信じられている。実の父親である香能 玄に対してもたぶんそうだろう。
 期待を裏切る事は有っても、心を傷つける真似はしないはず。

「贄子さんも、優ちゃんのおかあさんね、も同じで身内には決して酷い真似はしなかったはずなの。香納さん、贄子さん恨んでる素振りもなさそうだし。」
「物辺の巫女はもっと恐ろしいものだと聞いていたけど、そうでもない。」
「いえ、恐いのはこわいわよ。贄子さん饗子さん祝子さんのお母さんである禍津美さまは本当に睨んだだけで人が死んだと言うわ。」

 実際、花憐の父の前妻はそれで逝った。殺されたと主張してもさほど反論も無いだろう。
 如月も思い出す。
 今回「物辺優子東京に行く」ミッション遂行に当たり、予備知識として「何故物辺贄子が失踪しなければならなかったか」を教えられている。
 この一件、軽く見積もっても30人は死んでいた。報復を恐れて身を隠すのも当然なのだ。

 花憐、そう言えばねー、と要らぬ話を思い出した。アフリカの暴君ゲゲポンス大統領の私兵2000人をさくっと手違いで消去してしまったのも、優ちゃんだったな。
 自分に言い聞かせるように言葉に出す。

「とりあえず今回の旅行は、人死は無しという線でいきましょ。」
「うん。」

 如月、ほんとうに願う。ニンジャという職業は人を殺したとて1人あたりナンボと報奨金が出るものでも無いのだ。

「でもね、殺したいヒトだって居るの。その「テレビの神様」とか。」
「何故。」
「あのヒトとんでもない事考えてるのよ。」

 花憐が説明するのは、先ほど香納 玄のチーフマネージャー鷹藤から聞かされた「メディア戦略」だ。
 香納 玄の隠し子発覚は一大センセーションである。と同時に、NWO世界支配における最重要人物「物辺優子」を世間に認知させる絶好の機会だ。
 渡りに舟の状況であるが、問題になるのが優子本人のパーソナリティ。さすがに変態性欲者では困る。

 そこで、一段ハードルを下げる為に替え玉を使う。
 親しみやすく愛らしく優しく儚げな、物辺優子にはまったく欠落している要素を別人に求めるのだ。
 そもそもが香納 玄という大スターと当時は若手注目株であった国民的ヒロイン「千早来瀬」の娘である。
 母親似である事を、視聴者国民は求めるであろう。
 「千早来瀬」の元ネタの娘である花憐に白羽の矢が立つのはまさに当然。
 加えて既に「白カラスを操る可愛すぎる巫女」として全国デビューを果たしている。

 誰がどう考えても、ここは花憐の出番であった。
 もちろん花憐自身のプロモーションでもある。いずれフランスなりヨーロッパのどこぞの王家にでも嫁入りする下準備にマスコミに注目させておく必要は、優子と同じだ。
 NWOでは「グレース・ケリー」的シンデレラ・ストーリーを花憐に用意する。

 などという裏事情を香納 玄サイドは知らない。
 ただ放送業界に絶対的に君臨する「テレビの神様」のお勧めであるから、忠実に従うまでだ。
 確かに今の段階で物辺優子の正体を明らかにするのは早いだろう。フェイクで目眩ましは悪い手ではない。
 更には、現在撮影中の映画の宣伝として公開直前に真相をリークするのも効果的だ。
 誰も損をしない。ただ、花憐が気の毒なだけの話。

 如月は言った。

「ああ、それは殺したいね。」
「でしょお!」

 

 優子は帰って来ない。時刻はもう零時を回った。
 如月は携帯電話で警備陣に確かめる。父娘が対面する部屋にはしっかりと盗聴器が仕掛けてありモニターされている。

「……物辺さんはこのまま父親の部屋に泊まるみたいだ。」
「いいんじゃないですか。親子なんだから。」

 花憐あくびをする。明日も同じくハードな日だろう。
 眠い!

「寝るわ。」
「うん。」

 如月も素直に撤退する。だがニンジャの夜はまだ始まったばかりだ。

 

PHASE 392.

 払暁六時前に物辺優子は自分の部屋に帰ってきた。
 花憐を叩き起こすとそのままシャワー。身支度を整えてスタンバイする。もちろん花憐が優子を拭いた。

 七時ちょうどに3人はホテルのカフェに居る。
 優子の父香能 玄、本名穴生 三嗣のスケジュールが朝早くから詰まっているからだ。一度地方に飛び、また東京に戻ってくる。
 今日は夕食を一緒にするくらいしか時間を取れない。

 生き別れになっていた父娘は1分1秒でも同じ時間を過ごしたいだろうが、現実は厳しい。

「明日は1日オフにしてもらった。だから今日は勘弁してくれ、優子。」

 ほお。と花憐は感心する。優子が「優子」と呼び捨てを許す、これは物辺村の近しい身内と自分達4人だけだ。
 安心と同時に心配にもなる。つまり優子は父親を身内と認めたわけで、身内の敵となる者には容赦しない。
 物辺の巫女は本来恐ろしいのだ。

 花憐は右隣りに座る優子を見る。
 自分の本性を或る程度晒す覚悟を決めたらしい。白い麻のブラウスに紺のスカート、日頃の白黒モノトーンに近い服装だ。
 この姿になると年齢が2、3歳上に見える。元々の印象に近くなる。

 香能もカフェで落ち合った時は少し驚いたようだ。
 無理もない。昨夜はまだ幼さを残す少女であったのに、今朝は十分に女と呼べる色気を発している。
 それでも男を誘惑する気配は無いし、抑制されたシンプルな爽やかさを前面に押し出す。

「優ちゃん、それ祝子さんね?」
「分かるか。これお古だよ。」

 紺色や麻を愛するのは物辺祝子の趣味だ。今朝の優子は祝子調でまとめていた。
 髪も白いリボンで束ねている。きりっと厳しく凛々しい姿だ。

「祝子さんはお父さん子だものね。」
「どういうことだい?」

 香能には分からない物辺村内での常識。花憐説明する。

「祝子さんは、つまり優ちゃんの末の伯母さんです。祝子さんはお父様である物辺の宮司さんを大変に尊敬し慕っているのです。」
「ほお、父親をそんなに。」
「優ちゃんは巫女としての心得の全てを祝子さんから叩き込まれていますから、あーでも、きっちりした所まで似てくれればよかったんですけどね。」

 ははは、と香能は笑い、優子は澄ましてコンソメスープをすする。
 花憐も顔では明るく微笑んでいたが、優子が発するメッセージに心臓がどきどきしていた。
 選りにもよって祝子さんかよ。

「あんまり印象違うから、香能さんびっくりしましたか。」
「いや。」

 香能は朝食には手を出さず、コーヒーを飲むだけだ。感動の対面の翌日で未だ胸いっぱいなのかもしれない。

「贄子は、優子の母親も見る度に印象の違う女だったよ。会う度に新しい発見が有って、キラキラと輝いて決して飽きる事が無いんだ。」
「母さんほどには変われません。でも、猫をかぶるのは嫌いです。」
「うん。」

 父娘仲良く同じタイミングでコーヒーを飲む。これは偶然で計算は無い行為だが、血の絆を納得させるものがあった。
 朝食を摂り終わったと見て、香能のチーフマネージャー鷹藤がテーブルに近付いてきた。にこやかに少女二人に挨拶する。

「おはようございます。今日もまた一段とお美しい。」
「おはようございます。」

 しかし彼は催促に来たのだ。急がないと飛行機に乗り遅れてしまう。
 後ろ髪を引かれながらも香能は立ち上がる。二人も立って見送ろうとするのを左手で制して言った。

「今日は必ず夕食を一緒にしよう。そして明日は完全にオフだ。どこまででも付き合うよ。」
「はい。約束ですよ。」
「ああ、約束だ。」

 優子の言葉に片頬を緩めて、必ずと固く誓い、花憐を見て頼むよとウィンクして彼は行ってしまった。
 しばらくは二人、脱力。
 同時に息を吐いた。

「……優ちゃん、祝子さんごっこは悪趣味だわ。」
「そうか? 喜んでいるように見えたが。」
「だから悪趣味なのよ。祝子さんのおじさんへのそれは、ほとんど信仰のレベルでしょ。真似をするにも大げさ過ぎるわ。」
「知らない人はそこまで分からないから、いいじゃないか。」
「知ってるわたしがドキドキしたわよ。あーもー恥ずかしい。」

 花憐はボーイに頼んで紅茶を淹れ直してもらう。ついでにもう一品ケーキを追加した。
 昨夜は結局夕食はいい加減な形になり、腹が減った。腹が立つから食ってやれ。
 ちなみに花憐が着ているのは、本来ならば優子が着るはずだった時計柄の裾の長いワンピースだ。「時間の魔女」をイメージさせるはずであった。
 朝だからリボン無し。

 美少女なのに大食らいの花憐を横目に、優子はコーヒーカップを両手で弄んでいる。
 遠くを見る目で、なにやらものを想って、いない。

「優ちゃん、寝不足?」
「うん……。さすがに寝たふりは疲れた。」
「ああやっぱり。」

 六時前に戻ってきたから花憐も気が付いていた。尋常であれば優子がこんな早くに起きる道理が無い。

 昨夜父娘で夜っぴいて語り合う意気込みであったものの、緊張と興奮により優子がダウン。そのままソファで眠ってしまう。
 ぐったりした優子を香能がベッドまで運び、寝姿を傍で見守り続けた。
 そういう演出をやってのけた。彼がコーヒーしか飲まなかったのも、徹夜明けで食べる気がしなかったからだろう。

「もう一回、寝る?」
「要らん。このくらいどうもしない。」
「うん。じゃあスケジュール通りでこのまま行くね。」

 花憐、手を上げてカフェの外で待機する如月怜に合図を送る。
 上下黒のスーツに身を固める少女ニンジャは、携帯電話で上司に連絡する。

 本日の警護任務、予定に変更無し。

 

PHASE 393.

 放送情報技術研究所、という所に「テレビの神様」小郷月舟の祠が有る。訪問する約束をしていた。

 九時ちょうどにホテルを出ると、専用車が待機している。
 自力で行くのも良いが護衛の人達のストレスが百倍くらい跳ね上がるから、観念して開いたドアに乗り込んだ。
 もちろん防弾車。普通の黒塗りセダンに見せ掛けているが、窓ガラスの厚さが違う。

 運転手は男性でガタイがでかく、制服は着ていないがおそらくは警察官。SPであろう。
 つまりニンジャではない。ちょっと意外、でも納得。
 ニンジャはあくまでも影の守りに専念し、表は公的な実力機関に任せるのだ。

 ただもう少し両者連携してもよいのではないか。この運転手、愛想が無さ過ぎる。
 どうもNWOへの協力体制の主導権をどこが取るかで、日本政府官僚組織と「彼野」系アンシエントが綱引きをしているらしい。

 などと考えている内に車はどんどん進んでいく。首都高に乗って、降りて、また乗って。
 ぐるぐると余計な道を回っていると感じるのは、保安上の特別なルートを使っているからだろうか。
 二人が乗った車の前後をこれまた黒塗りのバンがエスコートし、さらに交差点ごとにパトカーやら白バイを見る始末。
 ほとんど総理大臣の移動だ。

 呆れ果てて、花憐は運転手に尋ねる。

「あのすいません、あなたはわたし達が何者か知っているのですか?」
「詳しいことは聞かされておりません。ただ生命に関わる危険を常に警戒せよと命じられています。」
「はあ。」

 ため息を吐く花憐だが、ほんとうに貧乏くじを引いているのは運転手だ。
 なにがどう偉いのかまったく分からぬ小娘二人を命に代えて守らねばならぬ。災難だな。

 席に背を戻した花憐に、優子が提案する。

「車から降りたら護衛は一切無し。少なくとも目に入る場所には居るな、と命令しよう。」
「命令、受け付けてくれるかしらね。あやしいわよ。」
「ニンジャが居るだろ、と言えば通じるはずだ。」

 それは、おそらくは警察やら自衛隊関係者にとって屈辱的な話でしょうね。
 と花憐は思うが賛同する。
 いくらなんでも杓子定規過ぎるぞ、この対応。

 

 放送情報技術研究所は、NHKとはまったく関係の無い施設である。

 NHK放送技術研究所みたいな街場のビルでもない。
 見た目完全に工場だ。塀に囲まれた広い敷地に低層の建築物が幾つか有る。
 門は大きな鉄の柵で閉ざされ、守衛の詰所で中の担当部署に連絡すると通してくれる。なかなか厳重。

