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『罰市偵 〜英雄探偵とカニ巫女』 異世界設定その2

 

16【サユル サユール】【サユール県】【和猪vs大山羊】【和猪車】【尼魚定食】【ゲルタ汁】【腸詰め】   

17【聖戴者】【破軍の卒】【カプトゥース戦争】【大審判戦争】

18【海軍旗】【海軍航空隊】【シンドラ】【執行拳銃】【新聞】【テレビ】【南岸地方とヤヤチャ】 

19外伝【ソグヴィタル/カドゥボクス家について】【4カ国の音楽について】【国会議員選挙・国会議長選挙・査閲院について】【高等学校と上級学校の違い】 

20【扁晶】【海軍艦艇】【対潜駆逐艇】【駆逐艇】【砲艦】【パースペクト銃】【ゥアム帝国、シンドラ連合王国の長さ単位】【ゥアム語】【ゥアム帝国の「皇帝」構造】【ゥアム神族とギィール神族】【シンドラ連合王国とバシャラタン法国における「神族」の歴史】

21【老人KIRA】【東方光明彩画社】【髪色】【捜査官になろう!】

22【無制限格闘競技大会】【『名探偵総登場!』】【タンガラム映画】【フラッシュバルブ】【国士】【政体】

23【機動歩兵銃】【巡察船・警備艇】【領海】【「ィト・ハヰム(墨江)」】【砲艦その後】】【ゥアム帝国史】

24【タンガラム東岸の地理】【タンガラム東岸の支配】【三荊閤と諸派神族】【”神聖”】【西金雷蜒王国】【気球爆撃とは】

25【トカゲ神官について】【ヤクザについて】【ヤキュ・冷蔵庫・魚油発動機】

26【小説『メタトロン・ポリス』】【メタトロンとは】【ゥアム帝政歴】【シンドラ革命歴】

27【タンガラム・タロット】【モバルタ県】【街宣車】【国会議員】【路面鉄道】【鉄道敷設事業】

28【そもそも闇御殿とはなにか】【軍関係設定の基本条件】【小剣令は少尉ではない】【将軍は軍人ではない】【兵団】 【兵団2 特別な役割を与えられた兵団】【湖上水軍】【軍備の民政への影響】【事務監とは】【軍属に関する訂正・補足】

【異世界設定 その16】

【サユル サユール】
 方台古語で「通れない」「通せんぼ」の意味

 ちなみにアユ・サユル湖の「アユ」は「海」であるが、陸の中の海つまり巨大な湖だ。あまりにも古語過ぎて「湖」を後に付けなければ意味が通らなくなっている。
 「アユ・サユル湖」はすなわち「通れない海」。実際陸路は北方カプタニアにしか無く、舟を持たなかった時代には本当に通れなかった。
 舟の発明はネズミ神官時代であるが、主に葦舟であり長距離を航行するものではない。直径百キロのアユ・サユル湖を渡るには方向の目印も無く困難。
 沿岸部に沿って漕いでいくのだが、南岸サユール方面は断崖絶壁だらけで陸に近いアドヴァンテージがまるで無く、航行にも適していない。
 北方回りは可能であるが、それならば歩けばいいというわけだ。

 舟の技術は木工が巧みとなったタコ(紅曙蛸)女王時代に爆発的に進化する。当時の文明の象徴でもある。

 

【サユール県】
 方台中央部の県で、アユ・サユル湖周円五県の一つ。
 山深い地で開発があまり進んでおらず田舎と見做されてるが、故に古い文化や気質が残っている土地だ。

 サユールの地を特徴づけるのが、東の巨大なベイスラ山地と西の古代自然林トロシャンテに挟まれているというところだ。
 ベイスラ山地は山地とはいうものの、その実態は丸くこんもりと盛り上がった巨大な一つの山塊である。山脈ではなく、台地が丸くなったような地形である。
 トロシャンテの森は、古代より「カタツムリ緑隆蝸神「ワグルクー」が棲む聖地とされ、原住部族以外の居住と森林利用が厳禁される国立自然公園だ。かっては救世主「ヤヤチャ」の命により「絶対禁令」が敷かれていた。

 つまり、サユールに住む人間は両者の狭間の狭い空間に居住する事となる。農地としては恵まれておらず生産力は上がらず、人口も少なかった。
 だが古来より重要な街道として栄えたカプタニア、大都市ヌケミンドルとアユ・サユル湖を介して交易する事が可能で、北部はそれなりに文化程度も高い。
 一方南部は、ベイスラ山地が終わって、「イロ・エイベント」(現在のイローエント県)の地に接して南海に通じるが、ここも荒野でありまだサユール県内の方が豊かな自然がある。
 サユール県の県庁は南側つまりより貧しい地域にあるのだが、これは歴史的経緯による。

 サユール県の開発が始まったのは金雷蜒神聖王国時代であるが、本格的に整備されたのは褐甲角王国によって領有された後。
 王都カプタニア近辺の南部の守りとして、かなり重視されている。
 しかしながら金雷蜒軍の一大攻勢を受けるスプリタ街道沿いの各都市に比べると、資本投下が少なくなるのは無理も無い。

 創始歴5000年代の「方台新秩序」により褐甲角王国が4分割された後は、「ソグヴィタル王国」領となる。
 だがベイスラ山地東側スプリタ街道沿いの都市が空前の好景気に沸くの反して、まったくの恩恵を被らなかった。
 むしろ、ベイスラ山地の東側が森林伐採により禿山と化して大災害に見舞われる中、さらなる木材供給源として東側の資本が魔手を伸ばしてくるのを武力をもって抵抗排除した歴史もある。
 その後、「絶対禁令」施行によりベイスラの山の復元に成功するも、「ソグヴィタル王家」は求心力を失い、一般人主体の政治が進展していく事となる。
 やがて「ソグヴィタル王家」は王国の支配権を失い、「民衆協和主義」に明け渡してしまう事となるが、その際の王家の避難地が「サユール南部」である。
 「ソグヴィタル王国」はスプリタ街道沿いの裕福な領域を失い、サユール県と「イローエント港」のみを領有する事となる。
 だが本来のサユールの民との折り合いが悪く、やがて宰相のみを残して王家そのものは「カンヴィタル武徳王国」に帰順してしまう。

 イロ・エイベントの地は「黒甲枝諸侯連合国」の領域であり、「連合」では頭領は黒甲枝の会員内での選挙で選ばれる。
 これに習って、サユール県においても黒甲枝が互選で代表者を選び、「ルルント・カプタニア」に住む「ソグヴィタル王家」の委任を受けて宰相となり、サユールを治める形態となった。
 その後聖戴者の数が激減していく中、黒甲枝は不思議の力を失ったとはいえ民衆の支持は篤く、引き続きサユールを治めていく。
 全国的に「民衆協和国」運動が盛り上がりを見せる中、古代のままの王国を続けていくのだが、やがて「タンガラム民衆協和国」による全国統一が進み脅迫的な併合を打診される。
 武力による抵抗も不可能ではなく、サユールの民衆も黒甲枝に従い抵抗の気運も高かったのだが、既に王の居ない王国でありいたずらに人死を出しても益する事がないと、平和裏に統一に参加する。
 旧聖戴者一族は全国的に「公職禁止令」が発布され、地方自治体の首長になる事が許されなくなった。

 併合後もサユール県に開発の資本が向かう事は無く、平穏無事の生活が続いていく。
 6072年「砂糖戦争」の勃発により、「タンガラム民衆協和国」の首都が北方「デュータム市」から「ルルント・カプタニア市」に遷都された。
 改めて「ルルント・タンガラム」と名称を変更される。
 サユール県は首都に隣接する重要な場所となった。が、特に変化なし。
 「砂糖戦争」後の政府「第六政体」は遮二無二鉄道を敷設し全土の工業化を必死になって行ったが、サユール県においてはやはり後回しになる。
 これが幸いして、サユール県には輸送能力の低い「簡易軌条」による鉄道は1本も敷設されず、すべてが「拡張簡易軌条」となってそれなりに便利になった。
 また鉄道建設の為の資材も、他の先進地で用途廃止になった資材を安価に購入して建築する事が出来た。

 そして創始歴6200年代、「第八政体」の統治下にあるが、特に変わりなく田舎の生活を楽しんでいる。

 

【和猪 VS 大山羊】
 和猪なごじし とは、荒猪あらじし の牡を去勢したものである。
 創始歴5600年代に技術が確立し、牽引や耕作の動力として爆発的に普及した。

 それ以前の荒猪の利用はどうだったかというと、とてもではないが飼い馴らせるものではない。
 完全に猛獣であり、突進すれば家でも破壊するほどの威力を持ち、草原も軽やかに疾走する。
 徒歩で追いかける人間の太刀打ちできる相手ではなく、聖戴者であるギィール神族や黒甲枝の神兵にのみ許される狩りの獲物であった。
 もっとも人間には知恵があるから罠を仕掛けて捕らえる事は出来るが、トドメを刺す際に逆襲を食らって狩人が殺される例も少なくは無かった。
 安全に狩猟が可能になったのは、火薬の発明で銃器が登場し、十分な威力で命中させられるようになってからだ。

 食肉としての荒猪が求められなかったのは、もっと手軽に飼育出来る大山羊が居たからだ。
 大山羊はイヌコマよりも大きく、角が立派な草食獣で人間に良く懐く。というよりは、バカで好物の花につられてのこのこと人間の棲家に近寄ってくる。
 飛び跳ねるから荷物を背に負わせて運ぶなどは出来ず、もっぱら乳と肉を食用にした。
 餌は牧草、あるいは野原の草をそのまま食わせておけばいいので楽なのだが、飼育には特別な注意が必要だ。
 あまりにもバカ過ぎて人間の想像を絶する行動を度々起こして、対処に苦労させられる。
 高い所が大好きで、しかもジャンプ力に優れている為に、家の屋根に飛び乗って踏み抜き動けなくなるなど日常茶飯事。
 塀や囲いも飛び越えて、どこへやら行ってしまう。集団生活をする獣であるが、意外と単体だけでも生きていくので習性で縛れない。

 脚の腱を傷つけて動きを鈍くするという飼育法もあるが、元気が無くなって肥育が進まないから多用はされなかった。
 基本的にタンガラムでは家畜を人間の都合の良いように傷つける発想が無く、自然のままに共に暮らすスタイルである。
 バカな大山羊には人間がとことん付き合うしか方法を知らなかった。
 故にそこまで大量の飼育は無く高価なものとなる。

 食肉とされるのは主に牡で、2、3才で出荷される。牝は子どもを産み乳を出すので食用とはされない。
 肉の味は美味である。というよりは、大型獣で肉用なものは大山羊・イヌコマ以外に無く、イヌコマは味では足元にも及ばないとされる。
 調理法も様々に考案され、ありとあらゆる手法が用いられ、宮廷料理でも花形と呼べる存在である。
 逆に言うと、庶民にはとてもではないが手に入るものでなく、その美味を伝え聞いて想像を膨らませるしかない幻の味であった。

 庶民の口に入るのは、イノコ(食用タヌキ)や大ネズミ、鳥、イヌコマの肉である。
 イヌコマは長年荷役を務め、もはや働けなくなったもののみが食用に回されるので肉が硬く美味とは言えないが、口に入るだけで貴重な存在であった。
 富裕層であれば、高価な大山羊に代わってまだ若いイヌコマを食用に回す事もあるが、非常にもったいない使い方である。

 

 創始歴5600年代に始まった和猪の利用は、主に牽引動力としての用途である。
 食肉としてはイヌコマ同様に用途廃止された老いた和猪となるのだが、長年共に働いてきた家族である和猪を食べるのには抵抗があったらしい。
 和猪繁殖牧場では食肉としての利用を増やすために、使役用とは別に飼育したものを食肉専用として出荷するようになった。
 大山羊よりは大雑把な味で脂肪が分厚いが、調理法によっては十分に張り合えるものとして認知され、やはり富裕層の間に広まっていく。

 庶民の間では逆に、和猪車による貨物輸送の増大で御役御免となったイヌコマが食肉に回され、これを主に食べた。
 ただ和猪は大きく大食いで、零細な個人農家では飼育しきれずそれまで通りにイヌコマが使役されている。

 なお近年は乳製品の需要が大きく高まって、大山羊の乳も大増産している。
 子どもを人質にする事で牝山羊を拘束できるから、割と簡単に制御できる。
 一方和猪は、つまり去勢されているのは牡だけだから、子どもを産んだ牝にはとても近付けず、乳を搾るなど無理である。

 酪農であれば、シンドラの水牛の方が乳量が多いのだが、タンガラムではあまり飼育されていない。
 亜熱帯に生息する動物であるからタンガラムの気候に合わないらしい。
 逆に大山羊はシンドラに輸入され、山岳地帯で飼われて重宝している。大山羊の乳は「タンガラム乳」として現地では人気だという。

 ゥアム帝国にも荒猪、大山羊、イヌコマは輸出されて現地で飼育されている。
 ゥアムは全体的に高温乾燥した気候であるが、冷涼な草原に荒猪と大山羊はよく適合する。 
 荒猪は和猪として車両牽引用にも使われるが、食用にも人気となった。
 大山羊、イヌコマは何故かペットとして人気である。
 ゥアムではなんだかよく分からない生物から搾乳して利用するのだが、大山羊乳も若干量流通するようになった。

 バシャラタン法国は牧畜の習慣が無く、また適当な動物も生息していなかった為に、狩猟でのみ食肉を獲得する。
 だが近年タンガラムからイヌコマを輸入して、荷物輸送に用いている。生産性が随分と向上したとの報告がある。
 森林地帯を本来の生息地とするイヌコマはバシャラタンの森でも十分生きていけるが、さすがに厳しい冬季は動けず屋内で飼育される事となる。
 貴重なイヌコマを食べようとはまだ思わないらしい。

 

【和猪車】
 去勢という技術を使って野獣を飼い馴らし使役する方法は創始歴5600年代に始まる。
 それまでのタンガラム方台において、性器切断は刑罰以外には考えられず、ましてや家畜に応用するなど文献にも出てこない。
 おそらくは他の世界の方台の知識であろう、と推測されるのだが、ではどうやって伝えられたのかは全くに謎である。

 車に関しての技術は創始歴3000年代の金雷蜒王国時代に或る程度完成したが、牽引する動物が人間以外に見当たらないので盛んには用いられて来なかった。
 せいぜいが道路環境が極端に良く整備された大都市内で、小さなイヌコマを使って伝令を走らせる程度のものである。
 荷役用としてはもっぱら人間が牽くわけで、道路の状況が悪い場所では人夫が車ごと担ぎ上げて運搬する為に、軽量小型の籐製荷車しか普及しなかった。
 荷物輸送は人間が担ぐか、イヌコマの背に載せるか。どちらにしても5、60キログラム程度でしかない。
 150キログラムしか運べない籐製荷車であっても、十分に実用的であったのだ。

 それ以上の大荷物や人間は、輿を用いる事になる。数人〜数十人の人夫が担ぐもので、貴人の移動の際には必ず用いられた。
 運輸は舟に頼る所が大きかった。水運の便が望める河川のある場所に都市が発展する事となる。運河が全土でよく整備された。

 5600年代に和猪の使役が始まると、すぐに専用の荷車が開発された。
 ここで直面するのが道路状況だ。車両を用いるようには作られていないので、各地で急速な道路整備が開始された。
 またその頃までに十分進んでいたコニャク樹脂を用いた輪帯(ソリッドタイヤ)も実用化され、和猪車は荷物のみならず人間の移動にも積極的に導入される。
 サスペンション等近代的な車両に必要な技術はここで開発され、洗練されていった。
 また道路整備の代わりにレール(当初は石造りや木製)を敷いて、和猪鉄道まで実用化される。
 レールがまるで梯子に見えるので、「梯車」と呼ばれた。

 和猪車の開発により交通の便は格段に向上し、物資の陸上輸送量が極端に増加して、近代的な産業基盤の建設に大きく貢献する。
 農村においても耕作の動力として活躍し、食料生産力に飛躍的向上が見られた。
 経済の拡大により一般市民階級の富は増大し、自らの権益を自ら保障すべきだとの自覚が生まれ、
 これまでの聖戴者による人類統治の在り方に異議を唱え、民衆協和運動が広まり、「民衆王国」「民衆協和国」の樹立へと至るのである。

 

 現在創始歴6200年代、各種動力車両や鉄道の普及が進む中にあっても、農村や郊外において和猪車は盛んに用いられている。
 車両技術の進展を受けて、和猪車にも空気タイヤが使用され踏破性や乗り心地は良くなった。
 ただ大都市では交通渋滞の原因になるとして、和猪車の主要自動車道への乗り入れ禁止が近年実施されている。

 なお和猪の飼育には特定の芋が必要である。マタタビ的なものだ。
 農家では専用畑を用意して、和猪の好物である芋の栽培を行わねばならない。
 余計な手間が増えたようだが、都市部で和猪を使用する業者に売って手軽に現金収入が得られる道となり、貨幣経済が農村部にも浸透する事となる。

 また去勢された牡ばかりであるから、和猪は自然と増える事はなく、専門の和猪繁殖業者より購入せねばならない。
 方台中央の平原部では大規模な繁殖業者が発生し、巨万の富を築いた。「和猪御殿」も建っている。
 現在では往時ほどは和猪の使役需要は無いので、食肉に転用している。

 

【尼魚定食】
 アユ・サユル湖ノゲ・ベイスラ−サユール間の旅客船上の食堂で食べられる定食。
 この食堂のメニューにおいては2番目に高価。ちなみに1番目は和猪肉のステーキ定食であるが、アユ・サユル湖特産ではないから人気はない。

 尼魚はアユ・サユル湖特産の淡水魚で、手のひら大の小さなずんぐりとした魚。
 普通の魚と異なり目が切れ長で細い。頭部が丸く大きくて尼がかぶる頭巾のようである。
 料理法は様々あるが小さいので捌かずにそのまま煮たり焼いたりする。天ぷらも美味しい。

 「尼魚定食」での料理法はショウ油と砂糖で煮詰めている。
 古来よりサユールでは保存食として用いられてきたが、それでは味が濃すぎるので定食では薄味に作っている。
 また新鮮な魚をその日の内に提供するから、伝統料理よりは遥かに美味しい。
   (注;ショウ油、砂糖の供給は創始歴5000年代より始まるから、そこまで古い食べ物ではない)

 サユールの山菜のおひたしや漬物も付いてくる。汁はキノコを出汁に取り、山菜を具とする。日によって貝も入る。
 サユールの森は山菜も豊富だがキノコも多種採集栽培されており、漬物にも用いられる。
 主食はトナクか米の飯、あるいはその混合を選択できる。餅の選択も出来る。

 全体として豪華とは言えないが、旅の情緒を楽しむのを目的とした料理。
 たっぷりと食べるのを目的とする客は選択しない。 

 

【ゲルタ汁】
 長年に渡りタンガラム方台の食の世界の主役を務めた塩ゲルタ。
 これは主に南海方面で穫れる雑魚であり、酷いアンモニア臭でそのままでは食べられないので捌いて潮水をジャバジャバ掛けて干していたら塩の固まりになってしまった、という食品だ。
 精製された塩をそのまま運んでいると関税として真っ先に取り上げられてしまうので、商品価値を落として塩ゲルタのままで輸送する。
 長期間に渡る輸送過程でうまい具合に発酵して独特の風味と成分が発生したものが、真の「塩ゲルタ」だ。

 現在は潮水を掛ける過程を省略して科学的な発酵を行う事により迅速に熟成を進ませる、あまり塩辛くない「干しゲルタ」が主流である。

 どちらも使い方は同じであるが、「塩ゲルタ」の場合は塩をこそぎ落とす手順が必要となる。この塩こそが重要。
 古代においては都市部に運ばれた「塩ゲルタ」を脱塩して精製し「ゲルタ塩」として販売し、出し殻となったゲルタ本体を低価格で販売していた。
 これでも十分に塩辛く、低所得者層が塩分を得る、またタンパク源として貴重な食材となっていた。
 (塩ゲルタ1枚が現在の貨幣価値で考えると100円程度。出し殻ゲルタが10円程度。
   塩ゲルタは25枚を1包として大きな葉に包んで売られている。2包でイカ(ティカテューク)のスルメ干物1枚が買えたので1ティカと呼ぶ。50ゲルタ=1ティカ)

 「ゲルタ汁の作り方」
 沸騰した湯に塩(出し殻)ゲルタを放り込み炊く。色が出て塩味が十分に湯に溶け出したと見れば、穀物の粉を入れる。つまりはおかゆにする。
 ついでに芋や野菜を入れて炊く。低所得者層の家庭ではこの1品のみが食事となるので、必要と考えられる食材を放り込む。穀物の粉が無い場合もある。
 最後に湯の中のゲルタをバラバラにほぐして、骨や頭も叩き潰して混ぜ込む。地域によっては骨と頭を引き出して炙って食べたりもする。
 ネギなどの薬味や虫粉などの調味料を足して完成。 
 塩(出し殻)ゲルタがあればどのように作ってもちゃんと食べられる。お手軽な出汁の素である。
 ゲルタの分量は塩ゲルタの場合1枚で10人分ほどの塩と味が出る。出し殻ゲルタの場合、5人に2、3枚は必要である。
 1日に必要な塩分を考えると、出し殻ゲルタ1人1日1枚が適当と思われる。

 干しゲルタを使った場合、塩分が少ないので味噌やショウ油などを入れる。またキノコなどで先に出汁を取っておいて、後から炙ったゲルタをばらばらにほぐしてから入れる地域もある。
 干しゲルタは後代になってから登場した食品であるので、料理の基本とするのではなく具材の一品として扱う。
 出汁の成分の構成も食材を多数使用して複雑になっており、絶対にゲルタが無ければというほどではなくなった。
 また近年は、出汁が出た後のゲルタは湯から引き出して、別に調理して食べるあるいは捨てる、という調理法が流行している。
 ゲルタ味は欲しいが、ゲルタ本来の苦味までは要らないという事だ。
 そこで食品メーカーはゲルタから作った粉末調味料を販売して、本物のゲルタを必要としないまでになっている。

 ちなみに現代では本物の塩ゲルタはほとんど作られておらず、市販されている「塩ゲルタ」は「干しゲルタ」にさらに塩をまぶしたものである。人によっては「薄塩ゲルタ」と呼ぶ。
 軍隊に納入され糧食とされるのがこれだ。
 軍人は兵舎では、また戦場においても毎日のようにこれを食べさせられる。
 或る者は二度と見たくないと除隊後は絶対に手を出さないが、或る者は中毒患者となってこれ無しには生きていけなくなるという。
 不思議な話だが、二度と見たくない派であっても軍の糧食からゲルタを外そうとの意見には絶対反対するそうだ。
 軍人生活という特殊な空間を維持する為に絶対必要なアイテム、という事であろう。

 

【腸詰め】
 腸詰め料理はバシャラタン法国の特産品である。

 まず、シンドラ・ゥアム両国ではこの手の食品は発達しなかった。
 高温の環境においては肉製品の保存は難しく、動物を食肉として捌いた後は10日の内に必ず食べてしまう。
 タンガラムにおいても肉食は盛んとは言えず、大山羊とイヌコマはちゃんと越冬させるし、食肉としては塩漬けや燻製にはするが内臓は煮込んで食べてしまう。

 バシャラタンでは厳しく雪と氷に閉ざされる冬を乗り切る為の保存食作りに最大限の努力が払われており、特に肉類は徹底的に加工される。
 牧畜ではなく狩猟にて捕獲した動物を血の一滴までも余さずに使い切る。腸詰めもその一環として作られた。
 塩単体の商業流通が無いので、苦味を持つ香草類を多用して防腐に努めている。故に美味しいという次元とは異なる存在だ。

 バシャラタンが発見されて国交が始まった後に、三国も腸詰め料理に注目する事となる。
 特にタンガラムにおいては、和猪の加工方法として随分研究され、香草類ではなく塩を利かした製法を確立し商品化に成功する。
 タンガラム全土に比較的安価に食肉を届ける手段として注目され、軍糧また海外輸出にも力を入れている。
 バシャラタンにも逆輸入され、あまりの美味さに現地富裕層の間に爆発的に広がり高値で売買され、法政府から流通の禁令を食らった。

 

 

【異世界設定 その17】

【聖戴者】
 聖戴者とは、額に天河十二神の化身である『聖蟲』を宿した者のことである。
 歴史上記録されている『聖蟲』は5種。その内、継承が可能であるのは後期3種である。

 最初の『聖蟲』は創始歴が創始される前、創始歴は紅曙蛸女王時代に女王国成立をもって創始歴2000年とした、つまり創始歴1000年代ネズミ神官時代である。
 その当時人類は穴居して狩猟採集して生活をしていた。人口も少なく、交易も少なく、社会構造の分化も乏しく各種専業者というものも無かった。
 この時代の指導者が「ネズミ神官」である。
 ネズミ神官は額に白ネズミを宿し、人々を導く知恵を備え、不老ではないが極めて長寿であり集団の柱となって何世代もの間指導者として振る舞った。

 白ネズミは口から焔を噴く超能力を持ち、人々に熱と煮炊きの技を授ける。
 これが最初の『聖蟲』とされる。
 白ネズミは長寿のネズミ神官と共に在り、彼の寿命と共に天に帰ったとされ、他者への継承は無かったという。

 

 2番目の『聖蟲』は、紅曙蛸巫女王の額を飾った白く輝く小さなタコ「テューク」である。
 この聖蟲の超能力はよく分かっていない。何故ならば、代々の巫女王の額にしか居ないからだ。
 最初の巫女王にしてタンガラム方台最初の王、「国」というものを初めて築いたのが紅曙蛸神救世主「ッタ・コップ」である。
 彼女はタンガラム方台に新石器文明の様々な技術を広め、組織的にそれを普及させ、民衆を交易によって繋げ一つの国という概念を完成させた。
 この統一された組織こそが「十二神信仰」の始まりであり、神官巫女はその職務に従う専門家として計画的に養成されるようになった。

 この知恵こそが、聖蟲に与えられたものと考えられている。
 また巫女王は巨大なタコを呼び出し使役し、それに乗って全国を巡幸したと伝えられる。これもまた聖蟲の超能力であろう。

 巫女王も不老長寿を得ていたが、おおむね百年ほどでいきなり失踪する。これを「尭坐」と呼ぶ。
 次代の巫女王は先代の代わりに忽然として現れる。そして王宮は疑うこと無く彼女を受け入れる。その額に白い聖なるタコを宿しているから間違えようが無い。
 この聖蟲が先代の物と同一であるかは不明である。おそらくは1人に1匹であると考えられている。
 故に聖蟲の継承は無い。

 

 3番目ゲジゲジ金雷蜒神「ギィール」の聖蟲こそが継承の始まりである。
 最初ガラス職人であったビョンガという男性の額に座を設けた黄金に輝き赤い眼を持つ聖蟲は、彼に科学技術の知識を与える。
 しかしビョンガはその知識を現実世界で用いる工夫に生涯を費やし、救世の事業は行わなかった。
 ビョンガが確立した金属器製造の技術を用いて、彼の息子や娘の婿、孫達が金属の武器を携えて救世の聖業に乗り出すのだ。
 その家族に与えられたのが、ゲジゲジの『聖蟲』である。つまりはビョンガ翁こそが聖蟲継承の始めである。
 また聖蟲の繁殖にも成功した事になる。

 聖蟲はやがてビョンガ翁の血族だけでなく、この世を統べるのに必要な智慧を備える優れた人にも分け与えられた。
 彼等は自らを「ギィール神族」と呼び、他の民衆を従え奴隷として使役した。
 奴隷と言っても過酷な労働を行わせ虐げるのではない。すべての人間が平等に神族の下に従う事で、それまでの社会に発生した身分制度を解体して理不尽な階級制度を崩壊に導いたのである。
 また紅曙蛸巫女王が不在の数百年の間に各地で発生した淫祠邪教を滅ぼし、誤った教えに従う者を「ギィール神族」が唱える正しい秩序に復帰させる方便である。
 ギィール神族の下では唯一正しい民衆の為の宗教として、「十二神信仰」が花開いた。

 ゲジゲジの聖蟲の繁殖はビョンガ翁の一族が受持ち、然るべき人物に与える権限を一人に集約した。これが「金雷蜒神聖王」である。
 世に数多有る価値観・宗教・哲学・身分制度などなどに優越して唯一の神聖なる存在としての、王である。
 彼から聖蟲を授かるには、様々な試練を潜り抜ける事が必要である。これは後に「ギィール神族の7つの試練」として制度化された。
 しかしながら最終的には聖蟲とそれを授かる人間との相性に依る。聖蟲に選ばれなかった人間は、資格能力が有ったとしても天河の計画に外れる所があったのだろうと考えられた。

 こうしてめでたく聖蟲を授かり、神族と成った者を『聖戴者』と呼ぶ。『聖蟲を戴く者』だ。
 それ以前のネズミ神官、タコ巫女王、ビョンガ翁は神より直接に授かった救世主であるとして、聖戴者とは異なる扱いを受ける。
 また神より授かった聖蟲と宿主は互いに言語での会話が出来たと伝わる。
 聖戴者は、金雷蜒神聖王であっても後代に選ばれた者であるから、聖蟲との直接会話は出来ない。ただし聖蟲の意思を正確に感じ取る事は出来る。

 ゲジゲジの聖蟲は、聖戴者に秘められた科学技術の知識を与え、また7里範囲の状況を眼で見る事無く知ったという。
 また赤い眼から雷(怪光線)を発し雷鳴にて不心得者を撃ったとも伝わる。
 さらには「ゲイル」と呼ばれる家よりも巨大なゲジゲジを精神で支配して、騎乗兵器として使用できたらしい。

 巨蟲「ゲイル」に関しては図像や記録からは確認出来るものの、創始歴6200年現在その生物学的痕跡がまったくに残っていないために実在が疑われている。おそらくは兵士十数名が担ぐ戦輿ではないだろうか。

 宿主が死ぬとゲジゲジの聖蟲は宙に帰ると言われている。いきなり姿が消えるので、空気に溶けて天河に戻ったと噂されるが真相は不明。
 故に同じ聖蟲を我が子に継承などは出来ない。
 聖戴者が自らを宿すに値しない者へと堕した場合、宿主は脳が沸騰破裂して死んだという。
 もちろんそのような事態はよほどでなければ起きないし、聖蟲との意思疎通により随時方向修正が行われるのだが、記録は有る。

 

 4番目カブトムシ褐甲角神「クワァット」の聖蟲の継承も、ギィール神族に倣う。
 救世主「クヮァンヴィタル・イムレイル」が授かったカブトムシの聖蟲は、戴く者に無双の怪力と驚くべき勘の良さ、風の守りに加えて空中を飛翔する能力を授けたという。
 聖蟲の繁殖はイムレイルの一族の女性が引き受け、やがて神聖神殿としてカプタニア山に拠点を設けた。
 一族は「カンヴィタル」家を名乗り、ふさわしい男子が武徳王を襲名し褐甲角軍を率いて金雷蜒王国と戦う事となる。
 武徳王が聖蟲を授ける全権を委ねられた。

 褐甲角神の聖蟲を授かる条件は、まず軍務において十分な活動が出来る能力を持つ者。武術のみならず知略においても優れ、強力な金雷蜒軍を前にしても退かぬ勇猛さと慎重さも必要である。
 だが何より重視されたのは、褐甲角神の使徒として民衆を護り抜く堅い意思と、民衆を思いやる慈悲の心。決して揺るがぬ信念と信義を守る高潔さである。
 ただし精神的要件は一瞥して分かるものではない。数年を軍で働き、先任の聖戴者がこの者であればと推薦を出して承認する。
 当初聖蟲を授けられたのは、カンヴィタル一族と「破軍の卒」と呼ばれたイムレイル旗揚げ以来の功臣である。
 その後は「破軍の卒」の推薦によって有望な者が選ばれ、聖蟲を戴く兵士「神兵」の誕生となる。
 イムレイルと異なり、神に選ばれて授けられたのではない神兵は、空中を飛翔する能力を授からなかった。
 最初の百年は神兵の数は百名余りであったが、後に急速に数を増やしていく。

 褐甲角神の聖蟲であるカブトムシは、金雷蜒神の聖蟲であるゲジゲジと大きく異なる点が有る。
 翅が生えて空を飛べるというのもあるが、種類が有るのだ。

 ゲジゲジは黄金で赤い眼を持つ1種のみだが、カブトムシは最初の黒い甲翅を持ったものから派生して様々な色の品種が出来た。
 イムレイルが授かったものとほぼ同じ黒い甲に金縁を持つものは、カンヴィタル一族に授けられる。
 ほぼ同じ形状であるが色が焦茶色で金縁を持たないものが、一般の神兵に与えられた。
 これを代々授けられる家系を「黒甲枝」と呼ぶ。「黒甲枝」こそが褐甲角軍の主力である。
 金色の甲を持つ華麗なカブトムシは、褐甲角王国の上層部で政治や宮廷を司る者に与えられた。前述の「破軍の卒」も2家を除いてこれに置き換えられた。
 金色のカブトムシを授かった家系を「金翅幹」家と呼ぶ。
 また緑色の甲を持つカブトムシが生まれたが、これは金色やカンヴィタル家の聖蟲と遠隔で意思を疎通し、絶対服従する習性を持つ。特別な任を帯びた戦士に与えられた。
 そして最も新しいのが赤い甲を持ち細身のカブトムシ。これを授かった者は通常の神兵よりも速く動く事が出来る。これを「赤甲梢」と呼ぶ。
 赤甲梢は特別に武勇に優れ功績を上げた者に対し、一代限りとして授けられた。故に「赤甲梢」の名を冠する社会階層は存在しない。

 カブトムシの聖蟲は寿命が百年ほどあり、生きている間であれば何度でも宿主を替える事が出来る。
 神兵はおおむね50才になる前に引退し、家督を息子に譲る。父親が戴いていた聖蟲が武徳王の手により息子に授けられるのだ。
 つまり「黒甲枝」家においては聖蟲の継承は血統による。もしも該当する相続人が居ない場合は、他の黒甲枝家から養子を取って継がせる風習になっていた。
 これが『褐甲角神聖戴権(カプトゥース)』である。
 黒甲枝家は必ず上位の金翅幹家との繋がりを持つ。金翅幹家は縁のある黒甲枝家の権利を保証し聖戴を速やかに滞りなく行う義務を負う。
 金翅幹家の者が最終的に黒甲枝家の相続人の資質を見極め、武徳王に奏上して聖戴の儀が行われる事となる。
 金翅幹家の相続は、神兵の祖となる「破軍の卒」が面倒を見る。

 

 5番目のトカゲ青晶蜥神「チューラウ」の聖蟲は青く輝くトカゲである。背中に申し訳程度の羽を持つ。
 歴史上、トカゲの聖蟲は3匹しか確認されていない。
 初代の救世主「ヤヤチャ」が神より直接に授かったもの、「ヤヤチャ」が後継者として選んだ2名の少女に授けたもの、である。
 青晶蜥王国においては、星浄王就任の際にその3匹の内のいずれかを戴いて王位に就いた。
 星浄王は就任前にタンガラム方台全土を巡幸し、自らの手により次の王となる者を見出したと伝わる。
 「ヤヤチャ」が直接神より授かった聖蟲が最も格式を持ち、これを戴く者が真の星浄王として高く尊ばれた。

