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『罰市偵』

【英雄探偵マキアリイ事典】 

 

       *** (事件)

【「第七協和国 破聞」事件】

 ヱメコフ・マキアリイが正式に私立刑事探偵となってカニ巫女ケバルナヤと共に解決した3番目の大きな事件。
 当初は「第七協和制失踪者案件真相解明事件」と呼ばれた。

 現在のタンガラム方台における民衆協和国体制は「第八協和制」と呼ばれる。
 それ以前にも確立した政治体制が7回あり、混乱と共に崩壊してきたわけだ。
 その「第七協和制」が崩壊する直前に、多数の学者・法論士・報道関係者を秘密警察が連行し、そのまま帰ってこなかった事件がある。
 政府に批判的な言論の封殺を目的とし、およそ5000人が60年後も行方不明のままである。

 ケバルナヤはその家族の一人から依頼を個人的に受けて、マキアリイと共に調査を開始する。が、当初マキアリイは乗り気ではなかった。
 60年の時の壁は厚く、また関係者が誰一人として証言しようとしなかった為に行き詰まる。
 さらには政府機関からの嫌がらせで二人は度々脅かされるが、これでようやくマキアリイに火が着いた。

 僅かな手がかりから、首都近くのサユル地方でその頃に大勢の人間が山中に連れて行かれてそのまま帰ってこなかった証言を得て、発掘調査を開始する。
 地主は既に亡く、既に2代も相続を経ており現地主は何も知らない。
 難を恐れて村人は誰一人として手伝うことは無く、マキアリイ一人がスコップを手に深く地面を掘っていった。
 妨害を受けながらも黙々と掘り進む姿に、心ある人達は次々に協力して、遂に地下深くに眠る夥しい人骨を発見する。
 60年前に連れ去られた人が生きながら埋葬された地を遂に突き止めたのだ。

 しかしこの発見は報道されなかった。政府機関から60年に渡り事件の報道が規制され、言論人も萎縮してしまっている。
 現地に遺族関係者が次々に訪れ、自ら遺骨を掘り起こしているというのに、何も無いかに報道は押し黙ったままである。

 マキアリイは事態を打開するには国家元首である総統の直接の判断が必要と考え、自ら首都に会いに行く。
 「潜水艦事件」における英雄ヒィキタイタンとマキアリイは、政府広報に何度も引っ張り出されて世間のよく知るところである。
 総統といえども、マキアリイを無視するわけにはいかない。
 取材陣が多く詰めかける式典の場にマキアリイは単身飛び込み、自らの知名度を利して総統との会見を、記者の前で行った。
 総統にこの事件の真相解明を求める事で、発足間もない指導部への国民の支持率上昇を勧めたのだ。

 既に60年を経過し、この事件を解明される事で名誉を傷つけられる政治家や官僚・当時の秘密警察幹部も既に存命しない。
 政府機関も惰性で秘密を守り続けるのみで、たしかに潮時であったのだ。

 総統の決断によりこの事件の法的解明が正式に始動し、報道規制も解除される。
 ヱメコフ・マキアリイの名は英雄探偵として三度轟き、またケバルナヤは巫女としての資質を高く認められる事となる。

 

 この事件は大きな反響を呼んだが、題材が地味であるために映像化に恵まれなかった。巨匠ボンガヌ・キレアルス監督によって映画化される。
 『第七協和国 破聞』はノスタルジー溢れる映像美で社会的メッセージを強く打ち出す名作となり、三国映画賞を受賞している。
 後に映画の影響により「破聞」事件と呼ばれることとなった。

 

【古都甲冑乱殺事件】

 3代目の巫女シャヤユート在籍時に起きた事件。

 舞台はタンガラム北部ボウダン街道の西の起点で、青晶蜥王国の王都テキュ。
 毎年6月になるとテキュではトカゲ神救世主「ヤヤチャ」降臨の盛大な祭りが開かれる。これは、テキュの前身である都市デュータム点に「ヤヤチャ」が初めて入城した時を再現するものだ。
 デュータム点は交易都市の起点として当時から発展をしており、この地の便宜を利用して青晶蜥王国王都が隣接する土地に設けられた。
 テキュ自体は王都とはいえ人口は少なく、すべてが祝祭都市として設計されている。
 大都市デュータム市の、そして近隣の住人が諸所より集って巨大なお祭りを実行する。その数、10万人以上。

 創始歴5000年頃の風俗や衣装を身に纏う人々が、待望の「ヤヤチャ」到来に歓喜して迎えた故事を再現する仮装行列が祭り最大の見世物である。
 この中に当時の甲冑を身に着けた暴漢が紛れ込み、刀剣を振るって祭りの参加者や観客を無差別に斬り殺し始めるのが事件の発端だ。
 たまたま招かれて当地に居たマキアリイとシャヤユートは即座に反応して暴漢を取り押さえるが、甲冑を剥がして身元を確かめようとする矢先に泡を吹いて死んでしまう。

 このような騒動が何箇所もで同時に発生し、祭りに沸くテキュは一転して恐怖に支配される事となる。
 地元巡邏軍警察局と共同で捜査を開始したマキアリイは、暗黒街の顔役に連絡を取り独自の情報網を使って、暴漢達が違法薬物中毒患者であり得体のしれない集団に属すると知る。
 集団は既に仮装姿のままに街全体に散っており、誰も止められない状況。
 巡邏軍は祭りを解散させ非常線を張って惨事を防止しようとするが、興奮した群衆を止められない。

 マキアリイ、この一連の騒ぎが一種の魔法であり、火焔教と呼ばれる古代宗教の儀式を模したものであると歴史学者から教えられる。
 群集心理を利用し人を意のままに操る法はそれ自体が魔法と呼んで差し支えない。今でいう心理学の応用だ。
 そして最終目的がテキュ自体を火の海で包み多くの人命を生贄に捧げ、以って「ヤヤチャ」を呼び出す巨大な『捨身祈祷』の祭壇とすることだと看破する。
 暴走する魔術を打破するには、その心臓である暗黒司祭を止めるしか無い。
 が、怪しげな老婆の占い予言により、それは女にしか成し遂げられないものだと聞かされる。

 マキアリイとシャヤユートは幻惑の群衆迷路に迷い込み、互いに分かれて探し始める。
 酩酊薬物の煙漂う空間を越えて、シャヤユート遂に暗黒司祭を発見。だが全身に赤と黒の禍々しい入れ墨を彫り込んだ双子の舞姫との血闘を余儀なくされる。
 劣勢が続く中、やがてシャヤユートは舞姫が音楽に従ってリズムに乗って攻撃している事を知る。
 その音楽は街全体に増幅して繋がり、祭りの奏者達が呪われた旋律に支配されて狂騒空間を作り出しているのだ。
 音楽こそが魔術の元凶。シャヤユートは司祭ではなく、音楽を奏でる者に自らのカニ巫女棒を投げて殺す。
 果たして音楽が止み、やがて異なる響きによって街は鎮められ、正しい祭りの音楽が奏でられ始める。
 「ヤヤチャ」が伝えた星歌『戦さ車を率いる歌』の荘厳にして鮮烈な歌声で、人々は正気を取り戻す。

 暗黒司祭、古代呪術による作戦を放棄。拳銃を取り出してシャヤユートを撃つ。傷つく巫女をかばうのが、
 颯爽登場の英雄探偵マキアリイである。
 彼は彼で、甲冑武者の一団に取り囲まれ円形闘技場にて古代風の戦闘を余儀なくされた。が、すべて勝利。
 薬物中毒で凶暴性を倍加し痛みも感じぬ狂戦士程度は敵ではないのだ。