 「テレビの神様」について尋ねてみる。35歳ほどの男性の守衛は、ああ! と納得して丁寧に教えてくれた。
 この施設に「テレビの神様」を訪ねてくる人は少なくないらしい。研究所本来の仕事とは別に神様関係業務というのが有るのだ。

 小さなパンフレットをもらい、教えられたとおりに進むとすぐに祠を発見する。
 優子と花憐は眉をひそめた。

「これ……?」

 まさかほんとに祠とは思わなかった。小さなお稲荷さんとほぼ同じ簡素な木造の箱だ。
 当然のことながら中に人が入るスペースは存在しない。
 じゃあ神様とはどうやって連絡を取るのだ。

「そりゃ当然に、お賽銭あげてぱんぱんと二拝二拍手一拝でしょ。」
「ああそうか。え?」

 振り返ると、黒髪を額でまっすぐに切り揃えた女子中学生が立っている。白いシャツに濃藍のジャンパースカートを着ているから、ほんものの中学生にしか見えない。
 これがメディア評論家の小郷月舟、「テレビの神様」その人だ。

 神道関係のプロフェッショナルとして、物辺優子が不機嫌に抗議の声を上げる。

「なんだよこれ。神さまバカにしてるのか。」
「ちょっとまて、ここの御神体は私だ。私を祀る祠にそれほど大袈裟な宮が必要だと思うか?」
「力の有る神ならばそれなりの体裁を要求するべきだろ。これでは人に舐められるぞ。」
「いいんだよ。これ見て神を軽んずる奴のお願いなんか聞いてやるもんか。」

 そういう事であるならば、と優子も引っ込む。
 実際神の力と宮の大きさとは特に因果関係も無い。古代はそもそも建物すら必要なかったのだ。

 改めて、月舟がふんぞり返って二人に礼拝を強要する。見た目十四歳程度にしか見えないから、非常に滑稽な光景だ。
 どうでもいいところで波風を立てるのも馬鹿馬鹿しい、二人は素直に頭を下げる。
 月舟は良い気分らしい。

「じゃあ私の事務所に案内するよ。そちらが本当の神社だ。」
「なんだ、やっぱり御宮はあるんじゃないですか。ほら優ちゃん、」
「実はだ、この祠に納められているのは、本当にテレビカメラなんだよ。私のとこから誰が来たかちゃんと見えるようになっている。」
「じゃあ神様をバカにしてる人が来た場合は、即バレちゃうわけですね。」
「天罰覿面に当たる。世の摂理は厳しいのだ。」

 だが案内された事務所とやらもさほど大きなものではない。家だ。
 普通の一軒家が工場敷地内に在る。現代建築で鉄とコンクリートとガラスの冷たい印象で、人の住まいの感じはしないが。
 表札には「メディア評論技術修練所」と書いてある。まったく意味が分からない。

 ガラス扉を月舟自ら開けて二人を中に案内する。下足を脱いでスリッパに履き替えて、応接室に上がった。
 なんとなく、漫画家の仕事場という単語が口から出そうになる。本棚漫画ばっかりだし。
 月舟は言った。

「コーヒー飲むかい。」
「そんなこと神様にさせられません。わたしがします。」
「そうかい。花憐ちゃんはモノの道理の分かった賢い子だね。」

 小さなキッチンのガスレンジに火を点けておしゃれなケトルを掛け、花憐は湯を沸かし始める。
 一方優子は遠慮も無しに黒い革張りのソファにどっかりと座り込む。
 白い麻のブラウスに紺のスカートの禁欲的な服装にも関わらず、かなり行儀が悪い。
 月舟はその対面のソファに、ガラステーブルの上に無造作に積まれた薄い雑誌を幾冊か叩き落としながら、座る。

 優子、相手の神様ランクが軽いと思うのか、かなり横柄に喋る。

「なにか用が有るんだって?」
「用というならそのとおりだが、お前達が自力でやらねばならん事の手引きをするだけの用だよ。」
「具体的には、何?」

 花憐もキッチンから寄ってくる。

「つまり「彼野」と日本政府、双方に対して顔見世をしろって話だな。夏休みで暇なんだから政治をやれ。やらなきゃそちらの立場が不快なものになるだけだ。」
「それはご配慮いただきありがとうございます。でも神様は「彼野」の幹部メンバーなのですか。」

 月舟、月刊の四コマ漫画誌を床から拾い上げてページを探しながら、花憐に応じる。

「私は役職なんかにまったく縁の無いオブザーバーだな。只の人間の組織に神の居場所なんかあるもんか。」
「神さま、あんたの立ち位置がよく分からんよ。結局あんたは偉いヒトなのか、それとも人を脅迫してデカイ顔をしているのか。」
「もしお前が鬼の力だけを持ち、人間の組織に関与するとしたら、どっちになる?」

 優子考える。おそらくは自分は鬼の力だけを用いても、組織内で或る程度の高い地位を占めるだろう。だが組織の人間からすれば、力に怯え対策し祭り上げるに過ぎない。
 素直に謝った。

「すまん、バカなことを聞いた。」
「そういうことだよ。神様とか鬼が人界でまともに扱ってもらえるわけ無いんだ。」

 

PHASE 394.

 花憐尋ねる。エスプレッソ紅茶抹茶ラテと三人三様のオーダーを淹れながら、全部インスタントのスティック入りだ。

「ところで、放送情報技術研究所ってのは何をする所なんですか。」
「NWOの基地の一つさ。ここでなら騒音出しても大量の電力を消費しても誰も怪しまない。」
「あ、そういう便宜があるわけですね。工場ってのは。」

「もちろんちゃんとした研究活動もやってるよ。ここは主にコンピューターだな、日本全国あらゆる場所の監視映像を解析して宇宙人の活動を発見する、そんな技術を開発してる。
 他にはー、CGもやってたな。リアルタイム画像を解析して対象の3DCGモデルを即時に生成し、質量とか出力を計算する。対宇宙人戦闘の情報サポートに欠かせない技術だ。
 ほかにはー、インターネット世論の誘導実験とか進化した人工無能技術によるツイッター書き込みとか、スーパーハカー養成とか。」
「分かりましたわかりました、一応はちゃんとした研究所なんですね。」

 月舟は抹茶ラテを選択する。花憐は紅茶、優子エスプレッソコーヒー。
 三人ともソファに座ってずるずるとすする。しばし無言。

「つまり東京に居る間に「彼野」と「日本政府」の偉い人に一回会ってほしいんだ。」
「まあ、ここまで来たからにはそのくらいの覚悟は出来てます。」
「しかし私の見たところ、あんた達はだいぶスキルが上がってるみたいだね。場数を踏んだというか、偉い人に物怖じしなくなったとか。」
「ええ、まあ。」

 主に花憐が喋るが優子も否定しない。
 自分は前から化け物だが、花憐も鳩保も童みのりも、喜味子も元々化け物か、だんだんと只者では無くなってきたのだ。
 レベルアップしたと普通に評価するべきだった。

 月舟はならばと難題を言い始める。

「七月に会った時よりも格段に上がってるなら、ここはひとつ「敵」のツラでも拝んでおくかい。」
「敵、ですか。」

 花憐はなんとなく予想していたものが来た、と嫌な顔をする。
 神様の言いたいことが分かるのだ。

 自分達に接する大人達は皆妙に物分りが良く、慇懃で、腫れ物を触るように神経質に扱う。だがもう飽き飽きだ。
 ほんとうは彼らはそんな真似したくない。
 只の小娘なんか脅してすかしてぶん殴って思い通り言いなりにさせる方がよほど楽。血脈が必要ならば遺伝子だけ採集してぶっ殺して終了させるのも手だ。

 生憎通常の手順が効かないから、回りくどい鬱陶しい作業でゲキの少女のご機嫌を取り結ぶ。

「敵はそんなに簡単に呼び集められるのか?」

 優子がやっと興味の湧く話題を振ってくれたと食いついた。
 だが月舟は左手をふらふらと振って否定する。

「大物はやはり手間が掛かる。小物がうじゃっと、今回はそれで勘弁してくれ。」
「質はともかく、ある程度の数を虐殺するのも古典的支配力強化の常套手段だ。あたしはまったくかまわん。」
「わたしが構うわよ! 神さま、優ちゃんはダメです。」

 月舟も、そうだなと優子を勘定から外す。元々物辺優子が危険人物なのは「彼野」でも認知する。

「今日はさすがに無理だから、明日のスケジュールはどうなっている?」
「明日は優ちゃんは父親の香能さんと一緒に一日、いちにちー、優ちゃん何するの?」
「え?」

 香能 玄は優子の為に明日一日をまるまるオフにしてくれている。東京都内を二人して散策して父親らしいところを見せる予定だ。
 が、具体的に何をするかはまだ考えてない。
 おそらくは母親物辺贄子の足跡を追うとかになるだろうが、芸能界から干された人間の往時の姿を訪ねても面白くなるとは思えない。

「歌舞伎町でも行こうか。渋谷六本木辺りも土地勘有るし。」
「えー、そんな父娘デートなのよ。香能さん見つかっちゃうじゃない。」
「どこ行ったって見付かるさ、デートなんだから。」

 優子反論するも、さすがにまずいかなと考える。
 今の段階ではあくまでも自分の存在は曖昧にして、花憐を使った欺瞞情報を流さねばならない。
 もっと無難なデートコースは無いものか。

 月舟が、不思議な珍しいモノを見るかに優子達に瞳を向ける。お前達何を言っているのだ、計画が。

「「香能 玄隠し子発覚」のメディア展開のカラクリの説明は、まだ受けていないのか?」
「一応は聞いていますが、何をするかは、」
「目立ちはするがメディア情報を制限しやすいステージがちゃんと用意されている、とは聞いてないのか。」
「あるんですかそんなとこ?」
「東京ディズニーランドでスタンバイしてるぞ。ほんとに聞いてない?」

 げ、と優子花憐は口を開いた。
 世界的大人気のブランド遊園地は、物辺優子の存在にとって一生縁の無い場所だ。だいいちあのネズミ、かわいくないだろ。でかいし。
 しかし花憐も、言われてみればと考え込む。

 無論優子にとって遊園地は鬼門。鬼がへらへらと笑い遊具を楽しむなんて、想像しただけで反吐出そう。
 だが、要するに優子は遊園地初心者である。これは大きなポイントと呼べよう。

「優ちゃん、ディズニーランドは当たりだ!」
「なんだよおまえまで。」
「優ちゃん遊園地嫌いでしょ、乗り物乗ったことも無いでしょ。」
「あるよ、小学生の頃学校の遠足でおまえらと行った。」
「もちろん祝子さんもおじさん(祖父)も饗子さんも連れて行かない。物辺の人は誰もそんなことしない。」
「そうだよ。」

「対して香能さんは、香能さんもそんな楽しい所はイメージ的にそぐわないんだけど、あの人奥さんが居て子供が居るでしょ。」
「ああ、十歳って言ってたな。」
「つまり香能さんは遊園地慣れ、ディズニーランド慣れしてるはずなのよ。」
「そう言われればそうかな。」
「香能さんのアドヴァンテージの有る所に、まったくの初心者の優ちゃんが連れて行かれる。これは父娘デートとしてポイント高いわ。」
「げげ。」

「決まりだな。」

 月舟もにやにやと笑う。そいつぁ面白えや。

 

PHASE 395.