 トカゲの聖蟲の能力は、身体が軽くなり風に吹かれて飛ぶ力を得るという。また刀剣に神威を移し鋼鉄をも切り裂く無敵の武器と為す。
 更には、その刀剣を用いて人を癒やす奇跡の力を有したという。
 いずれも神威が発動する時には青く神々しい光が発生し、神威を帯びた刀剣は何時までも光り輝いたとされる。

 青晶蜥王国においては聖蟲を臣下に授ける事は無かった。
 しかし神威が宿った刀剣を授けられた者が、トカゲ神の使徒として認められた。
 無敵の武器でありまた人を癒やす力を持つ刃は、聖蟲よりも分かり易く、直接的に民衆に恩恵を与える。
 だがこの刀剣、「神剣」は邪なる者が握ると鞘から抜いてもいないのに手が斬れて触られるのを拒んだという。
 また能力も志も無い者が握っても、鞘から抜けず用いる事は出来なかった。
 故にこれを帯びるのはまさしく聖なる誓いを星浄王と結んだ人である。これを「神剣家」と呼ぶ。
 聖戴者ではないが、相当する存在と見做される。
 「神剣家」はおおむね相続が許されたが、その任にあらざる場合は一目で分かるので、神剣を帯びるに値しないと判断されれば容赦なく召し上げられた。

 

【破軍の卒】
 「破軍の卒」とは、褐甲角王国初期の功臣であり、後には王国の屋台骨を支えた12人の兵士の血統を指す。

 カブトムシ(褐甲角)神救世主初代武徳王「クヮァンヴィタル・イムレイル」の出身地は、ミンドレア西方の大平原地帯とされる。(現在の「毒地地方」)
 金雷蜒王国の支配者であるギィール神族に仕える傭兵指揮官の一族であった。
 当時金雷蜒王国は爛熟期の反動からギィール神族同士が戦い合う内戦の状況にあった。
 民衆はすべて神族の支配下にある「奴隷」とされ、戦争の時には兵士として駆り出され殺し合いをさせられる。
 犠牲者もまた奴隷であり、夥しい民衆の被害に若き剣令であったイムレイルは戦争を家業とする自身の在り方に大いに疑問を持ったという。

 その時、天空より飛来した聖なるカブトムシが彼の額に留まり、天啓を与え、民衆を救うカブトムシ神の救世主として目覚めさせた。
 時代に望まれていた存在であろう。
 彼の呼び掛けに同調する者が多数現れ、結集し、遂には反乱軍として組織的な解放活動を始める。
 当初は神族自身による討伐は行われず、一般人の兵士と指揮官による討伐隊が差し向けられたが、これをことごとく撃破。
 遂に、ギィール神族自身が指揮を執る部隊との決戦を挑む。
 そして完膚なきまでに討滅された。

 イムレイルはわずかの兵と共に落ち延び、南岸で無法都市として誰の支配も受けない海賊の街「ッタ・コップ・リティ(タコリティ)」へと至る。
 長い旅路に同士は次々に脱落し、辿り着いた時にはわずかに12人が従うのみであった。
 これを「破軍の卒」と呼ぶ。文字通りに敗れた軍隊の兵士である。

 

 その後タコリティで支援者を得て、また物好きなギィール神族がカブトムシ神救世主に肩入れして現状を覆す事を図り、新しい軍団の編成が成功する。
 さらにはギィール神族の軍師までが同行する事となり、たとえ相手が神族の軍であっても一方的な敗北を喫さないようになった。

 こうして反乱軍は勢力を広げ、奴隷を解放して自由民とし、褐甲角軍への参加も相次いで、遂には褐甲角国を名乗るまでに成長する。
 「破軍の卒」は度重なる戦に幾度も挑み、ある時は勝利し、ある時は敗北し何名もの同士を喪う事となる。
 結局は12名の内5名までもが戦場で倒れるが、その息子や親族によって引き継がれ、イムレイル逝去の際には10家がなおも残った。

 クヮァンヴィタル・イムレイルは死後に王として認められ、その言行録『武徳聖伝』より名を取って「武徳王」と号した。
 以後、褐甲角国は褐甲角王国と呼ばれるようになり、その指導者は「武徳王」を代々名乗る。

 

 「破軍の卒」10家はイムレイル亡き後の褐甲角王国で指導的な役割を果たす。
 政治家となって統治体制を確立する中心となったのだが、軍務から外れるのは抵抗が大きかったらしい。
 だが他に代わるだけの説得力と権威を持つ者が居なかった為に、敢えて第一線を外れた。

 智慧に優れ洗練された美意識を持つギィール神族と対等に外交交渉を行う為にも、自らが高い教養を身に付け学識に特化した者も居る。
 金雷蜒神を至高の存在とする金雷蜒王国に対抗するために、褐甲角神を中心とした宗教理論を構築する神学者となった者もある。
 国家の経済を強化して金雷蜒王国に対抗するだけの国力を備えるのに尽力した者もある。

 チュダルム家とレメコフ家は頑として軍務から離れようとせず武徳王の尖兵として最前線に臨むのを役目とした。
 2家を中心として結成されたのが「黒甲枝」と呼ばれる階級であり、後にはカブトムシの聖蟲を各々が宿した神兵となり、ギィール神族に立ち向かうのである。

 一方政治や外交、国体の維持、カブトムシ神信仰を司った者は「金翅幹家」を名乗り、黒甲枝の活躍を裏で支える事となる。
 あくまでも黒甲枝、褐甲角軍の軍勢は武徳王一人が指揮するものであり、「将軍」などの代理で指揮する者は置かないと定められていた。

 

 

【カプトゥース戦争】
 創始歴5042年に発生した『褐甲角神聖戴権(カプトゥース)戦争』は、結論としては何事も為すこと無く終わったのだが、褐甲角王国に与えた影響は非常に大きい。
 複雑な要素が絡み合う事件で、まず当時の国際状況を理解せねばならない。

 創始歴5006年に降臨したトカゲ神救世主「ヤヤチャ」は、方台情勢に劇的な変化を巻き起こし、東金雷蜒王国と褐甲角王国がボウダン・スプリタ街道沿いの長大な戦線で衝突する大規模な戦争を引き起こした。
 『大審判戦争』である。
 その結末は、「ヤヤチャ」本人と東金雷蜒王国神聖王・褐甲角武徳王3者の間での和平調印であり、青晶蜥王国の建国の承認である。
 ただし青晶蜥王国は領地を持たず名目上のものとし、タンガラム方台は複数の国家が並立して共存していく国際協調体制に移り、その調停役としての存在となる。
 3者協定の際に「新生紅曙蛸王国」が南海円湾領域と無法都市タコリティを領地として新たに認められる。
 後には西岸百島湾を領域とする西金雷蜒王国も参加して、『方台新秩序』が構築された。
 また戦争が起きた場合の調停機関として、ギィール神族と褐甲角神兵の有志よりなる『神聖傭兵団』が結成され、青晶蜥王国星浄王の依頼により場合によっては強制的にでも査察を敢行する事と定められた。

 『方台新秩序』の基本概念は、各神の使徒救世主としてそれぞれの王国がタンガラム方台全土を完全征服支配する究極目的を放棄させ、互いの大義の実現を控えて現実現状の民衆の生活と福祉に最大限の価値を置くところにある。
 その為必ずしも国際戦争は否定されず、もしも他国の統治が劣悪にして国民が苦難に喘いでいると見れば侵略を行い是正させる事も容認される。
 侵略の大義の判定の為に『神聖傭兵団』が存在する。

 スプリタ街道東側の広大な平原の中央には旧金雷蜒神聖王国の中枢たる神都「ギジジット」が在り、褐甲角王国の勢力が拡大し神都を脅かすまでになった際に、ギィール神族は平原に毒を撒いて通行不能とした。
 これを「毒地」と呼ぶ。
 交通の不便から「ギジジット」は金雷蜒王国の中枢としての機能を失い、ギィール神族間の経済体制から孤立し、管理者である神聖王の血族による独裁体制が敷かれる事となる。
 事実上独立した神権国家であった。
 「ヤヤチャ」はトカゲ神の神威をもって「毒地」を封鎖する毒を浄化し、通行また再開発を可能とした。
 金雷蜒王国側はそれまでの東・西金雷蜒王国に加えて、「ギジジット央国」を立ち上げ3国体制とする。

 また毒地南部は歴史上これまで開発されなかった土地であるが、金雷蜒褐甲角王国双方の戦争の結果発生した難民を収容して新たに開拓する事となる。
 これを「毒地開拓領」と名付け、正式に青晶蜥王国領と定められた。

 

 褐甲角王国はこれまで方台民衆解放の大義に基づき経済体制も戦時に最適化されたものであった。
 しかし長年月を経て老朽化し、当時発達を始めていた民間経済の足を引っ張る事ともなっていた。
 これを是正して正常な経済の発達を促す為に、「ヤヤチャ」は褐甲角王国を3分割してそれぞれに行政の長を置き独自性を持った統治・経済発達を図るべきだと訴えた。
 その為には、武徳王に方台統一解放の大義を放棄させる必要が有る。

 そして事実上、この大義は「失敗」という形で締め括られたのである。

 この事態は「ヤヤチャ」降臨前に或る程度予期されていた。
 カブトムシ救世主「イムレイル」が挙兵して千年の節目に、新たなるトカゲ神の救世主が到来するのは天河の計画としてほぼ確実であった。
 褐甲角王国の大義が総決算を迫られるだろうと予想され、人心を騒がす元ともなっていた。

 新救世主到来までに或る程度の業績を上げておくべきだと、やや性急な戦争による解放を訴えていたのが、褐甲角王国にて政務を取り仕切る副王の一人「ソグヴィタル王 範ヒィキタイタン」である。
 彼は金翅幹家よりなる元老院にて主張し、王国の奮起を訴える。
 だが20年前に先代の武徳王が大攻勢を行い、敗退した傷が深く、その頃は積極的軍事力行使を控えていた。
 国力を回復させ、さらには金雷蜒王国との交易商人の利益を守り発展させようとするもう一人の副王「ハジパイ王 嘉イョバイアン」との政争を引き起こす。
 元老院の主流派を掌握した老練な「ハジパイ王」に、若き「ソグヴィタル王」は敗れ弾劾裁判を受ける事となり、王都「カプタニア」を脱出する憂き目に遭う。

 その後、「ソグヴィタル王」は無法都市「タコリティ」にて雌伏の時を過ごしていたが、降臨した「ヤヤチャ」と遭遇し、タコ紅曙蛸神巫女王の復活に立ち合い、遂には「新生紅曙蛸王国」の建国の立役者となる。
 額には黄金に輝くカブトムシの聖蟲が座し、手には「ヤヤチャ」より授けられた神剣「王者の剣」を携え、タコ女王の加護を受ける彼は、まさに三神に愛された英雄王である。

 『大審判戦争』、褐甲角王国と東金雷蜒王国との一大決戦が引き分けに終わり、一時停戦となった時期を使って「新生紅曙蛸王国」の王都となった「タコリティ」に攻め入った。
 本来であれば無法都市「タコリティ」は褐甲角金雷蜒王国双方の権力が及ばないものの、互いが領有を主張する都市で、征服ではなく反乱鎮圧という名目になる。
 「ソグヴィタル」王は「タコリティ」を放棄して、さらに東の「円湾」と呼ばれる入江に避難。褐甲角海軍を迎え撃つも、武運拙く捕虜となってしまう。
 彼は褐甲角王国王都「カプタニア」にて処刑される運びになったが、既に「ヤヤチャ」の降臨があり、事前に「ソグヴィタル王」が唱えた事態がまさに出来したわけで、黒甲枝金翅幹家どちらからも同情的な声が大きかった。
 一方的な断罪が政治的にふさわしくないと判断した「ハジパイ王」は、褐甲角神による「神前決闘」にて罪を定めるべきとした。

 この時決闘の相手に選ばれたのが、黒甲枝にして「破軍の卒」の1家であり、また「ソグヴィタル王」の幼少時よりの親友である「レメコフ・マキアリイ」であった。

 神前決闘は強烈な激闘の最中に、褐甲角神の化身である巨大なカブトムシに乗った「ヤヤチャ」が現れ、武徳王の裁定書を元に裁きを下す。
 結果、「ソグヴィタル王」はカブトムシの聖蟲を召し上げられ、その子孫にも聖戴の栄誉は永久に禁じられ、褐甲角王国からの追放を言い渡される。
 「ハジパイ王」も引退を勧告され、また断絶する「ソグヴィタル副王家」を「ハジパイ王太子」が継いで、正統な「ソグヴィタル王家」に一本化した。「ハジパイ王家」は元々「ソグヴィタル王家」の分家である。
 「ソグヴィタル 範ヒィキタイタン」は追放後も「新生紅曙蛸王国」の宰相を務め、『方台新秩序』構想を実現する会議に代表として出席する。
 彼の息子は褐甲角王国においては聖戴を受けられないタダの人となったが、「ヤヤチャ」の庇護を受け、後には「毒地開拓領」の総督として事実上の王となった。

 こうして『方台新秩序』設立を交渉する他国間会議が開かれたが、反発する勢力は少なくなかった。
 特に褐甲角王国には、初代救世主「イムレイル」の聖なる誓いを果たすべきと主張する黒甲枝の一団があった。
 彼等は南海イローエント港を占拠し、武徳王の翻意を懇願した。あくまでも反乱ではなく抗議の運動である。
 しかし、これを利用して「金翅幹」家にして金雷蜒王国からの亡命神族の末裔である「ジョグジョ絢ロゥーアオン=ゲェタマ」通称「ジョグジョ薔薇」が、反『方台新秩序』の勢力を立ち上げた。
 彼は「ソグヴィタル王 範ヒィキタイタン」の信奉者であり、王が追放された後は元老院においてその立場に取って代わり、聖なる大義の実現に奔走した。
 その意味では極めて当然の行為に出たわけだ。

 「ジョグジョ薔薇」の下には方台全土から怪しげな勢力が多数結集し、あたかも光である「ヤヤチャ」に対抗する「闇の軍勢」の趣さえ見せる。
 これに対して「ヤヤチャ」は、「単身」での征旅を開始。驚いた側近また神兵ギィール神族の有志が、さらには街道沿いの民衆までもが救世主に従って討伐の混成軍を結成する事となった。
 多数の民衆が戦争の無い世界を求めて押し寄せてくるのに驚いたイローエントの黒甲枝、「黒甲枝諸侯連合」は不干渉を宣言。
 「ジョグジョ薔薇」は最大の味方を欠いたまま闇の勢力と共に戦わざるを得なくなり、あえなく敗死する。
 これが「ジョグジョ薔薇の乱」である。

 武徳王の聖旨に背いた「黒甲枝諸侯連合」はイローエント砦に立て籠もるが、「ヤヤチャ」はこれに同情的ですらあった。
 そして彼等の主張が真に意味があるものかを問う為に、方台最貧部とされる南海西側「グテ地」を領地として与え、彼等自身による統治で民衆を幸福に導くべしと唱えた。
 「黒甲枝諸侯連合」にはこれを条件に帰順を促し、武徳王に対して領地の割譲を請け負う約束として、神剣「KATANA」を質に預けた。
 「ヤヤチャ」の命を幾度も救い、救世の聖業を共に果たしてきた分身とも呼べる刀である。

 「KATANA」を失った「ヤヤチャ」は別の神剣を帯びていたが、コウモリ真人との最終決戦に望まざるを得なくなり、決定的な打撃力が無く大変な苦戦を強いられた。
 世に「神剣百八振」と呼ばれる事件で、コウモリ真人は完全打倒され天に戻るが、「ヤヤチャ」本人も回復不能の傷を負い方台退去を余儀なくされる。
 この時、後に第二代星浄王となる褐甲角王国メグリアル副王家の姫「メグリアル劫アランサ」が「黒甲枝諸侯連合」から「KATANA」を請け出し、「ヤヤチャ」の元に届けている。
 以後「KATANA」は「ヤヤチャ」の傍から離してはならぬ事となり、「黒甲枝諸侯連合」には新たなる神剣「約束の剣」が贈られた。

 褐甲角武徳王は「ヤヤチャ」の進言を受け入れ、「黒甲枝諸侯連合」に「グテ地」を任せる事となる。
 本来この地は「ソグヴィタル王家」に任されるはずであったが、明らかに不採算が予想され大きな負担となるはずだった。
 「グテ地」の経営を免れた「ソグヴィタル王家」はスプリタ街道沿い南部からイローエント港までの比較的裕福な土地を得て、大きく発展する事となる。

 一方「ヤヤチャ」は「グテ地」を貧しいままに放置するのを良しとせず、様々に産業育成を考案した。
 「グテ地」南部の「トロシャンテ」原始林は利用不能の「絶対禁令」を定めたが、その近辺の森林を利用しての製紙業の確立を命じる。
 また南海で嫌というほど穫れる「油ゲルタ」という魚を搾って魚油を精製し、廃棄物を利用しての肥料生産にも乗り出した。
 「グテ地」は貧しいながらもタンガラム方台全体の経済活動に参加出来るものとなる。

 

 それから30数年。
 既に「ヤヤチャ」は方台に無く、「ソグヴィタル 範ヒィキタイタン」も暗殺に倒れた。

 褐甲角王国は北方「メグリアル王国」、中央「カンヴィタル武徳王国」、南方「ソグヴィタル王国」に分かれ、また「黒甲枝諸侯連合」が治める「グテ地」の4つとなる。
 とはいえ、カブトムシの聖蟲の聖戴は依然として武徳王が全権を握り、軍事力の総体としては健在である。
 むしろ経済力の拡大により統一時よりも強化されたほどだ。

 聖蟲の継承は今まで通りに黒甲枝家の相続人が金翅幹家に承認され、武徳王への推薦により行われてきた。
 しかしながら、「黒甲枝諸侯連合」に参加する者に対してもそれを認めるべきであるか、随分と議論される事となる。
 やがて、「カンヴィタル武徳王国」の支配権を強める為に、聖蟲の継承は血統によらず任命の形で行われるべき、との論が上がってきた。
 これまでとは異なる継承形態に、「メグリアル」「ソグヴィタル王国」は反発。
 「カンヴィタル武徳王国」の元老員を「君側の奸」と公然に批難する事態となった。
 「黒甲枝諸侯連合」も大きく動揺し、対処に苦慮する。

 実はこの動きは、「カンヴィタル武徳王国」内の「再統一派」による画策であった。
 前回大戦より30年を経て、民力軍事力も既に回復し、褐甲角神救世主による方台統一の大義の実現への道筋は整った。
 再び戦争を始めるには、まず黒甲枝、カブトムシの聖蟲を戴く者が果たすべき役割をそれぞれに自覚させるべき。
 その方便としての、聖戴権継承規則の意図的な変更である。
 聖蟲の継承は家系的な特権ではなく、あくまでも神兵として方台民衆解放の為に戦う力として与えられたものと再確認を迫ったのだ。

 しかしながら武徳王は彼等の言に耳を貸さなかった。
 『方台新秩序』は見かけ上は上手く運用され、交易は活発となり過大な軍事費からも解放されて民間経済も潤い、民衆の生活も向上している。
 いずれは枠組みを再検証する必要があるだろうが、今ではない。
 復古主義による解放戦争は必ずしも民衆の幸福には繋がらない、と意見を斥けた。

 かくなる上は実際に戦争を始めて否応なく褐甲角王国全体を大義に引き戻すべきと、「再統一派」は蜂起を企てる。
 彼等の切り札は、かって大義の遂行を唱えて追放の憂き目に逢い、それ故に神が定めたとしか思えぬ数奇な運命を辿って大業を成し遂げた「ソグヴィタル王 範ヒィキタイタン」だ。
 その孫を取り込んで同志として、「ヒィキタイタン二世」として兵を挙げる。
 更には、大義の遂行に対して積極的であるはずの「黒甲枝諸侯連合」を取り込んで軍勢を整え、実際の進攻を開始しようというものだ。
 一度戦争が始まってしまえば、褐甲角3王国は結集して旧来の体制に復し、初代救世主「イムレイル」の聖なる誓いの実現に動き出すだろう。

 だが「カンヴィタル武徳王国」の中枢においては決起しても主導権は得られない。
 そこで火だけは点けて緊急事態を演出し、蜂起軍はサユールの難所を無理やりに突破して南海方面に進攻。「黒甲枝諸侯連合」との合流を果たすという策である。

 蜂起は成功して首尾よくサユールを突破して南海に至った蜂起軍である。
 「黒甲枝諸侯連合」との会合で彼等は合一を呼び掛け、武徳王に翻意を促すべきと説いた。
 「連合」の者にも少なからぬ同調者が居たのだが、しかし彼等が示した進攻計画に賛成は出来なかった。
 南海方面からの進攻であれば、ほとんど防衛力を持たない「新生紅曙蛸王国」「毒地開拓領」を制圧する事となる。
 いきなりの大領域の確保は蜂起軍当初からの計画であるが、これが大儀に沿ったものであるか大いに疑問に思えたのだ。
 また「グテ地」住民を安易に兵として駆り立てようとする彼等の独善も賛同をためらわせる。
 結局は拒否という結論に達した。

 蜂起軍はこのままでは済まさず、「連合」の結束の象徴であり「グテ地」領有を保証する「約束の神剣」の奪取を画策。
 「ヒィキタイタン二世」こそが神剣の保有者にふさわしいと、「連合」の砦に攻め入った。
 しかしこれは守備軍必死の防戦により防がれ、「黒甲枝諸侯連合」は改めて『方台新秩序』支持を表明。
 査察に訪れた「神聖傭兵団」および「カンヴィタル武徳王国」の使者に申告した。

 敗走した蜂起軍は四分五裂してそれぞれの運命を辿る。
 再びサユール方面に戻って来た一団は、当地にて捕らえられ、武徳王に対し聖なる誓いへの復帰を促して「セップク」して果てた。
 「ヒィキタイタン二世」は「毒地開拓領」に逃げ延びたが、総督である実の父親に拒絶され、「神聖傭兵団」に捕縛される。
 蜂起軍は全滅し、褐甲角神の聖蟲の継承はこれまで通りに落ち着き、全てが元のままで終わった。

 「黒甲枝諸侯連合」はその態度が『方台新秩序』に適うものとして認められ、改めて国家として迎え入れられる。
 「黒甲枝諸侯連合国」と国号を名乗り、議席を獲得した。

 

 ではあるが、聖蟲の継承と聖なる大義の実現との微妙な関係は維持され、後の世でも度々議論される事となる。
 三国の独立性が増してそれぞれの王に対する忠誠心が重視されると、ますます混乱する。
 「メグリアル王国」においては、ほぼ全ての神兵が「神聖傭兵団」に加入して王国軍と兼務する有様になった。
 皮肉な事に、「黒甲枝諸侯連合国」は王を戴かないので最初から武徳王以外の人物に忠誠を抱かず、大過なく体制が維持された。

 

 なお金雷蜒神の聖蟲である黄金のゲジゲジの継承は問題とはならない。
 そもそもがギィール神族の聖蟲は一代限りで、宿主の寿命と共に天に帰る事になっている。
 継承者は聖蟲を得る為の「7つの試練」をクリアし、自らが新しい聖蟲に選ばれる必要がある。
 つまりは個人として聖蟲を戴く資格が有ると認められているのだ。
 神族の子女は幼少時より徹底的な英才教育を施され、試練に臨んでいる。その為に必要な資金や労力を提供するのが親の役目となる。

 また金雷蜒神の聖戴者は彼自身が一人の「王」である。誰の支配を受けるものではない。
 金雷蜒神聖王に対する忠誠心なるものは最初から存在せず、好き勝手放題をやるギィール神族の社会を支える裏方と考えている。
 故に積極的に神聖王に成りたがる者は無く、初代救世主「ビョンガ翁」の直接の血族が貧乏くじを引いているようなものだ。
 その責務に対する尊敬は、さすがにどの神族も備えている。

 「ギィール神族に至る7つの試練」の審判は、既に神族となった者または必要な能力を持った一般人である。
 7つの試練をクリアした後に、ゲジゲジの聖蟲に選ばれる儀式を経て聖戴者となる。
 であるから、ギィール神族として必要な人間的能力の獲得には、聖蟲自体は関係ない。
 聖蟲が地上から失われて久しい現代(創始歴6200年代)であっても、7つの試練を経て認められた者はギィール神族なのである。

 

【大審判戦争】
 『大審判戦争』とは、創始歴5006年トカゲ青晶蜥神救世主「ヤヤチャ」降臨を機として行われた、東金雷蜒王国と褐甲角王国の最大級の戦争である。

 戦争直前まで、両王国は互いに小競り合いを繰り返してはいたが安定した状態にあり、交易も密に行われて、平和とは言わないまでも小康状態であった。
 無論これは自然とそうなったのではなく、主に褐甲角王国において和平派であった副王「ハジパイ王 嘉イョバイアン」の政治外交工作による。
 実のところ、科学技術に優れた金雷蜒王国の工業生産品が無くては、褐甲角軍も戦争が出来ない有様で、交易を停止すると戦力の低下すら起きる状態であった。
 なるべく長い期間平和に抑えて民力を回復させ、交易を密に行って戦力の充実を図り、然るべき時まで決戦を先送りするべき。これが「ハジパイ王」が唱えた「先政主義」だ。

 だがタンガラム方台には千年を節目として新たなる神の救世主が現れ、方台に革新的な変化をもたらす。新たなる王国が樹立されるという法則があった。予言とも「天河の計画」と呼んでもよい。
 まさに世紀末状況にあって新たなる救世主に裁かれるのは、この千年を天に任されてきた褐甲角王国自体の在り方である。

 金雷蜒王国の横暴なる支配によって虐げられ奴隷とされる民衆を解放して幸福に導くのが、カブトムシ神救世主「クヮァンヴィタル・イムレイル」の大願であり聖なる誓いだ。
 これが歴代の武徳王によって実現されてこそ、「天河の計画」に従ったと言える。
 だが実情は全くに逆で、金雷蜒王国は東西に分割されたとはいえギィール神族による支配は今も盛んで、褐甲角王国は方台の半分以下の面積を支配しているに過ぎない。
 民衆の幸福も、打ち続く戦争により無理が祟って必ずしも幸福とはいい難い状況にある。むしろ生産力の高い金雷蜒王国の奴隷の方が裕福に暮らしていた程だ。
 戦争の結果としての難民が流入し王都「カプタニア」の治安も十分に維持されているとは言えず、なんとも残念な有様である。

 これを憂いて、トカゲ神救世主の降臨までのわずかの期間を無駄にせず、少しでも褐甲角王国の領域を広げて聖なる誓いの実現に近づけよう、と主張したの「ソグヴィタル王 範ヒィキタイタン」である。
 しかしながら褐甲角王国は、「ヤヤチャ」j降臨の20年前に南海イローエント港において行われた一大海戦で敗北し、手痛い損失を受け未だに回復に至って居なかった。
 そのまた20年前に同じ海域での戦闘に大勝利し褐甲角王国は史上最高の好況に恵まれて、奇跡よもう一度の夢が無残に潰えたのである。
 敗戦を機に代替わりした武徳王は積極策を取らず国力の回復に務め、なんとか旧来の軍事力を回復し得たのがこの頃だ。
 「ソグヴィタル王」の主張も、兵力民力が回復したが故のものである。これを「先戦主義」と呼ぶ。

 どちらの主張ももっともな理由があり、特に軍事力を実際に司る黒甲枝の間で「ソグヴィタル王」は人気が高く、褐甲角王国元老院において両者は激突する事となる。
 だが老練な「ハジパイ王」は元老員「金翅幹」家を次々に説得して自陣営に引き入れ、「ソグヴィタル王」を敗北に陥れる。
 「ハジパイ王」はまだ若い「ソグヴィタル王」を破滅させるまでは考えなかったが、「ソグヴィタル王」は若手神兵によるクーデターまがいの行動まで画策し、やむなく排除を決定する。
 元老院において弾劾裁判が開かれる運びになったが、「ソグヴィタル王」は王都「カプタニア」を脱出。行方不明となる。

 「ソグヴィタル王」は来るべき決戦に備えて、「赤甲梢」と呼ばれる神兵による特殊部隊を結成し、その総裁に外交を司る副王「メグリアル王」の妹姫で自身の友人でもある「メグリアル焔アウンサ」を当てた。
 本来は名誉職に過ぎない総裁であるが、才気溢れる「焔アウンサ」の手で「赤甲梢」は実戦部隊としての実力を大いに高める。
 そしてギィール神族が用いる最強の兵力であり神族の威光そのものである「ゲイル騎兵」に対抗する、「兎竜騎兵」の戦力化育成に成功した。
 しかし「ソグヴィタル王」の逃亡により「赤甲梢」部隊の存在も宙に浮き、「ハジパイ王」の工作により総裁人事の変更も為されて、空中分解寸前であった。

 

 この状況で現れたのが、トカゲ青晶蜥神「チューラウ」が地上に差し向けた救世主である「ヤヤチャ」だ。

 彼の人は、真実であるかは既に確かめる術も無いが、別の星の世界に住むタンガラム方台の人間とはまったくに異なる人間であったらしい。
 青晶蜥神が彼の人に授けた神威はまさに無敵の戦闘力と万人を癒やす浄化の青い光である。だがそれを使いこなす力量こそが、真の切り札であったろう。

 「ヤヤチャ」は方台中央南部、「毒地」が終わる無人の渓谷に出現し、人界に出てはスプリタ街道を南下して無法都市「タコリティ」に到達する。
 この地に潜んでいたのが、誰あろう「ソグヴィタル王 範ヒィキタイタン」だ。
 たちまちにして意気投合し、「ヤヤチャ」救世の聖業に助力を申し出る「ソグヴィタル王」である。彼は青晶蜥神の神威を帯びた神剣「王者の剣」を授かった。
 「ヤヤチャ」はこの地にてタンガラム方台の現状を分析し、その眼で正邪を実際に確かめる必要があると、まずは東岸の「東金雷蜒王国」を訪問する事を決めた。
 その合間に、「タコリティ」の東側に大きく大地を円形に穿った「円湾」に至り、古のタコ紅曙蛸神「テューク」の救世主「巫女王」の復活を実現する。
 「ソグヴィタル王」は紅曙蛸女王を預かり、南岸において新たなる王国の建国をもって「ヤヤチャ」の聖業を側面から支援する事となる。

 東金雷蜒王国南端の「ガムリ点」に至った「ヤヤチャ」は当地を治めるギィール神族の助力を得て、東金雷蜒王国王都「ギジシップ島」ではなく、金雷蜒神信仰の中枢である神都「ギジジット」への困難な旅を選択した。
 ギィール神族は奇矯な事に、自らが治めるこの世界を自らの手で滅ぼそうと希求する。
 その為に、敵であるカブトムシ神救世主「イムレイル」に助力し褐甲角王国を育成し、神兵の力を最大限に発揮できる甲冑兵器を開発し与えるほどだ。
 或る意味では彼等は聖なる務めとしての地上の支配に倦んで、聖業を投げ出したかったのであろう。

 「ギジジット」への向かう「ヤヤチャ」一行は、途中「寇掠軍」を率いて褐甲角王国ベイスラ地方を襲ったばかりのギィール神族の貴姫「キルストル姫アィイーガ」を捕獲し籠絡し、面白がらせて協力案内させる。
 「ギジジット」に至り、ギィール神族の長である「神聖王」の血族の女性「王姉妹」達が支配する神都に侵入する。
 この地にて「ヤヤチャ」は、ゲジゲジ金雷蜒神「ギィール」の地上での写し身である巨大で長大なゲジゲジを退治して、人間の欲と願いによって肥大し暴走した姿を捨てさせ、元の小さく美しい姿へと戻し正常な天河の計画に復帰させる。
 「王姉妹」をも籠絡し協力者とした「ヤヤチャ」は、その協力とゲジゲジ神の化身の神威霊力を利用して、「毒地」全体を覆う人工の毒の浄化に挑む。
 これによりタンガラム人の生存域は拡大し、新たなる農地が広がり豊かな暮らしを実現させる事が出来る。

 だが同時に、褐甲角軍の「毒地」への進入を許し、これを阻止線とするギィール神族の一大反攻作戦が開始され、古今未曾有の大戦争が勃発するのが予想された。
 「ヤヤチャ」は戦争の懸念も自らの業として飲み干し、救世の聖業の術と成す。困難で危険な浄化作業を見事完遂した。

 

 「毒地」が浄化され人間の生存が可能となった事は、まず「寇掠軍」として出征し「毒地」中に居たギィール神族が感知する。
 彼等はこの事態が引き起こす影響を瞬時に理解し、褐甲角軍の進攻を食い止めるために「毒地」外縁部に突入して激戦を開始する。
 また遠く離れた本国のギィール神族も直ちに軍を編成して、おのおの「寇掠軍」を結成。大挙して出陣し第二第三陣を送り込む。
 一方褐甲角軍も当初は突出する最初の「寇掠軍」への防戦に終始したが、「毒地」浄化解放の事実を確認し、改めて神都「ギジジット」への進攻を計画するのである。
 これこそがまさに褐甲角王国・軍の積年の宿願であり、千年の節目において天河の神が与えた聖なる誓いを実現する最後の機会であろうと、神兵誰もが認識する。

 こうして誰言うとなく、この突如勃発した戦争は「大審判戦争」と呼ばれた。

 一方「ヤヤチャ」である。「ギジジット」を出立して北に向かい、ボウダン街道へ出る。
 草原中の寒村「べギルゲイル村」後の「ゲルワンクラッタ村」にて、褐甲角軍「赤甲梢」部隊と遭遇する。
 トカゲ神の神威にて「赤甲梢」の戦意を挫いた後、総裁の「メグリアル焔アウンサ」および次期総裁にして姪に当たる「メグリアル刧アランサ」と知己を得る。
 「メグリアル刧アランサ」こそが、後にトカゲ青晶蜥神救世主二代にして青晶蜥王国の実質最初の王「星浄王」となる人物であった。

 「ヤヤチャ」は「焔アウンサ」および「赤甲梢」幹部と情勢を話し合い、「大審判戦争」を速やかに終結させる秘策を論じた。
 つまりはこの戦争はどちらかの王国が最終勝利を得る事は無く、神族神兵互いが滅びるまでは終わらぬものであるから、早期の和平こそが求めるべき決着である。
 金雷蜒褐甲角神の救世主である神聖王と武徳王が直接に対面し和平会談を行い、互いの存在を認め合い方台の統治を分かち合う事こそが新たなる時代の在り方だと説いた。
 この為に必要なのが、東金雷蜒王国神聖王の親征である。遠く王都「ギジシップ島」にて鎮座していれば、和平会談の場も設けられない。
 どちらかと言うと和平を前提として自ら出馬してくれれば理想的であるが、そう上手くもいかないだろう。
 とにかく首都本体を突いて、東金雷蜒王国全軍総出陣を促すべきである。
 「赤甲梢」部隊が単体で敵本国最深部にまで突入し、「ギジシップ島」に渡って神聖宮へと突き進み、その後和平なり神聖王を殺害するなりしてもらいたい。という策である。

 正直に評価すれば、これは「赤甲梢」部隊を捨て駒とする帰還不能の作戦である。
 だが敵中突破、金雷蜒神聖王への直接攻撃は褐甲角軍歴代全ての神兵が夢見たものだ。そして「赤甲梢」部隊には高速の移動手段である「兎竜騎兵」が有る。
 もしも毒地周辺域での全面的な戦闘が大きく燃え広がり、ギィール神族の半数以上が戦場に出陣し、本国の防備が手薄になれば。
 そして東金雷蜒王国においては、褐甲角軍の本国中枢への進攻は想像もしていない……。