 既に街は狂気から解放され、破壊工作者達は群衆から炙り出され、巡邏軍の兵士達により次々に逮捕されている。
 残るは暗黒司祭のみ。だが近代兵器「機関銃」の前ではマキアリイも慎重にならざるを得ない。のだが、必殺拳「ヤキュ」の技が炸裂。
 機関銃動作不能に。マキアリイ選抜徴兵時の経験から機関銃が繊細な機械だと理解していた。
 暗黒司祭は追い詰められ、高く塔に登り、広場で群衆が見上げる只中に転落して死亡する。

 

 後に逮捕された幹部の証言を聞くに、今回の魔法が執り行われた最大の理由が、「偉大で強力な贄」が手に入ったから、だった。
 つまりは英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ。天河の神に願いを聞き届けてもらうには、当代で最も優れた人を生贄とするのが最良の策である。
 テキュの祭りに招待されたのも、その思惑からだったわけだ。十万の人命は彼を焼く為の薪にすぎない。
 そして真の黒幕は暗黒司祭でなく、天寵大司教と呼ばれる未だ姿を見せぬ者だという。謎は続く。

 ちなみに暗黒司祭が転落した塔は「愚か者の塔」と呼ばれ、旧ピルマルレレコ教団が青晶蜥王宮よりも高くに作り権勢を誇った教会建築である。
 創始歴5555年、青晶蜥神星浄王13代が自らを焔に投じる『捨身祈祷』を行い、初代救世主「ヤヤチャ」をこの世に呼び戻した故事がある。
 復活した「ヤヤチャ」は直ちにピルマルレレコ教会に乗り込み、巨大な神像を叩き斬って邪教を成敗したという。
 ピルマルレレコ教団壊滅後、後の世の戒めの為に教会はそのまま維持され、「愚か者の塔」と名付けられた。
 斬り倒された神像もそのままに保存され、「ヤヤチャ」の聖蹟として尊ばれている。

 

 とまあこのような事件であるが、マキアリイの過去の因縁や、裏社会と魔法集団との薬物利権をめぐる暗闘や、地元警察局幹部の腐敗や、誘拐事件などが絡んできて、
 とにかく2時間映画で飽きさせるところは無いのだ。

 

【エイベント電源開発疑獄事件】

 ザイリナ時代に立て続けに3件発生した権力腐敗事件の2番目。

 ベイスラの南隣のエイベント県は工業の発達は無く、農業と林業の土地である。ベイスラ山地を後背に持つ事で雨水が多く、川の流量も十分である。
 これを利用して水力発電所を増設し、軽金属の電気精錬を行おうという開発計画が立ち上がった。
 県としては工業開発は願っても無い事なのだが、長く農業林業で食べてきた住民にとっては河川の汚染や廃棄物が気になり賛同は難しい。
 そこで県側では住民反対運動と粘り強く交渉を進めていくが、タンガラムの常として強権による解決をも視野に入れる。
 警備員としてヤクザまがいの人間が介入するのは、このような事案では少なくない。むしろありふれた日常茶飯事である。

 刑事探偵ヱメコフ・マキアリイは両者の対立が拡大しないように監視するのを依頼され、現地に赴いた。刑事探偵としては時々有る仕事。
 だがここで、マキアリイは驚くべき陰謀を察知した。
 住民と開発側の対立を抗争にまでエスカレートさせて流血の惨事とし、現在の県令(県知事)を失職に追い込み、中央政界の息の掛かった人物にすげ替えるというものだ。
 併せて反対運動をなし崩し的に排除し、開発を強引に進展させ短期間で完成させる。無論住民側への補償は最低限に抑え、汚染除去施設への投資も最小で済ます。
 建設会社も、新しい県令の下で入札業者を入れ替えて、利権を独占するわけだ。
 これを実現させる事で中央省庁への返り咲きを実現させようとする高級官僚が黒幕である。むろん彼の裏には糸を引く怪しげな人物が。

 彼は嗤う。「金鉱だって? そんなつまらぬものの為にこの僕が働いていると。 
  ハハハ、この山に眠るのは「時間」だよ、「可能性」だよ。それも分からぬとは、ヱメコフ君。君も大した人間じゃないな」

 深い山中に渦巻く人間の欲と醜いエゴ。乱れ飛ぶ札束。工事用爆薬。
 陰謀は暗殺の奸計となり、英雄に牙を剥く。吊橋からザイリナが谷底に落っこちる。
 マキアリイはこれを打ち破り、陰謀を公に暴露し、抗争を鎮めて正義を守るのであった。
 ザイリナ奇跡のサバイバル生還。

 

【侠百人殴り事件】

 ノゲ・ベイスラ市に移転したヱメコフ・マキアリイが2番目に手がけた事件。
 ベイスラに縄張りを持つ二大ヤクザ組織同士の衝突にマキアリイが介入して、破滅的抗争を食い止める。

 この事件はそもそもが、マキアリイがベイスラに逃げてきた理由がヌケミンドル市のヤクザ関連でヌケミンドル市長の汚職を暴露してしまったという背景がある。
 故にマキアリイはヤクザ同士が勝手に潰し合うのに介入しようとは思わなかった。
 しかしながら、聖女のように正しいカニ巫女見習いケバルナヤが、ヤクザといえども人の子であり親も居る、憐れみを掛けるべきものであるとこんこんと諭し、やむなく様子見に乗り出した。

 事態を観察し、またヌケミンドル市での経験を元にヤクザ業界に強行に偵察に行った結果。
 二つの大きなヤクザを共倒れさせようという、まるで「用心棒」の桑畑(椿)三十郎みたいな男が居るのを気付く。
 だがこれは、二つ共に相打ちにして、その空白を別のヤクザ組織が牛耳ろうという作戦だと看破した。「潰師」という特別な専門家である。
 またこの作戦には巡邏軍のヤクザ対策班が関わっており、大規模抗争で流血の事態になった所で大量検挙壊滅というシナリオだ。

 マキアリイはどうするべきか苦慮する。もちろん三番目のヤクザ組織が一人勝ちなんか許すわけにもいかないが、巡邏軍の思惑は理解できなくも無い。
 ただ、その三十郎がかなりあくどい手を使っているのを見過ごす訳にはいかなかった。無関係の一般市民すらを巻き込む三十郎の所業、もはや許すまじ。
 ケバルナヤ、非道を為す三十郎にカニ巫女棒で殴り掛かり、返り討ちされる。肋骨を痛めた。

 マキアリイはケバルナヤと共に両ヤクザの親分に直接談判に行くのだが、もちろんけんもほろろに拒否された。
 そしてついに両ヤクザが一大決戦に及ぶ野原で、両軍の親分同士を直接談判させるしか無いと判断。
 その為には、強制的にでもこの大喧嘩を潰さねばならない。
 マキアリイとケバルナヤ、ついに闘争の野に足を踏み入れる。

 殴る、殴る、そして蹴り飛ばす。両軍見境なくぶん殴り、もはや抗争どころではない。どちらも全てマキアリイの所に突入してくるという有様。
 もちろん両軍共に武装しており、だが一応は銃器は使わない約定となっている。巡邏軍の検挙を恐れてのことである。
 槍刀棍棒丸太ナイフに投石などなど、とにかくありとあらゆる手段を用いて襲い掛かってくるものを、まるで無人の野を行くが如くにまっしぐらに親分共の所に進む。
 そして、俺を倒した方が今回は勝ちということで、一旦は戈を納めてくれないかと提案挑発した。親分二人は異存無しとして、最強の戦士を2名送り出す。
 それでもマキアリイは最強の若衆頭をあっさりと殴り倒して、ついに両軍の親分衆を和解させたのであった。
 だがそこに、卑怯にも拳銃を手にした三十郎が。どちらでもいい、親分をぶっ殺せばもはや止められない。最後まで殺し合い潰し合う他の道は残っていない。
 ここで初めて、マキアリイのシュユパンの球が飛ぶ。顔面を砕いて陰謀を阻止した。「これはケバルナヤの礼だ」
 三十郎はひるまず、トカゲ刀を引っ提げてマキアリイに挑む。1対1の血闘でマキアリイはどこまでやるか。もちろん三十郎は凄まじい剣の使い手として両軍に売り込んでいる。
 だが当然に正義は勝利するのである。