 二〇〇八年の土用の丑の日は、七月二十四日と八月五日。つまり今日だ。
 城ヶ崎花憐と物辺優子は「テレビの神様」に連れられて、うなぎ屋でお昼をいただく事となる。
 と言っても工場の近くにまともなうなぎ屋が有るわけも無し。タクシー呼んで遠くまで食べに行く。

 月舟は神様だから警備状況のバカみたいな物々しさも承知しており、只のタクシーの前後を防弾車両が固めるのをけらけら笑って面白がった。
 着いたお店は昭和初年の趣を残した渋い木造家屋のうなぎ屋で、但し丑の日であるから大繁盛。月舟の名前で予約していても、店先にしばらく並ばねばならなかった。
 月舟、自嘲気味に言う。

「まあ丑の日にうなぎを食おうなんて、バカのやることだよ。」
「ああまったく。」
「ですねえ。」

 花憐、
「で、ここのお店は、産地偽装は大丈夫なんですか?」

 月舟はおろか、列に並ぶ大人の客からも冷たい突き刺す視線で虐められてしまう。
 客が並んでまで食おうとする店が産地偽装うなぎなんか仕入れるはず無いだろう。このトウシロ奴、てな目をしている。
 いやそもそも、女子高生や女子中学生がビジネスマンに並んで高いうなぎを食うなんて、身の程知らずも甚だしい。
 優ちゃんタスケテ。

「うん。」

 優子、さっそくに演技を始める。たちまち玄人筋の客と並んでヒケを取らない渋味を醸し出す「佳い女」に成って見せた。
 麻の白に紺のスカートという和風配色も絶妙な効果を発揮する。
 傍から拝見すると、優子姐さんが花憐嬢ちゃんや月舟ちゃんを伴ってご馳走してくれる、てな風情。

 しかしこのパタパタの煙、どうにかならないものか。服に炭の臭いが染み付いてしまう。

「じゃ、いつもの頼むよ。」
「すいません小郷様、今日は人の目がありますから、ちょっと。」

 やっとの事で奥の座敷に入れた三人。月舟は行きつけの店であるからといつものようにお銚子を頼む。が、さすがに今日は一般人が多すぎた。
 どこから見ても中学生が昼日中から酒かっ食らっていれば、弁解のしようも無い。
 三人ひたすら茶を呷るしか手が無かった。

 辛い。月舟も優子もこれは辛い。
 しかもうなぎはなかなか来ない。来るはずがない、元々うなぎで一杯は時間を食べるような気の長い道楽だ。
 丑の日でひっきり無しに焼いているとはいえ親父手を抜かぬから、やはり長い。

 三人はたちまちダレた。だいたいここ冷房も無いよ、扇風機だよ。

「神さまー、この御店にはいつから通ってるんですかー。」
「15年、は越えたな。まだ私が一般人としての常識を忘れてない頃だ。」
「今は非常識なのか。」
「15年まったく年を経らずぴちぴちのガキのままで世間を生きるのだから、そりゃ常識なんか構っていられるか。」
「ですよねー、ふつうならコンビニの何処産か分からないうな重弁当で我慢しますよ。」

「あんた何歳なんだよ、実際。」
「先代のテレビの神様が引退したのは一九八一年だ。その時たぶん本物の中学生だったぞ私。」
「じゃあ、実年齢四〇歳超えてるわけですね。」
「そういうことになるのか。月日の流れるのは早いものだなあ。」
「四〇歳にしても精神老けてないか?」
「かもしれん。先代の記憶と、先々代はまだラヂオの神様だったがの記憶も受け継いだからな。若さなんてとっくに捨てちまったよ。」
「神さまって、先代さまの記憶を移植できるのですか?」
「いや日記を読むだけだよ、営業日誌。でも読んでる内にだんだんとその頃の気分というか世情というかが身体の中に流れてきて、なんとなく自分がその頃生きていたかの気分になる。あくまでも気分な。」
「若くないなあ。」

 あんまりにも退屈な時間が続くので、しごとのはなしをしよう、という運びになった。
 無為の時間を長く強いられるほど、人は勤勉を志すものだ。

「では日本政府の方は今回遠慮して、「彼野」の幹部に会わせよう。」
「はい。ですが総裁とか首領とかが存在するものでしょうか。」
「無いな。「彼野」は有力なアンシエントの集合体であって、協議会の議長は有れどもそれが最高権力者とは呼べない。本当にただの取りまとめ役だ。」
「実質の支配者は誰だ。」
「それは考え方による。過去の伝統を支配する者、現在の権力を牛耳る者、これからの未来を築く者。お前達、どれに会いたい?」
「未来。」
「そうね、やはり今後の事を一緒に相談出来る人でないと困るわね。でも現在の権力者というのは外せないし。」
「そちらは政府関係者と会う時にまたセッティングしよう。」
「お願いします。」

「花憐ー、でもさこういう仕事は芳子の管轄じゃないか。」
「あーそうねー、ぽぽーにやってもらわないといけない話かしらね。やっぱり交渉事は。」
「ポポーというのは鳩保芳子のことか?」
「はい。鳩ぽっぽ子、の略でぽぽーです。保も芳もホでしょ。」
「いや我々もだ、最初は鳩保嬢に政府関係者との交渉をやってもらう気だったんだ。なにせ絶対的な命令能力を持っているだろ、それに指導力が有るという触れ込みだったし。」
「ええ、ぽぽーはしっかりしてるし仕切り屋ですし、交渉事は上手ですよ。」
「そういう見込みで計画を進めていたんだ。だがお前達の門代での活躍を詳細に調べた結果、あいつあまりにも女の子女の子しているというので保留になったんだ。
 逆に頼りない平凡で普通の女の子と思われた城ヶ崎花憐、あんたが実はかなりタフで交渉窓口に適していると判断されるようになった。」
「はあ。」

「さすが大人は見るところが違うな。芳子も底が見透かされたわけだ。」
「まあぽぽーは昔から、「泣き虫よっちゃん」でしたからね。」
「うん、それも調査で把握してる。物事が上手くいかないと泣いてぶち壊しにするらしいな。」

 月舟、肝吸いをすする。だんだんと卓の上がうなぎ屋らしくなっていく。
 花憐、

「でもそれはぽぽーを甘く見過ぎています。鳩保さんが一番強くなるのは泣いた後なんですよ。
 泣いて、泣かされてしまうともう見境が無くなって、その子を徹底的に完全に負かす為にありとあらゆる卑劣な手段を手間暇惜しまずねちねちと、それも自分が悪い子呼ばわりされないようにずる賢く矢面に立たずに裏から、やっつけてしまうんです。」
「なんだそりゃ。最低の女だな。」
「最低なんですよ、だからクラスの女子にまったく人気が無いのがぽぽーです。」
「うん、芳子は最低だ。鬼だの蛇女だの言われるあたしの方がまだ人望が有ったりする。」

「嫌な女だなあ。」
「そんなのに権力を与えようと言うんですよ。あなた方は。神さま。」
「剣呑だなあ。」

 

 うな重、来た。

 

PHASE 396.

 うな重は確かに美味しいのだが、ほとんど瞬時に消えるものの為にこれほどの待ち時間を必要とするのは、効率的にどうなのだろう。
 もちろんこれは主観時間であって、うなぎ屋の親父に言わせれば通常の3倍は早かったと主張するはずだ。

 花憐、財布を開いて万札を数枚取り出し優子の手の中に押し込む。
 まさか女子中学生にタカる姿を世間様に見せるわけにもいかず、優子姐さんのオゴリという体裁を整える為だ。
 外面に真っ先に意識が行くのは、状況が悪化の方向に向かう現在で考えると、花憐の美点と言って良い。

 うなぎ屋を出た三人をうだる暑さが襲う。強い日差しに手を額にかざしながら、月舟は言った。

「せっかく東京に来たんだから、芸能人に会ってみるか?」
「え、いいんですか。」
「本業だからね、誰でも良ければ案内するぞ。」

 誰でもは嬉しくないが、せっかくの申し出を断るのも悪い。
 優子に振り向くと、彼女は芸能界まったく興味が無いから花憐の好きなようにと顔で応えた。
 じゃあそういうことで。

 

「えーーーーーー。」
「なんだその嫌そうな顔は。」

 放送局に行くと言うから付いて来たのに、訪ねたのは小さなFMラジオ局だ。ビルの列の間にアンテナがぼんと立ってガラス張りの放送ブースが道に面して設置されてある。
 こんな所に一流芸能人が出演する道理が無い。騙された。

「まあまあ。ここは今頑張ってるところだから連れて来たんだよ。テレビのていたらくはお前達もよく知ってるだろ。」
「でもー、名前も知らないお笑い芸人に会っても、なんですよー。」

 一応は放送局であるから割と出入りは厳重だった。
 放送スケジュールが書いてある黒板、ほんとにチョークの黒板だ、を見てみると、やっぱり知らない人がパーソナリティを務めている。
 で月舟は、確かに顔なじみらしくディレクターやらタイムキーパーやらと普通に会話している。
 業界関係者のインタビューを収録していたらしく、でも席を外して本人居ないから面白くもなんともない。

 花憐と優子はさすがに呆れて無駄時間をひたすら耐える。神様あんた自分がここ来たかっただけでしょ。
 いい加減帰ろうかと思ったその時、

「にえこ! 帰ってきてくれたのか!」

 いきなり太い声が飛んでびっくりした。優子が後ろで縛った黒髪を振り回して背後を向くと、香能 玄とさほど変わらぬ歳の男が自分を凝視するのを発見した。
 50代でいかにも業界人、いや芸能業界で長年を無駄にだらだらと過ごしている内に落ちぶれるのを自分では気付きたくない、だから若作りして時代に迎合しようとする。
 そんな男だ。
 もちろん優子はまったく知らない。誰だこいつ。

 花憐はかろうじて覚えていた。この人は数年前まではワイドショーにたびたび出演してコメンテーターをしていた映画監督。「映画を撮らない映画監督」だ。
 そして、つい昨日もその名を聞いた。
 優子の左に顔を寄せ、ささやく。

「優ちゃんこの人、昨日安荘さんの話に出た「贄子さんのビデオ作品撮ったヒト」よ。」
「おお。」

 映画監督の渋島という奴か。
 花憐の記憶に拠れば、渋島はテレビに出演している時は茶色のサングラスを掛けてトレードマークとしているが、今日は普通に素通しのメガネだ。
 だから優子に驚き最大限に見開く目もこちらから確認できる。

 彼は、優子を母親の贄子と勘違いしている。よく似た親子だから無理もないが20年近く姿が変わらないと考えるのは迂闊だろう。
 大きく両腕を広げて優子を抱こうと、いや逃さぬよう捕まえようと突進してくる。
 さすがに迷惑だから空手チョップで腕を払って地面に伏せさせた。手首を掴んで関節を極めて拘束する。
 武術の達人である祖父の技を少々拝借。祝子ほどではないが、物辺の女は習わずとも近くで見覚えてかなり使える。

「に、贄子。良かった帰ってきてくれた。仕事の話が有るんだ頼む、たのむから聞いてくれ!」
「すみません、この子は物辺贄子というヒトでは無いんです。渋島さんですね、映画監督の。」

 極めたまま仁王立ちする優子に代わって花憐が頭を下げて謝った。
 今のは優子悪くないのだが、ほぼ無傷で済ませているから大変な気の使いようだ、とにかく謝るのが勝ち。

「贄子じゃない? いやそんな、これはどう見ても物辺贄子だ。にえ、あ、いやまた名前を変えたのかそうか、今は何だ?」

 どうしても認めようとしない。
 やむなく月舟がやって来て説明をする。「テレビの神様」の存在は業界関係者でも一流人しか知らないが、発するオーラの強さにひれ伏すくらいには渋島にも見る目が有った。

「渋島くん、こちらは物辺贄子の実の娘で物辺優子十六歳だ。正真正銘の女子高生で、贄子じゃないよ。」
「にえこ、贄子じゃない。あ、いやそれはそれならそれでいい。贄子はどこだ、何処に住んでいる連絡先を教えてくれ、教えて欲しい仕事の話が有るんだ。新しい映画の、」

 ほとんど錯乱状態である。彼はもう10年以上映画を撮っていない、ただの文化人タレントとして食っている。
 だのに未だ映画に拘るのは、いきなり物辺贄子の亡霊を見て逆上したのか。
 月舟が説明してくれる。

「こいつはね、ビデオシリーズで冗談みたいなまぐれ当たりを出したお陰で大作映画の監督に抜擢されてね、大金使ってスター俳優多数使って、で大コケさせたんだよ。1週間で上映打ち切りだ。」
「ははあ。」
「でもその1年後、1時間弱の短編映画を発表して外国の映画祭の審査員賞を受賞している。この違い、分かるか。」
「贄子さん、が出演しているかいないか、ですか。」
「そういう事だ。まあ映像表現の美しさと叙情性においては今でも評価すべきところがあるんだが、本人だけじゃあ残念ながらってとこだ。」