 「焔アウンサ」は最終的な和平を締結するには、神聖王の殺害は好ましくないと考え、和平会談への行幸を奏上する為にこの作戦を受け入れた。
 「メグリアル副王家」は本来、十二神信仰に基づいての金雷蜒王国との平和的な外交交渉を担当する。
 その姫としてふさわしい役割を果たすとすれば、やはり穏便な解決を望むべきであろう。自分はまさに最適の使者である。
 ここ「べギルゲイル村」こそが、ボウダン街道出口である東金雷蜒王国の大要塞「ギジェ関」にも近く、「毒地」平原とも隣接してギィール神族による神聖王護衛にも都合が良いと考え、和平会談の舞台として設定された。

 こうして「赤甲梢」部隊の今次大戦における基本方針が決定した。
 作戦に必要な諸準備を「焔アウンサ」の責任において、褐甲角王国中枢なかんづく王都「カプタニア」で権力を振るう「ハジパイ王」に絶対秘密で行わうのである。

 一方、ボウダン街道を西進し褐甲角王国中央に向かう「ヤヤチャ」一行を護衛する為に、「メグリアル刧アランサ」が兵を率いて同行する事となる。
 彼女にすれば、乾坤一擲の大作戦計画を伝授されていながら、その遂行に自身が関われないのが大いに不満であった。
 しかし、トカゲ神救世主「ヤヤチャ」の動向の把握と身柄の掌握は褐甲角王国においても現在最高に重要な案件である。これを果たすのは王族以外にはあり得ない。
 説得の結果、彼女は「ヤヤチャ」と共にボウダン街道褐甲角王国側の終点「デュータム点」に向かうのである。
 その道すがら、彼女は次代のトカゲ神救世主としての教育を「ヤヤチャ」より直接に受ける事となる。
 この世界はもちろんタンガラム方台に固有の人間の為のものであり、その導き手としてはやはり同じタンガラム人でなければならない。
 星の世界より来たとされる「ヤヤチャ」はあくまでもワンポイントリリーフとして自らを考えていた。

 なお、「メグリアル刧アランサ」は正式な辞令の下りた新しい「赤甲梢」部隊の総裁である。「焔アウンサ」は引退して形式上はタダの王族であり、軍事的な命令権を一切持たない。
 ではあるが、「焔アウンサ」が鍛え上げた「赤甲梢」部隊の運用は彼女自身に任せた方がふさわしい。
 どこもかしこもまったくに余裕が無く兵力不足に顔色も青ざめる現状では、今動ける部隊をわざわざ損なうべきではないと、褐甲角軍司令部は彼女の指揮権を条件付きで認める事となる。
 後に彼等は激しく後悔した。

 この計画は南岸の「ソグヴィタル王」にも通知され、彼は「新生紅曙蛸王国」建国の為と海賊衆を束ねて蜂起させ、東金雷蜒王国南岸で騒ぎを起こす。
 東金雷蜒王国王都「ギジシップ島」を守護する「王師海軍」を南方に引き付け北方の守りを手薄とし、ボウダン街道経由で北方から進攻する「赤甲梢」部隊を支援するのである。

 

 今次大戦において、ギィール神族には2種類の軍事作戦が有った。
 一つは軍勢を並べて褐甲角軍、それも神兵と雌雄を決する激戦を行い、天河の計画の総決算を図るもの。
 もう一つは、これまで通りの寇掠軍をこれまで通りに運用して、褐甲角王国全体に出血を図るもの。

 そもそもが「寇掠軍」は、神族が乗る「ゲイル騎兵」のみでなく一般人の兵士をも伴っており、強力な神兵との遭遇を避けながら褐甲角王国領深くに侵入し、民衆に対して攻撃を行い財貨を奪い取るものである。
 神兵との戦闘を極力避けるから損失は少なく、また民衆の庇護を謳い文句とする神兵の誇りを傷つける事著しい。
 今まで平常時での寇掠軍は散発的に攻撃を行い、褐甲角側での対処も容易かったのであるが、これを圧倒的な部隊数で一斉に行えば、いかに怪力の神兵であれどもお手上げである。

 この作戦を取られる事は褐甲角軍にとってはほとんど敗北を意味する。
 ボウダン・スプリタ街道全域に広く神兵を散開し防備に当たらせるのだが、限度は有る。
 そこで軍事的に攻略する事が困難でありながらも上手く行えば可能に見える「大要塞」をヌケミンドルの最前線に構築し、ギィール神族を誘引する策を用いた。
 つまりは神族に知恵比べを挑んだのだ。知能においては自負するところの大きい神族は、あからさまな挑戦に対して敏感に反応する。
 そもそもが自らを守る能力すら持たぬ一般民衆を槍先に掛けるのは、地上の慈悲深き支配者をもって任ずる神族にとっても愉快ではない。
 夥しい兵力がヌケミンドルの防御線に集中し、激しい激突が開始される。
 なおヌケミンドルが突破されると、王都カプタニアが直接に脅威に曝される。
 褐甲角神の救世主たる武徳王までもを餌として、かろうじて周辺領域の民衆の安全を確保する事が出来た。

 ボウダン街道沿いの東西線においては、「赤甲梢」兎竜騎兵による寇掠軍掃討が効率的に行われていた。
 速度において「ゲイル騎兵」に優越する「兎竜騎兵」は平坦で見通しのよい草原においては威力を発揮した。
 しかし毒地平原内部に縦深防御を敷かれてしまうと、こちらからの攻勢は出来ない。

 ヌケミンドル戦線における過度の負担を軽減する為に、「赤甲梢」総裁代理「焔アウンサ」は一計を案じた。
 「毒地」中央部に位置する神都「ギジジット」を直接攻撃する事によりギィール神族の注意を引き付け、ヌケミンドルへの兵力の集中を分散させるというものだ。
 更には王族の地位を利用して元老院「金翅幹」家経由で「ハジパイ王」に書簡を送り、東金雷蜒神聖王を戦場におびき出すにはこれ以外の策は無いと訴えた。
 「ハジパイ王」は元より戦争には反対で、始まってしまった以上は早期の和平停戦を実現する方法を求めていた。
 だが「大審判」と呼ばれるほどに歴史的意義の高いこの大戦に、神兵も神族も熱狂して暴走と呼べる状態になっている。
 これを止める為には、褐甲角武徳王と金雷蜒神聖王との直接会談による和平交渉しかないと考え、であればまずは神聖王の親征を促すべきと手立てを求めていた。

 神都「ギジジット」への直接攻撃は非常に有効な策と考えられ、「赤甲梢」にはその能力もあると認め、「焔アウンサ」に作戦計画の了承を伝える。

 もちろんこれは嘘である。「ハジパイ王」が「赤甲梢」部隊の敵領内長駆進攻計画に気付ぬ為、また遠征に必要な予算や物資の獲得の為に一大攻勢計画をでっち上げたのだ。
 こうして全ての準備を整えた「赤甲梢」と「焔アウンサ」は、タイミングを見計らって東征を開始。
 一路敵国王都「ギジシップ島」へと突き進む。

 無謀とも思える突進は、しかし圧倒的破壊力戦闘力に裏打ちされ、本国防衛の為に残ったギィール神族の軍勢を瞬く間に撃破し、東岸に到達。
 兎竜を捨て船を奪取して海を渡るも、少数残っていた「王師海軍」の迎撃を受ける。これも突破して遂にギジシップ島に上陸。
 奇っ怪なる防衛陣を幾重にも打ち破り、神聖宮に到達し、首尾よく神聖王「ゲヴァチューラウ」と対面し、「ヤヤチャ」より贈られた和平を促す文書と共に褐甲角武徳王との直接会談を申し入れる。

 「ゲヴァチューラウ」は進取の気風を持った人物で、天河の計画に基いて「赤甲梢」がこの地に至ったと理解し、新たなるタンガラム方台の姿を見定める為に三神救世主による和平会談を受け入れた。

 一方、「赤甲梢」の東金雷蜒王国突入の報は直ちに金雷蜒軍全体に伝えられ、各地で戦闘を放棄して「ギジジット」周辺に結集して軍勢の再編を図り、事態の推移を見守った。
 自らも最前線にて戦っていた褐甲角武徳王も、天河の命ずるままにとトカゲ神救世主「ヤヤチャ」を交えての和平に臨むのである。

 

 「べギルゲイル村」にて行われた「三神救世主邂逅」は、しかしコウモリ真人の介入があり「ヤヤチャ」との1対1での神威合戦となり破綻。
 「ヤヤチャ」はかろうじて勝利するも、「北方針葉樹林帯」に大きく飛ばされる事となる。
 まとめ役を失い、金雷蜒褐甲角両軍は一触即発状態のままでの停戦を余儀なくされる。
 それまでに被った損害が両軍ともに大き過ぎ、にわかには復元出来ず双方時間を必要としたのだ。

 神聖王「ゲヴァチューラウ」はそのまま褐甲角王国領内の「べギルゲイル村」に仮宮を設けて留まり続ける。
 一方褐甲角軍は、「ヤヤチャ」復帰の前に可能な限り自国領土を固めておこうと、南岸「新生紅曙蛸王国」の討伐に出兵する。
 本来無法都市「タコリティ」は、金雷蜒褐甲角王国双方の法による支配は受けぬものの、所有権に関しては双方が主張する場所である。
 これは反乱を鎮圧するという名目で行われた。
 本来であればもう一方の所有権を唱えるはずの東金雷蜒王国であるが、「赤甲梢」突入の際に「王師海軍」をまんまと遠ざけられた事を理解し、今回は援助も援軍も出さない。

 「新生紅曙蛸王国」宰相「ソグヴィタル王 範ヒィキタイタン」は「タコリティ」の放棄を決定。東側にある「円湾」に立て籠もり迎撃を試みる。
 入り口の狭い入り江である「円湾」は防御する側に有利であるが、一般市民全てを伴っての避難には無理も多く、事故が発生して多くの死者が出た。
 これ以上の抵抗は虚しいと、「ソグヴィタル王」は一騎打ちを望み、多数の神兵を打ち負かすものの最後には紅曙蛸女王と共に囚われの人となる。

 

 しかしながら世論は「ソグヴィタル王」に好意的で、特に「大審判戦争」を戦った黒甲枝の神兵は、これも「ソグヴィタル王」が唱えたとおりと慈悲を願う。
 状況は戦前とは一変し、現実的な合理主義よりも宗教的な熱狂こそが時代を支配する空気となっていた。

 「ハジパイ王」もこの流れには逆らえず性急な処分は保留して、慎重に事を進めていく。
 まず、「ソグヴィタル王」の理想を実際に実行に移して実現した「赤甲梢」総裁代理「焔アウンサ」を王都カプタニアに召喚して査問に掛ける事とする。
 褐甲角神の使徒が夢にまで見た金雷蜒王国中枢神聖王への直接攻撃を成し遂げ、しかも現在民衆の期待を一身に集めるトカゲ神救世主「ヤヤチャ」の唱える通りに和平会談を実現させた彼女は、まさに英雄である。
 だがその過程において王国政府軍司令部を欺く事が多く、査問は不可避であったのだ。もちろん最初から覚悟の上の行動である。

 この時期、武徳王は「三神救世主邂逅」が「ヤヤチャ」の劇的な失踪という予想もしない中断を余儀なくされ、スプリタ街道北部のガンガランガに本営を一時後退させている。
 「べギルゲイル村」に留まる神聖王「ゲヴァチューラウ」とギィール神族の大軍団の情勢を睨み、何時でも再戦を挑めるように軍団の再編成を行っていた。
 これに「焔アウンサ」が参内すると、初代救世主「イムレイル」の聖なる誓いを我が物とする武徳王が絶賛するのは確実で、政治的に処分は不可能となる。
 その為大本営を経由すること無く「毒地」中を通ってミンドレア近辺にてスプリタ街道に入るが、ここで「闇の勢力」の襲撃を受ける。
 常識を越えた攻撃により、「焔アウンサ」は命を落とす事となる。

 時を同じくして、武徳王本営にてテロ集団による暗殺未遂事件が発生。武徳王本人が失明の状態に陥った。
 大本営の意思決定機能が麻痺する中、カプタニアにて元老院が独自の行動を開始する。

 衝撃の結果に褐甲角王国特に黒甲枝が大きく動揺し、「焔アウンサ」の盟友であった「ソグヴィタル王」に期待するところが大きくなる。
 この黒甲枝の厚い支持を引き剥がさない事には「ソグヴィタル王」の処分は不可能だ。
 「ハジパイ王」自身は既に情勢を達観していたが、周辺の「金翅幹」元老員が画策して「ソグヴィタル王」を奸計に嵌めて処分を問答無用で行おうと試みる。
 まずは現在の「赤甲梢」総裁である「メグリアル刧アランサ」をカプタニアに召喚して、再び「焔アウンサ」の背任の責任を問おうとする。
 実際ニセの「ギジジット」攻撃計画の資金を流用して「西金雷蜒王国領突入」を成し遂げたのである。成否は別として、明らかに横領に類するものと言えよう。
 「刧アランサ」は「焔アウンサ」が落命した村に慰霊に訪れ、査察官に逮捕される事となる。

 この処分に激しく憤ったのが、王都にあった「紋章旗団」だ。
 「赤甲梢」と同じ装備・戦術を用い、「焔アウンサ」の指揮の下で共に西金雷蜒領に突入した「紋章旗団」は、黒甲枝の正式な継承者よりなるエリート部隊とも言える。
 戦前に「赤甲梢」が確立した「兎竜騎兵」による「ゲイル騎兵」撃退戦術は、この「紋章旗団」が正式に採用して「赤甲梢」に代わって防衛の最前線を務める予定になっていた。

 それだけに彼等の心は「赤甲梢」に近く、「焔アウンサ」を失った悲しみも癒えぬままに現総裁「刧アランサ」までもがいわれの無い査問を受けるなど看過し得るものではなかった。
 しかしながらこれこそが罠である。
 「紋章旗団」の暴走により武徳王不在の王都カプタニアが混乱に陥るとすれば、黒甲枝は皆眉をひそめて彼等の主張に反発を覚えるだろう。
 それは「焔アウンサ」の盟友である「ソグヴィタル王」の処分に対する批判も抑え、非情の策もやむなしと容認させるものである。

 この策略を「ハジパイ王」より密かに伝えられた「刧アランサ」は、自らが幽閉される塔に救出に訪れた「紋章旗団」の神兵をぶん殴って気絶させ軽挙妄動を厳しく諌めた。
 的確な措置により「紋章旗団」の謀反は事前に防がれ、「刧アランサ」の「赤甲梢」総裁としての適性を王国全体に認めさせる事となる。

 改めて冷静に状況を考え直す空気が訪れ、「ソグヴィタル王」の処分は「神前決闘」によって定めるべきとの声が湧き上がった。
 今は天河十二神が定める計画のままに地上の情勢が流動しているのであれば、地上にてその実現に奮闘した「ソグヴィタル王」の処分も神に委ねるべきとの意見だ。
 そこで決闘者として、黒甲枝の重鎮にして「破軍の卒」レメコフ家の時期継承者にして、「ソグヴィタル王」幼少期よりの親友「レメコフ・マキアリイ」が選ばれる。
 彼はその血統の格式から正式に「ソグヴィタル王」の追捕師としての役割を受け、「大審判戦争」の最中南岸にて精力的に活動を行ってきた。
 武術の腕から言っても彼以上の適任者は居ないとされ、カプタニア城の大広場にて衆人環視の下での決闘が行われる。

 「ソグヴィタル王」は「ヤヤチャ」より与えられた神剣「王者の剣」を所有する。王はこれを用いての戦闘を定められる。
 鋼鉄をも切り裂く無敵の武器であるが、「レメコフ・マキアリイ」もまた自らの武器にトカゲ神の神威を移す方法を伝授され。互いに対等の条件での戦闘が可能となる。

 カプタニアにて行われる「神前決闘」は互いの頭上のカブトムシの聖蟲が神威をフルに発揮して、凄まじい、素晴らしい激突となった。
 見守る黒甲枝の神兵も「金翅幹」元老員の頭上の聖蟲もこれに共鳴し、互いに翅を震わせ空気を振動させ、やがてカプタニア城自体が巨大な楽器となったかにアユ・サユル湖に美しい波紋を描いていく。
 この音色に誘われたか、数カ月の間聖山カプタニアから姿を消していた褐甲角神の地上の化身である巨大なカブトムシが帰還する。
 その背には、北方に飛ばされ行方不明になったはずの救世主「ヤヤチャ」の姿が。

 「ヤヤチャ」の王旗がカプタニアの空、民衆の上に示され、また世にも稀なる巨大で神々しいカブトムシ神の姿に人々は皆驚き崇めた。
 「ヤヤチャ」はここに至る以前に武徳王大本営を訪れ、トカゲ神の神威により王の眼を癒している。「ソグヴィタル王」に関する処分を「ヤヤチャ」に委任するとの勅令書も授かった。

 こうして神の使いとして「ヤヤチャ」が裁定を取り仕切り、「ソグヴィタル王」はカブトムシの聖蟲を剥奪され正式に褐甲角王国から永久追放された。
 その子孫に至るまでも副王位を剥奪され今後聖戴を受けることは無い、およそ死罪よりも遥かに重い刑罰である。
 とどめとばかりに、「ソグヴィタル副王家」の家名すら「ハジパイ副王家」の王太子が継いで一本化し、完全に復帰する目を潰してしまう。「ハジパイ王家」は元は「ソグヴィタル王家」の分家である。

 そして「ハジパイ王 嘉イョバイアン」は引退勧告を受け、長年の政務から解放された。

 

 こうして正式に褐甲角王国と無縁になった「ソグヴィタル 範ヒィキタイタン」は、改めて「新生紅曙蛸王国」の宰相として紅曙蛸女王に従い、北方ボウダン街道に向かう。
 武徳王神聖王「ヤヤチャ」と並んで、「四神救世主邂逅」の和平会談に出席し、弁舌を大いに奮い『方台新秩序』構築に尽力するのである。
 ここにおいて和平は成立し、互いの王国がそれぞれを正式に方台を分かち合い支配する存在と認め、多国間協調体制が姿を見せるのである。

 

 『大審判戦争』は多大な被害を発生させたものの、万人が幸福になる道を求める新しい世界を得て終結し、新世紀の幕開けとなった。
 では一般庶民にとってはどのような影響があっただろうか。
 大激変、である。

 それまで自分が住んでいる地域を治める神族神兵を崇めていれば良かったわけで、それぞれ2神が有るだけだった。
 大審判戦争後はいきなり4神となり、どの地域に住んでいる者であっても、どれかの神を崇めればよい事となった。
 金雷蜒王国の民衆は領地の支配者である「ギィール神族」の奴隷の身分であるのは変わらないが、こういう事に神族は実に寛容である。
 「自らを崇めぬ者を追ってでも従わせる必要は無い」とさばさばしたものだ。
 また、ギィール神族と褐甲角王国の神兵がそれぞれ敵対する国の領域に、「のこのこと、物見遊山」で通行するようになったのだ。
 名目上は「その地を治める者が正しい統治を行っているか査察に来た」のだが、実質は観光目的と言ってもよい。
 そしてある者は長期滞在をして、そのまま住み着いたりもする。神族と神兵が互いに友誼を持って仲良く暮らしていたりする。
 これでは民衆も考え方を変える他無い。

 この時期より、「聖戴者」という言葉が急速に広まっている。
 それぞれの領域に一つの神の使徒しか居なければ、「神族様」「神兵様」1種で足りていたものが、区別せねばならなくなった。
 総称として「聖戴者」の語が必要になったわけだ。
 厳密には聖戴者ではないが、神剣を帯びた青晶蜥王国の臣も時折訪れ、聖なる光で人を癒やしてくれる。
 これも同様に「聖戴者」として扱うべきであった。

 タコ紅曙蛸神「テューク」には女王以外の聖戴者は居ない。その代わりとしてタコ巫女が各地の祭礼を巡回する。
 新生紅曙蛸王国は南岸にしか領地を持たないが北方、スプリタ街道とボウダン街道の交点の北に、古代紅曙蛸王国の王都であった「テュクルタンバ」が有る。
 ここは紅曙蛸巫女王失踪後は見捨てられ放棄された都であるが、大審判戦争を契機に賑わいを取り戻した。
 「神聖傭兵団」の本拠地が置かれ、神族神兵が共に暮らす奇妙な都市となる。ここもまたタコ巫女の拠点となり、各地を巡回する者が必ず集う。
 舞姫であるタコ巫女が神族神兵に気に入られ、査察の旅に同行するのもしばしばで、やはり同様に崇められる。
 紅曙蛸女王の宣伝マンとして働き、存在感をアピールした。

 こうして聖戴者同士のコミュニケーションが進んだ結果、タンガラム社会はなんとなく「聖戴者層」と「一般人層」とに分かれた。
「聖戴者層」は一般人社会の揉め事には積極的介入はせず、一般人同士での決着を求める。また平素の住民自治も聖戴者の手を煩わせるべきものではない。
 国際関係を主に司り、形而上の問題を手掛けるようになる。
 聖戴者の統治によらない、一般人だけの手による自治・統治という概念が徐々に発達し、やがて思想化して後世に「民衆協和制」として花開くのである。

 やがて、方台を退去して「シンドラ」に渡った「ヤヤチャ」がシンドラの植物を多数船に載せて送り届け、様々な新しい栽培植物が広まっていく。
 農村も急速に姿を変え、商品作物の栽培で貨幣経済に取り込まれ発展する。
 各国は主に経済力で争い交易が盛んとなり通貨に対しての信用も高まり、ゲルタに代表される物々交換経済は徐々に姿を消していく。
 進取合理、論理的実効的な科学技術の追求と、学問の独立を獲得した高等教育の成果により新しい文物・思想が生まれ、社会は急速に進化した。
 百年の後にはすっかり様変わりして、「大審判戦争」前の社会がどのようであったか、もはや覚えている人が居ないほどだ。

 間違いなく、ここが転換点であった。

 

 なおこの時代。通貨として「ヤヤチャ貨幣」と呼ばれるものが使われる事となる。
 美しく透明な青いガラスで作られた「ヤヤチャ」の横顔を描いた貨幣で、破損防止の為に真鍮の輪が嵌っているのが普通。
 製作者はギィール神族で、寇掠軍として褐甲角王国に侵攻した際に、現地住民や難民を懐柔する為に大量にばら撒いた。
 星の世界より来たと称する「ヤヤチャ」が、自らの世界では為政者の顔を硬貨や紙幣に描くものだと伝えたのを真似したものだ。
 製作した神族によりデザインが少しずつ違い、コレクターズアイテムとして最適である。

 当時の新救世主「ヤヤチャ」の人気は熱狂的であり、その姿が美しくしかもトカゲ青晶蜥神を象徴する青いガラスで作られているとなれば、誰もが欲しがる宝物であった。
 褐甲角王国の貨幣は非常に平凡で粗悪な金属により作られており、宝物としての価値を見出す事は難しい。
 比べて工芸にも優れ審美眼も正しいギィール神族が作ったものは、格段の希少価値を持っている。
 たちまちに「ヤヤチャ貨幣」は高額通貨としての地位を獲得し、褐甲角王国の経済体制を揺るがした。

 戦争後は製造が正式に法で禁止されるが、寇掠軍の費用をこれで全額賄った神族も多く、相当の数が出回った。
 数十年の間通貨として用いられ、やがて破損によって失われ歴史の闇に消えていく。
 まさに文字通り、庶民の懐からして新時代に突入していたのだ。

 ちなみに金雷蜒王国では秤量貨幣を用いており、影響は無いはずだった。
 だが金雷蜒王国の民衆も「ヤヤチャ」に熱狂する度合いは等しく、「ヤヤチャ貨幣」を皆欲しがった。
 当初は「大審判戦争」に寇掠軍としてギィール神族に従い出征した記念品の意味合いが大きかったが、他の者も大いに欲望を掻き立てられる。
 褐甲角王国と同様に収集を始め、交換を行い、やがて通貨としての役割を帯びていく。
 その魅力はタンガラム方台全国どこででも通用し、多国間交易でも盛んに用いられた。

 それならばと真鍮に代わって金合金の輪を嵌めて本当に価値の有るものとしたのが、ギィール神族の凝り性というものだ。
 「金輪ヤヤチャ貨幣」は相当後の時代まで貨幣として通用し、さらには各国新王の即位や慶事などで新しいデザインのものを発行する習慣になった。

 現代(創始歴6200年代)「タンガラム民衆協和国」においても、金輪または銀輪ガラス貨幣を記念硬貨として製造する。
 また勲章の中心に飾られるものともなった。金メッキ製の勲章よりも位は上と考えられている。

 

【異世界設定その18】

【海軍旗】
 タンガラム海軍は東西南に海外派遣軍の計4艦隊を保有する。
 もしも必要がある場合は、4艦隊が結集して連合艦隊を形成して作戦に当たるのだが、平時は指揮権も4つに分かれている。
 海軍旗はタンガラム国旗を基調としながらも、それぞれが守備する土地の歴史を鑑みたアレンジがなされた。

 西岸ミアカプティを母港とする西海軍、通称「百島湾海軍」と呼ぶ。
 タンガラム海軍の主力であり中心となる艦隊だ。連合艦隊時には艦隊司令が総司令官ともなる。
 カブトムシ褐甲角神「クワァット」にあやかって焦茶色を海軍旗の基調に用いる。海軍紋章は白色で描かれる。
 ミアカプティ港は大型軍艦を建造する施設が存在するタンガラム唯一の場所である。

 東岸シンデロゲン港を母港とする東海軍は通称「王師海軍」。金雷蜒王国時代の名称がそのまま継承されている。
 ゲジゲジ金雷蜒神「ギィール」にあやかって山吹色を海軍旗の基調に用いる。海軍紋章は黒。
 タンガラムの歴史上唯一の外国からの侵略である「砂糖戦争」で敵軍の上陸を許した地であるので、大火力の艦艇を多数配備する。

 南岸イローエント港を母港とする南海軍は「イローエント海軍」。
 南海軍旗はタコ紅曙蛸神「テューク」にあやかって紅、紅曙色と呼ばれる、を基調とする。海軍紋章は黒。
 古来より南岸は人口が少なく支配の目の行き届かない場所であり、それでいて東西交易の船舶が通らねばならないので海賊が蔓延った海域である。
 南海軍も防衛よりは密貿易や密入出国の不法船舶を取り締まるのに力を入れている。
 10年前「潜水艦事件」が起きた後は重点的に軍備も強化され、飛行機による空中からの哨戒体制が最も整っている。

 西東南海軍は基本的に沿岸防衛のみを目的に構築されており、長期間の巡航能力を持たない艦艇が多い。
 だがゥアムシンドラバシャラタンの航路の警備と救難を目的とし、巡航能力を持った艦艇のみで構成された「護衛分艦隊」を有する。

 というよりは、各海軍の護衛分艦隊の集合体が海外派遣軍である、と国内的には認識されている。
 だが現場では完全に統一し独立した正規の艦隊であると考えられ、ほぼ完全な外洋海軍として諸外国にも認識される。
 陸戦隊の要員は陸軍からの派遣である。
 軍旗も他の海軍とほぼ同じデザインだが、陸軍の要素が追加され剣型銃剣が象徴的に描かれる。
 色は青。世界と新しい時代に目を開かせてくれたトカゲ神救世主「ヤヤチャ」にあやかる。紋章は黒だが銃剣部は白。
 正規の母港は西海岸北部のトロントロント港であるが、分艦隊の担当海域ごとに手近な軍港を利用して総数が民間人には分からないようにしている。

 湖上水軍も一応は海軍に属する。
 方台最大の湖アユ・サユル湖に面する首都ルルント・タンガラムに司令部が有る。
 首都防衛の要であるので、淡水上なのに非常識に大火力な砲艦を有しており、水上戦闘機隊も配備する。
 ただ、艦と呼べるほどの大型軍艦はアユ・サユル湖にしか配備されておらず、他の湖沼河川運河では小艇のみが運用されている。
 水軍旗の色は薄い青緑。「ソグヴィタル王国」旗と同じ色であるが、そもそもがアユ・サユル湖を表す色である。
 紋章は、首都近辺アユ・サユル湖においては白、その他地域では黒である。
 湖上水軍で使う艦艇はアユ・サユル湖東岸のヌケミンドル市で作られる。その他湖沼河川へは運河を使って回航されるが、一部陸上を鉄道に載せて輸送する。

 

 なお金曜日にカレーを食べるという慣習は無いが、カラリ飯は出てくる。
 カラリ飯が嫌いな人間はほとんど居ない。

 

【海軍航空隊】
 海軍航空団は、つい最近まで海軍航空隊と呼ばれていた。
 改名の理由は単純に、規模が拡大したからだ。

 「潜水艦事件」によって近海防衛の杜撰さが暴露されてしまった為に、早急に哨戒能力の拡充が要求された。
 イローエント海軍においては、これまで手薄であった円湾の先の東側海岸、西側海岸グテ地などの、人も少なく敵の上陸を受けてもその後の展開に難渋する僻地にまで偵察隊を配置する羽目に陥った。
 さすがに攻撃隊戦闘隊までは手が回らないが、偵察機の数が3倍に増えるという有様。
 ひとまとめに指揮するには遠隔の地に離れすぎ、独自の裁量権を与える必要も生じたので、航空隊を一つ格上の航空「団」へと改編した。まだ5年にもなっていない。

 

【シンドラ】
(注; シンドラはインドをモデルとした国家であるが、もちろん多少のアレンジをしている。色の黒い人達が住んでいるおフランスと考えてもらいたい。
  なお「シンドラ」という国号は、1200年前にタンガラムから来航した救世主「ヤヤチャ」が、事あるごとに「シンド人もびっくり!」と叫んだ事に由来するらしい)
(注; であればゥアム帝国はアメリカをモデルとした国家である。イメージとしては、ヨーロッパ人による征服を受けずに近代国家にまで発展したネイティブ・アメリカンの国だ。
  「ゥアム神族」は頭に華麗な羽飾りを付けた酋長、という図像イメージがタンガラムにも浸透している。
  ゥアムに上陸した「ヤヤチャ」は二脚竜に跨り槍を奮ってゥアム神族に一騎打ちを挑み、ことごとくを倒して聖蟲を奪い取ったと伝えられる)
(注; なおシンドラの無尾猫は虎縞、ゥアム猫は赤茶色のヒョウ柄で、共に「ヤヤチャ」と仲良しである)

 

【執行拳銃】
 「執行拳銃」とは、軍、警察、政府執行機関等実力組織が用いる戦闘用拳銃の意味である。小口径軽量非力な「護身拳銃」との対比からこう呼ばれている。
 型式等は定められていないが、3分の2指幅(10ミリ)口径の拳銃弾を使う回転拳銃を指す。この実包自体も「執行弾」と呼ぶ。
 「執行弾」はタンガラムにおいて長年使われてきたものであるが、それだけに旧式化が著しく自動拳銃での使用に向かない。故にこの拳銃弾を用いる自動拳銃は試作品は有っても正式採用されたものは無い。
 弾頭は黄銅の皮膜を被せた軟鉄(錬鉄)であり、軽量で口径の割に威力が低い。ただ、大量に使用する銃弾である為に高価な鉛の使用は避けられている。
 陸海軍ではさほど重要な兵器ではなく補助的なものと位置づけられているが、巡邏軍においては主要装備の一つである。
 陸海軍用は銃身が長く遠距離での命中率を考慮したものとなっているが、そもそもが「執行弾」に遠距離狙撃を期待しないという意見も強い。
 巡邏軍用は銃身が短く携帯と取り回しが便利になっている。

 警察局の捜査員捜査官は、より小型で携帯に便利な、隠し持つ事も可能な「護身拳銃」を主に用いている。
 「護身拳銃」は、1爪杖幅(7ミリ)径の拳銃弾を使う。威力自体は「執行弾」に大きく劣るが、弾頭に鉛を用いている為に殺傷能力は十分に持つ。「護身拳銃弾」と呼ばれている。
 「執行弾」よりも随分と後の時代に作られた規格であるから自動拳銃にも使用可能であるが、未だ試作品しか存在しない。非力なのに高価過ぎて公的機関が採用を考えないのだ。

 護身拳銃は携帯性隠密性から、各組織の護衛要員の標準装備であり、政府諜報機関や工作員の使用も多い。出所不明とする為に、民間銃職人が作った連射機能を持たない護身拳銃を使用する事もある。

 

【新聞】
タンガラムは民衆協和政体を標榜する国民主権国家であり、民衆に政治経済社会の情報を伝える報道機関の存在が重視されている。
 とはいえ規制されないわけではなく、他の国と較べて自由度が高いというレベルだ。
 或る意味では、他の太守の封邦(国)のことなら言いたい放題書くシンドラの方がフリーダムなところも有る。

 新聞の大きさはブランケットサイズよりも少し小さいものから、タブロイドサイズまで幾つかある。朝刊は大きく、夕刊は小さい。
 タンガラム政府の規制により、新聞の発行は日刊であれば1社に1種のみとされ、ひとつの新聞に朝夕は許されていない。これは独占禁止・過当競争防止の為である。
 そこで新聞社では社を2つに分けて、朝夕で違う新聞をセット販売するという姑息な販売方法を用いていた。

 朝夕で新聞社が違えば内容の傾向も異なってくる。
 おおむね朝刊は政治経済や法律裁判、事件事故犯罪等の硬い記事が多い。株式市況も載っている。
 対して夕刊では文芸やスポーツ、風俗芸能などの柔らかい話題が中心となり、事件報道も興味本位な姿勢で書いてある。
 その性格の違いから、朝は男新聞、夕は女新聞と呼ばれた。
 もちろんこのような決めつけに反発する向きは多いのだが、実際の販売状況としてはそういう傾向が顕著に表れている。

 夕刊紙の方が内容が砕けたものが多いので、男性向けの風俗系記事を載せた新聞も発行される。
 面白いもので、この手の新聞では風俗や醜聞を主としているにも関わらず、政治権力への批判記事・追求取材記事が結構真剣に書いてある。
 風俗系新聞はしばしば発行停止の処分を食らうが、名目上は風紀紊乱であるが実質はそれら批判記事封じとされ政治弾圧の一種と考えられていた。
 三流新聞はリサイクル紙を用いるので紙質が悪く黒ずみ、故にゴシップばかりで記事に信頼性が無い新聞を俗に「灰色新聞」と呼ぶ。

 写真の印刷は近年では可能となったが、色刷りは未だ導入されていない。
 別紙にカラー印刷したものを新聞に折り込む形で掲載する。自然、それら色刷り紙はポスター的要素を備え、またそう用いられるような写真が選ばれている。

 なお1週間9日の中日5日目は「店休日」であり、新聞休刊日と定められている。
 きちんと製本されていない新聞形式の週刊「紙」がこの日によく売られている。製本された週刊「誌」と存在がバッティングして覇を競った。
 マンガ雑誌もだいたい「紙」の方で、ページ数が少なく掲載作品も少ないが値段が安く子どもでも買いやすい。買ったらまず針と糸で綴り合せて分解を防止する習慣。
 ちゃんとした長編マンガは「貸本」形式での供給となる。

 

【テレビ】
 テレビの発明はゥアム帝国であり、タンガラムはゥアムから技術情報を入手して国内生産を行っているが、需要量が多くない為に産業として成り立つまでには至っていない。
 それでも軍事としての映像関係技術は極めて重要であり、最終的な映像表示装置の国内生産は不可欠と考えられ、補助金を出してテレビ製造を行っている。
 しかしながら軍用としてはなによりもレーダー情報表示装置としてのものであり、次に監視装置誘導装置で用いられる。娯楽用コンテンツの表示は基本的に考慮しない。
 そこでタンガラムにおいては映像表示管は真四角な表示画面を持つほぼ円形断面のブラウン管を製造する。また白黒映像を鮮明に映し出す事を重視する。
 民生用娯楽用でも円形真四角の白黒画面のみが供給され、というよりは民間業者が入手する安価な表示管はそれしかないという現状。