 計画を潰された第三のヤクザ組織は腹いせにマキアリイ抹殺を企む。マキアリイが下宿する網焼き屋を焼き討ちに来た。
 しかし、真の敵を見抜いた二大ヤクザはもう騙される事はない。抗争の絵図を描いた連中を始末に掛かる。
 マキアリイに代わってそいつらを散々に血祭りに上げてベイスラから追い出したのである。

 なお三十郎はマキアリイとの血闘に敗れた後は瀕死の重傷であり身動き一つ出来はしない。マキアリイは武器など使ってはいないのだが、強烈な一撃をみぞおちに叩き込んで胃袋が喉から飛び出るほどである(比喩的に)。
 そのまま放置しておけば二大ヤクザに殺される。だがケバルナヤが憐れむべしと諭すので、マキアリイ担いで連れていく。親分衆も「マキアリイの獲物だから」と黙認する。
 そして全てを傍観していた巡邏軍ヤクザ対策班の前に放り投げるのである。殺人未遂と拳銃等不法所持その他もろもろ騒乱扇動罪などでの逮捕となる。
 三十郎自身が巡邏軍に逮捕されるという選択肢を選んだ。国家権力により守られるというわけだ。
 マキアリイ自身は、ぜんぶ正当防衛無罪放免という事になる。なにせ素手で何百ものヤクザの喧嘩のど真ん中に突っ込んでいくのだから、相手が脅威を覚えると解釈するわけにもいかない。
 第一、刑事探偵のマキアリイを捕まえて裁判とかなってしまうと今回のからくりが公にバレてしまうので、ヤクザ対策班班長自身にも火が回る。

 巡邏軍ヤクザ対策班長は、マキアリイの助言に対して「3が1に減ってくれれば、言うこと無いじゃないか」などとうそぶいて見せたのだが、
 マキアリイの活躍により「3が2に減ってくれたんだから、文句の付けようも無いよな」と最後に返される始末である。
 なお彼は、直後に巡邏軍の監察隊によって取り調べを受ける事となり、ヤクザ組織から接待等で利益供与されていた事が発覚して免職されるのである。
 マキアリイはこの時代でももう、総統府の秘密諜報員に動向を観察されているのだ。

 

 この事件はあまりにもセンセーショナルであるので、翌日の新聞朝刊1面大見出しで全国的に報道された。
 あまりにも冗談のような話である為に取材記者達は半信半疑であったが、地元記者が8ミリフィルムでまさにマキアリイが進撃する姿を捉えているのだから疑う余地が無い。
 伝視館放送でそのフィルムが幾度も放送され、英雄マキアリイの名は最強者として再び轟いた。

 当然に映画化のオファーで有力二社がこれまた喧嘩する有様で、結局は時代劇に定評のある「自由映像王国社」が獲得。
 まさにヤクザ映画の王道を行く豪華俳優勢揃いで、チンピラヤクザ役200人を集めての本格的な抗争シーンの撮影を行った。
 題名も『英雄探偵マキアリイ 実話:唸る鉄拳 侠(おとこ)百人殴り』
 もちろん公開と同時に映画館に観客が殺到する大ヒット 「マキアリイ」役のカゥリパー・メイフォル・グェヌは過酷な撮影によく耐えて、一躍大スターの名乗りを上げる。

 この撮影から、マキアリイは事件の報道映画の「監修」を務める事となる。
 主に「マキアリイ」役のグェヌの格闘技の型の指導を行い、本物らしいマキアリイ像を獲得した。
 またこの映画に基いて「英雄探偵マキアリイ」のフォーマットが固まった。
 網焼き屋「ソル火屋」の天井裏で眠る事や、戦う聖女ケバルナヤのイメージ、球技シュユパンの球を決め技に使うなど

 なお三十郎が用いた拳銃はシンドラ製のパーカッションリボルバーである。
 金属薬莢式ではない古い形式であるが、6連発のシリンダー(輪胴)が規格化されており迅速に交換する事が出来る優れた連発銃だ。もちろんタンガラムの法律では民間人所持禁止。
 シンドラにおいてはこのシリンダーへの弾薬補給は、町の「火薬屋」に行って詰めてもらう。シールを貼って防湿と引火を防ぐ。自分で弾を込めるのも可能ではある。
 シンドラ製品の例に漏れず、装飾過剰である。映画でも映えて駄菓子屋のおもちゃが大流行した。

 

【聖柊林殺人事件】
 この物語は、読んだとおりにヱメコフ・マキアリイが表立っては活躍していない事件だ。
 女優ユパ・ェイメルマの人生が掛かった重大な秘密であるので、マキアリイ存命中には真相は明らかにされてはいない。
 真相の公表は、創始歴5645年カゥリパー・メイフォル・グェヌが57才で亡くなった追悼に、ユパ本人によって行われた。

 当然のことながら、真相が明らかになっていないこの事件は単に「マキアリイ爆殺未遂事件」として映像化されており、
ユパ本人がシナリオで取り上げられる例は少ない。あるいは正義側として描かれてきた。

 彼女が加害者側の存在として描かれるのは、今回初めてである。

 

        *** (マキアリイ)

【武術の達人】
 18才選抜徴兵でイローエント軍港にて訓練に励んでいたヱメコフ・マキアリイは、潜水艦事件に遭遇して1年先輩のソグヴィタル・ヒィキタイタンと共に悪と戦いこれを斥けた。
 マキアリイが故郷で身に付けた武術の技の数々が勝利へと導く事になる。

 当然にマキアリイは武術を注目され、軍の広報で各地を連れ回された時も武術の達人やら軍の猛者と腕比べを強いられるのである。
 しかし所詮は広報活動であり若き英雄に花を持たせる為に手加減しているのではないか、と邪推する者も少なくはなかった。
 なにせ若干18、9才である。武術家として名を上げるにはいささか若い。

 東海岸で古くから当地を治めるゲジゲジ(金雷蜒)神の聖戴者「ギィール神族」の末裔の元に参った時に、本物の武術家との手合わせをさせられた。
 ギィール神族は性狷介にして他人の都合など顧みず、軍や政府の沽券などは面白がって破壊する。
 元々智慧にて民衆を導いてきた一族だ。愚かな三文芝居で民衆を欺くなど許さない。

 そして彼の推薦する武術家も代々神族に仕えてきた武人の家系で、その剣技の鮮やかさにおいては当代一と謳われる真の実力者だ。
 さすがのヱメコフ・マキアリイもここで尻尾を曝け出してしまうのかと、軍関係者は目の前真っ暗になったが、当人は喜んで受けた。
 なにせ本物と手合わせ出来る良い勉強の機会だ。これまでの広報活動とは異なり真剣に戦える。

 そして見事に立ち合って、しかも途中からは真剣を用いてとなり、死力を尽くした末に武術家の根負けとも呼べる引き分けに持ち込んだ。
 (ヤキュ的な戦術においては、正面から倒せない敵に対してはトリックを用いるべき。だがこの時はそれが許されない状況であったからひたすら耐えるという展開になった。
  武術家もそれを見抜いて、こいつは実戦の方が遥かに強いと認識する)
 軍関係者も目を見張るマキアリイ真の実力を披露して、再び世間に英雄として轟く。
 武術家も神族の主人に対して、「このような若者が地に与えられたのを天河の神に感謝します」と最大限の賛辞で答えたのだ。