 はあ、と花憐は納得する。優子は、しかし月舟を冷たく睨む。

「あんた、こいつがここに来ていると承知であたしら誘ったな。」
「面白いだろ、これが今にまで残る物辺贄子の痕跡って奴さ。全然昔に終わった話じゃない。」

「贄子、にえこおおおお。」

 床に貼り付けにされながらも聞く耳持たずに吠え続ける渋島。放送局のスタッフもいきなりの修羅場に当惑してただ見守る。
 優子、膝を揃えてしゃがみ、渋島と目線の高さを合わせる。
 鬼女の笑いを見せた。優子は本来こういう男は好きなのだ。

「あたしを、撮りたい?」
「と、撮りたい撮らせてくれ、贄子でなくてもあんたなら、贄子の娘ならきっと俺は!」
「でもあたしは、贄子のように優しくはない。ナイフで心臓抉るダメ出しする。それがあたしの特質だ。」
「あ、ああ撮れれば、俺に撮らせてくれるならなんでも聞く、なんでも従う。だから!」

 再び笑って優子は拘束を解いた。そのまま局から出て行かせる。今日の仕事は終わり、連絡はまたここにしろ、と。
 渋島は、未練がたっぷり残るが少なくともコンタクトと承諾を得てとりあえず良しとし、素直に退散する。
 外の道路に面した放送ブースのガラス窓から狂喜乱舞するオヤジの姿が見えて消えた。

「いいの、優ちゃん。」
「悪いかな、動画撮られるのは嫌いじゃないし。本職でしょ、一応。」
「物辺の巫女は表には出ないんじゃなかったの。掟あるじゃない。」
「だっけ。えー、そうだあたしも偽名を使おう。「物辺贄子」、ってのでどうだ?」

 花憐は呆れて月舟を睨む。事件の張本人は最初からこうなると知っていたかにうなずいている。

「贄子二世、いいじゃないか。」
「他人事だと思って。」
「いや、これも功徳だと思って諦めろよ。成仏できないシネマ亡者を往生させるお手伝いさ。」

 やっぱりこの人は「テレビの神様」だ。普通の女子中学生ではない、変な論理で動いている。
 花憐、またストレスが溜まる。

 

PHASE 397.

「そうか、花憐ちゃんは仏文学科が志望なんだ。」
「母が長年フランス在住というのもありますが、最近祝子さんに徹底的に鍛えられる機会がありまして、このままいっちゃおうかなと。」
「勢いか。うん、自分が納得できるならそれが一番だ。」

 午後七時過ぎ。ホテルに戻った物辺優子と城ヶ崎花憐は、待ち受けていた香能 玄こと穴生 三嗣と落ち合い晩餐を共にする。
 残念ながら本日はこれで終了。彼は泊まらずに「自宅」へと向かう。
 家族、が待っているのだ。

「それで優子は将来の進路希望はもう決まっているのかな。」

 香能は上機嫌で娘に話し掛ける。昨日は緊迫した対面であり真剣勝負の場であったから素面で臨んだが、今日は軽くワインを嗜む。
 ほんのりとした幸福感の中に居るが、実はなかなかに難しい立場にあった。
 彼の妻、つまり優子にとっては弟の母という事になる、がどうも隠し子の存在に気付いたらしいのだ。
 スケジュールに無かった自宅への帰還も、彼女をなだめるのが目的らしい。

「そうですねえー、」

 父の苦悩をまったく気に掛けずに優子は肉を口に運ぶ。
 ごちそうといえばステーキ、短絡的な発想で今日のメニューは選んでいた。物辺神社は基本的に貧乏なのだ。

 晩餐の衣装は朝とは打って変わって女の子らしい白のドレス。儚く軽く、本人の意志とは関係無しに心浮き立って見られてしまう。
 そこが花憐の計算だ。スイートでファンシーの羞恥プレイだ。
 ちなみに花憐は淡いピンク。お揃いで合わせている。

「色々と試してみた結果、どうやらあたしは芸術の才が有るみたいです。美術も書もなんなくこなすけれど、総合芸術という形でまとめてみようかと。」
「では美術学校を志望校とするのか。」
「物辺神社の掟で巫女は人前でおおっぴらに自分を見せびらかす仕事はしちゃいけないのです。でも作品というモノならばそんな制限も無いかな。」
「表現をする仕事に就きたい、そういう夢だね。」
「演劇部に入って役者は出来ないと確信しましたから。」

 はは、と笑う優子に釣られて香能も花憐も笑う。
 さすがに「気配りの人」物辺贄子の娘を演じているだけあって、父親と同じ仕事、母親が失敗した仕事はやらないよと宣言してくれる。
 香能も芸能界入りを志すならば手助け出来るが、正直気乗りのする話ではない。母親の悪評が今も芬々と漂っている。
 本人が嫌と言うなら安堵するばかりだ。

 香能は娘とその友達がしっかりと将来を考えて今を生きる事に、納得と安心をする。
 親は無くても子は育つと聞くが、なるほど母親と同じく元が強くて丈夫だった。親友も居てサポートしてくれる。

 花憐を優子の親友と理解するのは、間違ってはいないが多分両人はいえいえそんなのじゃありません、と否定する。
 だが香能にしてみれば十分であった。

 その花憐、話の流れ上どうしても自分が切り出さねばならない用件があると心得る。優子は絶対に話さない件だ。

「香能さん、明日は一日優ちゃんとデートなんですね?」
「ああ。」

 八月六日は完全オフ日で開けてあり、優子に丸一日付き合う事が出来る。
 これは大変なものだ。

 本来であれば渡米を控えて、しばらく離れ離れとなる妻と長男に対して家族サービスをするはずのオフだ。
 貴重な一日を優子の為に費やす。妻がとさかを曲げるのも無理は無い。

「どこに行くか、もう決めていますか。」
「それなんだが、君達のような歳の娘とどこに遊びに行ったらいいか、難題だ。花憐ちゃん心当たりは無いかな。」
「ええありますとも。優ちゃんは遊園地に行ったことが無いんです。」

「あるよ、そのくらい。性に合わないだけだ。」

 優子は昼間でもう観念しているが、一応は抵抗を試みる。
 もちろん花憐は容赦しない。

「東京ディズニーランド。香能さんは何度も行ったことありますよね?」
「うん。自慢ではないがそこそこ経験は有る。」

 子供がまだ幼いから、だけではない。香能の妻は一回り以上歳が離れた若い人だ。
 香能四十一歳の時に二十五歳で結婚している。
 妻の好みに従えば、不本意ながら軟弱な場所にも強制的に連れて行かれてしまう。

「というわけよ、優ちゃん。」
「うう鬼め。うう、」

 優子、改めて父を見る。

「うう、」
「ほら、優ちゃん。」
「うう、おとうさん、あたしをディズニーランドに連れてってください。ちょっと花憐、これやめだやっぱり!」
「という事です。」

 照れて親友に食って掛かる娘を見て、香能も吹き出す。
 花憐ちゃんは本当にいい子だ。こちらの得手に優子を乗せてくれる。

「わかった。その望み叶えてあげよう。」
「ありがとうございます。」

 優子の代わりに花憐が頭を下げる。
 鬼の娘がぜつぼうてきな表情で見返すのに、ぺろりと舌を出した。

 

 帰る香能を見送り、部屋に戻った二人。優子はそのままベッドに倒れ込んだ。

「生まれてこの方、これほど恥ずかしい思いをしたことがない……。」
「ざまあみろぉ〜。」

 携帯電話に着信してびっくり。花憐は即開いて耳に当てる。

「怜?」
「花憐、こちらに小郷月舟氏より極めて特別な申し入れが入ってるんだけど、これは事実なのか?」
「ああそれね。うーん、あなた方の方でもちょっと確認したい事あるでしょ。」
「責任者の上の人が協議したいと言ってる。今から時間取れないか」

 花憐、優子に向いて「昼間の件だ」と伝える。
 優子は別に困らない、花憐を対象とする責め苦である。ただ協議には同席するべきであろう。

「ここに責任者呼んでいいぞ。」
「いいの?」
「おう。」

「怜? うん優ちゃんいいって。この部屋に責任者の人、うん少数でね、連れて来ていいわ。」
「ありがと」

 切れた。
 数分後ドアをノックする音が響く。花憐が確かめてロックを開いた。
 如月怜の背後に鋭い顔つきで地味な暗色を着た戦闘員ニンジャらしい男と、背広を着た肩幅の広い警察の警備責任者が並んでいる。
 表裏双方の警備隊長が揃うとは尋常でない。

 花憐の案内で部屋に入り、ベッドに腰掛けたままのドレスの優子の前に整列する。
 双方それぞれに深々と挨拶し、姓名を名乗る。実戦をくぐり抜けた者独特の迫力十分で、修羅場に慣れる花憐も緊張した。

 優子、

「あまり、両方共に嬉しくない事態らしいね。」
「は。我々は現在内閣総理大臣からの直接の命令で動いておりますが、明日の警護は全面的に交代を命じられました。」

 警察の方が応じる。裏警備のニンジャは一歩下がるのがしきたりらしい。

「ニンジャもなのか。」
「はい。やはり裏の者ではありますがまったく系統の違う集団が配置されます。」
「それだけの変更を可能とする有力者、が明日の会談の相手なのだな。」
「我々はお二人に予断を与えぬ為、情報の提供を極力差し控えるよう命じられております。ですが、」
「警備任務を交代して安全が十分に確保出来るか、自信が無いわけだ。」
「ご推察恐れ入ります。」

 つまりゲキの少女は自分で自分の身を守れ、と言いたいわけだ。
 無理もない。途中で警備体制そっくり入れ替えをして万全を期すなんてありえない。
 あからさまの妨害工作と見做してよいだろう。お膳立てした小郷月舟に悪意を感じ取っても不思議はない。

「花憐。」
「わかってるわよ。だいたい損な役回りを引き受けるよう、わたしは決まってるのよ。」
「申し訳ございません。」

 再び両人頭を下げる。花憐はため息を吐いた。

 「敵」、ねえ。心楽しくなる要素は皆無らしい。

 

PHASE 398.

 八月六日午前八時。香能 玄は自らが所有するスポーツカーで迎えに来た。日本車であるが1千万円近くする代物だ。
 彼はこの自動車会社のCMに数年来出演している。もらったのではなかろうに、律儀に乗っているわけだ。

 だが国際アクターである香能にとっては、何台も所有する内の1台でしかない。
 今回娘と一日デートするから、かっこいいクルマを選択したのだろう。

 その娘ときたら。

「優子、その格好はどうしたんだ……。」
「言わないで。」

 デートするのだから可愛い格好をさせねばならぬ、と花憐が持ち込んだサマードレスに身を包む。赤とかオレンジとか黄色とか、夏っぽく華やかでぱっと花が咲いた。
 しかも髪は、大きく長く編まれて巨大な尻尾にされてしまう。まるでフランスの飾りパンだ。
 いくら綺麗な髪でも夏場に長く引きずっていては幽霊の類に間違えられる、と花憐と如月怜が必死になって編み上げた。会心の作。
 優子はこの手の作業は大の苦手で、自分が何をされているのか分からぬままに準備完了されてしまう。
 父親に弁解、いや救済を求む。

「気に入らなければ言って! すぐ着替えてくるから。髪もほどいて、」
「いや。うん、こんな姿も有りなのか。面白い今日はこれで、キュートな女の子路線で行こう!」
「ええええ。」

 クルマに突っ込まれてどなどなされていく物辺優子。
 花憐と如月はにこにこと笑いながら、吹き出すのを全力で我慢しながら手を振って見送る。
 スポーツカーの姿が見えなくなって、やっと大笑い。息が止まる。

「くくくく、あれがものべゆうこだなんて、あれが、アハハハハハハハ。」
「そんなに笑っちゃダメよ、さすがに、クククククククク。」
「ひいー。写真撮っとけばよかった、くくくくく。」

 

 一旦部屋に戻って1時間後。
 仏頂面でホテルの車止めの前に立つ。如月は居ない。
 警備が交代して彼女が同伴する事も許されなくなったのだ。長期任務で花憐の護衛に当たっていると主張しても、聞き届けられない。

 元々の警察の警備も愛想良くは無いが公務員的真摯さがあり許容する。が、代わった連中は輪を掛けて無機質だった。
 いきなり部屋のドアを叩いて催促する。如月が居る時はワンクッション置いて意志を伝えていたのに、ぶしつけ極まりない。