 対してゥアム帝国においては、娯楽用として横に長い、より人間の視界に近い表示管を実用化している。天然色映像表示にも重点を置く。
 テレビ撮影機材および映像伝送・記録技術はすべてゥアム帝国が規格を策定しており、タンガラム・シンドラにおいてもゥアム規格の映像信号を放送に用いている。
 なにせテレビカメラのカラー用撮像管はゥアムでしか作っておらず、両国ともに輸入しているから仕方がない。
 タンガラムのテレビも正方形の画面でちゃんと横長に表示される変換回路を備えていた。

 タンガラム式カラーテレビは技術上の問題から3原色表示をすっぱり諦め、色違いブラウン管2個の画像を斜めガラスで合成するという奇策を用いている。
 要するに白黒テレビが2個必要になるわけだが、カラーテレビ用ブラウン管を作るよりも安く上がるという。もちろん3原色でなく2色であるから、当然に色の再現性はよろしくない。
 ゥアム帝国と同等のカラーブラウン管の国産化に向けて開発は鋭意努力中ではあるし試作品も完成しているのだが、性能品質コストすべて問題で未だ市場には出ていない。

 なお伝視館放送においては、画面の拡大の為にフレネルレンズをテレビの前に装着する事も多く、2色合成テレビであっても映像の品質はさほど気にはされていない。
 色が付いているだけでバンザイという状況だ。
 伝視館という形態での放送のみを考慮した場合、プロジェクター式で映画のように投影してカラー表示する方法を模索した方が得策との考えから、タンガラムでは鋭意開発が進んでいる。

 

 シンドラ連合王国においては、テレビ産業の国産化は考慮しておらず全てゥアム帝国製品と規格を用いている。
 とはいえゥアム帝国に供給を全面的に依存するのは危険と考え、タンガラム政府と協議してテレビ産業振興に協力する協定を結んでいた。
 そもそもがシンドラにおいては、伝視館形式の大衆向け放送も体制が整っていない。
 シンドラでは各地方の太守が群雄割拠して勢力を競い合っており、中央集権的な放送体制の確立による意見の統合、大衆世論の方向操作を危険と考え、放送技術の普及に前向きではない。
 様々な業者や各太守の後援による雑多な価値観を反映した映画こそが、この政治状況にふさわしい映像メディアと考えられている。

 一方ゥアム帝国においては、厳格な階級社会を反映して放送体制も内容も硬直的なものとなる。全国規模の放送は基本的には公共放送しか無い状況。
 各地の公共施設での無料放送ではあるが、番組コンテンツは教養番組、芸術性を求める高尚なものをよしとして、一般大衆向け低俗娯楽番組が無い。
 だが近年は、独立系地方放送局が独自コンテンツの制作を始め小規模な放送網を構築し、伝視館形式での有料の大衆娯楽番組の提供を開始した。
 この独立系放送局の拡大にはタンガラムから輸出される卑俗な娯楽作品が大きく貢献していると言えよう。
 さほど知性も教養も高くない大多数の一般市民が、ゥアム製の高尚な芸術作品よりもはるかに面白いタンガラム作品に流れるのも無理はない。
 その中でも最も人気が高い作品が、「英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ」シリーズである。

 バシャラタン法国においては映画産業・放送業自体未だ確立されておらず、そもそも新聞業も無く、テレビ技術の導入は時期尚早としてほぼ存在しない。

 

【南岸地方とヤヤチャ】
 タンガラム方台南岸部は元々タコ紅曙蛸女王への崇敬の篤い土地柄である。
 初代紅曙蛸女王『ッタ・コップ』こそが交易を組織して方台全土の産物を流通させる枠組みを作った人物で、南岸部においては交易商品「塩ゲルタ」を見出し生活の糧を稼ぎ出す道筋を定めてくれた恩人であった。

 もっとも方台に文明と呼ばれるものが生まれなかったら、不幸とは感じなかっただろう。
 農業ではなく漁撈のみで生きていたならば、南岸部の人口は少ないながらも不足なく生きていけたと考えられる。
 下手に人間が増えてしまった為に、貧困も発生したわけだ。

 タコ女王もこれを良しとしたわけではなく。南岸部の開発拠点として大河の河口に有るイローエントを港とし、その近くのタコリティにわざわざ自らの離宮を作らせた。
 タコリティは、正確には「ッタ・コップ・リティ」と発音する。女王の庭、という意味である。
 そもそも南岸東部には「円湾」と呼ばれる聖地が有る。タコ紅曙蛸神「テューク」信仰においては決定的とも呼べる聖蹟の残る場所だ。
 その巡礼の拠点となるタコリティには方台各地より様々な物資が運ばれ、多くのタコ巫女が舞い踊る祭祀が行われ民衆も潤っていた。
 だがさすがに南岸西部「グテ地」にまでは恩恵が届かず、加えて排他的な部族が「トロシャンテの原生林」に住んでおり文明の浸透を拒絶し続ける。
 住む人も極めて少ない為に、「グテ地」は放置される事となった。

 その後、紅曙蛸女王国は崩壊し、「小王」と呼ばれる地方領主が割拠する時代となる。
 「小王」達は自らの領地に住民を囲い込み、交易路に関所を設け利益を搾取して、方台全土の結びつきがバラバラとなる。
 だが欲に従って領地の開発を行う事とも成り、生産力も徐々に拡大し人口も増えていった。
 すべてがタコ女王の思し召しと考え、努力ではなく服従を歓びとした時代とは大違いだ。
 或る意味王国の崩壊は、「欲」の時代を産む契機として計画的になされたとも考えられよう。

 イローエントやタコリティには「小王」が発生して繁栄を続けたが、他の南岸部は手付かずのままである。

 

 この状況を変えたのが、各地の「小王」を平らげ方台統一を成し遂げたゲジゲジ金雷蜒神「ギィール」の救世主神聖王の登場だ。
 ゲジゲジ神の使徒である「ギィール神族」は、方台に金属利用技術を確立した。資源採掘から精錬、道具の製造までも成し遂げ、それを用いた武力により征服を完了する。
 「円湾」は金属資源の宝庫である。
 「金雷蜒王国」により「円湾」資源開発が組織的計画的に行われ、方台各地に運ばれていく。
 鉱夫達を住まわせる為に町が作られ、近隣のタコリティやイローエントも発展を遂げた。

 だが西部は相変わらず除外される。
 「トロシャンテの森」はギィール神族の治世においても聖域とされ、利用が許されずそのままだ。西部の住人は相変わらず貧しい。
 他所が発展するのを指を咥えて見過ごすのは、欲が芽生えた時代の人間には我慢できない。
 やがて彼らは海賊となり、資源や食料、工業製品などを運搬する船舶を襲い始めた。

 海賊行為は当初犯罪とは見做されなかった。「漁撈」の一種と考えられる。「船」という魚を取って暮らす、単純な発想だ。
 ギィール神族やその支配下にある民衆「奴隷」は被害者であったが、やがて経済的行為としてこれを活用しようと試みる。
 つまりは流通量に偶然性の高い偏りを生み出し、投機の機会を増大させようというわけだ。
 知恵有る者によって海賊行為の手口は洗練され、拡大し、利潤を生み出すものとなる。誰も悪とは考えない。
 そして、海賊の利便を図る為に「タコリティ」は無法都市と化した。

 支配層であるギィール神族がこれを是とする。彼ら自身が平穏よりも混乱を望んだからだ。
 また偏りは争いをも生み出す。武器兵器の類もこの時代に発達を遂げる。
 知恵を絞って目的に適う道具を生み出す、これこそが技術者としてのギィール神族の真骨頂だ。
 各神族の死力を尽くす衝突の中の動的均衡。彼らが希望する「常態」「平和」はそのような修羅の道であった。陰謀裏切り大歓迎だ。

 

 この「衝突による均衡」が暴走して方台文明自体を滅ぼそうとした時代に現れたのが、カブトムシ褐甲角神「クワァット」の救世主「クヮァンヴィタル・イムレイル」だ。
 明確に「闘争」を悪と定義し、闘争によって苦しめられる民衆を救うために自ら武器を取ってギィール神族に立ち向かう。これが彼の正義である。
 外敵「褐甲角軍」に遭遇して、さすがにギィール神族も自らの在り様を反省した。
 既に闘争は社会を発展させる原動力としての機能を失っていた、と気が付いた。緩やかで穏やかな発展を望むべき時代と認識する。

 褐甲角王国と金雷蜒王国は共に金属資源を必要として、「円湾」の領有権を争わねばならない。
 これを回避する為に両者にとって中立の存在、互いの法に服さない民「海賊」が「円湾」を管理する事となる。
 もちろん軍事力を結集して奪取する事は可能である。が、抑制機構としての「褐甲角軍」の存在意義を理解しているギィール神族に、その選択肢は採用されない。
 南岸部は基本的に無主の土地と見做され、「無法」という名の住民自治に任される事となる。
 だが何時状況が転変するか分からず、両軍共に「水軍・海軍」を整備して海洋覇権の争奪戦に備える。
 ギィール神族による海賊行為での投機機会の創出は、この時代でも頻繁に行われた。褐甲角海軍の主たる任務は海賊征伐とならざるを得ない。
 南海岸全域において、海賊の跋扈は続く。

 南岸西部グテ地は褐甲角王国の領有となり、ある程度の民生の発展は試みられた。
 ただしあまりにも主要生産地から外れている為に、どうしても力が及ばない。

 結局グテ地が開発を受けるのは、次のトカゲ青晶蜥神「チューラウ」の救世主「ヤヤチャ」の登場を待たねばならなかった。

 

 創始歴5006年に降臨した「ヤヤチャ」は、まず方台中央部「毒地」南部に出現し、スプリタ街道を南下してタコリティに向かう。
 「無法都市」にてギィール神族と対面し、また褐甲角王国の亡命副王「ソグヴィタル範ヒィキタイタン」とも遭遇して、方台全土の情勢を教えられ、救世の道筋を見出した。
 タコリティを出発した「ヤヤチャ」は、「円湾」にて失われた紅曙蛸女王国の聖蹟を見出し、タコ女王の復活を助ける。
 東周りで金雷蜒王国から入って、金雷蜒王国王都「ギジジット」を攻略し、「毒地」と呼ばれた領域の浄化に成功。毒地平原への褐甲角軍の侵入を促した。
 これによって生じたのが「大審判戦争」である。
 世紀の大戦争の過程において、タコリティを中心とした「新生紅曙蛸王国」が建国され、南岸部の復権が叶った。
 自らも「青晶蜥王国」の名目上建国に成功した「ヤヤチャ」は、褐甲角王国イローエント海軍を中心とする「黒甲枝諸侯連合」の反乱に乗じた「ジョグジョ薔薇の乱」を民衆軍の力で打倒。
 「方台新秩序」を成立させて、新時代を拓いた。

 この際に「ヤヤチャ」が南岸西部を「黒甲枝諸侯連合」の支配地と定めた事が、南岸を発展に導く決定的な事件であった。
 つまりは、責任を持って南岸西部を開発する役割を「黒甲枝諸侯連合」に押し付けた、わけだ。
 この地で生きていくしか無くなった「黒甲枝諸侯連合」は、自らが唱える「民衆の解放」を実現する為にも、グテ地を繁栄に導かねばならない。
 やがては「黒甲枝諸侯連合国」と呼ばれるこの地に、ようやく実行力を持ち強い意思を備えた支配者があてがわれたわけだ。

 また「ヤヤチャ」は南岸で新たなる産物「魚油」の製造を命じた。
 ゲルタ同様に、南岸近海で腐るほど穫れるが食用にはまったく向かない上に酷く臭い「油ゲルタ」を絞って精製し、無臭の灯油を生産させた。
 これにより方台全土の夜が明るくなると同時に、石鹸等様々な応用製品を潤沢安価に使用する事が可能となった。
 後には内燃機関の燃料ともなり、機械文明を築く礎になる。

 また魚油を絞った滓の「油ゲルタ」を草葉や木灰と共に土に埋め、肥料とする事業も展開される。
 これを全土に販売する事により、農業生産力の飛躍的向上を促し、人口の増加を可能とした。
 ついでに、肥料製造過程において自然発生する「硝石」により火薬が発明され、銃砲爆弾が利用されて軍事革命を引き起こした。
 更に「ヤヤチャ」は学匠に命じて、「紙」の製造を研究させる。「ヤヤチャ」の方台退去後10数年を経て、学匠は遂に製紙の事業化に成功した。
 「トロシャンテの森」外縁部で紙を漉くのに最適な木を見出し、近隣の港町に工場を建てて産業を興す。
 学匠の名は「ペパ」といい、彼の名を取ってこの町も「ペパ」と呼ばれる事になった。

 いずれも大きな産業となり、南岸西部を潤し人口を増加させ発展を促した。
 とはいえ、それほど顕著な改善とはならない。昔に比べれば遥かにマシになったと思える程度だ。それで十分と住人達は考える。

 このように、直接間接に「ヤヤチャ」が南岸で果たした役割は極めて大きく、その恩恵に与る者は数知れない。
 1200年を経てもなお南岸の人が「ヤヤチャ」を尊崇するのも至極当然と言えよう。

 

【異世界設定その19】外伝

【ソグヴィタル/カドゥボクス家について】

(注;ずっと先の話。ソグヴィタル・ヒィキタイタンは結局財閥後継者とならず国家総統となってしまう。
 カドゥボクス財閥は姉ローメテルゥの息子が相続し、正式に「カドゥボクス」家を名乗る事となる。
 「ソグヴィタル」家はそのままヒィキタイタンの家系が引き継いだ)

(注;母ソグヴィタル・レンダヌゥ・スルベアラウの姉は褐甲角王国の武人階級「黒甲枝」の頭領チュダルム宗家チュダルム幹ボーナルハムに嫁いでいる。
 その子チュダルム彩ルダムはヒィキタイタンの従姉にあたる。
 チュダルム幹ボーナルハムは結婚当時既に40才を過ぎ先妻を失った身だ。息子が3人居り、長男は既に成人する。
 それを、姉がとある会合で一目惚れしてむりやり強引に結婚に持ち込んだ。
 一方妹レンダヌゥは、金持ちとはいえ木っ端名門のソグヴィタル/カドゥボクス家に嫁いだ。姉妹揃って変わり者であったと言えよう。
 ちなみにスルベアラウ家は正統なる後継者の男子によってまっとうに相続されており安泰である)

(注;この「ソグヴィタル家」は嘉字を持たない。つまり聖戴者ではない家系だ。
 ソグヴィタル王家の者といえども全てが聖戴者ではない。特に末子であった場合聖戴の栄誉から外れる事も多かった。
 その状況で王族の籍を離れて臣下になったとすれば、聖戴者でない元王族というものが出来上がる。
 それから数百年。男子相続により「ソグヴィタル」の名は確保し続けたものの、それだけである。名ばかり貴族で特権も領地も持っていない。
 現在の繁栄は全くに個人の才能器量努力による成功の賜物だ)

(注;現在の「カドゥボクス財閥」はヒィキタイタンの曽祖父ソグヴィタル・カドゥボクスと祖父ライワバンにより立ち上げられた。
 業種は化学工業。当時大注目であったコニャク樹脂による高度製品の国産化に初めて成功した。

 ではその前はどうだったのか。
 カドゥボクスの父は教師であった。高等学校の教師で学識は高かったが富裕層でもなんでもない。
 それでも子供には十分な教育を施した故に、成功を収める事が出来た。

 ではその前はどうだったのか。
 毒地平原ガンガランガ辺りに住んでいた和猪繁殖牧場で大成功した富豪であったという。ただし、カドゥボクスの父が生まれた時点ではその繁栄もいい加減傾いている。
 四男として生まれた彼は、何時迄も実家に居るのもなんだからと都会に出て教職に就いた。というわけだ。
 実家は孫に当たるカドゥボクスが始めた事業にある程度の資金提供をしたらしいが、現在(創始歴6215年)出資者名簿に見ることができない。
 資産家としては消滅したらしい)

(注;「ソグヴィタル王家」と「ソグヴィタル/カドゥボクス家」は分離後まったくに関係無いのだろうか。
 本当に無かった。ソグヴィタルの名だけで或る程度の威光は有るものの、特権的なものは何も与えられていない。
 だが事業を行う才能は代々持っていたらしく、何度も財産を作り、散財しては没落し方台各地を彷徨い、また復活を繰り返している。

 一方「ソグヴィタル王家」は、民衆主義協和主義運動の盛り上がりにより、ついには王国から追放される憂き目に遭った。「ソグヴィタル民衆王国」の誕生である。
 この運動は無産主義の色彩も強く、富裕層を徹底的に排除する政策を取った為にたちまち経済的に破綻。
 憂慮した指導部は無産主義者勢力を追放して、改めて国家経済を立て直した。
 奪い取った富裕層の財産を新国家の紙幣により全額弁済し政権への支持を取り付け、また民間実業家を外部から招聘して産業振興にも励む事となる。

 招いた実業家の中に「ソグヴィタル家」も居た。優れた手腕でたちまち成功を収め、「新ソグヴィタル王」と持て囃されるまでになる。
 この人気に危機感を覚えた民衆王国政府により、「ソグヴィタル家」は財産の全てを剥奪され追放処分となる。全て政治的策謀だ。
 民衆王国を追放された「ソグヴィタル家」が身を寄せたのが、毒地平原ガンガランガの親戚である。
 ちなみに数年後「ソグヴィタル民衆王国」は崩壊した)

(注;ソグヴィタル・ヒィキタイタンとは。
 「ソグヴィタル」の名を持つ者で歴史上最も有名な人物が、創始歴5000年頃にトカゲ神救世主「ヤヤチャ」と共に活躍し自らも伝説となった英雄王「ソグヴィタル範ヒィキタイタン」である。
 心躍るかっこいいエピソードに彩られる生涯を送り、まさに一代の英傑である。
 「ヒィキタイタン」は男子の名として大いに使われ相当にポピュラーなものとなっている。

 しかしながら、「ソグヴィタル王家」と「ソグヴィタル範ヒィキタイタン」とは、歴史上は敵対的な関係にある。
 「ソグヴィタル王家」の元は、「カンヴィタル武徳王家」から枝分かれした副王家「ソグヴィタル」である。
 「ソグヴィタル副王」は武徳王に代わって宰相位を務め行財政を司ったが、政策の対立を経て再度分岐して「ソグヴィタル家」と「ハジパイ家」が並び立った。
 「ヤヤチャ」降臨に先立つ事数年前、「ソグヴィタル範ヒィキタイタン」は「ハジパイ王」との政争に破れ、無法都市「タコリティ」に亡命する。
 この地にて「ヤヤチャ」と出会い、「紅曙蛸女王の聖蹟」発掘に自らも立ち合い、波乱怒涛の運命の只中に突入するのである。
 創始歴5007年「ヤヤチャ」の裁定により、「ソグヴィタル範ヒィキタイタン」は褐甲角神の聖蟲を剥奪され、正式に褐甲角王国を追放された。
 この時「ソグヴィタル」の家名は「ハジパイ家」により統合され、改めて「ソグヴィタル宗家」を名乗る事となる。追放された範ヒィキタイタンの家系は便宜上「ソグヴィタル南王家」と呼ばれた。
 この「ソグヴィタル宗家」がまもなく分割した褐甲角王国南部の領有を認められ、「ソグヴィタル王国」を治める「ソグヴィタル王家」になる。
 つまり、「ソグヴィタル王家」にとって「ヒィキタイタン」の名は縁起の良いものではない。むしろ反発する対象だ。

 ソグヴィタル・ヒィキタイタンも、完全に傍系の木っ端名門であったが故にこの名を付ける事が許された。というよりも、父母がそこまで考えず男の子らしい名前だと安直に付けた。
 おかげで「潜水艦事件」において国家英雄となり、晴れて「ソグヴィタル王家」宗家との面会が許された時に、ヒィキタイタンは随分と居心地が悪かったのだ)

(注;ソグヴィタル王家の紋章は「神樹湖影紋」、カブトムシ神の聖地であり褐甲角王国王都であるカプタニア山の雄大なる姿がアユ・サユル湖の湖面に映った姿である。
 褐甲角王国が3つに分かれアユ・サユル湖から南を割譲されたソグヴィタル王家が、カブトムシ神とカンヴィタル武徳王に対して永遠の忠誠を誓う証として、南からカプタニアを望んだ姿を紋章とした。
 つまり、上下が逆だ。天地が逆さまに描かれた紋章こそがソグヴィタル王家に縁のものである証となる。
 ソグヴィタル王家宗家は紋章に「神樹」がまるごと巨樹として描かれているが、分家はその枝の1本を紋章とする。
 そのまた分家はさらに小枝を、梢をとだんだん先細っていって、「ソグヴィタル/カドゥボクス家」に至っては葉っぱが3枚残るのみである。
 後にソグヴィタル・ヒィキタイタンが国家総統、総統臣領となってタンガラム政治を大改革して盤石の繁栄に導く大政治家として讃えられ、功成り名を遂げて引退する頃に、
 ソグヴィタル宗家が彼の功績に対して宗家としても報いたいと申し入れてきた。
 ヒィキタイタンは少し考えて、紋章の葉を5枚に増やしてもらった。
 ヒィキタイタンの死後に再度宗家による追贈を受けて、葉っぱに花が咲いている紋章へと変更された)

(注;ソグヴィタル・ヒィキタイタンの趣味は飛行機である。だが妹キーハラルゥも兄に倣って飛行機を乗り回す。
 従姉のチュダルム彩ルダムの趣味も高速自動車であり、血統的にスピード狂の気があるものと推察される。
 だがこれは父方ソグヴィタル家ではなく、母方スルベアラウ家のものらしい。
 母スルベアラウ・レンダヌゥが、父ソグヴィタル・エメタイアンの求婚に応じたのも、彼が財閥の富を浪費して高速自動車を乗り回していたからだろう。
 カドゥボクス財閥は高度なコニャク樹脂製品を手がけており、高性能タイヤも主要な柱であるから、自社の製品を試して回る意味からもエメタイアンの自動車趣味は許されていた。
 エメタイアンは結婚後財閥後継者として経営の現場に放り込まれて、その後は自動車趣味はほどほどに収まってしまった。
 根っから好きというものではなかったらしい)

 

【4カ国の音楽について】

(注;ゥアム帝国において音楽は学問であり科学である。非常にシステマティックに論理的合理的に理論が組み立てられている。
 楽器も、機械仕掛けで複雑精妙なものへと進化し、現代では動力楽器までもが実用化した。
 その頂点と呼べるのが鍵盤楽器で、ピアノ=フォルテはその精緻さからも究極の楽器と讃えられる。小学生でもピアニカみたいなものを使っている。
 ただもちろん昔は至極単純な楽器が使われていたわけで、それら単純楽器のみで構成される「野蛮音劇団」というものが一般庶民の間で根強い人気を持っている。
 ゥアム帝国は支配層のゥアム神族と一般庶民との間に大きな隔絶があり、上下で音楽の嗜好がまったくに違う)

(注;シンドラ連合王国において音楽は神との交流の手段である。感情を強く揺さぶり人の精神を解放して神の高みに至るものと考えられている。
 ゥアム帝国と違って単純な楽器ばかりであるが、特徴としては擦って発音をする楽器が多い。
 弦楽器を弓で擦るばかりでなく、太鼓を擦ったり金属を擦ったり、とにかくふらふらとした音を出したがる。制御不能の旋律こそが神の音楽とさえ思われており、求める至高の楽曲となる。
 近年は電気を使ってふらふらと音を出す、テルミンに類似した電子楽器も登場している。 
 また打楽器の種類がやたらと多い。
 基本的に神殿や宮廷での音楽が最上のものとなるが、シンドラの太守は一般庶民にも慈悲を分け与えるのを徳とするから、優れた音楽を庶民に提供したりもする。
 封建制であり太守ごとに趣味嗜好が違うので、治める領地「封邦」ごとにまったく違う形式の音楽が流行っていたりする。多様性に富んでいる)

(注;バシャラタン法国において音楽は宗教である。経文を唱える旋律を助けるものであり、悟りへと至る道を拓くものである。
 楽器自体は単純であるが、バシャラタンは陶芸に秀でており陶器製の楽器がかなり多い。打楽器のみならず壺に弦を張った弦楽器もある。弦は爪で弾く。
 或る意味では音楽に対して非常に冷たい文化とも言え、自動楽器と呼ばれるものが作られている。
 ゥアム帝国のような精緻な機械仕掛けではなく、もっと単純な原理に則って単調な音を延々と発生させるものだ。メトロノームもある。
 自動楽器が必要とされるのは、音楽を奏でる人力を削減してその者も貴重な時間を浪費せず修行をしなければならない、との慈悲の心による。
 型紙を使って音階を演奏中に換えるプログラム自動楽器、オルゴールの類にまで到達している。
 バシャラタンの科学技術は他国に大きく遅れているが、カラクリ人形の類は盛んに作られており、工業が発達する前夜と言える。
 民間においても、マニ車のように回転させる事で音が勝手に出る楽器が利用される。口琴も親しまれている。
 1本のみの弦を張った弓、ほんとうに矢が射れる弓が楽器の一つとして使われる。打楽器的に使われ勇壮な音楽となる)

(注;タンガラムの音楽は人間賛歌。ソロ演奏や独唱を行う主役がとにかく目立つものである。調和とか考えない即興性が売りである。
 当然に独奏を行う主役の楽器と、脇役に徹する楽器があり、主役楽器は麗々しく飾られた宝物である。
 鍵盤楽器は無い。しかし木琴鉄琴のように秩序だって並んだ打楽器はある。棒で叩くわけだが、弦楽器も叩いて発音するものが多い。
 ガラス楽器も重要なものと考えられており、非常に美しい音色を奏でる。逆に金属楽器は少ない。
 機械仕掛けの楽器はほぼ存在せず、単純な形状でありながらも奏者の超絶技巧によって千変万化をする楽器が最上のものと考えられている。
 ただし近年はゥアム・シンドラの影響を受けて、機械楽器も作り始めた。
 民衆協和主義の現在のタンガラムにおいて特権階級と呼ばれるものは形式上は存在せず、音楽も庶民文化としての広がりが強い。
 芸術芸能のほとんどが商業主義に則っているので、通俗的であると批判を受ける事も多い)

 

【国会議員選挙・国会議長選挙・査閲院について】

(注;「国会議長選挙」とは
 タンガラム民衆協和国の国会「国民総議会」では、本議会議長は国民有権者による直接選挙で選ばれる。
 一方国家元首であり全権を掌握する「国家総統(国民総議会統領)」は、国会議員による間接投票だ。
 地球の感覚では逆であるべきだと感じられるが、これは長く民衆主義議会制度を運用した果てに辿り着いた叡智である。
 早い話が、民衆主義による議会では議論がまったくに建設的なものとはならず、欺瞞や偽善厚顔無恥の限りを尽くした最悪なものと成り果て、まっとうな政策決定に至らないのが常態となる。
 制度を様々に変更改正して正常化に務めたが果たせず、遂には議長そのものに特別な権威を与え強圧的に議事進行する他無いと見定めた。
 その為の直接選挙である。
 国民に直結し、党利党略とは異なる高い次元から国会での議論を監督し、効率的建設的なものへと整える責任を負う。
 国会議長には様々な権利が与えられ、議員の辞職勧告や総議会の解散権まで備わっている。)

(注;国会議長の職はこのような性質を持っているから、国民有権者は高潔にして公正を保てる道徳的な人物を選ぶ事となる。
 実際社会的信用度は「国家総統」よりも遥かに高い。だがこれは、或る意味政治家の本分とは逆を行く人材である。
 政治家とはやはり、自らを選出した地元有権者後援団体の利益をこそ求めもぎ取ってくる豪腕を要求される。
 良い悪いの問題ではなく、議会制度というものは利権を奪い合う戦場であるのだ。
 であるから、政治家は本来「国会議長」には向かない事になってしまう。野党なら何も考えずに済むが、政権与党が議長候補者を立てる際には人選に大いに悩む。
 一案としては、世間で評判の高い学者や言論人、統率力を期待して元軍人を招聘する。
 国会議長は荒れる議員同士の舌戦乱闘を鎮める強い意思と覚悟が必要。軍人であればそこは万全というわけだ)

(注;タンガラム民衆協和国において「三権」とは「(立法・行政)政権」「(司)法権」「軍権」である。
 立法府である「国会」での最大多数派から「国家総統」が選ばれ行政府「内閣」を組織するのであるから、立法と行政は不可分と考える。
 そして「国会」ではしばしば「憲法」が修正される。タンガラム憲法は国の行く末を定める計画書のようなもので、概念的理想的でおまけに政治的妥協に満ちていた。
 そこで、「憲法」に基いて司法機関である「頂上法廷」が「上位基本法」と呼ばれる法的拘束力を持つ法律を策定し、国会に送付して承認を受けて成立する。
 つまりは二権の共同作業だ。
 そこで、審判役として三番目の「軍権」による監視を望む声が国民には大きく、国会議長に選出される候補者に軍経験者が多い、となる)

(注;タンガラム民衆協和国の国会「国民総議会」は定数240名。全国38県から直接選挙により選出される。任期は5年。
 一院制であるが、240名の中から48名を抜き出して「査閲院」と呼ばれる議会を別に作る。
 本議会解散中も査閲院は維持され、緊急時には本議会を代行する)

(注;タンガラムにおいては国会「国民総議会」議員の任期は5年。選挙は5年に一度で通常は途中解散は無い。
 任期中間の2年半の時点で「中間補欠選挙」が行われ欠員を補充する。
 中間選挙では「査閲院」48名の改選も行われる為にかなり大きな選挙となるのが確定している。また地方自治体の首長選挙もこれに合わせて行われる事が多い)

(注;「査閲院」とは。
 本議会は法案や予算を作る為の議会であるが、「査閲院」は作った後の効果を判定する議会である。
 査閲院議員は本議会での議決権を持たず、各種委員にもなれない。
 本議会での法案等採決の後に、査閲院にて「法案審議が有効に行われたか」を判定する。否決された場合は本議会差し戻しとなる。のであるが、
 実際は査閲院が本議会での討論をリアルタイムで監視しており、答弁ごとに国会議長を通して「真面目にやれ」と注文つけてくるので、採決時にはだいたい判定は終了している。
 なお査閲院議長というのはなく、査閲員代表である。議員互選で選ばれる。議長は国会議長。

 査閲院議員の任期は5年。中間補欠選挙後に本議会議員の中から推薦され任命される。
 前職の再任は避けられるので、本議会での在籍と合わせて最長7年半の任期になる。5年毎の本選挙は免除されて次の補欠選挙で改選される。
 査閲院議員を辞めても本議会議員に戻るだけなのだが、合計任期が5年を越えていればただちに失職する事になる。
 査閲院議員の欠員はただちに本議会から補充される。この際は前職の再任も許されるので、上手くやり繰りをして査閲院に居座る事も可能だ。
 なお推薦された議員には拒否する権利もある。政策決定に強く関与したいと考える議員は拒否した方が賢明だ)

(注;「査閲院」議員の指名推薦は、「大審法会」が行う。
「大審法会」とは、地方政界の重鎮と首長経験者12名からなる調停機関。全国を9区に分けるから、「大審法会」も9つ有る。
 国政を監視し、管轄地域特有の権益を損なう決定が中央で行われないように働きかける役割を負う。また地方固有の法律や慣習での審判も行う。
 中央の政権が崩壊した場合、その権限を代行して国家の安定を維持する機能も有る。
 つまりは「査閲院」は、国会において地方の権益が守られているかを監視する為の機関、と考える事も出来る)

(注;国会議員の立候補資格は、タンガラム国籍を持つ両親から生まれた満25歳以上の成人で選挙権登録を行っている者。高等学校もしくは上級学校卒業以上の学歴を要求される。
 学歴は、中学校義務教育で定められた課程以上に政治法律歴史社会哲学について学習している事、という当たり前の要件である。通信教育でも構わない。
 選挙権登録は20歳時に各地の区役所で行なう。本人確認の書類が必要でちょっと面倒だが、各種保険や年金等の登録と同時であるから犯罪者以外は誰でもやっている。

 近年は大学卒業以上を要件に入れようとする主張もあるが、そうなると国民の2割以下しか対象にならないので強く反対されている。
 ただ候補者を推す各選挙団体においては学歴は当然に有権者にアピールする点であるから、大卒者は優遇される。現状追認の要求であるわけだ。
 大卒以外の候補者は、地方議会議員経験者や軍人・公務員からの転向でそれなりに社会で実績を積み重ねている)

 

【高等学校と上級学校の違い】 

(注:高等学校と上級学校の違いは、高等学校3年間の課程を2年でやるのが上級学校である。
 学費減免等の優遇措置を求めて選抜徴兵に応募し2年間を費やす事になるので、教育期間を極力短縮する。
 当然に、受験で必要なもの以外の科目は削除されている。「体育」も無いが、代わりに「軍事教練」という名の体力づくりの科目は有る。
 詰め込んだ分かなり厳しく、また選抜徴兵であれば体力面でも優れている事が要求されるので、至極大変だ。体力面で脱落する者も少なくない。
 そこで実質は、課程を2年で終了し、残り1年を受験勉強に集中して3年で大学等に合格する。というスケジュールの者が多い。
 高等学校の場合はそのまま社会に出て働く例が多い。進学するにしても高等専門学校や軍学校であり、大学進学はかなり少ない。
 女子学校は高等学校である。最近は上級学校に女子が入学する事も許されるようになった)

 

 

【異世界設定 その20】

【扁晶】
(注;扁晶(レンズ)は造語です。うまい訳語が無かったためにやむを得ず作ったわけですが、こう考えた。
 「レンズ豆てあるじゃん。あれでいこう」 レンズ豆は漢字で「扁豆」です。
 ちなみにレンズの語源は「レンズ豆に似ているからレンズって呼ぼう」てなもの)

(注;ちなみにガラスは素直に「硝子」と書けば良いのだが、これは逆に狙いすぎて却下。
 ガスも「瓦斯」という字がちゃんと有るけど、却下。逆に嘘っぽい。でも「気体」と言ってしまうとやはり何か違う感じだから、すなおに「ガス」としている)

(注;ちなみに「マイクロフォン」もつまづいた。「集音器」ではハンドマイクを握って歌う、スピーチをする時などどうにも感じが違う。
 電話の「受話器」は正確には「送受話器」だから、「送話器」と呼ぶのが正しいだろうが、やはりハンドマイクは違うだろう。
 たぶん機械的な構造から考えると「入話器」「入音器」であろうが、さすがに上手くないので却下)
(注;今考えたが、ハンドマイクがタンガラムで生まれるとすれば、演説を行なう為であろう。つまりは機械が代弁してくれるという感じで言葉も生まれるはず。
 であれば、「託話器」とかが良いだろう。
 あるいは「摂音器」か。「摂」の意味は取り入れる・代わって行なう などであるからいいのでは。「耳」の字も入ってるし。ちなみに現代中国語では「摂」は写真・映像を撮影するの意味にもなってるな)

(注;ちなみに「みかん男爵」はマントを羽織っているのだが、これに「曼套」「縵套」の字を当てる誘惑に駆られた。意味的には良いし、むかーしにそんな字を見たことが有る気がする)
(注;ちなみに漢字といえば中国だろう、と該当する単語を当たってみてもがっかりする事が多い) 