 

 さて世の中には武術自慢腕自慢は多く居て、名を上げたマキアリイに対して敵愾心を抱く者も多い。
 「タンガラム一の武術の達人」などと謳われる度に、これを訂正してやろうと考えるわけだ。

 彼等が度肝を抜かれたのが、後に『英雄探偵マキアリイ 実話:唸る鉄拳 侠(おとこ)百人殴り』として映画になる、ヤクザ抗争事件への介入だ。
 マキアリイとカニ巫女ケバルナヤが、完全武装戦闘中のヤクザの中に突き進み、当たるを幸い殴り倒して百人ほどをぶちのめしたのだ。マキアリイは素手で、しかも完全無傷。
 この事件はノゲ・ベイスラ市地元の新聞記者により8_フィルムで撮影された映像が、伝視館放送で繰り返し全国的に放送されて誰もが知るところとなる。

 マキアリイの武術に対して文句を付ける腕自慢の豪傑たちは、周囲の者から「じゃああんたもアレやってみなよ」と言われて閉口するのであった。

 

【マキアリイの昇進】
 「潜水艦事件」を解決した直後にはヒィキタイタンとマキアリイは特別昇進していない。
 まだ事件捜査の最中であったし、何より選抜徴兵では期間終了後に1階級昇進して「正兵」になるのが決まりで、他との差別をしない為に据え置かれた。
 ヒィキタイタンとマキアリイは1年違いでそれぞれ順調に終了除隊して1階級昇進「正兵」となる。
 マキアリイ除隊直後の7月に、「潜水艦事件」の特別式典が行われ二人共に1階級昇進して「上兵」となった。
 これでだいたい「潜水艦事件」による特別昇進は終わる。

 だが窮地の政府が求心力を取り戻す為にまたぞろ引っ張り出して、主にマキアリイが各地での広報活動に過重労働させられる。
 この際に、マキアリイを軍用機のパイロットとして使う為に、「広報特任兵士長」に昇進させた。
 軍の偵察・連絡機のパイロット資格は「兵士長」以上と定められている為だ。
 それまでは飛行操縦免許を持つ民間人扱いで、軍用機操縦資格は無いところを後席に教官が乗ることで特例扱いとしていた。

 マキアリイは当時警察局に所属しており、本人の自覚は無いものの軍人扱いで政府の都合により振り回しても、特に問題は無かった。
 しかし諸事情により警察局を辞職。法的身分があやふやになる。
 政府記念式典への起用も手控えられた。

 まもなくマキアリイは私立の刑事探偵として再出発。
 失われた国宝を発見奪還。「侠百人殴り」事件で世間の注目を浴び、「破聞」事件にて歴史の闇を暴き出した。
 世間の注目は否応なく集まり、式典での訴求力も抜群に高まる。
 その頃出席させられた式典にて、国家総統直々のお声掛かりで「兵曹」に昇進。
 兵曹といえば立派な下士官であり、実際に戦場に出ていない者としてはこれ以上の昇進は無いと誰もが考えた。

 しかしながらザイリナ時代に立て続けに3件の腐敗汚職事件を捜査解決し、首都にて大々的に表彰される。
 この時は軍人としての昇進は無く、またそれが当然と見做された。
 その直後、「闇御前」事件発覚。マキアリイの名は天下に轟き、国会政府官僚軍部すべてを揺るがす大政変を引き起こす。
 そして連続暗殺未遂事件。マキアリイは20数名もの刺客を生きたまま捕らえて裁判に送り込む離れ業の快挙を達成。これはもう常人とは思えぬ大活躍。

 兵器納入疑惑で威信の傷ついた軍部が、この人気を活用しようと改めて総統に進言。
 特別表彰として「掌令輔」への昇進が発表される。准士官である。
 士官学校を出ていない人間が士官の位を得るのは例外中の例外であるので、ここが最後と誰もが思う。
 なにせ士官並であるのだからカッコつけもここに極まる。

 だが「潜水艦事件」10週年記念式典は、政権与党がピンチの状況の中での総選挙に突入する直前に開かれる。
 政府与党・総統の人気取りにも、また軍部の支持を高める為にも人気絶頂のマキアリイを利用する他無い。
 しかも今回はヒィキタイタンと一緒に参加ということで、特別大ボーナス。
 ヒィキタイタンは国会議員であり軍人としての扱いは法律で禁じられる為に、マキアリイ一人を生贄に遂に「掌令」にまで成り上がった。

 この昇進に異を唱える者は少なくなかったが、式典の裏で繰り広げられた襲撃暗殺未遂事件の報道が解禁となり、またしてもマキアリイの大活躍が伝えられると態度を一変。
 総統閣下の命を救い、イローエント海軍の名誉を守ったとして昇進は当然のものと受け入れられた。

 その後もマキアリイは国家や政府に貢献する活躍を幾度も見せるが、さすがに連年続く昇進はあざと過ぎて見送られる。
 ではあるのだが、ヴィヴァ=ワン国家総統が史上初のゥアム帝国への親善外交を行うのに随行し、当地にて奸計に嵌められ総統が大集団に襲撃される事件において獅子奮迅の活躍。
 総統を無事脱出させた上に生還を果たしたマキアリイに対して、民衆が最高の栄誉を与えるよう要求するのも無理からぬ事。
 一人で千人もの兵士に相当する働きを見せたとして、中隊長クラスの「中剣令」に昇進する。「掌令」位と合わせて「中掌令」となる。

 以後は軍における昇進は無かったが、6226年にゥアム帝国への渡航中の汽船から失踪したマキアリイに対して、タンガラム政府は死亡宣告を行う。
 その前数年、マキアリイはイローエント市において外国人犯罪組織を中心とする複数の凶暴残忍な犯罪集団と激烈な闘争を繰り広げ、市民一体の運動でようやく鎮圧に導く糸口を掴んだ状況である。
 イローエント海軍も無関係ではなく、彼に協力して犯罪組織壊滅作戦を続行中である。
 追悼の為に海軍からも政府に働きかけ、遂に「大剣令」の位への昇進が認められた。

 これで終了である。

 

【ヱメコフ・マキアリイとヴィヴァ=ワン・ラムダ総統(前半)】
 英雄探偵ヱメコフ・マキアリイの活躍期間の大半は、ヴィヴァ=ワン・ラムダが国家総統を務めた時期に重なっている。
 或る意味二人は二人三脚でこの時代を築き上げたとも言えよう。

 そもそもがヱメコフ・マキアリイが選抜徴兵1年先輩のソグヴィタル・ヒィキタイタンと共に遭遇した「潜水艦事件」。
 これによってタンガラム国防体制の不備が暴露され、政界も大激震。当時の政権与党も崩壊の憂き目に遭う。
 政権与党『ウェゲ信民党』が分裂し、中核となる『ウェゲ議政同志會』のみが少数政権を担当する羽目に陥った。
 この時ピンチヒッターとして政党総裁と国家総統を任されたのが、ヴィヴァ=ワン・ラムダ。
 しかし状況は最悪で、目前に迫る国会議員補欠選挙において惨敗して政権交代必至と思われていた。

 この時ヴィヴァ=ワンは、『ウェゲ会』議員全員辞職の上で補欠選挙に挑み、国民の審判に身を委ねるという奇策を敢行する。
 半ば自殺行為と思われる愚行に野党は労せずして政権が転がり込むとほくそ笑んだが、『ウェゲ会』全議員必死の選挙運動の結果、国民に対しての強力なアピールに成功。
 むしろ座して敵失を待つ野党の消極姿勢が批判され、『ウェゲ会』大勝利。ヴィヴァ=ワン総統返り咲きのミラクルを成し遂げた。