 案内人の黒スーツの女も嫌味な感じがした。
 三十歳前後のおかっぱ頭で冷たい美人。有能で切れるらしいが花憐を扱う態度がなってない。まるでモノにしか見えていない。

 ホテルの前に滑り込んできたのは外国高級車を改造した防弾車だ。昨日乗った車よりグレードは高いが、前後を挟むエスコートがよくない。
 民間警備会社の車両なのだ。さすがに社名のロゴなど書いてはいないが、現金輸送車みたいで何か場違い。
 民間人だから銃器による武装もできないだろうし。

「いやそんなことないよ」

 物辺村からサポートしている児玉喜味子が不可視の電話で花憐に伝えてくる。
 今回NWOにおけるゲキの少女の「敵」と会談するミッション、鳩保喜味子みのりが全精力を傾けて支援する。
 新しく交代した警備陣の概要も既にスキャン済み調査済み。

「たしかに民間警備で武装は出来ないんだけど、別組織の人員が同行してるのさ。ニンジャだね、これが銃火器を持ってる」
「鳶郎さんや怜とは違う忍軍なんでしょ? どこか身元分かった?」
「うん、まあ」
「なにその気の無い返事。」
「これ、裏柳生だよ。柳生の忍軍なんだ。その案内人のねえちゃんも一族の人間だ」

 花憐、頭がくらっとする。まだ朝も早い内から熱中症にやられそうだ。
 うらやぎゅう? 柳生一族の陰謀? 冗談でしょなんでそんなものが二十一世紀に出てこなくちゃいけないのよ。

「花憐、」
「ぽぽー? どういうことかしら。」
「どうもこうも、柳生一族は徳川幕府が健在であれば権力の中枢に居れたんだけど、明治維新後も謀略を司ってきたみたいだね。」
「普通のニンジャとは違うの。」
「違う明らかに。裏の治安維持機構というか、独自判断で不穏分子を始末する草刈りみたいな仕事を請け負ってきたらしい。
 あくまで状況の簡単化ね。上層部の政治判断がし易いようにイレギュラーを排除するだけの。
 主体的に陰謀を巡らしたりはしないのさ。」

「それ、ニンジャって感じしないわね。」
「公儀目付というか隠密同心というかー、体制側だね。でも今は民間の旧憲法体制復活勢力の実力組織みたいな事やってる」

 さすが柳生。裏ではあってもメインストリームにある事を自ら微塵も疑わない。
 だが柳生自体がゲキの少女を狙うわけでも無いだろう。

「じゃあ裏柳生を操っている勢力ってのが今回の会談の相手ね。凄い実力を持っているのね。」
「うーん、それはまだ。調査中だ」
「わからないの?」
「実のところ、的がよく絞れない。この分析は花憐あんた本人に任せた方がいいかも」

 高度な情報分析は花憐自身に与えられた超能力だ。物辺村では花憐の能力を借りて分析作業を行なっているが、やはり本人が行うに越したことはない。

 防弾車に半ば強引に押し込められて、左隣には裏柳生の女も座り、車列は発進した。
 ようやくに彼女が自己紹介をする。

「今回御案内を務めさせて頂きます、「汐花 夕霧」です。お尋ねになりたいことがございましたら私共に許される権限範囲内でお答え出来ます。」
「柳生じゃないの?」

 おかっぱ女、さすがに頬が引き攣る。
 無論彼女も知ってはいるのだ。この後ろ頭に柿色のリボンがふらふらする小娘が、常人ではない事を。
 それでも、ほぼあり得ないはずの「柳生」という単語をいきなり発するとは。侮り難し。

「失礼いたしました、改めて名乗らせていただきます。「柳生 汐花」と申します。」
「うん。そちらが真名で日常世間的には「汐花 夕霧」なのね。しおかさん、でいいかしら。」
「はい。」

 

PHASE 399.

 警備体制が変わるとは、信頼感が損なわれるという事だ。
 留守の間のホテルの部屋に裏柳生の手の者が忍び込み、花憐優子の荷物を物色するのも容易に想像できる。
 だから花憐は、とりあえずこれだけは守って欲しいと如月怜にノートパソコンを預けている。
 もちろんゲキの力によるプロテクトは掛かっているのだが、それでも知らない人間に触られるよりはるかにマシ。

 そしてリボン。センサーを内蔵しているだけでなく、上空をステルスで待機中のイカロボコントローラーを兼ねている。
 緊急時を考えてこのリボンには「一般人が操作できる」モードが組み込まれていた。
 主に如月怜、および東京滞在中の物辺祝子・鳶郎夫妻を念頭に置いている。
 これを取られたらちょっと困る。だから服の色に合わないが、むりやり装着してきた。

 今日の花憐の支度は、赤。タイトスカートに黒のストッキングで精神的に完全武装だ。
 冷房対策でもある。ガンガン冷やした部屋に何時間居ても平気な人が周囲の迷惑考えずに室温を支配したりする。
 そんなのに付き合わされてはかなわない。

 のっけから大正解。「柳生 汐花」は車内を冷蔵庫並みに冷やしている。

「どうかいたしましたか。」

 顔を覗かれて、問い返す裏柳生の女。まさか冷房が原因とは考えない。

「そろそろ今日会う人について教えてくれてもよくないですか。心構えがあります。」
「申し訳ございません。なるべく予断を与えぬよう情報を制限せよと言いつかっております。」
「「彼野」の一派ですか。」
「お答えいたしかねます。されど、もうお気づきなのではありませんか?」

 初対面の自分を柳生と見破るほどに情報力に優れているのだ。この先何が待ち受けているかも知っているだろう。
 表情は1ミリも動かさないが、そんな顔をしている。
 諦めて物辺村に聞く。

「ぽぽー。」
「どうも、六本木ヒルズに向かうみたいだね」
「ヒルズ? あのホリエモンの?」
「そのヒルズ。大きな会議室が予約されていて、ここの警備会社の人間が集中してる」
「誰が来るか、分かる?」
「かなり多い。でも閣僚級の人間は居ない。国会議員、これは野党だな。後は元官僚とか怪しい会社のCEOとか、仏教の坊主も居る」
「もう集まってるの。」
「半分かな。警備資料にあるスケジュールだと、全員集合までまだ2時間くらい掛かるよ」
「そう。」

 花憐は座席の背もたれに大きく体重を預けのけぞる。まったくやる気になれない。
 左席の汐花に愚痴る。

「ホテルを出るのが早くなかったですか? まだ2時間も待たされますよ。」

 おかっぱ女は細い目で花憐を突き刺し、左手首の時計を確かめる。
 スケジュールどおりだと確かに2時間前だ。何故分かった。

「……魔法、ですか。」
「魔法ですよ。それ以外に小娘を珍重するどんな理由が有るんですか。」
「なるほど、これは認識を改めねばなりません。私共にも貴女方の完全な情報が与えられていないようです。」
「知らなくて幸い。特に優ちゃんにこんな真似したら、生きてはいられません。」
「記憶しておきます。」

 ほんとうに、物辺優子でなくて良かった。

 車列は一度地下駐車場に入り、そこで待機。待機させられる。
 スケジュール合わせの為に、主賓であるはずの花憐を放置したのだ。
 車には退屈しのぎのテレビだって付いているが見る気にもならない。

 汐花と親しく話をするのも嫌だし、また彼女自身も割を食わされているようだ。
 花憐、ちいさく呟く。

「裏柳生ってのも、案外軽く扱われているんですね……。」
「……、裏に生きる者の宿命です。」

 聞こえていた。さすがの地獄耳。

 

PHASE 400.

 二十一世紀最初の、いやマスコミの言うところでは「史上最長の好景気」。庶民には実感が無いが、集まる所にはうなるほどカネが積まれていた。
 その象徴としてそびえ立つのが、東京は六本木ヒルズ。
 二〇〇八年現在、ちょっとケチがつく。秋になるとリーマン・ショックによってさらに大変動するのだが、まだ誰も知らない。

 何故こんな場所がゲキの少女との会談に選ばれるのか。やはり財を誇ってコケオドシしたいのであろう。

 ちょうどいいヒルズ見物と言えなくもない。さすがの花憐も初めて訪れる。
 地方に住んでいればセレブだのヒルズ族だのはまったく意味が無い。その牙城をわざわざ覗いてみる気にもならない。

 近所の駐車場で1時間待たされた後、ヒルズに入ってまた待たされた。
 今度はちゃんとした応接室だが、セレブ待遇とはいかない。普通の企業のそれである。
 茶は出るが簡易なコーヒーサーバーのもので、もてなしの気持ちなど欠片も存在しない。

 なんとなく分かってきた。
 今日自分を呼び出した連中は、花憐をただの田舎の有力者の娘として扱っているのだ。
 中央政界と財界の意向に逆らえば御前の家など簡単に消し飛ばしてやる、そのようなメッセージを投げ掛ける。
 どのような超能力を持っていようとも、威勢に怯ませ弱味に付け込んで良いように操る算段であろう。

「汐花さん、」

 おかっぱ女はさすがに古い武家の生まれだけあって、待機している間中きっちりと背筋を伸ばして緩む所が無い。
 マンガアニメじゃないのだから日本刀など携えぬが、人斬りの気配がびりびりと伝わってくる。

「なんでしょうか、城ヶ崎様。」
「あなたはNWOという組織について、本当に知っていますか?」
「NWOは組織ではなく多国間の伝統的政治勢力の協議会と聞いております。目的は公式な外交社会の裏側での権力の一体化。」
「そんな程度ですか。」
「違うのですか?」

 裏柳生の一門ですらこの程度だ。今日集まるセレブかVIPか知らないがの情報開示レベルの低さが察して取れる。
 小郷月舟の言う「敵」が何者か、ようやく理解出来た。

 

 合計2時間待ちぼうけを食わされた後、処刑場への案内が現れた。
 身長180センチ以上の鍛えられた体躯を誇る迷彩服着用の警備員6名。いずれも警察や自衛隊出身者であろう。
 彼らがどかどかと靴音も高くに応接室に踏み込んで整列し、汐花に移動を告げる。

 なんだか笑えてきた。
 花憐を呼びつけた連中は、花憐の持つ驚異の戦闘力についても或る程度は知らされているはず。
 反抗されては困るから最初に脅しつける。また身体の大きな警備員を身代わりにする。
 恐いなら最初からへりくだればいいものを、きゃんきゃんと吠えて実力以上に強いのだと見せかける。
 なんともチキンハートなことだ。

 大きなエレベーターに巨漢6名と柳生汐花と共に乗る。
 当然のことながら彼等は、花憐が何者であるか知らされていない。おそらくは自分が何をしているかも理解できないだろう。
 女ひとりでも案内するのに、屈強の自分達がわざわざ動員される。命じた者を心中では呆れ蔑んでいるかも知れない。

 上がった先に通されたのは、明るい窓が開ける会議室。ヒルズ外壁の丸みが感じ取れ、外の景色が結構楽しい。
 花憐の前には半円形に机が並び、大人達が座っている。総勢15名、女も居るが誰一人として好感を持てそうにない。
 そして彼らの背後の壁上には二階席のガラス。こちらからは様子がうかがえない液晶シャッターが装備されている。
 本当の大物は上で観察しているという塩梅か。しかも防弾で。

「……圧迫面接ってことですね。」

 小娘一人に大仰なものだ。

 弧の中心にぽつんと1脚用意されるのが、花憐の席。
 このまま歩いて行こうとしたら、つっと汐花が進み出る。椅子の背もたれや座面の底を覗き、仕掛けが施されていないかをチェックする。
 振り向いて、「問題ありません」と報告した。花憐に。
 どういう事だろう。裏柳生は彼らの支配下には無いのか。

「なにか誤解が有るようだが、私達は君に含むものは持っていないよ。城ヶ崎花憐さん。」

 並ぶ机の中央に座る高級官僚風のセル眼鏡の男性が話し掛ける。四十代後半、しかし若さは感じない。
 他の人も同じだ。年齢的には結構若い人も居るが、お日様の匂いがしない。大きな岩をひっくり返したら這い出す蟲を思い出させる。

 花憐は度胸を決めて前に出て、椅子に座る。汐花が傍に立つのかと思ったが、彼女は元の入り口付近に戻り、警備員と並んで直立する。
 孤立無援。最初からそうだ。

 では戦闘開始。

 

PHASE 401.