 

【海軍艦艇】
 タンガラム海軍には「戦艦」という区分は無い。
 軍艦は「巡航艦・巡洋艦」と「沿岸防衛艦」の2種に大別される。

 「沿岸防衛艦」は巡航能力を持たず本土近海でのみの戦闘を想定した戦闘艦で、火力装甲共に充実している。
 防衛艦は、低速「砲艦」と高速「撃滅艦」とに分けられる。

 「砲艦」は火力装甲共に充実し、沿岸港湾部を護る盾として立ちはだかる。
 そこまで遅くは無いのだが、沿岸防衛に特化しており航洋性に劣る為に、さほど遠海には進出しない。
 高速性能は随伴する魚雷艇に任せて、敵艦隊の接近を防ぐ役目を負う。また潜水艇も使用して敵艦を撃退する。
 近年は魚雷を装備した飛行機も使用する事となった。

 魚雷攻撃を受け止める為に特別にコンクリートを用いた装甲を装備した、浮かぶ要塞のような船もある。
 コンクリート船はかなり大きな船であるので浮力が大きく、超大型砲を搭載している。

 遠海に進出して敵艦隊を撃滅するのを任務とするのが「撃滅艦」
 火力装甲共に「砲艦」と同程度を確保しているが、そんなに大きくはない。
 ただし装甲が厚いと言っても、大型艦でさえ15爪(105ミリ)砲で容易に穴が開く程度である。これはタンガラムのみならずこの世界の燃料供給問題に起因する動力機関の限界による。
 つまりは重い船を動かす為の燃料がバカバカしいほど高価いのだ。
 故に「撃滅艦」は海外遠征を目的とせず、さほど長期間の出動は考慮していない。あくまでも沿岸防衛の為の戦力である。

 ちなみに艦載砲は十分に進化して長砲身で高速弾を発射できるまでになっている。発射薬も黒色火薬からより強力なものに替わった。
 これを防御する装甲は未だ十分な進歩が得られず分厚い鉄塊を並べるしかない。すぐ限界に達する。
 軽装甲でも撃沈されないよう船体構造を工夫して損傷が広がらないようにするしか手が無い。

 

 タンガラムの定義では、「巡洋艦」は遠洋に長期間単独航行可能な大型の戦闘艦を指す。「巡航艦」は遠洋航行可能であるが、補給船による定期的な補給を必要とする比較的小規模の船を指す。
 どちらも装甲はほとんど無く防御は弱いが、それでも機関等主要部を守り容易には沈没しない構造となっている。
 火力は、船体の大きさに比例して十分な砲を装備しているが、いかんせん防御力が無いので砲戦は忌避するのが通例。
 魚雷艇や潜水艇、水上飛行機による攻撃を主体とする。むしろこれら小型艇を撃退する為の装備を大型艦は充実して保有する。

 水雷艇潜水艇に巡航能力を与える事は困難であるので、大型船の上に載せて目的海域まで運搬する事となる。水上飛行機母艦も近年は導入されている。

 

 ヨーロッパの帆船時代の軍艦のような、船腹に大砲を並べたタイプのものはタンガラムには無く、ゥアム帝国で使用していたものを後に模倣する事となる。
 これを「砲列艦」「砲列構造」と呼ぶ。

 では何故タンガラムにこのタイプの軍艦が無かったのか。小型艇に銛打ち砲を搭載して攻撃していたからである。
 銛に導火線の付いた爆弾を装着して、船体のどこにでも打ち込めばどのような大船でも簡単に沈没させられる。船体はすべて木で作られているから、絶対に刺さるし爆発すれば大被害間違い無し。
 いわば水雷艇時代の先取りみたいな事を行っていたわけだ。
 だから海戦では大型船の投入は無く、小型艇を大量投入しての大乱戦となった。大型船も大砲ではなく狙撃銃を多数搭載して接近を阻止する戦いを行う。

 

【対潜駆逐艇】
 「潜水艦事件」を受けて沿岸防衛体制の強化を図らねばならなくなったタンガラム海軍が投入した新型の高速艇。潜水艦撃滅を任務とする。

 水上偵察機による大規模な哨戒網の展開を前提とし、偵察機が発見した潜水艦・潜水艇に対して高速で急行し爆雷攻撃を行なう。
 この為に駆逐艇よりも迅速に発進できる簡潔な装備を持ち、乗員も少なくて済む小型高速艇となっている。
 発動機は初動の早い魚油内燃機関を搭載。
 ただし魚雷艇と異なり水上格闘戦を考慮しておらず、運動性よりも高速で遠方まで進出し速やかに到着できる性能を必要とする。
 この為に徹底的な軽量化を施し、外板は鉄板ではなく合板で作られた。強度は十分に持つが防弾性能は無いも同然だ。

 攻撃力も、もっぱら潜水艦を標的とした爆雷投下のみに重点を置く。
 水上戦闘は基本的に考慮していない。
 また航空機による援護を前提としている為に、水上戦闘を自ら行なう必要も理論上は無い事になる。
 逆に、現在の水上戦闘において航空機の存在を無視し得ず、対空高角砲を装備している。

 高速で遠洋にまで到達出来る性能は海難救助にも適している。
 だが高速力の代償として大量の燃料消費があり、戦闘行動以外での出動はためらわせるものがある。
 また乗員数も少なく、収容人員数も少ないので大規模な海難救助には向いていない。
 爆雷の代わりに新開発の気嚢筏を複数搭載して、現場で漂流者救助を行なう程度であろう。

 武装;
 二指(30ミリ)対空速射砲×1(船橋後方) 一指(15ミリ)重機関銃×1(舳先) 一爪杖(7ミリ)機動歩兵銃数丁
 爆雷16発×2セット(1個100キログラム)もしくは300キログラム×8
 水中音響探知機(簡易型)/(完全型) 電波探知機

 

【駆逐艇】
 魚雷艇を駆逐する目的の高速艇である。燃料搭載量から遠洋へは進出できない。
 魚雷艇よりは大きいのが普通。70ミリ程度の火砲を搭載している。
 「駆逐艇」は小型「砲艦」よりも圧倒的に早く、代わりに装甲防御力がほとんど無い。機関銃の銃弾を防ぐ程度である。

 「駆逐艇」の高速性を利用して魚雷を搭載して、中型魚雷艇として用いる事もある。これを「雷撃艇」と呼ぶ。
 魚雷の射程距離が延伸し命中率が向上した事により、現在では大型艦に肉薄攻撃をする「装甲魚雷艇」と呼ばれる小型高速艇は姿を消した。
 現在の「魚雷艇」はおおむね「駆逐艇」と同規模の大きさになっている。大砲が付いているか否かの差だ。

 より大型で巡航能力を持つ船を、「駆逐艦」と呼ぶ。
 なお「海外派遣軍」においては、海島争奪戦で中小型の高速艇は非常に有用である。
 駆逐艇雷撃艇を数隻搭載した巡航輸送船を随伴している。

 

【砲艦】
 沿岸防衛を受け持つ、巡航能力を持たない近海専用の戦闘艦が「砲艦」である。
 文字通りに大口径の火砲を搭載し、相応の装甲防御力を持つ。外形的にはずんぐりしてるのが特徴。
 動力は薪炭を燃料とする蒸気機関で、高速性能を持つ艦もあるが一般的にはさほど早くない。
 魚油を使う内燃機関装備で高速性を備えた砲艦は別に「撃滅艦」と呼ぶ。

 「砲艦」は大中小とあり、大型の物は5千トン程度、中型は2千トンまで、小型は1千トン以下になる。   
 大型砲艦は沿岸防衛の主力であるがほとんど動く要塞的な存在で、演習以外ではめったに動かない。
 基本的に「砲艦」は壁となり敵艦隊が沿岸部に取り付くのを阻止し、高速の「魚雷艇」が始末するのがこれまでのタンガラムの防衛計画であった。

 なお巡航能力が無いと行っても大中の砲艦はタンガラム海岸線一周3千キロメートルくらいは連続航行出来る。
 乾舷を低くして被弾率を下げ装甲面積を小さくしているので、外洋の高波に弱く適していないという事だ。

 外洋での航行を前提として設計された大型砲艦が「撃滅艦」であり、長駆前進して敵艦隊を撃滅する任務を持つ。
 だが性能に比して建造費は高額で少数しか作られていない。タンガラムの工業力に見合った兵器ではないと考えられている。
 「潜水艦事件」以後は従来型砲艦の建造は中止され、すべて「撃滅艦型」に変更された。しかし建艦は進んでいない。
 代わりに小型の「撃滅艦型」砲艦として、「雷撃艇」を大型にして巡航性能を与えた簡易駆逐艦(仮称:雷撃艦)が計画されている。

 警察・警備任務であればさほどの重武装重装甲は要らないので、軽快な商船構造の巡視船警備船も配備される。
 中には大型砲艦と同サイズの巡視船も存在して、遠洋での哨戒任務に当たっている。

 

【パースペクト銃】
 シンドラ連合王国で使われている密林専用銃。騎兵銃(カービン)に相当する。
 最大の特徴は、密林の泥の中でも確実に動作する事で、その為に回転弾倉を採用した。リボルバーライフルである。
 大口径ではあるが小銃弾ほど高速ではない弾丸を使用する。
 機構上燃焼ガスが漏れるので銃弾威力は弱くなるが、そもそも見通しの悪い密林で用いるもので過大な射程距離は必要ではない。

 金属薬莢がシンドラに導入される前の発明で、雷管式の時代から存在する。当時は空の弾倉を装填済みのものに交換して連続射撃を行った。
 現在は金属薬莢の弾丸をまとめて装填できる機構が採用されている。

 だがさすがに旧式感は否めず、タンガラムから新型の「機動歩兵銃(固定弾倉式の輸出バージョン)」が輸入されると同じ形式のコピー銃を作って配備する事に決定された。
 ゥアム製の自動小銃も輸入されているのだが、これを大量コピーできるほどの工業力をシンドラは持っていない。

 なお見通しの良い平原での戦闘を前提とする歩兵部隊では、もちろん長射程を実現したボルトアクションの歩兵銃が配備されている。
 鉄矢弾は使わないが、「大銃」は使う。狙撃用大型ライフル銃である。
 当然に機関銃も装備。

 

 またシンドラの歩兵は「小型砲」を多用するのが特徴。
 口径60_ほどの短砲身だが迫撃砲とは異なる前装旋条砲で、妙に砲力がある。砲弾も徹甲榴弾もどきで家屋の塀くらいなら普通にぶち抜いてくる。

 軽量ではあるが兵士1人で運べる重さではなく、2人でもっこで担いでいく。場合によっては原動機付き三輪自転車で運ぶ。
 砲架は無く(専用が有るのだが野戦行軍では持っていかない)、地面に穴を掘って斜めに設置し砲耳にロープを掛けて跳ね上がりを防止する。
 反動を支える砲尾がキノコのように平たく丸くなっている。

 「屈強の兵士が抱えて発射する」のは俗説でとても人力で撃てるものではないが、シンドラの娯楽映画ではしばしばそのように使われている為に誤解が大きい。

 

【ゥアム帝国、シンドラ連合王国の長さ単位】
 ゥアム帝国の長さ単位はヤァド法と呼ばれている。
 1ヤァド=64イント(=地球91センチメートル)、1イント=64ピッチ(=14.22ミリ) 1ピッチ(=0.222ミリ)
 
 1マィル=64ハロー=1024ヤァド(=931.8メートル)
 1ハロー=16ヤァド=64フット=1024イント(=14.56メートル) :10歩長(左右で1歩)とされている。
 1フット=16イント=1024ピッチ(=22.75センチメートル)
 
 1リィグ=4マイル(=3724メートル):道程の単位。ゥアム時法の1時候(地球時間50.625分)で歩く距離を元に、きりの良いマイルに整えた。
 1アロウ=4分の1マイル=16ハロー=1024フット(=233メートル) :矢飛びの距離とされている。

 1スクァド=1平方ヤァド(=0.828平方メートル) 1カード=1平方フット 1ネヘ=1平方イント
 1リュード=1平方ハロー=256平方ヤァド(=212.0平方メートル) 1ィエーカー=1024リュード=4分の1平方マィル(=0.217平方キロメートル)
 1カロン=1立法フット=4096ギル(=地球11.77リットル) 1ヲート=64分の1カロン=64ギル(=184ミリリットル) 1ギル=1立法イント(=2.87ミリリットル)
 1バァレル=1立法ヤァド=64カロン 

 この惑星の重力は地球の0.9Gほどであるので、水を基準にして重さの単位を作っても少し軽くなる。
 1ポント:1カロンの水重量=4096グレン(=10.59キログラム) 1ヲンス;1ヲート重(=165.6グラム) 1グレン:1ギル重(=2.58グラム) 
 1ターレント:1バァレルの水重量=64ポント(=678キログラム)

 とにかく沢山の単位名が有るのが特徴。現行制度では2進法に統一されているが、以前は地方ごとに違って大混乱していた。
 シンドラの単純な単位系を見習って統一しようと研究中。
 銃弾の直径はイントで表され、06イント拳銃弾は0.6イント=8.5ミリメートルとなる。

 

 シンドラ連合王国の長さ単位はメートル法と呼ばれる。
 1メートル=(地球)ほぼ1メートル=1000ミートル=1000,000マートル 1ミートル=1ミリメートル、1マートル=1マイクロメートル
 1000ずつ桁上りをする慣習である。ちなみに1ムートル=1キロメートル 1モートル=1000キロメートル
 なお10ミートル=1セン・ミートル(俗称1セントル)=(地球)1センチメートル が補助単位として用いられる。

 つまり長さは「トル」が語幹で、マミムメモで1000ずつの桁上りを表現するから至極簡単。
 ついでに1辺10を表すのがセン、100を表すのがマンが補助的に使われる。体積重量を扱う時に便利。(1000を表すオクも一応有る)

 面積は「トラル」、体積は「トリル」、重量は「トン」である。
 1メートラル=1平方メートル 1セン・ミートラル(俗称セントラル)=1平方センチメートル
 1メートリル=1立法メートル 1セン・ミートリル(セントリル)=1立法センチメートル 1マン・ミートリル(俗称マントリル)=1リットル
 1メートン=1メートル立方の水の重さ=0.9地球トン 1ミートン=0.9マイクログラム
 1セン・ミートン(セントン)=0.9グラム 1マン・ミートン(マントン)=0.9キログラム

 何故こんなに地球の単位と似たものを使っているかといえば、救世主「ヤヤチャ」がシンドラで全土共通度量衡を定めた為である。現地に似たような長さの単位があったのを標準化した。

 

【ゥアム語】
 ゥアム帝国は広い。
 タンガラムは1辺1000キロメートルの正方形が人間の可住地帯で国土であるが、ゥアム帝国は直径が1800キロメートルの馬蹄形である。
 タンガラムは北方に酷寒の大森林地帯が連なっているのだが、ゥアムは海の真ん中に孤立して存在する。
 馬蹄形であるから、中心部は海だ。「地中海」と呼ばれている。逆に外周りの海は「外輪海」と呼ぶ。

 「地中海」があるという事は、通行が不便という話になる。
 陸路で行けば反対側までかなりの距離であり、船を使うにしても地域が一体化などはしない。
 つまりは各地がバラバラで格差が大きく、それぞれの土地で独特の習慣と言語を持っている。
 タンガラムにも方言はあるが、その比ではない。異郷の者同士、同系列の言葉ではあってもまったく意味がわからなかったりする。

 これはさすがに不便であるが、当地の支配者である「ゥアム神族」はあまり頓着しなかった。神族同士は一系統の言葉「ゥアム聖音」を使うからだ。
 そして表記は「ゥアム聖符」と呼ばれる表意文字を使う。文字の意味が一意に定まるから、どういう音で読もうとも意思疎通が可能で困らない。
 この「ゥアム聖符」は、タンガラムにおいては「ギィ聖符」と呼ばれるギィール神族が用いていた文字とほぼ同じだ。
 故に、かって「ゥアム」と「タンガラム」には手段はまったく分からないものの交流があったのは間違いないとされている。

 「ゥアム聖符」の正式な音は、「ゥアム聖音」の発音である。これを標準語として用いればよいようなものだが、問題があった。
 「ゥアム聖符」が難しすぎて、一般庶民では使いこなせないのだ。
 そこで幾つか文字の簡略化の方法が考案されたが、現在は「ゥアム聖符」を構成する要素を抜き出して、これのみを用いて音を表す。
 「ゥアム聖符」本体は数万字を持つが、構成要素「素符」は約1千。
 「素符」にはそれぞれ意と音が有るのだが、音のみを用いて単体で使い、文章を記述する。(厳密にはフィーリングの問題で音の使い分けというのがある。縁起の良い文字悪い文字など)
 これを「下郎文字」と呼ぶ。全国共通一般庶民が用いるべきものと定められた。

 本来であれば標準文字と共に標準言語も定められるべきである。「ゥアム聖音」を用いるべきだ。
 だが一般庶民はこれを用いて「方言」を記述する。
 そして文明の発達に従って各地の文物が混じり合い、異なる地域の言葉を組み合わせた合成語がまかり通る事となった。
 或る意味では大失敗である。「下郎文字」と呼ばれる所以だ。

 

【ゥアム帝国の「皇帝」構造】
 「ゥアム帝国」は帝国と呼ばれるくらいであるから、絶対の支配者である第一人者国家元首「皇帝」が居るべきである。
 また実際に居るとされている。

 しかし「皇帝」と対面する事が出来るのは、帝国の支配階層である「ゥアム神族」に限られる。
 そして「神族」は一般庶民である「奴隷」に対して、決して「皇帝」について語る事は無い。
 これは極めて厳格な規則であり、ゥアム社会において「皇帝」に関する情報は一切存在しないと言える。
 憶測すら存在しない。想像する為の手がかりがまるで無いのだ。あたかも、「皇帝」が実在しないかのように。
 代替わりなども無く、皇室や皇孫などもまるで情報が無く、皇室に仕える人物も確認出来ない。

 そもそも「皇帝」による建国神話なども無く、神話や歴史書の中に突然「皇帝が彼らを統べた」と出現するのみだ。

 タンガラム民衆協和国とシンドラ連合王国は、ゥアム帝国の国家制度を研究した上で或る結論に達する。
 「ゥアム皇帝とは架空の存在であり、ゥアム神族があたかもそれが彼らの頭上に君臨するが如くに演じているにすぎない」
 いわば、「神」と同義語だ。
 しかしながら数千年の長きに渡り、たとえ自らの支配体制を維持する為とはいえ「神族」が誰一人反する事無く演技を続けられるものだろうか?

 

 タンガラムの東岸を拠点とした東金雷蜒王国の支配者「ギィール神族」は、「ゥアム神族」と酷似する。
 おそらくは古代においてはなんらかの方法によって交流が有ったものと推察される。
 その縁から、元「ギィール神族」の学術的興味は現在までも続く「ゥアム神族」体制の研究に向けられた。

 彼らはゥアムにおける一つの逸話に注目する。「幻人」と呼ばれる災厄についての一連の騒動を伝えるものだ。
 「幻人」とは、現在の医学で言えば精神疾患の一つで妄想であると考えられている。
 極めて高度な知性を誇る「ゥアム神族」の精神の中に、もう一つの独立した人格が形成される現象だ。
 あたかも別人が脳に住み着いたかのように確固とした人格を示し、取り憑かれた本人と会話し、あるいは本人に代わって身体を動かし行動する。
 ついにはその人物を「幻人」の人格が乗っ取ったかに自在に振る舞い、周辺に災厄を振り撒いたとされる。

 また「幻人」の人格は人の精神を自由に渡り移り住む事が可能だという。
 「幻人」が移った者は、他者にその特徴を示された事が無かったとしても、まったくに同様の外観の特徴や性格、記憶知識について語るという。間違いなく同一の人格であると。
 特に注目すべきは、次に乗り移られた者が絶対に知らないはずの知識情報までもそっくり移し替える事が出来る点だ。
 そして「幻人」が離れた者は、ほんとうに空になったかに健全な精神状態を示し、後遺症などもまったくに認められない。
 この特徴から単純な精神疾患とは考えられず、もっと別な精神現象であると見做されている。
 神秘学にいう「憑依」としか思えない。

 タンガラムで数えれば創始歴5030年代、「ゥアム帝国」に救世主「ヤヤチャ」と思しき女性が漂着したと伝えられる。
 現地では「ゥワモウチャ」の名で呼ばれるが、その人物は各地の「神族」と対話し救世について語り合ったという。
 ただ彼女が「神族」と語っていると、最初の内は理性的合理的かつ達観諦観を示す、まさに「神族」ぽい反応をしていたものが、
いきなり奇矯で感情的な言動に及び粗野乱暴に変じて、それまでの言葉とはまったくに逆を始めた、という。「幻人」の仕業だ。
 おかげで彼女は意思疎通に非常に苦しみ、やがては「神族」の脳内の「幻人」退治を敢行する羽目に陥る。
 「神族」自体を「幻人」という病から治療するかの行動だ。

 

 タンガラムの「ゥアム帝国」研究者は、この「幻人」と同種の存在が「皇帝」ではないか、と推察する。
 「幻人」はあくまでも個人の現象であり、その存在は取り憑かれた本人のみにしか感知できない。
 まるで目の前に立つかにありありと姿も表情も見て取る事が出来るとされるが、本人にしか見えない。

 だが「神族」全員が同じ病を持っており、「神族」全員が同時に一つの人物像を見るとすれば、それは真実には実在しない事になるのだろうか?
 共同幻想としての「皇帝」ではないか。

 また「ゥアム帝国」において、どのようにすれば「ゥアム神族」に成れるか定かではない。
 或る種の通過儀礼が存在するのだが、それを体験した後に必ず「神族」に成るわけでもない。
 儀礼を経た後に何名かが「神族」として認定され、自らもそう振る舞う事で「神族」に成る。非常にあやふやなものだ。
 これを「共同幻想を獲得した者」と規定すれば、すっきりと説明が付くわけだ。
 「皇帝」についてまったく情報が外に漏れないのも、その為と理解できる。
 何の予備知識も無しに「皇帝」について正確に語る事が出来るようになった者を、「神族」として認めるというシステムではないだろうか。

 そして「ゥアム神族」の奇妙とも言える堅い結束力。
 政治的人間であればどのような高潔な人物であろうとも必ず党派を作り、互いに争い合う事になるはずが、ゥアム帝国の歴史上ではほとんど確認出来ない。
 それぞれの意見や道徳、政策について食い違うのが自然であるが、それをすら乗り越えて一体化している「階層」なのだ。
 この説明を「神族」自身は、「皇帝の御恩徳」と呼ぶ。
 実際にもそうなのかもしれない。

 

 なおタンガラムにおける旧「ギィール神族」には同様の「皇帝」は居ない。

 「ギィール神族」の長は「神聖王」と呼ばれたが、これは神族の祖である「ビョンガ翁」直系の子孫が代々担ってきた。間違いなく実在の人物だ。
 「神聖王」の役割は「ギィール神族」全体の調整役で、誰もやりたがらないから仕方なしに直系子孫に押し付けた、と半ば自嘲的に伝わっている。

 「ギィール神族」の結束も一枚板ではなく、それどころか歴史上頻繁に相争い、遂には東西の王国に分裂したほどだ。
 神族同士離合集散常に戦争を欲し、「闘争こそが文明進歩の原動力」と嘯いている。
 「ゥアム神族」とは鏡で映したかのまったくに逆の姿であった。

 

【ゥアム神族とギィール神族】
 同じ文字同じ言葉を使いながら隔絶した環境で独自に文明を築き上げた2つの種族。
 しかしながら、ゥアムでは未だに彼らが実質的にも名目的にも国を支配するのに対し、タンガラムにおいては旧支配者としての名誉を保つだけの存在となっている。
 どちらも既に聖蟲を失い神秘的な超能力を持ち合わせていないにも関わらずこの違い。何故だろうか。

 答えはその文明の出発点にある。

タンガラム、旧名「十二神方台系」においてはギィール神族は金属器文明をを「いきなり」樹立した。鉄器と青銅器が同時に始まる。
 対してゥアム神族はまず青銅器文明を築き、その頂点に達した時に次なる救世主である「黒金虫」を額に戴く神兵と遭遇した。

 タンガラムにおける「褐甲角」神に相当する聖戴者であるが、褐甲角の聖蟲が神兵に怪力だけを与えるのに対して、「黒金虫」聖蟲は鋼鉄の肉体までも実現した。
 青銅の武器が身体に当たっても刃の方が砕け散る、文字通り不滅の肉体である。
 これに対抗する為にゥアム神族は新しい金属を求め、鉄から更に鋼を生み出し対抗した。当然の事ながら鉄鋼製造技術は最新極秘のものとなる。
 タンガラムにおいては鉄鋼製造技術が民間にも一般化した状態で褐甲角神の使徒を迎えたが、「黒金虫」神兵は技術を得る事が出来なかった。

 結果、進歩した武器の力に「黒金虫」神兵は敗北し、ゥアム神族の軍門に下りその臣下として社会に組み入れられた。
 ゥアム神族は繁栄を続けるが、しかし好敵手を失った後は倦怠のみが彼らを襲い、遂にはその精神内に異物「幻人」の人格が発生して猖獗を極める事となる。
 「幻人」はその宿主の知能が高ければ高いほど強力残忍、現実世界への影響力が高くなる。悪を為すに何の禁忌も持たぬ人格であるから、常人には対処し難い。
 ゥアム神族は戯れにこれと共存していく道を選んだ。滅びを自ら求めるに似て、ゥアム社会は暗黒期と呼べるほどに乱れた。

 混沌に終止符を打ったのが、海の果てより訪れた救世主「ヤスチャハーリー」、タンガラムにおいては「ヤヤチャ」と呼ばれる者である。
 「ヤスチャハーリー」は二脚竜に跨り、ゥアム神族に槍での一騎打ちを挑み、ことごとくに勝利。
 彼らの額の聖蟲を回収して「タダの人」に戻していく。

 聖蟲を授ける社会機構はそのままに存続しているのだから新しくもらい直せばいいわけで、実際その後も次世代の神族は生まれているのだが、
聖蟲を失ったゥアム神族は神秘の枷から解き放たれたかに自由に行動し始めて、やがて社会をまったく異なる方へと転向させていく。
 つまりは聖蟲・聖戴者による支配が必要無い時代がいつの間にか成立していたのを、改めて認識し直した。

 建設的な方向に知性が向かう事で「幻人」の害も目立って少なくなっていき、やがては表立って見なくなる。
 絶滅したわけではないし、時折思い出したかに一般社会に爆発的に広がるが一過性に終わる。
 やはり神族並の高度な知性を宿主としなければ十全には働けないようだ。

 なお「ヤスチャハーリー」がゥアムを去った後も、神族の間では騎乗槍試合が長く流行した。
 神族のみに許される遊戯で、敗者は自らの聖蟲を放棄返上する賭けだが、聖戴者である限り挑戦から決して逃れられない風習である。
 面白いことに年配の神族から若い、ほとんど聖蟲をもらったばかりの者に決闘を挑み、負けて聖蟲から自由になるのを希望した。
 無論生死も賭ける真剣勝負でわざと負けるなどあり得ないのだが、聖戴者の運命から逃れる唯一の道と盛んに行われた。

 聖蟲が無くても「皇帝」制度の維持が可能だからこその遊戯だ。

 

【シンドラ連合王国とバシャラタン法国における「神族」の歴史】
 バシャラタン法国は聖蟲を持たない国として知られている。2500年ほど聖戴者の記録が無い。
 いや正確には1150年ほど前に天から舞い降りた「ゥワモウチャ、キルマルリリコ尊」と呼ばれる聖戴者、おそらくはタンガラムにおける「ヤヤチャ」と同一人物が記録されている。
 ただしこの地においては彼の人は救世主ではなく審判者として、高位僧侶の腐敗堕落を厳しく弾劾追求したらしい。

 バシャラタンにもかっては聖蟲を戴く聖戴者の伝統が有った。
 額あるいは身体の何処かにイソギンチャクの聖蟲を憑けた「尊族」と呼ばれる人々で、高い技術を持ち不思議な自動機械を創り上げ、全土を支配したという。
 これは文明と呼べるものであったのだろう。しかし彼らは民衆を救う事には関心を向けなかった。
 技術の発展に次ぐ発展、進化を目指してひたすら資源を注ぎ込み、民衆の生活が困窮し国土が荒れ放題になるのも顧みずひたすらに創り続けた。
 そして、全土を草木が一本も生えぬ荒れ地に変えて、海の彼方に去っていく。自らが創り上げた高度な機械技術の船に乗って。

 穀物の実らぬ寒冷の荒れ地に残された民衆はわずかの食料を巡って争い合い、急速に人口を減らして衰退し、やがてわずかに残された森に活路を見出した。
 そこは野生生物の保護区のような孤立地で、これを切り拓いても瞬く間に食い尽くすのが分かっていたので諦めた。
 逆に人間自らも獣となり森に溶け込む事により生き延びる道を見出した。少人数故に取り得た選択肢だ。

 数百年を経てようやくに全土に緑が戻り、森が広がると人間の生息地も拡大し、やがて森を拓いて農地を作り再び文明を取り戻す試みが始まった。
 これを指導したのが「僧会」である。宗教的な戒律に縛られた禁欲的な生活を送り、民衆の為に尽くす姿に人々は篤く帰依し、支配者として求める。
 バシャラタンは聖蟲を持たぬ地として遅々としてではあるがゆるやかな発展を続けて現代に至る。

 

 一方シンドラ連合王国においては、タンガラムとは異なりタコ女王相当の新石器文明時代の後に、「黄金虫」聖蟲を戴く「武神」の時代を迎える。
 彼らは謹厳にして民衆を庇護する者として精力的に活動を行なうが、技術的な発展はもたらさない。
 代わって民間の学者や宗教家が論理的思考に基づき科学技術の発展を担った。安定した社会情勢で科学が発展する素地が生まれたと言えよう。
 「黄金虫」武神の時代の半ばで青銅器が、さらには鉄器の使用が始まった。

 そして新たな聖蟲を戴く聖戴者の登場を待つ。だが現れたのは海の彼方から来た「イソギンチャク」の聖蟲を持つ三怪人である。
 たしかに凄まじい科学技術でシンドラを席巻し、「黄金虫」武神の支配を終わらせるが、それは悪に満ちた時代の始まりである。
 「イソギンチャク」聖蟲を与えられた者は自らの欲望に忠実に生きて他を顧みず我欲を満たすばかりである。
 これが超越技術を振りかざすのだから始末に負えない。
 シンドラは混沌の渦の中で民衆による抵抗運動が続き、各地の有力者が自ら兵を率いて悪人軍団に立ち向かっては滅ぼされる日々を送っている。

 ここに登場するのが、タンガラムから小船に乗ってやってきた「ヤヤチャ」だ。シンドラでは「ヤチャ」と呼ぶ。
 「ヤチャ」登場の前にも爬虫類聖蟲を戴いた6人の聖戴者救世主が三悪人に挑み返り討ちに遭う。或る者はその配下となり悪人軍団を率い、或る者は逃げ延びて抵抗運動を率いて戦っていた。
 7人目の爬虫類救世主、青尻尾トカゲの「ヤチャ」はたちまちに悪人軍団を打ち破り、彼らの兵器である泥人形「ドローテ」を奪い逆襲に転じる。
 各地の抵抗運動組織やヤクザ軍団をまとめ上げ、悪人軍団を見事な軍略により叩き潰し、三悪人が篭もる火山洞窟に突入して成敗した。

 ちなみに三悪人とは、
 無敵不滅の肉体を誇り「黄金虫」武神をも力で屈服させる偉丈夫。悪人軍団を率いて全土を攻略していた。
 痩身中年下腹太りの不健康なナマズ髭の魔導博士。彼は高度技術を一手に握り、自動泥人形「ドローテ」の開発者である。
 そして二人をこき使う妖艶な美女。高慢贅沢なサディストで、まさに大淫婦であった。

 三悪人を追放した後に「ヤチャ」はシンドラに統一政体を作り上げるが、抵抗運動ヤクザ軍団の頭領達に武装解除は求めずそのままに勢力の割拠を認めた。
 彼らの合議によって定まる統一「連合王」の制度を作り、バラバラのままでも共存できるように選定制度を整え「神器」を授けた。

 またタンガラムで行ったのと同様に科学技術を整理して、シンドラの学者に後の研究を任せる。
 ただし魔導博士の技術は今のシンドラ人の手に余ると封印した。

 その後「ヤチャは」また別の方台に船で渡り、「黄金虫」武神も徐々に姿を消して、シンドラは聖戴者を持たぬ国となる。
 結局は「ギィール神族」「ゥアム神族」に相当する聖戴者の時代は無かったわけだ。

 

【異世界設定 その21】

【老人KIRA】
 「闇御前」事件は長らく映画化が差し止められてきたが、この度総統府により公式に解禁された。
 しかしながら、事件は未だ係争中しかも国家反逆罪へと拡大した現在進行形のものである。
 被疑者「バハンモン・ジゥタロウ」の実名を用いては、様々に不都合。
 そこで架空の人物名を用いての再現映画化という手法を用いる。「マキアリイ」映画いつもの手だ。

 「闇御前」老人KIRA、と呼称する。

 KIRAとは、1200年前に降臨したトカゲ神救世主「ヤヤチャ」が残した文書に記される、物語の登場人物だ。
 星の世界での武人譚に出て来る仇役の名で、権力を笠に着て横暴を振るい、ついには復讐の刃に斃れる。
 伝統演劇の世界においては悪役老人の典型としてつとに有名である。

 

【東方光明彩画社】
 東岸シンデロゲン市にある映画会社。芸術作品をもっぱらとする。

 内容のみならず完成したフィルム自体も極めて高品質なものであり、ゥアム帝国の特許技術を利用したプリント技術を有している。
 大手三社も、大作映画のフィルム複製時にはここに依頼して、経年劣化の少ないプリント法を用いている。むろん費用はかなりのものとなる。
 タンガラム映画作品の海外輸出も最近は盛んであるが、ゥアム帝国では映像品質にとても神経質であり、娯楽作品といえども「東方社」が複製したものでないと受け付けてくれない。

 なお、この技術とは三原色それぞれに分解したネガの版を作り、印刷技術を利用してフィルムを製作する。
 三原色同時感光フィルムは、これもまたゥアム帝国の技術で、タンガラムでは一般的に用いられている。
 手軽ではあるが経年劣化に弱いとされ、また未だ完全な色調を獲得し得ていない。

 その為、ゥアム帝国では三原色を分離して単色フィルム3本同時撮影で映画製作を行う。
 とんでもなく資金と手間がかかるので、ゥアムの映画産業はそこまで盛んではない。
 そこで早撮りのタンガラム娯楽作品の隆盛を許してしまった。

 なおゥアム帝国がカラー映画技術の開発を進めていた頃、タンガラムはどうだったかというと、フィルムに手作業で彩色していた。
 「東方光明彩画社」も元は手塗りの映画彩色工房だった。
 一方その頃シンドラ連合王国ではどうしていたかというと、赤いフィルムや青いフィルムを映画の性質ごとに使い分けている。
 登場人物ごとに色の違うフィルムを繋ぎ合わせていた。

 実はこの世界の人間は4原色が見える。1色手抜きをしている。

 

【髪色】
 ワリカスタ食品「四カ国味巡り」簡易調味料の宣伝CM撮影に起用された、「タンガラム」代表美少女アイドルは髪が地毛で青い事で有名である。
 もちろん商品イメージの「青」に合わせて起用された。