 奇跡の勝利を経てヴィヴァ=ワンは改革者としての評価を得る。国民有権者の支持もうなぎ上り。
 2年半後の総選挙では圧勝して、政権を盤石に保つのに成功した。
 この選挙において、ソグヴィタル・ヒィキタイタンも無所属で立候補して初当選。与党『ウェゲ会』への入党を果たす。
 直後、警察局を退職して私設民間の刑事探偵となったヱメコフ・マキアリイが「盗難国宝奪還事件」「侠(おとこ)百人殴り事件」によって全国的な知名度を得る。
 ヒィキタイタン共々に政治的利用価値が大きく高まり、軍の式典等に彼らが駆り出される頻度が増えた。

 

 そして「破聞事件」である。
 60年前、第七政体が崩壊する直前に、政府を批判した学者・報道記者・出版者などが大量に検挙され、そのまま行方不明となった事件の調査をヱメコフ・マキアリイは依頼される。
 この事件の真相は60年を経過してもなお謎とされていた。
 総数3千人とも5千人とも言われ、おそらくは全員が殺されたものと推測されたが、その埋葬地も不明である。
 当時第七政体政府の命にしたがって検挙と処分を実行した治安維持機関が、そのまま横滑りで第八政体においても職務を果たし続けた為だ。
 第八政体においても未だ政権基盤が固まらない中での追求は避けられ、治安機関の責任を問う事も無く、未公表機密のままに放置される。
 政権交代後何人もの報道関係者がこの件を追求したが、いずれも非業の死を遂げ、いつの間にか不可触の禁忌とされてしまう。

 だが60年は長い。当時の関係者責任者はほぼ亡くなり、生きていても治安維持の現場において影響力は既に無い。
 にも関わらず、治安機関は惰性として自らの恥部を露わにする試みを妨害し続けていた。

 ヱメコフ・マキアリイも調査の過程において所属不明の工作員に幾度も妨害され、遂には命を狙われるまでになる。
 しかしものともせずに調査を続行し、遂に被害者達が虐殺され山中深くに埋葬されている場所を発見。
 自ら10数メートルの深さまで掘り起こして遺骨を確認した。

 発見の報せはすぐに被害者遺族関係者に連絡され、駆けつけた遺族の手によって私的に発掘される。
 だがタンガラムの報道各社は治安機関を怖れてどこも報道を行わない。
 このままでは被害者遺族が治安機関によって迫害を受ける恐れがあり、マキアリイは対処を余儀なくされる。
 首都ルルント・タンガラム国会議事堂において、多数の政治記者に囲まれながら出て来るヴィヴァ=ワン総統に直訴を敢行した。
 国家英雄の名声を利用しての訴えであるから、衆人環視の中ヴィヴァ=ワンも無視は出来ず、協議に応じる。

 ここにおいて、ヴィヴァ=ワンは考える。
 既に第七政体崩壊時の関係者はほぼ亡くなり、政治的影響を心配する必要は無い。彼らの子孫は今も政官界で働いており、父祖の名誉の問題となる。
 また治安機関も旧弊に縛られ改革を受け付けない。この背景には、第七政体崩壊時の秘密の保持が絡んでいる。
 言わば歴史の枷とも呼べる事案で、この禁忌を打破し秘密を公開する事でヴィヴァ=ワンの改革者としてのイメージはさらに向上するはずだ。

 こうした判断から、国家英雄ヱメコフ・マキアリイの請願を歴史的決断によって受け入れたヴィヴァ=ワン総統という美談に仕立てて、「破聞事件」は解決した。
 だがこの円満解決は当事者誰もが予期せぬ効果を徐々に発揮していく事となる。

 第七政体崩壊・第八政体発足時に横滑りで維持された治安機関であるが、さすがに上層部の人事は一新された。
 当時新進気鋭の人材が代わって役職に就き、前任者の名誉を損なわず治安機関の機能と権限を維持し続ける。
 その中核となった人物は、後に第八政体歴代政府を裏で支える大物へとのし上がり、「闇将監」と呼ばれるまでの黒幕になった。
 若き「闇御前」は彼と共に働き、彼が内政と治安を司るのに対して、国外権益の確保の分野において裏の組織を整備し政府を陰で支えた。
 40年の二人三脚を終え「闇将監」が引退死去すると、「闇御前」が裏の世界の第一人者となった。
 「闇御前」は前任者から治安機関の支配権も引き継いでいたが、この縛りが「破聞事件」の解決によって緩む事となる。

 治安維持・秘密警察・諜報の分野においても新時代が到来して、旧弊を打破すべく新しい人材が活躍し始めた。
 この状況の変化に「闇御前」自身が気付かぬままにヱメコフ・マキアリイと対峙して、見事討ち取られてしまったのだ。
 「闇御前」が刑事事件の被告人となり牢内に拘束され、支配力の大幅な減退が見られる中、ヴィヴァ=ワン総統が表の政府による裏権力の奪還を密かに進める。
 本来「闇御前」の手足となるはずであった治安機関の工作員も総統の側に立ち、正常な権力機構の確立に尽力する。

 この過程において、「闇御前」から「国外派遣軍」の支配力を奪還しようと試みたのが、『「潜水艦事件」十周年記念式典』における一連の襲撃事件であった。
 また「闇御前事件」によって失墜した政府支持率を回復するために、「潜水艦事件」が未だ解決を見ず新たなる脅威に国家が曝されていると国民に印象付ける効果を狙っていた。

 

(注;「将監」の位はタンガラムにおいてはめったに使われないもので、「将軍」と「統監」を合わせた権限を持つ者である。
  「将軍」は軍事大臣であり政治家の枠となる。「統監」は一軍の総司令官であり軍部の最高位。
  タンガラムにおいては「軍部」とは直接に武力を行使する集団であり、その上位存在である総司令部「中央司令軍」は政治権力の範疇と認められる。実態としてそうである)
(注;つまり「闇将監」とは、政治家としての活動を行いながらも実働部隊を意のままに操る存在。ということになる。この場合軍ではなく治安維持機関のことだ)
(注;対して「闇御前」は、官職には無くあくまでも民間人としての存在である事を印象づける)

 

 

       *** (文物)

【サファメル館】

 6215年5月よりグリン・サファメルによって始められた巫女寮は、66年現在『ヱメコフ・マキアリイ記念館』となっている。
 元はゥアム帝国調の華麗にして堅牢な建築物で造りも丁寧、50年前と変わらず美しい姿を保つ。

 巫女寮として使われたのは、マキアリイ失踪後の28年まで。グリン・サファメルの再婚によって幕を閉じる事となった。
 その間13年、マキアリイ事務所事務員4代目クワンパから、5代ポラパァーラ、6代ヤャラアタ、7代シスメィ&カトラマヤ までが居住した。

 巫女寮閉鎖後はとある不動産会社に売却されたが、保存を求める声が大きく10年間は無人のまま維持される。
 その後、盛り上がりを見せる「クワンパ伝説」に後押しされ、『英雄探偵ヱメコフ・マキアリイ記念館』として一般公開。
 『英雄探偵マキアリイ』シリーズ主演を務めた俳優カゥリパー・メイフォル・グェヌ(”マキアリイ=グェンヌ”)氏より映画関連資料を大量に寄贈され、博物館として再整備される。
 またマキアリイ初期の事務所として有名な「ソル火屋網焼き店」屋根裏部屋(26年消失)の映画セットも、庭の納屋の内部に移設された。