「自己紹介をさせていただこう。私は『日本の明日の未来を拓く研究会』理事の膏沼だ。今回の議事進行役を努めさせてもらう。」
「どうも。」

 頭を下げたくは無い人種であるが、城ヶ崎花憐も一応は社会的動物だ。
 ひょっとしたら彼らの内の幾人かと父が仕事をしたかもしれない。今後遭遇するかもしれない。
 頭を下げるのにコストは掛からない、遠慮なくぺこぺこさせて頂こう。

 右左と居並ぶ人が名乗っていくが、知らない人だし覚える気も無い。テレビによく出る若手野党議員も居たが、以後こいつは嫌いなものカテゴリーに入れておこう。
 懸念した「神様」級の人も居ない。
 小郷月舟と同クラスの不思議能力者であれば一応の敬意を払わねばならないが、必要無かった。

 完全に一般人ばかり、でもおかしい。笑える。

「なにか、おかしな事があるかね?」
「いえ、どうぞお話を続けてください。」

 膏沼が花憐の様子を不審に思い質すが、口元を整え右手を出して進行を求める。
 でも、だって、おかしいじゃないか。

「君は城ヶ崎花憐、十七歳、○×県立門代高校二年一組。高校生だ。ならば社会の仕組みについて或る程度の理解はあるね。」
「はい、……くく。」
「国家という秩序を管理する者はある程度の異端分子の存在も許容し、それが持つ可能性を排除するなどは厳に慎まねばならない。常に変化を用意するのが、未来に続く健全な社会を築く秘訣である。
 このくらいは分かるね。」
「理想的な社会であれば、そう心得ねばなりませんね。ですが、」
「いや、意見は必要無い。君の理解力を確かめただけだ。

 それで君は、いや君達はと言おう。君達5人の物辺島の少女はいきなり特別な待遇を日本国政府から与えられ、各国から交渉要員が派遣される事となった。
 君達の身柄を保護するために過大な警察力が投入され自衛隊、在日米軍すらも動員されている。」
「はいありがたい事です。」
「これは異常だ。」
「はい。」
「異常な待遇が許されるのは、君が国家に対して極めて大きな貢献ができると期待されているからだ。分かっているね。」
「えーそれはどうでしょう? わたし達が聞かされているものとは少し異なりますね。」

 この反論は予想されたものと違う。机の向こうの大人達が、理事と呼ぶべきか、ざわつき始める。
 司会の膏沼に促されて一人の学者が質問する。六十代男性、禿だ。
 大学のセンセイであろう。出来の悪い学生に質問するかにちょっと意地悪なトーンを交えて話し始める。

「君達には特殊能力が備わっており、これが国家の安全や国益に資すると我々は理解するのだが、何を聞かされたのだね。」
「わたし達は別に何の義務も負わない、いえむしろ世間の都合なんかにこだわってはいけない。そう教えられています。」
「誰かね、そんな無責任な事を言ったのは。」
「カーリマティです。ご存知ありませんか?」

 理事は互いの顔を見合わせて尋ね合う。誰も知らない。
 ミスシャクティの代理人「カーリマティ」はNWO内においては第一級の権威を持つ。彼女を知らないのなら、こいつらはモグリだ。

 ビーッとベルが鳴る。膏沼の机の上にあるノートパソコンが警告音を発した。
 どうやら二階席の方から連絡が入ったらしい。大物さんは、「カーリマティ」の存在を知っている。
 となれば、目の前の連中はNWO機密開示レベルFランク。「部外者」だ。

 とんでもない場所に来てしまった。花憐は後悔する。
 こいつらはコケにされるべき存在だ。しかしながら性格の良いわたくしは、こいつら呼ばわりも出来ないし尻を蹴飛ばす方法も心得てない。
 人様を悪し様に罵る語彙も持ち合わせていない。
 なんてこった、もっとお勉強してくれば良かった。

 先ほど嫌な奴カテゴリに入った若手野党議員が軽薄な声で質問する。
 クイズ番組なんかでへらへらしてるから政治の実務能力ホントにあるのかな、と思っていたが、どうも見た目通りの人間らしい。
 なんでこんなのが次の内閣やら大臣やらにリストアップされているのだ。マスコミ大丈夫か?

「具体的に聞きたいんだが、君達は、えーとゲキとか言ったかな、は何が出来るんだ。」
「空でも飛べるのかしらね。」

 ホホホハハハ、と笑う声が左右から飛ぶ。女の声がこれほどまでに癇に障るとは、生まれて17年今まで気付かなかった。
 花憐、逆に質問する。

「あの、あなた方はわたしが何を出来るか知らずに呼び出したのですか?」
「むろん或る程度の調査はしている。資料によると君は、城ヶ崎花憐は予知能力を持っているそうだね。」

 確かにそうだ。しかしその程度の調査なら今年四月に、つまりゲキの力を授かる前でも同じ結果が出たはず。
 花憐の悪い予感がよく当たる能力は小学校時代から有名だ。
 議員、ぺらぺらと資料を読み上げ続ける。

「えー、鳩保芳子。人間の意志に干渉して意のままに操る能力おー恐い。童みのり、怪力。児玉喜味子、いわゆるサイコメトリーで物質から情報を引き出す。
 物辺優子、測定不能。要再調査。この物辺優子君は今日は来ていないのか、東京に来ているはずだろう。どうなんだ!」

 いきなり矛先が柳生汐花に飛ぶ。
 理事達の認識では今日は物辺村の少女が2名召喚されて圧迫面接を受ける事となっていたらしい。
 だがおかっぱ女は冷たく弾き返す。

「そのような指令は受けておりません。」
「なんだよ使えない。一人だけ呼びつけても意味無いだろ。考えろよ効率ってものを。」
「ならば明確に書面を以ってご命令ください。」

 その議員は権限として裏柳生に命じる事も、警備員を使役する事も出来ないらしい。
 『日本の明日の未来を拓く研究会』の理事としては下っ端であった。国会に議席を持っているだけが理由で加入を許されたのかもしれない。

 女が、先ほど癇に障る声を出した人ではない、が代わって尋ねる。

「あなた、城ヶ崎さん。あなた未来が読めるというのは、占いなの。それとも超能力なの。どちらかしら。」
「何か誤解をなさっているようですが、わたしはその能力を肯定してはいません。」
「できないの? まあ、まあそうよね、予知能力なんてあなた、そんな荒唐無稽なものが現実に有るはずが。」

 無いでいいならこのまま帰せよ、厚化粧。

 

PHASE 402.

 議論が、一方的な口撃が際限なく続きそうで、司会進行の膏沼が一度全員の発言を停止させた。
 ノートパソコンを使って二階席の本当に権限を持つ人物と協議する。

 その間理事達は花憐を値踏みするように眺め回す。男性の一人は明らかに劣情を持って女子高生の服の下の肢体まで想像している。
 こんな事が分かる能力なんて説明できるかよ。

 膏沼、

「再開します。城ヶ崎さん、私達はあなたを侮辱しようと今日呼び出したのではありません。
 逆です、あなた方の能力が真であれば一丸となって支援し、より具体的現実的な能力の発現を促し、社会に資そうと試みているのです。」
「そうですか。でも超能力の実演なんかしませんよ。」
「その必要は有りません。この場に呼ばれているだけでもう、あなたの有用性が確認されているのですから。」

 上の人に叱責されたらしい。あまり不毛な会話を続けるなと。

「そこで提案です。私達はあなた方の能力が正しく社会的に有益である事を保証するために、より密接な繋がりを持とうと考えます。
 そうですね、5人全員が私達が指定する研究所に長期滞在をされて、そこで能力の詳しい研究や開発、さらに高度な能力への訓練をサポートしたい。」
「お断りします。」

 相手にしていられない。何故物辺村かも知らない人達だ。
 大人をばかにするな、とヤジが飛んだ。この場を国会と勘違いしている人が居る。

 膏沼は返答が無かったものとして話を続ける。

「もちろん報酬をお約束します。それどころか希望する、そうですね東京限定にしてもらえるとありがたい、希望する大学への無条件入学と奨学金もお約束しましょう。
 調査資料によるとあなたは、ああ仏文学ですか。なるほど、それもいいですね。手続きいたしますよ。」

 本気で馬鹿にされるとはこんなものだろうか。まだ地元市会議員の父親を落選させてやると言わないだけ抑制が利いているのか。
 さすがに付き合いきれない。

 無知な連中の為に、花憐は先ほどからおかしくてたまらない事象を指摘する。

「超能力の実演なんかしたくはないんですが、その右側の端から4番目、そうあなたです。あなた、」
「なにかね。」

 五十代男性、スマートな企業経営者という雰囲気を持つ。花憐能力で検索した結果、かなり大きな証券会社の役員だと判明する。『なんとか研究会』の資金調達係だろう。
 この人は花憐に対して攻撃的な言動を行なっていない。だから気の毒なのだが、この場に居合わせたのが災難だ。

「あなた、人間じゃありませんよ。」
「え、なんの事だ。」

 きょとんと花憐を見返す。ついで理事達の顔も見る。
 誰もまったく想定していなかった台詞に戸惑うばかり。人間じゃなければなんなのだ。

 花憐、魚肉人間の存在すら知らない彼等に付き合うのがほとほと嫌になった。
 膏沼に告げる。

「二階席の人に聞いてみてくださいよ。」
「あ、ああ。しばらく。」

 ノートパソコンでなく携帯電話を使って会話する。理事達は隣同士勝手に喋り、指摘された男は自分に好奇の目が向くのをひたすら嫌がる。
 あ。

 花憐大変な事に気がついた。これだけ間抜けな連中が揃っていれば、そういう事態も想定出来た。
 まずいこと言っちゃったな。

 巨漢の警備員達が直立する背後の入り口が開き、黒いキャップに黒サングラス、黒戦闘服の男が1名銃器を手に入室した。
 本来であれば花憐が大暴れした時に突入するはずの要員だ。
 彼は見たことも無いSF的形状の銃を突き出し、理事達をスキャンする。
 まさか自分が撃たれるとは思わない彼等は、ただ目を大きく開いて成り行きを見守る。

 

 花憐の後ろ頭の不可視の電話で、児玉喜味子が叫んだ。
 これまで花憐に任せて最小限の口出ししかしないのに、此処だけは自分のエリアと嬌声を上げる。

「うは、うあははあは、なんでこれ。なんでこんなもの日本に有るのよきゃはあああ」
「ちょっと喜味ちゃん、やめて耳元で騒がないで。」
「だってだってよ、だってXM8よ、それもPDWよ。ろろろ、6.8かしらうはきゃあああ」

 よくわからないが幻銃が出現して大興奮鼻血状態であった。
 鳩保が代わる。

「すまん、花憐ちゃん。いま変態は取り押さえた」
「う、うん。」
「いざとなったらゲキロボ2号でみのりちゃん転送するから120秒持ち堪えて。それで間に合う」
「だいじょうぶよ、鉄砲玉くらい。」

 

 花憐は平気だが、生身の人間はそうでもない。
 肝の座った巨漢の警備員も、柳生のおかっぱもさすがに銃には敵わぬ。重心を落として低く構え次の展開に備える。
 戦闘服の男は花憐が指摘した魚肉証券に狙いを定め、

「な、なんだ。私がなにか、」

 花憐の想像のとおりだった。
 この魚肉人間は、自分が魚肉製合成人間であるとまったく知らずに今日まで暮らしてきた。
 何故殺されるかも理解できないだろう。

 ぱるぱると思ったより軽い銃声がして、男は弾け飛んだ。生身の肉体とは異なり素材に強靭さを持たぬボディはピンク色の破片が無抵抗に散乱するばかりだ。
 血も出ない。妙にツヤの有る透明度の高い粘液が飛散し、左右に座っていた理事を濡らす。
 先ほど癇に障る声で嘲笑った女もべっとりと塗れる。慣用句「絹を裂くような悲鳴」

 戦闘服男は銃口を床に下げて、つまり二階席窓ガラスに向かないよう注意して、会議室を出て行った。
 散乱した魚肉の始末は別口別班の警備員の任務。嵐のように雪崩れ込んで全てを回収する。
 吹き飛んだのは上半身、胸と腹だけで、下半身はそっくりそのまま保存されている。まだ痙攣を続けていた。
 さらに処理班は脱落した頭部も発見する。弾丸が当たらなかった為にそのままの形状で床に飛んだ。落下の衝撃で下顎が歪んでいる。
 人間が手持ちで撃つ小口径弾では魚肉を綺麗に正体不明に爆裂させられない。威力不足だ。

 最後にモップを掛けて床掃除をして、撤収。元の構図が再現される。
 花憐にっこりと微笑む。

「これが、わたしの能力です。」

 ちょっと違うが間違ってもいない。ハッタリ上等。

 

PHASE 403.