 この世界の人間は、幼少期は皆髪が黒いが思春期に一夜にして髪色が変化するという特質を持つ。
 変色直前1ヶ月の間にイカ百枚を食べると、髪の中の色素が破壊されて髪が透明になり、内部で光が屈折して青く見える変化を起こす。
 とはいうものの、髪色が変化する日を予測するのはほぼ不可能で、短期間にイカ百枚食べたらお腹壊してしまうから至難の業。
 それでもトカゲ神救世主「ヤヤチャ」を慕って青髪に挑戦する少女は絶えず、10年に一度くらいは成功者が出現している。

 なお白髪は、年齢によって髪の毛の中の色素が褪せて白くなっていく現象であり、年齢が上がるに従って髪色は薄くなっていく。
 しかし大病をすると一気に髪が白くなる事もよく知られている。
 青髪との違いは、完全にクリアで透明か、内部で光が散乱して白色になるかの違いである。

 成人の髪色は日頃食するタンパク質によって変色する事が知られる。
 獣肉鳥肉を常食していると赤くなる。狩猟生活ではない一般社会においては富裕層のみに許される食生活で、鶏が輸入される前は社会階層が顕著に判明した。
 獣肉を食さない、また魚肉を主に食べる生活をしていると、髪色は茶色になる。獣肉もそれなりに食べていると赤と茶が混ざった色となる。
 植物性タンパク質、特に毅豆加工食品を大量に食する生活をしていると、髪色は黄色になる。「金髪」と称する者も居る。

 さらには特殊な薬物を摂取する事により妙な色になる事もある。
 特にバシャラタン法国で栽培される「茶」を常用すると、葉に含まれる「カフェイン」によって真緑色に変化してしまう。これは髪の地色を無視して完全に同じ色となる。
 また特定の花から採集される薬物を用いると紫色となる。毒物であるから、非常によろしくない。

 金属光沢を発する事もあるが、これは病気である。

 ごくまれに成人になっても髪色が黒のままの者が居る。因果関係は分かっていないのだが、古来より「不老不死を授かった人間は髪色が変わらない」と崇められている。
 灰色の髪は病気だろうと思われるが、実際子供が大病をすると灰色に成る。
 だが大人になっても灰色で変わらない人が居て、超能力者とも思われているが、多分に呪術の宣伝文句が広まったものだろう。

 

【捜査官になろう】
 警察局の捜査官になろうと思えば、基本は捜査官養成学校に入学する。高等学校(3年制)卒業程度の学歴が必要。
 しかしながら、選抜徴兵に応じれば優先権が発生するので、上級学校(2年制)に進学する者も多い。
 ただし、上級学校生は選抜徴兵審査で高等学校卒業資格試験を受けねばならず、さらに体力運動能力においても要求水準に満たなければ合格しない。

 ヱメコフ・マキアリイはどちらにも通っていないが、高卒資格試験を抜群の成績でクリアし、体力は言うまでも無く最優等で選抜徴兵に受かった。

 選抜徴兵は、成績上位者が陸海軍、次点は巡邏軍に配属される事が多い。
 巡邏軍では徴兵訓練生であっても街頭治安維持活動に参加させられるので、捜査官となるにはこちらの方が適している。
 陸海軍組は終了後大学教育を受けて官僚として国家を担い、あるいは士官学校に入学して軍の中枢と成る事を望まれている。
 大学教育には多額の学資が必要で、富裕層ばかりが大学に行き、結果政府官僚も富裕層ばかりが占める等の弊害が危惧されている。
 選抜徴兵制はその打開策として、一般あるいは低所得者層出身でも社会の上層部に参加できる道筋を整えているとも言えた。

 

 2年間の徴兵期間を終えて、改めて捜査官養成学校を受験する。
 犯罪捜査を行う公務員であるからには、高い倫理性と国家に対する奉仕精神を要求される。
 選抜徴兵終了者は、その点に関しては文句の付けようの無い存在である。また練兵期間において人物評価も終わっている。
 体力面に関しても、兵卒としての訓練を終了し「正兵」の位を得ているから、再訓練の必要もない。

 高等学校卒業者はその点不利と言えるだろう。
 しかし1年長い教育期間を生かしてなんらかの特技を身に着け、また校外活動における成績を上げているだろうから、評価が著しく劣るわけでもない。
 女子の入学者は選抜徴兵が存在しないので、男子の志願者に比して抜群に優秀である事を要求される。
 実際女子の入学者数は少なく10分の1以下。だが非凡な者が多い。

 大学教育を卒業した者が入学する事は可能ではあるが、その場合特別なカリキュラムの選択を勧められる。「上級捜査官」コースだ。
 捜査官を指揮して事件捜査の中核を担う管理責任者で、ヒラの捜査官から昇進する事も可能だが、最初から育成する方が効率的。
 主に法律関係の知識を要求されるから、「上級」コースは大学卒業者が優先的に採用される。

 警察局は基本、検事の役割を果たす「法衛視」「法衛監」のラインと、管理部門「局幹部」のラインで成り立っている。 
 「局幹部」には直接大卒者が採用されるが、大卒「上級捜査官」の昇進も高く評価されている。
 もちろん高卒資格「捜査官」が昇進しないわけではないが、その過程では必ず「上級捜査官」教育を受けねばならない。
 警察大学校に入学させられるから、つまりは幹部はすべて大卒だ。

 なお「法論士国家資格試験」に合格すると、「法論士」となり改めて「法衛視」として採用される事も有る。
 さすがに至難の業であるが、居ないわけでもない。

 

 「捜査官養成所」はタンガラム全土に5箇所ある。
 首都(実際にはカプタニア)、イローエント(海軍専門捜査員養成所)、デュータム(旧首都・商事捜査官)、シンデロゲン(東岸・刑事商事両方)、ギジジット(科学捜査官養成所)

 商事捜査官養成学校には、商業高等学校卒業生も志願する。科学捜査官養成所には工業高等専門学校、または大学卒も多い。
 これらには選抜徴兵終了者、特に巡邏軍経験者はあまり志願しない。

 極秘情報であるが、総統府に属する政府諜報員工作員も首都養成所の訓練生から選抜される事が多いという。

 どこで学んでも配属はタンガラム全土に振り分けられるので、よほどの理由が無い限りは任地を希望できない。
 ただしヱメコフ・マキアリイは総統府の指示により、「首都中央警察局」の配属された。

 イローエントは海軍の所属になる。タンガラムにおいては海軍が海上警察の任務も負う。
 だが養成所では主に陸上の犯罪、外国人滞留者犯罪、密輸密航人身売買、薬物取引、海賊行為などを取り締まる専門捜査員を要請する。
 場所が場所だけに外国語の履修にも重点を置かれて、かなり難易度は高い。
 卒業生は下士官である「兵曹」に昇進するので、待遇としては警察局捜査官と同等。

 なお「海軍専門捜査員養成所」は入学するのに、軍人として「正兵」以上の位が必要である。
 選抜徴兵でなければ、海軍に入隊して犯罪捜査関係部署への配属を申請し、実務をこなした後に養成所入隊を申請する事となる。
 学力検査が義務付けられるので、どのみち高卒程度の資格は必要。
 イローエントでの養成課程を終了後は、東西南の3海軍に配属される。その後、海外派遣軍従軍も有り得る。

 

 巡邏軍においては、兵員の内より「専任捜査員」を有望者より選抜する。
 街頭治安維持任務を行っている者の中から、犯罪捜査に適している者を選んで、直接に捜査部署に配属して実地に教育する。
 「専任捜査員」は兵員であり、昇進すると下士官の「特任捜査員」となる。
 巡邏軍の捜査部署においては、「上級捜査官」に相当する存在が無い。
 将校である「剣令」が部署の管理責任者となり、捜査指揮は最先任「兵曹長」である「特任捜査員」によって運営されている。

 巡邏軍で選抜徴兵を経験した者は、終了時に「正兵」となっている。
 これから改めて入隊した場合、「専任捜査員」になる事はかなり容易い。
 また選抜徴兵者は知的能力において一定の評価がされているので、兵曹教育を受けて早い段階で「特任捜査員」となる事も珍しくない。
 ただ巡邏軍としては、有為な人材は士官学校を受験して「剣令」になってもらいたい。
 そのような慣習があるので、巡邏軍の捜査部署は一兵卒からの叩き上げが権威となっている。

 

 一般的に、警察局の「捜査官」は、巡邏軍の「特任捜査員」よりもエリートと言えよう。
 実際給与は「捜査官」の方が上である。

 だが巡邏軍の「捜査員」は、警察局地方支部の「機関公務員」である「捜査員」として採用される例が多い。
 「機関公務員」とは、各省庁の地方部局が直接に雇う公務員である。
 「国家公務員」である「捜査官」の指揮の下、地元の「捜査員」が実質の捜査を担当する形になる。
 巡邏軍の捜査員は転職の際にこれまでの実績を評価されているので、「捜査官養成学校」に派遣されて速習コースを受けて「捜査官」となる事も可能だ。

 とはいえ、「国家公務員」である「捜査官」になってしまうと、任地がどこになるか分からない。
 地元にずっと居たいと願うのであれば、昇進せずに「捜査員」に留まる選択肢もある。
 実際地元に根づいた古株の捜査員が実権を握って、新任の捜査官をいじめている。などの状況もしばしば発生する。
 永年の活動で現地暴力団等と癒着する事も多々有るので、警察局の監査は厳しい。

 巡邏軍の捜査員の場合は、癒着などが取り沙汰された時点で他の部署にさっくり移動させられてしまう。

 

 巡邏軍の「捜査員」と警察局の「捜査員」と、どちらが優れているというものは無い。
 ただ巡邏軍はあくまでも軍隊であり、年に何日か軍事演習に駆り出されるので歳を経ると結構な負担となる。
 喜んでやる者も居るが、捜査に専念できる分楽だと思う者が多いのであろう。

 また巡邏軍は、なにかの拍子で配置転換させられる事が有る。罰則とは関係なしに起きる場合もある。
 捜査とはまったくに無関係の部署に移動させられるので、これを嫌って警察局に転職するという例も有る。

 なお、武装立て籠もりや集団襲撃犯などに対抗する「強行制圧隊」は巡邏軍の所属である。
 この出動の際に「専任・特任捜査員」が「偵察兵」として重要な役目を果たす。
 軍隊ならでは、という所もあるのだ。

 

 警察局の「捜査員」に直接未経験で成る方法も無くは無い。採用は地方支部の責任者の裁量であるから、可能だ。
 しかし全員経験者の中に、しかも養成課程の無い状況で放り込まれてなんとかなる、とは思われていない。
 それこそ、民間の「名探偵」でもなければ。

 なお主要都市の「中央警察局」には、捜査員捜査官のみならず執行能力を持った「警衛士」と呼ばれる、つまりは警察官が居る。
 基本的には現場の警備を行う。また被疑者や関係者の護送や留置所の管理など。
 「警衛士」は官公庁の警備を行うので、特に「警察局」と決まったわけではない。

 採用過程は様々だが、基本的には軍隊経験者が優遇され、軍の「正兵」位を持っていれば銃火器使用も許可される。
 この場合は特別に「警衛兵」と呼ぶ。警察局に所属するのはおおむねコレである。

 中小都市の警察局の場合は、地元巡邏軍から兵士を派遣してもらう。
 そもそも巡邏軍と警察局はさほど対立をする事も無く、普通に協力している。
 だが、中央警察局があるような大都市では互いの管轄権利関係が錯綜する事も多いので、「警衛士」を必要とする。

 

【異世界設定 その22】

【無制限格闘競技大会】
 タンガラムにおいて開催される武道大会。武器を使わない徒手格闘である。

 無制限とはいうものの、明確かつ安全なルールが設定されてある。そもそもがノックアウトは反則負けだ。
 角力「サンガス」を参考にして、選手の背に印を付けており、コレに手で触られると負け。また印が地面に触れても負けになる。
 印は色の付いた粘土で出来ており、触れられると形が崩れて判定できる。
 非常に単純で、スリリングな展開となり、体格の大小があまり勝負に直結しない。
 無論実戦的ではないとの批判はあるが、逆に隠し武器などの存在を考慮すると案外とこのルールの方が適しているとの指摘もある。

 ノックアウトは禁止だが、打撃技は当てても構わない。つまりは頭部や腹部への攻撃を避け、戦闘力を地味に削ぐ戦いが可能である。
 少年の部はさすがに頭部・顔面への攻撃は禁止だが、成人の部では顔面を張り倒す技も多用される。
 関節技は、故意に相手を怪我させるのはノックアウトと同等に反則負け。そもそもが相手の動きを拘束すれば背中の印を触るのも簡単で、壊す必要も無い。
 投げ技は、組み合うと印が危ないので離れて戦うのが普通であり、流れの中で相手の体勢を崩して投げる技が主流である。

 なお、手だけでなく足で印を触っても有効であるが、地面に落ちた相手を踏むのはマナー違反とされている。

 

【『名探偵総登場!』】
 誰が読んでも分かるのだが、この物語は往年の推理パロディ映画『名探偵登場!』のパロディだ。

 であるからして、本作に登場する「ポラポワ・エクターパッカル」は一見すると「エルキュール・ポアロ」っぽいのであるが、正確には
 『名探偵登場!』に登場した「ポワロ」ぽいキャラ「ミロ・ペリエ」と、ピーター・セラーズ扮する中国人探偵「シドニー・ワン」の合成である。
 「オォォフ・ウロフ」は、ピーター・フォーク扮する「サム・スペード」ぽいキャラの「サム・ダイヤモンド」みたいなものである。

 なお他の名探偵は、「ヱメコフ・マキアリイ」はオリジナルとして、
 「ベベット・ミズィノハ」には特にモデルは無い。強いて言うならば『シティハンター』の「野上冴子」
 まあそもそもが、『罰市偵』そのものが『シティハンター』ぽいのであるが。
 「トゥカノパ・アレノー」にも特定モデルは居ない。が、「犯罪博士」を冠する似たようなキャラは幾らでも居る。推理小説名探偵の一定形を利用した。
 男女それも美女のペアは、『名探偵登場!』には2組出ていたから、ペアが必要である。

 『ミス・マープル』は採用していない。

 本編未登場の「ズンバク・ヱヰヲット」は、イメージとしては「銭形警部」が近いのであるが、さらに正確に言えば銭形の先輩である「半七刑事」。どちらにしろ、まだまったく未設定である。
 さらに未設定なのが「神族探偵カンヅ嶺シキピオ」 名前的には「神津恭介」ぽいのだが、読んだことないから元ネタではない。

 さて問題は、「美少女探偵セラファン・マアムと弟のトマトくん」+その実父、である。
 誰がどう考えてもこれは『名探偵コナン』である。のだが、しかし、「高校生探偵が薬で小学生になった」という設定を抜きにして『コナン』が成り立つものだろうか?
 単なる小学生探偵であれば、それはもううじゃっと居るだろう。姉がワトソン役という作品もどこかにあるに違いない。
 しかしながら、確かにイメージは『コナン』である。というか、現代2018年に日本で『名探偵登場!』を作ろうと思ったら、『コナン』を無視するなど出来ないはずだ。

 なおトマトくんは、大人を麻酔銃で撃ったりしないし、エンジン付きスケボーに乗らないし、サッカーボールを超パワーで蹴ったりしない。
 死体に遭遇したのも4件のみであるが、「しにがみ一年生」なるあだ名を付けられてしまった。本物の死体数千体にはまったく及ばない。

 

【タンガラム映画】
 タンガラムの劇場娯楽作品は長編映画であっても半刻(1時間7分半)で一度休憩をする。
 大半の上映作品が半刻長の二本立て三本立てであるから、観客に癖が付いていた。
 長編作品も、前後編二本立ての構成となる。

 故に、前半終了間際に大事件が起きたり悪党が正体を表したりと、後半に観客を惹きつける演出が為されている。
 これがタンガラム映画の面白さの元だ。

 休憩の合間に場内販売の売り子が巡って、飲料やお菓子を売り歩く。
 後半開始数分前になると、観客を呼び集める為の「幕間音楽」が鳴り始める。
 つまりタンガラム長編娯楽映画においては、オープニング主題曲、エンディング曲、幕間曲の3つがセットだ。(例外はある)

 今回『英雄探偵マキアリイ シャヤユート最後の事件』において、エンディングは「シャヤユート」役のユパ・ェイメルマ、
 幕間曲はカルマカタラ・カラッラが歌う。

 

【フラッシュバルブ】
 ストロボライトが普及する前に使われていた、撮影時に使用する閃光電球。
 ガラス球の中にアルミニウム等の細い線が詰め込まれており、タングステンのフィラメントで一瞬に燃焼して発光する。
 その際ガラスが割れて再使用不可能になる使い捨てだ。使用の度に電球を交換する。

 のであるが、タンガラムにおいては同じようなものでも違う形式が使われている。
 早い話が使い捨てではない。それどころか電球ですらない。
 器具の前に耐爆ガラスのカバーがあって、その中にマグネシウム線のカートリッジを挿入して電気で発火させる。
 爆圧は巧みに器具背後に放出され、マグネシウムの燃焼滓も網で回収され周囲を汚さない。
 いわばフラッシュバルブの前のマグネシウムリボンの発光器の改良版。

 なおこの世界、電球のフィラメントにタングステンは使わない。
 タンガラムの地底には「タコ炭」と呼ばれる非常に有用な炭素素材があって、これが多用される。

 

【国士】
 あるいは「愛国士」という。
 創始歴6072年に勃発した「砂糖戦争」の後に流行した風俗で、若い男性が汚い格好も構わずに天下国家を論じておおっぴらに飲酒し暴れ回っていたものである。
 当時は「砂糖戦争」直後で国民の興奮冷めやらず、全土に国防の必要を説く者が多くあったが、そのひとつの類型である。

 彼ら「国士」は愛国的な行動を特徴とするが、しかし体制側の存在ではない。

 そもそもがゥアム帝国の侵攻をを呼び込んだのが、「第五政体」における政党政治の混乱。
 党利党略のみを考えて議会での合理的発展的な政策論議・法案成立を怠り、他党の粗探し難癖で攻撃するのに精力を使い果たしたのが原因である。と、当時の人間は皆理解している。
 要するにタンガラム民衆協和国はゥアム帝国に足元を見られたのだ。

 戦争が終わって当時の政治家は全員が自主的に責任を取る事を余儀なくされ、「第六政体」が発足したが、そう簡単に変われるものではない。
 旧態依然たる党派争いを繰り広げまたぞろの混乱を引き起こそうとするのに、強烈に反発したのが「国士」だ。
 第六政体において雨後の筍のように出現し泡のように消えていった新政党も、「国士」の支持を取り付ける必要を認め、やがて彼らを構成員・議員として取り込んでいく。

 また軍部の政治進出を阻止する目的もあった。
 国防体制を確立するには軍部の発言権を高めるのが常道である。
 実際に軍国主義体制を構築しようとの運動もあったのだが、これに危惧を覚える一般民衆の支持が破天荒な「国士」に集まっていたとも言えよう。

 最終的には、軍部の発言権は或る程度に留め、一党独裁体制による経済建設邁進・国防体制充実が遂行されていくのである。
 が、一元的な思想統制にもまた「国士」達は反発する。
 上から押し付けてくる「愛国道徳」教育に強く反発して、社会風俗・芸能の多様性を護る闘士となった。
 この頃には戦後復興も一段落し、戦時には年少で間に合わなかった学生達が、新時代の「学生国士」となった。

 結局は「第六政体」が存続した期間において、「国士」は活動を続ける。
 やがて無理な経済発展政策と強権的な支配体制が破綻して、「第六政体」が瓦解すると同時に彼らも消滅した。
 「第七政体」発足後は、さすがに時代遅れとして真似する者は居なくなったが、別の形で彼らの精神は受け継がれていく事となる。

 現在(創始歴6215年)、「国士」風ファッションはコスプレである。時代劇の衣装だ。
 さすがに当時のように汚くはない。

 

【政体】
 早い話が、憲法が変わると「政体」も変わった事になる。
 無論大小の修正は幾度も繰り返されるのだが、大枠となる部分を全部取り替えた時に「政体」が変わったと看做される。

 なおタンガラムにおいては「三権分立」とは、「政権」(行政+立法権)、「法権」(司法権)、「軍権」を意味する。
 と考えると、以下の過程の理解が容易いであろう。

 タンガラムにおいて「軍部」とは実戦部隊を意味し、国家レベルの戦争指導層・将軍レベルの階級は「政治家」扱いとなる。
 これは「民衆協和国」成立過程において、各地方国家の独立軍を併合した名残だ。
 各地方国家の国家元首がそれぞれの軍隊の最高指揮官であり、彼らは併合後政府高官として中央政治に関与した。
 また旧領土ごとに自治監督機構「七閥会」を主催して、それぞれの地方権益が中央政府に冒されないよう監視した。

 

 (第一政体):「タンガラム民衆協和国」成立
   全土完全制圧を成し遂げた「タンガラム民衆協和軍」による議会独占と国家元首「国家頭領」独占
   憲法制定までの暫定統治体制

 (第二政体):「七閥会」(全国7区それぞれの最高指導者の会合)による国家元首推戴制 全国7区よりの人口割議員推薦制度
     (「タンガラム民衆協和軍」による全土統一は必ずしも武力制圧ではなく、地域国家の合同吸収という形で実現する。その為旧国家の枠で行政単位が成り立っていた)
   無産主義勢力の議会よりの駆逐 →「タンガラム民衆協和軍」の左傾化とタンガラム正規軍との確執衝突
   治安維持を目的とする武装警察機関「巡邏軍」発足
      →暴走した無産勢力運動家が主導する「方台理性化運動」が発生し、全土でネコ迫害が行われる。数年で終息するも、以後ネコ喋らない
       「方台理性化運動」とは、聖戴者時代の悪習旧弊を破壊一掃して全国民に近代的政治参加意識を与えようとする運動
         →カニ神殿に逆襲され、無産主義勢力が権力奪還する為の方便である事が暴露されて、運動消失

 (第三政体):「政党」による全国7区での「国家総議会」議員の限定選挙制度 議員の中から投票で国家元首「総頭領」選出
   無産主義勢力も一定の政治参加を許可される
   「七閥会」は監査組織に
   軍事力の行使に「国家総議会」の承認が必要となり、軍部の政治への完全従属が法律化される
     (私的軍隊で政治勢力でもあった「タンガラム民衆協和軍」の解散)

 ※第三政体の発足をもって、「タンガラム民衆協和国」は完全な国家としての体裁を獲得する。

 ※この時期、ゥアム帝国からの探検艦隊来航。さらに3年後、ゥアム探検艦隊はシンドラ連合王国の存在を確認
    いきなり発生した「国際関係」に、タンガラム全土は鳴動。政治体制の引き締めが必要となる
    ゥアム帝国制、シンドラ太守による階層社会の知見を得て、民衆協和制への志向高まる

 

 (第四政体):「国家総議会」を二つに分けて「監査院」設置 全国各県ごとの選挙区による男女普通選挙実施
   「七閥会」は各地方ごとの「大審会」として国政関与は限定的に
   「国家総議会(国会)議長」の直接選挙制度実施(短期間で終了)

 ※国際交流が始まり、様々な知識や文物が流入して世間に「新時代」気分が広まる
    天下泰平で経済も良好。科学技術の発展で社会も進歩し電灯・電信が導入、文化爛熟期 

 (第五政体):国家元首を「大臣領」と改称 「最高法院」による「上位基本法」制度始まる
   (憲法が直接に法的拘束力を持たず、憲法に基づく上位法を別に法律専門家が作る事になる)

   「国会議長」が国家元首をも越える権威として看做される事となり、その下に行政権を預かる存在としての「大臣領」がある。と考えられた
   「政権」を「立法権」と「行政権」に分離しようとの模索
   「法の下の統治」が大命題として唱えられる
     →「法論士禍」が発生する(注;弁護士大暴れ大迷惑) →「刑事探偵制度」成立
       →結果疲れ果てた政府・民衆は、逆に常識的な判断を重視する傾向となる
         →政党政治が腐敗堕落して党利党略党争に溺れ、ゥアム帝国の侵略を呼び込んでしまう

 ※「砂糖戦争」勃発 第五政府混乱し国防体制崩壊
     義勇兵の蜂起、各地方軍部の独自行動による防衛戦争に合流 元「聖戴者」家系による指導
     戦時救国政府発足 第五政体憲法停止 戦時体制に (事実上第五政体崩壊)
     終戦後、国家総議会全議員改選 現職大量失職。「最高法院」判事辞職相次ぐ
     憲法制定暫定政府樹立

 

 (第六政体):「砂糖戦争」の教訓から、国家元首「総議会頭領(総統)」の下に行政の長としての「大臣領」が内閣を組織する形態になる
   産業振興防衛力強化に邁進する為に、事実上の一党独裁体制になる
   「最高法院・頂上法廷」の判事の任命に各「大審会」の合意が必要に
   選抜徴兵制度の実施および義勇兵の禁止法制化(「砂糖戦争」時の義勇兵が私兵集団として政治勢力化するのを防止)
   元「聖戴者」家系への公職禁止令
     (同等の措置はこれまでも存在し公式に禁止 あくまでも民衆協和体制におけるイレギュラーと見做す)

    →過度の開発独裁による産業の歪化 行政と財界の癒着
     一党独裁の固定による専横・特権階級化
       →頂上法廷と大審会の承認による各地方「軍部」の反乱により、第六政体憲法停止
         →暫定政府樹立 第七憲法制定委員会発足

 (第七政体):一党独裁制の否定 開発独裁体制の終了 経済自由化 
   防衛力整備計画の大幅見直しと軍上層部の「政治家」化 軍事力行使は「大臣領」の管轄から「総統」の直接指導に
     (第六政体では軍上層部は「官僚」化しており、一党独裁体制下において与党の私兵的存在に堕していた)
   「法権」と同等の、「軍権の完全分離」
     (軍事政権への進展を防止する為に、地方軍部にある程度認められていた行政機能を完全に剥奪)      (なお「巡邏軍」は内閣「大臣領」の指揮下にある行政の実力機関であり、こちらに移管された)

    →過度の資本集中による巨大財閥寡占支配 政府与野党まるごとの癒着 貧富の格差拡大
     批判勢力の学者・報道記者・活動家の弾圧 治安警察の暗躍
     約5千人の失踪事件(後に虐殺され埋葬されたと発覚 →60年後ヱメコフ・マキアリイが埋葬地発見)
       →今回軍部は動かず(第七政体の末路から、地方軍部上層部も抱き込んでいた)
        一般民衆・侠客によるデモ活動激化・無産主義他政治活動家武装蜂起
         →第七政府崩壊、上層部シンドラへ亡命 暫定政府樹立 財閥解体

 (第八政体):財界の政治への干渉禁止 大規模財閥の解体 極端な貧富の差の解消義務付け 地方均等発展の推進
   行財政改革 税制改革 (裏面にて、行政による産業指導の復活)
     (とにかく第七政体で過度に進展した資本主義体制を是正し、国民の階層分化を解消する措置が行われた)
   「国会議長」の直接選挙制度復活 (連立与党による長期政権が続き、一党独裁体制の復活が懸念された為)
   「海外派遣軍」創設 (派遣費用を秘密裏に財界から徴収・裏予算 国民の慢性的な負担)

 ※第八政体発足10年後、突如「バシャラタン方台」発見
  文明三国による海島権益を巡る衝突が頻繁に発生、慢性的な戦闘状態となる。「隠された戦争」
  否応なく国際化が進みタンガラム方台にも外国人が多数流入、治安問題も引き起こす
  科学技術のますますの発展で社会は大きく変化。
  経済自体は良好だが、なぜか慢性的に国民生活は逼迫し閉塞感が漂う
  憂さを晴らすかに大衆文化が花開き、映画・伝視館放送が隆盛を見せる
      →「闇将監」「闇御前」による政財界の隠然たる支配 「潜水艦事件」等の外患、相次ぐテロ事件 資源問題
       (「闇将監」は第七政体の秘密警察若手幹部で、第八政体においても秘密警察を一手に掌握し「闇御前」と共に「海外派遣軍」戦費捻出に貢献した)
        →国家英雄「マキアリイ」「ヒィキタイタン議員」による治安正常化運動

 

 

【異世界設定 その23】

【機動歩兵銃】
 「機動歩兵銃」は創始歴6200年に導入が開始された最新式の歩兵銃。
 これまで使用されてきた歩兵銃と比べて、全長銃身長が短く持ち易くなっている。
 列車や輸送車両、船舶等で兵士が移動する際に邪魔にならないよう考慮した設計。乗り物を使う歩兵をタンガラムでは「機動歩兵」と呼ぶ。

 銃弾も、前の歩兵銃が半指幅(7.5ミリ}5発であったものを、1爪杖幅(7ミリ)と小型化して、取り外しできる金属製の箱型弾倉を使用して10発に増加。
 射程距離は若干短くなるが、想定される戦場が都市や港湾部、工場地帯、海岸樹林と入り組んだ場所になると想定して、弾数増を選択した。
 海外派遣軍での戦闘の教訓を十分に取り入れている。

 さらに「前把」と呼ばれる部分を手前に引くことで次弾装填して、引き金に指を掛けたまま迅速に連続発射が可能。
 本来であれば自動小銃を配備するべきで、実際ゥアム帝国では普及しつつあるのだが、
 タンガラムにおいては未だ国産自動小銃の性能を疑問視する声が大きく、ボルトアクションライフルを改良して間に合わせた。

 小銃擲弾の発射は、銃口部にアダプタを装着するカップ型である。

 選抜徴兵訓練生や輸送兵は、この銃の簡易バージョンである固定弾倉5発のものを使う。前の歩兵銃と同じクリップ装弾。
 このタイプはシンドラ・バシャラタンに輸出開始されており、好評を博している。
 バシャラタンは元より、シンドラにおいてもやはり自動小銃国産化は難しい。
 なおシンドラ仕様は7発装弾タイプに変更されている。シンドラでのライセンス生産も計画されている。

 

 「潜水艦事件」当時(創始歴6205年)、イローエント海軍選抜徴兵訓練生には「機動歩兵銃」は配備されていない。
 前の歩兵銃の全長を短くしたカービン銃「海軍小銃」を用いている。
 7.5ミリ5発ボルトアクションライフルで反動の小さな減装弾を使用する。

 「海軍小銃」が短い、というよりは普通の歩兵銃が過大に長かったと考えるべきである。
 1指幅(15ミリ)鉄矢弾銃を旋条銃で置き換える際に、鉄矢弾に劣らぬ貫通能力を要求された為に、タンガラムの歩兵銃は長大なものとなった。
 さすがに時代遅れと考えられ、また発射薬の進歩により徐々に短くなったが、それでもまだ長い。
 「海軍小銃」が海外派遣軍で多用され、その戦訓から「機動歩兵銃」が生まれてようやく正常化したと言えよう。

 旧式の7.5ミリ歩兵銃であるが、開けた草原である内陸部においてはなおも有効と見做され、中央区「狙撃兵団」では現在も主力。
 沿岸部の「機動歩兵団」においても、狙撃銃として用いられている。

 「海軍小銃」用の減装弾は「軽機関銃」でも用いられる。
 通常弾を用いる機関銃は「標準・正機関銃」と呼ばれるがさすがに重く、歩兵小隊の行動に付いていくのは困難。
 軽機関銃でも反動の負担を和らげる通常弾を低速度で撃つモードが付いており、弾薬の共通化は一応可能。(逆は不可)
 つまり7.5ミリ弾は2種あり、小銃+機関銃のセットも2種ある事になる。

 新開発7ミリ弾では、将来的には自動小銃の配備を念頭に置いて軽機関銃はそれで置き換え(「機関小銃計画」)、7.5ミリ標準機関銃を主とする予定。
 しかしながら軽装甲車両や船舶、対空射撃をを考えるとより強力な3分2指幅(10ミリ)「強機関銃」で行くべきでないか、との意見も強い。
 強機関銃は車載や戦闘機搭載、拠点防衛で重宝されている。

 また極めて評判の悪かった10ミリ短機関銃を置き換える、7.5ミリ新型拳銃弾を用いる短機関銃および機関拳銃が評価試験中(6215年現在)
 機関拳銃はタンガラム軍初の正式自動式拳銃となる予定。
 ピストル・カービン型の短機関銃を補助部隊に装備して自衛能力を上げようという構想。
 この機関拳銃はかなり大型であるので、より小型で護身用に向いた同口径の回転拳銃も試作されている。
 新型拳銃弾は長射程でも良好な弾道を描くように設計されており、新型短機関銃を限定的な自動小銃として用いる事も想定されている。

 

【巡察船・警備艇】
 海軍に所属する巡察警備隊に所属する艦艇で、広大なタンガラムの領海を警備と救難、犯罪行為の取締りを目的とする。
 海上保安庁そのものであるが、海軍の一部所扱い。
 戦闘艦艇とは異なり、商船構造で経済的に長期間の運行が可能。特に巡察船は外洋に数ヶ月無寄港で任務に当たる能力を持つ。

 区分で言うと、巡察船(大型)>警備船(中型)>巡視船(中小型)>巡視艇・警備艇(小型)

 巡察船は外洋での長期任務に対応出来る航洋性の高い船。水上飛行機を搭載するものも有る。
 警備船・巡視船はそれよりも小型で、長大なタンガラム海岸部を取り締まる為の船舶。巡察船ほどではないが長期間航行出来る。
 警備船は主に海賊の取締りに当たる為に、銃弾防御の軽装甲を施し火力も充実する。もちろん軍用戦闘艦艇には及ばない。
 巡視船は救難活動や特殊輸送任務にも用いられる。
 巡視艇・警備艇は港湾に配置され、近辺の海域を担当する。警備艇は軽装甲が施されてある。

 大型の巡察船は、特に遠洋において国家権益を主張する存在であり、国境を確定する特別な任務を帯びている。
 その為に単なる巡視ではなく、「巡察」と名付けられている。

 

【領海】
 この世界において「領海」という概念は無く、「優先海域」という考え方をする。
 互いの方台において「既知領域」と呼ばれる有史以来確認されていた領域・海域を固有不可侵のものとして定める。
 沿岸航行のみを使っていた古い時代に利用していた海域で、陸地から百キロメートルほどである。
 これを「領海」と理解してよい。 

 それよりおおむね500キロメートルまでの海洋がその方台国家の「優先海域」とされる。
 「優先海域」内で見つかった島は、優先する方台国家の領土とされるが、「優先海域」が拡大する事は無い。
 「優先海域」外で見つかった島および方台は、発見の順番の如何に関わらずどの国も領有出来ないと定められている。
 これは、今後発見されるであろう「未確認方台国家」との衝突を避ける措置である。

 この協定によって、どこの国でも「優先海域」外の陸地に自由に上陸しての資源調査・開発が可能であり、
 海島権益争奪戦が繰り広げられる事となる。

 

【「ィト・ハヰム(墨江)」】
 「潜水艦事件」で撃沈された大型砲艦。
 5000トン級で、全周に装甲防護帯を巡らして十分な砲戦防御力を持つ。
 沿岸戦闘専門で、同級はタンガラム防衛の中軸を担っていた。

 武装は、
 主砲として3分杖(210ミリ)単装砲塔 前後2基、副砲が2分杖(140ミリ)単装砲塔 左右2基
 舷側砲 15爪(105ミリ)速射砲 片舷4門×2
 魚雷は非搭載
 小型砲70ミリ・30ミリを複数搭載 → 2指(30ミリ)対空機関砲×2に換装