 幾つかの企業に所有権が移転した後、60年ノゲ・ベイスラ市に寄贈され、改めて公的な博物館として公開される。
 ノゲ・ベイスラ市におけるヱメコフ・マキアリイゆかりの建築物は、再開発によりほとんどが失われており、往時を思わせる唯一のものである。

 

【ソグヴィタル・ヒィキタイタンの実家】

 ソグヴィタル・ヒィキタイタンは褐甲角王国副王ソグヴィタル王家の末裔である。
 その後褐甲角王国が3つに分裂した際に、ソグヴィタル王家はベイスラ以南の領土を任され一国の王として立つのだが、これ以後に分家している。
 千年前の話だから血統としてはかなり遠い。
 一応は一門として看做されるが、本当に端の末席に追いやられる文字通りの末裔だ。
 故に「ソグヴィタル」の名を商標として用いる事は出来ない。ヒィキタイタンの曽祖父ソグヴィタル・カドゥボクスの名を取って「カドゥボクス財閥」を名乗る。

 タンガラムはこの数百年民衆協和国運動によって社会体制が何度も覆り、旧来の貴族・資産家であっても流転の運命を甘受せねばならなかった。
 「カドゥボクス=ソグヴィタル家」も同様に、名門であるが故に財産が保証されるなどは無い。
 ソグヴィタル・カドゥボクスとその子ライワバンが興した化学工業の事業が成功を収めた為に、現在の偉容を誇っている。

 扱うのは「コニャク樹脂」と呼ばれるタンガラム特産の物質だ。”ゴム”とほぼ同じ特性を持ち、近代工業社会において非常に有用で不可欠の存在である。
 「ゴムの木」はシンドラ連合王国にのみ生育するが、密植が出来ず農園を作れない。広大な森林中にぽつりぽつりと生えているものから採集するから大規模産業とならなかった。
 対して「コニャク」はタンガラム北方の聖山山脈付近の寒冷な地帯に自然に繁殖し、掘ればごろりと大きな芋が収穫できる。食用にはならないから、近年になるまで人の関心の外に置かれてきた。

 創始歴5000年頃に出現した青晶蜥神救世主「ヤヤチャ」はこのコニャク芋、「コニャク」と名付けたのも彼の人だ、に多大な関心を寄せ、食用とする為の研究を開始する。
 多くの学匠を集め当時最先端のあらゆる化学操作実験を繰り返して、ついに極めて強力な糊を開発する。もちろん食用にはならない。
 ただあまりにも素晴らしい接着力を利用して、様々な応用が行われた。合板製造などで建築現場に革命をもたらす。
 また液状の糊から固体の樹脂へと変化させる事に成功。強力な弾性を利用して車輪の帯輪(ソリッドタイヤ)を作り、産業の拡大に寄与しタンガラム社会を近代化に導いた。

 海外との交易が成立した創始歴6000年代。輸出されたコニャク樹脂の優れた性質はたちまちに注目を浴びる事となる。
 特に科学技術に優れるゥアム帝国では新材料として非常に熱心に研究され、多くの利用法を開発した。電線の被覆材料や圧力ホースもこの頃の発明。
 さらに空気タイヤも発明されて動力自動車の実用化に決定的な貢献を果たす。
 防水性気密性を持ったコニャク塗料を用いて、発明されたばかりの飛行機の布の翼も覆う。

 「カドゥボクス化学社」は、ゥアム帝国の優れた科学技術を導入し、タンガラム国内で初めて「圧力柔導管(ゴムホース)」の製造に成功。
 それまでは原材料として輸出されていたコニャクを、製品として付加価値を高めて輸出する事が可能となった。
 以後タンガラム工業界はコニャク製品の開発製造に投資を集中して、大いに外貨を稼ぐところとなる。

 

 「カドゥボクス化学社」はその後事業を拡大し、複数企業集団となり、財閥を名乗るまでになる。
 カドゥボクス=ソグヴィタル家の三代目、つまりヒィキタイタンの父親が有頂天になって何の不思議があろう。

 彼は有り余る富を背景に社交界で華々しく活躍した。簡単にいうとバカな金持ちの息子を演じてみせた。
 生来の資質と容姿によって注目され人脈を作り交友を深め、後の人生に役立つ布石を打っていたとも言えよう。
 家業を引き継ぐ段となっても業績を落とす事無く、むしろ新時代に則した発展を遂げているのだから、経営の才が自ずと備わっていたと見做すべきだ。

 このような男性であるから、社交界の令嬢貴婦人は皆彼を愛する。そしてとある高貴な家系の姫君と恋に落ちるわけだ。
 彼女の姉は親の命じるままに血筋を重視して相応の家系との婚姻を果たす。褐甲角王国でも重鎮とされたチュダルム家に嫁した。
 他方妹は、愛情の赴くままの恋愛結婚を果たして、カドゥボクス=ソグヴィタル家に入る事となる。
 チュダルム家の姉が産んだ娘が、チュダルム彩ルダム。ソグヴィタル家に生まれたのがヒィキタイタンで、二人は従姉弟同士なのだ。

 ソグヴィタル・ヒィキタイタンの兄弟は、姉と妹のみ。長男にして唯一の男子である。
 当然にカドゥボクス財閥の総裁後継者と成る運命にある。
 のだが、何の気まぐれか、若くして国家に貢献する道を選び選抜徴兵に応募して、「潜水艦事件」に遭遇。一躍国家英雄となってしまう。
 大衆の望むがままに国家に貢献しようと政治の道に進み、今や新進気鋭の国会議員である。
 やむなく財閥後継者は姉の配偶者を見込んでいる。おそらくはヒィキタイタンが経済界に戻ってくる事は無いであろう。

 なおヒィキタイタンには早くから許嫁が居た。
 大学卒業後に結婚する予定であったが、在学中からの政治活動を経て即国会議員選挙が始まり延期となる。
 見事当選した後も、一年生議員として多忙が続き、落ち着くまで見合わせていたが、結局破談となってしまう。
 ヒィキタイタンが「闇御前」事件に関与して、その身の安全も定かではない状況が一時的にも発生し、婚約者がすっかり怯えてしまったのだ。
 考えてみれば彼女は財閥後継者と結婚するつもりであり、国会議員の妻となるのは承知していなかった。
 これも皆ヒィキタイタンの交友関係が原因である。ヱメコフ・マキアリイなんかと付き合うから、平穏な日常を送れないのだ。

 現在カドゥボクス=ソグヴィタル家の望みは、ヒィキタイタンがさっさと結婚して子供を作り、その男子を次代の財閥後継者と成す事である。
 ちなみに妹24才が想定する理想の夫は、ヒィタイタン兄さまのように凛々しくかっこよく頭良く、マキアリイのように強い男、である。無茶もいいとこだ。

 

【マキアリイ號(飛行機)】

 ヱメコフ・マキアリイは飛行機操縦免許を持っていた為に、その業務と活動においてしばしば水上飛行機を駆って空を往く事も多かった。
 この時用いられた飛行機は、最初はノゲ・ベイスラ市の北、アユサユル湖の民間飛行機協会が保有する二人乗り複葉水上機である。
 型式は『ルビガウル Vゼビ』で、元は軍で偵察や連絡に用いられたれっきとした軍用機だ。
 ただし当時でも20年落ちの骨董品扱いで、すっかり時代遅れになった木製骨格に布張りというものであった。
 既に製造会社も型式を2つ進めて、全合板製の『ルビガウル X』を軍に納入していたわけで、戦闘力などはまったくに期待できない。