 野党議員が引き攣った甲高い声で質問する。生まれて初めての衝撃シーンで無理も無いが、同情する気にはなれない。

「きききみはああ、あいつが人間じゃないって、どうして、どうやって、なぜ分かった。」
「一目瞭然です。」
「あいつはあ、なんだ、何故、いつから、人間じゃ。いや人間じゃないなんて事がありうる、有り得るのか?」
「見てのとおりですよ。何時からすり替わっていたかは知りません。相当昔からでしょう。」
「このぉ会議場に、ほかに、他にアレは、居ないのか? ほんとに、」
「さあ。二階席の様子がここからは見えませんから。」

 ぎょっと、理事達は自分の頭の後ろを振り返る。液晶シャッターが白く掛かったガラスが無言でそびえ立つ。
 彼等にとっては逆らう事すら考え難い超大物の誰かが鎮座ましますのであろう。
 まさかと思う反面どす黒く疑惑が心の内に広がっていくのが、花憐には手に取るように見えた。そもそもが人間離れした黒さなのだ、その大物は。
 彼等の内数名はこの疑惑に突き動かされて、やがて親分を裏切る日も来よう。

 

 ふと窓の外側から覗く視線を感じる。ヒルズの高層階だから窓拭き清掃員以外の人間は居ないはず。
 しかし魚肉が殺されれば使役していた者が敏感に察知する。確認に来るのも道理。
 振り返ると、丸い外周に沿った窓ガラスにぺたっと張り付いている。
 体長1メートル90センチ、白くて手足が有って尻尾が平たく長く、双つの目はCDの直径大の、どう見ても地球上の生き物ではない。
 腹から尻尾が全部吸盤であり、手足は自由に離せる便利機構。うねうねと襞が揺らめいて、貼り付いたままガラス面を移動出来る。

 光学ステルスモードであるから肉眼では透明で、理事達には窓の光景が一部歪んで見える程度だろう。

「ヤモリ星人だなあ。」
「城ヶ崎さん、窓に何か?」

 膏沼がこちらに注目を取り戻す為に、努めて冷静な声で呼ぶ。
 花憐もこれ以上彼等に真実を明かそうとは思わない。ちょっとやり過ぎてしまった。

「城ヶ崎さん、確かにあなたに特別な能力が有ると私達は認知しました。そこで改めて協議したいと思います、今後の協力体制を。」
「お断りします、と先ほど申しましたが。」
「それでは困る。私達もあなたを手放すわけにはいかなくなりました。いずれ物辺村5人の少女全てに協力を求める事となりますが、あなたにはこのまま東京に留まっていただき、」
「こちらの用が終われば帰ります。」
「いやあなた個人の都合で判断して良いことではない。これは国家社会の、公共の安全と利益が懸かっているのです。」

 勝手な言い分、いつから彼等は日本国を代表する権力機構となったのだろう。
 左右の理事達を見ると、先ほどのショックから立ち直りなんとか体裁を整えようと努力している。

「そうですな、調査が終了するまで身柄を収監する事もできます。」
「何より彼女が本当にまともな人間であるか、徹底的に検査しなくてはなりません。」
「もう一人の少女物辺優子とやらも、身柄を確保するべきでは。」
「手配いたしましょう。居場所は把握して監視も付いています。」

 もう花憐の人権なんかどうでもいい。自らに可能な強権を用いて、粛々と遂行すればよいのだ。
 今更ながらに彼等自身の本分を思い出す。外見など取り繕わず最初からこうあるべきだった。

 さすがに花憐も談判の余地無しと覚悟する。
 脱出するには暴力に訴えるしか無いのか。

 

 背後の扉が開いてまた誰か入って来た音がする。
 いよいよ執行人のお出ましか。足音はまっすぐに花憐に向かって進んでいく。
 正面の理事達が目を上げ、その人物に注目する。彼等が呼んだわけではない、ならば二階席の指示か。
 しかし、気配に覚えがある。

 男性だ、さほど背の高い人ではない。だがよく鍛えられた筋肉の迫力とよどみの無い足取りが素晴らしい運動神経を示唆している。
 花憐が座る右側に立つ。
 明るく微笑んだ。

「花憐さん、ご無事ですか。」
「鳶郎さん!!」
「なんだ君は、誰の許しを得てこの場に来た!」

 物辺神社を守護するニンジャの頭領、物辺鳶郎が堂々と敵前に立つ。夏なのにビシっと決めるグレーのスーツが凛々しい。
 入場は制止しなかった柳生汐花が進み出て、鳶郎の脇に来て誰何する。

「あなたはこの場に居る権限を持たないはずです。物辺・鳶郎でしたか、今の名前は。
 現在城ヶ崎花憐、物辺優子両名の警護任務は我々が承っている。早々にお引取りを。」

 そういう話は部屋の外でやるべきだ。が、裏柳生は敢えて理事達の前での対決を選択する。
 茶番にうんざりするのは花憐だけでは無いらしい。

「私は物辺鳶郎、物辺神社の継承者である物辺祝子の配偶者であり物辺家次期当主です。警護任務で参ったのではありません。
 城ヶ崎家は物辺神社の執事を永年勤め、彼の権利が不当に侵される時は物辺家が解決に当たります。
 あるいは、警察による法的な人身保護が必要でしょうか。」

 理事達は急いで調査資料をかき回し、物辺優子の身上調査書の中から鳶郎の名を見出す。
 彼が恐るべき暗殺剣の使い手であるとも理解する。
 そもそもが花憐がこの場に居るのは自分達の権威に恐れいったからではなく、日本最大のアンシエント「彼野」による斡旋と花憐自身の好意から、と改めて気が付いた。

 『日本の明日の未来を拓く研究会』には公的な権力も資格も何一つ無く、政治的立場の均衡上横暴を見過ごされていたに過ぎないと。
 いやそこまで深くは考えない。無根拠の権力が真に無意味であるとは、理解したくない。

 正当な権利を主張する物辺鳶郎に対抗できるのは、政官界に強い影響力を持つ彼等の黒幕だけ。
 二階席に振り返るが、

「もう、居ませんね。」
 花憐の目には、相変わらずの液晶シャッターの背後が見える。既にもぬけのカラだった。

 司会進行である膏沼はノートパソコンが無反応になったのを確認し、両隣と話し合い宣言する。

「では本日はこれで散会いたします。理事の皆様ご苦労様でした。
 城ヶ崎さん、退席を許可いたします。ありがとうございました。」

 

PHASE 404.

 巨漢の警備員達はもう付いてこないが、柳生汐花だけが花憐と鳶郎と共にエレベーターに乗る。
 同じニンジャ同士顔見知りのようで、花憐も気になる。

「鳶郎さん、こちらの方はお知り合いですか。」
「同業者ですからね、現場でたびたび鉢合わせする事があります。現に、」

 現に今、対立的関係で顔を突き合わせているわけだ。
 汐花は決して険しい態度を緩めようとしない。おかっぱ頭を少し揺らして、花憐に告げる。

「明日八月七日午前中までを私共が警護を担当するスケジュールとなっております。」
「つまりわたし達がチェックアウトするまで、ですね。」
「はい。その後の移動からこちらの「弋」の担当となります。」
「い、イグルミ?」

「”NINJA HOLLYWOOD”と呼んでくださいよ。汐花さん。」

 鳶郎も、古い事言うなと苦笑する。
 彼は二十四歳だが大学生くらいに若く見える。三十路で異性の同業者は少々苦手らしかった。

 ”NINJA HOLLYWOOD”、この名は物辺祝子に聞いている。アクションスタント関連の芸能事務所で鳶郎の実家、だそうだ。
 もちろん世を忍ぶ仮の姿。アクション番組の収録であれば採石場でガンガン火薬を発破できるから、隠れ蓑に使っているのだ。
 如月怜も所属するタレントの一人、となっている。

 だが元は、かって「弋」と呼ばれた忍軍らしい。
 脳内辞書を引いてみると、「弋」ヨクは訓を”いぐるみ””くい”、”いぐるみ”とは矢に糸を付けて空飛ぶ鳥を絡めとる道具の事だ。
 鳶郎が「鳶」の字を用いるのも、なにか鳥に関係する謂れが有るのだろう。

 二人の経緯やニンジャ同士の仁義はともかく、
 花憐は、今日の出来事からさっさと手を引きたい。

「汐花さん、警護任務を鳶郎さん達に戻す事はできませんか?」
「警察のSPを今から呼び戻すのは無理でしょう。ですが、私共の雇い主も以後の警護に費用を掛けるのを望みません。」
「ああ、」

 現金なものだ。用が済んだからどうでも良くなったわけだな。
 鳶郎が口添えをする。

「では裏の警護はホテルに着くまでそちらの担当という線でいかがです。」
「城ヶ崎様がそれでよろしいのなら。」
「お願いします。」

 花憐が頭を下げたので、汐花もそれ以上頑張らない。
 もちろんプロのニンジャであれば頼まれた仕事を最後までやり遂げるべきであるが、今回政治的駆け引きが多過ぎた。
 汐香が従う裏柳生の頭領も、複雑怪奇な損得計算で臨んでいるのだろう。末端が戸惑う展開になるのも仕方ない。

 

 行きは直通エレベーターで誰にも見せぬよう通されたが、帰りは自由な経路を使って構わない。汐花も邪魔をしない。
 六本木ヒルズ見物を兼ねてちょこちょこと動き回ってみる。が、広過ぎて要領がつかめない。
 こちらです、と鳶郎に案内されたのがどこにでもある珍しくもないチェーン店のカフェ。セレブの牙城ではけちくさいと言えるが、来る人全員が金持ちではないのだから有って当然。
 こんな所で極力カネを使わないようにして待っているのが、

「よお、花憐。」
「祝子さん、ああよかった。」

 心底ほっとする。いつでもどこでも祝子さんは祝子さんだ。周囲に流されぬ鉄壁の堅さを誇る。
 正直、これでようやく肩の荷が下ろせる。鎧を脱ぐ事が出来た。なんだか涙が出ちゃう。

 よほど情けない顔をしていたのだろう。祝子が立ち上がって頭を撫でてくれた。

「なんか知らないが、ろくでもない目に遭わされたみたいだな。」
「ほんとにろくでもなかったですよお。ふぇええん。」

 泣きはしないが、涙が出て然るべきシチュエーションだ。
 城ヶ崎花憐は物辺の巫女と違ってれっきとした普通人なのだから。

「よしよし、なんか食っていくか? おごるぞ(安いもの)」
 あああ、この貧乏臭さが物辺村だあー。

 とは言うものの、寄り道をしないでまっすぐホテルに帰る事とする。
 優子の方のスケジュールが変わって、思ったより早くに東京ディズニーランドから戻ってくると連絡が有ったからだ。
 祝子も保護者として優子の実父香能 玄に挨拶したいから、寄り道は止める。
 鬼の子であってもやはり心配していたのだ。

「優子は父親と会ってどんな感じだ。」
「はあ良い感じです、いい子にしてますよ優ちゃん。でも今日は、たぶん凄まじい体験をしたでしょう。」
「父親と仲良くデートか、そんな真似あたし達三姉妹もやったこと無いな。」
「そうなんですか。家族で旅行とかは、」
「うーーーーーん、覚えが無いなあ。特に母親が生きてた頃は妖気が漂ってたしな。」

 だが花憐は知っている。祝子は特別で父親と神社裏で剣の稽古をしたり、門代の山を共に駆けまわって鍛錬したりと結構一緒に居るのだ。
 父親の武術の天禀を受け継ぐ者は祝子唯一人。
 だが今回忍者の婿を取って、教え甲斐の有る弟子が出来た事になる。

「じゃああたし等はこちらで、車取ってくるから。」
「はい。先に出発しておきます。」

 花憐は一人、柳生汐花の連絡で回されてきた防弾車に乗る。やはり前後に警備車両付き。
 それでも気分は爽快だ。

 

PHASE 405.