 大型と呼ばれるが、見た目は思ったほど大きくない。
 乾舷が低く航洋性に乏しいが、航続距離は長い。長大なタンガラムの海岸線をカバーできる。

 砲艦が主要な攻撃対象として想定していたのは、魚雷を搭載して艦船に肉薄攻撃する装甲魚雷艇。
 高速化が進む魚雷艇に対して、小型長射程の速射砲を用いて魚雷射程距離に入れないのを目的とした。

 主砲の威力は控えめだが、軽装甲の巡航艦に対しては十分に効果的である。
 この世界は装甲よりも砲の方が進化しており、小口径高速弾で通用する。
 軽量化に努めねばならない侵攻側巡航艦に対して、十分な装甲を持たせる事が出来る沿岸砲艦は圧倒的有利だ。
 故に、大型艦同士の砲撃戦は避けようという方針になっている。

 また技術の進展に伴って近代化改修を受け、レーダー等を装備して対空兵装を搭載した。

 (注;タンガラム軍においては、「駆逐艦」は海外派遣軍に所属する巡航艦。割と大きめで軽装甲。
    沿岸部においては「駆逐艇」という高速戦闘艇と小型砲艦が組んで、魚雷艇を駆逐していた)
 (注;この世界は、大戦艦よりも電子機器の方が先に発達した。というか鋼鉄の塊なんかカネばっかり食って国家が死ぬ。
   タンガラムは3海軍に大型砲艦10隻を配備するが、財政上ほんとうに大変だ)

 

 「潜水艦事件」当時(6205年)、同級は旧式とは見做されていなかった。

 しかし技術の進歩により魚雷の射程距離が延伸し、また潜水艇や航空機が多用される事となり、装甲魚雷艇による肉薄攻撃は姿を消した。
 沿岸砲艦という艦種自体が時代遅れとも考えられたが、外敵の侵攻を懸念する急迫した状況でもない。
 多数保有する砲艦はそのままに、他の兵種によって補う計画であった。

 結果、巨大な巡航潜水艦の奇襲攻撃により、「ィト・ハヰム」はあっさりと撃沈。

 沿岸砲艦の建造は既に凍結されていたが、事件を機に建艦契約をすべて破棄して、高速駆逐艦「撃滅艦」へと変更。
 砲艦時代は終了したのである。

   (注;ただし、「撃滅艦」は3000トン級だが建艦費用は大型砲艦の2倍、運用費は5倍かかるという)
   (注;「撃滅艦」とは、簡単に言うと「駆逐艦を駆逐する艦」である)

 

【砲艦その後】
 こうしてお払い箱になった砲艦であるが、タンガラム軍・政府はそんなに諦めは良くなかった。
 なにせ、兵装やエンジンを入れ替えて百年!使うつもりで建造された船である。鋳潰して新造艦の材料にするなどは論外だ。
 (「ィト・ハヰム」は再建を諦めて鉄材にされてしまった)

 ここで参考になったのが中型砲艦。
 2000トンクラスの、形は同じだが一回り小さな艦であるのだが、主力大型砲艦の代わりに無茶な運用をさせられている。
 時化の海でも運行する例も多々あり、最初から凌波性を考慮して設計してある。
 ある艦などは、防御力の無い艦首楼を設けて波除けにして遠海まで行けるようにした。艦首主砲が正面水平に撃てないのを承知でだ。

 大型砲艦もこれに倣って、艦首艦尾に装甲の無い波除けを設けている。
 だがさすがに主砲制限は問題とされ、高仰角が可能な新型35爪(245ミリ)砲に入れ替えた。
 新砲塔であるから、レーダー連動照準が可能。

 さらに舷側砲を全廃。穴を塞いで海水が入らないようにする。
 代わりに艦後方左右に105ミリ高角砲を装備。対空機関砲も増設した。
 対潜水艦・魚雷防御の爆雷投射砲も複数装備する。

 全体として、魚雷艇よりも航空機を意識した装備だ。
 しかしながら魚雷搭載はやはり見送られ、エンジンも一部改良に留められ速力も従来のままである。
 駆逐艦撃滅艦に比べると相当遅いが、致し方ない。

 2年に1隻のペースで現在(6215年)も改装作業が進行中である。

 

【駆逐艦と撃滅艦の違い】
 このようなわけで、この世界の海軍は艦列を並べての砲戦で雌雄を決する戦術を志向しない。
 大中の砲艦を沿岸主要港湾に並べて壁として敵艦隊の接近を阻止しつつ、小型の魚雷艇や潜水艇・航空機の雷撃によって撃破する事を基本方針とする。

 また侵攻側も小型艇を多数投入した飽和攻撃で防衛側を殲滅した上で大型艦を投入する戦略だ。
 巡航能力を持たない小型艇は大型輸送船に搭載して目標方台の近くまで運ばれ、砲艦の行動範囲外で戦線に投入される事となる。

 であれば、この輸送船が小型艇を発進させる前に洋上で撃破するのが最も効率的な防衛策となる。
 これを行う為に開発されたのが「駆逐艦」だ。
 巡航能力を持ち高速で強力な砲と魚雷を搭載しているが、軽量化の為に軽装甲しか持たない。
 装甲を持たないというよりも、高速性と防御力を同時に与える技術力および経済性が確保できなかったと言えるだろう。

 本来であれば「駆逐艦」は沿岸防衛の一翼を担う為に、それぞれの海軍に配置されるべきである。
 しかし「海外派遣軍」艦隊においても、巡航能力を持ち高速性を発揮する小型の戦闘艦が要求された。
 十分な巡航能力と戦闘力を兼ね備えるのは「巡洋艦」であり、「小型巡洋艦」が必要なわけだが、やはり費用が問題となる。

 「駆逐艦」は単独ではそれほど長期の航海は出来ないが、艦隊には大型輸送船が同行して十分な補給が可能。
 そこで、各海軍から「駆逐艦」を抽出して艦隊護衛任務に投入した。
 結果、沿岸防衛の現場から「駆逐艦」は姿を消した。

 他の国でも同様に「駆逐艦」に相当する巡航艦を艦隊護衛に投入している。
 となれば、もしこの艦隊が侵攻してきたとすれば、護衛する「駆逐艦」に同クラスの「駆逐艦」で対抗せねばならない。勝率が極めて低くなるのは必定だ。
 敵「駆逐艦」を駆逐する能力を与えられた強力な艦が、「撃滅艦」である。

 

【ゥアム帝国史】
 ゥアム帝国はアステカ風近代アメリカ的国家である。だから住んでる人は陽に焼けて褐色が多い。

 ゥアム方台は巨大な馬蹄形をしており、内側を「地中海」、外周を「外縁海」と呼ぶ。
 「地中海」側が気候が穏やかで古来より文明が発展してきた。故に現代のゥアム帝国の支配層もこちら側の氏族が占める。
 「外縁海」岸の長大な領域は厳しい乾燥した気候であり、また内陸には山岳地帯や砂漠が広がって「地中海」側との行き来は盛んではない。
 独立した氏族が別個に国を作り、独自の文明を築いてきた。

 2500年前、発展した「地中海側」の支配者「ゥアム神族」は外周征服に乗り出し、全土を統一した。
 ただし一個の国家としてではなく、「神族」という文明スタイルによって精神的に支配が行われた。
 国家自体は各地域独立して存在し続け、現在にまで続いている。

 1800年前に改めて、ゥアム神族が共通して崇拝する「皇帝」により「国家』として統合され、『ゥアム帝国』が成立した。
 この頃より神族の世襲制度が始まり、神族自体も増えて直接の社会統治に乗り出した。

 だが神族支配が長引くと退廃が起きて、文明の発展が建設的な方向に進まなくなる。
 この時期に現れたのが、救世主「ヤスチャハーリー」だ。
 およそ1000年前で、時期を考えると多少の齟齬は有るが、タンガラム・シンドラに現れた救世主「ヤヤチャ」「ヤチャ/ヤヨチャ」と同一人物と思われている。

 「ヤスチャハーリー」は二足竜にまたがり槍をかざして神族との一騎打ちを望み、勝てば神族の額の聖蟲を奪い去っていったという。
 聖蟲を奪われた神族は、しかし憑き物が落ちたように正気に戻って、以後堅実で慈悲深い支配者として領民を指導したという。
 また在る者は自らの領地を離れてゥアム全土を周遊遍歴し、トリックスターとしての役割を果たして様々な革新を行う。
 人身御供、生贄の風習もこの時期に神族の全土遊行の結果駆逐された。

 さらには解き放たれた神族は科学技術の発展と進歩に貢献して、ゥアム帝国を急速に近代化に導いた。

 その後、聖蟲が全面的に失われる時代が訪れるが、神族は自らの血縁者に人間社会の指導経営を任せて、聖域に隠遁する事となる。
 ただし常に監視を怠らず、権力の不正や横暴に天罰を与える存在となり、下層階級・被支配層も納得をした。

 また、あくまでも全土を一様に統一した社会とせず、むしろ各地方対立を温存して自由競争社会を実現させる。

 このような推移を辿った為に、ゥアムには異なる言語が多種存在する。方言のレベルを越えている。

 

 

【異世界設定 その24】

【タンガラム東岸の地理】
 タンガラム方台の東半分、毒地平原の東側と東岸部はかって「東金雷蜒王国」領であった。
 その為、住民の気質が他とまるで違う。

 毒地平原と東岸部の境には、南北に連なる「ッツトーイ山脈」が存在する。
 これにより両地域の気候はまったく異なるものとなっていた。

 東岸部の近海には南から北に遡上する暖流が流れており、温暖湿潤な気候となっている。
 この地域には「冬」が無い。
 降水量も多く植生も豊かで、沿岸河口付近には海岸樹林が鬱蒼と茂る。両棲類の宝庫だ。
 土地は肥沃で古くから農地が開発されており、多くの人口を支える事が出来た。

 だが「ッツトーイ山脈」に雨雲が遮られ、西側の毒地方面にはからりと乾燥した風が吹き下ろす。
 平坦な草原地帯だ。
 農耕に適しているとは必ずしも言えないが、運河が巡らされて用水の確保が古代より行われてきた。
 「ギジジット」市はその運河の中心点だ。
 冬季北方の「聖山山脈」から吹き下ろしてくる寒波が、何者に遮られる事無く毒地平原を駆け抜ける。
 降雪こそ少ないものの、白い霜で一面が覆い尽くされる。

 「東金雷蜒王国」の王都は、「ギジシップ島」と呼ばれる。
 東岸部の南北の岸に沿って100キロ以上伸びる細長い島だ。
 本土との間はわずか数キロであるが、島全体が切り立ったテーブル状になっており崖で囲まれ、上陸を容易とはしない。
 難攻不落の要塞でもあった。

 

 この地域の主要都市として3つを挙げる事が出来る。

 最も繁栄して人口が多い都市が、東岸北部「シンデロゲン」市。
 北方を東西に貫くボウダン街道東の終着点であり、東岸部の街道の起点でもある。
 古来より繁栄を遂げるのを約束された立地で、防衛上の懸念が無ければ首都となり得たかもしれない。
 国際貿易港・国際交流都市であり、ゥアム帝国との正式な玄関口である。
 ゥアム大使館も首都「ルルント・タンガラム」ではなく、ここに設置されている。

 最も格式が高い都市とされるのが東岸中央「ジュータンバ」市。
 王都「ギジシップ島」への渡り口、正面玄関とされて、当時の支配層である「ギィール神族」が多数居住した。
 高度な技術で設計された建築物が様々に立ち並び、今も栄華を色濃く留めている。
 また最盛期に建設された都市インフラが稼働し続けて、人口が膨張した今も生活を支えている。

 「ギジジット」市は毒地平原の東側にあるが、平原の中心都市と位置づけられる。
 「神聖金雷蜒王国」が東西に分裂する前の王都であり、「神都」とも呼ばれた。
 平原に毒を撒いて通行を遮断した為に孤立し繁栄を失ったが、信仰の中心地としての機能は果たし続けた。
 創始歴5000年代に毒による閉鎖が解除され、この地は「東金雷蜒王国」から分離して新たに「ギジジット央国」を名乗った。
 自然が回復した毒地平原の再開発の中心拠点となる。

 毒地平原には、内陸部でありながら河川運河に何故か干満が発生する「陸内潮汐」と呼ばれる現象が起きる。
 原因は現在に至るも不明だが、朝夕に水の流れの向きが変わる。
 これを利用して水車を使って動力を生み出し、様々な工業に利用してきた。
 現代では発電にも利用され、豊富な電力を基盤に「ギジジット」市では高度な工業が成立している。
 また新たなる産業を生み出す、科学研究都市として知られている。

 

 どの都市も「ギィール神族」の手になる歴史的建造物が多数現存する。
 華やかで独創的であるが、ソレ以上に物理的に極めて精巧に設計されており、千年を経ても未だに利用可能だ。

 また神族は芸術への理解も深く、学問を好んだ。
 今は支配力を失ったとはいえその気風は残り、東部東岸部の住民は教育に熱を入れる。
 有用な人材を多数輩出してタンガラム各界を支えている。

 為にタンガラム政府は首都「ルルント・タンガラム」に官僚育成の国策大学を設置した。
 東岸住民は、民衆協和制に対する参加意識が弱い。古代の階層社会の秩序に今も支配されている。
 支配権を東岸出身者に奪われないよう注意しなければならなかった。

 

【タンガラム東岸の支配】
 タンガラム民衆協和政府にとって東部、旧東金雷蜒王国領域の支配は困難である。
 現在(6215年)に至ってもなお十分とは言えなかった。

 たしかに東部住民も民衆協和制の理念を理解し政治に参画するが、首都中央政府近辺や西部の住民との意識が違う。
 彼らは身分制度についてさほどの忌避感嫌悪感を持たない。
 何故ならば、今も「ギィール神族」が存在し続けるからだ。

 金雷蜒王国時代の支配者「ギィール神族」は聖戴者である。
 神によって許された超能力をもって方台人民を支配する存在だ。
 だが彼らの真の武器は強靭な精神力と叡智である。
 それは神によって与えられたものではなく、自ら備えていたからこそ神に力を許されたと考えられている。

 聖戴者の制度が存在しない現在においても、神族としての資格を養う教育制度は存続し続ける。
 東部住民が崇めるべき至高の階層は、今も生きているのだ。
 あきらかに一般民衆より優れた階層の存在は、民衆協和制に対する明確なアンチテーゼである。存立の基盤が脅かされる。

 幸いにして今の世の「神族」は、現代社会の特に政治体制に対して関与しようとの欲求を持たなかった。
 東部の民衆が、奴隷として彼らに仕えた者達が自らを処するのを、陰から支援する程度でしかない
 あるいは彼らこそが、民衆協和制の意義を誰よりも理解しているのかも知れない。

 だが、まったく全ての決定を民衆自身が担い他に責任を求めないのが、民衆協和制の前提だ。
 後見人的補助ははなはだ不都合である。
 しかもこの地域の民衆は古い身分制度を尊重し、序列を今も自身に当てはめ整然たる社会を形成している。
 そしてまた上手く運営されている。
 制度上の身分制度を許さない政府にとって、自らの正当性を主張できない現状は、非常に困る。

 

 さらに「ゥアム帝国」
 タンガラム方台のはるか東の果てに存在する大国は、金雷蜒王国と同様の「神族」支配を今も行い、大いなる繁栄を遂げている。
 支配層「ゥアム神族」が用いる難解な象形文字は、タンガラムにおいて「ギィール神族」が用いた文字「ギィ聖符」と同じものだ。
 両者は同文同種の存在と看做される。
 どのような手段でかは不明だが、古代において交流が有ったのは間違いないと考えられている。

 「ゥアム帝国」の、「ギィール神族」とその社会への注目は熱い。
 もしタンガラム政府が不当な扱いを行えば、外交上また交易上の抗議行動に出るのは必至である。

 とにかく東岸は扱いづらい地域なのだ。

 

       ***

 創始歴6072年、ゥアム帝国の連合軍艦隊がタンガラム東岸に攻め寄せてきた。
 世に言う「砂糖戦争」勃発だ。

 これが明確な意図に基づく侵略戦争だと認識したタンガラム政府は、東岸部の「ギィール神族」を全員拘束しようとした。
 「ゥアム神族」と同文同種と看做される彼らが敵と呼応して、政府転覆を図ると懸念する。
 だが政府の不当な動きに怒る東岸民衆は極めて強力な抵抗運動を繰り広げが。
 外国軍と政府と、どちらが敵か見分けがつかないほどの状態となる。

 この混乱によってタンガラム軍は水際での迎撃作戦を失敗し、ゥアム軍の本土上陸を許してしまう。

 一方「ギィール神族」はどうしたかというと、彼らは非常に好戦的な存在だ。
 「神族」が義勇兵として立つと、かって彼らの下で軍事を担当していた一族が直ちに呼応して兵を整え、また一般民衆も参戦して、たちまち統率の取れた集団が成立した。

 しかしながら十分な武器の備蓄が無く、むやみと突っ込んでも機関銃の餌食となるばかり。
 神族は抗戦を停止させてギジジットの平原にまで後退を指示。

 ここで政府指導部の命令を敢然と無視したタンガラム陸軍と歴史的な和解を行い、その指揮下に入る。
 各地から続々と沸き起こり、ギジジットに集結する義勇兵。
 またもう一つの聖戴者の一族「神兵・黒甲枝」も立ち上がり、民衆を鼓舞する。
 タンガラム国民が総結集して、改めての防衛戦が開始された。

 (タンガラムにおいては「軍部」とは実戦部隊そのものを指し、司令部参謀部などは政治家扱いされる)

 突出した近代兵器を駆使し快進撃を続けたゥアム軍も、やがて本土から駆逐され海に戻る。
 海上戦闘では利の無いタンガラム軍も打つ手が無く、膠着状態が続く。
 やがてゥアム軍は撤退。
 翌年再度ゥアム艦隊が襲来したが、洋上での撃退にからくも成功し、「砂糖戦争」は終結を見るのである。

 戦後、民衆は「ギィール神族」および「黒甲枝」に対する公職禁止法の撤廃を訴える運動を繰り広げた。
 だが当の「神族」は現状維持を要請して、今に至る。

 結局彼らは、「戦争」というイベントを楽しんだだけなのだ。

 

【三荊閤と諸派神族】
 支配者「ギィール神族」は独立不羈、創意に溢れ奇矯な行動で人を驚かす事に悦を覚える質である。
 このような者達が一枚岩にまとまるわけがなく、大まかに分けて4つのグループとなっていた。
 「三荊閤」3派と「ゲェ(王)派」だ。

 両者の違いは血統だ。
 「ゲェ派」は、初代金雷蜒神救世主「ビョンガ翁」の直系男子の子孫である。
 「神聖王」の血統が途絶えれば、「ゲェ派」神族から新王を選ぶ事となる。

 一方「三荊閤」は、「ビョンガ翁」の娘婿の子孫である。
 一族として共に救世の聖業に携わり方台統一を成し遂げたが、彼らは「神聖王」にはならない。
 そもそもが「神聖王」は大して旨味も無い気苦労が多いばかりの調整役で、やりたくない職務であった。

 

 現在。既に聖戴者は存在せず、かって3000人を数えた「ギィール神族」も200家に激減する。
 既に社会の支配層ではない。

 だが一般民衆はかって奴隷であった際の主人の「格」を、自身の身分として固持し続けた。
 氏族のようなものとして結集する。
 この際に「ゲェ派」「三荊閤」の区分が有効となる。

 これがそのまま社会勢力となって、選挙等では一まとまりの政治集団として運動を行っている。
 東部ではこれに留意しなければ、思わぬところで政敵を作りかねない。

 

 なお西岸、旧「西金雷蜒王国」領の神族の一派も存在する。
 だが王国末期には拠点を内陸部に移し、「青晶蜥王国」の食客扱いとなっていた為に、現在では西岸においてほとんど意味を持たない。
 むしろ方台北部の「神聖同盟派」と呼ぶべき宗教勢力となっている。

       ***

 「ビョンガ翁」の孫が最初の「神聖王」である。

 翁自身はその生涯を救世の準備の為に費やし、息子達に聖業を任せる。
 翁の息子達、および娘婿の一族で全土の統一を成し遂げた。
 娘婿の子孫、および息子達の娘の婿が、後に聖蟲を与えられ「神族」となる。「三荊閤」の元だ。
 政略結婚であるが、これにより速やかに有力勢力の統合が進んだ。

 全土統一後、新しく「神聖王」の位を定め、金雷蜒神の聖蟲を繁殖し然るべき者の額に授けて聖戴者とする機能を与える。
 「神聖王」は息子達の子、つまり「ビョンガ翁」の孫全員で年長から順に生ある限り勤め、交代していく。
 孫世代男子全員が死に絶えるまで、同じ神聖王の名を襲名していった。

 神聖王達の息子の世代もまた、全員が死に絶えるまで同名を受け継ぐ神聖王となる。
 以後そういう仕組みで王位は継承された。
 だが順番を待つのが嫌な王子達は宮廷を脱出して、「ゲェ派」を名乗った。

 なお王女は全員が宮廷に留まり、「王姉妹」として聖蟲の繁殖を行った。聖職者として生涯未婚を通す。

 

 「神聖王」の職務権限は、聖戴者システムの維持および王国の公的機能の執行である。
 個々の領地の経営や権力を行使しての支配は無い。
 忍耐を必要としてまったく旨味が無いもので、「三荊閤」神族は敬遠。「ゲェ派」にすべて押し付けていた。

 「神聖王」には通貨発行権が無かった。匠に優れた神族は贋金を簡単に作るからだ。
 ゆえに秤量貨幣が用いられる。
 「神聖宮」はまた金属材料の取引市場でもあった。

 金属精錬・販売は国営であり「神聖王」の特権とされ、神族の貢物に応じて供給される。
 金属を媒介とした一種の税金だ。
 これがボッタクリだと常に神族は不満を持って暴れていた。
 しかし私的な金属精錬には聖蟲剥奪という究極の処罰も存在して、さすがに手を出すわけにはいかない。

 「神聖王」に対する忠誠心もほとんど無く唯我独尊を貫いていた為に、しばしば「ゲェ派」との闘争を起こす。

 

【”神聖”】
 ビョンガ翁が救世主として覚醒した時点において、十二神方台系のちのタンガラムには多くの邪教淫祠が存在した。

 創始歴2561年に紅曙蛸巫女王五代「テュラクラフ・ッタ・アクシ」が失踪して以来、人々は心の拠り所を求めて様々な存在にすがった。
 中でも最も有力であったのが、人間を火中に投じて祈祷の儀式を行う「火焔教」である。
 他にも人命を損ない貢物をむさぼる詐欺同然の宗教が乱立して覇を競う。

 金雷蜒神救世主としての使命は、方台全土統一のみならず、これら邪教を討滅し民衆に正しい価値観と信仰心を取り戻す事であった。
 ビョンガ翁の息子達は救世の聖業を開始し、邪教の祭司を片っ端から打ち殺す。
 かって紅曙蛸女王国の時代と同様に、額に聖蟲を戴く「聖戴者」こそが地上の支配者であると実力をもって教化していった。

 唯一許されたのが、元々が紅曙蛸女王が民衆への奉仕の為に作った「十二神殿」だ。
 十二神の中でも金雷蜒「ギィール」(ゲジゲジ)神をこそ最高神として崇め、「神聖」の語を独占して冠する法を定めた。

 以後「神聖」の語を使うことが許された者は、古の紅曙蛸女王、
 次の千年紀の支配権を金雷蜒王国と共に争った褐甲角「クワァット」(カブトムシ)神の救世主「武徳王」、
 そして「聖戴者」の時代を終わらせた青晶蜥「チューラウ」(トカゲ)神の救世主「星浄王」のみである。

 

【西金雷蜒王国】
 創始歴3000年代に成立した「神聖金雷蜒王国」は、結局2500年以上続くものとなった。
 だが褐甲角神救世主「クワァンヴィタル・イムレイル」の登場と「褐甲角王国」の成立によって、東西に分断される。
 「神聖金雷蜒王国」の王都であり信仰の中枢である「ギジジット」への侵攻を防ぐために、平原に毒を撒いて進入不能とした為に、かえって分断を許してしまう。

 「西金雷蜒王国」はやがて本土での領土を失い、西岸「百島湾」海域に追いやられる。
 海上国家として褐甲角王国と戦い続けていく事になる。

 西金雷蜒王国にも「神聖王」が居る。
 分裂の時期に聖蟲の繁殖拠点をギジジットから東岸ギジシップ島に移した際に、さらに予備を百島湾にも移した為だ。

 百島湾は狭い領域ではあるが、褐甲角軍は海戦が苦手で、ギィール神族の優れた造船・航海技術により完封する事が出来た。
 また長大な方台沿岸を迂回する事で東金雷蜒王国とも容易に連絡が取れた。
 特に南岸部は乾燥した不毛地帯であり防備の兵力が無く、「無法都市」タコリティの海賊を使役して制海権を牛耳れた。
 海の上では褐甲角王国はまったくに無力であったと言えよう。

 東金雷蜒王国側でも、東西から褐甲角王国を挟み撃ちする戦略は有効であり、物的人的協力を惜しまない。
 むしろ海上での覇権を得る事で新しい産業が育成されて大いなる力が生み出される。
 この時期に造船技術が急速に発展する事となった。

 結局は二つに分かれても一つであったと言えよう。
 ただ東金雷蜒王国と異なり、西は「神聖王」と神族の仲が非常に良い。「西金雷蜒王国派」一派であった。

 

【気球爆撃とは】
 気球・飛行船はかなり早い段階で発明され、かなりの長い期間唯一の空中移動手段として使用された。
 特にタンガラムにおいては、コニャク樹脂の産出のおかげで初期から十分な気密性を持つ気嚢を製作できて、水素ガスを用いた実用気球が発達した。

 一方動力を装備した飛行機は内燃機関に十分な性能を持つものを得られず、発明こそ早かったものの一時開発が放棄される事となる。
 内燃機関の発達が遅かったのは、この惑星の大気が薄く過給器を必要としたためだ。
 数分間動いたらいきなり止まるという代物で、空の上で用いたら間違いなく墜落する。
 むしろ魚油バーナーを使った簡易蒸気機関の方が安定的に動力として使えたが、さすがに重くて飛行機には使えない。

 だが大型気球や飛行船でなら簡易蒸気機関を搭載できて、低速ながら自律飛行が可能であった。
 創始歴6000年頃から実用され、やがて軍用としても使われ始める。
 当初は偵察のみであったが、やがて通信中継、限定的に地上攻撃をも開始する。
 対空迎撃の手法が普及するにつれて飛行高度も上がり、大型化し搭載量が増えて輸送任務や爆撃まで可能となる。

 高空からの爆撃は当時極めて強力な攻撃として認識される。
 都市が飛行船艦隊により爆撃されるなどの予想が世間にも衝撃を与え恐怖された。
 特に「砂糖戦争」でゥアム帝国の直接侵攻を受けたタンガラム東岸では空想ではない脅威と考えられ、各種の防護策が民間でも試みられた。

 創始歴6150年頃には内燃機関が十分な性能を備え、実用自動車が製造され始めた。
 だが直接に飛行機には結びつかず、小型の「高速気球」として飛行船に対する戦闘機的な存在が提案された。
 実用には結びつかなかったものの、空中での戦闘という新しい概念が発生し、新しい飛行機械が必要とされる。
 飛行機がようやく注目され、開発が急激に進んでいくのである。

 

 なお水素の可燃性は常に問題とされたが、その利用の7割方までもが軍用であったので黙認された。
 むしろ対空攻撃による損傷の方が懸念され、常に破壊と誘爆に備えているから運用に問題はなかった。

 

【異世界設定その25】

【トカゲ神官について】
 本編中に描かれている通りに、
ニセ病院はおおむねゥゴータ・ガロータ副教授がソグヴィタル大学医学部から連れてくる新米医師や医学生と、
看護手を務めるトカゲ巫女によって運営される。

 では、「トカゲ神官」は関与しないのか?

 「トカゲ神官」は永く「医師」の役割を果たしてきた。
 しかしながら、社会が進展し民衆の経済力が強くなると、神殿に属さない「医師」が生まれる。
 トカゲ神殿が設ける相互医療補助の負担を嫌い、富裕層が実費での医療を望んだ為だ。
 「民衆協和国」が成立し全土を支配すると、国家による医師の資格認定が始まる。
 国立大学に医学部が設けられ、国家の定める教育課程を受けた者のみに資格を発行するようになった。

 ここで留意すべきなのは、
現代的な医師制度が確立する過程において、外国からの医学知識の流入が無かった点だ。
 ゥアム帝国シンドラ連合王国との交流が始まった後も、大々的な改変を必要としていない。

 タンガラムの医学はトカゲ神殿で行われてきたものが発展しており、医師も神殿の束縛から解放されたに過ぎない。
 所属が変わっただけなのだ。

 それでも神殿に留まり、宗教を前提として医療の現場に携わる者は少なくない。
 現在「トカゲ神官」と呼ばれる者の多くは「薬剤師」である。
 ニセ病院においても、処方箋に従い調剤をするのはトカゲ神官だ。

 科学技術文明全盛の現代であっても、化学合成される医薬品はまだ少ない。
 生物により生成される、あるいは自然物を採集したものを原料とした。
 大規模な工場で精製される以外は、トカゲ神殿で行っていた頃と状況は同じだ。

 であるから、トカゲ神殿は今も薬品に関しては態度を変えていない。
 またトカゲ神殿の中央組織は、民間の製薬会社に幅広く出資する。
 製薬会社の創始者が元トカゲ神官である事例も多い。

 さらに、全国のトカゲ神殿がその流通網としても機能する。
 医薬品業界を牛耳っているとさえ言えた。

 

 「ドラッグストア」的な商店はタンガラムには存在しない。
 「薬局」は各町村にあるが小規模なものだ。
 店先にはもちろん、トカゲ神殿を象徴する「逆さトカゲ」図が掲げられている。
 売薬の行商人として伝統演劇等で有名な「角袖青服の色男」図を飾っている所も有る。

 

【ヤクザについて】
 タンガラム方台における「ヤクザ」は極めて多様で、一意に語れるものではない。
 あえて言うならば、市中を巡回し悪を懲らしめるカニ神殿の神官巫女も、その枠に認めざるを得ない。

 

 初めてタンガラムに「国家」という枠組みが生まれた紅曙蛸女王国時代、
最初の治安機関として組織されたのが「カニ神殿」だ。
「交易警備隊」と二本柱で、方台全土に「文明」と秩序を確立した。
 各地方・集落においてばらばらであった倫理基準を全国統一して、「犯罪」の枠を定める。
 交易警備隊は後に軍隊となり、カニ神殿は警察業務を受け持つ。

 紅曙蛸王国崩壊後、地域の領主「小王」が群雄割拠した。
 商業の主体も「小王」となり、「交易警備隊」を私兵化する。
 治安維持は「小王」の勢力が受け持ち、カニ神殿は道徳を維持する存在へと縮小した。
 権力の裏付けの無いまま棒を振るい続ける。

 「小王」はあくまでも私的な存在であり、個々の利益を優先した統治を行う。
 公益性に関する意識はほとんどない。
 彼らの横暴に反発して、民衆の味方となり支持を集める者も出る。
 また神殿の警備員である「神官戦士」も、不正を糺す役を果たす。
 これが伝統的任侠「ヤクザ」の祖と言われる。

 褐甲角王国の始祖武徳王初代「クヮァンヴィタル・イムレイル」も神官戦士の家系であり、民衆擁護の為に蜂起した。
 彼の存命中の称号は『兄貴』である。

 十二神殿はそれぞれに支援をする職能集団を抱える。
 タコ神殿であれば祭りを盛り上げる興行師香具師、トカゲ神殿では薬草取り、コウモリ神殿では墓掘人。
 いずれも自らの権益を守るためには暴力も辞さず、また神殿の危機に際しては防衛の任に当たる。
 これもまた広義のヤクザであろう。

 神官戦士・交易警備隊が戦ってきた盗賊・追い剥ぎの類も、現在まで続く犯罪集団となっている。
 強固で厳格な身分制度を持ち、新興の犯罪組織とは区別する形で「犯罪王国」を名乗る例も多い。

 

 民衆協和運動が盛り上がりを見せた創始歴5000年代後半。
 「近代」となって、政治運動を行う集団がいくつも生まれる。
 中には暴力行為・犯罪・破壊活動によって自らの主張を通そうとする者も居た。

 特に有力な政治集団が「無産主義」勢力だ。
 彼らの活動で最も顕著であったのが「方台理性化運動」だ。

 「民衆協和国」が方台全土を統一して政治的にも安定した時期。
 しばしば独自の主張で政界を混乱に陥れる無産主義勢力を、政権中枢から追放する運びとなった。、
 追い出された無産主義者は失地回復、政権を脅かすために、
方台に古くから伝わる習慣・伝統を「迷信因習」として弾圧する風潮に世論を誘導した。

 この時やり玉に挙げられたのが、人に噂を伝えて餌をもらう無尾猫だ。
 国家権力に民衆の秘密を伝えて弾圧の助けとなる、と煽り立て、次々にネコを駆逐していった。
 十二神殿も同時に群衆の攻撃を受けたが、逆襲に転じたのがカニ神殿である。
 ネコを保護し、棒を振るって押し寄せる群衆を叩きのめして蒙を啓く。
 運動自体が無産主義勢力の陰謀であると暴き出した。

 やがて軍隊が投入され、「方台理性化運動」は強制解散させられたが、無産主義勢力はなおも現存する。
 以後無尾猫は人と話をしなくなったという。

 

 タンガラム民衆協和国においては政治活動は常に暴力に曝され、自衛を余儀なくされる。
 特に選挙時には衝突が起こりやすく、政党は「突撃運動員」を用意して対処に当たる。
 彼らは平時には政党それぞれの利害を解決する為に働き、場合によっては暴力に訴えるとも知られる。
 弱小の運動家、集団においても同様だ。何事かを公に発言する勢力には必須の存在となっていた

 新興宗教もまた自衛組織を持っている。

 

 これまでの暴力集団は宗教的・道徳的また政治的信条によって裏付けされるものであった。
 だが現在流行するのは、功利的に暴力を手段として用いる新興勢力だ。

 「新ヤクザ」と呼ばれる存在で、非合法手段を用いて企業の発展を助ける役目を果たした。
 時に公権力とも結びつき、開発計画の後押しに活躍する事もある。
 多くは合法的な事業を隠れ蓑として、また事業に関連するグレーゾーンを活動の場とする。
 組織全体を摘発するのは困難で、個別の犯罪において逮捕者を出すに留まる。

 偽装する事も無くあからさまに犯罪を繰り広げる集団も生まれる。
 まさに「犯罪組織」だ。
 既存ヤクザとは対立するが、新ヤクザとは時に結託し彼らの走狗となる事もある。
 巡邏軍警察局では潜入捜査員を送り込み根絶を図るが、はかばかしい成果は得られていない。

 ゥアム帝国・シンドラ連合王国、さらにはバシャラタン法国との交易が始まり、外国人も多数来航する。
 中には四カ国どこにも国籍を持たない、民族も判別の出来ない者も混じっている。
 彼らは海外既存の犯罪集団と結びつき、独自の勢力を形成した。
 一般外国人はタンガラム内陸部への侵入許可を得られない。南海イローエント港に「滞留街」と呼ばれる居住区を作っている。
 ここと連絡を繋ぐのが、タンガラム内陸の犯罪組織だ。
 違法な物品や麻薬類を流通させる役目を果たし、また密入出国・人身売買も取り扱う。