 飛行機協会は軍から払い下げられたものを損傷しないように丁寧に使っていたのだが、英雄探偵の業務では敵に空中で襲われる事例も多々発生する。
 その度にマキアリイは飛行機ごと無事生還してきたのだが、殺人集団「八閃鬼」の金属製戦闘機に襲撃され、遂にアユ・サユル湖に墜落沈没してしまう。
 マキアリイ自身は同乗していた女性と共に無事であったのだが、当然に飛行機協会に弁済せねばならなくなった。

 一連の事件解決後、タンガラム全土のマキアリイを応援する会有志が資金を出し合って、「英雄にふさわしい翼を贈ろう」という運動が繰り広げられた。
 丁度状態の良い軍の水上偵察機『ルビガウル W』が市場に放出されていて、入手した業者が運動に商談を持ち込んでくれた。
 マキアリイはこの贈り物を快く受け取り、無事飛行機協会に現物弁済を果たしたのである。
 その後、もちろん活動の機会がある度に『ルビガウル W』を借り出して正義の為に用いたのである。
 飛行機協会ではこの機体を「マキアリイ號」と呼んで大切に使用した。

 数年後、マキアリイは「英雄社長」時代に一財産を築き自らの資金で最新飛行機を購入した。
 いわゆる「マキアリイ 2號」である。
 マキアリイが南海イローエント港に活動拠点を移した後は、アユ・サユル湖の飛行機協会の所有物である「マキアリイ號」は動かさずに、「2號」を用いて悪と戦った。
 タンガラム南岸部は開発の進まぬ不毛地帯で、悪の拠点と成る脱法港が幾つも点在して、それらへの迅速な移動手段に水上機が最適であった。
 しかし恨みに思った暴漢共が係留していた「2號」を破壊する。
 悪の犯罪組織と戦い続けるマキアリイの窮地を知って、飛行機協会は「マキアリイ號」の無期限無償貸与を決定。急遽ベイスラから送られてくる。
 以後は「マキアリイ號」を縱に駆って遂に巨悪を斥けるのに成功したのである。

 その後、ゥアム帝国に渡る豪華客船上から忽然と姿を消したマキアリイは政府当局により死亡宣告が為される。
 飛行機協会も「マキアリイ號」を回収してアユ・サユル湖に戻すが、英雄の思い出が詰まったこの機体を使おうとする者は居らず、記念物として永久保存される事となった。
 後に「マキアリイ記念協会」に永久貸与される事となり、英雄探偵ヱメコフ・マキアリイの活躍を偲ぶよすがとして多くの人に愛された。

 

 なお複葉水上偵察機『ルビガウル』シリーズは『X』で終了し、以後は単葉機の新シリーズに取って代わられた。

 

【スプリタ街道幹線鉄道特急列車】
 ファイファオン(早風):デュータム発イローエント往復の特急列車 最高級の豪華列車である
 メルトレシオン(夜風):デュータム発イローエント往復の夜行列車 乗車券はそこまで高価くないが高価い

 ロクレオン(継矢): ヌケミンドル発イローエント往復の幹線急行列車
 パクレイオン(返し矢): ヌケミンドル発デュータム往復の幹線急行列車 
 ラプシュ(梭): ヌケミンドル−ノゲ・ベイスラ間のシャトル便 完全にビジネス用で車両の等級は無い

 首都ルルント・タンガラムからベイスラに行くには、鉄道だと在来線カプタニア線の急行でヌケミンドルに行き、幹線鉄道でノゲ・ベイスラに行くが、
 アユ・サユル湖の最短距離を突っ切って来た方が早かったりする。

 

【ルビガウル X】
 タンガラム海軍が使用する新型の長距離水上偵察・哨戒機。複葉機。ローハ=マンモ社製。
 それまでのW型に比べるとかなりの大型機と言える。これはタンガラム海軍が洋上広範囲での索敵行動を迅速に行える能力を要求した為。
 通常の偵察機よりも大型化し出力が増強され装備も充実している。
 反面高価になり燃料消費量も多く、連絡や海難救助といった任務にはあまり使用されなくなった。

 機体性能が一昔前の攻撃機並であるので、簡易な攻撃機としても使えるように設計されている。
 航空爆弾や小型魚雷を搭載して戦闘艦に対して攻撃する能力を持つ。ただし、その為の照準器などは装備されておらず操縦士の技量によるものとなる。
 実質は魚雷運用は無理と考えてよい。少なくともタンガラム軍で使用した事は無い。
 標準装備だと機銃は機体正面に3分の2指幅(10ミリ)強機関銃1門のみを搭載する。
 戦闘機との空中戦は想定しないが、攻撃機や偵察機を相手にした場合は十分に勝利できる性能を持つ。

 「ルビガウル X」は複葉の偵察機としては最後の機体になり、以後は単葉機の時代になる。
 しかしながら性能的には十分なものであり、タンガラム本土防衛で長期に渡り使用された。
 機体規模が大きい為に海外派遣軍での使用は無く、より運用し易いコンパクトな機体が採用された。

 シンドラ連合王国、バシャラタン法国にも輸出されたが、この際は「偵察機」ではなく「攻撃機」仕様である。
 機体が大きく長距離を飛び搭載量も多いので重宝され、両国軍において高く評価された。
 バシャラタンでは戦闘機としての運用もなされ、陸上機型で機銃を左右両翼にも装備したものも存在する。

 「潜水艦事件」10周年記念式典でヱメコフ・マキアリイ特任広報掌令が搭乗した機体は、イローエント海軍旗と同色に塗装されていた。
 本来であれば式典後塗り直すべきだが、そのままの色で運用されイローエント海軍の象徴ともなった。

 

 

       *** (食べ物)

【ご馳走くん】
 イノコ(小型の犬 正確には食用タヌキ)タンガラムにおいて古来より飼われ親しまれてきた家畜。
 非常に人間に懐き飼いやすく、家庭でも特に手を掛けなくて元気に育ち増えるので、イヌコマと並んで最も親しみ易い家畜とされてきた。
 人間が大好きで知らない人が来たら遊んでもらおうと大はしゃぎするので、番犬としての役にも立つ。
 犬の仲間であるから、ネコよりも強い。無尾猫はイノコが大嫌いで逃げる。
 本来の名前は「犬の子」というものであったが、1200年前に星の世界より訪れたトカゲ神救世主「ヤヤチャ」が”イノコ”と呼んだ為に名前が定着した。

 食肉としては、ニワトリがゥアム帝国から導入されるまでは最も簡単に手に入る肉として親しまれ、家庭で飼うイノコも年に一度のお祭でご馳走にされていた。
 一般庶民が食べる事が出来る肉としてはほぼ唯一のものであり、まさしくご馳走であった。
 かなり美味しい。また古来より様々な料理法が研究されている。

 しかしながら人懐こく愛らしい姿から、これを食べるのを忍びないと感じる者も多く、食肉の種類が増えてあえてイノコを食べる必要も少なくなった現代では
 「イノコを食べないであげよう」運動が繰り広げられている。
 この嚆矢となったのも「救世主ヤヤチャ」である。
 救世主の元に各地より貢物としてそれぞれの庶人の願いと共に届けられた数百匹のイノコ、もちろん救世主様に食べていただこうという意図によるが、
 これが挙って遊んでもらおうと群れ集ってくる姿に、ヤヤチャは籠絡されてしまう。
 以後大っぴらにイノコ救命運動が盛んとなった。

 サファメル巫女寮においても、女子ばかりの不用心な夜半の警戒の為に1匹のイノコが飼われる事となる。
 家主のサファメルが名付けたのが「ご馳走くん」である。

 