 ホテルに向かう車の後席で、花憐は考える。暇も無い。
 携帯電話が振動して思索に耽ろうとした女子高生を現実に引き戻す。

「はい!」
「どうだった、就職面談会は」

 「テレビの神様」小郷月舟だ。花憐が『日本の明日の未来を拓く研究会』から解放されたとの報せをもらったのだろう。

「酷い圧迫面接でしたよ、もう。アレがゲキの敵ですか。」
「そういう事だ。我々が何と戦っているか、理解出来たか」
「無知、強欲、傲慢、怠惰、蒙昧、そんな単語のオンパレードです。」

 けらけらと電話口で笑う声がする。いやまったく、女子高生風情にそこまで言われるとは連中どれだけ無様を晒したのだ。

「でもね、アレがNWOの主流なんだよ。ほとんどの人はゲキについて何も知らない、まったく情報を持たない。宇宙人にも超能力にも気付いてない。
 にも関わらずそこに利権が有るのを見抜き、嗅覚を働かせて肉薄し、可能な限りの手段で喰らい付こうとする。卑劣に冷酷に、恥知らずにだ。
 まったく恐ろしいもんだよ。人間という生き物は」

「彼等は今後、どうなるのですか?」
「あーそうだなあーこのまま行くと去年の参議院に続いて衆議院選挙でも勝ちそうだな。政権奪取できるかもしれない」
「げ、あんなのがですか?!」
「そういう風にマスコミが持っていってる。なかなか止められないねぇ」

「いいんですか、そんな。だって、アレですよ。NWOの敵で、害にもなるでしょ。」
「どうもしないよ、またさせないよ。私にはそれだけの力が有るからね。というより、彼等は現在マスコミによってさんざん持ち上げられて力を持つ。
 「テレビの神様」の言うことには逆らえないのさ」
「ほお、なるほど。」

 そういうカラクリになっているのか。「テレビの神様」は一見すると彼等の側の勢力に見えるが、実はゲキの案件の中枢から冷ややかに見守っている。

「もう一つ。わたしの隣に裏柳生の人が座っているんですけど、こちらは善悪どうなんでしょう?」
「柳生は常に正義の側に居るさ。裏柳生だっておんなじさ。ただ、その正義がどこの誰によって定められるかは、末端の剣士の与り知らぬところさ」
「信用していいのですか。」
「組織としてはこれほど固い所も他に無いだろ。硬すぎて度々全滅の憂き目に遭うほどだ」
「因果ですね。」
「そうだよ、人の業というやつと正面から誠実に向かい合ってるからね」

 つまりは、気に入らなくても嫌いになるべきではない存在らしい。
 電話を切って左隣りの柳生汐花に振り返る。当然に彼女は今の会話に聞き耳立てて、内容を把握する。

「よかったですね。「テレビの神様」に嫌われてなくて。」
「小郷先生にはたびたびお世話になっております。高い評価を頂けて幸いです。」
「なるべくなら、わたし達の前に立たないでください。特に優ちゃん、あの子はいいかげんだから誤射平気でやっちゃいます。」
「心得ました。敵対する立場とならないよう心掛けたく思います……。」

 彼女の目の前で魚肉合成人間が弾け飛んでいるから、素直なものだ。おそらくは魚肉人間の存在も今日初めて知ったのだろう。
 護衛としては掟破り無作法だが、あえて質問してくる。

「一つお尋ねしてよろしいですか。」
「可能な範囲内でならいいですよ。」
「ありがとうございます。今日、上の会議場で殺された者は、結局何なのです。」
「人の形をして、人と同じ言葉を喋り同じ知能を持ち、人よりも優れた仕事をする、人形です。感情も理性もありますが本質的に無意味な存在です。所詮は道具ですから。」
「誰の道具なのですか。」
「それはー、わたし達のような存在、ですかね。」

 嘘は言っていない。宇宙人であったり宇宙人から買ったり、使用主の支配から逃れて独立して働く魚肉も居るのだろう。色々だ。

「あれは人間社会に多く隠れ住んでいるのでしょうか。」
「想像よりもはるかに多く、いえ想像よりもはるかに高い地位に、と言った方がよいでしょう。権力の中枢に近付くほど多いはずです。」
「……なるほど。」

 それ以上柳生汐花は聞いて来なかった。
 心当たりがあるのかもしれない。なにせ彼女は社会秩序の裏の番人だ。

 およそ三十歳のきりっとした女性の横顔を見て、花憐は思う。
 この人はまともな人間だけど、権力の中心に関われない。どう見てもまともでない人間や魚肉こそが権力を掌握する。
 まったく世の中は、どこまでへそ曲がりに出来ているのだろう。

 

 防弾の車窓から東京の街を仰ぐ。どこまで行ってもビルの谷間で、門代みたいに山の緑だの海の青だのはちっとも見えない。
 いやそもそも景観が存在しない。行き過ぎる車には街の風景など無いも同然、1秒で視界から消えていく。

 ここは違うな、と感じた。世界を動かす真のパワーはもっと心地好い場所に巣食っているはず。
 そうでなければ、何の支配の楽しみがあろう。

 昼下がりの真夏の首都、権力の巷を車列は走る。

 

PHASE 406.

「あ、あははははは、あはあははははあは、ひゃ、ひゃははははあはあはあはははははー、ひぃー」

 高級一流ホテルの玄関ロビーで馬鹿笑いする物辺祝子。さすがに下品過ぎて、連れ合い知り合い皆赤面する。
 あまりにも声が高いからボーイが制止に来るが、腹を抱えて床に膝を突きそうになる祝子を抱え上げて、その笑いがまったくもって正当なものだと知る。

 あらゆる方面から見て完全に間違っている「可愛い少女」がそこに立っていた。美人であるだけに、むしろ痛々しい。

「ゆうこ、優子。あはははははははあ。あー痛い。」
「おばちゃん、恨むぞ。」

 明るいトロピカルなサマードレスに飾りパンのように編んだ長い髪。色の薄いサングラスを額に乗せて、黒ねずみと仲間たちが印刷されたビニールバックをぶら下げる。
 余人であれば何の違和感も無いスタイルが、物辺優子に限っては完璧に外れてしまう。本性の真逆を表現する。
 祝子携帯電話を取り出して、記念に撮影した。

「ひいー、ちょっと待て。いま息を整える。あんたの父さんにご挨拶しないとな。」
「しっかりと頼みますよ。」

 それでも祝子はやはり物辺の女だ。香能 玄の姿を見ると姿勢を復元し、きりっと頬を引き締めて挨拶をする。
 夫鳶郎を伴って、優子の今後を話し合う為にゆっくり出来る場所を求め、行ってしまう。

 花憐と優子はやっと二人に戻る。

 

「城ヶ崎様、私はこれで警護任務を終えますが、この場に来ている別の対象を護衛する事となります。もうしばらく御傍に侍る事をお許し下さい。」
「あ、はい汐花さん。でも別の対象というのは、」

 鳶郎の忍軍と警護任務を交代する裏柳生の女は、しかし花憐との面会者を引き続き護衛する。
 ホテルにその人物が既に訪ねていた。かなりの大物だ。
 汐花の案内で彼の部屋まで花憐と優子は足を運ぶ。待たせると悪いからお色直し無し。

 エレベータで上がると、暗色の背広を着た男性が立っている。警察のSPが付く程の人物か。
 通された部屋の奥には、

「これは城ヶ崎くん、物辺神社の七夕以来だね。」
「あ、あなたは。」

 花憐には覚えが有る。物辺神社七夕祭りに集まったNWO各国VIPの一人、日本の与党国会議員の老人だ。くそじじいだ。

 現在は与党主流派から弾き出されて影響力をかなり減退させているものの、政治的震源の一つには違いない。
 彼はその閲歴にふさわしい情報開示レベルをNWOから得ていた。「ゲキの少女」のなんたるかを完全に理解する。
 花憐が先ほど対面した連中とは雲泥の差だ。

 優子と花憐をソファの席に招き、二人が座ったところで早速に本題に入る。

「すまなかった!」

 土下座こそしないがローテーブルに両手を付いて額を天面に擦り付ける。最大限の謝意の表現だ。
 花憐度肝を抜かれる。彼はまったく何も悪いことはしていない。

「お手をお上げください、先生。そんな女子高生なんかに頭を下げるなんて、」
「いや君達には本当に悪いことをした。これは政治の問題であるが、どうしても防げない事態だった。ただただ謝るしか無い。」

 『日本の明日の未来を拓く研究会』がゲキの少女に大変な無礼を働いた。
 彼は、おそらくは「テレビの神様」経由で聞かされておっとり刀で謝罪に飛んで来たのだ。

「彼等に悪気が有るのではない、ただ単に無知なんだ。ゲキの歴史的意義をまったくに心得ていないから、あんな大それた真似をしてしまった。それだけなんだ。」
「もういいです。なるべくあの人達とは関わらないようにしますから。」
「彼等は本来ゲキの件から完全に隔離されているべき者なんだ。だが前回の選挙で与党議員の多くが政治対立から党外に離脱する事となり、ゲキの秘密も流出して、あのような輩を作ってしまった。
 これは明らかに我々の失態だ。申し訳ない。」

 再び頭を机に擦り付ける。花憐は嘆息した。
 政治対立というのなら、この老人も当時の総理大臣から弾き出された口だ。離党こそしていないが次の選挙では引退必至。
 そもそもマスコミではこの人は旧悪だの時代の遺物扱いの悪役で、ヒルズで会った国会議員の方が改革派の白馬の騎士として広く知られている。
 それでも正しくゲキの少女に対応してみせるのは彼だ。

「しかし落とし前はつけないといかんだろ。」
「優ちゃん!」

 優子が口を挟むのに、花憐も老人も敏感に反応した。物辺優子の方がゲキの本質を司るのは、彼もよく知る所。
 花憐が圧迫面接されている時も、知覚共有で事態をすべて把握する。

「あれを始末する対策を、あなたは持ち合わせているのか?」
「う、うーん、難しい……。」
「だろうな。ならばこちらで処分させてもらおう。だいじょうぶ穏便にやるから、なるべく人も死なないようにする。」
「お怒りをお鎮めください。我々で極力、お邪魔とならないように処理いたしますから。」

 老人、冷房の利く部屋なのに脂汗を流してひたすら優子に頭を下げる。
 どうやら彼は、以前にもゲキ関連の事件に手を出してこっぴどい目に遭ったのではないか。花憐はそう睨む。
 ミスシャクティが現代に降臨して既に50年。陰謀は毎年のように繰り広げられ、犠牲者の骸も山と積まれている。

 でも優ちゃん。いくら凄んで見せてもミッキーの袋を抱えたままだとカッコつかないわ。

 

「それで、どうだったのディズニーランド。」
「どうもこうも、あんな気色の悪い場所は世の中に二つと存在しないよ。」
「いえ世界中に何個も有るわ。香港にもパリにも、本家アメリカにも。」

 老人の部屋を出た二人は元の玄関ロビーに戻る。汐花はもう付いてこない。

 優子の父香能 玄、いやプライベートなら穴生 三嗣と呼ぶべきであろう。彼が去るのを見送るのだ。
 父娘の対面はこれで終了。数日後に渡米してしばらく帰って来ない。
 優子も元の親無し子に逆戻りだ。

「そもそもさ、あたしも父さんもあんなとこ性分が合わないんだ。なんとかスプラッシュできゃあきゃあ騒ぐのもキャラ違うし。」
「見たかったわ、それ。」
「夏休みで人は多いし芸能人だからバレるし、妙に気を使うからふたりとも疲れてベンチでぐったりしてたら、父さん泣きだしてさ。」
「なにやらかしたの?」

 優子は別に困らせる真似をしたのではない。ただあんまり間が保たないから、放心状態で唄を歌ってしまったのだ。
 物辺の巫女は歌舞音曲にも優れる。謡などは巫女芸の内だから皆幼少から叩き込まれる。
 上手はよいのだが邦楽、民謡や詩吟が主でJ−POPなどは枠外だ。
 優子が歌ったのも、どこかの地方の子守歌だった。

「これがさ、別に計算したわけでも無いのにたまたま山陰の方の唄でさ。それが父さんの母親、もう亡くなってるんだけどあたしの祖母ってことだ、が良く歌ってたのを思い出してさ。」
「ああ、それは感情直撃ね。」
「人は見るは巨大なぬいぐるみが近づいてくるはで、もうパニックよ。」
「それで早目に切り上げてさっさと帰ってきたわけね。」

 いい話ではないか。素敵な親子の思い出になる。
 少なくとも圧迫面接よりはよっぽどの。

「だからさ、疲れたよ……。」
 鬼蛇女の泣き言に、花憐は微笑む。

 エレベーターを降りた玄関ロビーに、警護任務に復帰した如月怜が手を上げて待っている。

 

PHASE 407.

 

 

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