 さらには、ゥアム帝国シンドラ連合王国のスパイ組織も「滞留街」を拠点とし、彼らを使役するとまことしやかに語られる。

 

 このように、タンガラム民衆協和国はヤクザ・暴力集団・犯罪組織がひしめき合って、混乱が日常である。
 この物語が『罰市偵』の名を冠する由縁だ。

 

「ヤキュ」: 伝統武術。始祖は1200年前にタンガラムに降臨したトカゲ神救世主「ヤヤチャ」
   「ヤヤチャ」の強さの秘密をそのまま方台の人間に教えたもので、単なる武術ではなく兵法を駆使して総合的に、
   また集団戦や戦場での実際の索敵や撹乱なども考慮した幅広い技術を網羅する。
   修行者の多くは忍者のように自らの正体を秘すので実態はよく知られていないが、
   ヱメコフ・マキアリイがその使い手であると天下に宣言し大いに活躍する事で、世間にも知られる事となってきた。

「冷蔵庫」: 電気冷蔵庫。冷媒として「臭漿(アンモニア)」を用いる。
   大型で専門知識が必要なので業務用か大富豪の家にしか普及していない。
   ベイスラ県は水力発電で良好だが、タンガラムは一般的に電力事情が悪い。
   その為非常用の発電機がセットで販売される事が多い。魚油発動機で動く。
「魚油発動機」: 燃料として魚油を用いる内燃機関エンジン。タンガラムでは幅広く用いられている。
   燃料の魚油は「油ゲルタ」と呼ばれる魚を搾って得られる。
   資源量は極めて豊富であるが、近代文明を成り立たせるにはさすがに限界を迎えている。
   動物性油脂を用いるので、長く放置すると酸化して固化する。
   安定剤や各種添加剤で防いでいるが、発動機に給油した後は直ちに使うべきである。
   よく素人が放置してエンジンを故障させてしまうが、固化した油を温めて比較的簡単に復活できる。

 

【異世界設定その26】

【空想科学小説『メタトロン・ポリス』】
 小説『メタトロン・ポリス』は、
ゥアム帝国の科学者にして小説家ジゥヌ・ヴェルル(6032年生〜6098年没:タンガラム歴)によって、6059年に描かれた物語である。

 ジゥヌ・ヴェルルが生まれた創始歴6032年、帝政歴25万3732年は、
奇しくもゥアム調査艦隊によりタンガラム方台が史上初めて発見された年である。
 その5年後にシンドラ方台が発見され、人類の歴史に「世界」というものが初めて登場した。
 科学技術がめざましい進歩を遂げ、まさに疾風怒濤と呼べる時代背景だ。

 ヴェルルはその生涯において百作を越える空想科学小説を発表したが、
『メタトロン・ポリス』は初期傑作の一つとして数えられる。
 というよりは、初期傑作と呼ばれる17作以外は後世あまり読まれなかった。
 これらはすべて、ゥアム艦隊がタンガラムに敗北する6074年までに描かれたものである。

 タンガラム方台発見後わずか40年、6072年に、
ゥアム帝国は州国連合艦隊を組織して、タンガラム民衆協和国への世界初の方台間戦争を行った。
 発展した科学術による新兵器を多数投入し、圧倒的破壊力をもってタンガラム国軍を打ち破る。
 だが民衆が立ち上がった義勇兵により駆逐され、敗北を喫する結果となった。

 敗北後、ゥアム言論界は深刻なペシミズムに見舞われる。
 能天気とも呼べる未来の展望を示したヴェルルの作品は人気を失う。
 さらに業界の流行におもねる形で作風を変えた為に、より一層の凋落を招いた。

 しかしながらヴェルル本人は、タンガラム・シンドラにおける作品の出版権を認めて経済的に不自由はしなかった。
 むしろ外国でこそ人気を博していたと言えよう。

 

 『メタトロン・ポリス』は、当時文学界で流行していた「人造少女」のモチーフに、
開発中の「階差蓄算機」からヒントを得て、
電気仕掛けの巨大人工頭脳により制御される人造人間、というアイデアを初めて打ち出した画期的な作品である。

 だがその裏には、タンガラムより流入して当時の社会階層を揺さぶった「民衆協和主義」の思想が流れている。
 当時のゥアム思想界・文学界においては、このまったく新しい政治体制に大いに注目が集まり、
その有効性や限界が熱く語られていた。
 批判的否定的な分析が多かったのだが、しかし実際に一国が運営されている現実を前に、戸惑うばかりであった。

 文学界においても、「民衆協和主義」に基づく仮想社会を描く作品が幾つも描かれた。
 『メタトロン・ポリス』もその一つに数えられる。
 だがヴェルルは、科学技術に対する一般大衆の無知により高度な文明が滅びる姿を描き、
「民衆協和主義」自体には深入りをしていない。

 にも関わらず、『メタトロン・ポリス』は「反体制小説」として弾圧を受ける。

 高度な機械技術により実現される理想的な統治機構、という概念が、
帝国における「ゥアム神族」支配を揶揄したものではないか、と疑われた為だ。

 幾つかの州国において発禁処分を受けたが、他の州国で出版された本が各地に流通して、
結局は物語的な面白さに惹かれて読む人が増え、傑作の仲間入りをする。
 「人造少女」のモチーフに、確とした形で実現可能性を示している点も人気を後押しした。

 

 後年ヴェルルは『メタトロン・ポリス2』と呼ぶべき短編小説『電気メイドの楽園』を著した。

 量産化に成功して家庭の下働きをするようになった人造人間「マリア」が、尊大な人間達にかしずく姿を描く。
 しかしながら下級労働者は、自らの仕事を奪う「電気メイド」の打ち壊しを始める。
 支配層は為す術無く暴動を放置し、「電気メイド」達は自衛を余儀なくされるが、
機械の力を用いてあっさりと勝利してしまう。

 勝利はしたが、電気メイドの仕事はこれまでと変わりなく、人間への奉仕を続ける。
 ご主人さまである人間達は、強力な電気メイド達のご機嫌を取るようにびくびくと暮らし、平和が保たれていくのであった。

 

【メタトロンとは】
  〜「リドルプリンセス」より〜

 全員が了承するが、ヒィキタイタンは改めて尋ねるものが有る。
 そもそも「メタトロン」とは何なんだ。

 ユミネイトは少し考えて、あーと納得する。

「そうか。
 『メタトロン・ポリス』の小説には「メタトロン」自体の説明が書かれてないわね。

 メタトロンは、およそ神が賛美される要素をすべて兼ね備えた、最も輝かしい神の半身。
 神が神と呼ばれる由縁はメタトロンを有するが故、とも言われている。
 その実体は叡智と秩序、智慧、理性。完璧な論理によりすべてを予測し見通す能力。
 科学そのものと呼んでもいいわ。

 ただわたし達は経験的に知っている。世の中そんなに割り切れない。
 無知や愚劣、単なる偶然、無意味な渾沌こそがほとんどで、キレイで整ったモノはほんとうに稀。
 渾沌カオスと秩序コスモスは互いに入り混じり合って宇宙を構成し、カオスこそが主と見做せるの。

 であれば、定義上メタトロンは全知全能の絶対神とはなり得ない。
 にも関わらず、人間がその知性によって世界を理解しようと試みる時、
 我々は「メタトロン」に頼らねばならない。というお話よ」

「なるほどね。だからこその『メタトロン・ポリス』か……」

 物理学の最新精華を詰め込んだ「原子核発電所」は、まさにメタトロンの叡智の結晶だ。
 かの空想科学小説の名を借りて見立てるのも、むべなるかな。
 それだけに、待ち構える防衛機構、自動兵器の恐ろしさが身に沁みて伝わってくる。

 ユミネイトは無造作に立ち上がる。
 考えたって、今自分が備えているもの以外は出しようが無いのだ。
 全員を確かめて、出撃を促す。

「マキアリイ、行くわよ。」

 

 

【ゥアム帝政歴】
 タンガラム民衆協和国における創始歴6215年は、ゥアム帝政歴25万3915年である。
 換算法は創始歴+24万7700年。
 もちろん25万年も昔からゥアム帝国があったわけではなく、ゥアム方台の誕生神話に基づく紀元推定だ。

 一説によると、およそ2千年前に登極した「皇帝」が、「今年は25万2千年だ」と主張して始まったという。
 これはタンガラム創始歴と同じ起源で、
タンガラムにおいては最初に統一国家を樹立して初めての王となった「紅曙蛸巫女王ッタ・コップ」が、
「今年はタンガラム方台が生まれて2千年めにあたる」と唱えたから、2千年前を元年とする。

 ただタンガラムと異なりゥアムでは、「皇帝」が出現し「帝国」が成立する以前より「王」が居て「国」が乱立していた。
 その頃に使われていた紀年法を「盤西歴」と呼ぶ。
 「盤西歴」に基づけば今年(タンガラム創始歴6215年)は、9008年だ。

 なおこの惑星は遠日点が古来より明確に認識され「冬至」として一年の始まりとする風習が各方台にあった為に、
正月元日はどこも同じである。
 ただゥアムでは太陰暦を用いる為に、その年初めての朔日を迎えるまでは「マイナス月」という考え方をする。

 

【シンドラ革命歴】
 シンドラ連合王国においては、救世主「ヤチャ/ヤヨチャ」が率いて邪悪な聖戴者の支配を打ち破った「れぼるしおん」を紀元とする。
 創始歴6215年は「革命歴1202年」だ。
 一昨年は革命1千2百年祭で大いに盛り上がった。

 換算法はタンガラム創始歴−5013年。

 邪悪な聖戴者が支配する前は、シンドラは善良で慈しみ深い「黄金虫」聖戴者が統治していた。
 彼らが使っていたのは「歯車歴」と呼ばれる機械的循環をするもの。
 歯車がすべてが回転し終わる最終年「滅末歴日」に到達して、「黄金虫」聖戴者は霊力を失ってしまう。
 「ヤチャ」が来航する61年前の事である

 

【異世界設定その27】

【タンガラム・タロット】
 タンガラム民衆協和国には古来より「型札」と呼ばれる占いの道具があった。
 紙が発明される前であったから薄い木の札に聖句や図像が描かれる。
 発祥は古代紅曙蛸王国とされるが、その後聖戴者による王朝が新たに立つ度に内容が変更され、
4番目の救世主「ヤヤチャ」降臨以後は固定された。

 「型札」は7×7の49枚で構成される。
 ただし札の説明や詩文を描いた「読み札」が同数付属するので98枚と予備の計百枚で売られている。
 7×7の正方なので「正方形」を意味する”タンガラム”、
 タンガラム・カヴァロと呼ばれる。

 「型札」は「天界札」と「人界札」の2種に分けられる。
 天河十二神に13番目「神殺しの神」ぴるまるれれこ神を合わせたものが「天界札」
 ぴるまるれれこ神は例外・原点として「天元札」とも呼ぶ。
 残り36枚を「朝・昼・夕・夜」×9つの人間世界の象徴で構成するのが「人界札」

 人間世界を表す9つの象徴とは、
1;「英雄」男性の生涯を表す 冒険と献身
2;「皇帝(大王)」政治・権力を表す 歴史に現れた四神の救世主が描かれる
3;「宝玉」金銭・富・商業を表す
4;「信仰」伝統的な十二神信仰に基づく事象、また不可解をも意味する
5;「軍兵」武力あるいは脅威を表す
6;「理想」社会正義を求める賢人の姿で表される 学問とも
7;「愚者道化」批評や諧謔を意味する もちろん愚行も
8;「女王」女性の幸福な生涯を表す 否定的な要素は他の象徴が担う
9;「豊穣」農業の実りを表す

 「皇帝」はゥアム帝国より「王を超える支配者」の概念が持ち込まれた際に改称された。

 

 人界札において最低のスカ札とされるのは”3の夜”「侮る毋」
 札にはゲルタの干物が2枚描かれる。
 古来より交易商品として何処にでも届けられ、通貨の代わりとしても用いられた塩ゲルタはタンガラム経済を底辺から支えたが、
富裕層は元より貧困層においてもうんざりする「つまらないもの」であった。

 だがゲルタは2枚描かれる。
 「常に代わりは用意している」と読み解けば意味深な、侮り難い札だ。

 

【モバルタ県】
 モバルタ県;首都ルルント・タンガラム特別区に近い西部の僻地。
  森林地帯の真ん中のモバルタ湖周辺のみが開発されている。
  捜査官の同僚が関与する犯罪組織を摘発して顰蹙を買ったヱメコフ・マキアリイが左遷された。
  何も無い土地で平穏無事と思われたが、地元有力者の積年の犯罪を暴く羽目になってしまい、政治的大問題を引き起こす。
  結局これが元でマキアリイは首都中央警察局を依願退職する羽目となり、
  ヌケミンドル市に行って「潜水艦事件」映画の関連商品を売って糊口をしのぐ生活を送る。

 

【街宣車】
 タンガラム民衆協和国で用いられる「街宣車」は小型トラックである。
 派手にデコって祭りの山車のようになる。
 タンガラムの選挙戦は荒っぽくしばしば乱闘沙汰になる為に、
護衛として「突撃運動員」も同乗し、ほとんどヤクザの出入りの状況を示す。

 まだ自動車が発明されていなかった昔は、
和猪が牽く荷車に乗って町村を巡り演説して回った。
 現在も地方農村部に行けば和猪車を使った選挙運動が見られる。

 

【国会議員】
 タンガラム民衆協和国においては、「議員」は国民・有権者の代表ではなく、個々の利権の代弁者と考えられている。
 では利権に関係ない者は代表者を出せないのか?
 そういう者は議会にて争奪すべき利権が無いから代表が必要ない。と考える。
 弱小勢力であっても戦って利権を獲得すべきであり、弱小が多数集まりまた多数に与して勝ち取るもの。
 それが「協和主義」だ。
 武力によって争い殺し合い奪うのではなく、議会内にて殴り合えとする思想。
 綺麗事は抜きの身も蓋もない制度だが、それゆえに現実的であり支持は厚い。

 無論それでは絶対的強者による独占が発生する事もままあるが、
国会議長および司法制度による監視が厳に行われて、
また目に余る専横であれば「軍部」が乗り出して事態の解消を図る。

 

【路面鉄道】
「ルルント・タンガラム」は鉄輪と軌条の街だ。
 この地が首都に選ばれたのは「砂糖戦争」の直後、発足した第六政体最初の仕事だ。

 それまで「タンガラム民衆協和国」の首都は北方の大都市「デュータム」であった。
 東西を繋ぐボウダン街道最大の都市で、南北を貫くスプリタ街道の起点。
 交通の要衝であり古来より栄え、近代国家の首都としてまことにふさわしい。

 しかし、ゥアム帝国の侵攻を受け内陸部まで進軍されると、
交通の便に優れた利点がにわかに弱点と考えられた。
 そこで目を付けたのが、カプタニア街道の要害。その背後に広がる盆地。
 旧「カンヴィタル武徳王国」の商業都市「ルルント・カプタニア」だ。

 王国最大の都市として大いに栄え、歴史的文化的に貴重な建造物を多数有する。
 それを第六政体は完全に無視し、
盛大な破壊と建築を断行して近代都市に作り変えた。

 その武器となったのが、新たに導入される「鉄道」
 道路に線路を敷き、蒸気機関のみならずヒトや和猪が牽引して効率的に資材を運搬した。

 現在は自動車も走っているが、
路面鉄道は効率の良い輸送手段として変わらず使い続ける。
 電力で動けば燃料は要らず、また大気汚染も無く、
大都市を運営するのに必要不可欠な存在だ。

 路面鉄道の軌条は縦横に張り巡らされ、高架まで作られ立体的に、
また発動機を備えた自走貨車が街の隅々まで走っている。

 その分自動車は割を食っているのだが、全市が混凝土で舗装され高速走行が可能だ。
 他の都市は今だに土路面で凹凸が激しいのに比べると格段に優れている。
 線路に車輪を突っ込まなければ、だが。
(混凝土;道路舗装用の混凝石、コンクリート。
   混凝石よりは硬くなく掘り起こしての補修が簡単)

 

【鉄道敷設事業】
 鉄道敷設事業は第五政体の頃から始まっていたが、本格化したのは第六政体から。
 ゥアム帝国の侵攻を受け、単に軍事力のみでなく経済力特に機械工業が劣っていると痛感した。
 さりながら経済力全体の底上げをしなければ肝心の軍事力強化は望めない。
 第六政体は喫緊の急務として、国家を挙げての経済拡大に突入した。

 この際に最重要と考えられたのが鉄道である。
 輸送力の強化こそ経済成長を実現する処方箋と考え、
また大量の鉄材の供給と国産蒸気機関車の製造による工業力の底上げを狙った。
 それこそシャカリキとなって全土に線路を敷きまくる。
 禁忌とされる森林の無秩序な伐採を行って資材燃料を調達した。
 当然山野は荒れ災害が頻発するも富国強兵の大義は揺るがず、非人道的とも呼べる状況を国民も甘受した。

 そして最後に残った重要路線が「カプタニア線」だ。

 既に旧「カンヴィタル武徳王国」最大の商業都市「ルルント・カプタニア」は原型を留めぬまでに開発され、新首都となった。
 だが「カプタニア」市は「武徳王国」の王都であり神聖宮と呼ばれる最重要の宗教施設もあった。
 民衆に未だに支持される褐甲角王国の貴族にして神兵「黒甲枝」にとっての聖地だ。

 都合の悪いことに、カプタニア城はカプタニア街道を扼する関所・大要塞として作られており、
線路を敷くには城を破壊しなければならなかった。

 当然に反対運動が巻き起こり、「黒甲枝」が各地より集合して武力に訴えても阻止しようとする。
 騒乱が巻き起こり、これを契機として第六政体長年の弊害が糾弾される事となり、
ついには政権転覆へと発展した。

 最終的には第六政体の崩壊と引き換えの形で「カプタニア線」の開通が了承され、
カプタニア城にトンネルを掘る形での敷設となった。
 無論鉄道開通の恩恵は多大なもので、第七政体へと代わった後はタンガラム経済は本格的な発展を遂げる。
 しかしそれから50年。
 大きく成長したタンガラム経済にとって、旧来の鉄道路線の輸送力は十分とは言えなくなる。
 鉄道軌条の幅を広げた新しい路線が各地に整備されるが、
やはり最後に残るのが「カプタニア線」だ。
 当時は膨張した資本主義の横暴がまかり通る時代で、
新線建設も無理を働こうとして再びの騒動を引き起こし、やがて第七政体崩壊へと転げ落ちていく。

 新線建設の悲願は第八政体に託されたが、未だ目処が立っていない。
 高速自動車道路もカプタニア街道に通さねばならないのだが、これも手つかずになっている。
 そもそも物流としては陸路ではなくアユ・サユル湖上の水運を用いるべきという議論の蒸し返しが起こっていた。

 

【異世界設定 その27】

【そもそも闇御殿とはなにか】
「闇御殿」とは「闇御前」ことバハンモン・ジゥタロウの私邸であるが、
海外派遣軍関連の事務施設および戦費調達機構、さらには国内秘密治安機関の本部も有する。
軍に準じる施設を何故個人が所有するところとなったのか。

そもそもがこの土地は、
カンヴィタル武徳王国で宰相位を務めた「ハジパイ」家の邸宅である。
広壮にして豪華、また堅固な塀がめぐらされ防衛拠点としても考慮されている。

時は流れてタンガラム民衆協和国の時代。
「砂糖戦争」の教訓から第六政体は首都をルルント・カプタニア、
現在の「ルルント・タンガラム」市に改めた。

第六政体は敵国「ゥアム帝国」との国交修復を課題としたが、
国民感情から正式な迎賓館を使えない。
そこでハジパイ邸を「平等苑」と名付け、国家総統の私的な別邸とする。
非公式な外交交渉の場として何度も機能した。

だが第七政体、資本主義が暴走し貧富の差が拡大する中、
財界と政官界が癒着して夜ごと「平等苑」で豪華な宴会を繰り広げると、
まことしやかに報道され市民の怒りを買う。
怒れる群衆が「平等苑」に雪崩込み、破壊と略奪の限りを尽くした。

新たに第八政体が成立し秩序を回復したが、破壊された「平等苑」は放置される。
10年後にわかに海島権益確保の重要性が認識され、艦隊の派遣が急務となった。
秘密裏脱法的に戦費調達機構が発足したが、
隠蔽の為荒れたままの「平等苑」に事務所を置く。

 

バハンモン・ジゥタロウはこの敷地利用計画に当初から関与する。
彼は国外での諜報工作活動を担当していたが、
タンガラムに現地有力者を呼び歓待し、また子弟を留学させて、
それぞれの国で政局に関与出来る協力者を育成する策を提示した。

この提案は表の政府でも是とされ、「平等苑」を華麗に再建する運びとなり、
また隣に国際交流大学も建設される。

ただ敷地内には戦費調達機構を支配する「闇将監」シュラ・トーシュウの自宅もあり、
国内秘密治安機関の中枢とされた。
塀も物々しく堅固に再建され、「鬼哭舎」と呼ばれ人が寄り付かない。

シュラが亡くなり、バハンモン・ジゥタロウが組織の全権を掌握するが、
所詮は一民間人である彼の指導を拒む者は多い。
そこで、組織の中核に自ら乗り込み居住する事で睨みを効かせる。

殊更に財界有力者を呼び集め権勢を誇る宴を繰り返すのも、
組織内部に見せつけるものであったろう。
その様子をわざわざ取材記者まで招いて披露したら、
週刊紙等に「闇御前」とあだ名され揶揄された。

バハンモンはこれを面白がり、「闇御前組織」と呼ぶように各社に通達する。
また「闇御殿」と呼ぶ事も要請した。

 

【軍関係設定の基本条件】
地球の標準的な軍の編成と同じわけが無いのだが、
基本として押さえておきたいのは、タンガラムも他の国も1千万人規模しか人口が居ないという点。
人口が少なければ兵数も当然少なく、軍の規模も小さくならざるを得ない。
組織構成も単純となる。

また外国からの侵攻を受けて戦争を行ったのもわずか1回きり。
古代の兵制の名残を引きずって、完全には近代軍へと進化していない。
もちろん大規模大量に兵器兵員を浪費する総力戦の経験もないから、対応も出来ないし考えた事も無い。
これは世界中どこの国の軍隊も同じだ。

 

【小剣令は少尉ではない】
タンガラム軍においては剣令(海軍では水令)は将校として実戦部隊の指揮官として活躍する。
地球における尉官とほぼ同じではあるが、違うところも大きい。

「剣令」とは歩兵部隊を戦闘指揮する能力を持つ士官、であり直接に「将校」と読んでも構わない。
それ以外の士官は「掌令」と呼び、タンガラム軍では明確に区別されている。
もちろん掌令であっても兵員を指揮する教育は行われているが、
戦闘指揮はさらに高度なものである。

剣令は大剣令、中剣令、小剣令、剣令輔の4階級に分かれる。
剣令輔は最下級の士官であるが、准士官ではない。
これこそが「少尉」相当の階級だ。

タンガラム陸軍においては、大剣令は大隊を、中剣令は中隊を、小剣令は小隊を指揮する。
小隊4個で中隊を構成するから、
小隊2個または3個の部隊の指揮官は小剣令だ。
タンガラム軍用語で「小連隊」と呼び、連隊長が定められる。
剣令輔はこのような複数小隊での活動時に、連隊長に代わって1個小隊を預かる事になる。

(であるからして、首都近衛兵団即応常駐部隊で戦車隊を預かるH小剣令は、
 戦車長ではない。
 戦車長は戦闘機のパイロット同様に特殊技能を持つ者と見做されており、歩兵指揮の技能を必要としない。
 実際H小剣令は、常駐部隊において戦車および戦闘装甲車とその支援隊の指揮官であり、
 戦車の外から指揮を執る。)

 

【将軍は軍人ではない】
タンガラム民衆協和国においては、将官は軍人ではなく政治家として考えられている。

実戦部隊を指揮する最高位は「統監」であり、
将官は後方にあって戦争全体の構想を手掛け、戦争遂行に必要な諸条件を整えるのを役目とする。
将官が直接に部隊を指揮して戦闘を行う事は、通常は無い。

これは現代タンガラム軍がモデルとするのが、旧褐甲角王国の戦士階級「黒甲枝」であるからだ。
今を去ること1200年前、褐甲角王国と金雷蜒王国は激しく争っていた。
黒甲枝は聖戴者として軍務を司り、重甲冑を纏って強力な金雷蜒軍と戦闘を繰り広げる。

この金雷蜒軍を指揮する「ギィール神族」こそが、まさに知の化身であり優秀さの権化とも呼べる存在だった。
つまり知力で対決しても無意味、奇手奇略は通用せず虚しく敗走するばかりとなる。

であるから、褐甲角軍では黒甲枝にただ愚直であれ、正攻法で押し切れと訓令した。
正攻法であっても確実に誤り無く行えば奇略を斥けるし、相手が嫌がる運用法も必ず存在する。
部隊の練度を高めることで常勝の評価を勝ち取った。

そして知力を以て敵と対するのは、後方で戦略を整える元老員「金翅幹」家に託される。

この構図を現代タンガラム軍も踏襲する。
それだけ実戦部隊のステータスが高い、という事でもある。

 

【兵団】
タンガラム軍においては、民衆協和国によって全土が統一される前の王国時代の地域区分に基づいて、
各地に軍団が組織されている。
「軍団」は兵数およそ1万人規模で、加えて軍属や支援要員をほぼ同数抱えている。
一軍を指揮するのは「統監」であり、これは地球においては准将クラスの階級になる。

タンガラムは陸軍が東岸・西岸・南岸区・北方と中央平原区の5軍、
海軍は東西南海軍と内海軍の4軍が数えられる。

「兵団」は軍団の下位の単位で、およそ5千人規模の戦闘員を持つ。
指揮するのは「大監」だが、首都近衛兵団は特別に格式が高い為に「統監」になっている。
兵団は複数の兵科の部隊を持ち、自ら補給兵站能力を有しており、
単独での作戦行動が可能。
小軍団な性格を持ち、軍団がカバー出来ない領域を預かるものも有る。

兵団の下はもう大隊になる。1千人以下の戦闘員を有する。指揮官は大剣令。
作戦により複数の大隊が派遣される際に「連隊」を構成するが、兵科の違う隊の混成は「戦隊」と呼ぶ。
「軍監(監)」が指揮を執る。

だが戦隊は常態的に存在する例もあり、大隊ではなく中隊以下の混成で構成されるものも有る。
俗に「士団」と呼ばれるが、数百人程度しか所属しないものも多い。
(一個中隊定数200名より多ければ可)
この場合は指揮官は軍監ではあるが現地には常駐せず、大剣令が代理を務めている。
おおむね僻地での駐屯警備を任務とする。駐屯地の看板には「(兵団名)〇×支隊」と書いてある。
(「支隊長代理」の大剣令を面倒だから「団長」と呼ぶ慣習から「士団」になった)

軍団は複数の兵団で構成される、というよりは、
多くの士団を各地に配置しており、現地で異変が起きた場合には
軍団中央の兵団が応援に派遣され事態を解決する、と考えるべき。

 

なお海軍においては士団に相当するのは、100名以上が乗組む戦闘艦であり、
艦長は大水令、出世の第一歩である。
陸軍とは意味合いが大分違う。

 

【兵団2】
特別な役割を与えられた兵団

「首都近衛兵団」:首都ルルント・タンガラムの防衛に当たる陸軍最精鋭部隊。
  西岸区軍団に属するが、中央司令軍と密接に連携し政治的役割を強く求められる。

「狙撃兵団」:中央平原区に属する。
  中央平原区は南北を貫く主要幹線スプリタ街道沿いに主力が展開し、
  平原東部ギジジット市を含む広い領域が手薄になる。
  平原部には路線が少ない鉄道ではなく、自動車による高速移動を可能として、
  長距離攻撃に主眼を置いた砲兵戦力を専らとする狙撃兵団が組織された。

「山岳兵団」:北方軍団に属する聖山山脈での山岳戦闘を主目的とする部隊。
  冬季の寒冷状況での戦闘を特に重視し、
  聖山山脈より北に広がる広大な大針葉樹林帯も活動範囲とする。

「海兵団」:南岸区軍団に属する。
  南岸区はイローエント軍港の南海軍を防衛する為の戦力が主体であり、
  東西のグテ地と呼ばれる延々と長く伸びる海浜荒れ地が手薄となっている。
  海兵団はグテ地防衛の為の部隊で、陸軍でありながら艦艇を利用しての高速展開を行う。
  海外派遣軍陸戦隊と活動形態が近く、陸戦隊の訓練部隊の性格を持つ。

「湖上水軍」:湖上水軍は海軍と呼ぶには規模が小さく、また大型の戦闘艦を有していない。
  (アユ・サユル湖にのみ砲艦を持つ)
  そこで兵団扱いにされている。
  アユ・サユル湖は内陸にあり防秘が容易いので、新型水上戦闘機の試験飛行と訓練が行われている。

「海外派遣軍」:軍団規模に数えるべき艦艇数と兵力を持つが、正式な部隊としては認知されていない。
  そこで兵団扱いをされているが、もちろん欺瞞である。
  だがそもそも海外派遣軍なるものは法的に存在せず、
  海軍4軍より抽出された「外国航路防衛分艦隊」の集合体に
  陸軍の歩兵を抽出した陸戦隊が乗り込み、合同で作戦に当たっている。

 

【湖上水軍】
なぜ湖上水軍が存在しなければならないのか。陸軍でも警察(巡邏軍)の管轄でもよいのではないか。
この疑問を抱く人は多いが、歴史的な経緯による。

そもそもがタンガラムは幾つかの王国により分割支配されており、それぞれが独立した軍隊を持っていた。
当時は自動車も鉄道も和猪車すら無く、人間が担ぐかイヌコマに乗せて少量の荷物を運ぶしか輸送手段が無い。
大量輸送の主役だったのが、河川運河を行き交う小舟だ。
舟運はどの王国でも重視され、河川を改修し運河を掘ってその便を図っていた。
軍事においても兵站路として極めて重要で、「運河を支配する者が方台を掌握する」と言われたほどだ。

時代は移ってタンガラム民衆協和国へと統一された200年ほど昔。
だが旧王国の区分に従って軍団が配置される。
発足間もない民衆協和国は未だ安定せず、いつ独立運動が起きて軍団が叛逆するか不安であった。
既に和猪車が輸送手段として大きな役割を果たし、鉄道も敷設が始まっていたが、
やはり舟運こそが兵站の要。
これを民衆共和国中央政府が握るのが安定の元と考えられた。
そこで兵站軍として「湖上水軍」が新設され、軍事のみならず平時の民間経済をも支配する事になる。

現在は各地が分離独立する機運は無く、湖上水軍の役割もほぼ終了しているのだが、
かってゥアム帝国が「砂糖戦争」で方台への上陸進攻したトラウマから、
国内兵站路の確保は変わらぬ重要性をもって認識されている。
また「砂糖戦争」の恐怖から、
容易に進軍されるボウダン・スプリタ両主要街道の交点デュータム市から、
アユ・サユル湖により東側からの進攻を阻止できるルルント・タンガラム(カプタニア)市へと遷都して、
湖上水軍の戦略的重要性は変わらず健在であった。

 

【軍備の民政への影響】
はっきり言って1千万人弱の国民しか有さないタンガラム民衆協和国にとって、
現在の軍事力は過大である。
元々の定数はそれほど多くないのだが、海外派遣軍として一定期間「行方不明」になる兵員があり、
その間は休職扱いとして兵数に勘定されない。
また洋上で運用する艦船・兵器が次々に製造され消費されていく。
生産設備・資源・労働者が浪費されているのと同じで、産業界は慢性的な労働者不足である。
農村部から出稼ぎ労働者を募っているから、農村部でも人手不足だ。
そして海外派遣軍に要する軍費も産業界から搾り取られている。

とある経済評論家が言うとおりに「景気がいいのに窒息状態」が
現在のタンガラムの状況であった。

 

【事務監とは】
海外派遣軍立ち上げ時に、陸海軍いずれかの部隊への正式な配属無しに直接海外派遣軍に配属された士官・兵が居る。
彼らはまだ組織が固まっていない段階で大きな働きを務めたが、
その後は陸海軍から兵力を抽出した実戦部隊が中核となり組織固めが行われた。

元より海外派遣軍に配属されたから、お役御免で原隊復帰とはならず、
海外に常駐しての支援活動を任される事になる。
海上にも各所に島は点在し、小さいながらも駐屯地を構え、現地住民とも交流を持つ。
さらには競合する勢力との諜報謀略合戦、また物資食料燃料調達もしのぎを削る事態となり、
その重要さは相変わらずで、むしろ艦隊そのものよりも重要であったくらいだ。

この時に彼らを支援したのが、バハンモン・ジゥタロウが組織した諜報謀略機関。
通称「バハンモン機関」であり、彼らの多くはこちらに転籍して管理者として働く事になる。
しかしながら軍人としての意識の強い者は自らの姿勢を換えず、
現地でタンガラム政府の出先機関としての誇りを保ち、むしろ外交官として働く事になる。
時には兵士・戦力を率いて戦闘を行い、現地において確固たる地盤を築く。

その彼らも寄る年波で本国への帰還を余儀なくされた後に、どのように軍で迎えたか。
軍には軍属として働く者も多数有り、組織の上層部でその権限を許される者も現れる。
その最高位は部隊司令官である「軍監」に等しい。
タンガラム本国内では戦争は行われておらず平穏であるから、兵を率いる役職に就ける必要も無いわけで、
「事務監」の位を与えられた。

 

【軍属に関する訂正・補足】
軍に属するが戦闘員でない者は「夫」と呼ぶ。
主に建設土木作業員、輸送任務などを務めるが、その雇用形態は様々で期間限定や派遣等不安定だ。
彼らが軍で働く時は、便宜上軍隊内での階級を定める必要があり、「夫卒」という位になる。
これは戦闘員である兵士の「少兵」と同等だ。
そもそも「少兵」は訓練兵に授けられる位であり、実戦時でも補助任務・輜重輸送などしか任されない。
もし夫卒が戦闘に巻き込まれた場合は、少兵と同等に扱われる事を保証されている。

「少兵」は、つまりは臨時動員に際して徴兵された民間人に速成で教育して戦場に送り出す際の身分だ。
だからホンモノの戦時にあっては「夫卒」ではなく「少兵」が建設土木、輸送業務を行う。

だが同じ仮雇いであっても、元軍人で兵士としての教育を受けた者も居るだろう。
「正兵」「上兵」の位を得た者は「夫兵」と呼ばれ、一つ上の階級となる。正兵と同等とされる。
戦闘時には軍正規の命令系統に従い、
夫卒を率いてその安全を図り任務の遂行の妨げにならないよう指導する役割を任される。

「兵士長」「兵曹」など下士官経験者が雇われていた場合は、「夫兵長」として夫卒を指揮する権限を与えられる。
兵士長と同等とされる。
しかしながら、業務における監督権限とは別のものだ。

これより上は臨時雇いなどではなく、国家試験等を経て正式に軍に雇用される者である。
「官」の位を授けられる。「兵曹」と同等とされる。
士官と同等の位になると上級公務員に分類されるが、これもやはり「官」だ。
剣令と同等である意味を強調する時は「官令」と非公式に呼ぶ場合もある。
上級公務員には国家総議会への出席資格があるから「参議」とも呼ばれる。

軍における非戦闘員の最高位は「監」である。
「軍監」と同等であるが、区別する為に「事務監」と呼ぶ。
中央司令軍には多い。

 

 

 

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