【4カ国味巡りセット】

 マキアリイがヌケミンドル市の撮影所に行った時に、”マキアリイ”グェンヌが今度食品会社のCMに出るという事で紹介された人。
 彼は、「4カ国味巡りセット」という粉末調味料をこの度販売する、宣伝担当である。
 これはタンガラム・ゥアム・シンドラ・バシャラタンのそれぞれのお国料理の味を簡単に出す事が出来るもので、4種類が発売される。

 のだがタンガラムの味は各社商品を出しているのでバッティングするからあまり期待はしない。
 乾燥ショウ油と粉末昆布に各種発酵食品のエキスを合わせて、「旨味」と称して売り出した。

 ゥアム帝国の味は「辛味」を前面に押し出して、辛茄子を3種類も混ぜてさらにミントぽいスーッとする味をプラスしたもの。辛いの大好き人向け。
 シンドラ連合王国の味は「蕩味」のネームで、多数の香辛料を合わせた複雑な魅力を醸し出す。本格カリがお手軽に出来る。
 どちらも既に一度ならずブームを経ており、今や定番とも呼べる味である。ただし本格的にその国の味か、と問われると怪しいところ。
 今回は調合にゥアム人シンドラ人の料理人を招いて、味の再現にこだわっている。
 特にシンドラ味には、シンドラ人実業家であり名探偵としても名高い美食家のポワロワ・エクターパッカル氏を顧問とする。

 バシャラタン法国の味は未だにタンガラム人には馴染みが薄い。「苦味」を打ち出しているのだが、正直魅力が薄いと感じられる。
 だがタンガラムにおいては苦味といえばまず思い浮かぶのはゲルタである。
 ゲルタの苦味に合わせてバシャラタンの香草山菜類を調合した、タンガラム人の為の苦味調味料だ。

 というわけで、ゲルタに一家言を持つマキアリイさんにもお試しいただく事になる。
 なにしろマキアリイは映画でもゲルタを貪り食っているわけで、表立っては広告出来ないがゲルタ消費増大に貢献している。
 小学生が、それも男子が最近では朝食のゲルタを嫌がらなくなったのも、「マキアリイさんみたいな男になる」という決意による。

 ゲルタの味に合わせた苦味調味料という路線を打ち出したからには、食品会社は「英雄マキアリイを販促に使おう」と思うのは必然。
 マキアリイ本人は政府広報局により商業利用の禁止がされているが、グェンヌが「マキアリイ」役でなく彼本人としてCMに出るのなら問題は無い。
 『苦味際立つ男の味!』という路線で大々的に売り出すのだ。

 キャッチフレーズも、ゥアム「戦士の勇気」、シンドラ「栄光の芳醇」、バシャラタン「孤高の挑戦」、タンガラム「王道の勝利」とする。
 この四要素をすべて兼ね備える人間として、マキアリイは十分に資格がある。

 各商品のイメージカラーとパッケージ絵は
 ゥアム味は真紅、棍棒を持ち羽飾りを頭に被った褐色の肌の戦士の絵。ゥアム神族のイメージとして広く知られている。
 シンドラ味は黄色、マハラジャぽい王様絵が描いてある。連合王国であるから王様関連はめんどくさいしきたりがあるのだが、実際はポワロワ氏をモデルとする。
 バシャラタン味は緑、聖なる僧侶の絵が描いている。
 タンガラム味は群青色、姑息なことに「英雄探偵」だ。ちなみに青はトカゲ神救世主「ヤヤチャ」を連想し近代タンガラムを象徴する「受ける」色なのだ。

 

 ヌケミンドル市で宣伝担当社員に試供品をもらったマキアリイとクワンパは、映画撮影所の食堂でさっそく試してみる。
 まず焼きゲルタにはまったく合わなかった。こう使うものではないらしい。
 ゲルタ出汁のスープにふりかけると、おおむね何を意図している商品か分かった。苦味が濃くなりしかもゲルタの旨味を際立たせる。
 元々苦味と旨味と興奮味が交ざったとされるゲルタであるが、苦味だけを純粋にコントロールする商品だ。
 ゲルタ出汁は芋や野菜やキノコ、ショウ油あるいは山羊乳とはよく合うのだが、鳥獣肉骨また海鮮とは衝突して味を殺す作用を持つ。
 ゲルタに特有の苦味をその種のスープ・ソースに与える方法がこれまでには無かったわけだが、植物性の苦味を加えるこの調味料は味の衝突無しに上手くマッチするように作ってある。
 特に肉料理、それも臓物や生臭い長期保存肉、燻製に味を加えるのにバシャラタンの調味料は適している。ハムソーセージがこれまでとは異なる味わいとなる。

 マキアリイが推察するに、バシャラタンはタンガラム・ゥアム・シンドラに比べると文明程度が低く、食材が近代化されておらず豊富な供給も無い。
 限られた食材しかも本来食用に適していないものまでも食べる為に発達したのが、バシャラタンの調理法であり味付けだ。
 だから下卑た味とされ一等落ちる食材それも味の濃く癖の強いものに、これは効く。

 バシャラタンとタンガラムの、それも山奥の方の食は似ているところがあるのだ。

 

 ちなみにこの商品のCMにグェンヌを獲得するのに、食品会社はとんでもない契約金で他社を出し抜く事に成功する。
 グェンヌ本人にも相当の金額が回るのだが、マキアリイ本人にはまったくに縁の無い話である。

 

【ノゲ・ベイスラ】
 「ノゲ」とは方台古語で「石臼の軸」。回転式石臼はギィール神族による高度な発明品である。
 「車軸」の意味も有るのだが、「ベイスラ」が穀物を表すので「石臼の軸」と解釈すべきであろう。
 つまりは、ベイスラ地方の中心となる都市、という意味だ。

 さて「ベイスラ」である。これはかって栽培されていた植物で、ちょっとだけ麦に似ている。コウリャンかもしれない。
 だが産業的魅力を失って顧みられなくなり今では途絶えた穀物だ。
 では存在しないのかと言えば、さすがに原始的穀物だけあって野山でぴんぴんして繁茂している。
 なにせほとんど手間を掛けなくても勝手に増えるのが取り柄で、栽培が始められたものである。
 野生の種子も食べられないでもないが、美味しくなくそこまでして食べるものではない。

 ベイスラ地方はかってこの「ベイスラ」の一大産地であった。が、創始歴5000年代には既に栽培の対象ではなくなっている。

 これに目を付けた男が居る。国家的英雄探偵ヱメコフ・マキアリイだ。
 彼は「ペイスラ」の実を焚いたものでゲルタを食べると、より苦味が引き立ってとても食えたものでないのを発見した。
 つまりはベイスラは、古代の主要交易品であった塩ゲルタとの相性が悪くて廃れたのだ。
 ゲルタは干し魚としてよりも塩の供給源としての性格の方が強かったから、塩を必要とする者はゲルタの方を選択する他無い。
 塩単体の交易は関税上著しく不利であった為に、塩ゲルタの形で商品価値を落としてでないと流通出来なかった。

 しかしゲテモノ食いの彼は飽くなき挑戦を繰り返した結果、ベイスラで糠漬けのように発酵させる手順を開発。
 苦味が抜けまろやかな舌触りとなりそれでいてゲルタ本来の人を活性化させる成分が倍増する。
 ゲルタ食用開始から4000年を経て遂に、美味しいゲルタの処理方法を発明したのだ。

 彼はこの成果に大いに失望する。求めるものとまったくに逆の存在であるからだ。
 しかし、大嘘を吐いてこれを「古代ゲルタ」と名付けて販売すると、途端に大ヒット。
 主に通販にて好事家にのみ販売したのが逆に神秘性を増して、マスコミの嗅ぎつけるところとなり、全国的ブレイク。
 遂には一財産を築いてしまったのである。

 これがヱメコフ・マキアリイ「英雄社長時代」だ。

 

 

 

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